憲法ゼロから憲法#70

法律上の争訟

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司法権の帰属(76条1項)

司法権はどこにあるか

結論裁判を行う権限(司法権)は、最高裁判所と下級裁判所に属します。

注意76条1項が定めるのは、司法権がどこに属するかだけです。

司法権の中身を線引きしているのは、裁判所法3条1項です(第3節)。

76条|第六章 司法(76〜82条)1項:すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。

明治憲法との対比(「司法権」は歴史的概念)

司法権は、最高裁判所と下級裁判所に属します。
では、明治憲法のもとでも、司法権は同じように定められていたのでしょうか。

明治憲法と日本国憲法の対比(司法権=天皇の名において裁判所が行う/最高裁判所・下級裁判所に属する、行政事件=原則として行政裁判所の専管/通常裁判所がすべて担当)

明治憲法の司法権

結論明治憲法では、司法権は天皇に属していました。

裁判所は、天皇の名において裁判を行う機関という位置づけでした。

注意行政庁の違法な処分をめぐる訴訟は、原則として通常の裁判所では扱えませんでした。

別に設けられた行政裁判所が扱い、これは今は無い制度です。

今の日本国憲法では、ごく限られた例外を除き、通常の裁判所が行政事件を含むすべての裁判を行います。

歴史的概念

定義「司法権」は、普遍の実体を持たない歴史的な概念です。

その国・その時代の憲法が、どう配分するかで中身が決まります。

注意この視点は、客観訴訟の合憲性(第10節)で効いてきます。

「司法権」の意味(中核は法律上の争訟)

「司法権」の中身は、憲法がどう配分するかで決まります。
では、日本国憲法のもとで「司法権」とは、どのような作用をいうのでしょうか。

通説の定義

定義司法権とは、具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって、これを裁定する国家の作用です(通説)。

  • 具体的な争訟:特定の人と人との間で、現に起きている紛争です。仮定の話ではありません。
  • 法の適用・宣言:決められたルールを紛争にあてはめて、結論を言い渡すことです。
  • 裁定する:あてはめの結果として、白黒をつけることです。

法律上の争訟

結論定義の「具体的な争訟」は、裁判所法3条1項の法律上の争訟と同じものを指します。

これが、司法権の中核です。

法律上の争訟にあたらなければ、裁判所は訴えを却下し、中身には入りません。

注意「法律上の争訟」という言葉は、憲法には出てきません。

裁判所法という、別の法律の言葉です。

3条|裁判所法 第一編 総則(1〜5条)1項:裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

法律上の争訟の2要件

司法権の中核は、法律上の争訟です。
では、法律上の争訟にあたるかどうかは、何で測るのでしょうか。

2つの要件

定義判例は、法律上の争訟を、次の2つを満たす紛争としています。

  • 第1要件:当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること。
  • 第2要件:それが法令の適用により終局的に解決することができるものであること。

注意2つとも必要です。

当てはめは、いつも第1要件→第2要件の順に行います。

各要件の意味

定義それぞれの言葉の意味は、次のとおりです。

  • 具体的な権利義務:誰と誰の間の、何をめぐる争いかがはっきりしていることです。例えば、この人にいくら払え、という話です。
  • 法令の適用:答えを出す物差しが、法令だけで足りることです。
  • 終局的に解決:その裁判で決着がつくことです。判決の後に「本当のところはどうか」が残りません。

なぜこの2つか

結論2つの要件には、それぞれ裁判所という機関の性格が表れています。

理由各要件の理由は、次のとおりです。

  • 第1要件:裁判所は、自分から「この法律はおかしい」と言い出す機関ではありません。現に紛争が起きて、初めて法を語ります。
  • 第2要件:裁判所の物差しは、法令だけです。法令で測れない争いに答えを出せば、法ではない何かの権威になってしまいます。

あたっても裁かれるとは限らない

結論法律上の争訟にあたっても、裁判所が必ず中身まで裁くとは限りません。

具体例内閣が衆議院を解散したとき、その解散が有効かどうかの争いです。

当事者間の具体的な紛争の形になり、2つの要件も満たしうるといえます。

注意それでも、裁判所があえて判断を控える領域があります。

あたらない①:抽象的に法令を争う訴え(警察予備隊違憲訴訟)

法律上の争訟かどうかは、第1要件→第2要件の順に判定します。
まず、第1要件を欠くのはどのような訴えでしょうか。

警察予備隊違憲訴訟

事案ある政党の代表者が、警察予備隊の設置や運営そのものが憲法違反だと主張しました。

特定の相手との具体的な紛争を経ずに、いきなり最高裁判所に違憲の宣言を求めたものです。

結論訴えは却下されました。

判例は、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ、裁判所に判断を求めることができるとしました。

理由第1要件(具体的な権利義務の紛争)を、そもそも欠くからです。

  • 根拠が無い:具体的事件を離れて、抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限には、憲法上も法令上も根拠がありません。
  • 国会の仕事:紛争が無いまま「違憲だ」と述べれば、事件の解決ではなく、法律そのものへの一般的な評価になります。法律を作るのも直すのも国会で、裁判所は事件を裁く形でしか触れられません。

注意第1要件を欠く以上、第2要件は検討するまでもありません。

警察予備隊違憲訴訟最高裁判所大法廷判決「要するにわが現行の制度の下においては、特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合においてのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり、裁判所がかような具体的事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には、憲法上及び法令上何等の根拠も存しない。」

あたらない②:学問・技術上の争い(技術士国家試験事件)

第1要件を欠く訴えは、法律上の争訟にあたりません。
では、第1要件は満たすのに、第2要件を欠くのはどのような訴えでしょうか。

技術士国家試験事件

事案国家試験で不合格になった人が、その判定はおかしいと争いました。

結論法律上の争訟にあたりません。

  • 第1要件:合格すれば資格が得られたはずで、試験実施機関との具体的なやり取りなので、一応満たします。
  • 第2要件:合否の判定は、学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断なので、欠きます。

理由合否の判定は、試験実施機関の最終判断に委ねられるべきものだからです。

優劣を決める物差しは、その分野の学問や技術の中にしかありません。

裁判官が採点をやり直せば、法の適用ではなく、裁判官自身の学問上の意見になってしまいます。

注意判定の中身は争えなくても、判定に至る手続は争える場合があります。

  • 例外:手続的な瑕疵や他事考慮があった場合は、法律上の争訟にあたると解してよい、というのが通説です。
  • 具体例:特定の受験者だけ、違う基準で採点した場合です。
  • 理由:公平に採点したか、他の事情を混ぜなかったかは、法令の物差しで測れるからです。

技術士国家試験事件最高裁判所第三小法廷判決「国家試験における合格、不合格の判定も学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、その試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであつて、その判断の当否を審査し具体的に法令を適用して、その争を解決調整できるものとはいえない。」

あたらない③:宗教問題(板まんだら事件)

第2要件を欠く類型には、宗教が絡む紛争もあります。
では、宗教が絡めば、裁判所は一律に扱えないのでしょうか。

宗教問題の基準

結論宗教が絡むこと自体で、法律上の争訟にあたらなくなるわけではありません。

第1要件を満たしていても、次のように分かれます。

  • あたらない:争いの実質を決めているのが宗教上の教義や信仰内容の当否で、そこに立ち入らなければ結論を出せないときは、なお第2要件を欠きます。
  • あたる:教義に立ち入らずに決着をつけられる話であれば、法律上の争訟にあたります。

注意あたる場合でも、宗教問題そのものについて、中身に立ち入った判断は裁判所にはできません。

板まんだら事件

板まんだら事件の請求構造(寄付者Aが宗教法人Bに寄付金返還を請求し、本尊の真贋という教義判断が請求の当否を決める前提問題として挟まる)

事案宗教団体が、本堂を建てるための寄付を募りました。

信者が多額の寄付をしましたが、安置された本尊が偽物だったとして、寄付金の返還を求めました。

結論法律上の争訟にあたらないとされました。

  • 第1要件:寄付金の返還請求という、具体的な権利義務の紛争の形なので、満たします。
  • 第2要件:本尊の真贋という教義の判断が争点の核心なので、欠きます。

理由判例は、次の3点から、その実質において法令の適用による終局的な解決が不可能だとしました。

  • 前提問題:信仰の対象の価値や教義に関する判断は、形の上では請求の当否を決める前提問題にとどまります。
  • 必要不可欠:しかし、その判断は、訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものです。
  • 核心:訴訟の経過を見ると、争点も当事者の主張立証も、その判断が核心になっています。

注意欠けたのは、第1要件ではなく第2要件です。

板まんだら事件最高裁判所第三小法廷判決「本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとつており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められ、また、記録にあらわれた本件訴訟の経過に徴すると、本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となつていると認められることからすれば、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであつて、裁判所法三条にいう法律上の争訟にあたらないものといわなければならない。」

なぜ教義の当否は法令で決められないか

結論本尊が本物か偽物かは、法令のどこを探しても書いてありません。

理由その物差しは、その宗教の教えの中にしかないからです。

判決で「この本尊は偽物だ」と宣言すれば、国家が、教えの正しさそのものを決めたことになります。

それは、国と宗教の間の線(政教分離)を、裁判所自身が越えることです。

判例の射程

結論あたらないのは、「宗教だから」ではなく、「教義の判断が争点の核心だから」です。

具体例教義とは無関係な、単なる貸し借りのトラブルなら、宗教団体が当事者でも法律上の争訟にあたります。

注意この判例が判断したのは、教義の判断が争点の核心になっている場合だけです。

「宗教が絡めば一律にあたらない」と、射程を広げてはいけません。

宗教問題のもう一つの形(日蓮正宗管長事件)

板まんだら事件では、教義の判断が、請求の前提問題として争点の核心になっていました。
では、地位そのものが訴えの対象になると、どうなるのでしょうか。

日蓮正宗管長事件

日蓮正宗管長事件の請求構造(末寺代表役員らAが管長就任者Bについて代表役員の地位不存在確認を求め、法主への就任〈血脈相承〉に立ち入らなければ地位の存否を審理できない)

定義宗教活動上の地位とは、代表役員のような法律上の役職ではなく、教団の中の宗教上の役職です。

事案末寺の代表役員らが、ある人物には管長の地位が無い、と訴えました。

  • 地位のしくみ:代表役員には、管長の職にある人が就きます。管長には、法主という地位にある人が就きます。
  • 法主の選び方:血脈相承という宗教的な儀式によって決まるとされていました。

結論訴えは却下されました。

  • 原則:裁判所は、宗教活動上の地位にあるかどうかを審理・判断すべきです。
  • 例外:その審理に、教義ないし信仰の内容に立ち入ることが必要不可欠なら、宗教活動上の地位にあるかを判断できません。
  • その結果:代表役員の地位の存否も判断できず、法律上の争訟に当たらないとされました。

理由法主にあたるかを審理するには、血脈相承の意義そのものに立ち入る必要があり、それはまさに教義だからです。

法令には、誰が法主かを決める物差しがありません。

注意多数意見とは違う、反対意見がありました。

血脈相承そのものを判断しなくても、就任の公表や儀式を行った事実などの間接的な事実から、地位の存否を推認できる、という意見です。

日蓮正宗管長事件最高裁判所第三小法廷判決「特定の者が宗教団体の宗教活動上の地位にあることに基づいて宗教法人である当該宗教団体の代表役員の地位にあることが争われている場合には、裁判所は、原則として、右の者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断すべきものであるが、他方、宗教上の教義ないし信仰の内容にかかわる事項についてまで裁判所の審判権が及ぶものではない……。したがって、特定の者の宗教活動上の地位の存否を審理、判断するにつき、当該宗教団体の教義ないし信仰の内容に立ち入って審理、判断することが必要不可欠である場合には、裁判所は、その者が宗教活動上の地位にあるか否かを審理、判断することができず、その結果、宗教法人の代表役員の地位の存否についても審理、判断することができないことになるが、この場合には、特定の者の宗教法人の代表役員の地位の存否の確認を求める訴えは、裁判所が法令の適用によって終局的な解決を図ることができない訴訟として、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」に当たらないというほかない。」

板まんだら型と管長型の違い

教義判断の置き場所の対比(板まんだら型=答えを出す材料として外から入り核心かどうかを量れる/管長型=審理すべき対象そのものの中身に入り量る手前で審理が止まる)

二つの宗教問題の弁別(訴訟物=寄付金の返還請求/代表役員の地位の存否の確認、教義の位置づけ=前提問題/審理の入口)

結論どちらも、第1要件は満たし、教義を理由に第2要件を欠く点は同じです。

違いは、裁判所が答えを出す問いにあります。

  • 板まんだら型:答えを出すのは「寄付金を返す義務があるか」です。教義の判断は、その答えを出すための材料です。
  • 管長型:答えを出すのは「代表役員の地位があるか」そのものです。その地位に宗教活動上の地位にある人が就くので、教義の判断が対象の中身に入ります。

客観訴訟(2要件を満たさないのに裁ける枠)

ここまでの3類型は、どれも第1要件→第2要件の順で、法律上の争訟にあたらないとされました。
では、2つの要件を満たさない訴訟は、裁判所で一切扱えないのでしょうか。

客観訴訟

客観訴訟の2類型(民衆訴訟=自己の利益と関係の無い資格で提起・選挙訴訟と住民訴訟/機関訴訟=国・公共団体の機関どうしの権限争い・議会と長の訴訟)

定義客観訴訟とは、2つの要件(事件性)を満たさないのに、法律が特別に出訴を認めた訴訟です。

  • 事件性:誰と誰の、何をめぐる争いかという具体的な事件が、現にあることです。2つの要件をまとめた呼び方です。

条文裁判所法3条1項の「その他法律において特に定める権限」に入ります。

理由誰か一人の権利義務の形にならないのに、放っておくと、法の適用そのものが歪む場面があるからです。

例えば、選挙が正しく行われたか、公金が正しく使われたか、という場面です。

誰も争えないままでは法が守られないので、法の適用が客観的に適正かを争う入口を、法律が用意しています。

注意客観訴訟は、法律上の争訟の一種ではありません。

法律が個別に出訴を認めた場合だけ、提起できます。

民衆訴訟と機関訴訟の中身

具体例図の訴訟の中身は、次のとおりです。

  • 選挙訴訟:選挙の無効や、当選の無効を争います。議員定数の不均衡を争う訴訟も、この一種です。
  • 住民訴訟:地方公共団体の公金の支出などが適法かを、住民が争います。政教分離が争われた一連の事件も、この枠組みでした。
  • 機関訴訟:人と人の間の紛争ではなく、議会と長の訴訟のような、組織の内部の権限争いです。

客観訴訟の合憲性

客観訴訟は、法律上の争訟ではないのに、裁判所が扱う訴訟です。
では、客観訴訟を裁判所に扱わせることは、76条1項に反しないのでしょうか。

客観訴訟の合憲性(通説=司法権の中核は法律上の争訟のまま・実質的に近いから反しない/別の見解=事件性を要件から外す・法律が認めれば当然に合憲、結論はどちらも合憲)

2つの説明

結論どちらの見解でも合憲ですが、説明の道筋が違います。

  • 通説:司法権の中核は法律上の争訟のままとします。客観訴訟も、具体的な事実に法令をあてはめる点で通常の訴訟とほとんど変わらず、法律上の争訟に実質的に近いので、反しないと説明します。
  • 別の見解:司法権を、訴えが正しく起こされれば、法律の解釈や適用をめぐる争いについて、決まった手続にのっとって最終的な結論を出す作用と定義し直します。事件性を定義から外すので、法律で出訴権を認めた場合として、当然に合憲です。

理由定義を広げる発想ができるのは、「司法権」に普遍の実体が無く、憲法の配分で中身が決まるからです(第2節)。

中身は動かせるからこそ、どこまで動かしてよいかが議論になります。

注意理由の置き方が違うので、支えられる範囲も違います。

  • 通説:「実質的に近い」ことが理由なので、近くないものまでは支えません。
  • 別の見解:近さを問いません。法律が認めれば、当然に合憲になります。

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