前文・国民主権と天皇制
印刷のコツ
プリンターでは次の設定がおすすめです。
- 用紙:A4 / 向き:縦
- 拡大縮小:「実際のサイズ」(フィット縮小しない)
- 両面印刷:オン、とじ方は「長辺をとじる」(左綴じ)
- モノクロ印刷OK(強調は色でなく太字なので白黒でも読めます)
前文の4つの段落
前文の役割
結論前文は、憲法を作った側が何を目指したかを残す部分です。
理由個々の条文を読むだけでは、その目的までは見えないからです。
注意中身を丸暗記する必要はありません。
何を宣言しているかをつかめば十分です。
4つの段落の宣言

定義前文に出てくる2つの言葉は、次のとおりです。
- 人類普遍の原理:どの国にも当てはまる原理です。
- 平和的生存権:平和のうちに生存する権利です。
注意表の「1項〜4項」は、前文の第1段〜第4段を指します。
前文|前文第1段:日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
前文|前文第2段(第3文):われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
前文の法規範性と裁判規範性
前文は、憲法を作った側が何を目指したかを宣言する部分です。
では、前文はどのような効力を持つのでしょうか。

法規範性
結論前文は法規範性を持ちます。
条文前文を変えるにも、96条の改正手続が必要です。
理由前文も憲法の一部だからです。
具体例平和主義の条文を解釈するときに、前文の趣旨を参照します。
96条|第九章 改正(96条)1項:この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
裁判規範性
結論前文は、原則として裁判規範性を持ちません。
裁判で具体的な中身を根拠に主張できるのは、前文ではなく1条以下の条文です。
具体例平和的生存権だけを直接の根拠にして、損害賠償を求めることはできません。
長沼訴訟
事案長沼訴訟は、平和的生存権を根拠にした裁判です。
結論高裁と最高裁で、判断の仕方が違います。
- 高裁:平和的生存権に裁判規範性は無いという立場をとりました。
- 最高裁:代わりの施設ができて訴えの利益が失われたとして、訴えを退けました。
注意最高裁は、憲法判断そのものには踏み込んでいません。
つまり、平和的生存権の中身に正面から答えていません。
国民主権の意義
前文第1段は、主権が国民に存することを宣言しています。
では、国民主権とは何を意味するのでしょうか。
国民主権
定義国民主権とは、国の政治のあり方を最終的に決定する力または権威が、国民に存することです。
- 力:権力性の契機(実際の行使)です。
- 権威:正当性の契機(正当化の根拠)です。
2つの契機の中身は、第5節で見ます。
「主権」の3つの意味
国民主権の「主権」は、国の政治のあり方を最終的に決定する力または権威です。
では、条文に出てくる「主権」は、いつもこの意味なのでしょうか。

条文ごとの意味
結論同じ「主権」でも、条文ごとに意味が違います。
条文どの意味にあたるかは、次のとおりです。
- 41条:①の意味です。
- 前文第3段:②の意味です。
- 1条:③の意味です(文言は「主権の存する日本国民」)。
1条の条文は、第8節で引用します。
注意単語だけ見て混同しないでください。
表の「前文3項」は、前文第3段を指します。
41条|第四章 国会(41〜64条)国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
前文|前文第3段:われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
最高決定権の2つの側面(権力性の契機と正当性の契機)
最高決定権としての主権は、「力」と「権威」の2つの側面を持ちます。
では、2つの側面はそれぞれ何を指し、どうつながるのでしょうか。

権力性の契機
定義憲法を実際に作る力で、憲法制定権力といいます。
正当性の契機
定義憲法が作られた後に働く、国民の意思です。
あらゆる国家権力の行使を正当化する根拠になります。
憲法改正権への転化
結論憲法制定権力は、憲法の外に置きっぱなしにはされません。
憲法の中に閉じ込められ、憲法改正権に姿を変えて残ります。
理由憲法は、権力を作り出す法であると同時に、それを縛る法だからです。
主権者「国民」の範囲
主権は、国民に存します。
では、主権者である「国民」とは誰を指すのでしょうか。

折衷説(通説)
結論短答で問われる通説は、折衷説です。場面で使い分けます。
- 権力性の契機:投票する力の場面では、国民は有権者です。
- 正当性の契機:権力行使を正当づける場面では、国民は全国民です。
理由どちらか一方の説だけでは、片方の場面が説明できません。
- 有権者説:投票権を持たない人まで含めた「国民の総意」が説明できません。
- 全国民説:実際に票を投じているのは有権者だという現実が説明できません。
自同性の原則
定義有権者と全国民の範囲のズレを埋める工夫です(自同性の原則)。
できるだけ両者を同じものとみなします。
主権者の決定の仕方(間接民主制と例外)
主権者である国民は、国の政治のあり方を最終的に決定します。
では、国民はどのような方法で決定するのでしょうか。
間接民主制
定義間接民主制(代表民主制)とは、代表を選んで決めさせる制度です。
結論原則は、間接民主制です。
理由すべてを国民が直接決めるのは、規模の点で現実的でないからです。
直接民主制的な制度
結論国のかたちに関わる場面では、例外として直接民主制的な制度があります。
具体例次の3つです。
- 国民審査:最高裁判所の裁判官を、国民が審査します。
- 国民投票:憲法改正を、国民投票にかけます。
- 住民投票:特定の地域だけに適用される法律(地方特別法)を、住民投票にかけます。
天皇の地位(象徴・世襲)
主権は、国民に存します。
では、国民主権のもとで、天皇はどのような地位にあるのでしょうか。
象徴(1条)
結論天皇の地位の根拠は、天皇自身ではなく、主権の存する日本国民の総意です。
- 地位:日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴です。
- 主従関係:主権者である国民が主で、天皇の地位はそれに基づきます。これが1条の核心です。
注意1条の「主権」は、第4節の③最高決定権の意味です。
1条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
世襲(2条)
結論皇位は世襲です(生まれによって受け継がれます)。
注意世襲は、14条の平等原則の、正面からの例外にあたります。
14条は、生まれや家柄で人を別扱いしてはならないと定めています。
2条|第一章 天皇(1〜8条)皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。
14条|第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
天皇と裁判権
天皇は、国民統合の象徴という特殊な地位にあります。
では、天皇に裁判権は及ぶのでしょうか。

民事裁判権
結論判例は、天皇には民事裁判権が及ばないとしています。
根拠は、天皇の象徴たる地位です。
理由天皇は国政に関与せず、国民統合の象徴という特殊な地位にあります。
通常の民事訴訟の当事者として法廷に立たせることは、その地位の性質になじみません。
天皇の民事裁判権最高裁判所判決天皇には、その象徴たる地位に鑑み、日本国憲法上、民事裁判権が及ばないと解される。
刑事裁判権
定義摂政とは、天皇が自分で国事行為を行えないときに、代わってそれを行う人です。
結論天皇には、刑事裁判権も及ばないと解するのが通説です。
理由摂政ですら、在任中は訴追されません。
本人である天皇は、なおさら訴追されません。
注意直接の条文はありません。皇室典範21条の類推です。
21条|皇室典範 第三章 摂政(16〜21条)摂政は、その在任中、訴追されない。但し、これがため、訴追の権利は、害されない。
天皇の行為の分類
天皇は、主権の存する日本国民の総意に基づく象徴です。
では、天皇はどのような行為をすることができるのでしょうか。

私的行為
具体例学問研究です。
注意争いになるのは、私的行為ではなく、公の顔で行う①〜③です。
① 国政行為
定義国の実質的な意思決定に関わる行為です。
具体例総理大臣を選ぶことや、法律の中身を決めることです。
② 国事行為
定義政治性のない、形式的・儀礼的な行為です。
③ 国事行為以外の公的行為
定義憲法に明記されていない、儀礼的な行為です。
具体例お言葉や、式典への出席です。
注意根拠をめぐる学説は、第12節で見ます。
4条1項の意味
結論4条1項は、天皇の行為の範囲と権能を2点で絞っています。
- 「のみ」:天皇の行為は、憲法に列挙された国事行為に絞られます。
- 権能を有しない:「国政に関する権能を有しない」とは、実質的な決定権を一切持たないということです。
注意国会・内閣には、権限を与える条文があります。
天皇には無く、逆に持たないと書いてあります。
4条|第一章 天皇(1〜8条)1項:天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
国事行為(3条・6条・7条・4条2項)
天皇の行為は、憲法に列挙された国事行為に絞られます。
では、国事行為はどのようなしくみで行われ、何が含まれるのでしょうか。

しくみ(3条)
結論内閣が決めた行為を、天皇が形式的に行います。
責任は、天皇ではなく内閣が負います(3条後段)。
天皇は責任を負いません。
注意助言と承認について、次の2点に気をつけます。
- 回数:実務では、事前と事後の2回ではなく、1回で足りるとされています。
- 言い出す側:天皇の側から言い出して閣議にかけることはできません。
3条|第一章 天皇(1〜8条)天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
中身(6条・7条)

結論6条では、誰にするかを実質的に決めるのは国会・内閣です。
天皇は、その結果を形式として確認するだけです。
6条|第一章 天皇(1〜8条)1項:天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。2項:天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
7条|第一章 天皇(1〜8条)天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。二 国会を召集すること。三 衆議院を解散すること。四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。七 栄典を授与すること。八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。九 外国の大使及び公使を接受すること。十 儀式を行ふこと。
任命と認証の区別
| 6条1項の任命 | 7条5号の認証 | |
|---|---|---|
| 性質 | 天皇が総理を任命する行為そのものが国事行為 | 内閣総理大臣がすでに決めた任免を、事後的に確認する行為 |
| 効力への影響 | ― | 認証が無くても、任免の効力は生じている |
注意7条5号の「認証」は、国務大臣などの任免そのものを天皇が行うという意味ではありません。
委任(4条2項)
結論天皇は、法律の定めるところにより、国事行為を委任できます。
これが臨時代行の根拠です。
注意摂政は、成年に達しない場合などに置かれる制度です。
臨時代行とは別の制度です。
4条|第一章 天皇(1〜8条)2項:天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
国事行為以外の公的行為(4学説)
国事行為は、6条・7条に列挙されています。
では、お言葉や式典への出席など、そこに書かれていない行為の根拠をどう説明するのでしょうか。

学説の分かれ目
結論根拠を天皇の地位そのものに求めるか、内閣の関与に求めるかで、説が分かれます。
どちらを採るかで、内閣がこの行為にどこまで口を出せるかが変わります。
決着はついていません。
各説の共通点
結論どの説も、天皇が自らの意思で自由に行ってよいとはしません。
何らかの形で、内閣の関与や地位の枠組みを及ぼします。
皇室の財産と費用(8条・88条)
天皇の公的な行為には、内閣の関与や地位の枠組みが及びます。
では、皇室の財産と費用には、どのような縛りがあるのでしょうか。

財産の授受(8条)
定義賜与とは、ただで与えること(無償の贈与)です。
結論8条は、皇室がもらう側と出す側で扱いが違います(非対称)。
- もらう:有償でも無償でも、国会の議決が必要です。
- 出す:無償で与える(賜与)ときだけ、国会の議決が必要です。
理由8条のねらいは2つです。
- 財産の集積を防ぐ:戦前は、皇室の莫大な財産が政治的な影響力の背景になっていました。
- 特定の人との結び付きを防ぐ:財産のやり取りを通じて、皇室が特定の人や団体と強く結び付かないようにします。
注意皇室が有償で売るときは、議決は要りません。
財産が集まる方向にも、ただで与えて縁が生まれる方向にも当たらないからです。
8条|第一章 天皇(1〜8条)皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。
8条と88条の共通の理由
結論8条も88条も、根っこにある理由は同じです。
理由天皇・皇室が、お金の力で政治に影響を及ぼすことを防ぐためです。
88条|第七章 財政(83〜91条)すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。