憲法 復習ノート全文

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第1章憲法総論

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憲法とは何か

憲法の名宛人

結論憲法は国民を縛る法ではなく、国家権力を縛る法です。

条文99条で尊重擁護義務を負うのは、天皇又は摂政・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員です。

国民は列挙されていません。

つまり、国民は憲法の名宛人ではありません。

理由憲法は、国家権力を縛って人権を保障するための法だからです。

国民は憲法に守られる側であって、縛られる側ではありません。

99条|第十章 最高法規(97〜99条)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

制限規範と授権規範

憲法は人権保障のために権力を縛る法なので、権力を縛る条文(制限規範)があります。
では、なぜ権力に権限を与える条文(授権規範)もあるのでしょうか。

制限規範

定義国家権力が、人権を侵す方向に使われないよう縛る条文です(人権規範)。

条文人権を保障する条文がこれにあたります。

代表格は11条・12条・13条です。

具体例21条1項は、表現の自由を保障しています。

国会が表現の自由を不当に狭める法律を作れば、その法律は制限規範に反します。

その法律がどうなるかは、第6節で見ます。

授権規範

定義国家機関に、仕事をする権限を与える条文です(いわば権力の設計図)。

条文3つの機関に、それぞれ権限を与えています。

  • 41条:国会に立法権
  • 65条:内閣に行政権
  • 76条1項:裁判所に司法権

これらの条文が無ければ、国会・内閣・裁判所は権限を持ちません。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

65条|第五章 内閣(65〜75条)行政権は、内閣に属する。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

なぜ授権規範もあるのか

結論授権規範と制限規範は矛盾せず、セットです。

理由縛る対象である国会・内閣・裁判所の権限そのものを、憲法が与えているからです。

権限を与えるからこそ、暴走を防ぐ縛りも要ります。

権力分立

権力分立の相互監視図(A=国会・B=内閣・C=裁判所が互いを監視する)

定義権限を3つの機関に分けて与え、それぞれ独立させたうえで互いに監視させることです(権力分立)。

理由権限が1つの機関に集中すると、それを止める仕組みがなくなるからです。

暴走したときの歯止めが効かないので、「1つに集中させない」ようにしています。

2つの規範の関係

人権規範(目的)と授権規範(手段)の関係図

結論2つの規範は、目的と手段の関係でつながっています。

  • 目的:人権保障です。
  • 授権規範:その目的のために、統治のしくみという手段を用意します。
  • 制限規範:その手段の使い方を、人権保障の向きに縛ります。

「憲法」の意味(形式的意味と実質的意味)

第2節までは、憲法が何をする法か(役割)の話でした。
ここからは、「憲法」という言葉が何を指すのかを見ます。

憲法の意味の階層図(形式的意味/実質的意味〔固有の意味・立憲的意味〕)

形式的意味と実質的意味

定義何を基準に判定するかで、2つに分かれます。

  • 形式的意味の憲法:「憲法」という名前の付いた法典があるか。
  • 実質的意味の憲法:統治や人権保障という中身・働きを持つ法か。

具体例イギリスには、「憲法」という名の1つの法典がありません。

  • 形式的意味の憲法:ありません。
  • 実質的意味の憲法:統治や人権保障の中身は別の形で存在するので、あります。

固有の意味と立憲的意味

実質的意味の憲法は、しくみが「ある」かだけを見るか、人を守るように「縛られている」かまで見るかで、さらに2つに分かれます。

定義2つの意味の違いは、次のとおりです。

  • 固有の意味の憲法:国の統治のしくみを定めた法です。
  • 立憲的意味の憲法:統治のしくみが、個人の自由を守る向きに縛られていて初めて満たします。

結論日本国憲法は、立憲的意味の憲法(=近代的意味の憲法)に当たります。

具体例権力者がすべてを独断で決める国にも、「その人がすべてを決める」というルールはあります。

そのため、固有の意味の憲法はありますが、立憲的意味の憲法はありません。

権力者の意のままにすべてが決まる国権力の行使に手続的な歯止めがある国(例:法律を作るのに議会の議決が要る)
固有の意味の憲法あるある
立憲的意味の憲法ないある

憲法の分類(成文・硬性・民定)

「憲法」の意味が定まったので、実際の憲法を3つの軸で分類します。

憲法の分類を3つの軸(作られ方・改正手続・制定主体)で対比し、日本国憲法の位置(成文・硬性・民定)を示す表

具体例不文憲法の例は、第3節のイギリスです。

日本国憲法=成文・硬性・民定

結論日本国憲法は、成文・硬性・民定の憲法です。

条文96条1項の改正手続は、2段階です。

  • 発議:各議院の総議員の3分の2以上の賛成が要ります。
  • 承認:国民投票で過半数の賛成が要ります。

理由それぞれ次の理由によります。

  • 成文:1つの法典にまとまっているからです。
  • 民定:国民が定めた形をとるからです。
  • 硬性:改正に、普通の法律よりずっと重い手続(96条1項)が要るからです。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

近代的意味の憲法の3つの特質

分類は「どう作られたか」という外形の話でした。
ここからは中身に戻り、近代的意味の憲法に共通する3つの特質を見ます。

3つの特質の連関図(自由の基礎法→制限規範→最高法規)

結論3つの特質は、自由を守る → だから縛る → だから一番強くなければならない、という一本の流れでつながっています。

理由それぞれ、前の特質から導かれます。

  • 自由の基礎法:憲法は、個人の自由を守るための法です。核心にあるのは、13条の個人の尊重です。
  • 制限規範:自由を守るための法だから、権力を縛ります。
  • 最高法規:権力を縛る法が、その権力自身の作る法律に負けては意味がないからです。

注意自由の基礎法と制限規範は、同じことの裏表です。

形式的最高法規性(98条1項)

憲法が国家権力を縛る法でも、その縛りに実効性がなければ意味がありません。
そこで、最高法規であることを、形の面(本節)と中身の面(第7節)から見ます。

効力の序列(憲法>法律>命令・処分)

定義98条1項が定める効力の序列を、形式的最高法規性といいます。

  • 序列:憲法>法律>命令>処分
  • 効果:上位に反する下位のルールは、効力を持ちません。

条文本当に憲法違反かを判断する権限は、81条の定める裁判所が持っています。

具体例第2節の「表現の自由を不当に狭める法律」は、98条1項により効力を持ちません。

国会が制定した法律であっても、初めから無かったのと同じになります。

注意「形式的/実質的最高法規性」は、第3節の「形式的意味・実質的意味の憲法」とは別の区別です。

98条|第十章 最高法規(97〜99条)1項:この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

実質的最高法規性(97条):なぜ憲法だけが強いのか

第6節は、「憲法が一番強い」という形の話でした。
では、なぜ憲法だけが、そこまで強くなければならないのでしょうか。

最高法規性を支える3つのルート(硬性憲法・授権規範性・実質的最高法規性)

結論理由は3つのルートに分かれますが、突き詰めればすべて人権保障に行き着きます。

条文97条は、基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」と定めています。

これが、実質的最高法規性の根拠です。

理由3つのルートは、次のとおりです。

  • 硬性憲法(第4節):改正手続が重いので、簡単には書き換えられません。
  • 授権規範性(第2節):国家権力を生み出す根拠が憲法にあり、生み出された側の法律が、生み出した側の憲法を上回ることはできません。
  • 実質的最高法規性:憲法は、人類が勝ち取ってきた侵すことのできない永久の権利を守るための法です。

改正しにくくするのも、権力を生み出す根拠を置くのも、突き詰めれば人権を保障するためです。

97条|第十章 最高法規(97〜99条)この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

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#2単独ページ動画

立憲主義と法の支配

社会契約説と近代立憲主義

自然状態

定義自然状態は、権力が無い状態です。

誰もが自然権を持ちますが、それを守れません。

結論権力が無い状態のほうが、ずっと危険です。

理由力の強い者が押し切る、弱肉強食になってしまうからです。

社会契約

定義社会契約は、人々が合意して、権力を作ることです。

結論人々は全権委任をせず、権力の権限をあらかじめ限定しておきます。

この限定が、憲法にあたります。

抵抗権

定義抵抗権は、権力が限定を無視して暴走したとき、人々がその決定に従う義務を失うことです。

立憲主義と近代立憲主義

定義2つの言葉は、次のように区別します。

  • 立憲主義:憲法に基づいて政治を行う、という原理です。
  • 近代立憲主義:そのうち、人権を守るために権力を縛るものです。

結論憲法は、後から付け足された制約ではありません。

権力を作る契約に、最初から組み込まれた縛りです。

各国における立憲主義

近代立憲主義は、人権を守るために権力を縛る考え方です。
その立憲主義は、国ごとにどう育ったのでしょうか。

フランスは法律による人権保障で議会への信頼が強く、アメリカは憲法による人権保障で議会への不信が強い。戦前のドイツ・日本は統治のしくみはあるが人権思想を欠く外見的立憲主義

外見的立憲主義

定義外見的立憲主義は、統治のしくみはあっても、人権を守る思想を欠いている状態です。

つまり、固有の意味の憲法はあるのに、立憲的意味の憲法ではない状態です。

具体例戦前のドイツや日本です。

国家像の変遷(自由国家から行政国家現象へ)

権力を縛る必要が生まれたわけは、社会契約説で説明されます。
では、国家が個人の生活に手を出す範囲は、昔から同じなのでしょうか。

国家像の変遷。自由国家(夜警国家)は個人領域への立ち入りが最小限、社会国家(福祉国家)は積極的に手を回しワイマール憲法が最初に明文化、行政国家現象では行政の裁量が集中し監視が必要になるが原則は今も自由国家

自由国家と社会国家

定義それぞれ、別の呼び方があります。

  • 自由国家:消極国家とも呼ばれます。
  • 社会国家:積極国家とも呼ばれます。

具体例社会国家の理念を最初に明文化したのは、20世紀のワイマール憲法です。

行政国家現象

定義行政国家現象は、決める力が立法より行政に集中していくことです。

結論行政国家現象の下では、行政権への監視が重くなります。

理由行政の裁量が大きくなるほど、公平にやっているかをチェックする必要が増えるからです。

注意行政国家現象が生じても、原則は今もなお自由国家のままです。

国家が個人の領域に立ち入るのは、あくまで補完・例外です。

立憲主義と民主主義の結合(立憲民主主義)

国家像が変わっても、原則は今も自由国家のままです。
では、個人の自由を守る考え方と、多数決で決める民主主義は、どういう関係にあるのでしょうか。

自由主義

定義自由主義は、個人の自由を守るべきだ、という考え方です。

結論自由主義は、立憲主義の土台です。

注意第3節の「自由国家」は国家の役割の広さの話で、自由主義とは別の話です。

自由主義と民主主義の関係

結論自由主義と民主主義は、互いを支え合う循環の関係にあります。

  • 自由主義:民主主義を、実質的に機能させます。
  • 民主主義:自由の意味を支えます。

具体例どちらかが欠けると、もう一方も意味を失います。

  • 批判の自由が無い:候補者への批判が許されなければ、選挙結果は操作されたものになります。
  • 投票の仕組みが無い:自由に意見を言えても、決定に落とし込む仕組みがなければ、何も変わりません。

立憲民主主義

定義立憲民主主義は、自由主義と民主主義の循環の関係のことです。

結論立憲民主主義は、多数決でも奪えないものがあることを前提にしています。

法の支配(4要素と条文)

立憲民主主義は、多数決でも奪えないものがあることを前提にしています。
では、法によって権力を縛るとはどういう考え方で、憲法のどこに現れているのでしょうか。

法の支配と人の支配

定義2つは対になる言葉です。

  • 法の支配:権力者個人ではなく、法によって権力を縛る考え方です(英米法の根幹)。
  • 人の支配:王や独裁者など、特定の誰かの意思で決まる状態です。

結論法の支配は、人の支配を否定します。

法の支配の4要素と条文。①憲法の最高法規性=第10章・98条1項、②侵すことのできない人権の保障=11条・97条、③適正手続の保障=31条、④裁判所の役割の尊重=第6章・81条(違憲審査権)

① 憲法の最高法規性

98条|第十章 最高法規(97〜99条)1項:この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

② 侵すことのできない人権の保障

11条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

97条|第十章 最高法規(97〜99条)この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

③ 適正手続の保障

結論法律さえあれば、何をしてもいいわけではありません。

法律の中身・手続そのものの正しさまで問います。

条文国民の生命や自由を奪うには、法律で定めた手続によらなければなりません。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

④ 裁判所の役割の尊重

条文81条は、裁判所に違憲審査権を与えています。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

法の支配と形式的法治主義

法の支配は、法の中身まで含めて権力を縛る考え方です。
では、同じく法で権力を縛る形式的法治主義とは、何が違うのでしょうか。

法の支配と形式的法治主義の比較。共通点は法による権力の制限。相違点①中身の検査=法の支配は内容の正しさまで要求し、形式的法治主義は要求しない(悪法も法なり)。相違点②政治体制=法の支配は民主主義と結びつき、形式的法治主義は政治的に中立

共通点

結論法の支配も形式的法治主義も、法によって権力を制限する点は同じです。

法の内容

結論法の中身の正しさを求めるかどうかが違います。

  • 法の支配:「正しい法」を要求します。
  • 形式的法治主義:手続が揃っていれば、正式な法として通します。

形式的法治主義と独裁制

注意「形式的法治主義は独裁制と結びつく」は誤りです。

形式的法治主義は特定の体制を選ばない(中立)からこそ、独裁の下でも採用されうるのです。

実質的法治主義

定義実質的法治主義は、内容の正しさまで求める考え方です。

法の支配とほぼ同じ中身です。

具体例第2次世界大戦後のドイツが、形式的法治主義への反省から、この考え方に転換しました。

全員が賛成して成立した法律なら、何をしてもよいか

結論法の支配では、内容が人権を侵害するなら、正しい法とは言えません。

手続と中身の両方を見て、初めて「正しい法」です。

注意形式的法治主義では、手続を踏んでいれば正式な法です。

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前文・国民主権と天皇制

前文の4つの段落

前文の役割

結論前文は、憲法を作った側が何を目指したかを残す部分です。

理由個々の条文を読むだけでは、その目的までは見えないからです。

注意中身を丸暗記する必要はありません。

何を宣言しているかをつかめば十分です。

4つの段落の宣言

前文の4つの段落ごとの宣言内容とキーワード(国民主権・平和主義・国際協調主義・理念実現の決意)

定義前文に出てくる2つの言葉は、次のとおりです。

  • 人類普遍の原理:どの国にも当てはまる原理です。
  • 平和的生存権:平和のうちに生存する権利です。

注意表の「1項〜4項」は、前文の第1段〜第4段を指します。

前文|前文第1段:日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

前文|前文第2段(第3文):われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

前文の法規範性と裁判規範性

前文は、憲法を作った側が何を目指したかを宣言する部分です。
では、前文はどのような効力を持つのでしょうか。

前文は法規範性を持つが、裁判規範性は原則として持たないことを定義・役割とともに比べた表

法規範性

結論前文は法規範性を持ちます。

条文前文を変えるにも、96条の改正手続が必要です。

理由前文も憲法の一部だからです。

具体例平和主義の条文を解釈するときに、前文の趣旨を参照します。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

裁判規範性

結論前文は、原則として裁判規範性を持ちません。

裁判で具体的な中身を根拠に主張できるのは、前文ではなく1条以下の条文です。

具体例平和的生存権だけを直接の根拠にして、損害賠償を求めることはできません。

長沼訴訟

事案長沼訴訟は、平和的生存権を根拠にした裁判です。

結論高裁と最高裁で、判断の仕方が違います。

  • 高裁:平和的生存権に裁判規範性は無いという立場をとりました。
  • 最高裁:代わりの施設ができて訴えの利益が失われたとして、訴えを退けました。

注意最高裁は、憲法判断そのものには踏み込んでいません。

つまり、平和的生存権の中身に正面から答えていません。

国民主権の意義

前文第1段は、主権が国民に存することを宣言しています。
では、国民主権とは何を意味するのでしょうか。

国民主権

定義国民主権とは、国の政治のあり方を最終的に決定する力または権威が、国民に存することです。

  • 力:権力性の契機(実際の行使)です。
  • 権威:正当性の契機(正当化の根拠)です。

2つの契機の中身は、第5節で見ます。

「主権」の3つの意味

国民主権の「主権」は、国の政治のあり方を最終的に決定する力または権威です。
では、条文に出てくる「主権」は、いつもこの意味なのでしょうか。

「主権」の3つの意味(統治権・最高独立性・最高決定権)と対応する条文

条文ごとの意味

結論同じ「主権」でも、条文ごとに意味が違います。

条文どの意味にあたるかは、次のとおりです。

  • 41条:①の意味です。
  • 前文第3段:②の意味です。
  • 1条:③の意味です(文言は「主権の存する日本国民」)。

1条の条文は、第8節で引用します。

注意単語だけ見て混同しないでください。

表の「前文3項」は、前文第3段を指します。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

前文|前文第3段:われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

最高決定権の2つの側面(権力性の契機と正当性の契機)

最高決定権としての主権は、「力」と「権威」の2つの側面を持ちます。
では、2つの側面はそれぞれ何を指し、どうつながるのでしょうか。

主権の力が正当性へ移り変わる流れ(憲法制定権力→正当性の契機の誕生→憲法改正権への転化)

権力性の契機

定義憲法を実際に作る力で、憲法制定権力といいます。

正当性の契機

定義憲法が作られた後に働く、国民の意思です。

あらゆる国家権力の行使を正当化する根拠になります。

憲法改正権への転化

結論憲法制定権力は、憲法の外に置きっぱなしにはされません。

憲法の中に閉じ込められ、憲法改正権に姿を変えて残ります。

理由憲法は、権力を作り出す法であると同時に、それを縛る法だからです。

主権者「国民」の範囲

主権は、国民に存します。
では、主権者である「国民」とは誰を指すのでしょうか。

主権者「国民」の範囲をめぐる3説(有権者説・全国民説・折衷説=通説)の対象と根拠

折衷説(通説)

結論短答で問われる通説は、折衷説です。場面で使い分けます。

  • 権力性の契機:投票する力の場面では、国民は有権者です。
  • 正当性の契機:権力行使を正当づける場面では、国民は全国民です。

理由どちらか一方の説だけでは、片方の場面が説明できません。

  • 有権者説:投票権を持たない人まで含めた「国民の総意」が説明できません。
  • 全国民説:実際に票を投じているのは有権者だという現実が説明できません。

自同性の原則

定義有権者と全国民の範囲のズレを埋める工夫です(自同性の原則)。

できるだけ両者を同じものとみなします。

主権者の決定の仕方(間接民主制と例外)

主権者である国民は、国の政治のあり方を最終的に決定します。
では、国民はどのような方法で決定するのでしょうか。

間接民主制

定義間接民主制(代表民主制)とは、代表を選んで決めさせる制度です。

結論原則は、間接民主制です。

理由すべてを国民が直接決めるのは、規模の点で現実的でないからです。

直接民主制的な制度

結論国のかたちに関わる場面では、例外として直接民主制的な制度があります。

具体例次の3つです。

  • 国民審査:最高裁判所の裁判官を、国民が審査します。
  • 国民投票:憲法改正を、国民投票にかけます。
  • 住民投票:特定の地域だけに適用される法律(地方特別法)を、住民投票にかけます。

天皇の地位(象徴・世襲)

主権は、国民に存します。
では、国民主権のもとで、天皇はどのような地位にあるのでしょうか。

象徴(1条)

結論天皇の地位の根拠は、天皇自身ではなく、主権の存する日本国民の総意です。

  • 地位:日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴です。
  • 主従関係:主権者である国民が主で、天皇の地位はそれに基づきます。これが1条の核心です。

注意1条の「主権」は、第4節の③最高決定権の意味です。

1条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

世襲(2条)

結論皇位は世襲です(生まれによって受け継がれます)。

注意世襲は、14条の平等原則の、正面からの例外にあたります。

14条は、生まれや家柄で人を別扱いしてはならないと定めています。

2条|第一章 天皇(1〜8条)皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

天皇と裁判権

天皇は、国民統合の象徴という特殊な地位にあります。
では、天皇に裁判権は及ぶのでしょうか。

天皇には民事裁判権も刑事裁判権も及ばないことと、それぞれの根拠(判例・皇室典範21条の類推)

民事裁判権

結論判例は、天皇には民事裁判権が及ばないとしています。

根拠は、天皇の象徴たる地位です。

理由天皇は国政に関与せず、国民統合の象徴という特殊な地位にあります。

通常の民事訴訟の当事者として法廷に立たせることは、その地位の性質になじみません。

天皇の民事裁判権最高裁判所判決天皇には、その象徴たる地位に鑑み、日本国憲法上、民事裁判権が及ばないと解される。

刑事裁判権

定義摂政とは、天皇が自分で国事行為を行えないときに、代わってそれを行う人です。

結論天皇には、刑事裁判権も及ばないと解するのが通説です。

理由摂政ですら、在任中は訴追されません。

本人である天皇は、なおさら訴追されません。

注意直接の条文はありません。皇室典範21条の類推です。

21条|皇室典範 第三章 摂政(16〜21条)摂政は、その在任中、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。

天皇の行為の分類

天皇は、主権の存する日本国民の総意に基づく象徴です。
では、天皇はどのような行為をすることができるのでしょうか。

天皇の行為4種類(私的行為・国政行為・国事行為・公的行為)の可否と根拠

私的行為

具体例学問研究です。

注意争いになるのは、私的行為ではなく、公の顔で行う①〜③です。

① 国政行為

定義国の実質的な意思決定に関わる行為です。

具体例総理大臣を選ぶことや、法律の中身を決めることです。

② 国事行為

定義政治性のない、形式的・儀礼的な行為です。

③ 国事行為以外の公的行為

定義憲法に明記されていない、儀礼的な行為です。

具体例お言葉や、式典への出席です。

注意根拠をめぐる学説は、第12節で見ます。

4条1項の意味

結論4条1項は、天皇の行為の範囲と権能を2点で絞っています。

  • 「のみ」:天皇の行為は、憲法に列挙された国事行為に絞られます。
  • 権能を有しない:「国政に関する権能を有しない」とは、実質的な決定権を一切持たないということです。

注意国会・内閣には、権限を与える条文があります。

天皇には無く、逆に持たないと書いてあります。

4条|第一章 天皇(1〜8条)1項:天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

国事行為(3条・6条・7条・4条2項)

天皇の行為は、憲法に列挙された国事行為に絞られます。
では、国事行為はどのようなしくみで行われ、何が含まれるのでしょうか。

国事行為のしくみ(内閣が決定→助言と承認→天皇は形式的・儀礼的に行う→責任は内閣)

しくみ(3条)

結論内閣が決めた行為を、天皇が形式的に行います。

責任は、天皇ではなく内閣が負います(3条後段)。

天皇は責任を負いません。

注意助言と承認について、次の2点に気をつけます。

  • 回数:実務では、事前と事後の2回ではなく、1回で足りるとされています。
  • 言い出す側:天皇の側から言い出して閣議にかけることはできません。

3条|第一章 天皇(1〜8条)天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

中身(6条・7条)

国事行為の具体例(6条1項・2項の任命、7条1〜10号、4条2項の委任)

結論6条では、誰にするかを実質的に決めるのは国会・内閣です。

天皇は、その結果を形式として確認するだけです。

6条|第一章 天皇(1〜8条)1項:天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。2項:天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。二 国会を召集すること。三 衆議院を解散すること。四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。七 栄典を授与すること。八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。九 外国の大使及び公使を接受すること。十 儀式を行ふこと。

任命と認証の区別

6条1項の任命7条5号の認証
性質天皇が総理を任命する行為そのものが国事行為内閣総理大臣がすでに決めた任免を、事後的に確認する行為
効力への影響―認証が無くても、任免の効力は生じている

注意7条5号の「認証」は、国務大臣などの任免そのものを天皇が行うという意味ではありません。

委任(4条2項)

結論天皇は、法律の定めるところにより、国事行為を委任できます。

これが臨時代行の根拠です。

注意摂政は、成年に達しない場合などに置かれる制度です。

臨時代行とは別の制度です。

4条|第一章 天皇(1〜8条)2項:天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。

国事行為以外の公的行為(4学説)

国事行為は、6条・7条に列挙されています。
では、お言葉や式典への出席など、そこに書かれていない行為の根拠をどう説明するのでしょうか。

国事行為以外の公的行為の根拠をめぐる4説と、それぞれの内閣の関与

学説の分かれ目

結論根拠を天皇の地位そのものに求めるか、内閣の関与に求めるかで、説が分かれます。

どちらを採るかで、内閣がこの行為にどこまで口を出せるかが変わります。

決着はついていません。

各説の共通点

結論どの説も、天皇が自らの意思で自由に行ってよいとはしません。

何らかの形で、内閣の関与や地位の枠組みを及ぼします。

皇室の財産と費用(8条・88条)

天皇の公的な行為には、内閣の関与や地位の枠組みが及びます。
では、皇室の財産と費用には、どのような縛りがあるのでしょうか。

皇室の財産と費用について、場面ごとに国会の議決が必要か不要かとその理由

財産の授受(8条)

定義賜与とは、ただで与えること(無償の贈与)です。

結論8条は、皇室がもらう側と出す側で扱いが違います(非対称)。

  • もらう:有償でも無償でも、国会の議決が必要です。
  • 出す:無償で与える(賜与)ときだけ、国会の議決が必要です。

理由8条のねらいは2つです。

  • 財産の集積を防ぐ:戦前は、皇室の莫大な財産が政治的な影響力の背景になっていました。
  • 特定の人との結び付きを防ぐ:財産のやり取りを通じて、皇室が特定の人や団体と強く結び付かないようにします。

注意皇室が有償で売るときは、議決は要りません。

財産が集まる方向にも、ただで与えて縁が生まれる方向にも当たらないからです。

8条|第一章 天皇(1〜8条)皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

8条と88条の共通の理由

結論8条も88条も、根っこにある理由は同じです。

理由天皇・皇室が、お金の力で政治に影響を及ぼすことを防ぐためです。

88条|第七章 財政(83〜91条)すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。

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平和主義と9条

9条をめぐる状況

結論自衛隊そのものの合憲性を、最高裁は正面から判断していません。

理由条文の読み方そのものが割れているからです(第2〜4節)。

裁判所が答えを避ける仕組みもあります(第7・8節)。

注意整理するのは、条文の文言・学説の対立・政府解釈の推移・裁判所の判断です。

9条1項(何を放棄するか)

9条をめぐる対立の出発点は、条文の文言です。
9条1項は、何を、どこまで放棄すると書いているのでしょうか。

9条1項が放棄する3つの対象(国権の発動たる戦争/武力による威嚇/武力の行使)

放棄の対象(3つ)

定義1項が放棄するのは、次の3つです。

  • 国権の発動たる戦争:国家が正式に行う戦争です。
  • 武力による威嚇:要求を突きつける威嚇です。
  • 武力の行使:実際に撃つ行為です。

条文3つの放棄には、「国際紛争を解決する手段としては」という限定が付いています。

注意撃たなくても、構えただけで対象に入ります。

この限定がどこまでを区切るかが、1項の対立点です。

9条|第二章 戦争の放棄(9条)1項:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

1項全面放棄説と1項限定放棄説

1項の学説対比(1項全面放棄説=あらゆる戦争を放棄・自衛隊は違憲/1項限定放棄説〈通説〉=侵略戦争のみ放棄・自衛隊は2項次第)

結論どちらの説を採るかで、自衛隊の扱いが変わります。

  • 1項全面放棄説:自衛のための実力を使う場面が無いので、自衛隊は違憲になります。
  • 1項限定放棄説:自衛のための戦争は、1項の文言上は放棄されていない余地が残ります。

なぜ1項限定放棄説が通説か

結論1項限定放棄説が通説です。

理由「国際紛争を解決する手段としては」は、国際法で侵略戦争を指す言い回しです。

全部放棄と読むと、この一句の意味が消えてしまいます。

9条2項(戦力不保持と交戦権の否認)

1項限定放棄説を採っても、それだけでは自衛隊の結論は決まりません。
9条2項は、何を持たず、何を認めないと定めているのでしょうか。

9条2項の構造(前項の目的を達するため/戦力の不保持/交戦権の否認)

2項の文言と交戦権

定義交戦権とは、戦争を行う国家に国際法上認められる権限です。

相手国の船を差し止めたり、占領地を統治したりする権限を指します。

注意2項の鍵になる文言は、「前項の目的を達するため」です。

9条|第二章 戦争の放棄(9条)2項:前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

2項の学説(1項限定放棄説を採った場合)

2項の学説マトリクス(2項全面放棄説〈通説〉=前項の目的を広く読み自衛隊は違憲/2項限定放棄説〈少数説〉=狭く読み自衛隊は合憲)

定義「戦力」の意味は、説によって次のように違います。

  • 2項全面放棄説:軍隊と、有事の際にそれに転化しうる程度の実力部隊です。
  • 2項限定放棄説:自衛のための必要最小限度を超える実力です。

結論2項限定放棄説では、必要最小限度にとどまる限り、「戦力」に当たりません。

なぜ2項全面放棄説が通説か

定義文民とは、軍人ではない人のことです。

結論通説は、少数説への3つの批判を理由に、2項全面放棄説を採ります。

理由3つの批判は、次のとおりです。

  • 区別の困難さ:「必要最小限度を超える実力」と「必要最小限度の実力」は、実際上ほぼ区別できません。技術も国際情勢も変わるので、線を引きにくいのです。
  • 交戦権否認との整合性:区別できたとしても、2項後段の「交戦権を認めない」の説明が難しくなります。実力を持ちながら交戦権が無いと、反撃はできても船の差止めや占領地の統治はできず、実力はあっても資格が無い状態になります。
  • 軍隊の規定の欠如:66条2項の文民条項は、大臣に軍人が就く事態を一応想定しています。しかし憲法全体で、軍隊の存在を前提にした規定は、66条2項のほかに一つも無いのです。自衛のための実力を持つことが最初から想定されていたなら、そうした規定がもっとあってもおかしくありません。

具体例徴兵や、軍の予算の統制についての規定がありません。

66条|第五章 内閣(65〜75条)2項:内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

学説の帰結(自衛隊は合憲か違憲か)

1項と2項には、それぞれ学説の対立があります。
組み合わせると、自衛隊の結論は何通りに分かれるのでしょうか。

学説×帰結の統合マトリクス(1項全面放棄説・2項全面放棄説=違憲/2項限定放棄説・政府見解=合憲)

結論並列の4択ではなく、1項限定放棄説を採ったときだけ、2項の対立に進みます。

1項が1本・2項が2つ・政府見解で、違憲2・合憲2の4通りです。

自衛権(放棄していないもの)

学説は、自衛のための実力をどこまで持てるかで対立しています。
では、どの説も共通して、9条が放棄していないとするものは何でしょうか。

自衛権

定義自衛権とは、急迫不正の侵害を実力で排除する権利です。

結論学説の対立にかかわらず、9条は自衛権そのものは放棄していません。

理由自衛権は、憲法が与えたものではなく、国家に当然備わる固有の権利だからです。

注意実力をどこまで持てるか(第2〜4節の対立)と、自衛権があるかは別の話です。

個別的自衛権と集団的自衛権

定義見分け方
個別的自衛権自国が武力攻撃を受けたとき、自ら実力で反撃する権利自国が撃たれたとき
集団的自衛権自国と密接な関係にある他国が攻撃を受けたとき、自国が直接攻撃されていなくても、共同して防衛する権利自国は攻撃されていないとき

具体例自国は無傷で、同盟国が攻撃され、共に反撃した場合は集団的自衛権です。

注意この2つの区別は、短答でよく問われます。

政府解釈と自衛隊

自衛隊は現に存在します。
政府は、9条と自衛隊・自衛権をどう解釈してきたのでしょうか。

9条の解釈の推移

結論政府の解釈は、次のように変わりました。

  • 制定当初:戦力は一切持てない、という立場でした(通説と同じ立場)。
  • 自衛隊の創設後:9条は、自衛のための必要最小限度の実力を持つことまでは禁じていない、という解釈になりました。

注意政府見解と2項限定放棄説は、結論が同じでも同じものとして扱いません。

政府が、結論に至る理由づけをはっきり示していないからです。

答案で「政府見解=2項限定放棄説」と書くと、不正確になります。

集団的自衛権の扱い

定義閣議決定とは、内閣が話し合って、政府としての方針を正式に決める手続です。

結論集団的自衛権についての政府の立場は、次のように変わりました。

  • 従来:集団的自衛権は持っているが、行使はできない、という立場でした。
  • 閣議決定の後:一定の要件のもとで、集団的自衛権の限定的な行使を認める解釈になりました。

注意良し悪しの評価ではなく、事実の推移として押さえます。

砂川事件と統治行為論

学説と政府解釈では、自衛隊の結論が分かれています。
では、裁判所は9条と安保条約について、何を判断したのでしょうか。

砂川事件

定義刑事特別法とは、米軍施設への無断立ち入りなどを処罰する法律です。

事案在日米軍の基地に立ち入った人が、刑事特別法違反で起訴されました。

  • 被告側:米軍の駐留は9条2項の「戦力」に当たり違憲なので、この法律も無効だと主張しました。
  • 第一審:駐留米軍は2項の「戦力」に当たり、違憲と判断しました(被告側の主張が通りました)。

結論最高裁は、駐留米軍は違憲ではないとして、原判決を破棄・差し戻しました。

  • 「戦力」の意味:わが国自体が指揮・管理する実力を指し、外国の軍隊は当たりません。
  • 条約の審査:高度の政治性を持つ条約は、一見きわめて明白に違憲無効と認められない限り、司法審査になじみません。
  • 自衛権:自衛権そのものは否定しない、とも述べました。

理由政治的な判断は選挙で選ばれた機関に委ね、最終的には国民の判断に委ねるべきだからです。

統治行為

定義統治行為とは、高度に政治的な国家の行為について、裁判所が憲法に合うかの判断そのものを控える考え方です。

条文統治行為は、違憲審査の権限(81条)が及ぶ範囲の問題です。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

変則的統治行為論と純粋な統治行為論

統治行為論の2つの形(砂川事件=変則的統治行為論・明白に違憲なら審査の余地を残す/苫米地事件=純粋な統治行為論・例外なく審査しない)

具体例問題になった国家の行為は、次のとおりです。

  • 砂川事件:安保条約(米軍の駐留)です。
  • 苫米地事件:衆議院の解散です。

砂川事件は何を判断したか

結論砂川事件が判断したのは、安保条約(米軍の駐留)です。

自衛隊そのものの合憲性を判断した最高裁判例はありません。

注意「砂川事件は自衛隊を合憲と認めた判決」というのは誤りです(よくある誤解)。

自衛隊をめぐる下級審(答えを避ける仕組み)

最高裁は、自衛隊そのものの合憲性を判断していません。
では、自衛隊をめぐる事件で、裁判所はどう答えを避けたのでしょうか。

警察予備隊違憲訴訟

事案ある政党の代表者が、警察予備隊(自衛隊の前身)の設置自体が違憲だとして、訴えました。

具体的な事件を離れて、直接最高裁に訴えたものです。

結論訴えは却下されました。

警察予備隊が合憲か違憲かには、触れていません。

理由具体的な事件を離れて、法令の違憲性だけを審査する制度は、日本の裁判所には無いからです。

恵庭事件

定義憲法判断回避とは、事件の解決に憲法判断まで必要でなければ、裁判所はそこまで踏み込まない、という準則です。

事案自衛隊の演習用の通信線を切った人が、自衛隊法違反で起訴されました。

結論切られた通信線は、その法律が定める処罰対象に当たらないので、無罪です。

9条には触れずに終わりました(憲法判断回避)。

長沼ナイキ訴訟

長沼ナイキ訴訟の三審の流れ(第一審=違憲→控訴審=訴えの利益消滅・平和的生存権も否定→上告審=憲法判断せず)

定義訴えの利益とは、裁判で判断してもらう実際の必要性です。

事案ミサイル基地を建設するため、保安林の指定を解除した処分が争われました。

結論三審の判断は、次のとおりです。

  • 第一審:正面から9条の判断に踏み込み、自衛隊は9条の「戦力」に当たり違憲と判断しました。
  • 控訴審:保安林の代わりの施設がすでに完成し、訴えの利益が失われたとして、一審判決を取り消しました。自衛隊の合憲性には深入りしていません。
  • 上告審:訴えの利益が無いという判断を維持し、憲法問題に触れないまま訴えを退けました。

最高裁・下級審の到達点

憲法判断を避けた事件(恵庭事件=法令解釈で回避/長沼ナイキ訴訟=訴えの利益で回避・一審だけ違憲判断)

結論自衛隊そのものの合憲性は、いまだに正面から判断されていません。

  • 警察予備隊違憲訴訟:具体的な事件が無いとして、門前払いしました。
  • 砂川事件:安保条約だけを判断しました。

平和的生存権(裁判例は割れている)

前文は、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を持つことを確認しています。
この平和的生存権を根拠に、裁判で権利を主張できるのでしょうか。

前文の裁判規範性

結論前文は、法規範性はありますが、裁判規範性は原則として無いとされます。

理由前文は、憲法の一部として拘束力は持ちます。

しかし抽象的すぎて、それだけを根拠に権利を主張することはできないからです。

前文(第2段)|前文日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

平和的生存権の裁判例

平和的生存権の裁判規範性(長沼控訴審=否定/名古屋高裁の傍論=肯定的な示唆)

定義傍論とは、判決の中で、その事件の結論を出すのに必須ではない部分で述べられた、裁判所の考え方です。

傍論は、結論そのものには影響しません。

結論裁判例は割れています。

  • 長沼控訴審:裁判規範性を否定しました。
  • イラク派遣差止訴訟:傍論で、肯定的な示唆をしました。

具体例イラク派遣差止訴訟でも、差止めの請求自体は認められていません。

注意原則は、裁判規範性は無いとされます。

ただし、局面によっては認められる余地がある、という指摘も出ています。

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明治憲法と八月革命説

明治憲法(大日本帝国憲法)の骨格

天皇主権

条文明治憲法1条は、代々続く天皇が統治すると定めています。

大権

定義憲法によって天皇に属するとされた、広い範囲の統治上の権限です。

条文明治憲法4条により、天皇が国家権力(統治権)を一手に握ります。

そして、憲法の条項に従ってこれを行います。

臣民権

定義明治憲法が定めた、臣民の権利です。

「臣民」とは、天皇に従う者という位置づけの言葉です。

注意人間だから当然に持つ権利ではなく、天皇が恩恵として与えた権利です。

権利の出どころが違います。

帝国議会の協賛

定義協賛とは、議会が同意を与えることです。

結論法律を作るには、帝国議会の協賛が必要でした。

形の上では立憲主義

結論憲法典・議会・権利の規定がそろっていました。

形だけを見れば、近代的な立憲主義の国に見えます。

外見的立憲主義(法律の留保)

明治憲法には、憲法典・議会・権利の規定がそろっていました。
では、明治憲法は立憲的意味の憲法といえるのでしょうか。

立憲主義の物差しに当てる

基準明治憲法
固有の意味の憲法統治のしくみがある満たす(天皇主権のもとで議会・臣民権の規定あり)
立憲的意味の憲法人権保障の向きに縛られている満たさない(決め手=臣民権の定め方)

法律の留保

定義権利の保障に条件を付ける仕組みです。

法律の留保には、2つの意味があります。

  • ①法律による権利制限:議会が作る法律を通さなければ、権利を制限できません。権力を縛る発想です。
  • ②法律による権利保障:裏返すと、法律さえ作れば、権利をいくらでも削れるということです。

条文明治憲法22条・29条など、多くの臣民権に決まり文句が付いています。

「法律ノ範囲内ニ於テ」という言葉です。

法律の留保の2つの意味(①法律による権利制限・②法律による権利保障)を明治憲法と日本国憲法で採用・不採用に分けた表

結論日本国憲法では、法律があっても、人権を不当に侵害してはなりません。

注意明治憲法では、留保があってもなくても、権利は弱いままでした。

  • 28条:信教の自由には、「法律ノ範囲内ニ於テ」の留保の言葉すら付いていません。留保が無いのに、法律によらず制限できると解されていました。
  • 形式的法治主義:「法律の根拠さえあれば足りる」という発想は、中身を問わない形式的法治主義に近いものです。

外見的立憲主義

結論明治憲法には、しくみはありましたが、人権保障の向きには縛られていませんでした。

つまり、立憲的意味の憲法ではなく、外見的立憲主義(形は近代憲法、中身は違う)です。

理由②法律による権利保障を、全面的に採用していたからです。

法律さえ作れば、人権を自由に制限できてしまいます。

だから、制限規範として機能していませんでした。

欽定憲法

定義君主が定める憲法を、欽定憲法といいます。

結論誰が定めたかで分類すると、明治憲法は欽定憲法です。

注意明治憲法は、当時のプロイセン憲法を手本にしました。

議会の力を抑え、君主に強い権限を残す点までならっています。

日本国憲法の制定経緯

明治憲法は、形だけの立憲主義にとどまる欽定憲法でした。
その明治憲法から、日本国憲法はどのような手順で生まれたのでしょうか。

降伏から憲法草案まで

制定経緯①(ポツダム宣言受諾→松本案→マッカーサー3原則→マッカーサー草案)

  • ポツダム宣言の受諾(昭和20年8月14日)
    ポツダム宣言は、日本に民主的で平和的な政府の樹立を求めていました。
    これを受けて、政府内で憲法改正の検討が始まりました。
  • 松本案:政府が最初にまとめた改正案です。
    天皇主権を維持したまま、部分的な修正にとどめる案で、明治憲法の骨格にはほとんど手を付けていませんでした。
    占領当局の側から拒否されました。
  • マッカーサー3原則:次の3つです。
    ①天皇は国の元首の地位にあるが、国民主権に基づく
    ②戦争の放棄
    ③封建制度の廃止
  • マッカーサー草案:3原則をもとに、GHQ側が作った具体的な条文案です。
    国民主権・戦力の不保持など、今の憲法の骨格がすでに現れています。

帝国議会の審議から施行まで

制定経緯②(憲法改正草案要綱の公表→帝国議会の審議・可決→公布→施行)

  • 憲法改正草案要綱:マッカーサー草案を、政府が日本語化したものです。
    公表され、帝国議会に提出されました。
  • 帝国議会の審議・可決:若干の修正を経て可決しました。
  • 公布:昭和21年11月3日
  • 施行:昭和22年5月3日

条文審議の手続は、明治憲法73条の改正手続によりました。

「憲法を改正するときは、天皇の命令で帝国議会にかける」という手続です。

注意手続としては、明治憲法の改正という形を取りました。

押し付け憲法論

日本国憲法は、GHQの草案を土台に、明治憲法の改正という形で成立しました。
では、この憲法は国民の意思に基づくといえるのでしょうか。

押し付け憲法論の主張

結論国民が自由な意思で制定したとは言えず、効力にも疑問がある、という主張です。

理由GHQという占領当局が主導して作った草案が、土台になっているからです。

通説の3つの応答

結論この憲法は国民の意思に基づく、と説明します(通説)。

理由応答は3つあります。

  • ①民間の草案:民間でも、国民主権を掲げる憲法草案が作られていました。GHQの案だけが、唯一の源ではありません。
  • ②議会の修正:帝国議会の審議で、国民から選ばれた議員が実際に修正を加えました。まったくの丸のみではありません。
  • ③その後の支持:施行後、長年にわたり国民の多くが支持し続けてきました。改正を求める大きな動きが実らず今日まで来た事実自体が、国民の受容を示します。制定の場面だけでなく、その後の時間も含めて見ます。

具体例①と②には、次のような例があります。

  • ①民間の草案:民間の研究団体がまとめた草案に、主権が国民にあることを正面から掲げたものがありました。
  • ②議会の修正:生存権の規定も、審議の中で議員の提案から加えられました。

上諭と前文の矛盾

日本国憲法は、明治憲法の改正手続を踏んで成立しました。
その成立の仕方と、憲法自身が宣言する主権者は整合するのでしょうか。

同じ1冊の中の矛盾(上諭=明治憲法73条の改正手続で天皇が裁可/前文=主権が国民に存することを宣言)

上諭と前文

定義上諭は、前文の前にある、天皇による裁可の言葉です。

帝国議会の議決を経たうえで、裁可・公布したとしています。

結論上諭と前文では、誰が主権者かという前提が食い違います。

  • 上諭:天皇主権の明治憲法を、天皇の裁可で改正したことになります。
  • 前文:この憲法を、国民主権に基づいて制定・確定したことになります。

前文|前文第1段・第1文:日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

限界説(通説)

定義96条や73条のような改正手続を踏んでも、変えてよい範囲には限界があるとする説です。

結論73条の手続で天皇から国民に主権者が変わった、とは説明できません。

だから、上諭と前文は、単なる言葉の綾ではなく論理として矛盾します。

理由主権者が誰かは、憲法の一番の土台にある事柄だからです。

  • 憲法制定権力:憲法制定権力は、憲法ができあがると憲法改正権に姿を変えます。
  • 憲法改正権:改正権は、主権者から与えられた権限です。
  • 限界の外:改正権を使って、与え主である主権者そのものを取り替えることはできません。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

改正無限界説

定義73条の手続さえ踏めば、主権の所在を含め、理屈のうえで何でも変えられるとする説です。

結論この説を採れば、そもそも矛盾は生まれません。

注意限界説が通説だからこそ、矛盾を埋める理屈が必要になります(8月革命説)。

8月革命説(通説)

限界説に立つと、上諭と前文は論理として矛盾します。
では、主権者が天皇から国民に替わったことを、法的にどう説明するのでしょうか。

8月革命説(天皇主権の明治憲法→ポツダム宣言受諾=法的な意味での革命→国民主権・実質は新規制定の民定憲法)

8月革命説の内容

定義昭和20年8月、ポツダム宣言を受け入れた時点で、法的な意味での革命があったとする説です。

天皇主権から国民主権へ変わったと説明し、提唱者は宮沢俊義です。

結論日本国憲法は、実質的には明治憲法の改正ではなく、国民が新たに作った民定憲法です。

73条の手続を踏んだのは、混乱を起こさないための技術的な工夫にすぎません。

つまり、上諭は形式、前文が実質です。

理由限界説を採る限り、主権者が入れ替わったことを法的に説明する理屈がどうしても要ります。

それを埋めるのが8月革命説なので、通説になりました。

注意ここでいう「革命」は、武力で政権をひっくり返す、政治的な意味の革命ではありません。

主権者の交代を法的に説明するための擬制(理論上そう扱う)です。

明治憲法の扱い

結論明治憲法は、全部なくなったわけではありません。

国民主権に反する限りで、重要な変更を受けます。

具体例73条が定める天皇の裁可・貴族院の議決は、実質的な拘束力を失いました。

対立する説

対立説の骨子(8月革命説・ノモス主権論・改正無限界説)の表

定義主な説は、次の3つです。

  • 8月革命説:宮沢俊義の説です。日本国憲法を、実質的には新たに制定された民定憲法とします。
  • ノモス主権論:尾高朝雄の説です。主権は天皇でも国民でもないとし、明治憲法との連続性を保ったまま説明します。
  • 改正無限界説:主権の変更も含めて、理論上どこまでも改正できるとします。8月革命説という理屈そのものが、要らなくなります。

注意宮沢と尾高の間には、学説上のやり取りがありました。

どちらの説を採るかで、8月革命説が必要かどうかも変わります。

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第2章人権総論

#6単独ページ動画

人権とは何か

人権の3つの性質(11条)

人権の性質3点表(固有性=人間であることに当然に伴う/不可侵性=国家権力・法律でも侵せない/普遍性=人種・性別・身分に関係なく及ぶ、根拠はいずれも11条)

固有性・不可侵性・普遍性

定義人権には、次の3つの性質があります。

  • 固有性:人間であることに当然に伴う権利で、国家から恵んでもらったものではありません。
  • 不可侵性:国家権力によっても、法律によっても、侵すことができません。
  • 普遍性:人種・性別・身分に関係なく、すべての人間に当然に及びます。

結論人権は「国家が与える恩恵」ではなく、人間であることから当然に生まれる権利です。

条文3つの性質を定めているのが、11条です。

「侵すことのできない永久の権利」が不可侵性を、「現在及び将来の国民」が普遍性・固有性を裏づけます。

注意明治憲法の臣民権には、3つの性質がありませんでした。

  • 固有性:天皇が与えた恩恵にすぎず、与えた側はいつでも取り上げられました。
  • 不可侵性:法律で簡単に制限できました。
  • 普遍性:「臣民」は天皇との関係で決まる立場で、そこから外れた人には及びませんでした。

11条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

97条との関係

条文97条も、同じ3つの性質を、「信託された」という言葉で言い直しています。

97条|第十章 最高法規(97〜99条)この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

人権の根拠(個人の尊重)

定義個人の尊重とは、一人ひとりの人間を、かけがえのない存在として尊重する考え方です。

国家や社会のための道具として扱わない、という発想です。

全体のために個人を犠牲にする全体主義とは、正反対です。

結論人が人権を当然に持つ根拠は、個人の尊重にあります。

条文13条の「すべて国民は、個人として尊重される」に表れています。

注意個人の尊厳と呼ぶ基本書もあります。

同じものの別の呼び名です。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

人権総則の入り口(11条・12条・13条)

定義11条・12条・13条の3つは、人権総則の入り口にあたる条文です。

条文12条は、権利を「国民の不断の努力によつて」保持しなければならない、と定めています。

権利は、黙っていても守られるわけではありません。

12条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

「人権」と「憲法上の権利」

人権は、人間であることから当然に生まれる権利です。
では、「人権」という言葉が指す範囲は、誰が使っても同じなのでしょうか。

「人権」と「憲法上の権利」の対比表(近時の有力説=前国家的な権利だけを人権と呼び憲法上の権利と区別/多くの基本書=両方とも人権と呼ぶ)

定義前国家的な権利とは、国家ができる前から、人が当然に持つ権利です。

憲法上の権利とは、憲法が条文として書き込んだ権利です。

結論試験との関係では、どちらの呼び方を採るかの実益は、あまり大きくありません。

大事なのは、「人権」という言葉に複数の段階があると知っておくことです。

注意このノートでは、広い意味で「人権」という言葉を使います。

人権の分類(5類型)

広い意味の人権は、性質によって分類できます。
では、どのような分類があり、それぞれ国家とどう向き合うのでしょうか。

人権の分類5類型表(自由権・参政権・社会権・受益権・総則的権利の性質と具体例)

定義各分類は、国家との関係で、次のようにも呼ばれます。

  • 自由権:国家からの自由です。何かをしてもらうのではなく、放っておいてもらう権利です。
  • 参政権:国家への自由です。
  • 社会権:国家による自由です。自由権とは、向きが逆です。
  • 受益権:国務請求権とも呼ばれます。国家の仕組みを使って、自分の権利を実現してもらう権利です。

分類の相対性(知る権利)

人権は、5つの類型に分類できます。
では、1つの人権は、必ずどれか1つの類型に決まるのでしょうか。

分類は相対的

結論分類は絶対ではなく、相対的です。

「この人権は自由権だ」と1つに固定するより、その場面でどの側面が働いているかを見ます。

知る権利の3側面

知る権利の3側面表(自由権的側面=集会情報の公表を止める場面/参政権的側面=投票先を決める場面/受益権・社会権的側面=情報公開請求の場面)

定義知る権利は、表現の自由から導かれる権利です。

結論同じ知る権利が、場面によって3つの側面を見せます。

  • 自由権:「余計な口出しをするな」として働きます。
  • 参政権:意味のある一票を投じる前提として、参政権を支えます。
  • 受益権・社会権:国や自治体に「開示せよ」と積極的に求める性格を帯びます。

注意試験で問われるのは、「知る権利は何権に分類されるか」の暗記ではありません。

問題文の中で、どの側面が問題になっているかを見分けることです。

権利の強さ(3段階)

25条は、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障しています。
では、生活が苦しい人は、25条だけを根拠に、裁判所で必ず救済を受けられるのでしょうか。

3つの段階

権利の強さ3段階表(具体的権利=裁判規範性あり/抽象的権利=具体化する立法が必要〈例:25条→生活保護法〉/プログラム規定=裁判規範性なし)

定義3つの段階は、次のとおりです。

  • 具体的権利:それだけで、裁判所に救済を求められる権利です。
  • 抽象的権利:権利として存在はしますが、具体化する法律があって初めて、裁判所を動かせます。
  • プログラム規定:国政の目標を示すだけで、裁判規範性はありません。

結論憲法に書いてある権利にも、強さの段階があります。

注意プログラム規定は、人権そのものではありません。

25条の生存権の位置づけ

結論25条の生存権は、抽象的権利にとどまります。

25条だけを根拠に裁判所へ行っても、直ちに救済されるわけではありません。

理由生活保護法のような具体化する法律があって、初めて具体的な請求として機能するからです。

注意次の2点を区別します。

  • 書いてあることと勝てること:憲法に書いてあることと、裁判で勝てることは別です。差を生むのは、具体化する法律が間にあるかどうかです。
  • 平和的生存権:25条の生存権は、前文の平和的生存権とは別の権利です。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

制度的保障

ここまでは、人権そのものの性質と強さを見てきました。
では、人権ではなく制度そのものを憲法が保障するとは、どういう考え方なのでしょうか。

制度的保障の理論の歴史(形式的法治主義の明治憲法→制度的保障の理論が歯止めに→法の支配の日本国憲法→採用の必要性は乏しくむしろ人権保障を弱めうる→採用の2要件)

制度的保障の意義

定義制度的保障とは、ある制度そのものを、憲法が客観的に保障するという考え方です。

人権そのものではなく、それを支える入れ物を守る発想です。

結論制度の核心部分は、法律の改廃では変えられず、憲法改正が必要になります。

具体例20条の政教分離です(国家と宗教を分離する制度)。

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。3項:国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

理論が生まれた理由

定義形式的法治主義とは、手続さえ踏めば、中身がどうであれ法律が通ってしまう考え方です。

結論制度的保障は、権利そのものが弱かった時代の歯止めとして生まれました。

理由明治憲法の臣民権は、天皇からの恩恵で、法律で簡単に制限できました(外見的立憲主義の状態)。

そこで、「権利」とは別に「制度」を憲法上保障し、その核心だけは立法でも侵せないと解しました。

こうして、一定の歯止めをかけることができたのです。

日本国憲法の下での評価

結論法の支配を採る日本国憲法の下では、採用の必要性は乏しいとされます。

それどころか、むしろ人権保障を弱めてしまうことがあります。

理由それぞれ、次の理由によります。

  • 必要性が乏しい:法の支配は法律の中身まで問うので、権利自体がすでに守られています。
  • 人権保障を弱める:核心さえ守られていれば、中身がいくら削られても、法的には文句を言えません。制度そのものを守ることと、その中身の充実を守ることは別なのです。

具体例政教分離にこの理論を当てはめると、国家と宗教の結びつきが、かなりの程度許容されうることになります。

その結果、少数者の信教の自由が、かえって害される可能性があります。

注意「制度的保障=人権を守る理論」と単純に暗記しないようにします。

制度的保障が使われていることは、人権が守られていることを意味しません。

採用の2要件

結論制度的保障を採用するには、次の2つの要件を満たす必要があります。

  • 核心:制度の核心が明確であること。
  • 人権との関係:制度と人権との関係が密接であること。

理由核心が決まらないまま持ち出すと、「核心だから法律では動かせない」という結論だけが一人歩きするからです(1つ目の要件)。

具体例「地域の文化」を制度として保障せよ、という主張は、2つの要件を満たしません。

  • 核心:守るべき核心が、どこまでなのか決まりません。
  • 人権との関係:その文化が、誰のどの人権を支えているのかが、はっきりしません。

注意2つの要件を満たさない限り、安易に制度的保障を持ち出すべきではありません。

人権の享有主体(国民・天皇皇族・未成年者)

ここまでは、人権の中身を見てきました。
では、そもそも誰が人権を持つのでしょうか。

国民

国民の享有主体性表(国民の要件=10条→国籍法/血統主義=国籍法2条/出生地主義=アメリカなど/国籍離脱の自由=22条2項・無国籍になる自由は無い)

結論日本国民の要件は、憲法ではなく、国籍法という法律が定めます。

条文10条が、国民の要件を法律に委ねています。

22条2項は、国籍を離脱する自由を保障しています。

注意次の2点に気をつけます。

  • 血統主義と出生地主義:親を見るのが血統主義、生まれた場所を見るのが出生地主義です。対比で押さえます。
  • 国籍離脱:無国籍になる自由まではありません。国籍法が、その手続に一定の制限を置いています。

10条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)日本国民たる要件は、法律でこれを定める。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

天皇・皇族

天皇皇族・未成年者の特例表(天皇・皇族=国民として人権享有主体・象徴という特別な地位から選挙権・政治活動の自由は制限/未成年者=当然に人権享有主体・心身の発達過程にあることから限定的パターナリスティックな制約)

結論天皇も皇族も、原則として、国民として人権の享有主体です。

ただし、象徴という特別な地位を理由に、必要最小限度の特例が認められます。

理由選挙権や政治活動の自由が制限されるのは、特定の政党に肩入れしては、国民統合の象徴になれないからです。

未成年者

定義限定的なパターナリスティックな制約とは、本人自身を守るために、本人の自由のほうを制限する制約です。

結論未成年者も、当然に人権の享有主体です。

ただし、心身の発達過程にあることを理由に、一定の限定的な制約が認められます。

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#7単独ページ動画

外国人の人権とマクリーン事件

外国人の人権享有主体性(否定説・文言説・性質説)

問いの立て方

結論外国人に保障されるかは、条文の書き分けだけでは決まりません(判例・通説)。

問うべきは、どの人権が、どの範囲で外国人に及ぶかです。

条文憲法は、主語を書き分けています。

  • 「何人も」:22条1項の職業選択の自由などです。
  • 「国民は」:25条1項の生存権などです。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

3つの立場

外国人の人権享有主体性をめぐる3つの立場(否定説〈少数説〉・文言説・性質説〈判例・通説〉)の論拠と結論の対比表

定義まず、人権規定が外国人に及ぶかで、否定説と肯定説に分かれます。

肯定説は、どの人権がどこまで及ぶかで、さらに2つに分かれます。

  • 否定説:3章の表題「国民の権利及び義務」を重視し、外国人には人権規定が適用されないとします。
  • 文言説(肯定説):「何人も」の権利だけが、外国人にも保障されるとします。
  • 性質説(肯定説):権利の性質上、日本国民のみを対象とするものを除き、外国人にも適用されるとします。

否定説が少数説である理由

結論外国人にも、一定の範囲で人権は及びます(肯定説)。

理由次の2つです。

  • 前国家的な権利:人権は、国家ができる前から人が当然に持つ権利です(11条・97条の発想)。
  • 国際協調主義:憲法は、前文や98条2項で国際協調主義を採っています。

11条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

97条|第十章 最高法規(97〜99条)この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

98条|第十章 最高法規(97〜99条)2項:日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

文言説が採られない理由

結論多数説は、文言説を採りません。

理由文言だけを基準にすると、矛盾が起きるからです。

22条2項は「何人も」と書くので、国籍離脱の自由まで外国人に保障されることになります。

しかし外国人は、そもそも日本国籍を持っていません。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

性質説(判例・通説)

結論文言ではなく、権利の性質で決めるのが判例・通説です。

注意性質説は、考え方の枠組みにすぎません。

中身を埋めるのは、人権ごとの理由づけです(第3〜7節)。

マクリーン事件(保障されているのに、不利益に扱われることがある)

判例・通説は、権利の性質で保障の有無を決める性質説を採ります。
最高裁は性質説をどう定式化し、在留の場面にどう当てはめたのでしょうか。

事案

マクリーン事件の事案(アメリカ国籍の人物が在留中に政治活動に参加→法務大臣が在留期間の更新を拒否)と最高裁の3つの判示

事案更新を拒否した理由は、在留中の政治活動でした。

この人物は、それを不服として裁判を起こし、最高裁まで争われました。

3つの判示

結論最高裁は、次の3つを述べました。

  • ①性質説の定式:基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ。
  • ②在留の許否:外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではない。
  • ③在留制度のわく内:外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当である。在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を、在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしゃくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。

理由②により、在留を続けさせるかどうかは、そもそも国の裁量です。

更新するかどうかも、法務大臣の裁量に委ねられます。

そのため、政治活動をした事実を裁量の一事情として考慮しても、違法ではありません。

注意政治活動の自由は、外国人にも保障されます(第7節)。

  • できないこと:政治活動そのものを禁止したり、処罰したりすることです。
  • できること:政治活動をした事実を、在留の判断材料にすることです。

「保障される」と「不利益抜きで自由にできる」は、同じではありません。

マクリーン事件最高裁判所大法廷判決性質説の定式と、在留の許否基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶ。外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではない。保障されているのに、考慮されうる外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当である。在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を、在留期間の更新の際に消極的な事情としてしんしゃくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない。

保障されない人権①:選挙権(国政と地方で結論が変わる)

外国人の人権は、在留制度という枠の中で保障されます。
では、性質説を個々の人権に当てはめると、選挙権はどうなるのでしょうか。

選挙権の外国人への及び方(国政=憲法上の保障なし・法律での付与も禁止/地方=憲法上の保障なし・法律での付与を許容する説が通説・判例も傍論で同旨)

国政レベルの選挙権

結論国政選挙権は、性質上、日本国民のみを対象とします(判例も同旨)。

憲法上保障されないだけでなく、法律で与えることも許されません。

理由憲法は、国民主権の原理を採っています(前文・1条)。

国政選挙は、この国民主権を具体化する場面です。

外国人に与えると、国民主権原理そのものに反します。

1条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

地方レベルの選挙権(憲法上の保障)

結論地方選挙権も、憲法上は保障されません(通説・判例)。

93条2項の「住民」は、日本国民である住民を指します。

理由地方公共団体も、日本の統治機構の一部だからです。

注意外国人も、その地域に住んでいれば「住民」ではないか、とする見解もあります。

93条|第八章 地方自治(92〜95条)2項:地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

地方レベルの選挙権(法律による付与)

定義法律で与えてよいかについて、2つの見解があります。

  • 禁止説:国政と同じに考え、法律による付与も許されないとします。
  • 許容説:法律による付与は許されるとします。

結論法律で永住者などに地方選挙権を与えることは、憲法上禁止されていません(許容説が通説)。

判例も、傍論で同じ趣旨を述べています。

理由国民主権との関わりの深さが、国政と地方で違うからです。

外交や国防は、国政の仕事です。

住民の暮らしに関わる公共的な事務は、その地域の住民自身が担うべきだという考え方が、地方自治の規定にあります。

注意傍論は、判決の直接の結論ではありません。

  • 国政:憲法上の保障なし、法律による付与も不可です。
  • 地方:憲法上の保障なし、ただし法律で与える余地があります。

保障されない人権②:公務就任権(公務員になる資格)

選挙権は、国民主権原理から外国人には保障されません。
では、公務員になる資格も、同じように否定されるのでしょうか。

公務就任権と通説の3分類

公務就任権の通説3分類と外国人の適格(①統治作用に直接関わる管理職=×/②関わりが弱い専門的・技術的管理職=○/③補佐的・補助的な事務=○)と東京都管理職選考事件の判示

定義公務就任権は、公務員になる資格です。

14条1項の平等権、または22条1項の職業選択の自由から導かれると解されています。

結論通説は公務を3つに分け、①だけを日本国民のみの対象とします。

②と③は、外国人にも保障されます。

理由①は、公権力の行使や公の意思の形成に直接関わるので、国民主権原理が及ぶからです。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

東京都管理職選考事件

事案地方公共団体の職員だった特別永住者が、管理職への昇任試験を受けようとしました。

日本国籍が無いことを理由に受験を認められず、受験資格の確認を求めて訴えました。

結論管理職試験全体を外国籍の職員に受けさせなくても、違憲ではありません。

  • 公権力行使等地方公務員:住民の権利義務を直接形成したり、重要な施策を決定したりする職です。国民主権原理に照らし、原則として日本国籍を持つ人が就くことが想定されています。
  • 一体的な任用制度:この職と、昇任のために経るべき職とを一体のものとして扱う人事制度を作ることも認められます。

理由判決は、2つの段階を分けて判断しています。

  • 制度を作ること:一体の任用制度を作ること自体は、地方公共団体の判断でできるとされました。
  • 区別の合理性:制度を適正に運営する必要がある以上、日本国民に限る区別には合理的な理由があります。管理職に必要な職務経験を積ませる仕組みなので、国籍で分けても14条1項に反しません。

注意通説からすれば、昇任の手前の②③の職には、本来、保障が及びます。

それでも違憲でないのは、「日本国籍が無いから一律に不可」だからではありません。

「一体的な人事制度を組むことが許される」からです。

合理的な理由が問われるのは、一体化ではなく、日本国民に限る区別の側です。

保障されない人権③:社会権(法律で及ぼせる)

公務就任権は、統治作用への関わりの強さで結論が分かれます。
では、国に積極的な給付を求める社会権は、外国人に保障されるのでしょうか。

社会権の性質

定義社会権は、国に積極的に手を貸すよう求める権利です。

結論社会権は、性質上、日本国民のみを対象とします(通説)。

憲法上は、外国人に保障されません。

理由社会権は、各人が所属する国によって保障されるべき権利だからです。

注意財政上の支障が無い限り、法律で外国人にも及ぼすことは許されます。

憲法だけでは動かず、法律によって初めて機能する点は、生存権の構造と同じです。

塩見訴訟

事案障害を負った人が、障害福祉年金を請求しました。

しかし国民年金法は、その受給資格を日本国民に限っていました。

結論社会保障で在留外国人をどう扱うかは、国の政治的な判断に委ねられます。

限られた財源の中で、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも、許されます。

注意生活保護法が不法に滞在する人を対象外としていた事件でも、同じ理屈が確認されています。

どちらも、外国人の処遇は立法府の判断に委ねられる、という原理です。

入国・在留・出国・再入国(同じ「行き来」でも結論が逆になる)

社会権は、性質上外国人に及ばず、法律で及ぼせる権利です。
では、日本への出入りに関わる4つの自由は、外国人に保障されるのでしょうか。

外国人の出入国に関わる自由(入国=ない/在留=ない・マクリーン事件/出国=ある・22条2項/再入国=判例上ない・学説は批判)

入国の自由

結論外国人が日本に入る自由は、憲法上保障されません(判例・通説)。

理由誰の入国を認めるかは国家の自由な裁量に委ねられる、というのが今日の国際慣習だからです。

在留の自由

結論在留を続ける自由も、保障されません。

理由入る自由が無い以上、居続ける自由も無いからです(マクリーン事件の理屈)。

出国の自由

結論日本から出て行く自由は、外国人にも保障されます(判例・通説)。

条文根拠は22条2項前段の「外国に移住」する自由です。

同じ22条2項後段が、国籍離脱の自由の根拠です。

理由入国は国家の管理下にありますが、出国はその管理と関わりません。

出て行く人を、国が引き止める理由が無いからです。

注意入国は国の裁量、出国は自由で、結論が逆になります。

「出入国」とひとまとめにすると、この違いが見えなくなります。

再入国の自由

定義再入国とは、一度日本を出た外国人が、もう一度日本に戻ることです。

結論判例は、再入国の自由も保障されないとしています。

判例は、「外国人は、憲法上、外国へ一時旅行する自由を保障されているものでない」と述べます。

理由入国や在留の自由が保障されない以上、再入国も同じだからです。

注意学説からは強い批判があります。

生活の本拠に戻る権利なので、一時的な入国とは違い、人権として保障されるべきだという指摘です。

判例と通説が一致しない、数少ない場面の一つです。

保障される人権(政治活動の自由は在留制度の枠内)

外国人に保障されない人権は、国民主権や所属する国、国の裁量に関わるものでした。
では、外国人にも保障される人権は、どこまで保障されるのでしょうか。

外国人に保障される人権(自由権=経済的自由には法律上の制限あり/政治活動の自由=在留制度の枠内/平等権・請願権・裁判を受ける権利・刑事補償請求権=程度が弱まる場合あり/国家賠償請求権=性質上は及ぶが相互主義)

自由権一般

結論自由権は、原則として外国人にも保障されます。

理由自由権は、社会権と違い、前国家的・自然権的な権利だからです。

注意お金に関わる自由(経済的自由)には、外国籍を理由にした制限が認められています。

  • 具体例:公証人になれない、無線局を開設できない、という法律上の制限です。

政治活動の自由

定義政治活動の自由は、表現の自由の一部です。

結論性質上、外国人にも保障されます(通説)。

ただし、日本の政治のゆくえに行き過ぎて口を出す形にならない範囲で認められます。

理由保障される理由は、次の2つです。

  • 前国家的な権利:精神的自由権は、前国家的な権利です。
  • 民主主義に有益:外国人の政治的な意見も、日本の民主主義にとって有益です。

範囲が限られるのは、選挙権のような参政権が、国民主権原理から国民だけのものだからです。

注意保障されても、在留期間の更新の際に、不利益な事情として考慮されることはありえます(マクリーン事件)。

  • 入り口の問題:保障されるかどうかです。
  • もう一段の問題:保障されても、在留制度の枠の中にあることです。

その他の権利

結論平等権・請願権・裁判を受ける権利・刑事補償請求権は、外国人にも保障されます。

ただし、保障の程度が弱まる場合はあります。

注意国家賠償請求権だけは特殊で、性質上は及びますが、相互主義が採られています。

  • 相互主義:相手の国が日本人に賠償請求権を認めているなら、日本もその国の人に認める、という考え方です。
  • 国家賠償法6条:この考え方が定められています。

6条|国家賠償法この法律は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り、これを適用する。

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#8単独ページ動画

法人の人権と八幡製鉄事件

団体の人権享有主体性(法人にも人権はあるか)

団体の範囲

定義ここでいう団体には、法人のほか、権利能力なき社団も含みます。

権利能力なき社団とは、法律上は人ではないけれど、実質は法人と変わらない団体です。

具体例会社が法人の典型で、サークルのような団体が権利能力なき社団の典型です。

法人に人権を認める理由

結論法人などの団体にも、権利の性質上可能な限り、人権の保障が及びます。

これが学界の一致した理解です。

理由人権は本来、生身の人間である自然人の権利ですが、次の2つの理由から団体にも及ぼします。

  • 社会的実在:法人などの団体は、社会の中で自然人と同じように活動する実体で、現代社会に欠かせない存在です。
  • 構成員への帰属:法人の権利の効果は、最終的に、そこに集まる自然人の活動を守ることにもなります。

具体例法人に人権がまったく無いと、契約を結ぶ自由も財産を持つ自由も、法人の名で主張できません。

法人が社会で担う役割そのものが、成り立たなくなります。

八幡製鉄事件(性質上可能な限り)

事案ある製鉄会社が、特定の政党に政治資金を寄付しました。

この寄付が、会社の目的の範囲内かどうかが争われました。

結論最高裁は、「憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用される」としました。

この判示が、法人の人権享有主体性を認めた根拠として引用され続けています。

寄付は、会社の目的の範囲内だと認められました。

理由会社も社会の中で活動する存在である以上、政治にかかわることもその活動の一つだからです。

注意外国人の人権では「日本国民のみを対象とするものを除き」、団体では「性質上可能な限り」と表現が違います。

しかし、その権利の性質が対象を限定しているかで判定する点は同じ発想です。

八幡製鉄事件最高裁判所大法廷判決性質上可能な限り憲法第三章に定める国民の権利および義務の各条項は、性質上可能なかぎり、内国の法人にも適用される。

団体に保障される人権と保障の程度

団体にも、権利の性質上可能な限り、人権が及びます。
では、具体的にどの人権が、どこまで保障されるのでしょうか。

団体に保障される/されない人権の比較表(精神的自由の内面=×・外面=○、経済的自由=○だが自然人より広く規制可能、政治活動の自由=○で自然人と同程度、社会権・選挙権・人身の自由=×)

精神的自由(内面と外面)

結論精神的自由は、内面と外面で分かれます。

  • 内面的な精神活動の自由:信仰そのもの(心の中で何を信じるか)は、法人には保障されません。
  • 外面的な精神活動の自由:宗教的な行為をする自由・宗教団体を作る自由・表現の自由は、法人にも保障されます。

具体例政党の政治活動や、報道機関の報道の自由が典型です。

経済的自由(保障の程度)

結論経済的自由は法人にも保障されますが、保障の程度に差があります。

社会国家の理念から、自然人よりも広い範囲の規制が許されると解されています。

理由自然人と法人では、経済的自由の意味が違います。

  • 自然人:職業を選ぶことも財産を持つことも、その人の生活や人格の発展に直結しています。
  • 法人:経済活動は多くの場合、大きな経済力を背景にしていて、社会の公正さを保つために調整する必要が大きいのです。

具体例一つの会社が値段や仕入れ先を決めるだけで、その街の小さな店が立ち行かなくなることがあります。

保障されない人権

結論生身の個人であることを前提とする権利は、法人には保障されません。

具体例社会権、選挙権・被選挙権、一定の人身の自由(住居の不可侵、逮捕・抑留に関する権利など)です。

政治活動の自由の保障の程度

政治活動の自由そのものは、外面的な精神活動として法人にも保障されます。
では、その保障の程度は、自然人と同じなのでしょうか。

八幡製鉄事件(自然人と同程度)

結論判例は、会社の政治活動の自由を自然人と同程度に認めました。

  • 政治的行為の自由:「会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有する」としました。
  • 政治資金の寄附:寄附も「まさにその自由の一環」であり、政治の動向に影響を与えることがあっても、自然人による寄附と「別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない」としました。

八幡製鉄事件最高裁判所大法廷判決自然人と同程度会社は、自然人たる国民と同様、国や政党の特定の政策を支持、推進しまたは反対するなどの政治的行為をなす自由を有する。政治資金の寄附もまさにその自由の一環であり、会社によってそれがなされた場合、政治の動向に影響を与えることがあったとしても、これを自然人たる国民による寄附と別異に扱うべき憲法上の要請があるものではない。

判例への批判

注意この判例には、強い批判があります。

強大な経済力を持つ法人の政治献金を全面的に認めると、自然人の政治的な影響力が埋もれてしまうという指摘です。

団体の両面性(守られる主体であり、脅かす主体でもある)

団体は、それ自体が人権の主体として守られる存在です。
では、団体の中にいる構成員から見ると、団体はどのような存在なのでしょうか。

守られる主体と脅かす主体

結論団体は「守られる主体」であると同時に、構成員に対しては「人権を侵害しうる主体」にもなります(団体の両面性)。

理由団体の政治的な自由が強く認められるほど、構成員が誰を支持するかを自分で決める自由が押しつぶされる危険も大きくなるからです。

具体例業界団体が特定の候補者を全面的に支援する方針を打ち出し、会員にもその候補者への支持を暗に求める場合です。

自由加入団体と強制加入団体

結論加入を選べる団体か、選べない強制加入団体かで、構成員との緊張の強さが変わります。

  • 自由加入団体:八幡製鉄事件の結論は、自分の意思で自由に加入した株主を前提にしています。嫌なら株を売って辞められるので、会社の政治活動が自由でも、株主の思想の自由と正面から衝突しません。
  • 強制加入団体:加入するかどうかをそもそも選べないので、団体が政治的な活動をすると、構成員の思想の自由との緊張がずっと強く出ます。

具体例税理士として働くには税理士会に、司法書士として働くには司法書士会に、必ず加入しなければなりません。

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#9単独ページ動画

公共の福祉

「公共の福祉」の条文(12条・13条・22条1項・29条2項)

問題の出発点

結論「公共の福祉で制限できる」の一言で済むなら、どんな人権もその一言で消せてしまいます。

憲法は国家権力を縛る法なのに、縛られる側が使える万能の言い訳になってしまいます。

理由「公共の福祉」という言葉は、それ自体では、制限の程度について何も教えてくれないからです。

そこで、学説がこの言葉にどう中身を与えてきたかが問題になります。

12条・13条

定義12条の「濫用してはならない」とは、自分の権利を好き放題に使ってはいけない、ということです。

条文「公共の福祉」が最初に出てくるのが、12条です。

  • 12条:国民は、自由や権利を濫用してはならず、常に公共の福祉のために利用する責任を負います。
  • 13条:一人ひとりを、集団の一部としてではなく、個人として扱うことが柱です。生命・自由・幸福追求の権利は、公共の福祉に反しない限り、国政の上で最大の尊重を必要とします。

12条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

4か所に重ねて書かれている

「公共の福祉」の4つの出現箇所(12条・13条・22条1項・29条2項)の文言と対象を並べた表

結論12条・13条だけですべての人権を制限できるなら、22条・29条に重ねて書く必要は無いはずです。

なぜ重ねて書かれているのかが、学説対立の出発点です。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

一元的外在制約説

「公共の福祉」は、12条・13条のほか、22条1項・29条2項にも書かれています。
最初に登場した説は、12条・13条の「公共の福祉」をどう読んだのでしょうか。

一元的外在制約説とは

定義一元的外在制約説は、12条・13条の「公共の福祉」を、すべての人権に対する外側からの一般的な制約と読む説です。

  • 外在:人権の外側から加わる制約という意味です。
  • 一元的:その制約の根拠が一つという意味です。

難点(法律の留保への逆戻り)

定義法律の留保とは、人権を「法律の範囲内」でしか認めないしくみです。

明治憲法下では、法律さえ作れば、国はいくらでも人権を制限できました。

結論一元的外在制約説は、今では支持されていません。

理由「公共の福祉のため」と言って法律を作れば、どんな人権も無限定に制限できてしまうからです。

結局、明治憲法の法律の留保に逆戻りしてしまいます。

具体例政府に批判的な新聞記事を、「公共の福祉を害する」という理由だけで禁止する場合です。

法律を作れば、こうした禁止さえ理屈のうえでは許されてしまいます。

内在外在二元的制約説

一元的外在制約説は、法律の留保に逆戻りしてしまう説でした。
次の説は、外在制約が働く場面をどのように絞ったのでしょうか。

外在制約と内在制約の振り分け

定義内在外在二元的制約説は、外在制約が働く人権を限定する説です。

  • 外在制約:22条の職業選択の自由、29条の財産権、それに社会権だけが受けます。
  • 内在制約:それ以外の人権は、他の人権とぶつかる場面だけで制約されます(人権それ自体に内在する制約)。
  • 社会権:国に「積極的に手を貸してくれ」と求める権利です。

結論12条・13条の「公共の福祉」は、個別の人権を制限する根拠ではなく、人権全体にかかる一般的な規定だと読みます。

理由外在制約が働く場面を狭くすれば、一元的外在制約説の難点をある程度は避けられるからです。

注意13条にも「公共の福祉」と書いてありますが、この説では外在制約の根拠になりません。

外在制約が働くのは、経済的自由権と社会権の2つに限られます。

2つの難点

結論この説には、2つの難点があります。

  • 13条の訓示規定化:13条を、裁判で使えない訓示規定(政治的な指針)に落としてしまいます。13条は、プライバシー権のように憲法に個別の条文が無い新しい人権の根拠になる条文です。13条が裁判で使えなくなると、その根拠が無くなります。
  • 分類の相対性:人権の分類は、そんなにきれいに分けられません。22条の職業選択の自由や29条の財産権を、表現や信仰といった精神的自由と完全に切り離すのは単純ではありません。

具体例ある思想を掲げる出版社が、営業そのものを制限された場合です。

職業選択の自由の問題であると同時に、何を世に出すかという表現の自由の問題でもあります。

どちらの箱に入れるかで、制限の許され方が変わってしまいます。

一元的内在制約説(従来の通説)

内在外在二元的制約説には、13条の訓示規定化と分類の相対性という2つの難点がありました。
通説は、「公共の福祉」をどう定義して、この難点を克服したのでしょうか。

実質的公平の原理

定義一元的内在制約説は、「公共の福祉」を、人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理と定義します。

外在制約をそもそも認めず、「公共の福祉」はすべての人権に内在する制約だと考えます。

結論この説が、従来の通説とされてきました。

注意この定義は、条文のどこにも書かれていません。

通説が「公共の福祉」という言葉に与えた、解釈上の定義です。

人権相互の調整

権利衝突の関係図(A=表現の自由を行使する人とB=名誉を害される人。一方を無制限に優先すれば他方が消えるので、どちらも実際に立つように調整する)

定義「実質的」とは、中身を見て、両方の人権が実際に立つように調整するという意味です。

形のうえでは、どちらの人権も等しく保障されています。

しかし、そのままぶつければ片方が潰れます。

具体例Aが表現の自由を使って、Bの評判を落とすような発言をした場合です。

  • Aを無制限に認める:Bの名誉は守られません。
  • Bだけを優先する:Aの表現の自由が消えてしまいます。

「公共の福祉」は、この両者をできるだけ両方生かすための、調整の原理です。

自由国家的公共の福祉と社会国家的公共の福祉

定義この説は、「公共の福祉」の働きを2つに区分します。

  • 自由国家的公共の福祉:他人の自由権を守るために働く制約です。すべての人権に及びます。
  • 社会国家的公共の福祉:他人の社会権を守るために働く制約です。経済的自由権に対してだけ働きます。

具体例働く人の生活を守るために、労働時間の上限を法律で決める場合です。

雇う側の経済活動の自由(経済的自由権)が、働く側の社会権を守るために制限されます。

これは、社会国家的公共の福祉の働きです。

22条・29条に重ねて書かれている理由

結論22条・29条の「公共の福祉」は、社会国家的公共の福祉が働くことを確認的に明記したものと説明します。

理由22条と29条は、まとめて経済的自由と呼ばれます。

社会国家的公共の福祉が働くのは、この経済的自由権に対してだけだからです。

2つの難点の克服

結論この説では、13条を訓示規定に落とすことも、人権の分類を厳密に分ける必要もありません。

この2つの難点を克服したことで、長く通説の位置を占めてきました。

注意人権は法律によっても「侵せない」といっても、まったく制限されないという意味ではありません。

他人の人権とぶつかる場面で、両方を立てるために調整します。

そこまでが、この説の認める制限です。

一元的内在制約説の残る難点

一元的内在制約説は、「公共の福祉とは何か」という定義を与えました。
では、目の前の規制がどこまで許されるかも、この定義から分かるのでしょうか。

結論この説は、目の前の規制がどこまで許されるかを判定するものさしまでは与えてくれません。

具体例Aの発言をどこまで抑えられるかは、次のどちらもありえます。

  • 事後の制裁:発言した後に、損害賠償を負わせるところまでにとどめます。
  • 事前の禁止:発言そのものを、前もって禁止するところまで進みます。

どちらも「人権相互の調整だ」と説明できてしまい、どちらを選ぶべきかは定義から出てきません。

注意この空白を埋めるための道具が、違憲審査の基準という考え方です。

近時の有力説(「公共の福祉」の中身を広げる)

一元的内在制約説は、他者の人権と衝突する場合だけ制約を認める発想でした。
では、他者の人権とは言いがたい理由による規制は、どう説明するのでしょうか。

一元的内在制約説で説明しにくい規制

定義本人自身を、本人の危険な行動から守るための制約を、パターナリスティックな制約といいます。

結論実際の規制には、他者の人権とは言いがたい理由によるものが少なくありません。

具体例次の2つです。

  • 景観を守るための建物の高さ規制:特定の誰かの人権ではなく、街全体の景観という利益のための規制です。
  • バイクに乗るときのヘルメット着用義務:本人以外の誰かの人権ではなく、本人自身を守るための規制です(パターナリスティックな制約)。

近時の有力説

定義近時の有力説は、「公共の福祉」という言葉の枠組みは保ちながら、その中身を広げて捉える説です。

  • ①他者の人権との調整:一元的内在制約説の基本形です。
  • ②社会全体の利益:景観の維持がその例です。
  • ③本人の利益:ヘルメット着用義務がその例です。

注意「公共の福祉」という枠組みを捨てたのではなく、中身を広げた説です。

比較衡量論とその限界

「公共の福祉」の中身が広がっても、実際の場面でどう使うかは別の問題です。
実際に裁判で使われてきた比較衡量論には、どのような限界があるのでしょうか。

比較衡量論

定義比較衡量論とは、規制によって得られる利益と、規制しない場合に維持される利益を、天秤に乗せて比べる手法です。

前者の方が重ければ、規制は許されます。

結論多くの判例が、実際にこの手法を使っています。

限界(構造的な偏り)

結論比較衡量論は、国家の利益は個人の利益より重視されやすいという構造的な偏りを持つ、と批判されています。

理由並べた瞬間に、天秤の皿の大きさが、比べる前から違って見えてしまうからです。

これは、利益の中身に入る前の、比べ方そのものの問題です。

具体例深夜のライブハウスの音出しに苦情が出て、市が深夜の営業を制限する条例を作ろうとする場合です。

  • 市の側:「地域全体の生活環境を守るため」と主張できます。
  • ライブハウス側:「この一軒の営業の自由」としか主張できません。

ものさしを先に決める

結論天秤に乗せる前に、比べるための基準(ものさし)を先に決めておく必要があります。

第5節の学説の道筋も、比較衡量の道筋も、同じ結論にたどり着きます。

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#10単独ページ動画

特別権力関係論と被収容者の人権

特別権力関係論

特別権力関係論の構造(A=国家権力とB=公務員・被収容者の間に、①法律の根拠なしに制限②広範な制限③司法審査が及ばない)

特別な関係に立つ人

定義特別権力関係とは、同意または法律によって、国家の特別な支配に服する関係です。

  • 同意による関係:公務員や国立大学の学生です。
  • 法律による関係:刑事施設の被収容者です。

結論特別権力関係論は、明治憲法の時代に、この人たちの人権制限を説明した理論です。

現在は否定されています。

3点セット

結論この関係の中では、次の3つが妥当すると考えられていました。

  • ①法律の留保の排除:法律の根拠が無くても、人権を制限できます。
  • ②広範な人権制限:広い範囲で、人権を制限できます。
  • ③司法審査の排除:その制限に、裁判所の審査が及びません。

具体例被収容者が、手紙を出すことを全面的に禁じられた場合です。

  • ①により:禁止を定めた法律は、無くてもかまいません。
  • ②により:禁止の範囲が広くても、かまいません。
  • ③により:その人は、裁判所に訴えることもできません。

特別権力関係論の否定と現代的処理

特別権力関係論は、法律の根拠なく、広く、裁判所の審査なしに人権を制限できるとする理論でした。
この理論はなぜ否定され、何に置き換わったのでしょうか。

現代的処理(A=国家権力が、B=公務員・C=被収容者との関係ごとに根拠・限度を個別に問う)

否定の理由

定義法治主義とは、国会が作る法律によって初めて権力の行使が許される、という原則です。

結論特別権力関係論は、日本国憲法のもとでは採用できません。

理由3点セットが、それぞれ憲法とぶつかるからです。

  • ①②:法律の根拠なく広く制限できる点は、法治主義に反します。
  • ③:司法審査が及ばない点は、裁判を受ける権利(32条)と違憲審査制(81条)を空文にします。

国家権力を法で縛るという、日本国憲法の骨格と正面から衝突します。

32条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

現代的処理

定義現代的処理とは、公務員・被収容者・国立大学の学生を一括りの身分として扱わない考え方です。

関係ごとに、根拠と限度を個別に問い直します。

  • 根拠:なぜ制限できるのか。
  • 限度:どこまで制限できるのか。

注意「特別な身分だから制限されて当然」とは考えません。

被収容者の人権(収容の目的と規制の根拠)

現代的処理では、関係ごとに制限の根拠と限度を問います。
では、被収容者への制限の根拠はどこにあり、どこまで制限できるのでしょうか。

被収容者の範囲

定義被収容者には、受刑者だけでなく、裁判が終わるまで拘置所にいる未決拘禁者も含みます。

収容の3つの目的

定義収容の目的は、次の3つです。

  • 拘禁の確保:逃亡を防ぎ、収容そのものを維持することです。
  • 戒護:施設内の規律と秩序を保つことです。
  • 矯正教化:受刑者を社会に戻すために、教育し、更生させることです。

注意矯正教化は受刑者だけの目的です。

まだ刑が確定していない未決拘禁者には当てはまりません。

規制の根拠

結論通説は、憲法自身が収容という関係の存在を予定していることに根拠を求めます。

条文手がかりは、18条・31条・34条です。

  • 18条:適法な拘禁があり得ることを前提にしています。
  • 34条:抑留(一時的に身柄を押さえること)と拘禁(続けて身柄を拘束すること)の要件を定めます。
  • 31条:法律の定める手続によらなければ、自由を奪われないと定めます。

理由憲法は、収容関係を憲法秩序の構成要素として認めています。

だからこそ、その枠の中で制限の根拠が生まれます。

注意「例外だから制限される」のではありません。

「憲法の内側にある関係だから、その内側でだけ制限できる」という順序です。

18条の読み方

結論18条は、前段と後段で扱いが違います。

  • 前段:奴隷的拘束の禁止です。犯罪の処罰であっても例外がない、絶対的な禁止です。
  • 後段:意に反する苦役(強制労働)の禁止です。「犯罪に因る処罰の場合を除いては」という例外は、この後段にだけ付いています。

理由適法な拘禁そのものは、「奴隷的拘束」に当たらないと解されています。

裏を返せば、憲法は適法な拘禁があり得ることを前提にしています。

注意例外句は後段だけに係ります。

前段の奴隷的拘束には及びません。

18条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

34条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

特別の制約の内容

結論被収容者については、法律の根拠が緩められうると説明されます。

ただし、制限は収容の3つの目的のためでなければなりません。

理由緩められるのは、憲法自身が収容という関係を予定しているからです。

特別権力関係論のように、法治主義の枠ごと外れるのとは違います。

具体例施設の運営に何の支障も無いのに、所長が個人的に気に入らないという理由だけで本を取り上げる場合です。

3つのどの目的にも当たらないので、目的の外です。

注意拘禁の確保・戒護・矯正教化のどれにもつながらない制限は、許されません。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件

被収容者への制限は、収容の3つの目的の枠内でだけ許されます。
では、判例は、被収容者の自由の制限にどこで線を引いたのでしょうか。

事案

事案未決拘禁者が、拘置所内で新聞を読んでいました。

ハイジャック事件を伝える記事を含む部分が、拘置所長によって塗りつぶされました。

この抹消処分の是非が争われました。

結論最高裁の判断は、二段構えです。

  • 一段目:新聞を読む自由が、憲法上保障されるか。
  • 二段目:保障されるとして、どこまでなら制限できるか。

閲読の自由の保障

結論新聞や図書を読む自由(閲読の自由)は、憲法上保障されます。

未決拘禁者にも保障されます。

理由判決は、次のように述べました。

  • 19条・21条:閲読の自由は、思想及び良心の自由と表現の自由の規定の「趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれる」とします。
  • 13条:すべて国民は「個人として尊重される旨を定めた」13条の規定の「趣旨に沿う」とします。

思想・良心の自由も表現の自由も、外から情報が入らなければ、考える材料も伝え合う材料も無くなるからです。

注意判決が引いた13条は、「個人として尊重される」の部分です。

幸福追求権の部分ではありません。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件最高裁判所大法廷判決閲読の自由意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法19条の規定や、表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところであり、また、すべて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法13条の規定の趣旨に沿う。

19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

制限の基準(相当の蓋然性)

結論制限が許されるのは、次の3段階の絞りを通るときだけです。

  • ①:「一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず」とします。
  • ②:被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、新聞紙・図書等の内容その他の具体的事情のもとで、規律及び秩序の維持上「放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性」が必要です。
  • ③:その場合でも、制限の程度は、障害発生の防止のために「必要かつ合理的な範囲」にとどまります。

理由両方の要請を立てる線だからです。

  • 抽象的な不安だけで制限を許すと:保障したはずの自由が、形だけになります。
  • 規律が壊れるまで放っておくと:戒護という収容の目的が果たせません。

具体例「前に問題を起こしたことがあるから、念のため新聞は全部読ませない」という制限です。

記事の中身も施設の今の状況も見ていない抽象的な不安なので、相当の蓋然性に届きません。

注意②と③は、「必要であり、かつ」で結ばれた累積要件です。

判決文の「監獄」は当時の法律の言葉で、今の刑事施設・拘置所を指します。

「相当の蓋然性」は条文には無く、判例が閲読の自由の制限の場面で示した物差しです。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件最高裁判所大法廷判決相当の蓋然性一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である。

結論と射程

結論最高裁は、この基準のもとで、抹消処分を合憲と判断しました。

施設内の規律と秩序の維持(戒護)という、収容の目的の枠内にあるという判断です。

注意判断したのは、未決拘禁者が新聞を読む自由についてです。

受刑者の場合や、手紙のやりとり・面会といった別の場面まで、そのまま答えを出したわけではありません。

あらゆる人権制限に通用する物差しは、まだありません。

喫煙禁止事件

事案拘置所内での喫煙を禁止した規則が争われました。

結論最高裁は、これを合憲と判断しました。

注意合憲になるかは、「収容されているから」では決まりません。

収容の目的の枠に収まり、絞りを通っているかで決まります。

公務員の特別の制約

被収容者への制限の根拠は、憲法が収容という関係を予定していることにありました。
では、公務員への制限は、どう説明されるのでしょうか。

根拠(15条・73条4号)

結論公務員にも、被収容者と同じ順序で、特別の制約が認められうると説明されます。

条文憲法は、公務員という関係の存在を条文で前提にしています。

  • 15条1項:公務員を選定し、罷免することは、国民固有の権利です。
  • 73条4号:内閣の事務として、官吏に関する事務を掌理します。

注意この73条は、明治憲法の改正手続を定めた73条とは別物です。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

73条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。

制約される人権

具体例大きく2つあります。

  • 政治活動の自由:公務員が特定の政党を支援するような活動は、大きく制限されています。裁判官の表現の自由も、同じように制限される場面があります。
  • 労働基本権:団体交渉権やスト権が、民間の労働者よりも大きく制限されています。

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三段階審査と違憲審査基準

判定のものさし(順番と厳しさ)

三段階審査の全体像(①保障の有無→②制約の有無→③制約の正当性〔③-1形式的審査・③-2実質的審査→違憲審査基準〕)

2つの部品

結論規制が合憲か違憲かを決めるものさしは、2つの部品でできています。

  • 三段階審査:どんな順番で確かめるか(プロセス)です。
  • 違憲審査基準:正当化できるかを、どれくらい厳しく疑うか(目盛り)です。

注意どちらも中身が「3つ」あるので、混同しやすい区別です。

三段階審査は3つの段階、違憲審査基準は3つの厳しさです。

違憲審査基準は三段階審査の外にあるのではなく、③制約の正当性の中身です。

保障の有無(三段階審査①)

三段階審査は、保障・制約・正当性の順番で確かめます。
最初に、その行為が人権として保障されるかを、どう確かめるのでしょうか。

一番ぴったり合う条文を選ぶ

定義目の前の行為が、憲法の定めるどの人権として保障されるかを確かめます。

結論複数の人権の候補にまたがって見えても、一番ぴったり合う条文を選びます。

理由的を絞った条文は、その場面を名指しして、より手厚い保障を用意しているからです。

具体例労働組合を結成する行為です。

団体を作る点では、21条1項の結社の自由の問題にも見えます。

しかし、勤労者の団結を保障する28条があるので、28条を選びます。

注意行為をした人が人権を持つ主体と言えるかも、このレベルで確認します(外国人や団体など)。

28条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

設例:駅前広場の禁止条例

結論政治的な意見表明のための演説や署名活動は、21条1項の表現の自由として保障されます。

理由どちらも、自分の考えを他人に伝えようとする行為だからです。

具体例ある市が、市営の駅前広場での演説や署名活動を、一律に禁止する条例を定めたとします。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

制約の有無(三段階審査②)

行為が人権として保障されることは、確かめられました。
次に、その行為に本当に制約がかかっているかを、どう見るのでしょうか。

制約があるか

結論保障された行為に、実際に制約がかかっているかを確認します。

理由保障されていても、何の制約も受けていなければ、憲法上の争いにはならないからです。

制約の強さ

定義制約には、強さの違いがあります。

  • 直接的かつ強度な制約:行為そのものを、名指しで禁止するような制約です。
  • 間接的・付随的な制約:別の目的の規制が、たまたま副次的に、その行為にも影響する場合です。

結論駅前広場の禁止条例は、直接的かつ強度な制約に当たります。

演説や署名活動そのものを名指しして、全面的に禁止しているからです。

具体例道路工事のために、集会の場所が一時的に使えなくなるのは、間接的・付随的な制約です。

注意この強さは、違憲審査基準(第7節)の選び方に効いてきます。

制約の正当性:形式的審査(三段階審査③-1)

駅前広場の禁止条例は、表現の自由への直接的かつ強度な制約です。
では、その制約が正当化できるかを、まず形の面からどう確かめるのでしょうか。

合憲性審査(違憲審査)

定義制約が正当か否かの検討全体を、合憲性審査(または違憲審査)といいます。

  • 形式的審査:外側の形を見ます(本節)。
  • 実質的審査:中身を見ます(第5節)。

条文裁判所が81条で持つ違憲審査の権限を、実際に働かせるのがこのステップです。

注意合憲性審査は、実質的審査だけの呼び名ではありません。

形式的審査を含む、③全体を指します。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

法律の根拠(法律の留保)

定義人権を制限するには、法律の根拠が要ります(法律の留保)。

結論法律の根拠が無ければ、それだけで、その制約は違憲です。

理由法律の根拠が無いのに人権を制限することは、法治主義に反するからです。

注意法律の留保には2つの顔があります。

ここで使うのは、「法律の根拠が無ければ制限できない」という良い方の顔だけです。

明確性

結論表現の自由を制限する法律や、刑罰を科す法律は、内容が明確でなければなりません。

理由規制の中身があいまいだと、どこまでが禁止されるか誰にも分かりません。

すると、本当は自由なはずの行為まで控えてしまいます(萎縮効果)。

条例と法律の根拠

結論「法律の根拠」というときの根拠には、条例も含まれます。

理由条例も、住民が選んだ議員の議会が、憲法と法律の範囲内で定めるルールだからです。

具体例駅前広場の禁止条例は、市の議会が定めた条例です。

何を禁止するかも、はっきり書かれています。

そのため、形式的審査はクリアします。

制約の正当性:実質的審査(三段階審査③-2)

駅前広場の禁止条例は、形式的審査をクリアしました。
では、中身の審査では、どのような道に分かれるのでしょうか。

2つの分岐

定義合憲性審査のうち、中身を見る場面が実質的審査です。

結論実質的審査は、2つに分かれます。

  • 絶対的禁止:理由のいかんを問わず、憲法が絶対的に禁止している場合です。
  • 一定の制約を許容:絶対にダメとまでは言えず、どこまでの制約なら許されるか、程度の問題になります。

絶対的禁止(検閲)

定義検閲は、おおまかに言うと、発表される前の中身を、行政があらかじめ審査して止めるようなものです。

結論絶対的禁止の代表例が、検閲です(21条2項)。

具体例駅前広場の禁止条例は、検閲には当たりません。

場所を決めて、行為そのものを一律に禁止しているだけで、性質が異なるからです。

そのため、一定の制約を許容する場合の道に進みます。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

なぜ目盛りを先に決めておくのか

一定の制約が許容される場合は、どこまでの制約なら許されるかが問題になります。
では、なぜ天秤で比べるだけでなく、目盛りを先に決めておく必要があるのでしょうか。

比較衡量の弱点

定義比較衡量とは、規制で得られる利益と、失われる利益を、天秤に乗せて比べる方法です。

結論比較衡量には、2つの弱点があります。

  • 公益に偏りやすい:国側の利益は、比べる前から大きく見えてしまいます。
  • 判断がぶれる:事案ごとに裁判官がそのつど判断するので、同じような事案でも裁判官によって結論が変わります。

理由天秤には、裁判官の主観的な判断を拘束する仕組みがありません。

そのため、公益の皿が大きく見える傾向が、そのまま結論に出てしまいます。

具体例それぞれの弱点は、次のように現れます。

  • 偏り:「地域全体の生活環境」と「一軒の営業の自由」を並べると、皿の大きさが初めから違って見えます。
  • ぶれ:同じ駅前広場の事件でも、「秩序の方が重い」「表現の方が重い」のどちらも成り立ってしまいます。

違憲審査基準の出発点

結論事案の中身を見る前に、どれくらい厳しく疑うか、目盛りをあらかじめ固定しておきます。

これが、違憲審査基準という発想の出発点です。

理由2つの弱点を、それぞれ抑えられるからです。

  • ぶれ:裁判官が変わっても同じ目盛りで測るので、判断がぶれにくくなります。
  • 偏り:目盛りそのものを厳しく設定しておけば、公益に偏りにくくなります。

違憲審査基準の3層

目盛りを先に決めておけば、判断のぶれと公益への偏りを抑えられます。
では、その目盛りには、どのような段階があるのでしょうか。

違憲審査基準の3層(厳格審査基準=やむにやまれぬ必要不可欠な公共的利益・必要最小限度/中間審査基準=十分に重要・実質的関連性・LRAの基準/合理性の基準=正当・合理的関連性・明白性の基準・明白性の原則)

目的と手段

結論どの層でも、見るポイントは規制の目的とその目的を達成する手段の2つです。

理由2つが揃わなければ、人権の制限を正当化できないからです。

  • 目的:制限に見合うだけの理由があるかを見ます。
  • 手段:その理由のために、本当に必要な範囲かを見ます。

注意厳しさが変わると、目的と手段の要求レベルが同じ向きに変わります。

厳しく疑うとは、国の側により重い説明を求めることなので、目的も手段も同時に重くなります。

厳格審査基準

結論一番厳しい基準です。

  • 目的:やむにやまれぬ必要不可欠な公共的利益でなければなりません。
  • 手段:必要最小限度、つまりこれ以上ないというくらい絞り込んだ方法でなければなりません。

具体例目的の目安は、人の生命や身体を守るといったレベルの利益です。

中間審査基準(LRAの基準)

定義LRAとは、より制限的でない、他の選びうる手段のことです(その頭文字)。

結論真ん中の基準です。

  • 目的:必要不可欠とまでは言えなくても、十分に重要と言えれば足ります。
  • 手段:目的との間に、しっかりとした実質的関連性があれば足ります。

具体例交通の安全を保つといった利益なら、十分に重要と言えます。

注意もっと制限の少ない代わりの手段(LRA)があるなら、そちらを使うべきだったと判断されます。

合理性の基準(明白性の基準・明白性の原則)

結論一番緩やかな基準です。

  • 目的:正当と言えれば足ります(目的そのものがおかしいと言えなければ通ります)。
  • 手段:一応のつながり(合理的関連性)があれば足ります。

注意裁判所は、明らかに不合理だと言えない限り、口を出さないという姿勢を取ります。

1つの規制を3つの基準で測る

違憲審査基準は、厳格・中間・合理性の3層に分かれます。
では、同じ禁止条例に3つの基準を当てはめると、結論はどうなるのでしょうか。

駅前広場の禁止条例を3つの基準で測った結果(厳格審査基準→違憲/中間審査基準→違憲/合理性の基準→合憲)と、目的・手段の審査の中身

当てはめ

結論目的が広場の秩序維持、手段が全面禁止の条例は、厳格と中間では違憲、合理性では合憲です。

  • 厳格審査基準:仮に目的を認めたとしても、全面禁止では必要最小限度とは言えません。
  • 中間審査基準:全面禁止でなくても目的は達成できるので、実質的関連性は認められません。
  • 合理性の基準:全面禁止も、明らかに不合理だとまでは言い切れません。

注意厳格と中間は、どちらも「もっと絞った方法があるか」を問います。

違うのは、目的にどこまでの重さを求めるかと、代わりの手段をどこまで探すかの厳しさです。

基準を選ぶことの重み

結論同じ条例・同じ事実でも、どの基準を選ぶかで結論が変わります。

理由だからこそ、基準を選ぶこと自体に、恣意的でない理由が必要になります。

理由が無ければ、都合のいい基準をあとから選んでいるだけ、と言われても反論できません。

注意どの基準をいつ使うかの理由づけは、3層の中身とは別に必要です。

制約が直接的か付随的かという強さ(第3節)も、その判断の材料になります。

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二重の基準論

二重の基準論(精神的自由と経済的自由)

二重の基準論

二重の基準論の対比表(精神的自由権=表現の自由など・厳格審査基準または中間審査基準・禁止条例/経済的自由権=職業選択の自由・財産権・中間審査基準または合理性の基準・許可条例)

定義二重の基準論とは、人権を2つの束に分けて、別々の物差しを当てる考え方です。

  • 精神的自由権:表現の自由をはじめ、心の働きに関わる自由です。厳格審査基準または中間審査基準で測ります。
  • 経済的自由権:職業選択の自由(22条1項)や財産権(29条2項)が代表です。中間審査基準または合理性の基準で測ります。

結論精神的自由権の規制は厳しい物差しで、経済的自由権の規制は緩やかな物差しで測ります。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

同じ広場の2つの条例

具体例同じ市が、同じ駅前広場について2つの条例を定めた場合です。

  • 禁止条例:演説・署名を一律に禁止します。表現の自由(21条1項)の問題なので、厳格か中間で測ります。
  • 許可条例:キッチンカーなどの移動販売の営業を許可制にします。職業選択の自由(22条1項)の問題なので、中間か合理性で測ります。

場所も規制する市も同じなのに、対象が変わるだけで、疑いの強さが変わります。

注意禁止条例は、厳格審査基準と中間審査基準のどちらで測っても違憲になります。

二重の基準論の2つの理由

二重の基準論は、精神的自由を厳しく、経済的自由を緩やかに測ります。
では、なぜそのように振り分けるのでしょうか。

二重の基準論の根拠(論拠①民主的政治過程論=経済規制は選挙・議会で直せるが、精神的自由の規制は是正ルート自体が壊れる/論拠②裁判所の審査能力=経済政策の当否は裁判所が不得手だが、表現を封じることの重さは価値の判断で裁判所が本来やる仕事)と、論拠①の限界

論拠①:民主的政治過程論

定義民主的政治過程論とは、規制を民主政の過程で直せるかどうかに着目する論拠です。

結論経済的自由の規制は、民主政の過程で直せます。

精神的自由の規制は、直す手段そのものが壊れるので、裁判所が早めに厳しく介入する必要があります。

理由両者の違いは、次のとおりです。

  • 経済的自由:不利益を受けた人は、選挙で投票したり議会に働きかけたりして、規制を是正できます。
  • 精神的自由:意見を言う自由・人に伝える自由こそが、選挙や議会を動かす手段です。これが規制されると、民主政の中では直しようがなくなる可能性があります。

具体例駅前広場の2つの条例で比べると、次のとおりです。

  • 許可条例:キッチンカーの人たちが市議会に働きかけ、数が足りれば条例を変えられます。
  • 禁止条例:広場で演説も署名もできないので、条例を変えようという声をそもそも集められません。

注意とりわけ問題になるのは、政治的な意見を言う自由の規制です。

論拠②:裁判所の審査能力

結論経済的自由の規制は裁判所が不得手な領域で、精神的自由の規制は裁判所でも十分に判断できる領域です。

だから、精神的自由には、裁判所自身が厳しい基準を使うことができます。

理由判断に必要なものが違うからです。

  • 経済的自由:経済政策の当否の判断には、市場への影響や業界の状況など、専門的な社会経済の分析が必要です。数字と見通しの世界で、議会や内閣の方が詳しい領域です。
  • 精神的自由:表現を封じることがどれだけ痛いかは、市場の予測ではなく、価値の重さの判断です。これは、裁判所が本来やっている仕事です。

具体例移動販売を何台まで許すのが適正か、広場の混雑や周りのお店への影響がどうかは、裁判官には判断しにくい問題です。

優劣ではなく機能の違い

結論振り分けの理由は、精神的自由の方が尊いという優劣の話ではありません。

規制されたときに自分で立て直せるか、裁判所が判断できるかという、機能の違いです。

論拠①が届かない場面

結論二重の基準論は、あくまで出発点です。

個別の場面では、この理屈が本当に届いているかを確かめ直す必要があります。

理由論拠①は、いつでも当てはまるわけではないからです。

具体例特定の少数の業種だけを狙い撃ちにする経済規制です。

  • 関係者は少数派で、選挙や議会という多数決の世界では、声を通しにくい立場にあります。
  • 経済規制だから民主政で直せるはず、という前提が崩れています。

そのため、経済的自由だからという理由だけで、機械的に緩やかな基準を当てはめてよいのか、疑問が出てきます。

注意届かない場面があるのは論拠①です。

2つの理由が両方とも崩れるわけではありません。

制約の強さ

注意物差しを選ぶ材料は、精神的自由か経済的自由かだけではありません。

制約が直接的か付随的かという強さも、物差しを選ぶときの材料になります。

論証パターンの地図(5ステップ)

物差しをいつ使うかは、二重の基準論で決まりました。
では、人権の問題の答案は、どのような順番で組み立てるのでしょうか。

論証パターンの5ステップ(①誰=享有主体の確認/②何=人権の確定/③制約/④物差し=審査基準の定立/⑤判定=あてはめ)と三段階審査との対応

5つのステップ

結論人権の問題を答案で書くときの道筋は、次の5つです。

  • ①誰の人権か:人権の享有主体を確認します(外国人や団体の人権の問題)。
  • ②どんな人権か:一番ぴったりの条文を選んで、人権を確定します。
  • ③何によって制約されているか:公共の福祉や、国と特別な関係にある人の枠と絞りを使います。
  • ④審査基準の定立:二重の基準論で物差しを振り分けます。
  • ⑤あてはめ:その物差しに当てはめて、合憲か違憲かを判定します。

理由順番が決まっているのは、前の答えが出ないと次に進めないからです。

誰の人権かが決まらなければ、そもそも憲法の問題になりません。

どの人権かが決まらなければ、何が制約かも、どの物差しで測るかも決められません。

具体例駅前広場の禁止条例では、次のとおりです。

  • ①:演説をしようとした人です。
  • ②:表現の自由です。
  • ③:市の条例による全面禁止です。
  • ④:精神的自由なので、厳格か中間です。
  • ⑤:その物差しに当てはめます。

③で使う2つの道具

定義制約の場面で使う道具は、次の2つです。

  • 公共の福祉:人権どうしがぶつかったときに調整する、実質的公平の原理です。
  • 枠と絞り:公務員や被収容者のように、国と特別な関係にある人に使います。収容の目的という枠の中にあるか、相当の蓋然性という絞りを通っているかで見ます。

三段階審査との対応

結論三段階審査と5ステップは、同じ地図を粒度を変えて見ているだけです。

  • 保障の有無:①誰の人権か・②どんな人権かに対応します。
  • 制約の有無:③何によって制約されているかに対応します。
  • 正当性:形式的審査を通したうえで、④審査基準の定立・⑤あてはめに対応します。

注意形式的審査(法律の根拠があるか・言葉が明確か)は、5ステップの中に独立の番号を持ちません。

正当性の入口で通すものです。

ドイツの比例原則

ここまで見てきたのは、アメリカ発祥の3層の審査基準です。
これとは別の型として、ドイツの比例原則はどのような考え方でしょうか。

ドイツの比例原則(①適合性=手段が目的に適しているか・手段審査/②必要性=必要な限度にとどまっているか・手段審査/③均衡性=得る利益と失う利益・目的審査)と、均衡性が利益衡量に戻る弱点

位置づけ

結論二重の基準論は、今も通説の位置づけです。

ドイツの比例原則は、近時注目されている、もう一つの視点です。

3つの要素

定義比例原則は、次の3つの要素でできています。

  • 適合性:手段が、目的を達成するのに適した方法かどうかです。
  • 必要性:目的を達成するために、必要な限度にとどまっているかどうかです。
  • 均衡性:規制によって得られる利益と、失われる利益とのバランスが取れているかどうかです。

具体例駅前広場での演説・署名の全面禁止は、必要な限度を超えている、という話になります。

アメリカ型との対応

結論アメリカ型の審査との対応は、次のとおりです。

  • 適合性・必要性:手段の審査とほぼ重なります。
  • 均衡性:目的の審査に対応します。

理由それぞれ、何を問うかが違うからです。

  • 適合性・必要性:どちらも、手段が目的に見合っているかを見ています。
  • 均衡性:その目的が、失うものに見合うほど重いのかを問います。

均衡性の弱点

結論均衡性は、結局、規制で得る利益と失う利益をその場で比べる作業に戻ってしまいます。

理由物差しの目盛りを先に決めたのは、その場で利益を比べることを避けるためでした。

ドイツ型は、最後の最後で、また利益を比べる作業に戻ってきてしまいます。

注意この弱点は、まだ完全には解決されていません。

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私人間効力

問題の所在(私人間効力)

人権規定の名宛人

定義法が誰に向けて書かれているか、その向け先を名宛人といいます。

結論人権規定は、本来、国と個人の間で使う法として作られています。

理由理由は2つです。

  • 歴史:人権は、国王や国家の力から個人を守るために勝ち取られてきました。
  • 条文:99条で憲法を守る義務を負うのは、天皇又は摂政・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員です。私人は入っていません。

99条|第十章 最高法規(97〜99条)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

社会的権力

定義私人でありながら、国に匹敵する力を持つ存在を社会的権力といいます。

資本主義が高度に発展して現れました。

具体例大企業や、全国に情報を流すメディアです。

  • 働く場所:何万人という人の、働く場所を左右できます。
  • 生活:ある人の過去を全国に知らせて、生活を壊すこともできます。

注意問題の核心は、気の毒さではなく力の非対称です。

一方が他方を実際に押さえ込める力の差が、国と個人の関係に似てきたことが問題です。

私人間効力の問題

定義人権規定を、私人どうしの間でも使えないかという問題を、私人間効力の問題といいます。

直接適用説

私人間効力の問題には、いくつかの答え方があります。
まず、人権規定をそのまま私人どうしに当てる説は、なぜ通説にならなかったのでしょうか。

直接適用説

定義人権規定を、私人どうしの間にもそのまま適用する説です(直接適用説)。

理由人権規定は、実体法秩序の最高の価値を定めたものです。

だから、その価値は法のあらゆる領域に妥当する、と考えます。

具体例思想を理由に人を切った会社の行為を、そのまま憲法違反だと言えます。

私的自治の原則

定義私人どうしの関係は、私人が自分の意思で決めてよい、という原則です(私的自治の原則)。

直接適用説への批判

直接適用説の代償(会社が思想を理由に人を切る場面では弱い側が救われるが、自転車を誰に売るかという普通の個人の選択まで憲法の物差しで説明させられ、私的自治が刈り取られる)

結論直接適用説は、私的自治の原則を広く害するので行き過ぎだと批判され、通説になりませんでした。

理由強い私人を縛るための道具が、普通の個人にも同じように当たるからです。

注意場面によっては、私人の間に憲法を持ち込むべきこともあります。

問題は、直接適用説だとそれが常に起きることです。

無適用説

直接適用説は、私的自治の原則を広く害すると批判されました。
では、反対に、人権規定を私人どうしには使わないとする説はどうでしょうか。

無適用説

定義憲法は国家と国民の関係を規律する法なので、人権規定は私人どうしの間には適用されない、とする説です(無適用説)。

注意「憲法に特段の定めがある場合を除いて」という留保が付きます。

憲法自身が私人にも及ぶものとして置いた規定は、別です(第5節)。

支持を失った理由

結論無適用説は、筋は通りますが、ほぼ支持を失いました。

理由力の差がある場面で、弱い側が救われないからです。

具体例会社が思想を理由に人を切っても、憲法の側からは何も言えないことになります。

注意近時、これを立て直す有力な見解が現れています(新無適用説・第7節)。

間接適用説

直接適用説は私的自治を広く害し、無適用説では弱い側が救われません。
では、この2つの困りごとを同時に避けるには、どうすればよいのでしょうか。

一般条項(民法90条)

定義何が当たるかの中身を書かず、時代や場面に合わせて中身を入れられる幅の広い条文を、一般条項といいます。

具体例民法90条は、何が公序良俗に反するのかを何も言っていません。

私人どうしの関係を決めている民法の、代表的な一般条項です。

90条(公序良俗)|民法 第一編 総則 第五章 法律行為 第一節 総則(90〜92条)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

間接適用説

間接適用説の二段構え(A=憲法は私人の行為Bに直接適用されず、趣旨がC=民法90条に流れ込み、Cが私人の行為Bに適用される=公序良俗を通じて間接的に私人間を規律する)

定義民法の一般条項を解釈するときに憲法の趣旨を取り込み、その一般条項を私人の行為に適用する説です(間接適用説・従来の通説)。

結論私人の行為に直接適用されるのは、憲法ではなく私法の一般条項です。

憲法は、その条項の中身を決めるときに、背後から流れ込みます。

注意憲法を使わない説ではありません。

憲法の趣旨を、公序良俗という民法の言葉に翻訳して使う説です。

間接適用説の利点

結論間接適用説には、次の3つの利点があります。

  • 私的自治が残る:憲法違反かではなく、公序良俗に反するほどひどいかを問うからです。
  • 弱い側を救える:私人に向けた法である民法を使うので、私人どうしの争いでも結論を出せます。
  • 分類を保てる:国と個人の関係は公法、私人どうしの関係は私法という公法と私法の分類を壊しません。

具体例同じ道具でも、効き方が変わります。

  • 自転車の売り先を選ぶ:公序良俗に反するとは言えません。
  • 会社が思想を理由に人を切る:憲法が大切にする価値を正面から踏んでいるので、公序良俗に反すると評価する余地が出てきます。

三菱樹脂事件

結論最高裁も、三菱樹脂事件の大法廷判決で、間接適用説に立っていると理解されています。

私人どうしの対立の調整は、原則として私的自治に委ねられる、という筋を示しました。

注意私的自治に委ねるのは、あくまで原則にとどまります。

直接適用される規定(注意点①)

間接適用説では、原則として、憲法は私人の行為に直接は当たりません。
では、例外として直接当たる規定はあるのでしょうか。

私人間にも直接適用される規定の一覧(15条4項後段・18条前段・27条3項・28条)と、それぞれ私人が相手であることの表れ

結論間接適用説に立っても、次の規定は私人間に直接適用されます。

  • 15条4項後段:選挙人は、その選択に関し、公的にも私的にも責任を問われません。
  • 18条前段:国だけでなく、私人による奴隷的拘束も禁じます。
  • 27条3項:児童を酷使してはならないという規定です。
  • 28条:団結権・団体交渉権・団体行動権です(雇う側は私人です)。

理由私人による侵害を正面から想定した規定だからです。

注意「間接適用説だから、憲法は絶対に直接適用されない」と覚えると間違えます。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)4項:すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

18条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

27条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:児童は、これを酷使してはならない。

28条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

私人間の人権保障の相対化(注意点②)

間接適用説では、憲法の趣旨を一般条項の解釈に取り込みます。
では、どこまで取り込むかは、いつも同じなのでしょうか。

考慮事由の一つ

結論間接適用説を採っても、答えは決まりません。

理由憲法の趣旨は、一般条項を解釈するときの考慮事由の一つにとどまるからです。

私的自治を尊重すべきだという要請と、並べて考えます。

相対化

定義守られる強さが、相手との関係の性質で変わることを、私人間の人権保障は相対化するといいます。

具体例同じ説でも、相手によって両端まで振れます。

  • 巨大なニュースサイト対個人:書かれた人は対抗できないので、人権保障の要請が強く働き、実質的に直接適用説に近づきます。
  • 対等な私人どうし:言い返せるので、私的自治の要請が勝ち、実質的に無適用説に近づきます。

注意答案では、説の名前ではなく、どういう関係なのかを具体的に検討します。

この相対化は、公序良俗のような一般条項の解釈の中で起きることです。

沈黙の自由

定義思想・良心の自由に含まれる、自分の考えを言わずにいられる自由を、沈黙の自由といいます。

結論相手が国か私人かで、扱いが違います。

  • 国:思想を述べよと迫ることは、絶対に許されません。
  • 会社:就職希望者にどんな考えを持っているかを尋ねても、当然には違法にならない場合があります。

19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

新無適用説(近時の有力説)

無適用説は、ほぼ支持を失いました。
では、それを別の理屈で立て直す見解は、何を説くのでしょうか。

2本の柱

定義人権を、憲法ができる前からある自然の権利(超実定法的な権利)と捉える説です(新無適用説)。

結論次の2本の柱から成ります。

  • 柱1:憲法に書き込まれた人権は、公権力を名宛人とするという憲法の性質に縛られ、私人どうしにはおよそ適用され得ません。
  • 柱2:私人どうしで使えるのは、民法に取り込まれた権利だけです。

注意新無適用説は「近時の有力説」であり、通説ではありません。

第5節の規定は、憲法自身が置いた例外なので、ここでは脇に置きます。

具体的な結論

結論具体的な結論は、間接適用説とほとんど変わりません。

そのため、答案は間接適用説で書けば足ります。

理由間接適用説も、私人の行為に直接使うのは民法だからです。

具体例どちらの説から入っても、行き着く答えはほとんど同じです。

  • 会社が思想を理由に人を切る:許されないと評価する余地が出てきます。
  • 自転車の売り先を選ぶ:とがめられません。

判例の読み方

結論同じ最高裁の判決の読み方が、2つに割れます。

  • 従来の通説:最高裁は間接適用説を採ったと読みます。
  • 近時の有力説:最高裁は無適用説を採ったと読みます。

理由判決文が、どちらにも読める書きぶりだからです。

純然たる事実行為とステイト・アクションの理論

間接適用説は、民法90条を通じて憲法の趣旨を私人の行為に及ぼします。
では、90条が届かない場面と、海外の別の解き方は、どうなっているのでしょうか。

民法90条が届く範囲(法律行為=90条で無効にできる/純然たる事実行為=90条は届かず709条で受ける)とステイト・アクションの理論の2つの型

純然たる事実行為

定義私人の行為は、次の2つに分かれます。

  • 法律行為:私人の行為のうち、意思表示を中身にもつものです。
  • 純然たる事実行為:契約ではないふるまいです。

結論純然たる事実行為には、民法90条は届きません。

不法行為の規定(民法709条)で受けます。

理由90条が無効にするのは法律行為なので、事実行為には無効にする対象がそもそもないからです。

注意709条では、他人の権利又は法律上保護される利益の侵害が違法といえるかを考えるところで、憲法の趣旨を取り込みます。

709条(不法行為による損害賠償)|民法 第三編 債権 第五章 不法行為(709〜724条の2)故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

ステイト・アクションの理論

定義無適用説を前提に、私人の行為を国家の行為と同視できる場合に、憲法を直接適用するアメリカの理論です(国家同視説ともいいます)。

具体例型は2つです。

  • 公権力の関与:国から特別の財政的な援助を受けて営まれている事業です。
  • 公的な機能:会社が町ごと所有して、運営している場合です。

注意日本の答案で、この理論を展開する場面はほとんどありません(短答用)。

最高裁の立場

結論最高裁は、力の優劣がある場合に限って憲法の規定を当てはめる考え方を、明示的に排斥しています。

理由力の差があるときだけ憲法を当てると、どこからが差なのかを憲法の物差しで線引きすることになります。

その線引きを、公序良俗という言葉の中でやるのが、間接適用説です。

注意第6節の「関係の性質で重みが変わる」も、一般条項の中での話です。

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#14単独ページ動画

三菱樹脂事件

私人間効力の仕組み(二段構えと相対化)

二段構え

結論私人の行為に直接あてはめるのは、憲法ではなく私法の一般条項です。

憲法は、その一般条項の中身を決めるときに、背後から流れ込みます。

条文公序良俗に反する法律行為を無効とする民法の条文が、その代表です。

理由私人どうしの関係を決めているのは、もともと民法だからです。

注意会社が思想を理由に不利益な扱いをした争いでも、裁判所がまず手に取るのは民法です。

相対化

結論憲法をどこまで流れ込ませるかは、関係の性質で変わります。

同じ考え方から、逆の結論が出ることもあります。

三菱樹脂事件:私人どうしの争いの処理

私人の行為に直接あてはめるのは、私法の一般条項です。
では、会社と働く人の争いで、最高裁はこの仕組みをどう示したのでしょうか。

事案

事案ある人が、大学を出て会社に採用されました。

採用試験のとき、学生時代の政治的な活動の経歴を申告していませんでした。

  • 会社の対応:3か月の試用期間が終わる間際に、本採用を拒否すると通知しました。
  • 訴え:拒否された人は、労働契約の関係が続いていることの確認を求めました。
  • 争われた人権:思想・良心の自由と、法の下の平等です。

人権規定は私人どうしを直接縛らない

結論最高裁は、私人どうしの争いを次のように処理するとしました。

  • 人権規定:国や公共団体と個人との関係を定めたもので、私人相互の関係を直接規律しません。
  • 対立の調整:原則として、私的自治に委ねられます。
  • 法の介入:一方の行為が社会的に許される限度を超えたときだけ、法が調整に入ります。
  • 調整の方法:民法の一般条項や不法行為の規定の運用で行います。

判例の読み方(間接適用説と無適用説)

定義2つの説は、次のとおりです。

  • 間接適用説:民法を通して、憲法を私人どうしの関係に効かせる説です。
  • 無適用説:私人どうしには、憲法自体が届かないと見る説です。

結論この判決は、どちらにも読める書きぶりです。

  • 従来の通説:間接適用説を採ったと読みます。調整を一般条項の運用に委ねる、という後半を根拠にします。
  • 近時の有力説:無適用説を採ったと読みます。私人どうしを直接には縛らない、という前半を根拠にします。

注意行き着く結論は、ほとんど変わりません。

答案は間接適用説で書けば足り、覚えるのは割れる理由のほうです。

三菱樹脂事件:雇い入れの段階と雇い入れた後

最高裁は、私人どうしの対立の調整を、私法の運用に委ねるとしました。
では、会社が「雇わない」と決めるのと「やめてもらう」と決めるのとで、答えは同じなのでしょうか。

三菱樹脂事件の2つの段階の対比(雇い入れる前=原則として自由・根拠は22条と29条の経済活動の自由・労働基準法3条は雇入れ自体を制限しない/雇い入れた後=同じ広さの自由はない・留保解約権の行使は客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が要る/本採用拒否の可否は破棄差戻しで未判断)

雇い入れの段階(雇用の自由)

結論企業には、雇用の自由があります。

  • 原則:誰を、どんな条件で雇うかは、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に決められます。
  • 思想信条による拒否:特定の思想・信条を理由に雇い入れを拒んでも、当然に違法とすることはできません。
  • 思想信条の調査:採否を決めるにあたって思想信条を調べることも、同じです。

条文根拠は、22条と29条が保障する経済活動の自由です。

企業も、その一環として、契約を結ぶ自由をもっています。

三菱樹脂事件最高裁判所大法廷判決雇い入れの自由と、雇い入れた後の違い憲法の人権規定は、国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。企業者は、法律その他による特別の制限がない限り、いかなる者をいかなる条件で雇うかを原則として自由に決定することができ、特定の思想、信条を理由に雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。他方、留保解約権に基づく解雇は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:財産権は、これを侵してはならない。

労働基準法3条の射程

定義労働基準法3条は、信条によって労働条件を差別することを禁じる規定です。

結論3条は、雇い入れた後の労働条件についての制限です。

雇い入れることそのものを縛る規定ではありません。

注意3条を「採用差別の禁止」と覚えると、短答で外します。

雇い入れた後の段階

結論いったん雇い入れた後には、雇入れの当初のような広い自由はありません。

理由最高裁は、3つの理由を示しました。

  • 法律の区別:法律自体が、雇入れの段階と雇入れ後の段階を別に扱っています。
  • 社会的な優越:企業は、働く人に対して社会的に優越した立場にあります。
  • 就職機会の放棄:試用期間に入った人は、他の会社への就職の機会を捨てています。

具体例断られた応募者と、3か月働いた人とでは、失うものが違います。

留保解約権の行使の限度

定義試用期間つきの採用には、途中でやめさせる余地として、解約権が留保されています。

結論留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨、目的に照らして、次の2つがそろう場合にのみ許されます。

  • 合理性:客観的に合理的な理由が存すること。
  • 相当性:社会通念上相当として是認されうること。

注意この言い回しは、今の解雇のルールの原型になっています。

本採用拒否は認められたか

結論本採用を拒否できたかどうかに、最高裁は答えを出していません。

原判決を破棄し、合理的な理由の有無を判断させるため、高裁に差し戻しました(破棄差戻し)。

注意この事件を「採用拒否を認めた判例」と覚えると、誤りです。

昭和女子大学事件:私立大学と学生の関係

会社と働く人の関係では、雇い入れの前と後で答えが分かれました。
では、私立大学と学生の関係では、何が判断されたのでしょうか。

事案

事案私立大学の学生が、学則の決まりに反する政治活動をしました。

  • 学則の決まり:学外の団体に入るには許可、署名運動をするには届出が要ります。
  • 処分:自宅での謹慎を命じられ、最後は退学処分になりました。
  • 訴え:学生は、学生としての身分がまだあることの確認を求めました。

注意学則は、政治活動を全面的に禁止していたのではありません。

学外団体への加入は許可制、署名運動は届出制でした。

出発点

結論最高裁は、まず三菱樹脂事件を引きました。

憲法の人権規定は、私人どうしの間を直接に縛るものではありません。

大学の包括的権能

定義大学は、学生の教育と学術の研究を目的とする、公共的な施設です。

結論大学は、在学する学生を規律する包括的権能をもちます。

法律に特別の定めがなくても、目的を達するのに必要な事項を学則等で定められます。

注意この包括的権能は、国と公務員などとの関係で否定された考え方(特別権力関係論)とは別物です。

こちらは、私立大学と学生という私人どうしの関係です。

昭和女子大学事件最高裁判所判決包括的権能と、裁量の限度大学は、その設置目的を達成するために必要な事項を学則等により定め、在学する学生を規律する包括的権能を有する。私立大学が建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針を学則等において具体化し、学生に対してその遵守を求めることも、それが直ちに社会通念上不合理であると認められないものであるかぎり、これを違法とすることはできない。

私立大学の学則

結論私立大学の学則は、社会通念上不合理と認められない限り、違法とはいえません。

理由私立大学には、建学の精神に基づく独自の伝統や校風があります。

学生も、それを承知したうえで、その大学を選んで入学しています。

具体例この大学は、思想の穏健中正を掲げる保守的な学校でした。

その校風も、判断の材料として勘案されています。

退学処分と学長の裁量

結論退学処分は、学長の裁量の範囲内とされました。

ただし、退学処分を選べるのは、次の場合に限られます。

  • 限度:改善の見込みがなく、学外に排除することが教育上やむを得ないと認められる場合です。

理由退学処分は、学生の身分を奪う、いちばん重い処分だからです。

注意学則を作るところは広く認められますが、学生を学外に出すところはそこまで広くありません。

この判決が判断したこと

結論実際に判断されたのは、次の2つです。

  • 学則:学則による規制が、合理的かどうかです。
  • 処分:退学処分が、裁量の範囲内かどうかです。

注意この判決を「私人間に憲法を適用しない判例」と覚えると危ないです。

憲法の条文そのものではなく、学則の合理性と裁量で決着しています。

日産自動車事件:一般条項が実際に効いた例

三菱樹脂事件と昭和女子大学事件では、憲法の趣旨が入って結論が変わってはいません。
では、一般条項を通して憲法の考え方が実際に効いたのは、どのような事件でしょうか。

事案

事案ある会社の就業規則が、定年を男子60歳・女子55歳と定めていました。

この規則で退職とされた女性が、地位の確認を求めて争いました。

無効になった範囲

結論無効になったのは、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分です。

定年制そのものは、残ります。

理由最高裁は、次の点から、性別のみによる不合理な差別にあたるとしました。

  • 見方の根拠:女子従業員全体を、会社への貢献度が上がらない従業員とみる根拠は、認められません。
  • 職務遂行能力:60歳前後までは、職務を遂行する能力に欠けるところがないとされます。
  • 合理的な理由:差を設けなければならない合理的な理由が、ありません。

具体例男女とも60歳と定めていれば、この判決の射程には入りません。

注意定年を定めること自体が公序良俗に反する、という判断ではありません。

日産自動車事件最高裁判所判決無効になったのは「差を設けた部分」就業規則中、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして、民法90条の規定により無効である(憲法14条1項、民法1条ノ2参照)。

無効の根拠(民法90条)

結論無効の根拠は、憲法14条ではなく、民法90条です。

条文判決文では、憲法14条1項は、括弧の中で「参照」として引かれるだけです。

注意「憲法14条を適用して無効にした」と書くと、不正確になります。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

90条(公序良俗)|民法 第一編 総則 第五章 法律行為 第一節 総則(90〜92条)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

3つの判決に共通する形と、結論を動かした事情

3つの判決は、どれも個人と企業、個人と学校という私人どうしの関係でした。
では、3つに共通する形と、判決ごとに違った事情は何でしょうか。

共通する形

結論憲法を私人の行為に直接あてはめた判決は、一つもありません。

  • 日産自動車事件:私法の一般条項(民法90条)で、就業規則の一部を無効にしました。
  • 三菱樹脂事件:調整を、民法の一般条項や不法行為の規定の運用に委ねました。
  • 昭和女子大学事件:学則の合理性と裁量で決着させました。

注意昭和女子大学事件は、私法の一般条項で決まった判決ではありません。

3つに共通するのは、憲法を直接あてはめない、という出発点です。

結論を動かした事情

結論どこまで憲法を取り込むかを動かした事情は、判決ごとに違います。

  • 三菱樹脂事件:試用期間に入った人が、他の会社への就職をあきらめていることです。
  • 昭和女子大学事件:私立大学の、建学の精神に基づく独自の伝統や校風です。
  • 日産自動車事件:差を設けなければならない理由が、あるかどうかです。

注意効いているのは、説の名前ではなく、その関係の中身です。

答案でも、そこを具体的に書きます。

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#15単独ページ動画

強制加入団体の政治献金

私人間効力の二本の柱

二本の柱

結論私人間効力は、次の二本の柱で考えます。

  • 直接あてはめる法:私人の行為に直接あてはめるのは、憲法ではなく私法の一般条項です。
  • 憲法の働き:一般条項の中身を決めるときに、憲法の趣旨が背後から流れ込みます。
  • 取り込む度合い:どこまで流れ込ませるかは、関係の性質で変わります。

理由私人どうしの関係を決めているのは、私法だからです。

具体例公の秩序や善良の風俗に反する法律行為は、無効になります(民法90条)。

この幅の広い言葉を、私人の行為に直接あてはめます。

注意同じ考え方から、逆の結論が出ることもあります。

90条(公序良俗)|民法 第一編 総則 第五章 法律行為 第一節 総則(90〜92条)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

雇い入れの前と後

結論会社が人を雇う場面では、段階によって答えが違います(三菱樹脂事件)。

  • 雇い入れを拒むこと:当然には違法になりません。
  • 雇い入れた後:雇い入れる前と同じ広さの自由はありません。

注意同じ会社の同じ判断でも、関係の性質で答えが変わります。

強制加入団体の政治献金(南九州税理士会政治献金事件)

私人間効力の枠組みは、個人と企業の関係で答えが出ています。
では、抜けられない団体が会員のお金を政治団体に寄付したら、会員は従わなければならないのでしょうか。

会社の政治献金(前提)

事案ある製鉄会社が、政党に政治資金を寄付しました。

結論寄付は会社の目的の範囲内とされました。

政治資金を寄付する自由も、個人と同じ程度に認められました。

注意この結論は、自分の意思で加入した株主が前提です。

目的の範囲(民法34条)

定義法人にできることは、定款などで定めた目的の範囲内に限られます。

結論範囲の外に出た行為は、法人の行為としての効力が認められません。

決議なら、無効になります。

注意判例の当時は、民法43条でした。

34条(法人の能力)|民法 第一編 総則 第三章 法人(33〜84条)法人は、法令の規定に従い、定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し、義務を負う。

南九州税理士会政治献金事件

事案ある県の税理士会が、税理士に関する法律を改正させる運動の資金を必要としました。

  • 決議:税理士の政治団体に寄付するため、会員から特別会費を集める決議をしました。
  • 会員の主張:納める義務は無いとして争い、自分の思想・良心の自由を侵されたと主張しました。

結論政治団体への寄付は目的の範囲外で、特別会費を集める決議は無効です。

理由最高裁は、団体の性質と行為の性質を確かめました。

  • 団体の性質①:税理士会は強制加入団体です。税理士として仕事をするには入らなければならず、仕事をする限り実質的に脱退できません。
  • 団体の性質②:入る側が選べないので、様々な思想・信条をもつ会員がいることが当然に予定されています。
  • 行為の性質:政党など政治資金規正法上の政治団体への寄付は、選挙における投票の自由と表裏を成すので、会員各人が市民として自主的に決定すべき事柄です。

南九州税理士会政治献金事件最高裁判所判決投票の自由と表裏税理士会は、強制加入団体であって、その会員には、実質的には脱退の自由が保障されていない。政党など政治資金規正法上の政治団体に対して金員の寄付をするかどうかは、選挙における投票の自由と表裏を成すものとして、会員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断等に基づいて自主的に決定すべき事柄というべきである。

「投票の自由と表裏」の意味

定義どの政治的な立場を後押しするかを決める点で、投票と同じだという意味です。

結論団体の多数決で決めてよい話ではなく、一人ひとりが市民として自分で決めるべきことです。

理由誰に投票するかを他人に決められないのと、同じ問題になるからです。

会社との違い

結論判決自身が、税理士会は会社とは法的な性格を異にする法人だと述べています。

目的の範囲を会社のように広く解すると、法の趣旨を没却してしまいます。

理由法律が入会を義務づけ、公的な役割を担わせている団体だからです。

注意税理士会の判決は、労働組合が組合員にどこまで協力を求められるかという系統の判例も引いています。

使いみちが変わると結論は変わるか(群馬司法書士会震災支援寄付事件)

強制加入団体の政治団体への寄付は、目的の範囲外とされました。
では、同じ強制加入団体でも、お金の使いみちが変われば答えは変わるのでしょうか。

最高裁の二段階の枠組み

定義強制加入団体の寄付と会員の負担は、2段階で判断します。

  • 一段階目:その行為が、団体の権利能力の範囲内(民法34条の目的の範囲内)か。
  • 二段階目:会員の協力義務を否定すべき特段の事情があるか。

注意税理士会は、一段階目で外れました(目的の範囲外)。

群馬司法書士会震災支援寄付事件

事案大きな地震で被災した別の県の司法書士会の復興を支援するため、司法書士会が三千万円の拠出金を寄付する決議をしました。

  • 原資:原資の一部が、会員から集める負担金です(登記の申請1件につき50円を3年間)。
  • 会員の主張:思想・良心の自由を侵されたと主張して争いました。

結論決議の効力は会員に及びます(税理士会と逆の結論です)。

  • 一段階目:寄付は権利能力の範囲内です。
  • 二段階目:協力義務を否定すべき特段の事情は無いとされました。

理由それぞれ、次のように判断されました。

  • 目的の範囲:会の目的(会員の指導と連絡に関する事務)を果たすうえで、直接または間接に必要な範囲なら、他の会との提携・協力・援助も含まれます。被災した会の司法書士が仕事に戻れるようにする、公的な機能を回復させるための支援だと認定されました。
  • 三千万円の額:それだけで範囲を外れるとはしませんでした。震災の被害が大きく、早急な支援が必要だったからです。
  • 集め方:調達の方法は、特段の事情がない限り、多数決で決めてよいとしました。
  • 特段の事情が無い理由:負担金は、会員の政治的・宗教的立場や思想信条の自由を害しません。額も、社会通念上過大とはいえません(平均的な報酬に対する割合でみても、ごくわずかです)。

注意判決には反対意見が2つ付いています。

  • 共通点:二人とも、三千万円という額が大きすぎると見ました。
  • 一人:会員に課す負担のほうも重すぎる、としています。
  • 額の区別:一段階目の額は会が出す三千万円、二段階目の額は会員が払う1件50円です。

群馬司法書士会震災支援寄付事件最高裁判所判決協力義務を否定すべき特段の事情・反対意見被災した司法書士会への復興支援拠出金の寄付は、権利能力の範囲内にある。その調達方法についても、公序良俗に反するなど会員の協力義務を否定すべき特段の事情がある場合を除き、多数決原理に基づいて決定することができる。本件負担金は、会員の政治的又は宗教的立場や思想信条の自由を害するものではなく、その額も社会通念上過大であるとはいえない。

二つの軸で並べる

団体の性質(任意加入か強制加入か)と行為の性質(政治的な選択か否か)で製鉄会社・南九州税理士会・群馬司法書士会の結論を対比した表

定義2つの軸は、次のとおりです。

  • 縦の軸:団体の性質(抜けられるか、抜けられないか)です。
  • 横の軸:行為の性質(会員一人ひとりが自分で決めるべき事柄か、そうでないか)です。

結論司法書士会は、縦は税理士会と同じで、横だけが違います。

注意抜けられないことだけでは、結論は決まりません。

「強制加入団体だから何もできない」と一般化すると、誤りになります。

なぜ二つの軸が要るのか

結論団体の性質と行為の性質の、二つがそろってはじめて結論が決まります。

理由抜けられるかどうかで、決める中身が問われるかが変わるからです。

  • 抜けられる団体:嫌なら出ていけば済みます。
  • 抜けられない団体:多数決に従うほかないので、決める中身が問われます。
  • 自分で決めるべき事柄:多数決にすると、支持していない政治的な立場に、お金の形で加担させられます。
  • 思想や信条と結びつかない事柄:多数決で決めてよいことになります。

注意団体は、人権を守る主体であり、脅かす主体でもあります。

この両面性の緊張は、抜けられない団体でいちばん強く出ます。

国の私法上の行為(百里基地訴訟)

私人間では、憲法が本来届かない行為に憲法が及ぶかが問われました。
では、契約の相手が国なら、憲法は当然に及ぶのでしょうか。

収用と売買

結論国が土地を手に入れる方法には、2つの顔があります。

  • 収用:土地を強制的に取り上げるもので、公権力の行使です。
  • 売買:国が私人と対等の立場で買うものです。

注意百里基地訴訟で問題になったのは、売買のほうです。

百里基地訴訟の事案

百里基地訴訟の関係図(A=土地の所有者がB=反対する側に売り、代金の一部未払いで解除し、C=国に売った。争点は国との売買契約が9条に反して無効か)

事案土地の所有者A、基地の建設に反対する側B、国Cの争いです。

  • ①:AがBに、自衛隊の基地の用地になる予定の土地を売る契約をしました。
  • ②:売買代金の一部が支払われず、AはBとの契約を解除しました。
  • ③:Aは、同じ土地を国Cに売りました。
  • Bの主張:国との売買契約は、憲法9条に反して無効だと主張しました。

結論最高裁は、三段に分けて判断し、国の側が土地を取得しました。

9条|第二章 戦争の放棄(9条)1項:日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2項:前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

一段目:98条1項の「国務に関するその他の行為」

定義「国務に関するその他の行為」とは、公権力を行使して法規範を定立する国の行為です。

結論私人と対等の立場で行う国の行為は、これに当たりません。

理由98条1項は、憲法が最高法規であることを定めた規定です。

効力を否定される対象は、列挙された法律・命令・詔勅と同じ性質のものに限られます。

具体例当たるかどうかは、次のとおりです。

  • 行政処分・裁判:個別具体的でも、公権力で法規範を立てる行為なので、当たります。
  • 土地の売買:法規範を作る行為ではなく、国が買主の顔で出てきているだけなので、当たりません。

百里基地訴訟最高裁判所判決私人と対等の立場で行う国の行為98条1項にいう「国務に関するその他の行為」とは、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し、私人と対等の立場で行う国の行為はこれに該当しない。国が私人と対等の立場で締結する私法上の契約は、その成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法9条の直接適用を受けない。

98条|第十章 最高法規(97〜99条)1項:この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

二段目:9条は私法上の行為に直接適用されるか

結論9条は、人権の規定と同じく、私法上の行為には直接適用されません。

理由9条は、その性格上、私法上の行為の効力を直接に決める規定ではないからです。

注意次の点に気をつけます。

  • 国が当事者:私人と対等の立場で行う行為である以上、変わりません。公共の利益の実現を目的としていても、同じです。
  • 私人に直接効く規定:憲法には選挙人の無答責・奴隷的拘束の禁止などがありますが、9条はこの例外に当たらないとされました。
  • 留保:契約の成立の経緯と内容が、実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえる特段の事情があれば、別です。「絶対に及ばない」と覚えると誤りになり、短答で狙われます。
  • 判決の根拠:最高裁は、この判断の根拠として三菱樹脂事件を引いています。

三段目:民法90条の公序良俗

結論9条の趣旨は、民法90条の「公の秩序」の内容の一部を形成するにとどまります。

この売買契約は、公序良俗に反しないとされました。

理由9条の趣旨は、そのままの強さでは私法の世界に入らないからです。

私的自治の原則・契約における信義則・取引の安全などの私法上の規範によって、相対化されます。

具体例判断の基準は、次のとおりです。

  • 基準:社会的に許容されない反社会的な行為だという認識が、社会の一般的な観念として確立しているかで判断します。
  • あてはめ:契約当時、自衛隊のために国と私人が売買契約を結ぶことについて、そうした認識は確立していませんでした。

私人間効力との関係

結論私人間効力と百里基地訴訟は、別の論点ではなく、同じ枠組みの表と裏です(問いの向きが逆です)。

  • 私人間:憲法が本来届かない行為に、憲法が及ぶかが問われます。
  • 百里基地:国の行為なのに、憲法が及ばない場合があるかが問われます。

理由どちらも、直接あてはめるのは民法で、憲法はその中身に流れ込むからです。

どこまで流れ込ませるかは、関係の性質で変わります。

割れ目の一覧と物差しの振り分け

私人間効力では、関係の性質で憲法の取り込み方が変わります。
では、結論が割れる場所はどこで、違憲審査の物差しはいつ使うのでしょうか。

四つの割れ目

結論結論が割れる場所は、次の4つです。

  • 雇い入れの段階と、雇い入れた後(三菱樹脂事件)
  • 任意加入と、強制加入(製鉄会社と税理士会)
  • 政治的な選択と、そうでない選択(税理士会と司法書士会)
  • 公権力の行使と、私人と対等の立場の行為(百里基地訴訟)

具体例税理士会と百里基地訴訟でも、結論を決めたのは民法の枠組みです。

  • 税理士会:決議を退けたのは、目的の範囲という民法の枠組みです。
  • 百里基地:最後に効いたのは、民法90条の公序良俗です。

物差しの振り分け

結論三段階の審査や違憲審査の基準は、相手が国のときの道具です。

理由相手が私人なら、まず私法の一般条項に降り、その中身を決めるところで憲法の趣旨を使うからです。

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第3章人権各論

#16単独ページ動画

幸福追求権と新しい人権

13条の構造(前段と後段)

前段(個人の尊重)

定義前段は、「すべて国民は、個人として尊重される」という一文です。

一人ひとりを、集団の一部としてでなく扱うという宣言です。

具体例多数派と違う考えを持つ人でも、その人自身の価値を切り捨ててはいけません。

後段(幸福追求権)

定義後段の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を、まとめて幸福追求権と呼びます。

結論この言葉の広さに、条文が名前を挙げていない権利を読み込みます。

注意「公共の福祉に反しない限り」は、後段の権利にかかる条件です。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

13条は具体的権利か

結論今は、13条それ自体から具体的な権利を導けると理解されています。

それ自体を根拠に、裁判で救済を求められます。

注意考え方は、社会の変化に応じて動きました。

  • かつて:13条は、個別の人権をまとめて呼ぶ言葉(総称)にすぎず、それ自体では具体的な権利を生まないと理解されていました。
  • 現在:単なる総称ではなく、具体的権利です。
  • 権利の段階:具体的権利・抽象的権利・プログラム規定のうち、裁判で直接使えるいちばん強い段階に当たります。

もう一つの総則的な条文(14条)

結論個別の人権規定の土台になる条文は、13条のほかに14条(法の下の平等)があります。

13条と14条が並んで、個別の人権規定を支える総則的な条文です。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

新しい人権の必要性

13条後段の広い言葉には、条文に名前の無い権利を読み込めます。
では、なぜ13条から新しい権利を読み込む必要があるのでしょうか。

想定されていなかった生活場面

結論憲法が作られた当時には想定できなかった生活の場面が、次々に生まれるからです。

名前の無い権利も、13条を手がかりに、憲法上の権利として認められています。

具体例自分の情報が、知らないうちに集められ、残っていく場面です。

  • 防犯カメラ:街を歩けば、姿が映ります。
  • 買い物の記録:買い物をすれば、記録がどこかに残ります。

こうした場面に対応する権利の一つが、プライバシー権です。

何でも認めてよいか

結論「新しい人権」だと言えば何でも認めてよいわけではなく、どこで線を引くかが問題になります。

新しい人権の範囲(一般的行為自由説と人格的利益説)

新しい人権を、無限定に認めるわけにはいきません。
では、13条から、どこまでの範囲を読み込むべきでしょうか。

一般的行為自由説(あらゆる生活領域の行為の自由・散歩や海水浴も含む)と人格的利益説〈通説〉(人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体・プライバシー)の対比表

一般的行為自由説

定義あらゆる生活領域の行為の自由が、13条後段によって保障されるという立場です。

理由人に迷惑をかけない行為は広く自由だという発想で、個人の自由をできる限り広く保護しようとします。

人格的利益説(通説)

定義幸福追求権を、人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体と解する立場です。

「人格的生存に不可欠」が、範囲を絞る言葉です。

具体例誰にどこまで知られるかを、自分の側に残しておくことは含まれます。

その人がその人として生きていくことに、直接かかわるからです。

散歩や海水浴のような行為は、含まれません。

なぜ人格的利益説が通説か

結論通説は、次の2つの理由から、範囲を絞る道を選びました。

理由広く認めるほど、人権がかえって弱くなるからです。

  • 人権のインフレ化:あらゆる行為に「人権」という名前を付けると、人権という言葉自体の重みが薄れます。表現の自由のような重い権利と、散歩の自由が同じ重さで並んでしまいます。
  • 制限場面の増加:広く人権を認めるほど、人権どうしがぶつかる場面が増えます。そのたびに公共の福祉による調整が必要になり、広く認めた権利ほど簡単に制限されてしまいます。

注意人権として認めることは、守ることであると同時に、弱くすることにもなりかねません。

広ければ広いほど良い、というわけではありません。

答案戦略(両説を使い分ける)

通説は、人格的利益説で範囲を絞ります。
では、答案では、どちらの説で書くべきでしょうか。

通常は人格的利益説

結論通常は、人格的利益説で書きます。

注意人格的利益説には、絞りすぎて困る場面があります。

  • 具体例:仕事終わりに煙草を吸う自由や、晩酌でお酒を飲む自由です。
  • 困る点:人格的生存に不可欠とは言い切れず、定義にうまく当てはまりません。

言いにくい場面では一般的行為自由説

結論人格的生存に不可欠と言いにくい場面では、一般的行為自由説で書きます。

あらゆる生活領域の行為の自由という立場なら、喫煙や飲酒の自由も素直に含まれます。

注意一般的行為自由説は、負けた説ではなく、もう一つの道具です。

  • 代償:広い説に乗り換えるとインフレ化が起き、広く拾った自由は、そのぶん制限も通りやすくなります。
  • 書き方:そこまで引き受けたうえで、この場面はこの説で書く、と決めます。
  • 到達点:どちらか一方でなく、両方を持っておくことです。

京都府学連事件(13条から自由が認められた例)

13条からは、条文に名前の無い権利を読み込めます。
では、13条から実際に自由が認められた事件で、最高裁は何を判断したのでしょうか。

京都府学連事件の関係図(A=警察官が許可条件違反の確認のためB=デモ先頭の被告人を写真撮影、Bが旗竿でAを突き公務執行妨害・傷害で起訴)

事件と争点

事案デモ行進には、許可の条件が付いていました。

  • A(警察官):条件に違反していると判断し、承諾なしに行進の様子を撮影しました。
  • B(先頭で行進していた人):抗議して旗ざおでAの顎のあたりを突き、治療に1週間ほどかかる怪我を負わせました。

Bは、公務執行妨害と傷害の罪で起訴されました。

結論撮影が適法だったかが、争点になりました。

Bの側は、承諾なしに写真を撮られたこと自体が憲法違反だと主張しました。

理由公務執行妨害が成立するのは、その職務が適法だった場合です。

撮影が許されないものなら、適法な職務ではなくなります。

撮影されない自由

結論最高裁は、何人も、その承諾なしに、みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由を有するとしました。

警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されないとしました。

理由13条が守っているのは、国からの干渉に対する私生活上の自由だからです。

相手が警察であっても、そこは変わりません。

注意判旨には「これを肖像権と称するかどうかは別として」という留保が付いています。

最高裁は、肖像権という名前を正面から認めたわけではなく、13条から導かれる自由の中身として述べたにとどまります。

「最高裁が肖像権を認めた」と覚えるのは、正確ではありません。

京都府学連事件最高裁判所大法廷判決13条が生んだ最初の自由個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態……を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。

撮影が許される3要件

結論次の3つがそろえば、承諾も令状も無くても、撮影が許されます。

  • 現行性:現に犯罪が行われている、または行われた直後であることです。
  • 必要性・緊急性:証拠を残す必要性と、急ぎの事情があることです。
  • 相当性:撮影の方法が、一般に許される範囲を超えていないことです。

理由この自由も、無制限ではありません。

犯罪の捜査は、社会全体のために警察に任された仕事だからです。

注意3つとも、そろっていなければなりません。

一つでも欠けると、結論が変わります。

この事件の結論

結論3つの要件がそろっているとして、撮影は適法とされ、Bの上告は退けられました。

  • 現行性:許可条件の違反が、まさに進行中でした。
  • 必要性・緊急性:証拠を残す必要も、急ぎの事情もありました。
  • 相当性:行進の様子を撮るだけの、相当な方法でした。

注意撮影されない自由を認めた判決ですが、違憲判決ではありません。

自由を認めたうえで、今回はその自由を制限してよい場面だった、と判断しました。

補充的保障(13条の位置づけ)

13条からは、具体的な権利が実際に導かれています。
では、個別の人権規定がある場面でも、13条を使ってよいのでしょうか。

補充的保障

定義個別の人権規定でカバーされる場面では13条は出てこず、13条は最後に残る受け皿になることを、補充的保障と呼びます。

結論表現の自由や職業選択の自由のような個別の規定を、先に検討します。

理由次の2つの理由によります。

  • 線引きの尊重:個別の規定は、憲法が「ここは守る」と線を引いた条文です。先に13条で拾うと、その線を素通りできてしまいます。
  • 13条の弱体化:何でも13条で拾えば、広げるほど弱くなるという問題が、13条自身に起きます。

注意混同しやすい点が2つあります。

  • 土台との関係:13条が個別の規定を支える土台であるのは体系の話で、出てこないのは検討する順番の話です。矛盾しません。
  • 制度的保障との違い:制度的保障は制度そのものを守る話で、補充的保障は条文を使う順番の話です。

13条から導かれる権利

具体例13条から導かれる権利には、次のものがあります。

  • 撮影されない自由:京都府学連事件で認められました(第5節)。
  • 外国人の指紋押捺:外国人に指紋の押捺を求める制度が争われた事件でも、13条から具体的な権利が導かれています。
  • プライバシー権:自分の情報が知らないうちに集められ、残っていく場面に対応する権利です。
  • 自己決定権:自分の生き方を、自分で決める権利です。
  • 人格権:名誉のように、人格そのものに関わる権利です。

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#17単独ページ動画

プライバシー権と自己情報コントロール権

プライバシー権の根拠(13条後段)

新しい人権の読み込み

結論13条後段の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」から、条文に名前の無い権利も読み込めます。

ただし無限定ではなく、人格的生存に不可欠な利益に絞ります。

具体例13条から取り出された権利には、撮影されない自由があります。

同じ13条から読み込まれた、もっと大きな権利がプライバシー権です。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

「宴のあと」事件(プライバシー権の出発点)

プライバシー権は、13条後段から読み込まれる権利です。
では、その出発点となる定義は、どの事件で示されたのでしょうか。

事案と結論

事案都知事選挙に立候補して落選した経験を持つ人物(A)が、自分をモデルにした小説を発表されました。

Aは、私生活の細部まで公開されたとして、小説を書いた作家と出版社(B)を訴えました。

結論東京地方裁判所は、プライバシー侵害を認め、損害賠償の支払いを命じました。

注意第一審(下級審)の判決で、上級審の確定判決はありません。

  • 最高裁ではない:「初めてプライバシー権を認めた判例」と紹介されますが、東京地裁の判決です。
  • 和解で終了:Bの側が控訴しましたが、途中でAが亡くなり、双方の間で和解が成立しました。
  • 今も出発点:定義を上書きする上級審の判断が無いまま、第一審の定義が今も参照されています。

最初の定義

定義プライバシー権とは、私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利です。

「公開されない」ことが中心です。

侵害の3要件

結論侵害が認められるには、公開された内容が、次の3つをすべて満たすことが必要です。

  • 私事性:私生活上の事実または事実らしく受けとられるおそれのあることがらであること。
  • 秘匿性:一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがらであること。
  • 非公然性:一般の人々に未だ知られていないことがらであること。

理由公開された「内容」そのものの性質から、法が乗り出す場面を切り出すためです。

3つがそろって初めて、公開による不利益が、裁判で救うに値する重さになります。

注意次の2点に気をつけます。

  • 秘匿性の基準:本人だけの感じ方ではなく、一般人を基準にします。
  • 非公然性の限界:一度世の中に知られてしまった情報は、この物差しでは守りにくくなります。

「宴のあと」事件第一審東京地方裁判所判決プライバシー権、最初の定義私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利。侵害が認められるには、公開された内容が、私生活上の事実または事実らしく受けとられるおそれのあることがら(私事性)、一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められることがら(秘匿性)、一般の人々に未だ知られていないことがら(非公然性)であることを要する。

足りなくなった理由①(公開だけが問題ではない)

出発点の定義は、私生活をみだりに公開されない権利でした。
では、公開さえされなければ、それで十分なのでしょうか。

足りなくなった理由①の流れ(公開さえ止めれば足りた→集められるだけでは守られない場面→公開だけでなく取得・利用も本人の意思に反してはならない)

結論公開だけでなく、取得・利用の段階から、本人の意思に反してはならないと考えます。

守るべき行為の種類が、公開から取得・利用にまで広がりました。

理由社会が変わり、大量の個人情報が集められ、利用される時代になったからです。

「宴のあと」事件の時代は、公開さえ止められれば十分だと考えられていました。

具体例買い物の履歴や通院の記録が、知らないところで集められている場合です。

まだ公開されていない以上、最初の定義では守られません。

足りなくなった理由②と自己情報コントロール権

理由①は、守るべき行為が取得・利用にまで広がったことでした。
では、公開をやめさせるだけでは足りない場面とは、どのような場面でしょうか。

足りなくなった理由②の流れ(やめさせるだけの自由権的・消極的な権利→閲読・訂正・抹消も求める社会権的・積極的な側面→統合して自己情報コントロール権)

理由②(消極的な働きから積極的な働きへ)

結論公開をやめさせるだけでなく、自分の情報の閲読・訂正・抹消を求める働きも必要です。

  • 自由権的・消極的:公開をやめさせる働きです。
  • 社会権的・積極的:自分の情報を読ませてもらい、間違っていれば訂正させ、必要なら消させる働きです。

理由行政機関などに、個人情報が集中管理される時代になったからです。

「公開されない権利」は、公開をやめさせる権利にすぎません。

具体例自分についての間違った情報が、すでに広まっている場合です。

やめさせるだけでは、広まった情報を直させることができません。

自己情報コントロール権

定義プライバシー権は、自己に関する情報をコントロールする権利と定義し直されます(自己情報コントロール権)。

理由①と理由②を統合した定義です。

結論これが、今の通説の到達点です。

取得・利用も含め、消極的にも積極的にも、自分の情報を自分でコントロールします。

具体例第3節と本節の場面は、どちらも保障の入口に入ります。

  • 収集の場面:買い物の履歴や通院の記録は、まだ公開されていなくても入ります。
  • 誤情報の場面:すでに広まった間違った情報も、訂正・抹消を求める側面で入ります。

注意次の2点に気をつけます。

  • 入口と保障:入口に入ることと、実際に守られることは別です。どこまで制限してよいかは、第8節の審査の問題です。
  • 学説と判例:これは学説の到達点です。最高裁がこの言葉を正面から使ったとまでは、言い切れません。

具体化のかたち(個人情報保護法とレセプト訴訟)

自己情報コントロール権は、学説がたどり着いた考え方です。
では、この考え方は、法律や裁判ではどのような形になっているのでしょうか。

個人情報保護法

結論個人情報保護法は、自分の情報について、訂正などを求める権利を定めています。

理由憲法上の権利は、それだけでは手続が決まっていません。

個人情報保護法が手続を整え、憲法上のプライバシー権を実際に使える形にしています。

注意以前は、行政機関向けの法律と民間向けの法律が別々にありました。

今は、一本の法律にまとめられています。

レセプト訴訟

定義情報公開制度とは、国や自治体に、持っている文書を出させる開示請求の仕組みです。

事案レセプト(医療費の明細)について、本人が自分に関する情報の開示を求めました。

結論最高裁は、情報公開制度を使って、自分についての情報の開示を求めることを認めました。

理由自分に関する情報も、行政が持つ文書の中にあるからです。

個人情報のための制度が無くても、文書を開かせる一般の仕組みに乗せれば取り出せます。

注意個人情報保護の制度がまだ整っていなかった時期の判断です。

今は制度が整っているので、位置づけが違います。

保障範囲(固有情報と外延情報)

プライバシー権が何を目指す権利かは、定まりました。
では、自分に関する情報のうち、どこまでが保障の対象になるのでしょうか。

プライバシー固有情報(政治的・宗教的信条、心身の基本情報・犯罪歴など=道徳的自律に直接かかわる)とプライバシー外延情報(氏名・生年月日、住所・税情報など=直接はかかわらない個別的情報)の対比表

固有情報

定義プライバシー固有情報とは、個人の道徳的自律に直接かかわる情報です。

結論固有情報は、当然に保障の対象に含まれます。

理由人格の核心に、直接かかわる情報だからです。

注意13条の「人格的生存に不可欠」と同じ発想を、2つの段で使っています。

  • 入口:そもそも権利として認めるかどうかを分けます。
  • 権利の中:認めた権利の中で、どの情報が中心かを分けます。

外延情報

定義プライバシー外延情報とは、道徳的自律には直接かかわらない個別的な情報です。

外延情報も含めるかは、第7節で見ます。

外延情報も含める理由(マスターキー・索引情報論)

固有情報は、当然に保障の対象に含まれます。
では、氏名や生年月日のような外延情報も、保障の対象になるのでしょうか。

マスターキー・索引情報論の流れ(忘年会名簿の氏名と生年月日→外部データベースと組み合わせる→通院記録・借入状況など重い情報の束に到達できる)

結論通説は、外延情報も保障の対象に含めます。

理由外延情報は、単体では要保護性が低く見えても、固有情報の束にたどり着く鍵として機能するからです。

この働きを、マスターキーあるいは索引情報と呼びます。

具体例会社の忘年会の参加者名簿に、名前と生年月日だけが書かれている場合です。

  • 名前と生年月日:他のデータベースで本人を特定する鍵として使われ、通院の記録や借り入れの状況にたどり着けます。
  • 会場の名前・参加人数:誰か一人に結びつかないので、「自分に関する情報」ではなく、プライバシー権の外側です。

注意単体の要保護性の低さは、保障の対象外になる理由にはなりません。

内と外の線は、個人に結びつくかどうかです。

審査基準のセレクト

保障の範囲は、固有情報と外延情報の両方に及びます。
では、プライバシー権が制限されたとき、審査の強さはどう選ぶのでしょうか。

審査基準のセレクト(厳格・中間・合理性のどの目盛りを当てるかを、人格的関連性の程度と情報システムが構築される可能性の2要素で選ぶ)

結論厳格・中間・合理性のどれを当てるかを、次の2要素で選びます。

  • 人格的関連性の程度:その情報が、個人の道徳的自律にどれだけ強くかかわるか。
  • 情報システムが構築される可能性:その情報をもとに、情報システムが作られる可能性がどれだけあるか。

理由どの人権でも、制限する側にどれだけ重い説明を求めるかを決める場面だからです。

具体例同じ「自分の情報」でも、2つの要素は別々に動きます。

  • 氏名と生年月日:人格的関連性は低いですが、鍵として使われるので、情報システムが作られる可能性は高いです。
  • 通院の記録:人格的関連性そのものが高いです。

注意精神的自由と経済的自由という大きな束で振り分けるのとは、段階が違います。

この権利では、もう一段細かく、情報そのものの性質で選びます。

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#18単独ページ動画

プライバシー判例の系譜

最高裁の言い方の三つの温度

学説の到達点

定義自己情報コントロール権とは、自分に関する情報をどうするかを、自分で決められるという考え方です。

注意これは学説の到達点です。

最高裁がどこまで認めたかは、判決の言い方で確かめます。

三つの温度

結論同じ13条の話でも、最高裁の言い方には三つの温度があります。

  • 一段目:守る自由の名前として「プライバシー」を、まだ使っていない段階です。
  • 二段目:判決文がその言葉を使い、守る対象が外側の情報まで広がった段階です。
  • 三段目:13条から、情報そのものについて、一般的な形で自由を導いた段階です。

具体例各段の判決は、次のとおりです。

  • 一段目:前科照会事件、指紋押捺拒否事件です。
  • 二段目:『石に泳ぐ魚』事件、早大江沢民講演会名簿提出事件です。
  • 三段目:住基ネット事件です。

前史(京都府学連事件)

事案デモ行進が撮影された事件です。

結論最高裁は、13条から、承諾なしにみだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由を認めました。

注意自由を認めたうえで、その撮影は適法とし、上告を退けました。

判例を読む三つの欄

五つの判決は、三つの温度の違いで一本の線につながります。
判決を読むときは、どの点を分けて見ればよいのでしょうか。

判例を読む三つの欄(①どの自由を認めたか/②その自由の侵害を認めたか/③どちらが勝ったか)と、京都府学連事件の当てはめ

自由の存在と勝ち負けは別

結論自由は認めても、その制限は許されるとして、訴えた側が負ける判決があります。

五つの判決のうち、指紋押捺拒否事件と住基ネット事件が、この形です。

注意負けた判例を、権利を認めなかった判例だと読まないでください。

判例の到達点を、実際より低く見積もってしまいます。

13条の二つの役割

13条の二つの顔(権利を導く足場=「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」/制限を許す留保=「公共の福祉に反しない限り」)

結論13条は、権利を導く根拠と、その制限を許す根拠を、同じ一か条に持っています。

理由だから、自由の存在と勝ち負けは、別々に動きます。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

前科照会事件(一段目の代表)

判例は、自由・侵害・勝敗の三つの欄に分けて読みます。
一段目の代表の前科照会事件で、最高裁は何を守り、それをどう呼んだのでしょうか。

前科照会事件の関係図(A=弁護士会が前科を照会/B=区長が前科をすべて回答/C=本人が市に賠償請求)

事案と結論

事案本人(C)には、前科がありました。

  • 照会:解雇をめぐる労働事件で、相手方の代理人の弁護士が申し出て、弁護士会(A)が役所に照会しました。
  • 回答:区長(B)は、犯罪の種類も軽重も問わず、Cの前科をすべて回答しました。
  • 請求:前科は後に裁判所の構内などで公表され、Cが市に損害賠償を求めました。

結論前科等をみだりに公開されないという、法律上の保護に値する利益を認めました。

区長が漫然と照会に応じ、前科等のすべてを報告したことは、公権力の違法な行使にあたるとしました。

  • ①自由:みだりに公開されない利益です。
  • ②侵害:認めました。
  • ③勝敗:本人の勝ちです。

理由前科等は、人の名誉、信用に直接にかかわる事項だからです。

注意照会に応じること自体が、禁じられたわけではありません。

違法とされたのは、漫然と、全部を答えたことです。

前科照会事件最高裁判所第三小法廷判決「権利」ではなく「利益」前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、…市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。

「権利」ではなく「利益」

結論判決の本体(法廷意見)には、「憲法」も「13条」も「プライバシー」も出てきません。

呼んだのは、権利ではなく「利益」でした。

理由区長の回答が違法かどうかを争う、損害賠償の請求だったからです。

民事の賠償で救えるなら、憲法上の権利だと言い切る必要はありません。

裁判所は、必要のない憲法判断はしないのが基本です。

注意足場は憲法ではありませんが、侵害は認められ、本人が勝っています。

これが、一段目のいちばん低い温度です。

指紋押捺拒否事件(一段目の二本目)

前科照会事件は、憲法を持ち出さずに、利益として守りました。
一段目のもう一本は、13条からどのような自由を導き、どう結論したのでしょうか。

事案と結論

事案かつて、日本に住む外国人には、登録の際に指紋を押す義務がありました。

この義務を拒んで、起訴された人がいました。

刑事事件なので、勝ち負けは有罪か無罪かで決まります。

結論13条から、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を導きました。

この自由の保障は、我が国に在留する外国人にも等しく及ぶとしました。

  • ①自由:みだりに指紋の押なつを強制されない自由です。
  • ②侵害:認めませんでした。
  • ③勝敗:合憲で、被告人の有罪が確定しました。

理由この自由も、公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けるからです。

行きすぎていないかは、目的と手段の二本立てで見ました。

  • 目的:戸籍の制度がない外国人を確実に特定するためで、十分な合理性と必要性があります。
  • 手段:押す義務は3年に一度、対象は一指だけで、強制も罰則による間接的なものです。過度の苦痛を伴うとまではいえません。

注意いまは、その規定も、根拠だった法律も、廃止されています。

指紋押捺拒否事件最高裁判所第三小法廷判決自由は認める。結論は合憲憲法一三条は、国民の私生活上の自由が国家権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると、解されるので、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有するものというべきであり、…右の自由の保障は我が国に在留する外国人にも等しく及ぶと解される。しかしながら、右の自由も、…公共の福祉のため必要がある場合には相当の制限を受けることは、憲法一三条に定められているところである。

指紋とプライバシー

結論指紋そのものは、内心に関する情報ではありません。

しかし、使い方次第では、プライバシーが侵害される危険があります。

危ないのは、中身ではなく、使われ方のほうです。

理由指紋には、万人不同性・終生不変性(人によって違い、一生変わらない)という性質があるからです。

注意この判決で「プライバシー」の語が出るのは、危険を説明する場面だけです。

守る自由の名前は、指紋の押なつを強制されない自由のままです(一段目)。

『石に泳ぐ魚』事件(二段目の目印)

一段目の判決は、守る自由の名前として「プライバシー」を使っていません。
二段目の目印になる判決は、どのような言葉で侵害を認めたのでしょうか。

判決文に「プライバシー」が現れる

定義判決文に並ぶ2つの言葉は、次のとおりです。

  • 名誉:社会からの評価です。
  • 名誉感情:自分が自分に抱く誇りです。

事案実在の人物をモデルにした小説の公表が、問題になりました。

結論最高裁の判決文に、「プライバシー」という言葉が現れます。

侵害されたとされたのは、「名誉、プライバシー、名誉感情」の三つです。

注意プライバシー侵害だけを認めた判決ではありません。

『宴のあと』事件と筋は似ていますが、あちらは第一審、こちらは最高裁の判決です。

『石に泳ぐ魚』事件最高裁判所第三小法廷判決判決文に「プライバシー」が現れる原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。

二つの限定

結論誰のどんな情報でもよい、という判断ではありません。

  • 事項:「公共の利益に係わらない」事項であることです。
  • 本人:「公的立場にない」人であることです。

理由公の立場にある人や、公共の利益に関わる事柄なら、書く側の自由が強く働くからです。

注意この事件では、出版などの差止めも認められました。

差止めを命じたのは高等裁判所で、最高裁はそれを是認しています。

早大江沢民講演会名簿提出事件(二段目の代表)

二段目では、判決文に「プライバシー」という言葉が現れました。
では、秘匿性の高くない情報も、プライバシーとして守られるのでしょうか。

早大名簿提出事件の関係図(A=学生が名簿に記入/B=大学が写しを警察に提出/C=警察。学生が大学に損害賠償請求)

事案

事案大学で開かれた外国の要人の講演会で、大学(B)は、出席希望者を把握するため名簿に記入させました。

  • 記入した情報:学籍番号、氏名、住所、電話番号です。
  • 提出:大学は、警備のため、名簿の写しを学生(A)に断らないまま警察(C)に渡しました。
  • 請求:学生たちはそれを知り、大学に損害賠償を求めました。

秘匿性は高くない。それでも守る

早大名簿の判旨の順序(秘匿性は必ずしも高くない→しかし→期待は保護されるべき→だから法的保護の対象)と、結論を左右しない三事情

結論名簿の情報は、プライバシーに係る情報として法的保護の対象になります。

単体では軽く見える情報も保障の対象になる、という理屈が、最高裁の言葉で通った実例です。

理由判旨は、「しかし」で反転します。

  • 前半:個人識別のための単純な情報で、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではありません。講演会に申し込んだ学生であることも同じです。
  • 後半:それでも、自己が欲しない他者にみだりに開示されたくないと考えるのは自然で、その期待は保護されるべきです。

注意守る理由は、情報が珍しいことではなく、渡す先を自分で決められるという期待です。

ここでの秘匿性は、侵害の要件ではなく、情報の性質の程度の話です。

秘匿性が低くても、保護は消えません。

早大江沢民講演会名簿提出事件最高裁判所第二小法廷判決秘匿性は高くない。それでも守る学籍番号、氏名、住所及び電話番号は、…個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。…しかし、このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから、本件個人情報は、上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。

違法の核心と結論

結論秘匿性の程度、具体的な不利益の不存在、開示目的の正当性と必要性は、結論を左右するに足りないとしました。

高等裁判所は、この三つを挙げて、違法とまではいえないとしていました。

理由警察に渡すと先に伝えて、同意を求めることが、容易にできたはずでした。

それをせず無断で渡したことが、適切な管理についての合理的な期待を裏切ったからです。

注意結論は破棄差戻しで、最高裁が賠償を命じたわけではありません。

請求を退けた判断を破棄して、審理をやり直させた形です。

住基ネット事件(三段目)

早大名簿事件は、秘匿性の高くない情報も、渡す先を選ぶ期待として守りました。
三段目の住基ネット事件は、情報についてどのような自由を導いたのでしょうか。

住基ネットの仕組み(市町村→都道府県→国の機関等。本人確認情報=氏名・生年月日・性別・住所の四情報+住民票コード+変更情報)

認めた自由

事案住基ネットは、市町村が持つ住民の情報を、都道府県や国の機関でも使えるようにつないだ仕組みです。

住民が、自分の情報を消すよう求めて、訴えを起こしました。

結論13条から、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する、と導きました。

特定の行為ではなく、情報一般について、一般的な形で自由を導いた点が到達点です。

注意撮影されない自由や、押なつを強制されない自由と違い、「個人に関する情報」が主語です。

住基ネット事件最高裁判所第一小法廷判決情報そのものについての自由憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有するものと解される。

合憲の理由三本

結論合憲で、住民側の請求は退けられました。

  • ①自由:個人に関する情報をみだりに開示・公表されない自由です。
  • ②侵害:認めませんでした。
  • ③勝敗:住民側の敗訴です。

理由理由は、次の三つです。

  • 情報の性質:四情報は、社会生活上、一定の範囲の相手に当然知られることが予定されています。個人の内面に関わるような、秘匿性の高い情報とはいえません。
  • 目的:住民サービスの向上と行政事務の効率化で、正当な行政目的の範囲内です。
  • 具体的な危険:目的外利用や秘密の漏えいは、懲戒処分や刑罰で禁じられ、監視する仕組みも置かれています。正当な目的を逸脱して外に出る具体的な危険が、生じているとはいえません。

注意次の2点に気をつけます。

  • 危険の程度:抽象的な不安ではなく、具体的な危険を問題にしています。
  • 早大名簿事件:秘匿性の使い方が逆に見えますが、問われた軸が違います。名簿の事件は渡す先を選べたか、こちらは法令に基づき行政の中で使われる情報です。

自己情報コントロール権との距離

自己情報コントロール権のどこまでを判示したか(①やめさせる=自由権的側面は判示あり/②閲読・訂正・抹消を求める=積極的側面は判示なし)

結論この判決が認めたのは、みだりに開示・公表されない、というやめさせる側までです。

自己のプライバシーに関わる情報の取扱いを自己決定する権利ないし利益が侵害された、という主張には、理由がないとしました。

注意「最高裁が自己情報コントロール権を採用した」と書くと、誤りです。

  • 判決文の語:最高裁自身の判断部分に、その語は出てきません。出てくるのは、破棄された原審の判断を紹介する部分だけです。
  • 正確な言い方:やめさせる側(自由権的側面)については、最高裁も認めたと解する見解が有力である、にとどめます。

三判決の同一文型

住基ネット事件は、13条から、情報一般についての自由を導きました。
京都府学連事件から住基ネット事件まで、判決文はどうつながっているのでしょうか。

三判決の同一文型(「何人も、〔 〕自由を有する」の空欄に、京都府学連事件=容ぼう・姿態を撮影されない/指紋押捺拒否事件=指紋の押なつを強制されない/住基ネット事件=個人に関する情報を開示又は公表されない)

結論三つの判決は、同じ形の文で書かれていて、空欄に入る言葉だけが変わっています。

一つの行為から、情報そのものへと広がっています。

注意自由の広がりと、合憲か違憲かは、別の話です。

三つの欄は、分けて読みます。

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#19単独ページ動画

「忘れられる権利」

問題の所在(一度出た情報を消せるか)

公表されない自由と非公然性の限界

結論最高裁は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を認めています。

この回の問いは、いったん世の中に出た情報を、後から消させることができるかです。

注意プライバシーの要件の一つに、非公然性(まだ広まっていないこと)があります。

一度世の中に知られた情報は、この要件から外れるので、守りにくくなります。

この限界に正面から向き合ったのが、検索結果削除仮処分事件です。

検索エンジンと到達可能性

結論検索エンジンによって、過去の記事に半永久的にたどり着けるようになりました。

  • 昔の記事:新聞の縮刷版を図書館で探さない限り、出てこない記事がありました。
  • 今の検索:名前を打ち込むだけで、一番上に表示されることがあります。

注意探す手間がなくなったぶん、消える手間もなくなりました。

検索の仕組みが変わらない限り、一度出た記事は出続けます。

なぜ検索事業者に削除を求めるのか

結論発信元ではなく、案内役である検索事業者のほうを止めるという発想です。

理由2つの事情があります。

  • 発信元の特定:元の書き込みをした人を、特定するのが難しいことが多いです。
  • 見つかりにくさ:書き込みが残っていても、検索でヒットしなければ、実際には見つかりにくくなります。

検索結果削除仮処分事件の事案

一度出た情報を消させる相手として、検索事業者が狙われます。
では、最高裁まで争われた事件は、どのような事案だったのでしょうか。

検索結果削除仮処分事件の関係図(A=本人がB=検索事業者に削除を申し立て、C=閲覧者は県名+氏名で検索しBから検索結果の提供を受ける)

事案

定義人格権とは、名誉やプライバシーのように、その人の人格に結びついた利益を守る権利です。

事案Aは、児童買春の被疑事実で逮捕され、罰金刑を受けました。

逮捕の当日には、報道もされています。

  • 検索結果:検索事業者Bで、Aが住む県の名前とAの氏名を入れて検索すると、当時の書き込みのURLなどの情報が今も表示されます。
  • 申立て:Aは、人格権または人格的な利益に基づき、Bに検索結果の削除を求める仮の処分を申し立てました。

検索結果の提供の性質(ア・イ)

Aは、検索事業者に検索結果の削除を求めました。
では、最高裁は、検索結果の提供をどのような行為と見たのでしょうか。

決定の4つの段階

結論最高裁の判断は、性質→制約の意味→要件→あてはめの4段階でつながっています。

前の段階が、次の段階を導きます。

注意結論(消せる・消せない)だけを覚えるのでは足りません。

どちらの皿に何が乗るかを追うと、結論の理由まで説明できます。

検索事業者の皿に積まれる二つの重り(①表現行為という側面〈ア〉/②情報流通の基盤としての役割〈イ〉)と決定文の言い方の表

表現行為という側面(ア)

アの譲歩構造(自動的に行われるものの→方針に沿うよう作成されている→表現行為という側面を持つ)

結論検索結果の提供は、検索事業者自身による表現行為という側面を持ちます。

これが、検索事業者の皿に乗る1つ目の重りです。

理由情報の収集・整理・提供は、プログラムにより自動的に行われます。

しかし、そのプログラム自体が、検索事業者の方針に沿った結果を得られるように作られているからです。

注意「自動的に行われるものの」は譲歩(逆接)です。

「機械が勝手にやっている」から関係ない、とはなりません。

情報流通の基盤(イ)

結論検索は、インターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしています。

これが、検索事業者の皿に乗る2つ目の重りです。

  • 役割:公衆が情報を発信したり、必要な情報を探し出したりするのを支える仕組みです。
  • 制約の意味:特定の検索結果を削除させることは、表現行為の制約にとどまらず、この役割そのものへの制約にもなります。

理由検索結果が簡単に削除されるようになると、事業者は争いを避けるため、まず削除する方向へ動きやすくなります。

その萎縮が、インターネット全体の情報流通を痩せさせてしまうからです。

削除を求める要件(ウ):「明らか」というハードル

検索事業者の皿には、表現行為と情報流通の基盤という2つの重りが乗っています。
では、検索結果の削除は、どのような場合に求めることができるのでしょうか。

「明らか」というハードルへの道筋(二つの重り→比較衡量の六要素→公表されない法的利益が優越することが明らかな場合)

削除を求める要件

結論諸事情を比較衡量して、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合に、削除を求めることができます。

単に少しでも上回ればよい、ではありません。

誰の目にもはっきり請求者側が重いと分かる場合だけ、削除できます。

理由決定文は「以上のような……性質等を踏まえると」と書いて、アとイを受けています。

検索事業者の側には、2つの重りが最初から積まれているからです。

注意なぜ重さ比べに足すのではなく、ハードルを上げる形にしたのかは、決定文に書かれていません。

  • 読み方:一件ごとの重さ比べにすると、迷えば削除へ流れ、萎縮が起きます。
  • ハードルの形:勝ち負けを比べる手前で、削除できる場面のほうを狭くしておく、と読めます。

比較衡量の6要素

比較衡量の六要素と、それぞれが事業者側・請求者側のどちらの皿に効くかの表

結論比較する材料は、次の6つです。

  • ①事実の中身:当該事実の性質及び内容
  • ②範囲と被害:プライバシーに属する事実が伝達される範囲と被る具体的被害の程度
  • ③地位:社会的地位や影響力
  • ④目的や意義:記事等の目的や意義
  • ⑤状況の変化:記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化
  • ⑥必要性:当該事実を記載する必要性

具体例両方の皿に効きうる④と⑤は、次のように働きます。

  • ④の働き:社会に必要な情報を伝える目的なら事業者側に、単なる興味本位なら請求者側に効くことがあります。
  • ⑤の働き:今も同じだけ問題視されていれば残す側に、関心が薄れていれば消してほしい側に効きます。

注意6要素は丸暗記せず、どちらの皿に効くかで束ねます。

②は、伝達の範囲が残す側に、被害の程度が消してほしい側に効くので、2つに分かれます。

あてはめ(エ)

削除には、公表されない法的利益の優越が「明らか」であることが必要です。
では、この事件では、どちらの皿が重くなったのでしょうか。

どちらの皿に効いたか

結論公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとして、削除は認められませんでした(抗告棄却)。

理由それぞれの事情は、次の皿に効きました。

  • 公共の利害:児童買春は、児童に対する性的な搾取や虐待と位置づけられ、社会的に強い非難の対象で、罰則もあります。だから、今なお公共の利害に関する事項であるといえます(⑤が事業者側に効いた形)。
  • 伝達の範囲:検索結果は、県の名前と氏名を条件にした場合のものです。あらかじめ県名と氏名を知っている人でないとたどり着けないので、伝達される範囲はある程度限られています(事業者側)。
  • 請求者側の事情:妻子と共に生活し、罰金刑の後は一定期間犯罪を犯すことなく、民間企業で働いています。決定文は、この事情を考慮しても、優越が明らかとはいえないとしました。

注意児童買春の事実がプライバシーに属することは、決定文自身が認めています。

削除が認められなかったのは、権利がなかったからではなく、優越が明らかとまでは言えなかったからです。

この2つを分けて読むのが、この決定の一番の勘所です。

検索結果削除仮処分事件最高裁判所第三小法廷決定性質・制約・要件・あてはめア 情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。イ 現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。ウ 以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると……①当該事実の性質及び内容,②プライバシーに属する事実が伝達される範囲と被る具体的被害の程度,③社会的地位や影響力,④記事等の目的や意義,⑤記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,⑥当該事実を記載する必要性など……諸事情を比較衡量して……当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には……削除することを求めることができる。エ 「今なお公共の利害に関する事項であるといえる」「本件事実が伝達される範囲はある程度限られたもの」「本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」

「忘れられる権利」という言葉

最高裁は、プライバシーに属する事実だと認めたうえで、削除を認めませんでした。
では、最高裁は「忘れられる権利」という言葉を使ったのでしょうか。

誰が使い、誰が使わなかったか

結論最高裁は、「忘れられる権利」という言葉を使っていません。

決定文の全文に、この言葉は一度も出てきません。

  • さいたま地方裁判所:仮の処分を認めた決定への異議の審理(保全異議審)で、この言葉を一度使い、仮の処分を認可しました。
  • 東京高等裁判所:抗告審で、その判断を覆しました(使っていません)。
  • 最高裁:高等裁判所の判断を是認しました(使っていません)。

注意言葉を使った審級と、最終的に判断した審級は別です。

混同しないようにします。

最高裁はどう処理したか

結論最高裁は、「プライバシーに属する事実を公表されない法的利益」という言い方で処理しました。

人格権に基づいて、公表されない法的利益を比べる枠組みです。

新しい名前は立てず、既にある枠組みで処理しました。

注意なぜこの言葉を採らなかったのかは、決定文に書かれていません。

  • 読み方:情報をみだりに公表されない利益という既にある枠組みで処理できるなら、新しい名前をわざわざ立てる必要はありません。
  • 名前を増やす危険:名前を一つ増やすたびに重みは薄れ、制限される場面も増えていきます。

答えていない問い

注意自分の情報を読ませて、直させて、消させるという積極的な側面には、この決定も、第7節の判決も答えていません。

検索事業者とSNS事業者(ツイッター投稿削除請求事件)

検索事業者を相手にした決定では、「明らか」の限定が付きました。
では、SNS事業者を相手にした場合も、同じ枠組みになるのでしょうか。

ツイッター投稿削除請求事件

事案ある人が、SNSに投稿された、自分の逮捕についての記事の転載を削除するよう求めました。

結論最高裁は、「明らか」の限定を否定し、削除請求を認めました。

  • 原審(東京高等裁判所):優越することが明らかな場合に限られるとして、請求を棄却しました。
  • 最高裁:そのように解することはできないとし、公表されない法的利益が一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には、削除を求めることができるとしました。
  • 主文:原判決を破棄し、被上告人の控訴を棄却しました(削除認容が確定)。

注意検索結果削除仮処分事件は決定、ツイッター投稿削除請求事件は判決です。

ツイッター投稿削除請求事件最高裁判所第二小法廷判決「明らか」は消えた原審(東京高等裁判所) 優越することが明らかな場合に限られると解するのが相当であるとして、請求を棄却した。最高裁 そのように解することはできない。……上告人の本件事実を公表されない法的利益が、本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越する場合には,本件各ツイートの削除を求めることができる(明らかの限定なし)。結論 原判決を破棄する。被上告人の控訴を棄却する。=削除認容が確定。

「明らか」の限定の有無

結論比較衡量を使うところまでは同じで、「明らか」の限定の有無が違います。

  • 検索事業者(決定):比較衡量+「明らかな場合」の限定あり。削除は認められませんでした。
  • SNS事業者(判決):比較衡量+限定なし(優越する場合)。削除が認められました。

注意限定を外した理由は、はっきりとは述べられていません。

  • 読み方:2つの重り(表現行為という側面・情報流通の基盤)は、検索事業者だからこそ当てはまる事情でした。
  • アの理屈:事業者の方針に沿った結果が出るようにプログラムが作られているから、事業者自身の表現行為だ、という理屈です。SNS事業者には、そのままは当てはまらないと読めます。

「明らか」は何を意味するか

結論「明らか」は、表現の自由の側に寄せる装置です。

それが外れたことは、天秤が少しだけ請求者側に傾いたことを意味します。

理由「明らかでなければ削除できない」ので、請求者に有利な言葉に見えても、実際は請求者に厳しい限定だからです。

注意次の点に気をつけます。

  • 私人どうし:相手は国ではなく一つの事業者なので、「明らか」は、国の行為をどれくらい厳しく審査するかという目盛りとは別物です。
  • 比較衡量の限界:比べるためのものさしが先に必要だという限界を承知の上で、比較衡量を使い、「明らか」を上乗せしました。
  • 一般化の禁止:「SNSだから緩い」とは一般化せず、2つの判断の書きぶりの違いとして受け取ります。

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#20単独ページ動画

自己決定権と輸血拒否

自己決定権の3つの型

自己決定権

定義自己決定権とは、自分の人生に関わる私的な事柄を、公権力に干渉されずに自ら決定する権利です。

3つの型に分けて考えます。

  • 家族のあり方:結婚するかどうか、子を持つかどうかです。
  • 生命の処分:自分の命や体をどう扱うか(治療を受けるか拒否するか)です。
  • ライフスタイル:髪型や服装など、日々の生き方です。

結論3つの型が、すべて同じように憲法で守られるわけではありません。

  • 家族のあり方・生命の処分:人格的生存に不可欠だという見方で、ほぼ一致します。
  • ライフスタイル:争いがあります。

注意「人格的生存に不可欠」とは、その人がその人として生きていくのに欠かせない、という意味です。

髪型・服装の自由

髪型・服装の自由をめぐる学説の対立(人格的生存に不可欠とはいえない/人格を形づくる重要な要素)と、私立高校の校則事件の判断

結論学説の対立は、決着していません。

最高裁は、この対立に立ち入らずに事件を解決しています。

修徳高校事件

事案私立高校が、自動車の運転免許の取得とパーマを禁止する校則を作りました。

無断で免許を取り、パーマもかけた生徒が、退学を勧告されました。

結論最高裁は、校則は社会通念上、不合理とはいえないとしました。

理由私立学校と生徒は、私人同士の関係だからです。

国と個人の関係を直接縛る憲法の規定は、私人同士のあいだにそのまま持ち込めません。

そのため、憲法の条文を直接の物差しにしませんでした。

注意最高裁は、髪型の自由が憲法上の権利かどうかには答えていません。

憲法で髪型の自由を否定したわけではありません。

輸血拒否(意思決定をする権利)

自己決定権の型のうち、生命の処分は人格的生存に不可欠だとされます。
では、最高裁は輸血を拒否する意思決定を、どのような権利と呼んだのでしょうか。

エホバの証人輸血拒否事件の関係図(A=患者が病院Bに輸血拒否の意思を伝え、医師らCが方針を説明せずに手術・輸血を実施)

エホバの証人輸血拒否事件

事案輸血を受けることは自分の宗教上の信念に反する、と考える患者の事件です。

  • 患者A:B病院に入院した際、輸血をしない治療を求める書面を渡していました。
  • B病院:輸血をしないよう最善は尽くすが、必要になれば輸血する、という方針を持っていました。
  • C医師ら:その方針を説明しないまま手術を行い、実際に輸血をしました。手術自体は成功しています。

結論最高裁は、次のように判断しました。

  • 権利:輸血を伴う医療行為を拒否する明確な意思がある場合、「このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」。
  • 責任:説明を怠ったことにより、Aの人格権を侵害したものとして、慰謝すべき責任を負います。

理由B病院は、輸血するとの方針を採っていることを説明すべきでした。

そのうえで、入院を続けて手術を受けるかどうかを、Aの意思決定にゆだねるべきであったからです。

注意短答で問われやすい区別が3つあります。

  • 言葉:「自己決定権」という言葉は、判決文に一度も出てきません。「自己決定権を認めた」は誤りです。
  • 違法とされたもの:輸血という医療行為そのものではなく、選ぶ機会を奪ったこと(説明義務違反)です。
  • 認められたもの:慰謝料です。手術のやり直しや、輸血の無効ではありません。

エホバの証人輸血拒否事件意思決定する権利は、人格権の一内容患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない。

人格権(広義と狭義)

輸血拒否事件で、最高裁は意思決定をする権利を「人格権の一内容」と呼びました。
では、人格権とはどのような権利で、何を含むのでしょうか。

人格権の広義と狭義の階層図(狭義=名誉・生命・健康/狭義に含まれない部分=プライバシー・自己決定)

人格権の意味

定義人格権とは、人格に結びついた利益を守る権利です。

  • 広義の人格権:プライバシーや自己決定も含みます。
  • 狭義の人格権:主に名誉と生命・健康を指します。

新しい主張の扱い方

結論最高裁は、新しい権利の名前をほとんど作りません。

13条の人格権という、もとからある器に、新しい主張が載るかどうかを判定します。

理由名前をむやみに増やすと、人権という言葉の重みが薄れてしまうからです。

具体例同じ13条から、3つの違う結果が出ています。

  • 載った:輸血拒否(意思決定をする権利は、人格権の一内容)です。
  • 載らなかった:合祀拒否(宗教上の人格権は、直ちに法的利益として認められない)です。
  • 載ったうえで法律を違憲にした:性別変更の生殖腺の要件です。

性別変更の生殖腺要件大法廷決定(権利と審査の枠組み)憲法13条は、『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』と規定しているところ、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に「身体への侵襲を受けない自由」という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として、同条によって保障されていることは明らかである。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

名誉(北方ジャーナル事件)

狭義の人格権は、主に名誉と生命・健康を指します。
では、最高裁は名誉をどのように位置づけたのでしょうか。

北方ジャーナル事件

事案ある雑誌が、選挙に立候補する予定の人物を激しく批判する記事を、出版しようとしました。

当人は、出版そのものを止めようとしました。

結論最高裁は、名誉について「人格権としての個人の名誉の保護」と述べました。

名誉は、13条が保障する人格権の中身の一つと位置づけられています。

理由人格権に入ると、お金で償ってもらう話にとどまりません。

出る前に止めてくれ、と言える土台になります。

一度出てしまえば、傷ついた評判は元に戻らないからです。

注意出版を止めることがどこまで許されるかは、表現の自由の問題として別に検討します。

人格権に入れば、いつでも差止めが認められるわけではありません。

生命・健康(とらわれの聞き手)

名誉は、人格権の中身の一つです。
では、もう一つの中身である生命・健康は、どのような場面で問題になったのでしょうか。

とらわれの聞き手

定義とらわれの聞き手とは、逃げ場のない場所で、情報を一方的に受け取らされる人です。

事案電車の中で、商業放送が流れ続けることの違法性が争われました。

結論最高裁は、放送を違法とは認めず、請求を退けました。

理由乗り物の中で多少の音を聞かされるのは、お互いさまとして我慢すべき範囲を超えていないからです。

不快だというだけでは、法が動く線に届きませんでした。

注意言葉と位置づけに気をつけます。

  • 言葉:「とらわれの聞き手」は、法廷意見ではなく、伊藤正己裁判官の補足意見の言葉です。よく「とらわれの聴衆」と呼ばれますが、判決の言葉は「聞き手」です。
  • 位置づけ:こうした状況が、生命・健康という人格権の一角に関わる、という位置づけです。
  • 勝ち負け:人格権の中に入るかどうかと、裁判に勝つかどうかは別です。

宗教上の人格権(自衛官合祀拒否事件)

人格権の中に入っても、裁判に勝つとは限りません。
では、そもそも人格権の中に入らなかった利益には、どのようなものがあるのでしょうか。

自衛官合祀拒否事件の関係図(B=隊友会が単独で護国神社Dに合祀申請、A=原告の妻が賠償を請求)

自衛官合祀拒否事件

事案亡くなった自衛官の妻(キリスト教の信者)が、夫が護国神社にまつられることに強く反対した事件です。

  • 合祀の申請:退職自衛官の団体である隊友会が、単独の名義で護国神社に申請しました。
  • 地連の関わり:自衛隊の地方連絡部(地連)の職員が、資料集めなど事務的な協力をしていました。
  • 訴え:妻は、宗教上の人格権を侵害されたとして訴えました。
  • 下級審:一審・二審は、妻の訴えを認めました。

結論最高裁は、下級審の判断を取り消し、請求を退けました。

  • 原審が宗教上の人格権であるとする「静謐な宗教的環境の下で信仰生活を送るべき利益」は、「直ちに法的利益として認めることができない」性質のものです。

理由最高裁は、事実の見方を改めたうえで、宗教的寛容を理由にしました。

  • 事実の見方:申請をしたのは隊友会だけで、地連の関わりは事務的な協力にとどまります。合祀申請自体は誰の法的利益も侵害せず、合祀は護国神社の自由な判断で行われました。
  • 相手の自由:宗教上の感情を理由に損害賠償や差止めを求められるなら、かえって相手方の信教の自由を妨げる結果になります。
  • 寛容の要請:信教の自由の保障は、強制や不利益の付与を伴わない限り、自分と相容れない信仰に基づく行為に寛容であることを要請しているからです。

注意混同しやすい点が2つあります。

  • 結論の性質:「認められた権利が負けた」のではなく、入り口の時点で法的利益として認められなかったという結論です。
  • 争える線:相手の信仰に基づく行為が、強制や不利益の付与を伴えば、寛容を求められる範囲を超えます。この事件は、その手前にありました。

この事件には、政教分離という別の争点もあります。

自衛官合祀拒否事件宗教上の人格権は「認められない」かかる宗教上の感情を被侵害利益として、直ちに損害賠償を請求し、又は差止めを請求するなどの法的救済を求めることができるとするならば、かえって相手方の信教の自由を妨げる結果となるに至ることは、見易いところである。

性別変更の要件(特例法3条1項)

人格権には、載ったもの・載らなかったものがあります。
では、戸籍上の性別を変更するための要件は、人格権とどう関わるのでしょうか。

5つの要件の分かれ目

結論5つの要件のうち、年齢・婚姻・未成年の子の3つは、これまで合憲と判断されています。

理由この3つは、年齢や家族の関係を問う要件で、体には何も求めていないからです。

残りの生殖腺・外観の2つは、体そのものに手を加えることを求めます。

3条|性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律1項:家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。一 十八歳以上であること。二 現に婚姻をしていないこと。三 現に未成年の子がいないこと。四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

年齢の要件(1号)

注意以前は「20歳以上」でした。

民法の成年年齢が18歳に引き下げられたのに合わせた改正です。

違憲の判断とは、別の理由による改正です。

非婚要件と子なし要件(2号・3号)

非婚要件(2号)と子なし要件(3号)はどちらも合憲で、子なし要件は改正前の「現に子がいないこと」から同じ結論を維持していることを示す表

注意子なし要件は、途中の改正で「現に子がいないこと」から「現に未成年の子がいないこと」に変わりました。

改正の前後を混同しないようにします。

生殖腺の要件と外観の要件(4号・5号)

定義2つの要件の中身は、次のとおりです。

  • 生殖腺の要件:性別を変えるには、生殖腺を除去していなければならない、という条件です。
  • 外観の要件:体の見た目が、変更後の性別に近い状態であることを求める条件です。

結論生殖腺の要件は、自分の意思に反して体への侵襲を受けない自由と関わります。

生殖腺の要件の判例変更(小法廷の決定から大法廷の決定へ)

生殖腺の要件は、体への侵襲を受けない自由と関わります。
では、最高裁はこの要件の合憲性について、どのように判断を変えたのでしょうか。

2つの決定の共通点

事案どちらも、家庭裁判所に性別の取扱いの変更を申し立て、認められなかった事件です。

その判断を争って、最高裁まで上がってきました。

第二小法廷の決定

結論最高裁は、生殖腺の要件を合憲としました。

  • 制約:「その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない」。
  • 判断:「現時点では、憲法13条、14条1項に違反するものとはいえない」。
  • 宿題:「その憲法適合性については、不断の検討を要する」。

注意「現時点では」という限定が付いており、ずっと合憲だとは言っていません。

最高裁自身が、見直す余地を残していました。

性別変更の生殖腺要件決定「その意思に反して身体への侵襲を受けない自由を制約する面もあることは否定できない」

大法廷の決定

結論最高裁は、生殖腺の要件を憲法13条に違反すると判断しました。

  • 権利:身体への侵襲を受けない自由は、「人格的生存に関わる重要な権利」として、13条によって保障されています。
  • 物差し:この自由を制約する規定は、「必要かつ合理的なものということができない限り、許されない」。
  • あてはめ:制約は「必要かつ合理的なものということはできない」ので、「本件規定は憲法13条に違反する」。
  • 判例変更:第二小法廷の決定は「変更することとする」。
  • 主文:原決定を破棄し、広島高等裁判所に差し戻しました。

理由規定を置いておく必要性と、その人が負う負担の重さを比べ、読みが変わったからです。

  • 必要性の低減:この要件は、性別を変えた人に子が生まれると親子関係で混乱が起きかねない、という心配から置かれました。最高裁は、そうした事態は極めてまれで、起きても法令の解釈や立法で解決できる、としました。
  • 制約の重大化:望まない手術を受け入れるか、性別の変更を諦めるか、の「過酷な二者択一」を迫るものになっています。
  • 天秤の傾き:前の決定は必要のほうがまだ上回ると見て、今回は負担のほうが重いと見ました。

注意短答で丸めやすい点が4つあります。

  • 大法廷:最高裁が自分の判例を変えるときは、裁判官全員がそろう大法廷でなければできません。判例の変更自体、そう多くはありません。
  • 根拠の条文:違憲とした理由は13条だけです。14条の平等については、判断が示されていません。
  • 違憲の範囲:違憲とされたのは、5つの要件のうち生殖腺の要件だけです。外観の要件は、高等裁判所で判断されていなかったため今回も判断せず、差し戻しました。
  • 条文の改正:違憲とされたのは司法の判断で、条文そのものは、この判断の後も国会によって書き換えられていません。

大法廷決定(あてはめ・結論・判例変更)本件規定による身体への侵襲を受けない自由に対する制約は……身体への侵襲を受けない自由を放棄して強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、又は性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を放棄して性別変更審判を受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものになったということができる。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

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#21単独ページ動画

法の下の平等

14条1項の3つの論点と「平等」の意味

3つの論点

結論14条1項は、3つの論点に分けて読みます。

  • 「法の下に」:縛られるのは誰か、という論点です。
  • 「平等」:何を求めるルールか、という論点です。
  • 後段列挙事由:人種・信条・性別・社会的身分・門地の意味です。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

絶対的平等と相対的平等

定義平等の1つ目の軸は、次の2つです。

  • 絶対的平等:全員を機械的に同じに扱うことです。
  • 相対的平等:年齢・収入・障害の有無などの現実の違いを前提に、同じ事情のもとでは均等に扱うことです。

結論日本国憲法が求めるのは、相対的平等です。

理由現実に違いがあるのに、無理に同じに扱うほうが、かえって不合理だからです。

具体例違う扱いでも、事情に対応していれば説明できます。

  • 障害者用の区画:健常者用より広く取る条例は、事情に応じた扱いなので相対的平等の範囲内です。
  • 車の色:赤い車の人にだけ広い区画を割り当てる条例は、違う扱いの理由が見つかりません。
  • 所得税:所得が多いほど税率が上がるのは、負担できる力の違いに対応した扱いです。

注意問われるのは違う扱いそのものではなく、違う扱いにどれだけの理由があるかです。

形式的平等と実質的平等

定義平等の2つ目の軸は、次の2つです。

  • 形式的平等:機会や条件をそろえることです。
  • 実質的平等:結果にも目を配ることです。

結論通説は、形式的平等を土台としつつ、結果の面に一定の目配りをすることまでは否定しません。

具体例採用試験を誰でも受けられるようにするのが、形式的平等です。

結果として特定の層がほとんど受からないとき、そこへ手を入れるかが実質的平等の問題です。

注意実質的平等への配慮は、許容(してよい)であって、要求(しなければならない)ではありません。

実質的平等を正面から求めるのは、25条以下の社会権の役割です。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

「法の下に」の意味(立法者拘束説)

「平等」は、違う扱いにどれだけの理由があるかを問うものでした。
では、「法の下に」平等であるとき、縛られるのは誰なのでしょうか。

「法の下に」平等の2つの意味(法適用の平等=行政・司法を拘束/法内容の平等=立法権をも拘束)と、この立場を立法者拘束説と呼ぶことを示す図

法適用の平等と法内容の平等

定義「法の下に」の読み方は、次の2つです。

  • 法適用の平等:法律を適用する場面で、平等に扱うことです。
  • 法内容の平等:法律の中身そのものが、平等であることです。

結論通説は、「法の下に」は法適用の平等と法内容の平等の両方を含むと読みます。

法律を作る国会も拘束されるという考え方で、立法者拘束説といいます。

理由理由は2つです。

  • 法の支配:法の支配の下では、憲法は法律を作る側も拘束する法だからです。
  • 13条前段:中身が不平等な法律を止められないなら、一人ひとりを集団の一部としてでなく扱うという13条前段が、意味を持たなくなるからです。

具体例全社員に同じ計算式で残業代を出す規程でも、式そのものが勤続年数の短い社員の時給を低く見積もるなら、中身が不平等です。

法適用の平等だけでは、この式そのものに手が出せません。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

後段列挙事由(限定列挙か例示列挙か)

「法の下に」は、国会まで縛る言葉でした。
では、14条1項の後段に並ぶ5つの理由は、差別が禁じられる場合を限るものなのでしょうか。

例示列挙

定義後段列挙事由とは、人種・信条・性別・社会的身分・門地の5つです。

門地とは、家柄や生まれのことです。

結論後段列挙事由は、限定列挙ではなく例示列挙です(判例・通説とも一致)。

5つ以外の理由による不合理な差別も、14条1項前段で禁止されます。

理由限定列挙と読むと、5つに入らない理由なら、どれだけ不合理でも憲法は何も言えなくなるからです。

14条1項が禁じるのは、理由のない違う扱いそのものです。

具体例年齢や障害の有無は5つに入りませんが、理由のない区別なら14条1項に反します。

単なる例示か特別の意味か

後段列挙事由の意味づけを判例(単なる例示・基準を高めない)と通説(特別の意味・審査基準を高める)で比べた表

結論5つに当たるかで扱いが変わるかは、判例と通説で分かれます。

  • 判例:最高裁は、5つを単なる例示と解しているものと思われます。
  • 通説:5つに当たる区別には特別の意味があるとして、審査の基準を高めます。

理由通説は、これらの理由で人を分けることを、民主主義や個人主義の理念に照らして原則として不合理だと考えるからです。

注意「判例は後段列挙事由を厳しく審査する」というのは誤りです。

厳しく審査するのは通説の立場で、判例は基準を高める発想そのものを取っていません。

「社会的身分」の意義(判例と学説)

後段列挙事由のうち、人種や性別はイメージしやすい理由です。
では、範囲がはっきりしない「社会的身分」は、どこまでを指すのでしょうか。

「社会的身分」の範囲を最高裁の定義(人が社会において占める継続的な地位)と学説の定義(後天的・自力では抜け出しにくい・評価を伴う地位に限定)で比べ、長期間の失業歴と血液型で線引きを示した表

待命処分事件

事案地方公務員が待命処分を受け、その処分が争われた事件です。

結論最高裁は、社会的身分を広く定義しました。

憲法14条1項及び地方公務員法13条にいう社会的身分とは、「人が社会において占める継続的な地位」をいうものと解される、としています。

理由判例は、5つに当たっても審査を厳しくしないので、入り口が広くても絞る実益がありません。

具体例職業・家柄・前科の有無など、いろいろなものがこの定義に当てはまりそうです。

待命処分事件最高裁判所大法廷判決「社会的身分」の意義憲法14条1項及び地方公務員法13条にいう社会的身分とは、人が社会において占める継続的な地位をいうものと解される。

学説の限定

結論学説は、社会的身分を限定的に解します。

  • 後天性:生まれつきの属性ではなく、後から就いた立場であることです。
  • 社会的評価:まわりからの評価がついて回ることです。
  • 脱却困難:自力では抜け出しにくいことです。

理由広いまま使うと、ほとんど何でも社会的身分に含まれ、厳格審査の入り口が広がりすぎるからです。

具体例候補になるかは、次のように分かれます。

  • 長期間の失業歴:後天的に負う地位で、負の評価を伴いやすいので、当てはまりうる候補です。
  • 血液型:後天的に得た地位でもなく、抜け出せるかという軸にも乗らないので、候補にすらなりません。

審査の枠組み(学説の基準と判例の審査密度)

後段列挙事由と社会的身分で、どんな区別に警戒が必要かが見えました。
では、区別が合理的かどうかは、どのように審査するのでしょうか。

学説の基準

定義学説の枠組みで使う言葉は、次のとおりです。

  • 違憲性の推定:区別を合理的だと言う側が説明しきれなければ、違憲とする扱いです。
  • 基準の厳しさ:区別する側に求める説明の重さです。目的がどれだけ大事か、手段がどれだけぴったりかを、厳しい基準ほど強く求めます。
  • 目的二分論:経済的自由の規制を、目的(積極目的・消極目的)によって分けて物差しを変える考え方です。

結論学説は、区別の種類ごとに、先に審査基準を選びます。

  • 後段列挙事由:違憲性を推定し、原則として厳格審査基準です。
  • 精神的自由・選挙権:列挙されていない理由でも、厳格審査基準です。
  • 積極目的規制:弱い立場の人を守る経済的自由の規制は、合理性の基準です。
  • 消極目的規制:危険を防ぐ経済的自由の規制は、中間審査基準です。

理由それぞれ次の理由によります。

  • 選挙権:精神的自由と同じく、おかしな決まりを自分たちで直すための筋道そのものだからです。
  • 積極目的規制:どこまで手厚く守るかは政策の選択で、立法府のほうが判断できるからです。
  • 消極目的規制:危険の有無なら、裁判所も判断できるからです。

注意学説の基準セレクトは、二重の基準論(精神的自由か経済的自由かで物差しを変える)を平等の場面に持ち込んだものです。

二重の基準論と目的二分論は、別の道具です。

判例の審査密度

審査の決め方を学説(先に基準をセレクト)と判例(区別事由と区別のかかる権利・利益を総合考慮して密度を設定)で比べ、大学院進学の35歳未満限定を例に示した表

定義審査密度とは、どれだけ厳格に、あるいは大雑把にあてはめるかの度合いです。

結論判例は、審査基準を先に選ぶという発想に立っていません。

近時の判例は、2つの要素を総合的に考慮して、審査密度のレベルを設定します。

  • 区別事由:どんな理由による区別か、です。
  • 権利・利益:その区別が、どんな権利や利益にかかわるか、です。

具体例「大学院への進学は35歳未満に限る」という規則で比べます。

  • 学説:年齢は列挙事由ではないので、教育を受ける権利との関わりなどから基準を選びます。
  • 判例:年齢による区別と教育を受ける機会という2つの情報を総合的に考慮して、どれだけ緻密にあてはめるかを決めます。

注意判例は、後段列挙事由に当たるかどうかも、あまり重視していません。

学説と判例は、厳しさの度合いではなく、厳しさの決め方の作りが違います。

平等の問題の処理手順(自由権とは別の型)

学説は基準を選び、判例は審査密度を設定します。
では、平等の問題は、答案でどの順番で処理するのでしょうか。

平等の処理手順のフロー(ア 区別を明示→イ 合理的区別は許されるという中間結論→ウ 基準のセレクトまたは審査密度の設定→あてはめ)と、自由権との出発点の違い

自由権との違い

結論平等の問題は、自由権の三段階審査(保障→制約→正当化)とは別の手順で処理します。

理由平等は、その人ひとりを見ても問題が立たないからです。

誰と比べてどこが違う扱いなのか、比べる相手を置いて初めて問いになります。

3つのステップ

結論平等の問題は、次の順番で処理します。

  • ア 区別の明示:何に着目した区別か、誰と誰を比べ、どんな権利や利益についての区別かを示します。
  • イ 中間結論:「法の下に」と「平等」を論じ、合理的な区別は許されるという中間結論を出します。
  • ウ あてはめ:学説なら審査基準を選び、判例なら審査密度を設定して、あてはめて結論を出します。

具体例「大学院への進学は35歳未満に限る」という規則では、次のようになります。

  • ア 区別の明示:年齢による区別で、教育を受ける機会についての区別だと示します。
  • イ 中間結論:合理的な理由があれば、この区別は許されるとします。
  • ウ あてはめ:基準か密度を決めて、年齢制限に合理性があるかをあてはめます。

注意35歳という線が合理的かは、当てる物差しで動きます。

緩やかな物差しなら通りやすく、厳しい物差しなら、なぜ35歳なのかを説明しきれるかが問われます。

14条2項・3項(貴族制度の禁止と栄典)

14条1項は、平等の理念を掲げる条文です。
では、2項と3項は、その理念をどのような制度で裏打ちしているのでしょうか。

平等を徹底させる規定の表(14条2項 貴族制度の廃止/14条3項 栄典に特権を伴わせない・一代限り/15条3項 普通選挙の原則/24条 家族生活における両性の本質的平等/26条 教育の機会均等/44条 議員資格と選挙人資格の平等)と明治憲法19条との対比

2項・3項

結論1項が理念を掲げ、2項と3項が具体的な制度で裏打ちしています。

  • 2項:生まれや家柄による特権階級を、制度として作ること自体を禁じます。
  • 3項:栄典には特権が伴わず、その効力は受け取った本人の一代限りです。

条文明治憲法19条は、法律や命令の定める資格に応じて、均しく文武の官に任じられる、という内容でした。

注意平等を徹底させる規定は、14条の外にもあります(表の下4行)。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:華族その他の貴族の制度は、これを認めない。3項:栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

皇位の世襲

結論皇位の世襲は、14条に反しません。

条文2条が、皇位は世襲のものと定めています。

理由14条の1項・2項のどちらとの関係でも、説明がつきます。

  • 1項との関係:生まれで地位が決まる世襲は門地による区別で、平等原則の正面からの例外です。象徴という地位の特殊性から、憲法自身が例外を認めたものと解されています。
  • 2項との関係:2項が禁じるのは、憲法の外側に、貴族のような特権階級を新たに作ることです。皇位は、2条が自ら世襲と定めた、憲法の内側にある制度です。

注意例外を作ったのが法律なら、14条違反になります。

憲法自身が認めた例外は、憲法の他の条項と衝突しません。

2条|第一章 天皇(1〜8条)皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

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#22単独ページ動画

尊属殺・国籍法違憲判決

結論を分ける4つの変数

14条1項と3つの判決

結論同じ14条1項を使っても、判決ごとに違憲・合憲の結論が分かれます。

  • 違憲:尊属殺重罰規定違憲判決、国籍法違憲判決です。
  • 合憲:サラリーマン税金訴訟です。

注意違憲とされた規定の中にも、区別の目的そのものは正当と認められたものがあります。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

4つの変数

定義結論を分けているのは、次の4つの変数です。

  • 目的:違う扱いをする理由が、正当かどうかです。
  • 手段:目的のためだとしても、そのやり方が行き過ぎていないかです。
  • 裁量の広さ:その領域で、裁判所がどこまで踏み込んでよいかです。専門的で技術的な判断が必要な分野ほど、裁判所は立法府の判断を尊重します。事情を総合考慮して審査の密度を決める作業は、この変数を決めるためのものです。
  • 立法事実:区別を支えている事実が、今も成り立っているかです。制度を作った当時の社会状況や、国民の意識のようなものです。条文の文言が変わらなくても、支える事実が変われば、同じ枠組みで測っても答えが変わることがあります。

結論3つの判決すべてに、この4つを毎回同じ順番で当てます。

尊属殺重罰規定違憲判決(事案と目的)

1つ目は、目的は正当と認められながら、違憲とされた判決です。
刑法200条はどんな規定で、その目的はどう評価されたのでしょうか。

尊属殺の事案と当時の法定刑の比較(199条〈普通殺人〉=死刑・無期懲役・3年以上の有期懲役/200条〈尊属殺〉=死刑・無期懲役のみ)

事案

定義直系尊属とは、父母や祖父母のことです。

事案実の父親から長い間、無理やり夫婦のような関係を強いられ、何人もの子を産まされた女性が、その父親を殺害しました。

刑法200条という規定自体が、憲法14条に違反しないかが争われました。

注意200条は、削除されるまで現代の言葉に直されず、カタカナの文語体のままでした。

現行199条の「五年以上の拘禁刑」は今の言い方で、当時の199条は「3年以上の有期懲役」を含む三段構えでした。

200条(削除前)|刑法 第二編 罪 第二十六章 殺人の罪(199〜203条)自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス

199条|刑法 第二編 罪 第二十六章 殺人の罪(199〜203条)人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

目的の評価

結論最高裁は、まず目的を検討し、目的は正当と認めました。

理由尊属に対する尊重報恩は、社会生活上の基本的道義です。

このような自然的情愛ないし普遍的倫理の維持は、刑法上の保護に値するとされました。

尊属殺重罰規定違憲判決最高裁判所大法廷判決尊属に対する尊重報恩は、社会生活上の基本的道義というべく、このような自然的情愛ないし普遍的倫理の維持は、刑法上の保護に値するものといわなければならない。刑法二〇〇条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限つている点において、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法一九九条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ、憲法一四条一項に違反して無効であるとしなければならない。

尊属殺重罰規定違憲判決(手段だけが違憲)

尊属殺重罰規定は、目的は正当と認められました。
では、何が理由で違憲とされたのでしょうか。

尊属殺重罰規定の判断(目的=正当・尊属を大切にする目的は保護に値する/手段=著しく不合理・死刑と無期懲役のみに限定し必要な限度を遥かに超えている)

手段の評価

結論法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限つている点が、違憲とされました。

  • 必要な限度:立法目的達成のため必要な限度を遥かに超えています。
  • 比較:普通殺の199条の法定刑に比べ、著しく不合理な差別的取扱いです。
  • 効果:200条は、憲法14条1項に違反して無効です。

理由尊属を大切にするという理由は、罰則を重くすること全般を正当化しません。

どれだけ重くしてよいかには、別の歯止めが要ります。

注意目的は正当で手段は違憲、というのは矛盾ではありません。

「必要な限度を遥かに超え」の中身

定義執行猶予とは、すぐには服役させず、期間を無事に過ごせば刑を受けずに済む扱いです。

結論200条のもとでは、どんな事情があっても、法律上、執行猶予を付けられません。

理由判決は、言い渡せる刑の下限を計算しています。

  • 刑の下限:刑を軽くする仕組みを2回重ねても、懲役3年6月より軽くできません。
  • 猶予の条件:執行猶予は、3年以下の刑でなければ付けられません。

注意普通の殺人なら猶予の余地がありますが、尊属殺は最初から閉じています。

この事件の結末

結論200条が無効になったので、女性は普通の殺人罪の199条で裁き直されました。

事情が酌まれて、刑には執行猶予が付いています。

判決の位置づけ

結論最高裁が、法律の規定そのものを違憲とした初めての例です。

注意判決が出ることと、条文の削除は別の話です。

  • 国会:判決の後も長く、この規定を残したままにしました。
  • 削除:刑法全体を現代の言葉に書き直したときに、条文全体の見直しの中で消えました。この規定だけを狙った削除ではありません。

多数意見と少数意見

結論多数意見は、目的は認めたうえで、手段だけを切り落とす組み立てです。

注意少数意見には、重罰規定を作ること自体が違憲だ、という考え方もありました。

サラリーマン税金訴訟(裁量が広い領域)

尊属殺重罰規定は、手段が行き過ぎていたために違憲とされました。
では、専門的な判断が必要な税制の区別は、どう審査されたのでしょうか。

事案

旧所得税法の事案(必要経費の控除=事業所得者等は実額控除が使えるが給与所得者は"みなし"の控除額だけ/所得の捕捉=給与所得者は源泉徴収で捕捉率が高い)

定義2つの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 源泉徴収:会社が、給料からあらかじめ税金を天引きする仕組みです。
  • 捕捉率:税務署に、どれだけ正確に所得を把握されるかです。

事案給与所得者の側は、この2点を理由に、旧所得税法が給与所得者を不利に扱っていると争いました。

判断の枠組み

租税立法で裁判所が踏み込まない理由(租税立法の性質=政策的・技術的な判断/合憲の物差し=目的が正当であることを前提に、著しく不合理であることが明らかでない限り合憲)

結論租税法の区別は、立法目的が正当で、区別の態様が目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、14条1項に違反しません。

理由租税法の定立は、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする、立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかないからです。

そのため裁判所は、基本的にその裁量的判断を尊重します。

二重の基準論の、裁判所の審査能力という論拠と同じ形です。

注意尊属殺重罰規定違憲判決の「著しく不合理」と言い回しは似ていますが、越えるべきハードルの高さがまったく違います。

サラリーマン税金訴訟最高裁判所大法廷判決租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、これを憲法一四条一項の規定に違反するものということはできない。

捕捉率の差

結論捕捉率の差についても、制度そのものを違憲にはしないとしました。

ただし、正義や公平の感覚に反するほど著しく、しかも長年にわたって恒常的な場合は別です。

結論と決め手

結論区別は合理的なものとされ、合憲です(14条1項に違反しません)。

  • 目的:正当なものとされました。
  • 手段:著しく不合理であることが明らかとまでは言えない、とされました。
  • 決め手:3つ目の変数、裁量の広さです。

注意区別があること自体は、違憲の理由になりません。

この判決は違憲判例の仲間ではなく、裁量が広いとどうなるかを示す対比の判決です。

国籍法違憲判決(事案と準正の要件)

サラリーマン税金訴訟では、裁量が広い領域として、区別は合憲とされました。
では、日本国籍の取得の要件で生じた区別は、どう扱われたのでしょうか。

事案

国籍法違憲判決の事案(父A〈日本国籍〉と母B〈外国籍〉は法律上結婚していない/子Cは出生後にAから認知されたが、日本国籍の取得は認められなかった)

定義2つの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 嫡出でない子:法律上結婚していない父母から生まれた子の身分です。
  • 認知:生まれた後に、その子を自分の子だと認めることです。

事案日本国籍の父Aと外国籍の母Bの間に、子Cが生まれました。

  • 婚姻:AとBは、結婚していませんでした。
  • 認知:Aは、Cが生まれた後に、Cを認知しました。
  • 国籍:認知はされましたが、日本国籍を取得するには、それだけでは足りませんでした。

準正の要件

準正という仕組み(嫡出でない子→父母が婚姻→認知とあわせて嫡出子の身分を取得=準正・民法789条)

定義準正とは、嫡出でない子が、その後の父母の婚姻によって、認知とあわせて嫡出子の身分を得ることです。

結論当時の国籍法3条1項は、認知に加えて、準正まで求めていました。

Cは、AとBが結婚しなかったので、この要件を満たせません。

そこで、この区別が憲法14条に違反しないかが争われました。

条文効いてくるのは、冒頭の「父母の婚姻及びその認知」という一句です。

3条(改正前)|国籍法(1〜20条)1項:父母の婚姻及びその認知により嫡出子たる身分を取得した子で二十歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。

国籍法違憲判決(慎重な検討)

国籍法3条1項は、認知に加えて準正を、国籍取得の要件にしていました。
最高裁は、この区別をどれほど慎重に検討したのでしょうか。

裁量の広さの対比(租税立法=政策的・技術的な判断で裁量が広く緩やか/国籍法=重要な法的地位と変えられない事柄が重なり裁量が狭く慎重に検討)

慎重に検討する理由

結論区別に合理的な理由があるかは、慎重に検討することが必要だとしました。

理由判旨は、次の2つを挙げています。

  • 法的地位の重さ:日本国籍は、我が国の構成員としての資格です。基本的人権の保障、公的資格の付与、公的給付等を受ける上で意味を持つ、重要な法的地位でもあります。
  • 変えられない事柄:父母の婚姻により嫡出子の身分を取得するかは、子にとって自らの意思や努力によっては変えることのできない事柄です。

具体例奨学金の対象を分ける規則で比べます。

  • 親が結婚していたか:本人には、どうしようもありません。
  • 資格試験に合格したか:本人の努力で、結果を変えられます。

変えられない事柄で不利益を受けるときほど、審査は慎重になります。

注意判例は、ここで新しい審査基準を選んだわけではありません。

どんな理由による区別か、どんな権利利益に関わるか、の2つを当てただけです。

どちらも強く出たので、その分だけ審査の密度が上がりました。

国籍法違憲判決最高裁判所大法廷判決日本国籍は,我が国の構成員としての資格であるとともに,我が国において基本的人権の保障,公的資格の付与,公的給付等を受ける上で意味を持つ重要な法的地位でもある。一方,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得するか否かということは,子にとっては自らの意思や努力によっては変えることのできない父母の身分行為に係る事柄である。したがって,このような事柄をもって日本国籍取得の要件に関して区別を生じさせることに合理的な理由があるか否かについては,慎重に検討することが必要である。日本国民である父と日本国民でない母との間に出生し,父から出生後に認知された子は,父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を除いた国籍法3条1項所定の要件が満たされるときは,同項に基づいて日本国籍を取得することが認められる。

国籍法違憲判決(過剰な要件と部分違憲)

国籍法の区別は、慎重に検討されることになりました。
では、準正の要件はなぜ違憲とされ、どう救済されたのでしょうか。

過剰になった要件

結論準正の要件は、今日では合理性を欠いた過剰な要件になっているとして、国籍法3条1項は違憲と判断されました。

理由判決は、規定ができた当時にさかのぼって検討しています。

  • 制定当時:準正の要件には、我が国との結びつきを確かめるという目的との間に、一定の合理的な関連性がありました。
  • 環境の変化:その後の社会的、経済的な環境の変化で、家族のかたちについての意識が一様でなくなりました。国際化が進んで、日本人の父と外国人の母の間に生まれる子も増えました。
  • 今日:結婚しているかどうかで、日本との結びつきの強さは、もう測れません。

注意これが、4つ目の変数の立法事実です。

条文は変わっていなくても、制定当時は正しかった前提が、今日は成り立たないという理由づけです。

部分違憲

定義部分違憲とは、規定全体を無効にせず、不合理な部分だけを取り除いて、残りを生かす手法です。

結論条文をまるごと無効にせず、「父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得したという部分を除いた」国籍法3条1項の要件が満たされれば、日本国籍の取得を認めました。

つまり、認知などの残りの要件が満たされていれば、国籍を取得できます。

その後の改正

結論判決のあと、国籍法3条1項は、判決の考え方に合わせて、認知さえあれば足りる条文に改正されました。

注意年齢が「二十歳未満」から「十八歳未満」に変わったのは、この判決とは別の改正です。

成年となる年齢が引き下げられたのに合わせたものです。

3条|国籍法(1〜20条)1項:父又は母が認知した子で十八歳未満のもの(日本国民であつた者を除く。)は、認知をした父又は母が子の出生の時に日本国民であつた場合において、その父又は母が現に日本国民であるとき、又はその死亡の時に日本国民であつたときは、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を取得することができる。

3つの判決を4つの変数で並べる

3つの判決は、同じ14条1項を使いながら、結論が分かれました。
4つの変数で並べると、結論の違いはどう説明できるのでしょうか。

3つの判決を4つの変数で並べた表(尊属殺=目的○・手段×・違憲/サラリーマン税金=目的○・手段○・裁量が広い・合憲/国籍法=目的○・当初は手段○・裁量が狭い・立法事実の変化で過剰に・違憲)

結論4つの変数への答えの組み合わせが違うから、結論が違って見えます。

国籍法の判決では、1つの事件の中で3つの変数が同時に動いています。

注意4つの変数は、判決文の見出しではなく、こちらが当てにいく道具です。

そのため、判決が正面から論じていない欄も出てきます。

当ててみて「ここは動いていない」と確認することも、手順のうちです。

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#23単独ページ動画

非嫡出子相続分・再婚禁止期間

立法事実(条文が同じでも判断が変わる)

結論を分ける4つの変数

定義14条の事件で結論を分ける変数は、次の4つです。

  • 目的:区別する目的に、合理的な根拠があるか。
  • 手段:区別の中身が、目的との関連で合理性を持つか。
  • 裁量の広さ:立法府に、どこまで判断を任せるか。
  • 立法事実:区別を支えている事実です。

制度を作ったときの社会の状況や、国民の意識を指します。

立法事実が動くと結論が動く

結論条文も判断の枠組みも変えないまま、最高裁の判断が変わることがあります。

理由動くのは条文ではなく、それを支えていた立法事実だからです。

具体例次の2つの規定です。

  • 嫡出でない子の相続分:同じ規定を、一度は合憲とし、のちに違憲としました。
  • 女性の再婚禁止期間:作られた当時は問題なかったが、今日では正当化できないとされました。

嫡出でない子の相続分の規定

立法事実の変化で判断が変わった1つ目は、相続の場面です。
当時の民法は、嫡出でない子の相続分をどう定めていたのでしょうか。

嫡出子と嫡出でない子

定義父母が法律上結婚しているかで、子は次の2つに分かれます。

  • 嫡出子:法律上結婚している父母から生まれた子です。
  • 嫡出でない子:そうでない子です。

900条4号ただし書(当時)

遺産1200万円を嫡出子Bと嫡出でない子Cで分けた場合の比較(旧規定=B800万円・C400万円/現行=各600万円)

条文当時の900条4号ただし書は、嫡出でない子の相続分を嫡出子の2分の1としていました。

注意この規定は改正され、今はこの区別がありません。

この規定が、14条に反しないかが争われました。

900条4号ただし書(改正前)|民法 第五編 相続 第三章 相続の効力 第二節 相続分(900〜905条)子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。ただし、嫡出でない子の相続分は、嫡出である子の相続分の二分の一とし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

最初の決定(合憲)

この規定については、最高裁の判断が2回出ていて、結論が違います。
1回目の決定は、どのような理由で合憲としたのでしょうか。

合憲とした決定

定義法律婚とは、届出をした結婚のことです。

事案嫡出でない子の相続分を2分の1とする規定が、14条に反するかが争われました。

結論最高裁は、合憲と判断しました。

立法府に与えられた合理的な裁量の限界を超えたとまではいえない、としました。

理由考慮された事情は、次の2つです。

  • 保護の調整:民法は法律婚を基本とします。法定相続分は配偶者とその子を優遇しますが、嫡出でない子にも一定の相続分を認めて保護を図ったものだ、としました。
  • 補充的な規定:法定相続分は、遺言が無いときにはじめて働く規定にすぎません。遺言で相続分を自由に指定できる以上、この規定だけを絶対視する必要はない、としました。

非嫡出子相続分規定訴訟最高裁判所大法廷決定合憲民法が法律婚主義を採用している以上,法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが,他方,非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものである。

2回目の決定(違憲)

1回目の決定は、法律婚の尊重と補充性を理由に合憲としました。
同じ規定について、2回目の決定はなぜ違憲としたのでしょうか。

考え方の土台

結論相続制度をどう作るかは、いろいろな事情を総合的に考えて決めるべきものです。

その事情は、時代とともに移り変わります。

だから規定の合理性は、個人の尊厳と法の下の平等に照らして、絶えず検討・吟味されなければなりません。

注意目的も判断の枠組みも、1回目の決定と同じままです。

変わったのは、枠組みに当てはめる先の事実(立法事実)です。

立法事実の変化

具体例変わった事実は、次の2つです。

  • 婚姻・家族の多様化:婚姻や家族のかたちが著しく多様化し、国民の意識も大きく多様化しました。
  • 諸外国の状況:相続分に差を設けている国は、欧米にはなく、世界的にも限られた状況です。

補充性の評価の逆転

結論規定が補充的に働くことは、合理性の判断で、もう重要性を持たないとされました。

理由遺留分(遺言でも奪えない最低限の取り分)には、この区別がそのまま残るからです。

決定は、この部分について、規定は明確な差別そのものだとしました。

規定が存在すること自体が、出生のときから差別意識を生じさせかねない、としました。

注意1回目の決定では、補充性は合憲の理由の1つでした。

同じ事実の重みづけが、ひっくり返っています。

違憲の結論

事案同じ規定について、ある相続をめぐって再び14条違反が争われました。

結論その相続が始まった時点で、区別する合理的な根拠は失われていたとされ、違憲と判断されました。

理由法律婚という制度自体は、定着しているとしても、次の考えが確立されてきたからです。

  • 子に選べない事柄:父母が婚姻関係になかったことは、子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄です。
  • 不利益の禁止:それを理由に、その子に不利益を及ぼすことは許されず、子を個人として尊重すべきです。

注意自分の意思や努力ではどうにもならない事柄を理由にした不利益は、慎重に見ます。

国籍法の違憲判決で使われた軸が、相続でもそのまま効いています。

非嫡出子相続分規定違憲決定最高裁判所大法廷決定合理性の消失法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても,上記のような認識の変化に伴い,上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては,立法府の裁量権を考慮しても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。

違憲決定の効力(遡るが、覆さない)

2回目の決定は、相続が始まった時点で、すでに合理的な根拠は失われていたとしました。
では、この決定はどの相続に効くのでしょうか。

二段構え

結論決定の効力は、二段構えです。

  • 遡る:相続が始まった時点まで遡って、違憲だったと認めます。
  • 覆さない:その後に開始された他の相続のうち、審判や合意などで確定的なものとなった法律関係には影響を及ぼさない、としました。

理由法的な安定性にも配慮したためです。

注意「決定が出た日から、これから先の相続にだけ効く」という理解は誤りです。

遡って違憲と認めたうえで、確定したものだけは覆さない、という構造です。

非嫡出子相続分規定違憲決定最高裁判所大法廷決定決定の効力本決定の違憲判断は,Aの相続の開始時から本決定までの間に開始された他の相続につき,本件規定を前提としてされた遺産の分割の審判その他の裁判,遺産の分割の協議その他の合意等により確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

再婚禁止期間の規定(事案)

立法事実の変化で判断が変わった2つ目は、結婚の場面です。
当時の民法は、再婚についてどのような規定を置いていたのでしょうか。

733条1項(当時)

条文当時の733条1項は、女性にだけ、前婚の解消・取消しの日から6か月の再婚禁止期間を課していました。

男性には、この規定はありませんでした。

733条(改正前)|民法 第四編 親族 第二章 婚姻 第一節 婚姻の成立 第一款 婚姻の要件(731〜741条)1項:女は、前婚の解消又は取消しの日から六箇月を経過した後でなければ、再婚をすることができない。

事件の形(国家賠償請求)

事案離婚した女性が、この規定のせいで、望んだ時期に再婚できませんでした。

女性は、国会が規定を直さずに放置したのは違法だとして、国に賠償を求めました。

結論賠償は認められませんでした。

理由国会が法律を直さなかったことの責任は、別の要件で判断されるからです。

注意規定を消してほしいという訴えではありません。

日本の裁判所は、法律そのものを取り消す仕組みを持たないからです。

具体的な事件の中で、規定が憲法に反すると主張していく形になります。

100日で足りる理由(772条の父性推定)

再婚禁止期間が必要とされたのは、生まれた子の父親を誰と考えるかに関わります。
では、なぜ100日待てば足りるのでしょうか。

772条の推定(当時)

条文当時の772条は、2段で推定します。

  • 1項:婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定します。
  • 2項:婚姻の成立から200日を経過した後、または婚姻の解消から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定します。

理由いつ妊娠したかは、外からは分かりません。

だから、生まれた日から逆算します。

772条(改正前)|民法 第四編 親族 第三章 親子 第一節 実子(772〜791条)1項:妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。2項:婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

父性の推定の重複

離婚した日に再婚し270日後に子が生まれた場合の推定(前の夫=離婚から300日以内で該当/今の夫=再婚から200日経過後で該当)と、100日待てば301日目から入れ替わり・90日だと10日重なることを示す表

定義同じ子について、父と推定される人が2人になることを、父性の推定の重複といいます。

結論再婚禁止期間の目的は、この重複を避けることでした。

理由誰が父親かが決まらないまま、争いになりかねないからです。

100日の計算

結論離婚から100日待てば、重なりは起きません。

理由今の夫の推定が始まるのは、離婚から数えて300日を過ぎた後になるからです。

前の夫の推定が終わる日と、ちょうど入れ替わります。

具体例90日だと、今の夫の推定は離婚から290日を過ぎた後に始まります。

前の夫の推定は300日目まで届くので、10日ぶん重なります。

注意逆に言うと、100日を超えて待たせる理由は無いことになります。

審査の枠組みと100日部分(合憲)

100日待てば、父性の推定の重複は起きません。
最高裁は、どのような枠組みで、規定のどこまでを合憲としたのでしょうか。

婚姻をするについての自由

結論結婚するかどうかを自分で決める自由は、24条1項の趣旨に照らし、十分に尊重に値するとされました。

注意この規定では、次の2点の両方が問題になります。

  • 男女の区別:男女で違う扱いをしている点(14条1項)です。
  • 結婚の制限:結婚の自由を直接制限している点です。

審査の枠組み

定義最高裁は、次の2つの問いを立てました。

  • 目的:区別する立法目的に、合理的な根拠があるか。
  • 手段:区別の具体的な内容が、立法目的との関連で合理性を持つか。

女性再婚禁止期間違憲判決(100日部分)

結論目的と100日部分は、次のように判断されました。

  • 立法目的:父性の推定の重複を回避し、父子関係をめぐる紛争を未然に防ぐことです。父子関係が早期に明確になることは重要なので、立法目的には合理性を認めることができる、としました。
  • 100日部分:計算上、100日の期間を置けば、推定の重複は回避されます。よって、100日の再婚禁止期間を設ける部分は、14条1項にも、24条2項にも違反しない、としました。

注意「再婚禁止期間そのものが違憲になった」というのは誤りです。

違憲とされたのは、100日を超える部分だけです(規定の一部だけを違憲とする形)。

女性再婚禁止期間違憲判決最高裁判所大法廷判決立法目的・100日部分は合憲本件規定の立法目的は,女性の再婚後に生まれた子につき父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解するのが相当であり,父子関係が早期に明確となることの重要性に鑑みると,このような立法目的には合理性を認めることができる。女性の再婚後に生まれる子については,計算上100日の再婚禁止期間を設けることによって,父性の推定の重複が回避されることになる。よって,本件規定のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分は,憲法14条1項にも,憲法24条2項にも違反するものではない。立法当時は合理的だった上記のような旧民法起草時における諸事情に鑑みると,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けることが父子関係をめぐる紛争を未然に防止することにつながるという考え方にも理解し得る面があり,このような考え方に基づき再婚禁止期間を6箇月と定めたことが不合理であったとはいい難い。このことは,再婚禁止期間の規定が旧民法から現行の民法に引き継がれた後においても同様であり,その当時においては,国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものであったとまでいうことはできない。今日では正当化困難しかし,その後,医療や科学技術が発達した今日においては,上記のような各観点から,再婚禁止期間を厳密に父性の推定が重複することを回避するための期間に限定せず,一定の期間の幅を設けることを正当化することは困難になったといわざるを得ない。以上を総合すると,本件規定のうち100日超過部分は,遅くとも上告人が前婚を解消した日から100日を経過した時点までには,婚姻及び家族に関する事項について国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものとして,その立法目的との関連において合理性を欠くものになっていたと解される。結論本件規定のうち100日超過部分が憲法24条2項にいう両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていたことも明らかであり,上記当時において,同部分は,憲法14条1項に違反するとともに,憲法24条2項にも違反するに至っていたというべきである。

24条2項

条文24条2項は、家族に関する法律を作るときの土台を定めています。

14条1項が扱いの平等を問うのに対し、24条2項は、法律が個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚しているかを問います。

24条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。2項:配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

100日超過部分(立法当時と今日)

100日部分は合憲とされ、違憲とされたのは100日を超える部分だけです。
最高裁は、100日を超える部分をどのような順番で判断したのでしょうか。

立法当時と今日の比較(父子関係を確かめる手段=科学技術が未発達/DNA型鑑定で直接調べられる、期間に幅を持たせること=理解し得る面がある・不合理であったとはいい難い/正当化するのは困難)

立法当時の評価

結論6か月と定めたことが不合理であったとはいい難い、とされました。

現行の民法に引き継がれた後も、その当時は、立法裁量の範囲を超えるものであったとまでいうことはできない、としました。

理由昔は、父子関係を確かめる手段が今ほどありませんでした。

推定が重なる期間ぴったりに区切らず、一定の幅を持たせる考え方にも理解し得る面がある、としました。

注意当時の規定が素晴らしかった、とは言っていません。

行き過ぎではなく、裁量の範囲内に収まっていた、という評価です。

昔の国会が間違っていた、とも言っていません。

今日の評価

結論医療や科学技術が発達した今日では、期間に幅を設けることを正当化することは困難になった、とされました。

100日超過部分は、立法目的との関連において合理性を欠くものになっていた、としました。

理由昔は、生まれた時期から逆算して推定するしかありませんでした。

今は、DNA型の鑑定で、父子関係そのものを直接調べられます。

注意違憲になった時点は、判決の日ではありません。

遅くとも、原告が前婚を解消した日から100日を経過した時点までには、合理性を欠いていたとしています。

嫡出でない子の相続分の決定と同じく、判決より前の時点に遡っています。

結論(14条1項と24条2項の両方に違反)

結論100日超過部分は、14条1項に違反するとともに、24条2項にも違反するに至っていた、とされました。

理由両方に違反する理由は、次のとおりです。

  • 14条1項:男女で違う扱いをした点です。
  • 24条2項:両性の本質的平等に立脚したものでなくなっていた点です。

733条のその後

100日超過部分は、14条1項と24条2項の両方に違反するとされました。
その後、733条はどうなったのでしょうか。

民法733条の3つの時点(判決当時=6か月・100日までは合憲・超過部分が違憲→平成28年改正=100日に短縮→令和4年改正=削除)

結論733条は、次のように変わりました。

  • 判決の後:国会が、期間を100日に短縮しました。
  • さらにその後の改正:条文そのものが削除されました。

注意今の民法には、再婚禁止期間という制度自体がありません。

条文の番号だけが残り、中身は「削除」とだけ書かれています。

「今も女性だけ再婚できない期間がある」と答えると誤りです。

2つの規定の比較(動いたのは事実)

2つの規定は、どちらも時間の経過とともに判断が変わりました。
並べてみると、何が変わり、何が変わっていないのでしょうか。

変わっていないもの

結論次の3つは、2つの規定のどちらでも変わっていません。

  • 目的:相続分は、法律婚の尊重と嫡出でない子の保護の調整です。再婚禁止期間は、父性の推定の重複の回避です。
  • 判断の枠組み:目的に合理的な根拠があるか、区別の中身が目的との関連で合理性を持つか、です。
  • 条文の文言:一文字も変わっていません。

注意最高裁が途中で審査を厳しくしたわけではありません。

裁量の広さという変数も、動いていません。

動いたもの(立法事実)

結論動いたのは、区別を支えていた立法事実です。

  • 相続分:婚姻・家族のかたちの多様化と、諸外国の状況です。
  • 再婚禁止期間:医療・科学技術の発達です。

具体例結論は、次のように変わりました。

  • 相続分:1回目の決定は合憲、2回目の決定は違憲です。
  • 再婚禁止期間:100日部分は合憲、100日超過部分は違憲です。

注意違憲の結論だけを書くのではなく、次の順で書くと説得力が出ます。

  • 制定当時:合理性があった。
  • その後:こういう事実が変わった。
  • 今:だから合理性を失っている。

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#24単独ページ動画

夫婦同氏と憲法24条

14条と24条(二つの物差し)

14条1項と24条の対比(審査するもの=文言そのもの/法律の作り方そのもの、具体例、物差しの向き=横の比較/縦の設計)

14条1項が見るもの

結論14条1項は、条文の文言そのものが特定の対象を名指ししているかを見る物差しです。

具体例条文が対象を名指ししていた例には、次のものがあります。

  • 尊属殺:父母や祖父母を殺した場合だけを名指ししていました。
  • 国籍法:父母が結婚しているかどうかで区別していました。

注意文言が誰も名指ししていない(性中立な)規定は、14条1項の土俵に乗り切らないことがあります。

その受け皿になるのが、24条です。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

24条1項(婚姻の成立)

結論婚姻は、二人の自由な意思だけで成立します。

誰と結婚するか、するかしないかは、当事者どうしの自由で対等な意思決定に委ねられます。

24条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

24条2項(法律の作り方を縛る)

定義24条2項は、配偶者の選び方・相続・離婚など、家族に関わる法律の作り方そのものを縛る条文です。

結論14条1項と24条は、見る向きが違う別の物差しです。

  • 14条1項:扱いに差があるかを、横に比べます。
  • 24条:家族の制度全体がどう設計されているかを、縦に見ます。

注意文言が公平でも、結果がいつも偏ることはあります。

文言だけを見る物差しと、制度の作り方まで見る物差しは、別物です。

24条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

婚姻適齢(判例ではなく立法で解決)

14条1項は、条文の文言が対象を名指ししているかを見る物差しです。
では、男女で結婚できる年齢が違った規定は、どう扱われたのでしょうか。

婚姻適齢の改正前後(改正前=男は18歳・女は16歳で違憲説が通説/現行=男女とも18歳で国会が先に手を打った)

改正前の731条

結論男は18歳・女は16歳という差には、合理的な根拠を見出しがたいとして、違憲説が通説でした。

理由条文が性別で名指ししているので、14条1項の土俵にきちんと乗ります。

注意文言が中立な夫婦の氏の規定(第3節)とは、ここが違います。

731条(改正前)|民法 第四編 親族 第二章 婚姻 第一節 婚姻の成立 第一款 婚姻の要件(731〜741条)男は、十八歳に、女は、十六歳にならなければ、婚姻をすることができない。

現行の731条

結論法律の改正で、男女とも18歳にそろえられました。

注意違憲判決が出て無くなったのではなく、国会が先に手を打った規定です(判例ではなく立法による解決)。

731条(婚姻適齢)|民法 第四編 親族 第二章 婚姻 第一節 婚姻の成立 第一款 婚姻の要件(731〜741条)婚姻は、十八歳にならなければ、することができない。

夫婦同氏(民法750条と三つの条文)

婚姻適齢の規定は、文言が性別を名指ししていました。
では、文言上は性別を指定していない夫婦の氏の規定は、どの条文で問われたのでしょうか。

民法750条

結論夫婦は、夫の氏か妻の氏のどちらかを名乗ります。

文言上は、どちらの氏でも構いません。

具体例実際には、9割以上の夫婦が夫の氏を選んでいます。

750条(夫婦の氏)|民法 第四編 親族 第二章 婚姻 第二節 婚姻の効力(750〜754条)夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

三つの条文で順番に問う

結論この規定について、上告した側は13条・14条1項・24条の三つを持ち出しました。

  • 13条:氏を変えない自由という人格権の問題です。
  • 14条1項:扱いに区別があるかという問題です。
  • 24条:制度としての合理性の問題です。

注意一段クリアしても、次の段でまた問われる構造です。

  • 学説:この規定自体が違憲だという有力な見方もあります。選択的に別々の氏を選べるようにすべきだ、という主張です。
  • 同じ日の別判決:同じ日に、再婚禁止期間の大法廷判決も出ています。別の事件なので、混同しないようにします。

13条の判断(氏は人格権、でも変更を強制されない自由ではない)

夫婦同氏の規定は、まず13条で問われました。
氏を変えたくない人は、憲法上、変えなくてよいと言えるのでしょうか。

氏名は人格権の一内容

結論氏名は、人格権の一内容です。

理由氏名は、個人を他人から識別し特定する機能を持ちます。

同時に、個人として尊重される基礎であり、人格の象徴でもあるからです。

注意名誉やプライバシーと同じ並びに、氏名も出てきます。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

氏の変更を強制されない自由

結論婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」は、憲法上保障される人格権の一内容とはいえません。

だから、750条は13条に違反しません。

理由氏は、親子関係など一定の身分関係を反映するものです。

婚姻などの身分関係の変動に伴って改められることが、その性質上予定されているからです。

具体例養子になれば養親の氏を名乗り、離婚すれば婚姻前の氏に戻ることもできます。

注意氏そのものは人格権ですが、変えないでいる自由までは憲法上の権利ではありません。

夫婦同氏訴訟最高裁判所大法廷判決13条氏名は,社会的にみれば,個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが,同時に,その個人からみれば,人が個人として尊重される基礎であり,その個人の人格の象徴であって,人格権の一内容を構成するものというべきである。氏が,親子関係など一定の身分関係を反映し,婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは,その性質上予定されているといえる。以上のような現行の法制度の下における氏の性質等に鑑みると,婚姻の際に「氏の変更を強制されない自由」が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない。本件規定は,憲法13条に違反するものではない。

24条への橋渡し(考慮すべき人格的利益)

定義立法裁量とは、どこまでを国会に任せてよいか、という意味です。

結論婚姻前に築いた信用・評価・名誉感情を婚姻後も維持する利益は、次のように位置づけられました。

  • 憲法上の権利か:人格権の一内容であるとまではいえません。
  • 無視してよいか:家族の制度の在り方を検討するときに考慮すべき人格的利益ではあります。
  • どこで使うか:24条の認める立法裁量の範囲を超えるかを検討するときに、考慮すべき事項になります。

注意ここで拾われた利益が、24条の判断(第6節)でもう一度出てきます。

夫婦同氏訴訟最高裁判所大法廷判決13条・二十四条への橋渡しこれらの婚姻前に築いた個人の信用,評価,名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は,憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとまではいえないものの,後記のとおり,氏を含めた婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討するに当たって考慮すべき人格的利益であるとはいえるのであり,憲法24条の認める立法裁量の範囲を超えるものであるか否かの検討に当たって考慮すべき事項であると考えられる。

14条1項の判断(協議に委ねている、だから区別ではない)

13条では、氏の変更を強制されない自由は権利とまではいえないとされました。
では、9割以上が夫の氏を選ぶ現実は、14条1項の区別に当たるのでしょうか。

夫婦同氏の形式と実質(形式=「夫又は妻の氏」で性別を指定せず差別ではない/実質=9割以上が夫の氏を選ぶが規定自体の結果ではない)

文言は中立

結論750条は、文言上性別に基づく法的な差別的取扱いを定めていません。

夫婦同氏制それ自体に、男女間の形式的な不平等はありません。

理由どちらの氏を称するかを、夫婦となろうとする者の間の協議に委ねているからです。

夫婦同氏訴訟最高裁判所大法廷判決14条1項本件規定は,夫婦が夫又は妻の氏を称するものとしており,夫婦がいずれの氏を称するかを夫婦となろうとする者の間の協議に委ねているのであって,その文言上性別に基づく法的な差別的取扱いを定めているわけではなく,本件規定の定める夫婦同氏制それ自体に男女間の形式的な不平等が存在するわけではない。我が国において,夫婦となろうとする者の間の個々の協議の結果として夫の氏を選択する夫婦が圧倒的多数を占めることが認められるとしても,それが,本件規定の在り方自体から生じた結果であるということはできない。したがって,本件規定は,憲法14条1項に違反するものではない。

現実の偏り

結論夫の氏を選ぶ夫婦が圧倒的多数でも、それは規定の在り方自体から生じた結果ではないとされました。

だから、750条は14条1項に違反しません。

理由強制していない以上、選ばれ方は規定が生んだ結果ではない、という筋道です。

注意区別そのものが無いとされたので、目的や手段を調べる手前で終わっています。

判決が残した留保

結論判決は、文言が中立だから終わり、とはしていません。

  • 前提:夫の氏を選ぶ現状の裏に、社会に根強く残る差別的な意識や慣習の影響がある場合です。
  • 評価:その影響を取り除いて、夫婦間の実質的な平等を保つように図ることは、14条1項の趣旨に沿います。

具体例話し合う前から「妻が変えるもの」という空気があって、選ぶ余地が実際には無い場合です。

注意この留保は、24条の判断に引き継がれます。

24条の判断(総合考慮のすえ、なお合憲)

13条でも14条1項でも、750条は違反しないとされました。
では、制度全体の合理性を問う24条では、どう判断されたのでしょうか。

13条・14条1項・24条の判断の対比(何を問うたか・結論・その先に残ったもの)

氏を改める者の不利益

結論婚姻で氏を改める者には、次の不利益が生じる場合があることは否定できないとされました。

  • アイデンティティの喪失感:氏を改めることで、喪失感を抱くことがあります。
  • 信用・評価・名誉感情:婚姻前の氏で築いてきたものを維持するのが、困難になることがあります。

注意13条では権利に届かず、14条1項では規定の結果ではないとされた不利益です。

24条の段では、制度を測る材料として正面から扱われます。

通称使用による緩和

定義通称使用とは、結婚のあとも、職場などの場面で結婚前の氏を名乗り続けることです。

結論上記の不利益は、通称使用が広まることにより、一定程度は緩和され得るとされました。

理由夫婦同氏制は、婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないものではないからです。

近時、通称使用は社会的に広まっています。

夫婦同氏訴訟最高裁判所大法廷判決24条・不利益とその緩和婚姻によって氏を改める者にとって,そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり,婚姻前の氏を使用する中で形成してきた個人の社会的な信用,評価,名誉感情等を維持することが困難になったりするなどの不利益を受ける場合があることは否定できない。しかし,夫婦同氏制は,婚姻前の氏を通称として使用することまで許さないというものではなく,近時,婚姻前の氏を通称として使用することが社会的に広まっているところ,上記の不利益は,このような氏の通称使用が広まることにより一定程度は緩和され得るものである。

総合考慮の結論

結論以上を総合的に考慮すると、夫婦同氏制は、直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認められないとされました。

だから、750条は24条に違反しません。

理由24条2項は、どんな制度にするかを、まず国会に委ねた条文だからです。

そのうえで、個人の尊厳と両性の本質的平等という限界を引いています。

注意問うのは、もっと良い制度があるかではなく、国会に委ねられた範囲を超えるほど合理性を欠くかです。

この判決は、いまの制度が憲法に違反しないと言っただけです。

別々の氏を選べる制度にしてはいけない、と言ったのではありません。

夫婦同氏訴訟最高裁判所大法廷判決24条・総合考慮の結論以上の点を総合的に考慮すると,本件規定の採用した夫婦同氏制が,夫婦が別の氏を称することを認めないものであるとしても,上記のような状況の下で直ちに個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠く制度であるとは認めることはできない。したがって,本件規定は,憲法24条に違反するものではない。

三つの段の到達点

結論13条・14条1項・24条のすべてで、合憲と判断されました。

  • 13条:変更されない自由という権利までは届きません。
  • 14条1項:文言が中立なので、区別ではありません。
  • 24条:それでも、制度全体としての合理性が改めて問われました。

注意14条だけを見ていたら、24条の段は見えません。

再合憲決定(同じ問いをもう一度)

夫婦同氏制は、大法廷判決で合憲とされました。
では、その後の社会の変化を理由に、同じ規定がもう一度争われたとき、結論は変わったのでしょうか。

夫婦同氏の再合憲決定

定義有業率とは、働いている人の割合です。

事案婚姻届に「夫は夫の氏、妻は妻の氏」と書いて出したところ、受理されませんでした。

同じ750条の合憲性が、大法廷で再び争われました。

結論先の大法廷判決の判断を変更すべきものとは認められないとされました(15人中11人が合憲・4人が違憲の立場)。

  • 750条:24条に違反しないことは、当裁判所の判例とするところです。
  • 戸籍法74条1号:夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項とする規定も、24条に違反しません。

理由次の諸事情を踏まえても、判断を変更すべきものとは認められない、としています。

  • 社会の変化:女性の有業率の上昇、管理職に占める女性の割合の増加などです。
  • 国民の意識の変化:選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の割合の増加などです。
  • その他の主張:地方議会からの意見書や、通称使用の広まりも主張されました。

注意同じ規定でも、時間が経てば、もう一度憲法適合性が問われることがあります。

夫婦同氏再合憲決定最高裁判所大法廷決定判断は変えない民法750条の規定が憲法24条に違反するものでないことは,当裁判所の判例とするところであり,上記規定を受けて夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項と定めた戸籍法74条1号の規定もまた憲法24条に違反するものでないことは,平成27年大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。平成27年大法廷判決以降にみられる女性の有業率の上昇,管理職に占める女性の割合の増加その他の社会の変化や,いわゆる選択的夫婦別氏制の導入に賛成する者の割合の増加その他の国民の意識の変化といった原決定が認定する諸事情等を踏まえても,平成27年大法廷判決の判断を変更すべきものとは認められない。

再合憲決定の理由づけ(事情が動いても結論は動かない)

再合憲決定は、先の大法廷判決の判断を変えませんでした。
事情の変化は否定されていないのに、なぜ結論は変わらなかったのでしょうか。

補足意見の理由

定義補足意見とは、結論に賛成した裁判官が、理由をさらに書き足したものです(反対する側の意見ではありません)。

結論最高裁は、事情が動いたこと自体は否定していません。

理由補足意見は、国民の意識がいまどういう状況にあるか自体を評価・判断する役目は、選挙で選ばれた議員で構成される国会が担うのが原則だとしました。

注意事実が動いたかどうかではなく、その事実の意味を誰が決めるかという話です。

事実が動けば結論も動く、という理解をそのまま延長すると外します。

立法政策と憲法適合性の審査

結論次の二つの問題は、次元を異にするとされました。

  • 立法政策:夫婦の氏について、どのような制度を採るのが相当かという問題です。
  • 憲法適合性の審査:現行の規定が24条に違反して無効かという問題です。

理由この種の制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄だからです。

夫婦同氏再合憲決定最高裁判所大法廷決定次元が違う夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と,夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは,次元を異にするものである。この種の制度の在り方は,平成27年大法廷判決の指摘するとおり,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならないというべきである。

非嫡出子の相続分との違い

結論事情の変化で結論が動いた非嫡出子の相続分と、動かなかった夫婦の氏の分かれ目は、不利益の性質です。

  • 非嫡出子の相続分:父母が結婚していたかという、子には選びようのない事柄による不利益です。
  • 夫婦の氏:どの制度を設計するのが良いかという、選択の問題です。

理由どんな制度が良いかは価値観で答えが分かれ、多数決で決めるべき事柄だからです。

自分では変えられない事柄で不利益が出ているときほど、審査は慎重になります。

注意通称使用の広まりは、違憲に近づける事情ではなく、不利益を和らげる事情として扱われています。

事実が動けば、いつも違憲に近づくわけではありません。

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#25単独ページ動画

同性婚とアファーマティブ・アクション

24条1項「両性の合意のみ」の「のみ」

明治民法下では婚姻に戸主の同意と一定年齢までの父母の同意が必要だったが、24条1項の「のみ」はその同意を不要とした(家制度の否定)ことを示す図

「のみ」の意味

結論「のみ」は、男女に限るという意味ではありません。

第三者の同意は要らないという意味で、家制度を否定するのが狙いです。

理由明治民法のもとでは、当事者の意思だけでは結婚できませんでした。

  • 戸主の同意:家の長である戸主の同意が必要でした。
  • 父母の同意:一定の年齢に達するまでは、父母の同意も必要でした。

24条1項は、婚姻は当事者2人の合意だけで成立すると言い切っています。

注意「両性」とあるので、同性どうしの結婚を想定していないように見えます。

しかし「のみ」という言葉からは、男女に限るとは読めません。

同性間婚姻を禁止しているか

結論24条1項は、同性間婚姻を禁止する趣旨の規定ではありません。

理由「のみ」の趣旨は、家制度の否定にとどまるからです。

注意この理解は、学説の多くと、実際の裁判の理由づけでも採られています。

ここを取り違えると、この先の議論が全部崩れます。

24条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

許容と要請(同性間婚姻)

24条1項は、同性間婚姻を禁止していません。
では、禁止していないなら、国は同性間婚姻を認めなければならないのでしょうか。

許容(法律で認めても憲法に違反しない)と要請(国に認めることを義務づける)の対比と、24条1項は同性間婚姻を禁止していないが「認めよ」とまでは言っていないことを示す表

許容と要請

定義2つの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 許容:法律で認めても、憲法に違反しないという意味です。
  • 要請:憲法が国に、認めることを義務づけているという意味です。

結論同性間婚姻は、憲法上許容されます。

法律を変えて認めることは、憲法に違反しません。

注意「禁止していない」と「認めなければならない」は、別の話です。

  • 24条1項から:「認めよ」という要請までは、引き出せません。
  • 同じ形の整理:実質的な平等の実現についても、「要求」ではなく「許容」という同じ形で整理されます。

13条による保障(有力説)

結論同性どうしで結婚する自由そのものが、13条によって保障されるという見解も有力です。

理由13条は、個別の条文では拾えない自由の受け皿です。

誰と結婚するかを自分で決める自由も、そこに含まれると考えます。

注意これは有力な学説であって、決まった結論ではありません。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

訴訟の現状

結論同性間婚姻をめぐる憲法上の結論は、まだ出ていません。

  • 高等裁判所:いくつかの高等裁判所で争われ、判断が割れています。多くは違憲かそれに近い判断でしたが、合憲としたところもありました。
  • 最高裁判所:統一した判断が出るのを待っている段階です。

注意この問題は、国への損害賠償を求める形で争われています。

同性間婚姻の答案の組み立て(4つの構成)

同性間婚姻は許容されますが、認める義務まではまだ決まっていません。
では、同性間婚姻を認めるべきだと主張するとき、答案はどう組み立てるのでしょうか。

直列ではなく選択になる

結論13条・14条1項・24条は、同性間婚姻にも使える道具ですが、使い方が違います。

どの条文を主な根拠にするかを選ぶ問題になります。

理由同性どうしの結婚を認める法律が、まだ無いからです。

  • 的になる規定がある場合:夫婦の氏を定めた民法の規定のように、1つの規定に3つの条文を順番にかけ、すべてをクリアして初めて合憲になります(直列)。
  • 同性間婚姻:かける相手の規定が無いので、順番にかける形になりません。

考えられる4つの組み立て

同性婚の答案構成として考えられる4つの組み立て(13条=自己決定権/14条1項=異性愛と同性愛の扱いの区別/24条1項=婚姻の自由が同性間にも及ぶ/24条2項=個人の尊厳と両性の本質的平等への違反)の表

結論4つの組み立ての中身は、次のとおりです。

  • 13条:誰と家族になるかを自分で決める自己決定権として、性的指向に関わらず結婚を自分で決める自由がある、と組み立てます。
  • 14条1項:異性どうしは結婚でき、同性どうしはできないという区別に注目します。
  • 24条1項:「のみ」が家制度否定の趣旨にすぎない以上、結婚の自由そのものが同性間にも及ぶ、と組み立てます。
  • 24条2項:同性どうしには婚姻制度を使う道がそもそも開かれておらず、個人の尊厳と両性の本質的平等という指針に反する、と組み立てます。

注意どれか1つが正解と決まっているわけではなく、まだ決着していません。

実際の裁判でも、よりどころにする条文が裁判所によって分かれています。

14条1項で組み立てるときの2つの論拠

結論14条1項で組み立てるときは、次の2点を使います。

  • 例示列挙:性的指向は、14条1項後段に名指しでは挙がっていません。しかし、後段の列挙は限定した一覧ではないので、対象から外れません。
  • 自分では選べない事柄:性的指向は、自分では選べない事柄です。そのため、審査を慎重にすべきだという主張につながります。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

24条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

アファーマティブ・アクションの意義(平等のための差別)

同性間婚姻は、憲法がまだ答えを出していない問題でした。
では、不利な立場の人をあえて優遇する、逆向きの措置はどう扱うのでしょうか。

アファーマティブ・アクション

定義アファーマティブ・アクションとは、これまで差別されたり不利な立場に置かれたりしてきた人々の社会的地位を引き上げるため、意図的に優先的な取り扱いをする措置です。

ポジティブ・アクション、積極的差別是正措置とも呼ばれます。

具体例採用や進学の場面で、機会に恵まれてこなかった層のために、一定の枠を用意しておくことです。

目的と手段

結論目的と手段は、次のとおりです。

  • 目的:実質的な平等の実現です。機会をそろえるだけでなく、結果の格差にも目を配ります。
  • 手段:ある人を優遇することは、裏を返せば、優遇されない別の人を不利に扱うことです。

注意平等を実現するための措置が、別の場所で新しい不平等を作ります。

これが「平等のための差別」と呼ばれる逆説で、逆差別の入り口です。

逆差別の中身(数字で見る)

アファーマティブ・アクションは、優遇の裏側で別の人に不利益を生みます。
では、誰に、どのような不利益が生じるのでしょうか。

資格試験の合格枠100人を優先枠20人(対象者A)と一般枠80人(受験者B)に分けると、Bの一部が導入前なら合格していたのに不合格になることを示す図

優先枠を設けた資格試験

事案成績順に100人が合格する資格試験で、優先枠を20人分設け、一般枠を80人に減らしたとします。

  • 優先枠の対象者A:対象者どうしの順位で、20人が決まります。無条件に受かるわけではありません。
  • 一般枠を争う受験者B:争う人数は変わらないのに、椅子の数が100から80に減ります。

結論導入前なら合格していたはずのBの一部が、80人の枠に入りきらず不合格になります。

これが逆差別の中身です。

注意Bは、優先枠の対象にならない層だったというだけで、具体的な不利益を受けます。

論文での2つの型(実質的平等を何回使うか)

アファーマティブ・アクションは、実質的平等という目的と、逆差別という不利益を併せ持ちます。
では、論文でこの措置が問われたとき、この措置らしい事情を答案のどこで使うのでしょうか。

アファーマティブ・アクション固有の事情を使う2つの型(①規範は通常どおり・あてはめで1回だけ使う/②規範定立で先に使って基準・密度を緩め、あてはめでもう一度使う)と、原則として②が推奨されることを示す表

1回だけ使う型と2回使う型

結論書き方は、次の2つに分かれます。

  • 1回だけ使う型:審査の基準はいつもどおり立て、あてはめで初めて、区別を正当化する材料として実質的平等の目的を使います。
  • 2回使う型:基準を立てる段階で、この措置であることを理由に基準や密度を緩めます。あてはめでも、もう一度同じ目的に照らして使います。

具体例採用の枠でいうと、次のように書きます。

  • 1回だけ使う型:あてはめで初めて「この枠は実質的な平等のためだ」と書きます。
  • 2回使う型:基準を立てる段階で「実質的な平等のための枠だから」と置き、あてはめでも同じことを持ち出します。

注意違いは、単に「厳しい・緩い」ではなく、使う回数です。

どちらを使うか

結論優劣はありませんが、原則として2回使う型が推奨されます。

理由は、第7節で見ます。

2回使う型が推奨される理由(目的の重さと裁量の広さ)

論文では、原則として2回使う型が推奨されます。
では、なぜ基準を立てる段階から緩めてよいのでしょうか。

裁量の広さを動かす要因

定義審査の厳しさを決める変数は、目的・手段・裁量の広さ・立法事実の4つです。

結論このうち裁量の広さは、次の要因で動きます。

  • 領域:専門的な判断が要る分野では広く、変えられない事柄が絡む分野では狭くなります。
  • 目的の重さ:目的が重要であるほど、広がる方向に働きます。

注意目的の重さは、裁量の広さを押す要因の一つです。

裁量の広さは、こうした要因が組み合わさって決まります。

目的の重さが基準の緩め方に効く

結論2回使う型には、目的の重さが裁量の広さに効くという論理が乗っています。

厳格・中間・緩やかという基準の目盛りを、目的の重さを理由に、緩める方向に回すと理解します。

理由実質的平等という目的は、正当性が高いと評価されやすいものです。

目的が重要であるほど、手段の選び方について、裁判所は行政や国会に一定の裁量を認めやすくなる方向に働きます。

アメリカでの議論

目的の重さが、基準の緩め方に効くという論理を見ました。
では、この種の優遇について、アメリカではどう争われてきたのでしょうか。

割当方式と考慮方式

結論アメリカでは、大学の入試などで、この種の優遇がたびたび争われてきました。

次の方式が試されてきました。

  • 割当方式:人数の枠を、あらかじめ決めておく方式です。
  • 考慮方式:一つの判断材料として考える方式です。

注意近年、それまでの判断の枠組みを見直す判断が示されました。

今のアメリカの状況は、一言でまとめることはできません。

大事なのは、外国の状況そのものより、目的の重さが基準の緩め方に効くという論理です。

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#26単独ページ動画

思想・良心の自由

19条はなぜ独立の条文なのか

19条が独立の条文である理由の対比表(諸外国=信教・表現の自由の保障で足りるとするのが通例・独立条文の例は多くない/日本国憲法=特定の考え方そのものを取り締まった歴史への反省から独立の条文を置いた)

独立の条文を置いた理由

結論日本国憲法は、思想・良心の自由を、あえて独立の条文で保障しています。

条文19条には、「公共の福祉に反しない限り」のようなただし書きが一切ありません。

理由かつて、特定の考え方そのものを取り締まった歴史への反省があるからです。

国家が頭の中身をチェックし、危険だと判断した考え方を弾圧しました。

注意諸外国の憲法では、思想・良心の自由を独立の条文で保障する例は多くありません。

信教の自由や表現の自由を保障すれば、頭の中の自由も当然に含まれると考えるからです。

ただし、独立の条文を置く国が日本だけというわけではありません。

19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

明治憲法の法律の留保との違い

定義法律の留保とは、法律さえ作れば権利を制限できる、という明治憲法の仕組みです。

結論日本国憲法は、思想の自由を制限する法律すら作らせない立場です。

19条の存在そのものが、二度と頭の中身に手を出させない、という宣言です。

理由明治憲法のもとでは、思想の自由も、法律による制限の対象になりえたからです。

「絶対的に自由」の意味

19条には、ただし書きが一つもありません。
では、思想・良心の自由が「絶対的に自由」だというのは、何を意味しているのでしょうか。

「絶対的に自由」の意味の対比表(よくある理解=どんな制約にも勝つ無敵の権利/正しい意味=内心にとどまる限り衝突しようがなく、そもそも調整という土俵に乗らない)

「絶対」の中身

定義公共の福祉とは、人権どうしがぶつかったときに調整する仕組みです(人権相互の調整)。

結論「絶対的に自由」とは、どんな制約にも勝つ無敵の権利という意味ではありません。

内心にとどまっている限り、調整という土俵にすら乗らない、という意味です。

条文19条にただし書きが要らないのは、このためです。

理由内心にとどまっている限り、他人の目に触れず、他人の権利と衝突しようがありません。

衝突が起きなければ、調整するという発想自体が出てくる余地がないからです。

注意精神的自由は特に手厚く守られるべきだとされますが、19条はその物差しを厳しくする話ではありません。

内心にとどまる限り、物差しを当てる場面にすら入らない、という話です。

「内心にとどまる限り」という条件

結論保障が絶対的なのは、内心にとどまっている限りです。

理由考えが行動として外に現れた瞬間、他人や社会との接触が始まるからです。

注意外に現れた場面をどう扱うかは、第5節の4つの型で整理します。

保障の範囲(内心説と信条説)

「絶対」とは、内心にとどまる限り調整の土俵に乗らない、という意味でした。
では、「思想及び良心」は、どこまでの内心を指すのでしょうか。

保障の範囲の対比表(内心説=ものの見方・考え方一般・広げるほど暗黙のただし書きが必要に/信条説〈通説〉=世界観・人生観など人格形成に関わる内心・絞る代わりに例外なく絶対を貫く)

内心説と信条説

定義「思想及び良心」の範囲について、2つの立場があります。

  • 内心説:ものの見方や考え方一般を、限定なく含める立場です。
  • 信条説:世界観や人生観など、人格の形成に関わる内心の活動に範囲を絞る立場です。

結論実務や多くの学説が採るのは信条説で、これが通説です。

具体例「どんなことがあっても暴力には加担しない」という信念は、生き方の芯にあるものとして信条説の対象になります。

なぜ範囲を絞るのか

結論範囲を絞るのは、守りを弱くするためではありません。

残った部分の「絶対」を、本物のまま守り切るためです。

理由2つの立場の違いは、次のとおりです。

  • 内心説:対象を広く取るほど、「大した話ではないから多少の制約は仕方ない」という暗黙のただし書きが要ります。ただし書きの無い条文にただし書きを作ると、「絶対」は本物ではなくなります。
  • 信条説:先に対象を人格の土台をなす考え方に絞り、その代わり、対象に入ったものには例外なく絶対を貫きます。

具体例給食で嫌いな野菜が出たときの「食べたくない」という気持ちも、頭の中の考えです。

内心説を押し通すと、この気持ちも19条の絶対的な保護の対象に含まれかねません。

謝罪広告事件(範囲の対立が結論の説明に表れる場面)

内心説と信条説は、保障の範囲をめぐる対立でした。
では、謝る気の無い人に謝罪広告を強制することは、良心の自由を侵害するのでしょうか。

謝罪広告事件

定義代替作為とは、本人でなくても代わりにできる行為です。

事案選挙運動の中で、ある候補者が、他人の名誉を傷つける発言をしました。

裁判所は、傷つけられた側の名誉を回復するため、発言をした側(上告人)に新聞への謝罪広告の掲載を命じました。

  • 広告の中身:「放送や記事の内容は真相と違っており、ご迷惑をおかけしました。ここに陳謝の意を表します」という程度のものでした。
  • 争われた点:謝る意思の無い者に謝罪広告を強制するのは、19条(良心の自由)に反するのではないか、という点です。

結論この種の謝罪広告の掲載を命じることは、良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられないとされました。

  • 広告の程度:単に事態の真相を告白し、陳謝の意を表明するに止まる程度のものです。
  • 強制の方法:この程度の広告であれば、代替作為として強制執行もできる、としています。

注意最高裁は、謝罪広告なら何でも許される、とは言っていません。

「止まる程度のもの」という限定が、この判決でいちばん大事な一句です。

心からの反省や内心の転向を宣言させる内容なら、結論は変わりうる、という含みが残っています。

謝罪広告事件最高裁判所大法廷判決単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のものにあつては、これが強制執行も代替作為として民訴七三三条の手続によることを得るものといわなければならない。この種の謝罪広告を新聞紙に掲載すべきことを命ずる原判決は、上告人に屈辱的若くは苦役的労苦を科し、又は上告人の有する倫理的な意思、良心の自由を侵害することを要求するものとは解せられない。

内心説・信条説からの説明

結論多くの学説は、この判決の結論を信条説の立場から説明します。

  • 内心説から:「謝りたくない」という一時的な気持ちも19条の対象に含まれ、程度を問わず謝罪の強制は許されない、という結論になりやすいはずです。
  • 信条説から:単なる事実の陳謝は、そもそも19条が絶対的に守る領域の外にある、と素直に説明できます。

注意判決文自体は、「良心」の中身(内心説か信条説か)にまでは立ち入っていません。

制約の4つの型(①〜③と④の非対称)

第4節までは、保障される内心そのものの中身の話でした。
では、国家が内心に働きかける形にはどんな型があり、その扱いはどう違うのでしょうか。

制約の4つの型の表(①思想の強制・②不利益処遇・③告白の強制=絶対的に禁止/④行為の強制=許容されうる。①〜③は内心そのものへの直接干渉、④だけ外部の行動を求める型)

4つの型

定義国家が内心に働きかける形は、次の4つの型に整理できます。

  • ①思想の強制:特定の考えを持て、あるいは持つな、と国家が迫る型です。
  • ②思想に基づく不利益処遇:どんな考えを持っているかを理由に、扱いに差をつける型です。
  • ③思想の告白の強制:どんな考えを持っているか言え、と迫る型です。
  • ④思想に反する行為の強制:内心の考えとは違う行動を、外に対してとるよう求める型です。

具体例謝罪広告事件の場面に当てはめると、次のとおりです。

  • ①:「その考えそのものを改めよ」と命じる場合です。
  • ②:「その考えの持ち主だから」という理由で、別のところで不利に扱う場合です。
  • ③:「本心ではどう思っているのか、述べよ」と命じる場合です。
  • ④:「陳謝の広告を出しなさい」と命じる場合です(実際に命じられたのはこれです)。

注意4つの型は、いずれも国家と個人の関係を前提にしています。

私人どうしの間で、思想を理由に扱いに差がつく場面とは区別します。

①〜③と④の非対称

結論4つの型の扱いは、同じではありません。

  • ①〜③:例外なく、絶対的に禁止されます。
  • ④:場合によっては許容されうる型です。

理由扱いの違いは、内心そのものに手を突っ込むかどうかから生まれます。

  • ①〜③:思想を書き換えさせる、思想を理由に差をつける、思想を暴かせる、という内心そのものへの直接の干渉です。公共の福祉による調整という発想が、そもそも入る余地がありません。
  • ④:内心そのものではなく、外部の行動を求める型です。行動は他人の目に触れ、社会と接触するので、無条件に絶対とはいきません。

具体例謝罪広告事件では、事実を認めて遺憾の意を示す程度の広告なら、命じてよいとされました。

第4節の結論を、保障の範囲からではなく、働きかけの型から見たものです。

注意同じ場面でも、心からの反省を宣言させるところまで求めれば、③の告白の強制に近づきます。

ただし、この4つの型への当てはめは解釈上の整理で、判決文がそう述べているわけではありません。

④では、行動と内心がどこまで結びついているとみなせるかが、問題になります。

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#27単独ページ動画

君が代起立命令と思想・良心の自由

19条と制約の4つの型

4つの型

定義思想及び良心の自由への働きかけは、4つの型に分かれます。

  • ①思想の強制:特定の考えを持て、持つな、と国家が命じる型です。
  • ②不利益処遇:どんな考えを持っているかを理由に、扱いに差をつける型です。
  • ③告白の強制:どんな考えを持っているか言え、と国家が迫る型です。
  • ④行為の強制:思想に反する行為を強制する型です。

結論①〜③は、内心そのものへの直接の干渉として、例外なく絶対に禁止されます。

④だけは、場合によっては許容されうる型です。

理由内心にとどまる限り、他人の権利とぶつかりようがありません。

そのため、調整するという発想自体が出てきません。

一方、行動は社会と接触するので、無条件に絶対とはいかないのです。

「絶対」の意味

結論「絶対」とは、どんな制約にも勝つ無敵、という意味ではありません。

内心にとどまる限り、そもそも調整という土俵に乗らない、という意味です。

注意保障範囲を内心説ではなく信条説で絞るのも、絶対という効果を守り切るためです。

19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

思想の強制(戦う民主主義との違い)

4つの型のうち、①〜③は絶対に禁止されます。
まず、①思想の強制は、日本国憲法のもとでどこまで禁止されるのでしょうか。

思想の強制

定義特定の考えを持て、あるいはこの考えは持つな、と国家が命じる型です。

結論日本国憲法のもとでは、どんな思想でも、頭の中で持っているだけなら絶対的に自由です。

民主主義に反するような考え方でも、頭の中にとどまる限りは同じです。

注意「日本でも危険な思想は保護されない」と読むのは誤りです。

保護されないのは、思想が外に出て、具体的な行動になったときのその行動のほうです。

思想そのものと、思想に基づく行動は、分けて考えます。

ドイツの戦う民主主義

定義戦う民主主義とは、民主主義を否定する考え方を持つこと自体を、一定の範囲で制限する仕組みです。

ドイツが、特定の政党が民主主義そのものを壊した過去への反省から持っている仕組みです。

結論日本国憲法は、この考え方を採っていません。

思想に基づく不利益処遇(麹町中学内申書事件)

①思想の強制は、どんな思想でも絶対に禁止されます。
では、②思想に基づく不利益処遇が争われた事件で、なぜ請求が認められなかったのでしょうか。

麹町中学内申書事件

事案公立中学校の生徒Aは、校内で特定の政治的な団体を名乗り、ビラ配りや集会参加をしていました。

学校は、この活動の記録を内申書に記載しました。

Aは、この内申書が理由で都立高校を含むすべての高校に不合格になったとして、地方公共団体に賠償を求めました。

結論Aの請求は認められませんでした。

  • 記載の中身:いずれの記載も、Aの思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかだとしました。
  • 了知の可否:記載に係る外部的行為によっては、Aの思想、信条を了知し得るものではないとしました。
  • 選抜の資料:Aの思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができないとしました。

理由最高裁は、記載がそもそも思想そのものに触れていない、という事実認定で結論を出しました。

行動の記録と、思想そのものの記述は、別のものだという判断です。

注意規範を変えたのではなく、事実の当てはめで結論が決まった事件です。

  • 誤解:「思想を理由にした不利益処遇も、場合によっては許される」と読むのは誤りです。
  • 原則:②の型を絶対禁止とする原則は、動いていません。
  • 学説の疑問:特定の政治団体を名乗った活動の記録なら、読み手は立場を推測できてしまいます。推測できるなら、実質的には思想を理由にした不利益処遇に限りなく近づく、という疑問が今も向けられています。

麹町中学内申書事件最高裁判所第二小法廷判決「いずれの記載も、〔A〕の思想、信条そのものを記載したものでないことは明らかであり、右の記載に係る外部的行為によっては〔A〕の思想、信条を了知し得るものではない」「〔A〕の思想、信条自体を高等学校の入学者選抜の資料に供したものとは到底解することができない」

思想の告白の強制(沈黙の自由)

②の事件でも、絶対禁止という原則は動いていません。
では、③思想の告白の強制の裏返しである沈黙の自由は、どこまで守られるのでしょうか。

思想の告白の強制

定義どんな考えを持っているか言え、と国家が迫る型です。

結論絶対に禁止されます。

沈黙の自由(思想の沈黙と事実の沈黙)

思想の沈黙(19条・絶対的に保障される)と事実の沈黙(21条1項・制約されうる・証人の証言義務)を比べた表

定義言わずにいられる自由を、沈黙の自由といいます。

結論思想について黙っている自由は、19条で絶対的に守られます。

一方、単なる事実について黙っている自由は、21条1項の表現の自由の問題で、正当な理由があれば制約されます。

理由事実の沈黙まで無条件に許すと、裁判の仕組みそのものが成り立たなくなるからです。

証人が「話したくないから話さない」と言えば、裁判ができません。

具体例裁判の証人は、見たこと、聞いたことを証言する義務を負います。

原則として、正当な理由がなければ証言を拒めません。

注意「言わない自由」は、どんな場面でも何でも黙っていられる、という意味ではありません。

何について黙るかで、条文と強さが変わります。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

思想に反する行為の強制(ピアノ伴奏拒否事件)

①〜③は、内心そのものへの直接の干渉として絶対に禁止されます。
では、外部の行動を求める④の型は、判例でどう扱われたのでしょうか。

思想に反する行為の強制

定義内心そのものではなく、外部の行動を求める型です。

結論①〜③のような絶対禁止ではなく、場合によっては許容されうる型です。

注意行動の裏に、その人の考えがあることもあります。

行動と内心の結び付きを判例がどう見極めるかが、この型の問題です。

ピアノ伴奏拒否事件

定義事件に出てくる言葉は、次のとおりです。

  • 戒告:職務上の注意を、正式な処分として記録に残す、比較的軽い懲戒処分です。
  • 上告人:最高裁まで不服を申し立てた側で、ここでは音楽の先生です。

事案公立小学校の音楽の先生が、入学式の国歌斉唱でピアノ伴奏をするよう、校長から命じられました。

先生は伴奏をせず、地方公務員法に違反したとして戒告処分を受けました。

先生は、伴奏拒否は自分の歴史観や世界観に基づく行動で、処分は19条を侵害するとして、処分の取消しを求めました。

結論職務命令は19条に反せず、合憲とされました。

理由判決は、次の点を挙げました。

  • 一つの選択:伴奏の拒否は、上告人にとっては歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には、これと不可分に結び付くものということはできない。
  • 否定の有無:職務命令が、直ちに歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできない。
  • 強制・告白:特定の思想を持つことを強制したり、あるいはこれを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものでもない。
  • 児童への教化:児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。

注意判決の読み方には、2つの見方があります。

  • 制約が無い:この事件では、そもそも思想及び良心の自由への制約自体が無かった、と読みます。
  • 制約は正当:制約はあったが、それが正当だと判断された、と読みます。

判決は「直ちに……否定するものと認めることはできない」と述べるだけで、制約の有無を断定していません。

どちらか一方に断定せず、両方の読み方を押さえます。

「君が代」ピアノ伴奏拒否事件最高裁判所第三小法廷判決本件入学式の国歌斉唱のピアノ伴奏を拒否することは、上告人にとっては、歴史観ないし世界観に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には、これと不可分に結び付くものということはできず、本件職務命令が、直ちに上告人の有する上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものと認めることはできないというべきである。本件職務命令は、上告人に対して、特定の思想を持つことを強制したり、あるいはこれを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものでもなく、児童に対して一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。

起立斉唱事件(間接的制約と総合較量)

ピアノ伴奏拒否事件は、制約の有無を断定しませんでした。
では、起立斉唱事件で、最高裁はどこまで踏み込んだのでしょうか。

事案

定義非違行為とは、職員としてふさわしくない行いです。

事案不起立という一つの行動が、2つの場面で先生に不利益をもたらしました。

  • 職務命令:都立高校の卒業式で、国歌斉唱の際に起立して斉唱するよう、校長から命じられました。
  • 戒告:先生は起立せず、東京都の教育委員会は職務命令違反として戒告処分にしました。
  • 再雇用:定年退職後の再雇用に申し込みましたが、不起立が非違行為に当たるとして不合格になりました。
  • 請求:職務命令が19条に違反し、不合格も違法だとして、東京都に損害賠償を求めました。

注意審理の中心は、職務命令が19条に違反するかどうかでした。

直接的制約ではない

結論職務命令は、思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないとされました。

理由起立斉唱行為は、その性質の点から見て、歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえないからです。

そのため、職務命令は、歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできないとされました。

注意これで19条と無関係になるのではなく、判決は「もっとも」と続きます。

起立斉唱事件最高裁判所第二小法廷判決直接的制約ではない・間接的制約となる面上記の起立斉唱行為は、その性質の点から見て、上告人の有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず、上告人に対して上記の起立斉唱行為を求める本件職務命令は、上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。本件職務命令は、これらの観点において、個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。もっとも、個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり、その限りにおいて、その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。

間接的な制約となる面

定義間接的制約とは、内心そのものを狙い撃ちにはしないが、内心から出てくる行動を求めることで、結果として内心に圧力がかかる制約です。

結論その限りにおいて、思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難いとされました。

理由歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(敬意の表明の要素を含む行為)を求められるからです。

注意ピアノ伴奏拒否事件と違い、この事件は間接的な制約となる面をはっきり認めました。

ただし、間接的な制約があるからといって、自動的に19条違反になるわけではありません。

総合較量(必要性・合理性)

定義較量とは、制約の重さと命令の必要性を、天秤にかけて比べることです。

結論職務命令の目的及び内容と、制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量しました。

その結果、制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるとして、合憲とされました。

理由求められたのは、式のあいだ起立して声を出すという外部の行動までです。

歴史観そのものを改めろとは言われていないので、天秤に載る制約はそこまで重くなりません。

注意①〜③の型なら、制約があると分かった時点で即違反で、較量の余地はありません。

④の型は、制約があると分かっても、目的や態様を測る次の段階に進みます。

これが、④の型だけが絶対禁止にならない理由です。

起立斉唱事件最高裁判所第二小法廷判決総合較量で必要性・合理性本件職務命令については、外部的行動の制限を介して上告人の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの、職務命令の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば、上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。

直接的制約と間接的制約の分かれ目(処分の重さ)

起立斉唱事件は、直接的制約を否定したうえで、間接的制約として較量しました。
では、直接と間接はどこで分かれ、処分の重さは判断にどう影響するのでしょうか。

直接的制約(歴史観・世界観それ自体の否定、思想の強制・禁止、告白の強要=絶対的に禁止)と間接的制約(由来する行動の制限にとどまる=較量の対象)を比べた表

直接と間接の当てはめ

結論直接的制約とされる3つは、①〜③の型とそのまま重なります。

具体例同じ卒業式の場面でも、命令の中身で側が変わります。

  • 起立斉唱の命令:式のあいだの外部の行動を求めるだけなので、間接の側です。
  • 歴史観を改めよ:歴史観それ自体の否定になるので、直接の側に移ります。

処分の重さ

事案起立斉唱事件のあとに、同じように起立斉唱命令に従わなかった先生への懲戒処分が争われました。

結論戒告のような軽い処分であれば許されても、減給や停職を選ぶには、その重い処分を選ぶことに見合う具体的な事情が必要だとされました。

注意合憲かどうかは、一回勝負で決まるのではありません。

制約の中身がどれだけ重いかに応じて、必要性と合理性の判断も細かく変わります。

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#28単独ページ動画

信教の自由

明治憲法の逆説(なぜ20条は手厚いのか)

法律の留保が無かったこと

定義法律の留保とは、法律を作らないと権利を制限できない、という仕組みです。

結論明治憲法にも信教の自由の規定はありましたが、実際には信仰が取り締まられました。

理由信教の自由の規定には、他の権利と違い、法律の留保が付いていなかったからです。

  • 文言:多くの権利には「法律の範囲内において」という限定がありましたが、信教の自由にはありませんでした。
  • 読まれ方:その文言が、「法律すら要らず、命令だけで制限できる」という読み方に利用されました。

神道の国家的な優遇

結論神社は宗教ではないという扱いのもとで、神道が国家的に優遇されました。

注意宗教ではない扱いなので、規制の対象にもなりませんでした。

2つの反省

結論次の2つの反省が、20条を自由権と政教分離の二本立てにしています。

  • 制限のされやすさ:法律によらずに、信仰が制限されやすかったことです。
  • 国家的な優遇:特定の宗教が、国家によって優遇されたことです。

20条の構成(自由権と政教分離)

20条は、明治憲法への反省から、二本立ての条文になっています。
20条の各項は、それぞれ何を定めているのでしょうか。

3つの項

結論20条には、個人の自由と国と宗教の距離が、1つの条文に同居しています。

  • 1項前段:信教の自由を保障します。
  • 2項:宗教上の行為などへの参加を強制されない、と定めます。
  • 1項後段:宗教団体が国から特権を受けることや、政治上の権力を行使することを禁じます。
  • 3項:国とその機関が、宗教教育その他の宗教的活動をすることを禁じます。

注意自由権を定めるのは、1項前段と2項です。

1項後段と3項は、政教分離そのものを定めた部分です。

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2項:何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。3項:国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

保障範囲(信仰・宗教的行為・宗教的結社)

20条1項前段は、信教の自由を保障しています。
この自由は、具体的に何を保障しているのでしょうか。

信教の自由の保障範囲の階層図(信仰の自由=内心にとどまる/宗教的行為の自由・宗教的結社の自由=外に出る行動。それぞれ、する自由・しない自由を含む)

3つの自由

定義信教の自由が保障するのは、次の3つです。

  • 信仰の自由:心の中で、信じる・信じない・信じる対象を変える自由です。
  • 宗教的行為の自由:礼拝・儀式・布教など、宗教に基づく行動をする自由です。
  • 宗教的結社の自由:宗教団体を結成する自由です。

する自由としない自由

結論3つの自由には、「する自由」だけでなく「しない自由」も含まれます。

  • 宗教的行為:宗教的な行事に、参加しない自由も含みます。
  • 宗教的結社:結成しない自由、特定の団体に加わらない自由も含みます。

条文20条2項は、参加を強制されない自由を、重ねて強調しています。

具体例学校で毎朝、全員に祈りを唱えさせる決まりは、宗教的行為の自由の問題です。

唱えたくない人にとっては、「しない自由」が問題になります。

注意「本当に信じているのか」まで確かめようとすれば、信仰の自由に踏み込みます。

どれに当たるかで、守られ方が変わります(第4節)。

絶対的に自由なのは信仰だけ

信教の自由は、信仰・宗教的行為・宗教的結社の3つを保障します。
では、3つとも同じ強さで守られるのでしょうか。

信仰と、行為・結社の非対称

結論3つのうち、絶対的に自由なのは信仰の自由だけです。

行為と結社の自由は、公共の福祉による調整の対象になりえます。

理由内心にとどまるか、外に出るかで、他人の権利とのぶつかり方が違うからです。

  • 信仰:内心にとどまる限り、他人の権利とぶつかりようがなく、調整の土俵に乗りません。
  • 行為・結社:外に出て社会と接触する以上、無条件の絶対では守り切れません。

具体例部屋の中で静かに祈る自由は、内心にとどまり、誰の目にも触れません。

道の真ん中で拡声器で教えを説く自由は、道を通る人の耳に否応なく届きます。

注意信仰に基づく行動でも、外に出た行為である以上、絶対に自由なわけではありません。

この非対称が、判例を読むときの出発点になります。

規制の2つのかたち(狙いうち規制と中立的・一般的規制)

行為と結社の自由は、条件付きの自由です。
では、これらの自由は、どのような形で規制されるのでしょうか。

狙いうち規制

定義狙いうち規制とは、特定の宗教やその信者であることを理由に、名指しで不利に扱う規制です。

結論当然に、制約にあたります。

具体例ある宗教の信者は、この職業に就いてはいけない、と決める場合です。

中立的・一般的規制

定義2つの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 中立的・一般的規制:宗教と無関係に誰にでも一律に適用されるルールが、特定の信者にだけ重い負担を課す場合です。
  • 間接的な制約:内心を直接狙ってはいないが、外部の行動を求めることを通して、事実上、内心に圧力がかかる制約です。

結論実質的な負担が大きいなら、間接的ながら制約にあたると解するべきです。

理由見た目が中立だから制約ではない、とすると不都合が生じます。

宗教を名指ししさえしなければ、どれだけ重い負担を課しても、憲法の問題にならなくなるからです。

具体例「日曜日は必ず出勤」というルールは、特定の宗教を狙っていません。

しかし、日曜日を礼拝の日とする信者は、信仰か仕事かを選ばされます。

注意見た目が中立な規制の重い負担が「制約」にあたるかには、争いがあります。

審査の強さ

行為・結社の自由の規制には、直接的な制約と間接的な制約があります。
規制が争われたとき、どれくらい厳しい物差しで審査するのでしょうか。

厳格な審査と中間的な審査

結論行為・結社の自由の規制は、厳格な審査と親和的です。

ただし、間接的な制約にとどまる場合は、中間的な審査に緩むこともあります。

理由宗教的行為の自由や宗教的結社の自由は、人格の核心に関わる自由だからです。

具体例「日曜日は必ず出勤」というルールは、信仰そのものを禁じたわけではありません。

そのため、正面から信仰を禁じる規制と、同じ厳しさで測るとは限りません。

加持祈祷事件(保障の限界を逸脱)

審査の強さは、規制された行為が、信教の自由の保障を受けることが前提です。
では、宗教行為として行えば、どんな行為でも保障を受けるのでしょうか。

事案と結論

定義加持祈祷とは、線香などをたいて祈りを捧げる、宗教的な儀式の方法です。

事案精神的な病を患っていた被害者に加持祈祷を施し、その結果、被害者が亡くなりました。

行った人は傷害致死罪に問われ、宗教行為として信教の自由の保障を受ける、と主張しました。

結論最高裁は、本件行為は信教の自由の保障の限界を逸脱したものだとしました。

理由本件行為は、他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当たります。

これにより被害者を死に致した以上、著しく反社会的なものだからです。

加持祈祷事件最高裁判所大法廷判決「被告人の本件行為は、所論のように一種の宗教行為としてなされたものであったとしても、他人の生命、身体等に危害を及ぼす違法な有形力の行使に当るものであり、これにより被害者を死に致したものである以上、被告人の右行為が著しく反社会的なものであることは否定し得ないところであって、憲法20条1項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかはなく」

判旨の読み方(保障の有無のレベル)

結論「保障の限界を逸脱した」とは、そもそも20条1項の保障が届く範囲の外にある、という意味です。

答案でも、保障の有無のレベルで書きます。

具体例教義に従って、自分だけで静かに祈る、断食をする、という行為は保障の範囲に入ります。

他人の身体に触れていないからです。

注意「制約が正当化された」と読むのは誤りです。

  • 制約の正当化:保障が及んだうえで、公共の福祉による制約が許される、という順番です。
  • 保障の有無:その手前で、保障そのものが及ばない、というレベルです。

牧会活動事件(正当業務行為)

加持祈祷事件は、行為が保障の範囲の外に出ていた例です。
では、保障の範囲の内側にとどまる宗教的な行為は、どう扱われるのでしょうか。

事案と結論

定義牧会活動とは、牧師が信者の魂の面倒を見る、宗教上の活動です。

事案捜査機関から嫌疑を受けて逃げていた高校生2人を、牧師が教会に約1週間宿泊させました。

牧師は2人を説得し続け、警察に任意で出頭させましたが、自身が犯人蔵匿罪に問われました。

結論牧師の行為は、正当な業務行為として違法性が阻却され、罪とならないとされました。

理由判断の流れは、次のとおりです。

  • 性質:牧会活動は、形式的には牧師の職の内容で、実質的には20条の礼拝の一内容です。
  • 慎重な配慮:その制約は内面的信仰の自由を事実上侵すおそれが大きいので、最大限に慎重な配慮を要します。
  • 当てはめ:牧師の行為は、目的において正当な範囲にとどまり、手段方法も相当でした。

注意判断したのは神戸簡易裁判所です。

最高裁ではなく、下級審の判決です。

牧会活動事件神戸簡易裁判所判決牧会活動は「形式的には宗教の職にある牧師の職の内容をなすものであり、実質的には日本国憲法20条の信教の自由のうち礼拝の自由にいう礼拝の一内容をなすもの」であり、その制約は「結果的に行為の実体である内面的信仰の自由を事実上侵すおそれが多分にある」ので、制約する場合は「最大限に慎重な配慮」を要する。行為が目的において正当な範囲にとどまり手段方法において相当である限り、「正当な業務行為として」違法性を阻却し、「罪とならない」。

加持祈祷事件との違い

結論牧会活動事件の行為は、保障の範囲の内側にとどまっていました。

だからこそ、正当な業務行為かどうか、という次の段階の判断に進めました。

理由他人の生命・身体に、危害を加えていないからです。

オウム真理教解散命令事件(法人格の解散と信仰の禁止は別)

牧会活動事件は、個人の宗教的な行為が問題になった例です。
では、宗教法人を解散させる命令は、信教の自由とどう関わるのでしょうか。

事案と結論

事案ある宗教法人が、大量殺人を目的として、サリンを生成していました。

法律が定める解散命令の要件にあたるとして、解散命令が請求されました。

結論最高裁の決定は、解散命令を合憲と判断しました。

注意解散命令は、宗教法人の法人格を失わせる制度です。

信仰そのものを禁止する制度ではありません。

  • 具体例:解散命令が出ても、信者が法人格のない団体として活動を続けることや、新しく団体を作ることは妨げられません。

合憲とされた理由(3段)

定義容喙とは、口を出すことです。

結論理由づけは、次の3段です。

  • 世俗的目的:専ら宗教法人の世俗的側面を対象とし、専ら世俗的目的によるもので、精神的・宗教的側面に容喙する意図によるものではありません。
  • 間接的な支障:宗教上の行為に何らかの支障が生じることは避けられませんが、その支障は間接的で事実上のものにとどまります。
  • 手続の適正:裁判所の司法審査によって発せられたので、手続の適正も担保されています。

注意2段目の「間接的」は、第5節の間接的な制約と同じ発想です。

法人格を失うという措置を介して、事実上、支障が生じます。

オウム真理教解散命令事件最高裁判所第一小法廷決定「専ら宗教法人の世俗的側面を対象とし、かつ、専ら世俗的目的によるものであって、宗教団体や信者の精神的・宗教的側面に容喙する意図によるものではなく」解散命令によって宗教上の行為に何らかの支障が生じることは避けられないとしても、「その支障は、解散命令に伴う間接的で事実上のものにとどまる」「裁判所の司法審査によって発せられたものであるから、その手続の適正も担保されている」

剣道実技拒否事件(代替措置と裁量権の逸脱)

オウム真理教解散命令事件では、支障は間接的なものにとどまるとされました。
では、信仰を理由に必修の実技を拒否した学生に、学校はどこまで応じるべきでしょうか。

事案

定義言葉の意味は、次のとおりです。

  • 絶対平和主義:対人での格闘や武道の実技を、教義上の理由から行わない、という立場です。
  • 原級留置:留年のことです。

事案公立(神戸市立)の工業高等専門学校で、剣道の実技が体育の必修科目でした。

  • 拒否:絶対平和主義を教義とする宗教の信者である学生が、教義を理由に剣道の実技を拒否しました。
  • 原級留置:体育の単位が認められずに原級留置となり、翌年度も同じ理由で拒否して、再び原級留置になりました。
  • 退学処分:学則により退学処分を受け、学生は処分の取消しを求めて争いました。

注意学校は公立なので、国との関係が問題になる事件です。

私立学校であれば、また別の問題になります。

判断①(必須ではなく、代替が可能)

結論高等専門学校で、剣道実技の履修は必須のものとまではいい難いとされました。

他の体育科目の履修などの代替的方法によることも、性質上可能です。

剣道実技拒否事件最高裁判所第二小法廷判決必須ではない・代替可能「高等専門学校において剣道実技の履修が必須のものとまではいい難く」、他の体育科目の履修などの代替的方法によってこれを行うことも性質上可能である。

判断②(代替措置は政教分離に反しない)

結論適切な方法・態様による代替措置を採っても、政教分離には違反しません。

理由代替措置は、目的において宗教的意義を持ち、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を持つものとはいえません。

他の宗教者や無宗教者に、圧迫、干渉を加える効果があるともいえません。

注意学生にだけ代替措置を認めると、特定の宗教の優遇にならないか、という懸念が背景にありました。

この判断枠組みは、目的効果基準と呼ばれます。

剣道実技拒否事件最高裁判所第二小法廷判決代替措置は政教分離違反にならない適切な方法・態様による代替措置を採ったとしても、それが「目的において宗教的意義を有し、特定の宗教を援助、助長、促進する効果を有するものということはできず、他の宗教者又は無宗教者に圧迫、干渉を加える効果があるともいえない」。

判断③(結論:裁量権の範囲を超える)

定義裁量とは、学校に任された判断の幅です。

結論代替措置を採らずに退学処分をしたことは、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超える違法なものです。

理由学校は、代替措置をまったく検討していませんでした。

裁量に幅があっても、何をしてもよいという意味ではありません。

具体例代替のレポート課題を用意したうえで、別の正当な理由から留年させていたなら、話は違ったかもしれません。

注意射程は、次のとおり限られます。

  • 断罪された点:代替措置を、一切検討しなかったことです。
  • 立てられていないルール:信教の自由を理由にすれば、必ず代替措置が認められる、という一般的なルールではありません。

剣道実技拒否事件最高裁判所第二小法廷判決結論=裁量逸脱代替措置を採らずに退学処分をしたことは「社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超える違法なものといわざるを得ない」。

日曜日授業参観事件(負担が小さい例)

事案公立小学校の児童が、日曜日の教会学校への出席を優先して、日曜参観授業を欠席しました。

指導要録には、欠席として記録されました。

結論東京地方裁判所の下級審判決で、児童側の請求は退けられました。

理由実質的な負担が、大きくなかったからです。

  • 措置の性質:日曜参観という措置自体は、宗教に中立で一般的なものです。
  • 負担の程度:欠席は年に1日だけで、記録も単に「欠席」と残るだけでした。

注意同じ中立的・一般的な規制でも、実質的な負担の重さで結論が変わります。

剣道実技拒否事件は、留年を重ねたうえでの退学という、極めて重い負担でした。

判例4件の読み分け

4件の判例は、いずれも宗教を理由にした行為や団体が問題になりました。
信仰を理由にした例外扱いに、国はどこまで応じるべきなのでしょうか。

例外扱いの考え方

結論信じること自体は、絶対に自由です。

行為や結社は、外に出て社会と接触する以上、無条件の絶対では守れません。

それでも、実質的な負担があるなら、間接的な制約として扱う必要があります。

4件の位置づけ

結論4件は、次のように位置づけられます。

  • 加持祈祷事件:他人の生命・身体への危害で、保障の範囲の外に出ていた例です。
  • 牧会活動事件:保障の範囲に入ったうえで、正当な業務行為として制約を免れた例です。
  • オウム真理教解散命令事件:法人格の解散を介した、間接的で事実上の支障にとどまるとされた例です。
  • 剣道実技拒否事件:代替措置を取らなかったことが、裁量権の逸脱とされた例です。

注意剣道実技拒否事件だけは、20条に違反するかどうかという憲法の枠組みでは決着していません。

学校の判断が行き過ぎだったか、という形で決着しています。

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#29単独ページ動画

政教分離

政教分離の意義(三本柱と日本の型)

三本柱

条文政教分離を支える条文は、次の3つです(三本柱)。

  • 20条1項後段:宗教団体が国から特権を受けることと、政治上の権力を行使することを禁じます。
  • 20条3項:国とその機関が、宗教教育その他の宗教的活動をすることを禁じます。
  • 89条:宗教上の組織・団体のために、公金を使うことを禁じます。

注意89条は、財政の側から政教分離を裏付ける条文です。

「慈善、教育若しくは博愛の事業」の部分は、私立学校への助成という別の問題に関わります。

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。3項:国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

89条|第七章 財政(83〜91条)公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

各国の型と日本

結論日本国憲法は、完全な分離を目指す型を採っています(アメリカに近い型)。

具体例国家と宗教の距離の取り方には、次の型があります。

  • イギリス型:国教を持ちながら、他の宗教も許容します。
  • 政教条約型:イタリアやドイツのように、政教条約で個別に取り決めます。
  • 完全分離型:アメリカのように、国家と宗教を完全に分離しようとします。

趣旨(信教の自由の確保と歴史の反省)

日本国憲法は、国家と宗教の完全な分離を目指す型を採っています。
では、なぜこれほど厳格に、国家と宗教を分けようとするのでしょうか。

2つの趣旨

結論政教分離の趣旨は、次の2つです。

  • 信教の自由の確保:国家が特定の宗教と一体化すると、異なる宗教は弾圧される側に回りかねません。国家と宗教を分けておくことで、間接的に一人ひとりの信教の自由を確保します。
  • 歴史の反省:明治憲法のもとで、神道は事実上、国教のような地位を与えられていました。国家主義や軍国主義の、精神的な支柱として利用されました。

注意次の点を区別します。

  • 性質:政教分離そのものは人権ではなく、人権を守るための仕組みです。
  • 反省の軸:法律による限定が無く、命令だけで信仰を制限できたという反省(個人の自由の弱さ)とは別の軸です。政教分離の反省は、特定の宗教が国家そのものと一体化していたことに向いています。
  • 二本立て:2つの反省が、自由権と政教分離という、二本立ての条文を生みました。

限界(完全な分離はできない)

政教分離は、国家と宗教を厳格に分けることを目指します。
では、国家と宗教を完全に切り離すことはできるのでしょうか。

完全な分離は不可能に近い

結論国家と宗教の完全な分離は、実際上、不可能に近いです。

理由無理に完全な分離を貫こうとすると、かえって不都合が生じるからです。

具体例国と宗教が関わり合っていても、一切禁止すると困る例です。

  • 文化財の修復:国宝や重要文化財の寺社の修復費用を、国や自治体が一部補助します。禁止すれば、文化財が朽ちてしまいます。
  • 刑務所の面会:受刑者が希望すれば、僧侶や牧師と面会できます。禁止すれば、受刑者は心の支えを失います。

程度の問題

結論国と宗教が関わったかどうか(ゼロか百か)ではありません。

どこまで踏み込んだかという、程度の問題として考えます。

目的効果基準

国家と宗教の関わりは、どこまで踏み込んだかという程度の問題です。
では、どこまでの関わりなら許されるのかを、裁判所は何で測っているのでしょうか。

目的効果基準の2段階(①目的=行為の目的が宗教的意義をもつか→②効果=その効果が援助・助長・促進または圧迫・干渉になるか)

「宗教的活動」の意味

定義20条3項の宗教的活動とは、次の2つを満たす行為です(目的効果基準)。

  • ①目的:当該行為の目的が宗教的意義をもつこと。
  • ②効果:その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になること。

注意条文を読むだけでは、「宗教的活動」がどこまでを指すのかはっきりしません。

この基準は条文には無く、判例が解釈で立てた規範です。

そのため、逐語で覚える対象になります。

津地鎮祭事件最高裁判所大法廷判決基準の定立「憲法二〇条三項……にいう宗教的活動とは……当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。」

目的と効果は両方あてはめる

結論目的の点で結論が見えても、効果の点も必ずあてはめます。

理由基準を立てた判例自身が、目的と効果の両方を検討して判断を組み立てているからです。

片方だけで済ませると、基準の半分しか使っていないことになります。

具体例市が運営する郷土資料館が、地域の祭りで使われてきた神輿を常設展示する場合です。

  • 目的:地域の伝統文化を市民に紹介することにあり、専ら世俗的です。
  • 効果:歴史的な資料として由来や作りを紹介するにとどまるなら、特定の宗教の援助・助長にはなりません。
  • 結論:目的も効果もあてはまらないので、宗教的活動にはあたりません。

注意同じ展示でも、一角に賽銭箱を置き、参拝できるようにした場合は違います。

目的は同じでも、特定の神社を後押しする効果が生じます。

目的だけで切ると、この違いを拾えません。

津地鎮祭事件(合憲)

目的効果基準は、20条3項の「宗教的活動」を測る物差しです。
では、この基準はどの事件で、どのように使われたのでしょうか。

津地鎮祭事件

定義事案に出てくる2つの言葉は、次のとおりです。

  • 起工式:工事を始める前に、土地の神様に工事の無事を祈る伝統的な儀式です。
  • 住民訴訟:住民が、自治体のお金の使い方を裁判で正す訴訟です。

事案市が、市の体育館を建てる起工式を、公金を使って神主による神道式の地鎮祭として行いました。

この行為の合憲性が、住民訴訟で争われました。

結論起工式は、20条3項の宗教的活動にはあたらず、合憲とされました。

この判決が、目的効果基準そのものの出どころです。

理由目的と効果の両方で、宗教的活動にあたらないとされました。

  • 目的:土地の平安堅固、工事の無事安全を願い、社会の一般的慣習に従った儀礼を行うという、専ら世俗的なものです。
  • 効果:神道を援助、助長、促進し、又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められません。

注意起工式が宗教とかかわり合いをもつことは、否定しえないとされています。

宗教と関わっているだけでは、宗教的活動にはなりません。

津地鎮祭事件最高裁判所大法廷判決あてはめ・結論(合憲)「本件起工式は、宗教とかかわり合いをもつものであることを否定しえないが、その目的は建築着工に際し土地の平安堅固、工事の無事安全を願い、社会の一般的慣習に従つた儀礼を行うという専ら世俗的なものと認められ、その効果は神道を援助、助長、促進し又は他の宗教に圧迫、干渉を加えるものとは認められないのであるから、憲法二〇条三項により禁止される宗教的活動にはあたらないと解するのが、相当である。」

判断の仕方(考慮要素)

結論宗教的活動にあたるかは、外形的側面のみにとらわれることなく判断します。

  • 考慮する事情:行為の場所、一般人の宗教的評価、行為者の意図・目的・宗教的意識の有無と程度、一般人に与える効果・影響等です。
  • 判断の方法:諸般の事情を考慮し、社会通念に従つて、客観的に判断します。

津地鎮祭事件最高裁判所大法廷判決考慮要素「当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従つて、客観的に判断しなければならない。」

愛媛玉串料訴訟(違憲)

津地鎮祭事件は、目的効果基準をあてはめて合憲とされました。
では、同じ基準を使って、違憲とされたのはどのような事件でしょうか。

愛媛玉串料訴訟

事案愛媛県の知事が、公金から複数回にわたって次の支出をしました。

  • 靖国神社:例大祭に、玉串料を支出しました。
  • 護国神社:慰霊大祭に、供物料などを支出しました。

この支出の合憲性が、住民訴訟で争われました。

結論支出は、20条3項の宗教的活動に当たるとされ、違憲です。

公金からの支出なので、89条の側からも、同じ理由で違反があるとされました。

理由目的も効果も、基準にあてはまるとされました。

  • 目的:例大祭・慰霊大祭は、恒例の祭祀の中でも重要な意義を持ちます。玉串料等の奉納は、宗教的意義が希薄化して、慣習化した社会的儀礼にすぎないとまでは、到底いうことができません。
  • 効果:特定の宗教団体にだけ特別のかかわり合いを持つと、県がその団体を特別に支援している印象を与えます。特定の宗教への関心を呼び起こすので、特定の宗教への援助、助長、促進になります。

注意最高裁は、津地鎮祭事件と同じ基準をそのまま使うと明言しています。

愛媛玉串料訴訟最高裁判所大法廷判決目的(宗教的意義の希薄化なし)例大祭・慰霊大祭は「各神社の挙行する恒例の祭祀中でも重要な意義を有するもの」であり、玉串料等の奉納は「時代の推移によって既にその宗教的意義が希薄化し、慣習化した社会的儀礼にすぎないものになっているとまでは到底いうことができず」効果・結論(違憲)「地方公共団体が特定の宗教団体に対してのみ本件のような形で特別のかかわり合いを持つことは、一般人に対して、県が当該特定の宗教団体を特別に支援しており、それらの宗教団体が他の宗教団体とは異なる特別のものであるとの印象を与え、特定の宗教への関心を呼び起こすものといわざるを得ない。」その目的が宗教的意義を持つことを免れず、その効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になると認めるべきであり……宗教的活動に当たると解するのが相当である。

津地鎮祭事件との対比

津地鎮祭事件と愛媛玉串料訴訟の対比(①宗教的意義の強さ=慣習化が進んだ儀礼的な行事/神社の恒例祭祀そのもの・②特定の宗教団体だけか=どの宗教でも行われうる汎用的な儀式/特定の神社だけを対象・結論=合憲/違憲)

剣道実技拒否事件の代替措置

愛媛玉串料訴訟では、目的も効果も基準にあてはまり、違憲とされました。
では、信仰を理由に剣道実技を拒否した学生への代替措置は、政教分離に違反するのでしょうか。

代替措置と政教分離

事案学校が、信仰を理由に剣道実技を拒否した学生に、代わりのレポート課題などを用意する場面です。

結論代替措置を用意すること自体は、政教分離に違反しないと判断されました。

理由目的効果基準にあてはめると、目的も効果もあてはまらないからです。

  • 目的:信仰への配慮と、公平な取り扱いという、世俗的なものです。
  • 効果:特定の宗教を援助、助長する効果は認められません。他の宗教の学生や無宗教の学生に、圧迫や干渉を加える効果があるともいえません。

自衛官合祀拒否事件(政教分離の側)

代替措置は、目的も効果もあてはまらず、政教分離に違反しないとされました。
では、国の機関が、民間団体の合祀申請に協力した行為はどうでしょうか。

自衛官合祀拒否事件

定義事案に出てくる2つの団体は、次のとおりです。

  • 隊友会:退職した自衛官などでつくる、民間の団体です。
  • 地連:自衛隊の地方連絡部です(国の側)。

事案殉職した自衛官の妻の意思に反して、隊友会が、護国神社に夫の合祀を申請しました。

地連は、この申請に協力していました。

争点は、地連の協力行為が、20条3項の「宗教的活動」にあたるかです。

結論地連の協力行為は、宗教的活動にあたるとまでいうことはできず、合憲とされました。

理由地連は、隊友会が単独で行った申請行為に協力したにすぎないからです。

申請の主体はあくまで隊友会で、地連の関わりは薄いものにとどまると評価されました。

注意次の2点に気をつけます。

  • 射程:判断されたのは、地連の協力という関わり方までです。国の側がみずから申請する立場に立っていた場合まで、あたらないとされたわけではありません。
  • もう1つの争点:この事件では、妻の宗教上の人格権が侵害されたかも争われました。

自衛官合祀拒否事件最高裁判所大法廷判決政教分離側地連は、隊友会が単独で行った申請行為に協力したにすぎないのであって、その協力行為が「宗教的活動」にあたるとまでいうことはできない。

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#30単独ページ動画

政教分離の総合判断と制度的保障説

空知太神社事件(諸般の事情の総合的判断)

事案と物差し

事案市が、市有地を、神社施設(鳥居・祠など)の敷地として、無償で提供し続けていました。

この状態が政教分離に反するかが、住民訴訟で争われました。

結論最高裁は、目的効果基準を使わず、諸般の事情の総合的判断という物差しを立てました。

  • 考慮する事情:当該宗教的施設の性格・無償提供に至った経緯・無償提供の態様・これらに対する一般人の評価等です。
  • 判断の仕方:諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断します。

条文財政面から政教分離を支えるのは、89条です。

注意目的と効果の二段階で測るのではありません。

いくつもの事情をまとめて、一つの物差しにしています。

那覇市孔子廟事件最高裁判所大法廷判決総合的判断の枠組み「当該宗教的施設の性格、当該免除をすることとした経緯、当該免除に伴う当該国公有地の無償提供の態様、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解するのが相当である。」

空知太神社事件最高裁判所大法廷判決基準の定立(総合的判断)「国公有地が無償で宗教的施設の敷地としての用に供されている状態が……信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えて憲法89条に違反するか否かを判断するに当たっては、当該宗教的施設の性格、当該土地が無償で当該施設の敷地としての用に供されるに至った経緯、当該無償提供の態様、これらに対する一般人の評価等、諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして総合的に判断すべきものと解するのが相当である。」

89条|第七章 財政(83〜91条)公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

判例変更か

結論判例変更ではありません。

2つの物差しが、並んで存在しています。

理由最高裁は、津地鎮祭事件・愛媛玉串料訴訟の「趣旨とするところからも明らか」と述べています。

どちらの物差しも、国家と宗教の距離が、信教の自由の確保という目的に照らして行き過ぎていないかを測る点で同じです。

注意ここが、いちばん間違えやすいところです。

「空知太神社事件で目的効果基準を捨てた」と書くのは誤りです。

あてはめと結論

結論無償提供は、違憲とされました。

  • 89条:公の財産の利用提供に当たります。
  • 20条1項後段:宗教団体への特権付与に当たります。

理由次の事情から、国家と宗教の距離が、相当とされる限度を超えると評価されました。

  • 施設の性格:鳥居や祠など、神社の施設そのものです。
  • 提供の態様:対価をとらないまま、長く続いてきました。

注意施設の撤去だけが、唯一の是正方法ではありません。

  • 差戻し:有償の契約に切り替えるなどの合理的な方法も考えられるとして、高等裁判所に差し戻されました。
  • 問題の核心:無償で提供し続けている状態です。対価を払う形に切り替えれば、違憲という評価は変わりえます。

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

なぜ物差しが二つあるのか

空知太神社事件は、目的効果基準を使わずに総合的判断を用いました。
では、なぜ最高裁は、この事件で目的効果基準を使わなかったのでしょうか。

目的効果基準と総合的判断の比較(出どころ=津地鎮祭事件/空知太神社事件、測るもの=一つの行為の目的と効果/無償提供等が続いている状態)

結論はっきりした答えはありません。

学説の間でも、議論があります。

  • よく言われる見方:目的効果基準は一つの行為を、総合的判断は続いている状態を測るのに向いている、という見方です。
  • 見方の限界:行為と状態の切り分けだけでは、説明しきれない事案も出てきます。

注意試験対策としては、事案に応じて、あてはめが書きやすい方の物差しを選べば十分です。

大事なのは、判例変更ではなく、2つの物差しが並んで存在している、という理解です。

那覇市孔子廟事件(総合的判断の系列)

空知太神社事件は、土地の無償提供を総合的判断で違憲としました。
では、同じ物差しは、使用料の免除という場面でどう使われたのでしょうか。

事案と結論

事案那覇市が、ある団体に、市有の都市公園内への孔子廟の設置を許可しました。

あわせて、公園の使用料を全額免除していました。

この免除が政教分離に反するかが、住民訴訟で争われました。

結論空知太神社事件で立てた総合的判断の枠組みが、そのまま使われました。

免除は、相当とされる限度を超えるものとして、20条3項の禁止する宗教的活動に該当するとされました(違憲)。

理由施設の性格・免除に至った経緯・免除の態様・一般人の評価の4つ全部が、独立に検討されました。

  • 特に重かった点:施設の宗教的な性格の強さと、優遇の手厚さです。
  • 優遇の手厚さ:使用料を、一部の減額ではなく、全額免除していました。

注意孔子廟事件で最高裁が判断したのは、20条3項だけです。

89条と20条1項後段は、判断するまでもないとして、立ち入っていません。

那覇市孔子廟事件最高裁判所大法廷判決結論(違憲)「本件免除は……信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして、憲法20条3項の禁止する宗教的活動に該当する」

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

宗教的活動の意味と測り方

定義宗教的活動の意味は、目的が宗教的意義をもち、効果が援助や圧迫になる行為、という定義のままです。

注意変わったのは、測り方です。

孔子廟事件は、目的と効果の二段階ではなく、総合的判断で測っています。

空知太神社事件と孔子廟事件の比較

結論どちらも、無償で便宜を図っている点で共通します。

  • 空知太神社事件:土地の無償提供です。
  • 孔子廟事件:使用料の全額免除です。

具体例総合的判断が使われるのは、無償での提供や免除など、見返りを求めずに利益を与え続ける便宜供与の場面によく見られます。

注意判断した条文は違います。

  • 空知太神社事件:89条と20条1項後段です。
  • 孔子廟事件:20条3項です。

空知太神社事件最高裁判所大法廷判決「判例変更ではない」「以上のように解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和46年(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号533頁〔津地鎮祭事件〕、最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・民集51巻4号1673頁〔愛媛玉串料訴訟〕等)の趣旨とするところからも明らかである。」

政教分離の法的性質(制度的保障説と人権説)

2つの物差しは、国家と宗教の距離が行き過ぎていないかを測るものです。
では、政教分離そのものは、法的には何なのでしょうか。

政教分離の核心部分(国家と宗教は分離されるべきという大枠・動かせない)と周辺部分(公金支出・公有地提供をどこまで認めるか・法律でかなり動く)の表

制度的保障

定義制度的保障とは、人権そのものではなく、人権を支える仕組みを客観的に保障する理論です。

  • 核心部分:法律の改廃では変えられず、憲法改正が必要です。
  • 周辺部分:法律で、かなり動かせてしまいます。

結論判例・通説は、政教分離を人権としては扱わず、制度的保障と解しています。

政教分離への当てはめ

結論政教分離の核心と周辺は、次のとおりです。

  • 核心部分:国家と宗教は分離されるべきだ、という大枠です。
  • 周辺部分:公金の支出や公有地の提供を、どこまで認めるかです。

注意周辺部分が宗教の側に寄っても、大枠が残れば、形のうえでは政教分離は保たれたことになります。

  • 帰結:国家と宗教の結びつきがかなりの程度許容されうることになり、少数者の信教の自由が、かえって害されえます。
  • 読み方:制度的保障は、使えば安心という理論ではなく、使われている場面ほど警戒して読む理論です。

制度的保障説を採る理由

結論答案の基本線は、判例・通説である制度的保障説です。

理由条文の文言のうえで、政教分離を個人の人権として読むのは無理があるからです。

20条1項後段と3項は、「してはならない」と、国の側の行為を禁じる形で書かれています。

個人に何かを請求する権利を与える書き方には、なっていません。

採用の2要件

結論政教分離は、制度的保障を採用するための2要件をどちらも満たします。

  • 核心の明確さ:核心は「国家と宗教は分離されるべきだ」という大枠で、ぶれません。
  • 人権との関係の密接さ:20条1項前段の信教の自由を、国家からの介入という角度から支える制度です。

注意制度的保障を政教分離に持ち出すこと自体は、正当化されます。

問題は、周辺部分がどこまで動かせてしまうか、というところにあります。

人権説(少数説)

結論少数説として、政教分離を人権として捉えるべきだとする人権説があります。

理由周辺部分が法律でどんどん動かせるなら、政教分離は緩められていく一方ではないか、という批判から出てくる立場です。

注意少数説も切り捨てずに押さえます。

裁判でどう争うか(住民訴訟という入口)

政教分離は、判例・通説によれば、個人の人権ではなく制度的保障です。
では、政教分離に違反していたら、誰でもすぐ裁判に訴えられるのでしょうか。

法律上の争訟

定義法律上の争訟とは、具体的な権利義務をめぐる紛争です。

裁判所が扱えるのは、原則として法律上の争訟に限られます。

結論「政教分離に違反している」というだけでは、原則として法律上の争訟にあたりません。

理由制度的保障説に立つ以上、政教分離は個人の人権そのものではないからです。

そのため、具体的な権利義務の紛争になりません。

住民訴訟

定義住民訴訟とは、自治体の財産管理などが適正かどうかを、住民が争える特別な訴訟の形です。

自分自身の具体的な権利侵害を示す必要はありません。

結論法律上の争訟にあたらなくても、法律が特別に認めた、例外の入口です。

具体例津地鎮祭事件・愛媛玉串料訴訟・空知太神社事件・那覇市孔子廟事件は、すべて住民訴訟で争われました。

注意制度的保障だから、政教分離違反を理由に直接は争えません。

住民訴訟という別の入口があるから、実際には争えています。

政教分離の5つの判例

政教分離の判例は、目的効果基準と総合的判断のどちらかで判断されてきました。
では、5つの判例は、物差しと結論でどう並ぶのでしょうか。

政教分離の5つの判例の物差し・結論・決め手の一覧(津地鎮祭事件・自衛官合祀拒否事件=目的効果基準で合憲/愛媛玉串料訴訟=目的効果基準で違憲/空知太神社事件・那覇市孔子廟事件=総合的判断で違憲)

結論5件のうち、3件が違憲、2件が合憲です。

注意自衛官合祀拒否事件は、国の関わりは協力にとどまり、宗教的活動とまではいえない、とされた事件です。

結論を丸暗記せず、どちらの物差しを、なぜ使ったのかまで説明できるようにします。

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#31単独ページ動画

学問の自由と大学の自治

23条が独立に置かれた理由

すでに他の条文に含まれている自由

結論学問の自由の一部は、23条が無くても他の条文で守られます。

  • 研究する自由:思想・良心の自由(19条)に含まれます。
  • 発表する自由:表現の自由(21条1項)に含まれます。

19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

独立の条文を置いた2つの理由

結論それでも憲法は、学問の自由を独立の条文として置いています。

理由独立に置いた理由は、次の2つです。

  • 批判的性質:学問は、既存の常識を疑い、通説をひっくり返すことを仕事にします。だから、時の権力にとって都合が悪くなりやすいのです。
  • 弾圧の歴史:明治憲法の下で、学説を理由に研究者が地位や発表の場を奪われた事件が、現に起きました。

具体例弾圧の歴史として、次の2つの事件があります。

  • 滝川事件(昭和8年):京都大学の滝川幸辰教授の刑法学説が自由主義的すぎるとされ、文部省から休職を命じられました。
  • 天皇機関説事件(昭和10年):天皇を国家の一機関とする学説が「国体」に反する異説とされ、美濃部達吉教授の著書が発売禁止となり、あらゆる公職から追放されました。

注意滝川事件の処分は「休職」です。

罷免や解職ではありません。

23条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)学問の自由は、これを保障する。

学問の自由の中身(3つ・同じ強さではない)

23条は、学問の自由を短い一文で保障しています。
その中身は何で、どれも同じ強さで守られるのでしょうか。

学問の自由の3つの中身(研究の自由=内心にとどまる限り19条と同じ強さ/研究結果発表の自由=外に出る行為で21条と同じ制約/教授の自由=相手のある行為)を、外へ出るほど制約に服する順に並べたフロー

定義学問の自由の中身は、次の3つです。

  • 研究の自由:頭の中で考え、調べる自由です。
  • 研究結果を発表する自由:研究の結果を外に発表する自由です。
  • 教授の自由:大学の先生が、教室で学生に教える自由です。

結論3つは同じ強さではなく、外へ出る行為ほど制約に服しやすくなります。

  • 研究の自由:内心にとどまる限り、19条の思想・良心の自由と同じ強さで守られます。
  • 発表の自由:外に出る行為なので、21条の表現の自由と同じ制約に服します。
  • 教授の自由:相手に働きかける行為で、誰にどこまで認められるかが論点になります。

教授の自由の主体と判例変更

教授の自由は、相手に働きかける行為です。
教授の自由は誰に認められ、判例はどう扱ってきたのでしょうか。

教授の自由の主体

結論大学の教授その他の研究者に教授の自由が認められることに、争いはありません。

注意小学校・中学校・高校の先生にも同じ自由が認められるかは、教師の教育の自由という別の論点です。

「教授の自由」と名前が似ていますが、別の言葉として区別します。

判例変更(変わったのは教授の自由の一点だけ)

判例変更の分解(東大ポポロ事件=教育ないし教授の自由は学問の自由に必ずしも含まれない/旭川学力テスト事件=その結果を教授する自由をも含む)と、変更されたのは教授の自由の一点だけで大学の自治・学生の位置づけの判断は今も生きていることを示す表

結論教授の自由について、判例は立場を変えています。

  • 東大ポポロ事件:教育や教授の自由は、学問の自由と密接な関係はあるが、必ずしも含まれないとしました。
  • 旭川学力テスト事件:学問の自由は、研究の自由だけでなく、教授する自由も含むとしました。

注意ポポロ事件の判旨のうち、変更されたのは教授の自由の部分だけです。

大学の自治や学生の位置づけの判断は、変更されておらず、今も生きています。

ポポロ事件をまるごと現在の判例として扱うのも、まるごと過去の判例として扱うのも、誤りです。

研究の自由の限界(原則と例外)

学問の自由の中身のうち、研究の自由は内心にとどまる段階です。
研究の自由への制約は、どこまで許されるのでしょうか。

原則:厳格な審査基準

定義厳格な審査基準とは、目的は必要不可欠、手段は必要最小限度であることを、国の側に証明させる基準です。

結論研究の自由への制約は、原則として許されず、厳格な審査基準が妥当します。

とりわけ、研究の中身そのものに踏み込む制約が、いちばん許されにくいです。

理由研究の自由は、一般に思想・良心の自由に含まれると考えられています。

内心にとどまる限り、調整の土俵にすら乗らない、という意味で「絶対」だからです。

具体例刑法の学説が自由主義的すぎるという理由で、大学での職をいったん奪う形です(滝川事件)。

例外:先端科学技術

研究の自由の限界の原則例外フロー(原則=思想・良心の自由に含まれるので厳格な審査基準/例外=人間の尊厳を根底から揺るがしかねない先端科学技術の限られた類型では必要最小限の制約もやむを得ないとする見解が有力)

結論限られた類型に絞れば、最小限の制約を認めてよい、とする立場が有力です。

対象は、人間の尊厳を根底から揺るがしかねない類型です。

理由研究そのものは頭の中の営みでも、それを試す実験行為は外の世界に働きかけます。

取り返しのつかない結果を、もたらしうるからです。

具体例人に感染する新しい病原体を、実験室で人工的に作り出す研究です。

一つの漏出事故で、取り返しのつかない被害が社会に及びかねません。

注意原則は厳格な審査基準で、限られた類型だけが例外です。

この原則と例外の形で押さえます。

発表の自由の制約

結論研究結果を発表する自由も、外部的な行為である以上、公共の福祉による制約には服します。

大学の自治(23条の二階建て構造)

23条の条文は、「学問の自由は、これを保障する。」だけです。
それでは、条文に無い「大学の自治」は、どこから導かれるのでしょうか。

23条の二階建て構造(1階=人権としての学問の自由〈研究・発表・教授の自由〉/2階=制度としての大学の自治〈大学の内部行政を大学自身に委ねる仕組み・条文に言葉は出てこない〉)

大学の自治と二階建て構造

定義大学の自治とは、学問の中心地である大学の内部行政を大学自身に委ね、外部の干渉を排除する制度です。

結論「大学の自治」は条文に一言も出てきませんが、23条から解釈で読み込まれています。

23条は二階建てになっています。

  • 1階:人権としての学問の自由です。
  • 2階:制度としての大学の自治です。

制度的保障の2要件で検算する

定義制度的保障とは、人権そのものではなく、それを支える仕組みを客観的に保障する理論です。

結論大学の自治は、制度的保障の2つの要件を満たします。

  • 核心の明確さ:大学の自治の核心は、大学の内部行政を大学自身が決める、その一点で動きません。
  • 人権との密接さ:大学の自治は、大学における学問の自由を支えるための制度です。

理由人事を大学の外が決められるとしたら、学説が気に入らない研究者を外せてしまいます(滝川事件の形)。

自治が無ければ、学問の自由はその場で崩れるので、十分に密接です。

注意政教分離にも使う理論ですが、大学の自治では、この制度が誰のために認められているのかが問題になります(第8節)。

大学の自治の中身(3つの柱)

大学の自治は、制度的保障として23条から読み込まれます。
では、大学の自治の具体的な中身は何でしょうか。

定義大学の自治の主な中身は、次の3つです。

  • 人事の自治:誰を教授として採用し、誰を昇進させるかを、大学が自分で決めます。
  • 施設管理の自治:大学の建物やキャンパスの使い方を、大学が自分で管理します。
  • 学生管理の自治:学生の入学や卒業、懲戒処分の扱いを、大学が自分で決めます。

注意研究教育の内容・方法や、予算管理まで含めて、5つに分ける整理もあります。

どちらが正解というより、人事・施設・学生の3つが中心です。

東大ポポロ事件

大学の自治の中身は、人事・施設管理・学生管理が中心です。
では、大学の自治は実際の事件で、どこまで及ぶとされたのでしょうか。

事案と経過

東大ポポロ事件の関係図(A=大学公認の学生団体/B=潜入した私服警察官/C=大学当局。Bの拘束・暴行の末に起訴され、一審・控訴審は無罪、最高裁大法廷が破棄し差戻し)

事案東京大学の構内の教室で、大学公認の学生団体(A)が演劇発表会を開いていました。

  • 潜入:私服警察官(B)が入場券を買って観客を装い、警備公安活動として学生の動きを探っていました。
  • 学生の行為:Aの学生たちはBを見つけて取り押さえ、警察手帳を取り上げ、謝罪文を書かせるなどしたうえ、暴行を加えました。
  • 起訴:学生は、暴力行為等処罰に関する法律違反で起訴されました。

結論下級審と最高裁で、判断が分かれました。

  • 第一審・控訴審:大学の自治を守るための正当な行為だとして、無罪としました。
  • 最高裁大法廷:原判決と第一審判決を破棄し、東京地方裁判所に差し戻しました。

判旨の4つの柱

東大ポポロ事件の判旨4点の分解表(①学問の自由の意味=研究の自由と発表の自由・教授の自由の部分は後に変更/②大学の自治=人事にとくに認められ施設・学生の管理にもある程度/③学生の位置づけ=一般国民と同じ学問の自由は持つが自治の主体ではない/④あてはめ=政治的社会的活動かつ公開の集会に準じるので自治を享有しない)

結論判旨は、学問の自由の意味・大学の自治・学生の位置づけ・あてはめの4つに分けられます。

判旨①:学問の自由の意味

結論学問の自由の意味について、判決は次のように述べました。

  • 原則:「学問の自由は、学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであつて……教育ないし教授の自由は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必ずしもこれに含まれるものではない。」
  • 大学:「大学において教授その他の研究者がその専門の研究の結果を教授する自由は、これを保障されると解するのを相当とする。」

理由大学の教授の自由は、「学校教育法五二条が『大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究』することを目的とするとしていること」に基づきます。

注意「必ずしもこれに含まれるものではない」の部分は、旭川学力テスト事件で改められています(第3節)。

五二条は判決当時の条文番号で、今の学校教育法では同じ内容が83条に置かれています。

判決を引用するときは五二条のまま、現行法として語るときは83条と使い分けます。

東大ポポロ事件学問の自由の意味「……学問の自由は、学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであつて……教育ないし教授の自由は、学問の自由と密接な関係を有するけれども、必ずしもこれに含まれるものではない。」

判旨②:大学の自治

結論「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。」

  • 人事:「この自治は、とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ」ます。
  • 施設と学生:「大学の施設と学生の管理についてもある程度で認められ」ます。

注意自治がとくに認められるのは人事で、施設と学生の管理はある程度です。

東大ポポロ事件最高裁判所大法廷判決大学の自治「大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。この自治は、とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ……また、大学の施設と学生の管理についてもある程度で認められ……」

判旨③:学生の位置づけ

結論「もとより、憲法二三条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。」

  • それ以上の自由:「大学の学生としてそれ以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。」
  • 学生の集会:「大学の公認した学内団体であるとか、大学の許可した学内集会であるとかいうことのみによつて、特別な自由と自治を享有するものではない。」

注意大学が公認・許可しているだけでは、特別な自由と自治は認められません。

東大ポポロ事件最高裁判所大法廷判決学生の位置づけ「もとより、憲法二三条の学問の自由は、学生も一般の国民と同じように享有する。しかし、大学の学生としてそれ以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自治的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。」

判旨④:あてはめ

事案本件集会は、反植民地闘争デーの一環として行われ、松川事件に取材した演劇・資金カンパ・渋谷事件の報告等を含むものでした。

入場券を発行して、一般の公衆の入場を許していました。

結論「したがつて、本件の集会に警察官が立ち入つたことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない。」

理由本件集会は、次の2つに当たるからです。

  • 「実社会の政治的社会的活動」:政治的な社会運動の性格を帯びていました。
  • 「公開の集会またはこれに準じるもの」:一般の公衆に開かれていました。

注意演劇だから学問の自由で守られる、というわけではありません。

大学の自治が守る範囲には、境界があります。

東大ポポロ事件最高裁判所大法廷判決あてはめ(結論)本件集会は、反植民地闘争デーの一環として行われ、松川事件に取材した演劇・資金カンパ・渋谷事件の報告等を含むものであって、「実社会の政治的社会的活動」にあたる。また、入場券を発行して一般の公衆の入場を許していたことから、「公開の集会またはこれに準じるもの」であった。

学生が持つもの、持たないもの

東大ポポロ事件は、学生の集会を大学の自治の範囲外としました。
では、学生には学問の自由が無いということなのでしょうか。

学生が持つもの・持たないものの弁別表(持つ=二十三条の学問の自由を一般の国民と同じように享有/持たない=自治の主体としての地位・主体は教授その他の研究者/効果として=施設利用・集会は研究者たちの自治の波及効果)

学生の学問の自由と自治の主体

結論学生も、学問の自由は一般の国民と同じように持っています。

しかし、大学の自治の主体ではありません。

自治の主体は、教授その他の研究者です。

理由大学の自治は、大学が外部の権力に介入されずに、自主的に運営されるための制度です。

その自主性を担っているのは、実際に研究し、教えている研究者です。

制度は、その担い手を守ることで、学問という営みそのものを守ろうとしています。

注意「学生は自治の主体ではない」は、「学生に学問の自由が無い」という意味ではまったくありません。

学生は制度の外にいるのではなく、制度の中にいながら、主体ではない立ち位置にいます。

学生の集会が自治の傘に入る限度

結論学生の集会が大学の自治の傘の下に入るのは、学問的な研究やその発表のためのものである限度にとどまります。

理由学生が施設を使ったり集会を開いたりできるのは、主体である研究者たちの自治の効果だからです。

注意政治的な社会運動として外部に開かれてしまえば、傘の外に出ます。

警察と大学(治外法権ではない)

大学の自治には、施設管理の自治が含まれます。
では、警察は大学の構内に立ち入ることができるのでしょうか。

警察と大学の場合分け表(①犯罪捜査=令状があれば可・大学関係者の立会いが必要/②大学の要請=大学が援助を求めれば可・独自の判断での立入りは不可/③公安活動=大学の了解なしの立入りは原則不可)。ポポロ事件はこの三類型を判示していない学説による整理

結論大学の自治が認められていても、大学は治外法権ではありません。

理由自治は大学の自主的な運営を守る制度で、構内で起きたことすべてを警察から遮断する制度ではないからです。

具体例3つの類型の場面は、次のとおりです。

  • 犯罪捜査:実験室から高価な機材が盗まれ、令状に基づいて警察が学内を捜索する場面です。立会いは、思想調査のような公安活動の隠れ蓑にしないためです。
  • 大学の要請:見知らぬ人物が学内に侵入し、大学が自ら通報して立ち入りを求める場合です。
  • 公安活動:将来の犯罪発生に備えた情報収集で、学生運動の様子をこっそり探るような場合です。

注意この3類型は、判例ではなく学説による整理です。

ポポロ事件が言えたのは、あの事件で警察官が立ち入ったことは自治を侵さなかった、という限度です。

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#32単独ページ動画

表現の自由

21条1項と優越的地位

21条1項の保障

結論21条1項は、集会・結社・言論・出版に加えて、その他一切の表現の自由を保障しています。

かなり広い保障です。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

優越的地位

定義優越的地位とは、表現の自由が、他の人権より一段強く守られるという考え方です。

注意人権に順位があるという意味ではありません。

他の人権を制約するときより、表現の自由を制約するときのほうが、裁判所は厳しい目で見ます。

価値の層(何を守っているか)

表現の自由は、他の人権より一段強く守られます。
その理由の1つ目として、表現の自由はどのような価値を持つのでしょうか。

表現の自由が持つ価値の層(自己実現の価値=人権としての側面/自己統治の価値と思想の自由市場=民主主義という仕組みを支える側面)

3つの価値

定義代表的に挙げられる価値は、次の3つです。

  • 自己実現の価値:表現活動を通じて、自分自身の人格を発展させていく価値です。
  • 自己統治の価値:表現活動を通じて、国民が政治的な意思決定に関わっていく価値です。
  • 思想の自由市場:意見を自由にぶつけ合う競争の中で、正しい考えが生き残り、真理に近づいていけるという発想です。アメリカで発展したとされる、学説上の考え方です。

具体例それぞれ、次のような場面です。

  • 自己実現:絵を描く、文章を書く、意見を言うといった営みです。
  • 自己統治:選挙の前に、候補者の政策を批判したり、支持したりすることです。
  • 自由市場:正反対の主張が両方現れても、聞いた人は見比べて選べます。根拠の弱い主張は、反論にさらされて力を失っていきます。

2つの側面

結論3つの価値は、2つの側面に整理できます。

  • 人権としての側面:自己実現の価値です。
  • 仕組みを支える側面:自己統治の価値と思想の自由市場は、民主主義という仕組みを支えます。

自己統治の価値を持たない表現

結論あらゆる表現が、自己統治の価値を持つわけではありません。

具体例次の2つを比べます。

  • 街頭での意見:選挙の争点について街頭で意見を述べるのは、自己統治の価値をはっきり持ちます。
  • 純粋な風景画:政治的な主張を含まない風景画の発表は、自己実現の価値はあっても、自己統治の価値は通常ありません。

注意「表現の自由だから自己実現と自己統治」とセットで覚えるのは、正確ではありません。

この区別は、営利広告(第6節)とわいせつ判例(第10節)で効いてきます。

性質の層(萎縮効果)

価値の層は、表現の自由が何を守っているかの話でした。
理由の2つ目として、表現の自由という権利は、どのように壊れるのでしょうか。

萎縮効果

定義萎縮効果とは、規制されるかもしれないという威嚇を受けただけで、表現が縮んでしまうことです。

実際には問題のない表現まで、話し手が自分から控えてしまいます。

具体例町内会の掲示板で、ある人の貼り紙が、理由がはっきりしないまま撤去されたとします。

ほかの住民は、問題のない意見表示まで、貼るのをやめてしまいます。

害が及ぶ範囲

結論萎縮効果は、実際に発言した人だけでなく、まだ何も言っていない人まで黙らせます。

害は特定の個人にとどまらず、社会全体の議論という仕組みにまで及びます。

価値の層と性質の層の区別

結論2つの層は、別の話です。

  • 価値の層:表現の自由が「何を守っているか」の話です。
  • 性質の層:表現の自由という権利が「どう壊れるか」の話です。

二重の基準論とのつながり

表現の自由は、価値の層と性質の層の2つを理由に、特に厚く守られます。
この理由は、二重の基準論の根拠とどうつながるのでしょうか。

民主的政治過程論と自己統治の価値

定義二重の基準論とは、精神的自由は厳格に、経済的自由は緩やかに審査するという物差しです。

結論その2つの論拠の一つが、民主的政治過程論です。

その理屈のいちばん下にあるのが、自己統治の価値です。

理由精神的自由が傷つくと、民主政治のプロセス自体が壊れてしまいます。

あとから選挙で回復するのも、難しくなります。

注意表現の自由が特に厚く守られる理由と、二重の基準論の根拠は、同じ場所でつながっています。

保障範囲(入口と出口は別)

表現の自由は、特に厚く守られます。
では、その保障はどこまでの表現に及び、どう規制と向き合うのでしょうか。

保障範囲の2つの問い(入口=21条で守られるか・物差しは広い/出口=国が規制してよいか・入口を通っても規制されうる)

入口の問いと出口の問い

定義21条の保障範囲を考えるときは、2つの別々の問いがあります。

  • 入口:その表現が、そもそも21条で守られるか。
  • 出口:その表現を、国が規制してよいか。

結論入口と出口は、必ず切り分けます。

  • 入口で外れる:21条の話として、規制の当否を裁判所に審査してもらうことすらできません。
  • 入口を通る:それでも、出口で規制されることはあります。

具体例選挙前に街頭で政策を批判するのは、入口を通ります。

真夜中に大音量でもよいかは、出口の問いです。

表現の自由の内容

定義表現の自由の内容は、内心の精神活動を外部に公表する全ての活動に及びます。

方法も、口頭・文書・映像など、あらゆる表現媒体に及びます。

注意「これは表現か」を判定するときは、まずこの広い物差しを当てます。

疑わしい表現として、営利広告・象徴的言論・わいせつ表現の3つを見ます(第6〜8節)。

営利広告

表現の自由の内容は、全ての活動と表現媒体に及ぶ広いものです。
では、儲けるための広告は、精神的自由として守られるのか、経済的自由の話なのでしょうか。

営利広告は「表現」か

結論通説は、営利広告も21条1項の「表現」に含めます。

理由消費者に情報を提供し、その自律的な選択を後押しするからです。

国民が必要な情報を得る権利である、知る権利に奉仕します。

具体例パン屋が、店先に「国産小麦百パーセント」という看板を出す場合です。

どの店にどんな品質の商品があるかを知る材料になります。

扱いは他の表現と同じではない

結論営利広告への規制は、他の表現よりゆるやかな審査になじみます。

理由営利広告には、次の特徴があるからです。

  • 自己統治の価値:通常持ちません。選挙や政治とは関係ない場面がほとんどです。
  • 虚偽・誇大:虚偽や誇大な表現に流れやすいです。
  • 真偽の判定:政治的な意見の真偽より、判定が容易です。
  • 萎縮しにくい:営利という強い動機があるので、規制されても別の言い方で宣伝を続けようとします。

具体例「国産小麦百パーセント」が本当かは、原材料の表示などで比較的簡単に確かめられます。

注意入れる・入れないの二択ではなく、入れるけれど扱いが違うという答えです。

自己統治の価値を持たない点は、純粋な風景画と同じ構造です。

象徴的言論

営利広告は、入口では表現に含まれますが、扱いは他の表現と違います。
では、言葉をまったく使わない行動は、表現に含まれるのでしょうか。

象徴的言論の判定表(送り手の意図と受け手の理解がそろったときだけ表現に含まれ、どちらかが欠けると伝達は成立しない)

象徴的言論

定義象徴的言論とは、言葉によらず、行動で主張を外に出す表現です。

結論通説は、次の2つの要件を満たせば、21条1項の「表現」に含めます。

  • 送り手:その行動が、意見表明のために行われていること。
  • 受け手:受け手も、それを意見表明だと理解していること。

理由表現とは、送り手から受け手への伝達だからです。

受け手が何のメッセージとも理解しなければ、伝達にならず、単なる行動になります。

具体例同じ色の服でも、次のように分かれます。

  • 含まれる:政策への抗議として、集会で無言のまま同じ色の服をそろえて並び、周りも何かを訴えていると理解する場合です。
  • 含まれない:たまたま同じ色の服を着た人が、たまたま近くに集まっていた場合です。

注意ここで決まるのは、入口だけです。

どこまで規制できるかは、出口の問題です。

わいせつ表現(無価値表現論の否定)

営利広告も象徴的言論も、入口では表現に含まれます。
では、わいせつな表現も、21条の「表現」に含まれるのでしょうか。

刑法175条

結論刑法は、明治の時代から、わいせつな文書などを配ることを処罰してきました。

注意現行の法定刑は、拘禁刑です。

175条(わいせつ物頒布等)|刑法 第二編 罪 第二十二章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪(174〜184条)1項:わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は拘禁刑及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。2項:有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。

無価値表現論

定義無価値表現論とは、わいせつ表現は無価値な表現なので、そもそも21条の保障範囲の外にあるという考え方です。

入口にすら入らない、という立場です。

結論かつては有力でしたが、今では否定されています。

理由否定された理由は、次の2つです。

  • 最高法規性:法律が処罰しているというだけで、憲法の保障の外に置かれてしまいます。憲法の保障範囲を決めるのは憲法自身のはずなのに、下にある法律の規定や解釈が決めることになり、上下が逆転します。
  • 萎縮効果:わいせつを理由に保障の外に置かれると、本来保障されるべき際どい表現まで、発表をためらいます。芸術や文学の表現には、性を扱うものも少なくありません。

具体例国会が「わいせつ」の範囲を広げる法律を作ったとします。

無価値表現論のままだと、広げた分だけ、21条の守りが後ろに下がります。

今の到達点

結論わいせつ表現も、入口では21条の「表現」に含めます。

注意だからといって、わいせつ物を配る自由が、無制限に認められるわけではありません。

定義づけ衡量論

わいせつ表現も、入口では21条に含まれます。
では、処罰との折り合いは、どのようにつけるのでしょうか。

定義づけ衡量論(保障範囲=入口はそのまま、刑法175条の「わいせつ」概念を厳格に定義づけて出口を精密にする)

定義づけ衡量論

定義定義づけ衡量論とは、保障範囲(入口)には入れたまま、出口のほうを精密にする考え方です。

刑法175条の「わいせつ」を、表現の自由を尊重しつつ、守るべき利益との調整をはかりながら、厳格に定義づけます。

結論「入口を狭める」のではなく、「出口の網の目を細かく定義する」という道具です。

理由網の目が粗いと、保障されるべき表現まで規制に巻き込まれるからです。

目を細かくすれば、本当に取り除くべきものだけを取り出せます。

わいせつ判例(刑事事件の3件)

定義づけ衡量論は、「わいせつ」の定義を精密にしていく道具です。
では、判例は、わいせつ性をどのように判断してきたのでしょうか。

チャタレイ事件

事案ある文学作品の翻訳を出版した人が、わいせつ物頒布の罪に問われました。

結論上告棄却で、有罪が確定しました。

  • わいせつ文書の定義:「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう」としました。
  • 175条の合憲性:「性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなす」という趣旨で、合憲としました。

この定義が、その後の判例の出発点になりました。

注意次の2点に気をつけます。

  • 3つの要素:定義には、性欲を刺激すること・羞恥心を害すること・道義観念に反することの3つが入っています。
  • 公共の福祉:公共の福祉は、人権どうしの衝突を調整する実質的公平の原理と理解されます。この判決の「公共の福祉」の使い方は当時の最高裁のもので、そのまま同じ意味とは限りません。

チャタレイ事件わいせつ文書の定義「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう」

「悪徳の栄え」事件

事案ある小説の翻訳を出版した人が、同じくわいせつ物頒布の罪に問われました。

結論上告棄却で、わいせつ性は肯定されました。

  • 芸術性・思想性:性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を「解消させる場合があることは考えられる」としました。その程度に至らない限り、猥褻の文書としての取扱いを免れません。
  • 判断の範囲:わいせつ性は、特定の章句だけでなく、「文書全体との関連において判断されなければならない」としました。

理由芸術性・思想性による緩和が、刑法が処罰する程度を下回るところまでは、認められなかったからです。

注意次の2点に気をつけます。

  • 結論は不変:芸術性を考慮する枠組みができても、無罪にはなっていません。判断のしかたが変わっても、結論が動くとは限りません。
  • 芸術性の位置:純粋な風景画のように自己統治の価値がなくても、自己実現の価値は残ります。だから芸術性は、切り捨てる理由ではなく、わいせつ性を量る要素の一つになります。

「悪徳の栄え」事件芸術性・思想性は考慮できるのか文書の芸術性・思想性は、「文書の内容である性的描写による性的刺激を減少・緩和させて、刑法が処罰の対象とする程度以下に猥褻性を解消させる場合があることは考えられる」が、その程度に至らない限り、猥褻の文書としての取扱いを免れない。

「四畳半襖の下張」事件

事案ある小説の一部を雑誌に掲載した人たちが、わいせつ物頒布の罪に問われました。

結論上告棄却で、わいせつ性はまたしても肯定されました。

  • 考慮要素:「当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度」を挙げました。
  • 判断の仕方:これらの観点から文書を「全体としてみたとき」に、主として読者の「好色的興味にうつたえるもの」と認められるかを検討します。

注意考慮要素が具体的になっても、結論はなかなか動きませんでした。

「四畳半襖の下張」事件考慮要素をさらに具体化「文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、

第2次メイプルソープ事件と4件の変遷

刑事事件の3件は、判断の枠組みが精密になっても、結論はわいせつ性の肯定でした。
では、初めて結論が動いた事件は、何を判断したのでしょうか。

写真集を輸入しようとした場面の関係図(A=輸入者に、B=税関当局が輸入禁制品に該当すると通知し、Aが取消しと賠償を請求した行政事件)

第2次メイプルソープ事件

事案写真集を持って国内に戻ってきた人(A)に、税関(B)が、輸入してはいけない物にあたると通知しました。

Aは、通知の取消しと国家賠償を求めて、裁判を起こしました。

結論写真集は、輸入禁制品には該当しないと判断され、通知は取り消されました。

  • 観点:芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在、写真集全体に占める比重、表現手法等です。
  • 判断:写真集を「全体としてみたとき」には、主として見る者の「好色的興味に訴えるものと認めることは困難」としました。

注意刑事事件ではなく、行政事件です。

  • 一般化しない:「最高裁がわいせつでないと判断した」と一般化してはいけません。判断の対象は、関税の輸入規制にあたるかという点でした。
  • 同じ観点:事件の種類は違いますが、わいせつかどうかを量る観点は、「四畳半襖の下張」事件と同じです。
  • 当時の条文:判決が引く条文は当時の関税定率法のもので、今は法律の名前も条文の番号も変わっています。

第2次メイプルソープ事件初めて「該当しない」「本件写真集における芸術性など性的刺激を緩和させる要素の存在、本件各写真の本件写真集全体に占める比重、その表現手法等の観点から写真集を全体としてみたときには、

4件の変遷

わいせつ4判例の変遷表(チャタレイ・悪徳の栄え・四畳半襖の下張=刑事で結論は肯定/メイプルソープ=行政で同じ観点のもと初めて否定)

結論4件の流れは、基準がゆるくなったのではなく、一部だけを見る判断から、全体を見る判断への変化です。

結論が動いた決め手は、写真集の中身のほうです。

同じ観点で量ったところ、緩和させる要素のほうが勝ちました。

注意「肯定・肯定・肯定・否定」という結果だけを覚えるのは不十分です。

前の3件で積み上げた観点が、中身の違いを測れる形にしていました。

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#33単独ページ動画

名誉毀損とプライバシー

他人を傷つける表現の調整

結論他人を傷つける表現も、入口では21条1項の「表現」に含めます。

そのうえで、傷つけられた側の権利との調整を、出口で行います。

注意出口の道具は、傷つける相手が誰かで変わります。

  • 特定の個人:名誉毀損とプライバシーです(第2〜10節)。
  • 集団:ヘイトスピーチです(第11節)。
  • 社会全体:せん動です(第12節)。
  • 主体が国家:政府言論です(第13節)。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

名誉毀損と表現の自由(無価値表現論の否定)

他人を傷つける表現も、入口では「表現」に含めるのが出発点です。
刑法で処罰される名誉毀損も、21条の「表現」に含まれるのでしょうか。

無価値表現論

定義無価値表現論とは、名誉を傷つける表現は無価値な表現なので、そもそも21条の保障範囲の外にある、という考え方です。

結論この考え方は否定され、名誉毀損にあたる表現も、入口では21条の「表現」に含まれます。

条文名誉毀損は、刑法230条で処罰されています。

理由否定された理由は3つです。

  • 転倒:法律が処罰しているというだけで保障の外に置くと、法律の規定や解釈が、憲法の範囲を勝手に決めてしまいます。
  • 萎縮効果:本来なら守られるべき正当な批判まで、発表をためらってしまいます。
  • 政治的言論の封じ込め:政治家個人への名誉毀損という名目で、実は政府や政策への批判が規制されえます(名誉毀損に特有の理由)。

注意入口に入ることと、何をしても自由なことは別です。

出口での調整が必要です。

230条(名誉毀損)|刑法 第二編 罪 第三十四章 名誉に対する罪(230〜232条)1項:公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。2項:死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

民事の名誉毀損

結論名誉毀損は、刑事責任だけでなく、民事でも民法709条の不法行為として損害賠償が問題になります。

理由私人どうしの争いには、憲法は直接には当たりません。

民法709条のような一般条項を通して、憲法上の価値が読み込まれます。

調整のしかた

定義利益衡量とは、対立する利益を天秤にかけて調整する発想です(比較衡量と同じ発想)。

結論名誉毀損では、この天秤が条文の形になっています。

それが、刑法230条の2です。

刑法230条の2(名誉毀損の調整の条文)

名誉毀損との調整は、利益衡量で行います。
21条には書かれていないその調整を、どの条文が具体的に定めているのでしょうか。

1項の3要件

結論次の3つがそろえば、名誉毀損の罪になりません。

  • 公共性:公共の利害に関する事実であることです。
  • 公益目的:目的が、専ら公益を図ることにあったことです。
  • 真実性:真実であることの証明があったことです。

具体例公共の利害に関する事実かどうかは、次のように分かれます。

  • あたる:政治家の汚職や企業の不正のように、社会が知るべき事柄です。
  • あたらない:ある人の恋愛関係のような、純粋に私的な事柄です。

2項・3項の特則

結論2項と3項は、1項の特則です。

  • 2項:まだ起訴されていない犯罪行為についての事実は、公共の利害に関する事実とみなします。
  • 3項:公務員や公選による公務員の候補者についての事実なら、公益目的を問わず、真実の証明だけで足ります。

230条の2(公共の利害に関する場合の特例)|刑法 第二編 罪 第三十四章 名誉に対する罪(230〜232条)1項:前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。2項:前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。3項:前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

憲法と230条の2の関係

結論憲法が求める調整の中身を、下位の法律である刑法230条の2が組み立てています。

注意憲法が関係ない、という意味ではありません。

入口を狭めるのではなく、出口の網の目を条文そのものが細かく書いている、という関係です。

「夕刊和歌山時事」事件(真実性の証明が無い場合)

230条の2では、3つの要件がそろえば罰せられません。
では、書いた内容が真実だと証明できなかったときは、必ず処罰されるのでしょうか。

「夕刊和歌山時事」事件

定義用語の意味は、次のとおりです。

  • 誤信:本当は違ったのに、行為者が真実だと思い込んでいたことです。
  • 故意:名誉を傷つけるという認識のことです。

事案新聞記事が、ある人の名誉を傷つけたとして、刑事事件になりました。

真実性の証明が問題になりました。

結論行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しません。

理由真実性の証明を厳しく求めるほど、本来は世に出るべき批判まで、出てこなくなるからです(萎縮効果)。

証明に失敗したら有罪という扱いだと、確かな取材をした記事でも、出すのをやめてしまいます。

具体例裏付け取材をきちんとしたうえで、それでも間違えた場合です。

ただ思い込んでいただけでは足りません。

注意この判例は、3つ目の要件(真実性の証明)を緩めたのではありません。

  • 要件:真実性の証明という要件はそのままで、証明できなければ条文の上では成立してしまいます。
  • 救った場所:犯罪の別の成立要素である故意の側で、救いを作りました。

「夕刊和歌山時事」事件最高裁判所大法廷判決証明がなくても救われる道行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて、確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しない。

「月刊ペン」事件(公共の利害の広がり)

230条の2の1つ目の要件は、公共の利害に関する事実です。
私生活上の出来事は、この要件にあたることがあるのでしょうか。

「月刊ペン」事件

事案雑誌の記事が、宗教団体で指導者的な立場にある人物の私生活を書きました。

問題になったのは、恋愛関係のような私生活上の出来事でした。

結論私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、公共の利害に関する事実にあたる場合があります。

理由社会的な影響力の大きい立場の人物ほど、私生活上の行いも、批判や評価の材料になりうるからです。

注意条件つきの判断です。

  • 原則:私生活上の出来事は、公共の利害に関する事実にあたりません。
  • 対象外:社会的な影響力を持たない普通の私人の私生活は、この判断の対象になりません。
  • 背後の論点:国民の知る権利や、報道機関の取材の自由という論点も関わります。

「月刊ペン」事件最高裁判所第一小法廷判決「公共の利害」の入口を広げる私人の私生活上の行状であっても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、刑法二三〇条ノ二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたる場合がある。

プライバシーと真実性(ベクトルの逆転)

名誉毀損では、真実であることの証明があれば罰せられません。
プライバシーを侵す表現では、「真実」はどう働くのでしょうか。

調整の構造

結論プライバシーにかかわる表現も、名誉毀損と同じ構造で扱われます。

21条1項の「表現」に含めたうえで、利益衡量で調整します。

真実性のベクトルの逆転

名誉毀損とプライバシーで、表現内容が嘘だった場合・真実だった場合の扱いを比べた表(名誉毀損は真実なら表現の自由が勝ちやすい/プライバシーは真実なら保護の必要が高まる)

結論同じ「真実」が、名誉毀損とプライバシーで逆向きに働きます。

  • 名誉毀損:真実であれば、表現の自由が勝ちやすくなります。
  • プライバシー:真実であるからこそ、保護の必要が高まります。

理由それぞれ次の理由によります。

  • 名誉毀損:本当のことなら、社会にとって必要な情報だと考えるからです。
  • プライバシー:本当のことだからこそ、その人の生活の実態がそのまま世間にさらされるからです。

注意「本当のことを言っただけ」という反論は、名誉毀損では盾になり、プライバシーでは盾になりません。

取り違えると、答案でも間違えます。

ノンフィクション「逆転」事件(公表する利益と公表されない利益)

プライバシーでも、表現の自由との調整は利益衡量で行います。
実際の判例では、何と何を比べたのでしょうか。

ノンフィクション「逆転」事件

事案ノンフィクション作品が、過去の刑事事件で有罪判決を受けた人物の実名を出しました。

この人物が、プライバシー侵害を理由に、著者に損害賠償を求めました(民事の事件)。

結論前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあります。

実名を使用して著作物で公表したことが不法行為になるかは、次の事情を併せて判断します。

  • 生活状況:その者のその後の生活状況です。
  • 事件の意義:事件それ自体の歴史的又は社会的な意義です。
  • 当事者:その当事者の重要性です。
  • 社会的活動:その者の社会的活動及びその影響力です。
  • 実名使用:その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性です。
  • 効果:前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるとされました。
  • この事件:公表されない利益が優越するとされ、著者の不法行為責任が認められました。

理由その人は、有罪判決のあと社会に戻り、新しい生活を積み上げていました。

実名を出されれば、その生活の平穏が壊れてしまいます。

前科は、時間がたつほど、公表されない側の利益が重くなります。

注意次の2点に気をつけます。

  • 要件ではなく天秤:プライバシーには、230条の2にあたる条文がありません。要件をそろえる形ではなく、天秤そのもので量ります。
  • 前科照会事件との違い:弁護士会の照会に区長が前科を回答した事件は、行政の場面です。この事件は、著作物で実名を公表した私人間の場面です。

ノンフィクション「逆転」事件最高裁判所第三小法廷判決公表する利益と、公表されない利益要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。

小説「石に泳ぐ魚」事件(非公人と差止め)

逆転事件は、公表する利益と公表されない利益を比べる枠組みを作りました。
対象が公的立場にない人の場合、その保護はどこまで及ぶのでしょうか。

小説「石に泳ぐ魚」事件

事案実在の人物をモデルにした小説の出版が問題になりました。

結論公共の利益に係わらないプライバシーにわたる事項を表現内容に含む小説の公表により、公的立場にない人物の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害され、出版等により重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるとされました。

  • 差止め:単なる損害賠償ではなく、出版そのものの差止めまで認められました。
  • 裁判所:差止めを命じたのは高等裁判所で、最高裁はそれを是認しました。

理由いったん世に出てしまえば、あとからお金で埋め合わせても、取り返しがつかないからです。

だからこそ、出す前に止めるという強い手段まで届きました。

注意対象が公的立場にない人だったからこそ、差止めまで認められました。

  • 事項の限定:「公共の利益に係わらない」事項であることです。
  • 人物の限定:「公的立場にない」人物であることです。
  • 差止めの論点:差止めが許されるかは、事前に表現を止めてよいかという、表現の自由の大きな論点にかかわります。

小説「石に泳ぐ魚」事件最高裁判所第三小法廷判決公人と非公人の軸、その一原審の確定した事実関係によれば、公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである。

長良川事件(比較衡量の考慮要素)

石に泳ぐ魚事件は、対象が公的立場にない人かどうかという軸を示しました。
公表されない利益と公表する理由は、具体的にどのような要素で量るのでしょうか。

長良川事件

長良川事件の関係図(A=週刊誌が仮名でも本人と推認できる記事を掲載/B=少年がプライバシー侵害を理由に損害賠償を請求)

事案殺人などの罪で起訴された、事件当時18歳の少年について、週刊誌が記事を書きました。

記事は仮名でしたが、生まれた年や月、生まれた場所、経歴などが詳しく書かれ、周囲の人が読めば本人だと推測できる内容でした。

少年は、プライバシー侵害を理由に、損害賠償を求めました。

結論次の諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要である、とされました。

  • 本人:掲載当時の被上告人の年齢や社会的地位です。
  • 犯罪行為:当該犯罪行為の内容です。
  • 被害:プライバシーに属する情報が伝達される範囲と、被る具体的被害の程度です。
  • 記事:本件記事の目的や意義です。
  • 社会:公表時の社会的状況です。
  • 必要性:当該情報を公表する必要性です。
  • 判断:最高裁は結論そのものは出さず、これらの要素で審理し直すよう、高等裁判所に差し戻しました。

理由少年だからという一点で、公表してよいか悪いかが決まるわけではないからです。

年齢も、被害の広がりも、記事の目的も、事件ごとに違うので、一律の線を引かずに事案ごとに量らせました。

注意この判決が示したのは、量り方であって、答えではありません。

検索結果の削除をめぐる決定にも、ほとんど同じ要素が並んでいます。

長良川事件最高裁判所第二小法廷判決比較衡量の考慮要素を並べる本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要である。

3つの判例の関係

結論プライバシーの3つの判例は、衡量の中身が具体化していく一本の線の上に並びます。

  • 逆転事件:公表する利益と公表されない利益を比べる枠組みを作りました。挙げた事情は、生活状況や実名使用の必要性など、公表する側の理屈に重心がありました。
  • 石に泳ぐ魚事件:対象が公人か非公人かという軸を加えました。
  • 長良川事件:枠組みを「比較衡量」という言葉で受け止め、情報が伝わる範囲や具体的被害の程度など、書かれた本人の被害の大きさまで並べました。

注意月刊ペン事件も長良川事件も、報道機関の記事が問題になった事件です。

知る権利や取材の自由との関係も、論点になります。

公人と非公人の軸

月刊ペン事件と石に泳ぐ魚事件は、対象になった人物が大きく違います。
対象が誰かによって、結論はどう変わるのでしょうか。

公人と非公人の軸(非公人=石に泳ぐ魚事件・出版の差止めまで認められた/公人に近い=月刊ペン事件・私生活も公共の利害に関する事実にあたりうる)

結論対象が公人に近いほど批判にさらされやすく、非公人に近いほど守られやすくなります。

注意この軸は、名誉毀損にも、プライバシーにも、共通して働きます。

ヘイトスピーチ(傷つける相手が集団)

ここまでは、傷つける相手が特定の個人の場面でした。
傷つける相手が集団になると、何が変わるのでしょうか。

ヘイトスピーチの定義と保障

定義ヘイトスピーチとは、人種・民族・性別・性的指向など、特定の属性を持つ少数者の集団に向けられた、敵意や憎悪、嫌悪を表す表現です。

結論無価値な表現だから21条の外にある、という見解は、ここでも否定されます。

理由否定する理由は、名誉毀損のときと同じです。

  • 転倒:法律や規制の解釈が、憲法の範囲を勝手に決めてしまいます。
  • 萎縮効果:正当な表現まで、ためらわれてしまいます。

3つの特徴

結論ヘイトスピーチには、名誉毀損やプライバシーとは違う、特有の性質が3つあります。

  • 尊厳:対象となる人の尊厳を傷つけます。
  • 差別意識:差別意識を社会に広め、助長します。
  • 反論の封じ込め:マイノリティの側からの反論を封じ込めます(いちばん重要)。

理由3つ目が重要なのは、思想の自由市場が効かなくなるからです。

  • 思想の自由市場の前提:意見をぶつけ合う競争で正しい考えが生き残るには、反論する側が対等な立場で声を上げられることが前提です。
  • 前提が壊れる:ヘイトスピーチは、しばしば「この社会にいるべきではない」というメッセージそのもので、討論の土俵に立つ資格自体を奪います。声を上げれば、かえって憎悪の対象にされる場合すらあります。

注意だからこそ、他の表現とは少し違った扱いが必要だと考えられています。

規制と審査基準

結論審査は、厳格審査基準をやや緩和した基準で行う、という考え方が有力です。

  • 厳格審査基準:目的がやむにやまれぬほど重い利益であり、手段が必要最小限度であることまで求めます。
  • やや緩和:通常の表現規制よりは厳しく見ますが、いちばん厳しい基準ほどではありません。

注意日本の法律と、規制の論点は次のとおりです。

  • ヘイトスピーチ解消法:平成28年に成立しました。差別的な言動の解消に向けた取組を推進する、罰則のない理念法です。
  • 直接処罰する場合:内容に着目した規制か中立的な規制か、検閲にあたらないか、という規制のやり方そのものが問題になります。

せん動(判例と学説の対立)

傷つける相手が集団の場面では、思想の自由市場が効かなくなります。
傷つける相手が社会全体になる、せん動は21条の保障に入るのでしょうか。

せん動とは

定義せん動とは、犯罪や違法な行為をするように、あおったり、そそのかしたりする表現です。

条文破壊活動防止法や国家公務員法など、いくつかの法律で処罰の対象です。

具体例「今すぐ、あの建物に火をつけろ」と大声で呼びかける表現です。

注意刑法の教唆犯とは、成立の仕方が違います。

  • 教唆犯:人をそそのかして犯罪を実行させた責任で、相手が実際に犯罪を実行しないと成立しません。
  • せん動:聞き手が実際に行動しなくても、あおること自体を処罰できます。
  • 曖昧な規制:処罰する法律が曖昧だと、ここでも萎縮効果が生じます(規制の言葉の明確性の問題)。

判例の扱い

結論判例は、せん動について、言論の自由の限界を超えている、表現の自由としての保護に値しない、という言い方をしています。

保障の範囲外にあると解しているようである、と読めます。

注意判例は、はっきり「範囲外だ」と言い切っているわけではありません。

断定せず、「そう扱っているようだ」という温度で押さえます。

学説の扱い(明白かつ現在の危険)

結論せん動も21条1項で保障したうえで、規制を「明白かつ現在の危険」の基準で厳格に審査すべきだ、とする有力な見解があります。

  • 明白性:重大な害悪が発生する蓋然性が、明白であることです。
  • 切迫性:時間的に切迫していることです。
  • 必要不可欠性:その害悪を防ぐ手段として、規制が必要不可欠であることです。

理由入口で外すことには、次の問題があるからです。

  • 転倒:法律のほうが、憲法の守る範囲を決めてしまいます。
  • 政治的主張との近さ:あおる表現の処罰は政治的な主張と紙一重で、外せば政府に批判的な言論までまとめて外に置かれかねません。

注意同じせん動について、判例と学説の立場が食い違っています。

政府言論(主体が国家)

せん動では、判例と学説で扱いが割れています。
では、表現する主体そのものが国家である場合は、どう扱われるのでしょうか。

政府言論

定義政府言論とは、政府が、自分の政策を国民に説明し、推し進める行為です。

具体例政府の広報活動です。

民主主義のもとでは、政府が政策をきちんと説明することは、積極的に評価されるべきです。

保障範囲に入らない理由

結論政府言論は、21条の保障の範囲に入りません。

理由「価値が低いから」ではなく、主体が国家だからです。

国家は、人権を持つ側ではなく、人権を保障する側です。

注意政府が、自分の政策に賛同する私人の表現活動を、秘密裏に援助する場合には、人権問題が生じることがあります。

その場面で表現しているのは私人なので、政府が自分で語る場面とは別の問題になります。

保障範囲外の2つを比べる

21条の入口に入らないものとして、せん動と政府言論が出てきました。
同じ「範囲外」でも、外れ方は同じなのでしょうか。

せん動と政府言論の比較表(せん動=争いがある範囲外・判例はそう扱っているようだが学説は入れて厳格審査/政府言論=争いようがない範囲外・主体が国家)

結論同じ「範囲外」でも、外れ方の重みがまったく違います。

理由人権を主張する側がいるかどうかが違うからです。

  • せん動:火をつけろという呼びかけも人がした表現なので、入れるべきだという主張が成り立ちます。
  • 政府言論:国家が人権の主体になれないという前提自体は、争いようがありません。

注意答案で「保障範囲外」と書くときは、この違いを意識します。

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#34単独ページ動画

明確性の原則

萎縮効果(曖昧な法律はなぜ問題か)

萎縮効果

定義萎縮効果とは、規制されるかもしれないという威嚇だけで、表現をやめてしまう効果です。

本来やってよい表現まで、自分からやめてしまいます。

具体例「地域の品位を損なう表現の掲示を禁止する」という条例があるとします。

  • 環境保護のビラ:本来は合法な表現ですが、貼るのをやめてしまいます。
  • 行政を風刺する似顔絵ポスター:「品位を損なう」と言われるのを恐れて、取り下げてしまいます。

なぜ事後の裁判では救えないか

結論萎縮効果は、「私のこの行為に適用するのはおかしい」という事後の個別救済では治せません。

起きる前に、条文そのものを丸ごと止めるしかありません。

理由やめた人は、誰にも見えないからです。

  • 統計:貼るのをやめた人は、統計にも出てきません。
  • 裁判:訴えを起こす人自体が現れないので、裁判にもなりません。

明確性の原則(文面上無効と適用違憲)

曖昧な法律が生む萎縮効果は、事後の裁判では救えません。
では、条文そのものを止める武器は、どのような形をとるのでしょうか。

明確性の原則

定義明確性の原則とは、表現を規制する法律には、明確性が要求されるという原則です。

表現の自由を制限する法律と、刑罰を科す法律は、内容が明確でなければなりません。

理由表現規制立法の内容が不明確だと、萎縮効果を生むからです。

文面上無効(漠然性のゆえに無効の法理)

適用違憲と文面上無効の対比(駅構内の配布条例を例に、主張のしかた・結果=条文が残るか丸ごと無効か)

定義違憲の主張には、次の2つの形があります。

  • 適用違憲:「私のこの行為に、この法律を適用するのは違憲だ」と主張する形です。
  • 文面上無効:事案に当てはめる前に、条文の書きぶりだけを見て、条文を丸ごと無効とする形です。

明確性の原則に反する法律のこの扱いを、漠然性のゆえに無効の法理と呼びます。

結論文面上無効なら、まだ誰にも適用されていない段階で、条文ごと葬れます。

理由曖昧な条文が生きている限り、萎縮はずっと続くからです。

個別に救うのではなく、条文そのものを根っこから絶つ必要があります。

明確性の2つのルート(21条1項と31条)

明確性の原則は、曖昧な条文を丸ごと無効にできる武器です。
では、この武器は、憲法のどの条文を入り口にするのでしょうか。

明確性のルートは2本(21条1項ルート=表現規制立法一般・根拠は萎縮効果/31条ルート=刑罰法規・根拠は罪刑法定主義)

21条1項ルート

結論表現規制立法一般には、21条1項から明確性が要求されます。

理由根拠は、萎縮効果です。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

31条ルート(罪刑法定主義)

定義罪刑法定主義とは、どんな行為が犯罪になるのか、あらかじめはっきり告知されていなければならない、という原則です。

結論刑罰法規には、31条の側からも明確性が要求されます。

条文31条は、刑罰を科すには法律で定めた手続によらなければならない、と定めます。

ここから、罪刑法定主義が導かれます。

理由告知するはずの条文が曖昧だと、罪刑法定主義そのものが成り立たないからです。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

罰則の有無で入り口が変わる

具体例第1節の掲示条例で比べます。

  • 罰則が無い場合:掲示を禁止するだけなので、効くのは21条1項ルートだけです。
  • 「違反した者は罰金」と付いた場合:刑罰の話になるので、31条ルートも重なります。

注意同じ曖昧さでも、罰則が付くと、入り口が2つになります。

この二本立てが、第6節の「ねじれ」を説明する前提になります。

徳島市公安条例事件(事案)

明確性には、21条1項と31条の2つのルートがあります。
では、明確性の判断基準を作った事件は、どのような事案だったのでしょうか。

徳島市公安条例事件の事案の流れ(条例は届出制→違反への処罰規定→だ行進をあおった人が起訴→「交通秩序を維持すること」の明確性が争点)

事案

定義せん動者とは、あおった人のことです。

事案徳島市の条例は、集団行進などをするときは、市に届け出ることとしていました。

  • 守るべき事項:行う人が守るべき事項の一つが、「交通秩序を維持すること」です。
  • 処罰規定:これに違反した集団行進の、主催者・指導者・せん動者を処罰します。
  • 起訴:行進の先頭のあたりで笛を吹くなどして、だ行進(蛇のようにうねって進むこと)をあおった人が起訴されました。
  • 争点:「交通秩序を維持すること」という文言が、明確かどうかです。

注意起訴された人は、自分でも一緒にうねって歩いています。

そちらは、道路交通法の違反として、別に処罰されています。

明確性が争われたのは、条例のほうです。

判断基準(通常の判断能力を有する一般人)

徳島市公安条例事件では、「交通秩序を維持すること」の明確性が争われました。
では、最高裁は、誰の理解を基準に明確性を測ったのでしょうか。

一般人基準

結論最高裁は、次の基準で明確性を判断するとしました。

「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべき」

注意「通常の判断能力を有する一般人」は、答案の採点キーワードなので逐語で覚えます。

「通常人」や「平均的な国民」に言い換えません。

徳島市公安条例事件最高裁判所大法廷判決明確性の判断基準「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべき」

なぜ本人ではなく一般人で測るか

結論実際に行為をした本人ではなく、一般人の理解で測ります。

理由理由は2つです。

  • 萎縮するのは一般人:本人が法廷で「自分は分かっていた」と言えても、他の一般人が萎縮していれば、明確性の問題は解消されません。
  • 測る対象のすり替え:明確性は、条文そのものを測る話(文面上無効)です。本人の理解で測ると、条文ではなく、その人を測ることになります。

判決の結論(31条に反しないとしたねじれ)

明確性は、通常の判断能力を有する一般人の理解で測ります。
では、徳島市公安条例事件の判決は、何条に反するかを判断したのでしょうか。

判決の結論条文

定義犯罪構成要件とは、どんな行為が犯罪になるかを定めた部分です。

ここが曖昧だと、告知になりません。

結論判決が判断したのは、21条ではなく31条に反するかどうかです。

判決は、「犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠き憲法三一条に違反するものとはいえない」としました。

理由この事件は刑事事件なので、明確性の問題は31条ルートで判断されました。

注意表現の自由の判例として引かれますが、判決文が判断したのは31条です。

「表現の自由の判例です」と流さず、判決文の結論条文を正確に覚えます。

徳島市公安条例事件最高裁判所大法廷判決結論「犯罪構成要件の内容をなすものとして明確性を欠き憲法三一条に違反するものとはいえない」

一般人基準は21条1項ルートでも共通

31条ねじれ図(一般人基準という同じ物差しが、徳島市公安条例事件では31条の看板で、表現規制立法一般では21条1項の看板で使われる)

結論一般人基準という物差しそのものは、21条1項ルートでも共通に使われます。

事件の性質によって、31条と21条1項のどちらの看板で使うかが変わるだけです。

理由根拠は萎縮効果と罪刑法定主義で別々ですが、どちらのルートでも条文を読むのは一般人だからです。

読み手が同じなら、明確かどうかを測る物差しも同じでよいのです。

注意「表現の自由の判例です」と言われるのは、間違いではありません。

「交通秩序を維持すること」のあてはめ

結論「交通秩序を維持すること」は、明確性を欠かないとされました。

理由次の2つのどちらかを考えれば、通常、判断にさほどの困難は感じないからです。

  • 平穏な行進:秩序正しく平穏な集団行進に伴う程度の、交通秩序の阻害にとどまるのか。
  • 殊更な阻害:殊更な交通秩序の阻害をもたらすものなのか。

具体例だ行進や、すわり込みは、殊更な交通秩序の阻害に当たると分かります。

注意曖昧に見える言葉でも、核になる部分が読み取れれば、明確とされます。

過度の広汎性(明確性とは別の問題)

明確性の原則は、条文の文言が一般人に読み取れるかを問うものです。
では、これと名前の似た過度の広汎性は、何を問題にするのでしょうか。

過度の広汎性

定義過度の広汎性とは、規制してはならない行為まで、規制対象に含まれている場合の問題です。

結論過度の広汎性を持つ規制も、文面上無効と解されます(過度の広汎性ゆえに無効の法理)。

理由本来は許される表現行為に、萎縮効果を生じさせるからです。

具体例刑法175条1項の「わいせつ」という文言が、本来は許されるはずの性表現まで、その対象に含んでいないか、という問題です。

注意「わいせつ」という文言は、明確性の点でも問題になりえます。

両方の顔を持つ言葉です。

175条|刑法 第二編 罪 第二十二章 わいせつ、不同意性交等及び重婚の罪(174〜184条)1項:わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の拘禁刑若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は拘禁刑及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

形式面と実質面(観念的には別の軸)

過度の広汎性は、規制の範囲が広すぎないかを問う問題です。
では、明確性の問題とは、どのように区別すればよいのでしょうか。

形式面と実質面

定義2つの問題は、立法のどの面を見るかで区別します。

  • 明確性:立法の形式面の問題で、文書として読めるかを問います。
  • 過度の広汎性:立法の実質面の問題で、読めた範囲が広すぎないかを問います。

結論理屈のうえでは、この2つは別の軸です。

文書として読めても、規制の範囲が広すぎることは起こりえます。

逆に、範囲は狭くても、書きぶりが曖昧なこともありえます。

具体例この節までに出てきた言葉に当てはめると、次のとおりです。

  • 交通秩序:「交通秩序を維持すること」で争われたのは、書きぶりが読めるかどうかなので、形式面です。
  • わいせつ:過度の広汎性が見ているのは、読めた範囲が広すぎないかなので、実質面の側です。
  • 品位を損なう:読めないうえに、どこまで入るかも分からないので、両方が同時に出ています。

実際には一緒に問題になる

結論現実には、この2つは、たいてい一緒に問題になります。

理由書きぶりが曖昧な条文は、どこまで入るのか分かりません。

そのため、本来なら入らないはずのものまで、網にかかりうるからです。

注意答案では、この2つを別の軸として書き分けます。

  • 明確性:違憲審査の形式的審査のところに入ります。
  • 過度の広汎性:中身に踏み込む問題なので、実質面の側に置きます。
  • 言葉の区別:ここでいう「実質面」は、検閲や審査基準を当てる段の「実質的審査」とは別の意味です。

合憲限定解釈(税関検査事件)

明確性の原則は、条文を丸ごと無効にできる強い武器です。
では、実際の判例は、この武器をどのように扱っているのでしょうか。

合憲限定解釈

定義合憲限定解釈とは、規制を限定的に解釈することで、合憲性を保つ手法です。

文言上は過度に広汎に見える規制でも、違憲となる部分だけを切り取って読みます。

結論判例は、明確性の原則で違憲とすることはめったになく、合憲限定解釈をよく使います。

注意明確性の原則で違憲を勝ち取るのは、実際には難しいです。

答案で、振りかざすだけの武器にしません。

税関検査事件

事案当時の関税定率法に、「風俗を害すべき」という文言がありました。

結論最高裁は、この「風俗」を、専ら性的な風俗に限定して読めるとしました。

限定して読めば明確で、合憲とされます。

理由法律の作りと社会通念から読み解きました。

  • 法律の作り:昔の刑法でも、いまの刑法でも、表現物で「風俗を害する」として取り締まられてきたのは、わいせつ物の罪だけでした。
  • 社会通念:いまの社会通念も重ねて、専ら性的な風俗を指すと読みました。

注意次の2点に気をつけます。

  • 多義性:最高裁自身、「風俗」は性的な風俗・社会的な風俗・宗教的な風俗など多義にわたり、文言そのものからは一つに決まらないと認めています。
  • 事件の本体:この事件の中心の争いは、税関検査が、事前に表現を止める検閲にあたるかどうかです。

一般人基準の使われ方

結論限定して読むことが許されるのは、一般の人の理解において、何が規制されるのかを読み取れる場合だけです。

最高裁は、徳島市公安条例事件を引いたうえで、こう述べています。

注意一般人基準は、絞る理由ではなく、絞ってよいかの条件として出てきます。

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#35単独ページ動画

検閲の禁止と事前抑制

事前抑制と事後抑制

事前抑制と事後抑制

定義表現を止めるタイミングで、2つに分かれます。

  • 事前抑制:表現行為が行われる前に、あらかじめ制限・禁止することです。
  • 事後抑制:表現がいったん世の中に出た後で、制裁を加えることです。

結論事前抑制は、事後抑制よりも厳しく審査されます。

具体例書いてしまった後で名誉毀損罪に問われるのは、事後抑制です。

なぜ事前抑制は厳しく審査されるのか

近所の情報交換サイトの運営方針で比べた事前抑制(審査を通るまで表示されない)と事後抑制(すぐ表示され、後から訴えられる)の違い

定義思想の自由市場とは、意見をぶつけ合う競争の中で、正しい考えが生き残っていくという考え方です。

結論事前抑制は、事後抑制より危険度が高いと扱われます。

理由止められた表現が、外から見えないからです。

  • 事後抑制:訴えられれば裁判になり、争いがあったこと自体が外から見えます。
  • 事前抑制:止められた表現は争いにすらならず、統計にも出ないので、萎縮の総量を誰も測れません。
  • 自由市場:事前抑制は、市場に出る前に表現を消すので、競争の場にそもそも出場させません。

検閲の禁止(21条2項前段)

事前抑制の中でも、いちばん強く警戒されているのが検閲です。
憲法は、なぜ検閲だけを名指しで禁じたのでしょうか。

21条1項と2項前段の関係

21条1項(表現の自由を包括的に保障)と2項前段(検閲だけを名指しで特に禁止)の関係と、2項を置く趣旨・歴史的背景

結論1項の禁止と2項前段の禁止は、分けて考えます。

  • 1項:表現の自由を保障し、当然に広い意味での事前抑制の禁止を導きます。
  • 2項前段:それとは別に、検閲を名指しで禁止します。

理由検閲には、他の事前抑制とは違う、特別に強い扱いを与えるためです。

注意2項前段には、要件も例外も書かれていません。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

検閲の絶対的禁止

結論判例は、検閲について、公共の福祉を理由とする例外すら認めない趣旨だと解しています。

これが、検閲の絶対的禁止です。

理由旧憲法のもとで、実際に検閲が行われた経験を踏まえたものです(税関検査事件が説明しています)。

  • 出版法・新聞紙法:内務大臣に出版物の発売・頒布を禁止する権限があり、実質的な検閲が行われました。
  • 映画法:映画について、典型的な検閲が行われました。

注意他の人権制約は、公共の福祉を理由に調整されることがあります。

検閲だけは、その調整も認めません。

検閲の定義(税関検査事件)

検閲は、例外なく禁止されます。
では、禁止される「検閲」とは、具体的に何を指すのでしょうか。

判例の定義

定義税関検査事件は、「検閲」を次のように定義しました。

「憲法二一条二項にいう『検閲』とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである」

結論次の4つの要素が全部そろって、初めて検閲にあたります。

  • ①主体:行政権が主体であること。
  • ②対象:思想内容等の表現物が対象であること。
  • ③目的:網羅的一般的な審査で、発表の禁止を目的とすること。
  • ④時期:発表前に審査すること。

注意1つでも欠ければ、検閲にはあたりません。

定義は、逐語で覚えます。

税関検査事件最高裁判所大法廷判決検閲の定義「憲法二一条二項にいう『検閲』とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである」

狭い定義と絶対的禁止

判例は、検閲を4つの要素で極端に狭く定義しています。
では、なぜ「狭く」と「絶対に」がセットなのでしょうか。

検閲を広く定義した場合(正当な規制まで一律違憲)と狭く定義した場合(例外なく許さない強い効果)の交換関係と、映画法による検閲の実例

結論最高裁は、検閲の入口を極端に狭くする代わりに、「入ったら絶対に許さない」という強い効果を手に入れました。

つまり、広さと強さを交換しています。

理由定義の広さで、絶対的禁止を保てるかが変わるからです。

  • 広い定義:税関検査や教科書検定、許認可の窓口業務まで入ります。すべてを一律に違憲にすると社会が回らず、例外を作らざるをえなくなります。
  • 狭い定義:箱に入るのは、現代の民主的な国家で正当化できる規制がほとんど考えられない、極端な形だけです。

注意税関検査や教科書検定が「検閲でない」とされるのは、判例が甘いからではありません。

絶対的禁止の箱に入れるとおかしくなる規制なので、そもそも箱の外に置かれているのです。

4つの絞りと、そこから外れるもの

検閲の定義は、4つの要素で絞られています。
では、それぞれの絞りで、何が検閲から外れるのでしょうか。

検閲の4つの絞り(行政権・思想内容等・網羅的一般的な審査で発表禁止が目的・発表前)と、それぞれで外れるものの対応表

結論絞りに1つでも当てはまらなければ、検閲から外れます。

理由表の例が外れる理由は、次のとおりです。

  • ①主体:裁判所による差止めは、主体が司法権だからです。
  • ②対象:誤字脱字のチェックは、内容の当否を見ていないからです。
  • ③網羅的一般的:犯罪捜査での押収は、個別的・特定的な検査だからです。
  • ④発表前:国内外ですでに世に出た表現物は、日本国民が受け取る前でも「発表前」ではないからです。

注意「発表」と「受け取ること」は、別の話です。

税関検査事件

4つの絞りは、実際の事件で使われています。
税関検査は、どの絞りに当てはまらず、検閲でないとされたのでしょうか。

事案と結論

税関検査事件の事案(輸入者Aが書籍などを輸入申告、税関長Bが禁制品に該当すると認定・通知、Aが検閲にあたると主張して争う)

事案当時の関税定率法は、「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」の輸入を禁止していました。

書籍などを輸入しようとした人に、税関長が、この規定に該当すると通知しました。

輸入しようとした人は、税関検査が21条2項の「検閲」にあたると主張しました。

結論最高裁は、税関検査は検閲にあたらないと判断しました。

理由2つの絞りに当てはまらないからです。

  • ④発表前:輸入が禁止される表現物は、一般に国外においては既に発表済みのものです。発表そのものを一切禁止するものではないので、事前規制そのものということはできないとされました。
  • ③網羅的一般的:税関検査は、関税徴収手続の一環として、輸入される貨物の全般を対象とします。思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではないとされました。

注意判決は、税関検査が表現の事前規制たる側面を有することを否定することはできないとも述べています。

  • 言葉づかい:「事前規制」と「事前抑制」は、判決ごとの言葉づかいの違いです。どちらも、世に出る前に止める話です。
  • 見分け方:大事なのは、「そのもの」か「側面にとどまる」かです(第12節)。

税関検査事件最高裁判所大法廷判決検閲該当性を否定する理由「輸入が禁止される表現物は、一般に、国外においては既に発表済みのものであつて、その輸入を禁止したからといつて、それは、当該表現物につき、事前に発表そのものを一切禁止するというものではない。(略)その意味において、税関検査は、事前規制そのものということはできない。」検閲該当性を否定する理由「税関検査は、関税徴収手続の一環として、これに付随して行われるもので、思想内容等の表現物に限らず、広く輸入される貨物(略)の全般を対象とし、(略)思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするものではない。」事前規制の側面は否定できない「税関検査が表現の事前規制たる側面を有することを否定することはできない。」

第2次メイプルソープ事件との区別

税関検査事件(争点=検閲該当性)と第2次メイプルソープ事件(争点=わいせつ性)の対比

注意どちらも同じ法律の「風俗を害すべき」という文言をめぐる事件なので、混ざりやすいです。

答案でも、制度そのものの合憲性か、目の前の物がわいせつかで、使う枠組みが変わります。

第1次家永教科書訴訟

税関検査事件の定義は、税関検査だけの理屈ではありません。
では、教科書検定は検閲にあたるのでしょうか。

第1次家永教科書訴訟の事案(家永三郎氏の「新日本史」が教科書検定で不合格、検閲だとして国に国家賠償請求)

事案家永三郎氏の著書「新日本史」が、教科書検定で不合格になりました。

家永氏は、検定制度と不合格処分が21条2項の検閲にあたるとして、国に国家賠償を求めました。

結論最高裁は、税関検査事件の判示を引用しつつ、教科書検定は検閲にあたらないとしました。

理由判決は、次の2点を挙げています。

  • 発行を妨げない:本件検定は、一般図書としての発行を何ら妨げるものではない。
  • 特質がない:発表禁止目的や発表前の審査などの特質がない。

注意特に1点目は、税関検査事件と同じ形です(発表そのものを禁止していない)。

不合格でも、一般の図書としてなら出版できるからです。

不合格処分そのものが適法だったかは、検閲とは別の判断枠組みで争われた論点です。

第1次家永教科書訴訟最高裁判所第三小法廷判決最高裁は、税関検査事件の判示を引用しつつ、①本件検定は一般図書としての発行を何ら妨げるものではないこと、②発表禁止目的や発表前の審査などの特質がないことを理由に、教科書検定は憲法二一条二項にいう検閲にあたらないと判示した。

学説との比較(広義説・狭義説・判例)

判例は、検閲を4つの要素で狭く定義しています。
学説の定義と比べると、判例はどこに位置するのでしょうか。

検閲の定義を5つの軸(主体・対象・時期・例外の有無・事前抑制との関係)で比べた広義説・狭義説・判例(最狭義説)の表

結論判例は、狭義説よりもさらに範囲を絞った、いわば最狭義の立場です。

理由主体・対象・時期・例外の有無は、狭義説と同じです。

そのうえで、網羅的一般的な審査で発表の禁止が目的であること、という限定をさらに要求するからです。

注意短答では、次の点も問われます。

  • 受領前:広義説の「受領前」は、国民が実際に受け取る前まで含めるという意味です。
  • 関係:広義説では検閲と事前抑制が同じ範囲、判例では検閲は事前抑制に含まれる一部です。
  • 数え方:定義の「4つの要素」と、表の「4つの欄」は、別の数え方です。
  • 答案:判例の立場(最狭義説)で書けば十分です。

北方ジャーナル事件(検閲以外の事前抑制)

ここまでは、検閲にあたるかの話でした。
では、検閲にあたらなければ、出す前に止めてよいのでしょうか。

問題の所在

結論検閲にはあたらなくても、なお事前抑制そのものといえる場合があります。

具体例裁判所による出版物の事前差止めは、主体が行政権ではないので、検閲から外れます。

しかし、発表前に表現を止める怖さは消えていません。

事案

北方ジャーナル事件の事案(発行人Aが候補者Bを批判する記事を掲載予定、裁判所Cが名誉毀損を理由に仮処分で差止め、Aが国とBに損害賠償を請求)

事案雑誌「北方ジャーナル」が、北海道知事選挙の立候補予定者を批判・攻撃する記事を掲載する予定でした。

札幌地方裁判所は、名誉毀損を理由に、発売前の印刷・製本・販売・頒布を差し止める仮処分決定を出しました。

雑誌の発行人は、仮処分が違憲・違法だとして、国と立候補予定者に損害賠償を求めました。

注意判決の中身は、5つの柱に分けて押さえます(第9〜11節)。

検閲にあたるか(1つ目の柱)

結論最高裁は、税関検査事件の定義を引用したうえで、裁判所による事前差止めは検閲にはあたらないとしました。

理由主体が、行政権ではなく裁判所だからです(①主体の絞り)。

事前抑制の一般的要件(2つ目の柱)

結論表現行為に対する事前抑制は、「厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」とされました。

理由判決は、次の3つを挙げています。

  • 到達を閉ざす:表現物が自由市場に出る前に抑止し、読者などに到達させる途を閉ざし又は到達を遅らせ、公の批判の機会を減少させる。第1節の萎縮の話と同じ理屈です。
  • 予測に基づく:発表前に先読みして止めるので、予測に基づくものとならざるをえない。そのため事後制裁より広汎にわたり易く、濫用の虞がある。
  • 抑止効果:実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きい。

注意検閲のような絶対禁止ではなく、厳しい条件つきで例外的に許容されうる、という扱いです。

これが、検閲との大事な違いです。

違憲審査基準の「厳格」(目的と手段の審査)とは別物で、事前抑制が許される場合を絞る要件の話です。

北方ジャーナル事件最高裁判所大法廷判決事前抑制の一般的要件「表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。」

事前差止めへの該当性(3つ目の柱)

結論「出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当する」とされました。

つまり、検閲ではなくても、事前抑制そのものにはあたります。

北方ジャーナル事件最高裁判所大法廷判決事前抑制への該当性「出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであつて」

公務員・公職の候補者への批判(例外の2要件)

裁判所による事前差止めは、厳格かつ明確な要件のもとでしか許されません。
では、公職の候補者への批判を差し止める要件の中身は何でしょうか。

原則と例外(4つ目の柱)

結論対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為である場合、事前差止めは原則として許されないとされました。

例外は、次の2つの要件が両方そろったときだけです。

  • 要件①:表現内容が真実でなく、又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であること。
  • 要件②:被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があること。

理由公務員や候補者への評価・批判は、公共の利害にかかわる事項だからです。

注意要件の係り方は、答案の採点で見られます。

  • ①の内部:「又は」でつながり、どちらか一方が明白なら足ります。
  • ①と②の間:「かつ」でつながり、両方そろわなければ差止めはできません。
  • 明白性:「真実でない」側にも、同じように明白性が要ります。

北方ジャーナル事件最高裁判所大法廷判決公務員・公職の候補者に対する評価等と事前差止めその対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、(略)当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。

この事件の結論

結論本件記事は、専ら公益を図る目的のものとは認められず、真実性にも欠けることが明らかでした。

立候補予定者が、事後回復が困難な重大な損失を受ける虞もありました。

そのため、本件仮処分は適法とされ、上告は棄却されました。

注意「北方ジャーナル事件は差止めを禁じた判例」と覚えるのは誤りです。

差止めには厳しい要件があり、この事件はその要件を満たしたので、差止めが認められました。

北方ジャーナル事件最高裁判所大法廷判決この事件の結論本件記事は、公職の候補者に対する評価という公共的事項に関するものであっても、その記事内容や記述方法から、専ら公益を図る目的のものとは認められず、真実性にも欠けることが明らかであり、かつ、立候補予定者にとって事後回復が困難な重大な損失を受ける虞があった。本件仮処分は適法とされ、上告は棄却された。

石に泳ぐ魚事件との関係

結論石に泳ぐ魚事件は、北方ジャーナル事件の2要件を満たしたのではなく、独自の比較衡量によって差止めが認められた事件です。

  • 留意する点:対象人物の社会的地位や、侵害行為の性質です。
  • 比べるもの:被害者側の不利益と、侵害者側の不利益です。
  • 差止めの条件:重大な損失があり、事後の回復が不可能または著しく困難であることです。

理由対象が公的立場にない人物で、公共の利益に係わらない事項だったこともあり、名誉毀損の場面とは違う判断がされたからです。

注意北方ジャーナル事件が開いた「事前差止めが認められる場合がある」という道筋の上で、別のルートから差止めまで認められた実例です。

相手方の手続保障(5つ目の柱)

北方ジャーナル事件は、事前差止めが許される実体的な要件を示しました。
では、差止めを命ずる手続には、どのような縛りがあるのでしょうか。

口頭弁論又は債務者の審尋

定義手続の言葉は、次のとおりです。

  • 審尋:裁判所が、当事者の言い分を聞く手続です。
  • 債権者・債務者:差止めを求めた側が債権者、止められる側が債務者です(この事件では雑誌の発行人が債務者)。

結論事前差止めを命ずる前には、原則として口頭弁論又は債務者の審尋を行うべきとされました。

例外として、債権者側が提出した資料だけで第10節の2要件が明白なときは、この手続を経なくてもよいとされました。

理由判決当時は、こうした保障が、制度として明文で用意されていなかったからです。

注意債務者といっても、お金の貸し借りの話ではありません。

現在は、こうした手続保障が民事保全法に明文化されています。

「事前」の3つの扱い

税関検査事件・第1次家永教科書訴訟・北方ジャーナル事件を見てきました。
3つの事件を並べると、最高裁の扱いはどう整理できるでしょうか。

結論最高裁の扱いは、3つに整理できます。

  • ①検閲:税関検査事件も、第1次家永教科書訴訟も、ここにはあたりません。
  • ②事前抑制そのもの:裁判所による事前差止め(北方ジャーナル事件)がここにあたり、厳格かつ明確な要件のもとでしか許されません。
  • ③側面をもつもの:税関検査は、検閲でも事前抑制そのものでもありませんが、事前規制たる側面は否定できないと判決自身が述べています。

注意この3分類は、判決文がそのまま宣言している分類ではなく、事件を並べたときの整理です。

この整理を押さえると、「検閲でないなら安全」という単純化を防げます。

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#36単独ページ動画

内容規制と内容中立規制

規制を測る4つの軸

結論表現への規制は、次の4つの軸で整理できます。

  • ①:不明確か、明確か
  • ②:事前か、事後か
  • ③:内容規制か、内容中立規制か
  • ④:直接的規制か、間接的・付随的規制か

注意このノートで扱うのは、③と④です。

同じ表現の規制でも、厳しく審査されるものと緩やかに審査されるものがあります。

その分かれ目を、③と④の2つの軸で説明します。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

表現内容規制と表現内容中立規制

表現への規制には、中身に着目するものと、中身に関係しないものがあります。
2つの規制は、何を基準に分けるのでしょうか。

2つの規制の定義

定義2つの規制は、次のとおりです。

  • 表現内容規制:表現の中身そのものに着目した規制です。
  • 表現内容中立規制:中身とは関係なく、手段や方法を規制するものです。

結論分かれ目は、中身を見て選別しているか、中身に関係なく一律にかかっているかです。

具体例学生自治会が管理する共用の掲示板のルールで考えます。

  • ルールA:「部活動の勧誘以外の、政治的・宗教的な主張を、掲示してはならない」は、内容を見て選別するので内容規制です。
  • ルールB:「掲示物はA4サイズ1枚まで。貼り替えは、週に1回まで」は、何が書いてあっても同じようにかかるので内容中立規制です。

注意どちらも「掲示を制限する」点は同じです。

何に着目しているかで、性質がまったく違います。

内容規制の2つの型(見解規制と主題規制)

内容規制は、表現の中身に着目した規制です。
その内容規制には、どのような型があるのでしょうか。

見解規制と主題規制の対比(見解規制=特定の見解の表明だけを禁止/主題規制=どの見解かと関係なく特定の主題の表現を丸ごと禁止し原則として内容規制)と、ルールAは主題規制・自治会執行部の批判だけ禁止を加えると見解規制になる段差

見解規制と主題規制

定義内容規制には、2つの型があります。

  • 見解規制:さまざまな見解のうち、特定の見解の表明だけを禁止するものです。
  • 主題規制:どの見解かとは関係なく、特定の主題についての表現を丸ごと禁止するものです。

結論主題規制も、原則として内容規制にあたると扱われます。

理由中身に着目している点では、見解規制と根っこは同じだからです。

具体例型の違いは、次のように現れます。

  • 見解規制:「賛成派の意見だけ禁止」という規制です。
  • 主題規制:ルールAは、政治的・宗教的という主題そのものを、賛成・反対を問わず禁止しています。
  • 段差:ルールAに「特に、自治会執行部を批判する内容は、禁止する」を加えると、見解規制になります。

注意見解規制のほうが悪質に見えますが、主題規制も同じ内容規制の枠に入ります。

見解規制・主題規制という分け方は、判例が使っている呼び方ではありません。

学説上、広く支持されている整理です。

内容規制と厳格審査基準

内容規制には、見解規制と主題規制の2つの型があります。
では、なぜ内容規制は厳しく審査されるのでしょうか。

なぜ厳しく審査されるか

結論内容規制には、原則として厳格審査基準が使われます。

理由内容規制は、特定の主題や見解を、思想の自由市場から締め出すからです。

市場が正しく機能するには、あらゆる意見が出そろう必要があります。

特定の意見を締め出す時点で、市場そのものを壊しかねない、とりわけ重たい規制だと考えます。

具体例ルールAのように政治的・宗教的な主張を丸ごと禁止する規制は、原則として厳格審査にかけられます。

厳格審査基準

定義厳格審査基準は、目的と手段を次の物差しで審査します。

  • 目的:やむにやまれぬ、必要不可欠な公共的利益であること。
  • 手段:必要最小限度であること。

内容中立規制と中間審査基準

内容規制は、思想の自由市場から特定の意見を締め出すので、厳格審査になります。
では、内容中立規制はどのように審査されるのでしょうか。

内容中立規制の型

定義内容中立規制の典型は、時・場所・方法の規制です。

行動を伴う言論の規制も、一般に内容中立規制にあたります。

具体例型ごとの例は、次のとおりです。

  • 時・場所・方法の規制:ルールBのサイズと頻度の制限です。
  • 行動を伴う言論の規制:無言で同じ色の服をそろえて並ぶ抗議に、「並ぶ場所は中庭に限る」「二十人までにする」と制限をかける場合です。何を訴えているかは見ず、行動の側面だけを区切っています。

注意行動を伴う言論は、象徴的言論と混同しやすいところです。

  • 象徴的言論:その行動が、そもそも表現に含まれるかという入口の問いです。
  • 行動を伴う言論の規制:表現に含まれると分かったうえで、規制の性質は何かという別の問いです。

なぜ緩やかに審査されるか

結論内容中立規制には、原則として中間審査基準が使われます。

理由他の時・場所・方法による表現活動の余地が残っているからです。

市場から締め出されるわけではなく、別の入り口から市場に参加できます。

だから、必ずしも思想の自由市場に反しません。

具体例ルールBの制限があっても、別の掲示板、SNS、口頭で同じ主張ができます。

中間審査基準

定義中間審査基準は、目的と手段を次の物差しで審査します。

  • 目的:十分に重要であること。
  • 手段:目的との間に、実質的関連性があること。

注意厳格審査基準より、一段緩やかな物差しです。

例外:法文の形ではなく現実の効果

内容規制は厳しく、内容中立規制は緩やかに審査するのが基本形です。
では、中立規制の形をした規制は、いつでも中間審査で足りるのでしょうか。

大学祭のビラ配布ルールの流れ(ルール=午前8時から12時のビラ配布を一律禁止する中立の形→現実=学生集会・討論会がほぼ毎回この時間帯に開かれる慣行→効果=集会に合わせた抗議のビラだけが事実上機能しなくなる→結論=法文の形式ではなく現実の効果で決まる)

現実には特定の内容が締め出される場合

結論法文上は内容中立規制の形でも、効果として、ある種類の意見だけが市場から追い出されてしまうときは、厳格に審査します。

理由思想の自由市場の観点からは、「法文がどう書いてあるか」ではなく「現実に何が起きるか」が問題だからです。

具体例大学祭の実行委員会が、午前8時から12時のビラ配布を一律に禁止したとします。

  • 形式:何を書いたビラかは問わず、時間帯だけを区切った中立な規制に見えます。
  • 現実:この大学では、学生集会や討論会、抗議活動がほぼ毎回この時間帯に開かれる慣行がありました。
  • 効果:午後に配っても集会は終わっているので、集会に合わせた抗議のビラだけが事実上締め出されます。

注意分類を暗記するだけでは、この例外を見落とします。

法文の形式ではなく、実際の効果を見ます。

直接的規制と間接的・付随的規制

ここまでは、規制が「何に着目しているか」という軸でした。
もう1つの軸である、規制が「何を狙っているか」は、審査の厳しさにどう効くのでしょうか。

直接的規制と間接的・付随的規制の対比(直接的規制=人権行使の規制を直接の目的とする規制/間接的・付随的規制=人権行使の規制を目的とせず効果として負担を与える規制)と、例=道路交通法上の道路で交通の妨害となる方法ですわり込むことの禁止、ただし実質的に表現規制が目的か対象の多くが表現行為なら直接的規制と解すること

直接的規制

定義直接的規制とは、人権の行使(ここでは表現行為)を規制することを、直接の目的とする規制です。

結論内容規制も、内容中立規制のうち時・場所・方法の規制も、直接的規制にあたります。

理由どちらも、表現行為を狙って規制しているからです。

注意直接的規制と分かっても、それだけでは審査の厳しさは決まりません。

  • 内容規制たる直接的規制:厳格審査です。
  • 時・場所・方法の規制たる直接的規制:中間審査です。

2つの軸は、並んでいるのではなく重なっています。

間接的・付随的規制

定義間接的・付随的規制とは、人権行使の規制を目的としていないのに、間接的・付随的な効果として、表現の自由に負担がかかる規制です。

結論間接的・付随的規制には、原則として中間審査基準が使われます。

理由表現そのものを狙っていない分、緩やかになります。

具体例道路で、交通の妨害となるような方法ですわり込むことを禁止する、道路交通法の規定です。

目的は交通の安全を確保することで、表現を狙ったものではありません。

しかし抗議のための座り込みに適用されれば、結果として表現の自由への制約になります。

注意座り込みが表現に含まれるかは、象徴的言論の問いです。

この規制がどんな性質かは、それとは別の問いです。

行動を伴う言論の規制はどちらか

結論その規制が何を狙っているかで決まります。

  • 直接的規制:並ぶ場所や人数を狙っている場合です。
  • 間接的・付随的規制:別の目的の規制が、たまたま及んだだけの場合です。

注意表現の側ではなく、規制の側を見ます。

例外:形は間接的・付随的でも直接的規制になる場合

結論形式上は間接的・付随的規制に見えても、次の場合は直接的規制と解釈します。

  • 目的:実際には、表現規制そのものが目的である場合です。
  • 対象:規制される行為の大半が、表現行為である場合です。

理由「表現そのものを狙っていないから緩やかに」という理由が、もう使えないからです。

厳しさは、内容規制か時・場所・方法の規制かに戻って決めます。

具体例大学祭の実行委員会が、通行の安全を目的に「通路をふさぐ行為」を禁止したとします。

実際に止められているのが、立ち止まってビラを配る人たちだけなら、直接的規制として扱います。

注意第6節の例外と同じく、形式でなく実質を見るという考え方です。

  • 第6節:内容中立規制が、現実には特定の内容を締め出す場合です。
  • 本節:間接的・付随的規制の形をした規制が、実は表現規制そのものを狙っている場合です。

用語の違い①:思想・良心の自由の直接的制約・間接的制約

表現の自由では、規制が人権行使を目的とするかで、直接的規制と間接的・付随的規制を分けます。
思想・良心の自由にも出てくる「直接的」「間接的」は、同じ意味なのでしょうか。

同じ「直接的」「間接的」でも軸が違うことの対比(表現の自由の直接的規制/間接的・付随的規制=人権行使の規制が目的か効果にすぎないか/思想・良心の自由の直接的制約/間接的制約=歴史観・世界観そのものへの介入か、そこから派生した行動の制限か)

結論言葉は同じでも、見ている軸が違います。

具体例起立斉唱の拒否が問題になった事件は、歴史観や世界観を否定するものとはいえず、直接的制約ではないとされました。

ただし、間接的制約となる面は否定し難い、という置き方でした。

注意2つを混ぜて覚えると、答案で誤った使い方をします。

用語の違い②:猿払事件と堀越事件

学説の用法では、規制対象の多くが表現行為なら直接的規制になります。
では、判例が使う「間接的、付随的」は、学説と同じ意味なのでしょうか。

猿払事件の「間接的・付随的」の同音異義(最高裁の用法=「単に行動の禁止に伴う限度での、間接的、付随的な制約に過ぎず」と判示/学説の通常の用法=対象の多くが表現行為なら直接的規制と解する)と、堀越事件は猿払の間接的・付随的規制論に一度も言及しなかったこと

猿払事件

事案国家公務員の政治的行為の禁止が争われました。

結論最高裁は、政治的行為の禁止について、「単に行動の禁止に伴う限度での、間接的、付随的な制約に過ぎず」と述べました。

理由学説は、この言い方に強く反発しました。

政治的行為の禁止は、国家公務員全体に対し、政治的な意見表明そのものを広く禁止する規制です。

学説の通常の考え方に照らせば、表現そのものを狙った直接的規制にあたります。

注意最高裁のこの言葉は、学説の通常の概念とは別の意味で使われています(同音異義)。

道路交通法の座り込みのような一般的な意味での「間接的・付随的規制」とは、別物として扱います。

堀越事件

事案社会保険事務所の職員が、ビラを配った行為が問われました。

猿払事件より後の判例です。

結論最高裁は、猿払事件の「間接的・付随的規制論」に、一度も触れませんでした。

判決文の全体を見ても、「間接的」も「付随的」も出てきません。

注意同じ言葉が、判例のなかでも独自の意味で使われることがあります。

ビラ貼り・ビラ配りの3つの判例

間接的・付随的規制は、原則として中間審査で緩やかに審査されます。
では、実際の判例は、ビラ貼り・ビラ配りの規制をどう審査したのでしょうか。

軽犯罪法違反事件(電柱へのビラ貼り)

条文軽犯罪法1条33号は、みだりに他人の工作物にはり札をした者などを、拘留又は科料に処します。

「はり札をし」の部分が、前段です。

注意刑の種類に気をつけます。

  • 拘留又は科料:軽犯罪法の刑は、何年にもわたることがある拘禁刑ではなく、それよりずっと短いものです。
  • 拘留:刑罰の一種で、1日以上30日未満、身柄を拘束する刑です。
  • 勾留:刑事訴訟で被疑者・被告人の身柄を確保するためのもので、拘留とはまったく別のものです。

軽犯罪法違反事件最高裁判所大法廷判決ビラ貼り「たとい思想を外部に発表するための手段であつても、その手段が他人の財産権、管理権を不当に害するごときものは、もとより許されないところであるといわなければならない。したがつて、この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であつて、右法条を憲法二一条一項に違反するものということはできず」

1条|軽犯罪法左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。三十三 みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者

事案2人が共謀して、承諾を得ずに電柱37本にビラを貼り付け、軽犯罪法1条33号前段で罰せられました。

2人は、この規制が表現の自由を侵害し違憲だと主張しました。

結論合憲です。

「たとい思想を外部に発表するための手段であつても、その手段が他人の財産権、管理権を不当に害するごときもの」は許されない、としました。

この程度の規制は、公共の福祉のため、表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であり、憲法21条1項に違反しない、としました。

理由規制が狙っているのは、表現そのものではなく、他人の財産権・管理権の保護です。

間接的・付随的規制なので、審査は緩やかになります。

注意厳格審査や中間審査のような物差しは出てきません。

「財産権や管理権を不当に害するなら許されない」という、あっさりした論証だけで合憲としています。

私鉄駅構内ビラ配布事件(不退去罪)

私鉄駅構内ビラ配布事件の関係図(A=配布者ら・B=駅長。①Aが許諾なくビラを配布・演説→②Bが退去を要求→③Aが応じず約20分間滞留し、鉄道営業法・刑法130条後段の不退去罪で処罰された)

事案京王帝都の吉祥寺駅の構内で、乗降客にビラを配り、演説していた人たちがいました。

駅長の退去要求に応じず約20分間とどまり、刑法130条後段(不退去罪)が適用されました。

結論合憲です。

憲法21条1項は、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認する、としました。

思想を外部に発表するための手段でも、他人の財産権、管理権を不当に害するものは許されない、としました。

条文刑法130条は、前段と後段で行為が違います。

  • 前段:住居侵入・邸宅侵入(「侵入し」)です。
  • 後段:不退去(「退去しなかった」)です。

理由電柱へのビラ貼りの事件と、まったく同じ論理です。

注意駅構内の事件は、退去しなかった話なので後段です。

私鉄駅構内ビラ配布事件最高裁判所第三小法廷判決「憲法二一条一項は、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであつて、たとえ思想を外部に発表するための手段であつても、その手段が他人の財産権、管理権を不当に害するごときものは許されない」

130条(住居侵入等)|刑法 第二編 罪 第十二章 住居を侵す罪(130〜132条)正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

自衛隊官舎ビラ配布事件(邸宅侵入罪)

事案政治的な意見を書いたビラを配るため、自衛隊員の宿舎である官舎の各号棟の共用部分に、管理する側の意思に反して立ち入りました。

人が管理している場所への立ち入りなので、刑法130条前段(邸宅侵入罪)です。

結論合憲です。

政治的意見を記載したビラの配布は、表現の自由の行使ということができる、としました。

しかし、表現の自由は絶対無制限ではなく、思想を外部に発表するための手段でも、他人の権利を不当に害するものは許されない、としました。

理由本件で問われているのは、表現そのものを処罰することの憲法適合性ではない、としました。

問われているのは、ビラの配布のために「人の看守する邸宅」に管理権者の承諾なく立ち入ったことを処罰することの憲法適合性です。

注意もしビラの中身そのものを理由に禁止していたら、内容規制として厳格審査に戻ります。

3つの判例は、そこまでは判断していません。

自衛隊官舎ビラ配布事件「確かに、表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず、被告人らによるその政治的意見を記載したビラの配布は、表現の自由の行使ということができる。しかしながら、憲法21条1項も、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないというべきである」

3つの判例の整理

ビラ貼り3判例で適用された条文の表(電柱へのビラ貼り=軽犯罪法1条33号前段/私鉄駅構内でのビラ配り=刑法130条後段・不退去罪/自衛隊官舎への立ち入り=刑法130条前段・邸宅侵入罪)と、いずれも規制の目的は財産権・管理権の保護(自衛隊官舎の事件は私生活の平穏も)で表現そのものではないこと

結論3つとも、間接的・付随的規制として、きわめて簡単な論証で合憲とされました。

理由規制が狙っているのは、財産権や管理権の保護であって、表現そのものではないからです。

注意学説の評価は、次の2つを分けて押さえます。

  • 審査:目的が十分に重要か、手段が行き過ぎていないかという物差しを当てないまま合憲としており、緩やかにすぎるという批判が強くあります。
  • 結論:間接的・付随的規制である以上、合憲という結論そのものは妥当だろうという評価が有力です。

パブリック・フォーラム論

私鉄駅構内ビラ配布事件は、不退去罪の適用を合憲としました。
同じ判決には、表現の場所について、どのような考え方が示されているのでしょうか。

パブリック・フォーラム論の内容

定義パブリック・フォーラムとは、道路、公園、広場など、一般公衆が自由に出入りできる場所です。

本来の利用目的を備えながら、同時に表現のための場として役立つことが少なくありません。

結論表現の場として使われるときは、所有権や本来の利用目的のための管理権に基づく制約を受けざるをえません。

しかし、その機能にかんがみ、表現の自由の保障を可能な限り配慮する必要がある、という考え方です。

具体例駅前で演説している人がいる場面です。

誰の意見か

定義補足意見とは、法廷意見(判決そのもの)とは別に、1人の裁判官が個人の見解として付け加えた意見です。

結論パブリック・フォーラム論は、私鉄駅構内ビラ配布事件の伊藤正己裁判官の補足意見が示したものです。

通説も基本的に支持しています。

注意「判例が採用した考え方」と呼ぶのは誤りです。

法廷意見には、この考え方は出てきません。

「補足意見が示し、通説も支持している考え方」と書くのが正確です。

公立図書館と著作者(船橋市西図書館事件)

パブリック・フォーラム論は、公衆が出入りする場所を表現の場としても捉える考え方です。
では、似た発想は、公立図書館の蔵書の扱いにどう使われたのでしょうか。

船橋市西図書館事件の関係図(A=司書・B=著作者ら・C=船橋市。①Aが特定団体への反感から、著作者らの著書を含む計107冊を独断で除籍・廃棄→②BがCに賠償を請求→最高裁はBの請求を認める方向で高裁に差し戻した)

事案と公立図書館の位置づけ

事案船橋市西図書館の司書が、ある団体とその関係者への反感から、独断で、関係者の著書を含む合計107冊を除籍・廃棄しました。

除籍の基準にもあたっていませんでした。

本を書いた著作者たちが、船橋市に損害賠償を求めました。

結論最高裁は、公立図書館を次のように位置づけました。

  • 住民にとって:思想、意見その他の種々の情報を含む図書館資料を提供して、その教養を高めること等を目的とする公的な場です。
  • 著作者にとって:閲覧に供された図書の著作者にとって、その思想、意見等を公衆に伝達する公的な場でもあります。

注意直接パブリック・フォーラムと呼ばれてはいませんが、似た発想が使われています。

船橋市西図書館事件公立図書館の位置づけ「公立図書館は、住民に対して思想,意見その他の種々の情報を含む図書館資料を提供してその教養を高めること等を目的とする公的な場ということができる。」

人格的利益と国家賠償法上の違法

結論著作物が閲覧に供されている著作者の利益は、法的保護に値する人格的利益です。

図書館職員である公務員が、図書の廃棄について、基本的な職務上の義務に反し、著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは、国家賠償法上違法となります。

具体例この事件は、著作者側の請求が認められる方向で、高等裁判所に差し戻されています。

注意押さえる点は、次の3つです。

  • 用語:判旨(法律判断の部分)は、一貫して「著作者」です(「著者」ではありません)。
  • 場面:「図書の廃棄について」という限定があり、購入するか、閲覧させるかの判断とは場面が違います。
  • 視点:この判断は著作者の側からのものです。読者の側の知る権利の側面とは区別します。

船橋市西図書館事件最高裁判所第一小法廷判決人格的利益と国家賠償法上の違法「公立図書館において、その著作物が閲覧に供されている著作者が有する上記利益は、法的保護に値する人格的利益であると解するのが相当であり、公立図書館の図書館職員である公務員が、図書の廃棄について、基本的な職務上の義務に反し、著作者又は著作物に対する独断的な評価や個人的な好みによって不公正な取扱いをしたときは、当該図書の著作者の上記人格的利益を侵害するものとして国家賠償法上違法となるというべきである」

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#37単独ページ動画

知る権利とアクセス権

21条1項の文言(送り手の自由)

条文が保障しているもの

結論21条1項は、文言のうえでは、情報の送り手の自由しか書いていません。

  • 送り手:話す人・書く人・発信する人です。
  • 受け手:聞く人・読む人については、何も書いていません。

具体例講演会で、講演者が話す自由は21条で守られています。

しかし、聴衆が聞く自由や、あとで記録を読み返す自由は、文言上どこにも出てきません。

注意知る権利という言葉は、21条のどこにも書かれていません。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

知る権利の理由づけ(受け手の側からの再構成)

21条1項の文言は、送り手の自由しか書いていません。
では、なぜ受け手の自由まで21条1項が保障していると読めるのでしょうか。

知る権利の論証の流れ(①受け手が前提→②送り手と受け手の固定化→③受け手の側から再構成)

知る権利(通説)

結論21条1項は、送り手の自由だけでなく、受け手の自由(知る権利)も保障していると解します(通説)。

理由理由は2つです。

  • 受け手が前提:表現は、受け手がいて初めて成り立ちます。誰にも届かない表現行為は、表現活動としての意味を持ちません。
  • 送り手と受け手の固定化:マスメディアが発達した結果、送り手と受け手が分離し、役割が固定しました。

そこで、21条1項を受け手の側から再構成します。

文言どおりに読んだときの不都合

結論文言どおりに読むと、表現の自由を現実に持てるのは、ほぼマスメディアだけになってしまいます。

理由社会に向けて多くの人に届く形で発信する手段は、マスメディアが握っているからです。

一般の国民は情報を受け取るだけの立場になり、表現の自由から締め出されます。

注意「知る権利は21条から導かれる」という結論だけを覚えるのではありません。

答案で問われるのは、2つ目の理由(担い手がマスメディアだけに限定される不都合)です。

判例の根拠(よど号事件とレペタ事件)

知る権利は、受け手の側から21条1項を再構成して導かれます。
では、最高裁はどのような言い方で、この考え方を認めているのでしょうか。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件とレペタ事件の根拠の対比(主たる根拠と補強)

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件

結論新聞や本を読む自由(閲読の自由)は、19条・21条の趣旨、目的から、いわばその派生原理として導かれるとしました。

注意19条・21条と13条では、役割が違います(非対称)。

  • 19条・21条:派生原理として導かれる根拠です。
  • 13条:読む自由を認めることが、個人の尊重を定めた13条の趣旨に沿うという補強です。

19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

レペタ事件

結論情報等に接し、これを摂取する自由(知る権利)は、21条1項の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるとしました。

これが、知る権利を最高裁が認めた根拠判例です。

注意「21条から当然に導かれる」と縮めません。

21条が直接に知る権利を書いている、という意味ではありません。

  • 自己引用:判決文は、括弧の中でよど号事件の判決を引用しています。同じ理由づけの型を使っています。
  • 別の論点:レペタ事件は、法廷でメモを取る自由という論点も持っています。

レペタ事件最高裁判所大法廷判決知る権利の根拠「憲法21条1項の規定は、表現の自由を保障している。……このような情報等に接し、これを摂取する自由は、右規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところである(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決……参照)。」

知る権利の三側面

知る権利は、21条1項の派生原理として認められています。
では、知る権利はどのような性質を持つ権利なのでしょうか。

知る権利の三つの側面(自由権的側面・参政権的側面・社会権的側面)の内容と具体例

三つの側面

結論知る権利は、三つの側面を持つ複合的な権利です。

人権の分類(自由権・参政権・社会権)が相対的であることの代表例です。

理由各側面の働きは、次のとおりです。

  • 自由権的側面:情報を受け取ることを、国に妨げられません。
  • 参政権的側面:事実や意見を知って初めて、選挙などで政治に有効に参加できます。
  • 社会権的側面:国や自治体に、情報を出すよう求めます。社会権的・国務請求権的側面とも呼ばれ、人権の分類でいう受益権にあたります。

注意自由権的側面と社会権的側面は、向きが正反対です。

  • 自由権的側面:「妨げるな」という消極的な自由です。
  • 社会権的側面:「公開しろ」という積極的な請求です。

試験で問われるのは、問題文でどの側面が問題になっているかを見分けることです。

社会権的側面と抽象的権利

知る権利には、三つの側面があります。
では、三つの側面は、同じ強さで保障されるのでしょうか。

権利の強さの三段階(具体的権利・抽象的権利・プログラム規定)と知る権利の各側面の位置

社会権的側面は抽象的権利

結論社会権的側面(情報を公開しろという請求)は、抽象的権利にとどまります。

具体化する法律があって初めて、裁判規範性が認められます。

理由どの情報を、誰に対して、どんな手続で請求できるかは、憲法の条文だけでは決まらないからです。

具体例具体化しているのは、国の情報公開法と、自治体の情報公開条例です。

注意自由権的側面と参政権的側面は、抽象的権利の話とは別です。

「妨げるな」という、通常の自由権と同じ強さで保障されます。

生存権との共通点

結論知る権利の社会権的側面は、25条の生存権と同じ構造です。

理由生存権も、生活保護法のような具体化する法律があって初めて、具体的な請求として機能します。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2項:国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

図書館の2場面(購入請求と閲覧請求)

社会権的側面は、抽象的権利にとどまります。
では、公立図書館への請求は、すべて社会権的側面の問題として扱われるのでしょうか。

公立図書館の2場面(場面A=新刊の購入請求は広い裁量/場面B=既存の本の閲覧を理由なく拒否すると厳格な審査)

場面A:まだ蔵書にない本を買ってほしい

結論もっぱら社会権的側面の問題です。

購入するかどうかは、図書館長らの広い裁量に委ねられます。

理由どの本を、いつ、いくらで買うべきかは、憲法だけからは決まらないからです。

憲法上、強く保護される請求ではありません。

場面B:書棚にある本を見せてほしい(理由なく拒否)

結論自由権的側面に対する制約として扱うことができます。

そのため、広い裁量では済まず、厳格な審査が必要になります。

理由公立図書館は、一般公衆に広く図書を提供する役割を担っています。

すでに蔵書にある本は、原則として自由に閲覧を求めることができます。

その原則を理由も示さずに拒否することは、知る権利に対する不当な介入にあたります。

注意次の2点に気をつけます。

  • 判例ではない:場面Bの分析は、学説上の分析の一例です。判例の結論と混同しません。
  • 誰の権利か:司書が著者の本を独断で除籍・廃棄した事件で問題になったのは、著作者の表現の自由です。ここでの話は、利用者の知る権利です。

岐阜県青少年保護育成条例事件

自由権的側面への制約は、厳格に審査されます。
では、自由権的側面への制約は、必ず違憲になるのでしょうか。

有害図書の自動販売機への収納禁止

事案有害図書に指定された雑誌や本を、自動販売機に収納することを禁じる条例の合憲性が争われました。

結論21条1項に違反しないとしました。

  • 青少年に対する関係:違反しません。
  • 成人に対する関係:有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、違反しません。

理由青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う、必要やむをえない制約だからです。

注意成人にとっても、この規制は知る権利(自由権的側面)への制約です。

  • 当然に違憲ではない:厳しく審査することと、結論として違憲になることは別の話です。
  • 理由の出どころ:「成人には図書を入手する方法が残っている」という理由づけは、伊藤正己裁判官の補足意見です。法廷意見(裁判官全員一致)が挙げた理由は、有害環境の浄化という目的の正当性です。

岐阜県青少年保護育成条例事件最高裁判所第三小法廷判決「有害図書の自動販売機への収納の禁止は、青少年に対する関係において、憲法21条1項に違反しないことはもとより、成人に対する関係においても、有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむをえない制約であるから、憲法21条1項に違反するものではない。」

アクセス権(知る権利との向きの違い)

知る権利は、情報を受け取る側の権利です。
では、受け手の側から発信の場を求めることは、権利として認められるのでしょうか。

知る権利とアクセス権の向きの対比(知る権利=公権力・情報の担い手から国民へ/アクセス権=国民からマスメディアへ)

アクセス権

定義アクセス権(反論権)とは、一般国民がマスメディアに対して、自分の意見を発表する場の提供を求める権利です。

具体例視聴者が放送局に、「その番組で、私の意見も流してほしい」と求める場合です。

注意知る権利とは向きが逆です。

  • 知る権利:公権力や情報を持つ側から、情報を受け取る権利です。
  • アクセス権:私人であるマスメディアに向けて、発信する場を求める権利です。

情報公開の請求との区別

結論請求の相手が違います。

  • 社会権的側面(情報公開の請求):公権力に向けた請求です。
  • アクセス権:私人であるマスメディアに向けた請求です。

理由知る権利もアクセス権も、送り手と受け手の分離・固定化という同じ現実から生まれた、違う応答です。

サンケイ新聞事件(反論文掲載請求)

アクセス権は、私人であるマスメディアに発信の場を求める権利です。
では、アクセス権は、裁判で認められたのでしょうか。

サンケイ新聞事件の当事者(A=自由民主党・B=日本共産党・C=産業経済新聞社)と、訴訟の当事者はBとCだけであること

反論文掲載請求

事案新聞に、自由民主党が日本共産党を批判する意見広告を掲載しました。

日本共産党が、新聞社に対して、無料・無修正の反論文の掲載を求めました。

結論具体的な成文法がないのに、反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないとしました。

理由反論文の掲載を強制されると、新聞社は次の負担を強いられます。

  • 掲載の強制:載せたくない文章の掲載を強制されます。
  • 紙面の負担:本来は他に利用できたはずの紙面を割かなければなりません。

これらの負担が、公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ、表現の自由を間接的に侵す危険につながります(萎縮効果)。

注意次の3点に気をつけます。

  • 訴訟の相手:訴えられたのは、広告を掲載した新聞社です。自由民主党は当事者ではありません。
  • 判決が閉じた範囲:成文法なしに一般制度として反論権を認めることだけです。記事が不法行為になる場合の救済は「別論」として、この判断と切り離しています。
  • 立法の現状:アクセス権を正面から認める法律は、現在も作られていません。

反論文掲載請求事件(サンケイ新聞事件)最高裁判所第二小法廷判決「その掲載を強制されることになり、また、そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられる……これらの負担が、批判的記事、ことに公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ、憲法の保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれも多分に存する。」「不法行為が成立する場合……は別論として、……具体的な成文法がないのに、反論権を認めるに等しい……反論文掲載請求権をたやすく認めることはできない。」

放送法の訂正放送

定義訂正放送とは、真実でない放送で権利を侵害された本人などが、放送から3か月以内に請求すると、放送局が調べたうえで訂正または取消しの放送をする制度です。

注意訂正放送は、反論権とは別物です。

判決も、要件も内容も著しく異なり、反論権を根拠づけるものではないと述べています。

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#38単独ページ動画

報道の自由と取材の自由

事実を伝えることは「表現」か

表現の自由の伝統的理解(特定の思想を表明する自由)と、事実の報道(記者個人の意見ではない)の対比表

表現の自由の伝統的理解

定義表現の自由は、本来は特定の思想を表明する自由を指します。

自分の考えや評価を、外に向けて示す自由です。

注意報道の多くは、記者個人の意見ではなく、事実そのものです。

「思想の表明の自由」という理解のままだと、事実の報道は21条の外にはみ出してしまいます。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

報道の自由(編集と知る権利)

事実の報道は、思想の表明ではないように見えます。
では、報道の自由はどのような理由で21条の保障を受けるのでしょうか。

2つの理由

市議会で2時間答弁した同じ議員について、放送局Xは言葉に詰まった20秒、放送局Yは的確に反論した20秒を放送する関係図

結論報道の自由も、表現の自由に含まれます。

理由理由は2つです。

  • 編集という知的な作業:何を選び、どの順に並べ、どこを切るかという判断に、送り手の視点が現れます。報道も、思想の表明と同じく、送り手の知的な判断が現れる営みです。
  • 知る権利への奉仕:報道機関が事実を伝えなければ、国民は知る権利を現実に使えません。報道の自由は、知る権利を現実のものにする前提条件です。

具体例同じ2時間の答弁でも、詰まった場面を選べば頼りない印象に、反論した場面を選べば有能な印象になります。

博多駅テレビフィルム提出命令事件(報道の自由)

結論報道機関の報道は、国民の「知る権利」に奉仕するものです。

そのため、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した21条の保障のもとにあるとされました。

理由報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するための重要な判断の資料を提供するからです。

注意判例は「保障のもとにある」と言い切っています。

また、判例は「21条」とだけ述べ、項までは特定していません。

博多駅テレビフィルム提出命令事件最高裁判所大法廷決定報道の自由の保障「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の『知る権利』に奉仕するものである。したがつて、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条の保障のもとにあることはいうまでもない。」

取材の自由(「十分尊重に値する」)

報道の自由は、21条の保障のもとにあると言い切られました。
では、報道の前提になる取材の自由は、同じ強さで守られるのでしょうか。

報道の自由=21条の保障のもとにある/取材の自由=21条の精神に照らし十分尊重に値いする、という言い回しの違いとその帰結の対比表

言葉の落差

定義取材とは、報道のために情報を集める行為です。

結論判例は、報道のための取材の自由について、「憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いする」と述べるにとどめました。

理由報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、取材の自由も要るからです。

注意同じ判決文の隣り合う場面で、報道の自由と取材の自由に違う言葉を選んでいます。

選び分けている以上、扱いも分けていると読みます。

博多駅テレビフィルム提出命令事件最高裁判所大法廷決定取材の自由の温度「このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない。」

言葉の違いが変えるもの

結論取材の自由は、人権そのものではないというニュアンスが読み取れます。

  • 「保障する」:権利そのものとして扱う言葉です。
  • 「尊重に値する」:程度の問題として、配慮を求める言葉です。

理由人権そのものとして扱われないなら、制約を正当化するハードルが下がるからです。

人権そのものなら、よほど重要な理由と必要最小限の手段が求められます。

「尊重に値する」程度の扱いなら、もう少し緩やかな理由でも正当化されやすくなります。

具体例どちらの段階を狙った制約かで、主張できる審査の強さが変わる可能性があります。

  • 取材の段階:役所が特定の新聞社だけを記者会見から締め出すことです。
  • 報道の段階:すでに集め終わった内容を、国が公表するなと止めることです。

判例と通説(答案では両建て)

判例は、取材の自由を「十分尊重に値する」にとどめました。
これに対し、学説はどう考えるのでしょうか。

取材の自由について、判例=21条の精神に照らし十分尊重に値する/通説=報道の自由の一環として21条1項で保障、という結論と理由の対比表

通説

結論通説は、取材の自由も報道の自由の一環として、21条1項によって保障されると解します。

理由取材は、報道にとって不可欠の前提だからです。

取材ができなければ、報道そのものが成り立ちません。

答案での書き方

結論判例と通説の両方を押さえる(両建て)のが、答案戦略です。

理由それぞれに次の利点があります。

  • 通説:「保障される」と書ければ、保障→制約→審査の型に素直に乗せられます。
  • 判例:設問文が「十分尊重に値する」という言い回しを引用してきたときに、対応できます。

取材の自由の制約

取材の自由は、判例では尊重に値し、通説では保障されます。
では、取材の自由は、どこまで制約を受けるのでしょうか。

三段階審査の流れ(①保障の有無→②制約の有無→③正当性)と、どちらの立場でも取材の自由は無制約ではないこと

結論どちらの立場を取っても、取材の自由は無制約ではありえません。

次に問われるのは、制約はどこまで許されるのかです。

注意保障の有無、制約の有無、制約の正当性という三段階の型は、取材の自由にもそのまま当てはまります。

博多駅テレビフィルム提出命令事件(比較衡量)

取材の自由も、無制約ではありません。
では、裁判所が取材の成果を証拠として出させることは、どこまで許されるのでしょうか。

事案と枠組み

定義付審判請求事件とは、検察官が不起訴にした事件について、裁判所に審判を求める特別な手続です。

事案機動隊と学生の衝突の際に、テレビ局が撮影していたフィルムについて、裁判所が提出を命じました。

  • 手続:通常の刑事裁判ではなく、付審判請求事件でした。
  • 名宛人:テレビ放送会社4社です。
  • 争点:この提出命令が、取材の自由を侵害しないかです。

結論「公正な裁判の実現」という憲法上の要請があるときは、取材の自由もある程度の制約を受けます。

制約が許されるかは、比較衡量で決まります。

  • 一面:犯罪の性質・態様・軽重、取材したものの証拠としての価値、ひいては公正な刑事裁判を実現するにあたっての必要性の有無です。
  • 他面:取材の自由が妨げられる程度、報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情です。

条文提出命令の根拠は、刑事訴訟法99条3項です。

比較衡量の枠組みは、この権限をどこまで使ってよいかを絞るものです。

注意この枠組みは、一面が国家(公正な刑事裁判の実現)、他面が報道機関の不利益という形をしています。

比較衡量論には、国家の利益が個人の利益より重視されやすいという構造的な偏りの批判があり、それが当てはまる構図です。

博多駅テレビフィルム提出命令事件最高裁判所大法廷決定比較衡量の枠組み「このような場合においても、一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要性の有無を考慮するとともに、他面において、取材したものを証拠として提出させられることによつて報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、……」

99条|刑事訴訟法 第一編 総則 第九章 押収及び捜索(99〜127条)3項:裁判所は、差し押えるべき物を指定し、所有者、所持者又は保管者にその物の提出を命ずることができる。

天秤に何を乗せたか

比較衡量の表(刑事裁判の必要性=公務員職権乱用罪等の重い犯罪・フィルムが証拠としてほとんど必須/報道機関の不利益=報道の自由そのものではなく将来の取材の自由が妨げられるおそれ・仮還付などの配慮)

結論提出命令は合憲とされ、天秤は刑事裁判の必要性の側に傾きました。

理由判断を分けた要素は、次の4つです。

  • 犯罪の重さ:対象は、機動隊員らの公務員職権乱用罪・特別公務員暴行陵虐罪の成否で、重い犯罪です。
  • 証拠としての必須性:事件から2年近く経ち、被疑者・被害者の特定も難しく、第三者の新しい証言も期待できませんでした。中立的な立場から撮影したフィルムは、証拠としてきわめて重要で、罪責の有無の判定にほとんど必須とされました。
  • 不利益の評価:報道機関の不利益は、「報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまる」とされました。
  • 裁判所の配慮:福岡地方裁判所は、押収後も時機に応じた仮還付などの措置で、報道機関のフィルム使用に支障をきたさないよう配慮すると表明していました。

注意不利益を「おそれ」と、一段抽象化し、しかも将来形にして軽く扱っています。

取材対象者との信頼関係など、より重い不利益と見る余地もあります。

必要性の側は丁寧に説明し、不利益の側はあっさり扱うこの非対称が、構造的な偏りの具体例とされます。

博多駅テレビフィルム提出命令事件最高裁判所大法廷決定不利益の評価「本件フイルムは、すでに放映されたものを含む放映のために準備されたものであり、それが証拠として使用されることによつて報道機関が蒙る不利益は、報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまるものと解されるのであつて、……」

TBSビデオテープ差押事件(裁判から捜査へ)

博多駅事件は、裁判所による提出命令についての判断でした。
では、捜査機関による差押えにも、同じ枠組みは及ぶのでしょうか。

博多駅事件(裁判所による提出命令・公正な裁判の実現)とTBS事件(捜査機関による差押え・適正迅速な捜査の遂行)の比較表と、37条1項の文言は「公平な」であることの注記

要請の拡張

定義暴力行為等処罰法とは、暴力行為等処罰に関する法律のことです。

事案暴力団の組長が組員らと共謀し、債権取立てのため、暴力団の事務所で被害者に約1か月のけがを負わせました。

さらに、被害者の家の前で団体の威力を示して共同で脅し、事務所でも団体の威力を示して脅迫しました。

この傷害・暴力行為等処罰法違反の被疑事件の捜査として、警視庁がTBS本社の取材ビデオテープを差し押さえました。

結論「公正な刑事裁判を実現するために不可欠である、適正迅速な捜査の遂行」という要請がある場合にも、取材の自由は制約を受けるとされました。

比較衡量の枠組み自体は、博多駅事件と同じです。

理由証拠は裁判の前の捜査の段階で集まり、そこで集まらなければ公正な裁判にたどり着けないからです。

注意この広げ方を最初に示したのは、この決定ではありません。

先に出ていた別の決定(日本テレビ事件)を参照し、同じ枠組みを使ったものです。

司法試験で問われるのは、TBS事件のほうです。

犯罪の重大性と不利益の評価

結論差押えは合憲とされました(3対1)。

  • 犯罪の重大性:「軽視することのできない悪質な」傷害、暴力行為等処罰法違反の被疑事件とされました。
  • 証拠価値:取材ビデオは、「事案の全容を解明して犯罪の成否を判断する上で重要な証拠価値を持つもの」とされました。

理由不利益は、博多駅事件よりさらに軽く評価されました。

  • 放映済み:放映用の編集も放映も済んでおり、「放映が不可能となって報道の機会が奪われるというものではなかった」とされました。
  • 身元秘匿の利益:撮影は暴力団組員の協力で行われ、協力者自身が放映を了承していたので、身元を秘匿して擁護すべき利益は「ほとんど存在しない」とされました。
  • 取材の態様:複数の組員による暴行を現認しながら撮影を続けており、そのような取材を保護する「必要性は疑わしいといわざるを得ない」とされました。

注意全員一致ではなく、奥野久之裁判官の反対意見が付いています。

TBSビデオテープ差押事件最高裁判所第二小法廷決定事案と犯罪の重大性「軽視することのできない悪質な傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件」であり、取材ビデオは「事案の全容を解明して犯罪の成否を判断する上で重要な証拠価値を持つもの」である。不利益の評価(博多駅事件よりさらに軽く)「本件差押により申立人の受ける不利益は、本件ビデオテープの放映が不可能となって報道の機会が奪われるというものではなかった」。「報道機関たる申立人が右取材協力者のためその身元を秘匿するなど擁護しなければならない利益は、ほとんど存在しない」。「そのような取材を報道のための取材の自由の一態様として保護しなければならない必要性は疑わしいといわざるを得ない」。

学説からの批判

結論要請の拡張を無批判に認めることには、疑問が呈されています。

理由批判は2点です。

  • 憲法の明文:「公正な裁判の実現」は、37条1項が掲げる要請です。「適正迅速な捜査」は、直接には憲法の明文が掲げる要請ではありません。
  • 第三者性:裁判所は、事件と利害関係のない公平な第三者機関です。捜査機関は事件を追及する当事者であり、同じ意味での第三者機関ではありません。

注意「公正な裁判」は、37条1項の要請を判例が要約した言い回しです。

37条1項の文言は「公平な裁判所」であり、「公正な」とは書いていません。

拡張を安易に認めると、報道機関のカメラが捜査機関の「目」の代わりとして扱われかねない、という懸念が学説上一般に指摘されています。

37条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

外務省秘密漏えい事件(西山記者事件)

博多駅事件とTBS事件は、取材の成果を国家に出させてよいかの問題でした。
では、取材の手段そのものが犯罪になるのは、どのような場合でしょうか。

西山記者事件の当事者関係図(記者Aが外務事務官Bとの関係を利用し、Bに書類を持ち出させ、国会議員Cに写しを交付)

事案と「秘密」

定義用語は、次のとおりです。

  • そそのかし:公務員に、秘密を漏らす決意を新たに生じさせるような働きかけをすることです。
  • 秘密:非公知であり、中身から見ても秘密として守るだけの価値が本当にあるものです。

事案新聞社の政治部で外務省を担当する記者が、外務省の女性事務官と肉体関係を持ちました。

  • 依頼:その直後、取材に困っていると懇願して、審議官のもとに来る書類を見せることをいったん受け入れさせました。
  • 持ち出し:沖縄返還協定の請求権問題に関する書類を持ち出すよう申し向け、以後十数回にわたり秘密文書を持ち出させました。
  • 関係の消滅:協定が締結されて取材の必要がなくなると、態度を急変させて関係を消滅させました。
  • 写しの交付:文書の写しは、国会議員にも交付されていました。
  • 起訴:国家公務員法の、秘密漏示そそのかし罪で起訴されました。

注意秘密に当たるかの判定は、裁判所の判断に服するとされています。

役所が秘密だと言えば何でも秘密になる、というわけではありません。

前段(正当業務行為)

結論報道機関が公務員に根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、次の2つを満たす限り、実質的に違法性を欠き正当な業務行為です。

  • 目的の真正性:真に報道の目的から出たものであることです。
  • 手段の相当性:手段・方法が、法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されることです。

条文根拠は、刑法35条の「正当な業務による行為」です。

注意そそのかし罪の構成要件に当たっても、違法性が阻却される余地があります。

「正当業務行為」は判例・学説上の呼び方で、35条の条見出しは「正当行為」です。

外務省秘密漏えい事件最高裁判所第一小法廷決定正当業務行為としての理解「報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。」

35条(正当行為)|刑法 第一編 総則 第七章 犯罪の不成立及び刑の減免(35〜42条)法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

後段(限界と結論)

結論取材の手段・方法が、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙するなど、社会観念上是認できない態様のときも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びます。

この事案は違法であり、有罪とされました。

理由あてはめは、次のとおりです。

  • 関係の利用:当初から、秘密文書を入手する手段として利用する意図で、女性と肉体関係を持ちました。
  • 心理への便乗:女性が拒みがたい心理状態に陥ったことに乗じて、文書を持ち出させました。
  • 関係の消滅:利用の必要がなくなると、関係を消滅させました。

注意この判例は、取材のための執拗な説得それ自体を、一律に違法とはしていません。

目的の真正性と手段の相当性を満たせば適法になりうる、という枠組みが答案で効きます。

外務省秘密漏えい事件最高裁判所第一小法廷決定限界と結論「取材の手段・方法が……取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びるものといわなければならない。」

3つの判例の位置

3つの判例は、いずれも取材の自由の限界を扱っています。
では、それぞれは、どこで線を引いたのでしょうか。

3つの判例の比較

結論3つの判例の違いは、次のとおりです。

  • 博多駅事件:裁判所による取材フィルムの提出命令が争われました。要請は公正な裁判の実現、枠組みは比較衡量で、合憲です。
  • TBS事件:捜査機関による取材ビデオの差押えが争われました。要請は適正迅速な捜査の遂行、枠組みは同じ比較衡量で、合憲(3対1)です。
  • 西山記者事件:取材の手段そのものが争われました。枠組みは正当業務行為の成否(目的の真正性+手段の相当性)で、違法・有罪です。

注意博多駅事件とTBS事件は、同じ比較衡量を共有し、要請の出どころ(裁判所か捜査機関か)が違います。

西山記者事件は、天秤にかける話ではなく、枠組みそのものが違います。

3つとも「取材の自由の判例」とひとまとめにすると、この違いが見えなくなります。

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#39単独ページ動画

取材源の秘匿と放送の自由

証言する義務が原則(拒む権利の根拠はどこにあるか)

証言義務が原則という土俵(交通事故を目撃→民事訴訟で証人として呼ばれる→「関わりたくない」だけでは拒めず、拒めるのは法律が個別に認めた場合だけ)

証言義務の原則

結論裁判で証人として呼ばれたら、証言する義務があるのが原則です。

証言を拒めるのは、法律が拒んでよいと個別に定めた場合だけです。

条文民事訴訟法190条と刑事訴訟法143条は、同じ形の条文です。

  • 民事:「特別の定めがある場合を除き」、何人でも証人として尋問できます。
  • 刑事:「特別の定のある場合を除いては」、何人でも証人として尋問できます。

具体例交通事故をたまたま目撃した人が、損害賠償請求訴訟の証人に呼ばれました。

「関わりたくないから」という理由だけでは、証言を拒めません。

190条|民事訴訟法 第二編 第一審の訴訟手続 第四章 証拠 第二節 証人尋問(190〜206条)裁判所は、特別の定めがある場合を除き、何人でも証人として尋問することができる。

143条|刑事訴訟法 第一編 総則 第十一章 証人尋問(143〜164条)裁判所は、この法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問することができる。

記者の証言拒絶の位置づけ

結論記者が取材源について証言を拒むのは、原則に対する例外の主張です。

なぜ自分に例外が認められるのかを、記者の側が示さなければなりません。

注意判例で争われているのは、いつも「証言拒絶権の根拠をどこに求めるか」です。

「記者が勝った・負けた」という結果だけで覚えないようにします。

石井記者事件(比較衡量の前に退けた)

証言を拒めるのは、法律が個別に定めた場合だけです。
刑事手続で、条文に名前の無い新聞記者は、取材源の証言を拒めるのでしょうか。

石井記者事件の事案の流れ(収賄の捜査→逮捕状発付の事実が新聞へ漏洩→検察官が刑訴226条で証人尋問を請求→記者が取材源の証言を拒否し刑訴161条で起訴)

事案と記者の主張

事案税務署員の収賄などの捜査中に、逮捕状が出ていることが執行前に新聞に漏れました。

国家公務員が職務上知った秘密を漏らした罪に当たる疑いがかけられました。

  • 証人尋問:検察官が、記事を書いた記者の証人尋問を裁判官に請求しました。
  • 証言拒絶:記者は取材源の証言を拒否し、正当な理由のない証言拒絶として起訴されました。
  • 記者の主張:憲法21条から直接、証言を拒む権利が導けると主張しました。

条文刑事訴訟法の証言拒絶の条文(144〜149条)に、新聞記者は入っていません。

そのため記者には、21条から直接権利を導く道しか残っていませんでした。

149条|刑事訴訟法 第一編 総則 第十一章 証人尋問(143〜164条)医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

判断1:条文の類推適用の否定

結論刑訴144〜149条の例外規定は限定的列挙で、他の場合に類推適用すべきものでないとされました。

医師などと比べて、新聞記者に149条を類推適用することもできません。

理由記者に証言拒絶権を認めるかは立法政策の問題で、裁判所が条文を広げる話ではないからです。

注意判決の「限定的列挙」は、「限定列挙」と同じ意味です。

判決は、刑訴143条を引いて、証言義務が原則であることも確認しています。

石井記者事件最高裁判所大法廷判決限定列挙・類推適用の否定「刑訴一四四条乃至一四九条の規定がその場合を列挙している……前示例外規定は限定的列挙であつて、これを他の場合に類推適用すべきものでないことは勿論である。新聞記者に取材源につき証言拒絶権を認めるか否かは立法政策上考慮の余地のある問題であり……わが現行刑訴法は新聞記者を証言拒絶権あるものとして列挙していないのであるから、刑訴一四九条に列挙する医師等と比較して新聞記者に右規定を類推適用することのできないことはいうまでもないところである。」

判断2:21条は一般的な保障

結論21条は一般人に平等に表現の自由を保障したもので、新聞記者に特種の保障を与えたものではないとされました。

取材源について、証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができないとされました。

理由判決は、次の2つを重ねています。

  • 取材の段階:まだ言いたいことの内容も定まらない、その前の段階の行為です。
  • 証言の義務:司法権の公正な発動に、必要欠くべからざるものです。

石井記者事件最高裁判所大法廷判決21条は一般的保障「憲法の右規定は一般人に対し平等に表現の自由を保障したものであつて、新聞記者に特種の保障を与えたものではない。……未だいいたいことの内容も定まらず、これからその内容を作り出すための取材に関しその取材源について、公の福祉のため最も重大な司法権の公正な発動につき必要欠くべからざる証言の義務をも犠牲にして、証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができない。」

比較衡量に入っていない

結論記者の主張は、条文の受け皿が無い・憲法も特別扱いしていない、という二段の門前払いで退けられました。

理由「一般に証言義務のほうが重い」と言い切っただけです。

この事件の報道の意義や、証言の必要性を、その場で量ってはいません。

注意「刑事裁判の必要性のほうが重いから認めない」という比較衡量の判断ではありません。

比較衡量すら行われなかった点が、この事件の核心です。

嘱託証人尋問証言拒否事件(民事は「職業の秘密」に入る)

刑事では、記者は比較衡量の土俵にも乗れませんでした。
民事の場面で同じ問いが争われたとき、結論はどうなったのでしょうか。

国際司法共助の経路(米連邦地裁が新潟地裁に証人尋問を嘱託→NHK記者を尋問→記者は職業の秘密を理由に証言拒絶・アメリカで訴えを起こした側の抗告は最高裁まで認められず)

事案

定義嘱託とは、頼んで任せることです。

国と国のあいだで、証人尋問を頼み合う場面で使われます。

事案アメリカで起こされた損害賠償請求訴訟が、発端です。

  • 嘱託:ディスカバリー(裁判前に証拠を幅広く集める手続)の一環で、アメリカの連邦地方裁判所が、国際的な取り決めに基づき日本の裁判所に証人尋問を頼みました。
  • 尋問:新潟地方裁判所が、NHKの記者を尋問しました。企業グループの所得隠しの報道の取材源を聞かれました。
  • 証言拒絶:記者は、職業の秘密に当たることを理由に証言を拒みました。
  • 抗告:アメリカで訴えを起こした側が、証言拒絶に理由がないとして抗告しました。

結論最高裁まで争われ、証言拒絶は認められました。

出発点と争点の条文

結論出発点は、刑事と同じく証言義務の原則です。

決定も、何人も証言をすべき義務を負い、一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができると述べています。

条文争点になったのは、民事訴訟法197条1項3号の「技術又は職業の秘密」です。

  • 1号:公務員が、職務上知った秘密についての規定です。
  • 2号:医師や弁護士などを名指しする規定で、刑訴149条とよく似た作りです。2号にも、新聞記者は入っていません。
  • 3号:職業を名指しせず、どんな職業の秘密でも受け止められる一般条項です。記者を救ったのは3号です。

嘱託証人尋問証言拒否事件最高裁判所第三小法廷決定証言義務の原則「民訴法は、公正な民事裁判の実現を目的として、何人も、証人として証言をすべき義務を負い(同法190条)、一定の事由がある場合に限って例外的に証言を拒絶することができる……」

197条|民事訴訟法 第二編 第一審の訴訟手続 第四章 証拠 第二節 証人尋問(190〜206条)1項:次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。……三 技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合

取材源の秘密は職業の秘密に当たる

結論取材源の秘密は職業の秘密に当たるとされました。

理由取材源がみだりに開示されると、取材源となる者との信頼関係が損なわれます。

将来の自由で円滑な取材活動が妨げられ、報道機関の業務の遂行が困難になるからです。

注意職業の秘密に当たっても、自動的に証言拒絶が認められるわけではありません。

嘱託証人尋問証言拒否事件最高裁判所第三小法廷決定職業の秘密への該当性「報道関係者の取材源は、一般に、それがみだりに開示されると、報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ、将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられることとなり、報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になると解されるので、取材源の秘密は職業の秘密に当たるというべきである。」

保護に値する秘密か(比較衡量)

結論保護に値する秘密かどうかは、次の諸事情を比較衡量して決めるとされました。

  • 報道の側:報道の内容・性質・社会的な意義や価値、取材の態様、将来の同種の取材が妨げられる不利益の内容・程度です。
  • 民事事件の側:事件の内容・性質・社会的な意義や価値、証言を必要とする程度、代替証拠の有無です。

理由比較衡量の材料には、21条の趣旨が取り込まれています。

  • 報道の自由:報道は国民の知る権利に奉仕するもので、21条の保障の下にあります。
  • 取材の自由:21条の精神に照らし、十分尊重に値するものです。
  • 取材源の秘密:取材の自由を確保するために必要なもので、重要な社会的価値を有するとされました。

注意報道の自由は「保障の下にある」、取材の自由は「十分尊重に値する」という言葉の選び分けは、博多駅事件の言い回しをそのまま引き継いでいます。

嘱託証人尋問証言拒否事件最高裁判所第三小法廷決定保護に値する秘密かどうかの考慮要素「当該取材源の秘密が保護に値する秘密であるかどうかは、当該報道の内容、性質、その持つ社会的な意義・価値、当該取材の態様、将来における同種の取材活動が妨げられることによって生ずる不利益の内容、程度等と、当該民事事件の内容、性質、その持つ社会的な意義・価値、当該民事事件において当該証言を必要とする程度、代替証拠の有無等の諸事情を比較衡量して決すべきことになる。」21条の趣旨との接続「報道機関の報道は……国民の知る権利に奉仕するものである。したがって……事実報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。……取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するもの」であり、「取材源の秘密は、取材の自由を確保するために必要なものとして、重要な社会的価値を有する」。

あてはめ

結論取材源の秘密は保護に値し、証言拒絶には正当な理由があるとされました。

理由報道の側と事件の側の事情は、次のとおりでした。

  • 報道の側:公共の利害に関わる報道で、取材の手段にも違法な点はありませんでした。
  • 事件の側:アメリカの裁判はまだディスカバリーの段階で、証言が必要不可欠とまではいえませんでした。

なぜ結論が分かれたのか(条文の受け皿の違い)

石井記者事件は比較衡量に入らず、嘱託証人尋問証言拒否事件は比較衡量で証言拒絶を認めました。
同じ取材源の証言拒絶なのに、この違いはどこから来るのでしょうか。

石井記者事件(刑事)と嘱託証人尋問証言拒否事件(民事)の対比表(手続と争点/21条の使われ方/条文の受け皿/結論)

条文の作りの層

結論分かれ目は、受け皿となる条文があるかどうかです。

  • 刑事:刑訴144〜149条は限定列挙で、記者は入っていません。受け皿が無いので、21条から直接権利を引き出すしかありませんでした。
  • 民事:民訴197条1項3号の一般条項が受け皿になりました。「職業の秘密に当たるか」という条文の解釈問題として争えました。

理由解釈問題として争えたので、その解釈の中に21条の趣旨(知る権利への奉仕・取材の自由の意義)を考慮要素として取り込めました。

理由づけの層

結論もう一つの理由は、真実発見の要請の強さの違いです。

  • 刑事:真実発見の要請が強いです。
  • 民事:そこまで強くありません。

理由石井記者事件の判決も、証人に犠牲を強いる根拠を、実体的真実の発見によって法の適正な実現を期する司法裁判の使命に求めています。

注意2つの層は区別しますが、無関係ではありません。

民事訴訟法が「職業の秘密」という一般条項を用意したこと自体、真実発見の要請がそこまで強くないという価値判断の表れともいえます。

目盛りを立てる場面と、その場で天秤にかける場面

判例は、違憲審査基準ではなく、比較衡量で判断することがあります。
あらかじめ目盛りを立てる違憲審査基準と、比較衡量は、どう使い分けるのでしょうか。

見分け方

結論何を測るかで、使う道具が変わります。

  • 目盛り(違憲審査基準):主に法律そのものが憲法に反するかを、あらかじめ立てた物差しで測ります。
  • 天秤(比較衡量):目の前の一つの処分・証言拒絶が許されるか、または法律の要件をどう解釈してあてはめるかを決めます。

理由比較衡量には、国家の利益に偏りやすい欠陥があります。

そのため、法律そのものを測る場面では、目盛りを先に固定しておきます。

具体例この回の判例は、次のように位置づけられます。

  • 石井記者事件:天秤に乗りませんでした。
  • 嘱託証人尋問証言拒否事件:「職業の秘密」の解釈とあてはめで、天秤に乗せてもらえました。

注意ここで作るのは見分け方だけで、3層の物差し(厳格・中間・合理性)の中身は変わりません。

放送の自由(保障はされても特別な制約がある)

ここからは、取材源から放送に話題が移ります。
放送も表現の自由として保障されるのに、なぜ新聞には無い制約があるのでしょうか。

新聞と放送の落差(新聞の社説は政策への賛成を打ち出せ、同じ義務を課せば違憲のはず/放送法4条1項は放送局にだけ政治的公平と多角的な論点提示を課す内容規制)

放送の自由

結論放送も、21条1項の表現の自由として保障されます。

注意ただし放送局には、新聞には無い特別な制約がかかっています。

放送法4条1項

条文放送法4条1項は、番組の編集について放送事業者に次の義務を課しています。

  • 2号:政治的に公平であること。
  • 4号:意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

具体例同じ義務を新聞に課すと、社説で政策への賛成を打ち出すこと自体が封じられます。

この義務づけは、違憲と判断される可能性が高いはずです。

注意4条1項は、番組の主題や見解に踏み込むので、内容規制の側に入ります。

内容規制は本来いちばん警戒される規制なので、放送だけに許される理由が問われます。

4条|放送法 第二章 放送番組の編集等に関する通則(3〜14条)1項:放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という。)の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。一 公安及び善良な風俗を害しないこと。二 政治的に公平であること。三 報道は事実をまげないですること。四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

目盛りと天秤のどちらの場面か

結論問われているのは、4条1項という法律そのものが憲法に反しないかです。

つまり、目盛りの側の場面です。

注意一つの番組が公平だったかを量る話ではありません。

放送だけを縛ることを、どう正当化するかが問題になります。

制約を支えてきた根拠(今も生きているか)

放送法4条1項は、放送だけに課される内容規制です。
この規制を正当化してきた根拠は、今も説得力を持つのでしょうか。

正当化根拠の対比表(電波の有限性=周波数と放送局の数に限り→多チャンネル化・デジタル化で揺らぐ/強烈な影響力=テレビは人を動かしやすい→科学的根拠に乏しく政治的公平の規制の正当化には足りない)

結論従来の根拠は、電波の有限性と放送の強烈な影響力の2つですが、どちらも揺らいでいます。

注意政治的公平のように、言論の中身に踏み込む規制を正当化するには、この程度の根拠では足りないはずです。

今どう説明するか(倫理規定説と部分規制論)

放送法4条1項を支えてきた根拠は、揺らいでいます。
では、この規制は今どのように説明されているのでしょうか。

倫理規定説と部分規制論の対比表(倫理規定説=法的な強制力を持たない倫理的な規定として読み、規定の効力を弱めて合憲とする/部分規制論=放送だけを規制してメディア全体で欠点を補い合い、規制の存在に理由を与えて正当化する・いずれも有力で決着なし)

倫理規定説

具体例倫理規定説に立つと、放送局が新聞の社説のように一方に肩入れしても、それを理由に国が法的な制裁を科すことはできません。

政治的公平や多角的な論点提示は、放送局が自主的に守るべき心構えにとどまります。

部分規制論

具体例新聞は社説ではっきり賛成と言ってよく、その代わり放送は両論を出します。

この組み合わせなら、受け手はどちらの形の情報にもたどり着けます。

2つの説の違い

結論2つの説は、どちらも有力ですが、判例・通説としての決着はついていません。

注意2つの説は、救い方の向きが逆なだけでなく、答えている問いも違います。

  • 倫理規定説:4条1項は法的な義務ではないので、反しても「法的な義務に違反した」とはいえなくなります。
  • 部分規制論:放送だけを規制することに意味がある、と説明する議論です。条文が法的な義務かどうかまでは決めていません。

NHK受信料訴訟(知る権利が制度を支える側に回る)

放送には、公共放送と民間放送があります。
受信契約を義務づける仕組みは、契約の自由や知る権利、財産権を侵害しないのでしょうか。

二本立て体制の図(NHK=公共放送・受信料/民間放送=広告収入が放送法のもとで並び立ち、互いに啓発し欠点を補い合う)

事案

事案NHKの放送を受信できる設備を設置しながら、受信契約を結ばない人がいました。

NHKがその人に対して、契約締結の承諾を求めて提訴しました。

受信契約の強制が、契約の自由・知る権利・財産権を侵害しないかが争われました。

条文根拠は、放送法64条1項の「受信契約を締結しなければならない」です。

注意64条1項は、その後の法改正で今の形(1号・2号)になりました。

最高裁が判断したのは、受信設備を設置した者は協会と契約をしなければならない、という改正前の一本の規定です。

2号(特定必要的配信の受信を開始した者)は、判決の射程の外です。

64条|放送法 第三章 日本放送協会 第六節 受信料等(64〜67条)1項:次の各号のいずれかに該当する者は、認可契約条項で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない。一 特定受信設備を設置した者二 特定必要的配信の受信を開始した者

二本立て体制

定義二本立て体制とは、公共放送と民間放送の2つの系統が並び立つ体制です。

  • 公共放送:NHKです(受信料)。
  • 民間放送:広告収入で番組を作るテレビ局です。

結論判決は、放送法がこの体制を採ったとしました。

理由それぞれが長所を発揮し、互いに他を啓もうし、欠点を補い、国民が放送により十分福祉を享受できるようにするためです。

NHK受信料訴訟最高裁判所大法廷判決公共放送と民間放送の並び立つ体制「放送法は……公共放送事業者と民間放送事業者とが、各々その長所を発揮するとともに、互いに他を啓もうし、各々その欠点を補い、放送により国民が十分福祉を享受することができるように図るべく、二本立て体制を採ることとしたものである。」

合理性と立法裁量

結論二本立て体制の下でNHKを存立させ、財政的基盤を受信料で確保する仕組みは、次のように評価されました。

  • 目的:21条の表現の自由の下で、国民の知る権利を実質的に充足すべく採用されたものです。
  • 評価:その目的にかなう合理的なもので、立法裁量の範囲内にあることは明らかとされました。

注意次の2点を正確に押さえます。

  • 主語:評価されたのは受信料そのものではなく、制度全体(仕組み)です。「受信料が合理的」と縮めると不正確です。
  • 審査の厳しさ:厳しい物差しではなく、「立法裁量の範囲内」という緩やかな枠組みで処理しています。「合憲と言い切る」のとは審査の厳しさが違います。

NHK受信料訴訟最高裁判所大法廷判決合理性と立法裁量「公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において、前者を担うものとして原告を存立させ……その財政的基盤を受信設備設置者に受信料を負担させることにより確保するものとした仕組みは……憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものであると解される……これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは、明らかというべきである。」

知る権利の向きの転回

結論この判決では、知る権利が制度を正当化する側に回っています。

注意知る権利は、「妨げるな」の側面も「公開しろ」の側面も、国民の側に立つ権利でした。

ここでは、その国民に契約を義務づける制度を支える理由になっています。

契約成立の時期

結論NHKが承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立するとされました。

理由設備を置いた瞬間に契約が自動で成立する作り方は採らず、契約という形自体は崩していないからです。

注意判決が確定するまでは、契約はまだありません。

NHK受信料訴訟最高裁判所大法廷判決契約成立の時期「原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である。」

制度の枠外の視聴の自由

結論制度の枠を離れて受信設備で放送を視聴する自由は、憲法上保障されていると解することはできないとされました。

その結果、契約の自由・知る権利・財産権のいずれも侵害しないとされました。

理由受信設備を持つ以上、契約するのが制度の前提だからです。

注意知る権利は、制度を正当化するときには効きますが、個人が制度から抜けるときには効きません。

同じ言葉がどちらの向きにどこまで働くかに、線が引かれています。

NHK受信料訴訟最高裁判所大法廷判決制度の枠外の視聴の自由「このような制度の枠を離れて被告が受信設備を用いて放送を視聴する自由が憲法上保障されていると解することはできない。」

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#40単独ページ動画

通信の秘密とインターネット

21条の守備範囲(同居する3つのもの)

1項・2項前段・2項後段

定義21条には、次の3つが同居しています。

  • 1項:公に向けて発表する自由(と、受け手の自由)です。
  • 2項前段:検閲の禁止です。行政が、表現が世に出る前に止めることを禁じます。
  • 2項後段:そもそも公に向けて発表しないやりとりの保護(通信の秘密)です。

注意1項と2項後段は、一見すると正反対に見えます。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

なぜ同じ条文に同居するのか

結論21条が守っているのは、表現が生まれて、世に出るまでの全工程です。

3つは矛盾ではなく、範囲の違う保護が重なっています。

理由人は、相談や下書きなどのやりとりを重ねてから、発表にたどり着きます。

そのやりとりが筒抜けになるなら、安心して話せず、考えもまとまりません。

  • 1項:世に出す段階そのものを守ります。
  • 2項前段:世に出る前に行政が止めることを禁じます。
  • 2項後段:世に出すかどうかも決まっていない、その手前の段階を守ります。

通信の秘密の趣旨(二層)

21条2項後段は、発表の手前のやりとりを守っています。
では、なぜ通信の秘密を、わざわざ条文で守るのでしょうか。

通信の経路の関係図(送る側→①預ける→通信事業者→②届ける→受け取る側/通信事業者にも中身を見せない約束を国家が担保)

1層目:プライバシー権の一局面

定義プライバシー権とは、自己に関する情報をコントロールする権利です。

結論通信の秘密は、13条のプライバシー権の一つの側面を、明文で保障したものです。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

2層目:通信を運ぶ者への特別な位置づけ

結論通信を運ぶ者を特別な立場に置き、人が安心して他人とやりとりできる状態を支えます。

理由通信は、郵便を運ぶ人や回線の事業者など、必ず第三者の手を経由します。

そこで、間に立つ者にも守秘の義務を及ぼしています。

  • 約束の中身:人に預けないと届かないのに、預けた相手にも中身を見せない、という約束を国家が担保しています。

注意プライバシー権だけでは、「自分の情報を自分でコントロールする」で説明が終わります。

通信を別に置く理由は、この制度的な保障(2層目)まで挙げて初めて説明できます。

「通信」の定義と保護の範囲

通信の秘密は、プライバシーと通信事業者への信頼の二層で支えられています。
では、保護される「通信」とは何で、どこまで守られるのでしょうか。

「通信」の定義

「通信」の定義を境界で歩く表(誰でも見られる掲示板への投稿=通信ではない・21条1項の問題/鍵をかけた特定の相手とのやりとり=通信に当たる/大勢だが個々に宛先のある一斉送信=要検討)

定義通信は、非公開で、特定の相手との間で行われるやりとりです。

手段は問いません(手紙・電話・電子的なやりとり)。

注意大勢だが個々に宛先のある一斉送信は、はっきり決着した線引きがありません。

送る側が、大勢でも相手を特定できているかが軸になりそうです。

試験でも線引きが効いてくる、要注意のところです。

外形情報

結論保護は中身だけでなく、外形情報にも及びます。

  • 範囲:送る側・受け取る側の名前や住んでいる場所、やりとりをした日時や回数です。

理由誰と、いつ、何回やりとりしたかの記録だけで、交友関係や行動パターン、時には信条まで復元できます。

外形の記録が自由に取れると、通信事業者への信頼という趣旨の半分が空洞化します。

具体例深夜0時過ぎに同じ番号へ7日連続でかけた通話記録だけがあるとします。

番号が法律事務所の夜間相談窓口なら、中身を読まずに深刻な相談があると分かります。

注意プライバシー権で扱う外延情報(束ねると重い情報に届く鍵になる情報)とは、別の話です。

外形情報は、通信の秘密がやりとりの外側まで及ぶ、という話です。

通信の秘密の制約(3つの類型)

通信の秘密は、中身だけでなく外形情報まで守ります。
では、通信の秘密が破られるのは、どのような場面でしょうか。

通信の秘密が破られる3類型の表(犯罪捜査=刑訴法100条・222条・司法を正しく働かせること/財産の管理・清算=破産法82条・債権者全体の利益/施設の規律と矯正=刑事収容施設法127条・222条・施設の中の規律と秩序)

結論通信の秘密も、公共の福祉による制約に服します。

注意3つとも「破ってよい」点は同じに見えますが、守ろうとしている利益がそれぞれ別です。

犯罪捜査(刑訴法100条)

条文100条は、裁判所が郵便物(信書を含む)などを差し押さえる権限です。

  • 2項:被告人以外の人が出した郵便物も、事件に関係があると認められれば差し押さえられます。
  • 3項:差し押さえたことを、原則として発信人か受信人に知らせなければなりません。
  • 222条:100条を、検察官・検察事務官・司法警察職員による捜査の場面に準用しています。

100条|刑事訴訟法 第一編 総則 第九章 押収及び捜索(99〜127条)1項:裁判所は、被告人から発し、又は被告人に対して発した郵便物、信書便物又は電信に関する書類で法令の規定に基づき通信事務を取り扱う者が保管し、又は所持するものを差し押え、又は提出させることができる。

財産の管理・清算(破産法82条)

定義破産管財人とは、破産した人の財産を管理して債権者に分配する役割を、裁判所から選ばれて務める人です。

条文82条は、破産管財人が、破産者あての郵便物を開いて見ることを認めています。

理由破産した人の財産を正しく把握して、債権者に公平に分配するためです。

注意郵便物を破産管財人あてに転送するよう裁判所が嘱託できるのは、81条です。

  • 81条:転送の話です。
  • 82条:開いて見る話です。

82条|破産法1項:破産管財人は、破産者にあてた郵便物等を受け取ったときは、これを開いて見ることができる。2項:破産者は、破産管財人に対し、破産管財人が受け取った前項の郵便物等の閲覧又は当該郵便物等で破産財団に関しないものの交付を求めることができる。

施設の規律と矯正(刑事収容施設法127条・222条)

条文信書の検査を認める条文は、対象ごとに分かれています。

  • 127条:刑事施設にいる受刑者の信書です。
  • 222条:留置施設にいる未決拘禁者の信書です。

127条|刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律1項:刑事施設の長は、刑事施設の規律及び秩序の維持、受刑者の矯正処遇の適切な実施その他の理由により必要があると認める場合には、その指名する職員に、受刑者が発受する信書について、検査を行わせることができる。

222条|刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律1項:留置業務管理者は、その指名する職員に、未決拘禁者が発受する信書について、検査を行わせるものとする。

通信傍受法

通信の秘密は、目的の違う3つの類型で制約されています。
では、捜査のために国家が通信を聞くことは、どう扱われているのでしょうか。

通信傍受法の中身

定義傍受とは、通信をこっそり聞くことです。

  • 正式名称:犯罪捜査のための通信傍受に関する法律です。
  • 内容:一定の犯罪の捜査のために、国家が通信を傍受することを認めています。

結論平成28年の法改正で、対象になる犯罪が大きく広がりました。

具体例殺人・放火・逮捕監禁・略取誘拐・窃盗・強盗・詐欺・恐喝・児童ポルノに関わる罪なども、対象に含まれます。

注意「重大な犯罪だけに限られている」という理解は、もう古いです。

ただし、広がった側の犯罪は、役割を決めて動く集団によるものに限られます。

一人でやった窃盗は、対象になりません。

合憲性への疑い

結論合憲性に疑いを示す見解があり、指摘は2つです。

  • 構造の問題:令状で対象を絞っても、無関係かどうかは聞くまで分からず、無関係な通信の傍受を完全には排除できません。
  • 事後の救済:傍受された人への、事後的な救済が十分ではありません。

具体例捜査対象者の電話に、家族から夕飯の相談がかかってきた場合です。

事件と無関係だと分かるのは、聞いてしまった後です。

注意通信傍受法という法律そのものの合憲性を問う場面なので、違憲審査基準(目盛り)を立てる側の話です。

目の前の一つの判断を測る比較衡量(天秤)ではありません。

インターネットと送り手・受け手の固定化

ここまでは、発表しないやりとりの保護と、その制約でした。
では、インターネットは、送り手と受け手の関係をどう変えたのでしょうか。

固定化を解く

定義マスメディアの発達で、情報を発信する人と受け取る人が分離し、固定化しました。

受け手の側から21条を読み直して、知る権利という考え方が出てきました。

結論インターネットは、情報の発信が安価で双方向にできるので、その固定化を解きます。

新聞社や放送局を通さずに、一般の国民が発信者としての地位を回復する可能性が開かれました。

具体例新聞への投書は、載せるかどうかを決めるのは他人でした。

今は、同じ内容を自分の判断でそのまま出せます。

規制を強めてよいという向き(匿名性と違法な表現)

インターネットは、安価で双方向に発信できる場です。
では、この性質は、規制を強める理由になるのでしょうか。

匿名性を利用した違法な表現

定義匿名性とは、誰が発信したか分からない状態で発信できることです。

結論匿名性を利用した違法な表現が氾濫しているため、従来の表現とは違う特別な制約が許されるべきだ、という見解が有力に主張されています。

具体例わいせつな表現、名誉を傷つける表現、他人のプライバシーを侵す表現、薬物の売買につながる情報などです。

注意通説とまでは言い切れず、有力な見解という段階です。

匿名性の土台

結論発信者を簡単には突き止められない、という匿名性の土台には、通信の秘密の保障があります。

規制を緩めてよいという向き(対抗言論の法理)

同じ性質から、規制を強めるべきだという見解が出てきます。
では、逆に規制を緩める方向の議論は、何を根拠にするのでしょうか。

同じ性質から出る逆向きの2つの議論の表(強める向き=匿名性を利用した違法な表現の氾濫・特別な制約を許してよい〈有力説〉/弱める向き=対抗言論の法理・名誉毀損の成立範囲を狭く解する余地)

対抗言論の法理

定義対抗言論の法理とは、言論には言論で対抗するべきだ、という考え方です。

結論インターネットでは反論が比較的容易なので、名誉毀損の成立範囲を通常の表現より狭く解釈してよいのではないか、という余地が出てきます。

理由反論できれば、間違った情報がその場で正されうるからです。

意見の競争の中で正しい考えが生き残る、という思想の自由市場の発想が働きます。

なぜ逆向きの議論が両方出てくるのか

結論同じ「誰でも書き込める場」という事実が、片方では被害が拡散する理由に、もう片方では救済が容易になる理由になっています。

どちらが正しいかではなく、事実の評価の向きが場面で変わるだけです。

最高裁の判断(相当性の法理は緩和しない)

学説には、インターネットでは名誉毀損を緩めてよいという議論があります。
では、最高裁は、この対立にどう答えたのでしょうか。

相当性の法理

定義相当性の法理とは、摘示した事実を真実と誤信しても、確実な資料・根拠に照らし相当の理由があれば、犯罪の故意が無く、名誉毀損罪が成立しないとする仕組みです。

インターネット上の名誉毀損事件(小法廷の決定)

事案被告人は、自ら運営するホームページに、フランチャイズ方式で加盟店を募集していた会社について掲載しました。

  • 内容:同社がカルト集団であるという虚偽の内容と、同社が虚偽の広告をしているかのような内容です。
  • 状態:不特定多数が閲覧できる状態にしました。

名誉毀損罪の成否が争われました。

結論確実な資料・根拠に照らし相当の理由があったとはいえず、相当性の法理を緩和する必要はないとしました。

理由理由は2つです。

  • 信頼性:インターネットの個人利用者が発信した情報だからといって、閲覧者が一律に信頼性の低い情報として受け取るとは限りません。
  • 被害の深刻さ:瞬時に不特定多数が閲覧でき、被害は深刻になり得ます。一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないのです。

注意混同しやすい点は、次の2つです。

  • 学説との向き:学説(緩める方向)と判例(緩めない方向)は逆です。反論が容易という点に、反論できても名誉は回復しきれない、と答えています。
  • 射程:インターネットだから緩めなくてよい、というところまでです。通常より厳しく見てよい、とまでは言っていません。

インターネット上の名誉毀損事件最高裁判所第一小法廷決定インターネット上の名誉毀損・事案被告人は、自ら運営するホームページに、フランチャイズ方式で加盟店を募集していた会社について、同社がカルト集団であるという虚偽の内容と、同社が虚偽の広告をしているかのような内容を掲載し、不特定多数が閲覧できる状態にした。名誉毀損罪の成否が争われた。インターネット上の名誉毀損・相当性の法理を緩和しない摘示事実を真実であると誤信したことについて、確実な資料・根拠に照らし相当の理由があったとはいえない——相当性の法理を緩和する必要はないとした。理由は、二つある。インターネットの個人利用者が発信した情報だからといって、閲覧者が一律に信頼性の低い情報として受け取るとは限らないこと。そして、インターネット上の表現は瞬時に不特定多数が閲覧できる状態になり、名誉毀損の被害は深刻なものとなり得るうえ、一度損なわれた名誉の回復は容易ではなく、インターネット上での反論によって十分にその回復が図られる保証があるわけでもないこと。

表現活動への公権力の支援

ここまでは、表現を規制する側から21条を見てきました。
では、規制していないのに、21条の問題が起きるのはどのような場面でしょうか。

政府による支援の危険

結論政府が優れた表現作品を選んで支援すること自体は、従来から広く認められてきました。

注意近年危険視されているのは、政府が自分が言論の主体であることを明かさないまま、ある方向の意見を後押しする場面です。

支援されるかどうかで世に出やすさが変わり、禁止していないのに思想の自由市場が歪みます。

  • 具体例:政策を応援する映画には制作の助成金を出し、批判する映画には出さない選別を、政府が発信者だと明かさずに行う場合です。

答案での処理(14条1項)

結論援助を受ける人と受けない人との差別として捉え、14条1項の審査の型に載せます。

区別に合理的な理由があるかを測る型です。

理由支援しないこと自体は表現の禁止ではないので、21条だけでは構成しづらいからです。

「禁止はしていないが、扱いに差がある」という構造は、14条1項の方が扱いやすいのです。

注意これは通説というより、答案戦略上の選び方です。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

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公務員の政治活動

政治的行為の禁止(国家公務員法102条1項)

同じ行為でも、公務員だと処罰される

隣人が自宅前に選挙ポスターを貼っても何も起きないが、郵便局員が勤務時間外に私人として貼ると起訴されることがある、という対比表

結論行為がまったく同じでも、公務員だと刑罰の対象になることがあります。

違うのは、身分だけです。

注意制約の問題は、2つの筋に分けて整理します。

  • 制約の根拠:なぜ公務員だと制限できるのか(第2〜4節)。
  • 審査の道具:根拠が立ったあと、どこまで制限してよいかを測る方法(第5〜11節)。

102条1項の作り(人事院規則への委任)

結論102条1項は、政治的行為を禁止する骨組みだけを定めています。

何が「政治的行為」に当たるかの中身は、人事院規則に委ねられています。

注意国会ではなく規則を作る行政機関が、実質的に何が犯罪になるかを決めていることになります。

犯罪と刑罰の中身は、法律自身が定めておくべきだという要請があります。

この構造は、その要請と緊張関係にあります(詳しくは行政法の分野で問われます)。

102条|国家公務員法 第三章 職員に適用される基準 第七節 服務(96〜106条)1項:職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。

選挙権の行使は除かれる

結論102条1項は「選挙権の行使を除く外」と定めており、投票は禁止の対象外です。

注意そのため、「一律・全面禁止」と言い切ると、少し正確さを欠きます。

ただし、投票以外の政治的な行為は、非常に広く規則の対象に入ります。

人事院規則14-7が定める類型

定義規則が挙げる政治的行為には、たとえば次のものがあります。

  • 団体:政党などの政治団体を作ることや、その運営に関わること。
  • 人と資金:特定の政党や候補者のために、人を動かしたりお金を集めたりすること。
  • 文書図画:政治的な目的を持つ文書や図画を、掲示・配布すること。
  • 署名運動:署名運動を企画したり、中心になって進めたりすること。
  • 演説:政治的な目的を持つ集会で、演説をすること。

具体例休日に駅前で、特定の政党のためにビラを配ることも、対象に入り得ます。

注意勤務時間の内外を問わず、私人としての行為も含まれます。

だから、勤務時間外に私人として貼ったポスターでも、対象になり得ます。

違反には刑罰がある(110条1項18号)

結論違反は、行政上の処分ではなく刑事罰の対象です。

法定刑は、3年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金です。

注意勤務時間外・職場の外・私人としての活動にまで及び、しかも刑罰が付きます。

これは、他の人権が制限される場面とは水準が違います。

一般の人の同じ行為なら、表現の自由(21条)として強く守られるはずです。

110条|国家公務員法 第四章 罰則(109〜113条)1項:次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。十八 第百二条第一項に規定する政治的行為の制限に違反した者

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

国家公務員と地方公務員

国家公務員(国公法102条1項)と地方公務員(地公法36条)の対比表:禁止の広さはほぼ同水準だが、違反の効果は国が刑罰あり・地方は懲戒処分のみ

結論地方公務員法36条も政治的行為を制限しており、中身は国家公務員とかなり近いものです。

しかし地方公務員の違反には刑罰の規定がなく、効果は懲戒処分にとどまります。

理由国と地方で扱いが違う理由に、はっきりした答えは出ていません。

確かめられるのは、国には罰則があり、地方には無いという条文の作りです。

注意「公務員だから刑罰」という説明では、この違いを説明できません。

制約の根拠①:全体の奉仕者説

公務員の政治的行為は、勤務時間外の私人としての活動まで、刑罰付きで禁止されています。
では、この強い制約は何を根拠にしているのでしょうか。

全体の奉仕者説

定義全体の奉仕者説とは、15条2項を根拠に、公務員を一つの身分として括り、一律の制約を認める考え方です。

理由公務員である以上、特定の政党や候補者を応援する活動は、その中立性にそぐわないからです。

具体例勤務時間外に私人としてポスターを貼った郵便局員も、「公務員だから」の一言で制約してよいことになります。

仕事の中身も、貼った時間も関係ありません。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

全体の奉仕者説の難点

結論この説には、2つの難点があります。

  • 抽象的すぎる:「全体の奉仕者」という言葉からは、全体のために働く以上の中身が見えません。
  • 特別権力関係論と同じ構造:公務員を一つの身分として一括りにする発想は、否定されたはずのこの理論と同じです。

注意特別権力関係論の3つの柱を、全部引き継いでいるわけではありません。

  • 3つの柱:法律の根拠が無くても制限できる/広い範囲で制限できる/裁判所の審査が及ばない。
  • 共通する点:「公務員だから」という一括りの理由づけだけで、広い制約を正当化する発想です。

制約の根拠②:職務の性質説

全体の奉仕者説は、公務員を一括りにする点に弱点がありました。
では、一括りをやめると、どう考えることになるのでしょうか。

同じ役所の窓口業務の職員と政策の意思決定に関わる職員を、仕事の中身と政治活動の影響で対比した表

職務の性質説

定義職務の性質説とは、公務員を一括りにせず、担当する職務の性質ごとに個別に考える見解です。

注意窓口業務の職員なら何をしても問題にならない、とまでは言えません。

あくまで職務の性質に応じて、程度の差が出るという話です。

窓口業務の職員でも、公務員という立場を強く利用すれば、話は変わります(行為の仕方も関係します)。

職務の性質説の難点

結論「職務の性質」という物差しは、憲法上の根拠を持ちません。

理由憲法上の根拠の無い物差しで、人権を制約することになってしまうからです。

注意一括りをやめた点は前進です。

しかし、個別に考える良さと憲法上の根拠を、まだ両立できていません。

制約の根拠③:憲法秩序の構成要素説(通説)

職務の性質説は、個別に考えられる一方で、憲法上の根拠を欠いていました。
では、両方を満たす根拠はどこに求められるのでしょうか。

憲法秩序の構成要素説

定義憲法秩序の構成要素説とは、憲法自身が公務員関係の存在と自律性を予定していることに、制約の根拠を求める見解です(現在の通説)。

結論その関係が成り立つために必要な限度で、制約が正当化されます。

逆に、正当化されるのはその限度までです。

条文根拠になるのは、15条1項と73条4号です。

  • 15条1項:公務員を選び、やめさせるのは国民の権利です。選び、やめさせる相手=公務員という仕組みがあることが前提です。
  • 73条4号:内閣の仕事として、官吏に関する事務(公務員の任免や身分の取り扱いなど)を定めています。

具体例政策の意思決定に深く関わる職員が特定の政党のために動けば、行政の中立性は直接ゆらぎます。

窓口業務の職員が休日に同じことをしても、ゆらぎ方は小さいので、制約してよい範囲も違ってきます。

注意職務の性質説の「個別具体的に考える」という発想を、そのまま引き継いでいます。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

73条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。(略)四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。

同じ15条でも見ている項が違う

全体の奉仕者説は15条2項(公務員はどういう存在か)、憲法秩序の構成要素説は15条1項・73条4号(公務員という仕組みの存在を憲法が前提にしている)を使うことを示す対比表

注意どちらも15条ですが、見ている項が違います。

  • 全体の奉仕者説:2項(公務員はどういう存在か)。
  • 憲法秩序の構成要素説:1項(公務員という関係を憲法が予定している)。

3説の関係

3説の乗り越え表(全体の奉仕者説=15条2項・一律の制約・抽象的すぎる/職務の性質説=憲法上の根拠なし/憲法秩序の構成要素説=15条1項・73条4号・両説の長所を両取り)

結論3説は、前の説の難点を次の説が一つずつ埋めていく連鎖になっています。

憲法秩序の構成要素説は、2つの長所を両方引き継いでいます。

  • 全体の奉仕者説から:憲法上の根拠があること。
  • 職務の性質説から:個別具体的に判断できること。

注意一括りの身分として扱うのをやめ、関係ごとに根拠と限度を個別に問い直すという現代的な処理を、公務員の政治活動の場面で組み立てたものです。

猿払事件(大法廷):まず「保障は及ぶ」と認めた

制約の根拠は、憲法秩序の構成要素説で説明されます。
では、最高裁は実際の事件で、どのように制約の合憲性を審査したのでしょうか。

猿払事件の関係図(労組協議会の決定に従い、非管理職の郵政事務官が勤務時間外に選挙ポスターを掲示・配布依頼し、起訴された)

猿払事件

事案北海道の郵便局に勤める非管理職の郵政事務官が、労働組合協議会の事務局長も務めていました。

  • 行為:衆議院議員選挙の際、協議会の決定に従い、支持する候補者の選挙用ポスターを自ら公営掲示場に6枚掲示しました。
  • 依頼:そのころ4回にわたり、合計およそ184枚の掲示を他の人に依頼しました。
  • 時間:勤務時間外の行為でした。
  • 起訴:102条1項と人事院規則14-7に違反するとして、起訴されました。

結論下級審と最高裁で、結論が分かれました。

  • 第一審:無罪(労働組合活動の一環で、機械的な労務にとどまる職務だから)。
  • 控訴審:無罪を維持しました。
  • 最高裁:第一審・控訴審の判決を破棄して自ら判決し、罰金5000円の有罪としました。

注意この判決には、複数の裁判官の反対意見が付いています(全員一致ではありません)。

政治的行為への21条の保障

結論最高裁は、政治的行為も21条による保障を受けると認めました。

理由政治的行為は、行動としての面のほかに、政治的意見の表明としての面も持つからです。

注意「公務員の行為だから保障の対象外」という切り方はしていません。

まず保障が及ぶと認めたうえで、制約が許されるかを審査しています。

猿払事件最高裁判所大法廷判決政治的行為への21条の保障政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法二一条による保障を受ける。

猿払基準:いちばん緩い審査

猿払事件で、最高裁は政治的行為にも21条の保障が及ぶと認めました。
では、制約が許されるかを、どのような基準で審査したのでしょうか。

猿払基準の三要素(目的=正当と言えれば足りる/関連性=一応のつながりがあれば足りる/均衡=得られる利益は失われる利益に比してさらに重要)

目的・関連性・均衡の3要素

定義合憲性は、3つの要素で判断されました。

  • 目的:禁止の目的が正当か。
  • 関連性:目的と、禁止される行為との関連性。
  • 均衡:禁止により得られる利益と、失われる利益との均衡。

結論3要素とも満たされ、一律・全面禁止でも合憲とされました。

  • 目的:「行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保する」ことにあるとし、正当と認めました。
  • 関連性:一律・全面禁止という強い手段でも、目的との間に一応のつながりがあると評価されました。
  • 均衡:「得られる利益は、失われる利益に比してさらに重要なものというべき」としました。

猿払事件最高裁判所大法廷判決目的・関連性・均衡の三要素合憲性は、三つの要素によって判断される。一つは、禁止の目的。二つは、目的と禁止される行為との関連性。三つは、禁止により得られる利益と失われる利益との均衡である。

合理性の基準を当てた

結論これは、「目的と手段の合理的関連性」を見る、三段階の審査基準のうちいちばん緩い基準(合理性の基準)です。

  • 目的:正当と言えれば足ります。
  • 手段:一応のつながりがあれば足ります。

理由基準が緩いため、一律・全面禁止という強い規制でも合憲にたどり着いてしまいます。

基準の緩さそのものが、結論を決めています。

注意次の2点に気をつけます。

  • 呼び方:「猿払基準」「合理的関連性の基準」は、判決文が名乗ったものではなく、後から学界が付けた名前です。
  • 何でも通るわけではない:目的が正当と言えない場合や、手段が目的と全く無関係な場合は、合理性の基準でも違憲になります。

「間接的・付随的な制約」の意味(判例と学説)

猿払事件では、一律・全面禁止にいちばん緩い基準が当てられました。
では、なぜそれほど緩い基準で済んだのでしょうか。

判例の用法:ねらいで線を引く

結論最高裁は、この禁止を「間接的、付随的な制約」にすぎないとしました。

理由意見表明そのものの制約をねらいとせず、行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止しているからです。

最高裁は、規制のねらい(目的)で線を引いています。

具体例夜10時以降の騒音を禁止する条例は、政治的な演説を狙って作られたものではありません。

しかし、深夜に街頭演説をする人にも、結果として及びます。

ねらいで見れば間接的、対象で見れば表現行為への規制、と評価が変わります。

猿払事件最高裁判所大法廷判決間接的、付随的な制約意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは……単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎず……。

学説の用法:実質で上書きする

「間接的・付随的」の同音異義(最高裁=ねらいだけで線を引く・上書きなし/学説=ねらいが主軸だが、規制される行為の大半が表現行為なら直接的規制に格上げ)

定義学説の分け方も、主軸は規制の目的(何を狙っているか)です。

  • 直接的規制:人権行使の規制それ自体を、直接の目的とする規制。
  • 間接的・付随的規制:別の目的の規制が、たまたま表現に及んだだけの規制。

注意学説には、実質で見る上書きがあります。

形の上では間接的でも、規制される行為の大半が表現行為なら、直接的規制として扱います。

同じ言葉でも、ねらいだけで言い切る判例とは、届く範囲が違います(同音異義)。

緩い審査とのつながり

結論「間接的・付随的な制約」と言えれば、審査は緩くてよいという発想につながります。

「表現そのものを狙っていない」という一段があるから、第6節の緩い3要素が使われました。

猿払事件への学説の批判

猿払事件は、「間接的・付随的な制約」だとして、いちばん緩い基準を当てました。
学説は、この判断のどこを批判しているのでしょうか。

2つの批判

結論学説からは、2つの強い批判があります。

  • 直接的規制ではないか:学説の物差しで見ると、政治的な表現行為そのものを広く対象にしているので、直接的規制に当たるのではないか。
  • 基準が緩すぎる:表現の自由の規制である以上、合理性の基準ではなく、中間審査基準を使うべきではないか。

具体例中間審査基準を使えば、もっと制限的でない手段がある(LRAの基準)と判断されると考えられます。

  • より制限的でない手段:職務との関連性が強い行為だけに絞る、といった方法です。
  • 結論への影響:全面禁止のままでは、通らない可能性があります。

注意基準を変えるだけで、同じ規制でも結論が変わりうる、という具体的な議論です。

堀越事件(第二小法廷):条文の意味を絞って無罪

猿払事件は、緩い基準で一律・全面禁止を合憲としました。
では、その後の堀越事件で、最高裁は何を変えたのでしょうか。

堀越事件の関係図(非管理職の年金審査官が、休日に職務と無関係に他人の住居の郵便受けへ政党機関紙等を投函し、起訴された)

堀越事件

事案社会保険事務所に年金審査官として勤める厚生労働事務官が被告人でした。

  • 立場:非管理職で、年金の支給を決める権限も保険料を徴収する権限も無く、相談業務だけを担当していました。
  • 行為:日本共産党を支持する目的で、休日に、勤務先や職務とは関わりなく、住んでいる地域の他人の住居や事務所の郵便受けに、同党の機関紙などを投函しました。
  • 態様:公務員であることは明らかにしていません。
  • 起訴:102条1項に違反するとして、起訴されました。

結論第一審と控訴審で、結論が変わりました。

  • 第一審:有罪(罰金10万円、執行猶予2年)。
  • 控訴審:原判決を破棄して、無罪としました。
  • 最高裁:検察官の上告を棄却し、無罪が維持されました。

注意判決が使う呼び方は「機関紙等の配布行為」です(「ビラを配った」はざっくりした言い方です)。

何が「向きを変えた」のか

結論堀越事件の判断は、2つに分かれます。

  • 限定解釈:禁止される「政治的行為」の意味を絞り込みました。
  • 合憲性の判断:罰則規定が合憲かを、利益の較量で決めました。

注意法律の合憲性を測る場面では、原則として、あらかじめ立てた審査基準で測ります。

堀越事件は、法律そのものを測る場面なのに、審査基準を立てず、よど号事件と同じ較量の枠組みで決めました。

ここが、「向きが変わった」と言われる点です。

限定解釈(「政治的行為」の意味)

結論「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指します。

  • 1段目:観念的な(頭の中だけの抽象的な)おそれでは足りません。
  • 2段目:現実に起こり得ると、実質的に認められることが必要です。

注意抽象的な心配では足りず、具体的な事情のもとで放置できない程度の危険を求める絞り方です。

よど号事件の「相当の蓋然性」と同じ形です。

堀越事件最高裁判所第二小法廷判決限定解釈の定式(国家公務員法にいう)政治的行為とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指す。

合憲性の判断枠組み(較量)

結論規制が必要かつ合理的なものとして是認されるかは、次の事情を較量して決せられます。

  • 規制が必要とされる程度。
  • 規制される自由の内容及び性質。
  • 具体的な規制の態様及び程度等。

具体例この事件で量られたのは、次のとおりです。

  • 規制の必要性:非管理職で権限も無く、休日に職務と関わりなく目立たない形で投函しているので、中立性が損なわれる具体的な危険は小さいと評価されました。
  • 自由の内容:政治的な意見を私人として伝える行為で、軽いものではありません。
  • 較量の結果:この被告人については、規制の必要性が、自由の重みに負けました。

堀越事件最高裁判所第二小法廷判決合憲性の判断枠組み規制が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、本件罰則規定の目的のために規制が必要とされる程度と、規制される自由の内容及び性質、具体的な規制の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである。

結論の二段構え

結論堀越事件の結論は、2段に分かれます。

  • 一段目:限定解釈された「政治的行為」を前提にすれば、罰則規定そのものは合憲です(目的は正当で、対象は実質的なおそれのある行為に限られ、必要やむを得ない限度にとどまる)。
  • 二段目:この被告人の行為は、その絞られた「政治的行為」に当たらないので、無罪です。

注意条文を違憲にしたのではなく、射程を絞っただけです。

「堀越事件で公務員の政治活動が自由になった」わけではありません。

罰則規定は生きており、絞られた範囲に当たれば、今でも処罰されます。

猿払事件と堀越事件の比較

堀越事件は、限定解釈と較量の枠組みで、非管理職の被告人を無罪としました。
では、猿払事件と横に並べると、何が違うのでしょうか。

猿払と堀越の4行対比(誰が=どちらも非管理職/何をして=ポスター掲示・配布依頼と機関紙等の投函/どの道具で=猿払基準+間接的・付随的制約論と限定解釈+よど号の較量枠組み/結果=有罪と無罪)

入れ替わったのは審査の道具

結論人と行為は近く、大きく違うのはどの道具で測ったかです。

  • 猿払事件:猿払基準(目的・関連性・均衡)と、間接的・付随的制約論。
  • 堀越事件:限定解釈と、よど号事件の較量の枠組み。

注意堀越判決の全文には、「間接的」も「付随的」も一度も出てきません。

同じ日に有罪となった管理職の事件

事案堀越事件と同じ日に、同じ枠組みで判断されたもう一つの事件があります。

被告人は、管理職的な地位にありました。

結論こちらは有罪でした。

理由管理職的な地位にあれば、行政の中立性が損なわれる危険は大きく評価されます。

部下を指揮する立場の人が政治的な行動を取れば、影響はそれだけ大きいからです。

注意堀越事件の限定解釈は、公務員の政治活動を全面的に解禁したわけではありません。

身分や地位によって、結論は今も分かれます。

「実質的な」判例変更(大法廷と小法廷)

猿払事件と堀越事件では、審査の道具が入れ替わっています。
では、なぜ「判例変更」ではなく、「実質的な判例変更」としか言えないのでしょうか。

猿払=大法廷判決、堀越=第二小法廷判決で、小法廷は形式的には判例変更ができないことを示す表

小法廷は判例を変更できない

結論学説は、堀越事件を「実質的な判例変更」としか言えません。

条文前の最高裁の裁判と意見が反するときは、小法廷では裁判をすることができません(裁判所法10条3号)。

理由最高裁自身は、堀越判決で「判例を変更する」とは述べていません。

堀越事件は第二小法廷の判決なので、大法廷判決である猿払事件を、形式的には変更できないからです。

注意「実質的」は、あいまいな言葉ではなく、大法廷・小法廷という審理の形式から出てくる言葉です。

10条|裁判所法 第二編 最高裁判所(6〜14条の3)事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。(略)三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

千葉勝美裁判官の補足意見

結論堀越判決には、千葉勝美裁判官の補足意見があり、猿払判決との整合性を論じています。

注意補足意見は法廷意見ではありません。

裁判所そのものの判断ではなく、一人の裁判官の意見です。

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#42単独ページ動画

裁判官の表現の自由と選挙運動の自由

三つの要素の物差しはどこまで広がったか

定義三つの要素の物差しは、公務員の政治活動の規制について最高裁が立てた枠組みです。

規制を疑う三層の目盛りのうち、いちばん緩い合理性の基準を当てたものです。

  • 一つ目:禁止の目的が正当か。
  • 二つ目:目的と禁止との間に合理的関連性があるか。
  • 三つ目:禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失していないか。

結論この物差しは、公務員という特別な関係を理由に生まれました。

それが、裁判官の場面と、誰にでも及ぶ選挙運動の場面にまで広がりました。

注意表現の自由が負けるときには、この物差しすら出てこない負け方もあります(第10節)。

裁判官は「特別の中の特別」(76条3項)

三つの要素の物差しは、公務員という特別な関係を理由に生まれました。
では、公務員の中でも、裁判官への要請はなぜ特に強いのでしょうか。

憲法76条3項から、独立の意味を経て、外見上も中立・公正を害さないという要請へ降りる流れ

裁判官の独立

定義ここでいう独立とは、誰からも指図されないことです。

内閣からも、国会からも、上司にあたる裁判官からも指図されません。

条文76条3項が、裁判官の独立を定めています。

76条|第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

外見上の中立・公正(寺西判事補事件)

結論最高裁は、裁判官に外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことを求めます。

理由司法に対する国民の信頼は、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからです。

具体例法案に反対する運動の集会に出た裁判官が、後日その法案に関わる事件で判決を書く場合です。

判決の中身が正しくても、負けた側は中身を読む前に公正さを疑います。

判断が実際に歪んでいたかとは別のところで、信頼が落ちます。

注意実際に不公平な裁判をしていなくても、外見上の中立・公正が問われます。

中身が公正であるだけでは足りません。

寺西判事補事件外見上も、中立・公正を害さない……裁判官は、独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される。司法に対する国民の信頼は、具体的な裁判の内容の公正、裁判運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからである。裁判官への要請は、なぜ特に強いのか(決定の二か所から)……現行憲法下における我が国の裁判官は、違憲立法審査権を有し、法令や処分の憲法適合性を審査することができ、また、行政事件や国家賠償請求事件などを取り扱い、立法府や行政府の行為の適否を判断する権限を有しているのであるから、特にその要請が強い……。

裁判の存立する基礎

結論裁判官が政治の方向に影響を与える行動に及ぶことは、裁判の存立する基礎を崩すとされます。

理由判決が受け入れられるのは、最後は裁判への信頼があるからです。

信頼が崩れれば、判決という仕組みそのものが機能しなくなります。

注意そうした行動は、立法権や行政権に対する不当な干渉、侵害にもつながるとされます。

一般職の国家公務員より強い要請

結論裁判官に対する政治運動禁止の要請は、一般職の国家公務員に対する政治的行為禁止の要請より強いとされます。

理由決定は、次の2つを挙げます。

  • 目的の重要性:裁判官は違憲立法審査権を持ち、立法府や行政府の行為の適否を判断する権限を持ちます。そのため、中立・公正の要請が特に強くなります。
  • 司法権の主体:裁判官は、単独で又は合議体の一員として、司法権を行使する主体です。

根拠と限度を個別に問う

結論国家と特別な関係に立つ人は、一括りの身分として扱わず、関係ごとに根拠と限度を個別に問い直します。

裁判官という関係では、根拠は本節の要請です。

限度には、第3節で見る捻れがあります。

禁止はいちばん強いのに、制裁はいちばん軽い

裁判官への要請は、一般職の国家公務員より強いとされます。
では、その禁止に違反したとき、どのような制裁があるのでしょうか。

国家公務員・地方公務員・裁判官の三段で、禁止の定め方(限定列挙か列挙なしか)と違反の効果(刑罰の有無)を比べた表

分限裁判と懲戒

定義分限裁判とは、裁判官の身分について、裁判所が裁判の形で決める手続です。

結論裁判所法52条1号の禁止に違反しても、罰則はありません。

制裁は、分限裁判による懲戒だけです。

条文懲戒の中身は、裁判官分限法2条の戒告又は一万円以下の過料です。

減給・停職・免職はありません。

注意過料は刑罰ではありません。

前科もつかないので、罰則が無いことと矛盾しません。

  • 左の行為:52条柱書の「左の行為」は、縦書きを前提にした古い言い回しで、「次に掲げる行為」のことです。

52条|裁判所法 第四編 裁判所の職員及び司法修習生 第一章 裁判官(39〜52条)裁判官は、在任中、左の行為をすることができない。一 国会若しくは地方公共団体の議会の議員となり、又は積極的に政治運動をすること。(略)

2条|裁判官分限法裁判官の懲戒は、戒告又は一万円以下の過料とする。

捻れの答え

結論禁止は最も強く、制裁は最も軽いという捻れは、矛盾ではなく噛み合っています。

条文身分保障について、78条は、裁判官の懲戒処分を行政機関が行えないと定めています。

理由決定自身が、列挙の有無の理由を述べています。

  • 国家公務員:違反が懲戒だけでなく刑罰の対象にもなります。処分する側の恣意的な解釈や運用を防ぐため、人事院規則が禁止行為を限定列挙しています。
  • 裁判官:強い身分保障の下で、懲戒は裁判によってのみ行われます。しかも違反行為に刑罰を科する規定が置かれていないので、「積極的に政治運動をすること」の一行で足ります。

注意この捻れは、第5節の明確性の判断につながります。

78条|第六章 司法(76〜82条)裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。

寺西判事補事件:事案と手続

裁判所法52条1号は、裁判官が積極的に政治運動をすることを禁じています。
では、どのような行為がこれに当たるとされたのでしょうか。

寺西判事補事件の関係図(集会実行委員会が判事補にパネリストを依頼し承諾、所長が集会の9日前に警告、判事補は当日一般参加者席から発言、仙台高裁の分限裁判が戒告し最高裁大法廷が抗告棄却)

事案

事案現職の判事補が、法案に反対する集会の会場で発言しました。

  • 立場:仙台地方裁判所と家庭裁判所の判事補で、簡易裁判所の判事も兼ねていました。前年には、裁判官であることを明らかにして、令状審査の実態を批判する投書を新聞にしていました。
  • 法案:組織的な犯罪を処罰する法案、通信を傍受する法案、刑事訴訟法の一部改正案が国会にかかっていました。
  • 依頼と承諾:法案に反対する運動を担う団体が集会を企画し、判事補はパネリストとしての参加をいったん承諾しました。参加はビラとネット上の告知で、事前に広く知らされました。
  • 警告:集会の9日前、所属する裁判所の所長がビラを示して事実を確認しました。判事補は、懲戒もあり得るというなら再考すると述べました。
  • 当日の発言:パネリストの席には座らず、直前に一般参加者の席から数分間発言しました。判事補であることを明らかにし、所長から懲戒処分もあり得るとの警告を受けたので参加は取りやめた、と述べました。法案に反対の立場で発言しても積極的な政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する、とも述べました。

結論最高裁は、この行為が52条1号の「積極的に政治運動をすること」に当たるとしました。

  • 発言の評価:法案は令状主義に照らして問題があり、廃案を求めることは正当だという意見を、参加者に伝えたものとされました。
  • 役割:廃案を求める運動を、支援し推進する役割を果たしたと評価されました。

注意発言そのものは、法案への賛否を述べていません。

手続の流れ

結論仙台高等裁判所が、分限裁判で判事補を戒告としました。

判事補が即時抗告し、最高裁は抗告棄却としたので、戒告が確定しました。

刑事事件ではない

結論寺西判事補事件は刑事事件ではなく、分限裁判(懲戒)です。

  • 刑事事件:起訴されて有罪か無罪かが争われ、罰金や拘禁刑が問題になります。公務員の政治活動をめぐる猿払事件・堀越事件は、こちらです。
  • 分限裁判:起訴も有罪もなく、制裁は戒告か過料にとどまります。

注意同じ物差しが使われても、当たっている先が違います。

「処罰」「有罪」の話と混ぜないようにします。

反対意見

結論15人の裁判官のうち、5人が反対意見を述べました。

  • 限界事例:反対意見の一つは、この事件を「限界事例」と呼び、多数意見の評価は「いわばぎりぎりの解釈」によるとしています。

注意反対意見は法廷意見ではなく、裁判所そのものの判断ではありません。

寺西判事補事件:三つの要素と明確性

寺西判事補事件では、発言が裁判所法52条1号に当たるとされました。
では、この禁止が表現の自由に反しないかを、最高裁はどう測ったのでしょうか。

三つの要素とあてはめ

結論最高裁は、三つの要素を満たすなら、禁止は21条1項に違反しないとしました。

  • 目的:裁判官の独立及び中立・公正の確保、裁判に対する国民の信頼の維持、三権分立の下での司法と立法・行政のあるべき関係の規律にあるとして、「もとより正当」としました。
  • 関連性:「明らかである」の一言です。
  • 均衡:「単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎず」、得られる利益は失われる利益に比して「更に重要」としました。

注意決定の全文に、「猿払」という言葉は一度も出てきません。

猿払事件の判決を事件番号で引いているだけで、「猿払基準」は後から学界が付けた名前です。

正確には、同じ三つの要素がそのまま出てくる、と言います。

寺西判事補事件同じ三つの要素と、文言の明確性……右の禁止の目的が正当であって、その目的と禁止との間に合理的関連性があり、禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失するものでないなら、憲法二一条一項に違反しないというべきである。

文言の明確性

定義最高裁は、「積極的に政治運動をすること」を次のように定義しました。

  • 中身:組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものです。
  • 判断の仕方:行為の内容・経緯・場所などの客観的な事情に加え、その裁判官の意図等の主観的な事情も総合して決めます。

結論この文言が文面上不明確であるともいえないとしました。

理由明確性を判断する前に、判文が自ら定義を与えているからです。

解釈で定義を与える形で足りるのは、懲戒が裁判で行われ、刑罰も無い仕組みだからです(第3節の捻れ)。

注意処分する側が勝手に広げられる仕組みなら、定義だけでは足りません。

法律の側で、細かく限定列挙しておく必要が出てきます。

岡口判事の事件:条文が違い、物差しが出てこない

寺西判事補事件は、三つの要素で測られました。
では、同じ裁判官の事件なら、いつも同じ物差しが出てくるのでしょうか。

事案

事案現職の東京高等裁判所判事が、実名の付いたアカウントで投稿しました。

  • 状況:裁判官であることが、不特定多数に知られている状況でした。
  • 積み重ね:本件の前に、2度の厳重注意を受けていました(1度目は口頭、2度目は書面)。2度目は、ある事件の判決についての投稿で、被害者の遺族の感情を傷つけたものです。本件の投稿は、そのわずか2か月後でした。
  • 投稿の中身:自分が担当していない、すでに確定した民事訴訟(犬の返還などを求めた事件)についての投稿です。報道記事にアクセスできるようにしたうえで、提訴行為を不当と評価し、からかうともとれる表現で当事者の感情を傷つけました。

結論分限裁判で、戒告とされました。

注意一回の投稿でいきなり処分された事件ではなく、積み重ねの上での処分です。

条文が違う

結論問題になったのは、裁判所法49条の「品位を辱める行状」です。

注意寺西判事補事件の52条1号(積極的に政治運動をすること)と混ぜないようにします。

参照された条文に52条は入っておらず、政治活動の自由の話ではありません。

49条|裁判所法 第四編 裁判所の職員及び司法修習生 第一章 裁判官(39〜52条)裁判官は、職務上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があつたときは、別に法律で定めるところにより裁判によつて懲戒される。

私生活にも及ぶ義務と「品位を辱める行状」

定義「品位を辱める行状」とは、職務上の行為であると、純然たる私的行為であるとを問わず、およそ裁判官に対する国民の信頼を損ね、又は裁判の公正を疑わせるような言動をいいます。

結論裁判官は、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならないとされました。

裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけないよう、慎重に行動すべき義務を負います。

注意私生活にまで及ぶ義務は、寺西判事補事件の「外見上の中立・公正」と同じ根から出ています。

岡口判事の事件私生活にも及ぶ義務と、「品位を辱める行状」裁判官は、職務を遂行するに際してはもとより、職務を離れた私人としての生活においても、その職責と相いれないような行為をしてはならず、また、裁判所や裁判官に対する国民の信頼を傷つけることのないように、慎重に行動すべき義務を負っているものというべきである……。

憲法に触れた一文

結論決定は、憲法上の表現の自由の保障は裁判官にも及ぶと認めています。

そのうえで、行為は表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したとしました。

注意どこからが限度なのかは、書かれていません。

岡口判事の事件最高裁判所大法廷決定憲法に触れた、ただ一文なお、憲法上の表現の自由の保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民としてその自由を有することは当然であるが、被申立人の上記行為は、表現の自由として裁判官に許容される限度を逸脱したものといわざるを得ないものであって、これが懲戒の対象となることは明らかである。

物差しの言葉が出てこない

結論法廷意見には、物差しの言葉が一つも出てきません。

  • 出てこない:目的・合理的関連性・均衡・間接的・付随的・審査基準・比較衡量の語と、憲法21条という条数です。
  • 出てくる:裁判所法49条の「品位を辱める行状」の解釈だけです。

注意寺西判事補事件は、緩くても物差しを示していました。

この事件は、物差しを示さないまま結論に着いています。

  • 理由の不在:なぜ憲法の枠組みを通さずに済んだのかは、決定のどこにも示されていません。
  • 補足意見の語:「間接的」は補足意見に一度だけ出ますが、規制論の話ではありません。

学説の批判

結論学説からは、戒告は行きすぎだという批判があります。

理由投稿がしたのは、決着した裁判の中身を人目に触れるところへ出しただけではないか、という見方です。

裁判所の仕事が世の中に見えるようになるなら、裁判官の役目からむしろ外れていない、とされます。

注意当事者の感情を傷つけた点は、別に評価が要ります。

補足意見

結論法廷意見は全員一致で、3人の裁判官の補足意見が付いています。

  • 保護:現役の裁判官が思うところを表現することも、憲法の保障する表現の自由で保護されるべきことはいうまでもない、と述べます。
  • 萎縮への配慮:本件のような事例で、一国民としての裁判官の発信が無用に萎縮することのないように、念のため申し添えています。

注意補足意見は法廷意見ではありません。

法廷意見が示さなかった枠組みの穴を、補足意見が埋めにいっていると読めます。

その後の罷免

定義弾劾裁判所とは、国会が設ける別の裁判所です。

懲戒ではなく、辞めさせるかどうか(罷免)を決めます。

結論この判事は、その後、別の投稿も含めて罷免の訴追を受け、弾劾裁判所の判決で罷免されました。

注意弾劾は、分限裁判とは別の手続です。

選挙運動の自由と戸別訪問の禁止(公職選挙法138条1項)

ここからは、身分の話ではなく、選挙運動の場面です。
では、選挙運動の自由はどう保障され、どの規定で制約されているのでしょうか。

選挙運動の自由

結論選挙運動をする自由も、21条1項で保障されます。

理由誰に投票してほしいかを訴えるのは、政治的な意見の表明そのものだからです。

注意選挙運動には細かい規制が多くありますが、本節では戸別訪問の禁止だけを扱います。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

戸別訪問の禁止

定義戸別訪問とは、有権者の家を一軒ずつ訪ねて、投票を頼む行為です。

結論公職選挙法138条1項は、戸別訪問を禁止しています。

条文主語は「何人も」です。

候補者・運動員・公務員に限らず、一般の人も対象になります。

違反すると、一年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金です(239条1項3号)。

注意身分と関係なく誰にでも及ぶ禁止に、刑罰が付いています。

この「何人も」が、第8節の分かれ目になります。

138条|公職選挙法 第十三章 選挙運動(129〜178条の3)1項:何人も、選挙に関し、投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて戸別訪問をすることができない。

学説:より制限の少ない手段があるので違憲

戸別訪問の弊害ごとに、より制限の少ない手段(買収の事後処罰・訪問時間帯の制限・戸別訪問に限らない問題)を当てた表

定義情実とは、義理や人づきあいで投票先を決めてしまうことです。

結論学説では、戸別訪問の禁止を違憲とする見解が有力です。

理由より制限の少ない手段(LRA)があるなら、そちらを使うべきだからです。

弊害ごとに代わりの手段を当てると、全面的に禁じなくても目的は達せられそうです。

注意代わりの手段を一つずつ挙げる形なので、論文でもあてはめを厚く書けます。

戸別訪問禁止規定事件:物差しが身分を離れた

学説は、より制限の少ない手段があるとして、戸別訪問の禁止を違憲とします。
では、最高裁はこの禁止をどう判断したのでしょうか。

戸別訪問禁止規定事件の関係図(投票を依頼した二人が選挙人の家を五戸・七戸訪問し起訴、第一審・控訴審は138条1項を21条違反として無罪、最高裁は破棄差戻)

事案

事案衆議院議員の総選挙で、島根県の選挙区の候補者に投票を得させる目的で、2人が選挙人の家を訪ねて投票を依頼しました。

  • 戸数:一人は5戸、もう一人は7戸です。
  • 身分:2人は候補者ではなく、判決文に公務員だという記載もありません。
  • 経過:第一審は138条1項を21条違反として無罪とし、控訴審もその無罪を維持しました。

結論最高裁は、原判決を破棄して差し戻しました。

注意有罪が確定したのではありません。

最高裁がしたのは、破棄して差し戻すところまでです。

目的と関連性

結論最高裁は、禁止のねらいが意見表明そのものの制約ではなく、意見表明の手段方法のもたらす弊害の防止にあるとしました。

  • 買収:戸別訪問が、買収、利害誘導等の温床になり易いこと。
  • 平穏:選挙人の生活の平穏を害すること。
  • 出費:候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなり、多額の出費を余儀なくされること。
  • 情実:投票も情実に支配され易くなること。
  • 関連性:目的は正当で、弊害を総体としてみると、一律に禁止することと目的との間に合理的な関連性があるとしました。

注意一つ一つの弊害について、代わりの手段があるかは問いません。

学説と同じ弊害を見ているのに、結論が逆になります。

戸別訪問禁止規定事件ねらいは、手段方法のもたらす弊害の防止戸別訪問の禁止は、意見表明そのものの制約を目的とするものではなく、意見表明の手段方法のもたらす弊害、すなわち、戸別訪問が買収、利害誘導等の温床になり易く、選挙人の生活の平穏を害するほか、これが放任されれば、候補者側も訪問回数等を競う煩に耐えられなくなるうえに多額の出費を余儀なくされ、投票も情実に支配され易くなるなどの弊害を防止し、もつて選挙の自由と公正を確保することを目的としているところ……。

均衡と立法政策

結論失われる利益は、単に手段方法の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎないとされました。

得られる利益ははるかに大きいので、規定は合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、21条に違反しないとしました。

理由この禁止は、戸別訪問以外の手段方法による意見表明の自由を制約するものではないからです。

注意一律に禁止するかどうかは、専ら選挙の自由と公正を確保する見地からする立法政策の問題とも述べています。

国会がその裁量の範囲内で決定した政策は尊重されなければならない、とされ、これがいちばん緩い物差しの正体です。

  • 内容中立規制:この禁止を、表現の内容ではなく方法への規制(内容中立規制)と位置づける読み方もあります。

戸別訪問禁止規定事件間接的、付随的な制約と、立法政策の問題……戸別訪問の禁止によつて失われる利益は、それにより戸別訪問という手段方法による意見表明の自由が制約されることではあるが、それは、もとより戸別訪問以外の手段方法による意見表明の自由を制約するものではなく、単に手段方法の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎない反面……得られる利益は失われる利益に比してはるかに大きいということができる。以上によれば、戸別訪問を一律に禁止している公職選挙法一三八条一項の規定は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法二一条に違反するものではない。

物差しが身分を離れた理由

結論三つの要素は公務員という関係を理由に生まれましたが、公務員の記載の無い被告人の事件でも、そのまま使われました。

理由「意見表明そのものではなく、手段方法の弊害をねらった」という線の引き方は、行為者が誰であるかを一言も必要としないからです。

身分を使わずに組み立てた論法なので、身分のない場面へそのまま持ち出せました。

学説の批判と、この一段に入らない規制

結論表現の「方法」への規制は、ねらいを「弊害の防止」と言い換えれば、ほとんどがこの一段を通り、緩い物差しで測ってよくなります。

入るか入らないかが、当たる物差しを決めます。

具体例ビラの配り方、看板の立て方、拡声器の使い方の規制です。

注意学説は、緩さが際限なく広がる点を批判します。

  • 内容規制:意見の中身そのものをねらった規制(特定の政党を支持する言論だけを禁じる等)は、「ねらいは弊害の防止だ」と言い換えるのに無理があるので、この一段を通りません。
  • 学説の上書き:形の上では方法への規制でも、規制される行為の大半が表現行為なら、実質で見て直接的規制として扱います。

政見放送削除事件:天秤に載る前に切られる

戸別訪問の禁止は、三つの要素で合憲とされました。
では、表現の自由の主張が、物差しに載る前に退けられることはあるのでしょうか。

事案

事案参議院の比例代表選出議員の選挙で、候補者が所属する政治団体の政見の録画を行いました。

  • 削除:放送事業者が、当時社会的に許容されないとされていた表現を用いた部分の音声を削除して放送しました。
  • 請求:候補者側は、そのまま放送される権利を侵害されたとして、損害賠償を請求しました。

注意法令が憲法違反だと争った訴訟ではなく、不法行為の成否が問われた事件です。

公職選挙法150条の2

条文150条の2は、政見放送で、他人の名誉を傷つけたり善良な風俗を害したりするなど、品位を損なう言動をしてはならないと定めています。

注意この条文の名宛人は、候補者や政党の側です。

放送する側ではなく、話す側に課された決まりです。

判旨

結論規定に違反する言動がそのまま放送される利益は、法的に保護された利益とはいえないとされました。

そのまま放送されなかったとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があったとはいえないとしました。

理由150条の2は、品位を損なう言動が放送されることによる弊害を防止する目的で、そうした言動を禁止したものだからです。

注意表現の自由の重さと他の利益を天秤で比べたのではなく、主張を入口で切っています。

  • 石井記者事件との違い:同じ入口で切る形でも、あちらで切られたのは証言を拒める権利があるという主張です。こちらで切られたのは、そのまま放送される利益があるという主張です。

政見放送削除事件法的に保護された利益とはいえない……(当該部分は)……他人の名誉を傷つけ善良な風俗を害する等政見放送としての品位を損なう言動を禁止した公職選挙法一五〇条の二の規定に違反するものである。

判決が答えた問いの範囲

結論この判決が答えたのは、削除が不法行為になるかどうかです。

注意判決が答えた範囲を超えて要約しないようにします。

  • 削除の可否:「放送事業者は削除してよい」と述べた判決ではありません。
  • 法令の合憲性:品位を保てと定めた条文そのものが表現の自由に反するか、には立ち入っていません。
  • 補足意見:法廷意見は削除行為の適否に全く触れていない、と明言しています。そのうえで一般論として、削除は放送に関する規定に違反する行為と見ざるを得ない、と述べています。補足意見は法廷意見ではありません。

負け方の三つの型

四つの事件は、いずれも表現の自由の主張が退けられた事件です。
では、その退けられ方は同じなのでしょうか。

四つの事件を、誰が・何をして・どの道具で測って・どう負けたかで並べた対比表

結論同じ表現の自由の事件でも、測り方は三種類あり、負け方にも三つの型があります。

  • 緩い物差しで負ける:寺西判事補事件・戸別訪問禁止規定事件です。
  • 枠組みが示されない:岡口判事の事件です。
  • 利益と認められない:政見放送削除事件です。

負け方の三つの型と、それぞれ答案で争う場所(物差しの選択・基準を示させること・保護に値する利益であること)の表

注意型が違えば、答案で争う場所が変わります。

三つ目の型では、順序が一つ手前に戻り、保護に値する利益であることを立てなければ、天秤に載せてもらえません。

「大法廷」の二つの意味

寺西判事補事件と岡口判事の事件は、どちらも大法廷の決定です。
では、判例を変更するほど重い事件だったのでしょうか。

大法廷になる二つの理由(判例変更=裁判所法10条3号・事件の重さ/分限事件=裁判官分限法4条・手続の種類で自動的に決まる)の表

結論裁判官の分限事件が大法廷なのは、事件の重さではなく、手続の種類で決まっているからです。

条文裁判官分限法4条が、分限事件は最高裁判所では大法廷で取り扱うと定めています。

注意判例を変更するときは大法廷によらなければならない、という裁判所法10条3号の話も、そのまま生きています。

判決文が大法廷であれば、どちらの意味の大法廷かをまず確かめます。

4条|裁判官分限法分限事件は、高等裁判所においては、五人の裁判官の合議体で、最高裁判所においては、大法廷で、これを取り扱う。

三つの要素の物差しの現在地

三つの要素の物差しは、裁判官と選挙運動の場面にまで広がりました。
では、この物差しは今どうなっているのでしょうか。

結論場面ごとに、現在地が違います。

  • 公務員の場面:後から出た判決は、この物差しを使わず、道具を持ち替えました。
  • 裁判官・戸別訪問:これを変更する旨の判示は、出ていません。

注意「猿払基準は否定された」と、ひとまとめに覚えないようにします。

今も通用する基準だと評価するのではなく、変更する判示が出ていないという事実として押さえます。

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集会・結社の自由

集会・結社の意味(21条1項)

21条1項が保障するもの

結論21条1項は、集会・結社・言論・出版その他一切の表現の自由の4つを並べて保障しています。

集まる自由は、一人の表現の自由の足し算ではありません。

一人の表現には無い、次の3つの性質があるからです。

  • 場所が要る:他人の空間を借りないと成立しません(第2〜4節)。
  • 人がぶつかる:反対する人との衝突が起きます(第5〜8節)。
  • 続けると内部ができる:団体が構成員を縛る力を持ちます(第9・10節)。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

集会

集会・集団行進・結社の違いを定義と軸(場所・動き・時間)で比べた表

定義集会とは、多数人が、共通の目的をもって、一定の場所に一時的に集まることです。

結論目的は問いません。

政治的な集まりに限らず、宗教・文化・娯楽・冠婚葬祭の集まりも入ります。

具体例第5節の上尾市福祉会館事件は、お葬式(合同葬)の集まりを「集会」として扱っています。

注意平和的な集会に限るという有力説があります。

凶器を持って集まる場合は、そもそも「集会」に当たらないという考え方です。

刑法にも、これに対応する凶器準備集合罪があります。

集団行進

定義集団行進(デモ行進)とは、動きながら集まることです。

結論判例は、集団行進も「集会」の一種として扱っています。

理由場所に留まらなくても、対外的に意見を表明する有効な手段だからです。

結社

定義結社とは、多数人が、共通の目的をもって、継続的に結合することです。

注意集会と結社は、軸が違います。

  • 集会:場所が軸で、基本は一回きりです。
  • 結社:時間が軸で、続いていきます。

問題文に「団体」や「集まり」が出てきたら、まず集会・集団行進・結社のどれかに仕分けます。

公共施設の利用を要求できる権利(地方自治法244条)

集会は、他人の空間を借りないと成立しません。
では、場所を貸してもらえないとき、集会の自由はどう守られるのでしょうか。

自由権だけでは足りない

結論集会の自由には、自由権的側面と請求権的側面の両方があります。

  • 自由権的側面:「集会を妨げるな」という消極的な自由です。
  • 請求権的側面:公権力に「公共施設を使わせろ」と要求できる権利です。

理由誰かが「貸さない」と言うだけで、集会は封じられるからです。

言うのを止められたわけではなくても、声を上げられないという結果は同じです。

注意請求権的側面は、通説では21条から導きます。

知る権利と同じく、1つの条文から2つの側面が出てくる構造です。

地方自治法244条

結論この権利を具体化した法律が、地方自治法244条です。

条文各項の役割は、次のとおりです。

  • 1項:公の施設とは何かを定義しています。
  • 2項:正当な理由がない限り、住民の利用を拒めません。
  • 3項:利用について、不当な差別的取扱いをしてはなりません。

注意2項は、正当な理由があれば拒めるという意味でもあります。

何が「正当な理由」かが、第3節以降の争いになります。

注意2項の括弧書きにより、管理者が民間の指定管理者でも同じ縛りが及びます。

民間だから拒める、という抜け道はありません。

244条|地方自治法 第二編 普通地方公共団体 第十章 公の施設(244〜244条の4)1項:普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための施設(これを公の施設という。)を設けるものとする。2項:普通地方公共団体(次条第三項に規定する指定管理者を含む。次項において同じ。)は、正当な理由がない限り、住民が公の施設を利用することを拒んではならない。3項:普通地方公共団体は、住民が公の施設を利用することについて、不当な差別的取扱いをしてはならない。

泉佐野市民会館事件①(保障ないし制約と審査基準)

公共施設の利用は、正当な理由がない限り拒めません。
では、施設の管理者が集会のための利用を拒否できるのは、どのような場合でしょうか。

泉佐野市民会館事件の関係図(A=主催団体が会館Cに使用を申請、Cが「公の秩序をみだすおそれ」を理由に不許可、AはBと対立し攻撃していた)

事案

事案ある団体が、関西の新空港の建設に反対する決起集会のため、泉佐野市民会館の使用許可を申請しました。

市は、条例の「公の秩序をみだすおそれがある場合」という規定を理由に、不許可としました。

保障ないし制約

結論集会の用に供する公の施設があるとき、住民は設置目的に反しない限り、原則として利用を認められます。

管理者が正当な理由なく利用を拒否すれば、集会の自由の不当な制限につながるおそれが生じます。

条文地方自治法244条2項が、ここでそのまま効いています。

理由集会に使う施設が設けられている以上、市は貸すか貸さないかをゼロから選べるわけではないからです。

泉佐野市民会館事件最高裁判所判決住民は原則として利用を認められる地方自治法二四四条にいう普通地方公共団体の公の施設として、本件会館のように集会の用に供する施設が設けられている場合、住民は、その施設の設置目的に反しない限りその利用を原則的に認められることになるので、管理者が正当な理由なくその利用を拒否するときは、憲法の保障する集会の自由の不当な制限につながるおそれが生ずることになる。

審査基準

結論利用を拒否できるのは、次の場合に限られます。

  • 利用の希望が競合する場合
  • 他の基本的人権が侵害され、公共の福祉が損なわれる危険がある場合

制限が必要かつ合理的かは、集会の自由の重要性と、侵害されるおそれのある他の人権の内容・危険の程度を較量して決めます。

その較量は、経済的自由の制約における以上に厳格な基準の下でしなければなりません。

理由集会の自由の制約は、精神的自由の制約だからです。

注意「厳格な基準」は、違憲審査基準の三段階のどれかを選んだという意味ではありません。

  • この場面:法律そのものではなく、目の前の不許可処分についての比較衡量です。
  • 意味:較量を、いつもより慎重に、集会の自由の側へ重く傾けて行うということです。
  • 判決文:三段階のどれかを名指しした言葉は、一度も出てきません。

違憲審査基準を否定したのではなく、使う場面が違うだけです。

泉佐野市民会館事件最高裁判所判決利用を拒否できる場合と審査基準利用を拒否し得るのは、利用の希望が競合する場合のほかは、施設をその集会のために利用させることによって、他の基本的人権が侵害され、公共の福祉が損なわれる危険がある場合に限られるものというべきであり……右の制限が必要かつ合理的なものとして肯認されるかどうかは、基本的には、基本的人権としての集会の自由の重要性と、当該集会が開かれることによって侵害されることのある他の基本的人権の内容や侵害の発生の危険性の程度等を較量して決せられるべきものである。

泉佐野市民会館事件②(合憲限定解釈とあてはめ)

拒否できるのは、他の人権が侵害される危険がある場合に限られます。
では、条例の広い文言はどう読まれ、この事件にどう当てはめられたのでしょうか。

合憲限定解釈

「公の秩序をみだすおそれがある場合」を「明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見される場合」に絞り込んだ図

結論「公の秩序をみだすおそれ」は、そのままの広さでは使いません。

単に危険な事態を生ずる蓋然性があるだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要です。

この絞り込み(合憲限定解釈)により、条例の文言そのものは合憲とされました。

理由文言のままでは広すぎて、不明確になっていた可能性があるからです。

注意合憲限定解釈は、第8節の広島市暴走族追放条例事件でも使われています。

泉佐野市民会館事件最高裁判所判決合憲限定解釈単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である。

あてはめ

事案実質上の主催者とされる団体は、別のグループと過激な対立抗争を続けていました。

相手の集会を攻撃・妨害し、人身に危害を加える事件も起こしていました。

そのため、報復や襲撃を受ける危険がありました。

結論会館の職員・通行人・付近住民の生命、身体又は財産が侵害される事態が、具体的に明らかに予見されると認定されました。

不許可は適法とされ、集会は開けませんでした。

泉佐野市民会館事件最高裁判所判決あてはめ本件集会の実質上の主催者と目されるG派は、関西新空港建設反対運動の主導権をめぐって他のグループと過激な対立抗争を続けており、他のグループの集会を攻撃して妨害し、更には人身に危害を加える事件も引き起こしていたのであって、これに対し他のグループから報復、襲撃を受ける危険があった……本件会館の職員、通行人、付近住民等の生命、身体又は財産が侵害されるという事態を生ずることが、具体的に明らかに予見されることを理由とするものと認められる。

判例の射程

泉佐野市民会館事件のルール(規範)と結論(あてはめ)の評価を分けた表

結論ルールは集会の自由の勝ち、結論は集会の自由の負けです。

両者は矛盾しません。

  • ルール:簡単には集会を拒めないよう狭く絞られた、集会の自由に厚い規範です。
  • 結論:絞られたルールに当てはめたら、この事件がたまたま例外に当たりました。

注意判例の射程は、結論ではなく規範に乗ります。

「負けた判例だから集会に厳しい」と決めつけてはいけません。

答案では、勝ち負けではなくどんな規範を立てたかを抽出し、自分の事案に当てはめます。

敵意ある聴衆の法理(上尾市福祉会館事件)

泉佐野市民会館事件では、危険を理由とする不許可が適法とされました。
では、危険が主催者側ではなく、反対する側から出ている場合はどうなるのでしょうか。

泉佐野市民会館事件の傍論

定義傍論とは、判決の中で、事件の結論を出すのに必須ではない部分です。

結論主催者が集会を平穏に行おうとしているのに、反対するグループが実力で妨害するおそれがあることを理由に利用を拒むことは、21条の趣旨に反します。

注意不許可を適法とした本論と、逆の話に見えます。

違いは、危険の出どころです。

  • 本論:危険は、主催者側から出ていました。
  • 傍論:危険は、反対する側から出る場合の話です。

泉佐野市民会館事件最高裁判所判決敵意ある聴衆の原則(傍論)主催者が集会を平穏に行おうとしているのに、その集会の目的や主催者の思想、信条に反対する他のグループ等がこれを実力で阻止し、妨害しようとして紛争を起こすおそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことは、憲法二一条の趣旨に反するところである。

上尾市福祉会館事件

上尾市福祉会館事件の関係図(A=主催団体が福祉会館Cに合同葬のため使用を申請、Cが反対者Bらの妨害による混乱を理由に不許可)

事案ある労働組合の幹部が殺害され、その幹部を追悼する合同葬のため、団体が上尾市福祉会館の使用を申請しました。

市側は、反対する者らが実力で妨害するおそれがあるとして、不許可としました。

主催者側は、平穏に葬儀をしたいだけでした。

結論反対する者らの妨害のおそれを理由に利用を拒めるのは、警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある場合に限られます。

この事件では特別な事情が認められず、不許可は違法とされました。

この考え方を、敵意ある聴衆の法理(敵対的聴衆の法理)といいます。

理由反対されるほど自由が縮む仕組みを認めると、気に入らない意見の集会は、相手が「妨害するぞ」と言うだけで潰せてしまうからです。

そうなると、意見を出し合う思想の自由市場そのものが壊れます。

市場を壊す側に、拒否権を渡すわけにはいきません。

具体例大学のサークルが、公民館で再開発の是非を問う公開討論会を開こうとしました。

再開発を推進したい団体が「実力で妨害する」と通告してきても、それだけを理由に不許可にすることは原則としてできません。

上尾市福祉会館事件最高裁判所判決敵意ある聴衆の法理主催者が集会を平穏に行おうとしているのに、その集会の目的や主催者の思想、信条等に反対する者らが、これを実力で阻止し、妨害しようとして紛争を起こすおそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことができるのは、前示のような公の施設の利用関係の性質に照らせば、警察の警備等によってもなお混乱を防止することができないなど特別な事情がある場合に限られるものというべきである。

危険の出どころで扱いが逆転する

泉佐野(主催者側の危険)と上尾(反対する側の危険)で、原則の扱いと例外を比べた表

結論危険を理由に公共施設の利用を拒否できるかは、危険の出どころで結論が逆になります。

  • 主催者側から出た危険:明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されれば、拒否できます。
  • 反対する側から出た危険:原則として拒否できず、警備でも防げない特別な事情があるときだけ拒否できます。

注意答案では、まず危険がどちらから出ているかを仕分けます。

それによって、当てる規範が変わります。

集団行進の規制(許可制と届出制)

集団行進も、公共施設と同じく、道路を使わないと成立しません。
では、集団行進を条例で規制するとき、どのような形なら許されるのでしょうか。

許可制と届出制

定義規制の形は、原則と例外の向きが逆です。

  • 許可制:原則はできず、役所が許可したときだけできます。
  • 届出制:原則はでき、事前に知らせておきます。

結論集団行進の規制は、原則として届出制の側にあるべきだと考えられています。

理由事前抑制と同じ骨組みです。

出す前に止めることは特に危なく、原則は自由にできる側に置くべきだからです。

注意集団行進の規制には、少なくとも中間審査基準(より制限の少ない手段がないかを問う基準)が妥当するとされます。

実質的に届出制と扱われる3条件

定義許可推定条項とは、許可も不許可も出ないままのときに、許可されたものとみなす規定です。

結論許可制の文言を使った条例でも、すべてが違憲になるわけではありません。

次の3つを満たせば、実質的に届出制と同じだと扱われます。

  • 許可基準の明確性:許可の基準が明確であることです。
  • 不許可事由の限定:不許可にできる事由が限定されていることです。
  • 救済手続:救済の手続や、許可推定条項があることです。

東京都公安条例事件(判例変更されていない前提)

許可制の条例でも、3つの条件を満たせば実質的に届出制と扱われます。
では、集団行進の許可制が正面から争われた事件で、最高裁はどう判断したのでしょうか。

東京都公安条例事件

定義集団暴徒化論とは、集団それ自体を危険視する考え方です。

事案東京都の条例は、集団行進をするには公安委員会の許可を要する仕組み(許可制)でした。

この条例の合憲性が争われました。

結論最高裁は、条例を合憲としました。

  • 前提:平穏静粛な集団でも、昂奮・激昂の渦中に巻きこまれ、一瞬にして暴徒と化しうるとしました。
  • 判断:文面上は許可制でも、その実質において届出制とことなるところがないとしました。

理由条例は、「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」の外は、許可しなければならないと定めていました。

不許可にできる場合が、絞られていたということです。

注意この判決を変更するという判示は、どこにも出ていません。

判例変更されていないので、今も生きています。

東京都公安条例事件最高裁判所大法廷判決集団暴徒化論平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躪し……実質において届出制本条例は規定の文面上では許可制を採用しているが、この許可制はその実質において届出制とことなるところがない。

成田新法事件の判示(集会の自由の意義)

事案成田新法事件は、工作物の使用を禁止する命令が争われた事件です。

ここで押さえるのは、集会の自由の意義を述べた部分だけです。

結論集会の自由は、民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないとされました。

理由集会には、次の3つの働きがあるからです。

  • 自分の思想や人格を形成、発展させる場として必要です(自己実現の価値)。
  • 意見や情報を伝達、交流する場として必要です。
  • 対外的に意見を表明するための有効な手段です(自己統治の価値)。

注意「自己実現」「自己統治」という言葉そのものは、判決文には出てきません。

書かれている中身が、学説でいう自己実現と自己統治に一致するということです。

成田新法事件最高裁判所大法廷判決集会の自由の重要性集会は、国民が様々な意見や情報等に接することにより自己の思想や人格を形成、発展させ、また、相互に意見や情報等を伝達、交流する場として必要であり、さらに、対外的に意見を表明するための有効な手段であるから、憲法二一条一項の保障する集会の自由は、民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないものである。

正反対の前提が並んでいる

結論泉佐野・上尾・成田新法は、いずれも集会の自由は重要な人権という前提から始まっています。

東京都公安条例事件だけは、集会は危ないという正反対の前提に立っています。

それでも判例変更はされておらず、両方が並んで生きています。

学説の批判と現在地

結論東京都公安条例事件には、学説から2つの批判があります。

  • 一律の危険視:規模や態様を区別せず一律に危険視すれば、集会の自由の意義そのものが失われます。
  • 許可基準の明確性:許可基準は本当に明確だったのか、という批判です(明確性の原則)。許可推定条項も無いなら、「実質において届出制」とは言えないのではないかと指摘されています。

注意現在地は、次のとおりです。

  • 判例:東京都公安条例事件の判断枠組みは、今も生きています。
  • 答案:許可基準は明確か、不許可事由は限定されているか、救済手続や許可推定条項はあるか、の3条件を1つずつ丁寧に検討します。

広島市暴走族追放条例事件(三要素の物差し)

集団行進の許可制は、3条件で検討します。
では、一般の国民の集まりに対する中止・退去命令は、どのように判断されたのでしょうか。

合憲限定解釈

事案広島市の条例は、市長が暴走族に中止や退去を命令できると定めていました。

被告人は、この命令に違反したとして処罰されました。

被告人側は、条例の「暴走族」の定義が広すぎて、21条1項に違反すると主張しました。

結論「暴走族」は、次の集団に限られると解釈されました(合憲限定解釈)。

  • 暴走行為を目的として結成された、本来的な意味における暴走族
  • 服装、旗、言動などでこれに類似し、社会通念上これと同視することができる集団

理由条例の文言だけを見ると、かなり広く読めたからです。

広島市暴走族追放条例事件最高裁判所判決合憲限定解釈本条例が規制の対象としている「暴走族」は,本条例2条7号の定義にもかかわらず,暴走行為を目的として結成された集団である本来的な意味における暴走族の外には,服装,旗,言動などにおいてこのような暴走族に類似し社会通念上これと同視することができる集団に限られるものと解され……

三要素による判断

結論条例は、21条1項にも31条にも違反するとまではいえないとされました。

次の3つの観点から判断しています。

  • 規制目的の正当性
  • 弊害防止手段としての合理性
  • 規制により得られる利益と失われる利益との均衡

理由限定解釈により、命令をかけられる集団が狭くなりました。

文言のままなら入っていたはずの集まりが外れ、失われる自由がその分だけ狭くなります。

注意判決文が書いていることと、学説の位置づけを混ぜてはいけません。

  • 判決文:猿払事件と成田新法事件の判決を事件番号で引用し、「その趣旨に徴して明らかである」と述べているだけです。
  • 無い言葉:「間接的、付随的」という言葉も、「猿払基準」という呼び方も、判決文には一度も出てきません。
  • 学説の評価:「猿払の緩やかな基準と間接的・付随的制約論が、一般国民の集会規制にまで引き継がれた」というのは、学説による位置づけです。

答案で「猿払基準を使った判決」と書くのは、正確ではありません。

注意この三要素は、公務員の場面で使われた物差しと同じ数え方です。

この事件は公務員でも裁判官でもない、一般の国民が対象でした。

注意反対意見が2人の裁判官から付いています(法廷意見ではありません)。

多数意見に賛成する補足意見も別に付いており、混同しないようにします。

広島市暴走族追放条例事件最高裁判所判決三要素と、猿払・成田新法の引用規制目的の正当性,弊害防止手段としての合理性,この規制により得られる利益と失われる利益との均衡の観点に照らし,いまだ憲法21条1項,31条に違反するとまではいえない……最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決……,最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決……の趣旨に徴して明らかである。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

結社の自由の内容(5つ)

集会の問題は、場所と衝突から生まれていました。
では、継続的に結合する結社の自由には、どのような中身が含まれるのでしょうか。

結社の自由の5つの内容

定義結社の自由には、次の5つが含まれます。

  • ①結成の自由:結成する自由と、結成しない自由です。
  • ②加入の自由:加入する自由と、加入しない自由です。
  • ③脱退の自由:団体から抜ける自由です。
  • ④意思決定への参加:団体の意思決定に加わる自由です。
  • ⑤内部統制権:構成員を懲戒する権限です。

具体例会社・政党・労働組合・サークル・同窓会は、どれも「結社」に当たります。

注意⑤の内部統制権だけ、他の4つと毛色が違います(第10節)。

注意別の条文で保障される結社があります。

  • 宗教的な結社:20条1項前段で保障されます。
  • 労働組合の結成:28条で保障されます。

20条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

28条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

結社の自由の捻れ(内部統制権・強制加入団体・破防法)

結社の自由には、構成員を懲戒する内部統制権が含まれています。
では、個人の自由の中に他人を縛る力が入っていることは、どう説明されるのでしょうか。

内部統制権

結論結社の自由は個人の自由のはずなのに、その中身に、他人の自由を縛る内部統制権が含まれています。

それでも、矛盾にはなりません。

理由次の2点によります。

  • 縛る力の中身:構成員が自分たちで決めたこと(④)を守らせる形で、外から降ってくる力ではありません。
  • 抜ける道:加入しない自由(②)と脱退の自由(③)が同じ5つの中にあり、嫌なら入らない・抜ける道が残っています。

具体例内部統制権は、政党が党員を除名する場面や、労働組合が組合員を統制処分する場面につながります。

注意団体が構成員を縛る力にも、限界があります。

強制加入団体

結論強制加入団体は、加入しない自由の直接の制約ですが、合憲とされています。

理由専門職としての専門性や公共性という、別の公共目的で正当化されると説明されます。

具体例税理士会や司法書士会です。

注意強制加入団体では、入らない・抜けるという道が塞がっています。

だから別の正当化が必要になり、会員の政治的な思想・信条までは縛れないという限界も出てきます。

破壊活動防止法の解散指定(補充性)

定義補充性とは、軽い処分では足りないときに限って、重い処分を使えるという要件です。

結論団体の解散の指定は、いきなりは使えない最後の手段です。

条文規制は2段階です。

  • 5条1項:6か月を超えない期間で、集団示威運動・集団行進・公開の集会の禁止、機関誌紙の印刷・頒布の禁止、役職員や構成員の行為の禁止など、活動の一部を制限します。
  • 7条:5条1項の処分では危険を有効に除去できないと認められるときに、初めて解散の指定ができます。

理由解散は、団体の存立そのものに及ぶ重い処分だからです。

注意「暴力主義的破壊活動を行った団体に解散の指定ができる」とだけ覚えると、条文の半分しか押さえていません。

補充性の要件が抜けると、意味が変わってしまいます。

注意学説では、破壊活動防止法の違憲説が有力です。

補充性の要件を正しく押さえたうえで、段階を踏んでもなおこれほど重い制約を団体の存立に及ぼしてよいのか、と主張します。

注意指定を行うのは公安審査委員会で、公安調査庁ではありません。

7条|破壊活動防止法 第二章 破壊的団体の規制(5〜10条)公安審査委員会は、左に掲げる団体が継続又は反覆して将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由があり、且つ、第五条第一項の処分によつては、そのおそれを有効に除去することができないと認められるときは、当該団体に対して、解散の指定を行うことができる。

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#44単独ページ動画

規制目的二分論

22条の構造(職業選択の自由)

22条に書かれている5つの自由

結論22条には、5つの自由が書かれています。

  • 1項:居住の自由・移転の自由・職業選択の自由の3つです。
  • 2項:外国に移住する自由・国籍を離脱する自由の2つです。

注意このノートで扱うのは、1項の職業選択の自由だけです。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。2項:何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

「公共の福祉」が重ねて置かれている

結論「公共の福祉」は、12条・13条に加えて、22条1項と29条2項にも重ねて置かれています。

理由この重なりを、経済的自由にはより強い規制が及ぶ趣旨だと読む見解があります。

注意書き方は同じではありません。

  • 「反しない限り」:13条と22条1項です。
  • 「適合するやうに」:29条2項です。

12条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

職業の意義(職業選択の自由の性質)

職業選択の自由は、自分がしたい仕事を、国に決められずに自由に選べる権利です。
では、判例は「職業」そのものをどう捉えているのでしょうか。

職業の3つの顔(薬局距離制限事件)

定義判例は、職業に次の3つの性質があるとしています。

  • 継続的活動:人が自己の生計を維持するためにする継続的活動です。
  • 社会的機能分担:分業社会で、社会の存続と発展に寄与する活動です。役割を分担して社会を支える、一つの持ち場です。
  • 人格的価値との関連:各人が個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を持ちます。

具体例何を焼くかを選ぶパン屋は、稼ぎ方だけでなく、自分がどう生きるかも選んでいます。

薬局距離制限事件最高裁判所大法廷判決厳格な合理性の基準「その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。」結論:「薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法六条二項、四項(これらを準用する同法二六条二項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法二二条一項に違反し、無効である。」職業の意義「職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。」

経済的自由と精神的自由の側面

結論職業選択の自由は経済的自由ですが、精神的自由の側面もあわせ持ちます。

理由職業は単なる収入源ではなく、人格そのものと結び付いているからです。

注意この「人格」は、人格的利益説(人格的生存に不可欠な利益)と同じ言葉でつながります。

この複合的な性質は、答案でもよく書かれる理解です。

営業の自由(条文に無い自由)

職業選択の自由は、人格にも結び付く自由です。
では、22条1項の文言にない「選んだ職業を続ける自由」も、保障されるのでしょうか。

営業の自由

定義営業の自由とは、選んだ職業を続ける自由(職業活動の自由)です。

結論営業の自由も、22条1項に含まれます(判例も同じ立場です)。

判例は、22条1項が「狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含している」と述べています。

理由選ぶ自由だけを保障しても、その後を縛られたら、選べた意味が無くなるからです。

具体例パン屋が開業の許可を得ても、パンの種類・仕入れ先・営業時間を全部行政に指定されたら、ほとんど裁量が残りません。

注意22条1項の文言は「職業選択の自由」だけです。

文字どおりに読むと、保障されるのは、どの職業に就くかを選ぶ瞬間だけになります。

薬局距離制限事件最高裁判所大法廷判決職業活動の自由の保障「右規定は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含しているものと解すべきである。」

規制目的二分論(消極目的と積極目的)

職業選択の自由は、人格にも届き、営業の自由まで含みます。
では、経済的自由への規制には、どの物差しを当てるのでしょうか。

目的二分論

定義目的二分論とは、規制の目的に着目して、違憲審査の物差しを選び分ける考え方です。

結論最高裁は、規制の目的で、物差しを選び分けています。

経済的自由には中間審査基準か合理性の基準が当たり、そのどちらを使うかを目的で決めます。

注意職業選択の自由が経済的自由の箱からはみ出すことは、「一律に緩く測る」わけにいかない、というところまでしか言えません。

どこで線を引くかは、別の理由(次の「なぜ目的で分けるのか」)から出てきます。

消極目的規制と積極目的規制の対比(定義・典型例・裁判所の姿勢)

消極目的規制と積極目的規制

定義2つの規制は、次のとおりです。

  • 消極目的規制:国民の生命や健康への危険を防止するための規制です。
  • 積極目的規制:社会経済政策の一環として行われる規制です。

なぜ目的で分けるのか

結論消極目的規制には裁判所が踏み込み、積極目的規制には立法府の判断を尊重します。

理由裁判所に判断する能力があるかどうかが違うからです。

  • 消極目的規制:危険を防ぐ規制で、専門知識がなくても、裁判所が踏み込んで判断できます。
  • 積極目的規制:社会経済政策の当否で、専門的な経済分析が必要となり、裁判所には手に負えません。

注意これは、二重の基準論の理由づけと同じ根っこです。

二重の基準論の理由は、民主政の過程で直せるかと、裁判所に判断能力があるかの2つでした。

その2つ目が、経済的自由の内部で、もう一段働いています。

小売市場距離制限事件(積極目的・明白の原則)

目的二分論では、積極目的規制に緩やかな物差しを当てます。
積極目的規制の実例では、距離制限つきの許可制はどう判断されたのでしょうか。

小売市場距離制限事件の事案の構造(開設者Aが許可を受けずに小売市場を開設し、検察官Cが起訴した刑事事件)

事案と規制の目的

事案国の法律(小売商業調整特別措置法)は、政令で指定された市の区域で、小売市場を新しく開くのに都道府県知事の許可を必要としていました。

  • 内規:既存の市場の近くには、新しい市場を許可しないという内規がありました。
  • 起訴:ある人が、許可を受けずに市場を開き、起訴されました(刑事事件)。
  • 争点:この許可制そのものが、22条1項に違反しないかです。

結論規制の目的は、既存の店どうしの共倒れを防ぐことで、典型的な積極目的規制です。

注意「七百メートル」という数字は、判決文そのものには出てきません。

大阪府が定めていた、許可基準の内規上の数字です。

積極目的規制が許される範囲

結論経済活動の自由については、社会経済政策の実施の一手段として、一定の合理的規制措置を講ずることを、憲法が予定し許容しています。

判決文は、これを「個人の精神的自由等に関する場合と異なつて」と述べています。

注意積極目的規制が許されるのは、経済的自由についてだけです。

精神的自由に、社会経済政策を理由にした規制をかけることは、この理屈ではおよそ許されません。

小売市場距離制限事件最高裁判所大法廷判決積極目的規制の許容「個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なつて、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当であ〔る〕。」

明白の原則

定義学説は、この判例の基準を「明白の原則」(明白性の原則)と呼んでいます。

結論積極目的規制は、立法府の政策的技術的な裁量に委ねられます。

裁判所は立法府の判断を尊重するのが建前です。

違憲にできるのは、裁量権を逸脱し、規制が著しく不合理であることの明白である場合に限られます。

注意「明白の原則」「厳格な合理性の基準」という名前は、判決文には出てきません(学説の呼び方です)。

小売市場距離制限事件最高裁判所大法廷判決明白の原則「立法府の政策的技術的な裁量に委ねるほかはなく、裁判所は、立法府の右裁量的判断を尊重するのを建前とし、ただ、立法府がその裁量権を逸脱し、当該法的規制措置が著しく不合理であることの明白である場合に限つて、これを違憲として、その効力を否定することができるものと解するのが相当である。」あてはめ:「小売市場の乱設に伴う小売商相互間の過当競争によつて招来されるであろう小売商の共倒れから小売商を保護するためにとられた措置」

あてはめと結論

事案判決は、この措置を、小売市場の乱設による過当競争で起きる小売商の共倒れから、小売商を保護するための措置だとしました。

結論著しく不合理であることが明白とは言えず、合憲です。

薬局距離制限事件(消極目的・厳格な合理性の基準)

積極目的の距離制限つき許可制は、明白の原則で合憲とされました。
では、消極目的の距離制限は、どう判断されたのでしょうか。

薬局距離制限事件の事案の構造(開業希望者Aが広島県Bに開設許可を申請し不許可となり、その取消しを求めた行政事件)

事案と規制の目的

事案当時の薬事法と広島県の条例は、既存の薬局から一定の距離を置くことを、開設許可の条件にしていました。

  • 不許可:ある人が、この距離制限を満たさないとして、不許可にされました。
  • 訴訟:その処分の取消しを求めて争いました(行政事件)。
  • 争点:この距離制限が、22条1項に違反しないかです。

結論規制の目的は、不良な医薬品の供給や医薬品の乱用を防ぐことで、消極目的規制です。

注意申請していたのは、正確には医薬品の一般販売業の許可です。

距離の基準は、薬局の規定を準用したものでした。

厳格な合理性の基準

定義学説は、この判例の基準を「厳格な合理性の基準」と呼んでいます。

結論消極的・警察的措置の合憲性を認めるには、次の2つが必要です。

  • 目的の要求:重要な公共の利益のために、必要かつ合理的な措置であることです。
  • 手段の要求:許可制より緩やかな、職業活動の内容及び態様に対する規制では、目的を十分に達成することができないと認められることです。

注意手段の要求は、LRA(より制限的でない他の選びうる手段があるなら、それを使うべきだという考え方)と同じ発想です。

あてはめと結論

薬局距離制限事件の負け方の構造(目的=正当/手段=必要性・合理性を欠く/範囲=距離制限だけが無効)

結論距離制限は必要かつ合理的な規制とは言えず、22条1項に違反し無効です(違憲)。

  • 目的:不良医薬品の供給や乱用の弊害を防ぐこと自体は、正当と認められました。
  • 手段:行政による監督や取締りの強化など、より緩やかな方法でも同じ目的を達成できるので、必要性と合理性が認められません。
  • 別名:この判決は、薬事法違憲判決とも呼ばれます。

注意無効になったのは、距離を置けという条件の部分だけです。

薬局を開くのに許可が要ること(許可制)自体は、否定されていません。

2判例の対比(物差しを選んだ時点で結論が決まる)

小売市場の距離制限は合憲、薬局の距離制限は違憲とされました。
どちらも「既存の店から距離を置け」という規制なのに、何が結論を分けたのでしょうか。

小売市場距離制限事件と薬局距離制限事件の対比(事案・目的・使った基準・結論・キーフレーズ)

目的が物差しを決める

結論手段は同じ距離制限でも、目的が違うだけで結論が正反対になりました。

物差しを選んだ時点で、結論はほぼ決まっていました。

理由裁判所が、自分に何が判断できるかを、自分で認めたからです。

  • 社会経済政策の当否:裁判所には荷が重いので、立法府に委ね、明白の原則で緩く測ります。
  • 命や健康への危険:裁判所にも判断しやすいので、踏み込んで、厳格な合理性の基準で測ります。

具体例薬局の距離制限が、薬局の共倒れを防ぐための規制と位置づけられたなら、目的は積極目的に変わります。

使う基準は明白の原則になり、結論も合憲に変わりえます。

答案での使い方

結論経済的自由の問題では、まず規制の目的を読みます。

目的が読めれば、当てる物差しが決まります。

注意これは伝統的な読み方で、近時、有力な批判があります。

最高裁自身が、この物差しどおりには動かなかった事件もあります。

基準の名前と中身(「厳格な合理性」は緩い基準ではない)

2判例では、「厳格な合理性の基準」と「明白の原則」が使われました。
この2つは、違憲審査基準の3つの層(厳格審査基準・中間審査基準・合理性の基準)のどこに位置づけられるのでしょうか。

3層の違憲審査基準への位置づけ(厳格な合理性の基準=中間審査基準の側・明白の原則=合理性の基準の側)

厳格な合理性の基準の位置

結論「厳格な合理性の基準」は、中間審査基準の側に位置づけられます。

理由手段の要求(より緩やかな制限では目的を十分に達成できないこと)は、LRAそのものだからです。

実際に、薬局の距離制限はこの基準で違憲になりました。

注意名前の一部だけを見ると、両方向に間違えます。

  • 「合理性」に引かれる:合理性の基準の仲間ではありません。
  • 「厳格」に引かれる:いちばん厳しい厳格審査基準の仲間でもありません。

明白の原則の位置

結論「明白の原則」は、合理性の基準の側に位置づけられます。

理由著しく不合理であることが明白でない限り違憲にできず、より緩やかな手段を探すことも求めないからです。

注意2つの分かれ目は、手段の代わりを探させるかどうかです。

名前に「合理性」が入っているのは厳格な合理性の基準の方なのに、緩いのは明白の原則の方です(名前と中身がねじれています)。

この弁別は、短答でよく狙われます。

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#45単独ページ動画

居住・移転と海外渡航の自由

目的二分論(前提と限界)

目的二分論

定義目的二分論とは、規制の目的を2つの箱に分け、目的で違憲審査の物差しを決める考え方です。

  • 消極目的規制:国民の生命や健康を守るため、危険を防ぐ規制です。
  • 積極目的規制:社会的に弱い立場の人を守るなど、社会経済政策のための規制です。

結論目的ごとに、使う物差しが決まります。

  • 消極目的規制:厳格な合理性の基準です。より緩やかな手段で目的を達成できるなら、違憲です。
  • 積極目的規制:明白の原則です。著しく不合理であることが明白でない限り、違憲にできません。

注意2つの基準の分かれ目は、手段の代わりを探させるかどうかです。

二分論の限界

結論規制の目的が、2つの箱のどちらにも入らないことがあります。

二分論という考え方そのものも、どこまで持つかが問われます。

理由次の3点が見えてきたからです。

  • 目的が動く:同じ規制でも、目的の読み方が時代とともに動きます(第2節)。
  • 第三の目的:どちらの箱にも入らない目的が出てきます(第3節)。
  • 判決文:よく読むと、二つの箱で分けていたとは言えません(第5節)。

注意いまは、目的を手がかりの1つに下げます。

人権の性質と規制の態様も、一緒に見ます(第6節)。

公衆浴場の距離制限(目的の認定が動く)

目的二分論では、規制の目的を読めば物差しが決まります。
では、同じ規制の目的の読み方が、判決ごとに違ったらどうなるのでしょうか。

3つの判決

事案公衆浴場(銭湯)を新しく開くには、都道府県知事の許可が必要でした。

既存の公衆浴場から一定の距離を置くことが、許可の条件です(距離制限)。

結論この距離制限について、最高裁は30年の間に3つの判断を出しました。

3つとも合憲ですが、目的の読み方がそれぞれ違います。

最初の判決(大法廷)

結論目的は、国民保健及び環境衛生を守ることだとされ、合憲です。

理由公衆浴場は「多分に公共性を伴う厚生施設」です。

乱立すると環境衛生が保てなくなるので、「出来る限り防止することが望ましい」とされました。

注意危険を防ぐための規制、つまり消極目的規制と解される認定です。

公衆浴場距離制限事件最高裁判所大法廷判決消極目的と解される認定「公衆浴場は、多数の国民の日常生活に必要欠くべからざる、多分に公共性を伴う厚生施設である。……国民保健及び環境衛生の上から、出来る限り防止することが望ましいことであり、……公共の福祉に反するものであつて、この理由により公衆浴場の経営の許可を与えないことができる旨の規定を設けることは、憲法二二条に違反するものとは認められない。」

次の判決(第二小法廷)

結論目的は、積極的、社会経済政策的な規制目的だとされました。

明白の原則を使って、合憲としています。

  • 目的の中身:経営が苦しい業者が廃業や転業をしないで済むよう、健全で安定した経営ができるようにすることです。

約1か月後の判決(第三小法廷)

結論積極・消極という言葉をあえて使わずに、両方の目的を認定し、合憲としました。

  • 目的①:「国民保健及び環境衛生の確保」です。
  • 目的②:既存業者の経営を安定させ、自家風呂を持たない国民に「必要不可欠な厚生施設である公衆浴場自体を確保しようとすること」です。

公衆浴場距離制限事件最高裁判所判決両目的の併有「国民保健及び環境衛生の確保にあるとともに、……既存公衆浴場業者の経営の安定を図ることにより、自家風呂を持たない国民にとつて必要不可欠な厚生施設である公衆浴場自体を確保しようとすることも、その目的としている」

目的は裁判所が認定するもの

結論規制の目的は、事件の中にあらかじめ書かれているものではありません。

裁判所がその都度認定するものです。

注意「目的で物差しが決まる」という言い方は、実はあまり多くを決めていません。

目的をどう読むかを決めた時点で、実質的に結論も決まっているからです。

なぜ目的の認定が動いたか

結論世の中の変化で説明できます。

理由自家風呂の普及で、銭湯の位置づけが変わったからです。

  • 昔:自家風呂のある家庭は少数で、銭湯が減ると体を洗う場所を失う人が増えました。環境衛生の危険という説明がなじみました。
  • いま:自家風呂が当たり前になり、自家風呂がない人のための大事な施設、という顔が前に出てきました。

判例変更ではない

結論3つの判断の違いは、判例変更ではありません。

事情の変化を踏まえて、同じ規制の目的を別に認定し直したものです。

理由最初の判決は大法廷、後の2つは小法廷が出したものだからです。

  • 大法廷:裁判官全員が加わる、いちばん重い審理体制です。
  • 小法廷:大法廷が示した判断を、変更することができません(裁判所法10条3号)。

注意後の2つの判決も、互いに「変更」の関係ではありません。

約1か月違いで、別の小法廷が別の書き方をしただけです。

酒類販売免許制事件(財政目的)

公衆浴場の距離制限では、同じ規制の目的の認定が動きました。
では、消極・積極のどちらの箱にも入らない目的が出てきたら、どうなるのでしょうか。

事案と判断

事案酒類の販売業を営むには、免許が必要とされていました。

ある会社が免許の交付を拒否され、免許制そのものが22条1項に違反しないかを争いました。

結論合憲です。

  • 目的:「租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的」と認定しました。
  • 基準:立法府の判断が「政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り」、22条1項に違反しないとしました。

酒類販売免許制事件最高裁判所第三小法廷判決財政目的の認定「……租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものということはできない。」

第三の目的(財政目的)

結論財政目的は、消極目的にも積極目的にも入らない第三の目的です。

理由国民の生命・健康を守る話でも、社会的に弱い立場の人を守る社会経済政策でもありません。

国の財布を守るための規制です。

目盛りの間の基準

結論この基準を、学説は明白の原則よりは、やや厳格な基準と位置づけます。

理由「著しく不合理なものでない限り」とは述べています。

しかし、「明白である」場合に限る、とまでは言っていないからです。

注意厳格な合理性の基準とも明白の原則とも違い、2つの物差しの目盛りの間に位置します。

無理に、どちらかの名前で呼ばないようにします。

二分論からのはみ出し

結論目的の側からも、基準の側からも、二分論ははみ出しています。

  • 目的:消極でも積極でもない、財政目的が現れました。
  • 基準:2つの物差しの目盛りの間に位置しています。

目的二分論への批判(理屈の側から)

判例の側では、二分論からはみ出す場面が出てきました。
では、理屈の面から見ると、二分論にはどのような批判があるのでしょうか。

批判1:重さの逆転

結論命や健康という最も重要な利益を守る規制の方が、かえって違憲になりやすいのはおかしい、という批判です。

具体例守ろうとしているものの重さで比べると、扱いが逆転しています。

  • 薬局の距離制限:命や健康を守る規制ですが、厳しく審査され、違憲になりました。
  • 小売市場の距離制限:既存業者の経営を守る規制ですが、緩やかに審査されました。

注意この批判は、判例の展開とは独立に成り立ちます。

批判2:きれいに分けられない

結論規制の目的は、きれいに2つに分けられるとは限りません。

具体例次の2つです。

  • 併有:公衆浴場の第三小法廷の判決は、危険を防ぐ目的と経営を守る目的の両方を認めました。
  • 振り分け不能:酒類販売免許制の財政目的は、どちらにも入りません。

薬局距離制限事件の読み直し(最高裁は二分論に立っていなかった)

二分論には、判例の面からも理屈の面からも無理があります。
では、二分論の判決と呼ばれてきた薬局距離制限事件は、本当に目的だけを見ていたのでしょうか。

判決の続きの段

結論薬局距離制限事件の判決は、合理的裁量の範囲を、次のように決めるとしています。

  • 尊重:規制措置の必要性と合理性は、立法府の判断が合理的裁量の範囲にとどまる限り、尊重すべきものです。
  • 広狭:合理的裁量の範囲には、「事の性質上おのずから広狭がありうる」とされています。
  • 決め方:裁判所は、「具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべき」とされています。

注意目的だけでなく、対象・方法・性質・内容まで、全部を照らし合わせて決めます。

薬局距離制限事件最高裁判所大法廷判決合理的裁量の範囲を決するもの「規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。」「合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであつて、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものといわなければならない。」

総合的に考える立場

結論この判決は、最初から目的だけを見ていたわけではありません。

目的・対象・方法・性質・内容をまとめて見る、総合的に考える立場を取っていた、と読むのがいまでは有力です。

  • 答え:最高裁は、二分論の物差しを使わなかったのではありません。目的だけを見る物差しを、そもそも持っていなかったのです。

注意判決自身が「二分論ではない」と言っているわけではありません。

後から判決を読む側が「目的で分けている」というラベルを貼った、と見るのが学説の読み方です。

二分論の知識の使い方

結論目的二分論は、判例の展開を整理するラベルとしては、いまでも使えます。

理由消極目的なら厳しく、積極目的なら緩やかに、という対応は、多くの判例で見られる傾向だからです。

注意答案で「目的が積極だから、この基準」と機械的に直結させるのは危険です。

目的は大事な手がかりの1つですが、唯一の手がかりではありません。

違憲審査基準を選ぶ3つの手がかり(段階理論)

目的は、基準を選ぶ唯一の手がかりではありません。
では、目的のほかに、何を手がかりに違憲審査基準を選ぶのでしょうか。

3つの手がかり

結論違憲審査基準を選ぶときは、次の3つを総合的に見ます。

  • 人権の性質・重要性:どの側面への制約かを見ます。精神的自由か経済的自由かで物差しの厳しさを変える、二重の基準論と同じ発想です。
  • 規制の態様・程度:規制の強さの目盛り(段階理論)で測ります。
  • 立法の目的:3つのうちの1つに下がり、決め手にはしません。

注意事情を総合考慮して審査の密度を決める、という考え方は、平等でも働いています。

段階理論

段階理論の梯子(許可制>届出制/客観的条件〈最強〉→主観的条件→事後規制〈最弱〉の順に規制が弱くなる)

定義段階理論とは、規制の強さを次のように並べる学説の見解です。

  • 許可制と届出制:許可制の方が、届出制よりも強い規制です。
  • 客観的条件:本人の努力ではどうにもならない条件(世襲制・距離制限など)を課すものです。いちばん強い規制です。
  • 主観的条件:本人の努力で満たせる条件(資格・衛生基準など)を課すものです。次に強い規制です。
  • 事後規制:始めた後で規制をかけるものです。いちばん弱い規制です。

理由規制の強さは、本人にコントロールできるかどうかで測れるからです。

具体例試験に受かればできる、という条件は、努力で越えられます。

生まれた場所や家で決まる条件は、努力ではどうにもならず、より強く人を縛ります。

注意三段階審査(保障・制約・正当性の順に見る枠組み)とは別の話です。

段階理論は、規制する側の強さの並びです。

目的が読めない規制への使い方

結論人権の性質と規制の態様も一緒に見れば、目的が読みにくい規制でも、審査の厳しさを判断できます。

具体例酒類販売免許制は、目的の箱が決まりませんでした。

しかし、免許がなければ始められない事前規制だということは、目的とは別に読めます。

注意「積極目的」「消極目的」というラベルは、書くとしても、それだけで結論を決めません。

居住・移転の自由(3つの側面)

3つの手がかりのうち、人権の性質は、どの側面への制約かで審査の厳しさを変えます。
では、22条1項の居住・移転の自由は、どのような性質を持つのでしょうか。

3つの側面

結論居住・移転の自由は、経済的自由・人身の自由・精神的自由の3つの側面を持ちます。

理由それぞれ次の理由によります。

  • 経済的自由:沿革は、好きな場所へ行って商売をする自由だからです。
  • 人身の自由:自由に移動できることは、体を自由に動かせることでもあるからです。
  • 精神的自由:広く知的な接触の機会を得るためにも、移動は欠かせないからです。

注意どの側面への制約なのかによって、審査の厳しさは変わりえます。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

職業選択の自由との違い

結論違いは、人身の自由の側面が入るかどうかです。

  • 職業選択の自由:経済的自由(沿革)と精神的自由(人格的な価値)の2つの側面です。
  • 居住・移転の自由:人身の自由(体が動く自由)を加えた3つの側面です。

理由居住・移転は、体そのものが動く自由だからです。

暴力団員市営住宅明渡し事件

居住・移転の自由は、3つの側面を持ちます。
では、市営住宅の入居者が暴力団員だと分かったとき、市は明渡しを求めることができるのでしょうか。

事案と判断

暴力団員市営住宅明渡し事件の事案の構造(A=入居者が市営住宅に入居→後に暴力団員と判明→B=市が明渡しを請求)

事案ある市の条例は、入居者が暴力団員だと分かったときは、住宅の明渡しを求めることができると定めていました。

入居後に暴力団員だと分かった場合について、この条例が憲法に違反しないかが争われました。

結論居住の制限は「公共の福祉による必要かつ合理的なものであることが明らか」とされました。

条例は、22条1項に違反しません(合憲)。

理由次の2点が考慮されています。

  • 生活の平穏:暴力団員が入居し続けると、他の入居者等の「生活の平穏が害されるおそれを否定することはできない」とされました。
  • 脱退の可能性:暴力団からは、抜けようと思えば抜けることができます。

暴力団員市営住宅明渡し事件最高裁判所第二小法廷判決居住制限の合憲性「暴力団員が市営住宅に入居し続ける場合には,当該市営住宅の他の入居者等の生活の平穏が害されるおそれを否定することはできない。」「本件規定による居住の制限は,公共の福祉による必要かつ合理的なものであることが明らかである。したがって,本件規定は,憲法22条1項に違反しない。」

3つの手がかりへの当てはめ

結論人権の性質・規制の態様・目的の3つを合わせて見て、必要かつ合理的と判断しています。

  • 人権の性質:制限されるのは、3つの側面を持つ居住の自由です。
  • 規制の態様:暴力団員であることは、本人が変えられる事情です。
  • 目的:他の入居者の平穏な暮らしを守ることです。

注意効いたのは、抜けようと思えば抜けられる、という点です。

生まれなど、自分では変えようのない事情を理由にした明渡しまで、同じ理屈で通るわけではありません。

平等原則との関係

結論この事件では、14条1項(法の下の平等)も争われましたが、違反しないとされました。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

海外渡航の自由(22条2項前段)

居住・移転の自由は、22条1項が保障しています。
では、海外に行く自由は、22条のどこで保障されるのでしょうか。

1項と2項の切り分け

結論22条は、1項が国内の関係、2項が海外の関係、という切り分けで読みます。

  • 国内旅行の自由:1項の居住・移転の自由に含まれます。
  • 海外渡航の自由:1項ではなく、2項前段の「外国に移住する自由」によって保障されます。

注意海外渡航の自由は、海外旅行の自由と呼ばれることもあります。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

帆足計事件

事案国際経済会議に出席するため旅券の発給を申請した人が、発給を拒否されたことを争いました。

結論22条2項の「外国に移住する自由」には、「外国へ一時旅行する自由をも含む」とされました。

  • 制限:外国旅行の自由も無制限ではなく、「公共の福祉のために合理的な制限に服する」とされました。
  • 旅券法:当時の旅券法13条1項5号は合理的な制限を定めたもので、「漠然たる基準を示す無効のもの」ではないとして、合憲とされました。

理由文字どおりに読めば、「移住」は一時的な旅行とは違います。

しかし、住む場所を海外に移す自由が保障されているのに、一時的に行く自由が保障されないのは不自然だからです。

注意判決文にあった5号の規定は、現在は13条1項7号にあたります。

号の番号は動いていますが、中身は実質的に受け継がれています。

帆足計事件最高裁判所大法廷判決外国旅行の自由の位置づけ「憲法二二条二項の『外国に移住する自由』には外国へ一時旅行する自由をも含むものと解すべきであるが、外国旅行の自由といえども無制限のままに許されるものではなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきである。」「旅券法一三条一項五号が『著しく且つ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞があると認めるに足りる相当の理由がある者』と規定したのは、外国旅行の自由に対し、公共の福祉のために合理的な制限を定めたものとみることができ、……漠然たる基準を示す無効のものであるということはできない。」

13条|旅券法1項:外務大臣又は領事官は、一般旅券の発給又は渡航先の追加を受けようとする者が次の各号のいずれかに該当する場合には、一般旅券の発給又は渡航先の追加をしないことができる。七 前各号に掲げる者を除くほか、外務大臣において、著しく、かつ、直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者

学説の批判

結論輪郭のはっきりしない条文で海外渡航の自由を制限するのは問題だ、とする見解が有力です。

理由海外渡航の自由は、精神的自由の側面も持つからです。

法律の文言ははっきりしていなければならない、という明確性の原則が、ここでも効いてきます。

外国人の入国との区別

注意ここでの話は、日本国民が外国へ出ていく自由です。

外国人が日本に入ってくる場面とは別で、外国人の日本に入る自由そのものは、憲法では守られていません。

国籍離脱の自由(22条2項後段)

海外渡航の自由は、22条2項前段が保障しています。
では、2項後段の国籍離脱の自由は、どこまで認められるのでしょうか。

無国籍になる自由は含まれない

結論日本国籍を自分の意思で離脱することはできますが、無国籍者になる自由までは含まれていません。

条文国籍法13条1項は、「外国の国籍を有する日本国民」が届け出ることで離脱できると定めています。

外国籍を持っていない人は、この条文で日本国籍を離脱できません。

理由国籍は、その人をどこの国が保護するかを決めるものです。

無国籍になる自由を認めると、どの国からも保護されない人が生まれてしまいます。

注意自由を認めることが、かえってその人を守れなくすることがある、という自由の限界の型です。

離脱と喪失

定義日本国籍を離れる場面は2つあり、区別します。

  • 離脱:本人の届出によって、日本国籍を離れます(国籍法13条1項)。
  • 喪失:自分の意思で外国籍を取得したときに、自動的に日本国籍を失います。

13条|国籍法1項:外国の国籍を有する日本国民は、法務大臣に届け出ることによつて、日本の国籍を離脱することができる。2項:前項の規定による届出をした者は、その届出の時に日本の国籍を失う。

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#46単独ページ動画

財産権と29条1項・2項

29条1項と2項の関係

一見した矛盾

結論1項と2項は、役割が違うだけで矛盾しません。

  • 1項:決まった後を守るルールです。
  • 2項:財産権の中身を、誰が、どこまでこれから決めてよいかのルールです。

条文1項は「侵してはならない」、2項は「法律でこれを定める」と定めています。

注意法律で内容を決められるなら、1項は何を守っているのか、という疑問が出てきます。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:財産権は、これを侵してはならない。2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

1項の2つの意味

結論1項は、2段階の歯止めで財産権を守っています。

  • 現状保障:今持っている財産権の中身を、あとから勝手に変えることを禁じます(第3節)。
  • 私有財産制の制度的保障:私有財産制という仕組みそのものを、法律でも壊すことを禁じます(第4節)。

財産権の沿革(絶対不可侵から広範な制限へ)

1項と2項は、役割の違う2つのルールです。
では、なぜ財産権には「侵してはならない」だけでなく、2項が置かれているのでしょうか。

財産権の考え方の移り変わり(絶対不可侵→格差の深刻化→社会国家思想「所有権は義務を伴う」→広範な制限)

定義社会国家とは、国が格差を放置せず、積極的に是正する役割を持つべきだ、という考え方です。

結論財産権は、絶対不可侵の権利から、広範な制限に服する権利へと変わりました。

  • 近代の初め:国家が絶対に手を出せない不可侵の権利で、自由権の中心でした。
  • 資本主義の進展:格差が深刻な社会問題になり、社会国家の考え方が広がりました。
  • ワイマール憲法:「所有権は義務を伴う」と定めました。

理由自分の財産でも好きに使ってよいわけではなく、使い方に社会的な責任が伴うからです。

具体例広い土地を持つ地主が、周辺住民の生活環境を壊すように土地を使う自由は、今日では当然には認められません。

注意この流れが、2項の「法律でこれを定める」という書き方に表れています。

2項は例外的な規定ではなく、今の財産権の姿そのものです。

1項の1つ目の意味:現状保障

財産権は、広範な制限に服する権利になりました。
それでも1項が守っているものの1つ目は、何でしょうか。

現状保障

定義現状保障とは、今、法律で認められている財産権の具体的な中身を、あとからの法律で勝手に変更することを禁止することです。

理由いったん認めた中身を後から都合よく変えられるなら、財産権の保障は絵に描いた餅になるからです。

具体例「もう持っているもの」を動かすかどうかが、境目です。

  • 該当する例:既に発生している著作物の財産的な権利を、法改正で遡って消すことです。
  • 該当しない例:これから新しく生まれる権利についてだけ、ルールを変えることです(まだ発生していない権利の話です)。

事後の法律による変更(国有農地売払対価事件)

現状保障の抜け道(当初のルール→事後の法律で変更→公共の福祉適合性を審査→合憲)

事案国は、農地改革で多くの農地を買収しました。

  • 買い戻し:自作農づくりに使わないことになった農地は、もとの持ち主が国から買い戻せました。
  • 当初のルール:買い戻しの値段は、国が買収したときの対価と同じ額でした。
  • 事後の法律:買い戻しの値段が、時価の7割に引き上げられました。
  • 主張:もとの持ち主が、財産権の侵害だとして争いました。

結論合憲とされました。

判決は、事後の法律で変更しても、「公共の福祉に適合するようにされたものである限り、これをもつて違憲の立法ということができない」と述べています。

理由2項が、財産権の内容は「公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」と規定しているからです。

1項の現状保障も、この2項の枠の中にあります。

  • 抜け道の必要性:現状保障が絶対だとすると、社会の変化に合わせて制度を作り直すことすらできなくなります。

注意現状保障は絶対の壁ではありません。

変更そのものが違憲なのではなく、公共の福祉に適合する形かどうかで結論が決まります。

国有農地売払対価事件最高裁判所大法廷判決現状保障の抜け道「法律でいつたん定められた財産権の内容を事後の法律で変更しても、それが公共の福祉に適合するようにされたものである限り、これをもつて違憲の立法ということができないことは明らかである。」

1項の2つ目の意味:私有財産制の制度的保障

現状保障には、公共の福祉に適合すれば変更できるという抜け道があります。
では、1項には、法律でも動かせない保障はあるのでしょうか。

制度的保障と私有財産制の核心

定義1項は、個々人の財産権だけでなく、私有財産制という制度そのものも保障しています(制度的保障)。

結論通説は、私有財産制の核心を生産手段の私有と解します。

工場・機械・原材料といったものを、個人が所有できることです。

理由1項が個々人の財産権だけを守るなら、「今後、生産手段は一切個人が持てない」という制度を作る法律まで許しかねないからです。

そのため、制度の核心部分は、法律によっても変更できない一段深い保障が要ります。

具体例境目は、私有そのものを否定するかどうかです。

  • 違憲:特定の産業の生産設備を、すべて強制的に国有化する法律です(その業種では誰も工場や機械を個人所有できません)。
  • 合憲もありうる:特定の業種に営業許可制を導入する法律です(条件を満たさないと開業できないという規制にとどまります)。

注意この核心を変えるには、通常の法律では足りず、憲法改正が必要です。

憲法を改正しない限り、社会主義体制のような形に移行することは許されません。

  • 他の制度的保障:政教分離や大学の自治も、同じ理論で説明されます。

1項の二階建て構造

1項には、現状保障と制度的保障という2つの意味があります。
では、2つの保障の強さは、なぜ違うのでしょうか。

1項の二階建て(一階=現状保障・抜け道あり/二階=制度的保障・抜け道なし)

結論守る対象のレベルが違うので、守り方の強さも違います。

  • 一階(現状保障):「その人が今持っている財産」という、個人のレベルです。
  • 二階(制度的保障):「私有財産制という仕組みそのもの」という、より大きなレベルです。

理由仕組みという土台が崩れると、個人の財産権を積み上げる場所自体が無くなるからです。

だから、土台である二階のほうが固く守られています。

具体例同じ「家」でも、階が違うと通る理屈が違います。

  • 一階の問題:今持っている家を、国が取り上げることです(理由次第で正当化されえます)。
  • 二階の問題:そもそも、家を個人が持てない社会にすることです(どんな理由があっても正当化されません)。

2項の形式面:条例による財産権の制限

2項は、財産権の中身をこれから決める側のルールです。
まず、財産権を制限できるのは誰か、条例でも制限できるのかを見ます。

通説(条例による制限も許される)

結論通説は、条例による財産権の制限も許されると解します。

条文2項は「法律でこれを定める」と書いているので、文言だけ見ると条例では制限できないように読めます。

理由「法律で」は、財産権の中身を誰かが勝手に決めず、国民から選ばれた代表が議論して決めることを求めた言葉です(中身より決め方を縛っています)。

  • 民主的な立法:条例は、住民が選んだ議会が作る民主的な立法です。憲法自身も、地方自治の条文(93条2項・94条)でこれを認めています。
  • 地域の特殊事情:地域ごとに、特有の事情に応じた財産権の規制が必要な場面があります。

具体例ある地形に特有の災害リスクへの対応は、全国一律の法律より、その土地の条例の方が機動的に対応できます。

注意「法律」を国会が作る法律に限ると、こうした地域の対応ができなくなります。

地方議会も住民の代表による民主的な機関なので、条例による規制を一律に排除する理由は乏しいとされます。

93条|第八章 地方自治(92〜95条)2項:地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

94条|第八章 地方自治(92〜95条)地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

奈良県ため池条例事件

奈良県ため池条例事件の事案の構造(県が条例で堤とうの使用行為を禁止/住民が違反し起訴され、条例による制限の是非を争う)

事案奈良県の条例は、ため池の堤とうを使用する行為を禁止していました。

  • 危険:ため池は、大雨などで堤とうが壊れると、下流に大きな被害をもたらします。
  • 起訴:堤とうで農作物を作り続けた住民たちが、条例違反で起訴されました。
  • 主張:住民たちは、条例が財産権を不当に制限していると争いました。

結論条例で禁止・処罰しても、憲法・法律に反しないとされました。

  • 主たる理由づけ:決壊の原因となる堤とうの使用行為は、「憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にある」とされました(保障の範囲外)。
  • 結び:地域ごとの事情から条例で定めるのが適切な事柄があるとし、この条例は29条2項に違反して条例では定められない事項を定めたものではない、と述べています。

理由決壊の原因となるほど危険な使い方まで、財産権の中身に含めて守る理由は無いからです。

  • 利益の比較:堤とうを畑として使う利益と、決壊で下流で失われる生命や財産は、比べものになりません。
  • 受忍の責務:判決も、災害を未然に防ぐやむを得ない必要から、堤とうを使う権利を持つ人は、公共の福祉のため当然これを受忍すべき責務を負う、と述べています。

注意「危険だから制限してよい」ではなく、「はじめから財産権の中身に入っていない」という理屈です。

  • 少数意見:この判決には少数意見(今でいう反対意見)があり、法律、または法律の委任を受けた条例でなければ、財産権の内容は制限できない、としています。

奈良県ため池条例事件最高裁判所大法廷判決保障の範囲外という理路「ため池の破損、決かいの原因となるため池の堤とうの使用行為は、憲法でも、民法でも適法な財産権の行使として保障されていないものであつて、憲法、民法の保障する財産権の行使の埒外にあるものというべく、従つて、これらの行為を条例をもつて禁止、処罰しても憲法および法律に牴触またはこれを逸脱するものとはいえない。」

判決は何に答えたか

判決の二つの層(主たる理路=破損・決かいの原因となる使用行為は財産権の行使の埒外/結びの説示=条例で定めるのが適切な事柄がある)と答案での使い方

結論この判決は、「条例だから制限できる」という一般論を立てて答えたわけではありません。

主な理由づけは「保障の範囲外」ですが、結びでは条例による規制を否定していません。

注意この判決を「条例による財産権の制限を認めた判例」と説明することもあります。

ただ、中心の理由づけは「範囲外」なので、そこまで一般化して読むかは書き方が分かれます(どちらか一方が誤りというわけではありません)。

  • 通説との関係:条例による制限を認める通説は、この判決とは別に、一般論として確立されたものです。

2項の実質面:制限の限界(審査の枠組み)

第6節は、誰が財産権を制限できるかという形式の話でした。
では、財産権はどこまで制限してよいのでしょうか。

3つの手がかり

定義規制の目的は、2つに分けられます。

  • 消極目的:危険を防ぐための規制です。
  • 積極目的:社会経済政策を進めるための規制です。

結論財産権でも、人権の性質・重要性、規制の態様・程度、立法の目的の3つを総合して見ます。

注意目的だけを見て審査の基準を決めるやり方は、財産権でも通用しません。

目的にレッテルを貼るだけでは、結論は決まりません。

森林法共有林事件

森林法共有林事件の事案の構造(山林を持分各二分の一で共有/管理をめぐる対立/一方が民法256条1項で分割を請求/森林法186条本文〔当時〕が二分の一以下の共有者の分割請求を拒否)

定義明白の原則とは、著しく不合理であることが明白でない限り、違憲にしない、という緩い基準です。

事案民法256条1項は、各共有者がいつでも共有物の分割を請求できることを原則としています。

  • 森林法の規定:当時の森林法186条は、持分の価額が2分の1以下の共有者は分割請求ができない、としていました。
  • 事実:父から山林の贈与を受けた2人が、持分2分の1ずつで共有していました。
  • 請求:森の管理をめぐって対立し、一方が分割を請求しましたが、この規定に当たり認められませんでした。
  • 主張:この規定が、財産権を保障する29条に違反すると争いました。

結論森林法186条本文は、「憲法二九条二項に違反し、無効」とされました(違憲)。

  • 目的の認定:森林の細分化を防いで森林経営の安定を図り、国民経済の発展に資することです(積極目的と明示してはいませんが、そう読める認定です)。
  • 審査の枠組み:規制の目的、必要性、内容、制限される財産権の種類・性質・制限の程度等を比較考量して決めます。
  • 審査の手法:明白の原則ではなく、実質的には厳格な合理性の基準にあたる手法です(薬局の距離制限事件と似た書き方です)。

理由分割の制限は、目的を達成する手段として必要性・合理性を欠くと判断されたからです。

  • 関連性が薄い:分割を禁じても、対立する共有者がそろって森の経営を始めるわけではありません。対立した2人が共有のまま取り残され、手入れの行き届かない森が残るのでは、経営の安定に近づきません。
  • 限定が無い:分割を禁止する範囲や期間に、限定がありませんでした。

注意判決の言葉にも「明らか」という言い回しが出てくるので、言い回しだけ見ると緩い基準に見えます。

見分けるのは言い回しではなく、手段の中身までどこまで踏み込んだかです。

  • 比較の意味:明白でない限り違憲にしない、で済ませるなら、目的・必要性・内容・制限の程度を並べて比べる必要はありません。
  • 目的との関係:目的が積極目的に読めても、それだけで緩い基準が使われるとは限りません。
  • その後:この分割制限の規定は、後の法改正で削除され、今の森林法にはありません。

森林法共有林事件最高裁判所大法廷判決目的認定と審査の枠組み目的認定:「森林の細分化を防止することによつて森林経営の安定を図り、ひいては森林の保続培養と森林の生産力の増進を図り、もつて国民経済の発展に資することにあると解すべきである。」審査の枠組み:「規制の目的、必要性、内容、その規制によつて制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものであるが、……立法の規制目的が……公共の福祉に合致しないことが明らかであるか、又は規制目的が公共の福祉に合致するものであつても規制手段が右目的を達成するための手段として必要性若しくは合理性に欠けていることが明らかであつて、そのため立法府の判断が合理的裁量の範囲を超えるものとなる場合に限り……効力を否定することができる」結論:森林法一八六条本文について「憲法二九条二項に違反し、無効というべきである」

256条(共有物の分割請求)|民法 第二編 物権 第三章 所有権 第三節 共有(249〜264条)1項:各共有者は、いつでも共有物の分割を請求することができる。ただし、五年を超えない期間内は分割をしない旨の契約をすることを妨げない。

証券取引法インサイダー取引規制事件

事案上場会社の主要株主が、短期間に自社の株式を何度も売買して、利益を得ました。

  • 規定:当時の証券取引法164条1項は、短期売買で得た利益を会社に提供させることができる、としていました。
  • 請求:会社がこの規定に基づいて利益の提供を求め、主要株主が争いました。

結論164条1項は、公共の福祉に適合する制限を定めたもので、「憲法29条に違反するものではない」とされました(合憲)。

  • 目的:証券取引市場の公平性・公正性を維持し、一般投資家の信頼を確保することです。

理由規制目的は正当で、規制手段が必要性又は合理性に欠けることが明らかとはいえないからです。

注意判決の文章に、「積極的」「消極的」という言葉は出てきません。

目的にレッテルを貼らず、規制の目的・必要性・内容を比較して見る、という森林法事件と同じ土台に立っています。

証券取引法インサイダー取引規制事件最高裁判所大法廷判決積極・消極のラベルを使わない合憲判断「法164条1項は証券取引市場の公平性、公正性を維持するとともにこれに対する一般投資家の信頼を確保するという目的による規制を定めるものであるところ、その規制目的は正当であり、規制手段が必要性又は合理性に欠けることが明らかであるとはいえないのであるから、同項は、公共の福祉に適合する制限を定めたものであって、憲法29条に違反するものではない。」

2つの判決の比較(なぜ結論が分かれたか)

森林法事件と証券取引法事件の対比(目的の認定・積極消極の別・手段の必要性合理性・結論)

結論分かれ目は、規制手段が目的の達成に本当に必要か・合理的かという中身です。

  • 共通点:どちらも同じ比較の枠組みを使い、目的の正当性も認められています。
  • 人権の性質・重要性:枠組みの中の「制限される財産権の種類、性質」に当たりますが、どちらも財産権への制限なので差が出ません。

注意目的二分論というラベルを外しても、規制の中身がどこまで踏み込んでいるかで、裁判所は結論を出せます。

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#47単独ページ動画

特別の犠牲と正当な補償

29条3項の趣旨(なぜ正当な補償が要るか)

29条3項の2つの問い

結論29条3項の中心になる問いは、次の2つです。

  • 補償の要否:補償が要る境目は、特別の犠牲にあたるかどうかです。
  • 補償の額:「正当な補償」の額は、原則として時価の全額です。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

収用

定義収用とは、公共のために、持ち主の同意がなくても、国や自治体が財産を強制的に取り上げることです。

注意話し合いで売り買いするのとは違います。

同意がなくても取り上げられるので、埋め合わせが要るかが問題になります。

補償が要る2つの理由

結論3項が「正当な補償」を求める理由は、2つあります。

理由2つの理由は、次のとおりです。

  • 財産価値の保障:1項が財産権を保障する以上、財産の経済的な価値も保障の対象に含まれます。価値の裏づけがなければ、財産権の保障は意味を失います。
  • 平等原則:公共のための収用で、利益を受けるのは社会全体ですが、損失を負うのはその人ひとりです。その損失を、税金というかたちで国民全体で分担します。

具体例市が図書館を増築するため、隣の個人の月極駐車場を収用する場合です。

補償なしなら、住民全体が得をして、持ち主だけが土地を失います。

注意2つのうち、より大事なのは平等原則です。

この後の論点(特別の犠牲・補償の額・支払時期・補償規定が無い場合)は、すべてこの考え方でつながっています。

「公共のために用ひる」の意味

3項は、私有財産を「公共のために用ひる」ことを認めています。
では、収用した財産が結果として特定の人に渡る場合も、「公共のため」といえるのでしょうか。

公共のために用ひる

定義公共のために用ひるとは、不特定多数の人の利益のために、私有財産を収用したりすることです。

宅地買収計画取消請求事件

宅地買収計画取消請求事件の関係図(国が旧所有者から宅地を買収し、特定の耕作者へ売り渡す/旧所有者が買収の公共性を争った)

事案戦後、自作農創設特別措置法(自創法)に基づき、国が農地改革のために土地を買収していました。

ある宅地も買収され、そこを耕作していた特定の4人に売り渡される予定でした。

もとの持ち主は、特定の個人の利益になるだけで、公共のためとはいえないと主張しました。

結論最高裁は、買収の公共性は否定されないとしました。

理由特定の者に売り渡されるとしても、それは「農地改革を目的とする公共の福祉の為の必要に基いて制定された自創法の運用による当然の結果に外ならない」からです。

収用の目的が公共的である限り、財産が誰に渡るかという結果だけで、公共性を否定することはできません。

注意この判決が見ているのは、法律そのものの目的です。

法律の目的自体が、特定の人に利益を与えることに向いているなら、公共のために用いるとはいえません。

宅地買収計画取消請求事件最高裁判所第二小法廷判決「公共のために用ひる」の意義「自創法により買収された農地、宅地、建物等が買収申請人である特定の者に売渡されるとしても、それは農地改革を目的とする公共の福祉の為の必要に基いて制定された自創法の運用による当然の結果に外ならないのであるから、この事象のみを捉えて本件買収の公共性を否定する論旨は自創法の目的を正解しないに出た独自の見解であつて採用できない。」

補償の要否(特別の犠牲)

収用が公共のためであれば、財産を用いることは許されます。
では、どのような場合に、補償が必要になるのでしょうか。

形式・実質二要件説(通説)

定義補償が必要になる場面の判断基準を、特別の犠牲といいます。

結論通説は、次の2つの要件を総合して判断します(形式・実質二要件説)。

  • 形式的要件:侵害の対象が、広く一般の人か、特定の個人や集団に絞られているか。
  • 実質的要件:侵害が、財産権に内在する社会的な制約として受忍限度内か、それを超えて財産権の本質的な中身を侵すほど強いか。

両方を満たす(特定の個人や集団に対し、受忍限度を超えて本質的な中身を侵す)とき、特別の犠牲にあたり、補償が必要です。

理由特定の誰かにだけ重い負担が集中しているときこそ、平等原則が働くべき場面だからです。

財産権を持つ人なら誰もが甘受すべき一般的な制約なら、その人だけが特別に損をしているわけではありません。

特別の犠牲にあたる例・あたらない例

具体例境目は、次のように分かれます。

  • あたる:送電線を敷設するため、特定の一区画の土地を全面的に収用する場合です。特定の個人から所有権そのものを奪う、強度の侵害だからです。
  • あたらない:全国一律の建築基準法の耐震基準で、新築する建物の構造に制約がかかる場合です。不特定多数にかかる一般的な制約で、建物の安全性に照らせば受忍限度内だからです。

実質要件説(有力説)

通説は、対象が一般か特定かという形式的要件を、判断に組み込みます。
これに対して、形式的要件を退ける見解は、何を基準に補償の要否を決めるのでしょうか。

実質要件説の3類型

定義実質要件説は、一般か特定かの区別を相対的なものとして退け、侵害の中身だけを見る見解です。

結論侵害の中身によって、次の3つに分けます。

  • 剥奪:財産権の剥奪や、それと同程度に強い侵害です。当然、補償が必要です。
  • 内在的制約:その程度に至らない侵害のうち、財産権に内在する制約による制限です。補償は不要です。
  • 偶然の制限:ほかの公益目的のために、偶然に課される制限です。補償が必要です。

理由対象が狭まるほど、一般か特定かの線は揺れるからです。

具体例それぞれの例は、次のとおりです。

  • 剥奪:道路建設のために、土地を全面的に収用する場合です。
  • 内在的制約:ため池条例事件です。ため池の堤とうを使う行為は、そもそも財産権の行使の範囲に入っていないので、奪われたものがありません。
  • 偶然の制限:近くで遺跡が見つかり、史跡の指定で、発掘調査のため一定期間工事が制限される場合です。遺跡の保護という、ほかの公益目的による制限です。

どちらの説を採るか

結論通説は、形式・実質二要件説です。

理由平等原則が問うのは、特定の誰かだけが損をしていないかです。

その問いに正面から答えるのは、対象の広さを最初に見る二要件説だからです。

注意実質要件説が指摘した、線引きの難しさは残ります。

対象が特定か一般かで迷う場面では、侵害の中身の強さを見て補います。

答案ではどちらの立場でもかまいませんが、通説の二要件説のほうが書きやすいです。

制限の可否と補償の要否(29条2項と3項の二段構え)

特別の犠牲は、補償が要るかを判断する基準です。
では、財産権を制限してよいかという2項の判断とは、どう関係するのでしょうか。

29条2項と3項の二段構え(2項の段階=規制がそもそも許されるか・合憲か/3項の段階=補償が必要か・特別の犠牲にあたるか)

二段階の判断

結論通説は、2項と3項を二段階で考えます。

  • 2項の段階:その規制が、そもそも許されるか(合憲か)を判断します。
  • 3項の段階:補償が必要か(特別の犠牲にあたるか)を判断します。

具体例工場の有害物質の排出を規制する法律ができた場合です。

  • 2項:規制の目的や、手段の必要性・合理性を検討し、合憲かを判断します。
  • 3項:合憲でも、操業停止が特定の事業者にだけ受忍限度を超える負担を強いるなら、補償が問題になりえます。

注意2項に照らして規制が合憲でも、それだけで3項の補償が不要になるわけではありません。

2項の判断で使う視点(人権の性質・重要性、規制の態様・程度、立法の目的)は、補償が要るかを測る道具ではありません。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:財産権は、これを侵してはならない。2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

正当な補償の中身(完全補償説と相当補償説)

補償が要るかは、特別の犠牲にあたるかで決まります。
では、補償が必要なとき、「正当な補償」とはいくらを払うことなのでしょうか。

完全補償説(通説)

定義完全補償説とは、客観的な市場価格の全額を補償すべきだとする考え方です。

結論通説は、完全補償説です。

理由補償額が市場価格を下回ると、差額はその人だけが負担することになります。

それでは、損失を国民全体で分担する平等原則を貫けません。

具体例時価3,200万円の商店用地が公共事業のために収用されると、3,200万円がそのまま全額支払われるべきです。

注意「客観的な市場価格」は、先祖代々の土地だという思い入れなど、主観的な事情を含みません。

主観的な価値まで含めると、算定そのものができなくなるからです。

相当補償説

定義相当補償説とは、時価より安くても、きちんとした根拠に基づいて算出した金額なら、「正当な補償」として足りるとする立場です。

農地買収対価事件(相当補償説)

事案農地改革で、国が農地を買い上げるとき、もとの持ち主に支払う対価が争われました。

対価は、田は賃貸価格の40倍、畑は48倍を超えない額と、法律で一律に定められていました。

この額は、当時の市場での取引価格を大きく下回るものでした。

結論最高裁は、相当補償説に立ち、この対価を正当な補償と認めました。

理由正当な補償とは、「その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当な額」をいうからです。

「必しも常にかかる価格と完全に一致することを要するものでない」と述べています。

注意同じ農地改革でも、第2節の宅地買収計画取消請求事件とは争点が違います。

  • 宅地買収計画取消請求事件:買収そのものが公共のためといえるか。
  • 農地買収対価事件:国がもとの持ち主に払う対価の額が正当か。

農地買収対価事件(農地改革)最高裁判所大法廷判決相当補償説「憲法二九条三項にいうところの財産権を公共の用に供する場合の正当な補償とは、その当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基き、合理的に算出された相当な額をいうのであつて、必しも常にかかる価格と完全に一致することを要するものでないと解するを相当とする。」

土地収用補償金請求事件(完全補償説)

事案土地収用法に基づく、都市計画事業のための収用で、補償金が争われました。

結論最高裁は、完全補償説に立ちました。

理由土地収用法の補償は、「完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償」をすべきだからです。

金銭で補償するときは、「被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償」が要るとしています。

土地収用補償金請求事件最高裁判所第一小法廷判決完全補償説「土地収用法における損失の補償は、……完全な補償、すなわち、収用の前後を通じて被収用者の財産価値を等しくならしめるような補償をなすべきであり、金銭をもつて補償する場合には、被収用者が近傍において被収用地と同等の代替地等を取得することをうるに足りる金額の補償を要するものというべく」

2つの判例の関係

結論原則は完全補償説で、農地改革の判例は特殊な事情に基づく例外です。

理由農地改革は、戦後の占領政策のもとで進められた、極めて特殊な国策でした。

  • 改革の中身:一部の地主だけが土地を持つ戦前からの状態を、一律に根本から作り替える改革です。
  • 対価の上限:田は40倍・畑は48倍と一律に定めたことも、この特殊な国策のもとで初めて成り立ちます。

注意2つの判例の違いは、判例変更ではありません。

農地改革の判例は、限定して理解します。

答案では、完全補償説を原則として書き、農地改革の判例を「特殊な事情に基づく限定的な判例」と位置づけます。

補償の支払時期

正当な補償の額は、原則として時価の全額です。
では、補償は、財産を収用するのと同時に支払わなければならないのでしょうか。

食糧管理法違反事件

事案食糧管理法に基づき、政府が農家から米を買い上げる制度で、代金が供出の後に支払われました。

これが憲法違反にあたるかが争われました。

結論補償が財産の供与と同時に履行される必要はないとされました。

理由「憲法は『正当な補償』と規定しているだけであつて、補償の時期についてはすこしも言明していない」からです。

3項の文言も「正当な補償の下に」とあるだけで、支払いの時期には触れていません。

食糧管理法違反事件最高裁判所大法廷判決補償の支払時期「憲法は『正当な補償』と規定しているだけであつて、補償の時期についてはすこしも言明していないのであるから、補償か財産の供与と交換的に同時に履行さるべきことについては、憲法の保障するところではないと言わなければならない。」

事業認定処分取消請求事件(緊急裁決)

定義緊急裁決とは、公共用地の取得に関する特別措置法の制度です。

まず仮の補償金を先に支払い、あとで確定した補償額との差額を清算します。

結論最高裁は、緊急裁決の制度を合憲としました。

理由「憲法二十九条三項は、補償の時期については何ら規定していない」からです。

食糧管理法違反事件の判例を、そのまま引用しています。

注意支払いの時期が無限定に自由というわけではありません。

支払いが著しく遅れた場合には、その遅れによる損害を埋め合わせる必要が出てくることもありえます。

事業認定処分取消請求事件最高裁判所第一小法廷判決緊急裁決と補償の時期「憲法二十九条三項は、補償の時期については何ら規定していないのであるから、補償が私人の財産の供与に先立ち又はこれと同時に履行されるべきことを保障するものではないと解すべきである。」

補償規定を欠く法律(河川附近地制限令事件)

補償の額と時期は、3項から導かれます。
では、特別の犠牲を課す法律に、補償の規定が置かれていない場合はどうなるのでしょうか。

河川附近地制限令事件の関係図(県知事が河川附近地を指定して使用を制限/砂利採取業者が無許可で採取して起訴され、制限令の無効を主張)

河川附近地制限令事件

事案名取川の堤防の外側にある民有地を借りて、砂利採取業を営んでいた人がいました。

その土地が河川附近地に指定され、県知事の許可が無いと砂利を採れなくなりました。

無許可で採取を続けて起訴され、補償規定の無い制限令の規定は3項に反して無効だと主張しました。

結論最高裁は、制限令の規定を違憲無効とはしませんでした。

  • 受忍の範囲:一般的な河川附近地の制限としては、通常、受忍すべき範囲だとしました。
  • 直接請求の余地:被告人も「その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法二九条三項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではない」としました。
  • 有罪:無許可での採取は犯罪なので、有罪の判決は維持されました。

理由一般には受忍すべき制限でも、その人にだけ特別に重い損失が出ることはありえます。

それを具体的に示せれば、特別の犠牲といえる余地が残ります。

河川附近地制限令事件最高裁判所大法廷判決三項を直接の根拠にした請求「本件被告人も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法二九条三項を根拠にして、補償請求をする余地が全くないわけではないから、……同令四条二号およびこの制限違反について罰則を定めた同令一〇条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない。」

補償規定が無いときの2つの問い

法律に補償規定がない場合の2つの問いの表(①請求の可否=3項を直接根拠に請求できる/②法律の効力=判例・通説は無効ではない、有力説は違憲無効)

結論判例・通説は、3項を直接の根拠に補償を請求でき、補償規定を欠く法律も無効ではないとします(有効説)。

3項を直接の根拠に請求できるということは、3項がそれだけで具体的な権利を定めているという意味です。

理由それぞれの答えの理由は、次のとおりです。

  • 請求の可否:3項自体が、「正当な補償の下に……用ひることができる」という直接の請求根拠を定めているからです。
  • 法律の効力:3項を直接の根拠に請求できるなら、法律に規定が無くても救済の道は確保されているからです。

注意補償規定を欠く法律は違憲無効だとする見解も、有力に主張されています。

「請求できるから法律は有効だ」とすると、立法する側が補償の要否を十分に検討しなくても済んでしまうからです。

予防接種禍(谷間の問題)

ここまでは、財産権への侵害を前提にしてきました。
では、公共のために生命や身体が侵害されたときは、どのように救済されるのでしょうか。

予防接種禍という谷間の表(29条3項=財産権への侵害が前提で生命・身体の被害には届かない/17条・国家賠償法=公務員の故意・過失が前提でその証明は容易でない)

谷間

定義谷間とは、「生命・身体への適法な侵害」が、憲法が予定する救済制度のどちらにも収まらない問題です。

  • 29条3項:適法な財産権の侵害を前提にした規定です。
  • 17条・国家賠償法:違法な公務員の行為を前提にし、故意や過失が要件です。

具体例予防接種法に基づき広く義務づけられた予防接種で、ごく一部の人に脳炎や脳症などの重い副反応が生じる場合です。

統計上ごくまれに、しかし避けられない形で生じ、死亡に至ることもあります。

注意接種を実施した公務員に故意や過失があったといえるかは、簡単ではありません。

17条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

予防接種禍事件・第一審(29条3項の類推適用)

予防接種の被害は、29条3項にも17条にもきれいに収まりません。
この谷間を、第一審の東京地裁はどのように埋めたのでしょうか。

第一審の構成

事案種痘などの予防接種の副反応で、死亡したり重い後遺障害を負ったりした62人の被害児をめぐって、本人や家族らが国に損害賠償や損失補償を求めました。

結論生命・身体に特別の犠牲が課された場合にも、29条3項を類推適用して、国に正当な補償を請求できるとしました。

理由財産上の犠牲と、生命・身体への犠牲とで、後者だけを不利に扱うべき理由はないからです。

注意言葉の使い分けに気をつけます。

  • 判決の言葉:類推適用です。
  • 学説の呼び名:財産より重い生命・身体が保護されないのはおかしい、という当然さを強調する構成として、勿論解釈と呼ばれます。

予防接種禍事件・第一審東京地方裁判所判決三項の類推適用判断枠組み:財産上の犠牲と、生命・身体への犠牲とで、後者だけを不利に扱うべき理由はない、とした(要約)結論:生命・身体に特別の犠牲が課せられた場合にも、憲法二十九条三項を類推適用して、国に正当な補償を請求できる、とした(要約)

第一審の構成への批判

注意この構成には、根本的な批判がありました。

お金さえ払えば、国は公共のためという理由で、人の命や健康まで取り上げてよいことになる、という批判です。

財産権の収用と同じ枠組みで語ることに、危うさがあります。

予防接種禍事件・控訴審(17条・国家賠償法へ)

第一審は、29条3項を生命・身体の被害に及ぼしました。
では、控訴審の東京高裁は、なぜ構成を変え、何によって救済したのでしょうか。

控訴審の転換の流れ(3項構成を否定=3項は適法・意図的な侵害が対象で重い副反応は違法な侵害→厚生大臣の過失を認定=禁忌該当者を識別する体制の不備→17条・国家賠償法による請求を広く認めた)

3項構成の否定

定義禁忌該当者とは、接種してはいけない体質の人です。

結論控訴審は、第一審の3項構成を退けました。

3項を「公権力の行使が適法か違法かを問わず、特別の犠牲が結果として生ずれば損失補償を命じた規定」と解することはできないとしました。

理由3項は、財産権を法に基づいて適法かつ意図的に侵害する場合を対象とする規定だからです。

  • 適法性:予防接種の制度そのものは、法に基づく適法なものです。しかし重い副反応は法が容認していない被害なので、違法な侵害です。
  • 消去法:憲法は、17条(違法な公権力の行使による損害)・29条3項(適法な財産権の侵害)・40条(適法な刑事手続による身体の拘束)で、埋め合わせを体系的に定めています。適法な侵害でない以上3項の射程に入らず、残るのは17条です。
  • 根源的な批判:3項構成には、「子供は財産なのか」という批判もありました。

注意控訴審は、類推解釈によっても、勿論解釈によっても、3項を生命・身体の被害に及ぼすことはできないとしました。

第一審が使った構成を、両方とも否定したことになります。

予防接種禍事件・控訴審東京高等裁判所判決三項構成の否定「憲法二九条三項を、公権力の行使が適法か違法かを問わず、特別の犠牲が結果として生ずれば損失補償を命じた規定と解した上、予防接種被害も同様に特別の犠牲と観念し得るが故に、損失補償請求ができると解釈することはできないものといわなければならない。」

40条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

国家賠償による救済

結論控訴審は、厚生大臣の過失を認め、17条・国家賠償法1条に基づく国家賠償請求を広く認めました。

理由厚生大臣が、禁忌該当者を的確に見分けて除外するための、十分な措置をとらなかったからです。

接種を担当する医師に対し、十分な予診の体制や情報提供の仕組みを整えていなかったことを、具体的に認定しました。

注意被害を受けた子どもたちの一部について、原判決を取り消して、新たに国家賠償請求を認めています。

財産権の枠組みだけでは、生命・身体の被害をうまく救済できないことを示した事件です。

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#48単独ページ動画

適正手続とは何か

18条前段(奴隷的拘束からの自由)

奴隷的拘束

定義奴隷的拘束とは、人が人として扱われているとは言えないほど、身体の自由を奪われている状態です。

結論前段の禁止には、例外が一切ありません(絶対的禁止)。

どんな重い犯罪の処罰であっても、奴隷的拘束は許されません。

理由奴隷的拘束は、人を人格を持つ主体ではなく、単なる道具として扱う状態だからです。

どんな理由があっても、人を道具として扱ってよい場合はありません。

具体例該当するかどうかは、自由な意思を奪っているかで分かれます。

  • 該当する:狭い場所に閉じ込め、逃げられないようにして、意思に関わりなく働かせ続ける状態です。
  • 該当しない:厳しい仕事や訓練でも、本人が納得して選んだものです。

注意刑罰だから許される、という理屈は前段には通じません。

18条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

18条後段(意に反する苦役と拘禁刑)

18条前段は、例外の無い絶対的禁止です。
では、同じ条文の後段は、どこまで禁止しているのでしょうか。

意に反する苦役

18条の前段と後段の非対称性(前段=絶対的禁止・例外は一切なし/後段=相対的禁止・犯罪に因る処罰の場合は許されうる)

定義苦役とは、本人が望んでいなくても、無理やり働かされる場面を幅広く指す言葉です。

結論後段は、犯罪による処罰の場合には、意に反する苦役を科してよいと読めます(相対的禁止)。

条文後段にだけ、「犯罪に因る処罰の場合を除いては」という言葉があります。

この非対称性は、条文の文言そのものから出ています。

具体例徴兵制のもとで戦地に送られることも、意に反する苦役にあたります。

懲役・禁錮から拘禁刑へ

拘禁刑は単なる名称変更ではない(作業の位置づけ=旧・懲役は刑の内容そのもの/現行・拘禁刑は三項の裁量的な処遇)

定義かつての刑罰は、2つに分かれていました。

  • 懲役:作業を義務づける刑罰です。
  • 禁錮:作業を義務づけない刑罰です。

結論今は、この2つが拘禁刑に統合されています。

名前だけでなく、条文の作りそのものが変わりました。

条文刑法12条の作りは、次のとおりです。

  • 2項:刑事施設に拘置することだけを定めています。
  • 3項:作業は、改善更生のために「行わせ……ることができる」と定めています。

理由作業をさせるかは、改善更生に必要かどうかを個別に判断して決めます。

以前は、作業をすること自体が、刑の内容として当然についてきました。

注意「できる」は、受刑者が作業を自由に拒めるという意味ではありません。

  • 拒んだ場合:正当な理由なく拒めば、遵守すべき事項に反した扱いを受けます。
  • 苦役性:強制されること自体はなお残るので、苦役性はいまも問題であり続けます。

12条|刑法 第一編 総則 第二章 刑(9〜21条)1項:拘禁刑は、無期及び有期とし、有期拘禁刑は、一月以上二十年以下とする。2項:拘禁刑は、刑事施設に拘置する。3項:拘禁刑に処せられた者には、改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができる。

拘禁刑と「犯罪に因る処罰の場合」

結論拘禁刑は、「犯罪に因る処罰の場合」にあたります。

作業を行わせても、後段の例外の中の話です。

理由有罪判決にもとづいて執行される刑だからです。

非常災害時の従事命令

結論非常災害のときに救援活動への従事を命じられても、通説は後段違反とは考えません。

条文消防法・災害対策基本法・災害救助法などが、こうした従事命令を定めています。

理由差し迫った人命救助という、公益上の必要性が強く働くからです。

緊急性の高さが、例外を正当化します。

注意犯罪処罰による例外とは、別の理由づけによる許容です。

  • 緊急性の無い労役:差し迫った必要の無い労役の強制は、意に反する苦役として後段の問題になりえます。

31条の保障内容(4つの保障)

18条は、身体拘束と労役という特定の場面を、絶対的または相対的に禁止する条文です。
では、生命や自由を奪う場面全般について、31条は何を保障しているのでしょうか。

31条の趣旨

結論31条の趣旨は、国家が人の生命や自由を奪う場面で、権力の恣意を防ぐことです。

条文文言のうえでは、手続が法律で定まっていることしか要求していないように読めます。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

4つの保障

31条の4つの保障(法定×適正と実体×手続の掛け合わせ=①実体の法定〈罪刑法定主義〉②実体の適正〈内容の明確性〉③手続の法定④手続の適正〈告知と聴聞など〉)

定義実体とは、何を犯罪とし、どんな刑罰を科すかという中身のことです。

結論通説は、31条から4つの保障を読み取ります。

「法定か、適正か」と「実体か、手続か」の2つの軸を掛け合わせると、4つのマスが埋まります。

理由どれが欠けても、恣意を防げないからです。

  • ④手続の適正:告知も弁解の機会も無く処罰を決める手続が法律で定まっていても、恣意そのものです。
  • ①実体の法定:何が犯罪かが法律で決まっていなければ、権力が後から犯罪だと言い出せます。
  • ②実体の適正:「けしからぬ行為をした者は罰する」のような曖昧な規定は、権力の都合のいいように使われます。

注意4つは、互いに補い合って初めて機能する仕組みです。

明確性の原則

定義実体の中身が明確でなければならないという要求を、明確性の原則と呼びます。

結論①実体の法定(罪刑法定主義)と②実体の適正の、両方から出てくる原則です。

③だけを31条の保障と見る見解

結論31条が直接保障するのは③手続の法定だけだ、と読む見解もあります。

それでも、4つとも憲法上保障されているという結論には、争いがありません。

理由31条の文言は、手続についてしか語っていないからです。

注意この見解も、①②④は31条以外の憲法の条項が保障していると解します。

争いがあるのは、どの条文が根拠かという点だけです。

31条を具体化した規定

結論憲法は、31条が求める適正な手続を、より具体的な規定にも書き込んでいます。

具体例令状主義、弁護人依頼権、住居の不可侵、拷問と残虐な刑罰の禁止、公平な裁判所の裁判を受ける権利です。

告知と聴聞(第三者所有物没収事件)

31条は、手続が法律で定まっているだけでなく、その中身が適正であることも要求します。
では、31条が直接要求する適正な手続の中核は何でしょうか。

告知と聴聞

定義適正な手続の中核は、次の2つです。

  • 告知:何をしようとしているかを、知らせることです。
  • 聴聞:言い分を聞くこと(弁解・防禦)です。

結論告知と聴聞は、④手続の適正の中核部分にあたります。

理由この最低限の機会さえあれば、恣意的な処分は防げるからです。

知らされていなければ、反論のしようがありません。

反論の機会が無ければ、間違った処分でも誰も気づけないまま確定してしまいます。

第三者所有物没収事件(告知・聴聞の機会)

第三者所有物没収事件の事案の構造(国が被告人を密輸出の罪で起訴し、第三者の所有する貨物を告知なく没収した)

定義付加刑とは、主となる刑に付け加えて科される刑のことです。

事案被告人は、韓国向けに密輸出をしようとしていました。

  • 船:被告人自身の所有物で、没収は問題になりません。
  • 貨物:被告人ではない第三者の所有物でしたが、関税法の規定で被告人への付加刑として没収されました。
  • 第三者:訴訟の当事者ではなく、告知も弁解の機会も一切ありませんでした。

結論所有者に告知、弁解、防禦の機会を与えずに所有権を奪うことは、著しく不合理で、憲法の容認しないところだとしました。

この没収は、31条と29条に違反すると判断しました。

理由機会を与えずに没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科することにほかならないからです。

注意手続の不備という1つの欠陥が、31条と29条の2つの条文に同時に触れています。

正当な手続なく財産を奪う制裁は、財産権の侵害でもあるからです。

第三者所有物没収事件最高裁判所大法廷判決告知と聴聞の機会第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。……所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならないからである。……前記関税法一一八条一項によつて第三者の所有物を没収することは、憲法三一条、二九条に違反するものと断ぜざるをえない。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:財産権は、これを侵してはならない。

第三者所有物没収事件(被告人の上告適格)

定義ここでいう上告とは、最高裁に、判決が憲法や法律に反していないかを審査してもらうことです。

結論被告人は、第三者の所有物の没収についても、違憲を理由に上告できるとしました(上告適格)。

これと矛盾する従来の判例は、変更しました。

理由理由は2つです。

  • 付加刑:没収は被告人に対する付加刑なので、被告人が違憲を争えるのは当然です。
  • 利害関係:被告人も、物の占有を奪われ、所有権を奪われた第三者から賠償請求権などを行使される危険があります。

注意第三者は訴訟の当事者ではないので、被告人も争えないなら、誰も没収の違憲を主張できなくなります。

第三者所有物没収事件最高裁判所大法廷判決被告人の上告適格かかる没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然である。のみならず、被告人としても没収に係る物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、収益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。これと矛盾する……判例は、これを変更するを相当と認める。

事件の帰結

結論最高裁は、貨物の没収を取り消しました。

没収されたのは、被告人自身の船だけです。

理由持ち主に機会を与えなかったことが、決め手でした。

行政手続にも及ぶのか(成田新法事件)

31条が直接要求する適正な手続の中核は、告知と聴聞です。
では、文言上は刑罰を科す手続の規定である31条は、行政手続にも及ぶのでしょうか。

成田新法事件(入口)

定義この事件の法律は、規制の対象を工作物と呼んでいます(建物もこれにあたります)。

事案新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法にもとづく命令が争われました。

  • 命令:空港建設に反対する団体が所有する建物(工作物)について、大臣が使用禁止を命じました。
  • 禁止された使い方:多数の破壊活動者が集まる場所、爆発物や火炎びんなどの製造・保管の場所、航空機の航行の妨害に使うことです。
  • 主張:法律に事前の告知・弁解・防禦の機会を与える規定が無く、31条違反だと主張しました(集会の自由・財産権などとあわせて)。

結論31条の保障は、直接には刑事手続に関するものです。

しかし行政手続は、刑事手続でないという理由だけで、すべてが当然に31条の保障の枠外にあるとは言えないとしました。

理由31条が防ごうとしている権力の恣意の危険は、刑事手続の中だけにあるものではないからです。

国や役所が国民の権利を一方的に制限する場面にも、同じ危険があります。

注意「及びうる」ことと、「実際に何を要求するか」は別の問題です。

成田新法事件最高裁判所大法廷判決行政手続への入口憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

及ぶとして何を要求するのか(総合較量と結論)

成田新法事件は、行政手続も31条の保障の枠外ではないとしました。
では、保障が及ぶ場合、事前の告知・弁解・防御の機会は常に必要なのでしょうか。

入口・中身・結論の三段(①入口=刑事手続でないという理由だけでは枠外にならない→②中身=機会を与えるかは権利利益と公益の総合較量で決まる→③結論=この事件では機会がなくても31条の法意に反しない)

成田新法事件(総合較量と結論)

結論機会を与えるかどうかは、総合較量して決めるもので、常に必ず必要とするものではないとしました。

次の2つを比べます。

  • 制限を受ける側:行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度です。
  • 公益の側:行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等です。

理由行政手続は、刑事手続と性質に差異があり、行政目的に応じて多種多様だからです。

具体例この事件のあてはめは、次のとおりです。

  • 不利益:団体が建物を使えなくなることです。
  • 公益:新しい空港の安全確保という、高度で緊急な国家的必要性です。
  • 帰結:公益が優越し、事前の機会を与える規定がなくても、31条の法意に反しないとされました。

注意公益の必要性がそれほど高くなければ、較量が逆に傾き、機会を与えないと違憲になる可能性もあります。

結論を暗記するのではなく、較量の使い方を理解する論点です。

成田新法事件最高裁判所大法廷判決総合較量と結論しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。……を総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものということはできない。

二段構えの区別

注意この二段は、1つの問い(保障が及ぶか)の中で、入口と中身を分けたものです。

29条の「制限の可否」と「補償の要否」という、別々の問いの二段とは別物です。

その後の立法(行政手続法と残る問題)

成田新法事件は、行政手続での機会の要否を総合較量に委ねました。
その後、立法によって何が変わり、何が残ったのでしょうか。

行政手続法

結論成田新法事件のあと、行政手続法が制定されました。

不利益な処分をするときは、原則として、聴聞または弁明の機会を与えなければなりません。

具体例営業の許可を取り消すような場面でも、原則として、この機会が必要になります。

適用除外と残る問題

結論行政手続法には、適用が除外される手続も定められています。

  • 特別の定め:他の法律に特別の定めがある場合です。
  • 手続の類型:一定の類型の手続です。

理由分野ごとの事情に応じて、既に別のルールが用意されている場合があるからです。

具体例犯罪の捜査として行われる処分は、刑事訴訟法という専用の手続があるので、対象から外されています。

注意適用除外の手続に31条の保障が及ぶかは、なお問題として残っています。

今も、答えが1つに定まっていません。

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#49単独ページ動画

刑事手続の諸権利

33〜39条の位置づけ(時間の流れに並ぶ道具)

31条の具体化

結論33〜39条は、31条が求める手続の適正を、刑事手続の具体的な道具として書き込んだ条文です。

条文他の人権の条文は短く抽象的ですが、33〜39条には、令状・弁護人・証人・自白といった具体的な言葉が並びます。

注意31条が正面から問われるのに比べ、33〜39条が答案で問われる頻度は高くありません。

刑事訴訟法で、どの権利がどの条文に根拠を持つかを見通すための権利の地図として押さえます。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

時間の流れで並べる

33〜39条を刑事手続の時間の流れに並べた図(捕まる=33条→拘束される=34条→調べられる=35条→裁かれる=37条→供述・自白=38条→終わったあと=39条/36条だけは流れの外)

結論33〜39条は、手続の時間の流れに沿って並んでいます。

注意36条だけは、この流れの外にあります。

手続の段階ではなく、刑罰そのものの中身を絶対的に禁止する条文だからです。

被疑者の権利・被告人の権利という、立場ごとに分ける整理もあります。

33条(逮捕の令状主義)

刑事手続の最初の場面は、捕まる場面です。
逮捕には、どのような歯止めがかけられているのでしょうか。

原則と例外

結論逮捕には、原則として裁判官の発する令状(逮捕状)が必要です。

  • 例外:現行犯として逮捕される場合は、令状が要りません。

条文令状には、理由となっている犯罪を明示しなければなりません。

理由現行犯は、目の前で罪が行われていて、誰の目にも犯罪が明らかです。

間違って逮捕するおそれが少ないので、令状が要りません。

なぜ裁判官の令状が要るのか

結論逮捕する捜査機関ではなく、事件と関わりのない第三者である裁判官が、逮捕の理由を事前に審査します。

これが、司法権によるコントロールです。

理由それぞれ、恣意的な逮捕を防ぐためです。

  • 事前審査:捜査機関が自分で決めて自分で実行する一体化が、恣意的な逮捕を生むからです。
  • 犯罪の明示:何の罪で逮捕するかを先に決めさせ、理由を後からこじつけさせないためです。

33条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

34条(弁護人依頼権と勾留理由開示)

逮捕の次は、身柄を拘束されている間の場面です。
拘束されている人には、どのような権利が保障されているのでしょうか。

前段:弁護人依頼権

結論前段は、身柄を拘束された人に、弁護人依頼権を保障しています。

形式的に頼めればよいのではなく、実質的な弁護を受ける権利と解されています。

理由弁護人と実際に会って話ができなければ、頼める権利があっても意味がないからです。

注意この中身は、刑事訴訟法39条1項の接見交通権として具体化されています。

後段:勾留理由開示請求権

結論正当な理由がなければ拘禁されず、要求があれば、その理由を公開の法廷で示さなければなりません(勾留理由開示請求権)。

理由なぜ拘禁されているかを、本人にだけ伝えるのでは足りないからです。

公開の法廷なら、外部の目が入ります。

注意中身は、刑事訴訟法82条で具体化されています。

身柄拘束のない被疑者

結論34条前段は、「抑留又は拘禁」という身柄拘束が前提です。

憲法には、身柄拘束のない被疑者の弁護人依頼権の規定がありません。

注意刑事訴訟法では、身柄拘束のない場合も含め、すべての被疑者に弁護人依頼権が認められています。

この憲法と刑事訴訟法のズレは、短答で狙われやすい点です。

34条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

34条前段と37条3項(2つの弁護人依頼権)

34条前段は、身柄を拘束された人の弁護人依頼権でした。
では、37条3項にも同じ名前の権利があるのは、なぜでしょうか。

34条前段と37条3項の弁護人依頼権の対比(対象=被疑者〈捕まった直後〉/被告人〈起訴されて裁判を受ける段階〉、内容=弁護人依頼権/弁護人依頼権+国選弁護人を請求する権利)

結論同じ弁護人依頼権でも、手続のどの段階を保障しているかが違います。

条文37条3項は、被告人が自ら弁護人を依頼できないときは、国が付すと定めています(国選弁護人)。

注意時間の流れに置くと、2か所にある理由が分かります。

37条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

35条(捜索・押収の令状主義とGPS捜査)

拘束の次は、住居や持ち物を調べられる場面です。
捜索・押収には、どのような歯止めがあり、その保護はどこまで及ぶのでしょうか。

原則と例外

結論住居・書類・所持品への侵入・捜索・押収には、原則として、捜索する場所と押収する物を明示した令状が必要です。

  • 例外:33条の場合(現行犯逮捕の場合)は、令状が要りません。

条文2項により、捜索・押収は、各別の令状で行わなければなりません。

理由捜査機関の判断だけで住居に手を出させないためです(33条と同じ、司法権によるコントロール)。

各別の令状を求めるのは、範囲をあいまいにさせないためです。

35条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。2項:捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

GPS捜査事件

事案捜査機関が、複数の車両にGPS端末をひそかに取り付け、半年以上、位置情報を継続的に把握していました。

住居や持ち物を直接調べたわけではありません。

結論最高裁は、35条の保護対象を、条文の3つの列挙に限りませんでした。

  • 保障対象:「住居、書類及び所持品」に限らず、これらに準ずる私的領域に「侵入」されない権利も含まれます。
  • GPS捜査:特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たり、令状がなければ行えません。

理由GPS捜査は、機器を所持品にひそかに装着し、個人の意思を制圧して私的領域に侵入する捜査手法だからです。

気づかれないまま、継続的・網羅的に私生活の動きを把握できます。

注意肉眼での尾行や、公道での撮影とは違います。

プライバシー権の定義そのものではなく、35条の保護対象の広がりとして押さえます。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決三十五条の保護対象憲法三五条は、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ、この規定の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。……個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる……令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。

37条(公平な裁判所・迅速な公開裁判・証人審問権)

調べられた次は、裁かれる場面です。
37条は、裁判の場面でどのような保障を置いているのでしょうか。

1項:公平な裁判所の迅速な公開裁判

定義公平な裁判所とは、構成その他において偏頗のおそれのない裁判所です(大法廷の判決)。

結論個々の事件で法律の誤解や事実の誤認があり、被告人に不利益な裁判がされても、それだけで37条違反の裁判にはなりません。

理由判断の中身の正しさまで37条が保障すると、あらゆる判決の誤りが憲法違反になってしまうからです。

具体例その事件の被害者と古くから親しい人が、裁判官として座っている場合は、構成が偏っています。

注意37条1項が問うのは、裁判所の構成の中立性に限られます。

判決の中身の正しさとは別の話です。

公平な裁判所の意味最高裁判所大法廷判決同条の「公平なる裁判所の裁判」というのは構成其他において偏頗の惧なき裁判所の裁判という意味である。かかる裁判所の裁判である以上個々の事件において法律の誤解又は事実の誤認等により偶被告人に不利益な裁判がなされてもそれが一々同条に触れる違憲の裁判になるというものではない……

2項:証人審問権・証人喚問権

結論被告人には、証人をめぐる2つの権利があります。

  • 証人審問権:すべての証人に対して、審問する機会が充分に与えられます。
  • 証人喚問権:公費で、強制的手続により、自分のために証人を求めることができます。

理由不利な証人の話だけが、一方的に通らないようにするためです。

37条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。2項:刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

38条1項(自己負罪拒否特権)

裁判の中でも、供述と自白の場面は特に大きな意味を持ちます。
38条1項は、供述について何を保障しているのでしょうか。

38条1項の呼び名の違い(憲法上=自己負罪拒否特権・38条1項/刑訴上=黙秘権・自己負罪拒否特権を具体化した呼び名)

結論38条1項は、自己に不利益な供述を強要されない権利を、憲法のレベルで保障しています。

理由理由は2つです。

  • 歴史への反省:かつての刑事司法は、拷問で自白を引き出すことに頼りすぎ、真実が二の次になりました。
  • 手続の適正:31条が求める手続の適正の一部でもあります。

注意憲法の言葉が自己負罪拒否特権、刑事訴訟法の言葉が黙秘権です。

この2つを混同しないようにします。

38条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

38条2項・3項(自白法則と補強法則)

38条1項は、供述を強要されない権利でした。
では、得られた自白そのものは、どのように扱われるのでしょうか。

38条2項・3項の対比(2項=自白法則・強制等による自白は証拠にできない・自白偏重の捜査を防ぐ/3項=補強法則・唯一の証拠が自白なら有罪にできない・自白だけによる誤判・冤罪を防ぐ)

結論憲法は、自白の証拠能力と証明力を、あえて制限しています。

理由自白だけで有罪にできると、無実の人にも自白させようとする動機が生まれるからです。

取調べる側にとって、自白は一番手っ取り早い証拠になってしまいます。

38条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。3項:何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

行政手続と35条(川崎民商事件)

33〜38条は、いずれも刑事手続の中の保障でした。
では、税務調査のような行政手続にも、35条は及ぶのでしょうか。

川崎民商事件の2つの経路(納税者→収税官吏の検査=35条・38条1項とも反しない/納税者→犯則調査官の調査→検察官の起訴=38条1項の保障が及ぶ)

事案

事案事業者が提出した所得税の確定申告に、過少申告の疑いが出ました。

  • 調査:税務署の職員が、売上帳・仕入帳などの帳簿を見せるよう求めました。
  • 起訴:事業者は拒否し、旧所得税法の検査拒否の罰則で起訴されました。
  • 主張:令状なしに帳簿を見せろと迫るのは、35条・38条1項に違反すると主張しました。

35条の入口

結論刑事責任追及を目的とする手続でないという理由のみで、その手続の一切の強制が当然に35条の保障の枠外にあると判断することは相当ではないとされました。

理由国が私的な領域に強制的に踏み込む危うさは、手続の名前が刑事か行政かで消えないからです。

注意原審は、35条・38条1項は刑事手続の規定で、行政手続にはそもそも及ばないと判断していました。

最高裁は、この「及ばない」という考え方を正面から否定しました。

結論は合憲(4つの理由)

結論この検査は、あらかじめ裁判官の令状によることを一般的要件としなくても、35条の法意に反しないとされました。

理由最高裁は、次の4つを総合して判断しました。

  • 目的:所得税を公平・確実に集めるための手続で、刑事責任の追及が目的ではありません。
  • 作用:刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を、一般的には持ちません。
  • 強制の程度:罰則による間接的な強制にとどまり、直接の物理的な強制ではありません。
  • 必要性:税を公平・確実に集めるには、実効性のある検査制度が不可欠です。

行政手続と38条1項(税務調査と犯則調査)

川崎民商事件は、35条について入口を開きつつ、違反しないとしました。
38条1項については、どのような基準で、どこまで及ぶとしたのでしょうか。

川崎民商事件(38条1項の射程)

結論38条1項の保障は、純然たる刑事手続以外でも、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶとされました。

ただし、所得税法上の検査・質問は、この基準に当たらないとされました。

理由この検査の性質は、35条について述べたとおりだからです。

そのため、「自己に不利益な供述」を強要するものとはいえません。

川崎民商事件最高裁判所大法廷判決三十五条の入口憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら……旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはできず……三十八条一項の射程憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべきことは……右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。しかし、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、右各規定そのものが憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず……

国税犯則取締法上の質問調査

結論犯則調査の手続には、38条1項の供述拒否権の保障が及ぶとされました(小法廷の判決)。

理由実質的に、租税犯の捜査に近い性質を持つからです。

  • 機能:実質的には租税犯の捜査としての機能を営むものです。
  • その後の流れ:犯則事件は告発で刑事手続に移り、質問顛末書などの資料も、捜査・訴追の証拠資料として使うことが予定されています。

注意保障が及ぶことと、供述拒否権を告知しなければならないことは別の問題です。

38条1項は告知を義務づけておらず、告知を要するかは、手続の趣旨・目的等で決める立法政策の問題です。

犯則調査事件最高裁判所判決保障が及ぶ理由……右調査の対象となる犯則事件は……告発により被疑事件となつて刑事手続に移行し、告発前の右調査手続において得られた質問顛末書等の資料も、右被疑事件についての捜査及び訴追の証拠資料として利用されることが予定されている……告知までは求められない憲法三八条一項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかどうかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題と解される……

同じ基準で結論が分かれる理由

税務調査と犯則調査の対比(きっかけ=一般的な確認/脱税の疑いが前提、機能=税を公平・確実に集める/租税犯の捜査に近い、その後の流れ=指導や修正申告で終わる/告発を経て起訴に進む、38条1項の保障=及ばない/及ぶ)

結論分かれ目は、その調査が犯罪の疑いをきっかけに始まる手続かどうかです。

同じ基準を当てても、出発点が違うので結論が逆になります。

注意答案では、「実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続か」という判決の言葉で書きます。

33〜39条の論点の中で、この分かれ目は答案で書かされる例外です。

国税犯則取締法の現在

結論国税犯則取締法は、2018年に廃止されました。

犯則事件の調査・処分の仕組みは、国税通則法の中の一つの章に移されています。

注意この判例を語るときは、当時の法律名で呼んで構いません。

ただし、今もある法律のように扱うのは不正確です。

31条との違い(「行政手続にも及ぶか」の2つの問い)

「行政手続にも及ぶか」という問いは、35条・38条1項だけでなく、31条にもあります。
同じ形の問いでも、何が違うのでしょうか。

「行政手続にも及ぶか」の違い(31条=手続の適正さ一般・総合較量/35条・38条1項=令状は要るか・黙っていてよいかという個別の道具・条文ごとに別の基準)

結論問われている中身が違います。

  • 31条:告知や弁解の機会など、手続全体が公正かという大きな網です。及ぶ場合の要求は、制限される権利と公益を比べる総合較量で決めます。
  • 35条・38条1項:令状は要るか、黙っていてよいかという個別の道具です。

注意35条・38条1項の判断に、31条の総合較量を持ち込みません。

川崎民商事件は、35条では4つの理由を積み上げ、38条1項では「直接結びつく作用」の基準で判断しました。

36条(拷問・残虐な刑罰の絶対的禁止と死刑)

36条は、時間の流れの外にある条文でした。
36条は何を禁止し、死刑はその「残虐な刑罰」に当たるのでしょうか。

憲法が例外なき禁止を置いた2か所(18条前段=奴隷的拘束・解釈上の絶対的禁止・「絶対に」の文言は無い/36条=拷問・残虐な刑罰・条文の文言そのものが絶対的禁止・憲法で唯一)

絶対的禁止

結論36条は、公務員による拷問と残虐な刑罰を、絶対に禁止しています。

条文「絶対に」という言葉が憲法の条文に出てくるのは、36条だけです。

理由どんな理由があっても許されない、性質そのものが違う行為だからです。

注意18条前段は、「絶対に」の文言は無くても、例外を一切認めない禁止と読まれています。

憲法が例外なき禁止を置いたのは、18条前段と36条の2か所だけです。

36条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

18条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

死刑は残虐な刑罰か

結論刑罰としての死刑そのものは、一般に直ちに残虐な刑罰に該当するとは考えられないとされました(死刑合憲判決)。

理由憲法自身が、死刑という制度の存在を前提にしているからです。

  • 13条:生命に対する権利にも、公共の福祉に反しない限りという厳格な枠があり、立法上の制限や剥奪が予想されています。
  • 31条:法律の定める適理の手続によって、生命を奪う刑罰を科せられることが定められています。

注意執行の方法が、その時代と環境で人道上残虐と認められる場合は、残虐な刑罰に当たります。

  • 具体例:火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のような執行方法を定める法律は、36条に違反します。
  • 切り分け:制度そのものへの判断と、執行方法への判断は分けて理解します。
  • 絞首:現行の刑法は絞首で執行すると定めており、絞首という方法自体の残虐性を正面から論じた判決は別にあります。

死刑制度と三十六条最高裁判所大法廷判決憲法第十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから……生命に対する国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せられることが、明かに定められている。……刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ死刑といえども……その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定されたとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条に違反するものというべきである。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

39条(事後法の禁止・二重の危険の禁止・併科)

時間の流れの最後は、裁判が終わったあとの場面です。
39条は、終わったあとの人をどのように守っているのでしょうか。

事後法の禁止

定義実行の時に適法だった行為について、あとから刑事上の責任を問わないことです(事後法の禁止・遡及処罰の禁止。前段前半)。

理由行為の時点で何が犯罪か分からなければ、安心して行動できないからです。

二重の危険の禁止

定義既に無罪とされた行為や、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問わないことです(二重の危険の禁止。前段後半・後段)。

理由同じ罪で何度も裁判にかけられると、ずっと不安定な立場に置かれるからです。

39条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

刑事罰と追徴税の併科

事案罰金に加えて追徴税も課されることが、二重処罰に当たり39条に反するかが争われました。

結論39条は、刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないとされました。

理由追徴税は、違反者の行為を犯罪とし、刑罰として課す趣旨ではなく、罰金と性質が違うからです。

  • 刑罰:反社会的な行為への制裁です。
  • 追徴税:申告漏れを防ぐための行政上の措置です(今の重加算税に当たります)。

追徴税と三十九条最高裁判所大法廷判決法四三条の追徴税は……納税義務違反者の行為を犯罪とし、これに対する刑罰として、これを課する趣旨でないこと明らかである。追徴税のかような性質にかんがみれば、憲法三九条の規定は刑罰たる罰金と追徴税とを併科することを禁止する趣旨を含むものでないと解するのが相当である。

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#50単独ページ動画

選挙権と選挙の基本原則

15条1項の読み方

15条1項のよくある誤読(全公務員を選挙で選ぶ権利)と正しい読み方(選定・罷免の手続が直接または間接に国民の意思に基づくこと)の対比表

15条1項は何を求めているか

結論15条1項は、全公務員を選挙で選ぶ権利を定めた条文ではありません。

すべての公務員の選定・罷免の手続が、直接または間接に国民の意思に基づいて定められていることを求める条文です。

理由字義どおりに読むと、現実と矛盾するからです。

  • 選定:裁判官も省庁の職員も、選挙では選ばれていません。
  • 罷免:国民が直接罷免できる公務員は、最高裁の裁判官などごく一部です。

具体例省庁の職員は試験で採用されますが、その試験制度を作ったのは国会です。

国会議員は国民の選挙で選ばれているので、間接的に国民の意思につながっています。

注意この読み方は、第9節の複選制と、第12節の直接選挙の判定基準でも使います。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

選挙権の性質(二元説)

15条1項は、公務員の選定・罷免が国民の意思に基づくことを求めています。
では、その中心にある選挙権は、どのような性質の権利なのでしょうか。

二元説の2つの顔(権利の顔=制限は難しい方向に働く/公務の顔=一定の者の排除を正当化し、突き詰めれば強制投票制にも伸びる)の対比表

二元説

定義選挙権は、権利であるとともに公務でもあるとする考え方です(二元説・通説)。

  • 公務:国のために果たす仕事という意味です。

注意「両方の顔がある」と覚えるだけでは足りません。

どちらの顔をどこまで強く見るかで、制限の許され方が変わります。

公務の顔が働く場面

結論公務の顔は、2つの方向に働きます。

  • 欠格:一定の者の選挙権を制限することを、正当化する方向に働きます。
  • 強制投票制:突き詰めれば、棄権に制裁を科す制度すら理論上は正当化できる、という見解が出てきます(第10節)。

公職選挙法11条1項の欠格

結論拘禁刑以上の刑に処せられ、その執行を終わるまでの者などは、選挙権も被選挙権も持ちません(2号・3号)。

理由選挙権が公務でもあるという一面から、必要な最小限の範囲で認められる制約だと説明されます。

選挙という公務を公正に担えない者を、あらかじめ除外できるという理屈です。

具体例4号と5号の対象は、次のとおりです。

  • 4号:公職にある間の汚職の罪です。
  • 5号:選挙や投票そのものに関わる罪です(選挙犯罪者)。

注意次の3点に気をつけます。

  • 事実上の理由ではない:刑務所にいて投票所に行けないから、という話ではありません。制度として外す、法的な正当化の枠組みです。
  • 1号「削除」:かつて成年被後見人の選挙権を制限していました。違憲とする裁判所の判断を受けて法律が改正され、番号を残して中身だけ削られました。成年被後見人や破産者を制限する規定は、現在はありません。
  • 拘禁刑:懲役と禁錮が一本化された、新しい呼び方です。以前の条文は「禁錮以上」でしたが、現在の制度は拘禁刑で語ります。

11条(選挙権及び被選挙権を有しない者)|公職選挙法 第二章 選挙権及び被選挙権(9〜11条の2)1項:次に掲げる者は、選挙権及び被選挙権を有しない。一 削除二 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者三 拘禁刑以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)四 公職にある間に犯した刑法(明治四十年法律第四十五号)第百九十七条から第百九十七条の四までの罪又は公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律(平成十二年法律第百三十号)第一条の罪により刑に処せられ、その執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた者でその執行を終わり若しくはその執行の免除を受けた日から五年を経過しないもの又はその刑の執行猶予中の者五 法律で定めるところにより行われる選挙、投票及び国民審査に関する犯罪により拘禁刑に処せられその刑の執行猶予中の者

選挙権の制限(在外国民選挙権事件)

公務の顔は、一定の者の選挙権の制限を正当化する方向に働きます。
では、選挙権そのものを制限してよいかという場面で、最高裁はどちらの顔を強く見たのでしょうか。

在外国民選挙権事件

事案国外に住む日本国民には、かつて投票の制度そのものがありませんでした。

その後制度はできましたが、しばらくは比例代表の選挙にしか投票できませんでした。

この状況が、裁判で争われました(大法廷の判決)。

結論最高裁は、選挙権を重く位置づけたうえで、極めて厳格な枠組みを示しました。

  • 位置づけ:選挙権は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものです。
  • 原則:選挙権又はその行使を制限することは、原則として許されません。制限するには、やむを得ないと認められる事由が必要です。
  • やむを得ない事由:制限をしなければ、選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難と認められる場合でない限り、ありません。
  • 不作為:国が選挙権の行使を可能にするための所要の措置を執らないという不作為で選挙権を行使できない場合も、同様です。
  • 結果:国は在外投票の制度を改めるよう求められ、損害賠償も命じられました。

理由最高裁は、選挙権そのものを制限してよいかという核心の場面で、権利の顔を強く選びました。

公務の顔を強く見れば、公務を担える者だけに選挙権を絞る発想も成り立つはずですが、それを採りませんでした。

注意この枠組みは、よくある言い方より狭いものです。

  • よくある言い方:「やむを得ない事由があれば制限してよい」「必要最小限度の制限ならよい」。
  • 最高裁の基準:その制限を外したら選挙の公正がもう保てない、というところまで行かないと制限できません。

公務の顔は受刑者の欠格のような場面を正当化しますが、選挙権そのものの制限はほとんど許されません。

在外国民選挙権事件選挙権制限の審査枠組み国民の代表者である議員を選挙によって選定する国民の権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会制民主主義の根幹を成すものであり、民主国家においては、一定の年齢に達した国民のすべてに平等に与えられるべきものである。

選挙権の実質的保障

選挙権の制限は、ほとんど許されません。
では、制限さえしなければ、選挙権は保障されたといえるのでしょうか。

実質的保障

結論15条1項は、名簿に名前があることだけでなく、その一票を実際に投じられる状態まで整えることを求めていると解されます。

名簿上の資格があるだけでは足りず、実際に投票する手段が確保されて初めて、選挙権の保障は満たされます。

具体例体が不自由で、投票所まで一人ではたどり着けない有権者です。

そのまま放置すれば、実質的には選挙権を行使できていないのと変わりません。

注意15条1項は、厳格な審査の枠組み(第3節)と実質的な保障の二段構えで、選挙権を守っています。

選挙の五原則

選挙権がどう守られるかを見てきました。
では、選挙そのものは、どのような原則で行われるべきでしょうか。

選挙の五原則と、それぞれが否定する対立概念(制限選挙/複数選挙・等級選挙/投票先が明らかにされる選挙/間接選挙・複選制/強制投票制)の表

結論五原則は、名前だけ並べても意味が立ちません。

それぞれが何を否定するために立ったかという、対立概念とセットで押さえます。

普通選挙

五原則の1つ目は、普通選挙です。
普通選挙は、何を要件にしないことを求めるのでしょうか。

普通選挙の狭義(財力を要件にしない)と広義(教育・性別も要件にしない)、15条3項は広義であることと、男子普通選挙から女性の選挙権までの歴史の表

狭義と広義

定義普通選挙には、2つの意味があります。

  • 狭義:財力(財産や納税額)を、選挙権の要件にしない制度です。
  • 広義:財力に加え、教育や性別なども要件にしない制度です。

結論15条3項の「普通選挙」は、広義です。

条文44条ただし書が並べる事由(人種・信条・性別・社会的身分・門地・教育・財産・収入)は、広義の普通選挙が排除しようとする事由と対応しています。

15条3項と44条ただし書が、セットで広義を支えています。

理由狭義にとどまると、性別を理由に選挙権を制限する制度が残ってしまうからです。

財力の壁から性別の壁まで越えてきた歴史の積み重ねがあるので、広義で読まれています。

  • 明治憲法の時代:当初、選挙権には納税額の条件がありました(制限選挙)。
  • 男子普通選挙:一定の年齢以上の男性に選挙権が認められました。
  • 戦後:初めて女性にも選挙権が認められ、広義の普通選挙が実現しました。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

44条|第四章 国会(41〜64条)両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。

「成年者」の年齢

結論15条3項の「成年者」にあたる年齢は、法律に委ねられています。

公職選挙法は、18歳以上と定めています。

注意役割分担に気をつけます。

  • 法律:誰が成年者か(年齢)を決めます。
  • 憲法:成年者による普通選挙という原則そのものを要求しています。

9条(選挙権)|公職選挙法 第二章 選挙権及び被選挙権(9〜11条の2)1項:日本国民で年齢満十八年以上の者は、衆議院議員及び参議院議員の選挙権を有する。

平等選挙

普通選挙は、誰に選挙権を与えるかの原則です。
では、与えられた一票どうしは、どのように平等でなければならないのでしょうか。

複数選挙(特定の有権者だけ二票以上)と等級選挙(等級ごとに代表者数を配分)の対比と、平等選挙は数だけでなく重みの平等まで求めることを示す表

平等選挙

定義平等選挙とは、一人一票を原則とする制度です。

条文根拠は、14条1項の法の下の平等と、44条ただし書です(44条は第6節)。

具体例対立概念は、次の2つです。

  • 複数選挙:特定の有権者に、二票以上を認める制度です(例:不動産を持つ人は二票)。
  • 等級選挙:有権者を等級ごとに分け、等級ごとに代表者を選出する制度です(例:貴族の枠と平民の枠)。

注意平等選挙は、一人一票という数の平等だけでなく、一票が持つ重みの平等まで踏み込む原則です。

等級選挙では、各等級で一人一票でも、等級ごとの定数の配分に偏りがあれば不平等になるからです。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

秘密選挙

平等選挙は、一票の数と重みの平等を求めます。
では、誰に投票したかの秘密は、どこまで守られるのでしょうか。

15条4項の前段と後段

定義秘密選挙とは、誰に一票を入れたかが、外から分からないようにする選挙です。

条文15条4項は、前段と後段で別のことを定めています。

  • 前段:誰に投票したかという、投票の秘密そのものを守ります(秘密選挙の根拠)。
  • 後段:その選択について、公的にも私的にも責任を問われません(選挙人の無答責)。

注意秘密を守る規定と、責任を問われない規定を混同しないでください。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)4項:すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

投票の秘密に関する判例

事案当選や選挙の効力を争う訴訟の中で、選挙権のない者や代理投票をした者の投票が問題になりました(小法廷の判決)。

結論選挙権のない者又はいわゆる代理投票をした者の投票についても、それが誰に対してなされたかは、議員の当選の効力を定める手続において、取り調べてはならないとされました。

理由「選挙権が無いから調べてよい」という理屈を認めると、調査がほかの正当な投票者の秘密にまで巻き添えで及ぶ危険があるからです。

注意「選挙権が無い人なら、誰に投票したか聞いてよい」という直感は外れます。

短答でよく問われる点です。

投票の秘密最高裁判所判決選挙権が無い人の投票にも及ぶしかし、本件のように選挙権のない者又はいわゆる代理投票をした者の投票についても、その投票が何人に対しなされたかは、議員の当選の効力を定める手続において、取り調べてはならないことは、既に当裁判所の判例の趣旨とするところであるから、……原審が本件無効投票が何人に対してなされたかを確定しなかつたからといつて、違法であるとすることはできない。

直接選挙

秘密選挙は、投票の中身を守る原則です。
では、投じられた一票と、選ばれる人との間には、何が挟まってはならないのでしょうか。

間接選挙(中間選挙人が代表を選ぶ・国会議員には許容)と複選制(議員が別の被選議員に選挙させる・許されない)のしくみと理由の対比表

直接選挙と対立概念

定義直接選挙とは、有権者が投じた一票が、そのまま代表者を決めるしくみです。

  • 間接選挙:有権者がまず中間選挙人を選び、中間選挙人が代表者を選ぶ制度です。
  • 複選制:議員が、別の被選挙人に選挙させる制度です。

具体例アメリカの大統領選挙(有権者が選挙人団を選び、選挙人団が大統領を選ぶ)は、間接選挙の代表例です。

複選制の例は、地方議会の議員がそのまま国会議員を選ぶしくみです。

憲法の明文

結論憲法が明文で直接選挙を求めているのは、地方公共団体の長と地方議会の議員だけです(93条2項)。

国会議員の選挙には、明文の規定がありません。

93条|第八章 地方自治(92〜95条)2項:地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

国会議員の選挙で許されるか

結論通説は、国会議員について、間接選挙は許容されるが、複選制は許されないとします。

理由15条1項の読み方(第1節)を当てはめると、違いが分かります。

  • 間接選挙:中間選挙人は、その選挙のためだけに選ばれた存在で、ほかの仕事がありません。
  • 複選制:選ぶ側の議員は、本来の別の仕事のために選ばれています。国民の意思とのつながりが一段弱くなります。

直接選挙が確かめたいのは、有権者の意思と選ばれる人との間に、余計な判断が挟まっていないかです。

注意国会による内閣総理大臣の指名は、複選制ではありません。

内閣総理大臣は、国民の選挙で選ばれると定められておらず、選挙制度の話ではないからです。

自由選挙

直接選挙までは、明文や条文の読み方から導かれる原則でした。
では、明文の無い「投票しない自由」は、憲法上どう扱われるのでしょうか。

自由選挙

定義自由選挙とは、投票しない自由を認め、棄権に制裁を科さない制度です。

結論憲法に明文の規定はありませんが、通説は、自由選挙も憲法上の要請だと解しています。

理由通説は、二元説の権利の顔を優先して、自由選挙を要請します。

在外国民選挙権事件で最高裁が権利の顔で答えたのと、同じ向きです。

強制投票制(対立見解)

定義強制投票制とは、正当な理由のない棄権に制裁を科す制度です。

結論選挙権の公務としての一面を押し出せば、強制投票制すら正当化できる、という対立見解があります。

理由「選挙権は公務でもある」という理屈の延長線上にあります。

  • 欠格:公務だから、担えない人を外せます(第2節)。
  • 強制投票制:裏返すと、公務だから、担わない人に制裁を科してよいことになります。

注意同じ「公務の顔」が、除外にも義務づけにも伸びます。

通説は踏みとどまりますが、公務の顔を突き詰めれば、別の答えも理屈のうえでは成り立ちます。

この分岐が、二元説が実際に動かすものの最終形です。

選挙制度の類型

ここまでは、選挙が従うべき原則でした。
では、実際の選挙制度には、どのような型があり、それぞれ何が長所・短所なのでしょうか。

選挙区

定義選挙区は、定数で2つに分かれます。

  • 小選挙区:定数が1人の選挙区です。
  • 大選挙区:定数が2人以上の選挙区です。

条文選挙区や投票の方法は、法律で定めます(47条)。

47条|第四章 国会(41〜64条)選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。

選挙の方法(三類型)

多数代表制・少数代表制・比例代表制を、典型・死票・政局の安定で比べた表

定義選挙の方法は、3つの型に分かれます。

  • 多数代表制:選挙区の多数派から選出する方式です(典型は小選挙区)。
  • 少数代表制:少数派からも選出できる方式です(典型は大選挙区)。
  • 比例代表制:投票数に比例して議席を配分する、政党中心の方式です。
  • 死票:当選しなかった候補者への票(結果に反映されなかった票)です。

結論死票の多さと政局の安定は、シーソーの両端の関係にあります。

  • 多数代表制:死票は多いですが、二大政党化が進みやすく、政局は安定しやすくなります。
  • 比例代表制:民意を忠実に反映し死票は減りますが、小党が分立しやすく、政局は不安定になりやすくなります。
  • 少数代表制:両端の中間に位置づきます。

具体例10万票のうち3万票を得た政党を考えます。

  • 小選挙区:その候補が敗れれば、3万票はまるごと死票です。
  • 比例代表:全体の3割を取ったので、議席もその割合に応じて配られます。

現行の選挙制度と非拘束名簿式

選挙制度の型は、死票と政局の安定のバランスで比べられます。
では、現行の衆議院・参議院の制度はどうなっていて、非拘束名簿式は憲法に反しないのでしょうか。

現行の衆議院(小選挙区+全国11ブロックの拘束名簿式比例代表・並立制)と参議院(都道府県を基本とした選挙区+全国1ブロックの非拘束名簿式比例代表)の比較表

拘束名簿式と非拘束名簿式

定義2つの名簿式は、投票用紙と当選人の決まり方が違います。

  • 拘束名簿式(衆議院):投票用紙には政党名だけを書き、政党への投票だけが有効です。当選人は、政党が事前に作成した名簿の順位どおりに決まります。
  • 非拘束名簿式(参議院):投票用紙には、政党名でも候補者名でも書けます。候補者への投票も所属政党の得票として計算され、この総得票数で政党の議席数が決まります。そのうえで、候補者ごとの得票数で名簿の中の順位が決まります。

注意候補者個人は支持したいが、所属政党は支持したくない、という有権者の一票も、その政党の得票として扱われます。

非拘束名簿式比例代表訴訟

事案非拘束名簿式について、2つの点が争われました(大法廷の判決)。

  • 選挙権:候補者名を書いたのに政党への投票とされるのは、選挙権の侵害ではないか。
  • 直接選挙:当選人が投票の結果で自動的に決まらず、直接選挙の要請に反しないか。

結論最高裁は、どちらも合憲と判断しました。

  • 選挙権:名簿式比例代表制は政党本位の選挙制度であり、政党の選択という意味を持たない投票を認めない制度です。候補者個人には投票したいが政党には投票したくない、という投票意思が認められないことをもって、15条に違反するとまではいえません。
  • 票の数え方:名簿登載者は政党に所属する者という立場で候補者になっているので、候補者名の票を政党の票として数えることには合理性が認められ、国会の裁量権の限界を超えません。
  • 直接選挙:投票の結果すなわち選挙人の総意により当選人が決定される点で、候補者個人を直接選択して投票する方式と異なるところはありません。

理由直接選挙かどうかは、投じられた票と当選の決定との間に、選挙人以外の者の意思が介在するかで見分けます。

非拘束名簿式では、政党の得票数も名簿内の順位も、すべて投票の結果から決まります。

得票数が同じ候補者の順位を選挙長のくじで決める場合も、当選人の決定に選挙人以外の者の意思が介在するものではないとされました。

注意合憲とされたのは、「名簿式なら何でもよい」からではなく、この基準を通ったからです。

仮に、投票後に政党が名簿の順位を動かせるしくみなら、有権者以外の意思が入り込み、直接選挙の要請に反することになります。

非拘束名簿式比例代表訴訟非拘束名簿式の合憲性・政党を選択する制度名簿式比例代表制は、各名簿届出政党等の得票数に応じて議席が配分される政党本位の選挙制度であり、本件非拘束名簿式比例代表制も、各参議院名簿届出政党等の得票数に基づきその当選人数を決定する選挙制度であるから、本件改正前の拘束名簿式比例代表制と同様に、政党本位の名簿式比例代表制であることに変わりはない。……名簿式比例代表制は、政党の選択という意味を持たない投票を認めない制度であるから、本件非拘束名簿式比例代表制の下において、参議院名簿登載者個人には投票したいが、その者の所属する参議院名簿届出政党等には投票したくないという投票意思が認められないことをもって、国民の選挙権を侵害し、憲法十五条に違反するものとまでいうことはできない。非拘束名簿式の合憲性・直接選挙の判定基準……投票の結果すなわち選挙人の総意により当選人が決定される点において、選挙人が候補者個人を直接選択して投票する方式と異なるところはない。

43条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

外国人の選挙権

選挙権は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利です。
では、日本国民ではない外国人に、選挙権は認められるのでしょうか。

外国人の人権の3つの層(憲法が保障する層=政治活動の自由/憲法が禁止する層=国政選挙権/立法政策に委ねられる層=地方選挙権)と、地方選挙権がどこに入るかを示す図

国政選挙権

結論外国人には、国政選挙権は憲法上保障されていません。

それだけでなく、法律で与えることも許されません。

理由国民主権は、国の政治のあり方を最終的に決める力が国民にある、という原理です。

主権者である国民の外にいる人に、法律で国政の選挙権を与えることはできません。

地方選挙権

結論地方選挙権も、憲法上は保障されません。

しかし、永住者などに法律で地方選挙権を与えることは、憲法上禁止されていないと考えられます。

理由国政と地方とでは、国民主権原理とのかかわりの程度に差があるからです。

  • 国政:外交や国防を担います。
  • 地方:住民の日常生活に密接な公共的事務を担います。
  • 地方自治の保障:憲法は、第八章で地方自治を制度として保障しています。

定住外国人地方参政権訴訟

結論判例も、2段構えで判断しました(小法廷の判決)。

  • 93条2項の「住民」:地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するので、外国人に地方選挙の権利を保障したものではありません。
  • 法律による付与:永住者等で、居住する地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至った者に、法律で地方選挙権を付与することは、憲法上禁止されているものではないとされました。
  • 立法政策:付与するかどうかは専ら国の立法政策にかかわる事柄で、付与しなくても違憲の問題は生じません。

理由第八章の地方自治の規定は、住民の日常生活に密接な公共的事務を、その地方の住民の意思に基づいて地方公共団体が処理するという政治形態を、憲法上の制度として保障しようとする趣旨と解されるからです。

注意次の2点に気をつけます。

  • 3つの層:地方選挙権は、保障も禁止もされない立法政策に委ねられる層(真ん中)にあります。「憲法上保障されていない」ことと「法律で与えたら違憲」は同じではありません。
  • 傍論:法律による付与を禁止しないとした部分は、判決の結論そのものではなく傍論です。事件の結論に必須ではないので先例としての拘束力は弱いとされますが、最高裁の考え方の表明として、実務では重く受け止められています。

定住外国人地方参政権訴訟結論と傍論憲法九十三条二項にいう「住民」とは、地方公共団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり、右規定は、我が国に在留する外国人に対して、地方公共団体の長、その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。

93条|第八章 地方自治(92〜95条)2項:地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

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#51単独ページ動画

議員定数不均衡と投票価値の平等

定数不均衡の判断枠組み(4段階)

結論最高裁は、定数不均衡を次の4段階で判断します。

  • 一段目:較差が大きすぎれば、違憲状態になります(目安は2倍超)。
  • 二段目:合理的期間が経過して、初めて違憲になります。
  • 三段目:違憲になるのは、定数配分規定の全体です。
  • 四段目:事情判決の法理により、選挙は無効にせず、違法の宣言にとどめます。

注意違憲状態と違憲は別の言葉です。

混ぜると、以後の判例が読めなくなります。

この4段階は、定数不均衡のために最高裁が積み上げた専用の枠組みです。

較差の測り方

4段階の一段目は、較差の大きさを問います。
では、較差とは何と何の比なのでしょうか。

較差の測り方の設例表(X区72万人・定数3とY区24万人・定数2で較差2倍/X区を90万人にすると較差2.5倍・0.4票)

較差と1票の重さ

定義較差とは、議員1人あたりの有権者数の比です。

有権者数だけの比でも、定数だけの比でもありません。

  • 議員1人あたりの有権者数:有権者数を定数で割った数です。
  • 1票の重さ:定数を有権者数で割った数で、議員1人あたりの有権者数の逆数です。

具体例どちらで比を取っても、同じ数字になります。

  • X区72万人・定数3、Y区24万人・定数2:24万人と12万人で、較差は2倍です。X区の一票は0.5票分です。
  • X区を90万人にした場合:30万人と12万人で、較差は2.5倍です。X区の一票は0.4票分です。

投票価値の平等の根拠(14条1項)

較差が大きいと、軽い側の一票は効き目が小さくなります。
では、一票の重みの平等は、どの条文から出てくるのでしょうか。

15条1項と14条1項の区別

結論一票の重みの足場は、15条1項ではなく14条1項です。

14条1項は、形式的に一人一票を揃えるだけではありません。

各投票が選挙結果に対して持つ影響力の平等まで保障している、と読まれます。

条文2つの条文は、問うている中身が違います。

  • 15条1項:選挙権そのもの(持っているか・実際に使えるか)です。
  • 14条1項:持っている一票がどれだけ効くか(投票価値の平等)です。

具体例較差2.5倍のX区の有権者は、選挙権は持っています。

それでも、その一票は0.4票分しか効きません。

注意一票の重みを15条1項から導くのは誤りです。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

一段目:なぜ2倍か(違憲状態)

一票の重みの平等は、14条1項が保障しています。
では、較差がどこまで広がると、投票価値の平等に反するのでしょうか。

2倍という線の出どころ

定義複数選挙とは、特定の有権者に2票以上を認める制度です。

一人一票の原則を破るものです。

結論較差が2倍を超えると、違憲状態になります(通説の目安)。

条文47条は、選挙に関する事項を法律で定めるとしています。

この条文は、行政区画や地域のまとまりなど、非人口的な要素の考慮も認めている、と読まれます。

理由2倍の線は、次の順で導かれます。

  • 上げ足:投票価値の平等を貫くなら、人口比例主義を徹底すべきです。
  • 下げ足:47条により非人口的な要素も考慮できるので、ある程度の較差はやむを得ません。
  • 2倍超:重い側の有権者が2票以上を持つのと同じになり、複数選挙を認めたのと同じ結果になります。平等選挙の本質が壊れます。

47条|第四章 国会(41〜64条)選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。

「2倍」と最高裁の言葉

受験生が使う「較差2倍」(通説の目安の線)と、最高裁の言葉「一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度」(評価の言葉)の対比表

結論2倍は、通説が理屈から逆算して引いた目安の線です。

理由最高裁は、判決文で2倍という数値基準を立てていません。

使うのは、「一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度」という評価の言葉です。

注意「最高裁は2倍と言っている」とは言いません。

二段目:合理的期間論(違憲状態から違憲へ)

較差が2倍を超えると、違憲状態になります。
では、違憲状態になれば、直ちに違憲なのでしょうか。

なぜ直ちに違憲としないか

結論違憲状態から、是正のための合理的期間を経過して、初めて違憲になります。

その期間を超えて放置したときに、違憲に格上げされます。

理由直ちに違憲とすると、常に違憲の選挙しかできなくなるからです。

  • 人口の変動:国勢調査のたびに、較差は動きます。
  • 法改正の時間:是正の法改正にも、時間がかかります。

注意違憲状態と違憲の違いは、較差の程度の差ではありません。

時間の経過があったかという、別の軸での区別です。

三段目:なぜ全体が違憲になるか

合理的期間が経過すると、違憲になります。
では、違憲になるのは、較差が大きい選挙区の配分だけなのでしょうか。

定数配分の仕組みのフロー(総定数を先に決める→各選挙区に配分する→一つ動かせば他が動く→定数配分規定全体が違憲)

定数配分規定の全体

結論較差が大きい選挙区だけでなく、定数配分規定の全体が違憲になります。

理由定数配分は、まず総定数を決めてから、各選挙区に配分する仕組みだからです。

ある選挙区の定数を1増やせば、どこかを1減らさなければなりません。

一つの選挙区を動かせば、必ず他の選挙区に跳ね返るので、そこだけを切り出せないのです。

四段目:事情判決の法理

定数配分規定の全体が違憲なら、その規定で行われた選挙は無効になるはずです。
では、最高裁は選挙の効力をどう扱ったのでしょうか。

違憲なのに選挙は有効になる理由の対比表(本来は選挙全体が無効のはず/実際は定数配分規定は違憲・選挙は違法と宣言するにとどめる、国政が著しく混乱するため)

選挙を無効にしない理由

結論事情判決の法理により、選挙は無効にしません。

定数配分規定は違憲、当該選挙は違法と宣言するにとどめます。

理由選挙を無効にすると、国政が著しく混乱するからです。

  • 議員:選ばれた議員がいなくなります。
  • 法律:その議員たちが作った法律の効力も、不安定になります。

注意主語の違いに気をつけます。

違憲と言われているのは定数配分規定で、選挙そのものは違法としか言われていません。

だから、違憲と判断されても、選挙は有効のままです。

条文上の足場(類推適用ではない)

事情判決の法理の組み立て表(公選法219条1項が行訴法31条の準用を明文で除外/それでも31条前段に含まれる一般的な法の基本原則を援用/直接適用でも類推適用でもない)

結論最高裁は、行訴法31条を直接適用も類推適用もしていません。

条文が体現する一般的な法の基本原則を援用しました。

  • 足場:事情判決は、行政事件訴訟法31条1項に定めがあります。
  • 壁:選挙訴訟では、公職選挙法219条1項が、31条の準用を明文で除外しています。
  • 最高裁:31条1項前段の事情判決には、「一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素」も含まれている、としました。

理由219条1項が封じたのは、31条という条文を当てはめることです。

条文の外にある法の一般原則までは、封じていません。

注意「行訴法31条を類推適用した」と書くのは不正確です。

判決は、ふつうの公選法違反の選挙については、この原則による回避も認めていません。

選挙が憲法に違反する規定に基づき、法改正なしに是正できない場面だから、原則の適用に余地があるとしたのです。

最初に違憲と言った判決最高裁判所大法廷判決選挙の効力行政事件訴訟法三十一条一項前段の規定については、一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素も含まれていると解すべきである。

31条|行政事件訴訟法 第二章 抗告訴訟 第一節 取消訴訟(8〜35条)1項:取消訴訟については、処分又は裁決が違法ではあるが、これを取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合において、原告の受ける損害の程度、その損害の賠償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮したうえ、処分又は裁決を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるときは、裁判所は、請求を棄却することができる。この場合には、当該判決の主文において、処分又は裁決が違法であることを宣言しなければならない。

219条(抜粋)|公職選挙法 第十五章 争訟(202〜220条)1項:この章(第二百十条第一項を除く。)に規定する訴訟については、行政事件訴訟法第四十三条の規定にかかわらず、同法第十三条、第十九条から第二十一条まで、第二十五条から第二十九条まで、第三十一条及び第三十四条の規定は、準用せず……

将来効判決

定義将来効判決とは、選挙を無効としつつ、無効の効力が生じる時期を将来の一定の時点に遅らせる判決です。

結論事情判決の代案として、議論されています。

理由それまでに国会に是正させるので、事情判決よりも強い警告になります。

注意「違憲だが有効」以外にも、選択肢が実際に議論されています。

統治行為論が使えない理由

定数不均衡は、国会が作った選挙制度の当否を争う、政治的な問題です。
では、なぜ裁判所は、統治行為論で判断を避けないのでしょうか。

統治行為論の前提(最終的には国民の政治的判断に委ねる)と、定数不均衡の主張(その土台である一票の重みが壊れている)の対比表

前提が欠けている

結論定数不均衡には、統治行為論は使えません。

理由統治行為論の土台は、最終的には国民の政治的判断に委ねるという民主政治の原理です。

定数不均衡の主張は、その土台である一票の重みそのものが壊れている、という主張です。

国民の判断に委ねようにも、その前提が欠けているのです。

注意ある法理を持ち出す前に、その法理が立つ前提を確認します。

最初に違憲とした判決(衆議院・中選挙区制)

4段階を理由とともに見てきました。
では、この4段階を最初に丸ごと立てた判決は、どう判断したのでしょうか。

1つの判決の中にある4段階のフロー(較差4.99倍=違憲状態→8年余の不作為で合理的期間の経過=違憲→不可分の一体で定数配分規定全体が違憲→事情判決の法理で選挙は有効のまま)

4段階を立てた判決

定義中選挙区制とは、1つの選挙区から2人以上の議員を選ぶ、当時の衆議院の制度です。

事案中選挙区制のもとの衆議院議員選挙で、較差は4.99倍でした。

較差は、8年余りにわたって是正されないままでした。

選挙区の選挙人が、選挙の無効を求めて訴えました。

結論4段階すべてを判断し、違憲としつつ、選挙は無効にしませんでした。

  • 一段目:較差は、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達し、違憲状態です。
  • 二段目:合理的期間内における是正がされなかったので、違憲です。
  • 三段目:定数配分規定は、全体として違憲の瑕疵を帯びるとしました。
  • 四段目:請求は棄却し、主文で選挙は違法と宣言しました。

理由判決は、各段階を次のように述べました。

  • 投票価値の平等:憲法は、人口数と議員定数との比率の平等を最も重要かつ基本的な基準とすることを要求しています。国会は、これと調和する範囲で、公正かつ効果的な代表という他の目的も考慮できます。
  • 違憲の推定:較差がとうてい考えられない程度に達すれば、国会の合理的裁量の限界を超えると推定されます。正当化すべき特段の理由が示されない限り、憲法違反と判断するほかはありません。
  • 全体の違憲:各選挙区の定数配分は、相互に有機的な関連を持ち、不可分の一体をなすからです。
  • 選挙の効力:行訴法31条1項前段には、一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素も含まれているからです。

注意この判決の言葉は「人口数と議員定数との比率の平等」で、通説はこれを人口比例主義と呼びます。

言い方は判決ごとに違い、参議院の判決は人口比例主義という言葉を判決自身が使っています。

この判決が判断したのは、衆議院の定数配分だけです。

最初に違憲と言った判決最高裁判所大法廷判決違憲の範囲各選挙区の議員定数の配分は、相互に有機的な関連を有し、不可分の一体をなすものと考えられるから、本件議員定数配分規定は、全体として違憲の瑕疵を帯びるものと解するのが相当である。投票価値の平等投票価値の平等について、憲法は、議員定数の配分において人口数と議員定数との比率の平等を最も重要かつ基本的な基準とすることを要求している。もっとも、国会は、これと調和する範囲で、公正かつ効果的な代表という他の政策的目的を考慮することもできる。

合理的期間の起点(同じ較差でも結論が分かれる)

最初に違憲とした判決の後、国会は法改正をしました。
では、その後の判決は、同じような較差で同じ結論になったのでしょうか。

較差・結論・合理的期間の起点を並べた表(最初に違憲とした判決4.99倍=違憲/その次3.94倍=違憲状態・直前の改正で2.92倍まで縮小/さらにその次4.40倍=違憲・前の選挙の時点で既に違憲状態)

違憲状態にとどまった判決

事案法改正で較差は一度2.92倍まで縮まりましたが、その後の選挙で3.94倍に広がりました。

結論違憲状態にとどまり、違憲とはされませんでした。

理由直前の法改正で、較差を大きく縮めた実績がありました。

そのため、まだ合理的期間の内側だと評価されました。

違憲とされた判決

事案その次の選挙で、較差は4.40倍に広がりました。

結論違憲とされましたが、事情判決にとどめられ、選挙は有効のままでした。

理由本件選挙の較差は、既に先の総選挙の時点で、憲法の要求に合致しない状態に至っていました。

それにもかかわらず、合理的期間内における是正がされなかったからです。

注意合理的期間の時計は、今の選挙からではなく、較差が違憲状態に達した時点から測り始めます。

同じような較差でも、時計の起点次第で結論が分かれます。

前の選挙の時点で、既に違憲状態だった最高裁判所大法廷判決時計の起点の判決本件選挙当時における選挙区間の較差は、既に先の総選挙の時点において、憲法の要求するところに合致しない状態に至っていたものというべきであり、それにもかかわらず、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものと認めざるをえない。

最初に違憲と言った判決最高裁判所大法廷判決合理的期間の経過前記規定は、憲法の要求するところに合致しない状態になっていたにもかかわらず、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものと認めざるをえない。

小選挙区制と1人別枠方式

合理的期間論は、中選挙区制のもとで積み上げられました。
では、選挙制度が小選挙区制に変わった後、較差はどう判断されたのでしょうか。

1人別枠方式の配分の仕組み(総定数のうち小選挙区の議席数→各都道府県に人口に関係なくまず1議席→残りを人口比例で配分)

1人別枠方式

定義1人別枠方式とは、小選挙区制の導入時に採られた議席の配分方法です。

  • まず:各都道府県に、人口とは関係なく一律に1議席を配ります。
  • 残り:残りの議席を、人口比例で各都道府県に配分します。

注意この配分方法自体が、導入した時点で既に較差2倍超を生んでいました。

導入直後の判決

導入直後の2判決の表(最初の判決2.309倍・合憲・人口の少ない県への配慮は立法裁量の範囲内/その次の判決2.171倍・合憲・1人別枠方式それ自体の合理性も肯定)

結論導入直後の2つの判決は、較差2倍超でも、どちらも合憲でした。

1人別枠方式そのものも、なお合憲とされました。

理由選挙制度は47条が法律に委ねているので、立法裁量がもともと広いからです。

人口の少ない県への配慮も、その範囲内だと評価されました。

転回点の判決(1人別枠方式の合理性の喪失)

導入直後は、1人別枠方式も合憲とされました。
では、合憲だった制度が、なぜ後から評価を変えられたのでしょうか。

1人別枠方式の位置づけの対比表(導入直後の判決まで=急激な減少への配慮から採られた方策・合憲/転回点の判決=合理性には時間的な限界があり合理性を失った・違憲状態で合理的期間の経過は否定)

合理性の時間的な限界

事案小選挙区制のもとの選挙で、較差は2.304倍でした。

結論違憲状態としましたが、違憲とはしませんでした(合理的期間の経過は否定)。

1人別枠方式は、その合理性を失っていたとしました。

理由判決は、1人別枠方式を次のように位置づけました。

  • 目的:人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮から、国政の安定性・連続性を確保するために採られた方策です。
  • 限界:その合理性には、おのずから時間的な限界があります。新しい選挙制度が定着し、安定した運用がされるようになった段階で、合理性は失われます。
  • 本件:制度導入からすでに相当の期間が経過していました。

合理的期間の経過を否定したのは、国会がこの問題を認識し、是正に取り組み始めるのに必要な時間を考慮したためです。

注意こうした配慮を一般に激変緩和と呼びますが、判決自身の言葉ではありません。

較差は前の判決より小さくても、違憲状態とされています。

転回点の判決最高裁判所大法廷判決一人別枠方式の位置づけ1人別枠方式は、人口の少ない地方における定数の急激な減少への配慮から、国政の安定性・連続性を確保するために採られた方策であり、その合理性には、おのずから時間的な限界がある。新しい選挙制度が定着し、安定した運用がされるようになった段階においては、その合理性は失われる。合理性の喪失本件選挙が施行された時点においては、上記の制度導入からすでに相当の期間が経過しており、1人別枠方式は、その合理性を失っていたものというべきである。

1人別枠方式の廃止後(違憲状態が続いて合憲へ)

転回点の判決を受け、国会は1人別枠方式を廃止する法改正に踏み出しました。
では、その後の選挙について、判決はどう評価したのでしょうか。

1人別枠方式廃止後の3判決の表(廃止後最初の選挙2.425倍・違憲状態・廃止の法改正を一応評価/その次の選挙2.129倍・違憲状態/決着の判決2倍未満・合憲・是正の努力が実り較差も2倍未満に)

3つの判決

結論違憲状態が続いた末に、ようやく合憲になりました。

  • 廃止後最初の選挙:解散のため旧規定のまま行われ、違憲状態です。廃止の法改正を一応評価し、合理的期間の経過は否定されました。
  • その次の選挙:較差はまだ2倍を超え、違憲状態です。法改正のあとも、国会が較差をさらに縮める見直しを続けていたことを考慮しました。
  • その次の選挙:較差が2倍未満に収まり、合憲です。是正の努力が実り、較差も収まったと評価されました。

注意個別の較差を覚えるより、合理的期間の経過をなぜ否定し続けたかで押さえます。

各判決は、前の判決に対する国会の対応への評価になっています。

参議院の判断枠組み(なぜ緩やかだったか)

ここまでは、衆議院の判例でした。
では、参議院は、衆議院と同じ基準で判断されてきたのでしょうか。

衆議院と参議院の違憲になる条件の対比表(衆議院=著しい不平等状態+合理的期間の経過/参議院=著しい不平等状態+相当期間の継続・より緩い、緩さを支える理由=都道府県代表的性格と半数改選による偶数制約)

相当期間の継続

事案参議院議員選挙で、較差は5.26倍でした。

結論合憲としました。

較差は、到底看過することができない程度の不平等に達していないと判断されました。

条文46条は、参議院議員の任期を6年とし、3年ごとに半数を改選すると定めています。

理由判決は、参議院の違憲判断の枠組みを次のように示しました。

  • 一段目:較差が到底看過することができない程度の著しい不平等状態に至ることです。
  • 二段目:それが、憲法上要求される相当期間継続して是正されなかったことです。

注意衆議院の「合理的期間」より、参議院の「相当期間」のほうが緩い言葉です。

参議院の違憲判断枠組み最高裁判所大法廷判決参議院はなぜ緩いか参議院議員の選挙については、その較差が到底看過することができない程度の著しい不平等状態に至り、かつ、それが憲法上要求される相当期間継続して是正されなかった場合に、初めて憲法に違反するものと解すべきである。

46条|第四章 国会(41〜64条)参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。

緩さを支えた2つの理由

結論参議院の緩さは、2つの具体的な理由に支えられていました。

  • 都道府県代表的性格:参議院議員には、都道府県の代表という性格があるとされてきました。
  • 偶数制約:半数ずつ改選するので(46条)、各選挙区の定数は必ず偶数になります。定数を偶数のまま細かく調整するのは難しく、衆議院より調整の幅が狭くなります。

注意「参議院だから」で終わらせず、この2つの理由で説明します。

緩さを認めた時代の2判決

緩さを認めた時代の2判決の表(5.26倍=合憲・著しい不平等状態が生じていたとまでは言えず②は未検討/6.59倍=違憲状態・著しい不平等状態は認めるが相当期間の継続は認められず)

結論較差が6倍を超えても、違憲状態止まりでした。

  • 5.26倍の判決:著しい不平等状態に至っていないとして、合憲です(相当期間は検討していません)。
  • 6.59倍の判決:著しい不平等状態は認めましたが、相当期間の継続までは認められず、違憲状態です。

注意衆議院よりも、はるかに緩い基準が続いていました。

参議院の厳格化と合区

参議院の緩さは、都道府県代表的性格と偶数制約に支えられていました。
では、この緩さは、その後も維持されたのでしょうか。

参議院の4判決の表(緩さの理由が崩れた判決5.00倍・違憲状態/その次4.77倍・違憲状態・抜本的な見直しに取り組み始めたことを評価/合区後の判決3.08倍〈改正時2.97倍〉・合憲/さらにその次3倍・合憲・合区後の状態を維持)

緩さの理由が崩れた判決

事案参議院議員選挙で、較差は5.00倍でした。

結論違憲状態としましたが、違憲とはしませんでした。

理由判決は、次のように述べました。

  • 投票価値の平等:参議院議員の選挙であること自体から、直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い。
  • 違憲の否定:国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず、定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。

注意5.26倍が合憲で、5.00倍が違憲状態になりました。

較差が広がったのではなく、参議院に認められてきた緩さのほうが削られたのです。

これが参議院の判例の分水嶺です。

緩さの理由が崩れた判決最高裁判所大法廷判決投票価値の平等の後退は見いだし難い参議院議員の選挙制度のあり方は、国民の意思を公正かつ効果的に国政に反映させるという目標との関連において投票価値の平等の要請と調和するように定められるべきものであるが、参議院議員の選挙であること自体から、直ちに投票価値の平等の要請が後退してよいと解すべき理由は見いだし難い。なお違憲状態にとどまる本件選挙当時、上記の較差が生じたことについては、国会の裁量権の限界を超えるものとはいえず、本件定数配分規定が憲法に違反するに至っていたということはできない。

その次の判決

事案較差は4.77倍でした。

結論違憲状態で、違憲とはしませんでした。

理由国会が、選挙制度の抜本的な見直しに取り組み始めていたことを評価したからです。

注意言葉は「相当期間」でも、国会が動き出しているかを見る点は、衆議院と共通です。

合区後の判決

定義合区とは、隣り合う2つの県を、1つの選挙区にまとめる仕組みです。

事案参議院の創設以来初めて、合区を実施したうえで選挙が行われました。

較差は、数十年にわたり5倍前後だった状態から、3.08倍(改正時2.97倍)に縮小しました。

結論合憲とされました。

その次の判決も、較差3倍で、合区後の状態が維持されたと評価され、合憲です。

合区で較差が動いた最高裁判所大法廷判決合区後の判決本件選挙は、参議院の創設以来初めて、二つの県を一つの選挙区とする合区を実施した上で行われたものであり、これにより、較差は数十年にわたり5倍前後で推移していた状態から大きく縮小した。

衆議院と参議院の対比

衆議院と参議院の判例を、それぞれ見てきました。
では、両者は何が同じで、何が違うのでしょうか。

衆議院と参議院の対比表(二段目の言葉=衆議院は合理的期間・参議院は相当期間でより緩い/一段目の許容度=衆議院は目安2倍前後・参議院はかつて5倍前後で合区で縮小)

結論同じ4段階の枠組みを使いながら、言葉と許容度が違います。

理由違いの理由は、衆議院と参議院の制度の違いにあります。

注意判例は年表として暗記するより、最高裁と国会の往復として読みます。

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被選挙権と立候補の自由

被選挙権の定義(出口と入口)

被選挙権の定義(出口の資格)と、判例が守った立候補の自由(入口)の違い

被選挙権の定義

定義被選挙権とは、選挙人団に選ばれたとき、それを引き受けて公務員になることができる資格です。

定義には「立候補」という言葉が入っていません(出口の資格)。

注意「選挙人団」は、その選挙で投票する人たち全体を指します。

間接選挙の中間選挙人とは、別の使い方です。

出口と入口の区別

結論判例が15条1項で保障したのは、選ばれる前の立候補の自由(入口)です。

理由三井美唄炭鉱労組事件で争われたのは、「立候補するな」という圧力だからです。

出口の定義のままでは、判例が何を守ったのかが噛み合いません。

注意日常の言葉では同じに聞こえても、憲法の議論では指すものが違います。

明文の無い権利を条文に載せる3つの道

立候補の自由を直接に保障する明文は、憲法のどこにもありません。
では、書いていない権利を、どうやって憲法上の権利にするのでしょうか。

明文の無い権利を条文に載せる3つの道(道1=13条の受け皿/道2=条文どうしの支え合い/道3=性質で選ぶ)と、それぞれを使う権利

道1:13条に投げ込む

定義13条を、他のどの条文でもカバーできないときの、最後に残る受け皿とみる考え方です(補充的保障)。

結論被選挙権は、この道を通りません。

理由被選挙権には、よりぴったり合う15条1項があるからです。

ぴったり合う条文が見つかっている以上、受け皿である13条の出番はありません。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

道2:条文どうしの支え合い(表裏の関係)

定義条文の言葉ではなく、条文がきちんと働くための条件から導く道です。

  • 論法:支えているほうを守らないと、支えられているほうが守れません。だから、支えられているほうの条文は、支えているほうも守っている、と読みます。

結論被選挙権(立候補の自由)は、この道で15条1項に読み込みます。

  • 支えられているほう:選挙権です。
  • 支えているほう:立候補の自由です。

理由立候補が圧力で封じられると、選べる候補がいなくなるからです。

選ぶ側の自由な行使(選挙権そのもの)が、空洞になってしまいます。

注意15条1項は選ぶ側の条文で、「選ばれる側」のことは一言も書いていません。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

道3:性質から条文を選ぶ

定義その権利のどの性質に注目するかで、根拠にする条文を選ぶ道です。

具体例公務就任権の根拠条文で使います(第10節)。

注意どの道を使うかは、その権利の何を見るかで決まります。

三井美唄炭鉱労組事件

立候補の自由は、道2で15条1項に読み込まれます。
では、最高裁は、立候補の自由をどのように位置づけたのでしょうか。

事案

三井美唄炭鉱労組事件の関係図(組合幹部たちAが、独自に立候補した組合員Cに立候補の取りやめを要求)

事案炭鉱の町の労働組合が、市議会議員選挙で統一候補を決めていました。

  • C:統一候補に選ばれなかった組合員で、独自に立候補する意思を示しました。
  • A:組合幹部たちです(一人ではありません)。Cに、立候補を取りやめるよう再三説得しました。
  • 処分:Cが応じなかったため、組合は、組合の決定に基づいてCを統制違反者として処分しました。
  • 起訴:組合幹部たちAが、公職選挙法の選挙の自由妨害罪で起訴されました。

注意この事件は、民事の損害賠償ではなく、刑事事件です。

一審・二審を経て、検察官が上告し、最高裁で争われました。

三井美唄の判旨(立候補の自由の根拠/統制権の限界=勧告・説得は適法、取りやめの要求と処分は違法/比較衡量)

立候補の自由の根拠

結論立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、15条1項の保障する重要な基本的人権の一つです。

理由立候補しようとする人が不当に制約を受ければ、選ぶ側の自由な意思の表明が妨げられるからです。

立候補の自由は、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要です。

注意15条1項は、立候補の自由について直接には規定していません。

この判例の理由づけを一般化したものが、第2節の道2です。

三井美唄炭鉱労組事件立候補の自由の根拠この意味において、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。

相手が私人(労働組合)でも憲法の話になる

定義間接適用説とは、憲法を、私法の一般条項(公序良俗のような幅のある条文)を通して、私人の間に間接的に及ぼす枠組みです。

結論立候補の自由を妨げたのは、国家ではなく私人である労働組合ですが、憲法上の権利の侵害として論じられます。

理由この事件も、間接適用説の構造の上に乗っているからです。

統制権の限界

結論組合にも統制権はありますが、手段によって適法と違法が分かれます。

  • 勧告・説得:立候補を思いとどまるよう勧告または説得することは、その限度で、組合の政治活動の一環として許されます。
  • 要求と処分:勧告または説得の域を超え、立候補の取りやめを要求し、従わないことを理由に統制違反者として処分することは、統制権の限界を超え違法です。

理由候補者を一本化しようとすること自体は、団結を保つための正当な目的です。

問題になるのは、組合員個人の憲法上の自由を、団体の側が処分という実力で押し切ったときです。

具体例同じ「立候補をやめさせたい」という動機でも、結論が分かれます。

  • AがCに、何度も立候補をやめるよう頼むだけ:適法です。
  • AがCを、統制違反者として処分したこと:違法です。

注意許されるかどうかは一律には決まりません。

統制の必要性と、立候補の自由の重要性とを比較衡量して決めます。

三井美唄炭鉱労組事件三井美唄・統制権の限界統一候補以外の組合員で立候補しようとする組合員に対し、立候補を思いとどまるように勧告または説得することも、その限度においては、組合の政治活動の一環として、許されるところと考えてよい。

年齢要件(理由の射程を測る)

立候補の自由は、15条1項が保障する重要な基本的人権です。
では、被選挙権に年齢要件を課すことは、理由によってどこまで説明できるのでしょうか。

公職選挙法10条1項の被選挙権年齢(衆議院25年・参議院30年など)と、理由の射程

被選挙権年齢

結論被選挙権には、選挙権の18歳より、ずっと高い年齢が要求されています。

理由議員としての職務をきちんと遂行するには、一般に選挙人より高い年齢が必要だから、というのが有力な説明です。

注意被選挙権という言葉は、二通りに使われます。

  • 狭い意味:出口の資格(第1節の定義)です。
  • 広い意味:条文や学説では、立候補の自由まで含めて使うことがあります。公職選挙法10条1項も、この使い方です。

10条(被選挙権)|公職選挙法 第二章 選挙権及び被選挙権(9〜11条の2)1項:日本国民は、左の各号の区分に従い、それぞれ当該議員又は長の被選挙権を有する。一 衆議院議員については年齢満二十五年以上の者二 参議院議員については年齢満三十年以上の者三 都道府県の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満二十五年以上のもの四 都道府県知事については年齢満三十年以上の者五 市町村の議会の議員についてはその選挙権を有する者で年齢満二十五年以上のもの六 市町村長については年齢満二十五年以上の者

理由の射程

結論結論が同じ「合憲」でも、理由が全部をカバーしているとは限りません。

  • 説明できる:選挙権より高い年齢を要求すること自体の、一応の合理性です。
  • 説明が届かない:衆議院25・参議院30という差や、なぜ25なのか(24でも26でもなく)です。

注意「合憲」の一言で終わらせず、理由の射程を測ります。

この作法は、供託金(第6節)でもそのまま使います。

供託金制度(根拠条文と違憲の二本の筋)

年齢要件の次に、立候補にかかるお金の制約を見ます。
供託金制度は、どの条文に基づき、どのような筋で違憲と主張されるのでしょうか。

根拠条文

定義供託金とは、立候補するために預けなければならない一定額のお金です。

条文根拠条文は、公職選挙法92条だけです。

注意89条は、公務員の立候補制限という別の制約の条文です。

「89条、92条」と並べる書き方があっても、供託金の根拠にはしません。

公職選挙法92条1項が定める供託金の額(現行額・法改正で変わりうる)

違憲の二本の筋

供託金の根拠条文と違憲の二本の筋(自由権の側=立候補の自由への不当な制限/平等の側=44条ただし書の財産又は収入による差別)

結論供託金を用意できない人は、立候補そのものができなくなるため、違憲だという議論があります。

理由二本の筋は、それぞれ次の理由によります。

  • 自由権の側:供託金が当たるのは入口(立候補)ですが、立候補できなければ選ばれることもありません。そのため、被選挙権・立候補の自由のどちらの側からでも筋が立ちます。
  • 平等の側:供託金は、資力(お金があるかどうか)で立候補を分ける制度です。44条ただし書の「財産又は収入」に、ぴったり当たります。

注意二本の筋は、別々の条文から別々の理由で問題にしているので、混ぜません。

44条|第四章 国会(41〜64条)両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない。

供託金制度(目的と手段)

供託金制度には、違憲の筋が二本あります。
では、有力な違憲説は、目的と手段のどちらを否定しているのでしょうか。

供託金の違憲説を目的と手段に分けた表(目的は否定していない/手段の相当性を否定)

有力な違憲説

結論違憲説が有力ですが、否定しているのは目的ではなく、手段の相当性です。

理由目的と手段を分けると、次のとおりです。

  • 目的:当選する意思の無い立候補の乱立を防ぎ、選挙の混乱を避けることです。これ自体は否定されません。
  • 手段:資力という形でしか、ふるいにかけていません。一定数の有権者の署名で供託金に代えるなど、より制限的でない手段が考えられるのに、用意されていません。

注意理由の射程を測ると、年齢要件(第4節)と同じ形になります。

「乱立を防ぐ」という理由は、何らかのふるいが要ることまでは説明します。

しかし、そのふるいがなぜお金でなければならないのかまでは、説明しません。

連座制

年齢要件や供託金は、立候補する本人にかかる制約でした。
では、他人の行為で候補者が不利益を受ける連座制は、なぜ認められるのでしょうか。

連座制の構造(関係者の選挙犯罪→候補者本人でなくても→当選無効+一定期間の立候補制限)

連座制のしくみ

定義連座制とは、選挙犯罪を犯したのが候補者本人でなく一定の関係者でも、当選無効と、一定期間その選挙区からの立候補制限が生じる仕組みです。

理由候補者が自分の手を汚さずに近い人にやらせると、当選だけを手に入れ、制裁は実行した人のところで止まってしまいます。

連座制は、その抜け道を塞ぐための仕組みです。

注意刑法の世界では、自己責任・個人責任が原則です。

連座制は、この原則の外側にあるように見えます。

連座の対象の範囲

結論連座の対象になる範囲は、条文自身が絞っています。

  • 出納責任者・選挙運動を取り仕切った人:その候補者の選挙運動を、実際に担っていた人が対象です。
  • 親族・秘書:候補者や、選挙運動を取り仕切った人と、意思を通じて選挙運動をした場合に限り対象です。

注意親族や秘書だからといって、自動的に連座するわけではありません。

連座制の合憲判決

事案候補者の秘書の選挙犯罪による連座制が、争われました。

結論連座制の規定は、憲法に違反しません。

理由判決は、目的と手段を次のように評価しています。

  • 目的:民主主義の根幹をなす公職選挙の公明かつ適正を確保するという、極めて重要な法益を実現するためのものです。
  • 手段:立法目的を達成するための手段として、必要かつ合理的なものです。

注意連座制の効果は当選無効と立候補制限で、本人を処罰するものではありません。

  • 判決が述べていないこと:「刑罰でないから、刑事責任の原則が及ばない」とまでは述べていません。
  • 判決が積み上げたもの:目的の重要性と、手段の必要性・限定性(重い刑に限る、期間や対象を絞る)です。

連座制の合憲判決最高裁判所判決選挙の公明、適正を実現するという目的で設けられたものと解される。……民主主義の根幹をなす公職選挙の公明かつ適正を確保するという極めて重要な法益を実現するために設けられたものであって、……前記立法目的を達成するための手段として必要かつ合理的なものというべきである。

国民投票権(原則と例外)

被選挙権と連座制は、選ばれる側の話でした。
では、国民が直接物事を決める制度を、憲法はどこまで置いているのでしょうか。

代表民主制の原則

結論国のレベルの原則は、代表民主制です。

国民が直接決めるのではなく、代表者を選んで決めさせます。

条文43条1項が、この原則の現れです。

43条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

憲法自身が開けた3つの例外

憲法が開けた直接民主制の3つの例外(憲法改正の国民投票=96条/地方特別法の住民投票=95条/最高裁判所裁判官の国民審査=79条2項)

結論憲法が置いている直接民主制的な制度は、3つだけです。

理由3つとも、代表民主制の原則に対して、憲法が自分で開けた例外だからです。

注意3つを覚えるだけでなく、原則と例外という構造で押さえます。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。2項:憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

95条|第八章 地方自治(92〜95条)一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

79条|第六章 司法(76〜82条)2項:最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。

書いていない直接民主制的制度は作れるか

直接民主制的な制度は、憲法の例外として3つだけ置かれています。
では、重要な法案を国民投票にかける仕組みを、法律で新たに作れるのでしょうか。

被選挙権と新しい国民投票制度の比較(権利を認める話=読み込める/決める仕組みを組み替える話=作れない・境目は拘束力)

通説(拘束力の有無)

定義諮問的とは、結果に拘束力が無く、従う義務が法的には無いという意味です。

結論通説は、結果に法的拘束力を持たせる制度は違憲と解します。

結果が諮問的にとどまる限りは、許容されます。

理由それぞれ次の理由によります。

  • 拘束力がある制度:憲法より下にある法律が、憲法の決めた決め方(代表民主制と3つの例外)そのものを変えることになるからです。
  • 諮問的な制度:決め方そのものは変わらず、最終的に決めるのは依然として国会だからです。

注意境目は「拘束力があるか」の一点です。

被選挙権との違い

結論「書いていない」という同じ出発点でも、結論が逆になります。

  • 被選挙権:国民の権利をどこまで認めるかの話で、憲法が守ろうとする方向に沿って読むので、読み込めます。
  • 新しい国民投票制度:国が物事を決める仕組みそのものを組み替える話なので、法律では作れません。

理由動いているものが違うからです。

2つの結論は、一本の理屈でつながっています。

公務就任権

国民投票権では、書いていないことが、法律で作れない理由になりました。
では、公務就任権では、書いてあることと保障の強さはどう関係するのでしょうか。

明治憲法19条(書いてあっても弱い)

明治憲法19条の条文(「法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ應シ」の部分が法律の留保)

定義2つの言葉は、次のとおりです。

  • 公務就任権:公務員となる資格のことです。
  • 法律の留保:法律さえあれば、権利を削れる仕組みです。

結論日本国憲法には明文がありませんが、明治憲法には明文(19条)がありました。

しかし、明文があるほうが、保障が強いとは限りません。

理由明治憲法19条には「法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ應シ」という法律の留保があり、法律ひとつで自由に細らせられる建前だったからです。

注意被選挙権(書いていないのに守られる)の、ちょうど裏返しです。

「書いてある、書いていない」だけでは、保障の強さは決まりません。

根拠条文(性質から選ぶ)

結論有力なのは15条1項説で、公務就任権の参政権的な性格に着目します。

注意同じ権利でも、どの側面を見るかで根拠条文が変わります(第2節の道3)。

  • 平等に就ける資格として見る:14条1項説です。
  • 職業の一つとして見る:22条1項説です。
  • 人格的な利益として見る:13条後段説です。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

欠格条項

結論公務員の欠格条項(4号)は、暴力で政府を破壊することを主張する政党その他の団体を、結成した者だけでなく、後から加入した者も対象にしています。

注意4号の文言は2つの法律で同じですが、効果を定める柱書は法律ごとに違います。

  • 国家公務員法38条:人事院規則で定める場合を除き、官職に就く能力を有しません。
  • 地方公務員法16条:条例で定める場合を除き、職員となり、又は競争試験・選考を受けることができません。

38条(欠格条項)|国家公務員法 第三章 職員に適用される基準 第二節 採用試験及び任免(33〜61条の11)次の各号のいずれかに該当する者は、人事院規則で定める場合を除くほか、官職に就く能力を有しない。四 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者

16条(欠格条項)|地方公務員法 第三章 職員に適用される基準 第二節 任用(15〜22条の5)次の各号のいずれかに該当する者は、条例で定める場合を除くほか、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。四 日本国憲法施行の日以後において、日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者

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受益権と国家賠償

受益権とは何か

受益権(国務請求権)

定義受益権(国務請求権)とは、国家に「動いてくれ」と求める権利です。

国家に対する作為請求権にあたります。

結論受益権は、他の人権が侵されたときに、国家を動かしてその人権を守ってもらう権利です。

つまり、権利を守るための権利です。

自由権・社会権との違い

定義3つの権利は、次のように違います。

  • 自由権:国家に「余計な口出しをするな」と求める権利です。
  • 社会権:生活そのものを、国家に支えさせる権利です。
  • 受益権:他の人権を守るために、国家を動かす権利です。

注意社会権も、国家に動いてもらう点では受益権と共通します。

違うのは、何のために国家を動かすかです。

受益権の古さ

結論受益権は、社会権より古い権利です。

社会権は、20世紀に入ってから保障されるようになりました。

理由人権が生まれたときから、それを守ってもらう権利が必要とされてきたからです。

4つの受益権(国に求めることの強さ)

結論国に何を義務づけるかの強さで並べると、次の順になります。

  • 16条 請願権:聞いてもらう権利です。国の義務は、受理して誠実に処理するところまでです。
  • 32条 裁判を受ける権利:判断してもらう権利です。裁判所は、裁判を拒めません。
  • 17条 国家賠償請求権:違法な損害を償わせる権利です。故意・過失と違法という要件が要ります。
  • 40条 刑事補償請求権:適法でも償わせる権利です。公務員に落ち度が無くても成り立ちます。

注意「法律の定めるところにより」という一句は、17条と40条にあり、16条と32条にはありません。

この一句がある権利は、法律が中身をほとんど無いに等しく絞ったとき、どうなるのかが問題になります。

請願権(16条)

受益権の一段目は、国に聞いてもらう権利です。
請願権は、誰に、どこまでの権利を保障しているのでしょうか。

入口の広さと出口の軽さ

請願権の入口と出口の表(入口=何人も・広い事項・要件は平穏にのみ/出口=受理し誠実に処理する義務にとどまり、調査・審判・処理報告の法的義務は無い)

結論入口の広さと出口の軽さは、セットになっています。

理由入口を誰にでも開けたまま出口まで重くすると、機関はその処理だけで埋まってしまうからです。

注意「誠実に処理する義務」の根拠は、憲法ではなく請願法5条です。

16条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

5条|請願法この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない。

もう一つの顔(参政権的な役割)

結論請願権は受益権に分類されますが、参政権的な役割もあわせ持ちます。

国民が政治的な意思を表明する手段になるからです。

具体例選挙権を持たない外国人や18歳未満の人は、投票はできません。

しかし、「この交差点に信号を付けてほしい」と市に請願することはできます。

注意一つの権利が二つの側面を持つので、分類には限界があります。

明治憲法の請願権

明治憲法30条の条文(日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得)

定義法律の留保とは、法律さえあれば権利を削れる仕組みです。

結論明治憲法にも請願権は一応ありましたが、権利というよりお目こぼしに近い建前でした。

理由条文に、次の2つの縛りがあったからです。

  • 相当ノ敬礼ヲ守リ:敬意を払って願い出よ、という条件が付いていました。
  • 別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ:請願のやり方そのものが、憲法の外の規程に預けられていました(法律の留保の形)。

裁判を受ける権利(32条):意義と「奪はれない」

請願権は、入口が広い代わりに出口が軽い権利でした。
二段目の裁判を受ける権利は、何を保障しているのでしょうか。

意義と明治憲法との比較

裁判を受ける権利の意義と明治憲法下の状況の表(意義=人権が絵に描いた餅で終わらないための最後の砦/明治憲法下=行政事件は行政裁判所という別系列・出訴事項も限定で国を訴えられなかった)

結論裁判を受ける権利は、人権が絵に描いた餅で終わらないための、最後の砦です。

理由他のすべての人権は、争いになったとき、裁判所が判断しなければ紙の上の言葉で終わってしまうからです。

注意明治憲法にも一応ありましたが、実質的な保障はきわめて不十分でした。

明治憲法24条の条文(日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ)

「奪はれない」の意味

結論32条は「有する」ではなく「奪はれない」という禁止の形です。

裁判所は、裁判を拒めません。

注意ただし、却下はできます。

訴えの要件を満たしていない、という判断も、判断のうちだからです。

  • 保障しないもの:必ず勝てることや、必ず本案の判断が出ることは保障しません。
  • 禁じるもの:一度も判断されないこと自体を禁じる権利です。

32条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

37条1項との関係

定義37条1項は、刑事被告人に、公平な裁判所・迅速な裁判・公開の裁判を受ける権利を保障します。

結論32条は、民事も刑事も含めた土台です。

37条1項は、そのうち刑事の場面だけに足された特則です。

37条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

32条の「裁判」の範囲(訴訟事件と非訟事件)

32条は、一度も判断されないことを禁じる権利です。
では、32条にいう「裁判」は、どこまでの裁判を指すのでしょうか。

訴訟事件と非訟事件

訴訟事件と非訟事件の対比表(訴訟事件=公開の法廷・対審・判決/非訟事件=非公開・対審によらない・決定)

定義対審とは、両当事者が向き合って主張を戦わせる形式です。

具体例遺産の分け方について相続人の話し合いがまとまらないとき、家庭裁判所に決めてもらう手続は、非訟事件の典型です。

純然たる訴訟事件に限る(大法廷の決定)

事案調停に代わる裁判(強制調停)のような非訟事件の裁判が、32条の「裁判」にあたるかが争われました。

結論32条の「裁判」は、82条の「裁判」と同じ意味です。

  • 範囲:性質上純然たる訴訟事件について、当事者の権利義務の存否を確定するような裁判をいいます。
  • 非訟事件:その裁判を受ける権利は、法律上の権利にとどまり、32条が保障した人権ではありません。

条文82条は、裁判の対審と判決を、公開の法廷で行うことを求めています。

理由公開の法廷で対審を経るという重い手続は、権利義務を終局的に確定する場面のために用意されたものだからです。

決定は、純然たる訴訟事件の裁判は、公開の原則の下での対審と判決によるべきだと述べています。

注意学説は、非訟事件の裁判も32条の「裁判」にあたるとして、有力に反対しています。

三十二条の「裁判」の範囲非訟事件の裁判が三十二条の裁判にあたるかが争われた大法廷決定憲法は三二条において、何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われないと規定し、八二条において、裁判の対審及び判決は、対審についての同条二項の例外の場合を除き、公開の法廷でこれを行う旨を定めている。即ち、憲法は一方において、基本的人権として裁判請求権を認め、何人も裁判所に対し裁判を請求して司法権による権利、利益の救済を求めることができることとすると共に、他方において、純然たる訴訟事件の裁判については、前記のごとき公開の原則の下における対審及び判決によるべき旨を定めたのであつて、これにより、近代民主社会における人権の保障が全うされるのである。

82条|第六章 司法(76〜82条)1項:裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。2項:裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

訴訟の非訟化

定義訴訟の非訟化とは、従来は訴訟事件だった事件を、法律の改正で非訟事件として扱い直す動きです。

事件の性質は変わらず、扱い方だけが変わります。

具体例貸した土地の地代の金額をめぐる争いは、法律の定め方によって、非訟の手続で扱われることがあります。

注意判例の立場を突き詰めると、立法者は非訟化するだけで、事件を32条の保障の外に出せることになります。

条文に「法律の定めるところにより」が無くても、法律が保障の範囲を動かせてしまうのです。

学説が有力に反対するのは、この危うさがあるからです。

三審制(32条の射程)

32条の「裁判」は、純然たる訴訟事件に絞られています。
では、何回裁判を受けられるかまで、32条は保障しているのでしょうか。

三審制と32条の射程の表(保障するもの=裁判所で裁判を受けられること・一度も判断されないことを禁じる/保障しないもの=何回受けられるか・審級の数は立法政策)

三審制は立法政策

結論判例は、三審制を立法政策の問題とし、32条による保障を否定していると解されています。

具体例民事訴訟法が、最高裁判所に上告できる理由を制限していることも、32条に違反しないとされています。

注意一度も判断されないことは32条が禁じます。

二度目・三度目があるかは、法律の設計に委ねられています。

請願権との対比(入口と出口)

結論32条は、請願権と逆向きの作りです。

  • 請願権:入口が広く(何人も・広い事項)、出口が軽い(受理し誠実に処理する義務まで)。
  • 32条:出口が重く(裁判を拒めない)、入口が狭い(純然たる訴訟事件)。

注意32条が保障するのは、入口(裁判所で裁判を受けられること)です。

入口をくぐった後の回数までは、保障していません。

国家賠償請求権(17条):新しい権利

三段目は、違法な損害を国に償わせる権利です。
17条は、どのような性格の権利とされているのでしょうか。

明治憲法から17条への転換の表(明治憲法下=国家賠償の規定なし・限られた民法709条以下のみで国家無答責の建前/17条=新しい権利・具体化する法律があって初めて裁判所を動かせる抽象的権利)

明治憲法と国家無答責

定義国家無答責とは、国は間違えても責任を負わない、という建前です。

結論明治憲法には国家賠償請求権の規定が無く、これを認める独立した法律もありませんでした。

ごく限られた場合に、民法の不法行為の規定で損害賠償を求められるにとどまりました。

注意だから、17条は新しい権利です。

17条の法的性格(抽象的権利)

定義権利の強さは、3段階で整理されます。

  • 具体的権利:それだけで裁判所を動かせる権利です。
  • 抽象的権利:具体化する法律があって初めて、裁判所を動かせる権利です。
  • プログラム規定:国の目標を示すだけの規定です。

結論有力な見解は、17条を抽象的権利と位置づけます。

17条だけでは、まだ裁判規範性が認められません。

具体化する法律が、国家賠償法です。

注意この3段階と、第1節の「強さ」の並びは、別の物差しです。

  • 3段階:一つの権利が、それだけで裁判所を動かせるかの強さです。
  • 第1節の並び:4つの条文が、国に何を義務づけるかの重さです。

郵便法違憲判決白紙委任ではない憲法17条は、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。」と規定し、その保障する国又は公共団体に対し損害賠償を求める権利については、法律による具体化を予定している。

17条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

国家賠償法1条(要件と公務員個人の責任)

17条は、国家賠償法によって具体化される抽象的権利です。
国家賠償法は、どのような要件で、誰に賠償責任を負わせているのでしょうか。

国家賠償法1条の表(要件=故意又は過失によって違法に損害を加えたとき/公務員個人は被害者に対し直接の賠償責任を負わないが国からの求償はありうる/理由=職務の萎縮を防ぐ・資力のある国から取れるほうが救済が厚い)

要件(故意又は過失・違法)

結論1条1項の要件の中心は、「故意又は過失」と「違法」です。

注意予防接種の被害のように、実施した公務員に故意や過失があったと言いにくい場面があります。

そこで救済の谷間を作るのが、この2つの要件です。

1条|国家賠償法1項:国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。2項:前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

公務員個人の責任

事案公務員の職務行為を理由に、公務員個人の賠償責任が争われました。

結論職務行為を理由とする国家賠償の請求では、国または公共団体が賠償の責任を負います。

  • 行政機関としての地位:公務員は、この地位において賠償の責任を負いません。
  • 個人:公務員個人も、その責任を負いません。

理由2つの理由があります。

  • 職務の萎縮を防ぐ:違法かどうか際どい判断を迫られる仕事ほど、動けなくなってしまいます。
  • 救済が厚い:被害者にとっても、資力のある国から確実に取れるほうが有利です。

注意国や公共団体から公務員への求償は、2項により残ります(故意又は重大な過失のとき)。

公務員をかばう規定ではなく、被害者の救済と公務の遂行を両立させる設計です。

公務員個人の責任最高裁判所第三小法廷判決公務員個人の責任が争われた判例右請求は、被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すべきであるから、国または公共団体が賠償の責に任ずるのであつて、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。

郵便法違憲判決(白紙委任ではない)

17条の具体化は、法律に委ねられています。
では、法律が国の責任をほとんど負わない仕組みにしたとき、17条は何ができるのでしょうか。

事案

事案郵政民営化より前の郵便法は、郵便物の事故について、国の損害賠償責任を免除・制限していました。

  • 差押命令:お金を貸していた人が、相手の財産を差し押さえるため、裁判所から差押命令を出してもらいました。
  • 送達の失敗:命令書は、特別送達で相手のお金を預かっている側に届けるはずでした。しかし郵便局の職員が、郵便局内の私書箱に入れたため、送達が遅れました。
  • 請求:差押えの目的を達せられず、国に損害賠償を求めました(民事の事件)。
  • 争点:賠償責任を免除・制限する郵便法の規定が、17条に違反しないかです。

17条が立法府に委ねたもの

結論17条は、損害賠償を求める権利について、法律による具体化を予定しています。

  • 原則:国又は公共団体が、公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とします。
  • 委任:どのような行為に、いかなる要件で責任を負わせるかは、立法府の政策判断にゆだねています。
  • 限界:立法府に無制限の裁量権を与える、白紙委任を認めているものではありません。

理由公務員の行為は、権力的な作用から非権力的な作用にまで及び、国民へのかかわり方が多様だからです。

具体例窓口での誤った説明、許可を出すかどうかの判断、警察官の現場の対応などです。

注意「委任」と「白紙委任」は違います。

制度設計の中身は法律に任せられますが、責任をほとんどゼロにしてよいという判断までは任されていません。

判断枠組み

郵便法違憲判決の判断枠組みの表(考慮要素=①当該行為の態様②侵害される法的利益の種類及び侵害の程度③免責又は責任制限の範囲及び程度等/これらに応じ目的の正当性と手段の合理性及び必要性を総合的に考慮)

結論判断は、「目的は正しいか」「手段は目的に見合っているか」の二段構えです。

あてはめ(書留と特別送達)

書留郵便物と特別送達郵便物のあてはめの表(書留=故意・重大な過失の場合の免責が違憲、理由は例外的にしか起きないから/特別送達=軽過失の場合まで違憲、理由は裁判の手続そのものを担う郵便だから)

定義特別送達郵便物とは、書留郵便物の一種で、民事訴訟法上の送達の方法として使われる郵便です。

結論目的の正当性は認め、手段の点で違憲としました。

  • 目的:安い料金であまねく公平に郵便の役務を提供するため、賠償責任が過大になって料金の値上げにつながるのを防ぐことです。
  • 書留:故意又は重大な過失による損害について、国の責任を免除・制限している部分は、違憲・無効です。
  • 特別送達:軽過失による損害について、国の責任を免除・制限している部分も、違憲・無効です。

理由それぞれ、次のとおりです。

  • 書留:故意や重大な過失による損害は例外的にしか起きないので、そこまで責任を制限しなければ目的を達成できないとは言えません。
  • 特別送達:軽い過失による賠償責任まで認めても、目的の達成は害されません。

注意どちらも違憲ですが、免責が許される幅が違います。

  • 書留:軽い過失までなら、なお免責してよい(その部分は合憲)。
  • 特別送達:軽い過失すら免責できません。
  • ふつうの郵便:責任を制限すること自体を違憲としたわけではありません。

郵便法違憲判決あてはめ(書留・特別送達)【要旨1】法68条、73条の規定のうち、書留郵便物について、郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に、不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し、又は制限している部分は、憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわざるを得ず、同条に違反し、無効であるというべきである。

特別送達と32条のつながり

特別送達と32条のつながりのフロー図(特別送達=裁判の手続そのものを担う郵便→届かないと当事者は訴訟が起きていることすら知らないまま権利を失いうる→裁判を受ける権利が事実上奪われることに直結)

結論判断枠組みの「侵害される法的利益の種類及び程度」が、実際に働いた場面です。

失われる利益が重い順に、免責してよい幅が狭くなります。

これが、この判決の射程です。

具体例特別送達は、訴状や判決の正本を当事者に確実に届けるための郵便です。

注意法律に委ねられた領域でも、その法律が憲法の下限を割れば、法律のほうが倒れます。

これが、「法律の定めるところにより」という一句の限界です。

刑事補償請求権(40条)

17条の国家賠償には、故意・過失と違法という要件が要りました。
四段目の刑事補償請求権は、落ち度が無い場合にも、なぜ償いを認めるのでしょうか。

17条との対比

17条と40条の対比表(要件=17条は故意又は過失と違法が要る・40条は要らず適法でもよい/理由=17条は違法な公権力の行使による損害を償わせる・40条は適法な手続でも拘束の事実は消えないので社会全体で負担を分かち合う)

結論40条には、公務員の故意・過失や違法という要件が要りません。

40条を具体化する法律は、刑事補償法です。

理由適法に逮捕・勾留し、適法に起訴しても、無罪なら身柄を拘束された事実は消えません。

その負担を、社会全体で引き受けるのが40条です。

注意29条3項の正当な補償と同じ発想です(「特別の犠牲」を社会で分かち合う)。

40条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

「無罪の裁判」の意味

「無罪の裁判」にあたらない例の表(少年審判の保護処分に付さない旨の決定・免訴の判決・公訴棄却の判決と決定/それでも法律上は補償が及びうる〈刑事補償法25条等〉/憲法は下限であって上限ではない)

定義「無罪の裁判」とは、刑事訴訟の手続のなかで、無罪が確定した裁判です。

少年審判の不処分決定(小法廷の決定)

事案7日間身柄を拘束された人が、非行事実が認められないとして、少年審判で保護処分に付さない決定を受けました。

この決定が、刑事補償法1条1項の「無罪の裁判」にあたるかが争われました。

結論非行事実が認められないことを理由とする不処分決定でも、刑事補償法1条1項の「無罪の裁判」には当たりません。

このように解しても、憲法40条及び14条に違反しません。

理由次の2点からです。

  • 手続の性質:不処分決定は、刑訴法上の手続とは性質を異にする、少年審判の手続における決定です。
  • 効力:その事件について、刑事訴追をし、又は家庭裁判所の審判に付することを妨げる効力を持ちません。

注意判断したのは、40条そのものではなく、40条を具体化した刑事補償法1条1項の文言です。

少年審判の決定非行事実が認められないことを理由とする不処分決定と刑事補償刑事補償法一条一項にいう「無罪の裁判」とは、同項及び関係の諸規定から明らかなとおり、刑訴法上の手続における無罪の確定裁判をいうところ、不処分決定は、刑訴法上の手続とは性質を異にする少年審判の手続における決定である上、右決定を経た事件について、刑事訴追をし、又は家庭裁判所の審判に付することを妨げる効力を有しないから、非行事実が認められないことを理由とするものであっても、刑事補償法一条一項にいう「無罪の裁判」には当たらないと解すべきであり、

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

免訴・公訴棄却

定義2つの裁判は、次のとおりです。

  • 免訴:時効が完成したときなどに、有罪か無罪かに立ち入らないまま手続を打ち切るものです。
  • 公訴棄却:起訴の手続そのものに不備があったときなど、中身に入らずに打ち切るものです。

結論免訴の判決も、公訴棄却の判決・決定も、「無罪の裁判」にはあたりません。

注意罪に問われずに終わる点では似ていますが、無罪の裁判ではありません。

  • 補償の可能性:これらの場合でも、刑事補償法の規定により、補償が及ぶことがあります。
  • 取り違え:「40条の権利ではない」と「補償されない」は、同じではありません(短答で注意)。

憲法は下限であって上限ではない

結論憲法は下限であって、上限ではありません。

法律が、憲法の保障の外側にまで救済を広げることは許されます。

注意非訟化・三審制・郵便法は、法律が憲法の保障を削る方向の場面でした。

刑事補償では逆に、法律が救済を広げています。

「抑留又は拘禁」の実質判断

40条の補償には、「抑留又は拘禁」と「無罪の裁判」の両方が要ります。
では、拘束の理由になった事実と、無罪になった事実が別のとき、補償は受けられるのでしょうか。

抑留又は拘禁

定義「抑留又は拘禁」とは、逮捕に引き続く身柄拘束です。

別の被疑事実の取調べに利用された拘束(大法廷の決定)

事案ある被疑事実で逮捕・勾留中に、令状に記載されていない他の被疑事実が取り調べられました。

前者の事実は不起訴になり、後者の事実は起訴された後、無罪の裁判を受けました。

結論無罪となった事実の取調べが、不起訴事実の逮捕・勾留を利用してなされたと認められる場合があります。

そのときは、実質上無罪事実についての拘束と認められるその部分も、40条の「抑留又は拘禁」に含まれます。

理由実質的に考察すれば、各事実につき別々に逮捕・勾留して取り調べた場合と、区別すべき理由がないからです。

抑留又は拘禁の実質判断の表(窃盗の方=逮捕・勾留の理由で抑留拘禁あり・不起訴で無罪の裁判なし/殺人の方=逮捕・勾留の理由ではなく抑留拘禁なし・無罪確定/殺人の方の取調べが窃盗の方の拘束を利用してなされたと認められるとき、その拘束も抑留又は拘禁に含まれる)

具体例窃盗の方で逮捕・勾留され、その最中に殺人の方も取り調べられた場合です。

窃盗の方は不起訴、殺人の方は起訴されて無罪が確定したとします。

注意形式どおりに切り分けると、どちらの事実も単独では40条の要件を満たしません。

  • 窃盗の方:抑留・拘禁はありますが、無罪の裁判がありません。
  • 殺人の方:無罪の裁判はありますが、抑留・拘禁がありません。

判例は、形式ではなく実質で読み直し、救済されるべき人を落とさないようにしています。

憲法四十条の「抑留又は拘禁」不起訴事実による拘束が、無罪事実の取調べに利用された場合或る被疑事実により逮捕または勾留中、その逮捕状または勾留状に記載されていない他の被疑事実につき取り調べ、前者の事実は不起訴となつたが、後者の事実につき公訴が提起され後無罪の裁判を受けた場合において、その無罪となつた事実についての取調が、右不起訴となつた事実に対する逮捕勾留を利用してなされたものと認められる場合においては、これを実質的に考察するときは、各事実につき各別に逮捕勾留して取り調べた場合と何ら区別すべき理由がないものといわなければならない。

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#54単独ページ動画

生存権と朝日訴訟・堀木訴訟

生存権の二つの顔(社会権的側面と自由権的側面)

社会権の四つ

定義社会権とは、生活そのものを国家に支えさせる権利です。

四つの柱があります。

  • 生存権:暮らしそのものを支えさせる権利です。
  • 教育を受ける権利:学ぶ機会を国に用意させる権利です。
  • 勤労の権利:働いて生きていける状態を国に整えさせる権利です。
  • 労働基本権:働く人が集まって使用者と交渉する権利です(団結権・団体交渉権・団体行動権)。

注意25条の生存権と、前文の平和的生存権(平和のうちに生存する権利)は、名前が似ているだけで別の権利です。

25条の構造

条文1項が国民の権利、2項が国の努力義務を定めています。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2項:国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

社会権的側面と自由権的側面

25条の二つの顔(社会権的側面=国に動いてくれと求める側・抽象的権利/自由権的側面=国に余計なことをするなと言う側・具体的権利)

定義25条には、強さの違う二つの側面があります。

  • 社会権的側面:国に「動いてくれ」と求める側です。抽象的権利にとどまり、法律が無ければ裁判所を動かせません。
  • 自由権的側面:国に「余計なことをするな」と言う側です。法律が無くても、それだけで裁判所を動かせる具体的権利です。

結論強さは権利の名前ではなく、側面ごとに決まります。

具体例市が条例で「生活保護受給者は敷地内で作物を育ててはならない」と定め、受給者の家庭菜園を強制的に撤去させた場合です。

これは市に何かを求める場面ではなく、市が余計な制約をかけた場面です。

自由権的側面の制約なので、法律が無くても具体的権利として裁判で争えます。

法的性格(誰を拘束するか)

25条の社会権的側面は、抽象的権利にとどまります。
この位置づけをめぐって、学説はどう分かれているのでしょうか。

法的性格の四つの立場を「誰を拘束するか」で並べた図(プログラム規定説→抽象的権利説→具体的権利説①→具体的権利説②)

プログラム規定説

定義25条は、国に政治的・道義的な義務を課したにとどまる、という説です。

誰も拘束せず、国が守らなくても政治責任が問われるだけです。

理由根拠は二つです。

  • 自助の原則:憲法が前提とする資本主義では、自助の原則が妥当します。
  • 財政政策:予算の配分は、国の財政政策の問題です。

注意次の批判があります。

  • 格差の解消:生存権は、資本主義が生み出す格差を解消するための権利のはずです。
  • 予算との関係:予算こそ、25条にもとづいて組まれるべきです。

抽象的権利説(判例・通説)

定義25条は法的権利を保障し、国は法的義務を負う、という説です。

ただし抽象的権利にとどまり、具体化する法律があって初めて出訴できる具体的権利になります。

結論判例・通説はこの説に立ちます。

この説が拘束するのは、法律を作らなければならない立法者です。

注意朝日訴訟・堀木訴訟では、具体化する法律はすでにできていました。

法律さえあれば勝てる、という単純な話ではありません。

具体的権利説①(違憲確認訴訟)

定義法律が無いなら、立法不作為の違憲確認訴訟ができる、という説です。

裁判所も動かせます。

注意次の批判があります。

  • 実効性:違憲と確認されても、それだけでは法律はできません。
  • 権力分立:裁判所が立法を強制することになり、権力分立や、国会だけが立法権を持つという建前に反しかねません。

具体的権利説②(給付訴訟)

定義法律が無くても、「最低限度の生活」にかかる給付そのものを裁判所に求められる、という説です。

裁判所に、金額まで決めさせます。

理由「最低限度の生活」は、特定の時代・社会では、ある程度客観的に決まるからです。

注意少数説にとどまります。

並びの意味

結論後の説ほど、拘束する相手が増えていきます。

理由拘束する相手が増えるほど、権力分立との緊張が強くなるので、批判も強くなります。

朝日訴訟①(事案と訴訟の終了)

判例・通説は、抽象的権利説に立ちます。
では、生活保護法ができた後、その運用を争った朝日訴訟はどう終わったのでしょうか。

事案

事案原告は、結核の療養所に長く単身で入所していました。

  • 受給していた給付:厚生大臣の基準で最高額にあたる月600円の日用品費の生活扶助と、現物で全額給付される医療扶助です。
  • 保護変更決定:実兄から毎月1,500円の仕送りを受けるようになると、市の福祉事務所は生活扶助を打ち切りました。仕送りから日用品費を差し引いた残り900円は、医療費の一部として本人に負担させました。
  • 訴え:県知事と厚生大臣への不服申立ても認められず、原告は厚生大臣を相手に、裁決の取消しを求めて提訴しました。

訴訟の終了(一身専属)

結論訴訟の途中で原告が亡くなり、訴訟は原告の死亡と同時に終了しました。

理由最高裁は、次のように述べました。

  • 法的な権利:生活保護を受ける権利は、単なる恩恵ではなく法的な権利です。
  • 一身専属:本人の最低限度の生活を維持するために、その人だけに与えられた一身専属の権利です。他人に譲ることも、相続することもできません。

注意訴訟が終わったのは、権利が否定されたからではなく、一身専属だからです。

判決の外で述べた意見(傍論)

定義傍論とは、判決の結論を出すのに必須ではない部分で述べられた、裁判所の考え方です。

結論朝日訴訟には、正式な本案の判決がありません。

最高裁は、訴訟の終了を宣言したうえで、「なお、念のために、本件生活扶助基準の適否に関する当裁判所の意見を付加する」と続けました。

理由25条の法的性格について、最高裁が正面から述べる機会はめったにありません。

この機会を逃したくなかった、と考えられています。

注意傍論ですが、今も読み継がれている重要判例です。

朝日訴訟②(厚生大臣の裁量)

朝日訴訟の判断は、訴訟終了後に付け加えた意見でした。
その中で、最高裁は25条と厚生大臣の裁量をどう述べたのでしょうか。

判旨の前段と後段

朝日訴訟の判旨を前段(具体的権利を賦与したものではない)と後段(裁量権の限界をこえた場合または濫用した場合は司法審査の対象)に分けた表

結論判旨は、次の3点を述べています。

  • 25条1項の性格:国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない。
  • 具体的権利の所在:具体的権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によつて、はじめて与えられている。
  • 権利の中身:厚生大臣が設定した保護基準による保護を受け得ることにあり、その基準は憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するにたりるものでなければならない。

理由「最低限度の生活」は、時代で動く抽象的な相対的概念です。

一つに決まる数字が無く、多数の不確定的要素を綜合考量して決めるほかないので、まず厚生大臣の判断に委ねられます。

朝日訴訟最高裁判所大法廷判決判旨(二十五条一項の性格と、具体的権利の所在)憲法二五条一項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定している。この規定は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として宣言したにとどまり、直接個々の国民に対して具体的権利を賦与したものではない……。具体的権利としては、憲法の規定の趣旨を実現するために制定された生活保護法によつて、はじめて与えられているというべきである。判旨のつづき(保護基準と、厚生大臣の設定)生活保護法は、「この法律の定める要件」を満たす者は、「この法律による保護」を受けることができると規定し(二条参照)、その保護は、厚生大臣の設定する基準に基づいて行なうものとしているから(八条一項参照)、右の権利は、厚生大臣が最低限度の生活水準を維持するにたりると認めて設定した保護基準による保護を受け得ることにあると解すべきである。もとより、厚生大臣の定める保護基準は、法八条二項所定の事項を遵守したものであることを要し、結局には憲法の定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するにたりるものでなければならない。

後段が前段の読み方を決める

結論この判例は、抽象的権利説に立脚していると読まれています。

理由本当にプログラム規定説なら、司法審査の余地は出てこないはずです。

後段が「司法審査の対象となる」と言うので、後段が前段の読み方を決めます。

注意前段だけ読むと、プログラム規定説に見えます。

「生活保護法によつて、はじめて与えられている」の一文が、抽象的権利説の判例側の裏付けです。

裁量の根拠(生活保護法8条)

条文判旨の「厚生大臣の裁量」の条文上の根拠は、生活保護法8条1項です。

注意判旨の「厚生大臣」と条文の「厚生労働大臣」は、同じ職です。

省庁の再編で、厚生省が厚生労働省になりました。

8条|生活保護法 第二章 保護の原則(7〜10条)1項:保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。2項:前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。

判断枠組み(裁量の逸脱・濫用)

結論朝日訴訟の判断枠組みは、次のとおりです。

  • 原則:何が健康で文化的な最低限度の生活かの認定判断は、厚生大臣の合目的的な裁量に委ねられます。当不当の問題として政治責任が問われることはあっても、直ちに違法の問題は生じません。
  • 例外:現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等、憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となる。

具体例物価も暮らし方も変わったのに、基準の額だけを何十年も据え置いた、という事情があって初めて違法の側に入ります。

注意額が少し低いというだけでは足りず、当不当の問題にとどまります。

分かれ目は、現実の生活条件を無視して著しく低いと言えるかどうかです。

朝日訴訟最高裁判所大法廷判決判旨のむすび(厚生大臣の裁量と、逸脱・濫用)しかし、健康で文化的な最低限度の生活なるものは、抽象的な相対的概念であり、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展に伴つて向上するのはもとより、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定できるものである。したがつて、何が健康で文化的な最低限度の生活であるかの認定判断は、いちおう、厚生大臣の合目的的な裁量に委されており、その判断は、当不当の問題として政府の政治責任が問われることはあつても、直ちに違法の問題を生ずることはない。ただ、現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によつて与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となることをまぬかれない。

当時の基準へのあてはめ

結論月600円という当時の基準は、厚生大臣の裁量の限界を超えたとまでは断定できないとされました。

注意本案の判決が無いうえに、傍論でも違法とは言われませんでした(二重に退けられています)。

朝日訴訟の相手は行政(厚生大臣)で、物差しは行政の裁量の逸脱・濫用です。

堀木訴訟①(事案と併給調整条項)

朝日訴訟で争われたのは、厚生大臣が決めた基準という法律の運用でした。
では、堀木訴訟では何が争われたのでしょうか。

事案

事案原告は、視力に重い障害があり、障害福祉年金を受給していました。

内縁の夫と別れたあと、独力で子どもを養育し、児童扶養手当の受給資格の認定を申請しました。

しかし、すでに障害福祉年金を受け取っていることを理由に、却下されました。

  • 併給調整条項:当時の児童扶養手当法の、年金と手当を両方は受け取れないという規定です(判決文の呼び方)。

結論原告は、この併給調整条項が25条に違反しないかを争いました。

注意判決文では、25条だけでなく、13条・14条も争点になっています(条文は第9節)。

朝日訴訟との違い

結論堀木訴訟で争われたのは、法律そのものに書かれた条項です。

  • 朝日訴訟:大臣が決めた運用の中身が争われ、相手は行政でした。
  • 堀木訴訟:法律の条項が争われ、相手は立法府(国会)です。

堀木訴訟②(立法府の裁量と明白性)

堀木訴訟の相手は、法律そのものです。
最高裁は、併給調整条項をどう判断したのでしょうか。

判断枠組み(立法府の広い裁量)

結論具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられています。

それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しません。

理由判旨は、次の点を挙げています。

  • 性質:25条は、国権の作用に対し、一定の目的を設定し、その実現のための積極的な発動を期待する性質のものです。
  • 概念:「健康で文化的な最低限度の生活」は、きわめて抽象的・相対的な概念です。その時々の文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係で判断決定されます。
  • 具体化の難しさ:立法として具体化するには、国の財政事情を無視することができず、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断が必要です。

堀木訴訟最高裁判所大法廷判決判旨のつづき(立法府の広い裁量と、明白性)このように、憲法二五条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。しかも、右規定にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。

結論

結論上告は棄却され、併給調整条項は合憲とされました。

判決は、給付額を低く定めた立法政策も、それだけでは直ちに25条違反に結びつかない、とも述べています。

注意この一言も、立法府の広い裁量を裏づけています。

積極目的規制の明白の原則との共通点

結論「著しく合理性を欠き明らかに」という言い方は、積極目的規制を測る明白の原則とほぼ同じです。

理由財政の配分や専門技術的な政策判断は、裁判所には測りきれないからです。

分野が違っても、裁判所には荷が重い判断なので、立法府の判断を尊重して緩やかに見る点が共通しています。

注意積極目的規制とは、社会経済政策の一環として行われる規制です。

明白の原則は、「著しく不合理であることの明白である場合に限つて」違憲にできる、という基準です。

行政の裁量と立法の裁量

結論同じ「逸脱・濫用」でも、誰の裁量に掛かっているかで中身が変わります。

  • 朝日訴訟:月600円という日用品費の額を決めた、厚生大臣(行政)の裁量です。
  • 堀木訴訟:年金と手当を両方は渡さない条項を書いた、国会(立法府)の裁量です。

注意「裁量」とだけ言わず、必ず行政の裁量か立法の裁量かを区別します。

生存権の内容と具体化する立法

朝日訴訟も堀木訴訟も、25条を具体化する法律がある場面の争いでした。
25条の理念は、どのような法律に具体化されているのでしょうか。

25条の内容(1項=国民の権利/2項=国の責務)と具体化する立法の例

生活保護法

条文生活保護法1条は、目的の中に「日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き」と書き込んでいます。

3条は、保障される最低限度の生活を「健康で文化的な生活水準」を維持できるものと定めています。

1条|生活保護法 第一章 総則(1〜6条)この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。

3条|生活保護法 第一章 総則(1〜6条)この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない。

2項の三つの言葉と制度

具体例25条2項の社会福祉・社会保障・公衆衛生は、それぞれ別の制度群を指します。

  • 社会福祉:生活保護です。
  • 社会保障:国民健康保険や国民年金が、この分野に近い制度です。

注意具体化する法律は、生活保護法だけではありません。

国民健康保険法・国民年金法・環境基本法なども、その一部です。

25条1項と2項の関係(通説と分離論)

堀木訴訟の判旨は、25条1項と2項の関係にも触れていました。
1項と2項は、どういう関係にあるのでしょうか。

1項と2項の関係の三つの読み方(通説/控訴審の分離論〈堀木訴訟〉/最高裁の上告審判決)

通説

定義主観的権利とは、国民一人ひとりが、国に対して自分のものとして持つ権利です。

結論通説は、1項が主観的権利としての生存権を直接定め、2項はこの権利にこたえて国が果たすべき役割を定めた、と考えます。

  • 一段目:命をつなぐぎりぎりの生活水準を求める部分です。
  • 二段目:そこからさらに上の、より豊かな暮らしを求める部分です。

一項二項分離論(堀木訴訟の控訴審)

定義一項二項分離論とは、1項と2項を別の場面に切り分ける読み方です。

  • 2項:事前の積極的な防貧施策をなすべき努力義務です。
  • 1項:2項からこぼれ落ちた人に対する、事後的・補足的・個別的な救貧施策の責務です。

結論どちらの項の問題かで、審査の厳しさが変わります。

  • 1項の問題(救貧):「最低限度の生活」という絶対的な基準で、厳格に審査されます。
  • 2項の問題(防貧):広い立法裁量に委ねられ、原則として違憲になりません。

注意1項を公的扶助のような限られた場面に絞り、それ以外の施策をすべて2項に流し込めば、広汎な立法裁量に委ねる範囲をいくらでも広げられる、という批判があります。

最高裁の上告審の読み方

結論最高裁は、1項と2項を一体の流れとして読んでいます。

判旨は、1項は国が個々の国民に具体的・現実的に義務を有することを規定したものではなく、2項の社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆく、と述べます。

注意次の2点に気をつけます。

  • 分離論との関係:判旨の読み方は分離論と違う構造ですが、最高裁が分離論を明示的に否定したとまでは断定できません。
  • 審査の厳しさ:一体で読むことから審査が緩くなる・厳しくなるとまでは述べていません。25条の審査が緩いという結論は、第6節の「立法府の広い裁量」の判旨から出ています。

堀木訴訟最高裁判所大法廷判決判旨(一項二項の関係)憲法二五条一項は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と規定しているが、この規定が、いわゆる福祉国家の理念に基づき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したものであること、また、同条二項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定しているが、この規定が、同じく福祉国家の理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであること、そして、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に右のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によつて、国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されてゆくものであると解すべきことは、すでに当裁判所の判例とするところである……。

生存権侵害の四つの争い方①(法律が無い・余計な条項がある)

朝日訴訟と堀木訴訟では、相手が行政か立法府かで争い方が違いました。
「25条違反だ」と言う前に、どのような争い方を見分けるべきでしょうか。

生存権侵害の四つの争い方①②(①法律が無い・不十分=相手は国会/②余計な条項がある堀木型=相手は法律そのもの)の状況・相手・争い方・難所

結論争い方は、誰の、どの行為を攻めるかで四つに分かれます。

① 法律が無い・不十分

結論相手は国会で、立法不作為を攻めます。

使える争い方は、法的性格の説によって変わります。

  • 具体的権利説①:立法不作為の違憲確認訴訟です。
  • 具体的権利説②:給付そのものを求める訴訟です。
  • 抽象的権利説(判例・通説):立法不作為を理由とする国家賠償請求です。

注意どれにも難所があります。

  • 違憲確認訴訟:実効性に乏しく、権力分立との緊張があります。
  • 国家賠償請求:「違法」と認められるのは、誰の目にも明らかなほど生存権が損なわれている場合など、かなり限られた場面にとどまると考えられています。

② 余計な条項がある(堀木型)

結論相手は法律そのもので、争い方は大きく二つです。

  • 制限構成:具体化された生存権をその条項が制限していると構成し、制限の正当性を検討します。
  • 平等権構成:平等権の侵害と構成し、合理的な差別かどうかを検討します。

理由25条だけでは、立法府の広い裁量(明白性)という高いハードルがあるからです。

そこで、平等の筋をもう一つの武器として併走させます。

注意堀木訴訟の判決自身が、「合理的理由のない不当な差別的取扱をしたり、個人の尊厳を毀損するような内容の定めを設けているときは、別に十四条・十三条違反の問題を生じうる」と述べています。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

生存権侵害の四つの争い方②(制度が後退した・行政が給付しない)

①②は、法律が無い場面と、法律に余計な条項がある場面でした。
では、制度が後退した場面と、行政が給付しない場面は、どう争うのでしょうか。

生存権侵害の四つの争い方③④(③制度が後退した=相手は法改正そのもの/④行政が給付しない朝日型=相手は行政の処分)の状況・相手・争い方・難所

③ 制度が後退した

結論相手は、制度を縮小・廃止する法改正そのものです。

従前の立法で生存権は具体的権利になっていると解し、後退させる法改正をその具体的権利の制限と構成します。

注意学説には、制度を後退させる場面では立法裁量の幅が特に狭まるべきだ、という有力な見解があります。

「制度後退禁止原則」と呼ばれることがあります。

老齢加算廃止訴訟

事案70歳以上を対象とする生活扶助の老齢加算が、厚生労働大臣による基準の改定で段階的に減らされ、最終的に廃止されました。

結論最高裁は、次のように判断しました。

  • 裁量:保護基準の老齢加算の部分を改定するに際し、厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められます。
  • 違法となる場合①:特別な需要の有無や改定後の基準の内容についての大臣の判断に、判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点からみて、裁量権の逸脱・濫用がある場合です。
  • 違法となる場合②:激変緩和等の措置を採るか否か、採る場合の措置が相当かについての判断に、被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点からみて、裁量権の逸脱・濫用がある場合です。
  • 効果:いずれかにあたるとき、生活保護法3条・8条2項に違反し、違法となります。

理由最低限度の生活は抽象的かつ相対的な概念です。

保護基準で具体化するには、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断が必要だからです。

注意次の2点に気をつけます。

  • 審査密度:判断の枠組みは堀木訴訟を引いており、制度後退の場面でも審査密度を特に上げる考え方は採っていません。
  • 判断過程:一方で野放しにしたわけでもなく、結論の重さではなく判断の過程を見て縛っています。

「制度後退禁止原則」は学説の呼び名で、最高裁自身が使っている言葉ではありません。

老齢加算廃止訴訟最高裁判所判決判旨(厚生労働大臣の専門技術的・政策的裁量)もっとも、これらの規定にいう最低限度の生活は、抽象的かつ相対的な概念であって、その具体的な内容は、その時々における経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり、これを保護基準において具体化するに当たっては、高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである……。したがって、保護基準中の老齢加算に係る部分を改定するに際し、最低限度の生活を維持する上で老齢であることに起因する特別な需要が存在するといえるか否か及び高齢者に係る改定後の生活扶助基準の内容が健康で文化的な生活水準を維持することができるものであるか否かを判断するに当たっては、厚生労働大臣に上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められるものというべきである。判旨のつづき(裁量権の逸脱・濫用の判断)……老齢加算の廃止を内容とする保護基準の改定は、①当該改定の時点において70歳以上の高齢者には老 齢加算に見合う特別な需要が認められず、高齢者に係る当該改定後の生活扶助基準の内容が高齢者の健康で文化的な生活水準を維持するに足りるものであるとした厚生労働大臣の判断に、最低限度の生活の具体化に係る判断の過程及び手続における過誤、欠落の有無等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合、あるいは、②老齢加算の廃止に際し激変緩和等の措置を採るか否かについての方針及びこれを採る場合において現に選択した措置が相当であるとした同大臣の判断に、被保護者の期待的利益や生活への影響等の観点からみて裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があると認められる場合に、生活保護法3条、8条2項の規定に違反し、違法となるものというべきである。

④ 行政が給付しない(朝日型)

結論相手は行政の処分そのもので、処分の適法性を争います。

生活保護法の要件を憲法に適合するように解釈して、処分の適法性を判断します。

具体例生活保護法8条2項は、基準が「最低限度の生活の需要を満たすに十分なもの」であることを求めています。

25条の趣旨に照らすと、現実の生活条件を無視した基準は「十分」とは言えません。

その基準に基づく処分は、憲法違反ではなく、8条2項違反(法律違反)として取り消されます。

注意憲法を正面から持ち出さなくても、法律の解釈を決め手に勝てる場面があります。

基準が違法と言えるのは、現実の生活条件を無視して著しく低い場合に限られ、額が少し低いだけでは当不当の問題にとどまります。

環境権

生存権には、社会権的側面と自由権的側面がありました。
では、憲法に明文の無い環境権は、どの条文で受け止められるのでしょうか。

環境権の意味

定義環境権とは、健康で快適な生活を維持する条件としての、よい環境を享受し、これを支配する権利です。

注意ここでいう環境は、生命・健康に影響を与える自然環境を指すのが通説です。

憲法に、環境権という条文はありません。

新しい人権として13条から読み込むときは、人格的生存に不可欠な利益かどうかで線を引く立場(人格的利益説)の枠組みが働きます。

二つの側面

環境権の二つの側面(自由権的側面=よい環境の享受を妨げられない・13条/社会権的側面=積極的な環境保全・改善の施策を求める・25条)

結論明文は無いものの、次のように解するのが通説です。

  • 自由権的側面:よい環境の享受を妨げられない(環境破壊の排除を求められる)側面で、13条によって保障されます。
  • 社会権的側面:公権力による積極的な環境保全・改善の施策を求める側面で、25条によって保障されます。

注意一つの新しい権利が、二つの条文にまたがって受け止められています。

13条・25条の条文は、第9節・第1節です。

環境基本法

結論環境基本法は、生存権に関連する立法として位置づける手がかりがあります。

理由1条が目的に掲げる「国民の健康で文化的な生活の確保」は、25条と同じ語彙だからです。

1条|環境基本法 第一章 総則(1〜13条)この法律は、環境の保全について、基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を明らかにするとともに、環境の保全に関する施策の基本となる事項を定めることにより、環境の保全に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的とする。

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#55単独ページ動画

教育を受ける権利と旭川学力テスト事件

26条の構造(権利の条文にある義務)

26条の二階建て(一階=1項・すべて国民に教育を受ける権利/二階=2項・前段が保護者に普通教育を受けさせる義務、後段が義務教育の無償)

1項の権利と2項の義務

結論26条は、1項が権利、2項が義務と無償という作りです。

理由子どもは、自分一人では学ぶ機会を作れません。

誰かが学校に通わせる手続をして、初めて1項の権利が意味を持ちます。

2項は、1項を働かせるための仕掛けです。

26条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

義務を負うのは誰か

定義普通教育とは、小学校・中学校・高校で行われる、専門教育ではない一般的な教育です。

結論2項前段で義務を負うのは保護者であり、子どもではありません。

注意「子どもの義務教育」という言い方は、この主語のずれを覆い隠します。

  • 具体例:子どもが学校に通えない事情があるとき、問われるのは、保護者が義務を果たそうとしているかです。子ども自身が怠けているかという話にはなりません。

26条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

権利の主体と学習権

26条1項の主語は「すべて国民」です。
では、この権利はとくに誰にとって重要で、誰に向けられた権利なのでしょうか。

権利の主体

結論主体は老若男女を問わずすべての国民ですが、性質上とくに重要なのは子どもです。

理由大人は、自分の意思で学ぶ場所を選び、学び直すこともできます。

子どもは、自分一人では学ぶ機会を作れません。

そのため、26条は子どもの学習権を中心に読むべきだと考えられています。

学習権(旭川学力テスト事件)

定義学習権とは、みずから学習できない子どもが、学習要求を満たす教育を大人一般に対して要求する権利です。

結論旭川学力テスト事件で、最高裁は26条の背後に次の観念があると述べました。

  • 固有の権利:国民各自が、一個の人間として、また一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有することです。
  • 子どもの権利:みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを、大人一般に対して要求する権利を有することです。

理由国だけに向けた権利だと、親も国も動かないときに、子どもが誰にも教育を求められなくなります。

大人一般に向けられているので、そうした穴が生まれません。

注意要求の受け手は、国だけではありません。

親・私学・教師・国と、学習権を満たせる立場にある大人がみな受け手になります。

「誰の権利か」が定まると、「誰が教える中身を決めるか」も絞られます(第5〜7節)。

旭川学力テスト事件最高裁判所大法廷判決国の権能(必要かつ相当と認められる範囲)一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国は……あるいは子ども自身の利益の擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解さざるをえず、これを否定すべき理由ないし根拠は、どこにもみいだせないのである。学習権(大人一般に対して教育を要求する権利)この規定の背後には、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。

26条の法的性格(社会権的側面と自由権的側面)

26条は、子どもの学習権を中心とする権利です。
では、この権利は国に対して何を求める権利なのでしょうか。

26条の法的性格の階層図(社会権的側面=国に制度の維持と条件整備を求める・教育基本法と学校教育法が具体化/自由権的側面=①使わせろ ②やめろ)

社会権的側面

定義国に「動いてくれ」と求める側面です。

  • 制度の維持:学校という制度を作り続け、維持することです。
  • 条件の整備:教員の配置や施設の整備など、学べる条件を整えることです。

条文この側面を具体化しているのが、教育基本法と学校教育法です。

  • 教育基本法:教育がめざす目的や理念を定める法律です。
  • 学校教育法:学校の種類や仕組みそのものを定める法律です。

自由権的側面

定義国に「余計なことをするな」と求める側面で、次の2つに分かれます。

  • ①使わせろ:すでにある学校や制度を、正当な理由なく使わせないことを許さない権利です。
  • ②やめろ:ある中身の教育を強制されない(その排除を求める)権利です。

具体例それぞれ次のような場面です。

  • ①:正当な理由もなく退学させたり、通わせなかったりすることです。
  • ②:特定の立場だけを唯一正しいものとして教え込み、それ以外の見方を教えることを禁じる教育の強制です。

注意①と②は、向きが逆です(①は入口、②は中身の問題です)。

②は、旭川学力テスト事件の「越えられない線」(第7節)と同じ内容を指します。

教育内容の決定権(二つの極端な考え方)

26条は、子どもの学習権を保障しています。
では、教える中身は、誰が決めるのでしょうか。

国家教育権説と国民教育権説の対比表(決める主体・危うさ)と最高裁の評価

国家教育権説と国民教育権説

定義教育内容の決定権をめぐり、次の2つの考え方がありました。

  • 国家教育権説:国が決めるという考え方です。
  • 国民教育権説:親を中心とする国民全体が決めるという考え方です。

注意「国民」教育権説は、国が決める説ではありません。

名前だけ見ると逆に思えるので、中身で覚えます。

旭川学力テスト事件の評価

結論最高裁は、2つの見解はいずれも極端かつ一方的で、いずれも全面的には採用できないとしました。

理由それぞれに危うさがあるからです。

  • 国家教育権説:時々の政治の考え方が、教室にそのまま持ち込まれます。
  • 国民教育権説:全国的な教育の水準を、誰も確保できなくなります。

注意どちらか一方が全部決めるという発想そのものを、最高裁は採りませんでした。

旭川学力テスト事件最高裁判所大法廷判決二つの見解の排斥(ともに極端かつ一方的)当裁判所は、右の二つの見解はいずれも極端かつ一方的であり、そのいずれをも全面的に採用することはできないと考える。

旭川学力テスト事件の答え(親・私学・教師の教育の自由)

最高裁は、2つの極端な考え方をともに退けました。
では、その代わりにどのような答えを置いたのでしょうか。

旭川学力テスト事件の三段の階層図(①親・私学・教師にそれぞれ教育の自由・ただし教師の自由は完全ではない/②国は必要かつ相当と認められる範囲で教育内容を決定する権能/③26条・13条により国家的介入は許されない)

三段構えの答え

結論最高裁の答えは、次の三段です。

  • ①教育の自由:親・私学・教師には、それぞれ教育の自由が認められます(ただし教師の自由は完全ではありません)。
  • ②国の権能:国も、必要かつ相当と認められる範囲で、教育内容を決定する権能を持ちます(第6節)。
  • ③越えられない線:子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げる国家的介入は、26条・13条の規定上からも許されません(第7節)。

注意教育内容を決める権限は、誰か一人が独占するのではなく、分け合われています。

なぜ責任から自由が出てくるのか

結論親・私学・教師の教育の自由は、学習権を満たす責任の裏返しとして認められます。

理由学習要求を満たすとは、その子に何をどう教えるかを選ぶことです。

選ぶ余地がなければ、責任を果たしようがありません。

責任と自由は、表と裏で一組です。

具体例それぞれの自由は、次のような場面です。

  • 私学:独自の教育方針を掲げ、それに沿ったカリキュラムを組む自由です。
  • 親:その子の体調や性格に合わせて、家庭でどう学ばせるかを決める自由です。

教師の教授の自由の根拠(23条)

結論判例は、小中高の教師にも、23条(学問の自由)を根拠に、一定の範囲で教授の自由を認めています。

注意大学の教員と根拠条文は同じでも、認められる理由と広さが違います。

  • 大学の教員:学問の自由の一部として、研究者自身の自律から認められます。
  • 普通教育の教師:子どもの学習権を満たす責務の裏返しとして語られます。
  • 学説:26条に根拠を求める見方(学習権を実質化する権利)や、23条と26条の両方に求める見方もあります。

23条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)学問の自由は、これを保障する。

教師の自由が完全でない3つの理由

結論普通教育の教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されないとされました。

理由最高裁は、大学との違いとして次の3つを挙げました。

  • 批判能力:大学の学生は教授内容を批判する能力を一応備えていますが、児童生徒にはその能力がありません。
  • 学校選択の余地:子どもの側に、学校や教師を選択する余地が乏しいです。
  • 全国的な水準:教育の機会均等をはかるうえで、全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があります。

具体例大学のゼミでは、教員が読む文献も進め方も自分の判断で決められます。

中学校の理科の教師は、検定教科書と学習指導要領という共通の枠の中で、教え方を工夫する自由を持つにとどまります。

注意この3つは、教師の自由を限定する理由です。

国に権能を認める理由(第6節)とは、別に述べられています。

旭川学力テスト事件最高裁判所大法廷判決教師の教育の自由の限界(批判能力・学校選択・全国水準の三つの理由)大学教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し、普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく……普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されないところといわなければならない。

国の権能(必要かつ相当と認められる範囲)

教師の自由だけでは、足りないところが残ります。
では、国はどのような理由で、どこまで教育内容を決められるのでしょうか。

教育内容決定権の配分図(親・私学・教師=学習権を満たす責務・教師は不完全/国=必要かつ相当な範囲で権能)

国の権能とその理由

結論国は、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についても決定する権能を持ちます。

これを否定すべき理由ないし根拠は、どこにもみいだせないとされました。

理由判旨は、国に権能を認める理由を2つ挙げています。

  • 子ども自身の利益の擁護:ある学校が理科の授業をほとんどしなくても、その子はあとから自分で取り返せません。
  • 社会公共の利益と関心:子どもの成長は、その家庭の中だけで完結しないからです。

注意国が出てくる理由も、子どもの学習権を満たすという目的から来ています。

決める側の都合ではありません。

「必要かつ相当」の範囲

結論判例は、この範囲そのものを、数字や一覧で定義していません。

注意外側の枠(越えられない線)は、はっきり示されています(第7節)。

越えられない線(国家的介入の限界)

国は、必要かつ相当な範囲で教育内容を決める権能を持ちます。
では、その権能にも越えてはいけない線はあるのでしょうか。

教育内容決定権の外周の関係図(国の内側=必要かつ相当な範囲にとどまり許される/外側=誤った知識や一方的な観念の押しつけで26条・13条により許されない)

国家的介入の限界

結論子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入は、憲法26条、13条の規定上からも許されないとされました。

  • 判旨の例:誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを、強制することです。

理由誤った知識の押しつけを許すと、子どもの学習権を満たすどころか、子どもを国家の統制の対象にしてしまいます。

26条の目的そのものを裏切ることになります。

具体例線のどちら側かは、次のように分かれます。

  • 外側(許されない):特定の立場だけを唯一正しいとして教え込み、それ以外の見方を教えることを禁じる教育を、国が強制する場合です。
  • 内側(許される):全国どこでも一定の学力を身につけられるよう、学習指導要領で教える単元の範囲を示す程度の場合です。

注意この線は、条文のどこにも書かれておらず、最高裁が判例で示した線です。

分かれ目は、特定の結論を押しつけるか、共通の土台を示すだけかです。

この線は、第3節の自由権的側面②と同じ内容を指します。

旭川学力テスト事件最高裁判所大法廷判決越えられない線(国家的介入の限界)子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤つた知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法二六条、一三条の規定上からも許されないと解することができる。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

学習指導要領の法的拘束力(伝習館高校事件)

国の権能は、「必要かつ相当と認められる範囲」という抽象的な言葉で示されました。
では、この権能は、現実にどのような形で働いているのでしょうか。

学習指導要領

定義学習指導要領とは、学校教育法施行規則にもとづいて、教育課程の基準を定めたものです。

  • 委任の系列:法律(学校教育法)→省令(学校教育法施行規則)→告示(学習指導要領)です。
  • 公示するのは:文部科学大臣です(判決当時は文部大臣)。

注意学習指導要領が「目安」か「法規」かで、外れたときの評価が変わります。

  • 目安にすぎない場合:守らなくても直ちに違法にはならず、望ましくないという評価にとどまります。
  • 法規としての性質を持つ場合:外れること自体が違反であり、違法という評価につながります。

伝習館高校事件

事案高等学校の教師が、学習指導要領の定める内容から外れた授業を行ったとして、懲戒免職の処分を受けました。

結論最高裁(第一小法廷)は、高等学校学習指導要領は法規としての性質を有するとした原審の判断を、正当として是認しました。

  • 憲法との関係:そう解することが23条・26条に違反しないことは、旭川学力テスト事件の判決の趣旨とするところだと述べました。

理由この判決自身は、理由を述べていません(原審の判断を是認しただけです)。

法規といえる理由は、次の2点から整理できます。

  • 中身の面:学習指導要領は、国が必要かつ相当な範囲で教育内容を決定する権能を、現実に実行する手段です。
  • 形の面:法律→省令→告示という委任の系列に支えられています。

注意処分(懲戒免職)の重さが妥当だったかは、同じ日に出た別の判決で扱われた、別の論点です。

伝習館高校事件最高裁判所第一小法廷判決学習指導要領の法規性(旭川学力テスト事件への明示引用)高等学校学習指導要領(昭和三五年文部省告示第九四号)は法規としての性質を有するとした原審の判断は、正当として是認することができ、右学習指導要領の性質をそのように解することが憲法二三条、二六条に違反するものでないことは、最高裁昭和四三年(あ)第一六一四号同五一年五月二一日大法廷判決(刑集三〇巻五号六一五頁)の趣旨とするところである。

義務教育の無償の範囲

26条2項後段は、「義務教育は、これを無償とする」と定めています。
では、無償になるのはどこまでなのでしょうか。

義務教育の無償の範囲の表(授業料=憲法26条2項後段により無償・判例で確定/教科書等=法律による上乗せ・立法政策の問題)

義務教育の無償が争われた判決

事案教科書代なども、憲法上の無償に含まれるはずだと主張して争われました。

結論最高裁(大法廷)は、26条2項後段の無償とは授業料不徴収の意味だとしました。

  • 対価:無償の意義は、国が普通教育を受けさせるにつき、その対価を徴収しないことです。教育提供に対する対価とは、授業料を意味します。
  • 教科書など:教科書、学用品その他教育に必要な一切の費用まで無償とすることを定めたものではないとされました。
  • 費用の軽減:国が負担をできるだけ軽減するよう配慮することは望ましいが、立法政策の問題で、憲法の規定するところではないとされました。

理由教科書や学用品まで含めると、どこまでが必要な費用か、際限なく広がってしまいます。

そこで、「対価」がはっきり指す授業料に絞り、それより上は財政の状況を見て法律で判断することにしました。

義務教育の無償が争われた判決最高裁判所大法廷判決授業料不徴収の意味憲法二六条二項後段の「義務教育は、これを無償とする。」という意義は、国が義務教育を提供するにつき有償としないこと、換言すれば、子女の保護者に対しその子女に普通教育を受けさせるにつき、その対価を徴収しないことを定めたものであり、教育提供に対する対価とは授業料を意味するものと認められるから、同条項の無償とは授業料不徴収の意味と解するのが相当である。……憲法の義務教育は無償とするとの規定は、授業料のほかに、教科書、学用品その他教育に必要な一切の費用まで無償としなければならないことを定めたものと解することはできない。……国が保護者の教科書等の費用の負担についても、これをできるだけ軽減するよう配慮、努力することは望ましいところであるが、それは、国の財政等の事情を考慮して立法政策の問題として解決すべき事柄であつて、憲法の前記法条の規定するところではない。

教科書の無償と憲法

結論教科書が無償なのは、憲法の要請ではなく、法律による上乗せです。

条文実際にこの政策を形にしているのは、義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律などです。

具体例教科書無償の法律を廃止しても、26条2項違反にはなりません。

政策として妥当かは、別の問題です。

注意制服代や修学旅行の積立金なども、この条項からは無償になりません。

憲法が保障する最低ラインは授業料で、そこから上は法律の判断です。

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#56単独ページ動画

勤労の権利と労働基本権

27条1項(勤労の権利)

2つの側面

定義勤労の権利には、2つの側面があります。

  • 自由権的側面:働くことを、国に妨げられない権利です。
  • 社会権的側面:働く意思と能力があるのに機会を得られない人が、国に労働の機会の提供を求める権利です。それが不可能なら、代わりの保護を求められます。

結論重点は、社会権的側面にあります。

理由自由権的側面は、22条1項の職業選択の自由と重なり、独自の意味が薄いからです。

具体例代わりの保護には、失業給付があたります。

注意27条1項後段の勤労の義務は、教育・納税と並ぶ国民の義務の一つです。

27条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

22条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

就労請求はできない

結論27条1項を直接の根拠にして、就労を請求することはできません。

理由条文に「権利」とあるだけでは、誰に、どんな仕事を、いくらの賃金で用意させるのかが決まらないからです。

法律が具体化して初めて、裁判で使える形になります。

具体例線の内側と外側は、次のとおりです。

  • 内側:国が職業紹介の窓口を置き、働き口を紹介する仕組みを整えることです。
  • 外側:裁判所に「あの会社に雇わせる判決を出せ」と求めることです。
  • 具体化する法律:職業安定法・雇用保険法などです。職業安定法は、国が職業紹介の仕組みを作り、働き口を探す人と結びつける法律です。

注意「就労を請求できない」は、判例ではなく通説です。

判例は、この点を正面から述べていません。

27条と28条の分かれ目

結論27条と28条は、相手が誰かで分かれます。

  • 27条1項:相手は国です。国に働く場を用意させる条文です。
  • 28条:相手は使用者です。会社と対等に向き合う力の条文です。

27条2項・3項(勤労条件の基準と児童酷使の禁止)

27条1項の相手は、あくまで国でした。
2項と3項は、それぞれ誰に向けられているのでしょうか。

勤労条件の基準(2項)

結論賃金・就業時間・休息などの勤労条件の基準は、法律で定めます。

これを受けて作られたのが、労働基準法です。

理由働く条件を契約自由に任せると、力の差がそのまま契約の中身になるからです。

そこで憲法は、最低限の基準を法律で作るよう国に命じ、契約自由に外から枠をはめました。

注意力の差をそのままにしないという発想は、28条と同じ問題意識です。

27条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。

児童酷使の禁止(3項)

結論3項は、私人間に直接適用される数少ない規定の一つです。

理由児童を酷使するのは国ではなく雇う側で、侵害してくる相手がはじめから私人だからです。

国に禁じても意味が無いことを、憲法自身が見込んでいます。

注意原則として、憲法は国に向けられた規範で、私人どうしには民法などを通して間接的に及びます。

27条の中で、相手が使用者になるのは3項だけです(28条への橋)。

27条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:児童は、これを酷使してはならない。

28条の趣旨と条文の文言

27条3項で、はじめて相手が使用者になりました。
28条は、なぜ労働者が集まることを権利として保障したのでしょうか。

条文は2つ、講学上は3つ

結論条文の文言は、「団結する権利」と「団体交渉その他の団体行動をする権利」の2つです。

講学上は、団結権・団体交渉権・団体行動権の3つに分けて整理します。

理由条文がひとまとめに書いた「団体交渉その他の団体行動」から、交渉の場面だけを取り出して団体交渉権と名づけたからです。

注意3分類は講学上の整理で、条文そのものではありません。

短答で条文の文言を問われたら、2つで答えます。

28条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

28条の趣旨(三井美唄炭鉱労組事件)

結論28条は、経済上の弱者である労働者のために、労働基本権を保障したものです。

理由労働者が一人で企業者に対立しても、経済的実力に圧倒され、対等の立場で利益を主張し貫徹することは困難だからです。

多数で団結して交渉することで、はじめて対等の立場に立てます。

具体例一人で賃上げを求めても、断られれば辞めるしかなく、会社は代わりの人を探せます。

全員が同時に手を止めれば、会社は代わりを立てられず、話し合いに応じます。

注意目指しているのは労働者の優遇ではなく、対等にすることです。

三井美唄炭鉱労組事件最高裁判所大法廷判決二十八条の趣旨(経済的実力に圧倒される)労働者がその労働条件を適正に維持し改善しようとしても、個々にその使用者たる企業者に対立していたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒され、対等の立場においてその利益を主張し、これを貫徹することは困難である。……憲法二八条は、この趣旨において、企業者対労働者、すなわち、使用者対被使用者という関係に立つ者の間において、経済上の弱者である労働者のために、団結権、団体交渉権および団体行動権(いわゆる労働基本権)を保障したものであり

28条が守るもの

結論28条が守っているのは、労働条件について、使用者と対等に交渉する力です。

28条がどう効くかも、権利がどこで切れるかも、この力から出てきます。

注意各論点では、対象がこの力からどれくらい離れているかを見ます。

近ければ守られ、遠ければ守られません。

勤労者

定義勤労者とは、自分の労働力を提供し、その対価で生活している人です。

労働者とほぼ同じ意味です。

注意いま雇われている人だけでなく、職を失っている人も含まれます。

公務員には、法律で争議行為が禁じられています。

28条は公務員にも及びますが、大きく制限されます。

28条の3つの側面(刑事免責・民事免責・不当労働行為の救済)

28条が守るのは、使用者と対等に交渉する力です。
ストライキをした人に来る追及を、28条はどう止めるのでしょうか。

ストをした人に来る三方向の追及(①国が刑罰で追及する/②会社が損害の賠償を請求する/③会社が不利益に扱う)

刑事免責(自由権的側面)

結論国に対して「刑罰で潰すな」と求めるのが、自由権的側面です。

これを法律の形にしたのが、労働組合法1条2項の刑事免責です。

理由刑法35条(法令または正当な業務による行為は罰しない)を、組合の正当な行為にも適用するからです。

具体例大勢で業務を止めても、正当なストなら威力業務妨害になりません。

注意ただし書により、暴力の行使は、どんな場合でも正当な行為とは扱われません。

1条|労働組合法 第一章 総則(1〜4条)2項:刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十五条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。

民事免責(私人間への直接適用)

結論28条は、私人である使用者に対しても直接効きます。

これを法律の形にしたのが、労働組合法8条の民事免責です。

理由私人による侵害を、憲法自身が正面から見込んだ規定だからです(27条3項と同じ理由)。

賠償を求めてくるのも不利益に扱ってくるのも、国ではなく会社です。

具体例働く約束を守らなかったとして、会社が損害賠償を請求することはできません。

注意免責されるのは損害賠償の責任だけです。

働かなかった時間の賃金は、原則としてもらえません。

同盟罷業は、ストライキの法律上の言葉です。

8条|労働組合法 第二章 労働組合(5〜13条)使用者は、同盟罷業その他の争議行為であつて正当なものによつて損害を受けたことの故をもつて、労働組合又はその組合員に対し賠償を請求することができない。

不当労働行為の救済(社会権的側面)

定義不当労働行為とは、使用者が組合の活動そのものを弱らせにくる行為です(労働組合法7条)。

結論国に「守る仕組みを作れ」と求めるのが、社会権的側面です。

救済の仕組みは、労働組合法27条以下が置いています。

救済にあたるのは、裁判所ではなく、労働委員会という行政の機関です。

理由裁判より早く動ける仕組みを、別に用意しています。

具体例不当労働行為には、次のようなものがあります。

  • 配置転換:ストの中心になった人を、遠くの事業所へ配置転換します。
  • 昇進差別:組合員だけを昇進させません。
  • 団交拒否:話し合いを求められても、理由なく応じません。

注意労働組合法27条は救済の手続で、憲法27条(勤労の権利)とは別の法律の別の条文です。

法律の名前とセットで覚えます。

3つの側面の関係

28条の三つの側面(自由権的側面=相手は国・刑事免責/私人間への直接適用=相手は使用者・民事免責/社会権的側面=相手は国・不当労働行為の救済)

結論3つは並列の知識ではなく、対等に交渉する力を実際に働かせるための三点セットです。

理由1つでも欠けると、力が働かないからです。

  • 刑事免責が無い:ストを呼びかけた時点で捕まります。
  • 民事免責が無い:要求が通っても、賠償で取り返されます。
  • 救済の仕組みが無い:中心になった人から順に潰されます。

注意28条は、国に対する顔と使用者に対する顔を同時に持ちます。

  • 「社会権の章にあるから国に対する権利だ」と読むと、民事免責が説明できません。
  • 「私人に直接効く特別な条文だ」と言い切ると、国が作る救済制度が説明できません。

団結権①(ユニオン・ショップ協定)

28条が守る中身は、団結権・団体交渉権・団体行動権です。
団結権のもとで、組合に入らない人を解雇する約束は許されるのでしょうか。

団結権とユニオン・ショップ協定

定義2つの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 団結権:労働者が団体を作る権利(労働組合結成権)です。作る自由と入る自由の両方を含みます。
  • ユニオン・ショップ協定:組合に入らない人や、組合から除名された人を、会社が解雇するという約束です。

消極的団結権

定義消極的団結権とは、組合に入らない自由です。

結論通説は、消極的団結権を28条の保障に含めません。

そのため、ユニオン・ショップ協定は有効と整理されます。

理由抜ける人が増えるほど、組合の交渉する力そのものが落ちるからです。

組合を強くする方向の縛りは、対等に交渉する力の中心にあります。

注意これは通説で、判例はこの点を正面から判断していません。

労働組合法7条1号ただし書

条文ユニオン・ショップ協定には、労働組合法7条1号ただし書という実定法上の根拠もあります。

注意組合が労働者の過半数を代表することが要件です。

少数の組合が同じ約束をしても、この規定では守られません。

7条(1号ただし書)|労働組合法 第二章 労働組合(5〜13条)ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。

三井倉庫港運事件

三井倉庫港運事件の関係図(①会社Bと元の組合Cの協定/②運転手たちAがCに脱退届/③Aが新組合Dに加入しBに通告/④CがBに解雇要求/⑤BがAを解雇)

事案会社と組合の間に、ユニオン・ショップ協定がありました。

  • 脱退:運転手たちが、ある日の朝、組合に脱退届を出し、即刻別の組合に加入しました。
  • 通告:40分ほど後に、その旨を会社に通告しました。
  • 解雇:元の組合は同じ日に解雇を求め、会社は同じ日の夕方に運転手たちを解雇しました。

結論解雇は無効です(原審の判断を維持し、会社の上告を退けました)。

理由労働者には、自らの団結権を行使するため労働組合を選択する自由があります。

協定を結んでいない他の労働組合の団結権も等しく尊重されるべきです。

そのため、組合選択の自由と他の組合の団結権を侵害する加入の強制は、許されません。

注意解雇したのは、組合ではなく会社です。

組合には、人を解雇する権限はありません。

三井倉庫港運事件最高裁判所第一小法廷判決なぜ加入の強制に限界があるのか労働者には、自らの団結権を行使するため労働組合を選択する自由があり、また、ユニオン・ショップ協定を締結している労働組合(以下「締結組合」という。)の団結権と同様、同協定を締結していない他の労働組合の団結権も等しく尊重されるべきであるから、ユニオン・ショップ協定によって、労働者に対し、解雇の威嚇の下に特定の労働組合への加入を強制することは、それが労働者の組合選択の自由及び他の労働組合の団結権を侵害する場合には許されないものというべきである。無効になる部分と、その解雇したがって、ユニオン・ショップ協定のうち、締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが、他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は、右の観点からして、民法九〇条の規定により、これを無効と解すべきである(憲法二八条参照)。

入らない自由と選ぶ自由

結論潰す対象によって、結論が分かれます。

  • 組合に入らない自由を潰す:組合を強くするための手段として許されます。
  • 別の組合を選ぶ自由を潰す:許されません。

理由別の組合も、同じ28条に守られているからです。

28条を使って28条を潰すことになり、自己矛盾になります。

二段構え(一部無効と解雇の無効)

三井倉庫港運事件の二段構え(協定そのものは有効→第一段=解雇義務を定める部分は民法90条により無効→第二段=解雇も解雇権の濫用として無効)

結論判決は、次の三段で結論を出しています。

  • 協定:協定そのものは有効です。
  • 第一段:他の組合に加入している者などについて使用者の解雇義務を定める部分は、民法90条により無効です。
  • 第二段:解雇義務が生じていないのにされた解雇は、解雇権の濫用として無効です。

条文無効の根拠は、民法90条(公序良俗)です。

理由会社と組合の協定は、私人どうしの契約だからです。

28条が直接効くとはいえ、無効の判断は民法の一般条項を通しています。

注意無効になる部分の対象は、次の人たちです。

  • 他の組合に入っている人
  • 脱退または除名の後に、別の組合に入った人
  • 脱退または除名の後に、新しい組合を作った人

第二段では、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇として無効になります。

90条|民法 第一編 総則 第五章 法律行為 第一節 総則(90〜92条)公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

団結権②(統制権)

組合を強くする縛りは、対等に交渉する力の中心にあります。
では、組合が組合員を処分する力は、どこから来るのでしょうか。

統制権の根拠

定義統制権とは、組合が組合員を規律し、違反した人に処分をする力です。

結論三井美唄炭鉱労組事件は、組合の統制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、28条の精神に由来するとしました。

28条による団結権保障の効果として認められます。

そのため、21条の結社の自由にもとづく一般の団体の統制権より強くなります。

理由普通の団体なら、方針が嫌なら抜ければ済みます。

団結は、一人が抜けると残った人の力まで落ちるので、内部を縛る必要が強いのです。

注意一般論は「目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内において」です。

幅があるので、限界が問題になります。

三井美唄炭鉱労組事件最高裁判所大法廷判決統制権はどこから来るのか憲法上、団結権を保障されている労働組合においては、その組合員に対する組合の統制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、労働組合の団結権を確保するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、労働者の団結権保障の一環として、憲法二八条の精神に由来するものということができる。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

統制権の限界(三井美唄炭鉱労組事件)

事案組合が決めた統一候補ではない組合員が、立候補しようとしました。

組合は立候補をやめるよう求め、やめなかったので処分をしました。

結論勧告・説得までは許されますが、処分は違法です。

  • 勧告または説得:その限度では、組合の政治活動の一環として許されます。
  • 処分:勧告または説得の域を超え、統制違反者として処分するのは、統制権の限界を超え違法です。

理由立候補するかどうかは労働条件の問題ではなく、その人が市民として決めることだからです。

説得は最後の決定を本人に残しますが、処分は決定そのものを組合が奪います。

具体例組合員への要求は、中身で扱いが逆になります。

  • 組合が決めたストの日に持ち場を離れないよう求める:従う義務があり、破れば処分もできます。
  • 特定の候補者を応援しろと求める:従う義務はなく、処分もできません。

注意候補者を一本化する目的自体は正当です。

目的が同じでも、手段で結論が分かれます。

三井美唄炭鉱労組事件最高裁判所大法廷判決統制権の限界統一候補以外の組合員で立候補しようとする組合員に対し、立候補を思いとどまるように勧告または説得することも、その限度においては、組合の政治活動の一環として、許されるところと考えてよい。

組合員の協力義務(国労広島地本事件)

処分ができるということは、組合員に命令に従う義務があるということです。
では、組合員の協力義務は、どこまで及ぶのでしょうか。

事案

事案組合が、組合員から臨時に集めようとしたお金の納付義務が争われました。

実際に争われたのは、次の3つです。

  • ①他組合の闘争支援:他の組合が行っている企業整備反対闘争を支援する資金です。
  • ②被処分者の救援:安保反対闘争で民事上または刑事上の不利益処分を受けた組合員を救援する資金です。
  • ③選挙運動の資金:組合出身の立候補者の選挙運動を応援するため、その所属政党に寄付する資金です。

いずれも、組合員一人あたり数十円から数百円です。

活動が許されることと協力義務は別

結論組合の活動として許されるというだけで、組合員の協力義務を無条件で肯定することは相当でないとされました。

  • 活動範囲:経済的活動を超え、政治的・社会的・文化的活動など、組合員の生活利益に関係する事項に広く及びます。
  • 判断方法:活動の内容・性質と、組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量します。
  • 観点:多数決で動く組合活動の実効性と、組合員個人の基本的利益の調和を図り、協力義務の範囲に合理的な限定を加えます。

注意「組合がその活動をしてよいか」と「組合員に協力を強制できるか」は、別の問いです。

国労広島地本事件最高裁判所第三小法廷判決許された活動であることと、協力義務は別今日においては、その活動の範囲が本来の経済的活動の域を超えて政治的活動、社会的活動、文化的活動など広く組合員の生活利益の擁護と向上に直接間接に関係する事項にも及び、しかも更に拡大の傾向を示しているのである。……労働組合の活動として許されたものであるというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは、相当でないというべきである。……問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量し、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。

3つの資金の結論

国労広島地本事件の結論(①他組合の闘争援助=協力義務あり/②被処分者の救援=協力義務あり/③選挙運動の資金=協力義務なし)

結論①と②には協力義務があり、③にはありません。

理由それぞれの理由は、次のとおりです。

  • ①他組合の闘争支援:組合員の経済的地位の向上は、自分の組合だけでは実現せず、他の組合との連帯した行動が予定されているからです。
  • ②被処分者の救援:共済活動として、被処分者の生活上の不利益を経済的に助けるもので、処分の原因たる行為のいかんにかかわらないからです。
  • ③選挙運動の資金:どの政党や候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものだからです。組合員各人が、市民としての個人的な政治的思想、見解、判断ないしは感情等に基づいて自主的に決めるべき事柄です。

注意③は、金額が小さくても同じです。

額の問題ではなく、個人が決める領域かどうかの問題です。

国労広島地本事件最高裁判所第三小法廷判決選挙運動の資金(投票の自由と表裏)政党や選挙による議員の活動は、各種の政治的課題の解決のために労働者の生活利益とは関係のない広範な領域にも及ぶものであるから、選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、組合員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解、判断ないしは感情等に基づいて自主的に決定すべき事柄である。

安保反対闘争そのものと救援

結論安保反対闘争そのものへの協力は、強制できません。

しかし、その闘争で処分を受けた人の救援資金には、協力義務があります。

理由政治的要求に賛成するか反対するかは、各人が国民の一人としての立場で決めるべきことだからです。

一方、救援は、闘争を支持・助長することを直接の目的とせず、生活を支える助け合いです。

注意安保反対闘争そのものへの協力の話は、救援資金を判断する前提として、理由の中で述べた一般論です。

独立の徴収項目ではありません(実際の項目は3つ)。

ただし、判示事項としては掲げられています。

国労広島地本事件最高裁判所第三小法廷判決安保反対闘争そのものと、被処分者の救援いわゆる安保反対闘争のような活動は、究極的にはなんらかの意味において労働者の生活利益の維持向上と無縁ではないとしても、直接的には国の安全や外交等の国民的関心事に関する政策上の問題を対象とする活動であり、このような政治的要求に賛成するか反対するかは、本来、各人が国民の一人としての立場において自己の個人的かつ自主的な思想、見解、判断等に基づいて決定すべきことであるから、それについて組合の多数決をもつて組合員を拘束し、その協力を強制することを認めるべきではない。

注意すべき区別

注意次の点を混同しないようにします。

  • 反対意見:協力義務ありとされた側について、反対意見があり、全員一致ではありません。
  • 「表裏」の語:立候補の自由の根拠を述べる場面(選挙権の自由な行使と表裏)とは別です。この事件の「表裏」は、協力義務の限界の理由です。
  • 税理士会の寄付の事件:強制加入の団体が政治団体に寄付した事件は、団体がその行為をそもそもできるかを問うものです。この事件は、活動はできるとしたうえで、協力を強制できるかを問うものです。

団体交渉権

団結権は、交渉する力を作る権利でした。
では、その力を実際に使う団体交渉権は、どのように保障されるのでしょうか。

団体交渉権

定義団体交渉権とは、労働者の団体が、使用者と労働条件について話し合う権利です。

団結権が力を作る権利なら、団体交渉権はその力を使う権利です。

具体例組合が来年の賃上げを申し入れ、会社が「ここまでなら出せる」と答えます。

この申し入れと回答のやりとりそのものが、団体交渉です。

労働協約

定義労働協約とは、話し合いの結果として結ぶ取り決めです。

結論書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することで効力を生じます(労働組合法14条)。

理由口約束だと言った言わないになり、交渉の成果が消えてしまうからです。

形を要求するのは、成果を確実に残すためです。

14条|労働組合法 第三章 労働協約(14〜18条)労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによつてその効力を生ずる。

団体交渉の拒否

結論使用者が正当な理由なく団体交渉を拒むことは、不当労働行為にあたります(労働組合法7条)。

拒まれたら、労働委員会に救済を求められます。

具体例申し入れても日時を決めない、決めても担当者が来ない、という対応です。

注意中身に入る前に止めるのも、拒否にあたります。

団体行動権と争議権(政治スト)

団体交渉で要求を通すには、それを支える行動が要ります。
団体行動権と争議権はどういう関係にあり、政治ストはなぜ正当な争議行為から外れるのでしょうか。

団体行動権と争議権の包含関係(団体行動権の中に、争議行為〈同盟罷業・怠業〉と争議行為でない団体行動〈ビラ配り・集会〉がある)

団体行動権と争議権

定義用語の意味は、次のとおりです。

  • 団体行動権:労働条件を実現するために、労働者が団体として行動する権利です。
  • 争議行為:団体行動の中心で、代表は同盟罷業(全員で仕事を止める)と怠業(仕事を続けながら能率を落とす)です。
  • 争議権:争議行為をする権利です。

結論団体行動権のほうが広く、その中に争議権が入っています。

具体例ビラ配りや集会は、争議行為にあたらない団体行動です。

注意この包含関係が、試験で問われます。

政治スト

定義政治ストとは、労働条件の改善と直接つながらない政治目的のストです。

ある法律の成立に反対して一斉に仕事を止める場合が、これにあたります。

結論政治ストは、正当な争議行為の限界を超えます。

理由争議行為は、交渉を有利に進めるための手段だからです。

会社は法律を作ることも廃止することもできず、相手が折れても要求が通りません。

求めている中身が、交渉の対象になりません。

具体例線は、相手が応じられるかどうかで引かれます。

  • 賃上げの要求:「うちの職場の賃金を上げてほしい」は、会社が決められるので、交渉の対象になります。
  • 法律の廃止の要求:「ある法律を廃止してほしい」は、会社にはどうにもできないので、交渉の対象になりません。

注意動機が政治的かどうかではなく、相手が解決できる問題かどうかで決まります。

この結論は講学上の整理です。

この理由づけが引かれる判決は、公務員の争議行為を扱ったものです。

生産管理(しないことと奪うこと)

政治ストは、目的の面で正当な争議行為から外れました。
では、手段の面で、生産管理という争議手段は認められるのでしょうか。

生産管理の事件(山田鋼業事件)

定義生産管理とは、組合が工場や設備を管理下に置き、使用者の指図を外して自分たちで経営を回すことです。

事案労働者側が生産管理を始め、工場や設備を占有下に置きました。

  • 持ち出し:争議中の賃金の支払などに充てるため、会社の許可を得ずに鉄板を工場の外に運び出して売ろうとしました。
  • 起訴:窃盗罪で起訴されました。
  • 弁護側の主張:争議権は憲法上の権利なので、財産権に優先すると主張しました。

結論最高裁は、弁護側の主張を退け、窃盗罪の成立を認めました。

  • 規範:憲法は、争議権が他の基本的人権に対して絶対的優位を有することを認めているのでもないとされました。基本的人権と労働者の権利との調和を破らないことが、争議権の正当性の限界です。
  • 当てはめ:生産管理は、この限界を超え、正当な争議行為とはいえません。

理由刑事免責(労働組合法1条2項)は、無条件ではなく、正当なものにしか及ばないからです。

生産管理の事件最高裁判所大法廷判決争議権の正当性の限界(調和を破らないこと)憲法は勤労者に対して団結権、団体交渉権その他の団体行動権を保障すると共に、すべての国民に対して平等権、自由権、財産権等の基本的人権を保障しているのであつて、是等諸々の基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使の前に悉く排除されることを認めているのでもなく、後者が前者に対して絶対的優位を有することを認めているのでもない。寧ろこれ等諸々の一般的基本的人権と労働者の権利との調和をこそ期待しているのであつて、この調和を破らないことが、即ち争議権の正当性の限界である。

同盟罷業との違い

同盟罷業と生産管理の比較表(同盟罷業=働かないこと・債務不履行となるにすぎない/生産管理=企業経営の権能を権利者の意思を排除して非権利者が行う)

結論同盟罷業と生産管理は、しないことと奪うことの違いです。

  • 同盟罷業:財産権の侵害は生じますが、労働力の給付が債務不履行となるに過ぎません。
  • 生産管理:企業経営の権能を、権利者の意思を排除して非権利者が行います。

理由生産管理は、経営という権限そのものを権利者から取り上げ、使用者の財産権を侵すからです。

対等に交渉するための手段の範囲を、はみ出しています。

生産管理の事件最高裁判所大法廷判決同盟罷業との違いなるほど同盟罷業も財産権の侵害を生ずるけれども、それは労働力の給付が債務不履行となるに過ぎない。然るに本件のようないわゆる生産管理に於ては、企業経営の権能を権利者の意思を排除して非権利者が行うのである。

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#57単独ページ動画

公務員の労働基本権と国民の義務

公務員と28条(交渉のテーブルが無い)

28条の物差しと公務員

定義28条が守るのは、労働条件について使用者と対等に交渉する力です。

結論この物差しは、公務員にはそのまま当たりません。

理由公務員が交渉する相手の政府には、勤務条件を決める権限がありません。

  • 決めているところ:国会が、法律と予算という形で勤務条件を決めています。
  • 国会を選ぶ人:国民が、選挙で代表を選んでいます。

注意政府を飛び越えて国会に直接迫ると、選挙で選ばれた代表の決定を、一部の集団の圧力で動かすことになります。

交渉のテーブルが無い構図(A=公務員が賃上げなどを求める/B=政府には決める権限が無い/C=国会が法律と予算で決める/D=国民が選挙で代表を選ぶ)

28条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

公務員への2つの制約

結論公務員には、大きく2つの制約があります。

  • 政治活動の自由の制約
  • 労働基本権の制約

注意最高裁は、労働基本権の制約について、三度違う答えを出しました。

変遷の軸は、制限してよい理由をどこに置くかの一点です。

現行法の三つの層(争議権だけは全員一律に否定)

公務員の労働基本権は、民間の労働者より大きく制限されています。
では、今の制度では、誰にどの権利が否定されているのでしょうか。

三つの層と根拠条文(層1=警察・海保・刑事施設・自衛隊・消防は団結権・団体交渉権・争議権がすべて×/層2=非現業の一般公務員は団結権あり・団体交渉権は一部×・争議権×/層3=現業の一般公務員は団結権・団体交渉権あり・争議権×)

層1(警察職員など)

結論警察職員・海上保安庁や刑事施設の職員・消防職員・自衛隊の隊員は、団結権も団体交渉権も争議権も否定されています。

労働組合そのものを作れません。

注意消防職員は、国家公務員法108条の2第5項に入っていません。

消防は地方公務員なので、根拠は地方公務員法52条5項です。

108条の2|国家公務員法5項:警察職員及び海上保安庁又は刑事施設において勤務する職員は、職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ、当局と交渉する団体を結成し、又はこれに加入してはならない。

層2(非現業の一般公務員)

定義現業とは、権力的な行政事務ではなく、企業の経営に近い事務に携わる職員です。

非現業は、それ以外の一般の職員です(役職の上下とは関係ありません)。

結論非現業の一般公務員は、団結権はあり、団体交渉権は一部だけ認められ、争議権は否定されています。

  • 団体交渉権:交渉には応じてもらえますが、団体協約を締結する権利はありません。

注意「団体交渉権が無い」と丸めるのは不正確です。

108条の5|国家公務員法2項:職員団体と当局との交渉は、団体協約を締結する権利を含まないものとする。

層3(現業の一般公務員)

定義同盟罷業はストライキ、怠業はサボタージュのことです。

結論現業の一般公務員は、団結権と団体交渉権はフルに認められますが、争議権だけは否定されます。

条文現業の職員には、行政執行法人の労働関係に関する法律が用意されています。

17条2項は、使用者の側の作業所閉鎖も禁じています(第6節の理由③で使います)。

98条|国家公務員法2項:職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。

17条|行政執行法人の労働関係に関する法律1項:職員及び組合は、行政執行法人に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。また、職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、唆し、又はあおつてはならない。2項:行政執行法人は、作業所閉鎖をしてはならない。

3つの層の共通点

結論争議権だけは、全員一律に否定されています。

なぜ争議権だけがここまで一貫して否定されるのかに、最高裁の三度の答えがあります。

第一期:政令二〇一号事件(標語で切った時代)

争議権は、どの層の公務員にも一律に否定されています。
最高裁が最初に示した、制限してよい理由は何だったのでしょうか。

政令二〇一号事件

定義政令二〇一号とは、占領下で法律と同じ強い効力を与えられた政令の一つです。

国家公務員の争議行為を禁じていました。

事案国鉄の機関区に勤務する職員たちが、国家公務員法の改正に反対して行動隊を作り、職場を離脱しました。

結論争議手段にあたるとして、有罪になりました。

理由判決は、2つの言葉を並べて制限を正当化しました。

  • 公共の福祉:国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りで最大の尊重を必要とするので、28条の権利も公共の福祉のために制限を受けるのはやむを得ない、としました。
  • 全体の奉仕者:国家公務員は国民全体の奉仕者として(憲法15条)公共の利益のために勤務するので、一般の勤労者と違う特別の取扱いを受けるのは当然だ、としました。

注意判決文に「13条」という条番号は出てきません。

使っているのは13条後段の文言と、「(憲法一五条)」という括弧書きです。

政令二〇一号事件最高裁判所大法廷判決標語による正当化国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他の国政の上で最大の尊重をすることを必要とするのであるから、憲法二八条が保障する勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利も公共の福祉のために制限を受けるのは已を得ないところである。殊に国家公務員は、国民全体の奉仕者として(憲法一五条)公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない(国家公務員法九六条一項)性質のものであるから、団結権団体交渉権等についても、一般の勤労者とは違つて特別の取扱を受けることがあるのは当然である。

13条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

この判決の弱さ

結論どこまで制限してよいかの目盛りがありません。

標語を掲げただけで、程度の問題には何も答えていません。

理由12条・13条を全人権への外側からの一般的な制約と読む、一元的外在制約説と同じ発想で切っているからです。

この説には、法律の留保に逆戻りしてしまう弱点があります。

第二期①:全逓東京中郵事件(公務員も「勤労者」である)

第一期の判決には、制限の程度を測る目盛りがありませんでした。
最高裁は、次にどのような目盛りを置いたのでしょうか。

全逓東京中郵事件

定義全逓とは、郵便局員たちの労働組合です。

当時の郵政職員は、現業の国家公務員でした。

事案郵政職員の争議行為を教唆した(そそのかした)人が、郵便法違反で起訴されました。

  • 根拠法:現業の職員には、国家公務員法ではなく公共企業体等労働関係法が適用され、その17条1項が争議行為を禁止していました。

結論破棄差戻です(有罪も無罪も言い渡していません)。

目盛りは示しましたが、当てはめは下級審に戻されました。

全逓東京中郵事件最高裁判所大法廷判決保障は公務員にも及ぶ右に述べた労働基本権は、たんに私企業の労働者だけについて保障されるのではなく、公共企業体の職員はもとよりのこと、国家公務員や地方公務員も、憲法二八条にいう勤労者にほかならない以上、原則的には、その保障を受けるべきものと解される。「公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする憲法一五条を根拠として、公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことは許されない。

保障は公務員にも及ぶ

結論公務員も28条の勤労者にあたり、原則として労働基本権の保障を受けます。

15条を根拠に、公務員の労働基本権をすべて否定することは許されないとしました。

理由判決文は、労働基本権を「憲法二五条の生存権の保障を基本理念とし」たものと位置づけています。

注意政令二〇一号事件と同じ15条を、正反対の向きに使っています。

  • 政令二〇一号事件:制限してよい理由に使いました。
  • 全逓東京中郵事件:この条文だけを理由に全部否定するのは許されない、と名指しで否定しました。

公務員だから、でひとまとめにする全体の奉仕者説の弱点を突いた形です。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

制約の四つの考慮点

定義代償措置とは、取り上げた権利の代わりに、別の仕組みを用意しておくことです。

結論制限してよい場合の目盛りとして、4つの考慮点を置きました。

  • 必要最小限度:労働基本権を尊重する必要と国民生活全体の利益を比較衡量し、制限は合理性の認められる必要最小限度にとどめます。
  • 公共性:職務の性質が公共性の強いもので、その停廃が国民生活に重大な障害をもたらすおそれがある場合に限って考慮します。
  • 刑事制裁:刑事制裁は必要やむを得ない場合に限り、同盟罷業・怠業のような単純な不作為を処罰することには特別に慎重でなければなりません。
  • 代償措置:制限がやむを得ない場合には、それに見合う代償措置を講じなければなりません。

注意代償措置は、全農林警職法事件の理由として紹介されがちです。

しかし、この判決ですでに4番目の考慮点として置かれています。

全逓東京中郵事件最高裁判所大法廷判決制約の四つの考慮点労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるが……その制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない。制約の四つの考慮点のつづきとくに、勤労者の争議行為等に対して刑事制裁を科することは、必要やむを得ない場合に限られるべきであり、同盟罷業、怠業のような単純な不作為を刑罰の対象とするについては、特別に慎重でなければならない。

第二期②:都教組事件と全司法仙台事件(処罰される行為を二重に絞る)

全逓東京中郵事件は目盛りを示しましたが、当てはめは下級審に戻しました。
では、最高裁は目盛りを実際にどう使ったのでしょうか。

都教組事件

定義一斉休暇闘争とは、全員そろって有給休暇を取る形の争議行為です。

事案東京都の公立学校の教職員組合(非現業の地方公務員)が、勤務評定の実施に反対しました。

都の教育長が話し合いを拒んだため、組合は一斉休暇闘争の指令を出しました。

  • 起訴された人:争議行為そのものではなく、指令を配布し、趣旨を組合員に伝えた執行委員長ら組合の幹部です。
  • 根拠法:地方公務員法37条1項が争議行為等を禁じ、61条4号があおる行為を処罰しています。

結論破棄自判・無罪です(最高裁が自分で無罪の結論まで出しました)。

処罰される行為を、次の二段で絞りました。

  • 一段目:争議行為自体の違法性が強いことです。
  • 二段目:あおり行為が、争議行為に通常随伴する範囲を超えていることです。

理由地公法61条4号は、争議行為そのものではなく、あおり行為等に限って処罰しています。

その趣旨からも、争議行為に通常随伴して行われる行為は処罰の対象になりません。

具体例指令を配ったり、趣旨を説明したりするのは、争議行為にごく普通に伴う行為です。

注意「二重のしぼり」「合憲限定解釈」という言葉は、判決文には出てきません。

判決がしたことに、学説の側が後から付けた名前です。

また、条文に書かれていない線を、最終的には裁判所が引くことになります(第7節で問題になります)。

都教組事件処罰される行為を二段で絞るそれは、争議行為自体が違法性の強いものであることを前提とし、そのような違法な争議行為等のあおり行為等であつてはじめて、刑事罰をもつてのぞむ違法性を認めようとする趣旨と解すべきであつて……

37条|地方公務員法1項:職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。

全司法仙台事件

都教組事件と全司法仙台事件の対比(非現業の地方公務員・指令の配布伝達・破棄自判無罪/非現業の国家公務員・新安保条約反対の職場大会への呼びかけ・被告人4名のうち3名は第三者で1名は支部執行委員長・棄却有罪維持)

事案新安保条約に反対する職場大会が、裁判所の玄関前で開かれました。

呼びかけた側には、裁判所の職員団体と関係のない第三者(他の省庁の労組役員や外部から派遣された活動家)が含まれていました。

結論都教組事件と同じ日に、同じ大法廷が、同じ二段の絞りを使いましたが、有罪維持でした。

理由二段の絞りのどちらにも当たりませんでした。

  • 一段目:政治目的の争議行為は、違法性が強いと評価されます。28条が守る、労働条件について対等に交渉する力を使う場面から外れているからです。
  • 二段目:組合員でも職員でもない第三者による呼びかけは、争議行為に「通常」付き物とは言えません。

注意組合支部の執行委員長(都教組事件の被告人と同じ立場)も、有罪になりました。

外部の人たちと組んで動いた以上、通常随伴する行為とは認められないとされたからです。

  • 教訓:絞りがあること自体は、被告人を必ず救うわけではありません。

第三期:全農林警職法事件(一律禁止を合憲とした四つの理由)

第二期は、処罰される行為を二段で絞っても、結論が事実によって分かれました。
最高裁は、三度目にどこへ理由を置いたのでしょうか。

全農林警職法事件

事案農林省の職員で組織する労働組合(非現業の国家公務員)の役員たちが起訴されました。

  • 目的:賃上げではなく、内閣が国会に提出した警察官職務執行法の改正案に反対する統一行動でした(政治目的のスト)。
  • 行為:参加を呼びかける指令を出し、庁舎の各入口に人垣を築いて扉を縛りつけ、職員およそ2500人を入庁させないようにしむけました。
  • 職場大会:正面玄関前の職場大会に、2000人以上が参加しました。

結論棄却・有罪維持です。

最高裁は、争議行為の一律禁止を合憲としました。

注意判決が判断したのは、昭和40年改正前の国家公務員法です。

対象条文の事件当時と現行の対照(争議行為の禁止=98条5項→98条2項/あおり罪=110条1項17号→110条1項16号・現行の17号は証言拒否に関する別の罪)

注意条文番号がずれたのは、判決の後の法律の改正で、条文の位置が動いたからです。

短答で条文番号を問われたら、現行は110条1項16号です。

全農林警職法事件最高裁判所大法廷判決保障は公務員にも及ぶ(維持)公務員は、私企業の労働者とは異なり、使用者との合意によつて賃金その他の労働条件が決定される立場にないとはいえ、勤労者として、自己の労務を提供することにより生活の資を得ているものである点において一般の勤労者と異なるところはないから、憲法二八条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶものと解すべきである。勤務条件は法律と予算で決まる公務員の給与をはじめ、その他の勤務条件は、私企業の場合のごとく労使間の自由な交渉に基づく合意によつて定められるものではなく、原則として、国民の代表者により構成される国会の制定した法律、予算によつて定められることとなつているのである。……政府が国会から適法な委任を受けていない事項について、公務員が政府に対し争議行為を行なうことは、的はずれであつて正常なものとはいいがたく、……憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法四一条、八三条等参照)に背馳し、国会の議決権を侵す虞れすらなしとしないのである。限定解釈への疑いいずれにしても、このように不明確な限定解釈は、かえつて犯罪構成要件の保障的機能を失わせることとなり、その明確性を要請する憲法三一条に違反する疑いすら存するものといわなければならない。

保障は公務員にも及ぶ(維持)

結論公務員も勤労者として労働の対価で生活しているので、28条の保障は公務員にも及ぶとしました。

注意この出発点は、第二期から変わっていません。

変わったのは、制限してよい理由の置き場所です。

勤務条件は法律と予算で決まる(理由の中心)

結論公務員の勤務条件は、労使の自由な交渉による合意ではなく、国会の制定した法律・予算によって定められます。

理由政府が国会から適法な委任を受けていない事項について、政府に争議行為をすることは、的はずれです。

押し切れば、議会制民主主義(41条・83条等)に背馳し、国会の議決権を侵すおそれすらあります。

注意この理屈は「勤務条件法定主義」と呼ばれることがありますが、その言葉は法廷意見にはありません。

中身は、判決自身の言葉(法律と予算で決まる・的はずれ・議会制民主主義に背馳)で押さえます。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

83条|第七章 財政(83〜91条)国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。

13条の使い方

結論この判決も13条に触れますが、中身が違います。

「公共の福祉」を、「勤労者たる地位にあるすべての者を包摂した国民全体の共同の利益」と言い換えています。

注意第一期は標語をそのまま置いただけでしたが、この判決は同じ条文の中身を具体的な理由に入れ替えています。

一律禁止を支える四つの理由

定義ロックアウトとは、使用者が事業所を閉めて、労働者を締め出す対抗手段です。

結論一律禁止を合憲とした理由は、次の4つです。

  • ①地位の特殊性と職務の公共性:公務員の勤務は、国民全体の利益と直結しています。
  • ②勤務条件は法律と予算で決まる:政府への争議行為は的はずれで、議会制民主主義に背馳します(理由の中心)。
  • ③対抗手段と市場の抑制力が無い:私企業にある作業所閉鎖(ロックアウト)や市場からの抑制力が、公務員の場合には働きません。
  • ④代償措置:勤務条件についての周到詳密な規定と、準司法機関的性格を持つ人事院が置かれています。

理由①〜④の中身は、次のとおりです。

  • ①:警察職員や消防職員が一斉に持ち場を離れれば、困るのは職場ではなく国民です。
  • ③対抗手段:行政執行法人の労働関係に関する法律17条2項が、作業所閉鎖を禁じています。地方の現業も、地方公営企業等の労働関係に関する法律11条2項に同じ定めがあります。
  • ③市場:民間企業は値段や品質で顧客に選ばれないと立ち行かず、それが争議行為への歯止めになりますが、公務員の仕事には競争相手がいません。
  • ④:代償措置は、人事院勧告と行政措置要求の二本立てです。

注意代償措置は、全逓東京中郵事件の4番目の考慮点から引き継がれたものです。

86条|国家公務員法職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる。

全会一致ではない

結論田中二郎裁判官ほか四名の意見は、結論には賛成しつつ、15条2項の「全体の奉仕者」を制約の理由に使うことに疑問を投げかけています。

注意一律禁止の合憲は、全会一致で決まった話ではありません。

二重のしぼりの否定(31条)

全農林警職法事件は、勤務条件の決め方に理由を置いて、一律禁止を合憲としました。
では、都教組事件の二段の絞りは、なぜ捨てられたのでしょうか。

限定解釈への疑い

絞ったら線がぼやけた流れ(条文を救うために限定解釈で絞る→新しい線が読めない→犯罪構成要件の保障的機能が失われる→31条に違反する疑い)

結論不明確な限定解釈は、かえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせ、明確性を要請する31条に違反する疑いすらある、としました。

理由「争議行為自体の違法性が強い」「通常随伴する範囲を超える」という絞りが、新しい読めない線を作るからです。

その線がある限り、何が処罰されるのか、誰にも予測がつきません。

注意明確性の原則は、ふつうは曖昧な条文の書きぶりを狙って使います。

ここでは、条文を救うために裁判所が後から加えた解釈のほうを切りました。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

裁判官の意見の違い

結論31条を手がかりにしながら、意見が分かれました。

  • 岸盛一・天野武一裁判官:法廷意見より踏み込み、この限定解釈は明らかに31条に違反すると述べました。
  • 田中二郎裁判官ほか四名:限定解釈を維持すべきだという立場です。

変更された判決

結論全農林警職法事件が変更したのは、全司法仙台事件の判決です。

注意都教組事件ではありません。

都教組事件の無罪という結論は、ひっくり返っていません。

三度の変遷は何を探していたのか

全農林警職法事件は、全司法仙台事件の判決を変更しました。
第二期の他の判決はどうなり、三度の変遷全体から何が見えるのでしょうか。

第二期の三判決の変更

結論第二期の3つの判決は、第三期の3つの判決で一件ずつ変更されました。

  • 全逓東京中郵事件(現業・公労法):全逓名古屋中郵事件で変更されました。
  • 都教組事件(非現業・地公法):岩手県教組学テ事件で変更されました。
  • 全司法仙台事件(非現業・国公法):全農林警職法事件で変更されました。

国家公務員も地方公務員も現業の職員も、同じ理由づけで塗り替えられました。

注意岩手県教組学テ事件と同じ日に、同じ大法廷が旭川学力テスト事件の判決も出しています。

事件としては別物なので、事件番号や当事者で見分けます。

理由の置き場所の移動

理由の置き場所が動いた流れ(第一期=標語〈公共の福祉・全体の奉仕者〉→第二期=職務の公共性・必要最小限度の目盛り→第三期=勤務条件の決め方そのもの/代償措置だけが第二期から第三期へ引き継がれた)

結論理由の置き場所は、だんだん具体的になりました。

代償措置だけが、第二期から第三期へそのまま引き継がれています。

理由公務員の労働基本権が制限される理由は、身分ではなく勤務条件の決め方にあります。

理由がそこにある以上、代わりの仕組みが働いていることが、制限を支える条件になります。

代償措置が機能しなければ違憲か

法廷意見と補足意見の区別(法廷意見=一律禁止は合憲・代償措置が設けられていることを理由の一つに挙げる/岸盛一・天野武一両裁判官の追加補足意見=代償措置が画餅にひとしい事態になれば争議行為は憲法上保障される)

定義画餅とは、絵に描いた餅のことで、形だけあって実際には役に立たない状態を指します。

結論「代償措置が機能しなければ争議行為の禁止は違憲になる」というのは、法廷意見ではありません。

法廷意見が言ったのは、代償措置が設けられているという事実までです。

注意この補足意見自身が、「多数意見においてとくに言及されていない」と明記しています。

  • 岩手県教組学テ事件:同じ裁判官が、同じ趣旨を繰り返しました。
  • 全逓名古屋中郵事件:団藤重光裁判官の反対意見が、同じような指摘をしています。

いずれも法廷意見ではありません。

国民の義務(三つの条文)

公務員の労働基本権の制限は、勤務条件の決め方に理由がありました。
では、憲法が国民に向けている義務の条文は、どのように働くのでしょうか。

教育を受けさせる義務(26条2項前段)

結論義務を負うのは子ども自身ではなく、保護者です。

具体化する法律は、学校教育法です。

26条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

勤労の義務(27条1項)

結論勤労の義務には、法的な意味があるとされています。

働く意思も能力もあるのに、正当な理由なく働かない人には、25条の生存権や27条1項の勤労の権利の保障が及ばないという点です。

条文これを受け止めているのが、生活保護法4条1項の「能力」の活用という要件です。

注意この法的な意味づけは通説の説明で、判例が述べたものではありません。

27条1項の義務の定めが無くても、法律で同じ要件を置けるはずだ、という指摘もあります。

27条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

4条|生活保護法1項:保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。

納税の義務(30条)

結論30条の「国民」は、国籍だけで区切られているわけではありません。

外国人や権利能力なき社団、天皇も、納税の義務を負いえます。

理由具体化する所得税法は、国籍ではなく日本に住んでいるか(居住者・非居住者)で納税義務を分けています。

具体例外国人技能実習生でも、日本で働けば所得税が天引きされます。

注意「国民は」「何人も」という条文の書き分けだけでは決まらない、という性質説と同じ構図です。

30条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

5条|所得税法1項:居住者は、この法律により、所得税を納める義務がある。2項:非居住者は、次に掲げる場合には、この法律により、所得税を納める義務がある。

義務の条文は、それだけでは効かない

結論3つの義務の条文は、それだけでは国民に義務を生じさせず、法律を通して初めて働きます。

  • 26条2項前段:学校教育法
  • 27条1項:生活保護法
  • 30条:所得税法など

理由憲法は国家を縛るための法で、99条の尊重擁護義務の名宛人に国民は入っていません。

義務の条文は、法律で国民に課せる義務のうち、憲法が特に重いと見たものをあらかじめ書き出したものと説明されます。

注意この説明も、判例が正面から述べたものではなく、通説の理解です。

99条|第十章 最高法規(97〜99条)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

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第4章統治

#58単独ページ動画

権力分立と政党

権力分立の中身(区別・分離・抑制と均衡)

3つの動詞

権力分立の3段階(区別=仕事の性質で立法・行政・司法に分ける→分離=別々の機関に担当させる→抑制と均衡=互いに止め合う力を持たせる)

定義権力分立は、次の3つの動詞でできています。

  • 区別:国家の仕事を、性質によって立法・行政・司法に分けます。
  • 分離:その3つの仕事を、別々の機関に担当させます。
  • 抑制と均衡:各機関に、互いに相手の行為を止める力を持たせます。

結論3段がそろって、初めて権力分立と呼べます。

注意区別しただけでは足りません。

仕事の種類を分けても、同じ人が担当したら意味がないからです。

分業との違い

結論抑制と均衡が抜けると、それはただの分業です。

  • 分業:一方が他方に指示するだけの、一方通行の関係です。
  • 権力分立:国会・内閣・裁判所が、互いに相手の行為を止める力を持ちます。

理由仕事を分けただけの分業には、相手を止める手段がないからです。

具体例会社で企画部が計画を立て、営業部が売るのは分業です。

営業部が計画にない方法で強引に売り込んでも、企画部には止める権限がありません。

権力分立の目的(国民の自由を守る)

権力分立は、区別・分離・抑制と均衡の3段でできています。
では、なぜそこまでして、止め合う仕組みを作るのでしょうか。

目的と手段

結論権力分立の目的は、ただ一つ、国民の自由を守ることです。

理由人権保障という目的のために、統治のしくみという手段が用意されています。

権力分立は、その手段の中心にある仕組みです。

具体例法律を作る・実行する・判断する機関が、全部同じだったとします。

気に入らない相手を狙って法律を作り、自分で捕まえ、自分で有罪と決められます。

分けてあれば、法律を作った機関と判断する機関が別なので、そこで止まります。

フランス人権宣言16条

結論フランス革命のときの人権宣言16条は、次の趣旨を言い切っています。

権利が守られる保証も無く、権力も分けられていない社会は、そもそも憲法を持っていない。

理由権利を守る仕組みと権力を分ける仕組みがそろって、初めて憲法と呼べるからです。

それだけ、権力分立は自由を守るために不可欠だと考えられています。

権力分立の3つの性格(自由主義的・消極的・懐疑的)

権力分立の目的は、国民の自由を守ることです。
この目的から、権力分立にはどのような性格が出てくるのでしょうか。

3つの性格

定義権力分立には、次の3つの性格があります。

  • 自由主義的:守っているのは、国民の自由そのものです。
  • 消極的:何かを実現する原理ではなく、させないための原理です。
  • 懐疑的:権力は、放っておけば必ず濫用される、という前提に立ちます。

理由3つとも、権力を疑い、自由を守るという姿勢から出ています。

消極的(国民主権との違い)

結論国民主権と権力分立は、働く場面が違います。

  • 国民主権:誰が国の決定権を持つかを、積極的に決める原理です。
  • 権力分立:決めた力が暴走しないよう、止める原理です。

懐疑的

結論権力を持った人の自浄作用を信じず、外側から仕組みで縛ります。

性善説ではなく、性悪説に近い発想です。

政治的中立性

権力分立は、権力を疑って国民の自由を守る原理です。
では、権力分立があれば、その国は民主的だといえるのでしょうか。

民主主義とは別の原理

政治的中立性(権力分立の有無×民主主義の有無:日本国憲法=あり・あり/明治憲法と外見的立憲主義期のドイツ=あり・なし/絶対王政=なし・なし)

結論権力分立は、民主主義とは別の原理で、政治的に中立な道具です。

形だけなら、民主的でない体制にも載せることができます。

具体例明治憲法にも、帝国議会・内閣・裁判所という区分けはありました。

外見的立憲主義の体制のドイツでも、権力の区分けの形式だけは整えられていました。

注意明治憲法が、立憲主義的だったという意味ではありません。

権力を分けるという形だけが、そこにあったということです。

民主的な国との分かれ目

結論分かれ目は、形ではなく、実質が伴っているかどうかです。

  • 止める力:分けた権力が、本当に互いを止める力を持っているか。
  • 目的:その目的が、本当に国民の自由を守ることに向いているか。

日本国憲法の三権(41条・65条・76条)

権力分立は、形だけでなく実質が伴って初めて意味を持ちます。
では、日本国憲法は、どの条文で権力を分けているのでしょうか。

三権の根拠条文

結論3つの条文が、区別と分離(3つの動詞のうち2つ目まで)を実現しています。

条文3つの権限を、3つの機関に与えています。

  • 41条:立法権は国会に属します。
  • 65条:行政権は内閣に属します。
  • 76条1項:司法権は裁判所に属します。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

65条|第五章 内閣(65〜75条)行政権は、内閣に属する。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

抑制と均衡の表れ

条文抑制と均衡の一端は、次の条文に表れています。

  • 66条3項:内閣は、国会に対し連帯して責任を負います(内閣が国会から見張られる仕組み)。
  • 76条3項:裁判官の独立を定めています(司法権の独立)。

66条|第五章 内閣(65〜75条)3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

76条|第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

3つの機関の性格

機関×権限×性格の一覧表(国会=立法権・民主主義/内閣=行政権・福祉主義/裁判所=司法権・自由主義と個人主義)

結論3つの機関は、それぞれ違う原理を背負っています。

理由それぞれ、次の役割から性格が決まります。

  • 国会:選挙で選ばれた代表の集まりなので、民主主義の性格を強く持ちます。
  • 内閣:国民の暮らしを支える仕事を、実際に引き受けて動かすので、福祉主義と呼ばれます。
  • 裁判所:多数決では動かず、一人ひとりの人権を個別の事件の中で守ります。

注意権力分立全体の目的である自由主義を、いちばん強く担うのは裁判所です。

フランス型とアメリカ型

日本国憲法は、3つの権限を3つの機関に分けています。
では、分けられた三権は、いつも対等なのでしょうか。

2つの型

フランス型(議会中心の立法権優位型・違憲審査権は否定)とアメリカ型(三権対等型・違憲審査権は肯定)の対比と、日本国憲法の位置

結論型によって、違憲審査権の有無が決まります。

理由それぞれ、次の理由によります。

  • フランス型:国民を代表する議会がいちばん強い立場に立つので、議会の作った法律を裁判所がひっくり返せません。
  • アメリカ型:三権が対等に向き合うので、裁判所にも法律を違憲と判断する力が認められます。

日本国憲法の型

定義終審裁判所とは、そこより上に争う先が無い、最後の裁判所です。

結論日本国憲法は、両方の性質を部分的に持ち、どちらかといえばアメリカ型に近いといわれます。

条文型の要素は、次の条文に表れています。

  • 41条・66条3項:国会を国権の最高機関とし、内閣は国会に連帯責任を負います(フランス型に近い要素)。
  • 81条:違憲審査権を認めています。

理由違憲審査権を持っている以上、アメリカ型に近いといえるからです。

注意フランス型とも、アメリカ型とも言い切りません。

「どちらかといえば」という言い方が、いちばん正確です。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

権力分立の現代的変容

権力分立の仕組みは、18世紀に作られたものです。
今も、同じ形のまま効いているのでしょうか。

3つの現象

定義権力分立の現代的変容として、次の3つの現象があります。

  • 行政国家現象:行政に力が集まり、国の基本政策を事実上主導するようになります。
  • 政党国家現象:政党が、国家意思の形成を事実上主導します(第8節)。
  • 司法国家現象:違憲審査制が整えられ、裁判所が国会・内閣の活動を事後的にチェックします。

理由行政国家現象は、国が国民の生活を支える仕事を、たくさん引き受けるようになって起きました。

その結果、国の基本的な政策を、事実上、行政が中心になって決める場面が増えました。

具体例福祉、経済対策、災害対応など、専門知識と素早い判断が必要な仕事です。

主眼の移動(行政権の抑制)

憲法の設計と実際の姿(設計=国会・内閣・裁判所の均等な三本の線/実際=内閣に力が集中し、憲法に規定のない政党の線が加わる)

結論自由が脅かされる場所が動けば、見張る先も動きます。

いま権力分立の主眼は、行政権の抑制に移っています。

理由警戒すべき相手が、次のように変わったからです。

  • 18世紀:王様のような、一人の絶対的な権力者を警戒して作られました。
  • 現在:いちばん力を持っているのは、行政です。

注意憲法が引いた線と、実際に効いている線はずれています。

憲法が線を引いていない政党も、実際には仕組みの中にいます。

政党(憲法に書かれていないのに中心にいる)

権力分立の主眼を動かしたもう一つの変化が、政党国家現象です。
では、憲法に名前の無い政党は、憲法とどう関わっているのでしょうか。

政党国家現象

結論対立の軸は、国会対内閣から与党対野党に移っています。

理由国会と内閣は、実質的には、多数派の政党によって一体化しているからです。

注意政党は、憲法のどこにも書かれていません。

それでも、実際に国家の意思を動かす、いちばんの主体になっています。

憲法と政党の4段階

政党と憲法の4段階(①敵視→②無視→③承認・合法化〈日本はここ〉→④憲法への編入〈例:ドイツ基本法21条〉)

結論日本は、③承認・合法化の段階にあります。

理由③には当たり、④には当たらないからです。

  • ③に当たる:政治資金規正法・公職選挙法・政党助成法は、政党の存在を当然の前提として作られています。
  • ④に当たらない:日本国憲法には、政党という言葉そのものが出てきません。ドイツの憲法のように、政党についての条文を持つわけではありません。

具体例①と②は、次のような段階です。

  • ①敵視:市民革命の直後のフランスでは、結社の自由そのものが認められていませんでした。
  • ②無視:選挙も議会の運営も、政党ではなく、一人ひとりの議員を単位にします。

政党を作る自由の根拠

結論政党を作り、加入し、活動する自由の根拠は、結社の自由(21条1項)です。

注意政党への直接の規定はなくても、条文としての根拠はあります。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

政党の二面性

政党の二つの顔(私的団体としての顔=結社の自由に基づく任意団体・自主性と自律性の尊重/公的な性格を持つ顔=国家の意思形成に事実上深く関わる・特別の規制がありうる)

結論この二つの顔が、政党を法律で扱うときの、いちばんの難しさになります。

具体例特別の規制の例は、党内の組織や運営を民主的に行うよう求める法律です。

注意公的な性格を持つといっても、政党は国家機関そのものではありません。

八幡製鉄事件(政党の公的性格)

定義議会制民主主義とは、国民が選んだ代表が集まる議会を通じて、国のことを決めていく仕組みです。

事案ある製鉄会社が、自由民主党に政治資金を寄付しました。

その寄付が、会社の目的の範囲内かどうかが争われました。

結論判決は、政党について次のように述べました。

  • 規定の不在:憲法は政党について規定するところがなく、特別の地位を与えてはいません。
  • 当然の予定:憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきです。
  • 不可欠の要素:政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素です。
  • 最も有力な媒体:政党は国民の政治意思を形成する最も有力な媒体です。

理由憲法の定める議会制民主主義は、政党を無視しては、到底その円滑な運用を期待できないからです。

政党は、国民一人ひとりの意思をまとめて国政に反映させる役割を担っています。

注意この判決は、会社の政治献金を法人の人権として見る場面でも使われます。

ここで押さえるのは、政党について述べた部分です。

八幡製鉄事件政党の公的性格の根拠以上の理は、会社が政党に政治資金を寄附する場合においても同様である。憲法は政党について規定するところがなく、これに特別の地位を与えてはいないのであるが、憲法の定める議会制民主主義は政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は議会制民主主義を支える不可欠の要素なのである。

二面性から出る結論

結論二面性から、いつも同じ結論が出るとは限りません。

  • 規制の方向:公的な性格を強調すれば、特別な規制が必要だという結論に向かいそうです。
  • 自主性の方向:共産党袴田事件は、公的な性格を理由にしながら、政党の自主性・自律性を強く尊重すべきだと述べました。

注意私的団体だから自主性、公的だから規制と、単純には割り切れません。

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#59単独ページ動画

国会の地位

国会の3つの地位

3つの肩書き

定義国会には、条文上3つの肩書きがあります。

  • 国権の最高機関:41条前段です。
  • 唯一の立法機関:41条後段です。
  • 全国民の代表機関:43条1項です。

結論いちばん立派に聞こえる「国権の最高機関」は、法的な中身を持ちません。

法的に効いているのは、全国民の代表と唯一の立法機関の2つです。

注意「国権」とは、統治権全体を指す言葉です。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

43条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

国権の最高機関(統括機関説と政治的美称説)

国会の3つの肩書きのうち、1つは法的な中身を持ちません。
では、41条前段の「国権の最高機関」という文言は、どう読むのでしょうか。

統括機関説

抑制関係の図(内閣は解散権〔69条・7条3号〕で、裁判所は違憲審査権〔81条〕で国会を抑える)

定義41条前段の文言に法的な意味を認め、国会を国政全般の統括機関と解する見解です(統括機関説)。

国会を、内閣や裁判所より上に立つ機関と解します。

結論統括機関説は、あまり採られません。

条文権力分立の下で、国会は他の機関に抑えられる側にいます。

  • 内閣の解散権:69条・7条3号
  • 裁判所の違憲審査権:81条

理由内閣にも裁判所にも止められる機関を、上位の統括機関と呼ぶのは無理があるからです。

69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。三 衆議院を解散すること。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

政治的美称説(通説)

国会の主な権限と根拠条文の一覧表(憲法改正の発議・法律の制定・条約の承認・予算の議決)

定義「国権の最高機関」は、国会の地位をまとめて呼んだ政治的美称にすぎないとする見解です(政治的美称説)。

結論通説は、政治的美称説です。

この文言そのものには、特段の法的意味はないと考えます。

理由国会は、国政で最も重要な権限の数々を、憲法から与えられています。

その地位をまとめて呼んだ言葉が、「国権の最高機関」だからです。

注意「特段の法的意味はない」は、国会の権限が小さいという意味ではありません。

この言葉そのものから、独立した権限や効果を導けないという意味です。

表の権限は、どれも41条前段からではなく、それぞれ別の条文が与えています。

全国民の代表(代表概念の歴史的展開)

「国権の最高機関」に法的な中身はなく、法的に効くのは残りの2つの肩書きです。
まず、「全国民の代表」の「代表」とは、どういう意味なのでしょうか。

「全国民の代表」の意味

結論「全国民の代表」とは、議員が選んだ人の言うとおりに動かなくてよいという意味です。

注意選挙区の意見を代わりに言う人、という意味ではありません。

ただし、これは法的な話で、民意を無視してよいという話ではありません(第4節)。

代表概念の三段階

代表概念の三段階のフロー図(近代以前=命令的委任→近代=自由委任・純粋代表→現代=半代表・社会学的代表)

定義代表の考え方は、次の3段階で変わってきました。

  • 命令的委任(近代以前):代表者は、選出母体の意思に法的に縛られます。
  • 自由委任・純粋代表(近代):代表者は、選出母体の指示に法的に縛られません。
  • 半代表・社会学的代表(現代):命令的委任の禁止は維持したまま、民意を事実上映すことが重視されます。

理由変化の軸は、国家の意思を誰が作っていたかです。

  • 近代以前:国全体の意思を作るのは王で、議会はまとまった意思を作る場ではありませんでした。代表が縛られていても、不都合がなかったのです。
  • 近代:市民革命を経て、国家の意思を作る役割が議会に移りました。代表が選出母体に縛られていては統一した意思を作れないので、縛りを外しました。
  • 現代:普通選挙で、選挙権を持つ人の範囲が大きく広がりました。法的な縛りはなくても、事実として民意を反映することが期待されるようになりました。

注意自由委任は考え方の名前で、純粋代表はその段階の代表の名前です。

日本国憲法の「代表」(二階建てと三分類)

代表の考え方は、命令的委任から自由委任、社会学的代表へと変わってきました。
では、日本国憲法の「全国民の代表」は、この流れのどこに立つのでしょうか。

43条1項の読み方

結論43条1項の「代表」は、半代表・社会学的代表と解するのが妥当です。

理由2つの点から、そう読めます。

  • 命令的委任の禁止:各選挙区の代表ではなく、「全国民」の代表と書かれています。
  • 普通選挙:日本国憲法も成年者による普通選挙を保障しており、現代の段階に立っています。

注意43条1項は、「国会議員は全国民の代表である」とは書いていません。

両議院の組織のしかたを定める規定で、そこから議員が全国民を代表すると読み取っています。

二階建ての構造

結論「全国民の代表」は、2つが積み重なった二階建てです。

  • 一階:法的には、選出母体に縛られません(自由委任)。
  • 二階:事実上は、民意に縛られます(社会学的代表)。

理由民意から離れた議員は、次の選挙で選ばれないからです。

法的な強制がなくても、選ぶ側が見ています。

注意自由委任だからといって、議員が何をしてもよいという意味ではありません。

代表の三分類(別の切り口)

代表の三分類の表(法的代表・政治的代表・社会学的代表〈通説〉の考え方と批判)

結論三分類のうち、社会学的代表が通説です。

歴史の三段階でたどり着いた先と、同じ言葉で一致します。

理由他の2つには、それぞれ批判があります。

  • 法的代表:国会が決めたことがそのまま国民の意思になるなら、国民主権とは言えなくなります。
  • 政治的代表:「反映しているとみなす」で済ませると、実際の民意と食い違っても代表だということになります。

具体例多くの国民が望まない増税を国会が決めても、国民の意思が反映されたとみなされてしまいます(政治的代表の弱点)。

注意次の2点を混同しないでください。

  • 切り口:三段階は時間の流れで見た整理で、三分類は「代表」という言葉そのものを3つに分ける整理です。
  • 向き:国民の意思が国会に映ることと、国会の意思を国民の意思とみなすこと(法的代表)は、逆向きです。

選挙制度への要求

結論社会学的代表の考え方は、選挙のしくみ自体が公正で民意を忠実に反映するものであることを求めます。

理由事実上民意を映すには、その前提となる選挙のしくみが公正でなければならないからです。

注意投票価値の平等の論点は、ここにつながっています。

党議拘束と党籍変動

「全国民の代表」の一階には、選出母体に法的に縛られない自由委任があります。
では、政党が議員を縛る党議拘束や、議員が党を移ることは、どう扱われるのでしょうか。

党議拘束

定義党議拘束とは、政党が所属議員の表決を拘束することです。

結論党議拘束は、自由委任の枠外にあるものとして、合憲と考えられています。

理由2つの面から説明されます。

  • 政党の役割:判例(八幡製鉄事件)は、政党を、議会制民主主義を支える不可欠の要素であり、国民の政治意思を形成する最も有力な媒体としています。
  • 代表の実質:国民の多様な意思は、まず政党にまとまります。議員は、所属政党の方針に従って動くことで、代表の実質を発揮できます。
  • 縛る向き:自由委任は、ばらばらの指示に縛られて議会が意思をまとめられなくなる事態を防ぐものです。党議拘束は、逆に意思をまとめる側に働きます。

注意一見すると、自由委任に反するように見えます。

また、党の方針に従わず除名されても、議員の資格そのものは失いません。

自由委任は、選出母体からの法的な責任追及を禁じるものだからです。

比例代表選出議員の党籍変動

結論比例代表で当選した議員が党を移って資格を失うのは、次の両方を満たす場合に限られます。

  • 移籍先:当選したときの所属政党とは、別の政党に移ったこと。
  • 競合政党:その政党が、同じ選挙で候補者名簿を出していた政党であること。

注意次の場合は、資格を失いません。

  • 離党:単なる離党や、無所属になる場合です。
  • 新党:当選後に結成された新党へ移る場合です。

この制度が自由委任とどこまで整合するかは、学説上なお議論があります。

唯一の立法機関の「立法」

残る肩書きは、41条後段の「唯一の立法機関」です。
では、国会だけが作れる「立法」とは、何を指すのでしょうか。

41条後段の趣旨

定義41条後段の趣旨は、次の3段でつながっています。

  • 独占:国民代表機関である国会に、立法権を独占させます。
  • 統制:それによって、立法に民主的コントロールを及ぼします。
  • 保障:その結果、国民の権利・自由をできる限り保障します。

注意「立法」を、単に国会が作る法律のことと読むと、答えになりません。

「立法」をめぐる学説

「立法」をめぐる学説の批判の流れ(形式的意味の立法説→法規説→一般的・抽象的法規範説〈通説〉)

結論通説は、一般的・抽象的法規範説です。

理由前の2説には、それぞれ批判があります。

  • 形式的意味の立法説:「国会が法律を作ることを立法と呼ぶ」という同語反復になります。41条後段は、せいぜい国会以外の機関が「法律」という名のものを作るのを禁じる意味しか持てません。
  • 法規説:明治憲法のもとで育った、議会が君主の権力を制限するという立憲君主政を前提にした考え方です。国民主権を採る日本国憲法の下では、「立法」の範囲が狭すぎます。

具体例生活に困った人に給付を行う法律は、権利を制限せず、義務も課しません。

法規説では、こうした法律が「立法」から外れてしまいます。

一般的・抽象的の意味

定義「立法」とは、国民の権利・義務に関する、一般的・抽象的な法規範の定立です。

  • 一般的:不特定多数の人を対象にすることです。
  • 抽象的:不特定多数の事案に、繰り返し適用されることです。

具体例道路の制限速度を定める法律は、両方を満たします。

  • 一般的:その道を走る人なら、誰にでも当てはまります。
  • 抽象的:道を走るたびに、何度でも当てはまります。

特定の会社1社だけを名指しして規律する法律は、一般的とは言えません。

注意「国民の権利・義務に関する」という限定が必ず付きます。

一般的・抽象的な規範なら何でもよい、というわけではありません。

必要的立法事項と任意的立法事項

定義通説からは、次の区別が出てきます。

  • 必要的立法事項:国民の権利義務に関する一般的・抽象的な法規範です。必ず国会が法律で定めなければなりません。
  • 任意的立法事項:この条件に当てはまらない規範です。法律で定めても、政令のような法律以外の形式で定めてもかまいません。

措置法と行政組織の大綱

必要的立法事項にあたらない規範は、任意的立法事項になります。
では、特定の人や事案だけを規律する法律は、そもそも作ってよいのでしょうか。

措置法

定義措置法(処分的法律)とは、特定の人または特定の事案だけを規律する法律です。

不特定多数を対象にしないので一般的とは言えず、必要的立法事項にはあたりません。

結論措置法は、2つの関門を通れば、任意的立法事項として定立することが合憲です。

  • 権力分立:国会と内閣の憲法上の関係が、決定的に壊されない限り反しません。
  • 平等原則:福祉国家にふさわしい、実質的・合理的な違いを設ける趣旨なら反しません(14条1項)。

理由それぞれ次のように考えます。

  • 権力分立:特定の人や事案を個別に扱うのは、本来は行政の仕事に近いものです。しかし、行政権が肥大化した今の社会では、権力分立の主眼は行政権を抑えることにあります。国会が行政の領域に少し手を伸ばしても、止めるべき相手を野放しにすることにはなりません。
  • 平等原則:福祉国家は、困っている人や地域に、国が積極的に手を差し伸べる国家のあり方です。事情に応じた合理的な違いなら、平等原則には反しません。

具体例特定の被災地だけを対象にした、復興のための法律です。

被災地だけを特別扱いすることは、その地域の事情に応じた合理的な違いだと言えます。

注意「立法にあたらない、だから作れない」と丸めると誤りです。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

行政組織の大綱

結論行政組織の大綱を定める法律も、任意的立法事項と考えるのが妥当です。

理由国民の権利義務に直接関係するとまでは、言いにくいからです。

一般的・抽象的な法規範とも、言いがたいものです。

具体例各省の設置法です。

注意これを必要的立法事項だとする見解もあります。

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#60単独ページ動画

「唯一の立法機関」の意味と立法の委任

「唯一」の分解(二つの原則)

問題の所在

定義立法とは、国民の権利や義務に関する、一般的で抽象的な法規範です。

国会だけが作れるのは、この形の規範です。

結論ところが、権利義務を左右する中身の多くは、政令や省令で定められています。

  • 政令:内閣が、憲法や法律の規定を実施するために定める決まりです。
  • 省令:各省の大臣が、法律にもとづいて定める決まりです。

具体例税金を計算するときの細かい取り扱いや、各種の届出に必要な書類の中身です。

注意問われるのは、政令・省令で決めてよい範囲の線がどこにあるかです。

国会中心立法と国会単独立法

41条後段の「唯一」を2つの原則に分けた表(国会中心立法の原則=誰が作るか・国会以外の機関が立法することを禁じる/国会単独立法の原則=どう作るか・国会の議決以外の関与を求めることを禁じる)

定義41条後段の「唯一」には、次の2つの原則が含まれています。

  • 国会中心立法の原則:国会以外の機関が立法することを禁じます(誰が作るか)。
  • 国会単独立法の原則:国会の議決だけで法律が成立し、他機関の承認を要求することを禁じます(どう作るか)。

注意名前が似ているので、「中心=誰が」「単独=どう」の対で覚えます。

以後の論点は、どちらの原則の問題かに置き直して整理します。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

国会中心立法の原則(明文の例外2つ)

「唯一」の1つ目は、誰が作るかについての禁止です。
国会中心立法の原則は何を独占させ、どんな例外を認めているのでしょうか。

国会中心立法を明治憲法と対比した表(緊急命令8条・独立命令9条はいずれも天皇が単独で発した/日本国憲法は明文の例外を除き国会以外は立法できない/明文の例外は議院規則58条2項・最高裁判所規則77条1項の2つだけ)

原則の中身

定義憲法が明文で認めた場合を除き、立法の権能を国会が独占するという原則です。

理由明治憲法では、議会を通さずに、天皇が単独で命令を出せました。

国民が選んだ議会が関わらないまま、国民の権利や義務が決められてしまう点が問題でした。

日本国憲法は、この姿を反省しています。

明治憲法の命令

定義明治憲法には、議会を通さない命令が2つありました。

  • 緊急命令(8条):帝国議会の閉会中に、天皇が単独で出す、法律に代わる命令です。
  • 独立命令(9条):法律の執行のためだけでなく、公共の安全や秩序を保つためなどの目的でも、天皇が単独で出せた命令です。

注意独立命令は、命令によって法律そのものを変更することまではできませんでした。

明文の例外(2つ)

結論国会中心立法の原則の明文の例外は、2つだけです。

  • 議院規則(58条2項):各議院が、会議その他の手続や内部の規律について、自ら規則を定めます。院内の秩序を乱した議員の懲罰も、この条文が定めています。
  • 最高裁判所規則(77条1項):最高裁判所が、訴訟の手続や裁判所の内部規律などについて、規則を定めます。

理由どちらも、その機関の内部運営に関わる事項です。

その機関の自主性に委ねるほうがふさわしい、と理解されています。

注意議院規則は、国会が法律で決めるのではなく、各議院が独自に定めるものです。

そのため、原則からすれば本来は許されないはずの立法です。

58条|第四章 国会(41〜64条)2項:両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

77条|第六章 司法(76〜82条)1項:最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。

国会単独立法の原則(明文の例外1つ)

「唯一」の2つ目は、どう作るかについての禁止です。
国会単独立法の原則は何を不要とし、どんな例外を認めているのでしょうか。

国会単独立法を明治憲法と対比した表(明治憲法=議会の議決に加えて天皇の裁可6条が必要/日本国憲法=国会の議決だけで成立し他機関の関与は不要/明文の例外は地方特別法の住民投票95条の1つだけ)

原則の中身

定義法律は国会の議決だけで成立するという原則です。

他機関の承認などは、一切不要です。

具体例明治憲法では、帝国議会が議決しても、それだけでは法律になりませんでした。

天皇の裁可(天皇の同意)が、別に必要でした。

明文の例外(1つ)

結論国会単独立法の原則の明文の例外は、地方特別法の住民投票(95条)の1つだけです。

一つの地方公共団体だけに適用される特別法は、その住民投票で過半数の同意を得なければ、国会は制定できません。

理由一つの地域だけを不利益に扱う法律が、国会の多数決だけで通ることを防ぐためです。

住民自身の同意を、追加の安全装置として置いています。

注意95条は、国会の力を弱める例外ではなく、狙い撃ちへの歯止めです。

  • 例外の数:中心立法は2つ、単独立法は1つです(非対称)。
  • 3つの例外の共通点:国会が譲ったのではなく、憲法があらかじめ認めたものです。

95条|第八章 地方自治(92〜95条)一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

立法の委任(なぜ許されるのか)

明文の例外は、議院規則・最高裁判所規則・住民投票の3つだけです。
その一覧に無い立法の委任は、なぜ、どこまで許されるのでしょうか。

立法の委任が合憲になる筋道(①41条後段の趣旨=国会に立法権を独占させ民主的コントロールを及ぼす→②許容の根拠=福祉国家が求める専門性・迅速性・中立性と73条6号ただし書の存在前提→③線引きの結論=個別・具体的な委任なら合憲)

立法の委任とは

定義立法の委任とは、国会が法律の中身を、行政などの他機関に委ねることです。

委任を受けて作られた規範を、委任命令(委任立法)と呼びます。

結論立法の委任は、国会中心立法(誰が作るか)の側の問題です。

注意明文の例外の一覧に無いから直ちに違憲、とはなりません。

41条後段が守ろうとしている中身が壊れていないかを、そのつど審査します。

41条後段の趣旨

結論国民代表機関である国会に立法権を独占させ、立法に民主的なコントロールを及ぼすことです。

その結果として、国民の権利や自由をできる限り保障します。

理由委任される事項も、国民の権利義務に関する一般的・抽象的な法規範(立法)です。

だからこそ、民主的コントロールが及ぶかどうかが問題になります。

委任が許される根拠

結論委任立法という手段自体は、次の2つの根拠から認められています。

  • 現代の要請:福祉国家では、法律で決めるべき事柄が非常に増えています。その中には、専門性・迅速性・中立性を持つ事項が多く、内閣などに委ねるのが適切です。
  • 73条6号ただし書:政令に罰則を置くには、特に法律の委任が必要だと定めています。この条文は、法律の委任というもの自体が存在することを前提にしています。

具体例現代の要請にあたる事項は、次の3つです。

  • 専門的・技術的な事項:国会議員が全員専門家とは限りません。
  • 迅速性を要する事項:状況の変化に素早く対応する必要があります。
  • 政治的中立性が特に要求される事項:政治的な場で細部まで決めると、公正さが揺らぎます。

注意73条6号ただし書は、「委任がなければ罰則を置けない」という制限です。

委任があれば、政令にも罰則を置けます(罰則を一切置けないという意味ではありません)。

73条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。(略)六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。

委任の限界(個別・具体的な委任と白紙委任)

定義委任の種類は、次の2つです。

  • 個別・具体的な委任:何のために、何を、どこまで委ねるのかの3つが、法律の中で読み取れる委任です。
  • 白紙委任:この3つがまったく読み取れない委任(丸投げ)です。

結論個別・具体的な委任は合憲、白紙委任は許されません。

理由3つが読み取れれば、大まかな枠を決めた最終の決定者は国会のままです。

だから、民主的コントロールは切れていません。

白紙委任は、41条後段の趣旨を完全に壊してしまいます。

具体例委任の一般的な形と、白紙委任に近づく形は次のとおりです。

  • 一般的な形:「この法律の実施に関し必要な事項は、政令で定める」。法律が目的と大まかな枠を決め、政令がその枠の中で具体的な中身を定めます。
  • 白紙委任に近い形:「必要な事項は、政令で定める」とだけ書く。何について決めてよいかも読み取れません。

注意委任の合憲性は、法律の書き方そのものにかかっています。

委任の範囲の逸脱(児童扶養手当資格喪失処分取消事件)

個別・具体的な委任なら、委任そのものは合憲です。
では、合憲な委任で作られた命令なら、何でも有効なのでしょうか。

委任の二段階の審査

結論委任が合憲であることと、委任を受けた命令が有効であることは、別の問題です。

  • 委任自体の合憲性:41条後段の趣旨(民主的コントロール)が保たれているかを見ます(合憲性の問題)。
  • 委任命令の有効性:もとの法律の趣旨から見て、委任の範囲を逸脱していないかを見ます(違法性の問題)。

注意委任自体が合憲でも、委任命令の審査は独立して行われます。

この2つを混ぜると、答案が壊れます。

児童扶養手当資格喪失処分取消事件

定義認知とは、父が自分の子だと認めることです。

事案児童扶養手当法4条1項は、支給対象児童を列挙していました。

  • 1号〜4号:父母が婚姻を解消した児童、父が死亡した児童などです。
  • 5号:「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」という委任です。
  • 施行令(当時):委任を受けて、「母が婚姻によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)」を支給対象の一つにしていました。
  • 争い:子が父から認知を受けたことを理由に受給資格喪失処分を受けた母が、この括弧書きを争いました。

結論最高裁は、この括弧書きを、法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として、無効としました。

理由判断の筋道は、次のとおりです。

  • 法律の趣旨:1号〜4号の趣旨は、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を、支給対象児童とすることにあります。
  • 認知との関係:父から認知されれば、通常父による現実の扶養を期待することができるともいえません。
  • 帰結:認知された子を一律に外す政令は、法律が救おうとした児童まで切り捨てることになります。

注意これは違憲判決ではありません。

委任そのものは合憲という前提で、政令の中身が法律の趣旨からはみ出していた(違法)という判断です。

児童扶養手当資格喪失処分取消事件最高裁判所判決事案児童扶養手当法四条一項は、支給対象児童として「父母が婚姻を解消した児童」「父が死亡した児童」等を列挙したうえで、五号に「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」と規定していた。この委任を受けた同法施行令一条の二は、支給対象の一つとして「母が婚姻によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)」を規定していた。子が父から認知を受けたことを理由に受給資格喪失処分を受けた母が、この括弧書きを争った。判断法四条一項一号から四号までの規定の趣旨は、世帯の生計維持者としての父による現実の扶養を期待することができないと考えられる児童を、支給対象児童とすることにある。父から認知されれば、通常父による現実の扶養を期待することができるともいえない。したがって、この括弧書きは、法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として、無効と解すべきである。

内閣の法律案提出権(単独立法の側の問題)

立法の委任は、国会中心立法(誰が作るか)の側の問題でした。
では、内閣が法律案を国会に提出することは許されるのでしょうか。

どちらの原則の問題か

結論内閣の法律案提出は、国会単独立法(どう作るか)の側の問題です。

委任(国会中心立法の問題)とは、別の列の話です。

注意法律案の提出は、法律の「議決」ではありません。

法律案を出すのが内閣でも、決めるのは国会の議決だけです。

通説の結論と4つの理由

結論通説は、内閣の法律案提出権を許容します。

理由4つの理由は、次のとおりです。

  • 議院内閣制:内閣は国会の信任のうえに成り立ち、国会と内閣の協働が求められます(66条3項参照)。
  • 国会の自由:国会は法律案を自由に審議し、修正も否決もできるので、内閣の提出を認めても特に不都合はありません。
  • 72条の「議案」:72条は、内閣総理大臣が議案を国会に提出すると定め、この「議案」に法律案も含まれると解されます。
  • 発案の性質:法律の発案は立法の準備行為にすぎず、立法作用そのものには当たりません。

注意内閣法5条は、内閣総理大臣が法律案を国会に提出する旨を明文で定めています。

これは通説の4つの理由とは別枠の、実定法の裏付けです。

66条|第五章 内閣(65〜75条)3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

72条|第五章 内閣(65〜75条)内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

最高裁判所の法律案提出権(通説は否定)

内閣の法律案提出権は、通説上許容されています。
では、最高裁判所は、自ら法律案を国会に提出できるのでしょうか。

通説の結論と2つの理由

結論通説は、最高裁判所の法律案提出権を否定します。

理由2つの理由は、次のとおりです。

  • 手がかりとなる規定がない:内閣の場合(72条)と違い、最高裁判所の提出を認める規定が憲法にありません。
  • 司法権の独立(76条3項):法律案の提出は非常に政治的な行為で、裁判所が政治色を帯びてしまいます。裁判所は政治から距離を置くからこそ、多数派に流されずに少数者の人権を守れます。

注意内閣の許容も、最高裁判所の否定も、どちらも判例ではなく通説です。

76条|第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

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国会の権能

国会の権能(7つ)

7つの権能

結論国会の権能は、次の7つで、中心は立法権です。

  • 立法権:41条です。
  • 憲法改正の発議権:96条です。憲法改正の案を、国民に提案する権限です。
  • 条約承認権:73条3号・61条です。
  • 内閣総理大臣の指名権:67条です。内閣のトップを誰にするかを決める権限です。
  • 行政の監督:66条3項です。内閣が国会に連帯して責任を負う関係を、国会の側から見た権限です。
  • 財政の監督:86条・90条などです。国のお金の使い道を事前に決め、使われ方をあとから確かめる権限です。
  • 弾劾裁判所の設置:64条です。

注意96条の条文は第6節、64条は第7節、73条は第8節で引用します。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

61条|第四章 国会(41〜64条)条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。

66条|第五章 内閣(65〜75条)3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

67条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。

86条|第七章 財政(83〜91条)内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

90条|第七章 財政(83〜91条)1項:国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。

国会の権能と議院の権能

結論7つの権能は、国会全体が決められることです。

これとは別に、それぞれの議院が自分で持つ権能があります。

条文42条により、国会は衆議院と参議院の両議院で構成されます。

2つの議院からできていることが、この区別を生みます。

具体例議院の権能には、次のものがあります。

  • 議院自律権:各議院が、自分の内部ルールを決める権能です。
  • 国政調査権:各議院が、証人を呼んで調べる権能です。

注意国会が「最高機関」と呼ばれるのは、権能の数が多いからではありません。

「最高機関」は政治的な美称で、特別な法的意味はありません。

42条|第四章 国会(41〜64条)国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。

法律案の発議(国会法56条1項)

国会の権能の中心は、立法権です。
では、法律案は誰が、どのような条件で国会に出すのでしょうか。

発議の要件の表(国会法56条1項:通常の法律案=衆議院20人以上・参議院10人以上/予算を伴う法律案=衆議院50人以上・参議院20人以上)

議員による発議

結論議員が1人で法律案を出すことはできません。

一定数の議員の賛成が要ります。

理由1人の思いつきで法律案が乱発されると、審議が回らなくなるからです。

一定の賛成を求めて、発議の濫用を防いでいます。

注意予算を伴う法律案は、お金が絡むので、人数がさらに多くなります。

56条|国会法 第六章 会議(55〜68条)1項:議員が議案を発議するには、衆議院においては議員二十人以上、参議院においては議員十人以上の賛成を要する。但し、予算を伴う法律案を発議するには、衆議院においては議員五十人以上、参議院においては議員二十人以上の賛成を要する。

内閣による法律案の提出

結論内閣にも法律案の提出を認めるのが、通説です。

法律の成立(59条1項)

法律案は、議員や内閣から国会に出されます。
では、出された法律案は、どうすれば法律になるのでしょうか。

両議院での可決

結論法律案は、原則として両議院で可決したときに法律になります。

これが、国会単独立法の原則の現れです。

59条|第四章 国会(41〜64条)1項:法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。

「56条」が2つある

国会法56条1項と憲法56条1項・2項の対比表(中身=発議の要件/定足数・表決数、数字=衆20人以上・参10人以上/総議員の3分の1の出席・出席議員の過半数)

結論発議の要件と可決の要件は、根拠になる法令が違います。

  • 発議の人数:国会法56条1項です。
  • 可決の条件:憲法56条です。

注意同じ「56条」なので、必ず法令名を付けて区別します。

憲法56条には、次の2つの数字の条件があります。

  • 定足数:議事を開き議決するための、最低限の出席人数です(1項)。
  • 表決数:可決するために必要な、賛成の割合です(2項)。

56条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。2項:両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

参議院が異なる議決をしたとき(59条2項〜4項)

法律案は、原則として両議院で可決したときに法律になります。
では、参議院が衆議院と違う議決をしたら、法律案はどうなるのでしょうか。

衆議院の再可決(2項)

結論衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決すれば、法律になります。

理由参議院の判断をひっくり返す以上、通常より強い民主的な正統性を求めているからです。

注意3分の2の母数は、総議員ではなく出席議員です。

96条1項の憲法改正の発議は、各議院の総議員の3分の2以上です。

59条|第四章 国会(41〜64条)2項:衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。

両院協議会(3項)

定義両院協議会とは、衆議院と参議院から選ばれた委員が集まり、妥協できる案を話し合う場です。

結論法律案の両院協議会は、開かなければならないものではなく、任意です。

開くかどうかは、衆議院の判断にゆだねられています。

注意予算・条約・内閣総理大臣の指名では、両院協議会を必ず開かなければならない場合があります。

59条|第四章 国会(41〜64条)3項:前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。

みなし否決(4項)

結論参議院が、国会休会中の期間を除いて60日以内に議決しないときは、衆議院は、参議院が否決したものとみなすことができます。

理由参議院が議決しないまま放置すれば、法律はいつまでも成立しないからです。

60日の期限で、参議院による店晒しを防いでいます。

注意60日が経っても、自動的に否決扱いになるのではありません。

衆議院が「みなす」という行為をして、初めて否決とみなされます。

59条|第四章 国会(41〜64条)4項:参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。

数字と趣旨

数字と趣旨の対応表(発議の人数=発議の濫用防止/再可決の3分の2=参議院の判断を覆すための民主的正統性の上乗せ/60日=参議院による店晒しの防止)

注意数字は、何を防いでいるかとセットで覚えます。

成立から施行まで(公布・施行・署名連署)

法律案は、両議院の可決や衆議院の再可決で法律として成立します。
では、成立した法律は、いつから人を縛る力を持つのでしょうか。

成立・公布・施行

成立の日→公布の日→施行の日の流れ(成立=両議院で可決した日/公布=天皇が国民に知らせる日・官報に掲載/施行=実際に効力が生まれる日)

定義法律には、3つの日があります。

  • 成立の日:両議院で可決した日です。
  • 公布の日:天皇が国民に知らせる日です。具体的には、官報に法律の内容が掲載されます。
  • 施行の日:実際に効力が生まれる日です。

結論実際に人を縛る力が生じるのは、成立の日でも公布の日でもなく、施行の日です。

条文法律の公布は、7条1号の天皇の国事行為です。

注意公布と施行は、同じ日であってもかまいません。

ただし、必ず一致するとは限らず、施行の日は法律ごとに定められます。

7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。

署名・連署(74条)

74条の誤解と正しい理解の対比表(誤解=署名・連署が無いと法律にならない/正しい理解=法律の執行責任を明示する規定・欠けても法律は有効)

結論74条の署名・連署は、法律の成立要件ではありません。

署名や連署が欠けていても、その法律は有効です。

理由署名・連署は、法律の執行責任を持つ人をはっきりさせるためのものだからです。

執行責任は、73条1号前段の「法律を誠実に執行し」にあたります。

注意「サインが無いと法律にならない」は誤りです。

成立の話と、責任の話は別です。

74条|第五章 内閣(65〜75条)法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。

法律を国民投票で決められるか

法律は、国会の議決で成立するのが原則です。
では、法律の制定そのものを国民投票にかける仕組みは、憲法上許されるのでしょうか。

問題になる仕組みと2つの関門

国民投票制の可否を測る2つの関門(①国会単独立法の原則に反しないか→②反しないとしても、代表民主制の原則に反しないか)

定義問題になるのは、次のような仕組みを法律で作った場合です。

  • 国会が議決すれば、その法律案を国民投票にかけられます。
  • 賛成が多数なら、それだけで法律として成立します。

結論2つの関門を、順番に検討します。

  • 第1の関門:国会単独立法の原則(41条後段)に反しないか。
  • 第2の関門:代表民主制の原則に反しないか。

注意2つを一段で考えると、理由づけと結論がかみ合わなくなります。

第1の関門:国会単独立法の原則

結論国民投票制は、国会単独立法の原則には反しません。

理由原則の趣旨は、国民の代表機関である国会に立法権を独占させ、立法に民主的なコントロールを及ぼすことです。

その結果として、国民の権利や自由をできる限り保障します。

国民投票制は、民主的コントロールを弱めるどころか強めるので、この趣旨に合致します。

注意形式的には、国会以外の者(国民)が法律の成立に関わっています。

それでも、趣旨に照らせば反しません。

第2の関門:代表民主制の原則

定義代表民主制とは、国民が直接決めるのではなく、選挙で選んだ代表者を通じて決める仕組みです。

条文代表民主制の原則は、前文第1段と43条1項に定められています。

理由憲法が代表制を原則にした理由は、3つです。

  • 直接民主制の困難:近代国家では、国民全員が一堂に会して決めることは、不可能か、少なくとも困難です。
  • 審議・討論:十分な審議や討論を通じて統一した国家の意思を作るには、代表民主制のほうが適しています。
  • プレビシットの回避:プレビシットの危険を避けるためです。

注意憲法が定めた原則なので、それを破る仕組みを法律で作ることはできません。

前文|前文第1段:日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

43条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

プレビシットとレファレンダム

定義2つの国民投票は、次のように区別します。

  • プレビシット:ある案への賛否を問う形をとりながら、実際には権力者個人への信任を問う投票です。
  • レファレンダム:そうした危険性のない、普通の国民投票です。

具体例ナポレオンは、皇帝の地位を確立する際に国民投票を使いました。

注意プレビシットは、代表制を飛び越えて、権力者と国民を直結させてしまいます。

明文で認められた直接民主制的な制度

結論直接民主制的な制度は、憲法に明文がある場合に限って認められます。

明文があるのは、次の3つです。

  • 最高裁判所裁判官の国民審査:79条2項です。
  • 地方特別法の住民投票:95条です。
  • 憲法改正の国民投票:96条1項です。

注意95条は、見る角度によって2つの例外として出てきます。

  • 国会単独立法の原則の例外:国会だけの議決では足りない場面です。
  • 代表民主制の原則の例外:国民が直接に関わる制度が明文で認められている場面です。

2つの一覧を混ぜないようにします。

79条|第六章 司法(76〜82条)2項:最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。

95条|第八章 地方自治(92〜95条)一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

例外:諮問的レファレンダム

定義諮問的レファレンダムとは、国家の意思を決めるときの参考にする趣旨で行う国民投票です。

投票の結果に、法的な拘束力を持たせません。

結論諮問的レファレンダムは、明文が無くても例外的に許されます。

理由最終的に決めるのは国会なので、代表民主制の趣旨と矛盾しないからです。

注意明文が必要なのは、代表民主制の趣旨とぶつかる制度のほうです。

国民投票で法律が成立する仕組みは違憲

結論国民投票の賛成多数で法律が成立する仕組みは、違憲です。

理由賛成多数なら法律になるので、投票結果に法的拘束力を認めています。

諮問的レファレンダムではなく、直接民主制的な制度にあたります。

しかも、憲法に明文の根拠がありません。

注意国会単独立法の原則には反しないのに、代表民主制の原則には反します。

通った関門と落ちた関門が違うので、「41条に反するから違憲」と書くと、理由づけと結論が矛盾します。

弾劾裁判所の設置(国会がするのは設置まで)

立法権のほかにも、国会には弾劾裁判所の設置という権能があります。
では、国会は弾劾について、どこまでを行うのでしょうか。

弾劾裁判所

設置と裁判の分離の表(国会=弾劾裁判所を設置する〈64条1項〉/弾劾裁判所=実際に裁判を行う・両議院の議員で組織される)

定義弾劾裁判所とは、裁判官に一定の事由があるとき、その裁判官を辞めさせる権限を持つ特別な裁判所です。

64条1項の「訴追」は、裁判官を弾劾裁判にかけるよう申し立てることです。

結論国会がするのは、弾劾裁判所の設置までです。

実際に裁判を行うのは、設置された弾劾裁判所で、国会そのものではありません。

条文弾劾裁判所は、衆議院と参議院の両方の議員で組織されます。

注意「弾劾裁判は、国会の権能である」は誤りです。

64条|第四章 国会(41〜64条)1項:国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。2項:弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。

弾劾事由

結論弾劾事由は、裁判官弾劾法2条が定める2つです。

  • 職務上の義務違反・職務怠慢:裁判官としての務めを大きく外れた場合です(1号)。
  • 威信を失う非行:職務の内外を問わず、裁判官として信頼を保てない行いがあった場合です(2号)。

具体例担当した事件を長いあいだ放置し、判決を出さないままにする場合は、1号にあたります。

注意弾劾事由を定めるのは、憲法ではなく裁判官弾劾法です。

2条|裁判官弾劾法 第一章 総則(1〜4条の2)弾劾により裁判官を罷免するのは、左の場合とする。一 職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき。二 その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき。

条約の承認権

国会は、法律の制定のほかに、条約にも関わります。
では、条約について、内閣と国会はそれぞれ何を行うのでしょうか。

締結と承認

条約承認権の骨組みの表(締結=内閣・73条3号本文/承認=国会・原則事前、時宜により事後)

結論条約を締結するのは、国会ではなく内閣です。

国会は、その条約を承認します。

条文73条3号の本文が締結、ただし書が国会の承認を定めています。

承認は、原則として事前に、時宜によっては事後に行います。

理由条約は、国民の生活に大きな影響を与えます。

そこで、立法と同じように民主的なコントロールを及ぼす必要があるからです。

73条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。

皇室財産の議決(8条)との対比

結論8条の皇室財産の授受についての国会の議決では、衆議院と参議院が対等です。

衆議院の意見が優先される場面ではありません。

8条|第一章 天皇(1〜8条)皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

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議院自律権と国政調査権

議院の権能(国会の権能との区別)

内向きの権能と外向きの権能

定義議院の権能は、向きが正反対の2つに分かれます。

  • 議院自律権:自分の内部を、自分で決める権能です(内向き)。
  • 国政調査権:他の機関を、自分で調べる権能です(外向き)。

結論どちらも国会の権能ではなく、各議院が単独で持つ権能です。

条文42条により、国会は衆議院と参議院の両議院で構成されます。

この構造が、各議院の権能の土台です。

注意証人喚問は、国政調査権の一場面です。

62条の主語は「国会」ではなく、「両議院は、各々」です(第6節)。

42条|第四章 国会(41〜64条)国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。

議院自律権(意義・趣旨・内容)

議院には、各議院が単独で行使する権能があります。
内向きの権能である議院自律権とは、何を指し、何が含まれるのでしょうか。

意義と趣旨

定義議院自律権とは、各議院が、監督や干渉を受けずに、内部組織や運営を自主的に決められる権能です。

  • 干渉を受けない相手:内閣や裁判所などの他の国家機関と、もう一方の議院です。

理由各議院に、憲法上独立した地位を持たせるためです(趣旨)。

衆議院と参議院が、互いに独立した機関として、自分の判断で動けるようにします。

注意「もう一方の議院からも」守られる点は、議院規則と法律の優劣(第5節)で効いてきます。

5つの権能

議院自律権の5つの権能と条文(釈放要求権50条後段・資格争訟の裁判権55条・役員選任権58条1項・議院規則制定権58条2項本文前段・議員懲罰権58条2項本文後段とただし書)

結論5つの権能は、各議院が単独で行使します。

国会全体の議決は要りません。

具体例衆議院のことは衆議院だけで、参議院のことは参議院だけで決めます。

釈放要求権と資格争訟の裁判権(50条後段・55条)

議院自律権には、5つの権能があります。
まず、議員の身柄と資格について、議院は何を自分で決められるのでしょうか。

釈放要求権(50条後段)

定義釈放要求権とは、会期前に逮捕された議員を、議院の要求により会期中は釈放させる権能です。

条文50条は、前段と後段に分かれます。

  • 前段:議員は、法律の定める場合を除いて、会期中は逮捕されません(不逮捕特権)。
  • 後段:会期前に逮捕された議員は、議院の要求があれば、会期中は釈放しなければなりません。

注意対象は、会期前に逮捕された議員です。

会期中は、前段により、原則として逮捕されないからです。

50条|第四章 国会(41〜64条)両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。

資格争訟の裁判権(55条)

定義議員の資格とは、議員としての地位を保つために必要な条件です。

結論議員の資格に関する争訟は、裁判所ではなく、各議院が自ら裁判します。

理由議院の構成を、他の機関に決めさせないためです。

他の機関から干渉を受けずに自分のことを自分で決める、という議院自律権の趣旨につながります。

55条|第四章 国会(41〜64条)両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

資格を失う場合(3つだけ)

結論資格を失う場合は3つだけで、それ以外の理由では議席を失わせられません。

  • 兼職禁止:同時に両議院の議員にはなれない(憲法48条)のに、他の議院の議員になった場合です。国会法108条により、もとの議院の議員としては退職者になります。
  • 被選挙権の喪失:被選挙権を失った場合です(国会法109条)。
  • 比例代表選出議員の移籍:選挙のときとは別の政党などに移籍した場合です(国会法109条の2)。

条文資格を失わせて議席を失わせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決が必要です(55条ただし書)。

注意兼職禁止は、兼業(副業)の禁止ではありません。

二つの議院の議員を、同時に兼ねてはいけないという意味です。

48条|第四章 国会(41〜64条)何人も、同時に両議院の議員たることはできない。

役員選任権・議院規則制定権・議員懲罰権(58条)

資格争訟は、そもそも議員である資格が無い場合を扱います。
資格のある議員について、議院は院内の秩序をどう自分で守るのでしょうか。

58条の構造図(1項=役員選任権/2項本文前段=議院規則制定権/2項本文後段・ただし書=議員懲罰権)

役員選任権(58条1項)

定義役員選任権とは、各議院が、議長その他の役員を自分で選ぶ権能です。

議院規則制定権(58条2項本文前段)

定義議院規則制定権とは、各議院が、会議その他の手続と内部の規律に関する規則を、自分で定める権能です。

具体例会議の進め方を定める規則です。

注意58条2項は、国会以外が立法できる明文の例外(国会中心立法の原則の例外)でもあります。

同じ条文を、議院自身の側から見ているだけです。

議員懲罰権(58条2項本文後段・ただし書)

定義議員懲罰権とは、院内の秩序をみだした議員を、各議院が自分で懲罰する権能です。

条文懲罰の種類は、憲法ではなく国会法122条に定められています(軽い順)。

  • 戒告:公開の議場で、注意を受けることです。
  • 陳謝:公開の議場で、謝罪の意を述べさせられることです。
  • 登院停止:一定期間、登院を停止されることです。
  • 除名:最も重い懲罰です。

注意除名だけは、出席議員の三分の二以上の多数による議決が必要です(58条2項ただし書)。

58条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。2項:両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

122条|国会法 第十五章 懲罰(121〜124条)懲罰は、左の通りとする。一 公開議場における戒告二 公開議場における陳謝三 一定期間の登院停止四 除名

資格争訟による議席喪失と懲罰による除名

資格争訟による議席喪失(はじめから資格が無い・55条ただし書)と懲罰による除名(資格はあるが秩序を乱した・58条2項ただし書)の対比表

結論どちらも出席議員の三分の二以上ですが、根拠条文は別です。

理由問題にしていることが違うからです。

資格の有無の問題と、院内の秩序の問題なので、出発点が違います。

議院規則と法律の優劣

各議院は、議院規則を自分で定められます。
同じ事項を定める法律と食い違ったとき、どちらが優位するのでしょうか。

優劣が問題になる場面

結論議院の内部事項は、議院規則と国会法の両方に規定があり、中身が食い違うことがあります。

具体例会議の進め方は、58条2項で議院規則が定められる事項ですが、国会法にも規定があります。

法律優位説(従来の通説)

結論従来の通説は、法律が優位すると解します。

理由法律のほうが、より民主的な手続で定められた法規範だからです。

  • 法律:成立には、原則として両議院の議決が必要です(59条1項)。
  • 議院規則:一院の議決で足ります(58条2項)。

59条|第四章 国会(41〜64条)1項:法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。

議院規則優位説

結論これに対し、議院規則が優位すると解する立場があります。

理由法律優位だと、参議院の自律権が害されるおそれがあるからです。

  • 衆議院の優越:参議院が異なる議決をしても、衆議院が出席議員の三分の二以上で再可決すれば、法律になります(59条2項)。
  • 参議院の内部運営:その法律が規則に優位すると、参議院は、衆議院に押し切られた法律で内部運営を決められてしまいます。
  • もう一方の議院:議院自律権は、もう一方の議院からの干渉も受けない権能です(第2節)。

注意次の2点に気をつけます。

  • 理由の中心:衆議院と参議院の力関係です。「より民主的だから法律が勝つ」という発想とは、出発点が違います。
  • 3つ目の三分の二:59条2項の三分の二は、55条ただし書・58条2項ただし書とは別の条文です。

59条|第四章 国会(41〜64条)2項:衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。

2つの説の位置づけ

結論どちらも学説で、判例ではありません。

答案では、どちらの説に立ってもかまいません。

注意説と理由を、きちんと対応させます。

結論だけ覚えて、理由を混ぜないようにします。

前提の論点(法律で定められるか)

結論議院規則で定めるはずの事項も、国会は法律で定められると解されています。

理由41条後段の趣旨は、国民代表機関である国会に立法権を独占させ、民主的なコントロールを及ぼすことにあるからです。

注意最高裁判所規則と法律の関係は、これとは別の問題です。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

国政調査権の性質(62条)

第2〜5節は、内向きの権能である議院自律権でした。
外向きの権能である国政調査権は、どのような性質の権能なのでしょうか。

証人喚問を国会の権能とする誤解と、62条の主語は「両議院は、各々」で各議院が単独で持つ権能だという正しい理解の対比表

62条の主語と対象

結論国政調査権は、国会全体ではなく、各議院が単独で持つ権能です。

条文要求できるのは、証人の出頭・証言・記録の提出の3つです。

具体例証人喚問は、証人の出頭を実際に求めている場面です。

注意人口や世帯を数える「国勢調査」とは、読みが同じでも別の制度です。

国勢調査は、統計法にもとづく調査です。

62条|第四章 国会(41〜64条)両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。

独立権能説

定義独立権能説は、国会が国権の統括機関である、という見解を前提にします。

統括とは、国政全体をまとめて指揮する立場にある、という意味です。

結論国政調査権は、国政全般を統括するために認められた独立の権能になります。

範囲には、原則として制限がありません。

独立権能説が採れない理由

結論41条前段の「国権の最高機関」は、政治的美称にすぎません。

国会は統括機関ではないので、独立権能説は採れません。

理由国会以外の機関にも、独立した大きな権限があるからです。

  • 内閣:衆議院の解散権が認められています(7条3号・69条)。
  • 裁判所:違憲審査権が認められています(81条)。

7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。三 衆議院を解散すること。

69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

補助的権能説(通説)

定義補助的権能説は、国政調査権を、議院に与えられた権能を実効的に行使するための補助的な権能と解します。

結論補助的権能説が通説です。

範囲は議院の権能が及ぶ範囲に限られますが、純粋に私的な事項を除き、国政のほぼ全般に及びます。

理由議院に与えられた権能そのものが、非常に広汎だからです。

  • 議院の権能:立法、予算、行政の監督、条約の承認などです。

具体例証人の家庭の中のもめごとそのものは、純粋に私的な事項なので調べられません。

注意補助的権能説は「範囲が狭い説」ではありません。

「独立の権能ではない」という性質の説明です。

説を選ぶ意味

結論説の違いは、範囲の大きさではなく、調査権の位置づけに出ます。

  • 独立権能説:国政全般を統括するための、独立した権能と見ます。
  • 補助的権能説:議院がもともと持つ権能を、実際に使えるようにするための道具と見ます。

国政調査権の限界(4つの場面)

国政調査権は、国政のほぼ全般に及びます。
それでも踏み込めない場面は、どこにあるのでしょうか。

限界が出る4つの場面の表(司法権=司法制度の立法・予算のための調査は可、裁判内容を批判する目的の調査は確定後も不可・76条3項/一般行政権=全般に及ぶ・66条3項/検察権=原則及ぶが準司法的作用ゆえ3つの制約/人権=思想良心・自己負罪拒否を侵害する調査は不可・19条と38条1項)

限界の出どころ

結論4つの限界は、説の対立からは出てきません。

理由場面ごとに、別の憲法上の要請から出てくるからです。

司法権の独立、内閣の連帯責任、検察権の性質、人権がその出どころです。

司法権との関係

結論司法制度に関する立法や、司法関係の予算のための調査は許されます。

裁判の内容を批判する目的の調査は、確定する前はもちろん、確定した後でも許されません。

理由確定した後でも、裁判の内容をあれこれ批判されると、裁判官が委縮してしまうからです(76条3項)。

具体例目的で、次のように分かれます。

  • 許されない調査:ある地方裁判所の判決の中身そのものを、議院が調べて当否を批判することです。
  • 許される調査:刑事裁判の増加を踏まえ、裁判官の増員の予算を検討するために、審理の実情を調べることです。

注意「司法には一切及ばない」は誤りです。

目的が、裁判の内容の批判なのか、制度の運営なのかで分かれます。

76条|第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

一般行政権との関係

結論一般行政権には、全般にわたって調査できます。

理由内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負います(66条3項)。

国会は、内閣を監督する立場にあるからです。

具体例ある省庁の許認可の手続が遅れている点を、行政監督の一環として調べることは許されます。

66条|第五章 内閣(65〜75条)3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

検察権との関係

定義この場面で使う2つの言葉は、次のとおりです。

  • 準司法的作用:裁判に近い働きです。起訴するかどうかの判断は、裁判の判断にかなり近い性質を持ちます。
  • 公訴の追行:起訴した後、裁判で有罪を求めていく活動です。

結論検察事務も行政権の作用なので、原則として調査の対象になります。

ただし、準司法的作用を理由に、次の3つの調査は許されません。

  • 政治的圧力:起訴・不起訴の判断に、政治的な圧力をかける目的と考えられる調査です。
  • 公訴追行の内容:起訴された事件に直接関係する事項や、公訴追行の内容そのものを対象とする調査です。
  • 捜査への支障:捜査の続行に、重大な支障を及ぼす方法による調査です。

理由3つとも、検察権の準司法的作用を守るためです。

具体例許される調査と許されない調査は、次のとおりです。

  • 政治的圧力:特定の事件の起訴・不起訴の判断そのものに、圧力をかける目的で調べることは許されません。
  • 公訴追行の内容:起訴した事件で、法廷でどんな証拠を出すつもりかを議院が問いただすことは許されません。
  • 捜査への支障:捜査が続いている事件で、関係者を次々に議院へ呼び出して捜査を止めることは許されません。
  • 許される調査:検察庁の人員配置や予算のあり方を、一般的に調べることは許されます。

注意「検察には及ばない」は誤りです。

司法権と同じく、制度の運営を調べるか、個別の判断に介入するかで分かれます。

人権との関係

結論人権を不当に侵害する調査は、許されません。

具体例次の2つです。

  • 思想の告白:証人に、支持する政党や信仰している宗教を答えさせることは、19条に反します。
  • 自己負罪拒否特権:証人に、自分が罪に問われるおそれのある事実について供述を強制することは、38条1項に反します。

19条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

38条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

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#63単独ページ動画

二院制と衆議院の優越

二院制の型(貴族院型と民主的二院制)

二院制の2つの型(明治憲法=貴族院型・衆議院議員は民選で貴族院議員は世襲や貴族間の互選/日本国憲法=民主的二院制・42条43条で衆参とも民選)

貴族院型(明治憲法)

定義貴族院型とは、選ぶ人が違う2つの議院を置く二院制です。

結論明治憲法の帝国議会は、貴族院と衆議院の2つの議院で成り立っていました(明治憲法33条)。

  • 衆議院議員:当時から民選でした。
  • 貴族院議員:選挙ではなく、世襲や貴族の中からの互選などで選ばれました。

注意互選とは、その身分の人たちの中だけで代表を選び合うことです。

国民全体が選ぶわけではありません。

民主的二院制(日本国憲法)

定義民主的二院制とは、両方の議院を同じ国民が選ぶ二院制です。

結論日本国憲法の二院制は、民主的二院制です。

条文42条が、二院制そのものの根拠です。

43条1項により、衆議院も参議院も、全国民を代表する選挙された議員で組織されます。

理由選ぶ人が同じなので、選び方以外のところで2つの議院に違いを作る必要があります。

注意民主的二院制は、外国の憲法ではほとんど例をみない、珍しい型です。

憲法ができる過程で、マッカーサー草案は一院制でした。

42条|第四章 国会(41〜64条)国会は、衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。

43条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

趣旨①:民意の多角的反映

日本国憲法の二院制は、同じ国民が両方の議院を選ぶ民主的二院制です。
では、2つの議院の違いは、どこで作られているのでしょうか。

任期と解散の対比(衆議院=任期4年・解散あり・短期的な民意/参議院=任期6年・3年ごとに半数改選・解散なし・長期的な民意)

任期と解散の違い

結論2つの議院の違いは、任期と解散の有無で作られています。

条文衆議院と参議院の任期は、次のとおりです。

  • 衆議院:任期は4年です。解散されると、任期満了前に終わります(45条ただし書)。
  • 参議院:任期は6年で、3年ごとに半数ずつ改選されます(46条)。解散はありません。

注意参議院は全員が一斉に入れ替わることが無く、常に半数は前の選挙で選ばれた議員が残ります。

45条|第四章 国会(41〜64条)衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する。

46条|第四章 国会(41〜64条)参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。

短期的な民意と長期的な民意

定義民意の多角的反映とは、時間軸をずらして、同じ主権者から違う時点の声を2つ取り出すことです。

結論民主的二院制の最も重要な趣旨と位置づけられています。

  • 衆議院:短期的な民意を映します。
  • 参議院:長期的な民意を映します。

理由任期の長さと解散の有無が違うからです。

  • 衆議院:任期が短く解散もあるので、選挙のたびに構成が変わり、直近の世の中の空気が反映されやすくなります。
  • 参議院:半数ずつしか変わらず解散も無いので、急な空気の変化に左右されにくく、数年単位の傾向を映します。

注意「いろいろな民意を反映する」だけでは不正確です。

違いは、時間で作られています。

趣旨②③:議事の慎重と衆議院が動けないときの備え

民主的二院制の趣旨は、全部で3つあります。
民意の多角的反映のほかの2つは、何でしょうか。

趣旨②:議事を慎重にする

結論参議院が理性の府として、衆議院に抑制をかけます。

理由衆議院は任期が短く解散もあるので、その時々の勢いに引きずられて、決定が行き過ぎることがありえます。

そこで、任期が長く解散も無い参議院が、落ち着いて審議し直します。

注意最終的にどちらの判断を通すかは、別の問題です(第6節の優越)。

趣旨③:衆議院が活動能力を失っているときの備え

結論衆議院が活動能力を失っているときでも、参議院の手で国政を民主的に動かせるようにします。

条文この趣旨から生まれた制度が、参議院の緊急集会(54条2項ただし書)です。

内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができます。

理由衆議院が解散されると、新しい衆議院議員が決まるまで、衆議院そのものが存在しない期間ができるからです。

54条|第四章 国会(41〜64条)2項:衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。

両院の活動の2つの原則(同時活動と独立活動)

二院制には、3つの趣旨があります。
では、2つの議院は、ふだんどのように動くのでしょうか。

二院制を貫く2つの原則(同時活動の原則=両院は同時に召集・開会・閉会する、例外は参議院の緊急集会/独立活動の原則=各院が独立して議事・議決する、例外は両院協議会・審議のみ合同で議決は各院)

同時活動の原則と独立活動の原則

定義2つの原則の中身は、次のとおりです。

  • 同時活動の原則:両院は、同時に召集され、同時に開会し、同時に閉会します。
  • 独立活動の原則:各議院は、独立して議事を行い、独立して議決します。片方の議決が、もう片方をそのまま拘束することはありません。

理由どちらも、二院制の趣旨から導かれる原則です。

注意2つの原則をひとまとめに定めた条文はありません。

54条2項や59条など、個別の条文から読み取れる原則です。

両院協議会

定義両院協議会とは、両院の意見が食い違ったとき、各議院から選ばれた委員が集まり、歩み寄れる案を作れないか話し合う場です。

結論両院協議会は、独立活動の原則の例外です。

理由各議院だけで議事を進めるという建前が、ここで崩れるからです。

注意合同で行うのは、案を作る話し合いだけです。

議決は、各議院が別々に行います。

衆議院にしかない権限(内閣不信任決議権と予算先議権)

2つの議院は、それぞれ独立して議事・議決を行います。
では、そもそも衆議院にしか認められていない権限は何でしょうか。

内閣不信任決議権(69条)

結論衆議院の不信任決議には、内閣に総辞職か解散かの二択を迫る法的な効果があります。

注意参議院にも、似た決議として問責決議があります。

しかし、問責決議には法的な効果がありません(政治的な意味だけです)。

  • 順番:「参議院にも不信任決議がある」のではなく、「法的効果の無い決議なら参議院でもできる」と理解します。

69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

予算先議権(60条1項)

定義予算先議権とは、予算を先に審議できる権限で、衆議院だけにあります。

結論予算は、必ず衆議院に先に提出され、衆議院から審議が始まります。

参議院に先議権はありません。

注意60条1項の先議権と、60条2項の議決の優越は、別の話です。

同じ条文でも、項が違えば中身が違います。

60条|第四章 国会(41〜64条)1項:予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。

議決の優越(4つの場面)

第5節の2つは、参議院がそもそも持っていない権限でした。
では、両院が議決して中身が食い違ったとき、どちらの議決が国会の意思になるのでしょうか。

① 法律案(59条)

結論法律案は、衆議院の再議決で決着します。

条文59条の決着の付け方は、次のとおりです。

  • 再議決:衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決すれば、法律になります(2項)。
  • 両院協議会:開くことはできますが、任意的です(3項)。
  • 60日:参議院が60日以内に議決しないときは、衆議院は、否決したものとみなすことができます(4項)。

注意60日を過ぎても、自動的に否決とみなされるわけではありません。

衆議院が「みなす」という行為を、自分でしなければなりません。

59条|第四章 国会(41〜64条)1項:法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。2項:衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。3項:前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。4項:参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。

② 予算(60条2項)

結論次のどちらかに当たると、衆議院の議決が国会の議決になります。

  • 両院協議会を開いても、意見が一致しないとき
  • 参議院が、衆議院の可決した予算を受け取った後、30日以内に議決しないとき

条文法律案との違いは、次のとおりです。

  • 再議決:不要です。衆議院は追加の議決をしなくても、自動的に衆議院の議決が国会の議決になります。
  • 両院協議会:必要的です(開かなければなりません)。
  • 日数:30日です(法律案は60日)。

注意法律案は「みなすことができる」、予算は「国会の議決とする」です。

60条|第四章 国会(41〜64条)2項:予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

③ 条約(61条)

結論条約の国会承認は、予算とまったく同じ決着の付け方をします。

  • 両院協議会:必要的です。
  • 再議決:不要です。
  • 日数:30日です。

条文61条は、「前条第二項の規定を準用する」とだけ定めています。

前条とは60条で、その2項をそのまま条約に当てはめます。

注意61条だけを読んでも、30日も両院協議会も出てきません。

60条2項に戻って読みます。

61条|第四章 国会(41〜64条)条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。

④ 内閣総理大臣の指名(67条)

結論首相指名も、予算と同じ型で決着します(両院協議会は必要的・再議決は不要)。

違うのは日数だけで、10日と4つの中でいちばん短くなっています(2項)。

注意1項の「他のすべての案件に先だつて」行うは、先議権ではありません。

  • 先議権:衆議院が先に審議を始める権限で、予算だけに認められています。
  • 1項の意味:首相指名という議題を、ほかのどの議題よりも優先して扱うということです。議院の間の優劣ではなく、議題どうしの優先順位の話です。

67条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。2項:衆議院と参議院とが異なつた指名の議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は衆議院が指名の議決をした後、国会休会中の期間を除いて十日以内に、参議院が、指名の議決をしないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

4つの場面の一覧と2つの型

議決の優越4場面の一覧(先議権は予算だけ/法律案は衆議院の再議決、他の3つは予算と同じ/日数は60日・30日・30日・10日)

結論4つの場面は、2つの型に分けられます。

  • 法律案だけの型:衆議院がもう一度議決し直して勝ちます。再議決が必要で、両院協議会は任意的です。
  • 予算・条約・首相指名の型:参議院が動かなければ、自動的に衆議院の議決が国会の議決になります。再議決は不要で、両院協議会は必要的です。

注意日数が60・30・30・10とそろっていないことが、よく問われます。

  • 日数の見方:国政に空白が許されない度合いの順に短くなっている、と読むことはできます。法律が決まらなくても国はすぐには止まりませんが、首相が決まらないと内閣が存在しない空白ができます。
  • 位置づけ:条文の数字を並べて読み取れる整理であり、憲法自身がこの理由を説明しているわけではありません。

両院が対等な場面(4つ)

ほとんどの場面で、議決が食い違えば衆議院の議決が通ります。
では、衆議院の優越が働かず、両院が完全に対等な場面はあるのでしょうか。

両院が対等な4つの場面(皇室財産授受の議決=8条/予備費の支出承諾=87条2項/決算の審査=90条1項/憲法改正の発議=96条1項)

対等な4つの場面

結論次の4つには、衆議院の優越が及びません。

  • 皇室財産授受の議決:皇室への財産の譲渡、皇室による財産の譲受け・賜与(ただで与えること)には、国会の議決が要ります(8条)。
  • 予備費の支出承諾:内閣は、予備費を支出したら、事後に国会の承諾を得なければなりません(87条2項)。
  • 決算の審査:決算は、会計検査院が検査したうえで、内閣が国会に提出します(90条1項)。
  • 憲法改正の発議:各議院の総議員の3分の2以上の賛成が要ります(96条1項)。

条文4つには、衆議院の議決だけで決められるという定めが置かれていません。

注意4つを貫く1つの理由を、憲法は書いていません。

共通しているのは、条文の形です。

8条|第一章 天皇(1〜8条)皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

87条|第七章 財政(83〜91条)2項:すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

90条|第七章 財政(83〜91条)1項:国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

予算と決算(事前と事後)

予算と決算の対比(予算=60条・事前のこれから使う計画・衆議院の優越あり/決算=90条1項・事後のもう使った確認・両院対等)

結論予算は衆議院が優越し、決算は両院が対等です。

理由お金を使う前は急いで決める必要がありますが、使った後の検証に急ぐ理由はない、と読むことができます。

注意これも、憲法自身がその理由を説明しているわけではありません。

2つの「3分の2」

結論同じ3分の2でも、母数が違います。

  • 法律案の再議決(59条2項):出席議員の3分の2以上です。
  • 憲法改正の発議(96条1項):総議員の3分の2以上です。

注意出席している人数を基準にするのか、議院に所属する全員を基準にするのかを混同しないようにします。

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#64単独ページ動画

会期と参議院の緊急集会

会期制(常会・52条)

会期

定義会期とは、国会が憲法上の権能を行使できる、限られた期間です。

理由期間を区切る理由は、次の3つです。

  • 議員の生活:議員も生活者で、選挙区に戻って活動する時間が要ります。
  • 審議の集中:期間を区切ると、審議を一つの案件に集中させやすくなります。
  • 行政の負担:国会が動く間、行政も対応の負担を負うので、それを無限に続けさせないためです。

常会(52条と国会法)

常会について憲法52条・国会法2条・国会法10条がそれぞれ定めている内容の表

定義常会は、いちばん基本になる会期です。

結論憲法が決めているのは頻度だけで、時期と長さは国会法が決めています。

  • 憲法52条:毎年1回召集する、とだけ定めています。
  • 国会法2条:1月中に召集するのを常例とします。
  • 国会法10条:会期は150日間です。

注意憲法と国会法の数字を、混ぜて覚えないようにします。

52条|第四章 国会(41〜64条)国会の常会は、毎年一回これを召集する。

会期制の根拠

結論会期制という言葉は、憲法のどこにも書かれていません。

条文憲法は、52条・53条・54条で、常会・臨時会・特別会の3種類の集会を定めています。

理由3種類の集会の定めから、国会は会期という区切られた単位で動く仕組みを採っている、と解釈されています。

注意条文に書いてあることと、解釈で導かれることを混同しないようにします。

臨時会(53条)

国会は、常会という区切られた会期の中で動きます。
では、常会だけでは足りないとき、国会はどう開かれるのでしょうか。

前段と後段

定義臨時会は、常会だけでは国会が対応しきれない場面で開かれる国会です。

条文53条は、召集の場面を2つ定めています。

  • 前段:内閣が必要と判断すれば、臨時会の召集を決定できます。
  • 後段:いずれかの議院の総議員の4分の1以上が要求すれば、内閣は召集を決定しなければなりません。

53条|第四章 国会(41〜64条)内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

4分の1の意味

結論後段の要求は、過半数ではなく4分の1で足ります。

理由院内で多数を握れない少数派でも、国会を開かせることができるようにするためです。

多数決の外側に置かれた、少数派を守るための武器です。

注意4分の1という線そのものが要件です。

総議員の10分の1程度が求めても、内閣に召集の義務は生じません。

召集義務と強制手段

定義欠缺とは、本来あってもよいはずの仕組みが、条文に定められていない状態です。

結論4分の1以上が要求しても内閣が召集を決定しないとき、召集義務の履行を強制する手段は、憲法にも国会法にも定められていません。

これは、憲法上の欠缺といわれます。

理由三権分立の下で、内閣の政治的な判断に司法や立法が直接介入する仕組みは限られているからです。

注意内閣に召集義務が無いわけではありません。

義務は、条文が「決定しなければならない」とはっきり課しています。

欠けているのは、義務を強制的に実行させる手段のほうです。

国会法が定める臨時会

結論臨時会が召集される場面は、53条後段の要求だけではありません。

国会法は、次の選挙の後にも、一定の日数以内に臨時会を召集すると定めています。

  • 衆議院議員の任期満了にともなう総選挙の後
  • 参議院議員の通常選挙の後

注意これらは、53条後段の4分の1の要求とは別の話です。

会期不継続の原則と一事不再議の原則

国会は、会期という区切られた単位で動きます。
では、会期が区切られていることから、審議中の案件にどのような効果が生じるのでしょうか。

会期不継続の原則(明文あり・国会法68条本文)と一事不再議の原則(明文なし・解釈上の運用)を根拠で比べた表

会期不継続の原則

定義会期不継続の原則とは、会期中に議決に至らなかった案件は、次の会期に持ち越さないという原則です。

途中まで進んでいた審議も、原則としてリセットされます。

条文国会法68条本文が定めています。

理由会期ごとに、一つの独立した意思決定の単位だと考えるからです。

注意これは憲法が要求している原則ではなく、国会法という法律のレベルの原則です。

だから、同じ68条のただし書で例外が作られています。

  • 例外:閉会中に審査した議案と、懲罰事犯の件は、次の会期に引き継がれます。

68条|国会法 第六章 会議(55〜68条)会期中に議決に至らなかつた案件は、後会に継続しない。但し、第四十七条第二項の規定により閉会中審査した議案及び懲罰事犯の件は、後会に継続する。

一事不再議の原則

定義一事不再議の原則とは、一度否決した案件を、同じ会期の中でもう一度審議しないという原則です。

結論一事不再議の原則には、明文がありません。

会期という区切られた単位の考え方から導かれる、解釈上の運用のルールです。

注意2つの原則は、次の2点で区別します。

  • 時間の範囲:会期不継続は会期をまたぐ話、一事不再議は同じ会期の中の話です。
  • 根拠:会期不継続は明文あり(国会法68条)、一事不再議は明文なしです。

参議院の緊急集会(なぜ必要か・要件)

会期制の下では、国会が開いていない時間があります。
では、衆議院が解散されて存在しない間に緊急の必要が生じたら、誰が決めるのでしょうか。

空白の期間(54条1項)

衆議院の解散から特別会の召集までの流れ(解散→40日以内に総選挙→30日以内に特別会召集・最長でおよそ70日)

定義特別会とは、衆議院の解散による総選挙の後に召集される国会です。

結論衆議院の解散から次の国会の召集まで、最長でおよそ70日、国会が活動できない期間ができます。

条文54条1項の期限は、次のとおりです。

  • 総選挙:解散の日から40日以内です。
  • 国会の召集:総選挙の日から30日以内です。

注意衆議院が解散されると、参議院も同時に閉会となります(54条2項本文)。

両議院は同時に召集され、同時に開会し、同時に閉会するからです。

54条|第四章 国会(41〜64条)1項:衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。2項:衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。

緊急集会の3つの要件(54条2項ただし書)

定義参議院の緊急集会とは、衆議院が存在しない間に、参議院が国会を代行する制度です。

結論緊急集会の要件は、次の3つです。

  • 時期:衆議院の解散後、特別会の召集前であることです。
  • 必要性:国に緊急の必要があることです。
  • 求める主体:内閣が求めることです。

注意参議院議員が、自主的に緊急集会を開くことはできません。

臨時会との対比

臨時会(53条後段=総議員の4分の1以上の要求で召集)と緊急集会(54条2項=内閣の求めのみ・参議院議員の自主開催は不可)の対比表

結論臨時会と違い、緊急集会を求めることができるのは内閣だけです。

理由緊急集会は、衆議院が存在しないという異常な事態への、例外的な代行措置だからです。

  • 常設化の防止:参議院が自分の判断で開けるなら、参議院が常設的に国会の代わりを務めることになりかねません。
  • 濫用の防止:発動する主体を内閣一本に絞り、衆議院が戻るまでの一時しのぎにとどめています。

注意場面がそもそも違います。

臨時会は日常の少数派保護、緊急集会は非常時の代行です。

任期満了の場合

注意54条2項は、「衆議院が解散されたとき」を前提にしています。

衆議院議員の任期満了にともなう総選挙の場合、この条文に対応する規定はありません。

短答の引っかけになる点です。

緊急集会の権能と衆議院の同意(54条3項)

緊急集会は、衆議院が解散された後、内閣の求めで開かれます。
では、緊急集会は何を決められ、決めたことはいつまで有効なのでしょうか。

権能

定義不逮捕特権とは、会期の間は原則として逮捕されない特権です。

免責特権とは、議院での演説・討論・表決について、院外で責任を問われない特権です。

結論緊急集会は国会を代行し、法律案も予算も議決できます。

国に緊急の必要がある以上、必要な対応が一通りできるからです。

注意緊急集会中の参議院議員にも、不逮捕特権と免責特権が認められます。

通常の国会と違う3点

結論緊急集会には、通常の国会と違う点が3つあります。

  • 召集:天皇の召集によらないで開かれます。
  • 求める主体:求めることができるのは、内閣だけです。
  • できないこと:内閣総理大臣の指名と憲法改正の発議は、できないと解されています。

条文通常の国会の召集は、天皇の国事行為です(7条2号)。

理由緊急集会が代行できるのは国会の権能一般で、国会そのものを組み立て直すような根本的な決定までは含まない、と理解されているからです。

注意指名と発議ができないことは、条文に書かれているのではなく、解釈です。

7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。二 国会を召集すること。

衆議院の同意(10日以内)

結論緊急集会で採られた措置は臨時のものです。

次の国会開会の後10日以内に、衆議院の同意が必要です。

注意条文の言葉は「次の国会」です。

実務上は、その後に召集される特別会を指すことが多いですが、条文は「特別会」とは書いていません。

54条|第四章 国会(41〜64条)3項:前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ。

同意が無いときの効果(将来に向かって無効)

衆議院の同意が無いときの効果(これから先の措置=効力を失う/すでに実行された措置=覆らない・遡及しない)

結論同意が無い場合、措置は将来に向かって効力を失います。

過去にさかのぼって無効になるわけではありません。

理由緊急の必要に応じて行われた措置を信頼して、国民や行政はすでに動いています。

後から根こそぎ覆すと、その信頼のうえに築かれた法律関係が崩れてしまいます。

緊急集会は、暫定的だけれど有効な代行を認める制度だからです。

具体例緊急集会が、生活支援金を配る法律を成立させ、振り込みが済んだ後に、衆議院が同意しなかった場合です。

  • すでに振り込まれたお金:返してもらうことはできません。
  • まだ配っていない支給:これからの支給は止まります。

会議の原則:定足数と表決数(56条)

緊急集会は、衆議院が存在しない間の代役でした。
では、両議院が実際に議事を開いて決を採るには、どれだけの出席と賛成が要るのでしょうか。

定足数と表決数

定義56条は、2つの数字を定めています。

  • 定足数(1項):議事を開き議決するのに必要な出席の数で、総議員の3分の1以上です。
  • 表決数(2項):議事を決する賛成の数で、出席議員の過半数です。

結論可否同数のときは、議長が決めます。

表決数の原則には、「この憲法に特別の定のある場合を除いては」という限定が付いています(第7節)。

56条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。2項:両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

国会法56条1項との区別

国会法56条1項(法律案を発議するための人数・衆議院20人以上/参議院10人以上)と憲法56条1項・2項(議事を開き議決するための要件・定足数と表決数)の対比表

結論国会法56条1項と憲法56条は、扱う場面が違う別の条文です。

  • 国会法56条1項:法律案を発議するための人数の要件です。
  • 憲法56条:議事を開いて、実際に決を採るための要件です。

注意数字も条文番号も似ているので、必ず法令名を付けて区別します。

総議員と出席議員

定足数(憲法56条1項)の基準は総議員、表決数(憲法56条2項)の基準は出席議員であることを示す表

結論定足数と表決数では、基準(分母)が入れ替わります。

議事を始められるかは総議員で見て、実際に決めるときは出席した議員で見ます。

注意「総議員」の意味には、次の対立があります。

  • 法律で定められた定数で数える考え方
  • 実際に今いる議員の数で数える考え方

議院の先例では、法律で定められた定数のほうで扱われています。

過半数で決まらない議決(特別多数決)

表決数の原則は、出席議員の過半数です。
では、この原則によらず、より高いハードルが要る議決には何があるのでしょうか。

特別多数決を分母で分けた表(出席議員の3分の2以上=55条ただし書・57条1項ただし書・58条2項ただし書・59条2項/総議員の3分の2以上=96条1項)

出席議員の3分の2以上(4つ)

結論出席議員の3分の2以上が必要な議決は、次の4つです。

  • 資格争訟:資格争訟の裁判で、議員の議席を失わせる議決です(55条ただし書)。
  • 秘密会:秘密会を開く議決です(57条1項ただし書・第8節)。
  • 除名:懲罰として議員を除名する議決です(58条2項ただし書)。
  • 再議決:参議院と異なる議決をされた法律案を、衆議院が再び可決する議決です(59条2項)。

55条|第四章 国会(41〜64条)両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

58条|第四章 国会(41〜64条)2項:両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

59条|第四章 国会(41〜64条)2項:衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。

総議員の3分の2以上(1つ)

結論総議員の3分の2以上が必要な議決は、憲法改正の発議(96条1項)だけです。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

分母の違いの理由

出席議員が基準だと欠席が多い日ほど可決しやすくなり、総議員が基準だと欠席の影響を受けずハードルが下がらないことを示す表

結論同じ「3分の2」でも、分母の選び方がその決定の重さを表しています。

理由出席議員を基準にすると、欠席する議員が多い日ほど、分母が小さくなって可決しやすくなります。

憲法改正の発議は、国のかたちそのものを変える重い決定です。

だから、欠席者を分母から外さず、総議員を基準にしています。

注意数字だけでなく、分母まで含めて覚えます。

会議の公開(57条)

議決の数字は、分母まで含めて定められています。
では、両議院の会議は、どこまで外から見えるのでしょうか。

公開の原則と秘密会(1項)

結論両議院の会議は、公開が原則です。

例外として、出席議員の3分の2以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができます。

会議の記録(2項)

結論両議院は、会議の記録を保存し、公表しなければなりません。

注意秘密会の記録のうち、特に秘密を要すると認められるものは、公表の対象から外れます。

表決の会議録への記載(3項)

結論出席議員の5分の1以上の要求があれば、各議員の表決を会議録に記載しなければなりません。

理由誰が何に賛成し、誰が何に反対したかが、記録として残るからです。

少数派が、この記録を求める権利を持っています。

注意臨時会の4分の1(53条後段)と並んで、少数派を守るための数字です。

分母は、臨時会が総議員、表決の記載が出席議員です。

57条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院の会議は、公開とする。但し、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。2項:両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。3項:出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。

委員会と両院協議会(公開の強さ・委員会中心主義)

本会議は、公開が原則です。
では、本会議以外の委員会や両院協議会は、どこまで公開されるのでしょうか。

本会議・委員会・両院協議会の公開の原則と例外(本会議=公開が原則・秘密会は出席議員の3分の2以上/委員会=非公開が原則・報道機関等は委員長の許可で傍聴可/両院協議会=公開が禁止・例外なし)

委員会(非公開が原則)

結論委員会は、本会議と逆に、非公開が原則です。

条文国会法52条1項は、委員会は議員のほか傍聴を許さない、と定めています。

ただし、報道の任務にあたる者などは、委員長の許可があれば傍聴できます。

注意「非公開」と「見えない」は同じではありません。

両院協議会(公開が禁止)

定義両院協議会とは、衆参の議決が食い違ったときに、双方の委員が妥協案を探す場です。

結論両院協議会は、公開が禁止で、例外はありません。

条文国会法97条は、両院協議会は傍聴を許さない、と定めています。

注意「非公開が原則」と「公開が禁止」は、強さが違います。

  • 本会議:公開が原則です。
  • 委員会:非公開が原則で、例外があります。
  • 両院協議会:公開が禁止で、例外がありません。

委員会中心主義

定義委員会中心主義とは、国会の審議の中心が、本会議ではなく委員会にあることです。

結論実際に中身を詰めるのは委員会で、本会議はその結果を最終的に議決する場です。

条文国会法40条以下が、委員会を定めています。

  • 種類:常任委員会と特別委員会の2種類です。
  • 常任委員会の数:衆議院・参議院とも、それぞれ17です(国会法41条2項・3項)。

具体例常任委員会は、ほぼ省庁に対応する形で置かれています。

特別委員会は、必要に応じて作られます。

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#65単独ページ動画

不逮捕特権と免責特権

国会議員の3つの特権

国会議員の3つの特権の向き(不逮捕特権・免責特権=国家権力から守る/歳費受領権=経済的に支える)

3つの特権

定義国会議員には、次の3つの特権があります。

  • 不逮捕特権:50条です。
  • 免責特権:51条です。
  • 歳費受領権:49条です。

結論3つの特権は、どれも議員のためではなく、議院の審議のために置かれています。

  • 不逮捕特権:議員が議場にいられるようにします。
  • 免責特権:議員が自由に発言できるようにします。
  • 歳費受領権:生活を理由に議席を手放さずに済むようにします。

注意保護の範囲が限られているのも、この軸で説明できます。

  • 不逮捕特権:逮捕だけを防ぎ、起訴や裁判は防ぎません。
  • 免責特権:法的責任だけを免除し、政治的責任や院内の懲罰は免除しません。

不逮捕特権(会期中の不逮捕と2つの例外)

国会議員の特権の1つ目は、不逮捕特権です。
会期中の議員は、どんな場合なら逮捕できるのでしょうか。

日本国憲法50条の前段(会期中は原則として逮捕されない)と後段(会期前に逮捕された議員はその院の要求があれば会期中に釈放される)

50条前段

結論両議院の議員は、会期中は原則として逮捕されません。

条文例外は「法律の定める場合」です。

憲法の条文自体には、例外の中身が書かれていません。

その法律にあたるのが、国会法です。

50条|第四章 国会(41〜64条)両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。

会期中に逮捕できる2つの場合(国会法33条)

結論会期中でも、次の2つの場合は逮捕できます。

  • 院外における現行犯罪:議事堂の外の現行犯罪です。
  • その院の許諾:捜査機関の求めを、議院が認めた場合です。

理由それぞれ、次の理由によります。

  • 院外に限る理由:院内で現行犯罪が起きたときは、議院自身が処理するからです(議院警察権)。
  • 議院が許諾する理由:許諾は議院自律権の一つだからです。他の機関から干渉されずに、自分の構成員に関わることを自分で決めます。

具体例委員会室の中で議員どうしが揉み合いになっても、まず動くのは議院自身です。

議事堂の外で同じことが起きれば、普通に警察の対象になります。

注意条文の言葉は「現行犯罪」で、「現行犯」ではありません。

  • 許諾の位置づけ:憲法が国会法に委ねた場面です。憲法が明文で置いた議院の権能の列挙に、項目が1つ加わる話ではありません。

33条|国会法 第四章 議員(33〜39条)各議院の議員は、院外における現行犯罪の場合を除いては、会期中その院の許諾がなければ逮捕されない。

法令名まで区別する

注意50条は憲法、33条は国会法です。

番号だけでなく、必ず法令名まで言えるようにします。

  • 具体例:56条は2つあります。国会法56条1項は議案を出すのに要る人数、憲法56条は会議を開いて決めるのに要る人数です。

56条|国会法 第六章 会議(55〜68条)1項:議員が議案を発議するには、衆議院においては議員二十人以上、参議院においては議員十人以上の賛成を要する。但し、予算を伴う法律案を発議するには、衆議院においては議員五十人以上、参議院においては議員二十人以上の賛成を要する。

56条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。2項:両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

会期前の逮捕と「訴追されない特権ではない」

会期中の議員は、原則として逮捕されません。
では、会期前に逮捕された議員はどうなり、不逮捕特権は何を免れさせるのでしょうか。

釈放要求(50条後段・国会法34条の3)

結論会期前に逮捕された議員は、その議院が要求すれば、会期中は釈放されます。

条文要求を発議するには、議員20人以上の連名が必要です。

理由1人の議員の思惑だけで、要求を出せないようにする歯止めです。

注意必要な人数は、場面ごとに考え方が違います。

  • 臨時会の召集要求:総議員の4分の1以上です。国会そのものを開かせる要求です。
  • 釈放要求の発議:議員20人以上の連名です。1人の議員の身柄を取り戻す要求で、どちらの院でも20人です。
  • 議案の発議:衆議院は20人以上、参議院は10人以上です(国会法56条1項)。

34条の3|国会法 第四章 議員(33〜39条)議員が、会期前に逮捕された議員の釈放の要求を発議するには、議員二十人以上の連名で、その理由を附した要求書をその院の議長に提出しなければならない。

訴追されない特権ではない

定義訴追とは、起訴されて、裁判にかけられることです。

結論不逮捕特権は、「訴追されない特権」ではありません。

免れるのは、逮捕という身柄拘束だけです。

起訴・裁判・有罪判決は、普通にありえます。

理由不逮捕特権が守っているのは、議員が議場にいられることです。

議員が罪を免れることではありません。

具体例会期が終われば、普通に逮捕されます。

取り調べを受け、証拠がそろえば起訴されます。

不逮捕特権の趣旨と許諾の判断

不逮捕特権は、逮捕という身柄拘束だけを防ぐ制度です。
では、その趣旨は何で、趣旨の違いは許諾の判断をどう変えるのでしょうか。

趣旨の2説

定義不逮捕特権の趣旨には、次の2つがあります。

  • 議員の身体の自由:議員を不当な逮捕から守ります。
  • 議院の審議権の確保:議員が欠けて、審議が止まらないようにします。

結論両方の要素からなると解するのが通説です。

注意通説は、どちらがより重要かまでは踏み込みません。

  • 別の見解:50条が「会期中」にこだわる以上、審議権の確保がより重要な趣旨だとみる見解があります。これは通説そのものではありません。

許諾の判断で見るもの

2説で許諾の判断の物差しが違う(身体の自由説=嫌疑が十分か/審議権確保説=抜けたら審議に支障が出るか)

結論どちらの説に立つかで、議院が許諾を判断するときに見るものが違います。

  • 身体の自由説:犯罪の嫌疑が十分かを見ます(裁判所と同じ発想)。
  • 審議権確保説:その議員が抜けたら、審議にどれだけ支障が出るかを見ます。罪を犯したかどうかは見ません。

結論が割れる場面

許諾の判断が割れる場面(嫌疑十分×支障大→身体の自由説は許諾/審議権確保説は不許諾)

結論嫌疑と支障が同じ向きなら、どちらの説でも結論は一致します。

  • 嫌疑十分×支障なし:どちらの説でも許諾します。
  • 嫌疑が薄い×支障大:どちらの説でも許諾しません。

具体例傷害の疑いで逮捕状が出た議員が、会期末の予算案の審議で質疑の中心を任されている場合です。

証拠がそろい、嫌疑は十分だとします。

  • 身体の自由説:嫌疑が十分なので、許諾します。
  • 審議権確保説:審議に大きな支障が出るので、許諾しません。

注意学説の対立は、言葉の違いだけでは終わりません。

実際に議院がすべき判断が変わります。

期限付き許諾

結論許諾は、期限を付けて出すことはできません。

出すか出さないかの二択です。

理由50条は会期中の逮捕を原則として禁じ、例外は法律に委ねています。

許諾は、その例外を認めるかどうかの判断です。

不必要な逮捕を拒み、高度の必要性を求める考え方の帰結です。

具体例「1週間だけ許諾する」というやり方は認められません。

免責特権(51条)

国会議員の特権の2つ目は、免責特権です。
免責特権は、どのような行為を、なぜ保護するのでしょうか。

3つの行為

定義免責特権とは、議院で行った演説・討論・表決について、院外で責任を問われないことです。

  • 演説:議場で発言することです。
  • 討論:意見を交わすことです。
  • 表決:賛否を示すことです。

結論対象は、院内での、職務としての行為です。

  • 含まれる:委員会での質疑、演説などに付随する行為です。
  • 含まれない:暴力行為、私語、野次です。発言の中身に関わる行為ではないからです。

具体例議事堂の廊下で、すれ違った記者に話した雑談は対象に入りません。

注意場所ではなく、職務としての発言かどうかで見ます。

51条|第四章 国会(41〜64条)両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

趣旨

結論議員が国会の場で何を言うかについて、限界まで自由にしておくための制度です。

理由発言のたびに訴えられる心配があれば、権力者を追及するような際どい発言ができなくなるからです。

注意議員個人に得をさせる制度ではありません。

議員が萎縮せずに国政を追及できるようにする、国民のための制度です。

地方議会の議員

結論地方議会の議員には、免責特権はありません。

条文51条は、「両議院の議員」についてしか定めていません。

免責特権の二重の限定

免責特権は、議員が萎縮せずに発言できるようにする制度です。
では、免責される責任は、どこまでに限られるのでしょうか。

免責の対象を絞る2つの軸(責任の種類×場所の2×2で、免責されるのは法的責任×院外の1マスだけ)

責任の種類(法的責任だけ)

結論免責されるのは、法的責任(民事上・刑事上の責任)だけです。

政治的・道義的責任は、免責の対象になりません。

理由免責が守っているのは、議員が萎縮せずに発言できることだけだからです。

政治的責任まで免除すれば、有権者や政党が議員を律する手段が無くなります。

具体例討論で企業を名指しで批判した議員の場合は、次のとおりです。

  • 企業の訴え:名誉を傷つけられたとして議員個人を訴えても、認められません。
  • 政党の除名:同じ発言を理由に所属政党が除名しても、51条に反しません。

注意弁護士である議員が、発言を理由に弁護士法上の懲戒を受ける場合も、法的責任として免責されます。

  • 政党の限界:国会議員としての地位そのものを失わせるところまでは、政党もできません。

場所(院外の責任だけ)

結論免責されるのは、院外での責任だけです。

院内の懲罰(戒告・陳謝・登院停止・除名)は、免責の対象外です。

理由免除すると、議院が院内の乱れを自分で正す手段を失うからです。

院の中のことは議院自身が処理する、という院外の現行犯罪と同じ筋です。

注意2つの軸は、守ろうとしているものが違うので、別々に引かれています。

病院長自殺事件(議員の発言と国家賠償)

免責特権は、院外での法的責任を免除する制度です。
では、議員の発言で市民が傷ついたとき、誰が責任を負うのでしょうか。

病院長自殺事件の構図(議員が委員会の質疑で病院長を名指し→病院長が自ら命を絶つ→遺族が議員個人と国の両方を提訴)

事案

事案衆議院の委員会で、医療の法律案を審議している最中のことです。

  • 質疑:議員が、ある病院の運営の問題を取り上げて質疑をしました。問題のある病院をきちんと監督するよう、行政に求めるためのものでした。
  • 発言:その中で、病院長個人が重大な非行に及んでいる、という趣旨の指摘をしました。
  • その後:病院長は自ら命を絶ちました。
  • 訴え:遺族が、議員個人と国の両方を相手に、損害賠償を求めて訴えました。

議員個人への請求

結論議員個人への請求は、認められませんでした。

判決は、51条の「演説、討論又は表決」に当たるかどうかを論ずるまでもなく、請求は理由がないとしました。

理由根拠は、国家賠償法1条の解釈です。

職務を行うについてされた発言なら、国が賠償責任を負うことがあるのは格別、公務員個人は責任を負わないからです。

注意「免責特権があるから議員は責任を負わない」とまとめるのは誤りです。

この判決は、51条の免責特権が及ぶかどうかを検討していません。

病院長自殺事件議員個人の責任本件発言は、国会議員である被上告人Bによって、国会議員としての職務を行うにつきされたものであることが明らかである。そうすると、仮に本件発言が被上告人Bの故意又は過失による違法な行為であるとしても、被上告人国が賠償責任を負うことがあるのは格別、公務員である被上告人B個人は、上告人に対してその責任を負わないと解すべきである……。

国への請求

二つの請求の違い(議員個人への請求=国家賠償法1条の解釈で否定/国への請求=広範な裁量・違法又は不当な目的などの特別の事情が必要、どちらも51条は判断せず)

結論国の賠償責任が認められるには、特別の事情が必要です。

  • 特別の事情:議員が、職務とはかかわりなく違法又は不当な目的をもって事実を摘示したことです。虚偽と知りながらあえて事実を摘示するなど、権限の趣旨に明らかに背いて行使したと認められる事情も含みます。
  • 本件:違法又は不当な目的も、発言内容が虚偽であることも認められず、国の責任も否定されました。

理由質疑で何を取り上げ、どう行うかは、議員の政治的判断を含む広範な裁量に委ねられているからです。

結果として個別の国民の権利が侵害されても、それだけで職務上の法的義務に違背したとはいえません。

裁判所が後から当否を持ち込めば、議員が萎縮せずに追及できるという狙いが崩れます。

具体例政策と無関係な個人的な恨みから、事実でないと分かっていながら誰かを名指しで中傷する場合です。

政治的判断とは呼べない動機なので、裁量の外に出ます。

注意「違法又は不当な目的」の「又は」は、違法な目的か不当な目的か、どちらかがあれば足りるという意味です。

  • 余地:「議員の発言には誰も責任を負わない」とまとめるのは誤りです。国が責任を負う道は残されていて、本件はその要件を満たさなかっただけです。

病院長自殺事件国の責任の規範質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、国会議員の政治的判断を含む広範な裁量にゆだねられている事柄とみるべきであって、たとえ質疑等によって結果的に個別の国民の権利等が侵害されることになったとしても、直ちに当該国会議員がその職務上の法的義務に違背したとはいえないと解すべきである。

歳費受領権(49条)

国会議員の特権の3つ目は、歳費受領権です。
額を決めるのが議員自身なのに、なぜ憲法はこの仕組みを認めたのでしょうか。

歳費の構造(日本国憲法49条=法律の定めるところにより相当額の歳費を受ける/国会法35条=一般職の国家公務員の最高の給与額より少なくない=下限だけを縛る)

歳費と額の決め方

定義歳費とは、議員に国庫から支払われる、給料のようなものです。

結論具体的な額は、法律で決めます。

その法律を作るのは国会議員自身なので、受け取る人と額を決める人が同じです。

条文国会法35条は、下限だけを定めています(上限の定めはありません)。

注意実際の金額は、改定されることがあります。

条文が定めているのは、下限の構造です。

49条|第四章 国会(41〜64条)両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。

35条|国会法 第四章 議員(33〜39条)議員は、一般職の国家公務員の最高の給与額(地域手当等の手当を除く。)より少なくない歳費を受ける。

趣旨

結論歳費受領権は、議員を経済的に支える制度です。

理由十分な歳費が無ければ、生活を誰かの援助に頼ることになり、その相手に従うことになるからです。

財産のある者しか議員になれなかった時代への反省でもあります。

注意誰でも被選挙権を持てる、という普通選挙の考え方と対になる制度です。

選挙の平等を、実質のあるものにしています。

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#66単独ページ動画

行政権と独立行政委員会

内閣の位置づけ(明治憲法との対比)

明治憲法と日本国憲法の内閣の位置づけの対比(統治権の所在・大臣の責任・内閣の規定)

明治憲法のしくみ

定義明治憲法の2つの言葉は、次のとおりです。

  • 総攬:統治権の全部を掌握することです。
  • 輔弼:天皇に助言することです。

結論明治憲法では、天皇が統治権を総攬していました。

国務各大臣は天皇を輔弼し、単独でその責任を負っていました。

注意明治憲法には、内閣についての規定そのものが無かったのです。

日本国憲法の3つの柱

結論日本国憲法は、内閣について次の3点を定めました。

  • 行政権の主体:内閣に、行政権の主体としての地位を認めました。
  • 総理大臣:総理大臣を内閣の首長(内閣をまとめて率いる立場)に据え、強い権限をまとめて持たせました。
  • 議院内閣制:国会と内閣がどう向き合うかの形として、議院内閣制を採りました。

行政権の意義(控除説)

日本国憲法は、内閣に行政権の主体としての地位を認めました。
では、内閣に属する「行政権」とは、何を指すのでしょうか。

65条は行政権を定義していない

結論65条は「行政権は、内閣に属する」とだけ定め、行政権が何かは書いていません。

注意行政権の中身については、争いがあります。

65条|第五章 内閣(65〜75条)行政権は、内閣に属する。

控除説(通説)

控除説の沿革(君主の包括的支配権から立法権が議会に、司法権が裁判所に切り取られ、最後に残ったのが行政権)

定義控除説とは、全ての国家作用のうち、立法作用と司法作用を除いた残りの作用を行政とする考え方です。

結論控除説が通説です。

理由控除説の理由は2つです。

  • 歴史:国を動かす権限は、もともと君主が丸ごと握っていました。そこから立法権が議会に、司法権が裁判所に切り取られ、最後に残ったものが行政権だからです。
  • 多種多様な活動をまとめて捉えられる:積極的に定義しようとすると、必ず取りこぼしが出ます。立法や司法にも当てはまる定義になり、どこかで破綻します。

具体例道路を作る、年金を払う、営業許可を出す、税金を集める、災害に対応する、の5つには共通の積極的な定義をつけられません。

注意控除説は、国民との関係でどこまでが行政か、という話です。

内閣と国会のどちらが強いかといった、国家機関どうしの力関係を測る話ではありません(それは権力分立の側で測ります)。

行政を積極的に定義しようとする説もあります。

司法との違い

司法との対比(司法は終局性と受動性の縛りがあり、行政にはこの縛りが無い)

定義司法には、次の2つの縛りがあります。

  • 終局性:一度決まれば、それ以上は覆りません。
  • 受動性:訴えられて初めて動きます。

結論行政には、この2つの縛りがどちらもありません。

具体例行政は、誰かに訴えられなくても自分から動きます。

一度した処分を、自分で見直すこともできます。

独立行政委員会

行政権は、立法作用と司法作用を除いた残りの作用です。
では、その行政権を担うのは、内閣のもとにある機関だけなのでしょうか。

通常の行政機関と独立行政委員会の対比(内閣のコントロール下・独任制/内閣から独立・合議制)

通常の行政機関との違い

定義独立行政委員会とは、内閣から独立の地位で職権を行う、合議制の行政機関です。

  • 通常の行政機関:内閣のコントロール下にあり、大臣が一人で決める独任制です。
  • 独立行政委員会:内閣から独立しており、複数の委員が話し合う合議制です。

具体例人事院、公正取引委員会、国家公安委員会です。

原子力規制委員会や、個人情報保護委員会もそうです。

注意似た名前の「独立行政法人」とは、別物です。

必要とされる理由

結論独立行政委員会が必要とされる理由は、2つです。

  • 政治的中立性:選挙で多数を取った側の意向に左右されてはまずい領域があります。政権が代わるたびに判断基準が変われば、市場も治安も安定しません。
  • 技術的専門性:専門知識がないと判断できない領域があります。

具体例理由ごとの領域は、次のとおりです。

  • 政治的中立性:独占禁止法の運用や、警察行政です。
  • 技術的専門性:人事評価や、原子力規制です。

準立法権・準司法権

定義独立行政委員会は、規則を作ったり、審判をしたりもします。

これを準立法権、準司法権と呼びます。

注意そのため、権力分立との関係でも問題になりえます。

問題の所在

結論65条は「行政権は、内閣に属する」と定めています。

内閣から独立した機関が行政を行うことが、65条に反しないかが問題になります。

独立行政委員会の合憲性①(内閣のコントロール下という説明の限界)

独立行政委員会が65条に反しないかが問題になります。
まず、「結局は内閣のコントロール下にある」という説明は成り立つのでしょうか。

任命権・予算編成権でコントロール下とする説明を裁判所に当てはめた関係図(内閣から独立行政委員会へ任命権・予算編成権、同じ形の権限が裁判所にも及ぶ)

任命権・予算編成権による説明

結論内閣には委員の任命権と予算の編成権があるので、独立行政委員会も内閣のコントロール下にあり、65条に反しない、という説明があります。

注意この説明は採れません。

裁判所に当てはめると壊れる

結論任命権と予算権があればコントロール下だ、という基準は使えません。

理由同じ基準を裁判所に当てはめると、裁判所まで内閣のコントロール下になってしまうからです。

  • 任命:最高裁判所の長官は内閣が指名し、裁判官も内閣が任命します。
  • 予算:裁判所の予算も、内閣が編成します。

それでは司法権の独立が消えてしまい、明らかに妥当ではありません。

独立行政委員会の合憲性②(65条の文言)

内閣のコントロール下という説明では、65条との関係を説明できません。
では、65条の条文の書き方からは、何が読み取れるのでしょうか。

「すべて」の有無

結論65条は、行政権のすべてを内閣が独占するとまでは言っておらず、一定の例外を認める余地があります。

条文条文の書きぶりは、次の3つの型に分かれます。

  • 65条:「すべて」も「唯一」も無い型です。
  • 76条1項:「すべて司法権は」とする型です。
  • 41条:「国の唯一の立法機関」とする型です。

理由76条1項には「すべて」があり、65条にはありません。

書き分けている以上、その差に意味があると読めるからです。

注意「すべて」「唯一」「何も無し」の3つの型を混同しないでください。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

例外を検討する前提(必要性)

結論例外を検討するには、次の2つがそろう必要があります。

  • 必要性:政治的中立性や技術的専門性が要求される領域なので、独立行政委員会を認める必要があります。
  • 余地:65条の書き方から、例外を認める余地が生まれます。

注意余地があるだけでは、まだ結論は出ません。

余地の広さは、65条の趣旨で測ります。

独立行政委員会の合憲性③(65条の趣旨と処理)

65条には、例外を認める余地があります。
では、例外を認めてよい範囲は、65条の趣旨からどう決まるのでしょうか。

65条の趣旨2つと独立行政委員会への処理(趣旨①権力分立=主眼は内閣の権限の抑制/趣旨②民主的責任行政=ⓐ統制が直接及ぶ場合・ⓑなじまなければ独立性を積極的に正当化)

65条の2つの趣旨

定義民主的責任行政とは、内閣が行政権を行えば、その行使にも国会の民主的コントロールが及ぶ、という考え方です。

結論65条の趣旨は、次の2つです。

  • 権力分立:41条・76条1項とともに、権力分立を定めることです。
  • 民主的責任行政:民主的責任行政を実現することです。

理由内閣は、国会に対して連帯責任を負っています。

内閣に行政権を担わせておけば、国会の統制が行政権にも届きます。

66条|第五章 内閣(65〜75条)3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

趣旨①権力分立との関係

結論65条の趣旨としての権力分立の主眼は、内閣の権限の抑制にあります。

そのため、内閣以外の機関が行政権を行使しても、権力分立には反しません。

理由65条は、行政権を内閣という1つの機関に集める条文です。

だから65条の趣旨として権力分立を語るときは、抑えられる相手が「内閣」になります。

注意行政国家現象が進んだ今、権力分立の主眼は、行政権全般の抑制に移っているとされます。

65条の場面では、抑える対象が内閣に絞られる点を取り違えないでください。

趣旨②民主的責任行政との関係

趣旨②の処理の2つの場合(ⓐ国会のコントロールが直接及ぶ=趣旨に反しない/ⓑ直接には及ばないが職務の性質上なじまない=独立性を積極的に正当化できる)

結論次のⓐかⓑに当たる場合は、独立行政委員会は65条に反しないと解されます。

  • ⓐ:国会のコントロールが、独立行政委員会に直接に及ぶ場合です。趣旨に反しません。
  • ⓑ:直接には及ばなくても、職務の性質上、民主的コントロールになじまない場合です。内閣からの独立性を、積極的に正当化できます。

具体例ⓐⓑの境界は、次のとおりです。

  • ⓐに当たる:国会への定期報告が義務づけられ、委員の解任も国会の決議でできる委員会です。
  • どちらにも当たらない:報告義務も解任への国会の関与も無く、専門性も中立性も要らない普通の事務です。65条に反する疑いが出てきます。

注意ⓑは「仕方なく認める」ではなく、「積極的に正当化できる」です。

準立法権と41条

結論準立法権を持つことも、41条後段(唯一の立法機関)には反しません。

理由どこまで任せるかを区切った、個別・具体的な委任なら41条後段に反しないのと、同じ理由で許されます。

議院内閣制と大統領制

日本国憲法は、国会と内閣の関係として議院内閣制を採りました。
では、議院内閣制は、大統領制と比べてどのような制度なのでしょうか。

大統領制と議院内閣制

結論2つの制度は、議会と政府の分離の度合いが違います。

  • 大統領制:行政を預かるのは大統領その人です。大統領も議会の議員もそれぞれ国民が直接選び、互いに任免権を持たないので、議会と政府が完全に分離しています。
  • 議院内閣制:行政を預かるのは内閣という合議体です。そのトップの総理大臣は議会で多数を占めた側から出るので、分離は一応の分離にとどまります。

理由一応の分離にとどまるので、政府には議会の側から民主的なコントロールが届きます。

4つの軸で比べる

大統領制と議院内閣制の4軸対比(権力分立との関係・破綻時の手段・議会との関係・民主的正統性の取り方)

注意③議会との関係は、内閣のメンバーが議会の中にいるかどうかの違いです。

  • 議院内閣制:国務大臣は議員から選ばれ、議会に出席して発言する権利も義務もあります。
  • 大統領制:閣僚は議員との兼職が禁止され、議会に出席する権利もありません。

協働の関係

議院内閣制の本当の対立軸(議会の中の与党と内閣がほぼ重なり、対立するのは与党と野党)

定義協働の関係とは、与党と政府がほぼ重なった状態で、議会と政府がお互いに協力し合って国政にあたる関係です。

結論議院内閣制で実際に対立しているのは、議会と政府ではなく、与党と野党です。

議会の中の与党と政府は、ほぼ重なっています。

理由一応の分離だからこそ、協働もできます。

注意いちばんよく間違えられるのが、「議会 対 政府」が対立軸だという理解です。

  • 政党国家現象との関係:対立の軸が国会対内閣から与党対野党へ移り、国会と内閣が多数派の政党で実質的に一体化する動きを、制度の側から見たものです。
  • 41条前段との関係:国権の最高機関は法的な中身を持たない政治的な呼び名で、国会も内閣の解散権などに抑制されています。分離しているから抑制し合い、一応の分離だから協力もする、という表裏の関係です。

議院内閣制の根拠規定と本質論

議院内閣制は、議会と政府の一応の分離と協働でできています。
では、日本国憲法のどこに定められ、その本質は何なのでしょうか。

根拠規定

結論「議院内閣制」という言葉は、憲法のどこにも出てきません。

複数の条文を読み合わせて、初めて読み取れる制度です。

条文根拠規定は、次のとおりです。

  • 65条:行政権は、内閣に属します。
  • 67条:内閣総理大臣は、国会が指名します。
  • 67条・68条:総理と国務大臣の過半数は、国会議員でなければなりません。
  • 66条3項:内閣は、国会に対し連帯して責任を負います(中核)。
  • 69条:衆議院の内閣不信任決議です。

67条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。

68条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。2項:内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。

66条3項が中核である理由

結論66条3項の連帯責任が、議院内閣制の中核です。

理由責任を負う相手が誰かで、制度の性格が決まるからです。

  • 明治憲法:各国務大臣が、天皇に対して単独で責任を負っていました。
  • 日本国憲法:内閣が、国会に対して連帯して責任を負います。

注意「単独から連帯へ」「天皇から国会へ」と、相手も負い方も変わっています。

内閣不信任決議(69条)

結論衆議院は、内閣不信任決議をすることができます。

注意これは衆議院にしかない権限です。

69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

本質論(3説)

議院内閣制の本質論の三説(責任本質説=議会に対する責任/均衡本質説=責任+内閣の解散権/多様説〈近時有力〉=本質そのものが無い)

定義本質論とは、「これが無ければ議院内閣制と呼べない」という核があるか、という議論です。

  • 責任本質説:内閣が議会に対して負う責任こそが、本質だとします。
  • 均衡本質説:責任に加えて、内閣が議会を解散できることも本質だとします。
  • そもそも本質と呼べるものは無い、とする説:議院内閣制は国や時代によってかなり形が違うので、決め打ちできないとします。

結論近時は、本質と呼べるものは無いとする説が有力です。

注意この対立は、内閣の解散権の根拠を、議院内閣制という制度そのものに求める説を否定する場面で実益が出ます。

議院内閣制に決まった形が無いなら、制度そのものから解散権を導くこともできないからです。

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#67単独ページ動画

内閣の組織と内閣総理大臣の権限

内閣の組織(合議体と総理の選任)

合議体

定義内閣は、首長である内閣総理大臣と、その他の国務大臣で組織する合議体です。

条文66条1項が、内閣の組織を定めています。

総理の選任

総理の選任フロー(国会が指名=67条1項→天皇が任命=6条1項)

結論総理は、国会議員の中から国会が指名し、その指名に基づいて天皇が任命します。

  • 指名:67条1項です。
  • 任命:6条1項です。

注意指名する主体と、任命する主体を混同しないでください。

67条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。

6条|第一章 天皇(1〜8条)1項:天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。

「首長」の意味(同輩中の首席との違い)

66条1項は、総理を内閣の「首長」としています。
では、総理を「首長」としたことには、どのような意味があるのでしょうか。

明治憲法(同輩中の首席・各大臣が天皇に単独で責任)と日本国憲法(首長・内閣が国会に連帯して責任)の対比表

同輩中の首席と首長

定義2つの地位の違いは、次のとおりです。

  • 同輩中の首席:明治憲法のもとでの総理の地位で、仲間の中の一番目です。ほかの大臣と対等でした。
  • 首長:日本国憲法のもとでの総理の地位で、ほかの国務大臣より一段高い地位です。

注意単なる呼び方の変更ではありません。

責任の仕組みの違い

結論責任の負い方が、次のように変わりました。

  • 明治憲法:各国務大臣が、天皇に対して単独で責任を負っていました(55条)。一人の大臣の失敗は、その大臣一人の問題で、ほかの大臣や内閣全体は無傷でした。
  • 日本国憲法:内閣が、国会に対して連帯して責任を負います(66条3項)。

なぜ「首長」としたのか

結論内閣の一体性を確保し、連帯責任を実効化するために、総理を「首長」とし、強力な権限を与えました。

理由寄せ集めの集団に連帯責任だけを課しても、機能しないからです。

実際に一体性がなければ、責任の取りようがありません。

注意この理由が、総理の4つの権限(任免・訴追同意・代表・指揮監督)すべてに共通します。

66条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

総理の権限と内閣の権限(決め方の違い)

総理は、首長として強力な権限を持ちます。
では、総理個人の権限と内閣の権限は、どう区別されるのでしょうか。

単独と閣議決定

結論総理個人の権限と、内閣という合議体の権限は、決め方が違います。

  • 総理の権限:単独で行使できます。総理は一人の人間だからです。
  • 内閣の権限:閣議決定を経る必要があります。

具体例4つの権限は、次のように分かれます。

  • 任免権・訴追同意権:総理が単独で行使できます(第4・5節)。
  • 代表権・指揮監督権:誰の権限かが問題になります(第6・7節)。

注意総理個人の権限と、内閣の権限を混ぜないでください。

国務大臣の任免権(68条)

総理が単独で行使できる権限の1つ目は、国務大臣の任免権です。
総理は、国務大臣をどこまで自由に任命し、罷免できるのでしょうか。

任命

結論総理は、国務大臣を任命します。

  • 制限:過半数は国会議員でなければなりません(68条1項但書)。
  • 残り:国会議員でなくても構いません。

注意任命の認証は天皇が行います(7条5号)。

ただし、これは形式的な行為にすぎず、実質を決めるのは総理です。

罷免

結論総理は、「任意に」国務大臣を罷免できます(68条2項)。

理由を問わず、総理の一存で辞めさせられます。

任免権の趣旨

結論誰を大臣にするか、誰を辞めさせるかを、総理が独占的に決められます。

理由首長の趣旨(内閣の一体性)を、具体的な権限として実装したものだからです。

注意任命も罷免も、総理が単独で行使します。

68条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。2項:内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。

7条(抜粋)|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。

国務大臣の訴追同意権(75条)

総理が単独で行使できる権限の2つ目は、国務大臣の訴追に関する同意権です。
75条の「訴追」とは何を指し、同意にはどのような意味があるのでしょうか。

「訴追」の意味

定義75条の訴追とは、起訴のことです(検察官が裁判にかけること)。

結論逮捕や勾留は、訴追に当たりません。

総理の同意が無くても、逮捕はできます。

具体例場面ごとに、次のように分かれます。

  • 起訴:検察が国務大臣を汚職の疑いで起訴するには、総理の同意が要ります。
  • 逮捕:警察がその大臣を現行犯で逮捕するのは、75条の対象外です。

注意「逮捕されない」と読むのは、よくある誤りです。

64条の「訴追」は、裁判官を弾劾裁判にかけてほしいという申立てで、75条の訴追とは別の行為です。

75条|第五章 内閣(65〜75条)国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。

64条|第四章 国会(41〜64条)1項:国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。

総理の同意にかからせた理由

結論在任中の国務大臣を訴追するには、総理の同意が要ります。

理由説明は2つあります。

  • 一体性:訴追で大臣の職務が止まると、内閣という一枚岩に穴があくからです。
  • 検察との関係:検察の判断で内閣が揺さぶられないように、という説明もされます。

ただし書(公訴時効の停止)

結論ただし書は、総理の同意が無いあいだ、公訴時効の進行が停止するという趣旨です。

理由同意が無いあいだも時効が進むと、退任したときには時効が完成しているかもしれません。

それでは、訴追の権利が守られないからです。

注意その国務大臣が地位を退けば、時効はまた進み始めます。

75条と50条

75条(訴追同意権=対象は起訴・要件は総理の同意)と50条(不逮捕特権=対象は逮捕・要件は議院の許諾)の対比表

結論名前は似ていますが、まったく別の制度です。

注意国務大臣であり、かつ国会議員でもある人には、両方が別々に及びます。

50条は、国会の会期中は原則として逮捕されない、という不逮捕特権です。

50条|第四章 国会(41〜64条)両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。

内閣の代表権(72条)

任免権と訴追同意権は、総理が単独で行使できました。
では、72条の議案提出・報告・指揮監督は、誰の権限なのでしょうか。

「内閣を代表して」のかかり方

結論通説では、「内閣を代表して」は、議案提出だけでなく、報告・指揮監督にもかかります。

理由行政権を持つのは内閣であって、総理個人ではないからです。

72条だけが総理個人に権限を移すと読むと、内閣が合議体であることと食い違います。

権限の主体

結論議案提出・報告・指揮監督の3つの権限の主体は、内閣という合議体です。

総理は、それらについて内閣を「代表する」立場にとどまります。

理由72条は、内閣の権限を対外的に体現する規定で、総理個人への授権規定ではないからです。

合議体である内閣の意思を一つにまとめて外に出す点に、一体性という同じ狙いが出ています。

注意「総理個人に指揮監督権がある」と読むと、明文の根拠が既にあることになります。

そう読むと、第7節の問題の出発点が崩れます。

72条|第五章 内閣(65〜75条)内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

連署(74条)

結論総理は、法律や政令に連署します(74条)。

注意連署は、法律の成立要件ではありません。

執行責任の所在を明確にする規定です。

74条|第五章 内閣(65〜75条)法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。

行政各部の指揮監督権(閣議決定した方針が無い場合)

72条の指揮監督権の主体は、内閣です。
では、閣議で決定した方針が無いとき、総理は行政各部に指示できるのでしょうか。

内閣法6条

条文内閣法6条は、総理が、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督すると定めています。

注意方針が無い場合については、明文がありません。

6条|内閣法内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する。

方針が無い場合の筋道

結論閣議で方針が決まっていなくても、内閣の明示の意思に反しない限り、総理は行政各部に、指導・助言という形で指示を与える権限を持ちます。

理由3段で導きます。

  • 明文なし:内閣法6条は、方針がある場合の要件しか定めていません。
  • 66条の趣旨:66条1項は総理を「首長」とし、内閣の一体性を確保して、66条3項の連帯責任を強めています。
  • 帰結:この趣旨に照らすと、方針が無い場面でも、総理は指示を与える権限を持ちます。

注意線が「内閣の明示の意思に反しない限り」に引かれるのも、同じ理由です。

内閣の決めた意思に逆らう指示は、一体性そのものを壊してしまうからです。

ロッキード事件(丸紅ルート)

ロッキード事件の関係図(丸紅→総理へ購入の働きかけ依頼と現金五億円/総理→運輸大臣へ働きかけ/運輸大臣→全日空へ旅客機の勧奨)

事案ある総合商社の社長が、航空機メーカーの意向を受け、総理に依頼しました。

依頼の中身は、同社製旅客機の選定購入を、運輸大臣を通じて勧奨することです。

総理には、謝礼として現金5億円が渡されました。

  • 問われた責任:贈った側の刑事責任が問われ、その前提として総理の職務権限が争われました。
  • 争点:閣議決定を経ずに行われた、総理から運輸大臣への働きかけが、総理の職務権限に属するかです。

結論最高裁の大法廷は、総理の働きかけを、職務権限に属する行為と認めました。

  • 総理の地位:内閣の首長として(66条)、国務大臣の任免権(68条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(72条)を有するなど、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にある、としました。
  • 原則:指揮監督権を行使するには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要する、としました。
  • 方針が無い場合:少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有する、としました。

理由「流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため」です。

閣議は、そのたびに開催できるものではなく、総理が一切動けないと行政の機動性が失われます。

この実質的な理由は、一体性・連帯責任という趣旨と根っこでつながっています。

注意判例の結論は、上の3段の筋道と同じです。

ロッキード事件(丸紅ルート)最高裁判所大法廷判決事案ある総合商社の社長が、航空機メーカーの意向を受け、内閣総理大臣に対し、同社製旅客機の選定購入を運輸大臣を通じて勧奨するよう依頼した。総理には、謝礼として現金五億円が渡された。この事件では、贈った側の刑事責任が問われ、その前提として総理の職務権限が争われた。争点は、この働きかけが総理の職務権限に属する行為かどうかである。総理の地位(判旨)内閣総理大臣は、憲法上、行政権を行使する内閣の首長として(六六条)、国務大臣の任免権(六八条)、内閣を代表して行政各部を指揮監督する職務権限(七二条)を有するなど、内閣を統率し、行政各部を統轄調整する地位にあるものである。閣議決定が無い場合の要件(判旨)内閣総理大臣が行政各部に対し指揮監督権を行使するためには、閣議にかけて決定した方針が存在することを要するが、閣議にかけて決定した方針が存在しない場合においても、内閣総理大臣の右のような地位及び権限に照らすと、流動的で多様な行政需要に遅滞なく対応するため——結論(判旨)内閣総理大臣は、少なくとも、内閣の明示の意思に反しない限り、行政各部に対し、随時、その所掌事務について一定の方向で処理するよう指導、助言等の指示を与える権限を有するものと解するのが相当である。

指示の限界

結論内閣の明示の意思に反する指示は、指導・助言の権限の範囲外です。

具体例場面ごとに、次のように分かれます。

  • 許される:閣議決定した方針が無い中で、感染症対策として、総理が主任の大臣に病床確保を急ぐよう求める場合です。内閣の意思に反していないからです。
  • 範囲外:閣議で今年度はある政策で進めると正式に決定していたのに、総理が独断で正反対の政策を進めるよう指示する場合です。

内閣法6条の指揮監督との違い

結論同じ行政各部への指示でも、根拠が違えば法的な強さが違います。

  • 内閣法6条の指揮監督(方針がある場合):法的な効果を伴い、主任の大臣は従う法的義務を負います。歯止めは、閣議決定の範囲内です。
  • 指導・助言(方針が無い場合):事実上の指示にとどまります。歯止めは、内閣の明示の意思に反しない限り、です。

注意方針の無い場面で総理が持つのは、指揮監督権そのものではなく、指導・助言です。

国務大臣(主任の大臣と無任所の国務大臣)

ここまでは、総理の地位と権限を見てきました。
では、総理以外の国務大臣には、どのようなかたちがあるのでしょうか。

主任の大臣と無任所の国務大臣

定義国務大臣には、2つのかたちがあります。

  • 主任の大臣:行政事務を分担して管理する大臣です(内閣法3条1項)。
  • 無任所の国務大臣:特定の分野を持たない大臣です(内閣法3条2項)。

結論国務大臣は、必ず事務を持つ必要があるわけではありません。

具体例それぞれ、次のような大臣です。

  • 主任の大臣:財務大臣や法務大臣です。
  • 無任所の国務大臣:特定のイベントの担当大臣のような、期間限定の役職が典型です。

3条|内閣法1項:各大臣は、別に法律の定めるところにより、主任の大臣として、行政事務を分担管理する。2項:前項の規定は、行政事務を分担管理しない大臣の存することを妨げるものではない。

文民規制(66条2項)

国務大臣は、総理が任命し、過半数は国会議員でなければなりません。
さらに66条2項は、総理と国務大臣にどのような資格を求めているのでしょうか。

「文民」の意味

定義「文民」とは、通説では自衛官でない者をいいます。

条文66条2項により、総理もほかの国務大臣も、全員が文民でなければなりません。

66条|第五章 内閣(65〜75条)2項:内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

学説と政府統一見解

結論文民の範囲については、見解が分かれます。

  • 厳格な見解:職業軍人の経歴を持たない者とする見解もあります。
  • 通説:自衛隊ができた後は、現役の自衛官でない者とする見解が定着しています。
  • 政府統一見解:もう少し広く外します。自衛官の職にある者に加えて、旧軍の職業軍人の経歴があり、軍国主義的な思想に深く染まっていると考えられる者も、文民ではないとしています。

注意試験では、通説の「自衛官でない者」を軸にします。

政府見解は、これにもう一つ足していると押さえます。

文民規制の趣旨

文民規制の趣旨(明治憲法=軍の統帥は天皇大権で議会・大臣の関与なし→反省=軍事の権限が国会や内閣の外に置かれていた→現行憲法=文民規制によるシビリアン・コントロール)

結論国会に責任を負う文民が、軍事の権限をコントロールする仕組み(シビリアン・コントロール)を採りました。

理由明治憲法では、軍の統帥(作戦や用兵の指揮)は天皇大権とされていました。

議会や大臣が関与できず、軍事のことが国会や内閣の外に置かれていたことへの反省です。

内閣の総辞職(3つの場合)

内閣は、国会に対する連帯責任の上に成り立っています。
では、内閣が総辞職しなければならないのは、どのような場合でしょうか。

内閣の総辞職の3つの場合(70条前段=総理が欠けたとき/70条後段=総選挙後の初の国会召集/69条=不信任決議可決・信任決議否決から10日以内に解散なし)と、いずれも71条で新総理の任命まで職務を継続することを示す表

結論内閣は、いつでも任意に総辞職できます。

ただし、総辞職しなければならない場合が3つあり、条文の要件で見分けます。

総理が欠けたとき(70条前段)

定義「欠けたとき」には、死亡・国会議員たる地位の喪失・辞職が当たります。

理由意思決定の主体そのものがいなくなる場合だからです。

「欠けたとき」の境界(該当=死亡・国会議員たる地位の喪失・辞職で総辞職/非該当=病気・一時的な生死不明で内閣法9条により臨時代理)の表

注意病気は「欠けたとき」に入りません。

病気や一時的な生死不明の間は、内閣法9条の「事故のあるとき」に当たります。

指定された国務大臣が臨時代理を務めるだけで、内閣そのものは存続します。

70条|第五章 内閣(65〜75条)内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつたときは、内閣は、総辞職をしなければならない。

9条|内閣法内閣総理大臣に事故のあるとき、又は内閣総理大臣が欠けたときは、その予め指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う。

総選挙の後の召集(70条後段)

結論総選挙の後、新しい衆議院のもとで初めて国会の召集があった時点で、内閣は総辞職します。

理由選挙で構成が変わった新しい衆議院に対して、改めて信任を問い直す必要があるからです。

注意解散による総選挙だけでなく、任期満了による総選挙でも同じです。

不信任決議(69条)

結論衆議院が不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に解散されない限り、内閣は総辞職しなければなりません。

理由衆議院からの直接の審判だからです。

注意参議院の問責決議は、法的な効果を持ちません。

総辞職につながる制度は、69条の衆議院の不信任決議だけです。

69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

総辞職後の職務執行(71条)

結論いずれの場合も、新しい総理が任命されるまで、それまでの内閣が引き続き職務を行います。

理由内閣が不在の空白を作らないためです。

行政は、一瞬たりとも止められません。

71条|第五章 内閣(65〜75条)前二条の場合には、内閣は、あらたに内閣総理大臣が任命されるまで引き続きその職務を行ふ。

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内閣の権限

73条の全体像

結論内閣は、一般の行政事務に加えて、73条が挙げる7つの事務を行います。

条文柱書の「他の一般行政事務の外」が、この構造を表しています。

行政権を持つ内閣の日々の仕事に、憲法が名指しした7つが上乗せされます。

注意7つは、どの号に何が書いてあるかを答えられれば十分です。

73条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。二 外交関係を処理すること。三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。五 予算を作成して国会に提出すること。六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。

1号(法律の誠実な執行と国務の総理)

73条は、一般の行政事務に7つの事務を上乗せしています。
その1号は、内閣にどのような権限と義務を与えているのでしょうか。

1号の性格

結論法律の執行は、内閣の権限であると同時に義務でもあります。

執行をやめるという選択肢は、認められません。

違憲だと判断した法律の執行義務

結論内閣は、自ら違憲だと判断した法律であっても、執行義務を免れません(通説)。

条文総理も国務大臣も、99条の憲法尊重擁護義務を負います。

そのため、違憲だと判じた法律まで執行するのはおかしい、という発想が生まれます。

理由合憲かどうかを最終的に見極める役目は、内閣の側には配分されていないからです。

  • 国会の判断:41条後段は、国会を「唯一の立法機関」と位置づけています。その国会が、すでに合憲だと判断して法律を制定しています。
  • 内閣の役目:内閣に配分されているのは、法律を執行する役目です。
  • 国会の地位:内閣の一存で国会の判断をひっくり返せるなら、国会に与えられた地位そのものが崩れます。

注意この結論は、条文から直接出てくるものではありません。

41条後段の趣旨から、解釈で組み立てた結論です。

99条|第十章 最高法規(97〜99条)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

最高裁が違憲と判断した法律(例外)

結論最高裁判所が違憲だと判断した法律については、内閣は執行義務を免れると解されます。

条文81条は、法律や命令などの合憲性を終局的に決める終審裁判所を、最高裁と定めています。

理由最高裁の判断は、司法権が下す終局的な判断です。

国会のように、「これから作る」段階の判断ではありません。

注意この例外は、原則の結論ほど固くはありません。

通説として固まっているのではなく、「そう解するのが妥当」という水準です。

「例外がある」という向きまで押さえれば十分です。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

国務を総理する

定義「国務を総理する」とは、国政全体が調和を保って進むよう、内閣が舵取りをする働きです。

具体例重要な政策の企画立案や、省庁間の調整も、ここに含まれます。

2号・3号(外交関係の処理と条約の締結)

1号は、法律の執行と国務の総理を内閣に与えています。
2号・3号の外交と条約について、内閣はどこまで一存で決められるのでしょうか。

条約と内閣の締結権

定義条約とは、国家同士が文書のかたちで結ぶ合意です。

国際法上の権利や義務を、新たに生み出したり書き換えたりします。

理由条約を結ぶ権限が内閣にあるのは、次の2つの事情によります。

  • 歴史:外交は、歴史的に政府の専権とされてきました。
  • 実務:相手国との折衝を担ううえで、内閣がもっとも適した組織です。

国会の承認

結論条約の締結には、事前に、時宜によっては事後に、国会の承認が必要です(73条3号ただし書)。

条文承認の手続には、衆議院の優越が働きます(61条)。

61条は、予算についての60条2項を準用しています。

両院協議会を開いても意見が一致しなければ、衆議院の議決が国会の議決になります。

理由条約の影響は、国民生活の隅々にまで及びうるからです。

そこで、国民を代表する国会の民主的コントロールを及ぼします。

61条|第四章 国会(41〜64条)条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。

60条|第四章 国会(41〜64条)2項:予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

承認が要る「条約」の範囲

73条3号で承認が要る「条約」の範囲(名前を問わず国家間の文書による合意なら原則すべて対象/例外=委任の無い技術的・細目的な協定と、委任に基づく行政協定)

結論2つの例外は、原則として73条3号の対象から外れ、国会の承認は要りません。

理由実務の細かな取り決めまで一つずつ国会にかけていては、外交が動かなくなるからです。

具体例本体の条約が「実施の細かい手続は、あとで政府どうしで決めてよい」と委ねていたとします。

その委任に基づいて結ばれる取り決めが、行政協定です。

注意2つを見分ける基準は、条約による委任があるかどうかです。

73条3号と98条2項の「条約」

「条約」の範囲の対比(73条3号=狭義・国内の権限配分の問い/98条2項=広義・対外的な遵守義務の問い)

結論同じ「条約」という語でも、73条3号は狭義、98条2項は広義です。

理由2つの条文は、機能そのものが違うからです。

  • 73条3号:どこから国会の統制を及ぼすべきか、という国内の権限配分の線引きです。
  • 98条2項:日本が国際社会に負う約束を誠実に守るべきか、という遵守義務の対象を定めます。

注意条番号を言わずに「条約は」とだけ書くと、この区別がつかなくなります。

答案では、必ず条番号を添えます。

98条|第十章 最高法規(97〜99条)1項:この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。2項:日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

国会の承認を欠く条約の効力

条約の締結には、国会の承認が必要です。
では、国会の承認を得られなかった条約は、どう扱われるのでしょうか。

国内法上の効力

結論国会の承認を得られなかった条約は、国内法的には無効です。

国際法上の効力(条件付無効説)

結論国際法上の効力については、条件付無効説が妥当とされています(通説)。

  • 有効とする見解:相手国の信頼を保護すべきだとして、国際法上はなお有効とします。
  • 条件付無効説:承認権を定めた規定の意味が、国際的に広く知られた要件と受け止められている場合には、国際法上も無効とします。

理由その場合、相手国も承認の手続が要ることを知っていたはずです。

手続を経ていないかもしれないと分かったうえで、条約を結んだことになります。

そのため、相手国の信頼は、もはや保護に値しません。

日本国憲法での帰結

結論条件付無効説に立っても、日本国憲法のもとでは、承認を欠く条約の多くが国際法上なお有効になりやすいです。

理由承認を要する「条約」(73条3号)の範囲そのものが明確でないからです。

範囲があいまいだと、国際的に広く知られた要件とは言い切れません。

そのため、無効になる条件を満たしにくくなります。

注意「条件を満たせば無効」で終えず、2段階の流れをセットで押さえます。

結論だけを切り取ると、逆向きの説明になります。

国会の条約修正権と締結の手続

国会の承認を欠く条約は、国内法的には無効です。
では、国会は承認の際に条約を修正できるのか、そして条約はどのような手続で結ばれるのでしょうか。

国会の条約修正権

結論国会が条約に修正を加えることも認めてよい、とする見解が有力です。

理由条約にも国会の民主的コントロールを及ぼすべきだ、という憲法の趣旨によります。

注意修正の効果は、内閣に相手国との再交渉を義務づけるにとどまります。

条約は相手国との合意で成り立つので、条約の文言そのものが自動的に書き換わるわけではありません。

条約締結の手続

定義批准とは、国としてその条約を結び切る意思を、最後に書面で確かめる行為です。

結論条約締結の手続は、次のとおりです。

  • 交渉:内閣が相手国と交渉します。
  • 調印:内閣が任命した全権委員が、署名します。
  • 批准:内閣の批准で、締結の手続が完了するのが原則です。批准書には、天皇の認証が必要です(7条8号)。
  • 国会の承認:この過程のどこかで、事前または事後に国会の承認を経ます(73条3号ただし書・61条)。
  • 公布:条約が成立したら、天皇が公布します(7条1号)。

注意調印と批准は、段階が違います。

  • 調印:交渉担当者どうしが、いったん内容に合意した段階です。
  • 批准:それを国として最終的に確定させる、もう一段上の行為です。

7条(抜粋)|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。

4号〜7号(官吏・予算・政令・恩赦)

1号から3号は、法律の執行と外交・条約でした。
残る4号から7号は、それぞれ何を内閣に委ね、どこに限界があるのでしょうか。

4号:官吏

定義官吏とは、公務員のことです。

結論内閣は、法律の定める基準に従って、官吏に関する事務を掌理します。

具体例その基準を具体化している法律が、国家公務員法です。

注意4号は「法律の定める基準に従ひ」とだけ定め、法律の名前までは書いていません。

5号:予算

結論予算は、内閣だけが作成できます。

国会が、最初から独自の予算案をまとめることはできません。

条文内閣が作成した予算は、国会に提出され、審議を経て86条の議決を受けて成立します。

86条|第七章 財政(83〜91条)内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

6号:政令

結論内閣は、憲法を直接実施する政令は作れません。

政令は、あくまで法律を実施するための道具にとどまります。

条文6号の「憲法及び法律」は、切り離さず一体として読みます。

「憲法を実施するために作られた法律」を、さらに実施するための政令という意味です。

理由憲法そのものを直接実施できるのは、国会だけだからです。

国会が唯一の立法機関だという考え方が、ここにも表れています。

注意罰則は、罪刑法定主義から、法律で定めるのが原則です。

ただし、法律が範囲を具体的に委任していれば、政令にも罰則を置けます(6号ただし書)。

7号:恩赦

定義恩赦とは、罪を犯した者を赦す制度です。

結論恩赦を決定するのは、内閣です。

条文細かな種類や手続は、恩赦法に委ねられています。

73条以外の権限(8つ)

73条は、内閣の行政の仕事を列挙しています。
では、73条の外に定められた内閣の権限は、どのような性格を持つのでしょうか。

73条以外の8つの権限を相手ごとに束ねた図(天皇へ=助言と承認/国会へ=召集・衆議院解散・緊急集会/裁判所へ=最高裁長官指名・最高裁裁判官任命・下級裁判所裁判官任命/財政=予備費支出)

結論73条の外の8つは、内閣が他の機関に働きかける形の権限です。

行政の内側の仕事は、73条が引き受けています。

理由権力分立は、機関を切り離して終わりではありません。

互いに働きかける道を持たせて、初めて釣り合います。

この8つは、その道にあたります。

注意次の点を区別します。

  • 指名と任命:最高裁長官は内閣の「指名」(6条2項)、それ以外の最高裁判所裁判官は内閣の「任命」(79条1項)です。
  • 最高裁と下級裁:最高裁判所裁判官の任命(79条1項)と、下級裁判所裁判官の任命(80条1項本文前段)は、別の権限です。
  • 名簿による任命:下級裁判所の裁判官は、最高裁判所が指名した者の名簿によって、内閣が任命します。
  • 予備費:予算の不足に備えるお金で、支出したら事後に国会の承諾が必要です(87条)。
  • 衆議院の解散権:8つのうち、とりわけ重要な権限です。

6条|第一章 天皇(1〜8条)2項:天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

79条|第六章 司法(76〜82条)1項:最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。

80条|第六章 司法(76〜82条)1項:下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。

87条|第七章 財政(83〜91条)1項:予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。2項:すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

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#69単独ページ動画

衆議院の解散権と内閣の責任

解散の意義(なぜ衆議院だけか)

解散の意義と民主的機能(解散=議員全員が任期満了前に身分を失う・衆議院のみ→40日以内に総選挙→国民の審判)

解散とは

定義解散とは、議員のすべてについて、任期満了前に議員としての身分を失わせることです。

結論憲法が解散を定めているのは、衆議院だけです(7条3号・69条)。

注意内閣は、不信任決議を受けていなくても衆議院を解散できます。

実際には、そちらのほうが多いくらいです。

参議院に解散が無い理由

結論参議院には、解散という制度そのものがありません。

理由参議院は、任期と改選の仕組みが衆議院と違います(46条)。

  • 任期:議員の任期は六年です。
  • 半数改選:三年ごとに、議員の半数を改選します。
  • 民意の反映:全員を一度に入れ替えなくても、三年ごとに民意が入り、長い時間をかけて民意を反映させる作りです。

注意内閣に総辞職を迫れるのが衆議院だけ、という対応関係は、参議院に解散が無い理由とは別の話です(第9節)。

46条|第四章 国会(41〜64条)参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。

解散の後の流れ

条文衆議院が解散されると、次の期限が決まっています(54条1項)。

  • 総選挙:解散の日から四十日以内に行います。
  • 国会の召集:選挙の日から三十日以内に召集します。

54条|第四章 国会(41〜64条)1項:衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。

解散の民主的機能

定義解散が、それに続く総選挙を通じて、主権者である国民の審判を求める働きを、解散の民主的機能といいます。

結論内閣の方針が正しいかを決めるのは、内閣自身ではなく、選挙で投票する国民です。

解散という行為そのものは、入口にすぎません。

注意解散権の根拠をめぐる学説の対立も、解散の限界も、すべてこの民主的機能を物差しにして判定されます。

解散権の根拠(69条説)

解散は、総選挙を通じて国民の審判を求める働きを持ちます。
では、この解散を実質的に決める力は、何を根拠に内閣にあるといえるのでしょうか。

争われているのは「根拠」

結論解散を実質的に決める力(解散権)が内閣にあること自体には、争いがありません。

争われているのは、その根拠(なぜ内閣に決定権があるといえるか)です。

注意「内閣に解散権があるかどうか」が争われているのではありません。

69条説

結論69条説は、69条に解散権の根拠を求めます。

  • 解散できる場合:69条が定める場合に限られます。
  • 具体的には:衆議院で不信任決議が可決されたか、信任決議が否決されたときだけです。

69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

69条説への批判

結論69条説は、妥当でないとされています。

理由69条所定の場合しか解散できないと、それ以外の場面で国民の審判を仰ぐ機会を作れません。

69条所定の場合以外にも、国民の審判を仰ぐべき場面はあるはずです。

その結果、解散の民主的機能を没却してしまいます(台無しにしてしまいます)。

7条説(通説):天皇と内閣をつなぐ条文の連鎖

69条説は、解散の民主的機能を没却するとして退けられます。
では、通説はどの条文を根拠にし、それをどう説明するのでしょうか。

4条とのずれ

結論通説は、7条3号に解散権の根拠を求めます。

注意7条は、天皇の国事行為を定めた条文です。

しかし4条1項は、天皇は国政に関する権能を有しないと定めています。

すると、なぜ天皇が衆議院の解散という政治性の強い行為をできるのかが問題になります。

4条|第一章 天皇(1〜8条)1項:天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

7条説の論理

解散の根拠をめぐる条文の連鎖(内閣が3条・7条柱書の助言と承認で決定→天皇が7条3号で解散→衆議院→国民が54条1項の総選挙で審判)

結論内閣が「助言と承認」を行う際に、実質的に解散を決定していると解されます。

だから、7条3号が内閣の解散権の根拠になります。

理由条文は、次のようにつながります。

  • 4条1項:天皇は国政に関する権能を持たないので、解散も天皇自身の判断では行われません。
  • 7条3号:天皇は、解散という国事行為を「行う」立場にあります。
  • 3条・7条柱書:国事行為には内閣の助言と承認が要り、責任も内閣が負います。

注意天皇は、内閣がすでに決めたことを、儀式として示すだけです。

7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。……三 衆議院を解散すること。

3条|第一章 天皇(1〜8条)天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

7条説に立つとどうなるか

結論69条にあたらない場面でも、内閣は解散に踏み切れます。

理由69条説より範囲が広く、民主的機能を没却しないので、通説として支持されています。

65条説・制度説が退けられる理由

通説は、7条3号に解散権の根拠を求めます。
では、ほかに根拠を求める65条説・制度説は、なぜ妥当でないのでしょうか。

65条説・制度説とその批判(根拠・前提・批判の対比表)

65条説

結論65条説は、解散は立法でも司法でもない以上、行政作用にあたるとして、65条に根拠を求めます。

注意前提にしている控除説は、国民との関係でどこまでが行政かを測る議論です。

国家機関どうしの力関係を測る議論ではありません。

解散権は、内閣・衆議院・天皇のあいだで誰が実質的に決めるかという、国家機関相互の関係の問題です。

65条|第五章 内閣(65〜75条)行政権は、内閣に属する。

控除説の射程が国民との関係に限られる理由

結論控除説は、国民に向けられた力を分ける議論です。

理由控除説の沿革は、次のとおりです。

  • もとの力:君主が国民を治めるために握っていた力があります。
  • 切り出し:そこから立法と司法を切り出した残りが、行政でした。
  • 射程:つまり、国民に向けられた力を三つに分ける話です。

だから、国家機関のどちらが強いかを測る物差しにはなりません。

制度説

結論制度説は、議院内閣制という制度そのものに根拠を求めます。

理由制度説は、均衡本質説を前提にしています。

均衡本質説は、内閣の議会に対する責任に加えて、内閣による議会の解散権も議院内閣制の本質だとします。

注意議院内閣制は、国や時代によってかなり形が違います。

そのため、決まった本質など無いという見解のほうが有力です。

前提の均衡本質説が崩れる以上、制度説も妥当でないとされています。

7条説の限界(民主的機能が期待される場合に限る)

65条説・制度説は前提に無理があり、7条説が残ります。
では、7条説に立てば、内閣はいつでも自由に解散できるのでしょうか。

限界の考え方

結論7条説に立っても、解散は無条件にいつでもできるわけではありません。

解散の民主的機能が期待される場合に限られる、というのが通説です。

注意「7条説なら、内閣はいつでも自由に解散できる」というのは、よくある誤解です。

4つの類型

結論解散が認められる場面は、次の4つに整理されています。

  • 重要案件:衆議院で内閣の重要案件が否決され、又は審議未了になった場合です。
  • 新たな課題:総選挙の争点でなかった、新しい重大な政治的課題が生じた場合です。
  • 政策の転換:内閣の基本政策が、根本から変わった場合です。
  • 任期満了の接近:議員の任期満了の時期が、近づいている場合です。

理由どの場面にも、改めて国民の判断を仰ぐ理由があります。

具体例内閣の方針も変わらず、新しい課題も無く、任期も十分残っているのに、今なら選挙で勝てそうだという理由だけで解散する場合です。

国民に問うべきことが何も無いので、4つのどれにも当たりません。

なぜ限定が要るか

結論7条説を無限定に使うと、69条説を批判したときの理屈と矛盾します。

理由69条説への批判が、7条説にもそのまま当てはまるからです。

69条説を批判したのは、解散の民主的機能を没却するからでした。

7条説を無限定に使えば、今度は7条説自身が民主的機能を没却することになります。

衆議院の自律解散

ここまでは、内閣が衆議院を解散する場面でした。
では、衆議院が自分自身の意思で解散することはできるのでしょうか。

自律解散の可否

定義自律解散とは、衆議院が自身の決議によって解散することです。

結論通説は、自律解散を否定しています。

理由自律解散を認めると、次の問題が生じます。

  • 明文が無い:憲法には、衆議院自身が解散を決議できるという明文がありません。
  • 地位のはく奪:多数派の議員の意思によって、少数派の議員の地位をはく奪できることになります。
  • 45条の趣旨:議員の任期を保障する45条の趣旨に反します。

注意45条は、衆議院議員の任期を四年と保障しています。

解散を決める力は、あくまで内閣の側にあります。

45条|第四章 国会(41〜64条)衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する。

内閣の意思決定の手続(閣議)

解散を決める力は、内閣の側にあります。
では、内閣は解散を含む権限を、どのような手続で行使するのでしょうか。

内閣の権限行使と閣議(内閣法4条1項=閣議による・条文に明記/実務の慣習=全員一致・条文には無い)

閣議

結論解散を含め、内閣の権限行使は、すべて閣議で決定されます(内閣法4条1項)。

注意内閣法は、憲法とは別の法律です。

4条|内閣法1項:内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする。

全員一致は慣習

結論閣議の決定には全員一致を必要とする、という慣習があります。

具体例慣習上、大臣が一人でも反対すれば、その方針は決定できません。

だから、国務大臣一人ひとりの合意が重い意味を持ちます。

注意内閣法4条1項に「全員一致」という文字はありません。

条文にあることと、運用されている慣習を混同しないでください。

内閣の責任(なぜ「連帯して」負うのか)

内閣の権限行使は、閣議で決定されます。
では、内閣は国会に対して、どのような責任を負うのでしょうか。

明治憲法と日本国憲法の責任の対比(明治憲法=各大臣が天皇に単独で責任/日本国憲法66条3項=内閣が国会に連帯して責任)

連帯責任

結論内閣は、行政権の行使について、国会に連帯して責任を負います(66条3項)。

一部の大臣ではなく、内閣全体で責任を負います。

理由国会から内閣へ民主的なコントロールを及ぼし、民主的責任行政を実現するためです。

注意明治憲法では、各国務大臣が天皇に対して単独で責任を負っていました。

単独責任では、一人の大臣が問題を起こしても、ほかの大臣や内閣全体は無傷でいられます。

66条|第五章 内閣(65〜75条)3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

政治責任と、69条だけが持つ強さ

内閣は、国会に対して連帯して責任を負います。
では、その「責任」とは、法的な責任なのでしょうか。

66条3項と69条の対比(66条3項=政治責任・質問と不信任決議で問う・効果の定め無し/69条=法的責任の要素が強い・二者択一・解散しない限り総辞職)

66条3項の責任

定義政治責任とは、法的な強制力を伴わない、政治的な評価としての責任です。

結論通説は、66条3項の「責任」を政治責任と解しています。

理由66条3項は、責任を負うとは書いていますが、どう責任を取らせるか(効果)を定めていません。

効果が定められていない以上、法的な強制力は出てきません。

具体例内閣の政治責任を問う手段には、質問による追及や、内閣不信任決議があります。

69条の不信任決議

結論69条の内閣不信任決議だけは、法的責任の要素が強いです。

理由単なる政治的な評価にとどまらず、一定の行動を法的に義務づける効果を伴うからです。

  • 二者択一:内閣に、解散か総辞職かを迫ります。
  • 強制効果:解散しなければ、総辞職が義務付けられます。

注意「内閣の責任は政治責任」と一言で言い切ると、69条の特殊性を見落とします。

69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

69条と解散の対応関係

結論内閣に総辞職を迫れるのは衆議院だけで(69条)、解散も衆議院の側にだけ組み込まれています。

注意この対応関係と、参議院に解散が無い理由は、別の話です。

参議院に解散が無いのは、任期が六年で三年ごとに半数改選という仕組みのほうにあります(46条)。

個別責任

69条の不信任決議は、内閣全体に総辞職を迫ります。
では、内閣ではなく一人の国務大臣だけの責任を問うことはできるのでしょうか。

個別責任の追及

定義個別責任とは、特定の国務大臣が単独で負う責任です。

結論66条3項は内閣の連帯責任を定めていますが、個別責任は憲法上特に否定されていません。

そのため、各議院は、個別の国務大臣に対して不信任決議をすることができます。

注意個別の国務大臣に対する不信任決議には、法的な効力は認められていません(69条と同じ効果はありません)。

あくまで、政治的なメッセージにとどまります。

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#70単独ページ動画

法律上の争訟

司法権の帰属(76条1項)

司法権はどこにあるか

結論裁判を行う権限(司法権)は、最高裁判所と下級裁判所に属します。

注意76条1項が定めるのは、司法権がどこに属するかだけです。

司法権の中身を線引きしているのは、裁判所法3条1項です(第3節)。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

明治憲法との対比(「司法権」は歴史的概念)

司法権は、最高裁判所と下級裁判所に属します。
では、明治憲法のもとでも、司法権は同じように定められていたのでしょうか。

明治憲法と日本国憲法の対比(司法権=天皇の名において裁判所が行う/最高裁判所・下級裁判所に属する、行政事件=原則として行政裁判所の専管/通常裁判所がすべて担当)

明治憲法の司法権

結論明治憲法では、司法権は天皇に属していました。

裁判所は、天皇の名において裁判を行う機関という位置づけでした。

注意行政庁の違法な処分をめぐる訴訟は、原則として通常の裁判所では扱えませんでした。

別に設けられた行政裁判所が扱い、これは今は無い制度です。

今の日本国憲法では、ごく限られた例外を除き、通常の裁判所が行政事件を含むすべての裁判を行います。

歴史的概念

定義「司法権」は、普遍の実体を持たない歴史的な概念です。

その国・その時代の憲法が、どう配分するかで中身が決まります。

注意この視点は、客観訴訟の合憲性(第10節)で効いてきます。

「司法権」の意味(中核は法律上の争訟)

「司法権」の中身は、憲法がどう配分するかで決まります。
では、日本国憲法のもとで「司法権」とは、どのような作用をいうのでしょうか。

通説の定義

定義司法権とは、具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって、これを裁定する国家の作用です(通説)。

  • 具体的な争訟:特定の人と人との間で、現に起きている紛争です。仮定の話ではありません。
  • 法の適用・宣言:決められたルールを紛争にあてはめて、結論を言い渡すことです。
  • 裁定する:あてはめの結果として、白黒をつけることです。

法律上の争訟

結論定義の「具体的な争訟」は、裁判所法3条1項の法律上の争訟と同じものを指します。

これが、司法権の中核です。

法律上の争訟にあたらなければ、裁判所は訴えを却下し、中身には入りません。

注意「法律上の争訟」という言葉は、憲法には出てきません。

裁判所法という、別の法律の言葉です。

3条|裁判所法 第一編 総則(1〜5条)1項:裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

法律上の争訟の2要件

司法権の中核は、法律上の争訟です。
では、法律上の争訟にあたるかどうかは、何で測るのでしょうか。

2つの要件

定義判例は、法律上の争訟を、次の2つを満たす紛争としています。

  • 第1要件:当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること。
  • 第2要件:それが法令の適用により終局的に解決することができるものであること。

注意2つとも必要です。

当てはめは、いつも第1要件→第2要件の順に行います。

各要件の意味

定義それぞれの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 具体的な権利義務:誰と誰の間の、何をめぐる争いかがはっきりしていることです。例えば、この人にいくら払え、という話です。
  • 法令の適用:答えを出す物差しが、法令だけで足りることです。
  • 終局的に解決:その裁判で決着がつくことです。判決の後に「本当のところはどうか」が残りません。

なぜこの2つか

結論2つの要件には、それぞれ裁判所という機関の性格が表れています。

理由各要件の理由は、次のとおりです。

  • 第1要件:裁判所は、自分から「この法律はおかしい」と言い出す機関ではありません。現に紛争が起きて、初めて法を語ります。
  • 第2要件:裁判所の物差しは、法令だけです。法令で測れない争いに答えを出せば、法ではない何かの権威になってしまいます。

あたっても裁かれるとは限らない

結論法律上の争訟にあたっても、裁判所が必ず中身まで裁くとは限りません。

具体例内閣が衆議院を解散したとき、その解散が有効かどうかの争いです。

当事者間の具体的な紛争の形になり、2つの要件も満たしうるといえます。

注意それでも、裁判所があえて判断を控える領域があります。

あたらない①:抽象的に法令を争う訴え(警察予備隊違憲訴訟)

法律上の争訟かどうかは、第1要件→第2要件の順に判定します。
まず、第1要件を欠くのはどのような訴えでしょうか。

警察予備隊違憲訴訟

事案ある政党の代表者が、警察予備隊の設置や運営そのものが憲法違反だと主張しました。

特定の相手との具体的な紛争を経ずに、いきなり最高裁判所に違憲の宣言を求めたものです。

結論訴えは却下されました。

判例は、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ、裁判所に判断を求めることができるとしました。

理由第1要件(具体的な権利義務の紛争)を、そもそも欠くからです。

  • 根拠が無い:具体的事件を離れて、抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限には、憲法上も法令上も根拠がありません。
  • 国会の仕事:紛争が無いまま「違憲だ」と述べれば、事件の解決ではなく、法律そのものへの一般的な評価になります。法律を作るのも直すのも国会で、裁判所は事件を裁く形でしか触れられません。

注意第1要件を欠く以上、第2要件は検討するまでもありません。

警察予備隊違憲訴訟最高裁判所大法廷判決「要するにわが現行の制度の下においては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所がかような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には、憲法上及び法令上何等の根拠も存しない。」

あたらない②:学問・技術上の争い(技術士国家試験事件)

第1要件を欠く訴えは、法律上の争訟にあたりません。
では、第1要件は満たすのに、第2要件を欠くのはどのような訴えでしょうか。

技術士国家試験事件

事案国家試験で不合格になった人が、その判定はおかしいと争いました。

結論法律上の争訟にあたりません。

  • 第1要件:合格すれば資格が得られたはずで、試験実施機関との具体的なやり取りなので、一応満たします。
  • 第2要件:合否の判定は、学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断なので、欠きます。

理由合否の判定は、試験実施機関の最終判断に委ねられるべきものだからです。

優劣を決める物差しは、その分野の学問や技術の中にしかありません。

裁判官が採点をやり直せば、法の適用ではなく、裁判官自身の学問上の意見になってしまいます。

注意判定の中身は争えなくても、判定に至る手続は争える場合があります。

  • 例外:手続的な瑕疵や他事考慮があった場合は、法律上の争訟にあたると解してよい、というのが通説です。
  • 具体例:特定の受験者だけ、違う基準で採点した場合です。
  • 理由:公平に採点したか、他の事情を混ぜなかったかは、法令の物差しで測れるからです。

技術士国家試験事件最高裁判所第三小法廷判決「国家試験における合格、不合格の判定も学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、その試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであつて、その判断の当否を審査し具体的に法令を適用して、その争を解決調整できるものとはいえない。」

あたらない③:宗教問題(板まんだら事件)

第2要件を欠く類型には、宗教が絡む紛争もあります。
では、宗教が絡めば、裁判所は一律に扱えないのでしょうか。

宗教問題の基準

結論宗教が絡むこと自体で、法律上の争訟にあたらなくなるわけではありません。

第1要件を満たしていても、次のように分かれます。

  • あたらない:争いの実質を決めているのが宗教上の教義や信仰内容の当否で、そこに立ち入らなければ結論を出せないときは、なお第2要件を欠きます。
  • あたる:教義に立ち入らずに決着をつけられる話であれば、法律上の争訟にあたります。

注意あたる場合でも、宗教問題そのものについて、中身に立ち入った判断は裁判所にはできません。

板まんだら事件

板まんだら事件の請求構造(寄付者Aが宗教法人Bに寄付金返還を請求し、本尊の真贋という教義判断が請求の当否を決める前提問題として挟まる)

事案宗教団体が、本堂を建てるための寄付を募りました。

信者が多額の寄付をしましたが、安置された本尊が偽物だったとして、寄付金の返還を求めました。

結論法律上の争訟にあたらないとされました。

  • 第1要件:寄付金の返還請求という、具体的な権利義務の紛争の形なので、満たします。
  • 第2要件:本尊の真贋という教義の判断が争点の核心なので、欠きます。

理由判例は、次の3点から、その実質において法令の適用による終局的な解決が不可能だとしました。

  • 前提問題:信仰の対象の価値や教義に関する判断は、形の上では請求の当否を決める前提問題にとどまります。
  • 必要不可欠:しかし、その判断は、訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものです。
  • 核心:訴訟の経過を見ると、争点も当事者の主張立証も、その判断が核心になっています。

注意欠けたのは、第1要件ではなく第2要件です。

板まんだら事件最高裁判所第三小法廷判決「本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、また、記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となつていると認められることからすれば、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。」

なぜ教義の当否は法令で決められないか

結論本尊が本物か偽物かは、法令のどこを探しても書いてありません。

理由その物差しは、その宗教の教えの中にしかないからです。

判決で「この本尊は偽物だ」と宣言すれば、国家が、教えの正しさそのものを決めたことになります。

それは、国と宗教の間の線(政教分離)を、裁判所自身が越えることです。

判例の射程

結論あたらないのは、「宗教だから」ではなく、「教義の判断が争点の核心だから」です。

具体例教義とは無関係な、単なる貸し借りのトラブルなら、宗教団体が当事者でも法律上の争訟にあたります。

注意この判例が判断したのは、教義の判断が争点の核心になっている場合だけです。

「宗教が絡めば一律にあたらない」と、射程を広げてはいけません。

宗教問題のもう一つの形(日蓮正宗管長事件)

板まんだら事件では、教義の判断が、請求の前提問題として争点の核心になっていました。
では、地位そのものが訴えの対象になると、どうなるのでしょうか。

日蓮正宗管長事件

日蓮正宗管長事件の請求構造(末寺代表役員らAが管長就任者Bについて代表役員の地位不存在確認を求め、法主への就任〈血脈相承〉に立ち入らなければ地位の存否を審理できない)

定義宗教活動上の地位とは、代表役員のような法律上の役職ではなく、教団の中の宗教上の役職です。

事案末寺の代表役員らが、ある人物には管長の地位が無い、と訴えました。

  • 地位のしくみ:代表役員には、管長の職にある人が就きます。管長には、法主という地位にある人が就きます。
  • 法主の選び方:血脈相承という宗教的な儀式によって決まるとされていました。

結論訴えは却下されました。

  • 原則:裁判所は、宗教活動上の地位にあるかどうかを審理・判断すべきです。
  • 例外:その審理に、教義ないし信仰の内容に立ち入ることが必要不可欠なら、宗教活動上の地位にあるかを判断できません。
  • その結果:代表役員の地位の存否も判断できず、法律上の争訟に当たらないとされました。

理由法主にあたるかを審理するには、血脈相承の意義そのものに立ち入る必要があり、それはまさに教義だからです。

法令には、誰が法主かを決める物差しがありません。

注意多数意見とは違う、反対意見がありました。

血脈相承そのものを判断しなくても、就任の公表や儀式を行った事実などの間接的な事実から、地位の存否を推認できる、という意見です。

日蓮正宗管長事件最高裁判所第三小法廷判決「特定の者が宗教団体の宗教活動上の地位にあることに基づいて宗教法人である当該宗教団体の代表役員の地位にあることが争われている場合には、裁判所は、原則として、右の者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断すべきものであるが、他方、宗教上の教義ないし信仰の内容にかかわる事項についてまで裁判所の審判権が及ぶものではない……。したがって、特定の者の宗教活動上の地位の存否を審理、判断するにつき、当該宗教団体の教義ないし信仰の内容に立ち入って審理、判断することが必要不可欠である場合には、裁判所は、その者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断することができず、その結果、宗教法人の代表役員の地位の存否についても審理、判断することができないことになるが、この場合には、特定の者の宗教法人の代表役員の地位の存否の確認を求める訴えは、裁判所が法令の適用によって終局的な解決を図ることができない訴訟として、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというほかない。」

板まんだら型と管長型の違い

教義判断の置き場所の対比(板まんだら型=答えを出す材料として外から入り核心かどうかを量れる/管長型=審理すべき対象そのものの中身に入り量る手前で審理が止まる)

二つの宗教問題の弁別(訴訟物=寄付金の返還請求/代表役員の地位の存否の確認、教義の位置づけ=前提問題/審理の入口)

結論どちらも、第1要件は満たし、教義を理由に第2要件を欠く点は同じです。

違いは、裁判所が答えを出す問いにあります。

  • 板まんだら型:答えを出すのは「寄付金を返す義務があるか」です。教義の判断は、その答えを出すための材料です。
  • 管長型:答えを出すのは「代表役員の地位があるか」そのものです。その地位に宗教活動上の地位にある人が就くので、教義の判断が対象の中身に入ります。

客観訴訟(2要件を満たさないのに裁ける枠)

ここまでの3類型は、どれも第1要件→第2要件の順で、法律上の争訟にあたらないとされました。
では、2つの要件を満たさない訴訟は、裁判所で一切扱えないのでしょうか。

客観訴訟

客観訴訟の2類型(民衆訴訟=自己の利益と関係の無い資格で提起・選挙訴訟と住民訴訟/機関訴訟=国・公共団体の機関どうしの権限争い・議会と長の訴訟)

定義客観訴訟とは、2つの要件(事件性)を満たさないのに、法律が特別に出訴を認めた訴訟です。

  • 事件性:誰と誰の、何をめぐる争いかという具体的な事件が、現にあることです。2つの要件をまとめた呼び方です。

条文裁判所法3条1項の「その他法律において特に定める権限」に入ります。

理由誰か一人の権利義務の形にならないのに、放っておくと、法の適用そのものが歪む場面があるからです。

例えば、選挙が正しく行われたか、公金が正しく使われたか、という場面です。

誰も争えないままでは法が守られないので、法の適用が客観的に適正かを争う入口を、法律が用意しています。

注意客観訴訟は、法律上の争訟の一種ではありません。

法律が個別に出訴を認めた場合だけ、提起できます。

民衆訴訟と機関訴訟の中身

具体例図の訴訟の中身は、次のとおりです。

  • 選挙訴訟:選挙の無効や、当選の無効を争います。議員定数の不均衡を争う訴訟も、この一種です。
  • 住民訴訟:地方公共団体の公金の支出などが適法かを、住民が争います。政教分離が争われた一連の事件も、この枠組みでした。
  • 機関訴訟:人と人の間の紛争ではなく、議会と長の訴訟のような、組織の内部の権限争いです。

客観訴訟の合憲性

客観訴訟は、法律上の争訟ではないのに、裁判所が扱う訴訟です。
では、客観訴訟を裁判所に扱わせることは、76条1項に反しないのでしょうか。

客観訴訟の合憲性(通説=司法権の中核は法律上の争訟のまま・実質的に近いから反しない/別の見解=事件性を要件から外す・法律が認めれば当然に合憲、結論はどちらも合憲)

2つの説明

結論どちらの見解でも合憲ですが、説明の道筋が違います。

  • 通説:司法権の中核は法律上の争訟のままとします。客観訴訟も、具体的な事実に法令をあてはめる点で通常の訴訟とほとんど変わらず、法律上の争訟に実質的に近いので、反しないと説明します。
  • 別の見解:司法権を、訴えが正しく起こされれば、法律の解釈や適用をめぐる争いについて、決まった手続にのっとって最終的な結論を出す作用と定義し直します。事件性を定義から外すので、法律で出訴権を認めた場合として、当然に合憲です。

理由定義を広げる発想ができるのは、「司法権」に普遍の実体が無く、憲法の配分で中身が決まるからです(第2節)。

中身は動かせるからこそ、どこまで動かしてよいかが議論になります。

注意理由の置き方が違うので、支えられる範囲も違います。

  • 通説:「実質的に近い」ことが理由なので、近くないものまでは支えません。
  • 別の見解:近さを問いません。法律が認めれば、当然に合憲になります。

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#71単独ページ動画

司法権の限界と統治行為

司法権の限界(3つの分類)

あたるのに裁かない領域

定義司法権の限界とは、法律上の争訟にあたる場合でも、事柄の性質上、裁判所の審査に適さないと認められる場合です。

結論「法律上の争訟にあたるか」と「裁判所が裁くか」は、別の問題です。

具体例内閣が衆議院を解散したとき、その解散が有効かどうかの争いです。

法律上の争訟の2要件は満たしうるのに、裁判所が判断を控える領域に入ります(第7節)。

3つの分類

定義司法権の限界は、次の3つに分かれます。

  • 憲法上の限界:憲法自身が、明文で例外を定めている場合です。
  • 国際法上の限界:外国の元首や大使に対する治外法権などです。
  • 性質上の限界:事柄の性質上、審査に適さないと考えられる場合です。

4つの類型

結論憲法上の限界と性質上の限界には、次の4つの類型があります。

  • ①憲法の明文:議員の資格争訟と、裁判官の弾劾です(第2節)。
  • ②自律権:議院や内閣の自律権に属する行為です(第3節)。
  • ③裁量:立法裁量・行政裁量に属する行為です(第4節)。
  • ④統治行為:高度に政治性のある国家行為です(第5〜9節)。

注意①だけが憲法上の限界で、②〜④が性質上の限界です。

4つとも、なぜ裁判所ではなく他の機関が決めるのか、という同じ問いへの答え方の違いです。

憲法に明文がある場合(55条・64条)

4つの類型のうち、①だけが憲法上の限界です。
憲法は、どの裁判を、裁判所以外の誰に担当させているのでしょうか。

55条・64条の対比(議員の資格争訟=各議院が裁く/裁判官の弾劾=両議院の議員で組織する弾劾裁判所が裁く、どちらも通常裁判所の審査の対象外で、行う権限そのものが無い)

議員の資格争訟(55条)

定義議員の資格に関する争訟とは、ある議員に議員としての資格があるか、疑いが生じた場合の裁判です。

結論各議院が、自分の議員の資格を、自分で裁きます。

注意議席そのものを失わせるには、出席議員の三分の二以上という特別多数の議決が要ります。

資格の判定より、重い手続です。

55条|第四章 国会(41〜64条)両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

裁判官の弾劾(64条)

定義弾劾裁判とは、裁判官を辞めさせるかどうかの裁判です。

結論両議院の議員で組織する、弾劾裁判所が担当します。

弾劾の具体的な手続は、法律に委ねられています(64条2項)。

理由通常の裁判所が担当すると、裁判官どうしが仲間の裁判官を裁く形になるからです。

64条|第四章 国会(41〜64条)1項:国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設ける。2項:弾劾に関する事項は、法律でこれを定める。

「対象外」と「権限が無い」

結論55条・64条の裁判は、裁判所の審査の対象から外れるだけではありません。

通常の裁判所は、この裁判そのものを行う権限を、最初から持っていません。

具体例議員の資格が争われても、通常の裁判所には訴えられません。

注意「対象外」というだけなら、権限はあるけれど使わない、とも読めてしまいます。

2つをセットで押さえます。

自律権に属する行為(警察法改正無効事件)

①は、憲法の明文が担当を指定する場合でした。
では、明文が無くても、組織の内部の進め方に裁判所が立ち入らないのはどのような場合でしょうか。

自律権

定義自律権とは、組織の中の進め方は、その組織自身に任せる、という考え方です。

注意衆議院が自分の決議で解散できるか(自律解散)とは、別の話です。

こちらの自律権は、内部の手続に裁判所が立ち入るか、という問題です。

警察法改正無効事件

警察法改正無効事件の請求構造(住民が大阪府に警察費支出の差止めを請求し、裁判所に会期延長の議事手続の審理を求めたが、裁判所は両院の自主性を尊重して議事手続の当否に立ち入らなかった)

事案国会で警察法の改正案が審議され、会期を延長する議決の成立過程に、手続上の疑義が生じました。

延長後の国会で、改正警察法が可決され、公布されました。

  • 訴訟の形:改正法にもとづく警察費の支出について、大阪府の住民が差止めを求める住民訴訟を起こしました。
  • 争点:会期延長の議決が、本当に有効だったかどうかです。

結論同法は両院の議決を経たものとされ、適法な手続で公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべきとしました。

議事手続に関する事実を審理して、その有効無効を判断すべきでない、としたのです。

理由裁判所が議事の進み方を一つ一つ洗い直せるとすると、国会の内部運営に介入することになります。

それは、三権分立のバランスを崩す危険があります。

注意住民訴訟は、法律上の争訟にあたらないのに、法律が特別に認めた訴訟(客観訴訟)です。

この事件で問題になったのは、その入口を通った先にある、自律権という壁です。

警察法改正無効事件最高裁判所大法廷判決「同法は両院において議決を経たものとされ適法な手続によつて公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法制定の議事手続に関する所論のような事実を審理してその有効無効を判断すべきでない」

自律権の射程

結論自律権が及ぶのは、あくまで内部の手続についてです。

注意改正された法律の中身が違憲かどうかは、別の話です。

「議院や内閣に関する話は、何でも審査の対象外」ではありません。

立法裁量・行政裁量に属する行為

②は、組織の内部の進め方を、その組織に任せる場合でした。
では、何を選ぶかを、立法権や行政権に任せるのはどのような場合でしょうか。

裁量

定義裁量とは、複数の合理的な選択肢のうち、どれを選ぶかを任されていることです。

  • 具体化の階層:憲法は法律に具体化を委ね(立法裁量)、法律は行政に具体化を委ねます(行政裁量)。
  • 選択肢:この階層を降りるたびに、複数の合理的な選択肢が出てきます。

結論複数の選択肢が許される以上、どれを選ぶかは、原則として選ぶ側の裁量に委ねられます。

注意裁量だから何をしてもよい、ではありません。

  • 例外:裁量権の濫用・逸脱があれば、裁判所は通常どおり審査し、違法と判断できます。
  • 条文:この考え方は、行政事件訴訟法30条にも表れています。

統治行為

②自律権と③裁量は、どちらも性質上の限界でした。
では、4つ目の性質上の限界である統治行為とは、どのような行為でしょうか。

統治行為と統治行為論

定義統治行為とは、直接、国家統治の基本に関する、高度に政治性のある国家行為です。

  • 統治行為:行為そのものを指します。
  • 統治行為論:その行為について、裁判所が判断を控える、という考え方を指します。

具体例日米安保条約の締結です。

「あたる」のに審査しない

結論統治行為は、法律上の争訟にあたる場合であっても、司法権の限界にあたり、審査の対象から外れます。

注意法律上の争訟の要件を満たしていないから、審査しないのではありません。

要件を満たしている、それでも審査しない、という話です。

4つの類型の比較

4つの類型の比較(①明文=憲法上の限界・憲法の指定・対象外/②自律権=性質上の限界・自主性の尊重・議事手続への立ち入りなし/③裁量=性質上の限界・裁量の承認・濫用逸脱は違法と判断できる/④統治行為=性質上の限界・民主的基盤の差・原則対象外で例外中の例外)

結論4つとも、法律上の争訟にあたるのに、裁判所が裁かない場面です。

注意統治行為の「民主的基盤の差」は第8節、「例外中の例外」は第9節で見ます。

砂川事件(変則的統治行為論)

統治行為は、法律上の争訟にあたっても審査の対象から外れます。
では、統治行為論を最初に使った判例は、どこまで審査を控えたのでしょうか。

砂川事件

事案日米安保条約の合憲性が争われた事件です。

統治行為論が、最初に登場した判例です。

結論最高裁判所の大法廷は、安保条約について、次のように判断しました。

  • 範囲外:「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」としました。
  • 判断の担い手:第一次的には内閣と国会の判断に従うべきで、終局的には主権を有する国民の政治的批判に委ねられるべきものとしました。

理由政治の当否は、まず内閣・国会が判断し、最終的には主権者である国民の政治的批判に委ねるべきだからです。

注意「認められない限りは」という留保が付いています。

一見して極めて明白に違憲無効だと認められる場合は、裁判所が審査することもある、ということです。

審査しうる余地を自分で残しているので、変則型(変則的統治行為論)と呼ばれます。

砂川事件最高裁判所大法廷判決「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」であり、その判断は「第一次的には……内閣および……国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきもの」

苫米地事件(純粋な統治行為論)

砂川事件は、明白に違憲無効な場合に審査しうる余地を残していました。
では、衆議院の解散が争われた事件では、裁判所はどう判断したのでしょうか。

苫米地事件

苫米地事件の請求構造(元衆議院議員が国に任期満了までの歳費の支払いを請求し、その前提として解散は無効で議員の地位は失われていないと主張した)

事案ある衆議院の解散について、当時衆議院議員だった原告が、この解散は憲法に違反し無効だと主張しました。

  • 前提の主張:解散が無効なら、議員の身分を失っていないことになります。
  • 請求:そこで、国に、任期満了までの歳費の支払いを求めました。

結論直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は、裁判所の審査権の外にあるとしました。

  • 要件との関係:「たとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても」審査しません。
  • 解散:解散が有効かどうかを、裁判所は判断しません。

理由その判断は、次の機関に委ねられているからです。

  • 判断の担い手:主権者たる国民に対して政治的責任を負う、政府・国会等の政治部門の判断に委ねられ、最終的には国民の政治判断に委ねられています。
  • 制約の根拠:この司法権に対する制約は、三権分立の原理に由来し、司法権の憲法上の本質に内在する制約とされました。

注意法律上の判断ができる場合であっても、と言い切っていて、その後に留保が続いていません。

審査しうる余地を残していないので、純粋型(純粋な統治行為論)と呼ばれます。

苫米地事件最高裁判所大法廷判決「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為」は「たとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり」、その判断は「主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府、国会等の政治部門の判断に委され、最終的には国民の政治判断に委ねられている」。「この司法権に対する制約は、結局、三権分立の原理に由来し……司法権の憲法上の本質に内在する制約と理解すべきものである」

変則型と純粋型の違い

砂川と苫米地の対比(砂川事件=変則型・「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは」の留保があり審査しうる余地がある/苫米地事件=純粋型・「法律上可能である場合であつても」で留保が無く審査しうる余地がない)

結論2つの判決を分けるのは、留保の有無の一点です。

  • 砂川事件:「認められない限りは」という留保があり、例外の余地を自分で残しています。
  • 苫米地事件:留保が無く、例外の余地がありません。

注意「高度の政治性」という理屈は同じでも、どこまで踏み込むかは判決によって違います。

統治行為論の論拠(民主的基盤の差)

統治行為は、内閣・国会などの政治部門と、最終的には国民の判断に委ねられます。
では、なぜ裁判所ではなく、その機関に委ねるのでしょうか。

民主的基盤の比較(国会=国民の直接選挙・国民の関与あり/内閣=国会が指名した総理が国務大臣を任命・間接的に関与あり/裁判所=最高裁は内閣が任命し他は最高裁が指名・国民の関与なし)

国会・内閣と裁判所の選ばれ方

結論国会・内閣と裁判所では、選ばれ方が対照的です。

  • 国会:国民による直接選挙で選ばれた議員で構成されます(43条1項)。
  • 内閣:国会の議決で指名された内閣総理大臣が、国務大臣を任命して組織します(67条1項・68条1項)。
  • 最高裁判所の裁判官:長たる裁判官は内閣の指名にもとづいて任命され(6条2項)、それ以外の裁判官は内閣が任命します(79条1項)。
  • 下級裁判所の裁判官:実質的に、最高裁判所が指名します(80条1項)。

注意裁判官の選任には、国民も国会も関わりません。

裁判所は、民主的基盤が非常に弱い組織です。

43条|第四章 国会(41〜64条)1項:両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。

67条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。

68条|第五章 内閣(65〜75条)1項:内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。

6条|第一章 天皇(1〜8条)2項:天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

79条|第六章 司法(76〜82条)1項:最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。

80条|第六章 司法(76〜82条)1項:下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。

統治行為論の論拠

結論統治行為を担当する適任者は、裁判所ではなく、国会・内閣です。

理由適任かどうかは、民主的基盤と政治的責任で分かれるからです。

  • 国会・内閣:民主的基盤が強く、国民に政治的責任を負います。
  • 裁判所:民主的基盤が弱く、政治的な結果に責任を負えません。

統治行為論の適用範囲(2つの限定)

統治行為論の論拠は、国会・内閣と裁判所の民主的基盤の差でした。
では、「高度に政治性がある」と言えば、何でも審査から外れるのでしょうか。

例外中の例外

結論統治行為論は、例外中の例外として、適用範囲を限定的に解するのが妥当とされます。

理由統治行為の概念は、とても曖昧です。

みだりに認めると、法の支配そのものが崩れる、という批判があります。

注意「高度に政治性があれば何でも審査の対象外」というのは、誤解です。

限定①:他の理論で説明できるなら使わない

結論他の理論で司法権の限界を説明できる場合には、統治行為論を用いません。

まず、問いを2つに割って、裁量と自律権で説明できないかを検討します。

  • 動機の問い:なぜその決定をしたのか、は裁量の話です。
  • 進め方の問い:どうやってその決定にたどり着いたのか、は自律権の話です。

具体例苫米地事件の解散にあてはめると、次のようになります。

  • 解散の理由:解散する理由が妥当だったかは、内閣の裁量論で説明できないかを検討します。
  • 閣議決定:閣議決定の進め方が適法だったかは、内閣の自律権で説明できないかを検討します。

注意それでも説明しきれない、政治性の核心そのものについて、はじめて統治行為論を使います。

限定②:精神的自由権・選挙権が争点なら使えない

結論精神的自由権と選挙権が争点になっている事件には、統治行為論を使えません。

その場合は原則に戻って、裁判所が通常どおり審査します。

理由統治行為論は、民主政の理論を論拠にしています。

この2つは、政治について自由に語れることと、代表を選べることで、民主政を動かす回路そのものです。

民主政を支える権利を、民主政の理論で審査から外すと、矛盾します。

注意2つの限定は、セットで押さえます。

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#72単独ページ動画

部分社会の法理

団体の内部事項(司法権の限界)

法律上の争訟と限界の関係

定義法律上の争訟の2要件は、次のとおりです。

  • 第1要件:具体的な権利義務の争いであることです。
  • 第2要件:法令の適用で終局的に解決できることです。

結論2要件を満たしても、司法権の限界にあたることがあります。

理由要件と限界は、問いが違います。

  • 2要件:裁判所が扱える形の争いか、という問いです。
  • 限界:扱える形でも、裁判所が決めてよい事柄か、という問いです。

注意性質上の限界(自律権・裁量・統治行為)に、団体の内部事項が加わります。

なぜ団体は別に扱われるのか

結論団体の中の争いには、団体の内部事項という限界が立ちます。

理由団体は、自分たちのルールを作り、それに沿って自分たちで決めます。

大学の学則、政党の規約、議会のルールがその例で、法はこの仕組みを認めています。

裁判所がいちいち立ち入れば、その仕組み自体が成り立たなくなります。

対象となる団体

具体例大学・政党・労働組合・地方議会です。

注意地方議会は、国会と同じ「議院」ではありません。

国会そのものの内部規律は、自律権の問題です。

地方議会は、国とは別の団体として扱います。

議論の流れ

結論扱いは、次のように移り変わりました。

  • かつての有力説:団体をひとまとめにして、一括で対象外とする考え方(部分社会の法理)でした。
  • 今日の通説:理由を示さない一律の排除を否定しています。
  • 最高裁:政党の判決で一部修正し、地方議会の判決で判例を変更しました。

部分社会の法理(かつての有力説)

団体の内部事項は、司法権の限界の一つです。
かつて有力だった考え方は、団体の中の争いをどう扱ったのでしょうか。

部分社会の法理

定義部分社会の法理とは、団体の内部紛争を司法審査の対象から外す考え方です。

  • 部分社会:大学や政党を、自律的な法規範を持つ「特殊な部分社会」と見ます。
  • 除外の範囲:「一般市民法秩序と直接関連しない、純然たる内部紛争」は、司法審査の対象から除外されます。
  • 一般市民法秩序:団体の外のふつうの社会(一般市民社会)を規律する、法のルール全体です。

学説の定式と判決文の言葉

注意似ていますが、別の言い回しです。

  • 学説の定式:「一般市民法秩序と直接関連しない、純然たる内部紛争」です。
  • 判決文の言葉:「一般市民法秩序と直接の関係を有しない、内部的な問題」です。

判決文に出てくるのは、後者の言い回しです。

部分社会の法理への批判と通説の枠組み

部分社会の法理は、団体の内部紛争を一括りにして対象から外します。
この考え方は、なぜ否定され、代わりに何を基準にするのでしょうか。

法秩序の多元性

定義法秩序の多元性とは、国の法律だけがルールのすべてではなく、団体ごとにその団体なりの法規範がある、という考え方です。

結論部分社会の法理の根拠は、法秩序の多元性です。

注意団体に自分たちのルールで動く自由がある、という発想自体は間違っていません。

なぜ否定されたのか

定義特別権力関係論とは、国と特別な関係にある公務員や被収容者について、法律の根拠なく人権を制限でき、裁判所の審査も及ばないとする理論です。

結論今日の通説は、部分社会の法理を否定しています。

条文何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われません(32条)。

理由批判は、次の3点です。

  • 一律の排除:憲法上の根拠を示さず、団体の中のことを一般的・包括的に司法審査から外します。団体の中で完結する軽い話と、団体の利用そのものを奪うような重い話を区別しません。
  • 焼き直し:特別権力関係論が、装いを新たに戻ってきたようなものだと批判されます。
  • 32条との衝突:理由を示さずに門前払いする理論は、裁判を受ける権利と衝突します。

32条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

通説の判断枠組み

結論通説は団体を一括りにせず、対象になるかだけでなく、対象になるとしてどこまで審査するかまで、個別具体的に判断します。

考慮するのは、次の3つです。

  • 団体の性質:団体の目的・性質・機能として、強制的に加入させられる団体か、自分の意思で入った団体かを見ます。
  • 憲法上の根拠:その団体の自律性を支える条文を見ます。
  • 権利の性質:紛争で争われている権利の性質を見ます。

条文自律性を支える憲法上の根拠は、次のとおりです。

  • 大学:23条(学問の自由から出てくる大学の自治)です。
  • 政党:21条1項(結社の自由)です。
  • 労働組合:28条(労働基本権)です。
  • 地方議会:93条です(条文は第8節で引用します)。

注意政党の判決と、地方議会の判決の一つは、「どこまで審査するか」の部分がなければ説明できません。

23条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)学問の自由は、これを保障する。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

28条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

大学の内部紛争(同じ日の2つの判決)

通説は、団体ごとに、対象になるかとどこまで審査するかを個別に判断します。
最高裁は、大学の中の処分をどう扱ったのでしょうか。

大学の内部紛争の関係図(大学→学生:単位を認定しない=対象外/専攻科修了を認定しない=対象。同じ大学・同じ日でも結論は逆)

注意同じ大学を舞台に、同じ日に出された別の事件の判決です。

結論が逆なので、一つの判例として扱わないでください。

富山大学単位不認定事件

事案大学が、学生の単位を認定しなかったことが争われました。

結論単位の不認定は、司法審査の対象になりません。

理由判決は、次のように述べています。

  • 部分社会:大学は「一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成している」とします。
  • 単位の授与:「卒業の要件をなすものではあるが、当然に一般市民法秩序と直接の関係を有するものでないことは明らか」とします。
  • 内部の問題:特段の事情のない限り、「純然たる大学内部の問題として」対象にならないとします。

注意「特段の事情のない限り」という留保があります。

判決自身が、ある授業科目の単位を取ること自体が、一般市民法上の資格要件になっている場合もあると認めています。

「単位認定は絶対に対象外」ではありません。

富山大学単位不認定事件最高裁判所第三小法廷判決「一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成している」以上、「一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題は…司法審査の対象から除かれるべきもの」である。単位の授与(認定)という行為は「…卒業の要件をなすものではあるが、当然に一般市民法秩序と直接の関係を有するものでないことは明らか」であり、「他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として…司法審査の対象にはならない」。

専攻科修了不認定事件

定義専攻科とは、大学に置かれる、学部の課程の上の課程です。

事案大学が、学生の専攻科修了を認定しなかったことが争われました。

結論専攻科修了の不認定は、司法審査の対象になります。

理由国公立の大学で専攻科修了の認定をしないことは、「実質的にみて、一般市民としての学生の国公立大学の利用を拒否することにほかならない」からです。

学生が「一般市民として有する公の施設を利用する権利を侵害するもの」とされました。

注意この判決には、「部分社会」の語が一度も出てきません。

単位の事件とは入り口が違い、公の施設を利用する権利から入っています。

専攻科修了不認定事件最高裁判所第三小法廷判決「国公立の大学において…専攻科修了の認定をしないことは、実質的にみて、一般市民としての学生の国公立大学の利用を拒否することにほかならない」のであり、学生が「一般市民として有する公の施設を利用する権利を侵害するもの」というべきである。

2つの判決の違い

結論大学を利用させるかどうかという、争われている権利の重さで結論が分かれました。

注意「大学の話だから」と一括りにする理論では、この違いを説明できません。

共産党袴田事件(範囲を絞って審査する)

大学では、争われている権利の重さで結論が分かれました。
政党の内部処分が党員の権利利益を侵害するとき、裁判所は何を審査するのでしょうか。

共産党袴田事件の関係図(政党→党員:除名処分、党員→裁判所:①内部的な問題なら審判権は及ばない/②権利利益の侵害なら手続面のみ審査)

共産党袴田事件

事案政党が党員にした除名処分の効力が争われました。

結論審査は、次の二段階です。

  • 内部的な問題:一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及びません。
  • 権利利益の侵害:特段の事情のない限り、政党の規範に照らして判断します。「適正な手続に則つてされたか否かによつて決すべきであり、その審理も右の点に限られる」とされました。

理由政党は、任意に結成される政治結社で、「議会制民主主義を支える上においてきわめて重要な存在」です。

そのため、「高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由」を保障しなければなりません。

  • 結社の自由:政党の自主性は、21条1項の結社の自由が支えています。
  • 決め方まで:誰を党員として残すかという中身まで裁判所が決めれば、自主性が失われるので、見るのは決め方までです。

注意「政党は審査しない」ではなく、「範囲を絞って審査する」です。

  • 一部修正:通常なら、権利利益を侵害する以上、全面的に審査するはずです。政党では審査が手続面だけに絞られ、ここが部分社会の法理の一部修正です。
  • 専攻科との違い:専攻科修了の事件では全面的に審査しましたが、政党の処分では中身の当否に踏み込みません。

共産党袴田事件最高裁判所第三小法廷判決政党は、任意に結成される政治結社であり、「議会制民主主義を支える上においてきわめて重要な存在」であるから、政党には「高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならない」。政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばない。「右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であつても」、特段の事情のない限り、当該政党の規範に照らし「適正な手続に則つてされたか否かによつて決すべきであり、その審理も右の点に限られる」。

愛知県議会事件(発言取消命令)

政党では、権利利益を侵害する場合でも、審査は手続面に絞られました。
地方議会で、議長が議員の発言の取消しを命じた場合はどうなるのでしょうか。

愛知県議会事件

事案県議会議員の発言について、議長が取消しを命じました。

  • 議事録の原本:発言は、すべて記載されたままでした。
  • 配布用の会議録:住民に配布する会議録だけが、取消しの対象になりました。

結論発言の取消命令の適否は、司法審査の対象になりません。

理由判決は、一般論を述べてから、地方自治法をあてはめています。

  • 一般論:法律上の争訟の中にも、「自律的な法規範を有する団体の内部規律の問題として自治的措置に任せるのを適当とするもの」があります。地方議会の係争は、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、対象になりません。
  • あてはめ:地方自治法は、議長に発言の取消しを命じる権限を認め、議会が自主的・自律的に解決することを前提にしています。議員に「発言が配布用会議録に記載される権利利益を付与したもの」とはいえません。
  • 権利が無い理由:発言そのものは原本に残り、記録として残す仕組みは保たれています。会議録をどう作りどこまで配るかは、議会が自分たちで決める議事の運営そのものです。

注意この判決が決めたのは、配布用の会議録に載るかどうかだけです。

議員の身分や活動そのものを止める処分(出席停止・除名)は、別の問題です。

この一般論では、地方議会について部分社会の法理を最初に採用した判決(第8節の山北村議会事件)が引用されています。

愛知県議会事件最高裁判所第一小法廷判決一般論「裁判所法3条1項にいう一切の法律上の争訟とは,あらゆる法律上の係争を意味するものではなく,その中には事柄の特質上自律的な法規範を有する団体の内部規律の問題として自治的措置に任せるのを適当とするものがある。そして,普通地方公共団体の議会における法律上の係争については,一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り,その自主的,自律的な解決に委ねるのを適当とし,裁判所の司法審査の対象とはならないと解するのが相当である」。あてはめ「同法は,議員の議事における発言に関しては,議長に当該発言の取消しを命ずるなどの権限を認め,もって議会が当該発言をめぐる議場における秩序の維持等に関する係争を自主的,自律的に解決することを前提としているものと解される」。……「県議会議員に対して議事における発言が配布用会議録に記載される権利利益を付与したものということはできない。したがって,県議会議長により取消しを命じられた発言が配布用会議録に掲載されないことをもって,当該発言の取消命令の適否が一般市民法秩序と直接の関係を有するものと認めることはできず,その適否は県議会における内部的な問題としてその自主的,自律的な解決に委ねられるべきものというべきである」。……「以上によれば,県議会議長の県議会議員に対する発言の取消命令の適否は,司法審査の対象とはならないと解するのが相当である」。

名張市議会事件(入口と本案)

発言の取消命令は、内部的な問題にとどまり、対象外とされました。
議会の措置で名誉を傷つけられたとして、議員が国家賠償を求めた場合はどうなるのでしょうか。

名張市議会事件の関係図(委員会→議員:厳重注意処分、議員→裁判所:国家賠償請求。①訴えは適法/②議会の自律的判断を尊重し国家賠償法上の違法性なし)

名張市議会事件

定義この事件の厳重注意処分は、地方自治法が定める懲罰ではなく、議会の要綱にもとづく措置です。

判決自身も、特段の法的効力を持つものではないと述べています。

事案議員が、公務の視察旅行を欠席しました。

  • 処分:それを理由に、議会運営委員会が厳重注意処分をしました。
  • 公表:議長が、処分の通知書を、新聞記者のいる議長室で朗読して交付しました。
  • 請求:議員は、名誉を傷つけられたとして、国家賠償を求めて訴えました。

結論判決は、入口と本案の二段構えで答えています。

  • 入口:訴えは、法律上の争訟に当たり、適法です。
  • 本案:議会の自律的な判断を尊重して、国家賠償法上の違法性を否定しました。

理由入口と本案の理由は、次のとおりです。

  • 入口:私法上の権利利益の侵害を理由とする国家賠償請求で、「その性質上,法令の適用による終局的な解決に適しないものとはいえない」からです。第1要件は、金銭の賠償を求める請求なので明らかに満たします。判決が確かめたのは、第2要件のほうです。
  • 本案:措置が「議会の内部規律の問題にとどまる限り」、国家賠償請求の場合でも扱いは変わりません。「議会の自律的な判断を尊重し,これを前提として請求の当否を判断すべき」とされました。

注意「法律上の争訟にあたらない」わけではありません。

入口(訴えが適法か)と中身(請求が認められるか)は、別の階層です。

入口の先で、議会の自律性が判断材料として効いています。

名張市議会事件最高裁判所第一小法廷判決「これは,私法上の権利利益の侵害を理由とする国家賠償請求であり,その性質上,法令の適用による終局的な解決に適しないものとはいえないから,本件訴えは,裁判所法3条1項にいう法律上の争訟に当たり,適法というべきである」。……「普通地方公共団体の議会は,地方自治の本旨に基づき自律的な法規範を有するものであり,議会の議員に対する懲罰その他の措置については,議会の内部規律の問題にとどまる限り,その自律的な判断に委ねるのが適当である……。そして,このことは,上記の措置が私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断する場合であっても,異なることはないというべきである。」「したがって,普通地方公共団体の議会の議員に対する懲罰その他の措置が当該議員の私法上の権利利益を侵害することを理由とする国家賠償請求の当否を判断するに当たっては,当該措置が議会の内部規律の問題にとどまる限り,議会の自律的な判断を尊重し,これを前提として請求の当否を判断すべきものと解するのが相当である」。

出席停止(岩沼市議会事件による判例変更)

名張市議会事件では、訴えは適法とされ、本案で議会の自律性が効きました。
では、議員への出席停止の懲罰は、司法審査の対象になるのでしょうか。

山北村議会事件(従来の判例)

結論部分社会の法理に立ち、出席停止のような懲罰は「議員の権利行使の一時的制限に過ぎない」として、対象外としました。

注意除名処分は、当時から審査の対象でした。

判決自身が、除名を「議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止らない」としています。

岩沼市議会事件

事案議員が、本会議での発言を理由に、議決によって23日間の出席停止の懲罰を受けました。

議員は、出席停止の取消しと、減額された議員報酬27万8300円あまりの支払いを求めて出訴しました。

結論出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となります。

  • 裁量:議会に一定の裁量は認められます。
  • 判断:もっとも、裁判所は「常にその適否を判断することができる」とされました。
  • 判例変更:最高裁は、大法廷で山北村議会事件の判例を変更しました。

条文議会の議員は、住民が直接選挙で選びます(93条2項)。

理由判決は、出席停止の性質と、議員活動への制約の程度を重く見ました。

  • 中核的な活動:出席停止の間、議員は「議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができ」ません。
  • 住民の負託:議員は「住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる」とされました。
  • 一時的制限の否定:従来の言い回しを、名指しで否定しました。「議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして,その適否が専ら議会の自主的,自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない」としています。
  • 93条:住民が直接選んだ議員を議決の場から締め出すことは、住民の負託そのものを軽く扱うことになります。

注意93条は、議会の自治を支える憲法上の根拠でもあります。

議員を議決の場から締め出す場面では、同じ93条が、裁判所が入る理由として逆向きに効きます。

憲法上の根拠は、いつも裁判所が控える方向に効くとは限りません。

岩沼市議会事件最高裁判所大法廷判決出席停止の懲罰を科されると,議員は「議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができ」ず,「住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる」。このような出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと,「これが議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして,その適否が専ら議会の自主的,自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない」。そうすると,出席停止の懲罰は,議会の自律的な権能に基づいてされたものとして,議会に一定の裁量が認められるべきであるものの,裁判所は,常にその適否を判断することができるというべきである。したがって,普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は,司法審査の対象となるというべきである。

93条|第八章 地方自治(92〜95条)1項:地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。2項:地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

変わったのは出席停止だけ

山北村議会事件と岩沼市議会事件の対比表(出席停止=対象外→対象〈判例変更〉/除名処分=対象→対象〈変わらず〉)

注意地方議会の内部紛争が、まるごと対象になったわけではありません。

変わったのは出席停止だけで、除名は判例変更の前から一貫して対象です。

判例の整理(団体ごと)

大学・政党・地方議会の判決を、一つずつ見てきました。
団体ごと・処分ごとに、対象になるかとどこまで審査するかを並べると、どうなるのでしょうか。

大学と政党

結論大学と政党の結論は、次のとおりです。

  • 単位不認定:対象外です。
  • 専攻科修了不認定:対象です。
  • 政党の内部的な問題:対象外です。
  • 政党の権利利益侵害:対象ですが、審査は手続面のみです。

地方議会

結論地方議会の結論は、次のとおりです。

  • 発言取消命令:対象外です。
  • 厳重注意処分:訴えは適法で、議会の自律的判断を前提に判断されます。
  • 出席停止:対象です(判例変更・議会に一定の裁量)。
  • 除名処分:対象です(変更前から一貫)。

注意同じ「地方議会」でも、処分の中身で結論が違い、一括りにはできません。

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司法権の独立

司法権の独立(2つの意味)

司法府の独立と裁判官の職権の独立

定義「独立」には、次の2つの意味があります。

  • 司法府の独立:裁判所という組織が、立法権・行政権から独立していることです(76条1項・広義)。
  • 裁判官の職権の独立:個々の裁判官が、裁判をするときに独立して判断することです(76条3項・狭義)。

結論司法権の独立の核心は、裁判官の職権の独立です。

理由組織が独立していても、中の裁判官が言いなりでは意味がないからです。

注意司法府の独立は、権力分立の当然の帰結です。

2つは別物として区別します。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。2項:特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

76条の3つの項の役割

結論76条の各項は、次の話をしています。

  • 1項:司法府の独立と、裁判所の種類です。
  • 3項:裁判官一人ひとりの独立です。
  • 2項:独立を裏返しにした話です(特別裁判所の禁止・終審裁判の禁止)。

注意2項は、裁判を通常の裁判所の中だけで完結させるという要求です(第7〜10節)。

独立の趣旨

司法権の独立の核心は、裁判官の職権の独立です。
では、なぜ司法だけ、そこまで独立を大事にするのでしょうか。

非政治的な権力

結論司法は非政治的な権力なので、立法権・行政権より侵害される危険が大きいです。

理由国会や内閣は、選挙や世論という多数の支持で動く権力です。

裁判所は、多数の支持で動く権力ではありません。

具体例裁判所は、世論に左右されずに判断しなければなりません。

  • 有罪にできない場合:世論が誰かを強く非難していても、要件を満たさなければ有罪にはできません。
  • 違法と言う場合:どれだけ人気があっても、法に反すれば違法だと言わなければなりません。

少数者の保護と干渉の排除

結論裁判所は、多数決では守られない少数者を守るためにあります。

だから、外部・内部を問わず、干渉を排除する必要があります。

注意排除するのは外からの干渉だけではありません。

裁判所の中からの干渉も排除します(第3節)。

76条3項を言葉どおりに読む

独立は、外からも中からも干渉を排除するためにあります。
では、76条3項の文言は、何をどこまで排除しているのでしょうか。

「その良心に従ひ」

定義「良心」は、裁判官個人の主観的な良心ではなく、裁判官としての客観的な良心と解されています。

好き嫌いや個人的な信条ではなく、公正に判断する姿勢のことです。

理由個人の信条のことだとすると、自分の考えを理由に法を曲げてよいことになります。

それでは、同じ3項の「この憲法及び法律にのみ拘束される」とぶつかります。

注意「良心=裁判官個人の気持ち」と読むのは、よくある誤解です。

「独立してその職権を行ひ」

定義他の何ものの指示・命令も受けずに、自分の判断で職権を行うという意味です。

結論排除されるのは、次の2つです。

  • 外部:立法権や行政権からの指示・命令です。
  • 内部:裁判所の内部からの指示・命令も、同じように排除されます。

具体例先輩の裁判官が、後輩の担当している事件の結論を指示することは許されません。

注意一般的な法律の知識や、判例の読み方を教えることは問題ありません。

問題なのは、担当している事件の結論を指示することです。

事件を担当すれば、経験年数に関係なく、その判断は対等です。

例外に見えて例外でないもの

結論次の2つは、職権の独立の例外ではありません。

  • 上級審の拘束:上級審の判断は、その事件について下級審を拘束します(裁判所法4条)。
  • 国民からの批判:判決への批判そのものは、排除されません。主権者として意見を言う権利です。

理由それぞれ次の理由によります。

  • 上級審の拘束:3項は「この憲法及び法律にのみ拘束される」と定めており、従う根拠は裁判所法という法律だからです。
  • 国民からの批判:禁じられているのは、権力による指示・命令だけだからです。

裁判所の内部からの干渉が問題になった例

裁判所の内部からの指示・命令も、職権の独立で排除されます。
では、実際に内部からの干渉が問題になった場面では、何が起きたのでしょうか。

所長から裁判長への書簡の関係図(A=所長が決定告知前に個人的見解を記した書簡をB=担当の裁判長に交付/その後Bは訴追委員会の審査を経て罷免の訴追を猶予、Aは不訴追)

所長から裁判長への書簡

定義係属とは、その裁判所で事件の審理が進んでいることです。

裁判官訴追委員会は、裁判官に問題がなかったか審査し、弾劾裁判にかけるべきか判断する機関です。

事案ある地方裁判所に、大きな注目を集める事件が係属していました。

  • 書簡の交付:決定が出る前に、所長が、担当の裁判長に、事件についての所長個人の見解を書いた書簡を渡しました。求められてもいないものでした。
  • 書簡の扱い:書簡の取扱いは、裁判官会議で審議することになっていました。ところが裁判長は、東京のほかの裁判官たちに書簡のコピー数枚を送り、なりゆきにまかせました。
  • 報道:コピーの1通が新聞記者の手に渡り、テレビや新聞で報道されました。

結論所長と裁判長の両方が、裁判官訴追委員会の審査を受けました。

  • 所長:不訴追でした。
  • 裁判長:書簡の扱いが職務上の義務に著しく違反すると判断されたうえで、罷免の訴追を猶予されました。

注意不訴追と訴追猶予は別の結論です。

罷免の訴追がされなかった点は共通しています。

委員会による書簡の評価

結論委員会は、訴追を猶予する理由の1つとして、書簡を次のように評しました。

求めてもいないのに、所長の立場にある者から、決定告知前に交付されたものであるから、受け取る側としては、助言の域を超えた干渉ではないかと一応考えることも無理でない。

注意委員会は、「干渉だった」とは断定していません。

それでも、裁判所の中からの干渉が机上の心配ではないことを、国家機関自身の文書が認めています。

独立を守る3つの制度

独立して職権を行うというだけでは、まだ足りません。
判断の自由があっても、辞めさせられたり報酬を減らされたりしないために、憲法はどんな制度を置いているのでしょうか。

結論憲法は、次の3つの制度で、独立の実質を裏打ちしています。

  • 罷免事由の限定(78条前段)
  • 報酬の保障(79条6項・80条2項)
  • 懲戒の禁止(78条後段)

78条|第六章 司法(76〜82条)裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。

罷免事由の限定(78条前段)

結論裁判官が罷免されるのは、次の2つの場合だけです。

  • 心身の故障:裁判により、心身の故障で職務を執れないと決定された場合です(裁判所が行う分限裁判)。
  • 公の弾劾:弾劾裁判所による弾劾裁判です。

注意国会が、気に入らない裁判官を勝手に罷免することはできません。

報酬の保障(79条6項・80条2項)

結論裁判官は、定期に相当額の報酬を受け、その報酬は在任中、減額できません。

79条6項(最高裁判所の裁判官)と80条2項(下級裁判所の裁判官)が、同じ内容を定めています。

注意国家公務員全体の給与が財政上の理由で引き下げられる場合に、裁判官の報酬も一律に減らすことは許されると解されています。

禁じられているのは、特定の裁判官を狙い撃ちにした減額です。

一律にかかる減額は、独立を脅かすものではありません。

79条|第六章 司法(76〜82条)6項:最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。

80条|第六章 司法(76〜82条)2項:下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。

懲戒の禁止(78条後段)

結論行政機関は、裁判官を懲戒できません。

懲戒は、裁判所自身が分限裁判という手続で行います。

注意懲戒の中身は、戒告か1万円以下の過料に限られます。

減給も、停職も、免職もありません。

分限裁判の2つの役割

分限裁判の2つの役割の対比表(罷免の場面=心身の故障による職務執行不能を決め罷免できる/懲戒の場面=戒告または1万円以下の過料を決め罷免はできない)

結論「分限裁判だから罷免」ではなく、どの場面の分限裁判かで決められることが違います。

注意懲戒で裁判官を辞めさせることはできません。

裁判官を辞めさせられるのは、心身の故障の分限裁判と、弾劾裁判所の弾劾裁判の2つだけです。

弾劾裁判による罷免

懲戒のための分限裁判では、裁判官を罷免できません。
では、戒告を受けた裁判官が、最終的に職を失ったのはどの手続によるのでしょうか。

戒告処分を受けた裁判官が罷免されるまでの流れ(戒告処分の後も投稿を続けた→裁判官訴追委員会が罷免の訴追を決定→弾劾裁判所が罷免・これまでに罷免8件、不罷免2件)

戒告から罷免まで

事案投稿をめぐって、懲戒の分限裁判で戒告処分を受けた裁判官がいました。

  • 投稿の中身:担当していない事件について、当事者の感情を傷つける投稿でした。
  • その後:注意や戒告を受けたあとも投稿が重なり、罷免の訴追を受けました。

結論弾劾裁判所は、罷免の裁判を言い渡しました。

訴追された事由のうち、複数の行為が、裁判官弾劾法2条2号に当たるとされました。

注意この裁判官は、戒告の時点では罷免されていません。

罷免したのは、懲戒とはまったく別の手続である弾劾裁判です。

  • 用語:弾劾裁判所が言い渡すのは、条文上「判決」ではなく「罷免の裁判」です。

裁判官弾劾法2条2号

定義2号の罷免事由は、職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったときです。

結論私生活での行いでも、裁判官への信頼を壊すなら、非行に当たります。

弾劾による罷免の件数

結論日本国憲法のもとで、弾劾裁判で罷免された裁判官は、これまでに8人です。

注意訴追されても罷免に至らなかった例が2件あります(訴追=罷免ではありません)。

罷免された裁判官が、資格を取り戻す手続も法律にはあります。

裁判所の組織

ここまでは、独立を守る制度の話でした。
ここからは独立の裏返しとして、裁判所という仕組みそのものを、憲法と法律がどう分担して決めているかを見ます。

裁判所の組織図(76条1項の裁判所=最高裁判所と下級裁判所/下級裁判所は裁判所法2条で高等・地方・家庭・簡易の4種)

憲法が決めていること・法律が決めていること

結論憲法が決めているのは、最高裁判所と下級裁判所という大枠だけです(76条1項)。

  • 下級裁判所の種類:裁判所法2条が、高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所の4種と定めています。
  • 三審制:憲法ではなく、法律が決めています。

注意三審制も、下級裁判所が具体的に何かも、憲法が決めているのではありません。

特別裁判所の禁止(定義は2つの要素)

76条2項は、裁判を通常の裁判所の中だけで完結させる要求です。
では、2項前段が禁じる「特別裁判所」とは、どのような裁判機関を指すのでしょうか。

特別裁判所の定義

定義特別裁判所とは、次の2つの要素を満たす裁判機関です。

  • ①対象:特定の人・特定の事件について裁判するために設けられること。
  • ②系列:その判断について、通常の裁判所の系列内で上訴する道が閉ざされていること。

具体例典型例は、戦前の軍法会議です。

軍人だけを対象に、通常の裁判所とは別の系列で完結していました。

注意「特別な事件を扱う裁判所」という理解は、いちばんの誤解です。

②の「系列から切り離されているか」が、特別裁判所の本質です。

家庭裁判所・知的財産高等裁判所

家庭裁判所と知的財産高等裁判所の対比表(どちらも特別裁判所にあたらない/家庭裁判所=不服があれば通常の裁判所に上訴できる・知的財産高等裁判所=東京高裁の特別の支部で通常のルートで上訴できる)

結論家庭裁判所も知的財産高等裁判所も、特別裁判所にあたりません。

理由①には当てはまっても、通常の裁判所へ上訴できるので、②が欠けるからです。

注意「家族の特別な事件を扱うから特別裁判所」とするのは、よく出る誤りです。

終審裁判の禁止

特別裁判所は、通常の裁判所の系列から切り離されていることが本質でした。
では、2項後段は、行政機関が裁判をすることをどこまで禁じているのでしょうか。

「終審として」

定義終審とは、最後の、確定した判断のことです。

結論禁じられているのは、行政機関が終審として裁判を行うことだけです。

前審としての行政審判は許されます。

理由不服があれば、司法裁判所が後から見直せる形だからです。

注意境目は、「終審かどうか」だけです。

特許庁の審決

具体例特許を認めるかどうかで争いがあると、特許庁が審判を行い、審決という形で判断します。

  • 不服の行き先:審決に不服があれば、知的財産高等裁判所に訴えを起こせます。
  • 帰結:特許庁の審決は終審ではないので、76条2項に反しません。

注意以前は、公正取引委員会の審決も、裁判所が後から見直せる仕組みでした。

しかし、平成25年の改正で、独占禁止法の審判制度は廃止されました。

現在は、公正取引委員会の処分に不服があれば、まず東京地方裁判所に訴えます。

実質的証拠法則(事実認定は裁判所をどこまで縛れるか)

行政機関の審判は、前審としてなら許されます。
では、行政機関が認定した事実に、裁判所を拘束させる規定は合憲なのでしょうか。

問題の所在

事案平成25年改正前の独占禁止法80条が、公正取引委員会の事実認定に裁判所を拘束させる規定の実例です(現在は削られています)。

ここでいう事実認定とは、たとえば、ある会社同士が価格をつり上げる話し合いをしたかという認定です。

無条件に拘束する規定

結論行政機関が認定した事実に、裁判所が無条件で従わなければならないとする規定は、違憲です。

  • 反する条文:76条1項・2項と、裁判を受ける権利の32条に反します。

理由法を適用するには、その前提として事実を認定する作業が欠かせません。

つまり、事実認定も司法権のはたらきの一部です。

32条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

合憲になる2つの条件

定義実質的証拠とは、合理的に考えて、その事実を認定してよいと言えるだけの証拠のことです。

結論次の2つの条件を定める規定(実質的証拠法則)は、合憲です。

  • ①判断者:実質的証拠の有無の判断を、裁判所自身が行うこと。
  • ②拘束の範囲:実質的証拠が存する場合にのみ拘束されること。

理由実質的証拠があるかを判断するのは、裁判所自身だからです。

証拠が足りないと裁判所が見れば、その事実認定に拘束されません。

事実認定という司法権のはたらきが、行政機関に渡ってしまわないのです。

具体例価格の話し合いの認定では、次のように分かれます。

  • 足りる:値上げの直前に各社の担当者が集まっていた記録や、そろって同じ幅で値上げした事実です。
  • 足りない:同じ時期にたまたま値上がりしていた、というだけの事実です。

注意専門技術的な事項や、迅速な判断が必要な事項では、行政機関の事実認定をある程度尊重するのが適切な場面もあります。

そのため、一律に違憲とはせず、この2つの条件で合憲になる形を組み立てます。

旧独占禁止法80条の対応

違憲になる形と合憲になる形の対比表(判断する人=行政機関自身/裁判所自身〈旧80条2項〉、拘束されるか=無条件で拘束/実質的証拠がある場合にのみ拘束〈旧80条1項〉)

結論旧独占禁止法80条は、2つの条件を条文にしていました。

  • 2項:条件①(実質的証拠の有無の判断は裁判所が行う)です。
  • 1項:条件②(実質的証拠があるときに限って拘束される)です。

注意条文の番号と、条件の番号は揃っていません。

2項で裁判所が判断し、1項でその場合だけ拘束される(判断が先、拘束が後)と読みます。

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#74単独ページ動画

最高裁判所の構成と国民審査

最高裁判所の構成

長官と判事

結論最高裁判所は、長官1人と判事14人で構成されます。

注意14人という数は、憲法には書かれていません。

憲法79条1項は「法律の定める員数」とだけ定め、14人の根拠は裁判所法です。

小法廷と大法廷

結論ふだんの事件は、5人からなる小法廷(3つ)で処理します。

15人全員でそろう大法廷もあり、次の場合は大法廷でなければなりません。

  • 違憲の主張:当事者の主張に基づいて、法律・命令・規則・処分が憲法に適合するかを判断するときです。
  • 主張なしの違憲:当事者が主張していなくても、裁判所が憲法に適合しないと認めるときです。
  • 先例と異なる:憲法その他の法令の解釈で、最高裁の先例と意見が異なるときです。

注意1つ目には除外があります。

前に大法廷が合憲とした判断と同じ意見のときは、小法廷でかまいません。

  • 違憲の結論:どちらの入り口から来ても、違憲という結論だけは15人で決めます。

任命の主体(長官と判事の違い)

最高裁判所は、長官と判事で構成されます。
では、それぞれを誰が選び、天皇はどう関わるのでしょうか。

任命の主体(長官=内閣が指名し天皇が任命/判事=内閣が任命し天皇が認証)

長官は「指名して任命」、判事は「任命して認証」

定義認証とは、任命が正しく行われたことを、天皇が公に証明する行為です。

任命そのものではありません。

結論長官と判事で、天皇の関わり方が違います。

  • 長官:内閣が指名し、天皇が任命します(6条2項)。
  • 判事:内閣が任命し、天皇は認証するにとどまります(79条1項・裁判所法39条)。

理由憲法が天皇の任命行為として書いたのは、内閣総理大臣と最高裁判所長官の2つだけだからです。

行政の頂点と司法の頂点を、同じ形にそろえています。

注意長官の形は、内閣総理大臣(国会が指名し、天皇が任命)とほぼ同じです。

指名するのが国会か内閣かだけが違います。

主体と行為を入れ替えた出題に気をつけます。

6条|第一章 天皇(1〜8条)2項:天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

任期と定年

最高裁判所の裁判官は、内閣が任命します(長官は天皇が任命)。
では、任命された裁判官は、いつまで務められるのでしょうか。

任期と定年の対比(最高裁判所=任期無し・定年70歳/下級裁判所=任期10年・定年65歳、簡易裁判所の裁判官のみ70歳)

最高裁判所の裁判官

結論最高裁判所の裁判官に、任期はありません。

ただし定年はあり、法律の定める年齢(現行法で70歳)に達すると退官します(79条5項)。

理由任期を区切ると、更新のたびに任命権者が再任するかを握ることになります。

それでは、職権の独立を任命権者の意向で揺さぶれてしまいます。

そこで、年齢だけで決まる定年という基準を置きました。

下級裁判所の裁判官

定義簡易裁判所とは、少額の民事や比較的軽い刑事の事件を、簡易な手続で早く処理する裁判所です。

結論下級裁判所の裁判官には、10年の任期があります(80条1項・第13節)。

  • 高裁・地裁・家裁:定年は65歳です。
  • 簡易裁判所:定年は、最高裁と同じ70歳です。

国民審査の時期と効果(79条)

最高裁判所の裁判官は、独立を守るために任期を持ちません。
では、主権者である国民は、どこで最高裁判所の裁判官に関われるのでしょうか。

審査の時期と効果

結論国民審査は、次のように繰り返し行われます。

  • 時期(2項):任命後、初めての衆議院議員総選挙の際に審査し、その後は10年を経過した後の初めての総選挙の際に、更に審査します。
  • 効果(3項):投票者の多数が罷免を可とすれば、その裁判官は罷免されます。

注意これまで、国民審査で罷免に至った例はありません。

79条の全体

条文79条は、国民審査だけでなく、最高裁判所の裁判官の地位をまとめて定めています。

  • 1項:構成と任命です。
  • 2〜4項:国民審査です。
  • 5項:定年です。
  • 6項:報酬の保障(在任中の減額禁止)です。

注意6項が禁じるのは、特定の裁判官を狙い撃ちにした減額です。

全体に一律にかかる減額なら、独立を損なうものではありません。

79条|第六章 司法(76〜82条)1項:最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。2項:最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。3項:前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。4項:審査に関する事項は、法律でこれを定める。5項:最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。6項:最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。

罷免の3つの道

結論裁判官を辞めさせる道は、国民審査を加えて3つです。

  • 分限裁判:心身の故障を理由に、裁判所が裁判の形で身分について決めます。
  • 弾劾裁判:両議院の議員で組織する弾劾裁判所が、公の弾劾として罷免します。
  • 国民審査:これらとは別に、主権者の側が持つ道です。

国民審査の法的性質(解職の制度)

国民審査は、投票者の多数が罷免を可とすれば裁判官を罷免する制度です。
では、この制度は、任命を完成させるものなのでしょうか、それとも見直すものなのでしょうか。

2つの理解の仕方

定義国民審査の性質には、2つの理解があります。

  • 任命完成説:審査によって、内閣の任命が初めて完成するという理解です。
  • 解職の制度:いったん完成した任命を、後から見直すという理解です。

国民審査の性質を示した大法廷の判決

結論判例は、国民審査を解職の制度と見ています。

判旨は「その実質において所謂解職の制度と見ることが出来る」と述べました。

理由判例と条文の構造から、次の2つが導かれます。

  • 10年ごとの繰り返し:審査が任命を完成させる手続なら、1度で終わるはずです。判旨は「一回の投票によつて完成された任命を再び完成させるなどということは考えられない」と述べました。
  • 2項と3項の組合せ:2項だけなら、任命を確認する手続にも読めます。3項の「罷免を可とするときは、罷免される」と合わせて読むと、罷免すべきか否かを決める制度だと分かります。

注意性質決定は、好みで選ぶものではありません。

条文の構造そのものから出てくる結論です。

最高裁判所裁判官の国民審査最高裁判所大法廷判決解職の制度最高裁判所裁判官任命に関する国民審査の制度はその実質において所謂解職の制度と見ることが出来る。一回の投票によつて完成された任命を再び完成させるなどということは考えられない。

白票の扱い

国民審査は、罷免すべきかどうかを決める解職の制度です。
では、何も書かずに投票した票は、どう扱われるのでしょうか。

現行法の投票方式

結論現行法は、罷免を可とする裁判官にだけ×印を書く方式です(国民審査法15条1項)。

何も書かなければ、「罷免を可としない投票」として数えられます。

理由解職の制度である以上、意味を持つのは、積極的に罷免を可とする票の数だけです。

それ以外の票は、罷免を可としない側に数えれば足ります。

白票は信任票ではない

結論白票は、信任票ではありません。

理由白票を投じた人は、積極的に「罷免しないでほしい」と決めたわけではありません。

積極的に罷免を求める意思を持たなかった、というだけです。

注意判例自身が、「罷免を可としない投票」という言い方は正確でない、と留保を付けています。

「白票=信任」と考えるのは、よくある誤解です。

在外国民審査権訴訟(審査権の制限は違憲)

国民審査は、主権者が最高裁判所の裁判官を罷免すべきか決める制度です。
では、海外に住む国民に審査の機会を与えないことは、憲法上許されるのでしょうか。

事案と結論

事案衆議院議員総選挙にあわせて、国民審査が行われました。

海外に住む日本国民には、審査の投票用紙が一枚も交付されませんでした。

在外国民が審査する制度が、そもそも用意されていなかったからです。

結論最高裁大法廷は、在外国民に審査権の行使を全く認めていないことを、違憲と判断しました。

判断は、次の4段階で組み立てられています(第1段〜第4段)。

注意海外に住む国民の選挙権が制限された事件とは、別の事件です。

ただし、選挙権の事件で示された枠組みが、審査権にもそのまま及びます。

第1段:審査権の性質

結論審査権は、国民主権に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容です。

その点で、選挙権と同様の性質を持ちます。

理由憲法は、最高裁判所の強い地位と権能に鑑みて、この制度を置いたからです。

判旨は、最高裁判所を「一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である(憲法81条)」とし、その「地位と権能に鑑み」と述べました。

注意公務員を選び、罷免するのは国民の権利です(15条1項)。

これが国民審査の条文上の根拠なので、結論も15条1項違反という形になります。

在外国民審査権訴訟最高裁判所大法廷判決審査権の性質憲法は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である(憲法81条)などの最高裁判所の地位と権能に鑑み、この制度を設け、主権者である国民の権利として審査権を保障しているものである。そして、このように、審査権が国民主権の原理に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有することに加え、憲法が衆議院議員総選挙の際に国民審査を行うこととしていることにも照らせば、憲法は、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

第2段:制限の枠組み

結論審査権やその行使の制限は、原則として許されません。

制限するには、「やむを得ないと認められる事由」が必要です。

  • やむを得ない事由:制限しなければ、審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが、「事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合」に限られます。
  • 立法の不作為:法律を作らずに放置することも、制限の一種として扱われます。

在外国民審査権訴訟最高裁判所大法廷判決やむを得ない事由憲法の以上の趣旨に鑑みれば、国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、審査権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには国民審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに審査権の行使を制限することは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するといわざるを得ない。

第3段:あてはめ

結論在外国民に審査権を認めるうえでの課題は、運用上の技術的な困難にとどまります。

制限を正当化する事由には、あたりません。

具体例投票用紙をどう作るか、本人確認をどうするか、といった運用面の課題です。

第4段:結論

結論在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、15条1項、79条2項、3項に違反します。

注意選挙権のときと、同じ型で違憲になっています。

国家賠償(違憲と賠償は別の判断)

在外国民に審査権の行使を認めていないことは、違憲とされました。
では、違憲である以上、国は当然に賠償しなければならないのでしょうか。

二段構えの判断

結論違憲かどうかと、国が賠償するかは、別のものさしで判断されます。

法律を作らずに放置したことが、賠償の対象となる違法になるのは、例外的な場合に限られます。

  • 例外的な場合:権利行使の機会を確保する立法が必要不可欠で、それが明白なのに、国会が正当な理由なく長期間放置したときです。

理由どんな法律を作るかは、まず国会が決めることだからです。

違憲とされた状態を国会がどう直すかにも、幅があります。

注意「違憲だから当然に賠償」ではありません。

この事件のあてはめ

結論在外選挙制度が広げられてから、約10年放置されていたことが、例外にあたるとされました。

賠償が認められ、1人5000円の限度で確定しました。

判決後の法改正

違憲判決は、投票用紙の作り方や方式を変える余地がないとは言えない、と述べました。
では、国会はこの判決を受けて、何をしたのでしょうか。

判決後の法改正の流れ(違憲判決→令和4年法律第86号で国民審査法を改正・在外審査制度を創設→2023年2月17日施行・告示番号の欄に×を書く方式)

在外審査制度の創設

結論国民審査法が改正され、2023年2月17日から在外審査の制度が始まっています。

在外投票では、裁判官の氏名の代わりに、告示番号の欄に×印を書く方式です。

注意「在外国民は審査の投票ができない」というのは、過去の話です。

違憲判決が、実際に制度を動かした例です。

規則制定権(77条)

国民審査は、主権者が人事の側で握る手綱です。
では、最高裁判所がルールを作る側では、どのような権限と限界があるのでしょうか。

規則を定められる事項

結論最高裁判所は、次の4つの事項について、規則を定める権限を持ちます(77条1項)。

  • 訴訟に関する手続:裁判所に出す書類に何を書くか、いつまでに出すか、といった細かい決まりです。
  • 弁護士:資格そのものは含みません(下の「弁護士に関する事項の限定」)。
  • 裁判所の内部規律:裁判所の中の規律です。
  • 司法事務処理:司法の事務の処理です。

具体例民事訴訟規則、刑事訴訟規則です。

注意検察官は、この規則に従わなければなりません(2項)。

下級裁判所に関する規則は、下級裁判所に委任できます(3項)。

77条|第六章 司法(76〜82条)1項:最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。2項:検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。3項:最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。

国会中心立法の原則の例外

結論最高裁判所規則は、国会中心立法の原則の明文の例外の1つです。

  • 議院規則:各議院が、自分の会議の手続や内部の規律を定める規則です。
  • 最高裁判所規則:77条の規則です。

規則制定権の趣旨

結論規則制定権を最高裁判所に認めた趣旨は、2つです。

  • 自主性:裁判所の自主性を守り、最高裁が司法部内を統制できるようにするためです。
  • 専門性:実務に通じた最高裁の、専門的な判断を活かすためです。

弁護士に関する事項の限定

結論弁護士の資格そのものは、規則では決められません。

規則が触れられるのは、すでに弁護士になった人が、訴訟にかかわる場面に限られます。

理由資格は職業選択の自由に関わるので、法律で定める必要があるからです。

注意弁護士自治とは、別の話です。

  • 弁護士自治:弁護士の団体が、登録や懲戒を自分たちで決める仕組みです。

規則と法律の関係(競合したら法律が優先)

最高裁判所は、77条1項の事項について規則を定められます。
では、同じ事項について規則と法律がぶつかったら、どちらが優先するのでしょうか。

規則と法律は競合する

結論規則で定められる事項を、国会が法律で定めることもできると解されています。

だから両者は競合し、矛盾抵触が起こりえます。

具体例ある訴訟手続の書類の提出期限を、法律が10日、最高裁判所規則が7日と定めていた場合です。

注意「競合しない」と言ってしまうと、そもそも論点が立ちません。

法律が何も決めていない細かい手続は、規則がそのまま働きます。

優劣が問題になるのは、同じ事項について両方が違うことを定めた場面だけです。

法律が優先する(通説)

結論規則と法律が矛盾抵触するときは、法律が優先します(通説)。

理由理由は2つです。

  • 41条の趣旨:国民の代表機関である国会に立法権を独占させ、立法に民主的なコントロールを及ぼすためです。
  • 民主的基盤の欠如:法律は民主的な手続で定められた法規範ですが、最高裁判所規則には民主的な基盤がありません。最高裁判所自体が、選挙で選ばれていないからです。

注意議院規則と法律の優劣とは、結論が分かれます。

  • 議院規則:従来の通説は、より民主的な手続で作られた法規範が優位するとして法律優位でした。これに対し、議院の自律権を理由に、議院規則が優位すると解する立場があります。
  • 最高裁判所規則:押し切られると自律権が害される、という対抗する理由がありません。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

司法行政監督権

最高裁判所は、規則制定権によって、司法部内を統制できます。
では、その統制は、裁判官の判断にまで及ぶのでしょうか。

監督できる範囲

定義司法行政監督権とは、最高裁判所が、最高裁の職員や、下級裁判所とその職員を監督する権限です(裁判所法80条1号)。

人事や庶務といった、裁判所の運営の面をまとめて見ます。

注意根拠は、憲法ではなく裁判所法にあります。

職権行使への不干渉

結論監督できても、裁判官の職権行使そのものには干渉できません(76条3項)。

理由監督が及ぶのは運営の面までで、事件をどう判断するかはその外にあるからです。

対象が違うので、監督できることと、判断に口を出せないことは両立します。

注意裁判所内部の指示も、職権行使への干渉として排除されます。

76条|第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

下級裁判所の裁判官(80条1項)

最高裁判所の裁判官は、内閣が任命し、国民審査に付されます。
では、下級裁判所の裁判官は、どのように選ばれるのでしょうか。

任命の仕組み

結論下級裁判所の裁判官は、最高裁判所が指名した者の名簿によって、内閣が任命します。

任期は10年で、再任されることができます。

80条|第六章 司法(76〜82条)1項:下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。

再任は権利か

結論「再任されることができる」は、権利ではありません。

再任するかどうかは、任命権者の裁量に委ねられています。

理由条文は「再任される」ではなく、「再任されることができる」と書いているからです。

注意これは判例ではなく、実務の取扱いです。

内閣は任命を拒めるか

結論内閣の審査は、形式的な確認にとどまると解されています。

法律が定める資格を満たしているかどうか、その確認だけです。

理由司法権の独立の観点からです。

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裁判の公開と法廷でのメモ

裁判の公開(82条1項)

3つの言葉

定義82条1項の3つの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 対審:当事者を対立させて関与させる、審理の場面です。刑事訴訟では公判手続、民事訴訟では口頭弁論手続と呼ばれます。
  • 判決:対審を経たあとに、裁判所が行う最終的な判断です。刑事なら有罪判決・無罪判決、民事なら請求認容判決・請求棄却判決が典型です。
  • 公開:一般の人が自由に傍聴できる状態を認めることです。

注意判例は、32条の「裁判」を、82条の「裁判」と同じ意味としています。

82条|第六章 司法(76〜82条)1項:裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。2項:裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

32条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

公開の趣旨

結論82条1項の趣旨は、裁判を一般に公開して、裁判が公正に行われることを制度として保障することにあります。

ひいては、裁判に対する国民の信頼を確保しようとするものです。

傍聴席に限りがあっても違反しない

結論傍聴券が抽選になっても、座席数に限りがあっても、公開原則には違反しません。

理由82条が命じているのは、一般人の傍聴を認める状態にしておくことだからです。

特定の誰かを、必ず入れることではありません。

注意「誰でも入れる」ことと、「入れろと請求できる」ことは違います。

この区別が、レペタ事件の答えにつながります(第5節)。

公開の例外(82条2項本文)

82条1項では、対審も判決も公開法廷で行うのが原則です。
では、公開しないで行えるのは、どのような場合でしょうか。

非公開の2つの要件

結論次の2つがそろって初めて、対審だけを非公開にできます。

  • 全員一致:裁判官の全員一致が要ります。多数決では足りません。
  • 公序良俗:公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決したことが要ります。

理由非公開は、公開という原則そのものを外す判断だからです。

決め方は全員一致に、理由は公序良俗の虞に、どちらも最も重い形に縛ってあります。

注意「裁判所が非公開にしようと思えばできる」と丸めてはいけません。

例外の例外と判決(82条2項ただし書)

2項本文の要件を満たせば、対審を非公開にできます。
では、それでも非公開にできないのは、どのような場合でしょうか。

82条の三段構造(①原則=対審も判決も公開法廷で行う→②例外=全員一致と公序良俗を害する虞で対審だけ非公開にできる→③例外の例外=一定の事件の対審は常に公開、判決は①のまま動かない)

ただし書の「事件」

結論政治犯罪、出版に関する犯罪、憲法第三章で保障する国民の権利が問題となっている事件の対審は、常に公開しなければなりません。

この「事件」は、刑事事件だけを指すと解されています。

理由「政治犯罪、出版に関する犯罪」という、刑事の罪名と並べて書かれているからです。

注意民事の訴訟には、ただし書は及びません。

判決は例外なく公開

結論判決は、一切の例外なく、必ず公開されます。

理由2項が非公開にできるとしているのは、対審だけだからです。

判決は、ただし書を待つまでもなく、最初から2項の対象外です。

注意「例外の例外」(ただし書)と「判決は必ず公開」は、別の話です。

混ぜないようにします。

レペタ事件の事案と判断の組み立て

裁判の公開は、一般人が傍聴できる状態を制度として保障するものです。
では、傍聴人が法廷でメモを取ることは、憲法上どう扱われるのでしょうか。

事案

事案アメリカ・ワシントン州の弁護士資格を持つ研究者が、訴えた事件です。

国際交流基金の特別研究員として、日本の証券市場を研究していました。

  • 傍聴:東京地方裁判所の所得税法違反の事件を傍聴し、公判期日ごとに、メモを取る許可を裁判長に求めました。
  • 不許可:裁判長は、許可しませんでした。
  • 記者との違い:同じ裁判長は、司法記者クラブに所属する記者には、メモを許可していました。
  • 提訴:この扱いを不服として、国家賠償を求めました。

判断の4つの部分

結論判決の判断は、次の4つに分かれます。

  • ①82条の答え:保障の否定です(第5節)。
  • ②知る権利の派生:21条1項からの根拠です(第6節)。
  • ③筆記行為の尊重:法廷でのメモへの当てはめです(第6節)。
  • ④制限の可否:厳格な基準が要るかです(第7節)。

82条からの答え(保障の否定)

レペタ事件の判決は、まず82条1項の趣旨を確認しています。
では、82条から、傍聴やメモを取ることの権利は出てくるのでしょうか。

保障の否定

結論82条1項は、次の2つを認めていません。

  • 傍聴:各人が裁判所に対して、傍聴することを権利として要求できることまでは認めていません。
  • メモ:傍聴人に対して、法廷においてメモを取ることを権利として保障してはいません。

理由82条が縛っているのは、裁判所という組織の側だからです。

主語は「裁判の対審及び判決」であって、傍聴人ではありません。

注意82条の入口からは、メモを取る自由は出てきません。

第1節の「誰でも入れる」と「入れろと請求できる」の違いが、そのまま答えになっています。

レペタ事件最高裁判所大法廷判決保障の否定(八十二条の答え)憲法八二条一項の規定は、裁判の対審及び判決が公開の法廷で行われるべきことを定めているが、その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある。……右規定は、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものでない

21条1項からの答え(知る権利の派生と筆記行為の尊重)

82条からは、メモを取る自由は出てきません。
では、21条1項という別の入口からは、どう答えられるのでしょうか。

② 知る権利の派生

結論さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する自由は、21条1項から導かれます。

判決は、21条1項の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるとしました。

レペタ事件最高裁判所大法廷判決知る権利の派生……このような情報等に接し、これを摂取する自由は、右規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところである

③ 筆記行為の尊重

結論メモを取ることは、「保障」ではなく「尊重」の対象です。

  • 筆記行為:情報等に接し、摂取することを補助するものとしてなされる限り、21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきです。
  • 法廷でのメモ:見聞する裁判を認識、記憶するためになされる限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないとされました。

理由メモを取る行為は、情報を摂取することを補助する行為だからです。

注意判決は、言葉を選んでおり、「保障」とは言っていません。

①の「保障していない」と③の「尊重に値する」は正反対ではなく、入口が違うための答えの違いです。

  • 82条から見ると:傍聴もメモも、権利ではありません。
  • 21条から見ると:メモは、尊重に値します。
  • 押さえる点:同じ一つの行為でも、どの条文から見るかで守られ方の強さが変わります。

レペタ事件最高裁判所大法廷判決筆記行為の尊重(法廷でのメモ)筆記行為は、……さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するものとしてなされる限り、筆記行為の自由は、憲法二一条一項の規定の精神に照らして尊重されるべきである傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

制限の可否(厳格な基準は不要)

メモを取る自由は、21条1項の精神に照らして尊重に値します。
では、その制限や禁止には、厳格な基準が要るのでしょうか。

厳格な基準は不要

結論筆記行為の自由の制限や禁止に、厳格な基準は要求されません。

理由筆記行為の自由は、21条1項が直接保障する表現の自由そのものとは異なるからです。

21条から直接出てくる権利ではなく、あくまで派生原理から来る自由です。

レペタ事件最高裁判所大法廷判決厳格な基準は不要右の筆記行為の自由は、憲法二一条一項の規定によつて直接保障されている表現の自由そのものとは異なるものであるから、その制限又は禁止には、……厳格な基準が要求されるものではない

実際の扱い(3段)

結論法廷でのメモは、次の3段で扱われます。

  • 妨げる場合:メモを取る行為がいささかでも公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるなら、制限や禁止は当然です。
  • 原則自由:メモが訴訟の運営を妨げるに至ることは通常はあり得ないので、特段の事情のない限り、傍聴人の自由に任せるべきです。
  • 許可制:あらかじめ一般的に禁止し、状況に応じて個別に許可する取扱いも、裁判長の裁量の範囲内として許されます。

注意許可制が許されるのは、傍聴人がメモを取ることを故なく妨げることにならない限りです。

レペタ事件最高裁判所大法廷判決原則自由と裁量の範囲内そのメモを取る行為がいささかでも法廷における公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げる場合には、それが制限又は禁止されるべきことは当然である傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常はあり得ないのであつて、特段の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべき傍聴人がメモを取ることをあらかじめ一般的に禁止し、状況に応じて個別的にこれを許可するという取扱いも、……裁判長の裁量の範囲内の措置として許容される

レペタ事件の結論と、判決が動かしたもの

一般的に禁止して個別に許可する取扱いも、裁判長の裁量の範囲内とされました。
では、原告の請求は、結局どうなったのでしょうか。

判決の結論

結論上告棄却で、原告は敗訴しました。

この事件で問題になった許可制自体は、違憲とはされていません。

理由許可制そのものが、裁判長の裁量の範囲内とされたからです(第7節)。

レペタ事件最高裁判所大法廷判決主文本件上告を棄却する。

判決が動かしたもの

結論③で「尊重に値する」と述べたことが、その後の実務に影響を与えました。

判決のあと、法廷でのメモの許可制は、実務上ほとんど行われなくなった、と一般に知られています。

注意「メモの自由が人権として認められた」という要約は、正確ではありません。

認められたのは、あくまで尊重に値するという、中間の地位です。

判決の結論(敗訴)と、判決が動かしたもの(実務)は、分けて押さえます。

北海タイムス事件(法廷での写真撮影)

法廷でのメモは、特段の事情のない限り、傍聴人の自由に任せるべきとされました。
では、同じ法廷での記録行為でも、写真撮影はどう扱われるのでしょうか。

北海タイムス事件

定義特別抗告とは、憲法違反などを理由に、最高裁判所に不服を申し立てる手続です。

事案新聞社の写真班員が、法廷で被告人を撮影しました。

  • 告知:裁判所は、あらかじめ、撮影は公判が始まるまでなら構わない、始まったら許さない、と告知していました。
  • 撮影:裁判長の「写真は駄目です」という制止も無視して、裁判所の許可なく撮影しました。
  • 制裁:法廷等の秩序維持に関する法律による制裁を受け、特別抗告をしました。

結論写真撮影を裁判所の許可にかからせても、憲法に違反しません。

大法廷の決定は、刑事訴訟規則215条が写真撮影の許可等を裁判所の裁量に委ねていることを、憲法に違反しないとしました。

理由公判廷での写真の撮影等は、行われる時、場所等によっては、好ましくない結果を生ずる恐れがあるからです。

北海タイムス事件最高裁判所大法廷決定写真撮影の許可制公判廷における写真の撮影等は、その行われる時、場所等のいかんによつては、前記のような好ましくない結果を生ずる恐れがあるので、刑事訴訟規則二一五条は写真撮影の許可等を裁判所の裁量に委ね、その許可に従わないかぎりこれらの行為をすることができないことを明らかにしたのであつて、右規則は憲法に違反するものではない。

メモと写真撮影の違い

結論同じ法廷で記録する行為でも、メモは原則自由、写真撮影は許可制のままです。

理由撮影は、法廷の状況そのものを変えてしまうからです。

フラッシュ、シャッター音、機材を構える動作で、訴訟関係人に現実に影響が生じます。

具体例メモは、静かにペンを動かすだけです。

レペタ事件の「妨げるに至ることは通常はあり得ない」は、この違いに表れています。

注意線は、訴訟の運営を妨げるかどうかで引かれています。

裁判員制度(構成と三つの関与)

ここまでは、法廷を国民に開く仕組みを見てきました。
では、国民が裁判そのものに加わる裁判員制度は、どのような仕組みでしょうか。

構成

定義裁判員制度は、一定の重い罪の事件について、国民が裁判に参加する制度です。

平成21年から実施されています。

結論裁判体は、次のように構成されます。

  • 裁判官:職業裁判官3名です。
  • 裁判員:有権者の中から、くじで選ばれた6名です。
  • 対象:死刑・無期拘禁刑にあたる罪など、重い罪の事件です。

三つの関与

結論裁判員が関与するのは、事実の認定・法令の適用・刑の量定の3つです。

法令の解釈と訴訟手続に関する判断は、裁判官だけが行います。

注意「事実認定と量刑だけ」ではありません。

法令の適用も含まれます。

適用と解釈の違い

定義2つの言葉の違いは、次のとおりです。

  • 適用:法令を事実に当てはめることです。
  • 解釈:法令の意味そのものを確定することです。

具体例正当防衛で考えると、次のように分かれます。

  • 適用:「正当防衛にあたるか」を事実に当てはめて判断するのは、裁判員も加わります。
  • 解釈:「正当防衛の急迫性とは、そもそもどういう意味か」を決めるのは、裁判官だけです。
  • 急迫性:侵害が今まさに迫っている、という刑法の要件です。

注意適用と解釈を取り違えると、短答で確実に引っかかります。

なぜそこで線を引いたか

結論意味を決めるところは裁判官に残し、当てはめに市民の目を入れる、という線引きです。

理由2つの側から説明できます。

  • 解釈の側:法令の意味を確定させると、その意味は同じ条文を使う場面すべてに及びます。事件ごとに意味が揺れては、法に基づく裁判になりません。だから、法の専門家である裁判官を、裁判の基本的な担い手として残します。
  • 当てはめの側:目の前の事実がその意味に当たるかは、社会の常識に照らして考える場面が多くあります。だからこそ、くじで選ばれた市民が加わる意味があります。

注意裁判官だけが解釈を担うという位置づけは、裁判員制度合憲判決自身が述べています(第12節)。

陪審制・参審制との比較

裁判員は、裁判官と一緒に3つの判断を行います。
では、この制度は、陪審制や参審制とどう違うのでしょうか。

陪審制・参審制・裁判員制度の対比(陪審制=市民だけで事実認定・法の適用は裁判官/参審制=市民と裁判官が一緒に事実認定・法令の適用・量刑を判断/裁判員制度=くじで選ばれる点は陪審制に近く、三つの判断を行う点は参審制と共通する日本独特の制度)

我が国独特の制度

結論判決は、裁判員制度を、陪審制に類似し、参審制とも共通する、我が国独特の国民の司法参加の制度としています。

  • 陪審制に似る点:裁判員は事件ごとにくじで選ばれ、裁判官のような身分もありません。
  • 参審制と共通する点:裁判官と一緒に、事実の認定・法令の適用・刑の量定を行います。

注意参審制でも、市民は法令の適用や量刑に関与します。

そのため、「法令の適用や量刑まで市民が関与する」ことは、参審制との違いではありません。

裁判員制度の合憲性

裁判員制度では、裁判官と裁判員が一緒に評決をします。
では、裁判官が裁判員の判断に拘束されることは、憲法に反しないのでしょうか。

退けられた主張

結論弁護人は複数の憲法違反を主張しましたが、最高裁はどれも退けました。

具体例裁判を受ける権利や公平な裁判所、特別裁判所の禁止、意に反する苦役の禁止です。

裁判員の権限

定義評決とは、評議のあと、裁判官と裁判員が一緒に票を投じて、結論を決めることです。

結論判決は、裁判員の権限を、次のように確認しています。

  • 審理:裁判官と共に、公判廷で審理に臨みます。
  • 評議と評決:事実認定、法令の適用及び有罪の場合の刑の量定について、意見を述べ、評決を行います。

裁判員制度合憲判決最高裁判所大法廷判決三つの関与の確認裁判員の権限は,裁判官と共に公判廷で審理に臨み,評議において事実認定,法令の適用及び有罪の場合の刑の量定について意見を述べ,評決を行うことにある。

76条3項との関係

定義76条3項は、裁判官の職権の独立を保障します。

立法権や行政権はもちろん、裁判所の内部からの指示も受けずに、裁判官が一人ひとり独立して判断するという意味です。

結論裁判員制度は、76条3項の趣旨に反せず、合憲です(上告棄却)。

理由判決の理由は、次の2つです。

  • 合憲な法律への拘束:76条3項によれば、裁判官は憲法及び法律に拘束されます。裁判員法は憲法に適合するように作られた法律です。その評決制度に従うのは、憲法に適合する法律に拘束される結果です。
  • 裁判官が担い手:法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断を裁判官の権限にするなど、裁判官を裁判の基本的な担い手として、法に基づく公正中立な裁判の実現が図られています。

注意合憲とされたのは、いまある裁判員制度の形です。

市民が法令の解釈まで担う制度が合憲かどうかは、この判決からは出てきません。

裁判員制度合憲判決最高裁判所大法廷判決七十六条三項との関係憲法76条3項によれば,裁判官は憲法及び法律に拘束される。……法令の解釈に係る判断や訴訟手続に関する判断を裁判官の権限にするなど,裁判官を裁判の基本的な担い手として,法に基づく公正中立な裁判の実現が図られており,こうした点からも,裁判員制度は,同項の趣旨に反するものではない。

76条|第六章 司法(76〜82条)3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

司法権への民主的コントロール

裁判員制度は、国民が司法に加わる仕組みです。
では、司法権には、ほかにどのような民主的コントロールがかかっているのでしょうか。

国民の側から

結論国民の側から司法権にかかる手綱は、次の4つです。

  • 裁判員制度:国民が裁判に加わります。
  • 国民審査:最高裁判所の裁判官を、主権者が人事の側から審査します(79条2項)。
  • 裁判の公開:誰でも法廷を見に行けます(82条)。
  • 国民からの批判:批判が禁じられない自由であることが、そのまま手綱になります(21条1項)。

注意規則と法律の優劣は、裁判官その人ではなく、最高裁判所が作るルールの側にかかる手綱です。

規則と法律がぶつかれば、民主的な基盤の薄い規則が譲ります。

79条|第六章 司法(76〜82条)2項:最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。

他の国家機関から

結論裁判官その人を外から縛れるのは、弾劾裁判と、内閣による指名・任命くらいしかありません。

理由司法権の独立を確保するためです。

裁判の公開の位置

結論82条の公開は、いちばん素朴で、いちばん常時作動している手綱です。

理由国民審査は10年に一度で、弾劾はめったに起きませんが、法廷は毎日開いています。

誰でも見に行ける状態そのものが、裁判所を公正に保つ圧力になっています。

注意これが、「制度として保障し、国民の信頼を確保する」という82条の趣旨の実質です。

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違憲審査制の性格と審査の対象(81条)

違憲審査制の意義と根拠

98条1項と違憲審査制

定義違憲審査制とは、法律や国の行為が憲法に反していないかを、決められた国家機関がチェックする仕組みです。

その国家機関は、多くの場合裁判所です。

結論98条1項の「最高法規」を現実に確保する装置が、違憲審査制です。

条文98条1項は、憲法に反する法律・命令等は効力を有しないと定めています。

しかし、効力が無いことを誰が言い渡すのかは、98条自身は定めていません。

理由言い渡す機関が無ければ、憲法に反する法律を誰も止められません。

「最高法規である」という宣言は、実現されないまま残ってしまいます。

98条|第十章 最高法規(97〜99条)1項:この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

3つの根拠

結論違憲審査制の根拠は、次の3つです。

  • 最高法規性:98条1項の宣言を、現実のものにする装置が要ります。
  • 人権尊重:憲法に反する法律で人権が侵害されているなら、それを救済しなければなりません。
  • 権力分立:国会が法律を作り、内閣が執行します。この2つを外からチェックする目が要ります。

条文「誰が」審査するかの答えを定めているのが、81条です。

沿革と類型(誰が審査するか)

違憲審査制は、98条1項の最高法規性を現実に確保する装置です。
では、「誰が」審査するかを憲法に書いておくことは、当たり前なのでしょうか。

アメリカ(明文の規定が無い)

結論アメリカの合衆国憲法には、裁判所が法律を無効にできるという明文の規定がありません。

違憲審査制は、判例の積み重ねで確立しました。

具体例出発点は、マーベリー対マディソン事件の判決です。

マーシャル首席判事が、憲法に反する法律は無効で、それを判断するのは裁判所の職責だという理屈を示しました。

以後、判例が積み重なって、アメリカの違憲審査制が確立しました。

日本(81条という明文がある)

結論日本国憲法は、制定のときから81条という明文を持っています。

注意そのため日本では、「できるか」ではなく、「どこまで・どの場面でできるか」が論点になります。

4つの類型

違憲審査の4類型(政治機関型=フランス/議会型=イギリス/憲法裁判所型=ドイツ/司法裁判所型=アメリカ・日本)

結論日本は、アメリカと同じ司法裁判所型です(通常の裁判所が審査します)。

注意この4類型は、「誰が審査するか」という軸です。

第3節の抽象的審査制・付随的審査制(「どの場面で」審査するか)とは、別の軸です。

抽象的審査制と付随的審査制(どの場面で審査するか)

4つの類型は、「誰が」審査するかによる分け方です。
では、「どの場面で」審査するかで分けると、どのような型があるのでしょうか。

抽象的審査制(憲法裁判所・争訟と無関係・憲法保障)と付随的審査制(通常の裁判所・訴訟の前提・人権保障)の対比

2つの型

定義2つの型は、次のとおりです。

  • 抽象的審査制:特別に設けられた憲法裁判所が、具体的な争いとは関係なく、抽象的に違憲審査を行う方式です。
  • 付随的審査制:通常の裁判所が、目の前の事件を解決するのに必要な範囲で、その事件に使う法律の憲法適合性を判断する方式です。

具体例抽象的審査制では、法律が成立した直後に、誰も訴えていなくても、憲法裁判所がその法律を審査できます。

違憲審査制の2つの役割

定義違憲審査制には、2つの役割があります。

  • 個人の人権保障:裁判を通じて、各人の人権を実現することです。
  • 憲法保障:憲法に反する法令を否定して、最高法規である憲法を保全することです。

結論抽象的審査制は憲法保障と、付随的審査制は個人の人権保障と、それぞれ親和的です。

理由抽象的審査制は、誰かの事件を待たずに、法律そのものを点検できるからです。

付随的審査制は、目の前の人の人権が侵害されていないか、という場面に強いからです。

注意付随的審査制は、憲法保障という役割では弱くなりがちです。

ただし今日では、どちらの審査制を採っていても、両方の目的が目指される傾向にあります。

81条の性格(付随的審査制)

違憲審査制には、抽象的審査制と付随的審査制の2つの型があります。
では、日本の81条は、どちらの型を定めているのでしょうか。

81条の性格の導出(第六章 司法に規定→司法権=具体的な争訟を裁定する作用→付随的審査制)

81条はどちらか

結論81条は、付随的審査制を定めた規定と解されます。

違憲審査のためだけの特別な手続きは無く、普通の裁判の中に付随して現れる権限です。

条文81条は、「第六章 司法」の章の中にあります。

理由条文の置き場所から、次のように導かれます。

  • 司法権の一部:81条が司法の章にある以上、81条が与える権限も司法権の一部です。
  • 司法権の意味:司法権は、具体的な争訟を裁定する国家の作用で、具体的な争訟が無ければ動きません。
  • 帰結:81条の違憲審査権も、具体的な争訟の中でしか使えません。

具体例ある法律にもとづいて営業の許可を取り消された人が、取消しは違法だと裁判で争う場合です。

その裁判の中でなら、根拠の法律が憲法違反だと主張でき、裁判所も判断できます。

注意「この法律は憲法違反だ」というだけでは、具体的な争訟になりません。

誰かとの間で、具体的な権利義務が問題になっている必要があります。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

警察予備隊違憲訴訟

結論判例も、同じ結論に立っています。

  • 具体的な紛争:「特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができる」としました。
  • 根拠が無い:「具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には、憲法上及び法令上何等の根拠も存しない」としました。

注意具体的な争いが無ければ、違憲審査権そのものが動きません。

警察予備隊違憲訴訟最高裁判所大法廷判決結論の位置づけ「要するにわが現行の制度の下においては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所がかような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には、憲法上及び法令上何等の根拠も存しない。」

入口は狭いまま、中身は広げる

結論付随的審査制の下では、憲法保障の役割がどうしても弱くなりがちです。

しかし、それは憲法保障を軽視してよいという意味ではありません。

場面という入口は付随的審査制のまま動かさず、審査できる中身と窓口を解釈で広げていきます(第5〜8節)。

下級裁判所の違憲審査権(誰が審査できるか)

81条の違憲審査権は、具体的な争訟の中でしか使えません。
では、日本の裁判所のうち、下級裁判所も違憲審査をすることができるのでしょうか。

下級裁判所にも認められるか

結論下級裁判所にも、違憲審査権は認められます。

理由根拠は、別の系統の2本です。

  • 裁判官の職責:裁判官はみな憲法と法律に拘束され(76条3項)、憲法を尊重し擁護する義務を負います(99条)。法令が憲法に適合するかの判断は、この義務から出てくる、全ての裁判官の職責です。
  • 81条の置き場所:81条は「第六章 司法」の章にあります。司法権は、最高裁判所だけでなく下級裁判所にも属しています(76条1項)。

注意81条は「最高裁判所は」と書いているので、下級裁判所には無いとも読めます。

しかし、それは疑問の出発点で、結論ではありません。

「最高裁判所しかできない」という理解は誤りです。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。3項:すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

99条|第十章 最高法規(97〜99条)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

下級裁判所の違憲審査権についての判例

定義終審裁判所とは、最後に判断する裁判所です。

下級裁判所も判断できますが、最終的な決着をつけるのは最高裁判所です。

結論判例も、下級裁判所に違憲審査権を認めています。

理由判例は、次の2点を述べています。

  • 裁判官の職責:裁判官は憲法及び法律に拘束され、憲法を尊重し擁護する義務を負います。だから、法令が憲法に適合するかの判断は、最高裁判所の裁判官か下級裁判所の裁判官かを問いません。
  • 81条の意味:81条は、最高裁判所が違憲審査権を有する終審裁判所であることを明らかにした規定です。下級裁判所の違憲審査権を否定する趣旨ではありません。

注意判例が述べている根拠は、1本目の裁判官の職責です。

2点目は、81条の「最高裁判所は」という書きぶり(反対説の入口)への答えです。

下級裁判所の違憲審査権最高裁判所大法廷判決憲法は国の最高法規であつてその条規に反する法律命令等はその効力を有せず、裁判官は憲法及び法律に拘束せられ、また憲法を尊重し擁護する義務を負うことは憲法の明定するところである。従つて、裁判官が、具体的訴訟事件に法令を適用して裁判するに当り、その法令が憲法に適合するか否かを判断することは、憲法によつて裁判官に課せられた職務と職権であつて、このことは最高裁判所の裁判官であると下級裁判所の裁判官であることを問はない。憲法八一条は、最高裁判所が違憲審査権を有する終審裁判所であることを明らかにした規定であつて、下級裁判所が違憲審査権を有することを否定する趣旨をもつているものではない。

審査の対象①:条例

違憲審査は、最高裁判所だけでなく下級裁判所もできます。
では、81条に書かれていないものも、違憲審査の対象になるのでしょうか。

81条の対象の拡張(法律・命令・規則・処分=列挙/条例=法律に準ずる/条約=国内法としての側面のみ)

条例

定義条例とは、地方公共団体が、自治権にもとづいて作る自主的な法です(94条)。

結論条例は、「法律に準ずるもの」として、違憲審査の対象になると解されています。

条文81条が対象として挙げるのは「一切の法律、命令、規則又は処分」で、条例は書かれていません。

理由条例も、国民の権利義務を直接動かす法規範だからです。

法律と同じ働きをする以上、憲法に反していないかを点検できる必要があります。

具体例ある市が、条例で河川敷での火の使用を禁止したとします。

違反したとして取り締まられた人は、その裁判の中で条例が憲法違反だと主張でき、裁判所もその条例を点検できます。

94条|第八章 地方自治(92〜95条)地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

審査の対象②:条約(3段階)

条例は、法律に準ずるものとして違憲審査の対象になります。
では、条約はどうでしょうか(国内法的効力→憲法との優劣→審査の対象、の3段階で決まります)。

条約の国内法的効力

結論条約は、原則として、新たに法律を作らなくても国内法としての効力を持つと解されています。

理由根拠は、次の2つです。

  • 誠実遵守:98条2項は、日本が締結した条約を誠実に遵守することを求めています。
  • 民主的コントロール:条約には、国会の承認という民主的コントロールが及んでいます(61条・73条3号ただし書)。

注意国内法としての効力を否定する見解もあります。

効力があるからこそ、条約と憲法の矛盾抵触という次の問題が生まれます。

98条|第十章 最高法規(97〜99条)2項:日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

61条|第四章 国会(41〜64条)条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。

73条(抜粋)|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。

条約と憲法の優劣

結論憲法が条約に優位します(憲法優位説)。

条文問題の入口は、最高法規を定めた98条1項に、「条約」が挙げられていないことです。

理由根拠は、次の2つです。

  • 条約締結権の根拠:条約を結ぶ権限は、憲法(73条3号)にもとづきます。権限を使ってできたものは、もとの決まりの枠を超えられないので、締結も国会の承認も憲法の枠内でだけ許されます。
  • 改正手続:憲法改正には、96条の重い手続が要ります。条約が優位すると、内閣の締結と国会の承認という軽い手続で、実質的に憲法を書き換えられ、国民主権原理が崩れかねません。

注意98条2項(条約を守れ)と98条1項(憲法が最高法規)を取り違えないでください。

反対の考え方として、条約優位説もあります。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

条約は違憲審査の対象になるか

結論条約の国内法としての側面は、81条の「法律」に準ずるものとして、違憲審査の対象になります。

条文条約は、81条に列挙されていません。

理由条約は、結ばれれば、そのまま国内で法律と同じように働くからです。

注意対象になるのは、条約そのものではありません。

条約は相手国のある国際法上の合意なので、日本の裁判所がその国際法上の効力を失わせることはできません。

日本の裁判所が点検できるのは、その条約が日本の国内でどう働くか、という側面だけです。

砂川事件

事案安全保障条約が争われた事件です。

結論判決は、高度に政治的な問題なので、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」としました。

その判断は、「第一次的には……内閣および……国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきもの」としています。

理由「認められない限り」という条件が付いていること自体が、条約が違憲審査の対象となる余地を、判例が認めていることの証拠です。

注意「対象になりうる」ことと、「違憲と判断された」ことは別です。

この判決は、条約を違憲と判断してはいません。

砂川事件最高裁判所大法廷判決対象となる余地「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」であり、その判断は「第一次的には……内閣および……国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきもの」

客観訴訟における違憲審査

違憲審査の対象は、条例や条約の国内法としての側面まで広がります。
では、具体的な争訟ではない客観訴訟の中でも、違憲審査権を使えるのでしょうか。

客観訴訟

定義客観訴訟とは、具体的な権利義務のもめごとではないのに、法律が特別に訴えを認めている訴訟です。

  • 民衆訴訟:選挙訴訟・住民訴訟などです。
  • 機関訴訟:もう一つの類型です。
  • 事件性:客観訴訟は、事件性の要件(法律上の争訟性)を前提としません。

注意そのため、客観訴訟の中での違憲審査は抽象的な審査にあたり、付随的審査制に反するのではないか、という疑問が出てきます。

客観訴訟でも違憲審査ができるか

結論客観訴訟であっても、違憲審査権の行使は妨げられません。

理由現行法上の客観訴訟は、いずれも国や地方公共団体が現に行った具体的な行為を土台にして争われます。

この点で、法律上の争訟と実質的な差は無いといえます。

具体例ある選挙の効力を争う訴訟には、現に行われた選挙という、公の機関の行為があります。

その選挙のしくみを定めた法律が憲法に違反しないかを、その訴訟の中で判断します。

抽象的に法律だけを点検しているのとは違います。

注意客観訴訟を裁判所に扱わせてよいか、という問いとは一段違う問いです。

ただし、答えの理屈は同じで、具体的な事実に法令をあてはめる作業は通常の訴訟と変わらない、という点にあります。

到達点(場面は狭く、対象と窓口は広い)

客観訴訟でも、違憲審査権の行使は妨げられません。
では、付随的審査制を採る81条の違憲審査は、結局どこが狭く、どこが広いのでしょうか。

場面と対象の非対称

結論81条の場面は狭く、対象と窓口は広いという非対称です。

  • 場面:付随的審査制なので、具体的な訴訟の中でしか動きません。
  • 主体:下級裁判所も審査できます(第5節)。
  • 対象:条例も、条約の国内法としての側面も審査できます(第6・7節)。
  • 客観訴訟:場面も少しだけ広がり、客観訴訟の中でも審査できます(第8節)。

理由付随的審査制という入口は動かさず、憲法保障も実現しようとして、審査できる中身と窓口を解釈で広げてきたからです。

注意「付随的だから、全部狭い」と丸めないでください。

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#77単独ページ動画

憲法判断の回避と合憲限定解釈

憲法判断回避のルール

回避のルールの意義

定義憲法判断回避のルールとは、憲法判断が回避できるときは、憲法判断を回避するべきだという準則です。

結論付随的審査制の下では、基本的原則として適用されると解されています。

条文付随的審査制は、81条が定める違憲審査の仕組みです。

理由付随的審査制は、事件の解決に必要な限度でしか審査しない制度だからです。

法律の解釈だけで事件が解決できるなら、憲法問題に踏み込む必要はありません。

注意回避は、裁判所の消極さの表れではありません。

付随的審査制という制度そのものの作法です。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

恵庭事件(回避が実際に起きた場面)

付随的審査制の下では、法律問題で片づくなら憲法問題に踏み込みません。
では、実際の事件で、裁判所はどのように憲法判断を回避したのでしょうか。

恵庭事件

事案北海道恵庭町の住民が、自衛隊の演習で使う通信線を切断しました。

  • 起訴:自衛隊法121条の損壊罪で起訴されました。
  • 被告人側の主張:121条は違憲無効なので、無罪だと主張しました。憲法判断を正面から求めた主張です。

結論札幌地裁は、通信線は121条の客体にあたらないとして、無罪としました。

121条の合憲性には、立ち入りませんでした。

理由「その他の防衛の用に供する物」は、前に並ぶ武器、弾薬、航空機と同じ種類のものとして読むからです。

武器・弾薬・航空機は、直接、戦闘や防衛の行動そのものに使う装備です。

演習用の通信線は、演習を円滑に進めるための後方の設備にすぎず、同じ並びに入りません。

121条|自衛隊法 第九章 罰則(118〜126条)自衛隊の所有し、又は使用する武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物を損壊し、又は傷害した者は、五年以下の拘禁刑又は五万円以下の罰金に処する。

回避の構造

恵庭事件で憲法判断が避けられた流れ(通信線は121条の客体外で無罪→合憲性には立ち入らない)

結論無罪という結論は、条文の文言を読むだけで出ています。

法律問題のレベルで事件が解決したので、憲法問題には立ち入る必要がありません。

これが、憲法判断回避の実例です。

注意混同しやすい点が3つあります。

  • 合憲とは言っていない:この判決は、自衛隊が合憲だとも違憲だとも言っていません。
  • 呼び方:最高裁ではなく、札幌地方裁判所の判決です。最高裁の判決だけを判例と呼ぶので、「札幌地裁判決」と呼びます。
  • 統治行為との違い:統治行為は、裁判所が判断するのに適さないとして、入口そのものを閉じます。回避のルールは、そこまで行かなくても解けるので、入口の先に行かないだけです。

回避は絶対のルールではない(4要素)

恵庭事件では、法律問題で解決したので憲法判断が回避されました。
では、回避のルールは、どんな事件でも貫かれる絶対のルールなのでしょうか。

回避を破れる場合(通説)

結論回避は原則であって、絶対ではありません。

次の4要素を総合的に考慮し、十分な理由があると判断した場合は、回避のルールによらず憲法判断に踏み切ることができます(通説)。

  • ①事件の重大性:事件がどれだけ重大か。
  • ②違憲状態の程度:違憲の状態がどれだけひどいか。
  • ③影響の範囲:その影響が、どれだけ広く及ぶか。
  • ④権利の性質:事件で問題にされている権利が、どれだけ重いか。

理由回避のルールを絶対視すると、違憲審査制の憲法保障機能に反する場面が生じるからです。

憲法に反する法律が、ずっと放置される場面が出てきます。

注意回避のルールは、日本と同じ付随的審査制をとるアメリカの判例が育ててきた考え方です。

アメリカ由来だからといって、日本で頭ごなしに退けるべきものではありません。

4要素の使い方

結論4要素は、回避を破ってでも答えるべきかを測る1つの物差しです。

4つが大きいほど、憲法判断に踏み切るべき向きに傾きます。

具体例恵庭事件では、被告人は無罪で、事件の重大性も影響の範囲も大きくありません。

そのため、回避が維持されました。

もっと重大で広く影響が及ぶ事件なら、違う結論もありえます。

合憲限定解釈(違憲判断だけを回避する)

回避のルールは、原則として憲法判断そのものに踏み込まない準則です。
では、憲法判断を避けるもう一つの道具である合憲限定解釈は、回避とどう違うのでしょうか。

回避のルールとの違い

回避のルールと合憲限定解釈の対比(憲法判断そのものを回避/違憲判断だけを回避)

定義合憲限定解釈とは、言葉どおりに読むと違憲になりかねない幅広い法文の意味を絞り込むことで、違憲になる余地を消し、法令の効力を救済する解釈です。

結論回避のルールは、憲法判断そのものを回避します。

合憲限定解釈は、憲法判断そのものは行いますが、違憲判断だけを回避します。

2つの見分け方

2つの見分け方の表(判決文に「合憲」の2文字が出るか/誰を救っているか)

結論判決文を読んで迷ったときは、次の2つの点で見分けます。

  • 「合憲」の2文字:合憲限定解釈の判決には出てきますが、回避の判決には出てきません。
  • 誰を救うか:回避は目の前の被告人を法律問題で救い、合憲限定解釈は法令の効力を救います。

違憲と言わない3本の道

結論裁判所が「違憲」と言わない道は、3本あります。

  • ①回避のルール:そもそも答えません。
  • ②合憲限定解釈:答えますが、読み方を絞って合憲にします。
  • ③通常の合憲判断:答えて、そのまま合憲だと言います。

注意①と②は、どちらも「違憲」と言いませんが、止まっている位置が違います。

止まっている位置が違えば、答案で書くべきことも違います。

  • 恵庭事件:①です。合憲性の話に入っていません。
  • 税関検査事件:②です(第5節)。

憲法適合解釈

定義憲法適合解釈とは、憲法に沿うように、法律の要件を読む道具です。

注意合憲限定解釈とは、根っこの発想が近い道具です。

税関検査事件(合憲限定解釈が使われた場面)

合憲限定解釈は、法文の意味を絞り込んで法令の効力を救う解釈です。
では、実際の事件で、最高裁はどのように意味を絞り込んだのでしょうか。

税関検査事件

「風俗」の絞り方(刑法の規制はわいせつ物の罪だけ→専ら性的風俗→合憲)

事案当時の関税定率法21条1項3号は、「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」の輸入を禁止していました。

この「風俗」という文言が不明確で、憲法21条1項に違反しないかが問題になりました。

結論大法廷の判決は、「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、輸入禁止の対象は猥褻な書籍、図画等に限られるとしました。

このような限定的な解釈が可能である以上、規定は何ら明確性に欠けるものではなく、憲法21条1項に反しない合憲的なものとしました。

理由最高裁は、法律の作りに注目しました。

  • 多義性:「風俗」という用語そのものは、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、文言自体から直ちに一義的に明らかとはいえないと認めています。
  • 法律の作り:旧刑法でも現行刑法でも、表現物で「風俗を害する」として規制されてきたのは、わいせつ物の罪だけです。

注意押さえる点は2つです。

  • 救った判決:限定解釈は、法律を叩いたのではなく救ったのです。広すぎれば違憲になっていたかもしれない規定が、絞ったことで効力を保ちました。
  • 使える条件:絞った意味が、一般人の理解で読み取れる場合に限り使えます。読み取れないときは限定解釈は使えず、明確性を欠くという話に戻ります。

税関検査事件最高裁判所大法廷判決限定解釈による結論この規定のうち、「風俗」という用語そのものの意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかであるといえないことは所論のとおりであるが、……したがつて、関税定率法二一条一項三号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法二一条一項の規定に反しない合憲的なものというべきである。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

立法事実と審査基準

裁判所は、憲法判断に立ち入ると決めた場合、その法律の中身を審査します。
そのとき、法律の合理性を支える事実は、どこまで確かでなければならないのでしょうか。

立法事実

定義立法事実とは、法律の合理性を支える社会的・経済的事実です。

結論裁判所は、憲法判断に立ち入る場合、その法律の立法事実を検証します。

具体例ある業種の距離制限を定めた法律なら、距離を離さないと本当に危険が生じるのか、という事実です。

注意立法事実の確証度は、まちまちです。

確実な社会科学的データに根拠づけられたものから、単なる憶測にすぎないものまで幅があります。

審査基準との連動

結論審査基準は、次の2点で分類できます。

  • ①目的と手段:どんな目的で、どんな手段か。
  • ②確証度:その目的・手段の根拠となる立法事実に、どれだけの確証度を求めるか。

理由審査基準によって、立法事実に求める確証度が変わるからです。

  • 厳格な審査基準:立法事実に高い確証度が求められます。確実なデータで根拠づけられていなければ通りません。
  • 緩やかな基準:立法事実が推定されるものでもあれば足ります。

注意厳しく疑う場面ほど、目的も手段も立法事実の確からしさも、すべてより重いものが求められます。

立法事実の変化と司法事実

立法事実は、法律の合理性を支える社会的・経済的事実です。
では、この事実は、時代が変わっても同じなのでしょうか。

立法事実は時代で変わる

再婚禁止期間の100日超過部分(制定当時は合理性あり→現在は合理性なし)

結論立法事実は、時代によって変化します。

具体例女性にだけ課された再婚禁止期間の規定は、100日を超える部分が違憲と判断されました。

  • 制定当時:医療も科学技術も未発達で、父子関係を確かめるのが難しかったので、期間に幅を持たせることにも合理性がありました。
  • 現在:その理由が時代とともに消え、合理性がなくなったと判断されています。

注意条文の文言も、判断の枠組みも変わっていません。

それを支えていた社会的な事実のほうが動いたのです。

司法事実

定義司法事実とは、その事件で、誰が、誰に対して、何を、いつ、どこで、どのようになしたかという事実です。

結論立法事実とは別の概念で、裁判所は両方を別々に見ています。

  • 立法事実:制度全体を支える一般的な事実です。法律そのものの合理性を測るために見ます。
  • 司法事実:この事件、この人に固有の事実です。目の前の事件に法律をどう当てはめるかを決めるために見ます。

具体例再婚禁止期間の事件では、次のように分かれます。

  • 立法事実:父性の推定が重なるのを避ける必要が、今もどれだけあるか。
  • 司法事実:この原告が、いつ離婚して、いつ再婚しようとしたか。

特定の第三者の憲法上の権利の援用

裁判所は、事件を解くときに立法事実と司法事実を見ています。
では、当事者は、自分ではなく特定の第三者の権利の侵害を理由に、違憲を主張できるのでしょうか。

第三者所有物没収事件

定義付加刑とは、おもな刑に付け加えて科される刑で、没収がこれにあたります(判決文では「附加刑」と書かれています)。

事案被告人は、密輸貨物の没収判決を受けました。

  • 第三者の所有物:その貨物の中に、第三者Aの所有物がまじっていました。
  • 被告人の主張:没収はAの財産権(29条1項)を侵害し、違憲だと争いました。

結論大法廷の判決は、被告人は没収の違憲を理由に上告できるとしました。

理由判決は、次の2つを理由にしています。

  • 附加刑:没収は、たとえ第三者の所有物に関する場合でも、被告人に対する附加刑である以上、その違憲を理由に上告できるのは当然です。
  • 被告人自身の利害関係:被告人も、没収に係る物の占有権を剥奪されます。さらに、第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかです。

注意この判決を「第三者の権利の援用が、一般に認められた判例」と読むのは誤りです。

判決が救っているのは、最後まで被告人自身の利害関係です。

財産権そのものの中身には立ち入らず、援用できるかだけを見ます。

第三者所有物没収事件最高裁判所大法廷判決被告人の上告適格……かかる没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然である。のみならず、被告人としても没収に係る物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、収益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。……

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:財産権は、これを侵してはならない。

通説(原則不可+4要素)

結論原則として、特定の第三者の憲法上の権利を援用することはできません。

ただし、次の4要素などを考慮して、援用が許される場合があります。

  • ①訴訟における利益:当事者の訴訟における利益の程度です。
  • ②権利の性質:援用される憲法上の権利の性質です。
  • ③第三者との関係:援用者と第三者との関係です。
  • ④独立の主張の可能性:第三者が独立に憲法上の権利侵害を主張する実際的可能性です。

具体例ある法律が、特定の治療を行った医師を処罰するとします。

その治療でなければ助からない患者がいる場合、4要素は次のように援用を認める側に傾きます。

  • ①訴訟利益:医師は現に処罰される側で、訴訟での利益が大きいです。
  • ②権利の性質:患者の権利は、生命に関わる重い権利です。
  • ③関係:医師と患者は、診療という関係で直接つながっています。
  • ④主張の可能性:患者が病名を明かしてまで裁判を起こすのは難しいです。

注意4つを数えるのではなく、傾きを見ます。

どれかが弱ければ、原則どおり援用はできません。

  • 没収事件との関係:第三者所有物没収事件は、この例外に当たりません。4要素を使わず、被告人自身の利害だけで結論を出しています。

4要素は2組ある

2組の4要素の表(回避の4要素/援用の4要素と、それぞれが測るもの)

注意数が同じだけで、使う場面がまったく違います。

答案では、援用の4要素を「援用できるか」が問題になったときの物差しとして使います。

不特定の第三者の権利の援用

特定の第三者の権利は、原則として援用できません。
では、名前も分からない不特定の第三者の権利は、どこまで援用できるのでしょうか。

許される2つの場合

結論不特定の第三者の権利の援用が許されるのは、次の2つの場合に限られます。

  • ①表現の自由:表現の自由に対する、不明確または過度に広汎な制約の場合です。
  • ②刑罰法規:刑罰法規が不明確な場合です。

理由文面上無効の考え方と同じだからです。

条文の書きぶりが曖昧なせいで他の誰かが萎縮しているなら、その書きぶりだけを理由に条文そのものを争えます。

自分が取り締まられた事件でも、裁判所は自分の行為の当否を見ません。

注意「不特定の第三者なら、広く援用できる」と一般化してはいけません。

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#78単独ページ動画

違憲判断の手法と違憲判決の効力

法令違憲(全部違憲と部分違憲)

法令違憲

定義法令違憲とは、条文そのものを対象にして、規定自体を違憲と判断する手法です。

  • 全部違憲:法令の規定の全部を違憲・無効とします。
  • 部分違憲:規定のうち、問題のある一部分だけを違憲・無効とします。

具体例それぞれ、次の判決が当たります。

  • 全部違憲:尊属殺重罰規定違憲判決です。
  • 部分違憲:国籍法違憲判決です。

部分違憲の操作

定義部分違憲は、条文の中の、ある要件を課している部分だけを取り除く操作です。

具体例図書館の利用規約に「市内在住であること、かつ、満20歳以上であること」とあるとします。

年齢制限の部分だけが不合理なら、規約を丸ごと無効にする必要はありません。

年齢制限の一文だけを取り除けば、「市内在住であること」はそのまま使い続けられます。

適用違憲(定義と2段階の導き方)

法令違憲は、条文そのものを違憲とする手法です。
では、条文には手を触れずに違憲と判断する手法は、どのようなものでしょうか。

適用違憲

定義適用違憲とは、その事件で法令が実際に当てはめられた行為に目を向ける手法です。

行為が憲法上の保障の範囲内にあるのに、法令がそれを禁圧しようとしている場合に、その適用を違憲とします。

注意法令そのものには手を触れません。

条文は残したまま、この人へのこの適用だけを止めます。

2段階の導き方

結論答案で適用違憲を書くときは、次の2段階で進みます。

  • 第1段階:問題の行為が、憲法の保障する範囲に含まれると認めます。
  • 第2段階:その行為に、これを禁じる法律の規定を適用することは許されない、と判断します。

具体例公園の管理規則に「公園内でビラを配布してはならない」とあるとします。

  • 迷子の犬を捜すビラ:情報提供は、表現の自由として保障の範囲内の行為です。規則をこの行為に適用して規制することは許されません。
  • 情報の無い紙くず:誰かに何かを伝える行為ではないので、表現の自由として保障される行為とは言えません。規則をそのまま適用して規制できます。

注意2段階の順序は崩しません。

まず「保障される行為かどうか」で線を引きます。

法令違憲と適用違憲の対比

法令違憲と適用違憲の条文の帰趨の対比表

注意表の「消える」は、条文そのものを違憲の対象にするという意味です。

法令違憲の判決が出ても、条文が法令集から消えるわけではありません(第6・7節)。

猿払事件の第一審判決(適用違憲の典型)

適用違憲は、条文を残したまま、その行為への適用だけを違憲とする手法です。
では、実際にこの形で判断した判決は、どのようなものだったのでしょうか。

猿払事件の第一審判決

事案郵便局員が、勤務時間外に政治的な活動を行いました。

そのことを理由に、国家公務員法上の刑罰規定で起訴されました。

結論旭川地方裁判所は、被告人を無罪としました。

  • 規則への該当:郵便局員の行為は、人事院規則が定める政治的行為の禁止に該当すると認めました。
  • 重く見た点:勤務時間外に、国の施設も職務も利用せず、労働組合の活動の一環だった点です。
  • 違憲の判断:この行為に刑罰を科す国家公務員法の規定を適用する限度では、制裁として必要最小限度を超え、憲法21条と31条に違反するとしました。
  • 判断の形:法令そのものは無効にせず、この行為への適用だけを違憲とした形です。

猿払事件の第一審判決旭川地方裁判所判決適用違憲の当てはめ郵便局員の行為は、人事院規則が定める政治的行為の禁止に該当すると認めた。ただし勤務時間外に、国の施設も職務も利用せず、労働組合の活動の一環だった点も重く見た。この行為に刑罰を科す国家公務員法の規定を適用する限度では、制裁として必要最小限度を超え、憲法21条と31条に違反するとして、被告人を無罪とした。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

典型と呼ばれる理由と、2段階の型との違い

結論この第一審判決は、適用違憲の典型として説明されます。

理由条文は残り、この行為への適用だけが違憲になる、という結論の形が同じだからです。

注意この判決は、第1段階(保障の範囲に入るという認定)を、正面からは立てていません。

  • 前提:政治活動の自由がとても重い権利だ、という前提は置いています。
  • 留保:この行為そのものを規制できるかどうかは、判断を留保しました。
  • 型と実例:2段階は答案で書くときの型で、判決の言葉の順番まで決めるものではありません。公園のビラは型どおりの例、この判決は同じ形に行き着いた実例です。

二重の罠

注意この事件には、混同しやすい点が2つあります。

  • 最高裁の結論:最高裁は、適用違憲ではなく合憲と判断しました。「猿払事件は適用違憲の判例」と覚えるのは誤りです。
  • 呼び方:「猿払事件」は、目的・関連性・均衡の3つの要素で審査した最高裁の判決を指す語として使われます。第一審の話は、必ず「第一審判決」「旭川地裁判決」と呼びます。
  • 「判例」と呼ばない:実務でふつう「判例」と言えば最高裁の判断を指すので、この第一審判決は「判例」とは呼びません。

文面上無効の判決

法令違憲と適用違憲は、違憲判断が「どこを狙うか」の分類です。
では、立法事実を検証せずに違憲だと言う判決は、どう位置づけられるのでしょうか。

文面上無効

定義立法事実とは、法律を支える社会的な事実です。

文面上無効とは、立法事実を拾い上げて理由づけすることをせず、条文の言葉づかいだけを見て違憲だと結論づける場合です。

違憲判断の特殊な類型です。

注意文面上無効は、法令違憲・適用違憲とは別の軸の分類で、3つ目の選択肢として同じ列に並べません。

  • どこを狙うか:法令違憲か、適用違憲かです。
  • どうやって言うか:文面上無効かどうかです。
  • 通常の判断との違い:通常は立法事実を検証してから違憲かどうかを判断しますが、文面上無効ではその検証を飛ばします。
  • 明確性との共通点:明確性の審査では、その事件で行為がどうだったかを見ません。見ないもの(行為か立法事実か)は違っても、見るのが文面だけという点は同じです。

文面上無効になる2つの例

具体例次の2つです。

  • 検閲:事前抑制の措置が「検閲」(21条2項前段)に当たる場合です。検閲は絶対的に禁止されているので、立法事実を問う必要がなく、文面上無効になります。
  • 明確性:刑罰法規の明確性が争われる場合です。その不明確さが、合理的な合憲限定解釈によっても解消できないなら、文面上無効になります。

21条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

合憲限定解釈との関係

定義合憲限定解釈は、憲法判断はしつつ、違憲だとは言わずに済ませる手法です。

結論合憲限定解釈は、文面上無効を回避する最後の関門です。

  • 関門を通れば:広すぎる文言でも、限定して読めば救え、法令は生き残ります。
  • 関門を通れなければ:文面のまま無効になります。

適用違憲の判決の効力

違憲判断の手法は、どこを狙うかと、どうやって言うかの2軸で整理できます。
では、違憲だと判断された法令は、その後どうなるのでしょうか。

効力は当該事案に限られる

結論最高裁が適用違憲と判断したときは、その事件でその法令を使うことだけが違憲として退けられます。

その判決の効力は、当然、当該事案に限られます。

理由そもそも法令には手を触れていないので、他の事件にまで効力が及びようがないからです。

注意この点には争いがありません。

争いがあるのは、法令違憲の判決の効力です(第6節)。

法令違憲の判決の効力(個別的効力説)

適用違憲の判決の効力は、当該事案に限られます。
では、最高裁による法令違憲の判決は、どのような効力を持つのでしょうか。

一般的効力説と個別的効力説

一般的効力説と個別的効力説〈通説〉の効力の対比表

結論通説は、個別的効力説です。

答案では、法令違憲の判決の効力は「当該事件に限って及ぶ」と書きます。

個別的効力説の理由

定義付随的審査制とは、目の前の事件を解決するのに必要な範囲だけ、違憲審査をする制度です。

結論個別的効力説は、次の2つの理由から、法令違憲の判決でも効力は当該事件に限って及ぶと考えます。

条文41条は、前段で国会を「国権の最高機関」、後段で「唯一の立法機関」と定めています。

理由理由は2本立てです。

  • 権力分立の側:効力を一般的に失わせると考えると、裁判所は、法律を作り替えるのに等しい消極的な立法権を持つことになります。これは、国会だけが法律を作れるとする41条後段の建前と衝突します。
  • 制度の側:付随的審査制のもとでは、事件の解決に必要な限度でしか違憲審査が行われません。そうであれば、判断の効力が及ぶ範囲も、その限度を超えません。

注意1本で済ませず、2本とも押さえます。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

刑法200条のゆくえ(違憲判決と条文の存続)

法令違憲の判決の効力は、当該事件に限って及びます。
では、最高裁に違憲とされた条文は、実際にどうなったのでしょうか。

刑法200条が違憲判決後も残り国会が削除するまでの流れ

刑法200条は20年以上残った

結論最高裁に違憲だと判断されても、条文は、その瞬間には消えません。

  • 当該事件:尊属殺重罰規定違憲判決は、当該事件においてのみ、刑法200条を無効とするにとどまります。
  • 別の事件:別の尊属殺の事件で見れば、刑法200条はなお生きた法律のままでした。
  • 削除:国会が削除したのは、違憲判決から20年以上たってからです。それまで、条文の効力は途切れることなく続いていました。

理由日本の違憲審査は、目の前の事件を解決するためだけに動く付随的審査制だからです。

注意「違憲判決が出れば条文は消える」というのは誤りです。

他の国家機関に期待される対応

結論個別的効力説に立っても、他の国家機関は、最高裁の違憲判断を十分に尊重するのが望ましいとされます。

  • 国会:早めに改正・廃止する対応が、憲法上望ましいこととして期待されている、と解されています。
  • 政府:その規定の執行を控える対応が、同じく期待されている、と解されています。

具体例刑法200条についても、判決から削除までの間、この規定では起訴せず、通常の殺人罪で起訴する運用がとられました。

注意「条文は消えないから、国会は放置してよい」という話ではありません。

ただし、条文そのものを消す力までは、判決にはありません。

判例の拘束力(判決理由と傍論)

違憲判断の効力は、目の前の事件までしか届きません。
では、判決で述べられたことは、どこまで次の事件に効くのでしょうか。

「判例」という語の2つの話

定義「判例」という語は、次の2つの別の話で使われます。

  • 呼び分け:どの裁判所の判断かの話です。実務でふつう「判例」と言えば最高裁の判断を指し、地裁のものは「第一審判決」と呼びます。
  • 言葉の広さ:広義では、およそ裁判例を指し、地裁の判決も含みます。狭義では、判決文のうち判決理由の部分だけを指します。

注意呼び分けの話と言葉の広さの話は、混ぜません。

判決理由と傍論

判決理由と傍論の意味の対比表

結論狭義の「判例」が指すのは、判決理由のほうです。

注意判決文に書いてあるからといって、何でも「判例はこう言っている」と使えるわけではありません。

どの部分が理由づけで、どの部分がついでの記述かを見分けます。

事実上の拘束力

結論最高裁の憲法判断は、のちの裁判所に対して、先例として事実上の拘束力を持つと解されています。

その拘束力が及ぶのは、判決理由の部分だけで、傍論には及びません。

理由「事実上の」と付くのは、日本は、先例に法的な拘束力を持たせる国ではないからです。

注意答案で判例を引くときは、結論を支えている理由づけの部分を引きます。

判例の変更(大法廷によらなければならない)

判例の拘束力は、法的なものではなく、事実上のものです。
では、判例を変えることはできるのでしょうか。

判例の変更と大法廷

結論理由がしっかりしていれば、判例を変更することはできます。

ただし、変更は大法廷でなければ扱えません。

条文根拠は、裁判所法10条です。

判例の変更は、前の最高裁の裁判に反する意見をとることそのものなので、10条の3号に当たります。

理由拘束力と変更の関係は、次のとおりです。

  • 変更の余地:拘束力が法的なものではなく事実上のものだからこそ、変更の余地があります。
  • 重い手続:誰でも簡単に変えられないよう、大法廷という重い手続を要求し、判例の安定性を保っています。

10条(抜粋)|裁判所法 第二編 最高裁判所(6〜14条の3)事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

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#79単独ページ動画

立法不作為と国家賠償

問題の所在(法律が無いせいで権利が使えない)

立法不作為

定義立法不作為とは、憲法上の権利を実現するのに法律が必要なのに、国会がその法律を作らないことです。

結論立法不作為で権利の実現を妨げられた人は、国家賠償請求訴訟で救済を求めることができます。

具体例海外に住む日本人が、国政選挙で投票するための法整備を、国会が行わない場合です。

選挙権は憲法で保障されていますが、投票するには公職選挙法のような手続の法律が要ります。

立法の作為

結論国会が権利を侵害する法律を作った場合も、同じ土俵で扱えます。

その法律を制定した行為(立法の作為)を理由に、国家賠償請求訴訟を起こせます。

注意作為でも不作為でも、勝つには同じ一点が必要です。

その立法行為が、国家賠償法1条1項の「違法」だと言えることです。

どの訴訟で争うのか(訴訟類型の選別)

立法不作為で権利を妨げられた人は、救済を求めることができます。
では、どの形の訴訟なら、裁判所に取り上げてもらえるのでしょうか。

付随的審査制

定義付随的審査制とは、具体的な権利や利益をめぐる争いのときだけ、裁判所が違憲審査をできる仕組みです。

注意抽象的に「この法律は違憲だ」と言うだけでは足りません。

違憲確認訴訟

定義違憲確認訴訟とは、「この立法不作為は違憲だ」と裁判所に確認してもらう訴訟です。

結論違憲確認訴訟は、通説上、できないとされています。

理由理由は2つです。

  • 権力分立:裁判所が「違憲だから立法せよ」と、国会に命じることになってしまいます。
  • 実効性がない:違憲だと確認されても、それだけでは国民の権利に直ちに何も起きません。

注意これは通説の考え方です。

判例がこの訴訟を否定したわけではありません。

国家賠償請求訴訟

結論国家賠償請求訴訟は、判例上、認められています。

理由お金の請求は、具体的な権利義務をめぐる争いです。

だから、付随的審査制の枠に乗ります。

注意本当に欲しいのは法律で、お金ではありません。

国家賠償請求訴訟は、いわば迂回路です。

確認を求める形

結論具体的な法律関係の確認を求める形なら、道はあります。

具体例在外国民選挙権事件では、「投票できる地位にあることの確認」が認められました。

注意要件の積み重ねが判例として残っているのは、国家賠償のルートです。

立法不作為そのものを違憲だと確認する形は、通説上難しいとされます。

国家賠償法1条1項(勝つために要るもの)

立法不作為を争う形は、国家賠償請求訴訟が中心です。
では、国家賠償請求で勝つには、何を満たす必要があるのでしょうか。

5つの要件

結論国家賠償法1条1項の要件は、次の5つです。

  • 公務員:公権力の行使にあたる公務員が、
  • 職務:その職務を行うについて、
  • 故意・過失:故意又は過失によって、
  • 違法:違法に、
  • 損害:他人に損害を加えたとき。

注意立法不作為で争われるのは、4つ目の「違法」の一点です。

条文は制定以来一度も改正されておらず、「当る」「よつて」の表記のままです。

1条|国家賠償法1項:国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

憲法17条との関係

結論国家賠償法は、憲法17条を具体化する法律です。

理由17条は、法律があって初めて動く権利だからです。

注意公務員個人は、被害者に対して直接には責任を負いません。

17条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

争点は「違法」だけ

結論国会議員の立法行為が「公権力の行使」にあたることは、争われていません。

当然の前提とされています。

注意争いはすべて、立法行為をどんなときに「違法」と評価するかに集中しています。

第4〜6節の3つの判例は、この「違法」の中身を少しずつ動かしてきました。

在宅投票制廃止事件(違憲性と違法性の区別)

立法不作為の国家賠償では、「違法」の一点が争われます。
では、最初の判例は、立法行為の違法性をどう捉えたのでしょうか。

事案

事案公職選挙法には、自宅で投票できる在宅投票制度がありました。

  • 廃止:不正利用が問題になり、制度は廃止されました。
  • 不作為:その後、国会は制度を復活させる法改正を、長い間しませんでした。
  • 提訴:身体の障害で投票所に行けなかった人が、国に精神的損害の賠償を求めました。
  • 主張:廃止とその後の立法不作為は、憲法15条1項などに違反し違法だと主張しました。

結論原告の請求は、認められませんでした。

15条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

違憲性と違法性の区別

違憲審査と国賠の違法が見ているものの対比表

結論立法行為の違法性は、立法の内容の違憲性とは区別されます。

  • 違法性の中身:「国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題」です。
  • 違憲との関係:立法の内容が憲法に違反していても、立法行為が「直ちに違法の評価を受けるものではない」とされました。

理由違憲審査と国家賠償の違法とでは、見ているものが違うからです。

憲法に対してダメなことと、賠償責任を負うほどダメなことは、別の物差しです。

注意「違憲なら当然に違法にもなる」わけではありません。

在宅投票制廃止事件最高裁判所第一小法廷判決違憲性と違法性の区別国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがつて、国会議員の立法行為(立法不作為を含む。以下同じ。)が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題であつて、当該立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきであり、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反する廉があるとしても、その故に国会議員の立法行為が直ちに違法の評価を受けるものではない。

例外的な場合の定式

結論立法行為は、次のような場合でない限り、国家賠償法上違法の評価を受けません。

  • 一義的な文言:立法の内容が「憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず」、
  • あえて:国会があえてその立法を行う、という、
  • 例外:「容易に想定し難いような例外的な場合」です。

理由「一義的な文言に違反」とは、条文の読み方そのものが、憲法に真っ向から反している場合です。

しかも、「あえて」立法を行ったとまで言える場合に限られます。

注意「立法不作為では絶対に国家賠償できない」とまとめるのは誤りです。

  • 判例の強さ:立法不作為を争う道を、事実上閉ざしたというくらいです。
  • 道の幅:狭くしたのは道の幅であって、道そのものを無くしたわけではありません。

在宅投票制廃止事件最高裁判所第一小法廷判決例外的な場合の定式……国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない。

在外国民選挙権事件(道を若干拡大する)

在宅投票制廃止事件の定式は、ごく狭い例外しか認めませんでした。
では、次の判例で、違法と評価される道は変わったのでしょうか。

事案

事案衆議院議員選挙のとき、国外に住んでいた人たちがいました。

当時の公職選挙法では、選挙権を行使できませんでした。

この原告らが、国に精神的損害の賠償などを求めました。

違法となる2つの場合

結論次の場合などには、例外的に、立法行為又は立法不作為は違法の評価を受けます。

  • ①明白な侵害:立法の内容又は立法不作為が、憲法上の権利を違法に侵害することが「明白な場合」です。
  • ②立法の必要:権利行使の機会の確保に、立法措置が「必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず」、国会がこれを怠る場合です。
  • ②の期間:②では、国会が「正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合」であることが要ります。

注意②の「正当な理由なく長期にわたって」は、①には付いていません。

在外国民選挙権事件最高裁判所大法廷判決……立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである。

賠償の結論

結論この事件では、賠償が認められました(国は賠償を命じられました)。

満たしたのは、②の場合です。

理由一度は法案が出されながら成立せず、その後も長い間、何の措置もとられませんでした。

だから、「正当な理由なく長期にわたって怠った」と評価されました。

注意無条件に賠償が認められるわけではありません。

①か②を満たしたときだけです。

在宅投票制廃止事件との違い

在宅投票と在外の判断の軸の違いの表

結論違法となる場合の軸が変わりました。

  • 在宅投票制廃止事件:一義的な文言に違反しているかという、条文の読み方の話です。
  • 在外国民選挙権事件:権利を使わせるために立法措置が必要不可欠かという、必要性の話です。

理由軸が必要性に移ったので、立法不作為も正面から扱えるようになりました。

注意判例変更かどうかは、2つの見方を両方押さえます。

  • 最高裁:在宅投票制廃止事件の判決と「異なる趣旨をいうものではない」としています。
  • 有力な見解:実質的には判例変更だと捉えます。
  • 押さえ方:どちらか一方だけを正解にしません。

在外国民の国民審査

結論最高裁判所の裁判官の国民審査で、在外の人に投票を認めなかったことも、憲法違反と判断されました。

注意この事件でも、同じ枠組みが使われています。

女性再婚禁止期間違憲訴訟(明白性の場合にも「長期」が加わる)

在外国民選挙権事件は、違法と評価される道を広げました。
では、規定が違憲とされた事件で、国家賠償は認められたのでしょうか。

事案

事案女性の再婚禁止期間を定めていた民法の規定が、争われました。

この事件は、国を訴える国家賠償請求訴訟の形をとっていました。

違法となる場合の要件

結論違法の評価を受けるのは、次の2つがそろう場合などです。

  • 明白性:法律の規定が、権利利益を合理的な理由なく制約し、憲法に違反することが「明白であるにもかかわらず」、
  • 長期:国会が「正当な理由なく長期にわたって」その改廃等の立法措置を怠る場合です。

注意在外国民選挙権事件の①(明白な侵害)にも、「長期」の要件が上乗せされました。

在外の枠組みを、そのまま維持したのではなく、より狭く絞っています。

女性再婚禁止期間違憲訴訟最高裁判所大法廷判決要件もっとも,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである。結論以上によれば,上記当時においては本件規定のうち100日超過部分が憲法に違反するものとなってはいたものの,これを国家賠償法1条1項の適用の観点からみた場合には,憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできない。したがって,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。

違憲だが賠償は棄却

違憲だが国賠請求は棄却の対比表

結論規定は違憲とされましたが、国家賠償請求は棄却されました。

  • 違憲:再婚禁止期間のうち100日を超える部分が、憲法14条1項と24条2項に違反するとされました。
  • 国家賠償:立法不作為は、国家賠償法上「違法の評価を受けるものではない」とされました。

理由違反が国会にとって明白だったとまでは言えないからです。

  • 明白性の測り方:「明白」かどうかは、国会の側から見て測ります。
  • 先行する判断:この規定については、以前、最高裁が別の事件で、例外的な場合にあたる余地はないと判断していました。
  • 当てはめ:最高裁自身がそう言っていた以上、国会の側で違憲だと分かっていたはずだ、とは言えません。

注意違憲と違法は別、という原則が、結論の形で実際に分かれた事件です。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

24条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

判決を出した法廷

結論3つの判例の法廷は、次のとおりです。

  • 在宅投票制廃止事件:小法廷の判決です。
  • 在外国民選挙権事件:大法廷の判決です。
  • 再婚禁止期間:大法廷の判決です。

注意判決を出した法廷の種類も、短答で問われることがあります。

立法行為が違法となる場合(判例の到達点)

3つの判例は、立法行為が違法となる場合を少しずつ動かしてきました。
では、判例をまとめると、答案ではどのような規範になるのでしょうか。

2つの関門

結論立法行為は、次の2つの関門をくぐったとき、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けます。

  • 明白性の関門:権利侵害が明白な場合か、権利行使の機会の確保に立法措置が必要不可欠で、それが明白な場合です。
  • 時間の関門:国会が、正当な理由なく長期にわたって、改廃その他の所要の立法措置を怠ったことです。

理由2つの関門は、役割が違います。

  • 明白性:そもそも国会が動くべき場面かどうかを見ます。
  • 時間:動くべきなのに動かなかったと言えるほど、時間が経ったかを見ます。

注意明白性の関門のどちらかにあたるだけでは、足りません。

答案での使い方

結論立法不作為を争う問題では、まず違憲かどうかを論じます。

そのうえで、国家賠償法上の違法性を、もう一段のハードルとして別に論じます。

注意違憲の結論を、そのまま賠償の結論に流し込みません。

一票の格差の「違法」との違い

結論同じ「違法」でも、測っているものが違います。

  • 一票の格差:選挙という行為そのものが、法に反していたかという評価です。違法とされても、選挙の効力は維持されました。
  • 立法不作為の国家賠償:国が賠償責任を負うかどうかの評価です。

注意「規定は違憲でも選挙は有効」と、「違憲でも賠償は認められない」を、同じ話としてまとめません。

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#80単独ページ動画

財政民主主義と租税法律主義

財政とは何か

財政

定義財政とは、国が仕事を進めるために必要な資金を、工面し、管理し、実際に支出していく一連の働きです。

結論憲法は、財政に一章(第七章)を割いています。

理由国家の活動に要るお金は、結局、国民が負担するからです。

だから財政の運営は、国民の重大な関心事です。

国民自身がきちんと目を光らせる仕組みが要ります。

注意この考え方が、第七章の条文すべての土台になります。

83条(財政民主主義)

財政の運営には、国民が目を光らせる仕組みが要ります。
では、国の財政は、誰が中心になって動かすのでしょうか。

財政民主主義(財政国会中心主義)

定義国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければなりません。

この原則を、財政民主主義、あるいは財政国会中心主義と呼びます。

結論83条は、第七章「財政」の冒頭に置かれた基本原則です。

理由国家の活動に要るお金は、国民が負担するからです。

だから財政も、国民が選んだ国会が握ります。

83条|第七章 財政(83〜91条)国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。

30条(納税の義務)との関係

定義30条の納税の義務は、国民が、国に対して負う、税金を払う義務です。

結論30条は国民の側の義務を、83条以下は払わせる国の側の縛りを定めています。

注意30条は「法律の定めるところにより」と書いています。

条文だけでは動かず、法律があってはじめて働きます。

30条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。

83条の具体化(歳入と歳出)

83条は、財政を国会の議決で縛る基本原則です。
では、この原則は、具体的にどの条文で形になっているのでしょうか。

2つの方向への具体化

結論83条は抽象的すぎて、そのままでは使えません。

そこで、次の2つの方向に具体化されています。

  • 歳入(84条):お金を集める側です。租税法律主義を定めます。
  • 歳出(85条):集めたお金を使う側です。国費の支出や国の債務負担に、国会の議決を要求します。

理由「国会の議決に基づいて」というだけでは、何をどう縛るのか分からないからです。

84条|第七章 財政(83〜91条)あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

85条|第七章 財政(83〜91条)国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

84条(租税法律主義)

84条は、83条のうち、お金を集める側の具体化です。
では、84条は、租税についてどこまで重い縛りをかけているのでしょうか。

84条の位置づけ

結論84条は、一般原則を「租税について厳格化した形で明文化したもの」です(判例)。

  • 一般原則:国民に対して義務を課し又は権利を制限するには、法律の根拠を要します。
  • 84条:その一般原則を、租税についてだけ一段厳しくした条文です。

なぜ租税だけ厳しいのか

結論租税は、取られる側が同意していないお金を、国が強制的に取り上げるものだからです。

理由この趣旨を表すスローガンが、代表なければ課税なしです(アメリカ独立戦争のスローガン)。

自分たちの代表がいない議会が決めた税は払わない、という考え方です。

注意この「強制的に取り上げる」という一点が、第7節と第10節でも効いてきます。

83条との強度差(議決と法律)

83条と84条の強度差(83条=議決で足りる/84条=法律を要求する・趣旨は代表なければ課税なし)

結論83条は「議決」で足りますが、84条は「法律」を要求します。

理由法律は、議決よりずっと重い手続です。

  • 議決:その都度の決定で足ります。
  • 法律:一般的なルールとして定めて公布し、誰でも読める形で残さなければなりません。

具体例法律の形なら、どういう場合にどれだけ取られるかが、取られる前に分かります。

その都度の議決だと、決まったその時に初めて負担を知ることになり、備えることも避けることもできません。

「法律の定める条件」(委任の限界)

結論84条は、政令などへの委任を一切許さないという意味ではありません。

条文も「法律又は法律の定める条件による」と書いています。

理由課税の細かい条件のすべてを、法律だけで定めきるのは、現実には不可能だからです。

注意どこまで委ねてよいかの線は、41条で引かれる委任の限界と同じです。

  • 許される委任:個別・具体的な委任です。何のために、何を、どこまで委ねるのかが法律から読み取れます。
  • 許されない委任:白紙委任です。法律からまったく読み取れません。

租税だけの特別な話ではありません。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

固有の意味の租税(入口の1段目)

84条は、租税を法律で定めることを求めています。
では、84条の「租税」とは、どのようなお金を指すのでしょうか。

固有の意味の租税の定義

定義判例は、次の要素を満たす金銭給付を、形式のいかんにかかわらず、84条の租税に当たるとしています。

  • 主体:国又は地方公共団体が、課税権に基づき課します。
  • 目的:その経費に充てるための資金を調達する目的です。
  • 対価性:特別の給付に対する反対給付としてでなく課します。
  • 対象:一定の要件に該当するすべての者に課します。
  • 中身:金銭給付です。

結論いちばんの核は、「特別の給付に対する反対給付としてでなく」という部分です。

対価の有無で線を引きます。

理由租税は、サービスを受けたかどうかに関係なく、強制的に取られるものだからです。

反対給付

定義反対給付とは、何かを受け取ったことへの見返りです。

具体例買い物をしたら、その分の代金を払うのが、対価としての支払です。

当てはめ(所得税・専売品の価格・検定手数料)

固有の意味の租税の境界線(所得税=あたる・対価としてでなく強制的に取られる/専売品の価格・検定手数料=あたらない・はっきりした反対給付がある)

結論所得税は固有の意味の租税に当たり、専売品の価格・検定手数料は当たりません。

注意専売品の価格や検定手数料は、84条の「租税」ではありません。

ただし、法律で決めなくてよいわけではありません(第6節)。

財政法3条(84条の外のお金)

専売品の価格や検定手数料は、反対給付があるので84条の「租税」ではありません。
では、こうしたお金は、何の縛りも受けないのでしょうか。

財政法3条

定義課徴金とは、租税ではないけれど、国が権力に基づいて取り立てるお金です。

結論財政法3条が、租税以外のこうしたお金を受け止めています。

  • 対象:課徴金、専売価格、事業料金です(検定手数料も同じ性質のものです)。
  • 縛り方:法律又は国会の議決に基づいて定めなければなりません。

3条|財政法 第一章 財政総則(1〜10条)租税を除く外、国が国権に基いて収納する課徴金及び法律上又は事実上国の独占に属する事業における専売価格若しくは事業料金については、すべて法律又は国会の議決に基いて定めなければならない。

84条ではなく83条を踏まえた規定

結論財政法3条は、84条ではなく、83条を踏まえた規定だと理解されています。

理由専売価格や事業料金は、反対給付があるお金なので、84条の対象そのものではないからです。

そこで、84条の外に出たお金にも、83条の趣旨(国会の議決)を及ぼしています。

注意財政には、誰も縛らない領域はありません。

84条の外に出ても、必ず83条の枝の中に戻ってきます。

形式が税(入口の2段目:国民健康保険税)

固有の意味の租税は、反対給付としてでなく取られるお金です。
では、反対給付があるのに「税」という名前のお金に、84条は適用されるのでしょうか。

国民健康保険税

事案国民健康保険税は、被保険者が保険給付を受けられることへの、反対給付として徴収されます。

対価があるので、固有の意味の租税ではありません。

結論判例は、「形式が税である以上は、憲法84条の規定が適用されることとなる」としています。

理由自ら「税」という形式を選んだ以上、その形式に付いてくる重い手続も引き受けるからです。

名前だけ「税」にして84条の縛りを外せるなら、名前の付け方ひとつで法律の縛りを抜けられてしまいます。

84条の「租税」は2種類

結論84条の「租税」には、次の2種類があります。

  • 固有の意味の租税:反対給付としてでなく取られるお金です。
  • 形式が税のもの:固有の意味の租税ではないけれど、形式が税であるものです。

注意「固有の意味の租税=84条の租税」と一本化してはいけません。

形式が税のものを見落とすことになります。

課税要件法定主義と課税要件明確主義

84条の「租税」に当たれば、84条の縛りを受けます。
では、租税法律主義は、具体的に何を求めているのでしょうか。

2つの内容

課税要件法定主義と課税要件明確主義の内容と、対応する事件(法定主義=通達で課税してよいか/明確主義=保険料率を告示に委任してよいか)

定義租税法律主義の中身は、次の2つです。

  • 課税要件法定主義:課税要件と賦課徴収の手続を、法律で定めなければならないという原則です。
  • 課税要件明確主義:その定めは、一義的で明確でなければならないという原則です。

ここで使う言葉は、次のとおりです。

  • 課税要件:誰に、何に対して、どれだけ課すかという、課税が成り立つための条件です。
  • 賦課徴収:行政の側が金額を決めて課し、取り立てるところまでを指します。

具体例所得税の課税要件は、所得のある人に、その年の所得に応じて、この税率で、という中身です。

なぜ2つに分けるのか

結論法律で定めること自体を求める側と、定め方の明確さを求める側を、別々に立てる必要があります。

理由法律で定めていても、中身が曖昧なら、租税法律主義は骨抜きになるからです。

具体例法律に「相当の所得がある者に、相当額の税を課する」とだけ書いてある場合です。

法律で定めるという条件は満たしていても、いくら取られるかは役所の決め方しだいになります。

パチンコ球遊器事件(通達で課税してよいか)

課税要件法定主義は、課税要件を法律で定めることを求めます。
では、行政の内部文書である通達をきっかけに課税することは、許されるのでしょうか。

通達

定義通達とは、上級の行政庁が、法令の解釈や運営方針について、下級の行政庁に対して出す命令です。

注意通達は行政の内部だけのもので、国民に対して直接、強制力を持つものではありません。

パチンコ球遊器事件

事案物品税法に、「遊戯具」への課税を定めた規定がありました。

  • 課税されてこなかった:パチンコ球遊器は、長い間「遊戯具」に当たらないとされ、課税されていませんでした。
  • 通達で課税:ある通達によって「遊戯具」に当たるとされ、急に課税対象になりました。
  • 争点:行政の内部文書だけで課税対象が変わるなら、租税法律主義が骨抜きになるのではないかが争われました。

結論最高裁は、課税処分を違憲ではないとしました。

判断は、次の2つの段に分かれます。

  • 法律の解釈:「現行法の解釈として「遊戯具」中にパチンコ球遊器が含まれるとしたものであつて、右判断は、正当である」としました。法律の条文を素直に読んでも、パチンコ球遊器は「遊戯具」に当たるという判断です。
  • 通達の位置づけ:課税が「たまたま所論通達を機縁として行われたものであつても」、通達の内容が法の正しい解釈に合致する以上、「法の根拠に基く処分」だとしました。

パチンコ球遊器事件最高裁判所第二小法廷判決法律の解釈そのもの社会観念上普通に遊戯具とされているパチンコ球遊器が物品税法上の「遊戯具」のうちに含まれないと解することは困難であり、原判決も、もとより、所論のように、単に立法論としてパチンコ球遊器を課税品目に加えることの妥当性を論じたものではなく、現行法の解釈として「遊戯具」中にパチンコ球遊器が含まれるとしたものであつて、右判断は、正当である。通達の位置づけ本件の課税がたまたま所論通達を機縁として行われたものであつても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、本件課税処分は法の根拠に基く処分と解するに妨げがなく、所論違憲の主張は、通達の内容が法の定めに合致しないことを前提とするものであつて、採用し得ない。

通達は「根拠」か「機縁」か

通達は根拠か機縁か(通達が根拠なら租税法律主義が空洞化/最高裁=課税の根拠は最初から法律〈物品税法の「遊戯具」〉にあり、通達は機縁にすぎない)

定義機縁とは、きっかけという意味です。

結論課税の根拠は、最初から法律(物品税法の「遊戯具」という言葉)にありました。

通達は、その正しい解釈に気づかせた、きっかけにすぎません。

理由長年課税されてこなかったのは、通達が無かったからではなく、行政が法律の解釈を誤っていたからです。

注意最高裁は、通達を課税の根拠だとは言っていません。

「通達で課税してよいと認めた判決」と読むのは誤りです。

通達そのものが課税の根拠になるなら、行政が自由に税を作り出せることになり、法律で定めるという原則が意味を失います。

旭川市国民健康保険条例事件(保険料率を告示で決めてよいか)

国民健康保険税は、形式が税なので84条が適用されます。
では、税の形式すら取らない国民健康保険料にも、84条は及ぶのでしょうか。

告示

定義告示とは、行政機関が決めたことを、外に向けて公に示す形式です。

注意議会を通す条例とは、そこが違います。

事案

事案旭川市の国民健康保険は、「税」ではなく「料」の方式を採っていました。

  • 料率の決め方:保険料率は、法律でも条例でもなく、市長の決定と告示に委ねられていました。
  • 法律の委任:国民健康保険法81条が、保険料の賦課や徴収に関することを、政令の基準に従って条例で定めるよう市町村に委ねています。
  • 争点:条例が、さらに市長の告示に委ねてよいか(この委任の合憲性)が争われました。

注意この保険料は、固有の意味の租税でも、形式が税でもありません。

判旨の流れ

旭川市事件の判旨を四段で追うフロー(①国民健康保険料=84条は直接適用されない→②強制加入・強制徴収で租税に類似→③84条の趣旨が及ぶ→④賦課要件の明確性は総合考慮)

税と料の切り分け

結論判例は、保険料について「上記保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはない」としました。

理由保険料は反対給付として徴収されていて、税という形式も取っていないからです。

注意同じ判決の括弧書きで、国民健康保険税は「形式が税である以上は、憲法84条の規定が適用されることとなる」と確認しています(第7節)。

旭川市国民健康保険条例事件最高裁判所大法廷判決税と料の切り分け上記保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはないというべきである(国民健康保険税は、前記のとおり目的税であって、上記の反対給付として徴収されるものであるが、形式が税である以上は、憲法84条の規定が適用されることとなる。)。

租税以外の公課への一般論

結論判例は、国民健康保険に限らない一般論を立てています。

  • 対象:租税以外の公課であっても、「賦課徴収の強制の度合い等の点において租税に類似する性質を有するもの」です。
  • 効果:「憲法84条の趣旨が及ぶと解すべき」です。
  • 規律の在り方:「当該公課の性質、賦課徴収の目的、その強制の度合い等を総合考慮して判断すべき」です。

具体例この枠は、税以外の負担金や手数料にも、そのまま使えます。

趣旨が及ぶ理由(強制加入・強制徴収)

結論判例は、国民健康保険料にも84条の趣旨が及ぶとしました。

理由国民健康保険は「強制加入とされ、保険料が強制徴収され、賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有する」からです。

  • 強制加入:対象になる人は、加入を拒否できません。
  • 強制徴収:保険料も、強制的に徴収されます。

租税がきつく縛られる理由(同意していないお金を強制的に取る)が、保険料にも同じだけ当てはまります。

注意「保険料にも84条が適用される」と書くと誤りです。

税は「適用」、料は「直接適用なし、しかし趣旨が及ぶ」と書き分けます。

税と料の違い(国民健康保険税=反対給付あり・形式が税→84条が適用/国民健康保険料=税の形式すらない→直接適用されないが、強制加入・強制徴収で趣旨が及ぶ)

賦課要件の明確性(総合考慮)

定義賦課要件は、課税要件と同じ中身です(誰に、何に、どれだけ課すか)。

結論趣旨が及ぶとしても、賦課要件をどこまで明確に定めるべきかは、一律には決まりません。

判例は、「賦課徴収の強制の度合いのほか、社会保険としての国民健康保険の目的、特質等をも総合考慮して判断する必要がある」としました。

理由保険料の使途は、国民健康保険事業に要する費用に限定されているからです。

旭川市国民健康保険条例事件最高裁判所大法廷判決趣旨が及ぶ理由と総合考慮市町村が行う国民健康保険は、保険料を徴収する方式のものであっても、強制加入とされ、保険料が強制徴収され、賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから、これについても憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが、他方において、保険料の使途は、国民健康保険事業に要する費用に限定されているのであって、法81条の委任に基づき条例において賦課要件がどの程度明確に定められるべきかは、賦課徴収の強制の度合いのほか、社会保険としての国民健康保険の目的、特質等をも総合考慮して判断する必要がある。

結論(合憲)

結論判例は、条例による市長への委任は「憲法84条の趣旨に反するということもできない」として、合憲としました。

理由次の2点からです。

  • 算定基準は条例:条例は、賦課総額の算定基準そのものを明確に定め、専門的・技術的な細目だけを市長の合理的な判断に委ねていました。
  • 議会の統制:見込額などの推計には、国民健康保険事業の予算や決算の審議を通じて、議会による民主的な統制も及んでいます。

注意「趣旨が及ぶ」は「違憲」を意味しません。

趣旨が及ぶかを厳しく検討したうえで、総合考慮の結果として合憲、という着地です。

これは、課税要件明確主義(どこまで明確に定めれば足りるか)の側の話です。

旭川市国民健康保険条例事件最高裁判所大法廷判決結論本件条例が、8条において保険料率算定の基礎となる賦課総額の算定基準を定めた上で、12条3項において、被上告人市長に対し、同基準に基づいて保険料率を決定し、決定した保険料率を告示の方式により公示することを委任したことをもって、法81条に違反するということはできず、また、これが憲法84条の趣旨に反するということもできない。

84条が及ぶかの判定(入口の3段)

84条との関係は、お金の種類によって3つに分かれます。
では、問題になっているお金は、どの順番で判定するのでしょうか。

3つの段

結論84条との関係は、次の3段です。

  • 固有の意味の租税:反対給付としてでなく強制的に取られるお金です。84条の「租税」そのものです。
  • 形式が税:反対給付はあるが、名前が税のものです(国民健康保険税)。84条が適用されます。
  • 税ですらない:反対給付があり、税の形式もないものです(国民健康保険料)。84条は直接適用されませんが、強制加入・強制徴収という強制の度合いから、趣旨が及びます。

具体例2つの主義と判例の対応は、次のとおりです。

  • 法定主義:通達による課税が問題になったパチンコ球遊器事件です。
  • 明確主義:保険料率の告示への委任が問題になった旭川市国民健康保険条例事件です。

注意答案では、まずお金がどの段に当たるかを判定し、そのうえで初めて84条の話に入ります。

84条の外に出たお金も、財政法3条を通じて83条が受け止めています(第6節)。

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#81単独ページ動画

予算の法的性格と予算修正権

85条(歳出面の具体化)

83条の2つの具体化

結論財政の基本原則である83条は、次の2つの方向に具体化されています。

  • 歳入(84条):お金を集める側です。
  • 歳出(85条):集めたお金を使う側です。

理由取る側だけを縛っても、使い道がまったく自由なら、国民のコントロールは半分しか効かないからです。

集める側と使う側の両方が国会の議決で縛られて、はじめて財政国会中心主義が完結します。

83条|第七章 財政(83〜91条)国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。

84条|第七章 財政(83〜91条)あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

国費の支出と債務の負担

定義債務を負担するとは、国が、その年度を超えて、将来これだけの金額を支払うと約束する行為です(国庫債務負担行為)。

結論国費を支出するにも、債務を負担するにも、国会の議決が要ります。

実際にお金を支出する場面だけでなく、将来払う約束をする場面にも議決が要るということです。

具体例3年かけて完成させる橋を建設する契約です。

初年度に全額を払いきれないので、「3年間で総額いくら払う」と国が約束しておく必要があります。

この約束そのものにも、国会の議決が要ります。

85条|第七章 財政(83〜91条)国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。

86条(予算の定義と手続)

85条は、国のお金を使う側を国会の議決で縛っています。
では、使い道を決める文書である予算とは何で、誰が作り、誰が決めるのでしょうか。

予算の定義

定義予算とは、国の財政運営の基準となる準則の一つです。

一会計年度における歳出歳入の予定的見積りを、その内容とするものをいいます。

  • 一会計年度:ふつう4月1日から翌年3月31日までの1年間です。
  • 予定的見積り:まだ使っていないが、これだけ集めてこれだけ使う予定だという計画です。
  • 準則:みんなが従うべき基準、ルールのことです。

注意86条そのものには、予算の定義は書かれていません。

一会計年度が1年であること自体も、憲法に明文は無く、通説としてそう理解されています。

作るのは内閣、決めるのは国会

予算の手続の分担(内閣=作成・提出/国会=審議・議決・衆議院の先議権と優越)

結論作成と提出は内閣の仕事で、審議と議決は国会の仕事です。

注意「国会が予算を作る」は誤りです。

  • 衆議院の先議権:予算は、必ず衆議院が先に審議します。
  • 衆議院の優越:両院の議決が割れたときは、衆議院の議決が国会の議決になります。

86条|第七章 財政(83〜91条)内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

60条|第四章 国会(41〜64条)1項:予算は、さきに衆議院に提出しなければならない。2項:予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

予算の法的性格(第1段:拘束力はあるか)

予算は、国会が議決するのに、法律ではありません。
では、法律でない予算に、内閣を縛る力はあるのでしょうか。

2段に分けて考える

結論予算の法的性格は、次の2段に分けて考えます。

  • 第1段:予算に、そもそも法的な拘束力があるか。
  • 第2段:拘束力があるとして、その形式は何か。

注意1段で済ませると混乱します。

この結論が、予算修正権(第5・6節)と、予算と法律の不一致(第7節)の前提になります。

明治憲法下と日本国憲法下

結論拘束力についての理解は、次のように変わりました。

  • 明治憲法下:予算は歳入と歳出をただ見積もった文書で、政府を法的に縛る力は無いという考え方が主流でした(予算行政説)。
  • 日本国憲法下:予算は、政府を法的に拘束する力を持つ法規範だと理解されています。

理由それぞれ次の理由によります。

  • 明治憲法下:予算は政府の財政計画に対する承認にすぎず、国を法的に縛る規範として作られていませんでした。
  • 日本国憲法下:86条は、国会の議決という重い手続を要求しています。単なる行政の内部計画なら、そこまで重い手続は要りません。

予算の法的性格(第2段:法律か独自の法形式か)

予算に拘束力があるという点までは、争いがありません。
では、予算は法律の一種なのでしょうか、それとも法律とは別の形式なのでしょうか。

予算法律説と予算法形式説

予算法律説(法律の一種)と予算法形式説(独自の法形式・妥当)の対比

結論予算法形式説が妥当です。

予算は、法律とは異なる、独自の法形式による国法の一つです。

政府に対して法的拘束力を持つ法規範ですが、法律そのものではありません。

注意2つの説は、拘束力の有無を争っているのではありません。

拘束力がある点は同じで、その形式の名前を争っています。

法形式説が妥当な理由(内容面2点・手続面2点)

結論予算は、内容も手続も、法律とは違う設計になっています。

理由内容面の2点は、次のとおりです。

  • 名宛人:予算は政府を拘束するだけで、一般国民を拘束しません。法律は国民に義務を課したり権利を制限したりしますが、予算は政府の使い道の予定を定めるだけです。
  • 効力の期間:予算の効力は、一会計年度に限られます。法律は改廃されない限り効力を持ち続けますが、予算は最初から今年度だけの時限つきです。

手続面の2点は、次のとおりです。

  • 提出権:予算の提出権は、内閣に専属します(73条5号・86条)。法律案は、内閣も国会議員も提出できます。
  • 議決の手続:衆議院に先議権があり、衆議院の再議決制が認められていません。
  • 法律案の場合:参議院が否決しても、衆議院が3分の2以上の多数で再可決すれば法律になります。
  • 予算の場合:両院協議会でも一致しないとき、衆議院の議決がそのまま国会の議決になります。

注意法律という形式でなくても、法規範でありえます。

形式の名前と、縛る力の有無は、別の問題です。

73条(抜粋)|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。五 予算を作成して国会に提出すること。

国会の予算修正権(減額修正)

予算は、法律ではない独自の法形式による法規範です。
では、国会は、内閣が出した予算を修正でき、その修正に限界はあるのでしょうか。

減額修正の可否

結論国会は、内閣の作成した予算を減額修正することができ、その修正権に限界はありません。

理由根拠は、次の3本です。

  • 明治憲法との違い:明治憲法67条は、政府の同意なく既定の歳出を廃除・削減できないと定めていました。日本国憲法には、これに相当する制限規定がありません。
  • 83条の趣旨:国会が多すぎると判断して削ることは、財政国会中心主義による民主的コントロールを働かせているにすぎません。
  • 「議決」の文言:条約は「承認」(61条・73条3号ただし書)ですが、予算は「議決」(60条2項・86条)です。
  • 承認と議決:承認は可否の判断にとどまります。議決は、より主体的・実質的な決定権を認める強い表現で、修正権まで読み込めます。

具体例内閣の予算案に、ある広報活動の予算として3億円が計上されていたとします。

国会は、1億円で十分と判断すれば、3億円を1億円に減らす修正ができます。

修正に、内閣の同意は要りません。

注意根拠は1本だけで済ませず、3本とも挙げます。

61条|第四章 国会(41〜64条)条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。

73条(抜粋)|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。

国会の予算修正権(増額修正)

減額修正は、できて、限界もありません。
では、予算を増やす方向の修正も、同じように限界なくできるのでしょうか。

増額修正の可否

結論説によって、次のように分かれます。

  • 予算法律説:予算を法律の一種とみるので、増額修正を自由にでき、限界もありません(ただし、この説は妥当ではありません)。
  • 予算法形式説:増額修正はできます。ただし、限界があります。

理由財政国会中心主義や「議決」という強い表現に照らせば、増額を求めることも、国会の決定権の範囲内だからです。

注意「法形式説だから増額修正はできない」は誤りです。

増額修正の限界

結論内閣の予算作成・提出権を損なうような、予算の同一性を失わせる大きな増額修正はできません。

政府の見解も、同じ立場です。

理由73条5号は、専門性や技術性が求められる予算づくりを、内閣だけに任せています。

内閣が作った予算の枠組みを壊すほどの増額は、この趣旨を損ないます。

具体例内閣の予算案で、奨学金の予算が10億円だったとします。

  • 許される増額:1億円積み増して11億円にする修正です。内閣が作った制度の枠組みの中で、規模を調整しているだけです。
  • 許されない増額:一気に50億円に増やし、内閣が想定していなかった新しい奨学金制度をゼロから作る修正です。実質的に、国会が新しい予算を作ったのと同じになります。

減額と増額の非対称の理由

減額と増額の非対称の理由(増額=実質的に新しい予算の作成/減額=否決してゼロにできる)

結論減額と増額で扱いが違うのは、次の理由からです。

  • 増額:大きすぎる増額を認めると、予算づくりを専門の行政機関である内閣に委ねた狙いそのものを壊します。
  • 減額:国会には、そもそも予算そのものを否決する手段があり、否決すれば予算はゼロです。使うお金を減らすことは、財政国会中心主義の趣旨にそのまま合います。

注意減額は国会の本来の権限の範囲内で、増額は内閣の領分に踏み込む話です。

この理由まで言えるようにします。

予算と法律の不一致

予算は、法律とは別の法形式なので、成立までの手続も別々です。
では、片方だけが成立したとき、誰に、何の義務があるのでしょうか。

なぜ食い違うのか

結論予算と法律は、別々の議案として、別々のタイミングで審議・議決されます。

そのため、片方だけ成立して、もう片方が成立しない場面が起こりえます。

具体例次の2つの場面です。

  • 法律だけ成立:被災者支援の給付制度を始める法律ができたのに、それを実施する予算が否決される場面です。
  • 予算だけ成立:ある事業の予算が先に成立したのに、それを実施するのに必要な法律の改正が、まだ国会を通っていない場面です。

2つの場面の義務

予算と法律の不一致の2つの場面(法律成立・予算不成立=誠実執行義務/予算成立・法律不成立=支出不可)

定義補正予算とは、いったん成立した予算を、年度の途中で追加したり変更したりするために、あらためて組む予算です。

国会単独立法の原則とは、法律を作る権限は国会だけが持ち、他の機関の関与なしに国会だけで完結するという原則です。

結論場面ごとに、次のようになります。

  • 法律成立・予算不成立:予算が無くても、内閣の誠実執行義務(73条1号)は消えません。補正予算を組む、予備費を支出する、施行の時期を延期するなどして、対処しなければなりません。
  • 予算成立・法律不成立:内閣は、法律が無い以上、支出できません。法律案を作成して、国会に提出することになります。

理由国会に法律を成立させる義務が無いのは、国会単独立法の原則の裏返しだからです。

法律を作るかどうかは国会の権限で、内閣から強制することはできません。

注意次の2つが、誤りやすい点です。

  • 法律成立・予算不成立:「予算が無いから実行しなくてよい」は誤りです。
  • 予算成立・法律不成立:国会に、法律を成立させる義務はありません(通説)。

73条(抜粋)|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。

予備費(87条)

予算が足りない場面の対処の一つに、予備費の支出があります。
では、予備費は、誰が設け、誰が使い、誰が確認するのでしょうか。

予備費の3段の役割分担

定義「予見し難い」とは、あらかじめ予算を組む段階では想定できなかった、という意味です。

結論87条は、役割を次の3段に分けています。

  • 設ける:予備費を設けるかどうかは、国会の議決で決まります(1項前段)。
  • 支出する:いつ、いくら支出するかは、内閣の責任です(1項後段)。
  • 承諾する:支出したあと、国会が事後に承諾するかをチェックします(2項)。

具体例予算を組んだあとで大きな地震が起き、急いで被災地に支援物資を届けるお金が必要になった場合です。

87条|第七章 財政(83〜91条)1項:予見し難い予算の不足に充てるため、国会の議決に基いて予備費を設け、内閣の責任でこれを支出することができる。2項:すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

事後承諾が得られなかったとき

結論事後承諾が得られなくても、すでにされた支出の法的効果に影響はありません(通説)。

内閣の政治責任の問題が生じるにとどまります。

理由予備費は、予見できない事態に、即座に対応するための制度だからです。

国会の不承諾で支出がさかのぼって無効になるとすると、緊急の場面で迅速に対応するという制度の意味が失われます。

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決算と公金支出の制限

決算審査(90条)

決算

定義決算とは、確定的計数書のことです。

一会計年度に生じた国の収入支出が、実際にどうであったかを確定させたものです。

具体例予算と決算は、予定と実績の関係です。

  • 予算:これから、これだけ入ってこれだけ使うという、予定の書面です。
  • 決算:実際に、これだけ入ってこれだけ使ったと、あとから数字を確定させた書面です。

検査・提出・審査の3段

結論90条1項は、決算をめぐる流れを3段で定めています。

  • 検査:会計検査院が、すべて毎年、決算を検査します。
  • 提出:内閣が、次の年度に、決算と検査報告の両方を国会に提出します。
  • 審査:国会が、決算を審査します。

理由それぞれの段には、次の意味があります。

  • 第三者の検査:お金を使った内閣が自分で検査しても、チェックにならないからです。
  • すべて毎年:一部の抜き取り検査ではありません。1年でも飛ばせる年があると、その年の使い道が誰の目にも触れないまま確定するからです。
  • 両方の提出:決算だけでは内閣の自己申告なので、独立した機関の検査結果と突き合わせる必要があるからです。

注意検査は会計検査院、提出は内閣、審査は国会です。

3つの主体を取り違えないようにします。

  • 会計検査院:内閣から独立した第三者です。組織と権限は、法律で定めます(90条2項)。

90条|第七章 財政(83〜91条)1項:国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。2項:会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。

決算不承認の効果(予備費と同じ構造)

国会は、内閣が提出した決算を審査します。
では、国会が決算を承認しなかったとき、すでにされた支出はどうなるのでしょうか。

決算の不承認(90条)と予備費の事後不承諾(87条2項)の対比(共通の結論=支出の効力には影響がなく、内閣の政治責任の問題が生じるにとどまる)

支出の効力

結論決算が承認されなくても、すでにされた支出の効力には影響がなく、内閣の政治責任の問題が生じるにとどまります(通説)。

理由理由は2つです。

  • 仕組みの目的:事後のチェックは、内閣の政治責任を追及する仕組みです。支出を遡って無効にする仕組みではありません。
  • 法的安定性:否決のたびに支出が無効になると、委託先の業者や補助金を受け取った国民の地位が、いつまでも確定しません。

注意「国会が決算を否決すれば、支出が無効になる」は誤りです。

使ったお金が戻ってくることも、支出が無かったことになることもありません。

予備費の事後不承諾との共通点

結論予備費の支出について、国会の事後の承諾が得られない場合も、同じ結論です。

支出の効力には影響がなく、内閣の政治責任の問題が生じるにとどまります。

条文予備費の支出には、事後に国会の承諾を得なければなりません(87条2項)。

注意決算の不承認と予備費の事後不承諾は、同じ一つの理屈でつながっています。

法的な安定性を保つために効力は覆さず、政治責任だけを問う、という理屈です。

87条|第七章 財政(83〜91条)2項:すべて予備費の支出については、内閣は、事後に国会の承諾を得なければならない。

不承認の意味

結論不承認は無意味ではなく、政治責任という形で効きます。

具体例政治責任は、次の場面で問われます。

  • 内閣不信任:決算が認められないほどの問題は、内閣不信任の議論につながります。
  • 予算審議:次の年度の予算審議で、厳しく問われる材料になります。
  • 選挙:最終的には、選挙を通じて国民が責任を問います。

注意覆らないのは支出の効力で、覆るのは内閣への信頼です。

この2つを分けて押さえます。

財政状況の報告(91条)

決算は、使ったあとのお金を国会が検証する仕組みです。
では、国の財政の状況は、誰に対して報告されるのでしょうか。

報告先(国会及び国民)

結論内閣は、国会だけでなく国民に対しても、財政状況を報告しなければなりません。

条文財政は、国会の議決に基づいて処理します(83条・財政民主主義)。

理由財政民主主義の最終的な受け手は、主権者である国民だからです。

国民が判断するには、判断の材料として財政の状況が届いている必要があります。

91条|第七章 財政(83〜91条)内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年一回、国の財政状況について報告しなければならない。

83条|第七章 財政(83〜91条)国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。

「少くとも毎年一回」

結論「少くとも毎年一回」は、年に1回は必ず報告するという最低ライン(下限)です。

注意「年に1回でよい」という上限ではありません。

もっと頻繁に報告してもかまいませんが、それより間隔を空けることは許されません。

公金支出の制限(89条前段)

90条・91条は、使ったあとのお金を検証する縛りです。
では、手続が正しくても、そもそもお金を出してはいけない先はあるのでしょうか。

89条の2つの禁止

結論89条には、読点の前と後ろで、2つの禁止が並んでいます。

  • 前段:宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のための支出の禁止です。
  • 後段:公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対する支出の禁止です。

89条|第七章 財政(83〜91条)公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

前段(政教分離の財政面)

結論前段は、政教分離の原則が財政面にあらわれたものです。

理由制度の上で分離を宣言するだけでは、宗教団体にお金が流れ続ける限り、実質的な結びつきは切れません。

そこで、財政の面からお金の流れそのものを断ちます。

これが、分離をいちばん実効的に担保する手段だからです。

89条後段と私立大学への当てはめ

89条後段は、公の支配に属しない教育の事業への支出を禁じています。
では、税金から助成金を受け取る私立大学は、この禁止に触れないのでしょうか。

89条後段の要件の構造(①客体=慈善・教育・博愛の事業にあたること→②限定=公の支配に属しないこと→③行為=支出・利用に供したこと。私立大学は教育の事業にあたり、争点は②だけ)

要件の構造と争点

結論私立大学への助成金で争点になるのは、②公の支配に属しないかだけです。

  • ①客体:私立大学は「教育……の事業」にあたり、ほとんど争いがありません。条文の文言がそのまま届くからです。
  • ③行為:助成金を支出している以上、争いはありません。

注意89条後段は「支出し、又はその利用に供してはならない」という禁止の条文です。

私立大学は公権力の直接の支配下にないので、素直に読むと、助成金は違憲に見えます。

この条文の読み方と、毎年助成金が出ている現実との落差が、論点を生んでいます。

結論を決める一語

結論私立大学への助成金の合憲性は、「公の支配」という一語で決まります。

  • 属していない場合:助成金の支出は89条後段に反し、許されません。
  • 属している場合:助成金の支出は許されます。

「公の支配」の意義(自主性確保説と公費濫用防止説)

私学助成の結論は、「公の支配」に属するかで決まります。
では、「公の支配」とは、どの程度の支配を指すのでしょうか。

対立の軸

結論争いの本体は、語の語感ではなく、89条後段の趣旨をどう解するかの1点です。

理由趣旨・意味・当てはめが、一本の鎖でつながっているからです。

  • 趣旨が違う:「公の支配」に込める意味が変わります。
  • 意味が違う:私立大学への当てはめの結論が変わります。

自主性確保説

結論自主性確保説からは、私学助成は違憲になります。

  • 趣旨:89条後段は、公金を受け取る団体の自主性を守るための規定です。
  • 「公の支配」:団体が、もはや独自の意思決定をできないほど強く支配されている場合に限られます。
  • 当てはめ:私立大学には、そこまでの支配は及んでいないので、公の支配に属していません。

理由お金を出す側は、使い道に口を出したくなるものです。

口を出させない一番確実な方法は、そもそもお金を出さないことです。

だから、公の支配に属さない団体には、あらかじめお金を出すこと自体を禁じている、と読みます。

具体例強い支配の例は、人事権を公権力が持っていることです。

組織のトップを、公権力が選んだり解任したりできるくらいの支配です。

自主性確保説への批判

結論自主性確保説は、公の支配をあまりに厳格に見ることになり、福祉国家の理念(25条以下)とぶつかります。

理由批判の中身は、次の2点です。

  • 消極面:強い支配を受け入れない限り、公金による支援を受けられない団体が増えてしまいます。
  • 積極面:教育や博愛のように公共性の高い目的を掲げる事業は、むしろ公費の濫用が起きやすい面があります。「良いことをしているのだから、お金をもらって当然だ」という理屈が通りやすいからです。

注意福祉国家の理念とは、国が国民の生存や福祉のために積極的に関わっていくべきだ、という理念です。

25条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2項:国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

公費濫用防止説(通説・実務)

結論公費濫用防止説からは、私学助成は合憲になります。

通説・実務は、この説に立っています。

  • 趣旨:89条後段が防ごうとしているのは、公金が濫用されることです。
  • 「公の支配」:濫用を防げる程度の関与(監督権)があれば足り、それ以上に強い支配までは求められません。
  • 当てはめ:私立大学には、報告を求められ、必要な勧告を受ける程度の監督が及んでいるので、公の支配に属しています。

具体例足りる監督権と、足りない場合は次のとおりです。

  • 足りる監督権:業務や会計の状況について報告を求めることや、予算について必要な変更を勧告することです。
  • 私立大学に及ぶもの:会計の報告義務や、補助金についての行政指導です。
  • 足りない場合:報告も勧告もできず、公の側が中身をまったく確かめられない事業です。

注意公費濫用防止説に立っても、中身を確かめられない事業への支出は、89条後段に反します。

支配の内と外の境目は、濫用を防げる最低ラインです。

人事権のような、組織の中枢を握る支配までは要りません。

2説の対比

自主性確保説と公費濫用防止説の対比表(趣旨・「公の支配」の程度・具体例・私学助成の結論〈違憲/合憲〉)

結論同じ89条後段・同じ私立大学から、趣旨の読み方ひとつで、違憲と合憲の正反対の結論が出ます。

注意答案では、もう一方の説に応じられるよう、2説とも趣旨から当てはめまで順を追って言えるようにします。

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#83単独ページ動画

地方自治の本旨と地方公共団体

地方自治を憲法で保障する意味(明治憲法との対比)

地方自治の規定の有無(明治憲法と日本国憲法)

結論日本国憲法のもとでは、地方自治を法律だけで勝手に変えることはできません。

理由日本国憲法は、第八章を設けて地方自治を憲法のレベルで保障したからです。

注意明治憲法には、地方自治の規定がありませんでした。

地方自治は法律や勅令で定められ、国の一存でいつでも変えられる制度にすぎませんでした。

地方自治権の根拠(3つの学説)

地方自治は、法律より上の憲法のレベルで保障されています。
では、法律によっても動かせない地方自治権は、どこから来ているのでしょうか。

3つの学説

定義地方自治権の根拠について、次の3つの説が対立しています。

  • 国法伝来説:地方自治は国法に由来する制度にすぎず、法律で廃止もできるとします(承認説)。
  • 固有権説:自然人の自然権と同じく、地方公共団体にも固有の自治権があるとします。
  • 制度的保障説:法律によっても侵せない核心を、憲法が保障しているとします。

結論制度的保障説が、通説であり判例の立場です。

理由ほかの2説には、それぞれ難点があります。

  • 国法伝来説:いつでも法律で奪えることになり、憲法に章を新設した意味が消えます。
  • 固有権説:地方公共団体は、国が領域や存在そのものを定める団体です。固有の権利とする説明には無理があります。

具体例国会が法律で、町村の議会を全部やめさせると決めた場合、答えが正反対になります。

  • 国法伝来説:国の判断でできることになります。
  • 制度的保障説:本旨という核心を侵すので、その法律のほうが憲法違反になります。

地方自治で制度的保障の理論が働く理由

結論地方自治の場面では、制度的保障の理論が本来の形で働きます。

理由この理論を使ってよい条件は、核心がはっきりしていることです。

地方自治では、核心の在りかを92条の「地方自治の本旨」が名指ししています。

注意核心さえ残せば足りるとすると、保障の中身が薄められかねない、という警戒があります。

本旨の中身をどう読み解くかは、解釈で詰めていきます。

地方自治の本旨(92条)

制度的保障説を採ると、法律によっても侵せない核心とは何かが問題になります。
92条は、その核心をどう定めているのでしょうか。

地方自治の本旨

結論92条の「地方自治の本旨」が、法律によっても侵せない核心の正体です。

条文地方公共団体の組織・運営は法律で定めますが、その法律は本旨に基づかなければなりません。

国会が自由に決めてよいわけではありません。

注意本旨は、団体自治と住民自治の2つの要素からできています(第4節)。

92条|第八章 地方自治(92〜95条)地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

団体自治と住民自治

地方自治の本旨は、法律を縛る核心です。
その中身である2つの要素は、それぞれ何を意味するのでしょうか。

本旨の2要素(団体自治と住民自治)の対比

団体自治

定義団体自治とは、地方自治を、国から独立した団体に委ねることです。

その団体が、自らの意思と責任のもとで地方自治を行います。

理由国という他者の手を離れる話なので、自由主義的・地方分権的な要素と呼ばれます。

自由主義は、国家から干渉されないという発想が先に立つからです。

住民自治

定義住民自治とは、地方自治が、住民の意思に基づいて行われることです。

理由「誰の意思で決めるか」を住民に置く話なので、民主主義的な要素と呼ばれます。

2つの要素の順序

結論団体自治が先、住民自治が後です。

理由国から独立していなければ、意思を反映する団体自体が国に従属したままだからです。

それでは、いくら住民に意思があっても、地方自治は動きません。

注意この順序は、取り違えやすいところです。

議会と長(93条)

地方自治の本旨は、団体自治と住民自治からできています。
この2つを支える組織の骨組みを、93条はどう定めているのでしょうか。

議会の設置(1項)

結論地方公共団体には、議事機関として議会が置かれます。

町村総会(地方自治法94条)

定義町村は、条例で議会を置かず、選挙権を持つ住民全員による総会を設けることができます。

結論この制度は、合憲と解してよいとされます。

理由人口の少ない町村なら、住民みんなで話し合うほうが、かえって住民自治に資するからです。

住民の直接選挙(2項)

定義吏員とは、地方公共団体の職員のことです。

結論長・議会の議員・法律の定めるその他の吏員は、住民が直接選挙します。

理由地方のことは住民自身の意思で決める、という住民自治の一番わかりやすい形だからです。

93条|第八章 地方自治(92〜95条)1項:地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。2項:地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

国と地方の統治のかたち

結論国と地方で、統治のかたちそのものが違います。

  • 国の仕組み:内閣総理大臣を国民が直接選ばず、国会が指名します(議院内閣制)。
  • 地方の仕組み:長も議員も住民の直接選挙で選ぶ、大統領制・首長制に近い仕組みです。

注意地方自治法178条には、議院内閣制に近い仕組みも一部残されています。

長と議会が対立したときの、不信任や解散の制度です。

「地方公共団体」の範囲(二段階制と道州制)

地方自治の本旨と93条の骨組みは、地方公共団体に及びます。
では、その「地方公共団体」とは、そもそも何を指すのでしょうか。

二段階制の階層図(国→都道府県→市町村)

二段階制

定義二段階制とは、市町村と都道府県という2段階の地方公共団体の仕組みです。

現行の地方自治法は、この2段階を定めています。

結論通説は、二段階制そのものを憲法上の保障と考えます。

理由憲法が制定された当時、すでに市町村と都道府県の2段階の仕組みが存在していました。

憲法は、その歴史的な前提のうえに地方自治を保障したと解されます。

注意2段階制は法律で決まっているだけだ、という考え方もあります。

道州制

結論都道府県を維持するか、道州に再編するかは、立法政策の問題にすぎません。

道州で住民自治と団体自治が保障されている限り、道州制は憲法上可能です。

具体例いくつかの県がまとまって、1つの州になった場合です。

  • 可能な形:州知事と州議会を住民が直接選び、州が自分の条例と財源を持つ場合です。
  • 本旨に反する形:州の長官を国が任命し、お金も国が握って配るだけの場合です。名前は州でも、中身は国の出先機関です。

注意「道州制は違憲だ」と考えるのは誤りです。

2段階制は保障されていますが、その中身をどう区切るかは立法政策に委ねられています。

東京都特別区事件

市町村と都道府県が「地方公共団体」にあたることは、争いになりません。
では、都の中に置かれた特別区は、憲法上の「地方公共団体」にあたるのでしょうか。

地方公共団体にあたるための基準

定義判例は、単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足らず、次の2つを求めます。

  • 社会的基盤:事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもつているという社会的基盤が存在すること。
  • 自治の実質:相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を附与された地域団体であること。

理由2つの要件は、地方自治の本旨の裏返しです。

  • 社会的基盤:住民自治が働く土台があるかどうかです。
  • 自治の実質:団体自治の中身そのものです。

注意自治の実質は、沿革的にみても、現実の行政の上においても備えている必要があります。

東京都特別区事件最高裁判所大法廷判決憲法上の「地方公共団体」にあたるための基準地方公共団体といい得るためには、単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもつているという社会的基盤が存在し、沿革的にみても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を附与された地域団体であることを必要とするものというべきである。

特別区は地方公共団体か

事案東京都の特別区(23区)の区長は、もともと住民の直接選挙で選ばれていました。

法改正により、東京都知事が区議会の同意を得て選任する方式に変わりました。

  • 争点:この公選制の廃止は違憲でないか、その前提として特別区は93条2項の「地方公共団体」にあたるかです。

結論特別区は、93条2項の「地方公共団体」にあたらないとされました。

その長を住民の直接選挙で選ばなくても、93条2項には違反しません。

理由特別区が、相当程度の自主立法権・自主行政権・自主財政権という自治の実質を備えていたとまでは言えないからです。

今日の評価

結論判例の基準は今も生きていますが、特別区に当てはめた結論は問い直されています。

理由今日では、特別区の行政の権限や規模が広がっています。

自主立法権・自主行政権・自主財政権の実質を、すでに備えているとする見解が有力です。

注意判例の結論を、そのまま現在の到達点として語らないようにします。

判決が出た当時の判断だった、という限定つきで理解します。

地方特別法の住民投票(95条)

ここまでは、地方公共団体そのものの仕組みでした。
では、住民が地方自治を直接動かせる仕組みには、どのようなものがあるのでしょうか。

民主主義の学校

結論地方自治は、「民主主義の学校」と言われます。

理由国政に比べて住民が直接参加できる制度が多く、身近なところで民主主義を学べるからです。

地方特別法の住民投票

結論一の地方公共団体のみに適用される特別法は、国会の議決だけでは制定できません。

その地方公共団体の住民投票で、過半数の同意を得る必要があります。

理由国会が特定の地方を狙い撃ちにした不利な法律を、頭越しに作ることを防ぐためです。

住民自治の仕組みを使って、団体自治(国に自治権を侵させない)を守る場面です。

注意95条は、法律は国会だけで作れるという国会単独立法の原則の例外です。

95条|第八章 地方自治(92〜95条)一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。

「一の」の意味

結論「一の」は、数が1つという意味ではなく、「特定の」という意味です。

具体例特定の複数の地方公共団体に適用される法律にも、95条は及びます。

注意「1つだけの場合に限る」と読まないようにします。

95条が適用されない3つの場合

結論次の3つの法律には、95条は適用されません。

  • 有利に扱う法律:特定の地方公共団体を有利に扱う法律です。
  • 関係のない法律:国の事務や組織を定めるだけで、地方公共団体の組織・運営・権能に関係のない法律です。
  • 単なる地域の法律:国法上の地方公共団体にあたらない、単なる地域を対象とする法律です。

理由3つとも、自治権の侵害を防ぐという95条の趣旨から逆算して導かれます。

  • 有利に扱う法律:侵害という問題自体が生じません。

具体例残りの2つには、次の例があります。

  • 関係のない法律:北海道開発法です。北海道の開発を進める国の事務を定めるもので、地方公共団体の組織や権能には触れていません。
  • 単なる地域の法律:大潟村の設置に関する特例法です。干拓でできた、法律上は地方公共団体として扱われていない地域が前提です。

地方自治法上の直接民主制

95条は、憲法が定める住民投票の仕組みです。
では、地方自治法には、住民が直接動かせるどのような仕組みがあるのでしょうか。

直接請求

結論地方自治法には、住民が直接、地方自治を動かせる請求がいくつも用意されています。

  • 条例の制定改廃:条例の制定や改廃を求める請求です(74条)。
  • 監査:監査を求める請求です(75条)。
  • 議会の解散:議会の解散を求める請求です(76条)。
  • 議員・長の解職:議員や長の解職を求める請求です(80条・81条)。

住民投票の拘束力

結論現行の地方自治法のもとでは、住民投票の結果に法的な拘束力はありません。

長や議会は、必ずしも結果に従わなくてかまいません。

注意「住民投票で決まったのだから長は従わなければならない」は、現行法の話ではありません。

  • 法改正:結果に長や議会への法的拘束力を持たせることは、住民自治の見地から憲法上許されると解されています。

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#84単独ページ動画

条例制定権

94条(地方公共団体の権能と条例制定権)

94条の構造

結論94条は、前段で地方公共団体の権能を、後段で条例制定権を定めています。

  • 前段:財産を管理し、事務を処理し、行政を執行する権能です。
  • 後段:法律の範囲内で条例を制定できる、という部分です。

注意「法律の範囲内」をどう読むかが、この論点の中心です(第6〜9節)。

94条|第八章 地方自治(92〜95条)地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

自治事務と法定受託事務

94条前段の「事務」の2種類(自治事務=地方の選挙・水道事業・ごみ処理事業/法定受託事務=国政の選挙・旅券の交付・国道の管理)

注意自治事務と法定受託事務の区別は、94条の文言ではなく、地方自治法が置いている分類です。

94条は「事務を処理し」とだけ書いています。

憲法のレベルと法律のレベルを、混同しないようにします。

条例の意義(最広義説)

94条後段は、地方公共団体に条例を作る力を認めています。
では、「条例」とは何を指すのでしょうか。

条例

定義条例とは、地方公共団体が、自治権に基づいて制定する自主法です。

国から与えられた法ではなく、地方公共団体が自分の権能として作る法です。

最広義説

結論議会が議決した条例だけでなく、長や各種委員会が定める規則も、広い意味の条例に含めます(最広義説)。

理由規則も、国の委任なしに、地方公共団体が自分の事務について定める法だからです。

作る主体が議会か長かは違っても、この性格は共通しています。

具体例教育委員会が定める規則も含まれます。

委任の要否(政令との違い)

条例は、地方公共団体が自分の権能として作る法です。
では、条例を作るのに、国の法令による委任は要るのでしょうか。

政令・省令の場合

結論国の行政機関が作る命令は、法律から委任を受けて初めて動けます。

  • 罰則:73条6号ただし書が、明文で委任を求めています。
  • 権利義務の規定:明文は無く、委任立法の考え方から委任が必要になります。

注意明文で限定しているのは、罰則の部分だけです。

出どころは違っても、どちらも委任が要るという同じ向きです。

73条(抜粋)|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。

条例の場合

委任の要否の対比(政令・省令=罰則は73条6号ただし書の明文で、権利義務の規定は委任立法の考え方から委任が必要/条例=国の法令による委任は不要)

結論条例の制定には、国の法令による委任は要りません。

理由条例は、民主的な立法だからです。

政令は、内閣という行政機関が作るので、法律の委任という歯止めが必要でした。

条例は、住民が直接選んだ議員で構成される議会が議決する、いわば地方版の法律です。

注意政令も条例も、国会が作った法律ではない点は同じです。

それでも、委任の要否の扱いはまったく異なります。

条例で制定できる事項

条例は、国の法令による委任なしに制定できます。
では、条例は何でも決められるのでしょうか。

結論条例で決められるのは、地方公共団体の事務に関する事項に限られます。

地域における事務に関することなら、条例で決められる余地があります。

条文地方公共団体が処理する事務は、地方自治法2条2項が定めています。

具体例外交や防衛、全国一律であるべき国の制度は、条例では扱えません。

2条|地方自治法 第一編 総則(1〜4条の2)2項:普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。

法律留保事項(罰則・租税・財産権)

条例は、地方公共団体の事務について、委任なしに制定できます。
では、憲法が明文で「法律」に委ねた事柄も、条例で定められるのでしょうか。

法律留保事項

定義法律留保事項とは、憲法が明文で「法律」に委ねている事柄です。

  • 財産権の制限:29条2項です。
  • 罰則:31条です。
  • 租税:84条です。

注意その「法律」に、条例が含まれるかが問題になります。

文言を厳格に読めば、条例では手が出せないはずだからです。

29条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

31条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

84条|第七章 財政(83〜91条)あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。

罰則:判例(大阪市売春取締条例事件)

事案条例で罰則を定めるとき、法律の委任が必要かが争われました。

結論条例で罰則を定めるにも、法律の委任は必要だとされました。

  • 委任の程度:「法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりる」とされました。

理由条例は、行政機関である内閣が定める命令とは違い、住民代表の議会が議決するからです。

そのため、委任は必要としつつ、その厳格さは緩めてよいとされました。

注意命令への委任は、個別具体的に、範囲を限定して行うことが求められます。

条例への委任は、それより緩やかな程度で足ります。

大阪市売春取締条例事件最高裁判所大法廷判決条例による罰則の制定と法律の委任条例によつて刑罰を定める場合には、法律の授権が相当な程度に具体的であり、限定されておればたりると解するのが正当である。

罰則:判例と通説

罰則の委任の判例と通説(判例=委任は必要・相当な程度に具体的で限定されていれば足りる/通説=委任は不要・条例は民主的な立法で法律に準ずる)

結論判例は委任必要説、通説は委任不要説で、出発点が逆です。

理由分かれているのは、条例の民主的な性格をどこまで徹底するか、という評価です。

注意どちらか一方だけを覚えると、短答で取り違えます。

両方をセットで押さえます。

租税

結論地方公共団体が、条例で税を課すこと自体は認められます。

条文地方公共団体の課税権の根拠は、92条の団体自治に求められます。

理由自分の財源を自分で持つことは、国からの独立という団体自治の中身そのものだからです。

また、住民が選んだ議会が定める以上、84条の「法律で決める」という要請は実質的に満たされています。

92条|第八章 地方自治(92〜95条)地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。

財産権

結論29条2項も「法律で定める」と書いていますが、条例で財産権を制限できるというのが通説です。

理由条例は、住民が選んだ議会が議決する民主的な立法で、法律に準ずるものだからです。

憲法が「法律で定める」と書いた事柄でも、法律の委任を待たずに条例で定められます。

具体例ため池の土手(堤とう)を使うことを、条例で制限した事案があります。

注意罰則・租税・財産権のどれも、「法律と書いてあるから条例では一切ダメ」では終わりません。

3つとも、条例は民主的な立法だという同じ理由が効いています。

「法律の範囲内」の意味

条例は、委任なしに作れ、法律留保事項にも踏み込める場面があります。
では、94条の「法律の範囲内で」とは、何を意味するのでしょうか。

「法律の範囲内」の意味(誤り=条例の制定に法律の委任が必要という意味/正しい理解=条例と法律が矛盾抵触した場合に法律が優先されるという趣旨)

結論条例は法律の下に位置づけられ、内容がぶつかったときには法律のほうが勝ちます。

「法律の範囲内」は、それだけの意味です。

具体例県が条例で、工場の排出基準を定める場面です。

  • 作るとき:国の許可は要らず、県の判断で作れます。
  • ぶつかったとき:条例の中身が国の法律とぶつかれば、法律が優先します。

注意「法律の範囲内」を委任の話と取り違えると、「法律より厳しい条例は範囲外だから無効」と早合点します。

範囲内かどうかは、単純な文言の比較では決まりません。

上乗せ条例・横出し条例

「法律の範囲内」は、条例と法律がぶつかったときの優劣の話です。
では、国の法律と重なる規制をする条例には、どのような型があるのでしょうか。

上乗せ条例と横出し条例(上乗せ=国の法令より厳しい基準を定める条例/横出し=国が規制している対象事項以外の事項を規制する条例)

結論法律より厳しい基準を条例で定めてよいかは、上乗せ条例の問題です。

注意上乗せ条例は同じ対象で基準を厳しくし、横出し条例は対象そのものを広げます。

判断基準(徳島市公安条例事件)

上乗せ条例も横出し条例も、国の法令と重なる場面の条例です。
では、条例が国の法令に違反するかは、どう判断するのでしょうか。

判断の物差し

事案条例が国の法令に違反するか(94条)が争われました。

結論条例が国の法令に違反するかは、両者の間に矛盾抵触があるかで決めるとされました。

  • 判旨の前半:「条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、
  • 判旨の後半:それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによつてこれを決しなければならない」。
  • 否定したもの:対象事項と規定文言を並べて、それだけで結論を出す考え方です。
  • 比べるもの:趣旨・目的・内容・効果の4つです。

理由文言の対比だけで決めると、どちらの向きにも94条の狙いから外れるからです。

  • 潰しすぎる:言葉が重なるだけで、国が邪魔だと思っていない条例まで無効になります。
  • 骨抜きを許す:言い回しをずらせば、国の規制を実質的に骨抜きにする条例が生き残ります。

注意同じ判決は、条例の文言が明確かどうかも論じています。

ここで扱うのは、条例が国の法令に違反するかという94条の側です。

徳島市公安条例事件最高裁判所大法廷判決条例が国の法令に違反するかどうかの判断基準条例が国の法令に違反するかどうかは、両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく、それぞれの趣旨、目的、内容及び効果を比較し、両者の間に矛盾抵触があるかどうかによつてこれを決しなければならない。

明文の規定が無い場合

結論国の法令に規定が無くても、条例が国の法令に違反することがあります。

  • 違反するとき:法令全体から見て、規定の欠如が、その事項について規制をせず放置すべきものとする趣旨と解されるときです。

理由国があえて何も規制しないと判断した事柄に条例が割り込むと、国の判断そのものを覆すからです。

具体例国の法律が、ある物質について何の基準も置いていない場合です。

  • 規制しないと決めた:県が条例で基準を置けば、違反です。
  • 手が回っていない:条例は許されます。

注意同じ「書いてない」でも、国の法令の趣旨によって結論が逆になります。

両方に規定がある場合

結論国の法令と条例が併存しても、次の2つの場合は矛盾抵触がありません。

  • 別の目的:条例が別の目的で規律し、その適用が国の法令の目的や効果をなんら阻害しないときです。
  • 同じ目的:国の法令が全国一律に同じ内容の規制を施す趣旨ではなく、地方の実情に応じた別段の規制を容認する趣旨のときです。

具体例それぞれ、次のような場面です。

  • 別の目的:国の法律が大気の汚染を防ぐもので、条例が工場の騒音を抑えるものなら、共存できます。
  • 同じ目的:国の基準が全国どこでも最低限守るべき線なら、県が上乗せしても違反しません。

注意同じ数値でも、国の法律が「この線で全国そろえる」趣旨なら、上乗せは違反です。

境目は、数値の厳しさではなく、国の法令の趣旨です。

判断フロー(上乗せ条例は無効か)

判決は、明文の有無と目的の異同で場合を分けています。
では、法律より厳しい上乗せ条例は、無効になるのでしょうか。

判断フロー(明文の規定が無い場合=欠如が放置すべき趣旨なら違反・そうでなければ許される/ある場合=目的が異なれば阻害しない限り許される・同一なら全国一律の趣旨で違反、別段の規制を容認する趣旨なら許される)

結論上乗せ条例は、それだけでは無効とも有効とも決まりません。

  • 有効:国の法令の目的を阻害せず、国の法令が地方の実情に応じた上乗せを容認する趣旨と解されるときです。
  • 違反:国の法令が全国一律を求める趣旨と解されるときです。

注意「法律より厳しいから範囲外で無効」というのは誤りです。

国の法令の趣旨を読み解かなければ、答えは出ません。

条例による地域差と平等原則

条例は、地方公共団体ごとに内容が違います。
では、住む場所によって扱いが違うことは、平等原則に反しないのでしょうか。

東京都売春等取締条例事件

事案条例による地域差が、平等原則に反するかが問題になりました。

結論地域による差は、憲法みずから容認するものとされました。

  • 判旨:「憲法が各地方公共団体の条例制定権を認める以上、地域によつて差別を生ずることは当然に予期されることであるから、かかる差別は憲法みずから容認するところであると解すべきである」。

理由憲法自身が94条で、地方公共団体ごとに条例を作る権能を認めているからです。

その結果として地域差が生じることは、はじめから織り込み済みです。

注意条例の地域差そのものを、14条1項の平等違反として問題にすることはできません。

「地域差があるから平等違反」とは書きません。

東京都売春等取締条例事件最高裁判所大法廷判決条例による地域差と平等原則憲法が各地方公共団体の条例制定権を認める以上、地域によつて差別を生ずることは当然に予期されることであるから、かかる差別は憲法みずから容認するところであると解すべきである。

14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

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憲法保障と憲法改正

憲法保障の意義

憲法保障

定義憲法保障とは、憲法を壊す方向へ向かう政治の動きを止めるか立て直して、憲法が最高法規であり続けるように保つことです。

  • 事前:壊れる前に、前もって止めます。
  • 事後:起きてしまったあとに、立て直します。

注意事前・事後の2語が、第2節の分類の軸になります。

憲法保障の類型(明文の有無と事前・事後)

憲法保障には、事前に止める手段と事後に立て直す手段があります。
では、憲法保障の手段は、どのような軸で分類されるのでしょうか。

憲法保障の類型の階層図(明文なし=超憲法的保障〈抵抗権・国家緊急権〉/明文あり=憲法内的保障〈事前的手段=96条・99条・権力分立、事後的手段=81条〉)

超憲法的保障と憲法内的保障

定義まず、明文があるかどうかで2つに分かれます。

  • 超憲法的保障:憲法の外から、憲法秩序そのものを守る手段です。明文がありません(抵抗権・国家緊急権)。
  • 憲法内的保障:憲法の内側に、あらかじめ仕組みとして用意された手段です。明文があります。

事前的手段と事後的手段

定義憲法内的保障は、さらに事前と事後に分かれます。

  • 事前的手段:硬性憲法(96条)、尊重擁護義務(99条)、その土台の権力分立(41条・65条・76条1項)です。
  • 事後的手段:違憲審査制(81条)です。

注意2つの軸は並列ではなく、段になっています。

明文がある側だけが、さらに事前と事後に分かれます。

抵抗権と国家緊急権は憲法の外側の話なので、事前・事後の物差しには乗りません。

各手段の持ち場

結論憲法保障という一語のもとに、次の手段が並びます。

  • 違憲審査制:事後的手段です。日本の付随的審査制は、目の前の人の人権を守る場面に強い代わりに、憲法保障の役割では弱くなりがちです。その役割を、解釈で広げてきました。
  • 権力分立:事前的手段です。権力を1か所に集めなければ、憲法を壊せるほどの力がそもそも生まれません。統治機構そのものが、憲法を守る手段です。
  • 硬性憲法:事前的手段です。改正を難しくします(第6節)。
  • 尊重擁護義務:事前的手段です。憲法を壊しうる立場の人たち自身に、壊さない義務を負わせます(第3節)。

41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

65条|第五章 内閣(65〜75条)行政権は、内閣に属する。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

81条|第六章 司法(76〜82条)最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

公務員の憲法尊重擁護義務(99条)

明文のある事前的手段の1つが、公務員の尊重擁護義務です。
では、99条は、誰に憲法を守る義務を負わせているのでしょうか。

99条の名宛人

結論名宛人は、天皇・摂政・国務大臣・国会議員・裁判官その他の公務員です。

全員、権力を担う立場にいる人たちです。

国民は入っていません。

理由憲法は、国民を縛る法ではなく、国家権力を縛る法だからです。

注意国民のための法であることとは、矛盾しません。

国民のために、権力の側を縛っています。

98条との区別

注意条文番号を取り違えないでください。

  • 98条:最高法規性です。
  • 99条:尊重擁護義務です。

99条|第十章 最高法規(97〜99条)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

98条|第十章 最高法規(97〜99条)1項:この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

抵抗権(明文のない保障1)

ここまでは、明文のある保障でした。
では、明文のない保障には、どのようなものがあるのでしょうか。

抵抗権

定義抵抗権とは、国家権力が国民に対して重大な人権侵害を重ねてきたとき、国民の側からそれを拒む権利です。

結論抵抗権の主体は国民です。

明文はどこにもありませんが、憲法保障の一類型(超憲法的保障)に数えます。

理由憲法そのものが壊されたときには、憲法の内側の仕組みはもう働かないからです。

そのときに憲法秩序を押し戻す力は、憲法の外側の国民の側にしか残りません。

国家緊急権(明文のない保障2)

明文のない保障の1つ目は、国民が主体の抵抗権です。
では、名前の似た国家緊急権は、抵抗権とどう違うのでしょうか。

抵抗権と国家緊急権の主体の対比(抵抗権=国民・国家の重大な人権侵害への拒否/国家緊急権=国家権力・非常事態での憲法秩序の一時停止)

国家緊急権

定義国家緊急権とは、ふだんの統治のしくみでは手に負えない事態で、国家権力が立憲的な憲法秩序をいったん止めて、非常の手段をとる権限です。

国という存在そのものを保つための権限です。

具体例大きな戦争、内乱、恐慌、大規模な自然災害です。

注意抵抗権の主体は国民、国家緊急権の主体は国家権力です。

似た名前で主体が正反対なので、短答で狙われます。

日本国憲法に規定はあるか

結論日本国憲法には、国家緊急権の規定がありません。

具体例明治憲法には、国家緊急権にあたる規定が、複数の条文にわたってありました。

  • 緊急勅令:8条です。
  • 戒厳宣告の権:14条です。
  • 非常大権:31条です。

注意「すでに緊急事態条項がある」と考えるのは誤りです。

両面性

定義国家緊急権は、次の両面性を持ちます。

  • 保持を図る面:国家存亡の危機で、憲法の保持を図ります。
  • 濫用の危険:緊急事態を名目に、憲法秩序を破壊する方向で濫用されるおそれがあります。

結論改正して国家緊急権を書き込むとしても、歯止めなく使わせない統制の仕組みをセットで用意することが欠かせません。

理由国を守る力が、同時に憲法を壊す道具にもなりうるからです。

硬性憲法96条(守るしくみと変えるしくみの橋)

第5節までは、憲法を守るしくみでした。
では、守るしくみと、憲法を変えるしくみは、どこでつながるのでしょうか。

96条の3段の流れ(発議=国会が各議院の総議員3分の2以上の賛成で決定→承認=国民投票での国民の承認→公布=天皇による公布)

硬性憲法

定義硬性憲法とは、普通の法律より重い手続でしか変えられない憲法です。

結論守るしくみのうち、硬性憲法96条だけは、同時に変えるしくみでもあります。

理由憲法を改正しにくくしておくこと自体が、そのまま憲法を守ることになるからです。

具体例96条の手続は、次の3段です。

  • 発議:国会が行います(第7節)。
  • 承認:国民投票で、国民が行います(第8節)。
  • 公布:天皇が行います(第9節)。

96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。2項:憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

手続1:国会による発議

96条の手続は、発議・承認・公布の3段です。
では、1段目の発議には、どれだけの賛成が要るのでしょうか。

発議の要件の対比(総議員の3分の2〈96条1項前段〉=正しい/出席議員の3分の2=誤り・法律案の議決とは基準が違う)

総議員の3分の2

定義発議とは、国民に問う憲法改正案の中身を、国会が決めることです。

結論各議院で、その総議員の3分の2以上の賛成が必要です。

出席議員の3分の2ではありません。

具体例定数100人の議院で、70人が出席していた場合です。

  • 出席議員の3分の2:47人で足ります。
  • 総議員の3分の2:67人が必要です。欠席した30人は、賛成しなかった側に数えられるのと同じになります。

注意法律案の議決なら、出席議員の過半数で足りる場面が多いです。

憲法改正の発議は、それよりずっと重い、総議員基準の特別多数です。

「総議員」の意味

結論「総議員」が何人を指すかには、争いがあり、決着していません。

  • 法定議員数説(有力):法律で定めた議員の定数を指します。手続に慎重さを求めるべきだ、という見地からです。
  • 現在議員数説:現在の在職議員数を指します。欠員の分だけ分母が減るので、同じ人数の賛成でも3分の2に届きやすくなります。

注意どちらを採るかで必要な人数が変わるので、断定はできません。

国会法の要件(議員による原案の発議)

結論議員が改正案の原案を出すには、衆議院なら議員100人以上、参議院なら議員50人以上の賛成が必要です。

条文人数を定める国会法の条文は、次の2つです。

  • 68条の2:原案の発議の要件です。
  • 68条の4:原案の修正動議の要件です(同じ人数)。

注意いずれも国会法の要件であって、憲法96条自体の要件ではありません。

68条の2|国会法 第六章の二 日本国憲法の改正の発議(68条の2〜68条の6)議員が日本国憲法の改正案(以下「憲法改正案」という。)の原案(以下「憲法改正原案」という。)を発議するには、第五十六条第一項の規定にかかわらず、衆議院においては議員百人以上、参議院においては議員五十人以上の賛成を要する。

68条の4|国会法 第六章の二 日本国憲法の改正の発議(68条の2〜68条の6)憲法改正原案につき議院の会議で修正の動議を議題とするには、第五十七条の規定にかかわらず、衆議院においては議員百人以上、参議院においては議員五十人以上の賛成を要する。

内閣の発案権

結論憲法改正の原案について、内閣に発案権は無いとする見解(否定説)が有力です。

理由改正は、主権者である国民に提案するかどうかを決める場面です。

国民から選ばれた議員で構成される国会が決めるべきで、国会が作った内閣が口火を切る場面ではないからです。

注意学説の対立として押さえます。

  • 法律案との違い:法律案なら、内閣が提出できます。混同しないでください。
  • 政府解釈:一貫して肯定説を採っています。国会法も、この点を決めていません。

衆議院の優越

結論96条には、衆議院の優越はありません。

各議院が対等に、それぞれ総議員の3分の2以上の賛成を必要とします。

理由60条・61条との違いは、次のとおりです。

  • 60条・61条:予算や条約は、決まらないままでは国政が止まってしまうので、衆議院を優先させます。
  • 憲法改正:決まらなければ今の憲法が続くだけで、急いで決着させる必要がありません。むしろ、両院がそろって重い賛成を出すことに意味があります。

60条|第四章 国会(41〜64条)2項:予算について、参議院で衆議院と異なつた議決をした場合に、法律の定めるところにより、両議院の協議会を開いても意見が一致しないとき、又は参議院が、衆議院の可決した予算を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて三十日以内に、議決しないときは、衆議院の議決を国会の議決とする。

61条|第四章 国会(41〜64条)条約の締結に必要な国会の承認については、前条第二項の規定を準用する。

手続2:国民の承認(過半数の意味)

発議の後、改正案は国民に提案されます。
では、国民投票で必要な「過半数」とは、何の過半数なのでしょうか。

過半数の3説

結論96条の文言だけからは、答えが1つに決まりません。

分母の取り方で、3つの説が対立していました。

  • 有権者総数説:有権者全体を分母にします。
  • 投票総数説:投票した人全体を分母にします。
  • 有効投票総数説:有効な投票だけを分母にします。

具体例有権者1億人、投票5千万人、うち無効票5百万人で、賛成が2千3百万票の場合です。

  • 有効投票総数説:有効な投票4千5百万票の過半数を超えるので、成立します。
  • 有権者総数説:有権者1億人の過半数に届かないので、不成立です。

国民投票法による決着

結論平成19年にできた国民投票法が、有効投票総数の過半数と定めて決着させました。

  • 順序:まず条文があり、そこに解釈の対立が生まれ、法律が決着させました。
  • 投票権者:日本国民で満18年以上の者です。

注意法律の文言そのものは「投票総数」です。

その投票総数は、賛成の投票の数と反対の投票の数を合計した数と定義され、無効票や白票は分母に入りません。

だから実質的に、有効な票だけを分母にした過半数になります。

手続3:天皇による公布

国民投票で承認されると、改正が成立します。
では、3段目の公布は、誰がどのような形で行うのでしょうか。

「国民の名で」の公布

結論天皇が、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちに公布します(96条2項)。

条文7条1号にも、天皇が憲法改正を公布する国事行為が挙げられています。

理由公布するのは天皇ですが、天皇自身の意思としてではなく、国民の名で行われます。

改正の主体が国民であることが、この一言に表れています(国民主権)。

96条|第九章 改正(96条)2項:憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

7条(抜粋)|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。

憲法改正の限界(限界説)

96条に書いてあるのは、手続だけです。
では、96条の手続を踏めば、憲法はどんな中身にでも書き換えられるのでしょうか。

限界説の構造図(限界説〈通説〉・無限界説は通説ではない/根・幹=①国民主権・③人権宣言の基本原則/そこから伸びた枝=②憲法改正国民投票制・④平和主義の原則)

限界説(通説)

結論通説は、憲法改正には限界があると考えます(限界説)。

次の4つを改廃することは、96条の手続を経てもなお許されません。

  • ①国民主権
  • ②憲法改正国民投票制
  • ③人権宣言の基本原則
  • ④平和主義の原則

具体例「主権は天皇に属する」と書き換える改正は、96条の手続を全部踏んでもできません。

国民主権を書き換えることは、改正権自身の存在根拠を切ることになるからです。

注意手続さえ踏めば無限に変えられるという考え方(無限界説)は、通説ではありません。

4つのつながり(根・幹と枝)

結論4つは横に並んだ項目ではなく、①③が根・幹、②④がそこから直接伸びた太い枝という構造です。

理由それぞれの位置づけは、次のとおりです。

  • ①国民主権:憲法改正権そのものの基盤です。改正権で改正すれば、改正権が自分の存在根拠を切り倒すことになります(改正権の自殺行為)。
  • ③人権宣言の基本原則:憲法が何のためにあるのかを決める、根本規範にあたります。
  • ②国民投票制:①国民主権から伸びています。廃止すれば、国民主権が揺らぎます。
  • ④平和主義の原則:①や③から伸びています。戦争は国民の生命そのものを奪うので、③を国と国との関係の面で言い直したものといえます。

限界説と憲法保障

結論限界説は、変えるしくみの話に見えて、実は守るしくみの最後の一枚です。

理由96条の改正手続も、憲法の最高法規性を確保するしくみの一部です。

その手続を使って、憲法を最高法規たらしめている中身そのものを壊せば、守るべき憲法がその瞬間に消えてしまいます。

守るための手続で、その手続の土台そのものを壊すことはできません。

9条2項は改正できるか

結論限界にあたるのは平和主義の「原則」であって、9条2項という条文そのものではありません。

  • 侵略戦争を許容する改正:原則そのものを切ることになるので、許されません。
  • 戦力の不保持(9条2項)の見直し:平和主義の原則と必ずしも矛盾せず、可能と解されています。

注意「限界説だから9条は一切変えられない」というのは誤りです(よくある誤解)。

変えられないのは原則の部分であって、条文の組み方まで固定されているわけではありません。

9条|第二章 戦争の放棄(9条)2項:前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

8月革命説との関係

結論限界説を前提にすると、明治憲法73条の改正手続では、国民主権を柱とする日本国憲法の成立を説明できない断絶が生じます。

その断絶を埋める説明として、8月革命説がありました。

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