衆議院の解散権と内閣の責任
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
解散の意義(なぜ衆議院だけか)

解散とは
定義解散とは、議員のすべてについて、任期満了前に議員としての身分を失わせることです。
結論憲法が解散を定めているのは、衆議院だけです(7条3号・69条)。
注意内閣は、不信任決議を受けていなくても衆議院を解散できます。
実際には、そちらのほうが多いくらいです。
参議院に解散が無い理由
結論参議院には、解散という制度そのものがありません。
理由参議院は、任期と改選の仕組みが衆議院と違います(46条)。
- 任期:議員の任期は六年です。
- 半数改選:三年ごとに、議員の半数を改選します。
- 民意の反映:全員を一度に入れ替えなくても、三年ごとに民意が入り、長い時間をかけて民意を反映させる作りです。
注意内閣に総辞職を迫れるのが衆議院だけ、という対応関係は、参議院に解散が無い理由とは別の話です(第9節)。
46条|第四章 国会(41〜64条)参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。
解散の後の流れ
条文衆議院が解散されると、次の期限が決まっています(54条1項)。
- 総選挙:解散の日から四十日以内に行います。
- 国会の召集:選挙の日から三十日以内に召集します。
54条|第四章 国会(41〜64条)1項:衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。
解散の民主的機能
定義解散が、それに続く総選挙を通じて、主権者である国民の審判を求める働きを、解散の民主的機能といいます。
結論内閣の方針が正しいかを決めるのは、内閣自身ではなく、選挙で投票する国民です。
解散という行為そのものは、入口にすぎません。
注意解散権の根拠をめぐる学説の対立も、解散の限界も、すべてこの民主的機能を物差しにして判定されます。
解散権の根拠(69条説)
解散は、総選挙を通じて国民の審判を求める働きを持ちます。
では、この解散を実質的に決める力は、何を根拠に内閣にあるといえるのでしょうか。
争われているのは「根拠」
結論解散を実質的に決める力(解散権)が内閣にあること自体には、争いがありません。
争われているのは、その根拠(なぜ内閣に決定権があるといえるか)です。
注意「内閣に解散権があるかどうか」が争われているのではありません。
69条説
結論69条説は、69条に解散権の根拠を求めます。
- 解散できる場合:69条が定める場合に限られます。
- 具体的には:衆議院で不信任決議が可決されたか、信任決議が否決されたときだけです。
69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
69条説への批判
結論69条説は、妥当でないとされています。
理由69条所定の場合しか解散できないと、それ以外の場面で国民の審判を仰ぐ機会を作れません。
69条所定の場合以外にも、国民の審判を仰ぐべき場面はあるはずです。
その結果、解散の民主的機能を没却してしまいます(台無しにしてしまいます)。
7条説(通説):天皇と内閣をつなぐ条文の連鎖
69条説は、解散の民主的機能を没却するとして退けられます。
では、通説はどの条文を根拠にし、それをどう説明するのでしょうか。
4条とのずれ
結論通説は、7条3号に解散権の根拠を求めます。
注意7条は、天皇の国事行為を定めた条文です。
しかし4条1項は、天皇は国政に関する権能を有しないと定めています。
すると、なぜ天皇が衆議院の解散という政治性の強い行為をできるのかが問題になります。
4条|第一章 天皇(1〜8条)1項:天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
7条説の論理

結論内閣が「助言と承認」を行う際に、実質的に解散を決定していると解されます。
だから、7条3号が内閣の解散権の根拠になります。
理由条文は、次のようにつながります。
- 4条1項:天皇は国政に関する権能を持たないので、解散も天皇自身の判断では行われません。
- 7条3号:天皇は、解散という国事行為を「行う」立場にあります。
- 3条・7条柱書:国事行為には内閣の助言と承認が要り、責任も内閣が負います。
注意天皇は、内閣がすでに決めたことを、儀式として示すだけです。
7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。……三 衆議院を解散すること。
3条|第一章 天皇(1〜8条)天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
7条説に立つとどうなるか
結論69条にあたらない場面でも、内閣は解散に踏み切れます。
理由69条説より範囲が広く、民主的機能を没却しないので、通説として支持されています。
65条説・制度説が退けられる理由
通説は、7条3号に解散権の根拠を求めます。
では、ほかに根拠を求める65条説・制度説は、なぜ妥当でないのでしょうか。

65条説
結論65条説は、解散は立法でも司法でもない以上、行政作用にあたるとして、65条に根拠を求めます。
注意前提にしている控除説は、国民との関係でどこまでが行政かを測る議論です。
国家機関どうしの力関係を測る議論ではありません。
解散権は、内閣・衆議院・天皇のあいだで誰が実質的に決めるかという、国家機関相互の関係の問題です。
65条|第五章 内閣(65〜75条)行政権は、内閣に属する。
控除説の射程が国民との関係に限られる理由
結論控除説は、国民に向けられた力を分ける議論です。
理由控除説の沿革は、次のとおりです。
- もとの力:君主が国民を治めるために握っていた力があります。
- 切り出し:そこから立法と司法を切り出した残りが、行政でした。
- 射程:つまり、国民に向けられた力を三つに分ける話です。
だから、国家機関のどちらが強いかを測る物差しにはなりません。
制度説
結論制度説は、議院内閣制という制度そのものに根拠を求めます。
理由制度説は、均衡本質説を前提にしています。
均衡本質説は、内閣の議会に対する責任に加えて、内閣による議会の解散権も議院内閣制の本質だとします。
注意議院内閣制は、国や時代によってかなり形が違います。
そのため、決まった本質など無いという見解のほうが有力です。
前提の均衡本質説が崩れる以上、制度説も妥当でないとされています。
7条説の限界(民主的機能が期待される場合に限る)
65条説・制度説は前提に無理があり、7条説が残ります。
では、7条説に立てば、内閣はいつでも自由に解散できるのでしょうか。
限界の考え方
結論7条説に立っても、解散は無条件にいつでもできるわけではありません。
解散の民主的機能が期待される場合に限られる、というのが通説です。
注意「7条説なら、内閣はいつでも自由に解散できる」というのは、よくある誤解です。
4つの類型
結論解散が認められる場面は、次の4つに整理されています。
- 重要案件:衆議院で内閣の重要案件が否決され、又は審議未了になった場合です。
- 新たな課題:総選挙の争点でなかった、新しい重大な政治的課題が生じた場合です。
- 政策の転換:内閣の基本政策が、根本から変わった場合です。
- 任期満了の接近:議員の任期満了の時期が、近づいている場合です。
理由どの場面にも、改めて国民の判断を仰ぐ理由があります。
具体例内閣の方針も変わらず、新しい課題も無く、任期も十分残っているのに、今なら選挙で勝てそうだという理由だけで解散する場合です。
国民に問うべきことが何も無いので、4つのどれにも当たりません。
なぜ限定が要るか
結論7条説を無限定に使うと、69条説を批判したときの理屈と矛盾します。
理由69条説への批判が、7条説にもそのまま当てはまるからです。
69条説を批判したのは、解散の民主的機能を没却するからでした。
7条説を無限定に使えば、今度は7条説自身が民主的機能を没却することになります。
衆議院の自律解散
ここまでは、内閣が衆議院を解散する場面でした。
では、衆議院が自分自身の意思で解散することはできるのでしょうか。
自律解散の可否
定義自律解散とは、衆議院が自身の決議によって解散することです。
結論通説は、自律解散を否定しています。
理由自律解散を認めると、次の問題が生じます。
- 明文が無い:憲法には、衆議院自身が解散を決議できるという明文がありません。
- 地位のはく奪:多数派の議員の意思によって、少数派の議員の地位をはく奪できることになります。
- 45条の趣旨:議員の任期を保障する45条の趣旨に反します。
注意45条は、衆議院議員の任期を四年と保障しています。
解散を決める力は、あくまで内閣の側にあります。
45条|第四章 国会(41〜64条)衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する。
内閣の意思決定の手続(閣議)
解散を決める力は、内閣の側にあります。
では、内閣は解散を含む権限を、どのような手続で行使するのでしょうか。

閣議
結論解散を含め、内閣の権限行使は、すべて閣議で決定されます(内閣法4条1項)。
注意内閣法は、憲法とは別の法律です。
4条|内閣法1項:内閣がその職権を行うのは、閣議によるものとする。
全員一致は慣習
結論閣議の決定には全員一致を必要とする、という慣習があります。
具体例慣習上、大臣が一人でも反対すれば、その方針は決定できません。
だから、国務大臣一人ひとりの合意が重い意味を持ちます。
注意内閣法4条1項に「全員一致」という文字はありません。
条文にあることと、運用されている慣習を混同しないでください。
内閣の責任(なぜ「連帯して」負うのか)
内閣の権限行使は、閣議で決定されます。
では、内閣は国会に対して、どのような責任を負うのでしょうか。

連帯責任
結論内閣は、行政権の行使について、国会に連帯して責任を負います(66条3項)。
一部の大臣ではなく、内閣全体で責任を負います。
理由国会から内閣へ民主的なコントロールを及ぼし、民主的責任行政を実現するためです。
注意明治憲法では、各国務大臣が天皇に対して単独で責任を負っていました。
単独責任では、一人の大臣が問題を起こしても、ほかの大臣や内閣全体は無傷でいられます。
66条|第五章 内閣(65〜75条)3項:内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。
政治責任と、69条だけが持つ強さ
内閣は、国会に対して連帯して責任を負います。
では、その「責任」とは、法的な責任なのでしょうか。

66条3項の責任
定義政治責任とは、法的な強制力を伴わない、政治的な評価としての責任です。
結論通説は、66条3項の「責任」を政治責任と解しています。
理由66条3項は、責任を負うとは書いていますが、どう責任を取らせるか(効果)を定めていません。
効果が定められていない以上、法的な強制力は出てきません。
具体例内閣の政治責任を問う手段には、質問による追及や、内閣不信任決議があります。
69条の不信任決議
結論69条の内閣不信任決議だけは、法的責任の要素が強いです。
理由単なる政治的な評価にとどまらず、一定の行動を法的に義務づける効果を伴うからです。
- 二者択一:内閣に、解散か総辞職かを迫ります。
- 強制効果:解散しなければ、総辞職が義務付けられます。
注意「内閣の責任は政治責任」と一言で言い切ると、69条の特殊性を見落とします。
69条|第五章 内閣(65〜75条)内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
69条と解散の対応関係
結論内閣に総辞職を迫れるのは衆議院だけで(69条)、解散も衆議院の側にだけ組み込まれています。
注意この対応関係と、参議院に解散が無い理由は、別の話です。
参議院に解散が無いのは、任期が六年で三年ごとに半数改選という仕組みのほうにあります(46条)。
個別責任
69条の不信任決議は、内閣全体に総辞職を迫ります。
では、内閣ではなく一人の国務大臣だけの責任を問うことはできるのでしょうか。
個別責任の追及
定義個別責任とは、特定の国務大臣が単独で負う責任です。
結論66条3項は内閣の連帯責任を定めていますが、個別責任は憲法上特に否定されていません。
そのため、各議院は、個別の国務大臣に対して不信任決議をすることができます。
注意個別の国務大臣に対する不信任決議には、法的な効力は認められていません(69条と同じ効果はありません)。
あくまで、政治的なメッセージにとどまります。