刑事訴訟法 復習ノート全文

刑事訴訟法の地図(条文から引く)→

第1章総論

#1単独ページ動画

刑事訴訟法とは何か

骨格刑事訴訟法は、何を定め、何のためにあるのか

  • 1 何を定める法か:刑法=何が罪か/刑事訴訟法=どう確かめるか(捜査・裁判・執行の手続)。
  • 2 何のためか(1条):人権保障=適正手続主義/真相の解明=実体的真実主義/+迅速。
  • 3 適正手続主義:根拠は憲法31条以下。31条の「法律の定める手続」=適正な手続(多数説)。
  • 4 実体的真実主義:解明すべき「事案の真相」=刑罰権の有無と量(核心司法)。事実は証拠から法廷で組み立てる。
  • 5 迅速:遅延で権利が害された異常な事態(被告人側が主因でない)→ 判例は憲法37条1項から免訴で打ち切り(条文に無い救済)。
  • 6 2つの理念の関係:両立(強制された自白を証拠にしない)/衝突(違法な捜索で得た証拠)。
  • 7 法源:憲法 → 刑事訴訟法 → 刑事訴訟規則の三層+特別法・条約。判例は事実上重要。

⚠ 公共の福祉≠人権保障の言い換え/「真実」≠事件のあらゆる事実/どちらの理念を重視するかだけでは答えは出ない

刑法と刑事訴訟法

刑法は「何が罪か」を、刑事訴訟法は「それをどう確かめるか」を決めます。同じ事件でも、問いそのものが違います。

刑法(実体法)刑事訴訟法(手続法)
決めることどんな行為に、どんな犯罪が成立し、どんな刑罰が科されるか刑法を現実の行為に当てはめるための手続(捜査・裁判・確定した裁判の執行)
自転車盗の問い窃盗罪が成立するか警察は家の中を見てよいか。何で立証するか
答えの出し方条文の要件に事実を当てはめれば、犯罪が成立するかの答えが出る捜査 → 起訴 → 裁判と段階が進むごとに、次へ進んでよいかを、憲法と刑事訴訟法の定める条件(例:家を捜索する前に令状)で確かめる
  • 刑事訴訟法が扱う範囲:捜査(裁判の準備)、裁判(刑罰を科すかの判断)、確定した裁判の執行の3つです。
    • 例:自転車盗で有罪判決が確定した → その刑の執行も刑事訴訟法が定めます(裁判は確定した後に執行する=471条)。
  • 手続なくして刑罰なし:どれだけ疑わしくても、決められた手続を踏まなければ、刑罰は科せません。
    • 刑事訴訟法は、憲法31条の「法律の定める手続」を具体化する法律です。
  • 起訴:検察官が裁判所に「この人を裁いてほしい」と求めることです(公訴の提起)。
  • 被疑者/被告人:起訴される前/起訴された後の呼び名です。同じ人でも、起訴の前後で呼び名が変わります。
  • 令状:住居の捜索のように、相手の意思に反してでも、住居・身体などに強い制約を加える処分(強制処分。どこからが強制処分かの基準は、捜査の場面で詳しく問題になります)には、2つの関門があります。①その処分が法律に定められていること(197条1項ただし書。定めが無ければできない)②実際に行うときに、原則として裁判官の令状があること(憲法33条・35条)。令状は、その処分を裁判官があらかじめ許可する書面です。警察の判断だけで踏み込めないよう、第三者の裁判官のチェックを挟みます。
    • 例:令状を持たない警察官に「家の中を見せてほしい」と頼まれた → 住居の捜索には、原則として令状が要ります(憲法35条1項・218条1項)。例外は、被疑者を逮捕する場面で、必要があれば令状なしで住居に入り被疑者を捜したり、逮捕の現場で捜索したりできます(220条1項・3項)。令状も無く、逮捕の場面でもないなら、これは任意の協力の求めで、応じるかどうかは頼まれた人が決めます。なお警察の内部規則では、住居の捜索は、住人が任意に承諾すると認められる場合でも令状を取って行うことになっています(犯罪捜査規範108条)。
  • 少年法:20歳未満の少年の事件も、捜査は原則として刑事訴訟法によりますが、その後は原則として少年法の手続に移ります。少年は成長の途中で、立ち直る余地が大きい(可塑性)からです。
    • 例:同じ自転車盗でも、犯人が19歳なら → 捜査の後は原則として家庭裁判所に送られ、成人と違う手続に乗ります。
  • 民事訴訟法:私人どうしのもめ事を解決する手続です。刑事訴訟法は、国家が人を罰してよいかを扱います。

1条:目的を1文にまとめた条文

1条からは、適正手続主義と実体的真実主義の2つの柱と、3つ目の要請である迅速が導かれます。

  • 1条の役割:刑事訴訟法の目的を1つの文で定めた条文です。要素に分けると次の4つです。
1条の要素対応する理念節
① 公共の福祉の維持②と衡量される相手方(社会の側の利益。例:犯罪を捜査して犯人を罰し、社会の秩序を保つこと)第3節
② 個人の基本的人権の保障適正手続主義第3節
③ 事案の真相を明らかにし実体的真実主義第4節
④ 適正且つ迅速に「適正」は②と重なる。「迅速」が独立した3つ目の要請第5節
  • ①と②は別の利益:1条は①と②を「…と…とを全うしつつ」と並べています。①は社会の側の利益で、②と釣り合わせる相手方です。
    • 例:犯人を見つけて罰するには、関係者の家を調べたい(①)。しかし調べれば、住人の住居の権利が制約されます(②)。2つが反対を向くので、どこまで調べてよいかを量る必要があります。
    • 例:「①公共の福祉の維持は、②人権保障の言い換え」は誤りです。上の例のとおり別の向きの利益で、憲法31条以下も、公共の福祉と衡量したうえで、刑事手続での人権保障のあり方を定めています。
  • 1条に無いもの:被害者の救済:被害の回復は、理念的には民事訴訟で実現することが想定されています。刑事手続は、被害者の利益を守る制度を設けるにとどまります。
    • 例:被害者が法廷で、被害についての心情や意見を述べる制度があります(292条の2)。
    • 理由:刑事裁判には、破られた「してはならない」というルールを、刑罰で確認し直す役割があります。被害者の意向は事件ごとに違います(厳しい処罰を望む人も、望まない人もいる)。救済を正面に置いてその意向で結論が動くと、同じ罪でも処罰が揺れ、ルールの確認が働かなくなるおそれがあるからです。
    • 例:「被害者の救済も刑事訴訟法の直接の目的」は誤りです。1条には書かれていません。

1条|刑事訴訟法 第一編 総則(1〜188条の7)この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

適正手続主義

刑事手続は個人の権利を強く制約するので、その制約は正しいやり方で行わなければなりません。根拠は憲法31条以下です。

  • なぜ必要か:刑事手続は、国家が個人の権利・自由を強く制約する場面を前提にしているからです。
    • 例:被疑者の逮捕・勾留(身体の拘束)、事件の関係者の家の捜索・押収
  • 意味:そこで、被疑者・被告人や一般市民の人権を保障しながら、手続を全うすることを重視する理念です。
    • 例:盗品が友人の家に隠されているとして、犯罪に関わっていない友人の家を捜索する → 友人の住居の権利も制約されます。守る相手は、被疑者・被告人だけではありません。
  • 根拠:憲法31条以下です。公共の福祉と衡量したうえで、刑事手続での人権保障のあり方を定めています。
    • 31条:文言は「法律の定める手続」だけです。それでも多数説(学者の多くが支持する解釈)は、これを適正な手続の意味に読みます(デュー・プロセスの保障)。手続が法律に書いてあるだけでなく、中身が適正であることまで求める読み方です。
      • 例:言い分を述べる機会を全く与えずに刑罰を科す手続は、たとえ法律に書いてあっても、この読み方では31条に反します。
    • 33条以下:逮捕・捜索の令状主義(33条・35条)、拷問の禁止(36条)、自己に不利益な供述の強要の禁止(38条1項)などの個別の保障です。

31条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

実体的真実主義と「真実」の範囲

真相を明らかにしますが、対象は刑罰法令の適用に必要な事実だけで、訴訟法の制限を経た証拠から組み立てます。

(1) 意味と理由

  • 意味:犯罪事実の有無と中身を、正確に明らかにすべきだとする理念です。
  • なぜ必要か:刑罰権の行使は、事実に基づかなければ正当化されないからです。事実を誤ったまま罰すれば、それ自体が不正義になります。
    • 例:自転車を盗んでいない人が「なんとなく怪しい」だけで有罪にされれば、何もしていないのに自由を奪われます。

(2) 民事訴訟との違い

民事訴訟刑事訴訟
理念形式的真実主義実体的真実主義
当事者が認めた事実証明なしに認定できる(民事訴訟法179条・159条1項)自白だけでは有罪にしない。補強証拠が要る(319条2項・3項)
争いの終わらせ方和解など、当事者の合意で決められる有罪かどうかを当事者の合意で決めることは認めない
理由私人どうしのもめ事なので、当事者が争わない以上、踏み込む必要がない1条が事案の真相の解明を掲げる。国家が人を罰する重い判断を合意に委ねると、事実に基づかない処罰が起きうる
  • 形式的真実主義:当事者が争わない事実は、証明が無くてもそのまま事実として扱う考え方です。
  • 補強証拠:自白のほかに、その自白が本当だと裏づける証拠です。被告人の自白(犯罪をした事実を認める供述)が唯一の証拠なら、有罪にできません(319条2項)。何をしたかは語らず、起訴された罪について「有罪です」と認めた場合(有罪の自認)も同じです(同条3項)。
    • 例:貸金の裁判で、借主が法廷で「借りました」と認めた → その事実は証明がいりません。刑事で被告人が法廷で「盗みました」と認めても、それが唯一の証拠なら有罪にできません。
    • 例:法廷の冒頭で被告人が「起訴された罪について、私は有罪です」とだけ述べた → これも自白と同じ扱いで、ほかに裏づけの証拠が無ければ有罪にできません。
  • 根拠は憲法か刑事訴訟法か:憲法38条3項も「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ」ないと定めます。ただし判例は、この「本人の自白」に法廷(公判廷)での自白を含めません。法廷の自白にまで補強を求めているのは、刑事訴訟法(319条2項の「公判廷における自白であると否とを問わず」)です。
    • 例:「法廷の自白にも補強が要るのは、憲法38条3項の要求」は誤りです。憲法の要求でないので、法律を変えて、法廷で罪を認めればそれだけで有罪にできる制度を作っても、憲法上は許されうると解されています。

(3) 範囲:核心司法(有無と量)

  • 核心司法:解明すべき「事案の真相」は、次の2つを確定することに尽きます。
    1. 刑罰権の有無:刑罰法令の定める犯罪事実を、被告人が行ったか
    2. 刑罰権の範囲(量):行ったのなら、刑を決めるうえで重要な事実(情状)
  • なぜ絞るのか:刑事裁判は、刑罰法令を適用してよいか、どれだけの刑を科すかを決める場です。そのために必要な事実が明らかにされるにとどまります。
    • 例:「刑事裁判は事件の真相を全部明らかにする場所」は誤りです。
  • 注意:裁判所が判断する事実が2つしかない、という意味ではありません。自白が任意にされたか(強制された自白などは証拠にできない=319条1項)など、訴訟手続上の事実も判断します。
  • 自転車盗に当てはめると、次のように分かれます。
自転車盗の例「真実」に含まれるか
本当に盗んだか含まれる(有無)
初犯か常習か、反省しているか、弁償したか含まれる(量刑にかかわる事情)
交友関係の全て、事件と関係のない生い立ち、無関係な借金トラブル含まれない(量刑に直接かかわらない限り)

(4) 方法:法廷で組み立てる

  • 訴訟的真実:裁判所は過去に直接触れられず、訴訟法上の制限を経て法廷で取り調べた証拠から事実を認定します。そのため事実は「構築される」といわれます。
    • 例:違法な捜索で見つかった証拠物が、証拠から排除された → 被告人が実際にそれを持っていたとしても、残りの証拠で証明できなければ、その事実は認定されません。
  • 当事者主義:起訴の後、法廷で事実を主張し証拠を出す(主張・立証)のを主導するのは、検察官と被告人(当事者)で、その結果の責任も当事者が負う、という考え方です。弁護人は被告人を助ける立場で、当事者ではありません。
    • 対になるのが職権主義=裁判所が事実の究明を主導し、その責任も負う考え方です。
    • 当事者主義のもとでは、裁判所は、当事者双方の主張・立証を通じて事実を組み立てます。現行法はこの型を大きく取り入れています。ただ、証拠を出す役は当事者でも、有罪かどうかは合意では決めず((2)の表)、法廷で取り調べた証拠から裁判所が判断します。
  • 公判:起訴の後、法廷で行う審理のことです。法廷は「公判廷」ともいいます。
  • 公判中心主義:事案の真相は、取調室よりも法廷で解明すべきだという考え方です。核心司法(何を明らかにするか)を、どこで明らかにするか(法廷)の面から実質的に支えます。
    • なぜ法廷か:捜査段階の書面が裁判の結論を事実上決めてしまうと、法廷は捜査の結果を確認してなぞるだけの場になるからです。そうなると、裁判官が証人の話を法廷で直接聞き、当事者が問いただして確かめる機会が、結論に生きなくなります。
    • 心証:裁判官が証拠から得る「この事実はあった(なかった)」という判断のことです。
    • 中身①:捜査段階の供述調書(取調べで話した内容を書き取った書面)に頼りきらず、法廷の証人尋問などで結論を決める
    • 中身②:心証は、裁判官が執務室で書面を読んでとるのではなく、当事者双方が立ち会う法廷でとる

迅速の要請

「迅速」は独立した要請です。刑事訴訟法に打ち切りの規定は無いものの、判例は憲法37条1項を根拠に免訴で打ち切りました。

  • 1条の「迅速」の理由:被告人を早く手続から解放し、犯人を罰して破られたルールを実効的に確認し直す(規範の回復)ためです。
  • 憲法37条1項:被告人に迅速な裁判を受ける権利を保障します。趣旨は次の2つです。
    • 被告人の負担:身柄の拘束や不安定な立場を、過剰に長く負わせない
    • 証拠の劣化:記憶が薄れ、証拠が散逸して、立証が難しくなるのを避ける

37条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

事実高田事件(最大判昭47・12・20)

  • 検察官の立証の途中で、第一審の審理が15年余り事実上止まりました。きっかけは、別の事件との併合を望み、その事件の終わりを待ってほしいという弁護人側の要望を、裁判所が受け入れたことでした。
  • 最高裁は、逃亡・出廷拒否・引き延ばしなど遅れの主な原因が被告人側にあれば、権利を自ら放棄したとみます。本件では、別の事件が予想外に長引く間、裁判所は再開せず、検察官も被告人側も促しませんでしたが、被告人側に逃亡や引き延ばしの様子はうかがわれません。当初の要望を受け入れたことだけで、主な原因が被告人側にあるとただちに推認するのは相当でない、とされました。
  • さらに、有利な証拠の喪失や記憶の減退のおそれなどから、被告人の利益が実際に害されたとも認めました。
  • 最高裁は、憲法37条1項は、審理の著しい遅延で被告人の権利が害された異常な事態には、具体的な規定がなくても審理を打ち切る非常救済手段を認める趣旨だとしました。打ち切り方の明文の規定は無いが、本件では免訴の判決が相当としました。
  • 結論:第一審の免訴判決を、高裁が取り消して第一審に差し戻していました。最高裁はその高裁判決を破棄し(取り消し)、第一審の免訴判決を結論において正当として(検察官の控訴を棄却)、手続は打ち切られました。
  • 打ち切りの道具は免訴:刑事訴訟法には、審理の遅れを理由に手続を打ち切る規定がありません。判例は、憲法37条1項から直接、免訴で打ち切る道を認めました。
    • 免訴:有罪か無罪かを判断しないまま、手続を打ち切る判決です。無罪(罪を犯したと証明されなかった)とは違い、罪を犯したかどうかには立ち入りません。
    • 例:「最高裁は、免訴の条文(337条)を当てはめた」は誤りです。337条の免訴の事由は確定判決・刑の廃止・大赦・時効で、遅延はありません。最高裁は、明文の規定は無いとして、憲法37条1項から導きました。
  • どんな遅延なら当たるか:遅れた期間だけで一律に決めず、遅れた原因・理由からみてその遅れがやむをえないものか、守られるべき利益がどれだけ害されたかを合わせて判断します。
    • 例:事件が複雑で、結果として長くかかった → 当たりません。判例は、やむをえない遅れの例として、これを「該当しないこともちろん」とします。

2つの理念の関係

2つの理念は両立も衝突もします。どちらを重視するかだけでは答えは出ず、制度ごとの趣旨と具体的な利益で考えます。

実体的真実主義適正手続主義
たとえアクセル:真相を明らかにしようと前に進む力ブレーキ:行き過ぎを止める力
振り切ると拷問してでも自白させる → 冤罪と人権侵害少しの手続の問題で証拠が一切使えない → 処罰の空洞化
  • 両立する場面:強制・拷問で得た自白を、証拠として使わせない(憲法38条2項・319条1項)。
    • 嘘の自白が判決に紛れ込むのを防ぎ(真実)、黙秘権(話したくないことを話さなくてよい権利。憲法38条1項の供述の強要の禁止とつながる)の保障にもつながりえます(適正)。
  • ぶつかる場面:違法な捜索で見つかった重要な証拠物を、裁判で使ってよいか。違法収集証拠排除法則の問題です。
    • 例:「違法な捜索で見つかった証拠は、必ず使えない」は誤りです。判例は、令状主義の精神を没却する(台無しにする)ような重大な違法があり、証拠として許すことが将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でないときに、証拠能力(証拠として使える資格)を否定します。1条を引き、真相の究明と適正な手続の両方を踏まえて立てた基準です。
  • 考え方:どちらの理念を重視するかを決めるだけでは、個々の問題は解けません。制度ごとの趣旨に応じて、より具体的な利益を検討します。上の違法収集証拠の基準は、「違法の重さ」と「将来の違法捜査を抑える必要」という具体的な物差しで線を引いた例です。

法源

刑事手続の根拠になる法(法源)は、憲法 → 刑事訴訟法 → 刑事訴訟規則の三層が骨組みです。

位置法源内容
三層①憲法最上位。31〜40条の10か条を刑事手続に割く
三層②刑事訴訟法手続の中核となる法典。憲法31条以下を具体化する
三層③刑事訴訟規則国会ではなく最高裁判所が自分で作る規則(憲法77条1項の規則制定権)。細目・補充的な事項を置く
その他特別法例:警察官職務執行法(職務質問)、通信傍受法、裁判員法
その他条約日本で別に法律を作らなくても、そのまま適用できる条約の内容。例:外交官の刑事裁判権の免除(外交官は原則として日本の刑事裁判にかけられない)
その他判例法源かは議論がある。判例違反は上告理由なので、事実上重要
  • 上告・破棄:上告=高等裁判所の判決などに不服がある側が、最高裁判所に審理を求めることです。破棄=上の裁判所が、下の裁判所の判決を取り消すことです。
  • 判例が事実上重要な理由:判例と相反する判断は、それ自体が上告の理由になります(405条2号・3号)。最高裁の判例が無い論点では、大審院などの判例と違う判断も上告の理由です(3号)。だから判決を予測するうえで判例は重要で、法律家の行動を大きく左右します。
    • 例:高裁が最高裁の判例と違う判断をした → 上告できます(405条2号)。ただし判決に影響しないことが明らかなら破棄されず(410条1項ただし書)、最高裁が判例を変えて高裁の判断を維持することもあります(410条2項)。

405条(抜粋)|刑事訴訟法 第三編 上訴 第三章 上告(405〜418条)高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

ページ上部へ ↑

#2単独ページ動画

手続の全体像

骨格1つの事件は、どの順で進み、何に縛られるのか

  • 1 地図:捜査 → 公訴の提起 → 公判 → 裁判 → 確定・執行。起訴猶予や略式命令で、途中から道が短くなる事件もある。
  • 2 捜査:始まるのは事件の時ではなく、捜査機関に犯罪の嫌疑が生じた時(通報などはきっかけ=端緒)。集めるのは犯人と証拠。捜査の対象になった人=被疑者。
  • 3 身柄の時間表:逮捕 → 送致48時間 → 勾留請求24時間(通じて72時間まで)→ 勾留10日+延長10日 → 起訴か釈放。裁判官が判断するのは、主に逮捕状・勾留・延長の場面。
  • 4 起訴:するのは原則として検察官だけ(247条)。有罪にできても起訴しない選択がある(248条)。起訴された時から被告人。
  • 5 公判:冒頭手続 → 証拠調べ → 弁論手続 → 判決。判断の材料は、法廷で調べた証拠。
  • 6 判決から先:控訴 → 上告 → 確定 → 執行。確定した事件は、もう一度裁けない(一事不再理)。再審は、有罪とされた人を救う方向にだけ開く。
  • 7 登場人物:請求(検察官)・防御(被疑者・被告人と弁護人)・判断(裁判所)の三面。被害者は当事者ではない。
  • 8 無罪推定:有罪が確定するまで、被疑者も被告人も無罪と推定される。意義=①刑罰の先取り禁止 ②疑わしきは被告人の利益に。
  • 9 拘束と矛盾しないか:逮捕・勾留は刑罰ではなく手続上の処分。それでも重い制約なので、期限・要件・裁判官の審査の3つで縛る。

⚠ 被疑者=逮捕された人、ではない(捜査の対象になった時から)/24時間は受け取った時から、72時間は拘束された時から/「最大20日」は起訴前の勾留の日数(逮捕の72時間は別)/保釈は起訴後だけ

手続の地図:5つの区間

事件は、捜査から確定・執行まで、決まった順に進みます。ただし、全部の区間を通るとは限りません。

区間何をするか節
捜査犯人を見つけて確保し、証拠を集める第2・3節
公訴の提起検察官が「裁判にかけるか」を決める第4節
公判法廷で証拠を調べ、主張をぶつけ合う第5節
裁判裁判所が判決を言い渡す。不服なら控訴・上告第6節
確定・執行判決が確定し、有罪なら刑を執行する第6節
  • 注意:区間の「裁判」は、公判の最後の手続「判決」と同じ場面です。判決と、それへの不服申立てをまとめた区切りです。なお「裁判にかける」「刑事裁判」というふだんの言い方の「裁判」は、この区間ではなく、起訴された後の公判・判決(不服申立てを含む)の手続全体を指すことが多いです。
  • 途中で道が短くなる事件:事件は表の順に進みますが、起訴されなければ公判に進みません。起訴されても、事実を争わない事件には、手続を簡単にする仕組みがあります。
    • 例:駅前の事件(深夜の繁華街で口論の末に殴り、全治2週間のけが=傷害)で、初犯・深い謝罪・示談成立 → 検察官が起訴猶予にすれば、公判には進みません(第4節)。
    • 例:殴った人が事実を認め、略式手続に異議が無いと書面で示した → 検察官は簡易裁判所に略式命令を請求でき、簡易裁判所は公判を開かずに罰金を科すことができます(461条・461条の2)。略式命令で主刑として科せるのは100万円以下の罰金・科料だけ(執行猶予や没収なども付けられる)ですが、傷害罪には罰金刑もあるので、対象になりえます。
    • 例:「認めても否認しても、捜査・起訴・公判・判決の流れは同じ」は誤り → 公判を開かない略式手続のほか、公判を簡略にする即決裁判手続・簡易公判手続があります。

捜査:いつ始まり、何を集めるか

捜査は、捜査機関が犯罪があると考えた時に始まり、犯人と証拠の両方を集めます。

  • 始まり:「事件が起きた時」ではなく、捜査機関が犯罪があると思料するとき=犯罪の嫌疑が生じた時です(189条2項)。
    • 例:殴打は午前1時、通行人の110番は午前1時20分 → 警察が内容を確かめて犯罪の嫌疑が生じた時に、捜査が始まります。事件が起きた午前1時からではありません。
  • 端緒:捜査が始まるきっかけのことです。通報のほか、職務質問、被害者の告訴(被害者などが捜査機関に犯罪を申告し、処罰を求めること)などがあります。被害者など以外の人が同じことをするのは告発です。
    • 例:上の110番が端緒です。110番が無く、翌朝、被害者が自分で交番に届け出た → その届出が端緒になり、嫌疑が生じれば捜査が始まります。
  • 集めるもの:犯人と証拠の2つを、同時に集めて確保します。
    • 例:通行人の目撃証言、防犯カメラの映像、被害者の供述、現場の見分結果は、どれも証拠です。

189条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

  • 担当:第一次的には司法警察職員(主に警察官)です。検察官も、必要と認めれば自分で捜査できます(191条1項)。
  • 被疑者:捜査の対象になった人です。逮捕されているかどうかは関係ありません(第4節の表)。
    • 例:殴った人が逮捕されず、呼び出しに応じて警察署で話を聴かれているだけ → 捜査の対象なので、この人も被疑者です。

身柄の時間表:逮捕から起訴まで

逮捕の後は、段階ごとに期限が決まっています。期限内に次へ進めなければ、釈放です。

  • 前提:逮捕するには、原則として、裁判官があらかじめ出す逮捕状が要ります(199条1項)。現行犯逮捕など、逮捕状の要らない例外もあります。逮捕した後も、拘束を続けてよい時間は、次の表のとおり段階ごとに区切られています。
段階誰が・何をするか期限(数え始め)条文
通常逮捕裁判官が出した逮捕状で逮捕する―199条
送致司法警察員が弁解を聴き、必要なら検察官へ送る(不要なら釈放)48時間以内(身体を拘束された時から)203条1項
勾留請求検察官が弁解を聴き、必要なら裁判官に勾留を請求する(不要なら釈放)24時間以内(被疑者を受け取った時から)205条1項
逮捕の上限この間に起訴すれば、勾留請求は要らない。勾留請求も起訴もしなければ釈放72時間(身体を拘束された時から)205条2〜4項
勾留裁判官が被疑者に直接会って言い分を聴き(勾留質問)、勾留するか決める10日(勾留を請求した日から)。起訴しなければ釈放207条・61条・208条1項
勾留延長裁判官が「やむを得ない事由」を認めれば、検察官の請求で延長する延長の合計で10日まで208条2項
起訴後勾留中に起訴されると、被告人の勾留に切り替わる。保釈を請求できるのはここから起訴の日から2か月(その後1か月ずつ更新できるが、更新は原則1回まで=最長3か月。重い罪などの例外あり)60条2項・88条1項
  • 司法警察員:司法警察職員(第2節)のうち、検察官への送致や釈放を決める権限を持つ人です。
  • 留置:逮捕による身柄拘束を、そのまま続けておくことです。
  • 逮捕と勾留の違い:逮捕=身柄を確保する最初の短い措置/勾留=その後のより長い拘束です。
  • 裁判官が判断する場面:主に、逮捕状を出すとき・勾留するとき・延長するときです。48時間・24時間の期限ごとに裁判官が判断するわけではありません。
  • 逮捕の期限の数え方:48時間と72時間は身体を拘束された時から、24時間は検察官が被疑者を受け取った時から数えます。
    • 例:月曜22時に逮捕 → 送致の期限は水曜22時。火曜10時に検察官が受け取れば、勾留請求の期限は水曜10時です。
    • 例:警察が水曜22時ぎりぎりに送り、検察官がその時に受け取った → 検察官の24時間は木曜22時まで。逮捕から72時間ちょうどで、2つの上限が重なります。
  • 72時間の中で起訴したとき:検察官は、ふつうは勾留を請求するか、釈放するかを選びます。ただ、その時間内に起訴したなら、勾留請求は要りません。勾留請求も起訴もしないまま時間が切れれば、釈放です。
    • 例:逮捕の翌日に起訴した → 勾留請求は要りません(205条3項)。起訴の後は、裁判官が被告人に事件を告げて言い分を聴き、勾留するか釈放するかを決めます(280条2項)。

205条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。2項:前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。3項:前二項の時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。4項:第一項及び第二項の時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。

  • 勾留の期間:勾留を請求した日から10日以内に起訴しなければ、釈放です。やむを得ない事由があれば、延長は通じて10日までです(208条)。
    • 例:4月1日に勾留を請求 → 10日は4月10日までです。実務では、請求した日も休日も数えます。
    • 例(逮捕から通しで・最長の場合):3月30日の夜に逮捕 → 72時間ぎりぎりの4月2日に勾留を請求 → 延長も全部使うと4月21日まで。逮捕の日も1日目に数えると23日間で、これが起訴前の拘束の原則的な最長です(逮捕の約3日+勾留20日)。
    • 例外:内乱・騒乱などの罪は、延長のあとさらに5日まで延ばせます(208条の2)。駅前の傷害には使えません。

208条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:第二百七条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。2項:裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。

  • 起訴後の勾留:20日などの期限は、起訴前の被疑者の勾留の話です。勾留中に起訴されると、被告人の勾留として続きます(60条2項)。
    • 被告人を勾留できる理由(住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれ)は、起訴前と同じです(60条1項)。
    • 例:20日目に起訴された → 釈放されず、被告人の勾留として続きます。まず起訴の日から2か月、必要なら1か月の更新(原則1回)があります。「最大20日で必ず出られる」は誤りです。
  • 保釈:勾留されている被告人を、保証金を納めさせたうえで釈放する制度です(93条1項・94条1項・96条)。逃げたり呼び出しに応じなかったりすれば、保証金を失うおそれがある、という仕組みで出頭を確保します。
    • 請求できるのは勾留されている被告人側です(88条1項)。被疑者の勾留には保釈がありません(207条1項ただし書)。
    • 例:勾留中の被疑者の家族が保釈を請求した → 起訴前なのでできません。起訴されれば、本人・弁護人・配偶者・親子・兄弟姉妹などが請求できます。

起訴:誰が、必ず起訴するのか

起訴できるのは、原則として検察官だけです。有罪にできても、あえて起訴しない選択が認められています。

  • 公訴の提起:条文上の言い方で、ふだんは「起訴」と呼びます。
原則中身条文
国家訴追主義訴えるのは国家。被害者などの私人は、刑事裁判を起こせない247条
起訴独占主義起訴するのは、原則として検察官だけ。捜査した警察官は起訴できない247条
起訴便宜主義有罪にできる見込みがあっても、あえて起訴しないことができる248条
  • 起訴独占主義の例外:検察官が起訴しないと決めても、検察官以外の手で起訴に至る道が2つあります。どちらも私人が自分で起訴する制度ではありません。
    • 検察審査会:衆議院議員の選挙権を持つ人の中からくじで選ばれた11人の検察審査員でつくる機関です(検察審査会法4条)。検察官の不起訴に納得できない被害者などが、審査を申し立てられます(同法2条2項)。
      • 2度の審査:1度目の審査で「起訴が相当」と議決しても(起訴相当の議決)、起訴するかどうかは検察官が改めて決めます。検察官がまた起訴しなければ、2度目の審査に進み、そこで「起訴すべき」と議決(起訴議決)すると、検察官の判断によらずに起訴へ進みます(検察審査会法41条の2・41条の6)。
      • 例:駅前の事件が起訴猶予になり、被害者の申立てで、検察審査会が2度の審査を経て起訴議決をした → 裁判所が弁護士を指定し、その指定弁護士が起訴します(検察審査会法41条の6・41条の9・41条の10)。
    • 付審判:公務員の職権濫用などの罪に限った制度です。告訴・告発をした人が、検察官の不起訴に不服なとき、地方裁判所に「審判に付してほしい」と請求できます(262条1項)。裁判所が審判に付す決定をすると、起訴されたとみなされ(267条)、裁判所が指定した弁護士が検察官の役を務めます(268条)。
      • 例:取調べで警察官から暴行を受けたと告訴したが、検察官が不起訴にした → 告訴した人が付審判を請求できます(特別公務員暴行陵虐罪=刑法195条は、262条が挙げる罪の1つ)。

247条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)公訴は、検察官がこれを行う。

  • 起訴猶予:248条を根拠に、検察官が「今回は起訴しない」と決める処分の呼び名です。
    • 考慮するもの:犯人の性格・年齢・境遇、犯罪の軽重・情状、犯罪後の情況
    • なぜ裁量を与えるのか:機械的にすべて起訴すると、更生の機会を奪ったり、裁判所や当事者の負担を増やしたりする場合があるからです。

248条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

(1) 被疑者と被告人

被疑者被告人
何者か犯罪の嫌疑をかけられ、捜査の対象になっている人公訴を提起された人
いつから捜査の対象になった時から(逮捕の有無は関係ない)起訴された時から
立場捜査を受ける(まだ有罪と決まっていない)訴えられた本人として法廷で争う(まだ有罪と決まっていない)
  • 同じ人を指します。起訴を境に呼び名が切り替わります。
  • 被疑者も被告人も、刑事訴訟の当事者として、手続上の権利・義務の主体です。被疑者も、弁護人の援助を受けられます。
  • 注意:「被告」は民事訴訟で訴えられた人の呼び名です。刑事では、必ず「被告人」です。

公判:法廷で何をするか

公判は、冒頭手続 → 証拠調べ → 弁論手続 → 判決の順に進み、法廷で調べた証拠で結論を出します。

  • 公判準備:起訴の後、検察官は立証を準備し、弁護人に証拠を開示します。裁判員裁判の対象事件は、必ず公判前整理手続で争点と証拠を整理します(裁判員法49条)。
手続何をするか
①冒頭手続人定質問(人違いでないかの確認=刑訴規則196条)の後、検察官が起訴状を読み上げ、裁判長が被告人に黙っていられる権利などを告げ、被告人・弁護人が言い分を述べる(起訴状の朗読から後は291条)。これで何が争われているか(争点)が明らかになる
②証拠調べ法廷で証拠を取り調べる。公判審理の中心
③弁論手続検察官が意見(論告)、弁護人が意見(弁論)を述べ、最後に被告人が最終陳述をする
④判決裁判所が判断を言い渡す
  • なぜこの順か:先に争点を明らかにしないと、どの証拠を調べるべきかが決まらないからです。条文も、証拠調べは冒頭手続が終わった後と定めています(292条)。
  • 公判中心主義:捜査段階の供述調書(取調べで話した内容を捜査機関が書き取った書面)に頼りきるのではなく、法廷の証拠調べを通じて心証(裁判官が証拠から得る「この事実はあった(なかった)」という判断)を形成すべきだという考え方です。
    • 捜査段階で集めた資料も、法廷に出されて、初めて判断材料になります。
    • 直接主義:判断する裁判所が、自分で法廷で直接取り調べた証拠を基に判断する、という原則です。公判中心主義は、どこで心証をとるか(捜査の書類ではなく法廷で)に注目した言い方で、実質的には直接主義・口頭主義(口頭でのやりとりを基に審理する原則)を実現するものだと説明されます。
  • 証拠のルール:何でも証拠にできるわけではなく、特別なルールがあります。
    • 伝聞法則:法廷での供述の代わりに書面を出したり、他人から聞いた話を証言したりしても、原則として証拠にできません(320条1項)。もとの話をした人に法廷で問いただせず、見間違い・言い間違いを確かめられないからです。例外は321条以下に定められています。
      • 例:目撃者Aから「Bが殴るのを見た」と聞いたCが、法廷でその話を証言する → Aの話の正しさを法廷で確かめられないので、原則として証拠にできません。
    • 自白法則:強制・拷問・脅迫による自白など、任意にされたものでない疑いのある自白は、証拠にできません(319条1項)。根拠は、うその自白を防ぐため、取調べでの人権侵害や違法を抑えるためなど、いくつかの説明があります。
      • 例:長時間眠らせずに問い詰め、「認めれば帰す」と迫って得た自白 → 任意でない疑いがあれば、証拠にできません。
    • 補強法則:自白が唯一の不利益な証拠なら、有罪にできません(319条2項)。証拠として使える自白でも、それを裏付けるほかの証拠(補強証拠)が要る、という意味です。自白法則が「使えない自白」の話なのに対し、こちらは「使える自白でも、それだけでは足りない」という話です。
      • 例:被告人が法廷で「私が殴りました」と認めたが、自白のほかに、それを裏付ける証拠が何も無い → 有罪にできません。
    • 違法収集証拠排除法則:違法な捜査で集めた証拠を、証拠から排除するというルールです(判例)。違法を見逃して証拠に使えば、同じ違法な捜査を招くおそれがあるからだと説明されます。ただし、どんな違法でも排除されるわけではありません。判例は、証拠物について、押収などの手続に違法があっても直ちに証拠から外すのではなく、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、かつ、証拠に使うことが将来の違法捜査の抑制の見地から相当でないと認められる場合に、証拠にできないとしています。

判決から先:上訴・確定・執行

不服があれば控訴・上告で争えます。争わなくなると判決は確定し、同じ事件はもう一度裁けません。

  • 控訴:第一審の判決に不服があれば、検察官・被告人のどちらからでも(351条1項)、高等裁判所に申し立てます。期間は14日です(373条)。
  • 上告:控訴審の判決に不服があれば、さらに最高裁判所に申し立てます。
  • 確定:上訴が無いか、上訴が尽きると、判決が確定します。
    • 例:傷害罪の有罪判決に、どちらも控訴しないまま14日の控訴期間が過ぎた → 判決は確定します。期間は、判決を言い渡した日の翌日から数えます。
  • 執行:有罪判決で、刑の執行猶予が付かなければ、刑が執行されます。これが最後の区間です。
    • 執行猶予:刑を言い渡すが、一定の期間その執行を見合わせる、というものです。取り消されずにその期間を過ごせば、刑の言渡しは効力を失います(刑法27条1項)。
    • 例:確定しても、無罪や、執行猶予付きの判決なら、刑務所には行きません。
  • 一事不再理:確定判決を経た事件で、同じ人をもう一度起訴すると、免訴の判決で打ち切られます(337条1号)。免訴は、有罪・無罪の判断に入らずに手続を打ち切る判決です。
    • 根拠:憲法39条(既に無罪とされた行為や、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない)です。
    • 理由:いつまでも蒸し返せると、手続に終わりが来ないからです。
    • 例:有罪が確定した後、同じ殴打でもう一度起訴された → 免訴です。
  • 再審:有罪の確定判決に対し、言渡しを受けた者の利益のためにだけ、見直しを求める制度です(435条)。一事不再理を破って、改めて処罰するための制度ではありません。
    • まず再審を開くかどうかを決め、開くと決まれば、裁判をやり直します(448条1項・451条1項)。
    • 例:有罪が確定した後に、無実を示す新しい証拠が見つかった → 有罪とされた人の側から再審を請求できます。
    • 例:無罪が確定した後に、有罪を示す新しい証拠が出た → 有罪にやり直す再審はありません。

登場人物:三面構造

手続の登場人物は、請求する側・防御する側・判断する側の三面で捉えます。

立場誰駅前の事件では
請求する側検察官「この人を裁判にかけてください」と求める
防御する側被疑者・被告人と弁護人殴ったとされる人と、その弁護人
判断する側裁判所判決を言い渡す
  • 三面の形:訴える側と裁く側を分けた形で、弾劾主義と呼びます。
    • 当事者主義は別の話です。起訴の後、主張と立証を、裁判所ではなく検察官と被告人(弁護人が支える)が主導する考え方です(裁判所が主導する職権主義と対比)。
  • 被疑者・被告人:防御する側の中心です。刑事手続は、被疑者・被告人(氏名が分からないままのこともある)を対象に進むので、その人がいなければ成り立ちません。加害者がすぐ決まらない事件でも、嫌疑のかかった人が被疑者になります。
    • 例:口論が殴り合いになり、双方がけがをした → どちらが加害者か、すぐには決まりません。双方が被疑者になりえます。
    • 例:起訴された後に被告人が亡くなった → 裁判所は決定で公訴を棄却し(公訴棄却=有罪・無罪の判断に入らずに、起訴を退けて手続を終えること)、手続は終わります(339条1項4号)。
  • 弁護人:被疑者・被告人の側に立って防御する、法律の専門家です。
  • 司法警察職員(主に警察官):三面の外で、捜査を担当します。集めた証拠は、検察官が起訴するかを決める材料になります。
  • 当事者:公判で向き合う当事者は、請求する側の検察官と、防御する側の被告人です。裁判所は判断する側で、当事者ではありません。弁護人は、被疑者・被告人を支える立場です。
    • 被疑者も、手続上の権利・義務の主体という意味では当事者と呼ばれます(第4節(1))。
  • 被害者:当事者ではありません(三面のどれでもない)。
    • 例:被害者が「起訴してほしい」と思っても、自分で起訴はできません(第4節)。
    • ただし、証拠の重要な情報源になり、検察審査会に申し立てることもできるなど、手続に深く関わります。
  • 裁判員:重大な事件では、裁判所の判断に、国民から選ばれた裁判員が加わります。対象事件では、公判前整理手続が必須です(第5節)。
    • 例:駅前の傷害は、裁判員裁判の対象ではありません。被害者が後に亡くなれば傷害致死(3年以上の有期拘禁刑)になり、故意の犯罪で人を死なせた罪として対象になります(裁判員法2条1項2号)。

無罪推定の原則

罪に問われている人は、有罪が確定するまで無罪と推定されます。被疑者にも被告人にも及びます。

意義中身
①刑罰の先取り禁止有罪判決が確定するまで、刑罰を先取りして科さない。逮捕・勾留は手続上の処分で、刑罰ではない
②利益原則事実があったかどうか明らかにならないとき、被告人に不利益な事実は認定しない(「疑わしきは被告人の利益に」)
  • ②が働く場面:有罪にするには、犯罪の証明が要ります。証明が無いときは、裁判所は無罪を言い渡さなければなりません(336条)。
    • 合理的な疑い:有罪にするには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が要ります。反対の事実の疑いを全く残さないことまでは要らず、抽象的な可能性としての疑いが残っても、健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がないと一般的に判断されれば、有罪にできます(最決平成19年10月16日)。たとえば「別人の可能性も理屈の上ではありうる」というだけでは、合理的な疑いになりません。
    • 例:犯人を示す証拠は目撃者の「犯人は赤い服」という証言だけで、被告人はその時刻に青い服を着ていたと防犯カメラで確かめられた(ほかに決め手は無い)→ 理屈の上の可能性ではなく、証拠から「別人ではないか」という疑いが出ています。「殴ったのはこの人」に合理的な疑いが残るので、有罪とは認定されず、無罪です(336条「犯罪の証明がないとき」)。

(1) 根拠

  • 国際的な根拠:無罪推定は、日本が締結した条約(国際人権B規約14条2項)に明記され、世界人権宣言11条1項にもある原則です。
    • 日本が締結した条約と確立された国際法規は、国内でも誠実に守る義務があります(憲法98条2項)。

98条(抜粋)|日本国憲法 第十章 最高法規(97〜99条)2項:日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

  • 実定法上の根拠(日本の憲法・法律の中の根拠):憲法31条に求められます。刑事手続は、国家が刑罰で人の生命・自由・財産を奪ってよいかを決める手続だからです。
    • 31条は、刑罰を科すには法律の定める手続によることを求めます。その手続で有罪と決まる前に有罪と扱えば、この要求が空になる、と整理できます。

31条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

  • 判例:最高裁は、②の利益原則を「刑事裁判における鉄則」と呼びました(白鳥事件の決定)。
    • この判示は、有罪確定後に再審(第6節)を開くかどうかの判断の中のものです。再審を開く理由となる新しい証拠は、ほかの証拠と合わせて見て、確定判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせれば足りる、とし、そこにもこの鉄則が適用されるとしました。
    • つまり、新しい証拠だけで無実まで証明できなくても、ほかの証拠と合わせて確定判決の認定に合理的な疑いが生じれば、再審を開く理由になりうる、ということです。
    • ただし、その事件の結論は、再審を開かないというものでした(判断の基準を示した決定です)。

無罪推定と身柄拘束は矛盾しないか

逮捕・勾留は刑罰ではないので矛盾しません。ただし重い人権制約なので、3つの歯止めで縛られています。

  • 矛盾しない理由:逮捕・勾留は、捜査や裁判を成り立たせるために身柄を一時的に確保する手続上の処分です(第8節の意義①)。
  • それでも歯止めが要る理由:刑罰ではなくても、重い人権制約であることに変わりはないからです。
    • 例:勾留されたあと有罪になった → 勾留は刑罰ではありませんが、自由を奪われていたことに変わりはないので、勾留されていた日数の全部か一部を、刑に算入できます(刑法21条)。
3つの歯止め内容
期限48時間・24時間・72時間、勾留10日+延長10日(第3節の表)
要件罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのどれかに当たることなど(60条1項・207条1項)
裁判官の審査勾留の請求は、捜査する側とは別の第三者である裁判官が判断する。理由がなければ釈放を命じる(207条)
  • 期限が無ければ、警察や検察官の判断だけで拘束を続けられてしまいます。時間の数字は、まだ有罪と決まっていない人の拘束を、必要な範囲にとどめる仕組みです。
  • 要件と裁判官の審査:勾留できるのは、要件がそろうときだけです。そろわないと裁判官が判断すれば、勾留状は出されません。
    • 例:殴った人に決まった住居があり、証拠も押さえられていて、隠滅や逃亡のおそれがうかがえない → 勾留の要件を欠く方向です。欠くと判断されれば、裁判官は勾留状を出さず、釈放を命じます。

207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)5項:裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。

ページ上部へ ↑

#3単独ページ動画

審理の構造

骨格刑事裁判の「形」は、2つの問いで決まる

  • 1 2つの軸:①誰が訴え、誰が裁くか ②起訴の後、誰が審理を動かすか。別々の問いで、現行法は弾劾主義×当事者主義が原則(補充に職権)。
  • 2 軸①:糾問主義=二面(疑う人がそのまま裁く)/弾劾主義=三面(訴追者と裁判所を分ける)。分ける理由=裁判所の中立公平性。
  • 3 弾劾主義の帰結=不告不理:起訴が無ければ裁判は無い。裁けるのは起訴された事件と、検察官が指定した被告人だけ(378条3号参照・249条)。
  • 4 軸②:弾劾主義の中の区別。職権主義=裁判所が主導/当事者主義=検察官と被告人が主張・立証を主導。
  • 5 現行法:審判の対象の設定・変更(256条3項・312条1項)、争点(316条の17・19)、証拠調べの請求(298条1項)=当事者 → 当事者主義が原則。
    • 補充の職権:職権による証拠調べ(298条2項)・訴因変更命令(312条2項)。
  • 6 「職権」の2つの中身:進行=裁判所・裁判長が決める/探知=補充的。
    • 別に、職権調査:訴訟条件は原則として裁判所が自ら調べる(例外は土地管轄)。上訴にも職権調査の権限。

⚠ 弾劾主義=当事者主義ではない/当事者主義の「責任」は証明責任ではない(証明責任は検察官)/247条は「誰が訴えるか」の条文で、不告不理の手がかりは378条3号・249条

2つの軸で読む

刑事裁判の形は「誰が訴え、誰が裁くか」と「起訴の後、誰が審理を動かすか」の2軸で読みます。現行法は、弾劾主義で、当事者主義が原則です。

軸①\軸②職権主義(裁判所が主導)当事者主義(当事者が主導)
糾問主義(二面)この軸では問題にならない(訴える人と裁く人が同じ)同左
弾劾主義(三面)補充(298条2項・312条2項)原則(256条3項・312条1項・298条1項)
  • 2つの軸は別の問い:職権主義と当事者主義は、弾劾主義の中の区別です。どちらを基調にするかは、国や歴史で異なります。
    • 「糾問主義か弾劾主義か」の答えが分かっても、「職権主義か当事者主義か」の答えは決まりません。
    • 例:「検察官と裁判所が分かれていれば当事者主義」は誤りです。訴追者と裁判所を分けたうえで、審理は裁判所が証拠を集めて引っぱる形もありえます(弾劾主義×職権主義)。

軸①:糾問主義と弾劾主義

疑う役と裁く役を分ける(三面)のは、裁判所の中立公平性を担保するためです。

糾問主義弾劾主義
形二面:判断者(裁判所)と、判断される人だけ三面:判断者と訴追者を分け、裁判所の前で訴追者が主張し、被告人が防御する
訴える役と裁く役同じ1人に集まる分かれる
位置づけ歴史的に古い形近代に多くの国が移行した形。現行法
  • 糾問主義の姿:裁判官が自分で疑いをかけ、自分で取り調べ、そのまま判断まで下します。
    • 例:役人が自分で「怪しい」と目を付け、呼び出して問い詰め、そのまま罰を言い渡す → 疑う役と裁く役が1人=二面です。
  • 弾劾主義の裁判所:訴追者からも被告人からも独立した第三者として判断します。
    • 例:検察官が起訴し、被告人・弁護人が反論し、裁判所がどちらにも属さずに判断する → 三面です。
  • 分ける理由:訴追者と判断者を分けることで、裁判所の中立公平性を担保するためだと説明されます。
    • 問題は裁判官の能力ではなく構造だ、と考えると分かりやすくなります。自分で疑いをかけた人は、疑いを裏づける材料を重く見て、否定する材料を軽く見がちになるからです。
    • 例:試験問題を作った人が自分で採点すると、自分の模範解答に近い答案を高く評価しがちです。「糾問主義が不公平なのは、裁判官の資質が低かったから」ではなく、役割が重なる仕組みの問題です。

弾劾主義の帰結:不告不理の原則

起訴が無ければ裁判は始まらず、裁判所は起訴された事件・被告人の枠の中でしか裁けません。

  • 不告不理の原則:訴追者が訴えを提起しない限り、裁判は行われない、という原則です。弾劾主義から出てきます。
    • 訴える役目を訴追者に渡したので、裁判所が自分から事件を取り上げることはできません。
    • 例:大きく報道された事件で、裁判所もその事件を知っている。しかし検察官が起訴していない → 裁判所は自分から審理を始められません。
  • 裁く範囲:起訴があっても、裁判所が裁けるのは起訴の枠の中だけです。
    • ① 事件:裁判所は、検察官が起訴状を出して起訴した「事件」についてだけ、審理・判断できます(378条3号参照=審判の請求を受けない事件について判決をしたことは控訴理由)。
      • 量刑=刑の重さを決めること。情状=そのときに考える事情(性格・経歴・動機など)。
      • 例:窃盗1件で起訴された被告人について、起訴されていない別の窃盗を「それもやったのだから、その分も罰する」として刑を重くする(実質上処罰する趣旨で量刑に考慮する)→ 不告不理の原則に反するとされます(最高裁の判例)。これに対し、「盗みを繰り返す傾向がある」という被告人の性格などの情状を知る材料として考慮することは、必ずしも禁じられていません(ただし必要な限度にとどめ、実質的な処罰と混同しないよう注意が要る、とされます)。
    • ② 人:公訴の効力は、検察官が指定した被告人以外の者には及びません(249条)。
      • 例:検察官がAを起訴したが、審理の途中で真犯人はBだと分かった → 裁判所はBを有罪にできません。Aには無罪を言い渡し、Bを裁くには検察官がBを起訴し直します。
  • 247条(公訴は、検察官がこれを行う):「誰が訴えるか」の条文です。私人は起訴できない(国家訴追主義)、国家機関の中でも原則として検察官だけが起訴できる(起訴独占主義。例外は付審判と検察審査会の起訴議決)、という原則の根拠です。

軸②:職権主義と当事者主義

どちらも弾劾主義の中の区別で、起訴の後、審理を誰が主導するかの違いです。

職権主義当事者主義
考え方起訴の後、裁判所が事実の究明について主導権と責任を持つ起訴の後も、検察官と被告人が主張・立証を主導し、誤ったらその責任も当事者が負う
証人を法廷に呼ぶ場面裁判所が記録を読み、自分の判断で呼ぶ検察官や弁護人が請求し、裁判所が採否を決める
  • 弾劾主義の徹底:当事者主義は、弾劾主義の趣旨を公判審理まで徹底したもの、ともいわれます。
    • 起訴で役割を分けても、起訴の後に裁判所が自分で有罪の証拠を探しにいけば、また「疑う役」に近づいてしまいます。法廷での主張・立証も当事者に任せ、裁判所は判断に徹する、と理解できます。
  • 「責任」は証明責任ではない:当事者主義の「責任」は、主張・立証を主導した結果を当事者が引き受けるという意味です。
    • 例:「当事者主義だから、被告人も無罪を証明できなければ負ける」は誤りです。刑事裁判では証明責任は検察官にあるとされ、犯罪の証明が無ければ無罪です(336条)。
  • 民事の弁論主義・処分権主義と同じではない:当事者主義を原則とする現行法でも、1条の「事案の真相を明らかに」は目的の1つです。真相を明らかにすることも目的なので、刑訴法の立案者は、当事者の合意で事件を処分することを認めませんでした。
    • 民事の弁論主義=判断の材料(事実・証拠)は当事者が出したものに限り、当事者が争わない事実(自白)はそのまま判断の基礎にする。処分権主義=訴えるか・何を求めるか・和解などで終わらせるかを当事者が決める。
    • 違うのは、当事者の自白・合意で結論が決まる部分です。刑事では、民事の自白・和解のように、当事者の合意で有罪・無罪の結論を決める仕組みはとられていません。当事者主義は「当事者の合意で結論が決まる」という意味ではありません。
    • 例:民事で、被告が法廷で「お金を借りたのは事実です」と認めた → その事実は証明がいりません(民訴179条)。刑事で、被告人が法廷で「私がやりました」と認めた → それだけでは有罪にできず、ほかに裏付けの証拠が要ります(319条2項・3項。有罪の自認も含む)。

現行法:原則は当事者、補充に職権

審判の対象を決め・変え、争点を示し、証拠調べを請求するのは当事者です。裁判所の職権は補充として残ります。

場面原則:当事者が動かす補充:裁判所の職権
審判の対象(訴因)検察官が起訴状で設定する(256条3項)/変えるのも検察官の請求から(312条1項)裁判所の訴因変更命令(312条2項)
争点(公判前整理手続)当事者が主導して設定する(316条の17・316条の19等)
証拠調べ検察官・被告人・弁護人が請求する(298条1項)裁判所の職権による証拠調べ(298条2項)

(1) 原則を条文で確かめる

  • 256条3項:文言に「検察官」は出てきません。しかし起訴状を書いて出すのは検察官で、その書面に訴因の明示を求めています → 審判の対象となる事実(罪となるべき事実)を設定するのは検察官です。
    • 罰条(どの処罰規定を当てはめるか)は、訴因とは別に起訴状に示します(256条4項)。
    • 例:起訴状の公訴事実に「いつ・どこで・何を・どうやって盗んだか」を書くのは検察官 → 法廷で審理されるのは、その書かれた事実です。裁判所が別の日の別の盗みを持ち出して審理することはできません。

256条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)3項:公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

  • 312条1項:変更の起点は、検察官の請求です。
    • 公訴事実の同一性:変える前の訴因と後の訴因を見比べて、同じ機会・同じ物をめぐる話といえるほど重なっているか、という限界です。
    • 例:同じ日に同じ相手から同じ財布を手に入れた出来事を、窃盗で起訴したが、審理の結果、だまし取った(詐欺)方が実態に近いと分かった → 同じ日・同じ相手・同じ財布をめぐる話なので、検察官が訴因の変更を請求すれば、裁判所は許さなければなりません。裁判所が自分で詐欺に差し替えて有罪にするのではありません。
    • 例:別の日の別の盗みに差し替える → 重なりが無いので、訴因の変更ではできず、新たな起訴が要ります。

312条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第一節 公判準備及び公判手続(271〜316条)1項:裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。2項:裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。

  • 公判前整理手続(法廷を開く前に、争点と証拠を整理する手続):検察官が先に証明予定事実(証拠で証明しようとする事実)を示します(316条の13)。被告人側は、予定する主張があれば明らかにし、その証拠の取調べを請求します(316条の17)。検察官は、その証拠を証拠とすることに同意するかなどの意見を明らかにします(316条の19)。
    • こうして双方の主張を突き合わせ、どこで食い違っているか(争点)が絞られます。
    • 例:検察官が「被告人が被害者を殴って怪我をさせた」と示し、被告人側が「殴ったのは認めるが、先に襲われたので正当防衛だ」と主張した → 争点は、殴ったかどうかではなく、正当防衛が成り立つかに絞られます。
  • 298条1項:並んでいるのは検察官・被告人・弁護人だけで、裁判所は書かれていません。

298条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第一節 公判準備及び公判手続(271〜316条)1項:検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。2項:裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる。

(2) 補充として残る職権

  • 裁判所の職権による証拠調べ(298条2項):裁判所が「必要と認める」ときに限り、補充として行います。
    • 原則:裁判所に、職権で証拠調べをする義務も、検察官に立証を促す義務もありません(判例)。
      • 例:「重要な証拠が法廷に出ていないなら、裁判所は必ず自分で調べなければならない」は誤りです。当事者のどちらも問題にしていない事柄について、裁判所が片端から証拠を集めにいくのも、補充という位置づけに合いません。
    • 例外:検察官の不注意による出し忘れが明白な事案では、少なくとも検察官に提出を促す義務があります(判例)。
      • 例:共犯者の事件では有罪の証拠になった調書を、検察官がこの被告人の事件には出し忘れたことが明白だった → 裁判所は、少なくとも検察官に提出を促さなければなりません。促さずに証拠不十分で無罪とすれば、審理不尽とされます(判例の事案)。
    • これを一般化して、証拠の存在が明らかで、取調べが容易で、取り調べないと著しく正義に反する結果になるおそれが顕著なときは、当事者に請求を促す義務がある、と説明されます。
  • 裁判所の訴因変更命令(312条2項):審理の経過に照らして適当と認めるとき、検察官に、訴因・罰条の追加・変更を命ずることができます。
    • 命じただけで訴因が変わるわけではありません(判例)。訴因が変わるのは、検察官が命令に応じて変更を請求し、裁判所がそれを許したときです。
    • 例:窃盗の訴因のまま審理してきたが、詐欺なら有罪にできそうだと裁判所が考えた → 検察官に変更を命ずることはできます。検察官が請求しなければ、訴因は窃盗のままで、裁判所はその窃盗について判断します。
  • なぜ残すのか:当事者の主張・立証の失敗を、そのまま誤った有罪・無罪に直結させないよう、裁判所が後見的に介入するための規定だと、しばしば説明されます。
    • これらを、職権主義の要素の表れと評価する見方もあります。
  • 公判中心主義とのつながり:捜査段階の供述調書に頼りきらず、法廷の証拠調べを通じて心証を形成します(公判中心主義)。その法廷に証拠を出すのは、原則として当事者です。
    • 捜査段階の書類が山ほどあっても、法廷に出されて初めて判断の材料になります。

「職権」の2つの中身:進行と探知

手続を進めるのは裁判所・裁判長です。判断の材料を集めるのは原則として当事者で、裁判所の探知は補充にとどまります。これとは別に、当事者の主張が無くても裁判所が自ら調べる事項(職権調査)があります。

  • 「職権」という語の関係:職権主義・当事者主義で主に問われるのは、審理の対象と判断の材料を誰が決めるか(探知の側)です。手続を前に進める役(進行)を裁判所が担うことは、当事者主義と両立すると整理できます。職権調査は、訴訟条件が備わっているか・控訴理由に当たる事由が無いか、といった決まった事項を、当事者の申立てを待たずに裁判所が自分で確かめることです。当事者の主張・請求の外へ審理の対象や材料を広げる探知とは、分けて考えると分かりやすいです(調査の中で職権で事実を取り調べることはあります)。
職権進行主義職権探知主義
意味手続を前に進める主導権が裁判所にある当事者が請求・提出した証拠に限らず、裁判所が自らの判断で審理の対象を広げたり証拠調べをしたりして、判断の材料・証拠を集める権能・責任を負う
条文の例公判期日の指定(273条・裁判長)=次の期日を決める/証拠調べの範囲・順序・方法(297条・裁判所が当事者の意見を聴いて定める)=証人尋問と書証のどちらを先に調べるか職権による証拠調べ(298条2項)=どちらの当事者も請求していない書類を裁判所が取り調べる
現行法裁判所の側が決める補充的(審判の対象=訴因を決めるのは検察官〔§5〕。裁判所に残るのは、主に職権による証拠調べ)

(1) 裁判所が自ら取り上げて調べる場面(職権調査)

  • 訴訟条件(公訴を提起して公判を維持するための条件。欠けると、有罪・無罪を判断せずに手続を打ち切る):原則として、裁判所に職権調査の義務があると解されています。訴訟条件の多くは手続を適法に進めるための公益にかかわる条件なので、当事者が言わなくても裁判所が確かめる、と説明されます。
    • 例:公訴時効が完成していた事件が起訴された → 被告人が何も言わなくても、裁判所が自ら調べて免訴にします(337条4号)。
    • 例外:土地管轄(331条1項):土地管轄=どの地域の裁判所が担当するか(犯罪地・被告人の住所・居所・現在地=2条1項)。担当でない裁判所は、管轄違いを言い渡して手続を打ち切ります(329条)。ただし土地管轄は、被告人の利益のための制度なので、被告人の申立てがなければ、裁判所の側から管轄違いを言い渡すことはできません。申立ては、証拠調べを始めた後はできません(331条2項)。
      • 例:犯罪地でも被告人の住所・居所・現在地でもない土地の裁判所に起訴された → 被告人が申し立てなければ、管轄違いにはできません。証拠調べが始まった後は、もう申し立てられません。

331条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)1項:裁判所は、被告人の申立がなければ、土地管轄について、管轄違の言渡をすることができない。2項:管轄違の申立は、被告事件につき証拠調を開始した後は、これをすることができない。

  • 上訴:不服がある側が「ここがおかしい」と書いて出すのが前提です。
    • 控訴(第一審→高等裁判所)では、控訴趣意書に不服の理由を書きます。控訴裁判所が必ず調べるのは、そこに書かれた事項です(392条1項)。
    • ① 控訴審(392条2項):趣意書に書かれていない事項でも、控訴理由に当たる事由(377〜382条・383条)なら、裁判所は職権で調べることができます。義務ではありません。
      • 例:弁護人が「刑が重すぎる」(量刑不当)とだけ書いて控訴した。控訴裁判所が記録を読むと、そもそも有罪の認定がおかしい(事実誤認)疑いがある → 趣意書に無くても職権で調べられ、判決に影響する事実誤認が認められれば、原判決は破棄されます(397条1項)。
    • ② 上告審(405条・411条):最高裁への上告は、理由が強く絞られています。405条が上告理由として認めるのは、憲法違反か判例違反だけです。量刑不当や事実誤認は上告理由になりません。
      • それでも411条は、405条の理由が無い場合でも次の事由があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するときは、当事者の主張が上告理由に当たらなくても(主張が無くても)、最高裁が職権で破棄できるとしています:判決に影響する法令違反/刑の量定が甚しく不当/判決に影響する重大な事実誤認/再審事由がある/判決後に刑の廃止・変更・大赦があった。
      • 例:上告理由として「憲法違反」を主張したが、それは認められない。ところが記録を見ると、判決に影響する重大な事実誤認(冤罪の疑い)がある → 405条では救えませんが、破棄しなければ著しく正義に反すると認められれば、411条(3号)で破棄できます。
    • まとめ:控訴審は、趣意書に無くても、もともと控訴理由になる事由なら調べられます。上告審は、もともと上告理由にならない事由(事実誤認・量刑など)でも、著しく正義に反する重いものに限って破棄できます。どちらも、当事者の主張の書き方や上告理由の枠だけで、明らかにおかしい判決を確定させないための安全弁です。

ページ上部へ ↑

#4単独ページ動画

訴訟の主体①裁判所

骨格その事件を、何人で・誰が・どこで裁くのか

  • 1 登場人物:訴訟の主体=裁判所・検察官・被告人。「裁判所」は組織(官署)か、事件を担当する裁判機関か。条文の主語(裁判所・裁判長・裁判官)で権限の持ち主が分かる。
  • 2 何人で:地裁は原則1人。3人の合議体になるのは、法律が決める法定合議と、合議体が決定する裁定合議。判事補は原則1人で裁けない。
  • 3 誰なら裁いてはいけないか:公平な裁判所=偏りのおそれのない組織・構成(判例)。
    • 除斥=法律上当然に外れる/忌避=検察官・被告人・弁護人の申立て→決定/回避=裁判官の申立て→決定。
    • 忌避は手続の外の要因を扱う制度(判例)。訴訟指揮への不満は、それだけでは理由にならず、異議・上訴で争う。
  • 4 どこで:法律が事件の重さ(事物管轄)と場所(土地管轄)で候補を決める。候補が複数あれば検察官が選ぶ。関連事件はまとめられる。
  • 5 管轄を外れたら:原則として移送せず管轄違いの判決(329条)。土地管轄だけは被告人の申立てが要り、証拠調べの開始まで(331条)。

⚠ 「事件が起きた時点で全部決まっていて、誰も動かせない」ではない(法律が枠と手続を決め、その中で検察官が選び、被告人が争い、裁判所が移す)/忌避は弁護人も申し立てられる/刑事にも、管轄のある裁判所どうしの移送はある

登場人物と「裁判所」の意味

手続の主体は裁判所・検察官・被告人の3者です。「裁判所」は、組織の意味と、事件を担当する裁判機関の意味を区別します。

言葉誰を指すか
訴訟の主体裁判所・検察官・被告人の3者。厳密な数え方では、弁護人は被告人の補佐役として3者に含めません(防御に関与しないという意味ではない)
当事者厳密には検察官・被告人の2者。判断する裁判所は入りません。弁護人を含めて使うことも多い言葉です
訴訟関係人条文が実際に使う言葉(46条など)。被告人・検察官・弁護人など。裁判所・裁判官は含みません
  • 「当事者」は条文の言葉ではない:刑訴法に、検察官と被告人を「当事者」と呼ぶ規定はありません(「合意の当事者」など別の意味で出てくるだけ)。条文によく出るのは「訴訟関係人」です。
    • 例:「刑訴法は検察官と被告人を『当事者』と定めている」は誤りです。
「裁判所」の意味中身
国法上①官署東京地方裁判所のような役所としての裁判所。訴訟上の特別な権限は持ちません
国法上②裁判官の集合体裁判官会議のように、司法行政を担う集まり
訴訟法上:裁判機関その事件を担当する裁判官の集まり=受訴裁判所。刑訴法の「裁判所」の多くはこの意味です
  • 区別が効く場面:297条の「裁判所」が証拠調べの順序を決めるのは、その事件を担当する裁判官(受訴裁判所)という意味です。東京地方裁判所という役所が決めるのではありません。

  • 条文の主語の書き分け:主語を見れば、権限を持つのが誰かが分かります。

主語権限を持つ範囲例
裁判所裁判機関全体(合議体なら3人で評議して決める)証拠調べの範囲・順序・方法を定める(297条)
裁判長合議体の中の1人公判期日の指定(273条)、訴訟指揮(294条)=公判期日で審理の進め方を決める
裁判官個々の裁判官請求を受けて逮捕状を出す(199条2項)
  • 令状は「裁判官」が出す:令状は、捜査機関の請求を受けて、受訴裁判所(事件を担当する裁判所)とは別に、個々の裁判官が出します(第2節(3)の受任裁判官)。起訴の前は、そもそも受訴裁判所がありません。
    • 例:捜索差押えの条文(218条)の主語は、捜索する検察官などの捜査機関です。裁判官は「裁判官の発する令状により」と、令状を出す側として出てきます。捜査のための令状を出すのは裁判官で、裁判所ではありません。

何人で裁くか:単独体と合議体

地方裁判所は原則1人で裁きます。3人の合議体になるのは、法律が決める法定合議と、合議体が決定する裁定合議です。

  • 単独体=1人の裁判官で構成する裁判体/合議体=複数(原則3人)で構成する裁判体。
裁判所構成
地方裁判所原則は単独体(裁判所法26条1項)。26条2項の事件は3人の合議体
簡易裁判所常に単独体
高等裁判所常に合議体。原則3人、内乱の第1審は5人(裁判所法18条2項)
最高裁判所常に合議体(大法廷は全員、小法廷は3人以上)

(1) 法定合議と裁定合議(裁判所法26条2項)

  • 原則:地方裁判所は1人の裁判官で事件を扱います(26条1項)。3人の合議体になるのは、26条2項の号に当たる事件だけです。
号種類中身
2号法定合議死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑(令和の改正で懲役・禁錮を一本化)に当たる罪。ただし強盗など括弧書きで除かれた罪がある
4号法定合議他の法律が合議体と定めた事件(刑訴法では、忌避の申立ての決定(23条)など)
1号裁定合議「合議体で審理・裁判する」と合議体で決定した事件。法律は決定の要件を定めていません
  • 裁定合議の決め方:1人で扱うはずの事件でも、その地裁の合議体(3人)が「この事件は3人で扱う」と決定すれば、合議体で扱います。どんな事件をそうするかは法律に要件が無く、裁判所の判断に任されています。

  • 2号の線引き:法定刑の下限(短期)が1年以上かどうかで決まります。上限が有期の拘禁刑なら、どれだけ重くても、下限が1年未満なら2号に当たりません(死刑・無期がある罪は、それだけで2号)。

    • 例:他人の空き倉庫に放火した(非現住建造物等放火=2年以上の拘禁刑)→ 短期1年以上なので法定合議=3人。自分の倉庫なら(6月以上7年以下)原則どおり1人。
    • 例:詐欺(10年以下の拘禁刑)→ 上限が重くても、短期1年以上ではないので1人。
  • 2号の括弧書き:強盗などは、短期1年以上でも2号から除かれ、原則どおり1人です。ただし1号の裁定合議はできます。

    • 例:強盗(5年以上)→ 重いが括弧書きで除外=原則1人。ただし1号の裁定合議で3人にできます。「2号に無い=必ず1人」ではありません。
  • 裁判員裁判:死刑・無期拘禁刑に当たる罪などの事件は、26条とは別に、原則として裁判官3人と裁判員6人の合議体で扱います(裁判員法2条)。裁判員=事件ごとに国民の中から選ばれ、裁判官と一緒に事実の認定・法令の適用・刑の重さを判断する人です。

    • 例:殺人(死刑・無期を含む)→ 2号の事件ですが、裁判員裁判の対象なので、原則として裁判官3人+裁判員6人で裁きます。

26条(一人制・合議制)(抜粋)|裁判所法 第三編 下級裁判所 第二章 地方裁判所(23〜31条)1項:地方裁判所は、第二項に規定する場合を除いて、一人の裁判官でその事件を取り扱う。2項:次に掲げる事件は、裁判官の合議体でこれを取り扱う。ただし、法廷ですべき審理及び裁判を除いて、その他の事項につき他の法律に特別の定めがあるときは、その定めに従う。一 合議体で審理及び裁判をする旨の決定を合議体でした事件二 死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる罪(刑法第二百三十六条、第二百三十八条又は第二百三十九条の罪及びその未遂罪、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)第一条ノ二第一項若しくは第二項又は第一条ノ三第一項の罪並びに盗犯等の防止及び処分に関する法律(昭和五年法律第九号)第二条又は第三条の罪を除く。)に係る事件四 その他他の法律において合議体で審理及び裁判をすべきものと定められた事件3項:前項の合議体の裁判官の員数は、三人とし、そのうち一人を裁判長とする。

(2) なぜ重い事件は3人で裁くのか

  • 1人の判断:その人の見立ての癖が、そのまま結論に出ます。
    • 例:同じ証言を「落ち着いているから信用できる」と受け取る人も、「まとまりすぎて不自然だ」と受け取る人もいます。
  • 合議:評議(3人で意見を出し合い結論を決める場)で、受け取り方の違いが突き合わされます。
    • 原則:結論は過半数で決めます(裁判所法77条1項)。
    • 3つ以上に割れたとき(刑事・77条2項2号):被告人に最も不利な意見の数を、次に不利な意見の数に順に加えていき、過半数になったところで、その中で最も有利な意見によります。
      • 例:刑の重さが「拘禁刑5年・4年・3年」と1票ずつに割れた → どれも過半数になりません。最も不利な5年の1票を次に不利な4年に加えると2票で過半数 → その中で最も有利な「4年」になります。

(3) 合議体の中の役割と、裁判官の種類

呼び方中身
裁判長合議体の1人(裁判所法26条3項)。訴訟指揮権や法廷の秩序を守る権限を持つ
陪席裁判官残りの2人。裁判長と一緒に審理し、評議で意見を述べる対等な一員
受命裁判官合議体が、構成員の1人に検証など特定の行為をさせるときの、その裁判官
受託裁判官受訴裁判所から証人尋問などを頼まれた、別の裁判所の裁判官
受任裁判官令状を出すときのように、受訴裁判所とは独立して権限を行使する裁判官
  • 判事:判事補・検察官・弁護士などの職に通算10年以上あった人から任命される裁判官です(裁判所法42条)。1人で裁判できます。
  • 判事補:司法修習を終えた人から任命される若手の裁判官です(裁判所法43条)。
    • 原則として1人で裁判できません(裁判所法27条1項)。
    • 合議体に2人以上同時に入ることも、裁判長になることもできません(同条2項)。
      • 例:判事1人と判事補2人の合議体 → 組めません。
    • ただし、判決以外の裁判は1人でできます(刑訴法45条)。裁判=裁判所・裁判官の判断で、判決のほかに決定・命令があります。判決は有罪・無罪や管轄違いのように事件を締めくくる裁判で、原則として法廷での口頭弁論に基づいてします。決定・命令は手続の途中の判断が中心で、口頭弁論を要しません(刑訴法43条)。45条が、27条1項の言う「他の法律に特別の定」に当たります。
      • 例:当番の判事補が1人で逮捕状を出す → できます(逮捕状を出すのは判決ではない)。
    • 一定の経験を積み、最高裁の指名を受けた特例判事補は、この制限を受けません。

(4) 裁判官を支える人たち

  • 裁判所書記官:記録の作成・保管を担います(裁判所法60条)。法令・判例の調査も補助します。

    • 公判調書=公判で行われた手続を書記官が記録した書面です。公判期日の訴訟手続(どんな手続がどう行われたか)で公判調書に書かれたものは、公判調書によってだけ証明できます(ほかの証拠では証明できない・刑訴法52条)。手続があったかどうかの争いを、記録で決めるためです。
      • 例:控訴審で「第1審で被告人に最終陳述の機会が与えられなかった」と主張しても、公判調書に機会を与えた記載があれば、傍聴人の証言などでそれを覆すことはできません。
    • 書記官の列席は、公判廷が成り立つための要件です(282条2項)。いなければ開廷できません。公判で何が行われたかを公的に残せないと、あとから手続が正しかったかを確かめられないからです。
    • 裁判官の命令に従いますが、記録の作成・変更を正当でないと考えたときは、自分の意見を書き添えられます(裁判所法60条5項)。
    • 除斥・忌避の規定は、前審関与(20条7号)を除いて書記にも準用されます(刑訴法26条1項)。
  • 裁判所事務官:裁判所の事務を担います(裁判所法58条)。

  • 裁判所調査官:裁判官の命令を受けて、事件の審理・裁判に必要な調査をします(裁判所法57条)。地方裁判所では知的財産・租税の事件に限られます。

誰なら裁いてはいけないか:公平な裁判所

「公平な裁判所」は、偏りのおそれのない組織・構成の裁判所のことです。おそれのある裁判官を、判決の前に、除斥・忌避・回避で外します。

  • 根拠:憲法37条1項が、被告人に「公平な裁判所」の裁判を受ける権利を保障しています。裁判官の独立(憲法76条3項)とともに、裁判所への信頼の土台です。
  • 判例(最大判昭23・5・26):「公平な裁判所の裁判」とは、偏りや不公平のおそれのない組織と構成を持つ裁判所による裁判のこと。個々の事件の中身が具体的に公正妥当な裁判、という意味ではありません。
    • 例:被害者本人が裁判官としてその事件を裁けば、判決の中身が偏っていたかに関わらず、組織として信用できません。
    • 例:「刑が重すぎる判決は、公平な裁判所の裁判ではないので憲法37条1項違反」は誤り → 判例は、刑が苛酷だという主張を、37条1項違反にはならないとして退けました。

37条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

(1) 除斥・忌避・回避

除斥(20条)忌避(21〜25条)回避(刑訴規則13条)
どんなとき20条の7つの類型に当たる除斥事由があるとき/不公平な裁判をするおそれがあるとき裁判官が、自分に忌避されるべき原因があると思うとき(回避しなければならない)
誰が動かすか申立て不要。法律上当然に外れる検察官・被告人。弁護人も被告人のために申し立てられる(被告人の明示の意思には反せない)裁判官自身が所属裁判所に申し立てる
誰が決めるか―所属裁判所の合議体など(簡裁の裁判官なら管轄地裁)。忌避された裁判官は加われない(23条)忌避と同じ裁判所(23条)の決定で外れる
  • 除斥と忌避の関係:除斥は申立てなしに当然に外れる建前ですが、除斥事由が見過ごされて裁判官が担当し続けることもあります。そのとき当事者は、除斥事由を理由に忌避を申し立て、外すよう求められます(21条1項前段)。見過ごされたまま判決に関与すれば、控訴の理由になります(377条2号)。
  • 除斥の7類型:①裁判官が被害者 ②被告人・被害者の親族(過去の親族も) ③被告人・被害者の法定代理人・後見監督人・保佐人など ④事件の証人・鑑定人になった ⑤被告人の代理人・弁護人・補佐人になった ⑥事件で検察官・司法警察員の職務をした ⑦前審の裁判など、その事件の前の裁判に関与した。
    • 前審=上訴された事件について、下の審級(第1審→控訴審→上告審)でされた裁判です。控訴審から見た第1審判決がその典型です。
    • 理由:これらの関係があれば、偏りのおそれが類型的に明らかだからです。
    • ⑦「前審」の例:第1審で判決をした裁判官が、異動先の高裁で同じ事件の控訴審を担当する → 前審の裁判に関与したので除斥です。
    • ⑦に当たらない例:起訴前の強制処分に関与し、起訴後・第1回公判前に保釈(保証金を納めさせて、勾留されている被告人の身柄の拘束を解くこと)の請求を却下した裁判官が、その事件の第1審を担当する → 判例は、理由を述べずに、除斥されないのは「勿論」で、忌避の理由も無いとしました(最大判昭25・4・12)。条文の「前審」は下の審級の裁判を指すので、起訴前の強制処分や第1回公判前の保釈の判断はこれに当たらない、と説明できます。
  • 忌避を申し立てられる人(21条):検察官と被告人です。弁護人も、被告人の明示の意思に反しない限り、被告人のために申し立てられます。
    • 例:「忌避を申し立てられるのは検察官と被告人だけ」は誤り → 弁護人も申し立てられます(21条2項)。第3節(2)の昭和48年の判例も、弁護人らの申立てでした。

21条|刑事訴訟法 第一編 総則 第二章 裁判所職員の除斥及び忌避(20〜26条)1項:裁判官が職務の執行から除斥されるべきとき、又は不公平な裁判をする虞があるときは、検察官又は被告人は、これを忌避することができる。2項:弁護人は、被告人のため忌避の申立をすることができる。但し、被告人の明示した意思に反することはできない。

  • 忌避の手続:申立てには原因を示します(刑訴規則9条)。申立てがあると、訴訟手続を止めます。ただし、簡易却下する場合と、急速を要する場合は止めません(同11条)。

  • 時期の制限(22条):事件について請求・陳述(法廷で証拠調べを求める・意見を述べるなど)をした後は、「不公平な裁判をするおそれ」を理由に忌避できません。原因を知らなかったとき、原因が後から生じたときは別です。

    • 制限されるのは「不公平のおそれ」を理由にする忌避だけです。条文の文言上、除斥事由を理由にする忌避は、この時期の制限を受けません。
    • 例:裁判長が被害者の勤める会社の元顧問だと初めから知っていたのに、罪状認否(起訴状が読み上げられた後、被告人・弁護人が起訴された事実を認めるか争うかを述べる場面)で陳述した後に「不公平のおそれ」を理由に忌避した → できません。陳述の後に初めて知ったのなら、できます。
  • 簡易却下(24条):忌避の申立ては、原則として忌避された裁判官が加わらない裁判所が決めます(23条3項)。ただし次の申立ては、決定で却下しなければならず、このときは忌避された裁判官本人も加わって却下できます(1人の裁判官なら、自分で却下の裁判ができる)。

    • ①訴訟を遅らせる目的だけでされたことが明らかな申立て ②22条に反する申立て ③規則の定める手続に反する申立て(原因を示さないなど)
    • 例:理由を示さずに忌避を申し立てた → 規則の手続に反する申立てとして、簡易却下の対象です。

(2) どこまでが「おそれ」か(判例)

事実昭和48年の事件

  • 傷害事件(弁護人がいないと開廷できない必要的弁護事件)の第1回公判で、被告人と弁護人が裁判長の在廷命令を無視して退廷しました。裁判長は再入廷を許さず、弁護人がいないまま審理を進めました。
  • 第2回公判で、弁護人らがこれらを理由に裁判長を忌避しました。地裁は24条で簡易却下、高裁はこれを取り消しましたが、最高裁は高裁の決定を取り消し、忌避の申立てを却下しました。
  • 忌避の目的(最決昭48・10・8):裁判官が当事者と特別な関係にある、手続の外ですでに事件について一定の判断を形成している、といった手続外の要因で公平な審判を期待できない場合に、その裁判官を外す制度です。
    • 例:裁判官が、被告人の経営する会社と私的な取引で争っている → 当事者との特別な関係=手続外の要因で、忌避の理由になりうる型です。
    • だから、手続の中での審理の方法・態度は、それだけでは直ちに忌避の理由になりません。不満は異議・上訴で争います。
      • 異議=証拠調べや裁判長の処分に不服な当事者が、その場で裁判所に申し立てる不服で、裁判所が決定で答えます(309条)。上訴=判決などに不服な当事者が、上級の裁判所に判断のし直しを求めることです(控訴・上告など)。
      • 例:証人尋問を裁判長に途中で打ち切られた → 手続の中の審理のやり方への不満です。忌避ではなく、異議(309条)などで争います。
忌避の理由判例判断
裁判長の訴訟指揮・法廷警察権の行使が不当最決昭48・10・8手続内の審理の方法・態度への不服は、それだけでは直ちに忌避の理由にならない。こうした申立ては受け容れられる可能性が全く無く、遅延と裁判の権威の失墜しかもたらさない、という一般論を本件に当てはめ、遅延目的のみの申立てとして24条で却下すべきとした
共犯者の事件(弁論の分離=共犯者を別々の手続で審理すること)を担当し、事件の内容を知っている最決昭60・12・20不公平な裁判をするおそれがあるとはいえない。理由は、当裁判所の判例(第3節(1)の昭和25年判決など)の趣旨に照らし明らか、とだけ述べた。説明としては、内容を知った(「知識を得ている」)だけでは、昭和48年決定の例にある「一定の判断を形成している」とまではいえない、と考えられる

訴訟指揮・法廷警察権の当否と忌避最高裁判所決定忌避の目的元来、裁判官の忌避の制度は、……当該事件の手続外の要因により、当該裁判官によつては、その事件について公平で客観性のある審判を期待することができない場合に、当該裁判官をその事件の審判から排除し、裁判の公正および信頼を確保することを目的とするものであつて、その手続内における審理の方法、態度などは、それだけでは直ちに忌避の理由となしえないものであり、これらに対しては異議、上訴などの不服申立方法によつて救済を求めるべきであるといわなければならない。本件の当てはめ……それによつてもたらされるものが訴訟の遅延と裁判の権威の失墜以外にはない本件においては、右のごとき忌避申立は、訴訟遅延のみを目的とするものとして、同法二四条により却下すべきものである。

共犯者の事件を担当した裁判官の忌避最高裁判所決定共犯者の事件審理により被告人に対する事件の内容につき知識を得ているからといって、不公平な裁判をするおそれがあるものとはいえない。

  • 注意:実務で「不公平な裁判をするおそれ」が認定される可能性は極めて低い、とする解説書もあります。

どこで裁くか:管轄

管轄は、法律が事件の重さと場所で担当の候補を決めたものです。候補が複数あれば検察官が選びますが、選べるのは法律が認めた候補の中だけです。

  • 管轄:刑事裁判権を、法律の基準で各裁判所に分けたものです。管轄があることは訴訟条件の1つです。
    • 訴訟条件=裁判所が有罪・無罪の中身の判断に入るための条件です。欠けていれば中身を判断せずに手続を打ち切ります(管轄なら原則として管轄違いの判決=第5節)。
管轄何で決まるか
事物管轄事件の重さ・性質
土地管轄事件の場所
審級管轄審級ごとの流れ(控訴・上告)
関連事件の管轄関連する事件をまとめる特則(3条・6条)

(1) 事物管轄:重さで決まる

第一審の裁判所担当する罪条文(裁判所法)
地方裁判所原則:罰金以下の刑に当たる罪と、内乱に関する罪(刑法77〜79条)以外のすべての罪(選択刑の罪も含む)24条2号
簡易裁判所のみ罰金以下の刑に当たる罪(失火、過失傷害、過失致死、単純賭博など)33条1項2号
地裁・簡裁のどちらも選択刑として罰金がある罪など → どちらに起訴するかは検察官が決める33条1項2号
高等裁判所のみ内乱に関する罪(刑法77〜79条)16条4号
  • 罰金以下の刑に当たる罪:法定刑に拘禁刑が無く、罰金・拘留・科料だけの罪です。簡裁だけが扱います。
    • 例:失火(50万円以下の罰金のみ)→ 簡裁だけです。
  • 選択刑:1つの罪に拘禁刑と罰金の両方が定められ、どちらかを選ぶ形です。地裁にも簡裁にも起訴できます。
    • 例:万引き(窃盗=10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)→ 選択刑に罰金があるので、簡裁にも地裁にも起訴できます。
    • 例:詐欺(拘禁刑のみ)→ 選択刑の罰金が無いので、簡裁には管轄が無く、地裁だけです。
  • 簡易裁判所の科刑制限:簡裁は原則として拘禁刑以上を科せません。窃盗など一部の罪だけ、3年以下の拘禁刑まで科せます(裁判所法33条2項)。
    • それを超える刑が相当なら、決定で地裁に移送します(同条3項・刑訴法332条)。「簡裁を選べば軽く済む」とは限りません。

33条(裁判権)(抜粋)|裁判所法 第三編 下級裁判所 第四章 簡易裁判所(32〜38条)1項:簡易裁判所は、次の事項について第一審の裁判権を有する。二 罰金以下の刑に当たる罪、選択刑として罰金が定められている罪又は刑法第百八十六条、第二百五十二条若しくは第二百五十六条の罪に係る訴訟

(2) 土地管轄:場所で決まる

基準(2条1項)意味
犯罪地犯罪事実が発生した土地。行為地と結果地が違えば両方
住所・居所民法どおりの意味。住所=生活の本拠(民法22条)。居所=生活の本拠とまではいえないが、ある程度続けて住んでいる場所
現在地公訴提起の時に、被告人が任意に、又は適法な強制によって現にいる場所(最判昭33・5・24)
  • どれか1つでも当てはまる地の裁判所に起訴できます。被告人が特定の裁判所を希望しても、それだけでは候補になりません。
  • 犯罪地:行為をした地と結果が出た地が違えば、どちらも犯罪地です。
    • 例:甲県から毒入りの菓子を郵送し、乙県で受け取った人が食べて死亡した → 甲県(行為地)も乙県(結果地)も犯罪地です。
  • 現在地:そこにいる理由は問いません。ただし、違法な強制でいさせられている場所は現在地になりません。
    • 例:検察官の呼出しに応じて東京に出頭し、そのまま東京で取調べを受けて起訴された → 東京が現在地になり、東京地裁に土地管轄があります(上の判例の事案)。
    • 例:違法な身柄拘束で連れてこられた土地 → 現在地にはなりません。

2条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第一章 裁判所の管轄(2〜19条)1項:裁判所の土地管轄は、犯罪地又は被告人の住所、居所若しくは現在地による。

(3) 関連事件:まとめて管轄できる

  • 関連事件(9条):①1人が数罪を犯したとき ②数人が共に同一又は別個の罪を犯したとき ③数人が通謀して各別に罪を犯したとき。犯人蔵匿・証拠隠滅・偽証・虚偽の鑑定通訳・盗品等に関する罪と、その本犯の罪も、共に犯したものとみなします(9条2項)。まとめられるのは、この関連がある場合だけです。
  • なぜまとめるのか:証拠が共通する事件を別々の裁判所で審理すると、同じ証人を二度調べ、事実の認定も食い違いかねないからです。
事物管轄が違う関連事件土地管轄が違う関連事件
まとめる上級の裁判所が併せて管轄できる(3条1項)1つに管轄がある裁判所が併せて管轄できる(6条)
分ける併せて審判する必要が無ければ、下級の管轄裁判所に移送できる(4条)―
  • 事物管轄が違うとき(3条1項・4条):上級の裁判所が両方を管轄でき、一緒に審理する必要が無ければ下級へ移送できます。
    • 例:1人が失火(簡裁のみ)と強盗(地裁のみ)を犯した → 上級の地裁が両方を管轄できます(3条1項)。一緒に審理する必要が無ければ、失火だけを簡裁に移送できます(4条)。
  • 土地管轄が違うとき(6条):1つの事件に土地管轄がある裁判所が、ほかの関連事件も併せて管轄できます。
    • 例:Aが盗んだ時計を、Bが盗品と知って買い取った → 盗品等に関する罪と本犯の罪は共に犯したものとみなされ、関連事件です。Aの事件に土地管轄がある裁判所は、Bの事件も併せて管轄できます。

管轄を外れたとき

管轄の無い裁判所に起訴すると、原則として移送はせず、管轄違いの判決で手続を打ち切ります。土地管轄だけは、被告人が申し立てたときに限ります。

  • 原則:管轄の無い裁判所に起訴されたら、判決で管轄違いを言い渡し、有罪・無罪を判断せずに手続を打ち切ります(329条)。民事のように管轄のある裁判所へ移送はしません。管轄という訴訟条件が欠けているからです(第4節)。
    • 中身の判断をしていないので、検察官は、管轄のある裁判所に起訴し直せます。民事のように裁判所が事件を送るのではなく、起訴をやり直す形になります。
  • 付審判:公務員の職権濫用などの罪で検察官が起訴しないとき、告訴・告発した人の請求を受けた裁判所が、決定で事件を地裁の審判に付す制度です(262条・266条2号)。
  • 管轄違いの例外:付審判の決定で地裁の審判に付された事件(329条ただし書。管轄違いにすると、付審判の手続をやり直すことになり煩雑だからだと説明されます)/高裁に特別権限の事件として起訴されたが、下級の裁判所の管轄と認めるとき → 決定で移送(330条)/土地管轄(331条・第5節(1))。
    • 例:高裁に内乱罪として起訴したが、地裁の管轄に属する事件だと認めた → 管轄違いの判決ではなく、決定で管轄裁判所に移送します(330条)。

329条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)被告事件が裁判所の管轄に属しないときは、判決で管轄違の言渡をしなければならない。但し、第二百六十六条第二号の規定により地方裁判所の審判に付された事件については、管轄違の言渡をすることはできない。

  • 管轄のある裁判所からの移送や、管轄の移転は、刑事にもあります(下の表)。
    • 例:「刑事では移送は一切ない」は誤り → 無いのは、原則として、管轄の無い裁判所から有る裁判所への移送です(例外が上の330条)。管轄のある裁判所どうしなら、19条・332条・4条の移送があります。
    • 例:事件への激しい抗議運動が続き、地元の裁判所では公平な審理が難しい → 管轄の移転を請求します(17条)。公平のために、管轄のほうを動かす制度です。
制度中身
移送(19条)もともと管轄を持っている裁判所どうしで事件を送る。適当と認めるとき、事物管轄を同じくする他の管轄裁判所へ。検察官・被告人の請求か職権で。証拠調べの開始後はできない
簡裁から地裁へ(332条)簡裁が、地裁で審判するのを相当と認めるとき(科刑制限を超える場合など)
関連事件の移送(4条)第4節(3)の表
管轄移転(17条)直近上級の裁判所(すぐ上の審級の裁判所)が決定で、管轄を別の裁判所に移す。管轄裁判所が裁判権を行えないとき、又はその地の民心などで裁判の公平を保てないおそれがあるとき。検察官は直近上級の裁判所に請求しなければならず、被告人も請求できる

(1) 土地管轄だけは被告人の申立てが要る

  • 前提:事物管轄・審級管轄は、裁判所が自分で調べ、無ければ管轄違いを言い渡します。
  • 土地管轄:被告人の申立てがなければ、管轄違いを言い渡せません(331条1項)。申立ては証拠調べの開始までです(同条2項)。
  • 理由:土地管轄は被告人の利益のための制度だからです。どの土地の裁判所に出向くかの負担を受けるのは被告人なので、被告人が「このままで構わない」なら、裁判所の側から打ち切る必要はありません。
    • 例:住所・犯罪地・現在地のどれとも関係のない地裁に起訴されたが、被告人は何も言わないまま証拠調べが始まった → もう管轄違いの申立てはできず、その地裁で判決まで進みます。

331条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)1項:裁判所は、被告人の申立がなければ、土地管轄について、管轄違の言渡をすることができない。2項:管轄違の申立は、被告事件につき証拠調を開始した後は、これをすることができない。

ページ上部へ ↑

#5単独ページ動画

訴訟の主体②検察官と司法警察職員

骨格訴える権限を、誰に、どこまで持たせるか

  • 1 最初に動く:第一次的な捜査機関は司法警察職員。検察官の捜査は二次的・補充的。
  • 2 警察の中の線:令状の請求(緊急逮捕後の逮捕状を除く)と、逮捕後の釈放・送致は司法警察員だけ。逮捕状の請求は、さらに指定された警部以上に限る。
  • 3 検察官の組織:検察庁は裁判所と対になる4段階。検察官は5種類。
  • 4 検察官の立場:行政官で、令状を出す「司法官憲」ではない。行政官なのに司法に密着する、という特殊性から、①独任制 ②身分保障 ③検察官同一体 ④法務大臣の個別の指揮は検事総長のみ。
  • 5 権限:捜査 → 公訴の提起(独占)→ 公訴の維持 → 裁判の執行。「公益の代表者」から客観義務の議論。
  • 6 警察との関係:独立の捜査機関で原則は協力(192条)。捜査は公訴のためにあるので、193条の指示・指揮に従う義務があり、194条の懲戒・罷免の訴追(求め)で担保。

⚠ 警察官である司法警察員のうち、逮捕状を請求できるのは指定された警部以上だけ/「上下関係ではない」は原則の話で、193条4項の従う義務はある/執行指揮は確定した刑だけでなく勾留状などにも及ぶ

最初に動くのは司法警察職員

事件が起きたとき、まず捜査するのは司法警察職員です。検察官も自ら捜査できますが、位置づけは二次的・補充的です。

  • 第一次的な捜査機関:犯罪の疑いをかけられ捜査の対象になっている人を被疑者といいます。司法警察職員(捜査をする警察官など)は、犯罪があると思料する(=犯罪があると考える。犯罪の嫌疑がある)とき、犯人と証拠を捜査します(189条2項)。逮捕・捜索・差押え・取調べなど、多くの権限を持ちます。
    • 例:空き巣の被害届を受けた警察官が、現場で指紋を採り、近所で聞き込みをする → 司法警察職員としての捜査です。

189条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う。2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

  • 検察官:どんな犯罪でも自ら捜査できます(191条1項・検察庁法6条1項)。ただし刑事訴訟法上は、警察の捜査を補う立場です(第6節)。
    • 補充的=ふつうは、警察が捜査して事件を検察官に送り、検察官は起訴するかを決めるのに足りない点を自ら調べ足します。必要と認めれば、最初から自分で捜査することもできます(191条1項)。

(1) 司法警察活動と行政警察活動

司法警察活動行政警察活動
中身犯罪の捜査(証拠の収集)と被疑者の逮捕それ以外(犯罪の予防・鎮圧、交通の取締りなど)
根拠の例刑事訴訟法(189条2項など)警察官職務執行法(職務質問など)
  • 分け方:警察の仕事(警察法2条1項)を、活動の中身で分けます。犯罪の前か後かでは分けません。
    • 例:交番の警察官が、朝は通学路で交通の取締りをし(行政警察)、昼は空き巣の被害届を受けて指紋を採り、聞き込みをする(司法警察)。人ではなく、活動の中身で決まります。
    • 職務質問(警職法2条1項):特定の犯罪に限らず、これから起きそうな犯罪の予防のためにも行えるので、捜査より対象が広く、行政警察活動として区別することができます。既に行われた犯罪について質問することもできますが、それで特定の犯罪の嫌疑が明らかになり、捜査に移ったと認められる段階からは、刑事訴訟法の適用があると考えることができます。
      • 刑事訴訟法の場面になると、捜査のルール(逮捕や捜索には原則として裁判官の令状が要る、など)に従って進めることになります。
      • 例:「過去の犯罪にかかわる活動は、全部司法警察」は誤り → 少し前に近くで起きたひったくりの犯人と服装が似た人を呼び止めて質問する段階では、警職法2条1項の職務質問=行政警察活動です。質問で嫌疑がはっきりし、捜査に移れば刑事訴訟法の場面になります。

(2) 一般司法警察職員と特別司法警察職員

種類誰か根拠
一般司法警察職員警察庁・都道府県警察の警察官189条1項
特別司法警察職員森林・鉄道その他特別の事項を担当する職員(例:海上保安官、労働基準監督官)190条が「別に法律で」定めると委ね、各法律が定める
  • なぜ置くのか:その分野で働く人の方が、仕事の中で犯罪に気付く機会が多く、専門知識も捜査に活かせるからです。
  • 根拠:190条は、特別司法警察職員を「別に法律で」定めると委ねるだけで、誰が当たるかは決めていません。決めているのは、各分野の法律です。
    • 例:労働基準監督官が、残業代の不払いを繰り返す会社を調べ、事件を検察官に送る → 労働基準法102条が「この法律違反の罪について…司法警察官の職務を行う」と定めています。

警察の中の線:司法警察員と司法巡査

警察官のうち、令状の請求(緊急逮捕後の逮捕状を除く)と、逮捕した被疑者の釈放・送致ができるのは司法警察員だけです。逮捕状の請求は、さらに指定を受けた警部以上に絞られます。

  • 2つの区別:司法警察職員は、司法警察員と司法巡査に分かれます(39条3項の括弧書き)。司法巡査は、司法警察員を補助して捜査します。
  • なぜ分けるのか:令状を裁判官に求めるか、逮捕した人を留置し続けるか、という入口の判断を責任を持つ人に負わせ、現場の勢いだけで進まないようにしています(緊急逮捕は例外。理由は下の緊急逮捕の項目)。
  • 表の前提:警察官のうち、巡査部長以上が司法警察員、巡査が司法巡査です(くわしくは下の「誰が司法警察員か」)。
  • 表の「検察事務官」:検察官を補佐し、その指揮を受けて捜査もする職員です(第3節)。
できること指定を受けた警部以上の司法警察員それ以外の司法警察員(巡査部長・警部補、指定を受けていない警部以上)司法巡査検察事務官
逮捕状の請求(199条2項)○×××
逮捕状による逮捕(199条1項)○○○(直ちに司法警察員へ連れて行く=引致・202条)○(直ちに検察官へ引致・202条)
捜索差押許可状などの請求(218条5項)○○×○
緊急逮捕と、その後の逮捕状の請求(210条1項)○○○○
逮捕後の釈放・送致の判断(203条)○○×(司法警察員が判断)×(検察官が判断・204条)
  • 検察官は、令状の請求も逮捕も、すべてできます。
  • 逮捕状の請求(199条2項):逮捕状を出すのは裁判官で、捜査機関はそれを求める(請求する)側です。請求できるのは検察官と司法警察員で、警察官である司法警察員は、公安委員会が指定する警部以上の者に限られます(括弧書き)。
    • 逮捕は人の身体の自由を奪う処分なので、請求する人を絞って慎重さを担保している、と考えられます。
    • 例:「巡査部長は司法警察員だから、逮捕状を請求できる」は誤り → 巡査部長は警部より下なので、請求できません。

199条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。次項及び第二百一条の二第一項において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。ただし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。

  • 捜索差押許可状などの請求(218条5項):請求できるのは検察官・検察事務官・司法警察員で、階級の限定はありません。
    • 例:同じ巡査部長が、被疑者宅の捜索差押許可状を請求する → できます。身柄を取る令状の方が、請求できる人が絞られています。
  • 逮捕後の釈放・送致(203条):逮捕した被疑者を釈放するか、事件を検察官に送る(送致)かを判断するのは司法警察員です。司法巡査は、逮捕したら直ちに司法警察員のもとへ連れて行きます(引致・202条)。
    • 例:巡査が逮捕状を示して被疑者を逮捕した → 釈放も送致も自分では決めず、司法警察員に引致します。司法警察員が弁解の機会を与え、釈放するか、48時間以内に検察官へ送る手続をとるかを決めます(203条1項)。
  • 緊急逮捕(210条1項):急ぐ場合に、先に逮捕して直後に逮捕状を求める仕組みです。主体は「司法警察職員」なので、司法巡査も含みます。
    • 199条の請求は「これから逮捕してよいか」の事前の許可を求めるものですが、210条の請求は、もうした逮捕を裁判官に審査してもらうためのものです。210条は請求する人を限っておらず、請求は「直ちに」しなければなりません(逮捕状が出なければ直ちに釈放)。だから、逮捕した巡査自身も請求できます。
    • 例:巡査が、数時間前の強盗の犯人と疑う十分な理由のある男を見つけ、逮捕状を求める時間が無いので、理由を告げて逮捕した → 巡査もでき、直後の逮捕状の請求も巡査がしてよい。「警部以上」の限定はかかりません。
  • 誰が司法警察員か:刑事訴訟法は直接決めず、公安委員会(警察を管理する委員会)の定めに委ねています(189条1項「定めるところにより」)。
    • 警察庁・管区警察局の警察官:国家公安委員会の規則が、巡査部長以上を司法警察員、巡査を司法巡査とします。特に必要があれば、警察庁長官・管区警察局長が巡査を司法警察員に指定できます。
    • 都道府県警察の警察官:各都道府県公安委員会の定めによります(ほぼ同じ内容とされます)。
    • 警察官の階級(警察法62条):警視総監・警視監・警視長・警視正・警視・警部・警部補・巡査部長・巡査の9つです。

検察庁と検察官の種類

検察庁は裁判所と対になる4段階で置かれ、検察官は検事総長から副検事までの5種類です。

検察庁最高検察庁高等検察庁地方検察庁区検察庁
対応する裁判所最高裁判所高等裁判所地方裁判所・家庭裁判所(2条2項)簡易裁判所
  • なぜ裁判所に合わせるのか(検察庁法2条・5条):検察官の仕事の中心は、裁判所に公訴を提起し、その裁判に立ち会うことです。訴える先に合わせないと、どの検察官がどの裁判所に出るかが決まりません。
    • 例:「家庭裁判所に対応するのは区検察庁」は誤り → 地方検察庁が、地方裁判所に加えて家庭裁判所にも対応します(検察庁法2条2項)。
職名(検察庁法3条の順)何者か根拠(検察庁法)
検事総長最高検察庁の長。すべての検察庁の職員を指揮監督する7条1項
次長検事最高検察庁で検事総長を補佐し、検事総長に事故があるとき・欠けたときは代わりに職務を行う7条2項
検事長高等検察庁の長8条
検事一般の検察官。司法修習を終えた人などから任命される18条1項
副検事区検察庁の検察官の職にだけ就く。一定の公務員経験などがある人が、選考を経てなる道もある16条2項・18条2項
  • 紛らわしい名前:次長検事=最高検察庁、検事長=高等検察庁です。検事正は地方検察庁の長で、5種類とは別の職です。一級の検事を充てます(9条1項)。検察官には一級・二級の区別があり、検事総長・次長検事・検事長は一級、検事は一級か二級、副検事は二級です(15条)。
    • 例:副検事は区検察庁の職にだけ就くので、副検事のまま検事正になることはありません。副検事を3年以上務めて考試(選考の試験)を経れば、二級の検事になる道があります(18条3項)。
  • 検察事務官:検察官を補佐し、その指揮を受けて捜査もする職員です(検察庁法27条3項・刑訴191条2項)。できることは第2節の表のとおりです。

検察官の立場と4つの特徴

検察官は行政官で、令状を出す「司法官憲」ではありません。行政官なのに司法に密着して働く、という特殊性から、次の4つの特徴があります。

  • 行政官:憲法33条・35条で令状を発する「権限を有する司法官憲」は裁判官で、検察官は当たりません。検察官は令状を請求する側です。
    • 例:検察官がどれほど嫌疑を確信していても、自分で逮捕状を出すことはできません → 裁判官に請求します。
  • それでも司法に密着:裁判官・弁護士と並ぶ法曹三者の一角として、司法権の行使に密着して働きます。
特徴中身条文理由
①独任制1人ひとりの検察官が、自分で国の権限を使う官庁として動く(ふつうの役所では、大臣などの長だけが官庁)—司法権の行使に密着する特殊性
②身分保障意思に反して、官を失わない・職務を停止されない・俸給を減額されない検察庁法25条他からの圧迫を受けずに職務を行うため。裁判官に準じるが、憲法ではなく法律の保障
③検察官同一体の原則上司の検察官の命に従う。検事総長・検事長・検事正は、部下の事務を自ら取り扱い、別の検察官に移せる(事務引取移転権・12条)7〜13条職務は本来行政事務で、統一的な国家意思を反映させる必要がある
④法務大臣の指揮監督一般的な指揮監督はできるが、個々の事件の取調べ・処分は検事総長のみを指揮できる14条大臣は国会に責任を負う/司法の公正を保つ
  • 4つの読み方:①独任制・②身分保障は、司法に密着する面に応じた仕組みと読めます。③同一体は、行政官である面(行政事務として統一する)に応じた仕組みです。④法務大臣の指揮監督は両面を持ち、一般的な指揮監督は行政官の面(国会への責任)、個々の事件は検事総長だけという制限は司法に密着する面(司法の公正)に応じます。
  • 独任制:ふつうの役所では、職員が準備をしても、処分は大臣など長の権限で行われます。検察官は、1人ひとりが自分の名で処分できます。
    • 例:地検の若手検事は、自分自身が官庁として、担当事件の公訴を提起できます。
  • 身分保障の例外:65歳での退官(22条)、検察官適格審査会の議決による罷免(23条)、剰員(検察庁の廃止などで検事長・検事・副検事が余ったとき、法務大臣は俸給の半額を払って欠位を待たせることができる・24条)、懲戒処分(25条ただし書)。
    • 例:「検察官は、どんな場合も意思に反して官を失わない」は誤り → 65歳で退官し、検察官適格審査会の議決で罷免されることがあり、懲戒処分なら意思に反しても不利益を受けます。
  • 同一体の帰結:事務引取移転権を持つのは、検事総長・検事長・検事正です(12条)。
    • 例:「次長検事も、部下の事件を引き取れる」は誤り → 12条に次長検事は入っていません。
    • 担当が代わっても:検察官が代わっても、公判手続をやり直す必要はありません(やり直しが要るのは裁判官が代わったとき・315条)。事件を組織として引き継いでいるからです。
  • 独任制と同一体は矛盾しないか:処分は担当の検察官が自分の名で行い(独任制)、その判断は上司の命と事務引取移転権で組織として統一されます(同一体)。この講座の整理(覚え方)として、独任制は責任(事件を調べた人が自分の名で判断する)を、同一体は平等(担当者で起訴・不起訴がばらつかない)を守る、と言い換えることもできます。
    • 例:担当の検事は不起訴が相当と考え、上司の検事正は起訴すべきだと考えた → 担当の検事は上司の命に従う義務を負います。担当者が自分の判断を曲げられないときは、検事正が事件を自分で引き取るか、別の検事に担当させることができます(12条)。こうすれば、起訴すべきだと考える検察官が、自分の名で起訴することになります。

(1) 法務大臣の指揮権:ゼロでもなく、自由でもない

  • 中身:法務大臣は、検察官を一般に指揮監督できます。ただし個々の事件の取調べ・処分については、検事総長だけを指揮できます(検察庁法14条)。
  • ゼロにしない理由:法務大臣は、検察権の行使について国会に責任を負います。統制がまったく無いと、選挙で選ばれていない組織が訴える権限を独り占めします。
  • 自由にさせない理由:司法の公正を保つためです。政治家が現場の検察官を自由に動かせたら、政治家自身が絡む事件の捜査を止めさせることもできてしまいます。ただし書は個別の指揮を禁じるものではなく、相手を検事総長に絞るものです。
    • 「検事総長のみ」:大臣が個別の事件に口を出すには、検察のトップである検事総長への指揮という形をとるしかなく、現場の担当検事に直接働きかけることはできません(防波堤)。
      • 例:法務大臣が全国の検察官に「交通死亡事故の処理の基準をそろえるように」と一般的に示す → 一般的な指揮監督としてできます。大臣が地検の担当検事に直接「この議員の事件は不起訴にせよ」と伝える → 個々の事件の処分は検事総長しか指揮できないので、許されません。では大臣が検事総長に指揮したら → 14条ただし書の形としてはできます。実際に使われたのが下の造船疑獄の例です。
  • 指揮監督できる範囲:14条は、対象を「第四条及び第六条に規定する検察官の事務」と書いています。公訴など4条の職務と、どんな犯罪も捜査できる6条の権限に関する事務です。

14条|検察庁法法務大臣は、第四条及び第六条に規定する検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督することができる。但し、個々の事件の取調又は処分については、検事総長のみを指揮することができる。

  • 実際の発動:1954年の造船疑獄での1度だけとされます。汚職事件の捜査で、検察が与党の幹事長を逮捕しようとしたのを、大臣が検事総長への指揮で止めさせました(結局、逮捕されませんでした)。大臣は政治責任を感じるとして、その後まもなく辞任しました。
    • 個別の指揮は法律上できても、使えば大臣が政治責任を問われる、という例として語られます。

検察官の権限:捜査から執行まで

検察官の権限は、捜査・公訴の提起・公訴の維持・裁判の執行の4段階に及びます。

段階検察官がすること条文
捜査自ら捜査し、検察事務官を指揮できる。捜査に必要なら管轄区域の外でも職務を行える191条・195条
公訴の提起起訴するかを決める(公訴権の独占)。嫌疑が十分でも、情状により起訴しない起訴猶予もできる。審判の対象(訴因)を起訴状で示す247条・248条・256条3項
公訴の維持法廷で訴える側(原告官)として証拠を出し、法律の適用と刑についての意見を述べる(論告・求刑)。訴因の変更を請求する293条1項・312条1項
裁判の執行執行が必要な裁判を指揮する。刑罰だけでなく、勾引状・勾留状などの強制処分も含む472条・70条1項
  • 公訴権の独占:起訴するかどうかは、原則として検察官だけが決めます(247条)。
    • 例:「起訴できるのは、どんな場合も検察官だけ」は誤り → 公務員の職権濫用などを検察官が不起訴にしたとき、告訴・告発をした人の請求で裁判所が審判に付す決定をすると、公訴の提起があったとみなされます(262条・267条)。
  • 裁判の執行:裁判は出すだけでは実現しないので、執行を指揮する役が要ります。それが検察官です(472条)。
    • 起訴された後の被疑者を被告人と呼びます。勾留状=被告人などの身体を拘束しておくための令状、勾引状=被告人などを裁判所などへ強制的に連れて来るための令状で、どちらも相手の意思に反しても行える強制処分です。
    • 例:「検察官が執行を指揮するのは、判決が確定した後の刑だけ」は誤り → 起訴後に裁判所が出した被告人の勾留状も、検察官の指揮で検察事務官や司法警察職員が執行します(70条1項)。
  • 4段階すべてに関わる:司法警察職員の仕事の中心は捜査で、事件を審理する裁判所の出番は起訴の後です。4段階すべてに権限を持つのは検察官です。

4条|検察庁法検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、且つ、裁判の執行を監督し、又、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、又は意見を述べ、又、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う。

(1) 公益の代表者と客観義務

  • 客観義務:検察官は「公益の代表者」(検察庁法4条)なのだから、有罪の立証だけでなく、被疑者・被告人の利益のためにも動く義務がある、という主張です。
客観義務を強調する見解批判
主張検察官は、被疑者・被告人の利益のためにも動く義務がある捜査段階での検察官の権限が大きくなる
狙い・帰結①適正手続の保障を実現する役を担わせる ②警察の捜査を統制する ③検察官の訴追裁量の統制を正当化する検察の捜査が、かえって糾問的になる
  • 狙いの中身:
    • ①適正手続=刑事手続は正しいやり方で行わなければならない、という考え方です(憲法31条)。検察官をその守り手にします。
    • ②検察官を、警察の捜査が被疑者に不当なものになっていないかを見張る役にも就かせます。
    • ③検察官は、嫌疑が十分でも起訴しない(起訴猶予・248条)など、起訴するかどうかに広い裁量を持ちます。客観義務があるとすれば、その裁量も被疑者の利益まで考えて公正に使うべきだ、と縛る根拠になります。
  • 批判の筋道:客観義務を強調すると、捜査段階での検察官の権限が大きくなり、検察の捜査がかえって糾問的になる、という批判です。
    • 糾問的な捜査=捜査機関が、被疑者の取調べを中心に事実を明らかにし、そのために強制処分の権限を使う捜査のあり方です(捜査のあり方をモデルで整理する議論=捜査構造論でいう「糾問的捜査観」に近い意味)。
    • 「かえって」の意味:客観義務を強調して検察官に適正手続の守り手の役を担わせると、その結果として、捜査段階での検察官の権限が大きくなる。批判は、その大きくなった権限が、上の意味での糾問的な捜査を強める方向に働く、と見ます。被疑者を守らせるための考え方が逆向きに働く、という逆転を「かえって」と言っています。この批判は一文で紹介されるだけで、どういう経路で糾問的になるかまでは述べられていません。押さえるのは「守り手にする → 権限が大きくなる → 捜査が糾問的になる」という逆転の形です。
    • 別の議論として(上の批判の理由として述べられたものではなく、問題にしている対象も客観義務ではありません)、捜査構造論を唱えた論者は、刑事政策的な考慮(情状を見て起訴猶予にするかどうかなど、本人の更生・再犯防止の観点から処分を考えること)まで検察官が全面的に担うことに消極的でした。その背景には、情状事実などの証拠まで集めることで捜査が膨らみ、身体拘束が使われやすくなることへの懸念と、捜査段階で事件の行方が決まってしまうことへの異議があった、と見られています。
  • 注意:批判が問題にしているのは、検察の捜査のあり方(捜査が糾問的になること)です。訴える者と裁く者が同じという、裁判の形としての糾問主義とは、見ている場面が違います。

検察官と司法警察職員の関係

両者はそれぞれ独立の捜査機関で、原則は協力関係です。ただし捜査は公訴のためにあるので、検察官は指示・指揮ができ、司法警察職員はそれに従う義務があります。

(1) 原則は協力関係

  • 協力(192条):検察官・都道府県公安委員会・司法警察職員の3者が、捜査について互いに協力します。検察官が警察を部下として使う、身分上の上下関係ではありません。

192条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察官と都道府県公安委員会及び司法警察職員とは、捜査に関し、互に協力しなければならない。

  • それでも関わる理由:捜査は、起訴・不起訴を適正に決め、公判を進めるためのものです。だから検察官は、公訴の目的に合った捜査になるよう、司法警察職員に関わります。

(2) 3つの指示・指揮(193条)

一般的指示(1項)一般的指揮(2項)具体的指揮(3項)
何を示すか事件を離れたルール(一般的な準則)その事件の捜査方針や役割分担を、大まかにその事件の個別の作業(捜索・差押え、逮捕の実施など)の補助
例書類の作り方、検察官に送らなくてよい事件の範囲検察官が自ら捜査する事件で、関係する警察署の担当を割り振る検察官が自ら捜査する事件で、捜索を警察官に手伝わせる
  • 一般的指示(1項):特定の事件を離れて、捜査の進め方のルールを前もって示します。
    • 例:地検の検察官が、管内の警察にあらかじめ「被害額がごく小さく、被害の回復も済んだ一定の事件は、個別に送致しなくてよい」と示しておく → 1項の一般的指示。246条は捜査した事件の送致を原則としつつ、ただし書で「検察官が指定した事件」を外しています。
  • 2項と3項の違い:どちらも個別の事件についての指揮です。大まかな方針・分担が一般的指揮、個々の作業の補助が具体的指揮です。3項は条文上「自ら犯罪を捜査する場合」に限られます。2項は条文上は場面を限っていませんが、基本書は、検察官が自ら捜査する事件で警察に協力を求める場面として説明しています。
    • 2項の「一般的」は、作業ごとの細かな指揮ではなく、方針・分担を大まかに示す、という意味で使われています。
    • 例:検察官が自ら捜査している贈収賄事件で、関係する2つの警察署に「A署は金の流れ、B署は関係者の聴取」と大まかに割り振る → 2項の一般的指揮。
    • 例:同じ事件で、特定の警察官を指揮して、明朝の被疑者の事務所の捜索を手伝わせる → 3項の具体的指揮。警察官は従わなければなりません(4項)。
  • 従う義務(4項):どの場合も、司法警察職員は従わなければなりません。
  • 別の制度:検察官→司法警察職員の「一般的指示」と、法務大臣→検察官の「一般的な指揮監督」(第4節)は、別の制度です。

193条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、その捜査に関し、必要な一般的指示をすることができる。この場合における指示は、捜査を適正にし、その他公訴の遂行を全うするために必要な事項に関する一般的な準則を定めることによつて行うものとする。2項:検察官は、その管轄区域により、司法警察職員に対し、捜査の協力を求めるため必要な一般的指揮をすることができる。3項:検察官は、自ら犯罪を捜査する場合において必要があるときは、司法警察職員を指揮して捜査の補助をさせることができる。4項:前三項の場合において、司法警察職員は、検察官の指示又は指揮に従わなければならない。

(3) 従わないとき(194条)

  • 懲戒・罷免の訴追:正当な理由なく従わず、必要と認めるとき、検事総長・検事長・検事正は、懲戒・罷免の権限を持つ者に「懲戒・罷免してください」と求められます。警察官なら、求める先は国家公安委員会・都道府県公安委員会です。
    • 求められた側は、理由があると認めれば、懲戒・罷免しなければなりません(2項)。
    • 例:県警の警察官が、正当な理由なく具体的指揮に従わない → 地検の検事正は、県の公安委員会に懲戒を求められます。公安委員会は、理由があると認めれば懲戒しなければなりません。
  • 注意:ここでの「訴追」は起訴ではありません。検察官が自分で処分できるわけではない、間接的な担保です。
  • 協力関係なのに、なぜ従わせられるのか:公訴を維持できる捜査でなければ、事件そのものが無駄になるからです。身分の上下ではなく、公訴という目的から来る従属です。

ページ上部へ ↑

#6単独ページ動画

訴訟の主体③被疑者・被告人と弁護人

骨格訴えられた側が、裁判で自分を守れる状態をどう作るか

  • 第一段:そもそも裁判を受けられる状態か
    • 1 当事者能力:当事者になれる資格。被告人の死亡・法人の消滅 → 決定で公訴棄却(339条1項4号)。
    • 2 訴訟能力:いま重要な利害を弁別し、相当な防御ができる能力(平7)。平10は、支え(弁護人・通訳人の援助・裁判所の後見的役割)を受けて能力をなお保持と判断。ここから、支えで補える分も考慮して判断する、と解説書や平28の補足意見が整理している(判旨そのものではない)。
    • 3 欠けたときの出口:まず決定で公判手続を停止(314条1項)。回復の見込みがなければ、検察官が取り消さなくても、338条4号に準じて判決で公訴棄却(平28)。
  • 第二段:対等に戦える状態をどう作るか
    • 4 弁護人:知識・証拠収集力・身体拘束の差を埋める。単なる代理人ではなく、本人の意思に反しても使える権限がある(ただし忌避・上訴は明示の意思に反せない)。
    • 5 根拠と国選:頼む権利=憲34条(拘束)・37条3項(被告人)・刑訴30条。国が付ける憲法の明文は37条3項後段(被告人)だけ。被疑者国選は刑訴法37条の2。
    • 6 資格と選任:原則は弁護士。特別弁護人は第1審の簡裁・地裁だけ。家族などは本人と独立して選べる。
    • 7 いつまで:起訴前の選任は第1審まで。起訴後は審級ごと。第1審の弁護人のまま控訴の申立てはできる。
    • 8 補佐人:被告人の家族などが届け出てなる。被告人の明示した意思に反しない限りで動く。

⚠ 訴訟能力なし≠無罪(停止)/弁護人が付いていれば訴訟能力あり、ではない/同じ公訴棄却でも339条1項4号は決定、平28は判決/拘束された被疑者の依頼権は憲34条にあるが、国が付ける憲法の明文は無い

当事者能力:当事者になれるか

当事者能力は訴訟の当事者になれる資格です。被告人が死亡し、または法人が存続しなくなれば、決定で公訴を棄却します。

  • 被告人:起訴された人です。起訴の前は被疑者と呼びます。
    • 起訴:検察官が裁判所に、被疑者を裁くよう求めることです。法律上は公訴の提起といい、「公訴」は起訴によって裁判所に持ち込まれた訴えを指します。
  • 当事者能力:訴訟において、当事者となりうる資格です。刑事訴訟の当事者は、訴える検察官と、訴えられる被告人です(裁判所はどちらにも属さず判断します)。
    • 自然人だけでなく、法人や、法人でない社団・財団・団体にも認められます。
    • 例:従業員の違反行為について会社も処罰する規定(両罰規定)があれば、会社が被告人として起訴されることがあります。
  • 欠けたとき:起訴されれば、ふつうは審理して有罪・無罪を決めます。しかし被告人が死亡したとき、被告人である法人が存続しなくなったときは、決定で公訴を棄却します(339条1項4号)。有罪・無罪の判断はしません。
    • 公訴棄却:有罪・無罪の中身に入らずに、手続を打ち切る裁判です。
    • 決定:口頭弁論(当事者が法廷で主張し合う審理)に基づかなくてよい裁判です(43条2項)。これに対し判決は、原則として口頭弁論を経てする裁判です。この回の場面では、339条1項の決定には即時抗告(3日以内の不服申立て)、第1審の判決には控訴で争います(第3節)。
    • 例:窃盗で起訴された被告人が、公判の途中で病死した → 339条1項4号の決定で公訴棄却です。
    • 例:被告人は生きているが、重い精神疾患で訴訟能力を失い、回復の見込みもない → 同じ公訴棄却でも形式が違い、公判手続を停止したうえで、338条4号に準じた判決で公訴棄却です(第3節)。

339条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)1項:左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない。四 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき。

訴訟能力:いま防御できるか

訴訟能力は「公判のいま」防御できる能力です。欠ければ罪を決めずに手続を止めます。支えで補える分も考慮して判断します。

(1) 意味と、責任能力との違い

  • 訴訟能力:被告人としての重要な利害を弁別し(見分け)、それに従って相当な防御をすることのできる能力です(平7の決定)。

    • 314条1項の「心神喪失の状態」とは、訴訟能力を欠く状態をいいます。
    • 例:著しい精神障害がある場合、手話を習得しておらず意思疎通ができない場合などです。
  • 趣旨:権利や手続の意味、法廷で行われている訴訟行為の意味を理解できないまま公判をすると、刑事裁判の公正さが損なわれます。それを避けるためです。

  • 責任能力との違い:責任能力=犯行のときに、善悪を見分け、それに従って行動できた能力です。欠ければ罪が成立しません。

    • 同じ「心神喪失」という語でも、314条1項(公判の今、訴訟能力を欠く状態)と刑法39条(犯行時に責任能力を欠く状態)では、見ている時点も中身も別物です。
責任能力訴訟能力
いつを見るか犯行時公判の今
何の問題か罪が成立するか(実体)手続を進めてよいか(手続)
欠けた場合心神喪失なら罰しない=無罪(心神耗弱なら減軽・刑法39条)原則として公判手続を停止(314条1項)
  • なぜ無罪ではなく停止か:訴訟能力は、罪があるかどうかについて何も決めていないからです。防御できる状態に戻れば、審理を続けます。
    • 例:犯行時は正常だったが、起訴後に重い精神疾患になった → 責任能力には影響しません。いま防御できないので、公判手続を停止します。
    • 例:犯行時は心神喪失だったが、公判の時には回復している → 公判は進められます。心神喪失が認められれば無罪です(刑法39条1項)。
    • 例:「訴訟能力が無いなら無罪」は誤り → 効果はまず停止です(回復の見込みが無いときの出口は第3節)。

手話も文字も使えない被告人の事件最高裁判所決定定義刑訴法三一四条一項にいう「心神喪失の状態」とは、訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をすることのできる能力を欠く状態をいうと解するのが相当である。

(2) 判断は「本人だけ」を見ない

  • 見るもの:本人の状態に、弁護人・通訳人の援助や裁判所の後見的役割(被告人が手続についていけるよう裁判所が配慮すること)で補える範囲を加え、相当な防御ができる状態に届くかです。

    • 問われているのは「相当な防御ができる状態か」で、本人が1人で全部こなせるかではありません。
  • 注意:弁護人が付いていれば訴訟能力あり、ではありません。補える範囲は、考慮に入れてよい材料の一つです。

  • 覚える形:本人の状態だけでなく、支えで補える分も考慮に入れて判断する、と整理されます。

    • 位置づけ:これは最高裁の法廷意見(判例として効く部分)が言葉にした規範ではありません。平10の結論はこの考え方で説明できる、という読み方です。平10判決を参照した解説書や、平28判決(第3節)の補足意見がこの形にまとめています。平10判決自身は、一般論を立てずに、次の事実に当てはめて結論を出しました。
  • 判例を読む言葉:原審・原判決=最高裁から見て1つ下の裁判所(ここでは高裁)とその判断。上告=高裁の判断に不服な側が最高裁に見直しを求めること。破棄=上の裁判所が、不服を申し立てられた下の裁判所の判断を取り消すこと。棄却(上告・控訴の棄却)=不服申立てを理由がないとして退けること。法廷意見=判決の結論と理由として裁判官の多数が示した判断(判例として効くのはこちら)。補足意見=法廷意見に賛成した裁判官が、個人として理由を補って述べる意見。

事実平7の決定(最決平7・2・28)

  • 原判決の認定では、被告人は耳が聞こえず、話せず、手話も身につけておらず、文字もほとんど分かりません。通訳を介しても黙秘権を告げられず、法廷の訴訟行為の内容を伝えるのも困難でした。
  • 最高裁は、被告人に訴訟能力があることには疑いがあるとし、医師の意見を聴き(314条4項)、必要ならろう教育の専門家の意見も聴いて審理を尽くし、無いと認めれば原則として停止すべき、としました。同旨の原判断を正当とし、上告を棄却しています。

事実平10の判決(最判平10・3・12)

  • 先天性の重い聴覚障害で、音声・文字の言語も、体系的な手話も十分使えない被告人。原審は訴訟能力を欠くとしました。
  • 手話通訳を介して自分の立場をある程度正確に理解し、捜査段階から一貫して具体的に否認していました。黙秘権は、本人に分かる4つの動作の手話で告げられていました。
  • 事実も主な争点も比較的単純な事案で、本人が内容を理解していました。
  • 最高裁は、訴訟能力は著しく制限されているが欠けてはいないとし、原判決を破棄して、審理のやり直しのため原審(大阪高裁)に差し戻しました。

体系的な手話を使えない被告人の事件最高裁判所判決能力はなお保持被告人は、……訴訟能力、すなわち、被告人としての重要な利害を弁別し、それに従って相当な防御をする能力が著しく制限されてはいるが、これを欠いているものではなく、弁護人及び通訳人からの適切な援助を受け、かつ、裁判所が後見的役割を果たすことにより、これらの能力をなお保持していると認められる。

  • 2つの判例の違い:平7は、通訳を介しても黙秘権すら伝えられない被告人で、訴訟能力に疑いがあるとされました。平10は、支えを受ければ自分の立場を理解でき、事案も単純で本人が内容を理解していた被告人で、能力をなお保持とされました。
    • 例:「国選弁護人が付いているから、訴訟能力はある」は誤り → 見るのは、本人が援助を受けて、相当な防御ができる状態に届くかです。平7の被告人のように、通訳を介しても黙秘権すら伝わらなければ、弁護人がいても訴訟能力に疑いが生じます。
    • 例:平10と同じ被告人が、帳簿の読み方が争点の複雑な経済事件で起訴された → 「事案が単純で、本人が内容を理解している」という事情が欠け、訴訟能力を認める材料が弱まります(結論は事案次第)。

欠けたときの出口

訴訟能力を欠けば、決定で公判手続を停止します。回復の見込みが無ければ、裁判所は検察官の公訴取消しを待たずに、338条4号に準じた判決で公訴を棄却できます。

(1) まず停止(314条1項)

  • 誰が・何を:裁判所が、検察官と弁護人の意見を聴き、決定で、その状態が続く間、公判手続を停止します。停止するには医師の意見を聴きます(4項)。
  • 例外:無罪・免訴・刑の免除・公訴棄却をすべきことが明らかなら、被告人の出頭を待たずに、直ちにその裁判ができます(1項ただし書)。どれも被告人に刑を科さない裁判です。
    • 免訴=公訴時効の完成などのため、有罪・無罪の中身に入らずに手続を終える判決です(337条)。公訴時効=犯罪から一定の期間が過ぎると起訴できなくなる制度です。刑の免除=有罪だが刑を科さない判決です。
    • 例:被告人は心神喪失の状態だが、起訴された罪の公訴時効がすでに完成していた → 免訴にすべきことが明らかなので、停止せず、出頭を待たずに免訴の判決ができます(337条4号)。
  • 条文の穴:314条は停止しか定めていません。二度と回復しないとき、検察官が公訴を取り消さない限り、被告人は有罪とも無罪とも決まらないまま、手続に置かれ続けます。

314条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第一節 公判準備及び公判手続(271〜316条)1項:被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。4項:前三項の規定により公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない。

(2) 回復の見込みがないとき(平28の判決)

事実平28の判決(最判平28・12・19)

  • 2人を殺害したとして起訴された約1年半後に、心神喪失で公判手続が停止されました。被告人は措置入院となり、停止は約17年続きました。
  • 裁判所が公訴取消しの検討を求めても、検察官は取り消さないと繰り返し答えました。
  • 第1審は、重要な訴訟条件(起訴して裁判を続けるための条件)を欠き後発的に「公訴提起の手続が…無効」になったとして、338条4号を準用し公訴を棄却しました。
  • 検察官が控訴し、原審(高裁)は、訴追権限を持つ検察官が取り消さないのに裁判所が打ち切れるのは、取り消さないことが明らかに不合理な極限的な場合に限るとして、第1審を破棄し、第1審に差し戻しました。
  • 最高裁は、高裁の判決を破棄したうえで、自ら、第1審に対する検察官の控訴を退けました(第1審の公訴棄却が確定)。
  • 打ち切れる理由(法廷意見):回復の見込みが無いのに、形だけ係属(事件が裁判所にかかっている状態)したまま停止を続けるのは、刑訴法の目的(判決の言い方で「事案の真相を解明して刑罰法令を適正迅速に適用実現する」という1条の目的)に照らし、法の予定するところではありません。だから裁判所は、検察官が公訴を取り消すかどうかに関わりなく打ち切れます。
  • 公訴棄却の2つの条文:公訴棄却には、判決でする場合を並べた338条と、決定でする場合を並べた339条があります。
  • 判決にする理由(法廷意見):打切りの裁判の形式は、法に規定がありません。訴訟能力が後発的に失われ、その回復可能性の判断が問題となる場面なので、338条4号と同様に口頭弁論を経た判決によるのが相当、としました。
  • 補足意見(池上裁判官)の理由づけ:回復可能性の判断は時間をかけた経過観察が要り、打切りにつながるので、特に慎重な審理が要る → 口頭弁論を開いて判決し、控訴で争えるようにする。打ち切る実質は、被告人が実質的に欠けて、裁判所・検察官・被告人がそろう基本的な訴訟の構造が成り立たなくなったこと(被告人の死亡などで公訴を棄却する339条1項4号=第1節を参照)。
  • 「準じて」の意味:338条4号(起訴の手続の違反で無効なとき)にそのまま当たるのではありません。打ち切る出口の形(判決)を借りています。最高裁は第1審判決を正当としましたが、その「訴訟条件を欠き無効になった」という理由づけには触れていません。

公判停止が17年続いた事件最高裁判所判決出口被告人に訴訟能力がないために公判手続が停止された後、訴訟能力の回復の見込みがなく公判手続の再開の可能性がないと判断される場合、裁判所は、刑訴法338条4号に準じて、判決で公訴を棄却することができると解するのが相当である。

(3) 出口の一覧

被告人の死亡など訴訟能力を欠く回復の見込みなし:検察官が取り消す回復の見込みなし:検察官が取り消さない
誰が終わらせるか裁判所(終わらない)検察官の公訴取消し(第1審判決まで・257条)→ 裁判所裁判所が自ら
条文339条1項4号314条1項339条1項3号(公訴が取り消されたとき)338条4号に準じて(平28)
効果公訴棄却公判手続の停止公訴棄却公訴棄却
形式決定決定決定判決(口頭弁論を経る)
  • 回復の見込みが無いときの2つの道:検察官が公訴を取り消せば、裁判所は339条1項3号の決定で公訴を棄却します。取り消さなければ、裁判所が自ら338条4号に準じた判決で公訴を棄却します。
    • 例:検察官が裁判所の促しに応じて公訴を取り消した → 339条1項3号の決定。応じない → 338条4号に準じた判決。
    • 例:「訴追は検察官が決めるので、公訴を取り消さない限り、裁判所は手続を終わらせられない」は誤り → 平28の原審はこれに近い立場でしたが、最高裁は否定しました。
  • 不服の申立て:339条1項の決定には即時抗告ができます(2項)。判決には控訴で争います。

弁護人:なぜ要るか、どんな立場か

被疑者・被告人だけでは、検察官と実質的に対等に戦えません。だから弁護人が要り、弁護人は単なる代理人を超えた権限を持ちます。

  • 弁護人選任権:被疑者・被告人が弁護人を依頼し、弁護人から有効な弁護を受けられる権利です。形だけ付いていても足りません。
対等でない理由中身
相手は国家機関検察官は、捜査から公訴、裁判の執行まで、刑事手続のすべての段階に関わる
身体拘束逮捕・勾留されると、自分で証拠を集めに行くこともできない。拘束された被疑者には、弁護人の必要性が著しく高まる
知識と証拠収集力の差捜査機関や、法律家である検察官と比べて、法律の知識も証拠を集める力も大きく劣ることが多い
  • だから弁護人:実質的な当事者の対等(武器対等)と防御権の実質的な保障には、専門知識を持つ法律家の補助が欠かせません。
  • 立場:弁護人は単なる代理人にとどまりません。本人の「正当な利益」は何かを判断し、必要なら本人の意思から独立して動くことが求められることがあります(民事の訴訟代理人と対比して「保護者たる地位」と呼ぶこともあります)。
    • 弁護人は、法律に特別の定めがある場合に限り、独立して訴訟行為ができます(41条)。
  • 「補佐役」との関係:訴訟の主体は、裁判所・検察官・被告人の3者です。弁護人は被告人の補佐役とされ、3者に入りません。これは数え方の話で、弁護人の力が小さいという意味ではありません。
    • ここでいう「補佐役」は一般的な言い方で、第8節の制度としての「補佐人」とは別です。
本人の意思との関係例
本人の意思にかかわらずできる(固有権)接見交通(39条)、書類・証拠物の閲覧・謄写(40条)、証人への尋問
本人の明示・黙示の意思に反してもできる勾留理由開示請求、勾留取消し・保釈の請求、証拠調べの請求(298条1項)、異議
本人の明示の反対があればできない忌避の申立て(21条2項)、上訴(355条・356条)
  • 本人の意思とぶつかったとき:弁護人がどこまで本人の意思から離れて動けるかは、権限ごとに上の表の3段に分かれます。
    • 1段目(固有権):法律が弁護人自身に与えた権限で(多くは条文が「弁護人は…できる」と書きます)、本人の意思にかかわらず行使できます。接見・記録の閲覧のように弁護人だけのものと、証人への尋問のように本人も持つものがあります。証人への尋問(157条3項・304条2項)は、条文上は被告人と並べて書かれていますが、弁護人自身に与えられた権限として固有権に分類されます。本人と並べて書かれた条文の多くは2段目なので、条文の形だけでは見分けられません(教材も、条文の書き方とのずれは説明せず、分類として挙げています=表の段で覚えます)。
    • 2段目・3段目:本人に権限があることが前提で、弁護人もそれを本人と別に(独立して)行使できるものです。そのうち2段目は本人が反対していてもでき、3段目は本人がはっきり反対したらできません。
    • 1段目と2段目は、どちらも本人の反対に縛られない点は同じです。違いは、弁護人自身の権限か、本人の権限を土台に、弁護人にも独立して行使することが認められたものか、です(通説的な整理)。本人も同じ権限を持っているかどうかではありません。違いが出るのは本人の権利が消えたときで、2段目は一緒に消えますが、1段目は残ります。
    • 忌避=不公平な裁判をするおそれがあるなどの裁判官を、担当から外すよう求める申立てです。上訴=裁判に不服があるとき、上の裁判所に見直しを求めることです(主に判決への控訴・上告。決定への抗告も含みます)。
    • 例:勾留中の被告人が「保釈は頼まなくていい」と言っている → 弁護人は、本人の意思に反しても保釈を請求できます。
    • 例:「弁護人は保護者だから、被告人が『控訴しないでくれ』とはっきり言っても控訴できる」は誤り → 上訴は被告人の明示した意思に反してできません(356条)。忌避も同じです。

頼む権利の根拠と、国選

弁護人を頼む権利は、身体拘束には憲法34条、被告人には37条3項、拘束されていない被疑者には刑訴法30条が支えます。国が付けると憲法に書いてあるのは、被告人だけです。

被疑者(拘束なし)被疑者(逮捕・勾留)被告人
頼む権利刑訴30条1項(いつでも)憲34条(直ちに依頼する権利)+刑訴30条憲37条3項前段(資格を有する弁護人)+刑訴30条。勾留中なら34条も
国が付ける根拠なし刑訴37条の2のみ(勾留状が出てから。請求は勾留請求から。憲法の明文なし)憲37条3項後段+刑訴36条(請求)・37条(職権)
国選を付ける人—裁判官裁判所・裁判長
  • 2階建て:被告人国選は、憲法が「自ら依頼できないとき」という大枠を決め(1階)、刑訴法36条が「貧困その他の事由」と具体化します(2階)。被疑者国選には、憲法の国選条項という1階がなく、法律だけで建っています。

37条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)3項:刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

36条|刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)被告人が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判所は、その請求により、被告人のため弁護人を附しなければならない。但し、被告人以外の者が選任した弁護人がある場合は、この限りでない。

  • 注意:被疑者が弁護人に頼る権利そのものは、拘束されれば憲法34条が保障します。無いのは「国が付ける」という憲法の明文です。
    • 例:逮捕されず、任意の取調べに呼ばれているだけの被疑者が弁護士を頼みたい → 34条は拘束が前提、37条3項は被告人の規定。根拠は刑訴30条1項です。国選は使えません。

34条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

  • 逮捕と勾留:逮捕=最初の短い身体拘束(最長72時間)。勾留=その後も拘束を続ける必要があるとき、検察官の請求で裁判官が認める、より長い身体拘束です(被疑者は原則10日・延長あり)。
  • 被疑者国選(37条の2):勾留状が出ている被疑者が、貧困などで弁護人を選べないとき、請求により裁判官が付けます。勾留を請求された段階から請求できます(2項)。釈放されると選任は効力を失います(勾留の執行停止を除く・38条の2)。
    • 例:逮捕されただけの被疑者 → まだ国選は請求できません。勾留が請求されれば請求でき、勾留状が出れば裁判官が付けます。その後に釈放されれば、選任は効力を失います。

誰がなれるか・誰が選ぶか

弁護人は原則として弁護士です。弁護士でない特別弁護人は、第1審の簡裁・地裁で許可を得たときだけです。私選は本人のほか家族なども独立して選べ、国選と権限の差はありません。

  • 弁護士と弁護人:弁護士=資格の名前/弁護人=その事件で防御に立つ立場の名前です。
  • 原則(31条1項):弁護人は弁護士の中から選びます(憲法37条3項の「資格を有する弁護人」)。
    • 例外:特別弁護人(31条2項):裁判所の許可を得て、弁護士でない人を弁護人にします。例:会計の専門家、特許に詳しい弁理士。
場面特別弁護人
簡易裁判所許可があれば選べる
地方裁判所許可に加えて、他に弁護士の弁護人がいる場合に限る
起訴前(捜査段階)選べない(最決平5・10・19)
控訴審・上告審選べない(387条・414条)
  • 特別弁護人を選べる場面:起訴後の第1審(簡裁・地裁)で、裁判所が許可したときだけです。地裁では、弁護士の弁護人がほかにいることも要ります。
    • 例:脱税事件で税理士を弁護人にしたい → 捜査段階では選べません。起訴後、地裁で弁護士の弁護人がいて、裁判所が許可すれば選べます。控訴審では選べません。

31条|刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:弁護人は、弁護士の中からこれを選任しなければならない。2項:簡易裁判所又は地方裁判所においては、裁判所の許可を得たときは、弁護士でない者を弁護人に選任することができる。ただし、地方裁判所においては、他に弁護士の中から選任された弁護人がある場合に限る。

  • 私選の選任権者(30条):本人はいつでも選べます。法定代理人・保佐人(民法上、判断能力が十分でない人を支える人)・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹も、本人と独立して選べます。
    • 「独立して」=本人の同意が無くても選べ、本人が後で別の弁護人を選んでも消えない、という意味です。ただし、本人は家族が選んだ弁護人を解任できると解されています。
    • 例:逮捕された息子のために父が弁護士を選び、その後に息子も別の弁護士を選んだ → 父が選んだ弁護人は、解任されない限り弁護人のままです。父は息子の意思に反して解任できません。息子は解任できると解されています。
  • 国選:裁判所または裁判長が選びます(被疑者国選は裁判官)。権限は私選と国選で差がありません。

いつまで弁護人か:審級代理(32条)

起訴前の選任は第1審まで続き、起訴後の選任は審級ごとです。ただし第1審の弁護人は、選び直さずに控訴を申し立てられます。

時期選任の効力
起訴前に選任そのまま第1審でも弁護人(32条1項)
起訴後に選任審級ごと(32条2項)。第1審・控訴審・上告審の段階ごとに選ぶ
第1審の判決の後選任の効力は判決の宣告では終わらない → 第1審の弁護人のまま控訴の申立てができる(355条・最決平4・12・14)。申立ての後、控訴審の手続を進めるには改めて選任が要る
  • 選び直しが要らない場面:起訴前に選んだ弁護人は第1審が終わるまで、第1審の弁護人は控訴の申立てまで、そのまま動けます。
    • 例:勾留中に選んだ弁護人 → 起訴後も、第1審が終わるまで選び直さなくてよい(起訴前に弁護人と連署した選任届を出していれば、出し直しも要らない・刑事訴訟規則17条)。
    • 例:「第1審で有罪になったら、控訴を申し立てる前に弁護人を選び直さなければならない」は誤り → 第1審の弁護人は、被告人の明示の意思に反しない限り、そのまま控訴を申し立てられます(356条)。
  • 目印:駅伝のタスキ。起訴前から第1審までは同じコース、控訴審からは新しいコースです。

32条|刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:公訴の提起前にした弁護人の選任は、第一審においてもその効力を有する。2項:公訴の提起後における弁護人の選任は、審級ごとにこれをしなければならない。

補佐人

補佐人は、被告人の家族などが届け出てなる支え役です。被告人の明示した意思に反しない限り、被告人ができる訴訟行為をできます。

  • どんな制度か:被告人の身近な人が、法廷で被告人の側に立って手続を手伝える制度です。弁護人と違い、法律家の資格は要らず、届け出るだけでなれます。
  • なれる人:被告人の法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹です(42条1項)。30条2項で弁護人を選べる人と同じ顔ぶれで、起訴後の制度です。
    • 例:兄は、逮捕された弟の弁護人を選べます(30条2項)。しかし捜査段階で補佐人にはなれません(42条1項は「被告人の」)。
  • 届出:審級ごとに届け出ます(2項)。
  • できること:被告人の明示した意思に反しない限り、被告人ができる訴訟行為をできます(3項)。例:証拠調べの請求、証人への質問、書面の提出。
    • 例:補佐人の兄が証拠調べを請求しようとしても、弟がはっきり反対していればできません。弁護人なら、本人の意思に反しても請求できます。
  • 保佐人と補佐人:読みが同じで別の概念です。「民法上の保佐人」が「刑訴法42条の補佐人」になれる、という関係です。

42条|刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:被告人の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、何時でも補佐人となることができる。2項:補佐人となるには、審級ごとにその旨を届け出なければならない。3項:補佐人は、被告人の明示した意思に反しない限り、被告人がすることのできる訴訟行為をすることができる。但し、この法律に特別の定のある場合は、この限りでない。

弁護人補佐人
出発点法律の専門家として選ばれる家族などの立場から、届け出てなる
本人の意思との関係意思に反してもできる権限がある(第4節)明示した意思に反してはできない(42条3項)
時期被疑者の段階から被告人になってから
効力起訴後の選任は審級ごと(32条2項)審級ごとに届出(42条2項)

ページ上部へ ↑

第2章捜査

#7単独ページ動画

捜査とは何か

骨格捜査は、何のために・いつから・何を・どうやって集める活動か

  • 1 目的:起訴するかを正しく決め、公判をやり抜くための準備。道具は2本=証拠の発見・収集と犯人の発見・確保(189条2項「犯人及び証拠」)。
    • 事実の認定は証拠による(317条)。起訴の判断も証拠で決まる → 証拠集めが中心。
  • 2 始まり:「犯罪があると思料するとき」=犯罪の嫌疑があるとき。端緒はそのきっかけ。
    • 担い手:司法警察職員が第一次的/検察官は必要と認めるとき自ら(補充的)/検察事務官は検察官の指揮を受けて。
  • 3 証拠の集め方は対象で決まる:物・現場の状態・専門知識・団体の情報・言葉(・通信)。多くの対象に、任意の手段と強制の手段の両方がある。
  • 4 犯人の確保:逮捕は全事件の平均で10人に3人=多くは在宅事件。身柄を取るなら、逮捕(通常・現行犯・緊急)→ 必要なら勾留。
  • 5 強制の縛り:入口の目安=相手の同意・承諾なしにできるのが強制(とりあえずの整理。基準は別の論点)。強制には法律の定め(197条1項ただし書)と、原則として裁判官の令状が要る。
  • 6 将来の犯罪:条文は「あった」ではなく「あると思料する」。発生が高度に見込まれ、ある程度特定できるなら、特に任意捜査は認めてよい(刑訴法の規律も及ぶ)とする見解がある。おとり捜査の決定がヒント。

⚠ 110番が入った瞬間=捜査の開始ではない(嫌疑が要る)/「するものとする」を「必ず捜査する義務」と言い切らない/実況見分は同意が無くても公道などでできる/照会に強制の手段は無い・通信傍受(当事者のいずれの同意も無い傍受)は強制

捜査の目的と2本の柱

捜査は、起訴するかを正しく決め、公判をやり抜くための準備活動です。そのために証拠と犯人を集めます。

  • 捜査:捜査機関が、起訴・不起訴を正しく判断し、公判を遂行するために、証拠を見つけて集め、犯人を見つけて確保する活動です。
    • 起訴=検察官が裁判所に、被疑者を裁くよう求めること(公訴の提起)。公判=起訴の後、法廷で証拠を調べ、有罪・無罪と刑を決める手続です。
    • 犯人を懲らしめるための活動ではありません。公判で有罪か無罪かをきちんと決められるようにする準備です。
  • 2本の柱:189条2項の「犯人及び証拠」がそのまま柱です。
    • 犯人だけ捕まえても、証拠が無ければ有罪にできません。証拠だけそろっても、犯人が分からなければ起訴できません。

(1) なぜ証拠集めが中心か(317条まで)

段階誰が・何をするか
捜査捜査機関が、証拠を集める
起訴の判断検察官が、集めた証拠をもとに起訴するかを判断する。実務では判断が厳密で、起訴のハードルは高い
公判の遂行集めた証拠で立証し、公判をやり抜く
有罪・無罪の判断裁判所は、証拠に基づいてしか事実を認定できない(317条)
  • 最後は証拠で決まる:裁判所は証拠でしか事実を認定できず、検察官もそれを見越して起訴するかを決めます。だから捜査の段階から、起訴と公判を見据えて証拠を集めます。手段も、対象ごとに細かく用意されています(第3節)。
    • 例:防犯カメラに似た人物が映っているだけで、本人は否認し、ほかに証拠が無い → 有罪を立証できる見込みが立たず、起訴されない方向に働きます。「あの人が犯人らしい」だけでは有罪にできません。

317条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第四節 証拠(317〜328条)事実の認定は、証拠による。

捜査はいつ・誰が始めるか

犯罪の嫌疑が生じたとき(「思料するとき」)に始まります。最初に動くのは司法警察職員です。

  • 始まる条件:「犯罪があると思料するとき」=犯罪があると考えたとき、つまり犯罪の嫌疑があるときです。嫌疑が無ければ、捜査を始められません。
    • 例:「近いうちに誰かが何かしそうだ」とだけ書いた匿名の投稿 → 嫌疑と言える中身が無く、捜査は始まりません。「昨夜〇〇の店で刃物を見せてレジの金を奪った」と具体的なら、嫌疑を生む端緒になりえます。
  • 端緒:捜査機関が「思料する」に至ったきっかけです。
    • 申告(110番など)、職務質問、検視、告訴、告発、自首、現行犯逮捕などがあります。
    • 端緒(きっかけ)と、思料(嫌疑があること)は別のものです。
    • 捜査機関が行う現行犯逮捕は、きっかけであると同時に、それ自体が捜査(犯人の確保・第4節)でもあります。犯行の最中や直後(準現行犯なら、行い終わってから間がない時)に嫌疑が生じ、その場で捜査が始まる場面です。
    • 例:「110番が入った瞬間が捜査の始まり」は誤り → 110番(申告)は端緒にすぎません。内容がいたずらと分かれば、嫌疑は生じません。
捜査機関立場条文の書き方
司法警察職員第一次的に捜査する。多くは警察官。海上保安官のように、特定の分野を担当する人もいる「捜査するものとする」(189条2項)
検察官二次的・補充的。必要と認めるときに、自ら捜査できる「捜査することができる」(191条1項)
検察事務官検察官の指揮を受けて捜査する「捜査をしなければならない」(191条2項)
  • 「第一次的」「補充的」:条文の言葉ではなく、189条2項と191条1項の書き方からの整理です。
    • 例:深夜のコンビニ強盗の通報 → 現場に駆けつけ捜査を始めるのは、まず警察官です。検察官は、必要と認めれば自ら捜査に加わります。
  • 「するものとする」:司法警察職員の捜査の責務を示す書き方ですが、どこまで強い義務かは条文からは言い切れません。
    • 同じ章で、検察事務官については「捜査をしなければならない」(191条2項)と、はっきり義務の形で書いています。189条2項は「しなければならない」とは書いていません。
    • 例:「110番の通報を受けた以上、警察は必ず捜査を始めなければならない」と書く → 誤り。通報だけでは嫌疑があるとは限らず(始まる条件)、義務の強さも条文からは言い切れません。

189条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

191条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる。2項:検察事務官は、検察官の指揮を受け、捜査をしなければならない。

証拠の集め方:対象ごとに、任意と強制

何を集めるか(対象の性質)で手段が決まります。多くの対象に、任意の手段と強制の手段が両方あります。

  • 任意捜査/強制捜査:入口の整理として、相手の同意・承諾を得て行うのが任意、同意・承諾がなくても行えるのが強制です。ただし、これはとりあえずの整理で、同意が無くても任意とされる活動があります(公道で現場を見るなど)。どこからが強制かの基準は、別の論点として詰めます(学説には、重要な権利・利益を侵害・制約するかで分ける定式があります)。
対象任意の手段強制の手段
物領置(221条)差押え・捜索・電磁的記録提供命令(218条1項)
現場の状態実況見分(犯罪捜査規範104条)検証(218条1項)
専門知識鑑定嘱託(223条1項)嘱託に伴う鑑定留置(224条)・鑑定処分(225条)
団体の情報公務所等への照会(197条2項)―(照会を強制する手段は無い)
言葉(供述)取調べ(198条1項・223条1項)第1回公判期日前の証人尋問(226条・227条)
通信―(この回では扱わない)通信傍受(222条の3・通信傍受法)

(1) 物:探す・取る・データを出させる

  • 押収:捜査機関が、物の占有を取得する処分です。
    • 領置:犯人などが遺留した物や、持ち主などが任意に提出した物を取得します(221条)。取得に強制力を使いません。
      • 例:犯人が逃げるときに現場に落としたカッターナイフ → 遺留物の領置。
    • 差押え:相手が渡したくなくても、強制的に取得します(裁判官の令状=218条1項)。
      • 例:被害者が、犯人とのやり取りが残る自分のスマートフォンを自分から渡した → 任意提出物の領置。持ち主が渡すのを拒んだ → 令状による差押え。
  • 捜索:どこにあるか分からない物を、見つけるための強制処分です。物を取得する処分ではありません。差押えの前に行うことがあります。
    • 覚え方:見つけるのが捜索、持っていくのが押収。
    • 例:カッターナイフを落とした犯人について、後日、自宅に隠してあった別の凶器を、令状で探して取得 → 探すのが捜索、取得するのが差押え。
  • 電磁的記録提供命令:データを保管する者などに、必要なデータを提供させる命令です。記録媒体に記録させて出させるほか、回線を通じた提供もできます。正当な理由なく従わないと、刑罰があります(222条の2)。
    • 改正前の名前は記録命令付差押え:必要なデータを別の媒体に記録・印刷させ、その媒体を差し押さえる形でした。教科書にこの名前があれば改正前の記述です。
      • 例:「改正前の記録命令付差押えは、サーバーを丸ごと差し押さえる制度だった」は誤り → 旧制度も、必要なデータを記録させた媒体を差し押さえる仕組みです。変わったのは、差押えの形をやめて「提供」を命じる形にしたこと、回線での提供ができるようになったことが主な点です。従わないときの罰則も置かれています(222条の2)。

(2) 現場の状態:検証と実況見分

  • 押収できない理由:防犯カメラの位置や店内の破損の様子のような「状態」は、占有を移せる物ではないからです。
    • そこで、五官の作用(目・耳・舌・鼻・皮膚の感覚)で、場所・物・人の身体の性質・形状・状態を認識する処分が別にあります。「五官」は条文の言葉ではなく、定義の言葉です。
    • 例:空き巣事件で、窓ガラスに残った靴跡を写真に撮って残す → 靴跡という物を取得するのではなく、状態を記録している=押収ではなく検証か実況見分。
検証実況見分
性質強制処分(裁判官の令状=218条1項)任意処分(令状は要らない)
できる場面実況見分では足りないとき(住人が立入りを拒む場所など)公道など第三者の権利を侵すおそれがない場所、または相手方の承諾がある場合
行為の中身五官の作用で、状態を認識し記録する同じ
  • 中身は同じ行為です。強制で行えば検証、任意で行えば実況見分と呼び分けます。
    • 実況見分で足りるなら実況見分、足りなければ検証、という順に考えます(任意捜査の原則)。
    • 例:歩道に残った血痕の位置と大きさを測って撮影する → 公道で誰の権利も侵さないので、誰の同意が無くても実況見分でよい。同じ測定を、住人が立入りを拒む私有地の中で行う → 令状による検証。
    • 例:「同意があるかどうかだけで呼び名が変わる」は不正確 → 公道のように、同意が無くても実況見分でよい場所があります。
  • 犯罪捜査規範:警察官が捜査で守るべきことを定めた国家公安委員会規則です。法律ではありません。104条は、実況見分を関係者の立会いのもとで行い、調書に図面・写真を付けることなどを定めています。

(3) 専門知識:鑑定嘱託と、それに伴う処分

鑑定嘱託鑑定留置鑑定処分
中身専門家に鑑定を依頼する鑑定のため、被疑者の身体を一定期間拘束しておく鑑定に必要な身体検査・死体の解剖など
例血痕のDNA型の鑑定を、科学捜査研究所に頼む責任能力が疑われる被疑者の精神鑑定死因を調べるための解剖
性質任意(令状は要らない)強制(裁判官が鑑定留置状で行う)強制(裁判官の許可状が要る)
条文223条1項224条225条
  • 鑑定嘱託が任意なのは:専門家が任意に応じるものだからです。断られたら、別の専門家に頼めば足ります。
  • 鑑定留置・鑑定処分は、嘱託に付いてくる:どちらも223条1項の鑑定の嘱託が前提です。
    • 鑑定留置は、逮捕・勾留とは別枠の身体拘束です。検察官などが裁判官に請求します(224条)。
    • 鑑定処分を行うのは、鑑定の嘱託を受けた専門家です。検察官などが許可を請求し、裁判官が許可状を出します(225条)。
      • 例:警察が大学の法医学者に、死因の鑑定を嘱託した(任意)。解剖が必要になった → 司法警察員(司法警察職員のうち司法巡査でない者。鑑定処分の許可は検察官・検察事務官・司法警察員が請求する=225条2項)などが裁判官に許可を請求し、許可状を受けて法医学者が解剖します。

(4) 団体の情報と言葉:照会・取調べ・証人尋問

  • 公務所等への照会:役所・銀行・会社などの団体に、必要な事項を問い合わせて回答してもらう手段で、任意捜査とされています(197条2項)。実務では「捜査関係事項照会」と呼ばれます。
    • 例:コンビニの本社に来店記録を照会したが、回答が来ない → 照会では回答を強制できません。必要なら、裁判官の令状を得て、差押えや電磁的記録提供命令という強制の手段に移ることができます(令状の要件は別に満たす必要があります)。
  • 取調べ:被疑者と、被害者・目撃者など被疑者以外の者から話を聞き、供述という証拠を集めます(198条1項・223条1項)。
    • 逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒め、出頭後もいつでも退去できます(198条1項ただし書)。被疑者以外の者も同じです(223条2項)。
    • 被疑者には、あらかじめ、話したくないことは話さなくてよいと告げます(198条2項)。
  • 第1回公判期日前の証人尋問:被疑者以外の者の取調べは任意で、出頭を拒め、いつでも退去できます(223条2項)。そこで、出頭・供述を拒まれたときや、公判で話が変わるおそれがあるときのために、検察官が裁判官に証人尋問を請求する手続があります。
226条227条
場面捜査に欠かせない知識を持つと明らかな人が、取調べで出頭・供述を拒んだ取調べで任意に話した人が、公判で話を変えるおそれがあり、その供述が犯罪の証明に欠かせない
  • 226条と227条の違い:話すのを拒んだ人から話を聞くのが226条、すでに話した人の供述を公判前に固めておくのが227条です。
    • 例:事件の解明に欠かせない唯一の目撃者が、警察の呼び出しに一切応じない → 226条。警察では詳しく話したが、被疑者と親しく公判で話を変えそうで、その供述が有罪の立証に欠かせない → 227条。
  • 共通点:第1回の公判期日前に限り、検察官だけが請求できます(司法警察職員はできない)。対象は被疑者以外の者です。
    • 例:「被疑者が取調べで黙るなら、証人尋問に呼べばよい」は誤り → 226条・227条は、被疑者以外の者の取調べ(223条1項)が前提です。
  • 強制である理由:請求を受けた裁判官は、証人の尋問について裁判所と同じ権限を持ちます(228条1項)。証人は、正当な理由なく出頭しないと勾引(強制的に連れてこられる)や過料・刑罰、正当な理由なく証言を拒むと過料・刑罰があります(150〜152条・160条・161条)。応じるかを本人が選べません。

226条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

(5) 動かない証拠と、ズレうる証拠

客観的証拠(動かない証拠)供述証拠(ズレうる証拠)
中身防犯カメラの映像・証拠物・記録した現場の状況など。時間が経っても変わらない人の記憶や発言にもとづく証拠(証言・自白など)
弱点そもそも存在しないことがある見間違い・記憶違い・忘却・嘘が混じりうる
それでも要る場面―「なぜこの店を狙ったのか」「共犯者と何を話し合ったのか」は、本人に聞かなければ分からないことが多い
  • 客観的証拠が重視されますが、それだけでは事件の全部は見えません。供述証拠に頼らざるをえない場面は少なくありません。

犯人の確保:在宅事件と身柄事件

多くの事件は、身柄を取らずに進みます。取るときは逮捕し、必要ならさらに勾留します。

  • 被疑者:捜査の対象になった人の、起訴される前の呼び名です。まだ犯人と決まった人ではありません。
在宅事件身柄事件
身体の拘束しない(逮捕・勾留されていない被疑者の事件)する(逮捕・勾留したまま捜査する)
取調べ任意。出頭を拒め、途中で帰れる出頭を拒める・退去できるという定め(198条1項ただし書)は、「逮捕又は勾留されている場合を除いては」とされ、条文上の保障は無い。この取調べに応じる義務があるか(取調受忍義務)は争いがあり、別の論点。供述しなくてよいと告げられる点(198条2項)は同じ
  • 逮捕は例外:全事件の平均で、逮捕されるのは被疑者10人に3人くらいです。「捜査=逮捕」ではありません。
    • 例:住所も勤め先もはっきりしていて、呼び出しのたびに警察署へ来るので、逮捕されていない → 在宅事件。取調べは任意です。
  • 身柄を取る理由:逃げられると公判を開けず、証拠を消されると立証できないからです。勾留の理由にも、住居不定・罪証隠滅・逃亡のおそれが挙がっています(207条1項・60条1項)。
  • 逮捕:捜査機関が実力で被疑者の身体の自由を拘束し、引き続き一定時間その状態を続ける強制処分です(現行犯人は、私人も逮捕できる=213条)。
  • 勾留:逮捕に続いて、より長期にわたり身体を拘束する強制処分です。
類型どんなとき
通常逮捕裁判官があらかじめ発した逮捕状で逮捕する(199条1項)
現行犯逮捕現行犯人(いま罪を行っている者・行い終わった直後の者)と準現行犯人を、令状なしで逮捕する。誰でもできる(212条・213条)
緊急逮捕死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑の罪を犯したと疑う十分な理由があり、急速を要し逮捕状を求められないとき、理由を告げて逮捕する。直ちに逮捕状を求め、出なければ直ちに釈放(210条1項)
  • 原則は逮捕状:逮捕は、裁判官があらかじめ発した逮捕状による通常逮捕が基本です。現行犯逮捕と緊急逮捕は、逮捕状を先に取らずに逮捕できる場面です。
    • 例:コンビニ強盗が逃げきった後、防犯カメラから犯人が特定された → 逮捕状を取って通常逮捕。
  • 現行犯人:いま罪を行っている者・行い終わった直後の者です。犯人であることが目の前で明らかなので、令状なしで、誰でも逮捕できます。
    • 例:レジから金をつかんだ瞬間に取り押さえた → 現に罪を行っている現行犯人。店員でも逮捕状なしで逮捕できます。
  • 準現行犯人:次の4つのどれか(犯人として追呼されている・贓物や、明らかに犯罪に使ったと思われる凶器などを持っている・身体や服に犯罪の顕著な跡がある・誰何されて逃げようとする)に当たり、罪を行い終わってから間がないと明らかな者です(212条2項)。
    • 例:通報で駆けつけた警察官が、30分後、数百メートル先で、店の売上金の袋を持った男を見つけた → 贓物の所持(212条2項2号)。行い終わってから間がないと明らかなら準現行犯人として逮捕できます。
  • 緊急逮捕:重い罪で、逮捕状を待っていては間に合わない場面のための手続です。逮捕した後、直ちに逮捕状を求めます(出なければ直ちに釈放)。
    • 例:防犯カメラで特定された強盗犯を、逮捕状を取る前に捜査員が偶然路上で見つけ、取る時間が無い → 強盗罪は長期3年以上の罪で、疑う十分な理由も急ぐ事情もあるので、緊急逮捕ができます。疑いが暴行罪(2年以下の拘禁刑など)だけなら、緊急逮捕はできません。

強制捜査にだけかかる縛り

強制処分は、法律に特別の定めがなければできず、原則として裁判官の令状が要ります。

  • 縛りがある理由:捜査に必要な取調べ(ここでは、話を聞くことに限らず、捜査の活動全般の意味)は、任意の手段なら原則としてできます(197条1項本文。それでも、必要性と、それに見合う相当性という限界があると解されています)。ただ、逮捕・勾留や捜索・差押えのような強制処分は、相手の同意・承諾なしに重要な権利・利益を侵害・制約できるので、別に縛りがかかります。
  • 法律の根拠:強制処分は、法律に特別の定めがある場合でなければできません(197条1項ただし書)。

197条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

  • 令状:差押え・捜索・電磁的記録提供命令・検証は、裁判官の令状で行います(218条1項)。ただし、逮捕の現場での差押え・捜索・検証は令状なしでできます(220条)。こうした例外があるので「原則として」令状です。
    • 例:「強制処分にはいつも令状が要る」は誤り → 被疑者を逮捕する場合、逮捕の現場での差押え・捜索・検証は令状なしでできます。

218条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。

  • 取調べと証人尋問の違い:同じ「話を聞く」でも、逮捕・勾留されていない人の取調べなら、出頭を拒め、いつでも退去できます(198条1項ただし書・223条2項)。証人尋問は、正当な理由なく来なければ勾引・過料・刑罰があり、応じるかを選べません。逮捕・勾留も、相手の意思にかかわらず身体を拘束します。
  • 任意=同意を得た、ではない:同意の有無は、ひとまずの整理です。相手がいない・誰の権利も侵さない場面の任意捜査もあります。
    • 例:「任意捜査はすべて相手の同意を得て行う」は誤り → 落としたカッターナイフの領置も、公道での実況見分も、誰の同意も得ていませんが任意捜査です。

将来の犯罪への捜査は許されるか

189条2項は「あると思料するとき」なので、発生が高度に見込まれ、ある程度特定できる犯罪なら捜査しうるとする見解があります。おとり捜査の決定は将来の犯罪に触れていませんが、判例も否定していないと評価する見解があります。

  • 問題になる場面:特に、通信傍受とおとり捜査です。
  • 条文の書き方:「犯罪があったとき」ではなく、「犯罪があると思料するとき」です。過去の犯罪に限った書き方ではありません。
  • 否定する立場:捜査は過去の犯罪を対象にする、という立場を徹底すれば、否定されえます。
  • 肯定する見解
    • 漠然と「いつか誰かが何かするだろう」という段階は別です。
    • 発生が高度に見込まれ、被疑事実をある程度特定できるなら、捜査の必要性は既に起きた犯罪と変わりません。特に任意捜査なら、認めない理由はありません。
    • 一方で、刑訴法による規律を及ぼす必要性も高い、とします。
    • ここでの規律とは、第5節で見た刑訴法の縛り(強制処分なら法律の根拠と、原則として令状。任意の手段でも、必要性・相当性の限界があると解されています)を指すと読めます。捜査と認めることは、こうした縛りをかけることでもあります。
  • 法律の手当て:通信傍受法は、将来の犯罪に向けた傍受を明文で定めています。
    • 例:薬物の密売グループが売買を重ね、今後も引き続き同じ種類の罪が犯されると疑う十分な理由がある → 一定の要件のもとで、これから行われる犯罪に関する通話も、傍受令状で傍受できます(通信傍受法3条1項2号)。法律が、将来の犯罪に向けた捜査を明文で予定している例です。

事実おとり捜査の決定

  • 薬物の前科がある男が、自分から、知人(捜査協力者)に大麻樹脂の買手の紹介を頼みました。それまで協力者からの働きかけはありませんでした。
  • 麻薬取締官は、男の住居や隠し場所をつかめず、ほかの方法では検挙が難しいので、買手を装って取引の場を用意しました。
  • 男が大麻樹脂を持ち込んだところを、あらかじめ発付を受けていた捜索差押許可状で捜索し、現行犯逮捕しました → 適法なおとり捜査とされました。
  • おとり捜査の決定:捜査機関や協力者が、身分や意図を隠して犯罪を実行するよう働きかけ、相手が実行に出たところで現行犯逮捕などをする手法について、少なくとも次の3つの事情がある場面では、197条1項に基づく任意捜査として許されるとし、本件の捜査を適法としました。
  • 決定が挙げた3つの事情
    • ① 直接の被害者がいない薬物犯罪などの捜査であること
    • ② 通常の捜査方法だけでは摘発が難しいこと
    • ③ 機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者が相手であること
      • 例:薬物と無縁だった人に、協力者が何度も執拗に頼み込み、初めて薬物を用意させた → この③の場面から外れる方向です。外れた場合の結論は、この決定からは言い切れません。
  • 3つがそろう場面なら任意捜査として許される、と示したものです。1つ欠ければ直ちに違法、とまでは言っていません。
  • 言ったことと、読み取れること
    • 3つの事情は「おとり捜査が許されるか」についての場面です。「将来の犯罪を捜査できるか」の条件ではありません。決定は「将来の犯罪も捜査できる」とは述べていません。
    • 決定は、おとり捜査を、働きかけに応じて相手が犯罪の実行に出たところで検挙する手法と定義しています。本件でも、男はすでに買手を求めてはいましたが、取締官が取引の場を用意した時点では、その場に大麻樹脂を持ち込む行為はまだ行われていません。この定義からすると、働きかけの時点では、取引の場での実行はまだ先にある、と読めます。
    • 肯定する見解は、決定がそうした活動を任意捜査と認めたことから、判例も将来の犯罪の捜査を否定していない、と評価します(決定自身の言葉ではありません)。答案では、決定が言ったこと(おとり捜査が許されるか)と、見解の評価(将来の犯罪を捜査できるか)を混ぜません。

おとり捜査は、任意捜査として許されるか最高裁判所決定少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。

ページ上部へ ↑

#8単独ページ動画

捜査法の見取り図

骨格違法な捜査があったら、何が起きるのか

  • 1 捜査の論点の流れ:①強制処分か任意処分か → ②任意なら限度を超えていないか → ③違法だとしてどうなるか。この回は③。
  • 2 背骨:違法な捜査それ自体に効果を結びつけた一般的な条文は、刑訴法に無い → 違法は、別の制度の判断に入り込んで初めて効果を持つ。
    • 319条1項は自白だけの規定。違法収集証拠排除法則は判例の法理。
  • 3 刑訴法の中の出口(いまの刑事手続の中で争う):押収への準抗告=物/勾留の3経路=身柄(却下は重大な違法のとき)/証拠排除=証拠。
  • 4 刑訴法の外の出口(刑法・国家賠償法などの要件で判断):公務執行妨害の不成立=訴追の土台/国家賠償=損害(都道府県警察の捜査なら原則都道府県)/懲戒・職権濫用の罪=公務員個人の規律。
  • 5 公訴棄却:違法な捜査を理由に起訴を無効とすることに、判例は慎重 → 実務は証拠排除で対処。
  • 6 捜査構造論:糾問的捜査観(取調べ中心・令状は許可状)/弾劾的捜査観(対等な準備・令状は命令状)。
  • 7 犯罪捜査規範:国家公安委員会規則。法律ではない。

⚠ 違法≠必ず無罪(排除 → 立証不能 → 無罪)/検察官が自分で起訴(公訴)を「取消し」→裁判所が棄却、と、取り消していないのに裁判所が違法捜査を理由に起訴を無効として「棄却」できるか、は別の話/逮捕が違法でも、勾留が止まるのは重大な違法のとき

捜査の論点:3つの問いの流れ

捜査の論点は、強制か任意か → 任意なら限度 → 違法ならどうなるか、の順に問います。この回は3つ目を扱います。

問い何を判断するか
① 強制処分か任意処分か強制処分なら、法律に定めがあるか・令状があるかを問う(形式的判断)
② 限度を超えていないか任意処分の場合。必要性などと比べて相当かを、比例原則で問う(実質的判断)
③ 違法だとして、どうなるか違法な捜査への対処(第2節〜第6節)
  • なぜ①から問うのか:①の答えで、その先の道筋が枝分かれするからです。
    • 任意処分でも自由ではありません。②の限度の判断を受けます。
    • 比例原則は強制処分にもかかります(令状があっても必要な限度は問われる)。表の②は、任意処分ではこれが中心の問いになる、という意味です。
    • 例:任意同行した相手が急に部屋を出ようとしたので、警察官が手首をつかんで引き留めた → ①意思を制圧する強制手段に当たるか → 当たらなければ②必要性・緊急性も考えて相当か → どちらかで違法なら③へ。実際の事件の結論は第5節(1)の【事実】です。

違法な捜査に効果を結びつける一般的な条文は無い

「違法な捜査をしたら、こうなる」という一般的な条文は無く、違法は別の制度の判断に入り込んで初めて効果を持ちます。

  • この回の背骨:違法な捜査それ自体に効果を結びつけた一般的な条文は、刑事訴訟法にありません。
  • でも「何も起きない」わけではない:違法は単独では姿を現さず、必ず別の制度の判断に入り込みます(第3節の6つの出口)。
  • 319条1項:任意にされたものでない疑いのある自白を、証拠にできないと定めます。
    • 強制・拷問・脅迫など、取調べのやり方に関わる規定ですが、「自白」という特定の証拠だけの規定です。違法な捜査全般の一般規定ではありません。
    • 例:違法な捜索で押収された帳簿について、「319条により証拠にできない」と主張する → 319条は自白の規定なので使えません。帳簿の扱いは、次の違法収集証拠排除法則で判断します。

319条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第四節 証拠(317〜328条)1項:強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

  • 違法収集証拠排除法則(第4節(3)):刑訴法に明文の規定は無く、判例が解釈で認めた法理です。

1つの違法から、6つの出口

1つの捜索が違法だったと仮定すると、6つの出口の候補が開きます。どれが実際に動くかは、制度ごとの要件で決まります。

事実この回の事例(捜索差押えの現場)

  • ある会社が、補助金の申請書類を偽って、補助金をだまし取った疑い(詐欺)があります。
  • ①警察官が捜索差押許可状を得て、会社役員の自宅を捜索し、経理帳簿を差し押さえます(後に詐欺を立証する中心的な証拠)。
  • ②役員が制止を振り切ろうとして、令状を執行していた警察官を突き飛ばします。
  • ③警察官は役員を公務執行妨害の現行犯として逮捕します。もみ合いで役員は転倒し、負傷します。
  • ④検察官が、裁判官に役員の勾留(逮捕に続けて身柄の拘束を続ける手続)を請求します。
  • 仮定:もし①の捜索そのものが違法だったら?
問い出口守るもの
中①押収された帳簿は、戻ってくるか準抗告(430条)帳簿という物を取り戻す
中②身柄は、勾留されたままか勾留の3経路身柄を取り戻す
中③帳簿は、証拠として使えるか証拠排除違法に集めた証拠を、公判の認定から外す
外①突き飛ばしは、本当に公務執行妨害か公務執行妨害の不成立(刑法)公務執行妨害という訴追の土台を崩す(職務の適法性が欠ければ、役員はこの罪では有罪にならない)
外②負傷した役員は、賠償を求められるか国家賠償(国家賠償法)損害を埋める
外③令状を執行した警察官は、処分されるか懲戒・職権濫用の罪(地方公務員法・国家公務員法・刑法)公務員個人の規律を正す
  • 刑訴法の中の出口:いま動いている刑事手続の中身にかかわり(物・身柄を取り戻す、証拠を認定から外す)、その手続の中でそのまま争えます。
  • 刑訴法の外の出口:手続の外側にあるものを守り、刑法・国家賠償法などの別の法律の要件で判断されます。
    • 国家賠償は民事の裁判、懲戒は所属する組織の手続、職権濫用の罪は警察官を訴追する刑事手続です。公務執行妨害の不成立は、その罪で起訴された役員自身の刑事裁判で、刑法の要件として争われます。
  • 守るものが違う:制度ごとに物差しが違うので、同じ1つの違法でも返ってくる答えが違います(第2節の背骨の現れ)。

刑訴法の中の出口

準抗告は物を、勾留の3経路は身柄を取り戻します。証拠排除は違法に集めた証拠を公判の認定から外しますが、それで必ず無罪になるわけではありません。

(1) 準抗告(押収された帳簿を取り戻す)

  • 押収に対する準抗告:捜査機関がした押収(差押え・領置など)の処分に不服がある人が、裁判所に、その処分の取消し・変更を求める手続です(430条)。
  • 請求先:検察官・検察事務官の処分なら所属する検察庁に対応する裁判所(1項)、司法警察職員(警察官など)の処分なら職務執行地を管轄する地方裁判所・簡易裁判所(2項)です。
    • 事例では、押収したのは警察官なので、2項です。
  • 認められると:処分が取り消され、帳簿は直ちに還付(返還)されます。=帳簿という「物」を取り戻す出口です。
    • 例:警察官が、令状の差し押さえる物に当たらない私物のアルバムまで持ち帰った → 持ち主は、その差押えの取消しを、2項で請求できます。認められれば、アルバムは直ちに返されます。
  • 条文で見る所:「押収」「不服がある者」「取消し又は変更を請求することができる」の3か所です。
    • 例:「令状の範囲を超えて家の中を探された。その捜索を取り消してほしい」→ 430条が挙げるのは押収などの処分で、捜索そのものは挙がっていません。争えるのは、その捜索で差し押さえられた物の押収です。

430条(抜粋)|刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)1項:検察官又は検察事務官のした第三十九条第三項の処分又は押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、第二百十八条第三項の規定による命令若しくは第二百二十二条第一項若しくは第五百十三条第六項において準用する第百二十三条の二第一項の規定による複写に関する処分に不服がある者は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。2項:司法警察職員のした前項の処分に不服がある者は、司法警察職員の職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。

(2) 勾留の3経路(身柄を取り戻す)

  • 逮捕前置主義:被疑者の勾留は、逮捕に引き続いて求める仕組みです。
    • 事例で勾留の場面で争われるのは、その前の逮捕(公務執行妨害の現行犯逮捕)の違法です。捜索の違法がこの逮捕の違法につながるかには、まず突き飛ばしの時の職務が適法だったか(第5節(1))がかかわります。
    • 鎖にすると:捜索が違法 → 職務の適法性が欠ける方向 → 公務執行妨害が成立しない方向 → その罪での現行犯逮捕の適法性も争われうる → 却下は重大な違法のときに限る(下の線引き)。
  • なぜ逮捕の違法が勾留に響くか:かつては、適法な逮捕が勾留の前提だから、違法な逮捕は当然に影響する、と説明されました。
    • 現在の学説は、逮捕に準抗告が無いのは勾留の段階で審査する前提だから、重大な違法があれば釈放されているべきだった、将来の違法な逮捕を防ぐ、といった理由で説明します。
  • 線引き:逮捕に、令状主義の精神に反するような重大な違法があるときに限って、勾留請求を却下する、と考えるのが一般です(勾留請求を却下するかの場面の線引き)。
    • 令状主義=逮捕・捜索などの強制処分には、原則として裁判官が出す令状が要る、という原則です(憲法33条・35条)。
    • 例(事例とは別の事件):朝に「任意同行」した被疑者を深夜まで取り調べ、少なくとも午後7時以降の約5時間が、逮捕状によらない実質的な逮捕(形は任意でも、実際は身体を拘束していた)とされた。その後に逮捕して勾留を請求した → 実質的な逮捕の時から数えても、勾留請求までの制限時間(203条・205条)は守られていた。それでも、約5時間の令状によらない逮捕はそれ自体が重大な瑕疵で、制限時間を守ったことでは治らないとされ、勾留請求の却下が支持されました(富山地決昭54・7・26)。
    • 例:逮捕状の記載にささいな誤記があっただけ → これで勾留請求を退けるのは適切でない、とされます。
経路誰が・何をするか
勾留請求の却下裁判官が、勾留請求そのものを退ける。却下に対しては、検察官が準抗告で争える
勾留決定への準抗告いったん勾留が決まっても、役員や弁護人が、その決定に準抗告する
勾留取消し(87条)勾留された後に、勾留の取消しを請求する
  • 勾留取消しの条文:87条の文言は「勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたとき」です。被告人の規定で、被疑者には207条1項を通して働きます。
    • 準抗告が「勾留の裁判そのものが誤りだった」と争うのに対し、勾留取消しは、条文上は勾留の後に理由・必要が無くなった場合の手続です。ただ実際には、逮捕・勾留の手続の違法を理由に請求されることもあります。
  • 準抗告は共通の手段:押収の準抗告は「物」に、勾留の準抗告は「身柄の拘束」に対してです。勾留は裁判官がする裁判なので、準抗告の根拠は429条1項2号です(捜査機関の処分は430条)。

(3) 証拠排除(帳簿は証拠として使えるか)

  • 違法収集証拠排除法則:違法な手続で集めた証拠を、公判で証拠から排除することがある、という法理です。
    • 基準:違法があればいつでも排除、ではありません。判例(最判昭53・9・7)は、証拠物の押収等の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、将来の違法な捜査の抑制の見地から証拠として許容することが相当でないときに、証拠能力を否定するとしています。
      • 例:令状なしに役員宅に入り込み、帳簿を持ち去った → 排除される方向です。押収品目録の記載にささいな誤りがあっただけ → 排除されない方向です。
  • 守るのは認定の正確さではない:違法に押収しても、帳簿の中身の証拠としての価値は変わりません。
    • それでも使わせないのは、手続の適正、司法への信頼、将来の違法な捜査の抑止という、事実認定以外の利益のためと説明されます。
段階何が起きるか
① 違法な捜索帳簿の押収に、違法な手続があった
② 証拠排除違法収集証拠排除法則により、帳簿が証拠として使えなくなる
③ 立証不能帳簿以外に有力な証拠が無ければ、詐欺を立証できない
④ 無罪/公訴取消し検察官は、自分から公訴を取り消すか(257条)、起訴を維持して無罪判決を受けるかを迫られる。取り消せば、裁判所は決定で公訴を棄却する(339条1項3号)
  • 言葉:公訴=起訴。公訴棄却=有罪・無罪の判断に入らずに、手続を打ち切る裁判(第6節)。

  • 間に2段階が挟まる:「違法」と「無罪」の間に、証拠排除と立証不能があります。排除された証拠が重要であるほど、無罪や公訴取消しに近づきます。

    • 例:帳簿が排除されても、共犯者の供述や、取引の振込記録などで詐欺を立証できれば、帳簿抜きでも有罪はありえます。
    • 例:帳簿しか証拠が無ければ、検察官は公訴を取り消すか、無罪判決を受けることになります。

刑訴法の外の出口

公務執行妨害の不成立は訴追の土台を崩し、国家賠償は損害を埋め、懲戒・職権濫用の罪は警察官個人の規律を正します。

(1) 公務執行妨害の不成立(突き飛ばしは犯罪か)

  • 公務執行妨害罪(刑法95条1項):公務員が職務を執行するに当たり、その公務員に暴行・脅迫を加えると成立する罪です。
  • 職務の適法性:この罪が成立するには、妨害された公務員の職務が適法でなければなりません。
    • 例:役員宅の捜索が令状どおりなら → 突き飛ばしは適法な職務への暴行で、公務執行妨害が成立する方向です。
    • 例:令状に書かれていない隣の倉庫を、令状なしに探している最中の突き飛ばしなら → 職務の適法性が欠ける方向に動きます。

95条(公務執行妨害及び職務強要)(抜粋)|刑法 第二編 罪 第五章 公務の執行を妨害する罪(95〜96条の6)1項:公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

段階中身
① 捜索が違法帳簿を差し押さえた捜索そのものに、違法があった
② 職務が適法と言えない突き飛ばしより前から続いていた捜索が違法なので、職務の適法性が欠ける方向になる(どの程度の違法で欠けるかは刑法の論点)
③ 公務執行妨害は不成立職務の適法性を欠くので、公務執行妨害罪は成立しない。暴行の事実自体は残るが、暴行罪が成立するかは別に問題になる
④ 訴追の土台が崩れる検察側が組み立てた、公務執行妨害という訴追の土台が崩れる=職務の適法性が欠ければ、役員はこの罪では有罪にならない。詐欺の訴追は、これとは別に証拠で判断される
  • 働く方向:第4節の3つと同じく、被疑者(役員)の側を助ける出口です。物や身柄を取り戻すのではなく、罪の成立そのものを崩します。だから、公務執行妨害の事件では、先行する捜査の適法・違法が争われることがあります。

事実手首をつかんだ事件(最決昭51・3・16)

  • 酒酔い運転の疑いで警察署に任意同行された男が、呼気検査を拒み続け、急に立ち上がって出入口へ向かいました。
  • 巡査が両手で男の左手首をつかむと、男は振り払い、巡査の襟首をつかんで肩章を引きちぎり、顔を殴りました。男は公務執行妨害の現行犯で逮捕されました。
  • 第一審は、手首をつかんだのは任意捜査の限界を超えた違法な行為で、公務に当たらないとしました。正当防衛として、暴行罪も成立しないとしました。
  • 原審は第一審を誤りとし、説得のための相当な実力行使だとして、公務執行妨害罪の成立を認めました。
  • 最高裁は、つかんだ行為は強制手段に当たらず、説得のための抑制でその程度もさほど強くないので、捜査として許される範囲を超えていないとしました → 公務の適法性は否定できず、公務執行妨害罪の成立を認めた原判決を正当としました。

(2) 国家賠償(負傷した役員は賠償を求められるか)

  • 国家賠償:公権力を行使する公務員が、職務の中で、故意・過失によって違法に損害を加えたとき、国や公共団体が賠償する制度です。
  • 事例では:捜索・逮捕の過程で、過剰な有形力の行使などの違法があり、役員が負傷したなら、賠償を求められます。
    • 仮定した捜索の違法そのものでも、1条の要件(故意・過失、違法、損害など)を満たせば賠償を求められます(例:令状の範囲外の私物を壊された)。
  • 賠償するのは:公務員個人ではなく、国又は公共団体です。

1条(抜粋)|国家賠償法1項:国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

違法な行為をした人賠償の相手
警察官(都道府県警察)都道府県
検察官・検察事務官国
  • なぜ警察官なら都道府県か(最判昭54・7・10・交通犯罪の捜査の事案):警察法・地方自治法は、警察の管理・運営を都道府県の事務としています。
    • だから都道府県警察の警察官の捜査は、原則としてその都道府県の公権力の行使です。
      • 例:都道府県警察の警察官の交通犯罪の捜査で損害を受けたとして、国に賠償を求めた → 最高裁は、責任を負うのは原則として都道府県で、国ではないとして、国の責任を否定した原審を是認しました。
    • 例外:検察官が自ら行う捜査で、検察官の指揮を受けて警察官が補助した場合(刑訴法193条3項)のような場合です。このときは原則から外れる、と判決は述べます(誰が賠償するかまでは判断していません)。
    • 警察官を任免・指揮監督する警視総監・本部長が国家公務員でも、国の公権力の行使にはならない、としました。どの団体の事務を執行したかで決めています。
  • 手続への影響:国家賠償の判決が捜査を直接止めるわけではありません。ただ、裁判で違法と認められたやり方を続ければ、また違法とされることが見えているので、事実上、同じやり方の捜査は続けられなくなります。

(3) 警察官個人の処分(懲戒・職権濫用の罪)

違法な捜索をした警察官自身には、2つの筋があります。

筋中身
① 懲戒処分地方公務員法・国家公務員法が種類を定める。免職・停職・減給・戒告の4種類
② 刑事罰(職権濫用の罪)刑法193〜196条。違法な捜査が、これらの罪に当たるとき。不起訴なら付審判請求ができる
  • 公務員職権濫用罪(193条):どの公務員にも当てはまる罪です。捜査が違法だったことそのものは処罰していません。
    • 職権を濫用して、人に義務のないことを行わせた、権利の行使を妨害した、と言えることが必要です。
    • 例:捜索の範囲を超えて、役員に寝室の金庫を開けるよう迫り、開けさせた → 職権を濫用して「義務のないことを行わせ」た方向です(193条)。
    • 例:差押調書の記載を誤っただけ → 手続に違法があっても、人に何かを行わせた・権利の行使を妨げたとは言いにくく、193条の方向には動きにくいです。

193条(公務員職権濫用)|刑法 第二編 罪 第二十五章 汚職の罪(193〜198条)公務員がその職権を濫用して、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害したときは、二年以下の拘禁刑に処する。

  • 特別公務員の罪(194〜196条):主に裁判・検察・警察の職務を行う者(補助する者を含む)が対象の、より重い罪です。
    • 職権を濫用して逮捕・監禁する(194条)、職務を行うに当たり被疑者などに暴行する(195条1項)、それで人を死傷させる(196条)ことを処罰します。
  • 付審判請求(262条1項):193〜196条の罪について告訴・告発した人が、検察官の不起訴に不服があるとき、事件を裁判所の審判に付するよう請求する手続です。

違法な捜査を理由に公訴棄却できるか

判例は、違法な捜査を理由に起訴を無効とすることに慎重です。だから実務は、公訴棄却ではなく証拠排除で対処しています。

  • 公訴棄却の例:被告人が死亡したとき(339条1項4号)。検察官が公訴を取り消したとき(同項3号)。
  • ここでの問い:検察官が取り消していないのに、「違法な捜査 → 起訴が無効 → 公訴棄却」という筋で、裁判所が打ち切れるか、です。
    • 公訴提起の手続が規定に違反して無効なら、判決で公訴を棄却します(338条4号)。

(1) 逮捕手続の違法と公訴提起

  • 判旨(最判昭41・7・21):逮捕の手続に違法があったとしても、公訴の提起が憲法31条に違反して無効になるとはいえない、としました。
    • 憲法31条=適正手続の保障。違法な逮捕に続く起訴はこれに反して無効だ、という主張を退けたものです。
  • 違法を仮定した判断:判決は「所論の違法があつたとしても」と述べるだけで、違法があったかどうかは認定していません。
    • 逮捕の際に警察官が暴行を加えてけがをさせた、という事案の紹介は教材によるもので、判決文には事実の記載がありません。

逮捕手続の違法は公訴提起の効力に影響するか最高裁判所判決本件逮捕の手続に所論の違法があつたとしても本件公訴提起の手続が憲法三一条に違反し無効となるものとはいえないことは、当裁判所の判例(中略)の趣旨に徴し明らかであるから、本件公訴の提起を有効であるとした原判決は、正当であり、所論違憲の主張は理由がない。

(2) 捜査の遅延と公訴提起(2つの別の判断)

事実少年事件の捜査が遅れた事件(最判昭44・12・5)

  • 19歳の少年が、自動二輪車の運転中に幼児に接触し、けがをさせました(業務上過失傷害)。
  • 実況見分調書などの不備で書類が警察内で2回差し戻され、年末で検察庁の受理も遅れ、少年が20歳になった後に略式命令が請求されました。家庭裁判所の審判を受ける機会が失われました。
  • 原判決(第一審を維持)は、捜査手続の違法が重大で、それを前提に初めて起訴できる場合は、起訴は無効になるとしました。
  • 最高裁は、原判決と第一審判決を破棄し、簡易裁判所に差し戻しました。
何についての判断か中身本件では
説示①捜査そのものが違法かの基準捜査に長くかかって審判の機会が失われた、それだけで違法とは言えない。ことさら遅らせた等の極めて重大な職務違反があれば、違法となることがある極めて重大な職務違反は無い → 捜査は違法でない
説示②捜査の違法が、公訴提起の効力を失わせるか仮に違法でも、当然には失わせない。理由は、公訴提起が検察官の極めて広範な裁量にかかる判断であること(判決の理由はこれだけ)「仮りに」違法があるとしても、という仮定の判断
  • 2つは別の判断:説示①の「極めて重大な職務違反」は、捜査そのものが違法かの基準で、説示②(公訴提起の効力)の基準ではありません。
    • 例:捜査官が、少年審判を受けさせないために、20歳の誕生日を待ってわざと送致を遅らせた → 説示①の「ことさら捜査を遅らせ」に当たり、捜査は違法となる方向です。ただし、起訴まで無効になるかは、判決は述べていません。
  • 「当然には失わせない」の読み方:「絶対に失わせない」とは言っていません。ただ、どんな場合に失わせるかの基準は、判決自身は示していません。
    • 基本書の読み:最高裁が説示①で「極めて重大な職務違反」に言及したことを手がかりに、捜査の違法が重大なら公訴棄却も考えられる、と読みます。判決文の言葉ではありません。①を②(公訴棄却)の話につなげるのは、判決ではなく基本書です。
    • 公訴権濫用論:検察官の公訴の提起が権限の濫用といえるときは、その公訴は無効で、公訴棄却の判決で打ち切るべきだ、とする主張です。基本書は、違法な捜査に基づく起訴をこの主張の類型の1つとして扱い、上の読み(違法が重大なら公訴棄却も)をここにつなげます。
    • 問われているのは、前の手続(捜査)の違法が後の手続(検察官の起訴)に及ぶかです。基本書は、当然には及ばないので、公訴提起が直ちに違法になるわけではない、と説明します。
  • だから実務は:公訴棄却という強い出口ではなく、証拠排除の出口で対処しています。事例でも、捜索が違法というだけで起訴が無効になるとは考えにくく、まず動くのは準抗告や証拠排除です。
    • 例:「違法な捜査があった事件は、公訴棄却で終わる」は誤り → 違法な捜査を理由に裁判所が起訴を無効として打ち切ることを、判例は認めてきませんでした。

捜査手続の違法性の判断基準と、公訴提起の効力について最高裁判所判決もつとも、捜査官において、家庭裁判所の審判の機会を失わせる意図をもつてことさら捜査を遅らせ、あるいは、特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置しそのため手続を設けた制度の趣旨が失われる程度に著しく捜査の遅延をみる等、極めて重大な職務違反が認められる場合においては、捜査官の措置は、制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきである。仮りに捜査手続に違法があるとしても、それが必ずしも公訴提起の効力を当然に失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかであつて

捜査構造論(糾問的捜査観と弾劾的捜査観)

捜査を糾問的・弾劾的のどちらで捉えるかのモデルで、受忍義務への馴染み方や令状の性質が分かれます。

(1) 「主義」と「捜査観」を混同しない

  • 糾問主義/弾劾主義:審理(法廷での裁き方)の構造の対立です。糾問主義=裁く人が自ら訴追もする(二面)、弾劾主義=訴追する人と裁く人が別(三面)。現行法は弾劾主義です。
  • 糾問的捜査観/弾劾的捜査観:響きは同じでも別のもので、捜査という活動を、取調べ中心の手続とみるか、対等な当事者の準備とみるかの対立です。現行法は、どちらか一方には決まっていません。

(2) 2つの捜査観と、そこから出る帰結

  • 捜査構造論:平野龍一が示した、捜査手続の基本的な考え方を、2つの捜査観の対比で整理したモデルです。
糾問的捜査観弾劾的捜査観
捉え方捜査は、捜査機関が被疑者の取調べを中心に事実を解明する手続捜査は公判の準備。被疑者側と捜査機関は、対等な主体として準備をする
被疑者の位置づけ客体(調べられる対象)主体(防御を準備する当事者)
① 取調べ受忍義務肯定する見方に馴染む否定する見方に馴染む
② 接見交通権捜査の必要があれば、広く制限してよい制限は最小限にとどめるべき
③ 令状の性質許可状命令状
  • 取調べ受忍義務:逮捕・勾留されている被疑者が、取調べの場に出頭し、そこにとどまる義務です。
    • 前提:在宅のまま呼び出された被疑者は、出頭を拒め、出頭後もいつでも帰れます(198条1項ただし書)。
    • 実務:ただし書の「逮捕又は勾留されている場合を除いては」の反対解釈から、逮捕・勾留中の被疑者には、取調べの場に出頭し、とどまる義務を認めます。
    • 学説:黙秘権の侵害につながるとして否定する見解が通説です。
    • 判例:出頭・滞留の義務があると解しても、直ちに供述を拒否する自由を奪うことにはならない、と述べるにとどまります(最大判平11・3・24)。
    • 例:事例で逮捕された役員 → 実務の立場では取調べの場にとどまる義務があり、通説の立場ではその義務はありません。どの立場でも、話す義務はありません(198条2項)。

198条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。2項:前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

  • 接見交通権:身体を拘束された被疑者が、弁護人と会う権利です。
    • 被疑者を「客体」とする整理と接見交通権の行は、講義用の解説書による整理です(基本書のコラムは、捉え方・受忍義務・令状の性質を挙げます)。
  • 令状の性質が分かれる理由:強制処分の権限が、もともと誰にあると考えるかが違うからです。
    • 弾劾的捜査観:権限は裁判官にあり、捜査機関は執行するだけ → 令状は、裁判官が出す命令状です。
    • 糾問的捜査観:権限は捜査機関にあり、裁判官は行使してよいかを確認するだけ → 令状は、求めに応じて出す許可状です。
    • 違い:一般に、許可状=「してよい」(使うかは捜査機関が決める)、命令状=「せよ」(捜査機関は執行役)と説明されます。
  • モデルとしての意義:弾劾的捜査観を徹底すると、徹底した捜査は難しくなり、あっさり起訴して、事実は法廷で明らかにする(公判中心主義が実現する)、という構想を描き出した点に意義があったとされます。

犯罪捜査規範とは何か

犯罪捜査規範は、国家公安委員会が定めた規則で、法律ではありません。

  • 犯罪捜査規範:警察官が捜査で守るべきことを定めた規則です。定めたのは警察庁ではなく、国家公安委員会(警察庁を管理する委員会・警察法5条)です。

  • 位置づけ:①法律ではない(国会でなく行政委員会の規則)/②違反=直ちに違法、ではない/③判断材料にはなる(違法かどうかを判断する材料の1つにはなり得る)。

  • 論拠として引かれる場面(例):住人が「どうぞ家の中を見てください」と言っている → それでも犯罪捜査規範108条は、承諾が得られそうでも捜索許可状を得て行うよう定めます。承諾による家宅捜索はすべきでない、とする立場の根拠の1つです。

ページ上部へ ↑

#9単独ページ動画

強制処分と任意処分の区別①

骨格捜査の処分は、どこからが「強制」か

  • 1 出発点:197条1項=任意捜査が原則、強制処分は刑訴法に「特別の定め」があるときだけ。「強制の処分」の定義は条文に無い → 解釈に委ねられる(基準を示したのが第4節の決定)。
  • 2 判定で変わるもの:強制と判定されると法定主義・令状主義が加わる。比例原則は強制にも任意にもかかる。
    • 判断の順序:①強制か(振り分け)→ 強制なら②特別の定め ③令状/任意なら④比例原則。
  • 3 かつての線:有形力の行使か法的義務の賦課があれば強制 → 軽い接触まで拾い、写真撮影・通信傍受はすり抜ける。
  • 4 最高裁の線:有形力の有無ではない。「意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて」強制的に捜査目的を実現する行為など。そこに至らない有形力も、必要性・緊急性などを考慮し、相当な限度でだけ許される。
  • 5 手首をつかんだ事件:第一審=逮捕と同様の効果を狙う強制力の行使で違法・公務執行妨害は無罪/控訴審=有罪/最高裁=強制手段に当たるとは判断できず、任意としても不相当とはいえない(有罪維持)。

⚠ 比例原則は強制と判定されて加わるものではない(任意にもかかる)/最高裁は「意思の制圧に至らない」とは書いていない(理由は説得の目的と程度)/第一審も「有形力だから強制」とは書いていない

出発点:197条1項

197条1項は任意捜査を原則とし、強制処分は刑訴法に特別の定めがあるときに限ります。何が「強制の処分」かは、条文に定義がありません。

  • 本文(任意捜査の原則):捜査機関は、捜査の目的を達するのに必要な「取調べ」ができます。
  • ただし書(強制処分法定主義):強制の処分は、刑訴法に「この処分をしてよい」という特別の定めがなければできません。
  • 読み方:ただし書が強制を限られた場合に絞っているので、本文の任意捜査が原則だと読みます。
    • 原則の中身:相手の同意なく重い侵害をする強制捜査は、それに見合う必要がある限られた場面だけ。それ以外は任意捜査で行います。
    • 任意捜査も無制約ではありません(第2節(3)の比例原則)。
  • 呼び方:条文の言葉は「強制の処分」(手段)で、それを用いる捜査が「強制捜査」です。捜査の場面では、ほぼ同じ意味で使われます。
  • 定義が無い:刑訴法は「強制の処分」を定義していません。何が強制かは解釈に委ねられ、その基準を示したのが第4節の最高裁の決定です。
197条1項の「取調べ」198条の「取調べ」
範囲広い=捜査全般(証拠を集める・身体を拘束する活動も含む)狭い=人から話を聞いて、供述を得る活動
例取調べ・捜索・差押え・検証など被疑者からの聴取(被疑者以外の人は223条1項)
  • 2つの「取調べ」:同じ語でも、197条1項は捜査活動の全体を、198条は人から話を聞く活動だけを指します(表)。
    • 例:目撃者から話を聞く → 狭いほうの取調べです。被疑者について定めた198条ではなく、被疑者以外の人を定めた223条1項によります。
    • 例:捜索差押許可状で家を捜索する → 197条1項の広い「取調べ」に入ります。ただし強制処分なので、特別の定め(218条1項)と令状が要ります。

197条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

強制と判定されると、何が加わるか

強制処分と判定されると、強制処分法定主義と令状主義が加わります。比例原則は、強制処分にも任意処分にもかかります。

強制処分任意処分求めること(根拠)
強制処分法定主義○―刑訴法の特別の定め(憲法31条)
令状主義○―裁判官が事前に審査して出す令状(憲法33条・35条)
比例原則○○侵害・制約が必要性に見合った相当なものか(197条1項本文)
  • 非対称:強制処分には3つ、任意処分には比例原則だけがかかります。だから、強制か任意かの判定が適法・違法を大きく左右します。
  • 法定主義・令状主義の共通の理由:強制処分は、相手の同意なく重要な権利・利益を侵害・制約するものだから、と説明されます。
    • この「重要な権利・利益」は学説の定式で、第4節の決定の言葉ではありません。のちのGPS捜査の大法廷判決は「憲法の保障する重要な法的利益」と述べています。

(1) 強制処分法定主義:中身は国会が決める

  • 根拠:憲法31条(適正手続の保障)です。処罰する行為を法律で定める罪刑法定主義と、同じ形の考え方です。

31条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

① 民主主義的要請② 自由主義的要請
中身国民の代表である国会が、法律で定める中身を事前に法律で明らかにし、国民の行動の自由を守る
言い換え捜査機関が、自分で自分の権限を決めない警察がいつ家に入ってこられるかが分かるので、書かれていない場面では入ってこないと分かる
  • 効いてくる場面:今までに無い捜査手法が強制処分に当たるなら、刑訴法に定めが置かれるまで(立法を待つまで)使えません。

(2) 令状主義:裁判官が事前に審査する

  • 令状主義:強制処分には、原則として、裁判官が事前に出した令状が要ります。
    • 司法官憲:憲法33条・35条の言葉で、裁判官のことです。
    • 理由:捜査機関が自分の権限を自分で判断すると、行き過ぎが起きやすいからです。中立公平な裁判官が処分の前に審査します(司法的抑制)。
  • 例外は3つですが、出どころが違うので同じ強さで並べません。
当たるもの出どころ
原則:令状が要る逮捕=逮捕状(199条1項)/捜索・差押え=捜索差押許可状(218条1項)憲法33条・35条
例外①:憲法の明文現行犯逮捕(212条・213条)/逮捕に伴う捜索・差押え(220条)33条「現行犯として逮捕される場合を除いては」・35条1項「第三十三条の場合を除いては」
例外②:判例が合憲緊急逮捕(210条)憲法に「緊急逮捕」の語は無い。最高裁大法廷が、33条の趣旨に反しないとした
  • 現行犯逮捕(例外①):現行犯人は「何人でも」逮捕状なしに逮捕できます(213条)。
    • 例:店で万引きをした直後の人を、店員が捕まえる → 憲法33条の明文の例外です。
  • 緊急逮捕(例外②):長期3年以上の拘禁刑などに当たる罪を犯したと疑う十分な理由があり、急速を要して逮捕状を求められないときに限り、理由を告げて逮捕できます。直ちに逮捕状を求め、出なければ直ちに釈放します(210条1項)。
    • 例:強盗の犯人だと疑う十分な理由がある人を、逮捕状を待てない状況で警察官が逮捕する → 緊急逮捕です。
  • またがる部分:220条1項後段は、緊急逮捕する場合の捜索・差押えも認めています。この部分は、緊急逮捕を合憲とした判例を経て、はじめて35条の「第三十三条の場合」に乗る、と整理できます。
    • あとで逮捕状が得られなければ、差し押さえた物は直ちに返さなければなりません(220条2項)。

33条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

35条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。2項:捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

(3) 比例原則:令状は免罪符ではない

  • 比例原則:権利・利益への侵害・制約は、必要性に見合った相当なものでなければならない、という原則です。197条1項本文の「必要な」取調べが手がかりです。
    • 任意捜査の原則とのつながり:条文の上では、ただし書が強制を絞っていることから、本文を任意捜査の原則と読みます(第1節)。その中身=重い侵害を伴う強制捜査は、それに見合う必要があるときに限る、というのは比例原則の考え方そのものです。だから、任意捜査の原則もこの原則に基づく、と説明されます。
  • 強制処分にも:令状は「この処分をしてよい」という許可で、「どんなやり方でしてよいか」までは決めていません。
    • 目印:令状は「入っていい部屋」を教えるだけで、ドアを蹴破っていいかまでは教えません。
    • 例:逮捕状を示された相手がおとなしく応じているのに、地面に押し倒して手錠をかける → 令状があっても、相当性を欠く方向です。
    • 例:相手が刃物を振り回して抵抗する → 強い実力行使も許されえます。武器の使用も、警職法7条の「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度」でありえます。
    • 例:捜索差押許可状による捜索自体は適法でも、必要以上に部屋を荒らす・乱暴な態度を取る → その部分が比例原則に反する余地があります。
  • 任意処分にも:法定主義・令状主義はかかりませんが、比例原則はかかります(197条1項本文)。
    • 令状が事前の審査なのに対し、任意処分の相当性は、後から裁判で問われます。

(4) 判断の順序

順序問うこと結論
① 強制の処分か強制処分か、任意処分か強制なら②へ/任意なら④へ(ここで違法にはならない)
② 特別の定めがあるか刑訴法に根拠規定があるかあれば③へ/なければ違法
③ 令状主義を守ったか令状があるか(例外に当たるか)守っていれば適法/守っていなければ違法
④ 比例原則に従ったか(任意の側)必要性に見合った相当なものか従っていれば適法/従っていなければ違法
  • 強制の側:②根拠規定、③令状の順に確かめます。表に比例原則の段はありませんが、強制処分の執行にも比例原則はかかります(第2節(3))。
    • 例:裁判官の捜索差押許可状で会社役員の自宅を捜索し、帳簿を差し押さえた → ①強制 → ②特別の定め(218条1項)あり → ③令状あり。さらに執行の相当性も問われます。
    • 例:「令状さえ取れば適法」は誤り → 刑訴法に定めの無い新しい手法が強制処分に当たるなら、②で止まります。令状は、刑訴法に定めのある処分について出すものだからです。
      • GPS捜査の大法廷判決(最大判平29・3・15)は、GPS捜査を強制の処分としたうえで、「検証」では捉えきれない性質もあり、検証許可状を得ても、車両と罪名を特定するだけでは関係のない行動の過剰な把握を抑えられないことなどを挙げ、事案ごとに裁判官が条件を選んで令状に付すやり方も197条1項ただし書の趣旨に沿わないとして(第3節(3))、令状を発付することには「疑義がある」、立法的な措置が望ましいとしました。
  • 任意の側:①で任意と判定されても、それだけで適法にはなりません。
    • 例:「任意処分なら必ず適法」は誤り → ④で、必要性に見合った相当なものかが問われます。
  • 「違法」の先:押収への準抗告、勾留の3経路(却下・準抗告・取消し)、証拠排除、公務執行妨害の不成立、国家賠償、懲戒・職権濫用の罪の6つの出口につながります。
    • 第5節の事件は、このうち公務執行妨害の不成立が争われた例です。
    • 公務執行妨害罪(刑法95条1項)は、職務を執行している公務員に暴行・脅迫を加える罪です。条文に「適法」の語はありませんが、職務が違法なら、この罪で守られる「公務」に当たらず、罪は成り立たないとされます。だから、警察官の行為が適法かが、殴った人の罪の成否を左右します。

かつての線:有形力か、法的義務の賦課か

かつては、有形力の行使か法的義務の賦課があれば強制処分とされていました。この線は、軽い接触を拾いすぎる一方、写真撮影や通信傍受をすり抜けさせます。

① 有形力の行使② 法的義務の賦課
意味物理的な実力を使うこと相手に法的な義務を負わせること
念頭にあった例逮捕・勾留、捜索・差押え、検証第1回公判期日前の証人尋問(出頭・宣誓・証言の義務)
  • 刑訴法が定める典型的な強制捜査を、そのまま説明できる素直な基準でした。

(1) 法的義務の賦課:証人尋問は今も強制

  • 第1回公判期日前の証人尋問(226条・227条):捜査段階で、検察官が裁判官に請求し、ある人を証人として尋問してもらう手続です。
    • 226条:捜査に欠くことのできない知識を持つと明らかに認められる人が、取調べ(223条1項)に出頭や供述を拒んだとき
    • 227条:取調べで任意に供述した人が、公判で違う供述をするおそれがあり、その供述が犯罪の証明に欠かせないとき

226条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

流れ中身
① 請求検察官が裁判官に請求する。請求を受けた裁判官は、証人の尋問について裁判所・裁判長と同じ権限を持つ(228条1項)
② 召喚:義務が先に生じる証人として召喚されると、出頭・宣誓・証言の義務を負う
③ 拒めば制裁正当な理由なく拒むと、過料(150条・160条)、拘禁刑・罰金(151条・161条)
④ 勾引召喚に応じないときなどは、勾引(152条)=強制的に連れてこられる
  • 強制である理由:義務を負わせ、過料・刑罰で義務を守ることを間接的に強制するからです。この理由で、今でも強制捜査の1つとされています。
    • 裁判官が関与すること自体が、強制である理由ではありません。
    • 最高裁の決定(第4節)が退けたのは有形力の有無で線を引く立場で、義務と制裁による強制(証人尋問)を任意にしたわけではありません。
    • 捜査機関が令状を得て自分で行う処分ではありません。請求を受けた裁判官が召喚状を出し、正当な理由なく応じないとき(応じないおそれがあるときも)は、勾引状を出して勾引できます(228条1項・152条・153条・62条)。
    • 例:事件を見ていた人が取調べを拒み続け、検察官が証人尋問を請求した(226条)→ 出頭しなければ過料・刑罰、さらに勾引があり、強制捜査です。
    • 例:検察官が会社に、取引記録の報告を求める(公務所等への照会・197条2項)→ 197条2項は報告を「求めることができる」と定めており、応じない場合の制裁の定めはありません。実務では相手の同意を前提にした任意捜査とされます。
      • 証人尋問が強制とされるのは、義務に制裁が付いているからでした(上記)。これに対し、照会は相手に報告の義務を負わせるものだとして、制裁が無くても義務を負わせる以上は強制処分とみる見解もあります。ただしこの見解も、物理的な強制力が無いので、令状は不要とします。

(2) 有形力の線は、両側から壊れる

① 拾いすぎ② すり抜け
行為の例警察官が、話を聞いている被疑者の肩に軽く触れて注意を引く(有形力=軽い接触)写真撮影、通信の傍受(有形力も、法的義務の賦課も無い)
旧説だと強制処分=法定主義・令状主義の下に置かれる任意処分=法定主義・令状主義の外に置かれる
不都合軽い有形力まで令状が要ることになり、現実的でないプライバシーを侵害するのに、法定主義・令状主義の規制が及ばない
  • ① 拾いすぎ:触れたかどうかだけを見るので、肩に軽く触れるのと、肩をつかんで引きずり倒すのとの重さの違いも出ません。
  • ② すり抜け:力も義務も使わない手法は、どれほどプライバシーを侵害しても、旧説では任意処分になります。
    • 例:電話の会話を、当事者のどちらの同意も得ずに傍受する → 人にも物にも力を加えず、義務も負わせていません。旧説では任意処分になり、法定主義・令状主義の外に置かれます。
      • 今は、刑訴法222条の3が、この傍受を「強制の処分」とし、中身を別の法律に委ねています。
    • 例(近い判例。有形力の有無ではなく、私的領域への侵入を見た例):GPS捜査の大法廷判決は、端末を所持品に秘かに装着して行う点で、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりする手法とは異なり、私的領域への侵入を伴うとして、強制の処分に当たるとしました。
  • この2つの問題は学説から指摘されました。のちに最高裁の決定も、有形力の有無で線を引く立場を退けています(第4節)。ただし、すり抜けの側をどう埋めるかまでは示していません。

(3) 学説の答え:新強制処分説

  • 新強制処分説:個人の権利・利益の侵害を伴う手法は、すべて強制処分だと広く捉え、写真撮影や通信傍受を令状主義で規制しようとする考え方です。
    • 197条1項ただし書の読み方:「特別の定め」の要求は、すでにある強制処分についてのものだと読みます。
    • 後から出てきた手法は、法律に定めが無くても強制処分として認め、令状主義の精神に沿って許される要件を解釈で立てます。立法が要らなくなる、とまでは言っていません。
    • 刑事立法が難しかった時代に、解釈で現実的な解決を示そうとした見解です。
  • 問題点:強制処分は国会が法律で定めるべきだ、という法定主義の民主主義的要請(第2節(1))との関係が問題になります。
    • GPS捜査の大法廷判決は、令状で行う場合の問題(関係のない行動まで把握する・事前に令状を示せない)を解消する手段の選択は、197条1項ただし書の趣旨に照らし「第一次的には立法府に委ねられている」としました。
    • 同じ判決は、解釈で強制の処分として許し、事案ごとに裁判官が令状に条件を付けるやり方は、同項ただし書の趣旨に沿わないともしています。

最高裁の線:意思の制圧と、身体・住居・財産等への制約

最高裁は、有形力を使ったかどうかで線を引く立場を退けました。強制手段とは、意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為などです。そこに至らない有形力も、相当な限度でだけ許されます。

  • ① 強制手段とは:有形力の行使を伴う手段という意味ではありません。
    • 決定は197条を挙げていませんが、解説書は、この「強制手段」を197条1項ただし書の強制処分と言い換えて紹介しています(判旨冒頭の「法律の根拠規定がある場合に限り許容される」は、強制処分法定主義を言ったものと読めます)。
    • 個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許すのが相当でない手段です。
    • その程度に至らない有形力の行使は、任意捜査でも許される場合があります。
    • 例:「警察官が体に触れたら強制処分」は誤り → 決定は有形力を基準から外しました。手首をつかんだ事件でも、強制手段に当たるとは判断できないとしています。
  • ② 強制手段に当たらない有形力の限界:何らかの法益を侵害し、または侵害するおそれがあるので、いつでも許されるわけではありません。
    • 必要性、緊急性なども考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度で許されます。比例原則を、任意捜査での有形力に当てはめた形です。
  • 判文のどこが要か:学説は「意思の制圧」と「身体、住居、財産等への制約」の2つを重視します。
    • 「強制的に捜査目的を実現する行為」「特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」は、強制処分の言い換えにすぎず、特別の意味は無いとみます。
かつての線最高裁の決定
何を見るか有形力を使ったか意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えたか
肩に軽く触れる強制処分(拾いすぎ)その程度に至らなければ任意。ただし②の相当性が問われる
写真撮影・通信傍受任意処分(すり抜け)有形力が無いことでは決まらない。結論は、この決定の文言からは直接出ない
強制手段に当たらない有形力(規定なし)必要性・緊急性などを考慮し、相当と認められる限度で許される
  • すり抜けの側のその後:この決定は「有形力が無ければ任意」とは言っていませんが、力を使わない手法の結論も示していません。通信傍受は、のちに法律が「強制の処分」と定め(222条の3)、GPS捜査は大法廷判決が強制の処分としました(第3節(2))。写真撮影の扱いは、この決定からは決まりません。

  • 覚え方(判例の言葉ではない):線は「何に触れたか」ではなく「何を奪ったか」で引かれている。

    • 最高裁は、なぜここに線を引いたかを述べていません。旧説の不都合(第3節(2))は、学説から指摘されたものです。
  • 注意(判例の言葉と平易な言い換え):「強制捜査は、重要な権利・利益を、相手の意思に反して侵害・制約できる」という説明は、この決定の言葉ではありません。答案で「この決定は〜と述べている」と書くときは混ぜません。

  • 「意思を制圧」の読み方:文字どおり読むと、相手に知られずに行う捜査には意思の制圧が無く、任意処分とされかねません。通説的な見解は「相手の明示または黙示の意思に反すること」と軽く読み、判断の重心を「身体、住居、財産等への制約」の側に移します。重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるかを確かめ、あれば同意・承諾の有無を見ます(第2節の学説の定式)。

    • 例:「体に触れていなければ任意処分」は誤り → GPS捜査の大法廷判決は、合理的に推認される個人の意思に反して私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は「個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害する」とし、この決定を引いて強制の処分に当たるとしました。抵抗を力で抑えていなくても、意思の制圧と言った例です。

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定強制処分とは何か(判旨)捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。

手首をつかんだ事件:第一審・控訴審・最高裁

第一審は、手首をつかんだ行為を、逮捕と同様の効果を得ようとする強制力の行使として違法とし、公務執行妨害について無罪にしました。最高裁は、強制手段に当たるとは判断できず、任意捜査としても不相当とはいえないとして、控訴審の有罪を維持しました。

事実手首をつかんだ事件(最決昭51・3・16)

  • 午前4時10分ころ、酒酔い運転で物損事故を起こしました。免許証の提示と、風船に息を吹き込む呼気検査を拒んだため、警察官が警察署へ任意同行しました。
  • 署では免許証はすぐ見せましたが、呼気検査は、道路交通法に基づくと告げられ再三説得されても拒みました。5時30分ころ父が来て説得しても聞かず、「母が来れば応じる」と言ったので、父が母を呼びに帰りました。
  • 母を待つ間の6時ころ、「マッチを取ってくる」と言って急に立ち上がり、出入口へ小走りで向かいました。警察官は左斜め前に近寄り、「風船をやってからでいいではないか」と言って、両手で左手首をつかみました。
  • 本人はすぐに振り払い、警察官の襟首をつかんで肩章を引きちぎり、顔を殴りました。公務執行妨害の現行犯で逮捕されました。
  • 前提になる条文:逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できます(198条1項ただし書)。この事件は、急に退室しようとした場面で、だから手首をつかむ行為が問われました。
第一審控訴審(原判決)最高裁
手首をつかんだ行為任意捜査の限界を超え、実質上逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使=違法程度もさほど強くなく、捜査の必要性・緊急性に照らし、翻意を促す説得手段として相当な実力行使=逮捕と同様の効果を得ようとする強制力の行使には当たらない強制手段に当たるとは判断できない/任意捜査としても不相当とはいえない
振り払った後の暴行急迫不正の侵害に対するやむをえない行為=正当防衛反撃ではなく新たな攻撃=正当防衛にならない独自の判断なし(原判決の事実認定を前提に、手首をつかんだ行為が許されるかだけを判断した)
結論公務執行妨害・暴行とも無罪公務執行妨害罪の成立を認めた(有罪)上告を棄却し、有罪を維持
  • 2つの争点:①手首をつかんだ行為が適法な職務か(違法なら公務執行妨害罪は成り立たない・第2節(4))②振り払った後の暴行が正当防衛か(正当防衛なら暴行も罪にならない)。第一審は①②とも被告人に有利に、控訴審は①②とも不利に判断しました。

  • 結論の流れ:第一審の無罪を控訴審が覆して有罪とし、最高裁は上告を棄却しました。

    • 例:「最高裁が無罪を覆した」は誤り → 無罪を覆したのは控訴審です。最高裁は、控訴審の有罪を維持しました。
    • 例:「基準が変わったから結論が逆転した」だけでは足りない → 控訴審は、振り払った後の暴行を「新たな攻撃」とみて、正当防衛も否定しています。
  • 第一審の判文:「実質上…逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使」です。「有形力の行使だから強制処分」とは書いていません。

    • 従来の学説の考え方に基づくものだ、というのは解説書の評価です(判文には無い)。
  • 最高裁の2段の判断(上告理由は退け、職権で判断した部分)

    • 強制か:①呼気検査に応じるよう説得するために行われた ②程度もさほど強いものではない → 「性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたる」とは判断できない。
      • 決定は目的(説得のため)と程度という事実を挙げただけで、それが学説の重視する2つ(意思の制圧/身体・住居・財産等への制約、第4節)にどうかかわるかは書いていません(どう読むかは、この節の最後の2点)。控訴審は、程度がさほど強くないことと捜査の必要性・緊急性から、翻意を促すための説得手段として客観的に相当な実力行使であり、逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使には当たらない、としていました(決定の要約を見る限り、強制か・相当かを分けていません)。
      • 例(事実を動かす):出ていこうとした人を警察官2人が椅子に押さえつけ、30分そのままにした → 身体への制約が強く続くので、強制手段に当たる方向へ動きます(どこからが強制かは、この決定の文言だけでは決まりません)。
    • 相当か:酒酔い運転の疑いが濃厚/同意を得て任意同行/父を呼んで説得を続け、母の来署を待っていた/急に退室しようとしたので、さらに説得するための抑制の措置/程度もさほど強くない → 捜査活動として許される範囲を超えた不相当な行為とはいえない。
      • 例(事実を動かす):署に着いて5分、酒の匂いもなく、「用事があるので帰る」と言っただけで手首をつかんだ → 疑いの濃さも説得を尽くした経過も無く、必要性・緊急性が軽くなります。相当とは言いにくい方向です。
    • 「意思の制圧に至らなかった」とは書いていません。そう読むのは、意思の制圧を字義どおりに読む見解の理解です。
    • 「意思に反すること」と読む通説的な見解をとれば、出ていこうとした人の意思には反していることになります。解説書は、軽度で一時的な有形力の行使にとどまり、身体(人身の自由)への制約はあるが実質的ではないから強制処分ではない、と当てはめています。

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定第一審の判断(決定が要約した部分)第一審判決は、A巡査による右の制止行為は、任意捜査の限界を超え、実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使であつて、違法であるから、公務執行妨害罪にいう公務にあたらないうえ、被告人にとつては急迫不正の侵害であるから、これに対し被告人が右の暴行を加えたことは、行動の自由を実現するためにしたやむをえないものというべきであり、正当防衛として暴行罪も成立しない、と判示した。

ページ上部へ ↑

#10単独ページ動画

強制処分と任意処分の区別②

骨格判例の2つの言葉を、どう「使える物差し」にするか

  • 1 出発点:学説が重視するのは、最高裁の決定の「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」の2語。前者を字義どおり(物理的な抵抗の排除)に読むと、気づかれない捜査が任意になりかねない。
  • 2 2語を2段に:通説的な見解は「意思の制圧」を明示または黙示の意思に反することと軽く読み、判断の重心を「制約」へ移す。
    • ①重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか(類型的)→ ②自由な意思決定に基づく同意・承諾があるか(個別具体的)。
  • 3 ①の物差し:法定主義・令状主義という厳格な手続から逆算する。法定の処分(逮捕・勾留、捜索・差押え、検証など)と同視しうる性質か。捜査の必要性は持ち込まない。
  • 4 ②の物差し:同意・承諾があれば権利・利益の放棄 → 任意。渋々でもよいが、身体の束縛・強い心理的圧迫の客観的な状況があれば否定。限界=承諾留置・承諾家宅捜索。
  • 5 当てはめ(解説書):手首をつかんだ事件=人身の自由への制約はあるが、実質的ではない → 任意処分(次に相当性)。決定は「性質上当然に」強制手段に当たるとはいえない、とした。
  • 6 何が重要な権利・利益か(解説書の整理):証拠収集系=私的領域のプライバシー・通信の秘密/犯人確保系=人身の自由(争点は「実質的」か)。

⚠ 類型的=行為の中身を見ない、ではない(外すのは必要性)/任意捜査に落ちても相当性の審査が残る/「重要な権利・利益」は昭51決定の言葉ではない

出発点:「意思の制圧」を字義どおりに読むと

字義どおりに読むと、相手に気づかれない捜査が任意捜査という結論になりかねません。通説的な見解は、この読み方を採りません。

  • 区別が要る理由:「強制の処分」は、刑訴法に特別の定めが無ければできません(197条1項ただし書)。だから、ある捜査が強制処分に当たるかを決める物差しが要ります。
  • 2語に絞られる理由:最高裁は、手首をつかんだ事件の決定(昭和51年=以下「昭51決定」)で、強制手段を「個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」としました。
    • 後半の2つの言い回しは「強制処分」の言い換えにすぎないとされ、学説は「意思の制圧」と「身体、住居、財産等への制約」の2つを重視します。

任意同行中に手首をつかんだ行為は、強制処分か最高裁判所決定判旨で使われた言葉(抜粋)「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」

  • 字義どおりに読む見解:有形力などで相手の物理的な抵抗を排除するか、処分に服することを余儀なくさせる程度が要る、とします。
    • 手首をつかんだ事件も「意思の制圧に達していないから強制ではない」と説明でき、結論は同じです。

(1) 気づかれない捜査で壊れる

  • 場面:捜査機関が、対象者の持ち物に秘かに発信機を付けるなどして、まったく気づかれないまま、その私生活を継続的に把握する。本人は何も知らず、抵抗もしていません。
  • 字義どおりだと:抵抗が無いので意思の制圧も無く、私生活を丸ごと把握されていても任意捜査になりかねません。
  • 法律自身の言葉とも合わない:刑訴法222条の3は、当事者のいずれの同意も得ない電気通信の傍受を「強制の処分」と呼んでいます。
    • 例:捜査機関が、暴力団幹部の電話を、通話の双方に知らせないまま聞き取った → 本人は何も知らず抵抗もしていないので、字義どおりなら「意思の制圧」は無いことになり、222条の3と食い違います。

222条の3|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については、別に法律で定めるところによる。

  • 使い分けの説明にも難点がある:「最高裁の基準は相手に向けた処分に当てはまり、相手が気づかない処分には別の考え方が当てはまる」とする説明です。
    • これでは、法が定める「強制の処分」(197条1項)を、統一的に理解できなくなります。

通説的な見解の組み直し:2つの言葉を、判断の2段に

通説的な見解は「意思の制圧」を軽く読み、判断の重心を「身体、住居、財産等への制約」へ移しました。この整理では、2つの言葉が判断の2段に対応します。

段問うこともとの言葉(通説的な見解の読み)判断方法結論
①重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか「身体、住居、財産等に制約を加えて」(判断の重心)類型的ない → 任意捜査/ある → ②へ
②自由な意思決定に基づく同意・承諾があるか「意思を制圧し」=明示または黙示の意思に反すること個別具体的ある → 任意捜査(承諾留置・承諾家宅捜索に注意)/ない → 強制捜査
  • 進み方:①で侵害・制約が無ければ、そこで任意捜査です。あるときだけ②へ進み、自由な承諾が無ければ強制捜査になります。
    • 例:公道で通行人を呼び止め、名前を尋ねた → ①実質的な侵害・制約なし → 任意捜査(その先は相当性の問題)。
    • 例:本人が「どうぞ」と自分で鞄を開け、警察官が中身を一つずつ取り出して確かめた → ①あり → ②自由な承諾あり → 任意捜査。
    • 例:拒んでいる人の施錠された鞄を、警察官がこじ開けて中を探した → ①あり → ②承諾なし → 強制捜査。捜索として、法の定めと令状(またはその例外)が要ります。
  • 黙示の意思に反する:はっきり拒んでいなくても足ります。気づかれない捜査も、本人が知っていれば当然拒んだと推認できるので、意思に反しているといえます。
    • のちのGPS捜査の大法廷判決は、「合理的に推認される個人の意思に反して」私的領域に侵入するGPS捜査を、「個人の意思を制圧して」重要な法的利益を侵害するとし、昭51決定を参照して強制の処分に当たるとしました。
  • 重心が移る理由:刑訴法は強制処分に厳格な手続を結びつけています。だから決め手は、その手続で守るに値する制約かどうかです(第3節)。
    • 意思の要素は消えません。②の同意・承諾の段で働きます。
  • 注意:昭51決定の文言は変わっていません。変わったのは、どちらの言葉で判断するかです。
  • 任意捜査に落ちても終わりではない:次に、必要性・緊急性なども考慮して、具体的状況のもとで相当かが問われます(比例原則)。

物差し①:重要な権利・利益への実質的な侵害・制約

厳格な手続から逆算して「重要な権利・利益」を絞り、法定の処分と同視しうる性質かを類型的に判断します。捜査の必要性は、ここでは考えません。

(1) 手続の重さから逆算する

  • 出発点:刑訴法は、強制処分に強制処分法定主義・令状主義という厳格な要件・手続を結びつけています。
  • 推論:そうである以上、強制処分は、その手続で守る必要があるほど重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約を伴う場合に限られる、と考えます。
    • 例:人の住む家に入って中を探すには、法は裁判官の令状を用意しています。手続の重さは、奪われるものの重さの裏返しです。
    • 判例の挙げた身体・住居・財産は、法が重く守ってきたものの代表例です。重さの足りない制約は「実質的」の語でふるい落とします。
  • 通説的な見解の定式:強制処分とは、相手方の明示または黙示の意思に反して、重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約を伴う処分です。
出どころ言葉
判例(昭51決定)「意思を制圧し」「身体、住居、財産等に制約を加えて」
学説の基準相手方の明示または黙示の意思に反する、重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約
平易な説明(判例の言葉ではない)強制捜査は、重要な権利や利益を、相手の意思に反して侵害・制約できる
  • 答案で「判例は〜と述べている」と書くときは、判例の言葉と学説の定式を混ぜません。

(2) 類型的に判断する

  • 手順:まず、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるかを確かめます。無ければ、無条件で任意処分です。
  • 類型的:その捜査が、刑訴法で類型的に法定されている「強制の処分」と同視しうる性質かを、客観的に見比べます。同視できれば、実質的な侵害・制約があります。
    • 目盛り:逮捕・勾留(人を捕まえて拘束する)、捜索・差押え(物を探して取り上げる)、検証など。
    • 原則は令状が要りますが、現行犯逮捕(213条)・緊急逮捕(210条・事後に逮捕状を求める)・逮捕の現場での捜索・差押え・検証(220条1項・3項)は令状なしでできます。
  • 見るもの:何を、どの程度したかという行為の性質です。解説書の当てはめも、手首をつかんだ行為を「軽度で一時的な有形力の行使」と評価して結論を出しています(第5節)。
    • 例:「類型的なのだから、その日の事情は一切見ない」は誤りです。見ないのは嫌疑の強さ・事件の重大さといった必要性の側です。どこに手を入れたか、どれだけ強く押さえたか、といった行為の中身は見ます。
    • 例:職務質問に伴う所持品検査(警職法)の事件では、承諾が無いまま、施錠されていないバッグのチャックを開けて中を一べつした行為が、所持品検査の必要性・緊急性が強い一方で、侵害はさほど大きくないとして、相当な所持品検査として許されるとした原判決が是認されました(捜索に至らないことは、相当性の判断に進んだことからの理解)。強制処分かを197条で判断した判例ではありませんが、物を探す行為でも、開け方・探し方で捜索と同視できるかが変わりうる、という目安になります。
  • 答案の問いの形:「当該捜査は、刑訴法上、類型的に法定されている処分と、同視しうる性質を有するか」。

(3) 捜査の必要性は、ここに持ち込まない

誤った考え方正しい考え方
判断材料事件の重大さ・捜査の必要性同視しうる客観的な性質だけ
誤りの形「重大事件だから強制処分」/「必要性が高いから、実質的な侵害とまではいえない(任意)」必要性が大きくても小さくても、①の結論は動かない
必要性の出番強制処分かどうかの判断任意処分と決まった後の相当性(比例原則)
  • 理由:類型的に判断する以上、事件の重さで判定が変われば、もう類型的な判断ではないからです。
    • 例:住人が留守の家に令状なしで入り、殺人事件の重要な証拠を探した。答案に「ほかに入手手段が無く必要性が高いから、実質的な侵害とまではいえない」と書く → 誤りです。家に入って物を探すのは捜索と同視しうる性質で、事件が重大でも変わりません。
  • 判例の組み立てとも合う:昭51決定は、強制手段とはいえない理由として「説得するために行われた」「程度もさほど強いものではない」を挙げ、「性質上当然に」強制手段に当たるとはいえない、としました。
    • 「説得するために行われた」は、事件の重大さ・嫌疑の強さ(必要性)ではなく、行為の目的・性格(何のための、どんな行為か)を言ったもの、と読めます。
    • 疑いが濃厚・同意を得て任意同行・説得を続けていた、という事情は、その後の相当性の判断で挙げています。
    • 最高裁が「必要性は考えない」と述べたのではありません。決定文の並びが学説の整理と合う、という読みです。

物差し②:同意・承諾

侵害・制約があっても、自由な意思決定に基づく同意・承諾があれば、権利・利益の放棄として任意処分になります。その有無は、個別具体的に判断します。

  • なぜ任意になるのか:同意・承諾があれば、明示または黙示の意思に反するとはいえません。守られるべき権利・利益を、本人が放棄しているからです。
  • 判断方法が違う:同意・承諾の有無は、事案に応じて個別具体的に判断するとされています。①の類型的な判断とは方法が違います。
    • 例:警察官が、対象者の鞄の中身を一つずつ取り出して調べた → ①では、本人が何と言ったかは見ず、物を探す行為の性質を見ます。捜索と同視しうる方向です。②では、その場の言動を見ます。本人が「どうぞ、見てください」と自分で鞄を開いていたなら、自由な承諾があり、任意処分に落ちます。
① 侵害・制約(類型的)② 同意・承諾(個別具体的)
判断対象捜査(行為)の客観的な性質その場の対象者の言動・意思決定
見るもの法定の強制処分と同視しうるか(何を、どの程度したか)自由な意思決定に基づく同意・承諾があったか(黙示でもよい)
見ないもの捜査の必要性(事件の重大さ・嫌疑の強さ)―(侵害の強さは、同意の限界で効く:第4節(2))
結論同視できなければ任意処分自由な承諾があれば任意処分

(1) 渋々でも、自由な意思決定はありうる

  • 原則:完全に自発的である必要はありません。気が進まないまま説得に応じた渋々の承諾でも、自由な意思決定といいえます。
    • 例:取調室で1時間ほど説得され、「仕方ないですね」と言って携帯電話の画面を見せた。扉は開いていて帰ることもできた → 気は進まなくても、拘束の客観的な状況が無く、任意の承諾といいうる方向です。
  • 例外:社会通念からみて、身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといえる客観的な状況があれば、任意の承諾は否定されます。
    • 例:同じ言葉でも、警察官4人が出口をふさぎ「見せるまで帰さない」と言い続けた中でのもの → 強い心理的圧迫による自由の拘束といえ、任意の承諾は否定される方向です。
パターンAパターンB
場面気は進まないが、説得されて、最後は自分で決めた帰りたいのに、周りを囲まれて、帰れなかった
判断自由な意思決定でありうる自由な意思決定ではない(身体の束縛・強い心理的圧迫による拘束)
  • 目印:渋々かどうかではなく、客観的な状況です。囲まれていたのは一例で、囲まれていなくても強い心理的圧迫があれば否定されえます。
  • 次の判決の一文は、解説書が引用するものです(判決の原文は未確認)。

渋々の承諾と任意性大阪高等裁判所判決渋々でも、自由な意思決定はありうる渋々承諾した場合でも、社会通念からみて身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があったといい得るような客観的情況がない限り、任意の承諾がある

  • 承諾は明確なものが望ましい:黙示の承諾もありえます。ただ、その時の状況から承諾が明確でない限り、あとで「本当は承諾していなかった」とされるおそれが大きくなります。
    • 例:「何も言わなかったから承諾は無い」も「何も言わなかったから承諾した」も言い切りすぎです。警察官4人が車内を丹念に調べる間、黙って様子を眺めていた事案では、任意の承諾は無かったとする原審の判断を、最高裁が是認しました(職務質問に伴う所持品検査で自動車の中を調べた事件)。
      • それまでは調べることへの説得に応じず、白い粉の検査には「見てくださいよ」と答えて立ち会いました。その直後に、警察官が「車を取りあえず調べるぞ」と告げて調べ始めた経過です。
      • 最高裁は決め手を自ら述べず、原審の判断を是認しました。説得に応じていなかった流れの中で黙っていただけでは、任意の承諾があったとはいえない、と読めます(他方で、明示の異議が無かったことは、違法の程度を小さくする事情の一つとして扱いました)。

(2) 同意があっても、任意で片づかない場面

  • 同意・承諾の限界:同意があれば、すべて任意処分と考えてよいかは、別に問題になります。第2節の表の②「注意」は、この場面を指します=②で同意があっても、それだけでは許されないとされる処分があります。
    • 承諾留置:本人の同意を得て、警察の留置施設に泊まらせること。
    • 承諾家宅捜索:住人の承諾を得て、令状なしで家の中を捜索すること。
    • 承諾留置は、同意があっても許されないと考えられています。承諾家宅捜索は、私的領域への侵害の程度が大きいので、同意があっても実施すべきでない、と解説書はします(犯罪捜査規範108条も令状を求めています)。
    • 許されない理由には、類型的に強制処分だからとする見解と、理論上は任意処分でも政策的に令状主義の下で行うべきだからとする見解があります(解説書)。最高裁の判例は無いとされます。高裁には、承諾家宅捜索も違法ではないとしつつ、完全な自由意思による承諾かは慎重に判断すべきだとして、その事件では違法としたものがあります。
    • 他方、所持品・自動車の承諾による捜索は、自由な承諾があれば任意捜査として許される、と解説書はします(第2節の鞄の例。これ自体を認めない見解もあります)。限界にかかるのは住居や留置のように侵害が大きいもの、という整理です。

手首をつかんだ事件に当てはめる

通説的な見解の言葉で言い直すと、人身の自由への制約はあるが、実質的な域には届いていないので、強制処分には当たらず任意処分です(解説書の当てはめ)。

  • 事案:酒酔い運転の疑いで警察署に任意同行され、呼気検査に応じるよう説得を受けていた人が、急に退室しようとしました。警察官が、両手でその人の左手首をつかんで止めようとしました。
問い判断根拠
制約はあるかあるその場を離れる自由(人身の自由)という重要な権利・利益への制約
実質的な侵害・制約に至っているか至っていない決定は「説得するために行われた」「程度もさほど強いものではない」とした(決定が引く原判決の認定では、つかまれた人は「すぐさま」振り払っている)。解説書はこれを「軽度で一時的な有形力の行使」と評価
結論強制処分に当たらず、任意処分次に、任意捜査としての相当性を問う(決定も別に判断し、不相当な行為とはいえないとした)
  • 「一時的」は解説書の評価の言葉です。決定は、つかんでいた時間の長さを認定していません。
  • 判例の結論を、通説的な見解の言葉で「侵害・制約はあるが、実質的ではない」と、理由まで説明し直せます。
    • 例:同じ場面で、警察官が出口の前に立ちふさがり、数時間にわたって部屋から出さなかった → 人の身体を拘束する逮捕と同視しうる性質に近づき、実質的な侵害・制約がある方向に動きます。
    • 例:同じ手首の制止を、第一審は「実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使」として違法としました。最高裁は、強制手段に当たるとは判断できないとしました。同じ出来事でも、評価が分かれうる線です。

何を奪えば、重要な権利・利益なのか

証拠を集める捜査では私的領域のプライバシーと通信の秘密、犯人を確保する捜査では人身の自由が問題になります(解説書の整理)。

系統中身問題になる権利・利益
証拠収集系証拠の発見・収集プライバシー・人格権(憲法13条)のうち私的領域のもの(憲法35条)/通信の秘密(憲法21条2項)
犯人確保系犯人の発見・確保人身の自由=身体・行動の自由(憲法33条・34条)

(1) 証拠収集系

  • プライバシー・人格権:中身はさまざまで、それだけで重要な権利・利益とは即断できません。捜査では、大なり小なりプライバシーの侵害が避けられないからです。
  • 私的領域:解説書は、厳格な手続で守るほど重要なのは、プライバシーが強く保護されるべき場所や空間(私的領域)での侵害・制約だと考えます。
    • 憲法35条1項の文言:住居・書類・所持品について、侵入・捜索・押収を受けない権利。
    • GPS捜査の大法廷判決:この権利には、住居・書類・所持品に限らず「これらに準ずる私的領域に『侵入』されることのない権利」が含まれる、としました。
    • 所持品に機器を秘かに付ける・家の中をのぞくなど、私的領域に入り込む方法で私生活を継続的に把握する捜査なら、実質的な侵害・制約があると評価される余地は大きい、といえます。
    • GPS判決も、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりする手法とは異なる、と区別しています。この区別からすると、公道での観察そのものは、私的領域への侵入とはされていません。
      • 例:公道を歩く人の姿を、遠くから撮影する → プライバシーは問題になりえますが、私的領域への立ち入りではないので、重要な権利・利益への実質的な侵害とすぐにはいえません。
  • 通信の秘密:通信の内容を当事者に知られずに取得する捜査(通信傍受)では、通信の秘密への実質的な侵害・制約が問題になります。

21条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

(2) 犯人確保系

  • 人身の自由:憲法の基幹的な価値である個人の尊重の前提で、重要な権利・利益に当たるのは明らかです。
    • だから、この系統で問われるのは、侵害・制約が「実質的」といえるかです(第5節)。

ページ上部へ ↑

#11単独ページ動画

容ぼうの撮影

骨格承諾も令状もない撮影は、許されるか

  • 1 出発点:無令状の撮影を名指しで認めた条文は218条4項(身体の拘束を受けている被疑者)だけ。強制処分なら法定主義・令状主義にかかる → まず強制か任意か。
  • 2 京都府学連事件:憲法13条から「みだりに容ぼう等を撮影されない自由」を認め、許される場合の基準(現行犯性・必要性と緊急性・相当な方法)を示して本件撮影を適法とした。強制か任意かは明言していない。
  • 3 2段で判断:入口=強制処分か(撮られる側の場所で類型的に)→ 任意処分なら、その先=その撮り方は適法か(個別具体的に)。
  • 4 入口:公道・誰でも入れる店=「受忍せざるを得ない場所」→ 任意処分/自宅の中を密かに撮る=私的領域への侵入 → 強制処分(解説書の読みと検討)。強制なら検証許可状が考えられるが、事前に示せず困難。
  • 5 その先(判例):平20決定から読み取る3つ=①合理的な理由 ②必要な限度 ③撮影方法の相当性。①は現行犯性 → 相当高度の蓋然性 → 合理的な理由と広がり、②の「緊急性」は言及されなくなった。
  • 6 その先(学説):任意捜査として比例原則の天秤で判断(左=具体的な撮影方法/右=重大性・嫌疑・証拠の重要性など)。解説書が平20決定から読み取る③撮影方法の相当性と、比例原則の相当性は別物。
  • 7 その先で効くもの:事件の重さ(入口では考えない)・写真かビデオか(入口では区別の必要が乏しい)・撮影時間の長さ(解説書の立場。反対の考え方もある)。

⚠ 京都府学連事件は「自由を認めただけ」ではない/平20決定が強制か任意かを判断した部分は無い(任意処分は解説書の読み)/「3要件」は決定の言葉ではない/撮影方法の相当性と比例原則の相当性は別物/類型的判断で外すのは捜査の必要性(撮影で見るのは、私的領域に密かに入り込むか)

出発点:無令状の撮影を名指しで認めた条文は1つ

承諾も令状もない撮影を名指しで認めた条文は、218条4項だけです。強制処分には法律の定めと令状が要り、無令状を法律が認めるのはこの4項と逮捕の現場での検証(220条)くらいです。だから、それ以外の撮影は、まず強制か任意かが問題になります。

  • 撮影の法的性質:写真撮影は検証の性質を持つ、とされています(解説書)。検証=目・耳などの五官の作用で、場所・物・身体の状態を認識する処分です。
    • 強制処分として撮るなら、原則として、検証として検証許可状(218条1項)が要ります。
    • 実況見分:刑訴法の語ではありません。犯罪捜査規範(国家公安委員会規則)が「任意捜査」の章に置く、犯罪の現場などの場所・身体・物を見分する活動です。検証と違い、令状によらず任意捜査として行います。調書には、できる限り写真を添付します。
実務でとられる方法(解説書の整理)中身
① 任意捜査として撮る相手の同意・承諾を得る/同意の要らない公道などの公共の場所で撮る
② 令状を得て撮る同意が得られないときは、検証または捜索・差押えとして令状を得る
③ すでにある画像を押収する領置(任意に提出された物・遺留物)または差押え
  • 問題になる場面:承諾も令状もない撮影です。表は実務の扱いの整理です。表①の公道での撮影も含め、承諾も令状もない撮影が強制処分か、任意処分なら適法か、がこの回の問いです。
  • 原則(218条1項):検証には、裁判官の発する令状が要ります。
    • 例外(218条4項):身体の拘束を受けている被疑者は、裸にしない限り、令状なしで写真を撮れます。逮捕・勾留されている被疑者が対象です。
      • 例:勾留中の被疑者を、留置施設で着衣のまま正面と横から撮る → 218条4項で令状は要りません。背中の入れ墨を撮るために上半身を裸にするなら4項の外です(身体の検査として身体検査令状の問題)。
      • 例:「被疑者なら令状なしで撮れる」は誤り → 4項は身体の拘束を受けている被疑者だけです。任意で事情を聴いているだけの被疑者を承諾なく撮るなら、任意処分として許されるかの問題になります。
    • 例外(220条1項2号・3項):被疑者を逮捕する場合は、逮捕の現場での検証に令状が要りません。撮影を名指しした条文ではありません。
      • 例:窃盗の現行犯人を逮捕した直後に、その場で荒らされた室内を撮る → 逮捕の現場での検証(220条)で、令状は要りません。翌日、別の場所の室内を撮るなら、逮捕の現場ではないので220条は使えません。

218条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。4項:身体の拘束を受けている被疑者の指紋若しくは足型を採取し、身長若しくは体重を測定し、又は写真を撮影するには、被疑者を裸にしない限り、第一項の令状によることを要しない。

  • だから問いになる:強制処分法定主義(197条1項ただし書)により、法律に定めのない強制処分はできません。それ以外の無令状の撮影が許されるには、任意処分だといえなければなりません。
    • 任意処分=強制処分に当たらない処分です(任意捜査=任意処分による捜査)。本人の同意が無くても任意処分になりえ、令状は要りませんが、適法かは別に判断します(第3節)。強制処分かどうかの物差しは第4節です。

京都府学連事件:自由を認め、許される場合も示した

最高裁は、憲法13条から「みだりに容ぼう等を撮影されない自由」を認めたうえで、承諾も令状もない撮影が許される場合の基準を示し、本件撮影を適法としました。決めていないのは、それが強制処分か任意処分かという分類です。

認めたもの示したもの決めていないもの
みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由(13条から導く、個人の私生活上の自由の1つ)同意も令状もない撮影が許される場合:①現に犯罪が行われ、または行われた後間がない ②証拠保全の必要性・緊急性 ③一般的に許容される限度を超えない相当な方法その撮影が強制処分か、任意処分か(明言していない)

事実京都府学連事件(最大判昭44・12・24)

  • 学生の集団行進が、公安委員会の許可の条件(四列縦隊)と、警察署長が付けた条件(車道の東側端を進行)に外形上違反する状態で進んでいました。
  • 違反の状況を確認する職務に就いていた巡査が、これを現認し、歩道から先頭部分の行進状況を撮影しました。
  • 撮影の適法性は、被告人の公務執行妨害が成立するか(撮影が刑法95条1項で保護される職務行為か)の前提として争われました。
  • 自由にも限界:公共の福祉のため必要があれば、相当の制限を受けます。犯罪捜査のための撮影に第三者が写り込んでも、許される場合があります。
    • 例:速度違反の自動撮影で、運転者の隣の同乗者も写った → 運転者の近くにいて除外できないので、違憲ではありません(自動速度監視装置の事件・最判昭61・2・14)。
    • 例:事件と無関係な通行人を狙って撮り続ける → 除外できない写り込みではありません。撮影方法の相当性を欠く方向です(第6節(2))。
  • 本件の結論:現に犯罪が行われている場面で、状況が刻々と変わる集団行動なので必要性・緊急性があり、方法も相当 → 行進者の意思に反していても、適法な職務執行とされました。
    • 例:「自由を認めただけで、撮影が許されるかは判断していない」は誤り → 許される場合の基準を示し、本件の撮影を適法としました。
  • 条文との関係:判旨は、218条(当時の2項・現在の4項)のような場合のほかにも、許される場合があるとしました。
    • 残った問い:分類を明言しなかったので、明文の無い無令状の撮影を許すことが、第1節の強制処分法定主義・令状主義とどう整合するのかは残りました。平20決定も分類を明言していません。入口で、私的領域に侵入する撮影は強制処分(無令状なら違法)、侵入しない撮影は任意処分と振り分け、その先で適法性を判断する2段の整理(第3節)は、この問いへの解説書の答えです。

京都府学連事件最高裁判所大法廷判決認めたもの個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。許される場合身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。

13条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

判断の流れ:入口とその先の2段

まず、撮影が強制処分かを撮られる側の場所で類型的に決めます(入口)。任意処分なら、次に、その撮り方が適法かを個別具体的に判断します(その先)。

段問うこと何で決まるか結論
入口:該当性強制処分か、任意処分か撮られる側が私的領域にいるか(類型的)私的領域に侵入する方法で撮る(典型=自宅の中を密かに)→ 強制処分(無令状なら違法)/受忍せざるを得ない場所で撮る → 任意処分・その先へ
その先:適法性任意処分として適法か判例=合理的な理由・必要な限度・相当な方法/学説=比例原則(個別具体的)満たせば適法/欠ければ適法とはいえない方向
どちらの段で効くか入口その先
撮られる側の場所効く(ここで決まる)効く(平20決定は適法とした理由の中でも挙げた)
事件の重さ・捜査の必要性効かない効く(右の皿)
写真か、ビデオか区別する必要は乏しい効く(ビデオは侵害が大きい)
撮影時間の長さ効かない(解説書の立場。反対の考え方もある)効く(生活状況が分かるほどの長期は相当性を欠く方向)
  • 類型的:重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるかを、刑訴法が類型的に定める強制処分と同視しうる性質かで、捜査の必要性(事件の重さ・嫌疑の強さ)を入れずに判断することです(物差しは第4節)。これに対し、その先は事件ごとの事情を比べる個別具体的な判断です。
  • 類型的に判断する、で外すもの:捜査の必要性です。撮影では、撮られる側が私的領域にいるか、そこへ密かに入り込む撮り方か、を見ます。写真かビデオか・撮影時間の長さは、入口では効かないとされます(解説書)。
    • 例:「連続殺人の犯人を急いで特定しなければならないから、自宅の中を密かに撮っても任意処分」は誤り → 事件の重さ・必要性は入口では考えません。効くのは、任意処分と決まった後です。
  • 平20決定の読み方:撮影について決定が職権で述べたのは、適法とした理由の一続きの判示です。そこから入口(任意処分)とその先(3つの要件)の2段を読み取るのは、解説書の読みです。
  • 撮影時間の別の考え方:長く撮るほど情報が集まり、私的領域への侵入と同視できれば強制処分、という考え方もありえます。解説書は、類型的に判断するなら私的領域かどうかが決め手で、時間の長さは適法性の側で考慮すべきだ、とします(さいたま地判平30・5・10 を参照)。
    • 例:「公道でも何か月も撮れば強制処分」と書くなら、解説書の立場と違うことを踏まえます → 解説書の立場では、公道は公道のままで、長さは相当性で効きます。

入口:線は「場所」で引かれる

撮られる人が、他人から見られることを受忍せざるを得ない場所にいれば任意処分、プライバシーの正当な期待が立つ私的領域で密かに撮れば強制処分、と考えられています(解説書の読みと検討)。

事実防犯ビデオの人物との同一性を確かめた事件(最決平20・4・15)

  • 強盗殺人などの事件で、ATMの防犯ビデオに被害者とは別人が写っていました。被告人が関わっている疑いが生じました。
  • 警察官は、被告人宅近くに停めた捜査車両の中や、付近に借りたマンションの部屋から、公道を歩く被告人をビデオ撮影しました。
  • 防犯ビデオの人物の腕時計と同じかを確かめるため、パチンコ店の店長に頼んで店内の防犯カメラで、または警察官が小型カメラで、店内の被告人を撮影しました。
  • 画像は、専門家が同一性を判断する資料になりました。
  • 物差し(学説の定式):強制処分かどうかは、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるかで判断します。
    • 撮影されない自由は、プライバシーないし人格権の1つと理解できます。ただ、それが「重要な権利・利益」に当たるかは、さらに検討が要ります(解説書)。
    • 解説書が入口で「重要な権利・利益」として据えるのは、私的領域に侵入されない権利です。私的領域に侵入する方法で撮れば、この権利が害され、強制処分と考えられます。
    • 公道などは、平20決定のいう「容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所」です。解説書は、これを私的領域ではないと読みます。だから、そこで承諾なく撮っても、この権利への実質的な侵害・制約はなく、任意処分です(解説書)。
    • それでも、撮影されない自由の侵害・制約そのものは、公道でも認められます(解説書)。その大きさは、入口ではなく、その先(第7節の左の皿)で量ります。
  • 私的領域:プライバシーが強く保護されるべき場所・空間です(GPS捜査の大法廷判決の言葉)。撮影では、他人から行動を見られないというプライバシーの正当な期待ができる場所かを見ます。自宅が典型です。
    • 見るのは撮られる側がいる場所です。撮る側がどこにいたかではありません。
      • 例:平20決定では、警察官は借りたマンションの部屋という人目の無い場所から撮りましたが、撮られた被告人は公道を歩いていました → 基準は撮られる側の場所です。
      • 例:逆に、撮る側が公道に立っていても、カーテンの開いた居間の中の人を撮れば、撮られる側は私的領域にいます(解説書の考え方の当てはめ)。
    • 例(近い判例):GPS捜査の大法廷判決は、GPS捜査を、機器を個人の所持品に秘かに装着して行う点で、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりする手法とは異なり、私的領域への侵入を伴う、としました(その前に、行動を継続的・網羅的に把握することを必然的に伴うのでプライバシーを侵害し得る、とも述べています)。
撮られる場所① 駅前の広い通り② 誰でも入れる店の中③ 自宅の窓の内側
どんな場所か受忍せざるを得ない場所(私的領域ではない)受忍せざるを得ない場所(私的領域ではない)プライバシーの正当な期待が立つ私的領域
結論任意処分任意処分密かに撮れば強制処分
根拠平20決定の言葉からの解説書の読み同左解説書の検討(解説書は判例を挙げていない)
  • ①②:撮られた場所が私的領域でない以上、守るべき重要な権利・利益は害されていない。だから決定は任意処分と見た、と読めます(決定に明言は無い)。
  • ③:自宅の中の人を密かに撮るのは、私的領域に侵入されない権利への実質的な侵害・制約で、強制処分と考えられます。そうなら、無令状の撮影は違法です。
    • 「密かに」の位置:解説書の基準は「私的領域に侵入する方法での撮影」です。自宅の中を望遠レンズなどで密かに撮るのは、その典型として検討された場面です。本人が気づく形で自宅の中を撮る場合が強制か任意かを、解説書は論じていません。この回でも扱いません。
    • 例:同じ店でも、施錠された個室トイレの中を撮る → 見られないという期待が立つ空間で、強制処分の方向に動きます(解説書の考え方の当てはめ)。
  • 類型的に判断する:捜査の必要性の大小は関係しません。重大事件だから任意処分、とはなりません。

防犯ビデオの人物との同一性を確かめるためのビデオ撮影最高裁判所決定「受忍せざるを得ない場所」いずれも、通常、人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。

入口で強制処分なら:検証許可状の壁

写真撮影は検証の性質を持つので、検証許可状を取ることが考えられます。しかし令状は処分を受ける者に示す必要があり、密かに撮るなら、この道は困難です(解説書)。

  • 令状の提示:差押状・捜索状は、処分を受ける者に示さなければなりません(110条)。222条1項が、これを捜査機関の検証にも準用します。
  • 困難な理由:密かに撮る場合は、事前に令状を示せません。示せば、気づかれずに撮るという目的を果たせません。
    • 例:住人の立会いのもとで室内の状況を撮影する → 検証許可状を示してから撮れます。
    • 例:住人に気づかれずに室内の様子を撮りたい → 先に示せば目的を果たせないので、検証許可状で撮るのは困難です。

110条|刑事訴訟法 第一編 総則 第九章 押収、捜索等(99〜127条)差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない。

その先(判例):合理的な理由・必要な限度・相当な方法

平20決定は、合理的な理由・必要な限度・受忍せざるを得ない場所を挙げて、「必要な範囲において、かつ、相当な方法によって」行われた撮影として適法としました。解説書は、ここから3つの要件を読み取ります。

要件(解説書の読み)意味平20決定の事案
① 撮影する合理的な理由その人を撮影する合理的な理由がある被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由があった
② 目的を達するため必要な限度捜査の目的のためにその撮影が必要である(その限度)犯人の特定という重要な判断に必要な証拠資料を得るため
③ 撮影方法の相当性撮影の必要性という目的と、撮影方法という手段が釣り合う決定は「相当な方法」と結論する直前に、受忍せざるを得ない場所での撮影であることを挙げた
  • 決定は「要件」とは言っていません。3つの形は、判示から「適法と判断しているといえよう」と読む解説書の整理です。
  • ②と③の違い(ノートの整理):②は、その映像を得ることが捜査の目的(平20では犯人の特定)に必要か(必要な対象・場面に限られているか)を見ます。③は、その必要に対して撮り方が釣り合っているか、を見ます。
    • 例:犯人の特定のため、疑いのある本人の容ぼうを撮る必要があっても、長期間にわたって本人をズームアップして監視・追跡すれば、撮り方が必要に釣り合わず、③を欠く方向です(解説書が③を欠く例に挙げる撮り方。第6節(2))。
    • 漫然と続ける・無関係な人まで撮る、のように範囲の行き過ぎに見える撮り方も、解説書は③の例に挙げます。②の「限度」と③の行き過ぎの境目を、解説書は示していません。このノートは、撮り方(続け方・巻き込み方)の行き過ぎを③で扱います。
  • ①合理的な理由:平20決定の言葉は「被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由」で、それがあったと認めた事案です。解説書は①を「撮影する合理的な理由」と広げて読みます(第6節(1)「解説書の整理」)。
    • 例:平20決定と同じく公道で密かにビデオ撮影したが、疑いの根拠は「あの人が怪しい」という匿名の電話1本だけだった → 犯人だと疑う合理的な理由が欠ける方向に動きます。

防犯ビデオの人物との同一性を確かめるためのビデオ撮影最高裁判所決定適法とした理由捜査機関において被告人が犯人である疑いを持つ合理的な理由が存在していたものと認められ、かつ、前記各ビデオ撮影は、強盗殺人等事件の捜査に関し、防犯ビデオに写っていた人物の容ぼう、体型等と被告人の容ぼう、体型等との同一性の有無という犯人の特定のための重要な判断に必要な証拠資料を入手するため、これに必要な限度において、公道上を歩いている被告人の容ぼう等を撮影し、あるいは不特定多数の客が集まるパチンコ店内において被告人の容ぼう等を撮影したものであり、いずれも、通常、人が他人から容ぼう等を観察されること自体は受忍せざるを得ない場所におけるものである。以上からすれば、これらのビデオ撮影は、捜査目的を達成するため、必要な範囲において、かつ、相当な方法によって行われたものといえ、捜査活動として適法なものというべきである。

(1) 4段の展開:①の欄が広がった

段裁判例想定する場面①②③
1京都府学連事件・自動速度監視装置の事件(最高裁)A:犯行中・犯行直後の人を撮る現行犯または準現行犯人性証拠保全の必要性・緊急性撮影方法の相当性
2山谷ビデオカメラ事件(東京高判昭63・4・1)B:犯罪が予測される場所で、前もってカメラを回す当該現場で犯罪が発生する相当高度の蓋然性あらかじめ証拠保全の手段・方法をとっておく必要性・緊急性同上
3屋外駐車場の不審火事件(東京地判平17・6・2)C:罪を犯したと疑う人を、その自宅前の公道などで撮る罪を犯したと考えられる合理的な理由捜査の目的を達するための撮影の必要性・緊急性同上
4平20決定(最高裁)C合理的な理由必要な限度(「緊急性」への言及なし)相当な方法
  • 第2段の読み替え:東京高裁は、第1段の要件を、具体的な事案に即して許される要件を示したものにすぎず、それを欠けば一切許されない趣旨ではない、としました。第1段の当時から、①②が常に必要かには疑問が示されていました(解説書)。
    • 例:路上の犯罪がたびたび起きる場所に街頭カメラを据え、犯行前から録画し続ける → 現行犯性は無くても、①その場所で犯罪が起きる相当高度の蓋然性、②前もって証拠保全の手段をとる必要性・緊急性、③相当な方法があれば許される(第2段の考え方)。
  • 第3段:①は、犯罪発生の高度の蓋然性までは要らず、罪を犯したと考えられる合理的な理由で足りる、としました。②必要性・緊急性と③相当性は要ります。
    • 例:駐車場で不審火が続き、近くに住む人物に疑いが向いた。その人の自宅前の公道も撮る → その場所で犯罪が起きる高度の蓋然性までは言えなくても、その人が罪を犯したと考えられる合理的な理由があれば、①を満たすという考え方です。
  • 第4段の最高裁の言葉:京都府学連事件と自動速度監視装置の事件は、撮影が現行犯等の場合のほかは許されない、という趣旨まで判示したものではない、としました。
    • 例:「現行犯の場面でなければ撮影は違法」は誤り → 第4段の最高裁は、先例がそこまで判示していないと明言しました。
  • 解説書の整理:現行犯性や高度の蓋然性は、「合理的な理由」を事案に応じて示したものにすぎない。そう考えると、犯人以外の者を撮る場合でも、撮影の合理的な理由があれば適法となりうる、とします。
  • 緊急性:決定は触れず、触れなかった理由も述べていません。解説書は、緊急性は必要性が特に高いことを示すものにすぎず、不可欠の要件ではない、と評価します。
    • 例:「緊急性が無いから違法」も誤り → 平20決定は緊急性に触れずに適法としました。急ぐ事情は、必要性を強める事情として使います。
  • 解説書の結論:許される範囲は第1段 → 第4段と広がり、第4段の基準が最も汎用性がある、とします。③撮影方法の相当性は、どの段にもあります。

防犯ビデオの人物との同一性を確かめるためのビデオ撮影最高裁判所決定先例の読み方所論引用の各判例(……)は、所論のいうように、警察官による人の容ぼう等の撮影が、現に犯罪が行われ又は行われた後間がないと認められる場合のほかは許されないという趣旨まで判示したものではないから、前提を欠き……

(2) ③撮影方法の相当性を欠きやすい例(解説書が挙げる例)

  • 必要がないのに、漫然と撮影を続ける
  • 情報が集まり、生活状況が分かるほど長期間撮影する
  • 事件と無関係な通行人・車まで撮影する(以上、さいたま地判平30・5・10)
  • 長期間、特定の人をズームアップして監視・追跡する(大阪地判平6・4・27)

その先(学説):比例原則の天秤

学説は一般に、これらの撮影を任意捜査と理解し、比例原則で相当性を判断します。天秤に何を乗せるかは、解説書の整理です。

  • 判例と学説の主語を分ける:最高裁は任意捜査と明言せず、3つの事情を挙げて適法としました。比例原則で説明するのは学説で、解説書の設問の検討も天秤で当てはめています(第8節)。
    • 解説書の読みでは、判例の3つの要件も学説の比例原則も、任意処分と決まった後の適法性の判断です。解説書の天秤では、撮影方法の不相当は左の皿を重くする事情として扱われます。天秤で出す結論としての相当性は、判例の③撮影方法の相当性とは別物とされます(第7節(1))。
  • 比例原則:権利・利益の侵害・制約の程度と、捜査の必要性を比べ、その権衡(釣り合い)を見ます。釣り合っているという判断の結論を、相当性と呼びます。
左の皿:撮影されない自由の侵害・制約の程度右の皿:捜査の必要性
① 具体的な撮影方法(執拗か・明らかに必要の無い場面まで撮るか)❶ 犯罪の重大性/❷ その時点の嫌疑の程度/❸ 証拠としての撮影の重要性(代わりの手段が無ければさらに大きい) など
  • 左の皿:公道での撮影でも、私的領域の侵害は無いものの、撮影されない自由の侵害・制約はあります。撮影方法が不相当だと、その程度が大きくなります。
  • 結論の出し方:侵害・制約の程度に見合うだけの必要性があれば、相当=適法です。左の皿が重いのに、右の皿がそれに見合わなければ違法です。

(1) 2つの「相当性」を混同しない

撮影方法の相当性比例原則の相当性
何を比べるか撮影の必要性という目的と、撮影方法という手段権利・利益の侵害・制約の程度と、捜査の必要性全体
位置づけ解説書が平20決定から読み取る3つの要件の1つ(③)天秤で判断した結論(釣り合っているか)
  • 2つの関係:解説書は、左の皿に①具体的な撮影方法を置き、それが不相当(執拗・明らかに不要な場面まで撮る)だと侵害の程度が大きくなる=左の皿が重くなる、とします。③で比べるのは撮影の必要性(目的)と撮影方法(手段)で、比例原則で比べるのは侵害の程度と、重大性・嫌疑・証拠の重要性を合わせた捜査の必要性全体です。
    • ③の「撮影の必要性」:解説書は、その中身を重大性・嫌疑などに分けて示していません。③は、その必要に対して撮り方が行き過ぎていないかを見る1要素です。比例原則では、❶重大性・❷嫌疑・❸証拠の重要性などを右の皿に明示して量ります。
    • ③と天秤の関係(ノートの整理):解説書は、天秤の左の皿の撮影方法が不相当なら、左の皿が重くなり「もう一方の捜査の必要性が大きくなければ、権衡がとれない」とします。判例の③を欠いた場合に天秤の結論がどうなるかは、解説書は論じていません。解説書が平20決定から読み取る3つの要件の形で書くなら、解説書は3つがそろえば適法とまとめているので、③を欠けば適法とはいえない方向に働きます。学説の天秤で書くなら、撮り方の不相当は左の皿を重くする事情の1つです(③とは別の評価)。答案では、どちらの枠組みで書くかを決めて、その中で判断します(第8節)。
    • 例:「要件③の撮影方法が相当だから、比例原則上も相当」とだけ書くのは不十分 → 比べるものが違います。比例原則では、撮影されない自由の侵害の程度と、重大性・嫌疑・証拠の重要性を含む必要性全体を比べます。
    • 例:左の皿の①撮影方法が執拗でも不要な場面まででもなく、侵害の程度が大きくない → それでも、右の皿(❶重大性・❷嫌疑・❸重要性)と比べて初めて相当かが決まります(設問の検討もこの順で当てはめます)。③撮影方法の相当性を満たすことと、比例原則上の相当性は別に判断します(ノートの整理)。

あてはめ:平20決定の事案を2段で解く

公道・パチンコ店での撮影は、入口で任意処分、その先で侵害が大きくなく必要性が大きいので、相当=適法となります(解説書の設問の検討による当てはめ。判例の判断そのものではない)。

  • 天秤で解く理由:この節は解説書の設問の検討に沿って、学説の比例原則で当てはめます。判例から解説書が読み取る3つの要件の形で書くなら、①合理的な理由・②必要な限度・③撮影方法の相当性を順に確かめます(第6節)。
  • 入口:公道とパチンコ店の中は、受忍せざるを得ない場所で、私的領域ではありません → 任意処分。
  • その先:比例原則の天秤に事実を乗せます。
皿要素事実と評価
左(大きいとはいえない)① 撮影方法気づかれないように撮っているが、執拗とも、明らかに不要な場面まで撮ったともいえない
右(大きい)❶ 重大性強盗殺人という重大な事件
〃❷ 嫌疑被告人には相応の嫌疑がある
〃❸ 証拠の重要性防犯ビデオの人物との同一性を確かめるのに、撮影で得る証拠は欠かせない
  • ビデオである必要性:防犯ビデオの人物と容ぼう・体型を精密に突き合わせるには、静止画では足りず、続いた映像が要ります。だからビデオという方法も正当化されます。
    • 例:顔の同一性だけを確かめたいなら、数枚の写真で足ります → 音声まで入るビデオで長く撮れば、左の皿が重くなります。歩き方や体の動きの癖まで照らし合わせる必要があるなら、ビデオの必要性が認められる方向です。
  • 結論:侵害の程度に見合う必要性があり、比例原則上の相当性が認められる → 適法と考えられます。
    • 例:被疑者宅の玄関前の公道にカメラを据え、数か月にわたって出入りを全部記録した → 解説書の立場では、公道なので入口は任意処分のまま。ただ、生活状況が分かるほどの長期の撮影なので、左の皿が重くなり、違法の方向に動きます。
    • 例:同じ撮り方でも、少額の万引きで嫌疑も薄い人物なら、❶重大性・❷嫌疑が小さく、右の皿は軽くなります。本人の顔写真がすでにあって同一性を確かめられるなら、❸撮影の重要性も下がります。

ページ上部へ ↑

#12単独ページ動画

会話傍受と秘密録音

骨格相手が知らないうちの録音は、許されるか

  • 1 2つの場面:①会話の外の第三者が録る=傍受(誰も知らない)/②会話の当事者が録る=秘密録音(相手だけが知らない)。どちらも「強制処分か → その先」の2段で問うが、通る道が違う。
  • 2 傍受の入口:強制処分。判例=電話傍受は通信の秘密→ひいてはプライバシーを侵害。学説の整理=通信の秘密+私的領域に侵入されない権利の2本立て。口頭の会話も後者で強制処分(解説書)。
  • 3 傍受の根拠:電気通信=222条の3+通信傍受法。口頭の会話を傍受する規定は無い(立法は見送り)→ 残る道は既存の検証許可状。
  • 4 平11決定:電話傍受は、憲法上の6要件を満たし、対象の特定に資する記載のある検証許可状なら、当時の法律上もできた(本件は対象を限定し、条件も付けていた)。事後通知・不服申立てが無い弱点は認めつつ、押し切った。
  • 5 会話傍受:事後通知・不服申立てが無い。加えて侵害が通信傍受より相当に大きく、そのため特定・立会い・遮断・スポットも難しい → 検証としても行えず、違法と考えられる(解説書の検討。最高裁の判断は無い)。
  • 6 秘密録音の入口:通信傍受法の「傍受」ではない。私人の録音は最高裁が事情を示して違法でないとした(捜査機関は判断なし)。多数説=相手は会話の秘密性を委ねた(放棄)→ 任意処分。
  • 7 その先:千葉地判=原則違法・相当な限度で許容/東京地判=著しく不当な点があるか。どちらも事案の録音は適法。
  • 8 天秤(解説書の整理):左=会話の自由を含むプライバシー等の侵害の程度(①録音方法 ②会話の内容 ③対象者の対応)/右=❶重大性 ❷嫌疑 ❸証拠の重要性(撮影と同じ)。見合う必要性があれば相当。

⚠ 会話傍受を違法とした判例は無い(解説書の検討)/放棄=録音に同意したことではない(委ねたのは、話し相手に聞かれることの秘密性)/千葉地判も録音は適法とした/平11が過去の判例とされるのは、電話傍受を検証許可状で行う点について

2つの場面:入口から別の道

外の第三者が録る傍受は強制処分で、法律の根拠が問題になります。会話の当事者が録る秘密録音は、多数説では任意処分で、録り方が適法かが問題になります。

  • 場面①:ある部屋でXとYが話しています。外にいる第三者Zが、装置で聞いて録音します。XもYも気づいていません。
  • 場面②:Xと話しているY自身が、Xに知らせずに録音します。
① 傍受(誰も知らない)② 秘密録音(相手だけが知らない)
録音する人会話の外にいる第三者Z会話の当事者Y自身
気づいていない人XもYもXだけ
入口:強制処分か強制処分(第2節)多数説は任意処分(第6節)
その先法律の根拠はあるか(第3〜5節)任意処分として適法か(第7・8節)
結論の向き口頭の会話なら違法(解説書の検討)事情しだいで適法になりうる

傍受の入口:強制処分か

傍受は強制処分です。電気通信なら通信の秘密と私的領域、口頭の会話でも私的領域に侵入されない権利を、実質的に侵害・制約するから、と説明されます(2本立ては学説の整理、口頭の会話は解説書の見方)。

  • 物差し:強制処分かどうかは、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するかで、類型的に判断します(学説の定式)。
    • 強制処分なら法律の特別の定めが要り、原則として令状も要ります。任意処分なら、特別の根拠規定も令状も要りません(197条1項本文。ただし第8節の比例原則がかかります)。
  • 傍受:会話の当事者の、どちらの同意も得ずに、会話を聞き取ることです。
  • 判例(平11決定):電話傍受は「通信の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分」です。
  • 2本立て(いまの学説の一般的な整理):通信の傍受は、次の2つを侵害するので強制処分とされます。
    • 通信の秘密(憲法21条2項):電話やメールのような通信を守る権利です。
    • 私的領域に侵入されない権利:プライバシーが強く保護されるべき場所・空間に、踏み込まれない権利です。GPS捜査の大法廷判決が、憲法35条の保障に含まれるとしました。
    • 例:組事務所の固定電話を、通話のどちらにも知らせずに聞いて録る → 通信の秘密と私的領域の両方を侵害する強制処分です。いまは通信傍受法の手続によるしかありません。

21条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)2項:検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

通信の秘密(憲法21条2項)私的領域に侵入されない権利
電気通信の傍受(電話・メールなど)実質的に侵害・制約する実質的に侵害・制約する
口頭の会話の傍受(肉声)問題にならない(電気通信ではないため)実質的に侵害・制約する
  • 口頭の会話:通信の秘密が使えなくても、私的領域に侵入されない権利が残るので、強制処分です(解説書の見方)。
    • 例:同じ事務所の応接室の会話を、窓の外から高感度マイクで拾う → 電話ではないので通信の秘密は外れます。それでも室内の会話を密かに聞くので、私的領域への侵入として強制処分です。
  • 例外:ただし、誰でも聞ける公共の場所で、周りに丸聞こえの大声で話す会話は、プライバシーが強く保護されるべき会話とはいえず、任意処分の場合もある、とされます(解説書の留保つきの見方)。
    • 撮影で見た「受忍せざるを得ない場所」と似た考え方です(ノートの整理)。解説書は、場所に加えて、周りに聞こえる話し方かどうかも挙げています。
    • 例:駅前広場で、周りに聞こえる大声で取引の段取りを話すのを録る → 任意処分の方向です(解説書も「場合もあろう」と留保)。自宅の居間の会話を外から集音器で拾うのとは、正反対の場面です。

傍受の根拠:口頭の会話を傍受する規定が無い

電気通信の傍受には222条の3と通信傍受法という根拠があります。口頭の会話の傍受を定めた規定は無いので、残る道は、既存の検証許可状に乗れるかです。

電気通信の傍受口頭の会話の傍受
認める条文222条の3+通信傍受法無い
結論法律の定めに従って実施できる専用の規定が無い → 強制処分法定主義(197条1項ただし書)にかかる。既存の検証で行えるかが残る(第4・5節)
  • 強制処分法定主義:法律に特別の定めがない強制処分はできない、という原則です(197条1項ただし書)。傍受は強制処分(第2節)なので、行うには法律の根拠が要ります。

197条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

  • 222条の3:電話などの電気通信を、当事者の同意なく傍受する強制処分は、「別に法律で定める」とする規定です。その法律が通信傍受法です。
    • 番号の注意:古い教科書の「222条の2」は、番号が変わる前の表記です。今の222条の2は、電磁的記録提供命令などに違反した者の罰則で、傍受とは関係ありません。
      • 例:「傍受の根拠は222条の2」は改正前の番号 → 傍受を別の法律に任せる規定は、今は222条の3です。

222条の3|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については、別に法律で定めるところによる。

  • 通信傍受法の「通信」:電話その他の電気通信に限られます(2条1項)。部屋に盗聴器を仕掛けて肉声を聞く捜査は、この法律の外です。
    • 例:「会話の傍受も、通信傍受法の傍受令状を取ればできる」は誤り → 同法の「通信」は電気通信に限られます。室内の肉声は対象外です。

2条(定義)(抜粋)|犯罪捜査のための通信傍受に関する法律 第一章 総則(1〜2条)1項:この法律において「通信」とは、電話その他の電気通信であって、その伝送路の全部若しくは一部が有線(有線以外の方式で電波その他の電磁波を送り、又は受けるための電気的設備に附属する有線を除く。)であるもの又はその伝送路に交換設備があるものをいう。2項:この法律において「傍受」とは、現に行われている他人間の通信について、その内容を知るため、当該通信の当事者のいずれの同意も得ないで、これを受けることをいう。

  • 立法は見送り:2016年(平成28年)の改正の際、会話の傍受を立法で認めるべきかも議論されました。しかし、引き続き検討が必要だとして見送られました。「作らないと決めた」のではなく、結論を先送りした状態です。

平11決定:電話傍受は検証許可状でできた

最高裁は、電話傍受を強制処分としたうえで、憲法上の6要件を満たす場合に、対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状によれば、当時の法律上も実施できたとしました。

  • 前提:本件の傍受が行われた平成6年当時、通信傍受法はまだありませんでした(同法の制定は平成11年・施行は平成12年。決定は制定の後ですが、判断したのは平成6年当時の法律です)。電話傍受を直接定めた法律が無い中で、令状を取って行えたかが問われました。
  • 争点の形:弁護人は、電話傍受は法律に定めのない強制処分なので、強制処分法定主義(197条1項ただし書)に反し、憲法にも反すると主張しました。
  • 最高裁の2段の答え
    • 憲法の段:一定の要件(下の6つ)の下なら、憲法上全く許されないものではない。
    • 法律の段:電話傍受を直接の目的とする令状は無かったが、検証許可状で実施できた(理由は第5節の表)。
  • 検証:捜査機関が、五官の作用で対象の存否・性質・状態・内容などを認識し、記録に残す処分です。令状は検証許可状です。
    • 検証は刑訴法に定めのある強制処分です(218条1項)。電話傍受を検証許可状で行えるなら、197条1項ただし書の「特別の定め」がある、という筋です。ただし最高裁は、検証の性質に加えて、事前審査・特定・条件の付加なども理由にしています(第5節の表)。

事実電話傍受の事件(最決平11・12・16)

  • 暴力団が、組事務所のあるマンションの一室の電話で覚醒剤の注文を受け、客を別の場所に行かせて渡していました。受付役と受渡し役は別人で、特定できませんでした。
  • 警察官が裁判官に請求し、検証許可状が出ました。対象は電話2台、取引に関する通話内容に限り、2日間・各日夕方5時から夜11時までと限定されていました。
  • 許可状は、地方公務員2名を立ち会わせ、通話をスピーカーで聞いて録音し、対象外と思われる通話は立会人に直ちに分配器の電源スイッチを切らせる、という方法を定めていました。警察官は、その制限を守って実施しました。

(1) 憲法上許される6つの要件

  1. 犯罪が重大であること
  2. 被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があること
  3. その電話で、被疑事実に関連する通話が行われる蓋然性があること
  4. 電話傍受以外の方法では、重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難なこと
  5. 侵害される利益の内容・程度を慎重に考慮しても、なお真にやむを得ないこと
  6. 法律の定める手続に従うこと
  • 覚えるのは形:「重大性・嫌疑・蓋然性・補充性・やむを得ないこと・手続」の並びです。補充性=ほかの方法では著しく困難なこと(④)です。
    • 決定は①〜④を「…著しく困難であるなどの事情」という形で書いています。6つに数えるのは解説書の整理です。

電話傍受を検証としてできるとした決定最高裁判所決定強制処分性と合憲となる要件電話傍受は、通信の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分である一定の要件の下では、捜査の手段として憲法上全く許されないものではない重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解するのが相当である。検証としての性質と結論電話傍受は、通話内容を聴覚により認識し、それを記録するという点で、五官の作用によって対象の存否、性質、状態、内容等を認識、保全する検証としての性質をも有するということができる。対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状により電話傍受を実施することは、本件当時においても法律上許されていたものと解するのが相当である。

会話傍受は、検証許可状でもできない

平11の理由は、電話なら成り立ちました。口頭の会話では、事後通知・不服申立てが無いことに加えて侵害がずっと大きく、そのため特定・立会い・遮断も難しいので、検証として行うこともできず違法と考えられます(解説書の検討)。

平11が挙げた理由(電話傍受)口頭の会話の傍受では(解説書の検討)
① 検証としての性質:耳で聞き取って記録する残る(会話傍受も検証の性質を持つ)
② 裁判官の事前審査:資料で要件を満たすか事前に審査できる(解説書は論じていない)
③ 対象の特定:令状に、傍受すべき通話・電話回線・実施の方法と場所・期間をできる限り限定して書く装置のある場所の会話すべてが入るので、特定しにくい
④ 条件の付加:身体検査の条件の規定を準用し、第三者の立会いと対象外の通話の遮断を条件にできる立会人を置きにくく、関係ない会話だけ選んで遮断するのも難しい
⑤ スポットモニタリング:対象か分からない通話も、判断に必要な限度で聞ける(129条)できるかが問題になる=満たすのが一層難しい条件の1つ(解説書は、それ以上の理由は述べていません)
弱点:事後通知・不服申立ての規定が無い(最高裁も「問題があることは否定し難い」)同じく無い
—加えて、侵害が通信傍受より相当に大きい
  • ④を準用できる理由:218条9項は、もともと身体検査について、裁判官が条件を付けられるとする規定です。条件を付けることは、強制処分の範囲・程度を狭める方向に働くので、身体検査令状以外の検証許可状にも準用できる、と最高裁は述べました。
    • 条文は今の218条9項です。決定が引いたときは5項でした。

218条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)9項:裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を付することができる。

  • ⑤の根拠:129条は、検証のために「その他必要な処分」ができるとしています。対象の通話か判断するために、その判断に必要な限度で傍受することが、これに含まれる、と解しました(決定は129条とだけ書いています。捜査機関がする検証には、222条1項が129条を準用します)。
    • 例:通話が世間話から始まり、取引の話か分からない → 判断に必要な限度で聞くのは「必要な処分」。途中で家族の無関係な連絡と分かったのに最後まで聞き続ければ、その限度を超えます。

129条|刑事訴訟法 第一編 総則 第十章 検証(128〜142条)検証については、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分をすることができる。

  • 侵害が大きい中身:装置を置いた場所の会話すべてが聞かれます(通信傍受なら、その通信だけ)。設置のために、住居などに密かに立ち入ることもあります。
  • 事後通知・不服申立て:事後通知=傍受が終わった後に、聞かれた当事者に傍受したことを知らせること。不服申立て=当事者が、その処分を違法・不当だとして、取消しなどを裁判所に求める手続。どちらも無いと、聞かれた本人は、傍受されたことをすぐに知る機会も、処分そのものを争う手続もありません。
  • 結論の組み立て(解説書):次の3つを重ねて、検証として行うこともできず、違法と考えるべき、とされます。
    • (a) 事後通知・不服申立てが無く、適正さを担保できない。
    • (b) 私的領域に侵入されない権利への侵害が、通信傍受より相当に大きい(上の「侵害が大きい中身」)。
    • (c) (b)のため(場所の会話すべてが入り、密かな立入りも伴うため)、平11が求めた特定・立会人・遮断・スポットモニタリングの条件を満たすのが一層難しい。
    • 事後通知の欠如そのものは、最高裁が電話傍受で「許されなかったとまで解するのは相当でない」とした点です(下の判旨)。解説書は、これに侵害の大きさと条件の困難を重ねて結論を出しています。
    • 例:組事務所の応接室に盗聴器を仕掛ける → 来客や家族の会話まで全部入り、設置のために密かに立ち入り、立会人も室内に置けず、関係ない会話だけ切るのも難しい。平11の条件を満たしにくい典型です。
    • 主語に注意:会話傍受を最高裁が判断した例はありません。
      • 例:「平11があるから、検証許可状を取れば室内の会話傍受もできる」は誤り → 平11は電話傍受についての判断です。会話傍受には判例が無く、解説書は否定します。

電話傍受を検証としてできるとした決定最高裁判所決定最高裁自身が認めた弱点もっとも、検証許可状による場合、法律や規則上、通話当事者に対する事後通知の措置や通話当事者からの不服申立ては規定されておらず、その点に問題があることは否定し難いが、電話傍受は、これを行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められる場合に限り、かつ、前述のような手続に従うことによって初めて実施され得ることなどを考慮すると、右の点を理由に検証許可状による電話傍受が許されなかったとまで解するのは相当でない。

  • 反対意見(元原裁判官):関係ない通話の選別的な聴取を「必要な処分」に含めるのは不合理で、事後の告知・不服申立ての規定も無いので、検証として行うことは許されない → 証拠能力を否定すべき、としました。
  • 平11の今の位置づけ:今は電気通信の傍受は通信傍受法によるしかなく、検証許可状で行うことは許されないと考えられています。その点では過去の判例です。ただし判断の基準は、解説書も会話傍受を考えるときに借りています。

秘密録音の入口:放棄で任意処分

秘密録音は通信傍受法の「傍受」に当たりません。多数説は、相手は会話の秘密性を話し相手に委ねて放棄しているので、強制処分で守るほどの侵害は無いとして、任意処分と考えます。

  • 秘密録音:会話の一方の当事者が、相手の同意を得ないで、秘密に録音することです。対面に限らず、電話でも同じです。
  • 傍受との線引き:通信傍受法の「傍受」は、他人間の通信を、当事者のいずれの同意も得ないで受けることです(2条2項)。当事者Y自身が録るのは、これに当たらず、場面①の強制処分の枠には乗りません。

(1) 私人の録音と、捜査機関の録音

私人が秘密録音した場合捜査機関が秘密録音した場合
最高裁の判断事情を示して「違法ではない」とした(2件)判断を示していない
根拠最決昭56・11・20(新聞記者)/最決平12・7・12(詐欺の被害を受けたと考えた人)まだ無い
  • 事情つきの判断:どちらも、録音テープの証拠能力を争う主張に答えた判断です。「右のような事情のもとに」「このような場合に」と、事情を限って違法ではないとしました。
  • 平12の決定は、上告趣意が引いた先例についても、「判示の事情の下では違法ではないとするにとどまり」と読んでいます。「私人の録音は一般に適法」と覚えないようにします。

事実私人が録音した2つの事件

  • 昭56:検事総長を名乗る偽電話の録音を、被告人が報道してもらうために新聞記者に聞かせました。記者は、取材の結果を正確に残すため、その再生音と、再生の前に交わした会話を録音しました。電話での会話の録音もあり、被告人は録音されることを未必的に認めていました。
  • 平12:被告人から詐欺の被害を受けたと考えた人が、被告人の説明を怪しみ、後日の証拠にするため、被告人との会話を録音しました。

(2) 学説:放棄による任意処分

  • 強制処分説もあります。
  • 多数説:秘密録音が相手のプライバシー・人格権を多かれ少なかれ侵害することは否定できません。それでも、相手は会話の秘密性を一方当事者の支配に委ねて放棄しているので、強制処分で守るほどの「重要な権利・利益への実質的な侵害・制約」とまではいえない → 任意処分です。
    • 例:「秘密録音が任意処分なのは、相手が録音に同意したとみなされるから」は誤り → 相手は録音に同意していません。委ねたのは、話し相手に聞かれることについての秘密性です。
録音されることこの相手に話を聞かれること
Xは認めたか認めていない(録音に同意していない)認めた(Yを選んで話した時点で)
どう扱うか録音されない利益は残る → その先の適法性(第8節の左の皿)で量る秘密性を委ねた=放棄 → 任意処分と説明される理由
  • 中身はもう渡っている:Xが選んで話した時点で、話の中身はYの頭の中にあります。渡っていないのは「録音されること」だけです。
    • 例:Yがあとで、話の中身をこっそり手帳に書き留めた → Xが引き受けた範囲です。その手帳が録音機だったら、声も言い方もそのまま残り、ここで話が変わります。千葉地判は、まさにこの点を理由に、放棄の見方を録音には及ぼしませんでした(第7節)。
  • その先が残る:放棄で片づくのは入口(強制か任意か)だけです。任意処分として適法かを、もう1段判断します。

その先:任意処分として適法か

千葉地判は原則違法とし、相当と認められる限度でだけ許します。東京地判は、事情を総合して著しく不当な点があるかで決めます。出発点は違いますが、どちらも事案の録音を適法としました。

事実千葉地判の事案

  • 捜索差押えに来た警察官と、立ち会った被告人が交わす会話を、そばにいた別の警察官が、被告人に気づかれないように録音しました。
  • 目的は、被害者が録音していた脅迫電話の声と、被告人の声を比べることでした。
  • 話し相手も録音した者も捜査機関の側で、被告人は警察官相手と分かって話していました。判決は、捜査機関を会話の一方の当事者とみて、「捜査機関が対話の相手方の知らないうちに」録音した事案として判断しています(解説書も秘密録音の裁判例として扱います。被告人から見れば、話し相手の側に録られた場面です)。
千葉地判平3・3・29東京地判平2・7・26
放棄の見方覚えて人に話す場合の話で、録音には及ばない会話の秘密性を放棄し、相手の支配下に委ねた
出発点原則として違法原則違法とはしない
判断の基準録音の経緯・内容・目的・必要性、侵害される法益と公共の利益との権衡などを考え、相当と認められる限度でのみ許容録音の目的・対象・手段方法・会話の内容・会話時の状況などを総合し、手続に著しく不当な点があるか
事案で考えた事情嫌疑が濃く録音が証拠として必要/相手は警察官と知って会話/内容は捜索差押えの立会いに関することだけ/強制・偽計なし相手は捜索差押えに来た警察官と知って会話/挑発・欺罔・偽計・誘導などで無理に話させていない
結論例外的に相当と認めて許容=適法適法
  • 千葉地判の理由の順:放棄が当てはまるのは、相手が中身を覚えて他に漏らす場合です。機械で正確に録られ、声の同一性の証拠に使われうると知っていれば、当然拒むと予想されます。その機会を与えずに録れば、プライバシー・人格権を多かれ少なかれ侵害します。まして刑事裁判の資料にするのは、司法の廉潔性の観点からも慎重であるべきだ、としました。
    • 権衡:釣り合いのことです。
    • 司法の廉潔性:裁判所が、違法・不公正な手段で得た証拠を安易に使わず、裁判の公正さと信頼を保つことです。
    • 位置づけ:千葉地判は、令状なしの録音を、相当と認められる限度で許容しました(強制処分なら法律の根拠と令状が要るので、強制処分としては扱っていないと読めます。評釈にも同じ読みがあります)。解説書も千葉地判を、任意処分としての適法性の裁判例として並べています。
      • 放棄を否定しても、それだけで強制処分になるわけではありません。強制処分かは、重要な権利・利益の実質的な侵害・制約まで達するかで決まるからです。千葉地判では、放棄を録音に及ぼさなかったことが、入口ではなくその先の出発点(原則違法)に効いている、と読めます(ノートの見方)。
  • 東京地判の理由:盗聴と違い、話し手は相手に聞かれることは認めていて、会話の秘密性を放棄している、とみました。
  • 結論の差:考え方は固まっていませんが、どちらによっても最終的な結論に大差は無いだろう、と解説書はみています。基準の言葉に「必要性」があるのは千葉地判だけです。
  • 基準の違いで変わること(ノートの見方。判決の言葉の上での違いです。解説書は、結論には大差がないだろうとみています):
    • 千葉地判:「相当と認められる限度においてのみ」許容 → 相当と認められなければ違法です。適法にするには、相当といえる事情が要ります。
    • 東京地判:「著しく不当な点があるか否かを考慮して」決める → 著しく不当な点が無ければ適法の側と読めます(出発点について、解説書は「原則違法との判断を示さなかった」と書くだけで、原則適法とは書いていません)。違法の線を「著しく」不当に置く言葉なので、千葉地判より違法になりにくい書き方です。
    • 例(理屈の上の境目):相当とまではいえないが、著しく不当ともいえない録音 → 千葉地判の基準なら違法、東京地判の基準なら適法の側に入ります。2つの事案では、どちらも録音は適法とされました。

捜査機関の秘密録音を原則違法としつつ例外的に許容した判決千葉地方裁判所判決原則違法・例外的に許容このような録音を刑事裁判の資料とすることは司法の廉潔性の観点からも慎重でなければならない捜査機関が対話の相手方の知らないうちにその会話を録音することは、原則として違法であり、ただ録音の経緯、内容、目的、必要性、侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容される

会話の秘密性の放棄から適法性を考えた判決東京地方裁判所判決原則違法とは言わない対話者の一方が相手方の同意を得ないでした会話の録音は、それにより録音に同意しなかった対話者の人格権がある程度侵害されるおそれを生じさせることは否定できないが、いわゆる盗聴の場合とは異なり、対話者は相手方に対する関係では自己の会話を聞かれることを認めており、会話の秘密性を放棄しその会話内容を相手方の支配下に委ねたものと見得るのであるから、右会話録音の適法性については、録音の目的、対象、手段方法、対象となる会話の内容、会話時の状況等の諸事情を総合し、その手続に著しく不当な点があるか否かを考慮してこれを決めるのが相当である。

(1) 学説の2つの立場と「会話の自由」

  • 原則適法・例外的に違法とする説と、原則違法・例外的に適法とする説があります。
    • 解説書の並べ方では、どちらも、任意処分としての適法性の出発点をどちらに置くかの違いです。
    • 解説書は、原則適法説の根拠を述べていません。出発点の向きは東京地判(原則違法とはしない)と近い、とみることはできます(ノートの見方)。ただ解説書は、両者を同じ枠組みとは書いていません。
  • 原則違法説の根拠=会話の自由:私的な会話を自由にできることは、私生活にとって重要な価値を持ち、プライバシーの一内容をなす、とします。解説書は「親しい人と気を遣わずざっくばらんに話せる自由」と言い換えています。
録音を気にせず話せるとき常に録音を覚悟しなければならないとき
話し方気を遣わず、ざっくばらんに話せる身構えて、いつもと同じようには話せない
何が損なわれるかなし会話の自由と、プライバシーへの期待
  • この説でも例外はある:録音の必要性と侵害の程度を比べ、例外的に適法になる場合を認めます。千葉地判と同じ判断枠組みとみてよい、と解説書は書いています。

天秤とあてはめ

任意処分としての相当性は、会話の自由を含むプライバシー・人格権の侵害・制約の程度(左の皿)と、捜査の必要性(右の皿)を比べて判断します(解説書の整理)。解説書は、この天秤をどちらの説の道具とも書いていません(左の皿の「会話の自由」は、原則違法説が根拠に挙げる利益です)。裁判例2つについては、結論に大差はないとみています。

  • 第7節との関係(ノートの見方):天秤(両方の皿を比べること)そのものは、解説書はどちらの説にも、どちらの裁判例にも結び付けていません。裁判例2つで違うのは、比べた結果のどこに違法の線を引くかです。「見合わなければ違法」(下の比例原則)と引く点で、千葉地判と解説書は同じです(千葉地判はさらに出発点を原則違法に置きます)。東京地判は、言葉どおりに読むと、著しく不当な点があるときに違法で、不当でも著しくなければ違法にならないと読めます。ただし東京地判の基準の言葉には「必要性」が無く、右の皿を同じように乗せるかは、解説書が引く基準の言葉からは読めません。
  • 比例原則:任意処分でも、何をしてもよいわけではありません。侵害・制約の程度と捜査の必要性の釣り合い(権衡)を見る考え方です。侵害・制約の程度に見合うだけの必要性があれば相当=適法、見合わなければ違法です。
    • 例:「任意処分だから適法」は誤り → 任意処分でも、天秤で相当性を欠けば違法です。両方の皿に事実を乗せて、はじめて向きが決まります。
左の皿:侵害・制約の程度右の皿:捜査の必要性
撮影① 具体的な撮影方法❶ 犯罪の重大性/❷ 嫌疑の程度/❸ 証拠の重要性(代替手段の不存在) など
秘密録音会話の自由を含むプライバシー・人格権の侵害・制約の程度:① 具体的な録音方法/② 会話の内容/③ 対象者の対応 など撮影と同じ❶❷❸ など
左の皿の要素侵害・制約が大きくなる/小さくなる場合
① 具体的な録音方法強制・挑発・欺罔・偽計を使えば大きい
② 会話の内容会話の自由が期待される状況や、プライバシー・人格権に関わる内容なら大きい
③ 対象者の対応状況を分かったうえで、自分から話しているなら小さい
  • 4つの手口(強制・挑発・欺罔・偽計):強制=無理やり言わせる/挑発=けしかけて言わせる/欺罔・偽計=嘘や仕掛けで思い違いをさせて言わせる。身分を隠すのは偽計です。
  • 裁判例の事情との対応(ノートの整理):手段方法 → ①、会話の内容・会話の自由が期待される状況か → ②、警察官と知って自分から話したか → ③、嫌疑・必要性 → 右の皿。

(1) あてはめ:解説書の天秤で、千葉地判の事案を量る

  • 左の皿(軽い):強制・偽計などは使われていません(判決。解説書の検討は挑発・欺罔も無いとします)。内容は立会いに関する用件だけで、会話の自由が問題になる場面ではありません。相手は警察官と分かって、自分から話しています。
    • 例(事実を1つ変える):警察官が身分を伏せ、仲間のふりをして近づき、脅迫電話の件を自分から持ちかけて話させながら録音した → ①録音方法(偽計)と③対象者の対応が重くなります。必要性が極めて大きい例外でない限り、違法の方向です(判例は無く、解説書の見方)。
    • 例(事実を1つ変える):身分を明かした事情聴取の途中で、相手が事件と関係なく家族の病状や私生活の悩みを話し出したのを、捜査官が録音していると告げずに録り続けた → ②会話の内容は重くなる方向です(③自分から話している点は、小さい側に残ります)。
  • 右の皿(重い):❷嫌疑が濃く、❸声を照らし合わせるのに録音が証拠として必要でした(判決が挙げた事情)。解説書の設問の検討は、❶公務員への職務強要で重大、❸代わりの手段も無い、と加えます。
  • 結論:侵害の程度に見合う必要性があるので相当性が認められ、適法と考えられます(判決も例外的に許容)。

ページ上部へ ↑

#13単独ページ動画

GPS捜査とエックス線検査

骨格見るだけ・付けるだけの捜査は、どの段で違法になるのか

  • 1 2つの問い:問1=強制処分か(重要な権利・利益への実質的な侵害・制約か)→ 強制なら 問2=三重の縛り(①法定主義 ②令状主義 ③比例原則=任意にもかかる)のどの段で崩れるか。2つの捜査は、どちらも違法。崩れる段が違う(GPSを法定主義の段とするのは答案での構成)。
  • 2 エックス線・問1:射影で中身の形状・材質、ときに品目まで分かる → 荷送人・荷受人のプライバシー等を大きく侵害 → 検証としての性質を有する強制処分。
    • 業者は荷物を占有しているだけ。中身の利益を持つのは荷送人・荷受人 → 業者の承諾で任意処分とするのは困難(解説書)。
  • 3 エックス線・問2:検証という受け皿はある → 検証許可状を取れたのに取らなかった → 令状主義の段で違法。覚醒剤の証拠能力は肯定。
  • 4 GPS・問1:任意説(分かるのは位置だけ・尾行と同じ)を退けた。継続的・網羅的な把握を必然的に伴う(プライバシー侵害)/所持品に秘かに装着(=私的領域への侵入)→ 35条は「準ずる私的領域」にも及ぶ → 強制の処分・令状が要る。
  • 5 GPS・問2:検証に似るが、捉えきれない性質もある。令状を出しても ①関係のない行動の過剰な把握を抑えられない ②事前に令状を示せず、代わる仕組みも無い → 解消策を選ぶのは第一次的には立法府 → 令状の発付に「疑義」・立法が「望ましい」。
    • 答案では「許す規定が無い=強制処分法定主義の段で違法」と構成する(解説書の検討)。
  • 6 別の観点:刑事免責のように、強制処分かを問わず法律で定めるべき処分もありうる(解説書の読み)。

⚠ 判決は「法定主義違反」とも「令状があっても絶対にできない」とも言っていない(補足意見は令状の余地を残す)/判決は装着と継続的・網羅的把握の両方を挙げて本件の手法を強制処分とした=片方だけの場合は判断していない

2つの問い:強制処分か、強制ならどの段で崩れるか

まず強制処分かを確かめ、強制処分なら三重の縛りを上から順に当てます。2つの捜査は、どちらも違法ですが、崩れる段が違います(GPSの段は答案での構成)。

  • 問1の物差し(学説の定式):強制処分かどうかは、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するかで、類型的に判断します。
    • 類型的に:その手法そのものの性質で決めます。この事件で捜査の必要性が大きかったかは、問1に入れません。
    • この回の2つの判例は、この定式の言葉を使っていません。判決の言葉は、各節で区別して書きます。
  • 問2の三重の縛り:強制処分には、次の3つがかかります。①②は強制処分と判定されて加わるもの、③は任意処分にもかかるものです。
縛り問われること
① 強制処分法定主義その処分を許す条文があるか(197条1項ただし書。どんな強制処分を認めるかは、国会が法律で決める)
② 令状主義裁判官の令状を取り、処分を受ける者に示したか
③ 比例原則必要性に見合った、相当なやり方か

エックス線検査・問1:見るだけでも強制処分

荷物を開けず、検査後は通常の配達に戻した検査でも、中身の形・材質、ときに品目まで分かりうるので、検証としての性質を有する強制処分です。

事実宅配便荷物のエックス線検査事件(最決平21・9・28)

  • 警察は、覚醒剤密売の疑いで、ある会社を内偵していました。宅配便業者の営業所に照会すると、会社の事務所に短期間に多くの荷物が届き、伝票に不審な記載があると分かりました。
  • 営業所長の承諾を得て、事務所あての荷物を5回、1個ずつ借り受け、空港内の税関でエックス線検査をしました。2回目以降、細かい固形物が均等に詰まった袋の射影が見えました。
  • 荷物は検査後に営業所へ戻され、通常どおり配達されました。荷送人・荷受人の承諾は得ていません。
  • 射影の写真なども資料にして捜索差押許可状が出され、その捜索で覚醒剤などが見つかりました。

(1) 押収ではなく、検証にあたる

  • 検証:捜査機関が、見る・聞くといった五官の働きで、物や場所の状態を確かめる処分です。写真の撮影も同じ性質です。検証も強制処分になりえます。
  • 射影:エックス線を当てて、中の物の形が透けて見える画像です。
押収検証
どんな処分か物の占有を取得する処分物の性質・形状・状態を認識する処分
すること物を持って行く見る・記録する(占有は取らない)
エックス線検査はあたらない(照射は中を認識するだけ)あたる(外から光線を当て、中を見て認識する)
  • 押収との区別:エックス線は荷物の占有を取らず、中を認識するだけなので、押収ではなく検証にあたります。この区別は解説書の整理です。決定は「検証としての性質を有する強制処分」と言うだけです。

(2) 何を暴いたか

  • 最高裁の判断:射影で、中身の形状や材質が分かります。中身によっては、品目まで相当程度具体的に特定できます。
    • だから、荷送人・荷受人の、中身に対するプライバシー等を大きく侵害します。
    • よって、検証としての性質を有する強制処分にあたります。
  • 目印:エックス線では、開けたか・持ち去ったかではなく、「何を暴いたか」が決め手でした。
    • 例:「封も切らず、荷物も返したのだから任意処分」は誤り → 外から中身の形・材質、ときに品目まで分かる以上、占有を取得しなくても(押収でなくても)強制処分になります。
    • 例:業者に荷物の重さと大きさを量らせ、伝票を写させただけ → 中身の形・材質・品目は分かりません。判決が強制処分とした理由が欠ける方向に動きます(この場面を判断した判例はありません)。

宅配便荷物のエックス線検査事件最高裁判所決定エックス線検査は検証としての強制処分本件エックス線検査は、荷送人の依頼に基づき宅配便業者の運送過程下にある荷物について、捜査機関が、捜査目的を達成するため、荷送人や荷受人の承諾を得ることなく、これに外部からエックス線を照射して内容物の射影を観察したものであるが、その射影によって荷物の内容物の形状や材質をうかがい知ることができる上、内容物によってはその品目等を相当程度具体的に特定することも可能であって、荷送人や荷受人の内容物に対するプライバシー等を大きく侵害するものであるから、検証としての性質を有する強制処分に当たるものと解される。

(3) 「承諾」は誰のものか:占有と権利のズレ

  • 前提:本件で承諾したのは業者だけで、荷送人・荷受人は承諾していません。そこで、業者の承諾で任意処分といえるかが問われます。
承諾荷物を占有しているか中身のプライバシーの利益を持つか
宅配便業者あり(荷物を貸した)している(一時的に預かっているだけ)持っていない(中身を委ねられていない)
荷送人・荷受人なししていない持っている(荷送人=封をして預けた/荷受人=宛先)
  • 解説書の整理:中身のプライバシーを期待しているのは荷送人・荷受人です。だから、業者の承諾で任意処分とするのは困難だ、とします。
    • 判決は、この点を独立には論じていません。強制処分の判断の中で「荷送人や荷受人の承諾を得ることなく」と書いています。
    • 例:「荷物を預かる業者がよいと言ったのだから任意処分」とは言いにくい → 業者は運んでいるだけです。
    • 例:一方、証拠能力の判断では、業者の承諾が出てきます → 荷物を現実に占有・管理する業者の承諾を得て、検査の対象も絞っていたので、令状主義を潜脱する意図があったとはいえない、とされました(第3節)。
  • 信書に準ずる(解説書が紹介する学説):荷物は封をされ、中を見られない前提で預けられています。通信の秘密のように保護の必要が高い、とします。
    • 信書:特定の人から特定の人へ宛てた、中身を読まれない前提の手紙です。

エックス線検査・問2:令状主義の段で違法

検証という受け皿があるので、法定主義はクリアします。検証許可状を取れたのに取らなかったので、令状主義の段で違法です。

  • ① 法定主義:検証は、令状によりできる処分として定められています(218条1項)。→ クリア

218条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。

  • ② 令状主義:検証許可状の発付を得ることが可能だったのに、得ずに行った → 違法
    • 示す相手:110条を、222条1項が捜査機関の検証に準用しています。誰に示すかを判決は述べていません。解説書は、荷送人か荷受人のどちらかに事前に示す必要があろう、とします。

宅配便荷物のエックス線検査事件最高裁判所決定検証許可状を得ずに行った違法本件エックス線検査については検証許可状の発付を得ることが可能だったのであって、検証許可状によることなくこれを行った本件エックス線検査は、違法であるといわざるを得ない。

110条|刑事訴訟法 第一編 総則 第九章 押収、捜索等(99〜127条)差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない。

  • ③ 比例原則:②で違法が決まるので、立ち入りません。
  • 前提:証拠能力(証拠として使える資格):判例は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として許すことが将来の違法捜査の抑制の見地から相当でないときに、これを否定します。違法な捜査から得た(関連性がある)証拠でも、違法が重大でなければ使えます。
  • 証拠は使えた:覚醒剤などは、違法な検査と関連性がある証拠とされました。それでも、次の事情から重大な違法とまではいえないとし、証拠の重要性なども総合して、証拠能力を肯定しました。
    • 嫌疑が高まり、検査の実質的な必要性があった。業者の承諾を得て、対象を限定する配慮もしていた(潜脱の意図があったとはいえない)。
    • 覚醒剤は、司法審査を経て出た令状による捜索で見つかった。令状の発付には、エックス線以外の資料も出ていた。これも、証拠を集めた過程に重大な違法があるとまではいえない事情の1つとして挙げられています。

GPS捜査・問1:位置だけでも強制処分か

最高裁は任意説を退け、継続的・網羅的な把握と、所持品への秘かな装着による私的領域への侵入を挙げて、令状が要る強制の処分としました。

事実GPS捜査事件(最大判平29・3・15)

  • 被告人が複数の共犯者と犯したと疑われた窃盗事件で、組織性の有無・程度や被告人の役割を含む全容を解明するための捜査でした。
  • 警察は、平成25年5月下旬から12月上旬までの約6か月半、被告人・共犯者のほか、被告人の知人女性も使う蓋然性があった車など合計19台に、承諾も令状もなくGPS端末を取り付けました。
  • その所在を検索して、移動状況を把握し続けました。

(1) 装着型と、会社から位置情報を得る方法

この回の事案は、車に直接取り付ける装着型です。ほかに、携帯電話会社などに令状を示して位置情報を取得する方法も、実務で行われています。

装着型(この回の事案)携帯電話会社などを通じて取得する方法
処分を受ける者その車を使う本人通信会社
令状を示す相手本人通信会社
事前に令状を示すと本人に気づかれ、目的を達せられない本人には知られない
  • 車に何も付けない方法も令状で行われています。「装着が無ければ任意処分」とは言えません。
  • 装着型の「事前に示せない」は、第5節(2)の理由②につながります。

(2) 任意説と、原判決の評価

任意説の主張中身
① 分かるのは所在位置だけ端末を付けた車が、いま、どこにあるか
② 尾行と似た情報にすぎない公道で尾行すれば、同じように分かる
③ だから、侵害は無い重要な権利・利益への実質的な侵害・制約は無い
  • 原判決(控訴審):取れる情報は車の位置に限られるなどとして、プライバシー侵害の程度は必ずしも大きくないとしました。強制の処分として無令状が違法と解する余地がないわけではないとしても、重大な違法は無いとしました。
    • 最高裁は、この説示(侵害の程度の評価を含む)を是認しませんでした(有罪の結論は維持)。
  • 当たっている部分(解説書の評価):GPS捜査は、公共の場所での行動を把握することも目的にしています。私的領域だけを狙った捜査ではありません。

(3) 最高裁の判断:強制の処分、令状が要る

判決の理由は(1)(2)の2段落です。それを①〜④に区切って見ます(区切りは解説書のもの)。

  • ① 逐一の把握:時々刻々の位置情報を検索するので、プライバシーが強く守られるべき場所も含め、車と使用者の所在と移動状況を逐一把握できます。
  • ② 2つの性質
    • 個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴う → プライバシーを侵害しうる。
    • 機器を個人の所持品に秘かに装着して行う → 肉眼やカメラと違い、公権力による私的領域への侵入を伴う。
      • 例:侵入を「私有地に入ること」に限って読まない → 判決が侵入としたのは、所持品(車)に機器を秘かに装着する点です。どこで取り付けたかは、理由にしていません。
積み上がり方見えるもの判決の言葉
点(1回の位置情報)その瞬間、どこにいるか時々刻々の位置情報
線移動の軌跡所在と移動状況を逐一把握
生活パターンいつ、どこへ通っているかまで行動を継続的、網羅的に把握
  • ③ 憲法35条の射程:35条が文言で守るのは「住居、書類及び所持品」です。判決は、保障の対象に、これらに準ずる私的領域に「侵入」されない権利も含まれるとしました。
    • 判決は、何が「準ずる私的領域」に当たるかを列挙していません。本件で侵入とされたのは、所持品(車)に機器を秘かに装着する点です(②)。

35条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。2項:捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

  • ④ 結論:合理的に推認される意思に反して私的領域に侵入する捜査手法なので、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、強制の処分にあたります。
    • 現行犯人逮捕のように令状なしで許される事情も認めにくいので、令状がなければ行えない処分です。
    • 参照した決定(④のカッコ=最決昭51・3・16):強制手段とは「有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」だとした決定です。
    • 気づいていない相手でも:判決は、合理的に推認される意思に反して私的領域に侵入することを、意思の制圧と言いました。昭51が有形力の有無で決めないとしたことと合わせると、抵抗を力で抑えていなくてもよい、と読めます(ノートの読み)。
    • 「重要な法的利益」は判決の言葉です。「重要な権利・利益」は、この決定などから学説が組み立てた言い方です。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決判示①② 逐一の把握と、私的領域への侵入①GPS捜査は、対象車両の時々刻々の位置情報を検索し、把握すべく行われるものであるが、その性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。②このような捜査手法は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、また、そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。判示③④ 憲法35条の射程と、「強制の処分」③憲法35条は、『住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利』を規定しているところ、この規定の保障対象には、『住居、書類及び所持品』に限らずこれらに準ずる私的領域に『侵入』されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。④そうすると、前記のとおり、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる(最高裁昭和50年(あ)第146号同51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)とともに、一般的には、現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから、令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。

(4) 尾行と何が違うか:判決が挙げた2つの要素

判決が挙げた要素GPS捜査(本件)尾行・肉眼・カメラとの関係
継続的・網羅的な把握必然的に伴う → プライバシーを侵害しうる判決は対比していない。尾行と同視できない理由として、解説書が重視する
所持品への秘かな装着私的領域への侵入を伴う判決が明示した違い(肉眼で把握・カメラで撮影する手法とは異なる)
  • 任意説が崩れる所:公道の行動の把握という目的は同じでも、継続的・網羅的な把握によって、私的領域の行動まで容易に分かります。だから尾行と同視できない、と解説書は読みます。
  • 判決は手法の性質で判断:「その性質上」「必然的に伴う」と述べ、本件の期間の長さを理由にしていません。
    • 例:装着型GPSを、尾行を補うために2日だけ使った → 判決は手法の性質で強制処分としたので、期間が短くても判断は動きにくい方向です(短期間を判断した判例はありません)。
  • 片方だけの場合:判決は、両方を挙げて本件の手法を強制処分としただけです。装着の無い長期の監視については判断していません。
    • 例:被疑者のスマートフォンに無断で位置を送るプログラムを入れ、数か月追跡した → 所持品に秘かに仕組みを組み込み、継続的・網羅的に把握する点で、装着型と同じ要素がそろいます。強制処分とみる方向です(判例はありません)。
  • 撮影の時間との関係:公道上での容ぼうの撮影(人の顔や姿を撮る捜査)でも、撮る時間の長さが強制処分かどうかに効くかが議論されています。解説書は、類型的に判断するなら撮影対象が私的領域かどうかが重要で、時間の長さは「強制処分か」ではなく「適法か」(任意処分とされたうえで、比例原則で判断する段)で効く、とします。長時間なら私的領域への侵入と同視できる、という考え方もありうると解説書自身が書いています。
    • 例:捜査員が交代で6か月半、車を尾行し続けた → 装着はありません。判例はこの場合を判断していません。この撮影の議論を当てはめると、適法性の問題とする考え方と、私的領域への侵入と同視しうるとする考え方があり、言い切れません。

GPS捜査・問2:令状を取ればよいのか

最高裁は、GPS捜査は検証に似るが捉えきれない性質もあり、令状で行うにも2つの問題が残るとして、今の令状を発付することには疑義がある、立法的な措置が望ましい、としました。

(1) 検証と同様の性質、しかし捉えきれない

GPS捜査のどの部分か検証との関係
画面の表示を読み取り、車の所在・移動状況を把握する部分検証と同様の性質
車にGPS端末を取り付けて、所在の検索を行う部分検証では捉えきれない性質
  • 捉えきれないのは、取り付けて検索する部分:画面を読み取る部分は、検証(五官で状態を確かめる)と同じです。端末を付けて所在を検索し続ける部分が、検証の枠からはみ出します。
    • 例:「検証は物に手を加えられないから、GPSは検証に収まらない」は誤り → 検証では「物の破壊その他必要な処分」もできます(129条。捜査では222条1項で準用)。判決が問題にしたのは、端末を付けて所在を検索し続ける点です。
  • エックス線との違い:エックス線検査は、検証としての性質を有する強制処分とされました。GPS捜査は、検証と同様の性質を持ちつつ、捉えきれない性質もあるとされました。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決検証と同様の性質、しかし捉えきれないGPS捜査は、情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の『検証』と同様の性質を有するものの、対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において、『検証』では捉えきれない性質を有することも否定し難い。

(2) 令状を出しても残る2つの問題

判決は、検証では捉えきれないと述べたのに続けて、「仮に」検証許可状を、あるいはそれと併せて捜索許可状を取って行うとしても、次の2つの問題が残る、とします。

  • 理由① 関係のない行動まで把握してしまう:取り付ける車と罪名を特定しただけでは、被疑事実と関係のない行動の過剰な把握を抑えられません。
    • 令状の審査を求める趣旨を満たせないおそれがある、としました。審査は、相手が受け入れるべき範囲を事前に絞るためのもの、と解説書は説明します。
    • 19台には、知人女性が使う蓋然性のある車も入っていました。把握は被疑者本人に限られません(ノートの補足)。
  • 理由② 事前に令状を示せない:強制の処分では、手続の公正を担保するため、原則として事前に令状を示すことが求められます(222条1項・110条)。
    • GPS捜査は、知られず秘かに行わなければ意味がないので、事前の呈示は想定できません。
    • 呈示に代わる公正の担保の手段も、仕組みとして確保されていません。
理由電話傍受(平11決定・検証許可状で認められた)GPS捜査
① 範囲を絞れるか回線・期間などを限定して書けた。対象か分からない通話は、捜査機関が判断に必要な限度で聞けた(129条の「必要な処分」)網羅的に集めるので、その場で関連性を選別できない(解説書の分析)
② 公正の担保裁判官が許可状に第三者の立会いと対象外の通話の遮断を条件に付けた(身体検査の条件の規定=今の218条9項の準用。範囲を縮める条件)。事後通知・不服申立てが無い問題は認めつつ、許した事前呈示は想定できず、代わる仕組みも無い
  • 立会人の役割:対象外と思われる通話を遮断することです。関連する通話かを判断して聞いたのは、捜査機関です。
  • 事前呈示の扱い:平11の多数意見は、事前に示せない点を正面から論じていません(反対意見は、事前に示せないのはやむを得ないとしつつ、事後の告知と不服申立ての規定が無いので、検証としては許されないとしました)。GPS判決も、平11と比べていません。
  • 分かれ目の読み方(解説書の分析):電話はその場で関連性を判断しやすく、位置情報は網羅的に集めて後から分析するしかない。この差が、異なる判断になった理由だろう、とします。
  • 条件を選ぶのは誰か(2つを並べたときの読み。判決は平11に触れていません):
    • 電話傍受では、裁判官が事件ごとに許可状に条件を付け、それで許されました(平11)。
    • GPSでは、最高裁は、事件ごとに裁判官が条件を選ばなければ認められないような強制の処分は、197条1項ただし書の趣旨に沿わない、としました(下の(3))。
    • 判決が問題にしたのは、2つの問題を解消するには令状に様々な条件を付す必要があり、それを事件ごとに多様な選択肢の中から裁判官が選ぶことになる点です。
    • 条件を選ぶ側から見た違い:平11は、範囲を縮める条件(218条9項の準用)を付けて許しました(事後通知などの欠如は問題と認めつつ)。GPSでは、呈示に代わる担保が無いことを「問題が残る」とし、解消策(実施可能期間の限定・立会い・事後の通知など)を令状の条件としてどう選ぶか(=「多様な選択肢」)を、第一次的に立法府に委ねました。
      • 判決は、平11との差を説明していません。解説書は、差を関連性の判断のしやすさで説明しており(上の「分かれ目の読み方」)、条件を選ぶ点には触れていません。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決令状を発付しても無理がある2つの理由GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず、裁判官による令状請求の審査を要することとされている趣旨を満たすことができないおそれがある。GPS捜査は、被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく、事前の令状呈示を行うことは想定できない。刑訴法上の各種強制の処分については、手続の公正の担保の趣旨から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項,110条),他の手段で同趣旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても,これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは,適正手続の保障という観点から問題が残る。

(3) 判決の結論:3つの層

  • (a) 判示の芯:GPS捜査は、令状がなければ行えない強制の処分です(第4節④)。
  • (b) 原判決への応答:原判決は、GPS捜査が強制処分法定主義に反し、令状の有無を問わず適法に実施できないと解することも到底できない、と述べていました。最高裁は、令状実務への影響を考えて、この点も検討しました。
    • 2つの問題の解消策(期間の限定・第三者の立会い・事後の通知など)を選ぶのは、197条1項ただし書の趣旨(強制処分の中身は国会が法律で決める)から、第一次的には立法府です。
    • 事件ごとに裁判官が条件を選ばなければ是認できない強制の処分は、同項ただし書の趣旨に沿わない、としました。
    • だから、今の令状を発付することには「疑義」がある。立法的な措置が講じられることが「望ましい」。
    • 答案での組み方(解説書の設問の検討):GPS捜査は強制処分 → 現行法に許す規定が無い → 強制処分法定主義に反し違法、と組みます。既存の検証では困難とする理由は、解説書は(2)の分析(関連性をその場で選別できない・事前に示せず代わる仕組みも無い)に求めます。判決が述べたのは「令状が要る」「今の令状の発付には疑義」までです。
      • なぜ令状主義でなく法定主義の段か(ノートの読み):2つの問題は令状主義の段の問題に見えますが、判決はこれを、今ある令状が197条1項ただし書の「特別の定」に当たるかという問いの中で論じました(法定主義違反とまでは言っていません)。
    • 例:「最高裁は、令状があってもGPS捜査は絶対にできないと判断した」は誤り → 法廷意見は令状の発付に「疑義」、立法が「望ましい」まで。下の補足意見は令状の余地を残しています。

GPS捜査事件最高裁判所大法廷判決立法的な措置が望ましい以上のとおり,GPS捜査について,刑訴法197条1項ただし書の『この法律に特別の定のある場合』に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。

197条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

  • (c) 本件の結論:最高裁は、原判決の法令の解釈に誤りがあるとしつつ、第1審を正当とし、それを維持した原判決の結論に誤りはないとして、上告を棄却しました。
    • 判決は「違法」と自分の言葉では書いていません。令状が要る処分を無令状で行ったこと、第1審の判断を正当としたことから、違法と読みます。
審級捜査の評価証拠の扱い結論
第1審検証の性質を持つ強制の処分。検証許可状なし → 重大な違法直接得た証拠と密接に関連する証拠を排除その余の証拠で有罪
原判決(控訴審)侵害の程度は必ずしも大きくない。無令状が違法の余地はあっても重大な違法は無い。法定主義に反するとも解せない第1審が排除しなかった証拠を、排除しない控訴棄却
最高裁令状が要る強制の処分(第4節④)。原判決の説示は是認しない第1審の扱いを正当とする上告棄却
  • 補足意見(3人の裁判官):立法までの間、裁判官の審査を受けて行うことも、全く否定されるわけではない。ただし、ごく限られた極めて重大な犯罪で、継続的・網羅的な把握が不可欠という高度の必要性がある場合に限る、としました。

答案の型:2つの捜査を同じ手順で

同じ手順で当てはめても、エックス線は令状主義、GPSは強制処分法定主義(答案での構成)と、崩れる段が違います。

  • ① 権利・利益の特定:その捜査が、どんな権利・利益に触れるか。
  • ② 類型的に、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約か:事件ごとの捜査の必要性の大小は入れません。
  • ③ 強制なら:許す条文があるか → あれば、令状を取ったか・示せたか。
  • ④ 任意なら:比例原則で、適法かを判断します。
答案の型エックス線検査GPS捜査
① 権利・利益荷物の中身についての、荷送人・荷受人のプライバシー私的領域に侵入されない権利(憲法35条)
② 実質的な侵害・制約あり。形状・材質が分かり、品目まで特定しうるあり。継続的・網羅的な把握+装着による侵入
③-1 法定主義検証という受け皿がある許す規定が無い(答案での構成)
③-2 令状主義取れたのに取らなかった → 違反答案では③-1で崩れ、ここへは進まない。判決は「令状が要る・今の令状の発付には疑義」
④ 比例原則強制で違法が決まり、立ち入らない同左
結論検証許可状によらず違法(判決)=令状主義の段(解説書)強制処分法定主義違反で違法(解説書の検討)
証拠証拠能力は肯定直接得た証拠などは排除、その余の証拠で有罪
  • 違法と証拠は別の問い:捜査が違法と決まっても、そこで得た証拠を使えるかは、違法の重大さなどから別に判断します(表の「証拠」の行)。
    • 例:「違法な捜査で見つかった証拠は全部使えない」は誤り → エックス線は違法でも覚醒剤の証拠能力を肯定。GPSも、排除したのは直接得た証拠と密接に関連する証拠だけで、その余の証拠で有罪が維持されました。

法律の根拠を要する処分は、強制処分だけではない

強制処分法定主義とは別の観点から、法律の根拠が求められる処分もありうる、と解説書は読みます。

  • 在宅の被疑者への出頭要求・取調べ:任意捜査と理解されていますが、刑訴法は詳しい規定を置いています。
  • 刑事免責(最大判平7・2・22):明文の規定が無かった当時、検事総長らが起訴猶予を宣明したうえで、米国での嘱託証人尋問で得た供述の調書について、証拠能力を否定しました。
    • 強制処分にあたるかどうかには触れていません。
    • 刑事手続上重要な事項に影響する制度なので、採用するかは、必要性・公正な手続としての当否・国民の法感情からみた公正感などを慎重に考えて決めるべきだ。採用するなら対象範囲・手続要件・効果等を明文で定めるべきだ、としました。
    • 例:いまは157条の2・157条の3が刑事免責を定めています → 証人は証言を拒めない代わりに、その供述とそこから得た証拠を、原則として自分の刑事事件で不利益な証拠として使われません。訴追されない制度ではありません。

ページ上部へ ↑

#14単独ページ動画

任意捜査の限界

骨格任意捜査と決まった後、何で適法・違法を決めるか

  • 1 出発点:任意捜査も無制約ではない。根拠=197条1項本文の「必要な」。昭51決定の後半=有形力の行使も、必要性・緊急性なども考慮し、具体的状況のもとで「相当と認められる限度」でだけ許される。
  • 2 判断の順(答案の4行):①侵害される権利・利益の特定 → ②実質的な侵害・制約に至っていないことの確認(至っていて同意も無ければ強制処分)→ ③必要性を具体的事実で積む → ④権衡=相当性の結論。
  • 3 行②の境目:有形力を使っても任意でありうる。境目は力の強さそのものではなく、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約か(通説的な見解の整理。類型的=必要性と比べない)。
    • 強さ・時間・場所・退去の自由が積み上がると、実質的な逮捕へ動く。
  • 4 行③④の天秤:左=侵害・制約の程度/右=捜査の必要性。緊急性は右の皿の中身、相当性は比べた結論。判断は個別具体的。
  • 5 実演(自前の事例):同じ強さで腕をつかんでも、軽微な疑いで代わりの手段がある場面は違法の方向、重大事件で凶器が捨てられる寸前の場面は適法の方向。
  • 6 使いどころ:任意捜査では、比例原則は事後にしか効かず、明確な基準が無い。判例の個別基準で解ける問題はそれで解き、解けない問題を比例原則で解く。

⚠ 「必要性・緊急性・相当性の3要件」ではない/類型的=事実を見ない、ではない(外すのは必要性)/天秤の定式は学説の整理で、決定の言葉は「相当と認められる限度」

出発点:任意捜査にも限界がある

任意捜査は、197条1項本文が「必要な」限度で許したものです。最高裁も、強制手段に当たらない有形力の行使を「相当と認められる限度」でだけ許しました。

197条1項書いてあること何の根拠か
本文捜査の目的を達するため必要な取調べをすることができる比例原則(任意捜査の限界)
ただし書強制の処分は、法律に特別の定めのある場合でなければできない強制処分法定主義
  • 白紙の許可ではない:任意捜査には、強制処分のような令状は要りません。ただ、本文は任意捜査を許す条文で、「目的を達するため必要な限度でだけ」という条件が、許可の言葉の中に最初から入っています。
  • 比例原則:相手が受ける不利益の重さと、捜査の必要性を比べ、釣り合う限度でだけ許す考え方です(第4節の天秤)。
    • 例:「任意捜査なら令状が要らないので、何をしてもよい」は誤り → 何の嫌疑も無い人を何日も尾行し続ければ、捜査の必要性はほぼありません。相当性を欠く方向へ動きます。

197条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

(1) 昭51決定の後半:有形力の行使が許される限度

警察署へ任意同行された人が急に退室しようとし、警察官が手首をつかんだ事件の最高裁決定(昭和51年=昭51決定)です。

  • 前半(強制手段の定義):強制手段は、有形力の行使を伴う手段という意味ではなく、個人の意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為などです。その程度に至らない有形力の行使は、任意捜査でも許される場合があります。
  • 後半(この回の中心):それでも、何らかの法益を侵害し、または侵害するおそれがあるので、常に許されるわけではありません。必要性、緊急性なども考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度でだけ許されます。
    • 有形力=物理的な実力(腕をつかむのも含む)。法益=法が守ろうとする利益。
問い最高裁の当てはめ
強制手段か呼気検査に応じるよう説得するためで、力もさほど強くない → 性質上当然に強制手段に当たるとは判断できない
相当か酒酔い運転の疑いが濃い人を、同意を得て同行し、父を呼んで説得し、母の来署を待つ間に急に退室しようとした。さらに説得するための抑制の措置で、程度もさほど強くない → 不相当な行為とはいえない
  • 結論が割れた:第一審は同じ行為を「実質上被告人を逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使」として違法としました。控訴審と最高裁は適法としました。争われたのは、強制か、任意なら相当か、という2段そのものです。

警察署で退室しようとした人の手首をつかんだ行為は、許されるか最高裁判所決定有形力の行使が許される限度ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。

判断の順序:答案の4行

強制か任意かの判定は②で書きます。任意と判定してもゴールではなく、③④で相当性の結論まで書きます。

行書くこと
① 権利・利益の特定侵害・制約される権利・利益は何か(例:身体活動の自由、プライバシー)
② 至っていないことの確認その侵害・制約が「重要な権利・利益への実質的な侵害・制約」には至っていない(至っていても、同意・承諾があれば任意処分)
③ 必要性を積む嫌疑の程度・犯罪の重大性・証拠の重要性・緊急性・代替手段の有無を、具体的事実で
④ 権衡の結論2つの皿が釣り合っているか=相当性の有無 → 適法/違法
  • ②を飛ばさない:②を書かずに必要性だけ積むと、なぜ任意処分なのかが答案から抜け落ちます。
  • ②と④をそろえる:②で「重要な侵害には至っていない」とした理由を、④でもそのまま前提にします。
    • 例:捜査官が隣室のベランダから、被疑者がベランダで携帯電話で話す声を録音した。②で「屋外で話す以上、プライバシーの利益は放棄されており、重要な侵害は無い」としながら、④で「プライバシー権の侵害を伴う」とだけ書く → 平成27年司法試験の採点実感(刑事系第2問)は、論理的に矛盾するかのような記述として指摘しています。直すなら、②で手放したと言えるのは隣の人の耳に聞こえることまでと限定し、④ではその外に残る不利益=機械で録音・記録されることの重さとして程度を示します。
  • ①を先に書く理由:昭51決定は「何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれ」を理由にしており、侵害・制約を前提にしています。だから、まず何の権利・利益かを特定します。
  • 使い方:新しい捜査手法なら、この4行をそのまま当てます。判例・裁判例の基準がある手法は、②の後まずその基準で判断し、解けなければ天秤に戻ります(第6節)。
    • 例:昭51決定の事案で書くと → ①身体の自由 ②説得のための、さほど強くない一時の力で、実質的な制約には至らない ③酒酔い運転の疑いが濃い、説得を続けていた途中で急に退室しようとした ④抑制の程度は強くない → 相当。答案としての組み立てで、最高裁の理由をそのまま並べたものではありません。

行②:強制処分に至っていないか

有形力を使っても、任意捜査でありえます。通説的な見解では、境目は力の強さそのものではなく、重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるかで、類型的に判断します。

有形力強制の側(最高裁の規範の語は「強制手段」)
決定の言葉強制手段は「有形力の行使を伴う手段」という意味ではない個人の意思を制圧し、身体・住居・財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など
通説的な見解の読み(決定と同じ)相手方の明示・黙示の意思に反して、重要な権利・利益に実質的な侵害・制約を加えるもの
任意捜査で使える(強制手段に至らない限り。最高裁も正面から認めた)使えない。ここに達すれば任意捜査ではない
達すると(任意捜査のまま、相当性を問う)強制処分になる。天秤より先に、条文・令状が問われる(執行の仕方には比例原則もかかる)
  • 「強制力」という言葉:決定では、下級審の判断を紹介する部分にだけ出てきます。最高裁自身の規範の言葉は「強制手段」です。
  • 「意思の制圧」の読み方:字義どおり、物理的な抵抗を排除したり、相手方を処分に服することを余儀なくさせたりする程度の力と読む見解もあります。通説的な見解は、相手方の明示または黙示の意思に反することと読み、判断の重心を重要な権利・利益の実質的な侵害・制約に置きます。
    • 黙示の意思に反する:はっきり拒んでいなくても、知れば当然拒むと考えられる場合です(相手に気づかれずに行う処分など)。
    • だから、強制処分かどうかは力の強さだけでは決まりません(強さは目安の1つ=第3節(2))。
    • 例:相手に気づかれずに行う通信傍受 → 力は使いませんが、知れば当然拒むはずの相手の通信の秘密を実質的に侵害するので、強制処分になります。
    • 例:手首をつかんでも、昭51決定の事案のように説得のためで程度もさほど強くない力なら、通説的な見解からは身体の自由への実質的な制約に至らず、任意処分の側です。
    • 例:捜査官が被疑者を羽交い締めにして、身動きが一切取れない状態のまま数分間押さえ続けた → 身体の自由を実質的に奪う方向で、比例原則の話ではなくなります。強制処分(逮捕)として、令状・現行犯・緊急逮捕といった逮捕の要件を満たさなければ違法です。

(1) 類型的判断と個別具体的判断

行②(強制処分か)と行③④(比例原則)は、どちらも権利・利益への侵害を見ますが、判断の作法が違います。

強制処分該当性(行②)比例原則(行③④)
判断の作法類型的個別具体的
問いこの処分は、法律が定める強制処分(逮捕・捜索・検証など)と同視しうる性質か目的と手段は、この場面で権衡しているか
捜査の必要性入れない(事件の重大性・必要性の大小は考えない)右の皿に乗せる
理由法定主義・令状主義の厳格な手続で守るべき性質の処分かを仕分けるので、事件ごとの必要性で動かさない決定の「具体的状況のもとで」。この場面でやり過ぎだったかを事後に測る
  • 類型的=事実を見ない、ではない:外すのは必要性との比較です。どこで・どのように・どれだけ続けたか、という行為の中身は見ます。どの事実が効くかは処分の型で違います(任意同行なら時間・監視状況など、撮影なら場所)。
    • 例:殺人事件の重要な被疑者だからといって、自宅の中にいる姿を望遠レンズで密かに撮影する → 必要性がどれほど大きくても強制処分です。「必要性が高いので任意処分」は、類型的判断に必要性を混ぜる誤りです。
    • 例:同じ容ぼうの撮影でも、公道上か、自宅の中かで、強制処分かどうかが分かれます。場所という事実は見ます。
  • 同意・承諾の有無:重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があっても、自由な意思決定に基づく同意・承諾があれば任意処分です。行②はこの2段で、処分の性質の仕分けは類型的、その人が本当に自由に同意したかは、その場の客観的な事情(人数・口調など)から個別に確かめます。
    • 例:車内を見せてほしいと頼まれ、渋々「どうぞ」と言った → 裁判例は、渋々の承諾でも、身体の束縛や強い心理的圧迫といった客観的な状況が無ければ、任意の承諾があるとしています。大勢で車を取り囲み、強い口調で迫った末の「どうぞ」なら、任意性が否定される方向へ動きます。

(2) 実質的に強制になる境界:4つの軸

有形力の行使や任意同行が、実質的な逮捕などの強制処分と評価されるかは、態様の強さだけでは決まりません。

  • 4つの軸:態様の強さ(力の強さそのもの)/かかった時間(一瞬か、長時間か)/場所(開かれた場所か、密室か)/退去の自由(帰ろうとして、帰れる状態だったか)。
  • 積み上がると:腕を強くつかんでも、一瞬なら、有形力の範囲にとどまる方向に働きます。時間が重なり、場所が密室になり、帰ろうとしても帰れない状態が続けば、態様そのものが強くなくても、全体として実質的な逮捕と評価されることがあります。
    • 例:昭51決定の手首つかみを、つかんだまま何時間も離さず、部屋にとどめ続けた場面に変える → 行為は同じ「手首をつかむ」でも、身体の自由への制約が実質的になり、実質的な逮捕の方向へ動きます。
    • 例:同じ「時間」でも、効く段階が違います。任意同行後の取調べが深夜まで続けば、実質的な逮捕(行②)の事情です。公道上の撮影が長く続いても、解説書の考えでは強制処分にはならず、相当性(行④の左の皿=制約の程度)で考えます。類型的に判断するなら、撮影で決め手になるのは私的な領域かどうかだからです。長時間の撮影で情報が集まり、私的領域への侵入と同視できれば強制処分とする考え方もあります。
  • 4つは目安:任意同行が実質的な逮捕かについて、解説書は、同行を求めた時間・場所、同行の方法・態様、同行後の取調べ時間・監視状況、逮捕の準備状況、同行拒否・退去希望の有無、被疑者の属性の6つを挙げ、総合して判断するとします。上の4軸は、このうち代表的なものを語でまとめた目安です。
    • 例:時間・場所・態様・退去の申出の有無が同じでも、同行を求める前から逮捕状の準備を進めていた事情が加わると、実質的な逮捕と評価される方向へ動きます。

行①③④:天秤の皿は2つ

左の皿に権利・利益の侵害・制約の程度、右の皿に捜査の必要性を乗せ、釣り合えば相当性あり=適法です。緊急性は右の皿の中身、相当性は比べた結論です。

左の皿右の皿
乗せるもの権利・利益の侵害・制約の程度捜査の必要性
例腕をつかむ=身体活動の自由/撮影・録音=プライバシー嫌疑の程度・犯罪の重大性・緊急性・代替手段の有無など
  • 権衡:2つの皿が釣り合っている状態です。権衡していれば相当性あり=適法、左の皿が重すぎて崩れれば相当性なし=違法です。
    • 目安は、捜査の必要性に照らして、侵害・制約が必要最小限にとどまっているかです。代わりの手段があることは、その強い手段を使う必要性を下げる事情になります。
  • 位置づけ:この定式は、昭51決定の基準を学説が理論化したもので、「権衡」「相当性あり」は決定の言葉ではありません。最高裁・下級審が、すべての任意捜査を昭51決定の言い回しで判断してはいないため、学説が共通の枠を立てています(第6節)。

(1) 緊急性は第3の皿ではない

決定に「必要性、緊急性など」とあるため、「必要性・緊急性・相当性の3点セット」と覚えがちです。この回でいちばん区別したい点です。

誤解(並列の3要素)正しい構造(皿は2つ)
構造必要性・緊急性・相当性を、横並びの3要素として順に検討する左の皿=侵害の程度/右の皿=必要性。皿は2つだけ
緊急性の位置独立した第3の要素必要性を高める事情の1つ。広い意味の必要性に含まれる=右の皿の中身
相当性の位置要素の1つとして並べて終わる天秤そのものの結論。権衡していれば相当性あり
答案要素を並べるだけで、結論を書かずに終わる必ず結論(相当性)まで書く
  • 緊急性:「緊急性が高い」とは、右の皿(必要性)を重くする事情がある、ということです。
    • 目印:緊急性は右の皿を重くする事情の1つで、3つ目の皿ではありません。
    • 最高裁も、昭51決定の当てはめで、必要性・緊急性を要件として1つずつ認定してはいません。事情をまとめて、相当性を判断しています(第1節の表)。
    • 例:目の前の会話は、今録らなければ消えてしまう → この「今でなければ取れない」は第3の要件ではなく、録音する必要性を押し上げる事情として右の皿に乗せます。
  • 採点実感:平成27年司法試験の採点実感(刑事系第2問)は、「必要性」「緊急性」「相当性」を平面的に羅列するだけで、判断構造の理解が十分でない答案を指摘しています。同じ箇所で、次の2つの答案も比較的多く見られたとしています。
    • 例(左の皿=侵害される法益の具体的な内容を書かない答案):公園のベンチでの会話を、離れた場所から集音器で録音した → 左の皿に「プライバシー」とだけ書くのでは足りません。屋外で他人に聞かれうる会話か、機械で記録されることでどこまで重くなるか、まで書きます。
    • 例(右の皿=犯罪一般の取締りの必要性を挙げるだけの答案):「特殊詐欺は社会問題で、取締りの必要性が高い」とだけ書く → 不十分です。その人への嫌疑の濃さ、その場でその手段を使わなければ何が失われるか、まで書きます。

天秤を動かす:同じ行為で、結論が逆の方向へ動く

行為(左の皿)が同じでも、右の皿(必要性)が動けば結論は逆の方向へ動きます。これが個別具体的の意味です。

事実自前の2つの事例

  • 事例①:深夜、無施錠の自転車の近くをうろついていたBに、自転車盗の薄い疑いがかかりました。捜査官Aが任意で話を聴こうと名前と住所を尋ねると、Bは黙って立ち去ろうとしました。Aは、Bが痛みを感じるほど強く腕をつかんで引き止めました。
  • 事例②:AとBの関係はそのままで、事件を強盗致傷(被害者は意識不明の重体)に差し替えます。Bへの嫌疑も明確で、Bは証拠となる凶器を、今まさに投げ捨てようとしています。Aは、事例①とまったく同じ強さ・同じ時間、Bの腕をつかみました。
  • 職務質問(警職法2条1項)で停止させる場面は、捜査ではなく警職法の解釈の問題になるので、ここでは扱いません。
  • 事例②で逮捕(緊急逮捕など)の要件を満たすかは別の問題です。ここでは、腕をつかんだ行為を任意捜査として測ります。
答案の4行事例①事例②
① 権利・利益Bの身体活動の自由(同じ)
② 至っていないか一時の引き止めで、実質的な侵害・制約には至っていない(同じ)
③ 事件・嫌疑自転車盗の薄い疑い(軽微)強盗致傷。嫌疑も明確
③ 緊急性証拠が消える心配は無い凶器が今まさに捨てられようとしている
③ 代替手段ある(声をかけ続ける・近くの交番まで歩いて数十秒で、同行を求められる)見当たらない
③ 必要性の評価低い高い
④ 権衡崩れる → 違法の方向保たれる → 適法の方向
  • 右の皿は1つずつ動く:表の③の行(事件・嫌疑、緊急性、代替手段)が必要性の中身で、どれか1つを変えれば右の皿の重さが変わります。緊急性と代替手段も、答案では分けて書きます。ただし要件として1つずつ認定するのではなく、右の皿の中の事情として分け、最後は④の権衡にまとめます。
    • 例:事例①の嫌疑だけを変える:直前に被害にあった人が「あの人です」とBを指さした → 嫌疑が濃くなり、右の皿は重くなります。ただ、事件の重さや他の手段があることは変わらないので、結論はなお他の事情次第です。
    • 例:「今止めないと凶器が捨てられる」は緊急性の事情、「声をかけ続ければ足りる」「ほかの警察官が拾える」は代替手段の事情です。

いつ効くか:事前規制と事後規制

任意捜査では、比例原則は捜査の後に効きます。個別具体的に判断するので明確な基準が無く、判例の個別基準で解けない場面で使います。

事前規制(強制処分法定主義・令状主義)事後規制(任意捜査での比例原則)
いつ止めるか捜査の前。法律で類型・要件を定め、令状裁判官が令状を出す段階で止める捜査の後。裁判所が事後に、適法か違法かを判断する
対象強制捜査任意捜査(事前規制に服さない)
  • 比例原則の弱点:一律に当てはまる、明確な基準がありません。現場の捜査官も対象者も、その場では適法かどうか判断できず、事後の判断を待つしかありません。
    • だから捜査官には、侵害を常に必要最小限にとどめる注意と、状況の変化に応じて必要性を見極める力が求められます。
  • 答案戦略:撮影・秘密録音などには、判例・裁判例から読み取れる基準があります(事例判断のこともあります)。それで解ける問題はその項目に沿って事実を当て、事実関係が違って解けない問題は、汎用性のある基準である比例原則の天秤で解きます(何を乗せるかを毎回自分で組む)。
    • 例:公道を歩く被疑者の容ぼうをビデオ撮影した → まず撮影についての判例から読み取れる基準(合理的な理由・必要な限度・相当な方法)で判断します。問題文の事実が判例の前提と同じかを確かめてから使います。「相当な方法」は撮り方の行き過ぎを見る要件の1つで、天秤の結論としての相当性とは別物とされます(解説書の整理)。
    • 例:判例の基準が想定していない新しい手法 → 比例原則の天秤に戻り、4行で判断します。

ページ上部へ ↑

#15単独ページ動画

任意同行と実質的逮捕/承諾による捜索

骨格言葉と結論がずれる2つの場面は、強制処分の2段のどこで決まるか

  • 1 地図:強制処分か=①重要な権利・利益への実質的な侵害・制約(類型的=捜査の必要性を持ち込まない)→ ②自由な意思決定に基づく同意・承諾(個別具体的)。前半=①を人身の自由に当てはめる/後半=②と、その限界。
  • 2 足場:任意同行=198条1項本文の出頭要求。逮捕・勾留されていなければ、出頭を拒み、いつでも退去できる(但書)。この自由が事実として消えれば実質的逮捕。
  • 3 物差し(解説書の整理):6つの客観的事情(①時間・場所 ②方法・態様 ③取調べ時間・監視 ④逮捕の準備 ⑤拒否・退去希望 ⑥属性)を総合し、一般人の立場から見て、本人が抵抗なく応じていたと認められる状況か。捜査の必要性(事件の重さ・嫌疑)で結論を動かさない(⑤の説得の限界だけは事案の重大性に応じる)。
  • 4 富山地決:「帰りたい」の申出が無くても、監視つきで深夜に及ぶ取調べ → 少なくとも夕食時の午後7時以降は実質的逮捕。
  • 5 効果:時間制限の起算点が前倒し。富山地決は制限時間内でも「それ自体重大な瑕疵」として勾留請求の却下を支持。緊急逮捕の要件を事実上そなえ制限時間も守っていれば重大な違法ではない、とするのが裁判例の大勢ともいわれる(解説書)。
  • 6 承諾の3段:承諾留置=許されないと考えられている/承諾家宅捜索=同意が本物でも実施すべきでない(解説書・犯罪捜査規範108条)/自動車・所持品=任意の承諾があれば可。
  • 7 車の中を調べた事件:説得に応じず、「取りあえず調べるぞ」と告げられて4人が調べる間、黙って眺めていた → 任意の承諾は無いとした原判断を是認・違法。承諾があれば適法、が前提(解説書の読み)。
  • 8 答案の型:前半=6事情で実質的逮捕かを決めてから相当性へ/後半=対象を分け、自動車・所持品なら承諾の任意性を見る。

⚠ 該当性は全部が類型的ではない(同意・承諾の段は個別具体的)/「時間内でも却下」は富山地決の判断で一般則ではない/住居は承諾の質では救えない(解説書の立場)/車の事件は「黙っていたら承諾ではない」という一般則ではない

地図:強制処分かを2段で問う

強制処分かは、①実質的な侵害・制約(類型的)→ ②同意・承諾(個別具体的)の2段で問います。前半は①を任意同行に、後半は②とその限界を扱います。

段問うこと判断方法この回の場面
①重要な権利・利益への実質的な侵害・制約があるか類型的:法定の強制処分(逮捕・捜索など)と同視しうる性質か。捜査の必要性・事件の重さは持ち込まない前半:任意同行が実質的逮捕か(人身の自由)
②自由な意思決定に基づく同意・承諾があるか個別具体的:その場の言動・状況から後半:承諾による捜索(私的領域)。ただし承諾留置・承諾家宅捜索に注意
その後任意処分として相当か(比例原則)個別具体的:必要性も乗せる―
  • なぜ問うか:強制の処分は、刑訴法に特別の定めがある場合でなければできません(197条1項但書)。強制処分に当たれば、令状などの法定の手続が要ります。当たらなければ任意処分で、相当性の問題に進みます。
  • 2つの段で、見るものが違う:①の侵害・制約は類型的に見ます。①があっても、②の承諾があったかは、その場の事情から個別に見ます。
    • 例:トランクの中の物を、警察官が一つずつ取り出して調べた → ①物を探す行為として、捜索と同視しうる方向です。②運転者が「断ってもよい」と告げられたうえで自分から開けたのか、取り囲まれて言わされたのかで、結論が分かれます。
  • 本人の意思をどの段で見るか:解説書は段を明示していませんが、その書き方から読むと、前半と後半で違います(このノートの整理)。
    • 任意同行は、もともと本人が応じることで成り立つ捜査です。前半の問いは、その「応じた」が形だけで、帰る自由が事実として失われていなかったか、です。だから本人が自分から応じ続けていたかは、拘束の有無を決める事実の一部として、①の総合の中で見ます。解説書も、実質的逮捕かどうかを①の言葉(人身の自由の実質的な侵害・制約)で結論づけています。
    • 後半では、家や車の中を探られること自体は①の侵害に当たります。そのうえで、本人がその侵害を受け入れた(権利を放棄した)かを、②で見ます。
前半:任意同行後半:承諾による捜索
本人の言葉「帰りたい」と言わなかった「見てもらって構いません」と言った
守られる権利・利益人身の自由私的領域に侵入されない権利
結論それでも実質的逮捕とされうる住居:同意が本物でも令状を取るべき(解説書)/自動車・所持品:承諾が任意なら適法
  • 共通する目印:言葉だけでは決まりません。前半は、状況から人身の自由が奪われていたかを見ます。後半は、対象(住居か、車・持ち物か)と、承諾が生まれた状況を見ます。

任意同行の足場:198条1項

任意同行は、198条1項本文の出頭要求として行う任意捜査です。但書の「いつでも帰れる」が事実として無くなれば、実質的逮捕です。

  • 任意同行:捜査機関が被疑者に、警察署などへ一緒に来るよう求め、本人が応じて同行することです。逮捕ではないので、令状は要りません。
198条1項本文但書
内容被疑者の出頭を求め、取り調べることができる逮捕・勾留されていなければ、出頭を拒み、出頭後いつでも退去できる
役割任意同行の法的な足場「いつでも帰れる」という建前の根拠
  • いつでも帰れる:逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を断れますし、出頭した後もいつでも帰れます(198条1項但書)。
    • 例:「任意同行に応じたら、取調べが終わるまで帰れない」は誤り → 逮捕・勾留されていなければ、出頭後いつでも退去できます。
  • 実質的逮捕:任意を装って同行させ、退去を許さないなど、帰る自由が事実として失われていれば、名前は任意同行でも中身は逮捕です。
    • 令状主義を守っていなければ(逮捕状も無く、現行犯逮捕・緊急逮捕の手続も踏んでいなければ)、違法な逮捕です。緊急逮捕の要件が事実上あった場合の扱いは第5節。

198条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

  • 職務質問に伴う同行は別の場面:その場での質問が本人に不利・交通の妨害になるとき、警察官が付近の警察署などへの同行を求めるものです(警職法2条2項)。根拠が198条とは違います。
    • 例:夜の繁華街で職務質問を始めたら人だかりができたので、近くの交番で続けるよう求めた → 警職法2条2項の同行です。殺人の被疑者に、事情を聴くため警察署へ来るよう求めた → 198条1項の任意同行です。

物差し:6つの客観的事情(①を人身の自由に当てはめる)

6つの客観的事情を総合し、一般人の立場から見て、抵抗なく同行に応じていたと認められる状況かを判断します(解説書の整理)。

(1) 4つの軸から6つの事情へ

動画で目安として使った4つの軸(態様の強さ・時間・場所・退去の自由)と、6つの事情は次のように対応します。④⑥は軸の外の目盛りです。

4つの軸6つの客観的事情
態様の強さ② 同行の方法・態様
時間① 求めた時間/③ 取調べ時間
場所① 求めた場所/③ 監視状況
退去の自由⑤ 同行拒否・退去希望の有無・内容
(4つの軸には無い)④ 逮捕の準備状況(捜査機関側)/⑥ 属性(対象者側)

(2) 6つの事情と、強制性に傾く例

事情見ること強制性に傾く例
① 同行を求めた時間・場所いつ・どこで求めたか深夜に自宅を訪ねて求める(深夜でも、路上でその場で事件が分かって求めたなら、強制性は否定されやすい)
② 同行の方法・態様同行のさせ方大勢で取り囲む、命令口調、行き先を告げない、腕をつかむ、警察車両に乗せる
③ 同行後の取調べ時間・監視状況どれだけ長く、どれだけ見張ったか長時間に及び、トイレや休憩のときも見張りを続ける
④ 逮捕の準備状況捜査機関が逮捕に向けて動いていたか「もう逮捕状が出ている」と告げて同行させる/時間を稼ぐために逮捕を遅らせる
⑤ 同行拒否・退去希望の有無・内容本人の拒否・申出と、捜査側の応じ方拒否・退去希望や、弁護人・家族への連絡の希望を聞き入れない
⑥ 被疑者の属性断ることができる相手か若年者・病気の人
  • 出どころ:6つの事情は、解説書が「一般に挙げられる」ものとして整理しています。最後の物差しも解説書の言い方です。
  • ⑤の説得:拒否や退去希望があっても、捜査官が説得して考え直すよう求めること自体は許されます。ただし、その程度には事案の重大性などに応じた限界がある、と解説書は添えています(必要性を持ち込まないこととの関係は、解説書は述べていません)。重大性が出てくるのは、⑤の中で「説得がどこまで許されるか」を測る場面です。
    • 例:被疑者が夕方「今日はもう帰ります」と言った。警察官が「もう少しだけ」と説得し、本人がうなずいて残った → 説得自体は許されます。同じ申出に、出口に立って「話が終わるまで帰せない」と言った → 聞き入れていないので、⑤は強制性に傾きます。

(3) 総合考慮でも「類型的」

  • 類型的:その捜査が、法定の強制処分(ここでは逮捕)と同視しうる性質かを、客観的に見比べることです。解説書は、実質的逮捕かどうかも強制処分該当性の判断なので類型的に行う、とします。
    • ①でも6つの事情は具体的に拾います。⑤の拒否や⑥の属性も、その人が置かれた状況が逮捕と同じ性質の拘束になっていたかを測る材料です。類型的の中身は、この「逮捕と同視できるか」という比べ方と、事件の重さ・必要性を入れないことです。
    • 物差しの「一般人の立場から見て、抵抗なく応じていたと認められる状況か」は、同じ問いを本人の応じ方に着目して言い直したものです(判断は一般人の立場から常識的に。言い直しという位置づけはこのノートの整理)。
    • ②は、①の侵害があることを前提に、その人のその場の承諾が自由な意思によるものか(承諾の中身)を問います。
  • 外すのは必要性:事件の重さ・嫌疑の強さ・捜査の必要性は持ち込みません(ただし⑤の説得の限界は、事案の重大性に応じるとされます。上の(2))。6つの事情(行為と状況の中身)は全部拾って総合します。
    • 例:「重大事件で嫌疑も濃いから、監視つきの長時間取調べでも実質的逮捕ではない」は誤り → 事件の重さ・嫌疑は①に持ち込みません。拒否や退去希望が無い場面なら、店先の万引きでも重い事件でも、同じ時間・同じ監視で答えは同じです。
    • 本人が拒んだか、自分から応じていたかも、⑤などの事情として、この総合の中で見ます。
      • 例:長時間でも任意捜査とされた事件があります。捜査官の手配した宿に4夜泊め、5日間取り調べた殺人事件。最高裁の多数意見は、監視などから応じざるを得ない状況に置かれていた一面もあり、方法として必ずしも妥当とはいい難いとしつつ、他面、本人の申出もあって初日の宿泊を願う答申書を出させていたこと、拒否や帰宅の申出の証跡も、捜査官が帰宅を拒んだ事実も無いことから、本人がその意思で容認し応じていたと認めました。解説書は、最高裁がこの事件を強制処分に当たらない(任意捜査)と判断した、と紹介し、本人が取調べや宿泊に同意していたことを重視して、抵抗なく同行に応じていたと認められる状況だったと読みます(実質的逮捕ではない=①の判断)。この容認の認定(答申書・申出や制止が無いこと)には、必要性は出てきません(このノートの整理)。そのうえで最高裁は、容認していたことと、速やかに弁解を聴く必要性などを総合して、任意捜査として許される限界を超えた違法とまではいえない、としました。これは第1節の「その後」の段=相当性の判断で、必要性が出てくるのはこちらです(2裁判官の意見は、実質的逮捕とまでは直ちにいい難いとしても、任意捜査の方法として著しく不当で違法とした=相当性の問題)。
      • 例:これに対し富山地決(第4節)は、申出が無いことだけでは任意とせず、意思確認・退室・連絡の機会を与えた資料が無いことを重く見ました。2つを並べると、時間の長さではなく、自分から宿泊を願い出た答申書のように本人の意思をうかがわせる資料があったかが、違いとして読めます(このノートの整理。申出が無いことは、富山では任意の根拠にされませんでした)。
  • 結論の形:人身の自由はそれ自体重要な権利・利益です。6つの事情に照らして実質的に侵害・制約されていれば、実質的逮捕です。同じ時間の長さでも、ほかの事情で評価が動きます。
    • 例:窃盗の疑いで任意同行に応じたBが、平日の午後から深夜まで約12時間取り調べられた。常に警察官が付き添い、部屋を出られない。途中で家族に1度電話したが、「帰りたい」とは言っていない → 電話できたことは実質的な制約を弱める側に働きますが、③監視の重さが上回り、実質的逮捕に傾きます。
    • 例:同じ12時間でも、1時間おきに自由に外へ出られ、Bの方から「もう少し続けたい、話したいことがある」と申し出た → 人身の自由の実質的な制約は否定される方向です。
    • 例:前者で、Bを呼ぶ前から逮捕状の準備が進んでいた → ④も同じ向きに働き、さらに実質的逮捕に傾きます。

富山地決:申出が無くても実質的逮捕

本人が「帰りたい」と言っていなくても、監視つきで深夜まで続いた取調べは、少なくとも夕食時の午後7時以降、令状によらない違法な逮捕とされました。

事実任意同行後の長時間の取調べ(富山地決昭54・7・26。細部は解説書の設例による)

  • 被疑者は朝、自宅の前で任意同行を求められ、警察署で取調べを受けました。取調べは、事実上の監視のもとで深夜まで続きました。
  • 被疑者は「帰りたい」とは言っていません。警察官が帰る意思を確かめたり、自由に部屋を出たり外へ連絡したりする機会を与えたと認める資料もありませんでした。
  • 翌日の午前0時20分ごろ、逮捕状で逮捕され、勾留が請求されました。裁判官が勾留請求を却下し、検察官が不服を申し立てました(準抗告)。富山地裁はこれを退け、却下を維持しました。
  • 判断の筋:通常なら、遅くとも夕食時には帰りたいと思うはずです。それなのに上の機会を与えた資料が無い。監視つきで深夜に及ぶ長時間の取調べは、任意だとする特段の事情が無い限り、任意の取調べとは認められない、としました。
  • 線の引き方:「少なくとも」夕食時の午後7時以降、という言い方です。
  • この回の目印:本人の言葉ではなく、時間の長さ・監視の状況と、意思の確認や退室・連絡の機会を与えたと認める資料が無いことから決めています。
    • 例:同じ流れでも、夕食時に警察官が「今日は帰りますか」と確かめ、本人が「続けてください」と答えた。部屋の出入りも電話も自由だった → 決定が「無い」と指摘した事情がそろい、実質的逮捕とはされにくい方向です。
    • 例:朝の同行の時点で「もう逮捕状が出ている」と告げていた → ④が加わり、午後7時より前から実質的逮捕とされる方向に動きえます。

任意同行後の長時間の取調べ富山地方裁判所決定実質的逮捕と評価された事案「少なくとも夕食時である午後7時以降の取調は実質的には逮捕状によらない違法な逮捕であったというほかはない。」「約5時間にも及ぶ逮捕状によらない逮捕という令状主義違反の違法は、それ自体重大な瑕疵」である。

実質的逮捕の効果:時計の起算点が動く

実質的逮捕とされると、逮捕の時点が前に動き、時間制限の起算点が前倒しになります。富山地決は、間に合っていても勾留請求の却下を支持しました。

  • 逮捕後の時間制限:勾留=逮捕に続けて、被疑者の身体をさらに長く(原則10日・208条1項)拘束することで、検察官が請求し、裁判官が決めます。逮捕から勾留請求までには時間制限があります。司法警察員は、身体を拘束された時から48時間以内に検察官へ送致する手続をします(203条1項)。検察官は、受け取ってから24時間以内、かつ身体を拘束された時から72時間以内に勾留を請求します(205条1項・2項)。
  • 起算点:逮捕状で逮捕した時ではなく、実質的に逮捕された時から数えます。前倒しの時計で間に合わなければ、勾留請求は却下されます(やむを得ない事情による遅延と認められる場合を除く・206条)。
    • 例:月曜の午前9時からの取調べが実質的逮捕とされ、逮捕状の執行は月曜の午後11時、勾留請求は木曜の午前10時だった → 逮捕状の執行から数えれば59時間ですが、実質的逮捕から数えると73時間で、72時間(205条2項)を超えます。
  • 間に合っていたとき:被疑者の勾留は、逮捕に続けて請求する仕組みです(207条1項・逮捕前置)。逮捕に違法があっても、勾留請求が必ず却下されるわけではありません。なぜ逮捕の違法が勾留に響くかは説明が分かれますが、いずれにしても、勾留請求を却下するのは、令状主義の精神に反するような重大な違法が先行するときに限る、とするのが一般です(解説書)。そこで、時間を守っていても、実質的逮捕の違法が重大かが問われます。
    • 原則:任意同行と言いながら実質的逮捕をした場合は、原則として重大な違法とされます(解説書)。
    • ただし(裁判例の大勢ともいわれる):実質的逮捕の時点で緊急逮捕の要件を事実上そなえ、そこから制限時間も守っていれば、却下するほど重大な違法ではない、とされます。緊急逮捕=一定の重い罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、急いでいて逮捕状を求められないとき、理由を告げて令状なしに逮捕し、直ちに逮捕状を求めるものです(210条1項)。その時点で令状なしに逮捕できたのなら、誤りは手続の選び方にとどまる、と実務はみます(解説書の紹介)。
    • 富山地決:制限時間を守っていても、約5時間の令状によらない逮捕はそれ自体重大な瑕疵だとして、却下を支持しました(下の表)。緊急逮捕の要件があったかを論じたかは、解説書の紹介からは分かりません。
    • 学説では、緊急逮捕の要件が事実上あっても、違法な実質的逮捕が先行した以上は却下すべきとする見解も有力です。
富山地決裁判例の大勢ともいわれる考え方(解説書の紹介)
見た点実質的逮捕の午後7時から数えても、制限時間は守っていた①実質的逮捕の時点で緊急逮捕の要件を事実上そなえていた ②そこから制限時間も守っていた(例:東京高判昭54・8・14)
結論約5時間の令状によらない逮捕は「それ自体重大な瑕疵」で、制限時間を守っても治らない → 却下を支持①②がそろえば、勾留請求を却下するほど重大な違法ではない
  • 解説書の整理:重大な違法かは裁判例の考え方も分かれ、一律の基準は示しにくいとされます。
    • 例:前の例と同じ事案で、送致が水曜の午前8時、勾留請求が同じ日の午後5時なら、受け取りから9時間・実質的逮捕から56時間で、どの制限にも間に合います → それでも、実質的逮捕の違法が勾留請求を却下するほど重大かは別に問われます。大勢の考え方なら、月曜9時の時点で緊急逮捕の要件が事実上あったかで結論が変わります。
  • 注意:「制限時間を守っても、実質的逮捕があれば必ず却下」と一般化しないようにします。富山地決は時間を守っていても却下を支持しましたが、大勢ともいわれる考え方では、緊急逮捕の要件が事実上あり、制限時間も守っていれば却下しません。

後半:承諾には3段ある(②の段とその限界)

同意・承諾があれば、権利・利益の放棄として任意処分が原則です。ただし侵害の程度が大きい承諾留置は許されないと考えられ、承諾家宅捜索も実施すべきでない、と解説書はします。

  • 承諾捜索そのもの:捜査機関に悪用されるとして、許さない見解もあります。解説書は、自由な意思に基づく同意があれば理論上は任意捜査で、全部に令状を求めるとかえって非効率・本人の負担にもなるとして、認めます。

(1) 3段の線引き

守られる権利・利益対象結論理由
人身の自由承諾留置(同意を得て、警察の留置施設に泊まらせる)同意があっても許されないと考えられている人身の自由への侵害の程度が大きい
私的領域(強)承諾家宅捜索(住人の承諾を得て、令状なしに家の中を捜索する)。女子を裸にする承諾捜索も同じ同意が本物でも実施すべきでない=令状を取る(解説書。設例の検討では、令状なしの自宅の捜索は違法)私的領域に侵入されない権利への侵害の程度が大きい
私的領域(弱)自動車・所持品の承諾捜索任意の承諾があれば可(任意捜査)侵入の度合いが家宅ほど高くない。職務質問に伴う所持品検査や、任意提出(221条の領置)さえ認められる
  • 女子を裸にする身体検査:犯罪捜査規範107条は、女子の任意の身体検査を、裸にしないときを除いて禁じています。
  • 対象ごとに分ける:同じ同意・承諾でも、何に向けたものかで、表のどの段に当たるかが変わります。
    • 例:本人が「今夜は家に帰りづらいので、署の留置場に泊めてください」と頼んだ → 同意があっても、留置施設に泊まらせることは許されないと考えられています(承諾留置)。
      • 留置施設は、逮捕・勾留された人を収容する警察の施設です。人身の自由への侵害の程度が大きいので、同意があっても許されないとされます。第3節の宿泊事件の宿は捜査官が手配したふつうの宿で、本人がその意思で容認し応じていたと認められ、違法とまではいえないとされました(方法として必ずしも妥当でない、との指摘つき)。
    • 例:盗品の時計を探すため、本人の「どこでも見てください」という言葉だけで、自宅の部屋と、本人が提げていたスポーツバッグを調べた。時計はバッグから出た → 部屋の捜索は同意があっても違法、バッグは承諾が任意なら任意捜査として許され、時計の押収はそれ自体違法にならない方向です(解説書の設例の検討の考え方)。

(2) 住居は、なぜ同意では足りないか

  • 犯罪捜査規範108条:住居などの捜索は、承諾が得られると認められる場合でも、捜索許可状を取って行う、と定めています。
    • 犯罪捜査規範:警察官が捜査で守る心構え・方法・手続を定めた国家公安委員会規則です。法律ではありません。
    • 解説書は、承諾家宅捜索を実施すべきでない結論に、この規定を「参照」として添えています。結論の理由は、侵害の程度です。
    • 例:「本人が心から納得して書面にも署名したなら、令状なしで自宅を捜索できる」は誤り(解説書の立場)→ 住居は、同意が本物でも令状を取って捜索すべきです。承諾の質では救えません。

108条(人の住居等の任意の捜索の禁止)|犯罪捜査規範 第四章 任意捜査(99〜117条)人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶につき捜索をする必要があるときは、住居主又は看守者の任意の承諾が得られると認められる場合においても、捜索許可状の発付を受けて捜索をしなければならない。

立場承諾家宅捜索の扱い理由
1つ目の見解同意があっても許されない類型的に強制処分に当たる(任意処分に落ちない)
2つ目の見解同意があっても令状によるべき理論上は任意処分だが、政策的に令状主義の下で行うべき
高裁判決(福岡高判平5・3・8)それ自体は違法ではない。ただし、完全な自由意思による承諾かを、より慎重に判断するこの事案では承諾が認められず、違法
  • 最高裁の判例は無い:判例がどちらの見解に立つかは、決まっていません。
  • 解説書の結論との関係:解説書自身は、侵害の程度が大きいことを理由に「実施すべきでない」と結論するだけで、2つの見解のどちらに立つかは述べていません。どちらの見解でも、令状なしの承諾家宅捜索は許されない、という結論は同じです。
  • 高裁判決の位置:2つの見解はどちらも「令状なしは許されない」側です。高裁判決は「承諾家宅捜索も違法ではない」が前提なので、どちらの見解とも立場が違います(解説書の紹介による)。
    • 例:同じ住居でも、高裁判決の考え方なら、承諾が完全に自由なものかを慎重に審査する問題になります。答案では、どちらの立場に立つかを示します。

(3) 自動車・所持品:承諾は任意か(②の当てはめ)

  • 見るもの:言葉ではなく、その言葉が生まれた状況です。
    • 渋々の承諾でも、自由な意思決定でありえます。身体の束縛や強い心理的圧迫による自由の拘束があった、といえる客観的な状況があれば、任意の承諾は否定されます(大阪高判昭61・9・17)。
      • 例:車を止められた運転者Bが、路上で警察官3名に取り囲まれた状態で、車内について「どうぞ、見てもらって構いません」と言った → 囲まれた物理的な状況が、自由な承諾といえない方向に働きます。
      • 例:同じ「どうぞ」でも、断ってもよいと告げられたうえで、Bが車内を見せることを書面に書いて署名した → 自由な承諾といえる方向です。
      • 例:警察官4人が車を囲み、「見せるまで帰さない」と言い続けた末の「どうぞ」 → 強い心理的圧迫による自由の拘束があったといえ、任意の承諾は否定される方向です。
    • 黙示の承諾もありえますが、明確でないと、あとで否定されやすくなります。

車の中を調べた事件:黙っていた運転者

警察官4名が車内を丹念に調べる間、本人は黙って眺めていましたが、任意の承諾は無かったとする原判断を最高裁が是認し、違法としました。承諾があれば適法であることを前提にしている、と解説書は読みます。

事実自動車の中を調べた事件(最決平7・5・30)

  • 深夜、青信号で発進しない車にパトカーが停止を呼びかけると、車は発進して約2.7km走ってから止まりました。運転者は免許証を携帯しておらず、覚醒剤の前歴があり、しゃべり方も普通と違いました。
  • 警察官が約20分、所持品や車内を調べたいと説得しましたが、応じません。応援の巡査部長も、捜査用の車の中で説得を続けました。
  • 車内に白い粉があるとの報告があり、立会いを求めると、本人は「あれは砂糖ですよ。見てくださいよ。」と答えました。その粉の予試験では、覚醒剤は出ませんでした。
  • その直後、巡査部長は本人に「車を取りあえず調べるぞ」と告げ、他の警察官には「相手は承諾しているから、車の中をもう一回よく見ろ」と指示しました。警察官4名が座席を倒すなどして調べ、運転席の下から覚醒剤を見つけました。本人は様子を眺め、異議も口出しもしませんでした。

自動車の中を調べた事件最高裁判所決定任意の承諾はなかったとされた警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い……

  • 判文の前提:「承諾がない限り限度を超える」という言い方は、承諾があれば適法になることを前提にしています(解説書の読み)。
  • 枠組み:判文の枠組みは職務質問に付随する所持品検査として許されるかで、刑訴法上の捜索そのものではありません。
    • 所持品検査=警察官が職務質問(不審な人を停止させて質問すること・警職法2条1項)に付随して、相手の持ち物を調べることです。承諾を得て行うのが原則です(最判昭53・6・20。承諾が無くても、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、必要性・緊急性などに照らして相当な限度で許される場合があります)。これに対し平7決定の最高裁は、座席を倒すなどして車内を丹念に調べた行為を、承諾が無い限り所持品検査の限度を超えるとしました(捜索に当たるとまでは言っていません)。
    • 解説書は、車の中を調べたこの行為を自動車の捜索として読み、「承諾があれば適法」という前提を、自動車の承諾捜索(第6節(1)の3段目)の例として引きます。
  • 一般則ではない:最高裁は、原判断を是認しただけです。「黙っていれば承諾ではない」というルールを立てたわけではありません。
    • 原判断の理由づけは決定文からは詳しく分かりません。事実としては、約20分の説得に応じなかったこと、粉の予試験で覚醒剤が出なかった直後に、巡査部長が「取りあえず調べるぞ」と告げ、他の警察官に「相手は承諾しているから」と指示して、4人が調べたことがあります。
    • 例:この事件では、黙って眺めていたことは、任意の承諾があったことになりませんでした(原判断の是認)。
    • 例:粉の検査への立会いを求められて「見てくださいよ」と答えていても、その後の車内全体の調べに任意の承諾は無かったとする原判断が是認されました(粉への言葉がどこまで及ぶかを、最高裁が論じたわけではありません)。答案では、承諾が何に向けられたものかを、対象ごとに確かめます。
  • 証拠の扱い:車内の調べは違法で、それに基づく現行犯逮捕も違法、採尿手続も違法性を帯びます。しかし調べの違法の程度は大きくなく、その後の同行・採尿は任意だったので、採尿手続の違法は重大でないとして、尿の鑑定書の証拠能力を肯定しました(車内の覚醒剤そのものは判断していません)。
    • 例:同じ「黙っていた」事実が、ここでは逆の向きに働きました。本人が明示的に異議を唱えていないことが、嫌疑や必要性・緊急性と並んで、違法は大きくないとする事情の1つに使われました。

答案の型:段を取り違えない

前半は6つの事情で実質的逮捕かを決めてから先へ進み、後半は対象を分けてから承諾の任意性を見ます。

前半:任意同行後半:承諾による捜索
1権利・利益を特定する(人身の自由)対象と権利を特定する(住居か、自動車・所持品か)
26つの事情を積む(捜査の必要性は持ち込まない)住居 → 同意があっても令状によるべき(解説書の立場)=令状なしなら違法(高裁判決の立場なら、承諾の任意性を慎重に審査する)/自動車・所持品 → 捜索と同視しうる侵害・制約があることを確かめる(職務質問に付随する場面で、捜索に至らない調べなら所持品検査の問題になり、承諾が無いときは、強制にわたらず相当な限度内かで適否を決める=最判昭53・6・20。車の事件は、判文では所持品検査の限度の問題として書かれ、解説書は自動車の承諾捜索の例として読む=第7節)
3実質的な侵害・制約があるか=実質的逮捕かを結論する自由な意思決定に基づく承諾があるかを、状況から判断する(個別具体的)
4実質的逮捕なら:令状によらない逮捕で違法 → 起算点・勾留請求への影響/そうでなければ:任意捜査としての相当性(比例原則)任意の承諾があれば任意捜査/無ければ令状によらない捜索で違法
  • 相当性の4行(権利・利益の特定 → 実質的な侵害に至っていないことの確認 → 必要性 → 権衡)は、前半で「実質的逮捕ではない」と決めた後に使います。
  • いちばん危うい答案:1〜3行目を飛ばして、いきなり必要性と相当性を書く答案です。
  • 後半で混ぜない:承諾の任意性は、第1節の②の段(同意・承諾)の話です。①の「侵害・制約があったか」を決める材料ではありません。前半で本人の応じ方を①の総合に入れるのとは扱いが違います(第1節)。

ページ上部へ ↑

#16単独ページ動画

任意取調べの限界

骨格実質的逮捕ではない取調べは、何で違法になるか

  • 1 2つの関門:①実質的逮捕か(前回の6つの事情)→ ②任意捜査として相当か。この回の2つの最高裁決定は、どちらも任意捜査と認めたうえで相当性を判断した(①②の2段に分けるのは解説書の整理)。
  • 2 ②の物差し:昭59決定=事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度等を勘案し、「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」で許される。
    • 天秤で読むのは比例原則説の一つの立場(解説書):左=心身の苦痛・疲労からの自由(方法・応答状況)/右=重大性・嫌疑・取調べの重要性・緊急性。
  • 3 高輪(4泊5日):「必ずしも妥当とはいい難い」が、本人が応じていた・速やかに弁解を聴く必要があった → 違法とまでは断じ難い。2名の意見は違法とした(上告棄却には加わる)。
  • 4 神奈川(約22時間・徹夜):長時間は「特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく」→ 特殊な事情と事案の性質・重大性から、逸脱とまでは断じられない。1名の反対意見は違法。
  • 5 9泊10日(東京高判):事実上の身柄拘束に近く、少なくとも3日目以降の宿泊は本人が望んだものではない → 違法。並べると、日数より方法と応じ方の中身で評価が動くと読める。
  • 6 犯罪捜査規範168条3項:深夜・1日8時間超の被疑者の取調べは、本部長・署長の承認。内部規律なので、違反だけでは違法にならない。
  • 7 違法と自白は別の問い:平元(神奈川の決定)=任意性に疑いを生じさせる取調べなら違法とし自白を排除する、という枠組み(本件は疑いなし)/東京高判=違法が重大として自白を排除。
  • 8 答案:実質的逮捕か → 任意捜査として相当か → 自白の証拠能力。

⚠ 本人が同意していれば適法、ではない/高輪の2名は「意見」で、反対意見ではない/168条3項違反=違法、ではない/天秤は判旨の言葉ではない

2つの関門:実質的逮捕か、相当か

実質的逮捕ではないと決まっても、それで適法とは決まりません。任意捜査として相当かという、2つ目の関門があります。

関門①関門②
問い実質的逮捕ではないか任意捜査として相当か
物差し6つの客観的事情と一般人基準社会通念上相当か(比例原則の天秤で読むのが一つの立場)
通らなければ令状のない違法な逮捕任意捜査の限界を越えた違法な取調べ
  • 前提:強制処分と任意捜査:逮捕・捜索のような強制の処分は、刑訴法に特別の定めがある場合にしかできません(197条1項ただし書)。逮捕には原則として裁判官の令状も要ります(憲法33条)。強制の処分に当たらない捜査が任意捜査で(相手が協力している場面に限りません)。任意同行後の取調べも、実質的逮捕に当たらなければ、198条に基づく任意捜査です。
  • 関門①:任意同行・任意取調べの形でも、中身が逮捕と同じなら、令状のない逮捕として違法です。前回の道具をそのまま使います。
    • 6つの客観的事情:①同行を求めた時間・場所 ②同行の方法・態様 ③取調べの時間・監視状況 ④逮捕の準備状況 ⑤同行拒否・退去希望の有無・内容 ⑥対象者の属性。
    • 一般人基準:6つを総合し、一般人の立場から見て、本人が抵抗なく同行に応じていたと認められる状況かを見ます。
    • 例:本人が帰りたいと申し出たのに引き止め、監視をつけて深夜まで取調べを続けた → 6つの事情を総合して実質的逮捕とされれば、令状のない逮捕として違法です。天秤を持ち出す前に答えが出ます。
    • 監視や宿泊があっても、それだけで関門①に当たるとは限りません。高輪の事件では、多数意見は任意捜査と認め、2名の意見も実質的逮捕とは認定していません(「直ちにいい難いとしても」。第3節)。本人が帰宅を申し出ず応じ続けていたことを関門①の事情と読むのは、解説書の整理です。
  • 関門②:関門①を通っても、任意捜査として相当な範囲に収まっていなければ、違法な取調べです(第2節)。
    • 本人の同意の役割:関門①では「実質的逮捕ではない」方向の事情です(解説書の整理)。関門②では、心身の負担を軽くする事情になります(解説書の天秤では左②・第2節)。重い事情ですが、それだけで適法になるわけではありません。
    • 例:「本人が答申書を出し、帰りたいとも言わなかったから、それだけで適法」は誤り → 高輪の多数意見は、「必ずしも妥当とはいい難い」面を認めたうえで、他面、本人が容認し応じていたことを、違法とまでは断じ難い理由の1つにしました。2名の意見は、答申書があり明示の拒否も無くても、自由な意思によると「速断することはできない」として違法としました(第3節)。
  • この回の2つの最高裁決定:どちらも、取調べを刑訴法198条に基づく任意捜査と認めたうえで、相当性を判断しています。
    • どちらの決定も、任意捜査と認めた理由を明示してはいません。解説書は、2つとも本人の自発的な同意を重視したものと読みます。
    • 裁判官の間で評価が割れたのは、関門②のほうです。

関門②の物差し:社会通念上相当か

昭59決定は、強制手段を使えないだけでなく、さらに社会通念上相当な方法・態様・限度に収まることを求めました。これを比例原則の天秤で読むのが、学説の一つの立場です。

  • 判旨の基準:事案の性質・被疑者に対する容疑の程度・被疑者の態度等の事情を勘案して、「社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度」で許されます(第3節の判例カード)。
  • 二段構え:判旨は「強制手段によることができないというだけでなく、さらに」と続けます。任意捜査で有形力を使った手首の事件の決定と、同じ構造です。
    • 強制手段を使わない(取調べの場面では、主に関門①の実質的逮捕に当たらないこと)ことは前提で、その先にもう1段の限界がある、という形です。
  • 比例原則で読む場合の根拠:197条1項本文の「必要な」取調べです(197条=捜査一般の定め。被疑者の取調べは198条)。任意捜査は、目的を達するのに必要な限度でだけ許されます。

(1) 何を守っているのか:学説2説

最高裁は理由づけを明らかにしておらず、「社会通念上相当」の意味は学説で分かれます。

比例原則説行為規範説
理由づけ任意に応じていても、侵害・制約はある任意に応じている以上、侵害は無い(比べる対象が無い)
「社会通念上相当」とは必要性との権衡(天秤で釣り合うか)捜査機関が守るべき行為規範
答案の書き出し「任意でも心身の負担は生じている。だから必要性と釣り合うかを検討する」「侵害は無いが、捜査機関は相当な方法を守らなければならない」
  • 権衡:天秤の2つの皿が釣り合っていることです。
  • 行為規範説の物差し:侵害が無い以上、必要性と比べる天秤は使いません。何をもって相当とするかの具体的な物差しは、解説書も示していません。判旨の言葉(事案の性質・容疑の程度・被疑者の態度等を勘案して相当か)を、必要性との比較ではなく、捜査機関が守るべき方法の基準として読むことになる、と考えられます(ノートの補い)。
  • 比例原則説の中の分かれ:何が侵害されるかで、意思決定の自由/事実上の行動の自由/心身の苦痛・疲労からの自由とみる見解に分かれます。
    • 解説書は、任意に応じている以上、意思決定や行動の自由の侵害は考えにくいとし、心身の苦痛・疲労からの自由(人格権の1つ)を左の皿に置きます。次の天秤は、この立場の整理です。
      • 2説の違いが一番はっきり出るのは、本人が心から進んで応じていた場面です。
      • 例:本人が心から進んで20時間話し続けた → 行為規範説では侵害は無く、捜査機関の取調べ方が相当だったかを問います(当てはめ方は解説書に無く、ノートの補い)。心身の苦痛・疲労からの自由とみる立場では、自発的でも苦痛・疲労は積み上がるので、左の皿は小さいが空ではない、として必要性と比べます。

(2) 天秤の中身

左の皿:侵害される利益右の皿:必要性
心身をすり減らされない自由(心身の苦痛・疲労からの自由。人格権の1つ)その取調べを行う必要性
① 具体的な取調べ方法(宿泊のさせ方・監視の程度・休憩や食事の自由)① 犯罪の重大性
② 対象者の応答状況(自発的に応じていたか、渋々だったか)② 嫌疑の程度
③ 取調べの重要性(他の方法で証拠を得られないか)
④ 緊急性
  • 左の皿:取調べで心身にかかる負担です。同じ時間でも、方法が厳しいほど、本人が渋々応じているほど重くなります。
    • 例:休憩を自由に取れた8時間と、一度も席を立てなかった8時間 → 後者の方が左①は重い。
    • 例:自分から「全部話したい」と続けたPと、帰りたいとは言わないが短く答えるだけで何度もため息をつくQ → Qの方が左②は重い。Qが「帰りたい」と申し出て引き止められれば、関門①の問題に移ります。
  • 右の皿:その取調べを行う必要性です。緊急性も、右の皿に載る事情の1つです。
    • 例:殺人の疑いが濃い8時間と、軽い事件で疑いも薄い8時間 → 前者の方が右①②は重い。
    • 例:防犯カメラに犯行が映り、凶器から指紋も出ている事件と、本人の話しか手がかりが無い事件 → 前者は右③が軽い方向です。
  • 判例の言葉との対応(読み方の1つ):「事案の性質」は右①、「容疑の程度」は右②。高輪の決定が挙げた「速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要性」は、右③④に当たります。
    • 「被疑者の態度」は主に左②です。ただし、高輪の事件の虚偽のアリバイのように、嫌疑(右②)を強める方向に働く態度もあります。

(3) 自前の設例:同じ外形でも、左の皿が動く

軽い重い
宿泊(窃盗の疑いで、対象者Bが警察官Aの取調べを受け、日をまたぎそう)Bが自分から「電車もないし、歩ける距離でもないので、近くに泊めてほしい」と申し出た。宿泊費はBが払い、部屋の外に警察官はいないAが一方的に近くの宿を指定し、宿泊費は警察が負担。隣の部屋からAがずっと様子を見ていた(実質的逮捕に近づく方向)
長時間(傷害致死の疑いで、深夜に及ぶ聴取)Bが「今日中に全部話して、すっきりしたい」と続行を希望。1〜2時間おきに休憩・食事を自由に取れ、いつでも中断を申し出られるBが「もう休みたい」と言っても取り合わない。Bが一度自白した後も、裏づけ捜査に切り替えず聴取を続けた
  • 動かすもの:誰が決めたか・誰が費用を持ったか・どこまで見られていたか/休息が取れたか・本人の希望が尊重されたか・他にとれる方法があったのに使わなかったか(神奈川の決定の「他にとりうる方途」=第4節)。

高輪グリーンマンション事件(4泊5日):割れた重み付け

多数意見は、妥当でない面を認めつつ、本人が応じていたことと、速やかに弁解を聴く必要から、違法とまでは断じ難いとしました。2名の意見は、同じ事実から違法としました。

事実高輪グリーンマンション事件(最決昭59・2・29)

  • 殺人事件で、被害者と同棲したことのある男性が自分から署に出頭し、アリバイを述べました。アリバイが虚偽と分かり、容疑が強まりました。
  • 早朝、勤め先の寮から任意同行し、ポリグラフ検査の後に取り調べると、その夜に自白しました。
  • 本人の申出もあって、捜査官は「寮に帰るのはいやなので、どこかの旅館に泊めてほしい」旨の答申書(本人の意思を書いた書面)を作成提出させ、署の近くに泊めました。初日は捜査官4、5名が同宿し、1名は隣室で挙動を監視しました。
  • 2日目以降は、捜査官が手配したホテルの周りで張り込みました。署との往復は警察の車で送迎し、最初の3晩の宿泊費は警察が払いました。午前中から深夜まで、連日取り調べました。
  • 4夜・前後5日間の後、迎えに来た母親と帰郷させました。2か月余り後に逮捕しています。
多数意見意見(2名の裁判官)
重くする事情寮は署から遠くなく、帰れない特段の事情も無い。監視・送迎・宿泊費・連日深夜までの追及 → 応じざるを得ない状況に置かれていた「一面もあり」、期間も長い同じ事情に加え、虚偽のアリバイと決めつけられ、逮捕されかねない状況だった。所持金があったとみられるのに、警察が宿泊費を払った
軽くする事情初日の宿泊は答申書がある。取調べ・宿泊を拒み、帰宅を申し出た証跡も、捜査官が引き止めた事実も無い → 「その意思によりこれを容認し応じていた」それらから、任意で自由な意思によると「速断することはできない」。自由な意思決定は著しく困難だった
右の皿事案の性質上、速やかに詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があった容疑が重大で、聴取の必要性があったとしても、結論は変わらない
取調べの評価「必ずしも妥当とはいい難い」が、「違法なものであつたとまでは断じ難い」「手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法」
主文上告棄却上告棄却に加わる(第7節)
  • 意見:最高裁の裁判では、裁判官が多数意見と別に、自分の考えを書き添えられます。そのうち、主文(上告棄却)には加わり、理由づけが違うものが意見です。主文に反対する反対意見とは区別します。
    • 2名は、実質的に逮捕したものとまでは直ちにいい難いとしても、任意捜査として違法だとしました。関門①に当たるかを決めなくても、関門②で違法になるという判断です。
    • 例:「高輪の2名は反対意見」は誤り → 2名は取調べを違法としましたが、違法は判決に影響しないとして上告棄却に加わりました(意見。理由は第7節)。神奈川の1名は、違法が判決に影響し破棄すべきだとしました(反対意見)。
  • 割れたのは重み付け:見ている事実はほぼ同じです。答申書などがあっても、本人が自由に決められる状況だったと見るかで、評価が分かれました。
    • 例:宿泊費を初日から本人が払い、ホテルの周りでの張り込みも無かった → 意見が重く見た事情(費用・昼夜の監視)が欠け、左の皿は軽くなる方向です。
  • 覚え方:「4泊5日は適法」と結論だけで覚えず、妥当でない面を認めたうえでの、ぎりぎりの判断として覚えます。

高輪グリーンマンション事件最高裁判所決定任意取調べの限界を測る基準「任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、……事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容される」ものと解すべきである。多数意見は、「宿泊の点など任意捜査の方法として必ずしも妥当とはいい難いところがある」としつつ、「社会通念上やむを得なかつたものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであつたとまでは断じ難い」と結論づけた。意見(2名の裁判官)は、「任意捜査としてその手段・方法が著しく不当で、許容限度を越える違法なもの」であったとする。

神奈川の事件(約22時間・徹夜):「容易に是認できない」から始まる

長時間の取調べは、特段の事情が無い限り容易に是認できず、他の方途もあったので、適法と認めるには慎重を期すとしました。そのうえで、特殊な事情と事案の性質・重大性から、限度を逸脱したとまでは断じられないとしました。

事実神奈川の事件(最決平元・7・4)

  • 被害者の妹の訴えで、殺害された被害者が見つかりました。1か月ほど前まで同棲していた男性に任意同行を求め、午後11時過ぎに署へ同行しました。
  • 取調べの冒頭で本人は協力を約束し、一睡もさせずに徹夜で取り調べました(本人の承諾を得てポリグラフ検査も)。翌朝9時半過ぎ、殺害を自白しました。
  • 本人が書いた上申書(捜査機関に出す、本人名義の書面)の内容が客観的事実と合わないため、強盗殺人を疑ってさらに取り調べると、本人は強取の意思を認める上申書を書きました。午後9時25分に逮捕しました(同行から約22時間)。
  • 出発点:長時間の取調べは、任意捜査でも心身に多大の苦痛、疲労を与えるので、特段の事情がない限り、容易に是認できません。
    • 殺害を自白した段階で裏付け捜査をして逮捕し、取調べを中断するなど、他にとりうる方途もあったと考えられるので、適法と認めるには慎重を期さなければならないとしました。
  • 決定が認めた「特殊な事情」
    • ① 参考人として事情を聴くために始め、冒頭で本人から進んで取調べを願う承諾を得ていた。
      • 参考人=疑いをかけられた被疑者としてではなく、事情を知る人として話を聴かれる立場です。最初から自白を取るための取調べではなく、本人も進んで応じていた事情として挙げられていると読めます。
      • 反対意見は逆に、ポリグラフ検査も受けており、早い段階から実質は被疑者の立場だったと推測しています(下の供述拒否権の指摘につながる)。
    • ② 自白後も続けたのは、自白の強要や逮捕の時間制限を免れる意図ではない。自白が客観的状況と合わず、強盗殺人を疑ったためだった。
      • 逮捕すると、身体を拘束された時から48時間以内に検察官へ送致の手続をしなければならない(留置の必要があるとき)、などの時間制限がかかります(203条1項)。
      • 例:逮捕状を請求できる資料がそろったのに、逮捕すると時間制限が始まるので、任意の形のまま一晩続けた → 決定が否定した、時間制限を免れる意図に当たり、違法の方向に大きく動きます。
    • ③ 取調べを拒んで帰ろうとしたり、休息を申し出たりした形跡がない。重要な点で虚偽の供述を続けており(追及されても虚偽の供述を続けていた=判断力は保たれていた、とみたと読めます)、意識がもうろうとしていたとは認めがたい。
      • 例:午前3時ころ本人が「少し休ませてほしい」と言ったのに、朝まで続けた → 決定が挙げた「休息させてほしいと申し出た形跡はなく」が欠け、苦痛・疲労も重く評価され、違法の方向に動きます(結論を示した判例はありません)。
  • 結論:これらの事情に加え、事案の性質・重大性を総合して、許容される限度を「逸脱したものであつたとまでは断ずることができず」としました。自白の任意性に疑いを生じさせるものでもない、としています。
    • 特殊な事情は、満たせば適法になる要件ではありません。事案の性質・重大性と合わせて総合した事情の1つです。
    • 長時間の取調べを広く認めたのではなく、歯止めをかけたうえでの判断と読めます。
  • 反対意見(1名):特殊な事情があることは認めたうえで、違法としました。
    • 約22時間、2、30分の休憩を3回くらいはさんだだけで、ほぼ間断なく続いた。自白後は、やむをえず応じざるをえない状態だった。
    • 苦痛・疲労は「極めて深刻、重大」で、遅くとも殺人の自白の段階で逮捕し、休ませるべきだった → 自白の任意性にも疑いがあり、破棄すべきだとしました。
    • 供述拒否権=言いたくないことは言わなくてよい権利です。被疑者を取り調べるときは、あらかじめ告げなければなりません(198条2項)。
    • 参考人として始めた聴取で、供述拒否権を告げたかどうか、いつ告げたかが記録上明らかでない点も、本来重要な判断要素だと指摘しています(この点を措いても違法とした)。
  • 学者の評価:多数意見の結論に疑問を示す見解もあります。結論を支持する見解でも、この事案は任意取調べを適法とできる「限界事例」だ、という見方でほぼ一致しています(解説書)。

神奈川の事件最高裁判所決定長時間・徹夜の取調べの基準「一般的に、このような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであつても、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく、……その適法性を肯認するには慎重を期さなければならない」。そのうえで、「社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであつたとまでは断ずることができず」とした。

3事案を並べる:日数ではなく中身

4泊5日と約22時間はどちらも違法とまでは断じられないとされ、9泊10日は違法とされました。並べると、日数よりも、取調べの方法と本人の応じ方の中身で評価が動いていると読めます。

  • 日数ではないと読める根拠:1日足らずの約22時間でも、決定は「容易にこれを是認できるものではなく」から始めました。逆に、9泊10日の事案で東京高判は、当初は協力的だったとしつつ「少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない」と、宿泊の中身を区別して見ています。
4泊5日(高輪)約22時間・徹夜(神奈川)9泊10日
裁判所最高裁決定最高裁決定東京高裁判決
結論違法とまでは断じ難い(意見2名は違法)逸脱とまでは断じられない(反対意見1名は違法)違法
評価の言葉「必ずしも妥当とはいい難い」「容易にこれを是認できるものではなく」「社会通念に照らしてあまりにも行き過ぎ」
左①:方法監視・送迎・宿泊費・連日深夜まで一睡もさせず徹夜、自白後もほぼ半日10日間厳重に監視、ほぼ外界と隔絶、連日長時間
左②:応答初日の宿泊は答申書。拒否・帰宅の申出の証跡なし冒頭で進んで承諾。休息の申出なし当初は協力的。少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない
自白任意捜査段階の自白も証拠能力あり(多数意見)任意性に疑いなし違法が重大として排除(第7節)

事実9泊10日の事案(東京高判平14・9・4)

  • 殺人事件の重要参考人として、外国人の女性を任意同行し、連日取り調べました(途中から通訳を介した)。
  • 最初の2泊は、娘が入院していた病院の病室(本人が泊まると答えた)。その後の7泊は、警察が用意した職員宿舎とビジネスホテルで、費用は警察が持ちました。病室の前・宿舎の隣室・ホテルの通路で、警察官が常時監視しました。
  • 本人に泊まれる可能性のある友人がいると把握しながら、真摯に検討せず、警察の用意した宿泊先を指示しました。10日目に殺害を認める上申書を書き、その夜に逮捕されました。
  • 宿泊先の内訳と監視の場所は、同じ事案の国家賠償訴訟の判決(千葉地判平15・6・2)の認定によります。
  • 理由づけ:警察の影響下から一度も解放されず、9泊の宿泊を「余儀なくされた」。「事実上の身柄拘束に近い状況」にあり、「心身に多大の苦痛」を受けた。少なくとも3日目以降の宿泊は自ら望んだものではない、としました。
    • 他方で、重大事件で緊急・詳細に聴取する必要性が極めて強いこと、通訳で時間がかかったことなども考慮したうえで、行き過ぎで違法としました。
    • 例:「理由さえあれば、何日泊めても適法」は誤り → 9泊10日の事案は、重大事件で聴取の必要性が極めて強いと認めたうえで、違法とされました。
    • 例:同じ9泊10日の事案の国家賠償訴訟(警察の違法を理由に国に賠償を求める民事訴訟。千葉地判平15・6・2)は、本人が同意した最初の病院での2泊(監視は自殺のおそれを理由に相当とされた)を違法とせず、警察が宿泊場所を用意した後の聴取・取調べを違法としました。同じ日数の中でも、宿泊の中身で評価が分かれます。
  • どちらの関門か:結論の形は「社会通念に照らしてあまりにも行き過ぎ」=任意捜査として許される限度を越えた、です(関門②の形)。ただ、違法が重大とされた根拠として、「事実上の身柄拘束にも近い」を令状が要る態様に達していたという評価と読む論者もいます(関門①寄り。第7節の排除にもつながる)。判決は2関門の枠では書いていません。
  • 天秤で読むと:右の皿の必要性が極めて強くても、左の皿の方法と応答の両面が、事実上の身柄拘束に近いところまで積み上がれば、釣り合わないと読めます。

犯罪捜査規範168条3項:深夜・長時間の内部ルール

深夜(午後10時〜午前5時)や1日8時間を超える被疑者の取調べには、警察本部長か警察署長の承認が要ります。内部規律なので、違反だけでは違法にならず、適法かは今も判例の基準で決まります。

  • 犯罪捜査規範:警察官が捜査で守る心構え・方法・手続を定めた、国家公安委員会規則です(1条)。法律ではなく、名宛人は警察官です。
判例の基準犯罪捜査規範168条3項
物差し社会通念上相当(事案ごとの評価)数字(午後10時〜午前5時/1日8時間超)
超えるときは個別の事情を総合考慮する警察本部長又は警察署長の承認が要る
法的性質最高裁判例国家公安委員会規則(内部規律)。違反しても直ちに違法にはならない
  • 前段と後段:前段は、取調べ一般について深夜・長時間を「避けなければならない」とします。後段の承認は、被疑者の取調べについての定めです。
    • 例:警察官が被疑者を午後8時から聴取し、午後11時まで続ける → 午後10時以降に及ぶので、本部長か署長の承認が要ります。
  • 違反したとき:承認は警察内部の手続なので、それを欠いただけでは取調べは違法になりません。
    • 例:「承認を得ずに深夜に取り調べたから、それだけで違法」は誤り → 適法かは社会通念上相当かで判断し、深夜に及んだことはそこで左の皿の事情になります。検察官の取調べには、この規則は及びません。

168条(任意性の確保)(抜粋)|犯罪捜査規範 第八章 取調べ(166〜182条の5)3項:取調べは、やむを得ない理由がある場合のほか、深夜に又は長時間にわたり行うことを避けなければならない。この場合において、午後10時から午前5時までの間に、又は1日につき8時間を超えて、被疑者の取調べを行うときは、警察本部長又は警察署長の承認を受けなければならない。

  • 今後の見通し(解説書):取調べ状況報告書・取調べの監督・録音録画などの適正化が進み、同じような事案は起きにくい。社会通念も動きうるので、今後は必要性が一層厳しく見られるだろう、としています。
    • 取調べ状況報告書:取調べ室などで被疑者・被告人を取り調べた日ごとに、警察官が作ります(犯罪捜査規範182条の2)。
    • 録音・録画:死刑・無期拘禁刑に当たる罪の事件などで、逮捕・勾留中の被疑者の取調べを録音・録画します(301条の2)。

取調べの違法と、自白の証拠能力:別の問い

取調べが適法かと、その間の自白を証拠にできるかは、別の問いです。平元決定(第4節の神奈川の事件)は任意性から、東京高判は違法の重大性から、自白を排除する道を示しました。

道筋入口この回の判例
自白法則(319条1項)自白の任意性に疑いがあるか平元:取調べが供述の任意性に疑いを生じさせるものなら、その取調べを違法とし、その間の自白の証拠能力を否定する(入口は任意性で、違法が重大かは問うていない)
違法収集証拠の排除手続の違法が重大か東京高判:違法は重大で、違法捜査抑制の見地からも証拠能力を与えるのは相当でない → 自白を排除
  • 自白法則:任意にされたものでない疑いのある自白を、証拠にできないとするルールです(319条1項)。
    • 例:脅されてした自白、不当に長く抑留・拘禁された後の自白(319条1項が挙げる例)。
  • 違法収集証拠の排除:違法な手続で集めた証拠を、証拠から外すという考え方です。
  • 平元の一文:「もし本件取調べが被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるようなものであったときには、その取調べを違法とし、その間になされた自白の証拠能力を否定すべきものである」。出発点は「任意性に疑いを生じさせるか」です。
    • この一文は任意性への疑いを起点にしており、関門②(社会通念上相当か)と同じ物差しとは書かれていません(ノートの読み)。決定自身も、関門②(逸脱したとまでは断じられない)と任意性(疑わせるものとも認められない)を並べて判断しています(第4節)。
    • 逆向き、つまり関門②で違法だが任意性に疑いは無い場合を、平元の一文は扱っていません。そこで使えるのが東京高判の道筋で、違法が重大か、違法捜査抑制の見地から排除が相当かを見ます(東京高判自身は、任意性の判断より先にこちらを検討しました。解説書は、二元説の立場による裁判例と位置づけます)。
  • 東京高判:控訴審は違法を重大とし、自白を排除しました。任意性の判断より先に排除法則(違法収集証拠の排除)を検討する方が明確で妥当だ、と述べています(解説書の紹介)。そのうえで破棄自判(第一審判決を破棄し、控訴審が自ら判決する)で有罪としています(排除した自白以外の証拠によったことになります)。
    • 第一審も取調べを違法としていましたが、違法は重大でないとして自白を使っていました(論文の紹介)。
    • 重大とした理由:控訴審は、宿泊中の取調べや監視の態様も考慮したうえで、「事実上の身柄拘束にも近い9泊の宿泊を伴った連続10日間の取調べは明らかに行き過ぎであって、違法は重大」としました(解説書の引用)。身柄拘束に近い中身(第5節)が、9泊10日続いたことを合わせて「明らかに行き過ぎ」とした形です。第5節の「日数ではなく中身」と矛盾はなく、日数そのものではなく、身柄拘束に近い中身が10日続いたことが違法の重さに効いていると読めます(ノートの読み)。どういう違法を重大とみるかの一般的な基準は、違法収集証拠の排除の論点で扱います。
    • 例:「取調べが違法なら、自白は当然使えない」は誤り → この事案では、第一審も控訴審も取調べを違法としましたが、違法の程度の評価が違い、第一審は自白を使い、控訴審は排除しました。
  • 高輪の意見:任意捜査段階の自白は証拠から外すべきだとしつつ(理由は、任意性に当然に影響があることと、こうした捜査方法を抑止する見地の両方。「違法な取調べに基づく、任意性に疑いがあるもの」としました)、2か月余り後に逮捕されてからの勾留中の自白は、その違法の影響下に無いとして証拠能力を認めました。だから違法は判決に影響しない、としています。
    • 違法の影響が及ばない後の自白は、使える場合もあるということです。

答案の型:3段

任意同行後の取調べは、①実質的逮捕か → ②任意捜査として相当か → ③自白の証拠能力、の順で書きます。

段問い書くこと
1段目実質的逮捕か① 権利・利益(人身の自由)の特定/② 6つの客観的事情を積む(第1節)/③ 人身の自由への実質的な侵害(=実質的逮捕)があったかの結論
2段目任意捜査として相当か① 権利・利益(心身をすり減らされない自由)の特定/② 重要な権利・利益への実質的侵害(強制処分)に至っていないことの確認/③ 必要性の積み上げ/④ 権衡の結論
3段目自白の証拠能力(自白の任意性/違法収集証拠の排除)取調べが任意性に疑いを生じさせるものだったか、違法が重大で排除すべきか
  • 1段目から書く:実質的逮捕に当たれば、令状のない逮捕として違法で、2段目に進むまでもありません。
    • 例:宿泊を伴う取調べの問題で、いきなり天秤から書く → 段を飛ばしています。1段目で、6つの事情から実質的逮捕ではないことを確かめてから2段目に進みます。
  • 2段目の②:2段目の①〜④は、前々回の任意捜査の型(利益の特定 → 強制処分に至っていないことの確認 → 必要性 → 権衡)を取調べに当てたものです。②は、その取調べが重要な権利・利益への実質的侵害(強制処分)に当たらないかの確認です。取調べでそれに当たるのは、主に身柄を拘束したのと同じ状態、つまり1段目の実質的逮捕の場面なので、ここは1段目の結論を受けて確認する1行で足ります(ノートの整理)。
  • 2段目の中身:この回の天秤です(比例原則説で書く場合の型。行為規範説なら③④の代わりに、捜査機関が相当な方法を守ったかを事情から検討します)。
    • 特定するのは、心身をすり減らされない自由(心身の苦痛・疲労からの自由)です。
    • 積むのは、犯罪の重大性・嫌疑の程度・取調べの重要性・緊急性です。
    • 判例でも重み付けで評価が割れたので、重くする事情と軽くする事情の両方を拾い、どちらに傾くかを示します。

ページ上部へ ↑

#17単独ページ動画

おとり捜査

骨格対象者の権利を侵さない捜査が、なぜ違法になりうるのか

  • 1 当たるか:決め手は、捜査側から相手への働き掛けの有無だけ(強弱は見ない)。無ければおとり捜査ではない(なりすまし捜査のように、判例の物差しを借りて慎重に見た下級審はある→第6節)。
  • 2 任意処分か:取引に応じるかを最後に決めるのは本人 → 任意処分(学説の一般的な理解)。否応なく実行させられた場合は別。
  • 3 適法か(判例):少なくとも①直接の被害者がいない薬物犯罪等 ②通常の捜査方法のみでは摘発困難 ③機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者、がそろえば適法(十分条件)。
    • 大麻樹脂事件=他の手法では検挙が困難(②)なうえ、被告人は「既に…買手を求めていた」(③)。
  • 4 適法か(有力説):対象者側に侵害が無い → 左の皿を国家の寄与度に載せ替える。原則違法、必要性と権衡すれば例外的に適法。補充性は必須。
  • 5 型:機会提供型・犯意誘発型の二分だけでは決めない。型の違いは、有力説でいえば働き掛けの強度の中で量る、と整理できる。
  • 6 なりすまし捜査(下級審):働き掛けは無いが判例の物差しを借り、必要性がほとんど無いとして違法 → 証拠排除 → 無罪。
  • 7 違法なら:学説の多数=証拠排除。最高裁は、誘惑者が捜査機関だという一事では、犯罪の成立も、公訴提起の手続の違反・公訴権の消滅も認めなかった。

⚠ 3要件を外れたら即違法、ではない/判例は「型」の語も天秤も使っていない/「第三者の法益を害する犯罪なら直ちに違法」は有力説の言葉で、判例の要件の読みではない

判断の順序と、1段目:働き掛けがあるか

4段の順に問います。1段目は、捜査側から相手への働き掛けがあるかだけで決まり、強弱はここでは見ません。

段問い使う道具・結論
1段目「おとり捜査」に当たるか判例の定義。働き掛けの有無
2段目強制処分か任意処分か原則任意処分(第2節)
3段目任意処分として適法か判例の3要件=そろえば適法(第3節)/学説(有力説)の天秤(第4節)
4段目違法なら、どう扱うか学説の多数は証拠排除(第7節)
  • 落とし穴:働き掛けの強弱を1段目に使うこと。働き掛けがあれば、強くても弱くても1段目は「当たる」で決まります。強さが問題になるのは、2段目(否応なく実行させたか)や、有力説の天秤の②(第4節)などです(違法の重さ=第7節でも効く)。判例の3つの事情には、強さは挙がっていません。

(1) 定義の4つの部品

  1. 捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者:捜査官本人でなくてもよく、民間の協力者が動いても当たります。
  2. その身分や意図を相手方に秘して:買手のふりをする(身分)、検挙するつもりを隠す(意図)。判文は2つを並べており、両方を隠しているのが通常です。
  3. 犯罪を実行するように働き掛け:1段目の分かれ目です。
  4. 犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙する:捕まえ方まで定義に入っています。
  • 注意:これは手法の説明です。判例が「任意捜査として許される場面」として示したのは、第3節の3つです。

大麻樹脂事件最高裁判所決定おとり捜査の定義おとり捜査は、捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が、その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが

(2) 働き掛けの有無で分ける

張り込み(接触なし)買手を装う(働き掛けあり)
捜査機関AがしたことBが買手Cと落ち合う現場に張り込み、取引の瞬間を押さえた身分を隠して買手を装い、Bに「分けてほしい」と持ちかけ、持参したところで検挙した
AからBへの矢印無い1本ある
評価おとり捜査ではない。ふつうの任意捜査として判断(第4節の表の左列)おとり捜査
  • 争いのある境界:仮睡盗(酔って眠っている人から財布などを抜き取る窃盗)の犯人を捕まえるため、警察官が自ら酔客を装い、被害者役になる場合です。働き掛けがあるとする見解と、無いとする見解に分かれます。言葉で持ちかけなくても、捜査官が自ら被害者役を演じて手を出しやすい状況を作ること自体を働き掛けとみるか、の違いです。
    • 例:公園で、私服の警察官がベンチで寝たふりをし、脇に財布を置いた。声は一切掛けていない → 働き掛けがあるかは見解が分かれる場面です。
    • 広島高裁の判決は、警察官に占有の意思がなかったとはいえないとして、被告人を有罪にしました。おとり捜査に当たるかは判断していません(答えたのは窃盗罪の成否)。
      • 例:この判決を「おとり捜査を適法と認めた判例」と読むのは誤りです。有罪になったことと、捜査のやり方が適法と認められたことは別の問いです。

(3) 働き掛けの無い捜査:泳がせ捜査(コントロールド・デリバリー、CD)

  • 中身:薬物や拳銃などの不正取引を知りながらすぐには検挙せず、十分な監視のもとで運ばせて追跡し、関わった人物を特定して検挙する手法です。
  • おとり捜査との違い:犯罪はすでに動いており、捜査側が持ちかけて始まったものではありません。見張る・つける・追う任意捜査の延長で、適法性は一般の任意捜査と同様に判断されます(解説書)。
    • 例:宛先の決まった荷物を運ばせて追うだけならCDです。捜査員が買手を装って送り手に「もう1箱送ってくれ」と注文すれば、その2箱目には働き掛けがあり、おとり捜査の問題になります。
ライブCDクリーンCD
運ばせる物薬物や拳銃をそのまま抜き取って無害な物に入れ替えて
可能にする条文麻薬特例法3条(上陸の手続の特例)・4条(税関手続の特例)麻薬特例法8条・銃刀法31条の17
条文の中身入国や通関の場で止めるはずの人・物を、散逸を防ぐ十分な監視体制の確保を条件に通す無害品を規制薬物や拳銃等として輸入・譲受け・所持などした者を処罰する
  • 8条:薬物犯罪を犯す意思で、物を規制薬物「として」扱う行為を、それ自体として処罰する規定です。無害品を薬物とみなす規定ではありません。だから中身を入れ替えても、受け取った者を検挙できます。
    • 例:税関検査で、宛先の決まった荷物から覚醒剤が見つかった。中身を無害な粉に入れ替えて配達させ、受け取った者を検挙した → 捜査側は誰にも犯行を持ちかけていない=クリーンCD。受け取った者は、8条2項の対象になりえます。

8条(規制薬物としての物品の輸入等)(抜粋)|麻薬特例法 第三章 罰則(5〜15条)2項:薬物犯罪(規制薬物の譲渡し、譲受け又は所持に係るものに限る。)を犯す意思をもって、薬物その他の物品を規制薬物として譲り渡し、若しくは譲り受け、又は規制薬物として交付を受け、若しくは取得した薬物その他の物品を所持した者は、二年以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。

2段目:任意処分か(許す条文は無い)

対象者は自分の意思で取引に応じているので、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するとはいえず、任意処分と理解するのが一般です。

  • 出発点:刑訴法には、おとり捜査を許す規定がありません。強制処分なら許されないので、任意捜査として許されるかが問題になります。
  • 物差し:強制処分=相手の意思に反して、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するもの(通説的な見解の定式)。元は、意思を制圧して身体・住居・財産等に制約を加える行為かを問うた最高裁決定の言葉です。
  • 当てはめ:取引に応じるかの最終判断は本人が下しています → 任意処分。
    • 除かれる場合:働き掛けが強度で、否応なく犯罪を実行させられたといえる場合は、強制処分となりえます。
      • 例:薬物に関わったことのない人に、捜査員が家族の借金を盾に「運ばなければ取り立てを止めない」と迫り、運ばせた → 否応なく実行させた場合に近づきます。強制処分と言い切れるかは事実次第です。
  • 捜査官の譲受けを許す規定:法令で認められた者以外が麻薬や拳銃を譲り受けることは、それ自体が犯罪です。ただ、次の法律は、許可を受けた捜査官が譲り受けられると定めています。
条文誰が何を許可するのは
麻薬及び向精神薬取締法58条麻薬取締官・麻薬取締員麻薬を譲り受ける厚生労働大臣
あへん法45条麻薬取締官・麻薬取締員あへん・けしがらを譲り受ける厚生労働大臣
銃刀法27条の3警察官・海上保安官拳銃等・拳銃部品を譲り受け・借り受ける/拳銃実包を譲り受ける都道府県公安委員会
覚醒剤取締法―同じ種類の規定は無い―
  • 譲受けの規定は、おとり捜査の根拠になるか:おとり捜査を想定した規定とも考えられますが、中身は、許可を受けた捜査官に犯罪が成立しないとするだけです。ここから直ちにおとり捜査を許すのは困難とされます(解説書)。
  • 目印:58条などの譲受け規定は、許可を受けた捜査官を処罰しない根拠です。おとり捜査そのものが許されるかは、197条1項の任意捜査として別に判断します(第3節)。

58条(麻薬取締官及び麻薬取締員の麻薬の譲受)|麻薬及び向精神薬取締法 第四章 監督(50条の38〜58条)麻薬取締官及び麻薬取締員は、麻薬に関する犯罪の捜査にあたり、厚生労働大臣の許可を受けて、この法律の規定にかかわらず、何人からも麻薬を譲り受けることができる。

3段目①判例:「少なくとも」3つそろえば適法

最高裁は、3つの事情がそろう場合は197条1項の任意捜査として許されるとしました。そろわない場合の結論は示していません。

  • 3つの事情
    1. 直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査であること
    2. 通常の捜査方法のみでは摘発が困難であること
    3. 機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者が対象であること
  • 「少なくとも」:3つがそろえば適法、という十分条件です。「そろわなければ違法」という必要条件ではなく、3つより広い場合を最高裁は否定していません。
    • 例:「3つの1つでも欠ければ違法」と書く → 誤りです。判例は、欠けた場合の結論を示していません。
  • そろわないとき:判例は答えていません。解説書は、判例の3つとは別に有力説の天秤(第4節)を示し、設問も3つを経ずに初めから天秤で当てはめています。答案で「そろわなければ天秤」とつなぐのは、一つの書き方にとどまります。
  • 判文に無いもの:「機会提供型」「犯意誘発型」の語は全文に1度も出てきません。有力説の天秤(第4節)も使っていません。

大麻樹脂事件最高裁判所決定許容される3つの要件少なくとも、直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に、機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは、刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである

197条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

(1) 大麻樹脂事件:「困難な状況」と「既に買手を求めていた」

事実大麻樹脂事件(最決平16・7・12)

  • 被告人は、あへんの営利目的輸入や大麻の営利目的所持等で懲役6年等の前科があり、服役後に退去強制され、偽造パスポートで再び不法入国していました。
  • 捜査協力者は、被告人と大阪刑務所で服役中に知り合った人物です。弟が被告人の依頼で大麻樹脂を運んで検挙されたことを恨み、被告人が薬物を持ち込んだら逮捕するよう、麻薬取締官事務所に求めていました。
  • 被告人の側から協力者に、大麻樹脂の買手の紹介を電話で頼みました。それまで協力者から取引の働き掛けはありませんでした。事務所は住居や隠し場所をつかめず、おとり捜査を決めました。
  • ホテルで、被告人は「東京に来れば売れる」と答えました。麻薬取締官は東京行きを断り、大阪に持って来れば2kg買うと示しました。交通費の負担の申出は、被告人が「ビジネスであるから」と断りました。
  • 翌日、被告人は運び役に大麻樹脂約2kgを持たせて運び入れ、あらかじめ発付されていた捜索差押許可状による捜索を受け、現行犯逮捕されました。
判文が挙げた事実対応する事情
住居や隠し場所が分からず、ほかの手法での検挙が困難だった②通常の方法では摘発困難
被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企てて買手を求めていた③疑われる者(②の困難さと並ぶ理由)
  • 「仕向けたとしても」:取引の場所を用意し、2kg買うと示して持参させたのは取締官の側です。それでも、②の困難さに加え③があるので、適法とされました。働き掛けがゼロでなければ違法、ではありません。
    • 判例の3つに強さの要素は無く、強さを要素として量るのは有力説の天秤(第4節②)です。判決は、働き掛けの強さそのものには触れていません。判例の3つの中で強い働き掛けが響くとすれば、それが「もともと買手を求めていなかった」という事実の表れとして③を崩す場合などが考えられます(ノートの整理。下の上告趣意の例)。
  • 上告趣意:執ように働き掛けられ断り切れずに調達した、おとり捜査は憲法13条・31条に違反する、という主張でした。最高裁は、原判決の認定に沿わない事実関係を前提とするとして退け、そのうえで職権で適否を判断しました。
    • 上告趣意は、関わりたくなかったのに押されて断り切れなかったという主張で、第5節の犯意誘発型に当たるという趣旨と読めます。それが言えるかは、誰が先に持ちかけたかなどの事実で決まるので、型の争いは法廷では事実認定の争いとして現れます。
    • 例:最初の電話が協力者の側から何度も持ちかけたものだったら → 理由の1つの「既に買手を求めていた」が崩れます。上告趣意は、取締官や協力者の側から執ように働き掛けられたと主張しましたが、原判決の認定に沿わないとして退けられました。
  • 結び:収集された証拠の証拠能力(法廷で事実認定の材料に使える資格)を肯定した原判断を、正当として是認しました。

大麻樹脂事件最高裁判所決定あてはめ麻薬取締官において、捜査協力者からの情報によっても、被告人の住居や大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず、他の捜査手法によって証拠を収集し、被告人を検挙することが困難な状況にあり、一方、被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから、麻薬取締官が、取引の場所を準備し、被告人に対し大麻樹脂2㎏を買い受ける意向を示し、被告人が取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても、おとり捜査として適法というべきである

(2) 事情③と②を事案に当てる

兆候あり兆候なし
Bの状態すでに複数の知人に声を掛け、買手を探して回っていたそうした兆候がまったく無い
Aの働き掛けその情報を得て、買手のふりで1回だけ声を掛けた半年かけて友人として近づき、生活の苦しさに付け込んで繰り返し頼み込んだ
③疑われる者当たる疑う材料が無く、当たらない
働き掛けの強度(有力説の②。判例の3つには無い)小さい大きい
  • ③の判断の材料:第6節の判決は、捜査の時点で観察されていた行動(深夜の徘徊・車内をのぞく等)から、疑ったことに「一応の理由がある」として③を認めました。
    • 例:10年前に薬物の前科があるだけで、最近の取引の兆候が何も無い人に持ちかけた → ③に当たらない方向に動きます。前科がどこまで効くかは言い切れません。
  • ②摘発困難:張り込み・尾行などふつうの方法で検挙できるなら、②は満たされません。
    • 例:売人の自宅も取引場所も分かっていて、張り込めば受け渡しを現認できるのに、買手を装った → ②を満たさず、判例の3つからは許容の根拠が出ません(有力説なら⑦補充性を欠く)。

3段目②有力説:天秤の左の皿を載せ替える

対象者の権利侵害が見つからないので、国家が守るべき法益を自ら害することへの寄与度を左の皿に載せます。原則違法で、必要性と権衡するときだけ例外的に適法です。

  • 問題:対象者は自分の意思で実行しているので、権利・利益の侵害・制約がありません。侵害の程度と必要性を比べる比例原則が使えないのでは、という指摘があります。
  • 意思決定の自由の侵害とみる見解:最後に決めたのが本人である以上、決める自由の侵害・制約は認めがたい、と批判されています。
  • 有力説:測る対象を、対象者の権利から国家の行為へ移します。おとり捜査で国家は、本来守るべき法益(薬物事犯なら公衆の健康)を自ら害し、またはその危険を作り出しています。
    • 問題にするのが国家自身による法益の侵害・危険なので、出発点は違法の側に置かれ、必要性と権衡するときだけ例外的に許される、という組み立てになります(表の「向き」)。
ふつうの任意処分おとり捜査(有力説)
左の皿対象者の権利・利益への侵害・制約の程度国家が法益侵害またはその危険を作り出すことへの寄与度
右の皿捜査の必要性。代わりの手段があれば必要性を下げる事情捜査の必要性。代わりの手段が無いこと(補充性)は必須
向き原則適法。限度を超えると違法原則違法。権衡すれば相当性あり=例外的に適法
  • 権衡・相当性:権衡=左右の皿がつり合うこと(国家の寄与度が、捜査の必要性に見合う程度にとどまること)。つり合えば、手段として行き過ぎていない=相当性がある、とされます。

(1) 天秤に載せる7つの要素

左の皿:国家の寄与度右の皿:捜査の必要性
① 法益侵害の性質:直接の被害者を生む犯罪か④ 重大性・密行性:重大で、表に出にくい犯罪か
② 働き掛けの強度:どれだけ押したか(対象者の犯罪性向も見る)⑤ 組織性:背後の組織が重大性を高める
③ 危険除去の態勢:検挙に失敗して危険物が流れない備えがあるか⑥ 同種事犯の防止:また同じ犯罪に及ぶおそれ(犯罪性向)
⑦ 補充性:おとり捜査以外の手法が無いか
  • ①法益侵害の性質:殺人・傷害・窃盗など、第三者の生命・身体・財産を害する犯罪をさせるなら、直接の被害者を生むので直ちに違法です。許されるのは、直接の被害者のない薬物・銃器・わいせつ物関連に限られます(有力説)。
    • つまり①は、まず入口の線引きとして効き、通った後の重さは主に②③で量る、と整理できます(ノートの整理。解説書は①も左の皿の要素として当てはめています)。
    • 判例の事情①は十分条件の一部です。「欠けたら違法」は判例ではなく、有力説のこの要素から出てくる話です。
    • 例:捜査員が相手に「あの店の前の自転車を持ってきてくれたら買う」と持ちかけた → 店の客という第三者の財産を害する窃盗=①で直ちに違法(有力説)。
  • ③危険除去の態勢:検挙に失敗すると、持ち込ませた危険物が世に出回ります。それを確実に取り除ける態勢が無いほど、国家が危険を作り出す度合いは大きくなります。
    • 例:売人に本物の拳銃を持参させる取引を設定したのに、現場は1人で、逃げ道も押さえていなかった → ③の備えが無く、左の皿が重くなります。
  • ⑦補充性:働き掛けで犯罪を実行させる以上、真に必要でやむをえない場合に限るべきなので、代わりの手法が無いことが必要とされます。
  • 判例との関係:大麻樹脂事件は、この天秤で国家の寄与度を量ったのではなく、3つの事情で適法としました。答案では「判例は3つの事情で適法とした」「有力説では天秤で量る」と主語を分けて書き、判例の結論を天秤の結果として説明しません。
対象者の犯罪性向が大きいと左の皿(②働き掛けの強度)右の皿(⑥同種事犯の防止)
効き方強度は一般に小さくなる=左を軽く防ぐ必要が大きくなる=右を重く
  • 対象者の犯罪性向は、②と⑥の両方に効きます(上の表)。
    • 例:自分から買手を探して回っていた組織の売人と、一度だけ自分用に買ったことがある学生 → 売人は左を軽く右を重くし、学生はどちらも逆に動きます。

二分説:型だけでは決めない

機会提供型なら適法・犯意誘発型なら違法、という二分だけで決めるのは、今では妥当でないと考えられています。

  • 機会提供型:もともとやる気のあった相手に、やる場面を差し出しただけの場合です。
  • 犯意誘発型:やる気の無かった相手に働き掛けて、その気を起こさせ、実行させた場合です。
かつて(二分説)今
扱い2つの箱に仕分け。米国の「わなの抗弁」に準じた学説で、有力だった型だけで判断しない。有力説では、②働き掛けの強度という要素の1つ=目盛りの付いた1本の物差し
限界区別が明確でない場合がある。程度の差はあれ、どちらも捜査側が押した結果として犯罪が起きている―
  • 判例との関係:判例は型を採るとも採らないとも言っていません。そもそも触れていません。
  • 使い方:言葉の意味は覚えます。ただし、型だけで結論を出しません。
    • 例:薬物に興味を口にしていたが、入手の当てが無く何もしていなかった人に、捜査員が入手先を紹介し、代金も立て替えると申し出た → 犯意がもともとあったとも、誘発されたとも言えます。型では決まらず、有力説なら、働き掛けの強さ(②)と犯罪性向の程度で測ります。

判例の物差しを借りた下級審:なりすまし捜査

働き掛けの無い「なりすまし捜査」でも、鹿児島地裁加治木支部は判例の事情を借りて判断し、必要性がほとんど無いとして違法としました。証拠を排除し、被告人は無罪です。

事実なりすまし捜査の事件(鹿児島地加治木支判平29・3・24)

  • 車上狙いの疑いがある男について、警察官らは、男のよく通る場所に軽トラックを無人・無施錠で、窓も少し開けて止めました。車内の見えやすい位置に、発泡酒などを置きました。
  • 男が運転席のドアを開け、発泡酒1箱を持ち出したところで現行犯逮捕しました。発泡酒は、捜査にあたった警察官の所有でした。
  • なりすまし捜査:相手には声を掛けず、手を出しやすい状況をひそかに作って待つ捜査です(裁判所が「仮に」付けた呼び名)。判決は、おとり捜査は相手への犯罪実行の働き掛けを要素とし、なりすまし捜査はそれを要素としない点で区別しました。
    • 声を掛けずに待つ点は第1節(2)の仮睡盗と似ていますが(仮睡盗では見解が分かれる)、判決は、仮睡盗をめぐる見解の対立には触れていません。ただし判決は、捜査官自身が被害者役になる場面も含めて、働き掛けの無い型として扱っています。
  • 判断の枠組み:判決は、なりすまし捜査を任意捜査の一類型とし、必要性と態様の相当性などを総合して判断するとしました。判例の事情は、その必要性・相当性の判断を具体化する物差しとして借りています。
  • 借りた理由:本来犯罪を抑止すべき国家が犯罪を誘発する面があり、捜査の公正を害する危険をはらむ点が共通するからです。
    • 借り方:判例の事情を、(a)疑われる者を対象にしていること、(b)直接の被害者がいない薬物犯罪等で、通常の方法では摘発が困難なこと、の2つに組み直しました。判断の厳格さに多少の差はありうるが、なお有用、としています。
  • (a)疑われる者:当たる。深夜の徘徊、自販機の釣り銭口に手を入れる、車内をのぞく、夏なのにマスクとフード、手袋・懐中電灯の携帯などから、捜査の時点で判断したことに一応の理由がある、としました。
  • 犯罪傾向:早晩別の車上狙いをするはずといえるほど強くない → 実行が促進された面が多分にある → 必要性と相当性は特に慎重に判断する。
  • (b)の前半(直接の被害者がいない薬物犯罪等か):判決は独立には当てはめていません。必要性の検討の冒頭で、密行性が高く犯罪事実の把握すら困難な薬物犯罪等とは異なり、車上狙いは被害者の申告等で発生をほぼ確実に把握できる犯罪だ、と対比しています(前半の考慮をここに取り込んだ、と読めます)。
  • (b)必要性:ほとんど無かった。
    • 車上狙いは、被害の申告で発生をほぼ確実に把握できます。住居が分かり、行動の時間・範囲は限られ、移動は徒歩か婦人用自転車でした。屋外でドアを開ける犯行で、現認も十分可能でした。被害額は少額、手口は単純でした。
  • 結論:必要性がほとんど無い以上、態様のいかんにかかわらず、任意捜査として許される範囲を超え違法です。
  • 排除の前提:違法な捜査で得た証拠でも、違法があれば必ず排除されるわけではありません。判例(違法収集証拠排除法則)は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として許すことが将来の違法捜査の抑制の見地から相当でないときに、証拠能力を否定します。鹿児島の判決は、違法の重大さと将来の抑制の見地の2つで判断しました。
  • 違法は重大:逸脱の程度が大きい、国家が犯罪の発生を促進した、手っ取り早く検挙しようとした重大な過失、重大な犯罪ではない、捜査書類に書かず公判でも否認した=司法審査を潜脱する意図、を挙げました。将来の違法捜査の抑制の見地からも、証拠の許容は相当でないとしました。
    • 被害届・捜索差押調書・実況見分調書・現行犯人逮捕手続書を排除 → 自白を補強する証拠が無い → 無罪(自白しか証拠が無いときは有罪にできない=319条2項)。
  • 注意:被害品は警察官の物でしたが、「窃盗だから直ちに違法」という運びではありません。決め手は必要性の欠如です。
  • ほかの裁判例:窃盗や風営法違反の事件でおとり捜査を行い、不適法・不相当とされたものもあります(福岡地裁小倉支部の命令、大阪高裁の判決)。

4段目:違法だったら、どうなるか

最高裁は、誘惑者が捜査機関だという一事では、犯罪の成立も、公訴提起の手続の違反・公訴権の消滅も認めませんでした。学説の多数は、証拠の証拠能力を否定して対処します。

立場中身評価
最高裁(最決昭28・3・5)誘惑されて犯意を生じ、または強めた者が実行した場合、誘惑者が捜査機関だという一事で、構成要件該当性・違法性・責任を阻却し、公訴提起の手続規定に違反し、公訴権を消滅させるとはできない―
無罪説無罪にする採れない。自らの意思で犯罪に出た以上、犯罪の成立に疑いはない(解説書)
公訴棄却説(338条4号)違法なおとり捜査で実行させた犯罪を起訴したこと自体を、公訴提起の手続の瑕疵とみる解説書の見立て:犯罪性向が乏しいのに捜査側が強く働き掛けたような、違法が極めて重大な事案に限られる
免訴説(337条)違法なおとり捜査をした国家は処罰適格を欠く → 公訴権が消滅した場合に準じて打ち切る同上
証拠排除説得られた証拠の証拠能力を否定する多数
  • 公訴棄却・免訴:どちらも、有罪・無罪を判断せずに手続を打ち切る裁判です。公訴棄却のうち、ここで問題になるのは、公訴提起の手続が規定に違反して無効なとき(338条4号)です。免訴は、確定判決を経た、時効が完成したなど、もう処罰を求められない場合に言い渡す判決です(337条)。
    • 例:「違法なおとり捜査だから公訴棄却」とだけ書く → 不十分です。最高裁は、誘惑者が捜査機関だという一事では公訴提起の手続の違反を認めていません。公訴棄却・免訴は学説の主張で、解説書も極めて重大な事案に限られるとみています。

338条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第三章 公判 第五節 公判の裁判(329〜350条)左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

  • 2段目とは別の線:2段目は、意思に反して重要な権利・利益を制約したか(否応なく実行させたか)を見ます。ここで見るのは違法の程度です。任意処分のままでも、違法の重さは別に問題になります。
  • 大麻樹脂事件の位置:適法としたうえで、証拠能力を肯定した原判断を是認しただけです。違法だった場合の扱いには触れていません。
  • 排除から無罪になった例:第6節の判決です。犯罪の成立を否定した無罪説ではなく、証拠を排除した結果の無罪です。
    • 例:「違法なおとり捜査で無罪になった判決がある=無罪説」は誤り → 鹿児島の判決の無罪は、証拠を排除して補強証拠が無くなった結果です。

ページ上部へ ↑

#18単独ページ動画

捜査の端緒①職務質問

骨格土俵が警職法2条に移ると、何が変わり、何が変わらないか

  • 1 位置:職務質問は捜査ではなく、捜査の端緒の1つ=警職法に基づく行政警察活動。捜査(司法警察活動)との分かれ目は、特定の犯罪の嫌疑を前提とするか(時間の前後ではない)。
  • 2 根拠:警職法2条。1項=「何らかの犯罪」の疑い・事情を知る者を停止させて質問できる/2項=同行を求めるだけ/3項=拘束・連行・答弁の強要の禁止/4項=逮捕されている者の凶器の調べだけ。
  • 3 判断の2段(捜査と同じ形)
    • 1階:強制処分か。基準は刑訴法と同じ → 当たれば2条3項違反で直ちに違法(令状で救う道は無い)。
    • 2階:任意処分として警職法1条2項(必要な最小の限度)を満たすか。右の皿は警察目的からの広い必要性。
  • 4 腕に手をかけた事件:逃げた相手の腕に手をかけて止めた行為=正当な職務執行の範囲内(最高裁は原判決を正当とした)。解説書は、1階=一時的な侵害で強制でない、2階=必要最小限、と読む。
  • 5 なぜ有形力を使えるか:権限創設規定(多数説)/確認規定(実務家中心)。
  • 6 切替点:特定の犯罪の嫌疑が明らかになり捜査に移った時点から、刑訴法の物差し。先の違法は、それを前提に接着した捜査に及ぶと考えられる(解説書)。

⚠ 告知が要らない≠答える義務がある/「職務質問でも令状を取れば」は誤り/腕に手をかけた事件の理由づけは原審と解説書のもので、最高裁は理由を書いていない

位置:職務質問は端緒であり、行政警察活動

職務質問は、捜査が始まる前の「きっかけ」の1つで、刑事訴訟法ではなく警職法に基づく行政警察活動です。

  • 流れ:端緒(通報・新聞記事・インターネットの書き込み・職務質問など)→ 司法警察職員が「犯罪があると思料する」(189条2項)→ ここで捜査が始まる。
    • 例:「端緒に制限は無いのだから、職務質問のやり方も自由」は誤り → 制限が無いのは、きっかけの出どころです。職務質問のやり方は、警職法2条と1条2項が縛ります。
    • 職務質問から捜査が始まることはあります。ただし、職務質問そのものは捜査ではありません。

189条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

  • 2つの警察活動:分かれ目は、特定の犯罪の嫌疑を前提とするかどうかです。
    • 何の犯罪か見当がついていても、疑いが不確実なうちは足りません。特定の犯罪の嫌疑が明らかになり、捜査に移ったと認められる段階から、刑事訴訟法が適用されると考えられています(第6節)。
行政警察活動司法警察活動
特定の犯罪の嫌疑要らない(予防のためにも動ける)あることが前提
根拠警職法(職務質問は2条)刑事訴訟法(197条など)
主な目的犯罪の予防、公共の安全と秩序の維持犯罪の捜査
例警察官Aが、夜間の駅前で、不審な様子のBに声をかけるAが、捜査中の傷害事件の目撃者Cに事情を聞く
処分の呼び方任意処分・強制処分(捜査ではないので「捜査」と呼ばない)任意捜査・強制捜査
  • 時間の前後では分けない:職務質問は、既に行われた犯罪についてもできます(警職法2条1項「犯し」「既に行われた犯罪」)。
    • 例:巡回中の警察官が、路上の割れたガラスと血の跡に気付き、近くで落ち着かない様子の通行人に「何か見ましたか」と尋ねた。何の犯罪が起きたのかまだ分からない → 既に起きたかもしれない犯罪についての、職務質問(第2節の対象②)の場面です(2条1項の入口を満たす前提)。
    • 例:「この場所で人が刺された」という通報を受け、その傷害事件の目撃者を探して同じ通行人に話を聞いた → 特定の犯罪の嫌疑を前提にした捜査です。刑事訴訟法の物差しで測ります。
    • どちらも「見た人に聞く」場面です。分けるのは、特定の犯罪の嫌疑(相手が犯人だという疑いに限らない)を前提に動いているかです。

根拠:警職法2条を項ごとに読む

1項が「誰を止めて質問できるか」、2項・3項が同行と禁止、4項が逮捕されている者の凶器の調べを定めます。職務質問の相手の持ち物を調べる規定は、2条にはありません。

(1) 1項:4つの部品

  1. 入口:「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して」。外から確認できる事情が要り、警察官の勘だけでは足りません。
  2. 対象①:「何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」。特定の犯罪でなくてよいので、捜査より対象が広くなります。
    • 例:深夜、閉店した時計店のシャッター前で、手袋をした男が鍵穴をのぞき込み、警察官を見ると顔をそむけた → 盗みの下見か別の目的かは特定できません。それでも「何らかの犯罪を犯そうとしている」と疑う相当な理由があれば、停止させて質問できます。
  3. 対象②:既に行われた犯罪・行われようとしている犯罪について「知つていると認められる者」。犯人でなくてよく、目撃者なども入ります。
  4. できること:「停止させて質問することができる」。

2条(質問)(抜粋)|警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。

(2) 2項・3項:求めることはできる、強いることはできない

  • 2項:同行の要求:職務質問はその場で行うのが基本です。例外として、その場で質問すると本人に不利なとき、または交通の妨害になるときは、近くの警察署・派出所・駐在所への同行を求めることができます。応じるかどうかは相手の自由です。職務質問に伴う任意同行の根拠です。
    • 例:雨の繁華街で、狭い歩道の真ん中で質問が長引き、人の流れが止まっている → 交通の妨害になるので、近くの交番への同行を求めることはできます。相手が断ったのに腕を引いて連れて行けば、意に反する連行で3項違反です。
  • 3項:禁止:1項・2項の相手は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄の拘束・意に反する連行・答弁の強要をされません。
    • 現行犯逮捕のように、刑事訴訟法が認める手続によるなら別です。
  • 黙秘権の告知と答弁の強要は別の問題
    • 職務質問の間:告知は不要です(「被疑者の取調べ」ではない)。それでも答える義務は無い(3項)。
      • 例:「黙秘権を告げずに名前を聞いたから違法」は誤り → 職務質問では告知は要りません。反対に「名前を言うまで帰さない」と迫れば、答弁の強要です。
    • 捜査に移った後:刑事訴訟法が適用されます(解説書)。被疑者として取り調べるなら、あらかじめ告げます(198条2項)。
      • 例:質問中、バッグから注射器と白い粉の包みが見え、覚醒剤の嫌疑が明らかになった → 以後の取調べには告知が要ります。

2条(質問)(抜粋)|警察官職務執行法2項:その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。3項:前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

(3) 4項:書いていないこと

  • 4項の中身:刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者について、身体に凶器を持っていないか調べられます。
    • 例:「凶器を持っていそうなら、4項で職務質問の相手の上着の中も調べられる」は誤り → 4項は「逮捕されている者」の規定です。逮捕前の相手には使えません。

2条(質問)(抜粋)|警察官職務執行法4項:警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

  • 書いていないこと:逮捕されていない職務質問の相手の持ち物を調べてよいという規定は、警職法2条のどこにもありません(銃刀類の疑いがある場合に限った規定は、別の法律にあります)。
    • それでも、職務質問の場面で持ち物を調べることはよくあります。明文の無いところで、なぜ許されるのか。これが所持品検査という論点の出発点です。

判断の2段:形は捜査と同じ、変わるのは根拠と行き先

まず強制処分か(当たれば警職法2条3項で直ちに違法)、次に任意処分として警職法1条2項の比例原則を満たすかを問います。強制処分の基準と天秤の形は、捜査と変わりません。

捜査(既習)職務質問(行政警察活動)
1階:強制処分の基準相手方の明示または黙示の意思に反して、重要な権利・利益に対する実質的な侵害・制約を伴うか同じ
1階の根拠条文197条1項但書警職法2条3項
強制と出たとき刑事訴訟法に定めのある処分なら、令状などの手続を踏んで行える場合がある直ちに違法
2階の根拠判例が作った規範(必要性、緊急性などをも考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度)警職法1条2項(必要な最小の限度=明文)
左の皿対象者の権利・利益の侵害・制約の程度同じ
右の皿捜査の必要性(特定の犯罪の嫌疑が出発点)警察目的からの広い必要性(犯罪の予防を含む)
  • ここでの「任意処分」=強制処分に当たらない処分。2項の「応じるかは相手の自由」とは別の意味で、意思に反する、強制に至らない有形力(第4節)も入ります。
  • 基準が同じ理由:2条3項は「刑事訴訟に関する法律」を基準にしています。だから禁止される強制は、刑事訴訟法上の強制処分と同じものと考えます。
    • 3項が挙げる拘束・連行・答弁の強要は例示で、これに限られないと考えられています(解説書)。
  • 「直ちに違法」の意味:職務質問には、強制を正当化する手続(令状など)がありません。強制が要るなら、刑事訴訟法の手続(現行犯逮捕など)か、警職法の別の規定(5条の制止など)の要件を満たす必要があります。
    • 例:「職務質問で強制が要るなら、令状を取ればよい」は誤り → 職務質問として強制を使えば、その時点で2条3項違反です。現行犯逮捕などの要件を満たせば、捜査に移ることはできます(その後は刑事訴訟法で測る)。
  • 警察比例の原則:強制に当たらなくても、それだけで適法にはなりません。手段は目的のため「必要な最小の限度」で用いる、という1条2項のルールを満たす必要があります。捜査の天秤は判例が組み立てた規範でしたが、こちらは条文に書いてあります。
    • 例:空き巣が続く住宅街で、警察官を見て急に走り出した男の腕をつかんで止め、手を離してから数分質問した → 予防の必要性と短い停止の侵害を比べると、相当の方向です。
    • 例:目が合っただけで逃げてもいない通行人の腕を強くつかんで引き留める → 必要性が乏しく、腕を強くつかんで引き留める侵害と釣り合わないので、「必要な最小の限度」を超える方向です。
  • 右の皿が広い理由:1条2項の「前項の目的」は、1条1項が挙げる犯罪の予防・公安の維持などです。警察法2条1項も、警察の責務に犯罪の予防を正面から入れています。
    • だから職務質問の必要性は、特定の犯罪の捜査にとどまらず、これから起きるかもしれない犯罪の予防まで含めて測ります。
      • 例:要人の街頭演説の直前、会場の周りを長時間うろつき、演説台の位置を何度も撮影している男がいる → 何の犯罪も起きておらず、特定の犯罪の嫌疑もありません。それでも犯罪の予防という警察目的からは、声をかけて事情を聞く必要性があります。

1条(この法律の目的)|警察官職務執行法1項:この法律は、警察官が警察法(昭和二十九年法律第百六十二号)に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

2条(警察の責務)(抜粋)|警察法 第一章 総則(1〜3条)1項:警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。

逃げた相手の腕に手をかけた事件:2つの段に当てる

最高裁は、逃げ出した相手の腕に手をかけて止めた行為を適法とした原判決を、正当としました(裁判要旨=正当な職務執行の範囲を超えない)。解説書は、この事件を1階と2階の両方の素材として読みます。

事実逃げ出した相手の腕に手をかけた事件(最決昭29・7・15)

  • 夜、パトロール中の警察官から職務質問を受け、駐在所に任意同行された人が、所持品などを質問されている途中で、隙をみて逃げ出しました。
  • 警察官は、質問を続けるために追いかけ、背後から腕に手をかけて止めました。事件名は公務執行妨害です。
  • 公務執行妨害罪(刑法95条1項)は、職務を執行する公務員に暴行・脅迫を加えたときに成り立ち、その職務は適法でなければならないと解されています。そのため、腕に手をかけた行為の適法性が問われました(被告人の行為は決定文に書かれていません)。
  • 原審=最高裁の1つ前の裁判所(ここでは高等裁判所)。その判断が原判決です。
  • 原審の認定(解説書の紹介):約130m先の路上で追いつき、「どうして逃げるのか」と言いながら腕に手をかけた。
  • 最高裁は上告を棄却し、原判決の判示を正当としました。職務質問についての理由は書いていません。
段原審の判断(解説書の紹介)解説書の読み
1階:強制か「強制または強制的手段であるとはとうてい考えられない」人身の自由への一時的な侵害にとどまり、重要な権利・利益の実質的な侵害・制約には至っていない=任意処分
2階:相当か任意に止まらない相手を止めるには、この程度の実力はやむを得ず、正当な職務執行上の手段方法目的のため必要最小限だったかを検討したうえで、適法とされた
  • 2階に当てはめるなら:右の皿=任意に止まらず逃げた相手を止めて質問を続ける必要(裁判要旨・原審)/左の皿=腕に手をかける一時的な侵害(解説書の1階の評価)。振り分けはこのノートの整理です。
  • 下のカードは判例集の裁判要旨です(決定文の言葉ではありません)。

逃げ出した相手の腕に手をかけた事件最高裁判所決定正当な職務執行の範囲夜間道路上で警邏中の警察官から職務質問を受け、巡査駐在所に任意同行された所持品等につき質問中、隙をみて逃げ出した被告人を、更に質問を続行すべく追跡して背後から腕に手をかけ停止させる行為は、正当な職務執行の範囲を超えるものではない。

(1) 腕・タックル・手錠:強さの並び(設例)

警察官Aが、逃げようとする対象者Bを止める場面です。分かれ目は、有形力の強さと、拘束が一時的かどうかです。見る順は、まず強さ(手錠級なら短くても強制の方向)、次に一時的か、です(このノートの整理)。

Aがしたこと評価その後
① 追いついて、背後から腕に手をかける強制でない=任意処分(原審・解説書の読み)2階の比例原則へ
② タックルして倒す、羽交い締めにする強制に当たるとする見解がある。解説書は、一時的な拘束なら強制ではなく、比例原則で相当性を検討すべきとする強制なら直ちに違法/強制でなければ2階へ
③ 手錠をかけて制圧する強制処分(強い有形力は、一時的でも強制と評価される可能性が高い)2条3項違反で直ちに違法
  • 一時的な拘束なら、おおむね強制でない:原判決は「逮捕は…或る程度の時間的拘束を含む観念」とします。強制処分の典型である逮捕が時間の拘束を含む以上、一時的な拘束ならおおむね強制に当たらない、と解説書は読みます。
    • ただし、時間だけでなく有形力の強さも見ます(表の③)。
    • 例:追いついた警察官が相手を地面に押し倒し、数分間、上から押さえつけて身動きを封じたまま質問を続けた → 有形力が強く、拘束も一時的とは言いにくいので、強制に当たる方向です(このノートの当てはめ)。
    • 例:押し倒した直後に起こし、立ったまま質問を続けた → 解説書の立場なら、それ自体は強制ではなく、2階の相当性の問題です(強制とする見解もあります)。

なぜ有形力を使えるのか:権限創設規定か確認規定か

行政警察活動でも、腕に手をかけるような強制に至らない有形力を使えるのはなぜか。警職法2条1項の性質の理解が分かれます。

  • 一斉検問:不審な点の無い車も含め、通る車を次々に止めて調べることです(下の表で使う語)。
多数説(権限創設規定)実務家中心の見解(確認規定)
2条1項の性質強制に至らない限度で有形力を使う権限を与えた規定警察官が当然にできる活動を確認しただけの規定
有形力の根拠権利・利益を侵害する行政活動には法律の根拠が要る(法律の留保)。それが2条1項任意処分でも一定の有形力は使えるとした最高裁の決定(最決昭51・3・16)
結びつく立場承諾のない所持品検査・一斉検問は、根拠なしに行えば違法とする立場に結びつきやすい2条1項の要件を満たさない職務質問も許される/一斉検問は警察法2条1項を根拠に許される
  • 両説に共通する点:純粋な任意処分(声をかけて尋ねるだけ)なら、法律の根拠は要りません。争いは、有形力を使う場面の根拠です。
    • 例:「権限創設規定説では、2条1項が無ければ警察官は人に声もかけられない」は誤り → 両説とも、ただ声をかけて尋ねるだけなら根拠は要らないと考えます。争いは、腕に手をかけるような有形力の根拠です。
  • 立場が分かれやすい場面:承諾のない所持品検査(2条に明文が無い)や一斉検問(2条1項の要件を満たさない相手を止める)のように、2条1項の文言から外れる働きかけです(表の「結びつく立場」の行)。
  • ただし書き:権限創設規定説でも、職務質問に「付随する行為」まで2条1項が許していると考えれば、「停止」以外の実力も認められます。

切替点:職務質問はいつ捜査になるか

嫌疑が明らかになり捜査に移った時点から、刑事訴訟法の物差しで測ります。

  • 切替点:特定の犯罪の嫌疑が明らかになり、捜査に移ったと認められる時点です(189条2項の「思料するとき」に当たると説明されることもある)。嫌疑が不確実な間は警職法(2条3項・1条2項)、明らかになった後は刑事訴訟法(197条1項・任意捜査の限界)で測ります。
    • 例:「覚醒剤を使っていると疑って声をかけたのだから、最初から捜査」は誤り → 疑いを持っていても、嫌疑が不確実なまま質問していれば、警職法上の職務質問です。
    • 例:質問中、相手が「さっき駅で人を殴ってきた」と自分から話し、駅でけが人が出ていることも無線で確かめられた → 特定の犯罪の嫌疑が具体化したので、ここから先は捜査として刑事訴訟法で測ります。それより前に相手を止めた行為は、警職法で測ります。
  • 区別しにくい:嫌疑が明らかになると、そのまま任意捜査に移ることが少なくなく、はっきり区別するのが難しい場合も多い、と整理されています。最高裁も、どの時点で移ったかを明確には示していません。
  • なぜ時点が問題になるか:先に行われた行政警察活動に違法があれば、それを前提に接着して行われた捜査も違法になると考えられています(解説書)。
    • 「それを前提に接着して」=先の違法の結果を使い、それとひと続きで行われた、と読めます(後の捜査が何でも違法になるわけではない)。
    • 例:職務質問の段階で、逃げようとした相手に手錠をかけて動けなくし、持ち物から覚醒剤が見つかって、続けて現行犯逮捕した → 手錠は強制処分で直ちに違法です。解説書の考え方(先の違法は、それを前提に接着した捜査に及ぶ)に当てはめると、逮捕も違法の方向です。証拠として使えるかは別の論点です。

(1) 答案の型:3段

事例問題では、端緒(職務質問)→ 捜査の順に検討します。

  • 1段目 そもそも行政警察活動か:嫌疑がまだ明らかでない段階か(明らかなら捜査=197条1項の物差しへ)。
  • 2段目 強制処分に当たらないか:意思に反して重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するか。当たれば2条3項違反で直ちに違法。
  • 3段目 任意処分として警職法1条2項の比例原則を満たすか:侵害・制約の程度(左の皿)と警察目的からの広い必要性(右の皿)が釣り合えば相当。

ページ上部へ ↑

#19単独ページ動画

職務質問の「停止」と付随行為の限度

骨格「停止させて質問することができる」は、どこまでの実力を含むか

  • 1 出発点:条文の言葉は「停止」だけ → 2つの判例に当てて範囲を測る。物差しは二階建て(1階=強制処分か/2階=比例原則の天秤)。
  • 2 エンジンキーの事件:取り上げは「停止させる方法として必要かつ相当」であるのみならず、道交法の「応急の措置」にも当たる=2本の足で適法。
  • 3 1階:時間:一時的な取り上げは任意処分。長時間に及べば、強制処分とみる見解と任意処分とみる見解がある。
    • 同じ事件の約6時間半以上の留め置きは違法。ただし判例は、実質逮捕には至らない任意処分として判断したと理解されている。
  • 4 2階:天秤:左=自由の種類・時間など/右=不審事由・嫌疑・重大性・予防の必要・代替手段の不存在など(解説書の整理)。
  • 5 ホテルの事件:原則(意思に反する立入りは許されない)→ もはや通常の宿泊客ではない → 疑いを深めるのは無理もない → 質問を継続しうる状況を確保するための押し開け=職務質問に付随する適法な措置。
  • 6 付随行為の2段:質問の実施・継続に必要不可欠か(学説)→ なお比例原則。約30分全裸のまま押さえ続けた行為は、職務質問に付随するものとしては「許容限度を超え」た(証拠は排除せず)。
  • 7 答案の型4段:行政警察活動か → 強制処分か → 「停止」か付随行為か → 比例原則。

⚠ 「停止は例示にすぎない」は学説の言葉で、判旨には無い/天秤の7項目とその当てはめは解説書の整理で、判旨が挙げたのは4事情/6時間半の留め置きは「逮捕と同視」されたのではない

出発点:「停止」の2文字

条文は「停止させて質問することができる」としか書いていません。止めるためにどこまで力を使えるかは、判例に当てて測ります。

  • 職務質問:怪しい様子の人などを、警察官が呼び止めて質問する活動です(警職法2条1項)。犯罪の予防も目的とする行政警察活動です。
    • キーの取り上げと押し開けの時点では、解説書は、2つの事件とも嫌疑は不確実なまま質問したとみます(覚醒剤使用などの疑いはあっても、捜査に移るほど具体化していない)。だから捜査ではなく、職務質問として判断します。
    • 嫌疑がどれだけ強いか(第4節の天秤の重さ)と、捜査に移ったか(嫌疑が具体化したか)は、別の問いです。解説書の当てはめからは、疑いが強くても、嫌疑が具体化しない(不確実な)うちは職務質問として扱うことになります。
    • 例:エンジンキーの事件について、解説書は、嫌疑が不確実なまま質問したとし、天秤の当てはめでは覚醒剤使用の嫌疑を「大きい」とします。そのうえで、前科4犯を確認した頃には嫌疑が具体化し、任意捜査に移ったと考えてよいように思われる、とします(第3節)。
  • 条文が与える権限:相手を「停止」させて質問すること(と2項の同行要求)までです。身柄の拘束・意に反する連行・答弁の強要はできません(2条3項)。
  • 測る物差し(二階建て)
    • 1階:強制処分に当たるか。基準は刑訴法と同じで(解説書の整理)、相手の明示・黙示の意思に反して重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するかです。当たれば2条3項に反し、直ちに違法です。捜査と違い、令状で許される道はありません。
    • 2階:任意処分なら、比例原則(警職法1条2項)で相当かを測ります(第4節)。

2条(質問)(抜粋)|警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。3項:前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

  • 2つの判例で測る:「停止」させる方法の限度と、「停止」ではない措置の限度を、それぞれ1つの事件で見ます。
エンジンキーの事件ホテルの内ドアの事件
警察官がしたこと雪の路上で、車の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げたホテルの客室で、閉められかけた内ドアを押し開け、敷居に足を踏み入れた
問われたこと「停止」させる方法として、どこまでの実力が許されるか止まらせる行為ではない措置が、なぜ・どこまで許されるか
判例の結論取り上げは適法。その後の長時間の留め置きは違法押し開けは適法。その後約30分押さえ続けた行為は、職務質問に付随するものとしては許容限度を超える

エンジンキーの事件:2本の足で立つ適法性

取り上げは、警職法の「停止」の方法として必要かつ相当であるだけでなく、道交法の応急の措置にも当たる、と2つの根拠で適法とされました。

事実エンジンキーの事件(最決平6・9・16)

  • 駐在所に本人から意味のよく分からない電話があったとの報告を受け、警察官が電話の掛け先の整備工場に行って事情を聞き、覚醒剤使用の容疑があると判断しました。
  • 11時5分ころ、拡声器で停止を指示された車は、その後も蛇行しながら進行を続け、ようやく止まりました。付近の道路は積雪で滑りやすい状態でした。
  • 11時10分ころ、巡査部長が職務質問を始めました。本人は目をキョロキョロさせ、落ち着きなく、素直に応じず、エンジンを空ふかしし、ハンドルを切るような動作をしました。巡査部長は窓から腕を差し入れ、キーを引き抜いて取り上げました。
  • 11時25分ころ(質問開始の約15分後)、覚醒剤取締法違反の前科が4犯あるとの無線連絡が入りました。
  • その後、身体の捜索が始まる17時43分ころまで、本人は現場に留め置かれました(第3節)。

雪の路上でエンジンキーを取り上げた事件最高裁判所決定2本の足で立つ適法性職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。

足①:警職法2条1項足②:道交法67条(応急の措置)
判旨の言い方職務質問のため停止させる方法として必要かつ相当交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置
条番号警職法2条1項判例は当時の67条3項。今の答案では67条4項
  • 2本の足とは:足①は、職務質問のために相手を止める警職法の権限です。足②は、それとは別に、危ない運転を止める道交法の権限です。判旨は両方に当たるとしました。
    • 例:判旨が挙げた4事情(覚醒剤使用の嫌疑・中毒をうかがわせる異常な言動・積雪の道路・発進のおそれ)のうち、嫌疑と言動は主に「止めて質問する必要」に、言動・積雪・発進のおそれは「正常に運転できない人の運転を止める必要」に効きます(割り振りはこのノートの整理)。
  • 足②が立つ理由:67条4項は、停止等をした場合に、66条などに違反して運転するおそれがあるとき、警察官が交通の危険を防ぐ応急の措置をとれる規定です。
    • 66条:過労・病気・薬物の影響などで、正常な運転ができないおそれがある状態での運転を禁じます。事案に当てはまるのは66条とみられます(判旨は「67条3項」とだけ書く)。
  • 3項と4項:その後の改正で項が繰り下がりました。今の3項は呼気検査の規定です。判旨どおり「3項」と書くと、別の条文を引くことになります。
    • 例:「判例どおり道交法67条3項の応急の措置」と書くのは誤り → 応急の措置は今の4項です。

67条(危険防止の措置)(抜粋)|道路交通法 第四章 車両等の運転者及び使用者の義務 第一節 運転者の義務(64〜71条の6)4項:前三項の場合において、当該車両等の運転者が第六十四条第一項、第六十四条の二第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第四項から第七項まで又は第八十五条第五項から第七項(第二号を除く。)までの規定に違反して車両等を運転するおそれがあるときは、警察官は、その者が正常な運転ができる状態になるまで車両等の運転をしてはならない旨を指示する等道路における交通の危険を防止するため必要な応急の措置をとることができる。

  • 一般化しない:「キーの取り上げはいつでも適法」とはいえません。積雪と発進のおそれという、交通の足まで揃った事案です。
    • 1本だけで足りるかは、この決定は判断していません。答案では、立つ足を全部挙げます。
    • 例:乾いた昼の道路で、薬物の兆候も無い運転者が、質問を嫌って車を出そうとしたのでキーを抜いた → 道交法の足は立たず、警職法の足だけで判断します。止める必要性(第4節の右の皿)も軽くなり、違法の方向に動きます(この変形を判断した判例はありません)。

1階:時間が性質を変えるか

一時的なキーの取り上げは任意処分です。長時間に及ぶと強制処分かで見解が分かれます。同じ事件の6時間半の留め置きを、判例は任意処分の枠内で違法と判断したと理解されています。

  • 前提:強制処分かは、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するかで決まります(第1節)。同じ行為でも、続く時間で制約の重さが変わります。
  • 一時的なら任意処分(学説の一般的な理解):人身の自由(身体・行動の自由)の制約ではあります。ただ、一時的・限定的なので、実質的な侵害・制約には至りません。任意処分でも、2階の天秤は残ります。
  • 語の対応:人身の自由=身体の自由(体そのもの)+行動の自由(どこへ行くか)。車で移動する自由は行動の自由の一つで、判旨の「移動の自由」もこちらの側の語です。
場面奪われる自由評価
キーを取り上げ、短時間で返す車で移動する自由・一時的任意処分 → 2階の天秤へ
キーを返さず、長時間、車で移動できなくする(車の外には出られる)車で移動する自由・長時間見解が分かれる:逮捕と同視できる=強制処分/奪われるのは車での移動の自由に限られ、身体を直接拘束する逮捕とはなお区別できる=任意処分として天秤で判断
外に出ようとする人のドアを押さえ、相当の時間、車内に閉じ込める身体の自由逮捕と同視できる強制処分として違法とされる可能性が大きい。任意処分と考えても、必要性が相当大きくなければ相当性は認められない(解説書の評価)
  • 強制処分なら天秤に乗せない:強制処分かは制約の性質で決まり、必要性の大きさとは比べません。同じ「キーの取り上げ」でも、時間次第で判断する階が変わりえます。
  • 答案:時間の長さを具体的に示し、どちらの見解を採るかを明らかにして結論を出します。

(1) 実例:同じ事件の約6時間半以上の留め置き

  • なぜここで見るか:時間が延びると制約がどこまで重くなるかの実例として、同じ事件の続きを見ます。
  • 物差しが変わる:ここから先は、任意捜査に移った後の判断です。強制処分なら実質逮捕(形は任意でも、中身は令状の無い逮捕)として違法です。
    • 任意捜査(刑訴法197条1項)も、必要性・緊急性などを考え、具体的状況のもとで相当と認められる限度でしか許されません。限度を超えれば、強制処分に当たらなくても違法です。
  • 経過:前科の連絡の後、別の警察官らが質問と警察署への任意同行の説得を続けました。本人は自分で運転することに固執し、他の方法での同行を拒み続けました。
    • 警察官らは、鍵をかけさせるためキーを一度渡しましたが、本人が車に乗り込もうとしたので両脇から抱えて止め、以後キーを返しませんでした。上の表の2行目(キーを返さず、長時間、車で移動できなくする)の場面です。
    • 例:「15分しか経っていないので、制約は短時間」と当てはめるのは不正確 → 15分は質問開始から前科連絡までの時間です。キーはその後も返されていません。短時間といえるのは、取り上げた時点の評価です。
  • 判旨:留め置きも当初は適法でした。しかし、嫌疑が濃厚になっていたことを考えても、任意同行を求める説得行為としての限度を超え、移動の自由を長時間にわたり奪った点で、「任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法」です。
  • 判例の形:「強制処分に当たる」「逮捕と同視する」とは言っていません。最高裁は、実質逮捕には至らない任意処分とした上で、比例原則で判断したと理解されています。
    • これに対し学説には、行動の自由を実質的に侵害したものとして、実質逮捕に当たると判断すべきだったという批判もあります。
    • 例:「6時間半の留め置きは、逮捕と同視されて強制処分とされた」は誤り → 判例は「任意捜査として許容される範囲を逸脱」として違法にしました。実質逮捕とすべきだったという主張は、学説の批判の側です。
  • なぜ「任意捜査」か:最高裁は、職務質問から捜査に移った時点を示していません。解説書は、前科4犯を確認した頃には嫌疑が具体化し、任意捜査に移ったと考えてよいように思われる、とします。
  • 尿の鑑定書は使えた:手続に違法があっても、それだけで証拠が使えなくなるわけではありません。判例は、違法の程度は「いまだ令状主義の精神を没却するような重大なもの」ではなく、強制採尿の手続自体も適法で(令状は留め置きが違法とされるほど長くなる前に集めた資料で出された)、証拠として使うことが不相当ともいえないとして、証拠能力を認めました。
    • 違法が重大でない理由:有形力はキーを返さない・乗り込むのを止める程度でさほど強くない/雪道で中毒をうかがわせる人の運転を止める交通警察の面からも必要性が高かった/本人が自分で運転することに固執して説得が長引いた面がある/当初から違法に留め置く意図は認められない。
    • 例:「留め置きが違法なのだから、尿の鑑定書は使えない」は誤りです。

2階:天秤の目盛り

任意処分なら、左の皿(自由の制約の程度)と右の皿(警察目的から見た、停止を求める必要性)が見合うか(権衡するか)で、相当性を判断します。

  • 前提:強制処分でなくても、何でも許されるわけではありません。警職法の手段は「必要な最小の限度」で用いるもので(1条2項)、制約が必要性に見合わなければ違法です。

1条(この法律の目的)(抜粋)|警察官職務執行法2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

  • 主語:判旨が挙げたのは第2節の4事情です。次の7項目は、解説書が整理した目盛りです。どちらの皿も「など」が付く例示で、閉じたリストではありません。
  • 右の皿は広い:捜査の必要性ではなく、犯罪や危険行為の予防まで含む、警察目的から見た必要性です。
皿・目盛り見方エンジンキーの事件(解説書の当てはめ)
左①権利・利益の種類身体の自由を直接制約すれば大きく、行動の自由ならやや小さい奪われたのは車で移動する自由=軽い
左②制約された時間長いほど重い(第3節)取り上げた時点では長時間に及んでいない=軽い
右❶不審事由の内容・程度理由のある質問に不合理な対応を続ける、繰り返し逃げようとするほど大きい覚醒剤使用をうかがわせる異常な挙動=大
右❷嫌疑の有無・程度何らかの犯罪の嫌疑がどれだけ強いか目をキョロキョロさせ落ち着きがない態度から、覚醒剤使用の嫌疑=大(判旨は嫌疑を質問開始時にすでにあったものとし、キョロキョロ等は「異常な言動」の側に置く)
右❸犯罪の重大性覚醒剤の使用は重大な犯罪
右❹予防の必要性積雪の路上での空ふかし=交通の危険
右❺停止を求める重要性代わりの手段が無いかキーを取り上げるほか、発進を防ぐ手段が無い
  • ❶と❷の関係:解説書は、❶を職務質問の前提となる不審事由の内容・程度、❷を何らかの犯罪の嫌疑の有無・程度として並べます。❶の説明では質問への不合理な対応を不審事由が大きくなる例に挙げる一方、当てはめでは質問への落ち着かない態度を❷の根拠に置いています。このように質問への反応はどちらにも入りえるので、答案では同じ事実を❶と❷で二重に数えず、どちらかに置けば足ります(この一文はこのノートの整理)。
  • 目盛りの動き方:同じ目盛りでも、事実しだいで重くも軽くもなります。
    • 例:深夜の路上で、近くの窃盗の通報に合う男に行き先を尋ねたら、答えるたびに話が変わり、2度走り出した → 理由のある質問に不合理な対応を続け、逃げようとしているので、右❶は大きくなります。
    • 例:同じ数分でも、自転車の前に立って進路をふさぐ(行動の自由)より、両腕をつかんで引き留め続ける(身体の自由を直接制約)方が、左①は重くなります。適法かどうかは右の皿しだいです。
  • 結論(解説書の当てはめ):右の必要性が左の制約に見合うので相当 → 「停止」の方法として適法。
    • 判旨は、7項目で量ったのではなく、4事情を挙げて「必要かつ相当」としました。答案では両者を区別して書きます。
    • 例:「最高裁は、左2・右5の7要素で量って適法とした」は誤り → 7要素は解説書の整理で、しかも例示です。

ホテルの事件:原則・例外・目的

意思に反する客室への立入りは原則として許されません。ただ、もはや通常の宿泊客ではなく、疑いを深めるのも無理もない状況で、質問を継続しうる状況を確保するために押し開けた行為は、職務質問に付随する適法な措置とされました。

事実ホテルの内ドアの事件(最決平15・5・26)

  • 客はチェックアウトの予定時刻を過ぎても出ず、ホテルの問い合わせにも要領を得ない返答や不可解な言動を続けました。責任者は、料金を払わない、退去してほしい、薬物使用の可能性がある、として110番通報しました。
  • 臨場した巡査は、責任者から、退去させてほしい、入れ墨があり薬物使用の可能性がある、と説明を受けました。電話で支払いを促すと「分かった、分かった」という返事でした。
  • 巡査は、客室なので慎重を期す必要があると考えて上司に相談し、指示を受けて、責任者の了解の下で客室に向かいました。
  • 外ドアをたたいても返事が無いので、無施錠の外ドアを開けて内玄関に入り、支払いを促しました。客は内ドアを20〜30センチほど開けましたが、すぐに閉めました。
  • 巡査は、全裸で入れ墨のある客が、制服の自分と目が合うや慌てて閉めたことに不審を強めました。内側から押さえられた内ドアを押し開けてほぼ全開にし、内玄関と客室の境の敷居あたりに足を踏み入れて、閉められるのを防ぎました。
  • その途端、客は両手を振り上げて殴りかかるようにしてきました。巡査らは客をソファーに座らせて押さえ、逮捕まで約30分、全裸のまま押さえ続けました。
  • その間、客は警察の許可を得て覚醒剤を使っていると口走り、手に注射器を握っていました。覚醒剤の前歴も分かりました。巡査らは、床から拾ってテーブルに置いていた財布を開き、小銭入れから白色結晶入りのビニール袋を見つけました(客は明確には拒否していない)。
段判旨どの事情か
①原則客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して立ち入ることは、原則として許されない
②もはや通常の宿泊客ではない時刻を過ぎても出ず、問い合わせに言を左右にし、不可解な言動。料金不払・不退去・薬物使用の可能性で110番され、責任者が退去を要請警察官が客室を訪ねる前にそろっていた事情
③疑いを深めるのは無理もない外ドアから入ってすぐ来意を告げたのに、納得できる説明をせず、制服の警察官に気付くと内ドアを急に閉めて押さえた警察官の前でとった行動
④目的質問を継続し得る状況を確保するため、押し開けて足を踏み入れ、閉められるのを防いだ→ 職務質問に付随するものとして適法な措置
  • ②と③の違い:②は警察官が客室を訪ねる前にそろっていた事情、③は警察官の前でとった行動です。判旨は②で通常の宿泊客ではないとし、②③の推移から疑いを深めるのは無理もないとしました。
    • 例:料金も払い、チェックアウト前で、ホテルから退去の要請も無い客が、ノックに応じず内ドアを閉めた → ②の事情が欠けます。意思に反して立ち入れないという原則の側に戻ります(この変形を判断した判例はありません)。
    • 例:「制服を見て慌てて閉めたから、通常の宿泊客ではなくなった」は順序の取り違えです。ドアを閉めた行動は、③で拾われています。
    • 例:「清涼飲料水を5缶も注文していたから、警察官が薬物を疑ったのは当然」は不正確 → 5缶の注文は、責任者が薬物を心配した理由です。判決は、巡査らがこれを責任者から具体的に聞いた形跡はないと認めています。
  • その後の立入り:殴りかかられた直後に内ドアの内側まで入ったことは、突然の暴行がきっかけなので、押し開けの結論を左右しないとされました。
    • 巡査らは反射的に対応するうち、不可避的に入る結果になったと認定されています。立入りを適法と判断したのではありません。

ホテルの客室で内ドアを押し開けた事件最高裁判所決定原則一般に、警察官が警察官職務執行法2条1項に基づき、ホテル客室内の宿泊客に対して職務質問を行うに当たっては、ホテル客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは、原則として許されないものと解される。例外と目的からの限定……被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。……質問を継続し得る状況を確保するため、内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したことは、警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして、適法な措置であったというべきである。

(1) なぜ「付随する行為」という受け皿が要るのか

  • 出発点:警職法2条1項を、強制に至らない有形力の行使を授けた権限創設規定とみる見解が多数です。この見解では、相手の権利・利益を侵す措置には法律の根拠が要ります。
  • 問題:条文の権限が「停止」だけなら、ドアの押し開けのような「停止」以外の実力措置は、根拠を欠きます。
  • 学説の答え:「停止」は例示にすぎず、質問の実施・継続に必要不可欠な措置なら、職務質問に付随する行為として許される、と一般に考えられています。
最高裁学説・解説書
言ったこと「職務質問に付随するものとして、適法な措置」まで。「例示」の語は無い「停止」は例示にすぎない。必要不可欠な措置なら付随行為
両者の関係解説書は、最高裁の判断も同じ理解によると読む
  • 答案:「判例は『停止』を例示にすぎないとした」とは書きません。「最高裁は付随する措置として適法とした」と書き、例示説は学説の理解として添えます。

付随行為の2段:必要不可欠か、なお相当か

「停止」以外の措置は、①質問の実施・継続に必要不可欠か、②それでも比例原則で相当か、の2段で測ります。約30分全裸のまま押さえ続けた行為は、職務質問に付随するものとしては許容限度を超えるとされました。

段問い認められる例認められない例
①付随するか質問の実施・継続に必要不可欠か(学説の物差し)閉まりかけたドアを押さえる/内ドアを押し開けて敷居に足を入れる(判例の事案。判旨は「付随するもの」とだけ述べる)質問を続けたいからと、部屋を歩き回って引き出しを開ける(質問の継続に必要不可欠とはいえないので、①の物差しでは入らない。持ち物を調べる行為として許されるかは、所持品検査の基準で別に測る)
②なお相当か比例原則(警職法1条2項)で、制約と必要性が見合うか内ドアの押し開け(解説書の当てはめ):左=内玄関・入口まで入られるプライバシーの制約/右=通常の宿泊客ではない・不合理な対応・閉じこもった相手から話を聞くほかの手段が無い → 相当約30分、全裸の相手をソファーに座らせて押さえ続け、衣服を着せる措置も採らない → 判例は「許容限度を超え」るとした
  • 30分の制圧の読み方:判旨は、限度を超えた理由を、行為の様子(約30分・全裸・衣服を着せる措置なし)以上には説明していません。
    • 制圧は殴りかかりへの対応として始まりました。判旨は(証拠を排除しない理由の中で)、警職法5条などによる制止とみる余地も挙げています。
    • 判旨は「職務質問に付随するものとしては」と、付随行為として測ったうえで限度を超えたとしました。どの段で落ちたかは示していません。
    • 型に当てるなら、①で落とす(衣服も着せずに全裸のまま約30分押さえ続けることは、質問の継続に欠かせない措置とはいえない)書き方も、②で落とす(必要性に比べて制約が重すぎる)書き方もありえます(このノートの整理)。判旨の文言からは、①②のどちらの趣旨かは決まりません。判旨が2段に分けて分析したのではありません。
    • 例:同じ部屋の中で評価が分かれます。内ドアを押し開けて敷居に足を入れた → 付随する適法な措置。殴りかかられ、とっさに腕をつかんで室内に入った → 突然の暴行がきっかけで、押し開けの結論を左右しない。そのまま約30分、全裸の相手を衣服も着せずに押さえ続けた → 付随するものとしては許容限度を超える。
    • 例:衣服を着せたうえで、数分間ソファーに座らせて質問を続けた → 時間も態様も軽くなり、限度内に収まる方向に動きます(判例の事案ではありません)。
  • 所持品検査:職務質問の相手の持ち物を調べる行為です。判例は「密接に関連し、必要性・有効性がある」として職務質問に付随して行うことができる場合があるとし、学説の①「必要不可欠」とは別の基準で測ります。承諾を得てその限度で行うのが原則としつつ、捜索に至らず、強制にわたらない限り、承諾が無くても、必要性・緊急性・権衡などを考えて相当と認められる限度で許される場合があるとしています(第7節)。
  • 財布の所持品検査:承諾は無かったものの、嫌疑が飛躍的に高まっていたことなどから、検査そのものは適法に行い得たとされました。
    • そのうえで判旨は、限度を超えた押さえ込みの下で行われた点が、検査の適否に「影響するところがある」と付け加えました。ただ、いずれにしても証拠の排除には結び付かない、としています(次の箇条)。
    • 例:相手が浴室に入ったすきに、ベッド脇のバッグを開けて中を見た → 質問の継続に必要不可欠とはいえないので、①の物差しでは入りません。持ち物を調べる行為は、所持品検査の基準で判断します。
  • 証拠は排除されなかった:限度を超えていても、見つかった証拠を違法収集証拠として排除することには結び付かない、とされました。
    • 殴りかかった点は公務執行妨害罪の疑いがあり、制止とみる余地や現行犯逮捕も考えられる状況だった。
    • 暴れる相手に対応するうち、結果として押さえ続けた。令状主義に関する規定を潜脱する意図の証跡も無い。
  • 公務執行妨害罪:職務を執行している公務員に、暴行・脅迫を加える罪です(刑法95条1項)。
  • 警職法5条の制止:犯罪がまさに行われようとしていて、人の生命・身体などに危険が及ぶおそれがあり、急を要するとき、警察官がその行為を止められる規定です。

ホテルの客室で内ドアを押し開けた事件最高裁判所決定付随行為にも限度があるなお、警察官らが約30分間にわたり全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかった行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えており、そのような状況の下で実施された上記所持品検査の適否にも影響するところがあると考えられる。

答案の型:4段

行政警察活動か → 強制処分か → 「停止」か付随行為か → 比例原則か、の順に問います。前回の3段の②と③の間に、1段差し込んだ形です。

段問い落ちたら
①行政警察活動か特定の犯罪の嫌疑がまだ明らかでない段階か明らかになっていれば捜査。197条1項と任意捜査の限界で判断
②強制処分に当たらないか時間の長さにも注意(第3節)警職法2条3項に反し直ちに違法。ここで終わる
③「停止」の枠か、付随する行為か(新設)「停止」に入らないなら、質問の実施・継続に必要不可欠か2条1項の根拠を欠く実力措置。権限創設規定説からは、法律の根拠の無い実力行使として違法
④比例原則を満たすか第4節の天秤(警職法1条2項)相当性を欠き違法
  • 所持品検査は別の基準:判例は所持品検査を「密接に関連し、必要性・有効性がある」として付随行為に入れており、「必要不可欠」の物差しでは測っていません(両者を分けて読むのはこのノートの整理)。③の「必要不可欠」をそのまま当てると、判例が許す所持品検査の一部まで違法になりかねません。
  • なぜ②の後に③か:強制処分なら②で終わります。任意処分と決まって初めて、2条1項の「停止」の枠か、付随行為かを問えます。
    • 例:「職務質問でも、強制処分に当たるなら令状を取ればよい」は誤り → 行政警察活動として行う限り、強制処分に当たれば②で直ちに違法です。令状で許される道があるのは、刑事訴訟法の捜査の場面です。
  • ③と④の違い:③は「根拠が無くて違法」、④は「根拠はあるが行き過ぎで違法」です。
    • 例:エンジンキーの取り上げは、③では「停止」させる方法の枠。ドアの押し開けは、止まらせる行為ではないので③の付随行為の枠。どちらも④の天秤は残ります。

ページ上部へ ↑

#20単独ページ動画

捜査の端緒②所持品検査

骨格条文が無いのに、なぜ鞄を調べられるのか

  • 1 出発点:所持品検査を一般に許す条文は無い → 判例は、2条1項の職務質問に付随する行為として認めた。
    • 学説の批判:質問に不可欠とはいえない。有力説は、凶器などを持つ蓋然性があるときに、外から触れる程度までしか認めない。
  • 2 3つの問い(判例の原則・例外・限度を、問う順に並べたもの)
    • ①承諾があるか → あれば、その限度で適法。
    • ②「捜索」に至るか・「強制」にわたるか → 当たれば直ちに違法(警職法2条3項)。
    • ③相当か → 必要性・緊急性と侵害を比べる(警職法1条2項)。
  • 3 問い②の物差し(解説書の整理):「捜索」=行為の中身/「強制」=行為に伴う圧力。開披を拒み続けた相手のバッグを開けた行為も、判例は適法とした。
    • 「捜索」の目印(一つの見解):①探索的な行為 ②解錠・開封。
  • 4 問い③の天秤:左=踏み込みの深さ・出方/右=嫌疑・重大性・凶器の疑い・挙動・緊急性。
  • 5 2つの事件:チャックを開けて一べつ=適法/内ポケットに手を入れて取り出す=違法(必要性は認めたが、侵害が高く捜索に類する)。
    • アタッシュケースのこじ開けは、所持品検査ではなく、逮捕の現場での捜索手続と同一視された。
  • 6 違法と証拠は別の問い:検査は違法でも、ポケットの事件は覚醒剤、自動車の事件は尿の鑑定書の証拠能力が肯定された。

⚠ 拒否に反して開けた≠強制/「捜索に類する」=捜索ではない(③で違法)/ポケットの事件を「凶器の可能性が低い・代替手段があった」で説明するのは解説書の当てはめで、判旨の理由ではない

出発点:所持品検査を許す条文は無い

条文が無いので、最高裁は所持品検査を「職務質問に付随する行為」として認めました。

(1) 条文を探しても届かない

  • 前提:所持品検査を認めた条文は、警職法2条4項と銃刀法24条の2しかありません。どちらも、対象が絞られています。
警職法2条1項警職法2条4項銃刀法24条の2第1項
対象不審な人刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者銃刀類を持つと疑う相当な理由があり、他人の生命・身体に危害を及ぼすおそれがある者
できること停止させて質問する身体に凶器が無いか調べる疑わしい物を提示させ、開示させて調べる
職務質問中のバッグ調べる権限は書いていない逮捕前なので使えない銃刀類の疑いに限られる
  • 職務質問中の相手の持ち物:2条1項は止めて質問できるだけ、2条4項は逮捕の後、銃刀法は銃刀類の疑いと危害のおそれがあるときだけです。ふつうの職務質問の場面で持ち物を調べる条文はありません。
    • 例:刃物を振り回していたという通報に合う男が、上着の膨らみを押さえてそわそわしている → 銃刀類の疑いと危害のおそれがあるので、銃刀法で膨らみの中身を出させて調べられます。
    • 例:同じ男でも、疑いが「覚醒剤を持っていそう」だけなら → 銃刀法も2条4項も使えません。判例の付随行為の枠で判断するしかありません。
    • 例:「凶器を持っていそうなら、2条4項で職務質問中に身体を調べられる」は誤り → 2条4項は逮捕されている者の規定です。

2条(質問)(抜粋)|警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。4項:警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

24条の2(銃砲刀剣類等の一時保管等)(抜粋)|銃砲刀剣類所持等取締法 第四章 雑則(21条の2〜30条の3)1項:警察官は、銃砲刀剣類等を携帯し、又は運搬していると疑うに足りる相当な理由のある者が、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して他人の生命又は身体に危害を及ぼすおそれがあると認められる場合においては、銃砲刀剣類等であると疑われる物を提示させ、又はそれが隠されていると疑われる物を開示させて調べることができる。

(2) 判例の橋と、学説の2つの見方

立場所持品検査の根拠承諾なしでできる範囲
最高裁口頭の質問と密接に関連し、職務質問の効果をあげるうえで必要性・有効性がある → 質問に付随してできる場合がある次の第2節の問い②③を通れば、チャックを開けて一べつすることも認めうる
批判(学説)所持品検査は、質問の実施・継続に不可欠とまではいえない。それなのに付随行為に入れた—
有力説警察官や周りの人の安全は、質問の不可欠の前提。凶器などを持つ蓋然性があり、安全を守る必要があれば、承諾なしの検査も付随行為外から触れて確かめる程度まで
  • 線の引き方:批判と有力説は、その行為が無いと質問そのものができないか(不可欠か)で、付随行為の範囲を考えます。
    • 例:質問を続けるために、閉まりかけたホテルの部屋のドアを押し開ける → これが無いと質問そのものができない=不可欠な行為です。
    • 例:承諾なしにバッグを開けて中を見る → 見られなくても質問は続けられる=不可欠とはいえません。
    • 例:凶器の疑いが強い相手の上着を外から軽く叩く → 有力説でも判例でも許される余地があります。施錠されていないチャックを開けて中をちらっと見る → 有力説では範囲外ですが、判例の枠では認められうる行為です。

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決判例が置いた橋警職法は、その二条一項において同項所定の者を停止させて質問することができると規定するのみで、所持品の検査については明文の規定を設けていないが、所持品の検査は、口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果をあげるうえで必要性、有効性の認められる行為であるから、同条項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があると解するのが、相当である。

判断の流れ:3つの問い

判例の「原則・例外・限度」は、承諾 → 捜索・強制 → 相当性の順に問う、1本の流れです。

問い判例の言葉答え
① 承諾があるか(原則)所持人の承諾を得て、その限度で行うのが原則ある → 承諾の限度で適法 / ない → ②へ
② 「捜索」に至るか・「強制」にわたるか(例外の条件)捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、許容される場合がある当たる → 直ちに違法 / 当たらない → ③へ
③ 相当か(限度)必要性、緊急性、害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度相当 → 適法 / 相当でない → 違法
  • ①から順に問う:承諾がある部分は、①だけで適法です。承諾の外に出た部分だけを、②③で問います。
    • 例:「中を見せてください」と頼み、相手が自分でファスナーを開けて上の段を見せた → ①承諾の限度で適法。見せていない下の段に警察官が手を入れれば、承諾の外なので②③に進みます。
    • 例:巡査部長が他の警察官に「相手は承諾しているから」と車内をもう一度よく見るよう指示し、4人で座席を動かして探した。運転者は黙って眺めていた → 承諾が無ければ許容限度を超える調べ方でした。任意の承諾は無かったとする原審の判断を最高裁は是認し、違法としました(自動車の中を調べた事件)。黙って眺めていたことは、承諾とは扱われていません。
    • 例:承諾なしに、上着の外から軽く触れた → ②捜索にも強制にも当たりにくい。それでも承諾が無いので、③相当性の判断は必要です。
  • 入れ子の関係:原則を例外が開き、開いた余地を限度が締め直します。並列の3要件ではありません。
    • 例外で開く理由:職務質問・所持品検査は、犯罪の予防・鎮圧のための行政警察の活動です。承諾が無ければ一切だめとすると、動いている事態に迅速に対応できません。
    • 限度で締める理由:所持品について捜索・押収を受けない権利は、憲法35条が保障しています。捜索に至らない行為でも、受ける者の権利を害します。

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決原則所持品検査は、任意手段である職務質問の附随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て、その限度においてこれを行うのが原則であることはいうまでもない。例外しかしながら、職務質問ないし所持品検査は、犯罪の予防、鎮圧等を目的とする行政警察上の作用であつて、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正にこれを処理すべき行政警察の責務にかんがみるときは、所持人の承諾のない限り所持品検査は一切許容されないと解するのは相当でなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査においても許容される場合があると解すべきである。限度もつとも、所持品検査には種々の態様のものがあるので、その許容限度を一般的に定めることは困難であるが、所持品について捜索及び押収を受けることのない権利は憲法三五条の保障するところであり、捜索に至らない程度の行為であつてもこれを受ける者の権利を害するものであるから、状況のいかんを問わず常にかかる行為が許容されるものと解すべきでないことはもちろんであつて、かかる行為は、限定的な場合において、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度においてのみ、許容されるものと解すべきである。

35条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

  • 相当性は4つ目の要素ではない:必要性・緊急性・権衡「など」を考慮した結論が「相当と認められる限度」です。「必要性・緊急性・相当性の3要件」と並べると、相手が受ける侵害(害される個人の法益)と比べる作業が落ち、必要性・緊急性さえあれば足りるように読めてしまいます。
  • 問い②と③の分け方は、学説の分析です(最高裁の基準をこう分析する)。
    • 強制処分=相手の明示・黙示の意思に反して、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約する処分です(解説書は、刑訴法上の強制処分と同じ考え方とします)。任意処分=それ以外の処分です。意思に反していても、重要な権利・利益の実質的な侵害・制約に至らなければ任意処分です(チャックを開けて一べつした程度は至らない、と解説書は当てはめます)。
    • 問い②は、所持品検査が強制処分に当たるかを、「捜索」(行為の中身)と「強制」(行為に伴う圧力)の2つの面から見る物差しです。どちらかに当たれば強制処分、どちらにも当たらなければ任意処分で③に進みます。判旨の「強制にわたらない限り」の「強制」は、解説書の区別では、このうち圧力の面だけを指す言葉で、強制処分そのものとは別です。
    • ②で違法=強制処分に当たる。職務質問の相手は「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り」身柄の拘束・連行・答弁の強要を受けない(警職法2条3項)。この列挙は例示と解され、強制処分に当たる行為一般が許されないので、直ちに違法です。行政警察の場面なので、捜査のように令状で正当化する道はありません。
    • ③で違法=任意処分のまま、相当性を欠く。根拠は、警察の手段は必要な最小の限度で用いるという警職法1条2項です。

2条(質問)(抜粋)|警察官職務執行法3項:前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

1条(この法律の目的)(抜粋)|警察官職務執行法2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

問い②:「捜索」か、「強制」か

「捜索」は行為そのものの中身を、「強制」は行為に伴う圧力を問う、と区別して考えます。どちらか一方に当たれば違法です。

  • 前提:刑事訴訟法の捜索=人の身体・物・住居などについて、押収すべき物や人を見つけるために探す強制処分です。原則として令状が要ります(憲法35条・刑訴法218条1項)。
解説書の区別「捜索」「強制」
何を問うか行為の中身行為に伴う圧力
基準刑事訴訟法の強制処分としての捜索と同視できるか意思を制圧する強要的な言動や、抵抗を排除する有形力があったか
典型施錠されたケースをこじ開ける/中を一つ一つ探る所持品には触れず、身体を押さえつけて本人に出させる
  • 分けて問う意味:警察官が自分で探らなくても、圧力で出させれば「強制」にわたります。
    • 例:相手の両腕を後ろから押さえたまま「ポケットの物を出せ」と言い、やむなく出させた → 警察官は探っていなくても、抵抗を封じる有形力で出させたので「強制」にわたります。
    • 例:「はっきり断っているのに開ければ強制」は誤り → チャックの事件では、何度も開披を拒んでいた相手のバッグを承諾なく開けた行為が、適法とされました。判旨は強制に当たらないとは明示せず、相当性の判断に進んでいます(強制に当たらないとする当てはめは解説書による)。
      • 「強制」は、意思を制圧する言動や抵抗を排除する有形力があったかで見ます(解説書の区別による)。承諾が無いことだけでは足りません(承諾が無いことは、問い①で②③へ進む理由になっています)。
    • 例:「いいかげんに出してくれ」と強く言っただけ → ポケットの事件でもこうした言葉が使われましたが、最高裁は(証拠能力を判断する部分で)「強制等のされた事跡も認められない」としました。
  • 注意:判例は2つの言葉を並べただけで、定義していません。両者を区別しない見解もあります。

(1) 「捜索」の目印(一つの見解)

最高裁の立場は明確ではありません。学説では、事案の分析を通じて、次のどちらかがあれば「捜索」に当たるとする見解があります。

  • ①探索的な行為:物が何かを確かめるだけでなく、証拠品が無いか一つ一つ調べていく動き。
  • ②解錠・開封:鍵を開ける・封を切る動き。施錠されていないチャックを開けることは、これに当たりません。
事案行為裁判所の評価
チャックの事件施錠なしのチャックを開けて一べつ相当=適法(最高裁)。捜索に至らないことは、相当性の判断に進んだことからの理解
アタッシュケース施錠されたケースをドライバーでこじ開ける逮捕の現場での捜索手続と同一視しうる(最高裁)
ポケットの事件外から触れて分かった固い物を、内ポケットに手を入れて取り出す「捜索に類する」=捜索そのものではない。相当性を欠き違法(最高裁)
自動車の事件懐中電灯を使い、座席を動かして車内を丹念に調べる最高裁は「捜索」の語を使わず、許容限度を超え違法とした。原審は「捜索に等しい」と評価
東京高判平30・3・2投げたバッグを拾い、中身を一つずつ取り出し、封筒の中まで確かめた無令状の捜索=重大な違法で、証拠を排除(解説書の紹介による)
大阪高判平28・10・13車内の財布・ポーチのチャックを次々に開けて取り出し、中の缶まで開けた一連として手当たり次第の検索=重大な違法で、証拠を排除(解説書の紹介による)
  • 表の読み方:同じように閉じた物を開ける行為でも、施錠・封の有無と、探し回るかどうかで評価が分かれます。最高裁の言葉と、学説・下級審の言葉も分けて読みます。
    • 例:「閉じている物を開けたら捜索」は誤り → 施錠なしのチャックを開けても、捜索に至らないとされました。②に当たるのは、ダイヤル錠のスーツケースを工具で開ける、封をした封筒を切る、といった動きです。
    • 例:同じ「チャックを開ける」でも、1つ開けて一べつ(適法)と、次々に開けて中身を取り出して回る(大阪高判・違法)とで、評価が分かれます。大阪高判は「捜索」と言ったのではなく、一連として手当たり次第の検索でプライバシー侵害が高いとしました。上の見解でいえば、①探索的な行為の具体像です。
    • 例:自動車の事件の最高裁は「捜索に当たる」と言っていません。「原審を否定しなかった」を「捜索と認めた」と読み替えないようにします。

自動車の中を調べた事件最高裁判所決定最高裁が言ったこと警察官が本件自動車内を調べた行為は、被告人の承諾がない限り、職務質問に付随して行う所持品検査として許容される限度を超えたものというべきところ、右行為に対し被告人の任意の承諾はなかったとする原判断に誤りがあるとは認められないから、右行為が違法であることは否定し難い……

問い③:相当か(天秤)

左の皿(侵害)と右の皿(必要性)を比べます。判旨の「必要性、緊急性」「保護されるべき公共の利益」が右、「害される個人の法益」が左、「権衡」が比べる作業です。

  • 天秤の中身は学説の整理です。判旨が挙げた要素そのものではありません。
  • 左の皿で守られているもの:チャックの事件の判旨は「害される個人の法益」とだけ言い、何の法益かは明言していません。所持品に対するプライバシーと理解されています。ポケットの事件の判旨は、ポケットに手を入れる行為を「プライバシイ侵害の程度の高い行為」と評価しました。
  • 右の皿:職務質問は捜査ではないので、犯罪の予防まで含む、警察目的から見た広い必要性です。緊急性も、広い意味の必要性に含まれます。

(1) 踏み込みのはしご(左の皿①)

段行為扱いこの回の事案
①外から観察して、中身を質問する職務質問の一環として許される
②開けて見せるよう求め、承諾を得て確認する同上(問い①)
③承諾なしに、外から触れるここから問い②③の対象有力説の限界/ポケットの事件の前半
④承諾なしに、チャック等を開ける同上チャックの事件(適法)
⑤承諾なしに、バッグ等に手を差し入れる同上
⑥承諾なしに、着衣のポケット等に手を差し入れる同上ポケットの事件(違法)
  • 段が上がるほど左の皿は重くなり、「捜索」にも近づきます。
    • 例:同じ「承諾なし」でも、コートの外から触れる → 手提げのファスナーを開けて見る → 手提げに手を入れてかき回す → ズボンのポケットに手を入れる、の順に左の皿が重くなります。

(2) 天秤に乗せる事情

左の皿:侵害・制約の程度右の皿:所持品検査の必要性
①箇所・態様(前の表のはしご)①嫌疑の有無・程度
②警察官の出方:いきなり強く出た方が、説得を重ねてから強めたより重い②犯罪の重大性
③物件、特に凶器を持つ疑い
④不審な挙動
⑤その場で行う緊急性(代わりの手段が無いか)
  • 左②警察官の出方:同じ行為でも、そこに至るまでの経過で重さが変わります。解説書は、いきなり強権的に行った場合は、説得から入って段階的に強めた場合より、プライバシーの侵害・制約が大きいとします。
    • 例:声をかけた直後に説明なくバッグを開けた場合と、長く説得して拒まれ続けてから開けた場合 → 開け方が同じでも、前者の方が左の皿②は重くなります。
  • 右③凶器の疑い:侵害の大きい検査の相当性を認めるための、重要な要素とされています。
    • 薬物など違法な物を持つ疑いにとどまるときは、侵害の大きい検査は相当性を欠き違法とされることが多い、と整理されています。
    • 例:刃物で人を刺した直後の犯人に似た男と、薬物の前歴があるだけの男に、同じくポケットに手を入れた → 前者は右の皿③が重く相当の方向へ、後者は相当性を欠く方向へ動きます(結論は事案次第)。
  • 右⑤緊急性:その場で調べるほかに手が無いかを見ます。
    • 例:人混みの駅で爆発物の疑いがある → その場で調べるほかに手が無く、右の皿⑤は重い。落ち着いて応答している相手の薬物の疑い → なお説得を続けられ、⑤は軽い。

2つの事件を3つの問いに当てる

チャックの事件は侵害が小さく必要性が強いので適法。ポケットの事件は必要性を認めつつ、侵害が高く捜索に類するので違法です。

事実チャックの事件(最判昭53・6・20)

  • 猟銃とナイフを使った銀行強盗が起き、警察は緊急配備を敷いて検問をしていました。
  • タクシー運転手の通報に合う白い乗用車に、手配の人相に似た男2人が乗っていたので、職務質問を始めました。
  • 2人は黙秘し、バッグとアタッシュケースを開けるよう求められても拒み続けました。近くの営業所で約30分求め続けても変わらず、警察署へ同行した後も黙秘が続きました。
  • 警察官が承諾のないままボーリングバッグのチャックを開けると、大量の紙幣が見えました。施錠されたアタッシュケースはドライバーでこじ開け、帯封付きの札束が見えたので、緊急逮捕しました。

事実ポケットの事件(最判昭53・9・7)

  • 覚醒剤事犯・売春事犯の多い地域で、パトカーが近づくと車が発進しました。客引きの疑いで職務質問を始めると、車内に組の名前入りの物や賭博道具が見え、落ち着きのない態度と青白い顔色から覚醒剤の疑いも生じました。
  • 所持品の提示を拒み、そばにいた遊び人風の男たちが「お前らそんなことする権利あるんか」と食ってかかりました。本人が右の内ポケットから出したのは、目薬とちり紙だけでした。
  • 警察官が「他のポケットを触らせてもらう」と言って外から触ると(本人は何も言わなかった)、左の内ポケットに刃物ではない固い物がありました。
  • 提示を求めても黙っているので、「それなら出してみるぞ」と言い、承諾なく内ポケットに手を入れて取り出すと、覚醒剤などが見つかり、現行犯逮捕しました。
問いチャックの事件ポケットの事件
① 承諾無い(開披を拒み続けていた)無い(不服らしい態度を示し、明確な承諾は無い)
② 捜索・強制当たらない(判旨は明示せず相当性へ進んだ=解説書の当てはめ)「捜索に類する」=捜索そのものではない(通常の理解)
③ 右の皿(判旨)重大な強盗・濃厚な容疑・凶器を持つ疑いもあった・黙秘と再三の拒否 → 緊急性、必要性が強かった覚醒剤の容疑はかなり濃厚・職務質問に妨害が入りかねない → 必要性・緊急性は肯認しうる
③ 左の皿(判旨)内部を一べつしたにすぎない → 侵害はさほど大きくないプライバシー侵害の程度が高い・態様が捜索に類する
結論相当と認めうる=適法相当とは認めがたい=違法
証拠(アタッシュケース分も)排除せず違法だが、証拠能力は肯定(第6節)
  • 判旨が違法にした理由は左の皿:ポケットの事件の最高裁は、必要性・緊急性を認めたうえで、侵害の高さと捜索に類する態様を理由にしました。
    • 例:「必要性・緊急性が認められれば適法」は誤り → ポケットの事件は必要性・緊急性を認めたうえで違法です。右の皿が重くても、左の皿がそれ以上に重ければ釣り合いません。
    • 例:「侵害が重い方が必ず違法」も誤り → 相当かどうかは両方の皿の比べ合いです。ポケットに刃物のような硬い感触があり、その場で調べるほかに手が無いなら、右の皿③⑤が重くなり、天秤の傾きは変わりえます。
  • 解説書の当てはめ(判旨ではない):ポケットの事件は、凶器の可能性が低く、なお説得を続けて提示を求める手があった、として右の皿③⑤の弱さも挙げます。チャックの事件では、説得を重ねて段階的に強めた、代わりの手段も無かった、と当てはめます。答案で使うときは、判旨と区別して書きます。

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決チャック開披は相当これを本件についてみると、所論のB巡査長の行為は、猟銃及び登山用ナイフを使用しての銀行強盗という重大な犯罪が発生し犯人の検挙が緊急の警察責務とされていた状況の下において、深夜に検問の現場を通りかかつたA及び被告人の両名が、右犯人としての濃厚な容疑が存在し、かつ、兇器を所持している疑いもあつたのに、警察官の職務質問に対し黙秘したうえ再三にわたる所持品の開披要求を拒否するなどの不審な挙動をとり続けたため、右両名の容疑を確める緊急の必要上されたものであつて、所持品検査の緊急性、必要性が強かつた反面、所持品検査の態様は携行中の所持品であるバツグの施錠されていないチヤツクを開披し内部を一べつしたにすぎないものであるから、これによる法益の侵害はさほど大きいものではなく、上述の経過に照らせば相当と認めうる行為であるから、これを警職法二条一項の職務質問に附随する行為として許容されるとした原判決の判断は正当である。

上着のポケットに手を入れた事件最高裁判所判決ポケットに手を入れた行為は違法被告人の承諾がないのに、その上衣左側内ポケツトに手を差し入れて所持品を取り出したうえ検査した同巡査の行為は、一般にプライバシイ侵害の程度の高い行為であり、かつ、その態様において捜索に類するものであるから、上記のような本件の具体的な状況のもとにおいては、相当な行為とは認めがたいところであつて、職務質問に附随する所持品検査の許容限度を逸脱したものと解するのが相当である。

  • 学説の批判:ポケットに手を入れるのは「捜索」そのものなのに、「捜索に類する」と曖昧に表現したので、何が「捜索」かの基準が不明確になった、という批判があります。
    • この批判に立って解説書の枠組みに当てはめると、ポケットの事件は②(捜索=強制処分)で直ちに違法になるはずです。判旨は侵害の程度の高さと「捜索に類する」態様を挙げつつ、捜索とはせず、③の相当性で違法にしました(通常の理解)。何が「捜索」に当たるかについての最高裁の立場は明確とは言いがたい、と解説書は書きます。

(1) アタッシュケースは別の受け皿

施錠されたアタッシュケースのこじ開けは、所持品検査として相当とされたのではありません。

ボーリングバッグの開披→アタッシュケースのこじ開け
所持品検査(付随行為)として適法紙幣を見つけた時点で、緊急逮捕できる要件がすでに整った逮捕の現場で時間的に接着して行われた捜索手続と同一視しうる → 証拠は排除しない
  • 逮捕に伴う捜索・差押え(220条1項2号・3項):被疑者を逮捕する場合に必要があれば、逮捕の現場で、令状が無くても捜索・差押えができる制度です。
  • こじ開けは緊急逮捕の手続より先でしたが、要件が整い、ごく接着した時間に同じ現場で逮捕したので、この捜索と同一視しうるとされました。
    • 例:バッグから何も出ず、まだ緊急逮捕の要件が整っていない段階で、施錠されたケースをこじ開けた → 判例が同一視した前提(要件が整っていた・同じ現場・時間的に接着)が欠けます。所持品検査としても、解錠を伴うので「捜索」に当たる方向です(この変形の結論を示した判例はありません)。

バッグのチャックを開けた事件最高裁判所判決アタッシュケースは別の受け皿前記ボーリングバツグの適法な開披によりすでにAを緊急逮捕することができるだけの要件が整い、しかも極めて接着した時間内にその現場で緊急逮捕手続が行われている本件においては、所論アタツシユケースをこじ開けた警察官の行為は、Aを逮捕する目的で緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続と同一視しうるものであるから、アタツシユケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず

(2) エックス線検査とは矛盾しないか

  • 疑問:チャックを開けて中を見ても任意処分なのに、荷物に外からエックス線を当てる検査は、強制処分とされました(最決平21・9・28)。逆転していないか、という批判があります。
  • エックス線の判例:宅配便の荷物を承諾なく透視すると、形状・材質がうかがえ、内容物によっては品目まで相当程度具体的に特定できる → プライバシーを大きく侵害する、検証としての性質を持つ強制処分。検証許可状を得られたのに得ずに行ったので違法とされました。
  • 反論:エックス線は中身を特定できるので、梱包を解いて確かめたのに等しい、という点を重視した。だから両者は整合する、と読みます(判旨の文言ではなく、反論側の読み)。
  • 場面の違い:エックス線は捜査で、許可状を取る道がありました。所持品検査は行政警察の場面なので、強制処分に当たれば直ちに違法です(第2節)。

違法でも、証拠は使えることがある

所持品検査が違法かどうかと、見つかった物を証拠に使えるかどうかは、別の問いです。まず検査の適否(3つの問い)、次に違法の重さと証拠を排除すべきかを考えます。

  • ポケットの事件:許容限度を超えて違法としつつ、覚醒剤の証拠能力は肯定しました。
    • 理由:職務質問の要件も必要性・緊急性もあった。諾否の態度がはっきりしない相手に、許容限度を「わずかに超えて」行ったにすぎない。令状主義を潜脱する意図も、強制等のされた事跡も無い → 違法は重大でない。
  • 自動車の事件:最高裁が証拠能力を判断したのは、車内で見つかった覚醒剤を理由に任意同行・現行犯逮捕し(この逮捕も違法とされた)、その後に採尿して得た尿の鑑定書です(車内の覚醒剤そのものは判断していません)。
    • 前の手続(車内の検査)が違法だと、それに続いて得た証拠も使えるかが問われます。
    • 車内の検査は違法としつつ、覚醒剤の嫌疑・必要性・緊急性があり、明示の異議も無かったことなどから違法の程度は大きくないとしました。採尿手続も違法性を帯びるとしつつ、同行・採尿に任意に応じていたことなどを併せ、その違法はいまだ重大でないとして、尿の鑑定書の証拠能力を肯定しました。
  • 下級審の2件(第3節の表)は、重大な違法として証拠を排除しています。

ページ上部へ ↑

#21単独ページ動画

捜査の端緒②自動車検問

自動車検問とは:3つの類型

警察官が道路で車を止めて調べる活動を、自動車検問といいます。目的によって3つに分かれます。

  • 自動車検問:警察官が、犯罪の予防・検挙のために、走っている自動車を止め、車内を見分し、運転者などに質問する活動です。
    • 見分:外から中を見て調べることです。
類型目的
①交通検問交通違反の予防・検挙(例:スピード違反、飲酒運転)
②警戒検問不特定の犯罪一般の予防・検挙
③緊急配備検問特定の犯罪が起きた後(例:銀行強盗の直後)に、その犯人を検挙し、あわせて手がかり・情報を集める
  • ②と③の違い:犯罪が起きたかどうかではなく、狙う犯罪が特定されているかどうかです。
  • 最高裁が判断したのは①交通検問:この回の中心は交通検問です。②③への広がりは第10節で扱います。
  • 一斉検問:不審な点があるかどうかにかかわらず、通りかかる車を全部止める検問です。
    • 不審な点が何も無い相手も止めます。それを正面から認める明確な条文は、警職法にも警察法にもありません。
    • 最高裁は、5つの要件を満たす一斉検問を適法としました(第6節)。ただ、なぜ許されるのかという根拠の議論は、決着していません。

一斉検問は、職務質問の枠に乗らない

警察官が人を止めて質問する権限は、警職法2条1項にあります。一斉検問は、この条文の要件にも、付随行為という考え方にも乗りません。

警職法2条1項一斉検問の実態
絞り方異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して、疑うに足りる相当な理由がある人不審点の有無にかかわりなく、通過する車を全部止める
付随行為「質問」という条文上の権限に、付け加える形で認める質問の相手だと確定する前の段階で、車を止める行為そのもの
  • 要件に乗らない:職務質問は、1人ひとりについて、挙動や事情から疑いがあるかを判断します。
    • 一斉検問では、その判断の材料は、車を止めてみて初めて出てきます。要件を判断する前段階の行為です。
  • 付随行為:条文に無い行為を、条文にある「質問」の権限に付け加わる行為として認める考え方です。
    • 例:所持品検査(職務質問の相手の持ち物を調べること)は、質問の相手だと確定した人に対して、質問に付け加える形で行われます。
  • 付随行為にも乗らない:一斉検問では、付け加える先の「質問」が、まだ始まっていません。

2条(抜粋)|警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。

学説①:警察法2条1項を根拠にする考え方

一斉検問の根拠の1つ目の候補は、警察法です。警察法は、警察という組織のあり方を定めた法律です。

  • 学説①(警察法説):警察法2条1項は、警察の責務に「交通の取締」を挙げています。一斉検問も、この責務を果たす活動の1つとして認められる、と考えます。
    • 責務の遂行として説明するので、個人ごとの挙動不審は問題になりません。
  • 警察法2条2項:警察の活動は、責務の範囲に厳格に限られ、権限を濫用してはならない、と定めます。第5節の最高裁の決定で使われます。

2条(警察の責務)|警察法 第一章 総則(1〜3条)1項:警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。2項:警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。

(1) 批判:組織規範は、権限の根拠にならない

学説①には、「その条文は組織の役割分担を書いただけだ」という強い批判があります。法律の規定を2種類に分けて考えます。

組織規範行為規範(授権規範)
何を定めるか役所や公務員の内部の役割分担・担当する仕事国民に対して具体的に何をしてよいかの要件と効果
例警察法2条1項の責務の列挙警職法2条1項の質問・停止の要件
  • 批判の中身:警察法2条1項は、組織規範にとどまります。そこから、個人に対して権限を使う根拠(根拠規範)は引き出せません。
    • 目印:会社の規則に「営業部は顧客対応を担当する」とあっても、営業部員が顧客の家に無断で上がり込んでよいことにはなりません。
    • 「警察は交通の取締をする」と書いてあるだけで、個人を強制的に止めてよい、とまでは言っていません。
  • 組織の仕事を書いた条文と、個人に対する権限の行使を認める条文は別物です。この区別は、行政法や憲法の授権規範をめぐる議論にも共通します。

(2) 権限創設規定か確認規定かの対立とのつながり

組織規範批判は、警職法2条1項の性質をめぐる対立にもつながります。

多数説(権限創設規定)実務家中心の見解(確認規定)
2条1項の性質強制に至らない限度で有形力を使う権限を与えた規定警察官が当然にできる活動を確認しただけの規定
理由権利・利益を侵害する行政活動には法律の根拠が要る(法律の留保)。それが2条1項2条1項は確認にすぎず、権限を作ったものではない
一斉検問権利・利益の侵害を伴うので、根拠なしに行えば法律の留保に反して違法、という立場に結びつきやすい警察法2条1項を根拠に許される、という立場に結びつく
  • 両説に共通する点:純粋な任意処分なら法律の根拠は要りません。違いは、権利・利益の侵害を伴う場面の根拠です。
  • 確認規定説と組織規範批判:確認規定説は、一斉検問の根拠を警察法2条1項に求めます。そのため、学説①と同じく組織規範批判に当たります。

学説②:警職法2条1項から広げる考え方

根拠の2つ目の候補は、警職法2条1項そのものを広げる考え方です。

中身
学説②(警職法説)車は走行中で、外から中の様子が見えにくい。いったん止めてみるまで、挙動不審の要件を満たすか判断できない。だから、要件を確かめる前提として、通りかかる車をすべて止めてよい
批判挙動不審でない車まで止めてよいと言える理由に乏しい
  • 批判の理由:「止めてみないと分からないから」だけでは、挙動不審という要件を空文化します。
    • 空文化:要件があってもなくても同じになることです。
  • 学説①(警察法から借りる)も、学説②(警職法を広げる)も、どちらにも弱点があります。

最高裁の決定(前段):任意手段なら一般的に許容、ただし無制限ではない

道路交通法違反に問われた被告人が上告した事件です。最高裁が検問の適否を判断したのは、上告理由に答えたからではなく、職権によるものです。

  • 上告理由には当たらない:上告できる理由は、憲法違反と判例違反にほぼ限られます(405条)。検問は違法だという被告人側の主張は、実質は法令違反の主張にすぎず、上告理由に当たりません。本来は、これだけで上告棄却です。

  • それでも判断できた根拠:上告理由がなくても、判決に影響する法令違反があり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するときは、最高裁は職権で原判決を破棄できます(411条)。判示が「所論にかんがみ職権によつて」で始まるのは、この破棄の事由がないかを確かめるために、検問の適否を取り上げたからです。

  • 結論:検問は適法とされたので破棄する理由はなく、上告は棄却されました。

  • 押さえ方:一斉検問の枠と5つの要件は、この職権判断の中で示されたものです。職権判断で示された規範も、判例としての重みは変わりません。

  • 判示の2段:前段が「どこまでなら許されるか」という枠、後段が5つの要件です(第6節)。

部品中身支える条文
出発点交通の安全・交通秩序の維持に必要な警察の活動は、一般的に許容されるべき警察法2条1項(「交通の取締」)
条件強制力を伴わない任意手段による限り
歯止め国民の権利・自由の干渉にわたるおそれがあるときは、任意手段でも無制限には許されない警察法2条2項(権限濫用の禁止)、警職法1条(比例原則の明文)
  • 比例原則:手段は、目的のために必要な最小の限度で使わなければならない、というルールです(警職法1条2項)。

自動車検問事件最高裁判所決定一般的に許容されるが無制限ではないなお、所論にかんがみ職権によつて本件自動車検問の適否について判断する。警察法二条一項が「交通の取締」を警察の責務として定めていることに照らすと、交通の安全及び交通秩序の維持などに必要な警察の諸活動は、強制力を伴わない任意手段による限り、一般的に許容されるべきものであるが、それが国民の権利、自由の干渉にわたるおそれのある事項にかかわる場合には、任意手段によるからといつて無制限に許されるべきものでないことも同条二項及び警察官職務執行法一条などの趣旨にかんがみ明らかである。

1条(抜粋)|警察官職務執行法2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

(1) 「言及」と「根拠」を分ける

決定は警察法2条1項に触れています。それでも、この条文を一斉検問の法的根拠にした、とは言いがたいと理解されています。

「言及した」「根拠にした」
決定の本文中に、その条文の名前が出てくるという事実だけその条文が無ければ結論が成り立たないといえて、初めて言える
  • 学説の理解:この決定は、警察法2条1項に触れてはいます。しかし、一斉検問を認める権限の根拠として用いたとまでは読み取れません。
    • 最高裁自身が「根拠にしていない」と述べたわけではありません。決定の読み方です。
  • 理由:決定の結論は、本件の検問を適法とした判断です。
    • 「一般的に許容」は、そこへ行く前の、警察の活動一般についての一般論(出発点)です。
    • 結論を支えているのは、「任意手段による限り」という限定、警察法2条2項・警職法1条の歯止め、そして後段の5つの要件です。
  • 学説①との違い:出発点は学説①と同じ条文です。ただ、学説①のように、その条文だけで一斉検問を認めてはいません。

最高裁の決定(後段):理由づけと5つの要件

後段では、なぜ運転者が協力すべきかを述べたうえで、一斉検問が適法になる要件を示しました。

  • 理由づけ:自動車の運転者は、公道で自動車を使うことを許されている以上、当然の負担として、合理的に必要な限度の交通の取締に協力すべきです。
    • 現在の交通違反・交通事故の状況も考え合わせています。
    • 公道を走る以上、ある程度の負担は受け入れる、という発想です。
#キー決定の言葉
①場所交通違反の多発する地域等の適当な場所において
②目的交通違反の予防、検挙のため
③停止の求め方走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて
④任意の協力相手方の任意の協力を求める形で行われ
⑤不当な制約にならない方法自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる
  • 番号:決定の本文には無く、覚えるための整理です。
  • ③:「短時分」は、短い時間という意味です。最高裁自身が、不審点を要求しないことを前提に要件を組み立てています。
  • ④:第7節の有力説で、いちばん効いてくる要件です。

自動車検問事件最高裁判所決定理由づけ・5要件しかしながら、自動車の運転者は、公道において自動車を利用することを許されていることに伴う当然の負担として、合理的に必要な限度で行われる交通の取締に協力すべきものであること、その他現時における交通違反、交通事故の状況などをも考慮すると、警察官が、交通取締の一環として交通違反の多発する地域等の適当な場所において、交通違反の予防、検挙のための自動車検問を実施し、同所を通過する自動車に対して走行の外観上の不審な点の有無にかかわりなく短時分の停止を求めて、運転者などに対し必要な事項についての質問などをすることは、それが相手方の任意の協力を求める形で行われ、自動車の利用者の自由を不当に制約することにならない方法、態様で行われる限り、適法なものと解すべきである。

有力説:法的根拠(授権規定)は、そもそも要らない

根拠を探すのをやめ、「承諾を前提にする検問に、そもそも法律の根拠は要るのか」と問い直す見解が有力です。

段中身
①5要件④「相手方の任意の協力を求める形」は、検問に応じるかについて、相手の同意が成り立っていることを示す
②権利・利益への制約について相手の同意・承諾があることが前提なので、強制処分ではなく任意処分である(決定の「任意手段」と同じこと)
③承諾がある任意処分には、権限を新しく創り出す条文(授権規定)は要らない
  • 目印:街頭でアンケートの声をかける人に、「声をかけてよい」と書いた法律はありません。
    • 声をかけられた人は、断って立ち去れるからです。「答えるまで帰さない」と道を塞げば、強制に変わります。
  • 一斉検問も同じ:「止まってください」と声をかけ、承諾を得て応じてもらう限り、法律の許可証は要りません。
    • 承諾なしに帰さない、逃げようとする車を無理に止め続ける、となれば、強制に変わります。

(1) 5要件の読み替え

有力説に立つと、最高裁の5要件の意味が変わります。

読み方
権限の根拠を探す立場5要件=権限を行使するための要件
有力説5要件=任意処分として適法といえるかを測る物差し(適法性の要件)
  • 物差しの中身:任意処分でも、無制約には許されません。その適法性を測るのが比例原則(警職法1条2項)です。
    • 5要件は、比例原則を、検問の場面で満たすべき形にしたものです。

(2) 権限創設規定か確認規定かの対立との関係

有力説は、第3節(2)の両説に共通する点の上に立って、一斉検問を組み立て直す見解です。

  • 共通する点を使う:両説とも、純粋な任意処分なら法律の根拠は要らないと考えます。
  • 有力説の組み立て:「任意の協力を求める形」の一斉検問は、制約について相手の同意・承諾があることが前提です。だから任意処分として、根拠は要らないとします。
    • 多数説から違法に結びつきやすいのは、一斉検問が権利・利益の侵害を伴うと見る場合でした。
実務家中心の見解(確認規定)有力説
一斉検問が許される理由警察法2条1項を根拠に許される同意・承諾がある任意処分なので、根拠は要らない
根拠として持ち出す条文警察法2条1項1つも要求しない
組織規範批判当たる当たらない

違法になりうる5つの場合(学説の整理)

任意処分でも、無制約には許されません。最高裁の立場からは、次の事情があれば違法と評価されうる、と学説が整理しています。

  • 主語に注意:この5つは学説の整理です。最高裁が違法の類型を挙げたわけではありません。
  • 仕分けに使う物差し:
    • 捜索:行為そのものの性質が、強制処分としての捜索と同視できるか(一つひとつ暴くように探る、鍵や封を開けるなど)。
    • 強制:相手の意思を制圧する言動や、有形力の行使があったか。
    • 所持品検査の限度:承諾を得ずに調べる範囲を広げ、所持品検査として許される限度を超えていないか。
#違法になりうる場合どの物差しか
①必要性を欠く不適切な場所で行う5要件①に反する
②不必要に長く、停止が迅速でも適切でもない5要件③に反する
③通行帯に障害物を置くなど、物理的な手段で行く手を阻む強制の側
④はっきりと拒む意思を示す相手に、なお応対を強いる強制の側
⑤承諾を得ずに、トランクの内部まで踏み込んで確認する所持品検査の限度の側
  • ①②:新しい物差しではなく、5要件そのものが崩れている場合です。
  • ③④:障害物で逃げ場を塞ぐことも、拒絶している相手をなお応じさせることも、相手の意思を押しつぶす方向の圧力です。
  • ⑤:止めて外から見るだけなら、5要件の範囲内です。承諾なくトランクの内部まで確認すると、限度を超えます。

あてはめ:4つの場面

5要件と「違法になりうる5つの場合」を、2段の順で当てます。基準を丸暗記せず、この型で判断します。

  • 1段目=強制にわたるか:障害物で止める、はっきり拒む相手に応じさせるなど、強制にわたれば直ちに違法です(警職法2条3項に反する)。
  • 2段目=任意処分でも相当か:比例原則で、制約の程度と検問の必要性がつり合っているかを見ます。
    • 制約される利益=自動車で移動する自由。任意の協力・短時間の停止・必要な質問に限ることが、制約を軽くします。
    • 必要性の側=違反の多い時期・場所を選んだか、取締りの目的が正当か。5要件は、このつり合いを測る目印です。
場面当たる「違法になりうる場合」崩れる5要件
A(適法):深夜、速度超過が多発する幹線道路の取締り地点で、短時間、車に協力を求めて一斉検問。運転者は素直に応じ、簡単な質問に答えて解放されたなしなし(5つとも満たす)
B(違法):深夜、通行帯に障害物を置いて車を止め、長時間停止させた。「検問には応じない」と明言する運転者にも、なお応じさせた③障害物、④拒絶の押し切り(強制の側)③(長時間)、④、⑤
C(違法):運転者が「トランクは見せたくない」と言うのに、承諾を得ずにトランクの内部まで確認した⑤(所持品検査の限度の側)停止・質問とは別の行為(所持品検査の限度で判断)
D(違法):事故も違反も多くない普通の住宅街の道で、通りかかる車を1時間以上止め続けた①不適切な場所、②不必要に長い停止①、③
  • 場面B:障害物と拒絶の押し切りは強制にわたるので、5要件を1つずつ見る前に、1段目で直ちに違法といえます。
  • 場面C:トランクの確認は、停止と質問という検問そのものとは別の行為です。
    • 承諾なくトランクの内部まで調べれば、所持品検査として許される限度を超えて違法と評価されえます。
    • 調べ方が捜索と同視できる程度(一つひとつ探る、鍵を開けるなど)なら、令状の無い強制処分として直ちに違法になります。

射程:交通検問に限らない

最高裁の決定が扱ったのは交通検問ですが、有力説の考え方は、それ以外の一斉検問にも及びます。

  • 決定の事案:第1節の3類型のうち、①交通検問に限られます。
  • 及ぶ範囲:有力説の理屈は、検問の目的を問いません。
    • 承諾があるから任意処分だ、という筋道は、止める目的が交通違反でも、犯人の発見でも変わりません。
    • だから、②警戒検問や③緊急配備検問のような、交通検問以外を目的とした一斉検問にも、同じ考え方が及ぶと見てよいです。
  • 理由づけは持ち運べない:「公道で自動車を使うことに伴う当然の負担」は、交通の場面の理由づけです。他の目的では、その検問の必要性を比例原則で測り直します。
  • 下級審の例(参考):ある集会に徒歩で向かおうとしていた組合員に対し、これといった不審な様子も無いまま、警察官がまとめて検問をかけたことを違法とした判断があります。
    • 学説は、この考え方が自動車以外の一斉の停止・質問にも当てはまるという見方の参考に、この例を挙げています。
  • 5要件③と矛盾しないか:③は、不審点が無くても短時間なら停止を求めてよい、というだけです。適法になるのは①〜⑤を全部満たすときに限られます。
    • 不審点が無い相手を止めたこと自体で違法になるのではなく、5つの要件を満たさない形で一斉に停止させれば、違法になります。

ページ上部へ ↑

#22単独ページ動画

捜査の端緒③告訴・告発・自首・検視

捜査の端緒の2つの入口

捜査が始まるきっかけ(捜査の端緒)には、向きの違う2つの入口があります。

入口例問題になること
警察官が自分から動く職務質問、所持品検査、自動車検問警察官がどこまでやってよいか(権限の限界)
市民の側から一言が入ってくる被害届、告訴、告発、自首その一言に、法律がどんな効果を与えているか
  • 市民の側の一言は2種類:法律の上では、別の部品として扱われます。
    • 犯罪事実の申告:「こういうことがありました」と伝えることです。
    • 犯人の処罰を求める意思表示:「あの人を処罰してください」と求めることです。
  • 被害届・告訴・告発・自首:どれも、この2つの部品の組み合わせでできています。
    • 処罰を求める一言があるかどうかで、手続そのものを進められるかが変わります(第3節の訴訟条件)。

告訴とは:4つの部品

告訴は、被害者の側が捜査機関に「この犯罪を処罰してください」と求める行為です。4つの部品に分けて押さえます。

部品中身詳しく
①告訴権者が被害者本人など、告訴できる人に限られる第4節
②検察官又は司法警察員に対して宛先はこの2つだけ第6節
③犯罪事実を申告し「こういう被害に遭った」と伝える
④犯人の処罰を求める意思表示をすること「処罰してください」と求める
  • 条文との関係:230条は「害を被つた者は告訴できる」としか書いていません。告訴という行為の中身に、4つの部品が全部入っています。
  • 被害届・告発・自首は、この4部品の変形として整理できます。

230条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。

(1) 被害届との違い(④の有無だけ)

被害届と告訴は、どちらも警察に被害を伝えますが、1つの部品の有無で分かれます。

③犯罪事実の申告④処罰を求める意思表示
告訴ありあり
被害届あり無し
  • 被害届:「盗まれました」という事実だけを伝える、単なる犯罪事実の申告です。
  • 目印:同じ被害者でも、「自転車を盗まれました」で止めれば被害届です。「犯人を処罰してください」まで求めれば告訴です。
    • 被害者でない人が処罰を求めるのは、告訴ではなく告発です(第9節)。

親告罪:告訴が訴訟条件になる罪

被害届と告訴を区別しなければならないのは、告訴が無いと起訴できない罪があるからです。

  • 親告罪:有効な告訴が無ければ、検察官が公訴を提起できない(起訴できない)罪です。
  • 訴訟条件:事件の中身(有罪か無罪か)に入ってよいかを決める、手続の入口の条件です。
    • 欠けていると、中身の判断に入らないまま手続が終わります。
    • 親告罪では、告訴が訴訟条件になります。
主な親告罪条文
未成年者略取・誘拐等刑法229条
名誉毀損・侮辱刑法232条1項
過失傷害刑法209条2項
器物損壊等刑法264条
親族相盗例(窃盗・詐欺・背任・恐喝・横領)刑法244条2項(詐欺・背任・恐喝は251条、横領は255条で準用)
  • 親告罪にする理由:罪ごとに違います。どれも、起訴するかを被害者側の意思にかからせる事情がある罪です。
  • 親族相盗例:窃盗などの財産犯で、犯人が被害者の親族だった場合の特例です。
    • 配偶者・直系血族・同居の親族以外の親族が犯人のとき、親告罪になります。
    • 例:同居していないおじが犯人の窃盗
    • 趣旨:近い身内の間の財産犯は、家族の中で解決させる余地を残す、という発想です。
  • 実益:「処罰してください」の一言があるかどうかで、手続を先に進められるかが変わります。これが、被害届と告訴を分ける意味です。

(1) 告訴が無い段階でも、捜査はできる

  • 「起訴できない」は「捜査できない」ではありません:親告罪でも、将来告訴される見込みがあれば、告訴の前に捜査してよいとされています。
    • 理由:すぐに捜査しなければ、証拠が散逸してしまう場合があるからです。

(2) 性犯罪の非親告罪化

中身
かつて性犯罪の一部は親告罪だった
問題告訴するかどうかの選択を被害者自身に迫り、それ自体が精神的な負担になっていた
改正後平成29年の刑法改正で非親告罪になり、告訴が無くても起訴できる
現在の罪名不同意わいせつ罪(刑法176条)、不同意性交等罪(刑法177条)。罪名は、令和5年の改正で改められたもの
  • 平成29年より前の本は、性犯罪を親告罪として書いています。読むときに注意します。

告訴権者(誰が告訴できるか)

親告罪は、手続を開けるかを被害者側の意思に委ねる制度です。だから、告訴できる人には枠がかかっています。

場面誰が告訴できるか条文
原則被害者本人230条
本人に法定代理人がいる法定代理人(親権者や後見人)が独立して231条1項
本人が死亡した配偶者・直系の親族・兄弟姉妹。ただし、本人が明示していた意思に反することはできない231条2項
告訴できる人がいない検察官が、利害関係人の申立てにより指定した人234条
  • 法定代理人の「独立して」:本人の意思とは関係なく、法定代理人が自分の判断で告訴できます。
    • 例:未成年の被害者本人が告訴しないままでも、親権者は告訴できます。
    • 親権者が2人いる場合は、それぞれが独立して告訴できます。
  • 死亡後の親族:本人が生前に「訴えないでほしい」とはっきり示していたら、親族はそれに反して告訴できません。
  • 1項と2項は逆ではない:場面が違うだけです。
    • 本人が生きていて法定代理人がいるときは、本人のほかにも告訴できる人を置きます。
    • 本人がはっきり示した意思が残っているときは、それを超えません。
    • どちらも、被害者本人を守るための仕組みです。

231条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。2項:被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。

告訴期間(いつまで告訴できるか)

親告罪の告訴は、犯人を知った日から6か月を過ぎるとできなくなります。

  • 告訴期間:犯人を知った日 → 6か月経過 → 告訴できなくなる(235条)。
    • 犯人が誰か分からないままでも、告訴はできます。分かるまで、期間が始まらないだけです。
  • 趣旨:犯人を、いつまでも「告訴されるかもしれない」という不安定な立場に置き続けないためです。
    • 告訴するかを決められる状態になってから期間を数えるので、起算点が「犯人を知った日」になります。
  • 告訴権者が複数いるとき(236条):期間は1人ごとに判断します。
    • 1人の期間が過ぎても、別の告訴権者は、自分の期間内なら告訴できます。
  • 犯罪が続いている間:「犯人を知った日」は、犯罪が終わった後の日と考えられています。犯罪行為が続いている間は、期間は始まりません。
    • 例:名誉を傷つける記事をインターネット上に載せ続けている間は、犯罪行為が続いているとみて、犯人を知ってから6か月を過ぎても告訴できるとした裁判例があります。

235条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)親告罪の告訴は、犯人を知つた日から六箇月を経過したときは、これをすることができない。ただし、刑法第二百三十二条第二項の規定により外国の代表者が行う告訴及び日本国に派遣された外国の使節に対する同法第二百三十条又は第二百三十一条の罪につきその使節が行う告訴については、この限りでない。

(1) 「犯人を知った」の意味(最高裁の規範)

どこまで分かれば6か月の時計が動き出すかを、最高裁が決めています。

  • 事案:わいせつな行為などに問われた被告人の事件で、告訴期間の起算点が争点の1つになりました。
  • 規範:犯人の住所・氏名などの詳細まで知る必要はありません。少なくとも、犯人が誰であるかを特定できる程度に認識すれば足ります。
    • 名前や住所が分からなくても、「この人が犯人だ」という当たりがつけば、期間は動き出します。
  • 出どころ:この規範は、判例が立てたものです。235条を読むだけでは出てきません。

「犯人を知つた」の意味最高裁判所決定刑訴二三五条一項にいわゆる「犯人を知つた」とは、犯人が誰であるかを知ることをいい、告訴権者において、犯人の住所氏名などの詳細を知る必要はないけれども、少くとも犯人の何人たるかを特定し得る程度に認識することを要するものと解すべきである。

告訴の方式(どこに・どうやって)

告訴は、書面か口頭で、検察官か司法警察員に対してします(241条)。宛先を間違えると無効です。

有効な宛先無効な宛先
検察官検察事務官(検察官の指揮を受けて捜査を補助する職員)
司法警察員(逮捕状の請求などの重い判断ができる警察官)司法巡査(司法警察員のもとで動く警察官)
  • 宛先は条文が決めている:条文が名指ししているのは、検察官と司法警察員だけです。
    • 検察事務官や司法巡査に出しても、有効な告訴になりません。
  • 口頭の告訴:受けた検察官・司法警察員は、調書を作らなければなりません(241条2項)。これが、いわゆる告訴調書です。
  • 代理人による告訴(240条):本人が出向かなくても、弁護士などの代理人に頼んで告訴できます。
  • 実務の扱い:書類の名前が「告訴調書」でなくても、供述調書の中に、誰が何をしたと訴え、処罰を求めていることが読み取れれば、有効な告訴として扱われています。
    • 条文が求めているのは調書を作る義務だけで、これは実務の扱いです。

241条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。2項:検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。

告訴の取消しと再告訴の禁止

いったんした告訴は取り消せますが、取り消した人は、もう一度告訴することはできません。2つの規定は、守っているものが違います。

規定趣旨
公訴の提起(起訴)までは取り消せる(237条1項)被害者の意思を尊重するため(気持ちが変わることもある)
取り消した人は、再び告訴できない(237条2項)取消しと告訴が繰り返され、犯人とされる人(起訴前の被疑者)の立場が揺れるのを防ぐため
代理人による取消しもできる(240条)告訴と同じく、取消しも代理人に頼める
  • 取り消せるのは、告訴をした人だけです。
    • 例:法定代理人がした告訴を、後から被害者本人が取り消すことはできません。取り消せるのは、その法定代理人です。
    • 被害者本人が自分で告訴したときは、本人が取り消せます。

237条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:告訴は、公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。2項:告訴の取消をした者は、更に告訴をすることができない。

告訴の効果(義務があるもの・無いもの)

「告訴すれば、警察は必ず動かなければならない」と思われがちですが、生じる義務は限られています。

あるもの無いもの
司法警察員の送付義務(242条):速やかに書類・証拠物を検察官に送る逮捕の義務、起訴の義務:告訴があっても生じない
検察官の通知義務(260条):起訴・不起訴を決めたら、速やかに告訴人に知らせる
  • 送付義務の理由:告訴が絡む事件は、民事上の争いが絡むなど、法的な判断が難しいことが多いからです。早く検察官の判断に委ねます。
  • 起訴されないこともある:起訴するかどうかは、検察官の裁量に委ねられています。告訴したのに起訴されないこともあります。
    • その場合も、告訴人には不起訴の通知が届きます(260条)。告訴人が求めれば、検察官は不起訴の理由も告げなければなりません(261条)。
    • 告発・請求をした人にも、同じ通知がされます。

242条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。

260条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について、公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人、告発人又は請求人に通知しなければならない。公訴を取り消し、又は事件を他の検察庁の検察官に送致したときも、同様である。

261条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第二章 公訴(247〜270条)検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人、告発人又は請求人の請求があるときは、速やかに告訴人、告発人又は請求人にその理由を告げなければならない。

告発(誰でもできる)

告発は、被害者でない人も含めて、誰でも捜査機関に犯罪を申告し、処罰を求められる制度です。

  • 告発:③犯罪事実の申告と、④処罰を求める意思表示でできています。告訴と違い、①告訴権者のような限定がありません(239条1項)。
  • 公務員の告発義務(239条2項):公務員(条文では「官吏又は公吏」)が、仕事をする中で犯罪があると考えたときは、告発しなければなりません。
    • 一般の人にとって告発は自由ですが、公務員には義務です。
  • 期間の制限なし:告訴の6か月のような制限はありません。公訴時効(一定の期間が過ぎると起訴できなくなる制度)が完成するまで、いつでもできます。
  • 取消し後の再告発は許されると解されています。
    • 理由:告訴には再告訴を禁じる237条2項がありますが、告発にはそれに当たる規定がありません。
    • 条文に「許す」と書いてあるのではなく、あるべき禁止規定が無いことから導く解釈です。
  • 方式・効果は告訴と同じ:書面か口頭で検察官・司法警察員にし(241条)、司法警察員には検察官への送付義務が生じます(242条)。
  • 告発が訴訟条件になる例:独占禁止法の一部の罪(89〜91条の罪)は、公正取引委員会の告発が無ければ起訴できません(独占禁止法96条1項)。

239条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。2項:官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。

自首(自分の犯罪を申告する)

自首は、罪を犯した本人が、自分の犯罪を捜査機関に申告することです。

  • 自首:捜査機関に発覚する前に、自分から犯罪を申告することです。刑を減軽することができます(刑法42条1項)。
    • 任意的な減軽:必ず軽くなるわけではなく、軽くするかは裁判所が判断します。
  • 発覚の前か後かで、同じ出頭でも意味が変わります。
    • まだ誰も気付いていない段階で、交番に出頭して「自分がやりました」と申し出る → 自首になる
    • すでに指名手配され、顔写真も回っている人が出頭する → 発覚した後なので自首にならない
  • 手続の面(245条):告訴・告発の方式(241条)と送付義務(242条)が、自首にも準用されます。
    • 口頭の自首なら調書が作られ、司法警察員には検察官への送付義務があります。
  • 準用されないもの:期間の制限はありません。取消しも認められていません。

42条(自首等)(抜粋)|刑法 第一編 総則 第七章 犯罪の不成立及び刑の減免(35〜42条)1項:罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。

245条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)第二百四十一条及び第二百四十二条の規定は、自首についてこれを準用する。

(1) 告訴・告発・自首の比較

告訴告発自首
誰が告訴権者に限る誰でも(公務員は職務上の義務)罪を犯した本人(自分自身について)
期間犯人を知った日から6か月制限なし(公訴時効の完成まで)制限なし(ただし発覚前であること)
取消し起訴まで取り消せる。取り消した後の再告訴は不可取り消した後の再告発は許されると解される認められない
方式・効果241条・242条241条・242条241条・242条を準用(245条)

検視(まだ捜査ではない)

検視は、死体に犯罪が絡んでいるかもしれないときに、その手がかりを確かめる処分です。捜査に入る手前の段階に位置づけられます。

  • 検視:変死体又は変死の疑いのある死体の状況を、五官の作用で確かめ、犯罪の嫌疑があるかを見極める処分です。
    • 変死体:死因がはっきりせず、犯罪によるものかもしれない死体です。
    • 五官の作用:目で見る、鼻で嗅ぐといった、人の感覚のことです。機械による検査ではありません。
    • 「検死」と字は似ていますが、法律上は区別される言葉です。
  • 主体:死体の所在地を管轄する地方検察庁・区検察庁の検察官です。検視は、検察官の義務です(229条1項)。
  • 代行検視(229条2項):検察官は、検察事務官又は司法警察員に検視をさせることができます。実務では、こちらが多く行われています。
    • ただし、司法警察員が自分の判断だけで検視をすることは許されません。検視はもともと検察官の権限なので、個別に検察官の判断を仰ぎます。
  • なぜ捜査ではないのか:犯罪の嫌疑があるかどうか、まだ分からない段階で、その有無を確かめる作業だからです。
    • 犯罪による死亡だと初めから明らかなら、検視をせず、すぐに捜査として検証します。
    • 検視の結果、嫌疑ありとなれば、それが捜査の端緒になります。そこから先の死体の調査は、捜査(検証)です。

229条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:変死者又は変死の疑のある死体があるときは、その所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官は、検視をしなければならない。2項:検察官は、検察事務官又は司法警察員に前項の処分をさせることができる。

(1) 検視・検証・実況見分の区別

3つとも「現場を調べる」点は同じですが、中身はまったく違います。3つの軸で振り分けます。

①対象・場面②嫌疑③強制/任意令状
検視変死体(嫌疑の有無を確かめるだけ)まだ分からない捜査ではない(強制・任意の枠の手前)不要
検証限定なし(例:嫌疑ありと分かった後の死体の調査)ある前提強制処分(相手の意思を制圧してでも調べる)必要
実況見分限定なし(例:交通事故の現場)ある前提任意処分(相手の意思に反しない)不要
  • 検証の令状は、裁判官が出します(218条1項)。
  • まとめ:検視は捜査の手前、検証は強制、実況見分は任意です。

(2) 令状なしの検視で、どこまでできるか

できるできない
変死体がある住居への立入り、写真撮影、指紋採取、体の開口部の検査エックス線検査、死体を傷つける行為
  • 線を引いているのは検視の目的:検視は、嫌疑があるかを確かめるだけの処分です。死体そのものを傷つけるところまでは、その枠に入りません。
    • そこまで調べる必要があるなら、裁判官の令状・許可状を得てする強制処分の側に移ります。
    • 例:死体の解剖は、鑑定を頼まれた人が裁判官の鑑定処分許可状を得てします(225条・168条1項)。
  • 主語に注意:この線引きは、条文にも判例にも書かれていません。解釈としてそう考えられている、という水準です。

ページ上部へ ↑

#23単独ページ動画

逮捕①通常逮捕

逮捕状の4段

「疑わしい」というだけでは、人は逮捕できません。捕まえる前に、裁判官が先に許可(逮捕状)を出しています。

  • 逮捕状の4段:逮捕状は、請求 → 発付 → 提示 → 逮捕の順に進みます。
    • 段が変わるたびに、縛りをかける人と、縛りの中身が変わります。
段誰が何を縛るか
①請求検察官・司法警察員(警察官は、指定を受けた警部以上)言い出せる人を絞る(第4節)
②発付裁判官逮捕の理由と逮捕の必要性の2つを審査する(第5節・第6節)
③提示逮捕する捜査機関原則として、逮捕状を見せてから逮捕する(第8節)
④逮捕同上逮捕に付いてくる処分と、実力行使の限界(第9節)

令状主義と逮捕の3類型(憲法33条)

逮捕のいちばん上の根拠は、憲法33条です。

  • 司法官憲:裁判官のことです。
  • 令状主義:現行犯の場合を除き、裁判官が出した令状がなければ、人を逮捕できないという原則です。
  • なぜ警察官の判断だけで逮捕させないのか:逮捕は、身体の自由という重要な権利・利益を侵害する強制処分だからです。
    • 強制処分:相手の意思を制圧して、身体・住居・財産などに制約を加える処分です。
    • 捜査機関とは別の、中立な第三者(裁判官)に先に審査させる。この考え方を司法的抑制といい、憲法33条はその現れです。

(1) 逮捕の3類型:原則と例外

「現行犯として逮捕される場合を除いては」という一文から、逮捕の見取り図が読み取れます。

  • 原則:通常逮捕(199条):裁判官が前もって出した逮捕状で逮捕します。この回で扱うのは、この原則型です。
    • 例外① 現行犯逮捕:いま罪を行っている者などを、令状なしで逮捕します。
    • 例外② 緊急逮捕(210条):令状がまだ無いまま先に逮捕し、直ちに逮捕状を請求します。

33条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

通常逮捕の骨格(199条1項)

199条1項の本文は、通常逮捕を「誰が・どんなときに・何によって」の3点で定めています。

  • 誰が:検察官・検察事務官・司法警察職員が、逮捕できます。
  • どんなときに:被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときです。この部分を逮捕の理由と呼びます(第5節)。
  • 何によって:裁判官があらかじめ発する逮捕状によります。
  • ただし書き:軽い罪については、さらに制限がかかります(軽微事件の特則・第6節)。

199条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。

①請求:誰が言い出せるか

逮捕状は、誰でも請求できるわけではありません。「言い出せる人」と「実際に逮捕する人」は別です。

請求できる請求できない(ただし逮捕の執行はできる)
検察側検察官検察事務官(検察官の指揮を受けて捜査する職員)
警察側司法警察員(警察官である司法警察員は、公安委員会が指定する警部以上の者に限る)司法巡査(司法警察員のもとで捜査する警察官)/指定を受けていない司法警察員(警部補など)
  • 執行:実際に逮捕する行為です。司法巡査も検察事務官も、出された逮捕状で逮捕できます。
    • 「請求できない=執行もできない」ではありません。
  • 司法警察員でも請求できない人がいる:警察官の場合、司法警察員であるだけでは足りません。公安委員会の指定を受けた警部以上の者だけが請求できます(199条2項の括弧書き)。
  • なぜ請求だけ絞るのか:逮捕状は、人の身体を拘束する令状なので、特に慎重に考えられているからです。
    • 証拠物を探すための捜索差押許可状には、この「警部以上」の限定がありません。

199条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。次項及び第二百一条の二第一項において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。ただし、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。

(1) 請求は書面で(刑事訴訟規則139条1項・142条1項)

  • 書面:令状の請求は、口頭ではできず、書面でしなければなりません(刑事訴訟規則139条1項)。
  • 請求書の記載事項:書く項目は8つです(同142条1項)。4つのまとまりに分けると、次のとおりです。
    • 被疑者と事件:①被疑者の氏名・年齢・職業・住居、②罪名及び被疑事実の要旨、③被疑者の逮捕を必要とする事由
    • 請求した人:④請求者の官公職氏名、⑤警部以上の指定を受けた者である旨
    • 逮捕状の出し方:⑥有効期間を7日より長くするときは、その旨と事由、⑦逮捕状を数通(2通以上)必要とするときは、その旨と事由
    • 前の請求:⑧同じ犯罪事実か、いま捜査中の別の犯罪事実で、前に逮捕状の請求・発付があったときは、その旨とその犯罪事実
  • 中心は②:誰が、何をしたかが、この書面から読み取れなければなりません。

②発付:逮捕の理由と逮捕の必要性

発付の段では、裁判官が2つの要件を審査します。逮捕の理由と逮捕の必要性です。

(1) 逮捕の理由

  • 逮捕の理由:199条1項の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」のことです。
    • 漠然と「誰かが怪しい」では足りません。
    • この人が、この犯罪をしたというところまで対象が絞られたうえで、疑いに理由があることです。
  • 証拠の裏づけ:単なる噂や見込みでは足りず、具体的な証拠に裏づけられた嫌疑が必要です。

(2) 逮捕の必要性(199条2項ただし書・刑事訴訟規則143条の3)

  • 中身:逃亡のおそれか罪証隠滅のおそれがあることです。
    • 被疑者の年齢・境遇、犯罪の軽重・態様、その他諸般の事情に照らして判断します。
  • 根拠:法律上の根拠は、刑事訴訟法199条2項ただし書きです。「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は、裁判官は逮捕状を発しません(第4節の条文)。
    • 中身を具体的に定めているのが、刑事訴訟規則143条の3です。刑事訴訟法143条ではありません(別の法令です)。

2つの要件は、条文の書き方が違います。

逮捕の理由逮捕の必要性
条文199条2項本文199条2項ただし書き(規則143条の3)
書き方相当な理由があると認めるときに、逮捕状を発する明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状を発しない(請求を却下する)
  • 必要性も発付の要件:書き方は「無いときは発しない」形でも、必要性は理由と並ぶ2つ目の要件です。
    • 請求する側は、逃亡・罪証隠滅のおそれがあることも資料で示さなければなりません(下の(4)・規則143条)。
    • この書き方から「消極的な形の要件」と呼ぶことがありますが、必要性の検討が要らないという意味ではありません。
  • 却下の基準:却下するのは、必要がないことが「明らか」なときです(199条2項ただし書き)。
  • 検討のしかた:199条2項ただし書きを根拠に挙げ、被疑者の年齢・境遇や事件の軽重・態様などの具体的な事情から、逃亡・罪証隠滅のおそれを検討します。
  • 例:勤め先も住まいも転々として、連絡が取れなくなっている場合は、逃亡のおそれがうかがわれます。
    • 共犯者や目撃者と口裏を合わせようとしている場合は、罪証隠滅のおそれがうかがわれます。
  • 注意(同じ言葉、別の中身):任意捜査の限界で天秤に乗せる「捜査の必要性」とは別物です。
    • 逮捕の必要性が測るのは、逃亡と罪証隠滅のおそれです。

(3) 必要性が否定される場面(実務の運用)

「明らかに必要がない」の線引きは、条文にも判例にも書かれていません。実務では、比較的軽微な事案で、次の3つの型に必要性が否定される傾向があります。

型どんな場合か
①時間の経過事件が発覚してからかなり経っているのに、その間、逃げも証拠隠しもしなかった
②高齢・年少被疑者が高齢か年少で、身柄を取る負担が大きい
③生活の安定勤め先があり、家族のもとに帰る生活をしている
  • 共通点:どれも「逃げそうにない」「証拠を消しそうにない」方向の事情です。
  • 注意:条文ではなく、実務の運用です。

(4) 疎明資料(刑事訴訟規則143条)

  • 疎明資料:逮捕状を請求する側は、逮捕の理由だけでなく、逮捕の必要があることも、資料で裏づけなければなりません。
    • 令状の請求は、いつも「資料で裏づける」作業です。
  • 2つの要件が別物である根拠:規則143条は、括弧書きで「逮捕の理由」を「逮捕の必要を除く逮捕状発付の要件」と定義しています。
    • 条文自身が、理由と必要性を書き分けています。

軽微事件の特則と出頭拒否(199条1項ただし書き)

軽い罪については、通常逮捕にさらに制限がかかります。そこから、出頭を拒んだだけで逮捕できるか、という論点が出てきます。

(1) 軽微事件の特則

対象となる罪追加で必要な事情
30万円(刑法・暴力行為等処罰法・経済関係罰則整備法の罪以外は、当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料に当たる罪定まった住居を有しない場合か、正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限る
  • 確かめる順序:裁判官は、①逮捕の理由、②逮捕の必要性、③軽微事件に当たるなら住居不定か不出頭か、の順に確かめます。どこかで欠ければ、逮捕状は出ません。
  • 拘留・科料:どちらも軽い刑です。拘留は1日以上30日未満の刑事施設への拘置、科料は1000円以上1万円未満の金銭の刑です(刑法16条・17条)。
  • なぜ軽い罪だけ絞るのか:罰金や科料で終わる罪のために身体を拘束するのでは、釣り合いが取れないからです。
  • 「前条の規定による出頭の求め」:198条1項の出頭要求のことです。

(2) 出頭を拒んだだけで逮捕できるか

  • 出頭を拒む権利:逮捕・勾留されていない被疑者は、出頭を拒めますし、出頭した後もいつでも帰れます(198条1項ただし書き)。取調べに応じる義務はありません。
  • ぶつかる所:199条1項ただし書きを反対に読むと、「正当な理由なく出頭を拒み続ければ逮捕してよい」とも読めそうです。
    • 権利を使っただけで捕まるなら、その権利は無いのと同じになります。

不出頭だけで逮捕の必要性を認めてよいかは、見解が対立しています。

立場根拠
不出頭それ自体は、逮捕の必要性にあたらないそうでないと、198条1項ただし書きの権利が意味を失う
不出頭も、逮捕の必要性にあたる199条1項ただし書きの反対解釈
  • 実務の運用:上の対立(解釈の層)とは別の話です。出頭拒否が何度も繰り返されることで、結果として逃亡のおそれが認められる、という道筋で逮捕状が請求されることがあります。
  • 3つの層を混ぜない:①条文に書いてあること、②そう解されていること、③実務の運用、は別の話です。
    • どちらの立場が多数かには立ち入らず、対立の構造を押さえます。

198条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

逮捕状に書かれること(200条1項)

発付された逮捕状には、書くことが決まっています。事務的な項目に見えますが、令状主義を紙の上で実現する部品です。

  • 記載事項:被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき場所、有効期間とその期間が過ぎたら逮捕できず令状を返す旨、発付の年月日などです。
    • 最後に、裁判官が記名押印します。
  • 有効期間の長さ:原則として、発付の日から7日です(刑事訴訟規則300条)。裁判官が相当と認めれば、7日より長くできます(請求書の⑥はこのためです)。
  • 引致:身体を拘束した人を、決められた場所へ強制的に連れて行くことです。
記載事項なぜ書くのか
罪名・被疑事実の要旨示された人が、何の容疑で捕まるのかをその場で分かるようにするためです。憲法33条の「理由となつてゐる犯罪を明示する」に直結します
有効期間一度出た許可を、いつまでも使えないようにするためです。裁判官が審査したのは請求の時点の事情で、時間が経てば逃亡や罪証隠滅のおそれも変わります
引致すべき場所捕まえた後にどこへ連れて行くかを、現場の判断ではなく事前に決めておくためです

200条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所、有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

③提示:逮捕状は見せてから

逮捕状で逮捕するときは、原則として、逮捕状を被疑者に見せてから逮捕します。

(1) 原則:逮捕状を示す(201条1項)

  • 提示:逮捕状を被疑者に示さなければなりません。
  • なぜ見せるのか:逮捕される人が、何の容疑で、誰の判断で捕まるのかを知り、争える状態にするためです。
    • 第7節の「罪名・被疑事実の要旨」の記載と同じく、憲法33条の「犯罪を明示する」が、提示の段でも生きています。

(2) 例外:緊急執行(201条2項・73条3項の準用)

  • 緊急執行:逮捕状はもう出ているのに、手元に持っていないとき、見せずに逮捕できる仕組みです。
  • どんなときに:逮捕状を持っていないため示せず、しかも急速を要するときです。
  • 何をするか:被疑事実の要旨と、逮捕状が発せられている旨を告げて、逮捕します。
  • その後:逮捕状は、できる限り速やかに示さなければなりません。
  • 読み替え:73条3項は、もとは勾引状・勾留状の規定です。逮捕状に準用するときは、「被告人」を「被疑者」に、「公訴事実の要旨」を「被疑事実の要旨」に読み替えます。

201条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない。2項:第七十三条第三項の規定は、逮捕状により被疑者を逮捕する場合にこれを準用する。

73条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)3項:勾引状又は勾留状を所持しないためこれを示すことができない場合において、急速を要するときは、前二項の規定にかかわらず、被告人に対し公訴事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げて、その執行をすることができる。但し、令状は、できる限り速やかにこれを示さなければならない。

(3) 緊急執行と緊急逮捕は別物

名前は似ていますが、中身は別です。令状がもう出ているかどうかで切り分けます。

緊急執行緊急逮捕
令状の有無もう出ている(手元に無いだけ)まだ無い
4段でいうと発付は終わっていて、提示の段だけが変則になる発付そのものがまだ
逮捕のときに告げること被疑事実の要旨+逮捕状が発せられている旨令状が無いので、告げる内容も違う(その理由を告げる・210条1項)
事後にすることできる限り速やかに逮捕状を示す逮捕の後、直ちに逮捕状を請求する。発せられなければ直ちに釈放する(210条1項)

④逮捕:付随する処分と実力行使の限界

逮捕する場面では、逮捕状に書かれていない権限が付いてきます。一方で、明文の無い限界もあります。

(1) 被疑者を探して住居に入る(220条1項1号・3項)

  • どんなときに・誰が・何を:検察官・検察事務官・司法警察職員は、被疑者を逮捕する場合に必要があれば、人の住居などに入って被疑者を捜索できます。
  • 令状は不要:この処分に、別の令状は要りません(3項)。
  • 目的:被疑者を見つけ出すことです。被疑者の家に限らず、逃げ込んだ先の他人の住居にも入れます。
    • 逮捕の現場で証拠を差し押さえ・捜索・検証する処分(2号)も、同じく令状は要りません(3項)。
  • 使える場面:通常逮捕(199条)だけでなく、現行犯逮捕と緊急逮捕(210条)のときにも使えます(1項)。
  • なぜ令状が要らないのか:憲法35条は、住居への侵入・捜索に令状を求めつつ、「第三十三条の場合を除いては」と例外を置いています。
    • 33条の場合=逮捕する場合は、住居に入って捜索することも、憲法自身が令状の例外として認めています。220条はこれを受けた規定です。
    • 逮捕状が無い現行犯逮捕・緊急逮捕にも使える処分なので、「逮捕状の効力に含まれる」という説明では足りません。

35条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)1項:何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

220条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。一 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。3項:第一項の処分をするには、令状は、これを必要としない。

(2) 実力行使の限界(明文なし)

  • 有形力の行使:逮捕のときに、相手の体に力を加えるなどの実力行使です。
  • 限界:条文には何も書かれていません。必要かつ相当な範囲でなら許される、と解されています。
例
許される逃げようとする腕をつかむ/激しく暴れる者を押さえつける
許されないおとなしくなった者を、なお殴り続ける
  • 許されない行為をすると:特別公務員暴行陵虐罪の問題になりえます。
    • 警察などの職務を行う者が、職務中に被疑者などへ暴行や陵辱・加虐の行為をしたときの罪です(刑法195条)。
  • 令状があるのに限界がある理由:令状は「この処分をしてよい」という許可です。どんなやり方でやってよいかまでは決めていません。
    • だから、侵害は必要性に見合った相当なものでなければなりません。逮捕の目的に必要な範囲を超えると、適正な手続との調和がとれなくなるからです。
  • 注意(同じ言葉、別の場面):任意捜査の限界で使う「必要性・相当性」と言葉は同じです。
    • あちらは任意捜査が行き過ぎていないかの話、こちらは逮捕に付随する行為の限界の話です。

ページ上部へ ↑

#24単独ページ動画

逮捕②現行犯逮捕・準現行犯逮捕

令状が要らない逮捕

逮捕には原則として令状が要ります。それでも、目の前で人が殴られていれば、警察官は令状を待たずにその場で捕まえます。

  • 令状が要らない場合がある:いま罪が行われている、または行われた直後なら、令状なしでその場で捕まえられます。
  • なぜその場合だけ要らないのか:誤って別の人を捕まえてしまうおそれが、とても小さいからです。
    • この1つの物差しが、この回の全部につながります。

(1) 逮捕の3類型

型誰が判断するかこの回で扱うか
通常逮捕(原則)裁判官が、逮捕状を出す前に審査する扱わない
現行犯逮捕・準現行犯逮捕(例外①)逮捕する人自身(誰でもよい)扱う
緊急逮捕(例外②)逮捕する人自身(逮捕した後で令状を請求する)扱わない

なぜ現行犯だけ例外なのか(憲法33条)

令状主義の例外は、憲法33条の「現行犯として逮捕される場合を除いては」という一文に置かれています。

  • 明白性:罪がいま行われているか、行われた直後なら、犯罪と犯人が明白です。
  • 誤認逮捕のおそれ:明白なので、別の人を間違えて捕まえるおそれが小さくなります。
  • 緊急の必要:その場で捕まえなければ、逃げられてしまいます。
  • だから:裁判官の事前審査を省いてよい、という発想です。
通常逮捕現行犯逮捕
人違いを防ぐのは裁判官が事前に審査するその場の状況そのものが、審査の代わりになる

33条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

現行犯人(212条1項)

212条1項は、現行犯人を2つの形で定めています。

(1) 「現に罪を行い」と「現に罪を行い終つた」

  • 現に罪を行い:いま犯罪を実行している最中の者です。
    • 犯罪が最後まで完成した既遂でも、実行に着手したが完成しなかった未遂でも構いません。
  • 現に罪を行い終つた:罪を終えた瞬間だけでなく、その直後の者も含みます。

212条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:現に罪を行い、又は現に罪を行い終つた者を現行犯人とする。

(2) 「直後」の物差し

どこまでが「直後」かは、時間と場所の近さで測ります。

  • 時間的接着性・場所的接着性:罪を終えてから、時間と場所がどれだけ近いかです。
    • 目安:一律の基準はありませんが、せいぜい30〜40分程度です。
    • 時間と場所が離れるほど、犯罪と犯人の明白性は薄れます。
  • 何を測るのか:逮捕する人自身から見て、犯罪と犯人が明白かどうかです。ここが現行犯の中心です。
  • 犯行の瞬間を見ていなくてもよい:その場の状況から、逮捕する人にとって「この人が犯人だ」と明白なら足ります。
    • ただし、被害者の話だけを頼りにするのでは足りません(第8節)。

(3) 「直後」の具体例

内容結論
適法な例住居侵入の直後、通報を受けた警察官が、現場から約30メートルの場所で発見した直後と認められ、現行犯逮捕は適法
時間切れの例万引きで、代金を払わず店の外に出た後、見失って時間が経った明白性が薄れ、現行犯逮捕はできなくなる
追跡が続く場合現行犯人と認めて追い始め、見失わずに追い続けている数十分以内なら現行犯逮捕できる。数時間離れたら、ふつうは準現行犯(1号)で考える
  • 万引きの補足:窃盗は、商品を取った時点で既遂です。
    • それでも実務では、代金を払わず店を出たときのように、犯行が誰の目にも明確になるまで待つことが多いです。
  • 追跡する人の交代:途中で追う人が代わっても構いません。
    • 例:漁業監視船が密漁船を見つけて追ったが、船足が遅いので、近くにいた民間の漁船に頼んで追跡を引き継いだ。漁船は約3時間追い続けた。
    • 判例は、監視船も漁船も、現行犯逮捕をするために追跡を続けたのだから、213条に基づく適法な現行犯逮捕の行為だとしました。
    • 引き継いだのは私人です。誰でも逮捕できるという213条(第4節)が、ここでも効いています。
  • この判例の読み方:現行犯逮捕に取りかかった追跡が、途切れずに続いた場面です。
    • 「直後」の目安そのものが数時間に延びる、という意味ではありません。
    • 追跡が続いていても、数時間離れた後の逮捕は、一般には準現行犯(212条2項1号・追呼)として検討します。

現行犯人は誰でも逮捕できる(213条)

現行犯逮捕には、通常逮捕とまったく逆の特徴がもう1つあります。逮捕できる人の範囲です。

  • 何人でも:警察官に限らず、一般の人(私人)でも、逮捕状なしで現行犯人を逮捕できます。
  • 通常逮捕との違い:通常逮捕では、逮捕状を請求できるのは、検察官と警部以上の司法警察員に限られていました。
  • なぜ広げるのか:理由は同じで、誤認逮捕のおそれが小さいからです。
    • 誰が捕まえても間違えにくいので、捜査機関に限る理由がそもそもありません。

213条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。

(1) 私人逮捕の後始末(214条・215条)

私人が現行犯人を捕まえた後、自分の手元に留めておくことはできません。

  • 私人:逮捕した人を、直ちに検察官か司法警察職員へ引き渡さなければなりません(214条)。
  • 司法巡査:引き渡しを受けたときは、速やかに司法警察員のもとへ連れて行きます(引致・215条1項)。
    • 司法巡査は、1人では重い判断をせず、司法警察員のもとで動く警察官です。私人逮捕の後始末にも、この区別が効いています。

214条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。

215条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:司法巡査は、現行犯人を受け取つたときは、速やかにこれを司法警察員に引致しなければならない。

準現行犯人(212条2項)

「直後」を過ぎても、一定の手がかりがあれば、現行犯人とみなす制度があります。これが準現行犯人です。

  • みなす:本当は現行犯人ではない者を、法律上、現行犯人と同じに扱うことです。
    • だから準現行犯人も、213条により、誰でも逮捕状なしで逮捕できます。
  • 条文の要件:条文が定めるのは、次の2つです。
    • 罪を行い終わってから間がないと明らかに認められること(時間的・場所的接着性)
    • 1号から4号のどれかに当てはまること
  • 解釈で加わる要件:現行犯逮捕と同じ理由から、さらに次の2つも要るとされています。
    • 逮捕する人にとって、犯罪と犯人が明白であること
    • 緊急に逮捕する必要性があること(第10節)
    • 準現行犯逮捕の適否は、この4つを順に当てはめて検討します。

(1) 「直後」と「間がない」

現行犯(直後)準現行犯(間がない)
時間的・場所的接着性目安 約30〜40分(一律ではない)目安 約3〜4時間(緩和される・一律ではない)
追加の要件不要212条2項1〜4号のどれかに当たること
  • 引き換え:時間が緩む代わりに、目に見える客観的な手がかりを求められます。
    • 理由:時間が空くほど、その間に別の人と取り違えるおそれが増えます。その分を、手がかりで埋めさせるためです。
  • 例:ひったくりの2時間後、盗まれたのと同じバッグを抱えて走る人を見つけた。これは2号の手がかりです。
    • 手ぶらで歩いているだけなら、2時間後に準現行犯人として逮捕することはできません。
  • 緩くなった制度ではなく、引き換えのある制度です。

(2) 4つの号(追呼・贓物・証跡・誰何)

号内容補足
1号犯人として追呼されている追いかけられていることです。声を出さず黙って追われている場合も含みます。追う人が交代しても構いません
2号贓物、または犯罪に使ったと明らかに思われる兇器などを持っている贓物=盗品などです。準現行犯人と認める時点で持っていれば足ります。逮捕の時点で持っている必要はなく、警察官に見つかってから投げ捨て、その後に逮捕された場合も当たります
3号身体か服に、犯罪の顕著な証跡がある例:傷害事件の後、けがをしている人や、返り血を浴びた服を着ている人。服は身につけている必要があり、自宅に隠した血の付いた服では当たりません
4号誰何されて逃げようとする誰何=相手が誰かを確かめることです。「待て」と声をかけられて逃げた場合や、声をかけられなくても警察官がいると気づいて逃げる場合も含みます

212条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:左の各号の一にあたる者が、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。一 犯人として追呼されているとき。二 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。三 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。四 誰何されて逃走しようとするとき。

(3) 号が重なるほど明白性は強まる

条文上は、1号から4号のどれか1つに当てはまれば足ります。ただし、号によって強さが違います。

  • 重複:各号に重ねて当てはまるほど、犯罪と犯人の明白性は強まります。
  • 4号単独は弱い:誰何されて逃げた、という事情だけでは、明白性は弱いとされます。
    • 理由:逃げる理由は、犯罪と関係ない場合もあるからです。
    • 例:職務質問(警察官が、怪しい様子の人を呼び止めて質問すること・警察官職務執行法2条1項)そのものを嫌がって逃げる人もいます。犯人だからとは限りません。
  • だから:4号は、2号や3号と重なっていないと弱い、ということになります。

和光大学内ゲバ事件(準現行犯逮捕を適法とした例)

準現行犯逮捕で、現場を見ていない逮捕者が明白性をどう判断したかが分かる決定です。

  • 事案
    • 兇器準備集合・傷害の事件(いわゆる内ゲバ事件)から約1時間〜1時間40分後、いずれも現場から約4キロ離れた場所で、被疑者3人が発見・逮捕されました。
    • 逮捕者は、逮捕の前に無線通報で得ていた犯人の特徴や状況を、判断資料の一部にしました。
    • 3人とも、職務質問のため止まるよう求められると逃げ出しました(4号)。
    • 1人は、追いついてみると腕に籠手(こて)を着けていました(2号)。残る2人は、靴や服が泥まみれで、1人は顔に新しい傷がありました(3号)。
  • 結論:212条2項2号ないし4号に当たる者として、準現行犯逮捕は適法とされました。
    • 決定は、この事実関係の下での事例判断です。
  • 逮捕前に得ていた情報:準現行犯は、そもそも時間と場所が離れていることが前提です。逮捕の瞬間に見える状況だけで判断するのは難しいので、逮捕前に得ていた情報も、補助的な資料として使ってよいとされています。
  • 事案の読み方:逮捕者が直接見ていない分を、無線情報と複数の号の重なりが補っていた、と読めます。
    • 現場を見ていなくても、手がかりが積み重なれば足ります。

和光大学内ゲバ事件最高裁判所決定準現行犯逮捕を適法とした事例判断以上のような本件の事実関係の下では、被告人三名に対する本件各逮捕は、いずれも刑訴二一二条二項二号ないし四号に当たる者が罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときにされたものということができるから、本件各逮捕を適法と認めた原判断は、是認することができる。

共謀共同正犯と準現行犯逮捕

実際に手を出していない人でも、準現行犯逮捕の対象になりえます。

  • 共謀共同正犯:自分では手を下さなくても、一緒にやろうと合意し、その合意どおりに仲間が実行すれば、正犯として扱われるという刑法の考え方です。
    • 例:路上で、仲間に「あいつを殴れ」とその場で指示し、仲間が殴った。指示した人は手を出していません。
  • 対象になりうる理由:212条2項の「罪を行い」は、実行した人に限るとは書いていません。
  • ただし要件は重い:指示しただけの人が、誰でも対象になるわけではありません。次の3つのすべてが、逮捕者にとって明白でなければなりません。
    1. 共謀(一緒にやる合意)
    2. 実行に準ずるほど大きな役割
    3. 合意どおりの実行
  • なぜ重いのか:実行そのものを見ていない分、誤認のおそれが増えるからです。ここでも誤認のおそれの小ささが物差しです。

京都恐喝未遂事件(供述だけでは足りない)

距離も時間も近いのに、現行犯逮捕が違法とされた裁判例です。

  • 事案
    • 逮捕者は、恐喝未遂の被害者から、犯人の容ぼうなどを聞き取りました。
    • その情報だけを頼りに、犯行から約20分後、現場から約20メートルの場所で被疑者を見つけました。
    • 被害者に対面させて確認させただけで、現行犯逮捕しました。
  • 結論:現行犯逮捕は違法とされました。準現行犯人の要件も満たしていません。
    • 緊急逮捕なら:この事案は、緊急逮捕(逮捕した後で令状を請求する型)の要件は満たしていたと考えられています。現行犯・準現行犯の要件を欠くときは、続けて緊急逮捕を検討します。
  • 決め手:被害者の供述のほかに、逮捕者自身が確かめる手だてが無かったことです。
    • 覚知:逮捕者が、自分の目や耳で直接つかむことです。
    • なぜ供述だけではだめか:被害者の記憶違いや人違いを、その場の逮捕者は確かめようがないからです。そこが欠けると、誤認のおそれが小さいという、令状が要らない前提そのものが崩れます。

京都恐喝未遂事件京都地方裁判所決定供述のみに頼った現行犯逮捕被疑者を現行犯人として逮捕することが許容されるためには、被疑者が現に特定の犯罪を行い又は現にそれを行い終った者であることが、逮捕の現場における客観的外部的状況等から、逮捕者自身においても直接明白に覚知しうる場合であることが必要と解されるのであって、被害者の供述によること以外には逮捕者においてこれを覚知しうる状況にないという場合にあっては、……現行犯逮捕の如きは、未だこれをなしえないものといわなければならない。

(1) 2つの事件の対比

和光大学内ゲバ事件京都恐喝未遂事件
時間・距離約1時間〜1時間40分後・約4キロ約20分後・約20メートル
判断の資料無線通報の情報+2号・3号・4号の重なり(補助的な資料+客観的な事由)被害者の供述だけ(逮捕者自身が確かめる手だてが無い)
結論適法違法
  • 一線:明白性の判断に供述を使えるかは、見解が分かれます。
    • その場の客観的な状況だけで判断する見解と、客観的な状況を補う限りで供述も考えてよいとする見解(実務では多数とされる)があります。
    • どちらの見解でも、供述だけで埋め合わせてはいけません。現行犯逮捕は、緊急逮捕と違って後から令状の審査も受けないので、認める範囲を厳しく絞るべきだからです。
  • 結論が変わる場面:同じ20メートル・20分でも、現場から走り去る姿を警察官自身が見ていて、見失わずに追っていたなら、被害者の話が無くても明白です。現行犯逮捕できます。
  • 決まるもの:距離や時間ではなく、逮捕者自身が何を見たかです。誤認のおそれの小ささを、逮捕者自身が言えるかどうかが分かれ目です。

軽微事件の現行犯逮捕の制限(217条)

現行犯人・準現行犯人に当たっても、逮捕できない場合があります。1つ目は、軽い罪の場合です。

通常逮捕(199条1項ただし書き)現行犯逮捕(217条)
対象となる罪30万円(刑法・暴力行為等処罰法・経済関係罰則整備法の罪以外は、当分の間2万円)以下の罰金・拘留・科料に当たる罪同じ
追加で必要な事情住居不定、または正当な理由のない不出頭住居か氏名が明らかでない場合、または逃亡のおそれがある場合
  • 拘留・科料:どちらも軽い刑です。拘留は1日以上30日未満の刑事施設への拘置、科料は1000円以上1万円未満の金銭の刑です(刑法16条・17条)。
  • 理由(共通):軽い罪のために身体を拘束するのは、釣り合いが取れないからです。
    • 「逃げそうにない軽い罪の人まで拘束しない」という発想は、通常逮捕と現行犯逮捕で共通しています。
  • 条文の読み方:217条は、213条(誰でも令状なしで逮捕できる)からの規定を、この場合に限って使えるとしています。当たらなければ、現行犯逮捕はできません。

217条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪の現行犯については、犯人の住居若しくは氏名が明らかでない場合又は犯人が逃亡するおそれがある場合に限り、第二百十三条から前条までの規定を適用する。

現行犯逮捕にも要る「逮捕の必要性」

逮捕できない場合の2つ目は、逮捕の必要性が無い場合です。令状が要らない逮捕にも、歯止めがあります。

  • 通常逮捕では:明らかに逮捕の必要が無いと認めるとき、裁判官は逮捕状の請求を却下します(199条2項ただし書き)。
  • 現行犯逮捕では:この要件を定める明文がありません。
  • それでも要る:必要性が無くても逮捕できる、とは考えられていません。
    • 理由:逮捕は、身体の自由を奪う強力な処分だからです。
    • 現行犯逮捕は、その場で緊急に逮捕する必要があるからこそ認められる制度です。だから、逮捕の必要性は当然に要求されると解されています(解釈で補う)。
  • 否定された例:軽微な交通違反で、被疑者の身元がすでに明らかな事案では、必要性に乏しいとされた例があります。

ページ上部へ ↑

#25単独ページ動画

逮捕③緊急逮捕

逮捕3類型の最後の1つ

逮捕状がまだ無いのに、先に捕まえてよい場面があります。それが緊急逮捕です。

  • 場面の例:3日前の空き巣で盗まれた指輪を、今、質店に持ち込んだ男がいます。
    • 逮捕状はまだ無く、取りに行くあいだに逃げられてしまいます。
  • 答え:罪が重いこと・嫌疑が濃いこと・待てない事情があることが中身の柱です。そのうえで理由を告げて捕まえます(4つの要件は第2節)。
    • そのかわり、逮捕した後に直ちに逮捕状を求め、裁判官の審査を受けます。
    • その審査では、捕まえた時点で要件がそろっていたかと、逮捕の後の手続を守ったかが問われます。

(1) 3類型は「裁判官の審査」のタイミングで分かれる

型裁判官の審査
通常逮捕(199条)事前に審査する(先に逮捕状を出してから逮捕)
現行犯逮捕・準現行犯逮捕(212条)審査しない(令状なしで逮捕)
緊急逮捕(210条)後から審査する(逮捕の後に逮捕状を求める)
  • 緊急逮捕の位置:審査を省くのでも、先に取るのでもありません。審査を後回しにするだけで、消してはいません。

210条の骨格:逮捕する時点と、逮捕した後

210条1項は長い条文ですが、逮捕する時点の要件と、逮捕した後の手続の2つの塊に分かれます。

  • 誰が:検察官・検察事務官・司法警察職員が、緊急逮捕できます。
逮捕する時点の要件逮捕した後の手続
①重い罪(死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪)①直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をする
②罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由②逮捕状が発せられないときは、直ちに釈放する
③急速を要し、逮捕状を求めることができない
④理由を告げて逮捕する
  • 前半の役割:裁判官を待たずに捕まえてよい根拠です。
  • 後半の役割:飛ばした審査を必ず取り戻す仕掛けです。
  • 両方そろって初めて適法:前半の要件を満たしても、後半の手続をしなければ違法です。
  • 2項(200条の準用):緊急逮捕の後に出る逮捕状も、書く中身は通常逮捕の逮捕状と同じです。
    • 200条は、被疑者の氏名・住居、罪名、被疑事実の要旨など、逮捕状に書く事項の決まりです。

210条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。2項:第二百条の規定は、前項の逮捕状についてこれを準用する。

憲法33条と合憲性

令状なしで先に捕まえる以上、令状主義を定めた憲法33条とぶつからないかが問題になります。

  • 問題の所在:憲法33条が令状の例外として書いているのは、「現行犯として逮捕される場合」だけです。
    • 緊急逮捕という言葉は出てきません。文面だけ見ると、緊急逮捕は例外に入っていません。
    • そのため、緊急逮捕は違憲だとする見方もあります。
  • 最高裁の結論:合憲です。

33条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

(1) 合憲とした理由は、210条の要件に対応している

判決は、まず210条の要件を全部並べ、その厳格な制約の下で、次の3つを条件に合憲としました。

最高裁が挙げた理由対応する210条の要件
罪状の重い一定の犯罪のみに限ること重い罪の限定
緊急やむを得ない場合に限ること急速を要すること
逮捕後直ちに裁判官の審査を受け、逮捕状の発行を求めること直ちに逮捕状を求める手続
  • 前提に入る要件:十分な理由(濃い嫌疑)と理由の告知も、判決が並べた「厳格な制約」に含まれています。
    • 表の3つだけが合憲の条件で、嫌疑や告知は関係ない、という読み方は誤りです。
  • 指輪の男に当てはめると:空き巣という重い罪で、男は店を出ようとしている。捕まえた後、すぐ裁判官に逮捕状を求める。この形です。
  • なぜ憲法と両立するのか:憲法33条が令状を求めるのは、捕まえる前に中立な第三者(裁判官)の目を通すためです。
    • 緊急逮捕は、その目を消すのではなく、すぐ後ろにずらすだけです。
    • しかも、ずらしてよい場面を、重い罪と待てない事情に絞っています。
    • =210条の要件の厳しさが、憲法33条とのつじつまを合わせています。
  • 注意(どんな逮捕も合憲ではない):この判決が認めたのは、条件をそろえた緊急逮捕という仕組みです。
    • 条件を欠いた一つひとつの逮捕まで、正しいとしたわけではありません。それを確かめるのが、第10節の裁判官の審査です。

緊急逮捕の合憲性最高裁判所大法廷判決罪状の重い一定の犯罪のみについて、緊急已むを得ない場合に限り、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発行を求めることを条件とし、被疑者の逮捕を認めることは、憲法三三条規定の趣旨に反するものではない。

現行犯逮捕との違い

令状が要らない点は同じでも、緊急逮捕と現行犯逮捕は中身が違います。

  • 現行犯逮捕:いま罪を行っている者、行い終わった者(現行犯人)を、令状なしで逮捕します(212条1項)。
    • 準現行犯逮捕:罪を行い終わってから間がないと明らかに認められる者を、現行犯人とみなして逮捕します(212条2項)。
  • なぜ現行犯は令状が要らないのか:目の前で罪が行われていて、人違いのおそれが小さいからです。
  • 指輪の男は:空き巣から3日たっているので、現行犯にも準現行犯にも当たりません。
現行犯逮捕緊急逮捕
罪の限定原則無し。ただし軽微な罪(刑法の罪なら30万円以下の罰金・拘留・科料に当たる罪)は、住居・氏名が不明か逃亡のおそれがあるときだけ(217条)死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪だけ
理由の告知不要(その場で明白だから)必要
事後の令状請求無し必ず必要(裁判官の審査が山場)
  • 3つの違いの意味:緊急逮捕は、犯行を見ていない分を、罪の重さ・理由の告知・事後の審査で埋め合わせています。
    • いちばん大きな違いは、事後の令状請求です。逮捕の後も手続が続くのは、緊急逮捕だけです。

要件①重い罪:法定刑で測る

罪が重いかどうかは、実際に科される刑ではなく、法定刑で測ります。

  • 法定刑:法律がその罪について定めている刑の幅です。
  • 長期:法定刑の上限のことです。
罪長期緊急逮捕
窃盗罪(空き巣・刑法235条)10年できる(3年以上)
暴行罪(刑法208条)2年できない

(1) 設例:留守の時間帯を教えただけの人

  • 事例:空き巣に入る家が留守になる時間帯だけを教えた人がいます。実行にも共謀にも加わっていません。
  • 犯罪になるか:なります。実行を手助けした幇助犯で、従犯として扱われます。
  • 従犯の刑:正犯の刑を減軽します(刑法63条)。
  • 緊急逮捕の判断:減軽前の法定刑、つまり正犯の法定刑で行います。
    • この判断では、従犯であることは無視して構いません。窃盗罪の長期10年で判断するので、重い罪に入ります。
  • 差が出るのは長期3年の罪:窃盗罪の従犯は、減軽しても長期5年です(刑法68条3号=長期を2分の1)。どちらで測っても対象に入ります。
    • 例えば住居侵入罪(刑法130条)は長期3年です。その従犯は、減軽すれば長期1年6月になります。
    • それでも正犯の法定刑(長期3年)で測るので、緊急逮捕の対象に入ります。
  • なぜ減軽後の刑で測らないのか:刑を軽くするのは、刑を決めるときの話です。
    • 捕まえる時点では、その人が手助け役(従犯)なのか、実行した側(正犯)なのかは、まだ決まっていません。
    • だから、罪そのものに法律が定めた刑で線を引きます。
  • 従犯かどうかの確定:逮捕の時点で、誰が従犯かまで確定していなくてかまいません。
    • 求められるのは「疑うに足りる理由」の段階で、有罪の確定までは求められていません。

63条(従犯減軽)|刑法 第一編 総則 第十一章 共犯(60〜65条)従犯の刑は、正犯の刑を減軽する。

要件②十分な理由:相当な理由より濃い嫌疑

210条は、嫌疑について「十分な理由」を求めています。通常逮捕の「相当な理由」より、濃い嫌疑です。

通常逮捕緊急逮捕
条文の言葉相当な理由(199条1項)十分な理由(210条1項)
中身この人がこの犯罪をした、と絞られたうえで、疑いに理由があることそれより濃い嫌疑

(1) どこまで濃ければ足りるか

  • 不要なもの:有罪判決や公訴提起が確実だというレベルまでは求められません。
  • 必要な程度:何らかの証拠に基づいて、特定の犯罪の犯人だと捜査機関が確信をもてる程度です。
指輪の男の場合十分な理由
防犯カメラに、似た服装の人が映っていただけ足りない(疑う理由はあっても、確信までは持てない)
被害届どおりの指輪を持ち込み、カメラの顔とも一致した足りる(確信をもてる程度)
  • なぜ濃い嫌疑を求めるのか:裁判官の審査を先送りする分だけ、現場に求める嫌疑の濃さも上がるからです。
    • 令状審査の前に、現場の判断でそれだけの濃さを用意しなければなりません。

要件③急速を要し:待てない事情

「急速を要し」は、次の2つが両方そろって初めて認められます。

  • ①逃亡・罪証隠滅の可能性が高い:すぐに逮捕しなければ、被疑者が逃げるか、証拠を隠したり壊したりする(罪証を隠滅する)可能性が高いことです。
  • ②時間的な余裕が無い:逮捕状を請求する時間的な余裕が無いことです。
  • なぜ①だけでは足りないのか:時間さえあれば、通常逮捕で済むはずだからです。
    • 緊急逮捕は、あくまで通常逮捕が間に合わない場合の手段です。
指輪の男の場合急速を要するか
代金を受け取って店を出ようとしている。逮捕状を取りに行く間に、行方が分からなくなる要する
名前も住所も分かっていて、逃げる様子も無い要しない(逮捕状を取りに行けるので、通常逮捕を使う)

要件④理由の告知

210条は、逮捕のときに「理由を告げて」逮捕すると定めています。

  • 告げる中身:①被疑事実の要旨と、②急速を要する事情の2つです。
    • 両方そろって、初めて足ります。片方だけではいけません。
  • 程度:詳細な事実関係までは求められません。
    • 逮捕される人が、どんな事実で、なぜ急ぐのかを理解できる程度で足ります。
  • なぜ告知が要るのか:現行犯逮捕は、罪がその場で明白なので告知が不要でした。
    • 緊急逮捕は、現場を見ていない分を、告知で補います。

逮捕の後:「直ちに」逮捕状を求める

逮捕した後は、「直ちに」裁判官に逮捕状を求めなければなりません。誰が請求するかは、法律と実務の決まりで層が分かれます。

層内容
刑事訴訟法210条(法律)請求できる者に制限は無い。検察事務官や司法巡査でも請求できる
犯罪捜査規範120条(実務の決まり)指定司法警察員か、その逮捕に当たった警察官が請求する
  • 通常逮捕との違い:通常逮捕の逮捕状を請求できるのは、検察官と司法警察員です(199条2項)。
    • 警察官である司法警察員は、公安委員会が指定する警部以上の者に限られます。
  • なぜ緊急逮捕では広げるのか:請求は「直ちに」しなければならないからです。
    • 請求できる人の到着を待っていたら、時間がたってしまいます。
  • 犯罪捜査規範:法律ではなく、実務の決まりです。法律より一段低い層です。
    • 法律上は制限が無く、実務では誰が請求するかを決めて整えている、という関係なので、矛盾しません。
  • 「直ちに」:請求するまでに、無駄な時間が無かったと言えることです。
    • 請求には、十分な理由と逮捕の必要性を示す資料を付けます。逮捕後にそれを作る時間は認められますが、必要最小限に限られます。
  • 釈放・逃走した後も請求は必要:逮捕後に被疑者を釈放した場合や、被疑者が逃走した場合でも、請求しなければなりません。
    • 捕まえたこと自体は、もう起きています。その逮捕が正しかったかを、裁判官に確かめてもらう必要があるからです。
    • 犯罪捜査規範120条3項が書いているのは、釈放した場合です。逃走した場合は、この項には書かれていません。

120条(緊急逮捕状の請求)(抜粋)|犯罪捜査規範 第五章 逮捕(118〜136条の3)1項:刑訴法第210条第1項の規定による逮捕状(以下「緊急逮捕状」という。)の請求は、指定司法警察員又は当該逮捕に当たつた警察官がこれを行うものとする。ただし、指定司法警察員がいないときは、他の司法警察員たる警察官が請求しても差し支えない。3項:被疑者を緊急逮捕した場合は、逮捕の理由となつた犯罪事実がないこと若しくはその事実が罪とならないことが明らかになり、又は身柄を留置して取り調べる必要がないと認め、被疑者を釈放したときにおいても、緊急逮捕状の請求をしなければならない。

裁判官の2段階審査

逮捕状の請求を受けた裁判官は、2段階で審査します。2つの段は、見ている時点が違います。

段何を審査するかいつの事情で判断するか
第1段緊急逮捕そのものの適法性(210条の要件と手続)要件は逮捕した時点の事情だけ(逮捕後の事情で補えない)
第2段逮捕状発付の理由・必要性(通常逮捕と同じ要件)逮捕状を発付する時点の事情
  • 結論:どちらか一方でも崩れれば、逮捕状は出ません。逮捕状が出なければ、直ちに釈放です。

(1) 第1段:要件は逮捕の瞬間の事情で判断する

  • 逮捕後の事情は見てはいけない:逮捕した時点では十分な理由が無かったのに、逮捕後の取調べで自白した場合でも、逮捕状は出ません。
    • 逮捕の時点で要件を欠いていた以上、後から嫌疑が固まっても救われません。
  • 手続もここで見る:理由を告げたか、直ちに請求したかも、緊急逮捕の適法性に含まれます。
    • 要件がそろっていても、告知を欠いたり請求が遅れたりすれば、緊急逮捕は認められません。
  • 理由①(条文):210条は、十分な理由がある場合に、逮捕できると書いています。理由が要るのは、捕まえるその時です。
  • 理由②(要件を絞った意味):後の自白で足りるなら、薄い疑いのまま先に捕まえて、取調べで固めることができてしまいます。
    • それでは、要件を重い罪・濃い嫌疑・待てない事情に絞った意味がなくなります。

(2) 第2段:発付の時点で、通常逮捕と同じ理由と必要性を見る

  • 審査の中身:第1段が適法でも、裁判官は続けて、逮捕状を発付する時点で、逮捕の理由と逮捕の必要性があるかを審査します。
  • 逮捕の必要性:通常逮捕で見るものと同じで、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあるかです。
  • なぜ発付の時点で見るのか:逮捕状は、ここから先も身柄を確保しておくための根拠になるからです。
    • これから先の根拠なので、出す時点で、理由と必要性が残っていなければなりません。

「急速を要し」でも逃亡のおそれが出てきましたが、「逮捕の必要性」とは問うことが違います。

急速を要し(第1段)逮捕の必要性(第2段)
問うこと逃亡などのおそれが差し迫っていて、逮捕状を待つ時間が無いかそもそも身柄を押さえる意味があるか

(3) 2つの設例:結論は同じでも、崩れる段階が違う

設例事情結論
①逮捕した時点では十分な理由が無かったが、逮捕後の取調べで自白した第1段で否定(逮捕状は出ない)
②逮捕した時点では逮捕の理由も必要性もあったが、逮捕後に消えた第2段で否定(逮捕状は出ない)
  • 設例①の例:カメラの顔と照らし合わせる前に、質店の前にいたというだけで指輪の男を捕まえ、取調べで空き巣を認めた場合です。
    • 捕まえた瞬間には、確信をもてる程度の嫌疑がありませんでした。
  • 設例②の例(理由が消える):指輪の男を適法に捕まえた後、本当の犯人が別に見つかり、男は何も知らずに指輪を預かっていただけだと分かった場合です。
    • 逮捕の瞬間は適法でしたが、発付する時点では、もう逮捕の理由がありません。
  • 設例②の例(必要性だけが消える):男の身元と住所が確かめられ、指輪も押収されて、逃げるおそれも証拠を隠すおそれも、明らかに無くなった場合です。
  • 答案では:同じ「逮捕状が出ない」でも、どちらの段階(時点)で崩れたのかを書き分けます。

緊急執行との区別

名前は似ていますが、緊急執行と緊急逮捕は別物です。分かれ目は、逮捕状の発付が終わっているかどうかです。

  • 緊急執行(201条2項・73条3項の準用):逮捕状はもう出ているのに、手元に持っていないため示せず、急速を要するとき、被疑事実の要旨と逮捕状が出ている旨を告げて逮捕する仕組みです。
緊急執行緊急逮捕
令状の発付もう終わっている(手元に無くて示せないだけ)まだ終わっていない(令状がまだ無い)
事後の手続できる限り速やかに令状を示すだけあらためて令状を請求する

ページ上部へ ↑

#26単独ページ動画

逮捕④逮捕後の手続

逮捕で一段落ではない

手錠をかけた瞬間から、捜査機関の持ち時間を測る時計が動き出します。

  • 場面の例:深夜のコンビニで、募金箱を持ち去ろうとした人を、店員さんがその場で取り押さえました。
    • ここからが、捜査機関がしなければならないことの始まりです。
  • 時計は複数ある:動き出すタイミング(起算点)がそれぞれ違うので、どの時計が何から数えるかを分けて見ます。
  • 時間より先に渡すもの:本人に知らせることと、言い分を聞く機会の3つがあります(第3節)。

(1) 3つの入り口が、ここで1本に合流する

逮捕の仕方は3通りあっても、捕まえた後の手続(202条〜206条)は、ほぼ同じ形に合流します。

入り口合流の経路合流先
通常逮捕そのまま202条の引致へ202条〜206条(逮捕後の手続)
現行犯逮捕216条で準用(199条の逮捕に関する規定)同上
緊急逮捕211条で準用(通常逮捕の規定)同上
  • なぜ合流するのか:どの入り口を通っても、そこにいるのはまだ有罪と決まっていない人だからです。
    • 本人に理由を知らせ、言い分を聞き、期限を切って次の判断者に渡す。この仕組みは同じで済みます。
  • この回の3つの層:①告知と弁解、②時間の制限、③時間を守れなかったときの効果です。

引致:判断できる人の元へ、直ちに

引致とは、身体の自由を拘束した人を、決められた場所へ強制的に連れて行くことです。

  • 検察事務官が逮捕状で逮捕したとき:直ちに検察官へ引致します。
  • 司法巡査が逮捕状で逮捕したとき:直ちに司法警察員へ引致します。
    • 例:交番の巡査(司法巡査)が逮捕状で捕まえたら、直ちに司法警察員の元へ連れて行きます。この後の告知・弁解をするのは、引致を受けた司法警察員です。
  • 判断するのは誰か:弁解を聞いて留置の要否を決めることは、203条・204条で司法警察員と検察官に割り当てられています。
    • 検察事務官・司法巡査は、202条により、その判断をする人の元へ直ちに連れて行きます。
    • こうして、逮捕後の手続は司法警察員と検察官を中心に進みます。

202条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察事務官又は司法巡査が逮捕状により被疑者を逮捕したときは、直ちに、検察事務官はこれを検察官に、司法巡査はこれを司法警察員に引致しなければならない。

告知と弁解の機会(203条)

司法警察員が被疑者を逮捕した、または引致を受けたときに何をするかを、203条1項が定めています。

  • 直ちに告げる2つ:①犯罪事実の要旨(何を疑われているか)と、②弁護人を選任することができる旨(弁護人を頼めること)です。
  • その上で:③弁解の機会(言い分を言える場)を与えます。
    • この①〜③が3点セットです。検察官が自ら逮捕したとき(204条1項)も、同じ3点を与えます。
    • ただし、送致された被疑者を検察官が受け取ったとき(205条1項)に定められているのは、弁解の機会だけです(第6節)。
  • 例:コンビニの店員さんから引き渡しを受けた司法警察員も、犯罪事実の要旨と弁護人を選任できることを告げた上で、弁解の機会を与えます。

(1) 弁解を聞いた後の分かれ道

判断どうするか
留置の必要なし直ちに釈放
留置の必要あり身体を拘束された時から48時間以内に、書類・証拠物とともに検察官へ送致する手続をする
  • 留置の必要と逮捕の必要性の違い:見る時点が違います。
    • 逮捕の必要性:逮捕状を出すときに、捕まえてよいかを見ます。
    • 留置の必要:弁解を聞いた今も、拘束を続ける必要があるかを見直します。
  • 「送致する手続をする」とは:検察官の手元に実際に届くことまでは求められていません。48時間以内に送る手続を終えることです。
    • この違いが、第6節の時間の計算で効いてきます。

203条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:司法警察員は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に書類及び証拠物とともにこれを検察官に送致する手続をしなければならない。

(2) 弁護人を選任できることの告げ方

  • すでに弁護人がいるとき:弁護人の有無を尋ね、いれば、選任できることを重ねて告げなくてかまいません(203条2項)。
  • あわせて教えること:
    • 弁護士・弁護士法人・弁護士会を指定して、弁護人を頼みたいと申し出られること、その申出先(3項)
    • 勾留を請求された後、お金が無いなどで自分で弁護人を頼めないときは、裁判官に弁護人を付けるよう請求できること(4項)

(3) 弁解録取

  • 弁解録取:弁解を聞いて、その内容を書面(弁解録取書)にまとめて残す手続のことです。
    • 刑訴法が定めているのは弁解の機会を与えることまでで、書面を作る規定はありません。書面にするのは実務の運用です。

3点セットの出どころ:憲法34条と31条

203条の3点セットのうち、2つの告知は憲法34条に、弁解の機会は憲法31条の適正手続につながります。

203条での形憲法の根拠
犯罪事実の要旨の告知34条「理由を直ちに告げられ」
弁護人選任権の告知34条「直ちに弁護人に依頼する権利」
弁解の機会34条の文言には無い。31条の適正手続(告知・弁解・防御の機会を与えること)
  • 34条が直接書いているのは2つ:理由の告知と、弁護人に頼む権利です。言い分を聞く機会までは書いていません。
  • 31条:法律の定める手続によらなければ自由を奪われない、という条文です。告知・弁解・防御の機会を与えることは、この適正手続の中心にあると整理されています。

34条(抜粋)|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。

31条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

(1) 判例が述べた型:告知・弁解・防御の機会

  • 判例:第三者の持ち物を没収するとき、持ち主に告知・弁解・防御の機会を与えずに所有権を奪うことは、憲法が許さないとしました。
    • 逮捕の場面ではなく、第三者の持ち物を没収する場面の判断です(この判決が根拠にしたのは憲法31条・29条)。
  • なぜ逮捕にも使えるのか:奪われるものが違っても、国が一方的に奪う前に、理由を知らせ、言い分を聞くという筋は同じだからです。
    • 没収で奪われるのは持ち物、逮捕で奪われるのは身体の自由です。持ち物でも欠かせない筋なら、身体の自由ではなおさらです。
    • しかも逮捕については、憲法34条が、理由を告げることと弁護人を頼めることを直接書いています。弁解の機会は、この31条の筋から支えられます。
  • この型は、この後の手続でも名前を変えて何度も出てきます。

第三者所有物没収事件最高裁判所大法廷判決第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。

弁解録取と被疑者取調べは同じではない

弁解の機会(弁解録取)と、被疑者の取調べ(198条)は、別の手続です。

弁解の機会(弁解録取)被疑者取調べ
主体検察官・司法警察員だけ限定されない(検察官・検察事務官・司法警察職員)
対象逮捕された被疑者だけ在宅の被疑者にも使える
黙秘権の告知条文上、要求されていない(実務では告げている)198条2項で義務づけ
  • 黙秘権の告知:取調べの前には、「自分の意思に反して話す必要はない」と告げなければなりません。
  • なぜ実務では弁解録取でも告げるのか:弁解を聞く場と取調べの場が、実際には区別しにくいからです。
    • 例:司法警察員が弁解を聞くうちに、「なぜ持ち去ろうとしたのか」と動機まで掘り下げ始めたら、それはもう実質的には取調べです。
    • 名前ではなく中身で見る:弁解のつもりが、実質的に取調べになっていないかを見ます。
  • 短答では:「条文上、弁解の機会に黙秘権の告知は要求されていない」が答えです。条文の答えと実務の運用を、分けて持っておきます。

198条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。2項:前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

3つの時計:起算点と終わりを分けて覚える

時間の数字は、いつから数えるか(起算点)と何をするまでかをセットで覚えます。

時計起算点何をするまでか
48時間(司法警察員)身体を拘束された時検察官へ送致する手続まで
24時間(検察官)検察官が受け取った時(送致された時ではない)裁判官に勾留を請求する(または公訴を提起する)まで
72時間(外枠)身体を拘束された時24時間の制限はこの外枠を超えられない
  • 起算点は2種類:「身体を拘束された時」と「検察官が受け取った時」です。
    • 条文の言葉は「逮捕の時」ではなく「身体を拘束された時」です。実際に拘束が始まった時を基準に数えます。
  • 48時間の中身:48時間以内に終えるべきなのは、送致する手続です。検察官へ実際に届けることではありません。
    • 届くまでの移動・事務にかかる時間は、48時間の中には含まれません。
  • 送致を受けた検察官がすること:弁解の機会を与え、留置の要否を判断します(205条1項)。
    • 203条・204条と違い、犯罪事実の要旨と弁護人選任権を告げることは定められていません。
  • 勾留請求の代わりに起訴してもよい:24時間と72時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求は要りません(205条3項)。

205条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。2項:前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。3項:前二項の時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。

(1) 72時間は、拘束の時から動く外枠

  • 48時間と24時間をそのまま足せるのは:警察が48時間ぎりぎりで送致の手続を終え、しかも検察官が受け取るまでの時間がゼロだったときだけです。
    • 実際には、手続を終えてから検察官が受け取るまでに、移動や事務の時間がかかります。
  • 72時間は動かせない外枠:身体を拘束された時から動いています。
    • 受け取った時点で48時間を過ぎていれば、過ぎた分だけ、検察官が使える時間は24時間より短くなります。
  • ずれの分は検察官の持ち時間から削られる:送致から受け取りまでのずれがあっても、被疑者の拘束が72時間を超えて延びることはありません。
  • なぜ外枠を置くのか:外枠が無ければ、送致から受け取りまでに手間取った分だけ、本人の拘束が延びてしまうからです。72時間は、その延びを止める最終ラインです。

(2) 設例:数字を動かしてみる

設例送致の手続を終えた検察庁が受理した72時間から受理を引く検察官の残り時間
①45時間目49時間目72−49=23時間23時間
②40時間目44時間目72−44=28時間24時間まるまる
③44時間目47時間目72−47=25時間24時間まるまる
  • 設例①:45時間目の送致の手続は、48時間の枠の中なので違法ではありません。
    • しかし受理が49時間目なので、検察官が使えるのは24時間ではなく残り23時間です。
    • 移動には4時間かかりましたが、削られるのは、受理が48時間の線を越えた1時間だけです。
  • 設例②③:72時間から引いた残りが24時間より長いので、外枠は届かず、24時間まるまる使えます。
    • 移動に時間がかかっても、48時間の手前で受理されれば、削られません。
  • 外枠が効くのは:受理が48時間の線を越えたときだけです。越えた分だけ、検察官の持ち時間が短くなります。

誰が捕まえたかで、ルートが変わる

引き継ぎの経路は、誰が捕まえたかで4通りに分かれます。

捕まえた人引致起算点適用条文
司法警察員が自ら逮捕不要身体を拘束された時203条(48時間で送致の手続)
検察事務官が逮捕202条で検察官へ身体を拘束された時204条(48時間で勾留請求・送致の段なし)
検察官が自ら逮捕不要身体を拘束された時204条(48時間で勾留請求・送致の段なし)
私人が現行犯逮捕214条で引渡し私人が捕まえた時(と考えられている)216条で準用(受け取った人に応じて203条か204条)

(1) 検察官の元にいる場合(204条)

  • 中身:検察官は、告知と弁解の機会(中身は203条と同じ)の後、身体を拘束された時から48時間以内に、裁判官に勾留を請求します。
    • 弁護人の頼み方・国選の請求の教示も、203条と同じです(204条2項・3項)。
  • 送致の段が無い理由:被疑者はすでに検察官の手元にいるので、送致という段階そのものが要りません。
  • 司法警察員が逮捕した場合との違い:持ち時間は、拘束の時から全体で48時間です。
    • 警察が逮捕すると「48時間で送致の手続+受け取りから24時間(外枠72時間)」ですが、検察官の元では24時間も72時間の枠も続きません。
  • 勾留請求が要らない場合:48時間以内に公訴を提起したときは、勾留の請求をしなくてかまいません(1項ただし書)。

204条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、逮捕状により被疑者を逮捕したとき、又は逮捕状により逮捕された被疑者(前条の規定により送致された被疑者を除く。)を受け取つたときは、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から四十八時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。但し、その時間の制限内に公訴を提起したときは、勾留の請求をすることを要しない。

(2) 私人が現行犯人を捕まえた場合(214条・216条)

  • 私人の義務:コンビニの店員さんのような私人は、自分で留め置かず、直ちに検察官か司法警察職員へ引き渡します(214条)。
    • 受け取ったのが司法巡査なら、速やかに司法警察員へ引致します(215条1項)。
  • 引き渡された後:216条が通常逮捕の規定を準用するので、受け取った人が司法警察員なら203条、検察官なら204条のルートに乗ります。
    • =通常逮捕・緊急逮捕・現行犯逮捕のどれも、202条〜206条の手続に合流します(第1節)。
  • 時間の起算点:私人が捕まえた時だと考えられています。警察官が受け取った時ではありません。
    • 理由:216条で準用される203条1項・204条1項が、「身体を拘束された時」から数えると書いているからです。店員さんが取り押さえた時点で、拘束はもう始まっています。
    • 受け取りが遅れても、警察の48時間は、店員さんが取り押さえた時から減り始めています。
    • 起算点が拘束の時に固定されている点は、72時間の外枠と同じ発想です。

214条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)検察官、検察事務官及び司法警察職員以外の者は、現行犯人を逮捕したときは、直ちにこれを地方検察庁若しくは区検察庁の検察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない。

216条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)現行犯人が逮捕された場合には、第百九十九条の規定により被疑者が逮捕された場合に関する規定を準用する。

時間を守れなかったら:直ちに釈放

時間の区切りは、拘束を続けてよいかを次の判断者に確かめさせるためのものです。区切りまでに渡せなければ、拘束を続ける根拠がなくなります。

  • 48時間以内に送致の手続ができない:直ちに釈放します(203条5項)。
  • 24時間(72時間の外枠)以内に勾留の請求も公訴の提起もしない:これも直ちに釈放します(205条4項)。
    • 検察官が自ら逮捕した場合も、48時間以内に勾留請求も公訴提起もしなければ、直ちに釈放です(204条4項)。

(1) 例外は「やむを得ない事情」だけ

  • 仕組み:やむを得ない事情で時間の制限を守れなかったときは、検察官が裁判官にその事由を疎明して、勾留を請求できます(206条1項)。
  • 裁判官の審査:遅れがやむを得ない事由に基づく正当なものだと認めなければ、勾留状を出せません(206条2項)。
    • 認めなければ、207条5項ただし書により、裁判官が直ちに被疑者の釈放を命じます。
  • 極めて狭い:想定されているのは、天災や大きな事故で交通機関が止まった場合などです。
    • 「事務所が混んでいて手が回らなかった」程度では、認められません。
  • なぜ狭くするのか:例外を広く認めると、期限そのものの意味がなくなるからです。

206条|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官又は司法警察員がやむを得ない事情によつて前三条の時間の制限に従うことができなかつたときは、検察官は、裁判官にその事由を疎明して、被疑者の勾留を請求することができる。2項:前項の請求を受けた裁判官は、その遅延がやむを得ない事由に基く正当なものであると認める場合でなければ、勾留状を発することができない。

逮捕されている間、被疑者にできること

逮捕中の被疑者も、何もできないわけではありません。ただし、逮捕そのものへの不服には壁があります。

接見交通権(39条1項)逮捕への不服(429条1項)
できるかできる。弁護人・弁護人になろうとする人と、立会人なしで接見できるできない(準抗告の列挙に逮捕が無い)
なぜ身体拘束中でも保障される権利逮捕は長くても72時間で終わり、審査しているうちに終わってしまう(判例の理由ではなく、手続の作りからの説明)
争う場逮捕の段階から使える勾留の段階に置かれている(勾留・保釈は列挙にある)

(1) 接見交通権

  • 中身:身体を拘束されている被疑者は、弁護人や、弁護人になろうとする人と、立会人なしで会えます。書類や物の受け渡しもできます。
  • 例:店員さんに取り押さえられたその夜、48時間の時計が動いている最中でも、弁護士が警察署に来れば、立会人なしで会えます。

39条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

(2) 逮捕は準抗告の対象に含まれない

  • 準抗告:裁判官がした一定の裁判に不服がある人が、裁判所にその取消し・変更を求める手続です(429条1項)。
    • 対象は、各号に並べた裁判に限られます。例:忌避の申立てを却下する裁判、勾留・保釈・押収などに関する裁判、鑑定のための留置を命じる裁判
    • この列挙に、逮捕は入っていません。
  • 最高裁の結論:逮捕に関する裁判とそれに基づく処分は、準抗告の対象に含まれないとしました。
    • 決定が示したのは結論だけで、理由は述べていません。
  • 手続の作りから見た説明:
    • 逮捕は、長くても72時間で終わります。不服を審査しているうちに、逮捕の時間は過ぎてしまいます。
    • その代わり、逮捕に続く勾留は、請求の段階で裁判官が審査し、勾留には準抗告もできます。争う場は、拘束が長くなる勾留の段階に置かれています。
    • 逮捕のあいだも、弁護人とは会え、時間を守らなければ直ちに釈放という歯止めも働いています。

逮捕への準抗告最高裁判所決定逮捕に関す裁判及びこれに基づく処分は、刑訴法四二九条一項各号所定の準抗告の対象となる裁判に含まれないと解するのが相当である

429条(抜粋)|刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)1項:裁判官が次に掲げる裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消し又は変更を請求することができる。二 勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する裁判

ページ上部へ ↑

#27単独ページ動画

勾留①要件と勾留質問

勾留とは何か

逮捕から72時間が経とうとするころ、検察官が裁判官に「この人を、あと10日拘束させてください」と求めます。これが勾留の請求です。

  • 勾留:裁判官が、逮捕より長い期間、被疑者の身柄を拘束するかを決める処分です。
  • 裁判官が確かめること:大きく2段あります。
    • 勾留の理由:罪を犯したと疑う理由があるか
    • 勾留の必要性:本当に10日も拘束する必要があるか
    • 理由があれば必要性も自動的にある、とは限りません。理由と必要性は別のチェックです。
  • 裁判官は本人に会う:書類だけでは決めません。必ず被疑者本人に会って、言い分を聴いてから決めます(第7節)。

(1) 逮捕から勾留状まで

段階誰が・何をするか
逮捕捜査機関が、短時間、身柄を確保する
勾留請求検察官が、裁判官に勾留を求める(警察から送られた被疑者なら、受け取ってから24時間以内、かつ逮捕から72時間以内。205条)
勾留質問裁判官が被疑者に直接会い、要件を確かめる
勾留状勾留が認められる。期間は原則10日で、延長もある(延長は通じて10日まで。208条)
  • 勾留を求められるのは検察官だけ:警察官には、勾留を請求する権限がありません。
  • 逮捕との違い:逮捕状の審査では、裁判官は被疑者本人に会いません。裁判官が被疑者に直接会うのは、勾留が初めてです。
    • 逮捕そのものには不服を申し立てられず、争う場は、拘束が長くなる勾留の段階に置かれています。
    • だから、勾留の条件は逮捕よりも厳しく作られています。
  • 逮捕が先:逮捕せずに、いきなり被疑者を勾留することはできません(逮捕前置)。
    • 起訴された後の勾留は被告人の勾留と呼ばれます。被疑者の勾留とは名前が違いますが、中身の条文は共通です(第2節)。

なぜ「被告人」の条文を読むのか(207条1項)

被疑者の勾留の要件は、「被告人」と書かれた条文を読んで判断します。そのつなぎ役が207条1項です。

  • 本来の条文:60条・61条・87条は、起訴された後に、裁判所や裁判長が被告人を勾留する場面の条文です。
  • 207条1項の働き:勾留の請求を受けた起訴前の裁判官に、裁判所・裁判長と同一の権限を与えています。
    • この仕組みを授権と呼びます。
    • だから、被告人を主語にした条文を、そのまま被疑者にも読み替えて使えます。
  • ただし書(保釈は除く):保釈は、起訴された後の制度だからです。
    • 逮捕・勾留の段階では、保釈という選択肢自体がありません。

207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

勾留の理由(60条1項)

60条1項は、勾留の「理由」を定めています。中身は2つの要素に分かれます。

  • 要素①相当な嫌疑:柱書の「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」です。
    • 逮捕にも「相当な理由」という要件があり、言葉は同じです。
    • ただ、勾留は拘束が長く、逮捕の後で資料も集まっています。そのため、逮捕のときより少し高い疑いが求められる、と考えられています。
  • 要素②1号〜3号のどれか1つ:住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのうち、どれか1つに当たることです。
    • 3つとも満たす必要はありません。
逮捕勾留
逃亡・罪証隠滅のおそれの位置「逮捕の必要性」の問題「勾留の理由」(1号〜3号)の問題
どこまで求めるか「明らかに必要が無い」とはいえない程度で足りる1号〜3号のどれかを、積極的に認められなければ勾留できない
  • なぜハードルが上がるのか:身柄の拘束が長くなる分だけ、求められる条件も上がります。

60条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。一 被告人が定まつた住居を有しないとき。二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

(1) 1号 住居不定

  • 住居不定:実際に帰る場所があるかで判断します。住民票の有無では決まりません。
場面事情判断
帰る場所が実質ない住民票は実家のまま、半年以上友人宅を転々とし、本人も「もう戻らない」と話している住居不定と判断される余地がある
一時的な外出親と喧嘩して、3日間友人宅に泊まった。連絡が取れ、戻る意思もはっきりしている帰る先が確かなので、住居不定の程度は高くない
住所が不明住所を黙秘し、持ち物からも分からない同じく住居不定に含まれる
  • 軽微事件の特則(60条3項):軽い事件は、住居不定の場合に限って勾留できます。
    • 対象:30万円(刑法・暴力行為等処罰法・経済関係罰則整備法の罪以外は、当分の間2万円)以下の罰金、拘留、科料に当たる事件です。
    • 結論:軽い事件は、罪証隠滅や逃亡のおそれがあっても、住居不定でなければ勾留できません。
    • 通常逮捕の特則との違い:通常逮捕では「正当な理由なく出頭の求めに応じない場合」も入っていましたが、勾留の特則には入っていません。
    • 拘留:罰金・科料と並ぶ刑罰の一種です。この回の「勾留」とは別物です。

60条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)3項:三十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる事件については、被告人が定まつた住居を有しない場合に限り、第一項の規定を適用する。

(2) 2号 罪証隠滅のおそれ(4つの視点)

2号は、実務でいちばん争われる号です。

  • よくある誤解:「否認している=罪証隠滅のおそれあり」とは、自動的には言えません。
  • 見方:2号に当たるかは、次の4つの視点を順に確かめて判断します。
視点問うこと中身
①対象何を隠すのか犯罪の事実だけでなく、正当防衛のように違法性をなくす事実、心神喪失のように責任をなくす事実、重要な情状事実も含む
②態様どうやって隠すのか本人が自分で動く場合だけでなく、第三者に頼んで動かす場合も含む(共犯事件・組織的な事件ほど、働きかける手段が増える)
③現実的可能性本当に隠せる状況か客観的な見方
④主観的可能性本人に隠す気があるか本人の意思の面
  • ③と④は欠かせない:現実に隠せる状況でなかったり、本人に隠す意図がなかったりすれば、2号には当たりません。
  • おそれの程度:2号に当たるかでは、おそれが有るか無いかを見ます。おそれがどのくらい大きいかという程度は、次の必要性の判断で効いてきます(第4節・第5節)。
  • 否認の位置づけ:否認は、④主観面の手がかりにはなります。
    • しかし、対象に触れられるか、現実に隠せる状況かという客観面が伴わなければ、否認だけで2号のおそれは認められません。

(3) 設例:おそれが高い事件・低い事件

どちらの事件も、被疑者は否認しています。

設例①伝票書換え(共犯)設例②器物損壊(単独犯)
事案会社員Aが、同僚Bと共謀して会社の経費の伝票を書き換えた疑い。事情を知る経理担当者Cとは、今も同じ職場で毎日顔を合わせる路上に止めてあった見知らぬ人の車を傷つけた単独犯の器物損壊。車の持ち主とは面識がなく、誰なのかも知らない
主観面否認している否認している
対象伝票という書類証拠の防犯カメラ映像は、すでに警察が押収済み
態様本人が破棄することも、Bに頼むこともできる。同じ職場なので伝票にもCにも手が届く持ち主が誰か分からず、働きかける相手を探し出す手立てがない
現実的可能性高い低い
  • 分かれ目:否認しているかどうかより、証拠に手が届く状況かどうかです。

(4) 3号 逃亡のおそれ

逃亡のおそれは、生活の状況と処罰を免れたい動機の強さの2つの方向から見ます。

見るもの高い例低い例
生活の状況単身か、仕事は安定しているか、交友関係単身で、仕事を転々としている家族と同居し、安定した職がある
動機の強さ見込まれる刑の重さ、前科・前歴実刑が見込まれる重大事件罰金刑で終わる見込みの軽い事件
  • 注意:「重大事件=逃亡のおそれあり」と自動的に結びつけてはいけません。
    • 重大事件は、動機の一要素にすぎません。生活の状況と合わせて、積み上げて判断します。

勾留の必要性(87条1項)

勾留の理由があっても、もう1段、勾留の必要性のチェックがあります。

  • 逮捕の必要性とは中身が違う:逃亡や罪証隠滅のおそれは、勾留ではすでに「理由」(1号〜3号)に入っているからです。
  • 根拠:87条1項は、勾留の理由又は勾留の必要がなくなったときに、勾留を取り消すと定めています。
    • 理由と必要を並べて書いている点がポイントです。
    • 必要がなくなれば取り消す以上、勾留を請求した時点でも必要性が要件になる、と読めます。
  • 判断の仕方:拘束を続ける利益と、被疑者にかかる不利益(仕事を失う、家族の生活に響くなど)を比べます。
    • 通常は、理由があれば必要性も認められます。それが否定される場面がある、ということです。
  • おそれの程度はここで見る:罪証隠滅や逃亡のおそれが有っても、その程度がそれほど大きくないとき、拘束による不利益を考えて必要性が否定されることがあります。
    • 諸事情を総合して、勾留することが実質的に相当かを判断します。
起訴猶予・罰金で終わる見込みの軽い事件証拠に手が届く状況(設例①の伝票の事件)
拘束を続ける利益低い(起訴猶予か罰金で終わる見込み)高い(罪証隠滅を防ぐ必要がある)
本人の不利益大きい(勾留が続くと解雇される)同程度の不利益がある(Aも会社員)
必要性の判断否定されることがある認められやすい
  • 起訴できないことが明らかな場合:必要性は無い方向に働きます。
  • 二段構造の意味:住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれが認められて、理由のチェックを通っても、必要性で止まることがあります。

87条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。

判例:罪証隠滅の「現実的可能性の程度」

勾留の必要性の判断で、罪証隠滅の現実的可能性の程度を見ることを、最高裁が示した事件です。地下鉄の車内での迷惑行為防止条例違反、いわゆる痴漢の事件でした。

  • 事案の特徴:被疑者の言い分と被害少女の供述が、真っ向から対立していました。
    • 犯行を争う事件でも、必要性が否定されうることを示した事例です。

(1) 手続の経過

順番誰が判断
①勾留請求を受けた最初の裁判官勾留の理由はあるが、必要性なしとして請求を却下
②検察官が準抗告、京都地方裁判所が審理供述の対立や少女に働きかける可能性を理由に、判断を覆し勾留を認める
③被疑者側が最高裁に特別抗告抗告の理由には当たらないとしつつ、最高裁が職権で判断。②の決定を取り消し、準抗告を棄却=①の却下が確定
  • 準抗告:裁判官がした勾留などの裁判に不服がある者が、取消し・変更を求める手続です(429条1項)。
    • 申立先:簡易裁判所の裁判官の裁判なら管轄の地方裁判所、それ以外の裁判官の裁判ならその裁判官が所属する裁判所です。
  • 特別抗告:ほかに不服を申し立てる方法のない決定などについて、最高裁判所に申し立てる抗告です(433条1項)。
  • 結果:勾留はされませんでした。

(2) 最高裁が見たもの

  • 考慮した事情:前科がなく、逃亡のおそれも否定されていました。
    • そのうえで、朝の通勤・通学の時間帯に、市の中心部を走る地下鉄の車内で起きた事件でした。
    • 被疑者が被害者に接触する可能性が高いことを示す具体的な事情は、うかがわれませんでした。
  • 判断を左右する要素:この事件で必要性を左右するのは、罪証隠滅の現実的可能性の程度だとされました。
  • 審査の形:最高裁は、可能性は低いと見た最初の裁判官の判断が、不合理といえるかを問いました。そして、不合理とはいえないとしました。
  • ②の決定が違法とされた核心:②の決定は、少女に働きかける「可能性もある」と言うだけでした。
    • 可能性の程度について、①と違う判断をした理由を何も示していませんでした。
    • そのため、60条1項・426条の解釈適用を誤った違法があるとされました。
  • 誤解しやすい点:最高裁は、「罪証隠滅のおそれが無い」と言ったのではありません。
    • 勾留の理由があることを前提に、必要性の段階で、そのおそれがどのくらい現実的かという程度を見ました。
  • 読み取れること:隠滅の可能性が「ある」と言うだけでは、必要性を認める理由として足りません。どの程度現実的かを具体的な事情から示す必要があります。
    • 可能性があるだけで足りるなら、どんな事件でも勾留できてしまい、2段のチェックが意味を失います。
  • 事例判断:この決定で「痴漢の事件なら勾留できない」と決まったわけではありません。
    • 同じ痴漢の事件でも、被害者の連絡先を知っているなど、接触できる事情があれば、判断は変わりえます。

迷惑行為防止条例違反事件(勾留の必要性)最高裁判所決定罪証隠滅の「現実的可能性」被疑者は、前科前歴がない会社員であり、原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば、本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は、罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ、原々審が、勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは、この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え、本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので、被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると、原々審の上記判断が不合理であるとはいえない……

勾留の可否を決める1本の型

ここまでの要件を、判断の順に並べます。どこか1つでも欠ければ、勾留はできません。

順番確かめること欠けたとき
①嫌疑相当な嫌疑があるか(60条1項柱書)そこで終わり
②1号〜3号住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのどれかに当たるかそこで終わり
③必要性拘束を続ける利益が、被疑者の不利益を上回るか(87条1項)ここで止まる
  • もう1つ確かめること:裁判官は、先にあった逮捕の手続が適法だったかも審理します(刑事訴訟規則148条1項参照)。
    • 逮捕の違法は、勾留にも影響しえます。
    • ただし、ささいな違法があるだけで勾留請求を必ず退けるわけではありません。令状主義の精神に反するような重大な違法があるときに、請求を却下すべきだと一般に考えられています。

勾留質問(61条)

裁判官は、勾留を決める前に、必ず被疑者本人に直接会います。これを勾留質問といいます。

  • 根拠:61条です。これも207条1項を通して、被疑者に読み替えて使います。
  • 何をするか:裁判官が、被疑者を裁判所に連れてこさせ、直接、被疑事件を告げ、それに対する言い分(陳述)を聴きます。
    • この陳述を聴かなければ、勾留はできません。
  • なぜ聴くのか:住む場所はあるか、仕事や家族はどうか、証拠に手が届くか。理由と必要性の材料を、書類だけでなく本人の言い分で確かめるためです。
  • 弁護人の告知:被疑者に弁護人がいなければ、弁護人を選任できること、貧困などで自分で選べないときは選任を請求できることを告げます(207条2項)。
    • すでに弁護人がいれば、この告知は要りません(同項ただし書)。
    • あわせて、選任を申し出る方法や、請求の手続まで教えます(207条3項・4項)。
  • 立会い:検察官にも弁護人にも立会権はなく、非公開で行われます。
    • 立ち会うのは裁判所書記官です(刑事訴訟規則69条)。
    • 裁判官が、被疑者本人と直接向き合って話を聴く場面です。

逮捕直後の手続と同じ型が、裁判官の前でもう一度繰り返されます。

逮捕直後(203条・204条)勾留質問(61条・207条)
主体検察官・司法警察員裁判官が直接
告げる内容犯罪事実の要旨、弁護人選任権被疑事件、弁護人選任権・国選弁護人の請求権
聴くこと弁解の機会を与える陳述(言い分)を聴く
  • 共通する型:理由を告げられ、弁護人を頼める、という憲法34条の型です。

61条|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)被告人の勾留は、被告人に対し被告事件を告げこれに関する陳述を聴いた後でなければ、これをすることができない。但し、被告人が逃亡した場合は、この限りでない。

勾留状か、直ちに釈放か(207条5項)

勾留質問を終えた裁判官は、理由と必要性を確かめて、結論を出します。

判断裁判官がすること
理由も必要性もある(60条・87条の要件を満たす)速やかに勾留状を発する
理由か必要性が欠ける勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じる
  • 必要性が欠けるとき:条文の言葉は「勾留の理由がないと認めるとき」で、「必要」という言葉はありません。
    • それでも、必要性が無いときも、ここに含めて読まれています。
  • 時間制限を守れなかったとき:48時間・24時間などの時間制限を守れなければ、捜査機関自身が直ちに被疑者を釈放しなければなりません(203条5項・205条4項)。
  • 遅れた勾留請求:遅れがやむを得ない事由による正当なものと認められなければ、裁判官は勾留状を出せません(206条2項)。このときも、裁判官は釈放を命じます(207条5項ただし書)。
  • 共通する発想:自ら釈放する義務と釈放の命令という違いはあっても、拘束の根拠がなくなればすぐに解放する点で一貫しています。

207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)5項:裁判官は、第一項の勾留の請求を受けたときは、速やかに勾留状を発しなければならない。ただし、勾留の理由がないと認めるとき、及び前条第二項の規定により勾留状を発することができないときは、勾留状を発しないで、直ちに被疑者の釈放を命じなければならない。

勾留された後の場所(代用刑事施設)

勾留状が出た後、被疑者がどこに収容されるかは、法律の原則と実務の実態が逆になっています。

原則(拘置所)実務の多く(代用刑事施設)
施設刑事施設(拘置所)警察の留置施設
根拠刑事収容施設法3条(勾留される者を収容する)同法15条1項柱書(刑事施設に代えて留置施設に留置できる)
管理法務省警察(都道府県警察に置かれる。同法14条1項)
実際の割合少数多くの被疑者がここに収容される
  • 代用刑事施設:拘置所の代わりに、警察の留置施設に留め置くことです。
  • なぜ逆転しているのか:拘置所の数が少ないことが、実務上の事情の1つです。
  • 批判:取調べをする警察が身柄も管理していると、自白を強いる圧力がかかりやすい、という指摘です。
  • 論点になる理由:取調べる側と留め置く側が同じだと、力のバランスが崩れやすいからです。
    • バランスを取る工夫として、取調べの録音・録画などの適正化の道具が別にあります。

15条(抜粋)|刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律 第一編 総則 第三章 留置施設(14〜24条)1項:第三条各号に掲げる者は、次に掲げる者を除き、刑事施設に収容することに代えて、留置施設に留置することができる。

ページ上部へ ↑

#28単独ページ動画

逮捕前置主義

逮捕前置主義とは(207条1項「前三条」)

勾留を請求するには、その前に必ず逮捕を経ていなければなりません。これを逮捕前置主義といいます。

  • 名前の意味:「前置」は「前に置く」です。勾留の前に逮捕を置く、という意味です。
  • この回の2つの問い:
    • ①なぜ、勾留の前に必ず逮捕を置くのか(第2節)
    • ②その逮捕が違法だったとき、勾留はどうなるのか(第3節〜第7節)
  • ②の答え:逮捕が違法でも、勾留がそのまま止まるわけではありません。止まるのは、その違法が重大なときだけです。

(1) 根拠は「前三条」の3文字

207条1項は、勾留の請求を受けた裁判官の権限を定めた条文です。その冒頭の「前三条」が、逮捕前置主義の根拠になります。

条文中身
204条・205条・206条(前三条)逮捕された被疑者について、検察官が時間の制限内に勾留を請求する手続(48時間・24時間・72時間の時計と、やむを得ない遅れの扱い)
207条1項「前三条の規定による勾留の請求」を受けた裁判官が、勾留を判断する
  • 読み方:207条1項は、逮捕の後の手続を経た勾留請求だけを前提にしています。
    • 逮捕を経ずに、いきなり勾留を請求することは想定されていません。
  • 結論:勾留を請求できるのは、必ずその前に逮捕の手続を経ている場合だけ、と読めます。

207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

なぜ勾留の前に逮捕を置くのか(趣旨)

逮捕前置主義の趣旨は、短い逮捕で捜査を尽くさせ、それでもなお必要なときだけ長い勾留に進ませることです。

段階状況何をするか
逮捕捜査の入口。犯罪を疑う理由の強さも、拘束しておく必要の強さも、まだ定まっていないいきなり10日単位の拘束は認めず、まず短い逮捕にとどめる
この間に捜査を尽くす短い期間捜査を進めて、長い拘束が本当に要るかを見極める
勾留それでもなお、長く拘束する必要があると分かったそのときだけ、長い拘束に進む
  • 目印:救急外来で、すぐ入院を決めず、応急処置と経過観察の間に検査して、必要なら入院に進むのと同じ段階の踏み方です。

(1) 批判される説明:二度審査説

逮捕前置主義には、もう1つの説明があります。ただし、弱点が指摘されています。

  • 二度審査説:逮捕と勾留で、裁判官の審査を二度通すことに意味がある、という考え方です。
弱点中身
①現行犯逮捕現行犯逮捕は、令状が要らない逮捕です。裁判官の審査は勾留の1回しかなく、「2回審査する」という説明が当てはまりません
②期間の差逮捕は最大72時間、勾留は原則10日+延長10日です。「2回審査する」だけでは、なぜ拘束できる期間がこれほど違うのかを説明できません
  • 扱い方:どちらが完全に正しいと決める話ではありません。ただ、この先の議論は「捜査を尽くさせる」という説明を軸に進みます。

逮捕と勾留は別個の手続

逮捕が違法だったら、勾留も自動的に違法になるのか。ここが、この回の引っかかりです。

  • かつての考え方:逮捕前置主義は適法な逮捕を前提にしている、と考えられていました。
    • だから、違法な逮捕のあとの勾留は当然に違法、という結論でした。
  • 実際:逮捕と勾留は、法律上、別々の手続です。
  • 趣旨から考える:逮捕の短い期間に求められていたのは、捜査を尽くすことでした。
    • 逮捕の手続に違法があっても、その間、捜査自体は進んでいたことが多いです。
    • だから、逮捕に違法があったというだけで、自動的に勾留もできなくなるわけではありません。
    • 目印:応急処置の受付票に書き間違いがあっても、検査で入院が必要と分かれば、入院そのものは取り消されません。
  • ただし:逮捕の違法が、勾留に一切関係ないわけではありません。影響することもあります(第4節)。
    • 覚える順番は、自動的にはつながらない、が先です。

それでも逮捕の違法が勾留に響く3つの理由

別の手続なのに、なぜ逮捕の違法が勾留に影響するのか。その問いへの答えが、次の3つです。

理由中身
①争う場が無い逮捕そのものには準抗告ができません(429条1項の列挙に逮捕が無い)。逮捕の違法を審査する機会は、勾留の段階に置くしかありません
②拘束の続き逮捕から勾留まで、身柄は一度も解放されません。勾留は、実質的には逮捕で始まった拘束の続きです
③将来の抑止違法な逮捕をしても結局勾留が通るなら、捜査機関に手続を守らせる力が弱くなります。違法な逮捕を防ぐための、政策的な理由です
  • 理由①の補足:被疑者が初めて裁判官に直接会い、言い分を言えるのは、勾留の場面(勾留質問)です。
    • ここで逮捕の違法を見なければ、その違法は誰にも審査されないまま、拘束だけが続きます。
  • 理由②の補足:逮捕に重大な違法があれば、その人は釈放されているべきでした。
    • 例:本当ならその夜のうちに家に帰れていたはずの人が、そのまま10日間留め置かれることになります。
    • 引き継ぐ元の拘束が許されないものだったなら、それを引き継いで延ばすことも許されません。

重大な違法だけが勾留を止める

3つの理由があっても、逮捕に少しでも違法があれば勾留が止まる、とまでは広げません。線を引くのは「違法が重大かどうか」です。

  • 令状主義:逮捕は原則として、裁判官が前もって理由を確かめて出す令状が無ければできない、という考え方です。
    • 令状無しでできるのは、現行犯逮捕と緊急逮捕という、要件の決まった例外だけです。
  • 基準:令状主義の精神に反するような重大な違法が逮捕にあったときにだけ、裁判官は勾留請求を却下する、と考えられています。

(1) 軽微な瑕疵:却下の理由にならない

  • 例:逮捕状に書かれた事件番号の数字を1つ書き間違えた、という程度のミスです。
    • 書き間違いは、手続の中身には触れません。
  • なぜ却下しないのか:この程度の小さな傷まで却下の理由にすると、捜査の必要性を大きく損なうからです。

(2) 重大な違法:4つの典型

どこからが重大な違法かは、裁判例の考え方も分かれていて、一律の基準は示しにくいとされます。そのうえで、次の4つは原則として重大な違法と考えられています。

  • 共通点:4つとも、裁判官の審査を通らないまま、人を拘束してしまった場合です。書き間違いと違って、令状主義そのものを破っています。
    • 例外的に重大でないとされた裁判例は第6節です。
典型何が起きているか
①任意同行と称した実質逮捕任意同行と言いながら、実質的には逮捕していた。令状を取らずに逮捕している
②現行犯逮捕の要件を欠く現行犯逮捕のつもりだったのに、その場で要件を満たしていなかった。例外の要件が無いのに、例外を使っている
③緊急逮捕の要件を欠く緊急逮捕のつもりだったのに、要件を満たしていなかった。②と同じく、例外の要件が無いのに例外を使っている
④そのほかの根本的な瑕疵逮捕手続に、①〜③と同じくらい根本的な傷がある場合の受け皿

裁判例:実質逮捕はあったが、重大な違法ではないとされた事件

東京高等裁判所が、任意同行と称した実質逮捕を認めながら、その後の勾留は違法ではないとした事件です。判断は2段に分かれます。

  • 1段目:逮捕が違法だったか
  • 2段目:その違法が、勾留を止めるほど重大か

(1) 事件の経過

順出来事ポイント
①窃盗の犯人が、盗まれた自動車で逃走。警察は緊急配備を敷き、検問で手配の車を見つけて停止を合図した
②犯人は合図を無視して走り去り、車を捨てて山林へ逃げ込んだ
③その後に発見され、駅の待合室へ任意同行。ここで職務質問を始めた令状はまだ出ていない
④駐在所へ任意同行し、約2時間、事情を聴いた裁判所は、③④の同行は適法な任意同行とした
⑤深夜、覆面パトカーの後部座席で警察官2人が両側から挟み、警察署へ同行裁判所は、ここからを実質的には令状の無い逮捕と判断した
⑥その約3時間後、通常逮捕の令状を執行
⑦48時間以内に検察官へ送致し、勾留請求法律が定める時間の制限内に進んでいた
  • 1段目の結論:形は任意同行でも、⑤からは実質的に逮捕です。令状が無いので、違法な逮捕と認定されました。

(2) 2段目:重大な違法とはいえないとされた理由

任意同行と称した実質逮捕は、第5節の典型①です。それでも、この事件では重大ではないとされました。

  • 決め手①緊急逮捕の要件がそろっていた:実質逮捕の時点で、緊急逮捕できる理由と必要性は事実上そろっていたとされました。
    • 中身の柱:罪が重いこと(死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪)、嫌疑が濃いこと(疑うに足りる十分な理由)、待てないこと(急速を要し、逮捕状を求められない)です(210条1項)。
    • 必要性:判決は、理由だけでなく逮捕の必要性もあったとしています。
    • 客観的に見る:当時の警察官は「まだ緊急逮捕はできない」と考えていました。それでも裁判所は、事情から客観的に要件がそろっていたと認めました。
    • 中身はそろっていたのに、令状を取らずに進めてしまった、という違法です。
  • 決め手②その後の時間を守っていた:実質逮捕の約3時間後に通常逮捕の令状が執行され、時間の制限内に送致・勾留請求まで進みました。
    • 勾留請求の時期にも、違法な点は見当たらないとされました。
  • 実務での説明:手続の選び方を誤った、形のうえのミスにとどまる、という見方です。
    • 令状を請求していれば、そのまま逮捕できた人だからです。
    • 第4節の理由②の「その夜のうちに家に帰れていたはずの人」には当たりません。
  • 判断が分かれた例:富山地方裁判所の事件では、時間の制限は守っていても、令状のない拘束そのものが重大な瑕疵とされ、勾留請求は却下されました。
    • 時間を守ったことだけで、実質逮捕の違法が必ず救われるわけではありません。東京高裁の事件は、緊急逮捕の要件が事実上そろっていたことを重く見ています。
  • この事件で切れたもの:「逮捕が違法=勾留も当然違法」というつながりです。
    • 別個の手続(第3節)、3つの理由(第4節)、重大性のフィルター(第5節)を積み重ねた結果です。

実質逮捕後の勾留請求(窃盗事件)東京高等裁判所判決実質逮捕はあったが、重大な違法とは言えない実質的に逮捕とみるべき同行の時点において、被疑者を緊急逮捕することができる理由と必要性は事実上そろっていたと認められる。そのうえ、その約3時間後には通常逮捕の令状が執行され、法律が定める時間の制限内に検察官への送致、さらに勾留の請求までが進んでおり、勾留請求の時期についても違法な点は見当たらない。これらを踏まえると、先行した実質的逮捕の違法性の程度は、その後にされた勾留を違法にするほど重大なものとまでは言えない。

210条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。

裁判例の大勢と、これを批判する有力説

第6節の判断の仕方は、裁判例の大勢だとされています。これに対して、有力な学説からの批判があり、決着はついていません。

  • 裁判例の大勢:実質逮捕の時点で緊急逮捕の要件が事実上そろい、その後の手続も時間内に進んでいれば、重大な違法とはしません。
  • 有力説:違法な実質逮捕が先にあった以上、緊急逮捕の要件が事実上そろっていても、重大な違法として勾留請求を却下すべき、という立場です。
    • 要件がそろっていたこと自体は争いません。争うのは、踏むべき手続を踏んでいない点です。
裁判例の大勢有力説(批判)
何を重く見るか要件が事実上そろっていたこと緊急逮捕は令状なしで拘束できる例外で、違憲の疑いもあるので、手続を厳しく守らせるべき
重大性の判断重大な違法とはしない(要件がそろい、時間内に進んでいることが前提)要件がそろっていても、令状主義違反として重大な違法
あとの通常逮捕状手続の選び方を誤った、形のうえのミスにとどまる緊急逮捕の事後審査を受けたのと同じには扱えない
  • 有力説が問題にする点:本当に緊急逮捕をしていれば、直ちに裁判官に逮捕状を求め(210条1項)、裁判官は2段階で審査します。
    • 第1段:逮捕した時点の事情で、緊急逮捕そのものが適法だったか。
    • 第2段:逮捕状を出す時点の事情で、逮捕の理由と必要性があるか。
    • あとから通常の逮捕状を取っただけでは、通常逮捕の要件(理由と必要性)の審査しか受けていません。先にした令状のない拘束が正しかったかは、誰も審査していないことになります。
  • 押さえる形:「重大性」を見るときには、実務の大勢と、それを疑う有力説の両方がある、という構図です。論文でも論点になりうる対立です。

ページ上部へ ↑

#29単独ページ動画

勾留③期間・延長と接見等禁止

被疑者勾留の期間の全体像

起訴前の勾留は、原則の10日に、延長と特例が積み重なって最大25日になります。

段階日数ここまでの合計条文
勾留10日10日208条1項
延長通じて10日まで最大20日208条2項
内乱等の特例通じて5日まで最大25日208条の2
  • 期間の動き方は3つ:どこから数えるか(起算)、どう延びるか(延長)、いつ止まるか(停止)です。
  • 特例は日常の事件ではまず出てこない:ふつうの事件の上限は20日です。

起算点は「勾留を請求した日」

10日の1日目は、逮捕された日でも、勾留状が出た日でもありません。

候補起算日になるか
逮捕された日ならない
勾留質問の日ならない
勾留状が発付された日ならない
検察官が勾留を請求した日これが起算日(208条1項)
  • 条文の形:208条1項は「期間は10日とする」とは書いていません。「請求した日から10日以内に起訴しなければ、検察官は直ちに釈放しなければならない」という釈放義務の形です。
  • 手続が翌日にずれたとき:請求の翌日に勾留質問をして、勾留状を出すこともあります。
    • それでも起算日は請求の日のままです。ずれた1日は10日の中に食い込みます。
    • 裁判官側の手続が遅れても、拘束が長くなって被疑者が損をすることはありません。

208条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:第二百七条の規定により被疑者を勾留した事件につき、勾留の請求をした日から十日以内に公訴を提起しないときは、検察官は、直ちに被疑者を釈放しなければならない。

数え方は初日算入

起算日が決まったら、その日を1日目に数えるかが次の問題です。

  • 一般の原則(初日不算入):刑事訴訟法の期間は、日で数えるとき初日を入れません(55条1項)。
    • 例:締切が「今日から10日」なら、今日は数えず、明日を1日目にします。
  • 勾留は初日算入:請求したその日を1日目に数えます。
    • 根拠:55条に勾留の例外は書かれていません。被告人の勾留で初日から数えた最高裁の決定があり、実務もそう扱います。
    • なぜ:初日を入れる方が満期が1日早くなり、拘束が短くなるからです。
数え方4月1日に請求したとき満期
初日算入(勾留)4月1日が1日目4月10日
初日不算入(一般の原則)4月2日が1日目4月11日
  • 休日も延びない:55条3項は、期間の末日が土日・祝日・年末年始なら、その日を数えないとしています。
    • 勾留では、初日と同じく、これも使いません。満期が日曜でも、翌日まで延びることはありません。
    • 55条は、初日の扱い(1項但書)も休日の扱い(3項但書)も、時効期間には原則を当てないと定めています。勾留期間は、この時効期間と同じ扱いをされています。

55条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第七章 期間(55〜56条)1項:期間の計算については、時で計算するものは、即時からこれを起算し、日、月又は年で計算するものは、初日を算入しない。但し、時効期間の初日は、時間を論じないで一日としてこれを計算する。3項:期間の末日が日曜日、土曜日、国民の祝日に関する法律(昭和二十三年法律第百七十八号)に規定する休日、一月二日、一月三日又は十二月二十九日から十二月三十一日までの日に当たるときは、これを期間に算入しない。ただし、時効期間については、この限りでない。

延長は「やむを得ない事由」があるときだけ

10日の満期には、起訴するか釈放するかを決めるのが原則です。それでも捜査が足りないときの道が延長です。

  • 誰が・何をするか:検察官が延長を請求し、裁判官が「やむを得ない事由」があると認めたときに延ばします(208条2項)。
  • 「事件が複雑だから」だけでは足りない:次の3つがそろって、初めて「やむを得ない事由」になります。
要素中身
① 支障捜査を続けなければ、起訴するかどうかを決められない
② 不足最初の10日では、その捜査を終えられなかったと言える
③ 見込み延長すれば、その支障がなくなる見込みがある
  • 例:どれも「もう少し調べれば処分を決められる」事情です。
    • 関係者が多く、10日で全員の取調べが終わらなかった
    • 目撃者の都合がつかず、まだ話を聞けていない
    • 鑑定の結果がまだ出ていない
  • 回数と上限:何回に分けて請求してもかまいません。ただし合計は通じて10日までです。
    • 例:最初に7日延ばしたら、次に請求できるのは残りの3日だけです。
  • 勾留質問はしない:延長の判断は、書面で審理します。
  • 満期の例:4月10日満期の勾留を10日延長すると、4月20日までになります。

208条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)2項:裁判官は、やむを得ない事由があると認めるときは、検察官の請求により、前項の期間を延長することができる。この期間の延長は、通じて十日を超えることができない。

内乱等の特例(さらに5日)

20日で打ち止めにならない、ただ1つの例外です。

  • 対象になる事件:刑法第二編の第二章〜第四章と第八章の罪です。
    • 内乱の罪、外患の罪、国交に関する罪、騒乱の罪です。
  • できること:検察官の請求で、裁判官が、208条2項で延長した期間をさらに延ばせます。合計は通じて5日までです。
  • 満期の例:4月20日満期に5日足して、4月25日までになります。
    • 10日+延長10日+特例5日=最大25日の内訳です。

208条の2|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)裁判官は、刑法第二編第二章乃至第四章又は第八章の罪にあたる事件については、検察官の請求により、前条第二項の規定により延長された期間を更に延長することができる。この期間の延長は、通じて五日を超えることができない。

期間が止まる場面(鑑定留置)

期間は延びるだけでなく、数えるのを止める場面もあります。

  • 鑑定留置:被疑者の精神状態などを鑑定するため、病院などの施設に留め置く処分です。
  • 勾留中に鑑定留置をすると:留め置かれている間は、勾留の執行が停止したものとされます。
    • 条文は被告人について167条の2第1項にあり、被疑者には224条2項で準用されます。
  • 止まるのは「凍結」:リセットではありません。ゼロに戻って数え直すことはありません。
時期勾留期間の進み方
1日目〜7日目7日分進む
鑑定留置の間(例:3か月)進まない
施設から戻った日8日目として続きから再開する
  • 目印:使った日数は使ったまま、残りは残りのままです。

167条の2(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第十二章 鑑定(165〜174条)1項:勾留中の被告人に対し鑑定留置状が執行されたときは、被告人が留置されている間、勾留は、その執行を停止されたものとする。

接見等禁止(止まるのは誰との面会か)

勾留中の被疑者に、さらに外部との面会ややり取りを禁じる処分が接見等禁止です。

(1) 前提:勾留の「理由」と「必要性」

接見等禁止の要件にも、勾留と同じ「逃亡・罪証隠滅のおそれ」という言葉が出てきます。

  • 勾留の理由:罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、逃亡・罪証隠滅のおそれなどがあるかです。
  • 勾留の必要性:勾留してまで、それを防ぐ必要があるかです。

(2) 原則は、弁護人以外とも面会できる

  • 原則:勾留中の被疑者も、家族や友人などと、法令の範囲内で面会し、手紙や物をやり取りできます(207条1項・80条)。
    • 例外:逃亡・罪証隠滅を疑う相当な理由があるとき、裁判官が接見等禁止をかけられます(207条1項・81条)。
  • 誰が請求し、誰が決めるか:検察官の請求、または裁判官の職権で、裁判官が決定します。
  • 禁止できること:面会を禁じること、やり取りする書類や物を検閲すること、その受け渡しを禁じること、差し押さえることです。
    • ただし、食べ物(糧食)の受け渡しは禁じられず、差し押さえることもできません(81条但書)。
  • 被告人の条文を被疑者に使える理由:81条の主語は「裁判所」、対象は「被告人」です。
    • 207条1項が、勾留の請求を受けた裁判官に、裁判所・裁判長と同じ権限を与えています。だから起訴前の被疑者にも使えます。

81条|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)裁判所は、逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるときは、検察官の請求により又は職権で、勾留されている被告人と第三十九条第一項に規定する者以外の者との接見を禁じ、又はこれと授受すべき書類その他の物を検閲し、その授受を禁じ、若しくはこれを差し押えることができる。但し、糧食の授受を禁じ、又はこれを差し押えることはできない。

(3) 弁護人との接見は、どんな事件でも止まらない

  • 81条の対象外:81条は「39条1項に規定する者以外の者」との接見を禁じる規定です。39条1項の者とは、弁護人と弁護人になろうとする者です。
相手接見等禁止の対象か
弁護人・弁護人になろうとする者(39条1項)対象外(最初から除かれている)
親族・友人など、弁護人以外の者対象(面会・書類等の受け渡しを禁止できる)
  • 接見交通権:39条1項が保障する、立会人なしで弁護人と会い、書類や物をやり取りする権利です。
    • なぜ外すのか:この権利は、憲法34条の弁護人依頼権に由来します。81条はこれを害さないよう、弁護人を対象から外しています。
  • 注意:「接見禁止」と聞くと、全部の面会が止まるように聞こえます。止まるのは、弁護人以外との面会と物の受け渡しだけです。

39条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第四章 弁護及び補佐(30〜42条)1項:身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

接見等禁止の要件(条文と判例の2段)

81条の要件は、勾留の理由と同じ文言です。しかし判例は、それだけで禁止してよいとはしていません。

段何が要るか出どころ
条文の要件逃亡し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由81条
判例の絞り①勾留に加えて接見等を禁止すべき程度の罪証隠滅のおそれ最高裁決定
判例の絞り②接見等により実効的な罪証隠滅に及ぶ現実的なおそれ最高裁決定
  • なぜ絞るのか:勾留しているのは、もともと逃亡や罪証隠滅を防ぐためです。同じおそれを理由にするだけでは、面会まで禁じる理由になりません。
  • 判例が見ているもの:面会や手紙を通じて、実際に証拠をつぶせてしまうかどうかです。
    • それを、事案の具体的な事情から認める必要があります。「まだ危ないから」という抽象的な理由では足りません。
  • 判例の絞りは罪証隠滅について:この決定が述べたのは罪証隠滅のおそれです。逃亡には触れていません。
    • 条文の要件(逃亡も含む)と、判例の絞りを混ぜて書かないようにします。
  • 判例の事案は起訴後の被告人:被疑者の勾留でも、207条1項で81条を使う以上、同じ枠組みで考えます。
  • 禁止が認められやすい事情
    • 組織性:組織ぐるみの事件で、外の仲間を通じて指示を伝えられる
    • 大規模さ:関係者が多く、口裏合わせの相手が多い
    • 実際の工作:勾留の前から、関係者への働きかけなどの隠滅工作がされていた

立会い・検査があっても、禁止が要る理由

面会には職員の立会いがあり、手紙は検査されます。それなら禁止まで要らないのでは、という疑問への答えです。

  • もともとある仕組み:立会い・検査は、接見等禁止の効果ではありません。禁止が無くても行われます。
    • 例:留置施設では、未決拘禁者の面会(弁護人等を除く)に職員が立ち会い(刑事収容施設法218条1項)、手紙を検査します(同222条1項)。
    • 接見等禁止が出ると、立会いどころか、弁護人以外との面会そのものができなくなります。
  • 現場の限界:立ち会う職員は、事件の中身に詳しくありません。隠語や遠回しな言い方で指示されると、見抜けないおそれがあります。
  • 実務で重く見るもの:禁止が必要かを判断するとき、立会い・検査があることよりも、事案の内容を重視します。
    • 組織性、大規模さ、実際の工作の有無です。

ページ上部へ ↑

#30単独ページ動画

勾留④勾留理由開示・取消し・準抗告

勾留から出るための道具の全体像

勾留状が出ても、期間が過ぎるのを待つしかないわけではありません。弁護人が身柄を取り戻すために打てる手を、決定の前と後に分けて整理します。

  • 逮捕との違い:逮捕に不服があっても、被疑者が争う手段はありません。
    • 準抗告できる裁判を並べた429条1項に、逮捕が入っていないからです。判例も、逮捕には準抗告できないとしています。
  • 勾留には争う手段がある:だから、勾留の段階でどの道具を使うかが大事になります。

(1) 決定が出る前の働きかけ

逮捕された人は検察官に送られ、検察官が裁判官に勾留を請求します。この流れの途中で、2つの場面で働きかけができます。

場面誰に何を伝えるか
勾留請求の前検察官「勾留を請求しないでほしい」
請求の後・決定の前裁判官「勾留を認めないでほしい」
決定の後(道具ごとに違う)法律に用意された4つの道具を使う(次の(2))
  • 何を材料にするか:身元を引き受ける人がいること、定まった住居があること、逃げる心配が薄いことです。
    • これらを資料や意見書にまとめて提出します。
  • なぜ決定前が特に大事か:決定の前には、逮捕を争う手続も、勾留を止める手続も法律にありません。
    • 使えるのは事実上の働きかけだけなので、ここで勾留を防げるかが勝負になります。
    • 決定の後は逆に、不服申立てや、事情の変化に応じた手続が法律で用意されています。

(2) 決定が出た後の4つの道具

道具何のための道具か条文
①勾留理由開示決定の理由を知る82条
②勾留の取消し決定の後に事情が変わったことを理由に、勾留を終わらせる87条
③準抗告決定した時点の判断そのものの誤りを争う429条1項2号
④勾留の執行停止勾留の効力を残したまま、一時的に外へ出す95条
  • 被疑者にも使える理由:82条・87条・95条の主語は「被告人」と「裁判所」です。
    • 207条1項が、勾留の請求を受けた裁判官に、裁判所と同じ権限を与えています(第8節)。
    • だから被疑者の勾留では、これらの規定を裁判官が使います。

勾留理由開示(理由を知る道具)

1つ目は、なぜ勾留されているのかを、公開の法廷で説明させる制度です。

(1) 憲法34条後段を具体化した制度

  • 憲法34条後段:拘禁された人が要求すれば、その理由を、本人と弁護人が出席する公開の法廷で示さなければなりません。
  • 勾留理由開示:この後段を、刑事訴訟法で具体化した制度です。

34条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

(2) 請求から法廷まで

段階中身
請求本人のほか、弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹・その他の利害関係人ができる(82条)
公開の法廷裁判官と裁判所書記官が列席し、被疑者と弁護人が出席する(83条)
理由を告げ、意見を聴く裁判官が勾留の理由を告げる。検察官・被疑者・弁護人・請求者は意見を述べられる(84条)

82条|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留されている被告人は、裁判所に勾留の理由の開示を請求することができる。2項:勾留されている被告人の弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹その他利害関係人も、前項の請求をすることができる。3項:前二項の請求は、保釈、勾留の執行停止若しくは勾留の取消があつたとき、又は勾留状の効力が消滅したときは、その効力を失う。

(3) 注意する3つの点

  • 不服申立てそのものではない:理由を知り、意見を述べる場です。その場で勾留が取り消されるわけではありません。
    • 決定の誤りを争うのは、準抗告です(第4節)。
    • 役目:理由が分からなければ、何を争えばいいかも分かりません。後の不服申立ての準備になります。
    • 実際の姿:捜査を続ける都合から、裁判官が理由の具体的な中身まで告げないことが多いです。
    • それでも、法廷で意見を述べて記録に残せます。接見等禁止中なら、家族が法廷で本人の姿を見られる機会にもなります。
  • 最初の1回だけ:同じ勾留について開示されるのは、最初の請求の1回だけです。ほかの請求は却下されます(86条)。
  • 勾留されている間だけ:請求できるのは「勾留されている」人です。釈放された後には請求できません。
    • 請求した後に勾留の取消しや執行停止があれば、その請求も効力を失います(82条3項)。

勾留の取消し(事後の変化を理由にする道具)

2つ目は、決定の後に事情が変わり、勾留を続ける理由が無くなったときに使う道具です。

決定した時点その後の変化取り消す
勾留の理由も必要性もそろっていた(判断は正しかった)例:身元引受人が現れた→必要性が消えた時点の誤りは言わない。将来に向けて効力を失わせる
  • 勾留の取消し:勾留の理由か必要性がなくなったとき、裁判官が勾留を取り消す制度です(87条1項)。
    • 「なくなったとき」=決定の時点ではあったものが、後から消えたという意味です。
    • 「必要がなくなったら取り消す」という書き方は、勾留の要件に必要性が含まれることの根拠にもなっています。
  • 例:決定の後で、身元を引き受ける人が現れた場合です。
    • 決定が間違っていたとは言いません。その後の変化を理由に、勾留を終わらせます。
  • 誰が請求できるか:検察官、勾留されている被疑者、その弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系の親族・兄弟姉妹です。
    • 職権でもできる:請求が無くても、裁判官が自分の判断で取り消せます。
    • 取り消す要件がそろえば、「取り消さなければならない」=取り消す義務があります。
  • 不当に長い拘禁(91条1項):勾留による拘禁が不当に長くなったときも、取り消す義務があります。
    • 条文は「取り消し、又は保釈を許さなければならない」です。被疑者には保釈が無いので(第8節)、被疑者の場合は取消しになります。

87条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。

準抗告(決定時点の誤りを争う道具)

3つ目は、決定した時点の裁判官の判断そのものが誤っていた、と主張する道具です。

(1) 勾留の裁判は準抗告で争える

  • 準抗告:裁判官がした裁判に不服がある人が、その取消し・変更を裁判所に求める手続です(429条1項)。
    • 抗告:裁判所がした決定への不服申立てです。裁判官がした裁判には、抗告ではなく準抗告を使います。
  • 2号に「勾留」がある:勾留に関する裁判は、準抗告の対象です。
    • 例:勾留状を出した裁判、延長を認めた裁判、勾留や延長の請求を却下した裁判。どれも対象です。
    • 請求を却下した裁判には、検察官が準抗告します。条文は申立人を「不服がある者」とだけ書き、被疑者側に限っていません。
    • 逮捕はこの列挙に入っていません(第1節)。
  • どこに申し立てるか:簡易裁判所の裁判官の裁判なら管轄の地方裁判所、それ以外はその裁判官が所属する裁判所です。

(2) 審査するのは合議体

決定準抗告審査
単独の裁判官の裁判(勾留状の発付・延長・請求の却下)決定した時点の判断そのものの誤りを主張する合議体(複数の裁判官)が審査する(429条4項)
  • 意味:決定した本人ではない、別の目で見直す仕組みです。

429条(抜粋)|刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)1項:裁判官が次に掲げる裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消し又は変更を請求することができる。二 勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する裁判2項:第四百二十条第三項の規定は、前項の請求について準用する。4項:第一項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。

(3) 嫌疑が無いことは理由にできない

  • 制限:「そもそも犯罪の嫌疑が無い」ことを理由に、勾留の準抗告はできません。
    • 抗告についての制限(420条3項)を、429条2項が準抗告にも準用しています。
  • 理由:嫌疑の有無は、本案の裁判(有罪か無罪かを決める裁判)で審判すべき事項だからです。
    • 勾留の手続の中で、犯罪の有無まで決着させるわけにはいきません。

420条(抜粋)|刑事訴訟法 第三編 上訴 第四章 抗告(419〜434条)3項:勾留に対しては、前項の規定にかかわらず、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることはできない。

取消しと準抗告の違い

どちらも「勾留に不服がある」ときの道具に見えますが、争う時点が違います。この回でいちばん大事な区別です。

取消し(87条)準抗告(429条1項2号)
争う時点「今」から見る。決定した時点の判断は正しかった前提「決定したあの時」から見る。決定した時点の判断そのものが誤っていたと主張する
理由事後に、勾留の理由・必要性が消えた決定した時点の判断の誤り(例:資料の見落とし)
請求できる人検察官・被疑者・弁護人など+職権不服がある者
効果将来に向けて効力を失わせる裁判の取消し又は変更
  • 身元引受人が現れた:決定の後に起きた事情の変化です。だから取消しを使います。
  • 必要性を示す資料を、裁判官が見落としていた:決定した時点の判断の誤りです。だから準抗告を使います。
  • 注意(よくある間違い):「勾留に不服なら取消し請求」とひとくくりにしないことです。争う対象の時点で見分けます。

勾留の執行停止(効力を残したまま外へ出す道具)

4つ目は、争うのではなく、勾留を続けたまま一時的に身柄だけを外へ出す道具です。

取消し執行停止(95条)
勾留の効力失わせる残したまま。一時的に身柄だけ外へ出す
終わった後勾留そのものが終わる停止の事由が終わったら、再び勾留される
きっかけ請求または職権職権のみ。弁護人は職権の発動を促すだけ
  • 勾留の執行停止:裁判官が適当と認めるとき、被疑者を親族などに委託したり、住居を制限したりして、勾留の執行を止める制度です(95条1項)。
    • 条件を付けることもできます(95条1項後段)。
  • 例:手術のため、数日だけ入院が必要になった場合です。
    • 親族に委託したり、住居を病院に制限したりして、その間だけ執行を停止します。
    • 入院が終われば、再び勾留されます。勾留そのものは、一度も終わっていません。
  • 注意(請求権は無い):執行停止は、裁判官の職権による措置です。
    • 弁護人ができるのは、「職権を発動してほしい」と申し立てることだけです。請求する権利とまでは言えません。
    • 停止するかどうかは、裁判官の判断です。

95条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:裁判所は、適当と認めるときは、決定で、勾留されている被告人を親族、保護団体その他の者に委託し、又は被告人の住居を制限して、勾留の執行を停止することができる。この場合においては、適当と認める条件を付することができる。

接見等禁止の決定に不服があるとき

勾留中にかかる接見等禁止(81条)の決定にも、弁護人が取れる対応が2つあります。

  • 接見等禁止:勾留されている人と、弁護人以外の人との面会や物のやり取りを止める決定です。
準抗告一部解除の申立て
対象決定そのもの決定の一部(例:両親との面会、配偶者からの手紙)
範囲決定を全部争う範囲を狭めてもらう
位置づけ429条1項の「勾留に関する裁判」に含まれる職権発動を促すだけ。裁判官が適当と認めれば認められる
  • 準抗告で争える:接見等禁止の決定も、準抗告の対象として扱われています(429条1項2号「勾留に関する裁判」)。
  • 一部解除の例:「両親との面会だけは認めてほしい」「配偶者からの手紙だけは読ませてほしい」といった形です。

被疑者には保釈が無い

ここまでの道具に、保釈は入っていません。起訴前の被疑者には、保釈が使えないからです。

起訴前の被疑者起訴後の被告人
保釈が無い(207条1項但書)保釈が使える
  • 207条1項本文:勾留の請求を受けた裁判官は、裁判所・裁判長と同じ権限を持ちます。
  • 但書:「保釈については、この限りでない」=被疑者を勾留する裁判官には、保釈を認める権限が無いという意味です。
    • 保釈が使えるのは、起訴された後の被告人だけです。
  • この回の道具で外へ出るには:取消し・準抗告で勾留を終わらせるか、執行停止で一時的に出るかです。
    • 理由開示は理由を知る場で、それだけで外へ出られるわけではありません。

207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

ページ上部へ ↑

#31単独ページ動画

事件単位の原則・一罪一逮捕一勾留

逮捕・勾留の効力は事件ごと(事件単位の原則)

逮捕・勾留の期間は、1つの事件ごとに数えます。この「事件ごと」の中身が、この回のテーマです。

  • 軸になる答え:裁判官は、人ではなく事件ごとに審査します。だから、拘束もその事件の範囲でしかできません。
  • なぜ大事か:この前提を崩すと、勾留の期間の制限そのものが意味を失います(第6節)。

(1) 事件単位の原則とは

  • 事件単位の原則:逮捕・勾留の効力は、その逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実にのみ及ぶ、という原則です。
    • 基礎となっている被疑事実:令状に書かれている、その事件のことです。
    • 余罪:令状に書かれた事件以外の事実です。余罪には、効力は及びません。
  • 意味:逮捕・勾留したことになるのは、令状に書かれた1つの事件についてだけです。

(2) 対立する人単位説

  • 人単位説:逮捕・勾留は、その人の身体そのものを拘束しているのだから、効力は事件を問わずその人に及ぶ、という考え方です。
    • 直感的には分かりやすい考え方ですが、通説ではありません。
事件単位の原則人単位説
効力の範囲逮捕・勾留の基礎となっている被疑事実にのみ及ぶその人の身体に及ぶ
余罪の扱い余罪には効力が及ばない余罪にも効力が及ぶ
採否通説・実務通説ではない
  • 人単位説がとれない理由:裁判官が審査していない事件まで、拘束することになるからです。

なぜ事件単位なのか(令状主義からの帰結)

事件単位の原則の根拠は、令状主義の条文にあります。2つの条文から、裁判官の審査の単位が事件であることが導かれます。

順番手がかり分かること
①憲法33条令状は「理由となつてゐる犯罪を明示する」ものでなければならない
②刑訴200条1項逮捕状には「罪名」「被疑事実の要旨」を書く
③審査の単位=事件裁判官は「その被疑事実について、拘束する理由と必要性があるか」を審査する
  • 裁判官が審査すること:「その人を拘束してよいか」ではありません。「その被疑事実について、拘束する理由と必要性があるか」です。
  • 結論:審査の単位が事件である以上、拘束できる範囲の単位も事件でなければ理屈が通りません。
    • 審査した範囲と拘束できる範囲がずれると、裁判官が審査した意味がなくなります。
  • まとめ:事件単位の原則は、令状主義から導かれる帰結です。

33条|日本国憲法 第三章 国民の権利及び義務(10〜40条)何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

200条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:逮捕状には、被疑者の氏名及び住居、罪名、被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所、有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

拘束は事件ごとに独立する(二重逮捕・二重勾留)

事件単位の原則を当てはめると、同じ人を別々の事件で重ねて拘束できる、という結論が出ます。

  • 二重逮捕・二重勾留:A事件で勾留されている被疑者を、別のB事件でも重ねて逮捕・勾留することです。できます。
  • 違法な二重拘束ではない理由:A事件の拘束とB事件の拘束は、令状ごとに分かれて、独立に効力を持つからです。
    • A事件についての審査と、B事件についての審査は、別の手続です。
    • だから、同じ人に2つの拘束が重なっても矛盾しません。
令状裁判官が審査した事件
A事件の拘束令状①(独立)A事件
B事件の拘束令状②(独立)B事件

逮捕前置主義との組み合わせ

事件単位の原則は、「勾留の前に逮捕を経ていなければならない」という逮捕前置主義とも組み合わさります。

(1) 判断基準はあくまで「事件」

  • 逮捕前置主義の根拠:207条1項の「前三条の規定による勾留の請求」です。
    • 204条〜206条は、逮捕された被疑者について勾留を請求する手続です。だから、逮捕の手続を経ていなければ勾留を請求できません。
  • 逮捕前置主義の趣旨:捜査の初めは、犯罪の疑いも拘束の必要性も、まだ固まっていません。
    • そこで、いきなり長い勾留を認めず、まず短い逮捕を先に置きます。
    • 逮捕の間に捜査を尽くさせ、それでも長い拘束が必要なときに限って勾留を認めます。
  • 事件単位と組み合わせると:逮捕を経ているかは、今回勾留したいその事件自体について見ます。
    • 被疑者が別の事件で身柄を拘束されていても、その事件について逮捕を経ていなければ、逮捕前置主義を満たしません。
    • 理由:その事件については、短い逮捕の間に捜査を尽くす段階を踏んでいないからです。
      • 例外:逮捕した事件(A)で勾留できるときは、その勾留請求に別の事件(B)を付け加えることが許されます(第5節の③)。Bについて逮捕前置主義を満たすからではなく、被疑者に不利益がないからです。
  • 注意(誤解しやすい):「人」を拘束していればよいわけではありません。基準は常に「事件」です。

207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

(2) 被疑事実の同一性

逮捕のときの被疑事実と、勾留を請求するときの被疑事実の関係を整理します。

  • 原則:逮捕時の被疑事実と勾留時の被疑事実は、同一でなければなりません。
    • 理由:別の事件で逮捕していたのでは、その事件について長い勾留が本当に必要かを判断できないからです。
  • 一言一句同一でなくてよい:捜査が進んで事実の細部がはっきりしただけなら、同じ事件のままです。
    • 例:駅前のひったくりの犯行時刻が、最初は「19時ごろ」で、後で「19時5分」と分かった。同じ事件として扱われます。

被疑事実の同一性を欠くとき(3つのパターン)

A事実で逮捕した後に、同一性を欠く別のB事実が出てきたとき、どう扱えるかを3つのパターンで整理します。

  • 例:A事実=駅前のひったくり、B事実=別の日に別の店でした万引き。
パターン内容可否
①勾留の切替A事実の逮捕 → B事実だけで勾留請求不可(B事実について逮捕が先行していない)
②再逮捕による勾留A事実で逮捕した被疑者をいったん釈放 → B事実で改めて逮捕して、B事実で勾留請求可(B事実についても逮捕が先行している)
③理由の付加A事実の逮捕のまま、勾留請求でA事実+B事実を併せて理由にする可(A事実で勾留できることが前提。被疑者に不利益がない)
  • ①勾留の切替が不可な理由:B事実については、逮捕を一度も経ていません。
    • A事実の逮捕の効力は、B事実には及びません(事件単位の原則)。
    • B事実について短い逮捕の間の捜査を経ずに、いきなり長い勾留に入ることになり、逮捕前置主義を満たしません。
  • ②再逮捕による勾留が可な理由:B事実について改めて逮捕するので、B事実についても逮捕が先に置かれるからです。
  • ③理由の付加が可な理由:
    • 前提:A事実について逮捕が先行し、A事実そのもので適法に勾留できることです。
      • A事実の疑いが消えて、A事実では勾留できないときは使えません。②の方法をとります。
    • この前提があれば、勾留はA事実で認められます。そこにB事実を足しても、被疑者に不利益はありません。
    • 逆に、B事実についても逮捕し直せと求めると、かえって拘束が長くなり、被疑者に不利益です。

(1) ②より③が被疑者に有利な理由

  • ②再逮捕による勾留:B事実でもう一度逮捕すると、逮捕の時間制限が、ゼロから数え直しになります。
    • 例:司法警察員が逮捕したときは、身体を拘束された時から72時間以内に勾留請求をしなければなりません(203条1項・205条2項)。
    • その分だけ、拘束期間がかえって長くなります。
  • ③理由の付加:A事実の逮捕のまま勾留に進むので、72時間の上乗せがありません。
    • だから、被疑者にとって有利な方法として認められています。

(2) 見分け方の2点

  • 逮捕の先行:勾留の理由にする事件について、逮捕が先に行われているか。①は欠けて不可、②は満たして可です。
  • 不利益:逮捕が先行していない事実を足すなら、A事実そのもので勾留できるうえで、被疑者に不利益がないか。③はこれに当たり可です。

一罪一逮捕一勾留の原則

令状主義・事件単位の原則からは、「同じ事件で何回拘束できるか」という回数の結論も出ます。

  • 一罪一逮捕一勾留の原則:同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回しか認められない、という原則です。
    • 別名:実務では勾留が問題になることが多いので、「一罪一勾留の原則」とも呼ばれます。
  • 根拠:逮捕状・勾留状の請求には被疑事実が必要で、裁判官は被疑事実を単位に審査します。
    • 「審査の単位=拘束できる範囲の単位」(第2節)を、今度は回数の方向で見たものです。

(1) 趣旨:期間制限の潜脱を防ぐ

順番中身
期間の上限勾留は原則10日、延長でさらに10日(208条1項・2項)
上限の潜脱刑法上1個の犯罪を分割して、繰り返し逮捕・勾留すれば、上限を実質的に無視できてしまう
だから1回だけ同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回しか認められない
  • 潜脱:ルールを実質的に無視して、すり抜けることです。
  • 趣旨:この潜脱を防ぐことです。

(2) 中身は2つの禁止

禁止場面目印
再逮捕・再勾留の禁止同一の被疑事実で、逮捕・勾留を繰り返す蒸し返し
重複逮捕・重複勾留の禁止同一の被疑事実で、同時に複数の逮捕・勾留をする同時の重複
  • 二重勾留との違い:言葉は似ていますが、結論が逆です。
二重逮捕・二重勾留(第3節)重複逮捕・重複勾留
重なる拘束別々の事件の拘束が重なる同じ事件で拘束を2回重ねる
結論できる禁止

具体例:住居侵入+窃盗は分割できない

「1個の犯罪」を分割してはいけない、という結論を、人の家に侵入して物を盗んだ例で確かめます。

  • 住居侵入と窃盗の関係:侵入は盗むための手段、盗みが目的です。
    • 刑法上は、まとめて1個の犯罪(科刑上一罪)として扱われます(刑法54条1項)。
    • 「1個の犯罪」の中身は、刑法上まとめて1つの犯罪として扱われる、ということだけです。
  • 一罪の範囲:一罪一逮捕一勾留の「一罪」は、この刑法上の「1個の犯罪」の単位で考えるのが通説です。
やり方評価
だめなやり方住居侵入だけで逮捕・勾留し、終わった直後に窃盗で改めて逮捕・勾留する1個の犯罪の分割=違法
正しいやり方住居侵入と窃盗をまとめて、1回の逮捕・勾留で処理する可
  • だめな理由:住居侵入で勾留が延長込みで20日、続けて窃盗でまた20日になります。
    • 1個の犯罪なのに、勾留だけで合わせて40日になり、勾留の期間制限をすり抜けます。
  • 理由の付加との違い:理由の付加は同一性を欠く別の事件を足す場面です(第5節)。1個の犯罪の住居侵入と窃盗は、これに当たりません。

3つの柱をつなぐ考え方

この回の3つの柱は、どれも「審査した範囲を超えて拘束しない」という1つの考え方から出ています。

柱中身
1つ目事件単位の原則逮捕・勾留の効力は、その事件だけに及ぶ
2つ目逮捕前置主義との組み合わせ判断基準は「事件」。同一性を欠くとき、切替は不可、再逮捕と理由の付加は可
3つ目一罪一逮捕一勾留の原則同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回だけ

ページ上部へ ↑

#32単独ページ動画

再逮捕・再勾留①禁止の原則と例外

再逮捕・再勾留禁止の原則

一旦釈放した被疑者を、同じ事件でもう一度拘束できるかを整理します。

  • 再逮捕・再勾留:一度釈放した被疑者を、同一の被疑事実について、もう一度逮捕・勾留することです。
  • 原則:原則として許されません(再逮捕・再勾留禁止の原則)。
  • 位置づけ:一罪一逮捕一勾留の原則の中身の1つです。
    • 一罪一逮捕一勾留の原則が禁止しているのは、同一の被疑事実の不当な蒸し返しです。
    • その蒸し返しのうち、「一旦釈放されたあと」に拘束し直す場面を扱うのが、この原則です。

(1) なぜ原則禁止なのか(期間制限の潜脱)

順番中身
身体拘束期間の上限逮捕は最大で72時間程度、勾留は原則10日+延長で10日(208条)
再逮捕・再勾留の無制限な許容期間が切れたら釈放し、翌日また同じ被疑事実で逮捕する。これを繰り返せる
だから原則禁止事実上、拘束に終わりが無くなってしまう(潜脱)
  • 潜脱:ルールを実質的に無視して、すり抜けることです。
  • 趣旨:再逮捕・再勾留禁止の原則は、この期間制限の潜脱を防ぐための原則です。
    • 1個の犯罪を分割して拘束を繰り返すのと同じ心配が、「釈放して、また拘束する」という時間の方向で出てきます。

例外を許す条文上の根拠

再逮捕・再勾留は、完全に禁止されているわけではありません。例外を認める手がかりが条文にあります。

  • なぜ例外が要るのか:釈放したあとで、新しい証拠が見つかることがあります。一律に禁止すると、捜査の実態に合いません。
条文中身
199条3項逮捕状を請求する検察官・司法警察員は、同一の犯罪事実で前に逮捕状の請求・発付があったとき、その旨を裁判所に通知しなければならない
刑事訴訟規則142条1項8号逮捕状請求書に、同一の犯罪事実(または現に捜査中の他の犯罪事実)で前に逮捕状の請求・発付があった旨と、その犯罪事実を記載しなければならない
再逮捕は条文の前提どちらも、同一の被疑事実でもう一度逮捕状を請求する場面がありうることを前提にしている
  • 通説の根拠:この2つの条文から、条文自体が同一の被疑事実での再逮捕を想定している、と理解します。

199条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)3項:検察官又は司法警察員は、第一項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。

(1) 再勾留には明文の規定が無い

  • 明文なし:勾留については、199条3項のような条文がありません。
  • それでも再勾留は認められる:再逮捕と同様に、例外的に認められると考えられています。
    • 再勾留だけ禁じる理由が無い:再逮捕を認めながら、再勾留だけ認めない合理的な理由はありません。
    • 逮捕と勾留は切り離せない:後で見る東京地決も、再勾留を禁じる規定が無いことと、逮捕と勾留が密接に結びついていることを挙げています。

例外を認める物差し(比較衡量)

どんなときに例外が認められるかは、2つの程度を天秤にかけて決めます。

  • 入口(事情変更):釈放したあとに事情が変わり、もう一度拘束しても単なる蒸し返しとはいえないことが前提です。
  • 判断枠組み:そのうえで、再逮捕・再勾留の必要性の程度と、被疑者が被る不利益の程度とを比較衡量する、という考え方があります。
    • 必要性と不利益を量る点で、比例原則と同じ型の検討です。
被疑者が被る不利益の程度再逮捕・再勾留の必要性の程度
①先行した勾留期間の長さ(長く拘束されていたほど、もう一度拘束される負担が大きい)
②犯罪の重大性
③新しく発見された証拠の重要性
④逃亡・罪証隠滅のおそれの程度
  • なぜ比較衡量なのか:どちらか一方だけでは決められないからです。
    • 捜査側:捜査の必要は、釈放したあとで変わることがあります。
    • 被疑者側:もう一度拘束される側には、蒸し返しの不利益があります。
  • 結論:原則は禁止です。この天秤で必要性が不利益に見合うときだけ、例外として認めます。
  • 不利益の大小で天秤が変わる:
    • 不利益が小さい場合:被疑者が逃げてしまったときや、20日の満了前に勾留の理由が無くなって釈放し、その後に新証拠が出たときです。不利益は大きくないので、必要性があれば認められます。
    • 不利益が大きい場合:20日いっぱい勾留して釈放したあとは、上の②〜④を検討し、それに見合う必要性があるときに限られます。
  • 目印:図書館の貸出期間です。返した直後に同じ本を借り直せたら、期間の上限は意味を失います。

東京地決(爆発物使用事件の再勾留)

20日間の勾留のあとの再勾留について、判断の基準を示した裁判例です。

(1) 事案

  • 最初の拘束:過激派による連続爆弾事件で、被疑者が爆発物取締罰則違反の5件の事実で逮捕され、20日間勾留されました。
  • 釈放:嫌疑が不十分なまま、勾留期間が満了して釈放されました。
  • 再逮捕:その後、共犯者の供述から、5件のうち1件の事実だけで、被疑者を再逮捕しました。
  • 再勾留の請求:検察官が、その1件で再勾留を請求しました。
  • 却下と準抗告:最初の裁判官は「同一の被疑事実の勾留は通じて20日が上限」として請求を却下しました。検察官の準抗告を受けた東京地裁が、この却下を取り消しました。

(2) 考慮した6つの事情

裁判所は、次の6つの事情を考慮するとしました。

  • 事案の軽重
  • 検察官の意図
  • 釈放後の事情変更:釈放したあとに、どんな事情の変化があったか
  • 先行した勾留の期間:どれだけの期間、拘束していたか
  • その期間中の捜査経過:その間に、捜査がどこまで進んだか
  • その他の諸般の事情

(3) 再勾留が許される場合

  • 2つの条件:次の2つがそろわない限り、再勾留は認められません。
    1. 強制捜査を断念させることが首肯し難い:捜査をあきらめさせるのは納得できないほど、必要性が高いこと
    2. 不当な蒸し返しでない:身柄拘束の不当な蒸し返しに当たらないこと
  • 事情変更だけでは足りない:決定は、釈放後に事情が変わったというだけで拘束し直すことは許されない、という原則から出発しています。
  • 首肯し難い:納得しがたい、という意味です。
  • 不当な蒸し返し:一罪一逮捕一勾留の原則が禁止したいものと、同じ言葉です。

爆発物使用事件の再勾留東京地方裁判所決定蒸し返しでない場合の再勾留社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められる場合に限るとすべきであると思われる。

(4) あてはめ

決定が考慮した事情を、天秤の両側に分けて並べます。

事情天秤のどちら側か中身
先行した勾留の対象不利益前の20日間の勾留は、併合罪の関係にある5件全体についてのもの。今回の1件のためだけに使われた期間ではない
犯罪の重大性必要性対象は爆発物の使用で、決定は「重大事犯」とした(参考:法定刑は死刑、無期拘禁刑、または7年以上の拘禁刑=爆発物取締罰則1条)
新証拠の重要性必要性共犯者の供述という、重要な新証拠が見つかった
逃亡・罪証隠滅のおそれ必要性被疑者の黙秘と犯行の組織性(検察官の申立ての理由。決定はそのとおりと認めた)
  • 結論:重大事犯を十分に捜査させずに放置するのは納得できず、不当な蒸し返しに当たらないとして、例外的に再勾留が認められました。

再勾留の期間(通じて20日を超えてよいか)

再勾留を認めると、期間についてもう1つの問題が出てきます。

  • 問題:先に20日間勾留した事件で再勾留を認めると、同じ被疑事実全体で見て、通じて20日を超える拘束になります。
  • 緊張関係:期間制限を守るための原則に例外を認めたら、その例外が期間制限そのものを破ってよいのか、という問題です。
東京地決の立場通算20日説
結論通じて20日を超えてもよい。再勾留の期間は、当初の勾留と同様に考える通じて20日を超えられない。すでに20日勾留していれば、再勾留の請求は却下
先行した勾留期間の扱い後の勾留の延長や取消しの判断で、重く見るにとどまる20日の上限に通算して数える
考え方先に20日勾留した事件では、例外をより一層限定的に認める。そのうえで許すべき事案なら、期間は当初の勾留と同じに扱う同一の被疑事実の勾留は、回数を分けても通じて20日が上限(この事件で却下した最初の裁判官の立場)
批判結局、法定の拘束期間を超えることを認めない。それでは、例外として再勾留を認める意味が乏しい
  • 評価:この批判から、期間に上限を設けず、延長や取消しの判断で調整する東京地決の考え方を妥当とする見方があります。
  • 押さえる視点:期間制限を守る原則の例外が、期間制限そのものとどう緊張するか、です。

先行する逮捕が違法だった場合

ここまでは、適法に拘束され、釈放されたあとの話でした。先行する逮捕そのものが違法で、そのために釈放された場合を整理します。

先行する逮捕何が問題になるか
適法だった場合ここまでの比較衡量がそのまま働く(不利益=先行した勾留期間の長さ)
違法だった場合重大な違法があれば、勾留請求は却下される。釈放後、同じ比較衡量がそのまま使えるか
  • 前提(重大な違法):逮捕に令状主義の精神に反するような重大な違法があれば、勾留請求そのものが却下されます。
    • 例:任意同行と言いながら、実質的には逮捕していた場合
  • この節の問い:違法な逮捕で釈放された被疑者を、同一の被疑事実で再逮捕・再勾留できるか、です。

(1) 学説と通説

  • 一切認めない見解:先行する逮捕が違法なら、再逮捕は一切認めない、という学説です。
  • 通説:例外的な場合に再逮捕を認めます。
    • 理由:違法の程度が軽くても重くても、その後の強制捜査をすべて封じるのは行き過ぎだからです。
  • 判断の物差し:適法な釈放のあとと同じ比較衡量で決めることができます(被疑者が被る不利益の程度と、再逮捕・再勾留の必要性の程度)。
    • 違法な逮捕のあとでは、「違法の程度」が、被疑者が被る不利益の重さに効いてきます。

(2) 違法の程度で2つに分ける

①逮捕手続選択の誤りにすぎない場合②違法の程度が極めて重大な場合
具体例緊急逮捕をすべきところを、誤って現行犯逮捕した。緊急逮捕の要件なら満たしていた嫌疑が極めて薄いのに逮捕した。検察官送致までの制限時間を守らなかった
不利益の程度大きいとまではいえない非常に大きい
再逮捕の可否比較衡量により、必要性の程度に照らして例外的に認められうる認められない
  • ①に入るかの分かれ目:選んだ手続とは別の逮捕手続なら、実際には要件を満たしていたかです。
    • 注意:後で見る京都地決が勾留請求を却下した重大な違法は、逮捕に踏み切ったことより、緊急逮捕状を請求せずに拘束を続けた点です。
    • ただ、それは勾留請求を却下するかの物差しです。再逮捕を許すかは、この分かれ目を含めた比較衡量で決まります。
  • ②で再逮捕を許さない理由:違法の程度が極めて重大だと、被疑者が被る不利益の程度が非常に大きくなり、必要性と釣り合わないからです。
  • 目印:①は貸出カードの種類を間違えただけ(正規のカードは持っていた)、②は手続を通さずに無断で持ち出した、です。
  • まとめ:物差しは同じ比較衡量です。変わるのは、違法の程度による重さの見立てです。

京都地決の事件のその後

違法な現行犯逮捕のあと、同じ被疑事実で再逮捕・再勾留が認められたとされる例です。

  • 京都地決:恐喝未遂の被害者の供述だけを頼りにした現行犯逮捕が違法とされ、勾留請求の却下が維持された決定です。

(1) 身体拘束の経過

この事件には、次のような続きがあるとされています。

順番出来事
①逮捕現行犯逮捕(違法と判断された)
②却下勾留請求が却下された
③釈放被疑者が釈放された
④再逮捕同一の被疑事実で、捜査機関が緊急逮捕した
⑤認容当初の現行犯逮捕から72時間以内に、再度の勾留請求をした。これが認められた

(2) 比較衡量で考えてみる

  • 確かめられていない点:再度の勾留請求を認めた裁判が、どんな理由を示したかは確かめられていません。
  • ここでは、比較衡量をこの経過に当てはめると、どう考えられるかを整理します。
見るところ天秤のどちら側か当てはめ
違法の中身不利益却下した京都地決自身が、緊急逮捕の要件はそろっていたと認めている。手続の種類を取り違えた場面で、「手続選択の誤り」の側に入る
拘束の長さ不利益最初に身体を拘束した時点から数えて72時間以内に、再度の勾留請求がされている。拘束が延びていない
事件の重さと身柄の必要必要性恐喝未遂は軽い犯罪ではない。被疑者が否認していれば、逃亡・罪証隠滅のおそれも問題になる
  • 不利益の側:上の2つからは、被疑者の不利益はそれほど大きくない、と考えられます。
  • 必要性の側:必要性はそれなりに大きく、例外として認める方向に傾きます。

72時間の数え方(48時間ではなく)

京都地決の事件の「72時間以内」は、48時間のルールと混同しやすい数字です。

  • 逮捕後の時間制限
    • 203条:司法警察員が逮捕したら、身体を拘束された時から48時間以内に、検察官に送致します。
    • 205条:送致を受けた検察官は、受け取った時から24時間以内に勾留を請求します。全体で、身体を拘束された時から72時間を超えられません。
    • 204条:検察官が自分で逮捕したときは、身体を拘束された時から48時間以内に勾留を請求します。
204条の48時間この事件の72時間
場面検察官が自分で逮捕したとき違法を見つけて釈放し、逮捕し直したとき
起算点その逮捕の時点から当初の違法な逮捕の時点から(203条・205条の72時間)
配慮通常の身体拘束期間の制限拘束時間が伸びないようにする
  • 実務の扱い:送致を受けた検察官や検察事務官が、逮捕手続の選択の誤りなどの違法を見つけることがあります。
    • そのとき、勾留請求の前に一旦被疑者を釈放し、改めて通常逮捕や緊急逮捕で逮捕し直す例があります。
  • なぜ当初の時点から数えるのか:逮捕し直した時点から数えると、その分だけ拘束時間が長くなるからです。
    • 当初の時点から数えれば、被疑者の拘束時間は、かえって長くなりません。
  • 発想:被疑者の不利益は、逮捕し直す前の時点から通しで測ります。

205条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官は、第二百三条の規定により送致された被疑者を受け取つたときは、弁解の機会を与え、留置の必要がないと思料するときは直ちにこれを釈放し、留置の必要があると思料するときは被疑者を受け取つた時から二十四時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求しなければならない。2項:前項の時間の制限は、被疑者が身体を拘束された時から七十二時間を超えることができない。

ページ上部へ ↑

#33単独ページ動画

再逮捕・再勾留②常習一罪と同時処理・重複勾留

常習犯の賭博を、何度でも逮捕できるか

同じ人が賭博を何度も繰り返したとき、行為ごとに逮捕・勾留し直せるかが、この回の問いです。

  • 一罪一逮捕一勾留の原則:同一の被疑事実については、逮捕・勾留は1回だけ、という原則です。
    • 例:住居侵入と窃盗(科刑上一罪)のように刑法上一罪として扱われるなら、分割して逮捕・勾留できません。
  • 常習賭博罪:賭博を繰り返す習癖のある人を罰する規定です(刑法186条1項)。
    • 何回賭けても、その習癖の現れとして、刑法上はまとめて「一罪」(包括一罪)になります。
  • 問題:行為は何度もあるのに罪は1個です。では、行為ごとに何度でも逮捕できるのでしょうか。
  • 答えの先取り:原則として、行為ごとに分けて逮捕・勾留することはできません。
    • 例外:最初の逮捕・勾留の時点で、まとめて処理できなかった行為なら、話が変わります(第4節)。

186条(常習賭博及び賭博場開張等図利)(抜粋)|刑法 第二編 罪 第二十三章 賭博及び富くじに関する罪(185〜187条)1項:常習として賭博をした者は、三年以下の拘禁刑に処する。

「一罪」をどこで数えるか(2つの立場)

「同一の被疑事実なら1回だけ」の「一罪」を何を単位に数えるかで、2つの立場があります。

令状記載基準説罪数基準説(通説)
数える単位逮捕状・勾留状に書かれた被疑事実実体法(刑法)上の罪数
常習犯への帰結行為ごとに、何度でも逮捕・勾留できる実体法上一罪だから、行為ごとの逮捕・勾留は許されない
  • 通説の根拠①(刑罰権は1個):実体法上1個の犯罪からは、国が処罰できる権利(刑罰権)も1個しか生まれません。
    • 逮捕・勾留は、その1個の刑罰権を実現するための手段です。だから、これも1回しか使えません。
    • 何度も使えるとすると、処罰は1回なのに拘束だけが繰り返され、拘束期間の上限が意味を失います。
  • 通説の根拠②(蒸し返しと同じ):一罪をいくつかに切り分けて身柄を取り直せるなら、蒸し返しと同じことが起きます。
  • 通説の帰結:常習犯(包括一罪)も、住居侵入・窃盗のような科刑上一罪も、「一罪」として分割できません。
    • 住居侵入で逮捕・勾留した後に、窃盗で改めて逮捕・勾留することは許されません。
    • 科刑上一罪:数個の罪に当たるものの、最も重い刑で処断されるものです(刑法54条1項)。

通説を徹底すると、捜査が止まる

通説をそのまま当てはめると、保釈された後に新しい賭博をした場合に困ったことが起きます。

  • 保釈:起訴された後の被告人について、勾留の効力は残したまま、身柄だけを外に出す制度です。起訴前の被疑者には使えません。
順番起きること
①起訴・保釈常習賭博で起訴され、保釈された。勾留の効力は続いている
②保釈中に新たな賭博が発覚同じ常習としてまた賭博をした。この行為も、同じ常習賭博という一罪の一部と扱われる
③重複逮捕・重複勾留になるすでに勾留されている事実と重なるので、新しい行為で逮捕・勾留することは許されない
  • 不都合:通説を機械的に当てはめるだけでは、正当な捜査の必要に応えられません。
    • この不都合を解消する道具が、次の「同時処理の可能性」です。

同時処理の可能性(線引きの基準)

どの行為なら一罪一勾留の原則が及び、どの行為なら及ばないかを、1つの基準で分けます。

(1) 同時処理義務(多数説)

  • 同時処理義務:当初の逮捕・勾留の時点で、まとめて処理できたはずの被疑事実は、検察官がまとめて処理しなければならない、という義務です。
  • 同時処理の可能性がなかった事実:その義務は負わせられません。まとめて処理できなかった以上、蒸し返しとも言えないからです。
    • だから、一罪一勾留の原則は及ばず、新しく発覚した事実で逮捕・勾留することも許されます。
当初の逮捕・勾留の時点で同時処理義務一罪一勾留の原則
まとめて処理できたはずの事実負う及ぶ
同時処理の可能性がなかった事実負わない及ばない(逮捕・勾留し直せる)

(2) 前の行為が後で判明したとき(仙台地決と有力説)

保釈後の新しい行為と違い、当初の逮捕・勾留より前の行為が後から分かった場合は、同時処理が可能だったかの判断が難しくなります。ここで基準が2つに分かれます。

  • 仙台地決:多数説と同じ立場に立つ裁判例です。捜査機関に犯罪自体が発覚していれば、同時処理の可能性があった、という基準で判断しました。

  • 有力説:判断基準を明確にするため、「前か後か」の時点で割り切ります。

    • 当初の逮捕・勾留より前の犯罪 → 発覚していたかを問わず、直ちに同時処理の可能性があったとして、原則を適用します。
    • 当初の逮捕・勾留より後に生じた行為 → まだ無かったので、処理できません。
  • 目印(督促):督促の時点で既にあった未払いを、黙って2回目の督促に回すのは抜け道です。督促の後に新しく生じた未払いなら、話は別です。

モデル事案で確かめる

同時処理の可能性の基準を、2つの場面に当てはめます(場面②は有力説による)。

  • 事案:ある被疑者が、常習として賭博を繰り返していた。警察がその一部を把握して逮捕し、20日間勾留した後、起訴・保釈された。
場面当初の逮捕・勾留の時点で結論
①新しい行為(保釈後に発生)まだ発生していない同時処理の可能性がない → 原則は適用されない
②前の行為が発覚(保釈後に判明)既に存在していた有力説では同時処理の可能性がある → 原則、重複禁止が適用

(1) 場面①:保釈後の新しい行為

  • 同時処理の可能性:この行為は、当初の逮捕・勾留の時点ではまだ発生していません。発生していないものは処理できないので、そもそも可能性がなかったことになります。
  • 結論:一罪一勾留の原則は適用されず、重複逮捕・重複勾留の禁止も及びません。この新しい行為で再逮捕・再勾留できます。

(2) 場面②:逮捕・勾留より前の行為

  • 原則:当初の逮捕・勾留より前からあった行為なので、有力説によれば、直ちに同時処理の可能性があったことになります。
    • だから、重複逮捕・重複勾留の禁止が適用されます。
    • 仙台地決の基準なら、当初の時点で捜査機関にその行為が発覚していたかで判断することになります。
    • 例外:比較衡量による例外がありえます。再逮捕・再勾留の禁止に例外が認められるのと同じように、重複禁止にも例外が認められると考えられています。
  • 比較衡量:再逮捕・再勾留の必要性の程度と、被疑者が被る不利益の程度を比べます。
比較衡量の要素見方の例
①先行した勾留期間の長さ最初の勾留が20日間めいっぱい続いていたなら、被疑者の不利益は大きい
②犯罪の重大性法定刑が軽い罪ほど、もう一度拘束する必要性は小さく評価される
③逃亡・罪証隠滅のおそれが相当に大きいか保釈中に実際に証拠を隠そうとした・逃亡を企てた事実があれば、おそれが相当に大きいと言え、必要性の側が重くなる
  • ②の法定刑:賭博は50万円以下の罰金または科料です(刑法185条)。常習として賭博をすると、3年以下の拘禁刑に重くなります(186条1項)。
  • ③の注意:見るのは、逃亡・罪証隠滅のおそれの程度です。実際に図った事実は、おそれが相当に大きいことを示す事情の例です。
  • まとめ:原則は重複禁止でも、事情次第で結論が動きます。

仙台地決の結末(勾留取消しの理由は手続の違法)

ここまでの枠組みは、常習賭博が問題になった、仙台地方裁判所の決定の事案をめぐって論じられてきたものです。この決定は多数説の立場に立ち、発覚の有無で同時処理の可能性を判断しました(第4節)。ただ、勾留が取り消された直接の理由は、逮捕状請求の手続の違法でした。

順番中身
①請求書の記載漏れ再逮捕のときの逮捕状請求書に、199条3項・刑訴規則142条1項8号に基づく記載が欠けていた
②逮捕状の無効逮捕状も違法・無効とされた
③逮捕前置の不存在勾留の前に置くべき有効な逮捕が無いので、勾留も違法・無効
④結論勾留が取り消された(逮捕手続に根本的な瑕疵がある場合=重大な違法に当たる)
  • 199条3項:同じ犯罪事実で、同じ被疑者に前に逮捕状の請求・発付があったとき、請求する検察官・司法警察員は、その旨を裁判所に通知しなければなりません。
  • 刑訴規則142条1項8号:逮捕状の請求書に、同一の犯罪事実(または現に捜査中の他の犯罪事実)で前に逮捕状の請求・発付があったときは、その旨とその犯罪事実を書く、という規定です。
  • なぜこの記載が大事か:この記載があって初めて、裁判官は同じ事件の再逮捕だと分かり、蒸し返しでないかを審査できます。
  • 逮捕前置主義:勾留するには、その前に有効な逮捕を経ていなければならない、という原則です。
    • 逮捕が無効とされたので、この事案ではその先の勾留も取り消されました。

199条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)3項:検察官又は司法警察員は、第一項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があつたときは、その旨を裁判所に通知しなければならない。

(1) どんな違法なら勾留まで止まるか

  • 原則:逮捕に違法があっても、いつでも勾留まで止まるわけではありません。止まるのは、重大な違法のときだけです。
事件番号の書き間違い199条3項・規則142条1項8号の記載漏れ
違法の中身手続の中身に触れない裁判官が再逮捕だと分からず、蒸し返しかどうかを審査しにくくなる
評価軽微な違法逮捕手続に根本的な瑕疵がある=重大な違法
勾留止まらない取り消された
  • 注意:一罪一勾留の原則の問題と、請求書の記載漏れは別の問題です。前者で再逮捕が許される場面でも、手続に重大な違法があれば、勾留は取り消されえます。

対比:実体法上は数罪(併合罪)なら

ここまでは、常習犯のように実体法上「一罪」とされる場合の話でした。実体法上は数罪になる場合と比べます。

  • 併合罪:確定裁判を経ていない2個以上の罪の関係を、こう呼びます(刑法45条)。実体法上は数罪です。
実体法上一罪(常習犯)併合罪(社会通念上別個独立の行為)
「一罪」の枠枠の中枠の外
同時処理義務原則として及ぶ(可能性があれば)原則としてない(通説の基準からの帰結)
ただし比較衡量による例外あり実質的に蒸し返しと言えるほど事情が重なれば、後の勾留請求が制限される場合もある

(1) クリーン・コントロールド・デリバリー事件(最高裁判所決定)

併合罪の関係にある2つの被疑事実について、同時処理義務があるかが問題になった決定です。

  • 事案:薬物に関する被疑事実(規制薬物として取得した大麻の代替物の所持)で勾留された被疑者について、その後、もう1つの被疑事実(大麻の営利目的輸入)で勾留請求がされました。
    • 2つの事実は、社会通念上別個独立の行為で、併合罪の関係にあります。
  • 準抗告審(原決定):両事実の実質的同一性(中身としては同じ事件と言えるほど重なっていること)や、一罪関係に立つ場合との均衡などから、前の勾留中に同時処理が義務付けられていた、として勾留を認めませんでした。
  • 最高裁(法廷意見):検察官の特別抗告は、433条の抗告理由に当たらないとして退けました。そのうえで職権で、原決定が実質的同一性や一罪関係との均衡等のみから同時処理義務を説示した点は是認できないとしました。
    • 否定したのは、その理由だけで義務を導いた点です。併合罪なら同時処理義務は一切ない、とまでは述べていません。
    • 411条の準用まではしない:411条は本来、上告審の条文です。原審に誤りがあり、取り消さなければ著しく正義に反するときに取り消せる、という規定です。
    • 「準用すべきとまでは認められない」=理由づけに誤りはあっても、取り消すほどの不正義ではない、という意味です。
  • 三浦守裁判官の補足意見:両事実は併合罪の関係にあるからこそ、後の被疑事実には、前の事実より相当幅広い捜査が必要になる、と述べています。
    • 後の事実をずっと広く調べる必要があるなら、前の事件の限られた拘束期間のうちにまとめて済ませておけ、とは言えません。
    • そのため、原決定の説示は刑訴法60条1項・426条の解釈適用を誤ったもの、としています。
    • 取り消さない事情も、補足意見が挙げています。証拠や捜査の状況に加えて、被疑者がすでに釈放されて相当の日数がたっていることです。
  • 押さえる点:通説の基準では、併合罪は「一罪」ではないので、原則として同時処理義務はありません。
    • ただし、同時処理が可能だったのに実質的に蒸し返していると言えれば、後の勾留請求が制限されることもありえます。
    • 法廷意見の「のみから」という限定は、この余地を残す趣旨とも読めます。

クリーン・コントロールド・デリバリー事件最高裁判所決定原決定が,本件勾留の被疑事実である大麻の営利目的輸入と,本件勾留請求に先立つ勾留の被疑事実である規制薬物として取得した大麻の代替物の所持との実質的同一性や,両事実が一罪関係に立つ場合との均衡等のみから,前件の勾留中に本件勾留の被疑事実に関する捜査の同時処理が義務付けられていた旨説示した点は是認できないが,いまだ同法411条を準用すべきものとまでは認められない。(三浦守裁判官の補足意見)本件の被疑事実と前件の被疑事実とは,一連のものであって密接に関連するが,社会通念上別個独立の行為であるから,併合罪の関係にあるものと解されるところ,両事実の捜査に重なり合う部分があるといっても,本件の被疑事実の罪体や重要な情状事実については,前件の被疑事実の場合より相当幅広い捜査を行う必要があるものと考えられる。

ページ上部へ ↑

#34単独ページ動画

別件逮捕・勾留①別件基準説と本件基準説

別件逮捕・勾留とは何か

重い罪の証拠が足りないとき、同じ人物の軽い罪で逮捕して、その間に重い罪のことを聞いてよいか。この捜査手法を整理します。

  • 別件逮捕・勾留:本当に調べたい事件の証拠が足りないときに、証拠の揃っている別の事件で逮捕・勾留し、その拘束期間を使って、本当に調べたい事件を取り調べる捜査手法です。
呼び方何を指すか別の呼び方
別件拘束の名目になっている事件(証拠が揃っている軽い罪)本罪
本件実際に調べたい事件(証拠が足りない重い罪)余罪
  • 覚え方:別件=拘束の名目、本件=実際に調べたい事件。この対応だけで足ります。

(1) 3段の検討順序

別件逮捕・勾留は、1つの手法でも、3つの段に分けて検討します。

段問い
1段目別件での第一次逮捕・勾留そのものが適法か(この回の範囲)
2段目その拘束の間に、本件を取り調べることがどこまで許されるか(余罪取調べの限界)
3段目その先で、本件について第二次逮捕・勾留ができるか
  • なぜ分けるのか:拘束の違法、取調べの違法、次の拘束の違法は、それぞれ別の理由で問題になるからです。
    • 1段目が適法でも、2段目の取調べが行き過ぎれば、そこだけが違法になり得ます。
    • 逆に、1段目が違法なら、その違法が2段目・3段目の評価にも影響します。

(2) 答えの形

  • 別件そのものに理由・必要性が無い場合:それだけで違法です。
  • 本当に問題になる場合:別件の理由・必要性はあるのに、拘束の中身が本件の取調べにすり替わっている場合です。ここで考え方が分かれます。

モデル事案(甲と乙)

学説を当てはめるための事案です。本件は1つ、別件は2つあります。

  • 本件(V社倉庫放火事件):V社の倉庫が放火されました。保険金目的の疑いもあります。
    • ただ、放火そのもので甲や乙を逮捕できるだけの証拠は、まだありません。
甲乙
何者か倉庫の管理を任されていた従業員甲の知人で、倉庫に出入りしていた人物
別件無免許運転で現行犯逮捕置き引きの疑いで緊急逮捕
別件の事情無免許運転で過去2回検挙されている。出頭要請にも応じない生活被害額は約2000円、証拠は目撃証言だけ。定まった住居と職業があり、任意出頭にも応じる姿勢
放火の取調べ勾留中に放火の取調べが集中した(第7節)2日目に余罪の有無を確認された際、放火への関与を否認。それ以降、放火については取り調べていない

別件基準説(審査を受けた事実だけを見る)

第一次逮捕・勾留の適法性について、実務で多数を占める考え方です。

  • 別件基準説:「別件」自体に逮捕・勾留の理由と必要性があれば、それだけで第一次逮捕・勾留は適法と考えます。
    • 逮捕・勾留の理由と必要性:逮捕・勾留の要件です。罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、身柄を拘束する必要もあるかを見ます。
  • 見ないもの:拘束が本件を調べるために使われている、という事情は見ません。
  • 理由:裁判官が令状を出す前に現実に審査したのは、別件だけです。その審査に問題が無ければ足りる、という発想です。

(1) 甲と乙に当てはめる

甲(無免許運転で逮捕)乙(置き引きで逮捕)
別件自体の事情過去2回の検挙・出頭要請に応じないことから、逃亡・罪証隠滅のおそれも認められそう定住・職業があり、任意出頭にも応じる。逃亡・罪証隠滅のおそれは弱い
理由・必要性十分にある理由はあっても、必要性がそもそも欠けている可能性が高い
この説では適法違法の可能性が高い
  • 乙のような事案:別件自体の理由・必要性が無ければ、どの説から見ても違法です。
    • わざわざ「別件逮捕・勾留」として論じる必要すらありません。ただの、逮捕・勾留の要件を欠く事案です。
  • 学説が対立するのは甲の型:別件自体は適法に見える場合です。以下の学説は、甲のような事案を想定しています。

事件単位の原則との緊張関係

次の本件基準説の前提になるルールを確認します。

  • 事件単位の原則:逮捕・勾留の効力は、令状に書かれたその被疑事実にしか及ばない、というルールです。
  • 甲に当てはめると:甲の令状に書かれているのは、無免許運転だけです。放火について、裁判官の審査は及んでいません。
  • 生まれる緊張関係:放火は令状の審査を経ていないのに、無免許運転の拘束が、実際には放火の捜査のために使われかねません。
    • 拘束中に放火を取り調べてよいか、どこまで許されるかは、2段目(余罪取調べの限界)で別に検討します。

本件基準説(利用する意図を見る)

別件基準説とは違い、学説の多くが取る考え方です。

  • 本件基準説:「別件」に理由・必要性があっても、捜査機関がこれを「本件」の捜査に利用する意図がある場合には、違法と考えます。
    • 基本的な定義は「利用する意図」で、「専ら」という語は入っていません。「専ら本件を取り調べる目的」と表す説明もあります。
  • 甲に当てはめると:捜査機関が、無免許運転の拘束を放火の捜査に利用する意図を持っていたと認められれば、違法になります。

(1) 根拠は2つの潜脱

  • 潜脱:ルールを実質的にすり抜けることです。
根拠中身
①令状審査の潜脱拘束の効力は別件にしか及ばず、本件は誰の司法審査も受けていない。実質は本件で拘束しているのに、審査は別件にしか及んでいない。これでは令状主義が骨抜きになる
②身体拘束期間の潜脱第一次の拘束期間中に本件を調べ、さらに本件で第二次逮捕・勾留までできるなら、本件についての203条以下の厳格な期間制限をすり抜けられる
  • 発想:別件という名目を借りると、令状審査と期間制限の両方をすり抜けられます。だから、見た目の審査対象だけでなく、実際の利用の目的まで見ます。
  • 事前抑制:第一次逮捕・勾留が請求された時点で、裁判官が利用の意図を見抜き、令状請求を却下します。違法な拘束を始まる前に止める型です。

(2) 批判(「意図」はどう見抜くのか)

  • 意図は頭の中にある:「利用する意図」は、捜査機関の頭の中にあることです。裁判官が見抜くのは容易ではありません。
  • もう1つの弱点:客観的には理由・必要性が十分な逮捕・勾留を、証明しにくい主観だけで違法にしてよいのか。その根拠が明らかではありません。
  • 意図の推知:本件の捜査状況、別件で拘束する必要性、取調べの状況など、客観的な事情から意図を推知する(推し量る)ことになります。
    • 結局、客観的な事情を見ることになります。この客観的な事情を、意図の推知としてではなく正面に据えるのが、第7節の実体喪失説です。

最高裁の決定(別件と本件が密接に関連した事案)

学説の対立を、実際の事件でどう判断したかを確かめます。別件逮捕・勾留が問題になった最高裁判所の決定です。

(1) 事案

順番出来事
①別件で逮捕・勾留窃盗・暴行・恐喝未遂の被疑事実(別件)で逮捕・勾留され、勾留は延長された
②勾留中に本件も取調べ強盗強姦殺人・死体遺棄という重大な被疑事実(本件)についても、取調べが行われた
③満了日に別件の一部を起訴窃盗・暴行と、勾留中に分かった別の余罪を起訴し、起訴後の勾留が続いた。恐喝未遂は処分を保留
④本件で第二次逮捕・勾留保釈で釈放された直後に、本件で逮捕・勾留された

(2) 判断

  • 争い方:弁護側は、「専ら本件を取り調べる目的で、別件の罪名で逮捕・勾留した」から違法だと主張しました。
  • ①別件自体の理由・必要性:第一次逮捕・勾留の基礎になった被疑事実に、逮捕・勾留の理由と必要性があったことは明らかだ、としました。
  • ②密接な関連性ゆえの評価:別件の恐喝未遂と本件は、社会的事実として一連の密接な関連がありました。
    • 事件当時の被告人の行動状況は、恐喝未遂を調べるためにも、どのみち聞かなければならない内容でした。
    • だから、その取調べは別件について当然しなければならない取調べであり、専ら本件のための取調べではない、と評価しました。
    • 第一次逮捕の時点で捜査官が本件の嫌疑を抱いていたことは否定できないとしつつ、「専ら本件を取り調べる目的で別件に名を借りた」とはいえない、と弁護側と同じ言葉で答えました。
  • ③別々に請求したことの評価:恐喝未遂と本件は併合罪なので、事件ごとに司法審査を受けるべきもので、別々に逮捕・勾留を請求できます。
    • 本件の証拠は第一次の後に集まり、そこで初めて請求できたので、期間制限を免れるために罪名を小出しにしたとはいえない、としました。
    • 第一次の捜査が専ら本件に利用されたのではない以上、第二次は実質的に同じ事実での再逮捕・再勾留ではない、としました。
  • 結論:第一次・第二次の逮捕・勾留とも適法です。

別件逮捕・勾留中の本件取調べ最高裁判所決定別件自体の理由・必要性第一次逮捕・勾留は、その基礎となつた被疑事実について逮捕・勾留の理由と必要性があつたことは明らかである。密接な関連性と取調べの評価そして、「別件」中の恐喝未遂と「本件」とは社会的事実として一連の密接な関連があり、「別件」の捜査として事件当時の被告人の行動状況について被告人を取調べることは、他面においては「本件」の捜査ともなるのであるから、第一次逮捕・勾留中に「別件」のみならず「本件」についても被告人を取調べているとしても、それは、専ら「本件」のためにする取調というべきではなく、「別件」について当然しなければならない取調をしたものにほかならない。それ故、第一次逮捕・勾留は、専ら、いまだ証拠の揃つていない「本件」について被告人を取調べる目的で、証拠の揃つている「別件」の逮捕・勾留に名を借り、その身柄の拘束を利用して、「本件」について逮捕・勾留して取調べるのと同様な効果を得ることをねらいとしたものである、とすることはできない。

実体喪失説(客観的な取調べ状況から見る)

実務でも有力な、もう1つの考え方です。拘束が始まったあとの、実際の捜査の中身を見ます。

  • 出発点(勾留期間の趣旨):勾留期間の定めは、被疑者の身柄を不必要に長く拘束しないための期間制限です。
    • だから勾留期間は、その間に別件について適正な捜査を行うための期間だ、と理解します。
  • 核心:第一次勾留期間中の、余罪の取調べを含む客観的な捜査状況から、拘束の中身が別件の勾留としての実体を失っていたと評価できる場合があります。
  • なぜ違法になるのか:専ら本件(余罪)の取調べが行われていれば、実質は本件のための拘束です。本件は裁判官の審査を受けていないので、令状主義に反して違法です。
    • その間の本件の取調べも、違法な拘束を利用したものとして違法になります。

(1) 5つの考慮要素

次の5つを総合して考慮します。

  1. 捜査機関の意図
  2. 本罪と余罪、それぞれの取調べの程度
  3. 余罪と本罪の関係(法定刑の軽重、密接な関連性の有無)
  4. 取調べの態様や供述の自発性
  5. 捜査全般の進行状況
  • ①の意図の扱い:この説では、意図は中心の判断材料ではありません。他の客観的な事情と合わせて考慮する、5つのうちの1つにとどまります。
    • 意図の有無で違法かどうかを決める本件基準説とは、ここが違います。

(2) 違法になる範囲

  • 時点から先だけ:実体を喪失したと認められる時点から先だけが違法になります。勾留の全部が違法になるわけではありません。
  • なぜ全部ではないのか:勾留に入った最初の時点では、まだ別件として適正に運用されていたはずだからです。
    • 途中でその実体が崩れたので、崩れた時点を境に評価が分かれます。

(3) 甲に当てはめる

時期取調べの状況
3日目余罪の有無を聞かれて、言い淀んだ
4日目〜9日目(6日間)無免許運転の取調べは1日15分程度。放火の取調べは連日2〜3時間、集中的に行われた
  • 評価:4日目以降の配分からは、無免許運転の勾留としての実体を失っていたと評価できる可能性があります。
    • 名目は無免許運転でも、中身が放火の取調べにすり替わったと認められる時点から先が、違法になり得ます。

(4) 違法と評価されたあとの4つの手当て

実体喪失説は、実際の捜査状況から後で違法と判断します(事後抑制)。請求の時点で令状を拒むこと(事前抑制)はできないので、手続の段階に応じた次の4つで抑えます。

手当てどんなときに・何をするか
①勾留の取消し第一次勾留がまだ続いているなら、勾留を取り消して釈放する
②延長を認めない勾留の延長の前なら、延長を認めずに釈放する
③第二次逮捕・勾留の請求を却下この先、本件で逮捕・勾留が請求されても、それを却下する
④自白調書の証拠能力を否定起訴されたあとの裁判で、自白調書を証拠として使えないとする
  • ①の根拠(87条):勾留の理由や必要がなくなったとき、勾留を取り消さなければならない、という条文です。
  • 被疑者の勾留での使い方:87条の主語は「裁判所」、対象は「被告人」です。被疑者の勾留では、207条1項の授権で87条を読み替えて使います。
    • 207条1項:勾留の請求を受けた裁判官に、その処分について、裁判所や裁判長と同じ権限を与える規定です(保釈は除く)。
    • そのため、被疑者を勾留した裁判官が、87条に従って勾留を取り消せます。

87条(抜粋)|刑事訴訟法 第一編 総則 第八章 被告人の召喚、勾引及び勾留(57〜98条の11)1項:勾留の理由又は勾留の必要がなくなつたときは、裁判所は、検察官、勾留されている被告人若しくはその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消さなければならない。

207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

新しい本件基準説・新しい別件基準説

実体喪失の考え方は、本件基準説と別件基準説の両方の側から取り込まれています。

新しい本件基準説新しい別件基準説
起点本件基準説の立場から、実体喪失を取り込む別件基準説の立場から、実体喪失を取り込む
勾留期間の理解起訴前の勾留期間は、逃亡・罪証隠滅を防いだ状態で、拘束の理由になった被疑事実について、起訴するかどうかを決めるために捜査する期間別件の勾留は、別件について適正に捜査するために、身柄を押さえておく期間
何が違法になるか別件の捜査を続ける必要が無いのに、本件を理由に勾留を続けると、実質は本件による勾留として違法余罪取調べが違法になるだけでなく、実体喪失で別件の理由・必要性そのものが失われ、勾留自体が違法
裁判例東京地方裁判所の決定が採ったとされる立場
  • 新しい本件基準説は、取調べの違法と勾留の違法を分ける:実体喪失までは言えない、比較的短時間の本件の取調べを繰り返した場合です。
    • このとき勾留は違法でなくても、起訴・不起訴を決める捜査として必要性を欠くので、余罪取調べだけが違法と評価される余地があります。
  • 新しい別件基準説の理屈:実際には別件の捜査はほとんど進まず、拘束は本件の取調べに使われている。そうなると、別件のために拘束を続ける根拠は、もう残っていません。
  • 共通点:起点は本件か別件かで違いますが、どちらも実体喪失という考え方に合流します。
    • 実体を喪失した拘束を違法とする、という結論の方向は同じで、大差は無いとされています。

3つの学説を並べる

第一次逮捕・勾留の適法性についての3つの学説を、判断の対象と時点で比べます。

別件基準説本件基準説実体喪失説
判断対象別件自体の理由・必要性捜査機関の利用する意図客観的な取調べ状況
判断時点逮捕・勾留の時点逮捕・勾留の時点(請求を却下する=事前抑制)事後的(取消し・却下などで後から抑える=事後抑制)
  • 最高裁の決定との関係:決定は、学説の名前を出していません。
    • 別件自体の理由・必要性を確かめる点は、別件基準説が見る点と重なります。
    • そのうえで、弁護側が立てた「専ら本件を取り調べる目的で別件に名を借りたか」という問いにも答えています(第6節)。
  • 起訴できなかったとき:勾留の満期に嫌疑不十分や起訴猶予で起訴できなかった、というだけで、どの考え方でも、あとから勾留が違法になることはありません。

甲と乙のあてはめ

モデル事案の2人に、3つの学説を当てはめます。

甲(無免許運転で逮捕)乙(置き引きで逮捕)
別件基準説無免許運転の理由・必要性が十分 → 適法置き引き自体の必要性が薄い → 入口で理由・必要性を欠く可能性
本件基準説放火の捜査へ利用する意図が認められれば → 違法別件自体の必要性を欠けば、それだけで違法。この説は意図を見るので、放火をほとんど取り調べていなくても、利用の意図があれば違法
実体喪失説4〜9日目(無免許運転1日15分程度、放火は連日2〜3時間)の配分 → 実体を喪失した可能性。認められればその時点から先が違法放火については2日目に確認しただけ → 実体を喪失したとまではいえない。その確認の取調べが許されるかは、余罪取調べの限界として別に検討する
  • 見えてくること:別件逮捕・勾留が本当に問題になるのは、別件自体は一見適法に見えて、しかも本件の取調べに時間が偏っている、甲のような場合です。

ページ上部へ ↑

#35単独ページ動画

別件逮捕・勾留②余罪の取調べと第二次逮捕

拘束は適法でも、聞ける内容に限りはあるか

別件で適法に拘束している被疑者に、別の事件のことをどこまで聞けるかが、この回の問いです。

  • 別件逮捕・勾留:捜査機関が本当に調べたい事件(本件)とは別の事件(別件)を名目にして、被疑者を逮捕・勾留することです。
  • 本罪と余罪:逮捕・勾留の理由になっている事件を本罪、それ以外の事件を余罪と呼びます。
    • 別件逮捕・勾留の場面では、別件が本罪、本件が余罪にあたります。

(1) 3段階の検討順序

別件逮捕・勾留は、次の3段階の順で検討します。2段目と3段目がこの回の範囲です。

段階何を検討するか
1段目別件での第一次逮捕・勾留そのものが適法か
2段目その拘束の間に、本件(余罪)を取り調べることがどこまで許されるか
3段目その後、本件について第二次逮捕・勾留ができるか
  • 2段目と3段目のつながり:2段目で取調べが違法と評価されると、そこで得た自白が、3段目の第二次拘束を支えられなくなる場合があります。

(2) 甲と乙の事案

この回は、2人の被疑者で確かめます。第4節〜第7節は、別件基準説に立ち、第一次拘束は適法だったという前提で検討します。実体喪失説からの評価は第8節で見ます。

甲乙
第一次拘束(別件=本罪)無免許運転で逮捕・勾留置き引きで逮捕・勾留
余罪への関わり勾留3日目、警察官に「ほかに何かしていないか」と聞かれ、倉庫放火について言い淀んだ勾留2日目、余罪の有無を確認され、放火への関与を否認した
その後の取調べ4日目から放火の取調べを本格化。4日目〜9日目の6日間、本罪は1日15分程度、余罪は連日2〜3時間以後、放火については一切取り調べていない
自白9日目に放火の自白調書が作られた自白は無い
別件の処分(満期日)無免許運転で略式命令置き引きで起訴猶予

拘束は適法・取調べは別(従来の別件基準説の発想)

拘束が適法かという問題と、その間の取調べが適法かという問題を、分けて考える発想があります。

  • 別件基準説:別件そのものに逮捕・勾留の理由と必要性があるかだけを見て、第一次拘束の適法性を判断する説です。
  • そのうえでの筋:この説に立っても、拘束そのものは適法としつつ、その間の取調べだけを別に違法と評価して、事後的に手当てをしようとする考え方があります。
  • つながる先:「拘束は適法でも、取調べは別」という発想が、取調べ受忍義務の議論に直結します。
    • 核心は、取調べに、拘束された事件の範囲を超える限界があるかどうかです。

取調べ受忍義務(実務と学説の対立)

余罪の取調べの限界を考える出発点は、取調べ受忍義務があるかどうかです。

  • 取調べ受忍義務:逮捕・勾留中の被疑者が、取調室に出頭し、出頭した後も自由には退去できないという義務です。
    • 例:これを認めると、勾留中の甲が取調べの途中で「もう帰ります」と言っても、取調室を出られません。
  • 198条1項ただし書の反対解釈:ただし書は、逮捕・勾留されていない被疑者なら、出頭を拒み、いつでも退去できると定めています。
    • 裏返すと、逮捕・勾留されている被疑者には、その権利が及ばないとも読めます。
実務学説(通説)
立場受忍義務を肯定(おおむね)受忍義務を否定
根拠198条1項ただし書の反対解釈受忍義務を認めると、供述を強いられているのと同じ状態になり、黙秘権の実質的な保障が損なわれる
逮捕・勾留中の被疑者は取調室への出頭を拒めず、出頭後も自由に退去できない出頭を拒めるし、出頭後も自由に退去できる
反論受忍義務を認めても、直ちに黙秘権の侵害になるわけではない
  • 次の問題:受忍義務を認める立場に立ったとして、その義務は本罪だけに及ぶのか、余罪にも及ぶのか。ここで学説が分かれます(第4節・第5節)。

198条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

限定説(受忍義務は本罪だけ)

受忍義務を、拘束の理由になった事件に限る考え方です。

  • 限定説:取調べ受忍義務は、拘束の理由になった事件、つまり本罪についてのみ認められる、という説です。
    • 余罪には受忍義務が無いので、受忍義務を負わせたような余罪の取調べは違法になります。
  • 目印(部屋の点検契約):契約書(令状)に書かれているのは「101号室」(本罪)だけです。書かれていない「102号室」(余罪)までは、点検の権利が及びません。

(1) 余罪の取調べが適法になる条件

限定説では、受忍義務を負わせずに、本人の意思で話してもらう形なら、余罪も取り調べられます。

  • 限定説の規範:取調べ受忍義務は、逮捕・勾留の基礎となった事件(本罪)についてのみ認められる。余罪について受忍義務を負わせた取調べは、①余罪の被疑事実、②余罪についても供述拒否権および弁護人選任権があること、③余罪の取調べについては受忍義務がないこと、を告げた上で、④被疑者が任意に供述した場合でなければ違法となる。
条件中身
①余罪の被疑事実を告げるこれから何の事件について聞くのかを明らかにする
②供述拒否権・弁護人選任権を告げる余罪についても、話したくないことは話さなくてよいこと、弁護人を頼めることを知らせる(198条2項・30条1項に対応)
③受忍義務がないことを告げる余罪の取調べは、拒んで席を立ってよいとはっきり告げる
④任意に供述した①〜③を告げた上で、それでも被疑者が自分の意思で話した場合だけ、適法になる
  • 198条2項:取調べの前に、被疑者に「自分の意思に反して供述する必要はない」と告げなければなりません。
  • 30条1項:被疑者は、いつでも弁護人を選任できます。

(2) 例外:密接関連の例外

限定説でも、余罪と本罪が深く結びついているときは、受忍義務を負わせて余罪を取り調べられます。

  • 密接関連の例外:余罪が本罪と密接な関連を持ち、余罪の取調べが本罪の捜査を進める上で重要な意味を持つ場合には、本罪の取調べの一環として、受忍義務を負わせた余罪取調べも許されます。
    • 密接な関連:片方を調べれば、もう片方の解明にも直結してしまう関係です。
    • 例:死体の遺棄で拘束中に、その殺人を調べるように、余罪を明らかにすると本罪の全体の計画や意図が見えてくる組合せです。
  • 目印(配管):101号室と102号室が同じ配管でつながっていれば、101号室を点検すると102号室の状態も見えてしまいます。102号室を見ることも、101号室の点検の一環と扱えます。
  • 前編の最高裁の決定との違い:別件の恐喝未遂と、本件(強盗強姦、強盗殺人、死体遺棄)に社会的事実として一連の密接な関連がある、とした決定です。
    • 脅迫状を届けた件を調べれば、事件当日の行動が分かり、本件の捜査にもなります。
    • そこで、本件も取り調べていたことは別件について当然すべき取調べで、第一次拘束は違法な別件逮捕ではない、としました。
    • 受忍義務の範囲や、限定説の例外を判断したものではありません。

(3) 甲へのあてはめ

  • 告知:4日目に放火の取調べを本格化させた際、①〜③の告知はどれもされていません。
    • 告知を欠く以上、④「任意に供述した」という条件そのものが整っていないと評価されます。甲が実際に話していても、結論は変わりません。
  • 密接関連:無免許運転と倉庫放火は、社会的事実として関連がありません。無免許運転をしていた事実は、放火の犯行計画や機会の解明に役立たないからです。
    • だから、密接関連の例外も使えません。
  • 結論:限定説に立てば、甲に対する4日目以降の余罪取調べは違法です。

非限定説(受忍義務は本罪・余罪を区別しない)

限定説と逆に、受忍義務を余罪にも及ぼす考え方です。

  • 非限定説:受忍義務は、本罪と余罪を区別せず認められる、という説です。
    • 根拠:198条1項ただし書からは、限定説が読み取るような「本罪に限る」という制限までは読み取れないからです。
    • 目印:101号室も102号室も、区別せず点検できる契約(建物全体の契約)だと考えます。
  • 立場:捜査の実務の立場とされています。
  • 批判:嫌疑がほとんど無い余罪まで、受忍義務を負わせて聞いてよいとするのは、行き過ぎだという批判があります。
限定説非限定説
受忍義務が及ぶ範囲本罪だけ本罪も余罪も
余罪を取り調べる条件①〜③の告知+④任意の供述(例外:密接関連)限定説の①〜③の告知は不要(198条2項の告知は、どの取調べでも必要)
甲の4日目以降の余罪取調べ違法適法
  • 押さえる点:どちらの説に立つかで、甲の取調べの評価が正反対に分かれます。

第二次逮捕・勾留(第一次拘束の適法性で分かれる)

3段目は、本件(放火)について、改めて逮捕・勾留できるかです。まず、第一次拘束が適法だったかで出発点が変わります。

第一次拘束が適法だった場合第一次拘束が違法だった場合
第一次拘束の中身別件の拘束として適法別件を名目に、実質は本件で拘束していた=本件も拘束済み
第二次逮捕・勾留の意味本件についての新しい拘束同じ事件での二度目の拘束(蒸し返し)
判断通常の要件を、改めて満たせばよい再逮捕・再勾留禁止の原則がかかり、原則違法

(1) 第一次拘束が適法だった場合

  • 判断:逮捕・勾留の理由と必要性があれば、第二次逮捕・勾留も適法です。
    • 逮捕の理由(199条1項):被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることです。
    • 逮捕の必要性(199条2項ただし書):明らかに逮捕の必要が無いと裁判官が認めるときは、逮捕状は出ません。
    • 勾留の理由(60条1項・207条1項):60条1項は被告人の勾留の規定です。207条1項で、勾留請求を受けた裁判官が裁判所と同じ権限を持つので、被疑者の勾留にも使われます。
      • 60条1項の理由:罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があり、住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのいずれかにあたることです。
    • 勾留の必要性:60条1項の文言にはありません。87条1項が、勾留の必要が無くなれば勾留を取り消すと定めています。

(2) 第一次拘束が違法だった場合

  • 蒸し返し:本件ではすでに一度拘束が行われていたので、本件での第二次逮捕・勾留は、同じ事件の蒸し返しと考えられます。
  • 原則:再逮捕・再勾留禁止の原則により、原則として違法です。
    • 例外:認める余地はあります。ただ、違法な第一次拘束による被疑者の不利益は大きいので、必要性の程度が極めて大きい場合に限られると考えられています。
      • 例:重大な犯罪で、それまでの捜査とは関係なく、新しい客観的な証拠が見つかった場合です。
  • 物差し:再逮捕・再勾留の必要性の程度と、被疑者が被る不利益の程度を比べる、比較衡量です。

余罪取調べだけが違法だった場合(自白調書と第二次逮捕・勾留)

第一次拘束は適法でも、その間の余罪取調べだけが違法だった場合を整理します。

  • 自白調書の証拠能力:違法な余罪取調べで得た自白調書は、証拠能力が否定されます(証拠として使えません)。
  • 第二次逮捕・勾留:その理由を何が支えているかで分かれます。
    • 理由がその自白調書だけなら、理由が無くなるので違法です。
    • 自白調書を除いた残りの証拠だけで理由が足りるなら、適法です。
余罪取調べの評価 \ 第二次逮捕・勾留の理由自白調書のみ客観的な証拠あり
違法(限定説で、告知を欠く)違法(理由が無くなる)適法(自白を除いても理由が足りる)
適法(非限定説、または密接関連あり)適法(自白調書をそのまま使える)適法

(1) 甲の場合

  • 限定説:4日目以降の余罪取調べが違法なので、9日目の自白調書は証拠能力が否定されます。
    • 例えば、放火現場に残されたライターから甲の指紋が出ていれば、それは自白に頼らない客観的な証拠です。その証拠があれば、第二次逮捕・勾留は適法です。
    • そうした証拠が無く、理由が自白調書だけなら、第二次逮捕・勾留は違法です。
  • 非限定説:4日目以降の余罪取調べは適法で、自白調書もそのまま使えます。第二次逮捕・勾留は適法です。

(2) 乙の場合

  • 自白調書がそもそも無い:乙は2日目の確認で放火への関与を否認し、その後は放火について取り調べられていません。証拠能力を問題にする自白調書が存在しません。
    • 限定説からは、告知の無いまま放火を確認したことも違法と評価されます。ただ、自白調書が無いので、第二次逮捕・勾留の理由には影響しません。
  • 判断:乙の第二次逮捕・勾留は、防犯カメラ映像のような、自白に由来しない客観的な証拠があるかだけで判断されます。
  • 2段目と3段目のつながり:拘束そのものが適法でも、取調べには限界があります。その限界を超えて得た自白は、次の拘束を支えられません。

実体喪失説から見た余罪取調べ

実体喪失説は、余罪取調べを含む捜査の状況から、第一次勾留そのものの適法性を見ます。第4節〜第7節の前提(別件基準説)とは別の筋です。

  • 実体喪失説:勾留が、本罪の勾留としての実体を保っているかで、別件逮捕・勾留の適法性を見る説です。
  • 実体を失った場合:失った時点から先の勾留が違法です。
    • 本件での第二次逮捕・勾留は蒸し返しにあたり、再逮捕・再勾留禁止の原則で原則違法です(第6節(2))。
  • 限定説・非限定説との関係:この2説は、別件基準説で第一次拘束を適法としたうえでの対立です。実体喪失説とは別の筋なので、1つの答案の中で重ねません。
  • 取調べだけが違法になる余地:実体を失うまでには至らない、比較的短時間の余罪取調べの繰り返しなら、勾留は違法でなくても、その取調べを違法と評価する余地があります。
    • 理由:勾留の期間は、本罪の起訴・不起訴を決めるための捜査に使う前提です。その決定に向けた捜査として必要性を欠く取調べは、それ自体が違法と評価されます。

(1) 甲へのあてはめ

4日目〜9日目の6日間1日あたりの取調べ
本罪(無免許運転)15分程度
余罪(倉庫放火)連日2〜3時間
  • 考慮要素:本罪と余罪、それぞれの取調べの程度が、余罪の側に大きく偏っています。
  • 評価:本罪の取調べが1日15分では、本罪の起訴・不起訴を決めるための取調べとは言えません。6日間の取調べの時間は、ほとんど余罪に使われていたことになります。
  • 結論:比較的短時間の取調べの繰り返しではありません。4日目以降、勾留が本罪の勾留としての実体を失い、違法になっていたと評価できる可能性が、正面の論点です。そう評価すれば、放火での第二次逮捕・勾留は原則違法です。

(2) 乙へのあてはめ

  • 評価:放火に触れたのは2日目の確認だけで、否認の後は取り調べていません。勾留は実体を失っておらず、第一次勾留は適法です。

甲・乙の総合検討

ここまでの検討を、甲と乙で並べます。

甲(無免許運転で逮捕)乙(置き引きで逮捕)
余罪取調べ限定説なら違法、非限定説なら適法(告知が無く、密接関連も無い)限定説なら、告知の無い2日目の確認も違法、非限定説なら適法
第二次逮捕・勾留限定説:客観的な証拠があれば適法、無ければ違法/非限定説:適法自白調書が無いので、防犯カメラ映像などの客観的な証拠だけで判断
実体喪失説6日間の配分が余罪に偏り、4日目以降の勾留が違法になりうる → 第二次は原則違法2日目の確認だけで、実体は失っていない → 第一次は適法
  • 分かれ方の違い:甲は、告知の有無・密接関連の有無・取調べの配分という具体的な事情の組合せで結論が変わります。乙は、自白調書が無いので、どの説でも第二次逮捕・勾留は客観的な証拠で決まります。

(1) 別件の処分結果は響かない

  • 処分結果:満期日に、甲は無免許運転で略式命令、乙は置き引きで起訴猶予になりました。
    • 略式命令:簡易裁判所が、検察官の請求により、公判を開く前に、100万円以下の罰金または科料を科す手続です(461条)。
    • 起訴猶予:犯罪の軽重や情状などから訴追を必要としないとき、検察官が起訴しないことです(248条)。
  • 結論:起訴できなかったなど、別件の処分結果だけを理由に、あとから第一次拘束が違法になることは、どの見解でもありません。

ページ上部へ ↑

#36単独ページ動画

捜索・差押え①令状の請求と領置

第2章 捜査 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

あの紙には何が書いてあるのか

警察官が家の中から段ボール箱を運び出し傍らに紙切れが一枚置かれている様子から始まる導入板

今日から、新しいテーマに入ります。これまでは、人の身体を拘束する捜査、逮捕と勾留を見てきました。ここからは、物を集める捜査、捜索・差押えです。誰が、どうやってあの紙を手に入れるのか。今日は、令状を取る側を見ます。先に、今日の答えを言っておきます。物を集める捜査でも、相手が手放した物を受け取るだけなら、令状は要りません。意思に反して奪うときだけ、裁判官の令状が要ります。なぜ、そこで線を引くのか。それが、今日の一本の軸です。

押収の総論——捜索・差押え・領置

物を探す処分を捜索占有者の意思に反して奪う処分を差押え占有者が手放した物を受け取る処分を領置と定義し押収がこの2つの総称であることを示す板

捜査の全体像を見た回で一度出した言葉ですが、今日使えるところまで整理します。物を「探す」処分が、捜索です。見つけた物を、占有者の意思に反して強制的に「持って帰る」処分が、差押えです。領置は違うんですか。違います。領置は、占有者が自分から手放した物を「持って帰る」処分です。差押えと領置をまとめた総称が、押収です。そして、奪うのか受け取るのかによって、令状の要不要がまるで変わります。ちなみに、差押えの対象は、原則として有体物です。この原則が、あとで見る電子データの話にもつながります。今日はこれを、1つの事件で通して見ていきます。例えば、会社員のAさんの自宅に、何者かが侵入し、指輪などの貴金属が盗まれました。捜査線上に、Aさんの元同僚Bが浮かびます。

順番に見ていきます。

領置①——遺留物と任意提出物

事件現場近くの公園で見つかった空の小物入れを通行人が届け出る場面を遺留物の領置として示す板

領置の根拠条文を見てください。

条文刑事訴訟法第221条

刑事訴訟法第221条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。

「遺留した物」って、落とした物、ということですか。少し違います。占有を放棄した物、という意味です。犯行当日、Aさん宅の近くの公園で、空になった小物入れが見つかり、通行人が警察に届け出ました。これは、犯人が中身を抜いて捨てた、つまり占有を放棄した物です。遺留物として、令状なしで領置することができます。あとで取りに来る、と書いたメモが入っていた場合は、占有を放棄したとは言えません。まだ取りに戻るつもりがある物は、遺留物には当たりません。勝手に持ち帰れば、それこそ令状の要る強制的な取得になってしまいます。

領置②——任意提出できる者の範囲と還付

被害者Aさんが自分のスマホの写真データが入ったSDカードを自ら差し出す場面を任意提出物の領置として示す板

任意提出ができるのは、所有者、所持者、つまり自分のために占有している人、そして保管者、他人のために占有している人、この3者です。被害者のAさんが、「犯人が触ったドアノブを、自分のスマホで撮った写真データがあります」と、SDカードを差し出しました。これは、所有者による任意提出物の領置です。保管者というと、持ち主じゃない人が出す場合もあるんですか。あります。例えば、Bが盗んだ指輪の一部を質屋に持ち込んでいた場合、質屋の店主は、指輪の所有者ではありませんが、今その物を預かっている保管者として、任意に提出できます。

今、現実に占有している人かどうかが基準です。一度、警察が受け取った物は、もう返ってこないんですか。戻ってきます。留置の必要がなくなれば、還付する義務があります。222条1項が準用する123条1項の規律です。押収は、証拠として必要な限度でだけ許される処分です。必要がなくなれば、持ち主の財産権に配慮して返す、という考え方です。つまり、領置は、受け取るまでは任意処分、受け取った後は強制処分、という二段の性質を持ちます。確認したいんですが、被害者が自分から差し出した物は、令状がいる、いらない、どっちですか。いりません。領置には、令状は要りません。

強制処分には根拠が要った。では、それだけで足りるか

強制処分には法律の根拠が要るというルールを想起させ根拠だけで足りるのかそれとも別に何か要るのかを問いかける板

ここで、少し思い出してください。強制処分には、法律の根拠が要る、というルールを前に見ましたね。差押えは、相手の意思に反して物を奪う、強制処分です。221条のような法律の根拠はすでにあります。では、ここで思い出してほしいのですが、法律の根拠さえあれば、それで足りるでしょうか?法律の根拠は、どんな処分ができるか、という一般の話です。目の前のこの家に、今、踏み込んでよいか。それは、まだ誰も確かめていません。そこで出てくるのが、第2章で、強制処分法定主義と一緒に名前を見た、令状主義です。

令状主義の趣旨①——憲法35条

引っ越し業者に何でも運んでいいと白紙で頼む依頼と本棚だけ運んでくださいと品目を指定した依頼を対比する板

差押えは、財産権だけでなく、住居や所持品という、私的な領域に踏み込まれない権利、つまりプライバシーも侵害します。捜査機関の自己判断だけに委ねてよいか、という問題です。捜査機関は、事件を追う側です。自分で必要だと決めて、自分で踏み込めるなら、歯止めが働きません。そこで、事件に利害のない裁判官に、踏み込む前に確かめさせます。そこに歯止めをかけるのが、憲法35条です。

条文日本国憲法第35条

日本国憲法第35条 1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 2項 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

ここから、3つの要素が出てきます。1つ目、「正当な理由」の事前審査。2つ目、「捜索する場所及び押収する物」の明示。3つ目、「各別の令状」、つまり一般令状の禁止です。例えば、引っ越し業者の依頼で考えてください。「家の中の物、好きに全部運んでいいよ」という白紙の依頼と、「リビングの本棚だけ運んでください」という、品目を指定した依頼、どちらが業者に大きな自由を持たせてしまうか。白紙の依頼の方です。各別の令状は、後者、品目を指定した依頼です。一般令状は、前者、何でも運んでいい白紙の依頼です。憲法35条2項は、この一般令状を禁止しています。

令状主義の趣旨②——「正当な理由」の中身

嫌疑があるか、その場所に物がある見込みが高いか、事件と関わりがあるか、今差し押さえる必要があるかという4つの問いに裁判官が正当な理由を分解して審査すると示す板

この一語には、4つの具体的な問いが、畳み込まれています。

⭐ 論文で書く規範:「正当な理由」の4要件 裁判官は、①特定の犯罪について嫌疑があること、②捜索する場所にその物がある見込みが高いこと、③その物が今回の事件と関わりがあること、④今、差し押さえる必要があること、の4つがすべて認められて初めて令状を発付する。 (通説(憲法35条1項「正当な理由」の解釈))

なぜ、この4つが要るのか。1つずつ理由があります。①は、捜査が特定の犯罪の嫌疑を前提とする、当然の帰結です。②は、目的物が存在しない場所を捜索させても、意味がないからです。③の関連性が要るのは、「特定の犯罪事実」について審査したはずの令状で、「他の犯罪事実」の証拠まで取れてしまえば、令状主義が形骸化するからです。さきほどの、一般令状の禁止という話が、ここに現れています。④は、①から③がそろっても、なお必要性がなければ、発付すべきでない、という最後の歯止めです。例えば、①窃盗の嫌疑がBにあること、②指輪類がB方にあると見込めること、③その指輪類が、Aさん方の窃盗事件の証拠であること、④今、捜索・差押えをする必要があること。この4つを、裁判官が確かめます。

Bの家にある使い古しのノートパソコンが、今回の窃盗事件と何の関係もないなら、③の関連性を欠きます。嫌疑があっても、存在の見込みがあっても、関連性がなければ、その物には令状が出ません。指輪がすでに質屋に売られていた場合は、②の見込みが崩れます。B方にあると見込む根拠がなくなるからです。この場合、B方でなく、質屋の方を対象にするべきです。自白があり、証拠も十分にそろっている場合は、④の必要性が問題になります。嫌疑も、存在の見込みも、関連性もあっても、すでに証拠が十分にそろっていて、重ねて捜索する必要がなければ、令状は出ません。

4つすべてがそろって、初めて発付されます。相手の意思に反して奪うからこそ、ここまで確かめさせるのです。段が違います。あちらは、令状が要る処分かを決める、入口の判断です。こちらは、令状を出してよいかの判断です。今日は、入口を通った先の話です。

令状に書かれる事項——刑訴法219条1項

罪名差し押さえるべき物捜索すべき場所身体物有効期間の4点を軸に一般令状の禁止と結びつけて令状の記載事項を示す板

では、その「正当な理由」を審査した結果、令状には何が書かれるのか。

条文刑事訴訟法第219条第1項

刑事訴訟法第219条第1項 前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物、提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、捜索若しくは検証に着手し、又は電磁的記録提供命令をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

長い条文ですが、実務の型に沿って、4点だけ押さえます。罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所・身体・物、そして有効期間です。さきほどの、各別の令状、一般令状の禁止に直結します。例えば、罪名も差し押さえるべき物も書かず、「B方を家宅捜索してよい」とだけ書いた令状があったら、どうなるでしょうか。何でも持って行っていい令状になってしまいます。差し押さえるべき物を書かない令状は、まさに、一般令状です。罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所を書かせることで、令状の効力をその範囲だけに縛ります。有効期間も同じです。いつまでも有効な令状は、それ自体が歯止めを失った令状になってしまいます。

それは、電子データを対象にする令状のときに書かれる事項です。中身は別の回で扱います。今日は、この4点を押さえてください。

令状の請求——請求権者

検察官検察事務官司法警察員は令状を請求できるが司法巡査には請求権限がないと示す板 図:検察官検察事務官司法警察員は令状を請求できるが司法巡査には請求権限がないと示す板

誰でも請求できるわけではありません。令状を請求できる人は、法律で限られています。

条文刑事訴訟法第218条第5項

刑事訴訟法第218条第5項 第一項の令状は、検察官、検察事務官又は司法警察員の請求により、これを発する。

検察官、検察事務官、司法警察員、この3者に限られます。司法巡査には、令状の請求権限がありません。第1章で見たとおり、刑訴法は、現場で最初に動く人と、その判断に責任を持つ人を分けています。人の住居に踏み込む手続を始めるかどうかは、重い判断です。だから、責任を持つ側の司法警察員に負わせています。警察の中だけでは決められません。警察を外から管理する公安委員会の定めで決まります。その定めでは、巡査部長以上の警察官が司法警察員、巡査が司法巡査です。必要があるときは、巡査を司法警察員に指定することもできます。誰に責任を負わせるかの線引きを、警察の外の委員会に置いている、という形です。

司法巡査は、司法警察員を補助して動く立場です。目の前の捜査を進めている人が、そのまま裁判官に持ち込めると、この家まで踏み込む必要が本当にあるのかを、警察の中で一度確かめる段が消えます。そうなると、請求は現場の勢いのまま増えていきます。現場の司法巡査が捜索の必要を感じたときは、自分では請求せず、司法警察員につなぎます。司法巡査は、捜索そのものにも関われないんですか。関われます。令状が出たあと、実際に家に入って探す場面には、司法巡査も加わります。分けているのは、裁判官に令状を求めるかどうか、という入口の判断だけです。そして、請求するときは、書類だけ出せばいいわけではありません。「正当な理由」があることを裏づける、疎明資料も添えます。

例えば、Bの職場の元同僚の供述や、防犯カメラの記録が、疎明資料になります。疎明と証明は、違うんですか。違います。証明は、裁判官に確信を持たせる程度の立証です。疎明は、一応確からしい、という心証を持たせる程度で足ります。令状の審査で確信までは求めないのは、起訴前の、まだ捜査の途中の段階だからです。

請求書の記載事項——犯罪事実の要旨まで書く

Bの自宅の捜索差押許可状請求書に罪名差し押さえるべき物捜索すべき場所犯罪事実の要旨が並ぶ請求書板

請求書には、令状本体より詳しいことが書かれます。Bの自宅の捜索差押許可状請求書には、罪名は窃盗、差し押さえるべき物は指輪類、捜索すべき場所はB方、そして、犯罪事実の要旨、つまり「Aさんの家に侵入し、指輪等を窃取した」という事実の概要まで書かれます。令状本体にはありません。請求書側にだけ、この記載があります。請求書は、裁判官に判断してもらうための書類です。何の事件で、どこまでの嫌疑があるのか。それが分からなければ、「正当な理由」があるかどうかを判断できません。令状のほうは、実際に家に入るときに、相手に示す紙です。示される相手は、被疑者とは限りません。役割が違うので、書かせる中身も違います。今日は、請求書側に犯罪事実の要旨が必要だ、という書き分けを、役割の違いとして押さえてください。

有効期間は、どのくらいなんですか。原則7日以内です。超える場合は、請求書にその旨と理由を書きます。Bさん以外の人の家を捜索することもあるんですか。あります。被疑者以外の人を対象にするときは、物がそこにあると認めるに足りる状況が、別途要求されます。

令状をオンラインで——法律はできている、施行はこれから

刑事手続の電子化を進める法律はすでに成立しているが令状のオンライン請求発付は2026年9月時点で未施行と示す板

刑事手続の電子化を進める法律は、すでに成立しています。ただ、令状のオンライン請求や発付に関する部分は、まだ施行されていません。今の219条1項も、「裁判官が、これに記名押印しなければならない」のままです。紙の令状が前提になっています。令状のやり取りも、今後オンライン化される予定、という段階です。「もう変わった」と、「変わる予定がある」を、混同しないようにしてください。例えば、遠隔地の裁判所まで書類を持ち込む時間が惜しい、切迫した捜査の場面を考えてください。紙と押印を電子的な方法に置き換えれば、請求から発付までの時間を短くできます。それが、この変更の狙いです。

電子データを出させる命令——電磁的記録提供命令

電子データを対象にする令状は今は電磁的記録提供命令という名前で呼ばれ219条1項の記載にも反映されていると示す板

もう一つ、呼び名の更新があります。電子データを対象にする令状は、今、「電磁的記録提供命令」という名前です。あの部分が、この名前に対応しています。差押えは、目に見える物の占有を取得する処分です。例えば、データがクラウド上のサーバーに保存されていて、物理的に持ち出せない場合を考えてください。そこで、データを保有している人に、電磁的記録を提供させる、という形の命令が必要になりました。この制度の中身、どんな要件で、どんな手続きなのかは、別の回でじっくり扱います。今日は、この名前だけ押さえてください。

今日のまとめ・次回への橋

押収の2類型令状主義の趣旨4要件219条1項の記載事項令状の請求という今日渡した4点を1本にまとめ次回は裁判官の審査に進むと示す板

今日の内容を振り返ります。1つ目。押収には、令状の要らない領置と、令状の要る差押えの、2つの類型があります。分かれ目は、相手が手放したのか、それとも意思に反して奪うのか、でした。2つ目。差押えには、憲法35条の令状主義がかかります。「正当な理由」の4要件と、各別の令状、つまり一般令状の禁止、この2つが中身でした。ここで、一度確認します。Bさんの家を捜索する令状で、裁判官が確かめる4つの問いは、何でしたか。嫌疑があるか、目的物がそこにありそうか、その事件との関連性があるか、そして必要性があるか、でしたね。そして、この4つは1つでも欠ければ、令状は出ません。3つ目。令状には、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、有効期間が書かれます。これらは、一般令状を禁止するための記載でした。4つ目。令状は、検察官、検察事務官、司法警察員だけが請求できます。請求書には、令状本体には書かれない「犯罪事実の要旨」まで書かせます。この差、覚えておいてください。令状には罪名しか書かなくてよい理由、対象の特定はどこまで必要か、そして、被疑者以外の人への捜索も扱います。

ページ上部へ ↑

#37単独ページ動画

捜索・差押え②令状の記載と裁判官の審査

第2章 捜査 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

罪名だけ書かれた紙

請求書と令状本体で罪名はどちらも窃盗と書かれるのに犯罪事実の要旨は請求書だけに書かれ令状本体には書かれていないことを並べて示す導入板

請求書には、たしかに犯罪事実の要旨まで書きます。手抜きではありません。今日は、令状を取りに行く側ではなく、審査する側、裁判官の視点から見ます。裁判官が何を確かめ、令状に何を書かせるのか。そこが分かれば、このねじれは手抜きではなく、紙の役割の違いだと分かります。

「正当な理由」を審査する条文

憲法35条1項の正当な理由の中の必要性と2項の各別の令状という今日使う2つの言葉を取り出して意味を添える板

もう一度、この条文を見てください。

条文日本国憲法第35条

日本国憲法第35条 1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 2項 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

今日使うのは、この2つの言葉です。1つ目、1項の「正当な理由」。この中の4つ目の要素、必要性を掘り下げます。2つ目、2項の「各別の令状」。これは、後半、集合住宅の話で使います。捜査機関の自己判断だけに委ねない、という話でしたね。

必要性の審査——何を見て判断するか

犯罪の態様軽重証拠価値隠滅のおそれ被差押者の不利益という4つの考慮要素を諸般の事情としてまとめ明らかに必要性がないと認められるときにまで差押えを是認しなければならない理由はないという歯止めを示す一覧板

⭐ 論文で書く規範:捜索・差押えの必要性の判断 捜索・差押えの必要性は、犯罪の態様・軽重、差押物の証拠としての価値・重要性、差押物が隠滅・毀損されるおそれの有無、差押えによって受ける被差押者の不利益の程度その他諸般の事情を考慮して判断する。これらの事情に照らし、明らかに必要性がないと認められるときにまで、差押えを是認しなければならない理由はない。 (最高裁の必要性審査に関する決定)

考慮要素は1つではありません。犯罪の重さ、証拠としての価値、隠滅されるおそれ、そして相手が受ける不利益。これらを総合的に見ます。だからこそ、最後にもう一つ歯止めが付きます。裁判官が令状を出すべきでないのは、「明らかに必要性がない」と認められるときだけです。この基準は、もともと、差押えを受けた側が不服を申し立てたとき、裁判所が必要性まで審査できるか、という場面で示されました。最高裁は、必要性も審査できるとしたうえで、これらの事情に照らして明らかに必要がないといえるときにまで、差押えを認めなければならない理由はない、と言いました。必要性を積極的に証明させる審査ではなく、明らかに不要なものを止める審査だ、と押さえてください。前回から続いている事件です。他人の家から指輪を盗んだ疑いがかかっているのが、Bです。Bの家を例に考えます。盗んだ指輪をもうすぐネットのオークションに出品する、という具体的な兆候があれば、隠滅のおそれが高く、必要性ははっきり認められます。

一見、急いで捜索する必要は薄く見えます。それでも、共犯者が別にいて証拠を隠すおそれが残っている、といった事情があれば、「明らかに不要」とまでは言えません。この場合、なお発付されることになります。任意捜査の比例原則と名前は似ていますが、別物です。任意捜査の比例原則は、令状の要らない捜査をどこまで許すかの話。こちらは、令状という強制処分を発付するかどうかの話です。どちらも「必要性と不利益の釣り合い」を見る点は共通しますが、段が違います。

なぜ令状には罪名しか書かないのか——請求書とのねじれ

前編の請求書にあった罪名及び犯罪事実の要旨の欄と令状本体219条1項の罪名だけの欄を並べ犯罪事実の要旨の欄が消えることを示す対比板

ここで、冒頭の疑問に戻ります。前回の請求書には、罪名と、犯罪事実の要旨、両方がありました。

条文刑事訴訟法第219条第1項

刑事訴訟法第219条第1項 前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物、提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、捜索若しくは検証に着手し、又は電磁的記録提供命令をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

もう一度見てください。ここに、「犯罪事実の要旨」という言葉はありません。令状本体に書かれるのは、罪名だけです。理由は2つあります。1つ目。捜索は捜査のかなり早い段階、まだ事件の全体像が固まっていない時期に行われることが多く、その場に被疑者以外の人が居合わせることもあります。そこで犯罪事実の細かい経緯まで書いてしまうと、捜査の秘密や、被疑者や関係者の名誉が、現場で見た人に漏れてしまいます。かかりつけ医が専門医に送る紹介状には、病歴の詳しい経過まで書きます。でも、診察室の前の受付表示には、「何科・受診中」としか出ません。廊下を通りかかる人にまで病名を見せる必要はないからです。請求書が紹介状、令状本体が受付表示、と考えてください。

2つ目は、逮捕状との対比です。前に見た逮捕状には、被疑事実の要旨を書かせます。逮捕は、人の身柄を拘束する、特に重い処分だからです。捜索・差押えは、身柄を拘束せず、対象が被疑者本人とは限りません。求められる記載の重さが、そもそも違います。そうとも言い切れません。対象が被疑者本人で、秘密が漏れる弊害が小さいときは、もう少し詳しく書いた方が望ましい場面もあります。ここまでが、冒頭の疑問への答えです。罪名しか書かないのは手抜きではなく、裁判官に判断してもらう紙と、現場で示す紙とで、役割が違うからです。この点は、次の論点でもう一度出てきます。

「差し押さえるべき物」はどこまで書けば足りるか

腕時計型番と現金額を絞って書いたA案と腕時計現金その他本件に関係ありと思料される一切の物品と書いたB案を並べる比較板

罪名の次は、「差し押さえるべき物」の書き方です。さきほど見た憲法35条1項は、令状に「明示」を求めていました。ですから、押収する物ははっきり書かれていなければなりません。あまり厳密に特定しろと言われると、現場が動けなくなります。そこで、どこまで特定すれば足りるかが、問題になります。Bの家に対する令状で、2つの書き方を比べます。A案は、「腕時計、型番◯◯、現金◯◯円」と、品目を絞った書き方です。B案は、「腕時計、現金、その他本件に関係ありと思料される一切の物品」と、具体例のあとに概括的な言葉を続ける書き方です。

B案のような書き方がどこまで許されるか。ここで、最高裁の考え方を見ます。

概括的な記載——最高裁はどう読んだか

ある団体の事務所を捜索した事件で罪名欄に地方公務員法違反とだけ記載され適用法条は記載されず差し押さえるべき物欄に会議議事録闘争日誌指令通達類連絡文書報告書メモと本件に関係ありと思料せられる一切の文書及び物件と記載されていた令状を示す事案板

ある団体の事務所が捜索された事件があります。令状の罪名欄には、地方公務員法違反、とだけ書かれていて、適用する条文は書かれていませんでした。差し押さえるべき物欄には、「会議議事録、闘争日誌、指令、通達類、連絡文書、報告書、メモ」と並べたうえで、「本件に関係ありと思料せられる一切の文書及び物件」と書かれていました。この書き方が、対象の明示に欠けるのではないか、が争われました。

⭐ 論文で書く規範:「差し押さえるべき物」の特定の程度 概括的な記載が「差し押さえるべき物」を明示したといえるかは、記載全体を見て、その文言が具体的な例示に付加されたものにすぎず、被疑事件に関係があり、かつ例示の物件に準じられるものを指すことが明らかであるかによって判断する。罪名に適用法条まで示すことや、令状が正当な理由に基づくことの明示までは、憲法上要求されない。 (最高裁大法廷決定)

最高裁は、この書き方を適法と判断しました。「本件に関係ありと思料せられる一切の文書及び物件」という概括的な部分は、独立した白紙の指示ではなく、直前に並んだ会議議事録や闘争日誌といった具体的な例示に付け加えられたものだ、と読んだのです。例示に準じる物に限られると読めば、対象は事実上絞られている、というのが最高裁の理屈です。あわせて、この決定は、令状に罰条まで書くことは憲法上要求されない、とも言っています。場所や物の記載以外の事項は、刑訴法の規定に委ねられている、という理由です。判断したのは、具体的な例示が並んだうえでの概括的な記載が、明示に欠けないか、という点だけです。その令状を持って現場に入り、実際にどこまで持ち去ってよいのか。執行の場面は、この決定は判断していません。

この読み方への批判、そして当てはめ

本件という言葉が何を指すか不明確なままでは関連性も不明確になるという批判と被疑者本人への令状なら罰条や被疑事実まで書いた方が望ましいという指摘を示す板

この読み方に、反対する意見はないんですか。あります。「本件」という言葉が何を指すか、令状の文面だけからははっきりしません。そうすると、差し押さえる物と被疑事実との関連性も、結局不明確なままだ、という批判です。令状主義は、捜査機関の権限の逸脱や濫用を防ぐための制度です。この趣旨からは、記載はできる限り具体的にすべきだ、という考え方が出てきます。秘密や名誉の弊害が小さい場面、例えば対象が被疑者本人だけのときは、罰条や被疑事実を具体的に書いた方が望ましい、とも言われます。B案に当てはめると、「腕時計、現金、その他本件に関係ありと思料される一切の物品」は、腕時計と現金という具体的な例示に付加されたものと読めば、宝石類など、それに準じる物に限られると解釈でき、直ちに違法とはなりません。

付加する相手の例示が無ければ、この概括的な言葉は、何にでも及ぶ、白紙の指示になってしまいます。その場合は、明示に欠けると判断されることになります。

罪名の記載の程度——罰条まで書くか

刑法犯は殺人罪窃盗罪という構成要件ごとの一般名で足り特別法犯は条文番号ではなく法令名の記載で足りると示す板

今見たとおり、令状に罰条まで書くことは、憲法上要求されません。理由は二つです。一つは、憲法が令状に求めているのが、捜索する場所と押収する物の明示であって、罰条の記載ではないこと。もう一つは、刑事訴訟法の側にも、令状に罰条を書けと定めた条文が一つもないことです。たとえば刑法犯なら、「殺人罪」「窃盗罪」のように、構成要件ごとの一般的な名前で足ります。覚醒剤取締法違反のような特別法犯なら、何条何項という条文番号ではなく、法令の名前を書けば足ります。罪名は、令状がどの事件の権限に基づくかを示す最小限の表示です。細かい条文番号までは、令状本体の役割ではありません。

もう一度、思い出してください

被疑者本人の家に目的物がある見込みは自然に認められるが被疑者以外の人の家ではどうかを問いかける板

ここで前回を思い出してほしいのですが、「正当な理由」の2つ目の要素、目的物がその場所にある見込み、というのがありましたね?Bの家を捜索するなら、盗んだ指輪がそこにある見込みは、当然高いと考えていいんでした。では、Bの家ではなく、Bの友人Cの家だったら、同じように考えていいでしょうか。なんとなく違うと感じたなら、その感覚が正しいです。次の論点は、そこを掘り下げます。

被疑者以外の者への捜索——推定が働かない

222条1項が102条を準用し被告人を被疑者に読み替える構造を示したうえで被疑者本人には必要があるときで足り被疑者以外の者には押収すべき物の存在を認めるに足りる状況が要ると対比する板

捜索・差押えの条文、222条1項は、裁判所が行う捜索・差押えを定めた99条や102条などを準用していて、そこで「被告人」を「被疑者」に読み替えます。その102条を見てください。

条文刑事訴訟法第102条

刑事訴訟法第102条 1項 裁判所は、必要があるときは、被告人の身体、物又は住居その他の場所に就き、捜索をすることができる。 2項 被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。

「被告人」を「被疑者」に読み替えて読んでください。1項、被疑者本人の身体・物・住居には、「必要があるとき」で足ります。2項、被疑者以外の者の身体・物・住居には、「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」がある場合に限られます。なぜこんな差があるのか。被疑者本人の場所なら、押収すべき物がそこにあるだろう、という推定が事実上働きます。ただし、これは推定にすぎないので、裁判官の審査でこの推定が崩れれば、発付すべきではありません。これに対して、被疑者以外の人は、そもそも被疑事実と直接の関わりがないかもしれません。推定は働かないので、「存在を認めるに足りる状況」という積極的な疎明が必要になります。

前回確認したとおり、一応確からしい、という心証を持たせる程度で足ります。確信までは要りません。本人のカルテなら、病歴が書いてあって当然です。でも、たまたま付き添っていた人のカバンの中を調べるのに、「関係する物が入っているだろう」とは言えません。具体的な手がかりが要ります。Cが、Bから荷物を預かったところを見た、という供述のような、盗品がC宅に持ち込まれたことをうかがわせる具体的な事情が必要です。単に「BとCが親しい」というだけでは、足りません。推定が働かない分、より具体的な材料が求められます。

集合住宅——管理権ごとに各別の令状

3階建てアパートの301号室の令状の効力が302号室や203号室には及ばず各部屋の管理権ごとに別の令状が要ると示す板

もう一つ、対象の範囲が問題になる場面があります。Bの家が、3階建てのアパートの301号室だったとします。同じアパートなら、302号室や203号室も、ついでに見ていいんですか。いけません。さきほどの憲法35条2項、「各別の令状」を思い出してください。捜索を受ける場所の管理権ごとに、別の令状が必要だと解されています。捜索は、その場所を管理する人の、財産的な権利や私的な領域に踏み込まれない権利を侵害します。この権利侵害は、管理権を持つ人ごとに発生します。301号室の令状は、301号室の管理権にしか及びません。302号室や203号室は、別の人が管理している以上、別の令状が必要です。

同じ管理権の範囲にある物には、1通の令状の効力が及びます。今日は、「管理権ごとに各別の令状」という原則だけ、押さえてください。

今日のまとめ・次回への橋

必要性の審査罪名のみ記載差し押さえるべき物の特定被疑者以外の者集合住宅という今日渡した5点を1本にまとめ次回は執行の範囲に進むと示す板

今日の内容を振り返ります。1つ目。「正当な理由」の4つ目、必要性は、犯罪の態様・軽重、証拠価値、隠滅のおそれ、被差押者の不利益、これらの諸般の事情から判断されます。明らかに不要と言えない限り、発付されます。2つ目。令状本体には罪名しか書かれません。犯罪事実の要旨は、裁判官向けの請求書だけの記載です。3つ目。「差し押さえるべき物」の概括的な記載は、具体的な例示に付加されたものと読めれば明示に欠けません。例示がなければ、白紙の指示になってしまいます。罰条まで書く必要はありません。4つ目。被疑者本人の場所には「必要があるとき」で足りますが、被疑者以外の者の場所には「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」が必要です。

5つ目。集合住宅は、管理権ごとに各別の令状が必要です。

ページ上部へ ↑

#38単独ページ動画

捜索・差押え③「場所」の令状が及ぶ範囲

第2章 捜査 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

令状1通で、どこまで開けられるのか

3階建てアパートの301号室の前に立つ捜査員と、部屋の中の金庫・玄関先の自転車・道路の自動車・居合わせた家族と来客・宅配便の荷物を俯瞰で示す導入板

前回、Bさんの家、301号室を捜索する令状が出るところまで見ました。今日は、その令状を持って、現場へ行きます。でも部屋の中には、金庫があります。玄関先には自転車、少し先の道路には、自動車も停めてあります。おまけに、捜索の途中で、宅配便まで届きます。答えを先に言います。決め手は、「誰の物か」ではありません。その令状が指した場所を、おなじ人が管理している範囲にあるか、です。金庫も、車も、カバンも、宅配便も、この一つの物差しで決まります。今日は、そこを一つずつ見ていきます。

「身体」「物」「場所」——条文の書き分け

刑訴法102条が身体・物・住居その他の場所を書き分け219条1項も同じ3つを並べて記載していると示す条文対照板

令状の対象を決めている条文を見てみます。

条文刑事訴訟法第102条

刑事訴訟法第102条 1項 裁判所は、必要があるときは、被告人の身体、物又は住居その他の場所に就き、捜索をすることができる。 2項 被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。

この条文は、裁判所が主語ですが、捜査機関がする捜索・差押えにも、準用されます。

条文刑事訴訟法第222条第1項

刑事訴訟法第222条第1項 第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで…の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について…準用する。

長い条文ですが、見てほしいのは、102条が準用されているという一点です。捜査機関が捜索するときも、「身体」「物」「住居その他の場所」は、条文上、区別されています。もう一つ、前々回に見た、令状の記載事項の条文にも、同じ書き分けが出てきます。

条文刑事訴訟法第219条第1項

刑事訴訟法第219条第1項 前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物、提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、捜索若しくは検証に着手し、又は電磁的記録提供命令をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

条文だけを見ると、「場所」の令状と、「物」の令状は、別物のはずなんです。だとすると、部屋の中の金庫は、「物」だから、別に令状が要るはずではないですか。でも実務は、「場所」の令状1通で、中の金庫まで捜索します。なぜ、そうなるのか。ここに、今日の一つ目の山場があります。

管理権の同一性——「場所」の令状はなぜ「物」にも及ぶのか

1つの管理権が及ぶ範囲を点線で囲み中の金庫・自転車を「及ぶ」側に敷地外の自動車を「及ばない」側に振り分けた管理権マップ板

302号室や203号室には、301号室の令状は及びません。管理する人が違うからです。今日は、この話を裏返します。「管理権が違えば別の令状が要る」ということは、「同じ1つの管理権の中なら、1通の令状で足りる」ということでもあります。301号室という「場所」の管理権は、部屋の中にある机にも、クローゼットの中身にも、金庫にも、同じように及びます。裁判官は、「この管理権の範囲で捜索・差押えをしてよい」と事前に審査したわけですから、その管理権が及ぶ物にも、令状の効力が及ぶと考えます。「各別の令状」が要求しているのは、管理権ごとの線引きです。線の内側では、1通の令状で足ります。

⭐ 論文で書く規範:「場所」の令状の効力が及ぶ範囲——管理権の同一性 「場所」に対する捜索差押許可状の効力は、当該令状に係る捜索場所と同一の管理権が及ぶ範囲、つまりその敷地・付属建物及びそこに存在する物に及ぶ。 (通説(憲法35条2項「各別の令状」の要求を裏返した理解))

「場所の令状は、同一の管理権が及ぶ範囲に効力が及ぶ」、これが、この論点で論証の出発点になります。

敷地の中と外——自転車と自動車で見る境界線

301号室の敷地内にある自転車を「及ぶ」側に敷地外の道路に停めた自動車を「及ばない」側に置き同じアパートの一室の管理権の境界を示す板

前回の最後に、「敷地内、例えば玄関先の自動車はどうですか」という質問が出ていました。今日、答えます。301号室の玄関先、つまり敷地の中に置いてある自転車は、どうですか。301号室の管理権が、敷地にも及ぶなら、捜索できそうです。敷地は、301号室を管理する人が、出入りを管理している範囲です。同じ管理権の中に入ります。前回出ていた玄関先の自動車も、敷地の中なら、同じですか。同じです。自転車でも自動車でも、敷地の中なら変わりません。少し離れた道路に停めてある自動車はどうですか。そこが、境界線です。道路は、301号室の管理権が及ぶ場所ではありません。道路上の自動車を捜索するには、別に令状が要ります。

見ているのは、誰の物かではなく、どの管理権の範囲にあるか、です。引っ越し業者に、「この部屋の荷物を運んでください」と頼んだ場面を考えてみてください。机も、クローゼットの中の服も、玄関の傘立ても、一つずつ品目を挙げなくても、業者は運んでくれます。依頼の対象が、「この部屋」という一つのまとまりだからです。友人が道路に停めた車は、「この部屋」という依頼の対象の外にあるからです。令状も、同じ発想です。

居合わせた者の所持品と身体——別の問題

301号室に居合わせたBの家族が提げるバッグと居合わせた来客が提げるバッグを対比しどちらに管理権が及ぶか問う板

今の話は、「物」が相手でした。では、「人」が相手だと、どうでしょう。その前に、一つだけ線を引いておきます。さっきの、102条の2項、被疑者以外の人には「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」が要る、というのは、そもそも令状を出せるかの要件で、前回見たところです。今日は、出ている令状がどこまで及ぶか、という別の話です。捜索中に、その場に居合わせた人の「所持品」と、その人の「身体」そのものは、分けて考える必要があります。所持品は、「物」の一種です。でも身体は、人身の自由という、別の権利利益に関わります。まず、所持品の方から見ていきます。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成6年9月8日(刑集48巻6号263頁・百選19)

居合わせた者のボストンバッグ——理由を示さなかった決定 …同室に居た被告人が携帯するボストンバッグの中を捜索したというのであって、右のような事実関係の下においては、前記捜索差押許可状に基づき被告人が携帯する右ボストンバッグについても捜索できるものと解するのが相当である。

この事件も、同居する居室を捜索していた途中、その場に居た人が持っていたバッグを開けた、という場面です。決め手は何だったんですか。それが、少し変わっていて、最高裁は、「捜索できる」とだけ言って、なぜかを特に述べていません。判決の全文を見ても、理由づけの説示はありません。こういう判例は、「なぜ」を自分で補って理解する作法が必要になります。

判例の読み方——学説はどう埋めているか

その人だけの持ち物だと一見して明らかでない限り捜索場所にある物として扱えるという有力説と各別の令状が要るのではという批判を対比した板

理由を言っていない部分を、学説がどう埋めているか、見ていきます。有力な理解は、こうです。居合わせた人のバッグも、「捜索すべき場所」にある「物」の一つとして扱ってよい、ただし、「その人だけの持ち物だと一見して明らかでない限り」、という条件つきです。床に置かれたバッグと、見た目で区別がつかないなら、部屋の管理権の中にあるものとして扱います。でも、誰の目にもその人固有の物だと分かるなら、話は別です。Bさんと同居する家族のトートバッグが、部屋の中に置いてあったら、どうでしょう。誰の物か、ぱっと見では分かりません。部屋の管理権の中にあるものとして、捜索の対象になります。

訪ねてきた人が持ち込んだバッグは、外から持ち込まれた、その人固有の物だと、一見して分かることが多いです。その場合は、301号室の管理権には入らない、という理解になります。同居している人の物か、訪ねてきただけの人の物か、という違いが、決め手なんですか。そこが、落とし穴です。決め手は、同居かどうか自体ではなくて、「その人だけの持ち物だと一見して分かるか」です。同居する人の持ち物は、部屋の物と見分けがつきにくいことが多いので、結果として、この基準を満たしやすい、という関係です。近所の人が、自分の買い物袋を提げて立ち寄っただけだったら。

近所の人の買い物袋でも、見分けがつかないバッグなら、理屈の上では対象に入ります。でも、事件と関係のない人が提げている物は、その人固有の物だと、むしろ一見して分かりやすい場合が多いはずです。だから、学説の中には、この考え方に批判もあります。居合わせただけの第三者の所持品にまで及ぶのは、実質的にはその人への捜索であって、憲法35条2項が求める「各別の令状」を潜り抜けてしまうのではないか、という指摘です。最高裁は理由を示していない以上、この批判に答えているとは言えません。「一見して明らかでない限り」という限定が、この批判に対する一つの歯止めになっている、という位置づけです。なお、身体そのものへの捜索は、この理屈では正当化できません。そこは、「必要な処分」の限度で触れうるかという、別の論点になります。

執行中に配達された物——理由を示さなかったもう一つの決定

捜索の途中で301号室に宅配便が届きBが受け取った場合と受け取りを拒んだ場合で管理権が及ぶかどうか分かれると示す板

もう一つ、別の場面を見ます。今日、301号室の捜索中に、宅配便が届く、という設定でした。令状を出した時点では存在しなかった荷物が、執行中に入ってくる。ここが問題になります。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成19年2月8日(刑集61巻1号1頁・百選20)

執行中に配達された荷物——ここでも理由を示さなかった決定 …被告人あてに配達され、被告人が受領した荷物について、警察官において、これを開封したところ、中から覚せい剤が発見された…警察官は、このような荷物についても上記許可状に基づき捜索できるものと解するのが相当である。

この事件の上告趣意は、「令状の効力は、提示した後に搬入された物には及ばない」という主張でした。でも最高裁は、それを退けました。ここでも理由の説示はありません。ただ、「受領した」という事実が判旨に出てくることから、学説はこう説明します。令状の効力は、発付された瞬間の「点」ではなく、有効期間の間、その管理権が及ぶ範囲、つまり「面」に及ぶ。だから、執行の途中で新しく入ってきた物でも、居住者が受け取って、管理権の中に入れば、対象になる、という説明です。Bさんが、受け取りを拒んだらどうなりますか。そこは、判例が直接答えた場面ではありません。受け取っていない以上、301号室の管理権の中にまだ入っていない、と考える方が筋が通る、という学説の理解です。

そこは、きちんと区別してください。判例が直接判断したのは、「受け取った荷物は捜索できる」という場面だけです。「拒否したらどうなるか」は、管理権が及ばないという理屈を裏返した、学説の理解にとどまります。

なぜ「場所」で区切るのか——明示の要請と特定基準

憲法35条1項の明示の要請から住居権管理権の個数を基準に場所を特定するとし建物名だけでは足りず号室まで書く必要があると示す板

最後に、そもそもなぜ、令状は「場所」で区切るのか、という土台の話をします。むしろ、今日の話は、全部ここにつながります。憲法35条1項は、捜索する場所を明示した令状を求めています。「明示の要請」と呼ばれます。無関係な場所にまで捜索が広がるのを防ぐためです。住居権や管理権という、プライバシーの単位を守るためです。住居権は、住む人がその空間を私的な領域として保つ利益、管理権は、その場所への出入りを決める支配の利益を指す言葉です。多くの場合は同じ人がまとめて持ちますが、必ずしも一致するとは限りません。事務所や倉庫のように、人が住んでいない場所もあるので、2つ並べて言います。

基準は、住居権・管理権の個数です。1つの管理権が及ぶ範囲ごとに、1つの「場所」として特定します。例えば、集合住宅で、建物名だけを書いた令状を考えてみます。それだと、建物の中の全ての部屋の管理権を、まとめて巻き込みます。特定として不十分です。「○○荘103号室」まで書いて、はじめて、1つの管理権に対応した特定になります。今日の301号室の令状も、同じ発想です。一軒家で、家族が同居していれば、世帯主の家として1つの令状で足ります。鍵付きの個室を借りた下宿人がいるなら、その個室は、下宿人が独立して管理している範囲だと見られれば、世帯主とは別の管理権として扱われます。世帯主方の令状だけでは、その個室までは及びません。

金庫や自動車が対象に入るかも、居合わせた人のバッグが対象に入るかも、配達された荷物が対象に入るかも、全部、「同じ管理権の中にあるか」という、一つの物差しで説明できます。

今日のまとめ

場所の令状は同一の管理権の範囲に及ぶこと居合わせた者の所持品はその人だけの持ち物だと一見して明らかでない限り対象に入ること配達された物は受領で管理権に入ることの3点をまとめた板

今日の内容を振り返ります。1つ目。「場所」に対する令状の効力は、同一の管理権が及ぶ範囲、つまり敷地や付属建物、そこにある物にまで及びます。敷地の外に出ると、別の令状が要ります。2つ目。居合わせた人の所持品は、その人だけの持ち物だと一見して明らかでない限り、部屋の管理権の中にある物として扱われます。さっきのボストンバッグの決定は、この結論を示しましたが、理由は述べていません。身体そのものは、また別の話です。3つ目。執行中に配達された物も、居住者が受領すれば、管理権の中に入って、捜索の対象になります。さっきの宅配便の決定も、理由は述べていません。受け取りを拒否した場合は、判例の直接の判断ではなく、学説による理解です。4つ目。「場所」で区切る理由は、住居権・管理権というプライバシーの単位を守るためで、その個数が、特定の基準になります。

ページ上部へ ↑

#39単独ページ動画

捜索・差押え③執行の方法と必要な処分

第2章 捜査 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前編の金庫、今度は「どう開けるか」

301号室の中の金庫に鍵がかかっている様子を大写しにし前回は捜索できるかを決めたが今回はどう開けるかを問う導入板

前回、Bさんの301号室の中の、あの金庫まで、令状の効力が及ぶ、というところまで決まりました。でも、及ぶと決まっただけでは、まだ現場では何もできません。その金庫、鍵がかかっています。玄関のドアにも、鍵がかかっています。今日、Bさんは家にいますが、インターホンを鳴らして、「令状があります」と名乗った瞬間、中で証拠を流されるかもしれません。それに、鍵が開かなければ、壊していいのか。誰かを立ち会わせるのか。今、何時なのか。及ぶ範囲が決まった先に、まだこれだけの問題が残っています。今日は、ここを全部片づけます。

提示——なぜ見せなければならないか

令状を住居主に手渡す捜査員の姿とその根拠となる110条と222条1項の関係を示す板

まず、「誰の目の前で」の1つ目、提示です。根拠を見てみます。

条文刑事訴訟法第110条

刑事訴訟法第110条 差押状又は捜索状は、処分を受ける者にこれを示さなければならない。

これは、裁判所が主語の条文です。捜査機関が行う捜索・差押えにも、準用されます。前回、102条を準用していた、あの222条1項です。令状を見せる相手は、処分を直接受ける人、つまりその場所を管理している人です。住居なら住居主、会社なら責任者ですね。今日でいえば、301号室の管理権を持つ、Bさん本人です。本人が留守なら、「代わるべき者」に示せば足ります。これは、この後に出てくる立会人の条文が決めています。令状を見せる、その一手間が、大事な部分です。趣旨は2つあります。1つは、処分を受ける人の人権への配慮です。いきなり見知らぬ人が家に踏み込めば、相手は恐怖と混乱の中に置かれます。正当な令状に基づく捜査だと知らせることで、不安とトラブルを防ぎます。

2つ目は、手続の公正の担保です。令状を見せれば、相手は、「どこを、何を捜索するか」確認できます。捜査機関が、令状の範囲を超えていないか、相手の目でチェックさせる、という機能です。提示は、ただの儀式ではありません。

呈示の時期——原則と例外

見せてから開けるか開けてから見せるかという分岐を天秤に見立て人権への配慮と証拠保全の緊張を示す板

110条にも、それを準用する222条1項にも、時期の明文はありません。いつでもいいんですか。違います。ここは解釈で決まります。原則は、執行に着手する前の呈示です。でも、例外があります。証拠を隠滅されるおそれがあり、執行の実効性を確保するためにやむを得ないときは、執行に着手した直後、短い時間のうちに呈示すれば足ります。トイレに流せる覚醒剤や、数秒で隠せる賭博の点数表です。玄関先で律儀に令状を読み上げている間に、証拠は流されてしまいます。提示の趣旨、つまり人権への配慮と手続の公正、この2つと、捜査の目的、真実発見と証拠の保全、この2つを、比較して決めます。

この「天秤にかける」という発想、覚えておいてください。今日、何度も出てきます。

「必要な処分」——「錠をはずし、封を開き」は例示

111条1項の錠を外し封を開きという文言に線を引き例示にすぎず金庫を開けることや合鍵を使うことにも及ぶと示す板

「誰の目の前で」は、ここまでにしておきます。次は、「どこまでの実力で」です。条文を見てみます。

条文刑事訴訟法第111条第1項

刑事訴訟法第111条第1項 差押状又は捜索状の執行については、錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる。公判廷で差押え又は捜索をする場合も、同様とする。

ここが大事なところです。「錠を外し、封を開き」は、その後に続く「その他必要な処分」の例示にすぎません。この条文が実際に及ぶ範囲は、もっと広いです。施錠された金庫を開けること、封をされた信書を開封すること、走行中の自動車を止めること、合鍵を使うこと、合鍵もなければ、錠前屋を呼んで鍵を開けさせることまで、含まれます。それも、「必要な処分」の1つです。もう1つ、条文を見ておきます。

条文刑事訴訟法第111条第2項

刑事訴訟法第111条第2項 前項の処分は、押収物についても、これをすることができる。

1項が、「これから開ける物」への処分だとすると、2項は、「すでに押収した物」への処分です。押収した未現像のフィルムを現像すること、押収した記録媒体からデータを読み出して、画面に表示したり、プリントアウトしたりすること、これも同じ条文で説明できます。新しい令状は、いらないんですか。いりません。押収そのものは終わっているので、その中身を見るための処分は、この条文がカバーします。

「必要な処分」の限界——比例原則という物差し

錠前屋を呼ぶ穏当な処分と鍵を破壊する強い処分を天秤の両側に置き証拠隠滅のおそれと侵害の程度を権衡する板

「必要な処分」って、なんでもできちゃうんですか。鍵が開かなければ、いきなりドアを破壊してもいいとか。そこが、今日の山場の1つです。鍵やガラス戸を破壊することも、「必要な処分」に含まれうる。でも、無制限ではありません。限界は、条文には書いてありません。解釈で立てます。捜索・差押えは、相手の権利・利益を侵害する処分です。だから、目的を達するのに必要な限度を超えてはなりません。ここでも、比例原則が効きます。任意捜査の限界で使った、あの比例原則です。あちらは、後から適法かを測る物差し。ここは、令状の中で使える実力の上限です。証拠隠滅の危険が際立って大きく、ほかに手段がないと言えるときに限って、強い処分が許されます。

⭐ 論文で書く規範:「必要な処分」の限界——比例原則による限定 「必要な処分」の適法性は、①証拠等が破棄隠匿されるおそれの大きさ・緊急性、②他に手段がないか、③処分による相手方の権利・利益の侵害の程度、この3つを権衡して判断する。 (判例の理解を学説が整理したもの(下記・マスターキー事件の理解として通説))

この3つを天秤に乗せて、釣り合っているかを見ます。一度、練習してみましょう。密造酒の製造工場と疑われる倉庫があります。鉄の扉に、何重にも鎖が巻かれています。中には、証拠となる原料を、すぐに下水へ流せる設備があります。考えてみてください。①証拠はすぐに流されてしまう、緊急性が高いです。②鎖を切る以外、中に入る手段がありません。③鎖を切っても、壊れるのは鎖と錠前だけで、建物自体は傷つけません。この場合は、工具で鎖を切断することも、「必要な処分」として許されると考えられます。

マスターキーで開けて入る——実際の判例を読む

ホテルの客室のドアをマスターキーで解錠する場面と客室の中で覚醒剤を流されるおそれを対比する板

この比例原則の考え方が、実際に使われた判例を読みます。冒頭の金庫の話に、そのままつながります。覚醒剤取締法違反の事件です。警察官は、被疑者が宿泊するホテルの客室に、捜索差押許可状を執行しようとしました。この被疑者には覚醒剤の前科があり、来意を告げれば、短時間のうちに覚醒剤を洗面所に流されてしまうおそれがありました。さっきの「原則、着手前に見せる」という話と、矛盾しませんか。そこが争点です。警察官らは、ホテルの支配人からマスターキーを借り受けました。そして、来意を告げることなく、施錠された客室のドアをマスターキーで開けて、中に入りました。令状を見せたのは、その直後です。

この措置が適法か、最高裁が判断しました。この決定は、大きく2つのことを言っています。1つは、マスターキーで開けることが、「必要な処分」として許されるか。もう1つは、令状を見せるのが、入った後でもよいか。この順に読みます。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成14年10月4日(刑集56巻8号507頁・百選A6・裁判長裁判官 深澤武久)

最高裁判所第一小法廷決定〈捜索差押許可状の呈示に先立つ入室措置〉 捜索差押許可状の呈示に先立って警察官らがホテル客室のドアをマスターキーで開けて入室した措置は、捜索差押えの実効性を確保するために必要であり、社会通念上相当な態様で行われていると認められるから、刑訴法222条1項、111条1項に基づく処分として許容される。……令状の執行に着手する前の呈示を原則とすべきであるが、前記事情の下においては、警察官らが令状の執行に着手して入室した上その直後に呈示を行うことは、法意にもとるものではなく、捜索差押えの実効性を確保するためにやむを得ないところであって、適法というべきである。

判旨は、「必要」と「相当」の2つの言葉で、比例原則の3つの要素を表しています。証拠隠滅のおそれが大きく、実効性を確保する必要があった。そして、マスターキーで開けるのは、器物を壊さない、相当な手段だった。マスターキーを使わず、いきなりドアを破壊して入っていたら、違法と判断される可能性が大きい、とされています。マスターキーでの解錠は、「より穏当な手段」だったから、許されたんです。「着手前の呈示を原則とすべき」だと、まず確認した上で、「証拠隠滅のおそれがあるこの事情の下では、直後の呈示も適法」だと判断しました。

この決定は、呈示の時期と、必要な処分の限界、2つの論点が、1つの事件の中に同居している例です。提示も、必要な処分も、結局は、捜査の必要性と、相手の権利・利益を、天秤にかけて決めます。今日の論点は、全部この1本の物差しで測れます。

偽計を用いた立入り——侵害の強さは4段階

宅配便を装って玄関を開けさせる場面を示しマスターキーより気づかれにくく破壊より穏当だと位置づける板

もう1つ、「開け方」のバリエーションを見ます。宅配便や郵便配達を装って、対象者にドアを開けさせる手法です。開いた瞬間に、令状を提示して、執行に着手します。下級審の判決に、この手法を扱ったものがあります。

判例大阪高等裁判所判決・平成6年4月20日(判例タイムズ875号291頁)

高等裁判所判決〈宅配便を装った立入り〉 ごく短時間で証拠隠滅ができる薬物犯罪において、捜索に拒否的態度をとるおそれのある相手方であって、その住居の玄関扉等に施錠している場合は……開扉をめぐっての押し問答等をしている間に、容易に証拠を隠滅される危険性がある……。このような場合、捜査官は、令状の執行処分を受ける者らに証拠隠滅工作に出る余地を与えず、かつ、できるだけ妨害を受けずに円滑に捜索予定の住居内に入って捜索に着手でき、かつ捜索処分を受ける者の権利を損なうことがなるべく少ないような社会的に相当な手段方法をとることが要請され、法は、111条の「必要な処分」としてこれを許容しているものと解される。

ここでも同じ物差しが使われています。一般に、嘘をついて開けさせる方が、力ずくで開けるより、相手の権利・利益への侵害は小さい、と評価されます。「錠を壊してもいい」という条文の趣旨からすれば、それより穏当な嘘をつく程度は、なおさら許される、という発想です。

錠前屋を呼ぶ・マスターキーで解錠・偽計で開けさせる・破壊するの4段階を左から右へ侵害の強さで並べた板

ここまでで、「開け方」の手段が4つ出そろいました。侵害の強さが上がる順に並べてみます。1つ目、錠前屋を呼ぶ。最も穏当です。2つ目、マスターキーで解錠する。器物は壊しません。3つ目、偽計で開けさせる。相手は気づかず開けます。4つ目、鍵やガラス戸を破壊する。最も強い実力行使です。必要性が高いほど、そして他に手段がないほど、右側まで許容されます。これが、「どこまでの実力で」の答えです。

立会人——密室での執行を防ぐ

301号室の玄関にBさんの家族が立ち会う様子とその根拠114条を示す板 図:301号室の玄関にBさんの家族が立ち会う様子とその根拠114条を示す板

ここから、「誰の目の前で」の話に戻ります。さっきの301号室、あの管理権を持つ人は誰だったか思い出せますか?Bさんです。そのBさんに、ただ令状を見せるだけでなく、執行の間、立ち会わせなければならない、という条文があります。

条文刑事訴訟法第114条

刑事訴訟法第114条 公務所内で差押状又は捜索状の執行をするときは、その長又はこれに代わるべき者に通知してその処分に立ち会わせなければならない。(1項)人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内で差押状又は捜索状の執行をするときは、住居主若しくは看守者又はこれらの者に代わるべき者をこれに立ち会わせなければならない。これらの者を立ち会わせることができないときは、隣人又は地方公共団体の職員を立ち会わせなければならない。(2項)

「看守する」は、見張って管理している、という意味です。人が住んでいなくても、管理している人がいる建物や船は、ここに入ります。公務所なら、その長、または代わるべき者です。301号室のような住居なら、住居主、つまりBさん本人、または代わるべき者です。住居主も代わるべき者もいないときは、隣人、または地方公共団体の職員、たとえば市役所の職員などを立ち会わせます。この順番、住居主本人から遠い順に補充されていくことに注目してください。誰の目もない密室で捜索・差押えが行われれば、何が行われたか、検証しようがありません。立会人は、密室化を防ぎ、手続の公正さを担保する役割です。さっきの「見せる」の趣旨、覚えていますか。

手続の公正の担保、でしたね。提示と立会人は、「誰の目の前で執行するか」という、同じ趣旨でつながっています。

女子の身体の捜索と、立ち会えない2人

女子の身体の捜索に成年女子が立ち会う様子と被疑者弁護人が捜索現場の外側に置かれる様子を対比する板

立会人には、もう1つ、特別なルールがあります。

条文刑事訴訟法第115条

刑事訴訟法第115条 女子の身体について捜索状の執行をする場合には、成年の女子をこれに立ち会わせなければならない。但し、急速を要する場合は、この限りでない。

女性の身体を捜索する場面では、捜索に乗じた不当な性的行為を防ぐこと、そして、異性に身体を触れられる羞恥心や不快感を軽減すること、この2つが趣旨です。ただし、急速を要する場合は例外です。例えば、目の前で証拠を飲み込まれそうで、成年の女子を呼んでいる時間がない、というような場面です。ここが、今日、一番誤解されやすいところです。被疑者には、立会権はありません。

条文刑事訴訟法第222条第6項

刑事訴訟法第222条第6項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第二百十八条の規定により差押え、捜索又は検証をするについて必要があるときは、被疑者をこれに立ち会わせることができる。

「できる」というのは、捜査機関の裁量です。被疑者の側から、「立ち会わせろ」と要求できる権利ではありません。ここが、もっと大事なところです。弁護人にも、立会権はありません。裁判所が行う捜索・差押えについては、弁護人の立会権を定めた条文があります。でも、捜査機関が行う捜索・差押えに、この条文は準用されていません。弁護人に立会権がないことの直接の根拠は、「そういう条文がある」ことではなく、「準用リストに入っていない」ことです。この点は、後でもう一度まとめて見ます。捜査には、密行性、つまり事前に知られずに進める必要性があります。弁護人に立会いを認めてしまうと、執行の日時や場所が事前に漏れるリスクが生じます。

実務上、権利として要求はできませんが、捜査機関の判断で立ち会わせる運用そのものを妨げる規定はありません。

出入禁止——現場に線を引く

執行中の301号室の玄関に立入禁止の線を引き居住者であっても中に入れない様子を示す板

次は、「誰の目の前で」の、うら側です。現場そのものに線を引く話です。立会人が、「誰を中に入れるか」を決める条文だとすれば、112条は、「誰を入れないか」を決める条文です。同じ「誰の目の前で」の軸の、おもてと裏です。

条文刑事訴訟法第112条

刑事訴訟法第112条 差押状又は捜索状の執行中は、何人に対しても、許可を得ないでその場所に出入りすることを禁止することができる。(1項)前項の禁止に従わない者は、これを退去させ、又は執行が終わるまでこれに看守者を付することができる。(2項)

家族であっても、居住者本人であっても、出入りを禁止できます。目的は、証拠の持ち出し、つまり隠滅を防ぐことと、現場の混乱を防ぐことです。従わない人は、退去させたり、執行が終わるまで看守者を付けたりできます。この「看守者」は、さっき出てきた、建物や船を管理している人とは別です。退去に応じない人を見張るために、その場で付ける人です。

夜間執行の制限——時計の針も条文が決める

深夜の301号室の前に立つ捜査員と令状に夜間執行の記載があるかないかで分かれる可否マップ板

最後は、「いつ」の話です。条文を見ます。

条文刑事訴訟法第116条

刑事訴訟法第116条(夜間執行の制限) 日出前、日没後には、令状に夜間でも執行することができる旨の記載がなければ、差押状又は捜索状の執行のため、人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入ることはできない。(1項)日没前に差押状又は捜索状の執行に着手したときは、日没後でも、その処分を継続することができる。(2項)

ただし、例外があります。日没前に着手していれば、日没後も続けられます。途中で打ち切る必要はありません。記載がなくても、夜間にできる場所はないんですか。あります。もう1つ条文を見ます。

条文刑事訴訟法第117条

刑事訴訟法第117条 次に掲げる場所で差押状又は捜索状の執行をするについては、前条第一項に規定する制限によることを要しない。一 賭博、富くじ又は風俗を害する行為に常用されるものと認められる場所 二 旅館、飲食店その他夜間でも公衆が出入りすることができる場所。ただし、公開した時間内に限る。

賭博場のような場所は、そもそも夜に動く場所ですし、旅館や飲食店は、公開している時間内なら、誰でも出入りできる場所だからです。なぜ、そもそも夜間執行が制限されるか、考えてみてください。夜間は、住居の平穏、つまり就寝中の私生活を乱される度合いが大きい時間帯です。その利益と、証拠保全の必要性を調整したのが、この2つの条文です。

222条の準用、もう一段深く

222条1項が準用する条文リストと222条3項が準用する条文を左右に分け113条だけがどちらにも入らないと示す対照板

今日見た条文には、実は共通点があります。全部、222条が準用しています。ここを、もう一段正確に見ておきます。

条文刑事訴訟法第222条第1項

刑事訴訟法第222条第1項(準用部分抜粋) 第百十条、……第百十一条第一項前段及び第二項、……第百十二条、第百十四条、第百十五条、……の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、……それぞれ準用する。

111条1項は、「錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる」という前段と、「公判廷で差押え又は捜索をする場合も、同様とする」という後段に分かれます。後段は、準用されないんですか。されません。後段は、裁判所が公判廷で直接捜索する場面の規定なので、捜査機関の執行には、そもそも場面が違います。さっきの、弁護人の立会権の113条は、このリストにありましたか。ありません。もう一度、見てみてください。110条、111条、112条、114条、115条はあるのに、113条だけ、抜けています。これが、弁護人に立会権がないことの、条文操作そのものです。「113条という規定がない」のではなく、「113条はあるが、この準用リストに入っていない」のです。

116条と117条は、222条1項のリストにはありません。どちらも、222条1項ではなく、222条3項で準用されています。

条文刑事訴訟法第222条第3項

刑事訴訟法第222条第3項 第百十六条及び第百十七条の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条の規定によつてする差押え又は捜索について準用する。

短答式で、「222条1項で準用される条文をすべて挙げよ」というような出題があったとき、116条・117条を混ぜてしまうと、誤りになります。今日、見た条文を整理すると、こうなります。222条1項で準用されるのは、110条、111条1項の前段と2項、112条、114条、115条。222条3項で準用されるのは、116条と117条。そして、113条は、どちらにも入っていません。

今日のまとめ

誰の目の前でどこまでの実力でいつという3本の軸に今日の10論点を振り分けたまとめ板

今日の内容を振り返ります。冒頭で立てた、3本の軸に沿ってまとめます。1つ目、「誰の目の前で」。令状は、処分を受ける人に示さなければならず、その趣旨は人権への配慮と手続の公正でした。立会人は、場所の種類に応じて振り分けられ、密室化を防ぎます。逆に、執行中は、誰であっても出入りを禁止できます。立ち会わせる人と、遠ざける人。どちらも、「誰の目の前で」の話です。ただし、被疑者に立会権はなく、弁護人の立会いを定めた113条は、そもそも準用されていません。2つ目、「どこまでの実力で」。「必要な処分」は、「錠を外し、封を開き」という例示にとどまらず、破壊にまで及びうる。でも、比例原則によって、証拠隠滅のおそれの大きさ、他に手段がないか、相手への侵害の程度、この3つで限界づけられます。錠前屋を呼ぶ、マスターキーで解錠する、偽計で開けさせる、破壊する、この4段階のどこまでが許されるかは、この物差しで測ります。3つ目、「いつ」。呈示は原則として着手前ですが、証拠隠滅のおそれがあるときは、着手直後の呈示も許されます。さっきのマスターキーの決定は、この2つの論点、つまり必要な処分の限界と、呈示の時期を、1つの決定の中で示していました。夜間執行は、令状に記載がなければ原則できませんが、日没前に着手していれば継続でき、賭博場や旅館・飲食店にはそもそも制限がかかりません。そして、これらすべてが、222条という1つの条文の、1項と3項に準用の根拠を持っています。

提示も、必要な処分も、立会人も、夜間執行も、全部「必要性と権利・利益の権衡」という、同じ物差しで測れるんですね。条文はバラバラに見えても、そこに流れている発想は1本です。

ページ上部へ ↑

#40単独ページ動画

捜索・差押え④関連性と報道機関の取材資料

第2章 捜査 ㉒/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

窃盗の令状で見つかった、別の紙切れ

窃盗事件の令状でB方を捜索する場面で指輪とは無関係に見える薬物取引のメモが机の中から出てくる導入板

窃盗事件の令状を持って、Bさんの家を捜索しています。令状に書かれた「差し押さえるべき物」は、盗まれた指輪類です。机の引き出しを開けると、指輪はありません。代わりに、見慣れないメモが出てきました。読んでみると、薬物の取引の記録らしきものです。これは、差し押さえていいのでしょうか。それとも、令状の範囲外なので、触れずに置いておくべきでしょうか。この問いに答えるには、令状の「執行」の話とはまた別の、もう1段深い物差しが要ります。今日は、そこを見ていきます。

「正当な理由」の中身——関連性と必要性

憲法35条1項の正当な理由という一語を関連性と必要性という2本の物差しに分解する板

令状の請求を扱った回で、憲法35条1項の「正当な理由」を学びました。あれは、令状を「発付する」段階の話でした。今日は、その令状を「執行する」段階、現場で物を目の前にした段階の話です。4つの問いのうち、「事件と関わりがあるか」を関連性、「今差し押さえる必要があるか」を必要性と呼びます。現場で物を見た瞬間にも、この2つを問い直すことになります。

条文日本国憲法第35条

日本国憲法第35条 1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 2項 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

この2つの言葉は、条文の文言ではありません。「正当な理由」を具体化するために、判例・学説が解釈で立てた規範です。そちらは、条文どおりの成立要件です。「差し押さえるべき物」に当たるか、という問いに答えるために、関連性・必要性という解釈上の物差しを当てはめる、という関係です。

条文刑事訴訟法第219条第1項

刑事訴訟法第219条第1項 前条の令状には、被疑者若しくは被告人の氏名、罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、身体若しくは物、提供させるべき電磁的記録、提供させるべき者及び提供の方法、検証すべき場所若しくは物又は検査すべき身体及び身体の検査に関する条件、有効期間及びその期間経過後は差押え、捜索若しくは検証に着手し、又は電磁的記録提供命令をすることができず令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官が、これに記名押印しなければならない。

令状には、「指輪類」としか書いてありません。目の前の薬物取引のメモが、この「指輪類」の一部と言えるか。これを関連性・必要性という物差しで判定します。

別罪の証拠になりうる物——メモ押収の最高裁判決

令状に明示された物の一部と推認できるかを軸に別罪の証拠にもなりうる物の適法性を判定するフロー板

まず、「別罪の証拠になりうる物」という場面です。この場面を扱った判例があります。恐喝事件の令状で暴力団事務所を捜索したところ、暴力団を示すバッジやメモと一緒に、賭博に関するメモが見つかった事案です。このメモは、恐喝とは別の、賭博開張の事件の証拠として使われました。

判例最高裁判所判決・昭和51年11月18日(判時837号104頁)

最高裁判所判決〈別罪の証拠になりうる物の差押え〉 令状に明示されていない物の差押が禁止されるばかりでなく、捜査機関が専ら別罪の証拠に利用する目的で差押許可状に明示された物を差し押えることも禁止される。もっとも、本件メモは、別罪である賭博被疑事件の直接の証拠となるものではあるが、同時に恐喝被疑事件の証拠となりうるものであり、令状に明示された「暴力団を標章する状、バッジ、メモ等」の一部として差し押えられたものと推認することができ、専ら別罪である賭博被疑事件の証拠に利用する目的でこれを差し押えたとみるべき証跡は、存在しない。

判旨は2段構えになっています。まず、令状に書かれていない物を押収すること自体、もともと禁止です。そして、それだけでなく、令状に書かれた物であっても、専ら別罪の証拠に利用する目的で差し押さえることも、同じく禁止です。令状主義は、捜索・差押えの範囲を事前に限定して、捜査機関による権限の逸脱・濫用を防ぐ制度です。「別の事件の証拠にも使えるから」という理由で際限なく押収を広げれば、この歯止めが崩れます。

⭐ 論文で書く規範:別罪の証拠になりうる物の差押え 令状に明示された物であっても、捜査機関が専ら別罪の証拠に利用する目的で差し押さえることは禁止される。もっとも、差押物が令状記載物の一部と推認でき、被疑事実(罪体または量刑上重要な情状に関する事実)との関連性が認められる限り、専ら別罪の証拠に利用する目的があったとはいえず適法である。 (規範(最判昭51.11.18))

罪体とは、犯罪があったことそのもの。情状とは、刑の重さを左右する事情です。このメモは、「暴力団を標章する状、バッジ、メモ等」という令状記載物の一部と推認できる、とされました。暴力団員であることを示すメモ類の中に、賭博のメモが紛れていた、という構図です。そして、「専ら賭博の証拠に利用する目的」だったと疑わせる事情も、見当たりませんでした。だから、適法と判断されました。気をつけてほしいのは、この判決が「別罪の証拠になる物も自由に押収してよい」とは言っていないことです。適法とされたのは、令状の「メモ等」の一部と言えたからです。一部と言えない物ならどうなるかは、冒頭の薬物メモで確かめます。

関連性の射程——罪体だけではない

罪体に関する事実と量刑上重要な情状に関する事実の両方に関連性が及ぶ範囲を示し全く無関係な別罪専用の証拠と対比する板

「関連性」の範囲を、もう少し正確に見ておきます。犯罪そのものの証拠になることだけが、関連性ではありません。被疑事実との関連性は、罪体、つまり犯罪があったことそのものに関する事実に限られず、量刑上重要な情状に関する事実のいずれかと関連すれば、それでも足ります。そういう事情も含みます。冒頭の窃盗事件で例えるとわかりやすいです。薬物取引のメモの中に、盗んだ指輪の売却先が書かれていたら、どうですか。それは、窃盗事件の証拠そのものですね。これは罪体との関連性が明らかです。では、窃盗事件とは直接関係ないが、Bが常習的に盗品を転売して生活していたことを示すメモだったらどうですか。

窃盗そのものの証拠じゃないけど……常習性は、量刑を決めるときに効いてきそうです。量刑上重要な情状に関する事実として、関連性が肯定されます。その場合は、罪体とも情状とも関連せず、別罪とだけ関連する証拠になります。関連性を欠くので、押収すれば、専ら別罪の証拠に利用する目的が推認され、違法になりうる。見た目の分類ではなく、被疑事実とのつながりの有無で決まります。

別件捜索・差押え——口実にされた軽い事件

必要性の乏しい軽微な別件の令状を口実に本命の証拠を狙う構図と最判昭51の判断枠組みが同じ物差しであることを示す板

今の話には、裏返しの場面があります。さっきは、「本件の令状で捜索したら、別罪の証拠が出てきた」という場面でした。今度は、「本当に欲しいのは別罪の証拠なのに、わざと軽い別件で令状を取って、家に入る」という場面です。これを別件捜索・差押えと呼びます。名前は似ていますが、別件逮捕・勾留は、人の身柄を拘束する場面でした。こちらは、物を押収する場面です。口実を見抜く「専ら」という物差しだけが共通しています。例えば、軽い迷惑防止条例違反の令状を得て会社に入り、実は狙っていた贈収賄の帳簿を押収する、という構図です。

迷惑防止条例違反で、会社の中まで捜索する必要なんて、あるんですか。そこがポイントです。軽微な事件では、そもそも家宅捜索までする必要性が乏しいことが多いです。事件が軽ければ、集まる証拠の価値も小さい。それなのに家や会社の中まで捜すのは、侵害が大きすぎて釣り合わないからです。これを扱った裁判例があります。モーターボート競走法違反という軽微な事件の令状で捜索したところ、預金通帳が見つかり、任意提出を受けて、これが業務上横領事件の証拠になった事案です。

判例広島高等裁判所判決・昭和56年11月26日(判タ468号148頁)

高等裁判所判決〈別件捜索・差押えの違法性〉 捜索差押えについて「違法の疑いが強い」としつつ、預金通帳は任意に提出されていることから、重大な違法があるとまではいえないとした(要旨)。

判断は2段です。1段目は、捜索・差押えに違法の疑いが強いこと。2段目は、それでも証拠から外すほどの違法ではない、という点です。まず、1段目です。この裁判例は、捜索の必要性に乏しい軽微な別件を利用して、本件、つまり横領事件の証拠を得た点を、強く疑っています。さっきの最判の物差しに当てはめると、どうなりますか。軽微な別件では、もともと必要性が乏しいので、「専ら別罪、つまり横領の証拠に利用する目的だった」と推認されやすくなります。必要もないのに捜索したのなら、本当の狙いは別の事件にあった、と見られるからです。

学説には、別件捜索・差押えを独立に論じる必要はなく、関連性の有無で解決できる、とする見解もあります。裁判例に戻ると、2段目は、通帳が本人から任意に差し出された物だった点が効いています。「重大な違法」とは、違法な捜査で得た証拠を裁判から外すかどうかの物差しです。中身は、証拠法の章で扱います。

報道機関への差押え——博多駅事件が立てた枠組み

裁判所が99条3項で提出を命じる場面と適正迅速な捜査という2つの憲法上の要請が対立する構図を示す板

もう1つ、「差し押さえてよい物か」が鋭く問われる場面があります。冒頭のBさんが、窃盗の現場をテレビ局に撮影されていた、とします。犯行の一部始終が映った未放映の映像を、捜査機関が差し押さえたい、と考えます。報道機関には、21条が保障する報道の自由と、21条の精神に照らしじゅうぶん尊重に値する取材の自由があります。一方、捜査機関には、適正迅速な捜査を実施する必要があります。この2つの憲法上の要請がぶつかる場面です。ここで効いてくるのは、もう一方の物差し、必要性です。証拠として押収する必要性が、報道機関側の不利益を上回るか、という形で問われます。まず、裁判所が提出を命じる場面の根拠条文を見ます。

条文刑事訴訟法第99条第3項

刑事訴訟法第99条第3項 裁判所は、差し押えるべき物を指定し、所有者、所持者又は保管者にその物の提出を命ずることができる。

この条文の力を報道機関にどこまで使ってよいかが、実際に争われた事件があります。報道機関が撮影した集団の事件現場のフィルムに、裁判所が提出を命じた事件です。

判例最高裁判所大法廷決定・昭和44年11月26日(刑集23巻11号1490頁)

最高裁判所大法廷決定〈報道機関に対する提出命令と比較衡量〉 一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要性の有無を考慮するとともに、他面において、取材したものを証拠として提出させられることによつて報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきである。

この決定は、取材の自由も無制約ではないが、一方的に制約してよいわけでもない、として、天秤にかけて決める、という枠組みを立てました。左の皿に、犯罪の性質・態様・軽重と、証拠としての価値。右の皿に、取材の自由が妨げられる程度と、報道の自由への影響です。撮り終わった映像を持っていかれても、取材の自由まで傷むんですか。傷みます。取材に応じた人は、自分の映った映像が捜査に使われると知れば、次からは協力しなくなります。持っていかれるのは今の1本でも、失うのは将来の取材なんです。この枠組みが、捜査機関による差押えの場面にも使えるかが、次に問題になります。

TBS決定——捜査機関による差押えと比較衡量

検察官による差押えを認めた先例を警察による差押えに当てはめる矢印図と天秤の傾きを示す板

暴力団組長らの集団的な脅迫・傷害事件で、テレビ局が撮影・放映済みの番組のマザーテープが差し押さえられた事件です。マザーテープとは、放送のもとになった、元の録画テープのことです。さっきは、裁判所による提出命令、要請は「公正な刑事裁判の実現」でした。今度は、捜査機関による差押え、要請は「適正迅速な捜査の遂行」です。

判例最高裁判所決定・平成2年7月9日(刑集44巻5号421頁)

最高裁判所決定〈報道機関に対する差押えと比較衡量〉 公正な刑事裁判を実現するために不可欠である適正迅速な捜査の遂行という要請がある場合にも、同様に、取材の自由がある程度の制約を受ける場合があること、また、このような要請から報道機関の取材結果に対して差押をする場合において、差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることは、明らかである。

この決定は、比較衡量の枠組みを、捜査機関による差押えでも使っています。実は、検察官による差押えについて、先に同じ判断をした決定があり、TBS決定はそれを警察による差押えにも及ぼしました。なぜ、捜査にまで広げてよいのか。捜査で証拠が集まらなければ、公正な裁判もそもそも開けないからです。捜査は、裁判の入口なんです。考えてみましょう。窃盗は、決して軽い犯罪ではなく、犯行の一部始終が映った映像は、証拠としての価値が高いです。一方、この映像がすでに放映済みであれば、報道の機会そのものは奪われていません。未放映であれば、報道の機会が奪われる不利益が加わり、天秤は報道機関側に少し傾きます。TBS決定の事案では、番組はすでに放映済みで、犯行を制止せずに撮影した取材方法自体が、将来保護されるべき必要性に乏しい、とも評価されました。犯罪が軽微でなく、証拠価値が大きい一方で、報道機関側の不利益は小さい。この判断で、差押えは適法とされました。

⭐ 論文で書く規範:報道機関に対する差押えの比較衡量 差押えの必要性の判断において、①犯罪の性質・態様・軽重②証拠としての価値、から見た適正迅速な捜査を実施する必要性と、③取材の自由が妨げられる程度④報道の自由への影響、から見た報道機関が受ける不利益とを、比較衡量して決すべきである。 (規範(最大決昭44.11.26/最決平2.7.9))

丸暗記でなく、天秤の両側に何を乗せるかで覚えてください。左に、捜査の必要性を支える2つ。右に、報道機関の不利益を支える2つです。なお、報道機関から得た物を証拠に使うことは、本来控えるべきだ、というのが出発点です。公正な裁判を実現する必要と、適正で迅速な捜査を進める必要とが、報道機関の受ける不利益を大きく上回るときだけ、使ってよい、とする有力な見解もあります。

比較衡量は「必要性」の中身——弁別の総仕上げ

正当な理由の中の必要性という枠の中に比較衡量の4要素がそのまま収まることを示す入れ子の板

この比較衡量は、独立の新しい制度でしょうか。位置づけを整理します。この比較衡量は、「正当な理由」のうちの、差押えの必要性の判断です。報道機関という特殊な場面で、「必要性」の中身を具体化したものなんです。最判昭51の「専ら別罪の目的」も、TBS決定の「比較衡量」も、出発点は同じ、憲法35条1項「正当な理由」です。前者は関連性の中身を、後者は必要性の中身を、それぞれ場面に応じて具体化しただけです。冒頭の薬物メモは、関連性で測りました。迷惑防止条例の令状で帳簿を狙う話は、必要性の乏しさが、関連性の疑いに跳ね返る場面でした。テレビ局の映像は、必要性を天秤で測りました。

押収拒絶権——報道機関は列挙されていない

105条が列挙する職業のリストに医師や弁護士は入るが報道機関は入らないことを示す一覧板

もう1つだけ、一言触れておきます。そこが、今日の最後のポイントです。刑訴法105条は、医師や弁護士など、一定の職業に押収拒絶権を認めています。しかし、この列挙に、報道機関は含まれていません。だからこそ、比較衡量という、解釈による調整が必要になるんです。

今日のまとめ

関連性と必要性という2本の物差しに今日の3つの場面をそれぞれ振り分けたまとめ板 図:関連性と必要性という2本の物差しに今日の3つの場面をそれぞれ振り分けたまとめ板

今日の内容を振り返ります。出発点は、憲法35条1項の「正当な理由」でした。これを、関連性と必要性という2つの物差しに分解しました。関連性は、罪体だけでなく、量刑上重要な情状に関する事実にも及びます。令状に明示された物であっても、専ら別罪の証拠に利用する目的で差し押さえることは禁止されますが、差押物が令状記載物の一部と推認でき、被疑事実との関連性が認められれば、適法です。この物差しは、裏返せば、必要性に乏しい軽微な別件を利用した別件捜索・差押えの違法性を見る物差しにもなります。報道機関に対する差押えでは、必要性の中身が、犯罪の性質・態様・軽重、証拠としての価値、取材の自由が妨げられる程度、報道の自由への影響、この4要素の比較衡量として具体化されました。105条の押収拒絶権に、報道機関は含まれていません。

別罪の証拠も、別件捜索も、報道機関の取材資料も、全部「関連性」と「必要性」という、同じ2本の物差しで測れるんですね。場面ごとに名前は違っても、測っているものは1つです。

ページ上部へ ↑

#41単独ページ動画

捜索・差押え⑤令状外の写真撮影と押収物の処分・押収拒絶権

第2章 捜査 ㉒/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

撮っていいのか、この写真

301号室で発見した盗品の宝石を捜査員がスマートフォンで撮影しているところを大写しにする導入板

前回、Bさんの301号室から、令状に書かれていた盗品の宝石が、見つかりました。でも、現場では、もう1つ作業が残っています。捜査員が、見つかった宝石の様子を、スマートフォンで撮影しました。令状には、「盗品の宝石を差し押さえてよい」としか書いてありません。写真を撮っていいとは、どこにも書いていないんです。この写真、撮っていいのか。そして、押収した宝石は、これからどうなるのか。今日は、令状に書かれていないこの2つを見ていきます。先に、答えだけ教えてください。撮っていいんですか。目的しだいです。決まった2つの目的の範囲なら撮れます。超えれば違法。ただ、その違法を、その場の不服申立てで争うことはできません。

写真を撮ることの正体——法的には検証

カメラを構える捜査員の隣に検証という言葉を大きく置き原則として検証許可状が必要だと示す板

まず、「写真を撮る」という行為自体の正体から見ます。法律的には違います。対象を、見て、記録する。これは、「検証」という処分の性質を持ちます。五官の作用で対象を観察し、その結果を記録する処分、それが検証です。写真撮影は、まさにこれに当たります。人の姿を撮る捜査を扱った回で見たのと同じ位置づけです。原則は、そうです。この考え方は、現場での写真撮影が争われた判例から導かれます。

判例最高裁判所第二小法廷決定(東京田端の捜索差押え執行中の写真撮影が問題となった事案・刑集44巻4号385頁)

東京地方裁判所の準抗告棄却決定に対する特別抗告についての最高裁判所第二小法廷決定〈令状執行中の写真撮影〉 写真撮影は……検証としての性質を有すると解される。

捜索差押許可状は、あくまで「捜索して、差し押さえる」ための令状です。そこに、「見て記録する」という別の処分の権限は、当然には含まれていません。さっきの宝石の撮影は、違法だったんですか。そこは、まだ早いです。原則には、例外があります。写真や動画で人の姿を無断で撮ること自体が強制処分に当たるかどうかは、別の回ですでに扱いました。今日は、「令状執行の現場での撮影」に絞って進めます。

随伴処分として撮ってよい範囲——2つの目的

宝石の発見場所を撮る場面と令状執行の様子を撮る場面を並べ証拠価値の保存と執行の適法性の担保という2つの目的で囲む板

原則は検証許可状が必要。でも、一定の範囲では、捜索差押許可状の効力だけで、撮影が許されます。捜索・差押えにくっついて許される処分、という意味で、これを「随伴処分」と呼びます。目的が2つに絞られます。

⭐ 論文で書く規範:随伴処分として撮影が許される範囲——2つの目的 捜索差押許可状の効力に含まれる撮影は、①差し押さえるべき物を発見した場所・状態を記録すること(証拠価値の保存)、②令状の提示・実施状況・立会いの状況など、執行の適法性を担保すること、この2つの目的の範囲内に限られる。 (最決平2・6・27の補足意見(藤島昭裁判官)が示し、学説が支持する整理(規範・通説で立てる))

今日の宝石の話に当てはめてみます。まず1つ目。宝石がどこにどんな状態であったか、タンスの引き出しの中だったのか、床に置かれていたのか、この状態を撮っておく。これが、証拠価値の保存です。2つ目。捜査員が、いつ令状を提示したか、誰が立ち会ったか、執行の様子全体を撮っておく。これが、執行の適法性の担保です。理由は、プライバシーの侵害の程度にあります。捜索差押許可状そのものによって、住居内のプライバシーは、すでに適法に侵害されています。その状況を2つの目的の範囲内で撮影する程度は、すでに生じている侵害の範囲を超えません。受忍すべき限度の中に収まる、という理解です。

では、1つ問題を出します。捜索の途中、捜査員が、令状には書かれていない、Bさんの家族の私物のアルバムまで開いて、中の写真を撮影しました。考えてみてください。どちらにも当たりません。

範囲を超えた撮影——違法という評価

家族の私物のアルバムを開いて撮影する捜査員の手を随伴処分の枠の外側に置く違法評価の板

このアルバムの撮影は、随伴処分として許される範囲を超えています。検証許可状も無いのに、検証としての性質を持つ撮影をしてしまった、ということです。学説上は、違法と評価されます。あの事件でも、差し押さえるべき物に当たらない、印鑑やポケットティッシュ、電動ひげ剃り機、洋服ダンスの中の背広まで撮影していました。だから、この部分の撮影は、随伴処分の範囲を超えている、と学説上評価されています。

争えるか——押収に関する処分ではないという壁

アルバムを撮られた家族が写真を消してほしいと申し立てる様子を準抗告不可という壁の前で止める板

ここが、今日、いちばん意外なところです。押収物や押収の処分に不服がある人は、準抗告という手続で争えます。でも、この申し立ては、不適法として退けられます。先ほどの判例の事件で、最高裁がこう判断しました。

判例最高裁判所第二小法廷決定(東京田端の捜索差押え執行中の写真撮影が問題となった事案・刑集44巻4号385頁)

最高裁判所第二小法廷決定〈令状執行中の写真撮影に対する準抗告の可否〉 右の写真撮影は、それ自体としては検証としての性質を有すると解されるから、刑訴法四三〇条二項の準抗告の対象となる「押収に関する処分」には当たらないというべきである。

準抗告は、「押収に関する処分」だけを対象にした不服申立てです。そして写真撮影は、押収ではなく、検証としての性質を持ちます。だから、そもそも対象外、という判断です。「違法である」ことと、「準抗告で争える」ことは、別の話なんです。ただ、この決定には補足意見が付いていて、藤島裁判官の補足意見は、あの事件の印鑑や背広のように、令状に書かれていない物を撮った部分を、違法だと明言しています。学説には、押収物と実質的に同視できる撮影、たとえば日記帳の中身を逐一撮影するような場合は、「押収に関する処分」に含めて準抗告を認めるべきだ、とする有力説もあります。

ただ、この説には、準抗告はもともと、差し押さえで物を取り上げられるという、財産上の損失を救うための制度であって、占有を奪わない写真撮影とは性質が違う、という批判もあります。準抗告そのものの制度は、別の回でまとめて扱います。現行の実務では、違法な写真撮影を争う道は、公判で証拠として排除してもらうこと、これしかありません。この証拠排除の話は、また別の回で扱います。

押収した後の必要な処分——フィルムの現像に新しい令状はいらない

111条1項の執行中に対する処分と111条2項の押収後の物に対する処分を左右に対比しフィルム現像を右側に置く板

「令状の外側」は、ここまでにしておきます。次は、「押収のあと」です。その前に、もう1つ場面があります。押収した犯行メモ入りのUSBメモリ、中身を見たいですよね。前々回、「必要な処分」という条文を見ました。あれは111条1項でした。今日は、その次の項を見ます。

条文刑事訴訟法第111条第2項

刑事訴訟法第111条第2項 前項の処分は、押収物についても、これをすることができる。

対象が違います。111条1項は、これから捜索・差押えをするその現場そのものへの処分。111条2項は、すでに押収し終わった物への処分です。USBメモリの中身を読み出して、画面に表示したり、プリントアウトしたりすること。押収した未現像のフィルムを現像すること。これらは、111条2項の「必要な処分」として認められます。新しい令状は、いりません。押収そのものは終わっているので、その中身を見るための処分は、この条文がカバーします。

押収物の行き先——目録・保管・廃棄・換価・還付

押収から目録交付を経て保管・代保管・危険物の廃棄・換価保管に分岐し留置不要なら還付義務に至る一本のフロー板

では、押収した物のその先を見ます。まず、押収したその場で、やることがあります。

条文刑事訴訟法第120条第1項

刑事訴訟法第120条第1項 押収をした場合には、その目録を作り、所有者、所持者若しくは保管者(……)又はこれらの者に代わるべき者に交付しなければならない。

何を持っていかれたか所有者に明らかにさせて、紛失を防ぎ、あとで返還を請求しやすくするためです。次は、保管です。

条文刑事訴訟法第121条第1項・第2項

刑事訴訟法第121条 運搬又は保管に不便な押収物については、看守者を置き、又は所有者その他の者に、その承諾を得て、これを保管させることができる。(1項)危険を生ずる虞がある押収物は、これを廃棄することができる。(2項)

原則はそうです。でも、大型の機械や大量の資材のような不便な物は、所有者その他の者に、その承諾を得たうえで、保管させることができます。捜査機関の代わりに保管してもらうので、「代保管」と呼びます。勝手に押し付けていいわけではありません。そして、爆発物や劇薬のような、危険な押収物は、廃棄できます。保管している間に危険が生じる物まで抱え込む必要はありません。もう1つ、似た場面があります。

条文刑事訴訟法第122条第1項

刑事訴訟法第122条第1項 没収することができる押収物で滅失若しくは破損の虞があるもの又は保管に不便なものについては、これを売却してその代価を保管することができる。

生鮮食品や、型落ちですぐに価値が暴落する物、こういう物は、そのまま抱えていても価値が目減りするだけです。だから、売却して、代金の形で保管します。これを、換価保管と呼びます。ただし、売ってよいのは、没収できる押収物だけです。いずれ持ち主に返すかもしれない物を、勝手にお金に換えるわけにはいかないからです。さて、捜査の途中で、分かったことがあります。押収した宝石のうち、今回の被害者とは関係のない物が混じっていました。これは、どうなると思いますか。

条文刑事訴訟法第123条第1項・第2項

刑事訴訟法第123条 押収物で留置の必要がないものは、被告事件の終結を待たないで、決定でこれを還付しなければならない。(1項)押収物は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、決定で仮にこれを還付することができる。(2項)

持ち主に返してあげるんですね。これを、「還付」と呼びます。ここで、条文の言葉に注目してください。「還付することができる」ではありません。「還付しなければならない」です。「留置の必要がない」、つまりもう証拠として使う予定も没収する予定もない状態になったら、事件が終わるのを待たずに、返す義務が生じます。まだ証拠として必要だけど、所有者が「今すぐ使いたいから返してほしい」と請求する場合もあります。この場合は、決定で「仮に」還付できます。「還付することができる」であって、まだ留置の必要があることを前提に、一時的に貸し出すような処分です。目録の交付、保管、代保管、廃棄、換価保管、還付、仮還付。押収した物は、この流れのどこかをたどって、最後に落ち着き先を見つけます。

そもそも押収を拒める人がいる——押収拒絶権

医師・弁護士・宗教の職に在る者などの職業を列挙しただし書の3つの除外事由を添えた押収拒絶権の対象者一覧板

最後に、押収の「前」に効く仕組みを見ます。前回、報道機関に押収を拒む権利が認められているといえるか、覚えていますか?認められていない、でしたね。今日は、逆に、誰にならこの権利が認められているのか、中身を見ます。

条文刑事訴訟法第105条第1項

刑事訴訟法第105条第1項 医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、押収を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。

患者のカルテ、依頼者の相談内容、信者の告白の内容、こういう業務上の秘密を抱える職業には、押収を拒める権利が認められています。秘密が押収されてしまうなら、患者も依頼者も、本当のことを話せなくなります。守っているのは、その職業への信頼です。ただし、無条件ではありません。ただし書に3つの除外事由があります。本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人のためだけの権利の濫用と認められる場合、そして裁判所の規則で定める事由がある場合。この3つのどれかに当たれば、拒むことはできません。たとえば、患者本人が「カルテを出していい」と言えば、医師はもう拒めません。守るべき秘密の持ち主が、守らなくていいと言っているからです。

そして、この条文はもともと、裁判所の押収に関する規定です。

条文刑事訴訟法第222条第1項

刑事訴訟法第222条第1項(準用部分抜粋) 第百三条から第百五条まで、……第百二十条第一項、第百二十一条第一項及び第二項、第百二十二条、第百二十三条第一項から第三項まで……の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、……それぞれ準用する。

この準用リストに、105条を含む「103条から105条まで」が入っています。120条、121条、122条、123条、そして105条、今日見た条文はすべて、この222条1項によって捜査機関にも準用されています。だから105条の押収拒絶権も、捜査機関が行う押収にそのまま及びます。医師や弁護士のような明文の職業列挙に、報道機関は入っていません。だから明文の拒絶権が使えず、適正迅速な捜査の必要性と、報道機関が受ける不利益を比べる、比較衡量という解釈で処理するしかなかったんです。105条の中身を知って初めて、前回の話がつながります。

今日のまとめ

令状の外側の写真撮影と押収のあとの処理・押収拒絶権を1本の線でつないだまとめ板 図:令状の外側の写真撮影と押収のあとの処理・押収拒絶権を1本の線でつないだまとめ板

今日の内容を振り返ります。令状に書かれた枠の「外側」と、押収の「あと」を見ました。まず外側。写真撮影は、法的には検証で、原則は検証許可状が必要でした。ただし、証拠価値の保存と執行の適法性の担保、この2つの目的の範囲内なら、捜索差押許可状の効力だけで撮影できます。範囲を超えれば違法と評価されるけれど、写真撮影は押収に関する処分に当たらないので、準抗告では争えません。争う道は、公判での証拠排除だけでした。次は、押収のあと、押収した物への「必要な処分」は、111条2項で新しい令状なしにできます。押収物は、目録を交付し、原則は自ら保管、不便な物は承諾を得て代保管、危険な物は廃棄、没収予定で価値が目減りする物は換価保管、そして留置の必要がなくなれば、還付は義務でした。最後に、そもそも押収を拒める人がいる、という105条の押収拒絶権。医師や弁護士などの明文の列挙で、これは222条1項の準用で捜査機関にも及びます。

これで、第2章の「証拠の収集と令状主義」は、一区切りです。

ページ上部へ ↑

#42単独ページ動画

捜索・差押え⑥データを差し押さえる4つの方法

第2章 捜査 ㉓/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

パソコンの中身は、目に見えない

投資詐欺グループの摘発現場で被疑者宅のパソコンの画面にログイン画面だけが映り込む導入板

投資詐欺グループの摘発現場です。令状には、「被疑者が使用するパソコン一式」と書かれています。ところが、今日は少し事情が違います。パソコンの画面を開いても、見えるのはフリーメールのログイン画面だけ。犯行のメールは、このパソコンの中には保存されていません。クラウド上、つまり契約しているメールサーバのどこかです。パソコンごと持って帰っても、中身は空っぽかもしれません。データは、有体物の差押えとは違う道具立てが要ります。今日は、その道具を4つ、渡します。

電磁的記録の特殊性——目に見えず、読めない

有体物には備わる可視性と可読性が電磁的記録には無いことを対比する板 図:有体物には備わる可視性と可読性が電磁的記録には無いことを対比する板

差押えの対象は、本来「証拠物又は没収すべきと思料する物」、つまり有体物です。ところが、電磁的記録、つまりデータ自体は、有体物ではありません。USBメモリやハードディスクという「媒体」は有体物ですが、その中のデータは違います。データには、有体物には無い特徴が4つあります。1つ目、見てもわからない、可視性の欠如です。USBメモリを見つめても、中に何が入っているかはわかりません。2つ目、読んでもわからない、可読性の欠如です。データは機械の中で、人の目では読めない形式で記録されています。3つ目は、冒頭のクラウドの話です。データは、遠く離れたサーバにあることも珍しくありません。可搬性・遠隔性です。4つ目、データはとにかく量が多い。大量性です。現場で1件ずつ選ぶのは、現実的ではありません。

この4つの困難に対応するために、平成23年の改正で、新しい処分が導入されました。それが、これから見る4つの道具です。

誰が使えるか——222条1項の準用とリモートアクセス

222条1項の準用によって裁判所向けの規定が捜査機関にも及ぶ構図と机の合鍵で隣の物置を開ける図解

これから見る条文は、多くが「裁判所」を主語に書かれています。そこで効いてくるのが、222条1項です。裁判所向けの規定の一部を、検察官・検察事務官・司法警察職員にも準用する、という条文です。押収と捜索のルールは、まず裁判所がする場面として、法律の前のほうに、まとめて書かれています。捜査機関の分は、同じルールを書き直さずに、222条1項で借りてくる作りです。だから、何が使えるかは、222条1項の一覧で確かめます。

条文刑事訴訟法第222条第1項(抜粋・準用部分のみ)

刑事訴訟法第222条第1項(本回で使う準用範囲の抜粋) 第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条、第百十条の二前段、第百十一条第一項前段及び第二項、第百十一条の二前段、…の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について、…それぞれ準用する。

110条の2は、あとで見る、代替処分の条文です。データを丸ごとではなく、必要な分だけ写して押さえる道具です。その前段には、1号と2号の両方が含まれています。だから、捜査機関自身が複写する方法も、相手にやらせる方法も、どちらも使えます。後段で外れているのは、公判廷、つまり、裁判が開かれている法廷で、差し押さえる場合の規定だけです。目の前の機械の外にあるデータに手を伸ばす、1つ目の道具です。

条文刑事訴訟法第218条第2項

刑事訴訟法第218条第2項 差し押さえるべき物が電子計算機であるときは、当該電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であつて、当該電子計算機で作成若しくは変更をした電磁的記録又は当該電子計算機で変更若しくは消去をすることができることとされている電磁的記録を保管するために使用されていると認めるに足りる状況にあるものから、その電磁的記録を当該電子計算機又は他の記録媒体に複写した上、当該電子計算機又は当該他の記録媒体を差し押さえることができる。

これが、いわゆるリモートアクセスです。被疑者宅のパソコンに、ネットワークでつながっているメールサーバから、データを複写した上で、差し押さえることができます。良いたとえです。ただし、どんな物置でも開けてよいわけではありません。条文が対象を2種類に限定しています。その電子計算機で「作成・変更した電磁的記録」。その電子計算機で「変更・消去できるとされている電磁的記録」です。被疑者が、そのパソコンから普段ログインして書いているメールなら、含まれます。自分で作ったデータだからです。一方、そのパソコンからは書き換える権限もない、赤の他人のクラウドアルバムまでは、含まれません。

いえ、使った経験の有無ではありません。そのパソコンで作ったり書き換えたりしたデータか、書き換えたり消したりできることになっているデータか、の2つです。だから、共有フォルダのように、書き換えられるものは、一度も開いたことがなくても、含まれます。無制約にネットワーク上の全データへ及ぶわけではありません。その2種類に限られるのは、そのパソコンで作ったり、書き換えたり、消したりできるデータは、置き場所がサーバでも、実質はそのパソコンの中身と同じだからです。令状が差し押さえるのは、そのパソコンです。だから、手を伸ばせるのも、そのパソコンの中身と言える範囲までです。なお、同じ内容の規定は、裁判所が差押えを行う場合の99条2項にも置かれています。主体が裁判所か、捜査機関かの違いだけです。

代替処分——サーバごとではなく、必要な分だけ

記録媒体の差押えに代えて複写印刷移転した他の媒体を差し押さえる代替処分の構図板 図:記録媒体の差押えに代えて複写印刷移転した他の媒体を差し押さえる代替処分の構図板

次は、目の前の記録媒体の中で済ませる場面です。差し押さえようとするハードディスクの中に、事件と無関係なデータも、大量に混じっている場面です。

条文刑事訴訟法第110条の2

刑事訴訟法第110条の2(差押えに代わる処分) 差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体であるときは、差押状の執行をする者は、その差押えに代えて次に掲げる処分をすることができる。公判廷で差押えをする場合も、同様である。 一 差し押さえるべき記録媒体に記録された電磁的記録を他の記録媒体に複写し、印刷し、又は移転した上、当該他の記録媒体を差し押さえること。 二 差押えを受ける者に差し押さえるべき記録媒体に記録された電磁的記録を他の記録媒体に複写させ、印刷させ、又は移転させた上、当該他の記録媒体を差し押さえること。

サーバやハードディスクをまるごと持って帰らず、必要なデータだけを別の媒体にコピーして、そのコピーの方を差し押さえる方法です。1号は、捜査機関自身が複写する方法。2号は、差押えを受ける者、つまり相手方にやらせる方法です。222条1項は、1号も2号も、まとめて準用しています。だから、どちらの方法も使えます。そこがねらいです。会社の業務用サーバを丸ごと持っていけば、業務が止まってしまいます。必要なデータだけコピーすれば、サーバ自体は現場に残せます。

協力要請——鍵のかかった機械を開けてもらう

差押状捜索状の執行者が処分を受ける者に電子計算機の操作その他の協力を求める構図板 図:差押状捜索状の執行者が処分を受ける者に電子計算機の操作その他の協力を求める構図板

次の場面です。差し押さえようとする共犯者のパソコンに、パスワードがかかっていました。この場合は、相手の協力を求めることになります。パソコンも、捜査する側が自分で開けられるなら、その「必要な処分」で開けてかまいません。ただ、パスワードは、持ち主の頭の中にあります。そこで、持ち主に操作を頼める条文が、別に置かれました。

条文刑事訴訟法第111条の2

刑事訴訟法第111条の2(協力要請) 差し押さえるべき物が電磁的記録に係る記録媒体であるときは、差押状又は捜索状の執行をする者は、処分を受ける者に対し、電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができる。公判廷で差押え又は捜索をする場合も、同様である。

机の引き出しに鍵がかかっていて開かないので、持ち主に開けてもらう、というイメージです。協力すべき法的義務はあります。ただし、義務に違反しても、罰則はありません。パスワードを頑として教えなくても、それ自体を処罰する規定は無い、ということです。

通信履歴の保全要請——消される前に時間を止める

プロバイダに30日を超えない期間を定めて通信履歴を消去しないよう求める保全要請の時間軸板

最後は、少し毛色の違う場面です。プロバイダのサーバから、通信履歴が今にも自動で消去されそうです。でも、まだ差し押さえる準備ができていません。

条文刑事訴訟法第197条第3項・第4項

刑事訴訟法第197条第3項・第4項 3項 検察官、検察事務官又は司法警察員は、差押えをし、又は電磁的記録提供命令により電磁的記録を提供させるため必要があるときは、電気通信を行うための設備を他人の通信の用に供する事業を営む者又は自己の業務のために不特定若しくは多数の者の通信を媒介することのできる電気通信を行うための設備を設置している者に対し、その業務上記録している電気通信の送信元、送信先、通信日時その他の通信履歴の電磁的記録のうち必要なものを特定し、三十日を超えない期間を定めて、これを消去しないよう、書面又は電磁的記録により求めることができる。この場合において、当該求めに係る電磁的記録について差押えをし、又は電磁的記録提供命令により当該電磁的記録を提供させる必要がないと認めるに至つたときは、当該求めを取り消さなければならない。 4項 前項の規定により消去しないよう求める期間については、特に必要があるときは、三十日を超えない範囲内で延長することができる。ただし、消去しないよう求める期間は、通じて六十日を超えることができない。

プロバイダに対して、「この通信履歴を、消さないでほしい」と求める制度です。期間は30日以内。特に必要があれば延長でき、ただし通じて60日を超えられません。データを差し押さえる制度ではなく、あくまで「時間を止める」だけの制度です。この後に見る電磁的記録提供命令などで、実際に提供させることが前提になっています。

4つの道具の振り返り

リモートアクセス代替処分協力要請保全要請の4つを対象方法期間で並べた一覧表板 図:リモートアクセス代替処分協力要請保全要請の4つを対象方法期間で並べた一覧表板

ここまでの4つを、並べて振り返ります。気をつけてほしいのは、これらは全部、条文にそのまま書かれている成立要件だ、ということです。判例・解釈で立てた規範とは違います。捜索の執行を扱った回で見た、「必要な処分の限界」という比例原則の規範とは、別の話です。こちらは、条文を読めばそのまま出てくる話です。有体物なら、「持って帰る」の一手で足りました。データだと、その一手が場面ごとに詰まるからです。データが遠くのサーバにあれば、持って帰る物が目の前にありません。だから、外へ手を伸ばします。無関係なデータが大量に混じっていれば、丸ごと持って帰ると取りすぎます。だから、中で必要な分だけ写します。鍵がかかっていれば、中身を確かめられません。だから、相手に頼みます。取りに行く前に消えてしまうなら、まず時間を止めます。

被疑者宅でパソコンを押さえたのに、メールはクラウドにしか無い。これは外へ手を伸ばす場面です。一方、プロバイダの通信履歴が消えかけているのに、まだ令状が無い。こちらは、外へ手を伸ばす道具は使えません。押さえたパソコンも、差押えの令状も無いからです。まず時間を止めます。サーバをまるごと持って帰ってよいかの答えは、この回の後半で扱います。その前に、もう1つ、大事な制度の書き換えを押さえておきます。

令状に書く記載事項、覚えていますか

令状に書かれた記載事項の欄が複写すべき電磁的記録の範囲まで広がったことを示す板 図:令状に書かれた記載事項の欄が複写すべき電磁的記録の範囲まで広がったことを示す板

ここで、少し前の回に戻ります。令状の請求を扱った回です。その回で学んだ、令状に書く記載事項を、思い出せますか?データをリモートアクセスで差し押さえるときは、この記載事項に、「複写すべき電磁的記録の範囲」も加わります。リモートアクセスで複写する範囲は、令状の段階から、別枠で明示しておく必要があります。この記載事項の広がりを踏まえて、次は、この分野で最近一番大きく変わった制度を見ます。

制度の書き換え——電磁的記録提供命令

旧制度が廃止され現行の電磁的記録提供命令に置き換わったことを示す一本道のフロー板 図:旧制度が廃止され現行の電磁的記録提供命令に置き換わったことを示す一本道のフロー板

冒頭の事件に、もう1つ場面を足します。詐欺グループが利用していた、協力的な名簿管理会社です。この会社のサーバから、被疑者に関するデータだけを提供させたい場面です。これは、相手が協力的で、しかも「命令」という形式で出させたい場面です。この制度は、現在大きく書き換わっています。今、効いている現行の条文は、これです。

条文刑事訴訟法第102条の2

刑事訴訟法第102条の2 裁判所は、必要があるときは、電磁的記録提供命令(次の各号に掲げる者に対し、当該各号に定める方法により必要な電磁的記録を提供することを命ずる命令をいう。以下同じ。)をすることができる。 一 電磁的記録を保管する者 次のイ又はロに掲げる方法  イ 電磁的記録を記録媒体に記録させ又は移転させて当該記録媒体を提出させる方法  ロ 電気通信回線を通じて電磁的記録を当該命令をする者の管理に係る記録媒体に記録させ又は移転させる方法 二 電磁的記録を利用する権限を有する者(前号に掲げる者を除く。) 同号イ又はロに掲げる方法(電磁的記録を記録媒体に記録させるものに限る。)  電磁的記録提供命令は、提供させるべき電磁的記録及び提供の方法を指定してするものとする。

これが、電磁的記録提供命令です。218条1項は、捜査機関が、裁判官の令状を得て行える処分を並べた条文です。差押え・捜索・検証と並んで、この電磁的記録提供命令も書かれています。だから、令状を得れば、検察官・検察事務官・司法警察職員も、この命令を使えます。別の制度です。218条2項は「複写して差し押さえる」、こちらは「相手に命じて提供させる」。相手が協力的な場合に向いています。協力要請とも違います。協力要請は、差押えの現場で、パスワードの解除などの手助けを求めるものです。提供命令は、差押えとは別に、データを出すこと自体を命じるものです。

管理会社に荷物を出してもらうイメージのとおりです。この制度は少し前まで、全く別の名前で呼ばれていました。サーバの管理者などに命じて、必要なデータだけ記録・印刷させ、その媒体を差し押さえるという制度でした。中身は似ていますが、現在の電磁的記録提供命令には、当時には無かった方法が加わっています。「イ」の、媒体に記録・移転させて提出させる方法に加えて、「ロ」の、電気通信回線を通じて、命じる側の管理する記録媒体に直接記録・移転させる方法です。媒体という「物」を介さずに、回線越しに直接受け取れるようになったわけです。

この制度、名簿管理会社への提供命令には、もう1つ、付け加えられる仕組みがあります。

秘密保持命令——命令を受けたことを漏らさせない

電磁的記録提供命令に付随して命令を受けた者に1年を超えない期間口外しないよう命じる秘密保持命令の構図板

名簿管理会社の担当者に、電磁的記録提供命令を出したとします。場合によっては、もう1つ、付け加えることができます。

条文刑事訴訟法第218条第3項

刑事訴訟法第218条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、電磁的記録提供命令をする場合において、必要があるときは、裁判官の許可を受けて、当該電磁的記録提供命令を受ける者に対し、一年を超えない期間を定めて、みだりに当該電磁的記録提供命令を受けたこと及び当該電磁的記録提供命令により提供を命じられた電磁的記録を提供し又は提供しなかつたことを漏らしてはならない旨を命ずることができる。

これが、秘密保持命令です。命令を受けたことも、データを提供したことも(提供しなかったことも)、1年を超えない期間、口外してはならない、と命じられます。名簿管理会社の担当者が、詐欺グループの一員に「実は警察から命令が来た」と漏らしたら、どうなりますか。詐欺グループが気づいて、証拠を隠したり、逃げたりしそうです。捜査の密行性、つまり気づかれずに進める必要があるからこそ、この命令が用意されています。物置の管理会社に、「命令が来たことも、荷物を出したことも、しばらく口外しないでほしい」と付け加えるイメージです。

協力が得られない場合と、範囲の限定

協力が得られない場合に捜査機関自身が複写する経路と作成変更変更消去の2類型による範囲限定を示す板

では、振り返りで立てた問いに戻ります。協力が得られなくても、通常どおりの捜索・差押えとして、犯罪事実に関連するデータを特定した上で、USBメモリ等に複写し、それを差し押さえることができます。110条の2を、捜査機関自身が使う場面です。理論上、できなくはありません。ただし、業務への支障が大きいため、まず複写等の方法が想定されています。令状の審査を扱った回で見た、差押えの必要性の判断です。差押えで相手が受ける不利益の程度も、考え合わせる、という規範でした。もう1つ、冒頭のクラウドメールの話に戻ります。被疑者宅のパソコンから、接続先のクラウドを複写する場合も、さっき見た限定がそのまま効きます。

そのパソコンで作ったり書き換えたりしたデータか、書き換えたり消したりできることになっているデータなら含まれ、そのパソコンで作ってもおらず、書き換える権限もない他人のデータは含まれません。ネットワーク上の全データへ、無制約に及ぶわけではない、ということを、覚えておいてください。

今日の地図(保存版)

4つの道具立てと制度の書き換えを1枚にまとめた保存版の地図板 図:4つの道具立てと制度の書き換えを1枚にまとめた保存版の地図板

今日の内容を振り返ります。データは有体物ではなく、見えず、読めず、遠くにあり、量が多い、という特殊性があります。この特殊性に対応するため、4つの道具が用意されました。外へ手を伸ばすリモートアクセス。目の前で済ませる代替処分。相手に頼む協力要請。時間を止める保全要請です。これらはすべて、条文どおりの成立要件でした。そして、相手が協力的な場合に使う電磁的記録提供命令は、制度自体が書き換わり、媒体を介さない提供方法も加わりました。秘密保持命令で、捜査の密行性も守られます。どの道具も、対象には限定があり、無制約には及びません。

4つの道具は、「誰の協力が得られるか」「データがどこにあるか」で選ぶんですね。ただ、まだ答えていない問いがあります。冒頭で触れた、パソコン一式を押収する場面です。中身を1つも確認せずに、パソコンごと差し押さえていいのか、という話ですね。今日の4つの道具は、どれも「必要なデータを特定できている」ことが前提でした。では、特定する前の段階で、中身を確認せずに差し押さえることは許されるのか。これは、有名な判例が答えを出している問題です。

ページ上部へ ↑

#43単独ページ動画

捜索・差押え⑦パソコンの中身を確認せず押収する要件

第2章 捜査 ㉓/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

中身を、1つも確認せずに

詐欺グループのアジトでサーバ管理者が対応を拒み傍らに証拠隠滅ソフトの表示が浮かぶ導入板

同じ詐欺グループのアジトです。今日は、サーバの管理者が、協力を拒んでいます。協力要請には、罰則がありませんでした。頑として拒まれれば、それまでです。しかも今回は、もう1つ情報があります。この組織、証拠隠滅用の消去ソフトを使っているらしい、という情報です。だから捜査官は、パソコンとハードディスク一式を、中身を1つも確認せずに、まとめて差し押さえようとしています。今日は、この問いに、有名な判例が出した答えを渡します。

出発点——差し押さえてよいのは関係する物だけ

憲法35条が求める正当な理由という関連性の枠に電磁的記録媒体を当てはめようとして詰まる板

ここで、少し前の回に戻ります。令状の請求を扱った回で学んだ、差し押さえてよい物の条件を、覚えていますか?「正当な理由」の話ですね。差し押さえてよい対象は、被疑事実と関連する物に限られます。紙の書類なら、現場でめくって読めば、関係があるかどうか、その場で判定できます。ところが前回見たとおり、データには可読性、つまり人の目でそのまま読める性質がありません。中身を確認するには、機械を起動して、パスワードを解除して、ファイルを1つずつ開いていく必要があります。時間がかかる作業です。そこが今日の核心です。

包括的差押えの判例——蓋然性と情報損壊の危険

保管庫の扉を1つずつ開けて確かめる間に散水装置のスイッチが押される危険を示す板 図:保管庫の扉を1つずつ開けて確かめる間に散水装置のスイッチが押される危険を示す板

この場面に、判例が答えを出しています。想像してみてください。大きな倉庫に、鍵のかかった保管庫がずらりと並んでいます。捜査官は、1つずつ開けて、中身を確認してから運び出したい。ところが、この倉庫には、外部から遠隔操作できる散水装置が仕掛けられているという情報があります。誰かがスイッチを押せば、保管庫の中身は水浸しになり、二度と読めなくなります。判例は、これと同じ構造の場面で、中身を確認せずに差し押さえることを認めました。中身を確かめずに、媒体ごとまとめて差し押さえることを、包括的差押えと呼びます。

判例最決平10・5・1(刑集52巻4号275頁・百選22)

電磁的記録媒体の包括的差押え(内容確認なしの差押えを認めた判例) 令状により差し押さえようとするパソコン、フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において、そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは、内容を確認することなしに右パソコン、フロッピーディスク等を差し押さえることが許される

文の中の「右」は、「今言った」という意味です。認めた条件は、2つです。1つ目、被疑事実に関する情報が記録されている「蓋然性」。つまり、関係がありそうだ、という見込みです。2つ目、その場で確認していたのでは、「情報を損壊される危険」があること。この2つがそろえば、現場で中身を確認せずに、媒体ごと差し押さえることが許されます。確認をあきらめたのではなく、確認する場所とタイミングを、危険な現場から、安全な場所、つまり捜査機関の手元に移した、というのが実質です。冒頭のアジトなら、この組織が消去ソフトを使っているという情報があります。だから2つ目の条件に当たります。

例えば、同じアジトでも、消去ソフトの情報が無く、時間をかけて確かめても中身が消えるおそれが無い場面です。これは、この判例の2つ目の条件に当たりません。媒体ごと持って行くのではなく、その場で中身を確かめ、関係するデータだけを、前回の代替処分で写し取る方向になります。

⭐ 論文で書く規範:内容確認なしの差押え(判例が立てた規範) 関連情報の蓋然性が認められ、かつ、その場で確認すれば情報を損壊される危険があるときは、内容を確認することなしに電磁的記録媒体を差し押さえることが許される (規範(最決平10・5・1))

あちらでも、証拠を流されるおそれを考えました。あちらは、ドアを開けるなど、現場でどこまで実力を使えるかの上限の話でした。今日は、中身を確かめずに持って行ってよいかの条件です。同じ「消される危険」でも、使う場面が違います。中身をまだ見ていない段階なので、外側の事情から判断します。

蓋然性の判断要素——外側から見える3つの手がかり

被疑事実の内容目的物の種類形態誰が管理し事件とどう関わるかという3つの手がかりを並べた一覧板

判例の立場で蓋然性を見積もるなら、外から見える手がかりは、主に3つです。1つ目、被疑事実の内容です。2つ目、差押目的物の種類・形態です。3つ目、その機器を誰が管理していて、その人が被疑事実とどれくらい深く関わっているか、です。冒頭のアジトに当てはめてみます。1つ目、被疑事実は、組織的な詐欺です。単独犯より、組織的な犯行の方が、事務所に事件関連のデータが集まりやすい。2つ目、目的物は、アジトに置かれたサーバとパソコンです。個人の私物ではなく、組織の業務に使う機器です。3つ目、管理者は、詐欺グループ自身です。被疑事実とのつながりは強い。

組織的犯行が疑われる事件では、事務所に置かれた機器には、組織の実態を解明する証拠が存在するのが一般的です。管理者の私物だと明らかにわかる物を除けば、蓋然性は認めやすくなります。例えば、アジトにたまたま出入りしていた清掃業者が、私用のタブレットを充電のために置いていたとします。事件とも、組織とも無関係だと明らかな場合は、このタブレットには蓋然性が認められず、差し押さえの対象外です。

一時持ち出し説とその批判——手続的保障のトレードオフ

判例の道と一時持ち出し説の道が立会人と目録交付の有無で分かれる二股の板 図:判例の道と一時持ち出し説の道が立会人と目録交付の有無で分かれる二股の板

実は、そこを問題視する見解もあります。関連性を緩く認めすぎると、令状で差し押さえる物を絞っている意味が薄れて、捜査機関が何でも持って行けてしまう、という心配です。この見解の名前は、一時持ち出し説です。まず現場から一時的に持ち出して、早急に中身を確認した上で、関係する物だけ差し押さえ、関係ない物は返すべきだ、という考え方です。これなら、関連性の確認を放棄していないように見えます。ところが、この見解には批判があります。捜索の執行を扱った回で見た、立会人を覚えていますか。住居主などを、捜索・差押えの現場に立ち会わせなければならない、という話でしたよね。密室にしないための。もう1つ、押収物の扱いを学んだ回の、押収品目録の交付もあります。どちらも、「現場で」何を持っていかれたかを、処分を受ける者に確認させる手続保障です。

持ち出した後で、別の場所で選別すると、その選別作業には、立会人の目も、目録の交付も及びません。「後で返すから、今は全部持って行く」という運用は、令状主義が相手方に保障している手続を素通りしてしまう、という批判です。どちらを選んでも、何かを犠牲にするトレードオフなんです。判例の立場なら、勝負は、蓋然性の有無を、さっきの3つの判断要素、つまり外的な事情に基づいて具体的に示す、という筋道です。「組織的犯行だから全部蓋然性あり」と済ませず、3要素を事案ごとに丁寧に当てはめることが求められます。ここは、論文で論点になりうるところです。

デジタル・フォレンジック——確認する行為自体が証拠を壊すこともある

消去済みデータの復元と最終アクセス日時の自動更新という2つのフォレンジック上の論点を示す板

もう1つ、押さえておきたい技術があります。デジタル・フォレンジックです。電子機器からデータを抜き出し、人が読める形に変換し、その手順を正確に記録して、後から検証できるようにする、一連のデータ解析技術と手続のことです。この技術には、一見データが残っていない機器からでも、消去されたデータを復元する手法があります。復元できる場合があります。だから、一見空っぽに見える機器でも、差し押さえるべき場合があります。捜索・差押えの現場で、もし中身を確認しようとファイルを開けば、電子機器の「最終アクセス日時」が、自動的に書き換わってしまいます。

元の状態が損なわれ、証拠としての信用性が争われるおそれがあります。これも、包括的差押えの判例が言う「情報を損壊される危険」と、よく似た問題です。現場で開けば、記録が書き換わってしまいます。消されたデータは、現場で画面を見ても見つかりません。確かめるなら、専用の機材がある捜査機関の手元で、手順を記録しながら行う方が確実です。だから、中身を確認せずに媒体ごと持って行く場面は、今後むしろ増えていくと予想されます。そこで、できる限り早急にデータのコピーを作成して、現物は早く還付する配慮が必要です。押収物の扱いを学んだ回の、押収品の還付義務です。

立法課題——技術の進歩に、法律が追いついていない

平成23年改正令和7年改正を経てもなお残る立法課題とGPS大法廷判決の指摘を示す板

最後に、積み残された課題に触れます。平成23年の改正で、前回の4つの道具が生まれました。令和7年の改正では、データを出させる命令が、前回見た電磁的記録提供命令に書き換えられました。それでも、電磁的記録の証拠収集は、「解決済み」にはなっていません。膨大なデータの中から、関連する情報だけを見分ける難しさそのものは、制度を変えても残り続けます。別の捜査手法をめぐる判例でも、同じ指摘がされています。車に位置測位機器を取り付けて追跡した事件で、最高裁は、GPS捜査という新しい手法については、立法による手当てが望ましい、と指摘しました。

GPS捜査を扱った回で見た判例です。今日は、データに関する立法課題も、同じ根っこを抱えている、ということだけ覚えておいてください。

今日の地図(保存版)

今日の地図(保存版)=内容確認なしの差押えの条件と批判を1枚にまとめた板 図:今日の地図(保存版)=内容確認なしの差押えの条件と批判を1枚にまとめた板

今日の内容を振り返ります。中身を確認せずに差し押さえることが許されるのは、関連情報の蓋然性と、情報を損壊される危険がそろったときです。蓋然性は、被疑事実の内容、目的物の種類・形態、誰が管理し、事件とどう関わるか、という3つの外的事情から判断します。一時持ち出し説は、確認を放棄しない代わりに、立会人や目録交付という手続保障を犠牲にする、という批判があります。デジタル・フォレンジックの技術は、データの復元も、確認による意図しない書き換えも、明らかにしました。だからこそ、早急なコピー作成と還付が、持ち主の不利益を抑える鍵になります。

冒頭のアジトのパソコンも、組織的犯行の蓋然性と、消去ソフトによる損壊の危険、両方がそろっているから、中身を確認せずに差し押さえて良いんですね。これで、令状に基づく捜索・差押えの話は、一区切りです。

ページ上部へ ↑

#44単独ページ動画

捜索・差押え⑧逮捕に伴う捜索が令状なしで許される理由

第2章 捜査 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

盗品を捜すのに、いつも令状がいる

盗品を捜すには裁判官の令状がいるという原則と逮捕の場面だけ特別扱いされる場面を対比する導入板

ところが、被疑者を逮捕するときだけは、令状なしで家探しをしてよい場面があります。もう1つ、気になる点があります。被疑者がまだ帰ってこない段階で、先に家探しを始めてしまってよいのか、という問題です。その2つの疑問に、今日答えます。

令状主義に空いた、憲法上の穴

令状主義の原則を定める35条とその条文自身が33条の逮捕の場合だけ例外を認めている構図板

まず、令状主義の原則から振り返ります。中立公平な裁判官が事前にチェックする、という話でした。この原則を定める条文自体が、実は自分で例外を書いています。

条文日本国憲法第三十五条第一項

憲法第三十五条第一項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

33条は、逮捕には令状がいる、という条文です。つまりここでは、「逮捕の場合を除いては」と言っています。これを受けて、刑事訴訟法220条が、具体的にどんな処分を認めるかを定めています。

条文刑事訴訟法第220条

刑事訴訟法第二百二十条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。 一 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。 二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。 2 前項後段の場合において逮捕状が得られなかつたときは、差押物は、直ちにこれを還付しなければならない。第百二十三条第三項の規定は、この場合についてこれを準用する。 3 第一項の処分をするには、令状は、これを必要としない。 4 第一項第二号及び前項の規定は、検察事務官又は司法警察職員が勾引状又は勾留状を執行する場合にこれを準用する。被疑者に対して発せられた勾引状又は勾留状を執行する場合には、第一項第一号の規定をも準用する。

「第百九十九条の規定により逮捕する場合」は通常逮捕、「現行犯人を逮捕する場合」は現行犯逮捕、「第二百十条の規定により逮捕する場合」は緊急逮捕です。そして3項が、「令状は必要としない」と明記しています。4項は、2号と3項の部分を、勾引状・勾留状を執行する場面にも使い回す、という条文です。ただし、被疑者に対して発せられた勾引状・勾留状を執行する場合は、1号、つまり人の捜索も、併せて準用されます。なお、2項は、緊急逮捕で結局逮捕状が出なかったときに、差し押さえた物を直ちに返す、という規定です。

1号と2号——逮捕のための捜索、逮捕に伴う捜索

220条1項1号は人の捜索2号は物の差押え捜索検証という対象の違いで号数が分かれる区別板

今の条文には、1号と2号、2つの処分が並んでいました。捜す対象が違います。1号は「被疑者の捜索」、つまり、人を捜す処分です。2号は「差押、捜索又は検証」、つまり物を捜す処分です。警察官が被疑者Aを通常逮捕する場面を考えます。A自身の自宅で逮捕できるなら、そのまま自宅の中で、令状なしに物を差し押さえたり捜索したりできます。これが2号です。Aが、見ず知らずの第三者の家に逃げ込んだ場面を考えます。この第三者の家に入って、Aという人を捜すことも、令状なしにできます。これが1号です。

逮捕そのものが令状なしでできる場面がある以上、被疑者本人を見つけるための立ち入りまで令状が必要だと、逮捕の実効性が保てません。だから、第三者の家であっても、1号は適用されます。そして今日の中心は、実務での活用頻度も論点の数も多い、2号です。

なぜ令状なしで許されるのか——緊急処分説と相当説

緊急処分説と相当説の根拠の違いを一覧で示す対立軸板 図:緊急処分説と相当説の根拠の違いを一覧で示す対立軸板

2号の話に戻ります。逮捕の現場でだけ、なぜ令状なしで捜索・差押えが許されるんでしょう。それだと、「怪しさ」がどこまで家探しを正当化するのか、説明になっていません。身近な場面で考えてみましょう。友人同士がもみ合いになって、片方がもう片方を取り押さえたとします。居合わせた人が、とっさに相手のポケットを確認することがあります。この確認を許してよい理由は、実は2通り考えられます。1つ目、取り押さえた直後はまだ相手が暴れたり、何かを取り出したりする危険があるから、今すぐ確認しないと間に合わない、という考え方です。これが緊急処分説です。逮捕の場面には抵抗・逃亡・証拠隠滅の危険が大きく、それを防いで証拠を保全する緊急の必要があるから許される、と考えます。2つ目、取り押さえたその場のポケットには、もめ事の原因になった物が入っている可能性が高いから、後で確認しても意味は同じ、という考え方です。これが相当説です。逮捕の現場には証拠が存在する蓋然性が高く、令状を請求すればどうせ「正当な理由」が認められて発付されるはずだから、事前審査を経る必要が薄い、と考えます。

被疑者がその場にいて、すぐ捜索する場面なら、両説とも同じ結論になります。ただし、両説とも共通の縛りが1つあります。差し押さえられるのは、逮捕の理由になった事件に関わる物です。凶器や逃げるための道具は、その場で取り上げることができますが、これは逮捕を妨げさせないための措置と説明されます。別の事件の証拠まで、ついでに押さえるのはだめです。暴行罪で通常逮捕した現場で、たまたま見つけた覚醒剤を差し押さえる、というのは、どちらの説からも違法です。対立が出るのは、被疑者がまだそこにいない場面です。緊急処分説をとると、もう緊急性が消えたとして、正当化できなくなります。相当説をとると、ポケットの中身が変わるわけではないので、続けて確認してよい、という話になります。

被疑者が帰ってこないうちに家探しを始めた場合が、次の論点です。

「逮捕する場合」とはいつからいつまでか

大阪西成事件を軸に逮捕する場合という条文の言葉が着手前後を問わないという判旨を示す事案タイムライン板

その前に、前の回を思い出してください。令状があれば、裁判官はまず何を審査していましたか?差し押さえる物と、事件との間に、関連性があるか、というやつですね。相当説の発想は、逮捕の現場ならその関連性、つまり「正当な理由」が当然に認められるはずだ、という点にあります。ここで、実際の事件を見てみます。麻薬取締官らが、被疑者Aを現行犯逮捕しました。Aの供述から、共犯者Bも緊急逮捕するため、B方へ向かいました。ところが、Bは不在でした。取締官らは、Bが帰宅したら直ちに逮捕する態勢のまま、先にB方の捜索を始めました。捜索がほぼ終わる頃にBが帰宅し、そこで緊急逮捕しました。

「逮捕する場合」を「現実に逮捕した場合」に限ると読めば、逮捕前のこの捜索は違法になります。この「逮捕する場合」の意味が争われたのが、大阪西成事件です。

判例大阪西成被疑者不在ヘロイン所持事件〈最高裁大法廷判決〉

「逮捕する場合において」と「逮捕の現場で」の意義 「『逮捕する場合において』と『逮捕の現場で』の意義であるが、前者は、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいうのであり、……なお、前者の場合は、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係は、これを問わないものと解すべき」として、緊急逮捕に先行した本件捜索・差押えも、逮捕と時間的に接着してなされたものとして適法とした。

「逮捕する場合」とは、逮捕という単なる一時点よりも、幅のある「逮捕する際」を指す、という読み方です。逮捕と時間的に接着していればよく、逮捕に着手する前か後かは問わない、ということです。たとえば、Bが帰ってこないまま捜索を終えて引き揚げ、翌日になってからBを逮捕した、という場合です。これでは逮捕と時間的に接着していないので、「逮捕する場合」の捜索とは言えません。大阪西成事件では、捜索の最中にBが帰宅して、その場で逮捕しています。判例は相当説に基づくもの、と説明されます。証拠がある蓋然性は、逮捕の前後で変わらない、という発想です。

緊急処分説は、逮捕した場面に限らない代わりに、逮捕までの時間の近さをより厳しく判断する、という立場です。一方、相当説では、逮捕の前か後かにはこだわらず、もう少しゆるく判断してよい、とされます。実は、強い批判があります。判例の基準、つまり逮捕の可能性が確実でなくても適法とした点は、緩やかすぎる、という批判です。

⭐ 論文で書く規範:「逮捕する場合」とは、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいい、逮捕との時間的接着を要するが、逮捕着手の前後関係は問わない。ただし、逮捕されるべき者がその場にいて、確実に逮捕できる状況にあることを要する (論文で書く規範(前段=最大判昭36・6・7/ただし書き=有力説による限定))

有力な見解は、もう1つ条件を加えます。逮捕の対象となる者がその場に居合わせて、ほぼ確実に取り押さえられる状況でなければ、「逮捕する場合」には当たらない、という考え方です。なぜなら、令状なしで許されるのは、あくまで逮捕に伴うからです。逮捕できるかどうか分からないうちに捜索を始めれば、逮捕に伴うという前提が無いまま、ただの無令状捜索をしていることになります。反対に、Bが家の中にいると分かっていて、玄関で逮捕に取りかかるのと同時に捜索を始めた、という場合なら、確実に逮捕できる状況なので、この立場からも適法です。この立場から大阪西成事件を見直すと、Bが不在で、逮捕の可能性がまだ確実とは言えない段階で捜索を始めています。そのため、有力説の限定に立てば、相当説を採っても、違法と評価される余地があります。

判例の結論と、学説の望ましい基準は、一致しないこともある、と知っておいてください。

逮捕に着手したが、失敗した場合

逮捕に着手した後で被疑者に逃げられた場合の捜索の適法性を緊急処分説と相当説で分けて示す分岐板

もう1つ、時間的範囲の応用です。捜査機関が逮捕に着手した後、捜索の途中で被疑者に逃げられた場面を考えます。それまでの捜索は無効にはなりません。着手した時点ではまだ被疑者がいたわけですから、捜索を始めたこと自体は、両説どちらから見ても適法です。ここでは逮捕に着手した後に捜索を始めているので、結果として逮捕に成功することまでは要求されないと考えられています。割れるのは、被疑者に逃げられた後の捜索です。この場面は、講学上、次のように整理されます。緊急処分説の立場からは、被疑者がいなくなった以上、もはや証拠隠滅の緊急性はないとして、違法と考えられます。相当説の立場からは、証拠が現場に残っている蓋然性は変わらないので、逮捕と時間的に接着していれば、適法になりうる、と考えられます。ただ、判旨は「時間的に接着して逮捕がなされる限り」と、逮捕が実際になされることを前提にした言い方をしています。逃げられて逮捕に至らなかった場面まで、判例が直接認めたわけではありません。

根拠の違いが、場面ごとの結論の違いに、そのまま反映されます。

220条2号でできることの限界

220条2号の差押捜索検証にはリモートアクセスや電磁的記録提供命令は含まれないという対象限定の板

最後に、220条2号そのものの限界にも触れておきます。2号が認めるのは、あくまで「差押、捜索又は検証」だけです。220条には出てきません。どちらも、令状による処分を定めた218条の側にだけ書かれています。特にリモートアクセスは、目の前の機械の外にあるサーバに手を伸ばすので、どこまで写してよいかを、令状であらかじめ決めておく仕組みになっていました。逮捕にあわせて、被疑者が持つスマートフォンの本体を、令状なしで押収することは可能です。ただし、それを操作して、接続先のメールサーバから新たにデータを複写する行為は、2号には含まれません。

令状なしでできることは、条文が挙げた処分にきちんと限られます。なお、令状なしで物を取れる場面は、もう1つあります。占有者が自分から手放した物を受け取る「領置」です。これは220条とは別の条文が定める処分です。

今日の地図(保存版)

令状主義の憲法上の例外1号2号の区別2説の対立軸逮捕する場合の時間的範囲を1枚にまとめた保存版の地図板

今日の内容を振り返ります。憲法35条は、33条の逮捕の場合に、令状主義の例外を自ら認めていました。これを受けて220条1項は、人を捜す1号と、物を捜す2号を分けています。2号が令状なしで許される根拠は、緊急の必要性を見る緊急処分説と、証拠存在の蓋然性を見る相当説です。そして「逮捕する場合」は、逮捕との時間的接着があれば、着手の前後を問わない、というのが判例です。ただし、有力な見解は、逮捕できる可能性が確実であることまで求めます。論文では、この限定まで書いておきます。根拠が違うと、「いつまでならよいか」の答えも変わってくるんですね。この2説の対立は、今日見た時間的な範囲だけでなく、もう1つ、別の範囲にも効いてきます。逮捕の現場と言える場所は、建物のどこまで広がるのか、という問題です。

ページ上部へ ↑

#45単独ページ動画

捜索・差押え⑨「逮捕の現場」の範囲

第2章 捜査 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

逮捕した場所と、捜索していい場所

ホテル5階ロビーで逮捕した米兵が7階の自室を捜索されるという事案から場所の範囲を問う導入板

逮捕に伴って捜索できること自体は、前回見ました。逮捕した場所と、捜索してよい場所は、実は同じとは限りません。今日は、「逮捕の現場」が場所としてどこまで広がるのか、この線引きを見ていきます。

おさらい——なぜ令状なしで許されるか

220条1項2号の柱書と2号を再掲し前回の根拠から今日の場所の物差しを引き出す確認板

本題に入る前に、前回の2つの説を思い出しましょう。逮捕の現場でだけ令状なしで許される理由、前回の2つの説では、それぞれ何でしたか?緊急処分説は、逮捕の場面には証拠隠滅などの危険があって、急いで押さえる必要があるから。相当説は、逮捕の現場には証拠がある見込み、つまり蓋然性が高いから、でした。今日は、この2つの根拠から、捜してよい場所の広さを引き出します。

条文刑事訴訟法第220条第1項(柱書・第2号)

刑事訴訟法第二百二十条(抜粋) 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。 二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。

緊急処分説なら、急いで押さえる必要があるのは、被疑者がすぐ手を伸ばせる所だけです。だから物差しは、被疑者の身体および手の届く範囲になります。相当説なら、証拠がある見込みが高いのは、逮捕した場所と同じ人が管理している所です。だから物差しは、逮捕した場所と同一の管理権が及ぶ範囲になります。

「逮捕の現場」の場所的な意味——2説の違い

相当説の同一管理権と緊急処分説の手の届く範囲を住宅図で対比する対立軸板 図:相当説の同一管理権と緊急処分説の手の届く範囲を住宅図で対比する対立軸板

相当説は「同一の管理権が及ぶ範囲」と言いました。令状で捜せる範囲を見た回でも使いました。その場所への出入りを決める支配、のことです。被疑者自身の自宅なら、家全体を被疑者が管理しています。だから相当説からは、家全体が捜索の対象になりえます。被疑者が見ず知らずの他人の家にいた場合を考えるのが、今日の核心です。被疑者に管理権が無い場所まで、同じように家探ししてよいとは言えません。だから条文にも、歯止めが用意されています。

条文刑事訴訟法第102条第2項(222条1項で捜査における捜索に準用)

刑事訴訟法第百二条第二項 被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。

この102条2項は本来、令状を使う捜索の条文ですが、222条1項が無令状捜索にも準用しています。「押収すべき物の存在を認めるに足りる状況」、つまりそこに証拠がある具体的な手がかりが要ります。この歯止めを頭に置いた上で、冒頭のホテルの事件を見ていきます。

ホテルのロビーから、7階の部屋へ

ホテルの建物内で5階ロビーの逮捕から7階714号室の捜索まで場所が移った関係図 図:ホテルの建物内で5階ロビーの逮捕から7階714号室の捜索まで場所が移った関係図

警察官がホテルの5階ロビーで職務質問したところ、米兵Aが大麻たばこを持っていたため、現行犯逮捕しました。Aは「7階の自室に所持品がある」と申し出て、警察官をその部屋へ案内しました。実は、その部屋には同居者もいて、洗面所の洗面用具入れを調べる前に、Aは「自分の物ではなく、同居者の物だ」と申し出ていました。それでも警察官は中を調べ、大麻たばこを発見しました。判例は、隔たりがある点は認めた上で、いくつかの事情を積み重ねて適法と判断しました。

判例横浜米兵大麻たばこ所持事件〈東京高等裁判所判決〉

「逮捕の現場」から時間的・場所的且つ合理的な範囲を超えた違法なものであると断定し去ることはできない 「逮捕の現場」から時間的・場所的且つ合理的な範囲を超えた違法なものであると断定し去ることはできない。

判例が挙げた事情を、順に見ていきます。まず、大麻たばこは同居者との共同所持の疑いがあったこと。次に、ロビーから7階の部屋まで、逮捕と捜索が時間的にも場所的にもそれほど離れていなかったこと。さらに、Aが自ら警察官をその部屋に案内したこと。加えて、捜索の後1時間半ほどのうちに、同居者も現場に戻って緊急逮捕されたこと。そして、大麻取締法違反という罪質からしても、検挙が難しい事案だったことです。判決自身は、管理権という言葉は使っていません。さっき見た事情の積み重ねで、「違法と断定できない」と判断しただけです。相当説で説明しようにも、ロビーと7階の部屋を、同じ人が管理する一つの場所と見るのは苦しいですし、緊急処分説からも「手の届く範囲」を超えているため、どちらの説からもすっきりとは説明しきれない判断です。ただし緊急処分説にも近年、新しい流れがあります。被疑者以外の人物が証拠を隠す危険を理由に、急ぐ必要さえあれば、同一管理権の範囲まで捜索を認めてよいとする考え方です。この考え方に立てば、ホテルの件では、共同所持を疑われた同居者が、いつ部屋に戻って大麻を片づけるか分からない、という点が、緊急性の手がかりになります。

強い批判があります。ホテルの客室は、マンションの各部屋と同じように、それぞれ別の管理権があるのが通常です。ロビーと客室が同一の管理権にあるとは言えない、という批判です。さらに、220条が定める「逮捕する場合」という文言に当てはめること自体、無理があるという批判もあります。捜索を始めた段階では、同居者を確実に逮捕できる状況ではなかったからです。事情の積み重ねで決まる相対的な概念になってしまうと、令状主義の例外の範囲が不明確になる、という指摘もあります。

第三者の家に移動して逮捕したら——福岡の事件

覚醒剤の被疑者Aが屋外の職務質問で逃走し警察官が追いついてB方へ連れ戻り逮捕・捜索する関係図

もう1つ、対照的な事件を見ます。警察官は、暴力団組長Aが車のトランクに大量の覚醒剤を隠しているという情報を得て、内偵していました。Aがその荷物を第三者Bの家に運び込むのを確認したため、警察官が職務質問すると、Aは全力で逃走しました。追いついた警察官は、Aを連れてB方まで戻り、Bから了承を得て中へ入りました。そこで荷物の中身、覚醒剤1キロを確認します。さらにBに「他に隠していないか」と尋ね、Bの承諾を得たとしてB方を捜索し、台所から覚醒剤2キロを発見して、AとBを現行犯逮捕しました。この点、判例は逆の結論を出しています。

判例覚醒剤営利目的所持事件〈福岡高等裁判所判決〉(要旨)

「逮捕の現場」だからといって、逮捕した場所でありさえすれば常に捜索が許されるわけではない 「逮捕の現場」は逮捕した場所との同一性を示す概念ではあるが、逮捕した場所でありさえすれば、それだけで捜索が当然に許されるわけではない。

判例は、職務質問を続ける必要からBの住居内に場所を移し、そこでAを逮捕したような場合には、逮捕に基づいて捜索できる場所も自ずと限定される、と述べました。その上で、B方の捜索を「逮捕に基づくもの」として正当化できず、違法だと判断しました。ただし、重大な違法とまでは言えないとして、見つかった覚醒剤の証拠能力自体は肯定しています。違いは、逮捕した場所が誰の生活圏だったかです。B方は、Aの生活圏ではなく、あくまで第三者Bの家です。警察官がAを連れて戻っただけの場所まで、Aの逮捕を理由に家全体を調べてよいとは言えません。

B方は、Bが管理する住まいです。Aをそこで逮捕したのは、職務質問を続けるために、たまたま場所を移したからにすぎません。たまたま逮捕した場所だというだけで、Aが管理していない家の全体まで、令状なしで開けてよいことにはなりません。さっきの102条2項が、被疑者以外の者の場所に、もう一段高いハードルを置いていたのも、同じ考え方です。この判断にも批判があります。捜査機関が令状主義を潜脱する目的で、わざと被疑者を移動させて逮捕したわけではなく、違法とした論拠が明確でない、という批判です。相当説に立って見ても、AはB方で確実に逮捕されており、本件の経緯を見る限り、102条2項が求める手がかりも十分にあった以上、違法とすべき理由はなかった、とも指摘されます。

2つの判例を分ける軸——誰の家か

ホテル事件は適法福岡の事件は違法という結論を誰の生活圏かという軸で対比する整理板 図:ホテル事件は適法福岡の事件は違法という結論を誰の生活圏かという軸で対比する整理板

2つの事件を並べてみます。ホテルの事件は、同じ建物の中の、Aと関わりのある部屋でした。福岡の事件は、Aの住まいではない、第三者Bの家でした。身近なたとえで考えてみましょう。自分の机の引き出しで問題を起こした人がいれば、上司がその場で「引き出しの中を確認させてくれ」と言うのは、自然に受け入れられます。では、その人がたまたま同僚の机を借りて座っていただけだったらどうでしょう。「同僚の机の引き出しも全部確認する」と言われたら、さすがにやりすぎだと感じます。せいぜい、今座っている椅子の周りを確認するくらいが限界でしょう。「自分の机」が相当説の範囲、「たまたま座った同僚の机」が緊急処分説の範囲、に対応します。学説には、この2つの説を場面ごとに使い分ける整理もあります。

⭐ 論文で書く規範:被疑者の居宅で逮捕した場合は相当説により居宅全体まで、第三者の居宅で逮捕した場合は緊急処分説により手の届く範囲に限られる 被疑者の居宅で逮捕された場合は、居宅全体に証拠が存在する蓋然性が認められる限りで相当説により「同一の管理権が及ぶ範囲」まで捜索できる。第三者の居宅で逮捕された場合は、原則として緊急処分説により被疑者の身体及び手の届く範囲に限られる。 (規範(通説で立てる)・学説の折衷的整理)

この整理に当てはめると、ホテルの事件は、「同居者の部屋」という被疑者本人の居宅だったので、相当説の枠組みで説明されます。もっとも、ロビーと客室の管理権が同じと言えるかには、さっきの批判がなお残ります。福岡の事件は、第三者の家への移動と見て、捜索範囲を制限したもの、と説明できます。たとえば、知人の家の居間で逮捕したなら、被疑者の身体や、すぐ手元にある物は捜せます。でも、同じ家の台所の戸棚や、2階の寝室まで開けるのは、手の届く範囲の外です。前回の言葉で言えば、根拠の違いが、そのまま捜せる場所の広さの違いになる、ということです。なお、どちらの説からも共通する縛りがあります。差し押さえてよいのは、逮捕の理由となった事件に関わる物に限られます。凶器などは、逮捕を妨げさせないための措置として取り上げることができる、という扱いです。

逮捕に伴って差し押さえてよい物の範囲

逮捕に伴う無令状差押えの対象は被疑事実に関する物に限られ凶器は妨害排除の措置として別扱いという物的範囲の板

220条には、「被疑事実に関連する物に限る」という明文はありません。この限定は、令状による差押えで見た「関連性」と同じ発想を、逮捕の原因になった被疑事実に当てはめたものです。もし無制限に認めると、軽い罪での逮捕を口実にした、別件の家探しができてしまいます。だから、学説も実務も、根拠づけは違っても、結論は一致します。差し押さえてよいのは、逮捕の原因となった被疑事実に関する物だけです。凶器は、差押えとは別枠で、逮捕を妨げさせないための措置として取り上げて保管することができます。それは220条の対象外です。では、見つけてしまったら、見逃すしかないのでしょうか。

捜索中に別の事件の証拠を見つけたら

別事件の証拠を見つけた場合の任意提出プラス領置新規令状別件逮捕という3つの適法ルート板

実は、見逃す以外にも、適法な処理が3つあります。1つ目、任意提出と領置です。

条文刑事訴訟法第221条

刑事訴訟法第二百二十一条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。

令状の取り方を見た回で出てきた、領置の条文です。所有者や保管者が自ら提出してくれれば、令状なしで受け取ってよい、というものでした。2つ目、新規令状の取得です。見つけた物について改めて裁判官に別事件の令状を発付してもらい、それを根拠に差し押さえます。3つ目、別事件での現行犯逮捕、または緊急逮捕です。目の前に覚醒剤があるなら、覚醒剤所持の現行犯として新たに逮捕し、その新しい逮捕を根拠に、220条を使って差し押さえることもできます。どのルートを通るかは状況次第ですが、見つけた瞬間に無条件で差し押さえてよいわけではない、ということは覚えておいてください。

今日の地図(保存版)

相当説緊急処分説2判例の対比折衷説物的範囲別事件処理を1枚にまとめた保存版の地図板

今日の内容を振り返ります。「逮捕の現場」の場所的な範囲は、相当説なら同一の管理権が及ぶ範囲、緊急処分説なら身体および手の届く範囲です。ホテルの事件は、同居者との関わりなど複数の事情が積み重なって、別の階の部屋まで適法とされました。福岡の事件は、第三者の家への移動として、その家の捜索は違法とされました。学説の折衷的な整理では、被疑者の居宅なら相当説、第三者の居宅なら緊急処分説です。そして、差し押さえてよい物は被疑事実に関する物に限られます。凶器は逮捕を妨げさせないための措置として取り上げられるだけで、別事件の証拠は、任意提出・領置、新規令状、別事件での逮捕、いずれかのルートを通る必要があります。

ページ上部へ ↑

#46単独ページ動画

捜索・差押え⑩移動先での身体捜索とごみの領置

第2章 捜査 ㉔/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

警察署まで連れて行ってから調べる理由

路上で逮捕した被疑者を数分先の警察署まで連行してから所持品を調べる場面と、家の前に捨てたごみを警察が持ち帰る場面を並べた導入板

警察署まで連れて行ってから調べる、そうした場面は実際にあります。しかも、それでも適法になる場合があります。もう一つ、別の問いも立てます。あなたが、家の前に捨てたごみを、警察が令状なしで持ち帰る。これは、できるんでしょうか。この2つ、実は同じ制度の続きの話です。前回・前々回で見た、逮捕に伴う令状なしの捜索・差押えという制度には、まだ語り終えていない場面が残っています。今日は、その残り2つの場面を見ていきます。

おさらい——逮捕の現場は、なぜ・どこまで

220条1項2号の柱書と2号を再掲し緊急処分説の手の届く範囲と相当説の同一管理権を並べた確認板

前々回、なぜ令状なしで許されるかを見ました。前回は、どこまでの場所に及ぶかを見ました。

条文刑事訴訟法第220条第1項(柱書・第2号)

刑事訴訟法第二百二十条(抜粋) 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第百九十九条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第二百十条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。 二 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。

緊急処分説は、証拠隠滅の危険を防ぐ、緊急の必要性。相当説は、証拠が存在する蓋然性の高さ。どちらの説も、差し押さえてよい物は、逮捕の理由となった被疑事実に関する物と、凶器に限る、という点で一致していました。被疑者本人の居宅なら、相当説から、同一の管理権が及ぶ範囲まで、第三者の居宅なら、緊急処分説から、身体および手の届く範囲に限られる、という整理でした。移動してからでも「逮捕の現場」と言えるか、そこが今日の1つ目の論点です。ただし、前回までの「場所の広がり」とは、少し違う話になります。

対象は「場所」ではなく「本人」

前回の場所的範囲は建物や部屋という場所そのものが対象だったのに対し今日の論点は被疑者本人の身体・所持品が対象だという対比板

前回までの論点は、「建物のどこまでを捜索してよいか」、つまり場所そのものが対象でした。今日の1つ目は、場所ではなく、被疑者本人の身体・所持品が対象です。身近な場面で考えてみましょう。路上でもみ合いになって、相手を取り押さえたとします。周りに人が多く、衣服を検めるその場での確認は、さすがに気が引けます。そこで、少し先の自転車置き場まで一緒に移動してから、ポケットの中身を確認する。場所を数十メートル変えても、ポケットの中身が入れ替わるわけではありません。証拠がそこにある蓋然性も、証拠を守る緊急の必要性も、場所を移しても変わらない。だから、判例は、移動先での捜索も「逮捕の現場」と同視できる、と説明します。最高裁まで争われたのは、大学で起きた、グループどうしの襲撃事件、いわゆる内ゲバ事件です。警察官は被疑者たちを逮捕しましたが、そのうち1人が腕に着けていた籠手や、ほかの2人が持っていたバッグなどを、その場で調べて差し押さえるのには向かない状況でした。そこで、警察署まで連れて行ってから、差し押さえました。

判例和光大学内ゲバ事件〈最高裁判所第三小法廷決定〉

逮捕現場付近の状況によっては、最寄りの場所まで連行した上での捜索・差押えも「逮捕の現場」と同視できる 「逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるといった事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときには、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上、これらの処分を実施することも、同号にいう『逮捕の現場』における捜索、差押えと同視することができ、適法な処分と解するのが相当である。」

判例は3つ挙げています。1つ目、被疑者の名誉等を害するおそれ。衆人環視の中で、衣服を検めるような場面です。2つ目、被疑者らの抵抗による混乱。3つ目、現場付近の交通の妨げ。こうした事情があって、しかも移動先が「捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所」であることが条件です。

⭐ 論文で書く規範:「逮捕現場付近の状況に照らし、被疑者の名誉等を害し、被疑者らの抵抗による混乱を生じ、又は現場付近の交通を妨げるおそれがあるといった事情のため、その場で直ちに捜索、差押えを実施することが適当でないときには、速やかに被疑者を捜索、差押えの実施に適する最寄りの場所まで連行した上、これらの処分を実施することも、『逮捕の現場』における捜索、差押えと同視することができる」 (論文で書く規範(最決平8・1・29))

その場合は、「適当でない事情」が無いので、同視できません。衆人環視でも混乱のおそれもないのに、取調べに都合がいいから遠くまで連れて行く。これは、「逮捕の現場」とは同視できない、違法の疑いがある移動です。学説からも、同じ結論を別の言い方で説明できます。捜索・差押えの実効性を確保するための、「必要な処分」として、必要最小限度の移動が許される、という説明です。対象が被疑者本人の身体・所持品である限り、場所を移しても中身は変わらない。この一点さえ押さえれば、どちらの言い方でも説明できます。論文で覚えるべき規範の文言は、判例の言い回しです。

居合わせた第三者の身体を捜索できるか

逮捕現場に居合わせた第三者の身体は102条2項の準用により緊急処分説と相当説で範囲が異なることを一言で示す板

これは、前回見た102条2項が、ここでも準用されます。

条文刑事訴訟法第102条第2項(222条1項で捜査における捜索に準用)

刑事訴訟法第百二条第二項 被告人以外の者の身体、物又は住居その他の場所については、押収すべき物の存在を認めるに足りる状況のある場合に限り、捜索をすることができる。

被疑者以外の人の身体は、押収すべき物がありそうな状況がなければ、調べられない、ということです。以前、令状で捜索する場面では、居合わせた人の身体は、場所の令状の理屈では正当化できない、別の論点だ、と言いました。今日は、令状の無い逮捕の現場なので、この102条2項の要件を、その場で満たすかどうかで決まります。範囲は、前回の2説が、そのまま人にも当てはまります。なぜそのまま使えるのか。2説が見ているのは、証拠を隠される危険と、証拠がそこにある蓋然性でした。この2つは、証拠が部屋の棚にあっても、人のかばんにあっても、変わりません。だから、同じ物差しで、人の範囲も決まります。緊急処分説なら、被疑者の手の届く範囲にいる人まで、相当説なら、同一の管理権が及ぶ場所にいる人まで、ただ、どちらの説でも、たまたま居合わせただけでは調べられません。逮捕の直前に、被疑者から紙袋を受け取って、自分のかばんに入れた。そういう具体的な状況が要ります。ここからは、冒頭のもう1つの問い、ごみの話に移ります。

捨てたごみは、遺留物か

221条の遺留した物と任意に提出した物という要件を再掲し公道上のごみ集積所に出されたごみが遺留物にあたるかを問う板

もう1つの制度を思い出してください。逮捕に伴わなくても、令状なしで物を取れる場面が、別にもう1つありました。

条文刑事訴訟法第221条

刑事訴訟法第二百二十一条 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者その他の者が遺留した物又は所有者、所持者若しくは保管者が任意に提出した物は、これを領置することができる。

前に見たとおり、領置は、奪うのではなく、占有者が自分から手放した物を受け取る処分です。だから、令状が要りません。この条文の「遺留した物」は、単に落とした物とは少し違い、占有を放棄した物、という意味でした。「まだ取りに戻るつもりがある物」は、遺留物には当たらない、という話もしました。出したごみが遺留物にあたるか、そこが今日の2つ目の論点です。強盗殺人事件の容疑者として浮かんだ人物の自宅付近、公道上のごみ集積所から、ごみ袋を回収した事案を見ます。犯行当時の防犯カメラ映像の人物が着ていたのと似た衣類や時計です。これを発見して領置しました。

判例も、その期待の存在自体は否定していません。

判例強盗殺人事件〈最高裁判所第二小法廷決定〉

公道上のごみ集積所に排出されたごみは占有を放棄しており、他人に見られない期待があっても遺留物として領置できる 「不要物として公道上のごみ集積所に排出し、その占有を放棄していたものであって、排出されたごみについては、通常、そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても、捜査の必要がある場合には、刑訴法二二一条により、これを遺留物として領置することができるというべきである。」

「不要物として排出し、占有を放棄していた」という点と、「捜査の必要がある」という点の、2つが決め手です。プライバシーへの期待があることと、占有を放棄した物であることは、別の話です。期待があっても、占有を放棄してしまえば、もう自分の支配は及びません。

⭐ 論文で書く規範:「不要物として公道上のごみ集積所に排出し、その占有を放棄していたものであって、排出されたごみについては、通常、そのまま収集されて他人にその内容が見られることはないという期待があるとしても、捜査の必要がある場合には、刑訴法221条により、これを遺留物として領置することができる」 (論文で書く規範(最決平20・4・15))

判例は、もう1つ付け加えています。市区町村が処理のためにそのごみを収集する予定であっても、それは廃棄物を適正に処理するための収集なので、遺留物としての領置は妨げられない、という付言です。収集の予定と、占有放棄の事実は、別の問題です。

境界線——まだ出していないごみは違う

公道上のごみ集積所に出したごみ袋は占有放棄で領置可能な一方まだ室内に置いたままのごみ袋は占有放棄にあたらないという境界板

まだ公道に出していない段階では、占有を放棄したとは言えません。玄関先に置いただけで、収集日を待っているだけの段階も、同じです。現に手元に置いている限り、占有はまだ排出者にあります。ただし、この「公道上」という点にも、実はもう1つ落とし穴があります。

マンションのごみ置き場は、公道ではない

マンションの敷地内共用ごみステーションのごみは公道ではなく回収後に管理会社等へ占有が移りその所持者から任意提出を受けて領置するという歯止めの板

同じ「捨てたごみ」でも、出す場所が変わると、結論も変わります。住人以外は建物に入れない、オートロック式のマンションで、各階に共用のごみ置き場がある、そういう場所です。公道ではありません。まだ建物の管理という枠の中にあります。宅配便で届いた段ボール箱を、潰して家の前の公道に出せば、もう排出した人が、占有を手放した物として扱われます。ところが、同じ箱をマンションの共用ごみ置き場に出した場合は、住人以外が勝手に持ち出せば咎められます。この場面を扱った判例を見ます。清掃会社が各階のごみステーションからごみを回収した時点で、ごみの占有は、排出者から、管理組合・管理会社・清掃会社へと移った、と解しました。

判例マンションごみステーション事件〈東京高等裁判所判決〉

マンションの共用ごみステーションのごみは、回収時点で管理会社・清掃会社等に占有が移り、その「所持者」から任意提出を受けて領置できる マンションの各階のごみステーションに排出されたごみについて、遅くとも清掃会社が各階のごみステーションから回収した時点で、その占有は排出者から管理組合、管理会社及び清掃会社に移転し、重畳的に占有される。管理会社の管理員から任意提出を受けて領置した本件の手続は、捜査の必要性が高く、開封する袋を絞り込むなど方法も相当であったから、適法であるとした。

「重畳的に」とは、重なり合って、という意味です。管理組合も、管理会社も、清掃会社も、同時に占有している、ということです。所持者は、所有者とは違います。所有者ではなくても、現に占有している人を指します。マンションの管理会社や清掃会社は、ごみの所有者ではありませんが、現に占有している限り、221条の「所持者」にあたります。しかも判例は、捜査の必要性の高さに加えて、開封する袋を極力絞り込むといった相当性への配慮も見ています。管理会社が応じても、袋の中身は住人の物です。住人の「中身を見られない」という期待は、まだ建物の中で守られています。だから、開ける袋を必要な分に絞る配慮が求められるのです。

⭐ 論文で書く規範:マンションのように、管理組合の委託を受けた清掃会社がごみを回収する仕組みがあれば、遅くとも清掃会社が回収した時点で、ごみの占有は排出者から管理組合・管理会社・清掃会社へ移る。現にこれを占有する「所持者」から任意提出を受けて領置するのが筋であり、東京高判は、捜査の必要性の高さと対象を絞り込むなど相当な方法であったことから、適法とした (実務の対応(集積型))

公道上なら、占有放棄が認められれば、そのまま遺留物として領置できます。マンションのように、管理する人が回収の仕組みを持っている場所なら、ごみはその人たちの手に移っているので、その「所持者」から任意提出を受ける形を取ります。「ごみなら何でも無制約に取れる」わけではない、という歯止めです。

今日の地図(保存版)

移動先での身体捜索と2種類のごみの領置を1枚にまとめた保存版の地図板 図:移動先での身体捜索と2種類のごみの領置を1枚にまとめた保存版の地図板

今日の内容を振り返ります。逮捕した被疑者本人の身体・所持品は、名誉侵害・混乱・交通の妨げといった事情があって、最寄りの適する場所まで移動した場合、「逮捕の現場」と同視できます。対象が被疑者本人である限り、場所を移しても中身は変わらないからです。ごみの領置は、公道上に排出すれば、プライバシーへの期待があっても、占有放棄によって遺留物として領置できます。一方、マンションのように、清掃会社が回収する仕組みがある場合は、回収された時点で、占有が管理組合・管理会社・清掃会社に移っているため、「所持者」からの任意提出という形を取ります。

本人の身体・所持品は、場所を移しても中身が変わらない。ごみは、どこに出したかで、誰の支配の下にあるかが変わる。何が変わって、何が変わらないか、という一点で説明できるんですね。これで、逮捕に伴う令状なしの捜索・差押えと、領置という制度をひととおり見終えました。

ページ上部へ ↑

#47単独ページ動画

検証・身体検査と強制採尿

第2章 捜査 ㉕/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

尿は「物」か、「体の一部」か

覚醒剤の使用が疑われる被疑者が採尿を拒み警察官が令状によって医師にカテーテルで尿を採取させる場面を示す導入板

最後の手段として、令状を取って、医師にカテーテルという細い管を尿道に入れて尿を取らせる、ということが実際にあります。尿は、体の中にある「物」でもあり、取り出すには「体」に触れる必要もあります。だから、既存の令状のどれにも、すっきり収まりません。最高裁の答えを、先に言っておきます。令状は、物を取る捜索差押許可状。そこに、体を調べる令状から「条件を付ける」仕組みだけを借りてきて、医師に行わせる、という形です。今日は、その答えにたどり着くまでの道筋を一緒にたどります。

検証と実況見分——同じ現場確認でも、片方は令状が要る

令状を要する検証と犯罪捜査規範104条により令状なしで行える実況見分を並べた対比板

検証とは、五感の作用で、場所・物・人の状態を認識する強制処分です。事故現場のブレーキ痕を測ったり、犯行現場の部屋の状況を記録したりする処分、と思ってください。強制処分なので、令状が要ります。交通事故の現場検証って、いつも令状を取ってからやっているんですか。そこがポイントです。公道上のように、第三者の権利を害するおそれがなく、しかも相手方の承諾がある場合には、検証と同じ中身の処分を、令状なしで行えます。これを実況見分と呼びます。根拠は犯罪捜査規範の104条です。任意捜査の原則から、実況見分で足りるときは実況見分を、相手の承諾が得られないときは検証を行う、という使い分けになります。実務では、交通事故の現場確認はほとんど実況見分で処理されます。令状を取って検証をするのは、被疑者の自宅など承諾が得にくい場面がむしろ多いのです。

どちらも調書として作られますが、人から聞いた話をそのまま記録した書面と同じ性質を持つ、伝聞書面です。作成した人が法廷で、自分が間違いなく作った書面だと証言すれば、証拠として使えます。321条3項という条文の話ですが、証拠法の詳しい中身はまた別の回で扱います。

検証令状の請求と実施——捜索・差押えとほぼ同じ規律

218条1項を再掲し検証許可状の請求手続が捜索差押えとほぼ同じ規律であることを示す板

検証の令状に入る前に、1つ思い出してください。前の回の記載事項は何でしたか?罪名、差し押さえるべき物、捜索すべき場所、それに有効期間でした。その同じ219条1項に、「検証すべき場所」「検査すべき身体」、そして「身体の検査に関する条件」も並んでいます。令状請求の一般論は、検証令状にもそのまま当てはまります。

条文刑事訴訟法第218条第1項

刑事訴訟法第二百十八条第一項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。

検証も、捜索・差押えと同じ218条1項に規定されていて、令状請求の手続、記載事項、実施、立会いも、基本的には同じ規律です。違いは3つです。1つ目、検証だけの専用の令状、検証許可状が発付されます。2つ目、検証許可状請求書という専用の書式を使います。3つ目、被疑者以外の人を対象にする場合、捜索・差押えほど厳格な要件は求められません。押収すべき物がありそうだ、という必要性があれば、足ります。検証の一種なのに、わざわざ別の名前の令状を要求している。なぜ身体検査だけ特別扱いなのか、この後でじっくり見ていきます。その前に、検証のもう1つの道具、「必要な処分」を確認します。

言葉は同じですが、条文が違います。あちらは111条、捜索・差押えの執行に伴う処分でした。こちらは129条、検証に伴う処分です。129条は、できることを条文が自分で挙げているのが特徴です。

条文刑事訴訟法第129条

刑事訴訟法第百二十九条 検証については、身体の検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊その他必要な処分をすることができる。

検証を実施する際には、この129条に挙がっている処分、身体の検査や、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊などもできます。できますが、限度があります。検証は捜査機関が自分で行う処分なので、ここでの身体の検査や解剖は、医学的な専門知識を使わなくても分かる範囲、目で見て認識できる範囲に限られます。専門知識が要る場合は、別の制度、鑑定に依頼します。この「専門知識が要るかどうか」という線引きが、この後何度も出てきます。

身体検査の3つの顔——同じ言葉が3つの令状に分かれる

捜索としての身体検査・検証としての身体検査・鑑定処分としての身体検査という3類型と対応する令状及び侵害の程度の大小を示す一覧板

ここからが今日の骨格です。「身体検査」という同じ言葉が、実は3つの違う制度で使われます。空港の保安検査を思い浮かべてください。まず、かばんの中身を探す手荷物検査。次に、金属探知機で体の外形をチェックする検査。最後に、疑わしい人だけ別室で精密検査を受けさせる検査。目的も中身も段階も違います。刑事手続の身体検査も、これと同じように3段階あります。1つ目に入る前に、前に一度「別の論点になります」と送っておいた話につなげます。居合わせた人の身体そのものは、場所に対する令状の理屈では捜索できない、と見ましたね。身体を探るなら、身体そのものを対象にして令状を取る——それが、この1つ目です。1つ目は、捜索としての身体検査です。服の中やポケットに、隠し持っている物を探す処分で、根拠は捜索許可状です。2つ目は、検証としての身体検査です。体そのものの状態を、目で見て認識する処分で、根拠は身体検査令状です。腕にある傷の位置を確認したり、入れ墨の有無を確認したりするのがこれです。3つ目は、鑑定処分としての身体検査です。専門的な知識を使って、体の機能や、体内の試料を調べる処分で、根拠は鑑定処分許可状です。血液を採取したり、体内から異物を取り出したりするのがこれです。

1つ目が探しているのは、服の中に隠した「別の物」です。体そのものは見ません。2つ目は、体そのものの状態を見ます。隠し持った物ではなく、体についている情報を見るのです。そして3つの中で、人権への侵害の程度は、捜索より検証、検証より鑑定処分の方が大きい、というのが通説の物差しです。この3つのどれにも、実はきれいに収まらない行為があります。それが今日の最後の主役、強制採尿です。覚えておいてください。

身体検査令状の特別な規律——医師の立会いと、条件を付ける権限

218条8項の請求事項と218条9項の条件付与を並べ間接強制137条138条と直接強制139条の段階を示す板

身体検査令状には、通常の検証許可状にはない、特別な規律があります。検証の一種なのに、なぜ特別扱いなのか。調べる相手が、物や場所ではなく、生身の人の体だからです。やり方を誤れば、健康を害したり、名誉や羞恥心を傷つけたりします。

条文刑事訴訟法第218条第8項

刑事訴訟法第二百十八条第八項 検察官、検察事務官又は司法警察員は、身体検査令状の請求をするには、身体の検査を必要とする理由及び身体の検査を受ける者の性別、健康状態その他裁判所の規則で定める事項を示さなければならない。

身体検査令状を請求するときは、通常の記載事項に加えて、なぜ身体の検査が必要なのかという理由と、検査を受ける人の性別・健康状態を、示さなければなりません。そして、もう1つ大事な条文があります。

条文刑事訴訟法第218条第9項

刑事訴訟法第二百十八条第九項 裁判官は、身体の検査に関し、適当と認める条件を付することができる。

裁判官は、身体の検査について、「適当と認める条件」を令状に付けることができます。例えば、医師を立ち会わせる、とか、特定の方法で実施する、といった条件です。この「条件を付けられる」という仕組みを、しっかり頭に入れておいてください。この後、強制採尿の令状を組み立てる部品として使われます。実施のやり方にも配慮が求められます。性別・健康状態その他の事情を考慮して、方法に注意し、名誉を害さないようしなければなりません。特に、女子の身体を検査するときは、医師か、成人の女性に立ち会ってもらわなければなりません。

まずは間接強制です。拒んだ人を10万円以下の過料と費用賠償に処すか、10万円以下の罰金か拘留に処します。それでも効果がなければ、最後に直接強制です。

条文刑事訴訟法第139条

刑事訴訟法第百三十九条 裁判所は、身体の検査を拒む者を過料に処し、又はこれに刑を科しても、その効果がないと認めるときは、そのまま、身体の検査を行うことができる。

過料や刑を科しても効果がないときは、そのまま身体の検査を実施できます。ただし、力ずくで何をしてもいいわけではなく、目的を達するために必要な限度、という比例原則がかかります。

鑑定処分としての身体検査——専門家に頼んでも、直接強制が届かない

鑑定人への准用は139条に届くが鑑定受託者への准用は139条に届かないという2本の矢印が途中で切れる断絶図

3つ目の、鑑定処分としての身体検査に進みます。血液採取のように、専門知識が要る身体検査は、鑑定処分許可状で行います。2種類の立場があります。1つは、裁判所が選任する鑑定人。もう1つは、捜査機関が依頼する鑑定受託者です。実務で強制採尿の現場にいるのは、ほとんどの場合、捜査機関が依頼した医師、つまり鑑定受託者です。その鑑定受託者は、拒否されたら直接強制できるんですか。ここが重要な落とし穴です。鑑定には、168条1項という条文があります。

条文刑事訴訟法第168条第1項

刑事訴訟法第百六十八条第一項 鑑定人は、鑑定について必要がある場合には、裁判所の許可を受けて、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り、身体を検査し、死体を解剖し、墳墓を発掘し、又は物を破壊することができる。

鑑定に必要な処分——住居への立入り、身体の検査、死体の解剖など——をできる、という規定です。問題は、これを拒まれたときに押し切れるかです。鑑定人については、168条6項という条文が、131条・137条・138条・140条を準用しています。この準用リストに、直接強制を定めた139条は入っていません。ただ、鑑定人には別の道があります。拒まれたら、172条で裁判官に身体の検査を頼めます。裁判官は検証の規定に従って行うので、そこで139条の直接強制に届きます。225条4項は、168条の2項から4項と6項だけを準用していて、168条1項自体も、139条につながる172条も、準用リストには入っていません。どちらのルートをたどっても、139条には届かない。だから、鑑定受託者には、直接強制の権限がない、というのが結論です。

鑑定人は、裁判所が選んだ人です。裁判所の手続の中にいるので、さきほどの172条という道があります。鑑定受託者は、捜査機関が捜査の段階で依頼した人です。裁判所の手続の外にいるので、頼む先の裁判官がそもそもいません。体に力を加える直接強制は、裁判所が関与する形でしか用意されていない、ということです。この「鑑定処分だけでは直接強制ができない」という結論を、しっかり覚えておいてください。この後、強制採尿の令状をめぐる学説対立の、一番の前提知識になります。

令状によらない検証——逮捕の現場での例外

逮捕の現場で無令状検証ができる220条1項2号と裸にしない限り無令状で指紋等が採れる218条4項を一言で示す板

ここで一度、検証にも無令状の例外があることを確認します。220条1項2号は、逮捕の現場で、差押え・捜索だけでなく、検証も令状なしでできると定めています。典型例は写真撮影です。この論点の詳しい中身は、以前の回ですでに見ました。もう1つ、別の無令状の場面があります。身体を拘束されている被疑者について、指紋・足型を採ったり、身長・体重を測ったり、写真を撮影したりするのは、被疑者を裸にしない限り、令状が要りません。これも逮捕現場での無令状検証と同じ場面で、222条1項が準用する配慮規定、性別・健康状態への注意も及びます。

その答えは、もう少し待ってください。まず、実際の事件を見てから、答えに向かいます。

強制採尿は許されるのか——愛知江南事件

覚醒剤譲渡しで逮捕された被疑者が任意の尿提出を拒み警察官が医師にカテーテルで採尿させた愛知江南事件の事案を示す関係図

覚醒剤の譲渡しで逮捕された被疑者がいます。両腕に注射痕があり、言動からも、覚醒剤を自分でも使っている疑いが生じました。任意に尿を出すよう求めましたが、被疑者は拒み続けました。警察官は、身体検査令状と鑑定処分許可状の発付を受けて、医師に依頼しました。自然に排尿するのを待ちましたが、被疑者は応じません。最終的に、被疑者を押さえつけて、医師がカテーテルで、約100ccの尿を採取しました。これって、そもそも許される行為なんですか。そこが争われました。学説の中には、強制採尿は被疑者に高度な精神的苦痛を与え、人格の尊厳を侵害するから、絶対に許されない、とする考え方もあります。最高裁は、この考え方を取りませんでした。医師などが適切に行えば、身体・健康上の危険は乏しく、検証としての身体検査でも似たような精神的な打撃はありうる、として、強制採尿を一律に禁じる理由はない、としました。

判例愛知江南強制採尿事件〈最高裁判所第一小法廷決定〉

強制採尿は、一定の事情のもとで最終的手段として許されうる 「被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる場合には、最終的手段として、適切な法律上の手続を経てこれを行うことも許されてしかるべきであり、ただ、その実施にあたつては、被疑者の身体の安全とその人格の保護のため十分な配慮が施されるべきものと解するのが相当である。」

挙がっている事情は4つです。被疑事件の重大性、嫌疑の存在、証拠の重要性と、それを取得する必要性、そして、適当な代替手段がないこと。この4つに照らして、捜査上本当にやむを得ないと言えるときに、最後の手段として許される、という建て付けです。注射痕という、客観的で分かりやすい徴候があったこと、そして、任意提出を求めても応じなかった、つまり代替手段が尽きていたことです。別の事件では、被疑者が錯乱状態で、任意提出が望めない状況でも、「犯罪の捜査上真にやむを得ない」と認めた判例があります。最終手段性の要件が、状況によって緩む例です。なお、押さえつけるなどの実力行使は、目的を達するために必要な範囲、比例原則の枠内でなければなりません。

どの令状で行うのか——「条件付捜索差押許可状」という発明

令状選びで対立した鑑定処分許可状説と併用説それぞれの発想と弱点を並べた対比板 図:令状選びで対立した鑑定処分許可状説と併用説それぞれの発想と弱点を並べた対比板

許されるとして、どの令状で行うのか。学説が割れました。物差しは2つです。1つは、医師が医学的に相当な方法で行う、という体への縛りを、令状に書き込めること。もう1つは、抵抗されても実施できる、直接強制。この2つを同時に満たせる令状はどれか、で答えが分かれます。1つ目の学説は、まさにそう考えます。体内に器具を入れる、医学的な行為だから、鑑定処分許可状で行うべきだ、という説です。でも、さっき見た弱点がそのまま当てはまります。鑑定処分許可状だけでは、鑑定受託者に直接強制の権限がありません。被疑者が抵抗すれば、実施できず、実効性を欠きます。

検証としての身体検査は、目で見て分かる範囲までだと見ました。尿道に管を入れて尿を取り出すのは、その範囲を超えます。さっき見た身体検査令状も一緒に取ればいいのではないですか。それが2つ目の学説、併用説です。鑑定処分許可状の弱点を補うために、身体検査令状も併せて発付を受けます。身体検査令状には139条の直接強制が及ぶので、理屈上は実施できます。実は、さっきの愛知江南事件でも、警察官はこの併用の形で令状を取っていました。ところが、この併用説には、強い批判があります。目的を果たすために、令状を2枚組み合わせる、というやり方自体が、便宜的すぎるのです。どの処分にどの令状が要るかは、法律で決まっているべきだ、という強制処分法定主義の発想から見ると、据わりが悪い。最高裁は、この2つの学説とも違う、3つ目の答えを出しました。

体内の尿は物として体外に出ていく性質を持ち採取行為は捜索・差押えの性質を有するという判例の理由づけを示す板

判例愛知江南強制採尿事件〈最高裁判所第一小法廷決定〉

体内から尿を採取する行為は、捜索・差押えの性質を持つ処分であり、身体検査令状の条件付与規定が準用される 「体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為は捜索・差押の性質を有するものとみるべきであるから、捜査機関がこれを実施するには捜索差押令状を必要とすると解すべきである。ただし、右行為は人権の侵害にわたるおそれがある点では、一般の捜索・差押と異なり、検証の方法としての身体検査と共通の性質を有しているので、身体検査令状に関する刑訴法二一八条五項〔現行9項〕が右捜索差押令状に準用されるべきであつて、令状の記載要件として強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠であると解さなければならない。」

尿はやがて体外に出ていく、もう体に必要のない「物」です。その物を体内から取り出す行為は、血液のように体の一部を傷つけて取る行為とは違い、「物を取り出す」という性質が前面に出る、という理解です。だから、令状は普通の捜索差押許可状で足りるとしました。捜索差押許可状なら、直接強制が当然に及びます。

宅配便の特記事項欄にたとえ捜索差押許可状のまま218条9項の条件だけを部品として借りて医師実施の条件を書き込む仕組みを示す板

そこで判例は、もう一段付け加えます。荷造りの伝票を思い浮かべてください。普通の宅配便の伝票にも、「壊れ物注意」といった特記事項の欄があります。中身が食器でも、伝票の様式自体を「食器専用伝票」に変える必要はなく、普通の伝票に特記事項を書き込めば足ります。強制採尿の令状も、これと同じ発想です。令状の種類は捜索差押許可状のままにして、身体検査令状の条件付与規定、現在の218条9項だけを、部品として借りて準用します。そして、「医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせる」という条件を、令状の記載事項として必ず書き込ませます。

令状の性質は捜索・差押えのままなので、被疑者が拒否しても、直接強制ができます。それでいて、令状には必ず「医師が医学的に相当な方法で行う」という条件が書き込まれるので、身体への配慮も確保されます。鑑定処分許可状説の弱点、直接強制ができない、という問題も、併用説の弱点、便宜的すぎる、という問題も、この「条件付捜索差押許可状」という形でまとめて解消されています。最高裁は、医師が医学的に相当な方法でおこなっていたことなどから、違法とまではいえない、としました。

⭐ 論文で書く規範:「体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為は捜索・差押の性質を有するものとみるべきであるから、捜査機関がこれを実施するには捜索差押令状を必要とすると解すべきである。ただし、右行為は人権の侵害にわたるおそれがある点では、一般の捜索・差押と異なり、検証の方法としての身体検査と共通の性質を有しているので、身体検査令状に関する刑訴法二一八条五項〔現行9項〕が右捜索差押令状に準用されるべきであつて、令状の記載要件として強制採尿は医師をして医学的に相当と認められる方法により行わせなければならない旨の条件の記載が不可欠であると解さなければならない。」 (論文で書く規範(最決昭55・10・23))

判例の後の改正で、項番号が繰り下がりました。今覚えるのは、さっき見た218条9項、「適当と認める条件を付することができる」という規定です。この「条件付捜索差押許可状」は、「強制採尿令状」とも呼ばれます。

令状が出た後で、本人が「自分から出す」と言ったら

令状発付後に被疑者が翻意して尿を任意に提出したい旨を申し出た場合捜索差押えとして押収する扱いになるという板

強制採尿は、あくまで「最終的手段」です。令状が出たことを知った被疑者が、翻意して自分から尿を提出すると申し出たなら、強制採尿を実施せずに、提出させるべきです。それって、普通の任意提出、つまり領置になるんですか。そこが少し意外な点です。この場合も、任意提出・領置の手続とはみなされず、捜索・差押えの一環として押収された、という扱いになります。ここで問題になっている、任意に提出した物の領置は、相手が自分の意思で出した、という任意の意思だけを根拠に、占有を続ける手続です。ここでは令状がもう出ています。出さなければ強制採尿が実施される、という状況で出てきた尿を、任意の提出とは呼べません。押収を支えているのは、あくまで令状です。だから、扱いは捜索・差押えのままになります。ただし、何でも提出の申し出を待ち続ける必要はありません。単なる時間稼ぎのための申し出であれば、捜査機関はそれ以上提出の機会を与えなくてよい、とした裁判例もあります。

今日の地図(保存版)

検証・身体検査の3類型・強制採尿という条件付捜索差押許可状の発明を1枚にまとめた保存版の地図板

今日の内容を振り返ります。検証は五感で調べる強制処分で、承諾が得られる場面では実況見分として無令状で行えます。身体検査には3つの顔があり、隠し物を探す捜索としての身体検査、体の状態を見る検証としての身体検査、専門知識を使う鑑定処分としての身体検査、それぞれ対応する令状が違いました。鑑定処分許可状は、鑑定受託者に直接強制が及ばない、という弱点がありました。強制採尿は、4つの要件のもとで最終手段として許されうるとされ、令状は、捜索差押許可状に、身体検査令状の条件付与規定を準用して、医師による実施という条件を付けた、条件付捜索差押許可状で行います。

尿は、体内にある「物」として捜索・差押えの令状で取りつつ、体への配慮は、身体検査令状の「条件」だけ借りてくる。2つの令状のいいところだけを組み合わせた、ということですね。

ページ上部へ ↑

#48単独ページ動画

採尿のための連行・強制採血・体内の証拠物

第2章 捜査 ㉕/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

令状には「尿を採ってよい」としか書いていない

令状はあるのに座り込んで動かない被疑者と病院まで連れて行けるか迷う警察官を示す導入板

採尿は病院でしかできないのに、令状には「尿を採ってよい」としか書いていません。それじゃ、警察はこの人を病院まで連れて行けないんですか。そこが、今日の出発点です。前回、強制採尿は条件付捜索差押許可状で行う、というところまで渡しました。医師に、医学的に相当な方法で行わせる、という条件の付いた令状でした。でも、実際の事件では、被疑者を現場から病院まで連れて行くという場面が、どうしても出てきます。さらに、尿ではなく血を取るとき、飲み込まれた物を体から取り出すときにも、同じ疑問が生じます。今日は、その答えを、最高裁の決定と一緒に見ていきます。先に答えを言うと、連れて行けます。ただし、条件と、使ってよい力の限度が付きます。ちなみに、今日の事件は、新しい判例ではありません。エンジンキーを取り上げて、職務質問を続けた事件、あの事件の続きの場面です。

エンジンキーを取り上げたあと、この被疑者はどうなったか。その続きを、今日は見ていきます。

6時間半の留め置き——違法だが重大でない

エンジンキーを取り上げてから身体捜索差押許可状の執行開始まで約6時間半警察官が現場に留め置いた場面を示す図

エンジンキーを取り上げたあと、被疑者はどうなったか、思い出せますか?たしか、天秤で測る話がありました。エンジンキーを取り上げてから、身体に対する捜索差押許可状の執行が始まるまで、約6時間半、警察官は被告人の運転を阻止し、現場に留め置きました。被告人は、最後まで任意同行を拒み続けました。最高裁の判断は、2段です。1段目は、この留め置きが違法か。2段目は、違法だとして、それが重大か。1段目から読みます。

判例福島・エンジンキー取り上げ事件の続き

6時間半の留め置き——任意捜査の限界 「当初は……適法性を有しており、被告人の覚せい剤使用の嫌疑が濃厚になっていたことを考慮しても、被告人に対する任意同行を求めるための説得行為としてはその限度を超え、被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において、任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。」

説得のための時間は、任意捜査の枠の中でしか許されません。6時間半という長さは、その枠を超えた、という判断です。なぜ枠を超えたのか。職務質問の回の天秤で測ります。左の皿は、本人が失う自由。時間がたつほど重くなります。嫌疑は濃くなっていましたが、6時間半の重さには追いつきません。数分のキーの取り上げなら釣り合っても、6時間半では左に傾き切る。同じ事件で結論が割れたのは、そのためです。そう単純ではありません。続きを読みます。

判例福島・エンジンキー取り上げ事件の続き

6時間半の留め置き——違法だが重大でない 「その違法の程度はいまだ令状主義の精神を没却するような重大なものとはいえない。」

2段目が、これです。なぜ重大でないと言えたのか、理由が4つ挙げられています。

⭐ 論文で書く規範:違法だが重大でない理由——4点の総合考慮 ①警察官が行使した有形力は、エンジンキーを取り上げて返還せず、車に乗り込むのを阻止した程度で必要最小限度にとどまる。②積雪で滑りやすい路面・被告人の異常な言動という交通危険防止の必要性が高かった。③被告人が自ら運転することに固執し、他の方法による任意同行をかたくなに拒否し続けたため、説得が長時間に及んだのもやむを得ない面がある。④警察官に当初から違法な留め置きの意図があったとは認められない。 (最決平6・9・16(留め置きの当てはめ・論文で使う4点))

1つ目、有形力は必要最小限度にとどまっていたこと。エンジンキーを取り上げて返さず、車に乗り込むのを止めた程度で、それ以上の力は使っていません。2つ目、積雪で滑りやすい道路という、交通の危険を防ぐ必要性が高かったことです。3つ目は、被告人が自分で運転すると言い張って、他の方法での任意同行を頑なに拒み続けた。だから説得が長引いたのも、やむを得ない面がある、ということです。4つ目は、警察官に、最初から違法な留め置きをする意図があったとは認められないことです。この4点を総合すると、違法ではあるが、令状主義を没却するほどの重大な違法とは言えない、となります。だから、この事件では、留め置きの後に採った尿の鑑定書も、証拠として使えるとされました。

逆に、キーを取り上げる程度を超えて体を押さえ込み続けたり、最初から令状を取らずに済ませるつもりで留め置いたりしていれば、同じ6時間半でも、重大な違法の側に傾きます。この4点の総合考慮という型を、しっかり覚えておいてください。なお、この事件のように令状請求の準備に入った後の留め置きは、所在確保の必要性が高いとして適法性を認めやすいとする見解もあります。たとえば、令状を取りに行っている数時間、本人を現場で待たせておく場面です。その間は本人を見失わない必要が特に高い、という考え方です。ただ、これを正面から否定する裁判例もあり、実務上定着しているとは言いがたい状況です。

強制採尿令状の効力としての連行

令状が発付され身体の捜索が始まった後に警察官が両腕をつかみ警察車両で病院まで連行しカテーテルで採尿する場面を示す図

留め置きが続く間に、ようやく令状が発付されました。強制採尿令状を呈示したところ、被告人は激しく抵抗しました。警察官は両腕を制圧したまま、警察車両で病院まで連行しました。そこで医師がカテーテルで採尿しました。最高裁の答えを読みます。この後、論文でそのまま書く規範です。

⭐ 論文で書く規範:強制採尿令状の効力としての連行——論文で書く規範 「身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。」 (最決平6・9・16(連行の規範・逐語で覚える))

連行は、尿を採るための令状とは別の、新しい処分ではありません。同じ令状の力の一部だ、という位置づけです。理由も、同じ決定に書かれています。

⭐ 論文で書く規範:連行を認める理由——論文で書く規範 「けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。」 (最決平6・9・16(連行の理由・逐語で覚える))

理由は2つです。1つ目、連行を認めないと、尿を採るという令状の目的を達成できません。病院に行かなければ、採尿という処分自体が実行できないからです。良いたとえです。届けるという目的を果たすには、動くことも仕事の一部として含まれます。ただし、動いてよいのは、届けるために必要な範囲だけです。ついでに別の用事を頼まれても、応じる権限はありません。それが、「必要最小限度の有形力」という縛りに対応します。2つ目、令状を発付する裁判官は、「この被疑者を任意に連れて行けるか」まで含めて審査した上で、令状を出している、とみられることです。

だから、連行だけを取り出して、別の令状を要求する必要がありません。本人が自分で行くと言っていても、腕をつかんで連れて行くことはできません。任意に同行することが事実上不可能、という条件を満たさないからです。実務では、令状の記載事項に、「被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する」という一文を書き込むことができ、この決定以降はこの文言が記載されるのが通例です。学説には、異論はないんですか。あります。強制採尿と強制連行は、別の法益を侵害する別の強制処分だから、強制連行を認める法律上の根拠規定が無いのに、令状の効力として連行を認めることはできない、という批判です。

令状効力説と必要な処分説の2つの理論構成で裁判官の事前審査が連行の当否まで及ぶかを対比する板

この批判を受けて、強制採尿令状の執行のために「必要な処分」として連行を認める見解もあります。検証に伴う129条とは別の、捜索・差押えに伴う「必要な処分」です。移動先での身体捜索の回で、逮捕した被疑者を最寄りの場所まで移して捜索する場面がありました。判例は「逮捕の現場と同視できる」、学説はこの「必要な処分」で、あの移動を説明していました。今日の判例は、令状の効力そのものとして連れて行けると言っています。

条文刑事訴訟法第222条第1項(111条の準用部分のみ抜粋)

刑事訴訟法第二百二十二条第一項(抄) 第……第百十一条第一項前段及び第二項……の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第二百十八条、第二百二十条及び前条の規定によつてする押収又は捜索について……準用する。

条文刑事訴訟法第111条第1項

刑事訴訟法第百十一条第一項 差押状又は捜索状の執行については、錠を外し、封を開き、その他必要な処分をすることができる。

222条1項が、111条1項を準用します。「その他必要な処分」の一環として、連行もできる、という構成です。この立場を、「必要な処分説」と呼びます。判例の立場、「令状効力説」とは、出発点が違います。実質的な差は無いという見解もありますが、違いを指摘する見解もあります。令状効力説では、連行の当否まで含めて、裁判官による事前の司法審査が必要です。必要な処分説では、強制採尿の当否さえ審査すれば、連行の必要性は現場の捜査官の判断に委ねられる、という違いです。実務は、連行の当否を含めて事前に審査するのが通常です。ただ、これに対しては、連行を別個の強制処分として裁判官が審査し、捜査官に授権していることになりかねず、刑訴法が明文で認めていない以上、強制処分法定主義との関係で疑問がある、という批判もあります。配達の例えで言えば、令状効力説は、注文を受ける段階で「現場まで届けてよい」と決めておく形。必要な処分説は、行き先を配達員がその場で決める形です。

人の自由を強く縛る処分ほど、裁判官が前もって確かめる。令状主義の狙いに沿うのはこちらです。だから答案は、判例の規範で書きます。任意の同行が事実上不可能なら、令状の効力として、最寄りの場所まで、必要最小限度の力で連れて行ける。これが、冒頭の問いへの答えです。

設問の検討——留め置きと連行、2つのあてはめを通しで言う

留め置きの結論から連行の規範を経て有形力の相当性まで一気に通した検討の流れを示す板

ここまでの2つの場面を、通しで言ってみましょう。まず、6時間半の留め置きです。有形力は必要最小限度、交通危険防止の必要性が高く、被告人自身が拒み続け、警察官に違法な意図も無かった。4点を総合すると、違法だが重大ではない、という結論でした。身柄を拘束されていない被疑者を、任意に採尿場所へ同行させることが事実上不可能だと認められる場合には、強制採尿令状の効力として、病院まで連行できます。そこで、必要最小限度の有形力かどうかを、もう一段見ます。両腕を制圧した行為は、病院まで連行するために必要な範囲にとどまり、必要最小限度の有形力の行使として適法だと評価できます。激しく抵抗する相手を車に乗せて病院へ運ぶには、両腕を押さえることが欠かせません。連れて行くのに要る分だけの力、という評価です。

この2つのあてはめをセットで言えれば、この事件の検討は完成します。

強制採血の令状——身体検査令状と鑑定処分許可状の併用

呼気検査を拒む運転者から血液を採取するため身体検査令状と鑑定処分許可状を併用する場面を示す図

次は、尿ではなく、血を取る場面です。物損事故を起こした運転者から、酒の臭いがしました。呼気検査を求めましたが、頑として応じません。強制採血は、強制採尿に比べて、屈辱感などの精神的打撃を与える程度が低いと、一般に考えられています。ただし、わずかな採血であっても、任意の承諾なしに行うには、強制処分として令状が必要です。失神状態の被疑者から、鑑定処分許可状なしに採血したことを違法とした裁判例もあります。どの令状で血を取るんですか。ここが、今日の核心です。前編で、尿を取る令状を覚えましたね。学説の中には、血液の生成プロセスも尿と変わらないとして、同じように条件付捜索差押許可状によるべきだ、とする見解もあります。ですが、有力説・実務は、身体検査令状と鑑定処分許可状の併用によります。

尿は、やがて体外に排出される、もう体に必要のない「物」です。だから、「物を取る」性質が前面に出て、捜索差押えの令状になじみます。これに対して、血液は、人体の一部であって、「物」とは言いがたい。使用済みの容器を回収してもらう依頼と、治療のために体の一部を切り取って提出してもらう依頼の違いに似ています。前者は、もう不要になって外に出す予定の物を受け取るだけ。後者は、体そのものに切り込む行為だから、扱いのルールが一段重くなります。だから、血を採るには、体そのものを検査する令状、身体検査令状に、専門知識を要する処分を許す令状、鑑定処分許可状を組み合わせます。

血を採るのは、医師の専門知識が要る処分なので、鑑定処分許可状が要ります。ただ、前編で見たとおり、鑑定処分許可状だけでは、抵抗する相手に直接強制ができません。そこで、直接強制が届く身体検査令状を重ねます。尿は「物」なので、捜索差押えの令状1枚に乗せる道がありました。血は「物」とは言いがたく、その道が閉じています。だから、2枚を組み合わせるほかない、というわけです。なお、毛髪や唾液を成分鑑定のために強制的に採取するときも、同じ扱いになります。身体検査令状および鑑定処分許可状の発付を受けて、強制的に血液を採取し、血中のアルコール濃度を明らかにすることができます。

体内の証拠物——飲み込まれた物の取り出し方

所持品検査中に被疑者が白い粉を飲み込んでしまい自然排出を待つか医療措置で取り出すかを分ける板

もう1つ、体の中から取る場面があります。所持品検査中に、被疑者がビニール袋入りの白い粉を、いきなり飲み込んでしまいました。原則は、自然に排出されるのを待って、差し押さえれば足ります。この場合、差押許可状があれば十分です。体の外に出てきた物を拾うだけなので、体の中を探す「捜索」は要らず、差し押さえる令状で足ります。待てない場合もあるんですか。あります。自然排出が困難だったり、証拠保全の必要性・緊急性が高いときは、レントゲンで場所を確認し、下剤や吐剤を用いて、体外に排出させる必要があります。レントゲンで体の中を探すので、今度は「捜索」も要ります。

ここでも、「対象は物か、人体の一部か」から考えます。飲み込まれた証拠物は、「物」です。だから、捜索差押許可状によるべきですが、医療措置は医師などの専門家による実施が必要なので、鑑定処分許可状も併用します。被疑者が拒んでも、捜索差押許可状で直接強制ができます。医師をして医学的に相当と認められる方法で行わせなければならない、という条件を付ければ、条件付捜索差押許可状でよいとする見解もあります。ですが、相当でないとされています。引き出しにたとえると、わかりやすいです。忘れ物を自分で引き出しから出してもらうのが、自然排出です。鍵が見つからず、業者を呼んで引き出しを壊してでも出してもらうのが、医療措置です。医療措置は、下剤や吐剤を使い、強制採尿よりもさらに強く、体への侵襲を伴います。だから、尿のときのような簡便な条件付けでは済まされず、正面から2枚の令状、捜索差押許可状と鑑定処分許可状を揃えるべきだ、とされています。

差押許可状の発付を受けて、自然排出を待って差し押さえるか、早急に排出させる必要があるときは、捜索差押許可状および鑑定処分許可状の発付を受けて、医療措置を実施し、排出を促進して差し押さえることができます。

今日の地図(保存版)

尿・血・飲み込んだ物の3場面で対象の性質と実施者と令状とその理由を1枚に並べた保存版の板

覚えるポイント — 3場面のまとめ——何を取るか・誰がやるか・どの令状か

今日の内容を振り返ります。留め置きは、4点の総合考慮で、違法だが重大ではない、という結論でした。連行は、事実上不可能なら、強制採尿令状の効力として、必要最小限度の有形力でできました。血は、人体の一部だから、身体検査令状と鑑定処分許可状の併用でした。飲み込んだ物は、原則は待つだけ、早める場合は捜索差押許可状と鑑定処分許可状の併用でした。3つとも体の中から取るのに、令状の組み合わせが違ったのは、「取る対象が物か、人体の一部か」、それから「専門的な働きかけが要るか」、その2つで決まっていたんですね。この物差しは、体に関わる令状を見るとき、どこでも使えます。

ページ上部へ ↑

#49単独ページ動画

通信傍受①傍受令状の要件と通信傍受法

第2章 捜査 ㉖/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

令状があれば、何でも聞けるのか

捜索差押許可状は対象の部屋と物を決められるが電話はこれから何を話すか分からないという対比を示す導入板

発付の時点で、対象は確定しています。電話の傍受にも、同じように令状が出せるんですか。そこが、今日の出発点です。電話は、これから誰が何を話すか、かけてみるまで分かりません。対象を決めようがないのに、令状を出すんですか。出します。ただし、捜索差押許可状や五感で調べる検証令状より、ずっと厳しい条件を付けたうえで、です。前回まで、体の中から証拠を取る場面を見てきました。今日から、質の違う処分に入ります。一回で終わる処分ではなく、発付されたあともしばらく回線を開けたまま、まだ話されていない会話を待ち受ける処分です。

その理由を、今日は1つずつ積み上げていきます。

何が傍受で、何が傍受でないか

通信の当事者いずれの同意も得ず現に行われている通信を受ける場合だけが傍受にあたることを示す分類板

まず、定義から確認します。捜査機関が、犯罪を捜査するために、話している当事者のどちらからも同意を取らずに、電話やメールといった電気通信の中身をその場で聞き取る。これが通信傍受で、強制処分にあたります。

条文刑事訴訟法第222条の3

刑事訴訟法第222条の3 通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については、別に法律で定めるところによる。

電気通信の傍受はこの条文が入口になり、中身は別の法律、通信傍受法に委ねられる、というところまで渡してあります。今日は、その「別に法律で定める」中身に入ります。通信の秘密は、憲法で保障されています。

条文日本国憲法第21条第2項

日本国憲法第21条第2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

電気通信の傍受は、この通信の秘密を実質的に侵害する処分なので、厳格な統制が要ります。ここまでが入口です。ここから、何が傍受にあたって、何があたらないか、4つの場面で切り分けます。1つ目、通信の当事者の一方の同意がある場合です。例えば、誘拐事件で、犯人からの電話を受ける家族の同意を得て、捜査官が一緒に聞く場合です。それは、傍受ではないんですか。任意捜査です。秘密は一方の管理下にもあるので、同意した側の意思で開示される限り、傍受にはあたりません。2つ目、すでに終わった通話の録音体や、送信済みの電子メールです。

傍受にはあたらないんですか。あたりません。傍受は、「現に行われている」通信を対象にします。終わった通話は、もう「これから起きること」ではなく、確定した物です。だから、捜索・差押えで足ります。3つ目、被害者から任意提出を受けた録音テープを再生して聞くこと。少し考えてみてください。これは、通信傍受にあたると思いますか?答えは、あたりません。もらった手紙をあとで開けて読むのと同じです。すでに自分の手元にある物の中身を確かめているだけで、相手同士のやりとりの最中に割り込んでいません。任意提出、つまり領置で受け取った物の内容を確認する行為であって、新しく通信を捕まえる処分ではありません。

4つ目は、電気通信によらない、口頭の会話の傍受です。これは、秘密録音の回で扱いました。認める条文が無く、検証許可状でもできない、という結論でした。対象を「これから起きること」の中からしか絞れない、という今日の出発点の感覚を、覚えておいてください。この先の話は、全部、ここにつながります。

なぜ法律を作ったか——制定の経緯

検証許可状による電話傍受の限界から平成11年に通信傍受法が制定されるまでの流れを示す板

実は、通信傍受法ができる前にも、電話傍受を認めた判例があります。覚醒剤の密売事件で、検証許可状によって電話が傍受されました。最高裁は、一定の要件のもとでなら、検証許可状による電話傍受も法律上許されていた、と結論しました。検証は、五感の作用で、場所や物、身体の状態を認識する強制処分でしたね。電話の会話を耳で聞いて記録するのも、五感で認識する点では検証と同じだ、というのが理由です。もうできていたなら、なぜ新しい法律を作る必要があったんですか。そこが、今日の2番目の論点です。検証許可状の枠組みには、弱点が3つありました。1つ目、犯罪関連の通話とそうでない通話を分けるために、無関係な通話まで傍受せざるを得ません。

それでも、無関係な人の会話に一度は触れてしまいます。2つ目、立会いなど、具体的な手続の規定がありません。検証許可状の条文は、もともと一回的な処分を想定していて、継続する傍受の細かい実施方法までは定めていません。3つ目、不服申立ての手段がありません。傍受されたあと、本人に知らせる手続も、本人が異議を言う手続も、検証許可状には備わっていません。この3つ目は、最高裁自身も、問題があると認めていました。その不備を、平成11年、通信傍受法という専用の法律で埋めました。傍受令状の創設。犯罪関連通話を分別する措置の整備。通信事業者の立会い。事後通知。不服申立て手段の整備。この5つが、検証許可状には無かった部品です。

今日は、「なぜ専用の法律が要ったか」という理由だけ持ち帰ってください。

対象犯罪——どんな事件でも傍受できるわけではない

当初4類型から平成28年改正で組織的犯行態様の歯止め付きで追加された対象犯罪の変遷を示す一覧板

ここで、1つ問題です。単なる殺人事件の被疑者の通信は、傍受できますか。できません。殺人罪は、いまは対象犯罪の一覧に入っています。それでも、単なる殺人事件では足りないんです。傍受は、発付後もしばらく回線を開けたまま、無関係な会話まで一緒に聞いてしまう処分です。だから、対象犯罪も、組織性が高く、他の手段では立件しにくい類型に絞られています。平成11年の制定当初は、4類型でした。薬物犯罪、銃器犯罪、集団密航、組織的殺人です。どれも、共犯構造が前提になりやすい類型です。平成28年の改正で、対象犯罪が増えました。現住建造物等放火・殺人・傷害・傷害致死・爆発物使用などの殺傷犯。逮捕監禁・略取誘拐。窃盗強盗・詐欺恐喝。児童ポルノ。

ここに、歯止めが付いています。追加された類型は、「あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体」により行われるものと疑うに足りる状況が、別枠で必要です。だから、単なる個人の殺人事件には、この歯止めを満たさず、傍受はできません。消防が、ぼやに1台、大規模な火災にだけ特別な車両を何台も出すのに似ています。通常の捜索差押えで足りる事件に、傍受という重装備は使わせません。ここで、少し前回までの話を思い出してみましょう。体の中から証拠を取るとき、令状を組み合わせましたね。物か、人体の一部か、専門的な働きかけが要るか。今日の対象犯罪も、同じように、何で絞りの重さが決まっていたか、思い出せますか?

……組織性の高さと、他の手段では足りるかどうか、でしたね。その絞りが、令状の要件そのものにどう表れるか、次はそこを見ていきます。

傍受令状の発付要件

傍受令状の4要件が嫌疑数人共謀犯罪関連通信補充性であることを示す一覧板 図:傍受令状の4要件が嫌疑数人共謀犯罪関連通信補充性であることを示す一覧板

では、対象犯罪の事件で、実際に傍受令状を取るには、どんな要件が要るか。傍受令状と、捜索差押許可状や検証令状との違いは何ですか。対象犯罪の限定は、いま出てきました。ほかにもあるんですか。あります。通信傍受法3条1項に、4つの要件がまとまっています。

条文通信傍受法第3条第1項(柱書・1号・抄)

犯罪捜査のための通信傍受に関する法律第3条第1項(抄) 検察官又は司法警察員は、次の各号のいずれかに該当する場合において、……犯罪関連通信……が行われると疑うに足りる状況があり、かつ、他の方法によっては、犯人を特定し、又は犯行の状況若しくは内容を明らかにすることが著しく困難であるときは、裁判官の発する傍受令状により、……これを用いて行われた犯罪関連通信の傍受をすることができる。 一 別表第一又は別表第二に掲げる罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由がある場合において、当該犯罪が数人の共謀によるもの……であると疑うに足りる状況があるとき。

別表第一と第二は、さっき見た対象犯罪の一覧です。1つ目、嫌疑です。対象犯罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由が要ります。通常逮捕の「相当な理由」より濃い嫌疑でした。ただ、傍受は「これから起きる会話」を対象にせざるを得ません。だから、すでに犯された犯罪の嫌疑だけでなく、引き続き同じ犯罪が行われている嫌疑、重大犯罪の準備として行われ引き続き対象犯罪が行われる嫌疑でも足りる、という形になっています。2つ目、数人共謀。数人の共謀によるものと疑うに足りる状況が要ります。組織的な事件でなければ、傍受までする必要性が乏しい、という表れです。

ほとんどの対象犯罪では必須ですが、薬物などの譲渡し・譲受けを処罰する一部の罪は例外です。数人共謀の状況が無くても足ります。3つ目、犯罪関連通信。犯行の実行、準備、証拠隠滅の謀議などに関連する通信が行われると疑うに足りる状況が要ります。4つ目、補充性。他の方法では、犯人の特定や犯行状況の解明が著しく困難なことです。ほかの手段で足りるなら、侵入性の強い傍受を使わせない、最後の歯止めです。例えば、覚醒剤の密売グループで、表に出ない元締めが、携帯電話で売人に取引を指示している事件。覚醒剤の密売は対象犯罪で、取引がいまも続いている疑いが濃ければ、嫌疑はそろいます。元締めと売人で、数人共謀。取引の指示の電話が、犯罪関連通信です。尾行や張り込みでは元締めまでたどれないので、補充性も満たします。

取引の日時と場所がもう分かっていて、張り込みと捜索差押えで足りる場合です。それなら、傍受までは使わせません。

覚えるポイント — 傍受令状と他の令状の違い

ここで、冒頭の問いに戻ります。捜索差押許可状や検証令状は、発付の時点で対象を確定できる、一回的な処分です。傍受令状は、発付の時点では「これから話される内容」しか分かりません。発付後もしばらく回線を開けたまま待ち受ける、継続的な処分です。定点カメラを据えるのに似ています。まだ何も起きていない場所にカメラを据えて、これから何日か映るものを待ち受けます。何が映るかは、据えた時点では分かりません。映り続ける間、無関係なものまで一緒に記録してしまいます。捜索差押許可状の有効期間、原則7日は、令状を使い始められる期限でしたね。傍受令状の期間は、聞き続けてよい長さです。別のものです。対象の特定不能性、継続性、無関係な通信への広がり。この3つが、傍受令状の要件を加重しています。

請求・発付の特別ルール

請求権者の限定発付裁判官の限定と傍受期間10日延長で通じて30日までを一覧にした板

発付要件が厳しいだけではありません。誰が請求できるか、誰が発付できるか、どれだけの期間続けられるか。ここにも、特別な縛りが付きます。現場の一存では、請求できません。検察官なら検事総長が指定する検事、司法警察員なら国家公安委員会や都道府県公安委員会が指定する警視以上の警察官等に限られます。警視は、現場の捜査員より何段も上の、幹部の階級です。例えば、覚醒剤密売の捜査を担当する若手の警察官が、自分の名前で傍受令状を請求することはできません。指定された警視以上の警察官を通さなければ、請求書は出せません。

発付する裁判官にも、限定があるんですか。あります。地方裁判所の裁判官に限られます。継続的で広範囲な処分だからこそ、発付できる立場を、手続の入口から絞ります。被疑者の氏名、被疑事実の要旨、罪名、罰条、傍受すべき通信、通信手段、実施の方法や場所、傍受ができる期間、実施に関する条件、有効期間など、かなりの項目が記載事項になっています。そこまでは要りません。被疑事実の要旨、罪名、罰条まで記載が求められる点だけ、頭に入れておいてください。期間は、どれくらいなんですか。ここは、数字をきちんと覚えてほしいところです。

⭐ 論文で書く規範:傍受期間——覚える数字 発付時に定める傍受ができる期間は10日以内。10日以内の期間でさらに延長できるが、延長を重ねても通じて30日を超えることはできない。 (通信傍受法5条1項・7条1項(数字は短答対策))

継続的な処分だからこそ、期間にも上限を置いて、無期限に続けさせません。請求権者、発付裁判官、期間の上限。どれも、現場の一存で傍受が広がらないための歯止めです。

今日の地図(保存版)

傍受にあたる場面と立法の理由と4要件と特別ルールを1枚に並べた保存版の板 図:傍受にあたる場面と立法の理由と4要件と特別ルールを1枚に並べた保存版の板

今日の内容を振り返ります。通信傍受は、通信の当事者のいずれの同意も得ないで、現に行われている通信を受けることでした。一方の同意があれば任意捜査、終わった通話の記録物や任意提出を受けた録音テープの再生は、傍受にはあたりません。検証許可状の枠組みには、無関係な通話への広がり、手続規定の不足、不服申立ての欠如という弱点があり、それを埋めるために、平成11年、通信傍受法が作られました。対象犯罪は、組織性の高い類型に絞られ、令状の発付には、嫌疑、数人共謀、犯罪関連通信、補充性という4つの要件が必要でした。請求権者、発付裁判官、傍受できる期間にも、特別な限定が付きます。

全部、対象を特定しきれない、継続的な処分だから、という1つの理由につながっているんですね。この物差しは、令状の重さを比べるとき、どこでも使えます。

ページ上部へ ↑

#50単独ページ動画

通信傍受②立会いとスポットモニタリング

第2章 捜査 ㉖/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

令状を取ったあとにも、歯止めがある

傍受令状の紙面から実際に電話を聞く現場への場面転換を示す導入板 図:傍受令状の紙面から実際に電話を聞く現場への場面転換を示す導入板

前回、傍受令状の話をしました。令状が取れても、聞き放題にはなりません。令状を取ったあとにも、歯止めがあります。令状の要件をクリアしたのに、まだ縛りがあるんですか。あります。傍受は、発付の時点で対象を確定できない継続的な処分でしたね。だから、実際に聞いている最中にも、歯止めを効かせ続ける必要があります。今日は、その続きです。その前に、1つだけ確認させてください。前回、傍受令状の発付には、4つの要件がありましたね。嫌疑、数人共謀、犯罪関連通信——前回のもう1つは、何でしたか?……他の方法では難しい、という補充性です。この4つを満たして、ようやく令状が出ます。今日は、そこから先の話です。

実施の歯止め①——立会いと、示さなくてよいもの

傍受令状は通信管理者等に示すが被疑事実の要旨だけは示さなくてよいことを示す一覧板 図:傍受令状は通信管理者等に示すが被疑事実の要旨だけは示さなくてよいことを示す一覧板

傍受を実際に行うとき、まず何をするか。通信を扱っている事業者、通信管理者等に、傍受令状を示します。ただし、被疑事実の要旨だけは、示さなくてよいことになっています。通信傍受法10条1項のルールです。被疑事実の要旨を見せると、どの事件の誰を捜査しているか、事業者側の担当者に具体的に伝わってしまいます。捜査中の事件の秘密を守るための例外です。通信手段や傍受すべき通信の範囲さえ分かれば、事業者は対応できます。次に、実施の現場を誰が見張るかです。

条文通信傍受法第13条第1項

通信傍受法第13条第1項 傍受の実施をするときは、通信管理者等を立ち会わせなければならない。通信管理者等を立ち会わせることができないときは、地方公共団体の職員を立ち会わせなければならない。

通信管理者等が立ち会えないこともあるんですか。あります。小規模な事業者だと、長時間の立会いを出せないこともあります。そのときの受け皿が、地方公共団体の職員です。捜査機関以外の目が常に入ることで、「令状に書いていない話まで聞いていないか」をその場で確認できます。

実施の歯止め②——スポットモニタリングと他犯罪傍受

対象か不明な通信を確認するスポットモニタリングと対象外の重大犯罪が明らかな他犯罪傍受を対比する分類板

ここで、1つ考えてみてください。傍受令状には、聞いてよい通信が書いてあります。でも、実際に聞いてみるまで、その通信が対象かどうか分からないことがあります。薬物犯罪を調べていて、電話の向こうで殺人の計画を話し始めたら、警察はどうすればいいと思いますか?ここを整理するために、2つの制度を見ます。1つ目、スポットモニタリングです。会話傍受と秘密録音の回で、判断のために少しだけ聞く、として出てきた呼び名です。今は、この条文に書かれています。

条文通信傍受法第14条第1項

通信傍受法第14条第1項 検察官又は司法警察員は、傍受の実施をしている間に行われた通信であって、傍受令状に記載された傍受すべき通信(以下単に「傍受すべき通信」という。)に該当するかどうか明らかでないものについては、傍受すべき通信に該当するかどうかを判断するため、これに必要な最小限度の範囲に限り、当該通信の傍受をすることができる。

対象の通信かどうか、分からない段階で、判断するために必要な最小限だけ聞く。これがスポットモニタリングです。「これは対象かな」と断続的に確認するだけで、対象でないと分かれば、そこで止めます。2つ目、他犯罪傍受です。

条文通信傍受法第15条

通信傍受法第15条 検察官又は司法警察員は、傍受の実施をしている間に、傍受令状に被疑事実として記載されている犯罪以外の犯罪であって、別表第一若しくは別表第二に掲げるもの又は死刑若しくは無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たるものを実行したこと、実行していること又は実行することを内容とするものと明らかに認められる通信が行われたときは、当該通信の傍受をすることができる。

こちらは、対象かどうか分からない場面ではありません。令状に書いていない犯罪の、しかも対象犯罪か、死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑にあたる重い罪の話だと明らかに分かった場面です。だから、冒頭の問いに戻ると、答えは2通りあります。まだ何の話か分からない段階では、スポットモニタリングで、判断に必要な分だけ聞きます。たとえば家族との夕食の相談だと分かれば、そこで切ります。殺人の計画だと明らかに分かった段階で、はじめて他犯罪傍受として傍受できます。理由は2つあります。1つ目。その会話は、令状どおりに傍受している最中に、もう耳に入っています。重い犯罪だと明らかな話を、令状に書いていないというだけで捨てさせるのは不合理です。2つ目。重い犯罪で、しかも内容が明らかな場面に限られます。令状に書いていない話を探しに行くための仕組みではありません。そのうえで、もう1つ歯止めが付いています。他犯罪傍受をした場合は、通信傍受法27条にもとづいて、あとから裁判官が事後審査をします。要件を欠いていたと認められれば、その通信の傍受は取り消されます。

実施の最中に広がりすぎないための歯止めが、立会い、スポットモニタリングの限定、他犯罪傍受の事後審査。この3つです。

なぜ合理化が必要だったか——従来方式の非効率

常時立会いによる立会人確保の負担実施場所の制約待機時間の長さという3つの課題を示す板

ここまでが、従来からある実施方式の話です。ただ、このやり方には、大きな負担がありました。課題は3つあります。1つ目、傍受の実施中は常時、立会人が要ります。事業者側の担当者を、何日も拘束することになります。2つ目、立会人を確保する関係で、実施場所が通信管理者等の施設に限られます。捜査機関の側で場所を選べません。3つ目、通信はいつ行われるか分からないので、捜査機関と立会人が、長時間待ち続けることになります。とはいえ、立会いを単純にやめることはできません。捜査機関が知りうる通信の範囲を必要最小限度に抑えるチェックは、引き続き必要です。チェックが無ければ、夕食の相談のような無関係な会話まで、聞き続けられてしまいます。

そこで平成28年、2つの新しい方式ができました。

平成28年改正——2つの新方式と、立会いに代わる担保

一時的保存命令方式と特定電子計算機方式それぞれの立会いのタイミングと実施場所と適正さの担保を比べる表

1つ目、一時的保存命令方式です。

条文通信傍受法第20条第1項

通信傍受法第20条第1項 検察官又は司法警察員は、裁判官の許可を受けて、通信管理者等に命じて、傍受令状の記載するところに従い傍受の実施をすることができる期間(前条の規定により傍受の実施を終了した後の期間を除く。)内において検察官又は司法警察員が指定する期間(当該期間の終期において第十八条の規定により傍受の実施を継続することができるときは、その継続することができる期間を含む。以下「指定期間」という。)に行われる全ての通信について、第九条第一号の規定により提供された変換符号を用いた原信号(通信の内容を伝達するものに限る。)の暗号化をさせ、及び当該暗号化により作成される暗号化信号について一時的保存をさせる方法により、傍受をすることができる。この場合における傍受の実施については、第十三条の規定は、適用しない。

実施中の通信は、その場では聞かず、変換符号、つまり暗号化の符号を使って暗号化したうえで、一時的に保存させます。この一時保存の段階には、13条の立会いの規定は適用されません。立会いは完全になくなるんですか。違います。保存したあとに、復号して、つまり暗号を元に戻して聞く段階があります。

条文通信傍受法第21条第1項

通信傍受法第21条第1項 検察官又は司法警察員は、前条第一項の規定による傍受をしたときは、傍受の実施の場所(指定期間以外の期間における傍受の実施の場所が定められているときは、その場所)において、通信管理者等に命じて、同項の規定により一時的保存をされた暗号化信号について、第九条第一号の規定により提供された対応変換符号を用いた復号をさせることにより、同項の規定による傍受をした通信を復元させ、同時に、復元された通信について、第三項から第六項までに定めるところにより、再生をすることができる。この場合における再生の実施(通信の再生をすること並びに一時的保存のために用いられた記録媒体について直ちに再生をすることができる状態で一時的保存の状況の確認及び暗号化信号の復号をすることをいう。以下同じ。)については、第十一条から第十三条までの規定を準用する。

復号させて、通信を復元し、再生して聞くこの段階には、11条から13条までが準用されます。つまり、立会いはこの再生の場面で戻ってきます。リアルタイムで常時張り付く必要がなくなっただけです。ここに、もう1つ仕掛けがあります。暗号化に使う変換符号と、復号に使う対応変換符号は、捜査機関ではなく、裁判所の職員が作って提供します。通信傍受法9条のルールです。鍵にあたる符号を裁判所側に握らせることで、立会いがなくても捜査機関が勝手に聴取・改変できない仕組みになっています。鍵のかかる宅配ボックスに近いです。荷物は、その場では開けずに箱へ入れておく。鍵を作るのは、運ぶ側ではなく管理会社。開けるときは、立会人が横で見ています。

2つ目、特定電子計算機方式です。

条文通信傍受法第23条第1項(柱書・抄)

通信傍受法第23条第1項(柱書・抄) 検察官又は司法警察員は、裁判官の許可を受けて、通信管理者等に命じて、傍受の実施をしている間に行われる全ての通信について、第九条第二号イの規定により提供された変換符号を用いた原信号(通信の内容を伝達するものに限る。)の暗号化をさせ、及び当該暗号化により作成される暗号化信号を傍受の実施の場所に設置された特定電子計算機に伝送させた上で、次のいずれかの傍受をすることができる。この場合における傍受の実施については、第十三条の規定は適用せず、第二号の規定による傍受については、第二十条第三項及び第四項の規定を準用する。

こちらは、暗号化した通信を、捜査機関の施設にある、特定電子計算機に送らせます。この方式の傍受の実施には、13条の立会いの規定が適用されません。こちらは、一時保存方式と違って、あとから立会いが戻ってくる場面もないんですか。ありません。捜査機関の施設で、立会いなしに実施できます。特定電子計算機は、傍受・再生した通信のすべてを、改変できない形で自動的に記録する機能を持っています。立会人がその場で見張る代わりに、機械の記録が残るので、あとから「本当に対象の範囲しか聴取していないか」を検証できます。ドライブレコーダーに近いです。横に誰も座っていなくても、書き換えられない形で全部記録が残ります。

どちらも、暗号化と、あとから検証できる仕組みで、適正さを担保しています。捜査機関のふつうのパソコンで、録音しながら聞くのではだめなんですか。だめです。ふつうのパソコンの記録は、あとから書き換えられます。立会いを外せるのは、改変できない自動記録という代わりの担保があるときだけです。

覚えるポイント — 従来方式と2つの新方式の対比

歯止めをなくしたわけではありません。立会いという「歯止めのやり方」を、暗号化と自動記録という技術に置き換えた、というのが、平成28年改正の中身です。

傍受が終わったあと——記録・通知・不服申立て

原記録の作成から傍受記録の作成通知閲覧不服申立てへ至る流れを示す通し図 図:原記録の作成から傍受記録の作成通知閲覧不服申立てへ至る流れを示す通し図

傍受の実施が終わったら、どうなるか。まず、聞いた通信の全部を記録媒体に記録します。通信傍受法24条1項のルールです。これが原記録です。無関係な通話も含めて、全部入っています。原記録は、立会人に封印してもらったうえで、傍受令状を発付した裁判官が所属する裁判所の裁判官に提出します。25条のルールです。さっきの特定電子計算機方式は、これと同じ手順ですか。そこは違います。特定電子計算機方式で作られた記録媒体は、暗号化されていて改変できません。だから、26条4項のルールで、封印は不要とされています。実施が終わったら、遅滞なく裁判官に提出すれば足ります。

次に、原記録から、使う部分だけを取り出します。

条文通信傍受法第29条第3項(柱書・抄)

通信傍受法第29条第3項(柱書・抄) 第一項に規定する記録は、第二十四条第一項後段若しくは第二十六条第二項の規定により記録をした記録媒体又は第二十五条第三項の規定により作成した同条第一項の記録媒体の複製から、次に掲げる通信以外の通信の記録を消去して作成するものとする。

原記録の複製から、事件と無関係な通信を消去したものが、傍受記録です。防犯カメラの録画にたとえると、録画全部が原記録、事件に関係する場面だけを残した編集版が傍受記録です。だから、実施中には気づけなかった本人に、あとから気づかせる仕組みが要ります。

条文通信傍受法第30条第2項

通信傍受法第30条第2項 前項の通知は、通信の当事者が特定できない場合又はその所在が明らかでない場合を除き、傍受の実施が終了した後三十日以内にこれを発しなければならない。ただし、地方裁判所の裁判官は、捜査が妨げられるおそれがあると認めるときは、検察官又は司法警察員の請求により、六十日以内の期間を定めて、この項の規定により通知を発しなければならない期間を延長することができる。

通知は、原則30日以内。捜査に支障があれば、地方裁判所の裁判官の許可で、60日以内の期間を定めて、延ばせます。通知を受けた当事者は、自分に関わる傍受記録を、聴取・閲覧・複製できます。通信傍受法31条のルールです。正確性を確認する必要があるときなど、一定の事情があれば、裁判官の許可を得て、原記録まで遡れます。32条1項のルールです。最後に、不服があるときの手段です。

条文通信傍受法第33条第1項

通信傍受法第33条第1項 裁判官がした通信の傍受に関する裁判に不服がある者は、その裁判官が所属する裁判所に、その裁判の取消し又は変更を請求することができる。

条文通信傍受法第33条第2項

通信傍受法第33条第2項 検察官又は検察事務官がした通信の傍受又は再生に関する処分に不服がある者はその検察官又は検察事務官が所属する検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に、司法警察職員がした通信の傍受又は再生に関する処分に不服がある者はその職務執行地を管轄する地方裁判所に、その処分の取消し又は変更(傍受の実施又は再生の実施の終了を含む。)を請求することができる。

裁判官のした裁判に不服があれば1項、検察官や検察事務官、司法警察職員がした処分に不服があれば2項です。実施中に気づけなかった分まで、通知、閲覧、不服申立てで事後的に埋め合わせる。これが、傍受が終わったあとの歯止めです。

今日の地図(保存版)

立会いとスポットモニタリングと2方式と事後の記録通知不服申立てを1枚に並べた保存版の板

今日の内容を振り返ります。実施中の歯止めは、立会い、スポットモニタリングの限定、他犯罪傍受の事後審査でした。従来方式は、常時立会いのせいで、立会人の確保、実施場所の制約、長い待機時間という負担がありました。平成28年改正は、歯止めをなくすのではなく、暗号化と自動記録という技術に置き換えました。一時的保存命令方式は立会いを残しつつリアルタイム性をなくし、特定電子計算機方式は立会いそのものを自動記録に置き換えました。終わったあとは、原記録から傍受記録を作り、通知、閲覧、不服申立てで、実施中に気づけなかった本人の権利を事後的に守ります。

発付前は4要件で絞り、実施中は立会いと事後審査で絞り、実施後は通知と不服申立てで埋め合わせる。令状を取って終わりではないんですね。発付前、実施中、実施後。この3段で、通信傍受法の手続を通しで言えるようになりました。

ページ上部へ ↑

#51単独ページ動画

鑑定嘱託と期日前証人尋問

第2章 捜査 ㉗/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

捜査機関だけでは、足りない場面がある

捜索差押え検証通信傍受を終えた捜査機関の前に専門知識と非協力的な証人という2つの壁が立ちはだかる導入板

どれも、捜査機関自身の手足と権限で完結する処分でした。今日は、捜査機関の手だけでは足りない場面に入ります。例えば、被疑者が本当に責任能力を欠いていたかどうか。警察官には、判断できないことですね。精神医学の専門知識が要ります。もう1つ、重要な目撃者が、取調べに応じてくれない場面。専門知識が足りない場面、相手の協力が得られない場面。どちらも、捜査機関だけでは乗り越えられません。今日は、3つの頼る先を見ていきます。専門家への鑑定、公私の団体への照会、裁判官による証人尋問です。相手にかけられる力の強さです。一言でいえば、間に裁判所や裁判官が入るルートを持っているかどうかで、相手に義務を負わせられるかどうかが決まります。この軸を、鑑定から順番に確かめていきましょう。

鑑定嘱託の意義——鑑定人と鑑定受託者

検察官や司法警察職員が被疑者以外の者に鑑定通訳翻訳を嘱託できる根拠条文を示す板 図:検察官や司法警察職員が被疑者以外の者に鑑定通訳翻訳を嘱託できる根拠条文を示す板

まず、「鑑定」とは何かから確認します。特別の知識経験に基づく意見や判断を報告してもらうこと。これが鑑定です。入るというより、鑑定と同じ扱いの規定が、通訳・翻訳にも準用されます。ある場面のルールを、対象を読み替えて、別の場面にもそのまま当てはめることです。

条文刑事訴訟法第223条第1項

刑事訴訟法第223条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。

犯罪の捜査に必要があるとき、検察官・検察事務官・司法警察職員は、被疑者以外の者に鑑定を嘱託できます。この条文で捜査機関から直接嘱託を受けた人を、「鑑定受託者」と呼びます。さっき、「専門知識が足りない場面」と言っていましたが、捜査機関が直接頼めるなら、それで十分ではないですか。そこが、今日の最初の分かれ道です。「鑑定」には、もう1つ別のルートがあります。

条文刑事訴訟法第165条・第166条

刑事訴訟法第165条・第166条 第165条 裁判所は、学識経験のある者に鑑定を命ずることができる。 第166条 鑑定人には、宣誓をさせなければならない。

裁判所が学識経験のある者に鑑定を命じる場合があります。この人を、「鑑定人」と呼びます。誰が、どういう立場で頼んでいるかです。鑑定人は、裁判所が命じる、いわば裁判所の補助者。鑑定受託者は、捜査機関が嘱託する、捜査機関の補助者です。中身の作業は同じです。でも、誰が命じたかで、その人に負わせられる義務の重さが変わります。166条を見てください。鑑定人には、宣誓をさせなければなりません。法廷やそれに準じる場で、正直に職務を果たすと誓わせます。この宣誓をした鑑定人だけが、もしうそをつけば、重い責任を問われます。

条文刑法第171条

刑法第171条 法律により宣誓した鑑定人、通訳人又は翻訳人が虚偽の鑑定、通訳又は翻訳をしたときは、前二条の例による。

「法律により宣誓した鑑定人」がうその鑑定をすれば、虚偽鑑定罪。拘禁刑を科される犯罪です。鑑定受託者には、この罪は及ばないんですか。及びません。鑑定受託者には、そもそも宣誓義務がないからです。条文が対象にしているのは、「法律により宣誓した」鑑定人だけです。なぜそこまで差がつくのか。たとえ話で考えてみましょう。先生が正式に「学級委員」に任命した生徒がいます。委員になるとき、「委員としてきちんと務めます」という約束をさせられます。一方、日直が「今日だけ荷物運びを手伝って」とクラスメイトに個人的に頼んだとします。

頼み方の正式さが、そのまま義務の重さに表れます。鑑定人は裁判所という公式なルートで選ばれるから、宣誓も虚偽鑑定罪も及ぶ。鑑定受託者は捜査機関からの個別の依頼だから、そこまでの重さは及びません。

鑑定留置——期間を定めた留置

心神や身体の鑑定のため期間を定めて病院その他の場所に留置する鑑定留置と鑑定留置状の関係を示す板

ここからは、鑑定人・鑑定受託者どちらの場合にも起こりうる、具体的な処分を見ていきます。まず、責任能力の判断のように、数か月かけてじっくり調べる必要がある鑑定です。

条文刑事訴訟法第167条第1項・第2項

刑事訴訟法第167条第1項・第2項 第1項 被告人の心神又は身体に関する鑑定をさせるについて必要があるときは、裁判所は、期間を定め、病院その他の相当な場所に被告人を留置することができる。 第2項 前項の留置は、鑑定留置状を発してこれをしなければならない。

心神または身体の鑑定に必要があれば、期間を定めて、病院その他の相当な場所に留置できます。これが鑑定留置です。この留置には、鑑定留置状という専用の令状が要ります。被疑者の段階でも、できます。224条が、被疑者の段階に読み替えて準用しています。手続の中身は、実質同じです。これは、鑑定人と鑑定受託者のどちらの場合でも使えるんですか。使えます。167条は裁判所が主体の手続で、224条は検察官等の請求を受けて裁判官が判断する手続。どちらも、最終的に令状を出すのは裁判所・裁判官です。なお、鑑定留置の期間中は、勾留の執行が止まり、その分は勾留期間に数えない扱いになっています。深入りはしませんが、「鑑定留置は勾留とは別枠」とだけ覚えておいてください。

鑑定処分と、許可状の名前の違い

住居への立入り身体検査死体解剖墳墓発掘物の破壊という鑑定処分の5類型と鑑定人鑑定受託者で異なる許可状の名前を示す板

留置とは別に、鑑定のためにもっと踏み込んだ処分が必要になる場合があります。

条文刑事訴訟法第168条第1項

刑事訴訟法第168条第1項 鑑定人は、鑑定について必要がある場合には、裁判所の許可を受けて、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り、身体を検査し、死体を解剖し、墳墓を発掘し、又は物を破壊することができる。

住居等への立入り、身体検査、死体の解剖、墳墓の発掘、物の破壊。この5つを、鑑定処分と呼びます。例えば、死因を調べるための解剖や、押収した粉が薬物かどうかを調べるために、溶かして使い切ることです。

⭐ 論文で書く規範:鑑定処分の5類型——覚え方 鑑定処分としてできるのは、住居に入ること、体を調べること、死体を解剖すること、墓を掘ること、物を壊すことの5つ。鑑定人・鑑定受託者のどちらの場合でも共通。 (刑事訴訟法第168条第1項・第225条第1項(覚える一覧))

だからこそ、168条は「裁判所の許可を受けて」と条件を付けています。

条文刑事訴訟法第225条第1項

刑事訴訟法第225条第1項 第223条第1項の規定による鑑定の嘱託を受けた者は、裁判官の許可を受けて、第168条第1項に規定する処分をすることができる。

鑑定受託者にも、同じ処分ができます。225条1項が、168条1項と同じ5類型を、鑑定受託者にも認めています。理由は、誰が鑑定を命じたかにあります。鑑定人は、事件を審理している裁判所が命じるので、その裁判所自身が許可します。鑑定受託者は捜査段階で、まだ事件が裁判所に持ち込まれていません。だから、令状と同じように、個々の裁判官が審査します。鑑定人の場合は「裁判所」、鑑定受託者の場合は「裁判官」に請求します。この違いに合わせて、出てくる許可状の呼び方も使い分けます。鑑定人が受ける168条の許可状は「鑑定許可状」、鑑定受託者が受ける225条の許可状は「鑑定処分許可状」と呼びます。

あのとき出てきた鑑定処分許可状は、捜査機関が嘱託した鑑定受託者が使う許可状。225条のルートでした。処分の中身は168条1項の5類型で共通、手続の入口だけが裁判所と裁判官で分かれます。

身体検査は、どこまで力ずくでできるか

鑑定人が身体検査を拒否されたとき裁判官への請求で直接強制まで届くという172条と139条の関係を示す板

ここで、5類型のうち「身体検査」に絞って、もう一段掘り下げます。相手が、身体検査を拒否したらどうなるか。拒否されたら、それで終わりですか。終わりません。ただし、ここで鑑定人と鑑定受託者の結論が分かれます。少し考えてみてください。鑑定人には裁判官が直接強制までできるのに、鑑定受託者にはできません。同じ「身体検査を拒否された」という場面で、なぜ結論が分かれると思いますか。もう少し具体的に、条文で確かめてみましょう。

条文刑事訴訟法第172条第1項・第2項

刑事訴訟法第172条第1項・第2項 第1項 身体の検査を受ける者が、鑑定人の第168条第1項の規定によつてする身体の検査を拒んだ場合には、鑑定人は、裁判官にその者の身体の検査を請求することができる。 第2項 前項の請求を受けた裁判官は、第十章の規定に準じ身体の検査をすることができる。

鑑定人は、相手に身体検査を拒まれたら、裁判官に「代わりにやってください」と請求できます。請求を受けた裁判官は、第10章、つまり検証の章のルールに準じて身体検査を行えます。

条文刑事訴訟法第139条

刑事訴訟法第139条 裁判所は、身体の検査を拒む者を過料に処し、又はこれに刑を科しても、その効果がないと認めるときは、そのまま、身体の検査を行うことができる。

過料というのは、刑罰ではない、行政上のお金の制裁です。過料や刑罰で脅しても効果がないと認めるときは、そのまま身体検査を行える。これが直接強制です。抵抗する相手を、力ずくで検査してよい、というところまで認めています。では、鑑定受託者の225条4項を見てみましょう。

225条4項が168条2項から4項と6項だけを準用し172条を準用しないため鑑定受託者は身体検査を拒否されても裁判官へ請求する手段が無く間接強制止まりであることを示す板

条文刑事訴訟法第225条第4項

刑事訴訟法第225条第4項 第168条第2項乃至第4項及び第6項の規定は、前項の許可状についてこれを準用する。

225条4項は、168条2項から4項と、6項を準用しています。172条が入っていない点に、気づきましたね。そこは、強制採尿の前編で見た結論と同じです。172条、つまり「裁判官への請求」をできる権限は、225条4項の準用リストに入っていません。たとえで整理します。鑑定人は、身体検査を拒まれたとき、「裁判官に請求する」という裏口の合鍵を渡されています。その裏口を通れば、検証の章のルールにしたがって、裁判官がそのまま強制的に検査を行わせられます。225条4項が準用する168条6項は、137条と138条、つまり過料や刑罰で自分から応じさせる、間接強制の規定につながります。鑑定受託者も、この玄関までは辿り着けますが、裏口の先の直接強制までは進めません。

裁判所という公式なルートで選ばれたかどうかで身体検査を拒否されたときに直接強制まで届くか間接強制止まりかが分かれるという鑑定人と鑑定受託者の対比と具体例を示す板

誰が命じたかで義務の重さが変わるという今日の軸が、ここでもそのまま効いています。今日の新しい角度は、この結論を鑑定人と比べることです。鑑定人は裁判所という公式なルートで選ばれているからこそ、172条の請求権まで持たされる。鑑定受託者は捜査機関からの個別の依頼にとどまるからこそ、そこまでの強制力は持たされません。場面で比べてみます。捜査機関に頼まれた医師、つまり鑑定受託者が、被疑者の血液を採ろうとして、腕を振り払われた。できるのは、過料や刑罰を告げて促すところまでです。押さえつけて採ることはできません。

裁判所が命じた鑑定人であれば、172条で裁判官に身体の検査を請求できます。そこから先は、力ずくの検査まで届きます。つながります。強制採血で身体検査令状と鑑定処分許可状を併用していたのは、まさにこの直接強制の届きにくさを補うためでした。深掘りはあの回に譲ります。

覚えるポイント — 鑑定人と鑑定受託者——まとめの対比

ここまでの違いを、1枚の表にまとめました。ここからは、別の「頼る先」に移ります。

公務所等への照会——義務はあるが強制できない

市役所や銀行に照会して必要な事項の報告を求める公務所等への照会が報告義務はあっても強制手段のない任意捜査であることを示す板

専門家に頼る場面の次は、公私の団体がすでに持っている情報に頼る場面です。

条文刑事訴訟法第197条第2項

刑事訴訟法第197条第2項 捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。

捜査に必要な事項を、公務所や公私の団体に照会して報告を求められます。市役所に戸籍謄本の送付を求めたり、銀行に口座の取引記録の提出を求めたりする場面です。誰が照会できるか、法律上の制限はありません。実務では、捜査関係事項照会書という書面で、警察署長名などから行うのが通常です。報告を求められた側は、応じる義務があるんですか。あります。「報告を求めることができる」というのは、相手方に報告する義務を生じさせる規定だと理解されています。義務があるなら、拒否したらどうなるんですか。ここが、今日の面白いところです。義務を履行させる強制の方法が、この条文にはありません。過料も罰則も規定されていません。

172条のような裁判官への請求権すらありません。ここで、前に見た道具を確認しましょう。強制処分と任意処分を分ける基準、思い出せますか?相手の意思に反する重要な権利利益の侵害があるかどうか、でしたね。今日の「照会」は、どちらに当たると思いますか。義務はあっても強制する方法が無いなら、相手の意思を力ずくで押し切ってはいない、ということです。だから任意処分、任意捜査に分類されます。もう1つ、大事な点を補います。銀行員や公務員には、もともと守秘義務があります。口座の情報を勝手に話せば守秘義務違反になる、通常なら、そうです。でも、197条2項の照会に応じて報告した場合は、法令に基づく行為として、守秘義務違反の責任は問われません。

そういう実情はあります。ただ、法律上の建前はあくまで任意です。義務があるのに任意、という違和感は、ここで解けます。この報告義務が効いてくるのは、相手を従わせる場面ではなく、応じた相手が守秘義務違反を問われない、という場面です。力ずくで押し切る道具は、裁判官を通すルートにしか用意されていません。本人を呼んで話を聞くか、令状を取って捜索・差押えで調べる方法に切り替えます。照会だけでは足りない場面には、すでに見た強制処分の道具が控えています。

第一回公判期日前の証人尋問——裁判官に頼る

被疑者以外の者は取調べへの出頭供述を拒否でき署名押印の無い調書は原則証拠にできないため出頭供述を拒んだ場合に検察官が裁判官へ証人尋問を請求できる226条1項を示す板

最後に、相手が協力してくれない場面に入ります。重要な目撃者がいるのに、取調べに応じてくれない。223条1項の取調べは、相手が断ったらどうなるんですか。断れます。被疑者について見た「帰れる」という建前と同じ道具が、被疑者以外の者にも使われています。被疑者以外の者は、出頭を拒否できるし、出頭しても途中で帰ることも、供述調書への署名押印を拒むこともできます。その調書は、原則として、証拠にできません。詳しい要件は別の回に譲りますが、重要な目撃者が非協力的だと、立証の材料が何も残らないおそれがあります。ここでも、「裁判官が間に入る」ことで、相手に証人としての義務を負わせます。場面は2つに分かれます。

条文刑事訴訟法第226条第1項

刑事訴訟法第226条第1項 犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第223条第1項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

1つ目、226条1項。捜査に欠かせない知識を持つと明らかに認められる者が、223条1項の取調べに対して、呼び出しに応じない、あるいは話すこと自体を拒んだときです。

任意に供述した者が公判で翻すおそれがありその供述が犯罪の証明に欠かせない場合に検察官が裁判官へ証人尋問を請求できる227条1項と226条との見分け方を示す板

条文刑事訴訟法第227条第1項・第2項

刑事訴訟法第227条第1項・第2項 第1項 第223条第1項の規定による検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して任意の供述をした者が、公判期日においては前にした供述と異なる供述をするおそれがあり、かつ、その者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。 第2項 前項の請求をするには、検察官は、証人尋問を必要とする理由及びそれが犯罪の証明に欠くことができないものであることを疎明しなければならない。

2つ目、227条1項。いまは任意に供述しているが、公判期日では前と異なる供述をするおそれがあり、かつその供述が犯罪の証明に欠かせないと認められる場合です。

⭐ 論文で書く規範:226条と227条の見分け方 226条=いま既に拒んでいる(出頭・供述拒否)。227条=いまは話しているが、あとで公判で翻すおそれがある。「すでに拒否」か「あとで翻すおそれ」かで条文を使い分ける。 (刑事訴訟法第226条第1項・第227条第1項(要件の覚え方))

冒頭の、重要な目撃者で考えます。呼び出しに一度も応じないなら、226条です。一方、調べには素直に話したけれど、相手が顔見知りで、法廷では「よく見ていなかった」と言い出しそうなら、しかもその証言が決め手なら、227条です。だから、227条2項は、検察官に追加のハードルを課しています。証人尋問が必要な理由と、その供述が犯罪の証明に欠かせないことを、疎明しなければなりません。証明ほど確実でなくても、一応もっともだとうかがえる程度の立証で足りる、ということです。まだ翻していない段階で先回りする分、要件を厚くしています。なお、平成16年の改正前は、227条に「圧迫を受け」という文言がありました。

この文言が削られたことで、圧力の有無を個別に立証しなくても、翻すおそれがあれば足りる、という形に要件が緩みました。公判が始まってしまえば、その場で証人尋問をすればいい話です。起訴前後の、まだ公判が開かれていない期間だけの制度です。

請求を受けた裁判官が証人尋問について裁判所裁判長と同一の権限を持ち原則被告人被疑者弁護人に立会権が無いことと証人尋問の対象になる人を示す板

条文刑事訴訟法第228条第1項・第2項

刑事訴訟法第228条第1項・第2項 第1項 前二条の請求を受けた裁判官は、証人の尋問に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。 第2項 裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人、被疑者又は弁護人を前項の尋問に立ち会わせることができる。

請求を受けた裁判官は、公判の証人尋問と同じ権限を持ちます。つまり、相手を証人として出頭させ、宣誓させ、証言させる義務を負わせられます。裁判官が間に入ることで、相手の意思に反してでも、証人という重要な権利利益への侵害ができるようになります。さっきの強制処分の判定基準に照らせば、この侵害があるから、この証人尋問は強制捜査だと理解されています。原則、立会権はありません。228条2項で、裁判官が捜査に支障がないと認めたときだけ、裁量で立ち会わせることができます。まだ捜査の途中段階です。被疑者側に証人の存在や供述内容が早い段階で伝わると、証拠隠滅や証人への働きかけのおそれがあります。

なお、この手続で作られる証人尋問調書は、裁判官の面前での供述を録取した書面として、証拠にする際の特別な扱いを受けます。詳しい中身は、証拠法の回に譲ります。自分の事件で自分が証人になることはありません。一方、被害者は、226条・227条の要件を満たせば対象になります。

今日の地図(保存版)

鑑定嘱託公務所等への照会期日前証人尋問の3つを裁判所裁判官が間に入るかどうかという1つの軸で並べた保存版の板

今日の内容を振り返ります。鑑定人は裁判所が命じ、宣誓義務があり、虚偽鑑定罪の対象になり、身体検査を拒まれても裁判官への請求で直接強制まで届きます。鑑定受託者は捜査機関が嘱託し、宣誓義務が無く、虚偽鑑定罪の対象外で、身体検査は間接強制までしか届きません。鑑定留置と鑑定処分はどちらの立場でも利用できますが、許可状の名前は鑑定許可状と鑑定処分許可状に分かれます。公務所等への照会は、報告義務はあっても強制の方法が無く、任意捜査です。第一回公判期日前の証人尋問は、出頭・供述を拒んだ場合と、翻すおそれがある場合の2類型で、裁判官が証人としての義務を負わせる、強制捜査です。

3つとも、捜査機関だけでは足りない場面を埋める制度なのに、裁判所や裁判官が間に入るかどうかで、埋め方の強さがまったく違うんですね。裁判所・裁判官が間に入るかどうかは、相手の意思に反する重要な権利利益の侵害ができるかどうかを決めるので、強制処分か任意処分かの一般の判定基準とつながっています。この物差しは、この先も繰り返し出てきます。誰が命じたか、誰が頼んだか。そこを見れば、相手にどこまでの義務を負わせられるかが見えてきます。

ページ上部へ ↑

#52単独ページ動画

合意制度と刑事免責

第2章 捜査 ㉗/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

組織の末端は捕まっても、上に届かない

組織的な犯罪では上位者の関与を裏づける供述が要るのに供述を得る手段は取調べしか無かったという今日の問いを示す導入板

鑑定嘱託、公務所等への照会、期日前の証人尋問。どれも、物や情報を集める話でした。今日は、組織的な犯罪の話です。例えば、会社ぐるみの不正で、末端の実行役は逮捕できても、指示した上の人物にはたどり着けない。上位者の関与を裏づける証拠は、たいてい、組織の内部の誰かの供述しかありません。ただ、話してもらうための道具は、これまで取調べしかありませんでした。出頭も供述も、最終的には本人の自由です。では、話すと自分が損をする立場の人は、どうしますか。黙りますよね。話す理由が無いんですから。取調べ頼みの捜査には、ここに限界があります。平成28年の改正は、この限界に手を打つ改正の1つでした。

同じ改正で、取調べの録音・録画や、被疑者国選弁護の対象拡大も導入されました。取調べに頼りすぎない捜査へ、という大きな流れの一部です。今日は、その流れの中で生まれた、供述を引き出す2つの新しい仕組みを見ていきます。

供述を得るための2つの新しい仕組みとして合意制度と刑事免責の位置づけを示す板 図:供述を得るための2つの新しい仕組みとして合意制度と刑事免責の位置づけを示す板

1つ目は、被疑者・被告人本人と検察官との交渉。協議・合意制度と呼びます。2つ目は、証人に対して裁判所が一方的に与える、刑事免責です。ただ、相手が誰で、何を恐れているかが違います。そこを軸に、順番に見ていきましょう。

合意制度の全体像——検察官との交渉

一定の財政経済犯罪薬物銃器犯罪について被疑者被告人が他人の刑事事件の解明に協力すれば検察官が処分を軽くする合意制度の定義を示す板

まず、合意制度の全体像です。一定の財政経済犯罪や薬物銃器犯罪で、被疑者・被告人が、共犯者など他人の刑事事件の解明に役立つ真実の供述などの協力をする。その見返りに、検察官が、不起訴にしたり、軽い求刑をしたりする。この合意を、350条の2以下が定めています。そう呼ばれることもあります。ただ、海外の司法取引と同じだと思うと、誤解します。大事な点なので、次の節でじっくり見ていきます。先に、具体例でイメージをつかみましょう。

検査データ偽装を指示した工場長Aと社内メールを保存していた経理担当社員Bという独自の具体例を示す板

ある建設資材のメーカーで、検査データの偽装が長年行われていた、とします。偽装を主導したのは、工場長のAです。ただ、Aの指示を裏づける社内メールを保存していたのは、経理担当の社員Bだけでした。もし、Bが別の横領罪で立件されうる被疑者だったら、どうなるか。この場面を、手続に沿って追いかけていきます。

合意の中身と手続——誰が、何をして、何を得るか

合意の主体は検察官と被疑者被告人で弁護人の同意が必須という350条の2第1項柱書と350条の3第1項の関係を示す板

合意の主体は、検察官と、被疑者・被告人。条文で確かめましょう。

条文刑事訴訟法第350条の2第1項柱書

刑事訴訟法第350条の2第1項柱書 検察官は、特定犯罪に係る事件の被疑者又は被告人が特定犯罪に係る他人の刑事事件(以下単に「他人の刑事事件」という。)について一又は二以上の第一号に掲げる行為をすることにより得られる証拠の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状、当該関係する犯罪の関連性の程度その他の事情を考慮して、必要と認めるときは、被疑者又は被告人との間で、被疑者又は被告人が当該他人の刑事事件について一又は二以上の同号に掲げる行為をし、かつ、検察官が被疑者又は被告人の当該事件について一又は二以上の第二号に掲げる行為をすることを内容とする合意をすることができる。

長い条文ですが、骨組みは、被疑者・被告人が第1号の行為をし、検察官が第2号の行為をする、という約束です。第1号を見てみましょう。

条文刑事訴訟法第350条の2第1項第1号

刑事訴訟法第350条の2第1項第1号 一 次に掲げる行為  イ 第百九十八条第一項又は第二百二十三条第一項の規定による検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して真実の供述をすること。  ロ 証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること。  ハ 検察官、検察事務官又は司法警察職員による証拠の収集に関し、証拠の提出その他の必要な協力をすること(イ及びロに掲げるものを除く。)。

被疑者・被告人がする行為は、3つです。他人の刑事事件の取調べで真実を話すこと。証人として尋問を受けるときに真実を話すこと。そして、証拠の提出などで協力すること。ここで気づいてほしい点があります。350条の2は、どこにも、「自分の罪を認めれば」とは書いていません。これが、さっき触れた誤解を解くポイントです。合意制度は、Bが自分の横領罪を認めれば得をする制度ではありません。BがAの事件の解明に協力するから、その見返りとしてBの処分が軽くなる、という順序です。前者を自己負罪型、後者を捜査・公判協力型と呼びます。日本の合意制度は、捜査・公判協力型だけを採っています。

自分の罪を認めるだけで得をするなら、上位者の検挙に資さないまま、とにかく認めて得をする、という事態を招きかねません。それでは、真相解明がかえって遠のきます。主体の話に戻ります。合意には、弁護人の同意が必要です。

条文刑事訴訟法第350条の3

刑事訴訟法第350条の3 第1項 前条第一項の合意をするには、弁護人の同意がなければならない。 第2項 前条第一項の合意は、検察官、被疑者又は被告人及び弁護人が連署した書面により、その内容を明らかにしてするものとする。

被疑者・被告人が単独で検察官と向き合うと、力の差が大きすぎます。有利な処分を目の前にして、冷静な判断が難しくなる場面です。弁護人が内容をチェックして、本当に応じるべきかを一緒に判断します。この理由は、後で見る巻き込みの危険の歯止めにもつながります。合意は口約束では済まず、検察官・被疑者または被告人・弁護人の3者が連署した書面で内容を明らかにします。

検察官の見返りは不起訴訴因罰条の特定求刑意見即決裁判略式命令請求で対象犯罪は財政経済犯罪や薬物銃器犯罪に限られ死刑無期拘禁刑に当たる罪は除外されることを示す板

検察官の見返りも見ましょう。不起訴にすること、前に見た訴因——「何をしたか」を書く部分——や、罰条——当てはめる処罰規定——を約束どおりに決めて起訴・維持すること、求刑で特定の刑を求める意見を述べること、争いの無い軽い事件をできる限りその日のうちに終える、即決裁判手続を申し立てること、書面だけで罰金を言い渡す、略式命令を請求すること。こうした処分の軽減が主な中身です。どんな犯罪でも合意できるんですか。違います。対象は、一定の財政経済犯罪と、薬物銃器犯罪に限られます。条文は、これを「特定犯罪」と呼んでいます。死刑または無期拘禁刑に当たる罪は、除外されます。

処分の軽減で動機づけるには、重すぎる罪だと釣り合いません。取引の対象になじむ範囲に、あらかじめ線を引いています。なお、こうした犯罪に絡む証拠隠滅や証人への威迫の罪も、対象犯罪に含まれます。

協議から合意まで——弁護人が関わる手続

合意に至る前の協議は検察官と被疑者被告人と弁護人の三者で行うのが原則という350条の4を示す板

合意に至る前に、協議という手続があります。

条文刑事訴訟法第350条の4

刑事訴訟法第350条の4 第三百五十条の二第一項の合意をするため必要な協議は、検察官と被疑者又は被告人及び弁護人との間で行うものとする。ただし、被疑者又は被告人及び弁護人に異議がないときは、協議の一部を弁護人のみとの間で行うことができる。

原則は、検察官・被疑者または被告人・弁護人の3者です。検察官と本人だけで話すことは、できません。ここが、さっきの弁護人の同意の要件とつながります。3者そろって協議するのが原則で、異議が無ければ、弁護人だけとの協議に限って一部を任せられます。協議の中では、検察官が他人の刑事事件について供述を求めます。供述拒否権の告知を受ける点は取調べと同じですが、弁護人が同席する点が違います。証拠にはできません。合意というゴールに至らなかった協議は、無かったことに近い扱いを受けます。

協議合意合意内容書面への連署被疑者被告人の協力行為と検察官の処分軽減違反時の離脱という手続の流れを示す板

ここまでの流れを、1枚にまとめます。最後に、履行と違反の場面も押さえます。検察官が合意に違反したときは、協議での供述や、それに基づく証拠を、証拠として使えません。

条文刑事訴訟法第350条の14第1項

刑事訴訟法第350条の14第1項 検察官が第三百五十条の二第一項の合意に違反したときは、被告人が第三百五十条の四の協議においてした供述及び当該合意に基づいてした被告人の行為により得られた証拠は、これらを証拠とすることができない。

合意のどちらかが違反したときは、相手方は合意から離脱できます。離脱書面という手続で行います。

最大の危険——巻き込みの危険と、3つの歯止め

被疑者被告人が自分に有利な扱いを得るために無関係の第三者を虚偽の供述で巻き込むおそれという合意制度の急所を示す板

ここまでの手続を前提に、合意制度の最大の危険を考えます。被疑者・被告人は、自分の処分を軽くしたいと強く望んでいます。合意制度で一番怖いのは、検察官の側が約束を破ることではありません。被疑者・被告人の側が起こす問題です。何だと思いますか?もっと踏み込むと、無関係の第三者を、虚偽の供述で巻き込むおそれです。これを、巻き込みの危険と呼びます。処分を軽くしてほしいという動機が強いほど、この危険も大きくなります。だから、合意制度には、3つの歯止めが組み込まれています。

弁護人の同意関与虚偽供述等の処罰と自白減免合意内容書面の証拠調べ義務という巻き込みの危険に対する3つの歯止めを示す板

1つ目の歯止めは、もう出てきています。弁護人の同意と、協議への同席です。2つ目は、虚偽供述への処罰です。

条文刑事訴訟法第350条の15

刑事訴訟法第350条の15 第1項 第三百五十条の二第一項の合意に違反して、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対し、虚偽の供述をし又は偽造若しくは変造の証拠を提出した者は、五年以下の拘禁刑に処する。 第2項 前項の罪を犯した者が、当該合意に係る他人の刑事事件の裁判が確定する前であつて、かつ、当該合意に係る自己の刑事事件の裁判が確定する前に自白したときは、その刑を減軽し、又は免除することができる。

巻き込みの危険の重大さに見合った重さです。一度嘘をついても、裁判が確定する前に自分から認めれば、刑を軽くしたり免除したりできる、という規定です。真実を述べる方向に動機づけています。3つ目は、公判手続の特例です。検察官は、合意した本人の公判でも、その供述が使われる他人の公判でも、合意内容書面の取調べを請求する義務を負います。出さないでおく、という選択はできません。なぜだと思いますか。合意の存在と中身が分かって初めて、その供述に見返りという動機が絡んでいることを踏まえて、反対尋問し、裁判所も信用性を慎重に吟味できます。弁護人の関与、虚偽供述への処罰、合意内容書面の開示義務。この3つが、巻き込みの危険に対する歯止めです。

合意制度の理論的根拠——訴追裁量の中で考える

合意制度は罪の処罰を取引で免れさせる制度ではなく協力行為を犯罪後の情況として訴追裁量の範囲で考慮する制度だという理論的根拠を示す板

罪を犯した人の処罰を、取引で免れさせる制度だと考えると、違和感が残ります。合意制度の理論的根拠は、そこにはありません。

条文刑事訴訟法第248条

刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

検察官には、犯罪の軽重や情状などを考慮して、起訴するかどうかを決める裁量が認められています。248条は、「犯罪後の情況」も考慮要素に挙げています。BがAの事件の解明に協力した、という事情を、検察官が自分の訴追裁量の範囲内で有利に考慮しているだけなんです。だから、罪を犯した人の処罰そのものを取引で免れさせる制度、ではありません。

刑事免責——証人に、裁判所が一方的に与える

供述する人が起訴の対象ではない証人だったらどうするかという今日後半の問いを示す板 図:供述する人が起訴の対象ではない証人だったらどうするかという今日後半の問いを示す板

ここまでは、被疑者・被告人本人の話でした。では、供述する人が、起訴の対象ではない証人だったらどうなるでしょうか。前回、証人が出頭や供述を拒んだときに使える期日前の証人尋問を見ましたね。あれは、証人に「来てもらう・話してもらう」ための制度でした。では、証人が来て話したくても、「自分が処罰されるのが怖くて話せない」というときは、前回の尋問のままで、話してもらえるでしょうか?

何人も自己が刑事訴追を受けまたは有罪判決を受けるおそれのある証言を拒めるという146条の証言拒絶権を示す板

条文刑事訴訟法第146条

刑事訴訟法第146条 何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

証言拒絶権、というのがあった気がします。この146条が効いてくると、証人は、自分の別の罪に触れる証言を、正当に拒めます。想定してみましょう。Bは起訴の対象ではないけれど、証言すると、「偽装を知りながら黙認していた」という、自分の別の責任が明るみに出ると恐れて、証言を拒んでいます。ここで、合意制度は使えません。Bは起訴される立場ではないので、「処分を軽くする」という見返りがそもそも存在しません。交渉の材料が無いんです。ここで使うのが、刑事免責です。

検察官が請求し裁判所が決定して証人に免責を与え証言拒絶権を失わせて証言を義務づける刑事免責の定義を示す板

裁判所が、検察官の請求に基づいて、証人に一方的な免責を与えます。そのうえで、146条の証言拒絶権を失わせて、証言を義務づける。これが、157条の2・157条の3が定める、刑事免責です。Bの罪そのものは消えません。免除されるのは、刑罰そのものではなく、「その証言やそこから得られた証拠を、Bに不利益な証拠として使うこと」だけです。条文で確かめましょう。

条文刑事訴訟法第157条の2第1項

刑事訴訟法第157条の2第1項 第1項 検察官は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合であつて、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮し、必要と認めるときは、あらかじめ、裁判所に対し、当該証人尋問を次に掲げる条件により行うことを請求することができる。 一 尋問に応じてした供述及びこれに基づいて得られた証拠は、証人が当該証人尋問においてした行為が第百六十一条又は刑法第百六十九条の罪に当たる場合に当該行為に係るこれらの罪に係る事件において用いるときを除き、証人の刑事事件において、これらを証人に不利益な証拠とすることができないこと。 二 第百四十六条の規定にかかわらず、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができないこと。

請求できるのは検察官です。免責の中身は2つ。1つは、証言とそこから得られた証拠を、証人自身の刑事事件で不利益な証拠にしないこと。もう1つは、146条にかかわらず、証言拒絶権を行使できなくなることです。

条文刑事訴訟法第157条の2第2項

刑事訴訟法第157条の2第2項 第2項 裁判所は、前項の請求を受けたときは、その証人に尋問すべき事項に証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合を除き、当該証人尋問を同項各号に掲げる条件により行う旨の決定をするものとする。

この条件で尋問するかどうかを決めるのは、裁判所です。尋問を予定している段階、つまり尋問前の請求です。

条文刑事訴訟法第157条の3

刑事訴訟法第157条の3 検察官は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項について証言を拒んだと認める場合であつて、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮し、必要と認めるときは、裁判所に対し、それ以後の当該証人尋問を前条第一項各号に掲げる条件により行うことを請求することができる。

そのための規定が、157条の3です。証人が実際に証言を拒んだ後、それ以降の尋問について、同じ条件での請求ができます。もう1つ、大事な違いがあります。対象犯罪の限定です。刑事免責には、そうした対象犯罪の限定がありません。合意制度は検察官の処分を動かす取引なので、対象を絞る必要があります。刑事免責は、証人の罪を軽くする制度ではありません。その証言と派生する証拠を証人に不利益に使わないだけで、別の証拠があれば処罰できます。処罰を取引するわけではないので、罪の種類で線を引く必要が無いんです。

尋問前の請求157条の2と尋問後に拒んだ場合の請求157条の3裁判所の決定証人の証言義務供述と派生証拠の不利益証拠化禁止という刑事免責の流れを示す板

流れを1枚にまとめます。同じBでも、自分の処分を恐れる被疑者なら、検察官との交渉。別の罪の発覚を恐れる証人なら、裁判所の免責。相手が誰で、何を恐れているかで、道具が分かれます。

明文の無い刑事免責は認められなかった

アメリカ在住の証人にアメリカの裁判所で嘱託尋問を行うにあたり明文の無い刑事免責で証拠能力が認められるかが争われたロッキード事件を示す板

この157条の2と157条の3は、もともとあった規定ですか。違います。平成28年改正で新しくできた規定です。それより前に、明文の無い刑事免責が使えるかが争われた事件がありました。アメリカに住む証人に、アメリカの裁判所で尋問を嘱託するにあたって、検事総長が不起訴にする旨を宣言し、最高裁もその約束が守られる旨を宣言したうえで、証言を得ました。

判例最大判平7・2・22刑集49巻2号1頁(ロッキード事件丸紅ルート)

明文なき刑事免責と嘱託証人尋問調書の証拠能力 最高裁は、①刑事免責のような制度を採用するかどうかは、必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情との適合性などを慎重に考慮して決めるべきであり、②採用するのであれば、対象範囲・手続要件・効果等を明文で規定すべきだとした。③そのうえで、明文規定を欠く以上、この嘱託尋問調書の証拠能力は認められないとした。

明文が無いやり方でも、証言は得られました。ですが、最高裁は、その尋問調書を証拠として認めませんでした。免責のような強い制度を採用するなら、対象や手続、効果を、きちんと法律で定めるべきだ、というのが理由です。なぜ、法律が要るのか。免責は、本来なら処罰の材料になる証言を、その人に対しては使わせない、重い例外です。誰に、どこまで認めるかは、国民の感覚とも関わるので、国民の代表である国会が決めるべきだ、という考え方です。明文が無いまま実質的に免責を与えた結果、得られた証拠の使い道が閉ざされました。この判断を受けて、平成28年改正が、刑事免責の要件と効果を明文化したんです。

裏返すと、最高裁は、刑事免責そのものを許されないと言ったのではありません。否定したのは、法律の根拠が無いまま使うことです。最後に、もう1つだけ確認します。前回見た、期日前の証人尋問にも、刑事免責は及びます。

条文刑事訴訟法第228条第1項

刑事訴訟法第228条第1項 前二条の請求を受けた裁判官は、証人の尋問に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。

この228条1項で、期日前の証人尋問を受け持つ裁判官は、通常の裁判所・裁判長と同じ権限を持ちます。だから、起訴前の期日前証人尋問の場面でも、刑事免責を使えます。

2つの制度の対比とまとめ

合意制度は検察官と被疑者被告人本人との交渉で対象犯罪は特定犯罪に限られ刑事免責は裁判所が証人に一方的に付与し対象犯罪の限定が無いという2制度の対比を示す板

今日見た2つの制度を、並べてみましょう。一方、刑事免責は、裁判所が証人に一方的に与えるもの。交渉の要素は無く、対象犯罪の限定もありません。どちらも、「話すと自分が損をする」状況を取り除いて、話してもらう制度、という点は共通ですね。そして、どちらも、取調べに頼りすぎない捜査へ、という平成28年改正の流れの中で生まれました。

合意制度と刑事免責の要点として主体対象犯罪履行の担保理論的根拠を1枚にまとめた保存版の板

今日の内容を振り返ります。合意制度は、被疑者・被告人が他人の刑事事件の解明に協力する見返りに、検察官が処分を軽くする制度でした。弁護人の同意が必須で、巻き込みの危険には、弁護人の関与、虚偽供述への処罰、合意内容書面の開示義務という3つの歯止めがあります。理論的根拠は、協力行為を「犯罪後の情況」として訴追裁量の範囲で考慮することでした。刑事免責は、証人に対して、裁判所が一方的に免責を与え、証言拒絶権を失わせる制度でした。明文の無い刑事免責を否定した判例を受けて、平成28年改正で明文化されています。

相手が自分の処分を恐れる当事者なら交渉、相手が別の罪の発覚を恐れる証人なら免責。この見分け方を、覚えておいてください。

ページ上部へ ↑

#53単独ページ動画

取調べの録音録画義務と供述調書

第2章 捜査 ㉘/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

取調室から、帰れるか

在宅の被疑者と拘束中の被疑者では取調室から帰れるかどうかが違うという今日の出発点を示す板

いつでも帰れるのか、それとも、帰してもらえないのか、という質問ですね。答えは、場合によります。家にいる被疑者なら、帰れます。拘束されている被疑者は、実務では帰れません。ただし、話す義務まではありません。今日は、そこから始めます。被疑者本人から供述を得る手続、取調べそのものの骨格を見ていきましょう。

出頭要求と受忍義務——なぜ対立するかまで

検察官検察事務官司法警察職員は必要があるとき被疑者の出頭を求めて取り調べることができ拘束されていない被疑者は出頭を拒み退去できるという198条1項を示す板

まず、出頭要求の条文を確かめましょう。

条文刑事訴訟法第198条第1項

刑事訴訟法第198条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

逮捕も勾留もされていない被疑者、実務ではこれを在宅の被疑者と呼びますが、この人には出頭を拒む自由も、出頭したあと帰る自由もあります。在宅事件の取調べは、相手の同意に頼る任意捜査です。別件逮捕・勾留の回で見た対立を思い出しましょう。拘束中の被疑者が取調室から帰れるか。実務と学説、どちらが義務を認めていたか、思い出せますか?実務が認めて、学説は否定、でした。実務の根拠から見ましょう。この但書を逆から読む、つまり反対解釈すると、拘束されている被疑者には、出頭を拒む自由も、退去する自由も無い、とも読めます。ここから、拘束中の被疑者には取調べを受け入れる義務、取調べ受忍義務があるという考え方が出てきます。一方、学説は否定です。受忍義務を認めると、供述を強いられているのと同じ状態を作り出し、黙秘権の実質的な保障が損なわれる、というのが理由です。

被疑者を調べられる客体と見る糾問的捜査観と対等な防御の主体と見る弾劾的捜査観という対立の根っこを示す板

捜査法の見取り図の回で見た、捜査観の違いが根っこにあります。被疑者を、調べられる客体と見るか、検察官と対等な防御の主体と見るか。客体だと見る発想が、糾問的捜査観でしたね。糾問的な捜査観は、受忍義務を認める発想に馴染みます。対等な主体だと見る弾劾的な捜査観は、受忍義務を否定する発想に馴染みます。現行法は、どちらか一方ではなく、両方のバランスの上に立っている、と言われます。実務が示す、出頭・在室の義務は認めるが供述義務は認めないという運用は、まさにこのバランスの落としどころです。家に来た訪問販売員なら、話を聞くかどうかも、途中で切り上げて奥に引っ込むかも、住人の自由です。一方、すでに合宿所に泊まり込んでいる人は、「話を聞かせてください」と言われても、部屋を出て帰ることはできません。

ただ、学説はここを突きます。部屋から出られずに、朝から晩まで「話してください」と言われ続けたら、話さない自由は、形だけになりませんか。それが否定説の核心です。帰れないことが、そのまま話す圧力に変わる。実務は、在室の義務を認めても、それだけで話さない自由を奪うことにはならない、と考えています。

黙秘権の告知——取調べの入口で告げる

取調べに際してはあらかじめ自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならないという198条2項を示す板

この「話すかどうかは自由」という土台を支える条文が、もう1つあります。

条文刑事訴訟法第198条第2項

刑事訴訟法第198条第2項 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

取調べを始める前に、必ず告げなければなりません。黙っていていいと、わざわざ最初に告げるのはなぜですか。知らない権利は、使えないからです。取調室で質問されれば、答えなければいけないと思うのが普通です。だから、入口で必ず告げて、話すかどうかを自分で選べる状態にしてから始めます。

供述調書の作成——録取から署名押印拒否まで

録取から閲覧読み聞かせ増減変更の申立てを経て署名押印を求めるが拒否できるという198条3項から5項の流れを示す板

取調べで話した内容は、調書という書面にまとめられます。この過程を条文どおりに追いかけます。

条文刑事訴訟法第198条第3項

刑事訴訟法第198条第3項 被疑者の供述は、これを調書に録取することができる。

話した内容を、調書に書き取ります。

条文刑事訴訟法第198条第4項

刑事訴訟法第198条第4項 前項の調書は、これを被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせて、誤がないかどうかを問い、被疑者が増減変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない。

書いた後は、被疑者に見せるか、読み聞かせて、誤りがないかを確認します。被疑者が「ここは違う」と言えば、増減変更の申立てとして、その供述を調書に記載しなければなりません。

条文刑事訴訟法第198条第5項

刑事訴訟法第198条第5項 被疑者が、調書に誤のないことを申し立てたときは、これに署名押印することを求めることができる。但し、これを拒絶した場合は、この限りでない。

ただし、拒否することもできます。窃盗の取調べを受けた被疑者Aが、話した内容を調書にまとめられたとします。読み聞かされたAが、「金額の部分は言っていない」と訂正を求めれば、その申立ての内容が調書に記載されます。そのうえで、Aが最後まで署名を拒めば、拒否したという結果ごと記録に残るだけです。署名を拒否された調書は、原則として、法廷で証拠として使えなくなります。署名にこだわるのは、調書を書くのが、取調官だからです。本当に本人の言葉どおりかは、書面だけでは分かりません。署名押印は、本人が「これは私の言葉です」と認める印です。だから、被告人になった本人の調書を証拠にする322条1項は、署名か押印を条件にしています。話すかどうかだけでなく、書かれた言葉を自分のものと認めるかも、最後まで本人が決める、ということです。

被疑者以外の者の取調べとの対比——223条

被疑者の取調べと被疑者以外の者の取調べで黙秘権告知の有無だけが違うという対比を示す板

ここまでは、被疑者本人の取調べでした。被害者や目撃者のように、被疑者以外の者を調べるときはどうなるでしょうか。

条文刑事訴訟法第223条第1項

刑事訴訟法第223条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。

さっきの198条1項と、かなり似た形ですね。鑑定の回では、この条文を鑑定を頼む根拠として見ました。今日使うのは、取調べの部分です。では、被疑者の取調べには黙秘権の告知が要るのに、被疑者以外の者の取調べには要らない、と言われたら、なぜだと思いますか。条文で確かめましょう。

条文刑事訴訟法第223条第2項

刑事訴訟法第223条第2項 第百九十八条第一項但書及び第三項乃至第五項の規定は、前項の場合にこれを準用する。

198条2項の告知が準用から外れている、そこが核心です。出頭拒否・退去の自由や、調書の作成手続は準用されますが、黙秘権の告知だけ、準用から外れています。処罰されるかどうかだけで分けると、少し不正確です。自分に不利益な供述を強いられないという権利自体は、被疑者以外の者にも及びます。違うのは、保障の広さです。被疑者には、取調べのどんな事柄についても黙っていてよいという、包括的な黙秘権があるとされています。だから、その広さを実質化するために、入口での告知が必要になります。被疑者以外の者は、自分が罪に問われかねない事柄についてだけ、供述を拒めます。この範囲の違いが、告知の有無につながります。

取調べの録音・録画義務——301条の2

死刑無期拘禁刑の罪短期1年以上で故意致死の罪検察官独自捜査事件という301条の2第1項の対象事件を示す板

ここまで見てきた取調べには、もう1つ、大事な仕組みがあります。話すかどうかが自由な取調べは、密室で行われます。密室である以上、中で本当に何があったかは、後から検証しにくい。この危険に応える制度が、301条の2の録音・録画です。対象は決まっています。まず1つ目、死刑または無期拘禁刑に当たる罪の事件。

条文刑事訴訟法第301条の2第1項各号

刑事訴訟法第301条の2第1項各号(対象事件) 一 死刑又は無期拘禁刑に当たる罪に係る事件 二 短期一年以上の拘禁刑に当たる罪であつて故意の犯罪行為により被害者を死亡させたものに係る事件 三 司法警察員が送致し又は送付した事件以外の事件(前二号に掲げるものを除く。)

短期1年以上とは、刑の下限が1年以上、という意味です。例えば、殺人は1号、けがをさせるつもりで殴って死なせた傷害致死は、2号に当たります。この1号・2号は、おおむね市民が裁判員として加わる裁判員裁判の対象事件と重なります。3つ目は、1号・2号とは性質が違います。3つ目は、警察から検察に送られてきた事件ではなく、検察官が自分で直接捜査している事件。検察官独自捜査事件と呼ばれます。さっきの窃盗のAは、対象ですか。対象外です。窃盗は1号にも2号にも当たらず、警察から送られる事件なので3号にも当たりません。

現場で記録しておく義務と公判で記録媒体を証拠として出す義務という301条の2の二層構造を示す板

この録音・録画の義務は、一言では済みません。場面が違う、2つの義務に分かれています。ドライブレコーダーで考えてみましょう。走行中は常に記録しておく義務と、事故のときにその映像を提出する義務は、別の場面の別の義務です。まず1つ目、現場で記録しておく義務です。

条文刑事訴訟法第301条の2第4項柱書

刑事訴訟法第301条の2第4項柱書 検察官又は検察事務官は、第一項各号に掲げる事件(同項第三号に掲げる事件のうち、関連する事件が送致され又は送付されているものであつて、司法警察員が現に捜査していることその他の事情に照らして司法警察員が送致し又は送付することが見込まれるものを除く。)について、逮捕若しくは勾留されている被疑者を第百九十八条第一項の規定により取り調べるとき又は被疑者に対し第二百四条第一項若しくは第二百五条第一項(第二百十一条及び第二百十六条においてこれらの規定を準用する場合を含む。)の規定により弁解の機会を与えるときは、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録媒体に記録しておかなければならない。

これは、検察官や検察事務官が、取調べの現場で負う義務です。次に、2つ目の義務、公判でその記録を使う義務を見ましょう。

条文刑事訴訟法第301条の2第1項

刑事訴訟法第301条の2第1項 次に掲げる事件については、検察官は、第三百二十二条第一項の規定により証拠とすることができる書面であつて、当該事件についての第百九十八条第一項の規定による取調べ(逮捕又は勾留されている被疑者の取調べに限る。第三項において同じ。)又は第二百三条第一項、第二百四条第一項若しくは第二百五条第一項(第二百十一条及び第二百十六条においてこれらの規定を準用する場合を含む。第三項において同じ。)の弁解の機会に際して作成され、かつ、被告人に不利益な事実の承認を内容とするものの取調べを請求した場合において、被告人又は弁護人が、その取調べの請求に関し、その承認が任意にされたものでない疑いがあることを理由として異議を述べたときは、その承認が任意にされたものであることを証明するため、当該書面が作成された取調べ又は弁解の機会の開始から終了に至るまでの間における被告人の供述及びその状況を第四項の規定により記録した記録媒体の取調べを請求しなければならない。ただし、同項各号のいずれかに該当することにより同項の規定による記録が行われなかつたことその他やむを得ない事情によつて当該記録媒体が存在しないときは、この限りでない。

公判で、被告人に不利益な供述が書かれた調書を、検察官が証拠として出そうとした場面です。そこで被告人側が、「その供述は自分の意思で話したものではない疑いがある」と異議を述べたとき。検察官は、4項で記録した記録媒体の取調べを請求しなければなりません。請求しなければどうなるか。

条文刑事訴訟法第301条の2第2項

刑事訴訟法第301条の2第2項 検察官が前項の規定に違反して同項に規定する記録媒体の取調べを請求しないときは、裁判所は、決定で、同項に規定する書面の取調べの請求を却下しなければならない。

記録媒体を出さないと、調書そのものが却下されるんですね。ドライブレコーダーの例えで言えば、事故のときに映像を出さなければ、自分の言い分を証明する手段を自分で失うのと同じです。現場で記録する義務と、公判で記録を出す義務は、別の場面の別の義務、という二層構造になっています。

機器の故障被疑者の拒絶指定暴力団の構成員による犯罪報復や畏怖のおそれという4項の除外事由を示す板

記録する義務には、例外はないんですか。あります。4項各号の除外事由に当たれば、記録しなくてよくなります。

条文刑事訴訟法第301条の2第4項各号

刑事訴訟法第301条の2第4項各号(除外事由) 一 記録に必要な機器の故障その他のやむを得ない事情により、記録をすることができないとき。 二 被疑者が記録を拒んだことその他の被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。 三 当該事件が暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律…第三条の規定により都道府県公安委員会の指定を受けた暴力団の構成員による犯罪に係るものであると認めるとき。 四 前二号に掲げるもののほか、犯罪の性質、関係者の言動、被疑者がその構成員である団体の性格その他の事情に照らし…被疑者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあることにより、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき。

機器の故障で記録できないとき、それが1号です。2号は、被疑者自身が撮られることを拒んで、撮るとかえって十分に話せなくなる場合。3号は、指定を受けた暴力団の構成員が犯した罪の事件。4号は、記録されると被疑者や関係者が報復を恐れて話せなくなるおそれがある場合です。組織からの報復を恐れて供述できなくなることを防ぐための除外です。

平成28年改正で新設され令和元年6月1日に施行され合意制度と同じ取調べ依存からの転換という文脈を示す板

平成28年改正、令和元年6月1日施行の新しい規定です。前回見た合意制度や刑事免責と同じ改正パッケージです。取調べで供述を得ることに過度に頼ってきた捜査・公判のあり方から、転換していこうという、共通の流れの一部です。

被疑者の防御の概観——4つの手段

弁護人選任権黙秘権不服申立て証拠保全請求という被疑者の防御手段の地図を示す板 図:弁護人選任権黙秘権不服申立て証拠保全請求という被疑者の防御手段の地図を示す板

ここまで、捜査機関の側から見た取調べを追いかけてきました。最後に、視点を被疑者の側に移します。被疑者は、ただ調べられるだけの立場ではありません。被疑者は嫌疑の対象にはなりますが、まだ犯人だと断定されたわけではなく、あらゆる制約を甘んじて受ける必要はありません。自分を守るための道具が、いくつも用意されています。弁護士を頼む弁護人選任権。話さずにいられる黙秘権。不当な処分に対する準抗告などの不服申立て。そして、179条の証拠保全請求。第1回公判期日より前の段階で、証拠が失われないよう裁判官に保全を求める制度です。今日は名前と条文番号だけ押さえておいてください。

今日見た取調べの場面で、被疑者が一番直接に使う道具は何ですか。黙秘権です。

今日のまとめ

受忍義務の対立と折衷的運用調書作成と署名押印拒否223条との対比301条の2の二層構造という今日の骨格を1本にまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。在宅の被疑者は出頭を拒み退去できますが、拘束中の被疑者には出頭・在室の受忍義務があるというのが実務の立場でした。ただし、話す義務までは認められていません。2つ目。調書は、録取から閲覧・読み聞かせ、増減変更の申立てを経て、署名押印を求められますが、拒否できます。拒否された調書は原則として証拠になりません。3つ目。被疑者以外の者の取調べには、黙秘権の告知だけが準用されません。被疑者の黙秘権が包括的な保護だからです。4つ目。301条の2は、現場で記録しておく義務と、公判で記録媒体を証拠として出す義務という、二層構造を持っています。

出頭・在室と供述、記録と提出、どちらも「近くにあるけど別の義務」という形でしたね。場面が違えば、義務も別。この見分け方を、覚えておいてください。

ページ上部へ ↑

#54単独ページ動画

黙秘権の範囲と効果

第2章 捜査 ㉘/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

名前を聞かれて黙っていた

取調室で名前を聞かれて黙っていたらそれも黙秘権を使ったことになるのかという今日の問いを示す板

前回教わった、包括的な黙秘権のとおりでしたね。答えは、なります。被疑者・被告人の黙秘権は、一切の事柄が対象なので、名前も含まれます。ところが最高裁は、名前を伏せたまま出した書類を受け付けず、結局名前を明かすことになっても、憲法違反ではない、と判断しました。鍵は、憲法38条1項が何を守っているかです。守っているのは、「供述」を強要されないこと。その供述とは何なのか、どこまで広がる権利なのか。今日は、その中身を詰めていきましょう。

自己負罪拒否特権と黙秘権——誰の、どこまでの権利か

自己負罪拒否特権・証言拒絶権・包括的黙秘権の3段階の違いを比べる板 図:自己負罪拒否特権・証言拒絶権・包括的黙秘権の3段階の違いを比べる板

まず、一番大元の条文から見ましょう。

条文憲法第38条第1項

憲法第38条第1項 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

証人でも、参考人でも、誰でも持つ最低限の権利です。これを自己負罪拒否特権と呼びます。ただし、拒めるのは「自己に不利益な」供述だけです。証人にも別の条文があります。146条です。

条文刑事訴訟法第146条

刑事訴訟法第146条 何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

これは証人が使う証言拒絶権です。中身は、38条1項とほぼ同じ、「自分が罪に問われかねない事柄だけ」拒める権利です。147条は、近親者のための別の権利です。前回、被疑者以外の者の取調べで出てきた話を覚えていますか。被疑者以外は、自分が罪に問われかねない事柄だけしか拒めない、という話でした。それが、この146条・38条1項の範囲です。では、被疑者・被告人はどうでしょう。

条文刑事訴訟法第311条第1項

刑事訴訟法第311条第1項 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。

「終始沈黙」は、利益・不利益を問わず、一切の事柄について黙っていられるという意味です。前回見た198条2項も、見比べましょう。

条文刑事訴訟法第198条第2項

刑事訴訟法第198条第2項 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

198条2項は、「自己の意思に反して供述する必要がない」としか書いていません。311条1項ほど明確ではないんです。被疑者にも包括的な黙秘権はあります。被疑者にも及ぶ、と解釈するのが有力です。条文に無くても及ぶと解釈する理由は、被疑者は、起訴されれば被告人になる、前段階の存在だからです。被告人には終始沈黙する権利、という厚い保護があるのに、その前段階の被疑者にそれが無いというのは、バランスを欠きます。だから、被疑者の黙秘権も「終始沈黙」できる、包括的な権利だと理解されています。供述拒否権とも呼ばれます。

範囲の広い順に、被疑者・被告人の包括的な黙秘権、証人の証言拒絶権、何人もが持つ自己負罪拒否特権、の3段階です。例えば、ある夜の傷害事件で考えます。目撃者として法廷に呼ばれたAさんは、「その夜、何を見たか」には答えなければなりません。拒めるのは、「あなたも殴ったのでは」のように、自分が罪に問われかねない質問だけです。一方、被告人のBさんは、「その夜、どこにいたか」にも、答えずに黙っていられます。刑訴法が、憲法の最低ラインより広い権利を、被疑者・被告人に法律で与えている、ということです。

なぜ黙秘権を保障するか

人格の尊厳虚偽自白の防止挙証責任の所在自己情報コントロールという黙秘権の複数の保障根拠を示す板

いくつもの角度から理由づけがされています。まず1つ目。供述を法律で強制することは、個人の人格の尊厳を傷つける、という説明です。2つ目は、もっと実務的な理由です。供述を強制すると、苦しさから逃れたくてやってもいない罪を認めてしまう、虚偽自白を誘発します。3つ目は、挙証責任の所在からの説明です。罪を犯したという事実は、被告人自身の口からではなく、検察官が証明する責任を負っています。証明する側とされる側が逆転しないための裏づけです。4つ目は、自分の情報を自分でコントロールするプライバシー権として、刑事手続の中で特に強く保障した、という説明です。

どれか1つが正解、というより、別々の角度から同じ結論を支えている、と理解してください。

氏名は黙っていられるか

氏名のごときは原則として不利益な事項に該当しないという最大判昭32年判決の結論と例外4類型を示す板

さて、ここで冒頭の問いに戻ります。一切の事柄について黙っていられるなら、氏名も対象になるはずですね。実際に、氏名を黙っていられるかどうかが争われた事件があります。労働争議の中の集団行動をめぐって、威力業務妨害や公務執行妨害、傷害の罪に問われた被告人たちの事件です。被告人たちは、氏名を黙秘したまま、監房の番号を自分で書いて拇印を押した、弁護人選任届を出しました。ところが、この選任届は不適法だとして却下され、国選弁護人が選ばれます。結局、被告人たちは氏名を明かして、私選弁護人の選任届を出し直しました。

最高裁の結論を見ましょう。

判例最大判昭和32年2月20日(刑集11巻2号802頁)

氏名黙秘・弁護人選任届事件 氏名のごときは、原則としてここにいわゆる不利益な事項に該当するものではない。氏名黙秘のまま提出された弁護人選任届を却下し、結局氏名を開示させることになった訴訟手続・原判決も、憲法38条1項・37条3項に違反しない。

ここは2段に分けて考えます。1段目。刑訴法の包括的な黙秘権は、一切の事柄が対象なので、氏名も黙っていられます。2段目。この判例が判断したのは、憲法38条1項のほうです。38条1項が守るのは、「不利益な」供述だけでした。名前を名乗っても、それだけで、罪を犯したかどうかの手がかりには、普通なりません。だから氏名は、原則として「不利益な事項」に当たらない、とされました。さっきの3段階の区別が、ここで効いてきます。

⭐ 論文で書く規範:氏名黙秘の規範 氏名は、原則として「不利益な事項」に当たらない。 (規範(最大判昭32・2・20))

⭐ 論文で書く規範:氏名が例外的に「不利益な事項」となる場面 氏名を明らかにすることが、①前科の発覚につながる場合、②それによって累犯加重・常習犯の成立につながる場合、③被告人と犯人との同一性を示す材料になる場合、④共犯者の存在が明らかになる場合には、氏名も例外的に「不利益な事項」に当たりうる。 (通説的な整理)

氏名を言うことで、前科がバレたり、共犯者の存在がバレたりする場合は、話が別です。例えば、氏名を言うだけで、過去に同じ罪で服役していたことが明らかになり、それが累犯加重として刑を重くする事情に直結するような場合です。その場合の氏名は、もう「不利益な事項」に入り込んできます。犯人と同じ人だと分かってしまう場合も、同じです。例えば、現場に、名前の書かれた手帳が落ちていたとします。名乗った名前がそれと同じなら、名乗ることが、そのまま犯人と結びつく手がかりになります。賭博を繰り返してきた常習犯だと分かって、重い罪になる場合も同じです。どれも、名乗ることが、罪や刑の重さの手がかりに直結する場面です。

供述以外の証拠採取に及ぶか

供述には黙秘権が及ぶが呼気検査指紋写真撮影という供述以外の証拠採取には及ばないという線引きを示す板

もう1つ、冒頭で出てきそうな疑問を確かめましょう。呼気検査や指紋採取を拒んでも、それは黙秘権の話になるでしょうか。そこが、この論点の核心です。38条1項が守っているのは「供述」、つまり言葉で内心を伝える行為だけです。供述でない証拠、指紋・血液・写真撮影、そして呼気検査には、そもそも黙秘権の保障が及びません。実際に争われた事件があります。道路交通法は、酒気帯び運転の疑いがある運転者に、呼気検査を義務づけています。これを拒んだ人が、処罰された事件です。

判例最判平成9年1月30日(刑集51巻1号335頁)

呼気検査拒否事件 右検査は、酒気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その供述を得ようとするものではないから、右検査を拒んだ者を処罰する右道路交通法の規定は、憲法三八条一項に違反するものではない。

呼気からアルコールの量を調べているだけで、本人に何かを語らせているわけではありません。同じ検問でも、警察官が「何杯飲みましたか」と聞くのは別です。これは言葉で内心を語らせる質問なので、供述の側。黙秘権の守備範囲に入ります。指紋は、体の一部の模様を記録するだけ。写真撮影も、見た目を記録するだけ。どちらも、言葉による自己申告を求めてはいません。ここが今日の軸です。黙秘権が守るのは、供述という行為を強要されないこと。体から取る証拠は、そもそも守備範囲の外です。歯止めはあります。前に見た、令状の仕組みです。体を調べるなら、原則は身体検査令状が要ります。ただ、身体を拘束されている被疑者の指紋や写真撮影は、裸にしない限り、令状が要らない、という例外も見ましたね。どちらにしても、縛っているのは令状のルールで、黙秘権ではありません。

刑事手続以外の手続にも及ぶか——川崎民商事件ほか

刑事責任追及の資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にはひとしく及ぶという川崎民商事件の基準を示す板

では、税務署や、交通の行政手続のような、刑事手続以外の場面にも、38条1項は及ぶでしょうか。結論から言うと、場合によっては及びます。最高裁の判断は、2段に分かれます。1段目は、どんな手続なら38条1項が及ぶか、という基準。2段目は、この事件の帳簿検査がそれに当たるか、という点です。まず、最も有名な事件を見ましょう。所得税の確定申告に過少申告の疑いがあるとして、税務署職員が帳簿の呈示を求めたのに対し、これを拒んだ人が処罰された事件です。

判例最大判昭和47年11月22日(刑集26巻9号554頁)

川崎民商事件 憲法三八条一項……右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。もっとも、所得税法上の検査・質問は専ら公平確実な賦課徴収を目的とし、そのための資料取得に直接結びつく作用を一般的に有するものではなく、公益上の必要性・合理性がある。

保障が及ぶ手続の「範囲」は広く取りつつ、この事件の帳簿検査は、公平な課税のための一般的な調査で、刑事責任追及に直接結びつく作用を一般的に持つとまでは言えない、として合憲としました。

⭐ 論文で書く規範:刑事手続以外への拡張の基準(川崎民商事件) 38条1項の保障は、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶ。及ぶかどうかは、場所(刑事手続か行政手続か)ではなく、その手続の機能で決まる。 (規範(最大判昭47・11・22))

もし場所で決めると、名前だけ「行政の調査」にすれば、答えを強制できてしまいます。例えば、犯罪の証拠集めのために役所が質問し、答えないと罰する仕組みがあったとします。中身は取調べと同じなので、こういう手続には38条1項が及びます。この基準に沿って、似た事件がもう2つあります。1つ目は、自動車事故を起こした運転者に、事故の内容を警察官へ報告させる義務についての事件です。最高裁は、報告させる「事故の内容」とは、日時・場所・死傷者数といった客観的な事項に限られ、刑事責任を問われかねない事故の原因までは含まれない、と判断しました。だから、38条1項の供述強要には当たらず、合憲です。

もう1つは、医師法21条の事件です。死体を検案して、つまり外から調べて死因などを判断して、異状を認めた医師には、届出義務があります。この義務が、自分の医療過誤の罪責を問われかねない場合にも及ぶかが争われました。それでも最高裁は、この届出義務は犯罪捜査の端緒を得て社会を守るための行政上の義務で、公益上の必要性が高いこと、犯罪そのものの中身までは届出を強制していないこと、医師免許に伴う社会的な責務であることから、38条1項に違反しない、と判断しました。3つに共通するのは、その手続に必要性・合理性があって、しかも求められている中身に、自分が刑事責任を問われかねない事項までは含まれていない、という理由づけです。

黙秘したことを不利益に扱えるか

黙秘権の行使に制裁を科すことは許されず黙秘した事実から不利益な事実を推認することも原則許されないという板

次は、実際に黙ったらどうなるか、という問題です。まず前提として、黙秘権を行使したこと自体に、罰則など何らかの制裁を科すことは許されません。では、制裁ではなく、「黙っているのは、やましいことがあるからだろう」と、裁判官が有罪方向の事実として使うことはどうでしょう。現行法の解釈では、これも原則として許されません。黙っていたという事実だけを理由に、不利益な事実を推し量ることの禁止で、不利益事実推認の禁止と呼ばれます。黙秘する理由は、人によってさまざまだからです。本当にやましいから黙る人もいれば、動揺してうまく話せないから黙る人、弁護人が来るまで話したくない人、単に権利を使いたいだけの人もいます。

しかも、黙ったら不利になるとわかっていたら、結局話さざるを得なくなります。それでは、話すかどうかを自由に選べる、という黙秘権の保障が掘り崩されてしまいます。なお、有罪認定の証拠にはできませんが、量刑面の扱いをめぐっては、また別の議論があります。

黙秘権を行使した後も、取調べは続くか

学説の遮断効の主張と実務が身柄拘束中の取調べを継続する運用を前回の受忍義務の結論から示す板

前回、拘束中の被疑者が取調室から帰れるかで、実務と学説が割れました。学説は、帰れないまま聞かれ続けると、話さない自由が形だけになるとして、受忍義務を否定しました。さて、実務はどうだったと、前回見ましたか?実務は出頭・在室の義務を認める立場でしたね。話す義務までは認められない、というのが折衷的な運用でした。学説の中には、黙秘権を行使したこと自体が、取調べの継続を禁じる効果を持つ、と主張するものがあります。黙秘権の遮断効と呼ばれます。聞かれ続けること自体が、話す圧力になります。前回、受忍義務を否定した学説と、同じ発想です。ただ、実務上は、黙秘権を行使したことだけを理由に、直ちに取調べをやめることは稀です。捜査機関は、供述するよう説得する行為を続けることが多いです。

身柄を拘束されている以上、出頭・在室の義務はなくなりません。部屋にいる義務があっても、話さない自由まで奪うわけではありません。だから、説得を続けること自体は許される、と考えるわけです。実務では、黙秘権の遮断効は観念されていません。公判では、また別の判断がされた例があります。被告人が明確に黙秘の意思を示しているのに、検察官が延々と質問を続ける行為は、「黙秘権の行使を危うくする」と説示した、ある高裁の裁判例です。身柄拘束中の取調べと、公判での質問継続は、場面が違うので、混ぜて考えてはいけません。

今日のまとめ

権利者の広さ氏名は黙っていられるが38条1項の不利益な事項には原則当たらないという2段供述以外への不及刑事手続外への拡張不利益推認の禁止という今日の骨格を1本にまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。何人もが持つ自己負罪拒否特権は、不利益な供述だけを拒める権利。被疑者・被告人が持つ包括的な黙秘権は、利益不利益を問わず終始沈黙できる、もっと広い権利です。2つ目。氏名も黙秘権の対象ですが、憲法38条1項の「不利益な事項」には原則として当たりません。ただし、前科や共犯者がバレる場合は例外です。3つ目。黙秘権が守るのは「供述」だけで、呼気検査・指紋・写真撮影のような供述以外の証拠採取には、そもそも及びません。4つ目。38条1項の保障は、刑事手続の外にも及びます。決め手は、場所ではなく、刑事責任追及の資料取得に直接結びつく作用を一般的に持つか、という機能です。5つ目。黙秘した事実から不利益な事実を推認することは、原則として許されません。6つ目。身柄拘束中は、前回見た受忍義務が引き続き効いて、実務上、黙秘権の遮断効は観念されていません。

全部、「38条1項が守っているのは何か」という1つの問いから説明できるんですね。守っているのは、供述という行為を強要されないこと。それだけを軸に、誰が持つか、どこまで広がるか、使うとどうなるか、を整理すれば、今日の話は全部つながります。

ページ上部へ ↑

#55単独ページ動画

弁護人選任権と私選弁護人の選び方

第2章 捜査 ㉙/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

逮捕されていなくても、弁護士に頼めるか

逮捕されていない友人がいまのうちに弁護士に頼んでおくべきかという今日の問いを示す板

どうしましたか。逮捕される前でも弁護士に相談すべきか、ということですね。それは良い問いです。前回までで、被疑者が使える防御の道具を4つ挙げました。何だったか、覚えていますか?弁護士を頼む弁護人選任権、話さずにいられる黙秘権、不服申立て、証拠保全請求でした。今日は、その1つ目、弁護人選任権の中身に入ります。先に答えを言うと、逮捕を待つ必要はありません。刑訴法は、弁護人を「いつでも」選べる、としています。なぜそう言えるのか、今日はそこを確かめます。

弁護人選任権の根拠——憲法と刑訴法の関係

憲法34条前段の身体拘束時の弁護人依頼権憲法37条3項の被告人の弁護人依頼権刑訴30条1項のいつでも選任できる権利という対応関係を示す板

まず、憲法から確かめましょう。条文を並べて思い出しましょう。

条文憲法第34条前段

憲法第34条前段 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。

34条前段の権利は、身体拘束が条件です。

条文憲法第37条第3項

憲法第37条第3項 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

憲法の条文だけを見ると、そうなってしまいます。ここを埋めるのが、刑事訴訟法30条1項です。

条文刑事訴訟法第30条第1項

刑事訴訟法第30条第1項 被告人又は被疑者は、何時でも弁護人を選任することができる。

刑訴法30条1項は、被告人が持つ「いかなる場合にも」という厚い保障を、拘束の有無を問わず、被疑者にも及ぼしています。34条前段は「拘束された人」、37条3項は「被告人」、それぞれ別の切り口で弁護人依頼権を保障しています。刑訴法30条1項は、この2つを合わせて、被疑者・被告人の双方に、拘束の有無を問わない「いつでも」の権利として与えています。この続きは、後半でもう一度戻ります。

なぜ弁護人選任権が保障されるか——本人と手続の両面から

拘束された本人にとっての外とつながる窓口という面と、手続の歯止め・立て直しという面から弁護人選任権を支える理由を示す板

先ほどの34条や37条3項の保障には、大きく分けて2つの柱があります。1つは、拘束されて孤立した本人を守るという柱。もう1つは、手続そのものを健全に保つという柱です。まず、本人の側から見てみます。身柄を拘束されると、外の世界とのつながりがほとんど絶たれます。身に覚えのない万引きで逮捕された被疑者Aは、留置されている間、外と話せる相手がほとんど弁護人だけ、という状態になります。その窓口があるからこそ、取り返しのつかない誤りを止められます。Aが取調べで「認めればすぐ帰れる」と言われ続けたとします。弁護人が面会して、覚えていないことは覚えていない、と言っていい、と伝えるだけで、虚偽の自白を1つ止められます。

次に、手続の側から見てみます。争える人がそばにいると、捜査や手続の行き過ぎに、歯止めがかかります。しかも争うだけでなく、事件の後の立て直しにもつながります。更生に向けた助言や、被害者との関係を整える働きかけです。本人を守る話と、手続を守る話は、どちらか1つに絞られるわけではありません。

誰を弁護人に選べるか——弁護士に限る原則

弁護人は弁護士に限るという31条1項の原則と簡裁地裁での例外である特別弁護人を示す板

次に、「誰を」呼べるかです。

条文刑事訴訟法第31条

刑事訴訟法第31条 1項 弁護人は、弁護士の中からこれを選任しなければならない。 2項 簡易裁判所又は地方裁判所においては、裁判所の許可を得たときは、弁護士でない者を弁護人に選任することができる。ただし、地方裁判所においては、他に弁護士の中から選任された弁護人がある場合に限る。

弁護士でなければ弁護人になれないのが原則、簡裁・地裁では裁判所の許可があれば弁護士でない特別弁護人を選べる、という関係でした。弁護士に限るのは、法律の知識と、依頼人のために動く職業上の義務を持つ専門家でなければ、捜査機関と向き合う助けにならないからです。逮捕直後から知人を特別弁護人にできるか、そこが今日の境目です。起訴された後の段階でなら、特別弁護人を選べます。しかし、起訴される前、つまり被疑者の段階では、特別弁護人を選ぶことはできません。最高裁も、この点を判断しています。

判例最決平成5年10月19日(刑集47巻8号67頁)

起訴前の特別弁護人事件 刑訴法三一条二項によりいわゆる特別弁護人を選任することができるのは公訴が提起された後に限られる。

理由は2つあります。1つ目。31条1項は、弁護士でない者の選任を、一般的に禁止しています。2項は、その例外規定なんです。2つ目。2項をよく見ると、裁判所の種類で要件を分けています。地方裁判所では、他に弁護士の弁護人がいる場合に限る、というただし書きがあります。そこが問題なんです。例えば、簡易裁判所が許可した後、事件が地方裁判所に起訴されたとします。このとき、弁護士の弁護人がいなければ、ただし書きに抵触してしまいます。どの裁判所が事件を担当するか定まってからでないと、許可の要件を判断できないんです。

捜査段階で弁護人は何をするか——2つの顔

適正手続の監視と支援事実証拠面の主張と収集という捜査段階の弁護人が持つ2つの役割を示す板

大きく分けて、2つの顔があります。1つ目は、捜査手続がきちんと適正に進んでいるかを見張り、被疑者が持っている権利の行使を支える顔です。取調べで何を話すか、何を黙るかについて助言したり、行き過ぎた捜査があれば、是正を働きかけたりします。2つ目は、被疑者の言い分を踏まえて、事実や法律上の主張を組み立て、その裏づけになる証拠を集める顔です。無実を示す証拠を独自に集めたり、被害者との話し合いを進めたりする活動も、この2つ目の顔に含まれます。1つ目の監視・支援は、昔からある中心的な役割です。2つ目の主張・証拠収集は、裁判員裁判や、公判の前に主張と証拠を出し合う公判前整理手続、それに、起訴される前の被疑者にも国が弁護人を付ける、被疑者国選の導入を経て、重要性が増してきた役割です。起訴されてから証拠を集め始めたのでは間に合わないので、捜査段階から準備する役割が重くなったのです。

今日は、この2つの顔があるという骨格だけ押さえてください。中身は、弁護人の権限を扱う回で改めて見ます。

私選弁護人はいつ選べるか——「いつでも」に戻る

逮捕勾留がなくても捜査対象になりそうだと分かった時点から弁護人を選べるという私選弁護人の選任時期を示す板

さて、ここで冒頭の友人の話に戻りましょう。先ほど見た刑訴法30条1項の「何時でも」の中身を、もう少し具体的に見ます。「いつでも」には、少なくとも3つの場面が含まれます。1つ目、捜査機関から呼出しを受けた時点。2つ目、事情聴取を受けた人が、周りの状況から自分に嫌疑がかかっていると判断できる時点。3つ目、近い将来、自分が被疑者として捜査の対象になりそうだと予想できる時点。3つ目は、例えば、会社で経費の使い込みの社内調査が始まり、自分の名前が挙がっていると聞いた経理担当者です。警察がまだ動いていなくても、この時点で選べます。

身体拘束は、要件ではありません。逮捕されるのを待つ必要はありません。今、この時点で、弁護人選任権は使えます。

私選弁護人を選ぶ3つの入口

委任契約と選任届弁護士会への申出裁判官等への申出という私選弁護人を選ぶ3つの入口を対比する板

大きく分けて、3つの入口があります。1つ目は、頼みたい弁護士がすでに決まっている場合です。本人と弁護士の間で委任契約を結び、弁護人選任届を作って提出します。2つ目は、誰に頼めばいいか分からない場合です。この場合、弁護士会に選任の申出をできます。

条文刑事訴訟法第31条の2

刑事訴訟法第31条の2 1項 弁護人を選任しようとする被告人又は被疑者は、弁護士会に対し、弁護人の選任の申出をすることができる。 2項 弁護士会は、前項の申出を受けた場合は、速やかに、所属する弁護士の中から弁護人となろうとする者を紹介しなければならない。 3項 弁護士会は、前項の弁護人となろうとする者がないときは、当該申出をした者に対し、速やかに、その旨を通知しなければならない。同項の規定により紹介した弁護士が被告人又は被疑者がした弁護人の選任の申込みを拒んだときも、同様とする。

紹介できる弁護士がいなければ、その旨を通知する義務もあります。3つ目は、すでに逮捕や勾留で身体拘束されている場合です。

条文刑事訴訟法第78条第1項

刑事訴訟法第78条第1項 勾引又は勾留された被告人は、裁判所又は刑事施設の長若しくはその代理者に弁護士、弁護士法人又は弁護士会を指定して弁護人の選任を申し出ることができる。ただし、被告人に弁護人があるときは、この限りでない。

逮捕された被疑者にも、この仕組みが準用されています。拘束されて外部と連絡を取りづらい人でも、施設の長や裁判官という、その場にいる人を通じて、弁護人を探してもらえます。

選任届の方式——起訴前後で何が変わるか

起訴前の選任には方式の定めが無いが第一審まで効力を引き継ぐには弁護人との連署書面を検察官か司法警察員に出しておく必要があるという選任届の落とし穴を示す板

弁護人選任届には、もう1つ、気をつけたい点があります。起訴の前と後で、選任届の方式と提出先が変わることです。起訴される前は、選任そのものの方式についてはっきりした定めがありません。選任する側、つまり被疑者やその家族の署名や捺印だけでも、起訴前の選任としては成り立ちます。ただし、それだけだと、起訴された後まで効力が引き継がれません。

条文刑事訴訟規則第17条

刑事訴訟規則第17条 公訴の提起前にした弁護人の選任は、弁護人と連署した書面を当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員に差し出した場合に限り、第一審においてもその効力を有する。

本人だけの署名では、その弁護士が本当に受任したのかが分かりません。弁護人本人にも署名させることで、受任の事実をその場で確かめられるようにしている、と説明されます。起訴前の選任を起訴後にも引き継ぎたいなら、選任する側と弁護人の両方が署名した書面を、その事件を扱っている検察官か司法警察員に出しておく必要があります。提出先を具体的に言うと、事件が検察庁に送られる前は、事件を扱っている警察署の司法警察員、送られた後は、送致先の検察庁の検察官です。例えば、さっきのAがまだ警察署にいる段階で、Aの署名だけの選任届を出したとします。この選任は、起訴前の選任としては有効ですが、弁護人の署名が無いので、起訴された後には引き継がれません。

起訴後に新しく選ぶときも、選任する側と弁護人の両方が連署した書面を、事件が係属する裁判所に差し出さなければなりません。刑事訴訟規則18条に定めがあります。起訴前の連署の届が起訴後も有効かは、被告人と弁護人の回で一度見た条文です。もう一度条文で確認しましょう。

条文刑事訴訟法第32条第1項

刑事訴訟法第32条第1項 公訴の提起前にした弁護人の選任は、第一審においてもその効力を有する。

連署の届を出してあれば、起訴前に選んだ弁護人は、第一審が終わるまで、そのまま効力を持ち続けます。連署の無い選任届だと、この32条の保護を受けられません。

私選弁護人は何人まで選べるか

私選弁護人は原則3人までだが事案が複雑で頻繁な接見の必要があるなどの特別の事情があれば超過を許可できるという板

実は、人数には上限があります。私選弁護人は、原則として3人までです。刑事訴訟規則27条に定めがあります。

条文刑事訴訟規則第27条第1項

刑事訴訟規則第27条第1項 被疑者の弁護人の数は、各被疑者について三人を超えることができない。但し、当該被疑事件を取り扱う検察官又は司法警察員の所属の官公署の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所が特別の事情があるものと認めて許可をした場合は、この限りでない。

許可を出すのは、事件を扱う検察官や司法警察員が所属する役所の所在地を管轄する裁判所です。上限を決めているのは、弁護人が増えすぎると、手続の連絡や進行が混乱しやすくなるからです。そこには例外があります。規則27条には、「特別の事情」があれば、3人を超えて選任できる但し書きがあります。実際に争われた事件があります。6人の弁護人を選任したいと申し出て、却下されたケースです。最高裁は、「特別の事情」があるといえる場合を、こう示しました。

判例最決平成24年5月10日(刑集66巻7号663頁)

私選弁護人の人数超過許可事件 事案が複雑で、頻繁な接見の必要性が認められるなど、広範な弁護活動が求められ、3人を超える数の弁護人を選任する必要があり、かつ、それに伴う支障が想定されない場合には、これがあるものと解される。

しかも、人数を増やしたことで、手続に支障が出ないこともあわせて必要とされました。複雑さと必要性、そして支障が無いこと、この組み合わせが「特別の事情」に当たるかどうかの判断材料になります。この決定は、6人という超過の請求を退けた下級審の判断を、取り消しました。上限を置いた理由は、弁護人が増えすぎて手続が混乱するのを防ぐことでした。広い弁護活動が必要で、しかも混乱のおそれが無いなら、その理由自体が働きません。だから超えてよい、という筋です。

本人以外にも選べる人——独立代理人

被疑者本人と配偶者や親族などの独立代理人がそれぞれ弁護人を選任できるが解任は本人の意思が最優先されるという関係図

実は、本人以外にも、弁護人を選べる人がいます。今日は、その選任が「独立して」できるとはどういうことか、突っ込んで見ます。

条文刑事訴訟法第30条第2項

刑事訴訟法第30条第2項 被告人又は被疑者の法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹は、独立して弁護人を選任することができる。

「独立して」というのがポイントです。本人の意思にかかわりなく、選任できる、という意味です。例えば、さっきのAが拘束されていて連絡が取りづらい間に、Aの配偶者Bが、Aに一言も確認しないまま、弁護士Cを選んで選任届を出すこともできます。ただし、そのまま何でも通るわけではありません。選任は独立してできても、解任、つまり弁護人をやめさせる場面では、本人の意思が最優先されます。Aは、Bが選んだCを、自分の判断で解任できます。逆に、Bが「Cをやめさせたい」と考えても、Aの意思に反してまで解任することはできません。

解任だけ本人が最優先なのは、弁護人選任権が本人の防御のためにある権利だからです。誰を味方としてそばに置くかは、最終的に本人にしか決められません。なお、すでに国が選んだ弁護人がいる場合、私選弁護人を新たに選ぶことは、その国選弁護人の解任事由にもなります。この国選弁護人の制度そのものは、改めて別に見ます。

今日のまとめ

憲法と刑訴法の関係本人と手続の両面の保障根拠弁護士に限る資格2つの役割いつでもの中身3つの入口人数制限独立代理人という今日の骨格を1本にまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。憲法34条前段の身体拘束時の権利と、憲法37条3項の被告人の権利を、刑訴法30条1項が「いつでも」として被疑者・被告人の双方に及ぼしています。2つ目。弁護人選任権は、拘束された本人を守る面と、手続そのものを健全に保つ面、その両方から支えられています。3つ目。弁護人は弁護士に限るのが原則で、弁護士でない特別弁護人は、起訴後の例外です。4つ目。捜査段階の弁護人には、適正手続の監視・支援と、事実・証拠面の主張・収集という、2つの顔があります。5つ目。「いつでも」とは、身体拘束を要件としない、という意味です。6つ目。私選弁護人を選ぶ入口は、委任契約、弁護士会への申出、裁判官等への申出の3つがあり、起訴前の選任を第一審まで引き継ぐには、弁護人との連署の届が必要です。7つ目。私選弁護人は原則3人までですが、事案の複雑さと接見の必要性など特別の事情があれば、超過が許可されることがあります。8つ目。本人以外にも、配偶者や親族が独立して弁護人を選べますが、解任する権利は本人に優先します。

逮捕を待つ必要はなく、今この時点で、弁護人選任権は使えます。弁護人がいなければ、国が弁護人をつける仕組みも別に用意されています。そこは、また改めて見ましょう。

ページ上部へ ↑

#56単独ページ動画

被疑者国選弁護の要件と解任

第2章 捜査 ㉙/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

お金が無くて弁護士を頼めない

逮捕された被疑者にお金が無く弁護士を頼めないという今日の問いを示す板 図:逮捕された被疑者にお金が無く弁護士を頼めないという今日の問いを示す板

今日は、前回触れた、国が弁護人をつける仕組みの続きです。前回、弁護人選任は「いつでも」できると学びました。でもそれは、頼めるお金がある人の話です。そこを埋めるのが今日のテーマ、被疑者国選弁護制度です。先に答えを言うと、国選弁護人が付くのは、勾留の段階からです。そして、いったん付いたら、本人や弁護人の一存では終われません。誰に、いつ、どう付くのか、そしてどう終わるのか、順番に見ていきます。

なぜ国が肩代わりするのか——私的契約から公費負担へ

国選弁護制度の意義=弁護人選任は本来私的な契約であり支払えなければ成立しないが本人を守る面と手続を健全に保つ面から国が費用を肩代わりする国選弁護制度が要るという板

まず、そもそもなぜ国が弁護士費用を肩代わりするのか、そこから確かめます。弁護人の選任は、本来、選ぶ側と弁護士との私的な契約です。契約である以上、費用を払えなければ成立しません。ここまでは私人どうしの取引と変わりません。でも、前回立てた2本柱は、何と何だったか、思い出せますか?拘束された本人を守る面と、手続そのものを健全に保つ面、でした。この2本柱で支えられている権利が、財布の中身だけで有る無しが決まってしまったら、どうなりますか。お金の有無で、守られる人と守られない人が分かれてしまいます。たとえば医療保険を考えてみてください。持病があって専門医にかからないと危ない人が、保険が効かず全額自己負担だったら、お金の切れ目が命の切れ目になりかねません。

弁護人選任権も同じ発想で、国が費用を肩代わりする仕組みが整えられました。これが国選弁護制度です。

憲法は「被告人」限定——それでも被疑者に広がった理由

被疑者国選弁護制度の根拠=憲法37条3項の国選弁護人請求権は文言上被告人にしか及ばないが2本柱を身体拘束の早い段階に当てはめて被疑者国選が広げられたという板

ただし、ここに落とし穴があります。前回見た憲法37条3項を、もう一度見てください。

条文憲法第37条第3項

憲法第37条第3項 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

憲法の文言上、国選弁護人を約束されているのは、「被告人」だけです。文言だけを見れば、そうなります。実際、刑訴法も長いあいだ、国選の対象を被告人に限っていました。さっきの2本柱に、もう一度戻ります。本人を守る面は、身体拘束のどの段階で一番強く効きますか。拘束されて孤立している間、です。それは起訴された後だけではなく、勾留されている捜査の段階からです。前回の被疑者Aが、「認めればすぐ帰れる」と言われ続けたのも、起訴される前の取調べでした。前回見た、捜査の行き過ぎに歯止めをかける働きは、捜査が進んでいる起訴前にこそ要ります。

そこで刑訴法は、憲法の明文が無いところに、法律で被疑者国選弁護制度を設けました。最初は重い事件に限って始まり、その後の改正を経て、平成28年の改正で、勾留された被疑者全体に広がりました。被疑者国選は、憲法が直接命じたものではなく、2本柱の趣旨を捜査段階に及ぼした、法律上の制度です。

では、逮捕された直後の被疑者はどうか

逮捕段階では被疑者国選を請求できず当番弁護士制度が代わりに機能するという板 図:逮捕段階では被疑者国選を請求できず当番弁護士制度が代わりに機能するという板

ここで1つ、考えてみてください。2本柱が一番強く効くのは、身体を拘束された直後です。では、逮捕された直後の被疑者は、この被疑者国選を請求できるでしょうか?冒頭で、勾留の段階から、と伺いました。でも、逮捕も拘束の一種です。それでも、現行法は逮捕段階を対象にしていません。逮捕から勾留までの間は、制度の対象外に残ります。ここで、さっきの「法律上の制度」が効いてきます。憲法が命じたものではないので、どこから付けるかは、法律が引く線です。今の法律は、その線を勾留に引いています。逮捕まで線を動かすことも、法律を変えればできます。実際、身体を拘束された人に弁護人の助けを保障する憲法34条を根拠に、国選を逮捕段階にまで広げるべきだ、という主張もあります。

逮捕から勾留までのそのすき間は、弁護士会が独自に動かしている当番弁護士制度が実務で補っています。今日は、逮捕段階は被疑者国選の対象外だ、ということだけ押さえてください。

被疑者国選の請求要件——いつから・誰が

被疑者国選弁護人の選任の要件=勾留状が発せられている被疑者が貧困その他の事由で弁護人を選任できないとき裁判官が請求により弁護人を付さなければならないという37条の2の要件を示す板

では、逮捕段階が対象外だとなぜ言えるのか、条文で確かめましょう。

条文刑事訴訟法第37条の2

刑事訴訟法第37条の2 被疑者に対して勾留状が発せられている場合において、被疑者が貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは、裁判官は、その請求により、被疑者のため弁護人を付さなければならない。ただし、被疑者以外の者が選任した弁護人がある場合又は被疑者が釈放された場合は、この限りでない。 2 前項の請求は、勾留を請求された被疑者も、これをすることができる。

逮捕状ではなく、勾留状です。逮捕されただけの段階では、この条文はまだ動きません。2項は、勾留状が実際に発せられる前でも、検察官が裁判官に勾留を請求した段階から、もう請求できる、という意味です。勾留を請求された段階と、勾留状が発せられた段階、この2つのどちらかに入っていれば請求できます。たとえば、月曜に逮捕され、水曜に検察官が勾留を請求した被疑者なら、水曜のその時点から請求できます。月曜と火曜は、まだどちらにも入りません。次に、「貧困その他の事由」という要件です。この「その他の事由」には、お金が無いことのほかに、たとえば、弁護士会に頼んでも、引き受けてくれる弁護士が見つからなかった、という事情も入ります。そして、この要件を満たせば、裁判官は「付さなければならない」、つまり拒める裁量がありません。

ただし書きも大事です。すでに私選弁護人がいる場合や、被疑者が釈放された場合は、対象外です。

資力申告と基準額——先に私選を試す場面はどこまでか

資力申告書を提出し基準額50万円未満なら直ちに国選請求できるが基準額以上なら先に弁護士会への申出を経る必要があるという37条の3のフローを示す板

「貧困」を理由に請求するには、もう1つ手続があります。自分の資力を申告する書面、資力申告書を出すことです。

条文刑事訴訟法第37条の3第1項・第2項

刑事訴訟法第37条の3第1項・第2項 前条第一項の請求をするには、資力申告書を提出しなければならない。 2 その資力が基準額以上である被疑者が前条第一項の請求をするには、あらかじめ、その勾留の請求を受けた裁判官の所属する裁判所の所在地を管轄する地方裁判所の管轄区域内に在る弁護士会に第三十一条の二第一項の申出をしていなければならない。

資力申告書に書くのは、現金や預金など、政令で定める資産の合計額と、その内訳です。虚偽の資力申告には、10万円以下の過料という制裁があります。頭の片隅に置いてください。基準額は、政令で、50万円と定められています。標準的な生計費を賄ったうえで、弁護士費用に充てられる流動資産がこれを下回るかどうか、が基準です。資力が基準額未満なら、直ちに37条の2の請求ができます。手持ちの現金と預金を合わせても20万円ほどの被疑者が、こちらにあたります。基準額以上の場合が、さっきの条文の2項のポイントです。基準額以上の被疑者は、いきなり国選を請求できず、あらかじめ、弁護士会に弁護人選任の申出をしていなければなりません。預金が100万円ある被疑者は、こちらの、基準額以上の側にあたります。

31条の2の申出は、前回、誰に頼めばいいか分からない人が弁護士会に紹介を求める入口として見ました。資力がある人は、まずこの入口で私選を試してもらい、それでも引き受ける弁護士が見つからなかった場合に、さっきの「その他の事由」にあたるとして、国選の請求に進む、という流れです。国選は、私選がどうしても成り立たない場面を埋める制度、という位置づけが、この手続にも表れています。

本人が動けないとき・1人では足りないとき

精神上の障害等で弁護人の要否の判断が困難な場合に裁判官が職権で付す37条の4と死刑または無期拘禁刑にあたる事件で職権でさらに1人を追加できる37条の5を示す板

ここまでは、被疑者本人が請求する場面でした。本人が請求できない場合もあります。たとえば、精神上の障害などで、弁護人が必要かどうか、本人が自分で判断できない疑いがある場合です。

条文刑事訴訟法第37条の4

刑事訴訟法第37条の4 裁判官は、被疑者に対して勾留状が発せられ、かつ、これに弁護人がない場合において、精神上の障害その他の事由により弁護人を必要とするかどうかを判断することが困難である疑いがある被疑者について必要があると認めるときは、職権で弁護人を付することができる。ただし、被疑者が釈放された場合は、この限りでない。

財布の話ではなく、請求する判断能力そのものが問題になる場面の手当てです。人数は、原則1人です。ただし、重い事件では例外があります。

条文刑事訴訟法第37条の5

刑事訴訟法第37条の5 裁判官は、死刑又は無期拘禁刑に当たる事件について第三十七条の二第一項又は前条の規定により弁護人を付する場合又は付した場合において、特に必要があると認めるときは、職権で更に弁護人一人を付することができる。ただし、被疑者が釈放された場合は、この限りでない。

拘禁刑への一本化後の、現行の条文の言葉です。死刑、または無期拘禁刑にあたる重大事件で、すでに37条の2や37条の4で弁護人が付いている、または付ける場合に、特に必要があれば、裁判官が職権でもう1人追加できます。

終わり方——効力を失う場面と解任

国選弁護人の解任と効力の喪失=被疑者が釈放されると選任は効力を失うが勾留の執行停止による釈放は例外であり国選弁護人は自分からは辞められず裁判所が解任事由を認めたときだけ地位を失うという板

ここまでで、誰に、いつ、どう付くかを見ました。最後に、どう終わるかを見ます。まず、自然に効力を失う場面です。

条文刑事訴訟法第38条の2

刑事訴訟法第38条の2 裁判官による弁護人の選任は、被疑者がその選任に係る事件について釈放されたときは、その効力を失う。ただし、その釈放が勾留の執行停止によるときは、この限りでない。

国選は、身体拘束が続いていることを前提に付けられています。拘束が解ければ、前提が消えます。執行停止だけが例外なのは、なぜだと思いますか。以前、勾留から出る道具として見た、手術で数日だけ入院するときの執行停止です。勾留そのものは終わっていないんです。執行停止は、いつでも取り消されて身柄が戻り得る状態です。事件そのものは終わっていないので、国選弁護人の必要性も消えていません。だから効力は残ります。逆に、起訴されないまま釈放されたなら、勾留はそこで終わるので、国選の選任も効力を失います。釈放以外で終わらせる道が、解任です。

条文刑事訴訟法第38条の3

刑事訴訟法第38条の3 裁判所は、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、裁判所若しくは裁判長又は裁判官が付した弁護人を解任することができる。一 第三十条の規定により弁護人が選任されたことその他の事由により弁護人を付する必要がなくなつたとき。二 被告人と弁護人との利益が相反する状況にあり弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき。三 心身の故障その他の事由により、弁護人が職務を行うことができず、又は職務を行うことが困難となつたとき。四 弁護人がその任務に著しく反したことによりその職務を継続させることが相当でないとき。五 弁護人に対する暴行、脅迫その他の被告人の責めに帰すべき事由により弁護人にその職務を継続させることが相当でないとき。 2 弁護人を解任するには、あらかじめ、その意見を聴かなければならない。 3 弁護人を解任するに当たつては、被告人の権利を不当に制限することがないようにしなければならない。 4 公訴の提起前は、裁判官が付した弁護人の解任は、裁判官がこれを行う。この場合においては、前三項の規定を準用する。

大きくまとめると、もう弁護人が要らなくなった場合、本人と利益がぶつかる場合、心身の事情で続けられない場合、任務に著しく反した場合、本人の責めに帰すべきトラブルで続けられない場合、この5つです。4項を見てください。公訴提起前は、裁判官が同じ権限を行います。準用、という形です。そして2項にあるとおり、解任する前に、必ず弁護人本人の意見を聴かなければなりません。国選弁護人が自分から辞められるかどうか、そこが、私選と一番違う点です。最高裁の判断を見てみましょう。

判例最高裁昭和54年7月24日第三小法廷判決(刑集33巻5号416頁)

国選弁護人の地位・辞任の可否事件 国選弁護人は、裁判所が解任しない限りその地位を失うものではなく、したがつて、国選弁護人が辞任の申出をした場合であつても、裁判所が辞任の申出について正当な理由があると認めて解任しない限り、弁護人の地位を失うものではないというべきであるから、辞任の申出を受けた裁判所は、国選弁護人を解任すべき事由の有無を判断するに必要な限度において、相当と認める方法により、事実の取調をすることができるもの、と解するのが相当である。

弁護人が辞任を申し出ても、裁判所が正当な理由があると認めて解任しない限り、地位は続きます。私選は、依頼を受けた弁護士の判断で辞任できます。国選は、裁判所の判断でしか終われません。国選は、国が費用を負担して本人の防御を支える仕組みです。弁護人の都合だけで抜けられてしまうと、本人の防御が途切れてしまいます。だからこそ、判決は、解任すべき事由があるかどうかを、裁判所が事実の取調べまでして確かめられる、とも示しています。一存で消える権利ではない、ということです。

私選と国選、どこがどう違うか

始まり誰がいつ付くか続くあいだの人数終わり誰が終わらせるかという3つの軸で私選弁護人と国選弁護人を対比する表

ここまでの話を、私選弁護人と並べて整理しましょう。軸は3つです。始まり、続くあいだ、終わり、の3つで見ます。私選は、誰が付けるかというと、本人や家族です。いつ付けるかは、「いつでも」、拘束の有無すら問いません。国選は、被疑者の段階では裁判官が付けます。いつ付くかは、勾留を請求された段階、または勾留状が発せられた段階からです。次に「続くあいだ」です。ここは人数で見ます。私選の被疑者段階は、原則3人まで、特別の事情があれば超えられる、と前回見ました。国選は、原則1人。死刑・無期拘禁刑の事件だけ、職権でもう1人追加できます。

最後に「終わり」です。私選は、本人の意思でいつでも解任でき、弁護人の側も辞任できます。国選は、釈放で自然に終わる場合を除くと、裁判所・裁判官の判断でしか終われません。弁護人からの辞任はできません。費用も違います。私選は依頼者が負担しますが、国選は裁判所や支援機関が算定して国費から支給されます。

今日のまとめ

私的契約から公費負担への理由勾留段階からの要件資力申告と基準額職権選任と複数選任効力喪失と解任私選との対比という今日の骨格を1本にまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。弁護人選任は本来私的な契約ですが、2本柱で支えられる権利が財布の中身で分かれないように、国選弁護制度が整えられました。2つ目。憲法37条3項は「被告人」限定ですが、2本柱を捜査段階に及ぼした結果、被疑者国選が法律で設けられ、勾留された被疑者全体に広がりました。3つ目。逮捕段階は対象外で、起点は勾留を請求された段階、または勾留状が発せられた段階です。4つ目。資力が基準額、50万円以上なら、先に弁護士会への私選の申出を経る必要があります。5つ目。判断能力に疑いがある場合の職権選任と、重大事件でもう1人付ける複数選任があります。6つ目。釈放で効力を失いますが、勾留の執行停止は例外で、それ以外の終わりは裁判所・裁判官の解任しかなく、国選弁護人からの辞任はできません。7つ目。始まり、続くあいだ、終わり、この3つで見ると、私選と国選の違いが整理できます。

お金が無くても、勾留された段階から、国選弁護人を請求できます。ただし、逮捕されただけの段階は、まだその手前です。

ページ上部へ ↑

#57単独ページ動画

弁護人の固有権・独立代理権と誠実義務

第2章 捜査 ㉙/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「聞かなくていい」と本人は言っている

被疑者Aは勾留の理由なんて聞かなくていいと言っているが弁護人Bはそれでも勾留理由開示を請求できるかという今日の問いを示す板

今日は、その先です。呼んだ弁護人は、具体的に何ができるのか、そこに入ります。先に答えを言うと、できます。本人がいらないと言っていても、弁護人は請求できます。代理人なのに、本人の意思を無視していいんですか。そこが今日の核心です。弁護人には、本人の意思に縛られずに動ける権限と、縛られる権限があります。それを見分ける物差しを、今日は手に入れましょう。

なぜ弁護人はただの代理人で終わらないのか

民事の訴訟代理人と違い刑事の弁護人は本人を守る面と手続を健全に保つ面という2本柱から本人の意思を超えて動くことがあるという板

まず、前提を確認します。民事の訴訟代理人は、基本的に本人の意思どおりにしか動けません。ちなみに、前回、被疑者の国選弁護は、何を根拠に設けられたか、思い出せますか?憲法37条3項は被告人だけで、被疑者国選は刑訴法が法律で設けた制度、でした。話を戻します。刑事の弁護人は、本人の意思どおりに動くだけでは、終わりません。前々回に立てた2本柱を、もう一度思い出せますか。拘束された本人を守る面と、手続そのものを健全に保つ面、でした。相手は国家権力で、本人は身柄を拘束され、法律の知識も十分ではありません。だから弁護人は、専門職として、本人の「正当な利益」を自分の判断で守る場面が出てきます。

被疑者と弁護人の回では、保護者たる地位の中身は予告だけで終わりました。今日は、その保護者たる地位が具体的にどの権限でできているのか、中身に入ります。

権限の出発点——41条

弁護人は法律に特別の定めがある場合に限り独立して訴訟行為ができるという41条が個別の条文への窓口になっているという板

出発点になる条文があります。

条文刑事訴訟法第41条

刑事訴訟法第41条 弁護人は、この法律に特別の定のある場合に限り、独立して訴訟行為をすることができる。

前々回は、本人の意思にかかわりなく弁護人を選べる人、つまり選ぶ側の話でした。今日は、選ばれた弁護人自身の権限の話です。「独立して」とは、本人の事前の許しである授権や、後からの承認である追認を待たずに、弁護人自身の判断で、という意味です。ただし、この条文1つで何でもできるわけではありません。41条は、「独立してできる範囲は、個別の条文が決める」という入口なんです。だから、どの条文にどう書かれているかを見比べる作業が必要になります。条文の「主語」です。弁護人だけが主語なのか、本人と弁護人が並んで出てくるのか、それとも何も書かれていないのか。この違いが、そのまま本人の意思にどこまで縛られるかの違いになります。

順番に見ていきましょう。

固有権——弁護人だけが主語の条文

弁護人だけが主語で本人の権利や意思とは無関係に行使できる固有権の例として書類証拠物の閲覧謄写を定める40条を示す板

1つ目の型は、固有権です。条文の主語が、「弁護人は」だけになっているものです。本人の名前は出てこないんですか。出てきません。例えばこの条文です。

条文刑事訴訟法第40条

刑事訴訟法第40条 弁護人は、公訴の提起後は、裁判所において、訴訟に関する書類(……)及び証拠物を閲覧し、及び謄写することができる。ただし、証拠物を謄写するについては、裁判長の許可を受けなければならない。

この閲覧謄写権は、弁護人に固有の権利として与えられています。閲覧は見ること、謄写は写しを取ることです。被告人本人には、別の条文で別の範囲の権利しかありません。だから、本人が「見なくていい」と言っていても、弁護人は自分の判断で閲覧謄写できます。同じ型の具体例を挙げます。控訴審や上告審での弁論は、弁護人でなければできません。388条と414条に定めがあります。捜索差押えや検証への立会いも、弁護人固有の権利です。113条と142条にあります。証人尋問への立会いも同じ型です。157条に定めがあります。逮捕・勾留された被疑者と立会人なしで会える接見交通権も、固有権の代表例です。39条にあります。

今日は、固有権の一例として名前だけ押さえてください。ここで、一度立ち止まって考えてみてほしい条文があります。証人尋問への立会い、157条は、被告人・被疑者も立ち会える場合がある条文です。本人も出てくるのに、これは固有権でしょうか、それとも次に見る独立代理権でしょうか。答えは次の型を見たあとで確かめましょう。

独立代理権——本人の権利が土台にある条文

本人と弁護人が併記され本人の権利があることが前提の独立代理権は本人の意思に反しても可能なグループと本人の明示の反対で不可になるグループの2つに分かれるという板

2つ目の型は、独立代理権です。前々回の独立代理人とは別物で、弁護人の権限の型の名前です。こちらは、本人と弁護人が併記されている条文です。本人にもその権利があることが前提で、その権利を弁護人にも分け与えている、という意味です。冒頭の勾留理由開示の条文を見てみましょう。

条文刑事訴訟法第82条第2項

刑事訴訟法第82条第2項 勾留されている被告人の弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹その他利害関係人も、前項の請求をすることができる。

1項で本人の請求権が定められていて、2項が、弁護人にも同じ請求権を認めています。条文の主語は「被告人」ですが、勾留の回で見た207条1項で、被疑者の勾留にも準用されます。だから被疑者Aにもそのまま当てはまります。本人の権利が土台にあって、その上に弁護人の権利が乗っている、というイメージです。そしてこの条文には、「被告人の明示の反対があればできない」というただし書きがありません。冒頭の問いの答えは、ここにあります。独立代理権には、2つのグループがあります。1つ目は、今見た82条2項のように、本人の意思に反しても行使できるグループです。勾留理由開示請求に加えて、証拠調べ請求、298条1項も、このグループに入ります。ほかにも、勾留取消しと保釈の請求、87条・88条・91条、証拠保全請求、179条、異議申立て、309条が、同じグループです。

どれも、本人の判断ミスや、面倒だからと放置する態度から、本人自身を守るための権利です。2つ目のグループは、本人が「明示に反対」すればできなくなるグループです。条文で確かめましょう。

条文刑事訴訟法第21条第2項

刑事訴訟法第21条第2項 弁護人は、被告人のため忌避の申立をすることができる。但し、被告人の明示した意思に反することはできない。

忌避は、第1章で見た、不公平な裁判をするおそれのある裁判官を外してもらう申立てでした。上訴の申立ても同じ型です。

条文刑事訴訟法第355条・第356条

刑事訴訟法第355条・第356条 355条 原審における代理人又は弁護人は、被告人のため上訴をすることができる。 356条 前三条の上訴は、被告人の明示した意思に反してこれをすることができない。

82条2項のグループとの違いは、ただし書きがあるかないか、この一点です。同じAで比べてみます。Aが起訴されて有罪判決を受け、「控訴はしない」とはっきり言ったとします。第1審の弁護人Bは、356条があるので、Aのために控訴することはできません。勾留理由開示とは、ちょうど逆の結論です。

本人も立ち会える157条でも弁護人の立会いは固有権であり弁護人の権利の出どころが本人の権利かどうかと本人の明示の反対で止まる定めがあるかの2段で見分けると冒頭のAの勾留理由開示は本人が反対しても請求できる側に入るという板

ここで、さっきの157条に戻りましょう。証人尋問への立会いです。実は、157条は固有権として扱われます。本人が立ち会えるというのは、本人にも別の立会いの機会が用意されている、というだけです。弁護人の立会いの権利自体は、本人の権利を分けてもらったものではなく、弁護人自身に与えられた権利、と理解されています。単純に本人の名前の有無だけでは判定を誤ることがあります。出どころを意識してください。物差しをまとめます。まず、弁護人の権利の出どころが本人の権利かどうか。次に、本人の明示の反対で止まる定めがあるかどうか。この2段で見ると、冒頭のAの勾留理由開示は、本人がいらないと言っても請求できる側に入ります。

包括代理権——明文の無い代行

明文の根拠がなく本人が行いうる代理になじむ行為を本人の意思に反しない限り代わりに行う包括代理権と証拠への同意不同意という典型例を示す板

3つ目の型が、包括代理権です。固有権にも独立代理権にも、明文の根拠条文がありました。包括代理権には、明文の根拠がありません。本人が本来自分でもできる、代理になじむ行為に限って、本人の意思に反しない範囲で代わりに行います。典型例が、証拠への同意・不同意です。326条1項に定めがあります。中身は、また別の機会に見ます。独立代理権は条文があるので、本人の授権や追認を待たずに行使できます。包括代理権は明文がないので、本人の授権や追認があって初めて成り立つ性質を持ちます。この性質から、「従属代理権」と呼ばれることもあります。

固有権と独立代理権の違いが効く場面

独立代理権は本人の権利が消えたら弁護人の権利も一緒に消えるため本人の失敗を取り戻せないという問題とすべて固有権として扱うべきという見解を示す板

ここまでの3つの型は、普段は見分けがつけばそれで済みます。でも、1つだけ、違いが深刻に効く場面があります。独立代理権は、本人の権利があることが土台でした。その土台が消えたら、どうなると思いますか。例えば、判決の上訴期間が過ぎて、本人Aの上訴権が消滅したとします。このとき、355条に基づく弁護人の上訴権も、一緒に消えます。弁護人は、本人のこの落ち度を取り戻す手段を持ちません。それは、弁護人が本人を守る役目とぶつかりませんか。そこが問題視されています。だから、「独立代理権もすべて固有権として扱うべきだ」という見解があります。

本人の意思をどこまで尊重するかは、条文ごとに違ってかまいません。しかし、権限そのものが本人の落ち度と運命を共にして消えてよいか、というのは別の問題だ、という理由づけです。この対立があることを、まず押さえてください。

私選と国選で、権限は変わらない

権限の範囲は私選か国選かという選任経路では変わらないという確認の板 図:権限の範囲は私選か国選かという選任経路では変わらないという確認の板

ここで1つ、確認しておきたいことがあります。前回、私選弁護人と国選弁護人の違いを、始まり、続くあいだ、終わりの3つの軸で整理しました。今日見てきた固有権、独立代理権、包括代理権、この権限の範囲そのものは、私選でも国選でも変わりません。41条も、今日見てきた個別の条文も、どれも主語は「弁護人は」としか書いていません。私選か国選かを区別する文言はどこにもありません。前回見た違いは、始まりと終わり、つまり誰がどう弁護人を付けるか、どう終わるかの違いでした。一度弁護人として就いたあとの立場は、私選でも国選でも同じです。

本人を守る面と、手続を健全に保つ面、今日見てきた2本柱は、私選でも国選でも、同じように当てはまります。例えば、冒頭の被疑者Aに国選弁護人が付いていたとします。Aが「勾留の理由なんて聞かなくていい」と言っていても、国選弁護人は82条2項の独立代理権として、勾留理由開示を請求できます。国選だと権限が弱くなる、なんてことはありません。違うのは始まりと終わり、同じなのは中身、と覚えてください。

誠実義務と真実義務

依頼者の利益を最善に守る誠実義務と虚偽を述べず証拠を隠さない消極的な真実義務が本人に有利な偽証に気づいたときや身代わり犯だと分かったときにぶつかるという板

ここまでは、「どこまで動けるか」という権限の話でした。最後に、「その動き方にどんな縛りがあるか」という義務の話に移ります。弁護士には、まずこういう大原則があります。

条文弁護士職務基本規程第5条

弁護士職務基本規程第5条 弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。

この2つが、具体的な条文に分かれています。まず、誠実義務です。

条文弁護士職務基本規程第21条

弁護士職務基本規程第21条 弁護士は、良心に従い、依頼者の権利及び正当な利益を実現するように努める。

条文弁護士職務基本規程第46条

弁護士職務基本規程第46条 弁護士は、被疑者及び被告人の防御権が保障されていることに鑑み、その権利及び利益を擁護するため、最善の弁護活動に努める。

誠実義務は、依頼者の利益を最善に守る、積極的な義務です。「真実を尊重」する真実義務はどうなんですか。弁護人にも、真相を明らかにする義務があるんですか。そこが誤解されやすい点です。真実義務は、積極的に真相を明らかにする義務ではありません。虚偽を述べない、証拠を隠さない、という消極的な歯止めにとどまる、と理解されています。「これをしてはいけない」という禁止にとどまり、「これをしなければならない」という行動までは求めない、という意味です。有罪を証明する責任は検察官にあり、本人には黙秘権もあります。もし弁護人が真相を明らかにする義務まで負えば、本人を守るはずの人が、本人に不利な事実を明かす役に回ってしまいます。だから真実義務は、嘘や証拠隠しをしない、という歯止めにとどまるんです。

問題は、この2つが正面からぶつかって見える場面です。例えば、本人に有利な偽証に弁護人が気づいたとき。あるいは、本人が実は身代わり犯だと分かったときです。この対立を、今日は結論を1つに決めつけません。依頼者の利益を最優先すべきか、司法制度の担い手としての公正さをどこまで優先すべきか、この対立の軸を持ち帰ってください。

実例——最高裁が扱った衝突の場面

被告人が捜査段階から関与を認める供述を続けていたのに公判終盤で全面否認へ転じたところ国選弁護人は最終弁論で捜査段階の供述を前提に最も有利な事実認定を求めたという事案を示す関係図

この対立が、実際に裁判で争われた事件があります。殺人と死体遺棄の罪に問われた被告人Aです。Aは捜査段階から、「被害者の首に巻かれたロープを自分が引っ張った」という具体的な供述を、第1審の終盤まで続けていました。ところが、論告と弁論が予定されていた公判期日の冒頭で、この供述を突然翻し、全面的に否認へ転じました。国選弁護人Bは、被告人質問で、この新しい否認の言い分も法廷に出しました。ところが最終弁論では、ロープを引いたこと自体は認めたうえで、殺意が生じたのは引く直前で、強いられた面があったという、有罪を前提にAに最も有利な事実認定を求める主張を主軸にしました。

そしてAは、最終意見陳述でも、この弁論に対する不服を述べませんでした。弁護人のこの訴訟活動が、弁護人選任権や防御権の侵害に当たり、違法ではないか、と争われました。最高裁の判断を見てみましょう。

判例最高裁第三小法廷決定(刑集59巻9号1847頁)

弁護人の弁論と誠実義務が争われた事件 そこで検討すると,なるほど,殺人,死体遺棄の公訴事実について全面的に否認する被告人の第6回公判期日以降の主張,供述と本件最終弁論の基調となる主張には大きな隔たりがみられる。しかし,弁護人は,被告人が捜査段階から被害者の頸部に巻かれたロープの一端を引っ張った旨を具体的,詳細に述べ,第1審公判の終盤に至るまでその供述を維持していたことなどの証拠関係,審理経過を踏まえた上で,その中で被告人に最大限有利な認定がなされることを企図した主張をしたものとみることができる。また,弁護人は,被告人が供述を翻した後の第7回公判期日の供述も信用性の高い部分を含むものであって,十分検討してもらいたい旨を述べたり,被害者の死体が発見されていないという本件の証拠関係に由来する事実認定上の問題点を指摘するなどもしている。なお,被告人本人も,最終意見陳述の段階では,殺人,死体遺棄の公訴事実を否認する点について明確に述べないという態度を取っている上,本件最終弁論に対する不服を述べていない。以上によれば,第1審の訴訟手続に法令違反があるとは認められない。

決め手は3つです。弁護人が、証拠関係と審理経過を踏まえたうえで、Aに最大限有利な認定を企図していたこと。否認後の供述にも触れて、検討を求めていたこと。そして、A自身が最終意見陳述で不服を述べなかったことです。この決定には、補足意見もあります。補足意見は、弁護人は依頼者の利益のために動く誠実義務を負う一方、法律専門家として真実発見にも関わる立場を持つこと、何が被告人の利益かの判断はまず弁護人にゆだねられること、最終弁論は意見の表明であって裁判所を拘束しないこと、これらを理由に、弁護人の主張が「専ら被告人を糾弾する目的」などでない限り、違法にはならない、という限定の基準を示しました。

これで、誠実義務と真実義務の対立に決着がついた、ということですか。そこは言い過ぎないほうがいいです。この判例は、「弁護人が本人の直近の言い分と違う主張をすること自体が常に許される」という一般論を立てたものではありません。この事案の証拠関係、審理経過、そして本人が不服を述べなかったという個別の事情のもとで、「違法ではなかった」という事例の判断です。さっき見た対立の軸に、実際に問題になった一例が重なった、という位置づけで受け止めてください。

今日のまとめ

41条を入口に固有権独立代理権包括代理権という3つの型と本人の権利消滅時の違いと誠実義務真実義務の対立軸という今日の骨格を1本にまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。弁護人は、本人を守る面と手続を健全に保つ面という2本柱から、本人の意思から独立して動く場面があります。2つ目。41条を入口に、個別の条文の主語で、固有権、独立代理権、包括代理権の3つを見分けます。3つ目。固有権は弁護人だけが主語で、本人の意思や権利と無関係に行使できます。4つ目。独立代理権は本人の権利が土台で、本人の意思に反しても行使できるグループと、本人の明示の反対があれば止まるグループに分かれます。5つ目。包括代理権は明文の根拠がなく、本人の意思に反しない範囲で代わりに行います。6つ目。独立代理権は本人の権利が消えれば一緒に消えるため、すべて固有権として扱うべきだという見解があります。7つ目。権限の範囲は私選でも国選でも変わりません。違うのは始まりと終わり、同じなのは中身です。8つ目。誠実義務は依頼者の利益を最善に守る積極的な義務、真実義務は虚偽を述べないという消極的な歯止めです。この2つがぶつかる場面を、最高裁が個別事情のもとで扱った一例も見ました。

Aが「聞かなくていい」と言っていても、弁護人は82条2項の独立代理権として、勾留理由開示を請求できます。本人の落ち度を取り戻すための権限が、ここには働いています。

ページ上部へ ↑

#58単独ページ動画

捜査段階の弁護活動と証拠保全請求

第2章 捜査 ㉙/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

弁護人がついた。次の一手は

弁護人Bがついた被疑者Aが取調べは明日も続くが話すべきか黙るべきかを迷っている今日の問いを示す板

今日は、その先です。呼んだ弁護人は、起訴されるまでの間に、具体的に何をするのか、そこに入ります。先に言っておくと、一律の正解はありません。弁護人の捜査段階の活動は、すべて1つの発想でできています。今この材料が、後の場面でどう使われるかを先に読んで、今どう動くかを決める、という発想です。この先読みを3つの目標に分けて見ていきます。起訴させないための活動、起訴されたときに備える活動、そして違法捜査への対応です。冒頭のAが話すべきか黙るべきかも、この先読みの発想で答えが出ます。最後に戻ってきましょう。

①起訴させないための活動——起訴猶予をめざす

犯人の性格年齢境遇犯罪の軽重情状犯罪後の情況という248条の3類型と勾留満期という締切の中で示談や環境整備の材料を示すという対応表の板

まず1つ目の目標、起訴させないための活動です。これには2つの方向があります。1つは、嫌疑は認めた上で、検察官にあえて起訴しない判断を促す、起訴猶予を狙う方向。もう1つは、嫌疑そのものを争う方向です。だから弁護人は、事件のどちらの型かを早い段階で見極めます。まず、起訴猶予を狙う方向から見ましょう。根拠になる条文があります。

条文刑事訴訟法第248条

刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

検察官が、有罪にできる証拠があっても、あえて起訴しない、という判断ができるという意味です。起訴猶予と呼ばれます。その判断材料が、248条に並ぶ3つの事情です。犯人の性格・年齢・境遇。犯罪の軽重・情状。そして犯罪後の情況です。一番大きい比重を占めるのが、被害弁償と示談です。「犯罪後の情況」に効きます。ここで、その中身に入ります。例えば、Aが相手にけがをさせた事件で、治療費と慰謝料を払い、被害者から「これ以上処罰を望まない」という言葉をもらえたとします。これは、検察官が起訴猶予を判断する材料として、とても大きな意味を持ちます。

薬物事犯が典型です。依存から抜け出す環境を整える、通院先や生活の立て直し先を用意する、といった活動が、「犯人の境遇」や「犯罪後の情況」に効きます。ここに、もう1つ大事な要素があります。締切です。Aが勾留されている場合、検察官は勾留の満期までに起訴・不起訴を決めます。引っ越しの立ち退き交渉に近いです。「もう修繕費は払った、次の住まいも決まった」という材料が、どれだけ正しくても、契約解除の通知が来たあとでは遅い。起訴猶予を狙う活動も、同じです。勾留満期の前に示さなければ、間に合いません。

①起訴させないための活動——嫌疑なし・嫌疑不十分をめざす

起訴猶予とは別枠で被疑事実そのものを争いアリバイや正当防衛を基礎づける証言を集めて嫌疑を弱める活動の板

もう1つの方向が、嫌疑なし、または嫌疑不十分をめざす活動です。嫌疑なしは、罪を犯していないことがはっきりした場合。嫌疑不十分は、犯罪を証明する証拠が足りない場合です。どちらも起訴されません。起訴猶予は、「やったことは認めた上で、起訴しないでほしい」という活動でした。こちらは、「そもそも被疑事実が事実と違う」と争う活動です。示談を進めながら、同時に「やっていない」と主張したら、検察官にも裁判所にも、話の筋が通りません。具体例を見ましょう。Aが犯行時刻、別の場所にいたと言っています。アリバイです。弁護人Bは、その時刻にAと一緒にいた人、防犯カメラの映像など、証言や証拠を集めて、検察官に示します。正当防衛を基礎づける事実、例えば相手が先に刃物を向けてきたという目撃証言なども、同じ型です。

どちらの方向でも、締切は同じ満期です。だから弁護人は、事件を見極めて、どちらか一方の方向に絞り、満期までに材料をそろえます。そして、次に見る起訴に備える活動も、これと並行して進めます。

②起訴されたときに備える活動——証拠・証人の確保と取調べへの対応

起訴猶予も嫌疑不十分もうまくいかない可能性を見据えて弁護側証人と有利な証拠を確保しつつどの事件でも共通する取調べへの対応が課題になるという板

2つ目の目標です。起訴猶予も嫌疑不十分も、うまくいかない可能性があります。弁護人は、起訴されたあとの公判に備えて、弁護側の証人を確保したり、有利な証拠を集めたりします。例えば、事件の夜にAと一緒にいた知人から話を聞き、記憶が新しいうちに、内容を書面に残してもらいます。そして、どの事件でも共通して問題になる課題があります。被疑者取調べへの対応です。そこをもう一度確認しましょう。拘束されていない被疑者は、出頭を拒んだり、途中で帰ったりできます。拘束されている被疑者には、実務では、出頭して部屋にとどまる義務、取調べ受忍義務があるとされました。ただし、どちらの場合も、話す義務まではありません。

だから、拘束されたAは、取調室に呼ばれること自体は拒めません。呼ばれること自体は拒めないとして、その場で被疑者にできる、一番有効な手段は何ですか。それが、次のテーマです。

②黙秘か積極供述か——一律に決まらない理由

話すことの危険3つ供述の変遷誘導と誇張方針前の足かせと話すことが起訴猶予に効く場面を両側に置いて比較する天秤の板

取調べの場で被疑者にできる、最も有効で容易な手段は、黙秘権の行使です。話さない自由は、憲法38条1項と刑訴法198条2項が保障しています。黙っていたことを理由に、不利益な推認をすることも、原則として許されません。だから、迷ったら黙秘、というのが基本の発想にはなります。ただ、黙秘権を行使しても、それだけを理由に取調べが直ちに終わるとは限りません。実務では、供述するよう説得するやり取りが続くことが多いです。冒頭のAも、黙っていれば正解ですか。そこが、今日一番大事なところです。一律には決まりません。なぜですか。黙秘にとどまらない、積極的な否認や、説得的な弁解が、不起訴や起訴猶予の獲得に重要な場合があるからです。さっき見た示談も、アリバイも、被疑者自身が事情を語らなければ見つからないことがあります。

話すことには、3つの危険もあります。1つ目、供述の変遷です。捜査段階で認める供述をしたあと、公判で否認に転じると、「前と言っていることが違う」として、信用性を切り下げる材料に使われます。良いたとえです。2つ目の危険は、取調べでの誘導や誇張です。質問の仕方や、「もっとこうだったんじゃないか」という示唆によって、事実と違う供述ができあがってしまう危険があります。3つ目は、弁護人と十分に話し合って防御の方針が固まる前に話してしまうと、あとでその供述が足かせになる危険です。だから弁護人は、話すことの利益と、この3つの危険を天秤にかけて、被疑者の弁解の状況や、事件の性質、捜査の状況によって、個別に判断します。

弁護人は、黙秘権の保障の意味を十分説明した上で、一律の正解ではなく、個別の判断としてAと一緒に決めていきます。Aがけがをさせたこと自体は認めていて、示談が進んでいる事件なら、事情や反省を話すことが、起訴猶予の材料になります。逆に、Aが「その時刻は別の場所にいた」と言っていて、裏付けがまだ集まっていない段階なら、話した細部が後で食い違えば、変遷として使われます。黙秘を選ぶ場面です。

②起訴後に備える——保釈の準備

起訴後は保釈を請求できるため勾留されたまま起訴される見通しになった場合に身元保証人の確保を並行して進めるという名前出しの板

もう1つ、起訴に備える活動があります。保釈の準備です。勾留の回で、207条1項ただし書きで、被疑者の段階には保釈が無いと確認しました。だから、起訴される見通しになった段階から、起訴後すぐ保釈を請求できるよう準備しておく必要があります。例えば、Aの家族に、身元保証人を引き受けてもらう準備を進めます。起訴後すぐに請求できる態勢を、ここまで見てきた活動と並行して整えておくんです。今日は、名前と、準備を並行して進めるという点だけ、押さえてください。

③違法捜査への対応——2つの意味

その場で異議を述べて是正を求める意味と違法の事実を後で証明できるよう準備する意味という違法捜査対応の2つの意味の板

3つ目の目標に入ります。違法捜査への対応です。例えば、取調べの中で、被疑者に暴行が加えられた、という場面です。この場面で、弁護人の対応には、2つの意味があります。1つ目は、その場で適時適切に異議を述べて、是正を図ることです。例えば、逮捕の手続に違法があれば、その後の勾留の効力を争う余地が生まれます。今進行している違法な状態を止め、被疑者の権利を守ります。起訴後の証拠開示で明らかになることもあれば、拘束された本人に弁護人が会って話す、接見や関係者からの聞き取りで弁護人が気づくこともあります。違法な捜査が行われた事実を、後で証明できるように準備しておくことです。公判で証拠の能力を争う準備につながります。中身は、また別の回で扱います。

「後で証明できるように」というところ、具体的にはどうするんですか。それが、次に見る道具です。

③証拠保全請求——裁判所を介して証拠を残す

裁判所を介して証拠を確保する証拠保全請求の趣旨と暴行を伴う取調べの痕跡を残すための身体検証という具体例の板

質問です。暴行を伴う取調べの証拠を、被疑者の側は、自分で強制的に集められるでしょうか。被疑者や弁護人は、独自の強制捜査の権限を持ちません。だから、裁判所を介して証拠を確保する手段が用意されています。前回、「独立代理権」として名前が出た証拠保全請求です。中身に入ります。

条文刑事訴訟法第179条第1項

刑事訴訟法第179条第1項 被告人、被疑者又は弁護人は、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときは、第一回の公判期日前に限り、裁判官に押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、捜索、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、検証、証人の尋問又は鑑定の処分を請求することができる。

条文刑事訴訟法第179条第2項

刑事訴訟法第179条第2項 前項の請求を受けた裁判官は、その処分に関し、裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。

賃貸物件を退去するとき、原状回復のトラブルに備えて、退去前に部屋の写真を撮っておく場面に近いです。壁の傷は、時間がたつほど、いつ誰がつけたか証明しづらくなります。暴行の痕跡も同じです。あざや傷は、治ってしまえば消えます。だから弁護人は、消える前に、裁判官に身体の検証を請求して、記録を残します。条文の主語のとおり、被告人、被疑者、弁護人が請求できます。時期は、第一回の公判期日より前に限られます。対象は、無実を示す証拠だけですか。そこは広めです。無実を示す積極的な証拠に限らず、自白が無理に言わされたものではないかと疑わせる資料にも及ぶとされ、下級審で認められた例があります。

③証拠保全の対象外——捜査機関が持っている証拠

捜査機関が収集し保管している証拠は特段の事情がない限り証拠保全手続の対象にならないとする最決平17年11月25日の判断を示す板

一方で、証拠保全請求には、はっきりとした限界もあります。さっきのたとえで考えてみてください。賃貸物件の退去前に、自分の傷の写真を撮っておくことと、大家がすでに撮ってある写真を先に見せてもらうことは、別の話ですよね。この違いが、最高裁で争われました。

判例最高裁第二小法廷決定(刑集59巻9号1831頁)

証拠保全の対象が争われた事件 捜査機関が収集し保管している証拠については,特段の事情が存しない限り,刑訴法179条の証拠保全手続の対象にならないものと解すべきであるから,これと同旨の原判断は相当である。

証拠保全請求は、消えそうな証拠を、消える前に押さえる制度です。捜査機関がすでに持っている証拠を、先に見せてもらう制度ではありません。捜査機関が保管している証拠は、すでに押さえられていて、ふつうは消える心配がありません。179条が求める「保全しておかなければ使えない事情」が、もともと欠けているんです。証拠の開示や閲覧謄写の制度が別にあります。中身は、また別の回に扱います。今日は、証拠保全請求がどこまでの制度か、その境界線として押さえてください。

今日のまとめ

起訴させない起訴に備える違法を正すという3つの目標を今の材料があとでどう使われるかを先に読むという1本の発想で束ねる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。弁護人の捜査段階の活動は、起訴させない、起訴に備える、違法を正す、この3つの目標に分かれます。2つ目。起訴猶予をめざす活動は、248条の3類型に対応する事実を、勾留満期という締切の前に示します。嫌疑を争う活動とは、方針が逆になります。3つ目。拘束された被疑者は取調べの場から離れられませんが、話す義務はなく、最も有効で容易な手段は黙秘権の行使です。ただし、話すことが起訴猶予に効く場面もあり、供述の変遷や誘導・誇張、方針前の足かせという3つの危険との天秤で、弁護人が個別に判断します。4つ目。違法捜査への対応には、その場での是正と、後の立証準備という、2つの意味があります。5つ目。証拠保全請求は、裁判所を介して自分で証拠を確保する制度で、対象は無実の証拠に限られません。ただし、捜査機関がすでに持っている証拠は、対象外です。

冒頭のAが話すべきか黙るべきか、答えは出ましたか。出ました。一律の正解はありません。弁護人は、この供述が後のどの場面でどう使われるかを先読みして、Aと一緒に判断します。起訴猶予に効くなら話す価値があり、供述の変遷として使われる危険が大きいなら、黙秘を選びます。今の一手が、後のどの場面で使われるかを先に読む。それが、捜査段階の弁護活動の骨格です。

ページ上部へ ↑

#59単独ページ動画

接見交通権と接見指定の合憲性

第2章 捜査 ㉚/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

独房で一人になった被疑者は、弁護人とどう会えるのか

取調べの合間独房で一人になった被疑者が弁護人に会いたいが警察官に今は会わせられないと言われたら許されるのかという今日の問いを示す板

今日は、その中身に入ります。まず、前提を思い出しましょう。身体を拘束された人に、弁護人を頼む権利を保障している憲法の条文は、何条だったでしょうか?34条前段です。選任権の回で見ました。今日は、選んだ弁護人と実際に会うための制度、接見交通権を見ます。そして、なぜその権利が制限されうるのか、そこまで確かめます。先に答えを言うと、警察官にできるのは、会う日時や時間をずらす指定までです。会わせないことはできません。

①接見交通権の中身——立会人なしの秘密交通権

刑訴法39条1項の接見交通権と一般の面会との立会いの有無の違いを示す板 図:刑訴法39条1項の接見交通権と一般の面会との立会いの有無の違いを示す板

まず条文を見ましょう。

条文刑事訴訟法第39条第1項

刑事訴訟法第39条第1項 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

この権利を接見交通権と呼びます。「立会人なくして」って、そんなに特別なことなんですか。特別です。家族が面会に来る一般の面会には、警察官の立会いが付きます。話した内容は捜査機関に筒抜けになります。だから接見交通権は、秘密交通権とも呼ばれます。誰にも聞かれずに、弁護人と話せるという意味です。例えば、被疑者Aと弁護人Bが接見室に入ると、警察官は部屋の外に出ます。AとBが何を話したか、記録も残りません。81条が禁じるのは、弁護人以外の者との接見で、弁護人との接見はそもそも対象外です。向いている先が、39条1項の接見交通権とは逆なんです。

①なぜ弁護人だけ秘密が保障されるか——萎縮的効果の防止

立会いがあると被疑者が本当のことを話せなくなる萎縮的効果を防ぐために弁護人との接見だけ秘密が保障されるという板

弁護人が実質的な弁護活動をするには、被疑者と十分に意思疎通して、信頼関係を築く必要があります。しかも捜査段階の弁護人は、捜査機関が集めた証拠にアクセスできません。もしこのやり取りに警察官の立会いがあったらどうなるか、考えてみてください。被疑者Aが本当は否認したいと思っていても、そばで聞かれていると、「正直に話すと心証が悪くなるのでは」と恐れて、弁護人にすら本音を言えなくなります。この萎縮的効果を防ぐために、立会いを排除した秘密交通権が保障されています。

②接見交通権はなぜ憲法上の権利か——34条前段に由来する

憲法34条前段の弁護人依頼権が援助を受ける機会を実質的に保障するものであり39条1項の接見交通権はその趣旨にのっとり憲法の保障に由来するという最大判平11年判旨の対応関係を示す板

ここで、一段踏み込みます。39条1項はただの法律の条文ですが、判例はこの接見交通権を憲法上の権利だと位置づけています。まず憲法の条文を確認しましょう。

条文憲法第34条前段

憲法第34条前段 何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。

判例は、この弁護人依頼権の中身を、こう述べています。

判例最高裁判所大法廷判決(民集53巻3号514頁)

弁護人依頼権の中身が争われた事件 この弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。

34条前段は、弁護人を選ぶ自由の保障にとどまらず、選んだ弁護人から実際に相談し、助言を受ける機会まで実質的に保障しています。例えば、Aに犯行時刻のアリバイがあるなら、弁護人Bは誰に裏付けを取ればいいか、接見でAから直接聞かなければ動けません。そして、39条1項の接見交通権は、まさにこの「機会」を具体化した制度です。選んだだけで会えなければ、相談も助言も絵に描いた餅になります。接見交通権は、単なる法律上の権利ではなく、憲法の保障に由来する権利だと位置づけられています。

②弁護人の固有権の中でも最重要なもの

弁護活動に不可欠で専門的判断を要する権利として接見交通権が弁護人の固有権の中でも最重要なものと位置づけられる理由を示す板

固有権は、弁護人だけが主語になって、本人の意思にかかわらず行使できる権利でしたね。秘密交通権は、弁護活動に必要不可欠で、しかも立会いなしの場をどう使うかは、弁護人の専門的な判断に委ねられます。だから弁護人固有の権利として、とりわけ重要なものとされています。例えば、取調べに疲れたAが「もう誰にも会いたくない」と言ったとします。それでも弁護人Bは、自分の判断で接見を求めることができます。それが固有権という位置づけの意味です。憲法に由来する権利であり、かつ弁護人固有の権利の中でも最重要のもの、この2つの評価が重なっています。

③接見指定という例外——39条3項の枠組み

39条3項本文が捜査のため必要があるときに公訴の提起前に限り日時場所時間を指定できるとし但書が防御準備を不当に制限してはならないと歯止めをかける枠組みを示す板

ここまでが原則です。しかし法は、この原則に例外を用意しています。

条文刑事訴訟法第39条第3項

刑事訴訟法第39条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。

ここで見落としてはいけない点があります。39条3項が検察官らに認めているのは、接見を拒否する権限ではありません。日時、場所、時間を指定する権限だけです。しかも、指定できるのは起訴される前の捜査段階だけです。起訴された後は、この条文による指定はできず、1項の原則に戻るのが基本です。面会の時間をずらすだけ、というたとえは的確です。接見指定は、まさに時間の付け替えで、会わせない権限ではありません。そして但し書きが、この付け替えにも限度を課しています。指定が「防禦の準備をする権利を不当に制限する」ものであってはなりません。

1週間も一切会わせない、というような制限が、但し書きが許さない、不当な制限にあたります。

④なぜ39条3項は合憲か——捜査権との合理的な調整

弁護人依頼権に由来する接見交通権も捜査権に絶対優先しないという合憲性の理屈の前半(第一段・第二段)を示す板

39条3項が憲法に反しないかという問題は、まさに最高裁の大法廷まで争われた論点です。この事件は、接見の指定を受けた側が、国などに損害賠償を求めた裁判で、その中で39条3項そのものが憲法違反だと主張されました。結論は合憲ですが、その理屈は、四つの段階でできています。順に見ましょう。第一段。さっき確認したとおり、弁護人依頼権は援助を受ける機会を実質的に保障し、39条1項の接見交通権は憲法の保障に由来します。しかし第二段が効いてきます。判例は、こう述べます。

判例最高裁判所大法廷判決(民集53巻3号514頁)

接見交通権と捜査権の調整が争われた事件 もっとも、憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、被疑者と弁護人等との接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできない。そして、捜査権を行使するためには、身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるが、憲法はこのような取調べを否定するものではないから、接見交通権の行使と捜査権の行使との間に合理的な調整を図らなければならない。

なぜなら憲法自身が、捜査権の行使、つまり身体拘束中の被疑者を取り調べることも国家の正当な権能として前提にしているからです。

捜査権と接見交通権の合理的な調整の必要性と但書の歯止めという合憲性の理屈の後半(第三段・第四段)を示す板

だから両方とも正当な要請として、合理的な調整を図らなければなりません。これが第三段、「合理的な調整」の必要性です。例えば、検察官が今まさにAを取り調べていて、あと1時間で供述をまとめ終えたいとします。検察官は取調べを優先したい、Bは今すぐ防御方針を固めたい。この綱引きを、どちらか一方の総取りにせず、「調整」で解決しようとするのが39条3項です。そこに歯止めをかけるのが、第四段です。

判例最高裁判所大法廷判決(民集53巻3号514頁)

接見指定の歯止めが示された事件 刑訴法三九条三項ただし書は、「但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。」と規定し、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は飽くまで必要やむを得ない例外的措置であって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されない旨を明らかにしている。

さっきの場面でいえば、検察官の都合だけを理由に「明日まで一切会わせない」とは言えません。この四段の流れをまとめると、こうなります。

⭐ 論文で書く規範:39条3項の合憲性を支える理屈 ①弁護人依頼権は身体拘束中の被疑者が援助を受ける機会を実質的に保障し、接見交通権はこれに由来する。②しかし接見交通権は捜査権に絶対的に優先する性質のものではない。③捜査権の行使と接見交通権の行使との間に合理的な調整を図らなければならない。④ただし書は指定を必要やむを得ない例外的措置に限り、防禦の準備をする権利を不当に制限してはならない旨の歯止めを明らかにしている。 (規範(最大判平11・3・24))

判例は、39条3項本文は「憲法三四条前段の弁護人依頼権の保障の趣旨を実質的に損なうものではない」として、合憲と判断しました。この合憲判断は、この事件で初めて出た考え方なんですか。違います。この大法廷判決は、昭和53年の判決以来、積み重ねられてきた同じ理屈を、確認したものです。事案はそれぞれ違いますが、「絶対優先しない・合理的調整・ただし書の歯止め」という骨格は、一貫しています。合憲なら、どんな指定でも許されるんですか。違います。この判決が決めたのは、39条3項という仕組みが憲法に反しない、ということまでです。目の前の指定が適法かどうかは、一件ごとに問われます。捜査機関にできるのは、会う日時の付け替えまで。会わせないことはできない。これが今日の答えの骨組みです。

⑤指定の運用の変遷——一般指定から通知事件へ

かつての一般的指定書と具体的指定書を持参させる運用から現在の通知書による都度確認の運用へ変わった経緯を対比する板

さて、この39条3項を、実際にどう運用するかは、時代とともに変わってきました。かつては、検察官が必要と認めた事件について、まず「一般的指定書」を発行します。そして弁護人が接見を申し出るたびに、具体的な日時を指定した「具体的指定書」、いわゆる面会切符を交付し、これを持参しなければ接見させない、という運用がありました。しかしこの運用は廃止されました。なぜ、やめたんですか。切符が無ければ会えない、ということは、会えないのが原則で、会えるのが例外になってしまうからです。39条は逆で、会えるのが原則、指定は例外でした。今は、刑事施設の長に対して、「捜査のため必要があるときは接見の日時等を指定することがある」という通知書をあらかじめ発しておき、弁護人から接見の申出があったつど、留置の担当官が検察官に問い合わせて、指定の必要性を判断する運用に変わりました。

もっとも通知事件でも、確認の結果が出るまでは弁護人は接見できないので、不満は残ります。ただし、その待ち時間が合理的な範囲にとどまる限り、違法にはならないとされています。

⑤指定に不服があるときの争い方

接見指定に不服があるときにその場で争う準抗告と後日弁護人が原告となって争う国家賠償訴訟という2つの経路を示す板

その場で異議を述べて是正を求める手段として、準抗告という争い方があります。見取り図の回で見た、430条の準抗告です。勾留の回の429条とは違い、裁判官ではなく、検察官や警察官の処分を争います。要件や手続の中身は、また別の回で見ます。準抗告でその場で解決できるかというと、そう単純ではありません。準抗告の判断を待っている間に、指定された日時が来て、結局接見できてしまうことも多いんです。だから実際には、弁護人を原告とする国家賠償訴訟という形で、後日争われることも多いです。さっき見た昭和53年以来の判例の系譜も、もともとはこの国賠訴訟の中で形成されてきました。

今日のまとめ

39条1項の接見交通権は憲法34条前段に由来する弁護人固有の最重要の権利であり39条3項の接見指定という例外は合理的な調整と但書の歯止めで合憲とされるという今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。39条1項の接見交通権は、立会人なしに面会・書類物の授受ができる権利で、秘密交通権とも呼ばれます。立会いによる萎縮的効果を防ぐための保障です。2つ目。この権利は、憲法34条前段の弁護人依頼権、つまり援助を受ける機会の実質的保障に由来する憲法上の権利であり、弁護人固有権の中でも最重要のものとされます。3つ目。もっとも39条3項は、捜査のため必要があるときに限り、公訴提起前まで、接見の日時・場所・時間を指定できるという例外を置きます。4つ目。この例外は、接見交通権が捜査権に絶対優先しないこと、両者の合理的な調整が必要なこと、ただし書が防御準備権の不当な制限を許さない歯止めになっていることから、この大法廷判決で合憲と判断されました。5つ目。指定の運用は、面会切符を要求する一般指定から、通知に基づく都度確認の通知事件へと変わり、不服があれば準抗告や国家賠償訴訟で争われます。

出ました。「今は会わせられない」という一言だけで済ますことは許されません。それが捜査のため本当に必要な指定なのか、防御準備を不当に制限していないか、その線引きが問われます。

ページ上部へ ↑

#60単独ページ動画

「捜査のため必要があるとき」の意味

第2章 捜査 ㉚/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続き——「合理的な調整」の中身を問う

前回39条3項の合憲性を見た続きとして具体的にどんな場合が捜査のため必要があるときにあたるのかという今日の問いを示す板

捜査権と接見交通権は、絶対的にどちらかが優先するのではなく、合理的な調整を図らなければならない、という結論でした。取調べの予定があるという理由で、弁護人との接見を後回しにしてよいのか。今日は、まさにその問題に入ります。39条3項本文の要件、「捜査のため必要があるとき」の中身です。先に答えを言うと、予定があれば何でもよいわけではありません。間近で確実な予定なら原則として指定できますが、それでも会わせる日時は、できる限り早くしなければなりません。今日は、その線引きを確かめましょう。

①「捜査のため必要があるとき」をめぐる2つの考え方

罪証隠滅の防止も含め広く捜査の支障を理由とする捜査全般説と被疑者の身体を現に利用した捜査に限る物理的限定説の対立を示す板

39条3項の「捜査のため必要があるとき」、この意味をめぐっては、かつて2つの考え方が対立していました。1つは、捜査全般説です。証拠を隠されるおそれへの対処を含め、捜査一般に何らかの差し支えが出そうなら、それで足りるとする、かなり緩やかな立場です。この立場は、身体拘束中の被疑者を、捜査機関が優先的に利用できる、と見る立場です。例えば、共犯者と口裏を合わせるおそれがあるから、今日は会わせない。捜査全般説なら、これも理由になりえます。もう1つが、物理的限定説です。指定できるのは、被疑者の身体そのものを今まさに使っている捜査、つまり取調べ中や実況見分に立ち会わせている最中など、そうした場面に限る、とする立場です。

物理的限定説は、捜査段階の被疑者にも防御の必要性が高いことを前提に、弁護人を通じた防御権の保障を、より重く見ています。この立場だと、30分後に取調べが始まる予定があっても、まだ始まっていない以上、会わせなければなりません。捜査優先の捜査全般説と、防御優先の物理的限定説、両極端があったんです。では判例は、どちらの立場を採ったのか。それとも第三の道があるのか。ここからが本題です。

②判例の流れ——杉山事件から平11大法廷へ

杉山事件が示した原則いつでも接見という枠組みが浅井事件若松事件を経て平11大法廷の3類型に至る判例の系譜を示す板

この対立に決着をつけたのが、判例です。ただし判例は、ある日突然基準を作ったわけではありません。出発点は、杉山事件です。弁護人が接見を申し入れたのに、警察官が指定書の持参を求めて接見を拒んだ、という国家賠償請求事件でした。

判例最高裁判所判決(民集32巻5号820頁)

杉山事件——接見指定の枠組みを最初に示した判決 捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見の申出があつたときは、原則として何時でも接見の機会を与えなければならないのであり、現に被疑者を取調中であるとか、実況見分、検証等に立ち会わせる必要がある等捜査の中断による支障が顕著な場合には、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見のための日時等を指定し、被疑者が防禦のため弁護人等と打ち合せることのできるような措置をとるべきである。

この判決が、後のすべての土台になる定式、原則いつでも接見、例外は捜査の中断による支障が顕著な場合に限る、という枠組みを最初に示しました。この定式は、その後、浅井事件と若松事件という2つの最高裁判決でも維持され、確認されました。大枠は同じです。どちらも杉山事件の定式を踏襲しています。ただ、中身が完全に同じというわけでもありません。浅井事件と若松事件は、杉山事件が挙げた、現に取調べ中である場合や立会わせている場合という場面に加えて、間近い時に取調べ等をする確実な予定があって、接見を認めると予定どおり開始できなくなるおそれがある場合も、捜査に顕著な支障が生ずる場合に含まれる、と踏み込みました。

そして、この系譜が最終的にたどり着いたのが、前回見た大法廷判決です。判決文自身も、この3つの判決を先例として引用しています。突然新しい基準を作ったのではなく、20年かけて積み上げられてきた到達点なんです。

③平11大法廷判決の基準——「取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合」

平11大法廷判決が捜査のため必要があるときを取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限るとした基準を示す板

前回のカードの続きを見ましょう。この部分で判決が言っていることは、3つに分かれます。「捜査のため必要があるとき」の意味。それにあたる典型的な場面。そして、それでも指定するときに守るべきこと。最後のものは、少し後で扱います。

判例最高裁判所大法廷判決(民集53巻3号514頁)

「捜査のため必要があるとき」の意義——大法廷判決(前回の続き) このような刑訴法三九条の立法趣旨、内容に照らすと、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、同条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。

「原則としていつでも接見の機会を与えなければならない」というのは、杉山事件以来の枠組みそのものです。そのうえでこの判決は、「捜査のため必要があるとき」を、「取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合」に限る、と明言しました。なぜここまで絞るのか。接見交通権は憲法に由来する権利で、前回見たとおり、指定は必要やむを得ない例外的措置にすぎないからです。捜査官が「必要だ」と言えば足りるなら、原則いつでも会えるという枠組みが、空っぽになってしまいます。そして判決は、この抽象的な基準を、具体的な3つの場面に落とし込みます。

判例最高裁判所大法廷判決(民集53巻3号514頁)

「捜査に顕著な支障が生ずる場合」にあたる3類型 そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである(前掲昭和五三年七月一〇日第一小法廷判決、前掲平成三年五月一〇日第三小法廷判決、前掲平成三年五月三一日第二小法廷判決参照)。

整理すると3つです。1つめ、現に被疑者を取調べ中である場合。2つめ、実況見分・検証等に立ち会わせている場合。3つめ、間近い確実な取調べ予定があって、接見を認めると予定どおり開始できなくなるおそれがある場合。3つめだけ少し違って、まだ取調べは始まっていません。でも、間近い時に確実な予定がある、という点で、もうすぐ体を使う場面として、同じ扱いになります。なぜ3つめまで入れるのか。今まさに取調べ中の場合に限ると、さっきの、30分後に取調べが始まる場面でも、接見を先にしなければならず、予定を組んで進める捜査が回らなくなるからです。

例えば、「そのうち取調べする予定がある」という程度の話でも、3つめに当たるんですか。当たりません。3つめは、間近い時に、かつ確実な予定があることが必要です。「そのうち」という漠然とした将来の話では、確実な予定とはいえず、3つめにはあたりません。

④この基準はどちらの学説でもない——中間的な立場

捜査全般説と物理的限定説の間に判例の基準が位置し①②は現在の身体利用③は間近い確実な予定を取り込む独自の立場であることを示す板

どちらでもありません。まず、さっきの口裏合わせのおそれのような、被疑者の身体の利用と関係しない事由は、基準に含まれていません。つまり、捜査全般説は採用されていません。物理的限定説でもありません。さっき見た例、つまり30分後に取調べが始まる場面のように、まだ取調べが始まっていない、間近い確実な予定がある場面まで、原則として含めているからです。厳格な物理的限定説なら、これは対象外のはずです。判例の基準は、捜査全般説より狭く、物理的限定説より少し広い、独自の中間的な立場です。

⑤「原則として」に含まれる例外の余地

①②③に形式的に該当しても一時中断や開始を遅らせても顕著な支障が生じない事情があれば要件を満たさないという原則の例外を示す板

ここに、例外の余地が含まれています。例えば、取調べがちょうど昼の休憩に入るところだったとします。その休憩時間を使って接見させても、午後の取調べの予定は崩れません。こういう場合です。このように、中断したり開始を少し遅らせたりしても捜査の支障につながらない事情が認められるなら、1つめから3つめの場面に形式的にあたっていても、要件を満たさないと理解されます。浅井事件では、裁判官の1人が補足意見の中で、この点を指摘しています。取調べの状況から形式的に判断するのではなく、中断したり、開始を少し遅らせたりすることができないか、十分に検討すべきだという趣旨です。

あくまで、取調べの中断等によって捜査に顕著な支障が生ずるか、という実質判断が本体で、1つめから3つめは、その代表例、という位置づけです。

⑥要件を満たしても課される配慮義務——但書とのつながり

但書の防禦の準備をする権利を不当に制限してはならないという要請から要件充足後もできる限り速やかな日時を指定する配慮義務が導かれることを示す板

ここで、前回の条文に戻ります。前回見た39条3項但書は、何と定めていたか、覚えていますか?「指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない」、でした。

条文刑事訴訟法第39条第3項

刑事訴訟法第39条第3項但書 但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。

この但書があるので、1つめから3つめのどれかにあたって「捜査のため必要があるとき」の要件を満たしても、それだけで指定が当然に適法になるわけではありません。判決は、要件が具備されて指定をする場合でも、捜査機関は、弁護人等と協議して、できる限り速やかな接見等の日時等を指定し、被疑者が防御の準備をすることができるような措置を採らなければならない、としています。これが、但書から導かれる配慮義務です。指定の日時等が不合理に遅ければ、要件を満たしていても、但書違反で違法になりえます。

⑦独自設例による当てはめ——2段階のチェック

被疑者Aと弁護人Bと担当官の関係図を用い間近い確実な取調べ予定による要件充足と3日後を一方的に指定した配慮義務違反を2段階で検討する場面を示す板

実際に、事例で確かめましょう。

⭐ 論文で書く規範:独自設例——取調べ予定を理由とする接見指定 弁護人Bは、被疑者Aとの接見を申し出るため、午後1時に留置施設を訪れた。担当官は、「30分後の午後1時半からAの取調べを始める段取りになっている。取調べは午後4時に終わる予定だ」と答え、接見を断った。Bは、「取調べが終わった後、今日の夕方にもう一度来る」と申し出たが、担当官はBと協議せず、一方的に「接見は3日後の午前10時」と指定した。 (独自設例)

これを、どう検討するんですか。2段階です。ステップ1は、要件充足、1つめから3つめのいずれかにあたるか。ステップ2は、但書適合、指定された日時等が「できる限り速やか」といえるか。まずステップ1ですね。ここでいう担当官とは、捜査機関の担当者、つまり警察官や検察官のことです。担当官は、30分後に取調べを始める段取りになっていることを理由に、接見を断わっています。これは、3つめの場面、間近い確実な取調べ予定があって、接見を認めたのでは予定どおり開始できなくなるおそれがある場合、に対応します。ただし、ここで思い出してほしいのが、さっきの例外です。一時中断や開始を遅らせても顕著な支障が生じない事情があれば、話は別です。今回はそうした事情が見当たらないので、要件充足は認められます。

Bは、取調べが終わった後の同日夕方に、もう一度来ると申し出ていました。取調べは午後4時に終わる予定ですから、その後の時間帯に接見させても、捜査に支障が出るとは考えにくい状況です。しかも、Bと協議した形跡がありません。要件が具備されて指定をする場合でも、捜査機関は、弁護人等と協議して、できる限り速やかな日時等を指定しなければならない、というのが判決の立場でした。同日夕方という選択肢があるのに協議もせず、一方的に3日後を指定した、というのは、この配慮義務を尽くしたとは言いにくい対応です。要件を満たすことと、指定の中身が適法であることは、別の問題です。3日後という指定に、それを正当化するだけの合理的な理由が無ければ、但書に反して違法になりえます。要件充足の判断と、配慮義務の判断、この2段階を分けて検討する、というのが、今日の枠組みの使い方です。

前回も見た、430条の準抗告です。接見指定は裁判官の裁判ではなく、検察官や警察官の処分なので、429条ではありません。430条です。その場で争えますが、手続の詳しい中身は、また別の回で見ます。

今日のまとめ

捜査のため必要があるときとは取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合であり3類型が原則として該当するが例外もあり要件充足後も配慮義務を負うという今日の骨格を示す板

今日の内容を振り返ります。1つ目。「捜査のため必要があるとき」をめぐっては、捜査全般説と物理的限定説という2つの学説が対立していました。2つ目。杉山事件が示した「原則いつでも接見」という枠組みは、浅井事件・若松事件を経て、大法廷判決に受け継がれました。3つ目。大法廷判決は、「捜査のため必要があるとき」を「取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合」に限り、今まさに取調べ中、実況見分・検証等の立会い中、間近い確実な取調べ予定、という3つの場面が原則として該当する、としました。4つ目。この基準は、捜査全般説と物理的限定説のどちらでもない、独自の中間的な立場です。5つ目。この3つの場面は「原則として」該当するにとどまり、中断しても顕著な支障が生じない事情があれば要件を満たしません。逆に要件を満たしても、捜査機関はできる限り速やかな日時等を指定する配慮義務を負います。

出ました。間近い確実な予定があるというだけで、要件そのものは原則として満たされます。でも、それで指定のすべてが正当化されるわけではありません。できる限り速やかな日時になっているか、そこまで問われます。この判断枠組みが、そこでどう修正されるのか、確かめましょう。

ページ上部へ ↑

#61単独ページ動画

初回接見の特別な重要性

第2章 捜査 ㉚/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続き——「できる限り速やか」とは、どれくらい速やかか

前回の配慮義務の結論を一文で振り返り初めて弁護人に会おうとする場面ではこの判断枠組みがどう働くのかという今日の問いを示す板

前回、要件を満たしても、捜査機関はできる限り速やかな日時等を指定する配慮義務を負う、というところまで見ました。では、今日はその続きです。「できる限り速やか」というのは、具体的にどれくらい速やかであれば足りるんでしょうか。言われてみると、そこ、あいまいですね。場面によって、求められる速やかさの強さって、違うんですか。実は、違います。弁護人が被疑者に初めて会おうとする場面、初回接見では、この「速やかさ」への要求が、もっとも強く働きます。なぜ初回接見だけが特別なのか。そこを、今日確かめましょう。

①要件充足と但書適合は別の判断——2段階の枠組み

39条3項本文の要件充足の判断と同項但書の不当な制限にあたらないかの判断が別の2段階の検討であることを示す板

まず、前々回のカードを、もう一度見ましょう。

条文刑事訴訟法第39条第3項

刑事訴訟法第39条第3項但書 但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。

ここまでの話を整理すると、接見指定の適法性は、実は2段階で判断されています。第1段階は、本文の要件充足です。現に取調べ中である、実況見分等に立ち会わせている、間近い確実な取調べ予定がある。このいずれかに当たるかどうかです。そして第2段階が、今日の本題です。第1段階を満たしても、その指定の中身が、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものでないか。これは、別の判断です。要件は満たしているのに、指定の中身がダメ、ということもあるんです。では、この第2段階の判断が、もっとも重く働くのはどんな場面か。それを示したのが、今日見る判決です。

②ある逮捕直後の場面——即時の接見申出と翌日の指定

逮捕直後に弁護人となろうとする者が即時の接見を申し出たのに取調べ中を理由に接見の日時を翌日に指定した事案の経過を示す板

この判決の事案を、見ましょう。ある被疑者が、条例違反の容疑で現行犯逮捕され、警察署に引致されました。引致から間もなく、弁護士である、弁護人となろうとする者が警察署を訪れ、即時の接見を申し出ました。ところが、現場の責任者は、被疑者が取調べ中であることを理由に、接見を待つよう繰り返しました。その後、取調べを一時中断して被疑者が夕食を取っている最中に、責任者は改めて、接見の日時を翌日に指定する、と告げました。1時間あまり継続して接見を求めていたのに、協議らしい協議もないまま、最終的に翌日の指定を告げられた、という事案です。

取調べ中であるという理由は、前回見た1つめの類型、現に取調べ中である場合に対応します。要件充足自体は、問題になりません。問題になったのは、どこなんですか。そこが、今日の核心です。最高裁は、この事案を通じて、「初回接見」という場面に特別の重みを認めました。

③初回接見だけが特別な理由——憲法上の保障の出発点

逮捕直後の初回接見が弁護人選任の目的取調べへの助言を得る最初の機会であり憲法上の保障の出発点をなすという判旨の理由づけを示す板

なぜ、初回接見だけが特別なのか。判決は、こう述べています。

判例最高裁判所第三小法廷判決(民集54巻5号1635頁)

逮捕直後の初回接見が特に重要とされる理由 とりわけ、弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者と被疑者との逮捕直後の初回の接見は、身体を拘束された被疑者にとっては、弁護人の選任を目的とし、かつ、今後捜査機関の取調べを受けるに当たっての助言を得るための最初の機会であって、直ちに弁護人に依頼する権利を与えられなければ抑留又は拘禁されないとする憲法上の保障の出発点を成すものであるから、これを速やかに行うことが被疑者の防御の準備のために特に重要である。

理由は、大きく2つに整理できます。1つは、逮捕直後の初回接見が、弁護人の選任を目的とし、かつ、これから受ける取調べへの助言を得るための、最初の機会だということです。もう1つが、これが前々回見た憲法34条前段、直ちに弁護人に依頼する権利の保障の、出発点をなす、という理由です。選んだだけで会えなければ意味がない、という話をしましたよね。初回接見は、まさにその「会う」が実現する最初の瞬間なんです。手術を控えた患者を考えてみてください。担当医とまだ一度も話したことがない状態です。これから受ける手術がどんなものか、術後どう過ごせばよいか、それを聞けるのは、最初の診察の機会だけです。

2回目以降の診察は、方針の細かな調整にすぎません。でも最初の診察だけは、後回しにできない重みがある。被疑者にとっての初回接見も、同じ重みを持っています。

④具体的な検討義務——協議と接見時間の指定という代替手段

要件が具備された場合でも捜査機関は弁護人となろうとする者と協議して即時または近接した時点での接見が接見時間の指定で可能かを検討する義務を負うことを示す板

この重要性を踏まえて、判決は、捜査機関に、具体的な検討義務を課しました。

判例最高裁判所第三小法廷判決(民集54巻5号1635頁)

捜査機関に課される検討義務と、可能なときの措置 したがって、右のような接見の申出を受けた捜査機関としては、前記の接見指定の要件が具備された場合でも、その指定に当たっては、弁護人となろうとする者と協議して、即時又は近接した時点での接見を認めても接見の時間を指定すれば捜査に顕著な支障が生じるのを避けることが可能かどうかを検討し、これが可能なときは、留置施設の管理運営上支障があるなど特段の事情のない限り、犯罪事実の要旨の告知等被疑者の引致後直ちに行うべきものとされている手続及びそれに引き続く指紋採取、写真撮影等所要の手続を終えた後において、たとい比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時又は近接した時点での接見を認めるようにすべきであり、このような場合に、被疑者の取調べを理由として右時点での接見を拒否するような指定をし、被疑者と弁護人となろうとする者との初回の接見の機会を遅らせることは、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものといわなければならない。

ポイントは3つです。1つめ、要件が具備された場合でも、捜査機関は弁護人となろうとする者と協議しなければなりません。協議もせず一方的に指定してよい、とは書いていません。2つめ、協議のうえで、即時または近接した時点での接見を、接見の時間を指定することで確保できないか、を検討しなければなりません。単に「今は無理」で終わらせず、代替手段を探す義務です。例えば、逮捕直後に必ず行う手続や、指紋採取・写真撮影が終わったところで、取調べの予定を少しずらして15分だけ時間を区切って接見させる、という工夫です。日時をまるごと先送りするのではなく、時間の長さを区切ることで、捜査の支障を避けながら接見を確保できないか、を考えるということです。

3つめ、この検討の結果、それが可能なときは、留置施設の管理運営上の支障など特段の事情がない限り、たとえ比較的短時間であっても、時間を指定した上で即時または近接した時点での接見を認めなければなりません。「引致後直ちに行うべき手続」とは、逮捕後の手続の回で見た弁解録取、つまり犯罪事実の要旨を告げて弁解を聞く手続などです。判決は、それと指紋採取・写真撮影などを済ませた後に会わせるべきだ、としています。弁解録取などは、法律で、引致したらすぐ行うよう決まっている手続です。だから、それが済むまでは待ってもらってかまわない。でも、それを終えたあとは、取調べ中であっても、短時間の接見を挟めないかを検討しなければならない、ということです。

検討もせず、被疑者の取調べを理由に、初回接見の機会を遅らせることは、それ自体が「防御の準備をする権利を不当に制限するもの」だと、判決ははっきり述べています。

⑤本件へのあてはめ——「不当」と判断された理由

協議する姿勢を示さないまま一方的に翌日の日時を指定したことが検討義務を欠いたものとして不当な制限にあたると判断された理由を示す板

この検討義務を、本件の事実に当てはめます。判決文に出てくる上告人A1は逮捕された被疑者、上告人A2は駆けつけた弁護士、D課長は現場の責任者です。この事件は、前々回見た国家賠償訴訟として争われたので、どちらも上告人と呼ばれています。あとで見る設例のA・Bとは別の人物です。

判例最高裁判所第三小法廷判決(民集54巻5号1635頁)

検討義務を欠いた一方的な指定への評価 そうすると、D課長は、上告人A2が午後四時三五分ころから午後五時四五分ころまでの間継続して接見の申出をしていたのであるから、午後五時ころ以降、同上告人と協議して希望する接見の時間を聴取するなどし、必要に応じて時間を指定した上、即時に上告人A2を上告人A1に接見させるか、又は、取調べが事実上中断する夕食時間の開始と終了の時刻を見計らい……夕食前若しくは遅くとも夕食後に接見させるべき義務があったというのが相当である。ところが、D課長は、上告人A2と協議する姿勢を示すことなく、午後五時ころ以降も接見指定をしないまま同上告人を待機させた上、午後五時四五分ころに至って一方的に接見の日時を翌日に指定したものであり、他に特段の事情のうかがわれない本件においては、右の措置は、上告人A1が防御の準備をする権利を不当に制限したものであって、刑訴法三九条三項に違反するものというべきである。

判決は、取調べが事実上中断する夕食の前後という、現実にある区切りに着目しています。その時間を使えば、即時または近接した時点での接見を確保できたはずだ、という趣旨です。要件充足自体は否定されませんでした。取調べ中であることは事実だったからです。でも、協議して代替手段を検討する義務を果たしていなかった。だから、不当な制限にあたる、と判断されました。要件を満たすかと、指定の中身が適法かを、分けて見る。それが、今日確かめている2段階の判断枠組みの意味です。ただし、この判決が判断したのは、警察署に引致された当日、逮捕直後に申し出られた初回接見です。

それより後の場面、例えば、逮捕の翌日、勾留請求のため被疑者を裁判所へ連れて行く準備をしている最中に、弁護人となろうとする者が初めて接見を申し出た、という場面です。まだ初回の接見なら、弁護人の側は、今こそ助言が要ると主張します。捜査機関の側は、協議したうえで裁判所への同行後に会わせるなら、なお近接した時点だと主張します。判決がそのまま当てはまる場面ではないので、協議を試みたか、指定した時点が近接といえるかを、具体的な事情で検討することになります。もう1つ。2回目以降の接見には、この判決の特別な検討義務ではなく、前回見た「できる限り速やかな日時等を指定する」配慮義務が働きます。

⑥独自設例による2段階チェック

被疑者Aと弁護人Bと担当官の時系列を用い実況見分立会い予定による要件充足と協議を欠いた一方的な指定による但書違反を2段階で検討する場面を示す板

実際に、事例で確かめましょう。

⭐ 論文で書く規範:独自設例——初回接見における2段階チェック 被疑者Aは、午前10時、万引きの容疑で現行犯逮捕され、午前10時20分、警察署に引致された。弁護人となろうとするBは、午前10時35分に警察署を訪れ、Aとの即時の接見を申し出た。Aの指紋採取・写真撮影は10時50分ごろ、実況見分は正午ごろに終わる見込みだった。担当官は、「Aは現在、指紋採取・写真撮影の手続中であり、11時15分から実況見分にAを立ち会わせる確実な予定がある」と答え、Bとの協議を一切行わないまま、「接見は本日午後3時から」と一方的に指定した。 (独自設例)

その前に1つ確認です。前回見た39条3項の「捜査のため必要があるとき」に当たるのは、どんな場面でしたか?えっと、現に取調べ中、実況見分等の立会い、それから間近い確実な取調べ予定、のいずれかでしたね。では、まずステップ1、要件充足から見ましょう。担当官は、11時15分から実況見分にAを立ち会わせる確実な予定があることを理由に、即時の接見を断っています。10時35分の申出から11時15分の実況見分開始まで、40分しかありません。間近い時点で、確実な予定があるといえるので、原則として要件は満たします。

ステップ2、ここが今日の核心です。担当官は、協議を一切していません。今日見た検討義務によれば、指紋採取と写真撮影が終わる10時50分ごろから実況見分が始まる11時15分までの間、あるいは実況見分が終わったあとの時点で、即時または近接した時点での接見を、時間を指定することで確保できないかを検討する義務があります。設例では、正午ごろに終わる見込みです。だとすれば、正午過ぎに近接した時点での接見を、比較的短時間でも確保する余地は、十分にあったはずです。協議する姿勢を示さないまま、近接した時点での接見を検討した形跡もなく、一方的に数時間後の時間を指定している。これは、さっき見た本件の構造と、ほとんど同じです。

ステップ1の要件充足は認められます。でも、ステップ2で、検討義務を欠いた一方的な指定として、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものと評価され、不適法と判断されます。もしBがこの指定に納得できなければ、前回も見た430条の準抗告で争うことになります。逆に、同じ場面で担当官がBと協議し、「10時50分から15分間だけ」と時間を区切って接見させていたら、どうでしょう。15分でも、協議して近い時点に会わせる工夫をしていれば、不当な制限にはあたりません。分かれ目は、会わせる時間の長さではなく、協議して近い時点を探したかどうかです。要件充足の判断と、検討義務を果たしたかという判断、この2段階を分けて考える。これが、初回接見という場面での、今日の枠組みの使い方です。

今日のまとめ

要件充足の判断と検討義務を果たしたかという判断の2段階のうち初回接見では後者が特に重く働くという今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。接見指定の適法性は、第1段階の要件充足、「捜査のため必要があるとき」に当たるかと、第2段階の但書適合、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するものでないか、という2段階で判断されます。2つ目。逮捕直後の初回接見は、弁護人選任の目的と取調べへの助言を得るための最初の機会であり、憲法上の保障の出発点をなすため、この第2段階の判断がとりわけ重く働きます。3つ目。捜査機関は、要件が具備された場合でも、弁護人となろうとする者と協議して、即時または近接した時点での接見を、接見の時間を指定することで確保できないかを検討する義務を負います。4つ目。この検討の結果、それが可能なときは、留置施設の管理運営上の支障など特段の事情がない限り、比較的短時間でも時間を指定した上で、即時または近接した時点での接見を認めなければなりません。5つ目。協議もせず、検討もせずに一方的に遠い日時を指定することは、それ自体が防御の準備をする権利を不当に制限するものと評価されます。

出ました。どれくらい速やかであればよいか。少なくとも初回接見では、協議して代替手段を検討したうえで、可能なら比較的短時間でも即時または近接した時点で会わせる、というところまでが求められます。「今は無理だから明日」では足りません。合憲性の枠組み、要件のあてはめ、そして今日の初回接見の特則。この3つで、接見交通権をめぐる基本的な骨格は一通りそろいました。

ページ上部へ ↑

#62単独ページ動画

起訴後の接見指定と余罪捜査

第2章 捜査 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回までの続き——起訴された後は、もう関係ないのか

前回までの39条3項本文が公訴の提起前に限りと定めていることを振り返り起訴された後も接見が問題になる場面があるのかという今日の問いを示す板

これまで3回にわたって、起訴される前の被疑者が、捜査機関から接見の日時を指定される場面を見てきました。合憲性の枠組み、要件のあてはめ、それから初回接見の特則、でした。では、起訴された後は、もう接見を制限されることはないんでしょうか。起訴された後は、もう被告人ですよね。39条3項の出番は無さそうですけど。実は39条3項本文には、こうはっきり書いてあります。

条文刑事訴訟法第39条第3項

刑事訴訟法第39条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第一項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。

文言だけを読めば、起訴後の接見指定は許されないように見えます。ここでいったん、なぜ「公訴の提起前に限り」と書かれているのか、その理由も確認しておきましょう。起訴前の捜査段階は、証拠の収集や身柄の確保が急がれる時期で、捜査機関の側に接見の日時調整を求める必要性が特に強い。これに対して起訴後は、事件は本来、公判に向けた準備の段階に移ります。捜査そのものの必要性は薄れていくはずだから、39条3項は「公訴の提起前」に限って指定権を与えた。これが本文の趣旨です。事件そのものについては、そのとおりです。ところが実際には、起訴された被告人が、同時に「別の事件」については、まだ起訴されていない被疑者の立場にあることがあります。

「別の事件」を「余罪」と呼びます。事件そのものへの捜査の必要は薄れても、余罪の捜査の必要は、もとの事件が起訴されたかどうかとは無関係に生じます。この場合、この人への接見指定は、どうなるのか。今日は、それを確かめましょう。その前に1つ復習です。前々回、最高裁は「捜査のため必要があるとき」を、どんな場合に絞りましたか?取調べの中断などで、捜査に顕著な支障が生ずる場合、でした。この起訴前の枠組みを横に置いて、今日の場面と並べます。

起訴前の接見指定と起訴後の接見指定を要件の面で比較し捜査の必要性と防御準備の不当制限という共通の骨格を示す板

まず整理のために、前回までの「起訴前」の接見指定と、今日扱う「起訴後」の接見指定を、要件で並べてみます。起訴前は、指定できる要件が「捜査のため必要があるとき」、歯止めが「被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限しない」でした。これに対して今日見る起訴後の場面は、まず「余罪について現に身体拘束を受けていること」が前提になり、そのうえで、歯止めは、すでに起訴された事件の防御の準備を不当に妨げないかどうか、に置き換わります。「被告事件」とは、すでに起訴されて、裁判にかかっている事件のことです。「捜査の必要」と「防御権の不当な制限にわたらないこと」という2本柱は共通していて、今日の場面では、防御権を制限されてはいけない相手が「被疑者自身」から「同じ人が抱える被告事件」に置き換わる、というイメージです。

①同じ1人が併せ持つ、2つの地位——同一弁護人の事案

起訴された事件Xと未起訴の余罪Yを同じ1人が併せ持つという地位の併存を示し判例がこの場合の接見指定を許容したことを示す板

まず、こういう事案を考えましょう。ある人が、事件Xで勾留されたまま起訴されました。その後、別の事件Y、いわゆる余罪で、あらためて逮捕・勾留されました。事件X・事件Yのどちらも、同じ弁護人が選任されていました。起訴された事件Xが、さっきの「被告事件」にあたります。事件Xについては起訴後だから、39条3項は適用されません。でも事件Yについては、まだ起訴前ですから、39条3項の対象になりえます。事件Yを理由にした接見指定ができるかどうかが、今日の核心です。最高裁は、この場面についてこう述べました。

判例最高裁判所決定(刑集34巻3号178頁)

起訴後、同一人が被告事件と余罪の被疑事件を併有する場合の接見指定 「同一人につき被告事件の勾留とその余罪である被疑事件の逮捕、勾留とが競合している場合」について、検察官等は「被告事件について防禦権の不当な制限にわたらない限り、刑訴法三九条三項の接見等の指定権を行使することができる」。

整理すると、こうなります。事件Yについては、まだ起訴前の被疑事件だから、39条3項の指定権自体は行使できる。ただし、その指定が、事件Xについての防御権を不当に制限するものであってはならない。なぜこの歯止めが要るのか。事件Xについては起訴後なので、本来39条3項による指定はできません。余罪の捜査を口実にすれば、許されないはずの被告事件の接見制限が裏口から入ってしまう。だから、事件Xの防御権を不当に制限しない範囲に限られるのです。指定できるかどうかは、起訴されているかどうかだけでは決まりません。「同じ人が、未起訴の余罪も抱えているか」という、地位の併存が鍵になります。ここで見えてくるのが、39条1項が保障する接見交通権の意義との関係です。39条1項は、身体の拘束を受けている被告人や被疑者に、立会人なしで弁護人と会う権利を認めていました。今日の場面は、その保障そのものを取り上げるのではなく、事件Yの捜査の必要という別の利益と、事件Xについてのその保障とを、どう調整するかという話になっています。

会社に勤めるAさんを考えてみてください。Aさんは、いま会社Xの社員で、来月の人事面談の日程がすでに確定しています。ところが同じAさんは、同時に会社Yの中途採用にも応募していて、まだ選考中の候補者でもあります。会社Yの採用担当者が「選考の都合で、面接の日程はこちらで決めさせてほしい」と言うこと自体は、正当な業務上の必要です。でも、その日程調整権を使って、Aさんが会社Xの人事面談前に相談役と話す時間を、実質的に奪ってしまったらどうでしょう。会社Yの必要性は否定されない。でも、それが会社Xでの正当な権利行使を不当に押しつぶすところまでは許されない。これが、今日見ている判例の構造そのものです。

②その弁護人が被告事件だけの担当だったら——選任のされ方が違う事案

弁護人が被告事件についてだけ選任されていて余罪の弁護人ではない場合でも判断枠組みは同じで結論が変わらないことを示す板

さっきの事案は、弁護人Bが事件Xと事件Yの両方について選任されていました。では、Bが事件Xについてだけ選任されていて、事件Yの弁護人ではないとしたら、結論は変わるでしょうか。実際に、そういう事案がありました。弁護人が、被告事件についてだけ選任されていたケースです。最高裁は、こう判断しました。

判例最高裁判所決定(集刑280号115頁)

起訴後、被告事件についてだけ選任された弁護人に対する接見指定 被告事件の勾留と余罪の被疑事件の勾留が競合する場合について、「検察官は,被告事件について防御権の不当な制限にわたらない限り,被告事件についてだけ弁護人に選任された者に対しても,同法39条3項の接見等の指定権を行使することができる」。

では、なぜ選任のされ方で結論が変わらないのか、考えてみましょう。最高裁の歯止めが守っているのは「被告事件についての防御権」、つまり事件Xの被告人としてのAさん自身の権利です。これは、その弁護人が事件Yについても選任されているかどうかで広がったり狭まったりしない、Aさん自身の権利です。もし選任のされ方で結論が変わるとしたら、同じAさんの同じ余罪の捜査なのに、弁護人が事件Yも兼ねていれば指定でき、事件Xだけの弁護人なら一切指定できない、という食い違いが起きます。接見指定で比べているのは、余罪の捜査の必要と、Aさんが事件Xの防御を準備する機会との釣り合いであって、弁護人がどの事件で選任されたかではありません。だから最高裁は、同じ判断枠組みをそのまま使ったのです。

起訴後の接見指定は、「その弁護人が事件Yの弁護人でもあるか」ではなく、「同じ人に未起訴の余罪があるか」で決まる、ということです。人物ではなく、この人が今、どんな地位を併せ持っているか。それが判断の出発点になります。会社の例で言えば、会社Xの相談役が会社Yの調整も兼ねている場合でも、会社Xだけを担当している場合でも、問われるのは「Aさんが会社Xで受けるべき面談準備の機会が実質的に奪われていないか」だけです。兼務しているかどうかは関係ありません。

③限界——身体拘束が無ければ、そもそも指定できない

39条3項が適用されるための前提として余罪について身体拘束を受けていることが必要でありこれを欠けば起訴の前後を問わず指定できないことを示す板

ここまでは、余罪についても逮捕・勾留されている、つまり身体を拘束されている場面でした。では、余罪について身体拘束を受けていない場合はどうでしょう。例えば、事件Xでは起訴後も勾留が続いているけれど、余罪については逮捕・勾留がされないまま、任意で取調べを受けているだけ、という場面です。実際に、こうした事案で最高裁が判断を示しています。

判例最高裁判所決定(刑集20巻6号728頁)

起訴後、余罪について身体拘束を受けていない場合の接見指定 刑訴法について、「公訴の提起後は、余罪について捜査の必要がある場合であつても、検察官等は、被告事件の弁護人または弁護人となろうとする者に対し、同三九条三項の指定権を行使しえないものと解すべき」とした。

この事案は、余罪について逮捕・勾留がされておらず、任意の取調べにとどまっていたことが前提でした。理由を考えてみましょう。39条3項が指定できるのは、身体を拘束された被疑者との接見です。身体の拘束を受けていない以上、そもそも39条3項が適用される対象を欠きます。さっきの①の決定と食い違って見えますが、あちらは余罪でも逮捕・勾留されていた事案、こちらはされていなかった事案です。会社Yの例で言えば、Aさんがまだ会社Yに応募すらしていない段階、つまり選考の枠組みそのものに入っていない段階で、会社Yの担当者が日程に口出しできないのと同じです。枠組みの外にいる人には、その枠組みのルールは及びません。

まず身体拘束があるかどうかで前提を確認し、あって初めて、防御権を不当に制限しないかという歯止めの話に進みます。

④独自設例で確認——3つの場合分け

被告人Aと弁護人Bが事件Xと余罪事件Yについて併せ持つ地位の関係を示す図 図:被告人Aと弁護人Bが事件Xと余罪事件Yについて併せ持つ地位の関係を示す図

実際に、事例で整理しましょう。

⭐ 論文で書く規範:独自設例——起訴後の接見指定・3つの場合分け 被告人Aは、収賄事件Xで勾留されたまま起訴された。その後、別の収賄事件Y(余罪)についても逮捕・勾留され、事件Xと同じ弁護人Bが選任された。検察官は、事件Yの捜査の必要を理由に、Bとの接見を指定できるか。もしBが事件Xについてだけ選任された弁護人で、事件Yの弁護人ではなかったら。もしAが事件Yについて身体拘束を受けておらず、任意で取調べを受けているだけだったら。 (独自設例)

まずパターン①、事件Xと事件Yを同じ弁護人Bが担当し、Aは事件Yでも身体を拘束されている場合です。Aは、事件Xでは被告人、事件Yでは被疑者という2つの地位を併せ持っています。Bへの接見指定は、事件Yの捜査の必要性を理由に、事件Xの防御権を不当に制限しない範囲でできます。例えば、Bとの接見自体は認めたうえで、日時をずらす程度の指定であれば、事件Xの防御準備を妨げないので許されます。これが「該当する」側の具体例です。逆に、事件Xの公判期日が目前に迫り、その準備の打合せのためにBが接見を求めているのに、事件Yの取調べを理由に公判期日まで会わせないような指定は、事件Xの防御権を不当に制限するので許されません。

Bが事件Yについては選任されていなくても、判断枠組みは変わりません。Bへの接見指定は、同じ基準で適法になりえます。その弁護人が事件Yの弁護人でもあるかどうかに関係なく、鍵は「Aが事件Yについても現に身体拘束を受けているか」です。

3つの場合分けを身体拘束の有無を最初の分かれ目としそのあとに弁護人が事件Yについても選任されているかを置いて整理した図

Aが事件Yについて逮捕・勾留されておらず、任意で取調べを受けているだけの場合です。この場合、Bへの接見指定は、一切できません。これが「該当しない」側の具体例です。たとえ検察官が「Bとの接見を、事件Yの取調べが終わるまで待ってほしい」と求めても、そもそも指定権の根拠を欠くので、Bはいつでも自由にAと接見できます。39条3項が適用される前提、身体拘束を受けた被疑者であること、これ自体を欠くからです。3つを並べると、最初の分かれ目は身体拘束の有無、次の分かれ目は被告事件の防御権を不当に制限しないか、ということが見えてきます。

⑤コラム——任意同行中の被疑者との面会

任意で呼ばれ取調べ中の人を弁護人が訪ねてきたとき捜査機関が取調べを中断して申出を伝え希望があれば面会を実現する措置を執るべきことを示す板

最後に、少し離れた場面のコラムです。身体拘束されていない被疑者への面会という点で、今日の話とつながっています。警察に任意で呼ばれて取調べを受けている人のところへ、弁護人が会いに来た場面です。裁判例は、弁護人は弁護活動として被疑者といつでも自由に会えるのが原則で、それは被疑者が任意同行のあと取調べを受けている場面でも基本的に同じだ、としました。そのうえで、捜査機関の側は、取調べをいったん止めて弁護人が来たことを本人に知らせ、本人が会いたいと言えば会えるように措置を執るべきだ、としました。なぜ伝えることまで求められるのか。取調室の中にいる被疑者は、弁護人が来たことを自分では知りようがありません。会うかどうかを決めるのは被疑者自身なのに、申出が伝わらなければ、その選択の機会そのものが消えてしまう。だから、まず伝え、会いたいと言えば会えるように措置を執る、という形で面会の自由を実際に使えるものにしているのです。

任意捜査の場面であっても、弁護人と会う道を、捜査機関の側から閉ざしてはならない。この回のテーマである「地位の併存」とは別の場面ですが、身体拘束の有無がすべてを決めるわけではない、という点で覚えておくと役立ちます。

今日のまとめ

地位の併存という切り口から弁護人が両事件の担当でも被告事件だけの担当でも結論は同じで身体拘束が無ければ指定できないという今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。39条3項本文は「公訴の提起前に限り」と定めていますが、同じ人が、被告事件では起訴後、余罪の被疑事件では起訴前という2つの地位を併せ持つ場合には、余罪を理由とする接見指定が問題になります。2つ目。事件Xと事件Yを同一の弁護人が担当している場合、被告事件の防御権を不当に制限しない範囲で、接見指定はできます。3つ目。弁護人が事件Xについてだけ選任されていて、事件Yの弁護人でなくても、判断枠組みは変わらず、結論は同じです。守られているのは被告人自身の防御権であって、弁護人の選任のされ方ではないからです。4つ目。余罪について身体拘束を受けていない場合には、39条3項が適用される前提を欠くため、接見指定は一切できません。5つ目。任意同行中の被疑者に対しても、弁護人が面会を申し出た以上、捜査機関は取調べを中断してそれを被疑者に伝え、被疑者が望めば面会を実現する措置を執るべきだ、とされています。

起訴された後の話、というタイトルのわりに、結局は「余罪があるか」次第だったんですね。起訴後かどうかだけでは決まらない。同じ人が、いま余罪という別の地位を持っているかどうか。そこが出発点です。

ページ上部へ ↑

#63単独ページ動画

秘密交通権の保障範囲と面会接見

第2章 捜査 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続き——秘密交通権は、その場だけの話なのか

前回の予告を受け立会人なしで話せる秘密交通権がその場だけの保障なのか後から知られない保障にまで及ぶのかという今日の問いを示す板

前回の最後に、こんな問いを予告しました。立会人なしで弁護人と話せる秘密交通権は、話したその場だけの話なのか。話した内容を、後から捜査機関に知られないことまで守られるのか。いいでしょう。復習です。秘密交通権とは、身体拘束中の被疑者・被告人に、何を認める権利でしたか?弁護人と、立会人なしで接見し、書類や物をやり取りできる権利、でした。この権利を定めているのが39条1項です。

条文刑事訴訟法第39条第1項

刑事訴訟法第39条第1項 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

「立会人なくして接見し」、誰にも聞かれずに弁護人と話せるという意味で、秘密交通権とも呼ばれます。今日はそこから一歩進みます。「立会人がいない」という保障は、接見しているその場に限られるのか、それとも、もっと広い範囲まで及んでいるのか。先に答えを言うと、その場だけでなく、後から知られないことや、やり取りした物にまで及びます。なぜそこまで及ぶのかを、確かめましょう。

①保障の拡がり——その場・事後・物

秘密交通権の保障がその場で聞かれないことにとどまらず接見内容を事後的に知られない利益と授受した書類物を差押え検閲されない利益にまで及ぶという3層を示す板

秘密交通権が守ろうとしている本体は、被疑者・被告人が、弁護人に何でも安心して話せる状態です。この本体から逆算すると、保障は、接見の場で誰かに見聞きされないというだけでは終わりません。そこから広がって、2つの利益にまで及ぶと理解されています。1つは、被疑者・被告人と弁護人が接見で何を話したかを、後になって捜査機関に把握されない利益。もう1つは、その接見で弁護人とやり取りした書類や物を、差し押さえられたり中身を検閲されたりしない利益です。整理すると、保障には3つの顔があります。1つ目、その場で聞かれない。2つ目、後から知られない。3つ目、やり取りした物を取り上げられない。今日はこのうち、1つ目と2つ目を中心に扱います。3つ目、書類や物の差押え・検閲の具体的な判断枠組みは、別の回で扱います。

ここで、幼なじみの例で考えてみましょう。AさんとBさんは幼なじみで、放課後、公園のベンチでこっそり悩み事を相談し合う仲だとします。誰にも聞かれないという約束があるから、Aさんは家庭の事情まで正直に話せます。もし親がベンチの後ろに隠れて聞いていたら、その場で秘密が破れます。これが1つ目の顔です。隠れて聞いてはいなかったけれど、後日、親がAさんを問い詰めて「Bと何を話したの」と聞き出したらどうでしょう。これが2つ目の顔です。さらに、二人が交換ノートを使っていて、それを親が取り上げて読んだら、書くこと自体をやめてしまうでしょう。これが3つ目の顔です。逆に、Aさんが自分から「今すぐ話したいから、親が同じ部屋にいてもいい」と決めて話したなら、秘密を破られたことにはなりません。勝手に聞かれたのではなく、Aさん自身がそう選んだからです。この形は、後半でもう一度出てきます。

②なぜそこまで保障するのか——萎縮的効果

後から知られる可能性があると被疑者が弁護人に本当のことを話さなくなる萎縮的効果を防ぐために実質的で効果的な援助を確保する必要があるという板

では、なぜ立会人なしで話せることに加えて、後から知られないことまで保障しなければならないのでしょうか。さっきの幼なじみの例で考えてみてください。もしAさんが「あとで親に問い詰められるかもしれない」と分かっていたら、公園のベンチでも、本当のことを話さなくなってしまうのではないでしょうか。前に、立会人がそばにいると本音を言えなくなる、萎縮的効果を見ました。後から知られる可能性があるだけでも、同じ萎縮がその場で起きるんです。被疑者・被告人も同じです。接見内容が後で捜査機関に知られるかもしれないと分かっていれば、弁護人にすべてを話すことを差し控えてしまいます。

被疑者・被告人が弁護人から実質的で効果的な援助を受けるためには、萎縮せずに何でも話せる状態そのものを守らなければならない。だから秘密交通権の保障は、その場だけでなく、事後的に知られない利益にまで広く及ぶのです。実際に、捜査機関が秘密交通権を侵害したとして国家賠償が認められた裁判例もあります。

③制約は一切許されないのか——見解の対立

秘密交通権の制約について絶対保障説衡量説特段の事情限定説の3つの立場とそれぞれの弱点を対比した表

ここまでの保障が広く及ぶとして、では捜査機関が被疑者から接見内容を聴取するような行為は、一切許されないのでしょうか。そこは、考え方が3つに分かれます。1つ目は絶対保障説。秘密交通権の性質上、接見内容を聴取するような行為は一切許されないとする立場です。2つ目は衡量説。接見の秘密を保護する必要性と、捜査機関が接見内容を聴取する必要性とを比較して決めるべきだとする立場です。3つ目は、衡量説の一種ですが、捜査妨害的な行為など「接見交通権の保護に値しない事情」がある、極限的な場合に限って制約が許されるとする理解です。「特段の事情」限定説と呼びましょう。

それぞれに弱点があります。絶対保障説には、捜査上どうしても対応しなければならない極限的な場面、例えば接見を利用した罪証隠滅の相談が現に進行しているような場面にも対応できないのではないか、という弱点があります。衡量説には、天秤にかける基準があいまいで、捜査機関の言い分次第で、いくらでも制約が正当化されてしまう恐れがあるという弱点があります。そして「特段の事情」限定説にも、2つの弱点が考えられます。1つは、衡量説を名乗りながら、実質的には絶対保障説にかなり近づいてしまい、両説の違いが見えにくくなること。もう1つは、「特段の事情」の中身自体があいまいで、結局は歯止めとして機能しないのではないか、ということです。

さっきの幼なじみの例で言えば、「親は理由があっても絶対に問い詰めてはいけない」というのが絶対保障、「親の心配の大きさと子どもの秘密の重さを見比べて決める」というのが衡量、「よほど深刻な非行の兆候があるときだけ問い詰めてよい」というのが特段の事情限定です。3つは種類が違うのではなく、どこまで踏み込んでよいかという程度の違いなんです。

④設例で確認——3つの場面

被疑者Aと弁護人Bの接見について立会って聞く場合後日聴取する場合手紙を差し押さえる場合という3つの場面を並べた図

ここで、事例を使って整理しましょう。

⭐ 論文で書く規範:設例——秘密交通権の保障範囲・3つの場面 被疑者Aは、接見室で弁護人Bに相談し、事件の動機について「実は正当防衛だった」とBに打ち明けた。①取調官がその場に立ち会って聞いていた場合。②取調官は立ち会っていなかったが、後日Aを取り調べて「Bと何を話したか」を聞き出した場合。③Aが接見中にBへ手紙を渡し、その手紙を捜査機関が差し押さえた場合。それぞれ、秘密交通権のどの保障との関係が問題になるか。 (独自設例)

①は、取調官がその場に立ち会って聞いていた場合。これは、その場で聞かれないという保障、同時性の保障に違反することに争いはありません。②は、立ち会ってはいなかったけれど、後日Aを取り調べて「Bと何を話したか」を聞き出した場合。これが、後から知られない利益の問題であり、さっき見た見解対立が関わってくる場面です。③は、Aが接見中にBへ渡した手紙を、捜査機関が差し押さえた場合。これは、やり取りした物を差し押さえられ検閲されない利益との関係で問題になります。

⑤面会接見——秘密交通権を弁護人の承諾で手放す場面

検察庁舎に接見設備がない場合に設備がないことを理由とする拒否は直ちに違法でないが弁護人が即時接見を求め差し支えないとの意向を示せば面会接見の特別配慮義務が生じるという判断枠組みの図

ここまでは、秘密交通権が保障される場面を見てきました。後半は、秘密交通権を弁護人自身の判断であえて手放す場面、面会接見を見ましょう。面会接見とは、立会人のいる部屋で、短時間だけ弁護人と会うやり方です。家族の面会と同じように立会人が付きますが、会う相手はあくまで弁護人です。留置施設の接見室は、普通、外から会話が聞こえない個室として作られています。ところが、検察庁舎の中には、そうした接見に適した設備がない場合があります。設備がない場合、接見自体を断れるんですか。そこが問題になった事案があります。最高裁は、こう判断しました。

判例最高裁判所判決(民集59巻3号563頁)

検察庁舎に接見設備がない場合の面会接見 接見に適した設備がないことを理由に接見の申出を拒否しても、それだけで直ちに違法とはいえない。もっとも、「弁護人等がなお検察庁の庁舎内における即時の接見を求め、〔その〕必要性が認められる場合」には、検察官は「立会人の居る部屋での短時間の『接見』」(面会接見)であってもよいかどうか弁護人等の意向を確かめ、弁護人等が差し支えないとの意向を示したときは「面会接見ができるように特別の配慮をすべき義務がある」。

順番を整理しましょう。最高裁の判断は、3つの段階に分かれます。まず、設備がないことを理由に拒否しても、それだけでは直ちに違法にはなりません。立会人のいない接見を、逃亡や証拠隠しの心配なく行える部屋がなければ、39条1項どおりの接見そのものを用意できないからです。しかし、それでも弁護人が庁舎の中で今すぐ会うことを諦めず、その必要が認められるときには、検察官は、面会接見、つまり立会人のいる部屋での短時間の接見でもよいかどうか、弁護人の意向を確かめなければなりません。そして、弁護人が「面会接見でも差し支えない」という意向を示したときは、検察官は面会接見ができるよう、特別の配慮をすべき義務を負います。

Aさんがどうしても今すぐBさんに会いたいけれど、防音の部屋が空いていない場面を考えてください。「今日は無理」と言われても仕方ない場面ですが、それでもAさんが「今すぐでないと困る、多少他の人に聞こえる部屋でもいいから会いたい」と申し出て、それでよいと自分で決めるなら、周りに配慮してもらいながら会う機会を作ってもらえる。これが面会接見です。前半の幼なじみの例で、Aさん自身が選んだ場合と同じ形です。面会接見は、検察官が一方的に秘密交通権を制限する場面ではありません。弁護人が、即時に会うことを優先して、自らの判断で秘密交通権を一時的に手放す場面なんです。だから、弁護人の意向確認が判断枠組みの中心に置かれています。

⑥面会接見の実施方法——判断が分かれている

面会接見の立会人の人選や実施方法について検察官の裁量に委ねる考え方と秘密交通権に近づける配慮義務を求める考え方に高裁の判断が分かれているという板

面会接見が行われるとして、誰を立会人にするか、何人付けるか、どのくらい離れた場所に座らせるか、被疑者の腰に縄を付けたまま会わせてよいかなど、具体的な実施方法については、まだ争いがあります。この点、実施方法の細かい部分を検察官の裁量に委ねてよいとする考え方の裁判例と、秘密交通権にできるだけ近づけるよう検察官に配慮義務を求める考え方の裁判例とがあり、高裁の判断が分かれています。分かれ目は、弁護人が手放したのは秘密交通権のどこまでか、という見方の違いです。弁護人が「立会人がいてもいい」と一度承諾した以上、誰をどう立ち会わせるかは検察官に任せてよい、と見れば、裁量の考え方になります。手放したのは今すぐ会うために必要な分だけで、残りの秘密はできるだけ守るべきだ、と見れば、配慮義務の考え方になります。

さっきの幼なじみの例で言えば、Aさんが「多少聞こえる部屋でもいい」と言ったとき、周りの人がすぐ隣に座っていてよいのか、部屋の隅にいてもらうべきなのか、という違いです。面会接見は、あくまで、秘密交通権が十分には保障されない例外的な運用です。だからこそ、実施方法をどこまで秘密交通権に近づけるべきかについて、考え方に幅が出ているのです。

コラム——なぜ検察庁で接見したい弁護人が多いのか

集中押送により被疑者が検察庁内で長時間待機する実務のもとで検察庁内での接見の需要が生まれる背景を示す板

最後に、実務の背景を少しだけ紹介します。都市部では、身体拘束中の被疑者を検察官が取り調べる際、その日の対象者をまとめてバスに乗せて検察庁まで一斉に運ぶ、集中押送という運用が行われています。この方式だと、被疑者は検察庁内で自分の順番を待ち、取調べが終わっても、全員が揃うまで庁舎内で待機することになります。留置施設での接見は事実上難しくなる一方、遠方の留置施設まで往復する時間を考えると、弁護人にとっては検察庁にいる時間を使って接見できるほうが都合がよく、取調べの直前に助言することもできます。ところが、検察庁内の接見室は数が限られていて、面会接見の需要は今も残っています。

今日のまとめ

秘密交通権の保障が同時性事後性物の3層に及び制約の可否は3つの立場が対立し検察庁舎に設備がない場合は弁護人の承諾を条件に面会接見が認められうるという今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。秘密交通権の保障は、接見の場で聞かれないことにとどまらず、接見内容を事後的に知られない利益、やり取りした書類や物を差し押さえられ検閲されない利益にまで及びます。2つ目。これほど広く保障される理由は、萎縮的効果を防ぎ、被疑者・被告人が弁護人から実質的で効果的な援助を受けられるようにするためです。3つ目。もっとも、その制約が一切許されないのかについては、絶対保障説・衡量説・特段の事情限定説の対立があり、それぞれに弱点があります。4つ目。検察庁舎に接見に適した設備がない場合、設備がないことを理由とする拒否は直ちに違法ではありませんが、弁護人がなお即時の接見を求め、差し支えないとの意向を示したときは、検察官は面会接見ができるよう特別の配慮をすべき義務を負います。5つ目。面会接見の具体的な実施方法については、検察官の裁量に委ねる考え方と、秘密交通権に近づける配慮を求める考え方とで、高裁の判断が分かれています。

その場だけの保障だと思っていたら、事後や物にまで広がっていて、びっくりしました。保障の本体は、被疑者・被告人が弁護人に何でも安心して話せる状態そのものです。そこから逆算すると、その場・事後・物という3つの顔が自然に出てくるんです。

ページ上部へ ↑

#64単独ページ動画

取調べでの接見内容の聴取と秘密交通権

第2章 捜査 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続き——取調べで接見の内容を聴くのは許されるのか

前回の予告を受け取調べで捜査官が接見の内容を聴くことは許されるのかという今日の問いと絶対保障説衡量説特段の事情限定説という3つの立場の名前を示す板

前回の最後に、こんな問いを予告しました。取調べで捜査官が接見の内容を聴くことは、許されるのか。先に答えを言うと、本人が自分から話しても、それだけで聴いてよいことにはなりません。壊れるのは本人の秘密だけではなく、弁護人の側の利益でもあるからです。今日はその理由を確かめます。前回、秘密交通権の制約をめぐる3つの立場を見ましたね。今日はこの3つの立場を道具箱として使いながら、実際に取調べで接見の内容を聴いた事案を見ていきます。まず、その場面を確かめるために、39条1項をもう一度出しましょう。

条文刑事訴訟法第39条第1項

刑事訴訟法第39条第1項 身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第三十一条第二項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し、又は書類若しくは物の授受をすることができる。

この「立会人なくして接見」という保障には、前回見たとおり、後から知られない利益まで含まれます。今日はその利益が、実際にどこまで守られるのかを見ていきます。

①場面を設定する——独自の設例

被疑者Xと弁護人Y検察官の三者関係のもと接見内容を尋ねる場面弁護人への相談内容を聴き出す場面調書を証拠調べ請求する場面という3段階を示す関係図

具体的な場面を作って考えましょう。

⭐ 論文で書く規範:設例——接見内容の聴取と調書化・証拠調べ請求 被疑者Xは、傷害事件で逮捕された。逮捕直後の接見でXは弁護人Yに「実は正当防衛だった」と説明した。Xは最初の取調べでは「よく覚えていない」と述べていたが、その後の取調べで、捜査官に対し「反撃されたので身を守るためだった」という趣旨の供述をした。弁護人Yは、Xの同意を得て、接見でXが正当防衛だったと説明した事実を、すでに報道機関に公表していた。取調べで検察官は、①「接見の際に弁護人にも同じ説明をしたか」と尋ね、②さらに「弁護人にどう相談し、どう供述するよう助言されたか」まで聴き出して供述調書に記載し、③公判でその調書の取調べを請求した。 (独自設例)

まず①、Xが弁護人にも同じ説明をしたかを尋ねる場面。次に②、弁護人にどう相談し、どう助言されたかまで聴き出す場面。最後に③、その調書を公判で証拠として取り調べるよう請求する場面です。この3つを順番に検討していきます。

②何が問題か——聴取そのものと調書化・証拠調べ請求

接見内容の聴取そのものの適法性と聴取結果の調書化及び証拠調べ請求の適法性という2段構えの検討枠組みを示す図

この事例を検討するには、実は問題が2段階あります。まず、接見内容を聴取すること自体が39条1項に違反しないか、という問題。そして、聴取した結果を調書にして公判に出すこと自体が、別の問題を生まないか、という問題です。設例で言えば、検察官がXから弁護人Yとの話を聴き出した時点で、秘密はまず一度破られます。その調書を法廷に出せば、今度は「弁護人に話したことは法廷に出る」とXに知らせることになり、次にYに相談する場面まで傷つきます。傷つき方が違うから、分けて考えるんです。まず設例の1つ目と2つ目で「聴くこと」を、そのあとで3つ目の「使うこと」を見ていきます。

③本人が話しても保護は弱まらない——弁護人の固有権

秘密交通権を弁護人固有の権利と位置づけることで自発的供述があっても保護の必要性は低減しないという枠組みを示す板

まず前提になる問いから。取調べでXが、自分から接見の中身に触れて話してしまったらどうなるか、です。ここでいったん、法律から離れて考えてみましょう。学校で、生徒Aが、いじめに悩んで保健室の先生Bに相談したとします。Bにだけ話すという約束があるから、Aは誰にも言えなかった本当の気持ちを話せました。ところが後日、担任の先生Cが、Aを呼び出して「保健室の先生に何を相談したの」と聞き出し、Aが自分から答えてしまったとします。自分から話したなら守らなくていい、と感じるところが、まさにポイントです。壊れているのは、Aさん個人の秘密だけではありません。保健室が「誰にも言わない場所」として機能し続けるかどうかという、B先生の側の役割そのものが壊れているんです。次にAさんが本当に困ったとき、また保健室に行けるでしょうか。

担任の先生にまた聞き出されるかもしれないと思うと、行きにくくなります。しかもそれは、Aさん以外の生徒にとっても同じです。だから、この秘密を守る利益は、Aさん個人の持ち物というより、相談を受ける側であるB先生に属する権利だと考えるべきなんです。弁護人と被疑者の関係も、これと同じ構造です。弁護人の側にも権利がある。それが、前に弁護人の権限の回で見た固有権です。弁護人だけが主語で、本人の意思や権利と無関係に行使できる権利でした。この考え方を、実際に裁判所が示しました。佐賀県で実際にあった事件の裁判例で、捜査機関が被疑者から接見内容を聴取したことが問題になりました。裁判所の判断は2段です。1段目が原則、2段目が本人が自分から話した場合です。まず1段目。裁判所は、秘密交通権が守ろうとしているのは、捜査機関が被疑者と弁護人の自由なやり取りに萎縮的な効果を及ぼさないようにすることだ、という前提を確認したうえで、原則として、弁護人との接見でどんな話をしたかを聴取すること自体が禁止されると判断しました。

自分から接見内容を話し始めても秘密の放棄とは見ずに弁護人固有の権利と位置づけることで保護の必要性は下がらないという判断を示す板

前回の萎縮的効果の考え方が、ここでも出発点になっています。では2段目です。裁判所は、被疑者が取調べの中で自分から接見内容を話し始めた場合についても、踏み込んだ判断をしました。自分から話したのだから秘密を放棄したのだ、と見るのではなく、この秘密を守る利益を弁護人自身の固有の権利と位置づけて、被疑者が自発的に話したという事情だけでは、その権利を保護する必要性は下がらない、としたんです。壊れているのはA自身の秘密だけではなく、B先生、つまり弁護人の側の固有の利益でもあるから、本人の任意性だけでは正当化できない。これが冒頭の問いへの答えです。ただし、下がらないのは「本人が話した」という事情だけでは、という意味です。弁護人の側がその中身をすでに公表していれば事情は変わります。それは設例に当てるところで確かめます。

④捜査機関に課される義務と衡量の枠組み

捜査機関は接見内容の聴取を原則差し控え話し始めたら告知するなどの配慮義務を負い聴取の適否は保護の必要性と聴取の必要性の衡量で判断するという枠組みを示す板

では、捜査機関は具体的に何をすべきなのでしょうか。裁判所は、2つのことを求めました。1つは、捜査機関が自分から積極的に接見内容を聴き出すことを、原則として差し控えるべきだということ。もう1つは、被疑者が接見内容にわたる話を自分から始めてしまったときには、それを制止したり、話す必要はないと告げたりするなどして、秘密交通権に配慮すべき法的義務を負うということです。聴かないだけじゃなく、話し始めたら止める義務まであるんです。なぜそこまで求めるのか。さっき見たとおり、本人が話しても弁護人の側の利益は消えません。本人が止まれないなら、聴く側が止めるしかないからです。設例で言えば、Xが「弁護人の先生にも同じことを言ったんですが」と言いかけた時点で、捜査官が「接見で話したことは言わなくていいですよ」と告げる。これが配慮です。そのうえで、実際に聴いてしまった内容が適法かどうかは、秘密として保護する必要性と、捜査機関が聴取する必要性とを衡量して判断する、という枠組みが示されました。

さて、ここで前回の3つの立場を思い出してください。聴取は一切許されないとする絶対保障説、秘密を守る必要性と捜査の必要性を比べる衡量説、そして衡量説の一種で、捜査妨害のような極限的な場合に限って許すとする特段の事情限定説でした。今日のこの枠組みは、どれに近いと思いますか?聴くことを一切禁じる絶対保障説ではなく、実際に聴いた中身ごとに天秤にかける、衡量説の側です。ただ、前回見た衡量説の弱点は、捜査機関の言い分次第で天秤がいくらでも傾くことでした。この裁判例は、原則は聴取禁止、話し始めたら止める義務、という重りを先に秘密の側に載せてから天秤にかけています。それでも、極限的な場合に限るとまでは言っていないので、特段の事情限定説そのものではありません。

⑤あてはめ——公表済みの事実の確認はセーフ寄り・未公表の中身はアウト寄り

設例①の公表済み事実の確認はセーフ寄り設例②の未公表の相談内容の聴取はアウト寄りという対比表を示す板

この枠組みを、さっきの設例に当てはめてみましょう。設例の①、検察官がXに「弁護人にも同じ説明をしたか」と尋ねた場面です。この部分は、Xが接見で正当防衛だと説明したこと自体を、弁護人Y自身がXの同意を得てすでに公表していました。つまり、弁護人の側が自ら明らかにした部分ですから、弁護人の固有の利益として秘密を保護する必要性が、もともと下がっている部分です。しかも、Xの供述は「覚えていない」から「身を守るためだった」へ変わっていますから、変わった理由を確かめる必要性もあります。ですから、直ちに違法・不適切とまでは言えません。

では設例②、検察官がさらに「弁護人にどう相談し、どう助言されたか」まで聴き出した場面はどうでしょう。これは、単に事実の有無を確かめる範囲を超えて、弁護人との打ち合わせの詳細そのものに踏み込んでいます。被疑者と弁護人の自由な意思疎通に萎縮的効果を及ぼすおそれがあり、違法と考えられます。捜査官としては、Xが自分から②のレベルまで話し始めた場合でも、その時点で「接見の内容については話さなくていい」と告げるなどの配慮をすべきだった、ということになります。

⑥調書化と証拠調べ請求は別に評価する

聴取と一体で評価される調書化と信頼関係破壊のおそれから別個に違法と評価されうる証拠調べ請求という区別を示す板

続いて、設例③の場面です。聴取した内容を調書にして、それを公判で証拠として取り調べるよう請求した場面でした。ここは②の問題とは別に、もう一段考える必要があります。まず、聴いた内容を調書に書き起こす行為そのものは、聴取によっていったん侵害された秘密が、書き起こしによってさらに新しく侵害されたとまでは言いにくく、聴取行為と一体のものと評価されます。ところが、その調書を公判で証拠として取り調べるよう請求する行為は、話が違います。これは、被告人と弁護人の信頼関係そのものを壊すおそれがある行為です。弁護人に相談した内容が、検察官によって法廷に持ち出されるかもしれないと分かれば、被告人はその後、弁護人に本当のことを話さなくなります。弁護人が今後の弁護活動で秘密交通権を使おうとしても、心理的に萎縮してしまう。だから証拠調べ請求は、聴取行為そのものとは別個の、独立した違法行為と評価されうるんです。

設例に戻ると、③の証拠調べ請求は、この意味で違法と評価されることになります。

⑦補足——証拠開示と被告人質問

証拠開示を通じた萎縮効果と公判での被告人質問への対応を一言で示す板 図:証拠開示を通じた萎縮効果と公判での被告人質問への対応を一言で示す板

ここで、補足を2つだけします。まず、聴取した供述調書は、証拠調べ請求されなくても、弁護人が類型証拠開示、つまり検察官の手持ち証拠のうち一定の種類のものを見せるよう求める手続きを使えば、開示されることがあります。そこで接見内容を聴取した事実が明らかになれば、やはり信頼関係が壊れ、萎縮効果が生じかねません。だから、調書にすること自体も聴取とは別の違法と考える余地がある、という指摘もあります。もう1つ、公判での被告人質問で検察官が接見の内容について質問すること自体も問題になりえますが、弁護人立会いのもとで異議や黙秘権の行使によって防げるため、それ自体は違法とまでは言えないと理解されています。

コラム——再審請求弁護人との秘密面会

39条1項が直接当たらない再審請求権者にも刑事収容施設法121条ただし書の正当な利益として弁護人との秘密面会の利益が認められ440条1項の趣旨に照らし弁護人固有の利益でもあるという最高裁の判断の流れを示す図

最後にコラムです。今日見てきたのは、身体拘束中の被疑者・被告人の話でした。では、有罪判決が確定した人、たとえば死刑が確定した人が、確定した判決のやり直しを求める再審請求のために弁護人と会いたいときはどうでしょうか。もう被疑者でも被告人でもないから、39条は関係ないんですか。そこが問題になりました。39条1項は、身体拘束中の被疑者・被告人にしか適用されない条文なので、有罪が確定した人には直接は当てはまりません。再審の規定にも、弁護人を選べるとは書いてありますが、秘密で会えるとは書いていないんです。

最高裁は、秘密で会う利益がないとは判断しませんでした。判断は3段です。どの条文で守るのか、なぜ守るのか、そして断ってよいのはどんな場合か。まず条文です。刑事収容施設法には、施設の長が面会に立ち会わせたり内容を記録したりするのが原則だとしつつ、訴訟の準備など正当な利益を守るために、立会いなどをさせないのが適当な事情があって、相当と認めるときは、立会いなしで会わせることができる、という規定があります。次に、なぜ守るのか。最高裁は、再審請求に弁護人を選べる以上、再審請求弁護人から実質的な援助を受ける機会を保障する必要があるとして、死刑確定者には、再審請求の準備段階でも、弁護人と秘密に会う利益が、この「正当な利益」として認められるとしました。

39条1項を準用したわけではなく、別の条文の中で、同じ考え方を認めたということです。そのうえで最高裁は、秘密交通権が弁護人の固有の権利として大切にされてきたことを踏まえ、この秘密面会の利益も、再審請求弁護人自身の固有の利益でもあると位置づけました。最後に、断ってよい場合です。最高裁は、規律や秩序を害するおそれ、あるいは心情の安定を把握する必要性が高いなど、よほどの特段の事情がない限り、この秘密面会の申出を許さない措置は、施設の長に任された判断の幅を踏み外した、つまり裁量権の逸脱・濫用として違法だと判断しました。

今日見てきた「弁護人の固有権」という考え方が、被疑者・被告人の段階を超えて、再審請求という別の場面でも生きている、ということです。

今日のまとめ

弁護人固有権として保護必要性は低減しない・原則聴取禁止と衡量枠組み・公表済み確認と未公表内容の線引き・調書化と証拠調べ請求の別評価・再審請求弁護人の秘密面会という今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。被疑者が接見内容を自分から話してしまっても、秘密交通権を弁護人の固有の権利と位置づけることで、保護の必要性は下がりません。2つ目。捜査機関は、接見内容の聴取を原則として差し控えるべき法的義務を負い、実際に聴いた内容の適法性は、秘密として保護する必要性と聴取する必要性との衡量で判断されます。3つ目。同じ接見内容でも、すでに公表された事実を確かめる聴取はセーフ寄り、その先の未公表の相談内容そのものを聴き出す聴取はアウト寄り、という線引きになります。4つ目。聴取内容の調書化は聴取行為と一体で評価されますが、その調書を証拠として取り調べるよう請求する行為は、信頼関係を破壊するおそれから、聴取行為とは別個に違法と評価されうるものです。5つ目。有罪確定後の再審請求の場面でも、再審請求弁護人との秘密面会の利益は、刑事収容施設法の「正当な利益」として保護され、弁護人自身の固有の利益でもあります。特段の事情がない限り、これを拒む措置は違法です。

壊れているのは、本人の秘密だけではなく、弁護人自身の固有の利益だから、というのが今日の芯でしたね。

ページ上部へ ↑

#65単独ページ動画

弁護人との信書の押収・検閲と秘密交通権

第2章 捜査 ㉛/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続き——手紙の中身も守られるのか

前回の予告を受け弁護人とやり取りした手紙や書類を捜査機関が押収検閲することは許されるのかという今日の問いを示す板

前回の最後に、こんな問いを予告しました。弁護人とやり取りした手紙や書類を、捜査機関が押収したり検閲したりすることは、許されるのか。会って話した中身は守られると前回まで見てきました。同じ中身を手紙に書いたら、それも守られるんですか。守られます。ただし、会話とは違う守り方をします。誰が、どんな根拠で、どこまで中身を見ようとしているのか。この違いで、許される範囲が変わるんです。今日は「やり取りした物」を、差押え、任意提出、検閲、中身の確認という4つの場面に分けて見ていきます。

保障の位置づけと4つの場面

その場事後物という3層整理のうち物を差押え任意提出検閲中身確認の4場面に分けて検討する地図を示す板

まず思い出してほしいのが、以前立てた3層の整理です。秘密交通権の保障は、その場で聞かれない、事後に知られない、そしてやり取りした物を取り上げられない、という3つの顔を持っていました。前々回、二人の交換ノートを親が取り上げて読んだら、書くこと自体をやめてしまう、という例で見た顔です。今日は、その3つ目「物」を掘り下げます。具体的な場面を作りましょう。

⭐ 論文で書く規範:設例——勾留中の被告人と弁護人の書面のやり取り 被告人Xは勾留され、公判に向けて弁護人Yとの間で、防御方針をまとめたメモや、Yに宛てて書いた手紙の下書きを居室でやり取りしていた。この書面や手紙をめぐって、①捜査機関が令状で居室を捜索し差し押さえようとする場面、②捜査機関がXに任意提出を求める場面、③施設がXの発受する信書を検査する場面、④証拠として扱われる物の中身を施設職員が確認しようとする場面、という4つの場面が起こりうる。 (独自設例)

同じXとYの関係を使い回しながら、①から④まで順番に見ていきます。

場面①令状による居室の捜索差押え

防御方法の内容は基本的に秘匿されるべきという原則としかし必要性と不利益の衡量で必要かつ合理的な範囲の制約に服するという2段の枠組みを示す板

まず①、捜査機関が令状で居室を捜索し、Yとのやり取りの書面を差し押さえる場面です。ある裁判例は、この場面の判断を2段で示しました。1段目は原則です。防御のために弁護人とやり取りした中身は、原則として捜査機関には見せなくてよいものだ、と位置づけました。ただし2段目、この原則は絶対の保障ではありません。捜索差押えの必要性と、差し押さえられる被告人の被る不利益とを比べて、必要かつ合理的な範囲の制約には服する、としました。前回見た衡量の発想と、根っこは同じです。この事件で決め手になったのは「時期」でした。公判が始まったあと、期日と期日の間に争点と証拠を整理し直す期日間整理手続、これが終わったあとという時期には、部屋の中にはもう防御のための材料がかなり溜まっているはずだ、と考えられます。だから被告人の被る不利益が大きく、差押えの必要性を欠くとして、違法と判断されました。

設例に当てはめましょう。同じXの居室でも、期日間整理手続の前、まだYとのやり取りが少ない時期に差し押さえる場合と、手続の後、メモや下書きが積み重なった時期に差し押さえる場合とでは、結論が変わりえます。前者は必要性が不利益に優越しやすく、後者は不利益のほうが重くなりやすい。同じ捜索でも、時期が結論を左右するんです。

場面②任意提出と領置——令状が無いからこそ厳しく見る

令状によらない任意提出の場合は真摯な同意と社会通念上の相当性を個別に判断するという枠組みを示す板

ここで1つ、考えてほしいことがあります。①には令状がありました。今度は②、令状によらず、捜査機関がXに書面の提出を求め、Xがそれに応じて渡す場面です。こうして任意に出された物を受け取ることを、以前見たとおり領置と言います。令状が無いことは、捜査機関にとって有利でしょうか、不利でしょうか。令状が無いなら、裁判官のチェックを通っていないということですよね。だからかえって厳しく見られる気がします。令状があれば、裁判官のチェックを経ているので、あとは必要性と不利益の天秤だけで足ります。ところが令状が無い任意提出は、そのチェックが無いぶん、裁判所が事後に別のところを厳しく見ます。それが、Xの自由な意思に基づく真摯な同意があったかどうか、そして捜査機関がそれを受け取るやり方が、常識に照らして相当と言えるかどうか、という2つです。

ある裁判例では、弁護人宛ての信書の下書きを書いた便箋を検察官が任意提出させた行為が、国に損害賠償を求める裁判、つまり国家賠償の裁判で、違法と判断されました。設例で言えば、Xが「渡さないと不利になる」と感じて渡した便箋があるなら、それが本当に自由な意思によるものだったかが、あとで問われることになります。前回、秘密交通権は弁護人の固有権でもあるので、本人が自分から話しても保護は弱まらない、と見ました。手紙の下書きも同じで、本人が「はい」と言っただけでは足りないんです。ただし、この裁判例は、任意提出なら必ず違法だとは言っていません。たとえば、XがYと相談して、Yも納得したうえで、自分に有利な資料として自分から差し出したのなら、真摯な同意も相当性も認められる余地が出てきます。不利を恐れて渡したのか、防御の方針として自分から出したのか。そこが線です。

場面③施設による信書の検閲——施設法で訴訟法上の権利を制約できるか

刑事施設の長が未決拘禁者の発受する信書を検査すること自体は原則だが弁護人等から受ける信書は例外なく該当確認に必要な限度に限られ処遇に関し弁護士から受ける信書だけ特別の事情があれば内容まで確認できるという構造を示す板

さて、ここでいったん前回の内容を思い出してください。捜査機関が接見内容を聴取する場面で、裁判所はどんな原則と、どんな判断の方法を示しましたか?原則は聴取を差し控えるべきで、実際に聴いた内容の適法性は秘密として守る必要性と聴く必要性の衡量で決める、という話でした。今日の③も、根っこは同じ発想です。ただし今度は行為者が変わります。捜査機関ではなく、Xの身柄を預かる施設です。施設には、信書に危険物や逃亡・罪証隠滅の手引きが紛れていないかを確かめる役目があります。ここで問題になるのが、施設の法律で、訴訟法上の権利である秘密交通権を制約してよいのか、という筋です。

条文刑事収容施設法第135条第1項

刑事収容施設法第135条第1項 刑事施設の長は、その指名する職員に、未決拘禁者が発受する信書について、検査を行わせるものとする。

未決拘禁者とは、Xのように勾留されていて、まだ判決が確定していない人のこと。発受は、出す手紙と受け取る手紙の両方です。ただし、この検査がすべての信書に同じ強さで及ぶわけではありません。

条文刑事収容施設法第135条第2項

刑事収容施設法第135条第2項(一部) 次に掲げる信書については、前項の検査は、これらの信書に該当することを確認するために必要な限度において行うものとする。ただし、第三号に掲げる信書について、刑事施設の規律及び秩序を害する結果又は罪証の隠滅の結果を生ずるおそれがあると認めるべき特別の事情がある場合は、この限りでない。 一 未決拘禁者が弁護人等から受ける信書 三 未決拘禁者が自己に対する刑事施設の長の措置その他自己が受けた処遇に関し弁護士法第三条第一項に規定する職務を遂行する弁護士から受ける信書

宛先や差出人が本当に弁護人かどうかを確かめる限度でしか、検査できません。中身を読んで内容を評価してよいわけではないんです。設例で言えば、Yから届いた封筒の差出人が本当にYの事務所かを確かめるのは、この限度の内です。けれども便箋を広げて、Yが書いた防御の方針まで読むのは、限度を超えます。しかも、この1号には例外がありません。特別の事情があっても、この限度を超えて中身を読むことはできないんです。ただし、これは1号の話です。今見た2項の3号には、未決拘禁者が自分の処遇について弁護士から受ける信書という、別の類型があります。こちらは事件の弁護人ではなく、施設での扱いへの不服などを相談する弁護士からの手紙です。こちらは、罪証隠滅などのおそれがあると認めるべき特別の事情があるときだけ、限定が外れます。

条文刑事収容施設法第135条第3項

刑事収容施設法第135条第3項 刑事施設の長は、刑事施設の規律及び秩序を害する結果並びに罪証の隠滅の結果を生ずるおそれがないと認める場合には、前二項の規定にかかわらず、第一項の検査を行わせないことができる。

旧監獄法下の信書検閲をめぐる最高裁の多数意見は検閲を違法でないとし反対意見は特段の事情のない一律検閲は必要かつ合理的な制限を超えるとしたという対立を示す板

この現行法の姿になる前、旧監獄法の下で、弁護人と被疑者の間の信書検閲そのものの適法性が争われた最高裁の判断があります。多数意見は、この検閲について違法はないとしました。秘密交通権も絶対ではなく、逃亡や罪証隠滅を防ぐという勾留の目的と、施設の規律を守るための、必要かつ合理的な制限には服する、という考え方です。さきほどの問い、施設の法律で訴訟法上の権利を制約できるのかに対する多数意見の答えは、その範囲でならできる、ということになります。ただし、この判断には反対意見が付いています。逃亡や罪証隠滅の具体的な危険がうかがわれるといった特段の事情がないのに、一般的・抽象的なおそれがあるというだけで一律に検閲することは、障害の防止に必要かつ合理的な制限の範囲を超えるものであり、もっと抑制的な確認方法によるべきだ、という考え方です。

前々回の3つの立場で言えば、保護に値しない極限的な場合に限って制約を許す、特段の事情限定説に近い発想です。ここで押さえてほしいのは、多数意見の結論、つまり検閲は違法でないという結論はそのまま生きている、ということです。ただし今日見た135条2項は、少なくとも弁護人から受ける信書については、特別の事情があっても限定を外さない、例外の無い規律になっています。受け取る信書については、一律に中身を読む検閲はしない。ここまでは反対意見の発想に近い部分です。けれども、さきほど1項で見たとおり、検査の対象は出す信書と受け取る信書の両方でした。それなのに2項に挙がっている号は、1号も3号も、未決拘禁者が「受ける」信書です。Xが弁護人に「出す」信書は、どの号にも挙がっていません。

だから出す信書には、確認の限度という絞りがかからず、1項の検査の原則がそのまま及びます。一律の検閲を行き過ぎとした反対意見とは、ここで食い違います。現行法が反対意見の側に立ったとまでは言えないのは、このためです。検閲をめぐる問題は、現行法の下でもなお残っている、ということです。

場面④中身の確認——差し押さえる・検閲するとは別の切り口

証拠物のビデオテープを施設職員が事前に内容確認したことは違法とされパソコン等の持込再生は秘密交通権として保障され録音録画機能の申告要求は許されるという整理を示す板

最後に④、中身の確認です。ここまでの3つは「差し押さえる」「検閲する」という、事前に統制する話でした。④は違う切り口で、現場でその場の中身を見てよいかという話になります。ある裁判例では、弁護人が接見の場で、すでに証拠として採用されていたビデオを被告人に見せようとしたら、施設の職員が先に中身を確かめさせてほしいと求めた、という事案がありました。この内容確認は違法と判断されています。中身を確かめられれば、弁護人が被告人とどの場面を見て何を打ち合わせようとしているのか、防御の手の内が施設に知られてしまいます。すでに証拠として採用された物でも同じです。もう1つ、関連する場面を見ておきます。被疑者の取調べの回で見た、301条の2の録音・録画を思い出してください。裁判員裁判の対象事件などでは、被疑者取調べの録音・録画が義務づけられていました。この記録は、公判の準備段階で弁護人に開示され、被告人も接見で見る必要が出てきます。そこで、接見室に再生機やパソコンを持ち込んで再生しながら打ち合わせることが問題になりました。ある裁判例は、これを、書類を見ながら打ち合わせることと区別する理由がないとして、秘密交通権として保障されるとしました。

紙も映像も、同じ打ち合わせの道具、ということです。他方で、これらの機材を持ち込むこと自体を事前に申告するよう求めることは、どうでしょうか。被告人の様子を撮影したり会話を録音したりすることは、そもそも接見に含まれる行為ではありません。だから、録音・録画機能があるかどうかだけを申告させることは、許されるとされました。中身に踏み込むかどうかで、線が引かれています。

4場面の比較——接見交通権シリーズの締め

差押えは検察官が令状で必要性と不利益の衡量任意提出は捜査機関が同意で真摯性と相当性検閲は施設が135条で該当確認の限度中身確認は施設職員が個別判断という4場面比較表

今日見た4つの場面を、1つの表にまとめます。①差押えは、捜査機関が令状を根拠に、必要性と不利益の衡量、とりわけ時期で判断されます。②任意提出は、捜査機関が本人の任意提出を根拠に、真摯な同意と社会通念上の相当性で判断されます。③検閲は、施設が刑事収容施設法135条を根拠に、弁護人から受ける信書は例外なく該当確認の限度にとどまり、特別の事情による例外は別の類型にだけ及ぶ、という区別で判断されます。④中身の確認は、施設職員による個別の判断で、証拠物の内容確認は原則できず、機能の有無の申告要求はできる、という整理でした。

これを、以前立てた3層の整理に重ねると、今日の4場面はすべて「やり取りした物」という3つ目の顔を、行為者と根拠を変えながら見てきたものだった、ということになります。

今日のまとめ

差押えの2段規範と時期任意提出の真摯な同意と相当性検閲の限定と反対意見の発想中身確認の線引きという今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。令状による居室の捜索差押えは、防御方法の中身は基本的に秘匿されるべきという原則のもと、必要性と不利益の衡量で判断され、期日間整理手続の後という時期は不利益を重くします。2つ目。令状によらない任意提出は、令状によるチェックが無いぶん、Xの自由な意思による真摯な同意と、捜査機関の行為の社会通念上の相当性を、事後に厳しく見ます。3つ目。施設による信書の検閲は、刑事収容施設法135条により、弁護人から受ける信書について該当確認に必要な限度に限られ、特別の事情があっても例外はありません。最高裁の多数意見は検閲そのものを違法としませんでしたが、反対意見は一律の検閲を行き過ぎとし、被告人が弁護人に出す信書のように、今なお検閲の問題が残る場面もあります。4つ目。中身の確認は、事前の統制とは別の切り口で、証拠物の内容確認は原則許されず、録音・録画機能の有無の申告要求は許されます。

会話も手紙も、誰がどこまで見ていいかを一つずつ決めていくんですね。それが、今日で一区切りになる接見交通権シリーズの全体像でした。

ページ上部へ ↑

第3章公訴

#66単独ページ動画

公訴の提起と国家訴追主義・起訴独占主義

第3章 公訴 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

捜査が終わったら、事件はどこへ行くのか

逮捕も捜索も取調べも終わった事件がこの後誰の机に置かれるのかという今日の問いを示す板

前回、こんな一言で締めくくりました。今日はその最初の回です。捜査を終えた事件が次に置かれるのは、警察の机ではなく、検察官の机です。事件を裁判にかけるかどうかを最終的に決める権限は、検察官という1つの機関にしかありません。今日は、捜査を終えた警察が何をしなければならないか、そして、なぜ決めるのが検察官だけなのか、この2つを見ていきます。

捜査の終わり——全件送致主義

司法警察員は捜査をしたら原則として事件を全部速やかに検察官へ送致しなければならないという246条本文の全件送致主義を示す板

司法警察員、つまり警察の捜査を仕切る立場の人は、捜査を終えたら、事件をどう扱わなければならないでしょうか。犯人がほぼ分かっていて被害が軽くても、警察の判断で事件を終わらせることはできないんです。条文を見てみましょう。

条文刑事訴訟法246条

刑事訴訟法第246条 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

本文が言っているのは、捜査をしたら、原則として事件を全部、検察官に送らなければならない、ということです。これを全件送致主義と呼びます。軽い事件でも、原則としては必ず送ります。理由は、冒頭の答えにあります。事件を裁判にかけるかどうかを決める権限は、検察官にしかありません。だから、警察が「この事件はもう終わり」と自分の判断で打ち切ることはできず、必ず検察官の机まで書類を送らなければならない。これが全件送致主義の理由です。なぜ権限が検察官にだけあるのかは、後半で条文を確かめます。事件は、いくつもの窓口を経由して、最後に1つの決裁印にたどり着く回覧書類だとイメージしてください。警察は書類を作って次の窓口に回す係であって、決裁印を押す係ではありません。

送致の例外——特別の定めと微罪処分

送致の例外には手続が重くなる特別の定めと送致自体をしない微罪処分という性質の違う2種類があることを比較する板

246条には、2つの例外があります。1つ目が「この法律に特別の定のある場合」です。逮捕した被疑者は、身柄を拘束してから48時間以内に、書類・証拠物と一緒に検察官へ送致する、という決まりがありました。あれが特別の定めの1つです。ほかにも、告訴・告発があった事件は、速やかに書類を送付するという決まりがあります。送る中身や速さが変わるだけで、「検察官に送る」という結論は変わりません。ところが、2つ目の例外は違います。ただし書の「検察官が指定した事件」です。

⭐ 論文で書く規範:独自設例——送られない事件 成人のDは、スーパーで菓子1点を万引きしようとしたが、店員に気づかれてその場で断念した。被害は生じておらず、Dは深く反省してすぐに弁償を申し出た。Dは逮捕されておらず、店側からの告訴もない。 (独自設例)

この設例のDのような事件は、あらかじめ検察官が「この種類の事件は警察限りで処理してよい」と指定していれば、検察官に送らずに、警察官が訓戒、つまり厳しく注意することなどをしてその場で終えることができます。これを微罪処分と呼びます。対象になるのは、成人の、万引きのような軽い犯罪で、逮捕されておらず、告訴などもない事件です。Dが逮捕されておらず、告訴もないという点が効いています。もしDがその場で逮捕されていたら、同じ万引きでも微罪処分の対象から外れ、検察官に送らなければなりません。送らずに終わらせる微罪処分は、さっきの特別の定めとは種類が違います。そこが今日、区別してほしいところです。特別の定めは「送り方が変わる例外」、微罪処分は「送ること自体をしない例外」です。同じ「例外」でも、性質が違います。

警察が、自分の判断で「これは軽いから送らない」と決められるんですか。決められません。対象になる事件の範囲は、検察官があらかじめ一般的な基準として指定しています。現場の警察官が、その場の思いつきで対象を広げることはできません。先ほどの喩えで言えば、「これくらい軽い書類なら、現場の窓口で処理してよい」という指示を、決裁者があらかじめ出しているということです。指示の範囲を超えたら、やはり検察官の机まで送らなければなりません。

公訴の提起とは何か

公訴の提起によって事件が裁判所に係属し被疑者という呼び名が被告人に変わるという公訴提起の意義を示す板

ここまでが、捜査の終わりの話でした。ここからは、事件を受け取った検察官が何をするか、という話に移ります。検察官が事件を裁判にかけると決めたときの行為を、公訴の提起と呼びます。「訴え」と聞くと、民事の裁判で個人が個人を訴える場面を思い浮かべませんか。あれは私人の訴えです。公訴は、それと対になる言葉で、国家の立場でなされる刑事の訴えを指します。ふだんの言い方では「起訴」と呼ぶことのほうが多いですが、同じことです。起訴されると、何が変わるんですか。大きく2つ変わります。1つ目は、事件が裁判所に係属する、ということです。

事件が裁判所の手元に置かれた状態になる、という意味です。起訴状という書類を裁判所に提出することで、事件は検察官の手を離れ、裁判所の手元に移ります。2つ目は何ですか。呼び名です。起訴される前は被疑者、起訴された後は被告人と呼ばれます。同じ人を指しますが、この一点を境に呼び方が切り替わります。捜査の対象だった人が、法廷で争う当事者という立場に変わるからです。起訴状に何を書くかは、詳しく扱う回が別にあるので、今日は「起訴状を提出することで、事件が動き出す」という外形だけ押さえてください。

検察官が起訴を決めるまで——4段の地図

訴訟条件犯罪の成否嫌疑起訴猶予すべきかの4段を順に確かめて全部クリアして初めて起訴に至るという検察官の判断のフローを示す板

では、検察官は、証拠が揃った事件を、いつでも自由に起訴できるんでしょうか。証拠が揃っていても、それだけで起訴していいわけではありません。検察官は、起訴するかどうかを決めるまでに、順番に4つのことを確かめています。1段目、裁判ができるための前提条件が揃っているか。これを訴訟条件と呼びます。揃っていなければ、その先を検討するまでもなく起訴できません。2段目、そもそも犯罪が成立しているか。行為が法律上そもそも犯罪に当たらないなら、誰がやったかを証拠で詰めても意味がありません。だから先に確かめます。3段目、その犯罪をこの人がやったと言える嫌疑があるか。ここまでクリアして、初めて4段目に進みます。

起訴を猶予すべきかどうか、という判断です。嫌疑があっても、事情によっては起訴を見送るという選択があります。起訴しようと思えばできる事件について、あえて見送るかを考える段なので、前の3段を越えてからでないと考えようがありません。だから最後に来ます。この4段を全部クリアして、初めて起訴に至ります。さっき、証拠が揃っていても必ず起訴するわけではないと言っていたのは、この4段目のことです。訴訟条件、犯罪の成否、嫌疑、そして起訴を猶予すべきか。今日は、この4段の地図があるということだけ、覚えておいてください。

被害者は自分で起訴できるか——国家訴追主義

深夜の路上でひったくりに遭った被害者Eが加害者を自分で裁判にかけたいと考える場面から国家訴追主義の問いに入る板

ここまで、起訴を決めるのは検察官だという前提で話してきました。では、なぜ被害者や警察官ではなく、検察官なのか。1つ設例を作ります。深夜の路上で、Eさんがひったくりに遭い、犯人が特定できたとします。どちらもできません。第1章で刑事手続の全体像を見た回に、247条という条文が出てきました。何が2つ書いてあったか、思い出せますか?たしか、短い条文でしたが、国家が訴えるということと、検察官だけが訴えるということの、2つだったと思います。もう一度、条文を確認しましょう。

条文刑事訴訟法247条

刑事訴訟法第247条 公訴は、検察官がこれを行う。

1つ目、訴えるのは国家であって、被害者個人ではないということ。これを国家訴追主義と呼びます。Eさんが、自分の意思だけで犯人を刑事裁判にかけることは、現行法上できません。私人が訴える制度、私人訴追主義と比較すると分かりやすくなります。海外には、市民自身が刑事の訴えを起こせる制度を持つ国もあります。市民感覚を反映しやすい、という長所がある一方で、訴える人の地域や個人によって判断がぶれやすい、という弱さもあります。Eさんで考えてみます。怒りの強いEさんなら、すぐにでも訴えるでしょう。でも、同じひったくりに遭った別の人が、仕返しを恐れて何もしなければ、犯人は裁判にかけられないまま終わります。

国家訴追主義は、感情や個人差から切り離して、全国どこでも同じ基準で判断できるようにする、という発想です。ただし、その分、判断が官僚的で形式的になってしまう危うさも抱えています。

なぜ検察官だけか——起訴独占主義とその弱点

法律の専門家である検察官が全国一律の基準で判断することで訴追の適正さと公平さを保つという起訴独占主義の趣旨と検察審査会という穴を示す板

247条の2つ目、検察官だけが公訴を提起できるということ。これを起訴独占主義と呼びます。できません。警察官が持っているのは捜査の権限であって、起訴するかどうかを決める権限ではありません。微罪処分のDを思い出してください。警察は、検察官があらかじめ指定した範囲なら、事件を送らずに終えることができました。けれども、起訴する側に回ることは、どんな事件でもできません。送らずに終えてよい範囲も、起訴するかどうかも、決めているのは検察官です。なぜ、法律の専門家である検察官に、起訴するかどうかの判断を絞っているんですか。法律の専門家である検察官が、全国どこでも同じ基準で判断することで、訴追の適正さと公平さを保つためです。結果として、警察から送られてきた事件を、法律の専門家が改めて見直すことにもなります。Eさんの事件なら、何日も聞き込みを重ねた警察官の判断を、検察官がもう一度、書類と証拠に基づいて確かめる、というかたちです。

実際、検察官だけに判断が集中する分、不当に起訴されない事件が出てくるおそれがあります。そこで、その独占に穴を空けている仕組みがあります。検察審査会や付審判という制度で、検察官の不起訴に対して不服を申し立てる道が用意されています。穴はあっても、出発点は変わりません。警察が事件を全部送らなければならないのも、Eさんや警察官が起訴できないのも、起訴するかどうかを決める権限が、検察官という1つの機関に絞られているからです。

今日のまとめ

全件送致主義と2種類の例外公訴提起で被疑者が被告人になること4段の地図国家訴追と起訴独占という今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。司法警察員は、捜査をしたら事件を全部、速やかに検察官に送致しなければなりません。全件送致主義です。理由は、起訴するかどうかを決める権限が検察官にしかないからです。2つ目。例外は2種類あります。特別の定めは、送り方が変わるだけの例外。微罪処分は、検察官があらかじめ指定した軽微な事件について、送致せずに警察限りで終える例外です。3つ目。公訴の提起によって、事件は裁判所に係属し、被疑者は被告人と呼ばれるようになります。4つ目。検察官は、訴訟条件、犯罪の成否、嫌疑、起訴を猶予すべきかという4段を順に確かめて、初めて起訴に至ります。5つ目。247条は、国家訴追主義と起訴独占主義という2つの原則を定めています。被害者本人も、捜査した警察官も、公訴を提起することはできません。

決める権限が、検察官という1つの機関に絞られている、というところが、今日ずっと貫かれていた話なんですね。

ページ上部へ ↑

#67単独ページ動画

起訴便宜主義と不起訴処分・検察審査会・付審判

第3章 公訴 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴しないという選択

証拠がそろい有罪にもできそうな事件でも検察官は起訴しないと決められるという今日の問いを示す板

前回の最後に、名前だけ出した4段目、起訴を猶予すべきかどうかという判断、起訴便宜主義を、正面から見ると予告しました。今日がその回です。今日は3つのことを見ていきます。検察官が自由に「起訴しない」を選べる場面、逆にその裁量が封じられて起訴が強制される場面、そして検察官が「起訴しない」を選んだあと、外から点検が入る場面です。この3つを1本の線でつなげます。

起訴猶予すべきかどうか——248条

犯人の性格年齢境遇犯罪の軽重情状犯罪後の情況という248条の3要素で嫌疑が十分でもあえて起訴しない選択ができることを示す板

前回の4段の地図、覚えていますか。訴訟条件、犯罪の成否、嫌疑、そして4段目です。3段目まで全部クリアして、犯人だと言える嫌疑も十分にある。それでも検察官は起訴しないことができます。条文を見てみましょう。

条文刑事訴訟法248条

刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

起訴してまで裁判にかける必要がない、という判断だと言い換えてください。条文が挙げている考慮事情は3つのまとまりです。1つ目、犯人の性格、年齢及び境遇。どんな人物か、若すぎたり事情があったりしないか。2つ目、犯罪の軽重及び情状。犯行そのものの重さと、動機や態様。3つ目、犯罪後の情況。反省しているか、被害弁償をしたか、示談は成立したか。嫌疑が十分でも、あえて起訴しない選択ができる、という考え方を起訴便宜主義と呼びます。248条を根拠に、検察官が「今回は起訴しない」と決める処分を起訴猶予と呼びます。どちらも、刑事手続の全体像を見た回で出てきた言葉です。今日はこの中身を深めます。

⭐ 論文で書く規範:独自設例——同じ罪で分かれる2人 成人のAとBは、それぞれ別の日に、同じスーパーで同種の菓子を1点万引きし、いずれも店員に取り押さえられた。Aは初犯で、深く反省し、その場で被害弁償を申し出た。Bは同種の万引きによる前科が複数回あり、今回も反省の態度を示さなかった。両者とも嫌疑は十分である。 (独自設例)

Aは、犯罪後の情況、つまり反省と弁償が効いて、起訴猶予になる可能性が高い事案です。Bは、犯人の性格や境遇のところで、同種の前科を重ねているという事情が重く見られます。反省していない点も、犯罪後の情況として不利に働きます。そのため、公判請求される可能性が高くなります。248条は、嫌疑という「やったかどうか」の話とは別に、「起訴してまで裁判にかける必要があるか」という、もう1段階別の判断を検察官に許しているわけです。

起訴便宜主義と起訴法定主義——どちらを選ぶか

条件が揃えば必ず起訴する起訴法定主義と裁量で選べる起訴便宜主義を法的安定性妥当な解決負担軽減裁量濫用リスクの4軸で比較する板

反対の制度と比べると分かりやすくなります。嫌疑と訴訟条件がそろえば必ず起訴する制度を、起訴法定主義と呼びます。ドイツなどが採る考え方です。誰が担当しても結論が同じになる。そこが法定主義の強みです。画一的な処理で、法的安定性が高く、不公平が生まれにくい。ただし弱点もあります。個別の事情をくみ取った妥当な解決が難しくなります。起訴便宜主義は逆です。事案に応じた柔軟な解決ができ、無用な起訴で被疑者や被告人、裁判所に余計な負担をかけずに済みます。刑罰は最後の手段だという考え方、これを謙抑性と呼びますが、これにも合致します。さっきのAで考えてみてください。起訴法定主義なら、初犯で弁償も済んだAも、Bと同じように起訴されます。起訴便宜主義なら、Aは起訴猶予で終わり、前科がつかないまま生活に戻れます。

弱点もあります。日本は国家訴追主義と起訴独占主義、つまり検察官という1つの機関にしか訴追権限がない制度と、この起訴便宜主義を組み合わせています。訴追の権限が検察官ひとつに集まっている以上、その使い方を誤れば、起訴するかしないかの判断そのものが信用されなくなってしまいます。たとえば、Aとそっくり同じ事情の人が2人いて、担当の検察官しだいで片方だけ起訴されたら、納得できませんよね。便宜主義の弱点は、前回の、検察官に判断が集中するという心配にまさにつながります。この弱点があるからこそ、後半で見る歯止めが必要になるわけです。もう1つだけ、関連する条文を見ておきます。

条文刑事訴訟法257条

刑事訴訟法第257条 公訴は、第一審の判決があるまでこれを取り消すことができる。

起訴した後でも、取り消せるんですか。これを起訴変更主義と呼びます。起訴便宜主義を採る以上、起訴した後に事情が変わったら取消しも認める、というのは自然な帰結です。裁量を入り口だけに限る理由がないからです。

例外1——少年事件では裁量が封じられる

検察官は少年の事件を自分で起訴不起訴にできず家庭裁判所に送らなければならないという少年法42条1項の全件送致主義を示す板

ここまでは、検察官が自由に選べる場面でした。ここからは逆に、その裁量が封じられる場面です。少年事件がそうです。少年の事件では、検察官が起訴猶予にするかどうかを決めるのではありません。検察官は、少年の被疑事件について自分で起訴・不起訴を決めることができません。少年の事件では、まず家庭裁判所が、刑罰ではなく立ち直らせるための処分、つまり保護処分で足りるかどうかを見極める仕組みになっているからです。検察官が先に起訴したり、起訴猶予で済ませたりすると、その見極めが飛ばされてしまいます。条文を見てみましょう。

条文少年法42条1項

少年法第42条1項 検察官は、少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があるものと思料するときは、第四十五条第五号本文に規定する場合を除いて、これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも、家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは、同様である。

名前は同じですが、別の条文、別の場面の話です。前回の全件送致主義は246条、警察が検察官に事件を全部送る、という話でした。今日のこれは、少年法42条1項、検察官が家庭裁判所に事件を全部送る、という話です。主体も方向も違います。混同しないでください。この段階では、検察官は少年の事件の行き先を自分で決められません。原則、必ず家庭裁判所に送ります。成人のAなら検察官の判断で終わりますが、17歳なら、必ず家庭裁判所に送られます。

逆送と起訴強制——少年法20条・45条5号

家庭裁判所が刑事処分相当と判断すると検察官に逆送し逆送後の検察官は原則起訴しなければならないという少年法20条45条5号の起訴強制の流れを示す板

家庭裁判所が調査した結果、刑事処分が相当だと判断すれば、事件を検察官に送り返します。これを逆送と呼びます。

条文少年法20条1項

少年法第20条1項 家庭裁判所は、拘禁刑以上の刑に当たる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもつて、これを管轄地方裁判所に対応する検察庁の検察官に送致しなければならない。

逆送を受けた検察官は、どう扱うでしょうか。

条文少年法45条5号

少年法第45条5号 検察官は、家庭裁判所から送致を受けた事件について、公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑があると思料するときは、公訴を提起しなければならない。ただし、送致を受けた事件の一部について公訴を提起するに足りる犯罪の嫌疑がないか、又は犯罪の情状等に影響を及ぼすべき新たな事情を発見したため、訴追を相当でないと思料するときは、この限りでない。送致後の情況により訴追を相当でないと思料するときも、同様である。

「しなければならない」……さっきまでの、あえて起訴しない選択とは真逆ですね。逆送を受けた検察官は、嫌疑がある以上、原則として起訴しなければなりません。これを起訴強制と呼びます。ここでは検察官の裁量は原則ゼロです。ただし書があります。逆送後に新しい証拠が見つかって情状に影響する事情が分かった場合や、示談が成立したなど送致後の事情があって訴追が相当でないと考えた場合は、起訴せず家庭裁判所に再び送り返します。裁量が戻る唯一の窓が、このただし書です。起訴便宜主義は、起訴猶予によって更生の機会を残す、という発想でした。少年事件では逆に働きます。家庭裁判所が、保護処分では足りない、刑事処分が相当だと一度判断した以上、検察官の一存でその判断をまた見送らせるわけにはいかない、という位置づけです。たとえるなら、上の役所が「この旅人は関所を通せ」と通行証を出した以上、関所の番人が自分の判断で追い返すことはできない、というイメージです。

検察官の事件処理の種類

起訴処分は公判請求略式命令請求即決裁判手続の申立てに分かれ不起訴処分は前回の4段の地図の4段にそれぞれ対応する5類型に分かれることを一覧にした板

ここまでで、検察官が選べる場面と、選べない場面を見ました。次は、検察官が実際に出す結論の側を整理します。大きく2つ、起訴処分と不起訴処分です。ただ、公訴の提起にはいくつか形があります。正式裁判を求める公判請求のほか、略式命令請求や即決裁判手続の申立ても、公訴の提起の一種です。合意制度の回でも名前が出ましたが、略式命令は書面だけで罰金を言い渡すもの、即決裁判は争いの無い軽い事件をできる限りその日のうちに終える手続です。中身は別の回で扱いますが、今日はどれも「公訴の提起である」という点だけ押さえてください。

ここで、前回の4段の地図を思い出してください。1段目は何でしたか。訴訟条件でした。不起訴処分の種類は、この4段のどこで引っかかったかに、そのまま対応します。1段目、訴訟条件を欠くことを理由とする不起訴。被疑者が死亡した、親告罪なのに告訴が無い、あるいは無効・取り消された、すでに確定判決がある、すでに起訴済みである、時効が完成している。こうした事情があると、その先を検討するまでもなく不起訴になります。2段目、犯罪の成否です。被疑事実が、そもそも犯罪の要件に当たらない場合、罪とならずという理由で不起訴になります。3段目、嫌疑です。犯人だと言えるだけの証拠が無ければ嫌疑なし、証拠はあるが足りなければ嫌疑不十分として不起訴になります。そして4段目、犯罪は成立し、嫌疑も十分にあるのに、訴追を必要としないと判断した場合が、今日の最初に見た起訴猶予です。さっきの万引きで、4段を通してみましょう。取り押さえた後で本人が亡くなった。これは1段目、訴訟条件を欠く不起訴です。持ち出したのが、店が自由に持ち帰ってよいと置いていた試供品だった。これは2段目、罪とならずです。3段目には境目があります。防犯カメラを確かめたら別人だった、これは嫌疑なし。映像が不鮮明で、本人とも別人とも決めきれない、これは嫌疑不十分です。

そして4段目。全部クリアしたうえで、初犯で弁償も済んだAは起訴猶予、前科を重ねたBは公判請求です。不起訴処分は、検察官が4段のどこで立ち止まったかを表すラベルだと考えてください。

不起訴の通知と理由の告知

検察官は処分結果を告訴人等に速やかに通知し不起訴の理由は請求があれば告げなければならないという260条261条を示す板

不起訴と決めたら、それで終わりでしょうか。不起訴は、検察官の内部だけで終わる判断ではありません。まず、結果を知らせる義務があります。

条文刑事訴訟法260条

刑事訴訟法第260条 検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について、公訴を提起し、又はこれを提起しない処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人、告発人又は請求人に通知しなければならない。

起訴しなかった理由も、請求すれば教えてもらえます。

条文刑事訴訟法261条

刑事訴訟法第261条 検察官は、告訴、告発又は請求のあつた事件について公訴を提起しない処分をした場合において、告訴人、告発人又は請求人の請求があるときは、速やかに告訴人、告発人又は請求人にその理由を告げなければならない。

たとえば、前科を重ねたBを、検察官が起訴猶予にしたとします。店長が告訴していれば、店長に不起訴の通知が届き、求めれば、なぜ起訴しなかったのかも告げられます。まず結果を知らせ、次に理由を知らせる。この順番があって初めて、これから見る不服申立ての道が開かれます。

歯止め1——検察審査会制度

検察官が起訴しないと決めた選択は市民代表による検察審査会という点検にさらされることを示す板

刑事手続の全体像を見た回で、不起訴に納得できない人が申し立てられる制度の名前だけ出てきましたね。覚えていますか?検察審査会、でした。ここからは、その中身に入ります。検察官が「起訴しない」を選んだあと、その選択自体を外から点検する仕組みです。まず、誰が申し立てられるかです。

条文検察審査会法2条2項

検察審査会法第2条2項 検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者(犯罪により害を被つた者が死亡した場合においては、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない。

さっきのBの例なら、被害にあった店の側も申し立てられます。次に、誰が審査するかです。

条文検察審査会法4条

検察審査会法第4条 検察審査会は、当該検察審査会の管轄区域内の衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選定した十一人の検察審査員を以てこれを組織する。

検察官という専門家の判断に、一般市民の感覚を反映させる仕組みです。審査の結果は、起訴相当、不起訴不当、不起訴相当のいずれかに分かれます。起訴相当か不起訴不当なら、検察官は再捜査のうえ、処分を考え直します。1回目の議決だけでは、起訴を強制できません。起訴相当の議決を受けた検察官が、再考した結果、また不起訴にすることもあります。そのときは、検察審査会が再び審査し、8人以上の多数で、改めて起訴すべきだという議決が出ると話が変わります。Bの例で言えば、1回目に起訴相当と言われても、検察官はもう一度起訴猶予にできます。2回目に8人以上が起訴すべきだとすれば、検察官がどう考えていても、Bは起訴されます。

条文検察審査会法41条の6

検察審査会法第41条の6 検察審査会は、第四十一条の二の規定による審査を行つた場合において、起訴を相当と認めるときは、第三十九条の五第一項第一号の規定にかかわらず、起訴をすべき旨の議決(以下「起訴議決」という。)をするものとする。起訴議決をするには、第二十七条の規定にかかわらず、検察審査員八人以上の多数によらなければならない。

この2度目の議決を起訴議決と呼びます。起訴議決が出ると、裁判所が指定した弁護士、指定弁護士が検察官に代わって公訴を提起します。検察官の判断を、市民の議決が最終的に覆せるわけです。指定弁護士による起訴は、検察官だけが起訴できるという起訴独占主義の例外にあたります。しかも、この拘束力は最初からあったわけではありません。平成16年の法改正で、初めて起訴議決に拘束力が生まれました。それ以前は、起訴相当の議決が出ても、検察官が不起訴を維持することができたんです。なお、再審査の段階では、法的な観点からのチェック役として、弁護士である審査補助員が必ず委嘱されます。

歯止め2——付審判請求

公務員の職権濫用罪に限り裁判所が審理し理由があれば決定書謄本の送達で起訴とみなされる付審判請求を示す板

もう1つ、別の歯止めがあります。付審判請求です。ただし、検察審査会とは対象が違います。

条文刑事訴訟法262条1項

刑事訴訟法第262条1項 刑法第百九十三条から第百九十六条まで又は破壊活動防止法(昭和二十七年法律第二百四十号)第四十五条若しくは無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(平成十一年法律第百四十七号)第四十二条若しくは第四十三条の罪について告訴又は告発をした者は、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、その検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所に事件を裁判所の審判に付することを請求することができる。

検察審査会は罪の種類をほとんど問いませんが、付審判請求はそこが違います。対象は、公務員による職権濫用の罪などに限られます。捜査や逮捕の権限を持つ公務員同士が、身内をかばい合う、いわゆる馴れ合いを防ぐための制度だからです。たとえば、取調べの最中に警察官が被疑者を殴った、という事件を考えてください。特別公務員暴行陵虐罪で、262条が挙げている罪の1つです。殴られた本人が告訴しても、検察官が起訴しなければ、同じ捜査する側の判断で終わってしまう。そこで裁判所に直接判断を求められるようにしたのが、付審判請求です。請求を受けた裁判所は、合議体で審理します。どんな手続なのかについて、最高裁が示した判断を見てみましょう。

判例最決昭49・3・13(刑集28巻2号1頁)

付審判請求の審理手続の性格 付審判請求事件における審理手続は、捜査に類似する性格をも有する公訴提起前における職権手続であり、本質的には対立当事者の存在を前提とする対審構造を有しないのであつて、このような手続の基本的性格・構造に反しないかぎり、裁判所の適切な裁量により、必要とする審理方式を採りうる

捜査に似た性格も持つ、起訴される前の職権の手続であって、対立する当事者が争う構造ではない。だから、手続の基本的な性格に反しない限り、裁判所の裁量で審理の方式を決められる、という位置づけです。ただし、裁量にも限度があります。この決定自体も、その限度を超えたとして、一件記録の閲覧と謄写を許した措置を違法としています。審理の結果、請求に理由があると判断されれば、事件を管轄する地方裁判所の審判に付する決定がされます。

条文刑事訴訟法266条

刑事訴訟法第266条 裁判所は、第二百六十二条第一項の請求を受けたときは、左の区別に従い、決定をしなければならない。一 請求が法令上の方式に違反し、若しくは請求権の消滅後にされたものであるとき、又は請求が理由のないときは、請求を棄却する。二 請求が理由のあるときは、事件を管轄地方裁判所の審判に付する。

これで、検察官が起訴したのと同じことになるんですか。そこが独特なところです。決定書の謄本が請求人に送達された時点で、起訴があったのと同じ効果が生じます。検察官は起訴していないのに、起訴と同じ効果が生まれる。だから準起訴手続と呼ばれます。この後は、指定弁護士が検察官役を担って手続を進めます。

検察審査会と付審判請求——2つの歯止めの違い

対象犯罪申立てできる人判断する主体効果が生じる仕組みの4軸で検察審査会と付審判請求を対比する板

最後に、2つの歯止めを並べて整理します。対象犯罪です。検察審査会は、ごく一部の罪を除いて、不起訴事件の全般が対象。付審判請求は、公務員の職権濫用罪などに限られます。申立てできる人です。検察審査会は、告訴人・告発人・請求人に加え、被害者本人やその遺族も含まれます。付審判請求は、告訴人・告発人に限られます。判断する主体です。検察審査会は、くじで選ばれた11人の市民。付審判請求は、裁判所、つまり裁判官です。効果が生じる仕組みです。検察審査会は、2度の議決を経て、指定弁護士が起訴します。付審判請求は、裁判所の決定書謄本が送達された時点で、起訴があったとみなされます。万引きのBの件は窃盗なので、使えるのは検察審査会だけ。取調べで殴られた件なら、検察審査会にも付審判請求にも進めます。

ただ、共通点も1つあります。どちらも、検察官だけが起訴できるという起訴独占主義に対する例外だということです。前回、独占の分だけ不当に起訴されない事件が出てくるおそれがある、と言いましたが、その穴を埋める2つの仕組みが、この検察審査会と付審判請求です。

今日のまとめ

起訴便宜主義少年事件の起訴強制不起訴処分5類型と4段の地図検察審査会付審判請求という今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。検察官は、248条の3要素を考慮して、嫌疑が十分でも起訴しない選択ができます。起訴便宜主義です。起訴法定主義との対比で見た利点と弱点、覚えていますか。2つ目。少年事件では逆に、逆送を受けた検察官は原則起訴しなければなりません。起訴強制です。裁量が封じられる例外的な場面でした。3つ目。不起訴処分の5類型は、前回の4段の地図にそのまま対応します。訴訟条件、犯罪の成否、嫌疑、起訴猶予、それぞれの段で引っかかった不起訴です。4つ目。検察官が「起訴しない」を選んだ後には、検察審査会と付審判請求という、2つの歯止めがあります。

検察官に判断を委ねる範囲と、委ねない範囲と、委ねた後に点検する仕組み。今日は、その3つに分かれていたんですね。

ページ上部へ ↑

#68単独ページ動画

公訴権濫用論と起訴後の捜査

第3章 公訴 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴した側の行き過ぎ

証拠も十分で手続も一応整っている起訴に対して裁判所は裁判そのものを打ち切れるのかという今日の問いを示す板

前回の最後に、検察官が起訴しなかった場合の話から一転、逆に検察官が起訴した側の行き過ぎ、公訴権濫用論を見ていくと予告しました。今日がその回です。今日は大きく2つを見ていきます。まず、起訴そのものが行き過ぎだったときに裁判所が手続を打ち切れるかという公訴権濫用論、次に、起訴した後も捜査官は被告人を調べてよいのかという起訴後の捜査です。前回見た検察官の広い裁量が、今日はどこまで裁判所に審査されるかという話につながります。先に答えを言っておくと、理屈のうえでは打ち切れます。ただ、その基準は極端に絞られていて、最高裁が公訴権濫用を認めた事案はありません。

出口としての338条4号

検察官による公訴権の行使が濫用といえる場合には実体審理に入る前に338条4号の公訴棄却で手続を打ち切れるという主張を示す板

まず言葉の整理からです。裁判所に対して公訴を提起する権限そのものを公訴権と呼びます。前回見たとおり、起訴便宜主義の下で検察官はこの権限の使い方に広い裁量を持っています。検察官による公訴権の行使が、権限の濫用と言えるほど行き過ぎていた場合には、その公訴は無効であり、有罪か無罪かの中身の審理に入る前に、手続を打ち切るべきだという主張を公訴権濫用論と呼びます。打ち切りの出口になる条文がこちらです。

条文刑事訴訟法338条4号

刑事訴訟法第338条4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。…四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

公訴棄却は、無罪判決とは別物です。無罪判決は中身まで審理した結果ですが、公訴棄却は中身に入らずに手続だけで終わらせる判断です。公訴権濫用論は、この338条4号を使って、実体審理そのものを回避しようとする主張だと考えてください。この主張が実際に出てくるのは、主に3つの場面です。1つ目、そもそも嫌疑が足りないのに起訴された場面。2つ目、起訴猶予にすべき事件なのに起訴された場面。3つ目、違法な捜査を経て起訴された場面。1つずつ見ていきます。

類型1——嫌疑なき起訴

嫌疑がないという主張は無罪判決で足りるため独立の打ち切り類型として立てにくいという3つの理由を示す板

1つ目の場面、嫌疑がないのに起訴された、という主張です。実はこれ、独立の類型としてはあまり支持されていません。嫌疑がないなら裁判所が打ち切ってくれたほうが早い、そう感じますよね。しかし理由は3つあります。1つ目、嫌疑がないなら実体審理をして無罪判決を出せば足ります。わざわざ手続だけで終わらせる理由がありません。2つ目、嫌疑の有無を実体審理より先に判断しようとすると、結局同じ証拠をもう一度検討することになり、審理が重複して手続が長引きます。3つ目が一番大きな理由です。公訴棄却の判決には、無罪判決と違って一事不再理効がありません。

無罪判決なら、その後どんな証拠が出てきても同じ事件で再び起訴されません。ところが公訴棄却で終わっても、検察官は要件をそろえて再び起訴できます。手続を打ち切ったほうが被告人に有利、とは限らないわけです。だから実務でも、嫌疑がないという主張が出ても、裁判所は普通どおり実体審理を始めます。なお、無罪になった後に国が損害賠償を求められる場面では、起訴の時点で合理的な判断に基づく嫌疑があれば足りるとされていて、無罪だったからといって起訴そのものが当然に違法になるわけではない、という点も参考までに触れておきます。

類型2——訴追裁量の逸脱

起訴猶予相当なのに起訴されたという訴追裁量逸脱型の主張と検察官の広範な裁量権を認める判例の立場を示す板

2つ目の場面、起訴猶予にすべき事件なのに起訴された、という主張です。ここが今日の山場です。だからこそ問題になります。前回見たとおり、不当に起訴されなかった事件には、検察審査会や付審判請求という歯止めがありましたね。ところが不当に起訴された事件、とくに起訴猶予にすべきだった事件には、現行法上これといった救済制度がありません。この非対称さから、公訴権濫用論が主張されるようになりました。

⭐ 論文で書く規範:独自設例——同じ横領で分かれる2人 同じ職場のAとBは、それぞれ同程度の金額を横領した。検察官は、初犯で被害弁償も済ませたAを起訴猶予とした一方、Bについては起訴した。動機や態度に大きな差はない。Bの弁護人は「Aだけ見逃してBを起訴するのは、裁量の逸脱だ」と主張する。 (独自設例)

この主張に対して、判例は次のように答えています。

判例最決昭55・12・17(チッソ川本事件・刑集34巻7号672頁)

訴追裁量の逸脱と公訴提起の効力 検察官は、現行法制の下では、公訴の提起をするかしないかについて広範な裁量権を認められているのであつて、公訴の提起が検察官の裁量権の逸脱によるものであつたからといつて直ちに無効となるものでないことは明らかである。…検察官の裁量権の逸脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものというべきである。

会社の話に置き換えると分かりやすくなります。現場の残業の割り振りを任されたリーダーがいて、同じ仕事量のメンバーのうち片方だけに残業を割り振ったとします。もう一方が不公平だと訴えても、人事は普通「リーダーの裁量の範囲内」として介入しません。人事が実際に動くのは、リーダーが金品を受け取って割り振りを歪めたような、裁量の話を超えて不正そのものと言えるレベルに達したときだけです。さっきのAとBの例で言えば、検察官が賄賂を受け取ってBだけを狙い撃ちで起訴した、というレベルの事情がない限り、極限的な場合には当たりません。反省の程度や被害弁償の有無の評価が担当者によって分かれること自体は、裁量の範囲内として扱われます。

実際、最高裁がこの基準を満たすと判断した事案は、これまでありません。検察官には、248条によって広い裁量を与えている以上、裁判所がその裁量の使い方そのものに踏み込んで審査すると、裁量を与えた意味がなくなってしまいます。だから審査の対象を、裁量の当否ではなく、裁量を超えて職務犯罪と言えるレベルの逸脱かどうかに絞っているわけです。なお、この判例が扱った事件そのものでは、原審が公訴権濫用にあたるとして公訴を棄却していました。最高裁は、極限的な場合には当たらないので原審の判断は誤りだとしつつ、判決を職権で取り消さなければ著しく正義に反するほどではないとして、検察官の上告を退けています。だから公訴棄却という結果は残りましたが、最高裁が公訴権濫用を認めたわけではありません。ここは取り違えやすいので注意してください。

類型3——違法捜査に基づく起訴

捜査の違法が直ちに起訴の効力を失わせるわけではないという判例の立場と、極めて重大な職務違反は捜査が違法になるかの基準であることを分けて示す板

3つ目の場面、違法な捜査を経て起訴された、という主張です。捜査が違法なら、その先の起訴も無効になりそうだ、と感じるのは自然ですが、判例は捜査の適法性と起訴の効力を分けて考えます。捜査の全体像を見た回で、少年事件の判例を1つ読みましたね。捜査が違法かどうかと、起訴が無効になるかどうかは別の判断だ、というところまで確かめて、続きは公訴権濫用論として別の回で扱う、と言っていました。今日がその続きです。

⭐ 論文で書く規範:事案の概要 少年が自動二輪車の運転中に事故を起こし、業務上過失傷害で送致された。警察署内での書類のやり取りや検察庁の年末事務処理により捜査と送致が遅れ、少年が20歳に達した後になって略式命令が請求された。遅延のせいで、少年審判で保護処分を受ける機会が失われた形になった。第一審・原審はこの遅延を重大な職務違反と認めて捜査を違法とし、起訴も無効と判断していた。 (最判昭44・12・5の事案)

判例最判昭44・12・5(刑集23巻12号1583頁)

捜査の違法と公訴提起の効力について もつとも、捜査官において、家庭裁判所の審判の機会を失わせる意図をもつてことさら捜査を遅らせ、あるいは、特段の事情もなくいたずらに事件の処理を放置しそのため手続を設けた制度の趣旨が失われる程度に著しく捜査の遅延をみる等、極めて重大な職務違反が認められる場合においては、捜査官の措置は、制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきである。…仮りに捜査手続に違法があるとしても、それが必ずしも公訴提起の効力を当然に失わせるものでないことは、検察官の極めて広範な裁量にかかる公訴提起の性質にかんがみ明らかであつて、…

最高裁はこの事件で、遅延はあったものの、極めて重大な職務違反とまでは言えないとして、捜査手続の違法性そのものを否定しました。原審と第一審の判断を破棄して、審理をやり直すよう差し戻しています。チッソの事件と結論の向きが違う点は注意が必要です。チッソの事件は原審の公訴棄却がそのまま確定しましたが、この事件は原審の公訴棄却が破棄されて差し戻されました。結論の向きは逆です。あの回でも確かめた注意点を、もう一度押さえます。「仮りに捜査手続に違法があるとしても」という後半部分は、この事件では捜査の違法自体が認められなかった上での、仮定の場合の補足的な判断です。「捜査が違法かどうか」の基準と、「捜査の違法が起訴の効力を失わせるかどうか」の基準は、判文の中でも別々に並べられているだけで、直接つながる説明にはなっていません。混同しないでください。

判例が示したのは、捜査に違法があっても、それだけで起訴の効力が当然に失われるわけではない、ということです。検察官の起訴・不起訴の判断は極めて広い裁量にかかるうえ、捜査の違法には、証拠を排除するという別の対処の道があります。わざわざ起訴そのものを無効にする必要がない、という考え方です。この少年の事件で言えば、仮に遅延が違法だったとしても、それだけで略式命令の請求まで無効になるわけではない、ということになります。違法な捜査を理由に、最高裁が起訴を無効とした事案は、まだありません。

3つの類型のまとめ

嫌疑なき起訴訴追裁量の逸脱違法捜査という3類型それぞれの結論と共通する2つの理由を並べた比較表

ここで3つの類型を振り返ります。1つ目、嫌疑がないという主張は、どういう結論になりましたか。2つ目、訴追裁量の逸脱は。公訴提起自体が職務犯罪を構成するような、極限的な場合でない限り、実体審理に進む、でした。3つ目、違法捜査に基づく起訴は。よくできました。3つとも、理屈としては公訴権濫用を認めつつ、実際に発動する基準は極端に絞る、という共通の姿勢を持っています。理由もいつも同じ2つです。1つ、検察官の裁量に口を出しすぎると、起訴便宜主義を与えた意味がなくなる。2つ、無罪判決や証拠排除という、より適切な救済手段があるなら、そちらに任せれば足りる。こうした2つのバランスで、公訴権濫用論はごく限られた場面でしか使えない理論になっています。

起訴後の捜査——全体像

起訴事実についても検察官は公訴の維持に必要な捜査を続けられるが余罪の捜査とは区別されることを示す板

ここからは、起訴した後の話です。検察官の権限をどこまで縛るかという同じ綱引きが、今度は起訴後の捜査で出てきます。起訴された後も、検察官は捜査を続けられるでしょうか。別の事件、つまり余罪についてであれば、通常どおり捜査を続けて構いません。問題になるのは、起訴した事実そのものについて、公訴を維持するために捜査を続けられるか、という場面です。

条文刑事訴訟法197条1項

刑事訴訟法第197条1項 捜査については、その目的を達するため必要な取調べをすることができる。ただし、強制の処分は、この法律に特別の定めのある場合でなければ、これをすることができない。

まず任意捜査です。被告人以外の人への出頭要求や取調べ、証拠物の任意提出を受けること、実況見分、役所などへの照会、鑑定の依頼といった任意処分は、必要性が認められれば起訴後でも実施できます。第1回公判期日より前であれば、検察官が証人尋問を裁判官に請求することもできます。捜索や差押えは、第1回公判期日を境に扱いが変わると考えられています。条文の上では裁判所も捜索や差押えができますが、期日の前に裁判所が自分で証拠を集めると、法廷で証拠を調べる前から事件について先入観、つまり予断を持ってしまいます。だから期日の前は、裁判所自身は捜索や差押えをせず、捜査官が、起訴前と同じ要件で裁判官の令状を得て行う、と考えられています。期日の後は、公判が始まって、裁判所自身による捜索や差押えが使えるようになります。さっきの、事件はもう裁判所の手に渡っている、という感覚がここで効いてきます。裁判所に任せられる以上、捜査官が自分で行えるのは、裁判所による方法では目的を達せられない例外的な場合に限られます。そして、とりわけ問題になるのが、被告人本人の取調べです。

被告人の取調べ——なぜ問題になるか

検察官と対等な当事者になった被告人を捜査機関が取り調べることは当事者主義と公判中心主義に反しないかという問題の所在を示す板

捜査の全体像を見た回で、被疑者を調べられる客体と見るか、対等な防御の主体と見るか、2つの捜査観が対立していました。それぞれ何と呼んだか覚えていますか?糾問的捜査観と弾劾的捜査観です。調べられる客体と見るのが糾問的捜査観、対等な防御の主体と見るのが弾劾的捜査観でした。今日の話は、その対立軸の延長線上にあります。

条文刑事訴訟法198条1項

刑事訴訟法第198条1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

197条とは違い、198条が「被疑者」としか書いていない点が問題の入り口です。公訴が提起されると、対象者は被疑者ではなく被告人になります。文言だけを見れば、198条は被告人を対象に含んでいないようにも読めます。理由はもう2つあります。1つ、起訴されたあとの被告人は、法廷で検察官と向き合って争う側の当事者です。それを検察官の側が取り調べるとなると、対等な当事者どうしという建前、当事者主義に反するのではないか。2つ、事件はすでに裁判所に係属しているのだから、真相の解明は公判の場で行うべきだという、公判中心主義に反するのではないか。こうした理由から、学説の多くは起訴後の被告人取調べを許されないと考えています。取調べの申出がある場合や、弁護人の立会いがある場合に限って認めるという、限定的に許容する見解もあります。

実際に検察官が取り調べていいのかどうか、判例を見てみましょう。

被告人の取調べ——判例と実務運用

できることとなるべく避けるべきことは矛盾しないという判例の立場と告知同意記録化という実務の運用を示す板

判例最決昭36・11・21(刑集15巻10号1764頁)

起訴後の被告人取調べの適法性 刑訴一九七条は、捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる旨を規定しており、同条は捜査官の任意捜査について何ら制限をしていないから、同法一九八条の「被疑者」という文字にかかわりなく、起訴後においても、捜査官はその公訴を維持するために必要な取調を行うことができるものといわなければならない。なるほど起訴後においては被告人の当事者たる地位にかんがみ、捜査官が当該公訴事実について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならないところであるが、これによつて直ちにその取調を違法とし、その取調の上作成された供述調書の証拠能力を否定すべきいわれはなく、また、勾留中の取調であるのゆえをもつて、直ちにその供述が強制されたものであるということもできない。

判例は、198条ではなく197条を根拠に持ち出しています。197条は任意捜査について特に制限をしていないので、198条が「被疑者」としか書いていなくても、公訴を維持するために必要な取調べは起訴後でもできる、という理屈です。当事者主義との関係は、判例の中で分けて書かれています。判例は「できる」と述べた直後に、被告人の当事者としての地位を考えると、当該事件について被告人を取り調べることはなるべく避けなければならない、と付け加えています。ただし、これによって直ちに違法になるわけではなく、その取調べで作られた調書の証拠能力が否定されるわけでもない、とも述べています。スポーツの試合に置き換えると分かりやすいと思います。審判が片方の選手とだけ長く話し込むことを禁止するルールはありませんが、対等であるべき立場を乱すので避けるべきだとされています。話しかけたこと自体は反則になりませんが、そこで誘導や強制が入れば別問題になる、というのと同じ距離感です。「できる」と「望ましくない」は矛盾しません。

⭐ 論文で書く規範:独自設例——真犯人の疑いが生じた場面 Aは窃盗罪で起訴され、勾留されたまま公判を待っていた。ところが起訴後になって、真犯人は別人ではないかという情報が出てきた。検察官は、公訴を維持するために、Aを改めて取り調べたいと考えている。 (独自設例)

この場面でも、実務は197条に基づく任意捜査として行います。取調べの冒頭で、黙秘権に加えて、意思に反して取調べに応じる必要はないことをAに告げ、Aが同意した場合にのみ実施します。同意した経緯は、録音や録画、あるいは供述調書への記載といった形で残しておき、後から任意性が争われたときに備えます。弁護人の立会いは、実務上認められていません。告知をして、Aの同意を得て、その経緯を記録する。この3つがそろって初めて、任意捜査としての起訴後の取調べだと言えます。逆に、Aが応じたくないと言ったのに取調べを続ければ、もう任意捜査とは言えません。判例が認めた「できる」の外に出てしまいます。

第三者・余罪の取調べとの区別

被告人以外の証人となる人の取調べと余罪についての取調べは起訴後の被告人取調べの問題とは別であることを示す板

被告人以外の人の話とは区別して整理しておきます。被告人以外の人、たとえば公判で証人になる予定の人を取り調べることは、これまでどおりの任意捜査として問題なく行えます。今日ここまで見てきた難しさは、あくまで被告人本人を、起訴した事実そのものについて調べる場面に限られた話です。もう1つ、余罪についての被告人取調べも別問題です。起訴した事実とは別の事件で身柄を拘束されている場合や、別の事件を新たに捜査する場合は、通常の被疑者取調べの問題であって、今日見てきた「起訴後の当事者としての地位」をめぐる話とは切り分けて考えてください。

今日のまとめ

338条4号を出口とする公訴権濫用の3類型と起訴後の被告人取調べの適法性という今日の骨格をまとめる板

今日の内容を振り返ります。1つ目。公訴権濫用論は、338条4号の公訴棄却を出口として、嫌疑なき起訴、訴追裁量の逸脱、違法捜査に基づく起訴、という3つの場面で主張されます。ただし、嫌疑なき起訴は実体審理で無罪にすれば足りるとして退けられ、残る2つも打ち切りが認められる基準が極端に絞られていて、最高裁がこの基準を満たすと認めた事案は、これまでありません。2つ目。訴追裁量の逸脱は、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られます。3つ目。違法捜査に基づく起訴は、捜査に違法があっても、それだけで公訴の効力が当然に失われるわけではありません。4つ目。起訴後も、公訴を維持するために必要な被告人の取調べはできますが、当事者としての地位を考えると、なるべく避けるべきとされています。任意捜査であることの告知と同意、記録化が実務の作法です。

検察官の裁量を尊重する姿勢と、それでも歯止めをどこかには置きたいという姿勢が、ずっと綱引きしていた回でしたね。

ページ上部へ ↑

#69単独ページ動画

一罪の一部起訴

第3章 公訴 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

一部だけ起訴するということ

横領した物をあとで売却した場合に検察官が売却の部分だけを起訴できるのかという今日の問いを示す板

前回の最後に、1つの犯罪事実のうち一部だけを取り出して起訴できるかという話を見ていくと予告しました。今日がその回です。今日は大きく2つを見ていきます。まず、1つの犯罪として扱われる事実のうち一部だけを取り出して起訴すること、これを一罪の一部起訴と呼びますが、これが原則として許される理由。次に、告訴が要る罪で告訴が得られないとき、その手段になった別の罪の部分だけを起訴してよいかという限界です。先に結論を言っておくと、一部起訴は原則として許されます。ただし後者の場面だけは話が変わります。

一罪の一部起訴とは何か

全部起訴できる事実の中から一部だけを切り取る4つの類型を独自の数値例で示す板 図:全部起訴できる事実の中から一部だけを切り取る4つの類型を独自の数値例で示す板

難しく考えなくて大丈夫です。刑法上、1つの犯罪として扱われる事実のまとまりのことです。今日は罪数論そのものには立ち入りません。「本来はまとめて1つの犯罪として起訴できる事実」くらいの理解で十分です。一罪の一部起訴とは、その全体を起訴できるのに、検察官があえてその一部だけを切り取って起訴することを言います。たとえば、Aが3日間で8回にわたってBに暴行を加えていた事件があるとします。検察官が、そのうち最後の3回分だけを取り出して起訴する。これが一部起訴の一例です。ほかにも切り取り方はいくつかあります。強盗にあたる事実があるのに、軽い恐喝として起訴する。窃盗が既遂に達しているのに、未遂として起訴する。強盗致傷にあたる事実があるのに、傷害の部分を外して強盗だけで起訴する。共通するのは、全体についても、犯罪の疑いが十分にあって起訴できるのに、あえて狭く切る、という点です。

全く違います。残りの部分にそもそも犯罪の疑いが無いなら、一部起訴の問題にはなりません。今日扱うのは、全体を起訴することもできるのに、検察官が自分の判断であえて一部だけを選び取る場面です。残りの部分の立証に手間や不確かさがある、というのは、あとで見るとおり、選び取る理由の1つになります。

なぜ問題になるのか

事案の真相を明らかにすべきだという実体的真実主義と検察官が一部だけを切り取ることとの緊張関係を示す板

なぜこれが問題になるか、考えてみましょう。刑事手続の目的の1つに、事案の真相を明らかにするという実体的真実主義があります。真相を明らかにするなら、分かっている事実は全部裁判に出すべきだ、そう感じるのが自然です。分かっている事実のうち一部だけを検察官が選んで、それ以外を裁判の外に置いてしまう。これは真相解明という目的とぶつかるように見えます。ここが今日の出発点です。

原則として許される理由①

訴追を必要としないとき全部を不起訴にできる検察官がその中間である一部起訴を選べない理由は無いという論理を示す板

結論から言うと、一部起訴は原則として許されます。理由は2つあります。1つ目を思い出してもらいます。起訴便宜主義の回で見た、検察官が事件を不起訴にできる根拠は何でしたか?

条文刑事訴訟法248条

刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

248条です。犯人の性格や年齢、境遇、犯罪の軽重や情状、犯罪後の情況によって、訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。起訴便宜主義でした。248条は、嫌疑が十分にあっても、検察官の判断で事件を丸ごと不起訴にすることを認めています。丸ごと無かったことにできる権限がある以上、その中間にあたる選択、つまり一部だけを取り出して起訴するという、より軽い選択ができないはずがありません。全部を諦められるなら、一部を残すことも当然できる、という引き算の論理です。引っ越しで考えてみます。家財を全部運んでもらう契約を、依頼主はまるごと取りやめることもできます。それなら「今回は本棚だけ運んでください」と頼めないはずがありません。まるごと取りやめるのが不起訴、本棚だけの発注が一部起訴にあたります。

原則として許される理由②

検察官が起訴状に書く具体的な犯罪事実である訴因が審判の対象を区切ることを示す板 図:検察官が起訴状に書く具体的な犯罪事実である訴因が審判の対象を区切ることを示す板

2つ目の理由が、訴因という仕組みです。検察官は起訴状に、審判してほしい具体的な犯罪事実を書きます。これを訴因と呼びます。この訴因が、裁判所が審理する対象そのものを区切ります。訴因の詳しい仕組みは別の回で扱いますが、今日は「検察官が、ここまでを裁いてほしいと範囲を示す主張」というくらいの理解で進みます。たとえば先ほどの8回の暴行で、起訴状に最後の3回分だけを書けば、裁判所が審理するのもその3回分だけです。当事者である検察官が審判の対象を設定する以上、その対象を一罪の全部にするか一部にするかも、検察官の裁量に含まれることになります。起訴便宜主義と訴因制度、この二つの仕組みが組み合わさって、一罪の一部だけを切り取って起訴する自由が生まれるわけです。

最初に出た、真相を明らかにするという目的とぶつからないか、というとそうではありません。裁判所が明らかにするのは、検察官が訴因で示した範囲の中の真相で、その外まで探しに行くことは求められていない、ということです。

横領後の横領——訴因の外は審理しない

先に抵当権を設定した占有者Aが後に不動産を売却した場合に検察官は売却だけを起訴でき裁判所は先の抵当権設定に立ち入らないという判例の論理を示す板

この自由を認めた代表的な判例を見ます。冒頭の問いに戻りましょう。ある不動産を預かって占有している人物Aが、まず勝手にその不動産に抵当権を設定してしまいます。その時点でAには、不動産の所有者Bに対する横領罪が成立しうる状態ができています。ところがAは、その後さらに、その不動産をほしいままに売却して、所有権の移転登記まで済ませてしまいました。検察官が起訴したのは、あとの売却の部分だけです。この判決の判断は、大きく二つに分かれます。後の売却について横領罪が成り立つのか。そして、起訴されなかった先の抵当権設定に、裁判所が立ち入るのか、です。

⭐ 論文で書く規範:関係図——横領後の横領の時系列 A(不動産の占有者・受託者)が先に抵当権を設定(訴因外・起訴されていない)→その後、Aが不動産を売却し所有権を移転(訴因・起訴された部分)。所有者はB。 (独自関係図)

被告人側もまさにその主張をしました。「先の抵当権設定行為で横領罪は既に成立していて、それ以降は不可罰的事後行為にすぎない」という主張です。後の売却は先の横領の後始末にすぎず、別に罰する対象にはならない、という意味です。かつての判例、昭和31年の最高裁判決は、この考え方に近い立場を取っていました。しかし、この平成15年の大法廷判決が、その立場を変更しました。

判例最大判平15・4・23(刑集57巻4号467頁)

横領後の横領——横領罪の成立 委託を受けて他人の不動産を占有する者が、これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後においても、その不動産は他人の物であり、受託者がこれを占有していることに変わりはなく、受託者が、その後、その不動産につき、ほしいままに売却等による所有権移転行為を行いその旨の登記を了したときは、……売却等による所有権移転行為について、横領罪の成立自体は、これを肯定することができるというべきであり、先行の抵当権設定行為が存在することは、後行の所有権移転行為について犯罪の成立自体を妨げる事情にはならないと解するのが相当である。……検察官は、事案の軽重、立証の難易等諸般の事情を考慮し、先行の抵当権設定行為ではなく、後行の所有権移転行為をとらえて公訴を提起することができるものと解される。

抵当権を付けても、不動産はまだBの物で、Aがそれを預かっている状態も続いています。だから、あとの売却は、Bの物をもう一度勝手に処分したことになり、横領罪が成り立つ。そのうえで検察官は、事案の軽重や立証の難易を考えて、後の売却のほうだけを取り出して起訴できる、という理屈です。先の抵当権設定行為でも横領罪は成立しますから、検察官はそちらを選んで起訴することもできます。ただし、どちらか一方で処罰すれば足り、両方を別々の犯罪として処罰することはできません。この関係を共罰的事後行為と呼びます。たとえば、抵当権設定については証拠が乏しく、売却については登記まで残っていて証明しやすいという事情があれば、検察官は証明しやすい売却のほうを選んで起訴すればよいのです。刑法上の細かい理論はここでは深入りしません。二つ目の判断です。裁判所が、選ばれなかった先行行為にどう向き合うかです。

判例最大判平15・4・23(刑集57巻4号467頁)

横領後の横領——訴因外の事実への態度 そのような公訴の提起を受けた裁判所は、所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり、犯罪の成否を決するに当たり、売却に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかというような訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない。このような場合に、被告人に対し、訴因外の犯罪事実を主張立証することによって訴因とされている事実について犯罪の成否を争うことを許容することは、訴因外の犯罪事実をめぐって、被告人が犯罪成立の証明を、検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど、当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることにもなりかねず、訴因制度を採る訴訟手続の本旨に沿わないものというべきである。

さっきの引っ越しの発注に戻ります。依頼主が「今回は本棚だけ運んでください」と発注しました。運送会社は本棚だけを運べばよく、「他の家具はどうしたんですか」と勝手に詮索して運び出したりはしません。もし裁判所が訴因の外の先行行為にまで立ち入ってよいことにすると、被告人のほうは先行行為があったことを積極的に主張・立証して「そちらで罪は終わっている」と争おうとし、検察官のほうは逆に先行行為が無かったことを立証しようとする、という奇妙な逆転が起きます。訴因という枠の外には立ち入らない、という態度がこの不自然さを避けています。ですから冒頭の問いへの答えは、被告人は『先の抵当権設定で罪は終わっている』と争うことはできない、になります。

一部起訴に必要な合理性

一部起訴は無制約ではなく立証の難易特別予防上の考慮迅速な審理という合理的な理由が必要であることを示す板

一部起訴は原則として許されますが、無制約ではありません。検察官がどれを選んでも自由、というわけではなく、選ぶことに合理的な理由が求められます。理由の型は主に3つあります。まず一つ目は、立証の難易。証明が難しい部分を外して、確実に立証できる部分だけで起訴する。二つ目、被告人への特別予防上の考慮。事実の全部で起訴すると刑が重くなりすぎると考えられる場合に、一部だけで起訴する。三つ目、迅速な審理を優先する必要がある場合です。先ほどの8回の暴行で言えば、8回すべてを1つずつ立証しようとすると、刑も審理も重くなりすぎる、というときに、確実な3回分に絞るイメージです。一つ目の型、立証の難易が問題になった判例を見ます。ある選挙にからむ事件で、AがBに金銭を渡し、BがさらにCへその一部を渡した疑いがありました。検察官は、AからBへの交付の部分だけをとらえて起訴しました。

判例最決昭59・1・27(刑集38巻1号136頁)

買収金の供与の疑い——交付罪のみの起訴 ……選挙運動者たる乙に対し、甲が公職選挙法二二一条一項一号所定の目的をもつて金銭等を交付したと認められるときは、たとえ、甲乙間で右金銭等を第三者に供与することの共謀があり乙が右共謀の趣旨に従いこれを第三者に供与した疑いがあつたとしても、検察官は、立証の難易等諸般の事情を考慮して、甲を交付罪のみで起訴することが許される……

BからCへ渡った部分は証明が難しかった、そう理解して構いません。AからBへの交付は証拠がそろっていても、BからCへ渡ったかどうかまで確実に立証するのは難しい、という事情があれば、検察官はより立証しやすい部分だけを選んで起訴できる、ということです。

検察官の合理的裁量という一般論

一部起訴は検察官の合理的裁量に委ねられるという考え方を別の事件でも最高裁が確認していることを示す板

この「合理的な裁量に委ねられる」という考え方は、告発が問題になった別の事件でも、最高裁が同じ言い回しで確認しています。告発というのは、告訴の回で見たとおり、被害者でなくても誰でもできる、犯罪を申し出て処罰を求めることです。ふつうは訴訟条件になりませんが、この事件の罪は例外でした。

判例最判平4・9・18(刑集46巻6号355頁)

告発の効力が及ぶ範囲——検察官の合理的裁量 ……一罪を構成すべき事実のうちどの範囲の事実について公訴を提起するかは、検察官の合理的裁量に委ねられ……

これが親告罪の一部起訴を判断した判例かというと、そこは注意してください。この事件は、国会の証人尋問でうその証言をした罪、つまり議院の告発が無いと起訴できない特別な罪についてのものです。一罪にあたる複数の証言のうち一部だけに告発があった場合に、他の部分にも告発の効力が及ぶかという、告発の効力範囲が争われました。親告罪の一部起訴そのものを判断したものではありません。ここで押さえてほしいのは、告発が訴訟条件になる罪であっても、どの範囲を起訴するかを選ぶのは検察官の合理的裁量で、告発した側の意思はその判断の中で考慮されるものだ、とされた点だけです。

親告罪の一部起訴——問題の所在

告訴が得られない親告罪の手段部分だけを非親告罪として起訴することが告訴制度の趣旨を壊すのではないかという問題を示す板

ここまでは、一部起訴が原則として許され、必要なのは合理的な理由だけだ、という話でした。ところが1つだけ、単なる合理性の話では済まない場面があります。親告罪が絡む場面です。ではここで設例を考えます。Aが、当時16歳のBを、進学先を巡る対立から、腕をつかんで無理やり車に乗せて連れ去り、自分の管理下に置きました。これは未成年者略取にあたりえます。連れ去るとき、AはBに手荒く暴行を加えていました。ところがB本人も保護者も、事を大きくしたくないという事情から、未成年者略取について告訴をしないと決めました。

条文刑法224条

刑法第224条(未成年者略取及び誘拐) 未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上七年以下の拘禁刑に処する。

条文刑法229条

刑法第229条(親告罪) 第二百二十四条の罪及び同条の罪を幇助する目的で犯した第二百二十七条第一項の罪並びにこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

条文刑法208条

刑法第208条(暴行) 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

未成年者略取は229条によって親告罪です。告訴が無い以上、この罪では起訴できません。ところがAの行為の中には、略取の手段としておこなった暴行の部分もあります。暴行罪は親告罪ではありません。検察官は、告訴が得られない略取の部分を諦めて、手段として行われた暴行の部分だけを取り出して起訴できるでしょうか。

親告罪の一部起訴——2つの立場

違法無効説と有効説がどちらも被害者の利益を掲げながら結論が分かれる対立構造を示す板

立証の難易や合理的な理由があれば起訴できそうにも思えますが、そう単純にはいきません。ここで問題になっているのは、証明のしやすさではなく、告訴という制度そのものの意味です。親告罪は、その罪を処罰してほしいかどうかの判断を、被害者の意思に委ねる制度です。告訴が得られないのに、たまたま非親告罪にあたる部分だけを切り取って起訴できてしまうと、被害者の意思を素通りして、実質的に同じ事実を処罰できてしまいます。会員制の契約で、本人の同意書が無いと結べない高額な契約があるとして、同意が取れないからといって名目だけ同意不要な小口の契約に書き換えて、実質は同じ取引を進めてしまうようなものです。これは単なる立証上の工夫では済まされません。この問題に、学説は大きく2つの立場で応えています。

⭐ 論文で書く規範:違法・無効説(多数) 告訴が得られない親告罪の手段部分だけを非親告罪として起訴することは、その罪を親告罪とした趣旨(被害者の意思の尊重)を没却する。よって起訴の手続は違法・無効であり、公訴棄却(338条4号)で打ち切るべきである。ただし公訴棄却の当否を判断するために必要な限度で、裁判所は親告罪の罪が成立しうる事実を確認する必要があり、審判の範囲は手段罪だけに限定されない。 (学説(違法・無効説))

条文刑事訴訟法338条4号

刑事訴訟法第338条4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。……四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

338条4号は、前回、公訴権濫用論の出口として見た条文です。中身に入らず手続だけで裁判を打ち切る、公訴棄却でした。ただ、ここで起訴が無効になる理由は、検察官の裁量の濫用ではありません。告訴という訴訟条件を、別の罪名で素通りした点にあります。ただし、これに対する有力な反論もあります。

⭐ 論文で書く規範:有効説(有力) 違法・無効説によると、被告人が公訴棄却を受けるためには、公判で自ら「実は親告罪の罪も成立していた」と主張・立証することになる。これは、かえって被害者の意思に反する結果を招き、不合理である。そこで、起訴そのものは有効と扱い、審判の対象を暴行の部分に絞り込む。被告人が略取の事実を持ち出して争う道は、はじめから開かない。 (学説(有効説))

違法・無効説の立場では、公訴棄却という結論を得るために、被告人自身が「本当は略取もしていました」と法廷で主張しなければならなくなります。これは被害者の側から見ても、望んでいなかったはずの事実が改めて公判で持ち出されることになり、皮肉な結果です。有効説は、この皮肉を避けるために、起訴自体は有効としたうえで、審判の範囲を暴行の部分だけに絞り込む、という立場を取ります。ここは論文でも問われうる論点で、どちらの立場を取るにせよ、この対立の構造そのものを説明できることが大切です。たとえば、さきほどのAとBの設例で言えば、違法・無効説なら公訴棄却、有効説なら暴行罪の限度で有効な起訴として審理が進む、ということになります。

今日のまとめ

一部起訴一般と親告罪の一部起訴を原則理由限界の3列で並べた比較表 図:一部起訴一般と親告罪の一部起訴を原則理由限界の3列で並べた比較表

今日の内容を振り返ります。1つ目。一罪の一部起訴とは、全部を起訴できる事実のうち一部だけを切り取って起訴することでした。残りの部分にそもそも犯罪の疑いが無い場合とは区別されます。2つ目。一部起訴が原則として許される理由は2つ。全部を不起訴にできる検察官が一部だけを起訴できないはずがない、という起訴便宜主義からの論理。そして、検察官が訴因という枠で審判の対象を区切れる、という訴因制度の理屈です。3つ目。横領後の横領の大法廷判決は、後行の売却行為だけを取り出して起訴でき、裁判所は先行の抵当権設定という訴因外の事実には立ち入らない、と示しました。4つ目。一部起訴には合理的な理由が要り、無制約ではありません。ただし親告罪が絡む場面だけは、単なる合理性を超えて、告訴制度の趣旨との衝突が問題になり、違法・無効説と有効説が対立します。

起訴便宜主義と、訴因制度。この二つの力から生まれた自由が、告訴という別の制度にぶつかったところで、初めて揺らぐ回でしたね。

ページ上部へ ↑

#70単独ページ動画

告訴の不可分と追完

第3章 公訴 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

1つの告訴は、どこまで効くか

3人で他人の車を壊し被害者が1人だけを名指しして告訴した場面から今日の問いを示す板

前回は、告訴が得られない親告罪について、手段になった別の罪だけで起訴してよいかという話を見ました。今日は逆向きです。親告罪の枠の中で、1つの告訴がどこまで効くのかを見ていきます。甲だけを名指ししたから乙と丙は処罰されない、というのはいい設例です。今日はまさにその問いに答えます。では、1つの告訴は、誰に、どこまで効くんでしょうか?名指しされた甲だけが処罰されるのか、そこが今日の核心です。先に結論だけ言っておくと、甲への告訴は、乙・丙にも及びます。名指しは関係ありません。

主観的不可分の原則

甲乙丙の共犯関係で甲だけへの告訴が乙丙にも及ぶことを示す関係図 図:甲乙丙の共犯関係で甲だけへの告訴が乙丙にも及ぶことを示す関係図

まず、今日ずっと使う問いを1つ置きます。告訴は、「この人を」処罰してほしいという意思表示なのか。それとも、「この出来事について」処罰してほしいという意思表示なのか。どちらと見るかで、効く範囲が変わります。条文は、答えをこう決めています。

条文刑事訴訟法第238条第1項

刑事訴訟法第238条第1項——告訴の主観的不可分 親告罪について共犯の一人又は数人に対してした告訴又はその取消は、他の共犯に対しても、その効力を生ずる。

さっきの車の例で確認しましょう。器物損壊は親告罪です。被害者が、甲だけを名指しして告訴しました。違います。この告訴の効力は、乙・丙にも及びます。検察官は、乙・丙も起訴できます。逆に取消しの場合も、告訴と同じ扱いです。被害者が甲への告訴を取り消せば、乙・丙に対する分も、一緒に取り消したことになります。もう起訴できなくなります。名指しの相手が誰であっても、効力の範囲は変わりません。ここが、直感と一番ずれるところです。

なぜ、名指しが効かないのか

告訴は犯人ではなく犯罪事実に向けられた意思表示であることを示す板 図:告訴は犯人ではなく犯罪事実に向けられた意思表示であることを示す板

告訴という行為が、何に向けられているかを考え直す必要があります。告訴は、「甲を処罰してほしい」という、人に向けた意思表示のように見えます。法律上は、「この犯罪事実について処罰を求めます」という、事実に向けた意思表示です。その証拠に、告訴は、犯人が誰か分からなくてもできます。朝起きたら車が壊されていた、犯人は分からない。それでも被害者は、この出来事について処罰を求めます、と告訴できます。犯人が誰かという特定は、告訴の本質的な要素ではないんです。被害者が処罰を求めているのは、「甲・乙・丙が関わった、あの器物損壊という出来事」そのものです。だから、効力は、その出来事に関わった共犯者全員に及びます。

被害者が、共犯者を選り好みできてしまいます。「甲は許せないが乙は許す」という判断を、被害者の意思だけで作り出せてしまう。3人で同じことをしたのに、処罰される人とされない人が被害者の好き嫌いで決まってしまう、その事態を防ぐのが、主観的不可分の趣旨です。共犯者どうしの処罰の公平を、被害者の意思だけに委ねさせない。ここで、1つ止まって考えてください。もし、共犯者のうち1人だけが、被害者の親族だったとしたら、どうなるでしょうか?

例外——親族相盗例が絡む場合

非親族の甲と同居していない親族の乙が共謀した窃盗で甲だけへの告訴が乙に及ばないことを示す関係図

条文を見ましょう。

条文刑法第244条第1項・第2項・第3項

刑法第244条——親族間の犯罪に関する特例 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。 2 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。 3 前二項の規定は、親族でない共犯については、適用しない。

1項は、配偶者・直系血族・同居の親族との間の窃盗などは、刑そのものが免除されます。2項は、それ以外の親族、たとえば同居していない親族との間の窃盗は、刑は免除されないが、親告罪になる、という規定です。独自の設例で考えましょう。非親族の甲と、被害者と同居していない親族の乙が、共謀して窃盗を行ったとします。244条2項によって、乙については、告訴が無ければ起訴できません。甲については、そのような制限はありません。甲だけを名指しした告訴でも、乙には及びません。ここが例外です。甲への告訴は、乙には当然には及びません。乙については、改めて告訴が要ります。

さっきの原則がここで通用しないのは、主観的不可分の原則をそのまま乙にまで適用してしまうと、244条2項の趣旨そのものが壊れてしまうからです。244条2項は、親族間の処罰を被害者の意思に委ねる制度です。ところが甲への告訴で乙にも効力が及ぶとしたら、乙は、自分については何も意思表示されていないのに処罰されることになります。ここでは分かれていいんです。さっき防いだのは、法律が何も言っていないのに、被害者が共犯者を選り好みすることでした。親族相盗例は、法律自身が「身内をどうするかは被害者が決めてよい」と、選ぶ権限を渡している場面です。被害者の本音が「友人の甲は処罰してほしい、でも別居しているおじさんの乙は、家の中でかたを付けたい」だったとします。甲への告訴が乙にまで及ぶなら、被害者は、おじさんまで処罰される覚悟をしないと、甲を告訴できなくなります。法律が渡した選択を、不可分の原則で取り上げることはできないんです。

3項が、その手がかりです。244条1項・2項の規定は、親族でない共犯には適用しない、と定めています。身分の有無によって、告訴が要る・要らないが分かれる場面では、主観的不可分の原則はそのままでは通用しません。

客観的不可分の原則

同一機会に現金と宝石を盗んだ包括一罪で現金の窃盗だけの告訴が宝石の窃盗にも及ぶことを示す板

ここまでは、「人」の面での不可分でした。次は、「事実」の面での不可分です。ある人が、同じ機会に、被害者の家から現金と宝石を盗んだとします。これは、罪数論、つまり犯罪をいくつと数えるかを決めるルールの上では、1個の犯罪事実、包括一罪として扱われます。効力は、宝石の窃盗にも及びます。1個の犯罪事実の一部だけを選んで告訴する、ということはできません。この客観的不可分は、条文には書いてありません。ここは、主観的不可分の238条1項のような明文が無い、解釈上のルールです。理由は、主観的不可分とまったく同じです。告訴が向けられているのは、犯罪事実そのものです。犯罪事実が1個である以上、その一部だけに告訴の効力を限定する理由がありません。

1個の犯罪事実かどうかは、刑法の罪数論で判断します。単純一罪でも、包括一罪でも、原則はこの客観的不可分が適用されます。もう1つ、本来は2つ以上の罪なのに、刑を決めるときだけ1つにまとめて扱う、科刑上一罪というまとまりもあります。手段と結果の関係にある牽連犯と、1つの行為が2つ以上の罪にあたる観念的競合です。ここでも、原則は同じです。

客観的不可分の3つの例外

牽連犯被害者の異なる包括一罪観念的競合の3つで告訴の効力が一罪全体に及ばない理由を誰の意思かという軸で並べた比較表

客観的不可分にも、例外はあります。3つあります。1つずつ見ましょう。

牽連犯で被害者が住居侵入部分だけに限定して告訴した場合の効力の及ぶ範囲を示す板 図:牽連犯で被害者が住居侵入部分だけに限定して告訴した場合の効力の及ぶ範囲を示す板

1つ目、牽連犯です。何者かが、他人の家に侵入して、現金を盗んだとします。住居侵入と窃盗は、手段と結果の関係にあるので、牽連犯として科刑上一罪です。窃盗が非親族間なら両方とも親告罪ではなくなるので、そこは設定を変えましょう。さっきの親族相盗例を使います。別居している兄の家に忍び込んで、現金を盗んだとします。住居侵入は親告罪ではありません。でも、別居している親族からの窃盗は、244条2項で親告罪です。兄が、「勝手に家に入られたことは処罰してほしい。でもお金のことは兄弟の間でかたを付けたい」と、住居侵入の部分だけに限定して告訴した、としたらどうなるでしょうか。

原則はそうです。ただし、被害者がことさら一部に限定する意思を示していた場合は、その限定どおりの効力しか生じません。限定の意図が無ければ、原則どおり全体に及びます。ここでは効きます。違いは、線を引いた先です。牽連犯は、住居侵入と窃盗という、本来は別々の2つの罪です。1つにまとめるのは、刑を決めるときだけでした。だから、2つの罪のどちらに処罰を求めるかという線は、事実に向けた意思表示として、そのまま意味を持ちます。共犯の名指しが効かなかったのは、1個の出来事の中で人を選ぼうとしたからです。

被害者が異なる包括一罪で一方の被害者の告訴がもう一方の被害には及ばないことを示す板

2つ目、被害者が異なる包括一罪です。ここも親族相盗例を使います。ある人が、別居している兄と姉が2人で暮らす家を訪ねたとき、すきを見て、兄の時計と姉の指輪を、同じ機会に盗んだとします。どちらも別居の親族からの窃盗なので、244条2項で親告罪です。罪数の整理には議論がありますが、ここでは1個の包括一罪と考えるとしましょう。それでも、告訴は、被害者が自分の被害について処罰を求める意思表示です。兄の告訴は、姉の被害には及びません。

観念的競合で被害者ごとに告訴の効力が分かれることと3つの例外に共通する誰の意思かという軸を示す板

3つ目、観念的競合です。1つの行為が、2つ以上の罪にあたる場合でした。1本のネット投稿で、同じ職場の2人をまとめて中傷したとします。1つの行為で、2人の名誉を毀損しています。その1人目だけが告訴すれば、2人目への名誉毀損の部分には、告訴の効力は及びません。被害者ごとに、告訴・取消しの効力が分かれます。3つとも、共通する考え方があります。共通するのは、「誰の意思か」という軸です。告訴は犯罪事実に向けた意思表示でした。ただ、その事実とは、告訴する被害者自身の被害です。だから、被害者が2人いれば、告訴も2人分に分かれます。これが2つ目と3つ目です。被害者が1人でも、本来は2つの罪のうち1つだけに線を引けば、その線が意思表示の中身になります。これが1つ目です。罪数の枠と、告訴の効力の枠は、いつも一致するわけではありません。

告訴の追完

起訴の時点で告訴が備わっていなければ後から取っても足りず公訴棄却になるという原則と被告人の同意という軸を示す板

ここまでは、1つの告訴がどこまで及ぶか、という話でした。最後に、時間の軸の問題を見ます。さっきの車の例に戻ります。検察官が、被害者の告訴を待たずに、甲を器物損壊で起訴してしまった。裁判が始まってから、被害者が告訴状を出した。これで足りるでしょうか。足りません。これが、告訴の追完の問題です。告訴は、起訴という手続を始めてよいかどうかを判定する、訴訟条件です。訴訟条件が欠けると、中身に入らないまま手続が終わる。その出口が、この条文です。

条文刑事訴訟法第338条4号

刑事訴訟法第338条4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。…四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

手続を始めてよいかどうかは、始める時点で判定します。起訴した瞬間には無かった告訴を、後から足しても、起訴した瞬間まで遡って有効にすることはできません。告訴が出たことと、起訴の時点で足りていたことは別問題です。そこが落とし穴です。親告罪は、事件を公の法廷に出すかどうかを、先に被害者に決めさせる制度でした。起訴してから告訴を求めると、被害者は、事件がもう、おもてに出てしまった後で選ばされることになります。先に決めさせるという順番そのものが、親告罪の中身なんです。後から告訴が出たら、例外的に認める余地はないんですか。そこは考え方が分かれます。訴訟経済を重視して追完を認めるべきだという考え方もあれば、検察官のミスを安易に治癒させるべきではないという考え方もあります。

出発点は、さっきのとおり、起訴の時点で足りなければ公訴棄却です。そのうえで、被告人の同意が得られるなら追完を認めてよいが、被告人が同意しないなら公訴棄却の判決を言い渡すべきだ、と整理することができます。なぜ同意で分かれるのか。告訴を欠いた起訴を公訴棄却で打ち切ってもらえるのは、被告人の側の利益です。その被告人自身が、このまま審理してほしいと言うなら、いったん打ち切って起訴し直す手間をかける意味が乏しい、という考え方です。起訴の時点で足りなければ、後から取っても原則として足りない、というのが基本の考え方です。そのうえで、被告人の同意という事情が、結論を分ける軸になります。

当初は親告罪ではなかった事件が審理の途中で親告罪だと分かった場合は、訴因が変わる場合の問題で、今日の追完とは別の論点です。別の回で扱います。

今日のまとめ

主観的不可分と客観的不可分をそれぞれ原則と例外で並べ告訴の追完を最後に置く一覧板 図:主観的不可分と客観的不可分をそれぞれ原則と例外で並べ告訴の追完を最後に置く一覧板

今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。主観的不可分の原則。共犯の一人への告訴・取消しは、他の共犯全員に効力が及びます。理由は、告訴が「犯人」ではなく「犯罪事実」に向けた意思表示だからです。2つ目。例外は親族相盗例。共犯者の一部だけが身分によって告訴が要る立場にある場合、身分の無い者への告訴は、身分のある者には及びません。3つ目。客観的不可分の原則。一罪の一部への告訴は、一罪全体に効力が及びます。同じ「犯罪事実に向けた意思表示」という理由からです。4つ目。例外は3つ。被害者がことさら一部に限定した牽連犯、被害者が異なる包括一罪、観念的競合です。共通する軸は「誰の意思か」でした。5つ目。告訴の追完。起訴の時点で告訴が備わっていなければ、後から取っても原則として足りません。被告人の同意が、結論を分ける軸になります。

「人」でも「事実」でも、告訴が向いている先は同じ、というのが、今日ずっと効いていた考え方でしたね。そして、その原則をそのまま押し通すと別の制度趣旨が壊れる場面でだけ、例外が立てられている。起訴状の記載と、起訴状一本主義を扱います。

ページ上部へ ↑

#71単独ページ動画

起訴状の記載と起訴状一本主義

第3章 公訴 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴状に、前科を書いたらどうなるか

起訴状に前科5犯と書いたらどうなるかという問いを示す板 図:起訴状に前科5犯と書いたらどうなるかという問いを示す板

前回は、1つの告訴がどこまで効くか、そして告訴の追完を見ました。今日は、告訴の話が始まる前の場面に戻ります。検察官が裁判所へ提出する、たった1枚の書面の話です。起訴状に、被告人は前科5犯の者であるが、と書いたとします。これは違反になります。本当のことでも書けないというのが、今日いちばんの核心です。事実かどうかではなく、その情報が起訴状という場所に置かれていいかどうかが問題になります。先に答えを言うと、起訴状に書いてよいのは、誰が何をしたかを特定するのに必要な情報だけです。裁判官の心証を先に動かすだけの情報は、本当のことでも書けません。ずっと前、公平な裁判所を扱った回で、裁判所は結果ではなく組織の段階での偏りのおそれを避けなければならない、という話をしました。今日は、その裏側です。事件が裁判所に届く、まさにその瞬間に、何を書いてよく、何を書いてはいけないかを見ていきます。

起訴状に何を書くかを尋ねてもらった回が、確かにありました。あのとき、詳しく扱う回が別にあるので外形だけ押さえてください、と預けました。今日、その約束を回収します。

起訴状という1枚の書面

公訴の提起は起訴状の提出によってのみ行われることを示す板 図:公訴の提起は起訴状の提出によってのみ行われることを示す板

まず、起訴状そのものの位置づけです。

条文刑事訴訟法第256条第1項

刑事訴訟法第256条第1項 公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。

電話や口頭で起訴すると伝えるのはダメです。検察官が事件を裁判所に渡す方法は、起訴状の提出だけに限定されています。口頭でも、電磁的な送信だけでも足りません。書面という、形の残る手段に限る。これを書面主義と呼びます。書面主義をそこまで厳格にするのは、事件が裁判所の手元にいつ、どの範囲で移ったのかを、後から誰でも確認できるようにするためです。訴訟がいつ始まったかが曖昧では、その後の手続すべてが不安定になります。そしてこの起訴状こそが、裁判所が事件について最初に手にする、唯一の情報源になります。だからこそ、そこに何を書くかが重要な問題になるわけです。

起訴状に書く3つ

起訴状に記載しなければならない被告人の特定公訴事実罪名の3つを示す板 図:起訴状に記載しなければならない被告人の特定公訴事実罪名の3つを示す板

条文は、起訴状に書くべきことを3つに絞っています。

条文刑事訴訟法第256条第2項

刑事訴訟法第256条第2項 起訴状には、左の事項を記載しなければならない。 一 被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項 二 公訴事実 三 罪名

これが、今日の前半で見ていく「書くもの」です。1つずつ、順番に見ていきます。

被告人の特定

氏名不詳のまま写真と特徴で被告人を個体識別して起訴する場面を示す板 図:氏名不詳のまま写真と特徴で被告人を個体識別して起訴する場面を示す板

1つ目、被告人の特定です。通常は、氏名・年齢・住居・本籍を書きます。では、氏名を最後まで黙秘し、身元が分からないまま逮捕された人物を、起訴できるでしょうか。できます。たとえば、防犯カメラの映像から逮捕された人物が、取調べで一貫して氏名を黙秘し続けたとします。実務は、このとき氏名不詳と記載した上で、身長・体格・人相の特徴、そして留置番号を書き、写真を添えて起訴します。名前が無くても、特定したことになります。ここで押さえてほしいのは、条文が求めているのは氏名そのものではなく、被告人を特定するに足りる事項だということです。氏名は、特定のための手段の1つにすぎません。目的は、この1人の人間を、他の誰でもない個体として絞り込むことです。写真や体格の特徴でその絞り込みができれば、氏名が無くても足ります。

特定にそこまでこだわるのは、検察官が特定した、その1人にしか、起訴の効力が及ばないからです。もし起訴した人物が、実は真犯人ではなかったとします。その場合、効力は真犯人には及びません。無罪判決が出た上で、改めて真犯人を特定して起訴し直すことになります。誰を裁くかを決めるのは検察官で、裁判所がその外に出て別の人物を裁くことはできない。これが、特定という作業の重みです。

公訴事実——訴因という2本目の柱

公訴事実は訴因を明示して記載され訴因の中身の特定方法は次回に送ることを示す板 図:公訴事実は訴因を明示して記載され訴因の中身の特定方法は次回に送ることを示す板

2つ目、公訴事実です。

条文刑事訴訟法第256条第3項

刑事訴訟法第256条第3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

この訴因をどこまで具体的に書けば足りるのか、日時・場所・方法をどこまで絞り込む必要があるのかは、実はかなり深い論点で、有名な判例もあります。今日押さえてほしいのは、起訴状に書く2本目の柱が、この公訴事実、つまり訴因だという位置づけだけです。

罪名・罰条と、誤記の効果

罰条の記載の誤りは被告人の防御に実質的な不利益が無ければ公訴提起の効力に影響しないことを訴因との対比で示す板

3つ目、罪名です。

条文刑事訴訟法第256条第4項

刑事訴訟法第256条第4項 罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。

窃盗罪なら、たとえば刑法235条というように罰条を示して罪名を書きます。ここで面白いのは、但し書です。もし検察官が罰条を書き間違えたら、起訴そのものが無効になってしまうと思いませんか。実際、原則として無効にはなりません。被告人の防御に実質的な不利益が無い限り、公訴提起の効力に影響しないと、条文自体が書いています。訴因の厳格な特定と、罰条の誤記への寛容さのその違いが、今日1つ目の対比です。訴因、つまり公訴事実は、裁判所がまさに何を審理するのかという審判対象そのものです。ここがずれれば、裁判所は何を裁いているのか分からなくなります。これに対して罪名・罰条は、その事実を法的にどう呼ぶかという、付随的な表示にすぎません。罰条を1つ間違えても、被告人は自分がどの事実について裁かれているのかを、公訴事実の記載から理解できます。だから、罰条の記載の誤りは、防御に実質的な不利益が無い限り、公訴提起の効力そのものには影響しないんです。訴因は中身、罪名・罰条はラベルだと考えると分かりやすいかもしれません。

起訴状一本主義

起訴状には予断を生ぜしめるおそれのある書類その他の物を添付しまたはその内容を引用してはならないことを示す板

ここまでが、書くものでした。ここから後半、書いてはいけないものに入ります。ここが、冒頭の問いへの答えにつながります。

条文刑事訴訟法第256条第6項

刑事訴訟法第256条第6項 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。

予断とは、証拠を調べる前に裁判官が抱いてしまう先入観のことです。ここが重要な工夫です。証拠書類そのものをホチキス留めして提出するのはもちろん禁止ですが、それだけでは足りません。証拠物を直接付けなくても、その中身を起訴状の文章の中に書き写してしまえば、同じことが起きてしまいます。だから、添付だけでなく、内容の引用も禁止の対象に含めています。これを起訴状一本主義と呼びます。

なぜ予断を排除するのか

検察官は起訴状のみを提出し証拠書類は証拠調べの段階で初めて裁判所に渡るという時間軸を示す板

中古車の査定を考えてみてください。査定士のところに、1台の車と、その車についての査定シートだけが持ち込まれます。査定士は、車そのものと、シートに書かれた特定情報だけを見て、査定額を決めます。もしシートに、この車を持ち込んだ客は以前別の店で査定額をめぐってクレームを付けた人物だ、と書いてあったらどうでしょうか。車を見る前から、その人への印象で判断が歪みそうです。査定額は、車の状態だけで決まるべきなのに、人物評価が先に紛れ込んでしまいます。裁判所も同じです。刑事裁判は、当事者主義を原則としています。検察官と、被告人・弁護人が、それぞれ主張し、証拠を出し合う。裁判所は、その主張と立証だけを材料にして、法廷で心証を形成します。証拠に触れる前の裁判官は、いわば白紙の状態でなければなりません。ところが起訴状に証拠の中身が書き込まれていたら、裁判官は、証拠調べが始まる前から、その中身に触れてしまいます。

だから条文は、検察官に起訴状という1枚だけを提出させ、証拠書類・証拠物は法廷での証拠調べの段階で初めて裁判所に渡すという順序を作りました。この順序そのものが、公平な裁判所を実際に機能させる仕組みなんです。ここで、少し前に見た起訴状の提出の場面を思い出してください。検察官が裁判所に渡すのは起訴状という1枚だけでした。だとすると、起訴の段階では、証拠の中身そのものは、まだどこにあるべきでしょうか?起訴状の外、検察官の手元に留まっているべきです。法廷に、証拠調べという形で正式に出されるまでは。

余事記載の原則——構成要件に関係の無い情報は書けない

前科余罪暴力団員性格の4つの設例が原則として起訴状に書けない理由を示す板 図:前科余罪暴力団員性格の4つの設例が原則として起訴状に書けない理由を示す板

この起訴状一本主義に照らして、よく問題になるのが余事記載、つまり起訴状に書く必要の無い余計な事柄の記載です。たとえば、次の4つの記載を考えてみましょう。被告人は窃盗の前科がある者であるが。被告人は他にも余罪があるが。被告人は指定暴力団の組員であるが。被告人はかねて短気で粗暴な性格であったが。これらを公訴事実の冒頭に書けるでしょうか。原則はそのとおり、いずれもダメです。構成要件とは、刑法の条文が犯罪ごとに定めている「型」のことです。これらは通常、その型に当てはまることを明らかにするための事実でも、それと密接に結び付いた事実でもありません。単に、裁判官に対して、この被告人は悪い人間だという印象を先に与えるだけの記載になってしまいます。だから256条6項に違反し、原則として許されません。

余事記載の例外——構成要件要素と、密接不可分性

常習累犯窃盗のように前科が構成要件要素の場合と恐喝の手段として前科を利用した場合の2つの例外を示す板

例外の1つ目は、常習累犯窃盗のように前科を条件にした犯罪を起訴する場合です。常習累犯窃盗は、直近10年以内に窃盗や強盗で一定の拘禁刑の執行を受けたことが、構成要件要素そのものになっている犯罪です。この場合、前科の記載は、被告人への印象操作ではなく、公訴事実を特定するために不可欠な情報になります。だから当然に許されます。査定で言えば、事故歴のある車専門の買取プランなら、事故歴そのものが査定区分を決めるので、書かないほうがむしろおかしい、というのと同じです。

判例最大判昭27・3・5(刑集6巻3号351頁)

前科記載が許される場合 もつとも被告人の前科であつても、それが、公訴犯罪事実の構成要件となつている場合(例えば常習累犯窃盗)又は公訴犯罪事実の内容となつている場合(例えば前科の事実を手段方法として恐喝)等は、公訴犯罪事実を示すのに必要であつて、これを一般の前科と同様に解することはできないから、これを記載することはもとより適法である。

恐喝の手段として前科を使う場合が、2つ目の例外です。被害者に対して、お前には前科があることを知っている、暴力団の組員だ、と告げて脅し、金銭を要求したとします。この場合、被害者がなぜ畏怖したのかという犯行の手段を説明するために、前科や暴力団員であることの記載が必要になります。構成要件そのものではありませんが、手段・動機として構成要件該当性を示すのに必要で、かつ密接に結び付いた事実だからです。どちらも、決め手は同じです。その事実を書かないと、公訴事実——何が起きたのか——が正しく伝わらないかどうか。伝わるのに書けば、それは印象操作にすぎません。伝わらないなら、それは特定のために必要な情報です。この1本の物差しで、余事記載が許されるかどうかは決まります。

証拠の引用——脅迫文書は、どこまで書けるか

ノートの切れ端に書かれた脅迫文言を起訴状に要約して書くべきという原則を示す板 図:ノートの切れ端に書かれた脅迫文言を起訴状に要約して書くべきという原則を示す板

もう1つ、実務でよく問題になる場面があります。今度は前科ではなく、証拠そのものの中身をどこまで起訴状に書けるか、という問題です。元同僚を脅すため、ノートの切れ端に脅迫文言を書いて自宅の郵便受けに投函した脅迫罪の事件で、検察官が、証拠として請求するその脅迫文書の文言を、公訴事実にそのまま引用したとします。証拠の中身をそのまま書き写せば、原則として起訴状一本主義に触れます。判例も、まずは要約して摘記すべきだ、と述べています。

判例最判昭33・5・20(刑集12巻7号1398頁)

要約摘示の原則 一般に、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑訴二五六条六項の明定するところであるから、本件起訴状において郵送脅迫書翰の記載内容を表示するには例えば第一審判決事実認定の部においてなされているように少しでもこれを要約して摘記すべきである。……かような関係があつて、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に真実に適合するように要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状に……全文と殆んど同様の記載をしたとしても、それは要約摘示と大差なく、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞もなく、刑訴二五六条六項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。

さっきの査定シートの喩えで言えば、通常は、バンパーに30センチの擦り傷、と要約すれば足ります。でも傷の形が複雑で、要約すると保険会社にも査定士にも実際の損傷が伝わらないなら、詳細な描写をそのまま書かざるを得ないこともあります。脅迫文言も同じです。文言の言い回しそのものに脅しの強さが表れている場合、要約してしまうと、犯罪の方法という、公訴事実を特定するのに必要な部分が、かえって伝わらなくなってしまいます。設例に当てはめてみます。あのノートの切れ端の脅迫文が、言い回しを重ねるごとに脅しを強めていく書き方なら、要約すると脅しの強さそのものが消えてしまいます。この場合は、全文に近い引用でも要約と大差なく、許されます。逆に、脅しの中身は、家族に危害を加える、の一文で言い尽くせて、残りは被告人の身の上話だというなら、要約で足ります。それでも全文を書き写せば、特定に要らない部分まで裁判官に読ませることになります。原則どおり、要約すべき場面です。

証拠の引用——訴因を明示するための抽出記載

検察官が構成要件に該当する部分を抽出して記載することは訴因を明示する方法であり予断排除にあたらないことを示す板

この考え方を、名誉毀損文書の事件で改めて確認したのが、もう1つの判例です。大阪府議会を揶揄する文章が名誉毀損に問われた事件で、検察官は、その文章のうち犯罪構成要件に該当すると考えた部分を抜き出して起訴状に書きました。

判例最決昭44・10・2(刑集23巻10号1199頁)

訴因明示のための抽出記載 検察官が同文章のうち犯罪構成要件に該当すると思料する部分を抽出して記載し、もつて罪となるべき事実のうち犯罪の方法に関する部分をできるかぎり具体的に特定しようとしたものであつて、刑訴法二五六条三項に従つて本件訴因を明示するための方法として不当とは認められず、また、これをもつて同条六項にいう裁判官に事件につき予断を生ぜしめるおそれのある書類の内容を引用したものというにはあたらない。

両方とも、同じ考え方に立っています。検察官が、文書のうち犯罪の方法として重要な部分を抜き出して書くのは、証拠を予断のために引用しているのではなく、訴因を明示するための方法にすぎない、という考え方です。決め手は、その記載が、犯罪の方法を具体的に特定するために必要かどうかです。必要な範囲での抽出・引用は、訴因明示の手段であって、起訴状一本主義には違反しません。逆に、特定に必要な範囲を超えて、人物への印象づけのためだけに詳しく書けば、それは違反になります。証拠の中身を書くこと自体が禁止されているのではなく、それが特定のためか、印象づけのためかで分かれるんです。

違反の効果——公訴棄却と、治癒不可

起訴状一本主義違反は公訴提起の手続違反として公訴棄却となり事後の削除でも治癒しないことを示す板

起訴状一本主義に違反すれば、公訴棄却です。

条文刑事訴訟法第338条第4号

刑事訴訟法第338条第4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。……四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

起訴状一本主義違反は、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときにあたり、判決で公訴が棄却されます。問題になった記載を途中で削除しても、やり直すことはできません。実際に前科の記載が問題になった事件で、判例は、いったん生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができない、と述べています。

判例最大判昭27・3・5(刑集6巻3号351頁)

治癒しない違法性 かかる事項を起訴状に記載したときは、これによつてすでに生じた違法性は、その性質上もはや治癒することができないものと解するを相当とする。

裁判官は、その記載を一度目にした時点で、既に心証への影響を受けてしまっています。後から記載を削っても、その裁判官が最初に受けた印象までは消せません。だからこの違反は、事後の訂正では治りません。起訴のやり直し以外に道はないんです。

今日のまとめ

起訴状に書くもの3つと書いてはいけないものを256条の表と裏として並べた一覧板 図:起訴状に書くもの3つと書いてはいけないものを256条の表と裏として並べた一覧板

今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。起訴状に書くものは3つ。被告人の特定、公訴事実——つまり訴因、そして罪名・罰条です。氏名が分からなくても、他の情報で個体を識別できれば特定は足ります。2つ目。訴因と、罪名・罰条は役割が違います。訴因は審判対象そのものなので厳格な特定が求められますが、罪名・罰条は、付随的な表示で、罰条の記載の誤りは、防御に実質的な不利益が無い限り、公訴提起の効力に影響しません。3つ目。起訴状一本主義。裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある書類・物の添付も、内容の引用も禁止されます。当事者主義の下、裁判官は証拠に触れる前は白紙でなければならない、という考え方から来ています。4つ目。余事記載は原則違反ですが、その事実を書かなければ公訴事実が正しく伝わらない場合——構成要件要素そのものである場合や、手段・動機として密接不可分な場合——は例外的に許されます。証拠の引用も、同じ物差しで測られます。特定に必要な範囲かどうかです。5つ目。違反すれば公訴棄却。しかも、一度生じた違法性は、後から削除しても治癒しません。

今日ずっと出てきたのは、書かれた情報が「特定のためか、印象づけのためか」という、1つの物差しでしたね。前半の被告人の特定と罪名・罰条は、この物差しの特定の側、つまり起訴状が必ず伝えなければならないものでした。後半の余事記載と証拠の引用では、同じ物差しが、書いてよいかどうかの線引きとして効いていました。今日、位置づけだけに留めた訴因、その中身をどこまで具体的に書けば足りるのかという、訴因の特定を扱います。

ページ上部へ ↑

#72単独ページ動画

訴因の明示と256条3項の趣旨

第3章 公訴 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じ出来事なのに、訴因は1つとは限らない

頭を叩いて相手が死んだという1つの出来事から複数の訴因が立ちうることを示す板 図:頭を叩いて相手が死んだという1つの出来事から複数の訴因が立ちうることを示す板

前回は、起訴状に書く3つのうち、公訴事実——つまり訴因は、位置づけだけに留めました。今日はその中身に入ります。まず、こんな出来事を考えてください。Aが1回、Vの頭を叩いて、Vが死んだ。たったこれだけの出来事から、検察官が起訴状に書く訴因は、実は1通りとは限りません。実は決まりません。集めた証拠次第で、殺人にも、傷害致死にも、傷害にもなりえます。今日は、訴因という書面の中身が、どういう作業でできているのかを見ていきます。

256条3項の2層構造

訴因を明示する第1文と罪となるべき事実を特定する第2文の2層構造を示す板 図:訴因を明示する第1文と罪となるべき事実を特定する第2文の2層構造を示す板

条文を、もう一度全文で見ましょう。

条文刑事訴訟法第256条第3項

刑事訴訟法第256条第3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

同じことの言い換えではありません。この条文は、2つの別の作業を順番に求めています。1つ目の文は、この出来事をどの構成要件に当てはめたかを示せ、という作業です。2つ目の文は、その当てはめの結果生じる具体的な事実を、できる限り日時・場所・方法で絞り込め、という作業です。前者が法律構成、後者がその中身の特定です。当てはめる作業と、絞り込む作業は別物です。この2つの作業を分けて理解すると、今日の話が全部つながります。

公訴事実イコール訴因、審判の対象

起訴状の公訴事実の欄が現在では訴因と呼ばれ裁判所が審判すべき対象そのものであることを示す板

まず前提として、起訴状の「公訴事実」の欄は、現在では一般に「訴因」と呼ばれています。両者は同じものを指し、これが裁判所の審判の対象そのものになります。裁判所が審理してよいのは、検察官がこの訴因に書いた範囲だけです。その理由は、この後の拘束力のところで詳しく見ます。まずは、訴因に何を書くのかという中身の話から入りましょう。

罪となるべき事実——書くもの・書かないもの

罪となるべき事実は構成要件該当事実であり動機経緯前科は書かなくてよいことを前回の余事記載と対にして示す板

条文にある「罪となるべき事実」とは何かというと、特定の構成要件に該当する事実のことです。行為、結果、その2つをつなぐ因果関係、故意——構成要件要素は、もれなく書かなければなりません。たとえば冒頭の事件を殺人で起訴するなら、Aに殺意があったこと、頭を叩いた行為、Vの死亡、その行為で死亡したという因果関係——この4つを全部書きます。書かなくていいものもあります。動機や、事件に至る経緯、前科は、構成要件要素ではないので、罪となるべき事実には含めなくてよいんです。前回の余事記載と、今日の罪となるべき事実は、おもてと裏の関係です。前回の余事記載は、構成要件に関係の無い情報を「書いたらいけない」という話でした。今日の罪となるべき事実は、構成要件に関係のある情報を「もれなく書け」という話です。同じ1本の線——構成要件に関係があるかどうか——が、書いてよいものと書くべきものを、両方から決めているんです。

たとえば殺意を書くのか書かないのかがはっきりせず、殺人なのか傷害致死なのか読み取れない訴因は、どの罪を指しているのか特定できません。こうした訴因は、256条3項が求める特定を満たしていません。起訴という手続そのものが、それを定めた規定に違反して無効になるので、338条4号で公訴棄却になります。

条文刑事訴訟法第338条第4号

刑事訴訟法第338条第4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。……四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

訴因は、法律構成した具体的事実

Aの一撃でVが死亡という1つの出来事から殺意と因果関係の有無により殺人傷害致死傷害の3通りの訴因が立ちうることを示す板

ここで、冒頭の出来事に戻ります。Aが1回、Vの頭を叩いて、Vが死んだ。これは、まだ生の出来事、社会的な事実にすぎません。ここから訴因を組み立てるのが、検察官の仕事です。集めた証拠を当てはめてみましょう。Aに殺意があり、その一撃とVの死亡との間に因果関係も認められるなら、訴因は殺人になります。Aに殺意は無かったが、一撃とVの死亡との間に因果関係が認められるなら、訴因は傷害致死になります。死亡の結果をAに負わせることはできず、殺意も無いので殺人未遂にもなりません。訴因は傷害にとどまります。頭を叩いて怪我をさせた部分だけが、罪となるべき事実になるわけです。

これが、訴因は社会的事実そのものではなく、検察官が、起きた出来事を構成要件の型にはめて組み立て直した、具体的な事実だ、という意味です。動機や、AとVがなぜ揉めていたかという経緯は、この当てはめのどれを選ぶかには関係しません。だから罪となるべき事実には含めなくてよいわけです。

六何の原則と、できる限りの具体性

誰がいつどこで誰に対し何をどのようにしたかという六何の原則をできる限り具体的に記載することを示す板

訴因の中身を具体的に書くとき、実務では六何の原則という整理を使います。誰が、いつ、どこで、誰に対して、何を、どのように——この6つの要素を、できる限り具体的に埋めていきます。構成要件要素に加えて、日時・場所・方法もできる限り具体的に書くことが求められます。冒頭の事件を殺人で書くなら、Aは、何年何月何日の午後何時ごろ、何市何丁目のV方で、殺意をもって、Vの頭を棒で1回強く叩いて頭の骨を折るけがを負わせ、そのけがによって、その頃その場所で死亡させて殺害した——こうなります。ただ、事件によっては、この日時や場所を厳密に特定できない場合もあります。その限界をどう扱うかは、この後見る「できる限り」という言葉の意味に関わってきます。

訴因の拘束力と当事者主義

裁判所が審判できるのは訴因の範囲内だけでありその外にある社会的事実全体には及ばないことを示す板

3回前、一罪の一部起訴の回で見た、横領後の横領を思い出してください。他人の不動産を預かっていた者が、先に勝手に抵当権を設定し、後でその不動産を売ってしまった事件です。検察官が後の売却だけを起訴したとき、裁判所は先の抵当権設定まで立ち入って審理してよかったでしょうか?立ち入れません。訴因の外だから、でした。同じ理屈がここでも働きます。冒頭の事件で、検察官が殺意も因果関係も認めにくいと考えて傷害の訴因で起訴したら、Vが実際には亡くなっていても、裁判所は死亡の結果を審判できません。これを訴因の拘束力と呼びます。

昔の刑事訴訟法は、裁判所が自ら事実を掘り起こして審理する、職権主義の色が濃いものでした。しかし今の刑事訴訟法は、検察官に起訴するかどうかの裁量を与え、訴因を設定する権限を与え、後から訴因を書き換える請求権も与えています。事件をどう組み立てて審理の場に出すかを、検察官に委ねているんです。第1章で見た当事者主義が、ここで効いてくるんです。だからこそ、裁判所は検察官が設定した訴因の範囲内でしか審理できません。訴因は、検察官が描いた審判の枠そのものなんです。

「できる限り」の意味——2つの趣旨

訴因の特定を求める趣旨は裁判所への審判対象の限定と被告人への防御範囲の明示の2つであることを対応表で示す板

日時や場所を厳密に特定できない事件で「できる限り」で済ませてよい理由が、今日いちばん深いところです。なぜ日時・場所・方法を求めるのか、その趣旨を考える必要があります。趣旨は2つあります。1つは、裁判所に対して、審判の対象をこの範囲に限定するためです。もう1つは、被告人に対して、どの事実について防御すればよいか、その範囲を示すためです。たとえば、AがVを3月にも5月にも殴っていたとします。起訴状に『AがVを殴った』としか書いていなければ、裁判所はどちらの暴行を裁くのか決められません。Aの側も、3月のアリバイを出せばいいのか、5月のアリバイを出せばいいのか分かりません。

ここで大事なのは、日時・場所・方法そのものは、罪となるべき事実そのものではなく、この2つの目的を果たすための手段にすぎない、ということです。目的地に着く手段はいろいろあってよくて、目的さえ果たせれば、その手段は事案の性質によって幅があってもよいんです。

白山丸事件——特定の一手段

密出国事件で日時場所方法を具体的に示さなかった公訴事実が争われ日時場所方法は罪となるべき事実そのものではなく特定の一手段にすぎないとされたことを示す板

この考え方をはっきり示したのが、密出国の事案です。日時を「6年余りの期間内」、場所を「本邦より」とだけ記載し、方法を具体的に示さなかった公訴事実の当否が争われました。最高裁の判断は、2段になっています。1段目が特定を求める趣旨、2段目が日時・場所・方法の位置づけです。

判例最大判昭37・11・28(刑集16巻11号1633頁)

白山丸事件 刑訴二五六条三項において、公訴事実は訴因を明示してこれを記載しなければならない、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと規定する所以のものは、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示すことを目的とするものと解されるところ、……

ここまでが1段目です。続く2段目がこちらです。

判例最大判昭37・11・28(刑集16巻11号1633頁)

特定の一手段 犯罪の日時、場所及び方法は、これら事項が、犯罪を構成する要素になつている場合を除き、本来は、罪となるべき事実そのものではなく、ただ訴因を特定する一手段として、できる限り具体的に表示すべきことを要請されているのであるから、犯罪の種類、性質等の如何により、これを詳らかにすることができない特殊事情がある場合には、前記法の目的を害さないかぎりの幅のある表示をしても、その一事のみを以て、罪となるべき事実を特定しない違法があるということはできない。

当時、日本と国交の無かった中国への密出国で、出国したいきさつを後から確かめる手立てがほとんどありませんでした。それでも、問われているのはその期間の密出国という1つの行為で、裁判所が何を審判するかははっきりしており、被告人がどこを争えばよいかも限られていました。目的が果たせている以上、幅のある表示でも違法ではないとされたわけです。ただし、これは白山丸のような、特定が難しい特殊事情がある事案の話です。冒頭の事件のように、V方で1回叩いたことが分かっているなら、『6年の間に、日本のどこかで』と書く理由がありません。特殊事情が無いのに幅を持たせれば、できる限り特定したとは言えないわけです。では、どれくらいの幅までなら許されるのか、識別説と防御権説という、2つの趣旨のどちらを重視するかで結論が分かれる場面があります。

今日のまとめ

訴因は法律構成した具体的事実であり罪となるべき事実の特定は256条3項の2つの作業と書くもの書かないものの区別で測ることを示す一覧板

今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。256条3項は2つの作業を求めています。訴因の明示——どの構成要件に当てはめたかを示すこと。そして罪となるべき事実の特定——その当てはめの結果を、できる限り日時・場所・方法で絞り込むことです。2つ目。罪となるべき事実は、構成要件に該当する事実だけです。動機・経緯・前科は書かなくてよく、これは前回の余事記載と表裏の関係にあります。逆に構成要件要素を書かなければ、公訴棄却です。3つ目。訴因は、社会的事実そのものではなく、検察官が証拠を当てはめて法律構成した具体的事実です。同じ出来事からでも、殺意や因果関係の有無で、殺人・傷害致死・傷害という異なる訴因が立ちえます。

訴因の拘束力は当事者主義に基づき審判できるのは訴因の範囲内だけであること日時場所方法は審判対象の限定と防御範囲の明示という2つの趣旨のための手段であることを示す一覧板

4つ目。裁判所が審判できるのは、訴因の範囲内だけです。現行法は検察官に起訴裁量と訴因設定権を与える、当事者主義を採っているからです。5つ目。日時・場所・方法は罪となるべき事実そのものではなく、審判対象の限定と防御範囲の明示という2つの目的を果たすための一手段です。特殊事情があれば、その目的を害さない範囲で幅のある表示も許されます。今日は、訴因という中身が、法律構成という作業と、それを具体的に絞り込む作業の、2段階でできているという話でしたね。

ページ上部へ ↑

#73単独ページ動画

訴因の特定と識別説・防御権説

第3章 公訴 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

「共謀の上」——それで足りるのか

被告人とAの共謀の上という記載だけで日時場所方法が一切書かれていない起訴状の一文を示す板

前回、訴因の明示・特定が求められる理由は2つありました。1つは、裁判所に対して、何を示すためでしたか?審判の対象を限定するため、でした。もう1つは、被告人に対して防禦の範囲を示すためでした。日時・場所・方法は罪となるべき事実そのものではなく、この2つの目的を果たすための特定の一手段にすぎない、というのが白山丸事件の考え方でしたね。今日は、この2つの趣旨のどちらを重視するかによって、どこまで具体的に書けば足りるかという結論が変わってくる場面を見ていきます。「共謀の上」も、その1つです。

識別説と防御権説

審判対象の限定を重視する識別説と防御範囲の明示を重視する防御権説の対応表 図:審判対象の限定を重視する識別説と防御範囲の明示を重視する防御権説の対応表

前回の2つの趣旨に対応して、学説も2つに分かれます。審判対象の限定を重視する立場を、識別説と呼びます。他の犯罪事実と区別できる程度に訴因が書かれていれば、それで足りるとする考え方です。防御権説と呼びます。被告人が防御に困らない程度まで、具体的に書かれていなければならないとする考え方です。同じ条文、同じ2つの趣旨から出発しているのに、どちらを重く見るかで、必要な特定の程度が変わってきます。迷子の館内放送で考えてみます。『水色のTシャツの、5歳くらいの女の子をお預かりしています』。ほかの迷子と区別して親に届けるのが目的なら、これで足ります。これが識別説の発想です。でも、人違いのときに親が『うちの子じゃない』とその場で言い返せる材料まで要ると考えるなら、名札の有無のような、もっと細かい情報が必要になります。これが防御権説の発想です。

実務は識別説の立場に立っていると理解されています。区別できる程度に書かれていれば、被告人もどの事実を争えばよいかは分かるので、防御もできるからです。これから見ていく共謀共同正犯や覚醒剤使用の訴因の扱いは、いずれもこの考え方で説明されます。

共謀共同正犯の設例——「共謀の上」という記載

共犯者Aの実行行為は日時場所方法まで具体的に記載されるが被告人Bとの共謀は共謀の上とだけ記載されることを示す図

具体的な場面で考えましょう。AとBが、Vを襲うことをあらかじめ話し合い、実行の当日、Aが刃物でVを刺しました。Bは離れた場所で見張りをしていただけで、直接手を下してはいません。この事件の起訴状では、Aの実行行為——いつ、どこで、どんな刃物でVを刺したか——は具体的に特定して書かれます。ところが、AとBがいつ、どこで、どのように話し合って共謀したのかは、多くの場合「Aと共謀の上」としか書かれません。実務は、識別説の立場から、これで足りるとしています。理由は2つあります。1つは、共謀は密かに行われるのが通常で、日時・場所を明示できないという特殊事情があることです。もう1つは、刑法で見たとおり、共謀は事前にじっくり話し合っていなくてもかまわず、犯行の現場での意思連絡でも足りることです。共謀の核心は、実行の時点で犯罪を一緒にやるという合意にあり、打ち合わせのような謀議の場面は欠かせないものではありません。

共謀のところが一言だけでも、ほかの事件と区別できます。Aが刺した日時・場所・方法は具体的に書いてあります。Bが問われているのは、そのAの実行と結びついた共謀です。だから、どの事件の共謀なのかは取り違えようがない。識別できている以上、識別説からは足りるわけです。

防御権説からの批判と、手続全体での応答

防御権説は共謀の日時場所が無ければ反証できないと批判しこれに対し防御は公判前整理手続の証明予定事実や冒頭陳述求釈明を含む手続全体で図られると応答することを示す板

防御権説なら、共謀の具体的な日時・場所・方法が示されなければ、被告人は自分がその場にいなかったという反証ができない、と批判するはずです。もっともな指摘です。これに対する応答はこうです。被告人の防御は、起訴状の記載だけで図られるものではありません。公判の前に争点と証拠を整理する公判前整理手続で、検察官が証明しようとする事実を示す証明予定事実、証拠調べの初めに検察官が証明しようとする事実を述べる冒頭陳述、そして裁判所への求釈明——これら手続全体を通じて、被告人は共謀の具体的な中身を知り、反証の機会を得ることができます。起訴状という1枚に、防御に必要な情報のすべてを詰め込む必要は無いんです。

義務的釈明と任意的釈明

識別できる程度に達していない訴因にだけ裁判所の釈明が義務となりそれ以外は裁判長の自由な裁量であることを示す板

求釈明という制度があります。裁判所が検察官に、記載の趣旨を説明させることです。ただ、識別説の立場からは、この求釈明が義務になるのは、訴因が他の犯罪事実と区別できる程度にすら達していない場合に限られます。それ以外は、裁判長の自由な裁量、つまり任意的釈明です。区別できる程度には達しているけれど、もう少し詳しく書いてほしいという場合は、裁判所が求めても求めなくてもよいということになります。日時も場所も書かずに『Aと共謀の上、Vを刺した』とだけ書けば、どちらの事件の共謀なのか区別できません。識別できる程度にすら達していないので、裁判所の釈明は義務になります。補正されなければ、公訴提起の手続がその規定に違反したため無効にあたるとして、前回見た刑訴法338条4号で公訴棄却です。

包括一罪の包括的記載

併合罪は個々の行為ごとの区別が必要だが包括一罪は全体として区別できる包括的記載で足りることを示す板

識別説の立場が、判例ではっきり示された場面があります。1人の被害者に対して、一定の期間に、何度も暴行を繰り返してけがをさせた事件です。個々の暴行を全部バラバラに、日時ごとに特定して書けるでしょうか。何度も殴っていたら、1回1回の正確な日時なんて、覚えていないと思います。この事件は、個々の暴行が別々の犯罪ではなく、全体で1つの罪、包括一罪として扱われる関係にありました。

判例最決平26・3・17(刑集68巻3号368頁)

包括一罪の包括的記載 上記1の訴因における罪となるべき事実は,その共犯者,被害者,期間,場所,暴行の態様及び傷害結果の記載により,他の犯罪事実との区別が可能であり,また,それが傷害罪の構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにされているから,訴因の特定に欠けるところはないというべきである。

併合罪、つまり別々の犯罪として扱う関係なら、個々の行為ごとに区別できる特定が必要です。しかし包括一罪、すなわち全体を1つの罪として扱う関係なら、個々の行為まで区別できるように特定する必要はありません。たとえば、同じ相手を3日の間に3回殴ったとき、別々の罪なら1回ずつ日時を分けて書きます。全体を1つの罪とみるなら、『何日から何日までの間に、繰り返し殴った』とまとめて書けば足ります。最高裁は、共犯者・被害者・期間・場所・暴行の態様・傷害結果——これらの記載で他の犯罪事実と区別でき、構成要件に当たるかどうかを判定できる程度に具体的であれば、それで訴因の特定に欠けるところはない、としました。これは、識別説の立場を明らかにした判断です。ただし、包括一罪なら必ずまとめ書きでよい、というわけではありません。1回ずつ特定できる証拠があるなら、できる限り特定して書くべきです。

「罪となるべき事実」説

罪となるべき事実説は構成要件該当事実に加え有罪の確信に届くほどの具体性を求める識別説より厳格な見解であることを示す板

識別説より厳しい立場もあります。「罪となるべき事実」説と呼ばれる見解です。構成要件に該当する事実の記載に加えて、裁判所が有罪だと確信できるところまで具体的に書くことを求めます。有罪判決に書く罪となるべき事実と同じ程度の具体性を、起訴の段階の訴因にも求める考え方です。識別説より一段厳格です。手がかりは条文の言葉です。刑訴法256条3項が、訴因で特定しなさいと言っているのは「罪となるべき事実」。335条1項が、有罪判決で示さなければならないと定めているのも、同じ「罪となるべき事実」です。同じ言葉である以上、同じ程度の具体性が要る、と読むわけです。被告人の防御から出発する防御権説とは別の方向から、識別説より詳しい記載を求める立場です。

この説でも、共謀の核心を、さきほど見たように実行の時点の合意と捉えれば、明確な謀議行為の日時・場所までは要求されず、「共謀の上」で足りるという結論に落ち着きます。学説の立場が違っても、共謀の中身をどう捉えるかによって、結論が一致することもあるわけです。識別説と結論が分かれる場面もあります。遺体の損傷がひどく目撃者もおらず、被告人も否認や黙秘を続けた殺人事件で、日時を数時間の幅、場所を2つの県とその周辺、方法を『不詳の方法により』と書いた訴因について、識別説の立場から特定は足りるとした裁判例があります。一方、「罪となるべき事実」説なら、裁判所が求釈明をして、それでも有罪の確信に届くほど具体的になっていなければ、特定されていないと考えることになります。同じ訴因でも、物差しを変えると結論が割れるわけです。

書かれていない部分が、有罪の心証に欠かせない事実かどうかです。共謀の例で書かれていないのは、話し合いの日時や場所です。共謀を実行の時点の合意と捉えるなら、それは初めから証明しなければならない事実ではありません。殺人の例で幅や不詳のまま残っているのは、殺害そのものの日時・場所・方法です。これでは、ほかの事件と区別はできても、殺したという心証まで届くのは通常難しい。だから結論が割れるんです。

覚醒剤使用の訴因——特殊事情と幅のある記載

覚醒剤の自己使用は単独密行性という特殊事情があり尿検査から採尿日を起点に一定期間内に少なくとも1回摂取したと推認できることを示す板

もう1つ、同じ物差しが働く場面を見ましょう。覚醒剤の自己使用です。被告人が黙秘し、目撃者もいない場合、いつ・どこで・どうやって使用したかを、検察官はどうやって特定するでしょうか。自己使用は、単独で密かに行われるのが通常だという特殊事情があります。ただし、手がかりが1つあります。被告人の尿を採取して鑑定すると、覚醒剤の成分が検出されます。体内から覚醒剤の成分が消えるまでの期間には、科学的な経験則があります。この経験則から、採尿した日を起点に、最長で2週間さかのぼった期間内に、少なくとも1回は摂取したと推認できるんです。

最終行為説による識別

幅のある日時場所摂取という記載に加え検察官が尿から検出された最終使用行為を起訴した趣旨と釈明することで他の使用事実と識別する最終行為説を示す板

そこで実務は、犯行日時を「採尿日から最長2週間遡らせた期間内」、場所を「その間に立ち寄った場所」、方法を、注射でも飲用でも吸引でも塗布でも構わないという意味で「摂取」という言葉で、幅を持たせて記載します。

判例最決昭56・4・25(刑集35巻3号116頁)

覚醒剤使用の訴因 本件公訴事実の記載は、日時、場所の表示にある程度の幅があり、かつ、使用量、使用方法の表示にも明確を欠くところがあるとしても、検察官において起訴当時の証拠に基づきできる限り特定したものである以上、覚せい剤使用罪の訴因の特定に欠けるところはないというべきである。

なぜこれで防御を害さないのか。ここで争われるのは、その期間内に1回でも覚醒剤を体に入れたかどうかです。いつ・どこでかは、防御の決め手になりません。立ち寄った場所は被告人自身が話すことが多いので、アリバイも大きな意味を持たないんです。そこで検察官は、冒頭陳述で「尿から検出された覚醒剤の、最終の使用行為を起訴した趣旨である」と釈明します。これを最終行為説と呼びます。被告人にもし複数回の使用歴があったとしても、起訴の対象は、採尿直近の最後の1回に限定されると分かるので、他の使用事実との識別ができるわけです。

日時・場所・方法という手段の精度を落とす代わりに、釈明という別の手段で、識別という目的をきちんと果たしているわけです。

今日のまとめ

共謀共同正犯包括一罪覚醒剤使用の3つがすべて識別できるかという1本の物差しで測れることを示す一覧板

今日渡した柱を、振り返りましょう。1つ目。訴因の特定を求める2つの趣旨のうち、審判対象の限定を重視するのが識別説、防御範囲の明示を重視するのが防御権説です。実務は識別説に立っています。2つ目。共謀共同正犯の「共謀の上」という記載は、共謀の密行性という特殊事情があるため、識別説の立場から許容されます。防御権説からの批判には、防御は手続全体で図られるという応答があります。3つ目。裁判所の釈明が義務になるのは、識別できる程度にすら達していない場合だけで、補正されなければ公訴棄却です。それ以外は任意的釈明です。4つ目。包括一罪の個々の行為は、区別できるように特定する必要はなく、全体として他の犯罪事実と区別できる包括的記載で足ります。5つ目。覚醒剤使用の訴因の特定では、密行性という特殊事情から幅のある記載が許され、検察官の釈明——最終行為説による絞り込みで、識別という目的を果たします。

今日は、共謀共同正犯も、包括一罪も、覚醒剤使用も、全部「識別できるか」という1本の物差しで測れる、という話でしたね。特殊事情があれば手段の精度は落としてよく、その分は釈明のような別の手段で補う。この構造は、白山丸事件から一貫しています。

ページ上部へ ↑

#74単独ページ動画

審判の対象と公訴事実の同一性

第3章 公訴 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴状の詐欺と、法廷の窃盗

起訴状には店員をだまして上着を渡させたと書かれているが法廷では店員が渡す気などなく隙を見て持ち去られたと証言することを示す板

前回は、訴因をどこまで具体的に書けば足りるかで、識別説と防御権説が分かれるのを見ましたね?今日は、訴因そのものではなく、審判の対象は一体何なのかという、もう一段深い論点に入ります。まず、こんな場面を考えてみましょう。ある洋服店で、被告人が上着を試着したいと申し出て、店員から上着を受け取り、そのまま店の外に出てしまいました。起訴状には「被告人は、店員をだまして上着を渡させた」、つまり詐欺と書かれています。ところが、いざ法廷で店員が証言すると、様子が違いました。店員は試着室の前で待っていただけで、上着を渡す、つまり処分するつもりなど無かった。被告人は、店員が目を離した隙に、上着を持ち去っただけだった、というのです。

窃盗ではないか、という点が、まさに問題です。同じ上着、同じ日時・場所での出来事なのに、だまして渡させたのか、隙を見て持ち去ったのかで、詐欺と窃盗という、両立しない二つの評価に分かれてしまいます。先に答えを言っておきます。起訴状の詐欺のままでは、窃盗で有罪にはできません。ただし、検察官の請求で訴因を書き換えれば、窃盗で有罪にする道が開けます。今日はその仕組みを見ていきます。

裁判所が裁くのは、何なのか

裁判所が裁くのは実際に起きた出来事そのものか検察官が主張する具体的犯罪事実かという二つの選択肢を示す板

この疑問に答えるには、そもそも裁判所が裁いているのは何なのかを、はっきりさせる必要があります。これを審判対象論と呼びます。考え方は、大きく二つに分かれます。一つは、実際に起きた出来事そのもの——事件の背後にある社会的な事実そのものを裁くべきだ、という考え方。もう一つは、検察官が主張する具体的な犯罪事実、つまり訴因を裁くべきだ、という考え方です。刑訴法256条を見ると、起訴状には「公訴事実」と「訴因」の両方を書けと求められています。この二つの言葉が、同じことを指しているのか、それとも別のことを指しているのかが、そもそも問題になるからです。

公訴事実対象説と訴因対象説

審判対象を実際に生じた本当の事実そのものとする公訴事実対象説と検察官が主張する具体的犯罪事実とする訴因対象説の対応表

この二つの立場に、それぞれ名前が付いています。審判対象は公訴事実——実際に生じた本当の事実そのものだ、とする立場を、公訴事実対象説と呼びます。この立場では、訴因は検察官による単なる法的評価、法律構成にすぎないと見ます。だから、裁判所は検察官の言い分に縛られる必要はなく、事件そのものを自ら調べて裁くべきだ、という発想になります。裁判所が自ら事実を掘り起こして審理する、職権主義の考え方です。裁判所が裁くのは上着をめぐる出来事そのもの、ということになりますから、起訴状に詐欺と書いてあっても、法廷で分かった窃盗の方で、そのまま有罪にできる、という発想につながります。

審判対象は訴因——検察官が特定の構成要件に当てはめて構成した、具体的な犯罪事実だ、とする立場が、訴因対象説です。こちらは通説であり、実務の立場でもあります。

訴因対象説の理由——当事者主義の条文

起訴状一本主義訴因の明示証拠調べ請求権訴因変更請求権という四つの条文が検察官と被告人を対等な当事者とし裁判所を中立の審判者とする当事者主義を支えることを示す板

現行の刑訴法は、当事者主義という構造を採っています。検察官と被告人・弁護人が、対等な当事者として主張し合い、裁判所は中立の審判者として、その主張を審査する、という構造です。256条6項の起訴状一本主義——裁判所に予断を与える書類を事前に見せないという規定も、256条3項の訴因明示も、298条1項が証拠調べの請求権を当事者に与えていることも、すべて同じ構造の表れです。そして、これから見る312条1項の訴因変更の請求権も、検察官にあります。訴追者である検察官に、訴追対象の設定を委ねるべきだ、という考え方です。もし裁判所が訴因を無視して、勝手に別の事実を認定してしまえば、被告人にとって不意打ちになります。だから、訴因が審判対象だ、という結論になるんです。

条文刑訴法256条3項

刑事訴訟法第256条3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

この条文が求めているのは、公訴事実を訴因という形で明示することです。つまり256条3項でいう公訴事実は、訴因とほぼ同じ意味で使われています。実は「公訴事実」という言葉には、もう一つ別の意味があるのですが、それはこの後で見ていきます。「公訴事実」という同じ言葉に二つの意味がある点は混同しやすいので、後ほどはっきり区別します。ともかく、学説にも判例にも、審判対象は訴因である、という点で異論はありません。では、冒頭の設例に戻りましょう。

試着室からの持ち去り——訴因の拘束力に突き当たる

被告人と店員の間でだまして渡させたという起訴状の主張と隙を見て持ち去ったという法廷の心証という両立しない二つの評価が対立することを示す関係図

審判対象が訴因だとすると、裁判所は起訴状に書かれた訴因、つまり詐欺の枠の中でしか判断できません。法廷での証言から、店員に上着を渡す意思など無かった、被告人が隙を見て持ち去っただけだと分かっても、裁判所は勝手に窃盗として認定することはできないんです。訴因の明示を見た回で、訴因の拘束力と呼んだものです。詐欺という評価に必要な、店員をだまして錯誤に陥らせ、財物を交付させたという事実が、証拠上認められない以上、訴因どおりの詐欺では認定できません。このままでは、無罪判決を出すほかありません。

無罪→再訴の不合理、そして訴因変更

無罪判決を受けて検察官が別の訴因で再び起訴すれば被告人は再度応訴の負担を負い訴訟経済にも反するため312条1項の訴因変更という道があることを示す板

持ち去ったことははっきりしているのに無罪、というのは、もっともな違和感です。もしここで無罪判決を確定させ、検察官が改めて窃盗として起訴し直す、ということになったらどうなるでしょうか。被告人は、また一から裁判を受けなければならなくなりますね。被告人はもう一度応訴の負担を負い、検察官・裁判所にも重ねて労力と費用がかかります。これは訴訟経済に反しますし、被告人にとっても酷です。法廷で見えてきた事実に合わせて訴因を書き換える制度が、実際にあります。訴因変更です。

条文刑訴法312条1項

刑事訴訟法第312条1項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。

この条文が求めているのは、検察官の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限度で、裁判所は訴因の追加・撤回・変更を「許さなければならない」ということです。裁判所の自由な裁量ではなく、要件を満たせば許可する義務があります。訴因の書き換えを認めることで、無罪→再訴という遠回りをせずに、目の前の手続の中で正しい罪に到達できるようにする。それが訴因変更制度です。

変更・追加・撤回、補正・訂正の区別

訴因の交換的な書き換えである変更と予備的訴因を付け足す追加とそれを除去する撤回起訴状の瑕疵を直す補正訂正との違いを示す表

312条1項が扱う「追加・撤回・変更」には、それぞれ違いがあります。変更というのは、起訴状に書かれた訴因を、性質の異なる別の犯罪事実にまるごと入れ替えることです。今回の設例で、詐欺の訴因を窃盗の訴因に丸ごと入れ替えるなら、これに当たります。追加は、もとの訴因と予備的、または択一的な関係にある訴因を、付け足すことです。撤回は、そうした予備的な訴因や、一罪の関係にある事実を取り除くことです。実務では、交換的な変更よりも、もとの訴因、これを本位的訴因と呼びますが、これを維持したまま、予備的な訴因を追加する形が一般的です。詐欺の訴因を残しつつ、予備的に窃盗の訴因も追加しておく、というやり方です。

なぜ追加が多いのかというと、審理の最後まで、詐欺と窃盗のどちらで認定されるか分からないことがあるからです。詐欺を窃盗に丸ごと入れ替えたあとで、やはり店員はだまされて渡していたと分かったら、今度は詐欺で有罪にできなくなってしまいます。予備的というのは、まず本位的訴因の詐欺を判断し、それが認められないときに初めて窃盗を判断してもらう、という順番付きの並べ方です。これに対して択一的は、どちらを先に判断してもよい、という並べ方です。ここまでの変更・追加・撤回は、訴因の中身を書き換える話です。これとは別に、起訴状そのものに瑕疵があるときの「補正」「訂正」という制度もあります。訴因の特定に重大な瑕疵があって起訴状が無効になりかねない場合の手当てが補正、瑕疵がそこまで重大でない場合の書き直しが訂正です。312条1項の訴因変更とは、別の話だと押さえておいてください。

訴因変更の3つの問い

訴因を変更しないと認定できないかという要否新訴因が公訴事実の同一性の範囲内かという可否範囲内でも許可すべきでない事情はないかという許否という三つの問いを示す板

訴因変更をめぐる問題は、実は三つの問いに整理できます。一つ目は要否——そもそも訴因を変更しないと、その事実を認定できないのか、という問いです。多少の食い違いなら、変更せずそのまま認定してよい場合もあります。二つ目は可否——変更するとして、新しい訴因が、もとの訴因との関係で、公訴事実の同一性の範囲内にあるか、という問いです。三つ目は許否——同一性の範囲内だとしても、時機に遅れた変更など、許可すべきでない事情はないか、という問いです。そこで一つ、考えてみてください。冒頭の設例、詐欺から窃盗への書き換えは、要否・可否・許否のどの問いに当たるでしょうか。

今日の設例は、可否の問題に当たります。今日は、まず地図として、三つを区別できるようにしておきましょう。

公訴事実の同一性——機能概念

公訴事実の同一性は事件の背後にある社会的事実ではなく旧訴因と新訴因を見比べて一定の関係が認められるかを判断する訴因変更の限界を画する機能概念であることを示す板

では、可否を分ける「公訴事実の同一性」とは、何なのか。ここで、さきほど触れた「公訴事実」のもう一つの意味が出てきます。256条3項の公訴事実は、訴因とほぼ同じ意味でしたね。ところが、条文の312条1項の「公訴事実の同一性」というときの公訴事実は、事件の背後にある社会的な事実を指しているのではありません。変更前の訴因、これを旧訴因と呼びますが、この旧訴因と変更後の新訴因とを見比べて、たとえば同じ機会・同じ客体をめぐる話だといえるくらい重なりがあるなら、「公訴事実の同一性がある」と扱うんです。訴因変更の限界を決めるための機能概念にすぎない、と理解されています。なぜ、事件そのものが同じかどうかで測らないのか。審判対象は訴因だ、と決めたからです。変更できる範囲を事件そのもので測ると、裁判所が訴因の外にある事実を探しにいくことになり、さっきの公訴事実対象説に戻ってしまいます。訴因変更の可否は、旧訴因と新訴因が似ているかどうか、という比較のアプローチで判断するのが基本です。今日の設例でいえば、法廷で本当は何があったかを裁判所が探し出す、という話ではありません。「だまして渡させた」という詐欺の訴因と、「隙を見て持ち去った」という窃盗の訴因、この二つを並べて見比べる、ということです。

単一性と狭義の同一性

実体法上一罪の関係にある単一性と実体法上両立せずどちらか一方でしか処罰できない関係にある狭義の同一性という二つの類型を示す表

この「比べて似ているか」を判断する場面は、大きく二つの類型に分けて論じられます。一つは公訴事実の単一性——新旧両方の訴因が、実体法上一罪、つまり刑法の罪数論で一つの犯罪として扱われる関係にある場合です。告訴の不可分を見た回で、他人の家に侵入して現金を盗めば、住居侵入と窃盗は手段と結果の関係にあるので、本来は二つの罪でも、刑を決めるときは一つにまとめて扱う科刑上一罪になる、と見ましたね。旧訴因が窃盗で、新訴因がその家への住居侵入なら、両者は科刑上一罪の関係にあるので、単一性が認められます。一罪には刑が一つしか科されませんから、同じ手続の中で書き換えて、まとめて裁けばよいんです。もう一つは狭義の同一性——実体法上一罪の関係にはなくても、新旧両方の訴因が両立せず、どちらか一方でしか処罰できない関係にある場合です。冒頭の設例の詐欺と窃盗が、まさにこの関係に当たります。

詐欺と窃盗のどちらか一方でしか処罰できないという関係にあるので、狭義の同一性が認められます。だからこそ、裁判所は詐欺の訴因を窃盗の訴因に書き換えることが許されるんです。たとえば、同じ被告人が先月、別の店で財布を盗んでいたとします。上着の詐欺の訴因を、この財布の窃盗に書き換えることはできません。二つは一罪でもなく、両方とも同時に成り立ちうる別々の出来事だからです。財布の件を裁きたければ、検察官は別に起訴するしかありません。

同じ範囲が効く場面——一事不再理と二重起訴

訴因変更が可能な範囲一事不再理効の客観的範囲二重起訴の禁止という三つの場面で公訴事実の同一性という同じ物差しが効くことを示す板

この「公訴事実の同一性」が及ぶ範囲は、訴因変更の場面だけで終わりません。以前、公訴棄却の判決を見たとき、無罪判決とは違って、あるものが無かったという話をしましたね。覚えていますか。たしか、公訴棄却には、一事不再理の効力が無い、という話でした。無罪や有罪の判決には、一事不再理効——同じ事件で二度と裁判にかけられないという効力が生じます。この一事不再理効が及ぶ範囲は、公訴事実の同一性が及ぶ範囲、つまり訴因変更が可能な範囲と同じだと理解されています。冒頭の設例でいえば、上着の件が窃盗として有罪で確定したら、検察官が後から同じ上着の件を、今度は詐欺として起訴し直すことはできません。一つの裁判の中で詐欺にも窃盗にも書き換えられた以上、その範囲は一回の裁判で決着させるべきだからです。同じ範囲について、もう一つ効いてくる規律があります。二重起訴の禁止です。一つの事件の裁判が続いている間に、同じ事件をもう一度起訴することはできません。同じ裁判所に重ねて起訴すれば、後の起訴は、338条3号により、公訴棄却の判決で打ち切られます。たとえば、詐欺の訴因で裁判が続いている最中に、同じ上着の件を窃盗として別に起訴する、といったことです。窃盗なら、今の裁判の中で訴因を書き換えれば裁けます。わざわざ別の裁判を立てれば、被告人は同じ上着の件で二つの裁判に応じる負担を負い、判決が食い違うおそれも出てきます。だから、書き換えで対応できる範囲では、別の起訴は許されないんです。訴因変更が可能な範囲、一事不再理効の範囲、二重起訴が禁止される範囲——この三つは、すべて同じ物差し、公訴事実の同一性によって画されているんです。

訴因変更の手続

検察官が書面で請求し裁判所が謄本を被告人に送達して意見を聴き防御に実質的な不利益が生じるおそれがあれば公判手続を停止することを示す板

ここで、訴因変更の手続を確認しておきましょう。訴因変更は、検察官が裁判所に請求し、裁判所が許可することで行われます。この請求は書面によることが法律で求められています。検察官はその書面の謄本、つまり写しを裁判所に提出し、裁判所がそれを被告人に送達します。ただし、被告人が在廷している公判廷でなら、口頭による請求も認められています。そして、被告人側の意見も聴かれます。訴因が変わったことで、被告人が防御するうえで実質的に不利になりそうなときは、被告人又は弁護人からの請求があれば、裁判所は決定で、防御の準備に必要な期間、公判手続を止めなければなりません。書き換えを認める一方で、被告人が不意打ちを受けないよう、手続の中で手当てがされているんです。

なぜ「社会的事実」から「訴因」へ

かつては公訴事実を社会的事実そのものとし訴因をその法律構成と理解していたが現在は訴因に書かれた事実の存否を審理判断すると理解することを示す表

今日見てきた理解は、実は最初から一つに定まっていたわけではありません。かつては、公訴事実とは法律評価を受ける前の社会的な事実そのもの、訴因とはそれを検察官が法律的に構成したものだ、という理解がありました。この理解では、訴因変更の可否も、裁判所が心証として抱く社会的事実が同一かどうかで判断されることになります。ですが、これでは裁判所が訴因の外にある事実まで探知して審判できることになってしまい、検察官に訴追対象の設定を委ねた意味が失われてしまいます。そこで現在は、検察官が主張している訴因に書かれた事実が本当にあったかどうかを、裁判所が調べて判断する、という理解になっています。学説・判例とも、審判対象を訴因とする点で、異論はありません。

今日のまとめ

審判対象は訴因であり訴因がずれたら312条1項の訴因変更制度で書き換え可否を画するのが公訴事実の同一性で同じ範囲が一事不再理効二重起訴禁止にも効くという地図を再掲する表

今日渡した地図を、振り返りましょう。一つ目。裁判所が裁くのは、実際に起きた出来事そのものではなく、検察官が主張する訴因です。当事者主義の帰結として、訴因対象説に異論はありません。二つ目。訴因が審理で見えた事実とずれたら、312条1項の訴因変更制度で書き換えます。検察官の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限度で、裁判所は許可する義務を負います。三つ目。訴因変更には要否・可否・許否という三つの問いがあり、可否の枠を決めるのが公訴事実の同一性です。これは社会的事実そのものではなく、旧訴因と新訴因を比べる機能概念で、単一性と狭義の同一性の二つの類型に分かれます。四つ目。この公訴事実の同一性が及ぶ範囲は、一事不再理効の範囲や、二重起訴が禁止される範囲とも一致します。

冒頭の詐欺と窃盗の設例は、その中でも可否——狭義の同一性の問題だった、ということですね。

ページ上部へ ↑

#75単独ページ動画

訴因変更の可否と公訴事実の単一性

第3章 公訴 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

二人組の強盗致傷、殴ったのはどちらか

起訴状はXが自ら被害者を殴って金品を奪ったという訴因だが審理でYが実行した疑いが浮上することを示す板

前回は、訴因変更をめぐる問題が要否・可否・許否という三つの問いに分かれること、そして可否の枠を決めるのが公訴事実の同一性、つまり旧訴因と新訴因を比べる機能概念だという地図をお伝えしました。今日は、この地図を実際に使ってみましょう。まず、一つの事件を用意します。二人組が被害者を襲い、金品を奪い、被害者にけがを負わせた強盗致傷の事件です。起訴状の訴因は「Xが自ら被害者を殴って金品を奪った」というものでした。ところが審理が進むと、実際に殴って金品を奪ったのはYで、Xは指示役だったにすぎない疑いが出てきます。起訴状に書かれた実行者と、審理で見えてきた実行者が食い違う場面です。

この事件を、三つの場面に分けて見ていきます。

三つの場面——同じ事件のどこが問題か

検察官が訴因変更を請求した場面裁判所が請求なく認定した場面時機に遅れた場面という三つを比較した表

まず場面①です。検察官が「XまたはYが実行した」という訴因への変更を請求しました。裁判所がこの変更を許可できるかを判断する場面、これが可否です。前回の詐欺と窃盗の書き換えと、場面の形は同じです。ただ、中身まで前回と同じように悩ましいかは、あとで確かめます。場面②です。検察官が変更を請求しないまま、裁判所が判決で「XまたはYが実行した」という、訴因とは異なる事実を認定してしまいました。そもそも変更を経ずに認定してよかったのかを判断する場面、これが要否です。検察官ではなく裁判所が先に動くのが、場面②でした。続いて場面③です。場面①のように可否そのものは認められるとしても、この事件で、証拠調べがほぼ終わってから検察官が変更を請求したときのように、なお認めてよいか時機的な限界が問題になることがあります。これが許否です。

なぜ三つに分けるのか、軸は三つあります。誰が先に動くか——検察官が請求するのか、裁判所が請求なしに認定してしまうのか。何を判断するか——同一性の範囲内かどうか、変更を経ずに認定してよいかどうか、時機的になお認めてよいかどうか。そして、控訴審でどんな違反として争うかも、この区別を前提に組み立てます。それぞれの判断基準の中身は、要否も許否も別の回で扱います。今日は、可否の枠を決める単一性に絞ります。先に答えを言っておくと、単一性があるかどうかは刑法の罪数で決まります。一罪の関係なら単一性があり、別々に成り立つ二つの罪、つまり併合罪の関係なら単一性はありません。

控訴審ではどう争うか

可否を争うときの訴訟手続の法令違反と不告不理原則違反許否を争うときの訴訟手続の法令違反を示す表

この三つの場面を、被告人側が控訴審で争うときの主張の型も見ておきましょう。場面①、可否を争うときは、訴訟手続の法令違反を主張するのが基本です。

条文刑事訴訟法第379条

刑事訴訟法第379条 前二条の場合を除いて、訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。

訴因変更の許可に誤りがあった、という一般的な主張の型です。この型では、その誤りが判決に影響したことが明らかだ、というところまで示す必要があります。ただ、許してしまった変更が公訴事実の同一性を欠くものだったなら、もっと重く組み立てられます。そもそも審判の対象にできない事実を裁いたことになるので、判決への影響を示すまでもなく控訴の理由になります。それが、審判の請求を受けない事件について判決をしたという、不告不理原則違反です。

条文刑事訴訟法第378条第3号

刑事訴訟法第378条第3号 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと。

場面③、許否を争うときは、時機に遅れた変更を裁判所が誤って許してしまった、として、同じく訴訟手続の法令違反を主張します。

可否の枠——公訴事実の同一性を、二段で見る

312条1項の限度に収まるかをまず単一性次に狭義の同一性という二段で検討する順番を示す図

場面①、可否の話に戻ります。前回見た312条1項の「公訴事実の同一性を害しない限度」、この枠の中に入っているかどうかが可否の判断です。この同一性は、単一性か狭義の同一性か、どちらか一方が認められれば足ります。そこで、刑法の罪数というすでにある物差しで白黒がつく単一性を、先に確かめます。一罪と言えれば、それだけで枠の中です。一罪と言えないときに初めて、事実どうしを比べる狭義の同一性に進む、という順番です。

なぜ罪数が物差しになるのか

一罪であれば刑罰権は一つで訴訟手続も一つにまとめてよいという理由づけを示す板 図:一罪であれば刑罰権は一つで訴訟手続も一つにまとめてよいという理由づけを示す板

単一性の中身に入る前に、一つ思い出してください。前回、公訴事実の同一性が及ぶのは訴因変更の範囲だけではなく、あと二つありましたね。何と何だったか、覚えていますか?……一事不再理効が及ぶ範囲と、二重起訴が禁止される範囲、でした。この「同じ範囲」という感覚を持ったまま、単一性の中身に入りましょう。単一性とは、新旧両方の訴因が、実体法上一罪を構成する関係にあるかどうかです。なぜ、訴訟法の話であるはずの訴因変更の可否が、刑法の罪数論と結びつくのか。一罪であれば、科される刑は一つです。発生する刑罰権が一つしかないのですから、これを審理する手続も一つにまとめてよい、というのが理由です。会社の経費精算に例えると分かりやすいと思います。同じ出張に紐づく交通費と宿泊費は、まとめて1枚の精算書で処理してよいですよね。交通費だけだと思って精算書を出したあとで、同じ出張の宿泊費の領収書が出てきても、同じ精算書に書き足せばよく、別の精算書を新しく起こす必要はありません。これが、一罪、単一性がある関係のイメージです。

別の出張の経費を混ぜたらどうなるんですか。それは、あとで見る併合罪の話につながります。先に、一罪の中身を見ましょう。もう一つ理由があります。さっき思い出してもらった一事不再理効です。一罪としてまとめて処理すべき範囲は、判決が確定すれば二度と裁かれない範囲とも一致します。訴因変更で追いつける範囲を一罪の範囲からずらしてしまうと、一事不再理効の範囲ともずれてしまうんです。訴因変更では取り込めない部分にまで一事不再理効が及べば、検察官はその部分を、この裁判でも別の裁判でも問えなくなります。逆に、取り込めた部分が一事不再理効から外れれば、同じ一つの事件で二度裁かれるおそれが出ます。だから二つの範囲は、一罪という同じ線にそろえておくんです。ここで一つ、考えてみてください。冒頭の事件で、Xから Yへの書き換えは、別々の事実を一つにまとめる話でしょうか。

……いいえ、二人で一緒にやった強盗致傷なので、共同正犯として、もともと罪数は一つですよね。別々の事実をまとめる話ではない気がします。共同正犯として、罪数は最初から一つです。この点は、あとで単一性と狭義の同一性の関係を整理するときにもう一度触れます。

牽連犯——住居侵入と窃盗、なぜ一つにまとまるのか

住居侵入と窃盗は別個の事実だが手段と結果の関係にあるため科刑上一罪になる理由を示す板

前回、住居侵入と窃盗は手段と結果の関係にあるので科刑上一罪だと、一例だけ見ましたね。今日はその「なぜ」まで掘ります。住居に立ち入る行為と、金品を持ち去る行為は別個の事実で、侵される利益も住居の平穏と財産という別のものです。それでも、手段と結果という密接な関係でつながっているために、刑を決めるときだけ一つにまとめて扱う、これが牽連犯です。別々の事実なのに、なぜ一つの刑罰権にまとまるんですか。手段としておこなった行為と、その結果としておこなった行為を、それぞれ独立に処罰すると、実質的に同じ一つの犯行計画を二重に評価することになってしまうからです。窃盗のために家に入ったのなら、住居侵入は窃盗という目的に従属する行為と見て、一つの刑にまとめる。だから、旧訴因が窃盗で、新訴因がその手段だった住居侵入なら、両者は科刑上一罪の関係にあり、単一性が認められます。訴因を追加できるわけです。

観念的競合——一つの行為が、二つの罪に触れるとき

椅子を振り回して窓ガラスを割ると同時に客にけがをさせた例で観念的競合が一つの行為から生じることを示す板

単一性が認められるもう一つの型が、観念的競合です。例えば、酔って暴れた人物が、振り回した椅子で店の窓ガラスを割ると同時に、居合わせた客にけがを負わせたとします。窓ガラスを割った行為と、客をけがさせた行為は、椅子を振り回したという一つの動作から生じています。一つの行為が、器物損壊と傷害という二つの罪に同時に触れる、これが観念的競合です。行為が一つである以上、行為者への非難も一回分と見て、刑も一つにまとめます。検察官が「けがをさせる犯意があった」として傷害の訴因で起訴したものの、審理で犯意の立証が難しくなれば、同じ一つの行為から生じた器物損壊の訴因へ、単一性を理由に変更できます。

集合犯・包括一罪——反復を織り込んだ犯罪類型

常習累犯窃盗を例に常習性の発露と認められる別の実行行為への訴因変更を示す板 図:常習累犯窃盗を例に常習性の発露と認められる別の実行行為への訴因変更を示す板

三つ目の型が、集合犯です。常習性や業務性を理由に、複数回の同種の行為を繰り返すことが最初から予定されている構成要件を、集合犯と呼びます。代表例が常習累犯窃盗です。この場合、各回の実行行為は、まとめて一つの包括一罪として扱われます。例えば、常習として空き巣を繰り返していた人物について、検察官が把握していた数件のうち一部は証拠が固いものの、一件は目撃証言が崩れてしまったとします。ところが審理の途中で、これまで把握していなかった別の空き巣が、同じ手口・同じ時期の犯行だと新たに判明したとしましょう。手がかりは、手口と時期の近さです。同じ道具、同じ時間帯、近い場所で繰り返されている犯行なら、単発の思いつきではなく、常習性が形を変えて現れたものだと認めやすくなります。今の例なら、立証が崩れた分を落として、新たに判明した分へ、包括一罪としての単一性を理由に訴因を変更できます。

単一性が認められない場合——併合罪と追起訴

窃盗幇助と盗品等有償譲受けは併合罪で単一性が認められず追起訴によるべきという結論を示す図

ここまでの三つの型は、いずれも単一性が認められる例でした。認められない場合も見ておきましょう。

⭐ 論文で書く規範:事案の概要 Xは、知人が盗んだ物を運ぶためのリヤカーを貸し、窃盗を手助けした。後日、Xはその盗まれた物品を、盗品だと知りながら買い受けた。検察官は、窃盗幇助の訴因で起訴した後、盗品等有償譲受けの訴因への追加を請求した。 (最判昭33・2・21の事案)

窃盗幇助と盗品等有償譲受けという二つの訴因が、単一性を認められるかどうかが争われました。最高裁は、窃盗を手伝った罪とは別に盗品を買い受けた罪が成り立ち、二つは独立した犯罪、つまり併合罪だと判断しました。さっきの牽連犯とは違うんですか。違います。牽連犯なら、手段と結果の関係にある二つの罪が一つの刑罰権にまとまります。しかし、窃盗を手伝う行為と、後になってその盗品を買い受ける行為は、手段と結果の関係にはありません。盗品の買い受けは、窃盗という犯罪が終わったあとに生じる、別個独立の犯罪です。別個独立の犯罪が二つ以上ある関係を、併合罪と呼びます。併合罪では、一つの刑罰権にまとめる理由がありませんから、単一性は認められません。だから、盗品等有償譲受けの訴因を追加することは認められず、検察官としては、別に起訴する、つまり追起訴によることになります。さっきの経費精算でいえば、別の出張の経費は今の精算書に混ぜられず、新しい精算書を起こすしかない、というのがこの場面です。

被告人側が追加に同意していても、許されません。単一性がないのに訴因を追加してしまうと、本来は別の事件として審判の請求を受けていないものについて、裁判所が判決をしたことになります。これは被告人の同意で治る性質の違法ではありません。実際、この事件の原審は追加された訴因で有罪の判決をしてしまい、最高裁はこれを、審判の請求を受けない事件について判決をした違法があると判断しました。可否の場面で公訴事実の同一性を誤って認め、単一性のない訴因への変更を許してしまうと、まさにこの378条3号の問題になります。

冒頭の事件はどちらの顔か

公訴事実の同一性は単一性と狭義の同一性という二つの顔を持ち今日見たのは単一性の顔だったことを示す図

公訴事実の同一性は、二つの顔を持ちます。別々の事実が一つの罪にまとまるかを見る単一性と、一つの事実どうしが本当に同じ事実と言えるかを見る狭義の同一性です。今日はここまで、単一性の顔を掘り下げてきました。さっきの冒頭の事件も、単一性の顔から見るんですか。違います。そこは注意が必要です。冒頭の事件は、そもそも一つの強盗致傷という事件の中で、実行者の記載がXからYに変わるだけです。別々の事実が一つの罪にまとまるかどうかを問う、単一性の場面ではありません。さっき確認したとおり、共同正犯として罪数はもともと一つですから、可否そのものはほとんど問題になりません。この事件で本当に問題になりやすいのは、そもそも訴因変更が必要かという要否の方です。中身は、別の回で扱います。

今日見た四つの例、牽連犯・観念的競合・集合犯、そして併合罪で単一性が否定される例が、単一性の顔の具体例です。

今日の地図(保存版)

三つの問いと単一性による否定肯定を今日の地図として再掲する表 図:三つの問いと単一性による否定肯定を今日の地図として再掲する表

今日のまとめです。訴因変更には要否・可否・許否という三つの問いがあり、そのうち可否は訴訟手続の法令違反、時に不告不理原則違反として、許否は訴訟手続の法令違反として、控訴審で争われます。可否の枠を決める公訴事実の同一性は、まず単一性、つまり新旧両訴因が実体法上一罪を構成するかを検討し、一罪でなければ次に狭義の同一性を検討します。単一性は、牽連犯・観念的競合・集合犯という一罪の型で認められ、併合罪の関係では認められません。併合罪の場合は、訴因の追加ではなく、追起訴によることになります。

ページ上部へ ↑

#76単独ページ動画

訴因変更の可否と狭義の同一性

第3章 公訴 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

もう一つの顔——財布はどこで盗まれたか

起訴状は深夜に自宅前で財布を盗んだという訴因だが審理で翌朝電車内で抜き取った疑いが浮上することを示す板

前回は、公訴事実の同一性には二つの顔があるとお伝えしました。別々の事実が、一つの罪にまとまるかを見る単一性の顔と、一つの事実どうしが本当に同じ事実と言えるかを見る狭義の同一性の顔です。前回は単一性の顔を掘り下げました。今日は狭義の同一性の顔を掘ります。まず一つの事件を用意しましょう。起訴状の訴因は「深夜、Vの自宅前でVの財布を盗んだ」というものでした。ところが審理が進むと、別の可能性が浮かび上がります。実は財布が消えたのは深夜の自宅前ではなく、翌朝、Vが乗っていた電車の中で、上着のポケットから抜き取られたのではないか、というものです。

日時も場所も手口も違う窃盗どうしが、同じ事件と言えるのか。これが今日のテーマです。単一性はもう使えません。深夜の窃盗と翌朝の窃盗は、一つの犯罪にまとまる関係にはないからです。ここで登場するのが、狭義の同一性です。先に答えを言っておくと、この財布の事件は、同じ事件として扱えます。決め手は、事実としてどちらか一方しか本当でないように見えるかではなく、法律上どちらか一方でしか罰せないか、という点です。この二つが食い違う事件を、今日の後半で見ます。

問題の所在——同じ事件と言えるか

単一性が及ばないときにもう一段別の事実どうしを比べる狭義の同一性という問いが立つことを示す図

狭義の同一性が問うのは、実体法上一罪ではない新旧両訴因を、それでも同じ一つの事件として審理してよいか、という問題です。一罪でなくても、同じ事件として扱えることはあります。先ほどの財布の例を考えてみてください。深夜の窃盗と翌朝の窃盗は、刑法の罪数で見れば、別の機会の別の窃盗にも見えます。しかし、もし同じ一つの財布が一度だけ盗まれたのだとしたら、二つの訴因は同じ一つの出来事を、違う角度から記述しているだけかもしれません。この「同じ出来事の話と言えるか」を判断するのが、狭義の同一性です。これから、その物差しを見ていきます。

基本的事実関係の同一性という物差し

日時場所行為客体被害者の共通性を総合して同一事件の審理かを判断する物差しを示す板 図:日時場所行為客体被害者の共通性を総合して同一事件の審理かを判断する物差しを示す板

判例が伝統的に用いてきた物差しが、基本的事実関係の同一性です。犯罪の日時が近いか、場所が近いか、行為の中身、そして客体や被害者が共通しているか、これらを総合して、同じ一つの事件の審理と言えるかを判断します。ただ、なぜ日時や場所の近さを見るのか、そこには理由があります。一つの出来事について、検察官の言い分が変わるたびに審理をゼロからやり直すのは非効率です。もともとの訴因と新しい訴因が同じ一つの出来事を指しているなら、1回の手続の中で決着をつけてよいはずです。もう一つは、被告人の防御の対象です。日時や場所が近ければ、被告人はもともとの訴因に向けて用意していた防御方法を、大きく組み替えずに新しい訴因にも向けられます。逆に日時や場所が大きくかけ離れていれば、被告人はまったく別の防御方法を一から用意し直さなければならなくなります。この物差しを、二つの場合で比べてみましょう。もし日時が数時間しかずれておらず、場所も同じ建物内だったなら、被告人の防御はほとんど変わりませんから、基本的事実関係の同一性はすんなり認められます。逆に、日時が数か月ずれ、場所も遠く離れた別の都道府県だったなら、被告人はまったく別の防御を準備しなければならず、同一性は認めにくくなります。先ほどの財布の例に当てはめてみましょう。深夜と翌朝という日時のずれ、自宅前と電車内という場所のずれは、単独で見ればかなり大きなずれです。ただ、被害者はVで共通していますし、盗まれた財布という客体も共通しています。

ここまでは、共通する要素と、ずれている要素が両方あって、これだけでは白黒つけにくい状態です。日時や場所のずれが大きいと、基本的事実関係の共通性という物差しだけでは、決めきれない場面が出てきます。

共通性だけでは足りない場面——非両立性という補充

共通性だけで決まらないとき新旧両訴因が両立しない関係にあるかを補充的に見ることを示す板

そこで判例は、共通性だけでは判断しにくい場面で、もう一つの視点を補充的に使います。それが、新旧両訴因の非両立性です。新旧両訴因が両立しない関係にあること、つまり、一方が成り立つなら他方は成り立たない、いずれか一方でしか成立しえない関係のことです。財布の例で言えば、財布は一つしかありませんから、深夜に自宅前で盗まれたなら、翌朝に電車内で盗まれたはずがありません。逆もまた同じです。どちらか一方しか、本当ではありえないんです。一つのものをめぐって、二つの説明が競い合っている。どちらか一方しか正しくない。この関係が見えると、両方の訴因が、実は同じ一つの出来事を指していると考えやすくなります。この非両立性が、判例で実際にどう働くかを、実際の事件で見ていきましょう。

収賄から贈賄へ——免許試験をめぐる賄賂の授受

免許取得者Cから公務員Bへ賄賂が渡る関係でAが受け取る側の共同正犯か渡す側の共同正犯かが入れ替わることを示す図

事件はこうです。免許の試験官という公務員Bと共謀の上、免許を取得したCから謝礼を受け取ったという収賄の共同正犯で、Aが起訴されました。ところが審理が進むと、別の見え方が出てきます。実はAは、Cと共謀した上で、Bに謝礼を渡す側にいたのではないか。検察官は、Cと共謀してBに供与したという贈賄の共同正犯へ、訴因を追加するよう請求しました。CからBへお金が動いたこと自体は変わりません。変わるのは、Aがその流れのどちら側に立っていたかです。受け取る側の共同正犯か、渡す側の共同正犯か。

判例最決昭53・3・6刑集32巻2号218頁

免許試験の賄賂授受をめぐる訴因変更 収受したとされる賄賂と供与したとされる賄賂との間に事実上の共通性がある場合には、両立しない関係にあり、かつ、一連の同一事象に対する法的評価を異にするに過ぎないものであつて、基本的事実関係においては同一であるということができる。

この言葉を、私たちの言葉で噛み砕いてみましょう。CからBへ渡ったお金は、一つの同じお金です。その一つの受け渡しを、受け取る側から見れば収賄、渡す側から見れば贈賄と呼ぶだけで、起きた出来事そのものは一つです。渡す側と受け取る側は、一方がいなければ成り立たない関係にあります。Aがどちらの側の共同正犯として成立するかが問われているにすぎません。しかもこれら二つの角度は、両立しません。Aが受け取る側の共同正犯であると同時に、渡す側の共同正犯でもある、ということはありえないからです。事実上の共通性があり、しかも両立しない。この二つがそろったので、基本的事実関係は同一だと判断されました。ここで少し立ち止まってみましょう。もし旧訴因が「50万円を受け取った」という収賄で、新訴因が、まったく別の機会に「200万円を渡した」という贈賄だったら、どうでしょうか。

……それは、同じ一つのお金の受け渡しではなく、別々の二回のやり取りですよね。だとしたら、Aは一回目の収賄でも、二回目の贈賄でも、両方とも成立しうる気がします。別の機会の別のお金なら、両方とも別々に成立しえます。両立してしまうので、非両立性は認められず、基本的事実関係が同一とは言えません。今回の事件で非両立性が認められたのは、あくまで同じ一つのお金の受け渡しを、どちら側から見るかという話だったからです。

日時・場所がずれても同じ事件と言える先例

同一の客体または同一の検出結果に着目しどちらか一方の行為でしか生じ得ない関係から非両立性を導く二つの先例を示す表

非両立性は、日時や場所がずれる事件でも働きます。二つの先例を見てみましょう。一つ目は、窃盗と、盗んだ品物を有償で処分あっせんした罪との間で争われた事件です。

判例最判昭29・5・14刑集8巻5号676頁

窃盗と盗品の処分あっせん 一方の犯罪が認められるときは他方の犯罪の成立を認め得ない関係にあると認めざるを得ないから、かような場合には両訴因は基本的事実関係を同じくするものと解するを相当とすべく、従つて公訴事実の同一性の範囲内に属するものといわなければならない。

盗んだ本人として窃盗の罪に問われるか、他人が盗んだ品物と知りつつ有償で処分をあっせんした罪に問われるかは、同じ一つの品物をめぐる話です。自分で盗んだのなら窃盗が成立し、盗品処分あっせんは成立しません。逆に、自分で盗んでいないなら、窃盗は成立せず、盗品処分あっせんだけが成立しえます。どちらか一方しか成立しない関係にあるので、基本的事実関係は同じだと判断されました。もう一つは、覚醒剤の自己使用が問題になった事件です。栃木県の被告人方で注射したという訴因から、茨城県のスナックで注射したという訴因への変更が争われました。

判例最決昭63・10・25刑集42巻8号1100頁

覚醒剤使用の日時場所のずれ 両訴因は、その間に覚せい剤の使用時間、場所、方法において多少の差異があるものの、いずれも被告人の尿中から検出された同一覚せい剤の使用行為に関するものであつて、事実上の共通性があり、両立しない関係にあると認められるから、基本的事実関係において同一であるということができる。

日時も場所も違っても、同じ事件になります。ポイントは、被告人の尿から検出された覚醒剤が一つしかない、というところです。栃木で注射したから尿から検出されたのか、茨城で注射したから検出されたのか、検出結果自体は一つしかありませんから、どちらか一方でしか説明できません。同一の検出結果という共通性と、両立しない関係、この二つがそろって、基本的事実関係が同一だと判断されました。二つの先例に共通する型が見えてきましたね。同一の客体、あるいは同一の結果に着目して、どちらか一方の行為でしか生じえない、という択一の関係から非両立性を導いている点です。ここで前回を思い出してください。併合罪の関係にある二つの罪を、一つの訴因変更でまとめて処理できましたか?

……できませんでした。併合罪では単一性が認められず、追起訴によるしかありませんでした。実はこのあと見る事件は、非両立性があるように見えても、実体法上は併合罪だった、という逆のパターンです。

身代わり運転——非両立に見えて、実は両立する

Aが自ら運転して衝突したという訴因とAは身代わりで実際はBが運転していたという訴因を対比した図

次の事件です。被告人Aが、自分の運転する車でVをはね、死亡させたという過失運転致死の訴因で起訴されました。ところが審理が進むと、実際に事故車両を運転していたのはBで、Aは事故のあと、Bをかばうために「自分が運転していた」と装っていたことが分かりました。検察官は、Bをかくまったという犯人隠避の訴因への変更を請求しました。Aが自分で運転したという話と、身代わりだったという話は、表面上は非両立に見えます。事実として、Aが自ら運転していたかどうかは、どちらか一方しかありえません。ここが今日いちばん注意すべきところです。東京高等裁判所は、罪の性質も、誰の利益が損なわれるかも、行為の対象も、主要な要素がまったく異なることを指摘して、事実として非両立に見えても、公訴事実の同一性は認められないと判断しました。

過失運転致死と犯人隠避を別々に起訴してそれぞれ立証したとき両方とも有罪にできるかという物差しで実体法上の両立を検討する図

条文刑法第45条

刑法第45条 確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について拘禁刑以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。

ここで見るべき物差しは一つです。もし仮に二つの訴因を別々に起訴し、それぞれ十分な証拠で立証されたとしたら、両方とも有罪にできるか。言い換えると、両方で有罪にしたとき、同じ一つの被害を二度罰することにならないか、です。過失運転致死が罰しているのは、事故でVの命を奪ったことです。犯人隠避が罰しているのは、事故のあとAが身代わりを名乗り出て、本当の犯人を捜す国の働きを妨げたことです。罰している被害が別々ですから、両方で有罪にしても、同じ被害を二度罰することにはなりません。だから罪数上、この両者は併合罪の関係にあります。実体法の目で見ると、新旧両訴因は両立するんです。

両方とも有罪にできるということは、AがVをはねたことと、AがBをかばったことは、それぞれ別の刑罰権の対象になりうるということです。1個の刑罰権にまとめてよい話ではありません。東京高等裁判所の結論も、公訴事実の同一性は認められない、というものでした。有力な理解は、この結論を、別々の刑罰権の対象だから訴因変更を許すべきではない、と説明します。実務上は、検察官が過失運転致死の訴因について公訴を取り消すか、裁判所がその訴因について無罪の判決をした上で、犯人隠避の訴因で改めて起訴することになります。同じ物差しで比べてみましょう。財布の例では、深夜の窃盗でも翌朝の窃盗でも、罰しているのはVが一つの財布を奪われたという同じ一つの被害です。両方で有罪にすれば、その被害を二度罰することになりますから、両方とも有罪にはできません。収賄・贈賄の例も、CからBへ渡った一つの賄賂の受け渡しを、二度罰することになります。どちらも非両立です。ところが身代わり運転では、Vの命が奪われた被害と、犯人捜しが妨げられた被害は別々ですから、両方で有罪にできてしまいます。事実としてどちらか一方しか本当でないように見えるかではなく、法律上どちらか一方でしか罰せないか。有力な理解は、ここが結論を分ける決め手だと説明します。

非両立性の意味を確定する

非両立性を実体法上いずれか一方でしか処罰できない関係と捉え二重起訴一事不再理の範囲と結びつける図

ここまでの判例を踏まえると、非両立性の実質的な意味が見えてきます。有力に主張されている理解では、非両立性とは、刑法の罪数の目で見て、両方の罪を同時には処罰できず、どちらか一方しか成り立たない関係を指します。

⭐ 論文で書く規範:非両立性の意味(有力な理解) 新旧両訴因が実体法上両立せず、いずれか一方でしか処罰できない関係にあること。事実として同時に起こりえないかどうかではなく、刑法の罪数論の目で見て、両方の罪が独立に成立しうるかどうかで判定する。 (有力に主張されている理解)

前回、公訴事実の同一性が及ぶ範囲は、訴因変更だけでなく、一事不再理効の範囲と、二重起訴が禁止される範囲にも一致するという話をしましたね。非両立性が認められる、つまり一方でしか処罰できないなら、それは1個の刑罰権の対象ですから、1回の手続でまとめて処理すべきです。逆に、両方とも処罰できる、つまり併合罪の関係なら、2個の刑罰権の対象ですから、別々の手続で構いません。この理解が使う確かめ方を、例えば身代わり運転で試してみます。過失運転致死の訴因でAが無罪になり、その判決が確定したとします。そのあと、犯人隠避の訴因で改めてAを起訴できるでしょうか。

一事不再理効が犯人隠避にまで及ぶなら起訴できませんけど、別々の刑罰権なら、及ばないはずです。一事不再理効は犯人隠避には及びませんから、改めて起訴できます。二つを同時に別々の手続で起訴しても、二重起訴にはなりません。だから別の事件です。逆に財布の事件で、深夜の窃盗の無罪が確定したあとに翌朝の窃盗で起訴し直せば、同じ財布の被害を二度裁くことになり、一事不再理効が及びます。だから同じ事件として、訴因変更で1つの手続にまとめるべきなんです。

二つのコラム——見方の対立

単一性と狭義の同一性は同じ物差しに収斂するかという見方の対立と非両立性を訴因の記載で見るか背景の社会的事実で見るかという見方の対立を示す板

ここで、少し発展的な見方の対立を二つ、紹介しておきます。一つ目は、単一性と狭義の同一性の関係についてです。二重起訴の観点から説明する見方は、単一性も狭義の同一性も、結局は1個の刑罰権の対象かどうかという、同じ一つの判断枠組みに還元できると考えます。一方で、これに批判的な見方もあります。両訴因の間に択一的な関係があるかを見る狭義の同一性と、複数の事実が併存する関係を見る単一性とでは、問題になっている状況がそもそも違うので、分けて分析すべきだという批判です。どちらが正しいと言い切れるものではなく、見方の対立がある、というところまで押さえておいてください。二つ目は、非両立性をどう判断するかについてです。新旧両訴因の記載そのものを比べて、法律上非両立かどうかを検討する見方があります。これに対して、訴因の背景には社会的な事実があるはずだと考え、その社会的事実が非両立かどうかで判断すべきだという、有力な見方もあります。

この見方で先ほどの収賄・贈賄の事件を見直すと、CからBへ賄賂が渡っていくという一つの社会的事実の中で、Aがどちら側に立っていたかという違いにすぎない、と説明できます。身代わり運転の事件では、訴因の文言だけを比べれば非両立に見えます。しかし背景にある社会的事実は、過失運転致死のほうは事故そのもの、犯人隠避のほうは事故のあとAが身代わりを名乗り出た出来事で、同じ一つの出来事とは言えません。この見方では、非両立かどうかは判断の要素の一つにすぎず、本質は背景の出来事が同じかどうかにあります。訴因変更を許さないという身代わり運転の結論は、どちらの見方でも変わりません。

論文の型

罪数から共通性非両立性へと至る検討の順序を財布の事件に当てはめる図 図:罪数から共通性非両立性へと至る検討の順序を財布の事件に当てはめる図

⭐ 論文で書く規範:検討の順番 ①罪数を検討し実体法上一罪と言えるか(単一性)/②言えなければ日時場所行為客体被害者の共通性を検討(基本的事実関係の同一性)/③共通性だけで決めきれなければ実体法上いずれか一方でしか処罰できないかを検討(非両立性の補充) (公訴事実の同一性の検討順序)

ここまでの流れを、検討の順番として整理しておきましょう。まず罪数、つまり実体法上一罪と言えるかを検討します。一罪と言えなければ、日時・場所・行為・客体・被害者の共通性を検討します。それでも決めきれなければ、非両立性で補充します。確かめてみましょう。まず罪数です。深夜の窃盗と翌朝の窃盗は、別の機会の別の行為ですから、実体法上一罪とは言えません。単一性は認められません。次に、基本的事実関係の共通性です。被害者Vと、盗まれた財布という客体は共通していますが、日時と場所は大きくずれていて、これだけでは決めきれません。

財布はVのもとに一つしかありません。深夜に自宅前で盗まれたなら、翌朝に電車内で盗まれたはずがなく、その逆も成り立ちません。同一の財布という客体の共通性と、どちらか一方でしか起こりえない非両立の関係、この二つがそろいます。したがって基本的事実関係は同一と言え、訴因変更が認められます。

今日の地図(保存版)

単一性と狭義の同一性という二つの顔で公訴事実の同一性を検討する完成形を示す図 図:単一性と狭義の同一性という二つの顔で公訴事実の同一性を検討する完成形を示す図

今日のまとめです。狭義の同一性は、まず日時・場所・行為・客体・被害者の共通性という物差しで判断し、それだけで決めきれない場面では、新旧両訴因の非両立性で補充します。非両立性とは、有力な理解によれば、刑法の罪数の観点からいずれか一方でしか処罰できない関係を意味します。収賄と贈賄のように、同じ一つの出来事をどちらの側から見るかという場合や、同一の客体・結果をめぐって一方の行為でしか説明できない場合には、非両立性が認められ、基本的事実関係は同一になります。逆に、身代わり運転のように、事実としては非両立に見えても、実体法上は併合罪として両方とも成立しうる場合には、非両立性は認められず、訴因変更を許すべきではありません。

これで、可否の枠を決める公訴事実の同一性の、二つの顔の検討はひととおり終わりました。

ページ上部へ ↑

#77単独ページ動画

訴因変更の許否と時機的限界

第3章 公訴 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

枠の中にいても、なお許されない変更

同一性の枠に入っていても裁判所が訴因変更を許さないことがあるという今日の問いを示す板

前回までに見た、公訴事実の同一性の二つの顔——罪数で一つの罪にまとまるかを見る単一性と、日時や場所がずれても同じ事実と言えるかを見る狭義の同一性、覚えていますか?旧訴因と新訴因がこの枠の中に入っていれば、訴因変更は可否のレベルではクリアです。同一性の枠に入りさえすれば請求は必ず通る、という理解には、実は落とし穴があります。今日見るのは、枠の中にいてもなお、裁判所が変更を許さないことがある場面です。同一性の枠に入っていること、つまり可否がOKであることと、この請求を今、通してよいこと、つまり許否がOKであることは、別の問題なんです。

問題の所在——「許さなければならない」は無条件か

312条1項の許可義務規定を確認しつつ312条7項の防御に実質的な不利益がある場合の公判手続停止という別の条文を並べて示す板

前回までに確認した312条1項を思い出してください。「公訴事実の同一性を害しない限度において」「許さなければならない」という文言でした。文言だけ見れば、裁判所は必ず許すしかないように見えます。しかし刑事訴訟法には、もう一つ見ておくべき条文があります。同じ312条の7項です。

条文刑事訴訟法第312条7項

刑事訴訟法第312条7項 裁判所は、訴因又は罰条の追加又は変更により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、被告人に十分な防御の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならない。

この条文が前提にしているのは、訴因変更には被告人の防御に負荷をかける側面がある、ということです。312条1項は原則として許可を義務づけますが、その負荷への応急処置として、同じ条の7項に公判手続の停止が用意されている。公判手続を停止すれば、たいていの不利益は準備の時間で埋め合わせられます。ただ、負荷があまりに大きく、一時停止という応急処置では埋め合わせがきかない場合があります。裁判例には、そういう場合に、312条7項よりもう一段重い対応に踏み込んだものがあります。変更そのものを許可しない、という対応です。今日はその境界線を、二つの場面で見ていきます。

もみ合いの傷害——結審間近に蒸し返された「蹴った行為」

検察官が求釈明を受けて訴因に含めないと明言した「蹴った行為」を結審間近に追加する訴因変更請求という設例を示す図

一つ事件を用意します。飲食店で客どうしがもみ合いになり、AがBにけがをさせたという傷害の訴因で起訴されました。審理の中で、弁護人が求釈明、つまり裁判長を通じて検察官に説明を求めました。「もみ合いのどの行為を罪に問うのか」と。検察官は「Bを突き飛ばした行為に限る。その後に蹴ったかどうかは訴因に含めない」とはっきり答えました。Aの弁護人は、それを前提に防御を組み立てます。争うのは突き飛ばしについてだけだ、と。ところが、約2年半にわたる審理を経て、結審間近、つまり審理を締めくくる直前になったところで、検察官が「やはり蹴った行為も加えたい」という訴因変更を請求しました。突き飛ばしも蹴りも、同じもみ合いの中で、同じBに続けて加えた暴行で、けがという結果も一つです。罪数でいえば全体で一つの傷害罪、つまり一罪です。旧訴因と新訴因が一つの罪にまとまるので、単一性の顔で見て、公訴事実の同一性の枠には入っています。可否はクリアです。一度は対象にしないと明言した蹴った行為を、最後の最後になって復活させる。これは許されるでしょうか、許されないでしょうか。理由も考えてみてください。

求釈明で除外した事実の復活——福岡高裁那覇支部の判断

求釈明で除外すると明言した事実を約2年6か月後の結審間近に復活させる訴因変更請求を福岡高裁那覇支部が許さなかった判断を示す板

先ほどの設例は、実際にあった裁判例の骨格を借りたものです。当初は暴行の態様があいまいな訴因で起訴され、弁護人の求釈明を受けて検察官が「その事実は訴因から外す」と明言し、それから約2年6か月、18回にわたる公判を重ねて結審間近になったところで、検察官が外したはずの事実を追加する訴因変更を請求しました。裁判所はこの請求を許しませんでした。判決の判断は、二段に分かれます。一段目は、同一性の枠の中の請求でも許さないことがありうるか、という一般論。二段目は、この事件の請求がそれに当たるか、という評価です。

判例福岡高那覇支判昭51・4・5判タ345号321頁

訴因変更請求そのものを許さないとした判断 検察官の請求そのものを許さないことが、例外として認められると解するのが相当である。

312条7項の公判手続停止のような応急処置では足りない、というレベルの判断です。判決は、公判手続の停止で手当てする不利益が「当事者主義の基本原理であり、かつ、裁判の生命ともいうべき公平を損うおそれが顕著な場合」に限って、この例外が認められるとしています。当事者主義とは、検察官と被告人の双方が主張と立証をぶつけ合い、裁判所はそれを受けて判断する、という今の刑事裁判の基本の形でした。相手の主張を前提に防御を組めることが、その公平の土台です。そのうえで、この請求は誠実な訴訟上の権利の行使とは言いがたい、と評価しました。

刑事訴訟規則の1条2項です。

条文刑事訴訟規則第1条

刑事訴訟規則第1条 この規則は、憲法の所期する裁判の迅速と公正とを図るようにこれを解釈し、運用しなければならない。 訴訟上の権利は、誠実にこれを行使し、濫用してはならない。

検察官の訴因変更請求も、この規則1条2項が言う「訴訟上の権利」の行使です。誠実に行使されているとは言いがたい、というのが判決の評価でした。

福岡高裁那覇支部が挙げた誠実さを欠く五つの事情を示す板 図:福岡高裁那覇支部が挙げた誠実さを欠く五つの事情を示す板

判決がこの評価の根拠として挙げた事情は、おおよそ次の五つです。一つ、検察官自身が求釈明で明瞭に除外した事実を、改めて復活させるに等しい請求であること。二つ、追加すれば被告人は防御の範囲を大きく広げなければならず、別の罪としても処罰される危険にさらされること。三つ、約2年6か月、一貫して維持してきた検察官の主張が成り立ちがたくなった、結審に近い段階での請求であること。四つ、被告人側は除外された事実について、防御の準備をまったくしてこなかったこと。五つ、被告人側の一貫した主張が功を奏したかに見える段階だったこと。

ここから読み取れるのは、312条7項の停止で被告人に渡せるのが準備のための時間だけだ、ということです。検察官の「外す」という明言を前提に2年半かけて組み立てた防御の方針は、時間を足しても元に戻りません。つまり、停止という応急処置では埋め合わせがきかない、ということです。そのうえで、この新しい争点を扱うには新たな証拠調べや防御活動が必要になり、訴訟がさらに長引きます。規則1条1項が定める迅速な裁判の趣旨にも反する、という指摘も加わります。この判決が判断したのは、検察官自身が除外を明言した事実を復活させる、という場面です。先ほどのAの事件も同じ構図です。検察官自身の明言、それを前提にした2年半の防御、結審間近の蒸し返し。許されない方向に強く傾きます。

許否の判断枠組み——何が決め手か

審理期間の長さだけでなく検察官の従前の訴訟態度と被告人の防御上の不利益の程度を総合して判断する枠組みを示す板

ここまでを一般化しておきましょう。時機的限界の判断は、審理期間の長さだけでは決まりません。さっきの設例も2年半でしたけど、単に「時間が経ったからダメ」ということではないんですか。違います。決め手になるのは、検察官の従前の訴訟態度、被告人の防御上の不利益の程度、そして新旧両訴因の関係を総合したものです。検察官自身が事実を除外すると明言し、被告人側がそれを信頼して防御を組んでいたという経緯があってはじめて、結審間近という時機が、致命的な不意打ちとして働きます。同じ2年半でも、検察官が一度も態度を変えず、被告人側も除外された事実の存在を知っていたような事件であれば、結論は違ってくるでしょう。

312条1項の「許さなければならない」は、同一性の枠内であることを必要条件にしていますが、それだけで十分とまでは意味しません。規則1条2項の誠実な権利行使、規則1条1項の迅速な裁判という観点から見て著しい不利益が生じる、例外的な場合には、不許可がありうるんです。

公判前整理手続とは何のための手続か

争点と証拠をあらかじめ整理し充実した公判の審理を継続的計画的かつ迅速に行うための手続という316条の2の趣旨を示す板

ここまでは、時機と防御上の不利益という角度から見た許否でした。もう一つ、別の角度から許否が問題になる場面があります。公判前整理手続を経たあとの訴因変更です。以前、争点を決める主導権は当事者にある、という話の中で少しだけ触れましたね。今日はその中身に入ります。公判前整理手続とは、第一回の公判期日より前に、事件の争点と証拠をあらかじめ整理しておく手続です。

条文刑事訴訟法第316条の2第1項

刑事訴訟法第316条の2第1項 裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる。

争点が何かをあらかじめ決め、その争点を立証するにはどんな証拠を取り調べるかまで計画を立てておく。これによって、公判が始まってから右往左往せず、充実した審理を継続的・計画的・迅速に進められます。工事にたとえると、着工前に工程表を組むようなものです。どの作業をいつやるか、どの職人をいつ呼ぶかを先に決めておくから、工事が途中で止まりません。公判も同じで、争点を先に決めておくから、検察官も弁護人もその争点に絞って証拠を用意でき、期日をまとめて入れられるんです。工程表どおりに、職人も資材も手配済み、という状態です。そこへ工程表に無かった土台からのやり直しを求められたら、工程表は丸ごと無駄になります。逆に、壁紙の色を変える程度なら、工程表はそのまま使えます。

公判前整理手続で決めた争点や審理計画を、公判が始まったあとの訴因変更で覆してしまうと、せっかく手続を経た意味がなくなってしまいます。ここでも、同一性の枠には入っている変更が、なお制限されることがあるわけです。ただし、守ろうとしているものは、さっきの時機的限界とは違います。時機的限界が守っていたのは、不意打ちを受けない被告人の防御でした。こちらが守るのは、争点を絞って審理計画を立てるという手続そのものの働きです。だから物差しも、防御上の不利益の大きさではなく、整理した争点と審理計画をどれだけ壊すかになります。

公判前整理手続後の訴因変更——争点整理の趣旨を壊すかどうか

公判前整理手続で争点を犯人性に設定した業務上過失致死事件で注意義務の内容についての訴因変更請求が争点整理の趣旨を没却するかどうかが争われたことを示す板

実際の事件を見てみましょう。業務上過失致死の訴因で起訴された事件が、公判前整理手続に付されました。そこで整理された争点は、「被告人が事故を起こして逃げた犯人かどうか」という一点でした。過失の中身そのものは、争点にはなっていませんでした。ところが、公判での証拠調べが進むうちに、事故の態様が当初の訴因とは違っていたらしいことが分かってきました。検察官は、注意義務の内容、つまり過失の中身についての訴因変更を請求します。判決は、まず許否を判断する枠組みを示し、次にそれをこの事件に当てはめています。

判例東京高判平20・11・18判タ1301号307頁

争点整理の趣旨を没却する訴因変更は許されないとした判断 充実した争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されないものと解される。

裁判所は、公判前整理手続の趣旨、つまり「事件の争点を明らかにし、証拠を整理することによって、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるようにするため」という目的そのものを、壊すような訴因変更請求は許されない、という枠組みを示しました。

争点は犯人性で変わらず追加の証拠調べも1期日で足りる規模だったため訴因変更が許可されたという当てはめを示す表

判決は、当てはめで二つの点を指摘しました。一つ、争点になっていたのは「犯人性」であって、変更が問題にしているのは「注意義務の内容」です。整理した争点自体がずれるわけではありません。二つ、追加で必要になる証拠調べは、検察官側の立証はごくわずかで、弁護側の立証を含めても一回の期日で終わる程度でした。審理計画を大きく組み直す必要はありません。争点もずれず、追加の審理もわずかで済むなら、争点整理の趣旨は壊れません。この二つから、訴因変更請求は許可されました。整理された争点そのものを動かすか、審理計画を大きく組み直す必要があるか。この二点が、公判前整理手続後の許否を分ける物差しになります。なお、この判決そのものは許可した例です。物差しの反対側、工程表で言えば土台からのやり直しに当たる変更が来れば、不許可の側に傾くことになります。

論文の型

まず公訴事実の同一性の枠内かを検討し肯定したうえで時機的限界または公判前整理手続の趣旨没却を検討するという答案の順序を示す板

最後に、今日の内容を答案の型として整理しておきましょう。

⭐ 論文で書く規範:訴因変更の検討順序(可否→許否) ①公訴事実の同一性の枠内か(単一性・狭義の同一性)を検討し肯定する/②枠内であってもなお、時機的限界(検察官の従前の訴訟態度・被告人の防御上の不利益)または公判前整理手続の趣旨没却(争点のずれ・追加証拠調べの規模)から、許否を検討する (訴因変更の答案の流れ)

まず可否、つまり同一性の枠内かどうかを検討して肯定する。そのうえで、なお許してよいかという許否を検討する、という順序を崩さないでください。許否の当てはめは、時機的限界の枠組みが問題になっている事案なのか、公判前整理手続後の枠組みが問題になっている事案なのかを、まず見極めてから当てはめます。

今日の地図(保存版)

可否の枠に入っていても時機的限界と公判前整理手続の趣旨没却という二つの角度から許否が制限されうることを示す板

今日のまとめです。312条1項は、公訴事実の同一性の枠内であれば訴因変更を許さなければならないと定めますが、それは無条件の義務ではありません。312条7項の公判手続停止という応急処置では埋め合わせられないほど著しい不利益があるとき、裁判例は請求そのものを許さないことがあります。福岡高裁那覇支部の判決は、検察官が自ら除外すると明言した事実を、長期の審理を経た結審間近に復活させる請求について、誠実な訴訟上の権利の行使とは言いがたいとして、これを許しませんでした。もう一つの角度が、公判前整理手続後の訴因変更です。東京高等裁判所は、争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却するような訴因変更請求は許されない、という枠組みを示しました。整理された争点自体が動くか、追加の証拠調べで審理計画を大きく組み直す必要があるか。この二点が、この事件での当てはめの分かれ目でした。

同一性の枠に入っているかどうかだけでなく、その請求が今このタイミングで誠実なものか、争点整理を壊すものではないか、というところまで見るんですね。可否の枠を固めたら、そこで終わりではなく、許否まで視野に入れる。これが今日の到達点です。

ページ上部へ ↑

#78単独ページ動画

訴因変更と訴訟条件の基準時

第3章 公訴 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴因が動くと、入口の条件も動く

訴因変更を許すか許さないかという前回までの問いから、訴訟条件という別の入口の条件へ話を移すことを示す板

前回までで、公訴事実の同一性の枠に入っている訴因変更であっても、時機的限界や、公判前整理手続の趣旨から、なお許されないことがある、というところまで見ました。今日は、その先です。訴訟条件と訴因変更の関係を見ていきます。一言でいうと、中身、つまり有罪か無罪かを裁く前に、まず満たしていなければならない入口の条件のことです。この入口の条件を欠くと、裁判所は有罪・無罪の判断そのものに進めず、そこで手続を打ち切ります。訴因が変われば、入口の条件も動きます。そして、その動き方を決める物差しは、一つです。入口の条件を満たしているかは、裁判所が胸の内で思っている事実ではなく、審判の対象になっている訴因を基準に見る、ということです。今日はこの物差しを、三つの入口の条件——告訴、反則金の手続、公訴時効——に当てていきましょう。

訴訟条件とは何か——この回で使う三つ

訴訟条件のうち告訴・反則金の手続・公訴時効未完成の三つを並べ入口の条件と本案審理の間に線を引く板

訴訟条件には他にも種類がありますが、今日使うのは、この三つです。一つ、親告罪では被害者の告訴が要ります。二つ、軽微な交通違反では、まず反則金を納めるよう通告し、納めないまま決められた期間が過ぎてから、初めて起訴できます。この反則金の手続を経ていないと、起訴できません。三つ、公訴時効が完成していないことです。その事件で求められる入口の条件を欠くと、裁判所は事件の中身に進めません。一つでも欠けていたら、有罪か無罪かにたどり着く前に、手続が止まってしまうということです。では、訴因が変わるとき、この入口の条件がどう動くのか。告訴、反則金の手続、公訴時効の順に、具体的な場面で見ていきましょう。

親告罪の事実へ変わるとき、告訴はいつ要るか

非親告罪の訴因で起訴された被告人Aが審理の途中で器物損壊の心証に変わり検察官が訴因変更を請求した時点で被害者Bの告訴があったという関係図

事件を一つ用意します。Aが、Bの車の鍵を盗んだとして、窃盗の訴因で起訴されました。ところが審理が進むと、Aには盗んで自分のものにする意思、つまり不法領得の意思がなく、単にBへの嫌がらせで鍵を持ち去って捨てただけだった、という心証を裁判所が抱きます。器物損壊は親告罪です。被害者の告訴がなければ起訴できません。検察官は、器物損壊の訴因へ変更する請求をします。そして、その訴因変更請求をした時点では、Bからの告訴をすでに得ていました。ただし、当初の起訴の時点では、告訴はまだありませんでした。起訴の時点で告訴が無かったことを重く見るのか、変更の時点で告訴が揃っていれば足りるとみるのか。そこが問題で、基準にする時点をどこに置くかで、答えが変わります。裁判所が実際にそうだと思っている事実、つまり心証を基準にするなら、器物損壊だという心証を抱いた時点で告訴が必要になるはずです。もう一つの考え方は、審判の対象になっている訴因そのものを基準にする、というものです。この場面によく似た構図の裁判例があります。非親告罪の訴因で起訴されたあと、審理の途中で親告罪の事実だと判明し、検察官が訴因変更を請求した、という裁判例です。裁判所は、訴因変更の手続によって初めて親告罪として審判すべき事態に至ったのであれば、その時点で初めて告訴が必要になったにすぎず、訴因変更の手続の時点で有効な告訴があれば、訴訟条件の具備に問題はなく実体裁判、つまり有罪か無罪かの中身の判断ができる、という趣旨を述べました。この裁判例は最高裁ではなく、東京地方裁判所の判断です。

なぜ訴因を基準にするのか

審判対象は訴因であるという結論から訴訟条件の判断基準も訴因を基準にすべきだと導く矢印図

前に確認した、審判対象は訴因だ、という結論を思い出してください。裁判所が現に裁いているのは、検察官が構成した具体的な犯罪事実、つまり訴因です。訴訟条件を具備しているかどうかも、その審判の対象そのものを基準に判断するのが筋が通っています。心証を基準にしてしまうと、裁判所の胸の内でどんどん動く事実を基準にすることになり、いつの時点で訴訟条件を確定できるのかが、はっきりしなくなってしまいます。もう一つ、最初の問いにも答えておきます。起訴のときの訴因は窃盗で、告訴の要らない罪でした。告訴が要る訴因になったのは、器物損壊へ変更したときからです。だから、告訴を問うのはその変更の時点で、そこで告訴があれば足りる、ということになります。

あれは、はじめから親告罪として起訴したのに、起訴の時点で告訴が無かった場面です。今回は、起訴の時点の訴因は窃盗で、まだ告訴の要らない罪でした。告訴が要るようになったのは変更の時からなので、足りない告訴を後から補ったのではなく、要るようになった時点で揃っていた、ということになります。

⭐ 論文で書く規範:訴因変更と訴訟条件の判断基準時 審判対象は訴因であるから、訴訟条件を具備しているか否かも、訴因を基準として判断すべきである。したがって、訴因変更の手続によって初めて訴訟条件が問題となる事態に至ったときは、その訴因変更の時点において当該訴訟条件を具備していれば足りる。 (東京地裁の判断を一般化した規範(学説側の整理))

この規範は、判決がこの言葉どおりに言い切ったものというより、この裁判例の判断を一般化して整理したものです。Aの事件では、訴因変更請求の時点で告訴があった以上、器物損壊の訴因で実体裁判ができます。

心証どおりの事実だと、入口の条件を欠くとき

大幅な速度超過の訴因で起訴された運転者について反則金手続の対象範囲にとどまるという心証に変わった場合を示す板

今度は逆の場面です。訴因は動かないまま、裁判所の心証だけが小さい方へずれる場合です。制限速度を大きく超過した速度違反の訴因で起訴された運転者がいたとします。ところが証拠調べの結果、実際の超過幅は、反則金の手続の対象範囲にとどまっていたことが分かりました。反則金の通告を受けて、決められた期間内に納めなかった場合に、初めて起訴できる、という仕組みでした。条文で確かめておきます。

条文道路交通法第130条(本文)

道路交通法第130条(本文) 反則者は、当該反則行為についてその者が第百二十七条第一項又は第二項後段の規定により当該反則行為が属する種別に係る反則金の納付の通告を受け、かつ、第百二十八条第一項に規定する期間が経過した後でなければ、当該反則行為に係る事件について、公訴を提起されず、又は家庭裁判所の審判に付されない。

心証どおりの小さい超過幅だと、この手続を経ていません。つまり、入口の条件を欠いています。

公訴棄却か免訴か——縮小認定という読み方

大きな超過幅の訴因の中に小さな超過幅を訴追する意思も含まれていたとみて縮小認定で処理するという説明を示す板

この場面で、実際に最高裁の判断があります。

判例最判昭48・3・15刑集27巻2号128頁

反則金の手続を経ていない場合の公訴棄却 同法一三〇条は、反則者は、同条各号に掲げる場合を除いて、当該反則行為について同法一二七条一項または二項後段の規定による反則金の納付の通告を受け、かつ、同法一二八条一項に規定する期間が経過した後でなければ、当該反則行為について、公訴を提起されないと規定しているから、もしかかる手続を経ないで公訴が提起されたときは、裁判所は、公訴提起の手続がその規定に違反したものとして、刑訴法三三八条四号により、判決で公訴を棄却しなければならないものである。そして、このことは、反則金を納付した者は、当該通告の理由となつた行為について、公訴を提起されないと定めている道路交通法一二八条二項の趣旨を考慮にいれるときは、本件のように、起訴状の公訴事実によれば反則行為に該当しないが、公判審理の結果反則行為に該当することが判明した場合についても同様であると解すべきである。

最高裁は、原審が超過幅を毎時二十キロ、つまり反則金の手続の対象になる程度だと認定した以上は、公訴を棄却すべきだった、としました。決め手は、反則金の仕組みの意味です。反則金を納めれば起訴されずに済む、という道が、違反者に用意されています。本当は反則金で済む違反だったのに、その道を示さないまま刑事裁判で裁いてしまえば、この道を奪うことになります。だから、あとから反則行為だと分かった場合も、手続を経ないで起訴したものとして扱うんです。

条文刑事訴訟法第338条4号

刑事訴訟法第338条4号 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。…四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

ここが今日の実益の一つです。無罪の判決が確定すれば、同じ事実については二度と裁かれないという効力、一事不再理効が生じます。公訴棄却にはその効力が生じません。この運転者でいえば、公訴棄却なら、あらためて反則金の通告からやり直し、それでも納めなければ、もう一度起訴できます。無罪なら、その道は閉ざされます。だから、無罪にするか公訴棄却にするかで、結論の重みが変わるんです。この判決自身が、その理由づけをこの言葉で述べているわけではありません。ただ、通説的な見解では、こう説明されます。検察官が設定した「大幅な超過」の訴因には、それより小さい超過幅を訴追する意思も、黙示的に含まれていた、とみるんです。大きな超過を処罰してほしいと求める検察官が、それより小さい超過なら処罰を求めない、とは考えにくいからです。しかも、小さい超過幅は、訴因に書かれた事実の一部にすぎないので、被告人にとっても不意打ちになりません。だから、そう読み替えてよい、と説明されるわけです。この理解に立てば、訴因を基準とする考え方のもとでも、小さい超過幅の事実で判断したことになります。大きな事実の訴因の中に、小さな事実が包み込まれている、とみて、その小さな事実を認定することを、縮小認定と呼びます。訴因は「大幅な超過」のままですが、その中に「小さな超過幅」も最初から入っていた、と読み替えるわけです。

無罪と公訴棄却と免訴という三つの出口の違いを比較し名誉毀損の訴因に侮辱の事実が含まれ起訴時に時効が完成していれば免訴になることを示す板

同じ構図の、もう一つの例を見ておきます。起訴の時点では名誉毀損の訴因でしたが、裁判所の心証は侮辱罪でした。侮辱罪を前提にすると、起訴の時点ですでに公訴時効が完成していた、という事案です。

判例最判昭31・4・12刑集10巻4号540頁

縮小認定による免訴 原判決は被告人に対し刑法二三〇条の名誉毀損の事実を認定しないで、侮辱の事実を認定した上、被告人の右所為を同法二三一条に問擬していることが、その判文上明らかであるところ、刑法二三一条の所為は、拘留又は科料に該当する罪であるから、犯罪行為の終つた時から一年の期間を経過することにより、公訴の時効は完成するものである。……右起訴の当時すでに本件所為につき公訴の時効は完成したものというべきである。されば本件の場合においては、刑訴四〇四条、三三七条四号により、被告人に対し免訴の言渡をなすべきものである。

条文刑事訴訟法第337条4号

刑事訴訟法第337条4号 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。…四 時効が完成したとき。

免訴とは、時効の完成のように、処罰する権利そのものが消えているときに、中身に入らずに手続を打ち切る判決です。名誉毀損の訴因に、侮辱の事実も包み込まれていた、と読み替えれば、ここでも縮小認定で説明できます。侮辱罪の事実を前提にすると、起訴の時点ですでに時効が完成していたので、免訴になりました。無罪・公訴棄却・免訴。入口の条件のどこを欠くかによって、出口が変わってくるわけです。少し考えてみてください。次はその場合の答え合わせです。

告訴を得られなかった場合——帰結の分岐

告訴の有無と訴因を維持するか変更するかの組み合わせで無罪公訴棄却実体裁判のいずれになるかを示す一覧板

最初のAの事件に戻りましょう。もし検察官が器物損壊の告訴を得られず、窃盗の訴因のままにしていたら、どうなるでしょうか。窃盗のままだと、盗む意思が無かったという心証と食い違います。ここで縮小認定が使えるかを考えます。速度違反なら、大きな超過の中に小さな超過がそのまま入っていました。ところが窃盗の訴因に書かれているのは、自分のものにするつもりで持ち去った、という事実です。捨てるつもりで持ち去った、という器物損壊の事実は、その中に入っていません。自分のものにするつもりかどうかで、まったく別の事実だからです。だから縮小認定はできません。窃盗の訴因のまま、窃盗の事実は証明されなかったことになり、無罪です。

告訴が無くても、窃盗のまま維持していれば、無罪で終わるんです。では、告訴が無いのに、検察官があえて器物損壊の訴因へ変更したらどうなるでしょうか。さっきの規範のとおりなら、訴因変更の時点を基準にするので、その時点で告訴が無ければ、訴訟条件を欠いたまま、ということです。裁判所は、器物損壊の訴因を基準に、公訴棄却の判決を言い渡すことになります。整理すると、告訴の有無と、訴因を維持するか変更するかの組み合わせで、無罪・公訴棄却・実体裁判のいずれかに分かれます。告訴があって訴因を変更すれば実体裁判、告訴が無くて訴因を維持すれば無罪、告訴が無いのに訴因を変更すれば公訴棄却です。なお、これと少し似た場面として、訴因の記載そのものに不備があるとき、無罪にする前に、訴因変更に似た手続で訴因を書き直させるべきだ、とした最高裁の判断もあります。今日は深入りしませんが、頭の片隅に置いておいてください。

公訴時効はどこで止まるか

254条1項による時効停止と訴因罰条を変更しても公訴事実の同一性に変わりがなければ起訴の時を基準とすることを示す板

もう一つ、入口の条件があります。公訴時効です。

条文刑事訴訟法第254条1項

刑事訴訟法第254条1項 時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。

起訴をすると、公訴時効はいったん止まります。では、訴因を変更したら、変更後の訴因については、この停止はいつの時点を基準に判断するのでしょうか。起訴の時でしょうか、それとも訴因変更の時でしょうか。ここで思い出してください。公訴事実の同一性が及ぶ範囲は、訴因変更だけでなく、一事不再理効の範囲、二重起訴が禁止される範囲にも一致する、という話をしましたね。覚えていますか?一罪としてまとめて処理すべき範囲は、判決が確定すれば二度と裁かれない範囲とも一致する、二重起訴が禁止される範囲とも一致する、という話でした。公訴時効の停止も、同じ発想で説明できます。

判例最決昭29・7・14刑集8巻7号1100頁

公訴時効は起訴の時を基準とする 前記訴因罰条の変更によつて起訴状記載の公訴事実の同一性に何等消長を来たすことのない本件においては、本件起訴の時を基準として公訴時効完成の有無を判断すべきであつて、所論の如く訴因罰条の変更の時を基準とすべきでないと解するのが相当である。

詐欺の訴因で起訴されたあと、横領へ訴因と罰条を変更する請求があった事件です。今の刑事訴訟法の定めでいえば、詐欺罪は長期十五年未満の拘禁刑に当たる罪として時効期間が七年、横領罪は長期十年未満の拘禁刑に当たる罪として時効期間が五年です。

条文刑事訴訟法第250条2項4号・5号

刑事訴訟法第250条2項4号・5号(抜粋) 四 長期十五年未満の拘禁刑に当たる罪については七年 五 長期十年未満の拘禁刑に当たる罪については五年

例えば、犯行から四年たって詐欺で起訴し、裁判が長引いて、犯行から六年たったところで横領へ変更した、としてみましょう。変更の時を基準にすると、横領の五年はもう過ぎています。起訴の時を基準にすれば、四年目で止まっているので、まだ過ぎていません。最高裁も、公訴事実の同一性に変わりがない以上、起訴の時を基準に時効完成の有無を判断すべきで、訴因罰条の変更の時を基準にすべきではない、としました。決定自身は、その理由までは述べていません。一般には、こう説明されます。検察官が起訴したときの訴追の意思そのものが、公訴事実の同一性が及ぶ範囲全体をカバーしている、とみるのです。起訴した検察官が求めているのは、この事件を処罰してほしい、ということです。どの訴因で裁くかは、同一性の範囲の中なら、あとから訴因変更で直せます。それなのに変更の時を基準にすると、裁判が長引いただけで、起訴の時点では間に合っていた事件が時効にかかってしまいます。審判対象は訴因ですが、検察官の訴追意思は、同一性という範囲の広さで及んでいる。二重起訴禁止や一事不再理効が同一性の範囲で及ぶのと、同じ物差しです。発展として一つだけ触れておきます。訴因変更をいったん許可した裁判所が、後になって同一性が無いとしてその許可を取り消し、検察官が改めて起訴した事件で、最高裁は、その訴因変更請求書を提出した時点で、検察官がその事実に対する訴追意思を表明したとみられるなら、その時点で時効が停止する、と判断したことがあります。同一性が及ぶ範囲の外でも、訴追意思の表明があれば時効が止まりうる、という発展例です。

論文の型

訴因基準であることと訴因変更請求時か起訴時かという基準時を先に確定してから個々の訴訟条件の充足を当てはめるという答案の順序を示す板

最後に、今日の内容を答案の型として整理しておきましょう。

⭐ 論文で書く規範:訴訟条件と訴因変更の検討順序 ①どの訴因を基準に判断するか(審判対象は訴因であることの帰結)②どの時点を基準にするか(訴因変更請求時か、起訴時=公訴事実の同一性が及ぶ範囲か)の2つを先に確定してから、個別の訴訟条件(告訴・反則金の手続・時効)の充足を当てはめる (訴訟条件と訴因変更の答案の流れ)

訴訟条件が問題になる場面ほど、この二段構えを踏まないと、心証と訴因のどちらを見ているのか、途中で分からなくなります。この基準と時点の確定は、論文で問われうる骨格だと押さえておいてください。告訴と時効とで基準の時点が違うのは、何に付いてくる条件なのかが違うからです。告訴は、訴因がどの犯罪か、つまり親告罪かどうかに付いてくる条件なので、親告罪の訴因になった変更の時点で見ます。時効の停止は、起訴という行為に付いてくる効果で、その効果は公訴事実の同一性が及ぶ範囲全体に及ぶので、起訴の時点で見ます。

今日の地図(保存版)

訴因基準で訴訟条件の具備を判断することと訴因変更の範囲でも公訴時効が同一性の及ぶ範囲で止まることをまとめて示す板

今日のまとめです。訴訟条件を具備しているかどうかは、審判対象である訴因を基準に判断します。訴因変更によって初めて訴訟条件が問題になる事態に至ったときは、その訴因変更の時点で条件を具備していれば足ります。訴因が動かないまま心証だけが縮む場合は、縮小認定という読み方ができるかどうかで、無罪になるか、公訴棄却や免訴になるかが分かれます。告訴が得られなければ、訴因を維持すれば無罪、訴因を変更すれば公訴棄却です。公訴時効についても、同じ物差しが働きます。訴因や罰条を変更しても、公訴事実の同一性に変わりがなければ、時効の停止は起訴の時を基準に判断します。二重起訴禁止や一事不再理効の範囲と同じく、検察官の訴追意思は同一性が及ぶ範囲全体に及んでいる、という理解です。

訴因が変わるかどうかだけでなく、どの時点の、どの訴因を基準に見るかで、無罪と公訴棄却と免訴が分かれる。今日の三つの入口の条件は、全部その基準の置き方で説明できるんですね。

ページ上部へ ↑

#79単独ページ動画

訴因変更の要否と判断枠組み

第3章 公訴 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

二人組の強盗致傷、結局どちらが問題だったのか

起訴状はXが実行者という訴因だが実際にはYが実行した疑いが残ったまま積み残されていた問いを示す板

前回まで、公訴事実の同一性の枠に入っている訴因変更でも、時機や訴訟条件との関係で、なお許されないことがある、というところまで見てきました。今日は、訴因変更には要否・可否・許否という三つの問いがある、という最初の地図に戻ります。今日は、その中でずっと積み残していた、要否です。思い出してほしい事件があります。二人組が被害者を襲った強盗致傷の事件で、起訴状の訴因は「Xが自ら被害者を殴って金品を奪った」というものでした。ところが審理が進むと、実際に殴ったのはYで、Xは指示役だったにすぎない疑いが出てきた、という事件です。

あの事件は共同正犯として扱われ、罪数が一つになるので、可否はほとんど問題にならず、そのままになっていました。念のため確認すると、共同正犯とは、二人以上が共同して犯罪を実行すれば、実際に手を下したのが誰であっても全員が正犯として扱われる仕組みです(刑法六十条)。あの事件で本当に問題になるのは、検察官が訴因を変更しないまま、裁判所が「XまたはYが実行した」という事実を認定してよいか、という要否の方でした。先に答えを言っておくと、誰が手を下したかは、裁く対象そのものは動かしませんが、被告人の防御にとっては重要な点です。だから原則は訴因変更が必要で、審理の中で争点になっていて不意打ちでなく、しかも不利益でもなければ、変更なしでも許されます。動いた事項のレベルで扱いが分かれる、というのが今日の答えです。

なぜ要否が問題になるのか

訴因対象説の下で審判対象は訴因であり訴因と心証がずれても逐一変更を求めると手続が止まるという対立を示す板

検察官が主張する訴因と、証拠調べの結果として裁判所が抱く心証との間には、しばしばずれが生じます。審判対象は訴因そのものだ、という訴因対象説の理解に立つ以上、裁判所は訴因という枠の中でしか事実を認定できません。訴因に書かれた事実と実質的に違う事実を無断で認定すれば、検察官が訴追していない事実で有罪にすることになりかねず、被告人にとって不意打ちになります。ところが、あらゆる微細なずれについて逐一変更を求めると、今度は手続がまったく前に進まなくなります。この両極の間のどこかに線を引く必要がある、というのが要否が問題になる理由です。実際の例で、ずれの大きさによる違いを見てみましょう。

まず、小さなずれです。強盗の訴因に「令和五年六月十日午後十時頃」とあったのに、証拠上は「午後十時半頃」だった。被害額が訴因では「現金五万円」なのに、認定できたのは「現金四万八千円」だった。この程度の日時や金額の誤差は、審判対象にも防御にも影響しません。そのまま認定してかまいません。逆に、大きなずれもあります。窃盗の訴因で起訴したのに、証拠上は「だまして交付させた」という詐欺の事実しか出てこない場合です。これは罪となるべき事実の中身が別の犯罪類型に入れ替わってしまうので、訴因変更なしに認定することはできません。

冒頭の事件がどちらに当たるかが、今日の本題です。共同正犯の訴因で「Xが実行行為をした」と書かれていたのに、証拠上は「XかYか、どちらが実行したか判然としない」という場合。犯罪の骨格、つまり共同正犯として処罰されること自体は変わりませんが、「誰が手を下したか」という個別の事実は動きます。小さなずれと大きなずれの、ちょうど中間に位置する、微妙な場面です。ここで名前を付けておきましょう。訴因に書かれた事実と、認定される事実との間に実質的な食い違いが生じたときに訴因変更が必要になる、という考え方を事実記載説と呼びます。これが通説です。

要否は、検察官ではなく裁判所が先に動いてしまった場面でした。可否や許否は検察官が変更を請求する場面でしたが、要否は、検察官が請求しないまま裁判所が訴因と違う事実を認定してよいかを問う場面です。この線引きを示した決定を見ていきましょう。

実行行為者の食い違いと最高裁の判断枠組み

実行行為者が被告人単独から被告人またはAさんまたは両名という択一的事実に変わった青森の事件で訴因変更なしに認定できるかが争われたことを示す板

保険金目的の放火事件に関連して、口封じのために被害者を殺害したとされた事件です。訴因は、被告人がVの頸部を絞めつけるなどして殺害した、というもので、実行行為者は被告人単独と書かれていました。ところが審理の結果、裁判所は訴因変更を経ないまま、Aさんか被告人か、あるいはその両名が、扼殺や絞殺などの方法でVを殺害した、という択一的な事実を認定しました。この認定が適法かをめぐって、最高裁が判断枠組みを示しました。

判例最決平13・4・11(刑集55巻3号127頁・第三小法廷決定)

青森保険金目的放火・口封じ殺人事件決定 殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。 ……実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、……検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。 しかしながら、実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。

ここからは、判旨そのものではなく、この判旨を整理した枠組みだと思って聞いてください。三つの段落は、二つの段階に整理できます。一段落目が第一段階、二段落目と三段落目が、第二段階の原則と例外です。第一段階は、訴因に書かれた事実のうち、審判対象の画定に必要な事項が動いたかどうかです。ここが動けば、一律に訴因変更が必要です。例外はありません。理由は、ここが動くと審判対象そのものが変わってしまい、検察官が求めていない事件を裁くことになるからです。まず第一段階の具体例を見ておきましょう。窃盗の訴因、つまり他人の財物を窃取した、という事実で起訴されたのに、審理の結果は横領、つまり自己の占有する他人のものを横領した、という事実しか出てこなかったとします。

占有が被告人になかったのか、それとも既に被告人にあったのか、という構成要件レベルの前提そのものが入れ替わってしまいます。これは、事件を識別するための土台が変わることになるので、一律に訴因変更が必要です。これに対して、さっき見た「誰が実行したか」の例は、共同正犯としての成立自体は動きませんから、第一段階には当たりません。

第二段階の防御上重要な事項と例外的に訴因変更が不要になる二つの条件を示す板 図:第二段階の防御上重要な事項と例外的に訴因変更が不要になる二つの条件を示す板

第二段階は、第一段階に当たらない場合です。訴因に明示されていた、被告人の防御にとって重要な事項が動いたかどうか。ここが動けば、原則として訴因変更が必要です。判旨は、実行行為者がだれであるかは「一般的に」被告人の防御にとって重要な事項だ、と述べています。「一般的に」というのは、事件ごとに重要かどうかを個別に判断するという意味ではありません。実行行為者という項目そのものが、類型的に防御上重要だ、という意味です。誰が手を下したかによって、量刑を左右する責任の重さが変わりますし、正当防衛のような主張も、自分が実際に手を下したかどうかで組み立てが変わってきます。だから、個別の事件で争いになっていなくても、実行行為者という項目自体が一律に重要事項として扱われるわけです。

例外がある理由は、判旨自身が三段落目の冒頭で述べています。実行行為者の明示は、訴因の記載として欠かせない事項ではない。裁く対象を決める事項ではないので、防御が実際に害されていなければ、変更の手続まで求めなくてよい、ということです。例外の無い第一段階と、ここが違います。そのうえで判旨は、審理の経過に照らして被告人に不意打ちを与えておらず、かつ認定される事実が訴因記載の事実より不利益でもない、という二つの条件を両方満たす場合には、少なくとも違法ではない、と述べました。『少なくとも』なので、これ以外の場合に例外があり得るかまでは、この決定は判断していません。それぞれ、満たす場合と満たさない場合を対比してみましょう。

まず不意打ちの有無です。満たす例は、公判の早い段階から検察官と弁護人の双方が「実行行為者はXかYか」を争点として明示的に取り上げ、証人尋問や被告人質問の大半がその点に費やされていた場合。これなら被告人は十分に防御の機会を持てています。満たさない例は、実行行為者の点は誰も争わず、専ら共謀の有無だけが審理の対象だったのに、判決で突然「実行行為者はYだった」という認定が出てきた場合です。次に、より不利益でないかです。満たす例は、訴因は「被告人が実行」というものだったのに、認定は「XまたはYまたは両名」という幅を持たせたものにとどまる場合。被告人が単独で実行したと決めつけられるより、不利益とはいえません。満たさない例は、共同正犯の訴因のまま「Yが実行、被告人は実行を担当していない」というものだったのに、判決で「被告人が実行行為者だった」と認定された場合です。これは責任の重さが増す方向の認定になるので、より不利益です。

訴因の二つの機能と、同じ物差し

審判対象の限定と防御の範囲の明示という訴因の二つの機能が要否の判断枠組みの第一段階と第二段階に対応することを示す板

この二段階、実は前に見た話とつながっています。訴因の明示・特定を求める趣旨として、ある判決を見ましたね。覚えていますか?裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防禦の範囲を示す、という趣旨でした。あの判決が示した、その二つの機能が、そのままこの枠組みの二段階に対応しています。審判対象を限定する機能が動くと第一段階、防御の範囲を示す機能が動くと第二段階になる、という形です。つまり、審判対象を限定するために欠かせない事項が動いたかどうかを問うのが、さきほどの決定が『審判対象の画定』と呼んでいた第一段階の中身です。たとえば、さっき見た窃盗と横領の入れ替わりは、この限定機能そのものを壊すからこそ、画定に必要な事項が動いたことになります。訴因の明示・特定の場面で効いていた物差しが、要否の場面でも同じ形で効いているわけです。ここは平13決定自身がそう述べているわけではなく、あとから整理して見えてくる対応関係だという点は分けて聞いてください。

識別説は、前に見たとおり、他の犯罪事実と区別できる程度に訴因が書かれていれば足りる、という考え方でした。その区別に欠かせない事項が動いたかどうかが、第一段階の判断と重なります。

最高裁の事件と、冒頭の事件に当てはめる

実行行為者の食い違いは審判対象の画定に不要だが防御上重要であり争点として顕在化していれば例外的に訴因変更不要になるという当てはめの流れを示す板

まず、この決定そのものの事件で当てはめてみましょう。殺人罪の共同正犯(刑法60条)は、誰が現に実行行為を担当したかを問わず、共謀に関与し正犯として認められれば全員が同じ刑事責任を負う仕組みです。判旨の一段落目が言うとおり、実行行為者が明示されていなくても罪となるべき事実の特定には欠けません。共謀して被害者を殺害した、という事実の骨格があれば、他の事件と区別できるからです。だから、第一段階、審判対象の画定という見地からは、訴因変更は不要です。誰が実行したかが量刑に影響しそうだ、というところが、まさに第二段階です。実行行為者が誰かは、一般に、量刑を左右する事情、いわゆる犯情に影響するので、防御上重要な事項に当たります。だから原則としては訴因変更が必要です。ただし、この事件では、実行行為者が誰かはすでに争点として顕在化しており、多数回の公判で証拠調べが行われていました。被告人には防御の機会があったので、不意打ちではありません。しかも認定された事実は、Aさん単独の可能性も含む択一的なもので、被告人にとってより不利益とも言えません。

だから、訴因変更を経ずに認定したことも、違法ではありませんでした。

冒頭の強盗致傷事件について争点の顕在化の有無で結論が分かれる当てはめを示す板 図:冒頭の強盗致傷事件について争点の顕在化の有無で結論が分かれる当てはめを示す板

では、冒頭の強盗致傷の事件に、同じ枠組みを当ててみましょう。この事件も、二人が共同正犯である以上、実行行為者の特定は審判対象の画定には不要です。第一段階はクリアします。第二段階、防御上重要かどうかは、今の決定の事件と同じ理由で重要と言えます。ここから先は、審理の経過次第で結論が分かれます。二つのパターンを比べてみましょう。一つ目のパターンです。誰が実行したかが審理の中で早くから争点として顕在化し、検察官も弁護人もXとYどちらが実行者かを前提に主張立証を尽くしていて、被告人側にも防御の機会が確保されていた場合。この場合は不意打ちではなく、認定される事実が被告人により不利益でもなければ、訴因変更なしの認定も適法になり得ます。

逆に、検察官と弁護人がともにXの実行行為だけを前提に主張立証を組んでいて、Yの関与は審理の最後の証人尋問で初めて言及された程度にとどまっていた場合です。この場合は、被告人にとって不意打ちに当たり、例外は使えません。原則どおり訴因変更が必要で、これを経ずに認定すれば違法です。争点として顕在化していなければ、訴因変更を経ないままの認定は違法です。その違法を控訴審でどう争うかという構成は、別の回で扱います。

論文の型

審判対象の画定に必要な事項かを先に検討しそれが否定されて初めて防御上重要な事項かと例外要件に進むという答案の順序を示す板

⭐ 論文で書く規範:訴因変更の要否の検討順序 ①訴因に書かれた事実のうち審判対象の画定(=審判対象を限定する機能)に必要な事項が動いたか。動けば一律に訴因変更が必要(検討終了)。②動いていなければ、被告人の防御にとって重要な事項として訴因に明示されていた事項が動いたか。動いていなければ不要。③動いていれば原則として必要だが、審理の経過に照らし被告人に不意打ちを与えず、かつ認定事実が訴因記載事実より不利益でもないという二条件を両方満たすときは、例外的に不要。 (最決平13・4・11に基づく答案の流れ)

検討の順序は、①→②→③の順で崩しません。②を飛ばして、いきなり③の不意打ちの有無だけを論じないことが大事です。防御上重要な事項ですらないなら、そもそも例外を論じる必要がないからです。①を飛ばすのは、もっと危険です。審判対象の画定に必要な事項が動いた場面には例外が無いので、そこで不意打ちかどうかを論じて適法と書けば、結論を誤ります。答案の書き出しは、たとえばこう始めます。「本件では〈事項〉が訴因と異なって認定されているところ、まず①審判対象の画定に必要な事項といえるかを検討する。」この書き出しから、①→②→③の順に進めていく型です。

今日の地図(保存版)

審判対象の画定(=限定機能)に必要な事項と被告人の防御にとって重要な事項という二段階で訴因変更の要否が決まることをまとめて示す板

今日のまとめです。訴因変更の要否は、動いた事実のレベルによって扱いが違います。審判対象の画定に必要な事項が動けば、一律に訴因変更が必要です。そうでなくても、被告人の防御にとって重要な事項として訴因に明示されていた事実が動けば、原則として訴因変更が必要ですが、審理の経過に照らし不意打ちでなく、認定事実が訴因より不利益でもないときは、例外的に不要です。この二段階は、訴因の明示・特定の場面で見た、審判対象の限定と防御の範囲の明示という二つの機能が、そのまま形を変えて効いているものでした。冒頭の強盗致傷の事件も、実行行為者の食い違いは審判対象の画定には関わらず、防御上重要な事項として扱われる、というところまでは今日で答えが出ました。

あとは、争点として顕在化していたかどうかの事案次第、ということですね。

ページ上部へ ↑

#80単独ページ動画

訴因変更の要否と過失犯・争点顕在化

第3章 公訴 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

同じ放火でも、火をつけた方法が変わったら

前回の2段階の枠組みを一枚で示す板 図:前回の2段階の枠組みを一枚で示す板

前回のあの枠組み、覚えていますか?まず、審判対象の画定に必要な事項が動いたか。動けば一律に訴因変更が必要でした。動いていなければ、被告人の防御にとって重要な事項が動いたかを見て、動けば原則必要、ただし審理の経過に照らして不意打ちでなく、認定される事実が訴因よりも不利益でなければ、例外的に不要でした。今日は、その枠組みを、実行行為者以外の事実に当てはめる練習をします。前回の最後に言ったとおり、放火の方法や過失犯で、訴因変更の要否がどう問題になるかを見ていきます。同じ放火でも、火をつけた方法が変わったら、この枠組みはどう働くでしょうか。

放火の方法も、実行行為者と同じく第二段階に入ります。先に答えを言っておくと、動いたのが事件の骨格か、骨格の中を埋める手段かで、第一段階か第二段階かが分かれます。なぜそうなるのかを、放火と過失犯できちんと理由づけしていきます。

放火の方法という事実が動いたとき

実行行為の骨格と具体的な手段を大きな枠と小さな枠の入れ子で示し放火の方法は手段側にあたることを示す板

まず、現住建造物等放火罪の条文を確認しておきましょう。

条文刑法108条

現住建造物等放火罪 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑に処する。

条文には「放火して」「焼損した」としか書かれていません。どうやって火をつけたかという具体的な方法は、条文の文言そのものには出てきません。ある事件では、訴因に、被告人がガスコンロの点火スイッチを作動させて火をつけ、そこからガスに引火させて爆発を起こしたという具体的な方法が記載されていました。第一審は、訴因の範囲内で「点火スイッチを頭部で押し込み作動させた」と認定しました。ところが控訴審は、第一審の認定を退けたうえで、訴因の変更をしないまま、点火の方法を特定せずに「何らかの方法により」ガスを引火、爆発させた、と認定しました。

この認定が適法かをめぐって、最高裁が判断を示しました。

判例最決平24・2・29(刑集66巻4号589頁)

ガス爆発放火・方法認定事件決定 被告人が上記ガスに引火、爆発させた方法は、本件現住建造物等放火罪の実行行為の内容をなすものであって、一般的に被告人の防御にとって重要な事項であるから、判決において訴因と実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要する……求釈明や証拠調べにおける発問等はしていなかったものである。このような審理の経過に照らせば、……『何らかの方法により』引火、爆発させたと認定したことは、……本件審理における攻防の範囲を越えて無限定な認定をした点において被告人に不意打ちを与えるものといわざるを得ない。

判旨が述べているのは、方法は実行行為の内容そのものであって一般的に防御にとって重要な事項だという位置づけと、求釈明も発問もせず「何らかの方法」と認定したことが不意打ちだったという二点までです。ここから先は、判旨そのものではなく、私たちがこの判旨を前回の枠組みに位置づけ直す作業だと思って聞いてください。ガスに引火・爆発させて火を放ったという実行行為の骨格は、訴因でも認定でも動いていません。動いたのは、その骨格の中身をどう埋めるかという、具体的な手段の部分だけです。骨格が動かず手段だけが動いた以上、審判対象の画定という第一段階には当たりません。他方で、その手段は実行行為の内容そのものなので、一般的・類型的に防御上重要な事項として、第二段階に入ります。では、なぜ不意打ちとされたのか。審理の攻防は、点火スイッチをどう作動させたかという特定の方法をめぐって続いていました。そこで判決がいきなり「何らかの方法」とすると、被告人は反論する的を失います。判旨が「攻防の範囲を越えて無限定な認定」と呼んだのは、このことです。

ここで一つ、対比になる例を見ておきましょう。窃盗の訴因で「他人の財布から現金を抜き取った」と書かれていたのに、証拠上は「財布ごとバッグから持ち去った」という認定に変わったとします。奪い方という具体的なやり方が変わっただけなので、これも第二段階の話にとどまります。これに対して、奪った対象そのものが「現金」から「腕時計」に入れ替わるような場合は、骨格そのものが動く話になり得ます。骨格が動くか、骨格の中の手段が動くだけかで、第一段階か第二段階かが分かれる、という物差しは、実行行為者でも放火の方法でも共通しています。

過失犯の訴因は三層でできている

前提事実から注意義務の内容から過失の態様へと積み上がる三段の積み木で過失犯の訴因の構造を示す板

過失犯は、もう一段複雑です。実は、過失運転致死傷罪の条文を見ると、その理由がよく分かります。

条文自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条

過失運転致死傷罪 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

条文には「運転上必要な注意を怠り」としか書かれていません。具体的に何をどう不注意だったのか、その中身は条文のどこにも書かれていないんです。だから、過失の中身は、事件ごとに訴因のなかで具体的に書き込むしかありません。そしてその訴因の過失の記載は、実は三つの層でできています。一つ目は前提事実、注意義務を課す根拠となる事実です。二つ目は注意義務の内容、被告人が何をすべきだったかです。三つ目は過失の態様、注意義務に違反した行為そのものです。自動車の運転を例にしましょう。前提事実は、たとえば「前方に歩行者がいた」という事実です。注意義務の内容は、「前方の動静に十分注意して進行すべき義務」です。過失の態様は、「わき見をして前方を見ていなかった」という、実際にしなかった行為そのものです。

態様が動く例と前提事実が動く例と注意義務の内容が動く例をそれぞれ積み木の色分けで対比する板

身近な例で、どの層が動くと結論がどう変わるかを見てみましょう。まず、態様が動く例です。訴因は「前方不注意でハンドル操作を誤った」、認定は「わき見をしてブレーキを踏むのが遅れた」だとします。次に、前提事実が動く例です。訴因は「前方に歩行者がいたのに」、認定は「前方に自転車がいたのに」だとします。前方不注視のまま進行したという態様は動いていません。最後に、注意義務の内容が動く例です。訴因は「徐行して安全を確認すべき義務」、認定は「一時停止して安全を確認すべき義務」だとします。どちらの場合も、被告人が実際にしたのは「減速しないまま交差点に入った」ことだとすれば、義務の重さは変わっても、過失の態様は動いていないことになります。

この違いを、実際の判決で見てみましょう。起訴状が挙げていた過失の態様は、雨に濡れた靴を十分に拭かないまま履いたことで足が滑り、クラッチペダルを踏みはずした、というものでした。第一審は、訴因変更手続を経ないまま、前車が一時停止していたのにブレーキをかけるのが遅れた、という別の態様の過失を認定しました。最高裁も、ここで過失の態様が入れ替わったとみました。判旨は、二つの過失が「明らかに過失の態様を異にして」いるとし、続けて、「起訴状に訴因として明示された態様の過失を認めず、それとは別の態様の過失を認定するには、被告人に防禦の機会を与えるため訴因の変更手続を要する」と判示し、訴因変更手続を経ないまま認定した第一審を違法としました。

過失の態様が動けば①に相当し前提事実や注意義務の内容だけが動けば②にとどまるという平13決定での読み直しを示す板

この判決は、平13決定より前の判例です。平13決定の二段階の枠組みで読み直すと、どう位置づけられるでしょうか。過失の態様が変われば実行行為そのものが変わる、という理解は実際に主張されています。過失の態様は、過失犯の実行行為に相当する部分です。だから、過失の態様が変動する場合は、構成要件レベルの入れ替えとして、審判対象の画定に必要な事項の変動、つまり第一段階に当たるという理解です。これに対して、前提事実や注意義務の内容だけが動いて、過失の態様そのものは動かない場合には、第二段階、防御上重要な事実の変動にとどまるとする見解が有力です。この場合は、不意打ちでなく、認定事実がより不利益でもなければ、訴因変更は不要になり得ます。

放火のときは、火をつけた方法が動いても第二段階でした。過失犯で態様が動くと第一段階になり得るのは、なぜですか?条文の書き方が違うからです。放火罪は「放火して」「焼損した」という行為が条文に書かれていて、それが事件の骨格になります。火をつけた方法は、その骨格の中を埋める手段です。これに対して過失犯の条文は「注意を怠り」としか言わないので、何をしなかったかという過失の態様を訴因に書き込んで、初めて事件の骨格ができあがります。この理解に立つと、過失犯では、過失の態様そのものが骨格にあたるわけです。この理解に立てば、三つの例のうち第一段階に入るのは、態様が動く例だけです。動いている層を先に特定しないと、第一段階なのか第二段階なのかを間違えます。ここで一つ、境界線をもう少し具体化しておきましょう。訴因が「前方を注視しないまま漫然と進行した」、認定が「わき見をして前方を注視しないまま進行した」だったらどうでしょう。

態様の中身は同じで、説明の細かさが違うだけなので、基本的な差異をもたらすとはいえません。さっきのハンドル操作とブレーキのように、実際にしなかった行為そのものが入れ替わったときに、初めて態様が動いたと言えます。過失犯でも結局、動いたのが骨格か、骨格の中身の説明にすぎないかで、第一段階か第二段階かが分かれるわけです。

なぜ不意打ちかどうかを個別に判断してよいのか

公判前整理手続と冒頭陳述と求釈明という三つの争点顕在化措置を並べた一覧板 図:公判前整理手続と冒頭陳述と求釈明という三つの争点顕在化措置を並べた一覧板

第二段階には、審理の経過に照らして不意打ちでなければ、訴因変更が不要になる例外がありましたよね。あの「審理の経過に照らして」というのを、裁判所が個別に判断してよいなら、被告人の防御は結局その場の運まかせになりませんか?よい疑問です。不意打ちでないと言えるのは、訴因変更という手続を経なくても、他の手段で実質的に争点が示され、被告人が防御の機会を得ていたと言える場合です。そう言える手段が、実はいくつも用意されています。一つ目は、公判前整理手続です。この手続に付された事件では、その中で争点があらかじめ明らかにされます。

前の回では、ここで固めた争点を後から覆す訴因変更は制限されうる、と見ました。今回はその裏側の働きです。二つ目は、通常の手続での冒頭陳述です。検察官・弁護人がそれぞれの主張を早い段階で示すことで、争点が見えてきます。三つ目は、裁判所の訴訟指揮権に基づく求釈明や発問です。審理の経過に伴って争点が変わっていく場合、この求釈明が実際に効いてきます。求釈明は、訴因の特定の場面でも使われた制度で、ここでも同じように働きます。公判前整理手続・冒頭陳述・求釈明のいずれかで、検察官が何を主張し、被告人が何を争うべきかが実質的に示されていれば、訴因変更という書面上の手続を経なくても、防御権は実質的に保障されている、と言えるわけです。逆に、そのどれもが機能しないまま判決が出れば、不意打ちになります。実際にそのどれもが機能しなかった事件を見てみましょう。

判例最判昭58・12・13(刑集37巻10号1581頁)

よど号ハイジャック共謀日時認定事件判決 少なくとも、一二日夜の謀議の存否の点を控訴審における争点として顕在化させたうえで十分の審理を遂げる必要があると解される……被告人に対し不意打ちを与え、その防禦権を不当に侵害するものであつて違法であるといわなければならない。

争点になっていた日と別の日の謀議を争点化しないまま認定したら不意打ちになるという対比を示す板

共謀共同正犯の事案で、被告人・弁護人は第一審以来、ある夜の協議に自分が加わったかどうかを争点にして、アリバイを立証していました。ところが控訴審は、そのアリバイを認めながら、実は協議は別の日に行われ、被告人もそれに加わっていた、という認定をしました。最高裁は、そのような認定をするなら、別の日の謀議の存否を控訴審における争点として顕在化させたうえで審理する必要があったのに、その措置をとらずに認定したことは不意打ちで違法だとしました。共謀の日時が幅を持って「一月十日から十二日」と起訴された事件を考えてみましょう。証拠調べの大半が十一日の謀議に費やされ、被告人側もその日について反証を尽くしていたなら、判決で十一日の謀議を認定しても不意打ちではありません。これに対して、証拠調べで誰も触れなかった十日の謀議を、判決でいきなり認定すれば、争点として顕在化していない事実の認定として不意打ちになります。

争点顕在化措置を、あえて訴因変更のかたちで行うこともあるんですか?あります。実務では、争点を明確にするために訴因変更を使うこともあり、これを任意的訴因変更と呼びます。義務ではありませんが、争点を顕在化させないまま不意打ちの事実を認定することは許されない、という発想から使われる運用です。

具体的防御説と抽象的防御説

具体的防御説と抽象的防御説の対比表を識別説・防御権説とは別の対立軸として示す板 図:具体的防御説と抽象的防御説の対比表を識別説・防御権説とは別の対立軸として示す板

具体的防御説・抽象的防御説と、識別説・防御権説は、分けて整理しておきましょう。識別説・防御権説は、訴因にどこまで書けば特定として足りるか、という訴因の特定という場面の対立でした。これから話す具体的防御説・抽象的防御説は、いったん特定された訴因と異なる事実を、訴因変更なしに認定してよいか、という要否の場面の対立です。平13決定より前の学説には、二つの立場がありました。具体的防御説は、認定された事実が訴因と食い違う場面で、実際の訴訟の経過に即して被告人に防御の機会が現に与えられていたかを基準に、訴因変更の要否を判断します。抽象的防御説は、具体的な防御の状況を考慮せず、検察官の訴因と裁判所の認定事実を比較して、一般的・類型的に防御上の不利益が生じうるかどうかで判断します。

具体的防御説だと、訴因変更が不要とされる事案が多くなるため、抽象的防御説の方が防御の保障に手厚い、と主張されていました。ただ、両説とも、訴因が持つ識別機能をそもそも踏まえていないという批判を受けます。なぜかというと、防御の機会だけで決めると、たとえば前回見た窃盗と横領の入れ替わりのように、裁く対象そのものが入れ替わる場面でも、被告人が十分に反論できていれば訴因変更は要らない、という結論になりかねないからです。とくに具体的防御説では、そうなりやすくなります。こうした批判が出される中で、平13決定が、審判対象の画定に必要な事項という第一段階と、防御上重要な事項という第二段階の、二段階の枠組みを示しました。第一段階は識別機能に対応し、第二段階は防御機能に対応します。だから、今日見てきた過失犯の判決や、謀議の日をずらして認定した判決も、当時は具体的防御説・抽象的防御説のどちらかという観点から読まれていましたが、今は平13決定の枠組みでどう位置づけるかを考え直す、というのが今日の作業だったわけです。

論文の型

動いた事実が骨格か手段かを特定しそれから①②③の順で検討する答案の流れを示す板 図:動いた事実が骨格か手段かを特定しそれから①②③の順で検討する答案の流れを示す板

⭐ 論文で書く規範:実行行為者以外の事実への当てはめの検討順序 実行行為に関わる事実が動いたときは、まず動いたのが審判対象の骨格(識別に必要な部分)か、その中の具体的な手段かを特定する(過失犯では、過失の態様を骨格とみる理解が主張されている)。過失犯なら、前提事実・注意義務の内容・過失の態様の三層のうち、どれが動いたかを先に切り分ける。そのうえで、平13決定の①審判対象の画定→②防御上重要な事項→③不意打ちでなく不利益でもないかという例外、の順で検討する。③の例外の場面では、公判前整理手続・冒頭陳述・求釈明のいずれかで争点が具体的に顕在化していたかを示す。 (平13決定の枠組みを実行行為者以外の事実に当てはめる答案の流れ)

放火でも過失犯でも、いきなり審判対象の画定、防御上重要な事項、不意打ちの例外という順番に事実を当てはめようとしない、というのが今日の一番大事なところです。まず、動いたのが骨格なのか、骨格の中の手段なのかを特定します。過失犯なら、その前にもう一段、前提事実・注意義務の内容・過失の態様のどれが動いたのかを切り分けます。過失犯だけ、当てはめの手前にもう一段作業が増えるんです。そこまで特定してから、初めて第一段階、第二段階、例外の順で検討します。例外の場面では、公判前整理手続・冒頭陳述・求釈明のどれで争点が具体的に顕在化していたかを、事実に即して書くことが大事です。

今日の地図(保存版)

骨格が動けば①、手段が動くだけなら②、過失犯では態様を骨格とみる理解があること、その先は争点顕在化の有無で決まることを示す板

今日のまとめです。放火の方法は、実行行為の骨格ではなく、骨格の中の具体的な手段にあたるため、実行行為者と同じく第二段階、防御上重要な事項として扱われます。過失犯は、訴因の過失の記載が前提事実・注意義務の内容・過失の態様という三層でできており、過失の態様が動けば第一段階に相当するという理解が主張され、前提事実や注意義務の内容だけが動く場合は第二段階にとどまるという見解が有力です。第二段階の例外を個別に判断できるのは、公判前整理手続・冒頭陳述・求釈明という、訴因変更以外に争点を顕在化させる手段があるからでした。そして、平13決定の二段階の枠組みは、その前の時代の具体的防御説・抽象的防御説という学説対立を、識別機能と防御機能という軸で整理し直したものでした。

動いた事実のレベルを見極めてから、審判対象の画定、防御上重要な事項、不意打ちの例外という順で当てはめる、というところは前回と同じ型なんですね。

ページ上部へ ↑

#81単独ページ動画

縮小認定と訴因逸脱認定の効果

第3章 公訴 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

訴因より小さい事実、訴因と違う事実

平13決定の三段階、①審判対象の画定・②防御上重要な事項・③不意打ちでなく不利益でもない例外を一枚で示す板

  • 平13決定の三段階、
  • ①審判対象の画定
  • ②防御上重要な事項
  • ③不意打ちでなく不利益でもない例外を一枚で示す板

訴因より小さい事実を認定する場面と、訴因変更を経ずに認定してしまった場合の効果です。いいですよ。①審判対象の画定に必要な事項が動けば一律に訴因変更が必要でした。②動いていなければ被告人の防御にとって重要な事項が動いたかを見て、動けば原則必要でした。③ただし審理の経過に照らして不意打ちでなく、認定される事実が訴因よりも不利益でもなければ、例外的に不要でした。まず前半では、認定される事実が訴因よりも小さい、という特別な場合を見ます。この場合は①にも②にも触れずに、訴因変更なしで認定できてしまいます。なぜそう言い切れるのか、理由から詰めていきます。後半では、逆に訴因変更をしないまま訴因と違う事実を認定してしまった判決に、どんな瑕疵が生じるかを見ます。先に答えの形だけ言うと、鍵はずっと一つ、その事実が訴因の中に含まれているかどうかです。含まれていなければ、訴因の外にはみ出したのか、中にとどまったのかで、使う条文が変わります。

縮小認定——大きい事実の中に、小さい事実が含まれている

殺人未遂の訴因の中に傷害の事実が含まれる入れ子図と特上セットの喩えを示す板 図:殺人未遂の訴因の中に傷害の事実が含まれる入れ子図と特上セットの喩えを示す板

一つ、例を挙げます。例えば、Aは深夜の路上でBの首を両手で強く絞め付け、殺害しようとしたとして、殺人未遂の訴因で起訴されました。証拠調べの結果、裁判所は殺意があったとまでは認定できないという心証を得ましたが、Aが実際にBの首を絞め付け、Bに全治二週間のけがを負わせた事実は証拠上明らかでした。検察官は訴因変更を請求していません。裁判所は訴因変更なしに傷害の事実を認定できるでしょうか。結論から言うとできます。理由を出前の注文に例えて考えてみましょう。特上セットを注文したのに届いたのがその中のまぐろだけだったとします。

だからまぐろだけが届いても、あらためて「まぐろだけください」と注文をやり直す必要はありません。受け取る側も特上セット全部が来ることを見込んで待っていたので、まぐろだけが届いても不意打ちにはなりません。今の事件も同じです。首を絞めるという行為態様は、訴因でも認定でも変わっていません。動いたのは殺意があったかどうかという一点だけです。殺人未遂という大きな事実は、行為態様と殺意が両方そろって初めて成り立ちますが、行為態様のところに、より軽い傷害の事実が論理的にそのまま含まれています。これを①の観点から見ると、検察官が求めていない事件を裁いたことにはなりません。殺人未遂という大きな事実の中に、傷害の事実が黙示的に含まれているからです。②の観点から見ても、被告人は殺人未遂という重い嫌疑に対して防御を組み立てているはずなので、より軽い傷害の限度で認定されても、対応済みの防御の範囲内で不意打ちになりません。審判対象の観点からも、防御の観点からも、変更が不要だと説明できてしまう場面です。このように、訴因に書かれた事実の中に論理的・実質的に含まれている、より軽い事実を、訴因変更なしにそのまま認定することを縮小認定と呼びます。

強盗の訴因で恐喝を認定できるか

強盗と恐喝の構成要件を並べ暴行脅迫の程度だけが違うことを示す板 図:強盗と恐喝の構成要件を並べ暴行脅迫の程度だけが違うことを示す板

縮小認定が実際に問題になった判決を見ていきましょう。強盗の訴因で起訴された事件で、裁判所が訴因変更を経ずに恐喝の事実を認定できるかが争われました。どちらも人を脅して財物を交付させたり奪ったりする罪ですが、程度が違います。強盗は被害者の反抗を抑圧するほどの強い暴行・脅迫を用いる場合、恐喝はそれに至らない程度の暴行・脅迫にとどまる場合です。だから強盗の訴因に書かれた暴行・脅迫の事実の中には、それより軽い恐喝の事実が、程度の差として含まれています。この最高裁の判決文を見てください。

判例最高裁判所第二小法廷 昭和26年6月15日判決(刑集5巻7号1277頁)

強盗の訴因で恐喝を認定した判決 元来、訴因又は罰条の変更につき、一定の手続が要請される所以は、裁判所が勝手に、訴因又は罰条を異にした事実を認定することに因つて、被告人に不当な不意打を加え、その防禦権の行使を徒労に終らしめることを防止するに在るから、かかる虞れのない場合、例えば、強盗の起訴に対し恐喝を認定する場合の如く、裁判所がその態様及び限度において訴因たる事実よりもいわば縮少された事実を認定するについては、敢えて訴因罰条の変更手続を経る必要がないものと解するのが相当である。

裁判所がその態様・限度において訴因より縮小された事実を認定するなら、不意打ちにも防御の徒労にもならないので、あえて訴因罰条の変更手続を経る必要はない、と述べています。強盗という大きな暴行・脅迫の程度に対して防御していれば、その中に含まれる、より軽い恐喝の限度で認定されても、防御はすでに尽くされています。

酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定できるか

酒酔い運転が酒気帯び運転を通常は包含するが体質次第で包含しないことがある限界を示す板

もう一つ、道路交通法の決定を見ましょう。酒酔い運転の訴因で起訴された事件で、訴因変更を経ずに酒気帯び運転を認定できるかが争われました。酒気帯び運転は、政令で定める程度以上のアルコールを体内に保有した状態で運転することです。酒酔い運転は、アルコールの影響で正常な運転ができないおそれがある状態で運転することですが、今は、それより高い一定の濃度以上のアルコールを保有した状態での運転も酒酔い運転に含まれます。酒酔い運転の事案は、通常、酒気帯び運転の基準を超える量のアルコールを保有しています。この決定を見てください。

判例最高裁判所第三小法廷 昭和55年3月4日決定(刑集34巻3号89頁)

酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定した決定 道路交通法一一七条の二第一号の酒酔い運転も同法一一九条一項七号の二の酒気帯び運転も基本的には同法六五条一項違反の行為である点で共通し、前者に対する被告人の防禦は通常の場合後者のそれを包含し、もとよりその法定刑も後者は前者より軽く、しかも本件においては運転開始前の飲酒量、飲酒の状況等ひいて運転当時の身体内のアルコール保有量の点につき被告人の防禦は尽されていることが記録上明らかであるから、前者の訴因に対し原判決が訴因変更の手続を経ずに後者の罪を認定したからといつて、これにより被告人の実質的防禦権を不当に制限したものとは認められず、原判決には所論のような違法はない。

なお、決定文に出てくる酒気帯び運転の条番号は当時のもので、今は117条の2の2に酒気帯び運転の罰則が定められています。法定刑も酒気帯びのほうが軽く、この事案ではアルコール保有量について被告人側の防御が尽くされていたことも記録上明らかだったので、訴因変更を経なかったことは違法にならない、と判断しました。ただし、ここには縮小認定の限界も表れています。体質によっては、酒気帯びの基準に届かないわずかな飲酒でも、アルコールの影響で正常な運転ができなくなってしまうことがあります。この場合、酒気帯び運転の要件を満たさないまま酒酔い運転だけが成立するので、酒酔い運転の防御対象が酒気帯び運転の防御対象を、常に包含するとは限りません。この決定も、被告人の具体的な防御の状況を踏まえて、縮小認定にあたると判断したものと理解できます。

似た組み合わせは他にもあります。殺人既遂の訴因で傷害致死、強盗致死の訴因で傷害致死、殺人既遂の訴因で同意殺人、窃盗既遂の訴因で窃盗未遂、いずれも「大は小を兼ねる」関係にあると整理されます。ただし、いつも自動的に縮小認定になるわけではなく、行為態様が本当に重なり合っているか、防御が尽くされているかを、そのつど確かめる必要があります。

含まれる場合と、含まれない場合の違い

縮小認定(訴因に含まれる軽い事実の認定)と、これから見る訴因逸脱認定(訴因の外にはみ出す認定)・争点逸脱認定(訴因の枠内での不意打ちの認定)の違いを対比で示す板

ここまでは、認定する事実が訴因の中に完全に含まれている場合でした。ここからは対比です。

訴因逸脱認定——訴因の外へはみ出す認定

訴因逸脱認定が審判対象を訴因の外へはみ出す認定であることと、公訴事実対象説・訴因対象説の帰結の違いを示す板

まず、違反の型の一つ目です。①審判対象の画定に必要な事項を、訴因変更なしに動かしてしまう場合を、訴因逸脱認定と呼びます。審判対象そのものを訴因の外へはみ出す認定なので、当然に違法です。特上セットを頼んだのに、頼んでもいないうな重が代わりに届いた場面です。うな重は特上セットの中身ではありませんから、店が注文されていないものを勝手に出したことになります。まぐろだけが届いた縮小認定とは、ここが決定的に違います。ただし、この違法をどう法律構成するかは、審判対象をどう捉えるかによって説が分かれます。審判対象の回で見た、二つの立場です。少数説の公訴事実対象説は、裁判所は生の事実そのものを審理しているのだから、事実認定自体は誤っておらず、訴因変更の手続を怠っただけの手続上のミスにとどまると考えます。この立場では、訴訟手続の法令違反として扱われます。

条文刑事訴訟法第379条

刑事訴訟法第379条 前二条の場合を除いて、訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。

この条文が求めているのは、法令違反があることに加えて、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかだ、というところまで示すことです。通説であり実務でもある訴因対象説は、審判の対象を検察官が設定した訴因に限定し、その外の事実を裁判所が審判することはできないとする立場です。訴因の外の事実を認定することは、検察官が求めていない事件について勝手に判決したことになります。これは訴えのない事件は裁かない、という不告不理の原則に違反します。

条文刑事訴訟法第378条第3号

刑事訴訟法第378条第3号 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと。

決定的な違いは、判決への影響を問うかどうかです。この378条3号は絶対的控訴理由と呼ばれ、判決への影響の有無を問わず無条件で破棄されます。これに対し379条は相対的控訴理由で、違反が判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限って破棄されます。なぜ無条件なのか。訴因の外の事実を裁いたときは、判決の中身が正しいかどうか以前に、裁いてはいけない事件を裁いたこと自体が誤りだからです。だから判決への影響を問うまでもありません。通説の立場では、訴因の外にはみ出す認定は、この条文の問題として重く扱われます。#75で見た判決を覚えていますか? 窃盗を手伝った人が、あとで盗品を買い取った事件です。

あの事件では、本来審判の対象にできない事実を裁いたことになり、378条3号の問題として扱われました。今日の訴因逸脱認定は、変更の許可自体が誤りだった可否の場面ではなく、変更なしに訴因の外の事実を認定してしまう要否の場面です。場面は違いますが、どちらも審判の請求を受けない事件について判決をした、という同じ378条3号の型に行き着きます。

争点逸脱認定——訴因の中の不意打ち

争点逸脱認定が訴因の枠内にとどまりながら争点として顕在化させない不意打ちであることを示す板

①には触れないけれど、②の防御上重要な事項について、争点として顕在化させる措置を取らずに認定してしまう場合です。これを争点逸脱認定と呼びます。公判前整理手続や冒頭陳述、求釈明といった措置で争点として顕在化させないまま、実際には争われていなかった事実を判決でいきなり認定するのが争点逸脱認定です。裁判所が認定した事実は、形式的には訴因に含まれていて、訴因の外にはみ出してはいません。訴因の枠内の話なので、検察官が求めていない事件を裁いたことにはならず、不告不理原則の問題は生じません。だから争点逸脱認定は、常に379条の問題として扱われ、378条3号には当たりません。

特上セットはちゃんと届いたけれど、中の小鉢だけが、メニューに書かれていなかった別の総菜に差し替わっていた場面です。セットの枠からははみ出していません。でも、前もって知らされていれば断ることもできた。枠の中での不意打ち、というのがこの型です。答案の書き方としては、まず①その事実の変動が訴因の外にはみ出す訴因逸脱認定か、②訴因の枠内での争点逸脱認定かを見極めます。①なら378条3号の問題、②なら379条の問題として、判決に影響を及ぼすことが明らかかを事案に即して検討する、という順番です。

前回に送った結末①——過失の態様の事件

過失の態様が入れ替わった判決が上告審の職権破棄で処理された結末を示す板 図:過失の態様が入れ替わった判決が上告審の職権破棄で処理された結末を示す板

まず前回見た、過失の態様が入れ替わった判決です。第一審が訴因変更なしに別の態様の過失を認定し、これを是認した控訴審にも誤りがあるとされたところまででした。最高裁は、この違法が判決に影響を及ぼすことが明らかだとして、控訴審判決と第一審判決の両方を破棄し、事件を第一審の裁判所に差し戻しました。ただ、使われた規定は、378条3号でも379条でもなく、上告審が職権で原判決を破棄できる刑事訴訟法411条です。この事件で今日の二つの条文が使われなかったのは、378条3号と379条が、控訴審が第一審判決を破棄するときの理由の条文だからです。この事件は最高裁、つまり上告審で決着したので、上告審の職権破棄の規定で処理されました。判決に影響を及ぼす法令違反があり、そのままにすれば著しく正義に反するときに破棄できる、という規定です。

ただ、判決自身が理由にしたのは、被告人に防御の機会を与えなかったことで、378条3号とも379条とも言っていません。過失の態様が動けば①段階だという前回の読み直しに立つと、訴因の外に近いものほど重く扱われる、という今日の振り分けと向きが合う、ということです。

前回に送った結末②——争点顕在化を欠いた2つの事件

放火の方法の決定と謀議の日の判決を、いずれも②段階の争点逸脱認定として並べ結末を対比する板

次に、同じく前回見た、放火の方法が特定されないまま認定された決定です。求釈明も発問もしないまま「何らかの方法により」引火・爆発させたと認定したことが、不意打ちだと判断されたところまででした。最高裁は、この違法を認めながらも、犯行の日時・場所・目的物・結果は訴因と同一で、方法の違いにとどまり、被告人の防御が相当程度共通することなどから、この違法だけでは原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえないとして、破棄しませんでした。最後に、これも前回見た謀議の日がずれて認定された判決です。被告人・弁護人がある夜の協議に加わったかどうかを争点にアリバイを立証していたのに、控訴審がそのアリバイを認めながら、別の夜に謀議があり被告人も加わっていた、と認定したことが、争点として顕在化させないままの不意打ちだと判断されたところまででした。

最高裁は、この違法だけでは原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められないとして、上告を棄却しました。①段階に近い過失の態様の事件は破棄差戻し、②段階の争点逸脱認定にあたる放火の方法の決定と謀議の日の判決は、いずれも違法は認めつつ破棄されませんでした。この違いは、②段階の逸脱は違法があっても、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められにくい一方、①段階に近い逸脱は審判対象そのものに関わる事実の変動なので、破棄すべきと判断されやすい、という向きで説明できます。どれも上告審の職権破棄の規定で処理されましたが、訴因の外に近いほど重く、訴因の中の不意打ちにとどまるほど軽く扱われる、という今日の軸と同じ向きです。

論文の型

訴因の外にはみ出す認定なら378条3号、訴因の枠内での不意打ちなら379条という答案の流れを示す板

⭐ 論文で書く規範:訴因と異なる事実を認定した瑕疵の検討順序 訴因と異なる事実を認定した瑕疵を控訴審で争う場面では、まず①その事実の変動が審判対象の画定に必要な事項の変動、つまり訴因の外へはみ出す訴因逸脱認定かを検討する。①にあたれば、訴因対象説のもとで、審判の請求を受けない事件について判決をしたものとして刑訴法378条3号(絶対的控訴理由)にあたり、判決への影響を問わず破棄される。①にあたらず、②訴因の枠内での防御上重要な事項の変動を、争点として顕在化させる措置を取らずに認定した争点逸脱認定にあたれば、刑訴法379条(相対的控訴理由)として、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかかを事案に即して検討する。 (訴因逸脱認定・争点逸脱認定の振り分けにもとづく答案の流れ)

まとめると、まず訴因の外か中かを見極めて、それから条文を選びます。訴因の外にはみ出していれば、この378条3号、訴因の枠内での不意打ちなら379条です。②にあたる場合は、そこで終わらずに、判決への影響が明らかかまで事案に即して書く必要があります。縮小認定は訴因の中にすっぽり収まる特別な場合、後半の話は、訴因の中に収まらなかったときに、どこまではみ出したかで扱いが変わる話でした。

今日の地図(保存版)

縮小認定は訴因の中に完全に含まれるため訴因変更が不要であり、訴因逸脱認定は378条3号、争点逸脱認定は379条という今日の全体像を示す板

今日のまとめです。訴因に書かれた事実の中に論理的・実質的に含まれている、より軽い事実を認定することを縮小認定と呼び、審判対象の画定にも防御にも影響しないため、訴因変更なしに認定できます。強盗の訴因で恐喝を認定した判決と、酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定した決定が、その実例でした。ただし、酒酔い運転の決定が示したとおり、大きい方が小さい方をつねに包含するとは限らず、限界があります。訴因変更をしないまま訴因と違う事実を認定してしまった場合は、その事実が訴因の外にはみ出しているか、訴因の枠内にとどまっているかで扱いが変わります。訴因の外にはみ出す訴因逸脱認定は、通説のもとで、審判の請求を受けない事件について判決をしたものとして378条3号、訴因の枠内での争点逸脱認定は常に379条です。前回見た3つの判決は、上告審の職権破棄の規定に照らして判断されましたが、結末の向きはこの振り分けと同じでした。

ページ上部へ ↑

#82単独ページ動画

訴因変更命令と形成力

第3章 公訴 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

今日の主役は訴因変更命令

前回の縮小認定・訴因逸脱認定・争点逸脱認定の振り分けを一枚で示し、今回の主役が訴因変更命令であることを示す板

今日はその回です。ここまではずっと、検察官が請求して裁判所が許可する、という向きで見てきました。今日の主役はそこに現れる、もう一つの動きです。検察官が請求してこないとき、裁判所の側から訴因を変えるよう促す仕組み、これが訴因変更命令です。ただしその手前に、もう一つ確認しておきたい問題があります。検察官が訴因変更を請求してきたのに、裁判所が「いや、今の訴因のままでも有罪にできる」と考えて、その請求を断ってよいか、という問題です。同一性の枠に入っていることは前提としたうえで、この請求を今、通してよいかという許否の場面で、裁判所が自分の心証を理由に断れるか、という問いです。今日は、この許可の問題から入って、訴因変更命令、そして命令に従わない検察官がいたときにどうなるかまで、順番に見ていきます。先に答えの軸だけ言っておくと、訴因を選び、書き換えるのは最後まで検察官で、裁判所はその訴因の枠の中で判断する、という一本の線です。

心証があっても、変更請求は許可しなければならないか

業務上横領の訴因で起訴され、裁判所は業務上横領のままでも有罪にできる心証を得たが、検察官が単純横領への変更を請求した設例を示す板

例えば、次のような場面を考えてみます。Aは、勤務先の会社の経理担当者として業務上占有していた現金を着服したとして、業務上横領罪の訴因で起訴されました。証拠調べの結果、裁判所は、Aが経理担当として業務上その現金を預かっていたことも含めて、業務上横領罪にあたる事実を認定できるという心証を得ました。ところが検察官は、「業務上」の占有を立証しきれるか不安になり、業務上横領の訴因を、単純横領の訴因に変更するよう請求しました。着服したという事実そのものは動いていません。検察官が外そうとしているのは、業務上占有していたという身分の部分だけです。裁判所は、この訴因変更請求を許可しなければならないでしょうか。

実はこの問題、裁判所の判断が実際に争われました。

判例最高裁判所第一小法廷 昭和42年8月31日判決(刑集21巻7号879頁)

検察官の訴因変更請求と許可義務 仮に起訴状記載の訴因について有罪の判決が得られる場合であつても、第一審において検察官から、訴因、罰条の追加、撤回または変更の請求があれば、公訴事実の同一性を害しない限り、これを許可しなければならないものと解すべきである。

起訴状記載の訴因、つまり業務上横領のままで有罪にできる場合であっても、検察官が訴因の変更を求めてきたなら、公訴事実の同一性の枠を越えない限り、裁判所は許可する義務を負う、という判断です。公訴事実の同一性というのは、旧訴因と新訴因を比べて、変更を許してよい範囲を決める枠のことでしたね。裁判所の心証を理由に拒むことは認められません。

なぜ裁判所の心証で拒めないのか

訴因を選ぶ権限は検察官にあり、裁判所は判断するだけという当事者主義の構造を、312条1項・起訴便宜主義・公訴取消しの三本柱で示す板

この判決が挙げている理由は、全部で三つあります。一つは、条文の文言そのものです。

条文刑事訴訟法第312条第1項

刑事訴訟法第312条第1項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。

「許さなければならない」と書かれていて、「許すことができる」ではありません。公訴事実の同一性を害しない限り、許可は裁判所の裁量ではなく義務だ、という文言です。もう二つは、刑事訴訟法の制度全体の構造です。公訴の提起のところで見た制度を、ここでもう一度使います。検察官には、犯人の性格や犯罪の軽重、犯罪後の情況などから訴追の必要が無いと判断すれば、そもそも起訴しないでおく権限があります。起訴便宜主義と呼ばれる仕組みです。さらに検察官は、第一審の判決が出るまでは、公訴そのものを取り消すこともできます。事件をどう訴追するかを決めるのは検察官の役目だ、という構造が、刑事訴訟法のあちこちに埋め込まれています。訴因変更は、公訴の取消しよりずっと軽い場面、事件を続けたまま中身を書き換えるだけの場面です。それなのに、公訴の取消しという重い決定まで検察官に委ねている法律が、訴因の書き換えという軽い場面でだけ、裁判所に拒否権を与えているとは考えにくい。この三つが合わさって、裁判所の心証を理由に訴因変更を拒むことはできない、という結論になります。

実は、この事件で控訴審は、実体的真実の発見という裁判所の職責を理由に、第一審が変更を許可したのは行き過ぎだと判断していました。最高裁は、その理由づけそのものを誤りだとして破棄しました。裁判所が、事実をより正確に認定したいという理由で、訴因の中身に口を出してよいわけではない、ということです。たとえるなら、客が検察官、仕立て屋が裁判所、生地が訴因です。同じ型のスーツの範囲で客が生地を替えてほしいと言えば、仕立て屋は「今の生地でも似合いますよ」という自分の見立てだけで断ることはできません。

新訴因だと無罪になる場合は残る問い

窃盗罪の訴因で起訴されたが本犯者本人には盗品等の罪が成立しない設例と、判例上明らかでない残る問いを示す板

もう一つ、例えば似ているようで違う場面を見ておきます。Aは、V宅の金庫から現金を持ち出したとして、窃盗罪の訴因で起訴されました。証拠調べの結果、裁判所は、Aこそがその現金を盗み出した本人だという心証を得ました。ところが検察官は、Aは第三者Cが盗んだ現金だと知りながら、Cから有償で買い受けただけだと判断し、盗品等を有償で譲り受けた罪の訴因に変更するよう請求しました。ここに落とし穴があります。盗品等に関する罪は、自分で盗んだ本人がその物を保管したり買い戻したりしても成立しません。犯罪の後始末にすぎないからです。裁判所の心証、つまりAが盗んだ本人だという前提に立つと、新しい訴因では無罪を言い渡さざるを得なくなってしまいます。

この場合まで、さっきの判決と同じ理屈で許可しなければならないのか、判例上はっきりしていません。この問いは、これから見る訴因変更命令の話と絡めて考える必要があります。検察官が有罪にしにくい訴因のまま動かないとき、裁判所には何ができるんでしょうか。それが今日のもう一つの主題、訴因変更命令です。

訴因変更命令——職権による例外的な介入

通常の訴因変更(検察官が請求→裁判所が許可)と、訴因変更命令の流れ(裁判所が促す→検察官が請求→裁判所が許可)を上下に対比する板

ここまで見てきた訴因変更は、いつも検察官が自分から請求して、裁判所が許可するかどうかを判断する、という流れでした。これが原則です。検察官が動かなければ、裁判所は何もできないんですか。違います。もう一つの道があります。裁判所の側から、訴因を変えるよう促す制度です。

条文刑事訴訟法第312条第2項

刑事訴訟法第312条第2項 裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。

これが訴因変更命令です。検察官の主張する訴因のままでは有罪にしにくいけれど、訴因さえ変えれば有罪にできる、という事案で、裁判所が職権で「変更しなさい」と命じます。通常の訴因変更は、検察官が請求し、裁判所が許可する、当事者主義どおりの流れです。訴因変更命令では、まず裁判所の側から動いて変更を促します。検察官はその促しに応じて変更を請求し、最後に裁判所が許可する、という順番です。訴因を決めるのは検察官だ、という原則からすると、これは裁判所による例外的な、職権の介入にあたります。「審理の経過に鑑み適当と認めるとき」です。条文の言葉だけでは具体的な線引きは見えてきませんが、裁判所としては有罪の心証を持っているのに、検察官が掲げた訴因と認定できる事実が食い違っているために無罪を言い渡すほかない、そういう結末を避ける必要があるときに満たされる、と理解されています。

当事者主義は、審判の対象の回で見たとおり、検察官と被告人が主張をぶつけ合い、裁判所は中立の立場で判断する構造でした。前回の縮小認定も、検察官が掲げた訴因の中に含まれる軽い事実を認定するだけで、裁判所は訴因の枠から出ていません。今日の許可義務も同じ考え方です。訴因変更命令はその例外ですが、命令を受けて変更を請求するのは、やはり検察官です。

命令の前に、まず求釈明で促す

裁判所がいきなり命令を出すのではなく、まず求釈明・発問で検察官に気づかせる段階を挟む流れを示す板

いきなりは出しません。実務上はまず、求釈明や発問という形で、検察官に訴因変更の必要性を気づかせるところから入ります。

条文刑事訴訟規則第208条第1項

刑事訴訟規則第208条第1項 裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる。

ただ、あのときの求釈明と今日の求釈明は、働く場面が違います。前に見た求釈明は、訴因変更を経ずに事実を認定してよいかを検討する場面で、争点を顕在化させる働きでした。今日の求釈明は、訴因変更命令を出す前に、検察官に「この訴因のままでいいんですか」と気づかせる働きです。同じ制度が、違う場面で違う役割を果たしています。裁判所がいきなり「訴因を変えろ」と命じるのは、検察官の役目に踏み込みすぎています。それも、有罪の方向へ誘導するような命令をいきなり出せば、裁判所が本当に公平な立場から判断しているのか、疑われかねません。まず検察官の自主的な判断を促す求釈明から入るのが、当事者主義を尊重した進め方になります。

仕立て屋さんが、いきなり客の服の生地を変えるんじゃなくて、まず「こちらの生地に変えられませんか」と聞くようなものです。そのたとえがぴったりです。それでも検察官が請求してこなければ、初めて訴因変更命令に進みます。

命令に形成力はあるか

幇助犯の訴因を検察官が維持したまま、裁判所が共同正犯への変更命令を出したが検察官は従わず、裁判所がそれでも共同正犯を認定した関係図

では、求釈明でも命令でも、検察官が最後まで動かなかったらどうなるでしょうか。命令に従わない検察官を前に、裁判所が命令どおりに訴因を扱ってよいかが争われた事件があります。被告人Aは、Gが立候補予定者Fに当選を得させる目的で現金を渡した際、その事情を知りながらGを案内し、受け取る側に紹介するなどして手助けしたとして、幇助犯の訴因で起訴されました。ところが第一審は、検察官の訴因変更が無いまま、AがGと共謀して現金を渡した、共同正犯としての事実を認定しました。幇助の訴因には含まれていない、共謀という新しい事実を認定することになりますし、法定刑も重くなります。被告人の防御に影響が及ぶことは明らかで、当然に訴因変更が必要な場面でした。記録によれば、第一審は途中で共同正犯に訴因を変更するよう命令を出していました。ところが検察官はこれに応じず、それでも裁判所は、命令によって訴因が変更されたものとして手続を進め、共同正犯を認定してしまいました。

判例最高裁判所大法廷 昭和40年4月28日判決(刑集19巻3号270頁)

訴因変更命令の効力 検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できないものといわなければならない。

最高裁は、これを認めない、と判断しました。命令だけで訴因が変更されたことにしてしまうと、裁判所が直接、訴因を動かす権限を持つことになってしまいます。しかし訴因を変更する権限は、あくまで検察官にある、というのが刑事訴訟法の基本的な構造です。命令にその効力を認めることはできない、という判断です。命令だけで訴因を書き換えてしまう効果を、形成力と呼びます。仕立て屋のたとえで言えば、仕立て屋が客に生地変更を申し入れても、客が応じない限り、仕立て屋が勝手に生地を変えて仕立てることはできない、ということです。できるのは、元の生地のまま仕立てることだけです。この事件でも、裁判所から命令を受けた検察官は訴因を変更すべきだったけれども、検察官がそれに応じない以上、共同正犯の事実を認定した判決は違法だとされ、破棄されました。

命令に従うべきだという評価と、従わない検察官の代わりに裁判所が訴因を動かせるかは、別の問題です。前者は認められても、後者は認められません。検察官が命令に従わなければ、裁判所は元の訴因、つまり幇助のままで判断するしかありません。

形成力を否定したことの意味

訴因の設定・変更はどこまでも検察官の権限にとどまり、裁判所の命令は促すだけで動かす力を持たないという構造を示す板

検察官が命令に応じないとき、裁判所にそれ以上何ができるのか。これが、この判決が残した問題です。訴因の設定や変更は、あくまで検察官の権限であって、裁判所の命令は検察官に行動を促す指示にとどまります。検察官の頭越しに、裁判所が勝手に訴因を書き換えることはできません。今日ここまで見てきた、訴因を選ぶのは検察官だという当事者主義の構造が、命令の場面でも同じように貫かれています。

論文の型

新旧いずれでも有罪かの確認→許可義務→求釈明→訴因変更命令→形成力なしという答案の流れを示す板

⭐ 論文で書く規範:訴因変更請求の許否と訴因変更命令の検討順序 訴因変更請求の許否が問題になる場面では、まず新旧いずれの訴因でも有罪という帰結に変わりがないかを確認する。変わりがなければ、裁判所の心証を理由に拒むことはできず、公訴事実の同一性を害しない限り許可しなければならない(刑訴法312条1項、起訴便宜主義・公訴取消しの制度を根拠とする)。検察官の訴因のままでは有罪にしにくいと裁判所が考える場面では、まず求釈明で気づかせたうえで、なお請求がなければ訴因変更命令(同条2項)を検討できるが、命令に形成力は無いため、検察官が従わなければ裁判所は旧訴因のまま判断するしかない。 (最判昭42・8・31、最大判昭40・4・28にもとづく答案の流れ)

まとめると、まず新旧どちらの訴因でも有罪かどうかを確認します。変わらなければ、裁判所の心証で拒むことはできず、許可義務があります。検察官の訴因のままでは有罪にしにくいと裁判所が考えるときは、求釈明で促し、それでも動かなければ訴因変更命令を検討できますが、命令に形成力は無いので、検察官が従わない限り、旧訴因のまま判断するしかありません。

今日の地図(保存版)

許可義務・訴因変更命令・形成力なしという今日の三つの結論を、訴因を選ぶのは検察官という一本の軸で束ねて示す板

今日のまとめです。新旧いずれの訴因でも有罪という結論に変わりがない場合、裁判所は自分の心証を理由に訴因変更請求を拒むことはできず、公訴事実の同一性を害しない限り許可しなければなりません。根拠は312条1項の文言、起訴便宜主義、公訴取消しの三つでした。新訴因だと無罪になってしまう場合の扱いは、判例上明らかでない問いとして残りました。検察官の訴因のままでは有罪にしにくいと裁判所が考える場面では、裁判所は訴因変更命令を出すことができますが、いきなりではなく、まず求釈明で促します。それでも検察官が動かず、命令にも従わない場合、裁判所は命令の効力だけで訴因を変更したことにはできません。訴因の設定・変更は、あくまで検察官の権限だからです。

許可の場面でも、命令の場面でも、最後に決めるのは検察官なんですね。

ページ上部へ ↑

#83単独ページ動画

訴因変更命令の義務と罰条変更

第3章 公訴 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の続き——命令に強制力が無いなら、義務は無いのか

前回の結論(命令に形成力なし・裁判所は旧訴因で判断するしかない)と、今日の問い(命令を出す義務の有無)を対比して示す板 図:前回の結論と、今日の問い(命令を出す義務の有無)を対比して示す板

今日はその回です。命令には形成力が無い、という結論でした。裁判所に残る道は、検察官が動かない限り、元の訴因のまま判断することだけです。命令に強制力が無いからといって、裁判所が命令を出すかどうかを完全に自由にしてよいわけではありません。命令に強制力が無いことと、裁判所が命令を出さなくてよいこととは、別の問題です。命令を出さなかったこと自体が、手続上の落ち度として問題にされる場合があります。今日はそこを見ていきます。

義務を認めるべきか、認めるべきでないか——緊張関係

訴因は検察官の専権という原則と、明白な有罪を見過ごしてよいかという実体的要請の綱引きを示す板

まず、裁判所には訴因変更を促したり命じたりする義務があるのか、という出発点を確認します。

条文刑事訴訟法第312条第1項・第2項

刑事訴訟法第312条第1項・第2項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。 裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる。

前回の当事者主義の考え方を貫けば、裁判所には自ら進んで訴因変更を促す義務は無い、という原則にたどり着きます。なぜなら、裁判所が自分から積極的に訴因変更を促したり命じたりすることを重ねれば、検察官の立証を裁判所が手伝っているように見えてしまい、被告人から見て、裁判所がもはや中立な判断者ではなく、検察官の側に立っているように映りかねないからです。ただ、もう一つ考えないといけないことがあります。裁判所が、検察官の訴因のままでは無罪にせざるを得ないと分かっていながら、実は訴因さえ変えれば有罪であることが証拠上明らかだと気づいている、という場面です。例えば、証拠を見れば人を死なせたことが明らかな重大な事件で、検察官が選んだ訴因の立て方が悪かったというだけの理由で、そのまま無罪にしてしまってよいでしょうか。

そのまま何もしなければ、明らかに有罪な人を無罪にしてしまう結果になります。それでよいのか、という問題です。中立な判断者としての立場を貫くか、明白な有罪を見過ごさない実体的な要請を優先するか、この二つが綱引きをしています。この綱引きに答えを出したのが、最初に見る判断です。

重過失致死なら有罪が明らかな事件——例外的に義務を認めた場合

殺人の訴因で無罪とするほかない事件で、裁判所が変更を促さず無罪とした第一審と、審理不尽として破棄した控訴審の対立を示す板

Aは、殺人の訴因で起訴されました。ところが審理の結果、殺す意思があったとまでは証明できず、殺人の訴因のままでは無罪とするほかない状況になりました。しかし証拠を見れば、重過失によって人を死なせた、重過失致死であれば有罪であることは明らかでした。第一審裁判所は、検察官の意向を軽く打診しただけで、積極的に訴因変更を促したり命じたりすることなく、殺人の訴因についてのみ審理し、Aに無罪を言い渡しました。控訴審はこれを、審理不尽、つまり裁判所が尽くすべき審理を尽くさなかった違法があるとして第一審判決を破棄し、予備的に追加されていた重過失致死の訴因についてAを有罪としました。最高裁はこの判断を支持しました。この義務に反した第一審の手続は、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反として、刑訴法379条の控訴理由になり、控訴審で破棄されることになります。

判例最高裁判所第三小法廷 昭和43年11月26日決定(刑集22巻12号1352頁)

訴因変更命令義務——例外を認める場合 裁判所は、原則として、自らすすんで検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務はないのである(中略)が、本件のように、起訴状に記載された殺人の訴因についてはその犯意に関する証明が充分でないため無罪とするほかなくても、審理の経過にかんがみ、これを重過失致死の訴因に変更すれば有罪であることが証拠上明らかであり、しかも、その罪が重過失によつて人命を奪うという相当重大なものであるような場合には、例外的に、検察官に対し、訴因変更手続を促しまたはこれを命ずべき義務があるものと解するのが相当である。

原則と例外の両方が、この一つの判断の中に書き込まれています。例外が成り立つ要件は二つです。一つは、訴因を変更すれば有罪であることが証拠上明らかであること。もう一つは、その罪が重過失によって人の命を奪うという、相当重大なものであることです。証拠上明らかというだけでも、罪が軽ければ足りません。重大な罪だというだけで、証拠が微妙でも足りません。両方そろって、初めて例外が働きます。これが、さっきの綱引きへの答えです。原則は中立を守って動かない。ただ、動かなかったせいで、明らかに有罪の人を、それも重い罪で見逃すことになるときだけは、見過ごす代償が大きすぎるので、裁判所が一歩踏み出す、ということです。

求釈明で義務を尽くしたとされた事件

検察官が長期の審理を通じ一貫して主張を維持し、求釈明にも明確に変更しないと答えた事件で、義務が尽くされたとした判断を示す板

ところが、この二つの要件がそろっているように見える事件でも、義務が否定された例があります。事件は、人を死なせてしまった傷害致死の事件で、検察官が、現場での共謀に基づく犯行だという訴因で起訴したものです。ところが審理を進めると、事前の共謀に基づく犯行だったと認定するには、訴因変更の手続が必要になる状況でした。第一審裁判所は、無罪を言い渡す前に、審理の最終段階で検察官に求釈明を行いました。前回見た、検察官に「この訴因のままでいいんですか」と気づかせるための求釈明です。検察官は、従前の主張を変える意思はないと、明確かつ断定的に答えました。第一審は、それ以上訴因変更を命じたり促したりすることなく、その部分について無罪を言い渡しました。

似ています。ですが、控訴審はこの第一審を審理不尽だとして破棄しました。最高裁はこれを見て、控訴審の判断のほうを誤りだとしました。

判例最高裁判所第三小法廷 昭和58年9月6日判決(刑集37巻7号930頁・百選47)

訴因変更命令義務——義務を尽くしたとされる場合 第一審裁判所としては、検察官に対し前記のような求釈明によつて事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、さらに進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。

ここで最高裁が重く見たのは、審理の経過です。判決文を見ると、検察官は約8年半に及ぶ審理の全過程を通じて、一貫して当初の訴因を維持する主張をしていました。しかも、裁判所からの求釈明に対しても、変更する意思はないと明確に答えています。被告人側の防御活動も、検察官のこの主張を前提に組み立てられていました。さらに、他の関係者との処分の均衡といった事情も指摘されています。これらの事情を踏まえて、裁判所は求釈明によって事実上訴因変更を促した、それだけで訴訟法上の義務を尽くしたことになる、と判断されました。それ以上に、正式な命令を出したり、積極的に勧告したりするところまでは、義務として求められません。なぜ求釈明で足りるのか。訴因を選ぶのは検察官です。裁判所が求釈明で気づかせ、それでも検察官がはっきり断ったのに、さらに押せば、裁判所が検察官に代わって訴因を選ぶことに近づきます。しかも被告人の防御は、ずっとその訴因を前提に組まれてきました。最後になって有罪の方向へ押せば、被告人にとっては不意打ちになります。

公判前整理手続を経た事件でも同じ枠組み

公判前整理手続と証拠調べ終了後の二段階で求釈明を行い、検察官がいずれも変更予定なしと答えた経過を示す板

この考え方は、比較的最近の判断でも確認されています。検察官は、保護責任者遺棄致死の訴因で起訴しました。第一審の公判前整理手続の中で、検察官は、重過失致死として処罰を求める予定はないと釈明しました。証拠調べが終わった後、裁判長が改めて、訴因について何か手当てをする予定はないのかと確認したところ、検察官は「今のところございません」と答え、第一審は無罪を言い渡しました。重過失致死が予備的な訴因として追加されたのは、控訴審になってからです。

判例最高裁判所第二小法廷 平成30年3月19日判決(刑集72巻1号1頁)

訴因変更命令義務——公判前整理手続を経た場合 以上のような訴訟経緯、本件事案の性質・内容等の記録上明らかな諸般の事情に照らしてみると、第1審裁判所としては、検察官に対して、上記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、更に進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。

同じ枠組みを、公判前整理手続を経た事件にも及ぼしたものです。公判前整理手続の段階と、証拠調べが終わった段階と、求釈明を二回にわたって行い、検察官がどちらも変更の予定はないと答えた、という審理の経過が決め手になっています。

3つの判断を並べる——何が義務を生み、何が義務を消すか

昭43決定を義務の入口、昭58・平30判決を義務の歯止めとして対比する弁別表 図:昭43決定を義務の入口、昭58・平30判決を義務の歯止めとして対比する弁別表

ここで3つの判断を並べてみます。両者は矛盾しません。重過失致死の決定は、義務が生まれる入口を示しました。証拠上明らかな有罪と、相当重大な罪という二つの要件です。あとの二つの判断は、その入口を通った先で、義務がどこまでで足りるかという歯止めを示しています。検察官が求釈明に対して明確に変更しない意思を示し、被告人側の防御もその主張を前提に組み立てられ、審理の経過や事案の性質から見ても求釈明で十分に促したと言える、という事情があれば、裁判所はそこで義務を尽くしたことになります。証拠の明白さと罪の重さだけで機械的に義務の有無が決まるのではなく、審理がどう進んできたか、検察官がどう答えたかまで見て判断する、というのが今の到達点です。

この重過失致死の要件を満たしそうな事件で、裁判所が求釈明をして、検察官が「変更しません」とはっきり答えていたら、それでも義務は残るんでしょうか。残りません。今見たとおり、検察官の意思が明確で、防御もその主張を前提に組まれているなら、裁判所は求釈明で義務を尽くしたことになります。要件を満たすかどうかと、義務が最後まで残るかどうかは、別の話だということです。

前回の残る問い——検察官が無罪になる訴因への変更を請求してきたら

窃盗罪の訴因で起訴されたが本犯者本人には盗品等の罪が成立しない設例を、A・V・Cの関係図で示す板

ここで、前回残した問いに戻ります。Aは、V宅の金庫から現金を持ち出したとして、窃盗罪の訴因で起訴されました。裁判所は、Aこそが現金を盗み出した本人だという心証を得ました。ところが検察官は、Aは第三者Cが盗んだ現金だと知りながら、Cから有償で買い受けただけだと判断し、盗品等を有償で譲り受けた罪の訴因に変更するよう請求しました。盗品等に関する罪は、自分で盗んだ本人には成立しません。だから、Aこそが盗んだ本人だという裁判所の心証に立てば、新しい訴因では無罪になってしまう、という場面でした。ここまで見てきた命令義務の理屈を当てはめて、整理してみます。まず、この場面は今日見てきた3つの判断とは向きが逆です。あちらは、検察官の訴因のままでは無罪になるところを、裁判所が変更を促す・命じる場面でした。今回は逆に、検察官の方から訴因変更を請求してきています。しかも訴因を選ぶのは、あくまで検察官の権限です。

一つの考え方としては、まず裁判所が釈明を求めて、検察官に請求の再考を促すべきだ、という整理があります。訴因を選ぶのは検察官なので、裁判所が自分の判断を押しつけるのではなく、まず検察官自身に気づかせる。前回見た、命令の前にまず求釈明から入るのと同じ発想です。それでもなお検察官が変更請求を強行するなら、裁判所は請求を許可した上で、無罪を言い渡すほかない、という整理です。ただし、これは判例が示した結論ではなく、今日見た理屈を当てはめた整理だということは、区別しておいてください。

罰条だけが訴因と違う場合——変更手続は要るか

山林から立木を伐採して持ち去った訴因のまま、適用すべき罰条が窃盗罪か森林法の罰条かで分かれる設例を、AとVの関係図で示す板

ここから、少し話の向きを変えます。ここまでは、訴因、つまり事実の主張という検察官が選ぶ領域に、裁判所がどこまで踏み込めるか、という話でした。今度は、訴因に書かれた事実そのものは動かないのに、当てはめる罰条だけが変わる、という場面です。312条1項を思い出してください。この条文は、訴因だけでなく罰条についても、追加・撤回・変更を許さなければならないと定めていました。検察官が罰条の変更を請求してくる場面は、訴因と同じ扱いになります。今日問題にしたいのは、検察官が請求していないのに、裁判所が独自に違う罰条を適用してよいか、という場面です。例えば、次のような場面を考えます。Aは、V所有の山林に立ち入り、立木を伐採して持ち去ったとして、窃盗罪、刑法235条の訴因・罰条で起訴されました。訴因には、伐採した立木がV所有の森林から生えていた森林の産物であることまで、はっきり書かれていました。ところが調べてみると、この事実であれば、通常の窃盗罪ではなく、森林の産物を対象とする、森林法197条の罰条が適用されるべき事案でした。

動いているのは事実ではなく、その事実にどの条文を当てはめるかという部分だけです。裁判所は、罰条変更の手続を経ないまま、森林法197条の罰条を適用できるでしょうか。この問いに入る前に、一度前の回を振り返ります。256条4項で、罰条の記載に誤りがあったら公訴提起はどうなると見ましたか?

条文刑事訴訟法第256条第4項

刑事訴訟法第256条第4項 罪名は、適用すべき罰条を示してこれを記載しなければならない。但し、罰条の記載の誤は、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がない限り、公訴提起の効力に影響を及ぼさない。

罪名・罰条の記載の誤りは、被告人の防御に実質的な不利益を生じるおそれがない限り、公訴提起の効力には影響しない、という話でした。この規律と今日の問題が、同じ発想でつながっていることを意識しながら見ていきます。

罰条変更が原則不要とされる理由

傷害・暴行の訴因のまま、控訴審が暴力行為等処罰に関する法律の罰条を罰条変更手続なしに適用した経過を示す板

ここでも判断があります。第一審判決が認定した事実に対応する訴因の罪名・罰条は、傷害罪と暴行罪の、刑法204条・208条・60条でした。ところが控訴審は、公訴事実の中には暴力行為等処罰に関する法律1条の罪の事実も含まれているとして、罰条変更の手続を経ないまま、この法律の罰条を適用しました。

判例最高裁判所第二小法廷 昭和53年2月16日決定(刑集32巻1号47頁・百選A20)

罰条変更の要否 起訴状における罰条の記載は、訴因をより一層特定させて被告人の防禦に遺憾のないようにするため法律上要請されているものであり、裁判所による法令の適用をその範囲内に拘束するためのものではないと解すべきである。それ故、裁判所は、訴因により公訴事実が十分に明確にされていて被告人の防禦に実質的な不利益が生じない限りは、罰条変更の手続を経ないで、起訴状に記載されていない罰条であつてもこれを適用することができるものというべきである。

法令の適用は、あくまで裁判所の職責です。訴因によって公訴事実が十分明確にされていて、被告人の防御に実質的な不利益が生じない限り、裁判所は罰条変更の手続を経ずに、別の罰条を適用できます。Aの例で見てみます。山林で立木を伐採して持ち去ったという事実は訴因に明記されており、窃盗罪と森林法の197条、どちらの罰条でも被告人の防御準備が大きく変わるとは考えにくいので、罰条変更の手続なしで森林法197条を適用できます。さっき振り返った256条4項の規律と、同じ発想がここにも流れています。罰条は、訴因と違って付随的な記載であり、それだけを動かしても手続そのものは揺らがない、という考え方が一貫しています。

済まない場合もあります。さっきの例で、訴因には「Vの木材を持ち去った」としか書かれておらず、Vの山林で立木を伐採したという事実が書かれていなかったとします。森林法197条を当てはめるには、その事実が要ります。訴因に無い事実を前提にすることになるので、これはもう罰条だけの話ではなく、事実の側を動かす話、つまり前に見た訴因変更の要否の問題になります。

罪数の評価が変わるとき

事実関係の変動あり・なしで、一罪だと思っていたものが数罪に変わる場合の振り分けを示す見取り図

最後に、もう一つ形の似た問題を見ておきます。証拠調べの結果、罪数の評価そのものが変わることがあります。訴因は、実体法上一罪にあたる事実については、ひとつの訴因としてまとめて記載するのが原則です。刑罰権の個数に対応させる、という理解に基づきます。ところが審理の結果、当初は、一つの罪だと思っていたものが、実は別々の罪の集まりだった、あるいはその逆だった、と判明することがあります。例えば、前に単一性の回で見た、常習として空き巣を繰り返していた人物を思い出してください。あのときは、訴因を変えることが許されるか、という可否の問いでした。今日は同じ空き巣で、訴因を変える必要があるか、という要否の側を見ます。一つの罪としてまとめて起訴していた三件が、実は別々の機会に盗んだ三つの窃盗、つまり併合罪だったと分かる。これが一罪から数罪への変動です。反対に、空き巣三件を別々の窃盗三つとして起訴していたところ、審理の結果、常習として繰り返した一つの罪だと評価が変わる。これが数罪から一罪への変動です。まず、一つの罪だと思っていたものが、実は複数の罪だったと評価が変わる場合です。訴因に書かれた事実関係そのものに変動が無く、評価だけが変わるのであれば、訴因変更は不要とされています。訴因変更の手続は、訴因に無い事実で有罪にされる不意打ちを防ぐためのものなので、事実が動かなければ、防御の前提は崩れないからです。ただし、複数の罪それぞれに対応する事実を、訴因の記載からきちんと区別できないときは、区別できる程度まで訴因を補正すべきだとされています。

一方、事実関係そのものにも変動がある場合は、話が変わります。裁判所は検察官に求釈明を行って、罪数についての主張を明確にさせ、必要なら罪数の補正を伴う訴因変更手続を促すなどして、被告人・弁護人に防御の機会を与えるべき義務があるとされています。

数罪から一罪への変動を、事実関係の変動あり・なしで振り分ける見取り図 図:数罪から一罪への変動を、事実関係の変動あり・なしで振り分ける見取り図

事実関係に変動が無ければ、起訴状に書かれた複数の訴因を、裁判所が一つの訴因として解釈すれば足り、訴因変更の手続も原則不要とされています。ただし、一つにまとめることで、さっきの空き巣でいえば、一件一件がばらばらの機会の思いつきではなく、同じ手口や近い時期・場所で繰り返された一つながりの行動だという、常習性の発露を訴因に新しく書き加える必要が出る場合には、訴因変更が必要になることもあります。事実関係にも変動がある場合は、さっきと同じように、求釈明・訴因変更で防御の機会を確保する、という筋になります。

事実が動かず評価だけが動くなら、訴因変更は原則不要。事実そのものが動くなら、求釈明を経て防御の機会を確保する。今日見てきた罰条変更の理屈とも、根っこは同じです。

論文の型

義務の要件→義務を消す事情→罰条変更の判断枠組み→罪数変動の振り分け、という答案の流れを示す板

⭐ 論文で書く規範:訴因変更命令義務・罰条変更・罪数変動の検討順序 検察官が訴因を変更しない場面で裁判所の義務が問題になるときは、まず二つを確かめる。訴因を変えれば有罪となることが証拠からはっきりしているか、そしてその罪が相当に重いか。満たしても、検察官が求釈明に対して変更しない意思を明確に示し、防御がその主張を前提に組まれているなどの事情があれば、裁判所は求釈明で義務を尽くしたことになり、それ以上の命令義務は無い。罰条だけが訴因記載と異なるときは、訴因により公訴事実が十分明確で防御に実質的な不利益が生じない限り、罰条変更の手続を経ずに別の罰条を適用できる。罪数が変わるときは、事実関係に変動が無ければ訴因変更は原則不要、変動があれば求釈明・訴因変更で防御の機会を確保する。 (最決昭43・11・26、最判昭58・9・6、最判平30・3・19、最決昭53・2・16にもとづく答案の流れ)

まとめると、まず変更すれば有罪が証拠上明らかで、罪が相当重大かを確認します。満たしても、検察官が求釈明に対して変更しない意思を明確に示し、防御もその主張を前提に組まれているなら、裁判所は求釈明で義務を尽くしたことになります。罰条だけが違うときは、事実が十分明確で防御に実質的な不利益が生じない限り、手続なしで別の罰条を適用できます。罪数が変わるときは、事実関係の変動の有無で振り分けます。

今日の地図(保存版)

命令義務の原則・例外・歯止め、罰条変更の原則不要、罪数変動の振り分け、という今日の到達点を一本の軸で束ねて示す板

今日のまとめです。裁判所には、原則として自ら進んで訴因変更を促す義務はありません。しかし、変更すれば有罪であることが証拠上明らかで、罪が相当重大なときは、例外的に義務が生じます。もっとも、検察官が求釈明に対して変更しない意思を明確に示し、防御もその主張を前提に組まれているなどの事情があれば、裁判所は求釈明で義務を尽くしたことになり、それ以上の命令義務はありません。罰条だけが訴因記載と違う場面では、訴因により公訴事実が十分明確で、防御に実質的な不利益が生じない限り、裁判所は罰条変更の手続を経ずに別の罰条を適用できます。罪数の評価が変わる場面では、事実関係に変動が無ければ訴因変更は原則不要、変動があれば求釈明・訴因変更で防御の機会を確保します。

事実に手を入れるときは慎重に、法令の当てはめだけなら裁判所の職責の範囲内、という区別が、今日ずっと流れていましたね。

ページ上部へ ↑

#84単独ページ動画

訴訟条件と3つの出口

第3章 公訴 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴された後、裁判所がまず確かめること

外交官だった被告人・起訴状が届かなかった事件・時効が完成していた事件という三つの謎を並べ、どれも無罪ではないという板

前回まで、検察官がどの訴因で起訴するか、その訴因を変更できるかどうかを見てきました。今日は、これまで前提にしてきた訴訟条件そのものを見ていきます。今日はその訴訟条件を、体系立てて全部見ていきます。起訴された被告人が、実は外交官だった。起訴状が二か月届かなかった。時効がすでに完成していた。どれも「無罪」ではありません。では裁判所は、何と言って手続を終わらせるのか。そして、どれならもう一度起訴できるのか。先に答えを言うと、時効が完成していた場合だけは、処罰する権利そのものが消えているので、もう二度と起訴できません。今日はそこを見ていきます。

訴訟条件とは何か——中身に入る前の門

有罪無罪を決める実体審理に入る前の入口として訴訟条件を位置づけ実体裁判と形式裁判を分ける板

刑事裁判で、裁判所が最終的に判断するのは、有罪か無罪かです。この中身の判断に入るための前提条件が、訴訟条件です。これが欠けていると、裁判所は有罪・無罪の判断そのものに進まず、そこで手続を打ち切ります。ここで大事な区別があります。有罪・無罪という、事件の中身を判断した裁判を実体裁判と呼びます。無罪も、中身に入って判断した結果ですから、実体裁判です。これに対して、中身を判断せず、入口の条件を欠くことを理由に打ち切る裁判を、形式裁判と呼びます。イメージしやすいように、郵便物にたとえてみます。郵便物を、宛先の郵便局に出す場面を考えてください。郵便局の窓口で、そもそも受け付けられない郵便物には、理由がいくつかあります。宛先の管轄区域が違う郵便局に出してしまった。宛名の書き方に不備がある。あるいは、受取人がもう存在しない。どの場合も、窓口では中身を開けて読みません。訴訟条件が欠けているときの裁判所も、これと同じです。起訴状の中身、つまり有罪か無罪かを検討する前に、そもそも受け付けられる事件かどうかを確かめます。

刑事裁判権が及ばない者

外交官や元首には日本の刑事裁判権が及ばず起訴されても公訴棄却の判決になることを示す板

訴訟条件が欠ける典型を、一つ先に見ておきます。外国の元首や外交官には、日本の刑事裁判権が及びません。国際法上の外交特権によるものです。もし外交官が起訴されてしまったら、裁判所は有罪か無罪かを判断せず、裁判権がないことを理由に手続を打ち切ります。この打ち切り方が何と呼ばれるかは、このあとすぐ出てきます。

三つの出口の全体地図

訴訟条件の欠缺から管轄違いの判決公訴棄却の判決公訴棄却の決定免訴の判決という三つの出口へ枝分かれする一覧板

訴訟条件が欠けたときの打ち切り方、つまり出口は、三つに分かれます。一つ、管轄違い。二つ、公訴棄却。これは判決になる場合と決定になる場合の二種類があります。三つ、免訴。三つとも中身を判断しない形式裁判である点は共通しますが、何が欠けているかによって、この三つのどれになるかが決まります。郵便のたとえで言えば、管轄違いは出す場所を間違えた場合、公訴棄却は出し方に不備がある場合、免訴は届け先そのものが消えている場合です。順番に見ていきましょう。

管轄違い——場所を間違えた場合

管轄のない裁判所に起訴されたときは判決で管轄違いを言い渡すという329条の出口を三つの出口の地図の一つ目として示す板

条文刑事訴訟法第329条

刑事訴訟法第329条 被告事件が裁判所の管轄に属しないときは、判決で管轄違の言渡をしなければならない。但し、第二百六十六条第二号の規定により地方裁判所の審判に付された事件については、管轄違の言渡をすることはできない。

一つ目の出口、管轄違いです。管轄のない裁判所に起訴された場合、判決で管轄違いを言い渡します。事物管轄・土地管轄・関連事件管轄といった管轄の中身そのものは、#4で見た内容です。今日は、それが訴訟条件の一つの出口だという位置づけだけ押さえてください。正しい管轄の裁判所に出し直せば、また起訴できます。場所を間違えただけで、事件そのものが処罰できなくなったわけではないからです。

公訴棄却の判決——重く確かめる不備

裁判権欠如公訴取消し後の再起訴同一裁判所への二重起訴手続違反の包括条項という338条の四つの号を並べる板

二つ目の出口、公訴棄却です。まず判決になる場合を見ます。

条文刑事訴訟法第338条

刑事訴訟法第338条 左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。一 被告人に対して裁判権を有しないとき。二 第三百四十条の規定に違反して公訴が提起されたとき。三 公訴の提起があつた事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき。四 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

一号は、さっき見た、裁判権が及ばない者を起訴してしまった場合です。二号は、いったん公訴を取り消した後、新しい重要な証拠が見つからないまま同じ事件をもう一度起訴してしまった場合。三号は、公訴が提起されている事件について、さらに同じ裁判所に重ねて起訴してしまった場合です。四号は、公訴提起の手続そのものが規定に違反して無効になっている場合で、訴因が特定されていない、起訴状に事件と関係のない書類を添付してしまっている、親告罪なのに告訴がない、といった様々な不備がここに入る、幅の広い受け皿の号です。四号は包括的な受け皿の役割を果たします。この四号が実際にどう使われるかは、#78で反則金の手続を経ていない場合として、すでに具体的に見ました。

公訴棄却の決定——窓口で分かる不備

起訴状謄本の不送達罪となるべき事実を欠くこと公訴取消し被告人の死亡や法人の消滅二重起訴という339条の五つの号を並べる板

公訴棄却には、もう一つ、決定になる場合があります。

条文刑事訴訟法第339条

刑事訴訟法第339条 左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない。一 第二百七十一条第二項の規定により公訴の提起がその効力を失つたとき。二 起訴状に記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき。三 公訴が取り消されたとき。四 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき。五 第十条又は第十一条の規定により審判してはならないとき。 前項の決定に対しては、即時抗告をすることができる。

一号は、起訴状の謄本が期間内に送達されなかった場合です。条文を見ておきます。

条文刑事訴訟法第271条

刑事訴訟法第271条 裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならない。 公訴の提起があつた日から二箇月以内に起訴状の謄本が送達されないときは、公訴の提起は、さかのぼつてその効力を失う。

この場合、339条1項1号にあたり、決定で公訴棄却です。二号は、起訴状に書かれた事実がそのとおりだとしても、そもそも犯罪に当たる事実を含んでいない場合。三号は、検察官が公訴を取り消した場合。四号は、被告人が死亡したり、被告人である法人が無くなってしまった場合。五号は、同じ事件を複数の裁判所に起訴してしまうなど、審判してはならないと定められている場合です。この決定には、即時抗告という不服申立てができます。三号の公訴の取消しと、338条三号の同一裁判所への二重起訴は、似ているようで違います。そこは対比しておくと整理しやすいところです。338条三号は、同じ一つの裁判所に、同じ事件を二重に起訴してしまった場合。339条五号は、複数の裁判所に、それぞれ起訴してしまった場合です。同じ裁判所か、複数の裁判所かで、条文が分かれています。

なぜ判決と決定が分かれるのか

一見して明らかでない重い不備は判決で慎重に一見して明らかな軽い不備は決定で足早にという分かれ目を示す板

さっきの郵便局のたとえに戻ります。窓口で、封筒を開けなくても一目で分かる不備は、その場で突き返せます。宛名が書かれていない、差出人自身が取り下げを申し出た、といった不備です。これが決定にあたります。口頭弁論を開かず、資料を見ればすぐ判断できます。他方、封筒を開けて中身を確かめないと分からない不備、つまりそもそも受け付けてよい相手なのか、同じ窓口に二重に出されていないか、手続として無効と言えるかどうかは、慎重に確かめる必要があります。これが判決にあたり、口頭弁論を経て判断します。339条の五つの号は、どれも記録や資料を見ればすぐ確かめられるものです。だから決定で足ります。一方で、338条の四つの号は、裁判権の有無や、手続違反による無効かどうかなど、一見して明らかとは言えず、慎重な確認が必要なものばかりです。だから判決になります。

免訴——処罰する権利そのものが消えている場合

確定判決刑の廃止大赦時効完成という337条の四つの号を並べ処罰権そのものの消滅として位置づける板

三つ目の出口、免訴です。

条文刑事訴訟法第337条

刑事訴訟法第337条 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。一 確定判決を経たとき。二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。三 大赦があつたとき。四 時効が完成したとき。

一号は、同じ事件についてすでに確定判決が出ている場合。一度確定した事件を、もう一度裁くことは許されません。二号は、犯罪の後、法令が改正されてその行為に対する刑が廃止された場合。三号は、大赦があった場合です。大赦とは、政令で定める罪について一律に赦免する制度で、恩赦法に定めがあります。

条文恩赦法第3条2号

恩赦法第3条2号 まだ有罪の言渡を受けない者については、公訴権は、消滅する。

まだ有罪判決を受けていない段階で大赦があれば、公訴権そのものが消滅します。四号は、公訴時効が完成した場合です。今日は337条の中の一つの事由として名前だけ押さえてください。免訴の四つの号は、いずれも個別に限られた事由です。338条四号のように、手続の違反を広く受け止める包括条項は、免訴にはありません。受取人がもう存在しない、あるいは受け取る権利自体が消えている場合です。確定判決を経た、刑が廃止された、大赦があった、時効が完成した。どれも、処罰する権利そのものが、すでに消えてしまっている状態です。だから免訴は、管轄違いや公訴棄却とは、少し性質が違います。なお、条文には無いものの、裁判所が手続を打ち切るべきだとされた例もあります。審理が異常なまでに長期化し、迅速な裁判を受ける権利が害されたという事案で、最高裁は、憲法が保障する迅速な裁判を受ける権利が害された異常な事態があれば、対処する具体的な規定がなくても手続を打ち切ってよい、としました。337条4号に準じて免訴とした第一審の判断を、最高裁が是認した事件です。条文にない事由での打ち切りという意味で、非類型的訴訟条件と呼ばれます。深入りはしませんが、頭の片隅に置いておいてください。

三つの出口を比較する——再訴できるか

管轄違いは再訴可能公訴棄却は再訴可能免訴だけ再訴不可という比較を一事不再理効との連動として示す一覧板

ここで三つの出口を並べて比較します。管轄違いは、正しい管轄の裁判所に出し直せば、再び起訴できます。公訴棄却も、判決の場合・決定の場合とも、欠けていた条件を備えれば、再び起訴できます。手続の不備を直せばやり直せる、という点で二つは共通しています。免訴だけは、再び起訴することができません。理由は、さっきの郵便物のたとえのとおりです。管轄違いも公訴棄却も、起訴の仕方、つまり手続の側に不備があるだけで、処罰する権利自体は生きています。ところが免訴事由は、確定判決・刑の廃止・大赦・時効完成のどれも、処罰する権利そのものが消えている場合です。権利が消えている以上、出し方をどう直しても、もう届けようがありません。冒頭の事件で言えば、起訴状の謄本が二か月届かなかった事件は、公訴棄却の決定で終わっても、改めて起訴して謄本を届け直せば足ります。時効が完成していた事件は、免訴で終わり、もう起訴できません。

免訴は、一事不再理効が働く場面と同じように、一度限りで終わりという効き方をします。管轄違いや公訴棄却が「その起訴のやり方」の不備にとどまるのに対して、免訴だけは「この事件を処罰できるかどうか」そのものに関わるからです。

何を基準に訴訟条件を判断するか

検察官の訴因が脅迫裁判所の心証が名誉毀損告訴なしという場面で心証基準なら公訴棄却訴因基準なら実体審理へという分岐図

ここまで、訴訟条件が欠けたときの出口を見てきました。では、そもそも訴訟条件が欠けているかどうかは、何を基準に判断するのでしょうか?#78で見たことを、思い出せますか?#78で見た話ですよね。裁判所の心証ではなく、訴因を基準にする、という。#78で確認したとおり、審判の対象は訴因です。そこから、訴訟条件を具備しているかどうかも、裁判所の実体審理の対象である訴因を基準として判断すべきだ、というのが通説です。審判の対象になっているのは、検察官が構成した訴因であって、裁判所の胸の内の心証ではありません。だから、その入口の条件である訴訟条件も、訴因を基準に見るのが筋が通っています。郵便局の窓口が、局員の思い込みではなく、封筒に実際に書かれた宛名で受け付けるかどうかを決めるのと同じです。#78では、この物差しを訴因変更という一つの場面に当てて見ましたが、今日はこの物差しが、訴因変更が絡まない場面でも常に働く一般論だということを確認します。

⭐ 論文で書く規範:訴訟条件の判断基準 訴訟条件を具備しているか否かは、裁判所の実体審理の対象である訴因を基準として判断すべきである。 (通説の規範(出どころ=審判対象は訴因であることからの解釈上の帰結))

#78のカードは、この物差しを、訴因変更の時点の問題に当てた東京地裁の裁判例を整理したものでした。今日のカードは、その土台になっている物差しだけを取り出したものです。例えば、こういう場面です。検察官が、脅迫罪の訴因で被告人を起訴しました。脅迫罪は親告罪ではありません。ところが審理が進むと、裁判所は、この事実は脅迫ではなく名誉毀損にあたるという心証を抱きます。名誉毀損は親告罪です。そして、この事件には告訴がありません。心証を基準にすれば、告訴の無い名誉毀損の事実として、直ちに公訴棄却になります。ですが、訴因を基準にすると、答えは変わります。審判の対象になっている訴因は、あくまで脅迫罪です。脅迫罪には告訴は要りません。だから訴訟条件は具備しており、直ちに公訴棄却にはならず、実体審理を続けます。

そのまま脅迫の訴因で無罪にしてしまうのは、実務上は避けたい結果です。そこで裁判所は、検察官に対して、訴因を名誉毀損に変更しないか、#82で見た求釈明という形で気づかせる措置を取ります。訴因を変更するかどうかは、あくまで検察官の判断です。大事なのは、訴訟条件の充足は、心証ではなく訴因を基準に見る、という物差しが、訴因変更の場面に限らず、いつでも働いているということです。

欠けていた訴訟条件は後から治せるか——告訴の場合

起訴の時点で告訴が無ければ後から告訴を得ても原則として足りないという告訴の追完の結論を示す板

訴訟条件が起訴の時点で欠けていたとき、後から補って治せるかという問題があります。まず、親告罪なのに告訴がないまま起訴してしまい、後から告訴を得た場合です。起訴の時点で欠けていた告訴は、後から得ても、原則として足りません。そのうえで、被告人が同意するなら追完を認めてよい、というように、被告人の同意が結論を分ける軸になる、と#70で整理しました。被告人の同意で分かれるのは、告訴を欠いた起訴を公訴棄却で打ち切ってもらえること自体が、被告人の側の利益だからです。その被告人が、このまま審理してほしいと言うなら、いったん打ち切って起訴し直す意味は乏しい、というわけです。

欠けていた訴訟条件は後から治せるか——訴因を入れ替えた場合

窃盗の訴因で起訴された事実が審理の中で親族相盗の特例にあたると分かり訴因の一部が変更され特例の適用のない事実が認定された経過を示す関係図

ところが、似たような場面で、違う筋道をとった判断があります。こういう経過の事件です。被告人は、窃盗罪の訴因で起訴されました。窃盗罪は、それだけなら親告罪ではありません。ところが審理が進むうちに、起訴状に書かれた窃盗の事実が、刑法の親族相盗の特例、#70で告訴の不可分の例外として見た規定、つまり親族の間の窃盗について告訴がなければ公訴を提起できないとする定めにあたることが明らかになりました。告訴はありません。そこで検察官は、訴因の一部について訴因変更の手続をとり、裁判所は、その特例が適用されない新しい訴因事実を認定しました。

告訴を欠いたまま親告罪にあたる部分を扱うという点では、告訴の追完と同じ構図に見えます。ですが、ここで最高裁が述べたことは、二つに分かれます。一つは、もとの訴因が訴訟条件を欠いていても、訴因を変更すること自体は許される、ということ。もう一つは、変更して認定された新しい事実の部分については、起訴がもともと有効だった、ということです。

判例最高裁判所第二小法廷 昭和29年9月8日決定(刑集8巻9号1471頁)

訴因の一部変更と告訴の要否 本件公訴にかかる窃盗の事実が、刑法二四四条一項後段の親告罪であるか否かは、最終的には、裁判所により事実審理の結果をまつて、判定さるべきものであり、必ずしも起訴状記載の訴因に拘束されるものではない。……本来の訴因が右の如く訴訟条件を欠くからといつて、現行法上、それだけで訴因の変更、追加を絶対に許さないとする理由は何ら存しない……刑法二四四条の適用のない新しい訴因事実が裁判所により認定され、確定されたのであるから、その部分に関する限り本件被告事件は、本来、親告罪でなかつた訳であり、従つてこの点に関する本件起訴手続は、告訴がなくても、もともと、有効であつて無効でなかつたことに帰するのである。

ここは注意が要るところです。この決定が述べているのは、後から欠けていたものを埋めた、という話ではありません。訴因変更によって新たに認定・確定された事実の部分は、親族相盗の特例にあたらない、つまりもともと親告罪ではなかった、という判断です。親告罪でなかった以上、その部分の起訴の手続は、告訴がなくても、初めから有効だったことになる。「後から治った」のではなく、「もともと欠けていなかった」という理屈です。だからこそ、結論が逆になります。告訴の追完は、足りないものを後から補おうとして、原則として足りないとされました。今回は、訴因を入れ替えた結果、その部分は最初から告訴の要らない事実だったと確定したので、有効です。この区別が、今日の眼目です。

この決定は、さっきの訴因基準説とつながっています。結論の部分は、訴因基準説で説明できます。入れ替えた後の訴因は、特例の適用のない窃盗です。基準になる訴因がこれなら、告訴は要りません。訴因が変われば、訴訟条件も一緒に変わるわけです。ただ、もとの訴因が条件を欠いていたと分かったのは、起訴状の書き方からではなく、審理で明らかになった事実からでした。この決定も冒頭で、親告罪かどうかは最終的には審理の結果を見て判定され、必ずしも起訴状の訴因に縛られない、と述べています。さっきの脅迫と名誉毀損の場面で言えば、心証の側に寄った見方です。ここが訴因基準説と緊張するところで、この決定そのものが訴因基準説を採ったわけではありません。

検察官が起訴の前に確かめること

三つの出口を裏返した点検表として裁判権二重起訴手続の適法性確定判決刑の廃止大赦時効を並べる板

最後に、今日見てきた出口を、検察官の側から裏返してみます。検察官は、起訴する前に、これまで見てきた訴訟条件を一通り確かめておく必要があります。管轄のある裁判所に起訴しているか。被告人に裁判権が及ぶか。同じ事件を二重に起訴していないか。公訴提起の手続に不備がないか、親告罪なら告訴はあるか。起訴状の謄本はきちんと送達されるか。被告人は生存しているか、法人なら存続しているか。そして、確定判決を経ていないか、刑が廃止されていないか、大赦がないか、時効が完成していないか。この点検を怠ると、今日見てきたどれかの出口で、手続が打ち切られてしまいます。

今日の地図(保存版)

訴訟条件の意義三つの出口再訴可否訴因基準説瑕疵の治癒を郵便物の差し戻しという一本の軸でまとめる板

今日のまとめです。有罪か無罪かという中身を判断する前に、裁判所はまず訴訟条件が揃っているかを確かめます。欠けていれば、中身に入らず手続を打ち切る形式裁判になります。出口は三つ。管轄違い、公訴棄却、そして免訴です。公訴棄却には、判決と決定の二つがあります。判決と決定は、欠缺が一見して明らかかどうかで分かれます。管轄違いと公訴棄却は、手続の不備を直せば再び起訴できますが、免訴だけは、処罰する権利そのものが消えているため、再び起訴することができません。そして、訴訟条件が揃っているかどうかは、裁判所の心証ではなく、審判対象である訴因を基準に判断します。欠けていた条件は、後から埋めても原則として足りませんが、訴因そのものが入れ替わって、初めから欠けていなかったことになる場合とは区別されます。

起訴された後の話だと思っていましたが、検察官が起訴する前に確かめるべきことでもあるんですね。訴訟条件は、裁判所が事件を受け取る側の入口であると同時に、検察官が事件を送り出す側の点検事項でもあります。

ページ上部へ ↑

#85単独ページ動画

公訴時効の起算点と停止

第3章 公訴 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

犯人が分かっても裁けない時

賞味期限スタンプの押された商品を並べ犯人が判明していても時計が尽きれば裁けないという公訴時効の疑問を提示する板

前回、訴訟条件の三つの出口の一つとして、時効が完成した場合を名前だけ挙げました。三つの出口、覚えていますか? 今日は、その中身に入ります。犯人が分かっていても時間が経てば裁けなくなるという点が、今日の出発点です。時効が数えているのは、有罪か無罪かではなく、検察官が起訴できる権利、つまり公訴権の寿命です。いつから数え始めて、何年で尽きるのか。そして、その時計を止める方法はあるのか。ここを順番に見ていきます。

公訴時効とは・刑の時効との違い

起訴する前の公訴時効と判決確定後の刑の時効を確定判決の有無で分ける対比板 図:起訴する前の公訴時効と判決確定後の刑の時効を確定判決の有無で分ける対比板

公訴時効とは、一定の期間が経過することで、検察官の公訴権、つまり起訴する権利を消滅させる制度です。時効が完成すると、裁判所は有罪か無罪かを判断せず、免訴の判決で手続を打ち切ります。前回見た337条4号です。刑法31条以下の刑の時効と、混同しやすいところです。分かれ目は、確定判決があるかどうかです。公訴時効は、まだ起訴すらしていない、あるいは起訴したけれど確定判決に至っていない段階で、起訴する権利そのものが消える話です。刑の時効は、いったん有罪の判決が確定した後、その刑を執行する権利が消える話です。

公訴時効の趣旨——なぜ時間が経つと裁けなくなるのか

実体法説処罰の必要性の減少訴訟法説証拠の散逸競合説両方プラス政策的判断という三学説を並べる板

この点は、学説がいくつかに分かれます。一つ目は実体法説です。時間が経つほど、犯人の社会的な制裁や反省が進み、処罰の必要性そのものが薄れていく、という考え方です。二つ目は訴訟法説です。時間が経つほど、証拠、たとえば目撃者の記憶や物的証拠が失われ、公正な裁判ができなくなる、という考え方です。三つ目は、両方の理由に加えて、いつまでも訴追の可能性を残すのは望ましくないという政策的な判断も踏まえる、競合説です。判例も、一つの説だけを採るとは言い切っていません。最高裁は、公訴時効制度の趣旨をこう述べています。

判例最高裁判所第一小法廷 平成27年12月3日判決(刑集69巻8号815頁)

公訴時効制度の趣旨 公訴時効制度の趣旨は、時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。

処罰の必要性、つまり実体法説が挙げる理由と、法的安定性、つまり訴訟法説が挙げる理由の両方を調和させる、という言い方です。どちらか一方に絞らず、両方を根拠として説明していると読めます。

250条の期間表——法定刑の重さで機械的に決まる

人を死亡させた罪であって死刑にあたるものだけが時効なしで残りは法定刑の重さに応じた期間になる区分板

時効の期間は、その罪の法定刑の重さに応じて、機械的に決まります。250条を見てみましょう。まず1項です。

条文刑事訴訟法第250条第1項

刑事訴訟法第250条第1項 時効は、人を死亡させた罪であつて拘禁刑に当たるものについては、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。 一 無期拘禁刑に当たる罪については三十年 二 長期二十年の拘禁刑に当たる罪については二十年 三 前二号に掲げる罪以外の罪については十年

死亡という結果を伴う罪のうち、法定刑が拘禁刑にとどまるものが対象です。長期というのは、緊急逮捕の回でも見た、法定刑の上限のことです。無期拘禁刑にあたる罪は期間が最も長く三十年、長期二十年の拘禁刑にあたる罪は二十年、それ以外は十年という、三段階になっています。たとえば傷害致死なら、上限が二十年なので、期間も二十年です。次に2項を見てみましょう。

条文刑事訴訟法第250条第2項

刑事訴訟法第250条第2項 時効は、人を死亡させた罪であつて拘禁刑以上の刑に当たるもの以外の罪については、次に掲げる期間を経過することによつて完成する。 一 死刑に当たる罪については二十五年 二 無期拘禁刑に当たる罪については十五年 三 長期十五年以上の拘禁刑に当たる罪については十年 四 長期十五年未満の拘禁刑に当たる罪については七年 五 長期十年未満の拘禁刑に当たる罪については五年 六 長期五年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪については三年 七 拘留又は科料に当たる罪については一年

2項は、人を死亡させた罪のうち、拘禁刑にあたるもの、つまり1項の対象と、死刑にあたるものの両方を除いた、それ以外すべての罪を対象にします。人を死亡させていない罪の大半が、ここに入ります。死刑にあたる罪の二十五年から、拘留・科料にあたる罪の一年まで、法定刑が軽くなるにつれて期間も短くなる、七段階です。たとえば空き巣の窃盗は、上限が十年なので、四号の七年です。良い点に気づきましたね。2項は、死亡という結果を伴わない罪も対象にしています。人が死ななくても死刑がありうる罪、放火のような罪です。そうした罪は、死亡結果が無いので1項には入らず、2項の中で「死刑に当たる罪」として二十五年という期間が定められています。

殺人のように、死亡という結果があり、かつ法定刑に死刑が含まれる罪は、1項からも2項からも外れます。期間の定めがどこにも無い、つまり時効がない、ということです。平成22年の改正で、この扱いが導入されました。

平成22年改正で人を死亡させた罪であって死刑にあたるものの時効をなくした理由を整理する板

なぜ、この種の罪だけ時効をなくしたのか。人の命を奪った罪では、遺族の処罰を求める気持ちが時が経っても薄れにくく、DNA型鑑定のように古い証拠から犯人を割り出す技術も進みました。さっき見た二つの理由、処罰の必要性が薄れることと証拠が失われることが、この種の罪では当てはまりにくくなった、ということです。冒頭の、逃げ得ではないかという疑問に、法律の側が応えたわけです。そう言えます。殺人の法定刑には拘禁刑も含まれますが、それでも1項にも2項にも入らないのは、251条が関わるからです。殺人罪の法定刑は、刑法199条で死刑又は無期若しくは五年以上の拘禁刑と定められていて、死刑も拘禁刑も、どちらも含まれています。

条文刑事訴訟法第251条

刑事訴訟法第251条 二以上の主刑を併科し、又は二以上の主刑中その一を科すべき罪については、その重い刑に従つて、前条の規定を適用する。

殺人のように、死刑・無期拘禁刑・拘禁刑のいずれかを言い渡しうる罪は、そのうち最も重い刑、つまり死刑を基準にして、250条を適用します。だから、殺人は拘禁刑にあたる罪としてではなく、死刑にあたる罪として扱われます。そのため、1項にも入らず、2項からも除かれます。重い罪ほど、処罰の必要性が長く残ると考えられているので期間が長く設定され、死亡結果があってなお死刑がありうる罪だけは、期間そのものが定められていません。続いて、3項を見てみましょう。令和5年の改正で新設された、性犯罪に関する特則です。

令和5年改正で新設された性犯罪の時効特則である3項の期間区分と被害者が18歳未満の場合に加算する4項の図

条文刑事訴訟法第250条第3項第一号

刑事訴訟法第250条第3項(第一号) 前項の規定にかかわらず、次の各号に掲げる罪についての時効は、当該各号に定める期間を経過することによつて完成する。 一 刑法第百八十一条の罪(人を負傷させたときに限る。)若しくは同法第二百四十一条第一項の罪又は盗犯等の防止及び処分に関する法律(昭和五年法律第九号)第四条の罪(同項の罪に係る部分に限る。) 二十年

一号は、不同意わいせつ等致傷にあたる罪、強盗・不同意性交等の罪、盗犯等防止法の一定の罪について、二十年という期間を定めています。

条文刑事訴訟法第250条第3項第二号・第三号

刑事訴訟法第250条第3項(第二号・第三号) 二 刑法第百七十七条若しくは第百七十九条第二項の罪又はこれらの罪の未遂罪 十五年 三 刑法第百七十六条若しくは第百七十九条第一項の罪若しくはこれらの罪の未遂罪又は児童福祉法第六十条第一項の罪(自己を相手方として淫行をさせる行為に係るものに限る。) 十二年

二号は、不同意性交等の罪と監護者性交等の罪、それぞれの未遂を含めて十五年。三号は、不同意わいせつの罪と監護者わいせつの罪、それぞれの未遂、それに児童福祉法の淫行させる行為の罪について、十二年です。罪の種類ごとに、二十年・十五年・十二年という段階があるんです。続いて4項です。

条文刑事訴訟法第250条第4項

刑事訴訟法第250条第4項 前二項の規定にかかわらず、前項各号に掲げる罪について、その被害者が犯罪行為が終わつた時に十八歳未満である場合における時効は、当該各号に定める期間に当該犯罪行為が終わつた時から当該被害者が十八歳に達する日までの期間に相当する期間を加算した期間を経過することによつて完成する。

4項は、3項の各号にあたる罪について、犯罪行為が終わった時点で被害者が十八歳未満であれば、その号で定められた期間に、被害者が十八歳に達する日までの期間を加算する、という定めです。被害を訴え出るまでに時間がかかりやすい被害者の事情に配慮した規定です。

起算点——いつから数え始めるか

犯罪行為が終わった時から進行するが結果犯は結果発生時から進行するという起算点の分岐板

期間の長さが分かっても、いつから数え始めるかが決まらなければ、時効は完成しません。253条を見てみましょう。

条文刑事訴訟法第253条

刑事訴訟法第253条 時効は、犯罪行為が終つた時から進行する。 共犯の場合には、最終の行為が終つた時から、すべての共犯に対して時効の期間を起算する。

そこは253条とは別に、期間の数え方そのものを定めた規定があります。55条1項です。

条文刑事訴訟法第55条第1項

刑事訴訟法第55条第1項 期間の計算については、時で計算するものは、即時からこれを起算し、日、月又は年で計算するものは、初日を算入しない。但し、時効期間の初日は、時間を論じないで一日としてこれを計算する。

期間を日・月・年で数えるときは、原則として初日を算入しません。ですが、時効期間だけは例外で、初日を時間にかかわらず一日として数えます。原則はそのとおりです。ただし、結果が出て初めて処罰の必要性の大きさが決まる罪、たとえば人を死亡させる結果を伴う罪は、行為の時点ではなく、結果が発生した時点から進行が始まります。この考え方を示したのが、最高裁の決定です。

判例最高裁判所第三小法廷 昭和63年2月29日決定(刑集42巻2号314頁)

「犯罪行為」の意味——結果を含む 「犯罪行為」とは、刑法各本条所定の結果をも含む趣旨と解するのが相当である。

この事件は、工場が有害物質を含む排水を流し続け、それを摂取した住民が、排水の後、長い年月を経てから死亡した、という事案です。行為、つまり排水そのものは何年も前に終わっていますが、死亡という結果が出たのは後になってからです。最高裁は、「犯罪行為」には結果も含まれると解釈し、結果が発生した時点から時効が進行すると判断しました。1個の行為から複数の被害者に結果が生じた場合も、一体として観察し、最後の被害者に結果が生じた時点から、全員について時効の進行が始まると考えられています。被害者ごとにばらばらに数えると、同じ行為なのに時効の完成時期が被害者ごとに違ってしまい、不自然だからです。253条2項の共犯の起算も同じ発想で、最後の共犯者の行為が終わった時から、全員について一律に数えます。結果犯における起算点の判断は、論文でも論点になりうるところです。

一罪として扱うなら基準も統一する——科刑上一罪の時効期間

一個の行為から生じた複数の罪を一体観察し最も重い罪の時効期間で統一するという判別図

もう一つ、期間の計算で問題になる場面があります。1個の行為から複数の罪が成立し、それらが科刑上一罪、つまり別々の罪であっても刑を科すときは一体として扱われる関係として扱われる場合です。手段と結果の関係にある牽連犯や、一個の行為が複数の罪にあたる観念的競合がこれにあたり、刑法54条1項は、そのときは最も重い刑により処断すると定めています。中身の罪数論自体は刑法の範囲なので今日は立ち入りませんが、たとえば1個の行為が二つの罪にあたり、それぞれ法定刑も時効期間も違う場合、時効期間はどちらを基準にするのかが問題になります。最高裁はこう述べています。

判例最高裁判所第一小法廷 昭和41年4月21日判決(刑集20巻4号275頁)

科刑上一罪の時効期間の算定基準 科刑上一罪として取り扱うものであるから、公訴の時効期間算定については、各別に論ずることなく、これを一体として観察し、その最も重い罪の刑につき定めた時効期間によるを相当とする。

各罪を別々に扱わず、一体として観察したうえで、最も重い罪の刑を基準に時効期間を決める、という判断です。一罪として起訴・処罰する以上、時効期間も一つに統一するのが筋だ、という考え方です。殺人と放火が、一個の行為で成立します。放火だけなら、さっきの2項で二十五年ですが、最も重い殺人を基準にするので、全体として時効はありません。ここも、論文で当てはめが問われうる論点です。

遡って時効をなくすことは許されるか——憲法39条

平成22年改正で時効が完成していない事件に時効廃止を適用しても行為時点の評価は変えていないので憲法39条に反しないという説明板

さっき、人を死亡させた罪で死刑にあたるものは時効がない、と説明しました。この扱いは、平成22年の改正で導入されました。ここで一つ、疑問が出ます。改正の時点で、まだ時効が完成していない事件については、新しい規定、つまり時効なしが適用されます。ここで、憲法39条が問題になります。時効を遡って延長・廃止することが、この事後法の禁止に触れるのではないかが争われました。最高裁はこう判断しています。

判例最高裁判所第一小法廷 平成27年12月3日判決(刑集69巻8号815頁)

遡って時効を廃止することと憲法39条 行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。

時効の規定を変えても、行為の時点でその行為がどれだけ悪いか、責任がどれだけ重いかという評価自体は変わっていません。変わるのは、その罪を処罰できる期間という、手続の面だけです。だから、憲法39条には反しない、という判断です。

時効の停止——起訴で止まる

公訴の提起で時計が止まり管轄違いや公訴棄却の裁判確定でまた動き出す254条の停止と再進行の図

ここまでは、時効の時計が止まらずに進んだ場合の話でした。ここからは、時計を止める方法を見ていきます。まず254条です。

条文刑事訴訟法第254条

刑事訴訟法第254条 時効は、当該事件についてした公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違又は公訴棄却の裁判が確定した時からその進行を始める。 共犯の一人に対してした公訴の提起による時効の停止は、他の共犯に対してその効力を有する。この場合において、停止した時効は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める。

時効の時計を止めるのは、検察官が公訴という形で、処罰する意思を対外的に示したことです。逮捕は捜査機関の身柄確保の手段であって、検察官が訴追するという意思表示そのものではありません。だから、逮捕だけでは止まらず、起訴して初めて止まります。止まる範囲は、起訴した事件と、旧訴因と新訴因を比べる物差しである公訴事実の同一性が認められる範囲全体です。訴訟条件と訴因変更の回で、詐欺で起訴した後に横領へ変えても、起訴の時点で止まったままだと見た話です。そして、管轄違いや公訴棄却の裁判が確定すれば、また時計が動き出します。倉庫に一時的に置かれて、出荷し直せる状態に戻ったら、また賞味期限のカウントが再開する、というイメージです。

2項の、共犯の一人を起訴すると他の共犯にも止まる、というのは、なぜですか。一人の共犯を起訴した時点で、検察官はその事件全体について訴追する意思を示していると考えられるからです。他の共犯者が起訴されていないからといって、その共犯者についてだけ時効が先に完成してしまうのは不均衡です。ですから、一人への起訴で、他の共犯者に対しても停止の効力が及びます。この、一人への効力が共犯全員に及ぶという構造は、親告罪の告訴を扱った回で見た、共犯の一人への告訴が他の共犯にも及ぶ主観的不可分の原則と、形はよく似ています。もっとも、告訴の不可分と時効の停止は別の制度なので、同じものと考えないでください。逮捕では止まらず起訴で止まるのは、時効が数えているのが、検察官が起訴できる権利、公訴権の寿命だからです。

時効の停止——国外在住・逃げ隠れで止まる

犯人が国外にいる期間や逃げ隠れて起訴状謄本を送達できない期間は捜査機関の認識を問わず停止するという255条の図

もう一つの停止事由が、255条です。

条文刑事訴訟法第255条1項

刑事訴訟法第255条1項 犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、時効は、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間その進行を停止する。

犯人が国外にいる期間、または逃げ隠れて起訴状謄本の送達・略式命令の告知ができなかった期間は、その間、時効が停止します。ここで一つ、実務上重要な判断があります。国外にいる間、停止するかどうかに、捜査機関がその犯人の存在や犯罪を知っていたかどうかは関係するのでしょうか。最高裁は、捜査機関が知っていたかどうかで区別しない、としました。

判例最高裁判所第三小法廷 昭和37年9月18日判決(刑集16巻9号1386頁)

国外在住による停止——主観要件は不要 捜査官において犯罪の発生またはその犯人を知ると否とを問わず、犯人の国外にいる期間、公訴時効の進行を停止すると解することには、十分な合理的根拠がある。

捜査機関が知っていたかどうかにかかわらず、犯人が国外にいる期間は、単純に停止する、という判断です。国外にいる間は、事実上、起訴状の送達や身柄の確保が難しいという客観的な事情そのものが理由になっているからです。短い渡航の扱いについても、最高裁の判断があります。

判例最高裁判所第一小法廷 平成21年10月20日決定(刑集63巻8号1052頁)

一時的な海外渡航でも停止する 犯人が国外にいる間は、それが一時的な海外渡航による場合であっても、刑訴法255条1項により公訴時効はその進行を停止すると解される。

短期間の旅行のような一時的な渡航であっても、国外にいる間は停止する、という判断です。条文は国外にいる期間とだけ書いていて、長さで区別していませんし、国外にいる間は日本の捜査の手が届かないという事情は、短い渡航でも変わらないからです。配送先が海外にあって配達員が追跡できない期間は、その日数がどれだけ短くても、追跡できない期間としてカウントを止める、というイメージに近いものです。

起訴に不備があっても、一旦は時効が止まる

起訴状謄本が届かなかった場合や訴因が特定不十分な場合でも検察官の訴追意思の表明があれば一旦は停止するという2類型の図

ここで、少し応用的な場面を見ておきます。起訴そのものに不備があった場合でも、時効はいったん止まるのでしょうか。前回、起訴状の謄本が2か月以内に届かないと、公訴の提起がさかのぼって効力を失う、という271条2項を見ました。あの271条2項が働いて、公訴棄却の決定で終わった場合を考えてみます。この場合、公訴の提起は遡って効力を失いますが、決定が確定するまでの間、時効はどう扱われるのでしょうか。254条1項は、公訴の提起があれば止まる、としか書いておらず、後になって提起が無効になった場合を区別していません。そこで、決定が確定するまでの間は、いったん停止していたと扱われます。

同じ発想が、訴因の特定が不十分な起訴にも及びます。訴因が具体的に特定されていない起訴であっても、検察官が起訴という形で処罰の意思を示している以上、訴追の意思の表明そのものは存在します。ですから、訴因不特定を理由に後から公訴棄却になったとしても、それまでの間は一旦停止していたと扱われます。止まるかどうかの決め手は、起訴の中身が完璧かどうかではなく、検察官が訴追の意思を対外的に表明したかどうかです。この発想は、被告人の氏名が不詳のまま起訴された場合にも同じように及びます。被告人を特定する記載があれば、氏名が分からなくても起訴として有効に扱われますが、その場合も、検察官が訴追の意思を表明している点は変わりません。ですから、氏名不詳のまま起訴されていても、時効は同じ理屈で停止すると考えられます。

今日の地図(保存版)

公訴権の寿命という一本の軸で趣旨期間起算点停止をまとめる板 図:公訴権の寿命という一本の軸で趣旨期間起算点停止をまとめる板

今日のまとめです。公訴時効が数えているのは、有罪か無罪かではなく、検察官が起訴できる権利、公訴権の寿命です。だから時効が完成しても、それは無罪ではなく免訴、中身を判断しない形式裁判です。刑の時効とは、確定判決の有無で区別されます。期間は、250条で法定刑の重さに応じて機械的に決まり、人を死亡させた罪で死刑にあたるものは時効がありません。起算点は、犯罪行為が終わった時が原則ですが、結果犯は結果発生時から進行します。科刑上一罪なら、最も重い罪の刑を基準に一体で扱います。そして、平成22年改正による時効廃止を遡って適用しても、行為時点の評価自体を変えるものではないので、憲法39条には反しません。時計を止める方法は、起訴による停止、国外在住・逃げ隠れによる停止の二つです。どちらも、検察官が動ける状態が欠けている、あるいは訴追の意思を表明した、という点が共通しています。起訴に不備があっても、訴追の意思の表明自体は変わらないので、いったんは停止します。

公訴権にも寿命があり、その寿命は法定刑の重さで決まる期間と、結果の発生や検察官の訴追行為によって測られます。単純な「逃げ得」ではなく、証拠の散逸や処罰の必要性といった理由に支えられた制度だということが、見えてきたと思います。

ページ上部へ ↑

第4章公判手続

#86単独ページ動画

起訴後、裁判所がすること

第4章 公判手続 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

起訴されたら、もう裁判は始まっている?

起訴状提出から第1回公判期日までの間に裁判所が必ず行う知らせる呼び出すの二段階を示す板

ここまで、起訴するかどうか、そして起訴が訴訟条件を満たすかどうかを見てきました。今日から、起訴された事件がどう裁判にかけられるかという章に入ります。実は、起訴から最初の法廷までの間には、欠かせない作業が挟まっています。起訴状が裁判所に届いてから、最初の公判の日を迎えるまでの間に、被告人が何もしなくても、裁判所が必ずやらなければならないことが3つあります。何を訴えられているかを知らせること、どんな権利があるかを知らせること、そしていつ来るべきかを呼び出すことです。今日は、この3つを見ていきます。

公判手続とは——広い意味と狭い意味

起訴から確定までを含む広義の公判手続と公判期日公判廷での手続だけを指す狭義の公判手続を包含関係で示す板

「公判手続」という言葉は、実は2つの広さで使われます。広い意味では、起訴で事件が裁判所に係属した時点に始まり、判決などの裁判が確定するまでに行われる手続のすべてを指します。今日これから見る準備段階や、判決の後の上訴まで含みます。だから、狭い意味の使い方も区別しておく必要があります。狭い意味では、裁判長が定めた公判期日に、公開された法廷である公判廷で行われる手続だけを指します。この章では、主に狭い意味の公判手続に向けて、裁判所が何を準備するかを見ていきます。公判期日に行われる証拠調べなどの取調は、公判廷で行うと条文で定められています。

条文刑事訴訟法第282条第1項

刑事訴訟法第282条第1項 公判期日における取調は、公判廷でこれを行う。

判決の言渡しは取調そのものには含まれませんが、別の規定によって、やはり公判廷で行うと定められています。法廷という公開された場所で行うという点は共通しています。

公判準備の地図——事前準備と公判前整理手続

すべての事件で行う事前準備と充実した計画審理のための公判前整理手続という公判準備の二本立てと公判中心主義の関係を示す板

公判期日を開く前には、公判準備という段階があります。公判期日の審理をきちんと進めるために、裁判所や検察官・弁護人が行う準備のことです。大きく2種類あります。1つは、すべての事件で行われる事前準備です。もう1つは、争点が複雑な事件などで、充実した、継続的で計画的な審理のために行われる公判前整理手続です。この章では、まず事前準備の側、それも裁判所が主体になる部分を見ます。この準備を手厚くする流れは、シリーズの最初の回で名前を出した公判中心主義とつながっています。捜査段階で作られた調書に頼るのではなく、公判の証拠調べそのもので心証を形成しようという考え方です。審理に2日以上かかる事件については、できる限り連日開廷して続けて審理する、と281条の6が定めています。

起訴状が裁判所に届くと——受訴裁判所への係属

検察官が起訴状を提出し書記官が受領すると事件が係属し事務分配規程で機械的に受訴裁判所へ配分される流れ板

検察官が起訴状を裁判所に提出すると、裁判所書記官がこれを受け取ります。受け取った時点で起訴状は受理され、事件は裁判所に係属した、と言います。その事件が、この裁判所で扱われる状態になった、という意味です。あらかじめ定められた事務分配の規程に従って、機械的に各部・各係へ配分されます。その事件を担当することになった単独の裁判官、あるいは合議体を、受訴裁判所と呼びます。もし担当を誰かが自由に選べるとしたら、都合のいい裁判官に事件を割り振ることもできてしまいます。誰が裁判をするかをあらかじめ決まった規程だけで決めておくことで、そうした操作を防いでいます。

起訴状謄本の送達——裁判所の最初の仕事

起訴状謄本の送達が適正手続の告知にあたり被告人が防御の準備に取りかかる出発点になるという図

思い出してください。3章の訴訟条件の回で、271条2項が定める、起訴状の謄本が2か月以内に届かないと起訴が遡って効力を失うという出口を見ましたね。では、その謄本を届けるのは、誰の仕事でしょうか?事件が係属したら、裁判所がまず行うのが、起訴状の謄本を被告人に送り届けることです。今日は、同じ条文を、届ける裁判所の仕事という角度から見ていきます。例えば、Aさんがコンビニで商品を万引きし、窃盗罪で地方裁判所に起訴されたとします。逮捕はされず、自宅で普段どおり暮らしているAさんのもとに、ある日、裁判所から封書が届きます。中身は起訴状の写し、つまり起訴状の謄本です。法律で決まった方式で書類を相手に確実に届けることを、送達と呼びます。

ただの事務連絡ではありません。被告人は、起訴状の謄本を受け取って初めて、自分が何を訴えられているのかを正確に知ります。何を訴えられているか分からなければ、弁護士に相談することも、証拠を集めることも、防御の準備を何一つ始められません。届けるという行為そのものが、適正な手続で言うところの「告知」にあたり、被告人の防御が始まる出発点になっています。だからこそ、裁判所の義務の中でも、最初に位置づけられています。この送達が期限内にできなかった場合、公訴の時効がどう扱われるかは、直前の回で見たとおりです。期限切れで公訴棄却の決定を受けても、その決定が確定するまでの間、時効はいったん停止していたものとして扱われます。

弁護人選任権等の告知と必要的弁護事件

弁護人選任権と国選弁護人選任請求権の告知内容と既に弁護人がいれば告知不要になる但書の図

起訴状謄本の送達と同時に、裁判所はもう1つ、被告人に知らせなければならないことがあります。弁護人を選任できる権利があること、それに、貧困などの理由で弁護人を選べないときは国選弁護人の選任を請求できる権利があることです。頼めることは知っていても、お金が無いから無理だと思い込んで、弁護人なしで法廷に来てしまう人がいます。さっきのAさんのように逮捕されずに起訴された人は、それまで弁護人と話したことがないことも少なくありません。国の費用で弁護人を付けるよう請求できると知らなければ、その権利は無いのと同じです。だから、知らせることを裁判所の義務にしてあります。

条文刑事訴訟法第272条第1項

刑事訴訟法第272条第1項 裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく被告人に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を知らせなければならない。但し、被告人に弁護人があるときは、この限りでない。

多くの事件では、被疑者段階からすでに国選弁護人が付いていることがあります。その場合は、あらためて告知する必要がありません。実務では、この告知は起訴状謄本の送達と同じ書面で、同時に行われます。もう1つ、死刑や無期、あるいは長期3年を超える拘禁刑にあたる重い事件では、弁護人がいなければ開廷そのものができません。拘禁刑というのは、懲役と禁錮が一本化されて、令和7年6月から使われている刑罰の名称です。これを必要的弁護事件と呼びます。

条文刑事訴訟法第289条第1項

刑事訴訟法第289条第1項 死刑又は無期若しくは長期三年を超える拘禁刑に当たる事件を審理する場合には、弁護人がなければ開廷することはできない。

長期というのは、法定刑の上限のことです。窃盗罪の法定刑は、刑法235条により10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金です。Aさんの窃盗罪は、上限が10年の拘禁刑なので、3年を超え、必要的弁護事件にあたります。これに対して、他人の家に無断で入る住居侵入罪は、刑法130条により3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金で、上限がちょうど3年です。3年を「超える」わけではないので、必要的弁護事件にはあたりません。こうした事件に該当する場合は、開廷できないことも、あわせて告知します。

条文刑事訴訟規則第177条

刑事訴訟規則第177条 裁判所は、公訴の提起があつたときは、遅滞なく、被告人に対し、弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任することができないときは弁護人の選任を請求することができる旨のほか、死刑又は無期若しくは長期三年を超える拘禁刑に当たる事件については、弁護人がなければ開廷することができない旨をも知らせなければならない。ただし、被告人に弁護人があるときは、この限りでない。

289条1項のほかにも、公判前整理手続に付された事件や、即決裁判手続の事件も、必要的弁護事件にあたります。それぞれの中身は、また別の回で見ていきます。今日は、開廷できるかどうかを左右する事件がある、という位置づけだけつかんでおいてください。なお、選任された弁護人の権限は、第一審が終わるまで続きます。被疑者段階から関わっている弁護人は、起訴の直後から、保釈の請求など次の手続に着手できます。保釈そのものは、また別の回で扱います。

第1回公判期日の指定と召喚

裁判長が第1回公判期日を指定し被告人を召喚するまでの流れと召喚状送達の猶予期間5日簡裁3日の図

送達と告知が終わると、次に裁判長がやることは、最初の公判の日を決めて、被告人を呼び出すことです。第1章で見たとおり、この期日を定めるのは裁判所ではなく裁判長でした。

条文刑事訴訟法第273条

刑事訴訟法第273条 裁判長は、公判期日を定めなければならない。 公判期日には、被告人を召喚しなければならない。 公判期日は、これを検察官、弁護人及び補佐人に通知しなければならない。

特定の日時・場所に出頭するよう命じることを召喚と呼びます。被告人だけでなく、証人などを呼び出すときにも、同じ考え方が準用されます。なお、一度決まった期日を動かすには、やむを得ない事由が必要だと条文で定められています。理由もなく期日が動けば、証人や関係者の予定にも影響するためです。ただ、呼び出す日を伝えるだけでは足りません。被告人が防御の準備をする時間を確保するため、召喚状の送達と公判期日の間には、一定の猶予期間を置かなければなりません。

条文刑事訴訟法第275条第1項

刑事訴訟法第275条第1項 第一回の公判期日と被告人に対する召喚状の送達との間には、裁判所の規則で定める猶予期間を置かなければならない。

条文刑事訴訟規則第179条

刑事訴訟規則第179条 被告人に対する第一回の公判期日の召喚状の送達は、起訴状の謄本又は起訴状抄本等の被告人に対する送達の前には、これをすることができない。 第一回の公判期日と被告人に対する召喚状の送達との間には、少なくとも五日の猶予期間を置かなければならない。ただし、簡易裁判所においては、三日の猶予期間を置けば足りる。 被告人に異議がないときは、前項の猶予期間を置かないことができる。

Aさんで言えば、召喚状が月曜日に届いたのに、その週の水曜日を第1回の公判期日にすることはできません。間に5日を置けないからです。簡易裁判所が扱うのは、比較的軽い事件が中心です。争点も比較的単純なことが多く、防御の準備にかかる時間も短くて済むと考えられているためです。逆に、被告人の側が猶予期間を置かなくてよいと言うのであれば、置かないこともできます。防御のための期間なので、本人が要らないと言うなら、無理に置く必要はない、という発想です。起訴状謄本の送達より先に、召喚状だけ先に届く、ということはないんですか。それはできません。何を訴えられているかも分からないうちに、出頭の日だけ知らされても、防御の準備のしようがないからです。だから、召喚状の送達は、起訴状謄本の送達より前には行えません。知らせてから、呼び出す。今日の3つの仕事の順番そのものが、条文になっているわけです。

公判廷の構成——誰がいなければ開廷できないか

公判廷を開くために必ず必要な裁判官書記官検察官の三者と被告人弁護人は別条文で必須化される構造の図

ここまでで、被告人には知らせと呼び出しが済みました。最後に、公判廷そのものについて、少し補っておきます。第1章で、法廷に誰がいるかを見ましたが、公判廷を開くために、必ずそこにいなければならない人が決まっています。条文上、必ずいなければならないと定められているのは、裁判官、裁判所書記官、検察官の3者です。この3者が揃わなければ、開廷そのものができません。

条文刑事訴訟法第282条第2項

刑事訴訟法第282条第2項 公判廷は、裁判官及び裁判所書記が列席し、且つ検察官が出席してこれを開く。

条文の言葉は今も「裁判所書記」ですが、これは裁判所書記官を指す古い呼び方です。書記官と検察官がいないと開廷できない理由は、第1章で見たとおりです。条文上の必須の構成員としては、被告人・弁護人は別の扱いです。被告人の出頭は286条が定めており、出頭しなければ原則として開廷できません。さっき見た必要的弁護事件で弁護人が必要になるのも、289条という別の条文によるもので、いま見た282条2項とは別枠になっています。

今日の地図(保存版)

送達告知期日指定召喚という起訴後に裁判所が必ず行う三つの仕事を一本の軸でまとめる板

今日のまとめです。起訴されてから最初の公判期日までの間、裁判所は、被告人が望むかどうかに関わらず、必ず3つの仕事をこなします。何を訴えられているかを知らせる起訴状謄本の送達、どんな権利があるかを知らせる弁護人選任権等の告知、そして、いつ来るべきかを呼び出す第1回公判期日の指定と召喚です。この3つは、知らせなければ被告人は防御を始められない、という一本の考え方でつながっています。送達が遅れれば起訴そのものが失効し、召喚状の送達には猶予期間が要る。どれも、被告人に十分な準備の機会を与えるための仕組みです。

ページ上部へ ↑

#87単独ページ動画

検察官・弁護人の事前準備

第4章 公判手続 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

裁判官は白紙でも、当事者は白紙ではいられない

前回の裁判所の三つの仕事が進む横で検察官と弁護人がそれぞれ準備を進める並走図 図:前回の裁判所の三つの仕事が進む横で検察官と弁護人がそれぞれ準備を進める並走図

前回は、起訴されてから第1回公判期日までの間に、裁判所が必ずやる3つの仕事を見ました。今日は、同じ期間に、当事者である検察官と弁護人がそれぞれ何を準備しているかを見ていきます。起訴状一本主義のもとで白紙でいいのは、裁判官だけです。検察官と弁護人がお互いに白紙のまま法廷に立ったら、相手がどんな証拠を出してくるか分からないまま戦うことになってしまいます。今日は、この白紙の裁判官のまわりで、検察官と弁護人がどうやって準備を進め、裁判所がその準備にどこまで関わってよいかを見ていきます。先に答えを言っておくと、検察官と弁護人は証拠を見せ合って不意打ちを防ぎ、裁判所は準備の進行は手伝っても、事件の中身には立ち入りません。

検察官の準備——証拠を厳選する

捜査で集めた証拠を厳選し請求予定証拠と請求しない証拠に分ける流れの板 図:捜査で集めた証拠を厳選し請求予定証拠と請求しない証拠に分ける流れの板

起訴後、検察官がまずやるのは、捜査段階で集めた証拠を整理することです。実務ではこれを証拠分けと呼びます。集めた証拠を全部法廷に出せば有利になる、というわけではありません。証明すべき事実、つまり、起訴状一本主義の回で見た起訴状の2本目の柱である公訴事実や、量刑に関わる重要な事実を立証するために必要な証拠だけを厳選して請求するのが原則です。このことは刑事訴訟規則189条の2に書かれています。かつては幅広い証拠調べ請求が認められていて、それが裁判の遅延を招いていました。争いのない事実にまで大量の証拠を調べていては、審理がいつまでも終わりません。だから、必要十分な証拠に絞ることが求められています。

条文刑事訴訟規則第189条の2

刑事訴訟規則第189条の2 証拠調べの請求は、証明すべき事実の立証に必要な証拠を厳選して、これをしなければならない。

条文でも、厳選という言葉がそのまま使われています。前回のAさんの万引き事件で言えば、店の防犯カメラの映像と店員の話で、Aさんが商品を持ち出したことが示せるなら、同じ場面を見ていた別の客の話まで何人分も重ねて調べる必要はありません。この厳選の結果、証拠は、取調べを請求する予定の証拠と、請求しない証拠に分かれます。そして請求予定証拠は、さらに2種類に分けられます。

甲号証・乙号証と301条——自白を後回しにする理由

請求予定証拠が甲号証と乙号証に分かれ乙号証である自白は甲号証の後でなければ取調べを請求できないという301条の図

請求予定証拠のうち、被告人の供述調書や身上前科に関する証拠を乙号証、それ以外の証拠を甲号証と呼びます。この2つに分けるのは、単なる整理番号の問題ではありません。自白の調書、つまり公判期日の外で捜査機関に対してした供述を記録した調書を先に調べてはいけないのは、なぜでしょう。少し考えてみてください。答えは、301条にあります。乙号証に含まれる被告人の自白は、犯罪事実に関する他の証拠、つまり甲号証が取り調べられた後でなければ、取調べを請求できません。

条文刑事訴訟法第301条

刑事訴訟法第301条 第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することはできない。

理由は2つあります。1つは、起訴状一本主義の回で見た予断排除です。予断とは、証拠を調べる前に裁判官が抱いてしまう先入観のことでした。自白から先に見てしまうと、裁判官は、被告人が罪を認めているという印象を先に持ってしまい、その後の証拠を色眼鏡で見てしまいかねません。もう1つは、自白の補強法則です。自白だけで有罪にしてはいけない、という建前があります。自白より先に他の証拠で犯罪事実の骨格を固めておけば、自白は、先に調べた他の証拠によって裏付けられる側に置かれることになります。自白の補強法則そのものの中身は、また別の回で扱います。Aさんの事件なら、まず防犯カメラの映像や店員の話を調べ、Aさんが私が盗りましたと認めた調書は、その後に回されます。

証拠等関係カードと還付

証拠等関係カードで請求証拠を一覧化する実務と不要な押収物を還付する規則を示す板 図:証拠等関係カードで請求証拠を一覧化する実務と不要な押収物を還付する規則を示す板

実務では、証拠の取調べを請求するとき、証拠の標目や立証しようとする事実を一覧にした証拠等関係カードという書式を作成して提出します。証拠の内容や順序を、書面で正確に確認できるようにするためです。証拠等関係カードの書き方の中身までは、今日は踏み込みません。こういう書式があるという地図だけで十分です。もう1つ、証拠の整理と並行して、押収した物のうち、明らかに事件に不要だと分かったものについては、被告人側が訴訟の準備に使えるよう、なるべく早く還付などの処置を考えることが規則で定められています。押収と還付そのものの中身は、別の回で扱っています。

請求予定証拠の開示——弁護人が初めて証拠に触れる機会

検察官が請求予定証拠を弁護人に開示し人証は氏名住居物証は閲覧という二通りの開示方法を示す板

検察官は、請求予定証拠が固まったら、起訴後できるだけ早い段階で、弁護人がその証拠を閲覧できるようにしなければなりません。

条文刑事訴訟法第299条第1項

刑事訴訟法第299条第1項 検察官、被告人又は弁護人が証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の尋問を請求するについては、あらかじめ、相手方に対し、その氏名及び住居を知る機会を与えなければならない。証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。但し、相手方に異議のないときは、この限りでない。

開示の方法は、証拠の種類によって2通りに分かれます。証人など、人を尋問する場合は、氏名と住居を知らせるだけです。実際に会って話を聞くかどうかは弁護人の仕事です。これに対して、証拠書類や証拠物は、閲覧する機会を与えます。条文の文言は閲覧までですが、実務では謄写、つまり写しを取ることまで認められています。Aさんの事件で言えば、店員を証人として呼ぶなら、その氏名と住居を知らせます。防犯カメラの映像を請求するなら、弁護人に実際に見る機会を与えます。逆に、さっきの別の客の話のように、検察官が請求しないと決めた証拠は、この条文が見せる機会を求める対象には入りません。

請求予定の証拠を公判の前に相手に見せる仕組みの狙いは、不意打ちを防ぐことにあります。ここがこの回のいちばん大事なところです。もし法廷でいきなりお互いの証拠を出し合ったら、不意打ちだらけになってしまいます。準備していなかった証拠を突きつけられた側は、その場で有効な反論も防御もできません。あらかじめ手持ちの証拠を見せ合っておくことで、争点を絞り込み、法廷では準備した上で正々堂々と主張をぶつけ合えるようにする。これが証拠開示の趣旨です。弁護人にとっては、この開示こそが、起訴後はじめて捜査側の証拠に触れる機会になります。

弁護人の準備——閲覧謄写と事実確認

弁護人が開示された証拠を閲覧謄写し被告人らと面接して事実関係を確認する図 図:弁護人が開示された証拠を閲覧謄写し被告人らと面接して事実関係を確認する図

弁護人には、公訴の提起後、裁判所において訴訟に関する書類や証拠物を閲覧・謄写する権利があります。

条文刑事訴訟法第40条第1項

刑事訴訟法第40条第1項 弁護人は、公訴の提起後は、裁判所において、訴訟に関する書類(刑事確定訴訟記録法(昭和六十二年法律第六十四号)第二条第一項に規定する訴訟の記録(訴訟終結後のものに限る。)を含む。第四十七条を除き、以下同じ。)及び証拠物を閲覧し、及び謄写することができる。ただし、証拠物を謄写するについては、裁判長の許可を受けなければならない。

ですが、捜査段階では、弁護人は捜査機関が集めた証拠そのものを見ることができません。だからこそ、検察官が開示する請求予定証拠を閲覧謄写することが、弁護人が最初に捜査側の証拠と向き合う場面になります。被告人本人やその他の関係者と面接するなどして、実際に何が起きたのかという事実関係を自分の目で確認します。検察官の証拠だけを鵜呑みにするのではなく、被告人の言い分と照らし合わせるわけです。

ケース・セオリーと公訴事実に対する意見

すべての証拠と矛盾しない被告人に最も有利な筋書きとしてのケースセオリーと公訴事実に対する意見決定の図

弁護人の最終的なゴールは、公判での弁論で裁判所を説得することです。そのために、事前準備の段階で、すべての証拠と矛盾なく説明できる範囲で、被告人にとっていちばん有利な結論に至る筋書きを組み立てます。これをケース・セオリーと呼びます。まず決めるのは、公訴事実を認めるかどうかという意見です。認める場合でも、それで終わりではありません。正当防衛のような違法性阻却事由、責任能力が争える事情のような責任阻却事由がないか、あるいは自首のように刑を軽くする事情がないかを検討します。例えば、Aさんの窃盗事件で考えてみましょう。Aさんが本当に商品を持ち去ったのは事実だとしても、弁護人は、それだけで結論を決めません。犯行時の状況、動機、反省の程度、被害弁償の可能性まで含めて、Aさんに最も有利な筋書きを組み立てます。この筋書きが、すべての証拠と矛盾しないかどうかを、繰り返し検証するのがケース・セオリーの作業です。

意見の通知と証拠意見

弁護方針が固まってきた弁護人が開示証拠への証拠意見の見込みを検察官に通知する図 図:弁護方針が固まってきた弁護人が開示証拠への証拠意見の見込みを検察官に通知する図

弁護方針が固まってくると、弁護人は、開示された証拠の一つひとつについて、同意するのか争うのかという証拠意見の見込みを、早めに検察官へ知らせなければなりません。これは第1回公判期日の前に弁護人がすべきこととして、規則が定めています。なぜ早めに知らせるのか。相手がどの証拠を争うつもりなのかが前もって分かれば、検察官もそれに備えた準備ができ、法廷での不意打ちを防げるからです。証拠意見とは、開示された証拠を法廷で使うことに同意するかしないか、という意見です。同意・不同意と呼ばれます。同意・不同意が持つ意味そのものは、証拠法の回で扱います。今日は、こうしたやり取りが起訴後の準備の中で行われる、という流れだけつかんでおいてください。なお、弁護人の側に請求予定証拠があれば、弁護人からも検察官へ閲覧などの機会をなるべく速やかに与えます。検察官からの開示と、対称の構造になっています。

開示証拠の目的外使用の禁止

弁護人が開示証拠を適正に管理し審理の準備以外の目的で第三者に交付提示提供することを禁じる281条の3から5の図

ここまでで、検察官の証拠が弁護人に渡りました。ですが、渡された証拠は、何にでも自由に使っていいわけではありません。

条文刑事訴訟法第281条の3

刑事訴訟法第281条の3 弁護人は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等(複製その他証拠の全部又は一部をそのまま記録した物及び書面をいう。以下同じ。)を適正に管理し、その保管をみだりに他人にゆだねてはならない。

さらに、使い道そのものにも制限があります。

条文刑事訴訟法第281条の4第1項柱書

刑事訴訟法第281条の4第1項柱書 被告人若しくは弁護人(第四百四十条に規定する弁護人を含む。)又はこれらであつた者は、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、次に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供してはならない。

各号には、当該被告事件の審理そのもののほか、上訴権回復の請求や再審、刑事補償請求などの関連手続が列挙されています。要するに、この事件の裁判とその周辺の手続の準備以外の目的では、証拠のコピーを人に渡したり、見せたり、ネット経由で送ったりしてはいけない、ということです。罰則があります。

条文刑事訴訟法第281条の5第1項

刑事訴訟法第281条の5第1項 被告人又は被告人であつた者が、検察官において被告事件の審理の準備のために閲覧又は謄写の機会を与えた証拠に係る複製等を、前条第一項各号に掲げる手続又はその準備に使用する目的以外の目的で、人に交付し、又は提示し、若しくは電気通信回線を通じて提供したときは、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

被告人や被告人であった者が目的外に使えば、この条文で処罰されます。弁護人や弁護人であった者については、同じ条文の第2項が、対価として財産上の利益その他の利益を得る目的で証拠のコピーを渡したり見せたりしたときに限って、同じ刑で処罰すると定めています。被告人とは処罰される場面が違う、というところを押さえてください。開示された証拠には、証人の住所や被害者の私生活に関わる情報が含まれていることがあります。それが自由に出回ってしまえば、関係者のプライバシーや名誉が害されます。それに、検察官が安心して証拠を見せられなくなれば、証拠開示という仕組み自体が機能しなくなってしまいます。だからこそ、渡した後の使い道にも歯止めをかけているんです。

打合せと裁判所の関与の限界

検察官と弁護人の打合せ義務と裁判所が進行を問い合わせ三者打合せを行える範囲予断を生じさせる事項には踏み込めない境界の図

ここまで見た証拠の整理・開示・弁護人の準備は、検察官と弁護人が2人だけで進めるわけではありません。まず、当事者どうしにも、第1回公判期日の前に相手方と連絡して行わなければならないことがあります。訴因や罰条をはっきりさせたり、争点を整理したりするために、相手方とできる限り打ち合わせておくこと、そして証拠調べなどにどれくらいの時間がかかりそうか、裁判所に申し出ることです。裁判所は、この準備に、まったく関われないんですか。違います。関われます。ただし、関われる範囲には線が引かれています。まず、裁判所は、裁判所書記官を通じて、準備がどれくらい進んでいるか問い合わせたり、準備を促す措置を取らせたりできます。

条文刑事訴訟規則第178条の15

刑事訴訟規則第178条の15 裁判所は、裁判所書記官に命じて、検察官又は弁護人に訴訟の準備の進行に関し問い合わせ又はその準備を促す処置をとらせることができる。

さらに、裁判所が適当だと認めれば、第1回公判期日の前に、検察官と弁護人を出頭させて、期日の指定など訴訟の進行に必要な事項について、三者で打合せをすることもできます。

条文刑事訴訟規則第178条の16

刑事訴訟規則第178条の16 裁判所は、適当と認めるときは、第一回の公判期日前に、検察官及び弁護人を出頭させた上、公判期日の指定その他訴訟の進行に関し必要な事項について打合せを行うことができる。ただし、事件につき予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない。

三者打合せと予断排除の関係を決めているのは、規則の但書です。この打合せでは、事件について予断を生じさせるおそれのある事項に踏み込むことはできません。期日をいつにするか、争点をどう整理するかという進行管理の話はできても、被告人が本当に罪を犯したのかといった事件の中身に、裁判所が首を突っ込むことはできないんです。Aさんの事件で言えば、証人を何人呼び、調べるのに何時間かかりそうかを伝えるのは、進行の話なので構いません。でも、その店員がAさんが商品をかばんに入れるのを見たと話している、という中身まで伝えれば、予断を生じさせるおそれのある事項にあたり、許されません。

もし裁判所が事件の中身まで打合せで聞いてしまえば、証拠調べが始まる前から心証を固めてしまい、起訴状一本主義が形だけのものになってしまいます。進行は手伝うが、中身には立ち入らない。この線引きが、今日見てきた検察官と弁護人の準備を、裁判所が壊さないための歯止めになっています。

今日の地図(保存版)

証拠の厳選開示弁護人の準備目的外使用の禁止裁判所の関与の限界という今日見た仕組み全体を不意打ち防止と白紙の維持という一本の軸でまとめる板

今日のまとめです。検察官は、集めた証拠を厳選し、甲号証と乙号証に分け、自白は後回しにして請求します。厳選した証拠は、起訴後なるべく速やかに弁護人へ開示します。弁護人は、開示された証拠を閲覧謄写し、被告人らと事実を確認しながら、ケース・セオリーを組み立て、証拠意見の見込みを検察官に通知します。開示された証拠は、審理の準備以外の目的で使うことを禁じられています。そして裁判所は、この準備の進行を問い合わせたり促したりはできますが、事件の中身に踏み込む打合せはできません。バラバラに見えるかもしれませんが、全部つながっています。白紙のままの裁判官の前で、検察官と弁護人がお互いの手持ち証拠を見せ合い、不意打ちを防ぎながら争点を絞る。裁判所はその準備を後押ししても、中身には立ち入らない。これが、今日見てきた事前準備という段階の一本の軸です。

ページ上部へ ↑

#88単独ページ動画

公判の諸原則と迅速な裁判

第4章 公判手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:法廷そのものを支配するルール

公開口頭直接迅速という公判を貫く4原則と高田事件を並べる導入板 図:公開口頭直接迅速という公判を貫く4原則と高田事件を並べる導入板

前回まで、起訴された後、法廷を開くまでに裁判所・検察官・弁護人がそれぞれ何を準備するかを見てきました。今日から、いよいよ法廷そのものを支配するルールに入ります。実は、法廷という場そのものにも、絶対に外せない形のルールがあります。誰でも見られる場で行うこと、書面ではなく口頭で行うこと、判断する裁判官自身がその場で証拠に触れること、そして遅れずに進めること。この4つです。今日はこの4つがなぜ必要かを見たうえで、最後の「遅れずに」が実際に破られた事件を取り上げます。15年以上、審理が止まったままになった事件があります。最高裁は、有罪か無罪かを判断しないまま、その裁判を打ち切りました。今日の後半で、その中身をじっくり見ていきます。

公判中心主義——4原則が支える土台

捜査記録ではなく公判廷の証拠調べで心証を作る公判中心主義を4原則の土台として示す板

今日見ていく4つの原則の前に、その土台になっている考え方を思い出しておきます。捜査段階で作られた供述調書に頼るのではなく、法廷でその場で行われた証拠調べそのもので、有罪か無罪かの心証を作っていくという考え方でした。公開・口頭・直接・迅速という今日の4原則は、すべてこの公判中心主義を支える柱です。法廷でのやり取りが本当に信頼できるものであるために、どんな条件が必要かを、これから一つずつ見ていきます。

公開主義——誰の前で行うか

対審と判決の公開原則および82条2項の例外の要件と常に公開される事件類型を示す板 図:対審と判決の公開原則および82条2項の例外の要件と常に公開される事件類型を示す板

まず公開主義です。裁判を、当事者や関係者だけの部屋で進めるのではなく、誰でも見に来られる公開の法廷で行うという原則です。密室で進めば、証拠を都合よく扱ったり、裁判官が横暴な判断をしても、外からは誰も気づけません。歌のコンテストで、審査員が楽屋裏だけで点数をつけて結果だけ貼り出したら、本当に歌を聞いて決めたのか誰にも確かめられないのと同じです。国民の目にさらすことで、その裁判が公正に行われているかを外から監視できるようにする。これが公開主義の趣旨です。この原則は、憲法に直接書かれています。条文に出てくる対審とは、当事者どうしが主張をぶつけ合う審理の部分のことです。

条文日本国憲法第82条第1項・第2項

憲法第82条第1項・第2項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。

対審の部分だけは、条件付きで非公開にできます。ただし但書に注目してください。政治犯罪や出版に関する犯罪、それに憲法第三章が保障する国民の権利が問題になる事件では、対審であっても常に公開しなければなりません。そして判決の言渡しは、この例外の対象にすら入っていません。判決だけは、どんな事件でも必ず公開です。被告人にとっても、公開の裁判を受けることは権利として保障されています。

条文日本国憲法第37条第1項

憲法第37条第1項 すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。

この条文には、公平・迅速・公開という3つの言葉が並んでいます。公開の部分は今見た82条と重なりますが、迅速という言葉は、今日の後半で扱う4つ目の原則の根拠にもなります。傍聴席が用意され、一般の人が自由に傍聴できる状態にしておく、という意味です。ただし、この原則が保障しているのは、あくまで裁判を密室にしないという制度そのものです。狙いは裁判の公正を外から見張れるようにすることなので、傍聴席が開かれていれば足り、個々の傍聴人に特別な権利まで与えているわけではありません。

直接主義——誰が受け取るか

形式的直接主義と実質的直接主義の区別を示す板 図:形式的直接主義と実質的直接主義の区別を示す板

次は直接主義です。判決を下す裁判官自身が、直接に取り調べた証拠だけを判断の基礎にできる、という原則です。さっきの歌のコンテストで言えば、点数をつける審査員自身がその場で歌を聞かなければならず、別の人が聞いてきたメモを見て採点することはできません。裁判でも、別の誰かが代わりに調べた証拠を、また聞きのような形でそのまま判断の基礎にすることは許されません。証人がどう答え、どこで言いよどんだかに自分で触れなければ、その証言を信じてよいかを見極められないからです。これを形式的直接主義と呼びます。「直接主義」という言葉は、通常こちらの意味で使われます。

もう1つ、実質的直接主義と呼ばれる考え方があります。書面ではなく、証人の証言のような直接的な証拠によるべきだ、という発想です。たとえば事件を目撃した人がいるなら、その人から話を聞いた知人の報告書ではなく、目撃した本人に法廷で話してもらう、ということです。これは、人づてに聞いた話をそのまま証拠にすることを禁じる伝聞法則の土台になっています。ただし例外も多く、この中身は別の回でじっくり扱います。今日は、こういう考え方があるという地図だけ押さえておいてください。

口頭主義——どんな形で行うか

口頭主義が公開主義を実質的に支える機能と書面主義との対比を示す板 図:口頭主義が公開主義を実質的に支える機能と書面主義との対比を示す板

3つ目は口頭主義です。当事者の主張や証拠の取調べといった公判期日の手続を、書面ではなく口頭で行うべきだという原則です。起訴を書面に限ったのは、事件がいつ裁判所に移ったかを後から確かめられるようにするためでした。ここで扱うのは、その後の法廷で進む手続のほうです。あのコンテストで、出場者が歌詞カードを提出するだけで舞台では歌わなかったら、観客の前には何も出てきません。書面だけで済ませてしまうと、法廷で何が起きているのか、その場にいる人にしか分からなくなります。口頭で行うことで、さっきの公開主義が名前だけの原則にならず、実際に機能します。当事者も裁判所も、その場で同時に情報を共有できますし、話し方や間合いといった、書かれた言葉だけでは伝わらない情報も伝わります。

条文刑事訴訟法第43条第1項

刑事訴訟法第43条第1項 判決は、この法律に特別の定のある場合を除いては、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。

口頭主義が問題にしているのは、その場のやり取りが書面か口頭かという形式です。直接主義が問題にしているのは、判断する人自身がその証拠に触れたかどうかという中身です。書面か口頭かという入口の話と、誰が受け取ったかという中身の話。この2つは別の軸だと考えてください。

迅速な裁判①——重ねられた根拠

憲法37条1項刑訴1条刑訴規則1条1項という迅速性の三層の重ね掛けと継続審理の原則を示す板

ここからは4つ目の原則、迅速な裁判です。まず、この原則がどれだけ重ねて規定されているかを見ておきます。実は3つの層で宣言されています。1つ目は、さっき見た憲法37条1項です。被告人の権利として、迅速な裁判が保障されています。2つ目は、刑事訴訟法1条です。あの条文は、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現することを目的として掲げていました。「迅速」という言葉は、あそこにも出ていたんです。最後の3つ目は、刑事訴訟規則1条1項です。

条文刑事訴訟規則第1条第1項

刑事訴訟規則第1条第1項 この規則は、憲法の所期する裁判の迅速と公正とを図るようにこれを解釈し、運用しなければならない。

規則をどう解釈し運用するかという、いちばん根っこの指針の部分にまで、迅速という言葉が入っています。憲法・法律・規則という3つの層すべてが、迅速さを求めているわけです。この要請を具体的な手続に落とし込んだ条文もあります。前々回にも出てきましたが、審理に2日以上かかる事件については、できる限り連日開廷して続けて審理を行うという継続審理の原則です。裁判を間隔を空けてだらだらと進めず、集中して速やかに終わらせようという発想が、条文レベルでも徹底されています。

迅速な裁判②——誰のための速さか

迅速な裁判の趣旨である真実発見と人権保障の2本柱を示す板 図:迅速な裁判の趣旨である真実発見と人権保障の2本柱を示す板

では、なぜここまで迅速さにこだわるのでしょうか。趣旨は大きく2つあります。1つ目は真実発見のためです。時間が経てば経つほど、証人の記憶はあいまいになり、証拠も散逸していきます。事件の直後であれば見えていたはずの真実が、10年も経てば見えなくなってしまいます。2つ目は、被告人の人権保障のためです。起訴されてから判決が出るまで、被告人は有罪でも無罪でもない、宙ぶらりんの不安定な立場に置かれ続けます。身柄を拘束されていれば、なおさらです。この負担から早く解放してあげる必要がある、という考え方です。シリーズの最初の回でも、迅速性が守られなかった場合の重さとして同じ2点に触れましたが、その中身がまさにこの2つ、真実発見と人権保障です。

高田事件——遅れが破られたとき

高田事件の起訴から審理中断15年余の空白第一審免訴控訴審破棄差戻し最高裁破棄控訴棄却という経過を示す時系列板

では、この迅速な裁判という要請が実際に破られたとき、裁判所はどうするのか。それを正面から扱った事件があります。実はこの事件、シリーズの最初の回で一度だけ名前が出ていて、詳しくは別の回で扱うと約束していました。覚えていますか。事案はこうです。住居侵入や暴力行為等処罰に関する法律違反などに問われた被告人たちが、名古屋地方裁判所で審理を受けていました。ところが、弁護人側の希望で、関連する別の事件の審理が終わるのを待つ形になり、本件の審理は事実上止まってしまいます。そのまま15年以上、まったく審理が行われませんでした。

審理が再開されたのは、中断からずいぶん経ってからのことでした。公訴時効は、一定の期間が過ぎると起訴する権利そのものが消える制度でしたね。第一審の裁判所は、これほどの遅延は迅速な裁判を受ける権利を著しく侵害していると判断し、時効が完成した場合に準じる形で、免訴という判決を言い渡しました。有罪か無罪かの中身には立ち入らず、手続を打ち切る判決です。ところが控訴審は、これを覆します。手続を打ち切るための明文の規定が法律に無い以上、救済のしようがないとして、第一審の判決を破棄し、審理をやり直すよう命じました。

そこで最高裁が、この事件をどう決着させたかが、今日の核心です。

高田事件判旨の法的性質打切りの方法という骨格を示す板 図:高田事件判旨の法的性質打切りの方法という骨格を示す板

最高裁の判断は、大きく4つに分かれます。この権利の性質、打ち切り方、どこからが異常な遅れか、そして被告人が黙っていたことの扱いです。まず、迅速な裁判を受ける権利がどういう性質のものかから見ます。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(法的性質・救済の趣旨) 「憲法三七条一項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。」

迅速な裁判を受ける権利は基本的人権の一つであり、手続を打ち切るための条文が個別に存在しなくても、この権利そのものが打ち切りの根拠になる。控訴審の理屈をひっくり返しています。条文がなければ動けないのは、国が新しく人を処罰しようとする場面です。ここは逆に、遅れで権利を傷つけられた被告人を救う場面なので、条文が無いことは救済を止める理由になりません。手続を打ち切る具体的な方法についても、最高裁は述べています。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(打切りの方法) 「刑事事件が裁判所に係属している間に迅速な裁判の保障条項に反する事態が生じた場合において、その審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたどつた本件においては、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相当である。」

免訴を言い渡す明文の根拠は無いけれど、免訴という形で終わらせるのが相当だと判断しました。以前、訴訟条件の回で、非類型的訴訟条件という言葉に触れたのを覚えていますか。あのとき例として触れていたのが、まさにこの事件です。訴訟条件は、有罪か無罪かの中身に入る前にそろっていなければならない前提条件で、欠ければ中身に入らずに手続を打ち切ります。免訴は、その打ち切り方の一つです。条文に列挙された訴訟条件のほかにも、権利の著しい侵害という実質的な理由から手続を打ち切る場合がある、という考え方です。

高田事件判旨の判断基準要求法理の否定という骨格を示す板 図:高田事件判旨の判断基準要求法理の否定という骨格を示す板

では、どのくらい遅れれば「異常な事態」と言えるのでしょうか。最高裁は、遅れの長さだけでは決めないとしています。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(判断基準) 「具体的刑事事件における審理の遅延が右の保障条項に反する事態に至つているか否かは、遅延の期間のみによつて一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、その遅延がやむをえないものと認められないかどうか、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならない」

遅れた期間そのものだけでなく、なぜ遅れたのか、その遅れがやむを得ないものだったのか、そして被告人が実際にどれだけの不利益を被ったのかまで、総合的に考えるということです。被告人の側に主な原因がある遅れであれば、話は別になります。被告人が自分から審理を促さなかったことをもって権利を放棄したとみなすことも、最高裁ははっきり否定しています。

判例最大判昭47・12・20 刑集26巻10号631頁

高田事件(要求法理の否定) 「少なくとも検察官の立証がおわるまでの間に訴訟進行の措置が採られなかつた場合において、被告人側が積極的に期日指定の申立をするなど審理を促す挙に出なかつたとしても、その一事をもつて、被告人が迅速な裁判をうける権利を放棄したと推定することは許されないのである。」

高田事件でも、止まったきっかけは弁護人側の希望でした。それでも最高裁は、その後の長い空白を、被告人側が審理を促さなかったことを理由に被告人の責任とはしませんでした。そして控訴審の判断を破棄し、検察官の控訴を退けました。結果として、第一審が下した免訴の判決が確定しています。この判断基準は、論文でも論点になりうるところです。なお、こうした形で審理の打ち切りが認められた例は、この事件のあと、ほとんど無いとされています。異常な遅延というハードルは、それだけ高いということです。

今日の地図(保存版)

公開口頭直接迅速の4原則が公判中心主義を支えるというまとめの一本の軸を示す板 図:公開口頭直接迅速の4原則が公判中心主義を支えるというまとめの一本の軸を示す板

今日のまとめです。公判を貫く、4つの原則を見てきました。誰でも見られる公開の法廷で、書面でなく口頭で、判断する裁判官自身が直接に証拠を見て、そして遅れずに進める。この4つがそろって初めて、法廷での証拠調べそのもので心証を作るという公判中心主義が、実際に機能します。4つ目の「遅れずに」だけ、ほかの3つと少し違う顔をしていましたね。破られたときにどうするか、という話まで出てきました。公開・口頭・直接は、法廷という場のあり方を定めるルールでしたが、迅速な裁判は、その場そのものを機能させ続けるための鮮度の要請です。高田事件は、その鮮度が保てなくなったとき、条文が無くても手続を終わらせるという判断が下せることを示しました。

ページ上部へ ↑

#89単独ページ動画

公判廷の出席者と訴訟指揮

第4章 公判手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:この法廷に誰がいるのか

弁護人不在のまま進む法廷という問いを立てる導入板 図:弁護人不在のまま進む法廷という問いを立てる導入板

前回、公判を貫く4つの原則を見ました。今日はその続きで、実際にこの公判廷に誰がいなければならないか、そして裁判所がどうやってその場を取り仕切るかに入っていきます。結論から言うと、極めて限られた場面でだけ、そうなることがあります。今日はまず、公判廷にいなければならない人が欠けたときに何が起きるかを整理し、そのうえでその極端な例を見ていきます。

開廷に必須の3人——欠けたときの効果は一律ではない

裁判官書記官検察官という開廷必須構成員と欠けた場合の効果の違いを示す板 図:裁判官書記官検察官という開廷必須構成員と欠けた場合の効果の違いを示す板

以前、公判廷を開くには裁判官・裁判所書記官が列席し、検察官が出席していなければならないという条文を見ました。今日はその先、それぞれが欠けたときに何が起きるかを見ます。裁判官は、判断をする本人です。裁判官が欠ければ、裁判という判断そのものが成り立ちません。裁判官を欠いて開廷した場合、これは絶対的控訴理由になります。合議体なら3名、単独体なら1名、その数を欠けば、それだけで控訴審が原判決を破棄すべき理由になるということです。検察官が欠けた場合は、同じ扱いになるんですか。違います。検察官は、対立する一方の当事者です。欠けても判断そのものは成り立つので、それだけでは絶対的控訴理由にはなりません。ただし、判決の宣告をするその瞬間に検察官が不在だった場合は、話が変わります。ここで実際にあった事件を見てみましょう。ある地方裁判所の単独審理で、判決宣告の期日に検察官が不在のまま、裁判官が判決の主文を朗読し、理由の要旨を告げ、上訴期間などを告知して、被告人を退廷させました。その約30分後、検察官を呼び戻して、同じ内容の判決をもう一度宣告した、という経過です。

条文刑事訴訟法第282条第2項

刑事訴訟法第282条第2項 公判廷は、裁判官及び裁判所書記が列席し、且つ検察官が出席してこれを開く。

最高裁の判断は、2段に分かれます。まず、この手続に違反があるか。次に、その違反で判決を覆すか、です。

判例最決平19・6・19刑集61巻4号369頁

検察官不在のままの判決宣告 「……判決の主文を朗読し、理由の要旨を告げ、上訴期間等を告知した上、被告人の退廷を許し、被告人は法廷外に出たものであるから、この時点で、判決宣告のための公判期日は終了したものというべきである。その後、……検察官出席の上で再度行われた判決の宣告は、事実上の措置にすぎず、法的な効果を有しないものというほかはない。そうすると、……本件第1審の判決宣告手続には、刑訴法282条2項違反があり、この違反は判決に影響を及ぼすことが明らかというべきである……」

一度目の宣告で被告人が退廷した時点で、その期日はもう終わっています。あとから検察官を呼び戻してもう一度読み上げても、それは法的には何の意味も持たない、ただの事実上の行為にすぎません。だから一度目の宣告に282条2項違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかだ、というのがここまでの判断です。この判決は取り消されたんですか。そこが今回の事件の面白いところです。最高裁は、法令違反はあると認めながら、被告人に実質的な不利益がなく検察官も直ちに判決の内容を知ったことから、判決を破棄するには至らないとして、上告を棄却しました。法令違反があることと、それを理由に判決が覆ることは、別の話だということです。

被告人の出頭——なぜ本人がそこにいなければならないか

被告人の出頭原則と免除される軽微事件3類型不出頭のまま開廷できる5類型を対比する板

次は被告人本人の出頭です。まず原則を確認します。

条文刑事訴訟法第286条

刑事訴訟法第286条 前三条に規定する場合の外、被告人が公判期日に出頭しないときは、開廷することはできない。

被告人が出頭しなければ、原則として公判は開けません。ここで「なぜ被告人本人がそこにいなければならないか」を考えてみてください。自分の運命が決まる裁判で、自分の言い分を自分で述べ、証拠に対して自分で反論する。これが防御権の中身です。他人任せにできない権利だからこそ、本人の出頭が原則になります。ただし出頭は義務であると同時に権利でもあるので、身柄の扱いにも歯止めがあります。

条文刑事訴訟法第287条第1項

刑事訴訟法第287条第1項 公判廷においては、被告人の身体を拘束してはならない。但し、被告人が暴力を振い又は逃亡を企てた場合は、この限りでない。

法廷では原則として手錠などで拘束してはいけません。暴力を振るったり逃亡を企てたりした場合だけ例外です。防御活動を自由に行わせるためです。軽微な事件では、免除される類型があります。50万円以下の罰金や科料にあたる事件では、被告人は出頭しなくてよく、代理人を出頭させることもできます。

条文刑事訴訟法第284条

刑事訴訟法第284条 五十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、五万円)以下の罰金又は科料に当たる事件については、被告人は、公判期日に出頭することを要しない。ただし、被告人は、代理人を出頭させることができる。

例えば、うっかり人にけがをさせた過失傷害罪は、30万円以下の罰金または科料なので、この284条に当たり、本人が来なくても審理できます。これに対して、以前見たAさんのコンビニでの万引き、つまり窃盗罪は、上限が10年の拘禁刑なので、このあと見る285条にも当たらず、原則どおり毎回本人が出頭しなければなりません。拘留にあたる事件では判決を宣告する期日を除いて、長期3年以下の拘禁刑・50万円を超える罰金にあたる事件では、それに加えて起訴状の朗読から始まる冒頭手続の期日も除いて、裁判所の許可があれば出頭しなくてよいとされています。

条文刑事訴訟法第285条第1項・第2項

刑事訴訟法第285条第1項・第2項 拘留に当たる事件の被告人は、判決の宣告をする場合には、公判期日に出頭しなければならない。その他の場合には、裁判所は、被告人の出頭がその権利の保護のため重要でないと認めるときは、被告人に対し公判期日に出頭しないことを許すことができる。 長期三年以下の拘禁刑又は五十万円(刑法、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、五万円)を超える罰金に当たる事件の被告人は、第二百九十一条の手続をする場合及び判決の宣告をする場合には、公判期日に出頭しなければならない。その他の場合には、前項後段の例による。

ここまでは「そもそも出頭義務がない」場面でした。もう一つ別に、出頭義務はあるのに、本人が欠けたまま開廷できる場面があります。5つ挙げます。被告人が法人で、代理人が出頭する場合。心神喪失の状態で、無罪や免訴、刑の免除、公訴棄却になることが明らかな場合。これは以前見た、心神喪失なら手続を止めるという314条1項の、ただし書の場面です。勾留中の被告人が正当な理由なく出頭を拒否したり、連れてくることを著しく困難にした場合。裁判所の許可なく退廷したり、秩序を乱して退廷を命じられた場合。そして、証人が被告人の前では十分に話せないために、一時的に被告人を退廷させる場合です。

5つの理由はばらばらですが、共通するのは「本人がその場にいなくても、防御の利益が損なわれない、あるいは損なわれてもやむを得ない」と判断できる場面だということです。なお控訴審では扱いが逆転していて、被告人は原則として出頭しなくてよく、裁判所が出頭を命じたときだけ出頭が必要になります。第一審の原則の裏返しですが、控訴審の手続そのものは別の回で扱います。

弁護人と必要的弁護——防御の実質をどう守るか

必要的弁護事件の範囲(289条1項・316条の29・350条の23)と職権付添いによる手当てを示す板 図:必要的弁護事件の範囲と職権付添いによる手当てを示す板

以前、死刑・無期・長期3年を超える拘禁刑にあたる事件では、弁護人がいなければ開廷できないという条文を見ました。以前、公判前整理手続と即決裁判手続の事件もこれにあたると少し触れました。正確には、第1回の公判のあとで同じように争点を整理する、期日間整理手続に付された事件も含まれます。重い事件だけでなく、争点を絞り込む特別な手続に乗った事件や、スピード審理の事件も、弁護人なしでは開廷できません。まず制度がどう手当てしているかを見ましょう。弁護人がいない、あるいは出頭しない・在廷しなくなったときは、裁判長が職権で弁護人を付けなければなりません。出頭しないおそれがあるだけの段階でも、裁判所は職権で弁護人を付けることができます。

条文刑事訴訟法第289条第2項・第3項

刑事訴訟法第289条第2項・第3項 弁護人がなければ開廷することができない場合において、弁護人が出頭しないとき若しくは在廷しなくなつたとき、又は弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない。 弁護人がなければ開廷することができない場合において、弁護人が出頭しないおそれがあるときは、裁判所は、職権で弁護人を付することができる。

例えば、Aさんの窃盗事件も必要的弁護事件です。公判の当日にAさんの弁護人が急病で来られなければ、裁判長は職権で別の弁護人を付けなければならず、弁護人がいないまま進めることはできません。この平成16年改正の手当てに加えて、裁判所は必要と認めれば検察官や弁護人に、公判準備や公判期日への出頭・在廷を命じることができます。

条文刑事訴訟法第278条の3第1項

刑事訴訟法第278条の3第1項 裁判所は、必要と認めるときは、検察官又は弁護人に対し、公判準備又は公判期日に出頭し、かつ、これらの手続が行われている間在席し又は在廷することを命ずることができる。

制度上はそう手当てされています。ところが、それでもどうにもならなかった事件があります。被告人自身が公判期日への不出頭を繰り返し、自分の弁護人にも出頭しないよう要求して、それを飲ませるために弁護人やその家族を脅すなどした事案です。10年に及ぶ審理の末、最高裁はこう判断しました。

判例最決平7・3・27刑集49巻3号525頁〈百選52〉

必要的弁護事件で弁護人なしの開廷 「裁判所が弁護人出頭確保のための方策を尽したにもかかわらず、被告人が、弁護人の公判期日への出頭を妨げるなど、弁護人が在廷しての公判審理ができない事態を生じさせ、かつ、その事態を解消することが極めて困難な場合には、当該公判期日については、刑訴法二八九条一項の適用がないものと解するのが相当である。」

理由も見ておきましょう。被告人はもはや必要的弁護制度による保護を受けられる立場ではなく、実効ある弁護活動も期待できません。それに、必要的弁護の制度は被告人の防御の利益だけでなく、適正かつ迅速な審理を実現することも目的にしているので、被告人が自分でその目的を壊してしまう事態は、法がそもそも想定していない、という理屈です。裁判所が尽くせる手を尽くし、それでも解消できないという極めて限定された場合だけ、この例外が働きます。

第1審公判手続の全体像——地図をひとつ持っておく

冒頭手続証拠調べ手続弁論手続判決宣告という第1審公判手続の全体の流れを示すフロー板

ここで一度、第1審の公判手続全体がどう流れるかを、地図として渡しておきます。中身は今日は扱いません。順番だけつかんでください。大きく3つの手続に分かれ、そのあとに判決の宣告が続きます。まず冒頭手続。人定質問、起訴状の朗読、黙秘権などの告知、罪状認否と進みます。次に証拠調べ手続。検察官の冒頭陳述から始まり、証拠調べの請求・証拠に対する意見・証拠採否の決定・実際の証拠調べという流れが、まず検察官側の立証で、続いて被告人・弁護人側の立証で繰り返されます。最後に弁論手続。検察官の論告・求刑、弁護人の弁論、被告人の最終陳述で結審し、判決の宣告に至ります。

訴訟指揮権——当事者主義の下で誰が場を仕切るか

訴訟指揮権の主体である裁判長と尋問の制限求釈明という典型例を示す板 図:訴訟指揮権の主体である裁判長と尋問の制限求釈明という典型例を示す板

以前、訴因変更を経ずに事実認定してよいかを検討する場面で、求釈明という言葉に触れたのを覚えていますか。今日出てくる求釈明も同じ条文にもとづくものですが、働く場面が違います。今日のものは、訴訟活動全般を明確にするための、裁判長の一般的な権限そのものです。まずその土台である訴訟指揮権から見ていきます。刑事訴訟では、検察官と被告人という当事者が主張と立証の主役になります。とはいえ、誰かが進行を管理しなければ、審理は前に進みません。当事者主義のもとでも、裁判所は当事者の活動が適正に進むよう、後見的に整理する役目を持ちます。これが訴訟指揮権です。公判期日の内外を問わず、明文の規定があるかどうかも問わず、裁判所がその地位にもとづき当然に持っている権能だと解されています。公判期日中の具体的な指揮は、裁判長が行います。

条文刑事訴訟法第294条

刑事訴訟法第294条 公判期日における訴訟の指揮は、裁判長がこれを行う。

合議体全員でいちいち相談していては、審理が止まってしまいます。迅速に、機動的に場を動かすために、裁判長ひとりに委ねられています。典型例を2つ見ましょう。1つは、尋問や陳述を制限する権限です。

条文刑事訴訟法第295条第1項前段

刑事訴訟法第295条第1項前段 裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が既にした尋問若しくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り、これを制限することができる。

同じ質問の繰り返しや、事件と関係のないやり取りを止める権限です。例えば、証人がもう答えた同じ質問を、三度目に繰り返されたら、裁判長は「その点は既に答えています」と止めることができます。もう1つが、主張が不明確・矛盾しているときに、その趣旨をはっきりさせるよう求める求釈明です。

条文刑事訴訟規則第208条第1項・第3項

刑事訴訟規則第208条第1項・第3項 裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる。 訴訟関係人は、裁判長に対し、釈明のための発問を求めることができる。

あちらは訴因変更を経ずに事実認定してよいかという特定の局面で問題になる求釈明で、こちらは訴訟活動全般を対象にした、裁判長の一般的な権限です。訴訟指揮権にはこのほか、証拠調べの順序や範囲、方法を定めたり変更したりする権限も含まれます。こちらは今日は、名前だけ押さえておいてください。なお、以前見た訴因変更命令は、312条2項という別の条文にもとづく権限です。

法廷警察権——対象は法廷にいる全員

訴訟指揮権と法廷警察権の対象範囲主体根拠条文の違いを対比する板 図:訴訟指揮権と法廷警察権の対象範囲主体根拠条文の違いを対比する板

訴訟指揮権のもう1つの側面が、法廷警察権です。同じ裁判長の権限の系列ですが、対象が大きく違います。法廷警察権は、訴訟関係人に限られません。傍聴人を含めて、法廷にいる者すべてに及びます。秩序を乱す行為があれば、傍聴人であっても対象になります。

条文刑事訴訟法第288条第2項

刑事訴訟法第288条第2項 裁判長は、被告人を在廷させるため、又は法廷の秩序を維持するため相当な処分をすることができる。

条文裁判所法第71条第1項・第2項

裁判所法第71条第1項・第2項 法廷における秩序の維持は、裁判長又は開廷をした一人の裁判官がこれを行う。 裁判長又は開廷をした一人の裁判官は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当な行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる。

例えば、傍聴席で大声を出し続けて審理を妨げる人には、裁判長が退廷を命じることができます。行使する主体も、裁判長、または合議体でなく一人で開廷した裁判官です。もう1つ、写真撮影や録音、放送についても許可制になっています。

条文刑事訴訟規則第215条

刑事訴訟規則第215条 公判廷における写真の撮影、録音又は放送は、裁判所の許可を得なければ、これをすることができない。但し、特別の定のある場合は、この限りでない。

この点が実際に争われた有名な事件があります。傍聴人が法廷でメモを取ることが、この法廷警察権との関係でどこまで許されるかが問題になりました。

判例最大判平元・3・8民集43巻2号89頁

レペタ事件(法廷でのメモ) 「公正かつ円滑な訴訟の運営は、傍聴人がメモを取ることに比べれば、はるかに優越する法益であることは多言を要しないところである……しかしながら、それにもかかわらず、傍聴人のメモを取る行為が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げるに至ることは、通常はあり得ないのであつて、特段の事情のない限り、これを傍聴人の自由に任せるべきであり、それが憲法二一条一項の規定の精神に合致するものということができる。」

訴訟の公正な運営がメモの自由より重い利益だと認めたうえで、実際にメモを取る行為がその運営を妨げることは通常考えにくいから、特段の事情がない限りメモは自由にしてよい、という組み立てです。原則は自由、制限は例外です。写真や録音は許可がなければできないのに対して、メモは特段の事情がない限り自由。この対比で押さえてください。

今日の地図(保存版)

開廷に必須の人被告人の出頭必要的弁護手続の地図訴訟指揮権法廷警察権という今日の道筋を一本にまとめる板

今日のまとめです。開廷に欠かせない人が欠けたときの効果は一律ではなく、裁判官を欠けば絶対的控訴理由、検察官を判決宣告の場で欠けば法令違反になり得る、という違いを見ました。被告人本人の出頭は防御権の保障が理由で原則必須ですが、軽微な事件や本人不在でも防御の利益が損なわれない場面では例外があります。必要的弁護は、防御の実質を守るための制度なので、その保護に値しない極限状況だけ例外が働きます。そのうえで、第1審手続全体の地図と、当事者主義を後見する訴訟指揮権、法廷にいる全員に及ぶ法廷警察権を見ました。

今日出てきた権限は、どれも「誰の・何を守るためか」で考えると整理しやすいですね。

ページ上部へ ↑

#90単独ページ動画

弁論の分離・併合と公判手続の停止・更新

第4章 公判手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:まとめて裁くか分けて裁くか

共犯とされる二人が同じ被告人席にいる状況から今日の問いを立てる導入板 図:共犯とされる二人が同じ被告人席にいる状況から今日の問いを立てる導入板

前回は、公判廷の中を裁判所がどう仕切るかを見ました。今日は視点を変えて、事件そのものの扱い方に入っていきます。共犯者の一人に、もう一人についての話を証言としてさせたいときにどうするかは、今日のテーマの一つである、事件をまとめて裁くか分けて裁くかという問題につながります。複数の事件をまとめて審理するのか分けて審理するのか、そしてもう一つ、審理が途中で止まったり、裁判官が入れ替わったりしたときに何が起きるのかを見ていきます。先に答えの方向だけ言っておくと、まとめる・分ける・止める・引き継ぐは、どれも被告人がきちんと自分を守れる状態を保ったまま審理を進めるための仕組みです。

「弁論」とは何か——分離・併合の2種類

弁論=審理全体であること主観的併合分離と客観的併合分離の違いを示す板 図:弁論=審理全体であること主観的併合分離と客観的併合分離の違いを示す板

まず言葉の確認からです。ここで言う「弁論」は、最終弁論のような一場面の意見陳述ではなく、公判の審理全体を指す広い意味で使われています。この広い意味の弁論を前提に、複数の事件の審理を一つにまとめることを弁論の併合、逆に一つにまとまっていた審理を分けることを弁論の分離といいます。まとめ方には2種類あります。複数の被告人の事件を一緒にしたり分けたりするのが主観的併合・分離、一人の被告人が抱える複数の訴因を一緒にしたり分けたりするのが客観的併合・分離です。

313条1項の裁量と313条2項・規則210条の義務

313条1項の裁量的併合分離と313条2項規則210条の義務的分離を利益と必要で対比する板

弁論の分離・併合を決めるのが、313条1項です。

条文刑事訴訟法第313条第1項

刑事訴訟法第313条第1項 裁判所は、適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離し若しくは併合し、又は終結した弁論を再開することができる。

「適当と認めるとき」に、請求または職権で、裁判所が決定で分離・併合・再開を決められます。以前見た訴訟指揮権の一場面と考えてください。訴訟指揮権はもともと裁判所の権能で、公判期日の中での具体的な指揮を裁判長が担う、という話でした。分離・併合は、条文のとおり裁判長ひとりではなく、裁判所が決定の形で決めます。この裁量を後押しする理由が、併合の利益です。たとえば一人の被告人が窃盗の事件を二つ抱えているとします。二つをまとめて審理すれば、証人を呼ぶのも一度で済みますし、量刑もまとめて考えられるので、本人にとって有利になりやすいんです。共犯事件でも同じで、同じ証人を一度尋問すれば足り、一つの事実関係を矛盾なく確定できます。

併合にも例外があります。まとめたせいで、かえって被告人が自分を守れなくなる場合です。そのための規定が313条2項です。

条文刑事訴訟法第313条第2項

刑事訴訟法第313条第2項 裁判所は、被告人の権利を保護するため必要があるときは、裁判所の規則の定めるところにより、決定を以て弁論を分離しなければならない。

条文刑事訴訟規則第210条

刑事訴訟規則第210条 裁判所は、被告人の防禦が互に相反する等の事由があつて被告人の権利を保護するため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離しなければならない。

1項が「適当と認めるとき」の裁量だったのに対して、2項は「必要があるとき」の義務です。規則210条がその中身を具体化していて、被告人どうしの防御が互いに相反するときが典型として挙げられています。同じ弁論の場で、共同被告人が互いに罪をなすりつけ合っていたら、それぞれの弁護人は、検察官への反論よりも相手の主張を崩すことに力を割かれてしまい、公正な防御ができなくなります。併合の利益と比べるなら、必ず被告人の権利保護が勝ちます。証人を何度も呼ぶ手間が増えても、防御が正面からぶつかり合っている以上、まとめる利益より守るべき権利のほうが重いからです。裁量と義務、この対比で押さえてください。

法律関係の個別性——一緒に裁かれていても別々

併合されていても証拠の請求と同意の効果は被告人ごとに別個であることを示す対比表 図:併合されていても証拠の請求と同意の効果は被告人ごとに別個であることを示す対比表

併合されて共同被告人になっても、押さえておくべき原則があります。それぞれの法律関係は、被告人ごとに別個だということです。検察官は被告人ごとに違う証拠の取調べを請求できますし、被告人・弁護人も、被告人ごとに証拠に同意するか不同意にするか、別々に意見を述べます。同意するかどうかは、それぞれの被告人が自分の防御として決めることだからです。たとえば、検察官が共犯とされる二人のうち一人については、目撃証人の供述調書を証拠として請求したとします。その被告人が同意すれば、調書はそのまま証拠になります。でも、もう一人の被告人がその証人を知らず、同意していなければ、その調書はもう一人の事件については証拠になりません。検察官は、もう一人に対しては、証人を法廷に呼んで直接尋問するなど、別の立証方法を用意しなければならないんです。一方のためだけに出された証拠を、もう一方のために流用することも許されません。

さっきの、冒頭の共犯の二人の話に戻ってもいいですか。一人がもう一人に不利な話をしたいとき、同じ被告人席にいる間はどうなるんでしたか。ここがつながります。法律関係が被告人ごとに別個だとしても、同じ弁論の中で共同被告人どうしである限り、互いを証人として尋問することはできません。被告人には黙秘権があり、終始黙っていてよい立場です。ところが証人は、宣誓したうえで、聞かれたことに答える義務を負います。同じ人物を被告人のまま証人にすると、この二つがぶつかってしまうんです。だから証人になるには、いったんその弁論から抜けて、被告人という立場を離れる必要があります。つまり、弁論を分離すれば、相手を証人として尋問できる可能性が生まれます。ただし、実際にどこまで証人として扱えるか、その中身は証拠法の論点になるので、別の回で扱います。

公判手続の停止——防御できない状態で進めない

314条各項の停止事由と312条7項の停止を被告人が防御できないときは進めないという趣旨で束ねる比較表

次は、審理の進め方そのものではなく、審理を止めるかどうかの話です。以前、314条1項を見たときに、被告人としての重要な利害を弁別してそれに従って相当な防御をする力、つまり訴訟能力の話をしました。覚えていますか。訴訟能力を欠いていて、回復の見込みがないときは、公訴棄却で終わらせる、という出口の話でした。314条1項は、この停止の制度全体の中でどう位置づけられるかを、今日はあらためて見ていきます。314条には、審理を進めると被告人が困ってしまう場面がいくつか並んでいます。まず1項、被告人の心神喪失です。

2項は、被告人が病気のために出頭できないとき、3項は、事件の証明に欠かせない重要な証人が病気で出頭できないときです。

条文刑事訴訟法第314条第2項

刑事訴訟法第314条第2項 被告人が病気のため出頭することができないときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。但し、第二百八十四条及び第二百八十五条の規定により代理人を出頭させた場合は、この限りでない。

条文刑事訴訟法第314条第3項

刑事訴訟法第314条第3項 犯罪事実の存否の証明に欠くことのできない証人が病気のため公判期日に出頭することができないときは、公判期日外においてその取調をするのを適当と認める場合の外、決定で、出頭することができるまで公判手続を停止しなければならない。

1項は、被告人自身が、審理の内容を理解して自分の身を守るための判断そのものができない状態です。2項は、判断はできても体調のせいで法廷に来られない状態、たとえば入院中で出てこられない場合です。3項は、被告人ではなく重要な証人の側が病気で来られない状態です。誰の、どんな事情で審理を止めるのかが、項ごとに違うわけです。2項には、その但書があります。284条や285条で代理人を出頭させている場合は、この限りではありません。もともと本人の出頭が要らない事件では、病気で停止する必要もないということです。3項にも但書があり、公判期日の外で証人を取り調べるほうが適当なら、止めずにそちらで進めます。そして、この3つのどれで止めるときも、必ず医師の意見を聴かなければなりません。

条文刑事訴訟法第314条第4項

刑事訴訟法第314条第4項 前三項の規定により公判手続を停止するには、医師の意見を聴かなければならない。

もう一つ、以前見た停止を思い出せますか?訴因や罰条が追加・変更されて、被告人の防御に実質的な不利益が生じるおそれがあるときの停止です。314条の停止は原因が被告人や証人の健康状態、312条7項の停止は原因が訴因の変更と、きっかけは違います。ですが、どちらも、被告人がきちんと自分を守れない状態のまま審理を進めてはいけない、という共通の理由から来ています。原因は違っても、目的は同じだと押さえてください。

公判手続の更新——裁判官が替わったとき

315条の更新と規則213条の更新原因を直接主義口頭主義の要請として並べる一覧板 図:315条の更新と規則213条の更新原因を直接主義口頭主義の要請として並べる一覧板

最後に、更新です。以前、直接主義と口頭主義を見ました。証拠に自分自身で触れた裁判官が判断するのが直接主義でしたね。この直接主義があるので、開廷後に裁判官が交替すると問題が起きます。交替前の証人尋問や証拠調べの様子を、交替後の裁判官はその場で見ていないので、そのままでは立ち会っていない裁判官が判決を書くことになってしまうからです。前に出てきた歌のコンテストで言えば、前半の歌を聞いていない審査員が、途中から入って点数をつけるようなものです。

条文刑事訴訟法第315条

刑事訴訟法第315条 開廷後裁判官がかわつたときは、公判手続を更新しなければならない。但し、判決の宣告をする場合は、この限りでない。

そこで、それまでの審理の効力は保ちながら、直接主義・口頭主義の要請を満たすために必要な手当てをすることを、公判手続の更新といいます。ただし但書があって、審理はもう終わっていて、交替した裁判官が判決を宣告するだけなら、更新は要りません。判決を読み上げるだけなら、証拠に自分で触れているかどうかは問題にならないからです。裁判官が替わる場面以外にも、更新が必要な場合はあるんですか。あります。開廷後、被告人の心神喪失で公判手続を止めていて、また審理を再開するときです。

条文刑事訴訟規則第213条第1項・第2項

刑事訴訟規則第213条第1項・第2項 開廷後被告人の心神喪失により公判手続を停止した場合には、公判手続を更新しなければならない。 開廷後長期間にわたり開廷しなかつた場合において必要があると認めるときは、公判手続を更新することができる。

停止していた間に、それまでの審理の内容の記憶や理解が薄れてしまうおそれがあるので、再開するときは更新が義務になります。2項は、長期間開廷しなかった場合に、裁判所が必要と認めれば更新できるという裁量的な規定です。このほか、簡易公判手続や即決裁判手続の決定が取り消されたときにも、更新が必要になる場面があります。簡易公判手続は、被告人が法廷で罪を認めた事件で、重い罪を除き、証拠調べを簡単な方法で進める手続です。即決裁判手続は、以前見た、争いの無い軽い事件をできる限りその日のうちに終える手続でした。いずれも、審理の実質を裁判所自身がもう一度きちんと把握し直すための手当てだと考えてください。

更新は、それまでの審理を捨てて一からやり直す手続ではありません。そこが誤解しやすいところです。規則213条の2を見てください。

条文刑事訴訟規則第213条の2

刑事訴訟規則第213条の2(三号・四号) 更新前の公判期日における被告人若しくは被告人以外の者の供述を録取した書面又は更新前の公判期日における裁判所の検証の結果を記載した書面並びに更新前の公判期日において取り調べた書面又は物については、職権で証拠書類又は証拠物として取り調べなければならない。ただし、裁判所は、証拠とすることができないと認める書面又は物及び証拠とするのを相当でないと認めかつ訴訟関係人が取り調べないことに異議のない書面又は物については、これを取り調べない旨の決定をしなければならない。(三号) 裁判長は、前号本文に掲げる書面又は物を取り調べる場合において訴訟関係人が同意したときは、その全部若しくは一部を朗読し又は示すことに代えて、相当と認める方法でこれを取り調べることができる。(四号)

更新の中身は、順番で考えると分かりやすいです。まず原則として、三号にあるとおり、更新前の期日で取り調べた証拠を、裁判所が職権でもう一度、証拠書類・証拠物として取り調べ直します。ですが、これをいちいち朗読していては時間がかかります。そこで次に四号があって、訴訟関係人が同意すれば、朗読などをせずに「相当と認める方法」で取り調べることができるとされています。この四号があるので、実務では検察官・弁護人が「従前のとおり」と一言述べるだけで更新が終わることが多いんです。

今日の地図(保存版)

分離併合の裁量と義務法律関係の個別性停止更新という今日の道筋を一本にまとめる板 図:分離併合の裁量と義務法律関係の個別性停止更新という今日の道筋を一本にまとめる板

今日のまとめです。弁論の分離・併合は313条1項の裁量が原則ですが、共同被告人の防御が相反するときは313条2項・規則210条で分離が義務になります。併合されていても法律関係は被告人ごとに別個で、この個別性が、分離すれば共同被告人を証人として尋問できるかという問いにつながっていました。公判手続の停止は、314条の各事由も312条7項の訴因変更も、被告人がきちんと自分を守れない状態のまま審理を進めないという共通の理由で束ねられます。そして公判手続の更新は、裁判官の交替という場面で直接主義・口頭主義を保つための手当てで、判決の宣告だけなら不要でした。

分ける・止める・引き継ぐ、どれも被告人がきちんと防御できる状態を保つための仕組みなんですね。

ページ上部へ ↑

#91単独ページ動画

被告人勾留と保釈

第4章 公判手続 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:起訴されたあとも拘置所にいるのか

起訴後も拘置所に留まる被告人と保証金を挟んで外に出る被告人を並べた導入板 図:起訴後も拘置所に留まる被告人と保証金を挟んで外に出る被告人を並べた導入板

前回は、事件をまとめて裁くか分けて裁くか、そして審理が止まったり引き継がれたりする場面を見ました。今日は視点を変えて、被告人自身の身柄がどう扱われるかに入っていきます。起訴された。裁判は何か月も続くこともありますよね。そのあいだずっと拘置所にいるんですか。それとも、保証金を払えば出られるんですか。両方あり得ます。起訴されたあとも身柄の拘束、つまり勾留は続きます。ただし、起訴されたあとだけに使える保釈という制度があって、条件を満たせば外に出られます。ただ、払えば必ず出られるわけではありません。今日は、起訴されたあとの勾留がそれ以前とどう違うのか、そして保釈がいつ認められ、いつ取り消されるのかを見ていきます。

被告人勾留とは何か——同じ勾留のバトンが渡る

被疑者勾留から被告人勾留へバトンが渡るイメージを示す板 図:被疑者勾留から被告人勾留へバトンが渡るイメージを示す板

まず復習です。前の章で見た被疑者勾留の要件を、思い出せますか?罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があって、住居不定・罪証隠滅のおそれ・逃亡のおそれのどれかがあるとき、でした。実は、この60条1項は被告人勾留の条文そのもので、被疑者勾留の場面では、前の章で見た207条1項の授権で、これを被疑者にも読み替えて使っています。つまり、勾留の目的と要件そのものは、被疑者段階でも被告人段階でも変わりません。逃亡と罪証隠滅を防ぐための身体拘束という点で、同じ制度が続いているんです。イメージとしては、同じバトンが渡されると考えてください。捜査段階では、検察官が請求して初めて、裁判官がこのバトンを動かします。起訴という合図で、バトンは裁判所の側に渡り、そこから先は、請求がなくても裁判所が自分の判断で、より長い区間を走ります。バトンは1本のまま、何が動かすきっかけになるかと、走る区間の長さだけが変わるんです。周りの仕組みも、前の章で見たものがほとんど同じ規定で働きます。弁護人以外との面会を止める接見等禁止、勾留の理由を公開の法廷で示させる勾留理由の開示、理由や必要が無くなった勾留を終わらせる取消し、勾留を残したまま親族に預けるなどして一時的に外へ出す執行停止です。

被告人勾留と被疑者勾留の5つの違い

逮捕前置検察官の請求期間接見指定保釈の可否の5項目で被告人勾留と被疑者勾留を対比する表

目的と要件が同じ一方で、走者が変わることで変わる部分があります。5つに整理します。1つ目、逮捕前置。被疑者勾留は逮捕が前提として必要ですが、被告人勾留は起訴の時点ですでに慎重な手続を経ているので、逮捕前置は要りません。2つ目、検察官からの請求。被疑者勾留は検察官の請求が必要ですが、被告人勾留は裁判所が職権で判断できるので、請求は要りません。3つ目、期間です。被疑者勾留は原則10日、延長してもさらに10日まで、あわせて最長20日ですが、被告人勾留は起訴の日から2か月プラス1か月ごとの更新と、走る区間がぐっと長くなります。ここは次で深掘りします。4つ目、接見指定です。捜査機関は、公訴提起前に限り、弁護人等との接見の日時や場所、時間を、捜査の必要から指定できます。起訴されたあとは、起訴された事件については、この接見指定はもう使えません。接見交通権の回で見たとおり、未起訴の余罪で身柄を拘束されているときだけは別です。ちなみに、さっきの接見等禁止は、これとは別の制度で、被疑者・被告人どちらの段階でも働きます。

被疑者勾留には保釈という弁が付いていませんが、被告人勾留には付きます。この最後の違いが、今日の後半のテーマにそのままつながります。

勾留期間と更新——60条2項の深掘り

60条2項の原則2か月と更新1回の枠を89条1号3号4号6号だけ枠が外れる形で示す板

条文刑事訴訟法第60条第1項

刑事訴訟法第60条第1項 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。一 被告人が定まつた住居を有しないとき。二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

条文刑事訴訟法第60条第2項

刑事訴訟法第60条第2項 勾留の期間は、公訴の提起があつた日から二箇月とする。特に継続の必要がある場合においては、具体的にその理由を附した決定で、一箇月ごとにこれを更新することができる。但し、第八十九条第一号、第三号、第四号又は第六号にあたる場合を除いては、更新は、一回に限るものとする。

2項をよく見てください。原則は、起訴の日から2か月、そして継続の必要があれば1か月ごとに更新できます。ただし更新は原則1回だけ。つまり通じて3か月が枠です。裁判の審理には時間がかかるので、区間が長くなるのは自然な話です。ただ、但書があります。89条1号、3号、4号、6号のどれかに当たる場合は、更新回数の制限が外れます。この4つの号は、あとで権利保釈の除外事由として同じ番号で出てきます。重い罪、常習犯、罪証隠滅のおそれ、氏名住居不明といった事情がある被告人については、更新に上限を設けず、判決が出るまで拘束を続けられるということです。

更新の制限が外れる号と、保釈が拒まれる号が、同じ番号なんです。そこは条文の作り方として覚えておくと、あとの権利保釈のところが楽になります。同じ事情が「長く拘束してよい理由」にも「保釈を拒む理由」にもなっている、という関係です。

起訴での自動切替えと判断主体

同一事実での起訴なら勾留質問なしで切替えその他の起訴なら職権判断と勾留質問ありに分かれるフロー

バトンが渡るとき、いつも同じようにスムーズに渡るわけではありません。被疑者勾留の基礎になっていた事実と同じ事実で起訴された場合は、特段の手続なしで、公訴提起と同時に被告人勾留に切り替わります。理由は2つの条文の組合せです。208条1項は、勾留の請求から10日以内に起訴しないなら直ちに釈放せよ、と定めています。裏を返せば、期間内に起訴すれば釈放しなくてよい。そして60条2項は、被告人勾留の期間を公訴提起の日から数えます。だから、起訴の日からそのまま被告人勾留として続く、と読めるんです。だから、この場合は61条の勾留質問、つまり裁判官が本人に会って疑いの中身を告げ、言い分を聴く手続を、やり直しません。前の章で見たとおり、被疑者勾留のときに一度済ませているからです。ただし、自動でパスされない場面もあります。①被疑事実と別の事実で起訴する場合、②在宅のまま起訴する場合、③逮捕後に被疑者勾留をせず直ちに起訴する場合、④すでに別件で被告人勾留されている人について、その余罪の方は逮捕・勾留の手続を経ないまま起訴する場合です。この4つでは、裁判所・裁判官が職権で勾留するかを判断し、そのときに勾留質問を行います。

たとえばCさんが、知人を殴ってけがをさせた傷害の疑いで逮捕・勾留され、その傷害で起訴されたとします。同じ事実なので、バトンは自動でパスされます。これに対して、第4章の最初の回で見た、コンビニで万引きをして、逮捕されないまま窃盗で起訴されたAさんのような人を裁判所が勾留するなら、渡すバトンがそもそもありません。②の在宅起訴にあたり、勾留質問から始めることになります。誰が勾留に関する処分を判断するかも、被疑者段階とは違います。そこも押さえておきましょう。

条文刑事訴訟法第280条

刑事訴訟法第280条 公訴の提起があつた後第一回の公判期日までは、勾留に関する処分は、裁判官がこれを行う。

第1回公判期日より前は、これから審理を担当する裁判体には入っていない別の裁判官が、職権で勾留に関する処分を行います。これは予断排除の原則、つまり事件の中身を先に知ってしまった裁判官が審理そのものを担当しないための仕組みです。第1回公判期日のあとは、実際に審理する裁判所自身が判断します。この主体の切り替わりは、これから見る保釈でも共通のルールです。

保釈とは何か——重しを預けて陸に上がる

港に停泊したままの勾留という船と保証金という重しを預けて上陸する被告人のイメージ板

ここから保釈です。保釈は、被疑者段階には無い制度で、起訴されたあとの被告人勾留だけに認められます。保釈を、こう考えてください。勾留という船は、ずっと港に停泊したままです。保釈は、その船を出港させる、つまり勾留そのものをやめる制度ではありません。保証金という重しを港に置いていけば、しばらく陸に上がってよい、という許可です。約束を破れば重しは取り上げられ、また船に戻されます。条文上は、保釈は勾留の執行を一時停止する制度と位置づけられます。勾留という裁判そのものは形の上では残ったままなので、保釈中も勾留の効力は続いていますし、実刑判決が宣告された瞬間には、この「陸に上がる許可」自体が当然に切れます。ここはあとで、取消しとの対比で詳しく見ます。では、その許可の出し方に3つの段階があります。

権利保釈——原則、請求があれば許す

権利保釈の原則と89条各号の除外事由という6枚の踏み板を示す板 図:権利保釈の原則と89条各号の除外事由という6枚の踏み板を示す板

権利保釈で保釈を拒める理由の中に「逃亡のおそれ」が入っているかどうか、このあとの条文を一緒に読んで確認しましょう。その前に、なぜ保釈が原則なのかを押さえておきます。被告人は、まだ有罪と決まっていない人です。無罪推定の原則が働いていますし、自分の裁判に備えて弁護人と打ち合わせるにも、外にいるほうがずっと動きやすい。だから、拘束を続ける特別な理由が無い限り、請求があれば出す。これが89条の出発点です。

条文刑事訴訟法第89条

刑事訴訟法第89条 保釈の請求があつたときは、次の場合を除いては、これを許さなければならない。一 被告人が死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期十年を超える拘禁刑に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。三 被告人が常習として長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したものであるとき。四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。五 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。

これが権利保釈です。原則、請求があれば必ず許さなければなりません。ただし6つの除外事由があります。踏み板のようなものだと考えてください。原則としては誰でも上がれる階段ですが、6枚のうちどれかを踏んでしまうと、その踏み板からは上がれなくなります。1号は重い罪、2号は前科、3号は常習犯、4号は罪証隠滅のおそれ、5号は被害者への加害・畏怖、6号は氏名住居不明です。「逃亡のおそれ」は、この6つのどこにも入っていません。これが89条の引っかけです。保釈と聞くと逃亡のおそれをまず思い浮かべますが、権利保釈の除外事由には無いんです。なぜ入っていないのか。逃亡は、保証金という重しで防ぐ仕組みになっているからです。逃げれば重しを取り上げられる、その圧力で出頭を確保する。だから逃亡のおそれは除外事由にせず、保証金の額や、次に見る裁量保釈の判断の中で考えるんです。

勾留の基礎になっている事実を基準に判断します。たとえば4号の罪証隠滅のおそれなら、起訴された事件について証拠を隠す可能性があるかどうかで見るということです。さっきのCさんで考えます。傷害の罪は、法定刑の下限が1年より軽いので、1号の重い罪には当たりません。前科も無く、住まいも決まっていて、証拠もそろっているなら、6枚のどれも踏みません。多少逃げそうな気配があっても、裁判所は保釈を許さなければなりません。ところが、Cさんが逮捕される前に、殴った場面を見ていた友人に、警察には何も見ていないと言え、と繰り返し電話していたらどうでしょう。これは4号の罪証隠滅のおそれに当たりえます。そうなると、権利保釈の階段からは上がれません。

裁量保釈——それでも裁判所が出してよいと判断する

除外事由に当たった被告人にも90条の考慮事情を通じて裁判所が手を差し伸べる図 図:除外事由に当たった被告人にも90条の考慮事情を通じて裁判所が手を差し伸べる図

条文刑事訴訟法第90条

刑事訴訟法第90条 裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

89条の除外事由に当たって権利保釈が使えない場合でも、これで終わりではありません。裁判所は、逃亡や罪証隠滅のおそれの程度に加えて、拘束が続くことで被告人が受ける健康上・経済上・社会生活上・防御準備上の不利益の程度、その他の事情を考慮して、適当と認めれば、職権で保釈を許すことができます。ここが裁量保釈です。職権保釈とも呼ばれます。さっき出てきた「逃亡のおそれ」は、ここで初めて条文上の考慮要素として登場します。除外事由に当たった被告人にも、裁判所がこの物差しで判断して、手を差し伸べる余地がある段階だとイメージしてください。さっきのCさんで言えば、口止めの電話で4号に当たっても、それで終わりではありません。たとえば、持病の治療を続けなければならない、一人で親の介護を担っている、といった事情があれば、口止めのおそれがどの程度かと、拘束が続く不利益とを比べたうえで、裁判所が職権で保釈を許すことがあり得ます。

義務的保釈——拘禁が不当に長引いたときの義務

権利保釈除外事由裁量保釈義務的保釈を一本の階段として重ねる保釈の全体構造板 図:権利保釈除外事由裁量保釈義務的保釈を一本の階段として重ねる保釈の全体構造板

条文刑事訴訟法第91条第1項

刑事訴訟法第91条第1項 勾留による拘禁が不当に長くなつたときは、裁判所は、第八十八条に規定する者の請求により、又は職権で、決定を以て勾留を取り消し、又は保釈を許さなければならない。

裁量保釈が「出してもよい」だったのに対して、91条は「出さなければならない」です。勾留による拘禁が不当に長くなったときは、裁判所は、請求または職権で、勾留を取り消すか、保釈を許すか、どちらかをしなければなりません。有罪と決まっていない人を、裁判が長引いたからといっていつまでも閉じ込めておけば、刑罰を先に科しているのと変わらなくなるからです。このうち保釈を許すほうが義務的保釈です。一本の階段として整理できます。1段目、原則として誰でも上がれる階段が権利保釈です。ただし6枚の踏み板があって、踏むと上がれなくなります。それでも、裁判所が事情を見て手を差し伸べれば上がれるのが裁量保釈です。そして、長く足止めされ過ぎた人には、裁判所が手を差し伸べる義務がある、それが義務的保釈です。原則、例外、例外への手当て、そのさらに手当て、という一本の流れで押さえてください。冒頭の問いに戻ると、保証金を払えば必ず出られるわけではなく、この階段のどこで止まるかで決まります。そして、出られたとしても、勾留そのものは続いています。

保釈における余罪の考慮

起訴されていない余罪を理由に不許可にはできないが一資料としてなら考慮できるという線引きの板

もう一つ、細かい実務の論点があります。起訴されていない余罪そのものを、勾留の理由と同じように扱って保釈を拒むことは許されません。それをすると、起訴もしていない事件について実質的に別件で勾留しているのと同じことになってしまうからです。余罪がまったく考慮されないわけではありません。余罪を、89条4号の罪証隠滅のおそれを推測するための一つの資料として考慮することは許されます。裁量保釈のほうでも、諸般の事情の一つとして余罪を考慮することが認められています。理由そのものにはできないけれど、判断材料の一つにはなる、という線引きです。この当てはめの細かさは、論文で問われる典型論点でもあります。

Cさんに、起訴されていない別の暴行の疑いもあったとします。その暴行を罰するために閉じ込めておく、という理由で保釈を拒むことはできません。でも、その別の件でも目撃者に口止めをしていた形跡があれば、今回の傷害でも証拠を隠しそうだと推し量る材料にはなります。余罪は拒む理由ではなく、4号を判断する材料として使う、ということです。

保釈の手続——請求から釈放まで

請求検察官の意見聴取保証金額の決定納付執行という保釈手続の時系列フロー 図:請求検察官の意見聴取保証金額の決定納付執行という保釈手続の時系列フロー

保釈が許されるまでの手続を、時系列で見ていきます。まず請求権者です。

条文刑事訴訟法第88条第1項

刑事訴訟法第88条第1項 勾留されている被告人又はその弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹は、保釈の請求をすることができる。

被告人本人のほか、弁護人・法定代理人・保佐人・配偶者・直系親族・兄弟姉妹が請求できます。弁護人などは、被告人本人の意思に反してでも、独立して請求できます。請求を受けた裁判所は、許可・却下のどちらの決定をするときも、必ず検察官の意見を聴きます。

条文刑事訴訟法第92条第1項

刑事訴訟法第92条第1項 裁判所は、保釈を許す決定又は保釈の請求を却下する決定をするには、検察官の意見を聴かなければならない。

どちらの結論であっても、必ず聴かなければなりません。保釈を許す決定をする場合には、保証金の額を必ず定めます。

条文刑事訴訟法第93条第1項

刑事訴訟法第93条第1項 保釈を許す場合には、保証金額を定めなければならない。

条文刑事訴訟法第93条第2項

刑事訴訟法第93条第2項 保証金額は、犯罪の性質及び情状、証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない。

条文刑事訴訟法第93条第3項

刑事訴訟法第93条第3項 保釈を許す場合には、被告人の住居を制限し、その他適当と認める条件を付することができる。

保証金額は、犯罪の性質や情状、証拠の証明力、被告人の性格や資産を考慮して、出頭を保証するに足りる金額でなければなりません。金額に加えて、住居の制限などの条件を付けることもできます。そして、決定が出ても、すぐに釈放されるわけではありません。

条文刑事訴訟法第94条第1項

刑事訴訟法第94条第1項 保釈を許す決定は、保証金の納付があつた後でなければ、これを執行することができない。

保証金を実際に納付したあとでなければ、決定を執行できません。つまり、お金を用意して初めて、陸に上がる許可が実行されるということです。

保釈の取消しと没取・失効との対比

96条の裁判所の判断を要する取消しと343条の判決宣告で当然に生じる失効を対比する板

保釈が始まったあと、それが終わる場面が2つあります。1つは取消しです。

条文刑事訴訟法第96条第1項

刑事訴訟法第96条第1項 裁判所は、次の各号のいずれかに該当する場合には、検察官の請求により、又は職権で、決定で、保釈又は勾留の執行停止を取り消すことができる。一 被告人が、召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。二 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。三 被告人が罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。四 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、又はこれらの者を畏怖させる行為をしたとき。五 被告人が、正当な理由がなく前条第一項の規定による報告をせず、又は虚偽の報告をしたとき。六 被告人が住居の制限その他裁判所の定めた条件に違反したとき。

条文刑事訴訟法第96条第2項

刑事訴訟法第96条第2項 前項の規定により保釈を取り消す場合には、裁判所は、決定で、保証金の全部又は一部を没取することができる。

召喚を受けて正当な理由なく出頭しない、逃亡またはそのおそれ、罪証隠滅またはそのおそれ、加害・畏怖行為、条件違反などがあると、検察官の請求または職権で、裁判所が決定で保釈を取り消せます。前の章で見た87条の取消しは勾留そのものを終わらせましたが、ここで消えるのは保釈だけで、勾留は残ります。取り消す場合には、保証金の全部または一部を没取、つまり取り上げて国のものにすることもできます。約束を破れば、重しは取り上げられ、また船に戻される、というさっきの話がここに当たります。判決の宣告があれば、裁判所の判断を挟まず、保釈が当然に切れる場面もあります。それが失効です。

条文刑事訴訟法第343条第1項

刑事訴訟法第343条第1項 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつたときは、保釈又は勾留の執行停止は、その効力を失う。

拘禁刑以上の実刑判決の宣告があったときは、保釈は当然に効力を失います。取消しとの違いは、ここです。取消しは、裁判所が事由の有無を判断して、決定という形で行う処分です。失効は、判決の宣告という事実さえあれば、裁判所の判断を挟まず当然に生じます。さらに343条は、89条の権利保釈の適用そのものも排除します。実刑判決が出たあとは、権利として保釈を求めることはできなくなるということです。

令和5年改正の逃亡防止措置——保証金だけでは防げなかった逃亡

監督者制度報告命令不出頭罪位置測定端末を施行済みと未施行に分けて示す板 図:監督者制度報告命令不出頭罪位置測定端末を施行済みと未施行に分けて示す板

最後に、比較的新しい改正の話です。保証金を積んでいても、実際に逃げられてしまう保釈中の逃亡事案が相次いだことを受けて、令和5年に法律が改正されました。改正で導入された仕組みをいくつか見ます。1つ目は監督者制度です。

条文刑事訴訟法第98条の4第1項

刑事訴訟法第98条の4第1項 裁判所は、保釈を許し、又は勾留の執行停止をする場合において、必要と認めるときは、適当と認める者を、その同意を得て監督者として選任することができる。

条文刑事訴訟法第98条の4第3項

刑事訴訟法第98条の4第3項 監督者は、被告人の逃亡を防止し、及び公判期日への出頭を確保するために必要な監督をするものとする。

裁判所は、保釈や勾留執行停止をする際に、必要と認めれば、適当な人をその同意を得て監督者として選任できます。監督者は、被告人が逃げないよう、そして公判期日にきちんと出頭できるよう、必要な監督をします。2つ目は、生活状況の報告義務です。裁判所は、保釈中や勾留執行停止中の被告人に、住居や仕事、通学の状況など、逃亡の判断に関わる生活上の事項を報告するよう命じることができます。正当な理由なく報告しない、または虚偽の報告をすると、保釈の取消し事由になります。続いて、3つ目は出頭命令です。保釈や勾留執行停止が取り消されたのに、まだ刑事施設に収容されていない被告人に対して、検察官が出頭すべき日時・場所を指定して命じることができ、正当な理由なく応じないと2年以下の拘禁刑に処せられます。4つ目は、不出頭そのものを罰する規定です。

条文刑事訴訟法第278条の2

刑事訴訟法第278条の2 保釈又は勾留の執行停止をされた被告人が、召喚を受け正当な理由がなく公判期日に出頭しないときは、二年以下の拘禁刑に処する。

保釈や勾留執行停止をされている被告人が、召喚を受けたのに正当な理由なく公判期日に出頭しないと、2年以下の拘禁刑に処せられます。ここまでは、すでに施行されています。もう一つ、位置測定端末、いわゆるGPSによる位置情報の取得も改正に盛り込まれています。ただし、これは新しい機器やシステムの整備が必要なため、他の制度より遅れていて、今の時点ではまだ施行されていません。

今日の地図(保存版)

バトンが渡る被告人勾留と重しを預けて陸に上がる保釈という今日の道筋を一本にまとめる板

今日のまとめです。被告人勾留は、被疑者勾留と同じ目的・要件を持つ同じ勾留のバトンが、起訴を境に、検察官の請求で動く段階から、裁判所が自分の判断で動かす段階へと渡るものでした。期間は2か月プラス更新、判断主体は裁判所です。保釈は、その勾留をやめる制度ではなく、保証金という重しを預けて一時的に陸に上がる制度で、権利保釈を原則に、除外事由という例外、それに手を差し伸べる裁量保釈、さらに義務としての義務的保釈という一本の階段になっていました。取消しは裁判所の判断を要する処分、失効は実刑判決の宣告だけで当然に生じる、という違いも押さえておいてください。

逃亡のおそれは89条の6つに入らず、90条の裁量保釈の考慮要素で初めて出てきます。引っかけとしてよく出るので、忘れないでください。

ページ上部へ ↑

#92単独ページ動画

冒頭手続と弁論手続

第4章 公判手続 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:法廷にいるのは、本当にその人か

冒頭で確かめること最後に述べ合うことを示す導入板 図:冒頭で確かめること最後に述べ合うことを示す導入板

前回は、起訴されたあとの身柄、被告人勾留と保釈を見ました。今日は視点を変えて、公判期日そのものに入っていきます。実はその前に、いくつかの決まった手続があります。まず、目の前にいる人物が本当に起訴状に書かれた被告人なのかを確かめ、起訴状を読み上げ、被告人と弁護人の言い分を聴きます。そして、証拠調べがすべて終わったあとにも、決まった手続があります。検察官・弁護人・被告人がそれぞれ最後の意見を述べて、審理が閉じます。今日は、この始まりと終わりの部分を1本の線でたどります。先に答えを言っておきます。始まりは、誰について何を裁くのかを確定させる場面。終わりは、証拠を見たうえで、どう判断すべきかを述べ合う場面です。そして冒頭陳述という手続は、名前に反してそのどちらでもなく、証拠調べの入口に属します。

今日は、公判期日の最初に何が起き、最後に何が起きるかに集中します。

人定質問——人違いでないことを確かめる

規則196条の確認事項と人定質問の趣旨を示す板 図:規則196条の確認事項と人定質問の趣旨を示す板

開廷が宣言されると、検察官が起訴状を朗読するより先に、裁判長がまず行うことがあります。人定質問です。

条文刑事訴訟規則第196条

刑事訴訟規則第196条 裁判長は、検察官の起訴状の朗読に先だち、被告人に対し、その人違でないことを確めるに足りる事項を問わなければならない。

具体的には、氏名・年齢・本籍・住居・職業を尋ねます。裁判所は、起訴状に書かれたこと以外、事件について何も知らない状態で審理を始めます。起訴状一本主義のところで見た原則ですね。証拠となりうる書類を事前に見せてもらえない以上、裁判所が被告人を特定する手がかりは、起訴状の記載しかありません。だから、法廷に立っている人物が本当にその記載どおりの人物かを、最初に確かめる必要があるんです。

今日扱う冒頭手続と弁論手続の範囲を示す第1審公判手続の全体フロー板 図:今日扱う冒頭手続と弁論手続の範囲を示す第1審公判手続の全体フロー板

ここで、第1審公判手続の全体の地図を、もう一度出しておきます。大きく①冒頭手続、②証拠調べ手続、③弁論手続に分かれ、そのあとに判決宣告が続くんでしたね。今日は①と③、つまり冒頭手続と弁論手続の中身に入っていきます。

被告人の確定——起訴状の名前と、実際に行動した人物がズレたら

表示説意思説行動説と実質的表示説の基準と難点を示す比較表 図:表示説意思説行動説と実質的表示説の基準と難点を示す比較表

人定質問は「起訴状に書かれた人物と、目の前の人物が同じか」を確かめる手続でした。ところが、この前提が崩れる場面があります。起訴状に書かれた名前どおりの人物を裁くのが、通常の流れです。でも、捜査段階で真犯人が他人の氏名を勝手に名乗り、その名前のまま起訴されてしまったらどうでしょう。起訴状には、氏名を騙られた無関係の人の名前が書かれています。この場合、誰を被告人として扱うべきか、という論点が出てきます。起訴状の名前をそのまま信じたら、無関係な人が被告人になってしまいます。そこが問題の核心です。考え方は大きく3つあります。①表示説は、起訴状に記載された者を被告人とします。基準は明確ですが、氏名を勝手に使われただけの無関係な者を被告人にしてしまう不合理が生じかねません。②意思説は、検察官が起訴しようとした者を被告人とします。ただ、検察官の内心をどう認定するかが難しい。③行動説は、実際に被告人として行動した者を被告人とします。これだけに頼ると、起訴状の記載から離れすぎて基準が不安定になります。

⭐ 論文で書く規範:実質的表示説 起訴状に記載された者を被告人とするのが原則であるが(表示説)、真犯人が他人の氏名を、冒用して起訴された場合など、表示説を貫くと不合理な結論を生じる場合には、意思説・行動説の考え方も考慮し、検察官の合理的意思や実際の行動の状況も踏まえて実質的・合理的に被告人を確定すべきである。 (実質的表示説(通説・判例))

そこで通説・判例は、表示説を基本にしつつ、意思説・行動説の考え方も加味して、実質的・合理的に判断する立場を採ります。実質的表示説と呼ばれます。

起訴状の名前Aと実際に手続に立ち続けた人物Bのズレを示す関係図 図:起訴状の名前Aと実際に手続に立ち続けた人物Bのズレを示す関係図

図で整理します。Aが起訴状に記載された氏名、Bが捜査段階から一貫して被疑者・被告人として取り調べられ、手続に登場してきた人物です。実質的表示説によれば、起訴状の記載に加えて、検察官が実際に誰を起訴しようとしたか、そして誰が手続の当事者として振る舞ってきたかを総合し、Bを被告人として扱うことになります。起訴状のAという名前は、Aと名乗っていたBを指す呼び名だった、と読むわけです。たとえば、配達伝票を思い浮かべてください。伝票には宛名が書いてありますが、これまで何度もその部屋のドアを開けて荷物を受け取り、サインまでしてきたのが、伝票の宛名とは違う人物だったとします。配達員は、伝票の名前だけを機械的に信じて突き返すべきか、それとも、これまで受取人として振る舞ってきた実態を重く見るべきか。伝票の記載を原則にしつつ、実際の受け取りの実態や、そもそも誰宛てに送ろうとしていたかという事情も踏まえて判断する。これが実質的表示説の発想に近いイメージです。

判例最決昭60・11・29(刑集39巻7号532頁)

氏名を、冒用したまま有罪判決を受けた事件 執行猶予の言渡しがあつた事件において、被告人が、捜査官に対しことさら知人である甲女の氏名を詐称し、かねて熟知していた同女の身上及び前科をも正確詳細に供述するなどして、あたかも甲女であるかのように巧みに装つたため、捜査官が全く不審を抱かず、指紋の同一性の確認をしなかつたことにより、当該判決の確定前に被告人自身の前科を覚知できなかつたという場合には、検察官は刑法二六条三号による執行猶予の取消請求権を失わない。

この判例は、知人の女性の氏名と経歴を詳しく名乗ったまま、執行猶予付きの有罪判決を受けた人の事件です。判決が確定したあとに本人の前科が見つかり、検察官が執行猶予の取消し、つまり猶予をやめて実際に刑を受けさせる請求をしました。猶予の前に受けていた刑が後から見つかったときの取消しで、刑法26条3号の場面です。最高裁は、偽って手続を受けた本人に対して取消しを請求できると判断し、その前提として、判決の効力は名前を使われた女性ではなく、名乗って手続を受けてきた本人に及ぶとしました。ただし、この事件で直接争われたのは、確定後に執行猶予を取り消せるかです。公判の途中で誰を被告人として扱うかの基準を、正面から述べたものではありません。名前ではなく、実際に手続を受けてきた人物に判決が結びつくという結論が、実質的表示説と整合すると位置づけられている判例です。

さっきの表を見ると、区別しなければいけないもう一つのケースがありました。身代わり出頭です。真犯人が起訴され、頼まれた別人が、その起訴された人物であるかのように法廷に出てきた場合ですね。この場合、起訴状に記載された人物が誰であるかは、最初から明確です。だから被告人を確定するという難しい判断は生じません。身代わりの人物を手続から解放し、改めて真犯人を召喚して、公判をやり直すことになります。氏名冒用は起訴状そのものの記載が食い違う場面、身代わり出頭は起訴状の記載は正しいのに出頭した人物が違う場面、と整理してください。

起訴状の朗読——全文が原則、求釈明で不明点を埋める

起訴状朗読の範囲全文原則求釈明を示す板 図:起訴状朗読の範囲全文原則求釈明を示す板

人定質問が終わると、検察官が起訴状を朗読します。

条文刑事訴訟法第291条第1項

刑事訴訟法第291条第1項 検察官は、まず、起訴状を朗読しなければならない。

朗読する範囲は、人定事項はすでに確認済みなので、公訴事実と罪名及び罰条の部分です。長い起訴状なら、要点だけかいつまんで読んでもいいんですか。許されません。法律上「朗読」という言葉が使われている以上、原則は全文です。かいつまんで要約するだけでは足りません。ただし、被害者等を特定する事項について秘匿決定がある場合には、その部分を省略したり仮名にしたりすることが認められています。口頭主義、つまり審理の中身は口頭で明らかにするという要請から、公判廷でこれから何を裁くのかを示し、被告人・弁護人には防御すべき対象を明らかにする機能があります。

条文刑事訴訟規則第208条第1項

刑事訴訟規則第208条第1項 裁判長は、必要と認めるときは、訴訟関係人に対し、釈明を求め、又は立証を促すことができる。

起訴状の中身に不明な点があれば、被告人・弁護人が裁判長に発問を求め、裁判長自身が検察官に釈明を求めることができます。これが求釈明です。訴訟指揮権のところで見た、裁判長の一般的な権限と同じ条文にもとづくものです。今日はそれが、起訴状朗読が終わったあとの場面で働く、と押さえてください。

黙秘権等の告知——起訴状朗読の直後に

黙秘権等の告知3事項を示す板 図:黙秘権等の告知3事項を示す板

起訴状朗読のあと、裁判長は被告人に、次のことを告げます。

条文刑事訴訟法第291条第5項

刑事訴訟法第291条第5項 裁判長は、第一項の起訴状の朗読が終わつた後、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨その他裁判所の規則で定める被告人の権利を保護するため必要な事項を告げた上、被告人及び弁護人に対し、被告事件について陳述する機会を与えなければならない。

条文刑事訴訟規則第197条第1項

刑事訴訟規則第197条第1項 裁判長は、起訴状の朗読が終つた後、被告人に対し、終始沈黙し又個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨の外、陳述をすることもできる旨及び陳述をすれば自己に不利益な証拠ともなり又利益な証拠ともなるべき旨を告げなければならない。

告げる内容は3つです。終始沈黙し、または個々の質問に陳述を拒むことができること。陳述することもできること。そして、陳述をすれば自己に不利益な証拠にも利益な証拠にもなりうること。ここで少し復習です。黙秘権そのものは、捜査の章で扱いました。どんな権利だったか、思い出せますか?自分の意思に反して供述を強いられない権利、でした。その意義や範囲は、すでに見た内容です。今日は、それが公判のどの段階で、誰によって告げられるかという、手続としての位置づけを押さえておいてください。

罪状認否——被告人と弁護人の両方に機会を

罪状認否の対象陳述の意味と証拠性を示す板 図:罪状認否の対象陳述の意味と証拠性を示す板

黙秘権等の告知のあと、裁判長は被告人および弁護人に、被告事件について陳述する機会を与えます。これが罪状認否です。根拠は、さっき見た291条5項です。被告人だけでなく弁護人にも陳述の機会を与える点が大事です。弁護人にも陳述の機会を与えないことは許されません。検察官の言い分だけで先へ進まず、被告人の側にも言い分を述べさせて、これから何を争うのかを最初にはっきりさせる、という意味があります。ここでの「陳述」は、単なる主張だけでなく、供述の意味も含みます。だから、罪状認否の場で被告人が話した中身も、公判での供述そのものとして証拠に使えます。たとえば被告人が公訴事実を認めれば、それは公判廷での自白として扱われうるということです。

冒頭手続の発言も軽いものではない、ということを覚えておいてください。

冒頭陳述は、冒頭手続ではない

冒頭手続の終わりと証拠調べ手続の始まりの境界を示す板 図:冒頭手続の終わりと証拠調べ手続の始まりの境界を示す板

ここで、名前に引っかかりやすい点を1つ整理します。「冒頭陳述」という言葉を聞くと、冒頭手続の一部だと思いがちですが、違います。

条文刑事訴訟法第292条

刑事訴訟法第292条 証拠調べは、第二百九十一条の手続が終つた後、これを行う。ただし、次節第一款に定める公判前整理手続において争点及び証拠の整理のために行う手続については、この限りでない。

条文刑事訴訟法第296条

刑事訴訟法第296条 証拠調のはじめに、検察官は、証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない。但し、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基いて、裁判所に事件について偏見又は予断を生ぜしめる虞のある事項を述べることはできない。

292条を見てください。証拠調べは、291条までの手続、つまり冒頭手続が終わったあとに行われます。そして296条を見ると、証拠調べのはじめに検察官が行うのが冒頭陳述です。名前は「冒頭」でも、実際には証拠調べ手続の冒頭にある手続なんです。冒頭手続が開演前の準備だとすれば、冒頭陳述は幕が上がった直後の、これから上演する演目のあらすじ紹介にあたります。あらすじ紹介は演目そのものの一部で、開演前の準備とは別の時間に行われますよね。

冒頭陳述の内容と予断排除被告人側冒頭陳述の可否を示す表 図:冒頭陳述の内容と予断排除被告人側冒頭陳述の可否を示す表

冒頭陳述は、証拠によって証明すべき事実を明らかにする手続です。証明責任を負う検察官は、必ず行わなければなりません。裁判所には審理計画や証拠採否の判断材料を、被告人側には具体的な防御対象を、それぞれ示す機能があります。犯行の動機や経緯といった重要な事情、起訴状には書けない前科・前歴なども、ここで明らかにできます。ただし、何を話してもよいわけではなく歯止めがあります。296条の但書を見てください。証拠とすることができない、または取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に偏見や予断を生じさせるおそれのある事項を述べることは禁止されます。予断排除と呼ばれ、以前見た、起訴状一本主義が予断を避けようとした発想と同じ流れにあります。

条文刑事訴訟法第316条の30

刑事訴訟法第316条の30 公判前整理手続に付された事件については、被告人又は弁護人は、証拠により証明すべき事実その他の事実上及び法律上の主張があるときは、第二百九十六条の手続に引き続き、これを明らかにしなければならない。この場合においては、同条ただし書の規定を準用する。

検察官の冒頭陳述のあと、被告人・弁護人も裁判所の許可を得て冒頭陳述ができます。これは公判前整理手続に付されていない事件では義務ではありません。ただし、公判前整理手続に付された事件では、被告人・弁護人にも冒頭陳述の義務が生じます。この予断排除の縛りは、被告人側の冒頭陳述にも同じようにかかります。ここまでで、冒頭手続は裁く対象を確定させる場面、冒頭陳述はそれとは別の、証拠調べの入口だと整理できました。ここからは一気に、証拠調べの終わりまで話を進めます。

論告・求刑——検察官の義務

検察官の論告求刑を示す板 図:検察官の論告求刑を示す板

証拠調べがすべて終わると、検察官は事実および法律の適用について意見を述べなければなりません。

条文刑事訴訟法第293条第1項

刑事訴訟法第293条第1項 証拠調が終つた後、検察官は、事実及び法律の適用について意見を陳述しなければならない。

これが論告です。多くの場合は有罪であるという意見が述べられ、有罪の意見なら、あわせて科すべき刑の種類・量についての意見、つまり求刑も行います。検察官が無罪だと言うことも、あるんですか。あります。検察官は一方的な追及役ではなく、公益の代表者です。証拠を見た結果、無罪や免訴、公訴棄却の意見を述べることもありえます。論告は義務ですが、その中身まで有罪一辺倒であることまでは義務づけられていません。

弁論——被告人側の権利

論告弁論最終陳述の義務権利の違いを示す表 図:論告弁論最終陳述の義務権利の違いを示す表

検察官の論告のあと、被告人および弁護人には意見を述べる機会があります。

条文刑事訴訟法第293条第2項

刑事訴訟法第293条第2項 被告人及び弁護人は、意見を陳述することができる。

これが弁論、最終弁論とも呼ばれます。条文の文言を見比べてください。検察官の論告は「陳述しなければならない」、こちらは「陳述することができる」です。実務では弁護人が行うのが通常です。かつては寛大な処分を願うといった抽象的な陳述が中心でしたが、近年は、刑の一部執行猶予も含めて、弁護人が具体的な量刑意見を述べる運用も見られます。具体的な刑を述べること自体は許容されています。

最終陳述——結審

最終陳述の根拠と位置づけを示す表を再確認 図:最終陳述の根拠と位置づけを示す表を再確認

条文刑事訴訟規則第211条

刑事訴訟規則第211条 被告人又は弁護人には、最終に陳述する機会を与えなければならない。

弁護人の弁論のあと、最後に被告人本人に、陳述する機会が与えられます。最終陳述です。検察官・弁護人という当事者の意見が出そろったあと、被告人本人の言葉で締めくくらせる、手続上最後の発言機会と考えてください。ここで結審します。冒頭手続が「これから何を裁くのか」を確定させる場面だったのに対して、こちらは「証拠を見たうえで、どう判断すべきか」を述べ合う場面です。この対称性を意識してもらえると、今日の内容が頭に残りやすいと思います。

「口頭弁論」と「弁論」——同じ字が指す範囲の違い

43条1項の広義の口頭弁論と293条2項の狭義の弁論の範囲の違いを示す表 図:43条1項の広義の口頭弁論と293条2項の狭義の弁論の範囲の違いを示す表

最後に、言葉の整理をしておきます。「弁論」という言葉は、実は2つの意味で使われます。

条文刑事訴訟法第43条第1項

刑事訴訟法第43条第1項 判決は、この法律に特別の定のある場合を除いては、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。

43条1項の「口頭弁論」は、当事者双方が口頭で意見を述べる審理を経る、という広い意味です。冒頭手続から証拠調べ、弁論手続まで、手続全体を指す上位の言葉だと考えてください。別の意味で使われています。293条2項の「弁論」は、証拠調べが終わったあと、被告人・弁護人が行う最終的な意見陳述という狭い意味です。弁論手続の中の、論告のあと最終陳述の前にある、一場面を指す下位の言葉です。広い「口頭弁論」という枠の中に、狭い「弁論」が一場面として含まれる、という包摂関係を意識しておいてください。同じ字を見たときに、どちらの意味で使われているかを見分けられるようにしておきましょう。

今日の地図(保存版)

冒頭手続と弁論手続を1本にまとめる板 図:冒頭手続と弁論手続を1本にまとめる板

今日のまとめです。冒頭手続は、人定質問で人違いでないことを確かめ、被告人の確定という難しい場面があれば実質的表示説で判断し、起訴状の朗読で審理の対象を示し、黙秘権等の告知を経て、罪状認否で被告人側の言い分を聴く、という流れでした。冒頭陳述は、名前に反して冒頭手続ではなく、証拠調べ手続の冒頭にある手続でしたね。そして弁論手続は、検察官の論告・求刑、弁護人の弁論、被告人の最終陳述という順で意見を述べ合い、結審します。始まりは裁く対象を確定させ、終わりは証拠を踏まえて意見を述べ合う、この2つの束で押さえてください。

名前に引きずられず、292条と296条の位置関係で押さえておいてください。

ページ上部へ ↑

#93単独ページ動画

証拠調べの請求と証拠決定

第4章 公判手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:宣言しただけでは、まだ何も証明されていない

前回予告の受けと今日の範囲請求と採否までを示す導入板 図:前回予告の受けと今日の範囲請求と採否までを示す導入板

前回は、冒頭手続と弁論手続を見ました。ただし全部は扱いません。今日進むのは、証拠を請求してから採用か却下かが決まるまでの入口部分です。冒頭陳述で、検察官はもう証明すべき事実を宣言していましたよね。あれだけでは足りないんですか。足りません。宣言は予告にすぎず、証拠として法廷に出すには、1つずつ裁判所に取り調べてほしいと申し出る手続が必要です。答えを先に言うと、流れは、請求する、相手方の意見を聴く、裁判所が決める、の3段です。今日は、この1本の線をたどります。

誰が請求するか——当事者主義とまず検察官

請求から意見聴取決定までの3段構えを示す関係図 図:請求から意見聴取決定までの3段構えを示す関係図

証拠調べを始めるきっかけは、誰が作るのでしょうか。

条文刑事訴訟法第298条第1項

刑事訴訟法第298条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。

現行法は当事者主義を採るので、証拠調べは裁判所が勝手に始めるのではなく、当事者である検察官・被告人・弁護人の請求によって動き出します。冒頭陳述の直後、まず検察官が動きます。

条文刑事訴訟規則第193条第1項

刑事訴訟規則第193条第1項 検察官は、まず、事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調を請求しなければならない。

小出しにはできません。検察官は、事件の審判に必要と認めるすべての証拠の取調べを、まず請求しなければなりません。手持ちの主要な証拠を後出しにせず、最初にまとめて出すのが原則です。追加で必要になった証拠は、弁論が終わるまでいつでも請求を追加できます。ここで、証拠が請求されてから採否が決まるまでの流れを、先に図で見ておきます。検察官Aが証拠を請求し、裁判所Bが相手方Cの意見を聴き、そのうえで裁判所Bが採用か却下かを決める。この3段構えを、今日はこのあと順番に掘り下げていきます。

例外的に、請求が義務になる場合

検察官の請求義務が生じる3類型を示す板 図:検察官の請求義務が生じる3類型を示す板

通常は、何を請求するかは検察官の裁量です。ただし、請求そのものが義務になる場合が3つあります。中身は個別の回で扱うので、今日は一言ずつだけ触れます。1つ目は、証人が法廷で、検察官の前で話した内容と食い違うことを言ったときの、その検察官の前での調書。2つ目は、裁判員裁判の対象事件などで、取調べで話した内容が本人の自由な意思によるものか争われたときの、その取調べを録音・録画した記録。3つ目は、他人の事件の捜査に協力する代わりに処分を軽くしてもらう合意をしたときの、その合意の中身を書いた書面です。3つとも、その証拠や供述を信用してよいかを判断するのに欠かせない材料です。検察官が自分に都合のよいときだけ出せるとすると、裁判所も被告人の側も公正に判断できなくなるので、出すこと自体を義務にしているのです。

自白調書は、あとから——甲号証・乙号証と301条

甲号証が先乙号証の自白調書があとという順序制限を示す板 図:甲号証が先乙号証の自白調書があとという順序制限を示す板

事前準備の回で、検察官は請求する証拠を2つに分けていました。思い出してください。被告人の供述調書は、甲号証と乙号証のどちらに入っていたでしょうか?乙号証です。被告人の供述調書と、身上・前科関係の証拠が乙号証で、それ以外が甲号証でした。今日はその区別を前提に、請求の順番を見ます。

条文刑事訴訟法第301条

刑事訴訟法第301条 第三百二十二条及び第三百二十四条第一項の規定により証拠とすることができる被告人の供述が自白である場合には、犯罪事実に関する他の証拠が取り調べられた後でなければ、その取調を請求することはできない。

乙号証のうち、自白を内容とする供述調書は、犯罪事実に関する他の証拠、つまり甲号証が取り調べられたあとでなければ請求できません。自白は強い証拠に見えますが、裁判所が自白を先に見てしまうと、それだけで有罪だという先入観を持ちかねません。土台になる状況証拠を積み上げないまま、いきなり自白という重しを乗せると、心証が偏ってしまいます。周りの証拠で組み立てを固めてから、自白を最後に乗せる。この順番を守らせることで予断を避ける。これが1つ目の理由です。もう1つは、事前準備の回でも見た自白の補強法則です。自白だけで有罪にしてはいけないという建前があるので、先に他の証拠で骨組みを固め、自白をそれに裏付けられる側に置くのです。

一括請求でも実際の取調べ順序が保たれていれば違反にならないとした判断を示す板 図:一括請求でも実際の取調べ順序が保たれていれば違反にならないとした判断を示す板

最高裁の判断でも、自白調書とほかの証拠をまとめて一度に請求したという事情だけでは、この順番のルールに違反したことにはならないとされています。書面としては一括して出しても、犯罪事実に関する証拠のあとに自白調書という順で実際に取り調べていれば、違反しません。順番のルールが守ろうとしているのは、請求書面の並び方ではなく、法廷で証拠として現に取り調べる順序だからです。先入観を防ぐという301条の目的からすれば、守るべきなのは取り調べる順番なのです。

立証趣旨とは何か——証拠と証明すべき事実の関係

立証趣旨の明示義務と未明示の却下を示す板 図:立証趣旨の明示義務と未明示の却下を示す板

証拠の取調べを請求するとき、検察官や弁護人は、ただ証拠の名前だけを挙げるのではありません。

条文刑事訴訟規則第189条第1項

刑事訴訟規則第189条第1項 証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならない。

名前だけじゃ、だめなんですか。だめです。証拠調べの請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示してしなければなりません。この、証拠と証明すべき事実との関係のことを、立証趣旨と呼びます。たとえば被害届を請求するなら「被害状況」というように、その証拠で何を示したいのかを一言添えます。

条文刑事訴訟規則第189条第4項

刑事訴訟規則第189条第4項 前各項の規定に違反してされた証拠調の請求は、これを却下することができる。

立証趣旨が具体的に示されていない請求は、裁判所が却下できます。相手方が意見を述べるにも、裁判所が証拠能力や必要性を判断するにも、まず何を証明しようとしているのかが分からなければ、手がかりがありません。イメージとしては、会議で資料を配るときに「この資料で何を伝えたいか」という一言メモを添えるようなものです。メモがない資料は、配ってよいかの判断がつかず、突き返されることがあります。立証趣旨も同じで、この証拠で何を示すつもりかを、請求の段階で言葉にしておく必要があります。

立証趣旨に、誰が縛られるのか

裁判所は拘束されず請求者は拘束されるという非対称を示す板 図:裁判所は拘束されず請求者は拘束されるという非対称を示す板

ここで1つ、立ち止まって考えてほしい問題があります。裁判所は、請求者が示した立証趣旨どおりの結論を出さなければならないのでしょうか。実は、裁判所は立証趣旨に拘束されません。審理を尽くした結果、その被害届が虚偽だったと判断すれば、「被害がなかった状況」を示す証拠として扱うことも、理屈のうえではできます。立証趣旨は、あくまで請求者が「これから立証しようとしている」中身にすぎず、実際にそのとおりの事実が証明されるとは限らないからです。それでも、立証趣旨を示す意味はあります。縛られるのは裁判所ではなく、請求した当事者のほうです。自分で示した立証趣旨に、請求者自身は拘束されます。相手方は、その立証趣旨を前提にして、同意するか、異議を述べるかを決めるからです。あとから別の事実に使えるとなれば、相手方は、意見を述べた前提を崩されてしまいます。「被害状況」を示すために出した証拠を、あとになって別の事実、たとえば被告人の人物像を示すために使うことは許されません。先ほどの会議資料のたとえで言えば、「この資料は経費の話です」と言って配った資料を、あとから急に人事の議論に使うようなことは、認められないということです。請求のときに付けたメモが、次の意見の段階の前提になる。請求・意見・決定の3段は、ここでつながっています。

相手方の意見——同意不同意と異議

意見聴取のあとの同意不同意と異議の区別を示す板 図:意見聴取のあとの同意不同意と異議の区別を示す板

請求が出そろうと、裁判所はすぐに採否を決めるわけではありません。まず、相手方の意見を聴かなければなりません。採用されれば自分に不利な証拠が法廷に出てくる側に、その前に言い分を述べる機会を与えるためです。

条文刑事訴訟規則第190条第2項

刑事訴訟規則第190条第2項 前項の決定をするについては、証拠調の請求に基く場合には、相手方又はその弁護人の意見を、職権による場合には、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴かなければならない。

検察官が請求した証拠なら弁護人の側に、逆に裁判所が自分から動いたときは検察官と被告人の側の両方に、意見を聴く決まりです。誰が請求したかによって、意見を聴かれる相手方は入れ替わります。意見の中身は、証拠の種類によって呼び方が違います。

条文刑事訴訟法第326条第1項

刑事訴訟法第326条第1項 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

書面、つまり書証に対しては、事前準備の回で、弁護人が前もって検察官に知らせる証拠意見として名前だけ出てきた、「同意」か「不同意」かという意見が述べられます。同意すれば、本来なら、公判の原則の回で触れた、人づての話をそのまま証拠にすることを禁じる伝聞法則によって証拠にできないはずの書面でも、証拠とできる道が開かれます。同意の中身、なぜ同意すると証拠にできるのかという伝聞法則との関係は、別の回でじっくり扱います。今日は、同意・不同意という意見の種類があることだけ押さえてください。物や証人については、同意不同意とは言わないんですか。言いません。証拠物や証人尋問の請求に対しては、弁護人が「異議がある」「異議がない」という形で意見を述べます。同意は、人づての話を記した書面を、伝聞法則の例外として証拠にしてよいかという話でした。証人は法廷で直接話し、その場で反対尋問ができますし、凶器のような物は、そもそも人の話ではありません。どちらも同意で伝聞法則を外す場面ではないので、請求そのものに異議があるかどうか、という形で意見を述べるのです。今日は、書証には同意不同意、物証・人証には異議の有無、という呼び分けだけ覚えてください。実務では、被告人が事実を認めていて争いがない事件では、検察官が厳選した書証を請求し、弁護人が同意して、そのまま採用されることが多いです。

証拠決定——採用と却下

却下されうる3つの理由を示す板 図:却下されうる3つの理由を示す板

相手方の意見を聴いたあと、裁判所は決定をしなければなりません。

条文刑事訴訟規則第190条第1項

刑事訴訟規則第190条第1項 証拠調又は証拠調の請求の却下は、決定でこれをしなければならない。

決定には、証拠を採用する決定と、請求を却下する決定があります。却下されるのは、そもそも証拠にできない場合、事件との関わりが薄い場合、すでに足りている証拠を重ねて調べようとする場合、の3パターンです。証拠能力・関連性・必要性それぞれの判断の中身は、別の回で1つずつ扱います。今日は、この3つが却下の判断材料になるという枠組みを押さえてください。必要性がないのは、たとえば、同じ事実を証明する証拠がすでに十分に取り調べられていて、追加で調べる意味が乏しい場合です。証拠は厳選すべきだという考え方が根底にあるので、必要性は緩く認められるものではなく、厳しく判断されます。

範囲・順序・方法の決定と、提示命令

297条の範囲順序方法と提示命令の位置づけを示す板 図:297条の範囲順序方法と提示命令の位置づけを示す板

採否の決定と、ほぼ同時に行われることが多い手続もあります。

条文刑事訴訟法第297条

刑事訴訟法第297条 裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、証拠調の範囲、順序及び方法を定めることができる。

裁判所は、当事者の意見を聴いたうえで、証拠調べの範囲や順序、方法を定めることができます。どの証拠を、どの順番で、どんな形で取り調べるかという、進行の設計です。証拠決定は、個々の証拠を採用するか却下するかという判断です。こちらは、採用された証拠を法廷でどう並べて調べていくかという段取りの判断です。実務では両方を同時に行うことが多いですが、性質は分かれています。

条文刑事訴訟規則第192条

刑事訴訟規則第192条 証拠調の決定をするについて必要があると認めるときは、訴訟関係人に証拠書類又は証拠物の提示を命ずることができる。

もう1つ、証拠の中身を確かめるための手続もあります。裁判所は、証拠決定をするについて必要があると判断したときは、訴訟関係人に対して、証拠書類または証拠物の提示を命ずることができます。提示命令と呼ばれ、証拠能力の有無などを判断するために、必要な限度で証拠の中身を確認するための制度です。

今日の地図(保存版)

請求意見決定の3段構えを1本にまとめる板 図:請求意見決定の3段構えを1本にまとめる板

今日のまとめです。証拠調べは、当事者の請求から始まり、まず検察官がすべての必要な証拠をまとめて請求します。乙号証の自白調書は、甲号証が先に取り調べられたあとでなければ請求できません。請求には、証拠と証明すべき事実との関係、立証趣旨を具体的に示す必要があり、裁判所は立証趣旨に拘束されませんが、請求した当事者は自分の示した立証趣旨に拘束されます。相手方には意見を聴く機会が必ずあり、書証には同意不同意、物証・人証には異議の有無という形で意見が述べられます。そのうえで裁判所が採用か却下かを決定し、範囲・順序・方法も定めます。

請求して、意見を聴いて、決める。この3段階が、今日の1本の線だったんですね。

ページ上部へ ↑

#94単独ページ動画

証拠調べの実施と職権証拠調べ

第4章 公判手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:採用は、まだゴールではない

脅迫状を読み上げるだけでは足りない、という問いを立てる導入板 図:脅迫状を読み上げるだけでは足りない、という問いを立てる導入板

前回は、証拠を請求してから、相手方の意見を聴いて、裁判所が採用か却下かを決めるまでを見ました。では、採用された証拠は、どうやって調べるのでしょう?採用は、これから法廷で調べてよいという許可にすぎません。中身を裁判所や当事者に実際に触れさせる手続が、もう一段必要です。これを取調べと呼びます。たとえば、脅迫状が証拠として採用されたとします。読み上げれば、書いてある文句は伝わりますよね。それでも、法廷では読み上げるだけでなく、実物を見せることまで求められます。なぜだと思いますか。文面以外に、何か意味があるんでしょうか。そこが今日の中心です。証拠が事実を裏付ける力を、証明力と言います。証拠には、この証明力が内容だけにあるものと、物としての存在・状態そのものにあるものがあります。その違いに応じて、取調べのやり方が変わる。今日はこの1本の軸で、条文を整理していきます。

証拠の3分類——何に証明力があるか

書証・物証・人証の3分類とそれぞれの証明力の所在を示す板 図:書証・物証・人証の3分類とそれぞれの証明力の所在を示す板

証拠は、大きく3つに分かれます。書証、物証、人証です。書証は、供述調書や実況見分調書のように、紙に書かれた記載内容そのものが証拠になるものです。物証は、覚醒剤や凶器のように、物の存在や状態そのものが証拠になるものです。人証は、証人や鑑定人のように、その場での供述そのものが証拠になるものです。この3つを分ける基準は、種類の名前ではなく、その証拠のどこに証明力があるかです。内容だけに証明力がある書証は、耳で内容を伝えればよい。存在や状態に証明力がある物証は、目で見せなければ伝わらない。供述そのものが証拠になる人証は、直接尋ねなければ始まらない。この対応関係を、次の節から1つずつ条文で確認していきます。

書証の取調べ——朗読と要旨の告知

305条の朗読原則と規則203条の2の要旨の告知の関係を示す板 図:305条の朗読原則と規則203条の2の要旨の告知の関係を示す板

まず書証です。

条文刑事訴訟法第305条第1項

刑事訴訟法第305条第1項 検察官、被告人又は弁護人の請求により、証拠書類の取調べをするについては、裁判長は、その取調べを請求した者にこれを朗読させなければならない。ただし、裁判長は、自らこれを朗読し、又は陪席の裁判官若しくは裁判所書記官にこれを朗読させることができる。

証拠書類の取調べは、原則として、請求した者に朗読させます。裁判長が自ら朗読したり、陪席裁判官や裁判所書記官に朗読させたりすることもできます。書証は、紙に書かれた内容そのものに証明力があるので、その内容を声に出して伝える。これが朗読の意味です。実務では、犯罪の成否に争いがない事件で、いちいち全文を読み上げていると時間がかかりすぎます。そこで、要旨の告知という簡略な方法が用意されています。

条文刑事訴訟規則第203条の2第1項

刑事訴訟規則第203条の2第1項 裁判長は、訴訟関係人の意見を聴き、相当と認めるときは、請求により証拠書類又は証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調をするについての朗読に代えて、その取調を請求した者、陪席の裁判官若しくは裁判所書記官にその要旨を告げさせ、又は自らこれを告げることができる。

裁判長が、訴訟関係人の意見を聴いたうえで相当と認めれば、全文の朗読に代えて、要旨だけを告げることができます。争いのない事件では、この要旨の告知で済ませることが多いです。朗読が原則で、要旨の告知は簡略化された代替手段だと押さえてください。条文にある『証拠物中書面の意義が証拠となるもの』は、このあと見る、中身も紙そのものも証拠になる書面のことです。

物証の取調べ——展示

306条の展示原則を示す板 図:306条の展示原則を示す板

次は物証です。

条文刑事訴訟法第306条第1項

刑事訴訟法第306条第1項 検察官、被告人又は弁護人の請求により、証拠物の取調をするについては、裁判長は、請求をした者をしてこれを示させなければならない。但し、裁判長は、自らこれを示し、又は陪席の裁判官若しくは裁判所書記にこれを示させることができる。

証拠物の取調べは、請求した者に、裁判所や訴訟関係人に見えるように示させます。これを展示と呼びます。裁判長が自ら示したり、陪席裁判官や裁判所書記官に示させたりすることもできる点は、書証の朗読と同じ構造です。物証は、物の存在や状態そのものに証明力があるので、読み上げても伝わりません。見せなければ意味がない。実務では、展示のときに被告人に証拠物を示して、その物との関わりを確認する質問をすることも多いです。

証拠物たる書面——朗読と展示の両方が要る理由

証拠物たる書面が書証と物証の両方の性質を持ち、両者と区別しつつ朗読と展示の両方を要求される構造を示す一覧板

ここで、冒頭の脅迫状の問いに戻ります。日記や手紙、契約書、脅迫状のように、書証と物証の両方の性質を持つ証拠を、証拠物たる書面と呼びます。脅迫状で考えてみましょう。文面に書かれた脅し文句、これは内容です。読み上げれば伝わります。ですが、脅迫状には、内容以外にも証拠になる部分があります。字が荒々しく乱れているか、封筒が破られていたか、血のようなしみがついていないか。こうした紙そのものの存在や状態は、読み上げただけでは絶対に伝わりません。見せて初めて分かることです。だから条文も、両方を要求します。

条文刑事訴訟法第307条

刑事訴訟法第307条 証拠物中書面の意義が証拠となるものの取調をするについては、前条の規定による外、第三百五条の規定による。

「前条の規定による外」というのは、306条の展示に加えて、という意味です。証拠物たる書面の取調べは、展示だけでなく、305条の朗読、または規則203条の2による要旨の告知も、両方行います。区別の基準は、記載内容だけでなく、書面の存在や状態そのものからも事実を認定しようとしているかどうかです。脅迫状を読み上げれば中身は伝わりますが、それでも見せることまで求められるのは、紙そのものの状態にも証拠としての意味があるからなのです。同じ脅し文句を、警察官が書き写した報告書だったらどうなりますか。それは証拠書類です。書き写した紙の汚れや筆跡から何かを認定するわけではなく、書かれた内容だけが証拠になるので、朗読か要旨の告知で足ります。同じ文句が書かれていても、紙そのものの状態を証拠にするかどうかで、取調べ方が分かれるのです。

人証の取調べ——尋問と、書証が不同意になったとき

304条の尋問原則と、不同意書証から人証請求への接続を示す板 図:304条の尋問原則と、不同意書証から人証請求への接続を示す板

最後に人証です。

条文刑事訴訟法第304条第1項

刑事訴訟法第304条第1項 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人は、裁判長又は陪席の裁判官が、まず、これを尋問する。

証人や鑑定人のような人証は、尋問によって取り調べます。人の供述そのものが証拠になるので、直接その場で話してもらう以外に方法がありません。条文の建て付けでは、裁判長または陪席の裁判官が、まず尋問することになっています。ただし、同じ条文は、裁判所が適当と認めるときは、訴訟関係人の意見を聴いてこの順序を変更できるとも定めており、実際の法廷では、この定めを使って、証拠の取調べを請求した当事者から先に尋問するやり方が通常です。犯罪の成否に争いがない事件では、検察官が請求した書証がすべて同意されて、書証中心で立証が終わることが多いです。ですが、争いがある事件では、弁護人は、被告人の言い分と食い違う書証には同意しないという判断をすることになり、不同意の意見を述べます。

原則として、不同意の書証は証拠にできません。伝聞法則というのは、法廷で本人に問いただすことができない、人づての話や書面に書かれた供述は、原則として証拠にできないというルールです。前回見たとおり、同意は、この原則を外してよいという相手方の意見でした。不同意なら原則に戻るので、証拠にできないのです。そこで検察官は、不同意になった書証の代わりに、その内容を証明するために証人を請求することがあります。書証で示せなかった事実を、人証で立証し直すわけです。

被告人・弁護人立証——検察官の後に続く証拠調べ

検察官立証の終了後に被告人弁護人が証拠の取調べを求められる構造と弁号証を示す板 図:検察官立証の終了後に被告人弁護人が証拠の取調べを求められる構造と弁号証を示す板

検察官の立証が終わると、今度は被告人・弁護人側の番です。

条文刑事訴訟法第298条第1項

刑事訴訟法第298条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。

前回も見た条文ですが、請求できるのは検察官だけではありません。被告人・弁護人も、事件を裁くうえで必要だと考える証拠なら、同じように取調べを請求できます。証明責任がないので、証拠を出すこと自体は義務ではありません。ですが、被告人に有利な事情、たとえば反省の態度や被害弁償の状況を示す情状証人など、被告人側から出したい証拠は実際によくあります。弁護人が請求する証拠は、弁号証と呼ばれます。手続の流れは検察官立証と同じで、請求したあと相手方である検察官の意見を聴き、裁判所が決定し、取調べを行います。同じ手続の型が、立場を変えて繰り返されるだけです。

証拠調べに関する異議——法令違反か、不相当か

決定に対しては法令違反のみそれ以外は不相当も使えるという非対称を示す板 図:決定に対しては法令違反のみそれ以外は不相当も使えるという非対称を示す板

証拠調べの進め方に納得がいかないとき、当事者はどうすればよいでしょうか。

条文刑事訴訟法第309条第1項

刑事訴訟法第309条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

検察官・被告人・弁護人は、証拠調べに関して異議を申し立てることができます。異議を申し立てるには、理由を示す必要があります。理由は、法令違反と、不相当の2種類です。ただし、この2つがいつでも両方使えるわけではありません。

条文刑事訴訟規則第205条第1項

刑事訴訟規則第205条第1項 法第三百九条第一項の異議の申立は、法令の違反があること又は相当でないことを理由としてこれをすることができる。但し、証拠調に関する決定に対しては、相当でないことを理由としてこれをすることはできない。

証拠調べに関する決定、つまり採用や却下の決定そのものに対しては、法令違反を理由とする場合に限られます。決定が不相当だという理由だけでは異議を出せません。証拠決定は、裁判所が相手方の意見も聴いたうえで、すでに判断を尽くして出した結論です。それを、あとから不相当だという曖昧な理由で蒸し返せてしまうと、手続がいつまでも安定しません。決定以外の行為、たとえば尋問での質問の仕方などは、法令違反でも不相当でも異議を出せます。たとえば、相手方が誘導尋問をしたとき、規則違反だから法令違反として異議を出すこともできますし、やり方が適切でないという不相当として異議を出すこともできます。ですが、証拠を採用する決定そのものに対しては、違法収集証拠だから、というように法令違反を理由に言うことはできても、採用するのは不当だ、というだけでは異議になりません。異議は、個々の行為や処分、決定ごとに、簡潔に理由を示して直ちに申し立てる必要があります。

職権証拠調べ——当事者主義を補う、例外的な動き

298条2項の職権証拠調べが当事者主義の補充であることを示す板 図:298条2項の職権証拠調べが当事者主義の補充であることを示す板

ここまでは、当事者が請求して、証拠が動いてきました。ですが、裁判所自身が証拠を調べることもできます。

条文刑事訴訟法第298条第2項

刑事訴訟法第298条第2項 裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる。

裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調べをすることができます。これを職権証拠調べと呼びます。現行法は当事者主義を採っています。検察官と被告人・弁護人が、それぞれの立場から証拠を出し合い、裁判所は第三者として判断する。この役割分担が基本形です。裁判所が最初から自分で証拠を探して出してしまうと、判断する側と証拠を集める側が同じになってしまい、公正さが揺らぎます。だから職権証拠調べは、あくまで当事者の請求という原則を補う、補充的な位置づけです。職権で調べる場合も、検察官の言い分も、被告人や弁護人の言い分も、前もって聴いておく必要があります。

職権証拠調べは義務か——共犯者の供述調書が1人の事件だけ出されなかった例

共犯者らの事件では供述調書が証拠採用されたのに一人の被告人の事件にだけ提出が遺脱していた事案の関係図

少し立ち止まって考えてください。訴因変更命令の回で、裁判所に義務が生じるのは原則ではなく例外的な場合に限られる、という構造を見ましたね。職権証拠調べにも、同じ構造があります。判例で、実際に義務があるとされた場面を見てみます。共犯の関係にある複数の被告人の事件が、併合されたり分離されたりしながら、同じ裁判所で審理されていました。共犯者たちの事件では、検察官に対する供述調書が証拠として提出され、それをもとに有罪の判決が出ていました。ところが、残る一人の被告人の事件にだけ、検察官が不注意で、同じ供述調書を証拠として提出し忘れていました。

最高裁は、このような場合、裁判所には少なくとも検察官に対してその供述調書の提出を促す義務がある、としました。促す義務を尽くさずに、そのまま無罪を言い渡してしまうと、審理を尽くしていないことになり、判決に影響を及ぼす誤りがあるとされます。裁判所が自分から証拠を探しに行く義務ではないことに注意してください。義務があるとされたのは、検察官に対して提出を促す義務です。しかも、他の共犯者の事件では同じ調書が現に証拠として使われ、有罪の根拠にもなっている。にもかかわらず、この被告人の事件だけ提出が抜け落ちていることは、記録を見れば誰の目にも明らかでした。当事者主義を徹底するなら、検察官が請求しない以上は仕方がない、とも言えそうです。ですが、他の共犯者は同じ調書のおかげで有罪になっているのに、この被告人だけ記録上明らかな出し忘れを見過ごして無罪にしてしまえば、審理を尽くしたとは言えません。促すだけならば、当事者主義の建前を壊すことなく、明白な不備を正せます。

今日の地図(保存版)

証拠の3分類と取調べ方式、証拠物たる書面、職権証拠調べの義務性を1枚にまとめる板 図:証拠の3分類と取調べ方式、証拠物たる書面、職権証拠調べの義務性を1枚にまとめる板

今日のまとめです。証拠は、内容に証明力がある書証、存在や状態に証明力がある物証、供述そのものが証拠になる人証に分かれ、それぞれ朗読、展示、尋問という取調べ方式が対応します。証拠物たる書面は書証と物証の両方の性質を持つので、朗読と展示の両方が必要です。検察官の立証が終われば、被告人・弁護人も同じ手続の型で証拠の取調べを請求できます。証拠調べに関する異議は、決定そのものに対しては法令違反のみ、それ以外の行為には法令違反と不相当のどちらも理由にできます。そして職権証拠調べは、当事者主義を補う例外的な仕組みであり、原則として義務はありませんが、明白な提出漏れがあるような場面では、検察官に提出を促す義務が生じることがあります。

内容が証拠になるのか、物としての存在が証拠になるのか。その違いを最初に見極めれば、取調べのやり方は自然に決まる、ということですね。

ページ上部へ ↑

#95単独ページ動画

証人適格と証言拒絶権

第4章 公判手続 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:いちばん詳しい人が、なぜ証人になれないのか

被告人と証人という2つの席の違いを問いとして立てる導入板 図:被告人と証人という2つの席の違いを問いとして立てる導入板

前回、人証は尋問で取り調べる、というところまで見ました。証人や鑑定人が証言台に立って、その場で話してもらう手続でしたね。では、その証言台に立つ「証人」とは、いったい誰のことでしょう。事件のことをいちばんよく知っているのは、被告人本人のはずです。それなのに、被告人を自分の事件の証人として証言台に立たせることはできません。なぜだと思いますか。この「なぜ証人になれないのか」という問いが、今日の入り口です。先に答えの形だけ言っておきます。証人とは、出頭・宣誓・証言という義務を負わされる人で、その義務を拒めるのは条文が挙げた理由のときだけです。黙っていてよい被告人には、この義務を負わせられません。今日はこの1本の軸で、誰が証人になれるか、どんな義務を負うか、いつ拒めるかを見ていきます。

被告人質問と証人尋問のちがい

311条の被告人質問と証人尋問を宣誓の有無・義務の有無で対比する板 図:311条の被告人質問と証人尋問を宣誓の有無・義務の有無で対比する板

被告人にも、法廷で話す機会があります。これを被告人質問と呼びます。

条文刑事訴訟法第311条第1項〜第3項

刑事訴訟法第311条第1項〜第3項 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。 被告人が任意に供述をする場合には、裁判長は、何時でも必要とする事項につき被告人の供述を求めることができる。 陪席の裁判官、検察官、弁護人、共同被告人又はその弁護人は、裁判長に告げて、前項の供述を求めることができる。

まず1項です。被告人は終始沈黙してよいし、個々の質問に答えなくてもよい。これが黙秘権です。2項は、被告人が任意に話す場合には、裁判長がいつでも必要な事項を尋ねられるということ。3項は、陪席の裁判官、検察官、弁護人なども、裁判長に告げれば同じように尋ねられるということです。この2項・3項の進め方が、前回予告した被告人質問のやり方そのものです。大きく3つ違います。1つ目、証人には宣誓させますが、被告人質問には宣誓がありません。2つ目、証人には出頭・宣誓・証言の義務がありますが、被告人には供述する義務がありません。1項が保障するとおり、いつでも黙っていてよいのです。3つ目、証人が宣誓のうえで嘘をつけば偽証罪になりますが、被告人質問にはそもそも宣誓がないので偽証罪も成立しません。

もう1つ大事な違いがあります。証人尋問は、証拠として採用するかどうかを裁判所が決定してから行う、証拠調べ手続の一部です。ところが被告人質問は、証拠調べ手続そのものには含まれません。被告人が任意に供述する場を、証拠調べとは別枠で設けているのです。もっとも、そこで被告人が任意に話したことは、有利にも不利にも証拠になります。

被告人はなぜ自分の事件の証人になれないか

黙秘権と証人の3義務が両立しないことから被告人には証人適格がないという通説の論拠を示す板

被告人を自分の事件の証人にできない理由は、先ほどの311条1項から見えてきます。1項は、被告人はいつでも黙っていてよい、という権利を保障しています。この黙秘権は、捜査の段階でも見た、供述を拒める権利と同じものです。もし被告人を証人として証言台に立たせると、どうなりますか。証人には、出頭・宣誓・証言の義務があります。出頭・宣誓・証言という証人の義務を負わせることは、黙っていてよいはずの被告人に話す義務を課すことになり、黙秘権という保障そのものと真正面からぶつかります。だから、被告人は自分の事件については証人になれないと考えるのが通説です。被告人に不利益な扱いを強いることになってしまうからです。

英米法では、被告人が黙秘権を放棄して、自分の事件の証人になることが認められています。日本でも、立法によってこれを認めてよいのではないかという議論はあります。ただし、現行法の解釈としては、被告人には証人適格がないというのが現在の到達点です。ここは判例のない、解釈上の通説として押さえておいてください。

証人適格の原則——何人でも

143条の何人でもという原則と職務上の除外者・幼児の扱いを示す板 図:143条の何人でもという原則と職務上の除外者・幼児の扱いを示す板

ここからは、被告人以外の話です。証人になれるのは誰でしょうか。

条文刑事訴訟法第143条

刑事訴訟法第143条 裁判所は、この法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問することができる。

「何人でも」証人にできる。これが原則です。ただし「特別の定のある場合を除いては」とあるとおり、例外もあります。その事件を担当する裁判官や裁判所書記官、検察官、弁護人は、その役目についたままでは証人になれないと整理されています。たとえば裁判官が証人になるなら、その事件からは外れることになります。役割が重なってしまうからです。幼児であっても、証人になること自体はできます。証人適格そのものは、年齢では失われません。ただし、宣誓させられるかどうかは別問題です。これはあとの、証人の義務のところで見ます。ここで区別してほしいのは、証人になれるかという資格の話と、宣誓させられるかという別の話を混同しないことです。

推測した事項の証言

156条の実験した事実からの推測は証言になるが単なる想像は証拠にならないという線引きを示す板

証人が話してよい内容についても、条文があります。

条文刑事訴訟法第156条第1項・第2項

刑事訴訟法第156条第1項・第2項 証人には、その実験した事実により推測した事項を供述させることができる。 前項の供述は、鑑定に属するものでも、証言としての効力を妨げられない。

証人が自分の体験した事実をもとに推測したことは、証言として話させてよいということです。たとえば、事故の音を聞いた証人が「あの音は、かなりのスピードで衝突した音だと思う」と話すのは、自分が体験した事実、つまり音を聞いたことに基づく推測なので証言になります。体験していないことを想像で話すのはどうですか。それは証拠になりません。体験に基づかない単なる想像や、個人的な意見は、事件との関連性がないからです。たとえば、事故を見ていないのに「Aさんが犯人に違いない」という感想だけを述べるのは、体験していない単なる想像なので証拠になりません。2項は、この推測に基づく供述が、専門家の鑑定に近い性質を持っていたとしても、証言としての効力を失わないと定めています。境目は、あくまで自分が体験した事実が土台にあるかどうかです。

公務上の秘密——証人適格のもう1つの例外

144条145条による公務員及び議員大臣の証人適格の制限と承諾の要否を示す板 図:144条145条による公務員及び議員大臣の証人適格の制限と承諾の要否を示す板

143条の「特別の定」に当たる、もう1つの例外があります。

条文刑事訴訟法第144条

刑事訴訟法第144条 公務員又は公務員であつた者が知り得た事実について、本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものであることを申し立てたときは、当該監督官庁の承諾がなければ証人としてこれを尋問することはできない。但し、当該監督官庁は、国の重大な利益を害する場合を除いては、承諾を拒むことができない。

公務員や、かつて公務員だった人が、職務上の秘密に関することだと申し立てたときは、監督官庁が承諾しなければ証人として尋問できません。もっとも、但書があって、監督官庁は、国の重大な利益を害する場合を除いては、承諾を拒めません。つまり、無条件で拒否できるわけではないのです。

条文刑事訴訟法第145条第1項

刑事訴訟法第145条第1項 左に掲げる者が前条の申立をしたときは、第一号に掲げる者についてはその院、第二号に掲げる者については内閣の承諾がなければ、証人としてこれを尋問することはできない。一 衆議院若しくは参議院の議員又はその職に在つた者 二 内閣総理大臣その他の国務大臣又はその職に在つた者

衆参の議員なら自分の院、内閣総理大臣その他の国務大臣なら内閣の承諾が必要です。こちらにも同じ但書があって、国の重大な利益を害する場合を除いては承諾を拒めません。真実を発見するという刑事訴訟法の目的と、公務上の秘密を守るという国家的な利益とを、承諾という手続で調整しているわけです。この144条と145条は、あとで証言拒絶権の話をするときにもう一度出てきます。

証人の3つの義務——出頭・宣誓・証言

出頭宣誓証言という3義務とそれぞれの制裁を一覧にした板 図:出頭宣誓証言という3義務とそれぞれの制裁を一覧にした板

証人になった人には、3つの義務があります。出頭、宣誓、証言です。

条文刑事訴訟法第152条

刑事訴訟法第152条 裁判所は、証人が、正当な理由がなく、召喚に応じないとき、又は応じないおそれがあるときは、その証人を勾引することができる。

まず出頭義務です。呼び出しに応じない証人は、勾引、つまり身柄を強制的に連れてくることができます。正当な理由がないのに出頭しなければ、過料、つまり刑罰ではない、お金を納めさせる制裁や、それによって生じた費用の賠償を命じられ、さらに1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金という刑罰まで用意されています。

条文刑事訴訟法第154条

刑事訴訟法第154条 証人には、この法律に特別の定のある場合を除いて、宣誓をさせなければならない。

次に宣誓義務です。証人には、原則として宣誓をさせなければなりません。

条文刑事訴訟法第155条第1項・第2項

刑事訴訟法第155条第1項・第2項 宣誓の趣旨を理解することができない者は、宣誓をさせないで、これを尋問しなければならない。 前項に掲げる者が宣誓をしたときでも、その供述は、証言としての効力を妨げられない。

ただし、宣誓の趣旨を理解できない者、たとえば幼い子どもは、宣誓させずに尋問します。さっき保留にした幼児の話は、ここにつながります。幼児にも証人適格はあるけれど、宣誓の意味が分からない年齢なら、宣誓なしで話を聞くのです。2項は、もし理解できない者が宣誓してしまっても、その供述は証言として使えなくなるわけではない、という手当てです。宣誓を拒めば、出頭のときと同じように、過料や費用の賠償、さらに1年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されます。

条文刑法第169条

刑法第169条 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の拘禁刑に処する。

宣誓したあとに嘘をついたら、どうなるんですか。それが偽証罪です。宣誓した証人が虚偽の陳述をすれば、3月以上10年以下の拘禁刑という、かなり重い刑罰が科されます。宣誓なしの被告人質問に偽証罪がないのと対照的です。証言義務そのものを正当な理由なく拒んだ場合にも、宣誓拒否と同じ過料・費用賠償・刑罰が科されます。出頭・宣誓・証言、この3つの義務は、それぞれ強制と刑罰で裏打ちされているのです。

証言拒絶権の4類型——プライバシーでは拒めない

自己負罪近親者業務秘密公務秘密の4類型を条文番号と趣旨で並べプライバシーは含まれないことを示す一覧板

ここまでの義務は、絶対ではありません。証言を無理に求めると、自分を罪に落とす、家族を罪に落とす、仕事で預かった秘密を漏らす、国の秘密を漏らす、という別の大事な利益とぶつかる場面が出てきます。そこにだけ、条文が「拒んでよい」という穴を空けています。これが証言拒絶権です。1つの場面で考えましょう。Aさんが傷害事件で起訴されました。証人として呼ばれたのは、現場でAさんと一緒にいた友人のBさん、Aさんの兄のCさん、Aさんのけがを手当てした医師のDさん、そしてAさんの親友のEさんです。

条文刑事訴訟法第146条

刑事訴訟法第146条 何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

1つ目、自己負罪拒否特権です。自分が刑事訴追を受けたり、有罪判決を受けたりするおそれのある証言は、拒むことができます。これは、何人も自己に不利益な供述を強要されないという憲法上の権利に基づくものです。証人であっても、自分を罪に落とすことまでは強制されません。Bさんが「実は自分も一緒に殴った」と話せば、自分が訴追されかねません。だからBさんは、その部分の証言を拒めます。

条文刑事訴訟法第147条

刑事訴訟法第147条 何人も、左に掲げる者が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。一 自己の配偶者、三親等内の血族若しくは二親等内の姻族又は自己とこれらの親族関係があつた者 二 自己の後見人、後見監督人又は保佐人 三 自己を後見人、後見監督人又は保佐人とする者

2つ目は近親者の場合です。配偶者や、三親等内の血族、二親等内の姻族、つまり配偶者の血族や、自分の血族の配偶者などが刑事訴追や有罪判決を受けるおそれがあるときも、証言を拒めます。身分関係を壊してまで証言を強制するのは、法の目的にそぐわないという考え方です。兄のCさんは二親等の血族なので、Aさんが訴追・有罪になるおそれのある証言を拒めます。親友のEさんは拒めません。147条が挙げるのは親族と後見の関係だけで、どれほど親しくても友人は入っていません。境目は、仲の深さではなく、条文が挙げた関係かどうかです。ここで少し、捜査の章で扱った制度を思い出してほしいのですが、証言拒絶権を行使されると、必要な証言がどうしても得られない場面がありましたね。あのとき、それに対処するために用意されていた制度は何でしたか?

……刑事免責、でしたよね。証人に免責を与える代わりに、証言を義務づける制度でした。146条の拒絶権そのものを失わせる、157条の2・157条の3の制度でしたね。先に、残りの類型を見ましょう。

149条の業務上の秘密と144条145条の公務上の秘密という残る2類型を、秘密を守る相手と承諾の扱いで並べる板

条文刑事訴訟法第149条

刑事訴訟法第149条 医師、歯科医師、助産師、看護師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)、弁理士、公証人、宗教の職に在る者又はこれらの職に在つた者は、業務上委託を受けたため知り得た事実で他人の秘密に関するものについては、証言を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、証言の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。

3つ目は業務上の秘密です。患者や依頼者が、秘密を安心して打ち明けられるという、その職業への信頼を守るためです。医師のDさんが、治療の中でAさんから聞いた打ち明け話がこれに当たります。医師や弁護士、宗教の職にある人などが、業務上委託を受けて知った他人の秘密については、証言を拒めます。もっとも、但書があって、本人が承諾した場合や、証言拒絶が被告人のためだけにする権利の濫用だと認められる場合には、拒めません。無制限の秘匿ではないのです。そして4つ目は、さきほど見た144条・145条の公務上の秘密です。監督官庁や、議院・内閣の承諾がなければ証言できないという場面は、裏を返せば、証人の側からも証言を拒める理由になります。

4類型の列挙にプライバシーは無くそれだけを理由には証言を拒めないことを示す板 図:4類型の列挙にプライバシーは無くそれだけを理由には証言を拒めないことを示す板

そこで、もう1つ問いを立てます。Eさんが「事件の夜、人に知られたくない相手と会っていたので、その話はしたくない」と言ったら、プライバシーを理由に証言を拒めるでしょうか。うーん……4つの中には、プライバシーという言葉は出てきませんでした。146条、147条、149条、いずれの列挙にも当たりません。証言拒絶権は、条文が個別に定めた理由に限られる仕組みです。列挙にない理由では、原則、つまり証言義務のほうに戻ります。プライバシーを理由とする証言拒絶は、認められません。

法廷での実演——人定質問から宣誓、そして告知まで

人定質問宣誓偽証の罰の告知証言拒絶権の告知という順番で進む法廷の流れを示す板 図:人定質問宣誓偽証の罰の告知証言拒絶権の告知という順番で進む法廷の流れを示す板

ここまでの条文が、実際の法廷でどう機能するか、順を追って見てみましょう。証人が証言台に着くと、まず裁判長が氏名を尋ね、証人カードで生年月日や職業、住所を確認します。これを人定質問と呼びます。次に宣誓です。証人に宣誓書を朗読させます。「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」という内容です。これが、さっき見た154条の宣誓義務の場面そのものです。宣誓のあと、裁判長は、嘘をつけば偽証罪に問われることを証人に告げます。偽証の罰の告知です。そして、証言拒絶権があることも告げます。証言拒絶権の告知です。

義務と、その例外である拒絶権を、両方その場で証人に知らせる。これが今日見てきた条文の構造を、そのまま法廷の手続に落とし込んだものです。

今日の地図(保存版)

被告人質問との違い証人適格3つの義務証言拒絶権4類型を1枚にまとめる板 図:被告人質問との違い証人適格3つの義務証言拒絶権4類型を1枚にまとめる板

今日のまとめです。被告人は、黙秘権を保障されているので、自分の事件については証人になれません。被告人以外の人には、原則として何人にも証人適格があり、事件を担当する裁判官・書記官・検察官・弁護人は、その役目のままでは証人になれません。証人には出頭・宣誓・証言という3つの義務があり、それぞれ勾引や過料、拘禁刑・罰金、偽証罪で担保されています。そして、この義務を拒めるのは、146条の自己負罪、147条の近親者、149条の業務上秘密、144条・145条の公務上秘密という、条文が個別に定めた4類型に限られます。プライバシーのような、条文に列挙されていない理由では拒めません。

証人という地位は、「何人でも」という原則から始まって、義務を負わせて、そのうえで条文が定めた穴だけを空ける、という組み立てなんですね。

ページ上部へ ↑

#96単独ページ動画

交互尋問と誘導尋問

第4章 公判手続 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入:同じ質問なのに、なぜ一方はダメで一方はよいのか

検察官と弁護人が同じ質問をする場面を並べ、誘導尋問の許否が入れ替わる問いを立てる導入板

前回、証人は人定質問を受け、宣誓をして、偽証の罰と証言拒絶権を告げられるところまで見ました。今日は、その証言台に立った証人に、実際にどういう順番で、どんな聞き方で問いを重ねていくのかを見ます。決まっています。それに、聞き方にもルールがあります。たとえば「あなたはその夜、被告人を見ましたね?」という質問。これを、証人を呼んだ検察官が聞けば、ルール違反になります。ところが同じ質問を、弁護人が聞けば許されます。同じ言葉なのに、聞く人が違うだけで扱いが変わるんですか。これが今日の入り口です。答えの形を先に言っておくと、誰が誰に聞くかによって、証人が尋問者に迎合してしまう危険の大きさが変わります。危険が高い場面では聞き方を制限し、危険が低い場面では制限を緩める。今日はこの1本の軸で、尋問の順序・誘導尋問の許否・異議の理由の範囲を見ていきます。

尋問の順序——交互尋問方式(304条)

裁判所がまず尋問するという条文の建前と、実務で使われる主尋問→反対尋問→再主尋問→補充尋問という交互尋問の順序を対比する板

まず、誰が最初に尋問するかです。

条文刑事訴訟法第304条第1項・第2項・第3項

刑事訴訟法第304条第1項・第2項・第3項 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人は、裁判長又は陪席の裁判官が、まず、これを尋問する。 検察官、被告人又は弁護人は、前項の尋問が終つた後、裁判長に告げて、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人を尋問することができる。この場合において、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の取調が、検察官、被告人又は弁護人の請求にかかるものであるときは、請求をした者が、先に尋問する。 裁判所は、適当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、前二項の尋問の順序を変更することができる。

以前の回で見た、304条1項です。条文の建前では、裁判長または陪席の裁判官が、まず尋問することになっています。これは、裁判所が事件の真相解明に自ら乗り出していた、当事者主義が徹底する前の名残りです。そこで効いてくるのが3項です。裁判所は、適当と認めるときは、当事者の意見を聴いて、尋問の順序を変更できます。実務では、この3項を使って、証人尋問を請求した当事者がまず尋問し、その後に相手方が尋問する、という順序が通常の姿になっています。たとえば検察官が目撃者を証人として呼んだなら、まず検察官が聞き、次に弁護人が聞きます。呼んだ側がまず行う尋問を、主尋問、相手方が行う尋問を、反対尋問と呼びます。

必要な限り、再主尋問・再反対尋問と繰り返されます。当事者の尋問がひととおり終わったあとに、裁判所が足りない点を補って尋問することもあり、これを補充尋問と呼びます。裁判官が先に聞くという条文の建前を、当事者主義の運用に読み替えているのが、この交互尋問方式です。

主尋問——誘導尋問はなぜ原則禁止か(規則199条の3)

主尋問は立証事項に関して行い誘導尋問を原則禁止としつつ7つの例外を認める規則199条の3の構造を示す板

主尋問には、範囲とやり方の両方にルールがあります。

条文刑事訴訟規則第199条の3第1項・第2項

刑事訴訟規則第199条の3第1項・第2項 主尋問は、立証すべき事項及びこれに関連する事項について行う。 主尋問においては、証人の供述の証明力を争うために必要な事項についても尋問することができる。

1項が、主尋問の範囲です。立証すべき事項と、それに関連する事項について行います。2項のとおり、証明力を争うために必要な事項も尋問できます。ここから、誘導尋問の話に移ります。

条文刑事訴訟規則第199条の3第3項

刑事訴訟規則第199条の3第3項 主尋問においては、誘導尋問をしてはならない。ただし、次の場合には、誘導尋問をすることができる。一 証人の身分、経歴、交友関係等で、実質的な尋問に入るに先だつて明らかにする必要のある準備的な事項に関するとき。二 訴訟関係人に争のないことが明らかな事項に関するとき。三 証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるとき。四 証人が主尋問者に対して敵意又は反感を示すとき。五 証人が証言を避けようとする事項に関するとき。六 証人が前の供述と相反するか又は実質的に異なる供述をした場合において、その供述した事項に関するとき。七 その他誘導尋問を必要とする特別の事情があるとき。

3項が今日の中心です。主尋問では誘導尋問をしてはならない、というのが原則です。尋問者が期待している答えを、質問の中にあらかじめ暗示してしまう聞き方です。「はい」「いいえ」で答えられる聞き方は、誘導尋問になりやすい。冒頭の「あなたはその夜、被告人を見ましたね?」がまさにそれです。「見た」という答えを、質問自体が先に用意してしまっています。主尋問は、自分が呼んだ証人に対して行います。証人には、呼んでくれた側に協力したい、話を合わせたいという気持ちがどうしても働きます。そこに、答えを暗示する聞き方をされると、証人自身の記憶ではなく、尋問者の暗示に沿った言葉が出てしまう危険が高くなります。証人の言葉を、証人自身のものとして届けるために、主尋問では誘導を原則禁止しているのです。

1号は、身分や経歴など、実質的な尋問に入る前の準備的な事項。名前や職業を確認するだけの場面まで、いちいち誘導せずに聞くのは非効率だからです。2号は、争いのないことが明らかな事項。3号は、証人の記憶が明らかでないときの記憶喚起。「あの日は何曜日でしたか、月曜日ではありませんでしたか」のように、思い出す手がかりを与えてよい場面です。4号は証人が敵意・反感を示すとき、5号は証言を避けようとするとき。これらは、証人がもう協力的でなくなっている場面なので、迎合の危険自体が小さくなっています。6号は、前の供述と食い違う証言をしたときのその事項。7号は、その他特別の事情がある場合の受け皿です。どの例外を見ても、共通しているのは「証人が尋問者に迎合してしまう危険が、もともと小さい、または別の理由で誘導が必要になっている場面だ」という点です。原則と例外が、迎合の危険という同じものさしでつながっています。

条文刑事訴訟規則第199条の3第4項・第5項

刑事訴訟規則第199条の3第4項・第5項 誘導尋問をするについては、書面の朗読その他証人の供述に不当な影響を及ぼすおそれのある方法を避けるように注意しなければならない。 裁判長は、誘導尋問を相当でないと認めるときは、これを制限することができる。

4項は、誘導尋問をする場合でも、書面を読み上げるなど、証人の供述に不当な影響を及ぼすおそれのある方法は避けなければならない、という注意義務です。5項は、裁判長が誘導尋問を相当でないと認めれば制限できる、という裁判長の裁量です。誘導が許される例外にあたる場面でも、無制限ではないということです。

記憶を喚起する書面の提示——見せてよい場面と見せられない書面

成立確認は許可不要記憶喚起は許可要かつ供述録取書は不可供述の明確化は許可要という3場面の対比を示す一覧板

誘導尋問と同じように、答えを教えてしまう危険があるのが、証人に書面や物を見せる場面です。ここにも場面ごとの区別があります。書面・物の成立や同一性を確認するだけなら、裁判長の許可は要りません。たとえば、目の前の調書に書かれた署名が本人のものかどうかを確認する場面です。

条文刑事訴訟規則第199条の11第1項・第2項

刑事訴訟規則第199条の11第1項・第2項 訴訟関係人は、証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるときは、裁判長の許可を受けて、書面(供述を録取した書面を除く。)又は物を示して尋問することができる。 前項の規定による尋問については、書面の内容が証人の供述に不当な影響を及ぼすことのないように注意しなければならない。

記憶を喚起するために書面や物を見せるには、裁判長の許可が必要です。しかも、括弧書きに注目してください。「供述を録取した書面を除く」とあります。つまり、過去にその証人が話した内容をそのまま書き取った供述録取書を見せることはできません。過去に話した内容をそのまま読ませてしまうと、証人は「今、自分が覚えていること」ではなく、「前に自分が話した言葉」をなぞって証言してしまいます。これでは、記憶を喚起したのではなく、答えを与えたのと変わりません。記憶喚起として許されるのは、あくまで思い出す手がかりを与えることまでで、答えそのものを見せることではないのです。もう1つ、証人の供述を明確にするために、図面や写真、模型などを示す場面もあります。これも裁判長の許可が必要です。いずれの場面でも、まだ証拠調べを終えていない書面や物を示すときは、あらかじめ相手方に見る機会を与えなければなりません。相手方が異議を述べないときは、その必要はありません。手の内を隠したまま不意打ちで見せることは許されないということです。

反対尋問——なぜ誘導が許されるのか(規則199条の4)

反対尋問は主尋問に現れた事項と証明力を争う事項について行い誘導尋問が許されることを示す板、主尋問との迎合の危険の対比

ここで、冒頭の問いに戻ります。「あなたはその夜、被告人を見ましたね?」——検察官が主尋問でこう聞けば誘導尋問ですが、弁護人が反対尋問でこう聞けば許されます。同じ聞き方なのに、なぜでしょうか。

条文刑事訴訟規則第199条の4第1項〜第4項

刑事訴訟規則第199条の4第1項〜第4項 反対尋問は、主尋問に現われた事項及びこれに関連する事項並びに証人の供述の証明力を争うために必要な事項について行う。 反対尋問は、特段の事情のない限り、主尋問終了後直ちに行わなければならない。 反対尋問においては、必要があるときは、誘導尋問をすることができる。 裁判長は、誘導尋問を相当でないと認めるときは、これを制限することができる。

1項が反対尋問の範囲。主尋問に現れた事項とこれに関連する事項、それに証人の供述の証明力を争うために必要な事項について行います。3項が中心です。反対尋問では、必要があれば誘導尋問をしてよい、と正面から認められています。理由は、主尋問で誘導が禁止される理由の裏返しです。主尋問は、自分が呼んだ証人に対して行うので、証人には尋問者に迎合したいという気持ちが働きやすい。ところが反対尋問は、証人を呼んでいない相手方が行います。証人は反対尋問者に対して迎合する動機がなく、むしろ距離がある関係です。誘導されても、証人自身の記憶と違えば「いいえ、違います」と言い返せる。

つまり、危険が低いから制限をゆるめてよい、ということです。それに、反対尋問の目的は、主尋問で出た証言をそのまま裏付けることではなく、その証言が信用できるかどうかを厳しく吟味することにあります。信用性を崩すには、証人を誘導してでも、矛盾や不合理な点を鋭く突く必要がある場面が多い。だから、迎合の危険が低いことと、信用性を厳しく吟味するという目的の両方から、反対尋問では誘導が許されるのです。もっとも、4項にあるとおり、裁判長が相当でないと認めれば、反対尋問での誘導も制限されます。なお、証人によっては、法廷で証言すること自体が大きな負担になる人もいます。被害者や年少者が付添いを受けたり、遮へいをしたり、ビデオリンク方式で尋問を受けたりする証人保護の措置も用意されていますが、その詳細は別の回で扱います。

異議——証拠調べの進め方に納得がいかないとき

決定に対する異議は法令違反のみそれ以外は不相当も使えるという以前の回で見た枠組みを一言で思い出させる板

ここまでの尋問のやり方に、相手方が納得できないときはどうするでしょうか。少し思い出してほしいのですが、証拠を採用するかどうかの決定に対する異議は、理由をどこまで広く使えましたか?……法令違反のときだけでしたよね。不相当だという理由だけでは、決定そのものには異議を出せない、という話でした。証拠決定は、裁判所が相手方の意見も聴いたうえで、判断を尽くして出した結論です。それを不相当という曖昧な理由で蒸し返せると手続が安定しない、という理由でしたね。今日は、その枠組みの続きです。決定以外の場面、それに裁判長が単独で行う処分の場面にも、異議のルールが及びます。

異議の2類型——「証拠調に関し」と「裁判長の処分」(309条1項・2項)

309条1項の証拠調に関する異議と2項の裁判長の処分に対する異議を上位2分岐に置き訴訟指揮権と法廷警察権を示す板

条文刑事訴訟法第309条第1項〜第3項

刑事訴訟法第309条第1項〜第3項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。 検察官、被告人又は弁護人は、前項に規定する場合の外、裁判長の処分に対して異議を申し立てることができる。 裁判所は、前二項の申立について決定をしなければならない。

1項が、証拠調べに関する異議です。冒頭陳述のやり方、証拠調べの請求の方法、範囲・順序・方法の決定、証拠決定、さっき見た誘導尋問や書面の提示のやり方など、証拠調べ手続に関するほぼすべての訴訟行為が対象になります。1項でカバーされない、裁判長が単独で行う処分です。大きく2つあります。1つは訴訟指揮権に基づく処分、たとえば求釈明に応じるかどうかの判断です。もう1つは法廷警察権に基づく処分、たとえば法廷での発言を禁止する措置です。証拠調べそのものではなく、法廷の運営に関わる裁判長の判断が、2項の対象です。

1項と2項は区別してください。1項は証拠調べに関する行為・決定に及ぶ広い受け皿、2項はそれ以外の裁判長の処分に対する、いわば補充的な受け皿です。この対象の違いが、次に見る理由の範囲の違いにもつながります。

異議の理由の範囲——法令違反と不相当(規則205条)

決定は法令違反のみそれ以外の行為は法令違反と不相当の両方裁判長の処分も法令違反のみという理由の範囲の対比を示す板

条文刑事訴訟規則第205条第1項・第2項

刑事訴訟規則第205条第1項・第2項 法第三百九条第一項の異議の申立は、法令の違反があること又は相当でないことを理由としてこれをすることができる。但し、証拠調に関する決定に対しては、相当でないことを理由としてこれをすることはできない。 法第三百九条第二項の異議の申立は、法令の違反があることを理由とする場合に限りこれをすることができる。

1項の本文が、証拠調べに関する異議の理由です。法令違反、または不相当のどちらでもよい。ただし但書があって、証拠調べに関する決定に対しては、不相当を理由にすることはできません。ここは前に見たとおりです。たとえば検察官が主尋問で「その夜、被告人を見ましたね?」と聞いたとき、弁護人は、誘導尋問を禁じた規則に反するという法令違反でも、聞き方が適切でないという不相当でも、異議を出せます。ところが、その証人を採用するという決定そのものに対しては、不相当だけでは足りません。2項は、法令違反を理由とする場合に限られます。訴訟指揮権に基づく処分でも、法廷警察権に基づく処分でも同じです。たとえば弁護人が、検察官の主張のあいまいな点をはっきりさせるよう裁判長に求めたのに、裁判長が応じなかった。この判断に異議を出すなら、納得できないというだけでは足りず、どの規定に反するのかを示さなければなりません。理由は、決定のときと同じ発想です。裁判長がその場で判断を下した処分を、「なんとなく不相当だ」という曖昧な理由で蒸し返せてしまうと、法廷の運営がその都度止まってしまいます。だから、はっきりした規則・法令の違反があるときに限って、異議を出せることにしているのです。

証拠決定は判断を尽くした結論だから、裁判長の処分は法廷の運営をその都度止めないために、どちらも理由を法令違反に絞ります。これに対して、尋問の聞き方のような個々の行為は、不相当というだけでも異議で正せます。この対比を押さえておいてください。

異議に対する裁判所の応答——申立ての方式と決定

個々の行為ごとに簡潔にただちに申し立てる方式と理由なしなら棄却理由ありなら中止撤回変更を命ずる決定の流れを示す板

条文刑事訴訟規則第205条の2

刑事訴訟規則第205条の2 異議の申立は、個々の行為、処分又は決定ごとに、簡潔にその理由を示して、直ちにしなければならない。

異議は、個々の行為・処分・決定ごとに、簡潔に理由を示して、直ちに申し立てなければなりません。あとからまとめて出したり、理由をあいまいにしたまま出したりはできません。異議は、進んでいる手続をその場で正すための仕組みだからです。たとえば誘導尋問に証人が答えてしまってから、しばらくたってまとめて異議を出しても、その答えはもう法廷に出てしまっています。問題の行為ごとに、どこが問題かを短く示して、その場ですぐ申し立てれば、裁判所もすぐ判断でき、審理を長く止めずに済みます。異議の申立てがあると、裁判所は遅滞なく決定をしなければなりません。

条文刑事訴訟規則第205条の6第1項・第2項

刑事訴訟規則第205条の6第1項・第2項 異議の申立を理由があると認めるときは、異議を申し立てられた行為の中止、撤回、取消又は変更を命ずる等その申立に対応する決定をしなければならない。 取り調べた証拠が証拠とすることができないものであることを理由とする異議の申立を理由があると認めるときは、その証拠の全部又は一部を排除する決定をしなければならない。

異議に理由がなければ、棄却しなければなりません。理由があれば、その行為の中止や撤回、取消し、変更を命ずるなど、申立てに対応する決定をしなければなりません。2項は特に重要で、取り調べた証拠がそもそも証拠にできないものだという理由の異議に理由があれば、その証拠の全部または一部を排除する決定をしなければなりません。異議は言いっぱなしで終わらず、必ず裁判所の応答を受ける仕組みになっています。

今日の地図(保存版)

交互尋問の順序主尋問の誘導禁止反対尋問の誘導可異議の2類型と理由の範囲を1枚にまとめる板

今日のまとめです。尋問は、304条の建前を当事者主義に読み替えて、請求した側の主尋問、相手方の反対尋問、必要なら再主尋問、最後に裁判所の補充尋問という順序で進みます。主尋問では、証人が尋問者に迎合する危険が高いので誘導尋問を原則禁止し、危険が小さい7つの場面だけ例外を認めます。反対尋問では、その危険が低く、信用性を厳しく吟味する必要があるので誘導が許されます。証拠調べの進め方に納得できないときは、証拠調べに関する異議と、裁判長の処分に対する異議の2類型があり、決定と裁判長の処分は理由が法令違反のみに絞られ、それ以外の行為は法令違反・不相当のどちらも使えます。

誰が聞くかで迎合の危険が変わり、その危険の大きさに応じて聞き方や異議のルールが決まる。ここまで、ずっと同じものさしで説明できるんですね。

ページ上部へ ↑

第5章証拠法

#97単独ページ動画

証拠裁判主義と公知の事実

第5章 証拠法 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

裁判官が朝刊で読んだ事件の記事で認定してよいかと、1日は24時間だという当たり前の事実まで証拠がいるのかを対比する導入板

裁判官が、朝刊で被告人の事件の詳しい記事を読んでしまいました。この記事に書いてあった内容で、有罪の事実を認定してよいでしょうか。だめです。公判廷で取り調べられていない情報ですから。証人を呼んで、1日が24時間であることを証言させたりはしません。前回まで、証人にどう尋問するかという、証拠を法廷に出す手続を見てきました。今日は、その一段手前にある大原則、出てきた証拠で事実をどう決めるかという証拠裁判主義に入ります。答えを先に言うと、分かれ目は証拠の有無そのものではなく、その情報に当事者が反論できるかどうかです。今日はまず、証拠裁判主義という1本の軸を見ていきましょう。

317条と証拠裁判主義——「証拠による」の意味

当事者が証拠で証明し裁判所が取り調べた証拠で認定するという317条が結ぶ関係を示す板

刑事裁判で事実をどう決めるか、その大原則を定めているのが、この条文です。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

条文が当たり前のことを言っているだけに見えるとしたら、それは誤解です。これが歴史的に見ると当たり前ではありませんでした。かつては、火の中に手を入れさせて火傷の程度で有罪無罪を決めたり、水に沈めて浮けば有罪としたり、当事者に決闘をさせて勝った方を正しいとしたりする方法が使われていた時代があります。317条は、そうした迷信的な方法をすべて退け、公判廷で取り調べた証拠によってのみ事実を認定する、と宣言しているのです。裁判官の勘や、伝聞で聞いた話、個人的に知っている情報で事実を決めることを禁じる規定だと理解してください。

私知の禁止——裁判官が新聞記事で認定してよいか

裁判官が私的に知った新聞記事の情報で事実を認定できない理由を反証機会の欠如と裁判の公正から説明する板

冒頭の問いに戻ります。裁判官が、公判で取り調べられていない新聞記事の内容から事実を認定してよいか。さっき、だめだと言っていましたね。これを、裁判官の私的に知った情報、私知と呼びます。317条は、この私知による認定を禁じています。理由は2つあります。1つ目は、当事者に反論する機会がないことです。証人の証言であれば、被告人や弁護人はその証人に反対尋問をして、内容を争えます。ところが裁判官が個人的に読んだ新聞記事は、法廷に出てこないので、誰もそれを争えません。2つ目は、裁判官の個人的な思い込みで結論が左右されてしまうと、裁判の公正そのものが保てなくなることです。だから、裁判官が知っている情報であっても、公判廷に証拠として出されていない限り、それを事実認定の根拠にはできないのです。

証拠を要さない事実——公知の事実と裁判所に顕著な事実

公知の事実と裁判所に顕著な事実の定義を対比しなぜ証拠なしで認定してよいかを示す板 図:公知の事実と裁判所に顕著な事実の定義を対比しなぜ証拠なしで認定してよいかを示す板

317条がそこまで厳しいなら、「1日は24時間だ」もいちいち証拠がいることになりませんか。なりません。317条は、訴訟で問題になるあらゆる事実に及ぶわけではなく、証拠による証明を要さない事実が認められています。1つは、公知の事実です。一般の人が、その存在を疑わない程度に知れわたっている事実を指します。たとえば、ある人物がかつて首相であったという歴史的な事実や、特定の日の曜日がこれにあたります。もう1つは、裁判所に顕著な事実です。裁判官が、職務上知っていて、確信を持っている事実を指します。どちらというより、そもそも争う余地のない一般的な法則や経験則にあたるもので、これも証明を要しません。重力加速度がおよそ秒速毎秒9.8メートルであることも同じ扱いです。誰にとっても疑いようがない事柄まで、証拠を出させるのは無駄ですし、証明させる意味もありません。

矛盾していません。私知が禁じられるのは、当事者に反論の機会がなく、裁判官の独断で結論が左右されてしまうからでした。ところが公知の事実は、誰もが知っていて、そもそも疑う余地がありません。争ったところで結論は変わらないので、当事者に反論させなくても、裁判の公正を害さないのです。317条が守ろうとしている「反論できる証拠で決める」という趣旨を、こちらは別の形で満たしていると考えてください。顕著な事実と私知を分けるのは、世間に知れ渡っているかどうかではありません。たとえば、同じ裁判所が以前に別の事件で判決を言い渡したという事実は、その裁判所に顕著な事実です。裁判官は職務の中でそれを知っていますし、判決は記録として残っているので、当事者も上級の裁判所も、あとから誰でも確かめられ、中身を争う余地がありません。朝刊の記事は、裁判官が私的に読んだだけで、何が書いてあったのかを誰も法廷で確かめられません。同じ「裁判官が知っている」でも、法廷の外で当事者も確かめられる形になっているかどうかで、扱いが分かれるのです。

判例による線引き——顕著な事実にも限界がある

公知の事実と裁判所に顕著な事実を認めた判例と防御の機会を奪うとして顕著な事実を否定した判例を対比する板

この2つの事実を、判例がどう扱っているかも見ておきます。ある事件で問われたのは、選挙のルールに違反した罪でした。この裁判では、被告人が市長選挙に立候補して当選していたという事実そのものを、公知の事実として扱っています。別の事件では、取引した物がヘロインだったこと自体は、自白とそれを補強する証拠によって認定されています。そのうえで、通称「ヘロイン」という呼び名が、法律で麻薬として挙げられている正式な物質名を指すという対応関係だけは、裁判所に顕著な事実として、証拠がなくても扱われました。この事件で実際に何が起きたかではなく、裁判所が職務上確かに知っている一般的な知識だから、という理由です。事実の認定というより法律の読み方を示したという見方もありますが、証拠なしで扱ってよいという結論は変わりません。

顕著な事実として扱える範囲にも限界があります。それが今日いちばん大事な線引きです。ある事件では、入院していた患者への暴行という、被告人にとって不利益な事実を、証拠調べをしないまま、裁判所に顕著な事実として認定してしまいました。これについては、被告人が防御する機会や、上級の裁判所がその判断を審査する機会を奪ってしまうとして、裁判所に顕著な事実にはあたらない、とされています。証拠を要さない事実は、あくまで争う余地のないものに限られます。被告人に不利益な、しかも争う余地のある具体的な事実にまで、この扱いを広げてしまうと、317条が守ろうとしている反論の機会そのものが失われてしまいます。

証拠能力と証明力——入口と中身

証拠能力を法廷に出す資格証明力を信じられる程度として対比しそれぞれの判断主体を示す板

ここで少し、以前の回を思い出してください。弁護人が証拠に対して「不同意」だと述べた場合、その証拠はどうなりましたか?書いた本人に法廷で問いただせないので、原則として証拠にできませんでした。検察官は、代わりに証人を請求することがある、という話でしたね。今日の最後は、その話とつながります。これから2つの言葉を出します。片方は「法廷に出られるかどうか」の話、もう片方は「出た後、どれだけ信じられるか」の話です。どちらがどちらでしょうか。証拠能力とは、ある証拠が公判廷で取り調べられるために、法律上必要とされる資格のことです。先ほどの不同意の書面は、この資格が認められなかった例です。本人に問いただせない、つまり反論できない書面は、原則として法廷に出る資格を持てません。今日のものさしが、ここにも出てきます。もし証拠能力のない証拠を誤って取り調べてしまったときは、前の回の異議のところで見たとおり、その証拠を排除する決定がされます。これに対して証明力とは、法廷に出た証拠が、事実の認定にどれだけ役立つか、その信用性の程度のことです。

証明力はだれが判断するんですか。そこは裁判官の自由な判断に委ねられています。それを定めているのがこの条文です。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

これを自由心証主義と呼びます。今日は、証明力の評価が裁判官に委ねられている、という定義だけ押さえてください。たとえば、証人が話した内容を書き取った書面、つまり供述録取書に同意はしたけれど、内容の信用性そのものは争う、という場面があります。これは証拠能力は認められたうえで、証明力だけが争われている状態です。証拠能力がないという主張と、証明力が低いという主張は、まったく別の話だと区別してください。逆に、不同意になった書面は、どれだけ詳しく本当らしく書かれていても、資格がないので法廷に出られず、どれだけ信じられるかの審査にすら進みません。

今日の地図(保存版)

317条と証拠を要さない事実の限界そして証拠能力と証明力の区別を1枚にまとめる板 図:317条と証拠を要さない事実の限界そして証拠能力と証明力の区別を1枚にまとめる板

今日のまとめです。317条は、事実の認定は証拠による、と定め、裁判官の私的な思い込みで事実を決めることを禁じています。ただし、公知の事実や裁判所に顕著な事実のように、争う余地のない事実は、証拠がなくても認定してよく、これは317条の趣旨に反しません。もっとも、この扱いには限界があり、被告人の防御や上訴審の審査の機会を奪うような使い方は許されません。そして、証拠には、法廷に出すための資格である証拠能力と、出たあとどれだけ信じられるかという証明力という、2つの別の物差しがあります。名前は似ていますが、さきほどの自由心証主義とは別の話です。

ページ上部へ ↑

#98単独ページ動画

厳格な証明と自由な証明

第5章 証拠法 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

保釈を求める場面で伝聞の手紙を出す場合と同じ手紙で無罪を証明しようとする場合を対比する導入板

保釈を認めるかどうかを判断する材料としてなら、この手紙をそのまま出せます。ところが同じ一枚の手紙でも、何に使うかで話が変わります。もし弁護人が、この手紙を使って「被告人は犯人ではない」という無罪の事実そのものを証明しようとしたら、今度は伝聞のままでは通りません。今日は、この違いを生むものさしに入ります。前回まで見てきた証拠能力や証明力、裁判官の自由な判断に委ねる自由心証主義は、出てきた証拠をどう扱うかという話でした。今日はその一段手前、証明そのもののやり方に、どれだけ厳しい手続を要求するかという、別の軸を見ていきます。名前が似ている自由心証主義とは、まったく別の話だと先に断っておきます。

厳格な証明と自由な証明——分かれ目のものさし

有罪無罪や刑の重さそのものを決める事実は厳格な証明で手続を進めるための判断材料は自由な証明であるという物差しを示す板

厳格な証明とは、証拠能力のある証拠を、法律で定められた手続、公判廷での朗読や展示、証人尋問といった適式な証拠調べを経て行う証明のことです。自由な証明とは、この2つの縛り、証拠に資格を求めることと、決まった手順で取り調べることを、どちらも課されない証明のことです。「自由」という名前から、制限のない証明を思い浮かべるのが、一番よくある誤解です。今日、まずその誤解を解きたいと思います。分かれ目になるものさしはこうです。その事実が崩れたとき、有罪無罪や刑の重さそのものがひっくり返るか、それとも、裁判を前に進めるための手続的な判断材料にすぎないか。

さっきの手紙の話に当てはめると、保釈するかどうかの判断は、有罪無罪そのものではないから自由。でも「犯人ではない」を証明する場面は、まさに有罪無罪を決めるから厳格。良質な証拠で慎重に決めるべき事実か、多少質を落としてでも幅広く情報を出して素早く決めたい事実か。この違いだと考えてください。

自由な証明の下限——正体は伝聞法則が外れること

320条1項の伝聞法則が公判外供述を証拠から締め出す仕組みと自由な証明ではその締め出しだけが外れるという限定を示す板

さっき「無制限ではない」と言っていましたね。自由な証明といっても、何か縛りは残るんですか。残ります。まず今日の核になる条文を見てください。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

これが伝聞法則です。公判の外で誰かが話した内容を書き取った書面や、又聞きの供述は、原則として証拠にできない、という条文でした。自由な証明の実質は、この伝聞法則が外れるという、その一点に尽きます。つまり公判の外で作られた書面や、又聞きの話でも、証拠として使ってよいということです。拷問で無理やり引き出した自白のようなものも、自由な証明なら使えてしまうんですか。使えません。そこが下限です。自由な証明で外れるのは、伝聞法則という一つの制約だけで、証拠として使うこと自体が禁じられているもの、たとえば任意性のない自白や、違法に集められた証拠は、自由な証明でも使えません。最初に、自由な証明では証拠に資格を求めないと言いましたが、正確には、資格のルールを丸ごと外すのではなく、そのうち伝聞法則だけが外れる、という限定された意味です。「自由」という言葉は、証拠の質を何でも許すという意味ではない、と理解してください。

厳格な証明を要する事実——刑罰権の存否・範囲

犯罪事実処罰条件処罰阻却事由刑の加重減免事由が厳格な証明を要する事実として並ぶ一覧板

では、厳格な証明を要する事実を具体的に見ていきます。まず一番の中心は、犯罪事実、つまり構成要件に該当する事実や、違法性・責任を基礎づける事実です。これはまさに有罪無罪を決める事実なので、厳格な証明を要します。それ以外にもあるんですか。あります。処罰条件です。犯罪そのものは成立していても、法律が定める別の条件がそろって初めて処罰できる、その条件のことです。たとえば、破産の手続で財産を隠す罪は、破産手続開始の決定が確定して初めて処罰されます。それから、処罰阻却事由。犯罪は成立しているのに、特別な関係があるので処罰だけはしない、という事由です。条文を見てください。

条文刑法第244条第1項

刑法第244条第1項 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第二百三十五条の罪、第二百三十五条の二の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。

これは、窃盗にあたる行為をしても、配偶者や直系血族、同居の親族の間であれば刑が免除される、という規定です。この「親族関係があるかどうか」という事実も、刑罰権の有無を左右するので、厳格な証明を要します。たとえば、同居している弟が、兄の財布からお金を抜き取ったとします。窃盗の罪自体は成立しますが、兄弟は同居の親族にあたるので、刑は免除されます。犯罪の成立は認めたうえで、刑だけを外す。これが処罰阻却事由です。だからこそ、その関係が本当にあったのかどうかは、厳格な証明で確かめる必要があるのです。前科による刑の加重については、最高裁の大法廷がはっきり判断しています。

判例最高裁判所大法廷決定・昭和33年2月26日(刑集12巻2号316頁)

累犯前科の認定——実質は犯罪構成事実に準ずる 「累犯加重の理由となる前科は、刑訴三三五条にいわゆる『罪となるべき事実』ではないが、かかる前科の事実は、刑の法定加重の理由となる事実であつて、実質において犯罪構成事実に準ずるものであるから、これを認定するには、証拠によらなければならないことは勿論、これが証拠書類は刑訴三〇五条による取調をなすことを要するものと解すべきである。」

累犯前科そのものは、犯罪事実の中身ではありません。でも、これが認められると刑が重くなる、つまり刑罰権の範囲を左右する事実なので、実質は犯罪構成事実に準ずる、として厳格な証明を要求しています。刑の減軽の側も、扱いは同じです。自首が認められれば刑を減軽できるので、自首があったかどうかは、法律が定める刑の枠そのものを動かす事実です。だから厳格な証明を要すると考えられています。刑を重くする方向でも、軽くする方向でも、刑罰権の範囲そのものを動かす事実である以上、扱いは対称です。

被告人に有利な事実も、厳格な証明を要する

検察官が有罪を立証する場合だけでなく被告人が正当防衛や責任能力の欠如を主張する場合も同じ重さの証明が要ることを示す板

さっきから、有罪の方向に働く事実の話ばかりですね。逆に、被告人の側が「自分は正当防衛だった」とか「責任能力がなかった」と主張する場合、証明のレベルは緩くなるんですか。緩くなりません。有利な事実だから緩くていい、というのは直感的にはありそうな話ですが、実際はそうなっていません。検察官が有罪を立証するときと同じ重さの、厳格な証明を要すると解されています。理由の一つは、条文の書きぶりです。刑事訴訟法は、犯罪事実が「あること」だけでなく「ないこと」も並べて扱っています。たとえば321条1項3号は、「犯罪事実の存否の証明」と、あることとないことを一続きに書いています。有罪方向の証明も、無罪方向の証明も、同じ重みで扱う、という条文の構造があるのです。もう一つの手がかりが、この条文です。

条文刑事訴訟法第322条第1項

刑事訴訟法第322条第1項 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。

この条文は、被告人にとって不利益な供述だけでなく、「特に信用すべき情況」の下でされた供述、つまり被告人に有利な内容の供述にも、同じように証拠としての要件を課しています。有利な供述だからといって、法律は証拠の質を緩めていません。決着そのものを動かす事実である以上、有利か不利かは関係なく、厳格な証明を要すると考えてください。冒頭で、弁護人が上司の手紙を使って「犯人ではない」と証明しようとした場面は、まさにこの有利な事実の証明です。だから、あの手紙は伝聞のままでは通らなかったのです。

訴訟法上の事実——原則は自由な証明

逮捕勾留保釈召喚といった手続を進めるための判断材料は原則自由な証明で足りることを示す板

次は、冒頭の手紙の話に戻ります。逮捕や勾留、保釈、召喚といった、手続を進めるための判断材料になる事実、これを訴訟法上の事実と呼びます。これは原則、有罪無罪の決着そのものには関わらないので、自由な証明で足ります。実際に判例でも、そう扱われています。

判例最高裁判所第一小法廷決定・昭和58年12月19日(刑集37巻10号1753頁)

手続上の判断のための訴訟法的事実——自由な証明で足りる 「右のような訴訟法的事実については、いわゆる自由な証明で足りるから、右回答書が刑訴法三二三条三号の書面に該当すると否とにかかわらず、これを取り調べた原審の措置に違法はない」

この事件は、電報電話局長が作成した「逆探知の資料は存在しない」という回答書を、原審が逆探知資料の送付嘱託の当否や、逆探知に関する証人申請の採否を判断する材料として使ったという事案です。伝聞にあたるかどうかを気にする必要すらなく、自由な証明で足りると判断されています。冒頭の手紙も、保釈の判断材料として使うだけなら、同じ訴訟法上の事実の扱いです。

訴訟法上の事実——実務が厳しく扱う場面

自白の任意性や訴訟条件のように有罪無罪や公判打切りに直結しうる訴訟法上の事実は実務上厳格に扱われるという揺れを示す板

原則は自由な証明ですが、例外があります。自白の任意性や、証拠の関連性、証拠が違法に集められたものかどうかといった、証拠能力に関する事実、それから、訴訟条件があるかどうかという事実は、実務上・学説上、厳格な証明を求める扱いが有力です。ものさしに立ち返れば理由は同じです。自白の任意性が否定されれば、その自白は有罪の証拠から外れます。訴訟条件、つまり裁判ができるための前提条件が欠ければ、有罪無罪を判断しないまま公判が打ち切られます。どちらも、崩れると裁判全体の帰趨に直結してしまうのです。手続を進めるための判断材料というより、決着そのものに近い性質を持つので、実務は厳しく扱うのです。この論点は、答案でも問われうる骨格の一つですが、規範の細部は別の回で扱います。もっとも、上告審という特殊な場面には留保があります。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成23年10月26日(刑集65巻7号1107頁)

上告審における訴訟条件の認定——適宜の方法でよい 「訴訟条件である告発の存在については、当審において、証拠調手続によることなく、適宜の方法で認定することができるものと解される」

この事件では、下級審が見落としていた告発という訴訟条件の有無を、上告審が証拠調べ手続を経ずに認定できるとしています。上告審は、事実を新たに取り調べる事実審ではなく、書面で審理する法律審です。そのことが判断に影響した可能性も指摘されていて、通常の事実審で同じように扱えるとは限らない点に注意してください。証拠能力に関する事実の代表例が、328条の弾劾証拠です。

条文刑事訴訟法第328条

刑事訴訟法第328条 第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であつても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。

この条文は、本来なら証拠にできない伝聞の書面でも、法廷での供述の証明力を争う、つまり「前にこう言っていたのに、法廷ではこう言っている」という矛盾を指摘するためだけなら、証拠として使ってよい、という規定です。ただし、前に矛盾する供述をしたという事実そのものは、厳格な証明で立証する必要があります。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁)

328条の弾劾証拠——補助証拠の存在は厳格な証明で 「別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証については、刑訴法が定める厳格な証明を要する趣旨であると解するのが相当である。そうすると、刑訴法328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られるというべきである。」

この事件では、署名も押印もない報告書を弾劾証拠として使おうとしましたが、法律が定める要件を満たしていないとして、証拠能力自体が否定されました。矛盾を指摘するためだけの証拠だからといって、出どころの確かでない書面を野放図に認めるわけではない、ということです。328条の書面も、使えるかどうかで証人の話の信用性、ひいては有罪無罪が動きます。崩れたら決着がひっくり返る事実だから厳格な証明、というものさしは、例外の場面でもそのまま効いています。

量刑に関する事実——犯情と一般情状

犯罪事実と重なる犯情は厳格な証明一般情状は判例上自由だが実務は厳格が多いという判例と実務のズレを示す板

最後に、量刑に関する事実です。これは、犯情と一般情状という2つに分けて考えます。犯情とは、被告人と被害者の関係や、犯行の動機・態様、被害の大きさといった、犯罪事実そのものと重なり合う量刑事実です。犯罪事実と地続きなので、厳格な証明を要します。生い立ちや性格、環境、前科前歴、被害弁償や示談の有無といった、犯情以外の情状です。判例では、これは自由な証明で足りるとされてきました。ものさしで言えば、累犯や自首は、法律が定める刑の枠そのものを動かします。これに対して一般情状は、その枠の中で裁判官がどこに決めるかの材料にすぎません。たとえば、被害を弁償したという事実は、刑を軽くする方向に働きますが、被害弁償それ自体は、法律が刑の枠を動かす理由として定めた事実ではありません。枠を動かさないので、判例は自由な証明でよいとしてきたのです。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和24年2月22日(刑集3巻2号221頁)

執行猶予の情状——法定の証拠調べを経なくてもよい 「刑の執行を猶予すべき情状の有無に関する理由は判決にその判断を示すことを要する事項ではなく、またその証拠理由を示す必要もないところであるが、……この情状に属する事項の判断については、犯罪を構成する事実に関する判断と異り、必ずしも刑事訴訟法に定められた一定の法式に従い証拠調を経た証拠にのみよる必要はない」

判例最高裁判所第二小法廷決定・昭和27年12月27日(刑集6巻12号1481頁)

量刑資料——厳格な証拠調べ手続を要しない 「所論の資料は単なる量刑判断に用いたものであつて罪となるべき事実認定の証拠ではない」

事実を認定する証拠として使うのではなく、量刑を決める材料に使うだけだから、厳格な証拠調べの手続を経る必要はない、という判断です。判例の立場と実務の運用には、ずれがあります。判例の立場は今も自由な証明で足りるというものですが、実務では、前科事実や被害弁償・示談の事実については、厳格な証明で認定するのが一般的です。法律が定める刑の枠を動かさない、という点では判例の言うとおりです。ただ、前科や示談は、その枠の中で、実際に言い渡される刑を確実に、しかも大きく上下させます。ものさしの「刑の重さ」を、法律上の枠ではなく実際に言い渡される刑で測れば、決着に近い事実になる。実務が厳しく扱うのはそのためです。判例上の建前と、実務の運用に、ずれが生じている場面だと理解してください。

今日の地図(保存版)

決着に直結する事実は厳格な証明手続を進める事実は自由な証明ただし自由な証明にも伝聞法則が外れるだけという下限があることをまとめる板

今日のまとめです。もう一つだけ、区別しておきたい言葉があります。誰が証明する責任を負うか、という挙証責任は、原則として検察官が負いますが、それは今日の「どれだけ厳しい手続で証明するか」という話とは別の軸です。挙証責任の中身は、別の回で扱います。今日のものさしは一つでした。その事実が崩れたとき、有罪無罪や刑の重さそのものがひっくり返るなら厳格な証明、手続を進めるための判断材料にすぎないなら自由な証明。犯罪事実も、被告人に有利な事実も、犯情も、決着に直結するので厳格。逮捕や保釈のような手続的判断は、原則自由。ただし自由な証明にも下限があり、その正体は伝聞法則が外れるという一点だけで、任意性のない自白や違法収集証拠は、自由な証明でも使えません。そして訴訟法上の事実の中でも、証拠能力や訴訟条件に関わるものは、決着に直結しやすいので、実務は厳格に扱います。

「自由」という言葉に引っ張られて、何でもありだと思っていましたが、決着に直結するかどうかという同じものさしで、全部つながっていたんですね。

ページ上部へ ↑

#99単独ページ動画

証拠の分類と立証の構造

第5章 証拠法 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

現場に落ちていたメモを内容の真実性のために使う場合と筆跡鑑定のために使う場合で扱いが変わることを示す導入板

伝聞法則は、証拠なら何にでも当てはまるわけではありません。適用されるかどうかは、証拠の中身次第で決まります。今日はその、証拠の中身を見分ける分類に入ります。名前を並べて覚える必要はありません。現場に落ちていたメモに「Xが刺した」と書いてあったとします。このメモは、Xが犯人だという証拠になるでしょうか。このメモが証拠になるかどうかは、このメモで何を証明したいかによって変わります。今日出てくる分類は、供述証拠か非供述証拠か、直接証拠か間接証拠か、実質証拠か補助証拠か、いろいろありますが、全部ひとつの問いに帰着します。その証拠で何を証明するのか、どういう道筋で証明するのか。この問いを立てられれば、名前を暗記しなくても分類は自然に決まります。

証拠方法・証拠資料と人的証拠・物的証拠

証拠方法は取調べの対象そのもの証拠資料は取り出した中身であり人的証拠と物的証拠に分かれることを示す板

証拠方法と証拠資料に入る前に、1つ思い出してほしいことがあります。証人に対して行う、当事者双方が代わる代わる問いただす手続を、何と呼んだか覚えていますか?たしか、交互尋問でした。今日はその証人という対象を、性質という切り口で整理し直します。あわせて、前回までに見た証拠能力と証明力も一言だけおさらいしておきます。証拠として法廷に出せる資格が証拠能力、出た証拠をどれだけ信じるかが証明力でした。今日はこの手前で、証拠そのものをどう性質分けするかを見ていきます。まず、証拠方法と証拠資料という言葉です。証拠方法とは、証拠調べの対象となる人そのもの、物そのもの、つまり証人や、凶器のような物です。証拠資料とは、その証拠方法を取り調べた結果、実際に得られる中身、つまり証言の内容や、物の形状や成分です。裁判官が事実認定の材料にするのは、証拠資料の方です。

この証拠方法は、性質によって人的証拠と物的証拠に分かれます。人的証拠は、人の供述を証拠資料とするもので、人証と呼ばれます。物的証拠は、物の存在や状態を証拠資料とするもので、物証と呼ばれます。さらに、書面の記載内容を証拠資料とするものは書証と呼ばれます。証人尋問と書証の取調べで既に出てきています。証人を尋問で取り調べたのは、証人が人的証拠で、その場の供述そのものが証拠になるからでした。凶器を展示で取り調べたのは、物の存在や状態に証明力があるからでした。書証も物的証拠の一種ですが、証明力は紙に書かれた記載内容にあるので、朗読や要旨の告知で内容を耳に伝えたのです。あのとき見た取調べ方式の違いは、実は証拠の性質の違いに対応していたのです。ちなみに、裁判官が実際に心証を抱いたときの原因になった資料を証拠原因と呼びますが、これは名前だけ覚えておけば十分です。

供述証拠と非供述証拠——伝聞法則の入口

知覚記憶表現叙述の4段階に誤りが入りうる供述証拠と内容の真実性を問わない非供述証拠を同じメモの使い道の違いで示す板

ここからが今日の核です。冒頭のメモの話に戻ります。人が何かを事実として語るとき、頭の中では4つの段階を経ています。まず目や耳でその出来事を知覚する。次にそれを記憶にとどめる。そして記憶を言葉や動作に表現する。最後にそれを他人に叙述する。この4段階のどこにも、誤りが入り込む余地があります。見間違い、記憶違い、言い間違いや大げさな表現、意図的な嘘。だからこそ、誰かが語った内容が本当に正しいのか確かめるには、法廷で本人に問いただす、つまり反対尋問でテストする必要があります。事実の存否について、言葉や、言葉に代わる動作で表現された内容を、その表現どおりの事実があったかどうかを証明するために使う証拠、これが供述証拠です。それ以外の証拠が非供述証拠です。

冒頭のメモを、「メモを書いた人が本当にXが刺すところを見て、それが真実かどうか」、つまりXが本当に犯人かどうかを証明するために使うなら、書いた人の知覚・記憶・表現・叙述という4段階の正確さが問題になります。これは供述証拠です。ところが、同じ1枚のメモでも、筆跡が被害者本人のものかどうかを鑑定するためだけに使うなら、書いた人の記憶が正確だったかどうかは一切関係ありません。これは非供述証拠です。物の種類で決まるのではなく、使い道で決まる、というのが今日一番大事な核心です。人的証拠か物的証拠かという分け方とも、別の軸です。証人の証言でも、声の特徴を確かめるためだけに使うなら、非供述証拠になります。そして、供述証拠だけが特別扱いされる理由がここにあります。反対尋問という手段でテストしない限り、誤った事実認定を招く危険があるからです。だから、供述証拠は原則として、公判廷での尋問を経なければ証拠として使えません。これを定めているのが、次の条文です。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

これが伝聞法則です。公判の外で誰かが語った内容を書き取った書面や、又聞きの供述は、原則として証拠にできません。伝聞法則はどんな証拠に適用されるのか、という冒頭の問いの答えが、ここでつながります。伝聞法則が適用されるかどうかを決めるのは、今日見た供述証拠かどうかという分類そのものです。供述証拠にあたらなければ、そもそも伝聞法則を気にする必要がありません。この条文の中身自体は、また別の回で詳しく扱います。

直接証拠と間接証拠——推認の構造

直接証拠は主要事実に一直線で間接証拠は間接事実を経験則で結んで推認することを示す板

直接証拠のほうが強い証拠だと考えてしまうのが、最初のつまずきどころです。この分類は、証拠の強さの話ではありません。主要事実、つまり犯罪事実に、どういう道筋で届くかの違いです。犯罪事実の存在を、推論を挟まず、それを見聞きすればそのまま証明できる証拠を直接証拠と呼びます。被告人自身の自白や、犯行を目撃したという証言がこれにあたります。間接証拠は、犯罪事実そのものではなく、それ以外の事実、つまり間接事実を証明し、そこから経験則を介して犯罪事実の存在を推認させる証拠です。情況証拠とも呼ばれます。

防犯カメラの人物靴跡の一致自宅の盗品という3つの間接事実から経験則を介して犯人性を推認し1つでは別の説明が残るが積み重ねると狭まることを示す板

例で確認しましょう。ある強盗事件で、次の3つの証拠が出てきたとします。1つ目、犯行時刻の直前に、被告人によく似た人物が現場付近の防犯カメラに映っていた。2つ目、現場に残された靴跡が、被告人が普段履いている靴の靴底と一致していた。3つ目、被告人の自宅の部屋から、盗まれた品物が見つかった。まず、間接事実を1つずつ認定します。被告人に似た人物が現場付近にいた、靴底の模様が一致した、盗品が自宅にあった。それぞれの間接事実に対して、「通常であれば、こういうことが起きる」という経験則を当てはめます。犯行時刻に現場付近にいた人物は、犯行に関与している可能性が高い。犯行現場の靴跡と靴底が一致する人物は、その現場を歩いた可能性が高い。盗まれた直後の品物を自宅に保管している人物は、それを盗んだ本人である可能性が高い。この3つの経験則を積み重ねると、被告人が犯人であるという推認が、より強く支えられていきます。

1つの間接事実だけでは、別の説明の余地が残ります。似た人物が映っていただけなら、たまたま別人かもしれません。しかし、複数の間接事実が同じ結論を指し示すと、その別の説明の余地が狭くなっていきます。これが間接証拠による立証の特徴で、間接事実を積み上げて、主要事実を外側から囲い込んでいくような構造になります。直接証拠だから強い、とは限りません。直接証拠でも、目撃証言の信用性が低ければ弱い証拠になりますし、間接証拠でも、複数の間接事実が揃えば強い心証を形成できます。強さの問題ではなく、主要事実に届くまでの道筋の違い、と理解してください。答案を書くときは、間接事実を認定する、経験則を示す、その経験則を介して主要事実を推認する、という3段階を分けて書くのが型になります。情況証拠だけで有罪と言えるかどうかの限界は、また別の回で扱います。

実質証拠と補助証拠——弾劾・増強・回復

主要事実間接事実を証明する実質証拠と証明力を上げ下げする補助証拠が弾劾増強回復の3種に分かれることを示す板

続いて、実質証拠と補助証拠です。ここまで見てきた供述証拠や直接証拠は、主要事実や間接事実そのものを証明するために使われていました。つまり、事件の中身である主要事実や間接事実を証明する役目の証拠、これが実質証拠です。補助証拠は、実質証拠そのものではなく、実質証拠の証明力に影響を与える事実を証明するための証拠です。証明力に影響を与える事実のことを補助事実と呼びます。証拠として使えるかどうか、つまり証拠能力に関わる事実も、補助事実に含まれます。例で見ましょう。犯行時刻に犯人らしき人物を見たという証人の証言があるとします。この証言そのものは、犯罪事実を証明しようとしているので実質証拠です。ここで、被告人側が、この証人は事件の後、被告人との間で金銭トラブルになり、今は対立関係にあるという事実を持ち出したとします。

金銭トラブルがあったかどうかは、犯人が誰かとは別の話です。この事実は、犯行があったかどうかを直接証明するものではなく、その証人の証言をそのまま信じてよいのかどうか、証言の信用性を疑わせるために使われています。このように、他の証拠の証明力を引き下げるために使う証拠を、弾劾証拠と呼びます。弾劾証拠も補助証拠の一種です。証明力を上げる側の補助証拠もあります。別の証人が、その証言と同じ内容を裏づける供述をしたとします。この証言によって、最初の証言の信用性が高まるなら、これは証明力を引き上げる方向に働く証拠で、増強証拠と呼びます。さらに、一度弾劾された証言について、トラブルが起きるより前、事件の翌日に、すでに周囲へ同じ内容を話していた、という事実が示されればどうでしょう。トラブルの影響で話を作ったわけではないと分かり、下がった信用性が再び持ち直します。これを回復証拠と呼びます。

補助証拠は、他の証拠の証明力を下げる弾劾証拠、上げる増強証拠、下がった証明力を戻す回復証拠の3つに分かれます。弾劾証拠は、前回、厳格な証明と自由な証明の話の中で、328条の条文と一緒に出てきたものです。あれも、この補助証拠の一種だったわけです。328条でどんな証拠が使えるかは、別の回で詳しく扱います。今日は、実質証拠と補助証拠を分ける軸が、直接証明するのか、証明力を上げ下げするのかという違いであることだけ押さえてください。

立証の構造——一本道と積み上げ

主要事実へ直接証拠が一本道で結び間接証拠が経験則を介して積み上がり補助証拠が下から信用性を支える構造を示す板

ここまでの分類を、1つの図にまとめます。主要事実をゴールとして考えてください。直接証拠は、そのゴールに一本道で直結します。自白や目撃証言がこれです。一方、間接証拠は、間接事実を経由し、経験則という橋を渡って、主要事実を推認させます。1つの橋では心もとなくても、複数の橋を架ければ、ゴールへの道筋はより確かになります。そして、この一本道も、積み上げの道も、それぞれの証拠自体の信用性が揺らげば、道筋そのものが崩れます。そこを下から支えたり、逆に崩したりするのが補助証拠です。目撃証言という一本道であれば、その証言の信用性を弾劾証拠が崩そうとし、増強証拠や回復証拠がそれを支え直します。間接証拠の積み上げであれば、それぞれの間接事実を証明する証拠の信用性を、同じように補助証拠が上下させます。

分類は暗記のためのリストではなく、この立証の構造を理解するための地図だと考えてください。

録音・録画記録の使い分け——実質証拠と補助証拠の再確認

取調べの録音録画記録媒体が供述内容の証明では実質証拠取調べ状況の証明では補助証拠になることを示す板

最後に、供述証拠と非供述証拠のところで見た核心を、別の場面でもう一度確認します。取調べの様子を記録した録音・録画記録があるとします。この記録を、被告人が取調べでどう供述したか、つまり供述の内容そのもの、犯行の態様や故意の有無を証明するために使うなら、これは実質証拠です。供述内容の真実性が問題になるので、供述証拠としての性質も帯びます。ところが、同じ記録を、取調べの状況、つまり強要がなかったか、自白が任意にされたものかどうか、供述の信用性を判断するために使うなら、これは補助証拠です。冒頭のメモと、まったく同じ構造です。何を証明するために使うかを先に決めなければ、その証拠がどちらの性質を持つかは決まりません。実質証拠として使う場合に、伝聞法則がどう関わってくるかという証拠能力の中身は、また別の回で詳しく扱います。今日は、この使い分けの構造だけ押さえてください。

今日の地図(保存版)

何を証明するのかどういう道筋で証明するのかという1本の問いで全ての分類が決まることをまとめる板

今日のまとめです。証拠方法と証拠資料を分けたうえで、供述証拠と非供述証拠、直接証拠と間接証拠、実質証拠と補助証拠という3つの軸を見てきました。どれも、その証拠で何を証明するのか、どういう道筋で証明するのかという、1本の問いで決まっていました。同じ1枚のメモ、同じ1本の録画でも、使い道が変われば分類の答えは変わります。名前を1つずつ覚えるのではなく、問いを立てれば答えが出る、ということですね。この分類は、これから先の論点を考えるための地図になります。供述証拠にあたるかどうかは伝聞法則が適用されるかどうかを決めます。間接証拠だけで有罪と言えるかどうかには限界があります。弾劾証拠には条文上の使い方があります。録音・録画記録の証拠能力にも独自の論点があります。今日はその地図を手に入れたと考えてください。

ページ上部へ ↑

#100単独ページ動画

自由心証主義と証明の程度

第5章 証拠法 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

盗難バイクのハンドルから被告人の指紋が出たが被告人は一週間前に触ったと言うという導入板

前回の最後に、法廷に出た証拠を裁判官がどこまで自由に判断できるのか、どの程度まで証明されれば有罪と言えるのか、という問いが出ました。自由に判断できるなら、極端な話、裁判官が納得しさえすれば有罪にできるんですか。そこが、今日の入口です。1つ具体的な場面を出します。深夜のコンビニ強盗で、犯人は盗難バイクで逃げました。そのバイクのハンドルから、被告人の指紋が見つかりました。ところが被告人は、事件の1週間前に中古バイク店で見に行ったとき触った、と言っています。では、その可能性が残っている以上、有罪にしてはいけないのでしょうか。それとも、可能性が残っていても有罪にしてよいのでしょうか。

今日は、この線の引き方を作ります。裁判官は証拠の値打ちをどう決めるのか、そして、その評価がどこまで達すれば有罪にしてよいのか。この2つの問いを、1本の筋で通します。先に答えの形だけ言っておくと、可能性が残っているかどうかでは、線を引きません。

318条と法定証拠主義を捨てた理由

法律が証拠の値打ちを先に決める法定証拠主義と裁判官が個別に評価する自由心証主義を対比する板

最初に条文です。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

短い条文ですが、意味は重いです。証明力とは、法廷に出た証拠が、事実の存在をどれだけ推認させるか、その値打ちのことです。この値打ちを、法律が数値や形式で決めるのではなく、裁判官が個別の事件ごとに判断する。この原則を自由心証主義と呼びます。対になるのが、法定証拠主義です。特定の証拠があれば必ず有罪にしなければならない、特定の証拠がなければ有罪にできない、というように、証拠の値打ちを法律が先に決めてしまう方式です。極端な例を2つ考えてみます。まず、証人が2人そろえば事実は認定しなければならない、という決め方です。すると、口裏を合わせた2人組が現れたとき、裁判官が怪しいと感じていても、無実の人を有罪にせざるをえません。次に、自白があれば有罪にしなければならない、という決め方です。すると、自白さえ取れば有罪が決まりますから、自白を取るために取調べが行き過ぎます。実際に、自白を得るための拷問が行われた歴史があります。

採点でいえば、答案を読まずに、字数だけで点をつけるようなものです。個々の事件の具体的な事情に合わないし、不当な取調べも誘発します。そこで、人間の理性を信頼して、値打ちの判断を裁判官に委ねたのが、自由心証主義です。整理します。法定証拠主義は、法律が先に値打ちを決めるので、具体的な妥当性に欠け、自白偏重を生みました。自由心証主義は、裁判官が証拠の中身を見て決めます。これが318条です。

自由なのは証明力だけ——3つの軸を区別する

証明の方式と証拠の評価と証明の程度は別の軸であり証拠能力を通った証拠だけが評価の対象になることを示す表の板

条文をよく見てください。委ねられているのは、証明力です。証拠として法廷に出してよいかどうか、つまり証拠能力は、318条の対象ではありません。証拠能力は法が縛っています。違法に集めた証拠の排除、伝聞法則、自白法則、いずれも、裁判官が信用できると思うかどうかとは無関係に、使えないものは使えません。以前、証拠能力と証明力を区別しましたが、自由なのは、その証明力の側だけです。しかも、民事訴訟では、証拠能力の制限が刑事ほど厳しくありません。刑事は、資格は法が厳しく縛り、資格を通った証拠の評価だけを自由にする、という組み立てです。

あの、名前が似ていて混乱しているものがあります。前に出てきた自由な証明と、今日の自由心証主義は、同じものですか。別物です。ここで、3つの軸を並べます。1つ目は、証明の方式です。厳格な証明か自由な証明か。証拠に資格を求め、決まった手順で取り調べるかどうか、という問いです。2つ目は、証拠の評価です。これが自由心証主義で、取り調べた証拠をどれだけ信用するか、という問いです。3つ目は、証明の程度です。どこまで達すれば有罪にしてよいか、という問いで、これから見ます。方式、評価、到達点、ということです。そう整理してください。自由な証明は、どの証拠を、どう調べるかという方式の話です。自由心証主義は、評価の話です。同じ自由という言葉が入っていても、答えている問いが違います。

自由の限界と、それを支える仕組み

入場資格の証拠能力は法が縛り評価は論理則と経験則の内側で自由であり程度に届けば有罪になる流れと制限制度を示す図

自由には限界があります。自由心証は、論理則と経験則に従う、合理的な判断でなければなりません。論理則とは、筋道の通った推論のルールです。経験則とは、世の中の経験から導かれる、通常こうなるという法則です。恣意や偏見で決めることは許されません。理由づけが不合理なら、上訴審で是正されることになります。裁判官が暴走しないように、どんな仕組みがあるんですか。大きく4つあります。1つ目は、予断や偏見のおそれのある裁判官を、事件に関わる前に外す制度です。事件と一定の関係にある裁判官が当然に外れる除斥、検察官か被告人の申立てで外す忌避、裁判官自身が申し出て外れる回避の3つです。忌避は、弁護人も被告人のために申し立てられます。偏った目で証拠を見るおそれのある人を、そもそも評価の席に座らせません。2つ目は、起訴状一本主義です。起訴状に、予断を生じさせるおそれのある書類を添えず、その内容も引用させません。証拠を調べる前に検察官の見立てだけを読めば、評価を始める前に結論が傾くからです。3つ目は、先ほど見た証拠能力の制限です。そもそも危ない証拠を法廷に入れません。4つ目は、有罪判決に、罪となるべき事実と、どの証拠からそれを認めたかという証拠の標目を書かせ、それを上訴審で審査することです。書かせることで、理由の立たない認定は上から見抜かれます。1つ目と2つ目は、裁判所の仕組みの回と、起訴状の回で見た制度です。ここでは、自由心証の暴走を防ぐ役割を持つ、という位置づけだけ押さえてください。

当事者には、証拠の証明力を争う機会が与えられています。この機会を保障することも、評価の偏りを防ぐ担保の1つです。そして、この自由に、法が明文で枠をはめている例外が、あります。

条文刑事訴訟法第319条第2項

刑事訴訟法第319条第2項 被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。

自白の補強法則と呼ばれます。裁判官が、この自白は100パーセント本当だと信じたとしても、その自白しか証拠がなければ、有罪にできません。自白だけで有罪にできるなら、さきほどの自白偏重がそのまま戻り、自白を取るための無理な取調べを招くからです。証拠の値打ちの評価に、法が外から枠をはめているわけで、法定証拠主義の考え方が、ここに残っていると言えます。要件の詳しい中身は、別の回で扱います。今日は、自由心証主義の明文の例外である、という位置づけだけ覚えてください。

有罪に必要な程度——合理的な疑いを超える証明

抽象的な可能性にとどまる疑いと証拠に裏付けられた合理性のある疑いを盗難バイクの例で仕分ける板

ここから、3つ目の軸、どこまで達すれば有罪にしてよいか、に入ります。実は、刑事訴訟法には、この程度を定めた明文がありません。ただし、自然科学のような絶対の真実までは求められません。かといって、曖昧な心証のままの有罪も許されません。誤って刑罰を科すことを避けるためです。一般に、合理的な疑いを超える証明が必要だ、と説明されます。判例の言い回しに入る前に、1度立ち止まってください。被告人の、1週間前に触ったという言い分を、有罪を止める疑いとして残すべきか。答えは、その可能性に裏付けがあるかどうかで決まります。少し考えてから、続きを聞いてください。

では、その線を、最高裁がどう言っているか見ます。爆発物を郵送して、被害者らを負傷させたとされる事件で、犯人性、つまり被告人が犯人かどうかが、主に情況証拠で認定された事案の決定です。情況証拠とは、前回見た間接証拠のことです。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成19年10月16日

有罪認定に必要な立証の程度——合理的な疑いを差し挟む余地のない程度とは 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは,反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく,抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても,健全な社会常識に照らして,その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には,有罪認定を可能とする趣旨である。そして,このことは,直接証拠によって事実認定をすべき場合と,情況証拠によって事実認定をすべき場合とで,何ら異なるところはないというべきである。

3つのことを言っています。まず、有罪には、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要です。次に、それは、反対の事実が存在する疑いを全く残さない、という意味ではありません。そして、抽象的な可能性としての疑いが残っていても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断されるなら、有罪にできます。冒頭のバイクで、仕分けてみます。抽象的な可能性にとどまる疑いは、たとえば、誰かが後から被告人の指紋を付けたかもしれない、真犯人が被告人そっくりに変装していたかもしれない、というものです。具体的な裏付けが何もなく、およそありうる、という程度の疑いです。

合理性のある疑いとは、たとえば、中古バイク店の来客記録に、事件の1週間前の被告人の来店が残っている場合です。あるいは、事件の時刻に被告人は別の場所にいた、と第三者が具体的に証言している場合です。証拠に裏付けられていて、社会常識に照らして無視できません。このような疑いが残っているなら、有罪にしてはいけません。判断の軸は、可能性があるかどうかではありません。その疑いに合理性があるかどうかです。抽象的な可能性まで消せと言うと、誰かが指紋を付けたかもしれない、はどの事件でも言えますから、有罪は1件も出せなくなります。100パーセントを求めるものでもありませんし、確率90パーセントといった数字で線を引くものでもありません。

この決定自体が、情況証拠で犯人性を認定した事案で述べた言葉です。この点は、あとで使います。

民事の証明度との比較——なぜ刑事は合理的な疑いなのか

民事の高度の蓋然性と刑事の合理的な疑いを超える証明を誤りのコストの違いで対比する板

民事について、最高裁が、訴訟上の因果関係の立証を例に述べた言葉があります。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和50年10月24日

民事訴訟における因果関係の立証の程度 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである。

この言葉は、子どもが病院で腰に針を刺す処置を受けた直後に発作を起こし、重い後遺症が残った事件で、処置と発作の因果関係について述べたものです。医学では原因を言い切れなくても、全証拠を見て通常人が疑わない程度に確信できれば、因果関係を認めてよい、としました。刑事と、骨格がよく似ています。絶対の真実までは求めない。通常人が疑わない程度に確信できれば足りる。ここは共通です。違いは、間違えたときのコストです。民事で誤っても、財産上の負担の問題で済むことが多い。刑事で誤って有罪にすると、自由や、場合によっては生命を奪います。そこで、有罪の側に厳しく、合理性のある疑いを残さないことを求めます。しかも、その証明は検察官が負います。

英米では、民事は証拠の優越、つまり50パーセントを少しでも超えれば足り、刑事は合理的な疑いを超える証明を求めるので、段差がはっきりしています。これに対して、わが国の民事は、そこまで下げずに高度の蓋然性を求めていますから、刑事との段差がどれほどあるかは、学説や実務に議論があります。答案で押さえるのは、段差の大きさではなく、誤りのコストが重いから有罪の側に厳しく見る、という目的の違いです。

情況証拠だけで有罪にするとき

情況証拠の場合も立証の程度は同じで間接事実の中に犯人でないとしたら合理的に説明できない事実関係が含まれていることを確かめるという判示の構造を示す図

ここで1問です。前回、直接証拠と間接証拠を扱いました。間接証拠で犯人性を認めるとき、いくつかの事実から結論に至る道筋を、何と呼んだか覚えていますか?推認、でした。間接事実から、経験則を介して、主要事実を認める過程です。では、直接証拠がなく、情況証拠の積み上げだけで有罪にするとき、程度は変わるのでしょうか。先ほどの決定は、変わらないと言いました。ただ、それなら、何を確かめればよいのか。前回、間接証拠だけで有罪と言えるかには限界がある、と残した問いの答えがここにあります。この点について、最高裁が、殺人・放火事件で述べています。マンションの一室での母子殺害と放火の事件で、犯人性は情況証拠で認定されました。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成22年4月27日

情況証拠によって事実認定をすべき場合の判断 刑事裁判における有罪の認定に当たっては,合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要であるところ,情況証拠によって事実認定をすべき場合であっても,直接証拠によって事実認定をする場合と比べて立証の程度に差があるわけではないが……,直接証拠がないのであるから,情況証拠によって認められる間接事実中に,被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである。

2つのことを言っています。まず、情況証拠の場合でも、立証の程度に差はありません。次に、直接証拠がない以上、認められた間接事実の中に、被告人が犯人でないとしたら合理的に説明できない、少なくとも説明が極めて困難な事実関係が含まれていることが必要です。

倉庫放火の設例で靴跡と車と揉め事にはそれぞれ無害な説明が残り鍵を持つ者が限られる錠の事実は犯人でなければ説明しにくいことを仕分ける図

犯人だとすれば説明がつく、では足りないということですか。そこが分かれ目です。別の設例で確かめます。夜間の倉庫放火です。1つ目、倉庫の脇に被告人の靴跡が残っていた。2つ目、事件の夜、被告人の車が近くの駐車場に停まっていた。3つ目、被告人は倉庫の持ち主と揉めていた。犯人なら説明がつきます。ただ、それだけでは足りません。それぞれ、単独で見るとどうでしょう。靴跡は、通りがかっただけかもしれない。車は、近所に住んでいるからかもしれない。揉め事は、日常のトラブルかもしれない。それぞれ無害な説明が残っています。

確かめるべきは、犯人だとすれば説明がつくか、ではなく、犯人でないとしたら説明できるか、です。無害な説明がまだ残っていないかを、1つずつ潰していきます。すべてが、犯人だとすれば説明がつく、というだけなら、なお疑いが残っています。犯人でないとしたら説明できない事実の例を挙げます。倉庫の錠は壊されずに開けられていて、その鍵を持っていたのは持ち主と被告人の2人だけだった、しかも持ち主はその夜、遠くに出かけていた、という事実です。通りがかった、近所に住んでいる、という無害な説明では、錠が開いていたことを説明できません。こういう事実が間接事実の中に含まれているかどうかが、積み上げが有罪の線に届くかどうかの分かれ目になります。

吸い殻の唾液のDNA型の一致に被告人以外の者が捨てた可能性という疑問が残り他の間接事実の推認力も乏しいとして破棄差戻しとなった結論と同じ基準の当てはめという位置づけを示す板

最高裁は、犯人性の推認の中心になった、たばこの吸い殻に付着した唾液のDNA型が被告人と一致した点について、被告人以外の人が捨てた可能性という疑問が解明されていないとしました。動機や、携帯電話の電源を切ったことなどの事実も、積極的に犯行を推認させる力は乏しいとしました。結局、犯人でないとしたら合理的に説明できない事実関係が含まれているとは認められないとして、控訴審と第1審の有罪判決をどちらも破棄し、第1審の裁判所に差し戻しました。情況証拠のときに、立証の程度が上がるわけではありません。判決自身が、立証の程度に差はないと述べて、先ほどの爆発物の事件の決定を引いています。つまり、新しい基準を作ったのではなく、同じ基準を、間接事実の積み上げに当てはめるときの、見るべき視点を示したものです。直接証拠の場合も、確かめる中身は、疑いに合理性があるかどうかで同じです。ただ、情況証拠だけのときは、その疑いの有無を、間接事実の中に、犯人でなければ説明できない事実関係があるかどうかを見ることで確かめる、ということです。

犯人でないとしたら、と仮定すると、無害な説明が立つかどうかが試されます。靴跡や車のように無害な説明が立つ事実だけなら、その説明は、通り道だった、近所に住んでいる、という具体的な事情に支えられた疑い、つまり合理性のある疑いとして残ります。錠の事実のように、犯人でないとすると説明が立たない事実があれば、残るのは、誰かが合鍵を作ったかもしれない、といった裏付けのない抽象的な可能性だけです。それは、爆発物の事件の決定が、有罪を妨げないと言った疑いでした。だから、この確かめ方は、同じ基準の当てはめなのです。

今日の地図(保存版)

自由の中身と自由の限界と有罪の程度と情況証拠の確かめ方を1本の問いで回収するまとめの板

今日のまとめです。318条は、証拠の証明力の評価を裁判官の自由な判断に委ねます。法定証拠主義の、具体的妥当性の欠如と自白偏重の反省から選ばれた方式です。ただし、自由なのは証明力だけで、証拠能力は法が縛ります。自由は、論理則と経験則の内側にあり、制度に支えられ、自白の補強法則が明文の例外になっています。それで、有罪にできる程度は、合理的な疑いを差し挟む余地がない程度でしたね。疑いを全く残さないことではなく、抽象的な可能性としての疑いは残っていても、健全な社会常識に照らして合理性がなければ、有罪にできます。直接証拠でも情況証拠でも、程度は同じです。情況証拠だけのときは、犯人でないとしたら合理的に説明できない事実関係が含まれているかを、確かめます。証拠の評価、証明の方式、証明の程度、この3つの軸を混ぜないことも、忘れないでください。

有罪とも無罪とも決めきれない、真偽不明のとき、裁判所はどう判断するのか。誰が何を証明しなければならないのか、そして、疑わしきは被告人の利益に、という原則がどう働くのかを見ていきます。

ページ上部へ ↑

#101単独ページ動画

挙証責任と無罪推定

第5章 証拠法 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

深夜の路上でAとBがCを殴りBが財布を奪ったがAが事前に奪う相談をしていたかは証拠を尽くしても決まらないという導入板

具体的な場面で考えます。深夜の路上で、AとBが、Cを殴りました。Aが殴ったことは、防犯カメラの映像で確実です。ところが、Bは殴っている最中にCの財布を奪いました。検察官は、AとBが事前に財布を奪う相談をしていた、つまり強盗の共謀があったとして、Aを強盗で起訴しました。Aは、殴る相談しかしていない、と言っています。Bの証言はAの言い分と食い違い、客観的な証拠もどちらとも読めます。検察官の側も弁護人の側も、証拠を出し尽くしました。それでも、奪う相談があったのかどうかは、決められません。それなら、分からないから判決できません、とはならないんですか。なりません。裁判所は、証拠が足りないと感じても、必ず有罪か無罪かのどちらかに決着させなければなりません。決めきれないまま裁判を終えることはできないのです。今日は、その決着のルールを作ります。ここで、Aは強盗で有罪になるのか、傷害にとどまるのか、少しだけ頭の片隅に置いておいてください。

証明の程度と証明責任は別の問い

証明の程度はどこまで確信すれば有罪か証明責任は届かなかったとき誰が負けるかという2つの問いを並べ真偽不明の三つの帰結を示す板

似ていますが、答えている問いが違います。前回の問いは、どこまで確信すれば有罪と言えるか、でした。これが、証明の程度です。今回の問いは、その確信に届かなかったとき、誰の負けにするか、です。これが、証明責任です。試合にたとえると、何点取れば勝ちかを決めるのが程度、同点のとき勝ちを誰に与えるかを試合の前に決めておくのが責任です。引き分けのない試合では、後者のルールがないと決着がつきません。決めきれない状態にも、名前があるんですか。あります。真偽不明、あるいはノン・リケットと呼びます。証拠を調べ尽くしても、その事実があったのか、なかったのかが決まらない状態です。事実があったと分かれば有罪、なかったと分かれば無罪です。問題は、真偽不明のときで、このとき、証明責任を負う側に不利な判断をします。冒頭の設例なら、奪う相談があったかどうかが真偽不明で、その不利益を誰かが負う、ということです。

責任と言っても、ただ証拠を出す負担のことではないんですか。そこは、2つの意味を分けておく必要があります。1つ目は、実質的挙証責任です。真偽不明のとき、不利益な判断を受ける地位のことで、いわば勝敗のルールです。2つ目は、形式的挙証責任です。その不利益を避けるために、証拠を出して立証していく負担のことで、こちらは立証の活動です。単に証明責任と言えば、前者を指します。なお、証明責任と挙証責任は、同じものを指す言い方です。無罪推定の回で名前だけ出た挙証責任の中身が、この2つの意味です。どちらが負うかは、事件ごとに、その場の雰囲気で決まるんですか。違います。事実の種類ごとに、あらかじめ法によって決まっています。裁判官が、その事件で決着をつけやすい側に負わせる、というものではありません。刑事では、実質的挙証責任は原則として検察官が負います。ここから、その理由を見ていきます。

利益原則と336条——なぜ検察官が負うのか

真偽不明の不利益を検察官が負う利益原則と刑訴336条後段の関係および誤判の害を1人に集中させるか社会に分散させるかを対比する板

真偽不明の不利益を検察官が負う、という原則を、利益原則と呼びます。疑わしきは被告人の利益に、という標語のことです。条文の手がかりは、336条です。

条文刑事訴訟法第336条

刑事訴訟法第336条 被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。

前段は、起訴された事実がそもそも法律上の犯罪にならない場合です。利益原則に関わるのは後段で、犯罪の証明がないときは、無罪にしなければならない、と定めています。証明がなければ、有罪の側に倒さず、無罪の側に倒す。真偽不明のときの決着のルールが、条文で書かれています。あのとき、無罪推定の第2の意義は、事実がはっきりしないとき、被告人に不利益な事実は認定されない、というものでした。今日扱う利益原則は、その第2の意義の、証拠法の側の中身です。つまり、不利益な事実が認定されない、とはどういう仕組みか、というと、真偽不明の不利益を検察官が負う、ということです。

最高裁は、この原則を刑事裁判における鉄則と呼んでいます。ただ、この言葉が出てきたのは、再審を開始するかどうかの判断の場面です。

判例最高裁判所第一小法廷決定・昭和50年5月20日

再審開始の判断における「疑わしいときは被告人の利益に」という鉄則 再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

この決定は、再審の開始の判断で、この鉄則が働くと述べたものです。再審での意味の詳しい中身は、再審を扱う回に送ります。ここでは、最高裁が、疑わしいときは被告人の利益に、という原則を、刑事裁判の鉄則と位置づけている、という点だけ押さえてください。なぜ、真偽不明の損を検察官に置くんですか。被告人に置いても、理屈の上では同じ勝負ではないですか。そこが、この原則の根っこです。裁判は人間がやる以上、間違いが起こりえます。間違いは2種類あります。無実の人を有罪にしてしまう間違いと、真犯人を無罪にしてしまう間違いです。無実の人を有罪にすれば、その人ただ1人に、自由や、ときには生命まで奪う重い害が集中します。真犯人を誤って無罪にした場合の害は、社会の側が広く薄く受けとめることになります。

害が避けられないなら、1人に集中させるより、社会に分散させたほうが、個々人の権利をよく守れます。だから、真偽不明のときは、有罪の側ではなく、無罪の側に倒し、その不利益は、国家権力を持つ検察官に負わせるのです。

設例に戻る——真偽不明のとき、どう裁くか

強盗の共謀が真偽不明のとき共謀はなかったものとして扱いAは自己の暴行の限度で罪責を負うことを関係図で示す板

では、冒頭に戻ります。検察官は、AとBの間に強盗の共謀があったと主張しました。Aは、なかったと主張しました。どちらの証拠もそろい、どちらとも決められません。この共謀の存在は、Aを強盗で有罪にするための事実ですから、その真偽不明の不利益は、検察官が負います。共謀があったとは認定できませんから、共謀は、なかったものとして裁きます。ここで、共謀の役割を思い出してください。事前に相談して合意していれば、相手が実行した部分も、自分がおこなったものとして責任を負います。刑法の回で見た、一部実行の全部責任です。Bの財布の奪取をAの罪にできる理由は、この共謀しかありません。その共謀がなかったものとして扱う以上、AがBの財布の奪取まで責任を負う根拠がありません。Aは、自分が実際におこなった暴行の限度、つまり傷害の限度で罪責を負います。

共謀がなかった、と証明されたわけではないのに、なかったことにしていいんですか。そこが、この原則の働き方です。共謀がなかったと積極的に認定するのではありません。あったと認定できない、という状態のまま、不利益な事実は、なかったものとして扱うのです。あったかどうかは、分からないままです。それでも、分からないことの損は、検察官が引き受けます。AかBか、どちらかは確かに強盗の共謀だ、というような場合は、どうなりますか。それは、択一的認定という別の問題です。ここで扱っているのは、共謀があったかなかったかの2つのうち、どちらとも決まらないという場合だけです。択一的認定は、別の回で扱います。

適用範囲——実体法上の事実と、違法性阻却・責任

構成要件該当事実と刑の加重減免事由は検察官が負い正当防衛など違法性阻却や責任阻却の不存在も検察官が負い被告人は争点形成責任のみ負うことを整理する板

利益原則が、どこまで及ぶのかを見ます。基本は、刑罰権を発動できるか、その範囲がどこまでかに関わる事実です。構成要件に該当する事実、つまり行為、結果、因果関係、故意などが真偽不明なら、その不利益は検察官が負い、無罪か、より軽い罪になります。処罰の範囲を広げる加重や、減らす減免の事由も、同じ枠組みで考えます。なお、量刑の情状事実の証明責任は、量刑の回で扱います。そこで、1度立ち止まってください。被告人が、先に襲われて身を守っただけだ、と言っています。証拠を尽くしても、その真偽が決められません。この場合、裁判所は、正当防衛を認めるべきか、認めるべきでないか。少し考えてから、続きを聞いてください。

主張した側が証明する、という発想には理由があります。ただ、答えは、正当防衛でない、と検察官が言い切れなければ、正当防衛を否定できず、無罪の方向になります。犯罪が成立するとは、構成要件に該当し、違法で、有責であることです。正当防衛でないこと、心神喪失でないことも、犯罪成立の一部です。すると、理屈の上では、これらの不存在も、検察官が証明することになります。あらゆる阻却事由の不存在を、検察官に最初から潰させると、訴訟が著しく遅れます。そこで、通説的な理解は、こう分担します。被告人に求められるのは、争点を形成する責任にとどまります。つまり、正当防衛だった、と主張して、争点にするところまでです。スイッチを入れる役です。いったん争点になれば、その存在が真偽不明のとき、負けるのは検察官です。かつては、被告人が証明責任を負うとする見解もありましたが、今は一般的ではありません。争点形成のときに、主張だけでよいか、証拠の提出まで要るかは、説が分かれますが、最終的な責任は検察官にある、という点は共通です。

争点になった正当防衛と心神耗弱の疑いが残ったとき検察官が負けて無罪の方向や刑の減軽になることを整理する板

負けの責任を負うのではなく、争点にする義務にすぎません。次に、責任の側の条文を見ます。

条文刑法第39条

刑法第39条 心神喪失者の行為は、罰しない。 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

刑法の回で見たとおり、精神の障害で、違法だと分かる力か、自分を抑える力が、まったく無いのが心神喪失、著しく弱まっているのが心神耗弱です。心神耗弱かどうかが争点になり、その疑いを払拭できないとします。すると、心神喪失とまでは認められないけれど、心神耗弱の疑いが残ることになり、裁判所は、心神耗弱と認定します。検察官が、完全な責任能力があったと言い切れなかった不利益は、検察官に落ちます。結果として、その刑は減軽されます。型は同じです。検察官が、正当防衛でないと、言い切れなかった。だから、正当防衛の疑いは残り、無罪の方向に倒れます。

適用範囲——訴訟法上の事実と、誰が負けるか一覧

実体法上の事実と違法性阻却と責任と訴訟法上の事実と訴訟条件と転換規定の各場面で誰が真偽不明の不利益を負うかを一覧にした表の板

原則は、その事実の存在を主張する当事者が負います。その事実によって手続上の効果を求めているのは、その当事者だからです。たとえば、検察官が自白調書を証拠として出したとき、その自白が任意になされたことは、検察官が示さなければなりません。一方、弁護人が出した証拠の証拠能力は、弁護人が負います。訴訟条件とは、公訴を有効に進めるための条件で、たとえば、親告罪の告訴があります。これも、先ほどの考え方の当てはめです。有罪か無罪かの審判を始めてほしい、続けてほしいと求めているのは、起訴した検察官です。訴訟条件は、その求めが通るための条件ですから、効果を求める検察官が負う側に立ちます。しかも、訴訟条件は、国家が刑罰権を実現できるかどうかに関わる事項です。そのため、検察官が負うと考えられています。告訴があったかどうかが真偽不明なら、検察官の不利益になり、公訴を棄却する方向に倒れます。

自由な証明とは、別の軸の話です。自由な証明は、何で証明してよいかという、方式の問いでした。しかもその回では、訴訟法上の事実でも、今の例に出た自白の任意性や、訴訟条件は、厳格な証明を求める扱いが有力だ、と見ました。方式が厳格か自由かは、そこで決まる話です。今日の問いは、真偽不明のときに誰が負けるかという、責任の問いです。方式がどちらでも、責任の所在は、それとは別に決まります。ここで、今日の原則を、表で1度整理します。構成要件に該当する事実は、検察官が負います。違法性阻却や責任の不存在も、負けるのは検察官で、被告人は争点形成責任を負うだけです。訴訟法上の事実は、主張した当事者が負い、訴訟条件は検察官が負います。そして、例外として、法律が被告人に負わせる場面があります。ここからが、後半です。

法律上の推定——反証の責任を被告人に負わせる

前提事実が証明されれば推定事実があるものと認められ被告人が反証を出さない限り推定が維持される法律上の推定の流れを事実上の推定と対比する図

ここで1問です。証拠の分類の回で、間接事実から、経験則を使って主要事実を認めていく推認を扱いました。そこで挙げた盗品の例を、思い出せますか?盗まれた直後の品物が自宅にあったから、それを盗んだ本人だろう、という推認でした。このように、経験則にもとづいて自由心証の中で事実を推認することを、事実上の推定と呼びます。これに対して、法律の規定があって成り立つ推定を、法律上の推定と呼びます。前提事実が証明されると、法律の効力で、推定事実があるものと扱われます。麻薬特例法の14条が、その例です。

条文国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律第14条

麻薬特例法第14条 第五条の罪に係る薬物犯罪収益については、同条各号に掲げる行為を業とした期間内に犯人が取得した財産であって、その価額が当該期間内における犯人の稼働の状況又は法令に基づく給付の受給の状況に照らし不相当に高額であると認められるものは、当該罪に係る薬物犯罪収益と推定する。

3つの前提事実が読み取れます。1つ目、5条の罪、つまり規制薬物の輸入などを、くり返し続けるつもりで行う、業とする罪が行われたこと。次に2つ目、その業とした期間内に、犯人が取得した財産であること。3つ目、その財産の価額が、期間内の犯人の稼働の状況などに照らして、不相当に高額であること。以上の3つが証明されれば、その財産は、薬物犯罪収益と推定されます。身近なたとえで言います。薬物の密輸をくり返していた人がいます。その数年のあいだに、月収20万円のはずなのに、数千万円分の財産を次々に取得していました。どこから得たのかを、何も示せません。3つの前提事実がそろった状態です。財産の出どころの記録が残っていなくても、稼ぎに見合わない財産が現れた、という事実から、出どころを推定するわけです。この推定を破るには、被告人の側が、その財産は薬物犯罪収益ではない、と立証しなければなりません。たとえば、親から相続した記録を出す、といった形です。

法律上の推定が許される条件として推認の合理性と反証が困難でないことと出せる反証が出ないことも証拠評価の一要素になることを順に示し利益原則との調和を説明する図

待ってください。それは、真偽不明の不利益を、被告人に負わせることになりませんか。利益原則に反しませんか。そこが、この論点の中心です。反証の責任を被告人に負わせる推定は、利益原則と衝突しかねません。そこで、許される条件が考えられています。1つ目は、前提事実から推定事実を推認することが、合理的であること。稼ぎに見合わない財産があれば、出どころを疑うのは、経験則に照らして自然です。そして2つ目は、被告人が、推認を破る証拠、つまり推定事実が存在しないことを示す証拠を出すのが、困難でないこと。財産の出どころは、その本人が一番よく知っています。

出せるはずの反証が出てこない、という点も証拠評価の一要素にして、裁判所が推定事実を認める。そう理解すると、推定は、裁判所が証拠を合わせて事実を認めるときの、材料の1つになります。前提事実に加えて、出せるはずの反証が出ない、という事実もあるから、推定事実があると認める。真偽不明のまま被告人の負けにするのではなく、証拠に支えられた認定だ、と説明できます。そう理解することで、利益原則との調和をとります。ほかにも、公害犯罪処罰法5条に、工場の排出と、公衆の生命や身体の危険との因果関係を推定する規定があります。型は同じです。

証明責任の転換規定

名誉毀損の真実性の証明を被告人が負う刑法230条の2と同時傷害の特例の刑法207条を並べ推定の形をとらず端的に被告人に証明責任を負わせる転換規定を示す板

推定という形をとらず、端的に、被告人に証明責任を負わせる規定もあります。証明責任の転換規定です。1つ目は、名誉毀損の真実性の証明です。

条文刑法第230条の2第1項

刑法第230条の2第1項 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

摘示した事実が、公共の利害に関する事実に係り、目的が専ら公益を図ることにあったと認められるとき、真実であることの証明があれば、罰しません。この真実性の証明は、被告人が負います。真実かどうかが真偽不明なら、被告人は、名誉毀損罪で処罰されます。2項と3項には特則がありますが、ここでは触れません。刑法の回では、条文が、証明があったことそのものを罰しない条件にしている、という形から、この向きを説明しました。免責の構造や、真実だと誤信した場合の扱いも、刑法の回で見たとおりです。今日は、この向きがなぜ許されるのかを、後で証明責任の側から見直します。

同時傷害の特例と呼ばれる、刑法207条です。

条文刑法第207条

刑法第207条 二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による。

冒頭の設例に、少し形を変えて当てはめます。AとBが、意思を通じないまま、別々に、同じ場所で、Cを殴りました。Cは傷害を負いましたが、どちらの殴打が傷害を生じさせたのか分かりません。本来は、Aの暴行がCの傷害を生じさせた、と検察官が証明しなければ、Aは傷害罪になりません。しかし、207条があると、意思の連絡がなくても、共犯の例によって、つまり共犯者と同じように、責任を負わせます。ただし、無条件ではありません。この特例が、証明責任の転換規定だと言われる理由が、最高裁の判断に出ています。

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成28年3月24日

同時傷害の特例(刑法207条)の適用の前提と、被告人側の立証 しかし,同時傷害の特例を定めた刑法207条は,二人以上が暴行を加えた事案においては,生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み,共犯関係が立証されない場合であっても,例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として,検察官は,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会に行われたものであることの証明を要するというべきであり,その証明がされた場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れないというべきである。

判旨は、2段に分かれています。まず、検察官が前提として証明することです。各暴行が、その傷害を生じさせうる危険性を持つこと。そして、各暴行が、外形的には共同実行に等しいと評価できる状況で、つまり同一の機会に行われたこと。この2つを、検察官が証明しなければなりません。次に、その証明がされたら、各行為者は、自分の暴行がその傷害を生じさせていないことを、自分で立証しない限り、傷害の責任を免れません。傷害と自分の暴行の因果関係が真偽不明なら、被告人の不利益になります。丸ごと被告人に負わせるのではありません。同一の機会の暴行だという前提までは、検察官が証明する。そのうえで、因果関係の部分だけを被告人側に転換しています。刑法の回では、207条は推定にとどまるから、被告人が因果関係の無いことを証明すれば責任を免れる、と見ました。共同正犯と比べて、反証の道が開いている、という意味でした。今日の分類でいう法律上の推定とは、別の話です。今日の目で見ると、その証明ができず真偽不明に終われば、被告人の負けです。真偽不明の不利益を被告人に移している。この点で、証明責任の転換規定に分類されます。傷害致死への適用は、刑法の回で見たとおり、実体法の論点です。

転換規定はなぜ許されるのか

転換規定の許容性を推認の合理性と資料が被告人側にあることと転換部分を除いても可罰性があることの3つの要素で検討する板と同時傷害の特例への当てはめ

証明責任を被告人に移す規定が適正手続に反しないかは、大事な問いです。無制限には許されず、実質的な合理性が必要だと解されています。まず、なぜ転換規定のほうが問題が大きいのか。先ほどの推定は、出せるはずの反証が出ないという事実も材料にして、裁判所が事実を認める仕組みでした。転換規定は違います。被告人が証明しきれず、真偽不明に終われば、それだけで被告人の負けです。真偽不明の不利益そのものを被告人に移すので、利益原則と正面からぶつかります。そこで学説は、法律上の推定より問題が大きいとして、3つの要素を考慮して許容性を判断すべきだ、としています。ここは論文でも論点になりうるところです。1つ目は、検察官が証明した事実から、被告人側の立証事項が推し量れるか、その推し量りに無理がないか。推認が合理的なら、被告人に負わせても、誤った有罪が生まれる危険は小さくなります。2つ目は、その事実を証明する資料が、通常は被告人の側にあるかどうか。手元に資料があるなら、証明を求めても無理を強いることになりません。3つ目は、被告人が証明責任を負う部分を除いても、なお、犯罪として相当の可罰性があるかどうか。そうであれば、転換した部分で被告人が負けても、罰に値しない人を罰することにはなりません。

許される条件の3つの要素を、同時傷害の特例に当てはめます。1つ目、同一の機会に、傷害を生じさせうる暴行が行われたなら、誰かの暴行が傷害を生じさせた蓋然性は高く、推認は合理的です。2つ目、自分の暴行が傷害を生じさせたかどうかは、殴った本人が、一番よく分かる資料を持っています。3つ目、因果関係の部分を外しても、それぞれの暴行は、暴行罪として処罰に値します。名誉毀損の真実性も、2つ目と3つ目の要素は、同じ形で考えられます。事実の資料は、表現をした側にあります。真実性の部分を外しても、名誉を傷つける外形は残ります。

違います。これは、3つの要素を使った、考え方の練習です。なぜ被告人に負わせてよいのか、という論拠を、要素に沿って組み立てる。その型が、答案では役に立ちます。

今日の地図(保存版)

証明の程度と責任の区別と検察官が負う原則とその範囲と法律上の推定と転換規定の許容条件を1枚で回収するまとめの板

今日のまとめです。証明の程度は、どこまで確信すれば有罪か、証明責任は、届かなかったとき誰が負けるか、という別の問いです。刑事では、真偽不明の不利益を、検察官が負います。これが利益原則で、条文は336条後段です。理由は、誤判の害を、無実の1人に集中させず、社会に分散させることにあります。構成要件に該当する事実に加えて、違法性阻却や責任阻却の不存在にも及びます。被告人が負うのは争点形成責任にとどまり、心神耗弱の疑いが払拭できなければ、心神耗弱と認定します。訴訟法上の事実は主張者が、訴訟条件は検察官が負います。例外は、法律上の推定と転換規定です。前者は、推認の合理性と、反証を出すのが困難でないこと、後者は、推認の合理性、資料が被告人側にあること、転換部分を除いても可罰性があること、が許される条件です。

今日は、事実が決まらなかったとき、誰が負けるかというルールを見ました。そもそも、その証拠は、事実の認定に使ってよいのか。証拠に関連性がなければ、法廷で検討することすらできません。その関連性とは何か、を見ていきます。

ページ上部へ ↑

#102単独ページ動画

証拠の関連性

第5章 証拠法 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

夜の路上の傷害事件で犯人がAかどうかが争われ検察官がAは昔から乱暴者だという近所の証言を請求するがそれは受け付けられないという導入板

具体的な場面で考えます。夜の路上で、Cが殴られて怪我をしました。犯人がAかどうかが争われています。検察官が、近所の人を証人に呼んで、こう証言させようとします。Aは昔から乱暴者だし、すぐ手が出る人だ、と。ところが、裁判所は、この証言を法廷で取り調べること自体を認めないのが原則です。役に立ちそうなのに、見ることさえ許されない。今日は、その理由を作ります。証拠を事実の認定に使うための、最初の関門、関連性です。今日は関連性そのものを扱います。次の2回で、先ほどの乱暴者だという証言のような、悪性格の証拠を扱います。

証拠能力を決める観点のなかの関連性

証拠能力を判断する観点として関連性と証拠禁止があり両者は併存すること伝聞法則は個別規定に基づく別の関門であることを整理する板

証拠能力とは、証拠が法廷で取り調べられるために、法律上必要とされる資格でした。その有無を考える観点には、大きく分けて、関連性と証拠禁止があります。今日の主題は、関連性のほうです。手続の違反など、事実の認定とは別の利益を守るために、その証拠を使わせない、という観点です。違法な捜索で集めた証拠を排除する、違法収集証拠の排除が代表です。これは別の回で扱います。2つの観点は、どちらかを満たせばいいのでしょうか。違います。排斥し合いません。関連性が認められても、証拠禁止で排除されることがあります。逆もあります。どちらか一方でも欠けば、証拠能力は否定される可能性があります。なお、伝聞法則は、この2つとは別の、個別の規定に基づく関門です。これも、別の回で扱います。

関連性とは何か——要証事実を推認できるか

証拠から間接事実を経て経験則により要証事実へ至る推認の道筋を示し道が切れる場合を予告する図

まず、証拠裁判主義の回で見た条文を、もう1度確認します。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

事実の認定は、証拠によらなければなりません。では、どんなものが、ここでいう証拠になれるのか。その最初の条件が、関連性です。関連性とは、その証拠が、要証事実を推認させるだけの証明力を持つか、という問題です。ここでいう証明力は、証拠裁判主義の回で見た、法廷に出た後の信用性の程度の評価とは、段階が違います。法廷に入れる前に、要証事実へのつながりが最低限あるかを見る、入口の問いです。要証事実とは、その証拠で証明しようとしている事実のことです。判決のために証明が必要な事実、と言ってもかまいません。傷害の事件なら、Aが殴ったこと、つまり犯人性が、その代表です。犯罪事実そのものだけでなく、そこへつながる間接事実も、要証事実になりえます。

間接証拠は、間接事実を証明し、経験則を介して、犯罪事実を推認するのでした。経験則とは、世の中の経験から導かれる、ものごとのつながりの法則です。論理則は、自由心証の回で見た、筋道の通った推論のルールです。互いに矛盾する2つの事実を、両方とも認めてはいけない、といった決まりです。関連性は、この道が、証拠から要証事実まで、つながっているかを問います。この道で、どれだけ強く要証事実を推せるか、その強さを、推認力と呼びます。道が途切れていれば、その証拠からは、要証事実を推認できません。判断に役立たないので、証拠能力がありません。317条にいう証拠とは言えない、という文脈で検討されます。

自然的関連性——そもそも役に立たない

占いの結果や事件の傷と合わない工具など要証事実の可能性が少しも上がらない証拠を示し必要最小限の証明力さえないという自然的関連性の板

道が、まったくつながらない場合を、自然的関連性がない、と言います。必要最小限の証明力さえないので、証拠能力を否定します。必要最小限の証明力とは、要証事実の可能性が、少しでも上がること、と考えてください。例を2つ出します。1つ目。傷害事件で、被告人が占いをしたところ、火の相が出た、という結果を、犯人性の証拠として請求します。占いの結果は、被告人が殴ったかどうかの可能性を、少しも上げません。2つ目は、傷の形から、細い棒状の凶器が使われたと分かっているのに、全く形の合わない大きな工具を、被告人の持ち物として請求する場合です。その工具が被告人のものでも、この傷とは結びつきません。もう1つ、単なる噂や個人的な意見も、要証事実を推認させる力がなく、この場面に入ります。

法律的関連性——役に立つのに排除される

冒頭の乱暴者の証言を例に自然的関連性と法律的関連性の違いを役に立たないものと役に立つ気がするが判断を誤らせるものとして対比する表の板

ここで、1度立ち止まってください。冒頭の、Aは乱暴者だという証言は、一見すると、Aが犯人だと考える手がかりになりそうです。それでも、裁判所が受け付けないのはなぜか。少し考えてから、続きを聞いてください。乱暴な性格の人は、やりかねない。この推論には、多少の力があります。証明力は、ゼロではありません。ただし、裁判官が、この人ならやる、と過大に評価して、結論を先取りしてしまう危険が大きいのです。一度耳に入った印象は、あとから割り引こうとしても、消しきれないからです。これが、法律的関連性がない場合です。必要最小限度の証明力はあるけれど、その評価を誤らせる、事実を誤って認定させるおそれがあるとき、証拠能力を否定します。

証明力があるのに排除するのは、一見すると矛盾に見えます。しかし、役に立つ分より、判断を誤らせるコストのほうが大きいから、と考えます。料理にたとえます。濃い味付けをすると、素材の味が分からなくなりますよね。少し役に立つ情報が、強い印象で、他の証拠の見え方を塗りつぶしてしまうのです。自然的関連性は、役に立たない。法律的関連性は、役に立つ気がするが、判断を誤らせる。この違いです。

2つの区別の意味

自然的と法律的の区別はどちらも推認力の強弱を問う点で共通し関連性に一元化して推認力と弊害を衡量する見解もあることを示す板

2つの関連性は、全く別のものですか。違います。どちらも、要証事実に対する推認力の強弱を問う点で共通しています。事実誤認をもたらすおそれがある、というのは、推認力が弱い、と評価することもできます。乱暴者の証言で言えば、この人ならやる、という印象の強さほどには、今回殴ったことを推す力はありません。見かけの力と実際の推認力との差が、誤りのもとなのです。そこで、2つを区別せず、関連性に一元化する見解も有力です。推せる力があるか、あるならどれほどか。誤認を招く危険があるか、あるならどれほどか。この2つを比べて、証拠能力を判断します。

答案では、自然的と法律的という2つの言葉で書けば足ります。一元化の見解で書いても、誤りではありません。どちらで書いても、推認力と弊害を比べるという中身は同じで、違うのは呼び名だけです。

関連性の判断の視点——要証事実で結論が変わる

髪を切った事実から犯人性の要証事実には実線で結ばれ無関係な事実には断線となる証拠と要証事実の関係図

ここで、1問です。証拠の分類の回で、間接事実から犯罪事実を認めるとき、その間をつなぐものは何でしたか?経験則でした。それが、推論構造の話につながります。関連性の有無は、3つの視点で判断します。1つ目は、この証拠から要証事実までを、どんな経験則や論理則でつなぐのか、という推論構造です。2つ目は、そのつなぎ方で、どれくらい強く推せるのか、という推認力の程度です。3つ目は、そのつなぎ方が、裁判官に偏見や誤導を生まないか、です。そして、1つ目と2つ目を、3つ目と衡量します。ここは、論文でも論点になりうるところです。

Cを殴った犯人は、長い髪だったと目撃されています。被告人Aが、事件の翌日に、髪を短く切った、という事実があります。これを、犯人性の要証事実に使うとします。1つ目の推論構造は、外見の特徴を隠そうとした、だから犯人ではないか、という道です。2つ目の推認力は、髪を切る理由はほかにもあるので決定的ではありませんが、ゼロでもない程度です。3つ目の偏見の危険は、乱暴者だという証言と違って、人柄の印象で判断を塗りつぶすものではありません。力が危険を上回るので、関連性があります。同じ事実でも、結論が変わることはあります。同じ髪を切った事実を、たとえば、事件と関係のない事実、被告人が店で口論した事実の証明に使ったらどうか。つながる道がありません。関連性がありません。要証事実が変われば、関連性の答えも変わるのです。

立証趣旨で示す、証拠と要証事実との関係は、まさに関連性のつながりを指しています。条文を、もう1度確認します。

条文刑事訴訟規則第189条第1項

刑事訴訟規則第189条第1項 証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならない。

要証事実によって関連性が決まるから、請求する側は、証拠と証明すべき事実との関係を、はっきり示さなければなりません。

関連性と証拠調べの必要性の違い

重複立証や最良の証拠かどうかで証拠を選ぶ証拠調べの必要性は証拠能力ではなく裁判所の採否の裁量の問題であり重要性の位置づけには2つの考え方があることを整理する板

違いを整理します。実務で言う証拠調べの必要性は、たとえば、重複立証かどうか、最良の証拠かどうかで、証拠を選ぶ話です。同じことを立証する証拠が、すでに十分にあるなら、重ねて調べる必要はありません。たとえば、同じ現場の写真が、すでに10枚取り調べられているのに、同じ角度の11枚目を請求するような場合です。最良の証拠とは、立証に必要な証拠を厳選する、という意味で、より直接的に立証できる証拠のことです。これは、証拠能力の問題ではなく、裁判所が証拠を採用するかどうかの、裁量の問題です。写真そのものに資格が無いのではなく、ほかにどれだけ証拠がそろっているかで、調べる意味が変わるからです。

法律的関連性がない証拠を、必要性なしとして却下することも、あります。法律的関連性は、推認力と弊害を比べる判断でした。必要性も、調べる意味と負担を比べる判断なので、実務では、まとめて必要性なし、として却下することがあるのです。実質は、裁量の問題として扱う、という意味です。さらに、証明する事実そのものが、判決に影響しないときも、採用されません。窃盗の犯人性の立証に、被告人の趣味は釣りだ、という事実を出しても、判決の結論を左右しません。この重要性を、関連性の中に組み込む考え方と、必要性の問題とする考え方があります。関連性に入れれば、資格が無いという話になり、必要性に入れれば、資格はあるが調べない、という裁量の話になります。どちらでも、採用されない結論は同じです。立証趣旨の回で見た、却下の3つのパターンは、そもそも証拠にできない、事件との関わりが薄い、重ねて調べようとする、の3つでした。このうち、事件との関わりが薄い、が今日の関連性、重ねて調べようとする、が必要性にあたります。関連性がなければ証拠能力も無いので、1つ目の、証拠にできない、とも重なります。

法律的関連性の代表例——悪性格証拠の地図

過去の行為から悪い性格を経て今回の行為を推認する二段の推認を示し判断の枠組みは次回以降であることを示す地図板

冒頭の乱暴者だという証言は、法律的関連性の代表例、悪性格証拠の1つでした。前にも似たことをした人だから、今回もやっただろう、という型です。過去の行為から、悪い性格を推し、その性格から、今回の行為を推す、という二段の推認になります。途中の、あの人は悪い人だ、という印象が、裁判官の判断に、偏見や予断を生みやすいのです。だから、原則として、証拠能力を否定すべきだと理解されています。泥棒をした前歴のある人だから、今回の盗みも、この人だろう、というのは、その典型です。判断の枠組みや、判例の中身には、今日は踏み込みません。

今日の地図(保存版)

関連性の定義と自然的および法律的関連性そして判断の3視点と必要性との違いと悪性格証拠の位置づけを1枚で回収するまとめの板

今日のまとめです。関連性とは、証拠が、要証事実を推認させるだけの証明力を持つか、という問題で、証拠能力の最初の関門です。役に立たない場合は自然的関連性がなく、証明力はあっても評価を誤らせるおそれがある場合は法律的関連性がありません。推論構造と、その推認力、そして偏見や誤導の危険を衡量します。要証事実が変われば、結論も変わります。証拠調べの必要性は、それとは別の、裁判所の裁量の問題です。悪性格証拠は、法律的関連性の代表例でした。

ページ上部へ ↑

#103単独ページ動画

前科証拠による犯人性の推認

第5章 証拠法 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

鍵のかかっていない車から現金を盗む同じ手口の前科が10件あるAについて今回の窃盗の犯人と推認してよいかを問う導入板

具体的な場面で考えます。夜、駐車中の車に入り込み、現金を盗む事件が起きました。犯人はAかどうかが争われています。Aには、鍵のかかっていない車から現金を盗んだ前科が、まったく同じ手口で10件あります。検察官は、この前科を証拠として請求しました。ところが、原則として、この使い方は認められません。それでも、前科で犯人を推認してよい場合が、例外的にあります。先に答えを言うと、性格を通さずに、前科と今回の共通点だけで、同じ人物だと言えるときです。今日は、原則と例外の線を、最高裁の判例の言葉で引きます。

前科証拠の推論構造——二段の推認

前科の事実から悪い性格を推認し次にその性格から今回の犯行を推認する二段の推認について各段階の不確かさを矢印ごとに添えたフロー板

ここで、1問です。前回、関連性の有無は3つの視点で判断しました。推論構造、推認力、あと1つは何でしたか?偏見や誤導の危険、でした。推論構造と推認力を、その危険と比べるのでした。では、前科の証拠を、この3つの視点で見ます。まず推論構造、つまり、どんな経験則でつなぐかです。前科という過去の事実から、Aは、この種の犯罪をする性格の人だ、と推認します。これが1段目です。次に、その性格だから、今回もやったのだろう、と推認します。これが2段目です。どちらの段も、不確かなのです。1段目の、この人はそういう性格だ、というのは人格評価です。データや経験で裏付けられているとは言いにくい、つまり実証的根拠が乏しい判断です。2段目も、その性格が今も続いていて、たまたま今回の犯行に現れたのだ、と言える保証がありません。不確かな推認が、2回重なります。推認力は弱く、それでいて、あの人は悪い人だ、という印象が強く残ります。偏見の危険は大きいのです。

弱い推認が、強い印象に化けてしまう。そこに、危険の正体があります。

判例の出発点と規範

前科証拠には証拠としての価値がある一方で人格評価による誤認と争点の拡散という2つの危険があり自然的関連性だけでは証拠能力が決まらないことを整理する板

最高裁の判例は、まず、前科にも価値があることを認めます。そのうえで、危険を2つ挙げます。判旨を、そのまま読みます。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

前科証拠の価値と、2つの危険 前科も一つの事実であり,前科証拠は,一般的には犯罪事実について,様々な面で証拠としての価値(自然的関連性)を有している。反面,前科,特に同種前科については,被告人の犯罪性向といった実証的根拠の乏しい人格評価につながりやすく,そのために事実認定を誤らせるおそれがあり,また,これを回避し,同種前科の証明力を合理的な推論の範囲に限定するため,当事者が前科の内容に立ち入った攻撃防御を行う必要が生じるなど,その取調べに付随して争点が拡散するおそれもある。

争点の拡散とは、前科の中身、たとえば、前の事件は本当に被告人の仕業だったのか、といった争いに、審理が広がってしまうことです。今回の事件の本題から、離れていきます。では、だからどう判断するのか、という部分を読みます。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

前科証拠の証拠能力と、犯人性の証明に用いる場合の判断枠組み したがって,前科証拠は,単に証拠としての価値があるかどうか,言い換えれば自然的関連性があるかどうかのみによって証拠能力の有無が決せられるものではなく,前科証拠によって証明しようとする事実について,実証的根拠の乏しい人格評価によって誤った事実認定に至るおそれがないと認められるときに初めて証拠とすることが許されると解するべきである。本件のように,前科証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いる場合についていうならば,前科に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似することから,それ自体で両者の犯人が同一であることを合理的に推認させるようなものであって,初めて証拠として採用できるものというべきである。

前回の言葉で整理します。少しでも役に立つか、という自然的関連性は、前科にもあります。それでも、判断を誤らせるおそれが大きいので、使えないことがある。これが法律的関連性の問題で、前回見た悪性格証拠の代表例が、この前科です。なお、判旨自体は、法律的関連性という言葉を使っていません。前回の整理につなげて、理解してください。条件は、3つの要素に分けられます。1つ目は、前科の犯罪事実が、顕著な特徴を有すること。2つ目は、その特徴が、起訴された事実と相当程度、類似すること。3つ目は、そこから、それ自体で、犯人が同一だと合理的に推認できること。この3つの言葉を、答案で落としてはいけません。ただし、この3つの要素は、犯人が誰かの立証に使う場合の条件です。故意など、ほかの事実の立証に使う場合までは、この判決は示していません。また、これは判例が解釈で立てた規範であって、条文の要件ではありません。

⭐ 論文で書く規範:前科証拠で犯人性を立証する規範 前科の犯罪事実が顕著な特徴を有する | 起訴事実と相当程度類似する | それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させる (判例が立てた規範(条文の要件ではない))

3つの要素の意味——折り鶴と車の対比

折り鶴を置いて帰る窃盗の前科と今回の共通点でAが絞り込まれる設例と車上の現金窃盗で性格を経由するほかない設例を左右に対比する関係図

2つの設例で比べます。設例1。犯人は、住宅に入って金品を盗むたびに、玄関に、自分で折った赤い折り鶴を1羽、置いて帰ります。同じ地域で前に3件あり、今回も、その折り鶴が残っていました。Aは、前の3件を犯したことが認められています。折り鶴のように、他の人はまずやらない特徴が、顕著な特徴です。それが今回も共通していれば、犯人は、他の誰かではなくAだ、と絞り込めます。第三者が犯人である可能性が、ぐっと下がるのです。ここで大事なのは、Aは折り鶴を置く性格だ、という話をしていないことです。前の3件と今回で、同じ、まれな特徴が現れているので、同じ人物だと言える。これが、それ自体で、ということです。筆跡が同じなら、同じ人物が書いた、というのに近い考え方です。設例2は、冒頭の車の事件です。鍵のかかっていない車から現金を盗む、というやり方は、ありふれています。同じ手口の人は、他にもたくさんいます。

手口だけでは、Aに絞ることができないので、結局、Aは、こういうことをする人だ、という性格を経由して、今回もやっただろう、と考えるしかなくなります。それが、二段の推認です。ここで、少し考えてください。設例2の10件の前科は、なぜ犯人性の立証に使えないのか。顕著な特徴と、それ自体で、という2つの言葉を使って、答えてみてください。車の中の現金を盗む手口は、誰にでもできるので、Aに絞る力を持ちません。性格の推認を挟まないと、今回の犯行に届かないのです。特徴の顕著さと、類似の程度が合わさって、推認力が決まります。1つ目と、2つ目の両方がそろった結果として、3つ目の、それ自体で同じ人物だと推せるか、が決まる、という関係です。ありふれた特徴が、いくら似ていても、推認力は強くなりません。要するに、この3つの要素は、偏見や誤認といった弊害を上回るだけの推認力があるか、を見るための切り口です。

当てはめ——最高裁の事案で足りなかったもの

現住建造物等放火で起訴され放火の犯人性を争う被告人に窃盗と放火の前科があり検察官が前科の証拠を請求し第一審が却下し原審が違法とし最高裁が破棄した経過を示す事案板

次に、判例の事案です。ここは、判決が認定した事実と、検察官の主張、最高裁の判断を、分けて聞いてください。被告人は、現住建造物等放火、つまり、誰かが住んでいる建物などに火を付ける罪などで起訴され、何者かが放火したこと自体は争わず、自分が犯人であることを争いました。被告人には、窃盗の前科と、放火の前科があります。検察官は、窃盗で欲しい金品が得られなかった腹立ちから放火する、という前の放火と同じ動機で、特殊な手段方法だと主張して、前科の証拠を請求しました。第一審は、関連性がないとして、請求を退けました。原審の高裁は、放火の前科には、動機や手段方法に共通点があり、特徴的な行動傾向が固着化している、として、退けたのは違法だと判断しました。最高裁は、この原判決を破棄しました。

検察官が言った、特殊な手段方法、というのは、認められたのですか。違います。それは、検察官の主張です。最高裁は、原判決が指摘した共通点を前提にしても、顕著な特徴とはいえない、と判断しました。最高裁の判断は、大きく3つに分かれます。動機と態様は顕著な特徴か。原審の、固着化という評価をどう見るか。そして、時間の間隔などの事情です。まず、1つ目です。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

当てはめ——動機・態様は顕著な特徴といえない 窃盗の目的で住居に侵入し,期待したほどの財物が窃取できなかったために放火に及ぶということが,放火の動機として特に際だった特徴を有するものとはいえないし,また,侵入した居室内に石油ストーブの灯油を撒いて火を放つという態様もさほど特殊なものとはいえず,これらの類似点が持つ,本件放火の犯行が被告人によるものであると推認させる力は,さほど強いものとは考えられない。

1つ目が、顕著な特徴がない、という点でした。2つ目が、原審の、固着化、という言葉です。最高裁は、これを、強く習慣化している、あるいは性格に根付いている、という意味だろうと読みました。ただ、単に何度も繰り返しているというだけでは、そうは認められず、実証的根拠の乏しい人格評価だ、としました。3つ目に、前の放火は、今回の事件の17年前で、その間に服役期間もあり、当時と同じ犯罪傾向が続いていたとは推認しにくい、と述べました。二段の推認の2段目、その性格が今も続いているか、が怪しくなるわけです。今回の放火の前後、約1か月の間に、被告人自身が、31件の窃盗をしたと述べています。起訴はされていませんが、その多くは、十分な金品を得ていないとみられます。それなのに、放火はしていません。金品が取れなかったら放火する、という傾向があるなら、これらの場面でも放火が出そうなものです。今回だけ放火の傾向が出た、とは考えにくいのです。結論の部分を読みます。

判例最判平24・9・7 刑集66巻9号907頁

当てはめ——結論 本件前科証拠を本件放火の犯人が被告人であることの立証に用いることは,帰するところ,前刑放火の事実から被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもとに被告人が本件放火に及んだという合理性に乏しい推論をすることに等しく,このような立証は許されないものというほかはない。

ただし、この判決は、前科証拠を一律に禁じたのではありません。この事案の前科に、顕著な特徴が足りなかった、という判断です。折り鶴のような特徴があれば、結論は変わりえます。当てはめは、3つの順に書きます。特徴が顕著か。類似の推認力は強いか。人格評価を介していないか。この順番で、事案に即して、確かめていきます。

人格評価を介さない推認の余地

一定の条件に常に一定の反応を示す習慣に類する行動様式や前科そのものが構成要件事実となる場合は性格を介さない推認として許される余地があると説明されることを示す板

性格を通らなければ、前科を使える場合は、ほかにもありますか。あります。たとえば、ある条件になると、いつも決まった反応をする、習慣に近い行動様式を、十分な数で示せる場合です。たとえば、金品が取れなかった窃盗の場面が何十回もあって、そのたびに必ず同じやり方で火を付けていた、と示せる場合です。先ほどの固着化とは違い、性格を評価するのではなく、この条件ならこの反応、という事実の積み重ねそのものから推すのです。また、前科や常習性そのものが、犯罪の成立要件に含まれる場合もあります。たとえば、常習賭博罪では、賭博を繰り返す習癖そのものが罪の中身です。過去の賭博は、性格を推すためではなく、その要件を直接に証明するために使います。どちらも、人格評価を介さない推認だから、許される余地がある、という整理です。ただ、判例自身が述べているわけではないので、ここでは、名前を知っておく程度で十分です。なお、前科を記した書面には、関連性とは別に、伝聞の問題も残ります。また、量刑の資料として前科や余罪を見る場面は、犯人性の立証とは別の話です。どちらも、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

二段の推認の危険と判例の規範の3要素そして当てはめの順序と次回の予告を1枚で回収するまとめの板

今日のまとめです。前科の推論は、前科から性格、性格から今回の犯行、という二段で、どちらも不確かです。そのため、前科証拠は、価値があるだけでは使えず、人格評価で誤らないと認められるときに初めて許されます。犯人性の立証に使うには、前科の内容が顕著な特徴を有し、起訴事実と相当程度類似して、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させることが必要です。ここは、論文でも論点になりうるところです。判例の事案で足りなかったのは、3点です。動機も態様も、際だった特徴とはいえませんでした。固着化というのは人格評価でした。そのうえ、17年の間隔などの事情もありました。

ページ上部へ ↑

#104単独ページ動画

類似事実による立証と主観面の立証

第5章 証拠法 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

商店街の空き巣5件のうちAが4件を認め5件目だけを否認しており認めている4件で5件目の犯人性を推認してよいかを問う導入板

具体的な場面で考えます。商店街で、半年の間に空き巣が5件起きました。Aさんは、そのうち4件は自分がやったと認め、5件とも同じ裁判で審理されています。ところが5件目だけは、やっていないと争っています。検察官は、認めている4件を使って、5件目もAさんだと立証したいと考えました。認めた件数が多いほど、残りも同じ人の仕業だと感じる。その直感には、答案では待ったがかかります。4件やった人だから、5件目もやっただろう、という考え方は、前回見た二段の推認、つまり悪い性格を経由する推論の形だからです。前回の判決は、この推論を避けるために、前科を犯人性の証明に使える場合を、3つの言葉で絞りました。1つ目の問いは、その枠組みが、前科ではない併合審理中の事件にも及ぶのか、です。

もう1つの、わざとだったかどうかを示す場合は、どうなるのですか。そちらは、同じ枠組みを使わない道があります。分かれ目は、何を立証するための証拠なのか、つまり、関連性の回で見た、要証事実です。犯人が誰かを示すのか、故意など内心を示すのか。ここを取り違えないことが、今日の一番の目標です。

類似事実による立証とは何か

前科は確定判決を受けた過去の事実で類似事実は併合審理中の別の起訴事実や余罪など前科以外の被告人の他の犯罪事実であることを対比し推論の骨組みは同じ二段であることを示す板

類似事実による立証とは、証明したい事実、たとえば起訴された事実と似た別の事実を証明して、そこから起訴された事実を推認する立証です。今日のように犯人が被告人かどうかが争いなら、別の類似事実から、犯人は被告人だ、と推す形になります。前科との違いは、その別の事実が、確定判決を受けた過去の事実か、それ以外か、です。前科以外の被告人の他の犯罪事実、たとえば、同じ裁判で併合して審理されている別の起訴事実や、まだ起訴されていない余罪が、類似事実にあたります。前科ではなく、同じ裁判で審理中の事実なら使いやすい、と感じるのは、もっともです。実際、併合審理されていて被告人も認めている事実なら、他の証拠で認定できます。前の事件は本当に被告人の仕業だったのか、という争いに審理が広がる、争点の拡散は小さくなります。前科があるという事実自体が、被告人の評価を下げる、という弊害も小さいでしょう。

使えるということですか。そこが、落とし穴です。推論の骨組みは、前科のときと同じです。4件やっている、だからAさんは空き巣をする性格の人だ、だから5件目もやっただろう。性格を経由する二段の推認で、弱さは残ります。減ったのは弊害の一部であって、推論の弱さそのものは変わりません。過去の事実から今回の事実へ渡る、この中継ぎを、今日は、橋と呼びます。前回の枠組みは、併合審理中の事件にも及ぶ、というのが最高裁の答えです。その決定を、次に読みます。なお、量刑の資料として余罪を見る場面は、犯人性の立証とは別の話で、別の回で扱います。

併合事件にも及ぶ枠組み——決定の事案と規範

住居侵入と窃盗と放火が併合して審理され被告人が一部の事実を認め他の事実の犯人性を争い原判決が前科の犯罪事実と被告人が認める事実から特殊な性癖と手口と犯罪傾向を認めたことを事実欄の内容だけで示す事案板

ここで、1問です。前回の判決が、前科を犯人性の証明に使うために求めた、3つの言葉は、何でしたか?顕著な特徴と、相当程度の類似と、それ自体で、でした。それ自体で、とは、前回の折り鶴のように、同じまれな特徴が現れているので同じ人物だと言える、ということでした。今日の決定は、この3つを、前科以外にも広げました。先に、決定の型を言います。これは、原判決、つまり控訴審の判決の判断は違法である、ただし、その間接事実を除いても事実誤認はないから判決に影響を及ぼさない、として、上告を棄却した決定です。違法だが結論は動かない。短答で問われる型です。

上告理由に当たらない法令違反を理由に、上告審が職権で原判決を破棄するには、その法令違反が判決に影響を及ぼすことに加えて、破棄しなければ著しく正義に反することも要るからです。証拠の使い方が違法でも、その証拠を除いた残りの証拠で結論が支えられるなら、破棄されません。事案です。ここは、決定が認定した事実だけを言います。住居侵入、窃盗、現住建造物等放火などが、併合して審理されました。被告人は、住居侵入と窃盗の一部を認め、他の事実の多くについて、犯人が自分であることを争いました。争われた事実には、放火が含まれます。原判決は、被告人の前科の犯罪事実と、被告人が認める住居侵入と窃盗の事実から、3つを認めました。1つ目は、色情盗、つまり女性用の物を性的な関心から盗む、という特殊な性癖。2つ目は、侵入先の下見をし、女性用の物の入手が主な目的で、留守宅の窓ガラスを割って侵入するという手口。3つ目は、女性用の物を盗んだ際に、被告人本人にも説明できない、女性に対する独特の複雑な感情を抱いて放火する、という極めて特異な犯罪傾向です。そして、これが争いのある各事実に一致するとして、犯人性の間接事実の1つにしました。

最高裁は、原判決のこの認定の使い方を違法としました。枠組みを、判旨のまま読みます。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁

前科以外の他の犯罪事実にも及ぶ枠組み このことは,前科以外の被告人の他の犯罪事実の証拠を被告人と犯人の同一性の証明に用いようとする場合にも同様に当てはまると解すべきである。そうすると,前科に係る犯罪事実や被告人の他の犯罪事実を被告人と犯人の同一性の間接事実とすることは,これらの犯罪事実が顕著な特徴を有し,かつ,その特徴が証明対象の犯罪事実と相当程度類似していない限りは,被告人に対してこれらの犯罪事実と同種の犯罪を行う犯罪性向があるという実証的根拠に乏しい人格評価を加え,これをもとに犯人が被告人であるという合理性に乏しい推論をすることに等しく,許されないというべきである。

前科について示された枠組みが、前科以外の他の犯罪事実にも、同じく当てはまる、と言っています。橋が性格なら、顕著な特徴がなければ渡れない。前科か、併合事件かは、橋の作りを変えません。だから、商店街の4件も、5件目と並ぶ顕著な特徴がなければ、性格を経由する推論になり、許されません。

⭐ 論文で書く規範:犯人性の立証に前科・他の犯罪事実を使う規範 前科・他の犯罪事実が顕著な特徴を有する | その特徴が証明対象の事実と相当程度類似する | それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させる (判例が立てた規範(条文の要件ではない))

当てはめ——顕著な特徴と言えなかったもの

色情盗という性癖と下見と女性用の物の入手と窓ガラスを割る侵入の手口と特異な犯罪傾向の3点について最高裁がいずれも顕著な特徴とは認めなかったことと違法だが判決に影響しないとした結論を示す当てはめ板

原判決が挙げた3つのうち、性癖と手口の2つは、判旨で直接言及されています。読みます。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁

当てはめ——性癖と手口は顕著な特徴といえない 原判決指摘アの色情盗という性癖はさほど特殊なものとはいえないし,同イの,あらかじめ下見をするなどして侵入先の情報を得る,女性用の物の入手を主な目的とする,留守宅に窓ガラスを割るなどして侵入するという手口及び態様も,同様にさほど特殊なものではなく,これらは,単独ではもちろん,総合しても顕著な特徴とはいえないから,犯人が被告人であることの間接事実とすることは許されないというべきである。

顕著な特徴といえるかどうかは、手口がありふれているかどうかが決め手です。ありふれた手口なら、他の人も同じことをします。つまり、被告人だけに絞る力がありません。前回の、折り鶴を置いて帰る、のようなまれな特徴とは、正反対です。3つ目の、特異な犯罪傾向についても、決定は述べています。原判決の言う行動傾向は、前科の事実に照らしても曖昧で、特異な犯罪傾向とは言い難い、と。さらに、そもそもこのような犯罪傾向を犯人性の間接事実にすること自体が、実証的根拠に乏しい人格的評価にほかならない、としました。ありふれているか、曖昧か、という以前に、傾向で犯人を決めるのは、性格を橋にする推論そのものだからです。そして、結論の部分です。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁

結論——原判決は違法だが判決に影響しない しかしながら,上記間接事実を除外しても,その余の証拠によれば,第1審判決の各犯罪事実の認定について事実誤認はないとした原判断は是認することができるから,原判決の上記法令違反は,判決に影響を及ぼすものではない。

答案では、証拠の使い方が許されるかどうかと、それが判決の結論を左右するかどうかを、分けて考えます。今日の決定は、前者は許されない、後者は影響なし、という結論でした。

補足意見——併合された類似事実を、別の角度で使う余地

補足意見は判例法理ではなく個人の意見であり併合審理された類似事実については近接して連続する事件から第三者の偶然を排除する推論と顕著な特徴の要件の幅を示しつつ本決定はそこまで判断していないと留保していることを示す板

法廷意見、つまり、裁判所としての決定そのものの考え方では、前科と同じ厳しさです。ただ、この決定には、金築裁判官の補足意見があります。先に断ります。補足意見は、裁判官個人の意見であって、判例法理ではありません。法廷意見と混ぜないでください。補足意見が言いたいのは、併合審理された類似事実には、別の考え方の余地がある、ということです。補足意見は、この事案の事実を、こう指摘します。起訴された10件の放火は、約4か月の間に連続していました。どの放火でも、火を付けたとみられる時刻より前、長くても約10時間のうちに、被告人がその家に侵入し、室内で金品を盗み、または盗もうとしたことが認められます。こうした近接した連続がある中で、こう述べています。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁 金築誠志裁判官の補足意見

補足意見——近接した連続と偶然 仮に,争いのある放火が,被告人の関与なしに他の者によって犯されたとするならば,それは極めて確率の低い偶然の事態が発生したことを承認することになろう。

ここでの橋は、性格ではありません。近接性そのものです。被告人が関与していないとすれば、あまりに偶然が重なる。だから、第三者の可能性が下がる。性格を通らずに、偶然性を排除する推論です。もう1つの指摘は、併合審理される類似事実は、前科のように存在そのものが人格評価を下げる危険や、争点が拡散するおそれが考えにくい、という点です。だから、顕著な特徴という例外の要件は、事案によって幅をもって考えることが否定されないのではないか、という意見です。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁 金築誠志裁判官の補足意見

補足意見——顕著な特徴の要件の幅 「顕著な特徴」という例外の要件について,事案により,ある程度の幅をもって考えることは,必ずしも否定されないのではないだろうか。

これを答案の根拠にしてよいのですか。そこが大事です。補足意見自身が、射程を留保しています。

判例最決平25・2・20 刑集67巻2号1頁 金築誠志裁判官の補足意見

補足意見——射程の留保 本決定は,あくまで原判決における証拠の使用方法を違法と判断したものであって,上記2に述べた点についてまで判断したものではない。

上記2とは、併合審理された類似事実を、近接性などで使う考え方の部分です。つまり、法廷意見は、そこまで判断していません。順序があります。まず法廷意見の枠組み、顕著な特徴と相当程度の類似で検討します。それで足りないときに、時間的、場所的な近接、件数、他の証拠で認定できるか、といった事情から、偶然性を排除する推論が別に立つかを書きます。そのときは、立つと解する余地がある、と断定を避けます。どの程度の時間の幅まで近接性だけで推せるかは微妙だ、と補足意見自身が認めています。そのときに類似事実は、近接性からの推認を後押しする、補強的な証拠になりうる、という位置づけです。

主観面の立証——枠組みがなぜ変わるのか

悪性格を通る推論と通らない推論を対比し前者は同種前科から詐欺をする性格を経て今回も故意があったとする形で後者は前の経験から具体的な認識と知識を経て今回も故意があったとする形であり客観面が他の証拠で認められていることが前提であることを示すフロー板

ここからは、犯人が誰かではなく、故意など内心を立証する場合です。この場合は、前科や類似事実を使える余地が出ます。ただし、なぜ使えるのかを分けて理解してください。まず前提です。この場面では、行為があったこと、つまり客観面は、他の証拠で認められています。争いは、被告人が、その行為の意味を分かっていたかどうか、頭の中にあります。設例です。Aさんが、中古ブランド時計を、正規品だと言って買主Bさんに売りました。実際は偽物で、詐欺で起訴されましたが、Aさんは、偽物とは知らなかった、と主張しています。偽物を正規品と偽って売ったという客観面は、他の証拠で認定できています。Aさんには、2年前にも、偽物を正規品として売り、そのとき鑑定書で偽物だと指摘された事実があります。

言い方が2通りあります。1つ目は、Aさんは詐欺を繰り返す悪い人だ、だから今回も故意があった、です。これは、犯罪性向という実証的根拠の乏しい人格評価を通っているので、許されません。2つ目は、2年前に同じやり方で偽物を売り、偽物だと指摘された。だから、この売り方を偽物でやれば、相手が正規品と信じてお金を払うことを、経験から知っていた。だから今回も、偽物と分かっていた、です。橋は、悪い人だという評価ではなく、経験で得た具体的な認識と知識です。性格を通らないので、成り立つ余地があります。同種前科があるから故意があった、と丸暗記するのは危険です。橋が性格なら許されず、橋が認識や知識なら許される余地がある。判断するのは、ラベルではなく、推論の中身です。前回名前だけ触れた、習慣に近い行動様式や常習賭博罪の例と同じく、人格評価を介さない推論の1つです。

⭐ 論文で書く規範:主観面の立証に過去の事実を使う場合の整理 客観面が他の証拠で認められている | 過去の事実と本件の行為態様が類似している | 人格評価を介さず具体的な認識・知識として推認できる (解釈による整理(判例が示した規範ではない))

3つの条件は、どうして必要なのですか。1つずつ言います。客観面が他の証拠で認められていること。今回の行為がどうだったかが他の証拠で決まっていないと、過去の行為と態様が似ているか比べられません。似ていなければ、違法と認識していたはず、という推論が立たないからです。過去の事実と本件の行為態様が類似していること。境界のペアで確かめます。同じ偽物を正規品として売った過去なら、今回の売り方を偽物と分かって売った、と推す材料になります。ところが、Aさんの過去の前歴が、車の修理費を水増しして請求した件だったらどうでしょう。

水増し請求の前歴は、時計が偽物だと知っていたことにはつながりません。行為態様が類似していなければ、今回の行為が違法だという認識の推論が成り立たないからです。3つ目が、性格ではなく認識や知識として言葉にできることです。ここが、答案で自分の言葉で書く部分です。それなら、故意の立証だと言えば、何でも通りますか。通りません。故意の立証というラベルだけで前科を出すと、実は、またやる人だから、という性格を通っていることがあります。

犯人性と主観面で、なぜ求めるものが違うのか

犯人性は被告人以外の他の誰かと区別できる特徴が要り主観面は行為をしたことが別の証拠で決まっているため区別ではなく経験による認識の具体性が要ることをAとBの関係で対比する関係図

犯人性では顕著な特徴が要るのに、主観面では要らないのは、どうしてですか。立証しようとしていることが違うからです。犯人性では、ほかの誰かではなく、この人だ、と絞り込む必要があります。商店街の空き巣で言えば、4件の手口がありふれていれば、同じ手口の空き巣はほかにもいるので、5件目をAさんに絞り込めません。だから、まれな特徴、顕著な特徴が要ります。主観面では、この行為をしたのはこの人だと、他の証拠でもう決まっています。時計の設例で言えば、偽物を売ったのがAさんであることに争いはなく、問われるのは、偽物と知っていたかどうかだけです。絞り込みは要りません。要るのは、この人の頭の中を、経験に基づいて具体的に説明できるかどうかです。他の人と区別できるかは、問題になりません。これは判例の言葉ではなく、判旨から導いた整理です。

次に読む決定は、顕著な特徴を求める言い方をしていません。知識の推認も、同じ考え方です。たとえば、特殊な工具や薬品の扱いの履歴から、その取扱いの知識を持っていると推す使い方です。知識は、その人が持っているかどうかという具体的な事実で、性格の評価ではありません。この推認は、犯人性の間接事実として使う場面でも、人格評価を介さないので、成り立つ余地があります。これは解釈による整理ですが、決め手は、要証事実のラベルより、橋が性格かどうかです。

主観面の立証に関する最高裁の決定

犯罪の客観的要素が他の証拠によって認められる事案で詐欺の故意という主観的要素を同種前科の内容によって認定した原判決に違法はないとした決定の型と決定は推論の中身を説示していないことを示す板

主観面の立証について、最高裁が短く述べた決定があります。詐欺の事件で、上告趣意のうち判例違反の主張は、引用された判例が事案を異にするとして退けられ、その余の主張は、単なる訴訟法違反の主張として退けられました。その退ける理由を添えた括弧書きの中で、こう述べています。

判例最決昭41・11・22 刑集20巻9号1035頁

詐欺の故意を同種前科の内容で認定した原判決 犯罪の客観的要素が他の証拠によつて認められる本件事案の下において、被告人の詐欺の故意の如き犯罪の主観的要素を、被告人の同種前科の内容によつて認定した原判決に所論の違法は認められない。

短答では、この条件付きが押さえどころです。客観的な部分は他の証拠で認められている事案で、詐欺の故意を同種前科の内容で認定しても、違法ではない。前科であれば何にでも使える、という決定ではありません。なぜ許されるのか、決定は書いていますか。書いていません。悪性格を介さない推認だから許される、というのは、さっきの整理です。判例が言った言葉として答案に書かないよう、注意してください。

悪性格の事実を犯罪事実の推認に使わなかった例

動機が全く不明であることを無罪の大きな理由とした第一審に対し最高裁が被告人が異常性格者であることは犯行の原因を推測させる事実として挙げたにとどまり犯罪事実を推認したものではないとした決定の位置づけを示す板

悪性格の事実を使って、犯罪事実を推認した例もあるのですか。逆です。これは、悪性格の事実を、犯罪事実の推認には使わなかった、とされた決定です。事件は、動機が全く不明だ、ということが、第一審が無罪とした大きな理由でした。これに対して最高裁は、被告人を異常性格者と認めた原審の判断は相当で、格別の動機なく無差別に犯行に及んだことも首肯できる、と述べました。そして、こう言っています。

判例最決昭57・5・25 集刑227号337頁

異常性格者であることは犯罪事実の推認に使われていない なお、原判決は、犯行の原因が存在することを推測させる事実として被告人が異常性格者であることを挙げたに過ぎないから、これから犯罪事実を推認したという所論の非難はあたらない。

犯行の原因が存在することを推測させる事実、とは、動機の代わりになる、犯行の背景がありうる、という程度の意味だと整理できます。そして、もう1つ。第一審の考え方について、最高裁はこう述べました。

判例最決昭57・5・25 集刑227号337頁

動機の立証がないことから犯行自体を否定できない 通常の人格者を判断の基礎にすえ、本件のような重大な犯罪を犯すについては必ずやそれ相応の動機がなければならないとの前提のもとに、かかる動機の立証のないことなどから直ちに被告人の犯行自体を否定したもので、とうてい支持することができないものといわなければならない。

整理すると、この決定は、異常性格だから犯人だと推したのではありません。動機の立証がないから犯人ではない、という第一審の推論に反論したものです。今日の言葉に置き直します。禁じられているのは、性格を橋にして、犯人性のような犯罪事実を推すことでした。この決定で、異常性格という事実が示したのは、犯行の背景がありうる、というところまでで、犯罪事実へ渡る橋には使われていません。だから、禁じられた推論には当たらない、とされたのです。冒頭の、何を立証するための証拠か、という問いが、結論を分けた例です。ただし、判旨の一文の射程は限られます。悪性格の証拠は、反論なら常に使える、と広げて覚えるのは危険です。

論文の型

答案の手順を要証事実の特定から始め推論過程の特定と犯人性なら3つの要素主観面なら客観面の立証と行為態様の類似と認識知識への言語化そして併合審理の類似事実では近接性の付言という順に示す答案の型の板

答案では、何から書き始めればよいですか。手順です。1つ目、要証事実は何か。犯人性か、故意や目的、あるいは事情を知っていたかという知情か。2つ目、過去の事実から要証事実へ渡る推論の過程を特定します。過去の事実から、性格を経由するのか、認識を経由するのか。3つ目、性格を橋にして犯人性を推すなら、顕著な特徴があり、相当程度類似し、それ自体で同一人物と言えるか、を検討します。4つ目、主観面なら、客観面は他の証拠で立証されているか、行為態様は類似しているか、性格ではなく認識や知識として説明できるか、を検討します。5つ目、併合審理された類似事実なら、近接性など偶然性を排除する推論が別に立つかを付け加えます。

ここまでの犯人性の規範は、条文の要件ではありません。判例が解釈で立てた規範です。条文との接点は、事実の認定は証拠による、という317条で、関連性の根拠として名前を挙げる程度です。主観面のほうは、判例が説示した規範ではなく、解釈による整理です。答案では、解される、という書き方をします。ミニ事例で、争い方が変わると枠組みが変わることを確かめます。偽物時計の設例で、Aさんが、そもそも売ったのは自分ではない、と争う場合。要証事実は犯人性で、前科や類似事実は、顕著な特徴と相当程度の類似が必要です。売ったのは自分だが、偽物とは知らなかった、と争う場合。要証事実は主観面で、経験から得た認識と知識という推論が問題になります。

最初の商店街の設例に戻ります。5件目を、そもそも自分ではない、と争うなら、前回の枠組みで検討します。ありふれた手口の4件では足りません。もし、5件目の侵入は認めたうえで、盗むつもりはなかったと争うなら、要証事実は盗む意思、つまり主観面に変わり、経験から得た認識や知識という推論が問題になります。

今日の地図(保存版)

併合審理された類似事実にも同じ枠組みが及ぶことと補足意見は判例法理でないこと主観面は悪性格を通らない推論なら余地があること要証事実から入って使い分けることをまとめ次回の科学的証拠の予告を添える板

今日のまとめです。1つ目。併合審理された類似事実も、前科と同じ枠組みで、顕著な特徴と相当程度の類似がなければ、犯人性の証明には使えません。この決定は、原判決を違法としながら、残りの証拠で結論は動かないとして、上告を棄却しました。補足意見は、近接性や要件の幅の余地を示しましたが、判例法理ではありません。2つ目。故意など主観面の立証では、悪性格を通らない推論なら余地があります。客観面は他の証拠で認められていることが前提で、この場面では、他人との区別より、経験による具体的な認識や知識が問題になります。ただし、決定は推論の中身を述べていません。3つ目。答案は、要証事実から入ります。犯人性か主観面かで、使える推論が変わります。ここは、論文でも論点になりうるところです。

ページ上部へ ↑

#105単独ページ動画

科学的証拠とDNA型鑑定

第5章 証拠法 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

深夜のコンビニ強盗で犯人が落とした帽子の汗から調べた型が容疑者と一致し鑑定書に1000人中3人とあるとき裁判官はこの一文をどこまで信じてよいかを問う導入板

具体的な場面で考えます。深夜のコンビニに強盗が入り、逃げた犯人が帽子を落としていきました。その帽子の内側の汗から、専門家がDNAの型を調べたところ、容疑者の型と一致しました。鑑定書には、この型を持つ人は1000人中3人、とあります。裁判官は、この一文を、どこまで信じてよいでしょうか。珍しい型が一致すれば犯人だ、と直感で結びつけたくなりますが、答案では2つの待ったがかかります。1つ目は、そもそもこの鑑定を証拠にしてよいのか、という入口の問いです。2つ目は、証拠にしたとして、どれだけ信じるのか、という中身の問いです。今日はこの2つを分けて考えます。範囲も先に言います。今日はDNA型鑑定を扱います。次の回では、犬の臭気選別のような、DNA以外の鑑定を扱います。今日作る物差しを、次の回でそのまま当てますので、今日は物差しを丁寧に作ります。

科学的証拠とは何か・なぜ危ないのか

科学的証拠は専門家が行う検査の結果であり裁判所が中身を確かめにくいことと専門家の判定というだけで過大評価されやすいことの2つの危険を自然的関連性と法律的関連性に対応させて示す板

入る前に、前回までの復習を1問。役に立たないのが自然的関連性でした。では、役に立つ気がするのに判断を誤らせるのは、何だったでしょうか?法律的関連性です。証明力はあるけれど、評価を誤らせるおそれがあるときでした。科学的証拠は、この2つの言葉の両方に関わります。まず定義です。科学的証拠とは、特定の学問や知識の領域の原理や技術を応用して集めた証拠で、検査や解析を専門家が行うものです。DNA型鑑定は、その代表です。ところが、科学的証拠には、専門家の検査だからこそ生じる、固有の危険が2つあります。まず1つ目は、中身を裁判所が自分では確かめにくいことです。レストランで、厨房を見せてもらえず、完成した皿だけを出される客を思い浮かべてください。皿は立派でも、どんな材料で、どんな手順で作られたのかは、客には分かりません。裁判官も同じで、検査の過程は、専門家の手の中にあります。2つ目は、専門家の判定だというだけで、過度に信頼されやすいことです。科学的に一致した、という言葉には強い響きがあります。中身を確かめられないまま、響きだけで信じてしまう。これが過大評価の危険です。

2つに分けて考えます。1つ目。科学的な原理の裏づけが、そもそもない場合です。たとえば、手相を見て、嘘をついているかどうかが分かる、という鑑定を、供述の信用性が争点の証拠にしたらどうでしょう。原理に裏づけがなく、推認する力は少しもありません。専門家らしい形をしていても中身が伴わないものを、ジャンク・サイエンスと呼びます。これは、そもそも役に立たない、自然的関連性がない場合です。2つ目。原理は確かでも、実際の検査の過程が不透明で、結果が過大に評価される弊害が大きい場合です。推認する力は多少あるのに、判断を誤らせるおそれが勝る。これは法律的関連性の問題です。

学説には幅があります。その分野で一般に承認されていることを求める見解と、科学的に有効な知識と信頼できる方法によるなら足りるとする見解があります。今日は、最高裁が実際に使った言葉を軸にして、物差しを作ります。

許容性の物差し——最高裁が挙げた2点と、答案で足す2点

許容性の物差し4つを示す表で上の2つは判例が挙げた原理の理論的正確性と実施方法の科学的信頼性下の2つは答案で足す視点として資料の採取保管と結果の検証可能性を区別して示す板

4つの物差しで確かめます。この物差しが見るのは、鑑定を証拠として使ってよいか、つまり許容性です。第5章の初めに見た証拠能力、法廷で取り調べられるための資格のうち、関連性の関門にあたります。ただし、混ぜてはいけません。最高裁が言葉にして挙げたのは、前の2つです。後の2つは、答案で足す視点です。では、前の2つから見ます。

⭐ 論文で書く規範:許容性の物差し——最高裁が挙げた2点 科学的原理が理論的正確性を有する | 具体的な実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われた (判例が示した基準(条文の要件ではない))

1つ目は、原理です。帽子の汗から型を読み取る、その原理が、科学として正しいか。ここが誤りなら、その先の検査がどれほど丁寧でも、全部崩れます。手相で嘘を見抜く鑑定が、これに落ちる例でした。2つ目は、実施の方法です。原理が正しくても、実際の検査が、技術を習得した人によって、科学的に信頼される方法で行われたか。正しいレシピがあっても、手順を守らない人が作った料理は、信じられませんよね。境界のペアで示します。訓練を受けた検査者が、決められた手順で検査し、その記録も残っているなら、該当します。一方、手順の記録がなく、結果を示す写真が不鮮明なのに、読める範囲で判定してしまったなら、信頼される方法で行われたとは言えず、疑いが出ます。決め手は、あとから見て、正しく行われたと確かめられる形が残っているかどうかです。続いて、答案で足す2つです。

⭐ 論文で書く規範:答案で足す2つの視点 資料の採取・保管・同一性が確かである | 結果を後から検証できる (解釈による整理(判例の文言ではない))

3つ目は、資料の採取、保管、同一性です。同一性とは、鑑定にかけた資料が、現場で採ったその物と同じ物である、ということです。あわせて、真正性という言葉もあります。これは、その資料や書面が、作ったとされる人が作ったとおりのものである、ということです。設例に戻ります。警察官が帽子を、別の事件の証拠と同じ袋に入れてしまい、他人の汗が混ざったかもしれません。この場合、型が正しく読めても、それは犯人の汗の型かどうか分かりません。見解が分かれます。同一性が失われれば関連性そのものが失われる、という理解も有力です。ただ、裁判例は、証明力の評価の中で考慮する傾向があります。ここでは、物差しの1つとして、確かめる点だと押さえてください。4つ目は、結果の検証可能性です。再検査できる資料が残っているか、検査の元のデータが提出されていて、他の専門家が確かめ直せるか。資料を使い切ってしまい、データも出ないのでは、厨房の見えない皿のままです。大切な点です。この2つは、最高裁の言葉ではなく、実施の方法が科学的に信頼される、ということを具体的に言い直した、答案上の整理です。答案でも、判例が言ったのは前の2つ、後の2つは自分で足す視点、と区別して書きます。ここで1問です。鑑定書に、型が一致した、とあります。使ってよいかを決める前に、最高裁が挙げた2点を思い出すとしたら、何と何でしょうか?

科学的原理が理論的に正確であることと、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと、です。

DNA型鑑定の仕組みと、型の一致の意味

現場の資料から型の判定そして出現頻度そして犯人性の推認へと進む三段の流れを示し各段階に原理と実施方法の信頼性が効くことを注記するフロー板

DNAの中には、短い並びが繰り返されている場所がたくさんあります。その繰り返しの回数は、人によって違います。この場所を座位と呼び、座位ごとの繰り返しの回数を、型として表します。型は、生涯変わりません。注意してほしいのは、DNAの全部の並びを読んでいるわけではない、という点です。決まった場所の回数だけを見ています。だから、指紋のように、誰一人として同じ人がいない、万人不同の識別ではありません。一致しても、本人と言い切れるわけではないのです。座位ごとに、その型を持つ人の割合を調べ、それを掛け合わせて、何分の1、という出現頻度を出します。調べる座位が少なければ、頻度は大きくなって識別力は弱く、座位を増やすほど、識別力は強くなります。設例の、1000人中3人で計算します。人口100万人の都市があるとして、その型を持つ人は、およそ何人でしょうか?

1000人中3人という頻度は、同じ型の人が、この都市に3000人いる、という意味です。ここに落とし穴があります。出現頻度は、その型を持つ人の割合であって、犯人である確率ではありません。型が一致した、というだけでは、犯人と結びつきません。他の証拠と合わせて、初めて犯人性の推認に進めます。全体の流れを、3段で整理します。第1段は、資料から型を判定する。第2段は、その型の出現頻度を出す。第3段は、その頻度と他の事情から、犯人性を推認する。前の2段の強さを決めるのが、さっきの物差しです。原理が正しく、方法が信頼でき、資料が確かで、検証できるか。ここが揺らぐと、第3段に進む前に、土台が揺らぎます。

最高裁の決定——足利事件の判断

足利事件で下着と被告人が捨てたティッシュの精液をMCT118型で鑑定し同型と判定された経過を確定審の認定として示し最高裁の判断とは区別して判旨の2点と証拠価値の留保を示す板

実際にDNA型鑑定を扱った、最高裁の決定を読みます。足利事件の上告審です。先に断ります。これから話す経過は、最高裁の判断ではなく、確定審、つまり再審より前に有罪を確定させた裁判と、のちの再審の判決が認定した内容です。幼い子どもが被害にあった事件で、被害者の下着に付いていた精液と、被告人が捨てたティッシュに付いていた精液が、科学警察研究所でMCT118型という方法で鑑定されました。どちらも同じ型で、その型の出現頻度は、日本人でおよそ1000人中8人でした。血液型も合わせると、およそ1000人中1人ちょっとです。

第一審は、この方法はまだ歴史が浅く、信頼性が社会一般に完全に承認されているとまでは評価できない、としながらも、証拠能力を認めました。ここまでは下級審の判断です。確定審は、この鑑定と自白を主な証拠として有罪とし、最高裁は上告を棄却しました。その際、上告理由には当たらないが、と職権で判断して、DNA型鑑定について述べたのが、次の部分です。決定の中身は、大きく2つに分かれます。前半は、この鑑定を証拠として用いてよい、とした理由です。後半は、どれだけ信じてよいかについての留保です。

判例最決平12・7・17 刑集54巻6号550頁

最高裁が示した判断 本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値については、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。

原理が理論的に正確であること、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと。この2つを理由に、証拠として用いることが許される、としました。なぜこの2点を見るのか。決定は理由を書いていませんが、こう整理できます。裁判官は、検査の中身を自分では確かめられません。原理が正しいことと、手順が正しく守られたことを入口で確かめれば、その確かめられない部分を、確かめられる形に置き換えられる、というわけです。決定文には、関連性や証拠能力という言葉は出てきますか。出てきません。使われているのは、証拠として用いることが許される、という言い方です。学説の理解では、この2点を、資料から型を出す推論の強さを決める要素と見て、関連性の枠組みが科学的証拠に即して示されたものと位置づけます。これは理解の1つで、決定文の言葉ではありません。もう1つ大事なのは、後半です。証拠価値、つまり証明力について、その後の科学技術の発展で新たに解明された事項も加味して、慎重に検討されるべきだ、と留保しています。なぜ閉じなかったのか。決定は理由を書いていませんが、第一審も指摘したとおり、当時のこの方法は歴史が浅く、技術が進めば、今は見えない誤りが見つかるかもしれなかったからだと考えられます。許されるかどうかと、どれだけ信じるかは、別に続く、ということです。

その後の再審と教訓——証拠能力と証明力を分ける意味

最高裁の上告棄却から再審請求そして再鑑定の命令と再鑑定での不一致さらに再審開始決定と再審公判での無罪までの時系列と再審公判が当時の鑑定書を排除した理由を示す板

有罪が確定したあと、再審が請求されました。高等裁判所が、DNA型の再鑑定を命じ、より進んだSTR型という方法で、16の座位を検査しました。その結果、被告人と、被害者の下着から出た男性のDNA型は、一致しませんでした。再審が開始され、再審公判では、無罪となりました。再審の手続きそのものは、別の回で見ます。ここで、大事な点です。この再審の判決は、当時の鑑定を、どう扱ったのでしょうか。判決が示した判断を、読みます。

判例宇都宮地判平22・3・26 判時2084号157頁

再審公判の判断——当時の鑑定書を排除 本件DNA型鑑定が,前記最高裁判所決定にいう「具体的な実施の方法も,その技術を習得した者により,科学的に信頼される方法で行われた」と認めるにはなお疑いが残るといわざるを得ない。したがって,本件DNA型鑑定の結果を記載した鑑定書(第一審甲72号証)は,現段階においては証拠能力を認めることができないから,これを証拠から排除することとする。

最高裁の決定が変わったのですか。変わっていません。この判決は、最高裁の決定が示した基準を前提にして、当時の鑑定にその基準を当てはめ直し、実施の方法に疑いが残ると判断したのです。理由を、判決の認定に沿って言います。鑑定書に付いた検査結果の写真が不鮮明でした。証人は、普通であればやり直す、と述べました。しかも、型の判定の元になったネガフィルムは証拠として出されず、計算のデータも一部しか出ていなかったため、正しく判定できたかどうか、確かめようがなかったのです。4つ目の、結果を検証できることです。実施方法の信頼性を、後から確かめられなかった。これが決め手でした。さらに判決は、自白についても、捜査官から鑑定の結果を告げられたことが最大の要因で、信用できないとしました。鑑定が一致したと告げられることで、自白まで歪む。科学の名による過大評価が、連鎖した例です。この事件から、4つの教訓が取り出せます。1つ目。最高裁が、証拠価値は慎重に、と留保していたとおり、許された後にも、証明力の吟味は別に続きます。2つ目。決め手は、検証できるかどうか、でした。3つ目。鑑定の結果は、自白のような他の証拠にも影響を与えます。4つ目。技術の水準は変わります。当時の方法で許された鑑定でも、進んだ方法で鑑定し直すと、誤りが見えることがあります。この事件でも、再鑑定のSTR型が不一致を示したことから、見直しが始まりました。現在の主流は、STR型で、MCT118型より座位が多く、識別の力が高いとされています。

資料を全部使い切って追試できない場合や、資料に別の人のDNAが混入する可能性が議論されます。どちらも、物差しの、保管と検証可能性に戻して考えます。

鑑定書という壁——321条4項

鑑定の結果は鑑定書という書面で出るため伝聞証拠であり関連性を通っても別に伝聞例外の関門があることを321条3項と4項の関係で示す板

許容性の物差しをクリアすれば、鑑定は使えるのですか。まだです。鑑定の結果は、多くの場合、鑑定書という書面で出てきます。この書面は、伝聞証拠にあたります。伝聞証拠とは、法廷の外で語られたり書かれたりした供述を、その中身が正しいことの証明に使う証拠です。書いた人に、法廷でその場で問いただせないので、原則として証拠にできません。関連性の関門を通っても、別に伝聞の関門があります。ここは、地図だけ示します。核心の条文を、3項とあわせて読みます。

条文刑訴法321条3項・4項

刑事訴訟法第321条第3項・第4項 3 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。 4 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

4項は、鑑定人が作成した鑑定書について、前項と同様、と言っています。つまり、3項の条件を使うのです。供述者、ここでは鑑定人が、公判期日に証人として尋問を受け、真正に作成されたものであることを供述すれば、証拠にできます。なぜこれで足りるのか。検査の経過と結果は、専門家が記憶で話すより、そのとき書いた書面のほうが正確です。そのうえで、作った本人が法廷に出て、問いただされる機会があるからです。捜査の章の、鑑定嘱託の回で見たとおり、鑑定人は裁判所が命じた専門家、鑑定受託者は捜査機関が直接頼んだ専門家でした。条文の文言は、鑑定人の作成したもの、です。それでも、鑑定受託者の書面にも、この4項を当てはめる、というのが判例です。理由は、専門家が知識を使って経過と結果を書く、という書面の性質が、鑑定人の鑑定書と変わらないから、と説明されます。ただ、その判例の詳しい中身と、真正に作成された、の意味は、別の回で見ます。今日は、関連性の次に、伝聞の関門がある、という位置関係を押さえてください。

答案を書く順番

答案を書く順番として要証事実の特定から許容性の4つの物差しの当てはめそして鑑定書の伝聞の検討と最後に証明力の吟味までを帽子の設例で順に示す答案の型の板

答案で科学的証拠が出てきたら、何から書けばよいですか。4段です。1段目、その鑑定は、何の要証事実のための証拠かを言います。設例なら、犯人性です。2段目、許容性を、4つの物差しの順に当てはめます。原理、実施の方法、資料の採取と保管、結果の検証可能性です。事案の事実で書きます。帽子が別の袋に入っていた、検査の記録が残っていない、といった事実です。3段目、鑑定書は伝聞なので、321条4項を検討します。4段目が、意外と抜けます。許容されても、証明力は別に吟味します。出現頻度の意味は、犯人である確率ではありません。混入の可能性、他の証拠との整合も見ます。3段目までは入口の問い、4段目は中身の問い。冒頭に分けた、2つの問いに、そのまま対応します。

覚えるのは、最高裁が挙げた2点です。後の2つは、判例の文言ではなく、解される、と書く整理です。ここは、論文でも論点になりうるところです。

今日の地図(保存版)

科学的証拠の2つの危険と許容性の物差しの判例2点と答案2点足利事件の決定は許容しつつ証拠価値は慎重にと留保したこと再審で当時の鑑定が排除されたこと鑑定書は伝聞であることをまとめ次回のDNA以外の鑑定を予告する板

今日のまとめです。1つ目。科学的証拠は、中身を確かめにくく、過大評価されやすい。原理の裏づけがなければ自然的関連性がなく、過程が不透明で弊害が大きければ法律的関連性の問題になります。2つ目。許容性の物差しは、最高裁が挙げた2点、原理の理論的正確性と、実施方法の科学的信頼性です。答案では、資料の採取と保管、結果の検証可能性を足します。ただし、後の2つは判例の言葉ではありません。3つ目。足利事件の決定は、この2点を理由に許容しつつ、証拠価値は慎重に、と留保しました。のちの再審では、同じ鑑定が、実施の方法を確かめられないとして排除されました。証拠にしてよいかと、どれだけ信じるかは、別に問います。鑑定書は伝聞なので、321条4項という別の関門もあります。

犬の臭気選別、ポリグラフ、筆跡、顔貌を、今日作った物差しで、順に見ていきます。

ページ上部へ ↑

#106単独ページ動画

犬の臭気選別・ポリグラフ・筆跡鑑定

第5章 証拠法 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事務所の傘立てから傘が盗まれ傘の取っ手の臭いを覚えた犬が5枚のハンカチから容疑者の触った1枚を選んだときそれは何を証明したことになるのかを問う導入板

前回の最後に、DNA以外の鑑定を、作った物差しで順に見ていく、と予告がありました。DNAなら型という数字が出ますが、それ以外の鑑定は、何を根拠にしているのでしょうか。そこが今日の中心です。まず場面から入ります。事務所の共用の傘立てから、傘が1本盗まれました。警察は、傘の取っ手に残った臭いを、警察犬に覚えさせます。次に、ハンカチを5枚並べます。1枚は容疑者が触ったハンカチ、残りの4枚は事件と関係のない別の人が触ったハンカチです。犬は、その中から、容疑者が触った1枚をくわえてきました。この、犬が1枚を選んだという事実は、何を証明したことになるでしょうか。

犬が1枚を選んだことから、容疑者が盗んだ、とまで言うには、間にいくつも推論が挟まります。犬は本当に臭いで選んだのか。取っ手に残っていた臭いは、盗んだ人の臭いなのか。今日は、この間を1つずつ埋めていきます。前回作った許容性の物差しは4つで、最高裁が挙げた2点と、答案で足す2点でした。今日は、この同じ物差しを、DNA以外の鑑定に当てる回です。取り上げるのは、犬の臭気選別、ポリグラフ、筆跡鑑定、顔貌鑑定の4つです。

臭気選別の仕組み

現場の遺留物から覚えた原臭と被疑者の物の対照臭と第三者の物の誘惑臭を並べて犬に選ばせる検査とそこから犯人性に至る三段の推論を示す板

入る前に、前回の復習を1問。許容性の物差しのうち、最高裁が挙げた2点は、何と何だったでしょうか?科学的原理が理論的正確性を有することと、実施の方法が、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたこと、です。残りの、資料の採取・保管・同一性と、結果を後から検証できることは、答案で足す視点でした。この4つを持って、臭気選別に入ります。犯行現場に残された物から、犯人の体臭を犬に覚えさせます。この、覚えさせる元の臭いを、原臭と呼びます。次に、被疑者や被告人の体臭が付いた物を用意します。これが対照臭です。さらに、事件と関係のない第三者の体臭が付いた物を混ぜます。これが誘惑臭です。こうして数個並べた中から、原臭と同じ臭いの物を、犬に選ばせる検査です。

誘惑臭は、なぜ混ぜるのですか。当てずっぽうでは当たらないようにするためです。ハンカチが容疑者の1枚だけなら、犬が適当にくわえても、必ず当たってしまいます。5枚のうち1枚が容疑者の物で、4枚が別の人の物なら、でたらめに選んでも、当たるのは5回に1回です。誘惑臭は、犬が本当に臭いを区別しているかを試すための、紛らわしい引き立て役です。この証拠は、3段の推論でできています。1段目、犬に選別検査をさせる。2段目、犬が複数回、対照臭を原臭と同じものとして選ぶ。3段目、そこから、被告人が犯人だと推論する。1段目から2段目を支えているのは、犬の嗅覚は優れている、という経験則と、その下で検査が適切に行われたことです。経験則とは、経験から導かれる一般的な傾向のことです。

DNAとは、支え方が違うのですか。違います。DNAは、型の繰り返しの回数を読む、という原理を、科学として説明できました。臭気選別は、犬の鼻がどう働いているのかが、十分には解明されていません。その点は、あとで物差しに当てます。まず、最高裁が実際に何を言ったのかを読みます。

最高裁の決定——臭気選別を証拠にしてよい理由

最高裁が挙げた3点それぞれの該当と非該当で訓練を受けた指導手と初めて犬を扱う人そして体調良好な犬と風邪で鼻が利かない犬そして採取保管の汚染の例を並べて示す板

臭気選別を証拠にした最高裁の決定は、あるのですか。あります。先に断ります。この決定は短く、事件の経過は書かれていません。警察犬による臭気選別の結果を有罪の認定に使った原審が正しかったかを、検討しています。ですから、事案はここでは語らず、傘の設例で足ります。決定が述べた判断そのものを、読みます。

判例最決昭62・3・3 刑集41巻2号60頁

最高裁が示した判断 右の各臭気選別は、右選別につき専門的な知識と経験を有する指導手が、臭気選別能力が優れ、選別時において体調等も良好でその能力がよく保持されている警察犬を使用して実施したものであるとともに、臭気の採取、保管の過程や臭気選別の方法に不適切な点のないことが認められるから、本件各臭気選別の結果を有罪認定の用に供しうるとした原判断は正当である。

理由は3点に整理できます。

⭐ 論文で書く規範:臭気選別の結果を有罪認定に使える理由——最高裁が挙げた3点 指導手が専門的な知識と経験を有する | 警察犬の能力が優れ、選別時の体調も良好 | 臭気の採取・保管の過程と選別の方法に不適切な点がない (判例が示した理由(条文の要件ではない))

1つ目は、指導手です。犬に検査をさせる人が、専門的な知識と経験を持っていること。訓練を受けた指導手が扱うのなら該当し、初めて犬を連れてきた人が扱うなら、疑いが出ます。2つ目は、犬です。臭気選別の能力が優れていることに加えて、選別のときに体調が良く、その能力が保たれていること。選別のときに風邪で鼻が利かない犬なら、結果は信じられません。優秀な犬でも、その日の状態が悪ければ、危うくなります。3つ目は、臭いの採取と保管の過程、それに選別の方法です。傘の取っ手を、何人もが素手で触ってから採ったのでは、誰の臭いか分かりません。臭いを付けたハンカチを、同じ袋に入れて移し替えてしまえば、臭いが混ざります。

最高裁が挙げた臭気選別を有罪認定に使える理由の3点である指導手と犬の能力と状態と採取保管と方法を前回の物差し4つのどれに当たるかと対応させて示す表の板

この3点は、決定が挙げた言葉そのものです。答案では、3点は決定の言葉で書き、物差しとの対応は、自分の当てはめとして書きます。指導手が適切に検査を行うことは、実施の方法の信頼性にあたります。犬の能力と状態は、原理の代わりに、犬の嗅覚という経験則を支える部分です。採取と保管は、答案で足す視点の、資料の採取・保管・同一性にあたります。決定は、理由を書いていません。こう整理できます。犬の鼻の仕組みが分からなくても、犬と指導手の確かさや、資料の扱い方は、あとから確かめられます。入口で問うのは、使ってよいか、だけです。どれだけ信じるかは、あとで他の証拠と合わせて量ります。だから入口では、確かめられる部分がそろっていれば足りる、という発想です。

臭気選別の報告書は経過と結果を見たとおりに記録した書面で321条3項の検証の結果に準ずるもの一方鑑定書は専門家の判断を書いた書面で4項という違いを示す板

もう1つ、この決定の特徴があります。決定の括弧書きです。臭気選別の経過と結果を書いた報告書について、選別に立ち会った警察官らが、経過と結果を正確に記載したことが、その証言で明らかだから、321条3項により証拠能力が付与される、と述べています。前回見たとおり、報告書のような書面は伝聞証拠なので、条文の例外を通らなければ、証拠にできません。前回の鑑定書は、4項でした。条文を並べて確認します。

条文刑訴法321条3項・4項

刑事訴訟法第321条第3項・第4項 3 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。 4 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

決定は、3項によると述べているだけで、理由までは書いていません。ただ、報告書に書かれているのは、犬がどのハンカチを選んだかという経過と結果で、立ち会った警察官が見て記録したものです。専門家が知識で判断した結果ではなく、見たことの記録に近いので、検証の結果に準ずる、と考えられます。鑑定書の4項も、前回見たとおり、3項と同じ条件を使う規定です。1つ、線を引いておきます。この決定が判断したのは、臭気選別の結果を有罪の認定に使ってよいか、という入口までです。犬の選別が、どれだけ強く犯人だと示すのか、という重さまでは、判断していません。ここで1問です。臭気選別の結果を有罪認定に使えるとした理由の3点は、何でしょうか?

指導手が専門的な知識と経験を有すること、警察犬の能力が優れていて選別時の体調も良好なこと、臭気の採取と保管の過程や選別の方法に不適切な点がないこと、です。

臭気選別の危うさ——許されても、どこまで信じるか

臭気選別を前回の物差しの原理の理論的正確性に当てると弱いこと最高裁は許容しても証拠能力を否定する見解や証明力を低く見る下級審があること犬が人の反応を読むクレバーハンス現象を示す板

犬が優秀で、手順も正しければ、確かな証拠になるのでしょうか。そこが難しいところです。前回の1つ目の物差し、科学的原理が理論的正確性を有するか、に当てはめます。犬の嗅覚の仕組みは、解明されていません。人の体臭に個人差があることも、その臭いが時間がたっても変わらないかも、明らかではありません。ですから、臭気選別は、科学的原理に基づく証拠だと言い切るのは難しく、実際には、犬の嗅覚は優れている、という経験則に支えられています。決定は、原理を厳しく求める形をとらず、犬と指導手と方法の適切さを見ています。ただ、これに納得しない見解もあります。証拠能力を否定する見解も有力です。事実を誤認させる弊害を上回るだけの推認力が、あるのか。1段目から2段目を経験則で支えられるのか、に疑いがあるからです。また、下級審の裁判例には、証拠能力は認めつつ、証明力は低く見たものがあります。許されるかどうかと、どれだけ信じるかは、別です。証明力が低く見られる理由の1つに、クレバーハンス現象があります。100年以上前のドイツに、計算ができる馬、と評判になった馬がいました。問題を出すと、足を踏み鳴らして答えの数を示します。ところが、後の調査で、馬は計算していたのではなく、出題者の表情や仕草の小さな変化を読み取って、正解の数で足を止めていたと分かりました。

犬にも、同じことが起こるのですか。起こりえます。設例で言います。ハンカチを並べた人、または犬に付き添う指導手が、正解の位置を知っていたとします。その人が、正解のハンカチの前で、無意識に視線を送ったり、リードを少し引いたりしたら、犬は臭いではなく、人の反応で選んだことになります。この場合、選別の結果は、臭いの一致を示していません。だから、検査の設計が効きます。1つは、正解の位置を知らない人がハンカチを並べることです。もう1つは、正解の位置を変えて、何度も行うことです。この2つは、実施の方法の信頼性と、結果を後から検証できることを、支える工夫です。同じ犬が同じ結果を出しても、設計が悪ければ、証明力は上がりません。

ポリグラフ検査——何を測り、何を推論するのか

ポリグラフ検査は質問への応答時の心臓呼吸皮膚電気反射などの生理的反応を記録し犯人しか知らない事項への反応から事件への意識を判定するもので原理は未解明であることを腕時計の色5つの設例で示す板

臭気選別の弱点は、原理が分からないことでした。次のポリグラフも、原理は分かっていません。そこに、結果から何を推論するのか、という問題が加わります。嘘発見器と呼ばれることはありますが、嘘そのものを見つける装置ではありません。質問をしながら、心臓の動き、呼吸、皮膚の電気的な反応といった、体の反応を同時に記録します。その変化から、質問への答えが本当かどうか、あるいは事件について何を意識しているかを判断する検査です。科学的な原理は解明されておらず、正確さが保たれる場合も、はっきりしていません。設例で見ます。腕時計が盗まれました。犯人は、盗まれた時計の色を知っています。そこで、赤ですか、青ですか、緑ですか、黒ですか、白ですか、と5つの色を順に質問します。本当の色が黒だとすると、犯人は、黒ですかと聞かれたときだけ、体に強い反応が出るはずだ、という考えです。犯人以外の人は、どの色にも同じ程度の反応になります。

反応が出ても、それだけで犯人とは決まりません。体温計に喩えます。熱があると分かっても、病名までは分かりません。ポリグラフも、この質問で反応が強く出た、という事実までです。それが犯人だからなのか、別の理由なのかは、別に考える必要があります。たとえば、事前に警察官から時計の色を聞いていた人なら、無実でも黒に反応します。だから、検査の前に、事件の情報を与えないことが大事になります。

最決昭43の括弧書きが前半の慎重な考慮を要するという注意と後半の同意のあった書面の証拠能力を肯定という2層でありその事案は同意のあったものに限られるという射程を示す板

ポリグラフを扱った最高裁の決定を読みます。この決定も短く、括弧書きで判断を示したものです。省いた部分は、ポリグラフ検査結果回答書という書面の名前です。検査の結果を書いた書面です。

判例最決昭43・2・8 刑集22巻2号55頁

最高裁が示した判断(括弧書き) ポリグラフの検査結果を、被検査者の供述の信用性の有無の判断資料に供することは慎重な考慮を要するけれども、原審が、刑訴法三二六条一項の同意のあつた警視庁科学検査所長作成の……について、その作成されたときの情況等を考慮したうえ、相当と認めて、証拠能力を肯定したのは正当である。

括弧の中は、2つに分かれます。前半は、検査結果を供述の信用性の判断に使うのは慎重に、という注意です。後半は、同意のあった書面について、証拠能力を認めた原審を正しいとした判断です。後半から、条文と一緒に見ます。出てきた条文を、全文で確認します。

条文刑事訴訟法第326条第1項

刑事訴訟法第326条第1項 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

326条1項は、検察官と被告人が、書面を証拠とすることに同意した場合に、作成されたときの情況を考慮して相当と認めるときに限って、証拠にできる、という条文です。決定は、この同意があった回答書について、作成されたときの情況等を考慮して相当と認め、証拠能力を肯定した原審を、正しいとしました。同意は、証拠調べ請求の回で見たとおり、伝聞法則の例外として、その書面を証拠にしてよい、という相手方の意見でした。だから、同意があれば、書面の壁は326条1項で越えられます。この決定だけで、ポリグラフの結果は証拠に使える、と結論するのは早計です。この決定の事案は、同意があった書面です。同意がなければ、別の関門が要ります。同意がないときの書面の扱いは、別の回で見ます。前半の注意にも戻ります。括弧の冒頭で、被検査者の供述の信用性の判断資料にするのは慎重な考慮を要する、と断っています。原理が解明されていないので、黒で反応が出たことと、その人の話が嘘であることの間には、距離があるからです。なお、決定は、作成されたときの情況等を考慮して相当と認めた、と言うだけです。その情況の中身としては、検査者の技術と経験、検査器具の性能、検査の経過と結果を忠実に書いたか、が挙げられることが多いです。ここで1問です。この決定は同意があった事案でした。なぜ、ポリグラフの結果は自由に使える、とまでは言えないのでしょうか?

同意がない場合は、別の関門があるからです。それに、結果がどこまでのことを示すのかも、別に問題になるからです。次の話が、その2つ目です。

札幌高判は被検者が事件について情報を事前に与えられていたことと検査が明らかにするのは犯人性であって殺意の有無のような詳細までは疑問という2つの疑問に反応の中身も腑に落ちないという点を加えて結果を重く見なかったことを示す板

何を推論するのか、で使える範囲が変わることを示した裁判例があります。殺人事件の控訴審の、札幌高裁の判決です。検査は、それなりの経験と実績を持つ人が、適正に実施したと認めました。それでも、主に2つの疑問を挙げて、その結果を重く見ませんでした。1つは、被検者が、事件当日から警察官の事情聴取を受けていて、事件についての情報が、すでに与えられていたと考えられること。正確さを保証する前提条件に欠けます。もう1つは、検査結果が明らかにするのは、基本的には、事件に関与しているかどうか、つまり犯人性であって、殺意の有無のような詳細まで有効なのかが疑問だ、ということです。さらに、反応の中身そのものにも、腑に落ちない点がある、としています。判決の言う情況証拠とは、間接証拠のことです。結論の部分を読みます。

判例札幌高判平14・3・19

札幌高裁が示した判断 以上のとおりであって,被告人がポリグラフ検査を受ける者としての適格性を有していたのかという点,この検査が被告人の事件との関与(被告人の犯人性)ということを超えて殺意の有無というような事項についてまで有効性をもっているのかという点にすでに疑問があり,更にその反応の中身自体についても腑に落ちないところがあるのであって,本件ポリグラフ検査結果を被告人の殺意を認定するについての情況証拠とすることは相当でない。また,他の情況証拠を補強する意味においても証拠価値を認めることはできない。

前回の物差しに当てると、1つ目の原理は、未解明です。そこで決め手は、2つ目の、実施の方法になります。検査者と器具に加えて、この判決は、検査の前に情報を与えないことを重く見ました。これは、資料を汚さない、という物差しの3つ目に似た考え方です。そして、何を推論するのかで、使える範囲が変わります。犯人性の話なのか、殺意のような中身の話なのか。ここが答案の要です。

筆跡鑑定——経験の集積に支えられた鑑定

筆跡鑑定は文字の特徴から他人と異なる傾向の希少性と経年後も維持される恒常性を見つけて書き癖から筆者を識別することを匿名の脅迫文と年賀状の乃の書き出しの設例で示す板

伝統的な方法は、資料の中の、数個の文字や、文字の一部分の特徴を取り出します。そして、他人と異なる傾向、つまり希少性と、時間がたっても維持される特徴、つまり恒常性を探して、書き癖から筆者を見分けます。設例です。会社の机に、匿名の脅迫文が置かれました。容疑者の年賀状と見比べると、どちらの、乃の字も、書き出しを一度小さく戻してから運ぶ癖がありました。この癖を持つ人が少なければ、希少性があり、意味が出ます。誰もが書く癖なら、意味は弱くなります。そして、年賀状を書いたときと、脅迫文を書いたときで、癖が変わっていないか、つまり恒常性も見ます。

科学的な鑑定といえるかには、最高裁の決定が答えています。ここでも、先に断ります。この決定は、鑑定書に同意があり、鑑定人の選任にも異議が出なかった事案です。判断部分を読みます。

判例最決昭41・2・21 集刑158号321頁

最高裁が示した判断 しかしながら、いわゆる伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはできないのであつて、筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と、その経験によつて裏付けられた判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないもの、といえないことはもちろんである。したがつて、事実審裁判所の自由心証によつて、これを罪証に供すると否とは、その専権に属することがらであるといわなければならない。

前回の物差しで読みます。1つ目の原理を、科学の原理ではなく、経験の集積で満たした、と読めます。専門的な経験則に支えられた証拠です。そのうえで、証明力には限界があることも、決定は認めています。これを罪証に使うかどうかは、事実審の裁判所の自由心証、つまり証拠の価値を裁判官が自由に判断することに任されています。なぜ、経験が、ただの主観で終わらないのか。さっきの乃の書き出しで言えば、多くの人の字を見比べてきて、この戻し方はめったに見ない、と言えるなら、それは鑑定人の気分ではなく、比べてきた数に支えられた判断だからです。ただ、その数を法廷ですべて示すことはできません。だから、証明力には限界が残ります。

決定が言ったのは、もっと狭いことです。決定は、筆跡鑑定を唯一の直接証拠として有罪の判決をすることができない、という刑訴法上の証拠法則は存しない、と述べています。ただ、それは、そういう決まりがない、という話です。この事案でも、鑑定を、他の証拠と合わせて認定しています。ですから、筆跡鑑定だけで有罪にできる、と一般化してはいけません。証拠能力の話と、証明力と自由心証の話は、分けます。なお、文字の形を数値にして、コンピュータで比べる方法も使われますが、原理は解明されておらず、証明力の判断は慎重に、という主張があります。

顔貌鑑定——似ていることと、同一であることの距離

顔貌鑑定は防犯カメラの犯人の顔と被告人の顔の各部分の形と位置関係を比べる形態学的な検査でスーパーインポーズ法は三次元モデルを重ね合わせて比較することそして似ていることと同一であることの距離を示す板

防犯カメラに写った犯人の顔と、被告人の顔が、同一人物かどうかを、顔の各部分の形や、位置関係から判断する検査です。形の特徴を比べるので、形態学的な検査と呼ばれます。科学的、客観的な原理は、確立していません。捜査の段階で、犯人を特定するためには、よく使われます。ただ、公判で有力な証拠になる例は、多くありません。他の証拠で立証できれば足りるからです。逆に、犯人を特定する証拠が、画像しかない事件では、この鑑定の信用性が正面から問題になります。手法の1つに、スーパーインポーズ法があります。防犯カメラに写った犯人の顔を、3つの異なる角度から用意します。一方で、被告人の頭と顔の形のデータから、三次元のモデルを作ります。このモデルを、大きさや向きを調整して重ね合わせたり、縦横に輪切りにした写真をつなぎ合わせたりして、比較します。透明なフィルムを2枚重ねて、輪郭がぴたりと合うか見るようなものです。

似ていることと、同一であることの間には、距離があります。たとえば、そっくりな別人でも、ある角度では、重なってしまうかもしれません。ここで、物差しに当てます。1つ目の原理は、確立していません。そこで、2つ目の、実施の方法の信頼性、つまり、どんな手法で比べたか。4つ目の、結果を後から検証できるか、つまり、比べた根拠が見えるか。この2つが決め手になります。境界のペアで示します。重ね合わせた画像を提出し、別の人の顔でも同じ程度に重なるかまで比べているなら、後から確かめられます。一方、一致している、という結論だけが書かれていて、どう比べたのかが見えないなら、確かめようがなく、信用できません。答案では、手法と根拠を吟味して、その合理性と信頼性を判断するべきで、重ね合わせが一致していても、手法と根拠が吟味に耐えなければ、信用できるとは限らない、と書きます。

4つを並べる——推認力の違い

臭気選別ポリグラフ筆跡鑑定顔貌鑑定の4つを何を推論するか原理の裏づけ崩れやすい物差し裁判所の扱いの4列で比べ4つとも間接証拠でありDNAとは推認力が違うことを示す比較表の板

4つを並べると、共通することはありますか。あります。ポリグラフ、筆跡、顔貌は、どれも、単独では、犯人だと言い切る力を持ちません。他の証拠と組み合わせて初めて意味を持つ、間接証拠です。間接証拠は、まず間接事実を証明し、そこから経験則を介して、犯罪事実を推認するのでした。犬が選んだ、黒で反応した、字の癖が似ている、顔が重なる。どれも間接事実で、そこから犯人性へ進む経験則が、どれも強くはありません。パズルのピースが、1枚では絵を決められないのと同じです。臭気選別も、同様です。冒頭の傘で言えば、犬が1枚を選んだことで分かるのは、せいぜい、そのハンカチの臭いを、犬が取っ手の臭いと同じものとして扱った、というところまでです。容疑者が傘を盗んだかどうかは、他の証拠と合わせて決まります。一方、前回のDNA型鑑定も、間接証拠である点は同じです。ただ、現場に所在した事実が分かるので、犯人性までの一歩が短く、発見された場所や状況によっては、犯人性を強く推認できることもあります。推認力は、証拠ごとに違います。

崩れやすい物差しも、鑑定ごとに違いますか。違います。臭気選別は、原理が未解明で、結果を後から検証しにくい点で崩れます。ポリグラフは、原理が未解明で、検査前の情報の管理と、何を推論するのかで崩れます。筆跡は、経験の集積に支えられていますが、証明力に限界があります。顔貌は、原理が確立せず、手法と根拠を確かめられるかで崩れます。だから、答案では、鑑定の名前を見て、結論を書くのではなく、どこで崩れやすいのかを、当てはめます。

法律的関連性と、証拠調べの必要性・相当性

自然的関連性と法律的関連性と証拠調べの必要性と相当性の4語について役に立たない役に立つ気がするが判断を誤らせる裁判所の裁量弊害のおそれという位置づけを整理し実務では法律的関連性が相当性の枠で検討されるという理解を示す表の板

最後に、関連性の言葉を、実務の言葉につなぎます。その前に1問です。役に立たないのが、自然的関連性でした。では、役に立つ気がするのに、判断を誤らせるのは、どちらだったでしょうか?法律的関連性です。役に立つ力はあっても、判断を誤らせるおそれが勝つときでした。ところで、証拠の関連性の有無と、裁判所の裁量である、証拠調べの必要性、相当性との関係は、判例上、必ずしも明確ではないのです。関連性の回で見たとおり、証拠調べの必要性は、重複していないか、最良の証拠かで、証拠を選ぶ裁判所の裁量でした。そして、法律的関連性が無い証拠も、まとめて必要性なし、として却下されることがありました。どちらも、調べる意味と、弊害や負担を比べる判断だからです。この、まとめて必要性と呼んでいた中身を、2つに分けるのが、司法研修所の整理です。1つの見解として紹介します。自然的関連性は、必要最小限の証明力があるかどうか。必要性は、証拠の積極的な価値の高さと、審理を合理的に進められるかどうか。相当性は、証拠調べに伴う弊害、たとえば、混乱や誤導のおそれ。そう分けたうえで、法律的関連性は、実質的には、相当性の枠の中で検討される、という理解です。分けること自体への異論もあります。この講座では、自然的関連性と法律的関連性の2段に分けて整理しておきます。

犬の選別結果に、犯人性を推す値打ちがどれだけあるか。他の証拠と重なっていないか。これが必要性です。そして、科学的、と言われたことで、信じ込んでしまう混乱や誤導のおそれ。これが相当性です。前回も言いましたが、証拠能力と証明力は、分けて考えます。

論文の型

答案の順として何の要証事実の証拠かを特定し許容性の4つの物差しを鑑定の特徴に合わせて当てはめ書面なら321条3項4項同意があれば326条1項を検討し最後に許されても証明力を吟味する4段の型と今日のまとめと次回予告を示す板

答案で、こうした鑑定が出てきたら、何から書けばよいですか。4段です。1段目、何の要証事実のための証拠かを言います。犯人性などです。2段目、許容性を、前回の4つの物差しで当てはめます。ただし、鑑定の特徴に合わせます。臭気選別なら、犬、指導手、採取保管、方法。ポリグラフなら、検査者、器具、何を推論するのか。筆跡と顔貌なら、経験の集積、手法と根拠です。3段目、書面なら、321条3項や4項、同意があれば326条1項を検討します。4段目、許されても、証明力は間接証拠として吟味します。ここは、論文でも論点になりうるところです。今日のまとめです。1つ目。臭気選別は、最高裁が挙げた3点、指導手、犬の能力と状態、採取保管と方法で、有罪認定に使ってよいとされました。報告書は、321条3項で証拠能力が付与されました。ただ、原理は経験則頼みで、証拠能力は許されても、証明力は別に吟味されます。2つ目。ポリグラフは、同意のあった事案で、証拠能力が肯定されました。同意がなければ別の関門があり、何を推論するのかで、使える範囲も変わります。3つ目。筆跡は、経験の集積に支えられ、証明力に限界があり、自由心証に任されます。顔貌は、手法と根拠の吟味が要ります。4つ目。どれも、単独で犯人性を推せる証拠ではなく、間接証拠です。法律的関連性は、実務では、必要性と相当性の中で見られます。

今日、何度も出てきた、書面という壁の正体を、意義と趣旨から見ていきます。

ページ上部へ ↑

#107単独ページ動画

伝聞法則の意義と趣旨(320条1項)

第5章 証拠法 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

夜道のひったくりを見た目撃者Wは法廷に来られず友人Fが法廷でWは見たと言っていたと証言する場面でWが本当に見たのかを誰がどう確かめるのかを問う導入板

法廷に来ない人の話を、別の人が代わりに伝えたら、証拠にできるのか。これが今日の中心の問いです。設例で考えます。夜道で、バッグがひったくられました。被告人はXです。通行人のWが、犯行を目撃しました。ところがWは、体調を崩して、法廷に来られません。かわりに、Wの友人のFが、証人として出廷します。Fはこう証言します。「Wは、Xがバッグを奪うのを見た、と言っていました」。Fは嘘をついておらず、Wの話を正確に伝えています。Fが宣誓して正直に話しているなら使えそうに見えますが、ここに落とし穴があります。原則として、この証言は、Xがバッグを奪った証拠には使えません。Fが正直かどうかは、問題ではありません。Wが本当に見たのか、覚えているのか、正確に言ったのか。それを、法廷の誰も確かめられないからです。前回まで、鑑定書は321条4項、臭気選別の報告書は321条3項と、書面は別の関門を通る、と何度も出てきました。あの書面という壁の正体が、今日の伝聞法則です。今日は、この原則の意義と趣旨を、条文と、供述が届くまでの道筋から組み立てます。

320条1項——締め出される2つの型

320条1項が締め出す書面型と伝聞供述型を設例のWのメモとFの証言に対応させ例外は321条から328条にあることを示す板

伝聞法則は、何条に書いてあるのですか。320条1項です。全文を出します。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

条文の骨格は、例外に当たる場合を除いて、次の2つを証拠にできない、です。1つ目は、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にすること。2つ目は、公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を、証拠にすることです。1つ目は、Wが法廷で語るかわりに、Wが書き残したメモを提出する場合です。法廷で語る代わりの書面なので、供述代用書面と呼びます。2つ目は、Fが法廷で、Wが法廷の外で語った内容を語る場合です。他人の話を内容とする供述なので、伝聞供述と呼びます。書面は、誰が書いたかで分かれます。Wが自分で書いたメモは、供述書です。警察官がWから話を聞いて書いた調書は、供述録取書です。この区別は、321条以下の例外の条文に入ったときに効いてきます。今日は、名前だけ押さえておいてください。もう1つ、この条文は、誰が出す証拠かを区別していません。検察官の出す証拠にも、被告人や弁護人の出す証拠にも、同じように適用されます。

条文の頭の321条から328条までが、原則に対する例外の規定です。中身は別の回で扱います。今日は、原則の側に集中します。なお、2項は、簡易公判手続の決定があった事件では、異議が述べられたものを除いて、1項を適用しない、と定めています。簡易公判手続は、被告人が冒頭で有罪だと認めた事件で、重い罪を除き、証拠調べを簡単にして進める手続です。ここでは、そういう規定がある、というところまでにします。

供述が法廷に届くまで——4つの関所と誤り

出来事から見る覚える言葉にする伝えるの四つの関所を通って供述が法廷に届く流れと各関所に入る誤りの例として暗くて見誤る時間がたって混ざる言い間違い嘘や誇張を並べた流れ図の板

条文の形は分かりました。でも、なぜ、他人の話の内容が入ってはいけないのでしょうか。そこを、供述が届くまでの道筋から考えます。物と違って、供述は、人の頭を通ってきます。前に見た、供述の4段階です。見る、覚える、言葉にする、伝える。知覚、記憶、表現、叙述でした。この4つを、関所にたとえます。証拠として法廷に届くまでに、荷物は4つの関所を通ります。各関所で、誤りが入りうることを、設例で見ます。1つ目、見る関所です。夜道は暗いので、Xの顔を見誤ったり、上着の色を見誤ったりします。悪気はなく、間違えます。2つ目、覚える関所です。事件から時間がたつうちに、別の日に見た場面と、記憶が混ざることがあります。3つ目、言葉にする関所です。黒っぽい上着だったのに、黒い上着と言い切ってしまったり、言い間違えたりします。4つ目、伝える関所です。ここは、わざと入る誤りです。かばいたい人がいて、見ていないのに見たと言う、話を大きく盛る、などです。

4つの関所のうち、外から見えるものはありますか。ありません。誤りは全部、本人の頭の中で起きています。血のついたバッグのような物なら、その物を調べれば足ります。しかし供述は、人の頭を通ってくるので、途中の誤りが見えません。誤ったまま事実認定に使えば、事実誤認になります。だから、確かめる手段が要ります。

法廷の証言なら働く3つの吟味

公判期日の証言では宣誓と偽証罪の制裁と当事者の反対尋問と裁判官による供述態度の観察の三つの吟味がすべて働き公判期日外の供述ではどれも働かないことを対比する表の板

ここで交互尋問の復習を1問。証人尋問で、反対尋問は、証人の供述の何を争う場でしたか?供述の証明力です。見間違いや記憶違いが入っていないか、証人に直接問いただして確かめます。では、法廷で証人が語る場合に、誤りをどう防ぐか。3つの仕組みが、同時に働きます。1つ目は、宣誓と、偽証罪の制裁です。証人は、宣誓をします。宣誓したうえで虚偽の陳述をすると、偽証罪で罰せられます。嘘をつく関所へのブレーキです。2つ目は、反対尋問です。当事者が、見る、覚える、言葉にする、伝えるの各段階を、順に問いただします。暗い夜道で何が見えたのか、なぜ黒だと言い切れるのか、と聞いていきます。3つ目は、裁判所による供述態度の観察です。目をそらしたり言いよどんだりするのを、裁判官が直接見て、信じてよいかを判断します。図に整理します。公判期日の証言では、3つとも働きます。公判期日外の供述では、どうでしょうか。

警察官に話したり、メモに書き残したりした時点では、宣誓もなく、反対尋問もなく、裁判官も見ていません。3つとも、働きません。3つのうち、どれが働かないか、と聞かれたら、答えは全部です。Fには、宣誓もさせられますし、反対尋問もできます。ただし、Fに確かめられるのは、Fが何を聞いたか、Fが正確に覚えているか、までです。Wが本当に見たのか、暗くて見誤っていないかは、Fに聞いても分かりません。Wの側の関所は、封をされた箱のまま、Fの手元に届いています。ここまでを、趣旨として整理します。

⭐ 論文で書く規範:320条1項が伝聞証拠を原則として排斥する趣旨 供述には見る・覚える・言葉にする・伝えるの各過程に誤りが入る危険がある | 公判期日外の供述には宣誓・反対尋問・供述態度の観察による吟味が働かない | だから吟味できない供述を事実認定に使わない (規範(条文の趣旨から導く解釈)——答案で理由づけに使う)

Wの話に、推認する力は、あるのですよね。役に立たないから排除するのとは、違うのですか。違います。前に見た関連性の整理では、役に立たないのが自然的関連性でした。Wの話は、Xが奪ったことを推認させる力を、一応は持っています。ただ、その力が本物かどうか、確かめられないまま使うと、判断を誤るおそれが大きい。役に立つのに判断を誤らせるものを締め出すのが、法律的関連性でした。伝聞は、関連性とは別の関門です。ただ、役に立つのに判断を誤らせるおそれの大きいものを、政策的に締め出すという発想は、法律的関連性と似ています。決め手は、確かめられないことの危険です。話の中身が嘘だと決まっているわけではありません。吟味を経ていない供述は、誤りがあっても気づけない。その危険を、原則として避けるのが、伝聞法則です。

書面は二重に危ない——供述録取書の場合

事件を体験したWの四つの関所と聞き取って調書に書く警察官の知覚記憶表現叙述という二つの過程が重なる供述録取書の二重の誤りの入り口を示す図の板

警察官が書いた調書なら、メモより確かだと思いやすいのですが、実は、調書のほうが、関所が増えます。警察官がWから話を聞いて、調書に書く場面で考えます。まず、Wの供述に、見る、覚える、言葉にする、伝えるの過程があります。そのうえで、聞き取った警察官にも、過程があります。Wの話を、正しく聞き取ったか。正しく覚えていたか。書面に、言葉を選んで書くときに、ずれていないか。誤りが入る過程が、2つあるのです。警察官の側が不正確なら、Wの話は正しく伝わりません。調書の要件として、署名や押印が求められる理由は、調書を書いた側の聞き間違いや書き間違いを減らし、話した本人が内容を確かめたことを担保するためです。中身は、例外の条文の回で見ます。今日は、調書は関所が二重になっている、という点を押さえてください。

憲法37条2項と直接主義

憲法37条2項の審問権と直接主義と反対尋問権の二つの根を対比し現行法は322条と324条で両方の色を持つことそして検察側と被告人側で憲法違反の意味がずれることを整理した板

伝聞法則と関係する憲法の規定があります。憲法37条2項の、証人審問権です。全文を出します。

条文日本国憲法第37条第2項

憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

前段は、被告人が、すべての証人に対して、審問する機会を十分に与えられる、と定めています。審問するとは、質問することで、要は、反対尋問の機会が保障される、ということです。伝聞法則と憲法37条2項は、重なりますが、同じではありません。伝聞法則には、2つの根があります。1つ目は、直接主義です。前に公判の原則で、伝聞法則の土台として見た、実質的直接主義のほうで、書面ではなく、証人の証言のような直接の証拠によるべきだ、という考え方でした。書面を通して、捜査機関などの影響が、裁判所に及ぶのを避けます。この根が狙うのは、書面です。Fは、法廷で、裁判官の目の前で話す証人なので、この根だけなら、Fのような伝聞供述は、許されうる形になります。そのとき挙げた例も、知人の報告書という書面を退ける話でした。2つ目は、英米法の系統の、反対尋問権です。元の供述をした人に、反対尋問をしていなければ、書面も伝聞供述も、否定します。Fの証言も、Wのメモも、否定されます。

現行の320条1項は、両方の色を持っています。書面も、伝聞供述も、原則として否定しているので、反対尋問権の色が濃く見えます。一方、被告人自身が公判期日外に語った供述も、320条1項で原則として排除し、322条で例外的に許しています。被告人が自分自身に反対尋問することはないので、反対尋問権の考え方だけなら、締め出す理由がありません。それでも締め出すのは、被告人の話でも、調書のような書面で届けば、裁判官が直接確かめていない証拠になるからです。直接主義の色です。反対に、伝聞供述まで原則として締め出し、324条の例外に当たるときだけ許す形は、書面だけを避ける直接主義からは出てこないので、英米法の色です。322条と324条の中身は、別の回で見ます。

憲法37条2項と320条1項の二つのずれとして主体のずれで検察側の証拠の違反は憲法の問題になりうるが被告人側の証拠の違反は刑訴法の問題にとどまることと場面のずれで公判期日の証言でも主尋問後の証人死亡や遮へい措置とビデオリンクで審問の機会が問題になることを整理した板

憲法37条2項とは、ずれが2つあります。1つ目は、主体のずれです。憲法37条2項の審問権は、被告人の権利です。一方、320条1項は、検察官が出す証拠にも、被告人側が出す証拠にも適用されます。検察側の証拠が伝聞法則に違反して、被告人の反対尋問が奪われれば、憲法の問題になりえます。被告人側が出す証拠の伝聞法則違反は、刑訴法の問題にとどまり、憲法37条2項の問題にはなりません。2つ目のずれは、場面のずれです。公判期日に法廷で行われた証言であっても、審問の機会が十分に与えられたと言えるかは、別に問題になります。たとえば、検察側の証人が、主尋問だけを終えて亡くなり、反対尋問ができなくなった場合です。この場合、被告人は、審問する機会を与えられたと言えるのか、が問題になります。伝聞ではない、公判期日の証言だから、では片づきません。この場合の処理は、この回では踏み込みません。問題の所在だけを、覚えてください。

証人を守る措置も、この審問権との関係で問題になります。遮へい措置は、証人と被告人の間についたてなどを置くこと、ビデオリンクは、証人が別の部屋から、映像と音声で互いの様子を認識できる形でつないで証言することです。最高裁は、こうした措置をとっても、被告人は証言を聞き、自ら尋問でき、弁護人が証人の態度を観察できることなどから、審問権の侵害はないと判断しています。証人の保護の措置と憲法37条2項は、別の回で扱います。

伝聞証拠の定義

伝聞証拠は供述証拠であることと公判期日外の供述であることと内容の真実性を証明するために使うことの三つが揃った証拠であり血のついたバッグは供述でなく法廷での証言は期日内であることを境界の例として示す板

ここまでで、伝聞証拠の定義が出せます。

⭐ 論文で書く規範:伝聞証拠の定義 伝聞証拠とは、公判期日外の供述を内容とする証拠で、その供述内容の真実性を証明するために用いるものをいう (規範(320条1項の趣旨から解釈で立てる)——言葉どおりに覚える)

供述どおりの事実があったことの証明に使う、ということです。設例では、Wの話を、Xがバッグを奪ったことの証明に使う場合です。話の内容が本当かどうかが、そのまま証明の対象になります。このとき、内容が本当かを確かめるために、Wへの反対尋問が必要になります。「公判期日外の供述」だけではだめなのですか。だめです。「又聞きだから伝聞」ではなく、供述証拠であること、公判期日外であること、内容の真実性の証明に使うこと、の3つが揃って初めて伝聞証拠です。境界のペアで見ます。血のついたバッグは、物です。人の頭を通っていないので、供述ではありません。伝聞にはなりません。Wが法廷で自分で証言するなら、公判期日の供述で、その場で3つの吟味が働くので、これも伝聞ではありません。どちらも、Wの話に似ていても、線の外側です。学説には、反対尋問を経ていない供述証拠を伝聞と見る実質説もあります。ただ、答案では、今見た定義で書きます。

伝聞かどうかの判断の順番

体験事実を含む供述か内容の真実性が問題になるか誤りの入る危険が低い類型かの三つの問いで進み当てはまるなら非伝聞でどれにも当たらなければ伝聞証拠でありその途中の問いは要証事実から決まることを示す判断の順番の板

ここで、前に見た供述証拠の考え方を思い出してください。供述証拠かどうかは、証拠の種類ではなく、何を証明するかで決まる、でしたね?何を証明するかで決まる、という考え方を使って、伝聞かどうかを判断する順番を作ります。3つの問いです。問い1。体験事実を含む供述か。体験事実とは、話した人が自分で見たり聞いたりした出来事のことです。含まないなら、供述証拠ではありません。たとえば、行為の一部として発した言葉です。脅迫の事件で犯人が言った「お金をだせ」は、見た出来事を伝える話ではなく、脅すという行為そのものなので、見る、覚えるの関所を通っていません。問い2。その供述の内容の真実性が、問題になるか。ならないなら、供述証拠として使っていないので、非伝聞です。問い3。誤りの入る危険が低い類型か。低いなら、供述証拠でも、非伝聞とされることがあります。現在の精神状態を語る供述などです。たとえば、話した人が「今、とても怖い」と、その時の自分の気持ちを口にした言葉です。見る、覚えるの関所を通らず、今の気持ちをそのまま言うので、誤りの入る場所が少ないのです。ただし、議論があります。この3つのどれにも当たらなければ、伝聞証拠です。各類型の中身は、別の回で扱います。

問い2と問い3は、何をもとに決めるのですか。要証事実です。何を証明するために、その供述を使うのか。それが決まらないと、内容の真実性が問題になるか、危険が低いか、を判断できません。

典型例の当てはめ

要証事実をXがバッグを奪ったこととして又聞き証言と目撃者のメモと警察官の調書の三つを判断の順番に当てはめいずれも伝聞となり例外に当たらなければ証拠能力がないことを示す板

設例に戻ります。まず、要証事実を決めます。今回証明したいのは、Xがバッグを奪った、ということです。この前提で、3つを判定します。1つ目、Fの証言です。Fは「Wから、Xが奪うのを見たと聞いた」と証言します。Wの供述は、体験事実を含みます。公判期日外の供述で、Xが奪ったことの証明に使うので、内容の真実性が問題になります。危険が低い類型でもありません。伝聞供述型の、伝聞証拠です。反対尋問で確かめられるのは、Fが何を聞いたか、Fが正確に覚えているか、Fが正確に言っているか、までです。Wの見る、覚える、言葉にする、伝える、の各関所は、Fの尋問の届かないところにあります。Fへの吟味は、Fの関所にしか届きません。2つ目、Wが書き残したメモです。Wが自分で書いた書面なので、供述書で、書面型です。Xが奪ったことの証明に使うなら、これも伝聞証拠です。3つ目、警察官が作った調書です。前に見たとおり、Wと警察官の2つの過程を含む供述録取書で、書面型の伝聞証拠です。3つとも、321条以下の例外に当たらなければ、証拠能力がありません。当たるかは、その回で検討します。なお、ここは論文で論点になりうる場面です。答案では、要証事実を特定し、問題の発言が公判期日外の供述証拠かを見て、320条1項の趣旨から伝聞証拠と結論します。そのうえで、例外の検討に進みます。

同じ供述でも、使い道で変わる

同じWの話でもXが奪ったことの証明に使えば伝聞であるがWは事件の直後にFと会って話したという事実の証明に使うなら内容の真実性が問題にならず伝聞でないという対比を示す板

今の3つは、全部伝聞でした。伝聞にならない場合は、ないのですか。あります。同じWの話でも、使い道を変えます。Xがバッグを奪った、ことの証明に使えば、伝聞です。しかし、Wは事件の直後にFと会って話をした、という事実だけを証明するために使うなら、どうでしょうか。その場合は、話の中身が本当かどうかは、関係がありません。話をした、という事実だけが問題です。内容の真実性が問題にならないので、伝聞ではありません。同じ供述が、使い道によって、伝聞になることも、ならないこともあります。伝聞かどうかは、供述の見た目ではなく、何を証明するために使うか、つまり要証事実で決まります。

今日の地図(保存版)

320条1項の二つの型と四つの関所と三つの吟味と憲法37条2項と直接主義と定義と判断の順番と使い道で変わることを一枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。320条1項は、公判期日における供述に代わる書面と、公判期日外の他の者の供述を内容とする供述を、原則として締め出します。例外は、321条から328条までです。2つ目。供述は、見る、覚える、言葉にする、伝える、の4つの関所を通り、各関所に誤りが入りえます。法廷の証言なら、宣誓と偽証罪、反対尋問、態度の観察の3つで吟味できますが、公判期日外の供述には、どれも働きません。これが趣旨です。調書のような供述録取書は、録取者の過程も加わって、二重に危険です。3つ目。憲法37条2項は、被告人の審問権を保障します。伝聞法則は、直接主義と反対尋問権の2つの根を持ち、現行法は両方の色を持ちますが、憲法とは、主体と場面でずれます。4つ目。伝聞証拠は、公判期日外の供述を内容とし、内容の真実性を証明するために用いるものです。判断の順番は、体験事実、内容の真実性、危険の低い類型、でした。

要証事実を、誰が、どう決めるのか。当事者が示す立証趣旨は、どこまで裁判所を縛るのか。伝聞かどうかを決める軸を、見ていきます。

ページ上部へ ↑

#108単独ページ動画

要証事実と立証趣旨(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑦/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

同じ一枚の手紙を記載どおりの事実の証明に使えば伝聞になり手紙が書かれて存在した事実の証明に使えば伝聞にならないことを対比し分かれ目は手紙ではなく何を証明するかにあることを問う導入板

変わるのは手紙ではありません。手紙を何の証明に使うか、です。設例で考えます。被告人のXが、Yと共謀して店を狙ったとして起訴されました。Xは、Pという人に手紙を書いています。そこには「先週Yと会って、あの店をやる段取りを決めた」とあります。この手紙の記載を、Xが先週Yと会って段取りを決めた事実の証明に使うなら、原則として証拠にできません。ところが、同じ手紙を別の事実の証明に使うと、伝聞法則の問題そのものが消えることがあります。何が違うのか。これが今日の中心の問いです。前回は、Wの話をXがバッグを奪ったことの証明に使えば伝聞で、Wは事件の直後にFと会って話をした事実だけの証明に使うなら、伝聞ではない、と見ました。そして、伝聞かどうかを決める3つの問い、つまり体験事実を含むか、内容の真実性が問題になるか、誤りの入る危険が低い類型か、のうち、問い2と問い3は要証事実が決まらないと答えが出ない、と言って終わりました。今日は、その要証事実を解きます。問いは2つです。1つ目。要証事実を、誰が決めるのか。そして2つ目。当事者が示す立証趣旨は、裁判所をどこまで縛るのか。先に答えを言います。要証事実は、請求した当事者の立証趣旨を土台にします。ただし土台のままでは意味がないときは、裁判所が実質を見て置き直します。この答えの理由を、順に組み立てます。

3つの言葉を分ける——要件たる事実・要証事実・立証趣旨

共同正犯の共謀を例に最終的に証明すべき事実である要件たる事実とそれを支える要証事実と証拠ごとに示す立証趣旨を階段状に並べXがPに宛てた手紙を立証趣旨の位置に置いた板

3つの言葉を階段にして分けます。一番上は、法律が犯罪の成立に求める要件です。最終的に証明しなければならない事実で、要件たる事実と言います。共同正犯なら、XとYの間に共謀があったこと、です。ただ、共謀という言葉は、法律が決めた枠の名前です。枠のままでは、どの証拠を当てればよいかが決まりません。そこで1段下で、その枠を、この事件で実際に起きた出来事に置き直します。これが要証事実です。共謀なら、XとYが、店を狙う犯罪を一緒にやると合意した、という出来事です。一般には、この意味で主要事実と同じ言葉として使います。主要事実は、証拠の分類の回で、犯罪事実そのもの、証明のゴールとして見ました。要件たる事実は法律の言葉で書いたゴール、主要事実はそれをこの事件の出来事で書いたゴール、と押さえてください。一番下が立証趣旨です。請求する当事者が、証拠ごとに示す、この証拠で何を示したいのか、という荷札のようなものです。規則189条1項が、証拠調べの請求は証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示してする、と定めています。全文を出します。

条文刑事訴訟規則第189条第1項

刑事訴訟規則第189条第1項 証拠調の請求は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示して、これをしなければならない。

設例に当てはめます。検察官は、Xの手紙を請求して、立証趣旨を「XとYの間の意思連絡」としたとします。意思連絡、つまり互いに犯罪をやる意思を伝え合ったこと、手紙で言えば、会って段取りを決めたことです。意思連絡があったと言えれば、犯罪を共同で行う合意があったと推認できるからです。ゴール、その支え、証拠ごとの荷札という、三段の階段になります。同じとは限りません。立証趣旨は、請求する側の申告です。要証事実は、証明が必要な事実そのものです。この2つが、いつも重なるとは限りません。そこが今日の入口です。なお、立証趣旨そのものは、証拠調べの請求の回で一度見ています。

3語の区別から同じ供述が要証事実で伝聞にも非伝聞にもなること誰が要証事実を決めるか主要事実に限らないこと立証趣旨の拘束力をめぐる議論名誉毀損の2場面の判定そして判断の手順へ進む流れを示す今日の流れの板

今日の順番を示します。まず、同じ手紙が要証事実の置き方で伝聞にも非伝聞にもなることを見ます。次に、誰が要証事実を決めるのかを、日記の設例で組み立てます。続いて、要証事実は主要事実に限らないこと、立証趣旨の拘束力をめぐる議論を見ます。最後に、名誉毀損の設例で、同じ記載が伝聞にも非伝聞にもなる場面を判定し、判断の手順にまとめます。

同じ供述でも、要証事実の置き方で変わる

手紙の記載どおりXが先週Yと会って段取りを決めた事実の証明に使う場合は内容の真実性が問題となり伝聞でありXがPと連絡を絶っていたという主張に対して手紙が書かれた事実の証明に使う場合は内容の真実性が問題にならず伝聞でないことを並べた対比板

まず、手紙の1つ目の使い方です。記載どおりに、Xが先週Yと会って段取りを決めた、と認定して、そこから合意を推認します。ここで聞きます。この使い方で、手紙の内容の真実性は問題になりますか?なります。手紙に書かれたとおりのことがあったかどうかが、そのまま証明の中身になるからです。だから、伝聞になると思います。Xが本当にそう言ったのか、正確に覚えていたのか、そのとおりに書いたのか。そこを確かめないと使えません。公判期日外の供述を内容とし、内容の真実性の証明に使うので、伝聞証拠です。Xの手紙は、被告人が作った供述書です。伝聞例外の要件を満たさない限り、証拠能力は認められません。要件の中身は例外の回で見ます。次に、使い道を変えます。別の事件で、Xは「Pとは何年も連絡を取っていない」と主張しているとします。検察官が、同じ手紙を、XがPに手紙を書いた事実の証明に使います。

内容の真実性が問題にならないので、供述証拠として使っていません。伝聞法則が適用されず、非伝聞です。手紙は一字も変わっていません。変わったのは、何を証明するために使うか、だけです。ここで、前回の3つの問いを、要証事実の目で整理します。問い1。供述に体験事実が含まれていなければ、見る、覚える、言葉にする、伝える、という過程がそもそもないので、伝聞ではありません。問い2。供述内容どおりの事実があろうとなかろうと証拠価値があるなら、内容の真実性は問題にならず、伝聞ではありません。問い3。真実性が問題になる使い方でも、誤りの入る余地が乏しい類型なら、非伝聞とする余地があります。

境界のペアで見ます。脅迫の事件で、被告人が被害者に「俺の仲間は刃物を持っている」と言ったとします。この発言を、被害者が怖がる言葉を言われた事実の証明に使うなら、仲間が本当に刃物を持っているかどうかは関係がありません。非伝聞です。同じ発言を、仲間が刃物を持っている事実の証明に使うなら、内容の真実性が問題になり、伝聞です。大事なのは、伝聞法則が適用されるのは、内容が真実かどうかを確かめる必要がある使い方のときだ、という点です。真実性を確かめるには反対尋問が必要になります。だから、真実性が問題にならなければ、供述の形をしていても、そのまま使えます。伝聞かどうかは、供述の見た目ではなく、要証事実によって相対的に決まるのです。

要証事実は誰が決めるのか

要証事実の決まり方として立証趣旨どおりに使って争点の解決に役立つなら立証趣旨を基礎にし役立たないなら裁判所が実質的な要証事実を置いて伝聞かどうかを判断するという分岐を示した板

出発点は、そのとおりです。第一次的には、請求した当事者の立証趣旨が基礎になります。証拠を選んで請求し、その証拠で何を証明するかを示すのは、当事者主義のもとでは当事者の役割だからです。立証趣旨どおりに使って推論した結果が、争点の解決に役立つなら、その使い方を前提に、伝聞かどうかを判断します。手紙の設例で、立証趣旨を意思連絡とした場合がこれです。意思連絡から合意が推認され、共謀という争点の解決に役立つからです。問題は、立証趣旨どおりに使っても、争点の解決に役立たない場合です。日記の設例で考えます。Xが脅迫罪で起訴されました。被害者Vの日記帳に「ある日、Xに『店を燃やす』と言われた」と書かれています。検察官は日記帳を請求し、立証趣旨を「Vが日記をつけていた事実」としました。

日記の設例で立証趣旨は日記をつけていた事実であるが検察官の実質的な狙いは記載どおりの脅迫があったことの証明であり裁判所はこれを実質的な要証事実に置いて内容の真実性が問題となる伝聞と判断することを示した板

ここで立ち止まります。Vが日記をつけていた事実が証明できたとして、Xが脅迫したかどうかという争点は、解決しますか?しません。日記をつけていたことと、Xが脅したことは、別の話です。立証趣旨どおりでは、証拠価値がありません。荷札には日記をつけていた事実と書いてあっても、中身の荷は、記載どおりの脅迫があった、という主張です。そこで裁判所は、立証趣旨とは別に、実質的な要証事実を、記載どおりの脅迫があったこと、と置きます。すると内容の真実性が問題になり、日記は伝聞証拠です。理由は、前に見た自由心証主義です。318条は、証拠の証明力は裁判官の自由な判断に委ねる、と定めています。全文を出します。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

318条の証明力は裁判官の自由な判断に委ねられるが証拠の値打ちは何の証明に使うかを決めないと測れず使い道を当事者の荷札で固定すると自由とは言えないため裁判所が実質的な狙いに即して要証事実を置き直し伝聞かどうかを判断する流れを示した板

証明力とは、証拠が事実をどれだけ推認させるかという値打ちで、その評価は裁判官に委ねられています。ところが、証拠の値打ちは、何の証明に使うかを決めないと測れません。さっきの日記がそうでした。その使い道を当事者の荷札で固定されたら、裁判官の評価は自由とは言えません。だから裁判所は、証拠から事実を認定する立場として、実質的な狙いに即して要証事実を置き直せる、と理解されています。そのうえで、置き直した要証事実を前提に、伝聞かどうか、つまり証拠能力を判断します。318条が自由にしたのは証明力の側で、証拠能力の判断そのものではありません。最高裁の判例に、同じ型の判断があります。実況見分調書、つまり捜査官が現場などの状況を見て記録した書面などで、被害者や被疑者に被害や犯行の様子を再現させた部分について、立証趣旨が「被害再現状況」「犯行再現状況」とされていても、実質では、再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になる、とした決定です。カードで出します。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

立証趣旨が再現状況でも、実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在 立証趣旨が「被害再現状況」,「犯行再現状況」とされていても,実質においては,再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものと解される。

この決定は、立証趣旨の言葉と、実質の要証事実がずれる例として使います。再現部分を含む調書の証拠能力の要件は、別の回で扱います。もう1つ、高裁の判決です。裁判所は立証趣旨に拘束されるのか、という問いに答えたものです。

判例東京高等裁判所判決・昭和27年11月15日(高刑集5巻12号2201頁)

立証趣旨は請求の採否の参考にすぎない 刑事訴訟規則第百八十九条が証拠調の請求にあたり証拠と証明すべき事実との関係(立証趣旨)を明らかにすることを要求しているのは、さしあたり裁判所がその請求の採否の決定をするについてはその参考とするためであると解すべきであつて……立証趣旨なるものにそれ以上の強い効力を認めることは、法の精神とするところではないと解するのを妥当とする。

この判決は、証拠能力があり、適法な証拠調べを経た証拠なら、提出した側の立証趣旨にかかわらず、罪となるべき事実の認定に使える、という結論です。立証趣旨は採否の参考にとどまり、それ以上の強い効力はない、という理由づけです。実質的な要証事実を置き直さずに、請求そのものを却下すべきだ、という見解もあります。立証趣旨どおりでは証拠価値がない、つまり関連性がない、という理由です。ただ、判例は、さきほどの最高裁の決定のように、立証趣旨の言葉にかかわらず、実質的な要証事実を置いて、伝聞かどうかを判断しています。答案も、この判例の整理で進めます。ここまでを規範としてまとめます。

⭐ 論文で書く規範:伝聞性判断における要証事実の設定 要証事実は第一次的には当事者の立証趣旨を基礎に設定する | 立証趣旨どおりに用いたのでは争点の解決に資せず証拠価値を見出せない場合は裁判所が争点や訴訟の経過を踏まえて実質的な要証事実を設定する | その要証事実との関係で内容の真実性が問題となるかを判断し伝聞証拠性を決する (規範(判例の事例判断を参照して整理した学説上の規範)——答案で使う)

出どころを区別しておきます。判例が示したのは、再現状況の事例で実質の要証事実を置いた、という事例判断です。今の3つの文は、その事例判断などを参照して整理した、学説上の規範です。判例が一般論として、この文言を述べたわけではありません。境界も、もう一度確認します。手紙の設例は、立証趣旨どおりで争点の解決に役立つので、そのまま基礎になります。日記の設例は、役立たないので、実質的な要証事実に置き直します。線は、争点の解決に役立つかどうか、です。

要証事実は主要事実に限らない

主要事実であるXがバッグを奪ったことの下に間接事実である事件の夜にXが現場付近にいたことと補助事実である証拠の証明力にかかわる事実を並べ日誌の記載が間接事実の証明に使われる階段板

主要事実だけを見るのではありません。要証事実は主要事実とは限らず、関連性の回でも、間接事実が要証事実になりうると触れました。伝聞かどうかを判断するときに考えるのは、その証拠から立証される事実です。それは間接事実や補助事実のこともあります。前回のひったくりの事件に戻ります。犯人性が争点で、Xがバッグを奪ったことが主要事実です。Sが書いた日誌に「事件の夜、駅前でXを見た」とあります。検察官は、この日誌を、Xが事件の夜に現場付近にいたことの証明のために請求します。主要事実を推認させる事実で、証拠の分類の回で見た間接事実です。この設例の要証事実は、Xが事件の夜に現場付近にいたことです。日誌の記載どおりXがそこにいたかどうかの真実性が問題になるので、伝聞です。要証事実は、奪ったという主要事実でなくても、伝聞性はこの間接事実との関係で判断されます。補助事実は、名前と一文だけ押さえます。証拠の分類の回で見た補助証拠が証明する事実で、証人の信用性のように、証拠の証明力にかかわる事実です。これも要証事実になりえます。弾劾証拠としての使い方は、別の回で扱います。

立証趣旨は裁判所を縛るか、その議論が伝聞かどうかの判断に効く場面

立証趣旨の拘束力について当事者は拘束されるが裁判所にも拘束力を認める主張とそうしない実務の理解とを日記の設例の結論の違いで対比した板

ここで、以前に見た内容を思い出してください。立証趣旨の拘束力について、縛られるのは、請求した当事者と裁判所のどちらでしたか?請求した当事者です。相手方は立証趣旨を前提に同意や異議を決めるので、請求した側があとから別の事実に使うことは許されません。裁判所は縛られません。ここから先が、今日の新しい中身です。さらに当事者主義を徹底して、裁判所の事実認定にも立証趣旨の拘束力を認める主張があります。この立場だと、裁判所は立証趣旨と異なる要証事実を置けません。伝聞かどうかの判断は、いつも立証趣旨を出発点に決まることになります。

立証趣旨は「日記をつけていた事実」です。裁判所にも拘束力を認めるなら、その事実で伝聞かどうかを判断することになり、内容の真実性は問題になりません。非伝聞のままです。実質は、記載どおりの脅迫を証明するために使う証拠が、伝聞法則を通らずに入りうる、という構図になります。実務の理解は、裁判所が実質的な要証事実を置いて伝聞として扱います。立証趣旨の書き方ひとつで、伝聞法則の網をくぐれるかが変わる。だから、拘束力の議論は、伝聞証拠性に直結します。狙いは2つです。1つ目は、当事者が立証趣旨の範囲で尋問などを進められるようにして、集中審理を実現し、証拠調べを合理化すること。2つ目は、裁判所の事実認定で当事者に不意打ちを与えず、公平な裁判を実現することです。現在は、不意打ちなどの問題は、求釈明や公判前整理手続などの争点を早く顕在化させる措置で解消されます。公判前整理手続は、公判の前に争点と証拠を整理しておく手続です。そのため、実務では、裁判所は立証趣旨に縛られず、自分で要証事実を置ける、という理解が定着しています。結論の決め手は、拘束力を裁判所にまで認めなくても不意打ちは防げるのに、認めると伝聞法則が骨抜きになりうる、という点です。先ほどの高裁の判決も、伝聞法則との関係で、立証趣旨によって同意の意味や反対尋問の範囲が変わる場合はありうる、としています。ただ、それは証拠能力の問題であって、裁判所が立証趣旨に拘束された、ということではない、と整理しています。

ただし、立証趣旨を軽視してよいわけではありません。公判前整理手続や公判の立証で、証拠を厳選し、尋問が適切かどうかを判断するときに、立証趣旨は極めて重要です。答案では、結論を「裁判所は拘束されない」とし、理由を、不意打ちは他の手続で防げる、と1、2行で添えれば足ります。

名誉毀損の2場面——同じ記載が伝聞にも非伝聞にもなる

被告人Xが町会長Bについて補助金を私的に流用していると書いたチラシを配り名誉毀損罪で起訴され弁護人が同趣旨の地元紙の記事を検察官がチラシ現物を請求するという関係を示した設例の板

最後に、もう1つの設例です。被告人Xが、町会長Bは補助金を私的に流用している、と書いたチラシを配り、名誉毀損罪で起訴されました。弁護人は、記載の事実は真実だと主張しています。条文を2つ出します。

条文刑法第230条第1項

刑法第230条第1項 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。

条文刑法第230条の2第1項

刑法第230条の2第1項 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

230条1項は、その事実の有無にかかわらず、と書いています。事実を摘示して名誉を毀損する行為があれば成立し、記載が真実かどうかは、犯罪の成立と関係がありません。230条の2は、公共の利害に関する場合などに、真実であることの証明があれば罰しない、とする特例です。つまり、弁護人が特例を主張する側では、記載が真実かどうかが争点になります。

場面1で弁護人が地元紙の記事を立証趣旨は新聞に報道があった事実として請求するが争点はチラシの記載が真実かどうかであり報道があった事実だけでは争点の解決に役立たないため実質的な要証事実は記事の内容の真実性となり伝聞であることを示した板

場面1です。弁護人が、同じ趣旨を報じた地元紙の記事を請求し、立証趣旨を「新聞に報道があった事実」としました。争点は、チラシの記載が真実かどうかです。報道があったことが証明されても、記事の内容が真実でないなら、争点の解決には役立ちません。立証趣旨どおりでは、証拠価値がないのです。実質的な要証事実は、記事の内容の真実性、つまりチラシの記載が真実であることです。その真実性が問題になるので、記事は伝聞証拠です。伝聞例外に当たらない限り、使えません。

場面2で検察官がチラシ現物を立証趣旨はチラシが配布された事実として請求し名誉毀損罪は事実の有無にかかわらず成立するため記載の真実性は不要でチラシの存在だけで名誉毀損行為の存在を証明でき立証趣旨どおりの要証事実で伝聞でないことを示した板

場面2です。今度は検察官が、チラシの現物を請求し、立証趣旨を「チラシが配布された事実」としました。名誉毀損罪は、その事実の有無にかかわらず成立します。名誉を毀損する事実を摘示した行為があったことは、チラシがそこにあったことで確認できます。チラシは、供述証拠として使わなくても、その存在だけで名誉毀損の行為の存在を証明できます。立証趣旨どおりの要証事実で足りるので、内容の真実性は問題になりません。非伝聞として証拠能力が認められます。記載が真実かどうかは、弁護人が230条の2で主張する、別の争点です。検察官のこの証拠は、その争点には使いません。

同じチラシの記載でも場面1では争点が記載の真実性であるため伝聞となり場面2では争点が名誉毀損行為の存在であるため非伝聞となり分かれ目は記載の内容の真実性が争点の解決に必要かどうかであることを対比した板

2つを並べます。同じ内容の記載でも、争点が記載の真実かどうかになる側、つまり場面1では伝聞です。争点が名誉毀損の行為があったかどうかになる側、つまり場面2では非伝聞です。分かれ目は、記載の内容の真実性が、争点の解決に必要かどうか、です。この型を、最高裁の大法廷判決が示しています。この事件では、記事が真実かどうかに加えて、もう1つの問いがありました。真実だと証明できなくても、被告人が確かな資料や根拠に照らして真実だと信じ、そう信じたことに相当の理由があれば、名誉毀損の故意がなく、罪は成立しない、とこの判決は判断しています。被告人側が申請した証人が、記事の内容に関する情報を市役所の職員から聞き込んで被告人に提供した旨を証言し、検察官が伝聞だと異議を述べて、この部分が排除された事件です。カードで出します。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和44年6月25日(刑集23巻7号975頁)

同じ証言でも、要証事実によって伝聞にも非伝聞にもなる 本件記事内容が真実であるかどうかの点については伝聞証拠であるが、被告人が本件記事内容を真実であると誤信したことにつき相当の理由があつたかどうかの点については伝聞証拠とはいえない

同じ証言が、記事の内容が真実かどうかを証明するために使うなら伝聞で、被告人が真実だと信じたことに相当の理由があったかどうかを証明するために使うなら非伝聞です。信じた理由の証明なら、聞き込みの内容が本当かどうかは関係がなく、そう聞いて信じた事実だけが問題になるからです。この判決は、立証趣旨に制限を加えずに証人を採用した経過から、立証趣旨は、相当の理由をも含むものと解するのが相当だ、としています。裁判所が、請求の経過を見て、立証趣旨の実質を読み取っている例です。

要証事実を置く手順とまとめ

問題の証拠と立証趣旨の確認から立証趣旨どおりで争点の解決に資するかの検討そして資するなら立証趣旨どおり資さないなら実質的な要証事実を設定しその要証事実との関係で内容の真実性が問題になるかを判断して伝聞か非伝聞かを分ける五段階の手順の分岐板

要証事実を置いて伝聞かどうかを判断する順番は、5段階です。1つ目。問題の証拠と、請求者が示した立証趣旨を確認します。2つ目。立証趣旨どおりに推論した結果が、争点の解決、つまり主要事実、間接事実、補助事実の証明に役立つかを検討します。3つ目。役立つなら立証趣旨どおり、役立たないなら、争点や訴訟の経過から、実質的な要証事実を設定します。4つ目。その要証事実との関係で、内容の真実性が問題になるかを判断します。5つ目。問題になるなら伝聞証拠で、例外の検討へ進みます。問題にならないなら非伝聞です。ここは論文で論点になりうる場面です。

日記の設例も、名誉毀損の場面1も、ここで役立たないと分かったから、裁判所が実質的な要証事実を置き直しました。

今日の地図(保存版)

要件たる事実と要証事実と立証趣旨の三つの語の区別そして要証事実は立証趣旨を基礎に裁判所が実質的に設定することと同じ供述が要証事実で伝聞にも非伝聞にもなることを一枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。要件たる事実は最終ゴール、要証事実は証明が必要な事実、立証趣旨は請求者が証拠ごとに示す荷札です。要証事実は、主要事実とは限らず、間接事実や補助事実のこともあります。2つ目。要証事実は、第一次的には立証趣旨を基礎に決まります。立証趣旨どおりでは争点の解決に役立たないときは、裁判所が、争点や訴訟の経過を踏まえて、実質的な要証事実を置きます。理由は自由心証主義です。裁判所にまで拘束力を認めると、立証趣旨の書き方ひとつで伝聞法則の網をくぐれてしまうので、実務は認めません。3つ目。同じ供述や記載が、要証事実によって伝聞にも非伝聞にもなります。手紙は、記載どおりの事実の証明なら伝聞で、手紙が存在した事実の証明なら非伝聞でした。名誉毀損では、記載の内容の真実性が争点の解決に必要かどうかが、分かれ目でした。

発言があったこと自体を証明する場合、行為の一部として発した言葉、心理状態の供述、文書の存在、情況証拠です。今日の軸を使って、順に判定していきます。

ページ上部へ ↑

#109単独ページ動画

非伝聞の見分け方(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑧/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

売り手Yが被告人Xに店から抜いてきた品だと言って品物を売った設例で同じ言葉を品が盗品である事実の証明に使えば中身の真実性が問題になり伝聞で被告人Xが盗品と知っていた事実の証明に使えば中身が嘘でも本当でも値打ちが残り伝聞でないことを左右に対比した導入板

分かれ目は、言葉ではなく、その言葉で何を証明するか、です。設例を置きます。売り手のYが、被告人のXに「店から抜いてきた品だ」と言って、品物を売りました。証人のWは、それを隣で聞いていました。この言葉を、その品が本当に店から持ち出された盗品だ、という事実の証明に使うなら、Yが本当のことを言ったのかを確かめないと使えません。ところが、Xは盗品だと知っていた、という事実の証明に使うなら、Yの言葉が嘘でも本当でも、Xの耳に届いたことに値打ちがあります。前回の終わりに、要証事実で決まる非伝聞の典型を事例で回す、と予告しました。発言があったこと自体を証明する場合、行為の一部として発した言葉、心理状態の供述、文書の存在、情況証拠。今日は、この予告を、5つの型に整理し直して、事例で1つずつ判定します。発言があったこと自体を証明する場合は型2に、発言があったことから別の事実を推し量る、情況証拠としての使い方は型3と型4に振り分けます。心理状態の供述は、前回は非伝聞の典型に並べましたが、中身の真実性が問題になる点で性質が違うので、5つの型の外として最後に見ます。そのために、判定の道具を1つ渡します。「その言葉の中身が、仮に偽だったとしても、この証拠の値打ちは残るか」。今日の1問は、これです。この一問で、非伝聞の型がほとんど見分けられるようになります。

判定の問い——仮に偽でも値打ちが残るか

判定の問いとして言葉の中身が仮に偽でも証拠の値打ちが残るかを置き残るなら内容の真実性は問題にならず4つの関所の誤りが結論に入らず伝聞法則の出番がなく残らないなら内容の真実性が問題で伝聞の側になるという分岐を前回の手紙の2つの使い方で示した板

「仮に偽でも」という考え方は、前回の手紙のときも使えましたか。使えます。前回の手紙で試します。XがPに宛てた手紙に「先週Yと会って、あの店をやる段取りを決めた」と書いてありました。この記載を、段取りを決めた事実の証明に使うなら、手紙の中身が嘘だったとき、手紙は何も証明しません。値打ちが残らないので、内容の真実性が問題になり、伝聞です。一方、XがPと連絡を取っていた事実の証明に使うなら、手紙の中身が嘘でも、Xが手紙を書いて出したことは変わりません。値打ちが残ります。だから内容の真実性が問題にならず、非伝聞でした。

伝聞法則が心配しているのは、供述の中身を信じて事実を認定するときに入り込む誤りです。話す人が、見て、覚えて、言葉にして、伝える。この4つの関所のどこかで誤りが入るかもしれません。だから、法廷で宣誓させ、反対尋問で確かめます。ところが、中身が偽でも値打ちが残る使い方は、そもそも中身を信じて認定していません。4つの関所の誤りが結論に入り込まないので、反対尋問で確かめる必要がありません。これが、供述の形をしていても伝聞にならない理由です。値打ちが残らない使い方は、原則として伝聞になります。ただし例外的に、誤りの入る危険が類型的に低い供述は、非伝聞とする余地があります。前回の3つの問いで整理します。問い1は、体験事実、つまり自分で見聞きした出来事を含む供述か。問い2は、内容の真実性が問題になるか。問い3は、誤りの入る危険が低い類型か、でした。今日の一問は、問い2を、答えやすい形に言い換えたものです。今の例外が問い3で、今日の最後に見ます。なお、この一問は、見分けるための道具です。条文や学説の用語ではないので、答案には「要証事実との関係で内容の真実性が問題とならない」と書きます。

今日の流れとして言葉が行為の一部になる場合と発言そのものが犯罪事実の場合と発言の存在から話者の状態を推認する場合と発言の存在から聞き手の認識を推認する場合と文書の存在を使う場合の5つの型を判定し書き換えの落とし穴と現在の精神状態の供述を経て判定表にまとめる流れを示した今日の流れの板

今日の順番を示します。非伝聞の5つの型を順に見ます。1つ目は、言葉が行為の一部になっている場合。2つ目は、発言そのものが犯罪事実の場合。3つ目は、発言の存在から話した本人の状態を推認する場合。4つ目は、発言の存在から聞いた人の認識を推認する場合。5つ目は、文書の存在を使う場合です。そのあと、存在の証明と書き換えても伝聞になってしまう落とし穴を見ます。次に、5つの型の外にある、現在の精神状態の供述を見ます。最後に、全部を1枚の判定表にまとめます。

型1 言葉が行為の一部になっている場合

封筒を渡す動作だけでは借金の返済か贈り物か見張りの前金か分からず前金だ今夜店の裏で見張りを頼むという言葉が加わって初めて見張り依頼の前金の授受という行為の意味が決まる設例Aの板

動作と一体になって、その動作の意味を決めている言葉です。設例Aです。窃盗の共謀が争点で、Xが被告人です。目撃者のWが、法廷で証言します。「XがYに封筒を手渡して、『前金だ。今夜、店の裏で見張りを頼む』と言っていました」。検察官の要証事実は、この封筒の授受が、見張りの依頼と前金の趣旨でなされたこと、つまりXとYの間の共謀の一場面です。封筒を渡す動作だけを見ても、借金の返済なのか、誕生日の贈り物なのか、見張りの前金なのか、分かりません。言葉が加わって初めて、動作の意味が決まります。ここで立ち止まります。Xの「前金だ。今夜、店の裏で見張りを頼む」は、Xが過去の出来事を報告している言葉でしょうか?

違います。今この場での依頼と、お金の趣旨を伝えている言葉です。過去に何があったかは語っていません。過去の体験を語っていないので、見る、覚える、という関所をそもそも通っていません。前回の問い1、体験事実を含む供述か、に当たらないので、供述証拠として使っておらず、伝聞ではありません。Wは、Xの言葉を聞いたことを、法廷で宣誓して証言しています。W自身の見る、覚える、言葉にする、伝える、は、法廷で反対尋問によって確かめられます。伝聞法則が問題にするのは、法廷の外でされた供述のほうです。ここでは、Xの言葉が行為の一部なので、その問題が生じません。

境界のペアで見ます。同じXが、翌日Wに「昨夜、Yに前金を渡して、見張りを頼んでおいた」と話したとします。これを、前金を渡して依頼した事実の証明に使うなら、動作が終わったあとで過去を振り返って報告する言葉です。過去の体験の報告なので、内容の真実性が問題になり、伝聞です。決め手は、その言葉が動作と一体になって意味を決めているか、動作が終わった後に振り返って語っているか、です。

型2 発言そのものが犯罪事実の場合

詐欺の設例で説明会でXが毎月1割ずつ必ず増える元本も保証すると述べて被害者Vから出資金を集め証人Wがそれを聞いており要証事実は中身の真偽ではなくXがそのような説明をして人を欺いたことであるという設例Bの板

前回、脅迫の「俺の仲間は刃物を持っている」と、チラシの名誉毀損の場面2を見ました。あの2つが、この型です。言葉を発したこと自体が、犯罪の行為になっています。詐欺で確かめましょう。条文を出します。

条文刑法第246条第1項

刑法第246条第1項 人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。

設例Bです。Xが、説明会で「預けた金は毎月1割ずつ必ず増える。元本も保証する」と説明して、被害者のVから出資金を集め、詐欺罪で起訴されました。証人のWは、説明会でXがそう話すのを聞いていました。要証事実は、Xがそのような説明をして、人を欺いたことです。ここで、判定の問いを当てます。Xの説明の中身が、仮に偽だったとして、この証拠の値打ちは残りますか?残ると思います。詐欺は、欺く行為をしたことが犯罪ですから、そう説明した事実そのものが必要で、中身が本当かどうかで値打ちが変わる話ではありません。Xがそう説明したことが、人を欺く行為にあたります。そう言った事実が証明できればよく、説明の中身が真実かどうかを、Wの証言で証明する使い方ではありません。だから内容の真実性は問題にならず、非伝聞です。

言ったことの証明と言ったことが虚偽だったことの証明は別であり説明会で説明したことはWの証言で虚偽であることは口座の記録など物や記録で立証しVが後から友人に話した運用はしていないらしいという話を虚偽性の証明に使えば伝聞になることを2列で示した板

詐欺は、説明が嘘であることも必要ですよね。嘘だったことは、どうやって証明するのですか。大事な点です。「そう言った」ことの証明と、「言ったことが虚偽だった」ことの証明は、別の証拠で行います。虚偽だったことは、たとえば口座の入出金の記録で、集めた金が運用されていなかったことを示します。記録は、供述ではなく、物や記録として使われます。1つの証拠に、全部を背負わせません。境界のペアです。Vが、説明会のあとで友人のFに「Xは運用なんて、していないらしい」と話したとします。この話を、運用されていなかった事実の証明に使うなら、中身が本当かどうかが問題になります。伝聞です。説明会での言葉は行為として非伝聞、Vの後日の話は虚偽性の証明に使えば伝聞、と分かれます。

要件ごとに、どの証拠で何を証明するかを割り振るのです。その割り振りを決めるのが、要証事実です。

型3 発言の存在から、話した本人の状態を推認する場合

放火事件でXの責任能力が争点になり犯行前日にXが隣人Wへ天井の裏から声がして今夜火をつけろと命じてくると話していたことについて実際に声がしたかは問題でなく話したこと自体からその時点のXの精神状態を推論することを示した設例Cの板

発言の存在から状態を推認するというのは、どんな推論ですか。身近な例から入ります。ある人が泥酔していたことを証明したいとします。証人が「Xは、ろれつが回らず、同じ話を何度も繰り返していた」と証言するとき、その話の中身が本当かどうかは、誰も気にしていません。話し方から、酔っていたと推論しています。言葉の中身ではなく、そういう言葉が出てきたこと自体が、証拠になっています。責任能力で見ます。まず条文です。

条文刑法第39条第1項

刑法第39条第1項 心神喪失者の行為は、罰しない。

設例Cです。放火事件で、Xの責任能力が争点です。弁護人は、Xは心神喪失だったと主張します。犯行の前日に、Xが隣人のWに「天井の裏から声がして、今夜火をつけろと命じてくる」と話していました。Wが、それを法廷で証言します。要証事実は、Xの精神状態の異常、つまり責任能力の欠如につながる事実です。ここで判定の問いです。Xの言葉の中身が、仮に偽だったとして、証拠の値打ちは残りますか?中身が偽であること、つまり実際には声がしていないのにそう話したことが、異常な精神状態を推論させます。中身が偽でも、むしろ偽だからこそ、値打ちがあります。供述の中身を信じて認定していないので、非伝聞です。境界のペアです。同じWの証言を、実際に天井の裏に誰かがいて、命令していた事実の証明に使うなら、話の中身が真実かどうかが問題になり、伝聞です。使い道で分かれます。

いつでも成り立つわけではありません。この推論は、その発言が、本心から出た異常な言動であることが前提です。詐病を疑われるなど、叙述に真摯性が認められない場合は、発言があったことから精神状態を推論できません。真摯性というのは、本心からそう述べたか、ということです。もう1つ、似た使い方を名前だけ挙げます。証人の自己矛盾供述です。公判の証言と食い違う、捜査段階の供述があったこと自体から、その証言の信用性を疑う使い方です。どちらの供述が本当かは問わず、食い違ったこと自体に値打ちがあります。型3と同じく発言の存在を使いますが、推し量る先は、本人の精神状態ではなく、証言の信用性です。前回の補助事実、つまり証拠の証明力にかかわる事実の証明にあたります。詳しくは別の回で扱います。

型4 発言の存在から、聞いた人の認識を推認する場合

冒頭の設例で売り手Yが被告人Xの目の前で店から抜いてきた品だと言い証人Wがそれを聞いていた関係を示し左にケース1として盗品である事実の証明に使えば中身の真実性が問題で伝聞右にケース2としてXが盗品と認識した事実の証明に使えば中身の真実性は問題にならず非伝聞と並べた設例Dの板

設例Dを整えます。Xは盗品等有償譲受けで起訴され、「盗品とは知らなかった」と主張しています。品物が盗品であること自体は、ほかの証拠で立証済みです。証人のWは、売り手のYが、Xの目の前で「店から抜いてきた品だ」と言うのを聞いていました。ケース1。この言葉を、その品が実際に店から持ち出された物だ、つまり盗品性の証明に使う場合です。判定の問いを当てます。Yの言葉の中身が、仮に偽だったとして、値打ちは残りますか?残りません。本当に店から持ち出された物だと証明したいのに、中身が嘘なら何も証明できません。だから、内容の真実性が問題になって、伝聞です。Yが見たのか、覚えていたのか。Yを呼んで確かめないと使えません。ケース2。同じ言葉を、Xが盗品だと知っていた、という事実の証明に使う場合です。同じ問いを当てます。

Yの言葉があったことが証明できれば、中身が真実かどうかにかかわらず、聞いたXの認識を証明できます。盗品かどうかは、ほかの証拠で立証済みですから、ここでは問題になりません。内容の真実性が問題にならないので、非伝聞です。ケース1とケース2の対比が、この型のいちばん分かりやすい形です。ただし、この推論には条件があります。聞いた人が、現にその場で、その発言を聞いていたことです。Xが席を外していたなら、発言があっても、Xの認識には結びつきません。もう1つ、薄く触れます。同じYの言葉を、Y本人が、その品が盗品だと知っていた事実の証明に使う場合です。盗品であること自体は、ほかの証拠で立証済みでした。たとえば、Yが、どの店から、いつ抜いたかまで口にしていて、それが、ほかの証拠で分かった被害の日時や場所と合っていたとします。知らない人が、そこまで言い当てることは、まずありません。このように、Yの言葉が客観的な事実と一致していて、偶然の一致とはいえない場合は、Yは知っていたはずだと推論できます。中身が本当かどうかは、Yの言葉に頼らず、ほかの証拠で決まっています。Yの言葉は、そう言ったこと自体として使うので、Yの見る、覚える、言葉にする、伝える、の正確性は問題にならず、非伝聞です。

この推論で証明するのは、認識だけです。次に見る心理状態の供述は、本人が自分の気持ちを述べた、その中身の真実性を使います。推論の構造が違います。

型5 文書の存在を使う場合

偽造私文書行使の設例でXが偽造した領収書をYの経理担当者に提出し検察官が立証趣旨を領収書が存在し提出された事実として請求しており記載の金額や名義が本当かどうかではなく偽の領収書が作られて使われたこと自体が犯罪事実であることを示した設例Eの板

5つ目は、文書の存在です。文書は、物としての面と、供述を記した面の2つを持ちます。前回の手紙は、Xが手紙を書いて出したという物としての面だけを使う型でした。今日は、犯罪そのものに文書が使われた設例で確かめます。設例Eです。Xが偽造した領収書を、Yの経理担当者に提出した、という偽造私文書行使の事件です。検察官が領収書を請求し、立証趣旨を「その領収書が存在し、提出された事実」とします。偽の領収書が作られて使われたこと自体が、犯罪事実そのものです。記載の内容が真実かどうかは、問題になりません。型2の、発言そのものが犯罪事実、という考え方の書面版です。領収書は、供述としてではなく、物として使われています。非伝聞です。境界のペアです。同じ領収書を、Xが実際にその金額を支払った事実の証明に使うなら、記載の中身が本当かどうかが問題になります。書面の形をした供述ですから、伝聞です。この型に関わる、最高裁の決定が1つあります。駅構内で起きた集団暴力の事件で、ビラ等が証拠に採用されたことが争われました。上告では、この採用が憲法37条2項、つまり証人審問権に反するという主張がされました。その前提となる、刑訴法320条1項の条文を、もう一度出します。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

決定は、この320条1項の違反を否定しています。カードで出します。

判例最高裁判所第二小法廷決定・昭和59年12月21日(刑集38巻12号3071頁)

ビラ等の存在を立証趣旨とし非供述証拠として採用したことと320条1項 記録によれば、第一審が「右ビラ等の存在」を立証趣旨としてこれを非供述証拠として採用したことに刑訴法三二〇条一項違反を容れる余地はないとした原判断は正当であるから、所論違憲の主張は前提を欠き

前々回に見たとおり、憲法37条2項の証人審問権は、被告人が証人に問いただす機会を保障します。320条1項は、法廷の外の供述を、問いただす機会のないまま使うことを禁じているので、その違反があるなら、証人審問権の主張も成り立ちえます。最高裁は、ビラ等の存在を立証趣旨として、非供述証拠として採用した以上、320条1項違反の余地がなく、違憲の主張は前提を欠く、としました。一般に、ビラに何が書いてあっても、ビラがあったこと自体を証明するだけなら、書いた人の見る、覚える、言葉にする、伝える、を確かめる必要はありません。記載の中身が仮に偽でも、ビラがあったという値打ちは残ります。存在を証明する物として使う、型5の例です。

それなら、ビラを使うときは、存在を立証趣旨と書けばいつでも大丈夫なのですか。そこは、射程を限って読みます。この決定は、上告理由の適否を短く判断したもので、ビラの内容の何を要証事実にしたのかまでは述べていません。判断したのは、存在を立証趣旨とし、非供述証拠として採用したこと自体に、320条1項違反の余地はない、という事例判断です。記載の内容の真実性の証明に使うなら別で、伝聞になります。この点は、次の節で、もう少し掘り下げます。

「存在の証明」と書き換えても、実質が真実性なら伝聞

傷害事件で犯人性が争点であり被害者Vが事件直後に友人Fへ送ったXに殴られたというメッセージについて立証趣旨を送信した事実と書き換えても送信自体に争いはなく争点の解決に役立たないため実質的な要証事実はXが殴ったことになり内容の真実性が問題で伝聞になることを示した設例Fの板

ここで、前回を思い出してください。日記の設例では、立証趣旨が「日記をつけていた事実」でした。裁判所が置いた実質的な要証事実は、何でしたか?記載どおりの脅迫があったこと、でした。立証趣旨は日記をつけていた事実でも、それでは争点の解決に役立たなかったからです。その考え方を、今日の5つの型に当てます。設例Fです。傷害事件で、Xが犯人かどうかが争点です。被害者のVが、事件の直後に友人のFへ送ったメッセージがあり、「Xに殴られた」と書かれています。検察官が、これを請求し、立証趣旨を「Vが事件直後にメッセージを送信した事実」としました。まず、前回の物差しを当てます。Vが事件直後にメッセージを送信した事実が証明できたとして、Xが殴ったかどうかという争点は、解決しますか?

しません。送ったことに争いはなくて、それだけでは、誰が殴ったかは分かりません。検察官の本当の狙いは、メッセージの記載どおり、Xに殴られたことの証明です。実質的な要証事実は、Xが殴ったことになります。すると、記載の中身が偽なら値打ちが消えるので、内容の真実性が問題になり、伝聞です。「存在」と書き換えるだけでは、非伝聞になりません。チラシや詐欺の説明は、存在そのものが犯罪行為でした。だから、書き換えなしに、存在の証明で争点の解決に必要な推論が終わります。メッセージは、送信したという存在が争点に関わらないので、存在を証明しても推論が終わりません。終わらない先で使われるのは、記載の真実性です。判定の型にします。「存在の証明で、争点の解決に必要な推論が本当に終わるか」。終わらないなら、実質的な要証事実を置き直して、伝聞かどうかを判断します。もう1つ、確認する点があります。存在から推論する型には、推論を支える条件がありました。型3は、叙述に真摯性があること。型4は、聞いた人が現にその場で聞いていたこと、そして、話した本人の認識を推論するときは、内容が客観的な事実と一致し、偶然の一致とはいえないこと。存在を証明しても、この条件が欠けるなら、推論の橋が架からず、その型は使えません。

5つの型の外——現在の精神状態に関する供述

放火事件でXの動機が争点であり忘年会の帰り道にXがB社の連中は絶対に許さないと漏らしていたと証人Wが証言する設例Gで発言時の恨みという現在の精神状態を述べた供述の意義と過去の感情との違いを示した板

心理状態の供述は、ここまでに見た5つの型とは、性質が違います。まず意義です。現在の精神状態に関する供述とは、供述者が、発言したその時に抱いている感情、認識、意図などについて述べた供述です。現在とは、発言時のことです。設例Gです。放火事件で、Xの動機が争点です。証人のWが証言します。「忘年会の帰り道に、Xが『B社の連中は、絶対に許さない』と漏らしていました」。要証事実は、XがB社に恨みを持っていたことです。ここで立ち止まります。Wの証言する「絶対に許さない」は、仮に偽だったら、動機の証拠として値打ちは残りますか?

残りません。本当は恨んでいないのに言っただけなら、動機の証拠になりません。型3の幻聴と違って、中身が本当であることを使っています。ここが大事です。判定の問いには、残らない、と答えが出ます。だから、これは型2から型5までの、値打ちが残る型ではありません。内容の真実性は問題になります。理由は次のとおりです。この発言は、事件を見て覚えたうえで語るものではなく、発言時の、自分の気持ちを述べたものです。見る、覚える、の関所を通りません。残る誤りは、本心から語ったか、つまり叙述の真摯性だけです。そして、真摯に叙述したと立証できれば、供述証拠に特有の誤りが入り込むおそれは小さい。決め手は、誤りの入る余地が、真摯性という1点にほとんど絞られることです。そこで、通説と実務は、伝聞法則の適用外として非伝聞とします。前回の問い3にあたります。

⭐ 論文で書く規範:現在の精神状態に関する供述の扱い 内容の真実性は問題となるが 知覚・記憶の過程を経ず叙述の真摯性が立証できれば誤りが介在するおそれは小さい | よって伝聞法則の適用外として非伝聞とする余地がある (規範(通説で立てる)——判例が一般論として示した文言ではない・有力説は伝聞証拠とする)

出どころを区別しておきます。今の規範は、通説と実務の理解です。判例が一般論としてこの文言を述べたわけではありません。有力説があります。現在の精神状態に関する供述も、内容の真実性は問題になります。そして、叙述の真摯性は、型3の場合以上に問題になりやすい。だから、伝聞証拠として評価すべきだ、という考えです。たとえば、気持ちの表明は、本心かどうかが外からは確かめにくいので、真摯性が問われやすい、と考えると分かりやすいでしょう。境界のペアで見ます。「去年、解雇されたときは悔しかった」。これは、過去の感情を語る供述です。過去の出来事を、見て、覚えて、言葉にしているので、知覚と記憶を経ます。争いなく伝聞です。「今、悔しい」と発言時の気持ちを述べるなら、現在の精神状態で、通説は非伝聞です。決め手は、知覚と記憶の関所を通るか通らないか、です。

型3は、中身が偽でも、そう言ったこと自体が証拠でした。設例Gは、中身の、気持ちの表明が、本当であることを使います。だから型3は判定の問いで非伝聞になり、設例Gは、問い3で判断します。なお、過去の体験と現在の気持ちが混ざる供述は、扱いが変わります。

5つの型の判定表と手順

判定表(型1言葉が行為の一部/型2発言が犯罪事実/型3話者の状態の推認/型4聞き手の認識の推認/型5文書の存在/5つの型の外の現在の精神状態+各型の設例と中身が仮に偽でも値打ちが残るかと判断する問い) 図:判定表

  • 型1言葉が行為の一部
  • 型2発言が犯罪事実
  • 型3話者の状態の推認
  • 型4聞き手の認識の推認
  • 型5文書の存在
  • 5つの型の外の現在の精神状態+各型の設例と中身が仮に偽でも値打ちが残るかと判断する問い

1枚の表にします。型1、言葉が行為の一部は、設例Aの前金の依頼。型1だけは、判定の問いの手前で決まります。そもそも過去の体験の報告ではないので、問い1で供述証拠から外れます。型2、発言が犯罪事実そのものは、設例Bの詐欺の説明。型3、話者の状態の推認は、設例Cの幻聴。型4、聞き手の認識の推認は、設例Dの盗品。型5、文書の存在は、設例Eの領収書。型2から型5は、どれも、中身が仮に偽でも値打ちが残ります。5つの型の外の、現在の精神状態は、設例Gの、B社への恨みです。中身が偽なら値打ちが残らない、つまり内容の真実性は問題になりますが、誤りの入る危険が類型的に低いとして、問い3で判断します。

非伝聞の判定手順として要証事実を決める次に証拠が要証事実を推認させる道筋を書く道筋が中身どおりの事実があったを通らなければ型1から型5のどれかに名前を付けて非伝聞通るなら誤りの入る危険が類型的に低いかを見て低ければ非伝聞低くなければ伝聞で例外の検討へ進む4段階の分岐板

手順は、4段階です。前回の5段階のうち、立証趣旨の確認から要証事実の置き直しまでを、今日は1つ目にまとめます。そして、3つ目と4つ目で、前回の問い2と問い3を順に当てます。1つ目。要証事実を決めます。立証趣旨を土台にして、争点の解決に役立たなければ、実質的な要証事実に置き直します。2つ目。その証拠が、要証事実を推認させる道筋を書きます。3つ目。その道筋が、発言や記載の中身どおりの事実があった、を通るかを見ます。通らないなら、値打ちが残る使い方です。型1から型5のどれかに名前を付けて、非伝聞と書きます。通るなら、4つ目に進みます。4つ目。誤りの入る危険が、類型的に低いかを検討します。現在の精神状態なら、通説は非伝聞です。低くなければ伝聞証拠で、例外の要件の検討に進みます。ここは論文で論点になりうる場面です。設例Fで、4段階を通してみます。1つ目、立証趣旨は送信した事実ですが、それでは犯人が誰かという争点が解決しないので、Xが殴ったことに置き直します。2つ目、道筋は、メッセージに書かれたとおりXが殴った、だからXが犯人、です。3つ目、この道筋は中身どおりの事実を通ります。型1から型5のどれにも入りません。4つ目、Vが見て覚えた体験を語る言葉なので、誤りの入る危険が類型的に低いとはいえず、伝聞証拠です。比べて、設例Dのケース2です。道筋は、Yがそう言った、それをXが聞いた、だからXは盗品だと知っていた、です。中身どおりの事実を通らないので、型4と名前を付けて、非伝聞です。

⭐ 論文で書く規範:非伝聞の判定(要証事実との関係) 要証事実との関係で 供述の存在自体から要証事実を推認でき供述内容の真実性が問題とならない場合は 供述証拠として用いられていないので非伝聞であり320条1項は適用されない | 内容の真実性が問題となる場合でも 知覚・記憶・表現・叙述の過程に誤りが介在するおそれが小さい類型は 非伝聞とする余地がある (規範(通説で立てる)——判例の規範ではない。最高裁の決定は事例判断)

出どころは、通説です。前半の、存在から推認できて真実性が問題にならないなら非伝聞、という整理は、供述証拠かどうかの一般的な理解です。後半の、誤りが介在するおそれが小さい類型は非伝聞とする余地がある、は、通説的な理解で、有力説は伝聞と考えます。判例の規範ではないので、答案では通説と有力説を分けて書きます。

今日の地図(保存版)

非伝聞の判定の問いとして言葉の中身が仮に偽でも値打ちが残るかを置き5つの型の名前と存在の証明の書き換えの落とし穴と現在の精神状態の供述の通説と有力説を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。非伝聞になる5つの型、つまり、行為の一部として発した言葉、発言そのものが犯罪事実、存在から話した本人の状態を推認、存在から聞いた人の認識を推認、文書の存在は、「言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか」で見分けます。残るなら、内容の真実性が問題にならず、伝聞法則の出番がありません。型1だけは、その手前、過去の体験の報告ではない、という点で外れます。2つ目。存在の証明と書いても、実質が内容の真実性の証明なら伝聞です。判断するのは立証趣旨の書き方ではなく、存在の証明で争点の解決に必要な推論が終わるかです。推論を支える条件、叙述の真摯性、聞いた人がその場で聞いていたこと、偶然の一致とはいえないことも、確認します。3つ目。現在の精神状態に関する供述は、内容の真実性が問題になります。ただ、知覚と記憶を経ず、残る誤りは叙述の真摯性だけなので、通説は非伝聞とします。有力説は、真摯性が型3より問題になりやすいとして、伝聞と考えます。過去の感情は、知覚と記憶を経るので、争いなく伝聞です。

あわせて、とっさに出た一言も見ます。今日の一問を、そのまま持って行きましょう。

ページ上部へ ↑

#110単独ページ動画

精神状態の供述と咄嗟の一言(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

「あの人は嫌い。いつも変なことをしてくるから」という一言を、嫌いという気持ちの証明に使う場合は通説が非伝聞、変なことをされたという出来事の証明に使う場合は伝聞と、使う部分によって伝聞かどうかが入れ替わることを左右に対比した導入板

変わるのは、その言葉のどの部分で、証明したい事実に届くか、です。例を置きます。ある人が友人に「あの人は嫌い。いつも私に変なことをしてくるから」と話しました。「嫌い」は、話した時点の気持ちです。「変なことをしてくる」は、過去にあった出来事の叙述です。同じ一言でも、嫌いという気持ちの証明に使うなら、通説は非伝聞です。変なことをされた、という出来事の証明に使うなら、伝聞です。最高裁は、この形の証言を、実際にどちらとして読んだのでしょうか。今日は、その判例を見ます。今日は、気持ちの言葉と、事件のその場で出た一言を扱います。今日の1問は、これです。「その言葉のどの部分の真実性を通って、証明したい事実に届くか」。答えを先に言うと、混ざった言葉は、部分に割って、使う部分だけを見ます。

混ざった一言は部分に割る

前回の判定の問い「言葉の中身が仮に偽でも値打ちが残るか」と、現在の精神状態の供述は知覚と記憶の関所を通らず残る誤りは叙述の真摯性だけで通説は非伝聞・有力説は伝聞・過去の気持ちを語る供述は争いなく伝聞であることを呼び戻した板

前回の道具を、先に呼び戻します。一問は、言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか、でした。残らない使い方は、原則として伝聞です。ただし、発言した時点の気持ちを述べる供述は、例外の余地がありました。残る誤りは、本心から述べたかという叙述の真摯性だけです。見る、覚える、の関所を通らないので、誤りの入る危険が類型的に低い。だから通説は非伝聞とします。本心かどうかは、聞いた人への反対尋問で、ある程度確かめられます。しかも、本人の言葉は、その時の気持ちを知るいちばんの証拠なので、伝聞として退ける必要も乏しいのです。有力説は伝聞です。過去の気持ちを語る供述は、争いなく伝聞でした。ここで、前回の問いを1つ。言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残る使い方は、伝聞でしょうか、非伝聞でしょうか?

非伝聞です。中身を信じて認定していないので、4つの関所の誤りが、結論に入り込まないからです。では、値打ちが残らない部分と残る部分が、1つの発言に混ざっていたら、どうなるでしょうか。設例で見ます。

傷害致死の事件で被告人Mと被害者Nと友人Tの関係を示し、Nが亡くなる数日前にTへ「Mが毎晩うちの前に立っているの。気味が悪くて、もう会いたくない」と話し、Tが法廷でそれを証言する設例Hの関係図

設例Hです。傷害致死の事件で、被告人はMです。被害者はNで、亡くなりました。Nは、亡くなる数日前に、友人のTにこう話していました。「Mが毎晩うちの前に立っているの。気味が悪くて、もう会いたくない」。Tが、法廷でこれを証言します。

Nの一言を、前半の「気味が悪くて、もう会いたくない」という発言時の気持ちと、後半の「Mが毎晩うちの前に立っている」というNが見て覚えた過去の行為の叙述に割り、使い方でケース1(過去の行為が本当だったことを使うなら伝聞)とケース2(Nの気持ちを使うなら通説は非伝聞)に分かれることを示した板

この一言を、2つに割ります。前半の「気味が悪くて、もう会いたくない」は、Nが話した時点の気持ちです。後半の「Mが毎晩うちの前に立っている」は、Nが見て覚えた、過去の行為の叙述です。どちらの部分を使うかは、要証事実で決まります。ケース1です。Mは、Nとは何の関わりもなかったと主張しています。検察官は、Mが以前からNにつきまとっていた事実を、犯行の動機の立証に使います。この場合、推論の道筋は、Nの言ったとおり、Mが毎晩立っていた、を通ります。仮に、Nの言葉が偽で、Mが立っていなかったなら、動機の証拠にはなりません。内容の真実性が問題になるので、この使い方は伝聞です。まず、その原則を条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

Tの証言は、公判期日外にNがした供述を内容とする供述です。この条文で、原則として証拠にできません。例外の入り口は、あとで条文を出します。ケース2です。Mは「Nに誘われて会っただけだ」と主張しています。検察官は、NはMと会いたくなかった、という事実を使います。使うのは、後半の行為ではなく、前半の、Nの気持ちです。現在の精神状態の供述として、通説は非伝聞です。証拠になるのは、言葉そのものではなく、言葉を使う推論だからです。設例Hでいえば、ケース1で確かめるのは、後半の、Mが立っていたかです。ケース2で確かめるのは、前半の、Nの気持ちだけです。判定は、「どの部分の真実性を使う推論か」で書きます。

気持ちの供述でも、根拠の出来事の真偽は響きます。気味が悪くなる出来事が何もなかったなら、本当に気味悪がっていたのか、疑わしくなります。この問題が、これから見る判例の読み方に、そのままつながります。

米子強姦致死事件——最高裁の判断

第一審は被告人が被害者と情を通じたいとの野心を持っていたことを犯行の動機として認定しその証拠に第三者Kの証言を対応させ、控訴審はKの証言は嫌悪の感情を告白した事実に関するもので伝聞証拠とするのは当たらないとして退けられ、最高裁は動機の認定との関係で伝聞証拠であることは明らかとして破棄差戻しとした三審の流れの板

判例で確かめます。米子強姦致死事件です。被告人は、道路上で出会った女性を姦淫しようとして首を絞め、窒息死させたとして、第一審は、強姦致死の事実を認定しました。第一審は、被告人が「かねて被害者と情を通じたいとの野心を持っていた」ことを、犯行の動機として認定しました。情を通じる、とは、性的な関係を持つことです。その証拠として使われたのが、Kの証言です。中身は、被害者が、被告人の言動に嫌悪の感情を持っている、とKに打ち明けていた、というものでした。被害者の気持ちの言葉から、被告人の側の事情を推し量る。そこが出発点です。最高裁は、この証言を、犯行自体の間接事実である動機の認定との関係で見ています。間接事実は、証拠の分類の回で見たとおり、犯人かどうかを直接示す事実ではなく、それを推し量らせる事実です。ここでは、動機がそれにあたります。

控訴審はKの証言を被害者が嫌悪の感情を持っていると告白した事実に関するもので伝聞証拠とするのは当たらないとし、最高裁は動機の認定との関係で伝聞証拠であることは明らかとして原判決を退けた、Kの証言の見方の対立を並べた板

控訴審は、この証言を、被害者が嫌悪の感情を持っていると告白した事実に関するものであり、伝聞証拠とするのは当たらない、と説示しました。気持ちの表明だと見たのです。最高裁は、この見方を退けました。ここは、最高裁が退けた側の言葉なので、判旨とは区別します。最高裁の判断を、判決の文言で見ます。判決が引いている条文を先に出します。

条文刑事訴訟法第324条第2項

刑事訴訟法第324条第2項 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第三百二十一条第一項第三号の規定を準用する。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

324条は、伝聞法則の意義の回で、中身は別の回で見る、とした条文です。その2項は、被告人以外の者が法廷で、別の人の供述を内容として話す場合に、321条1項3号を準用します。Kの証言は、被害者の供述を内容とする証言なので、この道を通ります。では、判旨を見ます。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和30年12月9日(刑集9巻13号2699頁)

動機の認定との関係で伝聞証拠であることは明らかとした判旨 同証言が右要証事実(犯行自体の間接事実たる動機の認定)との関係において伝聞証拠であることは明らかである。従つて右供述に証拠能力を認めるためには刑訴三二四条二項、三二一条一項三号に則り、その必要性並びに信用性の情況保障について調査するを要する。

判旨の読みどころ3つとして、伝聞かどうかは要証事実との関係で判断すること、伝聞でも324条2項と321条1項3号に沿って必要性と信用性の情況保障を調べること、Kの立場から供述の信用性は慎重に調べるべきとされたことを並べた板

読みどころは3つです。1つ目。伝聞かどうかは、要証事実との関係で判断すると、判決自身が言っています。動機の認定に使うから、伝聞なのです。2つ目。伝聞だとしても、証拠能力が直ちにゼロになるわけではありません。324条2項と321条1項3号に沿って、必要性と、信用性の情況保障を調べます。必要性は、供述者が死亡などで供述できないことと、証明に欠くことができないこと。信用性の情況保障は、特に信用すべき情況の下で話された、という点です。3号の中身は、別の回で扱います。3つ目。判決は、Kが被害者の死の前日まで情交関係にあり、しかも本件の被疑者として取り調べられた事実もあるので、供述の信用性は慎重に調べるべきだ、と付け加えました。結論として、最高裁は、これを伝聞でないとして当然に証拠能力を認めた原判決を、伝聞法則を誤ったものとしました。なお、この判決は、伝聞の点のほかにも、被告人が現場付近にいたという認定や、死亡時刻に疑問を示し、重大な事実誤認の疑いがあるとして、原判決と第一審判決を破棄し、差し戻しています。今日は、伝聞の部分だけを取り出します。

判旨には伝聞証拠であることは明らかとしか書かれておらず理由が書かれていないため、この判断には2通りの読み方があることを示した板

ここで立ち止まります。最高裁は、なぜ伝聞と言えるのか、その理由を判決に書いているでしょうか。判旨には、伝聞証拠であることは明らか、としか書かれていません。理由は書かれていないと思います。だから、この判断には、2通りの読み方があります。

理由が書かれていない——2通りの読み

判例は理由を示していないため読み方が2つあることとして、読み1は現在の精神状態として捉えておらず中核は被告人の過去の言動の叙述で設例Hのケース1の型、読み2は現在の精神状態として見たうえで嫌悪の根拠となる体験事実が立証されないと叙述の真摯性を担保できないとする読みで設例Hのケース2の型と並べ、どちらも判決に理由が書かれていないため解説書で示される読み方で判例が示した理由ではなく読み2は考える余地がある程度の強さだと注記した板

これから話す2つの読みは、判決に理由が書かれていないため、解説書で示されている読み方です。最高裁が示した理由ではありません。2つ目の読みは、そう考える余地もある、という程度の強さです。読み1。被害者の言葉を、現在の精神状態の供述として見ていない、という読みです。Kの証言の中核は、被告人が被害者に異常な言動をしていた、という過去の行為の叙述です。被害者の嫌悪から、被告人の野心を推し量る道筋は、その異常な言動が本当にあった、を通ります。だから、供述の中身の真実性が問題になり、伝聞です。設例Hのケース1と同じ型です。読み2。被害者の言葉を、現在の精神状態の供述として見る読みです。要証事実を、被害者の嫌悪の感情ととらえます。嫌われている相手と関係を持つには、無理に迫るしかありません。そこから、被告人が無理にでも関係を求める動機を推し量ります。ただし、嫌悪の根拠になった出来事、つまり被告人の言動が本当にあったと立証されないと、嫌悪が本心だったのかという叙述の真摯性を担保できません。設例Hのケース2で気になった点です。

たとえば、「気味が悪い」と話した人がいても、気味が悪くなる出来事が何もなかったなら、本当に気味悪がっていたのか、疑わしくなります。嫌悪の理由が作り話なら、嫌悪の表明も作り話かもしれません。だから、過去の体験事実の立証を欠くときは、現在の精神状態の供述としても使いにくい、というのが読み2です。2つの読みは、伝聞という結論では一致しますが、答案の道筋が違います。読み1は、そもそも精神状態の供述ではなく、体験事実の叙述だから伝聞。読み2は、精神状態の供述と見ても、根拠の体験事実が立証されない以上、使えない。2つの読みに共通するのは、被害者の言葉が、被告人の過去の言動という体験を根拠にしていて、その体験が本当かどうかを離れては使えない、という点です。答案では、判例の規範として書いてはいけません。判例は理由を示していないからです。次のように、通説的な整理として、規範を立てます。

⭐ 論文で書く規範:混ざった供述の伝聞性 1つの発言に現在の精神状態と過去の体験事実の叙述が混在するときは 要証事実との関係でどの部分の真実性を使う推論かを分けて判断する | 過去の体験事実の真実性が推論の中核なら伝聞であり320条1項により原則証拠能力がなく 324条2項・321条1項3号で例外を検討する | 現在の精神状態として使うなら 知覚・記憶を経ず叙述の真摯性が確保されるかぎり誤りの入る危険が類型的に低いとして非伝聞(通説) (規範(通説で立てる)——判例が一般論として示した文言ではない・米子事件は結論のみで理由を示していない)

境界のペアで確かめます。Nが「毎晩Mが立っているの」と話すのを、Mが以前からつきまとっていた証明に使うなら、体験事実が中核で、伝聞です。「もう会いたくない」を、NがMを避けていた証明に使うなら、気持ちを使うので、通説は非伝聞です。決め手は、推論が、過去の行為が本当だったことを通るかどうかです。

咄嗟の一言——何が残り何が消えるか

強盗致傷の事件で犯人性が争点であり、被害者Nが夜の路上で襲われる直前に被告人Mを見て大声で「Mさん、やめて!」と叫び、通行人Tがその叫びを聞いて法廷で証言する設例Iの関係図

次は、とっさに出た一言です。設例Iです。強盗致傷の事件で、犯人がMかどうかが争われています。被害者のNは、夜の路上で、襲われる直前に、大声で「Mさん、やめて!」と叫びました。通行人のTが、それを聞いていました。Nは重傷で、法廷で証言できません。Tが、叫びを証言します。要証事実は、襲った犯人がMだった、ことです。Nの叫びは、犯人はMだ、という内容を含みます。中身が偽なら値打ちは残りません。だから、内容の真実性は問題になり、中身を信じなくても使える、前回の非伝聞の5つの型には入りません。叫びは、行為の一部として出た言葉にも見えますが、使うのは、Nが相手を見て、Mだと見分けた、という体験の中身です。そこで、前回の判定手順の最後の段階、誤りの入る危険が類型的に低いか、で判断します。

現在の精神状態の供述と似ていますが、同じではありません。前に見た、誤りが入りうる4つの関所で点検します。

4つの関所の点検表。現在の精神状態は見る・覚えるを通らず残るのは叙述の真摯性だけ。咄嗟の一言は、見るは相手をMと見分けたか残り、覚えるは直後なので問題が乏しく、言葉にするは考える余裕のない反射なので作為が入りにくく、伝えるは聞いたTに法廷で反対尋問できるとした表 図:4つの関所の点検表

  • 現在の精神状態は見る・覚えるを通らず残るのは叙述の真摯性だけ
  • 咄嗟の一言は、見るは相手をMと見分けたか残り、覚えるは直後なので問題が乏しく、言葉にするは考える余裕のない反射なので作為が入りにくく、伝えるは聞いたTに法廷で反対尋問できるとした表

見る。Nが、襲ってきた相手を、Mだと見分けたか。暗さや距離で、見間違えたかもしれません。ここは残ります。覚える。叫びは、襲われるその瞬間です。時間がたっていないので、記憶違いは、ほとんど入りません。言葉にする。考える余裕のない反射的な叫びなので、作り話や言い繕いが入りにくい。伝える。Tが聞き間違えていないかは、Tが法廷にいて、反対尋問で確かめられます。ここで立ち止まります。この叫びで、まだ誤りが入りうる関所は、どれでしょうか。見る、です。Mだと見分けたのかどうかは、叫びだけからは分かりません。現在の精神状態の供述は、見る、覚える、を通らず、残るのは真摯性だけでした。咄嗟の一言は、覚えると言葉にするは問題が乏しい一方で、見るが残ります。急ブレーキに例えるなら、踏む足は反射なので言い繕いは入りませんが、見た人影が本当にあったかは、別に確かめる必要があります。叫びでいえば、その人影にあたるのが、Mだと見分けたか、です。

非伝聞とみる立場と伝聞とみる余地

咄嗟の一言の分かれ目として、残る知覚の誤りを咄嗟という状況で誤りの入る危険が類型的に低いとみてよいかを軸に、非伝聞とみる立場は知覚は周辺の証拠で別に確かめ記憶と叙述の危険が小さいので類型的に低いとし、伝聞とみる立場は知覚が残る以上類型的に低いとまでは言えず321条1項3号の検討へ進むとした対比板

非伝聞とみる立場の考え方は、こうです。見間違いの有無は、当時の明るさや距離などから、別に確かめる必要が残る。そこは別に押さえるとして、残る記憶と叙述の誤りは、咄嗟の反応なので、とても小さい。だから、誤りの入る危険が類型的に低く、現在の精神状態の供述に近い、と評価します。決め手は、見る以外の関所が、その状況では実質的にふさがれていることです。伝聞とみる立場もありえます。見る、の関所が残る以上、叫びの中身、つまり犯人はMだった、が本当かどうかが、結論を左右します。見間違いの危険が残るのに、類型的に低いとまでは言えない、という考えです。この立場なら、伝聞として、Nが供述できないことを前提に、324条2項、321条1項3号の検討に進みます。

分かれ目は、残った、見る、の誤りを、咄嗟という状況、つまり直後で即時で、第三者の介入もない状況を理由に、類型的に低いとみてよいか、です。答案では、関所を順に点検して、残る関所を指摘し、そのうえで立場の結論を書きます。

⭐ 論文で書く規範:咄嗟に自然反応的になされた供述 咄嗟に自然反応的になされた供述は 記憶・叙述の真摯性の誤りの入る危険が小さいが 知覚の正確性は別に確かめる必要がある | この点を類型的に低いとみて非伝聞とする立場があり 知覚の誤りが残る以上伝聞として例外を検討する立場もある (規範(非伝聞とみる立場で立てる)——判例が一般論として示したものではない・立場が分かれる)

出どころを区別します。この規範は、判例の一般論ではありません。自然反応的な供述を、現在の精神状態の供述に近いものとして非伝聞とみる立場の整理です。伝聞とみる立場もあるので、答案では、立場が分かれることを前提にして書きます。ここも、論文で論点になりうる場面です。

直後の反応の裁判例と設例の当てはめ

下級審の裁判例と設例Iの違いを対比した表。裁判例は6歳の女児が体に触れられたとされる事案で被害の直後から2〜3日の言動を母親が証言し供述だけでなく様子や態度も含むのに対し、設例Iは襲われる瞬間の叫びで供述のみとし、数日たてば記憶や表現に誤りが入る余地が出るので数日経過した供述を非伝聞とするには特殊事情が要ることを添えた板 図:下級審の裁判例と設例Iの違いを対比した表

咄嗟の一言を考える手がかりになる、下級審の裁判例があります。被害の直後の反応を、どう扱ったかを見ます。6歳の女児が、体に触れられたとされる事件です。被害の直後と、その後2、3日の間の女児の様子を、母親が法廷で証言しました。弁護人は伝聞だと主張しましたが、裁判所は、伝聞証拠に当たらないとしました。理由の要旨は、こうです。警察の捜査のような目的的な意識が入り込む前に、母親が子どもから感じ取った言動であり、その大部分は、再構成を経た観念の伝達ではなく、被害に対する子どもの原始的な身体的反応が続いているものそのものを、母親が体験したのだ、というものです。

再構成とは、あとで思い返して、話の筋を、組み立て直すことです。組み立て直す過程で、記憶や表現の誤りが入ります。第三者が介入する前の反応なら、意識して事実を曲げることは考えにくく、記憶も大きくは変わらない、という理解を表した判断と読めます。この裁判例と設例Iとでは、事案が違います。設例Iは、襲われる瞬間の叫びです。この裁判例は、被害の直後から2、3日にわたる言動で、言葉だけでなく、様子や態度も含んでいます。数日たてば、記憶や表現に誤りが入る余地が出ます。だから、数日たった供述まで非伝聞とするには、誤りが入っていないと言えるだけの特殊な事情が要る、という指摘があります。これは裁判例自身の言葉ではありません。設例Iに当てはめます。犯行の瞬間の叫びなので、自然反応的な供述を非伝聞とみる立場からは、この裁判例よりも、非伝聞と評価しやすい場面です。ただし、見る、の関所は、当時の明るさや距離から個別に確かめます。伝聞とみる立場なら、321条1項3号の検討に進みます。

今日の地図(保存版)

前回の判定手順の4つ目である誤りの入る危険が類型的に低いかの検討に、現在の精神状態の供述と咄嗟の一言の2類型を並べ、混ざった発言はまず部分に割って使う部分の真実性を見ること、伝聞なら例外の検討へ進むことを示した板

前回の判定手順の4つ目に戻します。4つ目は、誤りの入る危険が、類型的に低いかを見る段階でした。今日は、ここに2つの類型を並べます。現在の精神状態の供述と、咄嗟の一言です。現在の精神状態は、見る、覚える、を通らず、残るのは真摯性だけ。咄嗟の一言は、見るが残るので、そこを類型的に低いとみてよいかが分かれ目です。どちらも、低いとみれば非伝聞、低くないとみれば伝聞で、例外の検討へ進みます。手順の前に、もう1つ。混ざった発言は、まず部分に割って、使う部分の真実性を見ます。

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。混ざった発言は使う部分の真実性で伝聞性が入れ替わること、米子事件は動機の認定との関係で伝聞であることは明らかとされ理由は示されておらず2通りの読みがあること、咄嗟の一言は見るが残り立場が分かれること、下級審の裁判例は数日経過や態度を含む点で設例と違うことを整理した板 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。1つの発言に、気持ちと過去の出来事が混ざるときは、部分に割ります。過去の出来事の真実性を使うなら伝聞、気持ちを使うなら、通説は非伝聞です。2つ目。米子強姦致死事件で、最高裁は、動機の認定との関係で、証言が伝聞証拠であることは明らかだとしました。理由は示していません。読み方は2通りで、1つは、気持ちとして捉えず過去の言動の叙述と見る読み。もう1つは、気持ちとして見つつ、根拠の体験事実がないと真摯性を担保できないとする読みです。控訴審の説示は、退けられた側でした。3つ目。咄嗟の一言は、見るの関所が残ります。その誤りを、咄嗟という状況で類型的に低いとみて非伝聞とする立場と、伝聞として例外を検討する立場に分かれます。直後の反応の裁判例は、数日にわたる言動で、様子や態度も含む点が、設例と違います。

仲間内の謀議の発言や、犯行計画のメモを、今日の道具で、どう分けるかを見ます。今日の1問を、そのまま持って行きましょう。

ページ上部へ ↑

#111単独ページ動画

共謀の立証と犯行計画メモ(伝聞法則)

第5章 証拠法 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

共犯者の自宅から見つかった犯行計画のメモを書いたのは被告人ではなく仲間のQで、被告人Vは共謀を否認している。メモの中身が本当かを問うなら伝聞、問わないなら何の証明になるのかという問いを置いた導入板

被告人以外の人が書いたメモで、被告人の共謀を言えるかどうかは、メモの何を使うかで決まります。中身が本当かを問うなら、伝聞の問題になります。問わないなら、メモは別のことの証明になります。今日は、その分かれ目を見ます。今日扱うのは、共謀を立証する2つの証拠です。仲間内の謀議の場の発言と、犯行計画のメモです。今日の1問は、これです。「その証拠で、何を証明するのか」。答えを先に言うと、証明する対象を先に決めて、中身の真偽を使うかどうかを問います。前回の道具を、一言だけ呼び戻します。発言した時点の気持ちを述べる、現在の精神状態の供述は、見る、覚える、の関所を通らず、残るのは、本心から述べたかという叙述の真摯性だけです。通説は非伝聞でした。この道具を、今日はメモで使います。

共謀は何で立証されるのか

共同正犯の共謀を例に、最終的に証明すべき要件たる事実、それを事件の出来事に置き直した要証事実、証拠ごとの荷札である立証趣旨の階段を呼び戻し、今日の2つの証拠である謀議の場の発言と犯行計画のメモを並べた板

直接の証拠が乏しいことが、共謀の立証の出発点です。共謀は、密室の話し合いや、仲間内の連絡で進みます。だから、そこにいた人の証言や、計画を書いたメモが、立証の中心になりやすいのです。だから、ここで伝聞かどうかが、正面から問題になります。階段を、一言だけ呼び戻します。要件たる事実は、共謀があったことです。要証事実は、仲間が犯罪をやると意思を通じ合った、という出来事です。立証趣旨は、証拠ごとに当事者が貼る荷札でした。共謀の中身は、別の回で扱います。今日は、証拠の側を見ます。

謀議の場の発言

強盗事件で被告人Vが共犯者Wらの前で犯行の段取りを話し、その場で聞いていた証人Sが法廷で証言する設例Jの関係図。発言があったことから謀議があったことを推認する矢印を1本で示した板

設例Jです。現金輸送車を襲う強盗事件で、被告人はVです。Vは「犯行には関わっていない」と争っています。共犯者とされるのはWです。検察官は、証人Sを呼びます。Sは、こう証言します。「Vが、Wたちの前で、こう言うのを聞きました。輸送車は朝の巡回のあとを狙う。段取りは俺が決める」。Sは、その場で、自分の耳で聞いていました。他人の発言を法廷で伝える証言が伝聞に当たるかは、まず原則を条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第320条第1項

刑事訴訟法第320条第1項 第三百二十一条乃至第三百二十八条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。

条文が禁じているのは、公判期日外の供述を内容とする供述を、使うことです。ただし、伝聞かどうかは、何の証明に使うかで決まります。設例Jで、検察官が使うのは、Vがそう発言したこと自体です。発言があった。だから、Vは仲間の前で、犯行の段取りを話した。だから、意思の連絡、つまり謀議があった。この道筋です。判定の問いを当てます。言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか。残ります。Vが冗談めかして言ったのでも、仲間の前で犯行の話をした事実は残ります。段取りが実行できるものだったかも、この推論には要りません。前々回の型でいえば、発言があったこと自体を使う点で、型2、設例Bの詐欺の説明に近い使い方です。共謀は犯罪事実の一部なので、仲間の前で段取りを話したことが、そのまま共謀の一場面にもなっています。

だから、内容の真実性は問題になりません。4つの関所で見ると、Sの関所、つまり見る、覚える、言葉にする、伝える、は全部Sの側にあります。Sは法廷にいるので、反対尋問で確かめられます。Vの発言の側の関所は、中身を使わないこの使い方では、問題になりません。境界のペアで確かめます。Vの発言を、Vが仲間に段取りを話した証明に使うなら、非伝聞です。同じ発言を、輸送車が実際に朝の巡回のあとに来ることの証明に使うなら、中身どおりの事実を使うので、話が変わります。後ほど、この違いを見ます。

白鳥事件

白鳥事件の3つの発言と1つの対比を並べた表。被告人の発言3つは、聞いた人がそれぞれ自ら直接知覚しており、発言したこと自体が要証事実なので伝聞供述に当たらない。打ち明け話は、要証事実が話された内容どおりの射殺の事実で、聞いた人は直接知覚していないので伝聞供述となり、324条2項と321条1項3号の要件を満たすので証拠能力あり 図:白鳥事件の3つの発言と1つの対比を並べた表

  • 被告人の発言3つは、聞いた人がそれぞれ自ら直接知覚しており、発言したこと自体が要証事実なので伝聞供述に当たらない
  • 打ち明け話は、要証事実が話された内容どおりの射殺の事実で、聞いた人は直接知覚していないので伝聞供述となり、324条2項と321条1項3号の要件を満たすので証拠能力あり

この整理を、判例で確かめます。白鳥事件です。札幌で警察官が射殺された事件で、被告人が、共犯者と共謀のうえ殺人などをしたとして起訴されました。被告人は、犯行への関与を争いました。判決は、被告人をAという記号で呼んでいます。弁護人は、上告の趣意で、原判決が伝聞供述を証拠にしているので、320条と324条に違反する、と主張しました。ここは、弁護人の主張です。判旨ではありません。最高裁は、この主張を、実質は単なる法令違反の主張で、上告理由に当たらないとしました。そのうえで、括弧書きで、原判決の判断を是認しています。判断は、一般論、被告人の発言の扱い、打ち明け話の扱い、の3つに分かれます。まず、一般論です。

判例最高裁判所第一小法廷判決・昭和38年10月17日(刑集17巻10号1795頁)

伝聞供述となるかどうかの一般論 伝聞供述となるかどうかは、要証事実と当該供述者の知覚との関係により決せられるものと解すべきである。

要証事実と、供述者の知覚との関係で決まる。今日の1問と同じ考え方です。次に、被告人Aが仲間の前で言った、とされる発言です。たとえば、共産党を名乗って堂々と襲撃しようか、と話した、と証人が証言した部分です。

判例最高裁判所第一小法廷判決・昭和38年10月17日(刑集17巻10号1795頁)

発言をしたこと自体を要証事実とした判旨 いずれも被告人Aが右のような内容の発言をしたこと自体を要証事実としているものと解せられるが、被告人Aが右のような内容の発言をしたことは、各供述者の自ら直接知覚したところであり伝聞供述に当らない

証人が、自分の耳で、その発言を聞いた、ということです。設例JのSと同じです。証言の内容は、Sが知覚した出来事そのものです。だから、供述者の知覚と、要証事実が重なります。同じ判決は、被告人Aの別の発言、Gはもう殺してもいいやつだ、を聞いた人の検察官調書についても、発言をしたこと自体を要証事実とし、聞いた人が自ら直接知覚したので伝聞供述ではない、としました。そのうえで、この調書は、検察官の前での供述を録取した書面の例外である、321条1項2号で証拠にできる、とした原審の判断を是認しています。発言そのものが非伝聞なので、発言の側に、例外の検討は増えません。対比を見ます。同じ判決に、共犯者が、自分が射殺したと打ち明けた、という証言があります。

判例最高裁判所第一小法廷判決・昭和38年10月17日(刑集17巻10号1795頁)

打ち明け話を伝聞供述とした判旨 RがI課長を射殺したことを要証事実としているものと解せられ、この要証事実自体は供述者たるCにおいて直接知覚していないところであるから、伝聞供述であると言うべき

要証事実が、その共犯者が射殺したことです。この事実を、証人は直接知覚していません。だから伝聞供述です。ただし、最高裁は、324条2項と321条1項3号の要件を満たしているので、結局、証拠にしたことは違法ではない、としました。

条文刑事訴訟法第324条第2項

刑事訴訟法第324条第2項 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第三百二十一条第一項第三号の規定を準用する。

前回の米子事件と同じ、324条2項から321条1項3号へ進む道です。3号の中身は、別の回で扱います。ここで大事なのは、同じ発言でも、要証事実を、発言の存在に置くか、発言の内容どおりの事実に置くかで、結論が分かれることです。白鳥事件の発言を、話した人の気持ちの表れとして非伝聞と読む主張も、ありえます。ただ、判旨は、発言をしたこと自体を要証事実としています。精神状態の供述と読む説明とは、噛み合いにくい、とも説明されます。

同じ発言でも使い方は3通り

設例Jの発言の3通りの使い方の分岐板。使い方1は発言があったことから謀議の存在を推認して非伝聞、使い方2は発言の内容どおりの事実を証明に使うので伝聞、使い方3は本気で計画していたという内心を使うので現在の精神状態の供述で通説は非伝聞 図:設例Jの発言の3通りの使い方の分岐板

設例Jに戻ります。Vの発言は、使い方が3通りあります。1つ目は、発言があったことから、謀議の存在を推認する使い方です。これは非伝聞でした。2つ目です。Vが、別の場で、あの輸送車は毎朝七時に裏口へ着く、と言ったとします。これを、輸送車が実際に七時に着くことの証明に使います。この使い方は、過去に見たことの叙述の真実性を使います。ここで立ち止まります。この使い方は、伝聞でしょうか、非伝聞でしょうか。中身が偽でも、値打ちは残るでしょうか。輸送車が実際に七時に着かないなら、発言は証明に役立ちません。値打ちは残らないので、伝聞です。見る、覚える、の関所を通る、伝聞です。判例の対比でいえば、打ち明け話と同じ型です。3つ目です。Vが、本気で犯行を計画していた、という内心を使います。これは、発言した時点の気持ちなので、前回の現在の精神状態の供述です。通説は非伝聞でした。分かれ目は、検察官が何の証明に使うか、です。答案は、発言の内容が本当かを問わない使い方かどうかから、書き出します。

犯行計画メモ——存在だけでは意味がない

強盗事件で共犯者Wの自宅から、犯行日時と場所と役割を書いたメモが見つかり、作成者は被告人Vの仲間のQである設例Kの関係図。検察官はメモが存在したことを立証趣旨としてV、W、Qの間を結ぶ

次は、メモです。設例Kです。銀行を襲う強盗事件で、被告人はVです。共犯者とされるWの自宅から、メモが見つかりました。「十日の夜、駅前の銀行。裏口に車を回す。見張りは二人。車は西口」。作成者は、Vと同じ仲間のQです。Vは、共謀への参加を否認しています。検察官は、このメモを、犯行の相談のメモが存在したこと、を立証趣旨として請求しました。メモの存在だけを証明しても、共謀の証明には届きません。前に見た日記の設例と同じ型です。日記をつけていた事実だけでは、脅迫の争点は解決しませんでした。メモが存在することと、Vが仲間と意思を通じたことは、別の話です。書いたのは、Qです。メモがあった、というだけでは、争点の解決に役立ちません。立証趣旨は、当事者の荷札でした。裁判所は、荷札どおりに使って役に立たなければ、実質的な要証事実に置き直せます。ここでは、事前に共謀があったことです。東京高裁の裁判例が、この形を扱っています。

東京高裁の裁判例の要旨として、メモの存在のみを立証趣旨として取り調べても意味をなさず、事前共謀の立証と解すべきこと、事案は恐喝や傷害等で戦術会議の結果を記したノートの作成経緯が当初不明で後に会議の参加者から聞いた別の者が書いたと判明したことを整理した板。判旨の逐語ではなく要旨

  • 東京高裁の裁判例の要旨として、メモの存在のみを立証趣旨として取り調べても意味をなさず、事前共謀の立証と解すべきこと、事案は恐喝や傷害等で戦術会議の結果を記したノートの作成経緯が当初不明で後に会議の参加者から聞いた別の者が書いたと判明したことを整理した板
  • 判旨の逐語ではなく要旨

事案の要旨です。恐喝や傷害などの事件で、ノートなどに、戦術会議の結果が書かれていました。当初は、作成者も、作成の経緯も、分からないまま取り調べられました。あとの審理で、犯行前の会議の結果を、参加者から聞いた別の人が書いたものだと分かりました。これは事実の経緯で、判旨ではありません。判断の要旨は、メモの存在のみを立証趣旨として取り調べても、意味をなさない。事前共謀を立証するものとして請求された、と解すべきだ、というものです。

精神状態のルートと、共謀に届くための条件

設例Kの筋道の流れ板。存在だけでは意味がない、実質は共謀の立証、作成者の意思と計画は精神状態の供述として非伝聞、共謀者全員の意思の合致として確認されたことを他の証拠で立証、意思連絡の推認へ進む 図:設例Kの筋道の流れ板

実質は、共謀の立証です。では、メモは伝聞でしょうか。その前に、前回の問いを1つ。現在の精神状態の供述で、誤りが入りうる関所として残るのは、どれでしたか?叙述の真摯性だけです。見る、覚える、は通りません。この論理を、メモに当てます。要旨として、こう整理できます。人の意思や計画を書いたメモは、その意思や計画を証明するためには、伝聞禁止の適用がない、つまり非伝聞だ、と解することが可能です。理由は、前回と同じです。意思や計画には、見る、覚える、の関所がありません。作成が真摯になされたことが証明されれば、書いた人を尋問して、信用性を試す必要は、必ずしもありません。たとえば、旅行の計画を書いた付箋は、書いた人が本気で行くつもりだったか、だけが問題です。もっとも、真摯性は、ただで認められるわけではありません。前回の米子事件の読み2も、精神状態として見たうえで、根拠の出来事が立証されないと真摯性を担保できない、という読みでした。メモでも、作成が真摯になされたことの証明が、条件になります。ただし、問題が残ります。Qの意思と計画だけを示すメモで、被告人Vの共謀まで言えるでしょうか。

Qが書いたのは、Qの計画です。Vが同じ計画に乗ったかは、分かりません。言えないと思います。数人の共謀では、メモが、最終的に共犯者全員の意思の合致するところとして確認されたものであることが、前提になります。裁判例では、他の証拠によって、その確認が立証されていた、という事案でした。設例Kで当てはめます。境界のペアです。会合で、V、W、Qが、この計画で行こう、と確認しました。その結果を、Qが書いたのがこのメモです。この確認を、会合の出席者の証言などで立証できれば、メモは、共謀者全員の意思の合致を表すものになります。Vの意思連絡の証明に使えます。逆に、Qが一人で思いつきを書いたのなら、Qの計画にとどまります。Vには届きません。決め手は、参加者全員の合致が、他の証拠で確認できるかです。要証事実は、謀議行為の存在そのものではなく、Vを含む参加者の意思連絡の存在です。書いた時点のメモが示すのは、書いたQの意思だけです。仲間がそのメモを、自分たちの計画として確かめ合って使えば、その時点のメモは、Vを含む全員の意思を映すものになります。だから、メモを書いた時点と、そのメモが仲間の間で使われた時点の、精神状態の供述として構成するのが適切だ、と説明されています。答案では、2段に書き分けます。ここは、論文で論点になりうる場面です。ただし、この2段は、東京高裁の事例判断を参照した整理です。判例の一般論ではありません。

⭐ 論文で書く規範:犯行計画メモの証拠能力(共謀の立証) メモの立証趣旨が存在のみで意味をなさないなら 実質的な要証事実として共謀の存在を置く | 意思・計画を記載したメモは その意思・計画の立証には 知覚・記憶を欠き 作成が真摯であれば足りるので伝聞禁止の適用がないと解することが可能 | もっとも共謀の立証には メモが共謀者全員の意思の合致として確認されたものであることが必要であり 他の証拠で立証できることを要する (規範(裁判例の判断を参照して整理した規範)——判例の一般論ではない・東京高判昭和58年1月27日(判時1097号146頁)の事例判断の整理)

異議がない旨の意見の扱い

東京高裁の裁判例の要旨として、合致が確認できない場合でも、弁護人は取調べで異議を出しておらず反対尋問権を手放したとみられても仕方がない、と述べたとされる予備的な理由(第1審の手続に違法なし)を、主たる筋である精神状態と合致の確認の筋と区別して示した板。判旨の逐語ではなく要旨

  • 東京高裁の裁判例の要旨として、合致が確認できない場合でも、弁護人は取調べで異議を出しておらず反対尋問権を手放したとみられても仕方がない、と述べたとされる予備的な理由(第1審の手続に違法なし)を、主たる筋である精神状態と合致の確認の筋と区別して示した板
  • 判旨の逐語ではなく要旨

要旨として見ます。高裁は、予備的に、こうも述べたとされます。共謀者数名の意思の合致だと確認できない場合でも、弁護人は第1審の取調べのとき異議を出していないので、メモの元になった話をした会議の参加者に反対尋問をする権利を、手放したとみられても仕方がない。だから、証拠能力を認めた第1審の手続に、違法はない、というものです。位置づけを区別します。主たる筋は、さきほどの、精神状態のルートと、全員の合致の確認です。異議がない旨の意見の評価は、主たる筋が通らなかった場合に備えた、予備的な理由です。この事案では、弁護人が、取調べに異議がない旨の意見を述べていました。反対尋問で確かめる機会がありながら、それを求めなかったものとみられた、という評価です。どこまでが放棄に当たるか、同意の要件と効果は、別の回で扱います。

メモが非伝聞になる3場面

設例Lの3場面の比較表。回覧は謀議の際にメモが回覧された事実から謀議の存在を推認、指紋は被告人の指紋から関与を推論、犯行との一致は所持や役割や作成者の関与を推認し、いずれもメモの中身が本当かに頼らない非供述証拠として使う。回覧は後日整理したメモなら供述証拠になりうる注意点つき 図:設例Lの3場面の比較表

  • 回覧は謀議の際にメモが回覧された事実から謀議の存在を推認、指紋は被告人の指紋から関与を推論、犯行との一致は所持や役割や作成者の関与を推認し、いずれもメモの中身が本当かに頼らない非供述証拠として使う
  • 回覧は後日整理したメモなら供述証拠になりうる注意点つき

補論です。設例Lは、設例Kの続きです。実際に、銀行の裏口で強盗が起き、メモの記載と、ほぼ同じ手口でした。同じメモを、中身の真偽に頼らずに使う場面が、3つあります。判断の道具は、これまでと同じ、中身が仮に偽でも値打ちが残るか、です。1つ目は、謀議の場で、メモが回覧された場合です。町内会の回覧板を思い浮かべてください。書いてある中身が嘘でも、全員に回った事実は残ります。同じように、目撃者や他の参加者の証言で、謀議の際にメモが回覧された事実が立証できれば、メモの存在から、謀議の存在が推認できます。記載どおりの事項が協議されたかは、問いません。

ただし、注意があります。共謀者の一人が、合意した計画を、後日改めてメモに整理した場合です。この場合は、謀議があったかを含め、知覚、記憶、叙述の正確性が問題になり、供述証拠、つまり伝聞になりえます。回覧された、という事実に頼るのと、整理した中身に頼るのとは別です。2つ目は、被告人の指紋がメモに付いている場合です。事件に関連するメモに、被告人の指紋があれば、被告人の関与を推論できます。メモは証拠物として使われます。記載の正確さは、問題になりません。3つ目は、犯行の態様が、偶然とは考えがたいほど、メモと一致する場合です。ただし、メモが犯行前に作られたことが、他の証拠で示されることが前提です。この場合、記載内容の正確さを問わず、3つの推論ができます。1つ目の推論は、所持です。犯行前に書かれ、犯行と同じ手口のメモを、被告人が持っていた、あるいは被告人の関係先から押収された。それなら被告人は、犯行を前もって知る立場にいたことになるので、関与を推認できます。作成者や作成経緯が不明でも使えます。2つ目は、メモに被告人の役割が書かれている点から、関与を推認する道筋です。犯行前に、実際と同じ手口を書けた人は、計画を前もって知っていた人です。その人が、計画の中に被告人の役割まで書き込んでいたなら、被告人も、その計画に組み込まれていたと推し量れます。支えは、犯行と一致したという事実です。3つ目は、作成者が判明している場合に、作成者の関与を推認する道筋です。犯行の前に、犯行と同じ手口を書けるのは、計画を前もって知っていた人、つまり関与した人だけだからです。

頼っているのは、回覧された事実、指紋、そして犯行との一致です。これらは、非供述証拠として使えます。一点だけ、付け加えます。メモの内容が犯行と食い違うなら、一致による推論は使えません。ただし、作成者本人の意思や計画を立証する使い方は、別に残ります。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。謀議の発言は発言をしたこと自体を要証事実にすれば非伝聞で内容どおりの事実に置けば伝聞、犯行計画メモは存在だけでは意味がなく実質は共謀の立証で作成者の意思と計画は精神状態のルートで非伝聞だが共謀者全員の意思の合致を他の証拠で示す必要があり、メモは回覧と指紋と犯行との一致なら内容の真実性を使わず非伝聞 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。答案は、まず、何を要証事実にするか、から書き出します。謀議の存在、作成者の意思や計画、共謀者全員の意思の合致、被告人の関与。そのうえで、内容の真実性を使うか、を問います。1つ目。謀議の発言は、発言をしたこと自体を要証事実にすれば、非伝聞です。白鳥事件がそうでした。要証事実を、発言の内容どおりの事実に置けば、伝聞です。2つ目。犯行計画のメモは、存在だけでは意味がありません。実質は、共謀の立証です。作成者の意思や計画は、精神状態のルートで、非伝聞にできます。ただし、共謀者全員の意思の合致として確認されたことを、他の証拠で示す必要があります。これは、判例の一般論ではなく、東京高裁の事例判断の整理です。3つ目。メモは、回覧、指紋、犯行との一致という使い方なら、内容の真実性を使わず、非伝聞です。

例外の中身は、別の回で扱います。写真や録音は、供述証拠でしょうか、非供述証拠でしょうか。今日の1問を持って行きましょう。

ページ上部へ ↑

#112単独ページ動画

現場写真・現場録音と伝聞法則

第5章 証拠法 ⑨/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

駅前の乱闘で警察官に石を投げる男が写った写真があるが撮影者は誰にも分からない。写真は撮った人の証言の代わりか凶器や指紋と同じ物かという問いを置いた導入板 図:駅前の乱闘で警察官に石を投げる男が写った写真があるが撮影者は誰にも分からない

今日の1問は、これです。「写真は、撮った人の証言の代わりなのか。それとも、凶器や指紋と同じ物なのか」。答えを先に言います。判例は、現場写真を「物」の側に置きました。ただし、事件との関連性は要ります。今日は、その理由と中身を見ます。使う道具は、前に見たものだけです。写真には、前に習った3つの問いのうち、最初の問いを当てます。録音には、言葉の中身が仮に偽でも、証拠の値打ちが残るか、という問いを当てます。

写真や録音は供述か物か

実物をそのまま機械で写し取った証拠である写実的証拠の定義と、供述証拠か、伝聞か、例外に当たるか、署名や押印は要るかという4つの検討順序を示し、写真は最初の関門で分かれることを示した板

まず言葉を1つ。写実的証拠とは、実物をそのまま機械で写し取った証拠です。写真、録音、録画、書面のコピーがそうです。人が見て、覚えて、話した内容なら、供述です。人の頭を通っていない記録なら、物に近い。この違いを、最初に確かめます。検討の順番は4つです。1つ目、供述証拠か。2つ目、供述なら伝聞か。3つ目、伝聞なら例外に当たるか。4つ目、例外を使うなら、署名や押印は要るか。前に見た判定手順の4段階とは、数え方が別です。あの4段階は、このうち2つ目の、伝聞かどうかを決めるための中身でした。写真は、この1つ目で分かれます。

写真がその入口を通るかどうかが、今日の中心です。署名や押印の要否は、別の回で扱います。

撮影者の分からない写真——2つの見方

設例M。被告人Pが警察官に石を投げる場面を撮った写真を、撮影者不明のまま検察官が請求し、裁判所が判断する関係図。撮影者が撮る位置を選び現像や焼付けをして写真ができる人の手が入る経路と、機械が光景を写し取る経路を対比した板 図:設例M

  • 被告人Pが警察官に石を投げる場面を撮った写真を、撮影者不明のまま検察官が請求し、裁判所が判断する関係図
  • 撮影者が撮る位置を選び現像や焼付けをして写真ができる人の手が入る経路と、機械が光景を写し取る経路を対比した板

設例Mです。駅前で乱闘があり、警察官が石を投げつけられました。起訴されたのは被告人Pです。Pは「自分は投げていない」と争っています。検察官は、石を投げる男が写った写真を請求します。写真には、駅の看板と、警察官の制服が写っています。撮影者は分かりません。通行人が撮ったのだろう、というだけです。撮った人に問いただせない写真を使えるかが、分かれ目です。2つの見方があります。まず、供述証拠説です。写真は、どこから、どのタイミングで撮るかを、人が選びます。現像や焼付けをして、手を加えることもできます。人の手が入る以上、誤りが入りうる。だから供述と同じだ、という考え方です。

押すだけでも、どこを撮り、どこを撮らないかで、場面の意味は変わります。それが、この見方の言い分です。この見方に立つと、写真は伝聞です。例外を探すことになります。参考に、前に臭気選別の報告書で見た条文を、もう一度見ます。現場を見たとおりに書いた書面について、作成者による真正性の立証を求める条文です。この条文の対象は捜査機関の書面なので、通行人の写真なら別の条文になります。ただ、真正性の立証を求める形は同じです。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 3 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

作成した人が、法廷で証人として、これは真正に作成されたものだと供述する。この形です。供述証拠説は、写真にも、これと同じ、撮った人による真正性の立証を求めます。

現場写真を供述証拠とみる見方と非供述証拠とみる見方を対比した板。供述証拠説は撮影や現像に人の手が入り誤りが入りうるので撮った人による真正性の立証を求める。非供述証拠説は機械が写し取り人の言葉の中身を使うのではないので伝聞の問題は起きない 図:現場写真を供述証拠とみる見方と非供述証拠とみる見方を対比した板

  • 供述証拠説は撮影や現像に人の手が入り誤りが入りうるので撮った人による真正性の立証を求める
  • 非供述証拠説は機械が写し取り人の言葉の中身を使うのではないので伝聞の問題は起きない

非供述証拠説は、逆です。写真は、機械が目の前の光景を写し取ります。見間違いや記憶違いが入り込む余地がありません。人の言葉の中身を使う証拠ではないので、物として扱う。こう考えます。ここで1問です。設例Mで、撮影者を法廷に呼べません。供述証拠説と非供述証拠説では、この写真を証拠にできるかどうか、結論はどう分かれるでしょうか?供述証拠説だと、撮った人が真正性を供述できません。署名も押印もない写真は、伝聞の例外の要件を満たしにくいので、証拠にできないと思います。非供述証拠説なら、伝聞の問題が起きないので、使えます。撮影者が分からない写真では、この2つの見方の差が、結論を分けます。

駅構内の集団暴力事件の決定

駅構内で起きた集団暴力の事件(通称・新宿騒擾事件)の決定の整理。上告は棄却。写真のフイルムの押収手続と現像・焼付けの過程に違法はないと応じた部分と、なお書きで現場写真の一般論を述べた部分を区別し、一般論の3点を示した板

では、最高裁はどちらの見方を選んだのか。前に、ビラの存在を非供述証拠として採用した決定を見ました。駅構内で起きた集団暴力の事件で、通称、新宿騒擾事件です。同じ決定に、現場写真の判示もあります。事実から整理します。この決定は、上告を棄却したものです。被告人側は、現場写真の証拠採用について、憲法違反を主張しました。決定は、写真のフイルムの押収手続や、現像・焼付けの過程に違法はなく、写真の証拠能力を認めた原判断は正当だ、と応えています。決定文には、アマチュアカメラマンが撮影した現場写真も出てきます。そのうえで、「なお」と、現場写真の一般論を述べました。ここが判旨にあたります。

判例最高裁判所第二小法廷決定・昭和59年12月21日(刑集38巻12号3071頁)

現場写真の証拠能力に関する判示 犯行の状況等を撮影したいわゆる現場写真は、非供述証拠に属し、当該写真自体又はその他の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備するものであつて、これを証拠として採用するためには、必ずしも撮影者らに現場写真の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要するものではない。

3つに分けます。1つ目。現場写真は、非供述証拠。2つ目。写真自体か、他の証拠で、事件との関連性が認められれば、証拠能力がある。3つ目。撮影者に、作成過程や関連性を証言させることは、必ずしも要らない。撮影者が分かって証言できるなら、してもらって構いません。ただ、それが条件ではない、という意味です。設例Mのように撮影者が分からなくても、写真は使えます。一方で、なぜ非供述証拠なのか、という理由は、この決定文には書かれていません。

非供述証拠とする理由は書かれていない

決定文に書いてあること(非供述証拠、関連性、撮影者の証言は必ずしも要しない)と、書いていないこと(非供述証拠とする理由)を分け、原審の東京高裁が述べた科学的正確性を最高裁が支持したと理解されている位置づけを示した板

判旨は、結論だけです。ただ、原審の東京高裁が、証言などの供述と違い、写真の作成過程には科学的正確性がある、と説示していたとされます。最高裁はその原審の判断を是認しているので、同じ理由だと理解されています。ここは、書いてあることと、理解を分けます。書いてあるのは、非供述証拠であること、関連性が要ること、撮影者の証言が必ずしも要らないこと。書いていないのは、なぜ非供述なのか、です。この理解の決め手を、1文で言います。写真は、人が見て、覚えて、言葉にして、伝える、という4つの関所を通らず、機械が写すので、誤りの入り方が供述とは別だからです。逆に、写真を供述と扱うと、どうなるか。設例Mのように、撮影者が分からない場合、その場を写した唯一の記録が、使えなくなります。

撮る位置の選び方や加工のおそれは、伝聞の関門ではなく、写真が本物かという問題として争えます。たとえば、合成された写真は、事件のその場面を写したものとは言えません。それは、次に見る関連性の問題です。

「事件との関連性」の中身

事件との関連性を2点で整理した板。1点目はその写真が争われている事件のそのときの場面を写したものと言えること、2点目は写真から推認される事実が判決に影響する重要なものであること。設例Mで示せる場合と示せない場合の境界ペアを併記 図:事件との関連性を2点で整理した板

  • 1点目はその写真が争われている事件のそのときの場面を写したものと言えること、2点目は写真から推認される事実が判決に影響する重要なものであること
  • 設例Mで示せる場合と示せない場合の境界ペアを併記

決定の言う「事件との関連性」は、2点で整理されます。1つ目は、その写真が、争われている事件の、そのときの場面を写したものだと言えること。2つ目は、写真から推認される事実が、判決に響く重要なものであることです。前に見た自然的関連性と同じ系統です。役に立たない証拠を、入口で外す関門でした。ここでは、その写真が事件の役に立つかを見ます。

⭐ 論文で書く規範:現場写真の証拠能力 現場写真は非供述証拠に属する | 当該写真自体又はその他の証拠により事件との関連性を認めうる限り証拠能力を具備する | 必ずしも撮影者らに現場写真の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要するものではない (規範(最決昭59・12・21・判例型))

設例Mに当てはめます。写真自体で示せるものがあります。駅の看板や、時計、警察官の制服です。これで、場所と時刻と場面が、事件と結びつきます。その他の証拠でも示せます。警察が、その写真をどこから入手したか。同じ場面を写した別の写真や、防犯カメラの映像はないか。撮影者が分からなくても、こうした道で、関連性は示せます。境界のペアで確かめます。写真に、駅の看板と時計が写り、乱闘の時刻と場所に合っている。これは、関連性が示せます。同じ駅でも、事件の前日に撮った駅前の風景で、乱闘は写っていない。これは、事件のその場面ではありません。関連性が示せません。

乱闘の場面を写した写真でも、Pも、石を投げた男も写っておらず、分かるのは、その場に警察官が何人いたかだけ、という場合です。事件のその場面ではあります。でも、そこから推認できる事実は、Pが投げたかどうかという争点に響きません。この場合も、関連性の関門を通りません。ここで、撮影者の証言が要らない理由が分かります。関連性を、撮影者以外の道、つまり写り込みや入手経緯で示せるからです。ここは、論文で論点になりうる場面です。あてはめでは、どの点で事件のその場面と結びつくかを、事実で書きます。

実況見分調書に添付された写真との差

現場写真は撮影者の真正性の証言までは求められないのに対し、実況見分調書に添付された写真は調書が321条3項の書面に含まれ作成した警察官による真正性の立証が要るという差を対比し、この差が問題になりうることを示した板

撮影者の証言が要らないなら、警察が実況見分で撮った写真も、そのまま使えるのですか。そこが、問題になる差です。最高裁は、実況見分調書もさきほどの321条3項の書面に含まれるとしています。添付された写真にも、この条文が適用されます。作成した警察官が、真正に作成されたと供述して、初めて証拠になります。なぜ写真にも及ぶのか。添付写真は、警察官が実況見分で見た結果を書いた調書の一部として扱われるからです。写真だけを切り離して物と見るのではなく、調書と一緒に、321条3項の書面として扱われます。現場写真は、撮影者の真正性の証言までは求められません。他方、調書の添付写真は求められる。この差を、どう考えるかが問われます。この扱いは、別の回で扱います。

現場録音・現場録画

現場で録った音声は機械が写し取った記録であり、音声の存在自体が要証事実なら非供述証拠として事件との関連性があれば伝聞法則の適用を受けないこと、欺く言葉や脅し文句や怒声の録音の例を示した板。最初に判定の問いを置く

  • 現場で録った音声は機械が写し取った記録であり、音声の存在自体が要証事実なら非供述証拠として事件との関連性があれば伝聞法則の適用を受けないこと、欺く言葉や脅し文句や怒声の録音の例を示した板
  • 最初に判定の問いを置く

録音に入る前に、前の回で使った判定の問いを1問です。言葉の中身が仮に偽でも、証拠としての値打ちが残るなら、伝聞でしょうか?残るなら、中身を信じて認定していないので、伝聞ではありません。この問いを、録音に当てます。現場で録音した音声も、機械が写し取った記録です。録音の存在そのものが要証事実なら、写真と同じで、非供述証拠です。事件との関連性が認められれば、伝聞法則は働きません。たとえば、被害者を欺く言葉の録音、脅し文句の録音、暴行の場面の怒声の録音です。言葉の形をしていても、脅した事実の証明に使うなら、中身が本当かは要りません。脅し文句が偽の内容でも、脅したという事実は残ります。前に見た、発言そのものが犯罪事実になる型と同じです。録音についての最高裁の決定を、1つ見ます。本人が知らない間に録音された、という事件です。決定が述べたことだけを見ます。

判例最高裁判所第一小法廷決定・昭和35年3月24日(刑集14巻4号462頁)

本人不知の録音の存在及び内容の証拠採用 要するに所論録音は本人不知の間になされ、従つて、何等本人の表現の自由を侵害したといえないこというまでもない適法な証拠であつて、記録によれば、第一審裁判所はその用法に従つて、証拠調をしたことが明らかであるから右録音の存在及びその内容を証拠に採用したことに所論の違法ありというを得ない

決定が述べたのは、本人の知らない間の録音は、本人の表現の自由を侵さない。だから、録音の存在と内容を証拠に採用したことに、違法はない。ここまでです。伝聞かどうかは、どう言っているのですか。述べていません。だから、「最高裁が録音を非供述証拠とした」とまでは言えません。存在そのものを使う録音を非供述証拠と見るのは、多数説の理解です。なお、隠して録音することが、捜査として許されるかは、別の問題です。前に扱いました。今日は、証拠能力だけを見ています。

同じ録音でも使い方で分かれる

設例N。夜の路上の悲鳴と叫び声の録音で最後に「Pに刺された」と入っている。使い方1は悲鳴が録られたことからその場が切迫していたことを推認し状態の推認で非伝聞、使い方2は叫び声の中の言葉の中身をPが刺したことの証明に使うので中身の真実性を使う供述証拠、と分けた分岐板 図:設例N

  • 夜の路上の悲鳴と叫び声の録音で最後に「Pに刺された」と入っている
  • 使い方1は悲鳴が録られたことからその場が切迫していたことを推認し状態の推認で非伝聞、使い方2は叫び声の中の言葉の中身をPが刺したことの証明に使うので中身の真実性を使う供述証拠、と分けた分岐板

設例Nです。夜の路上で、悲鳴と叫び声が、録音されていました。録音の最後に、女性の声で「Pに刺された」と入っています。被告人はPで、犯人ではないと争っています。この録音の使い方は、2通りあります。1つ目は、悲鳴が録音されたこと自体から、その場が切迫した状況だったことを推認する使い方です。判定の問いを当てます。叫び声の中身が本当かは、この推認に要りません。悲鳴が録音されていれば、叫んだ人がおびえていたこと、そしてその場が切迫していたことが推認できます。話し手の状態からその場を推認する使い方で、非伝聞です。2つ目は、叫び声の中の「Pに刺された」を、Pが刺したことの証明に使う使い方です。ここで立ち止まります。言葉の中身が本当かどうかを使うのは、どちらの使い方でしょうか?

2つ目です。「Pに刺された」が偽なら、Pが犯人だとは言えません。中身が偽なら値打ちが残らないので、供述証拠になります。決め手は、機械の正確さが保証する範囲にあります。録音機が正確に記録しても、保証されるのは、そう音がした、ということまでです。叫んだ人が、見間違えていないか、覚え違いではないか、という関所は、録音機の外に残ります。前に見た、咄嗟の一言と比べてください。叫びの中身を使う点は同じで、ここまでは供述証拠の側です。その先の、伝聞かどうかは、4つの関所の点検で、立場が分かれました。この録音の2つ目の使い方も、同じ点検に進みます。伝聞となった録音を、どの例外で使えるかは、別の回で扱います。今日は、同じ録音でも、要証事実で分かれる、ということを押さえてください。

報道映像の編集

報道用に撮られた録画には編集が加わることがあり、大阪高裁の裁判例(平成17年6月28日)は編集が事実を捏造するようなものでない限り編集したこと自体は証明力の問題であり直ちに証拠能力を否定しないと説示したとされることを、規範の趣旨だけで整理した板

最後に、報道用の映像です。ニュース映像は、放送用に編集されることがあります。編集がある以上、供述証拠ではないか、という疑問が出ます。大阪高裁の裁判例は、編集が事実を捏造するようなものでない限り、編集したことは、証明力の問題として考えればよい、と説示したとされています。直ちに証拠能力を否定するものではない、という理解です。こう考えると分かります。編集で選ばれるのは、どの場面を見せるかです。映っている場面そのものは、機械が写したままで、見間違いや記憶違いが入り込むわけではありません。だから、伝聞の関門ではなく、証明力の問題になります。

事実を作り替えた、といえる場合は別です。事件のその場面を写したものとは言えないからです。そこまでいかない編集は、どこがどう編集されたかを踏まえて、どこまで信用できるかを判断します。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。機械が写し取った記録として使うなら非供述証拠で事件との関連性があれば証拠能力あり、中身の真実性を使うなら供述証拠として伝聞の検討へ。現場写真の決定の3点、関連性の2点、録音の使い方の分岐、添付写真との差、報道映像の編集を整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

  • 機械が写し取った記録として使うなら非供述証拠で事件との関連性があれば証拠能力あり、中身の真実性を使うなら供述証拠として伝聞の検討へ
  • 現場写真の決定の3点、関連性の2点、録音の使い方の分岐、添付写真との差、報道映像の編集を整理

まとめます。判定手順に、写真と録音を乗せます。まず、機械が写し取った記録として使うのか、人の言葉の中身を使うのかを分けます。1つ目。現場写真は、非供述証拠です。写真自体か他の証拠で、事件との関連性を認められれば、証拠能力があり、撮影者の証言は必ずしも要りません。ただし、非供述とする理由は決定文にはなく、原審の科学的正確性を支持したと理解されています。2つ目。関連性の中身は、事件のその場面か、推認される事実が判決に響くか、の2点です。撮影者が不明でも、写り込みや入手経緯で示せます。3つ目。録音は、存在自体が要証事実なら、写真と同じく非供述証拠です。録音した言葉の中身の真実性を使うなら、供述証拠に戻ります。同じ録音でも、使い方で分かれます。4つ目。実況見分調書の添付写真は321条3項が及び、現場写真との差が問題になります。報道映像の編集は、捏造でない限り、証明力の問題です。

今日の1問の答えは、写真は物の側で、ただし事件との関連性は要る、でした。録音も、機械が写し取った記録として使うなら物、言葉の中身を使えば供述です。

ページ上部へ ↑

#113単独ページ動画

伝聞例外の構造と321条1項の3類型

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

目撃者が捜査段階で警察官に詳しく話し調書が作られたが公判前に亡くなった。伝聞法則で書面が締め出されるなら、その話は二度と法廷に出せないのか、出せるなら誰の前で話した書面ならどんな条件で出せるのかを問う導入板 図:目撃者が捜査段階で警察官に詳しく話し調書が作られたが公判前に亡くなった

今日の1問は、これです。「話した本人が法廷に立てないとき、その人の話を書いた書面は、どんな条件で証拠になるのか」。答えを先に言います。刑訴法は、書面を、誰の前で話したものかで3つに分けて、条件の厳しさを変えています。話を聞いた人が中立に近いほど緩く、遠いほど厳しい。今日は、その並びの理由まで見ます。伝聞法則の原則は、もう見ました。今日は、原則の向こう側、例外の話です。

例外を認める2つの理由

反対尋問で誤りを確かめる機会が無いから伝聞は排除される。その裏返しとして例外は、証拠として使う必要性と、反対尋問の代わりになる信用性の情況的保障の2つがそろう場合に許されることを、検品の喩えで対比した板 図:反対尋問で誤りを確かめる機会が無いから伝聞は排除される

設例Oです。傷害の罪で起訴されたのは、被告人Rです。Rは「自分はやっていない」と争っています。現場を見ていたのは、Uという人です。Uは、事件の直後に、警察官に詳しく話しました。警察官がそれを書き取って、調書ができています。ところが、公判の前に、Uは亡くなりました。原則なら、証拠にできません。では、なぜ、それでも例外を認めるのか。伝聞法則の趣旨から考えます。伝聞を排除する理由は、話の途中に誤りが入っていないかを、反対尋問で確かめる機会が無いからでした。見間違い、覚え違い、言い間違い、そして嘘です。ここで、荷物の検品にたとえます。反対尋問は、検品です。検品できない荷物は、原則として受け取らない。これが伝聞法則です。

話した本人が亡くなり、法廷で確かめる道が閉じた。この事情が、1つ目の理由である、必要性です。伝聞を一切禁じると、Uの話は法廷に出ません。かえって、事実を取り違える危険が高まります。使わなければ真実に近づけない事情がある。だから、使う必要があります。ただし、必要だからといって、何でも受け取るわけにはいきません。2つ目の理由が、信用性の情況的保障です。検品の代わりになる、出荷時の管理が、しっかりしているかを見ます。反対尋問を経なくても、内容を信用できる外側の事情がある、ということです。たとえば、公平な裁判官の前で、話した。あるいは、死ぬ直前に、真剣に話した。こういう場面では、嘘や誤りが入り込みにくいと考えられます。整理します。例外の理由は、必要性と、信用性の情況的保障の2つです。伝聞法則の趣旨の裏返しで、確かめる機会の代わりになる保障があるときだけ、必要性とセットで許します。321条以下は、この2つを、証拠の種類ごとに強さを変えて、要件にしています。必要性が高くても、保障が弱ければ、要件を重ねる。この釣り合いが、後の3類型の並びの伏線です。

例外が出てくる場面

検察官が書証を請求し相手が同意なら326条で採用、不同意なら請求を撤回して原供述者を証人として呼ぶか、321条以下の要件を満たすと主張して請求を維持し裁判所が要件を判断して採用か却下を決めるという手続の流れ図

1つ目は、書面の証拠調べを請求したときです。設例Oで、検察官が、Uの調書の証拠調べを請求します。すると、裁判所は、相手に、証拠にすることへの意見を聞きます。同意か、不同意か。弁護人が同意すれば、326条で足ります。同意の中身は、別の回で扱います。争いのない事件は、このルートが多く、例外の要件を検討するまでもありません。不同意と述べたとします。すると、検察官には、道が2つあります。1つ目は、請求を撤回して、原供述者を証人として呼ぶことです。Uが生きていれば、これが原則の道です。法廷で話してもらえば、反対尋問もできるからです。2つ目は、書面の請求を維持することです。「この書面は、321条以下の要件を満たすから、証拠にできる」と主張します。裁判所が、その要件を判断して、満たせば採用、満たさなければ却下します。

例外の検討が要るのは、不同意なのに、書面の請求を維持する場面です。もう1つの場面もあります。証人尋問の最中に、証言に、また聞きが混じる場合です。相手が異議を述べて、裁判所が、伝聞供述だと判断する。すると、尋問者は、質問を変えるか、伝聞供述の例外の要件を満たすことを示す必要があります。その入口が、324条です。

伝聞例外の全体地図と検討の順番

伝聞例外の全体地図の板。同意や合意による326条・327条、被告人以外の者の供述書面である321条、被告人自身の供述書面である322条、伝聞供述の324条、証明力を争う証拠の328条を並べ、誰の言葉かで振り分けることと、検討はどの類型かを決めてからその要件を見る順番であることを示した板 図:伝聞例外の全体地図の板

例外は、条文がいくつかに分かれています。全体の地図を見ます。当事者の同意や合意による道が、326条と327条です。同意も合意も無いときは、書面の場合、誰の言葉かで分けます。被告人以外の者の供述書面は、321条です。被告人自身の供述書面は、322条です。法廷で語られる伝聞供述は、324条です。ほかに、証明力を争うための証拠が、328条にあります。それぞれの中身は、別の回で扱います。そして、例外を検討する順番があります。1つ目に、その書面は、どの類型に当たるのか。つまり、どの条文か。2つ目に、その類型が求める要件を満たすか。論文でも、この順番で書きます。ここは、論文で論点になりうる場面です。先に類型を特定し、そのあと要件を1つずつ当てはめます。

類型を先に決めるのは、なぜですか。要件が、類型ごとに違うからです。要件を先に見ても、どの条文の要件か分かりません。次から、その類型を、321条1項で見ます。

321条1項——署名押印と3つの類型

321条1項の全文カードを3つに割る板。柱書で対象を示し、1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号は前2号以外の書面と色で分ける。あわせて録取書には供述者の署名か押印が要ることを示す 図:321条1項の全文カードを3つに割る板

  • 柱書で対象を示し、1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号は前2号以外の書面と色で分ける
  • あわせて録取書には供述者の署名か押印が要ることを示す

321条1項の全文です。長い条文なので、2枚に分けます。まず、柱書と1号です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第1号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 一 裁判官の面前(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法による場合を含む。次号において同じ。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異なつた供述をしたとき。

まず、柱書です。対象は、被告人以外の者が作成した供述書、または、その者の供述を録取した書面で、供述者の署名か押印のあるものです。録取書では、供述者の署名か押印が要ります。理由は、録取書には、関所が1つ増えるからです。原供述者が話して、録取者が聞いて、書く。録取者が、聞き違えたり、書き違えたりするかもしれません。そこで、原供述者に、書かれた内容を確かめてもらい、間違いが無いと署名か押印をしてもらいます。これで、録取者の関所の誤りを、取り除けます。前に、署名押印の理由は例外の回で、と言ったのは、この点です。続けて、2号と3号です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(第2号・第3号) 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

2号は検察官の面前、3号はそれ以外です。号が下がるほど、書いてある条件が増えていきます。

321条1項の3つの類型を、裁判官の面前の書面、検察官の面前の書面、それ以外の書面と、話を聞いた相手で並べ、条文の型と各号の求める条件の置き場を示した板

次に、1号から3号までです。分け方の軸は、1つだけです。誰の前で話したか。1号は、裁判官の面前。2号は、検察官の面前。3号は、その2つ以外、つまり、警察官や私人の面前です。そして、要件が違います。次で、その並びを見ます。

3類型の並び方——なぜ厳しさが変わるのか

321条1項の3類型の要件比較表。1号は供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかだけで足り追加要件なし。2号の前段は供述不能、後段は相反または実質的に異なる供述に加えて相対的特信情況。3号は供述不能が必須で不可欠性と絶対的特信情況が加わり、前の供述との食い違いだけでは入らない 図:321条1項の3類型の要件比較表

  • 1号は供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかだけで足り追加要件なし
  • 2号の前段は供述不能、後段は相反または実質的に異なる供述に加えて相対的特信情況
  • 3号は供述不能が必須で不可欠性と絶対的特信情況が加わり、前の供述との食い違いだけでは入らない

比較表です。まず、言葉を2つ。供述不能とは、条文にある、死亡、精神や身体の故障、所在不明、国外にいる、という理由で、公判準備や公判期日で供述できないことです。もう1つは、前の供述と異なる供述です。法廷で、捜査段階と違うことを話す場合です。この2つの中身は、あとの回で詳しく見ます。今日は、どの号がどの要件を持つかの、置き場だけ確かめます。1号は、供述不能か、前の供述と異なる供述か、どちらかがあれば足ります。追加の要件はありません。2号は、前段が、供述不能です。後段は、前の供述と相反する、または実質的に異なる供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況、相対的特信情況が要ります。法廷での供述と比べて、前の供述のほうが信用できるか、を見るので、相対的と呼びます。3号は、供述不能が必須です。そのうえで、欠くことができないという不可欠性と、特に信用すべき情況、絶対的特信情況が要ります。前の供述と食い違うだけでは、入りません。

軸は、話を聞いた人の、中立性です。裁判官は、どちらの側でもない、公平な第三者です。ここで作られた書面は、誤りや無理な誘導の危険が小さい。だから、最も緩くて足ります。検察官は、事件の一方の当事者です。立場上、事実を一方に寄せて聞き取る危険を、完全には消せません。そこで、法廷で前の供述を翻されたときは、前の供述のほうが信用できる、という上乗せを求めます。検察官は、一方の当事者ではあっても、公益の代表者とされる法律家です。そこに、一定の支えがあります。だから、2号の前段は、供述不能だけで足ります。警察官や私人の面前には、その支えもありません。保障が最も弱いので、供述不能だけでは足りず、不可欠性と絶対的特信情況を重ねます。必要性が高くても、保障が弱い分、要件で支える。さきほど見た、必要性と保障の釣り合いの形です。ここで1問です。設例Oで、Uは亡くならず、法廷で「調書と違うことを話す」と証言しました。調書が、裁判官の前で取られたものか、警察官の前で取られたものかで、結論はどう分かれるでしょうか?

裁判官の前なら、1号の後段で、前の供述と異なる供述をしたので、それだけで入ると思います。警察官の前なら、3号は供述不能が必須なので、Uが生きて法廷にいる以上、入りません。検察官の前なら、2号の後段で、特信情況の上乗せが要ります。同じ食い違いでも、話した相手で、通る道が変わります。

1号——裁判官面前調書

1号の書面は裁判官の面前の供述録取書。供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかで足り特信情況は不要。あわせて第1回公判期日前の証人尋問調書、証拠保全の証人尋問調書、他事件の公判調書を具体例として挙げ、他事件の公判調書には被告人としての供述を録取した部分も含まれるという最高裁の結論を出典行で示した板 図:1号の書面は裁判官の面前の供述録取書

  • 供述不能または前の供述と異なる供述のどちらかで足り特信情況は不要
  • あわせて第1回公判期日前の証人尋問調書、証拠保全の証人尋問調書、他事件の公判調書を具体例として挙げ、他事件の公判調書には被告人としての供述を録取した部分も含まれるという最高裁の結論を出典行で示した板

1号です。要件を言います。供述者が、供述不能か、法廷で前の供述と異なる供述をしたか、どちらかです。追加の特信情況は、要りません。ただし、柱書のとおり、録取書なので、署名か押印は要ります。裁判官の面前で作られる書面には、いくつかの型があります。1つ目は、第1回公判期日の前に、裁判官が証人を尋問した調書です。捜査に協力を拒んだ人や、公判で供述を変えるおそれのある人を、検察官の請求で、裁判官が尋問する制度があります。226条と227条です。捜査の回で、捜査機関だけでは足りないときに裁判官に頼る制度として、見ました。2つ目は、証拠保全のための証人尋問の調書です。証拠が失われるおそれがあるとき、公判の前に、裁判官に証人尋問を請求できる制度です。179条です。3つ目は、他の事件の公判調書です。別の事件の法廷で、証人が語った内容を書いた調書です。

公判の前に、わざわざ裁判官が尋問するのは、なぜですか。後で、この1号で使える書面を、残しておくためです。証人が亡くなる、行方が分からなくなる、公判で話を変える。そうした必要性が生じる場面を、先回りして備える制度です。条文の中身は、今日は立ち入りません。他の事件の公判調書についても、補足します。最高裁は、その調書のうち、被告人として供述した部分を録取した部分も、1号の書面に含まれるとしました。結論だけの決定です。322条が扱うのは、いま裁かれている被告人の供述です。別の事件で被告人だった人は、この事件から見れば、被告人以外の者です。だから321条の書面になり、話したのが裁判官の前なので、1号です。決定が述べたのは、この結論だけです。理由としては、被告人質問も、当事者が交互に質問する、証人尋問に近い形で行われる点などが挙げられます。

2号——検察官面前調書

2号の書面は検察官の面前の供述録取書。前段は供述不能で1号前段と同じ。後段は相反または実質的に異なる供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が要ること。1号との差は後段の特信情況の上乗せで、検察官が一方の当事者であることによると示した板 図:2号の書面は検察官の面前の供述録取書

  • 前段は供述不能で1号前段と同じ
  • 後段は相反または実質的に異なる供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が要ること
  • 1号との差は後段の特信情況の上乗せで、検察官が一方の当事者であることによると示した板

2号は、型だけ確かめます。前段は、供述不能です。1号の前段と同じです。後段は、法廷で、前の供述と相反するか、実質的に異なる供述をしたとき。そのうえで、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が、あるときに限ります。2号後段が1号と違うのは、特信情況の上乗せがあるかどうかです。理由は、さきほどの軸のとおり、検察官が一方の当事者だからです。相反かどうかの判断、特別の情況の判断に使う材料は、あとの回で詳しく見ます。今日は、2号の後段に、1号にはない上乗せがある、という置き場だけ持ち帰ってください。

3号——その他の書面

3号の要件を3つ全部そろえる板。供述不能、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができない不可欠性、その供述が特に信用すべき情況の下にされた絶対的特信情況。1つでも欠ければ証拠にできず、前の供述との食い違いだけでは入らず、比べてよりましという相対的な信用ではなくゼロから信用できる情況を示すことを対比した板 図:3号の要件を3つ全部そろえる板

  • 供述不能、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができない不可欠性、その供述が特に信用すべき情況の下にされた絶対的特信情況
  • 1つでも欠ければ証拠にできず、前の供述との食い違いだけでは入らず、比べてよりましという相対的な信用ではなくゼロから信用できる情況を示すことを対比した板

3号です。前に、法廷で語られた伝聞供述に、324条2項がこの3号を準用する場面を見ました。その3号の本体を、ここで正面から見ます。もう一度、条文を見ます。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

要件は、3つです。全部、そろう必要があります。1つ目、供述不能。2つ目、その供述が、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと。これが不可欠性です。3つ目、その供述が、特に信用すべき情況の下にされたこと。絶対的特信情況です。供述不能と不可欠性は、使う必要性の側です。特信情況は、保障の側です。3号の要件は、3つ全部がそろって初めて、証拠にできます。かつ、と、ただし書きで、結んでいます。しかも、柱書のとおり、録取書なら供述者の署名か押印も要ります。2号との、決定的な差があります。3号は、法廷で前の供述と食い違った、というだけでは、入りません。Uが生きていて、法廷で話せる状態なら、話を翻しても、警察官の調書で代わりにはできません。法廷にいるなら、本人に直接聞いて、反対尋問で確かめられます。使う必要性が無いのに、保障の弱い書面を入れる理由は、ありません。1号と2号が食い違いで入るのは、聞き手の側に、そのぶんの保障があるからです。

2号と3号の特信情況は、別のものです。2号は、さきほどのとおり、比べてよりましかを問う、相対的特信情況です。3号は、比べる相手がありません。その供述そのものが、特に信用できる情況でされたことを、ゼロから示す必要があります。不可欠性とは、その証拠が無いと、事実認定に大きな差が出るほど、という意味です。補充的な証拠にとどまるものでは、足りません。たとえば、犯人を見たのがUだけなら、Uの調書は欠かせません。同じ場面を見た別の目撃者がほかにも大勢いて、法廷で同じことを証言しているなら、Uの調書は補充に近づき、不可欠性は認められにくくなります。詳しい判断の基準は、別の回で見ます。対象になる書面は、警察官の面前の録取書だけではありません。私人の面前の録取書もあります。被害者や目撃者が自分で書いた日記のような供述書も、対象です。話を聞き取る人が、間にいない書面も、裁判官や検察官の前で話したものではないので、受け皿の3号に入ります。供述書は、自分で書いているので、録取者の関所がありません。

設例Oに3号を当てはめる

設例Oの被害者版。Uが瀕死の状態で警察官に被害状況と犯人を話し、警察官が書き取り、Uが署名押印した。原供述者U、録取者の警察官、調書という2つの関所と、署名押印が警察官の関所の誤りを取り除くことを示す関係図 図:設例Oの被害者版

  • Uが瀕死の状態で警察官に被害状況と犯人を話し、警察官が書き取り、Uが署名押印した
  • 原供述者U、録取者の警察官、調書という2つの関所と、署名押印が警察官の関所の誤りを取り除くことを示す関係図

設例Oを、少し変えます。Uを、目撃者ではなく、被害者にします。被告人Rは、Uを傷つけたとして起訴されています。Uは、瀕死の状態で、警察官に、被害の状況と、犯人はRだと話しました。警察官が、それを書き取り、Uは、内容を確かめて署名押印しました。話す様子は、真剣で、誰かをかばう、といった様子もありません。直後に、Uは亡くなりました。Rの側は、この調書に不同意です。類型は、3号です。この順番が、さきほどの、類型を先に決める、でした。では、要件を1つずつ当てはめます。1つ目、供述不能。Uは亡くなっています。死亡で、満たします。2つ目、不可欠性。被害者が、被害の状況と犯人を話した書面です。Rが犯人かどうかの認定に、欠くことができない可能性が高い。満たされうる、と考えます。3つ目、絶対的特信情況。死亡の直前で、真剣に話し、誰かをかばう様子も無い。こうした情況から、満たされうると考えます。最後に、署名押印。Uは、内容を確かめて、署名押印しています。図のとおり、Uから警察官へ、警察官から調書へ、関所が2つあります。署名押印が、警察官の側の関所を取り除いています。これが無ければ、書面は、要件を欠きます。

3号の書面は、要件が全部そろうときに限って、証拠能力が認められます。3号で採用される事案は、多くありません。要件が重なるので、限られます。この設例は、認められうる場合の一例です。要件が1つでも欠ければ、認められません。

321条2項——公判での供述の録取書と検証調書

321条2項の対象。被告人以外の者の公判準備または公判期日における供述を録取した書面と、裁判所または裁判官の検証の結果を記載した書面。1項の規定にかかわらず特段の要件なしに証拠にできる。理由は、当事者の関与した場で作られ、すでに証人尋問を経ていて、類型的に信用性が高いこととして整理した板 図:321条2項の対象

  • 被告人以外の者の公判準備または公判期日における供述を録取した書面と、裁判所または裁判官の検証の結果を記載した書面
  • 1項の規定にかかわらず特段の要件なしに証拠にできる
  • 理由は、当事者の関与した場で作られ、すでに証人尋問を経ていて、類型的に信用性が高いこととして整理した板

次に、321条2項です。条文を見ます。

条文刑事訴訟法第321条第2項

刑事訴訟法第321条第2項 2 被告人以外の者の公判準備若しくは公判期日における供述を録取した書面又は裁判所若しくは裁判官の検証の結果を記載した書面は、前項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

対象は2つです。被告人以外の者の、公判準備か公判期日での供述を録取した書面。それと、裁判所か裁判官の検証の結果を記載した書面です。公判準備での供述は、たとえば、公判期日とは別の日に、裁判所が証人を尋問したときの供述です。要件は、ありません。1項の要件を、必要としません。理由は、いくつかの見方で説明されます。1つ目。公判準備や公判期日は、当事者の立会いと、反対尋問の機会がある場だからです。2つ目。すでに、その人の証人尋問を経ています。3つ目。証人は、宣誓をしてから話します。それを書き取るのも、どちらの側でもない、裁判所の書記官です。だから、公判期日での供述の録取は、類型的に、信用性が高い。検証の結果を記載した書面は、裁判所か裁判官が、自分の目で見て確かめたことを書いたものです。当事者も、立ち会えます。人の話を書き取った書面ではないので、話す人の見間違いや言い間違いが、間に入りません。作るのも裁判所の側なので、作ったとされる人が作ったとおりの書面だということも、類型的に確かです。しかも、検証の結果は、その場にいなかった人に、口頭では正確に伝えにくい。書面にすることが、もともと想定されています。なお、捜査機関の検証調書や、実況見分調書は、321条3項です。2項は、裁判所や裁判官の検証のことです。

公判手続の更新と321条2項

設例Oの続きの手続。第5回公判期日の後に裁判官が異動で替わり公判手続が更新された。更新前の公判期日での証人の供述を録取した公判調書は新しい裁判体から見ると別の裁判体の前の供述を書いた書面だが、321条2項前段で証拠能力があることを示す板 図:設例Oの続きの手続

  • 第5回公判期日の後に裁判官が異動で替わり公判手続が更新された
  • 更新前の公判期日での証人の供述を録取した公判調書は新しい裁判体から見ると別の裁判体の前の供述を書いた書面だが、321条2項前段で証拠能力があることを示す板

ここで1問。前に見た、公判手続の更新を思い出してください。裁判官が替わったとき、審理を最初からやり直すのでしょうか?更新は、それまでの審理を捨てる手続ではありません。更新前の期日での供述を録取した公判調書などは、職権で、証拠書類として取り調べ直します。設例Oで考えます。第5回公判期日の後に、裁判官が異動で替わり、公判手続が更新されました。第3回の期日で、証人が話した内容を録取した公判調書があります。新しい裁判体から見ると、この調書は、別の裁判体の前で話された供述を、書いた書面です。いまの裁判官は、証人が話す様子を、自分の前では見ていません。いまの裁判体の前での供述に代えて、書面を使うことになるので、伝聞に当たります。

取り調べ直した調書が使えないのでは、更新をする意味がありません。その受け皿が、321条2項の前段です。被告人以外の者の公判期日における供述を録取した書面だから、特段の要件なしに、証拠能力があります。前の、他の事件の公判調書とは、区別してください。他の事件の調書は、1号の書面で、供述不能などの要件が要ります。この設例は、同じ事件の、更新前の期日の調書なので、2項です。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。例外の根拠は必要性と信用性の情況的保障、例外が出るのは不同意なのに書面の請求を維持するとき、検討の順は類型から要件、321条1項は裁判官の面前が緩く検察官が中程度でその他が厳しい、3号は供述不能と不可欠性と絶対的特信情況と署名押印、2項は無条件を並べる 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。例外の根拠は、必要性と、信用性の情況的保障です。伝聞法則の趣旨の裏返しで、反対尋問の代わりになる保障があるときだけ、必要性とセットで許されます。2つ目。例外が問題になる主な場面は、不同意と言われても、書面の請求を維持したときです。証人尋問の中で伝聞の供述が出たときも、同じ問題になります。検討の順番は、どの類型かを決めて、その要件を見る、です。3つ目。321条1項の並びは、裁判官の面前が緩く、検察官の面前が中程度、その他が厳しい。話を聞いた人の中立性が下がるほど、要件が厳しくなります。4つ目。3号は、供述不能、不可欠性、絶対的特信情況の全部と、録取書なら署名か押印が要ります。2項は、無条件です。

証言を拒んだり、記憶を失ったりしたとき、それは供述不能に当たるのか。これが次の問いです。

ページ上部へ ↑

#114単独ページ動画

伝聞例外と供述不能の意味

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

証人が法廷に来たのに口を閉ざした場面と、何も覚えていないと言う場面を並べ、本人が目の前にいても捜査段階の調書は供述できないときの書面として使えるのかを問う導入板

前回の最後の予告が、この問いです。証言を拒んだり、記憶を失ったりしたとき、それは供述不能に当たるのか。前回、供述不能とは、条文にある、死亡、精神や身体の故障、所在不明、国外にいる、という理由で、公判準備や公判期日で供述できないことだと言いました。今日は、その続きです。条文の理由は、この4つで、ぴったり尽きるのか。条文にない理由でも、足りるのか。答えを先に言います。条文の4つは例示です。同じ程度か、それ以上の事情があれば、供述不能に当たります。証言拒絶も、記憶喪失も、入りえます。ただし、一時的なものでは足りません。供述を得られる見込みが少ないときに限ります。

供述不能が出てくる場所

321条1項の3類型のうち、供述不能が出てくる位置だけを取り出した比較表。1号は前段が供述不能で後段は前の供述と異なる供述、2号は前段が供述不能で後段は相反する供述と相対的特信情況、3号は供述不能が必須で不可欠性と絶対的特信情況が加わる 図:321条1項の3類型のうち、供述不能が出てくる位置だけを取り出した比較表

まず、前回の確認を1問だけ。前回、2号の前段と後段は、要件がどう違ったでしょうか。供述不能だけで足りるのは、どちらだったでしょうか?前段は、供述不能だけで足りました。後段は、前の供述と相反する供述に加えて、公判供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況が要りました。今日の主役の供述不能は、その前段に出てきます。整理します。供述不能は、1号の前段、2号の前段、3号に出てきます。つまり、今日決める供述不能の判断は、3つの号のすべてに効きます。号ごとに判断が変わるわけではありません。ここを、頭に置いてください。

書面は、反対尋問を経ていない証拠です。それでも使うのは、使うしかない事情があるからです。前回の言葉で言うと、必要性です。その必要性の土台が、供述不能です。本人が法廷で語れるのなら、法廷で聞けば足ります。書面を使う理由は、ありません。この考え方が、今日の全部の土台になります。覚えておいてください。必要性の土台は、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないこと。

条文の4つは例示か限定か

憲法37条2項の審問権を確認したうえで、321条1項の供述不能の事由句を強調表示し、限定なら証言拒絶で書面は使えず、例示なら同様またはそれ以上の事由で足りるという分かれ道を示した板

まず、条文を確認します。321条1項の1号と2号を、もう一度出します。事由の書き方に注目してください。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第1号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 一 裁判官の面前(映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法による場合を含む。次号において同じ。)における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は供述者が公判準備若しくは公判期日において前の供述と異なつた供述をしたとき。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(第2号・第3号) 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

証言拒絶が条文の4つに入っていない点が問題です。もし、この4つだけが許される、限定列挙だとします。すると、証人が証言を拒んだ場合、検察官の調書は使えません。反対に、例示だと読めば、書かれていない事情でも、足りる余地があります。最高裁の大法廷は、この点を、例示だと判断しました。判決の事案を、先に言います。被告人の事件で、証人Bが、検察官の請求で、第一審に証人として呼ばれました。ところが、公訴事実の存否に関する重要な事項について、証言を拒絶しました。被告人は、Bに反対尋問できていません。それでも、第一審は、Bの検察官に対する供述調書を、有罪認定の証拠に使いました。弁護人は、反対尋問の機会を与えていない供述を証拠にするのは、憲法37条2項に反する、と主張しました。結論は、上告棄却です。調書の採用が是認されました。判旨は、4つの段階で読みます。1つ目が憲法の読み方、2つ目が条文の事由の読み方です。3つ目と4つ目は、証言拒絶そのものの話なので、次の節で読みます。憲法37条2項の条文を見ます。

条文日本国憲法第37条第2項

憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

判旨の1つ目の段階です。この憲法の規定は、審問の機会を与えない証人の供述には、絶対的に証拠能力を認めない、という意味を含むものではない、と述べました。

大法廷判決の判旨のうち、事由の列挙は証人尋問を妨げる障碍事由を示したものにすぎず、同様またはそれ以上の事由があれば足りるとした部分を1枚に取り出した板

2つ目の段階が、この回の中心です。判旨を、そのまま読みます。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)

供述できないときの事由は例示であるとした判旨 ……そしてこの規定にいわゆる「供述者が……供述することができないとき」としてその事由を掲記しているのは、もとよりその供述者を裁判所において証人として尋問することを妨ぐべき障碍事由を示したものに外ならないのであるから、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において同条所定の書面に証拠能力を認めることを妨ぐるものではない。

供述者を、裁判所で証人として尋問することを、邪魔する事情、という意味です。死亡も、所在不明も、国外も、法廷で本人に聞けなくなる事情です。条文の4つは、その代表例を並べたものだ、というのが判旨の読みです。たとえで言います。対岸にいる証人に、話を聞きに行く橋があるとします。橋が落ちた。これが死亡です。遠すぎて渡れない。これが国外です。では、橋が封鎖されていて渡れないときは、どうでしょう。橋を渡れない、という点では、落ちた橋と変わりません。書面を使う理由は、法廷で、反対尋問を経た供述を得られない、という必要性です。得られない原因が、4つに限られる理由は、ありません。だから、同様、または、それ以上の事情なら、足ります。

供述を得られない度合いが、同じか、より強い、という意味です。大事な点が、もう1つあります。例示にした以上、どこまで広げてよいのか、その線が必要になります。「同様またはそれ以上」が、その線です。今日の後半で、この線を細かく見ます。なお、この判決が扱ったのは、2号です。あとで、号の違う判例を並べます。

証言拒絶と供述不能

証人が公判期日に証言を拒んだ場合の判例を号ごとに並べた比較表。2号は大法廷判決、1号前段は昭和44年の決定、3号は記憶喪失を理由とする証言拒絶の昭和29年の決定。どの号でも供述不能の判断は同じであることを示した板 図:証人が公判期日に証言を拒んだ場合の判例を号ごとに並べた比較表

  • 2号は大法廷判決、1号前段は昭和44年の決定、3号は記憶喪失を理由とする証言拒絶の昭和29年の決定
  • どの号でも供述不能の判断は同じであることを示した板

結論から言います。証人が公判期日に証言を拒んだときは、供述不能に当たります。1号の前段でも、2号でも、同じ結論です。さきほどの大法廷は、こう述べました。判旨の3つ目です。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)

証言拒絶は供述者の死亡と選ぶところはないとした判旨 ……されば本件におけるが如く、Bが第一審裁判所に証人として喚問されながらその証言を拒絶した場合にあつては、検察官の面前における同人の供述につき被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは右規定にいわゆる供述者の死亡した場合と何等選ぶところはない

被告人から見ると、反対尋問で確かめられない、という点が同じです。本人が目の前にいても、黙られてしまえば、質問しても何も返ってきません。誤りを確かめる機会は、死亡の場合と同じように、ありません。ただし、この判決は、死亡と同じだ、と言い切って終わりにはしていません。判旨の4つ目です。続きを読みます。

判例最高裁判所大法廷判決・昭和27年4月9日(刑集6巻4号584頁)

証言拒絶は翻意の可能性があるが現に拒絶している限り供述を得られないとした判旨 尤も証言拒絶の場合においては、一旦証言を拒絶しても爾後その決意を翻して任意証言をする場合が絶無とはいい得ないのであつて、この点においては供述者死亡の場合とは必ずしも事情を同じくするものではないが、現にその証言を拒絶している限りにおいては被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは全く同様であり、むしろ同条項にいわゆる供述者の国外にある場合に比すれば一層強き意味において、その供述を得ることができないものといわなければならない。そして、本件においては、Bがその後証言拒絶の意思を翻したとの事実については当事者の主張は勿論これを窺い得べき証跡は記録上存在しない。

読みどころは3つです。1つ目。証言拒絶は、あとで考えを変えて話す場合が、絶無とは言えない。死亡とは違う点です。2つ目。それでも、現に拒んでいる間は、反対尋問ができない点は、全く同様です。国外にいる場合と比べても、一層強い意味で、供述を得られません。国外にいる証人なら連絡や出頭の余地がありうるのに対し、拒んでいる本人は、目の前にいても話さない、という対比だと考えられます。3つ目。この事件では、Bが考えを変えた、という事実も、それをうかがわせる証拠も、記録にありません。この3つ目を、覚えておいてください。あとで出てくる、一時的では足りない、という話の伏線です。

次に、号の違う判例です。証人が公判期日に証言を拒んだ場合を、1号前段で判断した決定があります。

判例最高裁判所決定・昭和44年12月4日(刑集23巻12号1546頁)

証言拒絶は1号前段の供述不能に当たるとした判旨 証人が公判期日に証言を拒んだときは、刑訴法三二一条一項一号前段にいう公判期日において供述することができないときにあたるものと解すべきである

2号の大法廷判決を参照して、1号前段でも同じ結論をとりました。板に、3つの号を並べます。2号は、この大法廷判決。1号前段は、この決定。3号は、次に見る、記憶喪失を理由とする証言拒絶の決定です。3つの号で、同じ考え方の判断が出ています。前に確かめたとおり、供述不能は、号を超えて共通の要件だからです。自分が刑事訴追を受けるおそれのある証言は、拒める。第4章で見た、証言拒絶権です。この権利を使って拒んだ場合も、正当な理由なく拒んだ場合も、法廷で供述を得られない点は同じ、というのが基本的な考え方で、判例は理由を区別していません。ただし、理由は、後で見る、翻意の見込みを判断する材料になります。ここで、質問です。証言拒絶は、死亡と同じく供述不能だと言われました。けれども、死亡とは、決定的に違う点が1つあります。何でしょうか?

あとから、考えを変えて話すかもしれない点です。死亡なら、戻りません。この差が、次の、一時的かどうかの問題になります。その前に、記憶喪失を見ます。

記憶喪失と供述不能

記憶喪失を理由に証言を拒む場合は3号の供述不能に当たるとした決定と、記憶喪失の程度による扱いの違いとして全面的な記憶喪失は供述不能、あいまいな記憶は直ちには供述不能でない、一部だけ語れない場合は相反供述の側で見ることを整理した板

記憶喪失の場合です。最高裁の決定があります。

判例最高裁判所決定・昭和29年7月29日(刑集8巻7号1217頁)

記憶喪失を理由とする証言拒絶は3号の場合に当たるとした判旨 原審判示のように、証人が、記憶喪失を理由として証言を拒む場合が、刑訴三二一条一項三号の場合に該当することは、当裁判所の判例の趣旨とするところである

結論は、記憶喪失を理由として証言を拒む場合も、供述不能に当たる、です。この決定で問題になった書面は、麻薬取締官に対する供述調書です。麻薬取締官は、検察官でも裁判官でもない捜査官なので、3号の書面です。記憶喪失の程度や、尋問の経過は、判決に書かれているのですか。書かれていません。判断は、短い一文だけです。だから、どの程度の記憶喪失なら、供述不能なのかは、この決定からは分かりません。そこは、判例ではなく、通説と実務の整理として、話します。整理は3つあり、3つとも、今日の土台から出ます。法廷で、反対尋問を経た供述を、得られるかどうか、です。1つ目。全面的に思い出せない場合は、供述不能です。法廷で語れる中身が、無いからです。2つ目。「よく覚えていない」という、あいまいな程度は、直ちには供述不能ではありません。記憶が戻れば、法廷で供述を得られるからです。そこで実務は、第4章で見た記憶喚起で、回復を試みます。思い出す手がかりを与える誘導尋問や、書面や物を示すことです。ただし、供述を録取した書面、つまり調書は、示せません。それでも回復しないときに、供述不能と見ます。3つ目。一部だけ語れない場合は、ふつう、供述不能としては扱いません。語れた部分は、法廷で得られているからです。

記憶喪失の主張は、口で言うだけで通ってしまう危うさがあります。だから、記憶喪失は、安易には認められません。記憶の回復を試みたか、本当に語れないのか、を確かめます。この厳しさが、次に見る、供述不能の上限の線につながります。

一時的な拒絶と解消の見込み

一時的な供述不能では足りず、状態が相当程度継続して存続しなければならないという規範と、証言拒絶の場合は決意が固く期日や尋問方法に配慮しても翻意の見通しが少ないときに供述不能といえること、事案の内容、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を総合考慮すること、立証責任は検察官にあることを並べた板

問題です。証人が、今日は、拒んだ。ならば、直ちに供述不能なのでしょうか。今日は拒んでも、明日は話すかもしれません。この点を正面から判断したのが、高等裁判所の判決です。まず事案です。殺人と死体遺棄で、共犯者として別に起訴されたAがいました。Aは、被告人の公判に証人として出廷し、宣誓のうえ、ごく一部の尋問に答えただけで、証言を拒絶しました。理由は、自分の刑事裁判が続いているので、現時点では拒絶したい、というものでした。一方で、被害者の遺族に申し訳ない、話したい気持ちもある、とも述べました。弁護人と協議した結果、拒否する、とも述べています。検察官は、Aの検察官調書を、2号前段の書面として請求し、第一審は採用しました。被告人の側は控訴し、証言拒絶は一時的なもので、相当な期間内に翻意して証言する可能性があるから、供述不能ではない、と主張しました。高裁は、原判決を破棄して、差し戻しました。供述不能を認めて採用したのは、違法だ、という結論です。判旨は長いので、先に骨組みを言います。前半は、大法廷判決の確認です。後半が新しい部分で、一時的では足りないこと、証言拒絶のときの基準、迅速な裁判との天秤、の3つです。では、読みます。

判例東京高等裁判所判決・平成22年5月27日(高等裁判所刑事判例集63巻1号8頁)

供述不能の要件は一時的では足りず証言拒絶の場合は翻意の見通しが少ないときに満たすとした判旨 刑訴法321条1項2号前段に供述者が公判準備若しくは公判期日において供述することのできないときとしてその事由を掲記しているのは、その供述者を裁判所において証人として尋問することを妨げるべき障害事由を示したもので、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において検察官調書に証拠能力を認めることを妨げるものではないから、証人が証言を拒絶した場合にも、同号前段によりその検察官調書を採用することができる……。しかし、同号前段の供述不能の要件は、証人尋問が不可能又は困難なため例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎付けるものであるから、一時的な供述不能では足りず、その状態が相当程度継続して存続しなければならないと解される。証人が証言を拒絶した場合についてみると、その証言拒絶の決意が固く、期日を改めたり、尋問場所や方法を配慮したりしても、翻意して証言する見通しが少ないときに、供述不能の要件を満たすといえる。もちろん、期日を改め、期間を置けば証言が得られる見込みがあるとしても、他方で迅速な裁判の要請も考慮する必要があり、事案の内容、証人の重要性、審理計画に与える影響、証言拒絶の理由及び態度等を総合考慮して、供述不能といえるかを判断するべきである。

5つに分けます。板とカードでも確認します。

⭐ 論文で書く規範:供述不能の判断の枠組み 供述不能は例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎づける要件である | 一時的な供述不能では足りず 状態が相当程度継続して存続しなければならない | 証言拒絶は 決意が固く 期日を改めたり尋問場所や方法に配慮したりしても翻意して証言する見通しが少ないときに供述不能といえる | 期間を置けば証言が得られる見込みがあっても 迅速な裁判の要請から 事案の内容 証人の重要性 審理計画への影響 拒絶の理由と態度を総合考慮する | 供述不能の立証責任は検察官にある (裁判例(東京高判平22・5・27))

1つ目。供述不能は、例外的に伝聞証拠を用いる必要性を基礎づけるものです。2つ目。だから、一時的では足りません。状態が、相当程度続く必要があります。3つ目。証言拒絶なら、決意が固く、期日を改めたり、尋問の場所や方法に配慮したりしても、翻意して証言する見通しが少ないとき、供述不能と言えます。4つ目。ただし、期間を置けば証言が得られそうでも、迅速な裁判の要請があります。無限に待つことは、できません。そこで、事案の内容、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を、総合して判断します。5つ目は、判決が、この事件へのあてはめの中で述べた点です。供述不能の立証責任は、検察官にあります。供述不能だと示せなければ、書面は使えない、ということです。

先ほどの必要性の裏返しです。書面を使うのは、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないからです。見込みがあるなら、待てば、それが得られます。すると、例外の必要性が弱くなります。橋の封鎖が、明日解ける見込みなら、渡し船の代わりの書面に頼らず、待つほうが筋です。判決は、この事件で、証言拒絶の理由が、合理的な期間内に解消し、証言する見込みが高かった、と見ました。考慮された事情は、5つです。

東京高裁判決が供述不能を認めなかった5つの事情。Aは自分の刑事裁判の係属中で弁護人と相談のうえ現時点では拒絶したいとしているにすぎないこと、遺族の立場を考えると証言したい気持ちがあるとまで述べたこと、被告人の弁護人がAの弁護人に被告人質問終了後は証言拒絶をさせないでほしいと依頼し前向きな返答があったこと、公判前整理手続で拒絶を想定し得たのに柔軟な審理予定を立てていなかったこと、重大事案で被告人が全面否認しAは極めて重要な共犯者とされる証人であることを並べた板 図:東京高裁判決が供述不能を認めなかった5つの事情

1つ目。Aは、自分の刑事裁判が続いていて、弁護人と相談した結果、現時点では拒絶したい、としているにすぎません。2つ目。遺族の立場を考えると、証言したい気持ちがある、とまで述べています。3つ目。被告人の弁護人から、Aの弁護人に、Aの被告人質問が終わったあとは、証言を拒絶させないでほしい、と依頼があり、前向きな返答がありました。検察官は、これに反論も反証もしていません。4つ目。公判前整理手続の時点で、Aの証言拒絶は想定できたのに、拒絶の可能性が低い時期を見極めて対応できる審理予定を、定めていませんでした。5つ目。殺人と死体遺棄の重大事案で、被告人が犯行を全面的に否認し、Aは共犯者とされる、極めて重要な証人です。

重要な証人であるほど、反対尋問を経た供述の価値が大きいので、供述不能を、慎重に判断します。この判決では、重要な証人であることが、供述不能を認めない方向に働きました。誤解しないでください。この判決は、証言拒絶は供述不能に当たる、という結論を、否定したのではありません。先ほどの大法廷判決を引用して、同じ立場に立ったうえで、一時的なら足りない、という限定を付けました。さきほど、大法廷判決の「絶無とはいい得ない」を伏線にしました。あの留保と同じ方向を、規範の形で示したのが、この判決だと言えます。記憶喪失も、法廷で供述を得られない点は、証言拒絶と同じです。だから、同じ枠が及びます。回復の見込みがあるなら、待てば供述を得られるので、供述不能とは言えません。

設例Pで当てはめる

設例Pの関係図。被告人Kは傷害の罪で暴行はしていないと争い、目撃者Tは事件の数日後に検察官に詳しく話して検察官調書が作られ、弁護人は不同意とし、検察官がTを証人請求してTが法廷に来る。TからKへの線とTから検察官への線、Tから法廷への線を示す 図:設例Pの関係図

  • 被告人Kは傷害の罪で暴行はしていないと争い、目撃者Tは事件の数日後に検察官に詳しく話して検察官調書が作られ、弁護人は不同意とし、検察官がTを証人請求してTが法廷に来る
  • TからKへの線とTから検察官への線、Tから法廷への線を示す

設例Pです。傷害の罪で起訴された被告人は、Kです。Kは、暴行はしていない、と争っています。現場を見ていたのは、Tです。Tは、事件の数日後に、検察官に、詳しく話しました。検察官は、それを書き取り、調書を作っています。Kの弁護人は、この調書に不同意です。そこで、検察官は、Tを証人として請求し、Tが法廷に来ました。書面は、検察官の面前の録取書なので、2号です。前回の順番のとおり、まず類型を決めました。次は、2号前段の供述不能を見ます。Tの法廷での態度を変えて、4つの場面を比べます。

設例Pの4場面を比較する表。場面1は理由を言わず一切答えず日を改めても同じ見通しで供述不能、場面2は自分の別件の裁判が終われば話したいと拒み理由が解消する見込みがあり供述不能でない、場面3は全部忘れたと言い手がかりを与えて尋ねても回復せず全面的な記憶喪失で供述不能、場面4は大半を語り日時だけ覚えておらず供述不能でない 図:設例Pの4場面を比較する表

場面1です。Tは、「理由は言えません」と黙り込みます。検察官、弁護人、裁判官、誰の問いにも、一切答えません。日を改めても、同じ態度が続きそうです。拒む理由は、翻意の見込みを測る材料だと言いました。理由を言わなければ、いつ解消するかの手がかりもありません。黙ったままの態度も含めて、決意が固いと見ます。2号前段で、検察官調書が使えます。場面2です。Tは、「自分も別の件で起訴されて、裁判中です。弁護人と相談してから。その裁判が終われば、話したい」と言って、拒みます。これは、東京高裁の事案とそっくりです。一時的な拒絶になりますか。なります。拒絶の理由が、自分の裁判の終了で解消する見込みがあります。供述不能とは言えません。この裁判例では、立証責任は検察官にありました。待てば法廷で供述を得られる見込みがある以上、まず、期日を改めるなどの措置が先です。場面3です。Tは、「全部忘れました」と言います。手がかりを与えて尋ねても、記憶は回復しません。

記憶を呼び戻す試みをしたうえで、なお回復しないのですから、供述不能です。書面が、警察官調書だったなら、3号の場面になります。その場合は、供述不能だけでは足りません。前回見たとおり、不可欠性と絶対的特信情況が、別に要ります。場面4です。Tは、事件の大半を語り、日時だけ、覚えていません、と言います。供述不能ではありません。法廷での供述と、前の供述の食い違いが出れば、相反供述の側で見ます。

供述不能の判断の型を流れで示した板。どの号の書面かを決め、証言拒絶や記憶喪失などが同様またはそれ以上の事由かを見て、一時的でないかを決意の固さと見込み、迅速な裁判、重要性、審理計画から判断し、そのあとの要件は号ごとに見ることを並べた流れ図 図:供述不能の判断の型を流れで示した板

手順の型を、まとめます。1つ目、どの号の書面か。2つ目、証言拒絶や記憶喪失などが、同様またはそれ以上の事由か。3つ目、一時的でないか。決意の固さ、見込み、迅速な裁判の要請、証人の重要性、審理計画から判断します。4つ目、その先の要件は号ごとです。論文でも、この順番で書きます。

供述不能と特信情況、周辺の知識

供述不能の場合は2号前段に特信情況の要件が条文上ないこと、その理由は比べる公判供述が存在しないこと、3号は絶対的特信情況が条文にあること、判例は国外にいる証人の検察官調書の採用を憲法37条2項に違反しないとしたことを並べた板

最後に、短答で問われる周辺の知識です。1つ目。供述不能を理由とする2号前段には、特信情況の要件が、条文上ありません。さきほどの条文を、もう一度見てください。ただし書きは、後段にだけ付いています。相対的特信情況は、公判での供述と比べて、前の供述のほうが信用できるか、を見る基準でした。供述不能の場面は、公判での供述が存在しません。比べる相手がいないので、この基準は、立てられません。3号は別です。3号には、絶対的特信情況が、条文にあります。2つ目。学説には、供述不能でも特信情況を要求すべきだ、という見解があります。供述不能だけで検察官調書を使うのは、証人審問権の侵害で違憲だ、という見解もあります。判例は、合憲です。外国旅行中の証人の検察官調書を、証拠として採用しても、憲法37条2項に違反しない、と判断しました。判決は、大法廷判決の趣旨に徴して明らかだ、と述べただけです。趣旨は、さきほどの1つ目の段階と同じ方向で、憲法37条2項は、審問の機会の無い供述を、絶対に使えないとまでは言っていない、という読みです。これは、国外にいる場合の判例です。実務は、供述不能を理由とする検察官調書の採用では、特信情況の立証を要しません。疑わせる事情があれば、それは、証明力の評価で考えます。3つ目。供述不能を理由に書面の証拠調べをしたあとで、状態が解消しても、そのことで、書面の証拠能力が失われるわけではありません。証拠調べをした時点では、法廷で供述を得られない、という必要性が現にあり、その時点で要件を満たして採用したものだからです。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。供述不能の事由は例示で同様またはそれ以上、証言拒絶は1号前段と2号、記憶喪失は3号、一時的では足りず決意が固く見込みが少ないとき、迅速な裁判と重要性と審理計画を総合して立証責任は検察官、供述不能の場合2号前段に特信情況の条文上の要件はない 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。1つ目。条文の供述不能の事由は、例示です。これと同様、またはそれ以上の事由でも足ります。理由は、書面を使う必要性が、法廷で、反対尋問を経た供述を得られないことにあるからです。2つ目。証言拒絶は、1号前段と2号で、供述不能に当たります。記憶喪失を理由とする証言拒絶も、3号で供述不能に当たります。号が違っても、供述不能の判断は、同じです。3つ目。ただし、一時的では足りません。決意が固く、期日を改めたり、方法に配慮したりしても、翻意の見通しが少ないときに限ります。迅速な裁判の要請、事案、証人の重要性、審理計画への影響、拒絶の理由と態度を総合して判断し、立証責任は検察官にあります。4つ目。供述不能の場合、2号前段に、特信情況の要件は、条文上ありません。

検察官調書を、どんな条件で使えるのか。相反供述と、相対的特信情況を見ます。

ページ上部へ ↑

#115単独ページ動画

相反供述と相対的特信情況

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

捜査段階の調書では「Hが台車で運び出すのを見た」と断定した証人Jが、法廷では「人影を見ただけで、Hだとは言い切れない」と話す場面。法廷の言葉と調書の言葉が食い違うとき、検察官調書をどんな条件で証拠にできるのかを問う導入板

  • 捜査段階の調書では「Hが台車で運び出すのを見た」と断定した証人Jが、法廷では「人影を見ただけで、Hだとは言い切れない」と話す場面
  • 法廷の言葉と調書の言葉が食い違うとき、検察官調書をどんな条件で証拠にできるのかを問う導入板

前回の最後に置いた予告が、この問いです。証人が法廷で前と違うことを話したとき、検察官調書を、どんな条件で使えるのか。前回は、証人が法廷で話せない場合、つまり供述不能を見ました。今日は逆です。話せるのに、話が変わった場合です。321条1項の全体を見た回で先送りにした、相反かどうかの判断と、特別の情況の判断の中身を、今日は正面から見ます。答えを先に言います。条件は3つです。1つ目は、法廷で、前の供述と相反する、または実質的に異なる供述をしたこと。2つ目は、その調書の供述が、法廷の供述より前であること。3つ目は、法廷の供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況、相対的特信情況があることです。

条文と3つの要件

刑事訴訟法321条1項2号の後段だけを取り出し、相反性、前の供述、相対的特信情況の3要件に色分けして示した条文板

条文です。321条1項の柱書と、2号を出します。検察官調書の規定です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。

2号は、前段と後段の2本立てです。前段が供述不能で、前回の話でした。今日は、「又は」から始まる後段です。後段を、条文の言葉で割ります。1つ目。「前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき」。これが、相反性です。2つ目。「前の供述」という言葉。供述の時間の順番を決めています。3つ目。ただし書きの「前の供述を信用すべき特別の情況」。これが、相対的特信情況です。ただし書きは、前段にも掛かるのですか。掛かりません。ただし書きは「公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述」と書いています。比べる公判供述がある場面、つまり後段だけの話です。

1号後段と2号後段の比較表。1号後段は前の供述と異なつた供述で足り特信情況の要件はない。2号後段は相反するか実質的に異なつた供述に加えて、ただし書きの相対的特信情況が要る。理由は、裁判官面前は中立で宣誓のうえの供述であるのに対し、検察官は一方の当事者であること 図:1号後段と2号後段の比較表

  • 1号後段は前の供述と異なつた供述で足り特信情況の要件はない
  • 2号後段は相反するか実質的に異なつた供述に加えて、ただし書きの相対的特信情況が要る
  • 理由は、裁判官面前は中立で宣誓のうえの供述であるのに対し、検察官は一方の当事者であること

板に並べます。1号は、裁判官の面前での供述を書いた調書の規定です。その後段は、「前の供述と異なつた供述」で足ります。特信情況の要件もありません。2号後段は、「相反するか実質的に異なつた供述」と、相対的特信情況の両方が要ります。理由は、321条1項の全体を見たときの軸、つまり、話を聞いた人の中立性です。裁判官は中立ですが、検察官は一方の当事者です。だから、翻されたときは、前の供述のほうが信用できるという上乗せを求める。それが、相対的特信情況です。もう一歩、意味づけをします。伝聞の例外は、必要性と、信用性の情況的保障で認められるのでした。2号後段では、相反性が、必要性にあたります。前回の供述不能は、法廷で供述そのものが得られない場面でした。相反は、法廷に来ても、前の供述の内容が得られない場面です。どちらも、法廷では得られない内容を、前の書面で補う必要がある、という点で同じです。特信情況が、情況的保障にあたります。反対尋問を経ていなくても、前の供述を信用してよい事情がある、という要件です。この意味づけは、最高裁の判決にも書かれています。あとで、特信情況のところで読みます。証人が検察官調書と異なる供述をしたことで、必要性は満たされる。そう述べています。

相反性、実質的に異なる供述

設例Qの関係図。被告人Hは営業課長。証人Jは同じ課の部下で倉庫の鍵の管理を任されていた。Jは事件の3日後に検察官に詳しく話して調書に署名押印し、約1年後の公判で検察官が主尋問をする。JからHへ、上司と部下の線 図:設例Qの関係図

  • 被告人Hは営業課長
  • 証人Jは同じ課の部下で倉庫の鍵の管理を任されていた
  • Jは事件の3日後に検察官に詳しく話して調書に署名押印し、約1年後の公判で検察官が主尋問をする
  • JからHへ、上司と部下の線

設例Qで考えます。Hは会社の営業課長です。会社の倉庫から高額の商品を持ち出したとして、窃盗の罪で起訴され、持ち出していないと争っています。同じ課の部下のJは、倉庫の鍵の管理も任されていました。Jは、事件の3日後、検察庁で検察官に、「夜、Hが台車に段ボールを積んで、倉庫の裏口から出て行くのを見た」と詳しく話しました。その内容を書いた調書に、署名押印しています。公判は、約1年後です。Hの弁護人は、調書に不同意です。検察官は、Jを証人として請求し、Jは法廷に来ました。

実質的に異なる供述の規範板。「相反する」は表現の上で矛盾、「実質的に異なる」は異なる事実認定を導く程度に違うこと、要証事実との関係で供述全体の趣旨を比べること、1号後段の「異なつた供述」より絞られる理由は検察官が一方の当事者であること 図:実質的に異なる供述の規範板

まず、規範です。「実質的に異なつた供述」とは、その書面の内容が、公判供述とは異なる事実認定を導く程度に、違うことです。言葉の細かいずれでは、足りません。条文は、2つの言葉を並べています。「相反する」は、表現の上で、はっきり矛盾する場合です。「見た」と「見ていない」。「実質的に異なる」は、表現の上では矛盾しなくても、趣旨に照らして、異なる結論を導く場合です。判断の仕方は、何を証明するための証拠かという要証事実との関係で、供述の全体の趣旨を比べます。言葉尻の一部ではなく、重要な点で異なるかを見ます。1号後段の「異なつた供述」は、単に異なっていれば足りました。2号後段は、それより絞られています。理由は、さきほどの軸です。検察官は一方の当事者だからです。

証人Jの法廷での答え方を変えた4場面の表。場面1は「見ていません」で相反、場面2は「Hだとは言い切れません」で実質的に異なる、場面3は時刻が少しずれただけで相反性なし、場面4は結論は同じだが調書の方が詳細で判例の事例 図:証人Jの法廷での答え方を変えた4場面の表

では、Jの法廷での答えを、4通りに変えて見ます。場面1。Jが、「Hは見ていません」と言った場合です。調書は「Hを見た」です。場面3を、先に言います。Jが、「見たのは午後9時ごろです」と言った場合です。調書では、午後8時50分ごろでした。相反性はありません。食い違えば、何でも2号後段、ではありません。細かい違いでは、足りないのです。場面2に入る前に、問いです。Jが、「暗くて人影を見ただけです。Hだとは言い切れません」と言ったとします。調書は「Hを見た」と断定していました。表現は、矛盾していません。それでも、2号後段の相反供述に当たるでしょうか?

矛盾はしていません。でも、調書はHだと断定していて、法廷はHだと言い切れない。持ち出した人がHかどうかという、いちばん大事な点で、結論が変わります。実質的に異なる供述に当たると思います。これが、冒頭の場面です。実質的に異なる供述です。前回の記憶喪失の話と、つなげます。「よく覚えていません」と言っても、一部でも証言があれば、供述不能ではなく、相反供述の側で見ます。要証事実にかかわる点で、調書と異なる供述をしたなら、今の場面2と、同じように扱います。場面4です。Jが、「Hが台車で運ぶのを見ました」と言います。結論は、調書と同じです。ただ、調書には、段ボールの数や服装まで、詳しく書かれていました。詳細さの差だけです。これを、実質的に異なるというのか。最高裁の決定があります。事案から言います。船舶を焼失沈没させて、保険金を騙し取ったとされる、放火と詐欺の事件です。相被告人、つまり同じ裁判で一緒に審理されている別の被告人の、検察官調書が、公判廷での供述と、大綱、つまり大筋では一致していましたが、調書の方が詳細でした。この調書は証拠として使われており、最高裁は、刑事訴訟法の違反はないと判断しました。判旨です。

判例最高裁判所決定・昭和32年9月30日(刑集11巻9号2403頁)

詳細さの差で足りるとした判旨 その他相被告人の供述調書は、公判廷における夫々の供述と大綱においては一致しているが、供述調書の方が詳細であつて、全く実質的に異らないものとはいえないのであるから、同三二一条一項二号の要件をも満たしているということができる

この決定は、そうした事例で、要件を満たすと述べました。ただし、大綱が一致していて調書が詳細なら、常に実質的に異なる、と一般化した決定ではありません。事例についての判断です。学説は、限定して読むのが有力です。詳細さの差だけで相反性を認めると、1号との差が薄れてしまうからです。答案では、こう書く余地があります。詳細さの差にとどまる場合は、法廷の供述だけでは要証事実の認定に足りない、簡略すぎて心証が取れない、という事情があるときに、実質的に異なると見る、という程度です。相反性を、書面を使う必要性の要件として見る整理から出てくる絞り方です。

前の供述、作られた時期で決まる

公判供述と調書作成の順番による3ケースの時系列図。ケース1は調書作成のあとに法廷で相反供述で前の供述に当たる。ケース2は法廷で証言したあとに調書を作成で当たらない。ケース3は証言、調書作成、再度の証言で、2度目の証言との関係では当たるが特信情況は慎重に吟味される 図:公判供述と調書作成の順番による3ケースの時系列図

  • ケース1は調書作成のあとに法廷で相反供述で前の供述に当たる
  • ケース2は法廷で証言したあとに調書を作成で当たらない
  • ケース3は証言、調書作成、再度の証言で、2度目の証言との関係では当たるが特信情況は慎重に吟味される

2つ目の要件、「前の供述」です。調書の供述は、法廷の供述より前でなければなりません。時間の順番で、3つのケースに分けます。ケース1。調書を作ったあとに、法廷で相反する供述が出ました。設例Qの、もともとの形です。前の供述に当たります。ケース2。法廷でJの証言が先にあり、そのあとに、検察官が同じ事項でJを取り調べ、調書を作った場合です。この調書は、その証言との関係では、前の供述に当たりません。高等裁判所の判決があります。事案は、検察官調書3通が、供述者が証人として供述した後に作られたものでした。原審が2号の書面として取り調べ、有罪認定の資料にしていた事件です。

判例東京高等裁判所判決・昭和31年12月15日(高等裁判所刑事判例集9巻11号1242頁)

証人尋問のあとに作られた調書は2号の書面にならないとした判旨 右三通の供述調書は、いずれも前示のとおり、その各供述者が既に公判期日において証人として供述した後に作成されたものであつて、同条第一項第二号所定のいずれの場合にも該当しないものであることが明らかであるから、同条による証拠能力を有しないものというべく、従つて、原審においては、これにつき同条第一項第二号の書面として証拠調をすることも、これを有罪事実認定の資料とすることも共に許されないものといわなければならない。

この判決は、原判決を破棄して、差し戻しました。採用したのは違法だ、という結論です。判決は結論を示しただけで、理由は詳しく書いていません。説明としては、こうです。証言のあとに作った調書まで前の供述になるなら、法廷で思いどおりの証言が出なかったとき、いつでも調書を作り直して差し替えられてしまいます。法廷で証言させる意味が、失われます。設例Qで確認します。Jが法廷で「見ていません」と言ったので、検察官が慌ててJを取り調べ、新しい調書を作ったとします。この調書は、その日の証言との関係では、前の供述ではありません。ここで、問いです。ケース2のあとに、もう一度、Jの証人尋問が行われました。そこでJが、新しい調書と食い違う供述をしたとします。この調書は、2度目の尋問の供述に対して、前の供述に当たるでしょうか?

最初の証言より後で、2度目の証言より前に作られた調書。これがケース3です。証言、調書作成、もう一度の証言、の順です。最高裁の決定があります。事案は、業務上横領と詐欺の事件です。詐欺の被害事実について、証人Aの尋問が行われた後に、検察官が同じ事実でAを取り調べて調書を作りました。その後、Aは再び証人として尋問され、調書と異なる供述をしました。検察官が2号の書面として調書を請求し、原審は採用しました。判旨です。

判例最高裁判所決定・昭和58年6月30日(刑集37巻5号592頁)

尋問後の調書も再度の尋問で相反供述が出れば前の供述にあたるとした判旨 このように、すでに公判期日において証人として尋問された者に対し、捜査機関が、その作成する供述調書をのちの公判期日に提出することを予定して、同一事項につき取調を行うことは、現行刑訴法の趣旨とする公判中心主義の見地から好ましいことではなく、できるだけ避けるべきではあるが、右証人が、供述調書の作成されたのち、公判準備若しくは公判期日においてあらためて尋問を受け、供述調書の内容と相反するか実質的に異なつた供述をした以上、同人が右供述調書の作成される以前に同一事項について証言をしたことがあるからといつて、右供述調書が刑訴法三二一条一項二号にいう「前の供述」の要件を欠くことになるものではないと解するのが相当である(ただし、その作成の経過にかんがみ、同号所定のいわゆる特信情況について慎重な吟味が要請されることは、いうまでもない。)。

昭和58年6月30日の決定の判旨を3つの部分に割った板。1つ目は尋問後に同じ事項で取り調べるのは好ましくなくできるだけ避けるべき、2つ目は再度の尋問で相反供述が出れば前の供述の要件を欠かない、3つ目は作成の経過にかんがみ特信情況を慎重に吟味 図:昭和58年6月30日の決定の判旨を3つの部分に割った板

判旨は3つの部分です。1つ目。尋問のあとに、その調書を次の期日に出すつもりで同じ事項を取り調べるのは、好ましくなく、できるだけ避けるべきです。公判中心主義の見地からです。2つ目。しかし、調書を作ったあとに、あらためて尋問を受け、調書と相反する供述をした以上、作成前に証言していても、調書は「前の供述」の要件を欠きません。なぜ、それでよいのか。2度目の尋問の供述と比べれば、調書は時間の上で確かに前です。条文の「前の供述」は、比べる相手の公判供述との順番を言っています。作り方の問題は、3つ目の特信情況の慎重な吟味で受け止める、という分担です。3つ目。ただし、作成の経過にかんがみて、特信情況について慎重な吟味が要請されます。

慎重な吟味とは、特信情況の判断で、作成の経過が見られる、ということです。誰の求めで、なぜ、もう一度取り調べたのか。ただ、この決定は、特段の事情がなければ証拠能力を認めない、とまでは述べていません。吟味が要請される、までです。

前の供述かどうかは調書に記録された供述がされた時期で決まり、調書の証拠調べの期日とは別であることを示す時系列の板

もう1つ、区別があります。「前の供述」かどうかは、調書に記録された供述が、された時期で決まります。調書の証拠調べが、証人を尋問した期日のあとの期日で行われることもあります。最高裁は、その事件で反対尋問が十分に行われていたことも挙げたうえで、証拠調べがあとの期日でも、憲法37条2項の反対尋問権を奪ったことにならない、と述べています。作られた時期と、証拠調べの時期を、混同しないでください。

相対的特信情況

相対的特信情況の規範の板。公判の供述と比べて前の供述の方を信用すべき特別の情況があること。比較の問題で、証拠能力の要件であり、その後の証明力の評価とは別の段階であること。判断資料は判例では内容自体も可、通説的整理では外部的付随事情が中心 図:相対的特信情況の規範の板

  • 公判の供述と比べて前の供述の方を信用すべき特別の情況があること
  • 比較の問題で、証拠能力の要件であり、その後の証明力の評価とは別の段階であること
  • 判断資料は判例では内容自体も可、通説的整理では外部的付随事情が中心

前回、供述不能の2号前段に、特信情況の要件が条文上ないのはなぜだったでしょうか?比べる公判供述が、存在しないからです。今日の後段は、比べる相手があります。だから「相対的」です。3号の特信情況は、比べる相手がなく、絶対的でした。規範です。相対的特信情況とは、公判準備や公判期日の供述と比べて、前の供述の方を信用すべき特別の情況があることです。比較の問題です。検察官の面前というだけでは、足りません。検察官は一方の当事者です。密室で聞き取った内容が、宣誓のうえの証言より信用できる、と言える特別の事情が要ります。見る範囲は、両側です。前の供述の側の事情と、公判供述の側の事情。公判供述の側には、宣誓のうえ、裁判官の面前で述べた、という事情があります。一方で、被告人の面前では話しにくい、という事情もあります。両方を比べます。大事な区別を、1つ言います。特信情況は、証拠能力の要件です。その調書を、証拠として使える資格の話です。使ってよいとなったあとに、その内容をどこまで信用するかは、証明力の話で、別の判断です。特信情況があるから、内容が真実だと決まるわけではありません。

だから、特信情況の判断で、供述が本当かどうかまで、先に決めてしまってはいけないのです。では、何を見て判断するのか。最高裁の判決を読みます。事案は公職選挙法違反です。判旨を読みます。

判例最高裁判所判決・昭和30年1月11日(刑集9巻1号14頁)

伝聞例外の趣旨と特信情況の判断資料についての判旨 刑訴三二一条一項二号は、伝聞証拠排斥に関する同三二〇条の例外規定の一つであつて、このような供述調書を証拠とする必要性とその証拠について反対尋問を経ないでも充分の信用性ある情況の存在をその理由とするものである。そして証人が検察官の面前調書と異つた供述をしたことによりその必要性は充たされるし、また必ずしも外部的な特別の事情でなくても、その供述の内容自体によつてそれが信用性ある情況の存在を推知せしめる事由となると解すべきものである。

前半は、さきほどの意味づけです。必要性と、反対尋問を経なくても充分の信用性ある情況。証人が検察官の面前調書と異なる供述をしたことで、必要性は満たされる、と言っています。後半が、判断資料です。必ずしも外部的な特別の事情でなくても、供述の内容自体によっても、信用性ある情況の存在を推知できる、つまり推し量れる、とします。供述の具体性だけで、特信情況ありとは書けません。通説的な整理を見てください。さきほど、特信情況は証拠能力の要件で、内容が本当かという証明力とは別の判断だ、と確認しました。供述の内容そのものが信用できるかで決めると、証明力の評価を、証拠能力の段階で先取りしてしまいます。だから、供述がされたときのまわりの事情、つまり供述に付随する外部的な情況を、主に見ます。供述の内容は、その外部的な情況を推知させる一資料として、参酌するにとどまります。判旨も、内容自体を、信用性ある情況の存在を推知させる事由と言っています。内容は、情況を推し量る材料という位置づけです。短答では、「特信情況は外部的な特別の事情によってのみ判断できる」は誤りです。判例は、内容自体によっても判断できるとしています。一方、答案では、内容だけで信用できるから特信情況あり、とは書かず、外部的な情況を主にして、内容を補助にします。

相対的特信情況を判断する典型的な事情の表。取調べ時の状況、供述者と被告人との関係と公判廷での心理的圧力、時間の経過と記憶、供述の具体性と変遷の説明、他の証拠との整合の5つ 図:相対的特信情況を判断する典型的な事情の表

典型的な事情を、5つ並べます。1つ目。取調べ時の状況です。穏やかだったか、長時間でなかったか、誘導や圧力の疑いはないか、記録はあるか。2つ目。供述者と被告人との関係と、公判廷での心理的な圧力です。上司と部下、親族、仲間ではないか。被告人の前では話しにくい事情や、働きかけはないか。3つ目。時間の経過と記憶です。調書の時点の記憶と、公判の時点の記憶を比べます。4つ目。供述の具体性と、変遷の説明です。自分に不利益な事実も含めて具体的に話しているか。公判で変えた理由の説明は合理的か。これは、内容による推知の資料です。そして5つ目。他の証拠との整合です。客観的な記録と合うか。これも内容の参酌にあたります。実務の傾向も、一言だけ。特信情況は、比較的緩やかに認められる傾向があるとされ、法廷の証言より、捜査段階の調書で事実が決まってしまう、調書裁判だという批判もある、といわれます。

設例Qの当てはめ

設例Qの当てはめの板。相反性、前の供述、相対的特信情況の順に検討することを示し、特信情況は検察官の主張と弁護人の反論を対照する表にしたもの 図:設例Qの当てはめの板

設例Qに戻ります。Jは法廷で、「暗くて人影を見ただけです。Hだとは言い切れません」と言いました。検察官は、Jの検察官調書を、2号後段の書面として請求します。Hの弁護人は、不同意です。検察官は、請求書で、相反性と特信情況を具体的に主張して、採用を求めます。順番は、相反性、前の供述、特信情況です。前の2つは、形式的な要件です。3つ目が本丸です。相反性。調書は、Hが台車で運び出すのを見た、と断定しています。法廷は、Hだとは言い切れない。持ち出した人がHかどうかという、要証事実の核心で、結論が変わります。実質的に異なる供述です。前の供述。調書は事件の3日後で、公判証言より前です。ケース1で、満たします。特信情況。検察官と弁護人の主張を対照します。検察官は、こう主張します。調書は、事件から3日後で、記憶が鮮明です。公判は1年後で、記憶が薄れています。調書は、Jが落ち着いて自分から話し、倉庫の鍵の管理を任されていた自分に不利益になりうる事実も含めて、具体的です。法廷では、Jは被告人である課長Hの前に立ち、証言のあとも同じ課で働き続けます。心理的な圧力があります。変えた理由の説明もありません。調書の内容は、倉庫の記録簿の時刻とも合います。弁護人は、こう反論します。取調べで、課長が犯人だと決めつけられ、責任の追及をおそれて迎合したのではないか。法廷は、宣誓のうえ、裁判官の面前の証言で、こちらの方が慎重に話している。人影しか見ていないという証言は変わらず、記憶が薄れたのではなく、もともと曖昧だったのではないか。さらに、内容が具体的であることだけで特信情況を認めるのは、信用性の評価の先取りだ、と主張します。

外部的な情況を、両側から比べます。取調べの状況、課長との関係、時間の経過、変えた理由の説明です。記録簿との合致は、外部的な情況を推知させる資料としての範囲で参酌します。

設例Qの結論の板。左に認められる方向の事情(時間の経過・課長との関係・変えた理由の説明が無い)、右に認めにくくなる境界の外側(夜遅くまで続いた取調べ・ほかの社員の供述を告げた直後に話し始めた)を並べ、下段に、慌てて作り直した調書はケース2、再度の尋問で同じ証言が出ればケース3 図:設例Qの結論の板

結論の型は、こうです。相対的特信情況が認められれば、調書を採用して、Jの証言と併せて、証明力を評価します。認められなければ、2号後段の書面として採用できません。この設例では、どうか。弁護人の反論を、1つずつ見ます。迎合したのではないか、という点。調書は、Jが落ち着いて自分から話したもので、長時間の取調べや、決めつける誘導をうかがわせる事情は、記録から出ていません。疑いの指摘にとどまります。法廷は宣誓のうえだ、という点。それは、公判供述の側の一般的な事情です。Jには、証言のあとも課長と同じ課で働く、という具体的な圧力があり、こちらが重く見られます。内容だけで認めるのは先取りだ、という点。ここで主に見たのは、時間の経過、課長との関係、変えた理由の説明が無いこと、という外部的な情況で、内容の具体性や記録簿との合致は、補助にとどめています。だから、相対的特信情況は、認められる方向です。反論が勝つのは、裏づける外部的な事情が出たときです。次の境界の外側が、その例です。境界の外側も1つ置きます。Jの取調べが夜遅くまで何時間も続き、検察官が「ほかの社員も、課長だと言っている」と告げた直後に、Jが「Hを見た」と話し始めていた、と記録から分かったとします。前の供述の側の外部的な情況が崩れます。この場合、相対的特信情況は認めにくくなります。

もう一段、確認です。検察官が、Jが「人影」と言った直後に、慌ててJを再び取り調べ、新しい調書に「Hだと確信した」と書かせたとします。この調書は、その日の証言との関係では、前の供述に当たりません。ケース2です。後日、もう一度尋問して同じ証言が出れば、前の供述になりえますが、特信情況は慎重に吟味されます。ケース3です。

反対尋問で出た相反供述と合憲判断

主尋問では調書どおり証言した証人が弁護人の反対尋問で言い直した場合の流れを示した板。反対尋問に対する供述も相反供述に含まれること、反対尋問に成功するほど調書が入るという問題、2号後段は憲法37条2項に反しないこと

最後の論点です。Jを呼んだ検察官が先に行う主尋問では、Jは調書どおり「Hを見た」と証言したとします。ところが、相手方であるHの弁護人の反対尋問で、「本当は、人影しか見ていません」と言い直しました。この反対尋問での供述は、相反供述に当たるでしょうか。高等裁判所の判決があります。事案は覚醒剤取締法違反です。弁護人は、調書と食い違ったのは反対尋問によるものだから、調書を採用するのは2号に反し、憲法37条2項の証人審問権を有名無実にする、と主張しました。高裁は、この主張を退けました。判旨です。

判例東京高等裁判所判決・昭和30年6月8日(高等裁判所刑事判例集8巻4号623頁)

反対尋問に対する供述も相反供述に含まれるとした判旨 そして刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたときとは必ずしも主尋問に対する供述のみに限らず、反対尋問に対する供述をも含むものと解するのが相当であり所論は独自の見解というべく到底採用することはできない。

相反供述は、主尋問に対する供述に限りません。反対尋問に対する供述も含まれます。反対尋問で証言を崩すほど、調書の方が証拠になりやすくなる。これは、実際に指摘されている問題です。伝聞法則の趣旨は、反対尋問で誤りを確かめる機会でした。それと緊張する場面です。ただ、この場面は、供述者が法廷に出て、被告人側が尋問できます。供述者が出てこない伝聞とは、違います。伝聞法則と重なるけれど同じではない、と前に見た、憲法37条2項との関係です。最高裁は、2号後段は憲法37条2項に反しないとしました。事案は、第一審が証人A、Bを尋問して反対尋問の機会を与えたうえで、その検察官調書を、被告人が証拠とすることに同意したので採用したものです。反対尋問で相反供述を引き出した事案そのものではありません。判旨の一般論です。

判例最高裁判所判決・昭和30年11月29日(刑集9巻12号2524頁)

公判期日に尋問する機会を与えれば供述録取書を証拠とできるとした判旨 憲法三七条二項が、刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられると規定しているのは、裁判所の職権により又は当事者の請求により喚問した証人につき、反対尋問の機会を充分に与えなければならないという趣旨であつて、被告人に反対尋問の機会を与えない証人その他の者の供述を録取した書類を絶対に証拠とすることを許さない意味をふくむものではなく、従つて、法律においてこれらの書類はその供述者を公判期日において尋問する機会を被告人に与えれば、これを証拠とすることができる旨を規定したからといつて、憲法三七条二項に反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例が示すところであるから……、刑訴三二一条一項二号後段の規定が違憲でないことはおのずから明らかである。

筋は、こうです。憲法37条2項は、審問の機会を与えない証人の書類を、絶対に使えないとまでは言っていません。供述者を公判期日で尋問する機会を被告人に与えれば、証拠にできる、と法律が定めても、憲法に反しません。実際の歯止めは、要件にあります。反対尋問での言い直しでも、相反性と特信情況が無ければ、採用されません。運用の一言です。裁判員裁判の導入を契機に、直接主義が重視され、主尋問で証言がすでに法廷に出ているとして、裁判所が、取調べの必要性がないと、調書の請求を採用しないことが増えた、ともいわれます。これに対し、2号に沿って採用すべきだという意見もあります。公判前整理手続に付された事件には、もう1つあります。手続が終わったあとは、やむを得ない事由がなければ、新たに証拠調べを請求できません。ただ、証人が公判で調書と異なる供述をした場合は、やむを得ない事由に当たる、といわれます。手続の中身は、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。2号後段の3要件の型と、短答の落とし穴として1号後段との違い、詳細さの事例判断、尋問後の調書、再度の尋問、判断資料、証拠能力と証明力、反対尋問、合憲判断を並べたもの 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。2号後段の判断は、3ステップです。1つ目。相反する、または実質的に異なる供述があるか。異なる事実認定を導く程度かを、要証事実との関係で見ます。2つ目。「前の供述」か。公判供述より前に作られた調書かを見ます。証人尋問のあとに作られた調書は、その尋問の供述に対しては、前の供述ではありません。再度の尋問で相反供述が出れば、前の供述になりますが、特信情況は慎重に吟味されます。3つ目。相対的特信情況があるか。公判供述と比べて、前の供述を信用すべき情況を見ます。証拠能力の要件で、証明力とは別です。短答の落とし穴を、○×で言います。1号後段と2号後段の要件は同じ、は×です。2号は絞られます。詳細さの差だけなら常に相反性あり、は×です。事例判断です。証人尋問のあとに作られた調書が、その尋問に対して前の供述、は×です。再度の尋問で相反供述が出ても前の供述にならない、も×です。当たります。特信情況は外部的な特別の事情でのみ判断できる、は×です。判例は内容自体でも可とします。特信情況は証拠能力の要件で、証明力の評価と同じ、も×です。別です。相反供述は主尋問に対する供述に限る、は×で、反対尋問に対する供述も含みます。2号後段は憲法37条2項に違反する、も×です。違反しません。

今日の1問の答えは、こうですね。証人が法廷で前と違うことを言ったとき、検察官調書は、相反する、または実質的に異なる供述があり、その調書が前の供述で、相対的特信情況があるときに、証拠になる。

ページ上部へ ↑

#116単独ページ動画

国際捜査共助と321条1項3号

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事件の共犯者はすでに母国へ帰り、母国の捜査官に全部を話した。その供述を書いた書面が日本の法廷に届いたが、日本の裁判官も検察官もその場にいなかった、という問いを示す導入板 図:事件の共犯者はすでに母国へ帰り、母国の捜査官に全部を話した

前回の最後に置いた予告が、この問いです。供述者が国外にいるとき、国際捜査共助で作られた供述録取書を、どんな条件で使えるのか。今日は、321条1項3号の中身を、国外の書面に当てはめて見ます。答えを先に言います。国外にいることは、供述不能の事由として条文に書かれています。だから残る勝負は、2つです。その供述が、犯罪事実の証明に欠くことができないか。そして、特に信用すべき情況があるか。外国の手続は、日本と違うことがあります。それでも、日本の側が取調べの方法を求め、黙秘権が実質的に告げられ、強制の形跡がない、といった具体的な事実があれば、最高裁は3号での採用を認めました。今日は、この判断の組み立て方を身につけます。

条文と、なぜ3号なのか

刑事訴訟法321条1項3号を、供述不能、不可欠性、絶対的特信情況の3要件に色分けして示した条文板

条文です。321条1項の柱書と、3号を出します。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

3号は、3つの要件です。供述不能、不可欠性、そして特に信用すべき情況。この3つは、321条1項の3類型を見た回で整理しました。

1号から3号の並びを、話を聞いた人で整理した板。1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号はそれ以外。外国の捜査官、公証人、外国の裁判所は、日本の裁判官でも検察官でもないので3号 図:1号から3号の並びを、話を聞いた人で整理した板

  • 1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号はそれ以外
  • 外国の捜査官、公証人、外国の裁判所は、日本の裁判官でも検察官でもないので3号

321条1項の軸は、話を聞いた人の中立性でした。1号は日本の裁判官の面前、2号は日本の検察官の面前です。中立性が下がるほど、要件が厳しくなる。外国の捜査官も、外国の公証人も、外国の裁判所も、条文の言う裁判官でも検察官でもありません。だから、1号と2号の書面ではなく、「前二号に掲げる書面以外の書面」として、3号に入ります。もう1つ。国外にいることは、供述不能の事由です。供述不能の事由は例示で、その中に国外にいることも書かれている。前々回に見たとおりです。ここで、問いです。前回の2号後段の特信情況は、何と何を比べる基準だったでしょうか?

公判での供述と、前の供述を比べる基準でした。相対的特信情況です。3号の特信情況は、比べる相手がありません。その供述が、特に信用すべき情況の下にされたかだけを見ます。絶対的特信情況です。今日、勝負になるのは、ここです。

国際捜査共助と、外国の手続の違い

国際捜査共助の流れの板。日本の捜査機関が外国の捜査機関に依頼し、外国の捜査官が共犯者を取り調べ、録取書を日本へ送る。関係者は被告人Z、帰国した共犯者、外国の捜査官、日本の捜査官、検察官 図:国際捜査共助の流れの板

  • 日本の捜査機関が外国の捜査機関に依頼し、外国の捜査官が共犯者を取り調べ、録取書を日本へ送る
  • 関係者は被告人Z、帰国した共犯者、外国の捜査官、日本の捜査官、検察官

設例Rで考えます。被告人のZは、日本国内で、共犯者と共謀して、貴金属店から商品をだまし取ったとして起訴されました。Zは、共謀があったことを争っています。共犯者は、事件の直後に母国へ帰りました。そして、別の件で、その国で勾留されています。日本の検察官は、その国に、捜査共助を要請しました。外国の捜査官が、共犯者を取り調べて、供述録取書を作り、日本に送ってきました。書面には、「Zと一緒に計画した」と書かれています。共犯者は、国外にいて、日本の法廷には来られません。Zの弁護人は、書面に不同意です。検察官は、3号で請求します。

外国にいる人の取調べは、日本の捜査官が、その国で勝手に行うことはできません。その国の主権の範囲だからです。そこで、日本側が、その国の捜査機関に、取調べを頼みます。これが、国際捜査共助です。頼むのは、日本の側です。実際に取り調べるのは、外国の捜査官です。

日本の手続と外国の手続の対比表。黙秘権の告知は日本は必ず告げるが外国は告げない法制もある、供述の義務は日本は課さないが外国は真実を述べる義務を課す法制もある、記録の取り方、その場にいる人が国によって違う 図:日本の手続と外国の手続の対比表

問題は、ここからです。外国の手続は、日本と同じとは限りません。比べる場所を、4つ挙げます。1つ目。黙秘権の告知です。日本は、供述を拒める権利を告げます。外国には、告げない法制もあります。2つ目。供述の義務です。日本は、被疑者に供述を義務づけません。外国には、真実を述べる義務を課す法制もあります。3つ目。記録の取り方です。供述を、そのまま記録するのか、要約して書くのか。4つ目。その場にいる人です。弁護人がいるのか、誰が立ち会うのか。日本の基準に合わない書面を一律に締め出す、という考え方ですね。分かりやすいのですが、それは困ります。外国の捜査機関は、日本の刑訴法に従う義務がありません。日本と同じ手続を、厳格に要求すると、国際捜査共助で得た書面は、ほぼ全部使えなくなります。一方、違いを一切見ないでよいとすると、強制や利益誘導で作られた供述まで入ってしまいます。だから、判断の場所を分けます。2か所です。1つ目は、3号の要件、とくに絶対的特信情況です。2つ目は、証拠としての許容性です。供述の自由が害されていないか、手続が公正かという、一般の問題です。外国の手続の違いは、この2か所のどちらかで効きます。次の判例が、その典型です。

最高裁の判決、国際捜査共助で作られた供述調書

判決が事実として述べた部分、上告した側の主張、判旨の3段の板。事実は中国の捜査官が身柄を拘束されていた共犯者2名を取り調べ供述調書等が第1審で採用された、主張は供述の自由が保障された状態でなされていないから許容性がない、判旨は3号での採用を是認 図:判決が事実として述べた部分、上告した側の主張、判旨の3段の板

最高裁の判決です。この判決は、事実、上告した側の主張、判旨の3つに分けて読みます。事実と、判旨を混ぜると、判旨の射程を読み違えるからです。まず、事実です。判決が事案として述べているのは、こうです。被告人は、強盗殺人などの罪で起訴されました。中国の捜査官が、中国で身柄を拘束されていた共犯者2名を取り調べて、その供述を録取した供述調書等が作られました。これが、第1審で採用されています。次に、上告した側の主張です。取調べは、供述の自由が保障された状態でなされたものではない。だから、証拠能力、ないし、証拠としての許容性がない、という主張でした。そして、判旨です。読みます。

判例最高裁判所判決・平成23年10月20日(刑集65巻7号999頁)

国際捜査共助で作成された供述調書等を321条1項3号で採用した措置を是認した判旨 上記供述調書等は、国際捜査共助に基づいて作成されたものであり、前記(5)の犯罪事実の証明に欠くことができないものといえるところ、日本の捜査機関から中国の捜査機関に対し両名の取調べの方法等に関する要請があり、取調べに際しては、両名に対し黙秘権が実質的に告知され、また、取調べの間、両名に対して肉体的、精神的強制が加えられた形跡はないなどの原判決及びその是認する第1審判決の認定する本件の具体的事実関係を前提とすれば、上記供述調書等を刑訴法321条1項3号により採用した第1審の措置を是認した原判断に誤りはない。

判旨に出てくる事情を、拾います。国際捜査共助に基づいて作られたこと。犯罪事実の証明に欠くことができないこと。日本の捜査機関が、中国の捜査機関に、取調べの方法等を要請したこと。黙秘権が、実質的に告知されたこと。肉体的、精神的な強制が加えられた形跡がないこと。判旨の最後の「具体的事実関係を前提とすれば」は、大事な言葉です。この判決は、こういう事情があれば、必ず採用できる、という一般的な基準を立てていません。下級審が認定した具体的な事実を前提にして、採用は誤りではない、と結論を出しました。事例についての判断です。この点は、あとで使います。

判旨の読み方

判旨が挙げた事情の仕分け表。欠くことができない事情は不可欠性、日本側の要請と黙秘権の実質的告知と強制の形跡なしは許容性に関する説示と理解されるが特信情況を認める一事情にもなりうる、具体的事実関係を前提とした事例判断である 図:判旨が挙げた事情の仕分け表

ここで、立ち止まります。問いです。判旨が挙げた事情は、日本の捜査機関の要請、黙秘権の実質的な告知、強制の形跡がないこと、でした。では、画面の判旨の、この部分に、「特に信用すべき情況」という言葉は出てくるでしょうか?読み直します。「欠くことができない」は出てきます。でも、「特に信用すべき情況」という言葉は、どこにも出てきません。ここが、この判決の読み方の山場です。判旨の事情を、3つに仕分けます。1つ目。「欠くことができない」。これは、3号の不可欠性です。条文の言葉そのままです。2つ目。日本側の要請、黙秘権の実質的な告知、強制の形跡がないこと。これは、先ほどの上告した側の主張への答えです。供述の自由が保障されていたか、証拠としての許容性があるか。そこに答える説示です。事情が、上告した側の主張への答えとして並んでいる。しかも、特信情況という言葉が無い。この2つから、特信情況を積極的に基礎づける趣旨ではなく、証拠の許容性に関して述べたもの、と理解するのが一般的です。

この事情が、特信情況とまったく無関係かというと、関係しうる、というのが、私の整理です。判決は、特信情況の認定を、明示していません。ただ、日本側が、取調べの方法を要請し、手段を尽くした。黙秘権が実質的に告げられ、強制も無かった。こうした事情は、その供述が信用できる情況の下でされた、と見る一事情になりえます。ただし、判決が、そう言ったわけではありません。ここは、断定しません。3つ目。「具体的事実関係を前提とすれば」。事例判断です。黙秘権の告知が無ければ必ず否定する、という基準ではありません。告知があれば必ず肯定する、という基準でもありません。ここは論文で論点になりうる部分です。中身は、判例の事情が、3号の要件のどれに効くのか、それとも許容性に効くのか、という整理です。不可欠性は条文の言葉どおりです。日本側の要請や告知、強制の形跡のなさは、許容性に答える事情であり、特信情況を認める一事情にもなりえます。

設例Rの当てはめ

設例Rの主張の対照表。検察官は国外にいて供述不能、共謀の唯一の証明で欠くことができない、日本側の関与と黙秘権告知等で特信情況あり。弁護人は外国の手続は日本の基準に達していない、反対尋問できない、特信情況の立証が足りない 図:設例Rの主張の対照表

  • 検察官は国外にいて供述不能、共謀の唯一の証明で欠くことができない、日本側の関与と黙秘権告知等で特信情況あり
  • 弁護人は外国の手続は日本の基準に達していない、反対尋問できない、特信情況の立証が足りない

設例Rに戻ります。検察官は、共犯者の供述録取書を、3号で請求しました。Zの弁護人は、不同意です。まず、双方の主張を対照します。検察官は、こう主張します。共犯者は国外にいて、日本に来られないから、供述不能です。共謀があったことを直接語れるのは共犯者だけで、ほかの証拠では、共謀の証明が足りないから、欠くことができません。そして、日本の側が取調べの方法を要請し、黙秘権も実質的に告げられて、強制の形跡もないから、特に信用すべき情況があります。弁護人は、こう反論します。外国の手続は、日本の基準に達していない。共犯者には、反対尋問もできない。特信情況を基礎づける事情は、検察官が立証していない。さらに、共犯者は、自分の責任を軽くするために、Zを巻き込んだかもしれない。

どちらの言い分も、もっともに聞こえます。場面によって、結論は変わりますか。変わります。3つの場面で見ます。

設例Rの3場面の比較表。場面1は日本側が方法を要請し黙秘権が実質的に告げられ強制の形跡なしで採用の方向、場面2は供述義務を課す法制で要請も告知も無く苦しい、場面3は強制や利益誘導の形跡があり3号とは別に許容性で否定されうる 図:設例Rの3場面の比較表

場面1です。日本側が、取調べの方法を要請しました。黙秘権は、実質的に告げられました。強制の形跡は、ありません。録取書には、共犯者の署名があります。判例の事情が、揃っています。供述不能は、国外にいるから満たします。不可欠性は、共謀の直接の証明が、この書面しかないから満たします。絶対的特信情況は、日本側が取調べの方法まで要請して手段を尽くし、告知も強制のなさも確かめられることを一事情として、認められる方向です。許容性も、問題になりません。採用できる方向です。弁護人の、反対尋問できない、という反論は、どうでしょう。3号そのものが、反対尋問を経ない書面を、要件を満たしたときに使うための規定です。反対尋問できないことだけでは、3号を否定する理由になりません。一方、巻き込んだ可能性は、特信情況の吟味の中で、弁護人が具体的に指摘することになります。場面2に入る前に、問いです。外国の法制が、被疑者に、真実を述べる義務を課していました。日本側の要請もありません。黙秘権の告知も、ありません。それだけで、3号は使えないでしょうか?

日本の基準に、まったく合っていません。使えないと言いたくなります。でも、判例は事例判断でした。それだけでは、決まらない気がします。判例は、要件の列挙ではなく、具体的事実関係を見ました。ただ、場面2は、苦しいです。供述義務がある中で、日本側も関与していなければ、自由に話せた情況だったのか、という疑いが強く残ります。検察官が補える事情は、あります。作成の経緯を、立証するのです。誰が、どんな状況で、どのくらいの時間、取り調べたのか。供述義務の制裁が、実際に告げられたのか。強制的な事情は、何も無かったのか。こうした経緯を具体的に示せれば、特信情況を認める余地は、残ります。示せなければ、弁護人の反論が勝ちます。場面3です。取調べの最中に、強制や利益誘導の形跡があります。たとえば、「話せば、釈放する」と約束されていた、という事情です。この場合、3号の要件とは別に、許容性の段階で否定されうる場面です。供述の自由が害された供述は、特信情況を満たすかどうかにかかわらず、使えないと見る方向になります。供述の任意性の問題は、別の回で扱います。

ここで、結論の型を言います。判例は事例判断ですから、「黙秘権の告知があるから採用できる」「無いから採用できない」と、要素を1つだけ取り出して、結論を断定しないでください。具体的事実関係を挙げて、3要件に当てはめます。

ほかの国外書面

国外書面の3件の比較表。最判平23は中国の捜査官の供述調書で許容性の説示、最決平12は米国の公証人の面前の宣誓供述書で特信情況を認定、最決平15は韓国の裁判所の公判調書で特信情況を認定 図:国外書面の3件の比較表

国外の書面の判例は、ほかに2つあります。3件を比べます。共通するのは、どれも3号の書面だという点です。違うのは、効いた要件です。1つ目。米国に住んでいる人の宣誓供述書です。日本政府が米国政府に、捜査共助を要請して、作られました。判旨を読みます。

判例最高裁判所決定・平成12年10月31日(刑集54巻8号735頁)

米国の宣誓供述書を321条1項3号の特信情況の下にされた供述とした判旨 原判決の認定によれば、Aの宣誓供述書は、日本国政府からアメリカ合衆国政府に対する捜査共助の要請に基づいて作成されたものであり、アメリカ合衆国に在住するAが、黙秘権の告知を受け、同国の捜査官及び日本の検察官の質問に対して任意に供述し、公証人の面前において、偽証罪の制裁の下で、記載された供述内容が真実であることを言明する旨を記載して署名したものである。このようにして作成された右供述書が刑訴法三二一条一項三号にいう特に信用すべき情況の下にされた供述に当たるとした原判断は、正当として是認することができる。

この決定は、「特に信用すべき情況」という言葉を、はっきり使っています。黙秘権の告知、任意の供述、公証人の面前で、偽証罪の制裁の下で真実と言明した、という事情をまとめて、特信情況に当たるとしました。2つ目。韓国の裁判所の公判調書です。韓国で起訴された共犯者の供述を、その国の裁判所が録取した調書です。この決定は、前段で、供述者が国外にいて供述不能であり、密輸入の謀議の内容などを証明するのに不可欠な証拠だ、と確認しています。そのうえで、こう述べます。

判例最高裁判所決定・平成15年11月26日(刑集57巻10号1057頁)

韓国の裁判所の公判調書を321条1項3号の書面として是認した判旨 同人の上記供述は、自らの意思で任意に供述できるよう手続的保障がされている大韓民国の法令にのっとり、同国の裁判官、検察官及び弁護人が在廷する公開の法廷において、質問に対し陳述を拒否することができる旨告げられた上でされたというものである。このようにして作成された本件公判調書は、特に信用すべき情況の下にされた供述を録取したものであることが優に認められるから、刑訴法321条1項3号により本件公判調書の証拠能力を認めた原判決の判断は正当として是認することができる。

米国の宣誓供述書の決定と、韓国の公判調書の決定は、どちらも3号の絶対的特信情況を、直接認定しています。手続的な保障が整った書面だった、という点が共通します。裁判官、検察官、弁護人が在廷する公開の法廷。公証人の面前で、偽証罪の制裁の下。どちらも、中立的な人の前で、制裁や保障の下に、供述がされています。先ほどの最高裁の判決は、違います。中国の捜査官が取り調べた供述調書で、特信情況という言葉は出ず、許容性に関する説示でした。同じ国外書面でも、作成主体の手続的保障は、米国や韓国の例ほど厚くありません。だから、日本側の要請や、告知、強制の形跡といった、具体的事情が、前に出ます。

ロッキード事件と、日本の刑訴法

2段構えの板。1段目は3号の3要件、2段目は日本の刑訴法全体の枠に照らした許容性。国際司法共助で得た証拠でも日本の刑訴法等で決まる、刑事免責に当たる約束の下で得た嘱託尋問調書は証拠能力なし 図:2段構えの板

  • 1段目は3号の3要件、2段目は日本の刑訴法全体の枠に照らした許容性
  • 国際司法共助で得た証拠でも日本の刑訴法等で決まる、刑事免責に当たる約束の下で得た嘱託尋問調書は証拠能力なし

最後に、捜査の章の、刑事免責を見た回で扱ったロッキード事件を、今日の角度から見直します。外国にいる証人を、日本の裁判所が現地の裁判所に頼んで、尋問してもらいました。裁判所どうしのこの頼み合いを、国際司法共助と言います。捜査機関どうしの捜査共助とは、頼む側が違います。その嘱託証人尋問の調書です。特徴は、作成の経緯です。検事総長らが、証人たちに、将来にわたって起訴しない、と確約して、証言を得ていました。証言と引き換えに、自分の刑事責任を問わない。これは、刑事免責に当たる約束です。詳しくは、その回で見ました。ここで確認したいのは、1点だけです。大法廷は、この調書の証拠能力を否定しました。理由の中心は、こうです。国際司法共助によって獲得された証拠であっても、日本の刑事裁判で事実認定の証拠にできるかどうかは、「我が国の刑訴法等の関係法令にのっとって決せられるべきもの」である。日本の刑訴法は、当時、刑事免責の制度を採用していなかった。だから、共助で得られた証拠でも、事実認定の証拠にすることは許されない。なぜ、明文が要るのか。その回で見たとおり、免責を採るかどうかは、公正さや国民の法感情を慎重に考えて決めることで、採るなら明文で定めるべきだ、というのが大法廷の考え方でした。

今日の話と、どうつながりますか。2段構えです。1段目は、3号の3要件です。2段目は、日本の刑訴法全体の枠に照らした許容性です。ロッキード事件で、大法廷が理由にしたのは、証言が信用できるかどうかではありません。日本の刑訴法が採っていない約束の下で得た、という得られ方でした。信用できるかを見る3号の要件とは、別の関門です。外国で得られたから、3号の要件だけで決まるのではありません。大法廷は、3号の要件とは別に、刑訴法全体の精神に照らして、事実認定の証拠にすることが許されるかを問いました。そして、日本の刑訴法が採っていない刑事免責を与えて得た供述は、共助で得たものでも許されない、としました。先ほど判旨の読み方で出てきた許容性と、同じ筋です。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。国外書面の判断の型としてどの号かから供述不能、不可欠性、絶対的特信情況、許容性の順、短答の落とし穴の整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。国外書面の判断は、5ステップです。1つ目。どの号か。外国の捜査官、公証人、外国の裁判所が作った書面は、裁判官でも検察官でもないので、3号です。2つ目。供述不能。国外にいることで満たします。3つ目。不可欠性。犯罪事実の存否の証明に、欠くことができないか。4つ目。絶対的特信情況。手続的な保障の厚さと、日本側の関与、黙秘権の告知、強制の形跡の有無などの、具体的事実関係から見ます。5つ目。許容性。供述の自由が害されていないかを、日本の刑訴法の枠で確認します。ただ、これは3号とは別の関門です。場面3のように、許容性が否定されれば、2つ目から4つ目を満たしていても、証拠にはできません。短答の落とし穴を、○×で言います。外国の捜査官が作成した書面は、1号か2号の書面に当たる。これは×です。3号です。外国で黙秘権の告知が無ければ、常に証拠能力が無い。これも×です。判例は、事例判断です。国際司法共助で得た証拠は、外国の法に従っていれば、日本の刑訴法と関係なく証拠にできる、も×です。日本の刑訴法等で決まります。米国の宣誓供述書と、韓国の公判調書は、どちらも3号の絶対的特信情況を直接認めた例です。

今日の1問の答えは、こうですね。外国で作られた供述録取書は3号の書面で、国外にいることで供述不能は満たす。残りは、不可欠性と絶対的特信情況で、具体的事実関係を見て決める。ただし、日本の刑訴法が採っていない刑事免責で得た供述のように、刑訴法全体の精神に照らして許されない証拠は、使えない。

ページ上部へ ↑

#117単独ページ動画

退去強制と検察官面前調書

第5章 証拠法 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事件の重要な証人は外国人で、検察官が国外に送り出される直前に調書を作り、数か月後の法廷に本人はおらず、送り出したのは国自身であるという場面から、この調書を証拠にしてよいのかを問う導入板

前回の最後に置いた予告が、この問いです。退去強制で国外にいる供述者の検察官調書を、どんな条件で使えるのか。今日は、321条1項2号の前段を、この場面に当てはめて見ます。答えを先に言います。国外にいることは、供述不能の事由として条文に書かれています。だから文言の上では、2号前段に当たります。ところが、国の側が供述できない状態を作った、という経緯によっては、条文に当たっていても使えないことがあります。線を引く言葉は、手続的正義の観点から公正さを欠くかどうか、です。下級審は、検察官、裁判所、入国管理当局の、それぞれに相応の尽力があったかを見ています。今日は、この見方を身につけます。

条文と、退去強制の何が問題なのか

刑事訴訟法321条1項2号を、前段の供述不能と後段の相反供述に色分けして示した条文板。前段には特信情況の要件がなく、ただし書は後段にだけ付くことを示す

条文です。321条1項の柱書と、2号を出します。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。

今日の主役は、2号の前段です。検察官の面前で作られた書面で、供述者が国外にいるなどの理由で、法廷で供述できないとき。この前段には、特信情況の要件が条文上ありません。ただし書は、後段にだけ付いています。供述不能を見た回で確認した点です。後段の相反供述は、前々回の話です。前段と後段は別のものなので、今日は前段だけを扱います。退去強制とは、入管法に基づいて、入国管理当局が、外国人を強制的に国外へ退去させる行政処分です。目的は、出入国の公正な管理です。たとえば、在留の資格がないまま日本にいる外国人が、収容されて、手続を経て、本国などへ送り返される。この送り返しが、強制送還です。大事なのは、誰がやるか、です。刑事裁判の手続ではありません。入国管理という、別の行政の手続です。

収容中の検察官の取調べで検察官面前調書が作られ、送還で国外にいることになり、公判で2号前段により請求され、供述不能は満たす、という流れを縦に並べた図。最後に、国の側の動きに公正さを欠くところがあるかという問いを置く

流れを見てください。外国人が、入管の手続で収容されている間に、検察官が、その人を取り調べて、調書を作ることができます。そのあと、本人が送還されると、日本にいません。国外にいることになり、供述不能の事由に当たります。そして、被告人は、その人に、一度も質問できていません。反対尋問で確かめたい相手の話が、確かめる前に、国の手で国外へ運ばれました。残ったのは、検察官が作った書面だけです。憲法37条2項を確かめます。

条文日本国憲法第37条第2項

憲法第37条第2項 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。

憲法37条2項は、被告人に、証人に審問する機会を与えています。供述不能の回で見たとおり、国外にいる証人の検察官調書の採用は、37条2項に違反しない、というのが判例でした。ただ、それは外国旅行中の証人の場合です。国の手続で国外に出した場合も、同じように言えるのでしょうか。もう1つ困ることがあります。刑訴法と入管法の間に、この場面を調整する規定が、ありません。検察官の取調べと入管の送還が、別々の法律で、別々に進みます。どちらが先かを決める定めが、ないのです。ここで、問いです。国外にいるから供述不能。条文どおり。これで終わりでしょうか。国が国外に出した、という経緯は、関係しないのでしょうか?

経緯を無視してよいのか、という疑問が、今日の判例の出発点です。その前に、ほかの手段を見ます。

ほかの手段では足りない理由

226条、227条、179条を並べた比較表。誰が請求するか、要件、この場面で使いにくい理由の3列。226条は拒んだ人、227条は供述が変わるおそれのある人、179条は被告人側の請求で弁護人が主尋問を担う 図:226条、227条、179条を並べた比較表

  • 誰が請求するか、要件、この場面で使いにくい理由の3列
  • 226条は拒んだ人、227条は供述が変わるおそれのある人、179条は被告人側の請求で弁護人が主尋問を担う

送還の前に尋問しておく制度は、2つあります。第1回公判期日の前に、裁判官が証人を尋問する制度です。検察官が請求するものと、被告人側が請求する証拠保全があります。1号の書面の例として、前に出しました。中身の全体像は、捜査の章で見ています。今日は、この場面で使いにくい理由だけを見ます。検察官の請求から行きます。226条です。

条文刑事訴訟法第226条

刑事訴訟法第226条 犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

226条は、出頭や供述を、拒んだ人が対象です。検察官に素直に話した人には、使えません。収容中の外国人が、検察官の取調べに協力しているなら、そもそも当たりません。次に、227条です。

条文刑事訴訟法第227条第1項

刑事訴訟法第227条第1項 第二百二十三条第一項の規定による検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して任意の供述をした者が、公判期日においては前にした供述と異なる供述をするおそれがあり、かつ、その者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。

227条は、任意に供述した人でも使えます。ただし、法廷では供述を変えるおそれがあり、しかも犯罪の証明に欠くことができない、と認められる必要があります。素直に話している外国人について、供述が変わるおそれまで言える場面は、多くありません。立会いは、228条2項です。

条文刑事訴訟法第228条第2項

刑事訴訟法第228条第2項 裁判官は、捜査に支障を生ずる虞がないと認めるときは、被告人、被疑者又は弁護人を前項の尋問に立ち会わせることができる。

立会いは、捜査に支障を生ずるおそれがないと、裁判官が認めるときに限られます。裁判官の裁量です。被告人側が、必ず尋問に立ち会える、とは限りません。被告人側が自分で請求する手段が、179条の証拠保全です。

条文刑事訴訟法第179条第1項

刑事訴訟法第179条第1項(抜粋) 被告人、被疑者又は弁護人は、あらかじめ証拠を保全しておかなければその証拠を使用することが困難な事情があるときは、第一回の公判期日前に限り、裁判官に押収(……)、捜索、電磁的記録提供命令(……)、検証、証人の尋問又は鑑定の処分を請求することができる。

括弧の中の説明は省きました。押収や検証などの処分も並んでいますが、今日は証人の尋問だけを見ます。証拠保全の使いにくさは、2つあります。1つ目。相手は、検察側の証人です。請求した弁護人が、主尋問を担うことになります。自分にとって有利かどうか分からない人を、自分の側から尋問するのは、踏み切りにくい。2つ目。退去強制の時期を、弁護側が知らないことがあります。知らなければ、請求のしようがありません。だから、被告人に尋問の機会を保障しないまま、調書だけが使われる事態が残ります。ここに、最高裁の出番があります。近年は、弁護側が証拠保全の要否を早く判断しやすくなっています。ただ、立会いが確実とは限りません。公判前整理手続の中身は、別の回で扱います。

最高裁の判決、国の側の動きと証拠能力

判決の事案を整理した板。管理売春(売春防止法違反)で起訴された被告人らの下で就労していた、タイ国籍の女性13名が収容中に検察官に取り調べられて送還され、調書が2号前段で採用された。同時期の別の1名は証拠保全の尋問が行われ、13名のうち1名は請求時に送還済み、他の12名は請求がないまま送還された 図:判決の事案を整理した板

  • 管理売春(売春防止法違反)で起訴された被告人らの下で就労していた、タイ国籍の女性13名が収容中に検察官に取り調べられて送還され、調書が2号前段で採用された
  • 同時期の別の1名は証拠保全の尋問が行われ、13名のうち1名は請求時に送還済み、他の12名は請求がないまま送還された

最高裁の判決です。まず、判決が事案として述べている事実を、先に言います。判旨と、事実を混ぜると、判旨の読み違えが起きるからです。管理売春、つまり売春防止法違反の罪で、被告人らが起訴されました。その下で働いていたタイ国籍の女性13名は、退去強制の手続で、入国管理局に収容されました。その収容中に、検察官が13名を取り調べて、検察官面前調書を作りました。13名は、その後、タイへ強制送還されました。第一審では、この13名の調書が、2号前段の書面として請求され、採用されて、犯罪事実の認定に使われました。証拠保全をめぐる事実も、言っておきます。同じ時期に収容されていた別の1名については、弁護人の請求で、裁判官が証人尋問を決定して、尋問が行われています。13名のうち1名は、弁護人から証拠保全の請求がありましたが、請求した時には、すでに送還されていました。残りの12名は、証拠保全の請求がないまま、送還されました。上告した側は、2号前段は憲法37条2項に違反する、と主張しました。最高裁は、合憲とする先例により、この主張には理由がないと退けました。そのうえで、職権で、この調書の証拠能力を判断しました。職権とは、当事者が主張していなくても、裁判所が自分で取り上げることです。上告は棄却です。今日読む判旨は、すべて、この職権判断の部分です。3つに分けて読みます。1つ目が、出発点です。

判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁

2号前段に該当しても常に証拠能力があるとはいえない、とする判旨 しかし、右規定が同法三二〇条の伝聞証拠禁止の例外を定めたものであり、憲法三七条二項が被告人に証人審問権を保障している趣旨にもかんがみると、検察官面前調書が作成され証拠請求されるに至った事情や、供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては、その検察官面前調書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができるとすることには疑問の余地がある。

文頭の「しかし」は、2号前段に当たれば証拠能力が付与されるのが出発点だ、という前提を受けています。そのうえで、伝聞の例外、つまり反対尋問を経ない話を原則は締め出す伝聞法則の例外であり、審問権の趣旨にもかんがみると、作られた事情や、国外にいることになった事由によっては、常に証拠能力があるとは言えない、と述べています。冒頭の問いに、ここで答えが見え始めます。国外にいることになった事由、つまり経緯は、関係します。ただし、この時点では「疑問の余地がある」という書き方です。では、どんな場合に、使えなくなるのか。問いです。検察官が、この人はもうすぐ国外に出る、と知っていました。それだけで、調書は証拠にできなくなるでしょうか?

知っているだけなら、調書を作るのは検察官の仕事ですから、それだけでは足りない気がします。もう一歩、何かが要りそうです。2つ目の判旨を読みます。

判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁

退去強制の場合に、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときの判旨 本件の場合、供述者らが国外にいることになった事由は退去強制によるものであるところ、退去強制は、出入国の公正な管理という行政目的を達成するために、入国管理当局が出入国管理及び難民認定法に基づき一定の要件の下に外国人を強制的に国外に退去させる行政処分であるが、同じく国家機関である検察官において当該外国人がいずれ国外に退去させられ公判準備又は公判期日に供述することができなくなることを認識しながら殊更そのような事態を利用しようとした場合はもちろん、裁判官又は裁判所が当該外国人について証人尋問の決定をしているにもかかわらず強制送還が行われた場合など、当該外国人の検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、これを事実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない。

判旨の言葉の整理板。例示1は検察官が、いずれ国外に退去させられて供述できなくなると認識しながら、殊更その事態を利用しようとした場合で、意図的な利用。例示2は裁判所が証人尋問を決定したのに強制送還が行われた場合で、尋問決定の後。どちらも国の側の動きが供述不能を作った型。上位の基準は手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき 図:判旨の言葉の整理板

  • 例示1は検察官が、いずれ国外に退去させられて供述できなくなると認識しながら、殊更その事態を利用しようとした場合で、意図的な利用
  • 例示2は裁判所が証人尋問を決定したのに強制送還が行われた場合で、尋問決定の後
  • どちらも国の側の動きが供述不能を作った型
  • 上位の基準は手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき

分解します。まず、退去強制は、出入国の公正な管理という行政目的の処分です。そして、検察官も、同じく国家機関です。どちらも、国の側だという点が、出発点です。例示が2つあります。1つ目。検察官が、この人はいずれ国外に退去させられて供述できなくなる、と認識しながら、殊更そのような事態を利用しようとした場合。「殊更」は、わざと、という意味です。知っていた、だけではありません。利用しようとした、という意図が要ります。2つ目。裁判官や裁判所が、その外国人の証人尋問を決定しているのに、強制送還が行われた場合です。裁判所が、尋問すると決めた後の送還です。この2つは、どちらも、国の側の動きが、供述不能の状態を作った型です。そして、上位の基準が、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき。このときは、事実認定の証拠とすることが、許容されないこともあり得る、です。

法廷意見は、常に否定する、とは言っていません。余地を残した書き方です。暗記する言葉は、「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるとき」です。ここは規範として、文言どおり覚えます。この基準は条文には書かれておらず、判例が立てたものです。

⭐ 論文で書く規範:退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書(2号前段) 2号前段に当たるときでも | 検察官が、供述者が退去強制されて供述できなくなることを認識しながら殊更その事態を利用しようとした場合や、裁判所が証人尋問の決定をしているのに強制送還が行われた場合など、その調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは | 事実認定の証拠とすることが許容されないこともある (規範(判例型・最高裁の判決)——条文の要件ではない)

境界の例を2列で並べた板。左は検察官が出国が近いと知りながら起訴を遅らせて送還を待った場合で殊更利用の方向、右は知らないまま通常どおり捜査を進めるうちに入管の手続が進んで送還された場合で境界のすぐ外。分ける問いは国の側が尋問の機会を塞いだか 図:境界の例を2列で並べた板

  • 左は検察官が出国が近いと知りながら起訴を遅らせて送還を待った場合で殊更利用の方向、右は知らないまま通常どおり捜査を進めるうちに入管の手続が進んで送還された場合で境界のすぐ外
  • 分ける問いは国の側が尋問の機会を塞いだか

輪郭を、境界の例で見ます。たとえば、検察官が、出国が近いと知りながら、わざと起訴を遅らせて、送還されるのを待った。これは、殊更利用の方向です。境界のすぐ外は、こうです。検察官は、出国が近いと知らないまま、通常どおり捜査を進めていました。その間に、入管の手続が進んで、本人が送還された。この場合は、検察官が、その事態を利用しようとしたとは言えません。意図と、もう1つあります。被告人に尋問の機会を残せたのに、その機会を、国の側がふさいだのか。それとも、国の側は塞いでおらず、結果として実現しなかっただけなのか。手続的正義は、この点を見ると分かりやすいです。国が自分の手続で本人を遠ざけておいて、その調書だけを使う。それが、審問権の趣旨や、公平な裁判の理念に反するからです。例示に当たりそうに見えても、自動で否定になるわけではありません。最後は、公正さを欠くかどうかで決めます。この点は、下級審で、もう一度見ます。3つ目です。この事案での当てはめです。

判例最判平7・6・20 刑集49巻6号741頁

本件で公正さを欠くとは認められないとした判旨 検察官において供述者らが強制送還され将来公判準備又は公判期日に供述することができなくなるような事態を殊更利用しようとしたとは認められず、……証拠保全の請求がないまま強制送還されたというのであるから、本件検察官面前調書を証拠請求することが手続的正義の観点から公正さを欠くとは認められないのであって、これを事実認定の証拠とすることが許容されないものとはいえない。

点々の部分は、先ほど言った、証拠保全をめぐる事情です。判旨が、結論の理由として挙げたのは、2つです。検察官が、殊更利用しようとしたとは認められないこと。そして、その証拠保全をめぐる事情です。だから、証拠請求は、手続的正義の観点から公正さを欠くとは認められない。結論は、2号前段の書面として、証拠能力ありです。ここで、区別します。収容や送還、証拠保全の請求があったかどうかは、事案の事実です。判旨は、その事実を前提に、殊更利用も公正さを欠くところもない、と評価しました。13名全員が証拠保全できなかった、とは、判旨に書かれていません。結論を支えた事情を、読み取ります。判決は、検察官が殊更利用したとは認められない、としました。そして、弁護側が証拠保全で尋問する機会に関わる事情を、理由に挙げています。別の1名は、現に尋問できました。機会を国が塞いでいない、という事情が、結論を支えたと読めます。これは読みであって、判旨がそう書いているわけではありません。射程も押さえます。この判決は、証拠能力を肯定した事案です。例示の2つは、本件には当たらない場面として示されたもので、最高裁が、例示に当たる事案で実際に証拠能力を否定したわけではありません。否定した判断は、このあとの下級審で見ます。

例示1、例示2、当該事案の3列の比較表。誰が何をしたか、結論を並べる。例示1は検察官が殊更利用、許容されないこともある。例示2は裁判所が尋問を決定した後の送還、許容されないこともある。当該事案は殊更利用とは認められず、証拠保全の機会の事情から、証拠能力あり 図:例示1、例示2、当該事案の3列の比較表

  • 誰が何をしたか、結論を並べる
  • 例示1は検察官が殊更利用、許容されないこともある
  • 例示2は裁判所が尋問を決定した後の送還、許容されないこともある
  • 当該事案は殊更利用とは認められず、証拠保全の機会の事情から、証拠能力あり

補足意見を、要旨だけ言います。裁判官が1名付けたもので、法廷意見とは区別します。反対意見は、ありません。補足意見は、法廷意見を、出入国管理行政の必要と、刑事裁判の公正や真相究明の要請との、調整点を示したものと読みます。そのうえで、補足意見自身の理解として、検察官が殊更利用した場合や、尋問決定の後に送還された場合には、原則として、証拠能力を認めるべきでない、と述べます。ただ、被告人の審問権の保障からは、この調整は十分ではなく、証拠保全に頼ることも容易ではない、とも述べます。刑訴法と入管法に調整規定がないのは、法の不備で、基本的には立法で解決すべきだ、という指摘です。当面は、裁判所、検察官、弁護人の努力と協力で、尋問の機会をつくるべきだ、とします。この指摘が、次の下級審の流れの背景になります。

この説示は、条文のどの話なのか

前回の要点を1問で確認する導入板。3号の要件を満たしたあとにも、条文とは別の関門があった、という問いを示す 図:前回の要点を1問で確認する導入板

ここで、前回を思い出します。前回、3号の要件を満たしたあとにも、条文とは別の関門がありました。それは何でしたか?許容性です。刑訴法全体の精神に照らして、その証拠を事実認定に使ってよいか、という関門でした。今日の「手続的正義の観点から公正さを欠く」も、同じ筋の問いです。条文の要件を満たしたあとに、別の角度から、使ってよいかを問います。違いは、2つです。前回は、供述の自由が害されていないか、刑事免責を与えたか、という証拠の得られ方を問いました。今日は、国が供述不能の状態を作った、という経緯を問います。そして、手続的正義は、今日の判決の言葉です。前回の大法廷判決の言葉ではありません。

判断の順を並べた板。どの号かを見る、供述不能を見る、条文の要件を満たす、そのうえで国の側の動きに手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見る。位置づけの2つの見解として、供述不能の解釈と、条文とは別の証拠禁止や許容性の観点を並べる 図:判断の順を並べた板

  • どの号かを見る、供述不能を見る、条文の要件を満たす、そのうえで国の側の動きに手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見る
  • 位置づけの2つの見解として、供述不能の解釈と、条文とは別の証拠禁止や許容性の観点を並べる

見解が分かれます。1つ目は、2号前段の供述不能の解釈として示した、という見方です。「国外にいるため」の中身に、国外にいることになった事情まで入れる。あるいは、不文の要件を読み込む、ということです。2つ目は、条文の要件とは別に、証拠禁止や一般的な許容性の観点から示した、という見方です。憲法37条2項の趣旨から、条文を満たしても使えない場合がある、とします。判旨自身は、どちらとも言っていません。答案では、位置づけに深入りしなくて大丈夫です。どちらの見方でも、結論は同じだからです。321条1項2号に文言の上では当たるように見えても、証拠能力が否定される場合がある。答案には、この結論を書きます。判断の順は、こうです。どの号かを見る。供述不能、つまり国外にいることを見る。ここで条文の要件は満たします。そのうえで、国の側の動きに、手続的正義の観点から公正さを欠くところがないかを見ます。ここは論文で論点になりうるところです。

その後の下級審、国家機関ごとの相応の尽力

東京高裁の判決の流れの板。最高裁の説示を受けて、供述者の退去強制により証人尋問が実施不能となったことに国の側の公正さを欠くところがあり、その程度が著しく、規定をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反する場合には、供述調書を証拠として許容すべきではないとした 図:東京高裁の判決の流れの板

最高裁のあと、下級審は、証人尋問の実現を重視した判断を示しています。まず、東京高裁の判決です。麻薬及び向精神薬取締法違反の事件でした。高裁は、先ほど読んだ最高裁の説示、つまり国の側の動きによっては証拠能力が否定されうる、という説示を受けて、その趣旨を、こうまとめました。画面の判旨の書き出しにある「上記判示」は、この最高裁の説示を指します。読みます。

判例東京高判平20・10・16 高刑集61巻4号1頁

退去強制と供述調書について、国家機関の側の公正さを欠く程度が著しい場合の判旨 上記判示の趣旨は、供述者が国外にいるため、刑訴法321条1項2号ないし3号所定の要件に該当する供述調書であっても、供述者の退去強制によりその証人尋問が実施不能となったことについて、国家機関の側に手続的正義の観点から公正さを欠くところがあって、その程度が著しく、これらの規定をそのまま適用することが公平な裁判の理念に反することとなる場合には、その供述調書を証拠として許容すべきではないという点にあるものと解される。

高裁が読み取ったのは、国の側の公正さを欠く程度が著しく、規定をそのまま適用すると、公平な裁判の理念に反する場合です。射程は、2号から3号までの調書です。この事案で問題になったのも、2号前段の調書です。共犯者の1人について、裁判所が、証人尋問、いわゆる所在尋問、つまり裁判所の外で、証人のいる場所に出向いて行う尋問の決定をしました。ところが、その後に、その人が退去強制で出国して、尋問は実現しませんでした。最高裁が挙げた例示の2つ目の型です。それでも、高裁は、証拠能力を認めました。理由は、国の側の各機関が、それぞれ相応の尽力をしていたからです。検察官は、入管のセンターに連絡して、収容の状況を把握しました。退去強制に進展があれば教えてほしい、と申し入れました。裁判所と協議したうえで、弁護人に、証拠保全の検討を促しました。尋問が決まった日には、その日のうちに入管へ連絡しています。のちに出国予定日を知らされたときは、延期できないかを確認しました。ただ、旅券が発給されれば尋問の予定があっても送還するほかない、との回答でした。入国管理当局も、検察官の要請に応じて、退去強制の実情を伝えていました。所在尋問にも、可能な限り協力する態勢を整えていました。尽力が実らなかった原因は、被告人側が証拠保全を請求しなかったこと、尋問の日程が関係者の都合で早くならなかったこと、退去強制の手続が急に進んだことでした。国の側が、機会をふさいだのではない、という評価です。

ほかの5名の供述者は、起訴の前に退去強制されていました。この5名については、検察官が起訴の時期をあえて遅らせた証跡がない、とされました。例示1の、殊更利用には当たりません。見る軸は、はっきりしています。裁判所、検察官、入国管理当局の、各国家機関について、個別具体的に、尋問実現のための相応の尽力があったかを認定している。この点が、重要です。もう1つ、否定した判断を見ます。東京地方裁判所の判決です。

最高裁、東京高裁、東京地裁の判断を比べる表。最高裁は殊更利用なしと証拠保全の請求がない事情で肯定、東京高裁は各機関が相応の尽力をしたとして肯定、東京地裁は検察官が手続の進行を告知せず最低限の配慮もないとして否定。軸は国家機関に相応の尽力があったか 図:最高裁、東京高裁、東京地裁の判断を比べる表

  • 最高裁は殊更利用なしと証拠保全の請求がない事情で肯定、東京高裁は各機関が相応の尽力をしたとして肯定、東京地裁は検察官が手続の進行を告知せず最低限の配慮もないとして否定
  • 軸は国家機関に相応の尽力があったか

被告人が薬物の輸入に関与していた、と供述する最も重要な証人が、退去強制の処分を受けた事案です。この判決は、まず、検察官だけでなく、裁判所や入国管理当局を含めた各国家機関が、尋問実現のために相応の尽力をすることが求められる、としました。そのうえで、起訴のあとに、検察官が、退去強制の手続の進行を、裁判所にも弁護人にも告げていなかったことを重く見ました。告げられていれば、弁護側は、証拠保全で、実効的な尋問ができた可能性が高い。検察官は、直接尋問する機会を与えることについて、最低限の配慮もしていない。こう判断して、2号前段による採用は許容できないとし、証拠能力を否定しました。3つの判断を、並べます。最高裁は、殊更利用がなく、証拠保全の機会の事情から肯定。高裁は、各機関が相応の尽力をしたとして肯定。地裁は、告知すらなく、最低限の配慮もないとして否定。見ている軸は、国家機関に、相応の尽力があったか、です。

結論を分けるのは、国の側の動きです。供述者が国外にいる、という同じ事実でも、国の側が尋問の機会を守ろうと動いたかで、証拠として使えるかどうかが変わります。

設例Sの当てはめ

設例Sの関係図。被告人Dが店内での傷害で起訴され、現場を見ていた外国人従業員Eが収容され、検察官が調書を作り、入国管理当局から出国予定日を知らされ、検察官が裁判所にも弁護人にも伝えないままEが出国する。検察官から裁判所と弁護人への告知に、伝えなかったことを示す印を付ける 図:設例Sの関係図

  • 被告人Dが店内での傷害で起訴され、現場を見ていた外国人従業員Eが収容され、検察官が調書を作り、入国管理当局から出国予定日を知らされ、検察官が裁判所にも弁護人にも伝えないままEが出国する
  • 検察官から裁判所と弁護人への告知に、伝えなかったことを示す印を付ける

設例Sで考えます。被告人のDは、飲食店の店内で、客に暴行して、傷害を負わせたとして起訴されました。Dは、暴行していない、と争っています。現場を見ていたのは、在留資格のない外国人の従業員、Eだけです。Eは、事件のあと入管に収容されて、退去強制令書が出ていました。検察官は、収容中のEから事情を聞いて、調書を作りました。起訴のあと、検察官は、入管から、Eの出国予定日を知らされました。ところが、そのことを、裁判所にも弁護人にも伝えないまま、Eは、第1回公判期日の前に出国しました。検察官は、Eの検察官面前調書を、2号前段で請求します。Dの弁護人は、不同意です。

設例Sの主張の対照表。検察官はEが国外にいて供述不能で特信情況は不要、出国を殊更利用したとは言えないので採用できると主張する。弁護人は検察官が出国日を知りながら告知せず、弁護側は証拠保全の機会を奪われ、国の側に相応の尽力も最低限の配慮もなく、手続的正義の観点から公正さを欠くので証拠能力を否定すべきと主張する 図:設例Sの主張の対照表

  • 検察官はEが国外にいて供述不能で特信情況は不要、出国を殊更利用したとは言えないので採用できると主張する
  • 弁護人は検察官が出国日を知りながら告知せず、弁護側は証拠保全の機会を奪われ、国の側に相応の尽力も最低限の配慮もなく、手続的正義の観点から公正さを欠くので証拠能力を否定すべきと主張する

まず、双方の言い分を対照します。検察官は、こう主張します。Eは国外にいて、供述不能です。2号前段には、特信情況が要りません。また、出国させたのは入管の処分で、検察官ではありません。出国を殊更利用したとは言えない。だから、採用できる。弁護人は、こう反論します。退去強制は国の処分で、検察官は、その日程を知っていた。知りながら、裁判所にも弁護側にも告げなかったので、弁護側は、証拠保全を請求する機会を奪われた。国の側に、相応の尽力も、最低限の配慮もない。手続的正義の観点から公正さを欠く。だから、証拠能力を否定すべきだ。

4つのステップで当てはめます。1つ目。2号前段の文言です。Eは国外にいるので、供述不能は満たします。特信情況は、前段には要りません。2つ目。そこで終わらず、国の側の動きを見ます。検察官は、出国予定日を知っていました。これは、例示1の、認識の要素です。ただ、殊更利用しようとした、と言えるかは、意図を示す事情があるかで決まります。たとえば、起訴の時期を遅らせた、告知を控えて証拠保全を避けた、などです。最高裁の事案は、殊更利用を認めませんでした。設例Sで、そうした事情が出ていなければ、例示1だけでは、苦しいところです。3つ目。最高裁が、結論を分けた事情を見ます。弁護側が、証拠保全できる機会が、現実にあったかです。最高裁の事案は、別の1名は現に尋問でき、ほかにも請求がないまま送還されていました。設例Sは、告知がなく、弁護側が請求を考える機会そのものがありません。この点で、最高裁の事案と違います。4つ目。下級審の軸、相応の尽力です。告知は、実施が容易な、最低限の配慮です。それすら無い。この点が重く、証拠能力を否定する方向になります。ただし、判例は事例判断です。1つの事情だけで、断定しないでください。

設例Sの場面の変形を比べる表。場面1は検察官が出国予定を知った時点で弁護人に知らせ、証拠保全の検討を促したが弁護側が請求しなかったため、採用の方向で最高裁の事案や高裁の型。場面2は告知がなく否定の方向で、設例Sと地裁の型。場面3は裁判所が証人尋問を決定した後に出国したが、検察官、裁判所、入国管理当局が尋問実現に尽力していたため、採用の方向で高裁の型 図:設例Sの場面の変形を比べる表

  • 場面1は検察官が出国予定を知った時点で弁護人に知らせ、証拠保全の検討を促したが弁護側が請求しなかったため、採用の方向で最高裁の事案や高裁の型
  • 場面2は告知がなく否定の方向で、設例Sと地裁の型
  • 場面3は裁判所が証人尋問を決定した後に出国したが、検察官、裁判所、入国管理当局が尋問実現に尽力していたため、採用の方向で高裁の型

場面を変えて、結論の動きを見ます。場面1です。検察官が、出国予定を知った時点で、弁護人に知らせて、証拠保全の検討を促した。それでも、弁護側は請求しなかった。この場合は、国の側が機会を塞いでいません。採用の方向です。最高裁や高裁の型です。場面2は、設例Sです。告知がない。弁護側は、機会を奪われました。否定の方向です。地裁の型です。場面3です。裁判所が、尋問を決定したあとに、Eが出国しました。ただ、検察官も裁判所も入国管理当局も、尋問実現のために、尽力していました。これは、例示2に当たりそうに見えても、採用の方向です。高裁の型です。

ここまでを、答案の骨格にします。まず、条文の要件を当てはめます。供述不能、つまり国外にいることは、満たします。そのうえで、手続的正義の観点から公正さを欠くかを、国家機関ごとの尽力で検討する。この順番です。当てはめでは、検察官が出国を知っていたこと、告知をしなかったこと、弁護側が証拠保全の機会を奪われたこと、を具体的に拾います。検察官に殊更利用の意図を示す事情が弱い点は、事案の評価として、触れておきます。

2号が、1号と3号の間にある理由

321条1項の並びと2号の位置を示す板。話を聞いた人の中立性が下がるほど要件が厳しい軸の中で、2号の前段は当事者である検察官の面前なのに、1号と同じく供述不能だけで足りる。後段は特信情況を上乗せする。検察官は公益の代表者という支えがあるという伝聞例外の構造の回の答えを受けて、その支えが重く見られた理由として、検察官への信頼、予審判事の権限の引き継ぎ、捜査書面の極端な排除を避けるの3つと、2号は廃止すべきとの見解を並べる 図:321条1項の並びと2号の位置を示す板

  • 話を聞いた人の中立性が下がるほど要件が厳しい軸の中で、2号の前段は当事者である検察官の面前なのに、1号と同じく供述不能だけで足りる
  • 後段は特信情況を上乗せする
  • 検察官は公益の代表者という支えがあるという伝聞例外の構造の回の答えを受けて、その支えが重く見られた理由として、検察官への信頼、予審判事の権限の引き継ぎ、捜査書面の極端な排除を避けるの3つと、2号は廃止すべきとの見解を並べる

伝聞例外の構造の回で見たとおり、軸は、話を聞いた人の中立性です。その回では、検察官は当事者でも公益の代表者なので支えがあり、だから前段は供述不能だけで足りる、と答えました。当事者だからこそ、後段では特信情況を上乗せします。今日は、その支えが、なぜ裁判官の面前と同じ緩さを許すほど重く見られたのかを足します。答えは、現行法が作られたときの事情です。理由として、3つが説明されます。現行法が作られたときの事情からの推測も含まれます。1つ目は、検察官への信頼です。司法警察職員と比べて、在野の法曹からも信頼を得ていた、と考えられています。2つ目は、予審の廃止です。旧刑訴法の予審制度をなくしたとき、検察官が予審判事の権限を実質的に引き継いだ側面があり、検察官面前調書は予審判事の作る書面に近いものと見られた、と説明されます。3つ目は、捜査の手続で作られた書面を、あまりに広く締め出すことを避けたかった、という事情です。

ただ、反対の見解もあります。憲法37条2項の審問権と、当事者主義を重視する現行法の体系の下では、2号は廃止すべきだ、という見解です。今日の話は、この緩さの裏面です。前段は、供述不能だけで、被告人が一度も質問できなかった人の話を、証拠にできます。条文の要件の中には、質問できなかったことを補うものがありません。だから、国自身が供述不能を作った退去強制の場面では、国の側の動きが、最後の歯止めとして問われるのです。軸そのものを、上書きする話ではありません。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。退去強制と2号前段の判断の型として、2号前段の供述不能、国の側の動きを見る、国家機関ごとの相応の尽力の順。短答の落とし穴の整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

  • 退去強制と2号前段の判断の型として、2号前段の供述不能、国の側の動きを見る、国家機関ごとの相応の尽力の順
  • 短答の落とし穴の整理

まとめます。退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書は、3ステップで考えます。1つ目。2号前段です。国外にいるので、供述不能は満たします。特信情況は、前段には要りません。2つ目。それでも、国の側の動きを見ます。検察官が殊更利用した場合、裁判所が尋問を決定した後に送還された場合などで、手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときは、許容されないこともあります。3つ目。国家機関ごとの、相応の尽力です。検察官、裁判所、入国管理当局が、それぞれ、尋問の機会を守ろうと動いたか。告知という最低限の配慮も無ければ、否定の方向です。短答の落とし穴を、○×で言います。退去強制で国外にいるので、常に2号前段で採用できる。これは×です。検察官が、出国を殊更利用した場合や、尋問決定後に送還された場合は、許容されないこともあります。手続的正義の基準は、2号前段の条文に書かれている。これも×です。判例が立てた説示です。条文に書かれている要件ではありません。

321条1項の5回の総まとめ。1回目は3類型の地図、2回目は供述不能、3回目は相反供述と相対的特信情況で2号後段、4回目は国外の書面と3号で許容性、5回目は退去強制と2号前段で手続的正義 図:321条1項の5回の総まとめ

321条1項を、5回に分けて見てきました。全体を1枚にします。1回目は、3類型の地図。2回目は、供述不能。3回目は、相反供述と相対的特信情況、つまり2号後段。4回目は、国外の書面と3号、許容性の関門。5回目の今日は、退去強制と2号前段、手続的正義です。今日の1問の答えは、こうですね。退去強制で国外にいる供述者の検察官面前調書は、国外にいることで、2号前段の供述不能は満たす。ただし、国の側が供述できない状態を作った経緯に、手続的正義の観点から公正さを欠くところがあれば、証拠にできないこともある。それは、検察官、裁判所、入国管理当局の、相応の尽力で見る。322条の中身です。

ページ上部へ ↑

#118単独ページ動画

被告人の供述書面(322条)と共犯者の供述

第5章 証拠法 ⑪/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

事件の前に被告人が友人へ送ったメッセージ「あいつを痛い目にあわせる」と、本人が法廷で言う「冗談だった」を並べ、被告人自身の言葉でも伝聞法則の網にかかるのかを問う導入板

前回の最後に、被告人の供述書面と、共犯者の供述を見ると言いました。今日は、その中身、322条です。答えを先に言います。被告人自身の言葉でも、過去の事実を認めたものを、その内容が真実だと言うために使うなら、伝聞です。そして322条が、被告人の書面のために、2つの入口を用意しています。1つ目は、自分に不利益な事実を認めた内容のとき。この場合は、任意にされたものでない疑いがなければ、使えます。2つ目は、それ以外の内容のとき。この場合は、特に信用すべき情況が要ります。さらに、共犯者の調書は、誰に対して使うかで条文が変わります。本人に対しては322条、相手の被告人に対しては321条です。電話の録音データが、322条でどう扱われるのかも、確かめます。

322条が要る場面

事件前のメッセージ「あいつを痛い目にあわせる」はこれからの意思で内心の計画を示すため伝聞法則の外、事件後のメッセージ「きのう、あいつを殴ってきた」は過去の事実を認める内容で真実として使うなら伝聞で322条1項、の2通を並べた板

冒頭のメッセージから、切り分けます。事件の前のメッセージは、「痛い目にあわせる」という、これからの意思です。意思は、頭の中にあるものです。それを示すために使う限り、書かれた内容が真実かどうかを確かめる必要がありません。だから、伝聞法則の外です。犯行計画メモの回で見た考え方です。事件のあとに、「きのう、あいつを殴ってきた」と送っていたらどうでしょう。これは、過去の事実を述べた言葉です。殴ったことが真実だと言うために使うので、伝聞です。Cが自分で書いた言葉でも、伝聞になるのですか。なります。伝聞かどうかは、誰の言葉かでは決まりません。法廷の外でされた供述を、その内容が真実だと言うために使うかで決まります。被告人自身の言葉でも、同じです。なお、Cが法廷で言う「冗談だった」は、その言葉をどれだけ信じるか、という証明力の話です。使えるかどうかの証拠能力とは、別の段階です。このメッセージを印刷した書面は、Cが自分で作った、供述書です。被告人自身が作った書面や、被告人の話を書き取った書面が、どんな条件で使えるのか。それが322条です。

322条1項の読み方

322条1項の構造板。書面の種類は、被告人が作成した供述書と、署名又は押印のある録取書。内容の入口は、不利益な事実の承認と、特に信用すべき情況。但書は、不利益な事実の承認の書面に任意性を求める 図:322条1項の構造板

  • 書面の種類は、被告人が作成した供述書と、署名又は押印のある録取書
  • 内容の入口は、不利益な事実の承認と、特に信用すべき情況
  • 但書は、不利益な事実の承認の書面に任意性を求める

条文です。読み方を先に言います。書面の種類を見て、内容の入口を見て、最後に但書を見る。この3段です。

条文刑事訴訟法第322条第1項

刑事訴訟法第322条第1項 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。

1段目は、書面の種類です。2つあります。被告人が自分で作った供述書。そして、被告人の供述を他の人が書き取った録取書で、被告人の署名か押印があるものです。供述書にも、署名押印は要るのですか。要りません。署名若しくは押印のあるもの、という限定は、条文の構造上、録取した書面のほうにかかっています。自分で書いた書面は、録取者が間に入らず、本人が書いたことが明らかだからです。通説は、こう読みます。録取書は、署名か押印の、どちらか一方があれば足ります。321条1項の柱書と同じ型です。署名押印は、何のためかも確かめます。録取書は、被告人から録取者へ、録取者から書面へと、伝聞が2段あります。被告人が書面を確かめて署名か押印をすることで、録取者の段を取り除きます。2段目の内容の入口は、次の設例で見ます。その前に、321条との違いを1つ。録取者が、裁判官でも検察官でも警察官でも、要件は変わりません。321条1項のように、号で分かれません。もう1つ。見るのは、いま誰が裁かれているかです。供述した時点の身分ではありません。

いま裁かれている被告人の供述は322条、別の事件で被告人だった人やこの事件の被告人でない人の供述は被告人以外の者の供述として321条、と分ける板

境界を置きます。Cは、取調べのときは被疑者でした。その後、この事件で起訴されて、いまは被告人です。この調書は、322条です。一方、Cの知人のPは、別の事件で被告人だったとします。この事件から見れば、Pは被告人以外の者です。Pの書面は、321条です。他の事件の公判調書のところで見た結論と、同じです。322条は、いま裁かれている被告人自身の供述を、その被告人に対して使う場面の条文です。

設例T、4つの書面

設例Tの4行の比較表。1は取調べでの自白調書で不利益な事実の承認、任意性だけ。2は夜は一人だったという調書でアリバイが無いことの承認、任意性だけ。3は弁護人が請求する友人宅にいたという書面で有利な内容、特に信用すべき情況が要る。4は徹夜の取調べで取った疑いがある自白調書で、但書により不可 図:設例Tの4行の比較表

  • 1は取調べでの自白調書で不利益な事実の承認、任意性だけ
  • 2は夜は一人だったという調書でアリバイが無いことの承認、任意性だけ
  • 3は弁護人が請求する友人宅にいたという書面で有利な内容、特に信用すべき情況が要る
  • 4は徹夜の取調べで取った疑いがある自白調書で、但書により不可

設例Tです。被告人のCは、傷害致死の罪で起訴されて、殴っていないと否認しています。Cの書面を、4つ見ます。1つ目。取調べで、Cが「私が殴りました」と述べて、署名押印した調書です。内容は、自白です。自分に不利益な事実の承認なので、1つ目の入口です。任意性に疑いがなければ、足ります。冒頭の、事件のあとのメッセージ「きのう、あいつを殴ってきた」も、1つ目の入口に当たります。Cが自分で書いた供述書なので、署名押印も要りません。2つ目。Cが、「事件の夜は、ひとりで家にいて、誰にも会っていません」と述べた調書です。自白ではありません。ただ、アリバイが無いことを認めているので、これも不利益な事実の承認です。残るのは、任意性だけです。3つ目に進む前に、問いです。弁護人が請求した、被告人に有利な内容の書面は、どちらの入口を通るでしょうか?

有利な内容なら、不利益な事実の承認ではないので、特に信用すべき情況のほうです。3つ目は、弁護人が請求する、「その時間は友人宅にいた」という趣旨のCの書面です。特に信用すべき情況が要ります。321条1項3号と同じ言葉で、2号の後段のように法廷の供述と比べるのではありません。その書面そのものが、特に信用できる情況で作られたかを見ます。理由は、借金のメモで考えると分かります。「まだ返していない」と自分に不利に書いたメモは、嘘をつく理由がありません。「もう返した」と自分に都合よく書いたメモは、いくらでも作れます。有利な内容には、不利益な内容にある信用の裏づけが、ありません。特に信用すべき情況に当たる例を、境界ペアで置きます。事件の前に、争いを予想せず、毎日の習慣でつけていた日記に、その時間の行動が書かれていた。これは、認められる方向です。事件のあと、捜査が始まってから、弁護のために書いたメモは、認めにくい。作られた時期と目的が、分かれ目です。4つ目です。1つ目の調書を、徹夜で何時間も続いた取調べの末に取った疑いが残るとき。但書の、任意にされたものでない疑があると認めるとき、に当たります。証拠にできません。

なぜ321条より緩いのか

321条1項と322条1項の比較表。321条は被告人以外の者の書面で、供述不能などの必要性の要件があり、録取者で号が分かれる。322条は被告人自身の書面で、必要性の要件がなく、録取者を問わず、残るのは任意性か特信情況 図:321条1項と322条1項の比較表

  • 321条は被告人以外の者の書面で、供述不能などの必要性の要件があり、録取者で号が分かれる
  • 322条は被告人自身の書面で、必要性の要件がなく、録取者を問わず、残るのは任意性か特信情況

被告人の書面が321条より緩い理由は、4つあります。1つ目。321条の書面が危ないのは、被告人が、その人に反対尋問できないからでした。322条の書面は、被告人自身の供述です。自分に反対尋問する場面は、考えられません。2つ目。自分に不利益なことを、嘘をついてまで認める人は、普通いません。だから、不利益な内容は、類型的に信用できると考えられます。借金のメモの、不利に書いたほうです。3つ目。321条1項にあった、供述不能などの必要性の要件が、322条にはありません。321条では、その人を法廷で話させるのが本筋で、話せないときに限って、書面で代えました。被告人は、証人として呼ぶことができず、法廷で黙っていることもできます。法廷で話させることを本筋に置けないので、話せないときに限る、という条件も置けないのです。4つ目。録取した人が誰かで、区別しません。すると、残るものが決まります。不利益な事実の承認の入口では、任意性。それ以外の入口では、特に信用すべき情況です。答案に理由を書くなら、1つ目と2つ目で足ります。位置づけも1つ。伝聞法則の意義の回で見たとおり、被告人自身の話でも、書面で届けば、裁判官が直接確かめていない証拠になります。だから、320条1項でいったん締め出して、322条で許します。直接主義の色です。

不利益な事実の承認は自白より広い

不利益な事実の承認の分類図。上に不利益な事実の承認、その下に、自己の犯罪事実の全部または主要部分を認める供述である自白と、アリバイが無いこと、動機、被害者との関係のような自白でない承認 図:不利益な事実の承認の分類図

不利益な事実の承認と自白は、同じではありません。自白は、自己の犯罪事実の全部、または主要な部分を認める供述です。不利益な事実の承認は、自白を含みますが、もっと広い。犯罪事実の主要部分を認めなくても、被告人に不利な事実を認めれば足ります。例を並べます。「私が殴りました」は、自白です。「事件の夜は、一人でした」は、自白ではないけれど、アリバイが無いことの承認です。「被害者には、前から腹を立てていました」は、動機の承認です。「被害者とは、金銭のトラブルがありました」は、被害者との関係の承認です。どれも、不利益です。境界のすぐ外も置きます。「その夜は、友人宅にいました」。これは有利な内容で、不利益な事実の承認ではありません。信用の根拠は、自分に不利益だという点にあります。だから、自白に限る理由がありません。但書が「その承認が自白でない場合においても」と書いているのは、このためです。包含関係は、自白が、不利益な事実の承認の一部、です。自白の中身は、別の回で扱います。

任意性と自白法則

319条1項と322条1項但書の関係の板。319条1項は自白そのものの証拠能力の要件で書面かどうかを問わない。322条1項但書は伝聞例外の要件として同じ基準を借りて自白でない承認にも及ぼす。自白を内容とする調書は両方の関門を通る 図:319条1項と322条1項但書の関係の板

  • 319条1項は自白そのものの証拠能力の要件で書面かどうかを問わない
  • 322条1項但書は伝聞例外の要件として同じ基準を借りて自白でない承認にも及ぼす
  • 自白を内容とする調書は両方の関門を通る

但書は、「第三百十九条の規定に準じ」と書いています。319条1項を確かめます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

「準じ」とは、この基準を、そのまま借りる、という意味です。強制、拷問、脅迫、不当に長い抑留や拘禁のあと、その他、任意にされたものでない疑いがある。この疑いがあれば、不可です。場面が違います。319条1項は、自白そのものの証拠能力の要件で、書面かどうかを問いません。ただ、自白でない不利益な事実の承認には、及びません。そこで、322条1項但書が、同じ基準を借りて、自白でない承認にまで及ぼします。整理すると、自白を内容とする調書は、関門が2つです。自白として通る関門が319条1項。伝聞例外として通る関門が322条1項です。設例Tの4つ目は、どちらでも止まります。任意性の判断の中身は、別の回で扱います。

322条2項

322条2項の板。被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、任意にされたものであると認めるときに限り証拠にできる。要件は任意性だけで、場面は公判手続の更新 図:322条2項の板

  • 被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、任意にされたものであると認めるときに限り証拠にできる
  • 要件は任意性だけで、場面は公判手続の更新

2項です。

条文刑事訴訟法第322条第2項

刑事訴訟法第322条第2項 被告人の公判準備又は公判期日における供述を録取した書面は、その供述が任意にされたものであると認めるときに限り、これを証拠とすることができる。

被告人が、公判準備や公判期日でした供述を書き取った書面、つまり公判調書などです。要件は、任意にされたものであると認めること、だけです。裁判所の管理の下で録られた供述だからです。公判準備や公判期日の供述は、裁判官の前で、弁護人もいる手続の中でされます。それを書面にするのも、捜査官ではなく、裁判所の側です。取調室で聞き取る調書とは、作られる場が違います。場そのものが信用を支えるので、特信情況を別に求める必要が、類型的に小さい。残るのは、任意性です。場面の例は、公判手続の更新です。裁判官が代わったときに、それまでの審理を、新しい裁判体に引き継ぐ手続のことです。更新の前に行われた被告人質問の供述を、録取した書面で使うのが、2項です。被告人以外の者の公判供述を書き取った書面は、別の回で扱います。

共犯者の調書は誰に対して使うか

併合して審理される共犯事件で、共犯者の検察官面前調書を被告人に対して使うのか共犯者自身に対して使うのかを問う板

この節の前に、思い出してください。前の回で見た、321条1項2号の後段で、特信情況は、何と何を比べて判断しましたか?調書を作ったときの状況と、法廷で供述したときの状況を比べて、調書のときのほうが信用できるか、でした。今日は、その2号が、共犯者の調書で、もう一度出てきます。

設例Uの関係図。被告人Cと共犯者Lが併合して審理されている。Lの検察官面前調書から矢が2本出て、Lに対して使う矢は322条1項、Cに対して使う矢は321条1項2号 図:設例Uの関係図

  • 被告人Cと共犯者Lが併合して審理されている
  • Lの検察官面前調書から矢が2本出て、Lに対して使う矢は322条1項、Cに対して使う矢は321条1項2号

設例Uです。被告人のCと、共犯者のLが、一緒に起訴されて、併合して審理されています。このように一緒に審理される被告人どうしを、共同被告人と言います。Lは、捜査の段階で、検察官に「Cと2人で計画して実行した」と話しました。署名押印もして、検察官面前調書が作られました。検察官は、この調書を請求します。図を見てください。同じ1通の調書から、矢が2本出ています。Lに対して使う矢と、Cに対して使う矢です。矢の先で、条文が分かれます。まず、Lに対して使う場合です。この調書は、Lにとって、自分の供述を録取した書面です。だから、322条1項です。内容はLの自白なので、任意性に疑いがなければ足ります。319条1項も通る必要があります。あわせて、Lに対しては自白調書なので、他の証拠を取り調べたあとでなければ、請求できません。301条です。事前準備の回で見た、裁判官が自白から先に見て先入観を持たないための決まりです。では、同じ調書を、Cに対して使うときは、何条でしょうか?

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第2号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。

Cから見ると、Lは被告人以外の者のはずです。だから、321条1項で、検察官面前調書なので、2号だと思います。前段は供述不能、後段は相反供述と相対的特信情況で、要件は前に見たとおりです。警察官が録取した調書なら、3号になります。理由の決め手は、1つです。Cにとって、Lは、被害者や目撃者と変わらない第三者です。Cの側には、Lの話の信用性を争う機会が要ります。Lが任意に答えるなら、311条にもとづいて、Cの弁護人は裁判長に告げて質問できます。ただしLには、黙秘する権利もあります。だから、被告人自身の供述を予定した322条を、当てはめる基礎がありません。321条1項で絞ります。

併合して審理していても、弁論を分離して、別々の手続にしていても、変わりません。証拠能力は、被告人ごとに判断します。日常の例で言うと、同じ1通の手紙でも、差出人本人に突きつけるなら、あなたの言葉です。別の人に見せるなら、他人の言葉です。誰に対して使うかで、性質が変わります。

⭐ 論文で書く規範:共同被告人の調書は、誰に対して使うかで条文が変わる 共同被告人の書面は | その共同被告人自身に対して使うなら、本人の供述として322条1項 | 相手の被告人に対して使うなら、被告人以外の者の書面として321条1項(検察官面前調書は2号) (規範(判例型・最高裁)——条文の要件ではない)

誰に対して使うかで条文が変わる比較表。共同被告人L自身に対しては、Lの供述として322条1項で任意性。相手の被告人Cに対しては、被告人以外の者の書面として321条1項で検察官面前調書は2号、警察官面前調書は3号 図:誰に対して使うかで条文が変わる比較表

  • 共同被告人L自身に対しては、Lの供述として322条1項で任意性
  • 相手の被告人Cに対しては、被告人以外の者の書面として321条1項で検察官面前調書は2号、警察官面前調書は3号

表にします。本人に対しては322条1項。相手に対しては321条1項です。共犯者の調書を被告人に使うときは、共犯者が被告人にとって被告人以外の者だから、321条1項を当てはめる。ここは、論文で論点になりうるところです。共同被告人が、公判廷でした供述の扱いは、別の回で扱います。

相被告人の調書と2つの判例

判例2件の整理板。1件目は相被告人の検察官調書を被告人に対しては321条1項2号の書面とした。2件目は共同被告人の調書を322条で使ってよいとした原審の判断を誤りとしたが、他の証拠で認定できるため判決に影響がなく上告棄却 図:判例2件の整理板

  • 1件目は相被告人の検察官調書を被告人に対しては321条1項2号の書面とした
  • 2件目は共同被告人の調書を322条で使ってよいとした原審の判断を誤りとしたが、他の証拠で認定できるため判決に影響がなく上告棄却

判例を2つ見ます。判旨と、事案の事実は、分けて読みます。1つ目です。強盗傷人と住居侵入の事件で、相被告人の検察官調書が証拠に使われました。相被告人は、さきほどの共同被告人と同じ意味で、判例はこう呼びます。この判例を、今日の軸で読みます。

判例最決昭27・12・11 刑集6巻11号1297頁

相被告人の検察官調書を、被告人に対して使うときの判旨 第一審判決が証拠とした所論相被告人Cの検察官に対する供述調書は、被告人に対する関係においては刑訴三二一条一項二号の書面と見るべく、しかも、相被告人は公判期日において前の供述と異つた供述をしており、且つ、審理の経過に照し前の供述を信用すべき特別の情況の存すること明らかであり、そして、相被告人自己に対する関係においては他の証拠が取り調べられた後に取り調べたものであるから、証拠としても少しも違法ではない。

カードの中の記号は、その事件の人物に付いたもので、設例のCやLとは別です。所論とは、上告した側の主張のことです。今日の軸で読むのは、最初の部分です。被告人に対する関係においては、321条1項2号の書面。共同被告人の調書は、相手の被告人に対しては、被告人以外の者の検察官面前調書として扱う、という結論です。相被告人自己に対する関係では、他の証拠のあとに取り調べた、とあり、301条の順序も踏まれています。2つ目です。この判例は、結論が2段に分かれます。1段目は、322条で使ったのが違法か。2段目は、違法なら原判決が破棄されるか、です。放火と詐欺の事件で、事実から言います。前に、2号の相反供述で見た決定も、放火と詐欺の相被告人の調書でしたが、それとは別の事件です。第一審は、共同被告人の供述調書を、被告人の犯罪を認定する証拠にしました。控訴を受けた原審は、それを適法としました。原審の考えは、322条1項の「被告人」に、共犯の共同被告人を含む、というものでした。これは、原審の判断です。最高裁が、誤りとしたほうです。取り違えないでください。最高裁の判旨を読みます。

判例最判昭28・7・7 刑集7巻7号1441頁

共同被告人の調書を322条で証拠に供することは違法とする判旨 当小法廷もまた前記第一小法廷及び札幌高等裁判所の見解を正当であると認める。されば被告人Aの犯罪を認定するにつき前記共同被告人Bの供述調書を刑訴三二二条により証拠に供することは違法であつて、この点に関する原判決の判断は誤つているものと言わなければならない。

先に示されていた見解とは、1つ目の判例と同じ考え方です。共同被告人の調書は、相手の被告人に対しては、被告人以外の者の書面として扱う。これを正当と認めたうえで、結論は違法です。共同被告人の調書を、相手の被告人の認定に、322条で使うことはできません。理由は、設例Uと同じです。Bは、Aから見れば被告人以外の者です。Aに対して使うなら、322条ではなく、321条1項の要件を通さなければなりません。ところが、結論は上告棄却、つまり原判決がそのまま維持されました。410条1項は、判例違反などの上告の理由があれば、原判決を破棄する、と定めています。ただし書で、その違反が判決に影響を及ぼさないことが明らかなときは、この限りでない、とします。続きを読みます。

判例最判昭28・7・7 刑集7巻7号1441頁

違法があっても判決に影響を及ぼさないとして上告を棄却した判旨 しかしながら本件において第一審判決は、被告人A本人の自白を録取した司法警察員並びに検事に対する供述調書(それが任意の供述を録取したものであることは原判決の説示するところである)を補強する証拠として、証拠の標目に挙げているように多くの証拠を引用しているのであつて、本件で問題となつた前記Bの供述調書を除外しても、その他の証拠によつて被告人A本人の自白は補強され、判示事実は優に認定し得られるのであるから、前記判例違反の事由は刑訴四一〇条一項但書にいう判決に影響を及ぼさないこと明らかな場合に当り、原判決を破棄する事由とはならない。

理由は、被告人本人の自白を録取した調書のほかに、多くの証拠があったからです。問題のBの調書を除いても、事実は十分に認定できる。だから、410条1項但書の、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合に当たり、破棄されません。短答の落とし穴は、ここです。322条で使うのは違法。でも、上告は棄却。違法と、破棄は、別の話です。逆に、Bの調書を除くと事実を認定できない事件なら、判決に影響がないとは言えず、この但書には当たりません。自白の補強の中身は、別の回で扱います。1つ目の判例が違法でなかったのは、322条ではなく、321条1項2号の要件を確かめて使ったからです。

録音データと322条1項

設例Vの流れの図。被告人Cから友人Pへの供述の過程には322条1項がかかり、友人Pのスマホが声を記録する機械の過程には伝聞性がなく署名押印は不要で、録音媒体に至る 図:設例Vの流れの図

思い出してください。供述録取書で、署名押印が取り除く伝聞の過程は、誰の過程でしたか?書き取った人、録取者の過程です。録音では、ここが変わります。設例Vです。被告人のCが詐欺で起訴されています。友人のPは、Cからかかってきた電話を、スマホで録音していました。録音には、「きのう、例の客から200万円受け取った。分け前の日を決めよう」という声が入っています。検察官は、Cが金を受け取った事実を立証するために、この録音を請求します。内容が真実だと言うために使うので、供述証拠です。伝聞になります。過程は、2つに分けます。1つ目。Cから、聞き手のPへ。供述の過程です。ここに、322条1項の要件がかかります。お金を受け取ったという内容は、不利益な事実の承認です。自分からかけた電話で、強制も脅迫もありません。任意性に疑いはありません。2つ目。Pのスマホが、声を記録する過程です。機械が記録する部分には、聞き違えや書き間違いのような誤りが入るおそれが乏しい。だから、伝聞の過程を考えません。署名押印は、要りません。

録取書は、人が書き取るので録取者の過程があり、署名押印で確かめる必要がありました。録音には、確かめる相手の過程がないのです。設例Vの結論です。不利益な事実の承認で、任意性に疑いがなく、署名押印は不要。証拠能力は、認められます。付け加えが3つあります。1つ目。録音の声が本当にCのものかは、別に立証が要ります。2つ目。録音の内容が、被告人以外の者の供述なら、321条1項3号で考えます。3つ目。現場で録れた音を、声が出たという事実そのものに使う場合は、伝聞ではありません。現場録音の回で見た区別です。取調べの録音録画を実質証拠にする場合は、別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板。322条1項の3段、誰に対して使うかで決まる条文、録音の2つの過程、短答の落とし穴の整理 図:今日の内容を1枚に整理した保存版のまとめ板

まとめます。322条1項は、3段で読みます。書面の種類、内容の入口、但書です。書面の種類は、供述書と、署名か押印のある録取書。供述書に署名押印は要りません。内容の入口は、不利益な事実の承認なら任意性。それ以外なら、特に信用すべき情況。但書で、任意にされたものでない疑いがあれば不可です。共犯者の調書は、誰に対して使うかで決まります。本人に対しては322条1項。相手の被告人に対しては321条1項、検察官面前調書なら2号です。録音は、被告人から聞き手への過程に322条1項がかかり、機械の記録に署名押印は要りません。短答の落とし穴を、○×で言います。322条1項にも、供述不能の要件がある。これは×です。必要性の要件はありません。録取者が警察官なら、3号の要件がかかる。これも×です。録取者で区別しません。共同被告人の調書は、相手の被告人に対しても322条で使える。これは×です。321条1項で、322条で使うのは違法です。ただし、他の証拠で認定できれば、上告は棄却されます。供述書にも、署名押印が要る。×です。録音にも、署名押印が要る。×です。不利益な事実の承認は、自白より広い。○です。不利益でない内容には、特に信用すべき情況が要る。○です。

今日の1問の答えは、こうですね。被告人自身の書面は、自分に不利益な事実の承認なら、任意性に疑いがなければ使える。それ以外の内容なら、特に信用すべき情況が要る。共犯者の調書は、誰に対して使うかで、322条と321条が入れ替わる。

ページ上部へ ↑

#119単独ページ動画

検証調書・実況見分調書・鑑定書(321条3項・4項)

第5章 証拠法 ⑫/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

交通事故の実況見分調書に「立会人Iは、この地点で被告人Gの車が赤信号を無視して交差点に入ったと指示した」と書かれている。作成した警察官が法廷で「正確に書きました」と証言すれば、この一文で信号無視まで証明できるのかを問う導入板

前回の最後に、検証調書、実況見分調書、鑑定書を見ると言いました。今日は、その3つです。先に答えを言います。調書全体は、作った警察官が法廷で、真正に作成されたと証言すれば入ります。321条3項です。ただ、その中の立会人の言葉は、何のために使うかで行き先が変わります。場所を特定するためなら、3項だけで足ります。赤信号を無視したという内容が本当だと言うために使うなら、別の伝聞の関門が要ります。今日の軸は、1本です。誰が作った書面かで、要件が段階的に変わる。この軸で、裁判所の検証調書、捜査機関の検証調書、鑑定書、ビデオリンクの記録を、順に並べます。

見たもの、調べたものを書いた書面です。話を聞いた書面より、なぜ入りやすいのか。そこを、言えるようにします。

作成主体で段階が変わる

作成主体で要件が段階的に変わる表。裁判所・裁判官の検証調書は無条件(2項後段)、捜査機関の検証調書は作成者の証人尋問と真正作成供述(3項)、鑑定書も同じ(4項)。左に321条1項の人の話を書いた書面を置く 図:作成主体で要件が段階的に変わる表

  • 裁判所・裁判官の検証調書は無条件(2項後段)、捜査機関の検証調書は作成者の証人尋問と真正作成供述(3項)、鑑定書も同じ(4項)
  • 左に321条1項の人の話を書いた書面を置く

先に、言葉を1つ。検証とは、五感で、物や場所の状態を調べることです。傷の位置、ブレーキ痕の長さ、現場の見取り図。人の話を聞くのではなく、物を見て調べる作業です。その結果を書いた書面が、検証調書です。これを作る人によって、使える条件が変わります。1つ目は、裁判所や裁判官が作った検証調書です。前に見た321条2項の後段です。

条文刑事訴訟法第321条第2項

刑事訴訟法第321条第2項 被告人以外の者の公判準備若しくは公判期日における供述を録取した書面又は裁判所若しくは裁判官の検証の結果を記載した書面は、前項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

条件は、何もありません。当事者が立ち会える手続で、作るのが裁判所だからです。成立の真正、つまり、書面が作ったとされる者の手で正しく作られていることが、裁判所の手続という型そのもので、担保されていると考えます。警察官や検察官が作った検証調書は、どうなるのですか。そこが3項です。捜査機関が捜査の段階で検証をするとき、被疑者には、立ち会う権利が保障されていません。だから、裁判所の検証と同じ無条件にはできません。そこで、作った本人を法廷で尋問する、という条件を付けます。暗記は、2行です。裁判所の検証調書は無条件。捜査機関の検証調書と鑑定書は、作成者の証人尋問と、真正に作成されたという供述です。

321条3項を読む

321条3項の構造板。主体は検察官・検察事務官・司法警察職員、対象は検証の結果を記載した書面、要件は供述者が公判期日に証人として尋問を受け真正に作成されたものであることを供述すること。1項3号との違いとして供述不能も特信情況も要らない 図:321条3項の構造板

  • 主体は検察官・検察事務官・司法警察職員、対象は検証の結果を記載した書面、要件は供述者が公判期日に証人として尋問を受け真正に作成されたものであることを供述すること
  • 1項3号との違いとして供述不能も特信情況も要らない

条文です。主体、対象、要件の順に読みます。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

321条3項の要件と1項3号との違いの板。要件は3つで、供述不能不要・特信情況不要・署名押印不要。1項3号の重い要件がすべていらない 図:321条3項の要件と1項3号との違いの板

  • 要件は3つで、供述不能不要・特信情況不要・署名押印不要
  • 1項3号の重い要件がすべていらない

要件は3つです。作った人が、検察官、検察事務官、司法警察職員であること。その人が、公判期日に証人として尋問を受けること。そして、真正に作成されたものであることを供述することです。3項では、書面を作った本人、つまり検証をした人です。見たものを書いた人が供述者になります。条文に書かれていないものも、確かめます。供述不能は要りません。特信情況も要りません。そして、署名押印も、条文には書かれていません。321条1項3号の、あの重い要件が、全部ありません。理由は3つです。1つ目。物の状態は、口で言うより、書面のほうが正確です。たとえば、ブレーキ痕の長さが何メートル何センチか。交差点の各点の距離はいくらか。見取り図の数値を、法廷で記憶だけで再現するのは、無理です。2つ目。見たままを記録する作業なので、作った人の主観が入りにくい。人の話を聞いて書き取る書面は、聞き違いや、聞いた人の評価が混ざります。物を測って書く書面には、それが少ない。3つ目。作った人を、法廷で尋問できます。見たとおりに書いたか、測り方は適切だったか、反対尋問で確かめられます。だから、1項のような供述不能の条件を置く必要がありません。境界のペアで言います。「車線の幅は3.2メートルでした」という数値の記録は、3項の世界です。一方、「立会人のIが、Gの車は赤信号で入ったと話した」という記載は、物の状態ではなく、人の話です。これをどう扱うかが、今日の山場です。

「真正に作成された」の意味

真正に作成されたの2つの意味の板。作成名義の真正は本人が作ったこと、記載内容の真正は検証した結果を見たとおり正確に書いたこと。署名だけ認める証言では足りない 図:真正に作成されたの2つの意味の板

  • 作成名義の真正は本人が作ったこと、記載内容の真正は検証した結果を見たとおり正確に書いたこと
  • 署名だけ認める証言では足りない

作成者が署名だけ認める証言では、足りない、というのが通説的な理解です。真正には、2つの意味が含まれます。1つ目は、作成名義の真正。本人が、その書面を作った、ということです。2つ目は、記載内容の真正。検証した結果を、見たとおり正確に書いた、ということです。だから、作成者は、法廷でこう証言します。「これは私が作成した調書です。現場で見たとおりに書いてあります」。署名が自分のものだと認めるだけでは、足りません。理由は、3項の趣旨から言えます。書面が正確だから、口頭より優れている、というのが、3項が緩い根拠でした。書いた本人が、正確に書いたと言わないなら、その根拠が立ちません。名義の真正だけでは、根拠の半分しか支えられないのです。条文の言葉を、言い換えて覚えないでください。要件は、条文のとおり、「真正に作成されたものであることを供述したとき」です。この言葉に、通説は2つの意味を読み込む、という整理です。

実況見分調書も3項に入る

検証と実況見分の比較板。検証は裁判官の令状による強制処分の面もあり、実況見分は捜査機関が任意処分として行う。違いは令状の有無で、五感で状態を認識して書くという書面の性質は同じ。判旨1文を最判昭35・9・8として出典行に 図:検証と実況見分の比較板

  • 検証は裁判官の令状による強制処分の面もあり、実況見分は捜査機関が任意処分として行う
  • 違いは令状の有無で、五感で状態を認識して書くという書面の性質は同じ
  • 判旨1文を最判昭35・9・8として出典行に

名前が違います。検証は、令状にもとづいて行うことがあります。実況見分は、令状なしで、任意処分として行います。人の家に入って調べるような強制は、できません。どちらも、五感で状態を確かめて書く点では、同じ作業です。手続の違いは、検証と実況見分の手続の回で見ました。最高裁は、実況見分調書も、3項の書面に含まれるとしました。判旨は、短い1文です。捜査機関が任意処分として行う検証の結果を記載した、いわゆる実況見分調書も、3項所定の書面に包含される、というものです。上告趣意は、3項が証人審問権を保障する憲法に違反すると主張しましたが、違反しないとされています。作成者を法廷で尋問でき、反対尋問で確かめる機会が残るから、と整理されます。ここで、2つを分けて語ります。最高裁が言ったのは、含まれる、という結論です。理由は、判旨には書かれていません。そこから、こう整理されます。令状があるかどうかは、強制か任意かという、捜査法上の違いにすぎません。五感で状態を認識して書くという書面の性質は、変わりません。性質が同じなら、3項の緩さの根拠も同じように当てはまります。これは、整理です。

弁護人が不同意でも、作成者が尋問を受けて、真正作成を供述すれば入ります。冒頭の設例で、弁護人が同意していなくても、調書全体は入れる、というのは、このためです。周辺も、一言ずつ。写真撮影報告書や、検視調書も、検証と共通の性質があるので、3項に当たりえます。調書に添付された写真は、調書の一部として3項に乗ります。臭気選別の報告書が3項だという話も、前に出ました。最後に、1つ注意です。3項の主語は、捜査機関です。一般の人が作った見分の書面は、別の整理になります。

立会人の指示説明

設例Wの関係図。目撃者の立会人Iが警察官に指示説明をし、警察官が被告人Gの行為を実況見分調書に記載する。Iから警察官への指示説明と、警察官からGへの調書記載の2段が矢で結ばれる 図:設例Wの関係図

  • 目撃者の立会人Iが警察官に指示説明をし、警察官が被告人Gの行為を実況見分調書に記載する
  • Iから警察官への指示説明と、警察官からGへの調書記載の2段が矢で結ばれる

ここが山場です。設例Wです。交差点で、被告人Gの車が、歩行者にけがをさせました。Gは、過失運転致傷で起訴されています。警察官は、事故のあとに、交差点で実況見分をしました。立会人は2人。目撃者のIと、被告人のGです。調書には、「立会人Iは、この地点で、Gの車が赤信号を無視して交差点に入ったと指示した」と書かれています。検察官は、本件事故の状況を立証趣旨として、この調書を請求しました。弁護人は不同意です。図を見てください。Iの言葉が、警察官の調書に書かれて、法廷に届きます。2段の経路です。警察官の段は、3項で扱えます。Iの段は、どうなるのでしょうか。

最判昭36・5・26の判旨の整理板。立会人に目的物の状態を指示説明させるのは実況見分の一つの手段にすぎず、被疑者らを取り調べて供述を求めるのとは性質が違う。署名押印は不要。立会人の供述記載自体を採証するわけではないので、立会人を喚問して被告人に尋問の機会を与える必要もない 図:最判昭36・5・26の判旨の整理板

  • 立会人に目的物の状態を指示説明させるのは実況見分の一つの手段にすぎず、被疑者らを取り調べて供述を求めるのとは性質が違う
  • 署名押印は不要
  • 立会人の供述記載自体を採証するわけではないので、立会人を喚問して被告人に尋問の機会を与える必要もない

先に、判例を読みます。最高裁は、実況見分で立会人に目的物の状態を指示、説明させるのは、実況見分の一つの手段にすぎない、と言いました。被疑者や、それ以外の者を取り調べて、供述を求める行為とは、性質が違う、という考えです。そこから、2つの結論が出ます。1つ目。指示説明を記載した実況見分調書に、立会人の署名押印は要りません。2つ目。立会人の供述の記載自体を、証拠として使うわけではないから、立会人を公判期日に呼んで、被告人に尋問の機会を与える必要も、ありません。ここまでが、判旨です。この判旨に、現場指示や現場供述という言葉は、出てきません。これから言う切り分けは、判旨を踏まえた、学説や実務の整理です。取り違えないでください。

立会人の言葉が何でも3項で入る、という読み方が、落とし穴です。判旨は、立会人の供述記載自体を証拠にするわけではない場合を、前提にしています。では、本当に供述の内容を証拠にしたい場合は、どうなるのか。切り分けます。

現場指示と現場供述の分け方の軸:「何を証明するのか」つまり要証事実で判定する板。要証事実を見分の対象・場所の特定に限れば現場指示で3項の範囲内、要証事実を立会人の供述内容の真実性に置くなら現場供述として伝聞例外が必要になることを軸に示す 図:現場指示と現場供述の分け方の軸:「何を証明するのか」つまり要証事実で判定する板

1つ目は、現場指示です。設例Wで言えば、Iが「私が見ていたのはここ、ぶつかったのはここ」と、2つの地点を指す。警察官は、その2点の距離や、信号機の見え方を測って書きます。Iの言葉は、どこを測ったかを示すだけで、本当にそこでぶつかったかは、調書が証明するものではありません。前に使った問いで確かめます。Iの言葉が仮に偽でも、測った距離や見え方の値打ちは残ります。見分の結果と一体なので、伝聞ではなく、3項で足ります。

現場指示と現場供述の切り分けフロー。立会人の言葉が書かれている、要証事実は何かと問い、見分の対象・場所の特定なら現場指示で3項、内容の真実性(本当に赤信号無視をしたか)なら現場供述で立会人が被告人なら322条1項、被告人以外なら321条1項3号等と署名押印が要る 図:現場指示と現場供述の切り分けフロー

2つ目は、現場供述です。立会人が、「この地点で、Gの車が赤信号を無視した」と話す。この内容が本当であること、つまり、Gが実際に信号を無視したことを証明するために使う。Iの言葉が仮に偽なら、この使い方では値打ちが残りません。法廷の外の言葉の中身に頼るので、伝聞です。鍵は、要証事実、つまり、この証拠で何を証明するのか、です。前に見たとおり、立証趣旨は請求する側の荷札で、それでは争点の解決に役立たないなら、要証事実を置き直しました。立証趣旨が「本件事故の状況」でも、争点が「赤信号を無視したか」なら、実質は現場供述になります。字面ではなく、争点から見ます。前に見た置き直しを、思い出して使います。問いです。設例Wで、Iが指示した、赤信号を無視した、という記載。争点が、Gは信号を無視したか、であるとき、この記載は、現場指示でしょうか、現場供述でしょうか?

内容が本当かどうかを使うので、現場供述です。3項だけでは足りません。では、何が要るのか。立会人が、被告人以外の者のIなら、321条1項の、この場面では3号の要件です。供述者が供述不能で、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができず、特に信用すべき情況がある。Iが法廷に来て話せるなら、供述不能に当たらないので、この記載は使えません。Iを証人として呼んで、法廷で聞くことになります。そして、署名押印が要ります。なぜ署名押印か。現場供述として使うなら、この記載は、Iの話を警察官が書き取った書面と同じです。前に見たとおり、署名押印は、話した本人が、書かれた中身を確かめて、間違いないと認める印です。それで、書き取った警察官の関所の誤りを取り除くのでした。3項の真正作成供述が支えるのは、警察官が見たものの正確さで、Iの話を正しく書き取ったかではありません。立会人が、被告人のGなら、前回見た322条1項です。Gの指示が、自分に不利益な事実の承認なら、任意性に疑いがなければ足ります。ただ、署名押印は必要です。

実務での帰結と特殊な場合。署名押印を取らない場合の対処方法(マスキング・別の立証)、再現の取扱い、1通の中を部分で分ける例(酒酔い鑑識カード) 図:実務での帰結と特殊な場合

実務での帰結を見ます。指示説明には、署名押印を取らないのが通常です。すると、現場供述としては使えません。該当する部分は撤回して、その部分を黒く塗って見えなくする、マスキングをします。内容を立証するなら、立会人のIを証人尋問する。被告人質問を使う。別に、供述録取書を作る。そうやって、別の方法で立証します。ここで、再現にも、ひとこと触れます。立会人に、事故や犯行の様子を再現してもらう実況見分は、指示説明の延長にあります。立会人の属性に応じて、伝聞例外の要件が重なります。要証事実の回で、立証趣旨が再現状況でも、実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実になる、という決定を見ました。ただ、再現の目的が、犯行が物理的に可能だったか、の確認だけなら、立会人の知覚や記憶の正確性は問題になりません。その場合は、3項だけで足ります。1通の中を部分で分ける例が、酒酔いの鑑識カードです。酔っているかを観察した結果の欄は、3項。質問に答えた問答や、飲んだ日時、動機の欄は、警察官が見た物の状態ではなく、聞き取った話です。だから見分の結果から外れて、321条1項3号の捜査報告書として見ます。1通でも、部分ごとに行き先が違います。設例Wの結論です。調書は、3項で入ります。場所の特定には、Iの指示を使えます。でも、信号無視の事実は、この記載では証明できません。冒頭の問いの答えは、そこです。

321条4項、鑑定書

鑑定書の4項の板。鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人が作成したものは、3項と同じ要件。理由は専門的知見に基づく分析で客観性が高く数値や分析は書面のほうが正確で詳細、経過も記載させて事後的に適切性を確認できるようにする 図:鑑定書の4項の板

  • 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人が作成したものは、3項と同じ要件
  • 理由は専門的知見に基づく分析で客観性が高く数値や分析は書面のほうが正確で詳細、経過も記載させて事後的に適切性を確認できるようにする

次に、鑑定書です。4項は短い条文です。

条文刑事訴訟法第321条第4項

刑事訴訟法第321条第4項 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

前項と同様、とは、3項と同じ要件、という意味です。作成者の鑑定人が、公判期日に証人として尋問を受けて、真正に作成されたものであることを供述すれば、入ります。なぜ、鑑定書も3項と並ぶのですか。鑑定は、専門的な知見にもとづいて、分析と判断をするものだからです。客観性が高い。そして、数値や分析の過程は、口頭より書面のほうが正確で、詳しい。口で全部は、言い切れません。設例Wの続きで考えます。裁判所が、医師を鑑定人に選んで、歩行者のけがの程度を鑑定してもらったとします。骨のどこがどう折れているか、治るまでに何週間かかるか。画像の読み取りや数値を含むので、医師が法廷で、記憶だけで言い切るのは難しい。

経過も書かせる趣旨は、あとから、鑑定のやり方が適切だったかを確かめられるようにすることです。結論だけでは、確かめられません。鑑定人は、裁判所や裁判官が命じる者です。捜査の章の、鑑定嘱託の回で、鑑定人の宣誓や、鑑定の手続を見ました。今日は、そこへは戻りません。医師の診断書も、一言だけ。けがの存在などの診断所見を、要証事実にする限り、4項で判断する、とされます。医師が専門の知見で判断した結果を書いた書面という点で、鑑定書と性質が同じだからです。

鑑定受託者の鑑定書

鑑定人と鑑定受託者の比較板。鑑定人は裁判所が命じ宣誓と虚偽鑑定罪の担保がある、鑑定受託者は捜査機関が223条1項で嘱託する者。受託者の鑑定書も作成者が尋問を受け真正作成を供述すれば4項を準用して入る。最判昭28・10・15 図:鑑定人と鑑定受託者の比較板

  • 鑑定人は裁判所が命じ宣誓と虚偽鑑定罪の担保がある、鑑定受託者は捜査機関が223条1項で嘱託する者
  • 受託者の鑑定書も作成者が尋問を受け真正作成を供述すれば4項を準用して入る
  • 最判昭28・10・15

捜査機関が頼む場面の条文です。

条文刑事訴訟法第223条第1項

刑事訴訟法第223条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取り調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは翻訳を嘱託することができる。

ここで、鑑定を頼まれた人を、鑑定受託者と言います。鑑定人とは別です。鑑定人は、裁判所が命じて、宣誓をします。受託者は、捜査機関が頼む人です。同じけがの鑑定を、今度は、警察が、大学病院の医師に頼んだとします。裁判所が命じたのではなく、捜査の段階で警察が頼んだので、この医師は鑑定受託者です。医師の作った鑑定書が、公判で使えるかが、ここでの問いです。最高裁は、捜査機関の嘱託にもとづく鑑定書にも、4項を準用すべきだとしました。判旨は、括弧書きの1文で、準用すべきものだとだけ言い、理由は書いていません。条文がそのまま当てはまるわけではないけれど、同じ要件で扱う、という意味です。作成者の受託者が公判期日に尋問を受けて、真正作成を供述すれば、入ります。整理される理由は、鑑定書の性質は、誰が頼んだかで変わらない、というものです。専門的知見にもとづく分析を書いている点は、同じです。反対の考えもあります。鑑定人には宣誓があり、虚偽の鑑定をすれば罪になる。受託者には、その担保がない、という指摘です。ただ、受託者も、法廷に呼ばれれば証人です。証人は宣誓し、偽りを言えば偽証罪に問われます。書面の正確さは、その尋問で確かめられる。そう考えて、判例は準用を認めた、と整理できます。ここが、短答で聞かれるところです。

321条の2

321条の2の板。ビデオリンク方式による証人尋問と供述と状況を記録した記録媒体がその一部とされた調書は、調書を取り調べたあとで訴訟関係人に証人として尋問する機会を与えれば証拠にできる。公判期日の供述と実質的な相違がなく、証人の負担も軽くなる 図:321条の2の板

  • ビデオリンク方式による証人尋問と供述と状況を記録した記録媒体がその一部とされた調書は、調書を取り調べたあとで訴訟関係人に証人として尋問する機会を与えれば証拠にできる
  • 公判期日の供述と実質的な相違がなく、証人の負担も軽くなる

最後に、短答の知識です。321条の2です。

条文刑事訴訟法第321条の2第1項

刑事訴訟法第321条の2第1項 被告事件の公判準備若しくは公判期日における手続以外の刑事手続又は他の事件の刑事手続において第百五十七条の六第一項又は第二項に規定する方法によりされた証人の尋問及び供述並びにその状況を記録した記録媒体がその一部とされた調書は、前条第一項の規定にかかわらず、証拠とすることができる。この場合において、裁判所は、その調書を取り調べた後、訴訟関係人に対し、その供述者を証人として尋問する機会を与えなければならない。

場面は、公判の前に行う証人尋問や、別の事件での証人尋問などです。別の手続で、ビデオリンク方式で証人の尋問をして、その様子を、記録媒体に残します。それが、調書の一部になる。そういう調書です。条件は、調書を取り調べたあと、訴訟関係人に、その供述者を証人として尋問する機会を与えることです。なぜ、緩いのですか。尋問の状況が、映像と音声で正確に記録されているからです。公判期日の供述と、実質的な違いがありません。証人に、同じ証言を何度もさせる負担も、軽くなります。2項と3項は、短答の事項です。2項は、記録媒体の再生を省けない、という規定です。305条5項ただし書の、再生に代えて内容を告げるやり方を使わせない、という意味です。3項は、尋問を制限する規定と、裁判官や検察官の面前の調書の規定を当てはめるときに限って、この調書に記録された証人の供述を、公判期日にされたものとみなす、という規定です。ビデオリンク方式そのものは、証人尋問の回で扱います。

今日の地図(保存版)

被告人以外の者が作成した書面の全体地図の保存版。321条1項は供述書と供述録取書の1号2号3号、2項は公判準備・公判期日の供述録取書と裁判所の検証調書で無条件、3項は捜査機関の検証調書と実況見分調書で作成者の真正作成供述、4項は鑑定書で同じ、321条の2はビデオリンク記録で調書取調べ後に尋問の機会。323条は特信文書で次々回、322条は被告人の書面で前回 図:被告人以外の者が作成した書面の全体地図の保存版

  • 321条1項は供述書と供述録取書の1号2号3号、2項は公判準備・公判期日の供述録取書と裁判所の検証調書で無条件、3項は捜査機関の検証調書と実況見分調書で作成者の真正作成供述、4項は鑑定書で同じ、321条の2はビデオリンク記録で調書取調べ後に尋問の機会
  • 323条は特信文書で次々回、322条は被告人の書面で前回

まとめます。軸は、誰が、どんな場面で作ったか、です。裁判所の検証調書は、2項で無条件。捜査機関の検証調書と実況見分調書は、3項で、作成者の真正作成供述。鑑定人の鑑定書は、4項で同じです。鑑定受託者の鑑定書は、4項を準用します。ビデオリンクの記録は、調書を取り調べたあとに、尋問の機会を与えます。3項が緩い理由は、物の状態は書面のほうが正確で、主観が入りにくく、作った人を尋問できるからでした。短答の落とし穴を、○×で言います。3項は、署名押印が要る。×です。条文に書かれていません。3項は、供述不能が要る。×です。要りません。実況見分調書の中の立会人の言葉は、どう使っても3項だけで入る。×です。要証事実で行き先が変わります。場所の特定なら3項。内容の真実性を使うなら、立会人に応じた別の伝聞例外が要ります。鑑定受託者の書面は、4項が使えない。×です。準用されます。

今日の1問の答えは、こうですね。実況見分調書は、作成者が真正作成を供述すれば入る。ただ、立会人の言葉は、場所の特定だけなら一緒に入るけれど、赤信号無視の事実そのものを証明するには、別の要件が要る。

ページ上部へ ↑

#120単独ページ動画

犯行・被害の再現写真と私人作成の報告書

第5章 証拠法 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

警察署の廊下で被害者が犯人役の警察官を相手にバッグを引かれた姿勢を再現し、その写真9枚と、被害者の言葉を書き取った説明文が調書に貼られている。作った警察官が法廷で「正確に書きました」と証言すれば、この写真でひったくりそのものを証明できるのかを問う導入板

  • 警察署の廊下で被害者が犯人役の警察官を相手にバッグを引かれた姿勢を再現し、その写真9枚と、被害者の言葉を書き取った説明文が調書に貼られている
  • 作った警察官が法廷で「正確に書きました」と証言すれば、この写真でひったくりそのものを証明できるのかを問う導入板

前回の最後に、予告を2つしました。1つは、一般の人が作った見分の書面の扱いです。もう1つは、犯行や被害の再現と、その写真です。今日は、この2つを、両方とも回収します。先に、答えを言います。警察官の証言で保証されるのは、警察官が見て書いた部分だけです。ひったくりが本当にあったことは、Fが体で語った内容です。だから、Fの供述として、別の条文の要件が要ります。今日の軸は、2本です。前半は、何を証明するのかで、誰の記憶を信じることになるのかが変わる。後半は、誰が作った書面かで、乗れる条文が変わる。どちらも、321条3項がどこまで届くか、という外縁の話です。

3項の確認と、今日使う前提

321条3項の確認板。検察官・検察事務官・司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、作成者が公判期日に証人として真正作成を供述すれば入る。供述不能も特信情況も署名押印も要らない。呼び戻し2点として、機械が写した現場写真は非供述証拠、立証趣旨が再現状況でも実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在、を並べる 図:321条3項の確認板

  • 検察官・検察事務官・司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、作成者が公判期日に証人として真正作成を供述すれば入る
  • 供述不能も特信情況も署名押印も要らない
  • 呼び戻し2点として、機械が写した現場写真は非供述証拠、立証趣旨が再現状況でも実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在、を並べる

前回の条文を、もう一度出します。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

前に見たとおりです。捜査機関が、物の状態を見て書いた書面は、作った本人が法廷で、真正に作成したと供述すれば入ります。供述不能も、特信情況も、署名押印も、要りません。実況見分調書も、同じ3項です。今日は、前に見た2つのことを、使います。1つ目。機械が写しただけの現場写真は、非供述証拠でした。人の知覚や記憶が入っていないからです。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

立証趣旨が再現状況でも、実質の要証事実は再現どおりの犯罪事実の存在 立証趣旨が「被害再現状況」,「犯行再現状況」とされていても,実質においては,再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものと解される。

2つ目が、この決定です。立証趣旨に再現状況と書いてあっても、実質は、再現どおりの犯罪事実があったことを証明するために使う。これは、要証事実の回で見ました。要証事実とは、この証拠で何を証明するのか、でした。今日の本体は、その次です。それなら、何の要件が要るのか。

再現写真は誰の供述か

現場写真と再現写真の対比板。無人の廊下の壁の傷を撮った現場写真は機械が写すだけで非供述証拠。人に動作を再現させた写真は、再現者が動作で語った内容を写したもので供述証拠。確かめる順番は供述証拠か、伝聞か、例外か、署名押印は要るか 図:現場写真と再現写真の対比板

  • 無人の廊下の壁の傷を撮った現場写真は機械が写すだけで非供述証拠
  • 人に動作を再現させた写真は、再現者が動作で語った内容を写したもので供述証拠
  • 確かめる順番は供述証拠か、伝聞か、例外か、署名押印は要るか

写真は、機械が撮るものですよね。前に、現場写真は非供述証拠と聞きました。再現した写真も、機械が写すだけなら、非供述証拠ではないのですか。大事な疑問です。機械が正確なのは、写す段だけです。写された中身は、別の段の話です。たとえば、身振り手振りで、道案内をしている人を、動画に撮ったとします。動画は、正確に動きを記録します。でも、その道が本当にそうなっているかは、案内した人の記憶しだいです。案内した人の記憶違いなら、動画がどれだけ鮮明でも、道の証明にはなりません。再現写真も、同じです。Fが、犯人役の警察官にバッグを引かれた姿勢を取る。これは、「私は、こう引かれた」と、言葉の代わりに、体で語っているのと同じです。これを、体による供述と考えます。言葉でなく、動作で語る供述です。対比です。無人の廊下の壁の傷を写した写真は、機械が写すだけで、人の記憶が入りません。非供述証拠です。Fが、引かれた姿勢を取っている写真は、Fの知覚、記憶、表現、叙述が、中身に入っています。供述証拠です。ここで、前に使った問いで確かめます。Fの再現が、仮に嘘だったら、この写真は、ひったくりの証明として、値打ちが残るでしょうか。

残りません。Fの再現が本当かどうかに、全部がかかっています。法廷の外でされたその再現を、再現どおりの犯罪事実が本当にあったことの証明に使うなら、伝聞です。中身が本当かに全部がかかっているのに、法廷で、Fに反対尋問をして確かめることができないからです。調書の中に、供述録取書が入っている状況と、同じです。だから、確かめる順番は、同じです。供述証拠か。伝聞か。例外に当たるか。そして、署名押印は要るか。この順番で、続けます。

再現写真に何の要件が要るのか

判例の要件の整理板。同意がないとき、3項の要件は当然に必要で、そのうえで再現者の供述の録取部分と写真は、再現者が被告人以外なら321条1項2号または3号、被告人なら322条1項の要件を満たす必要がある。号は録取した相手で決まる 図:判例の要件の整理板

  • 同意がないとき、3項の要件は当然に必要で、そのうえで再現者の供述の録取部分と写真は、再現者が被告人以外なら321条1項2号または3号、被告人なら322条1項の要件を満たす必要がある
  • 号は録取した相手で決まる

最高裁の決定を、読みます。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

再現調書・再現写真に必要な要件 このような内容の実況見分調書や写真撮影報告書等の証拠能力については,刑訴法326条の同意が得られない場合には,同法321条3項所定の要件を満たす必要があることはもとより,再現者の供述の録取部分及び写真については,再現者が被告人以外の者である場合には同法321条1項2号ないし3号所定の,被告人である場合には同法322条1項所定の要件を満たす必要があるというべきである。もっとも,写真については,撮影,現像等の記録の過程が機械的操作によってなされることから前記各要件のうち再現者の署名押印は不要と解される。

3つに分けて読みます。1つ目。弁護人が同意しないとき、つまり326条の同意がないとき、3項の要件は、もとより必要です。2つ目。再現者の供述を書き取った部分と、写真は、再現者が誰かで、要件が決まります。再現者が、被告人以外の者なら、321条1項の2号か3号です。被告人なら、322条1項です。最後の3つ目は、次の節で見ます。写真は、署名押印が要りません。録取した相手で決まります。321条1項の軸と、同じです。1号は裁判官の面前、2号は検察官の面前、3号はその2つ以外、つまり警察官や私人の面前でした。再現を、検察官の前でしたなら2号。警察官の前でしたなら、3号です。設例Xの、警察署の廊下で、警察官を相手にしたFの再現は、3号です。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書・第3号) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

3号の要件は、前に見たとおりです。供述不能。犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと。そして、特に信用すべき情況。この3つが、そろう必要があります。被告人の再現なら、こちらです。

条文刑事訴訟法第322条第1項

刑事訴訟法第322条第1項 被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる。但し、被告人に不利益な事実の承認を内容とする書面は、その承認が自白でない場合においても、第三百十九条の規定に準じ、任意にされたものでない疑があると認めるときは、これを証拠とすることができない。

被告人に不利益な事実を、認める内容であること。または、特に信用すべき情況のもとでされたこと。認める内容の書面は、さらに、任意にされていることが要ります。自白でなくても、承認で足りる点は、前に見たとおりです。設例Xで、被告人のNが、犯人の動作を再現していれば、この条文で見ます。ここまでを、規範としてまとめます。

⭐ 論文で書く規範:再現者の属性で、必要な要件が決まる 再現の調書と写真は | 同意がなければ、まず3項の要件 | そのうえで、再現者の供述の録取部分と写真は、被告人以外なら321条1項2号3号、被告人なら322条1項 | 写真だけ、再現者の署名押印は不要 (規範(判例型・最高裁)——条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

問いです。前に見た、1項の号の分け方を思い出してください。被害者のFが、検察官の前で、同じ再現をして、写真を撮られたとします。この写真に必要な要件は、1項の何号でしょうか?検察官の面前なので、2号です。号を決めるのは、誰が被害者か、ではなく、誰の前で再現したか、です。

写真に署名押印が要らない理由

説明文と写真の対比板。再現者の言葉を警察官が書き取った説明文は、人の手を通るので署名押印が要る。写真は撮影、現像などの記録の過程が機械的操作なので、再現者の署名押印は不要。ビデオも同じ理屈 図:説明文と写真の対比板

  • 再現者の言葉を警察官が書き取った説明文は、人の手を通るので署名押印が要る
  • 写真は撮影、現像などの記録の過程が機械的操作なので、再現者の署名押印は不要
  • ビデオも同じ理屈

最高裁が理由として書いているのは、1つです。撮影や現像などの記録の過程が、機械的操作によってなされる、という点です。判旨の言葉は、そこまでです。そこから、署名押印の目的に戻って、言い直してみます。前に見たとおり、録取書の署名押印は、録取者の関所の誤りを取り除くためでした。話した本人が、書かれた中身を確かめて、間違いないと認める印です。説明文は、Fの言葉を、警察官が聞いて、書き取った部分です。聞き違いや、書き間違いが入りうる。だから、署名押印が要ります。一方、写真は、Fの動作を、機械が写します。人が書き取る段が、ありません。確かめる相手が、いない。この整理は、判旨の言葉を、署名押印の目的から、言い直したものです。

動作の中身が正確かどうかを確かめるのは、署名押印の役目ではありません。動作の中身は、1項や322条の、別の要件で見ます。署名押印が支えるのは、書き取りの段だけです。ビデオで再現を撮った場合も、同じ理屈です。機械が記録するので、再現者の署名押印は要りません。前に、署名押印の要否を、あとで見ると言った点は、これで回収です。

なぜ3項も重ねて要るのか

1通の再現調書を3つに分ける板。警察官が再現の状況を見て書いた部分は見分の結果として3項。再現者の言葉を書き取った部分は再現者の供述として1項2号3号または322条1項と署名押印。再現写真は同じ要件で署名押印だけ不要 図:1通の再現調書を3つに分ける板

  • 警察官が再現の状況を見て書いた部分は見分の結果として3項
  • 再現者の言葉を書き取った部分は再現者の供述として1項2号3号または322条1項と署名押印
  • 再現写真は同じ要件で署名押印だけ不要

1項や322条の要件を満たせば、再現した人の供述は入るのですよね。それでも、なぜ3項も、重ねて要るのですか。ここは、2つを分けて語ります。判旨は、3項の要件が必要だと言っています。でも、なぜ必要か、その理由は、書いていません。だから、これから言うのは、判旨ではなく、そう整理される、という話です。前回の2つを、思い出してください。1つ目は、立会人の指示説明です。場所を示すだけの現場指示なら3項で足り、話の中身を証明に使う現場供述なら、321条1項などの要件と署名押印が要りました。再現は、この指示説明の延長でした。そして2つ目は、酒酔いの鑑識カードです。観察した欄は3項、聞き取った問答の欄は321条1項3号と、1通の中を部分で分けると、行き先が違いました。再現の調書も、同じ型です。設例Xの調書を、3つに分けます。1つ目。警察官が、再現の状況を見て書いた部分です。撮影した場所は、警察署の廊下。犯人役の警察官と、Fの距離。使った台の高さ。これは、見たものを書いた、見分の結果です。3項の部分です。2つ目。Fの言葉を書き取った説明文です。再現者の供述なので、1項の3号と、署名押印です。そして3つ目。Fの動作を写した写真。これも、再現者の供述なので、同じ要件で、署名押印だけ要りません。だから、2つ目と3つ目を、1項で通しても、1つ目は別です。警察官が見て書いた部分は、警察官が法廷で、真正作成を供述して、初めて入ります。3項の要件は、そのためです。

冒頭の問いの答えは、ここにあります。警察官が支えるのは、1つ目の部分だけです。

物理的に可能かを確かめる再現なら、3項だけ

要証事実で分岐するフローの板。再現調書に対して何を証明するかを問い、再現どおりの犯罪事実なら再現者の供述として1項または322条が重なる。物理的にその体格や距離で可能かなら再現者の知覚と記憶は問題にならず3項だけ。設例X-2は立証趣旨を、Nの腕の長さで走行中の自転車のカゴからバッグを抜けるか、に変える 図:要証事実で分岐するフローの板

  • 再現調書に対して何を証明するかを問い、再現どおりの犯罪事実なら再現者の供述として1項または322条が重なる
  • 物理的にその体格や距離で可能かなら再現者の知覚と記憶は問題にならず3項だけ
  • 設例X-2は立証趣旨を、Nの腕の長さで走行中の自転車のカゴからバッグを抜けるか、に変える

ここで、設例Xの続きです。X-2とします。今度は、被告人のNが、警察署で、犯人の動作を再現したとします。立証趣旨は、Nの腕の長さで、走行中の自転車のカゴから、バッグを抜くことができたか、です。警察官は、Nの腕の長さと、自転車の高さを測って、同じ姿勢を取ってもらった。ここで確かめたいのは、体格と距離と位置関係です。Nが、実際にやったかどうかは、問題にしません。この場合、Nの記憶や、自白は、使いません。Nが嘘をついていても、腕の長さと、カゴの位置の関係は、変わりません。再現者の知覚と記憶の正確さは、問題になりません。この写真は、動作が物理的に可能かを示す物で、見分者の観察を書いた書面です。3項だけで、足ります。

ただし、立証趣旨にそう書いてあれば、それで決まりですか。決まりません。字面ではなく、争点から見ます。同じ調書に、「私は、この位置で、バッグを奪いました」というNの説明文が付いていて、それを使うなら、再現どおりの犯罪事実を使っています。その部分は、再現者の供述として、別の要件が要ります。境界のペアで言います。腕を伸ばすと、カゴに届く。これは、体格の確認です。Nが、実際にここで奪った。これは、再現どおりの犯罪事実です。見分けは、Nの記憶を使うかどうか、です。ここも、最高裁の判旨と整理を、分けます。判旨は、その事案の再現を、再現どおりの犯罪事実が要証事実になる、と見ました。物理的な可能性の確認なら3項だけ、というのは、前回の最後に触れた点を深めた、学説や実務の整理です。取り違えないでください。

設例Xの当てはめ

設例Xの関係図。被害者Fが動作と説明を警察官に再現し、警察官が写真と調書に記録して裁判所に提出する。Fから警察官への再現と、警察官から裁判所への調書提出の2段 図:設例Xの関係図

  • 被害者Fが動作と説明を警察官に再現し、警察官が写真と調書に記録して裁判所に提出する
  • Fから警察官への再現と、警察官から裁判所への調書提出の2段

設例Xを、手順で当てはめます。1つ目、何のために使うのか。2つ目、誰の供述か。3つ目、どの要件か。設例Xには、もう1つ再現があります。被告人のNも、警察署で、犯人の動作を再現しました。その写真7枚と、Nの言葉を書き取った説明文があり、こちらも、Nの署名押印はありません。立証趣旨は、再現状況です。争点は、Nがバッグを引いたかどうかです。再現どおりの犯罪事実が、要証事実になります。Fの再現も、Nの再現も、それぞれの供述として見ます。

設例Xの当てはめ表。縦は再現者の被害者Fと被告人N、横は説明文の録取部分と写真。Fの説明文は署名押印がなく不可。Fの写真は署名押印を除く3号の要件を満たさなければ不可。Nの説明文は署名押印がなく不可。Nの写真は任意に再現していれば322条1項で可。3項は警察官が真正作成を供述していれば全部で満たす 図:設例Xの当てはめ表

  • 縦は再現者の被害者Fと被告人N、横は説明文の録取部分と写真
  • Fの説明文は署名押印がなく不可
  • Fの写真は署名押印を除く3号の要件を満たさなければ不可
  • Nの説明文は署名押印がなく不可
  • Nの写真は任意に再現していれば322条1項で可
  • 3項は警察官が真正作成を供述していれば全部で満たす

結論を、4つのマスで言います。Fの説明文は、Fの署名押印がありません。ほかの要件を見るまでもなく、証拠にできません。Nの説明文も、Nの署名押印がないので、同じです。Fの写真9枚は、署名押印を除いた、3号の要件を見ます。供述不能、不可欠性、特信情況です。Fが法廷で証言できるなら、供述不能に当たりません。入りません。Fを証人として呼んで、法廷で聞くことになります。Nの写真7枚は、Nが任意に再現していれば、322条1項です。不利益な事実の承認で、任意性に疑いがなければ、入りえます。署名押印は、写真には要りません。そして、どの部分でも、3項は、前提です。警察官が、法廷で真正作成を供述している必要があります。

決定の当てはめは、こうでした。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成17年9月27日(刑集59巻7号753頁)

再現調書・再現写真の当てはめ 各再現者の供述録取部分については,いずれも再現者の署名押印を欠くため,その余の要件を検討するまでもなく証拠能力を有しない。また,本件写真撮影報告書中の写真は,記録上被告人が任意に犯行再現を行ったと認められるから,証拠能力を有するが,本件実況見分調書中の写真は,署名押印を除く刑訴法321条1項3号所定の要件を満たしていないから,証拠能力を有しない。

設例Xと、同じ型です。録取部分は、署名押印を欠くので不可。被告人が任意に再現した写真は可。被害者の再現写真は、3号の要件を満たさないので不可です。事実は、設例Xで置き換えています。ここまでが、論文で論点になりうる骨格です。

私人が作った書面は、3項に乗れるか

設例Yの関係図。民間の検査会社の技術者Qが、同型のプレス機で安全装置の作動実験をして考察を書いた報告書を、検察官が請求する。依頼者は捜査機関ではない。3項の主語と4項の2本の道で分ける問いを置く 図:設例Yの関係図

  • 民間の検査会社の技術者Qが、同型のプレス機で安全装置の作動実験をして考察を書いた報告書を、検察官が請求する
  • 依頼者は捜査機関ではない
  • 3項の主語と4項の2本の道で分ける問いを置く

後半です。設例Yです。工場のプレス機の、安全装置の不具合で、作業員が負傷しました。被告人のTは、業務上過失致傷で起訴されています。民間の検査会社の技術者のQは、同種の機械の保守と検査に、約20年かかわってきました。Qは、同型のプレス機で、安全装置の作動実験をして、結果と考察を、報告書に書きました。検察官が、この報告書を請求します。弁護人は、不同意です。依頼したのは、捜査機関ではありません。前回見た、鑑定受託者と、混ぜないでください。受託者は、捜査機関が鑑定を頼んだ人で、その鑑定書には、4項が準用されました。

実際に機械を動かして、五感で状態を確かめて書く書面だ、という点は、3項への入口になります。ただ、3項の主語を、もう一度見てください。

条文刑事訴訟法第321条第3項

刑事訴訟法第321条第3項 検察官、検察事務官又は司法警察職員の検証の結果を記載した書面は、その供述者が公判期日において証人として尋問を受け、その真正に作成されたものであることを供述したときは、第一項の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

主語は、検察官、検察事務官、または司法警察職員です。Qは、どれでもありません。壁は、ここです。この列挙を、例示と見て、Qも入れてよいのか。もう1つの入口があります。Qの書面は、専門的な知見にもとづいて、分析と判断を書いたものです。それなら、前回の4項、つまり、鑑定人の鑑定書を、3項と同じく、作成者の真正作成の供述で入れる条文の側に近い、という見方です。2つの入口を、最高裁は、どう分けたのか。

私人の書面は3項不可、4項に準ずる

判例の2段の板。私人作成の書面に3項は準用できない、理由は規定の文言とその趣旨。他方、作成者が特別の学識経験を有し、その学識経験に基づいて実験を行い考察結果を報告し、作成の真正も立証されていれば、4項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有する 図:判例の2段の板

  • 私人作成の書面に3項は準用できない、理由は規定の文言とその趣旨
  • 他方、作成者が特別の学識経験を有し、その学識経験に基づいて実験を行い考察結果を報告し、作成の真正も立証されていれば、4項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有する

最高裁の決定は、火災の原因を調べる民間の専門家が、燃焼実験をして書いた報告書の事案です。判旨を、2つのカードで読みます。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成20年8月27日(刑集62巻7号2702頁)

私人作成の書面に3項は準用できない 同項所定の書面の作成主体は「検察官,検察事務官又は司法警察職員」とされているのであり,かかる規定の文言及びその趣旨に照らすならば,本件報告書抄本のような私人作成の書面に同項を準用することはできないと解するのが相当である。

1つ目。ここでいう「同項」は、3項です。3項の主語は、検察官、検察事務官、司法警察職員です。この規定の文言と、その趣旨に照らして、私人作成の書面に、3項を準用することはできない。判旨の理由は、文言とその趣旨まで、です。

判例最高裁判所第二小法廷決定・平成20年8月27日(刑集62巻7号2702頁)

4項の書面に準ずるものとして証拠能力を有する 上記作成者は,火災原因の調査,判定に関して特別の学識経験を有するものであり,本件報告書抄本は,同人が,かかる学識経験に基づいて燃焼実験を行い,その考察結果を報告したものであって,かつ,その作成の真正についても立証されていると認められるから,結局,本件報告書抄本は,同法321条4項の書面に準ずるものとして同項により証拠能力を有するというべきであり

2つ目。3項の準用はできない。でも、4項の書面に準ずるものとして、同項により、証拠能力がある、としました。4項の条文を、確認します。

条文刑事訴訟法第321条第4項

刑事訴訟法第321条第4項 鑑定の経過及び結果を記載した書面で鑑定人の作成したものについても、前項と同様である。

前項と同様、とは、3項と同じく、作成者が法廷で真正に作成したと供述すれば入る、という意味です。4項に準ずる、と言える要素を、判旨から、3つ取り出します。1つ目。作成者が、特別の学識経験を有する者であること。2つ目。その学識経験にもとづいて、実験や分析をして、考察を書いた書面であること。最後に3つ目。作成の真正が立証されていること。作成者が、法廷で、真正に作成したと供述することです。準用は、前回の鑑定受託者で見たとおり、条文がそのまま当てはまるわけではないけれど、同じ要件で扱う、という意味でした。3項は、私人の書面には、その準用もできない、と言っています。4項のほうは、4項の書面に準ずるもの、つまり、4項の鑑定書と性質が同じだから、同項で扱う、という言い方です。設例Yで当てはめます。Qは、約20年、機械の保守と検査にかかわってきた。特別の学識経験があります。Qの報告書は、その経験にもとづいて、安全装置の作動実験をして、考察を書いたものです。あとは、Qが法廷で、真正に作成したと供述すれば、4項に準ずるものとして、入ります。

同僚のメモは、4項には準じません。同僚には、機械の検査の学識経験がなく、実験や分析もしていません。見たことを書いただけです。Qとの差は、専門知見にもとづく分析かどうか、の1点です。

⭐ 論文で書く規範:私人の書面は、3項は不可・4項に準ずる 私人作成の書面は | 3項は準用できない(主語は捜査機関) | 特別の学識経験を有する者が、その学識経験にもとづく実験や分析を報告し、作成の真正が立証されれば、4項に準ずる (規範(判例型・最高裁)——条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

なぜ主語で分けるのか、地図に1行足す

3項と4項の担保の違いの比較板。3項は作成者が捜査機関を構成する公務員で、捜査という業務として検証した、つまり身分と業務で信用性を支える。4項は作成者が専門家で、専門知見にもとづいて客観的に分析・判断した、つまり専門性で信用性を支える。判旨は文言及びその趣旨までで、この対比は整理 図:3項と4項の担保の違いの比較板

  • 3項は作成者が捜査機関を構成する公務員で、捜査という業務として検証した、つまり身分と業務で信用性を支える
  • 4項は作成者が専門家で、専門知見にもとづいて客観的に分析・判断した、つまり専門性で信用性を支える
  • 判旨は文言及びその趣旨までで、この対比は整理

ここも、判旨と整理を分けます。判旨に書かれているのは、文言とその趣旨まで、です。これから言う対比は、そう整理される、という話です。3項の書面は、捜査を職務とする公務員が、職務として見て書いたものです。だから信用できる、と整理されます。4項の書面は、専門家が、専門の知識で調べて書いたものです。だから信用できる、と整理されます。ここからも、そう整理されます。私人でも、特別の学識経験とその知見にもとづく分析なら、4項に乗ります。一方、さっきの同僚のメモのように、五感で見ただけの私人の書面は、3項の主語の外にあり、専門性の裏づけもないので、3項にも4項にも乗りません。残るのは、前半で見た321条1項3号です。被告人以外の者が作成した供述書として、供述不能などの要件を見ます。

Qの書面は、3項では使えません。4項に準ずるものとして請求し、Qを証人として尋問して、真正作成を供述してもらう。それが、道筋です。

作成者の全体地図。裁判所の検証調書は2項で無条件、捜査機関の検証調書と実況見分調書は3項で作成者の真正作成供述、鑑定人と鑑定受託者の鑑定書は4項と準用、新しい1行として専門知見を持つ私人の実験・分析の報告書は4項に準ずる、を並べる 図:作成者の全体地図

前回の地図に、新しい1行を足します。裁判所、捜査機関、鑑定人、鑑定受託者の次に、専門知見を持つ私人の、実験や分析の報告書。4項に準ずる、です。作成者が変わるたびに、乗れる条が変わる。前回の軸の、延長です。

周辺の短答知識

周辺の短答知識の板。税関職員が犯則事件の調査で作った写真撮影報告書は、捜査に類似する性質を有するので、検証の結果を記載した書面と性質が同じなら3項書面に含まれうる。同じ判決で、差押調書は検証と性質が異なり3項書面に含まれない。4項に準ずるとされた書面の例は、ポリグラフ検査書、声紋鑑定書、事故調査報告書。臭気選別報告書は3項。出典は東京高裁平成26年3月13日判決 図:周辺の短答知識の板

  • 税関職員が犯則事件の調査で作った写真撮影報告書は、捜査に類似する性質を有するので、検証の結果を記載した書面と性質が同じなら3項書面に含まれうる
  • 同じ判決で、差押調書は検証と性質が異なり3項書面に含まれない
  • 4項に準ずるとされた書面の例は、ポリグラフ検査書、声紋鑑定書、事故調査報告書
  • 臭気選別報告書は3項
  • 出典は東京高裁平成26年3月13日判決

最後に、短答の知識です。2つだけです。1つ目。税関職員が、犯則事件、つまり関税法に違反した疑いのある事件の調査で作った、写真撮影報告書です。税関職員の調査は、検察官などが行う、犯罪の捜査に類似する性質を持ちます。だから、検証の結果を記載した書面と、性質が同じと認められる限り、3項の書面に含まれうる、とされました。同じ判決は、差押えの調書は、物を押さえた手続を記録したもので、物の状態を五感で確かめる検証とは性質が異なるので、3項の書面に含まれないとしました。2つ目。4項に準ずるものとして扱われてきた書面の例です。ポリグラフ検査書。声紋鑑定書。事故調査報告書です。ポリグラフは、前に、同意があった回答書の決定を見て、同意がないときの扱いは別の回で、と言いました。同意がなければ、この4項の道で見ます。一方、臭気選別の報告書は、4項ではなく、3項でした。立ち会った警察官が、犬の選んだ経過と結果を、見て記録した書面だからです。取り違えやすい点です。

今日の地図(保存版)

今日の保存版の板。再現の調書は3項に加えて再現者の属性で1項2号3号または322条1項、写真は署名押印のみ不要、物理的可能性の確認なら3項だけ。私人の書面は3項不可、特別の学識経験にもとづく実験や分析の報告なら4項に準ずる、見ただけのメモは1項3号、捜査を職務とする公務員と専門家の対比、作成者の地図の新しい1行 図:今日の保存版の板

  • 再現の調書は3項に加えて再現者の属性で1項2号3号または322条1項、写真は署名押印のみ不要、物理的可能性の確認なら3項だけ
  • 私人の書面は3項不可、特別の学識経験にもとづく実験や分析の報告なら4項に準ずる、見ただけのメモは1項3号、捜査を職務とする公務員と専門家の対比、作成者の地図の新しい1行

まとめます。再現の調書は、3項に加えて、再現者の属性で、321条1項2号3号か、322条1項が要ります。写真は、署名押印だけ要りません。再現の目的が、物理的な可能性の確認なら、3項だけです。私人の書面は、3項に乗りません。専門知見にもとづく分析なら、4項に準ずる、です。短答の落とし穴を、○×で言います。再現写真は、立証趣旨が再現状況なら、3項だけで足りる。×です。実質の要証事実を見ます。再現者の署名押印は、写真にも要る。×です。写真は、機械的操作なので、不要です。被害者が再現した写真は、322条1項で入る。×です。被告人以外なので、321条1項、検察官の面前なら2号、警察官の面前なら3号です。私人作成の書面にも、3項が準用される。×です。特別の学識経験にもとづく実験や分析の報告なら、4項に準ずる書面として見ます。見ただけのメモなら、321条1項3号です。税関職員の写真撮影報告書は、3項に含まれうる。○です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。警察官が正確に書きましたと証言すれば、写した状況の部分は3項で入る。でも、ひったくりが本当にあったことは、再現した人の供述なので、別の要件が要る。次は、採用されなかった再現写真を、法廷の証人尋問でどう使えるかを見ます。

ページ上部へ ↑

#121単独ページ動画

公判廷での再現写真の提示と調書への添付

第5章 証拠法 ⑬/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

夜の繁華街の路地での傷害事件で、被害者が証言台で相手の体勢を言葉と身振りで説明しているが、聞く側には高さや向きが伝わりにくい。検察官の手元には警察署で撮った再現写真6枚があるが、弁護人の不同意で採用されていない。この写真を今ここで証人に見せてよいのかを問う導入板

  • 夜の繁華街の路地での傷害事件で、被害者が証言台で相手の体勢を言葉と身振りで説明しているが、聞く側には高さや向きが伝わりにくい
  • 検察官の手元には警察署で撮った再現写真6枚があるが、弁護人の不同意で採用されていない
  • この写真を今ここで証人に見せてよいのかを問う導入板

前回の最後に、予告しました。採用されなかった再現写真を、法廷の証人尋問でどう使えるか。今日は、その回収です。この設例を、設例Zと呼びます。前回の結論を、思い出します。再現の調書や写真は、実質の要証事実が再現どおりの犯罪事実なら、再現者の供述として見ます。321条3項に加えて、被害者の再現なら、321条1項の2号か3号が要りました。被害者の再現写真は、3号の供述不能などの要件を満たさないと、入りません。今回の路地の写真も、その要件を満たせず、採用されなかった、という前提です。先に答えを言います。証拠としては、入りません。でも、証言を分かりやすくする道具としてなら、条件つきで使えます。そこで、今日の問いです。採用されていない写真を、証人に見せて話させ、その写真を記録に綴じたら、伝聞の規定を、すり抜けたことになりませんか。答えは、なりません。その理由が、今日の軸です。

おさらい:証人に書面や物を示す3つの場面

証人に書面や物を示す3場面の対比板。成立や同一性の確認は規則199条の10で許可不要、記憶喚起は規則199条の11で許可が要り供述録取書は不可、供述の明確化は規則199条の12で許可が要る。今日の主役は3つ目で、まだ証拠調べを終えていないものは相手方に閲覧の機会を与える(異議がなければ不要) 図:証人に書面や物を示す3場面の対比板

  • 成立や同一性の確認は規則199条の10で許可不要、記憶喚起は規則199条の11で許可が要り供述録取書は不可、供述の明確化は規則199条の12で許可が要る
  • 今日の主役は3つ目で、まだ証拠調べを終えていないものは相手方に閲覧の機会を与える(異議がなければ不要)

まず、証人に書面や物を見せる場面を、思い出します。前に、3つの場面に分けて見ました。1つ目は、成立や同一性の確認です。成立とは、この書面は誰が書いたのか。同一性とは、これは同じ物か。たとえば、目の前の調書の署名が、本人のものかどうかを確認する場面です。この場面は、裁判長の許可が要りません。規則199条の10です。2つ目は、記憶の喚起です。証人の記憶が明らかでない事項について、思い出す手がかりを与えるために見せます。こちらも、裁判長の許可が要ります。しかも、供述を録取した書面は、見せられません。規則は、199条の11です。そして3つ目が、供述の明確化です。証人の供述を明確にするために、図面、写真、模型などを使って尋問する。これも、裁判長の許可が要ります。規則199条の12。今日の主役は、この3つ目です。

見せる物が、証言の中身に入り込むかどうか、の違いです。署名が本人のものかを確かめるのは、物そのものについて聞くだけで、証人の記憶の中身には触れません。記憶の喚起や明確化では、見せた物が、証人に答えを教えてしまうおそれがあります。だから、裁判長が先に、見せてよいかを判断します。供述を録取した書面がだめなのも、前に話した言葉を、なぞらせてしまうからでした。相手方への配慮は、あります。まだ証拠調べを終えていない書面や物を示すときは、あらかじめ相手方に、閲覧の機会を与えます。ただし、相手方に異議がなければ、不要です。この閲覧の規定を、3つ目の場面も準用しています。条文は、この後で読みます。

要件を満たせないとき、残る道は証人尋問

設例Zの図。再現写真は不同意で採用されず、証拠としては法廷に入らない。一方、被害者本人が法廷で証言すれば、被害の状況は証拠になる。ただし言葉だけでは動作や位置関係が伝わりにくい、という困りごとを示す板 図:設例Zの図

  • 再現写真は不同意で採用されず、証拠としては法廷に入らない
  • 一方、被害者本人が法廷で証言すれば、被害の状況は証拠になる
  • ただし言葉だけでは動作や位置関係が伝わりにくい、という困りごとを示す板

法廷に出す道は、残っています。被害者本人を証人として呼べば、法廷で、直接証言してもらえます。公判廷での証言は、伝聞になりません。宣誓をさせ、反対尋問で問いただし、裁判官が話しぶりを見られるからです。伝聞として締め出すのは、こうした確かめが働かない、法廷の外の供述でした。被害の状況は、その証言で、証拠になります。ただ、困りごとがあります。設例Zの被害者は、「このくらいの高さから」と、手を宙に上げて説明していました。聞いている裁判官は、その高さを、頭の中で思い描くしかありません。地図に例えます。道案内で、言葉だけだと迷う所に、補助線を1本引く。それで、話が通じやすくなります。法廷でも、言葉で伝わりにくい所に、写真という補助線を引けないか。これが、規則199条の12の発想です。補助線は、道を説明するための道具です。補助線そのものが、道の証拠になるわけではありません。この違いが、今日の全部につながります。

規則199条の12:証言を明確にするための提示

規則199条の12の条文を3つに分けて示す板。目的は証人の供述を明確にするため必要があること、手続は裁判長の許可を受けること、対象は図面、写真、模型、装置等。2項は証拠調べを終えていないものを示すときの閲覧の機会の準用 図:規則199条の12の条文を3つに分けて示す板

  • 目的は証人の供述を明確にするため必要があること、手続は裁判長の許可を受けること、対象は図面、写真、模型、装置等
  • 2項は証拠調べを終えていないものを示すときの閲覧の機会の準用

条文を、読みます。

条文刑事訴訟規則第199条の12

刑事訴訟規則第199条の12 訴訟関係人は、証人の供述を明確にするため必要があるときは、裁判長の許可を受けて、図面、写真、模型、装置等を利用して尋問することができる。 前項の場合には、第百九十九条の十第二項の規定を準用する。

3つに分けて読みます。1つ目。目的は、証人の供述を明確にするため、です。供述の代わりをさせるためではありません。供述が、先にあります。2つ目。裁判長の許可を受けます。許可なしには、できません。3つ目。対象は、図面、写真、模型、装置等です。2項は、さっきの閲覧の機会です。第百九十九条の十第二項を準用しています。証拠調べを終えていない物を示すなら、相手方に見る機会を与える。異議がなければ、不要です。次の決定が、この問いに答えます。最高裁は、採用されていない被害再現写真について、規則199条の12を根拠に示して尋問することを許可しても違法でない、としました。

提示を許可してよい場合:被害再現写真の決定

被害再現写真の提示を許可した決定の板。強制わいせつ事件で被害者の証人尋問中に検察官が捜査段階の被害再現写真を示す許可を求め、第1審の裁判官が許可した。最高裁は許可に違法はないとした。判旨が挙げた事情は、供述が十分にされた後、供述を明確化するため、示す写真が既にされた供述と同趣旨の3つ 図:被害再現写真の提示を許可した決定の板

  • 強制わいせつ事件で被害者の証人尋問中に検察官が捜査段階の被害再現写真を示す許可を求め、第1審の裁判官が許可した
  • 最高裁は許可に違法はないとした
  • 判旨が挙げた事情は、供述が十分にされた後、供述を明確化するため、示す写真が既にされた供述と同趣旨の3つ

事案の骨子です。強制わいせつの事件で、被害者の証人尋問の途中に、検察官が、捜査段階で作られた被害再現写真を示す許可を求めました。第1審の裁判官が、許可しました。最高裁は、この許可は違法でない、と判断しました。理由の部分を、読みます。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成23年9月14日(刑集65巻6号949頁)

被害再現写真を示して尋問することの許可 本件において,検察官は,証人(被害者)から被害状況等に関する具体的な供述が十分にされた後に,その供述を明確化するために証人が過去に被害状況等を再現した被害再現写真を示そうとしており,示す予定の被害再現写真の内容は既にされた供述と同趣旨のものであったと認められ,これらの事情によれば,被害再現写真を示すことは供述内容を視覚的に明確化するためであって,証人に不当な影響を与えるものであったとはいえないから,第1審裁判所が,刑訴規則199条の12を根拠に被害再現写真を示して尋問することを許可したことに違法はない。

判旨が挙げた事情を、3つに分けて見ます。まず、証人から、被害状況等に関する具体的な供述が、十分にされた後であること。次に、その供述を、明確化するために示すこと。最後に、示す予定の写真の内容が、既にされた供述と同趣旨であること。この3つで、何が言えるのか。判旨は、視覚的に明確化するためであって、証人に不当な影響を与えるものとはいえない、と結びました。3つの事情を要件と読むのは、取り違えやすい所です。判旨は、これらの事情によれば、と書いています。つまり、本件で許可が適法といえる理由として、3つの事情を挙げているのです。3つを、限定列挙の要件だ、とは書いていません。論文では、判旨が挙げた事情として、使います。

判旨が挙げた3つの事情。供述が十分にされた後、その供述を明確化するために、示す写真の内容は既にされた供述と同趣旨。判旨は、これらの事情によれば、視覚的に明確化するためで不当な影響を与えるものとはいえない、とした 図:判旨が挙げた3つの事情

  • 供述が十分にされた後、その供述を明確化するために、示す写真の内容は既にされた供述と同趣旨
  • 判旨は、これらの事情によれば、視覚的に明確化するためで不当な影響を与えるものとはいえない、とした

判旨の言葉は、そこまでです。なぜ不当な影響とはいえないのか、理由を補って説明します。すでに話した内容と同じ写真を、話した後に示すだけなので、写真が新しい記憶を作る心配は小さい。写真が、証人の記憶を上書きしない使い方になっている、と説明できます。設例Zに当てはめます。被害者は、肩を左手で押さえられ、右の拳を振り下ろされたことを、十分に証言しました。そのあとで、検察官が、同じ体勢を写した写真を示して、証言を明確にしたい、と許可を求めます。十分に証言した後。明確にするため。同趣旨の写真。この3つの事情があり、裁判長が許可するので、示してよい、という結論です。

⭐ 論文で書く規範:提示の許可が適法とされた理由 被害状況の具体的な供述が十分にされた後 | その供述を明確化するために示す | 示す写真の内容は既にされた供述と同趣旨 | → 視覚的な明確化で、証人に不当な影響を与えるものではない (規範(判例型・最高裁)——判旨が挙げた事情。限定列挙の要件とは書かれていない。論文で論点になりうる)

示す時機や中身を誤ると:判旨と整理を分ける

判旨と整理の対比板。左は判旨が書いたこととして、本件で許可が適法な理由まで。右は整理として、供述の前に示すと写真が証人の記憶や証言に影響しうる、証言と食い違う写真は明確化でなく新しい内容を持ち込む、規則199条の11第2項の不当な影響への注意と同じ発想。設例Z-2とZ-3 図:判旨と整理の対比板

  • 左は判旨が書いたこととして、本件で許可が適法な理由まで
  • 右は整理として、供述の前に示すと写真が証人の記憶や証言に影響しうる、証言と食い違う写真は明確化でなく新しい内容を持ち込む、規則199条の11第2項の不当な影響への注意と同じ発想
  • 設例Z-2とZ-3

ここで、判旨と整理を、分けて話します。判旨が書いたのは、本件で許可が適法といえる理由まで、でした。これから言うのは、判旨ではなく、そう整理される、という話です。設例Z-2です。同じ事案で、被害者が、「よく思い出せません」と言った段階で、検察官が写真を示そうとします。具体的な供述が、まだありません。思い出す前に写真を見せるのは、危ないのです。写真を見た被害者は、写真の体勢を、自分の記憶だと思い込むかもしれません。そうなると、写真が、証人の記憶や証言の内容に影響します。不当な影響のおそれがある、と整理されます。記憶を思い出すための手がかりなら、別の規則があります。規則199条の11です。ただし、その2項も、書面の内容が証人の供述に不当な影響を及ぼすことのないように注意しなければならない、と定めています。設例Z-3です。写真の1枚に、被害者が証言していない体勢が写っています。相手が両手で首元をつかむ体勢です。この写真を示すと、供述を明確にするのではなく、新しい内容を、法廷に持ち込むことになります。明確化とはいえない、と整理されます。つながりを、まとめます。記憶を喚起するときの注意と、明確化するときの注意は、同じ発想です。証人自身の記憶で語ってもらう。写真に語らせない。論文では、不当な影響を与えるか、という物差しで書きます。

規則49条:調書への添付と、同意は要らない理由

規則49条の条文と、添付の位置づけの板。示した写真を証人尋問調書の末尾に綴じて調書の一部にすることができる。最高裁は、証言の経過と内容を明らかにするための適切な措置で、独立した証拠として扱う趣旨でないから当事者の同意は不要とした。同意は326条の同意(証拠能力を与える同意)とは別 図:規則49条の条文と、添付の位置づけの板

  • 示した写真を証人尋問調書の末尾に綴じて調書の一部にすることができる
  • 最高裁は、証言の経過と内容を明らかにするための適切な措置で、独立した証拠として扱う趣旨でないから当事者の同意は不要とした
  • 同意は326条の同意(証拠能力を与える同意)とは別

次の問いです。示した写真を、記録に綴じてよいのか。まず、条文です。

条文刑事訴訟規則第49条

刑事訴訟規則第49条 調書には、書面、写真その他裁判所又は裁判官が適当と認めるものを引用し、訴訟記録に添附して、これを調書の一部とすることができる。

添付とは、記録に綴じて、調書の一部にすることです。尋問に使った写真を、証人尋問調書の末尾に綴じる。設例Zなら、6枚の写真が、被害者の証人尋問調書の後ろに付きます。綴じることは、証拠にすることと同じではない。最高裁は、そう判断しました。次のカードです。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成23年9月14日(刑集65巻6号949頁)

示した写真を証人尋問調書に添付すること また,本件証人は,供述の明確化のために被害再現写真を示されたところ,被害状況等に関し具体的に証言した内容がその被害再現写真のとおりである旨供述しており,その証言経過や証言内容によれば,証人に示した被害再現写真を参照することは,証人の証言内容を的確に把握するために資するところが大きいというべきであるから,第1審裁判所が,証言の経過,内容を明らかにするため,証人に示した写真を刑訴規則49条に基づいて証人尋問調書に添付したことは適切な措置であったというべきである。この措置は,訴訟記録に添付された被害再現写真を独立した証拠として扱う趣旨のものではないから,この措置を決するに当たり,当事者の同意が必要であるとはいえない。

2つに分けて読みます。1つ目。添付は、証言の経過と内容を明らかにするための、適切な措置です。あとで記録を読んだ人が、この証言は、どの写真を見ながらされたのか、を的確に把握できるからです。2つ目。この措置は、添付された写真を、独立した証拠として扱う趣旨ではありません。だから、添付を決めるのに、当事者の同意は要りません。混ぜないでください。326条の同意は、証拠能力を与える同意です。証拠能力とは、法廷で証拠として取り調べるために、法律上必要な資格のことでした。同意は、その資格を与えて、書面を証拠として取り調べるための入口です。今回の添付は、証拠調べではありません。入口を通らないので、326条の出番が、そもそもありません。綴じることと、証拠にすることは、別なのです。

添付された写真は何になるか:引用された限度で証言の一部

設例Zの提示関係図。検察官が裁判長の許可を得て被害者の証人に写真を示し、被害者が証言し、裁判所がその証言で事実を認定する。写真は裁判所へ直接つながらない。写真は引用された部分だけが証言の一部になる 図:設例Zの提示関係図

  • 検察官が裁判長の許可を得て被害者の証人に写真を示し、被害者が証言し、裁判所がその証言で事実を認定する
  • 写真は裁判所へ直接つながらない
  • 写真は引用された部分だけが証言の一部になる

添付した写真は、結局、何になるのか。決定の最後の部分です。

判例最高裁判所第一小法廷決定・平成23年9月14日(刑集65巻6号949頁)

引用された限度での証言の一部と、伝聞証拠規定の潜脱でないこと そして,本件において証人に示した被害再現写真は,独立した証拠として採用されたものではないから,証言内容を離れて写真自体から事実認定を行うことはできないが,本件証人は証人尋問中に示された被害再現写真の内容を実質的に引用しながら上記のとおり証言しているのであって,引用された限度において被害再現写真の内容は証言の一部となっていると認められるから,そのような証言全体を事実認定の用に供することができるというべきである。このことは,被害再現写真を独立した供述証拠として取り扱うものではないから,伝聞証拠に関する刑訴法の規定を潜脱するものではない。

3つに分けて読みます。1つ目。写真は、独立した証拠として採用されたものではないので、証言内容を離れて、写真自体から事実認定を行うことはできません。2つ目。ただし、証人が、示された写真の内容を実質的に引用しながら証言しているなら、引用された限度で、写真の内容は証言の一部になります。3つ目。そのため、証言全体を、事実認定に使えます。証人が、写真を見て、「そうです、この写真のとおりです」と言って、触れた部分、ということです。設例Zで言えば、被害者が、写真を見て、「相手は、こう私の肩を押さえました」と言った部分です。その部分は、被害者自身の証言です。写真は、証言の中に溶けた、と言えます。設例Z-4です。尋問のあと、写真が、証人尋問調書に添付されました。裁判所が、被害者が証言で触れていない写真の部分、たとえば、背景に写っている位置関係から、犯人の体勢を認定しようとします。この認定は、できるでしょうか? できません。その部分は、証言の一部になっていないので、写真自体から認定することになるからです。冒頭の問いに、答えます。綴じても、すり抜けにはなりません。写真を、独立の供述証拠として使っていないからです。事実を認定する材料は、あくまで証言です。写真は、証言のうち、引用された部分を、見える形にしているだけです。事実認定の大原則を、確認します。事実の認定は、証拠による。証言が証拠で、写真は証拠ではない。条文を、読みます。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

⭐ 論文で書く規範:添付された写真の位置づけ 添付は証拠調べではない | 写真自体から事実認定はできない | 証言に引用された限度で、写真の内容は証言の一部 | → 証言全体を事実認定に使える。伝聞の規定の潜脱ではない (規範(判例型・最高裁)——論文で論点になりうる)

被告人質問で示した電子メール

被告人質問で示した電子メールの決定の板。詐欺事件で検察官が証拠として取り調べていない電子メールを被告人に示して質問し、公判調書の末尾に添付された。第1審判決はそのメールの存在と記載内容を故意や共謀の認定に使い、原判決は同一性や真正な成立の確認で供述と一体になったと是認した。最高裁は原判断は違法とし、ただし被告人がメールについてした供述やその他の関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない、として棄却。根拠規定は規則199条の10第1項と199条の11第1項で、199条の12ではない 図:被告人質問で示した電子メールの決定の板

  • 詐欺事件で検察官が証拠として取り調べていない電子メールを被告人に示して質問し、公判調書の末尾に添付された
  • 第1審判決はそのメールの存在と記載内容を故意や共謀の認定に使い、原判決は同一性や真正な成立の確認で供述と一体になったと是認した
  • 最高裁は原判断は違法とし、ただし被告人がメールについてした供述やその他の関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない、として棄却
  • 根拠規定は規則199条の10第1項と199条の11第1項で、199条の12ではない

ここまでは、証人尋問でした。同じ線は、被告人質問にも及ぶのか。次の決定を見ます。事案の骨子です。詐欺の事件の、被告人質問でした。検察官が、証拠として取り調べていない電子メール、ほかの人から被告人に宛てたメールを、被告人に示して質問しました。被告人は、そのメールの同一性や、真正な成立を確認しました。メールは、公判調書の末尾に添付されました。第1審判決は、そのメールの存在と記載内容を、被告人の詐欺の故意や、共犯者との共謀の認定に使いました。原判決は、被告人が同一性や真正な成立を確認しているから、メールは供述と一体になった、として是認しました。最高裁は、この原判断を違法としました。

真正な成立とは、その人が本当に作った物か、という意味です。たとえば、書いた人が、このメールは確かに自分が送ったものです、と認める。それが、真正な成立の確認です。同一性は、目の前のメールが、あのとき届いたメールと同じ物か、です。この事案の被告人は、メールの同一性や真正な成立を確認しました。これを根拠に、メールが供述と一体になった、というのが原判決の理屈でした。まず、示した根拠の規定を、見ます。ここは、大事な点です。この事案で、メールを示した根拠は、規則199条の10第1項と、199条の11第1項です。成立や同一性の確認と、記憶の喚起です。明確化の規則199条の12は、使っていません。証人尋問の決定とは、ここが違います。

条文刑事訴訟規則第199条の10

刑事訴訟規則第199条の10 訴訟関係人は、書面又は物に関しその成立、同一性その他これに準ずる事項について証人を尋問する場合において必要があるときは、その書面又は物を示すことができる。 前項の書面又は物が証拠調を終つたものでないときは、あらかじめ、相手方にこれを閲覧する機会を与えなければならない。ただし、相手方に異議がないときは、この限りでない。

根拠規定が異なる理由。証人尋問の決定は規則199条の12を根拠に、被告人質問の決定は規則199条の10と11を根拠にした 図:根拠規定が異なる理由

1項が、成立や同一性を確認するために示せる、という規定です。2項が、証拠調べを終えていないものなら、相手方に閲覧の機会を与える、という規定でした。もう1つの根拠、記憶の喚起の条文も読みます。

条文刑事訴訟規則第199条の11

刑事訴訟規則第199条の11 訴訟関係人は、証人の記憶が明らかでない事項についてその記憶を喚起するため必要があるときは、裁判長の許可を受けて、書面(供述を録取した書面を除く。)又は物を示して尋問することができる。 前項の規定による尋問については、書面の内容が証人の供述に不当な影響を及ぼすことのないように注意しなければならない。 第一項の場合には、前条第二項の規定を準用する。

1項は、記憶を喚起するため、裁判長の許可を受けて示す規定です。供述を録取した書面は、除かれます。2項は、設例Z-2で見た、不当な影響への注意です。3項で、閲覧の機会の規定も準用されます。では、最高裁の判断を、3つのカードで読みます。カードの被告人乙の乙は、事件の符号です。被告人のことです。

添付されたメールの法的地位。公判調書への書面の添付は証拠の取調べではない。引用された限度で供述の一部となる。独立の証拠にはならない 図:添付されたメールの法的地位

  • 公判調書への書面の添付は証拠の取調べではない
  • 引用された限度で供述の一部となる
  • 独立の証拠にはならない

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成25年2月26日(刑集67巻2号143頁)

公判調書への書面の添付は証拠の取調べではない 本件電子メールは,刑訴規則199条の10第1項及び199条の11第1項に基づいて被告人乙に示され,その後,同規則49条に基づいて公判調書中の被告人供述調書に添付されたものと解されるが,このような公判調書への書面の添付は,証拠の取調べとして行われるものではなく,これと同視することはできない。したがって,公判調書に添付されたのみで証拠として取り調べられていない書面は,それが証拠能力を有するか否か,それを証人又は被告人に対して示して尋問又は質問をした手続が適法か否か,示された書面につき証人又は被告人がその同一性や真正な成立を確認したか否か,添付につき当事者から異議があったか否かにかかわらず,添付されたことをもって独立の証拠となり,あるいは当然に証言又は供述の一部となるものではないと解するのが相当である。

1つ目のカードです。添付は、証拠の取調べとして行われるものではありません。だから、添付されただけで、証拠として取り調べられていない書面は、4つのことにかかわらず、独立の証拠にならず、当然に供述の一部にもなりません。4つのこととは、証拠能力があるか。示した手続が適法か。被告人が同一性や真正な成立を確認したか。添付に異議があったか。確認したから、供述と一体になる、という原判決の理屈は、ここで退けられました。なぜ、添付と確認だけでは足りないのか。ここは判旨の言葉ではなく、趣旨の整理です。犯罪事実の認定に使えるのは、証拠能力があり、法廷で証拠調べを経た証拠です。証拠として取り調べる手続のなかで、相手方は、その証拠能力を争えます。被告人が同一性や真正な成立を認めても、その手続を飛ばしてよいことにはなりません。さっきの317条、事実の認定は証拠による、の証拠とは、この手続を経たものです。

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成25年2月26日(刑集67巻2号143頁)

引用された限度で供述の一部となる 本件電子メールは,被告人乙の供述に引用された限度においてその内容が供述の一部となるにとどまる(最高裁平成21年(あ)第1125号同23年9月14日第一小法廷決定・刑集65巻6号949頁参照)。

2つ目のカードです。供述の一部になるのは、被告人の供述に引用された限度だけです。先ほどの、証人尋問の決定と、同じ線です。カードの最後の括弧は、その決定を参照している、という意味です。

判例最高裁判所第三小法廷決定・平成25年2月26日(刑集67巻2号143頁)

存在や記載が証拠価値を持ち得ても、独立の証拠にならない 本件電子メールについては,原判決が指摘するとおり,その存在及び記載が記載内容の真実性と離れて証拠価値を有するものであること,被告人乙に対してこれを示して質問をした手続に違法はないこと,被告人乙が本件電子メールの同一性や真正な成立を確認したことは認められるが,これらのことから証拠として取り調べられていない本件電子メールが独立の証拠となり,あるいは被告人乙の供述の一部となるものではないというべきである。

3つ目のカードです。ここは、見落としやすい所です。メールの存在と記載は、記載内容の真実性と離れて、つまり、書いてある中身が本当かどうかとは別に、証拠価値を持ちうる。示した手続も適法で、被告人は同一性や真正な成立も確認した。最高裁は、これらを認めました。そのうえで、証拠として取り調べていない以上、独立の証拠にも、供述の一部にもならない、としたのです。たとえば、共犯とされた人から被告人宛てのメールが届いていた。その事実だけで、2人の間に連絡があったことが分かります。中身の真偽は、使っていません。真実性と離れた使い方なら、取り調べなくてよいのか。そこが、この決定の読みどころです。前に、非伝聞の見分け方として、中身が仮に偽でも証拠の値打ちが残るか、を見ました。あれは、取り調べる証拠を、どう使うかの判定でした。伝聞か非伝聞かは、320条で締め出されるかどうかの区別で、取調べを省いてよい理由にはなりません。法廷で取り調べてはじめて、相手方は、本当にその人から届いたメールなのか、などを争えるからです。判旨の言葉は、取り調べていない以上、独立の証拠にならない、までです。そこから、非伝聞の使い方も、証拠として取り調べてはじめて問題になる、と整理できます。

添付されたメールの扱い―違法だが上告棄却。原判断は違法だが、被告人の供述や関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえないとして棄却。証人尋問・被告人質問とも同じ:添付は証拠調べではなく、引用された限度でだけ供述の一部。違うのは根拠規定 図:添付されたメールの扱い―違法だが上告棄却

  • 原判断は違法だが、被告人の供述や関係証拠で認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえないとして棄却
  • 証人尋問・被告人質問とも同じ:添付は証拠調べではなく、引用された限度でだけ供述の一部
  • 違うのは根拠規定

結論です。原判断は違法でした。ただし、被告人がメールについてした供述や、その他の関係証拠で犯罪事実を認定でき、違法は判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない、として、上告は棄却されました。違法だが、判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない、という結論も、短答では問われます。ここまでの線を、並べます。証人尋問の決定も、被告人質問の決定も、同じです。添付は、証拠調べではない。引用された限度でだけ、供述の一部になる。違うのは、示す根拠となった規定です。証人尋問の決定は規則199条の12、被告人質問の決定は、規則199条の10と199条の11でした。

設例Zの当てはめ

設例Zの当てはめ表。縦はZ、Z-2、Z-3、Z-4。横は示す許可、調書への添付、事実認定への使用。Zは許可可・添付可で同意不要・証言全体で認定可。Z-2は供述前で、明確化(規則199条の12)としては許されない場合がありうる(整理)。Z-3は食い違う写真で引用されておらず証言の一部にならない(整理)。Z-4は写真単独の認定は不可。整理の欄には整理と注記 図:設例Zの当てはめ表

  • 縦はZ、Z-2、Z-3、Z-4
  • 横は示す許可、調書への添付、事実認定への使用
  • Zは許可可・添付可で同意不要・証言全体で認定可
  • Z-2は供述前で、明確化(規則199条の12)としては許されない場合がありうる(整理)
  • Z-3は食い違う写真で引用されておらず証言の一部にならない(整理)
  • Z-4は写真単独の認定は不可
  • 整理の欄には整理と注記

設例Zを、手順で当てはめます。1つ目、何のために示すのか。2つ目、いつ示すのか。3つ目、何を示すのか。4つ目、示した後にどうなるのか。まず、設例Zの本体です。被害者が、肩を押さえられ、拳を振り下ろされた、と十分に証言しました。そのあと、検察官が、証言を明確にするために、同じ体勢の写真を示す許可を求めます。目的は、明確化で、証拠にするためではありません。時機は、十分な供述の後。中身は、既にされた供述と同趣旨。裁判長が許可すれば、示してよい、という結論です。尋問のあと、写真を調書に添付するのも、適切な措置で、同意は要りません。事実認定に使えるのは、証言全体です。写真の内容は、引用された限度で、その証言の一部になっています。設例Z-2です。供述の前に示す場合です。記憶があいまいな段階なので、写真が、証人の記憶や証言に影響するおそれがあります。規則199条の12の明確化としては、不当な影響のおそれから、許されない場合がありうる、と整理されます。判旨の言葉ではなく、整理です。設例Z-3です。証言していない体勢が写った写真です。明確化ではなく、新しい内容の持ち込みになります。示すことが、明確化といえない。そして、被害者が引用していないので、その部分は、証言の一部にもなりません。これも、整理です。設例Z-4です。尋問のあと、添付された写真だけで、証言していない部分を認定することは、できません。証言内容を離れて、写真自体から事実認定を行うことはできない、という判旨のとおりです。

論文では、この順番で書けます。規則199条の12。判旨が挙げた事情。不当な影響を与えるか。添付。引用された限度。ここまでが、論文で論点になりうる骨格です。

再現写真の2本の道

再現写真の2本の道の板。1本目は証拠として請求する道で、321条3項に加え被害者なら321条1項2号3号、被告人なら322条1項、写真は署名押印が不要。2本目は証拠にせず証言を明確にする道具として使う道で、規則199条の12と49条、証拠の入口を通らない代わりに引用された限度でしか使えない 図:再現写真の2本の道の板

  • 1本目は証拠として請求する道で、321条3項に加え被害者なら321条1項2号3号、被告人なら322条1項、写真は署名押印が不要
  • 2本目は証拠にせず証言を明確にする道具として使う道で、規則199条の12と49条、証拠の入口を通らない代わりに引用された限度でしか使えない

前回と今回を、1枚にまとめます。再現写真の使い道は、2本の道です。1本目は、証拠として請求する道です。321条3項に加えて、被害者なら321条1項の2号か3号、被告人なら322条1項が要ります。写真は、再現者の署名押印だけ要りません。伝聞の例外という入口を、通ります。なぜ、ここまで要るのか。証拠にするなら、写真は、再現者が法廷の外で、動作で語った供述として使われるからです。321条3項は、調書を作った捜査官が、法廷で、真正に作ったと証言すること。そのうえで、被害者の再現なら、たとえば3号では、供述できない事情、その証拠が欠かせないこと、特に信用できる情況、の3つがそろわないと入りません。被告人の再現なら、322条1項で、自分に不利益な事実を認める内容などが要ります。写真に署名押印が要らないのは、機械が写すので、書き取りの誤りが入らないからでした。2本目は、証拠にせず、証言を明確にする道具として使う道です。規則199条の12と49条です。伝聞の入口を、通りません。その代わり、効くのは、証言に引用された限度だけです。

証言に引用されない部分は、使えません。使い切りたいなら、1本目の道で、証拠にする必要があります。なお、証明力を争う証拠を扱う328条は、また別の道です。それは、後の回で見ます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴6問を○×で並べた板。採用されていない写真を証人に示す尋問、調書への添付と同意、添付された写真の独立の証拠性、引用された限度での証言の一部、被告人質問での添付と供述の一体化、2つの決定の根拠規定 図:短答の落とし穴6問を○×で並べた板

短答の落とし穴を、○×で言います。採用されていない写真を、証人に示して尋問することは、いかなる場合も許されない。×です。供述が十分にされた後で、同趣旨の写真なら、規則の199条の12で許可できます。尋問に用いた写真を調書に添付するには、当事者の同意が要る。×です。独立の証拠として扱う趣旨ではないので、同意は要りません。調書に添付された写真は、独立の証拠になり、写真だけで事実認定できる。×です。写真自体から事実認定はできません。写真が添付されても、証人が引用した限度では、その内容は、証言の一部として事実認定に使える。○です。被告人質問で示した書面に、被告人が同一性や真正な成立を確認すれば、公判調書に添付されたその書面は、供述と一体になる。×です。確認の有無にかかわらず、独立の証拠にも、当然に供述の一部にもなりません。被害再現写真の決定は規則199条の12を根拠規定にし、電子メールの決定は、規則199条の10と199条の11を根拠にした。○です。

今日の地図(保存版)

今日の保存版の板。示す、綴じる、使うの線引き。示すのは規則199条の12で供述が十分にされた後の同趣旨の写真、綴じるのは規則49条で同意不要、使えるのは証言に引用された限度のみ。再現写真の2本の道。被告人質問の電子メールの決定も同じ線 図:今日の保存版の板

  • 示す、綴じる、使うの線引き
  • 示すのは規則199条の12で供述が十分にされた後の同趣旨の写真、綴じるのは規則49条で同意不要、使えるのは証言に引用された限度のみ
  • 再現写真の2本の道
  • 被告人質問の電子メールの決定も同じ線

まとめます。採用されていない再現写真は、証拠としては入りません。でも、証言を明確にする道具としてなら、使えます。示す、綴じる、使う、の3つで、線を引きました。示すのは、規則199条の12で、裁判長の許可を受けて。判旨が挙げた事情は、まず供述が十分にされた後、明確化のため、既にされた供述と同趣旨、でした。綴じるのは、規則49条で、同意は要りません。使えるのは、証言に引用された限度だけです。被告人質問の決定も、同じ線でした。冒頭の問いの答えは、こうですね。写真を綴じても、伝聞の規定をすり抜けたことにはならない。写真は独立の証拠ではなく、証言の一部になるのは、引用された部分だけだから。

ページ上部へ ↑

#122単独ページ動画

特信文書(323条)

第5章 証拠法 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

会社の経理担当が、毎晩その日の入出金だけを、感想を交えず個人の手帳に書き続けていた。書いた本人を法廷に呼ばなくても、この手帳だけで入出金の事実を証明できるのか。同じ人がつけていた私的な日記ならどうか、を問う導入板 図:会社の経理担当が、毎晩その日の入出金だけを、感想を交えず個人の手帳に書き続けていた

  • 書いた本人を法廷に呼ばなくても、この手帳だけで入出金の事実を証明できるのか
  • 同じ人がつけていた私的な日記ならどうか、を問う導入板

前回の最後に、次は323条と324条を見ます、と予告しました。ただ、この2つは、扱う中身がまったく違います。だから、今日は323条だけを、じっくり見ます。324条の、法廷の外で聞いた話を法廷で語る場面は、次の回に回します。先に、答えを言います。手帳は、書いた本人を呼ばなくても、入る可能性があります。日記のほうは、入りにくい。分かれ目は、誰が書いたかではありません。どう作られた書面か、です。今日は、この1本の軸で、1号と2号と3号の線を引きます。

前提の呼び戻し:321条と322条の作り

伝聞例外の2本の柱は、必要性と信用性の情況的保障。321条は被告人以外の者の書面、322条は被告人の書面で、どちらも誰の供述かで要件を分け、供述不能、署名押印、特信情況といった個別の要件を課す。321条の2項から4項は作った人が裁判所、捜査機関、鑑定人かで要件が緩む 図:伝聞例外の2本の柱は、必要性と信用性の情況的保障

  • 321条は被告人以外の者の書面、322条は被告人の書面で、どちらも誰の供述かで要件を分け、供述不能、署名押印、特信情況といった個別の要件を課す
  • 321条の2項から4項は作った人が裁判所、捜査機関、鑑定人かで要件が緩む

伝聞の例外が許される理由は、2つでした。必要性と、信用性の情況的保障です。321条と322条は、この2つを、書面ごとに釣り合わせて、要件にしていました。被告人以外の人の書面なら321条、被告人の書面なら322条に振り分けました。そのうえで、供述不能、署名や押印、特に信用すべき情況といった要件を、1つずつ求めました。例えば、被告人以外の人が自分で書いたメモなら、321条1項3号です。書いた人が亡くなったり行方が分からなかったりして、法廷で話せないこと、これが供述不能です。そのメモがどうしても必要なこと。そして、書いたときの情況が、特に信用できること、これが特信情況です。3つそろって、やっと入ります。つまり、この2つの条文は、誰の供述かを軸にして、要件を決めています。さらに、321条の2項から4項は、作った人が裁判所か、捜査機関か、鑑定人かで、要件が段階的に緩んでいきました。これが、前に見た、作成者の地図です。

今日の323条は、その地図の脇に置かれます。誰の供述か、誰が作ったか、ではなく、書面がどう作られたかで決まるからです。前に見た作成者の地図の最後に、あとで見る条文として書いておいた、特信文書です。

323条の条文と、無条件の意味

323条の骨組み。柱書は321条から前条までに掲げる書面以外の書面が対象で、次に掲げるものに限り証拠にできる。1号は公務員が職務上証明できる事実の書面、2号は業務の通常の過程で作成された書面、3号は前二号のほか特に信用すべき情況の下に作成された書面 図:323条の骨組み

  • 柱書は321条から前条までに掲げる書面以外の書面が対象で、次に掲げるものに限り証拠にできる
  • 1号は公務員が職務上証明できる事実の書面、2号は業務の通常の過程で作成された書面、3号は前二号のほか特に信用すべき情況の下に作成された書面

条文を、全文で出します。まず、目で追ってください。

条文刑事訴訟法第323条

刑事訴訟法第323条 第三百二十一条から前条までに掲げる書面以外の書面は、次に掲げるものに限り、これを証拠とすることができる。 一 戸籍謄本、公正証書謄本その他公務員(外国の公務員を含む。)がその職務上証明することができる事実についてその公務員の作成した書面 二 商業帳簿、航海日誌その他業務の通常の過程において作成された書面 三 前二号に掲げるもののほか特に信用すべき情況の下に作成された書面

柱書から読みます。対象は、321条から前条までに掲げる書面以外の書面です。321条と322条が、誰の供述か、という枠で要件を決めていた書面とは別に、作られ方に着目して証拠にする条文だ、と読みます。次に、証拠とすることができる、の中身です。同意は要りません。供述不能や、特信情況の立証も要りません。弁護人が不同意でも、この3つのどれかに当たれば、証拠能力が付きます。それなら、書いてあることは、そのまま事実として認められるのですか。違います。ここは、短答で必ず問われます。323条が与えるのは、証拠能力だけです。書いてある中身を信じるかどうか、証明力は、裁判所が別に評価します。入口を通れるだけで、信じてもらえるかは、別の話です。

なぜ要件なしでよいのか

要件を置かない2つの理由。1つ目は、作られ方そのものが虚偽や誤記を入りにくくする、類型的な信用性。2つ目は、作成者を法廷で供述させるより書面のほうが正確、という必要性。何年分もの入出金の細目を、記憶だけで語るのは不可能。321条は、書面が信用できても作成者が呼べるなら呼ぶのが出発点 図:要件を置かない2つの理由

  • 1つ目は、作られ方そのものが虚偽や誤記を入りにくくする、類型的な信用性
  • 2つ目は、作成者を法廷で供述させるより書面のほうが正確、という必要性
  • 何年分もの入出金の細目を、記憶だけで語るのは不可能
  • 321条は、書面が信用できても作成者が呼べるなら呼ぶのが出発点

323条だけが要件なしでよい理由は、2つあります。2つとも、前に見た、必要性と、信用性の情況的保障の、言い換えです。1つ目は、信用性の側です。323条の書面は、作られ方そのものが、虚偽や誤記を入りにくくしています。個別に調べなくても、種類として信用できる、という考え方です。たとえば、ホテルのフロントが、毎晩、決まった様式で書く宿泊台帳です。間違えると、請求も部屋割りも狂います。だから、書く人は、正確に書かざるをえません。作られ方が、保障になっています。2つ目は、必要性の側です。作った人を法廷に呼んで語らせるより、書面のほうが、正確なことが多いのです。例えば、ある会社の5年分の入出金の細目を、経理担当が、法廷で、記憶だけで語れるでしょうか。

無理です。何月何日にいくら動いたかなんて、覚えていません。語らせても、かえって不正確になります。本人を尋問する意味が薄く、書面のほうが、記録として確かです。ここが、321条との、最大の違いです。321条の出発点は、書面が信用できても、作った人を法廷に呼べるなら、まず呼んで、反対尋問で確かめる、でした。323条は、その出発点が成り立たない書面を、類型として取り出した条文です。作成者を呼ぶ意味が薄いうえに、作られ方が信用性を支えている。だから、個別の要件を置きません。ただし、これは類型の話です。目の前の書面が、実際にそういう作られ方をしているかは、1号から3号の、どれに当たるかの判断で、問われます。

321条・322条との違い

比較表。決め手は、321条と322条が誰の供述か、323条が書面がどう作られたか。要件は、321条と322条が供述不能や特信情況や署名押印を個別に求め、323条は原則なし。作成者の扱いは、321条が呼べるなら呼ぶのが出発点、323条は書面のほうが正確で呼ぶ意味が薄い 図:比較表

  • 決め手は、321条と322条が誰の供述か、323条が書面がどう作られたか
  • 要件は、321条と322条が供述不能や特信情況や署名押印を個別に求め、323条は原則なし
  • 作成者の扱いは、321条が呼べるなら呼ぶのが出発点、323条は書面のほうが正確で呼ぶ意味が薄い

比較します。決め手は、321条と322条が、誰の供述か。323条が、どう作られた書面か、です。要件は、321条と322条が、個別に求めます。323条は、原則、求めません。作成者の扱いは、321条が、呼べるなら呼ぶ。323条は、呼ばなくても、書面のほうが確かです。個別の要件を置かない代わりに、入口を、3つの型に絞っています。要件が緩い分、入れる書面を、厳しく限る。この釣り合いは、321条の作りと同じ形です。なぜ、入口を絞るのか。要件を置かずに、どんな書面でも入れたら、反対尋問で確かめる機会のない書面が、そのまま通ってしまいます。だから、作られ方が信用性を支えていると言える型だけに、入口を限っているのです。

冒頭の経理担当が、もし事件の被告人本人だったら、手帳の扱いは変わりますか。変わりません。被告人が書いた書面でも、まず323条に当たるかを見ます。作られ方が同じなら、書いた人の立場で、正確さは変わらないからです。決め手は、書いた人ではなく、書面がどう作られたか、です。

1号:公務員の職務上の証明文書

1号の骨組み。公務員が職務上証明することができる事実について、その公務員が作成した書面。例は戸籍謄本、公正証書謄本、不動産登記簿の謄本、印鑑証明書、前科調書、身上照会の回答書。外国の公務員が作ったものも含む。対比は、住民票の写しは入り、警察官が事件ごとに書く捜査報告書は入らない 図:1号の骨組み

  • 公務員が職務上証明することができる事実について、その公務員が作成した書面
  • 例は戸籍謄本、公正証書謄本、不動産登記簿の謄本、印鑑証明書、前科調書、身上照会の回答書
  • 外国の公務員が作ったものも含む
  • 対比は、住民票の写しは入り、警察官が事件ごとに書く捜査報告書は入らない

まず、1号です。骨は、公務員が、職務上証明することができる事実について、その公務員が作った書面、です。例は、条文にある戸籍謄本と公正証書謄本のほか、不動産登記簿の謄本、印鑑証明書、前科調書、身上照会の回答書、つまり、役所が照会を受けて、人の本籍や身分関係を答えた書面があります。外国の公務員が作った書面も含まれます。括弧書きのとおりです。公務員が作った書面なら、全部入るのですか。入りません。ここに、線があります。キーワードは、職務上証明することができる事実、です。対比で言います。市区町村の窓口が出す住民票の写しは、誰がどこに住んでいるか、という事実を、公務員が、職責として証明するために作ります。記載の正確さに、職務上の責任という担保があります。入ります。一方、警察官が、特定の事件のために、関係者に聞いたり調べたりして、事実を書いた捜査報告書は、入りません。作られた目的が、職責上の証明ではなく、この事件の立証だからです。

住民票は、事件がなくても、毎日、職責として作られます。捜査報告書は、事件があって初めて、その立証のために作られます。作成の目的の違いが、信用性の担保の差になります。ですから、捜査機関が作った書面は、323条ではなく、前に見た321条の側で扱います。警察官が現場を見て書いた実況見分調書のような、見分の結果を書いた書面なら、3項でした。もう1つ。民間の金融機関などが作る回答書は、公務員が作った書面ではないので、1号には入りません。作った人が公務員かどうかで、1号の入口が決まります。ただし、私人でも、専門の知識をもつ人が、実験や分析をして結果を報告した書面なら、前に見たとおり、321条4項に準じて扱います。手元の記録をそのまま答える回答書とは、別の道です。

2号:業務の通常の過程で作られた書面

2号の骨組み。商業帳簿、航海日誌その他、業務の通常の過程において作成された書面。核心は、業務の基礎資料として継続的、規則的に作られ、間違えると業務そのものが回らないこと。入る例は運行表、未収金控帳、カルテ。入らない例は契約書、領収証、診断書 図:2号の骨組み

  • 商業帳簿、航海日誌その他、業務の通常の過程において作成された書面
  • 核心は、業務の基礎資料として継続的、規則的に作られ、間違えると業務そのものが回らないこと
  • 入る例は運行表、未収金控帳、カルテ
  • 入らない例は契約書、領収証、診断書

次に、2号です。条文は、商業帳簿、航海日誌その他、業務の通常の過程において作成された書面です。核心は、業務の通常の過程、という言葉です。業務の基礎資料として、継続的に、規則的に作られる。書いた内容は、作った人以外の目にも触れ、その人たちの仕事のもとになる。だから、間違えると、業務そのものが回らなくなります。誤りが入るおそれが、類型として低いのです。具体例です。運送会社の配車係が、毎朝、様式の決まった運行表に、出発と到着の時刻と、積荷を書き込みます。経理部は、その運行表をもとに、運賃を計算します。何年分も、綴じてあります。

運行表の記入が雑だと、運賃の計算が狂って、荷主との精算が合わなくなります。業務が回らなくなる。つまり、書く人は、正確に書かざるをえません。これが、2号の、正確さの担保です。2号に当たるとされた例には、未収金控帳があります。医師のカルテも、診療の経過を継続して記録した書面で、2号の例です。逆に、入らない例です。契約書や領収証は、事案ごとに内容が違う書面が、その都度作られます。継続的、規則的な記録ではありません。注意が必要なのは、診断書です。診断書は、医師が、カルテをもとに、個別の求めに応じて作ります。継続的、規則的な記録ではないので、2号ではありません。医師が専門の知見で、けがや病気を判断した結果を書く書面なので、鑑定書と同じ性質と見て、前に見た321条4項の側で扱います。

短答で頻出の対比です。同じ医師でも、継続して書く記録と、求めに応じて作る書面は、別物です。

3号:受け皿は、1号2号に準ずる高度の信用性

3号の骨組み。前二号に掲げるもののほか特に信用すべき情況の下に作成された書面。何でも入る箱ではなく、1号2号に準ずる高度の信用性が必要。見る観点は2つ。1つ目は定型的、類型的な信用性で、決まった書式、所感を交えない記録。2つ目は個別具体的な高度の信用性で、作られた具体的な事情から誤記や恣意の疑いが小さいこと 図:3号の骨組み

  • 前二号に掲げるもののほか特に信用すべき情況の下に作成された書面
  • 何でも入る箱ではなく、1号2号に準ずる高度の信用性が必要
  • 見る観点は2つ
  • 1つ目は定型的、類型的な信用性で、決まった書式、所感を交えない記録
  • 2つ目は個別具体的な高度の信用性で、作られた具体的な事情から誤記や恣意の疑いが小さいこと

最後に、3号です。条文は、前二号に掲げるもののほか、特に信用すべき情況の下に作成された書面、です。特に信用できる書面なら、何でも入る、ということですか。入りません。ここが、一番大事です。3号は、何でも入る箱ではありません。1号と2号の書面と、同じくらいの高さの信用性が必要です。条文が、前二号のほか、と書くのは、その2つに準ずるもの、という位置づけだからです。3号は、受け皿です。1号と2号の型に、ちょうど当てはまらなくても、その2つと並べて遜色のない信用性がある書面を、すくい上げます。見る観点は、2つです。1つ目は、定型的、類型的な信用性です。決まった書式で、所感を交えず、事実だけが記録される書面。例えば、預金通帳の入出金の記載や、レジが打ち出すレシートです。種類として、誤りが入りにくいかを見ます。2つ目は、個別具体的な、高度の信用性です。その書面が作られた具体的な事情から、誤記や恣意の疑いが小さいと言えるか。例えば、電話を受けた直後に、日時を正確に記録した電話記録のような場面です。

321条1項3号の特信情況とは、別物です。あちらは、供述がされた情況の話でした。323条3号の観点は、書面の作られ方の信用性です。323条の3号に特有の見方です。取り違えやすいので、気をつけてください。例として、一般に広く信頼される、定期刊行物の市場価格表や、統計表、年表が挙げられます。ただし、どこまで広げるかには、議論があります。個別の事情から、継続的で正確な記録だとして、3号を認めた裁判例もあります。ただ、メモなら入る、とはなりません。体験した当時に、自分でメモしたから信用できる、という理屈で3号を広く使う主張には、学説の批判が強いです。当時のメモというだけでは、類型的に、信用性が高いとまでは、言えないからです。ここまでを、規範としてまとめます。

⭐ 論文で書く規範:3号は、1号2号に準ずる高度の信用性が必要 323条3号の書面は | 1号2号の書面に準ずる高度の信用性が必要 | 定型的、類型的な信用性、または個別具体的な高度の信用性により、誤記や恣意のおそれが小さいことが客観的に認められるとき (規範(解釈で立てる)——条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

論文では、ここで、3号に当たる理由を、観点に分けて書くことになります。

ロッキード事件の決定:業務日誌と当用日記

判例の要点。長期間ほぼ毎日、業務の要点を所感なしで箇条書きにした業務日誌は、2号と解するには疑念が残るが、2号書面に比肩しうる高度の信用性の情況的保障があり、3号に該当。個人的な心覚えとして前日や数日前の体験を書き、私生活や主観的な所感が混ざる当用日記は、1号2号に準ずる性質の書面と解し得ず、321条1項3号で判断。分かれ目は作成目的、作成時期、記載内容。出典は判時893号 図:判例の要点

  • 長期間ほぼ毎日、業務の要点を所感なしで箇条書きにした業務日誌は、2号と解するには疑念が残るが、2号書面に比肩しうる高度の信用性の情況的保障があり、3号に該当
  • 個人的な心覚えとして前日や数日前の体験を書き、私生活や主観的な所感が混ざる当用日記は、1号2号に準ずる性質の書面と解し得ず、321条1項3号で判断
  • 分かれ目は作成目的、作成時期、記載内容
  • 出典は判時893号

判例を見ます。ロッキード事件の、児玉・小佐野ルートの裁判で、日誌と日記が、問題になった決定です。判断の要点を、2つに分けて話します。1つ目は、ある会社の幹部が、長期間、ほぼ毎日つけていた業務日誌です。当日の終業後か翌朝に、業務の要点を、所感を交えず、箇条書きで書いていました。他の人の校閲はなく、個人の私物でした。決定は、これを2号と言い切るには、疑問が残る、としました。2号の書面は、さきほどの運行表のように、書いた内容が作成者以外の目にも触れ、その人たちの仕事の基礎にもなります。この日誌には、それがありません。個人の目的で書かれ、ほかの人の目に触れない、つまり、公開性がないからです。それでも、3号に当たるとしました。公開性がない点を除けば、2号の書面に並ぶ、高度の信用性の情況的保障がある。作成の目的と方法から、誤記のおそれが小さい。そう考えました。2つ目は、当用日記です。個人的な心覚えとして、前日、または、2日か3日前の体験を書き、私生活や、主観的な所感や意見が、随所に混ざっていました。こちらは、1号2号に準ずる性質の書面とは、到底解することができない、としました。323条の書面ではなく、321条1項3号で判断します。つまり、供述不能などの要件を満たす必要がある、という結論です。問いです。日記が323条に乗らないとき、次に見る条文は、何条の何号でしたか?

321条1項3号です。被告人の供述なら、322条でした。323条は、入口です。そこで外れても、道が閉じるわけではありません。分かれ目は、3つです。作成の目的。作成の時期。記載の内容です。日誌は、業務のために作られました。当日か翌朝と、記憶の新しいうちに書かれ、中身は所感のない事実の記録です。日記は、個人の心覚えで、前日や数日前のことを、あとから書いたもので、感想が混ざります。3つを合わせて見ると、日誌は記録として固く、日記は、ばらつきます。この3つの軸で、1号2号に準ずるかを測るのが、決定の骨です。

自前の事案で当てはめる

事案の関係図。会社の経理担当が個人の手帳に毎晩入出金を所感なしで記録し、検察官が証拠請求し、被告人側が不同意とする。手帳は3号か、の1枚。同じ経理担当が数日後に所感混じりで書く日記は、321条1項3号へ 図:事案の関係図

  • 会社の経理担当が個人の手帳に毎晩入出金を所感なしで記録し、検察官が証拠請求し、被告人側が不同意とする
  • 手帳は3号か、の1枚
  • 同じ経理担当が数日後に所感混じりで書く日記は、321条1項3号へ

冒頭の事案に、戻ります。経理担当は、個人の手帳に、毎晩、その日の入出金を、所感なしで箇条書きにしていました。他の人は、見ません。検察官が請求し、弁護人は不同意です。まず、1号か2号か。経理担当は公務員ではないので、1号ではありません。業務の中で作られていますが、手帳は、ほかの人の目に触れず、それをもとに誰かが仕事をするわけでもありません。2号の正確さを支えていた、ほかの人の目と、業務の基礎という性質が、欠けています。2号と言い切るのは、難しい。さきほどの、日誌と同じ型です。次に、3号です。毎晩、その日のうちに書かれ、継続していて、所感がありません。目的は業務の記録、時期は当日、内容は事実のみ。3つの軸が、そろっています。1号2号に準ずると言え、3号に当たる可能性が高い。

確実とまでは言えません。個別の事情で変わるからです。たとえば、あとでまとめて書いた日がある。金額を書き直した跡がある。そうなれば、誤記のおそれが大きくなります。3号は、個別の事情まで見ます。一方、同じ経理担当が、気の向くまま、2日か3日後に、愚痴や私生活も交えて書く日記は、どうでしょうか。目的も、時期も、内容も、ばらつきます。1号2号に準ずる性質は、ありません。323条には乗らず、321条1項3号です。経理担当が法廷で話せない事情があるか、日記がどうしても必要か、書いたときの情況が特に信用できるか、を見ます。

手帳と日記の差は、誰が書いたかではなく、作られ方の差です。

3号の限界:領収証

領収証の対比。工務店が1通ずつ手書きして相手に渡す領収証は、継続的にまとまった記録にならず、取引実態をそのまま表すとは限らないため323条の書面には当たりにくい。レジが全取引を同じ形式で打ち出して残す記録や預金通帳は、定型的に継続して作られ、3号の方向。参照、東京地決昭56・1・22 図:領収証の対比

  • 工務店が1通ずつ手書きして相手に渡す領収証は、継続的にまとまった記録にならず、取引実態をそのまま表すとは限らないため323条の書面には当たりにくい
  • レジが全取引を同じ形式で打ち出して残す記録や預金通帳は、定型的に継続して作られ、3号の方向
  • 参照、東京地決昭56・1・22

入りにくい、とされます。業務の中で作られても、1通ごとに、相手に渡すために、その都度作る領収証は、323条の書面には当たりにくいのです。理由は、2つです。1つ目、独立して1通ずつ作られ、支払った人に渡されます。継続的に、まとまった記録になっていません。2つ目、渡された領収証は、取引の実態を、そのまま表しているとは限りません。対比です。工務店が、1通ずつ手書きして渡す領収証は、入りません。店のレジが、全部の取引を、同じ形式で打ち出して、控えを残す記録は、入る方向です。業務で作っただけでは、足りません。継続的な、まとまった記録になっているか。ここを見ます。短答では、領収証は原則として入らない、と押さえてください。

該当性は書面だけで決めない

323条各号の書面に当たるかは、書面そのものだけでなく、作成者の公判廷での供述などで、特に信用すべき情況の下に作成されたことが明らかになったかどうかも考慮してよい、と解される

もう1つだけ、判断の資料の話です。最高裁は、2号に当たるかどうかを、書面そのものだけでなく、作成した人の法廷での証言なども資料にして判断してよい、としました。この考え方は、323条の各号に広く使えると解されています。作成者が法廷で話した内容などから、特に信用すべき情況で作られたことが明らかになれば、それも考慮に入れます。作られ方は、書面の中より、作った人の話で、よく分かるからです。

答案での順序と、短答の落とし穴

判断の順序の保存版。書面の種類を確認、1号は公務員の職責上の証明か、2号は業務の通常の過程で継続的に作られたか、3号は1号2号に準ずるか。観点は定型的類型的か、個別具体的か。どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る 図:判断の順序の保存版

  • 書面の種類を確認、1号は公務員の職責上の証明か、2号は業務の通常の過程で継続的に作られたか、3号は1号2号に準ずるか
  • 観点は定型的類型的か、個別具体的か
  • どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る

まとめます。答案では、まず、書面の種類を確かめます。捜査機関の見分の書面は3項、鑑定書は4項でした。そのうえで、日誌や帳簿や証明文書のように、作られ方で信用性が決まる書面を、323条で見ます。書いた人が被告人でも、ここは同じです。1号は、公務員の職責上の証明か。2号は、業務の通常の過程で、継続的に作られたか。3号は、1号2号に準ずるか。

判断の順序の後半。どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る。短答の落とし穴として、323条が与えるのは証拠能力だけで証明力は別に評価する 図:判断の順序の後半

  • どれにも当たらなければ321条1項3号、被告人の供述なら322条へ戻る
  • 短答の落とし穴として、323条が与えるのは証拠能力だけで証明力は別に評価する

どれにも当たらなければ、321条1項3号に戻ります。被告人の供述なら、322条です。短答の落とし穴を、○×で言います。323条の書面は、要件なしで入るから、書いてあることも、そのまま事実と認定される。×です。323条が与えるのは、証拠能力だけです。捜査報告書は、公務員が作るので、1号に当たる。×です。職責上の証明ではなく、事件の立証のために作られます。領収証や契約書は、業務で作るので、2号に当たる。×です。診断書も、2号ではありません。カルテと、帳簿は、○です。3号は、特に信用できる書面なら、何でも入る。×です。1号と2号に準ずる、高度の信用性が必要です。所感の混ざった日記は、323条に乗らず、321条1項3号です。

次は、法廷で証人が、あの人がこう言っていた、と話す、又聞きの証言です。324条と、伝聞が二重になる、再伝聞を見ます。

ページ上部へ ↑

#123単独ページ動画

伝聞供述と再伝聞

第5章 証拠法 ⑭/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

法廷で証人が、被害者が、犯人は赤い服だったと言っていました、と話す場面。証人は法廷にいて問い詰められるが、赤い服だったかどうかは確かめられない。この証言は証拠になるのか、という問い 図:法廷で証人が、被害者が、犯人は赤い服だったと言っていました、と話す場面

  • 証人は法廷にいて問い詰められるが、赤い服だったかどうかは確かめられない
  • この証言は証拠になるのか、という問い

なる場合と、ならない場合があります。そして、その分かれ目は、とても単純な1点です。話した元の人が、被告人なのか、被告人以外なのか、です。前回までは、書面の例外を見てきました。今日は、法廷で口で語られる、又聞きの証言です。この1本の軸で、その扱いを決めます。さらに、同じ軸を伸ばして、伝聞が二重になる再伝聞まで、一続きに解きます。

又聞きの証言:法廷にいる人と、いない人

関係図。法廷にいない原供述者が、法廷の外で、又聞きの証人に話した。又聞きの証人は法廷で、その話を裁判所に語る。法廷で確かめられるのは、何を聞いたかまで。見間違いや記憶違いは、封をされた箱のまま届く 図:関係図

  • 法廷にいない原供述者が、法廷の外で、又聞きの証人に話した
  • 又聞きの証人は法廷で、その話を裁判所に語る
  • 法廷で確かめられるのは、何を聞いたかまで
  • 見間違いや記憶違いは、封をされた箱のまま届く

又聞きの証言には、2人の人が登場します。1人目は、法廷で証言台に立つ、又聞きの証人です。2人目は、その証人が、法廷の外で話を聞いた相手、元の人です。これを、原供述者と呼びます。この人は、法廷にいません。例えで考えます。伝言ゲームの、2番目の走者に、今の話は本当ですか、と問い詰めたとします。2番目の走者に確かめられるのは、1番目の走者から何と聞いたか、までです。1番目の走者が、見間違えていたのか、覚え違いをしていたのかは、2番目の走者には分かりません。前に見た言葉で言うと、元の人の、知覚、記憶、表現、叙述という関所は、封をされた箱のまま、証人の手元に届きます。証人を、どれだけ問い詰めても、箱の中は開きません。条文で言うと、320条1項の後段です。法廷の外での、他の人の供述を内容とする供述は、原則として、証拠にできません。前に見たとおり、他人の話を内容とする供述なので、伝聞供述と呼びます。又聞きの証言は、この伝聞供述です。

話した事実そのものを証明したいだけの場合は、どうなりますか。それは、前に見た、非伝聞の話です。要証事実が、話した内容の真実性ではなく、話したこと自体なら、そもそも伝聞ではありません。今日扱うのは、話の中身が本当かどうか、を証明するために使う場合です。ただし、原則排除というだけで、道が閉じているわけではありません。結論を先に言います。又聞きの証言は、書面で出す場合と同じ要件を満たせば、例外として入ります。ここで、軸が出てきます。どの書面の要件を借りるかは、元の人が誰かで決まります。

324条の条文と、借りる条文の振り分け

324条の骨組み。1項は、被告人以外の者の供述で被告人の供述を内容とするものは、322条を準用する。2項は、被告人以外の者の供述で被告人以外の者の供述を内容とするものは、321条1項3号を準用する。元の人が被告人なら322条、被告人以外なら321条1項3号 図:324条の骨組み

  • 1項は、被告人以外の者の供述で被告人の供述を内容とするものは、322条を準用する
  • 2項は、被告人以外の者の供述で被告人以外の者の供述を内容とするものは、321条1項3号を準用する
  • 元の人が被告人なら322条、被告人以外なら321条1項3号

条文を、全文で出します。324条です。

条文刑事訴訟法第324条

刑事訴訟法第324条 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人の供述をその内容とするものについては、第三百二十二条の規定を準用する。 2 被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第三百二十一条第一項第三号の規定を準用する。

準用する、というのは、その条文の要件を、そのまま借りる、という意味です。1項は、元の人が被告人の場合です。借りる条文は322条です。2項は、元の人が被告人以外の場合です。借りる条文は、321条1項3号です。短答では、1項が321条1項3号を準用する、と入れ替えた選択肢が、定番で出ます。元の人は誰か、で毎回確かめてください。

324条の準用先の比較表。元の人が被告人なら1項で322条1項を借り、不利益な事実の承認なら任意性に疑いがないこと、それ以外は特に信用すべき情況。元の人が被告人以外なら2項で321条1項3号を借り、供述不能、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと、特に信用すべき情況の3つ全部 図:324条の準用先の比較表

  • 元の人が被告人なら1項で322条1項を借り、不利益な事実の承認なら任意性に疑いがないこと、それ以外は特に信用すべき情況
  • 元の人が被告人以外なら2項で321条1項3号を借り、供述不能、犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと、特に信用すべき情況の3つ全部

借りた先の中身も、呼び戻します。322条1項は、被告人の供述が、不利益な事実の承認なら、任意性に疑いがないこと。それ以外の内容なら、特に信用すべき情況の下でされたこと、でした。321条1項3号は、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の、3つ全部でした。では、確認です。321条1項3号が求める3つの要件は、何でしたか?供述が法廷でできないこと、つまり供述不能。犯罪事実の存否の証明に欠くことができないこと。そして、特に信用すべき情況の下で、された供述であること、の3つです。今日は、これを、又聞きの証言に当てはめます。

設例で当てはめる

設例アとイの関係図。設例アは、同僚が法廷で、被告人があのお金は俺が持ち出したと言っていた、と証言する。元の人は被告人なので324条1項で322条1項へ。設例イは、重傷を負った被害者が近所の人に犯人の特徴を話し、その後死亡し、近所の人が法廷で証言する。元の人は被害者で324条2項、321条1項3号へ 図:設例アとイの関係図

  • 設例アは、同僚が法廷で、被告人があのお金は俺が持ち出したと言っていた、と証言する
  • 元の人は被告人なので324条1項で322条1項へ
  • 設例イは、重傷を負った被害者が近所の人に犯人の特徴を話し、その後死亡し、近所の人が法廷で証言する
  • 元の人は被害者で324条2項、321条1項3号へ

設例アです。会社の同僚が、法廷で証言します。被告人が、あのお金は俺が持ち出した、と言っていた、という証言です。元の人は、被告人です。だから、324条1項で、322条1項を借ります。被告人の言葉は、自分に不利益な事実の承認です。ですから、任意性に疑いがなければ、証拠にできます。322条の趣旨と同じです。被告人は、自分の言葉について、自分で否定も弁明もできますからね。設例イです。重傷を負った被害者が、搬送される前に、近所の人に、犯人の特徴を話しました。被害者は、その後、亡くなりました。この近所の人が、法廷で、聞いたことを証言します。元の人は、被害者です。被告人以外の人です。だから、324条2項で、321条1項3号を借ります。供述不能は、被害者が亡くなっているので、満たします。不可欠性は、犯人を見た人が他にいなければ、満たします。特に信用すべき情況は、被害者が話した状況を、個別に見て決めます。3つとも満たせば、近所の人の証言は、証拠になります。

署名や押印は、要りません。324条が借りるのは、書面そのものではなく、要件です。法廷で語る証人は、自分の言葉で話すので、書面を作る人が、いません。署名や押印をする場面が、そもそも存在しないのです。趣旨は、こう説明されます。書面で出しても、口で出しても、同じ内容には、同じ要件を求める。書面なら通らない話を、証人の口から出すことで、通してしまう抜け道を、塞ぐのです。

証人尋問の最中に又聞きが出たら

異議の流れ。証人尋問中に又聞きが出たら、相手方がすぐに異議を述べる。尋問する側が324条の要件を満たすと主張する。裁判所が判断する。満たさなければ、裁判所が排除する決定をする 図:異議の流れ

  • 証人尋問中に又聞きが出たら、相手方がすぐに異議を述べる
  • 尋問する側が324条の要件を満たすと主張する
  • 裁判所が判断する
  • 満たさなければ、裁判所が排除する決定をする

法廷の外の話を語り始めたら、相手方は、すぐに、異議を述べます。根拠は、309条1項です。

条文刑事訴訟法第309条第1項

刑事訴訟法第309条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

異議が出たら、尋問をする側が、324条の要件を満たす、と主張します。裁判所は、その主張を判断します。要件を満たさないと判断すれば、その供述を排除します。刑事訴訟規則でも、裁判所が、排除する決定をしなければならない、とされています。異議が出なかった事案で、証拠能力を認めた判例はあります。ただ、判例は、異議が出ていない点にも触れたうえで、元の人が記憶をすっかり失い、行方も分からない、という事情を挙げて、324条2項と321条1項3号の趣旨に則って、認めました。異議が無いことだけが理由ではありません。その後、最高裁は、異議の申立てが無いまま、その証人の尋問が終わったときは、特段の事情がない限り、黙示の同意があったものとして、証拠能力を認める、と述べました。こちらは、326条の同意の話です。

被告人が法廷で他人の話を語るとき

被告人が法廷で語る場合の振り分け表。324条は、被告人以外の者の公判供述だけを対象にしており、被告人自身が語る場合は明文なし。多数説は、被告人に不利益な供述なら322条1項を準用し、反対尋問権を放棄したと解する。不利益でない供述なら321条1項3号を準用し、検察官の反対尋問権を確保する 図:被告人が法廷で語る場合の振り分け表

  • 324条は、被告人以外の者の公判供述だけを対象にしており、被告人自身が語る場合は明文なし
  • 多数説は、被告人に不利益な供述なら322条1項を準用し、反対尋問権を放棄したと解する
  • 不利益でない供述なら321条1項3号を準用し、検察官の反対尋問権を確保する

324条の主語を、もう一度見てください。被告人以外の者の、公判準備又は公判期日における供述、でした。明文は、ありません。324条は、被告人以外の者の供述だけを対象にしているからです。そこで、多数説は、供述の中身で、2つに分けます。1つ目は、被告人に不利益な供述です。例えば、被告人が、共犯者が、見張りを頼む、と頼んできた、と法廷で語る場合です。元の話は共犯者のものですが、それを法廷に持ち出したのは、被告人自身です。共犯者を問い詰める権利は、もともと被告人のものなので、自分から持ち出した以上、その権利は放棄したと解します。すると残るのは、被告人が、自分に不利益な事実を認めた話と同じ形です。だから、322条1項を準用して、任意性に疑いがなければ足ります。2つ目は、不利益ではない供述です。例えば、被告人が、知人が、あの晩は自分があの家にいた、と話していた、と法廷で語る場合です。これは、被告人に有利な話です。

有利な話でも、無条件で認めると、困ります。被告人が、知人から聞いた、と言い張れば、検察官は、確かめる手段がありません。言いっぱなしで、逃げられてしまいます。そこで、321条1項3号を準用します。3号は、元の人を法廷で問い詰められない話を、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の3つがそろうときだけ通す条文でした。知人を法廷に呼べるなら、検察官は知人本人を問い詰めればよいので、供述不能を満たさず、又聞きのままでは通りません。これが、検察官の反対尋問権を確保する、という意味です。

⭐ 論文で書く規範:被告人が法廷で他人の話を語るとき(多数説) 被告人の公判供述に他人の供述が含まれる場合は | 明文なし。多数説は、不利益なら322条1項、不利益でなければ321条1項3号を準用 | 反対尋問権の放棄、または検察官の反対尋問権の確保から (規範(多数説・通説型)——判例の規範ではない・条文の要件でもない。共同被告人の公判供述は別の回)

共同被告人が公判廷でした供述は、別の回で扱います。今日は、被告人が自分で語る場合までです。

再伝聞:伝聞の中の伝聞

再伝聞の鎖。設例ウ。被告人が知人に、俺がやった、と話す。知人は検察官に、被告人がそう話していた、と供述し、検察官が調書にする。中の箱は被告人から知人への話、外の箱は知人から検察官への供述録取。法廷の外の話が2段重なる。関所が二重になる 図:再伝聞の鎖

  • 設例ウ
  • 被告人が知人に、俺がやった、と話す
  • 知人は検察官に、被告人がそう話していた、と供述し、検察官が調書にする
  • 中の箱は被告人から知人への話、外の箱は知人から検察官への供述録取
  • 法廷の外の話が2段重なる
  • 関所が二重になる

ここから、山場です。再伝聞です。設例ウです。被告人が、知人に、俺がやった、と打ち明けました。その知人が、検察官に、被告人からこう聞いた、と話し、検察官が、それを調書にしました。検察官が、この調書を、証拠として請求します。この調書の中には、箱が2つあります。外側の箱は、知人が検察官に話した、供述録取書です。中の箱は、被告人が知人に話した、打ち明け話です。関所が、二重にある。これが、再伝聞です。判例が、答えを出しています。放火未遂の事件の判決です。

判例の要点。放火未遂の事件。調書の中に被告人の供述が含まれていた。判旨は、321条1項2号と324条により証拠能力を認めたのは正当、と判断。理由は、原供述者が被告人なので、反対尋問をすべき被告人に、自分への反対尋問権はなく、任意の供述で否定も弁明もできるから、この点で憲法37条2項の権利が侵害されることはない、と判断。最判昭32・1・22 図:判例の要点

  • 放火未遂の事件
  • 調書の中に被告人の供述が含まれていた
  • 判旨は、321条1項2号と324条により証拠能力を認めたのは正当、と判断
  • 理由は、原供述者が被告人なので、反対尋問をすべき被告人に、自分への反対尋問権はなく、任意の供述で否定も弁明もできるから、この点で憲法37条2項の権利が侵害されることはない、と判断
  • 最判昭32・1・22

判決は、まず、結論を言いました。321条1項2号と324条によって、その調書の、問題の部分に証拠能力を認めたのは、正当だ、としたのです。次に、理由です。ここは、判決が実際に言った言葉に沿って話します。元の人は、被告人です。憲法37条2項の反対尋問権は、被告人に、与えられた権利です。その被告人は、元の人である自分自身に、反対尋問する権利を持ちません。そして、被告人は、欲すれば、任意の供述で、自分がしたとされる供述を、否定も弁明もできます。判決は、これを、自らを反対尋問するのと、同じ効果がある、と言いました。だから、この点で、憲法37条2項の権利が侵害されることはない、と判断しました。

322条の趣旨が、ここに戻ってきます。ただし、これは、元の人が被告人だった場合の理由です。次に、判決が言っていないことを、はっきり分けて話します。元の人が被告人以外でも、再伝聞は認められるのですか。そこが、論点になります。ここから先は、判決の言葉ではなく、学説の説明です。

学説の説明。320条は、例外に当たれば、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にできると定めている。だから、外側の箱が2号の要件を満たせば、公判供述と同視できる。すると、中の被告人の話は、公判供述の中の伝聞供述として、324条で処理できる。これは学説の説明であり、判決文の言葉ではない 図:学説の説明

  • 320条は、例外に当たれば、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にできると定めている
  • だから、外側の箱が2号の要件を満たせば、公判供述と同視できる
  • すると、中の被告人の話は、公判供述の中の伝聞供述として、324条で処理できる
  • これは学説の説明であり、判決文の言葉ではない

320条1項の作りを、思い出してください。伝聞の例外に当たれば、公判期日における供述に代えて、書面を証拠にできる、という作りです。そこで、外側の箱の調書が、321条1項2号の要件を満たすとします。すると、その調書は、公判期日における供述に代えて、証拠にできます。つまり、調書の中の話は、公判で語られた供述と、同じように扱えます。公判で語られた供述の中に、他人の話が入っているなら、それは、又聞きの証言と同じ形です。だから、中の箱は、324条で処理できる。そう説明されます。同じ理屈を使えば、箱が3つ続く再々伝聞でも、各過程が、それぞれの例外の要件を満たせば、証拠能力が認められます。

⭐ 論文で書く規範:再伝聞は、過程ごとに例外の要件を当てる 再伝聞は | 各伝聞過程が、それぞれ伝聞例外の要件を満たすときは、証拠能力が認められる | 外側の箱と中の箱を分け、箱ごとに、元の人に応じた条文を割り付ける (判例の理解——判決の結論を一般化した理解・条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

暗記は、1文です。再伝聞は、各伝聞過程ごとに、それぞれの例外の要件を当てる。箱を1つずつ、順に、それぞれの例外の要件で通していくので、これを鎖の論理と呼びます。判例の結論を一般化した考え方です。判例が、2号と324条を重ねて使ったのも、この形です。設例ウに当てはめます。外側の箱は、知人が検察官に話した調書なので、321条1項2号です。2号は、前に見たとおり、知人が法廷で話せないか、法廷で前と違う話をして、前の話の方が信用できる情況があるとき、でした。中の箱は、被告人の話なので、324条1項で、322条1項を借ります。不利益な事実の承認ですから、任意性に疑いがなければ足ります。2つの条文が、それぞれ必要です。

再伝聞への批判と、実務の扱い

再伝聞への批判と実務。批判は、元の人に署名押印がなく、調書が元の話を正確に写したか分からず、録取過程の正確さが担保されない点。実務は、元の人に内容を確認する肯定確認をするか、聞き手に反対尋問して元の話の存在を確かめる。再伝聞は、ほかに立証の手段が乏しいときに限って使う。学説は、肯定説、否定説、肯定確認限定説 図:再伝聞への批判と実務

  • 批判は、元の人に署名押印がなく、調書が元の話を正確に写したか分からず、録取過程の正確さが担保されない点
  • 実務は、元の人に内容を確認する肯定確認をするか、聞き手に反対尋問して元の話の存在を確かめる
  • 再伝聞は、ほかに立証の手段が乏しいときに限って使う
  • 学説は、肯定説、否定説、肯定確認限定説

その鎖の論理に、弱いところはないのですか。あります。批判の中心は、署名や押印です。外側の箱の調書には、聞き手の署名か押印があります。でも、元の人は、その調書に、署名も押印もしていません。元の話が、正確に写し取られたかは、保障されていません。そこで、実務は、2つの手当てをします。1つは、元の人に、その内容で間違いないか、確認することです。肯定確認です。もう1つは、聞き手の人に反対尋問をして、元の話があったことを確かめます。そのうえで、再伝聞は、ほかに立証の手段が乏しいときに限って、使います。何でも、再伝聞で立証する、というやり方は、しません。学説は、3つに分かれます。各過程が例外に当たれば認める、肯定説。324条を類推することを否定する、否定説。肯定確認がある場合に限る、肯定確認限定説、です。名前だけ押さえておいてください。答案は、この鎖の論理で書きます。320条の作りから、そう説明できるからです。

設例エ:元の人が被告人以外の再伝聞

再伝聞の2つの型の並べた比較。1項型は、元の人が被告人。外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条1項で322条1項。設例エの2項型は、元の人が被害者。外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条2項で321条1項3号の、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の3つ。2つの条文が別々に要る 図:再伝聞の2つの型の並べた比較

  • 1項型は、元の人が被告人
  • 外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条1項で322条1項
  • 設例エの2項型は、元の人が被害者
  • 外側の箱は321条1項2号、中の箱は324条2項で321条1項3号の、供述不能、不可欠性、特に信用すべき情況の3つ
  • 2つの条文が別々に要る

設例エです。元の人が、被告人以外の場合です。目撃者が、検察官に、被害者から、犯人は赤い服だった、と聞いた、と供述しました。検察官が、それを調書にして、証拠として請求します。外側の箱は、目撃者が検察官に話した調書です。321条1項2号です。中の箱は、被害者の話です。被害者は被告人以外ですから、324条2項で、321条1項3号を借ります。中の箱では、被害者が供述できないこと、被害者の話が不可欠なこと、話した情況が特に信用できること、の3つが要ります。例えば、被害者がすでに亡くなっていれば、供述不能を満たします。判決自身が判断したのは、元の人が被告人の型です。設例エは、同じ鎖の論理を、元の人が被告人以外の型に伸ばした結論です。逆に、被害者が元気で、法廷に呼んで話を聞けるとします。中の箱は、供述不能を満たしません。外側の箱が2号を通っていても、赤い服の部分は、証拠にできません。片方の箱を通っても、もう片方の箱を通ったことには、ならないのです。手順は、同じです。箱を分ける。箱ごとに、元の人は誰かを見る。元の人に応じた条文を、それぞれ当てる。

写しの証拠能力

写しの証拠能力。書証は原本が原則。一般には3要件。1、原本が存在し、または存在した。2、写しが原本を正確に転写している。3、原本の提出が不可能または困難。コピー機などの機械的複写は、正確性が高度に担保されるので3を緩めてよい。東京高裁は、テレビ放送を録画したビデオテープについて、3を要件とせず、原本の存在、忠実な再現、写しで再現できない性状が立証事項でないことで証拠能力を認めた。東京高判昭58・7・13 図:写しの証拠能力

  • 書証は原本が原則
  • 一般には3要件
  • 1、原本が存在し、または存在した
  • 2、写しが原本を正確に転写している
  • 3、原本の提出が不可能または困難
  • コピー機などの機械的複写は、正確性が高度に担保されるので3を緩めてよい
  • 東京高裁は、テレビ放送を録画したビデオテープについて、3を要件とせず、原本の存在、忠実な再現、写しで再現できない性状が立証事項でないことで証拠能力を認めた
  • 東京高判昭58・7・13

最後に、少し角度を変えます。書面の写しです。310条の但書を見てください。

条文刑事訴訟法第310条

刑事訴訟法第310条 証拠調を終つた証拠書類又は証拠物は、遅滞なくこれを裁判所に提出しなければならない。但し、裁判所の許可を得たときは、原本に代え、その謄本を提出することができる。

条文は、証拠書類は、原本で提出するのが前提です。謄本で代えるには、裁判所の許可が要ります。ここから、書証は、原本が原則、と考えます。例えば、借用書の原本が、火事で焼けて、コピーだけが残っているとします。一般には、3つの要件で、写しにも、証拠能力を認めます。1つ目、原本が存在した。2つ目、写しが、原本を正確に写している。3つ目、原本を提出することが、不可能か、困難である。借用書の例は、3つとも満たします。ただし、コピー機のような、機械的な複写は、正確性が高度に担保されています。だから、3つ目を、緩めてよいとされます。東京高裁の裁判例は、さらに進みました。テレビのニュースを録画した、ビデオテープなどについて、原本の存在、忠実な再現、そして、写しでは再現できない性状、例えば材質や凹凸が、立証事項でないことを理由に、証拠能力を認めました。3つ目の、提出が不可能か困難、という点は、写しを許す基準に数える必要はない、としました。なぜ3つ目を外せるのか。写しで本当に問題になるのは、写しが原本の中身を正確に伝えているか、です。例えば、ニュースに映った街頭の場面を録画したテープなら、映像も音声も、そのまま再現されています。材質や凹凸のように、写しでは伝わらない性質を証明したいのでもありません。それなら、原本を出せるかどうかは、写しの正確さとは関係がありません。判決は、原本を出せるかどうかは、最良証拠の法則、つまり写しを出す必要があるかの問題だ、と位置づけました。

短答では、一般には3要件、機械的複写は緩和、と覚えてください。謄本や抄本は、原本と相違ないことを、公的に認証した写しです。単なる写しは、その認証がありません。違いは、認証の有無、と押さえてください。前に見た、戸籍謄本や住民票の写しは、公務員が証明のために作る書面そのもので、323条で入ります。ここでの写しは、原本の代わりに出す写しの話で、別物です。注意点が、2つあります。まず、当事者が同意すれば、写しも使えます。同意の中身は、別の回に回します。もう1つ、写しの話と、伝聞の話は、別です。写しの要件を満たしても、原本が、そもそも証拠として許されるか、を別に見ます。

任意性の調査:325条

325条の骨組み。321条から前条までで証拠にできる書面や供述でも、あらかじめ、その供述が任意にされたかを調査した後でなければ証拠にできない。決定は、調査は証拠調べの前でなくてよく、証拠調べ後に証明力を評価するときでもよい。同意書面には不要。出番は多くない 図:325条の骨組み

  • 321条から前条までで証拠にできる書面や供述でも、あらかじめ、その供述が任意にされたかを調査した後でなければ証拠にできない
  • 決定は、調査は証拠調べの前でなくてよく、証拠調べ後に証明力を評価するときでもよい
  • 同意書面には不要
  • 出番は多くない

最後に、325条です。全文で出します。

条文刑事訴訟法第325条

刑事訴訟法第325条 裁判所は、第三百二十一条から前条までの規定により証拠とすることができる書面又は供述であつても、あらかじめ、その書面に記載された供述又は公判準備若しくは公判期日における供述の内容となつた他の者の供述が任意にされたものかどうかを調査した後でなければ、これを証拠とすることができない。

321条から324条までの要件を満たして、証拠能力が認められる書面や供述でも、さらに、その供述が任意にされたかを、調査しなければなりません。決定は、こう説明しました。任意性の程度が低く、証明力が乏しい書面や供述、あるいは、任意性がなく、証拠能力も証明力も欠く書面や供述を、取り調べて、不当な心証を作ってしまうことを、できる限り防ぐためだ、としています。時期は、2つ押さえます。決定は、任意性の調査は、必ずしも、証拠調べの前でなくてよい、としました。証拠調べをしたあと、その証明力を評価するときに、調査しても差し支えない、というのです。もう1つ。被告人が、書面を証拠とすることに同意した場合には、325条の調査は要りません。判決が、そう言っています。同意の中身は、次の回で見ます。

伝聞の例外は、信用性の情況的保障を前提にしています。任意性がない供述が、例外の要件を通る場面は、考えにくいのです。325条が、前面に出る場面は多くありません。

今日の地図(保存版)

答案の順序の保存版。又聞きが出たら、元の人は誰か。被告人なら324条1項で322条、被告人以外なら324条2項で321条1項3号。再伝聞なら箱を分けて、箱ごとに条文を当てる。最後に325条の任意性の調査。調査は証明力の評価の前まででよく、同意書面には不要 図:答案の順序の保存版

  • 又聞きが出たら、元の人は誰か
  • 被告人なら324条1項で322条、被告人以外なら324条2項で321条1項3号
  • 再伝聞なら箱を分けて、箱ごとに条文を当てる
  • 最後に325条の任意性の調査
  • 調査は証明力の評価の前まででよく、同意書面には不要

まとめます。答案の順序です。又聞きが出たら、まず、元の人は誰か、を確かめます。被告人なら、324条1項で322条。被告人以外なら、324条2項で321条1項3号です。伝聞が二重なら、箱を分けます。箱ごとに、元の人に応じた条文を当てます。最後に、325条の、任意性の調査を、忘れないでください。

短答の落とし穴。324条1項は322条、2項は321条1項3号。署名押印は要らない。被告人の公判供述に324条は直接及ばない。再伝聞は判例上、各過程が例外を満たせば認められる。325条の調査は証拠調べの前でなくてよく、同意書面には不要。写しは3要件が一般 図:短答の落とし穴

  • 324条1項は322条、2項は321条1項3号
  • 署名押印は要らない
  • 被告人の公判供述に324条は直接及ばない
  • 再伝聞は判例上、各過程が例外を満たせば認められる
  • 325条の調査は証拠調べの前でなくてよく、同意書面には不要
  • 写しは3要件が一般

短答の落とし穴を、○×で言います。324条1項は、321条1項3号を準用する。×です。322条を準用します。又聞きの証言を324条で通すには、署名と押印が必要。×です。要りません。被告人が、法廷で語った他人の話にも、324条が直接及ぶ。×です。明文はなく、多数説が、供述の中身で分けます。再伝聞は、判例上、一律に証拠能力がない。×です。各過程が、それぞれ例外の要件を満たせば、認められます。325条の調査は、必ず証拠調べの前に要る。×です。証明力の評価のときでもよい。同意書面には、325条の調査は、要りません。写しは、常に証拠能力がない。×です。一般には3要件、機械的複写は緩和されます。

冒頭の問いの答えは、こうですね。被害者が、犯人は赤い服だったと言っていた、という証言は、元の人が被害者で、被告人以外です。だから、324条2項で、321条1項3号の3つの要件を満たせば、証拠になる。次は、伝聞例外の要件を当てはめる前に、当事者が証拠にすることに同意すれば、書面がそのまま証拠になる道です。326条の同意と、327条の合意書面を見ます。

ページ上部へ ↑

#124単独ページ動画

同意と合意書面

第5章 証拠法 ⑮/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

弁護人が検察官請求の目撃者の調書に同意と述べ、調書が採用される。その後、弁護人がその目撃者を証人として呼びたくなる。呼べるのかという問い。同意を、反対尋問を諦めることと見るか、書面に証拠になる資格を与えることと見るかで、答えが正反対に分かれる 図:弁護人が検察官請求の目撃者の調書に同意と述べ、調書が採用される

  • その後、弁護人がその目撃者を証人として呼びたくなる
  • 呼べるのかという問い
  • 同意を、反対尋問を諦めることと見るか、書面に証拠になる資格を与えることと見るかで、答えが正反対に分かれる

前回の終わりに、伝聞例外の要件を当てはめる前に、当事者が証拠にすることに同意すれば、書面がそのまま証拠になる道がある、とお伝えしました。今日は、その道を見ます。弁護人が、検察官の請求した目撃者の調書に、同意します、と言いました。調書は採用されました。ところが、審理が進むと、弁護人は、やはりその目撃者を、証人として呼んで問いただしたくなりました。呼べるのでしょうか。呼べます。ただ、この答えは、同意を何を手放す行為と見るかで、正反対に分かれます。反対尋問を諦める行為と見るなら、もう呼べません。書面に、証拠になる資格を与える行為と見るなら、呼べます。今日は、この、同意とは何を手放す行為か、という1本の軸で解きます。同意のあとの証人尋問、同意しても落ちる書面、弁護人の同意と被告人の意思、同意の撤回まで、すべて、この軸から一続きに決まります。さらに、被告人が出頭しないときの擬制同意と、同意とは別の道である、327条の合意書面も見ます。

同意は、要件の検討を飛ばす道

同意の入口の流れ。検察官が書証を請求し、裁判所が相手方の意見を聞く。同意なら相当性を見て採用。不同意なら、請求を撤回して原供述者を証人に呼ぶか、321条以下の要件を主張して請求を維持するか。同意の道は、要件の検討を飛ばして採用に進む 図:同意の入口の流れ

  • 検察官が書証を請求し、裁判所が相手方の意見を聞く
  • 同意なら相当性を見て採用
  • 不同意なら、請求を撤回して原供述者を証人に呼ぶか、321条以下の要件を主張して請求を維持するか
  • 同意の道は、要件の検討を飛ばして採用に進む

まず、地図の上の位置です。検察官が、書証を請求します。裁判所は、相手方に、その書証への意見を聞きます。前に見た、証拠意見です。相手方が同意なら、321条から325条までの要件を、1つずつ当てはめる検討を、飛ばして採用できます。不同意のときだけ、前に見た2つの道に進みます。検察官が請求を撤回して、原供述者を証人として呼ぶか。321条以下の要件を主張して、請求を維持するか、でした。この5回は、要件の検討ばかりでしたが、実際の法廷でも、毎回それをやるのですか。違います。争いのない事実は、同意で処理されるのが、実務の大勢です。要件の検討は、争いのある書証のための道。同意は、争いのない書証のための、近道です。言葉の呼び分けも、思い出してください。書証には、同意か不同意かを言います。証拠物や証人尋問の請求には、異議がある、異議がない、と言います。326条が扱うのは書面と供述なので、同意の方です。暗記は1文です。同意があれば、要件の検討は要らない。不同意になって初めて、321条以下を見る。

326条1項の全文と4つの要素

326条1項の骨組み。検察官及び被告人が同意した書面又は供述は、作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、321条乃至前条にかかわらず、証拠にできる。主体、対象、相当性、効果の4つに分ける 図:326条1項の骨組み

  • 検察官及び被告人が同意した書面又は供述は、作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、321条乃至前条にかかわらず、証拠にできる
  • 主体、対象、相当性、効果の4つに分ける

条文を、全文で出します。326条です。1項と2項があります。2項は、あとで見ます。

条文刑事訴訟法第326条

刑事訴訟法第326条 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。 2 被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、前項の同意があつたものとみなす。但し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない。

1項を、4つの要素に分けて読みます。1つ目は、主体です。検察官及び被告人。両方の同意、という並べ方です。ただ、自分で請求した側は、証拠にしたいのですから、実際に問題になるのは、請求されなかった側の意思です。検察官が請求した書証なら、被告人側の同意です。2つ目は、対象です。書面又は供述。調書のような書面だけでなく、証人尋問の中で出てきた、又聞きの供述にも及びます。3つ目は、相当性です。その書面が作られたとき、あるいは供述がされたときの情況を考慮して、相当と認められること。言い換えると、同意があっても、作られ方に問題のある書面まで、通すわけではありません。4つ目は、効果です。321条から前条まで、つまり325条までの規定にかかわらず、証拠にできます。被告人自身の書面を扱う322条も、その例外の1つに含まれます。前回見たとおり、同意のある書面には、325条の任意性の調査も、手続としては要りません。

⭐ 論文で書く規範:326条1項の4つの要素 検察官及び被告人の同意、書面又は供述、相当と認めるとき | 321条から前条までにかかわらず、証拠にできる (成立要件(326条1項・条文どおり)——逐語で暗記するものではない。条文を読めば出てくる)

覚えるというより、条文を音読して、4つに切れれば足ります。この回で、頭を使って覚えるのは、同意の中身をどう理解するか、の方です。

供述への同意:異議を述べなかったとき

証人尋問の最中に伝聞供述や再伝聞供述が出たが、相手方が異議を述べないまま尋問が終了した。直ちに異議を申し立てられないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があったとして証拠能力を認める

同意は、口で、同意します、と言う場合だけではありません。前回、証人尋問の最中に又聞きが出たら、相手方はすぐ異議を述べる、と見ました。では、異議を述べないまま、その証人の尋問が終わったら、どうなるでしょうか。判例は、その沈黙を、黙示の同意として扱いました。伝聞供述や、再伝聞の供述について、異議の申立てがされないまま、その証人への尋問が終わった場合です。判決の言葉で、読みます。

判例最決昭59・2・29 刑集38巻3号479頁

異議なく尋問が終了した場合の判旨 いわゆる伝聞ないし再伝聞証言について、異議の申立てがされることなく当該証人に対する尋問が終了した場合には、直ちに異議の申立てができないなどの特段の事情がない限り、黙示の同意があつたものとしてその証拠能力を認めるのが相当である

原則は、黙示の同意があった、です。例外は、特段の事情です。例えば、直ちに異議を申し立てることができなかった事情があれば、同意とは見ません。原則の方を、場面で見ます。目撃者が、友人から、犯人は赤い服だったと聞きました、と証言しました。弁護人は何も言わず、そのまま、その証人の尋問が終わりました。これが、黙示の同意の場面です。決め手を、一言で言います。異議を述べる機会は、尋問の間ずっとあったのに、述べなかった。その沈黙を、同意として扱っても、相手方に不意打ちにはならないからです。短答では、異議なしで終了なら、特段の事情がない限り、黙示の同意。この形で覚えてください。

前回の判例との関係です。前回の判例は、異議が無いことに加えて、元の人が記憶を失い、行方も分からない、という事情を挙げて、324条の趣旨から認めたものでした。今日の判例は、同じ最高裁が、そのあとで、異議なく尋問が終わったこと自体を、同意として扱う、と述べたものです。答案では、まず黙示の同意があるかを見て、特段の事情があれば、324条の要件に戻ります。324条は、法廷の証言に又聞きが混じったとき、元の話し手が被告人なら322条の要件を、ほかの人なら321条1項3号の要件を借りて、証拠にできるかを決める条文でした。順序がこうなるのは、今日の最初に見たとおり、同意は、要件の検討を飛ばす道だからです。黙示の同意も、同意です。それが認められれば、324条の要件を、当てはめる必要がありません。

同意の法的性質:何を手放す行為か

同意の2つの考え方と、有力な第3の考え方を比べる表。放棄説は、同意を原供述者への反対尋問権の放棄とみる。付与説は、同意を書面に証拠能力を付与する訴訟行為とみる。伝聞性解除説は、同意は伝聞性を解除するだけと考える。決め手は、被告人自身の書面(322条)も同意の対象になること 図:同意の2つの考え方と、有力な第3の考え方を比べる表

  • 放棄説は、同意を原供述者への反対尋問権の放棄とみる
  • 付与説は、同意を書面に証拠能力を付与する訴訟行為とみる
  • 伝聞性解除説は、同意は伝聞性を解除するだけと考える
  • 決め手は、被告人自身の書面(322条)も同意の対象になること

ここから、今日の軸です。同意とは、何を手放す行為なのか。考え方は、大きく2つあります。1つ目は、反対尋問権の放棄説です。同意とは、原供述者に反対尋問をする権利を、手放すことだ、という考え方です。2つ目は、証拠能力の付与説です。同意とは、その書面に、証拠になる資格を与える、訴訟行為だ、という考え方です。反対尋問をする権利は、手放していません。一般的な理解は、こちらです。例えで考えます。伝聞の書面は、証拠という建物の、門の前に立たされています。門には、番人がいます。番人は、原供述者に問いただす権利、つまり反対尋問権です。放棄説は、同意とは、この番人を、門から帰らせることだ、と見ます。番人がいなくなったので、書面は門を通れます。付与説は、同意とは、書面に、通行証を渡すことだ、と見ます。通行証があるので、書面は門を通れます。ただし、番人は、門に立ったままです。書面が門を通る点は同じです。違いは、番人が、まだ立っているかどうかです。これが、あとで、同意のあとに証人を呼べるか、という問いの答えに変わります。

決め手は、322条です。まず、冒頭の目撃者の調書なら、どちらの説でも説明がつきます。放棄説なら、目撃者に問いただす権利を手放した、と言えるからです。ところが、同意の対象は、321条から325条までの、すべての書面で、被告人自身の書面にも及びます。例えば、被告人が、取調べで、私が店の品物を持ち出しました、と話して署名した調書を、検察官が請求した場合です。弁護人や被告人が同意すると、326条で証拠になります。ここで、放棄説に立つと、被告人は、誰への反対尋問権を放棄したことになるでしょうか。原供述者は、被告人自身ですよね。被告人が、自分に反対尋問する、というのは、おかしいです。前に見た、被告人が自分自身に反対尋問することはない、という322条の趣旨です。放棄する権利が、そもそも存在しません。だから、放棄説では、被告人の書面への同意を、説明できません。付与説なら、書面に資格を与えた、と言えるので、すべての書面に、同じ説明が通ります。実務の背景も、1つ添えます。検察官の書証に不同意にして、原供述者を証人に呼ぶと、その人が、法廷で話を変えるかもしれません。すると、前に見た、2号の相反供述の決まりで、検察官が取った、捜査段階の調書のほうが、証拠になりかねません。それを避けるために、弁護人が、あえて先に同意をして、書面の中身は、ほかの証拠で崩す、という戦い方があります。同意とは、要件を満たす確認ではなく、戦い方の選択でもある、ということです。

もう1つ、近時の有力な考え方があります。伝聞性解除説です。同意は、伝聞であるという問題だけを解除するのであって、証拠能力が、そのまま生じるわけではない、と見ます。付与説よりも、同意の力を弱く見る考え方です。名前だけ押さえておけば足ります。

⭐ 論文で書く規範:同意の法的性質(一般的理解=付与説) 同意は、書面に証拠能力を付与する訴訟行為であり、反対尋問権を放棄するものではない | 決め手は、被告人の書面(322条)も同意の対象なのに、被告人が自分に反対尋問することはないこと (規範(通説型)——判例の規範ではない・条文の要件でもない。論文で論点になりうる)

暗記は1文です。実務と一般的な理解は、付与説。放棄説は、322条を説明できない。

帰結その1:同意したあとに、証人を呼べるか

設例1の関係図。A検察官が居合わせた客の警察官調書を請求し、B弁護人が同意して採用される。後日、B弁護人がその客を証人として請求する。付与説なら請求は許される。放棄説なら許されない 図:設例1の関係図

  • A検察官が居合わせた客の警察官調書を請求し、B弁護人が同意して採用される
  • 後日、B弁護人がその客を証人として請求する
  • 付与説なら請求は許される
  • 放棄説なら許されない

設例1です。傷害の事件です。検察官が、現場に居合わせた客の、警察官調書を請求しました。弁護人は、同意しました。調書は、採用されました。後日、弁護人が、その客を、証人として請求しました。調書の細かい点を、直接、問いただしたくなったからです。この請求は、許されるでしょうか。軸に戻ると、放棄説なら、番人は帰ってしまったので、もう問いただす権利がありません。付与説なら、番人は立ったままなので、請求できる、ということですね。付与説に立つと、請求は許されます。同意したのは、調書に資格を与えることまで。人に問いただす権利は、残っています。もう1点、押さえます。同意をしても、書面の証明力を争うことはできます。資格を与える、というのは、証拠として使ってよい、というところまでで、その中身を、どれだけ信用するかは、裁判所が決めるからです。証人尋問は、その信用性を崩す道になります。

同意したら、必ず、その証人が呼ばれるのですか。違います。同意があっても、裁判所が、その証人尋問の必要性がないと判断すれば、請求は却下されます。被告人質問が先に行われる審理などで、起こりえます。詳しくは、被告人質問の回で扱います。暗記です。同意は、調書に資格を与えただけ。人を呼ぶ権利は、残る。

帰結その2:同意しても落ちる書面

設例2の関係図。B弁護人が自白調書に同意し調書は採用された。その後、A被告人が公判で、署名を強いられたと述べ始める。同意があっても、相当性を欠く、任意性に疑いのある供述は証拠能力がない 図:設例2の関係図

  • B弁護人が自白調書に同意し調書は採用された
  • その後、A被告人が公判で、署名を強いられたと述べ始める
  • 同意があっても、相当性を欠く、任意性に疑いのある供述は証拠能力がない

条文の、相当性を思い出してください。同意があっても、相当と認められるときに限る、でした。設例2です。弁護人が、被告人の自白調書に、同意しました。調書は、採用されました。ところが、公判で、被告人が、取調べのときに、署名を強いられた、と話し出しました。判例は、同意した調書でも、証拠として使えない場合がある、としました。事案から言います。被告人は、公訴事実をほぼ認めており、弁護人が自白調書に同意して、その調書の証拠調べも終わっていました。ところが、後になって、被告人が、取調べの最中の暴行を、具体的に話しました。この事案で、判決は、職権で任意性を調べないまま、調書を有罪の証拠に使ったのは、前に見た、審理不尽、つまり、尽くすべき審理を尽くさなかった違法だとして、原判決を破棄しました。判旨を読みます。

判例大阪高判昭59・6・8 高刑集37巻2号336頁

任意性に疑いのある供述は、同意があっても証拠能力がないとする判旨 証拠とすることの同意があつても、「書面が作成され又は供述のなされたときの情況を考慮し相当と認める」場合に限つて証拠能力が付与されるのであり、任意性に疑いのある供述は、当事者が証拠とすることに同意しても証拠能力がないものといわねばならない

判決は、証拠能力が付与される、と言っています。付与説の言葉です。そして、任意性に疑いのある供述は、同意しても、証拠能力がない、と言い切りました。決め手は、趣旨です。任意性は、前に見た、自白法則の言葉です。319条1項は、強制や拷問、脅迫などによる、任意にされたものでない疑いのある自白は、証拠とすることができない、と定めていました。中身の信用を割り引いて使う、つまり証明力の問題ではなく、はじめから証拠に入れない、つまり証拠能力の問題として、法が外しているのです。そうした自白は、信用性の保障が、そもそも欠けているからです。当事者が、資格を与えると言っても、与えられる資格がない、ということです。

前回見た、同意のある書面には325条の任意性の調査が要らない、という話とは、場面が違います。前回の話は、手続としての調査が要らない、というところまででした。今日の話は、任意性に疑いが現れてきたとき、その供述が、証拠能力そのものを持たない、という結論です。答案では、相当性の判断の中で、任意性を見る、と書きます。伝聞性解除説の側から見ると、同意があっても、自白法則や、違法収集証拠の排除の法則が働く余地が残る、と説明されます。違法収集証拠と同意の関係は、違法収集証拠排除法則の回で扱います。暗記です。同意しても、任意性に疑いがあれば、証拠能力なし。

帰結その3:誰が同意するか

弁護人の同意と被告人の意思の関係図。A被告人は全面否認、B弁護人は同意と述べる、C裁判所。BからCへ同意、AからCへ否認、CからAへ意思の確認。判例の結論は、同意とはいえないので、裁判所が被告人本人に確かめる 図:弁護人の同意と被告人の意思の関係図

  • A被告人は全面否認、B弁護人は同意と述べる、C裁判所
  • BからCへ同意、AからCへ否認、CからAへ意思の確認
  • 判例の結論は、同意とはいえないので、裁判所が被告人本人に確かめる

326条の主体は、被告人です。ところが、実際の法廷で、同意か不同意かを述べるのは、多くの場合、弁護人です。なぜ、それが許されるのでしょうか。前に見た、弁護人の権限の3類型を呼び戻します。固有権、独立代理権、包括代理権でした。包括代理権は、明文の根拠がなく、本人が行える、代理になじむ行為を、本人の意思に反しない限り、代わりに行う権限です。典型例が、この、証拠への同意と不同意でした。今日が、その中身です。本人の意思に反しない限り、ですね。反したら、どうなるのですか。設例3です。窃盗の事件です。被告人は、法廷で、やっていない、と述べています。ところが、弁護人が、検察官の請求した書証すべてに、同意します、と述べました。弁護人は、被告人の代わりに、同意を述べました。でも、被告人の意思は、正反対です。判例は、こういう場合の扱いを示しました。事案から言います。被告人が、公訴事実を全面的に否認していた一方で、国選弁護人は、公訴事実を認め、書証の請求に異議がない、と答弁していました。第一審は、そのまま、有罪の認定に使いました。判旨を、読みます。

判例最判昭27・12・19 刑集6巻11号1329頁

被告人が否認し弁護人だけが認めて主張が異なる場合の判旨 ところで本件のごとく被告人において全面的に公訴事実を否認し、弁護人のみがこれを認め、その主張を完全に異にしている場合においては、弁護人の前記答弁のみをもつて、被告人が書証を証拠とすることに同意したものとはいえないのであるから、裁判所は弁護人とは別に被告人に対し、証拠調請求に対する意見及び書類を証拠とすることについての同意の有無を確めなければならないものと解しなければならない。

判旨は、2段です。1段目。被告人が全面的に否認していて、弁護人だけが認めているなら、弁護人の答弁だけでは、被告人が同意した、とはいえない。2段目。だから、裁判所は、弁護人とは別に、被告人本人に、意見と同意の有無を確かめなければならない。確かめないまま、有罪の資料にしたのは、訴訟手続の違法で、原判決は破棄されました。決め手は、1文です。弁護人の同意は、被告人の意思の代わりだから、意思が正反対なら、代わりになりません。軸に戻すと、書面に通行証を渡すかどうかを決めるのは、被告人の意思です。だから、意思が正反対なら、通行証は渡っていません。注意してほしいのは、判決は、弁護人の同意は無効だ、とは言っていないことです。同意とはいえない、だから、被告人本人に確かめよ、です。確かめた結果、被告人が不同意なら、不同意として扱います。確かめた結果、同意するなら、同意として扱います。

境界の、ペアで考えます。被告人も弁護人も、事実を認めている事件で、弁護人が、書証に同意しました。被告人の意思に、反しません。だから、そのまま、同意として有効です。一方、設例3のように、被告人が、やっていない、と言い、弁護人が全部同意と言った。主張が完全に食い違っています。こちらは、被告人に確かめます。分かれ目は、被告人の意思に反するかどうか、です。もう1つ、下級審の裁判例にも、同じ流れがあるとされます。否認している事件で、弁護人が同意しても、被告人の否認の趣旨を、無意味にしてしまうような内容の証拠は、弁護人の同意だけでは、被告人が同意したことにならない、という趣旨です。名前までは覚えなくてよく、趣旨だけ押さえれば足ります。

⭐ 論文で書く規範:弁護人の同意と被告人の意思 被告人が否認し弁護人だけが認める場合、弁護人の同意だけでは被告人が同意したとはいえず、裁判所は被告人に同意の有無を確かめる | 不同意の意思なら、不同意として扱う (判例の理解——判決の結論を一般化した理解・条文の要件ではない)

暗記です。弁護人の同意でも、被告人の意思に反するなら、被告人本人に確かめる。不同意の意思なら、不同意として扱う。

同意の撤回と、立証趣旨

設例4の関係図。A検察官が、領収書の作成の事実という立証趣旨で、経理担当者の供述書を請求する。B弁護人が同意して採用される。供述書の中に、別の取引についての他人の言動の記載がある。同意は立証趣旨を前提にしているので、裁判所が別の事実の認定に使えば、不意打ちになる 図:設例4の関係図

  • A検察官が、領収書の作成の事実という立証趣旨で、経理担当者の供述書を請求する
  • B弁護人が同意して採用される
  • 供述書の中に、別の取引についての他人の言動の記載がある
  • 同意は立証趣旨を前提にしているので、裁判所が別の事実の認定に使えば、不意打ちになる

一度した同意を、あとから取り消せるでしょうか。結論は、原則として、できません。理由は、相手方の立証計画です。検察官は、弁護人の同意を見て、その証人の請求を、取り下げているかもしれません。その後に、同意を取り消されると、証拠が、足りなくなります。審理が混乱し、相手方は、手続上の信頼を、裏切られます。軸で言えば、一度渡した通行証を、相手がそれを前提に立証の計画を組んだあとで取り上げるのは、不公平だ、ということです。下級審の裁判例では、少なくとも、証拠調べを実施する前で、相手方の利益が害されないなら、許される余地がある、とされます。ですから、答案では、原則不可、例外として、証拠調べ前で相手方の利益を害さない場合、と書き分けます。もう1つ、同意と、立証趣旨の関係です。前に、立証趣旨に縛られるのは、裁判所ではなく、請求した当事者だ、と見ました。裁判所は、立証趣旨と違う事実の認定に、証拠を使えます。ところが、同意する側から見ると、話が変わります。設例4です。検察官が、領収書の作成の事実、という立証趣旨で、経理担当者の供述書を請求しました。弁護人は、その立証趣旨なら争わない、と考えて、同意しました。ところが、その供述書には、別の取引についての、他人の言動が、書かれていました。裁判所が、そこから、別の事実を認定したら、どうでしょうか。

弁護人は、そんな使い方をされるとは、考えていなかったはずです。不意打ちですね。同意は、請求のときの立証趣旨を前提にしていることが多いからです。実務上の工夫として、同意するときに、立証趣旨の範囲に限る、と留保したり、裁判所が、別の事実の認定に使う前に、当事者に確認したりすることが、必要だと説明されます。暗記です。撤回は、原則として不可。同意は、立証趣旨を前提にしている。

擬制同意:326条2項

擬制同意の発動条件。被告人が出頭しなくても証拠調べができる場面、軽い罰金科料の事件、裁判所が出頭しなくてよいと許した場合、勾留中の被告人が正当な理由なく出頭を拒んだ場合、退廷した場合や退廷を命じられた場合。被告人が出頭しない。弁護人や代理人も出頭しない。同意があったものとみなす。弁護人が出頭していれば止まる 図:擬制同意の発動条件

  • 被告人が出頭しなくても証拠調べができる場面、軽い罰金科料の事件、裁判所が出頭しなくてよいと許した場合、勾留中の被告人が正当な理由なく出頭を拒んだ場合、退廷した場合や退廷を命じられた場合
  • 被告人が出頭しない
  • 弁護人や代理人も出頭しない
  • 同意があったものとみなす
  • 弁護人が出頭していれば止まる

次は、2項です。もう一度、条文を見ます。

条文刑事訴訟法第326条第2項

刑事訴訟法第326条第2項 被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において、被告人が出頭しないときは、前項の同意があつたものとみなす。但し、代理人又は弁護人が出頭したときは、この限りでない。

擬制、というのは、みなす、という意味です。同意の意思があったかどうかにかかわらず、同意があったことにします。対象は、被告人が出頭しなくても、証拠調べができる場面です。軽い罰金か科料の事件、284条。裁判所が、出頭しなくてよいと許した場合、285条。勾留中の被告人が、正当な理由なく出頭を拒み、引致を著しく困難にした場合、286条の2。そして、被告人が、陳述をせず許可なく退廷した場合や、秩序維持のため、裁判長から退廷を命じられた場合、341条です。被告人が来ていないなら、なんでも同意になるのですか。違います。ただし書があります。代理人や弁護人が、出頭したときは、擬制されません。弁護人が法廷にいれば、不同意と言えるからです。被告人も弁護人も、いないときだけです。設例5です。罰金のみの軽い事件で、被告人も弁護人も出頭しない期日に、検察官が書証を請求しました。擬制同意で、書証は、証拠にできます。弁護人が1人でも出頭していたら、擬制はされず、その弁護人に意見を聞きます。では、退廷を命じられた場合にも、この擬制は及ぶのでしょうか。判例があります。被告人が、秩序維持のために退廷を命じられ、341条によって審理が進められた事案です。最高裁は、2項の趣旨を、こう読みました。

判例最決昭53・6・28 刑集32巻4号724頁

326条2項の趣旨と退廷を命じられた場合への適用の判旨 刑訴法三二六条二項は、必ずしも被告人の同条一項の同意の意思が推定されることを根拠にこれを擬制しようというのではなく、被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合において被告人及び弁護人又は代理人も出頭しないときは、裁判所は、その同意の有無を確かめるに由なく、訴訟の進行が著しく阻害されるので、これを防止するため、被告人の真意のいかんにかかわらず、特にその同意があつたものとみなす趣旨に出た規定と解すべきであり、…同法三二六条二項は、被告人が秩序維持のため退廷を命ぜられ同法三四一条により審理を進める場合においても適用されると解すべきである。

判旨の要点は、2つです。1つ目。2項は、被告人の同意の意思が推定されるから、みなすのではない、ということです。被告人も弁護人も出頭しないと、同意の有無を確かめる方法がなく、訴訟が止まってしまいます。それを防ぐために、被告人の真意にかかわらず、同意があったものとみなす。これが、理由です。2つ目。そうであれば、退廷を命じられた場合にも、適用されます。341条で審理を進める場合です。決め手は、止めないため、です。だから、弁護人が出頭して、意思を確かめられるなら、擬制の必要がなくなり、除かれます。補足です。前に、証人が被告人の前では十分に話せないときに、被告人を退廷させる場面を見ました。この退廷は、304条の2が、弁護人が出頭している場合に限っています。弁護人が法廷にいるので、擬制同意にはなりません。

⭐ 論文で書く規範:擬制同意(2項) 被告人が出頭せず、弁護人や代理人も出頭しないときだけ、被告人の真意にかかわらず、同意があったものとみなす。退廷を命じられた場合にも及ぶ | 訴訟の進行が著しく阻害されるのを防ぐための定め (判例の理解——判決の結論を一般化した理解・条文の要件ではない)

暗記です。擬制同意は、被告人も弁護人も不在のときだけ。退廷命令の場合にも及ぶ。

327条:合意書面

326条と327条の比較表。326条は、相手方が請求してきた既存の証拠に同意する。327条は、検察官と被告人又は弁護人が内容を合意して、新たに書面を作る。327条は、元の文書や供述が無くても作れ、取り調べないでも証拠にできる。どちらも、証明力を争うことは妨げられない 図:326条と327条の比較表

  • 326条は、相手方が請求してきた既存の証拠に同意する
  • 327条は、検察官と被告人又は弁護人が内容を合意して、新たに書面を作る
  • 327条は、元の文書や供述が無くても作れ、取り調べないでも証拠にできる
  • どちらも、証明力を争うことは妨げられない

最後は、327条の合意書面です。全文で出します。

条文刑事訴訟法第327条

刑事訴訟法第327条 裁判所は、検察官及び被告人又は弁護人が合意の上、文書の内容又は公判期日に出頭すれば供述することが予想されるその供述の内容を書面に記載して提出したときは、その文書又は供述すべき者を取り調べないでも、その書面を証拠とすることができる。この場合においても、その書面の証明力を争うことを妨げない。

同意と、何が違うのか。見分ける軸は、ひとつです。326条の同意は、相手方が請求してきた、すでにある証拠に、意見を言う行為です。327条の合意は、検察官と被告人側が、内容を一緒に決めて、新たに書面を作る行為です。具体的には、どんな場面ですか。設例6です。被害届の受理日時や、現場の位置関係のように、争いのない事実があります。検察官と弁護人が、その内容を、1枚の書面にまとめて、合意して、裁判所に提出します。すると、被害届を作った人や、現場を見た人を、証人として呼ばなくても、その書面が、証拠になります。同意と合意書面の違いは、3点で整理できます。1点目、同意は、請求された元の書面や供述が、すでに存在します。合意書面は、元の書面や供述が、無くても作れます。2点目、合意書面は、その文書や、供述すべき者を、取り調べないでも、証拠にできます。3点目、どちらでも、証明力を争うことは、妨げられません。合意したのは、証拠にできる、というところまでで、中身を信用するかは、別だからです。

条文は、被告人又は弁護人と書いています。弁護人の合意でも足りる書き方です。裁判員裁判で、争いのない部分を、整理するために、活用が期待されました。ただ、双方の署名押印が、手間になるとされ、実務は、一方が書面を作り、相手が同意する、という同意書面で処理することが多いと言われます。暗記です。合意書面は、内容を合意して新たに作る。元の文書や、話す予定の人を、取り調べなくても、証拠にできる。ただし、証明力は争える。

不同意のとき:地図に戻る

不同意の出口。326条は使えない。伝聞例外の要件を1つずつ見る道へ。321条1項各号、322条、323条、324条。請求を維持して要件を主張できる。ここまでの5回分の地図に戻る 図:不同意の出口

  • 326条は使えない
  • 伝聞例外の要件を1つずつ見る道へ
  • 321条1項各号、322条、323条、324条
  • 請求を維持して要件を主張できる
  • ここまでの5回分の地図に戻る

最後に、同意されなかったときを確認します。不同意なら、326条は使えません。そこで、321条1項の各号、322条、323条、324条の要件を、1つずつ見る道に戻ります。不同意になったら、その書面は、もう証拠にならないのですか。違います。検察官は、請求を維持して、要件を主張できます。前に見た、2つの道のうちの、もう1つです。ここまでの5回分の地図に、戻る、ということです。

今日の地図(保存版)

答案の順序。請求された書証に同意があるか、被告人の意思に反していないか。次に相当性、任意性に疑いはないか。不同意なら321条以下の要件へ。被告人も弁護人も不在なら擬制同意 図:答案の順序

  • 請求された書証に同意があるか、被告人の意思に反していないか
  • 次に相当性、任意性に疑いはないか
  • 不同意なら321条以下の要件へ
  • 被告人も弁護人も不在なら擬制同意

まとめます。答案の順序です。請求された書証に、当事者の同意があるかを見ます。被告人の意思に、反していないか、も確かめます。次に、相当性です。任意性に、疑いはないか。最後に、同意がなければ、321条以下の要件を見ます。

短答の落とし穴の前半4問。同意したら反対尋問権を放棄して原供述者を呼べない、は誤りで、付与説なら呼べる。弁護人の同意は常に有効、は誤りで、被告人の意思に反するなら確かめ直す。同意は撤回自由、は誤りで、原則として撤回できない。326条2項の擬制同意はすべての不出頭に及ぶ、は誤りで、弁護人が出頭していれば及ばない 図:短答の落とし穴の前半4問

  • 同意したら反対尋問権を放棄して原供述者を呼べない、は誤りで、付与説なら呼べる
  • 弁護人の同意は常に有効、は誤りで、被告人の意思に反するなら確かめ直す
  • 同意は撤回自由、は誤りで、原則として撤回できない
  • 326条2項の擬制同意はすべての不出頭に及ぶ、は誤りで、弁護人が出頭していれば及ばない

短答の落とし穴を、○×で言います。同意は、反対尋問権の放棄にすぎず、同意したら、原供述者を証人として呼べない。×です。付与説に立てば、呼べます。弁護人の同意は、被告人の意思に反していても、常に有効。×です。反するなら、被告人本人に確かめます。同意は、撤回自由。×です。原則として、できません。326条2項の擬制同意は、被告人が出頭しない、すべての場合に及ぶ。×です。弁護人や代理人が出頭していれば、及びません。

短答の落とし穴の後半4問。退廷を命じられたら擬制同意は及ばない、は誤りで、判例は及ぶとした。合意書面は証明力を争えない、は誤りで、争える。同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤りで、任意性に疑いがあれば相当性を欠く。327条の合意は326条の同意と同じ意思表示、は誤りで、同意は既存の証拠への意思表示、合意は内容を決めて新たに作る書面 図:短答の落とし穴の後半4問

  • 退廷を命じられたら擬制同意は及ばない、は誤りで、判例は及ぶとした
  • 合意書面は証明力を争えない、は誤りで、争える
  • 同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤りで、任意性に疑いがあれば相当性を欠く
  • 327条の合意は326条の同意と同じ意思表示、は誤りで、同意は既存の証拠への意思表示、合意は内容を決めて新たに作る書面

退廷を命じられた場合には、擬制同意は及ばない。×です。判例は、及ぶとしました。合意書面は、証明力を争えない。×です。争えます。同意があれば、自白調書でも必ず証拠になる。×です。任意性に疑いがあれば、相当性を欠きます。327条の合意書面は、326条の同意と、同じ意思表示である。×です。同意は、すでにある証拠への意思表示、合意は、内容を決めて新たに作る書面です。冒頭の問いの答えは、こうですね。同意は、調書に、証拠になる資格を与えただけで、反対尋問権を手放していない。だから、同意のあとでも、その目撃者を、証人として呼べる。次は、伝聞例外の要件を満たさない書面でも、証人の話の信用性を崩すためなら使える、という道です。328条の、証明力を争う証拠を見ます。

ページ上部へ ↑

#125単独ページ動画

弾劾証拠(328条)と自己矛盾供述

第5章 証拠法 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

居酒屋の傷害事件。客が公判で、被告人のほうが先に殴りかかったと証言する。弁護人の手元には、事件の翌日に、その客が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話したと書かれた書面がある。書面は伝聞例外の要件を満たさない。それでも証言を崩すためなら出せるのか、出せるとして何でも出せるのかという問い 図:居酒屋の傷害事件

  • 客が公判で、被告人のほうが先に殴りかかったと証言する
  • 弁護人の手元には、事件の翌日に、その客が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話したと書かれた書面がある
  • 書面は伝聞例外の要件を満たさない
  • それでも証言を崩すためなら出せるのか、出せるとして何でも出せるのかという問い

前回の終わりに、伝聞例外の要件を満たさない書面でも、証人の話の信用性を崩すためなら使える道がある、とお伝えしました。今日は、その道、328条を見ます。居酒屋で、傷害の事件が起きました。目撃した客が、法廷で、被告人のほうが先に殴りかかりました、と証言します。ところが、弁護人の手元には、事件の翌日に、その客が警察官に、先に手を出したのは被害者の男でした、と話したと書かれた書面があります。この書面は、伝聞例外の要件を満たしません。それでも、証言を崩すためなら、出せるのでしょうか。出せます。ただし、出せるのは、同じ人物が前に違うことを言った、という使い方に限られます。ただ、書面なら何でも出せる、というわけではありません。今日は、1本の軸で解きます。前の供述の中身が本当かどうかを、使うのか、使わないのか。この軸から、328条で何が出せるか、別の人の供述ではなぜだめか、署名や押印のない書面がなぜ落ちるか、すべてが一続きに決まります。

328条の全文と、字面どおり読むと何が起きるか

伝聞例外の地図の最後の1枠に328条。同意・合意は326条・327条、321条、322条、324条、そして328条。328条だけは、要件を満たさない書面でも、証明力を争うためなら証拠にできると書く。字面どおりなら、証人を崩すためと言えば、伝聞の書面が何でも入ってしまう 図:伝聞例外の地図の最後の1枠に328条

  • 同意・合意は326条・327条、321条、322条、324条、そして328条
  • 328条だけは、要件を満たさない書面でも、証明力を争うためなら証拠にできると書く
  • 字面どおりなら、証人を崩すためと言えば、伝聞の書面が何でも入ってしまう

伝聞例外の地図を思い出してください。同意と合意、321条、322条、324条と見てきました。最後の1枠が、328条です。全文で出します。

条文刑事訴訟法第328条

刑事訴訟法第328条 第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であつても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。

言葉を整えます。「であつても」は、「であっても」の古い書き方です。「証明力を争う」は、法廷での供述の信用性を、減らす向きに争う、という意味です。字面どおりなら、何でも証拠にできる、と読めてしまう。そこが、この条文の怖いところです。弁護人でも検察官でも、証人の話を崩すためです、と言えば、伝聞の書面が、要件を飛ばして入ってしまう。ここまで何本もかけて積んだ要件が、一言で骨抜きになります。そこで、328条は何を許している条文なのか、が問われます。答えは、前の供述の中身が本当か、を問わない使い方だけ、です。

補助証拠としての使い方

実質証拠と弾劾の比較。実質証拠は前の供述の内容が本当だと使う、伝聞なので321条以下の要件が要る、例は321条1項2号後段。弾劾は前の供述をした事実だけを使う、内容が本当かは問わない、328条 図:実質証拠と弾劾の比較

  • 実質証拠は前の供述の内容が本当だと使う、伝聞なので321条以下の要件が要る、例は321条1項2号後段
  • 弾劾は前の供述をした事実だけを使う、内容が本当かは問わない、328条

補助証拠の整理を呼び戻します。要証事実そのものを証明する証拠が、実質証拠でした。実質証拠の信用性に影響する事実、つまり補助事実を証明する証拠が、補助証拠です。補助証拠には、弾劾、増強、回復の3種があるのでした。弾劾は、信用性を減らす向き。増強は、高める向き。回復は、一度崩された信用性を、立て直す向きです。328条が扱うのは、証明力を争う、つまり弾劾です。弾劾に使う前の供述と、2号後段の前の供述とでは、使い方が、正反対です。2号後段は、証人が法廷で、前に検察官に話したことと食い違うことを言ったとき、前の供述のほうを信用すべき特別の情況があれば、検察官が、前の供述の内容が本当だとして、実質証拠に使う道でした。だから、伝聞の要件が要ります。328条の弾劾は、前の供述の中身が本当かは使わず、そういう供述をした事実だけを使います。暗記は1文です。内容を使うなら、321条以下。した事実だけを使うなら、328条。

自己矛盾供述は、なぜ伝聞にならないのか

弾劾の推論の流れ。客の前の供述、先に手を出したのは被害者の男、と、公判供述、被告人が先に殴った、が食い違う。食い違いから、この客の話は場面で変わるので公判の供述は信用しにくい、と推論する。前の供述の内容が本当かへ向かう矢印には、使わないという印 図:弾劾の推論の流れ

  • 客の前の供述、先に手を出したのは被害者の男、と、公判供述、被告人が先に殴った、が食い違う
  • 食い違いから、この客の話は場面で変わるので公判の供述は信用しにくい、と推論する
  • 前の供述の内容が本当かへ向かう矢印には、使わないという印

設例1で、推論を追います。客が法廷で、被告人が先に殴った、と証言しました。事件の翌日には、警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話していました。このとき、裁判所は、こう考えます。同じ人物が、前は違うことを言っていた。この人の話は、場面で変わる。だから、法廷の証言は、そのまま信じにくい。この考え方では、翌日の話の中身が本当かどうかは、どう扱われているのですか。扱っていません。そこが、決め手です。被害者の男が先に手を出したのか、は、この推論では判断していません。使っているのは、前に違うことを言った、という事実だけです。伝聞とは、供述の内容が本当だと証明するために使うものでした。内容が本当かを使わず、供述があった事実そのものを使うなら、伝聞ではありません。前に見た、判定の問いを当てます。前の供述の中身が、仮に偽だったとしても、値打ちは残るか。残ります。食い違ったこと自体に値打ちがある、という場面です。この自己矛盾供述が、今日の中心です。ここから、328条の読み方が出ます。328条は、新しい例外を作った規定ではなく、もともと伝聞ではない使い方があることを、確かめた規定だ、と読むのが、一般的な理解です。最初に、伝聞例外の地図の最後の1枠、と言いましたが、それは条文の置き場所の話です。ただし、最高裁の判決自身が、そう言ったわけではありません。判例の読み方として、そう整理される、という位置づけです。

もう1つ、帰結があります。弾劾のために採用された書面から、具体的な事実を認定してはいけません。中身が本当かは、使わないはずだからです。暗記です。自己矛盾供述は、内容の真実性を使わない。だから伝聞ではない。弾劾に使った書面で、事実は認定できない。

字面どおり広く読む説と、別人の供述

設例2の関係図。A客が公判で証言し、B弁護人が、C店員が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話した旨の調書でAの証言を弾劾しようとする。この調書が弾劾になるのは、Cの話が本当だと言えるときだけ。内容の真実性を使うので伝聞のまま 図:設例2の関係図

  • A客が公判で証言し、B弁護人が、C店員が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話した旨の調書でAの証言を弾劾しようとする
  • この調書が弾劾になるのは、Cの話が本当だと言えるときだけ
  • 内容の真実性を使うので伝聞のまま

かつては、証明力を争うためなら、伝聞でも広く許す、という考え方がありました。328条を、伝聞例外を新しく作った規定だと読む見方で、限定を置かない説と呼ばれます。何が起きるか、設例2で見ます。設例1の事件です。弁護人が、客の証言を崩すために、別の店員が警察官に、先に手を出したのは被害者の男だった、と話した旨の調書を、328条で出そうとしました。この調書で、客の証言が崩れるのは、どんなときでしょうか。店員の話が本当なら、被害者の男が先に手を出したので、客の証言が間違い、となるときです。店員の話の内容が、本当だと使っています。これは、供述証拠として使っているので、伝聞の使い方です。自己矛盾供述のような、した事実だけを使う場面とは、違います。これを、328条の名目で入れてしまうとどうなるか。被告人が、公判で否認すれば、被告人に不利なことが書かれた、第三者の調書が、要件なしで、全部入ります。伝聞法則も、伝聞例外の要件も、形骸化します。だから、別の人の供述では、弾劾できません。使えるのは、その証人自身の、前の供述だけです。暗記です。弾劾に使えるのは、同じ人物の前の供述だけ。別人の供述は、内容を使うので、伝聞のままです。

⭐ 論文で書く規範:328条で許されるのは、同一人の自己矛盾供述(限定説) 公判の供述をした者が、別の機会にした矛盾する供述を、した事実として示すことに限る | 別人の供述は内容の真実性を使うので、伝聞のまま (判例の理解——最高裁判決を一般化した理解・条文の要件ではない。論文で論点になりうる)

最高裁判決:328条の趣旨と、1つ目の限定

328条の趣旨を述べた最高裁判決。公判の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾するとき、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許し、公判の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨。同一人の自己矛盾供述に限る、限定説。かつての高裁判例の、限定を置かない読み方を、最高裁が改めた 図:328条の趣旨を述べた最高裁判決

  • 公判の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾するとき、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許し、公判の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨
  • 同一人の自己矛盾供述に限る、限定説
  • かつての高裁判例の、限定を置かない読み方を、最高裁が改めた

この考え方を、最高裁が示しました。事案から言います。第1審で、証人の証言のあと、弁護人が、消防職員の作成した、聞込み状況書を請求しました。検察官は、不同意でした。弁護人は、328条による採用を求めましたが、第1審は、同条の書面にあたらないとして、却下しました。その書面には、消防職員が証人から聞き取ったとされる内容が書かれていて、証言と食い違う点がありました。ただ、聞き取りの相手に読み聞かせて、署名や押印を求める形には、なっていませんでした。原審も却下を認め、最高裁も、上告を棄却しました。判決は、328条の趣旨を、こう述べました。かつての高裁判例には、限定を置かず、設例2の店員の調書のような、別の人の供述でも、証明力を争うためなら出せる、と読むものがありました。最高裁は、これを改めたものです。判決の判断は、2つの限定に分かれます。1つ目は、誰の供述なら使えるか。2つ目は、前に言った事実を、どう証明するか。まず1つ目の判旨を、読みます。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁)

328条の趣旨 刑訴法328条は、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述が、別の機会にしたその者の供述と矛盾する場合に、矛盾する供述をしたこと自体の立証を許すことにより、公判準備又は公判期日におけるその者の供述の信用性の減殺を図ることを許容する趣旨のものであり、

328条の条文そのものは、誰の供述かを書いていません。判旨が、趣旨から、「別の機会にしたその者の供述」と絞りました。同じ人物の、前の供述に限られます。絞った決め手は、先ほどの1点です。同じ人物の前の供述なら、中身が本当かを使わずに、食い違った事実だけで、信用性を減らせます。別人の供述は、そうはいきません。暗記は1文です。328条は、同一人の自己矛盾供述の存在を示して、信用性を減らす道です。

2つ目の限定:前に言った事実は、厳格な証明

判旨の続き。別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証は、厳格な証明を要する。許容される証拠は、同人の供述書、供述を録取した書面で刑訴法が定める要件を満たすもの、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述、これらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる 図:判旨の続き

  • 別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証は、厳格な証明を要する
  • 許容される証拠は、同人の供述書、供述を録取した書面で刑訴法が定める要件を満たすもの、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述、これらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られる

判旨は、続きます。この続きは、厳格な証明の回でも見ました。今日は、328条の構造として、説き直します。

判例最高裁判所第三小法廷判決・平成18年11月7日(刑集60巻9号561頁)

328条で許される証拠の範囲 別の機会に矛盾する供述をしたという事実の立証については、刑訴法が定める厳格な証明を要する趣旨であると解するのが相当である。そうすると、刑訴法328条により許容される証拠は、信用性を争う供述をした者のそれと矛盾する内容の供述が、同人の供述書、供述を録取した書面(刑訴法が定める要件を満たすものに限る。)、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述又はこれらと同視し得る証拠の中に現れている部分に限られるというべきである。

1つ目の限定は、同じ人物に限る、でした。2つ目の限定は、その人が前に矛盾することを言った、という事実は、厳格な証明で立証する、です。厳格な証明とは、証拠能力のある証拠による、法定の方式での証明でした。だから、書面なら、その人の供述書か、その人の話を録取した書面で、刑訴法の要件を満たすものです。あるいは、その人の話を聞いた人が、法廷で話す。この3つの形に、これらと同じに見られる証拠を加えます。設例1に当てます。警察官が客の話を書き取り、客に読み聞かせて、客が署名か押印をした調書なら、この形に入ります。反対に、警察官が書き取っただけで、客の署名も押印もないメモは、どれにも当たりません。なぜそれで落ちるのかを、次に見ます。

理由は、厳格な証明の回の、ものさしのとおりです。崩れたら、有罪無罪が動く事実は、厳格でした。前に違うことを言った、という一点は、弾劾の土台です。ここが通れば、証言の信用性が落ちて、有罪無罪の判断が動きます。反対に、自由な証明で足りるとすると、どうなるか。自由な証明は、伝聞法則が外れる証明でした。誰がどう書き取ったか分からないメモでも、前の供述があったことに、できてしまいます。土台が怪しいまま、証言を崩されてはたまりません。だから、土台のところを、厳格に確かめます。暗記です。328条でも、前に言った事実は、厳格な証明です。書面なら、要件を満たすものだけです。

なぜ署名・押印が要るのか

設例3の関係図。A客が警察官Bに話した、Bがメモ書きCにした。客の署名も押印もない。A→Bの中身は弾劾では使わないので問題ない、328条が外す部分。B→Cの正確さは、聞き違い、書き間違いの可能性があり、署名押印で担保される。署名も押印もないメモは、録取の正確さが担保されない 図:設例3の関係図

  • A客が警察官Bに話した、Bがメモ書きCにした
  • 客の署名も押印もない
  • A→Bの中身は弾劾では使わないので問題ない、328条が外す部分
  • B→Cの正確さは、聞き違い、書き間違いの可能性があり、署名押印で担保される
  • 署名も押印もないメモは、録取の正確さが担保されない

署名と押印の意味を、設例3で見ます。弁護人が、警察官が客から聞き取った内容を、自分の言葉で書いたメモで、客の証言を弾劾しようとしました。メモには、客の署名も押印もありません。伝わり方を見ます。客が警察官に話す。警察官がメモに書く。2段です。1段目、客が話した中身は、弾劾では使わないのでした。そこは、328条で、外れます。残るのは、2段目です。メモが、客の話を正しく書いたものか。警察官の聞き違い、書き間違い、あるいは作り話の可能性まで、メモだけでは、否定できません。伝言ゲームの録音テープで考えます。弾劾は、この人は、前に別のことを言った、という録音の存在だけを示します。録音の中身が本当かは、聞きません。ただ、その録音が本物かは、確かめなければなりません。メモは、テープではなく、聞いた人の書き取りだからです。そこで、供述者本人が、書面を確認して、署名するか、押印すれば、録取の正確さが担保されます。条文で見ます。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(柱書) 被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。

条文は、署名若しくは押印、つまり、どちらかです。判決の事案は、署名も押印も、ない場合でした。判旨は、署名押印がないから、供述を録取した書面に当たらず、これと同視し得る事情もない、としました。

⭐ 論文で書く規範:録取書の署名・押印 供述録取書で弾劾するなら、供述者の署名若しくは押印が必要 | 録取の過程の伝聞性は、328条では外れない (成立要件(321条1項柱書・条文どおり)——逐語で暗記するものではない。条文を読めば出てくる)

覚えるのは、なぜ要るのか、の方です。328条が外すのは、前の供述の中身が本当か、という1段目だけです。録取の正確さの2段目は、外しません。補足です。321条の、供述不能や、不可欠性といった、各号の要件は、328条では要りません。328条が、321条から324条の規定により証拠にできない書面でも、と書いているからです。ただ、判旨のいう、刑訴法が定める要件の中身を、判例が詳しく示しているわけではありません。署名や押印のある書面など、という理解にとどめてください。

署名押印がないとき:別の組み立て方

設例3の続き。署名押印のないメモを諦めない。道1は、聞き取った警察官を証人として呼び、法廷で、客はこう言っていた、と話してもらう。判旨が挙げる、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述。道2は、聞き取った警察官自身の供述書として組み立て、321条1項3号の要件で伝聞性を外せれば、客の署名押印は要らない、という学説の指摘 図:設例3の続き

  • 署名押印のないメモを諦めない
  • 道1は、聞き取った警察官を証人として呼び、法廷で、客はこう言っていた、と話してもらう
  • 判旨が挙げる、同人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述
  • 道2は、聞き取った警察官自身の供述書として組み立て、321条1項3号の要件で伝聞性を外せれば、客の署名押印は要らない、という学説の指摘

署名も押印もないメモでも、諦める必要はありません。道は、2つあります。1つ目は、判旨が挙げた、その人の供述を聞いたとする者の公判期日の供述です。聞き取った警察官を、証人として呼びます。法廷で、客は、こう言っていました、と話してもらいます。2つ目は、学説の指摘です。メモを、客の供述録取書ではなく、警察官が、客が矛盾する供述をしたのを見聞きしたことを書いた、警察官自身の供述書だ、と組み立てます。警察官の伝聞性を、321条1項3号の要件で外せるなら、客の自己矛盾供述の存在を立証できて、328条が使えます。この場合、客の署名押印は要りません。客の話を写した書面ではなく、警察官が、自分が聞いたことを書いた書面と見るので、確かめる相手が、客ではなく警察官になるからです。3号は、話した人が法廷で話せない供述不能が必須で、その話が証明に欠かせない不可欠性と、特に信用すべき情況まで要る、いちばん重い型でした。警察官が法廷に来られるなら、道1で足ります。そして、この3号の組み立ては、判例が採ったものではなく、学説の指摘です。答案では、道1、つまり、聞いた人の証人尋問を先に書き、余力があれば、道2に触れる、という使い方が安全です。

その他の見解

その他の見解。純粋補助事実説は、証人の能力、性格、利害関係など、実質証拠にはおよそ使えない純粋な補助事実なら、伝聞証拠でも許される、あるいは自由な証明で足りるとする。片面的構成説は、被告人側だけは、弾劾なら伝聞でも許されるとする。判例に明示的な判断はなく、論文で論点になりうる 図:その他の見解

  • 純粋補助事実説は、証人の能力、性格、利害関係など、実質証拠にはおよそ使えない純粋な補助事実なら、伝聞証拠でも許される、あるいは自由な証明で足りるとする
  • 片面的構成説は、被告人側だけは、弾劾なら伝聞でも許されるとする
  • 判例に明示的な判断はなく、論文で論点になりうる

短く、紹介します。1つ目は、純粋補助事実説です。証人の能力や、性格、利害関係のように、実質証拠には使えず、信用性の判断にしか使えない事実なら、伝聞証拠でも許される、あるいは、自由な証明で足りる、という見解です。実質証拠におよそ使えない事実なら、伝聞でも、犯罪事実の認定に流れ込むおそれが無い、という発想です。最高裁の判決は、これについて、明示的な判断をしていません。2つ目は、片面的構成説です。被告人側だけは、弾劾なら、伝聞でも許される、という見解です。この説は、憲法37条2項、つまり、被告人に保障された証人審問権との関係で、論じられてきました。ただ、なぜ被告人側だけなのか、その理由づけは、諸説あって、固まっていません。そして、この判決は、弁護人が請求した書面に、非伝聞の用法しか、認めませんでした。判例が採っているとは、説明しにくい見解です。だから答案では、判例に沿って、被告人側が請求するときも、同じ証人の自己矛盾供述に限る、と書けば足ります。どちらも、論文で論点になりうる見解です。

今日の地図(保存版)

答案の順序。その証拠を何に使うか、内容を使う実質証拠か、した事実を使う弾劾か。弾劾なら、同一人の自己矛盾供述か。その存在を厳格な証明で立証できるか、署名押印のある録取書、供述書、聞いた人の証言。できなければ別の組み立て、聞いた人を証人に、3号で供述書として 図:答案の順序

  • その証拠を何に使うか、内容を使う実質証拠か、した事実を使う弾劾か
  • 弾劾なら、同一人の自己矛盾供述か
  • その存在を厳格な証明で立証できるか、署名押印のある録取書、供述書、聞いた人の証言
  • できなければ別の組み立て、聞いた人を証人に、3号で供述書として

まとめます。答案の順序です。第1に、その証拠を、何に使うのか。内容を使うなら実質証拠、した事実を使うなら弾劾です。第2に、弾劾なら、同じ人物の、自己矛盾供述か。別人なら、できません。第3に、前に言った事実を、厳格な証明で立証できるか。署名や押印のある録取書、供述書、聞いた人の証言です。第4に、できなければ、別の組み立てを考えます。

短答の落とし穴。328条なら伝聞の書面は何でも入る、は誤り。第三者の供述で証人を弾劾できる、は誤り。署名押印のない聞き取りメモでも弾劾なら足りる、は誤り。自己矛盾供述は内容の真実性を使う、は誤り。弾劾に採用した書面から事実を認定できる、は誤り。この判決は決定である、は誤りで、判決 図:短答の落とし穴

  • 328条なら伝聞の書面は何でも入る、は誤り
  • 第三者の供述で証人を弾劾できる、は誤り
  • 署名押印のない聞き取りメモでも弾劾なら足りる、は誤り
  • 自己矛盾供述は内容の真実性を使う、は誤り
  • 弾劾に採用した書面から事実を認定できる、は誤り
  • この判決は決定である、は誤りで、判決

短答の落とし穴を、○×で言います。328条なら、伝聞の書面は、何でも入る。×です。同じ人物の、自己矛盾供述に限ります。第三者の供述を内容とする書面で、証人を弾劾できる。×です。内容の真実性を使うので、伝聞のままです。署名も押印もない、聞き取りメモでも、弾劾なら足りる。×です。前に言った事実は、厳格な証明が要ります。自己矛盾供述は、前の供述の内容の真実性を使う。×です。使わないから、伝聞ではありません。弾劾に採用した書面から、具体的な事実を認定できる。×です。実質証拠には使えません。328条に関する、最高裁の判断は、決定である。×です。判決です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。客の、前の話を記録した書面は、同じ人物の自己矛盾供述だから、証言を崩すために出せる。ただし、前に言った事実を示せる書面でなければならず、聞き取りメモなら、署名か押印が要る。次は、崩された証言を、検察官が立て直せるかです。前にも同じことを言っていた、という書面は、328条で出せるのか。回復証拠と、増強を見ます。

ページ上部へ ↑

#126単独ページ動画

回復証拠と増強証拠(328条)

第5章 証拠法 ⑯/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

居酒屋の傷害事件の続き。弁護人は、事件の翌日に客が話した調書で、被告人が先に殴ったという客の証言を崩した。今度は検察官の番。翌日の調書より前、事件の当日にも、客は法廷と同じことを言っていた、という調書。同じことを2回言った人は、1回しか言わなかった人より信用できるのか。設例4 図:居酒屋の傷害事件の続き

  • 弁護人は、事件の翌日に客が話した調書で、被告人が先に殴ったという客の証言を崩した
  • 今度は検察官の番
  • 翌日の調書より前、事件の当日にも、客は法廷と同じことを言っていた、という調書
  • 同じことを2回言った人は、1回しか言わなかった人より信用できるのか
  • 設例4

前回、弁護人は、客が事件の翌日に違うことを言っていた調書で、法廷の証言を崩しました。今度は、検察官の番です。居酒屋の事件の続きですね。検察官は、どうやって証言を立て直すのですか。設例4です。検察官が、こう言います。客は、事件の当日にも、現場に来た警察官に、被告人のほうが先に殴りかかった、と話していました。その調書を、328条で出します。署名も押印もあります。回数が多いほど信用できる、と感じるのは、自然な直感です。ところが、その直感の中に、落とし穴があります。先に答えを言います。2回言ったから信用できる、という使い方なら、328条では出せません。今日も、前回と同じ1本の軸で解きます。その書面の中身が本当だと前提しないと役に立たないなら、伝聞のままです。

前回のおさらい:328条で許される使い方

328条のおさらい。許されるのは、内容が本当かを問わない使い方だけ。補助証拠の3種。弾劾は信用性を減らす向き、増強は高める向き、回復は減らされた信用性を戻す向き。前回は弾劾だけ、今日は増強と回復 図:328条のおさらい

  • 許されるのは、内容が本当かを問わない使い方だけ
  • 補助証拠の3種
  • 弾劾は信用性を減らす向き、増強は高める向き、回復は減らされた信用性を戻す向き
  • 前回は弾劾だけ、今日は増強と回復

328条を、もう一度出します。

条文刑事訴訟法第328条

刑事訴訟法第328条 第三百二十一条乃至第三百二十四条の規定により証拠とすることができない書面又は供述であつても、公判準備又は公判期日における被告人、証人その他の者の供述の証明力を争うためには、これを証拠とすることができる。

前回の答えは、こうでした。328条で許されるのは、前の供述の中身が本当か、を問わない使い方だけです。同じ人物が前に違うことを言った、という事実だけを使う。これが弾劾でした。補助証拠には、3種ありました。信用性を減らす弾劾、高める増強、そして、一度減らされた信用性を戻す回復です。前回は、弾劾だけを見ました。今日は、残りの2つです。暗記の1文も、同じです。内容を使うなら、321条以下。した事実だけを使うなら、328条。

回復証拠:伝統的な2つの説明

回復証拠とは、弾劾でいったん減らされた証言の信用性を戻す証拠。伝統的な説明は2つ。1つ目、自己矛盾供述という弾劾証拠に対する弾劾だから、328条の争うに入る。2つ目、公判の供述と一致する供述があれば、供述の一貫性が確かめられ、信用性が戻る 図:回復証拠とは、弾劾でいったん減らされた証言の信用性を戻す証拠

  • 伝統的な説明は2つ
  • 1つ目、自己矛盾供述という弾劾証拠に対する弾劾だから、328条の争うに入る
  • 2つ目、公判の供述と一致する供述があれば、供述の一貫性が確かめられ、信用性が戻る

回復証拠とは、弾劾で減らされた証言の信用性を、立て直す証拠のことです。伝統的には、これは328条で出せる、と説明されてきました。理由は、2つあります。1つ目は、弾劾への弾劾だ、という説明です。翌日の調書は、客の証言を弾劾する証拠でした。その弾劾を弾劾し返すのだから、やはり、証明力を争うことに入る、という考え方です。2つ目は、一貫性です。公判の証言と同じことを、別の機会にも言っている。こうした前の供述を、一致供述と呼びます。一致供述があるなら、この人の話はぶれていない。だから、信用性が戻る、という考え方です。

どちらも、もっともらしいです。設例4の調書も、出せるのですか。伝統的な説明だけなら、出せそうです。ところが、近時は、この2つの説明のそれぞれに、反論が出されています。

近時の2つの反論:なぜ回復は難しくなったか

設例4の客の供述の変遷。当日、被告人が先に殴った。翌日、先に手を出したのは被害者の男。公判、被告人が先に殴った。反論1、変わった回数が増えるだけで、かえって信用できないとも言える。反論2、2度言ったほうが本当らしいという経験則は、2度目の中身を本当だと前提している。伝聞として使うことになる 図:設例4の客の供述の変遷

  • 当日、被告人が先に殴った
  • 翌日、先に手を出したのは被害者の男
  • 公判、被告人が先に殴った
  • 反論1、変わった回数が増えるだけで、かえって信用できないとも言える
  • 反論2、2度言ったほうが本当らしいという経験則は、2度目の中身を本当だと前提している
  • 伝聞として使うことになる

1つ目の反論です。弾劾への弾劾だ、という説明に対するものです。設例4の客の話を、時系列で並べます。当日は、被告人が先。翌日は、先に手を出したのは被害者の男。公判では、また被告人が先。当日の調書が無ければ、見えるのは、翌日と公判の食い違いだけです。当日の調書を出すと、話が変わった回数が、かえって増えて見えます。ぶれていない、という印象ではありません。かえって、場面ごとに話が変わる人だ、とも言えてしまいます。2つ目の反論は、一貫性に対するものです。2度言ったほうが、1度言ったより、本当らしい。この経験則は、本当に確かでしょうか。

回数は、真実の保証になりません。しかも、この経験則に頼るとき、頭の中で何が起きているか。2度目の供述の中身を、本当らしい、と見ています。つまり、一致供述の中身が本当だ、と使っています。これは、供述証拠として使っている、ということです。だから、中身を問わない使い方だけを許す、前回の理解と、ずれます。補足です。前回見た最高裁の判決は、一致供述や、回復、増強には、触れていません。ですから、これは判決の趣旨から導かれた推論で、学説の整理です。判例の結論ではありません。結論は、こうなります。回復証拠だから、といって、常に328条で出せるわけではありません。一致供述が回復になるのは、非伝聞として評価できる場合に限られる、という指摘です。

それでも回復に使える場面:いつ言ったか

設例5の時系列。客が、被害者の男の側から飲食代を肩代わりしてもらった。弁護人が、利益を受けたから被告人に不利な証言をした、と弾劾。検察官が、利益を受ける前の日付で、同じ内容を警察官に話した調書を出す。言いたいのは、中身が本当だではなく、利益を受ける前から同じことを言っていた、こと。中身が偽でも値打ちが残る 図:設例5の時系列

  • 客が、被害者の男の側から飲食代を肩代わりしてもらった
  • 弁護人が、利益を受けたから被告人に不利な証言をした、と弾劾
  • 検察官が、利益を受ける前の日付で、同じ内容を警察官に話した調書を出す
  • 言いたいのは、中身が本当だではなく、利益を受ける前から同じことを言っていた、こと
  • 中身が偽でも値打ちが残る

では、回復が通る場面は、無いのか。あります。設例5で見ます。同じ居酒屋の事件です。客が、被害者の男の側に、飲食代を肩代わりしてもらいました。弁護人が、こう弾劾します。この客は、利益を受けたから、被告人に不利な証言をしたのだ。ここで、検察官が、肩代わりを受ける前の日付で、客が警察官に、被告人が先に殴った、と話した調書を出します。言いたいのは、利益を受ける前から、同じことを言っていた、ということです。つまり、利益の影響で、言い出したのではない。前回の判定の問いを、当てます。この調書の中身が、仮に偽だったとしても、値打ちは残るか。残ります。たとえ、中身が間違いだったとしても、利益を受ける前から言っていた、という事実は変わりません。日付の入った封筒のようなものです。中を開けなくても、いつ封をしたか、だけで、意味があります。見分け方は、1つです。その一致供述を、中身が本当だと使わずに、存在した時期だけで使えるか。使えるなら、回復になりえます。

設例4では、言った時期が、利益や影響の話に、何も反論していません。時期で使えないので、この型には入りません。

設例4の結論

設例4の結論。当日の調書は、話が変わった回数を増やす以上の意味がない。2度言ったから信用できる、と主張すれば、中身を本当だと使う。供述証拠なので328条では出せない。出すなら321条以下。回復証拠として許容することは困難。答案では、中身を使うか、時期で使うかを問う 図:設例4の結論

  • 当日の調書は、話が変わった回数を増やす以上の意味がない
  • 2度言ったから信用できる、と主張すれば、中身を本当だと使う
  • 供述証拠なので328条では出せない
  • 出すなら321条以下
  • 回復証拠として許容することは困難
  • 答案では、中身を使うか、時期で使うかを問う

設例4に、答えを出します。当日の調書は、話が変わった回数を増やす以上の意味を、持ちません。検察官が、2度言ったのだから信用できる、と主張すれば、2度目の中身を本当だと使っています。これは、供述証拠です。328条では出せません。出すなら、321条以下の要件を、満たす必要があります。ここで、321条1項の、2号と3号を、見ておきます。

条文刑事訴訟法第321条第1項

刑事訴訟法第321条第1項(第2号・第3号) 二 検察官の面前における供述を録取した書面については、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき、又は公判準備若しくは公判期日において前の供述と相反するか若しくは実質的に異なつた供述をしたとき。ただし、公判準備又は公判期日における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存するときに限る。 三 前二号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。

設例4の調書は、検察官ではなく、現場の警察官に話したものなので、2号ではなく、321条1項3号の書面です。3号は、話した人が法廷で話せないことが必須でした。客は法廷で証言しているので、3号には当たりません。検察官の前の調書だったとしても、2号後段は、法廷の証言と食い違っていることが要件です。一致供述は食い違っていないので、こちらにも当たりません。結論は、回復証拠として許容することは、困難です。答案では、その一致供述を、中身で使うのか、時期で使うのかを、必ず問います。

⭐ 論文で書く規範:回復証拠の許否 一致供述は、中身の真実性を前提にするなら伝聞=328条では出せない | 存在した時期など、中身を使わない形で効く場合に限り、回復になりうる (学説の整理——最高裁判決の趣旨からの推論・判例の規範ではない。論文で論点になりうる)

増強証拠は328条で出せない

設例6。客が公判で、被告人が先に殴った、と証言。検察官が、捜査段階の同じ内容の調書を、328条で出して証言を強めたい。理由1、証言が本当だと推し量るには、調書の中身も本当だと前提しなければならない。理由2、条文は証明力を争う、で、減らす向きの文言。強めることは入りにくい。出すなら321条以下 図:設例6

  • 客が公判で、被告人が先に殴った、と証言
  • 検察官が、捜査段階の同じ内容の調書を、328条で出して証言を強めたい
  • 理由1、証言が本当だと推し量るには、調書の中身も本当だと前提しなければならない
  • 理由2、条文は証明力を争う、で、減らす向きの文言
  • 強めることは入りにくい
  • 出すなら321条以下

次は、増強証拠です。証言の信用性を、高める向きの補助証拠でした。別の目撃者の証言で裏づけるのも、その1つです。今日の問題は、まだ崩される前に、同じ人物の前の供述を、328条で出して強める使い方です。設例6です。客が、公判で、被告人が先に殴った、と証言しました。検察官は、これを強めたい。そこで、捜査段階の、同じ内容の調書を、328条で出そうとします。出せるでしょうか。出せません。理由は、2つあります。1つ目。公判の証言が本当らしい、と推し量るには、強めるために出す調書の中身も、本当だと前提しなければなりません。供述証拠として使っています。回復のところで見た、中身を使う使い方と、同じ型です。回復のときの、時期で使う道も、増強には、通常ありません。まだ誰も、利益を受けたから言い出した、と崩していないので、いつ言ったか、が答える相手がいないからです。2つ目。条文は、証明力を「争う」と書いています。減らす向きの言葉です。強めることまでは、文言に入りにくい。

出すなら、321条以下の、伝聞例外の要件を満たす必要があります。328条は、その抜け道には、なりません。暗記は、増強は、328条では出せない。出すなら、321条以下です。

証人尋問のあとに作った調書

設例7。店員が検察側の証人として、被告人は手を出していなかった、と証言し、検察官に不利。尋問のあと、検察官が法廷の外で取り調べ、被告人が先に手を出したと話した調書を作り、328条で請求。懸念1、公判中心主義の形骸化。懸念2、不利な証言をした証人に圧力をかけて作らせた調書かもしれない。最高裁は、必ずしも328条に違反するものではない、とした 図:設例7

  • 店員が検察側の証人として、被告人は手を出していなかった、と証言し、検察官に不利
  • 尋問のあと、検察官が法廷の外で取り調べ、被告人が先に手を出したと話した調書を作り、328条で請求
  • 懸念1、公判中心主義の形骸化
  • 懸念2、不利な証言をした証人に圧力をかけて作らせた調書かもしれない
  • 最高裁は、必ずしも328条に違反するものではない、とした

時間の問題を、見ます。設例7です。店員が、検察側の証人として、法廷で、被告人は手を出していなかった、と証言しました。検察官にとっては、不利な証言です。尋問のあと、検察官が、店員を、法廷の外で取り調べました。そして、実は、被告人のほうが先に手を出した、と話した調書を、作りました。署名と押印もあります。これを、328条で請求します。同じ人物が、別の機会に、違うことを言った、という事実を示す点は、変わりません。ただ、懸念が2つあります。1つ目は、公判中心主義の形骸化です。法廷が一番大事なはずなのに、法廷の外の活動のほうが、優先されてしまう。2つ目は、作為の危険です。不利な証言をした証人を呼び出して、圧力をかけて、作らせた調書かもしれません。この点について、最高裁は、証人の尋問が終わったあとに作られた、同人の検察官調書を、その証言の証明力を争う証拠として採った原判決の扱いを、こう判断しました。

判例最高裁判所第二小法廷判決・昭和43年10月25日(刑集22巻11号961頁)

証人尋問後に作成された供述調書と328条 …必ずしも刑訴法三二八条に違反するものではない…

この判決は、理由を詳しく示した判断ではありません。上告の主張への、短い応答です。理由は、自分で補うことになります。手がかりは、条文の見比べです。321条1項2号の後段は、前の供述、つまり、公判より前の供述、と書いています。だから、証言のあとに作った調書は、その証言との関係では、2号後段では使えません。328条には、その限定が、書かれていません。限定が無い以上、条文の上では、証言のあとに作った調書でも、証明力を争うためなら、締め出されません。答案では、判決の理由としてではなく、条文からの理由づけとして書きます。

328条を、同じ人物の自己矛盾供述に限った、前回の判決のあとでも、この判決が先例として通用するかは、はっきりしていません。それに、必ずしも違反しない、という言い方は、いつでも使える、という意味ではありません。さきほどの2つの懸念は、消えていないのです。短答では、証人尋問後に作られた調書も、328条で一切使えない、とは言えない。ここまでを、押さえてください。

公判前整理手続のあとの請求:316条の32

公判前整理手続を経た事件。整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由で整理手続中に請求できなかったものを除き、証拠調べを請求できない。証人尋問を聞いて初めて弾劾の必要が出た場合は、やむを得ない事由に当たるか。名古屋高金沢支判は、当たると判断。ただし、必要性は別に慎重に吟味される 図:公判前整理手続を経た事件

  • 整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由で整理手続中に請求できなかったものを除き、証拠調べを請求できない
  • 証人尋問を聞いて初めて弾劾の必要が出た場合は、やむを得ない事由に当たるか
  • 名古屋高金沢支判は、当たると判断
  • ただし、必要性は別に慎重に吟味される

もう1つ、時間の問題です。公判前整理手続は、第一回の公判期日より前に、事件の争点と証拠を整理しておく手続でした。この手続を経た事件では、整理手続が終わったあとの証拠調べの請求が、制限されます。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の32第1項

刑事訴訟法第316条の32第1項 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。

整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由が無ければ、請求できません。証拠は、整理手続の中で出し切っておく約束だからです。あとから次々に出せるなら、整理した意味が、なくなります。弾劾の必要は、尋問を聞くまで分からないことがあります。前回の設例1の弁護人を、思い出してください。客の証言を聞いて初めて、翌日の調書で弾劾する必要が出ました。名古屋高裁金沢支部の裁判例は、検察側の証人の尋問が終わったあとに、被告人側が、その証言を弾劾するための、自己矛盾供述を含む調書の取調べを請求したことについて、やむを得ない事由に当たる、と判断しました。尋問が終わる前には、弾劾が必要かどうか、判断しにくいからだと考えられます。ただし、取調べの必要性は、別に、慎重に吟味されます。やむを得ない事由があっても、必要性が無ければ、採用されません。

今日の地図(保存版)

答案の順序。その書面を何に使うか、弾劾、回復、増強。中身の真実を前提にするか。前提にするなら伝聞で、328条では出せない、321条以下へ。前提にしない、存在や時期だけなら、328条と、前に言った事実の厳格な証明、署名押印 図:答案の順序

  • その書面を何に使うか、弾劾、回復、増強
  • 中身の真実を前提にするか
  • 前提にするなら伝聞で、328条では出せない、321条以下へ
  • 前提にしない、存在や時期だけなら、328条と、前に言った事実の厳格な証明、署名押印

まとめます。答案の順序です。第1に、その書面を、何に使うのか。弾劾か、回復か、増強か。第2に、その書面の中身の真実を、前提にするか。前提にするなら、伝聞です。328条では出せません。321条以下を見ます。第3に、前提にしない、存在や時期だけで使うなら、328条です。ここで、前に言った事実は、厳格な証明。前回の、署名や押印です。

短答の落とし穴。回復証拠は328条で常に出せる、は誤り。増強証拠も、争うに入る、は誤り。同じ供述が2回あれば、信用性は回復する、は誤り。一致供述は328条で一切出せない、は誤り。証人尋問後の調書は一切使えない、は誤り。整理手続後は弾劾の請求は一切できない、は誤り。やむを得ない事由があれば必要性は問われない、は誤り 図:短答の落とし穴

  • 回復証拠は328条で常に出せる、は誤り
  • 増強証拠も、争うに入る、は誤り
  • 同じ供述が2回あれば、信用性は回復する、は誤り
  • 一致供述は328条で一切出せない、は誤り
  • 証人尋問後の調書は一切使えない、は誤り
  • 整理手続後は弾劾の請求は一切できない、は誤り
  • やむを得ない事由があれば必要性は問われない、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。回復証拠は、328条で常に出せる。×です。時期などで効く場合に限ります。増強証拠も、証明力を争う、に入る。×です。減らす向きの文言で、中身を使うことにもなります。同じ供述が2回あれば、信用性は回復する。×です。2回目の中身を、本当だと前提しています。一致供述は、328条では一切出せない。×です。存在した時期で効く場合は、回復になりえます。証人尋問後に作られた調書は、328条で一切使えない。×です。最高裁は、必ずしも違反ではない、としました。整理手続のあとは、弾劾の請求は一切できない。×です。やむを得ない事由があれば、できます。やむを得ない事由があれば、取調べの必要性は、問われない。×です。必要性は、別に問われます。

冒頭の問いの答えは、こうですね。2回言ったから信用できる、という使い方は、2回目の中身を本当だと使っているので、328条では出せない。時期で効く場合だけ、回復になりうる。これで、伝聞例外の地図の、最後の枠が埋まりました。弾劾、回復、増強、そして時間の問題まで、同じ軸で通りました。次は、伝聞を離れて、自白です。被告人が自分で認めた話を、どこまで証拠にしてよいのか。319条の自白法則を見ます。

ページ上部へ ↑

#127単独ページ動画

自白法則(319条1項)と約束による自白

第5章 証拠法 ⑰/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

取調べの場面。検察官が被疑者に、正直に話せば今回は起訴しない、と告げる。被疑者は、やりました、と認める。その話は本当かもしれない。それでも、裁判でこの自白を使ってはいけないのか 図:取調べの場面

  • 検察官が被疑者に、正直に話せば今回は起訴しない、と告げる
  • 被疑者は、やりました、と認める
  • その話は本当かもしれない
  • それでも、裁判でこの自白を使ってはいけないのか

前回の最後に、予告しました。伝聞を離れて、自白です。被告人が自分で認めた話を、どこまで証拠にしてよいのか。今日は、319条の自白法則を見ます。本人が認めた話がいちばん確かだ、と感じるのは、自然です。ところが、法はその直感を、警戒しています。場面を1つ置きます。取調べで、検察官が、こう言います。正直に話せば、今回は起訴しない。被疑者は、その言葉を信じて、やりました、と認めました。本当かもしれません。それでも、使ってはいけない場合がある。今日の問いは、そこです。なぜ、本当かもしれない自白を、外すのか。前に、322条を見たとき、自白の中身は別の回で扱う、と言いました。今日が、その回です。答えを先に1つだけ言います。外す理由の説明が、どの事情を拾うかを決めます。この1本の軸で、最後まで通します。

自白とは何か:承認との違い、任意性と信用性の違い

自白の定義と周りの概念。不利益な事実の承認が一番広く、その一部が自白、自白よりさらに狭いのが有罪の自認。例、倉庫から機器を持ち出したのは私です、は自白。事件の夜、現場近くの店の防犯カメラに映っていた、は自白でない承認。任意性を争うのは、言わされた、という主張。信用性を争うのは、本当のことではない、という主張 図:自白の定義と周りの概念

  • 不利益な事実の承認が一番広く、その一部が自白、自白よりさらに狭いのが有罪の自認
  • 例、倉庫から機器を持ち出したのは私です、は自白
  • 事件の夜、現場近くの店の防犯カメラに映っていた、は自白でない承認
  • 任意性を争うのは、言わされた、という主張
  • 信用性を争うのは、本当のことではない、という主張

自白の定義から、確認します。自白とは、自己の犯罪事実の全部、または主要な部分を認める供述です。法廷の中か外か、書面か口頭かは、問いません。不利益な事実の承認との関係を、呼び戻します。包含関係は、自白が、不利益な事実の承認の一部、です。例を並べます。窃盗の疑いをかけられた倉庫係が、あの倉庫から機器を持ち出したのは私です、と言えば、自白です。事件の夜、現場近くの店の防犯カメラに、私が映っていました、と言えば、どうでしょう。犯罪事実そのものを認めてはいません。ただ、自分に不利な事実です。だから、自白ではない、不利益な事実の承認です。

319条1項は、自白だけに働きます。自白でない承認は、被告人の供述を書いた書面の伝聞例外である、322条1項の但書が、同じ基準を借りて、任意性を求めます。前に見たとおりです。もう1つ、狭い方の言葉があります。有罪の自認です。起訴された犯罪について、有罪であることを認める。犯罪事実だけでなく、違法性や責任まで認める、という意味です。319条3項が、自白に含める、と書いています。ここは、名前だけで十分です。ここで、今日の最初の区別を、置きます。任意性と、信用性です。同じ意味ではないのですか。違います。任意性を争う、とは、取調べで押し切られて、言わされた、という主張です。これは、証拠として使ってよいか、つまり証拠能力の問題です。319条1項です。信用性を争う、とは、自分から話したが、人をかばう嘘だった、という主張です。これは、使うことを前提に、どれだけ信じるか、つまり証明力の問題です。自由心証の領域です。

しかも、任意性が認められても、信用性は、別に審査されます。逆に、中身が真実でも、任意性が疑われれば、外れます。今日の主役は、任意性です。

なぜ自白を特別扱いするのか:入口と出口

自白は証拠の女王という見方。自分に不利なことを嘘では言わないはずという経験則。裁判所が決定的と見やすい、捜査機関は自白を取りに行く、無理な取調べ、虚偽の自白、誤判、という流れ。対策は2段。入口は自白法則で証拠能力、出口は補強法則で証明力 図:自白は証拠の女王という見方

  • 自分に不利なことを嘘では言わないはずという経験則
  • 裁判所が決定的と見やすい、捜査機関は自白を取りに行く、無理な取調べ、虚偽の自白、誤判、という流れ
  • 対策は2段
  • 入口は自白法則で証拠能力、出口は補強法則で証明力

次に、なぜ、自白だけを特別に扱うのか。昔から、自白は、証拠の女王だ、と言われてきました。自分に不利なことを、わざわざ嘘で言う人は、いないだろう。だから、自白は信じてよい。この経験則が、あるからです。裁判所も、自白を、決定的な証拠と見がちです。そうなると、何が起きるか。捜査機関は、自白を取りに行きます。無理な取調べ、拷問、威嚇。その結果、やっていない人が、苦しさから、認めてしまう。虚偽の自白です。そして、誤った判決が出る。この歴史が、規制の背景にあります。縛り方は、2段です。入口と出口、と覚えてください。入口は、自白法則です。そもそも証拠にしてよいか、つまり証拠能力の規制で、今日の319条1項です。出口は、補強法則です。証拠に入ったあとも、自白だけで有罪にはしない、という証明力の規制です。出口は、別の回で扱います。今日は、入口だけです。

憲法38条2項と319条1項:条文の構造・効果・立証責任

条文の読み比べ。憲法38条2項は明文の2系統だけ。強制拷問脅迫による自白と、不当に長い抑留拘禁の後の自白。刑訴319条1項は、同じ2系統に、受け皿のその他任意にされたものでない疑のある自白を足す。効果は証拠能力がない。同意があっても治らない。立証は検察官 図:条文の読み比べ

  • 憲法38条2項は明文の2系統だけ
  • 強制拷問脅迫による自白と、不当に長い抑留拘禁の後の自白
  • 刑訴319条1項は、同じ2系統に、受け皿のその他任意にされたものでない疑のある自白を足す
  • 効果は証拠能力がない
  • 同意があっても治らない
  • 立証は検察官

条文を、全文で読みます。まず、憲法38条2項です。

条文日本国憲法第38条第2項

日本国憲法第38条第2項 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。

次に、刑事訴訟法319条1項です。前に、322条のところで読みました。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

2つを、見比べます。憲法は、2系統だけです。強制、拷問、脅迫による自白。それと、不当に長く抑留、拘禁された後の自白。刑訴法は、この2系統に、さらに1つ足しています。その他、任意にされたものでない疑のある自白。受け皿です。条文は、明文の事由と、受け皿の、二重の構造になっています。受け皿があるなら、明文の事由は、なぜ書いてあるのですか。典型を、はっきり示すためです。強制や拷問や脅迫は、誰が見ても、任意ではない。そこは議論の余地なく、外す。そこまで行かない事情は、受け皿で、1つずつ判断する。そういう分担です。効果は、証拠能力がない、です。裁判所は、事実認定の資料に、できません。ここで、呼び戻します。同意、つまり相手方が、その書面を証拠にしてよいと認めても、治りません。同意しても任意性に疑いのある供述は証拠能力がない、とした大阪高裁の判決を、前に見ました。書面かどうかも、問いません。口頭の自白でも、同じです。

任意性の立証を誰が担うかは、条文の言い方に出ています。「疑のある」です。任意だと言い切れなくても、疑いが残れば、外れます。だから、任意性を立証する責任は、検察官にあります。前に見た言葉で言い直します。真偽不明のときに不利益を受ける地位、つまり実質的挙証責任が、検察官にある。任意性は、訴訟法上の事実です。ただ、実務では、厳格に扱われる。この揺れは、以前に見ました。ここでは、検察官が立証して、疑いが残れば排除、まで押さえてください。補足です。取調べの録音録画との関係です。裁判員裁判の対象事件と、検察官が独自に捜査した事件では、逮捕や勾留中の取調べなどで作られた、不利益な事実を認める書面の任意性が争われたとき、検察官は、原則として、録音録画の媒体の取調べを請求しなければなりません。請求しなければ、その書面の請求は却下されます。例外もあります。任意性の争いを、取調べの映像で確かめられるようにする仕組みです。細部は、取調べのところで見たとおりです。

排除の3つの理由:どの事情を拾うか

排除の3つの理由。虚偽排除説は、嘘の自白を誘発するおそれの強い方法で取った自白は事実を誤らせる、見る事情は、その状況でやっていなくても認めそうか。人権擁護説は、供述の自由を侵す手段で取った自白は許されない、見る事情は、供述の自由が侵されたか、真実でも排除。違法排除説は、違法な手続で取った自白は将来の違法を抑えるため排除、見る事情は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない。多数説(二元説)=虚偽排除を基礎、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で 図:排除の3つの理由

  • 虚偽排除説は、嘘の自白を誘発するおそれの強い方法で取った自白は事実を誤らせる、見る事情は、その状況でやっていなくても認めそうか
  • 人権擁護説は、供述の自由を侵す手段で取った自白は許されない、見る事情は、供述の自由が侵されたか、真実でも排除
  • 違法排除説は、違法な手続で取った自白は将来の違法を抑えるため排除、見る事情は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない
  • 多数説(二元説)=虚偽排除を基礎、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で

山場です。受け皿の「任意にされたものでない疑のある自白」に当たるかを、どう判断するか。ここで、排除の理由が3つ出てきます。覚えるのは、名前ではありません。使い方です。3つの説は、どの事情を拾うかの、道具です。1つ目。虚偽排除説です。嘘の自白を誘発するおそれの強い方法で取った自白は、事実を誤らせるから、外す。ここで拾う事情は、1つです。その状況で、やっていなくても、認めそうか。自白の中身が、嘘を誘われた結果かどうかに、関心があります。2つ目。人権擁護説です。黙秘権、つまり供述の自由を侵す手段で取った自白は、許されない。拾う事情は、供述の自由が侵されたか、です。心理的な圧迫や、意思決定の歪みを見ます。この説では、自白が真実でも、排除されます。3つ目。違法排除説です。違法な手続で取った自白は、将来の違法な取調べを抑えるために、外す。拾う事情は、取調べの手続が違法か、です。自白の中身ではなく、取り方を見ます。

試験の答案で考えます。ある受験生が、答えを前もって教えてもらって、答案を書きました。書いた中身は、正解です。1つ目の見方は、こう問うものです。その答案は、本人の実力を示しているか。教えてもらった結果なら、成績として、信用できない。次に2つ目の見方は、こうです。本人が、自分の頭で書く自由を、奪われていないか。3つ目の見方は、こうです。答えを教えること自体が、ルール違反ではないか。中身が正解でも、取り方がルール違反なら、点にしない。同じ答案でも、問いの立て方が、3つあるのですね。本物の取調べでも、3つの見方で、結論が分かれることがありますか。あります。たとえば、取調べの手続に違法はあった。けれども、脅しも、利益の約束も無く、被疑者は落ち着いて話した。そういう自白です。虚偽排除の見方では、嘘を誘いやすい状況ではないので、外す理由が弱くなります。中身が本当かどうかで決めるのではなく、状況が嘘を誘うかで決めます。違法排除の見方では、取り方が違法なので、中身がどうであれ、外す方向に傾きます。人権擁護の見方では、その違法が、供述の自由を侵したかで決まります。同じ自白でも、どの事情を拾うかで、結論が割れます。もう1点。3つは、排他的ではありません。複合的に使われます。虚偽排除説と人権擁護説は、どちらも、被疑者の主観面を見るので、合わせて、任意性説と呼ばれることがあります。これは4つ目の説ではなく、前の2つの統合名です。

多数説の整理も、一言だけ。319条1項では、虚偽排除を基礎にして、黙秘権の侵害を伴う違法は、人権擁護で拾う。それ以外の違法は、違法収集証拠排除法則で扱う。捜査の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として使うのが相当でない場合に、その証拠を外すルールです。二元説と呼ばれる整理です。違法排除の考え方と、違法収集証拠排除法則の関係は、その回で、あらためて見ます。暗記は、これだけです。嘘が出やすいか。供述の自由が侵されたか。取り方が違法か。事情を拾う、問いです。

明文の事由と因果関係

明文の事由と因果関係。強制拷問脅迫、不当に長い抑留拘禁は、条文上直ちに排除。ただし、強制に当たるか、不当に長いか、は事案により争いうる。不任意の状態と自白の間に因果関係が要る。例、脅された取調べのあと別の事件の担当に代わり、数か月後、弁護人と相談した上で、公判で自ら事実を認めた。圧迫の影響が切れているので、自白法則は及ばない 図:明文の事由と因果関係

  • 強制拷問脅迫、不当に長い抑留拘禁は、条文上直ちに排除
  • ただし、強制に当たるか、不当に長いか、は事案により争いうる
  • 不任意の状態と自白の間に因果関係が要る
  • 例、脅された取調べのあと別の事件の担当に代わり、数か月後、弁護人と相談した上で、公判で自ら事実を認めた
  • 圧迫の影響が切れているので、自白法則は及ばない

条文の前半に、戻ります。明文の事由です。強制、拷問、脅迫による自白。不当に長く抑留、拘禁された後の自白。これに当たれば、受け皿のような、趣旨に照らした検討は、要りません。条文上、直ちに、証拠能力が否定されます。ただし、当たるかどうかは、争いになります。暴行は、拷問に至らなくても、強制です。体を縛る扱い、眠らせない、長く続ける、多人数で囲む、といった扱いの程度です。精神的な圧迫の程度にも、幅があります。強制に当たるかが、問題になります。不当に長い、も、一律ではありません。長さに加えて、本人の事情と、事件の側の事情を合わせて見ます。

もう1つ、落とし穴があります。不任意の状態と、自白の間に、因果関係が要ります。脅されたことと、自白したことが、つながっていなければ、自白法則は及びません。例を出します。ある人が、取調べで脅されました。そのあと、取調べの担当が別の人に代わりました。数か月後、その人は、弁護人と相談した上で、公判で、自分から認めました。圧迫の影響が切れていれば、因果関係がなく、排除されません。反対に、当初から一貫して、自分で認めていた場合も、同じです。先行する自白の影響が、後の自白に及ぶか、という問題は、別の回で見ます。今日は、因果関係が要る、という骨格までです。

約束による自白:最高裁判決

約束による自白の最高裁判決の事案。検察官の内意が弁護人を介して被疑者に伝わる。検察官C、弁護人D、被疑者A。Cは弁護人Dに、素直に自供して改悛の情を示せば起訴猶予も考えられる、と打ち明ける。DはAに、起訴猶予にしてやると言っている、と勧告。Aは信じて期待し自白。原審は、取調べに違法がないから任意性は否定できない、と判断した 図:約束による自白の最高裁判決の事案

  • 検察官の内意が弁護人を介して被疑者に伝わる
  • 検察官C、弁護人D、被疑者A
  • Cは弁護人Dに、素直に自供して改悛の情を示せば起訴猶予も考えられる、と打ち明ける
  • DはAに、起訴猶予にしてやると言っている、と勧告
  • Aは信じて期待し自白
  • 原審は、取調べに違法がないから任意性は否定できない、と判断した

冒頭の場面の問いに、戻ります。約束による自白です。最高裁の判決を見ます。収賄の事件でした。この判決の判断は、2つに分かれます。1つ目は、この自白を証拠にしてよいか。2つ目は、使えないなら、有罪の判決はどうなるか、です。事案です。贈賄側の弁護人が、担当の検察官から、内意、つまり内々の考えを、打ち明けられました。被告人が、見えすいた虚構の弁解をやめて、素直に自供して、改悛の情、つまり反省の気持ちを示せば、金品を返還しているので、起訴猶予も十分考えられる事件だ、という内意です。弁護人は、被告人に、こう勧めました。検事は、君が見えすいた嘘を言っていると思っている。改悛の情を示せば起訴猶予にしてやる、と言っている。だから、本当に貰ったのなら、正直に述べたほうがよい。

検察官と被告人の間に、弁護人が入っています。そこを、押さえてください。被告人は、これを信じて、起訴猶予を期待して、自白しました。原審は、こう判断していました。自白の動機が、そのような原因によるものとしても、捜査官の取調べそれ自体に違法が認められない本件では、供述調書の任意性を否定することはできない。取調べの違法の有無で、任意性を決めたわけです。最高裁は、違う見方をしました。判旨です。

判例最判昭41・7・1 刑集20巻6号537頁

約束による自白の判旨 本件のように、被疑者が、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、自白をすれば起訴猶予にする旨のことばを信じ、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くものと解するのが相当である。

決め手は、条件の組み方です。判旨は、取調べの違法の有無を、条件にしていません。原審とは対照的です。見ているのは、3つです。起訴不起訴の決定権をもつ検察官が言ったこと。それを、被疑者が信じたこと。起訴猶予を期待して、自白したこと。判旨は、短く言い切っています。そこで、多数説は、虚偽排除説の読みをします。起訴猶予という大きな利益を求めて話した自白は、嘘を誘われた結果かもしれない。だから、任意性に疑いがある、という読み方です。そこから、約束の事案で見る事情を、3つに整理できます。1つ目は、どれほどの得か、です。虚偽の自白を誘うほどの利益か。2つ目は、言った人に、それを決める力があるか、です。その利益を、現に左右できる権限があるか。3つ目は、どう伝えたか、です。はっきりか、直接か、人づてか。判旨の言う、決定権をもつ検察官、信じ、期待、が、この3つにつながります。

排除されたなら、有罪判決は、破棄されたのですか。そこが、判決の2つ目の判断です。もう1つの落とし穴でもあります。結論は、上告棄却でした。上告を退けて、有罪の判決を、そのまま残したのです。この自白を含む被告人の供述調書を除いても、第一審判決が挙げるほかの証拠だけで、犯罪事実は十分に認定できる。だから、判例違反があっても、刑事訴訟法410条1項ただし書の、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合に当たる、としました。結論を変えない誤りなら、判決は壊さない、という仕組みです。つまり、自白は排除されるが、有罪は維持される。違法と、破棄は、別の話です。

設例の当てはめ:3つの理由で比べる

設例S。運送会社の倉庫係Aが倉庫から精密機器を持ち出した窃盗の疑いで逮捕勾留。検察官Cが、正直に話せば今回は起訴しない、と言い、Aは持ち出した、と認め調書が作られた。当てはめ。虚偽排除、起訴されない大きな利益を決定権者が直接示したので、やっていなくても認めたくなる状況、疑いあり。人権擁護、利益で意思決定を圧迫したか、動機の錯誤は黙秘権侵害ではないという批判あり。違法排除、起訴猶予の約束を取調べの手段に使うことが違法か、違法の根拠が不明確という批判あり。結論は3説とも排除に傾くが理由が違う 図:設例S

  • 運送会社の倉庫係Aが倉庫から精密機器を持ち出した窃盗の疑いで逮捕勾留
  • 検察官Cが、正直に話せば今回は起訴しない、と言い、Aは持ち出した、と認め調書が作られた
  • 当てはめ
  • 虚偽排除、起訴されない大きな利益を決定権者が直接示したので、やっていなくても認めたくなる状況、疑いあり
  • 人権擁護、利益で意思決定を圧迫したか、動機の錯誤は黙秘権侵害ではないという批判あり
  • 違法排除、起訴猶予の約束を取調べの手段に使うことが違法か、違法の根拠が不明確という批判あり
  • 結論は3説とも排除に傾くが理由が違う

道具を使います。設例Sです。運送会社の倉庫係のAが、倉庫から精密機器を持ち出した窃盗の疑いで、逮捕、勾留されました。検察官のCが、取調べで、正直に話せば、今回は起訴しない、と言いました。Aは、持ち出した、と認め、調書が作られました。公判で、検察官がその調書を請求し、弁護人は、任意性を争います。虚偽排除説から、当てはめます。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。起訴されない、という大きな利益を、決定権をもつ検察官が、直接示しています。やっていなくても、認めたくなる状況です。疑いがあります。

人権擁護説で拾う事情は、供述の自由が侵されたか、です。利益を示して、供述を引き出す取調べは、意思決定の自由を圧迫した、といえるか。この説の側からは、大きな利益で釣ることが、話すかどうかの決定をゆがめた、と見て、疑いあり、とします。ただし、批判があります。動機を誤っただけで、黙秘権の侵害とまではいえない、という批判です。結論は、排除に傾きますが、理由には、争いがあります。違法排除説です。拾う事情は、取調べの手続が違法か、です。起訴しないという約束を、自白を引き出す手段に使うこと自体、あるいは、その約束を守らないことが、違法といえるか。この説の側からは、起訴しないという約束を、自白を引き出す手段に使うこと自体を違法と見て、排除します。ただ、違法の根拠が不明確で、人権擁護説と変わらない、という批判があります。結論です。3つの説とも、排除に傾きます。ただし、理由は、それぞれ違います。約束による自白は、3つの説の使い分けを見る、入門の問題です。変形します。設例S2です。同じことを言ったのが、警察官のBだった場合です。検事に頼んで、起訴にならないようにしてやる、と言いました。

起訴不起訴の決定権が無いことが、差になります。虚偽排除の見方では、被疑者が、警察官の約束を、信じて期待できたか。提示者と利益の関係が、弱くなります。違法排除の見方では、権限のない約束は、だますことにもなりえます。判旨は、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、と書いています。警察官の場合の射程は、判旨だけでは、直ちには決まりません。結論は、事情次第です。約束した者、約束の内容、自白との因果関係を、見ます。境界の外も、1つ置きます。誰も何も約束していないのに、Aが自分で、認めれば軽く済むかもしれない、と考えて話した場合です。

嘘を誘う働きかけが無いので、虚偽排除の見方では外れません。意思決定への圧迫も無いので、人権擁護の見方でも外れません。違法な取り方も無いので、違法排除の見方でも外れません。

今日の地図(保存版)

答案の順序。自白か、承認との区別。明文の事由に当たるか。当たらなければ、任意にされたものでない疑、どの理由の視点で何の事情を拾うか。因果関係。効果、証拠能力なし、同意でも治らない 図:答案の順序

  • 自白か、承認との区別
  • 明文の事由に当たるか
  • 当たらなければ、任意にされたものでない疑、どの理由の視点で何の事情を拾うか
  • 因果関係
  • 効果、証拠能力なし、同意でも治らない

まとめます。答案の順序です。第1に、自白かどうか。不利益な事実の承認との区別です。第2に、明文の事由に当たるか。強制、拷問、脅迫、不当に長い抑留、拘禁です。第3に、当たらなければ、任意にされたものでない疑のある自白に当たるか、です。どの理由の視点で、何の事情を拾うか、を言います。第4に、因果関係。第5に、効果です。証拠能力がなく、同意でも治りません。

短答の落とし穴。319条1項は書面の自白だけに適用される、は誤り。任意性の立証責任は被告人にある、は誤り。同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤り。検察官が起訴猶予を約束した自白は常に排除される、は誤り。自白が排除されれば有罪は維持できない、は誤り。脅迫された自白は釈放後に自ら話しても必ず排除される、は誤り。任意性を争うとは内容が嘘だと争うことだ、は誤り。不利益な事実の承認はすべて319条1項で排除される、は誤り 図:短答の落とし穴

  • 319条1項は書面の自白だけに適用される、は誤り
  • 任意性の立証責任は被告人にある、は誤り
  • 同意があれば自白調書は必ず証拠になる、は誤り
  • 検察官が起訴猶予を約束した自白は常に排除される、は誤り
  • 自白が排除されれば有罪は維持できない、は誤り
  • 脅迫された自白は釈放後に自ら話しても必ず排除される、は誤り
  • 任意性を争うとは内容が嘘だと争うことだ、は誤り
  • 不利益な事実の承認はすべて319条1項で排除される、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。319条1項は、書面になった自白だけに働く。×です。口頭でも、働きます。自白の任意性の立証責任は、被告人にある。×です。検察官にあって、疑いが残れば排除されます。同意があれば、自白調書は必ず証拠になる。×です。任意性に疑いがあれば、同意でも治りません。検察官が、起訴猶予にすると約束した自白は、常に排除される。×です。決定権をもつ者の約束か、信じて期待したか、自白との因果関係があるか、を見ます。自白が排除されたら、有罪は維持できない。×です。最高裁の事案は、ほかの証拠で足りたので、上告棄却でした。脅迫された自白は、釈放後に自ら話しても、必ず排除される。×です。因果関係が切れていれば、及びません。任意性を争うとは、自白の内容が嘘だと争うことだ。×です。それは信用性です。任意性は、言わされたか、を問います。不利益な事実の承認は、すべて319条1項で排除される。×です。自白でない承認は、322条1項の但書の問題です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。本当かもしれない自白でも、外す理由によって、見る事情が変わる。そして、決定権をもつ検察官の、起訴猶予の言葉を信じて期待した自白は、任意性に疑いがあって、証拠能力がない。ただし、排除されても、ほかの証拠で足りれば、有罪は維持されます。次は、だます、黙秘権を告げない、違法に身柄を拘束する、という取調べで得た自白です。今日の3つの物差しを、そのまま使います。

ページ上部へ ↑

#128単独ページ動画

偽計・黙秘権不告知による自白と自白法則の守備範囲

第5章 証拠法 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

取調べの場面。検察官が被疑者に、共犯者はもう全部話したぞ、と告げる。本当は、共犯者は何も話していない。被疑者はそれを信じて、やりました、と認める。その自白は、裁判で使えるのか 図:取調べの場面

  • 検察官が被疑者に、共犯者はもう全部話したぞ、と告げる
  • 本当は、共犯者は何も話していない
  • 被疑者はそれを信じて、やりました、と認める
  • その自白は、裁判で使えるのか

前回の最後に、予告しました。だます、黙秘権を告げない、違法に身柄を拘束する。そういう取調べで得た自白を、今日から見ます。場面を置きます。取調べで、検察官が、こう言います。共犯者は、もう全部話したぞ。ところが、本当は、共犯者は、まだ何も話していません。被疑者は、それを信じて、わかりました、やりました、と認めました。だまし取った自白は使うべきでない、という感覚と、中身が本当なら使ってよい、という感覚。その引っ張り合いが、今日の問いです。しかも、問いは3つあります。1つ目。違法な身柄拘束の下で取った自白は、どの法則で見るのか。2つ目。だまして取った自白は、どう見るのか。3つ目。黙秘権を告げずに取った自白は、どう見るのか。

1つ目の、どの法則で見る、とは、どういう意味ですか。自白の法則は、319条1項だけではないのですか。そこが、1つ目の問いの中身です。自白を外す道は、319条1項の自白法則のほかに、もう1本、あります。その分担を整理します。ただし、違法な身柄拘束が、実際の自白にどこまで影響するか、という当てはめは、次の回に回します。今日は、どちらの法則の問題か、の見立てまでです。軸は、前回と同じ1本です。どの事情を拾うか。今日は、その事情を、どの法則で拾うか、まで一歩進めます。先に、答えの形だけ言います。違法な身柄拘束の下の自白は、319条1項より、排除法則の側で見る方向です。だます、告げない、も、それだけで、すぐに排除とはなりません。

呼び戻し:3つの理由と二元説

前回の道具の呼び戻し。虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、自白が真実でも排除。違法排除説は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない。虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説。二元説は、虚偽排除を基礎に、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で 図:前回の道具の呼び戻し

  • 虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか
  • 人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、自白が真実でも排除
  • 違法排除説は、取調べの手続が違法か、取り方を見て中身は見ない
  • 虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説
  • 二元説は、虚偽排除を基礎に、黙秘権侵害は人権擁護で、その他の違法は違法収集証拠排除法則で

呼び戻しです。前回読んだ、刑事訴訟法319条1項を、もう一度、置きます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

条文に直接書いてある、強制、拷問、脅迫による自白と、不当に長く抑留、拘禁された後の自白。これが、明文の事由です。そのほかに、広く拾う受け皿が、太字の、任意にされたものでない疑のある自白、です。この受け皿に当たるかを見る道具が、3つありました。虚偽排除説は、その状況で、やっていなくても認めそうか、を拾います。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、を拾います。自白が真実でも、排除します。違法排除説は、取調べの手続が違法か、を拾います。取り方を見て、中身は見ません。前回、多数とされる整理として、二元説を紹介しました。虚偽排除を基礎にして、黙秘権の侵害を伴う違法は、人権擁護で拾う。それ以外の違法は、違法収集証拠排除法則で扱う。この法則は、捜査の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として使うのが相当でない場合に、その証拠を外すルールです。令状主義とは、逮捕や捜索のような強制処分を、裁判官があらかじめ審査して出す令状によらなければ、してはならない、という原則です。精神を没却する、とは、その趣旨を丸ごと無にしてしまうほどの、という意味です。前回の二元説は、多数とされる整理でした。今日は、それを含めて、二元説の中に整理が2つあることまで、厚く見ます。道具は、これで全部です。

導入問題:違法な別件逮捕・勾留中の自白

設例Q。警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない。そこで、自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留期間中は自転車の件にほとんど触れず、放火だけを連日取り調べる。Dは脅されも約束もされず、落ち着いて放火を認め、調書が作られる。起訴後、Dは犯人性を争い、調書の任意性と証拠能力を争う 図:設例Q

  • 警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない
  • そこで、自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留期間中は自転車の件にほとんど触れず、放火だけを連日取り調べる
  • Dは脅されも約束もされず、落ち着いて放火を認め、調書が作られる
  • 起訴後、Dは犯人性を争い、調書の任意性と証拠能力を争う

導入問題です。設例Qを置きます。警察官のKは、ある放火事件の犯人は、Dだと睨みました。ただ、証拠が足りません。そこで、Dが自転車を無断で持ち去った、という軽い窃盗の疑いで、Dを逮捕し、勾留しました。勾留の間、自転車の件には、ほとんど触れません。連日、放火についてだけ、取り調べました。Dは、脅されもせず、何かを約束されもしませんでした。落ち着いて、放火を認め、調書が作られました。起訴のあと、Dは、犯人性を争い、この調書の任意性と証拠能力を争います。別件逮捕、勾留の回で見ました。あの回の3段の検討でいえば、1段目の拘束そのものか、2段目の取調べの段が、違法と認められた場合です。ここでは、どの段であれ、違法だった、と前提に置きます。そこを、もう一度、争うことはしません。問いは、この自白を、どの法則で見るか、です。3つの道具で、見立てます。

設例Qの3つの見立て。虚偽排除、脅しも約束も無く落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい。人権擁護、違法な別件逮捕勾留が黙秘権侵害を伴うと評価できれば外す余地、評価できるかは分かれる。違法排除、違法な逮捕勾留の下で取った自白、取り方が違法なので外す方向、ただし違法の重大性は議論あり 図:設例Qの3つの見立て

  • 虚偽排除、脅しも約束も無く落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい
  • 人権擁護、違法な別件逮捕勾留が黙秘権侵害を伴うと評価できれば外す余地、評価できるかは分かれる
  • 違法排除、違法な逮捕勾留の下で取った自白、取り方が違法なので外す方向、ただし違法の重大性は議論あり

虚偽排除の見方です。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。Dは、脅されも、約束もされず、落ち着いて話しています。嘘を誘う状況とは言いにくい。だから、319条1項で外すのは、難しそうです。人権擁護の見方です。拾う事情は、供述の自由が侵されたか、です。違法な別件逮捕、勾留が、黙秘権の侵害を伴うものだった、と評価できれば、319条1項で外す余地が出ます。ただ、そう評価できるかは、議論が分かれます。違法排除の見方です。拾う事情は、取り方が違法か、です。違法な逮捕、勾留の下で取った自白です。取り方が違法なので、外す方向になります。ただし、違法が重大であることを要件とするか、本件がそれに当たるか、は、議論があります。

だから、どの物差しで見るか、の前に、どの法則で見るか、を整理する必要が出てきます。次の節が、その整理です。先に、予告です。この違法な身柄拘束が、実際の自白に、どこまで影響したか。どの程度の違法なら外すか。そこは、次の回の当てはめです。今日は、どちらの法則の問題か、までです。

自白法則と排除法則の分担:どの事情をどちらで拾うか

分担の整理。1つ目の整理(多数とされる):319条1項は虚偽排除を基礎に、心理的強制を伴うなど黙秘権侵害の違法も拾う、それ以外の違法な取り方は違法収集証拠排除法則。2つ目の整理(近時有力):319条1項は虚偽排除に純化、違法は排除法則で、身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法や、任意捜査の限界を超え違法の程度が重大な取調べを拾う、弁護人選任権の侵害や真実供述義務があると誤信させた場合は基本権侵害として憲法違反。違法排除説(一元):自白法則と排除法則を同一視。3観点すべてを319条1項に組み込む理解 図:分担の整理

  • 1つ目の整理(多数とされる):319条1項は虚偽排除を基礎に、心理的強制を伴うなど黙秘権侵害の違法も拾う、それ以外の違法な取り方は違法収集証拠排除法則
  • 2つ目の整理(近時有力):319条1項は虚偽排除に純化、違法は排除法則で、身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法や、任意捜査の限界を超え違法の程度が重大な取調べを拾う、弁護人選任権の侵害や真実供述義務があると誤信させた場合は基本権侵害として憲法違反
  • 違法排除説(一元):自白法則と排除法則を同一視
  • 3観点すべてを319条1項に組み込む理解

分担の整理です。ここは、名前の暗記ではなく、どの事情を、どちらの法則で拾うか、の表として読んでください。たとえ話で、入口を作ります。ある生徒が、カンニングを疑われ、事情を聴かれたとします。聞き方に、問題があった。それを、どの委員会が審査するか、という話です。嘘の答えを誘うような聞き方なら、生活指導の委員会が審査する。これが、自白法則です。聞き方が、校則そのものに反しているなら、風紀の委員会が審査する。これが、違法収集証拠排除法則です。どちらが、何を審査するかの線引きが、分担です。1通りではありません。主な整理を、順に見ます。分かれ目になるのは、黙っている自由を奪うような聞き方です。生活指導の委員会が見るのか、風紀の委員会が見るのか。そこが、整理ごとに違います。

分担の比較表。行は整理、列は319条1項で拾うものと排除法則か憲法で拾うもの。1つ目の整理(多数とされる)は、319条1項で嘘を誘う取り方と黙秘権侵害を伴う違法、排除法則でそれ以外の違法。2つ目の整理(近時有力)は、319条1項で嘘を誘う取り方だけ、排除法則で重大な違法や限界を超えた取調べ、憲法で弁護人選任権の侵害や供述義務の誤信。違法排除説は2本を同一視し違法な取り方を319条1項で拾う。3観点すべてを319条1項に組み込む理解。設例Qは1つ目でも2つ目でも排除法則の側 図:分担の比較表

  • 行は整理、列は319条1項で拾うものと排除法則か憲法で拾うもの
  • 1つ目の整理(多数とされる)は、319条1項で嘘を誘う取り方と黙秘権侵害を伴う違法、排除法則でそれ以外の違法
  • 2つ目の整理(近時有力)は、319条1項で嘘を誘う取り方だけ、排除法則で重大な違法や限界を超えた取調べ、憲法で弁護人選任権の侵害や供述義務の誤信
  • 違法排除説は2本を同一視し違法な取り方を319条1項で拾う
  • 3観点すべてを319条1項に組み込む理解
  • 設例Qは1つ目でも2つ目でも排除法則の側

まず、違法排除説です。前回は、取調べの手続が違法か、という、拾う事情の1つとして見ました。その観点を、自白法則そのものの物差しにまで広げた立場が、ここでの違法排除説です。自白法則と、排除法則を、同じものと見ます。319条1項の中に、違法な取り方を、全部入れてしまいます。この立場は、一元です。二元説の二元とは、自白法則と、違法収集証拠排除法則の、2本立てです。ここは、短答で聞かれます。二元説は、この2本を、別物として並べる立場です。同じものとして扱うのは、違法排除説の方です。取り違えないでください。二元説の中にも、整理が2つあります。1つ目の整理は、多数とされるものです。前回、二元説として紹介したのは、この1つ目です。319条1項は、虚偽排除を基礎にします。そこに、心理的強制、つまり、話すかどうかを自由に決められない状態に追い込むような、黙秘権の侵害を伴う違法も、拾います。人権擁護の観点です。それ以外の、違法な取り方は、違法収集証拠排除法則に回します。2つ目の整理は、近時、有力なものです。319条1項は、虚偽排除に、純化します。嘘を誘う取り方だけを、拾います。違法は、排除法則に任せます。

2つ目の整理で排除法則が拾う違法。身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法、または任意捜査の限界を超え社会通念上不相当で違法の程度が重大な取調べ。例、令状なしに実質的に逮捕と同じ拘束をしてその間に取った自白は典型、令状はあり書面に軽い形式上のミスだけなら当たりにくい。憲法を直接使う見方、弁護人選任権の侵害(憲法34条)、供述義務の誤信(憲法38条1項) 図:2つ目の整理で排除法則が拾う違法

  • 身体拘束下で令状主義の精神を没却する重大な違法、または任意捜査の限界を超え社会通念上不相当で違法の程度が重大な取調べ
  • 例、令状なしに実質的に逮捕と同じ拘束をしてその間に取った自白は典型、令状はあり書面に軽い形式上のミスだけなら当たりにくい
  • 憲法を直接使う見方、弁護人選任権の侵害(憲法34条)、供述義務の誤信(憲法38条1項)

排除法則が拾う違法は、2つに分かれます。1つは、身体を拘束された状態で、令状主義の精神を没却するような重大な違法があった場合。あるいは、取調べが、任意捜査の限界を超えて、社会通念上、不相当で、違法の程度が重大な場合です。具体例を、1つ置きます。裁判官の令状を得ないまま、実質的には逮捕と同じ身柄の拘束をして、その間に自白を取った。これは、令状主義の趣旨を無にする、重大な違法の典型です。他方で、令状は出ていて、書面の記載に、軽い形式上のミスがあっただけなら、趣旨を丸ごと無にするほどの違法とは、言いにくい。この線の内側か外側かで、排除法則に乗るかが決まります。もう1つは、憲法の保障を、直接侵した場合です。たとえば、弁護人を選任する権利を侵害した。あるいは、真実を供述する義務があると、誤信させた。これらは、憲法34条や、憲法38条1項の、基本権の侵害として扱う、という見方です。

憲法を直接使う理解は、有力な見方の1つ、という位置づけです。そういう整理もある、までを押さえてください。2つの整理で、答えが分かれるのは、黙っている自由を奪う取調べです。1つ目の整理なら、319条1項の中で見ます。2つ目の整理なら、排除法則か、憲法の側で見ます。もう1つ、別の整理があります。ここでは、全部入れの整理、と呼びます。自白法則、つまり319条1項の中に、虚偽排除、人権擁護、違法排除の3つの観点を、すべて組み込む理解です。違法排除も、排除法則に任せず、319条1項の内側で拾います。ですから、違法を排除法則に回す、二元説の2本立てには、当たりません。違法排除説との違いは、虚偽排除と人権擁護の観点も、捨てずに残す点です。違法排除説は、物差しを、違法排除の1本にそろえます。全部入れの整理は、3本を並べて持ちます。話を、1つ目の整理に戻します。その中でも、排除に必要な違法の程度は、分かれます。令状主義の精神を没却する重大な違法と、同じ程度が必要だ、という理解があります。他方で、自白は、捜査機関が違法な手段を使う誘因になりやすいので、もっと軽い違法でも、排除の余地がある、という理解もあります。

設例Qは、1つ目の整理では、自白法則というより、排除法則の問題です。虚偽排除では、外れにくいからです。2つ目の整理でも、身体拘束下の重大な違法に当たれば、排除法則の問題です。どちらの整理でも、排除法則で見る方向になります。結論の言い方です。二元説のうち、1つ目と2つ目の整理では、違法な別件逮捕、勾留の下の自白は、319条1項だけでは判断しません。違法収集証拠排除法則を適用して、排除を検討します。そこで、どれほどの違法なら外すのか、は、次の回で見ます。

虚偽排除説の読み直し。事実を誤らせないより、同じ方法の再発を抑える。見る事情は、その事件で実際に誤るかではなく、その種のやり方が、一般に嘘を引き出しやすいか。理由は、明確に違法とまで言えない不当な取調べの自白を外す余地、不任意自白から得た二次的証拠を排除する理屈 図:虚偽排除説の読み直し

  • 事実を誤らせないより、同じ方法の再発を抑える
  • 見る事情は、その事件で実際に誤るかではなく、その種のやり方が、一般に嘘を引き出しやすいか
  • 理由は、明確に違法とまで言えない不当な取調べの自白を外す余地、不任意自白から得た二次的証拠を排除する理屈

もう1つ、虚偽排除説の読み直しです。近時、有力な見解があります。虚偽排除説の意味を、事実を誤らせない、というより、同じ方法の再発を抑える、ところに置きます。再発を抑える、というと、違法排除説に近づきませんか。近づきます。ただ、見る事情が違います。その事件で、実際に事実を誤るおそれがあったか、ではなく、そういうやり方が、一般に、嘘を引き出しやすいか、を見ます。なぜ、そう読み直すのか。理由は2つです。1つ目。明確に違法とまでは言えないが、不当な取調べで取った自白を、外す余地を残したい。2つ目。不任意の自白から得た、二次的な証拠を排除する、理屈を持ち込みたい。二次的な証拠とは、たとえば、不任意の自白をきっかけに見つかった凶器のように、自白から派生して得られた別の証拠のことです。2つ目は、次の回と、後の回で見ます。予告だけです。結論として、判例を読むときの視点です。どの整理で読むかは、事案に応じて選びます。複数の読み方がありうる。名前の暗記にしないでください。

偽計による自白:最高裁大法廷の判決

偽計の最高裁大法廷判決の事案。夫と妻に拳銃等の不法所持の疑い。取調べでは2人とも共謀を否認。検察官は、妻が共謀を自供したと実際は自供していないのに夫に告げて説得、夫が認める。次に妻に、夫が認めたと告げて説得、妻も認める。再び夫に、妻も共謀を認めていると確認。翌日、警察の警部補が夫を取り調べ調書を作成。検察官は、奥さんは自供している、男らしく言ったらどうか、と説得したことも記録上うかがわれる 図:偽計の最高裁大法廷判決の事案

  • 夫と妻に拳銃等の不法所持の疑い
  • 取調べでは2人とも共謀を否認
  • 検察官は、妻が共謀を自供したと実際は自供していないのに夫に告げて説得、夫が認める
  • 次に妻に、夫が認めたと告げて説得、妻も認める
  • 再び夫に、妻も共謀を認めていると確認
  • 翌日、警察の警部補が夫を取り調べ調書を作成
  • 検察官は、奥さんは自供している、男らしく言ったらどうか、と説得したことも記録上うかがわれる

冒頭の場面に、戻ります。だまして取った自白です。最高裁の大法廷の判決を見ます。拳銃と実包の不法所持の事件でした。この判決の判断も、2つに分かれます。1つ目は、偽計による自白を、どう見るか。2つ目は、結論として、何をしたか、です。事案です。夫と、その妻に、拳銃と実包を不法に所持した疑いがかかりました。警察署の取調べでは、2人とも、共謀を否認しました。妻は、自分の一存で買って、隠していた、と言いました。夫は、妻が勝手に買ったので、返せと言っておいた、と言いました。事件は、検察庁に移ります。検察官は、実際には、妻は、そのような自供をしていないのに、妻が共謀を自供した、と夫に告げて、説得しました。夫は、共謀を認めました。

検察官は、次に、夫と妻を入れ替えました。妻には、夫が共謀を認めている、と告げて説得しました。妻も認めたので、すぐに調書を作りました。そして、もう一度、夫に、妻も共謀を認めているが、まちがいないか、と確認しました。検察官は、夫の勾留先の警察署の警部補に、再度の取調べを指示しました。翌日、警部補が夫を取り調べ、司法警察員に対する供述調書を作りました。記録を見ると、検察官が、こう説得したことも、うかがわれます。奥さんは自供している。誰がみても、奥さんが独断で買わん。参考人の供述もある。こんな事で、二人共処罰される事はない。男らしく、云うたらどうか。判旨です。

判例最大判昭45・11・25 刑集24巻12号1670頁

偽計による自白の判旨 捜査手続といえども、憲法の保障下にある刑事手続の一環である以上、刑訴法一条所定の精神に則り、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ適正に行なわれるべきものであることにかんがみれば、捜査官が被疑者を取り調べるにあたり偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ自白を獲得するような尋問方法を厳に避けるべきであることはいうまでもないところであるが、もしも偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、右の自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法三一九条一項の規定に違反し、ひいては憲法三八条二項にも違反するものといわなければならない。

偽計の判旨は2段。前段は一般論、捜査も適正に、偽計で錯誤に陥れて自白を取る尋問は厳に避けるべき。後段は条件、偽計で心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合に限り、任意性に疑い、証拠能力なし、319条1項違反、憲法38条2項にも違反。偽計だけではアウトにならない 図:偽計の判旨は2段

  • 前段は一般論、捜査も適正に、偽計で錯誤に陥れて自白を取る尋問は厳に避けるべき
  • 後段は条件、偽計で心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがある場合に限り、任意性に疑い、証拠能力なし、319条1項違反、憲法38条2項にも違反
  • 偽計だけではアウトにならない

判旨は、2段になっています。前段は、一般論です。捜査も、適正に行われるべきだ。だから、偽計で被疑者を錯誤に陥れて、自白を取るような尋問は、厳に避けるべきだ、と言います。ただ、これだけでは、自白は排除されません。次の条件です。偽計によって、被疑者が、心理的強制を受けた。その結果、虚偽の自白が誘発されるおそれがある。この場合に限って、任意性に疑いがあり、証拠能力がない。319条1項に違反し、憲法38条2項にも違反する、と言います。偽計を使った。それだけではなく、心理的強制と、虚偽自白を誘発するおそれ、という条件が付きます。ここが、短答で狙われます。あてはめも、見ます。

判例最大判昭45・11・25 刑集24巻12号1670頁

偽計による自白のあてはめ 「もし被告人が共謀の点を認めれば被告人のみが処罰され妻は処罰を免れることがあるかも知れない旨を暗示した疑いがある」……「偽計によつて被疑者が心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれのある疑いが濃厚であり、もしそうであるとするならば」……「任意性に疑いがある」

あてはめと結論。偽計に加え、認めれば妻は処罰を免れるかもしれない旨を暗示した疑い。結論は原判決破棄、差戻し。自白排除を確定したのではない。疑いが濃厚、もしそうなら、と述べ、虚偽自白を誘発するおそれの事情を十分検討しなかった点を審理不尽とした 図:あてはめと結論

  • 偽計に加え、認めれば妻は処罰を免れるかもしれない旨を暗示した疑い
  • 結論は原判決破棄、差戻し
  • 自白排除を確定したのではない
  • 疑いが濃厚、もしそうなら、と述べ、虚偽自白を誘発するおそれの事情を十分検討しなかった点を審理不尽とした

注目してほしいのは、偽計に加えて、もう1つの事情を挙げている点です。自分が認めれば、妻は処罰を免れるかもしれない、という趣旨を、暗示した疑いがある。だます、だけではなく、妻に有利になる、とにおわせた。これが、虚偽の自白を誘発するおそれにつながった、と読めます。そして、結論です。最高裁は、原判決を、破棄して、差し戻しました。自白を排除して、無罪にした、のではないのですか。そこが、落とし穴です。最高裁は、自白を最終的に排除する、と言い切ったのではありません。疑いが濃厚である、もしそうであるとするなら、と述べました。そして、原審が、虚偽自白を誘発するおそれのある事情を、十分に検討せず、たやすく、認められないとした点を、審理が尽くされていない、として、事実を、原審で審理し直させたのです。前回の約束の判決との違いも、一言です。約束は、起訴不起訴の決定権をもつ検察官の、起訴猶予にする旨のことばを、信じ、期待して、した自白でした。今回は、嘘で、錯誤に陥れる点が違います。

偽計の判決はどの説か。虚偽排除説の読み、根拠は虚偽の自白が誘発されるおそれという説示、批判は虚偽を誘発しない偽計もある(録音していないのに録音していると言う)。方法の違法の読み(違法排除説・人権擁護説)、根拠は年齢・知能・精神状態を認定せず尋問方法を専ら見ている、批判は虚偽誘発の説示を説明できない。判例は説の名前を示していない 図:偽計の判決はどの説か

  • 虚偽排除説の読み、根拠は虚偽の自白が誘発されるおそれという説示、批判は虚偽を誘発しない偽計もある(録音していないのに録音していると言う)
  • 方法の違法の読み(違法排除説・人権擁護説)、根拠は年齢・知能・精神状態を認定せず尋問方法を専ら見ている、批判は虚偽誘発の説示を説明できない
  • 判例は説の名前を示していない

最後に、この判決は、どの説に立つのか。ここも、割れます。判旨は、虚偽の自白が誘発されるおそれ、と言っています。だから、多数の読みは、虚偽排除説の判断だ、とします。ただ、批判があります。偽計は、使い方によっては、虚偽の自白を誘発しません。たとえば、実は録音していないのに、録音している、と言って話させた場合です。虚偽排除説では、偽計の自白を、説明しきれない、というのです。他方で、判決は、被疑者の年齢、知能、精神状態を、認定していません。尋問の方法を、専ら見ています。だから、取調べの方法の違法を根拠にした、と読む見方も、有力です。違法排除説や、人権擁護説の読みです。ただ、これには、虚偽誘発に、はっきり触れている説示を、説明できない、という批判があります。

判例は、説の名前を、示していません。どれを基礎にしているか、必ずしも明確ではないのです。さきほどの、複数の読み方がありうる、という視点の、実例です。

偽計の当てはめ:3つの理由と考慮要素

偽計の考慮要素。偽計の内容は、虚偽の自白を誘発しかねない強力な誘引か。偽計の態様は、具体的明示的か、暗示的抽象的か。尋問方法として不当か。偽計と自白の因果関係。注意、これは判旨が列挙したものではなく、判旨の説示と認定から取り出した見方 図:偽計の考慮要素

  • 偽計の内容は、虚偽の自白を誘発しかねない強力な誘引か
  • 偽計の態様は、具体的明示的か、暗示的抽象的か
  • 尋問方法として不当か
  • 偽計と自白の因果関係
  • 注意、これは判旨が列挙したものではなく、判旨の説示と認定から取り出した見方

道具を使います。その前に、見る事情の整理です。偽計を見るときの、考慮要素が、4つ整理されています。1つ目。偽計の内容。虚偽の自白を誘発しかねない、強力な誘引か。2つ目。偽計の態様。具体的で明示的か、暗示的で抽象的か。3つ目。尋問の方法として、不当か。4つ目。その偽計によって、自白した、という因果関係です。判決が、この4つを挙げているのですか。違います。判旨が列挙したのではありません。判旨の説示と、認定した事実から、取り出された見方です。そこを区別してください。偽計の意図や、手順、それまでの圧迫の程度も、不当性の事情になる、という一般論は言えます。ただ、判例の言葉ではありません。ついでに、前回の約束の考慮要素と並べます。約束は、どれほどの得か、誰が言ったか、どう伝えたか。偽計は、どんな嘘か、どう嘘をついたか、でした。

設例W。ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが疑われた。検察官Cは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げ、Aが認めた。次にBに、Aが認めたと告げると、Bも認めた。公判でAの弁護人がAの調書の任意性を争う 図:設例W

  • ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが疑われた
  • 検察官Cは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げ、Aが認めた
  • 次にBに、Aが認めたと告げると、Bも認めた
  • 公判でAの弁護人がAの調書の任意性を争う

設例Wです。ある店舗の金庫が破られ、同僚のAとBが、疑われました。検察官のCは、Bは何も話していないのに、Aに、Bはお前と二人でやったと認めたぞ、と告げました。Aは、認めました。次に、Bに、Aが認めた、と告げると、Bも認めました。公判で、Aの弁護人が、Aの調書の任意性を争います。虚偽排除から、当てはめます。拾う事情は、その状況で、やっていなくても認めそうか。共犯者が認めた、と言われる圧力は、強いです。さらに、認めれば、Bは罪が軽くなる、と、においわせていたなら、誘引は強い。疑いがあります。人権擁護です。拾う事情は、供述の自由が侵されたか。嘘で錯誤に陥れて、供述させたことが、意思決定の自由を侵した、といえるか、を見ます。違法排除です。拾う事情は、取り方が違法か。嘘で自白を取る取り方が、適正な手続に反して、違法か。判旨の、厳に避けるべき、という線です。結論です。嘘が強力で、しかも、共犯者に有利になる、という暗示まである場合は、3つの説とも、排除に傾きます。ただ、理由は違います。

軽い嘘なら、どうなりますか。変形します。設例W2です。取調官が、現場近くの防犯カメラに、あなたが写っている、と告げました。実際は、写っていませんでした。Aは、落ち着いて、自分でやった、と認めました。嘘の内容は、強いです。客観的な証拠がある、と誤信させるものです。ただ、虚偽自白を誘発するか、は、別です。落ち着いて認めたのなら、虚偽排除の見方では、排除に傾きにくい。違法排除の見方では、嘘を使った点が、問題になります。だから、偽計があれば常に排除される、は誤りです。因果関係、内容、態様を見て、事情次第で決まります。判旨の条件も、心理的強制と、虚偽誘発のおそれ、でした。

黙秘権の不告知:198条2項と最高裁の判断

黙秘権の不告知。刑訴198条2項は被疑者の取調べで告知を義務づける。憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されない。問題は、告げなかった自白は、それだけで任意性を欠くのか。最高裁の判断は、旧法の下の判例で、憲法38条は告知義務を定めたものではなく、不告知で任意性を欠くと速断できない 図:黙秘権の不告知

  • 刑訴198条2項は被疑者の取調べで告知を義務づける
  • 憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されない
  • 問題は、告げなかった自白は、それだけで任意性を欠くのか
  • 最高裁の判断は、旧法の下の判例で、憲法38条は告知義務を定めたものではなく、不告知で任意性を欠くと速断できない

3つ目の問いです。黙秘権を告げずに取った自白です。条文を、全文で読みます。まず、刑事訴訟法198条2項です。

条文刑事訴訟法第198条第2項

刑事訴訟法第198条第2項 前項の取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。

次に、黙秘権の根拠の、憲法38条1項です。

条文憲法第38条第1項

憲法第38条第1項 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。

198条2項は、被疑者を取り調べるときに、あらかじめ、供述する必要がない旨を告げることを、義務づけています。黙秘権の中身は、前に見ました。今日の問いは、告げなかった場合です。告げなかった自白は、それだけで、任意性を欠くのか。告げる義務がある以上、告げなければ自白は使えない、と考えたくなります。ところが、最高裁は、そう言っていません。判旨です。

判例最判昭25・11・21 刑集4巻11号2359頁

黙秘権の不告知についての判旨 憲法第三八条は、裁判所が被告人を訊問するに当り予め被告人にいわゆる黙秘の権利あることを告知理解させなければならない手続上の義務を規定したものではなく、従つてかような手続をとらないで訊問したからとて、その手続は違憲とは言い得ず、刑訴応急措置法第一〇条に違反するものでない……この理は捜査官の聴取書作成についても異るところのないことは右判例の趣旨から窺われる……原審並びに検察事務官がその取調に際し被告人に黙秘権のあることを告知しなかつたからとて所論のような違法はなく、またこれらの取調に基く被告人の供述が任意性を欠くものと速断することもできない

判旨が答えているのは、2つです。憲法38条は、告知する義務を、定めたものではない。そして、告知しなかったからといって、任意性を欠く、と速断することもできない。なぜか。判旨の言葉ではありませんが、理由はこう考えられます。憲法38条1項が禁じているのは、供述を強要することです。告げる手続までは、書いていません。告げなかったことは、強要と同じではない。だから、それだけで任意性を欠く、とは言い切れないのです。ここで、射程に注意してください。この事案は、現在の刑事訴訟法が施行される前の、旧法の下の判例です。判旨が直接に答えているのは、憲法38条が告知義務を定めているか、と、告げなかっただけで、速断できるか、です。現在の198条2項の義務に、違反した場合の効果を、直接に判示したものではありません。

ただ、使える範囲は、任意性を欠くと速断することもできない、という言い方の範囲までです。それ以上に、不告知は問題にならない、と読んではいけません。学説との距離を、3つの道具で見ます。虚偽排除は、被疑者が、黙秘できると認識していたかなどから、心理的な圧迫が、解放されていたかを、実質的に見ます。人権擁護や、違法排除の見方では、黙秘権の不告知という違法を、重大な違法と位置づけるか、どの程度の違法で排除するか、が問題になります。ある裁判例を、1つだけ紹介します。黙秘権も弁護人選任権も告げず、調書を読み聞かせもせずに、署名押印を求め、母親への手紙を出すことを禁じるような発言もした事案です。裁判所は、黙秘権不告知の事実は、供述の任意性の判断に、重大な影響を及ぼす、として排除しました。ただし、この事案では、脅迫や偽計とみられる行為も、認定されています。不告知だけで、直ちに否定したわけではありません。つまり、判例は、不告知だけでは速断できない、と言います。ある裁判例は、不告知を、任意性判断の重い一事情と見ます。この距離は、不告知と、他の事情の総合で、埋まります。

不告知の当てはめ・参考人の取調べ

設例V。警察官Kが傷害事件の被疑者Dを取り調べる際、黙秘権を告げなかった。Dは落ち着いて自分から経緯を話し、調書が作られた。脅しも約束もない。変形V2はKが告知せず、さらに、話さないと帰れないぞ、と言った。参考人E。ひき逃げ現場で目撃者として事情を聴かれていたEが、話すうちに自分が運転者だと認める供述をした。警察官は参考人として扱い、告知していなかった。実際には被疑者として立件を視野に入れていた 図:設例V

  • 警察官Kが傷害事件の被疑者Dを取り調べる際、黙秘権を告げなかった
  • Dは落ち着いて自分から経緯を話し、調書が作られた
  • 脅しも約束もない
  • 変形V2はKが告知せず、さらに、話さないと帰れないぞ、と言った
  • 参考人E
  • ひき逃げ現場で目撃者として事情を聴かれていたEが、話すうちに自分が運転者だと認める供述をした
  • 警察官は参考人として扱い、告知していなかった
  • 実際には被疑者として立件を視野に入れていた

設例Vです。警察官のKが、傷害事件の被疑者Dを取り調べるとき、黙秘権を告げませんでした。ただ、Dは、落ち着いて、自分から経緯を話し、調書が作られました。脅しも、約束もありません。虚偽排除から、見ます。不告知それ自体で、嘘を誘う状況でしょうか。Dは、落ち着いて、自分から話しています。排除に傾きにくいです。人権擁護と、違法排除の見方では、198条2項の違反という違法を、どう評価するか、が問題です。ただ、判例は、不告知だけで、直ちに任意性を否定しません。不告知が、問題にならない、とまでは言いません。変形です。設例V2です。Kは、告知をせず、さらに、話さないと、帰れないぞ、と言いました。不告知に加えて、黙秘権を現に侵す言動があります。供述の自由を侵した、と評価しやすくなります。不告知を、総合判断の中の、重い一事情として扱います。さきほど紹介した裁判例の、型です。だから、黙秘権を告げなければ、常に排除される、は誤りです。一方で、不告知に何も意味が無い、も、誤りです。他の事情と合わせて、総合して見ます。もう1つ、参考人の取調べです。設例を置きます。ひき逃げの現場で、目撃者として、事情を聴かれていたEが、話すうちに、自分が運転者だと認める趣旨の供述を、しました。警察官は、参考人として扱い、黙秘権は告げていませんでした。

参考人への告知は、義務ではありません。被疑者以外の者の取調べを定める223条2項は、198条2項を、準用していません。準用とは、ある条文の規定を、別の場面に、そのまま当てはめる、という法律の書き方です。前に見た、223条2項を、もう一度、読みます。

条文刑事訴訟法第223条第2項

刑事訴訟法第223条第2項 第百九十八条第一項但書及び第三項乃至第五項の規定は、前項の場合にこれを準用する。

準用されるのは、198条の1項但書と、3項から5項までです。黙秘権の告知を定める2項だけが、並んでいません。だから、参考人には、告知の義務が、ありません。ただし、話は、そこで終わりません。実際には、警察官が、Eを、被疑者として立件するつもりでいたなら、どうでしょう。告知しないまま、不利益な供述を録取したことが、黙秘権の実質的な侵害、つまり違法と、評価されることがあります。この型で、証拠能力を否定した下級審の裁判例もあります。ここでは、形式の、参考人か被疑者か、ではなく、実質を、見るのです。

今日の地図(保存版)

答案の順序。自白か。明文の事由に当たるか。当たらなければ、任意にされたものでない疑、類型ごとに、どの理由の視点で何の事情を拾うか。その違法を319条1項でなく排除法則で見るべきか、分担。因果関係。効果 図:答案の順序

  • 自白か
  • 明文の事由に当たるか
  • 当たらなければ、任意にされたものでない疑、類型ごとに、どの理由の視点で何の事情を拾うか
  • その違法を319条1項でなく排除法則で見るべきか、分担
  • 因果関係
  • 効果

まとめます。答案の順序です。第1に、自白かどうか。第2に、明文の事由に当たるか。強制、拷問、脅迫による自白や、不当に長く抑留、拘禁された後の自白か、ということです。第3に、当たらなければ、任意にされたものでない疑のある自白に当たるか、です。偽計や不告知など、類型ごとに、どの理由の視点で、何の事情を拾うか、を言います。今日の新しい段が、第4です。その違法を、319条1項で見るべきか、それとも、違法収集証拠排除法則で見るべきか、という分担を、答案に入れます。そのあと、因果関係、そして、効果です。

短答の落とし穴、偽計。偽計があれば常に排除、は誤り。判例は偽計の自白を排除して無罪にした、は誤り。判例は偽計について虚偽排除説に立つと明言した、は誤り 図:短答の落とし穴、偽計

  • 偽計があれば常に排除、は誤り
  • 判例は偽計の自白を排除して無罪にした、は誤り
  • 判例は偽計について虚偽排除説に立つと明言した、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。偽計を用いて得た自白は、常に任意性を欠き、証拠能力がない。×です。偽計によって心理的強制を受け、その結果、虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合です。最高裁の大法廷は、偽計による自白を排除して、被告人を無罪とした。×です。原判決を破棄して、差し戻しました。審理が尽くされていなかったからです。偽計による自白について、判例は、虚偽排除説に立つと明言した。×です。説の名前は、示していません。読みが割れています。

短答の落とし穴、黙秘権と分担。黙秘権を告げなければ常に排除、は誤り。参考人の取調べにも告知は義務、は誤り。違法な別件逮捕勾留中の自白は319条1項だけで判断する、は誤り。二元説は自白法則と排除法則を同一視する立場、は誤り 図:短答の落とし穴、黙秘権と分担

  • 黙秘権を告げなければ常に排除、は誤り
  • 参考人の取調べにも告知は義務、は誤り
  • 違法な別件逮捕勾留中の自白は319条1項だけで判断する、は誤り
  • 二元説は自白法則と排除法則を同一視する立場、は誤り

黙秘権を告げずに取り調べて得た自白は、常に任意性がなく、排除される。×です。それだけで速断することはできない、と、最高裁は言っています。参考人として取り調べる場合にも、198条2項の告知は義務である。×です。223条2項は、準用していません。違法な別件逮捕、勾留の下の自白は、319条1項だけで判断する。×です。二元説のうち、1つ目と2つ目の整理では、排除法則の側で見ます。二元説とは、自白法則と、排除法則を、同じものとして扱う立場である。×です。2本立てです。同一視するのは、違法排除説です。冒頭の問いの答えは、こうですね。共犯者は全部話した、と、だまして取った自白は、常に排除されるわけではない。偽計によって心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれがあるかを見る。最高裁も、そう判断して、事実を審理し直させた。そして、黙秘権を告げなかった自白も、それだけで、すぐには排除されません。他の事情と合わせて、総合します。次は、後編です。宿泊や手錠という取調べの違法、そして、今日の入口で見た、違法な身柄拘束の下の自白を、実際に当てはめます。最初の自白が排除されたあと、もう一度認めた自白はどうなるか、も見ます。

ページ上部へ ↑

#129単独ページ動画

違法な取調べ・違法な身柄拘束下の自白と派生証拠・反復自白

第5章 証拠法 ⑱/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

違法な逮捕の下で取った自白は、法廷で外された。ところが同じ人は、その後、裁判官の前でもう一度、やりました、と認めた。この2度目の自白は、使えるのか 図:違法な逮捕の下で取った自白は、法廷で外された

  • ところが同じ人は、その後、裁判官の前でもう一度、やりました、と認めた
  • この2度目の自白は、使えるのか

前回の最後に、予告しました。宿泊や手錠という取調べの違法。入口で見た、違法な身柄拘束の下の自白。そして、最初の自白が排除されたあと、もう一度認めた自白。今日は、この3つを、実際に当てはめます。今日の問いを、1つ置きます。違法な逮捕の下で取った自白は、法廷で外されました。ところが、同じ人が、その後、裁判官の前で、もう一度、やりました、と認めました。この2度目の自白は、使えるのでしょうか。最初の違法を引き継ぐのか、別の場で仕切り直されるのか。ここが、後半の山場です。答えを先に言います。2度目の自白は、使えるかどうかが、誰が、何のために取ったか、で分かれます。裁判官の勾留質問なら使える方向、捜査官が取ったなら、違法がつながる方向です。理由は、あとで丁寧に見ます。

設例Qの呼び戻し。警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない。自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留中は自転車の件にほとんど触れず放火だけを連日取り調べる。Dは脅されも約束もされず落ち着いて放火を認め、調書が作られる。前回の結論、この自白は排除法則の側で見る 図:設例Qの呼び戻し

  • 警察官Kは放火事件の犯人は被疑者Dだと睨むが証拠が足りない
  • 自転車を無断で持ち去った軽い窃盗の疑いでDを逮捕勾留し、勾留中は自転車の件にほとんど触れず放火だけを連日取り調べる
  • Dは脅されも約束もされず落ち着いて放火を認め、調書が作られる
  • 前回の結論、この自白は排除法則の側で見る

前回の設例Qを、もう一度、置きます。警察官のKは、ある放火事件の犯人は、Dだと睨みました。ただ、証拠が足りません。そこで、Dが自転車を無断で持ち去った、という軽い窃盗の疑いで、Dを逮捕し、勾留しました。勾留の間、自転車の件には、ほとんど触れず、連日、放火についてだけ、取り調べました。Dは、脅されも、約束もされず、落ち着いて、放火を認め、調書が作られました。前回の結論は、この自白は、自白法則というより、排除法則の側で見る、でした。今日は、その排除法則の側での当てはめを、ここから始めます。今日の3つを整理します。1つ目は、取り方そのものの違法、つまり宿泊と手錠です。2つ目は、取調べより前の違法、つまり設例Qの当てはめと、接見の制限です。3つ目は、自白の先です。自白から得た証拠と、もう一度の自白が、どうなるかを見ます。

呼び戻し:2つの法則と3つの理由

前回の道具の呼び戻し。自白法則(319条1項)と違法収集証拠排除法則の2本立てが二元説の二元。理由は3つ。虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか。違法排除説は、取り方が違法か。虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説。委員会のたとえ、生活指導の委員会が自白法則、風紀の委員会が排除法則 図:前回の道具の呼び戻し

  • 自白法則(319条1項)と違法収集証拠排除法則の2本立てが二元説の二元
  • 理由は3つ
  • 虚偽排除説は、その状況でやっていなくても認めそうか
  • 人権擁護説は、供述の自由が侵されたか
  • 違法排除説は、取り方が違法か
  • 虚偽排除説と人権擁護説は合わせて任意性説
  • 委員会のたとえ、生活指導の委員会が自白法則、風紀の委員会が排除法則

前回読んだ、刑事訴訟法319条1項を、もう一度、置きます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

条文に直接書いてある、強制、拷問、脅迫による自白と、不当に長く抑留、拘禁された後の自白が、明文の事由です。そのほかを広く拾う受け皿が、太字の、任意にされたものでない疑のある自白、です。この受け皿に当たるかを見る道具が、3つありました。虚偽排除説は、その状況で、やっていなくても認めそうか、を拾います。人権擁護説は、供述の自由が侵されたか、を拾います。違法排除説は、取り方が違法か、を拾います。虚偽排除説と人権擁護説は、合わせて、任意性説と呼びます。二元説の二元とは、自白法則と、違法収集証拠排除法則の、2本立てです。排除法則は、捜査の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、証拠として使うのが相当でない場合に、その証拠を外すルールです。令状主義とは、逮捕のような強制処分は、裁判官の令状によらなければできない、という原則です。精神を没却する、とは、その趣旨を丸ごと無にするほど、という意味でした。前回の整理は、3つありました。1つ目の整理は、多数とされるもので、319条1項は虚偽排除を基礎に、黙秘権の侵害を伴う違法、つまり、話すかどうかを自由に決められない状態に追い込む違法も拾い、それ以外の違法は排除法則に回します。2つ目の整理は、近時有力で、319条1項は虚偽排除に純化し、違法は排除法則に任せます。全部入れの整理は、虚偽排除、人権擁護、違法排除の3つの観点を、すべて319条1項の中に組み込みます。ですから、全部入れの整理は、二元説の2本立てには、当たりません。

前回の、委員会のたとえが、今日も使えますか。使えます。嘘の答えを誘うような聞き方なら、生活指導の委員会、つまり自白法則が審査します。聞き方が、校則そのものに反しているなら、風紀の委員会、つまり排除法則が審査します。今日の作業は、どの事情を、どちらの委員会に回すか、の当てはめです。

取調べの違法①:宿泊を伴う長期の取調べ

宿泊を伴う長期の取調べ。殺人事件の参考人として警察署に任意同行された者を、連続して9泊、10日間、夜は警察が手配した宿泊場所に泊め、警察官が厳重に監視し、ほぼ外界と隔絶された状態で、休みなく連日長時間取り調べ、自白を得た。のちに逮捕。裁判所の判断、行き過ぎで違法は重大、違法捜査抑制の見地からも証拠能力を付与するのは相当でない。この自白の証拠能力を否定、有罪は別の証拠で認定(東京高判平14・9・4 判時1808号144頁) 図:宿泊を伴う長期の取調べ

  • 殺人事件の参考人として警察署に任意同行された者を、連続して9泊、10日間、夜は警察が手配した宿泊場所に泊め、警察官が厳重に監視し、ほぼ外界と隔絶された状態で、休みなく連日長時間取り調べ、自白を得た
  • のちに逮捕
  • 裁判所の判断、行き過ぎで違法は重大、違法捜査抑制の見地からも証拠能力を付与するのは相当でない
  • この自白の証拠能力を否定、有罪は別の証拠で認定(東京高判平14・9・4 判時1808号144頁)

まず、取調べのやり方そのものが違法なとき、その自白は使えるのか、を見ます。1つ目は、宿泊を伴う、長期の取調べです。任意捜査としての取調べは、社会通念上、相当と認められる方法、態様、限度で許されます。その限界は、取調べの限界の回で見ました。ここでは、限界を大きく超えたとき、自白がどうなるかを見ます。高等裁判所の事案を、要旨で語ります。殺人事件の参考人として、警察署に任意同行された人がいました。その人は、そのまま連続して9泊、10日間、警察が手配した場所に泊められました。夜は、警察官に厳重に監視され、ほとんど外の世界と切り離されていました。昼は、休みなく、連日、長時間、取り調べられました。その人は、自白しました。のちに、逮捕されています。

形は、任意です。しかし、9泊10日の宿泊と監視は、実際には、身柄の拘束にかなり近い状態です。裁判所は、明らかに行き過ぎで、違法は重大だ、と判断しました。そして、違法な捜査を抑える、という見地からも、この自白に証拠能力を与えるのは相当でない、としました。結論は、原判決を破棄して、この自白と、これを有力な資料にした、逮捕後の自白の証拠能力を否定した、です。ただし、ほかの証拠で、有罪とされています。この裁判例は、2つの法則の使い分けを意識して判断した点が大事です。自白法則、つまり任意性の問題もありうる。しかし、手続の過程の違法が問題になる場合は、強制や拷問があったかなど、取調べの方法そのものの違法を、1つずつ判断する前に、違法収集証拠排除法則が使えるかを、先に検討する。違法の有無と程度を見て、排除すべきかを考える方が、判断の基準として明確で、妥当だ、と述べました。

前回の分担の、どの整理に当たるか、という名前を、判決は挙げていません。ただ、考え方は、前回の二元説と同じです。取調べの方法が、任意性を疑わせるかは、自白法則で見る。手続の過程そのものが違法なら、排除法則で見る。2本を使い分けています。二元説を、裁判所が実際に使った実例として、読んでください。覚えるのは、これです。手続の過程の違法が問題になるなら、排除法則、つまり違法の重大性と、違法捜査を抑える見地で、先に見る。これは、この裁判例の考え方です。短答の注意です。この自白を、自白法則だけで排除した、は誤りです。排除法則を、先に検討しています。また、結論は、自白の証拠能力の否定です。被告人の有罪そのものは、別の証拠で認められました。

取調べの違法②:手錠をかけたままの取調べ

手錠をかけたままの取調べ。事案、勾留中の被疑者、公職選挙法違反。検察官が手錠を施したまま取り調べて供述を得た。上告で憲法38条2項違反を主張。判旨、手錠のままだと心身に圧迫を受け任意の供述は期待できないと推定、反証がなければ任意性に一応の疑い。結論、終始おだやかな雰囲気で任意と明らか、上告棄却。片手錠は心理的圧迫が一般に軽い(最決昭52・8・9) 図:手錠をかけたままの取調べ

  • 事案、勾留中の被疑者、公職選挙法違反
  • 検察官が手錠を施したまま取り調べて供述を得た
  • 上告で憲法38条2項違反を主張
  • 判旨、手錠のままだと心身に圧迫を受け任意の供述は期待できないと推定、反証がなければ任意性に一応の疑い
  • 結論、終始おだやかな雰囲気で任意と明らか、上告棄却
  • 片手錠は心理的圧迫が一般に軽い(最決昭52・8・9)

2つ目は、手錠です。事案は、こうです。公職選挙法違反で勾留されていた被疑者を、検察官が、手錠を施したまま、取り調べました。そして、供述を得ました。上告で、憲法38条2項に違反する、という主張がされました。判旨は、推定と、反証の2段です。

判例最判昭38・9・13 刑集17巻8号1703頁

手錠をかけたままの取調べの判旨 すでに勾留されている被疑者が、捜査官から取り調べられるさいに、さらに手錠を施されたまゝであるときは、その心身になんらかの圧迫を受け、任意の供述は期待できないものと推定せられ、反証のない限りその供述の任意性につき一応の疑いをさしはさむべきであると解するのが相当である。

手錠を施したままなら、任意の供述は期待できない、と推定される。そして、反証がない限り、任意性に、一応の疑いをさしはさむ。推定とは、覆る余地のある、一応の見立てです。反証が出れば、任意と認められます。疑いをさしはさむ、というだけなら、結局、その自白は使えるのですか。それが、事案の結論です。この事案では、検察官は、手錠を施したまま取り調べました。しかし、終始おだやかな雰囲気の中で取調べを進め、供述が、すべて任意になされたことが、明らかでした。つまり、任意であることの反証が、立証されたのです。最高裁は、任意性を認めて、上告を棄却しました。片手錠については、後の決定が、一言だけ触れています。片手錠は、両手錠に比べて、一般に、心理的な圧迫の程度が軽い。取調べの状況を合わせて見ても、自白の任意性を疑わせる状況は見当たらない、としました。手錠は、心理的な圧迫を通じて、嘘を誘う事情にもなります。委員会のたとえでは、生活指導の委員会、つまり自白法則の側で見る事情です。覚えるのは、手錠は、任意性を推定的に疑う事情であり、反証で覆る、という点です。短答の注意です。手錠をかけたままの取調べで得た自白は、常に排除される。×です。この判決は、任意性を認めて、上告を棄却しています。

取調べより前の違法①:違法な身柄拘束の下の自白

先行する手続の違法と319条1項の明文。明文の不当に長く抑留拘禁された後の自白は拘束の長さの不当を直接の事由にする。目安は事件の性質や規模、証拠収集の経過、取調状況に照らして不当に長いか。長さ以外の違法な任意同行逮捕勾留は明文なし、心理的圧迫や虚偽誘発のおそれがなくても、違法の程度と関連性で排除を検討、排除法則 図:先行する手続の違法と319条1項の明文

  • 明文の不当に長く抑留拘禁された後の自白は拘束の長さの不当を直接の事由にする
  • 目安は事件の性質や規模、証拠収集の経過、取調状況に照らして不当に長いか
  • 長さ以外の違法な任意同行逮捕勾留は明文なし、心理的圧迫や虚偽誘発のおそれがなくても、違法の程度と関連性で排除を検討、排除法則

ここから、取調べより前の違法です。取調べ自体には違法がなくても、先行する手続に違法があれば、自白の証拠能力は問題になります。まず、319条1項の明文との関係です。条文は、不当に長く抑留、拘禁された後の自白を、直接の事由に挙げています。これは、拘束の長さが不当なとき、という事由です。心理的な圧迫で、嘘の自白が出やすくなる、という虚偽排除の側からも、拘束の違法を拾う側からも、説明できます。長さが不当かどうかの目安は、事件の性質や規模、証拠を集めた経過、取調べの状況などを合わせて見て、決めます。別件逮捕の回で見た、窃盗などの別件で逮捕し、強盗強姦殺人などの本件を取り調べた事案の決定です。さきほどの片手錠の決定と、同じ決定です。この決定は、この目安に照らして、29日目の一部の自白と、32日目の全面的な自白を、不当に長い拘禁の後の自白とは認められない、としました。

長さの問題ではなく、拘束そのものが違法なときは、どうなりますか。そこが、設例Qです。違法な任意同行、違法な逮捕、違法な勾留。こうした、長さ以外の拘束の違法は、条文に書かれていません。そして、被疑者に心理的な圧迫がなく、嘘の自白が出るおそれがなくても、問題になります。違法な手続と、自白との、関連性が認められれば、排除すべきかを検討する。これが、排除法則の枠組みです。見るのは、先行する手続の違法の程度と、自白との関連性、の2つです。関連性とは、違法な手続のおかげで自白が取れた、という、つながりのことです。身体の拘束に関わる違法は、その後の取調べと、密接に結びつきます。拘束されている間に、その拘束を利用して取り調べて得た自白だからです。関連性は、認められやすいです。

設例Qの当てはめ。虚偽排除、落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい。違法の程度、放火を取り調べる目的で自転車の件の逮捕勾留を使い、勾留中は放火だけを連日取り調べた、令状主義を潜脱した違法、重大性は肯定される方向。関連性、拘束中にその拘束を利用して取り調べた、密接。結論、排除法則の側で排除する方向 図:設例Qの当てはめ

  • 虚偽排除、落ち着いて話した、嘘を誘う状況とは言いにくい、319条1項では外しにくい
  • 違法の程度、放火を取り調べる目的で自転車の件の逮捕勾留を使い、勾留中は放火だけを連日取り調べた、令状主義を潜脱した違法、重大性は肯定される方向
  • 関連性、拘束中にその拘束を利用して取り調べた、密接
  • 結論、排除法則の側で排除する方向

設例Qに、当てはめます。第1に、虚偽排除です。Dは、落ち着いて話しています。嘘を誘う状況とは、言いにくいので、319条1項では外しにくいです。第2に、違法の程度です。Kは、放火を取り調べる目的で、自転車の件の逮捕と勾留を使い、勾留の間は、放火だけを連日取り調べました。前回の前提どおり、違法な別件逮捕、勾留と置きます。令状は、自転車の窃盗の疑いにしか出ていません。裁判官が審査していない放火の取調べのために、その拘束を使ったので、令状主義を潜脱した違法です。裁判官の審査を丸ごとすり抜けているので、違法の重大性は、肯定される方向になります。第3に、関連性です。Dは、拘束されている間に、その拘束を利用した取調べで、自白しました。つながりは、密接です。結論は、排除法則の側で、排除する方向です。どれほどの違法なら排除か、という要件の本体は、排除法則の枠組みを扱う回で見ます。覚えるのは、これです。違法な身体拘束の下の自白は、任意に話していても、違法の程度と関連性で、排除を検討する。排除法則の問題です。短答の注意です。違法な拘束の下の自白は、任意に話していれば使える。×です。また、319条1項だけで判断する。これも、×です。前回の○×と、同じです。

取調べより前の違法②:接見制限の下の自白

接見制限の下の自白。詐欺被告事件の勾留と恐喝被疑事件の勾留が競合していた被疑者に、検察官が余罪の贈収賄を取り調べ。弁護人の1人が接見した直後ころ自白。他の弁護人が接見を求めたが取調中を理由に断られ、同じ日の夜に接見。それ以前にも弁護人4名が相前後して接見。判示、接見交通権の制限を含めて検討しても自白の任意性に疑いなし、上告棄却 図:接見制限の下の自白

  • 詐欺被告事件の勾留と恐喝被疑事件の勾留が競合していた被疑者に、検察官が余罪の贈収賄を取り調べ
  • 弁護人の1人が接見した直後ころ自白
  • 他の弁護人が接見を求めたが取調中を理由に断られ、同じ日の夜に接見
  • それ以前にも弁護人4名が相前後して接見
  • 判示、接見交通権の制限を含めて検討しても自白の任意性に疑いなし、上告棄却

先行する違法のもう1つは、弁護人との接見の制限です。接見の制限が許されるかは、接見交通権の回で見ました。ここでは、制限があった状況で取った自白を、見ます。決定の事案です。詐欺の被告事件の勾留と、恐喝の被疑事件の勾留が、競合している被疑者がいました。担当の検察官は、余罪の、贈収賄の事実を、取り調べました。被疑者は、弁護人の1人が接見した直後ころに、贈収賄の事実を自白しました。他の弁護人が、接見を求めましたが、検察官は、取調べの最中だ、という理由で、断りました。その弁護人は、同じ日の夜に、接見しています。それ以前にも、弁護人4名が、相前後して接見し、その弁護人も、前日に接見していました。判示です。

判例最決平元・1・23 判時1301号155頁

接見制限の下の自白の判示 接見交通権の制限を含めて検討しても、右自白の任意性に疑いがないとした原判断は相当と認められる。

結論は、上告棄却です。任意性に疑いはない、としました。接見を断ったのは、違法だった、ということですか。そこは、決定は、触れていません。制限が違法かどうかの判断を、していないのです。接見交通権の制限を含めて検討しても、と言っています。制限を、任意性を見る事情の1つに、含めたうえで、直前に接見している、前後して多数の接見がある、という事情から、任意性を肯定しました。直前に弁護人の助言を受けていれば、1人の接見を断られても、話すかどうかを自分で選ぶ自由は、保たれていたと考えられます。決定自身は、そこまで書いていません。学説は、分かれます。違法性を考慮しても、重大な違法とまでは言えず、排除されない、という指摘があります。他方、違法排除説の立場なら、接見制限は、排除されうる、という指摘もあります。任意性説は、制限を、1つの事情として、総合して評価します。違法排除説は、重大な違法かどうかで見ます。短答の注意です。接見制限があれば、自白の任意性は否定される。×です。そして、この決定は、接見制限の違法を認定して、排除法則を適用した。これも×です。違法性には、触れていません。

派生証拠:不任意の自白から得た物はどうなるか

設例Qの派生。Dは放火の自白の中で、灯油の容器は川に捨てた、と話す。Kはその場所で容器を発見し押収。容器の鑑定書が作られる。自白は排除された。容器と鑑定書は使えるか。流れ、自白、川に捨てた、容器の発見、鑑定書 図:設例Qの派生

  • Dは放火の自白の中で、灯油の容器は川に捨てた、と話す
  • Kはその場所で容器を発見し押収
  • 容器の鑑定書が作られる
  • 自白は排除された
  • 容器と鑑定書は使えるか
  • 流れ、自白、川に捨てた、容器の発見、鑑定書

自白の先に進みます。まず、派生的証拠です。不任意の自白から得た情報をもとに、捜査機関が、さらに別の証拠を手に入れることがあります。自白そのものは排除されても、そこから派生した証拠は、使えるのでしょうか。前回の、虚偽排除説の読み直しを、覚えていますか。理由の2つ目に、不任意の自白から得た、二次的な証拠を排除する理屈を持ち込みたい、がありました。その中身を、ここで見ます。設例Qの派生を、置きます。Dは、放火の自白の中で、灯油の容器は川に捨てた、と話しました。Kは、その場所で容器を見つけ、押収し、容器の鑑定書が作られました。自白は排除されました。では、容器と鑑定書は、使えるでしょうか。

高等裁判所の枠組み。自白が排除される理由で派生証拠の扱いが変わる。1つ目、強制拷問脅迫による自白や不当に長く抑留拘禁された後の自白、人権擁護のために排除、派生証拠も一律に排除。2つ目、約束や偽計など虚偽排除の見地から排除、犯罪事実の解明の必要性や証拠価値などを比較衡量。3つ目、黙秘権を告げていない・調書を読み聞かせていない・違法な別件勾留など、適正手続に反する取り方、同じく比較衡量。例外、当初から計画的に違法な手段で自白を得て派生証拠を収集しようとしていた場合は排除(大阪高判昭52・6・28 刑月9巻5=6号334頁) 図:高等裁判所の枠組み

  • 自白が排除される理由で派生証拠の扱いが変わる
  • 1つ目、強制拷問脅迫による自白や不当に長く抑留拘禁された後の自白、人権擁護のために排除、派生証拠も一律に排除
  • 2つ目、約束や偽計など虚偽排除の見地から排除、犯罪事実の解明の必要性や証拠価値などを比較衡量
  • 3つ目、黙秘権を告げていない・調書を読み聞かせていない・違法な別件勾留など、適正手続に反する取り方、同じく比較衡量
  • 例外、当初から計画的に違法な手段で自白を得て派生証拠を収集しようとしていた場合は排除(大阪高判昭52・6・28 刑月9巻5=6号334頁)

高等裁判所の裁判例は、判断の枠組みを、示しました。要旨で語ります。鍵は、その自白が、なぜ排除されたのか、です。排除の理由によって、派生証拠の扱いが変わります。1つ目の類型は、強制、拷問、脅迫による自白や、不当に長く抑留、拘禁された後の自白です。憲法38条2項と、319条1項が、明文で挙げているものです。これは、人権を守るために排除される類型です。憲法も319条1項も、この取り方の自白は証拠にできない、と言い切っています。違法の重大さが、類型として、はっきりしている、と整理されます。この裁判例は、そこで、派生証拠も、一律に排除する、としています。2つ目の類型は、約束や偽計などの、主として、虚偽排除の見地から排除される場合です。3つ目の類型は、黙秘権の不告知、調書を読んで聞かせなかったこと、違法な別件勾留など、適正手続の見地から排除される場合です。適正手続は、憲法31条が根拠です。この2つの類型では、派生証拠を一律には排除しません。犯罪事実を解明する必要性と、派生証拠の証拠価値などを、比較衡量して、個別に判断します。この3つの分け方は、この裁判例自身のものです。前回の、どの理由で拾うか、の整理とは、物差しが違います。たとえば、黙秘権の不告知は、前回見たとおり、それだけでは排除されない事情でした。この裁判例も、明文の1つ目ではなく、3つ目に置いています。

排除する側と、使う側を、比べます。使う側は、事件の重大さと、派生証拠が、事実の解明にどれほど役立つか、です。排除する側は、先行する自白の取り方の違法の程度と、その取り方と、派生証拠のつながりの強さです。ただし、例外があります。捜査機関が、当初から、計画的に、違法な手段で自白を取り、それをもとに、派生証拠を集めようとしていた場合は、排除すべきだ、とされています。

比較衡量と当てはめ。使う側は事件の重大さと派生証拠の証拠価値、排除する側は先行する取り方の違法の程度と派生証拠とのつながりの強さ。例外、当初から計画的に違法な手段で自白を取り派生証拠を集めようとしたなら排除。裁判例の事案、偽計と約束の類型と整理され、検証調書などの証拠能力は否定されなかったとされる。設例Q、3つ目の類型、計画的な別件逮捕なら排除、結論は事情次第 図:比較衡量と当てはめ

  • 使う側は事件の重大さと派生証拠の証拠価値、排除する側は先行する取り方の違法の程度と派生証拠とのつながりの強さ
  • 例外、当初から計画的に違法な手段で自白を取り派生証拠を集めようとしたなら排除
  • 裁判例の事案、偽計と約束の類型と整理され、検証調書などの証拠能力は否定されなかったとされる
  • 設例Q、3つ目の類型、計画的な別件逮捕なら排除、結論は事情次第

この裁判例の事案は、爆発物の事件で、虚偽の事実を告げたり、親族への追及を控えるという趣旨の約束をしたりして得た自白でした。この事案は、偽計と約束の類型に当たるとされ、検証調書などの証拠能力は否定されなかった、と整理されています。設例Qの派生に、当てはめます。自白は、違法な別件勾留の下のものです。3つ目の類型に当たります。比べるものは、重大な放火事件であることと、容器と鑑定書の証拠価値、そして、違法の程度です。もしKが、最初から、容器の入手まで狙って、計画的に別件逮捕を使っていたなら、排除すべきです。結論は、事情次第です。

派生証拠の位置づけ。2つ目と3つ目の類型は、違法の程度が大きい取り方と派生証拠の因果性が強ければ排除、毒樹の果実の発想と共通。毒樹の果実とは、違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す考え方。2つ目の類型は違法が認定されていないので、毒樹の論理だけでは説明できない。覚えること、明文の類型は一律に排除、虚偽排除型と適正手続型は比較衡量と計画性の例外 図:派生証拠の位置づけ

  • 2つ目と3つ目の類型は、違法の程度が大きい取り方と派生証拠の因果性が強ければ排除、毒樹の果実の発想と共通
  • 毒樹の果実とは、違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す考え方
  • 2つ目の類型は違法が認定されていないので、毒樹の論理だけでは説明できない
  • 覚えること、明文の類型は一律に排除、虚偽排除型と適正手続型は比較衡量と計画性の例外

理論上の位置づけも、触れておきます。2つ目と3つ目は、違法の程度が大きい自白の取り方が先にあり、その手続と、派生証拠の因果性が強いなら排除する、という考え方に近いです。これは、毒樹の果実の発想と、共通します。毒樹の果実とは、毒のある木の実も毒、つまり、違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す、という考え方です。ただ、2つ目の類型では、違法性が認定されていないので、毒樹の論理だけでは、全部を説明できません。枠組みの当否には、議論があります。毒樹の果実の本体は、その回で見ます。覚えるのは、これです。派生証拠の扱いは、先行する自白が、なぜ排除されたかで変わる。明文の類型は、一律に排除。虚偽排除型と適正手続型は、比較衡量と、計画性の例外です。短答の注意です。不任意の自白から得た物は、常に排除される。×です。他方、明文の類型の自白から得た派生証拠は、一律に排除される。これは、この裁判例の枠組みとして、○です。

反復自白①:設例Qの続きと最高裁の法廷意見

設例Qの続き。Dの最初の自白は違法な別件勾留中のものとして排除された。KらはこのDの自白を主な資料として、放火の事実でDを逮捕。逮捕後、裁判官がDに放火の事実を告げ弁解を聞く勾留質問、Dは再び、やりました、と認め調書。勾留中、消防署の職員が火災の原因調査として質問し、Dは同じことを話し調書。この2つの調書は使えるか 図:設例Qの続き

  • Dの最初の自白は違法な別件勾留中のものとして排除された
  • KらはこのDの自白を主な資料として、放火の事実でDを逮捕
  • 逮捕後、裁判官がDに放火の事実を告げ弁解を聞く勾留質問、Dは再び、やりました、と認め調書
  • 勾留中、消防署の職員が火災の原因調査として質問し、Dは同じことを話し調書
  • この2つの調書は使えるか

冒頭の問いに戻ります。反復自白です。不任意の自白や、違法な手続の下の自白のあとに、続けて、もう一度、自白することを言います。先行する自白が、排除されるのは、よいとして、後の自白の証拠能力は、どうなるのか。前に、別の回に預けた問題です。先行する自白の影響が、後の自白に及ぶか、という問題でした。設例Qの続きを、置きます。Dの最初の自白は、違法な別件勾留の下のものとして、排除されました。その後、Kらは、この自白を、主な資料として、放火の事実で、Dを逮捕しました。逮捕のあと、裁判官は、Dに、放火の事実を告げて、弁解を聞きました。これが、勾留質問です。Dは、ここで、再び、やりました、と認め、調書が作られました。さらに、勾留の間に、消防署の職員が、火災の原因を調べるために、Dに質問しました。Dは、同じことを話し、調書が作られました。この、勾留質問の調書と、消防職員の調書は、使えるのでしょうか。

先行する自白と一緒に外す、という見方は、自然です。しかし、最高裁は、そうは言いませんでした。この事案は、別件の住居侵入での逮捕のあと、放火の自白があり、その自白を資料にして、放火の逮捕状が出て、勾留質問、勾留、消防職員の質問、と進んだ事件です。設例Qの続きと、同じ流れです。

勾留質問調書と消防職員調書の理由。勾留質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である裁判官が行う。2つ目、勾留の理由と必要の審査に慎重を期すため被疑者に被疑事件を告げ自由な弁解の機会を与え、被疑者の権利保護に資する。消防職員の質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である消防署長等が行う。2つ目、消防に関する資料収集という、犯罪捜査とは異なる目的で行う 図:勾留質問調書と消防職員調書の理由

  • 勾留質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である裁判官が行う
  • 2つ目、勾留の理由と必要の審査に慎重を期すため被疑者に被疑事件を告げ自由な弁解の機会を与え、被疑者の権利保護に資する
  • 消防職員の質問は、1つ目、捜査官とは別個独立の機関である消防署長等が行う
  • 2つ目、消防に関する資料収集という、犯罪捜査とは異なる目的で行う

法廷意見の判断です。勾留質問の調書から見ます。

判例最判昭58・7・12 刑集37巻6号791頁

勾留質問調書についての法廷意見 勾留質問は、捜査官とは別個独立の機関である裁判官によつて行われ、しかも、右手続は、勾留の理由及び必要の有無の審査に慎重を期する目的で、被疑者に対し被疑事件を告げこれに対する自由な弁解の機会を与え、もつて被疑者の権利保護に資するものであるから、……勾留請求に先き立つ捜査手続に違法のある場合でも、被疑者に対する勾留質問を違法とすべき理由はなく、他に特段の事情のない限り、右質問に対する被疑者の陳述を録取した調書の証拠能力を否定すべきものではない。

理由は、2つです。1つ目は、勾留質問は、捜査官とは別個独立の機関である、裁判官が行うことです。2つ目は、勾留質問が、勾留の理由と必要を、慎重に審査するために、被疑者に、被疑事件を告げ、自由な弁解の機会を与える手続で、被疑者の権利を守るのに役立つことです。だから、勾留請求の前の捜査手続に違法があっても、勾留質問を違法とする理由はありません。他に特段の事情がない限り、調書の証拠能力は否定しません。消防職員の質問調書も、同じ形です。消防法32条1項の、質問調査は、捜査官とは別個独立の機関、つまり消防署長などが行います。しかも、消防に関する資料を集める、という、犯罪捜査とは異なる目的で行われます。だから、消防職員が、捜査機関による捜査の違法を知って、これに協力するなど、特段の事情がない限り、証拠能力を否定すべきでない、としました。結論は、上告棄却です。2つの調書の証拠能力を肯定した、原判断は相当、でした。設例Qの続きに、当てはめます。勾留質問の調書も、消防職員の調書も、特段の事情がなければ、使えます。短答の注意です。先行する自白が排除されれば、後の自白も常に排除される。×です。反対に、勾留質問の調書は、常に証拠能力がある。これも×です。特段の事情があれば、別です。

反復自白②:補足意見・希釈法理・先行自白の類型

伊藤裁判官の補足意見。1、別件逮捕中の自白は違法収集証拠として排除が相当。2、第二次的証拠の排除は、第一次的証拠の収集方法の違法の程度、第二次的証拠の重要さの程度、両者の関連性の程度などを総合判断。3、第一次的証拠を収集した捜査機関やこれと一体とみられる機関が取った第二次的証拠、捜査官調書は特段の事情がなければ違法がつながる。4、勾留質問は裁判官が捜査機関とは別個独立の職責で受動的に聴取、関連性も希薄。消防も同様。5、事案が重大で証拠として重要、排除は目的を超える 図:伊藤裁判官の補足意見

  • 1、別件逮捕中の自白は違法収集証拠として排除が相当
  • 2、第二次的証拠の排除は、第一次的証拠の収集方法の違法の程度、第二次的証拠の重要さの程度、両者の関連性の程度などを総合判断
  • 3、第一次的証拠を収集した捜査機関やこれと一体とみられる機関が取った第二次的証拠、捜査官調書は特段の事情がなければ違法がつながる
  • 4、勾留質問は裁判官が捜査機関とは別個独立の職責で受動的に聴取、関連性も希薄
  • 消防も同様
  • 5、事案が重大で証拠として重要、排除は目的を超える

同じ判決に、補足意見が付いています。ここは、法廷意見と、分けて読んでください。法廷意見は、毒樹の果実という言葉も、希釈という言葉も、使っていません。特段の事情があるかどうかで、結論を出しています。毒樹の発想を、はっきり出したのは、補足意見の方です。補足意見の要旨は、全部で5点です。1つ目。別件での逮捕は、令状主義を潜脱した、違法な別件逮捕で、その間の自白は、違法収集証拠として排除するのが相当です。2つ目。ここから得た、第二次的な証拠が、毒樹の実として、どこまで排除されるかは、一律ではありません。第一次的な証拠を集めた方法の違法の程度、第二次的な証拠の重要さの程度、両者の関連性の程度などを、総合して判断します。

判例最判昭58・7・12 伊藤正己裁判官補足意見

補足意見の中心部分 第二次的証拠が、いわゆる「毒樹の実」として、いかなる限度で第一次的証拠と同様に排除されるかについては、……第一次的証拠の収集方法の違法の程度、収集された第二次的証拠の重要さの程度、第一次的証拠と第二次的証拠との関連性の程度等を考慮して総合的に判断すべきものである。

3つ目。第一次的な証拠を集めた捜査官自身や、これと一体とみられる捜査機関が、第二次的な証拠を取った場合です。つまり、捜査官に対する供述調書です。この場合は、特段の事情がない限り、違法がつながります。勾留質問と違って、間に、別の機関も、別の目的も、挟まっていません。違法をした捜査機関が、その結果をそのまま使えるなら、将来の違法捜査を抑える、という排除の目的が果たせないからです。だから、捜査官の調書の証拠能力を否定したのは、適切です。4つ目。しかし、勾留質問は、違います。裁判官が、捜査に対する、司法的な抑制の見地から、捜査機関とは別個独立の職責に基づいて、受動的に聴取したものです。捜査官が、支配力を及ぼしたとみる余地はなく、第一次的な証拠との関連性も、希薄です。許容しても、将来の違法捜査を抑える力が、無くなることも、司法の廉潔性が害されることも、ありません。司法の廉潔性とは、秘密録音の回で見た、違法な証拠を使うこと自体が裁判の公正さを傷つける、という観点です。消防の質問も、同様に、捜査と一体とみられる関連性がありません。例外は、捜査機関が、違法をごまかすために、消防機関に依頼して、違法に集めた証拠を読み聞かせて誘導するなどの場合です。5つ目。事案が重大で、証拠として重要なことも、併せて考えると、排除は、排除の目的を超える、としています。

希釈法理と、誰が取ったか。希釈法理、先行する違法な手続と証拠のつながりが、別の機関や別の目的の介在で薄まる、という考え方。同じ人の再自白でも、裁判官の勾留質問、消防職員は使える方向。捜査官や検察官が取った再自白は、補足意見によれば、一体の捜査機関として違法がつながる、特段の事情がなければ排除 図:希釈法理と、誰が取ったか

  • 希釈法理、先行する違法な手続と証拠のつながりが、別の機関や別の目的の介在で薄まる、という考え方
  • 同じ人の再自白でも、裁判官の勾留質問、消防職員は使える方向
  • 捜査官や検察官が取った再自白は、補足意見によれば、一体の捜査機関として違法がつながる、特段の事情がなければ排除

補足意見の考え方は、希釈法理に近い、と説明されます。希釈法理とは、先行する違法な手続と、証拠のつながり、つまり、違法のおかげで取れた、という因果性が、別の機関や別の目的が間に入ることで、薄まる、という考え方です。希釈法理は、学説の呼び方で、補足意見は、関連性が希薄、と書いています。設例Qの続きで、整理します。同じDの再自白でも、誰が取ったかで、結論が変わります。裁判官の勾留質問と、消防職員の質問は、使える方向です。しかし、補足意見によれば、Kや検察官などの、捜査官が取った再自白は、一体の捜査機関が取ったものとみられ、特段の事情がなければ、違法がつながります。設例Qの最初の自白のように、手続の違法を理由に外された型を、ここでは違法排除型と呼びます。派生証拠の節で言う適正手続型と、同じ側です。もう1つ、先行する自白が、偽計や約束のように、虚偽排除の類型で排除された場合です。この場合、先行する取調べの違法は、認定されていません。だから、違法を前提にする、毒樹の果実の枠組みを、そのまま使いにくいです。補足意見も、先行する自白に、任意性を疑う事情があるときは、集めた機関が同じか違うかにかかわらず、後の自白にも影響が及ぶとみて、任意性を疑うべきだ、とする見方に触れました。ただし、仮定の形です。本件は、任意性とは別の理由で排除された事案で、単に自白が繰り返された、という理由だけで、直ちに排除するのは適切でない、としています。

違法が認定されていないので、違法とのつながりは、測れません。測れるのは、嘘を誘った状況が、まだ続いているかです。たとえば、自白すれば親族を追及しない、という約束を、2度目の取調べのときにも、まだ信じていれば、2度目の自白も、同じ約束に誘われたものになりえます。そこで、虚偽排除型では、嘘を誘った影響が、被疑者の中に、まだ残っているか、で見る枠組みが、考えられます。覚えるのは、これです。先行する自白が違法排除型なら、関連性と、介在した機関で、薄まるかを見る。虚偽排除型なら、虚偽を誘った影響が、残っているかを見る、という見方が考えられます。

類型と3つの理由と2つの法則の一覧

類型の一覧表、前回までの分。行は類型、列は拾う理由、見る法則、結論の方向。脅迫、人権擁護と虚偽排除、319条1項の明文。約束と偽計、虚偽排除、319条1項、心理的強制と虚偽誘発のおそれ。黙秘権不告知、それだけでは排除されず総合。手錠、心理的圧迫の推定、319条1項、反証で覆る。1つ目の整理による割付 図:類型の一覧表、前回までの分

  • 行は類型、列は拾う理由、見る法則、結論の方向
  • 脅迫、人権擁護と虚偽排除、319条1項の明文
  • 約束と偽計、虚偽排除、319条1項、心理的強制と虚偽誘発のおそれ
  • 黙秘権不告知、それだけでは排除されず総合
  • 手錠、心理的圧迫の推定、319条1項、反証で覆る
  • 1つ目の整理による割付

全体を、前回までの分と、今日の分の、2枚の表にします。横の並びが類型、縦の並びが、どの理由で拾い、どの法則で見て、結論がどちらに傾くか、です。1つ目の整理に基づく割付です。脅迫は、人権擁護と虚偽排除で拾い、319条1項の明文で見ます。約束と偽計は、虚偽排除で拾い、319条1項で、心理的強制と虚偽誘発のおそれを見ます。黙秘権の不告知は、それだけでは排除されず、他の事情と総合します。手錠は、心理的な圧迫を推定し、319条1項で見て、反証で覆ります。

類型の一覧表、今日の分。宿泊を伴う長期の取調べ、排除法則を先に検討、違法重大で排除。違法な身柄拘束、排除法則、違法の程度と関連性。接見制限、任意性を見る事情の1つ、違法排除説なら排除の余地。派生証拠、先行自白が排除された理由で扱いが変わる。反復自白、違法排除型は希釈、虚偽排除型は影響の残存。1つ目の整理による割付、2つ目の整理では黙秘権の侵害を伴う違法も排除法則か憲法の側 図:類型の一覧表、今日の分

  • 宿泊を伴う長期の取調べ、排除法則を先に検討、違法重大で排除
  • 違法な身柄拘束、排除法則、違法の程度と関連性
  • 接見制限、任意性を見る事情の1つ、違法排除説なら排除の余地
  • 派生証拠、先行自白が排除された理由で扱いが変わる
  • 反復自白、違法排除型は希釈、虚偽排除型は影響の残存
  • 1つ目の整理による割付、2つ目の整理では黙秘権の侵害を伴う違法も排除法則か憲法の側

ここから、今日の分です。宿泊を伴う長期の取調べは、排除法則を先に検討して、違法が重大なので排除します。違法な身柄拘束は、排除法則で、違法の程度と関連性を見ます。接見制限は、任意性を見る事情の1つで、違法排除説なら、排除の余地があります。派生証拠は、先行自白が排除された理由で扱いが変わります。反復自白は、違法排除型なら希釈、虚偽排除型なら影響の残存で見ます。割付は、整理が変われば、変わるのですか。変わります。2つ目の整理では、黙秘権の侵害を伴う違法も、319条1項ではなく、排除法則か憲法の側で見ます。ただ、表を作る目的は同じです。どの委員会に回すかを決めるのは、その事情を拾う、理由です。この一言を、持ち帰ってください。

今日の地図(保存版)

答案の順序。第1、自白か、明文の事由に当たるか、受け皿に当たるか。第2、どの法則で見るか、分担。第3、先行する手続の違法の程度。第4、自白との関連性、因果。第5、効果、自白の排除、派生証拠や反復自白へ及ぶか 図:答案の順序

  • 第1、自白か、明文の事由に当たるか、受け皿に当たるか
  • 第2、どの法則で見るか、分担
  • 第3、先行する手続の違法の程度
  • 第4、自白との関連性、因果
  • 第5、効果、自白の排除、派生証拠や反復自白へ及ぶか

まとめます。答案の順序です。前回の型に、今日の当てはめを足します。第1に、自白か、明文の事由に当たるか、受け皿に当たるか、を言います。第2に、どの法則で見るか、つまり分担です。第3に、先行する手続の、違法の程度。第4に、自白との関連性、つまり因果です。第5に、効果です。自白を排除したあと、派生証拠や、反復自白に、影響が及ぶかまで、書きます。

短答の落とし穴、取調べの違法。手錠をかけたままの自白は常に排除、は誤り。手錠の判決は任意性を認めて上告棄却、は正しい。接見制限があれば任意性は否定、は誤り。接見制限の決定は違法を認定して排除法則を適用した、は誤り。違法拘束の下の自白は任意なら使える、は誤り。宿泊の取調べを自白法則だけで排除した、は誤り 図:短答の落とし穴、取調べの違法

  • 手錠をかけたままの自白は常に排除、は誤り
  • 手錠の判決は任意性を認めて上告棄却、は正しい
  • 接見制限があれば任意性は否定、は誤り
  • 接見制限の決定は違法を認定して排除法則を適用した、は誤り
  • 違法拘束の下の自白は任意なら使える、は誤り
  • 宿泊の取調べを自白法則だけで排除した、は誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。手錠をかけたままの自白は、常に排除される。×です。手錠の判決は、任意性を認めて、上告を棄却した。○です。接見制限があれば、自白の任意性は否定される。×です。接見制限の決定は、違法を認定して、排除法則を適用した。×です。違法性には、触れていません。違法な拘束の下の自白は、任意に話していれば使える。×です。宿泊を伴う取調べの自白を、高等裁判所は、自白法則だけで排除した。×です。排除法則を、先に検討しています。

短答の落とし穴、派生証拠と反復自白と録音録画。不任意の自白から得た物は常に排除、は誤り。明文の類型の自白から得た派生証拠は一律に排除、は高等裁判所の枠組みとして正しい。先行自白が排除されれば後の自白も常に排除、は誤り。勾留質問調書は常に使える、は誤り。昭和58年の法廷意見は毒樹の果実と明言した、は誤り、補足意見が毒樹の実と述べた。録音録画義務違反なら自白調書は当然に証拠能力なし、は誤り 図:短答の落とし穴、派生証拠と反復自白と録音録画

  • 不任意の自白から得た物は常に排除、は誤り
  • 明文の類型の自白から得た派生証拠は一律に排除、は高等裁判所の枠組みとして正しい
  • 先行自白が排除されれば後の自白も常に排除、は誤り
  • 勾留質問調書は常に使える、は誤り
  • 昭和58年の法廷意見は毒樹の果実と明言した、は誤り、補足意見が毒樹の実と述べた
  • 録音録画義務違反なら自白調書は当然に証拠能力なし、は誤り

不任意の自白から得た物は、常に排除される。×です。明文の類型の自白から得た派生証拠は、一律に排除される。これは、高等裁判所の枠組みとして、○です。先行する自白が排除されれば、後の自白も常に排除される。×です。勾留質問の調書は、常に使える。これも、×です。特段の事情があれば、別です。最高裁の法廷意見は、毒樹の果実と明言した。×です。毒樹の実と言ったのは、補足意見です。最後に、録音、録画です。取調べの録音、録画の義務がある事件で、被告人や弁護人が、任意性を争って異議を述べたのに、検察官が、録音、録画の記録の取調べを請求しないとき、裁判所は、自白の調書の請求を、却下します。ただし、機器の故障など、やむを得ない事情で、記録ができなかった場合は、別です。却下されても、裁判所が職権で採用する余地は残る、と説明されます。義務に違反したことが、自白の証拠能力を当然に否定するか、については、多数説は、排除法則の問題に還元して、一律には否定しません。録音、録画の義務に違反すれば、自白調書は当然に証拠能力がない。×です。

冒頭の問いの答えは、こうですね。違法な逮捕の下の自白が外れても、もう一度認めた自白は、誰が、何のために取ったかで、結論が分かれる。裁判官の勾留質問や、消防職員の質問は、別個独立の機関なので、特段の事情がなければ使える方向です。捜査官が取った自白は、補足意見の見方では、違法がつながる方向です。次は、自白があっても、それだけでは有罪にできない、という補強法則です。共犯者の供述は、本人の自白に当たるのか、も見ます。

ページ上部へ ↑

#130単独ページ動画

補強法則(補強の範囲・補強証拠適格・補強の程度)

第5章 証拠法 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

裁判官が、この自白は本当だと確信した。しかし、証拠は自白しかない。この被告人は有罪か、無罪か。自白のほかに、何を、どれだけ用意すればよいのか 図:裁判官が、この自白は本当だと確信した

  • しかし、証拠は自白しかない
  • この被告人は有罪か、無罪か
  • 自白のほかに、何を、どれだけ用意すればよいのか

前回の最後に予告しました。自白があってもそれだけでは有罪にできない、という補強法則です。共犯者の供述は本人の自白に当たるのかという問いは、次の回で正面から扱います。今日は補強法則そのものを、1本で通します。最初に場面を1つ置きます。公判で被告人が「自分がやりました」と認めました。裁判官も、この自白は本当だと確信しています。ところが検察官が出せた証拠は、その自白しかありません。この被告人を有罪にできるでしょうか。裁判官の確信と、有罪にできるかどうかは、別の問題です。これが今日の出発点です。答えは、有罪にできません。裁判官がどれだけ確信していても、です。では自白のほかに何をどれだけ用意すれば有罪にできるのか。これが今日の問いです。以前、自白の縛り方は2段だと見ました。入口は自白法則で、そもそも証拠にしてよいかという証拠能力の規制でした。今日は出口です。証拠に入ったあとも自白だけでは有罪にしない、という証明力の規制です。

条文の構造:憲法38条3項と319条

3つの条文の構造。憲法38条3項、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合は有罪とされない。刑訴319条2項、公判廷における自白であると否とを問わない。319条3項、有罪の自認を含む。318条の自由心証主義に対する明文の例外 図:3つの条文の構造

  • 憲法38条3項、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合は有罪とされない
  • 刑訴319条2項、公判廷における自白であると否とを問わない
  • 319条3項、有罪の自認を含む
  • 318条の自由心証主義に対する明文の例外

先に基本の条文を呼び戻します。自由心証主義の条文です。

条文刑事訴訟法第318条

刑事訴訟法第318条 証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる。

証拠の証明力、つまりその証拠をどれくらい信じるかは、裁判官の自由です。ただし自白だけは、ここに明文の例外があります。まず憲法です。

条文日本国憲法第38条第3項

日本国憲法第38条第3項 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

次に刑事訴訟法の319条2項です。

条文刑事訴訟法第319条第2項

刑事訴訟法第319条第2項 被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。

そして3項です。

条文刑事訴訟法第319条第3項

刑事訴訟法第319条第3項 前二項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。

唯一の証拠とは、証拠が1つしかないという意味とは少し違います。自白しか頼れる証拠がない状態です。自白のほかに有罪を支える証拠があれば、唯一ではありません。自白とは、自分の犯罪事実の全部か主要な部分を認める供述のことです。ここで前に預けた話を回収します。裁判官がこの自白は100パーセント本当だと信じても、その自白しか証拠がなければ有罪にできません。法定証拠主義の考え方がここに残っていると見ました。証拠の値打ちを法が外から決める発想が、自白についてだけ残っているのです。今日はその要件の詳しい中身です。

趣旨:このルールは何を恐れているのか

補強法則の趣旨。1つ目、架空の事件で処罰しない。2つ目、自白の証明力を過大評価した誤判を防ぐ。3つ目、捜査機関に自白以外の客観証拠の収集を促す。後の学説の根っこ、1つ目を重視すれば何者かによる被害の存在、2つ目を重視すれば犯人が被告人であること 図:補強法則の趣旨

  • 1つ目、架空の事件で処罰しない
  • 2つ目、自白の証明力を過大評価した誤判を防ぐ
  • 3つ目、捜査機関に自白以外の客観証拠の収集を促す
  • 後の学説の根っこ、1つ目を重視すれば何者かによる被害の存在、2つ目を重視すれば犯人が被告人であること

先に確認です。入口は何の規制で、出口は何の規制でしたか?入口は自白法則で証拠能力の規制です。出口は補強法則で証明力の規制でした。では出口のルールは何を恐れているのか、趣旨を見ます。3つあります。1つ目は、架空の事件で処罰してしまうことです。本当は犯罪そのものが無かったのに、自白があるせいで有罪にしてしまう場合です。次に、自白の証明力を過大に評価して事実を誤認することです。自白は決定的に見えるので、本当は別の人が犯人なのに、自白した人を犯人だと思い込む恐れがあります。最後に、捜査機関に自白以外の客観的な証拠を集めさせることです。

どれも大切ですが、この回で特に使うのは、誤判を防ぐ1つ目と2つ目です。3つ目は捜査の姿勢への働きかけで、自白法則も似た面を持ちます。そしてこの1つ目と2つ目のどちらを重く見るかが、後で見る範囲の学説の対立の根っこになります。覚えておいてください。1つ目を重く見れば、何者かによる被害があったことを支えたい。2つ目を重く見れば、被告人が犯人であることまで支えたい、となります。

憲法と刑訴のズレ:公判廷の自白と有罪の自認

憲法と刑訴のズレ。憲法38条3項の本人の自白は公判廷の自白を含まない、最高裁の判断。理由、自由な状態で供述、黙秘権がある、弁護人をつけられる、裁判所の直接審理。しかし319条2項は公判廷であると否とを問わない、刑訴は憲法より広く補強を要求。319条3項、有罪の自認にも補強が要る、有罪答弁制度は採らない 図:憲法と刑訴のズレ

  • 憲法38条3項の本人の自白は公判廷の自白を含まない、最高裁の判断
  • 理由、自由な状態で供述、黙秘権がある、弁護人をつけられる、裁判所の直接審理
  • しかし319条2項は公判廷であると否とを問わない、刑訴は憲法より広く補強を要求
  • 319条3項、有罪の自認にも補強が要る、有罪答弁制度は採らない

ここで1問考えてください。公判廷で裁判官の目の前で被告人が自白したら、補強証拠は要らないのか。憲法上と刑事訴訟法上で答えは違います。それぞれどうでしょうか。刑事訴訟法では、319条2項の文言どおり、公判廷の自白にも補強が要ります。憲法の方は、最高裁が含まないと判断しました。判旨を見ます。

判例最大判昭23・7・29 刑集2巻9号1012頁

公判廷の自白と憲法38条3項 公判廷における被告人の自白が、裁判所の自由心証によつて真実に合するものと認められる場合には、公判廷外における被告人の自白とは異り、更に他の補強証拠を要せずして犯罪事実の認定ができると解するのが相当である。すなわち、前記法条のいわゆる「本人の自白」には、公判廷における被告人の自白を含まないと解釈するを相当とする。

事案は、農業を営む被告人が米を統制額を超える代金で売った事件です。第二審は公判廷での被告人の供述だけで有罪にしました。被告人はこれが唯一の証拠だから憲法違反だと上告しました。最高裁は上告を認めませんでした。憲法の本人の自白には公判廷の自白を含まないとしたのです。自白の意味が変わったのではありません。憲法が補強を求める範囲から、法廷の自白を外した、ということです。理由がいくつか挙げられています。公判廷では、身体を拘束されたり強制されたりしない自由な状態で話します。黙秘権があるので軽々しく嘘の自白はしません。弁護人をつけることもできます。そして裁判所が目の前で真実性と任意性をその場で判断できます。ただし判決自身が、安易に直ちに断罪することは早計だと戒めています。心証をきちんと形成した場合に限る、ということです。そしてここが大事です。憲法は最低線です。刑事訴訟法はそれより広く、法廷の自白にも補強を求めました。法廷の自白でも、身代わりや、取調べで固まった話の繰り返しはありえます。趣旨の1つ目と2つ目の恐れは、法廷でも消えないからです。この上乗せが、319条2項の「公判廷における自白であると否とを問わない」という部分です。だから「公判廷の自白に補強は要らない」という○×は、憲法上は○で刑訴上は×です。必ずどちらの話かを先に言ってください。次は319条3項です。起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合も、自白に含まれます。つまり被告人が法廷で「有罪です」と認めただけでは、有罪にできません。罪を認めれば証拠調べなしで有罪になる制度を、有罪答弁制度と呼びます。外国にはあります。しかし現行の刑事訴訟法はこれを採りません。認めただけで有罪にすると、架空の事件や身代わりを止められないからです。

補強が足りないまま有罪にした判決は、訴訟手続の法令違反になり、判決に影響を及ぼすことが明らかなら、上訴で破棄されます。ただし別の証拠が補強に足りるなら影響はなく、破棄されません。以前、違法な手続と破棄は別だと見たのと同じ型です。憲法違反になるのは、憲法の射程、つまり公判廷外の自白の範囲だけです。

設例Tと、3つの問い

設例T。被告人Pは深夜の路地で通行人Vを後ろから殴り肩の骨を折らせた傷害罪で起訴。Pは捜査段階でも公判でも、自分が殴った、傘は帰りに駅のごみ箱に捨てた、と認めている。検察官の証拠、診断書、防犯カメラ映像、傘、記録アプリの記載、実況見分調書。Vは犯人の顔を見ていない 図:設例T

  • 被告人Pは深夜の路地で通行人Vを後ろから殴り肩の骨を折らせた傷害罪で起訴
  • Pは捜査段階でも公判でも、自分が殴った、傘は帰りに駅のごみ箱に捨てた、と認めている
  • 検察官の証拠、診断書、防犯カメラ映像、傘、記録アプリの記載、実況見分調書
  • Vは犯人の顔を見ていない

設例Tを置きます。例えば、深夜の繁華街の路地で通行人のVが後ろから殴られ、肩の骨を折りました。Vは犯人の顔を見ていません。被告人のPが傷害罪で起訴されました。Pは捜査でも公判でも、自分が殴った、使った傘は帰りに駅のごみ箱に捨てた、と認めています。検察官が請求した証拠は5つです。具体的に見ていきます。1つ目はVの診断書で、骨折があります。2つ目は路地の入口の店の防犯カメラの映像です。黒っぽい上着の人物が路地に入る様子が映っていますが、顔は分かりません。Pは当日、黒っぽい上着を持っていました。3つ目は事件の翌朝に駅の清掃員が見つけて届けた傘で、Vの血痕が付いているという鑑定です。4つ目は、Pが事件の夜に自分のスマートフォンの記録アプリへ、その日の出来事の1つとして「Vを殴った」と書いたものです。事件の前から毎日つけていた私的な記録で、内容や量は日によってまちまちです。5つ目は、警察官が現場でPに殴った位置を指で示させ、説明させて作った実況見分調書です。問いは、Pの自白のほかに何が補強になって有罪にできるか、です。3つの問いに分けます。何について補強が要るかという範囲。どんな証拠が補強になれるかという適格。そしてどれくらい強ければよいかという程度です。

補強の範囲:罪体説と実質説

補強の範囲の学説。条文は唯一の証拠としか書いていない、解釈問題。罪体説は犯罪の客観的な部分に定型的に補強を要求。その中で、何者かによる法益侵害があれば足りる説と、被告人が犯人であることまで要る説。実質説は自白の真実性を裏づければ足りる、範囲を定型的に決めない。補強が要らないもの、故意などの主観面、前科 図:補強の範囲の学説

  • 条文は唯一の証拠としか書いていない、解釈問題
  • 罪体説は犯罪の客観的な部分に定型的に補強を要求
  • その中で、何者かによる法益侵害があれば足りる説と、被告人が犯人であることまで要る説
  • 実質説は自白の真実性を裏づければ足りる、範囲を定型的に決めない
  • 補強が要らないもの、故意などの主観面、前科

まず範囲です。条文は唯一の証拠としか書いていません。だから自白のほかに何について補強が要るのかは解釈の問題です。大きく罪体説と実質説があります。罪体説は、犯罪の客観的な部分、つまり罪体について定型的に補強を要求します。定型的に、とは、事件ごとの心証で決めずに、あらかじめ決めた部分には必ず補強を求める、という意味です。自白だけで合理的な疑いを超えてよいという発想そのものが誤判を生む、という問題意識です。罪体説の中に2つあります。1つ目は、何者かによる法益侵害があれば足りるという考えです。傷害なら、誰かがけがをさせられたということです。故意や過失などの主観的な要素や、被告人が犯人であることまでは求めません。趣旨の1つ目、架空の事件を重く見ています。2つ目は、被告人が犯人であることまで求める考えです。趣旨の2つ目、犯人の取り違えを重く見ています。設例Tなら、殴ったのがPだという点まで、自白の外の証拠で支える必要があります。もう1つの学説が実質説です。補強の範囲を定型的に決めません。自白の真実性を裏づける証拠があれば足りるという考えです。自白と補強証拠があいまって、合理的な疑いを超える証明に達していればよい、とします。設例Tなら、自白どおり駅で見つかった傘のように、自白の中身が本当だと裏づける証拠があれば足りる、という考えです。

実質説には批判があります。結局は裁判官の心証に戻ってしまい、自由心証への歯止めにならないという批判です。反対に罪体説には、犯人性まで求めると立証が重くなりすぎるという批判があります。補強が要らないものも確認します。故意や目的など主観面は、一般に自白だけでよいとされます。また累犯前科のような、犯罪事実でない事実にも補強は要りません。補強が要るのは、あくまで犯罪事実のうち補強が必要とされる部分です。全部ではありません。

範囲の判例:無免許運転と三鷹事件

範囲の判例。無免許運転の判例、運転行為だけでなく運転免許を受けていなかった事実にも補強証拠が必要。三鷹事件、犯人であると推断するに足る直接の補強証拠が欠けていても、自白の真実性を裏づける補強証拠があり、自白と総合して認定できれば足りる。判例の読まれ方は一様でない 図:範囲の判例

  • 無免許運転の判例、運転行為だけでなく運転免許を受けていなかった事実にも補強証拠が必要
  • 三鷹事件、犯人であると推断するに足る直接の補強証拠が欠けていても、自白の真実性を裏づける補強証拠があり、自白と総合して認定できれば足りる
  • 判例の読まれ方は一様でない

この範囲について最高裁の判決が2つあります。1つ目は無免許運転の事件です。原判決は、免許を持っていなかったという点は、無免許という消極的な身分のような主観的な側面だとして、被告人の自白だけで認定してよいとしました。最高裁はこれを誤りとしました。

判例最判昭42・12・21 刑集21巻10号1476頁

無免許運転の罪と補強証拠 無免許運転の罪においては、運転行為のみならず、運転免許を受けていなかつたという事実についても、被告人の自白のほかに、補強証拠の存在することを要するものといわなければならない。

ただし結論は上告棄却でした。同じ職場の同僚の、警察官に対する供述調書に、被告人が免許を受けていなかったことを知っていたと思われる趣旨の供述がありました。これが公判廷の自白の補強に足りたので、判決に影響がなかったのです。実務では、警察本部への免許の有無の照会結果で補強します。免許があったかどうかは、被告人の頭の中ではなく、警察本部への照会で外から確かめられる事実です。そういう事実まで自白だけで認めると、架空の事件の恐れが残ります。この判決の読まれ方は割れています。自白の真実性には触れていないので罪体説に近づいた、という読み方。当然に真実性を考えているので実質説は維持された、という読み方。実質説に立ちつつ、法益侵害に関わる事実には補強が要るとした、という読み方です。もう1つは三鷹事件です。電車が運転者なしで暴走し人が死亡した事件で、自白以外の証拠に、被告人の作為を直接証明するものはありませんでした。最高裁はこう述べました。

判例最大判昭30・6・22 刑集9巻8号1189頁

犯人性の補強について 被告人が犯罪の実行者であると推断するに足る直接の補強証拠が欠けていても、その他の点について補強証拠が備わり、それと被告人の自白とを綜合して本件犯罪事実を認定するに足る以上、憲法三八条三項の違反があるものということはできない。

カードの少し前で、判決は、自白の真実性を裏づけるに足りる補強証拠はある、と述べています。犯人が誰かという点のほかには、補強証拠が備わっていたということです。犯人であることを直接示す補強がなくても、自白の真実性を裏づける補強があれば足りるということです。なぜ直接の補強まで要らないのか。実質説の考え方で言えば、自白の中身が外の証拠と合っていれば、自白が真実である見込みは高まるからです。これも読み方が割れます。実質説と見る読み方と、罪体説に立ちつつ犯人性は真実性の裏づけで足りるとした、と見る読み方です。

判例が罪体説か実質説かは、断定できません。言えることは2つです。1つ、無免許の事実にも補強が要る。もう1つ、犯人性は直接の補強がなくても、自白の真実性を裏づける補強があれば足りうる。答案では、判例から結論を引き出すのではなく、自分がどの説に立つかをはっきり書き、その説から結論を出してください。

補強の程度:絶対説と相対説

範囲と程度の対応表。罪体説、補強証拠だけで犯罪事実を一応証明できる程度、絶対説。実質説、自白と相まって合理的な疑いを超えればよい、相対説。範囲の説と程度の説は対応する。判例をどちらかと断定しない 図:範囲と程度の対応表

  • 罪体説、補強証拠だけで犯罪事実を一応証明できる程度、絶対説
  • 実質説、自白と相まって合理的な疑いを超えればよい、相対説
  • 範囲の説と程度の説は対応する
  • 判例をどちらかと断定しない

次に程度です。範囲を広く求める罪体説は、補強証拠にどれくらいの強さを求めるでしょうか。範囲と程度は連動します。なぜ連動するのか。罪体説は、決まった部分を補強証拠に支えさせる考えなので、その部分は補強証拠だけで一応言えなければ意味がありません。実質説は、自白が本当かを支えれば足りる考えなので、自白と合わせて測れば足ります。罪体説は、補強証拠だけで犯罪事実の存在を一応証明できる程度を求めます。これを絶対説と呼びます。一応証明できるとは、補強証拠だけを見ても犯罪事実があったらしいと思わせる程度です。有罪の確信までは要りません。実質説は、自白と補強証拠があいまって合理的な疑いを超えれば足りるとします。これを相対説と呼びます。補強証拠だけで一定の水準に届く必要はありません。設例Tで言えば、絶対説は自白を脇に置いて、診断書や傘だけで事件があったらしいと言えるかを問います。相対説は、自白と傘を並べて、合理的な疑いが残らないかを問います。

範囲の説と程度の説は、罪体説と絶対説、実質説と相対説の組になります。答案では、範囲で選んだ説と程度の説を揃えて書きます。なお判例を絶対説か相対説かどちらかに断定することもしません。

補強証拠適格:自白から独立していること

補強証拠適格。補強証拠は犯罪事実を認定する実質証拠なので証拠能力が要る。そのうえで自白から独立していること。被告人自身の供述は原則として補強にならない、自白を何度繰り返しても補強にならない。被告人の供述を基に作られた捜査書類、指示説明の実況見分調書や報告書も補強にならない 図:補強証拠適格

  • 補強証拠は犯罪事実を認定する実質証拠なので証拠能力が要る
  • そのうえで自白から独立していること
  • 被告人自身の供述は原則として補強にならない、自白を何度繰り返しても補強にならない
  • 被告人の供述を基に作られた捜査書類、指示説明の実況見分調書や報告書も補強にならない

3つ目の問いは、どんな証拠が補強になれるかです。まず補強証拠は犯罪事実を認定する実質証拠です。だから証拠能力が要ります。そのうえで自白から独立している必要があります。自白と同じ出どころではないということです。例えば、お金を返したと言う人の話を、メモに何枚書き写しても、出どころは本人の話1つです。裏づけには、銀行の入出金記録のような別の経路の記録が要ります。補強も同じです。被告人自身の供述は原則として補強になりません。自白を何度繰り返しても「本人がそう言っている」にすぎないからです。被告人の供述を基にして作られた捜査書類も同じです。警察官が被告人の供述を書き取った報告書や、被告人に指で示させ説明させて作った実況見分調書は、自白を書き換えたものにすぎません。補強になりません。設例Tの実況見分調書が、これです。自白を聞いた第三者の証言も、自白の繰り返しなら独立性が無いと考えられます。例えば、Pから「俺が殴った」と聞いた友人の証言は、中身がPの話そのものなので補強になりません。友人が自分の目でPを路地で見ていたなら、それは別の出どころです。

例外:未収金控帳と、2つの読み方

例外の控帳。被告人が犯罪の嫌疑を受ける前に、関係なく、備忘のためその都度記入した控帳は、自白と目すべきでなく、323条2号の書面として補強証拠になりうる。理由づけの読み方は2つ、1つ目、機械的継続的に作られた定型的な信頼性のある書面だから。2つ目、捜査と無関係に自白から独立して作られたから 図:例外の控帳

  • 被告人が犯罪の嫌疑を受ける前に、関係なく、備忘のためその都度記入した控帳は、自白と目すべきでなく、323条2号の書面として補強証拠になりうる
  • 理由づけの読み方は2つ、1つ目、機械的継続的に作られた定型的な信頼性のある書面だから
  • 2つ目、捜査と無関係に自白から独立して作られたから

原則には例外があります。思い出してください。前に見た323条で、業務の通常の過程で作られた書面は、何号でしたか?2号でした。2号は、業務の基礎資料として継続的、規則的に作られる書面でした。そのとき2号の例に挙げた未収金控帳が、今日は補強の問題として出てきます。具体的な判例を見ます。米穀の小売販売業者が闇米を売った事件で、被告人は公判廷で自白しました。被告人が自分で付けていた販売未収金の控帳が補強になるかが争われました。

判例最決昭32・11・2 刑集11巻12号3047頁

未収金控帳の補強証拠適格 所論未収金控帳は原判決説示の如く、被告人が犯罪の嫌疑を受ける前にこれと関係なく、自らその販売未収金関係を備忘のため、闇米と配給米とを問わず、その都度記入したものと認められ、その記載内容は被告人の自白と目すべきものではなく、右帳面はこれを刑訴三二三条二号の書面として証拠能力を有し、被告人の第一審公判廷の自白に対する補強証拠たりうるものと認めるべきである。

帳面は被告人自身が書いたものです。それでも補強になりました。理由は、嫌疑を受ける前に犯罪とは関係なく備忘のためその都度記入したもので、記載内容が自白と目すべきではないからです。ここには関門が2つあります。まず、書面を証拠として使えるか、という関門です。書面は伝聞なので例外に当たる必要があり、控帳は323条2号で通りました。補強証拠にも証拠能力が要る、と言ったのはこのことです。次に、使えるとして、自白から独立した補強になれるか、という関門です。決定は、記載内容が自白と目すべきでない、としてここも通しました。

そこで理由づけの読み方が二通りに分かれます。1つ目の読み方は、機械的継続的に作られた定型的に信頼できる書面だから補強になる、とみるものです。業務の記録は正確に書かざるをえないので、本人が書いても、本人の話とは別の支えがある、という考えです。もう1つは、捜査と無関係に自白から独立して作られたから補強になる、とみるものです。嫌疑の前なら、捜査を意識して書いたものではないので、後の自白とは出どころが別だ、という考えです。決定は「嫌疑の前」「関係なく」「備忘のため」「その都度」と両方の要素を挙げているので、どちらか一方に決め打ちできません。分かれ目になるのは私的な日々の記録です。1つ目の読み方なら定型性がないので不適格になります。2つ目の読み方なら、嫌疑の前に捜査と無関係に作られていれば適格の余地が残ります。私的な日々の記録が補強になるかは、どの読み方で決まるか。ここを押さえてください。

設例Tの当てはめ

設例Tの当てはめ。適格、傘は独立の物証で適格あり、実況見分調書は指示説明で補強にならない、記録アプリは読み方で割れる。範囲、診断書、防犯カメラ映像、傘。程度、絶対説と相対説。罪体説の1つ目と絶対説なら足りる、罪体説の2つ目と絶対説なら足りない可能性が高い、実質説と相対説なら傘があるので足りうる 図:設例Tの当てはめ

  • 適格、傘は独立の物証で適格あり、実況見分調書は指示説明で補強にならない、記録アプリは読み方で割れる
  • 範囲、診断書、防犯カメラ映像、傘
  • 程度、絶対説と相対説
  • 罪体説の1つ目と絶対説なら足りる、罪体説の2つ目と絶対説なら足りない可能性が高い、実質説と相対説なら傘があるので足りうる

設例Tに当てはめます。答案では範囲、適格、程度の順に書きますが、当てはめでは先に適格で証拠を仕分けます。補強になれない証拠で範囲や程度を測っても意味がないからです。実況見分調書は、Pに指で示させて作ったものです。自白を基にしているので補強になりません。傘は清掃員が別の経路で見つけた物です。自白が出どころではないので独立していて、適格があります。記録アプリは読み方で割れます。書面として使えるかは、Pが自分に不利なことを書いたものなので、前に見た322条の不利益な事実の承認で通りえます。割れるのは、補強になれるかのほうです。内容や量がまちまちなので、定型的な信頼性を重く見る読み方なら不適格です。一方で、事件の夜に嫌疑を受ける前、捜査と無関係に書かれた点を重く見る読み方なら、適格の余地が残ります。次に範囲と程度を説ごとに見ます。罪体説の1つ目、何者かによる傷害があれば足りるという立場で絶対説なら、診断書と、Vの血痕が付いた傘で、何者かに殴られて傷害を負ったことが一応証明できます。犯人性の補強は要りません。足ります。罪体説の2つ目、犯人性まで求める立場で絶対説ならどうでしょう。防犯カメラは顔が分からず、犯人性の補強として弱いです。傘はVの血痕が付いていて自白どおり駅から出てきたので自白の真実性は支えますが、Pと結びつける独立の証拠は乏しいです。足りない可能性が高いです。もし防犯カメラにPの顔がはっきり映っていたら、罪体説の2つ目でも足ります。説ごとに結論が割れるのは、犯人性を直接示す証拠が無いときです。

実質説で相対説なら、傘が自白の真実性を裏づけます。自白と傘と診断書があいまって合理的な疑いを超えれば足ります。足りうるという結論です。設例Tの結論は、範囲と程度でどの説に立つかによって変わります。答案で求められるのは、正解の説を探すことではありません。自分の説を明示して、その説の中で一貫して当てはめることです。

短答の落とし穴と、答案の順序

短答の落とし穴。公判廷の自白に補強は不要、憲法上は正しい、刑訴上は誤り。被告人が罪を認めれば証拠調べなしで有罪にできる、誤り。補強は犯罪事実の全部について要る、誤り。被告人の書いたものは補強にならない、原則は正しいが例外あり。無免許運転で免許不所持の事実に補強不要、誤り。補強法則は証明力の問題、自白の任意性とは別、正しい 図:短答の落とし穴

  • 公判廷の自白に補強は不要、憲法上は正しい、刑訴上は誤り
  • 被告人が罪を認めれば証拠調べなしで有罪にできる、誤り
  • 補強は犯罪事実の全部について要る、誤り
  • 被告人の書いたものは補強にならない、原則は正しいが例外あり
  • 無免許運転で免許不所持の事実に補強不要、誤り
  • 補強法則は証明力の問題、自白の任意性とは別、正しい

短答の落とし穴を○×で言います。公判廷の自白には補強は要らない。憲法上は○で刑訴上は×です。先にどちらの話かを言ってください。被告人が罪を認めれば証拠調べなしで有罪にできる。×です。319条3項があるからです。補強は犯罪事実の全部について要る。×です。主観面などは自白だけでよく、全部でなくても足ります。被告人の書いたものは補強にならない。原則として○です。ただし嫌疑を受ける前に業務の中でつけていた控帳のような例外があります。無免許運転で免許を受けていなかった事実に補強は要らない。×です。免許の有無は内心ではなく外から確かめられる事実で、判例は補強が要るとしました。最後です。補強法則は自白の証明力の問題で、自白の証拠能力、つまり任意性とは別だ。この言い方なら○です。任意性のある自白でも、それだけでは有罪にできない、ということです。答案の順序は、補強法則の趣旨を押さえたうえで、範囲、適格、程度の順です。程度は、補強になれる証拠だけで測るので、適格が程度より先です。ここは論文で論点になりうるところです。範囲で選んだ説と程度の説を揃えて書きます。

今日の地図(保存版)

まとめ。補強法則は出口の規制。憲法38条3項は公判廷の自白を含まず、319条2項は含む。319条3項で有罪の自認も足りない。範囲、罪体説の2つと実質説、判例の読み方は割れる。程度、絶対説と相対説、範囲と対応。適格、独立性、被告人の供述と捜査書類は不可、嫌疑前の控帳は例外 図:まとめ

  • 補強法則は出口の規制
  • 憲法38条3項は公判廷の自白を含まず、319条2項は含む
  • 319条3項で有罪の自認も足りない
  • 範囲、罪体説の2つと実質説、判例の読み方は割れる
  • 程度、絶対説と相対説、範囲と対応
  • 適格、独立性、被告人の供述と捜査書類は不可、嫌疑前の控帳は例外

まとめます。補強法則は自白の出口の規制で、自白だけでは有罪にできません。憲法は公判廷の自白を含みませんが、319条2項は含み、3項は有罪の自認も足りないとします。補強の範囲は罪体説の2つと実質説で、判例の読まれ方は割れています。程度は絶対説と相対説で、範囲と対応します。適格は独立性で、被告人の供述とそれを基にした捜査書類は補強になれず、嫌疑の前の控帳が例外でした。冒頭の「確信しても自白だけでは有罪にできない」というのは、自白という証拠だけを別の証拠で外から支えさせる、ということですね。次は共犯者の供述です。一緒にやった人が「あの人もやった」と言うだけで有罪にできるのか。共犯者の供述は本人の自白に当たり、補強が要るのか。一緒に裁かれている被告人の供述ならどうかも見ます。

ページ上部へ ↑

#131単独ページ動画

共犯者・共同被告人の供述(証拠にする3つのルート・補強の要否)

第5章 証拠法 ⑲/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

共犯の2人が起訴された。1人は認めた、もう1人は否認している。認めた本人は自分の自白だけでは有罪にならない。否認した相手は、判例の理屈ではその供述だけで有罪にできる余地がある。なぜか 図:共犯の2人が起訴された

  • 1人は認めた、もう1人は否認している
  • 認めた本人は自分の自白だけでは有罪にならない
  • 否認した相手は、判例の理屈ではその供述だけで有罪にできる余地がある
  • なぜか

前回の最後に、問いを2つ置きました。1つ目は、一緒にやった人が「あの人もやった」と言うだけで、その人を有罪にできるのか、つまり共犯者の供述は本人の自白に当たり、補強が要るのか。2つ目は、一緒に裁かれている被告人の供述ならどうか、でした。今日はこの2つに答えます。先に場面を置きます。共犯の2人が起訴されました。1人は罪を認め、もう1人は否認しています。他に証拠は何もありません。認めた本人は、自分の自白しか証拠がないので、有罪にできません。ところが否認している相手は、判例の理屈では、認めた人の供述だけで有罪にできる余地があります。

認めた側が助かり、否認した側が危うくなる。この結論に違和感を覚えるのは自然です。今日の後半で、その違和感の正体を見ます。ただ、その前に出発点があります。一緒に裁かれている被告人の供述を、相手の被告人の証拠にするには、そもそもどの道を通るのか。入口から順に見ていきます。

共同被告人とは:誰から見て誰か

共同被告人。弁論の併合、313条1項。併合されても法律関係は被告人ごとに別個、同意も不同意も被告人ごと。共犯でなくても併合されれば共同被告人。相手の被告人から見ると被告人以外の者 図:共同被告人

  • 弁論の併合、313条1項
  • 併合されても法律関係は被告人ごとに別個、同意も不同意も被告人ごと
  • 共犯でなくても併合されれば共同被告人
  • 相手の被告人から見ると被告人以外の者

先に条文を呼び戻します。分離と併合の条文です。

条文刑事訴訟法第313条第1項

刑事訴訟法第313条第1項 裁判所は、適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、決定を以て、弁論を分離し若しくは併合し、又は終結した弁論を再開することができる。

一緒に審理される被告人どうしを、共同被告人と言います。相手の被告人のことを、相被告人と呼ぶこともあります。同じ意味です。複数の被告人の弁論が併合されると、共同被告人になります。共犯であることは条件ではありません。刑法上の共犯どうしが併合されて共同被告人になることは多いです。ただ、共犯でなくても、事件が密接に関連していて併合されれば、共同被告人です。基準は併合されているかどうかで、共犯かどうかではありません。もう1つ思い出してください。併合されても、法律関係は被告人ごとに別個です。同意するか不同意にするかも被告人ごとで、証拠を採用するかどうかも被告人ごとに判断します。1つの法廷に並んでいても、被告人どうしは別々の当事者です。ここで、今日の出発点を言います。被告人Gの犯罪事実を証明するために、共同被告人Sの供述を使うとします。このときSは、Gから見れば被告人以外の者です。被害者や目撃者と同じ、第三者の位置に立ちます。Sにとっての自分の事実を証明するために使う場面は、別でした。そちらは前に見た322条1項の話です。今日見るのは、Sの供述をGに対して使う場面です。ここから道が3つに分かれます。

3つのルートの地図と、設例W

3つのルートの比較表。1、弁論を分離して証人として尋問、通る条文は143条と146条、限界は証言拒絶。2、併合のまま被告人質問、311条3項、限界は黙秘。3、公判廷外の供述、321条1項、要件を満たすこと 図:3つのルートの比較表

  • 1、弁論を分離して証人として尋問、通る条文は143条と146条、限界は証言拒絶
  • 2、併合のまま被告人質問、311条3項、限界は黙秘
  • 3、公判廷外の供述、321条1項、要件を満たすこと

先に地図を見てください。Sの供述をGに対して使う道は3つです。1つ目は、弁論を分離して、Sを証人として尋問する道です。2つ目は、併合のまま、被告人質問で供述を引き出す道です。3つ目は、公判廷の外でした供述、つまり調書などを使う道です。今日はこの3つを1つの設例で通します。設例Wです。

設例W。被告人SとGは窃盗罪で起訴され併合審理。Sは検察官面前調書で認め、公判の被告人質問でも認めている。Gは否認し、その夜は家にいたと述べる。被害を裏づける在庫記録も被害届もない 図:設例W

  • 被告人SとGは窃盗罪で起訴され併合審理
  • Sは検察官面前調書で認め、公判の被告人質問でも認めている
  • Gは否認し、その夜は家にいたと述べる
  • 被害を裏づける在庫記録も被害届もない

夜の工事現場の資材置き場から、銅線ケーブルが持ち出されました。被告人のSとGが、2人とも窃盗罪で起訴され、併合して審理されています。Sは検察官の取調べで「Gと2人で夜に入って、ケーブルを台車に積んで持ち出した」と話し、署名押印した調書があります。公判の被告人質問でも、Sは同じように認めています。Gは一貫して否認です。その夜は家にいた、と言います。そして資材置き場の管理会社は在庫を厳密に数えておらず、被害届もありません。Sの供述のほかに、盗難を裏づける証拠がありません。問いは3つです。1つ目、SはGを有罪にする証拠として、どの道で供述を出せるか。2つ目、SとGは、それぞれSの供述だけで有罪にできるか。3つ目、Gが一部を認めたら、Sの供述はGの自白の補強に使えるか。順番に答えていきます。

ルート1:弁論を分離して証人として尋問する

ルート1、分離して証人。併合のままでは証人にできない、黙秘権と証人の義務が両立しない。分離すれば第三者に戻り証人適格あり、143条。ただし自己に不利益な証言は拒める、146条。拒まれたら調書へ。分離後の証言は自己の事件でも証拠になる 図:ルート1、分離して証人

  • 併合のままでは証人にできない、黙秘権と証人の義務が両立しない
  • 分離すれば第三者に戻り証人適格あり、143条
  • ただし自己に不利益な証言は拒める、146条
  • 拒まれたら調書へ
  • 分離後の証言は自己の事件でも証拠になる

ルート1です。まず、併合のままではなぜ証人にできないのかを思い出してください。被告人には終始沈黙できる黙秘権があります。証人には出頭、宣誓、証言の義務があり、正当な理由なく拒めば過料や刑罰の対象になります。1人の人間に、黙っていてよいという地位と、話さなければならないという地位を同時には与えられません。だから、併合したままでは、共同被告人を相手の事件の証人にできません。ではどうするか。弁論を分離します。分離すると、SはもうGと一緒に審理される被告人ではありません。Gの事件から見れば、Sはただの第三者に戻ります。証人適格は原則として誰にでもあります。条文は143条で、特別の定めがない限り、何人でも証人として尋問できます。だから、Gの事件で、Sを証人として尋問できます。

条文刑事訴訟法第143条

刑事訴訟法第143条 裁判所は、この法律に特別の定のある場合を除いては、何人でも証人としてこれを尋問することができる。

判例もこれを認めています。

判例最判昭35・9・9 刑集14巻11号1477頁

共同被告人を分離して証人として尋問すること 共同被告人を分離して証人として尋問しても、同証人は自己に不利益な供述を拒むことができ、これを強要されるものでないこと(……)および共同被告人でも事件が分離された後、他の共同被告人の証人として証言することは差支えなく、また他の事件の証人としての証言が自己の犯罪に対しても証拠となること(……)もまた当裁判所の判例とするところであるから、所論違憲の主張は採用できない。

判旨には3つの内容があります。先に2つを見ます。1つ目は、分離したあとなら、他の共同被告人の証人として証言してよいということです。2つ目は、その証言は、Sが自分の犯罪について裁かれる場面でも、証拠になるということです。そこで、3つ目の内容が効きます。判旨は、証人として尋問しても、自己に不利益な供述は拒むことができ、強要されないと述べています。拒む根拠になる条文が146条です。

条文刑事訴訟法第146条

刑事訴訟法第146条 何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。

自分が訴追されたり有罪になったりするおそれのある証言は、拒めます。Sは窃盗で起訴されている本人です。だから、Gと2人で持ち出したかという質問は、拒めます。ここで注意があります。拒めるのは、証言全部ではありません。包括的に黙秘する権利が証人にあるわけではなく、質問ごとに、この質問は自分の罪に関わるから拒む、と判断します。拒まれたら、どうなるでしょう。Gの側は、Sに反対尋問ができません。Sが答えなければ、Gの証拠になる証言そのものが出てきません。前に見た刑事免責を検察官が請求し、裁判所が決定すれば、Sは146条で拒めなくなります。その代わり、その証言は、Sの事件ではS自身に不利な証拠にできません。免責なしで分離して証言しただけなら、その証言はSの事件でも証拠になる、という判例とは、ここが違います。そこで、公判廷の外でしたSの供述、つまり検察官面前調書のほうが検討されます。ルート3に戻ります。

ルート2:併合のまま被告人質問で引き出す

ルート2、併合のまま被告人質問。311条3項、共同被告人又はその弁護人も裁判長に告げて供述を求められる。判例は共犯者たる共同被告人の供述であるからといって全く証拠能力を欠くものではないとする。限界は、Sは黙秘できること 図:ルート2、併合のまま被告人質問

  • 311条3項、共同被告人又はその弁護人も裁判長に告げて供述を求められる
  • 判例は共犯者たる共同被告人の供述であるからといって全く証拠能力を欠くものではないとする
  • 限界は、Sは黙秘できること

先に確認です。前に見た311条を思い出してください。被告人質問と証人尋問の大きな違いは何でしたか?宣誓があるかどうか、供述の義務があるかどうか、偽証罪があるかどうか、でした。被告人質問は、宣誓もなく、答える義務もなく、偽証罪もありません。その違いを踏まえてルート2を見ます。

条文刑事訴訟法第311条第1項〜第3項

刑事訴訟法第311条第1項〜第3項 被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。 被告人が任意に供述をする場合には、裁判長は、何時でも必要とする事項につき被告人の供述を求めることができる。 陪席の裁判官、検察官、弁護人、共同被告人又はその弁護人は、裁判長に告げて、前項の供述を求めることができる。

併合のままなら、Sは被告人の地位にあります。証人ではありません。だからGの側がSの供述を引き出すなら、被告人質問の形になります。3項の、共同被告人又はその弁護人は、裁判長に告げて、供述を求めることができる、という部分です。Gの弁護人が、裁判長に告げてSに質問します。ではそうして出たSの公判廷の供述を、Gの有罪の証拠にしてよいか。判例を見ます。

判例最判昭28・10・27 刑集7巻10号1971頁

共犯者たる共同被告人の供述の証拠能力 共犯者たる共同被告人の供述であるからといつて全く証拠能力を欠くものではないことは当裁判所の判例の趣旨に徴して明らかである。……被告人及び弁護人は刑訴三一一条三項により共同被告人に対し任意の供述を求めうる機会が与えられているのであつて、所論は未だ共同被告人の公判廷における供述の証拠能力を当然に否定すべき事由となるものではない

言葉を正確に読んでください。「全く証拠能力を欠くものではない」と言っています。そして、質問する機会が与えられているので、証拠能力を「当然に否定すべき事由」にはならない、と言っています。何でも使ってよい、と言い切ったのではありません。証拠能力を否定する理由にはならない、という言い方です。ここで、Gの反対尋問の権利とぶつかります。Gには憲法37条2項の、証人を審問する権利があります。他方でSには黙秘権があります。Gの弁護人が質問する機会は制度上あります。ただしSは、答えたくなければ黙れます。質問できたことと、反対尋問で信用性をテストできたことは、同じではありません。だから有力な説は、Gの側からSへの質問、つまり反対質問が現実に効果を収めた場合に限って、証拠能力を認めるべきだとします。判決が述べているのは、質問する機会が与えられている、という点までです。機会で足りるとする側の考え方を補うと、こうなります。答えるかどうかを決めるのはSですが、Gの側が問いを立てて矛盾を突く場は、制度として用意されています。Sが答えなかった部分には、そもそも証拠になる供述がありません。問題になるのは、Sが答えた部分です。それは裁判官の目の前で、Gの側も問いを向けられる場でされた供述です。Gの質問にだけ黙ったなら、その様子も裁判官は見ています。だから、証拠から一律に外すのではなく、どこまで信用できるかの評価に回せばよい、という考え方です。答案では、判例の立場と自説をはっきり区別して書いてください。そして、どちらの立場でも、Sが黙ったり答えをはぐらかしたりしたなら、その供述の信用性は慎重に吟味されます。

ルート3:公判廷の外の供述

ルート3、公判廷外の供述。Gに対しては被告人以外の者の書面として321条1項、検察官面前調書は2号。S自身に対しては322条1項。共同被告人の調書を相手に322条で使うのは違法。証言を拒まれたらここへ戻る 図:ルート3、公判廷外の供述

  • Gに対しては被告人以外の者の書面として321条1項、検察官面前調書は2号
  • S自身に対しては322条1項
  • 共同被告人の調書を相手に322条で使うのは違法
  • 証言を拒まれたらここへ戻る

ルート3は、前に見た整理の呼び戻しです。Sの検察官面前調書をどう使うか。誰に対して使うかで条文が変わりました。Sの検察官面前調書をGに対して使うなら、Sは被告人以外の者ですから、321条1項です。被告人以外の者の供述を書いた書面を、号ごとの条件を満たせば証拠にできる、という規定でした。検察官面前調書は2号です。S自身に対して使うなら、322条1項です。被告人自身の書面は、自分に不利益な事実を認める内容なら、任意性に疑いがない限り使える、という規定でした。そして、Gに対して322条で使うのは違法だと、判例が示していました。共同被告人の調書だから被告人の供述として使ってよい、とはなりません。Gから見れば、Sは第三者だからです。設例Wなら、検察官面前調書は、Sが公判で証言を拒み続けて、前に見た供述不能に当たったり、前の供述と相反する供述をして相対的に特信情況が認められたりした場合に、2号で使える道が開けます。ルート1で拒まれた証言が、ここにつながるのです。

共犯者の供述は本人の自白に当たるか

共犯者の供述は本人の自白に当たるか。補強法則の対象は、憲法38条3項の本人の自白。当たるなら補強が要る。判例は当たらないとする。練馬事件、共犯者の供述は被告人以外の者の供述で純然たる証人とその本質を異にしない 図:共犯者の供述は本人の自白に当たるか

  • 補強法則の対象は、憲法38条3項の本人の自白
  • 当たるなら補強が要る
  • 判例は当たらないとする
  • 練馬事件、共犯者の供述は被告人以外の者の供述で純然たる証人とその本質を異にしない

ここから山場です。3つのルートは、供述を証拠にしてよいかという入口の話でした。次は、証拠にした供述だけで有罪にできるか、という出口の話です。前回見た補強法則です。呼び戻します。

条文日本国憲法第38条第3項

日本国憲法第38条第3項 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

補強が要るのは、本人の自白です。ではSの供述は、Gにとって、本人の自白でしょうか。Sの供述が本人の自白に当たるなら、Gを有罪にするにも補強が要ります。当たらなければ、要りません。ここで1問考えてください。設例Wで、Sは調書に「Gと2人で夜に入って、ケーブルを台車に積んで持ち出した」と話しています。この話は、Gにとって本人の自白にあたるのか。理由も含めて、少し考えてみてください。Sは自分の罪も認めているので、自白に見えます。他方でGにとっては、他人の話にも見えます。この両面があることが出発点です。最高裁の大法廷が、これを判断しました。練馬事件と呼ばれる判決です。複数の被告人の共謀が問題になった、傷害致死などの事件です。判例の言葉を読みます。

判例最大判昭33・5・28 刑集12巻8号1718頁

共犯者の自白と本人の自白 共犯者の自白をいわゆる「本人の自白」と同一視し又はこれに準ずるものとすることはできない。けだし共同審理を受けていない単なる共犯者は勿論、共同審理を受けている共犯者(共同被告人)であつても、被告人本人との関係においては、被告人以外の者であつて、被害者その他の純然たる証人とその本質を異にするものではないからである。されば、かかる共犯者又は共同被告人の犯罪事実に関する供述は、憲法三八条二項のごとき証拠能力を有しないものでない限り、自由心証に委かさるべき独立、完全な証明力を有するものといわざるを得ない。

判決は2段で考えています。1段目、証明力の評価は裁判官に委ねる、というのが自由心証主義でした。憲法38条3項は、それに対する例外規定です。例外ですから、厳格に解釈します。だから共犯者の自白を、本人の自白と同じ、あるいはそれに準ずるものとして広げることはできません。2段目、理由です。共犯者も、共同被告人も、被告人本人との関係では被告人以外の者です。被害者などの純然たる証人と本質を異にしません。だから、その供述は自由心証に委ねられ、独立で完全な証明力を持ちます。ここで決め手を1つに絞ります。Gにとって、Sは第三者だということです。もし近所の人が「あの夜、Gが資材置き場から出てくるのを見た」と話したら、それはGの自白ではなく、目撃者の供述です。Sの話も、Gから見れば、これと同じ位置にあります。補強が要るのは、本人が自分で自分の罪を認めた場合です。前回見た趣旨の2つ目です。自白は決定的に見えるので、証明力を過大に評価する恐れがある、というのがこのルールの理由でした。Sの供述は、Gが自分を不利に語ったものではありません。だから本人の自白ではない、と見ます。この判決で、これと矛盾する限度で、従来の大法廷の判決も変更されました。

後の小法廷の判決。最判昭51・2・19、練馬事件の考え方を確認し、本件は共犯者の供述だけで認定したものではない。最判昭51・10・28、共犯者2人以上の自白で有罪としても憲法38条3項に違反しない。直接解釈したのは憲法38条3項、刑訴319条2項も判例・実務は同じ扱い 図:後の小法廷の判決

  • 最判昭51・2・19、練馬事件の考え方を確認し、本件は共犯者の供述だけで認定したものではない
  • 最判昭51・10・28、共犯者2人以上の自白で有罪としても憲法38条3項に違反しない
  • 直接解釈したのは憲法38条3項、刑訴319条2項も判例・実務は同じ扱い

後の小法廷の判決でも、この立場が確認されています。1つ目です。

判例最判昭51・2・19 刑集30巻1号25頁

共犯者の供述と憲法38条3項 共犯者の供述を、右憲法の規定にいう「本人の自白」と同一視し、又はこれに準ずるものとすべきでないことは、当裁判所の判例(……)とするところであるばかりでなく、本件については、原判決が共犯者の供述のみによつて被告人の本件犯罪事実を認定したものでないことは、原判決が掲記する証拠の標目自体によつても明らかであるから、所論は採用することができない。

この判決は、練馬事件の考え方を確認したものです。そして本件では、共犯者の供述だけで認定したものではない、とも述べています。2つ目です。

判例最判昭51・10・28 刑集30巻9号1859頁

共犯者2名以上の自白と憲法38条3項 共犯者二名以上の自白によつて被告人を有罪と認定しても憲法三八条三項に違反しないことが明らかであるから、共犯者三名の自白によつて本件の被告人を有罪と認定したことは、違憲ではない。のみならず、原判決がその基礎とした第一審判決の証拠の標目によると、共犯者らの自白のみによつて被告人の犯罪事実を認定したものでないことも、明らかである。

言葉を正確に押さえます。この判決が述べたのは、共犯者2人以上の自白で被告人を有罪と認定しても、憲法38条3項に違反しない、ということです。事案は、共犯者3人の自白がありました。しかも判決自身が、共犯者らの自白のみによって認定したものではない、と付け加えています。この判決を、共犯者の供述だけで有罪にしてよいという判決と覚えるのは不正確です。判決の言葉は、共犯者2人以上の自白でも違憲ではない、というものです。共犯者の供述は本人の自白に当たらないという考えの土台は、練馬事件の判決にあります。だから補強は憲法38条3項からは求められません。刑事訴訟法の319条2項は、公判廷の自白まで含む点で憲法より広い、と前回見ました。ただ、共犯者の供述を本人の自白に含めない点は、判例・実務は319条2項でも同じに扱っています。ただし判決が直接解釈したのは憲法38条3項だと、区別して覚えてください。

理由と批判:巻き込みの危険と信用性

理由と批判。判例の理由、被告人以外の者の供述で純然たる証人と本質を異にしない。通説的な説明、反対尋問で真実性をテストできる。批判、巻き込みの危険、自分の責任を軽くするため他人を引き込む。応答、危険があるからこそ信用性を慎重に吟味する 図:理由と批判

  • 判例の理由、被告人以外の者の供述で純然たる証人と本質を異にしない
  • 通説的な説明、反対尋問で真実性をテストできる
  • 批判、巻き込みの危険、自分の責任を軽くするため他人を引き込む
  • 応答、危険があるからこそ信用性を慎重に吟味する

判例の理由を整理します。判決自身の言葉は、被告人以外の者の供述で、純然たる証人と本質を異にしない、というものでした。これとは別に、通説的な説明があります。共犯者の供述は、相手の被告人の側から反対尋問や反対質問にさらされます。そこで真実かどうかをテストできる、という説明です。判決の言葉と、この説明は、別のものです。答案で判例の理由として書くのは、判決の言葉のほうです。補強を要求すべきだという側の根拠は、共犯者による巻き込みの危険です。共犯者は、自分の責任を軽くするために、他人を巻き込む危険があります。責任をなすりつけたり、関係のない人を引っ張り込んだりする危険です。設例Wで言えば、本当はSが1人で持ち出したのに、自分の刑を軽くしようとして「Gに誘われた」とGを引き込む、という形です。自分の自白なら、自分を不利にするので信用できます。他人を巻き込む供述には、その担保がありません。これに対する応答は、巻き込みの危険があるからこそ、裁判所は共犯者の供述の信用性を慎重に吟味する、というものです。法律上は補強が要らなくても、実際には、信用性の吟味がとても重い証拠です。結論は、補強は法律上は不要、でも信用性は別に厳しく見る、という二段構えです。

逆転現象

逆転現象。Sの自白だけではSは無罪、補強不足。GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる。団藤裁判官の反対意見、はなはだしく非常識な結論。判例側の再反論、補強を要すると自白した共犯者らは相互に補強されて有罪、否認した被告人は処罰を免れる 図:逆転現象

  • Sの自白だけではSは無罪、補強不足
  • GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる
  • 団藤裁判官の反対意見、はなはだしく非常識な結論
  • 判例側の再反論、補強を要すると自白した共犯者らは相互に補強されて有罪、否認した被告人は処罰を免れる

冒頭の違和感に戻ります。設例Wです。Sは認め、Gは否認し、Sの供述のほかに証拠がありません。判例の立場では、どうなりますか。Sは、自分の自白しか証拠がありません。補強が要るのに補強がないので、無罪です。Sは公判でも認めていますが、法廷の自白にまで補強を求めるのは、前回見た刑事訴訟法の319条2項でした。一方Gにとって、Sの供述は本人の自白ではなく、第三者の供述です。だから補強なしでも、有罪にできる余地があります。自白した人が無罪で、否認した人が有罪になりうる。これが逆転現象です。補強が必要だと考える側は、ここを根拠にします。

判例最判昭51・2・19 刑集30巻1号25頁(団藤裁判官の反対意見)

共犯者の自白と補強をめぐる団藤裁判官の反対意見 共犯者中の一人が自白をし他の一人が否認をしていて、しかも、他に補強証拠がないという事案を想定するときは、反対説においては、自白をした者は自分の自白しかないから無罪となり、否認をした者は共犯者の自白があるから有罪となるという結果になる。自白をしたものが有罪、否認をしたものが無罪というのならばまだしも、自白をした者が無罪、否認をした者が有罪というのは、はなはだしく非常識な結論である。

これは法廷意見ではなく、反対意見です。判例の結論と取り違えないでください。同じ指摘は、練馬事件の少数意見にもあります。自白した者は有罪にならないのに、同じ事実を否認した共同被告人は処罰されるのは不合理だ、という意見です。判例の立場からは、この不均衡は次のように説明されます。誰にとって誰が第三者か、で整理するのです。Sの自白はSにとっては本人の自白で、補強が要ります。同じ供述がGにとっては第三者の供述で、補強は要りません。同じ言葉でも、立つ位置で性質が変わる。だから不均衡に見えても、矛盾ではない、という整理です。さらに再反論があります。共犯者2人以上の自白を扱った判決の補足意見は、補強を要するとすると、自白した共犯者らは相互に自白が補強されて有罪とされるのに、被告人は自白していないため処罰を免れるという不均衡をもたらすことになり、妥当ではない、と述べています。これも法廷意見ではなく補足意見です。逆向きの不均衡が出る、という指摘です。実務の見方もあります。信用性の吟味が厳しいので、Sが無罪になるような証拠状況で、Gだけが有罪になることは、ほとんど起こりません。理論上は逆転しうるが、実際には信用性で調整される、という整理です。

共同被告人の供述を、補強証拠に使えるか

共同被告人の供述を補強証拠に使えるか。被告人自身の自白は補強にならないが、共同被告人の供述は別人の供述で自白から独立している。判例は肯定、各自の自白を相互に補強証拠とした。黙秘や証言拒絶があれば信用性は慎重に 図:共同被告人の供述を補強証拠に使えるか

  • 被告人自身の自白は補強にならないが、共同被告人の供述は別人の供述で自白から独立している
  • 判例は肯定、各自の自白を相互に補強証拠とした
  • 黙秘や証言拒絶があれば信用性は慎重に

先に確認です。前回見た、補強証拠になれる条件は何でしたか?自白から独立していることでした。被告人自身の供述は、何度繰り返しても、補強になりません。では、共同被告人の供述はどうか。Gが「見張りだけはした」と一部を認めたとします。Gの自白だけでは有罪にできないので、自白とは別の証拠で、たとえばケーブルが本当に持ち出されたことを裏づける必要があります。その裏づけに、Sの供述を使えるか。これが設例Wの3つ目の問いです。判例は肯定しています。練馬事件の判決は、原判決の維持した第一審判決の認定について、こう述べています。

判例最大判昭33・5・28 刑集12巻8号1718頁

共謀の認定と各自の自白の相互補強 原判決の維持した第一審判決は、共謀の点については、共謀を否認した被告人に対する関係においては共同被告人のこの点に関する自白を独立証拠とし、また、共謀を是認した被告人本人に対する関係においてはこの点に関する各自の自白を相互に補強証拠とし、……

共謀を認めた被告人本人との関係では、各自の自白を相互に補強証拠としています。つながりは簡単です。補強証拠適格は、自白から独立していることでした。Gの自白とSの供述は、出どころが別の人です。だから独立していて、補強になりえます。被告人自身が自白を繰り返すのとは違います。さきほどの巻き込みの危険は、ここでも残りませんか。残ります。だから使えるとしても、信用性は慎重に評価します。しかもSが黙秘したり証言を拒んだりすれば、Gの側から質問して確かめることができません。独立していることと、信用できることは、別の話です。

設例Wの当てはめ

設例Wの当てはめ。ルート、検察官が分離を請求してSを証人尋問、Sは146条で拒める、併合のままGの弁護人が被告人質問、Sの調書はGに対して321条1項2号、Sに対して322条1項。補強の要否、Sは自白だけで無罪、GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる余地、信用性は慎重に。補強に使う、Gが一部認めたらSの供述は独立した別人の供述 図:設例Wの当てはめ

  • ルート、検察官が分離を請求してSを証人尋問、Sは146条で拒める、併合のままGの弁護人が被告人質問、Sの調書はGに対して321条1項2号、Sに対して322条1項
  • 補強の要否、Sは自白だけで無罪、GはSの供述が第三者の供述なので有罪にできる余地、信用性は慎重に
  • 補強に使う、Gが一部認めたらSの供述は独立した別人の供述

設例Wに当てはめます。順番は、供述の証拠能力、補強の要否、補強証拠として使えるか、です。1つ目の問い、どの道で供述を出せるか。ルート1は、検察官が分離を請求してSを証人尋問する道です。ただしSは146条で、自分の罪に関わる質問を拒めます。拒まれたらルート2かルート3です。ルート2は、併合のまま、Gの弁護人が被告人質問でSに質問する道です。Sは黙秘できますが、答えれば、その供述は証拠になりえます。ルート3は、Sの検察官面前調書です。Gに対しては321条1項2号、Sに対しては322条1項です。Gに対して322条は使えません。2つ目の問い、Sの供述だけで有罪にできるか。Sは自分の自白しかなく、被害を裏づける証拠がありません。補強がないので、Sは無罪です。Gにとって、Sの供述は本人の自白ではありません。判例の立場なら、Sの供述だけでGを有罪にできる余地があります。逆転現象です。ただし、SがGを巻き込んでいないか、信用性は慎重に吟味されます。3つ目の問い、Gが「見張りだけはした」と一部認めた場合です。Gの自白の補強に、Sの供述を使えるか。使えます。Sの供述は、ケーブルが持ち出されたことを、Gの自白とは別の口から裏づけます。別人の供述で、独立しているからです。ただしSが黙秘すれば質問できないので、信用性は慎重に評価します。

短答の落とし穴と、答案の順序

短答の落とし穴。併合のまま証人にできる、誤り、分離が要る。分離すれば証人にできる、正しい、ただし自己に不利益な証言は拒める。併合のままの被告人質問の供述に証拠能力がない、誤り。322条1項で相手に使える、誤り。共犯者の自白だけでは他の共犯者を有罪にできない、誤り。共同被告人の供述は補強証拠にできる、正しい。共犯者の自白は本人の自白、誤り 図:短答の落とし穴

  • 併合のまま証人にできる、誤り、分離が要る
  • 分離すれば証人にできる、正しい、ただし自己に不利益な証言は拒める
  • 併合のままの被告人質問の供述に証拠能力がない、誤り
  • 322条1項で相手に使える、誤り
  • 共犯者の自白だけでは他の共犯者を有罪にできない、誤り
  • 共同被告人の供述は補強証拠にできる、正しい
  • 共犯者の自白は本人の自白、誤り

短答の落とし穴を、○×で言います。共同被告人は、併合したままで相手の事件の証人にできる。×です。分離が要ります。弁論を分離すれば、相手の事件の証人にできる。○です。ただし自己に不利益な証言は拒めます。併合のままの被告人質問で得た共同被告人の供述には、相手に対する証拠能力がない。×です。判例は、全く証拠能力を欠くものではないとします。共同被告人の検察官調書を、相手の被告人に対して322条1項で使える。×です。321条1項です。共犯者の自白だけでは、他の共犯者を有罪にできない。×です。判例は、本人の自白に当たらないとします。ただし信用性は慎重に吟味されます。共同被告人の供述は、被告人の自白の補強証拠にできる。○です。共犯者の自白は本人の自白に当たり、補強が必要。×です。判例上、当たりません。答案の順序は、3つです。まず供述の証拠能力を、3つのルートのどれかで確かめます。次に、補強の要否を、本人の自白に当たるかで見ます。最後に、被告人の自白があるときは、補強証拠として使えるかを見ます。ここは論文で論点になりうるところです。3つのルートと補強の要否は、別の問いです。混ぜないで書いてください。

今日の地図(保存版)

まとめ。3つのルート、分離して証人、併合のまま被告人質問、公判廷外の供述。共犯者の供述は本人の自白に当たらない、判例。理由と批判、巻き込みの危険は信用性で。逆転現象、判例側の説明。共同被告人の供述は補強証拠になりえる 図:まとめ

  • 3つのルート、分離して証人、併合のまま被告人質問、公判廷外の供述
  • 共犯者の供述は本人の自白に当たらない、判例
  • 理由と批判、巻き込みの危険は信用性で
  • 逆転現象、判例側の説明
  • 共同被告人の供述は補強証拠になりえる

まとめます。共同被告人の供述を相手の証拠にする道は3つです。分離して証人にする、併合のまま被告人質問で引き出す、公判廷の外の供述を使う、でした。判例は、共犯者の供述を本人の自白とは見ません。被告人以外の者の供述だからです。巻き込みの危険があるので、信用性は慎重に吟味します。逆転現象は、同じ供述が自分にとっては本人の自白、相手にとっては第三者の供述だという位置の違いで説明されます。共同被告人の供述は、自白から独立しているので、補強証拠にもなりえます。冒頭の違和感は、同じ供述でも、自分に向けた話なのか、相手に向けた話なのかで性質が変わる、ということで解けました。次は違法収集証拠排除法則です。警察が違法な方法で集めた証拠は、そのまま裁判で使えるのか。法律に書かれていないのに、なぜ裁判所は証拠から外せるのか。その考え方と判断の枠組みを見ます。

ページ上部へ ↑

#132単独ページ動画

違法収集証拠排除法則①(排除の根拠・昭和53年判決の2要件)

第5章 証拠法 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

警察が違法な捜索で覚醒剤を見つけた。覚醒剤は本物で、被告人が持っていたことも間違いない。それでも裁判所は、この覚醒剤を証拠から外すことがある。真実を探すはずの裁判が、なぜ本物の証拠を捨てるのか 図:警察が違法な捜索で覚醒剤を見つけた

  • 覚醒剤は本物で、被告人が持っていたことも間違いない
  • それでも裁判所は、この覚醒剤を証拠から外すことがある
  • 真実を探すはずの裁判が、なぜ本物の証拠を捨てるのか

警察が違法な捜索をして、覚醒剤を見つけたとします。覚醒剤は本物で、被告人が持っていたことも間違いありません。それでも裁判所が、その覚醒剤を証拠から外すことがある、と聞きました。本物の証拠を捨てたら、真実が分からなくなりませんか。そこが、今日の問いです。警察が違法な方法で集めた証拠は、そのまま裁判で使えるのか。そして、法律に書かれていないのに、なぜ裁判所は証拠から外せるのか。その考え方と、判断の枠組みを見ます。手がかりは、所持品検査の回で見た、上着のポケットに手を入れた事件です。承諾なくポケットに手を入れて取り出した検査は、違法でした。では、その違法な検査で見つかった覚醒剤は、証拠に使えたのか。同じ判決の、後半です。答えを先に言います。違法に集めた証拠は、外されることがあります。ただし、違法があれば必ず外れるわけではありません。最高裁は、2つの要件で線を引きました。その線の引き方と、そう引く理由を、今日は1本で通します。

証拠禁止:証明力とは別次元の「使わせない」理由

証拠禁止と関連性の違い。関連性は推認力があるか。証拠禁止は推認力があっても手続など別の理由で使わせない。両方とも証拠能力を否定する理由の整理で、重なって否定理由になりうる。自白の例、嘘を誘う聞き方は関連性の側、黙秘権の侵害などの手続の違法は証拠禁止の側 図:証拠禁止と関連性の違い

  • 関連性は推認力があるか
  • 証拠禁止は推認力があっても手続など別の理由で使わせない
  • 両方とも証拠能力を否定する理由の整理で、重なって否定理由になりうる
  • 自白の例、嘘を誘う聞き方は関連性の側、黙秘権の侵害などの手続の違法は証拠禁止の側

最初に、関連性の回の入口を思い出します。証拠能力、つまり、証拠が法廷で取り調べられるための法律上の資格を考える観点は、2つありました。関連性と、証拠禁止です。関連性は、その証拠が、証明したい事実を推認させる力を持つか、を見ます。証拠禁止は、推認する力があっても、手続の公正を守るなど、事実の認定とは別の理由で使わせない、という観点です。2つは排斥し合わず、どちらの理由でも、証拠能力は否定されえます。自白で言えば、嘘の答えを誘うような聞き方で取った自白は、事実を誤って認定させるおそれがあるので、関連性の側の問題です。話す自由を奪うなど、手続そのものが違法なら、中身が正しくても外す理由になります。こちらが、証拠禁止の側です。違法収集証拠排除法則は、この証拠禁止の代表例です。捜査機関が、法律に違反して集めた証拠の証拠能力を、否定する考え方です。

明文がない:それでも外す理由はあるのか

違法に集めた証拠を使えないという条文はない。自白には319条1項があるが物には明文がない。かつての否定論3つ。国家賠償で足りる、真犯人を放免する必要はない、証拠物は押収が違法でも物の性質形状は変わらず証拠としての価値も変わらない。判決も一度は認める、直ちに否定は相当でない 図:違法に集めた証拠を使えないという条文はない

  • 自白には319条1項があるが物には明文がない
  • かつての否定論3つ
  • 国家賠償で足りる、真犯人を放免する必要はない、証拠物は押収が違法でも物の性質形状は変わらず証拠としての価値も変わらない
  • 判決も一度は認める、直ちに否定は相当でない

次に、明文の話です。自白には、条文がありました。319条1項を、もう一度置きます。

条文刑事訴訟法第319条第1項

刑事訴訟法第319条第1項 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。

自白は、この条文で外せます。ところが、違法な捜索で集めた覚醒剤のような物について、違法に集めたから証拠にできない、と書いた条文は、ありません。憲法にも、刑事訴訟法にも、ありません。条文がないなら使ってよい、と考える立場が、かつては有力でした。理由は3つです。1つ目は、違法な捜索をした警察官は、国家賠償や懲戒で責任を取らせれば足りる、という考えです。2つ目は、証拠から外すと、真犯人を放免することになり、社会の利益に反する、という考えです。3つ目が、いちばん強い理由です。証拠物は、押収の手続が違法でも、物そのものの性質や形状は変わりません。覚醒剤は、違法に押収しても、覚醒剤のままです。ですから、証拠としての価値も変わらない、という考えです。

盗品でも品物の価値は変わらない、という見方は、この3つ目の理由に近い例えです。そして、最高裁も、この3つ目の理由を、まず認めています。押収手続が違法だというだけで、直ちに証拠能力を否定するのは、真相の究明に資さず、相当でない、と述べました。古い最高裁判例にも、押収物は手続が違法でも、性質や形状は変わらないので、証拠としての価値に変わりはない、と述べたものがあります。ただし、これは旧刑事訴訟法の時代の判決で、その押収は適法だったと認めたうえで、付け加えるように述べた部分です。上着のポケットの判決は、この古い判例について、押収手続にきわめて重大な違法がある場合まで証拠に使ってよい、と言ったものではない、と読みました。つまり、排除を全面的に否定した判例ではない、という整理です。

本物でも外す理由として、ここから、排除の根拠を作ります。質屋の例えを、もう少し続けます。

排除の3つの根拠と、根拠が決める排除の範囲

排除の3つの根拠。適正手続は憲法31条33条35条の保障を実効化する憲法上の法規範で、法規範説や憲法説とも呼ばれる。司法の廉潔性は裁判所が違法な証拠を使えば違法に加担し国民の信頼を損なう。違法捜査の抑止は使えないとしておけば将来の違法を防げる。いずれも事実認定以外の利益を守る、証拠禁止の一類型 図:排除の3つの根拠

  • 適正手続は憲法31条33条35条の保障を実効化する憲法上の法規範で、法規範説や憲法説とも呼ばれる
  • 司法の廉潔性は裁判所が違法な証拠を使えば違法に加担し国民の信頼を損なう
  • 違法捜査の抑止は使えないとしておけば将来の違法を防げる
  • いずれも事実認定以外の利益を守る、証拠禁止の一類型

ここで、少し思い出してください。自白法則の3つの考え方のうち、取調べの手続が違法かどうかを拾う考え方は、何でしたか?違法排除説です。違法な手続で取った自白は、将来の違法な取調べを抑えるために外す、でした。今日の3つ目の根拠は、その考え方の物版です。では、3つを順に置きます。質屋さんが、盗品だと知りながら、その本物のブランド品を買い取ったとします。品物は本物です。それでも買い取りを断るべき理由は、品物が偽物だからではありません。この理由を分けると、3つになります。1つ目は、ルールそのものを守る、という理由です。盗みを禁じるルールがあるのに、そのルールを破って手に入れた物を、普通に取引していたら、ルールに意味がありません。これが、適正手続を根拠とする考え方です。憲法31条が適正な手続を保障し、憲法35条が令状主義を保障している。その保障を、実際に効かせるために、違法に集めた証拠は外す。憲法上の法規範としての要請だと見るので、法規範説、憲法説とも呼ばれます。2つ目は、店の信用です。盗品を平気で買う店は、盗みに加担した、と見られます。裁判所も同じです。違法に集められた証拠を、裁判所が平然と使えば、違法に手を貸したことになり、裁判への国民の信頼が傷つきます。これが、司法の廉潔性です。秘密録音の回でも、判決の言葉として出てきました。廉潔とは、後ろめたいところがなく、清らかなこと、という意味です。

3つ目は、盗みを続けさせない、という理由です。盗品が売れないなら、盗む意味がなくなります。使えないとしておけば、警察官が違法な捜査をする動機が減ります。これが、違法捜査の抑止、つまり抑止効です。3つとも、事実が正しいかとは、関係がないです。そこが大事です。3つとも、事実認定とは別の利益を守る理由です。ですから、さきほどの証拠禁止の一類型になります。そして、どの根拠に立つかで、どこまで外すかが、変わります。

根拠が決める基準:違法基準説と相対的排除説

根拠が基準を決める。適正手続の根拠なら憲法違反などの違法があれば証拠能力を否定する、違法基準説。司法の廉潔性と違法捜査の抑止の根拠なら政策目的に必要な限りで排除する、相対的排除説。明白に重大な違法なら排除、そのほかは排除が信頼と再発防止に資するか、事案の重大性、証拠の重要性、違法と証拠獲得の結びつきの強さなどを衡量 図:根拠が基準を決める

  • 適正手続の根拠なら憲法違反などの違法があれば証拠能力を否定する、違法基準説
  • 司法の廉潔性と違法捜査の抑止の根拠なら政策目的に必要な限りで排除する、相対的排除説
  • 明白に重大な違法なら排除、そのほかは排除が信頼と再発防止に資するか、事案の重大性、証拠の重要性、違法と証拠獲得の結びつきの強さなどを衡量

適正手続を根拠にすると、憲法の力で外すので、憲法に違反する捜査で得た証拠は、その違法を理由に、証拠能力が否定されます。違法があるかどうかが、基準です。これを、違法基準説と呼びます。廉潔性や抑止効は、憲法の命令というより、政策の目的です。政策は、目的を達するのに必要な範囲で使うものです。ですから、排除が裁判の信頼や再発の防止に役立つかを、はかる必要があります。これが、相対的排除説です。相対的排除説でも、違法が誰の目にも明らかに重いときは、それだけで排除します。そこまで重い違法の証拠を使えば、裁判の信頼も、再発の防止も、大きく損なわれることがはっきりしているので、はかるまでもない、という理由です。そのほかは、排除が信頼の回復や再発防止に資するか、事案の重大性、その証拠の重要性、違法と証拠の入手との結びつきの強さなどを、総合してはかります。

根拠が違うと、同じ事件でも結論が変わるんですか。変わりえます。少し考えてください。違法の程度は軽いけれど、同じ手口が毎日繰り返されている場合。そして、違法は重いけれど、二度と起きない場合。排除したくなるのは、それぞれ、どの根拠を重く見たときでしょうか?

設例ア。M巡査らは、同じ署で、軽微な違法のある同じ手法の捜索を日常的に繰り返している。被告人Rの捜索もその1つ。違法の程度は小さいが、歯止めがなければ続く 図:設例ア

  • M巡査らは、同じ署で、軽微な違法のある同じ手法の捜索を日常的に繰り返している
  • 被告人Rの捜索もその1つ
  • 違法の程度は小さいが、歯止めがなければ続く

設例アです。警察官のMたちは、同じ署で、同じ手法を日常的に繰り返しています。1回ごとの違法は、小さいものです。被告人Rの捜索も、その1つでした。抑止を重く見れば、排除して歯止めをかける必要が大きい事件です。反対に、廉潔性を重く見る立場なら、裁判所が違法に手を貸したと見られるかは、その違法がどれだけ重いかで決まります。1つ1つが軽い以上、排除に慎重です。

設例イ。N巡査は、令状を取る時間が十分あったのに面倒だとして取らず、被告人Rの住居を捜索した。その後、署は運用を全面的に改め、N巡査は処分された。同じことは二度と起きない 図:設例イ

  • N巡査は、令状を取る時間が十分あったのに面倒だとして取らず、被告人Rの住居を捜索した
  • その後、署は運用を全面的に改め、N巡査は処分された
  • 同じことは二度と起きない

設例イです。警察官のNは、令状を取る時間が十分あったのに、面倒だとして取らず、被告人Rの住居を捜索しました。違法は、重いです。ただし、その後、署は運用を全面的に改め、Nは処分され、同じことは二度と起きない状況にあります。廉潔性を重く見れば、令状主義を無視した証拠を裁判所が使うのは許されず、排除に傾きます。抑止だけで見ると、すでに再発の心配がないので、排除の必要が小さく見えます。ここまでが、道具づくりです。次に、最高裁が実際に、どの根拠で、どう線を引いたかを見ます。

最高裁の枠組み:真相究明と適正手続の調和

判決の構造。出発点は、憲法にも刑訴法にも規定がなく、刑訴法の解釈に委ねられる。刑訴1条の見地から検討する。調和、押収手続の違法だけで直ちに否定は真相究明に資さない。しかし真相究明も適正な手続のもとで。憲法35条が令状主義、憲法31条が適正手続。規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない場合に証拠能力を否定 図:判決の構造

  • 出発点は、憲法にも刑訴法にも規定がなく、刑訴法の解釈に委ねられる
  • 刑訴1条の見地から検討する
  • 調和、押収手続の違法だけで直ちに否定は真相究明に資さない
  • しかし真相究明も適正な手続のもとで
  • 憲法35条が令状主義、憲法31条が適正手続
  • 規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない場合に証拠能力を否定

上着のポケットの事件の判決を、3つの段に分けて読みます。出発点、調和、規範の順です。その前に、もう1つ思い出してください。令状主義とは、何でしたか。精神を没却する、とは、どういう意味でしたか?令状主義は、逮捕のような強制処分は、裁判官の令状によらなければできない、という原則でした。精神を没却する、は、その趣旨を丸ごと無にするほど、という意味でした。十分です。その令状主義の、憲法上の根拠が、35条です。置きます。

条文日本国憲法第35条

日本国憲法第35条 1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。 2項 捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

そして、刑事訴訟法の側で、これを受けた条文が、218条1項です。

条文刑事訴訟法第218条第1項

刑事訴訟法第218条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、捜索、電磁的記録提供命令又は検証をすることができる。この場合において、身体の検査は、身体検査令状によらなければならない。

ここに加えて、31条と刑訴法1条が、判決に出てきます。

条文日本国憲法第31条

日本国憲法第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

条文刑事訴訟法第1条

刑事訴訟法第1条 この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

準備ができました。第1の段、出発点です。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——出発点は刑訴法の解釈 違法に収集された証拠物の証拠能力については、憲法及び刑訴法になんらの規定もおかれていないので、この問題は、刑訴法の解釈に委ねられているものと解するのが相当であるところ、刑訴法は、「刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」(同法一条)ものであるから、違法に収集された証拠物の証拠能力に関しても、かかる見地からの検討を要するものと考えられる。

刑訴法の解釈に委ねる、という出発点が、憲法の命令という根拠とどう違うのかは、あとで戻ります。まず、判決は、刑訴法1条の見地、つまり、真相の解明と、人権の保障の、両方を見る、と宣言しました。第2の段が、その調和です。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——真相究明の側 証拠物は押収手続が違法であつても、物それ自体の性質・形状に変異をきたすことはなく、その存在・形状等に関する価値に変りのないことなど証拠物の証拠としての性格にかんがみると、その押収手続に違法があるとして直ちにその証拠能力を否定することは、事案の真相の究明に資するゆえんではなく、相当でないというべきである。

まず、真相究明の側です。違法があるというだけで、直ちに証拠能力を否定するのは、真相の究明に資さず、相当でない、と言います。さきほどの、物は変わらない、という反対論を、ここで受け止めています。そこで、第3の段が来ます。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——適正手続の側と、2つの要件 しかし、他面において、事案の真相の究明も、個人の基本的人権の保障を全うしつつ、適正な手続のもとでされなければならないものであり、ことに憲法三五条が、憲法三三条の場合及び令状による場合を除き、住居の不可侵、捜索及び押収を受けることのない権利を保障し、これを受けて刑訴法が捜索及び押収等につき厳格な規定を設けていること、また、憲法三一条が法の適正な手続を保障していること等にかんがみると、証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた刑訴法二一八条一項等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合においては、その証拠能力は否定されるものと解すべきである。

ここで、覚える中身が出ました。排除の要件は2つです。1つ目は、令状主義の精神を没却するような重大な違法があること。2つ目は、その証拠を許すことが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして、相当でないこと。短く言えば、重大違法と、排除相当性です。

⭐ 論文で書く規範:【論文で書く規範】証拠物の押収等の手続に、令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが、将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合は、証拠能力が否定される (規範(最高裁・上着のポケットの判決)/重大違法と排除相当性の2要件/論文で論点になりうる)

ここが、理由つきで大事です。違法だけで直ちに外すと、真実を捨てる代償が、大きすぎるからです。ですから、令状主義の趣旨を丸ごと無にするほどの重大な違法と、外すことに将来の違法を抑える意味がある、という場合に、絞りました。重大違法の輪郭を、ペアで見ます。たとえば、令状が取れる状況なのに、あえて取らずに捜索した。裁判官の審査を丸ごとすり抜けているので、重大と言いやすい例です。反対に、令状を取り、令状に書かれた場所を捜索して押収したが、押収した物の目録を本人に渡し忘れた。手続の違反はありますが、裁判官の審査は生きているので、令状主義の趣旨を丸ごと無にしたとは言いにくい。この物差しで、そう分けられます。ただし、これは物差しを示す例で、実際の結論は事情しだいです。そして、結論です。この判決は、この覚醒剤の証拠能力を、肯定しました。排除しませんでした。実は、第一審は、この覚醒剤を証拠として調べることを認めず、控訴審もその判断を支持していました。最高裁は、その判断を破棄して、第一審に差し戻しました。審理のやり直しです。つまり、上着のポケットの検査は違法でしたが、2つの要件の両方を満たす、とは認めなかったのです。どの事情で、そう判断したのかは、次の回で、当てはめとして見ます。

判決はどの根拠に立つのか:断定できない部分

判決はどの根拠に立つか。出発点は刑訴法の解釈に委ねられるで、憲法の要請から直接導く憲法説は採りにくい。ただし憲法から排除が導かれる可能性を完全に否定したとまでは言えない。廉潔性か抑止効かは判決が明示していない。判決の語は将来における違法な捜査の抑制まで。説示の内容から、政策的に排除の要否を判断する、相対的排除説に近いと評価される 図:判決はどの根拠に立つか

  • 出発点は刑訴法の解釈に委ねられるで、憲法の要請から直接導く憲法説は採りにくい
  • ただし憲法から排除が導かれる可能性を完全に否定したとまでは言えない
  • 廉潔性か抑止効かは判決が明示していない
  • 判決の語は将来における違法な捜査の抑制まで
  • 説示の内容から、政策的に排除の要否を判断する、相対的排除説に近いと評価される

3つの根拠のうち、どれに立ったのか、判決は、はっきりとは言っていません。ここは、断定できない部分です。ただ、読み取れることは3つあります。1つ目。判決は、出発点を、刑訴法の解釈に委ねられている、としました。憲法の要請から直接、排除を導く形ではないので、1つ目の根拠を憲法の要請と見る憲法説は、採りにくいと考えられます。ただし、憲法から排除が導かれる余地を、完全に否定したとまでは、言えません。2つ目。廉潔性と抑止効の、どちらを根拠にしたかは、判決は明示していません。判決の言葉は、将来における違法な捜査の抑制の見地、までです。司法の廉潔性という言葉は、判決に出てきません。3つ目。説示の中身は、令状主義の精神を没却する重大な違法と、将来の違法な捜査の抑制の見地、でした。つまり、政策の見地から、排除すべきかを、場合に応じて判断する姿勢です。そのため、相対的排除説に近い、と読むのが自然です。

答案では、根拠を無理に断定しません。判例の2つの要件、重大違法と排除相当性、として書きます。

2要件の関係:重畳説と競合説、そして最高裁の傾向

2要件の関係。重畳説は重大違法と排除相当性の両方が必要、抑止効を根拠にし、両方が認められたとき抑止の政策を発動。競合説はどちらか一方で排除、重大違法は司法の廉潔性、排除相当性は抑止効に対応。最高裁の傾向は、重大違法も排除相当性も認められないか、両方認められるかを並べて説示し、どちらかは必ずしも明らかでない。実質は重大違法が重要 図:2要件の関係

  • 重畳説は重大違法と排除相当性の両方が必要、抑止効を根拠にし、両方が認められたとき抑止の政策を発動
  • 競合説はどちらか一方で排除、重大違法は司法の廉潔性、排除相当性は抑止効に対応
  • 最高裁の傾向は、重大違法も排除相当性も認められないか、両方認められるかを並べて説示し、どちらかは必ずしも明らかでない
  • 実質は重大違法が重要

最後に、2つの要件の関係です。両方が揃わなければ排除できないのか。どちらか一方で足りるのか。重畳説は、重大違法と排除相当性の両方が必要だ、と考えます。抑止効だけを根拠に据え、両方が認められたときに、違法な捜査を抑えるために排除する、という政策を発動します。競合説は、どちらか一方があれば排除される、と考えます。廉潔性と抑止効の両方を根拠にします。重大違法があれば、廉潔性を損なうので排除する。排除相当性は、抑止効の観点から、別に排除すべき場面があるかを見る要件です。重畳説は、根拠が抑止効だけです。競合説は、廉潔性と抑止効の2つです。さきほどの設例なら、設例イのような、重いが再発しない事件は、競合説なら重大違法で排除でき、重畳説なら排除相当性で止まる可能性があります。

最高裁が重畳説と競合説のどちらなのかも、必ずしも明らかではありません。上着のポケットの判決のあとの最高裁は、2つの要件を、どちらも欠くと判断するか、どちらも満たすと判断するか、という形で結論を出してきました。この形が、重畳説なのか、競合説の余地を残すのかは、判文からは、はっきりしません。確実に言えるのは、実質的には、重大違法かどうかが、排除の重要なポイントになっている、ということです。排除相当性は、違法行為と証拠の間の結びつきを見る場面などで、独自の役割を持ちます。そこは、あとの回で見ます。答案での扱いです。根拠や説を断定せず、判例の2つの要件に沿って、重大違法、排除相当性の順に検討します。当てはめは、次の回です。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。違法に集めた証拠は刑訴の明文で排除されるは誤り。違法があれば必ず排除されるは誤り。上着のポケットの判決は重大な違法と排除相当性を要件としたは正しい。憲法の要請として排除を導いたは誤り。判決は本件覚醒剤の証拠能力を否定したは誤り、肯定して破棄差戻し。最高裁は重畳説を採用したと明言しているは誤り。証拠物は性質形状が変わらないので証拠能力は一切否定されないは誤り 図:短答の落とし穴

  • 違法に集めた証拠は刑訴の明文で排除されるは誤り
  • 違法があれば必ず排除されるは誤り
  • 上着のポケットの判決は重大な違法と排除相当性を要件としたは正しい
  • 憲法の要請として排除を導いたは誤り
  • 判決は本件覚醒剤の証拠能力を否定したは誤り、肯定して破棄差戻し
  • 最高裁は重畳説を採用したと明言しているは誤り
  • 証拠物は性質形状が変わらないので証拠能力は一切否定されないは誤り

短答の確認です。違法に集めた証拠は、刑事訴訟法の明文で排除される。×です。明文はなく、解釈で認められています。違法があれば、必ず排除される。×です。重大違法と排除相当性が要ります。上着のポケットの判決は、重大な違法と、排除相当性を、要件とした。○です。この判決は、憲法の要請として、排除を導いた。×です。刑訴法の解釈に委ねられている、と述べました。この判決は、本件の覚醒剤の証拠能力を否定した。×です。肯定して、破棄差戻しです。違法な検査だったことと、排除したことは別です。最高裁は、重畳説を採用したと、明言している。×です。必ずしも明らかではありません。証拠物は、押収手続が違法でも、性質や形状が変わらないので、証拠能力は一切否定されない。×です。2つの要件を満たせば、否定されます。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。証拠禁止は証明力と別次元。明文はなく解釈。反対論は物は変わらない。3つの根拠、適正手続と司法の廉潔性と違法捜査の抑止。根拠が基準を決める、違法基準説と相対的排除説。判決の規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない。結論は証拠能力肯定。重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない 図:今日の地図、保存版

  • 証拠禁止は証明力と別次元
  • 明文はなく解釈
  • 反対論は物は変わらない
  • 3つの根拠、適正手続と司法の廉潔性と違法捜査の抑止
  • 根拠が基準を決める、違法基準説と相対的排除説
  • 判決の規範、令状主義の精神を没却する重大な違法かつ将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない
  • 結論は証拠能力肯定
  • 重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない

まとめます。違法に集めた証拠は、本物でも、外されることがあります。証拠禁止という、証明力とは別の理由です。条文はなく、刑訴法の解釈で認められます。根拠は3つです。適正手続、司法の廉潔性、違法捜査の抑止。どれを重く見るかで、排除の範囲が変わります。最高裁は、真相究明と適正手続を調和させて、令状主義の精神を没却するような重大な違法と、将来における違法な捜査の抑制の見地からの排除相当性、の2つの要件を示しました。そして、この判決自身は、この覚醒剤を排除していません。では、なぜ排除しなかったのか。次は、2つの要件を、どんな事情で判断するのかです。違反の程度、令状主義を避けようとする意図、緊急性。上着のポケットの事件で、最高裁が実際にどう当てはめたかを見ます。

ページ上部へ ↑

#133単独ページ動画

違法収集証拠の排除(重大な違法と排除相当性の当てはめ)

第5章 証拠法 ⑳/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

最高裁は警察官の検査を違法だと言った。それなのに、見つかった覚醒剤は証拠に使ってよいと結論した。違法なのに使える。その分かれ目はどこにあったのか 図:最高裁は警察官の検査を違法だと言った

  • それなのに、見つかった覚醒剤は証拠に使ってよいと結論した
  • 違法なのに使える
  • その分かれ目はどこにあったのか

最高裁は、警察官の検査を、違法だと言いました。それなのに、見つかった覚醒剤は、証拠に使ってよい、と結論しました。違法なのに、使える。その分かれ目は、どこにあったのでしょうか。前回の最後の問いですね。上着のポケットの事件で、承諾なくポケットに手を入れたのは違法だった。でも、覚醒剤は排除されなかった。違法と、排除は、別のハードルです。前編で見たとおり、排除の要件は2つでした。1つ目は、令状主義の精神を没却するような、重大な違法があること。2つ目は、排除相当性、つまり、その証拠を使うことが、将来の違法な捜査を抑える見地から、相当でないこと。違法があるだけでは、証拠は排除されません。今日は、そのハードルの高さを、判決の言葉で測ります。何を見て、重大な違法と言うのか。そして、排除相当性は、実際にどう扱われているのか。先に、軸を1本渡します。重大な違法は、いくつもの事情を総合して評価します。その中で特に重みを持ちやすいのが、強制処分に至っていたかと、令状主義をかいくぐる意図があったか、の2つです。この軸を、判決と、自前の設例で、確かめていきます。

上着のポケットの事件:事実と、争われた場所

上着のポケットの事件の流れ。深夜、覚醒剤や売春の摘発が多い地区。パトカー警ら中の警察官が不審な動きの車を停止させ職務質問。被告人は所持品の提示を拒む。左側内ポケットに堅い物。承諾を得ないまま手を入れてちり紙の包みを取り出すと覚醒剤。第一審と控訴審は証拠能力を否定、検察官が上告、最高裁は破棄して差戻し 図:上着のポケットの事件の流れ

  • 深夜、覚醒剤や売春の摘発が多い地区
  • パトカー警ら中の警察官が不審な動きの車を停止させ職務質問
  • 被告人は所持品の提示を拒む
  • 左側内ポケットに堅い物
  • 承諾を得ないまま手を入れてちり紙の包みを取り出すと覚醒剤
  • 第一審と控訴審は証拠能力を否定、検察官が上告、最高裁は破棄して差戻し

事案から、確かめます。深夜の、覚醒剤や売春の摘発が多い地区です。パトカーで警ら中の警察官が、不審な動きをした被告人の車を停めて、職務質問をしました。車内には賭博に使う札が見え、顔色や態度からは、覚醒剤の中毒も疑われました。警察官が、所持品を見せてほしいと言うと、被告人は、見せる必要はない、と断ります。そこへ柄の悪い男が罵声を浴びせたので、応援を呼びました。応援のあと、右側の内ポケットの物は、被告人が自分で出しました。ところが、外から触った左側の内ポケットには、堅い物が入っている感じがします。見せるよう求めても、被告人は黙ったままです。そこで警察官は、それなら出してみるぞ、と言って、承諾を得ないまま、左側の内ポケットに手を入れ、ちり紙の包みを取り出しました。開けると、覚醒剤でした。この検査が、所持品検査として許される限度を超えて違法だったことは、所持品検査の回で確かめたとおりです。ここでは、結論だけ置きます。

第一審も控訴審も、この覚醒剤の証拠能力を否定しました。それに対して上告したのは、検察官です。最高裁は、所持品検査の違法は認めつつ、証拠能力の否定は誤りだとして、破棄しました。ですから、今日の中心は、証拠能力を否定した判断が、なぜ誤りとされたのか、です。いま話したのは、事実です。ここから先が、最高裁の判断の言葉です。

判決の当てはめ:3つの事情を、順に拾う

判決の当てはめの流れ。違法な所持品検査から、重大な違法か。拾った事情は、許容限度をわずかに超えたにとどまる、令状主義を潜脱しようとの意図はない、強制等のされた事跡も認められない。結論は、違法は必ずしも重大とはいえない。排除相当性は一文で触れるだけ。証拠能力は肯定、破棄差戻し 図:判決の当てはめの流れ

  • 違法な所持品検査から、重大な違法か
  • 拾った事情は、許容限度をわずかに超えたにとどまる、令状主義を潜脱しようとの意図はない、強制等のされた事跡も認められない
  • 結論は、違法は必ずしも重大とはいえない
  • 排除相当性は一文で触れるだけ
  • 証拠能力は肯定、破棄差戻し

当てはめの部分を、全文に近い形で読みます。途中を省くところは、点々で示します。

判例最判昭53・9・7 刑集32巻6号1672頁

上着のポケットに手を入れた事件——当てはめ ……所持品検査の必要性と緊急性が認められる状況のもとで、必ずしも諾否の態度が明白ではなかつた被告人に対し、所持品検査として許容される限度をわずかに超えて行われたに過ぎないのであつて、……令状主義に関する諸規定を潜脱しようとの意図があつたものではなく、……また、他に、……強制等のされた事跡も認められないので、本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとはいいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地に立つてみても、相当でないとは認めがたい……証拠能力はこれを肯定すべきである。

判決が拾った事情は、3つです。1つ目。必要性と緊急性がある状況で、承諾するか拒むか、つまり諾否の態度が、はっきりしない被告人に対して、許される限度を、わずかに超えただけだ、という点。2つ目。令状主義の規定をかいくぐろうとする意図はなかった、という点。3つ目。ほかに、強制を加えたような形跡もない、という点です。かいくぐる、すり抜ける、という意味です。令状が必要な場面なのに、令状を避けるために、わざと別の形をとることです。入場券の検札にたとえると、係員が券の確認を忘れたのと、確認を避けるために、脇の通用口から入れたのとでは、同じ確認なしでも、重さが違います。令状による審査が、券の確認にあたります。結論は、こうです。この押収手続の違法は、必ずしも重大であるとはいえない。1つ目の要件の、重大な違法が、ここで否定されたわけです。そして、排除相当性については、違法な捜査の抑制の見地に立ってみても、相当でないとは認めがたい、と一文で述べるだけです。そのうえで、証拠能力を肯定しました。注意が1つあります。判決は、この3つの事情に、番号を振ったり、重大な違法を決める要素だと名づけたりは、していません。判決が書いたのは、3つの事情と、そこから重大とはいえない、という結論までです。これを、どう整理するかは、ここからの、学説の整理です。

重大な違法を決める要素:強制に至ったかと、潜脱の意図

重大な違法の要素の地図。総合評価。特に重みを持ちやすい2つ、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか。ほかに、違反の程度、状況の緊急性もあわせて考慮。令状主義が働くのは強制処分。判決の3つの事情の読み替え、強制の事跡がないは強制に至っていないに、潜脱の意図の否定は意図の軸に、許容限度をわずかに超えたは違反の程度の確認に。排除相当性の側で語られることが多い事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性。重大な違法の評価の中で併せて考慮する整理もある 図:重大な違法の要素の地図

  • 総合評価
  • 特に重みを持ちやすい2つ、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか
  • ほかに、違反の程度、状況の緊急性もあわせて考慮
  • 令状主義が働くのは強制処分
  • 判決の3つの事情の読み替え、強制の事跡がないは強制に至っていないに、潜脱の意図の否定は意図の軸に、許容限度をわずかに超えたは違反の程度の確認に
  • 排除相当性の側で語られることが多い事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性
  • 重大な違法の評価の中で併せて考慮する整理もある

3つの事情を、整理し直します。出発点は、令状主義が、そもそも何に働くのか、です。令状主義は、強制処分に働きます。強制処分とは、相手の意思を制圧して、重要な権利利益を実質的に制約する処分で、令状が必要でした。ですから、令状主義の精神を没却するような違法かどうかを見るなら、まず、その処分が強制に至っていたかが、大事になります。3つ目の、強制のされた事跡がない、は、そのまま、強制に至っていない、という確認です。2つ目の、潜脱の意図は、令状主義との関係を、直接問う事情です。そして1つ目の、わずかに超えた、は、任意の限界、つまり、任意処分として許される範囲を、どれだけ超えたか、の確認です。わずかに、と程度を量れるのは、任意処分の中での違法だからです。

つながります。所持品検査の回では、捜索に至るか、強制にわたれば、1階で強制処分と判定され、程度を量るまでもなく、直ちに違法でした。上着のポケットの行為は、捜索に類する、とはされましたが、捜索そのものには至らず、任意処分のまま、2階の相当性を欠いた違法でした。1階で落ちた違法か、2階で落ちた違法か。その差が、ここでは、違法の重さの差として効きます。ですから、重大かどうかを考えるとき、特に重みを持ちやすいのは、まず1つ目の軸、強制処分に至っていたか。2つ目の軸、令状主義を潜脱する意図があったか。この2つだと整理できます。手続違反の程度や、状況の緊急性も、あわせて考慮される事情です。ただし、これらは1つずつ点数をつけて足し合わせるものではありません。事情を総合して考慮し、重大かどうかを評価します。あとで見る大津の判決も、経緯全体にあらわれた態度を、総合的に考慮しています。

任意の限界をわずかに超えた違法はあるが、強制には至っていない。そして、潜脱の意図はない。だから、重大とはいえない。そう言い直せます。ここでは、この2つに特に目を向けつつ、程度と緊急性もあわせて考える、という地図で持ち帰ってください。もう1つ、地図に載せておきます。事件が重大か、その証拠が重要か、同じ違法が繰り返されそうか。こうした事情は、排除相当性の側で語られることが多い、学説上の要素です。重大な違法の評価の中で、併せて考慮する整理もあります。上着のポケットの判決が、重大な違法の判断に使った事情には、入っていません。

自前の設例:どの要素が動くと、結論が動くか

設例カ。路上で職務質問中、嫌疑が濃厚で緊急性もある。被告人は拒否の態度を明確にしないまま。警察官Vがバッグの中に手を入れて物を取り出した。粗暴な様子はなく、令状を避ける狙いもない。強制に至らず、潜脱の意図もない 図:設例カ

  • 路上で職務質問中、嫌疑が濃厚で緊急性もある
  • 被告人は拒否の態度を明確にしないまま
  • 警察官Vがバッグの中に手を入れて物を取り出した
  • 粗暴な様子はなく、令状を避ける狙いもない
  • 強制に至らず、潜脱の意図もない

軸を、設例で動かします。判決の事案ではなく、自前の設例です。結論は断定せず、どの要素が動いたかを確かめます。設例カです。路上で職務質問をしている警察官のVが、被告人Yのバッグの中に、手を入れて、物を取り出しました。嫌疑は濃く、緊急性もあります。被告人は、拒否の態度を、はっきりとは示していません。粗暴な様子はなく、Vに、令状を避けようという狙いもありません。任意の限界を超えた違法はあります。ただし、強制には至らず、潜脱の意図もない。上着のポケットの判決と、同じ型です。重大とは言いにくい、という方向になります。

設例キ。行為の外形も違反の程度も設例カと同じ。ただし警察官Wは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と令状審査を避ける狙いで同じことをした。違いは意図だけ 図:設例キ

  • 行為の外形も違反の程度も設例カと同じ
  • ただし警察官Wは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と令状審査を避ける狙いで同じことをした
  • 違いは意図だけ

設例キです。行為の外形も、違反の程度も、設例カと同じです。ただし、警察官のWは、令状を請求すると時間がかかる、いま取り出せば令状は要らない、と考えて、令状の審査を避ける狙いで、同じことをしました。少し考えてください。同じ行為で、同じ違反の程度で、違うのは意図だけです。重大な違法の判断は、どちらに傾くでしょうか?意図があるほう、設例キが、重大に傾くと思います。令状主義をすり抜ける意図は、重大な違法の判断要素になります。令状の審査を、あえて避けた分、令状主義の精神を無にしている度合いが大きいからです。意図が判断要素だ、という点を、持ち帰ってください。

設例ク。警察官Xは、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て押さえつけ、口の中から取り出した。緊急性は高い。強制に至っている。令状主義の問題として正面から出てくるが、結論は事実の設計次第で断定しない 図:設例ク

  • 警察官Xは、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て押さえつけ、口の中から取り出した
  • 緊急性は高い
  • 強制に至っている
  • 令状主義の問題として正面から出てくるが、結論は事実の設計次第で断定しない

設例クです。警察官のXが、被告人Yが物を飲み込もうとしているのを見て、押さえつけて、口の中から取り出しました。緊急性は高いです。この場合は、1つ目の軸、強制に至っているか、に当たります。令状主義の問題が、正面から出てきます。強制に至った点は、重大に傾く事情です。反対に、飲み込まれれば証拠が失われる、という緊急性は、逆の向きに効きます。2つが逆向きに引き合うので、結論は、事実の設計しだいです。ここでは断定しません。

排除相当性は、実際にはどう扱われているか

排除相当性の扱い。上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性を具体的な事実を挙げず一文で処理。少なくとも重大な違法と別個に機能させられてはいない。前編の整理、重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない、実質は重大違法が重要、と一致。学説上の考慮事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性 図:排除相当性の扱い

  • 上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性を具体的な事実を挙げず一文で処理
  • 少なくとも重大な違法と別個に機能させられてはいない
  • 前編の整理、重畳説と競合説、最高裁は必ずしも明らかでない、実質は重大違法が重要、と一致
  • 学説上の考慮事情として、違法が繰り返されるか、事件の重大性、証拠の重要性

ここで、前編を思い出してください。2つの要件の関係には、2つの考え方がありました。重畳説は、重大な違法と排除相当性の両方がそろって、初めて排除する。競合説は、どちらか一方があれば排除する。では、最高裁は、どちらに立つと明言していましたか?明言はしていませんでした。必ずしも明らかではない、でした。では、最高裁は、実際にどう扱ったか。上着のポケットの判決は、重大な違法を否定したあと、排除相当性は、相当でないとは認めがたい、と一文で触れるだけでした。具体的な事実は、挙げていません。排除相当性を独立の決め手として使うなら、具体的な事実を挙げて検討するのが自然です。それがありません。ですから、この判決では、少なくとも、排除相当性が、重大な違法とは別個に、独立の決め手として機能させられてはいません。前編で、実質的には重大違法が重要だ、と言いました。それと矛盾しません。

学説や実務の整理として、同じ違法が繰り返されるおそれ、事件の重大性、その証拠の重要性などが挙げられます。前編の設例アの、日常的に繰り返されている、という線です。ただし、これは学説上の考慮事情で、上着のポケットの判決が、当てはめで使った、という話ではありません。もう1つ。排除は、絞られています。判決も、違法があるというだけで直ちに否定するのは相当でない、と述べました。違法を認めながら、証拠は使えた。上着のポケットの事件の結論そのものが、この絞りの表れです。

自動車の中を調べた事件:同じ型を確かめる

自動車の中を調べた事件。深夜、停止を求めたが車は走り去り、3キロ近く追跡して停止。免許証不携帯、覚醒剤の前歴を含む前歴多数。約20分説得したが応じない。応援の警察官が駆けつけ、承諾がないまま、4人で車内を丹念に調べ、運転席下から白い結晶状の粉末を発見。被告人は様子を眺めて異議を述べなかった。任意同行、現行犯逮捕、同日午前、署で尿を任意提出。争われた証拠は、尿の鑑定書 図:自動車の中を調べた事件

  • 深夜、停止を求めたが車は走り去り、3キロ近く追跡して停止
  • 免許証不携帯、覚醒剤の前歴を含む前歴多数
  • 約20分説得したが応じない
  • 応援の警察官が駆けつけ、承諾がないまま、4人で車内を丹念に調べ、運転席下から白い結晶状の粉末を発見
  • 被告人は様子を眺めて異議を述べなかった
  • 任意同行、現行犯逮捕、同日午前、署で尿を任意提出
  • 争われた証拠は、尿の鑑定書

同じ型が、別の事件でも出てくるか。自動車の中を調べた事件で、確かめます。深夜、パトカーが、青信号でも発進しない車を見つけて、停止を求めました。すると車は走り去り、警察官は、3キロ近く追跡して、停止させました。職務質問で、免許証を持っていないこと、覚醒剤の前歴を含む、前歴が多数あることが分かります。所持品や車内を調べたい、と、約20分説得しますが、被告人は応じません。応援の警察官が駆けつけ、車内に白い粉状の物が見えたので、その場で簡単に成分を確かめる予試験をしましたが、覚醒剤は検出されませんでした。それでも警察官は、相手は承諾しているから、車の中をもう一度よく見ろ、と指示し、4人で、座席の背もたれを倒したり、シートを動かしたりして、車内を丹念に調べました。そして、運転席の下から、ビニール袋に入った、白い結晶状の粉末を見つけます。被告人は、その様子を眺めていて、異議は述べませんでした。そのあと、任意同行、現行犯逮捕を経て、その日の午前中、警察署で、尿を任意に提出しました。ここで、1つ、確認です。証拠能力が争われたのは、車内で見つかった覚醒剤そのものではなく、尿の鑑定書です。

承諾がない限り、許される限度を超え、違法であることは否定しがたい。この結論は、所持品検査の回で確認したので、今日は、排除の当てはめだけを読みます。決定の判断は、2層に分かれます。車内の検査の違法の程度と、そのあとの採尿の違法と排除です。

判例最決平7・5・30 刑集49巻5号703頁

自動車の中を調べた事件——車内検査の違法の程度 警察官は、停止の求めを無視して自動車で逃走するなどの不審な挙動を示した被告人……覚せい剤の所持又は使用の嫌疑があり、その所持品を検査する必要性緊急性が認められる状況の下で、覚せい剤の存在する可能性の高い本件自動車内を調べたものであり、また、被告人は、これに対し明示的に異議を唱えるなどの言動を示していないのであって、これらの事情に徴すると、右違法の程度は大きいとはいえない。

判例最決平7・5・30 刑集49巻5号703頁

自動車の中を調べた事件——採尿手続と排除 本件採尿手続も、……いまだ重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、被告人の尿の鑑定書の証拠能力は、これを肯定することができると解するのが相当であり

車内の検査の違法の程度。停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない。違法の程度は大きいとはいえない。捜索かどうかは言わないまま、程度を量った判断 図:車内の検査の違法の程度

  • 停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない
  • 違法の程度は大きいとはいえない
  • 捜索かどうかは言わないまま、程度を量った判断

まず、車内の検査です。停止を無視して逃げた、嫌疑がある、必要性と緊急性がある、被告人が異議を唱えていない。これらの事情から、違法の程度は大きいとはいえない、と言います。所持品検査の回では、車内を丹念に調べる行為は、捜索のメルクマールに近づく、と見ました。一つ前の裁判所は、捜索に等しい、とまで評価していました。それでも最高裁は、捜索という言葉を使わず、違法の程度は大きいとはいえない、と評価しました。捜索に当たると認めたうえで軽いとしたのではなく、捜索かどうかを言わないまま、程度を量った判断です。

採尿手続と排除。違法な車内の検査で見つけた粉末から続いた現行犯逮捕と採尿。任意に警察署へ同行し、採尿も強制なく自分の意思で応じた。採尿の違法はいまだ重大とはいえない。排除相当性も相当でないとは認められないと一言。尿の鑑定書の証拠能力を肯定 図:採尿手続と排除

  • 違法な車内の検査で見つけた粉末から続いた現行犯逮捕と採尿
  • 任意に警察署へ同行し、採尿も強制なく自分の意思で応じた
  • 採尿の違法はいまだ重大とはいえない
  • 排除相当性も相当でないとは認められないと一言
  • 尿の鑑定書の証拠能力を肯定

次に、現行犯逮捕と採尿です。これらは、違法な車内の検査で見つけた粉末から、そのまま続いた手続です。最初の違法が作った状態を、直接利用して行われたので、違法性を帯びます。ただし、被告人は、任意に警察署へ同行し、採尿も、強制なく、自分の意思で応じています。だから、採尿の違法は、いまだ重大とはいえない。排除相当性も、相当でないとは認められない、と一言です。結論は、尿の鑑定書の証拠能力を肯定です。型は、上着のポケットの判決と同じです。重大な違法を否定して、排除相当性は、具体的な事実を挙げずに一言で触れ、証拠能力を肯定します。

強制には至っていない、と決定は言っているのですか。言っていません。ここが大事です。決定の言葉は、違法の程度は大きいとはいえない、です。強制に至っていない、任意の限界を超えた違法にとどまる、という言い方は、学説の整理です。決定は、車内の検査について、強制に至っていないとも、令状主義を潜脱する意図がなかったとも書いていません。強制という言葉が出てくるのは、採尿について、何らの強制も加えられることなく、と述べる箇所だけです。決定がこう言った、と、整理するとこう読める、とは、分けて持ち帰ってください。

潜脱の意図を重く見て排除した例と、下級審の幅

排除した例。大津の事件と呼ばれる最高裁の判決。逮捕状を携行せず呈示もしないで逮捕。その後、取り繕うために逮捕状に虚偽の事項を記入、内容虚偽の捜査報告書、公判で事実に反する証言。経緯全体の警察官の態度を総合し、令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものと評価されてもやむを得ないとし、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を否定。最判平15・2・14。下級審の排除例の類型、取調べ、長期の撮影、なりすまし捜査、おとり捜査の再審 図:排除した例

  • 大津の事件と呼ばれる最高裁の判決
  • 逮捕状を携行せず呈示もしないで逮捕
  • その後、取り繕うために逮捕状に虚偽の事項を記入、内容虚偽の捜査報告書、公判で事実に反する証言
  • 経緯全体の警察官の態度を総合し、令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものと評価されてもやむを得ないとし、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を否定
  • 最判平15・2・14
  • 下級審の排除例の類型、取調べ、長期の撮影、なりすまし捜査、おとり捜査の再審

ここまでは、排除しなかった判決でした。では、最高裁が、潜脱の意図を重く見て、排除した例は、あるのでしょうか。大津の事件と呼ばれる判決です。警察官は、逮捕状を携行せず、呈示もしないで逮捕しました。さらに、その事実を取り繕うために、逮捕状に虚偽の事項を記入し、内容の虚偽の捜査報告書を作り、公判でも、事実に反する証言をしました。最高裁は、こうした経緯全体にあらわれた態度を総合して、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものと評価されてもやむを得ない、として、逮捕当日に採取された尿の鑑定書の証拠能力を、否定しました。判決は、意図があった、とは書かず、評価されてもやむを得ない、と書いています。潜脱の意図を、重く見た判断として説明される、と受け取ってください。この判決の本格的な扱いは、次の回です。

下級審には、あります。任意の取調べとして許される範囲を踏み越えた、宿泊を重ねる取調べを違法とし、そこで得た自白調書を証拠から外した高裁の例があります。自白の回で見た内容の呼び戻しです。形は任意のままの違法です。ただ、9泊10日の宿泊と監視は、身柄の拘束にかなり近い状態で、裁判所は、違法は重大だ、としました。長期間にわたるビデオ撮影を違法とし、得られた証拠を排除した地裁の例もあります。そのほかに、鹿児島の地裁支部の裁判例は、なりすまし捜査、つまり、捜査機関などが、相手が犯罪をしやすい状況をひそかに作り、実行したところを検挙する捜査を、おとり捜査に近い枠組みで違法としました。重大かについては、司法審査を潜脱しようとする意図が見られる、と述べています。今日の2つ目の軸です。そして、排除相当性を、同様の違法捜査が繰り返し行われることは大いにあり得る、という具体的な事情で認定して、排除しています。この裁判例は、おとり捜査の回でも見ました。札幌の地裁は、再審請求の審理で、おとり捜査の違法を、令状主義の精神を潜脱し、没却するのと同等ともいえるほど重大な違法、とし、証拠を排除しました。こちらは、今回はじめて出てくる例です。最後の2つは、捜査機関が犯罪を作り出した、という評価を伴いうる事案です。札幌の決定は、将来の違法捜査の抑止に加えて、司法の廉潔性、つまり、裁判所が違法な捜査に手を貸さないという観点からも、証拠能力を認めるのは相当でない、としています。その特殊性から、排除に至った可能性がある、という指摘があります。最高裁の型は、強制に至らない任意の限界超えでは、重大とは言いにくい、というものです。ただ、下級審には、具体的な事情を積んで、排除した例がある、という幅を、地図として持っておいてください。

答案での当てはめの順序

答案の当てはめの順序。まず手続の違法、所持品検査や任意捜査の限界を先に認定。次に重大な違法か、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図、あわせて違反の程度と緊急性。次に排除相当性、重大な違法と別個に論じるなら何を拾うか、具体的な事実で。結論。違法だから排除とは書かない 図:答案の当てはめの順序

  • まず手続の違法、所持品検査や任意捜査の限界を先に認定
  • 次に重大な違法か、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図、あわせて違反の程度と緊急性
  • 次に排除相当性、重大な違法と別個に論じるなら何を拾うか、具体的な事実で
  • 結論
  • 違法だから排除とは書かない

ここは、論文で論点になりうる部分です。答案での、当てはめの順序だけ、置きます。最初に、手続の違法を認定します。所持品検査や、任意捜査の限界を超えたか、です。次に、重大な違法かを、検討します。強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図はあったか。あわせて、違反の程度と、緊急性も見ます。最後に、排除相当性です。重大な違法とは別に論じるなら、同じ違法が繰り返されるおそれや、事件と証拠の重要性など、何を拾うかを、具体的な事実で書きます。そして、結論です。違法と排除は、別のハードルです。判決は、排除相当性を一言で済ませています。ですから、答案では、事実を挙げて具体的に論じる、と書きます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。上着のポケットの判決は違法を認めたので覚醒剤を排除したは誤り。排除相当性を具体的な事実で詳しく検討したは誤り、一言。潜脱の意図がないことを重大とはいえない事情の1つに挙げたは正しい。証拠能力の否定を争って上告したのは被告人側は誤り、検察官 図:短答の落とし穴

  • 上着のポケットの判決は違法を認めたので覚醒剤を排除したは誤り
  • 排除相当性を具体的な事実で詳しく検討したは誤り、一言
  • 潜脱の意図がないことを重大とはいえない事情の1つに挙げたは正しい
  • 証拠能力の否定を争って上告したのは被告人側は誤り、検察官

短答の確認です。上着のポケットの判決は、違法を認めたので、覚醒剤を排除した。×です。証拠能力を肯定して、破棄差戻しです。この判決は、排除相当性を、具体的な事実を挙げて、詳しく検討した。×です。一文で触れただけです。この判決は、潜脱の意図がないことを、重大とはいえない事情の1つに挙げた。○です。この事件で、証拠能力の否定を不服として上告したのは、被告人側だ。×です。検察官です。

短答の落とし穴の続き。自動車の中を調べた決定は違法としつつ尿の鑑定書の証拠能力を肯定は正しい、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定は誤り。決定は車内検査を強制処分に至ったと判断は誤り。大津の判決は警察官の事後の態度を含めて総合し重大と評価して尿の鑑定書を排除は正しい。強制に至らない違法では排除されないは誤り、下級審に排除例。重畳説の採用を明言は誤り 図:短答の落とし穴の続き

  • 自動車の中を調べた決定は違法としつつ尿の鑑定書の証拠能力を肯定は正しい、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定は誤り
  • 決定は車内検査を強制処分に至ったと判断は誤り
  • 大津の判決は警察官の事後の態度を含めて総合し重大と評価して尿の鑑定書を排除は正しい
  • 強制に至らない違法では排除されないは誤り、下級審に排除例
  • 重畳説の採用を明言は誤り

自動車の中を調べた決定は、車内の検査を違法としつつ、尿の鑑定書の証拠能力を肯定した。○です。ただし、車内で見つかった覚醒剤の証拠能力を肯定した、と言い換えると、×です。争われたのは、尿の鑑定書です。この決定は、車内の検査を、強制処分に至ったと判断している。×です。決定は、車内の検査を、強制に至ったかどうかでは整理していません。大津の判決は、警察官の事後の態度を含めて総合し、逮捕手続の違法を重大と評価して、尿の鑑定書を排除した。○です。強制に至らない任意の限界超えの違法では、証拠は排除されない。×です。下級審に、排除例があります。最高裁は、重畳説を採用したと明言した。×です。必ずしも明らかではありません。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。違法と排除は別のハードル。上着のポケットの判決の3つの事情から、重大な違法は総合評価。特に重みを持ちやすいのは、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか。違反の程度と緊急性もあわせて考慮。排除相当性は最高裁では一言で処理され独立の決め手になっていない。自動車の中を調べた決定も同じ型で争われたのは尿の鑑定書。大津の判決は取り繕いまで含めて重大と評価。下級審は具体的な事情で排除した例がある 図:今日の地図、保存版

  • 違法と排除は別のハードル
  • 上着のポケットの判決の3つの事情から、重大な違法は総合評価
  • 特に重みを持ちやすいのは、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか
  • 違反の程度と緊急性もあわせて考慮
  • 排除相当性は最高裁では一言で処理され独立の決め手になっていない
  • 自動車の中を調べた決定も同じ型で争われたのは尿の鑑定書
  • 大津の判決は取り繕いまで含めて重大と評価
  • 下級審は具体的な事情で排除した例がある

まとめます。違法と、排除は、別のハードルです。上着のポケットの判決は、許容限度をわずかに超えただけ、潜脱の意図はない、強制の形跡もない、と拾って、重大とはいえない、と結論しました。重大な違法は、事情を総合して評価します。その中で特に重みを持ちやすいのが、強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、の2つです。違反の程度と緊急性も、あわせて考慮されます。排除相当性は、最高裁では、一言で処理されていて、独立の決め手にはなっていません。自動車の中を調べた決定も、同じ型でした。大津の判決は、事後の取り繕いまで含めて、重大と評価して排除しました。下級審には、具体的な事情を積んで排除した例があります。次は、違法な捜査で得た証拠を手がかりに、さらに見つかった証拠です。最初の違法は、その先の証拠にまで及ぶのか。毒樹の果実と呼ばれる問題を見ます。

ページ上部へ ↑

#134単独ページ動画

毒樹の果実とは何か(希釈・独立入手源・不可避的発見)

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

警察が違法に手に入れた証拠は使えない。では、その違法がきっかけであとから見つかった証拠は。毒は木から実へうつるのか。うつらない場合があるとすれば、それはどんなときか 図:警察が違法に手に入れた証拠は使えない

  • では、その違法がきっかけであとから見つかった証拠は
  • 毒は木から実へうつるのか
  • うつらない場合があるとすれば、それはどんなときか

警察が違法に手に入れた証拠は、使えません。では、その違法な捜査がきっかけで、あとから見つかった証拠は、どうでしょうか。毒は、木から実へ、うつるのか。うつらない場合があるとすれば、それはどんなときなのか。前回までは、証拠をとる行為そのものが違法な場合を見ました。今日は、証拠をとる行為は適法なのに、その前の手続が違法だった場合です。ここで効いてくるのが、違法と証拠とのつながり、つまり因果性という軸です。持ち帰ってほしいのは3つです。1つ目は、違法と証拠のつながりが、判断の新しい軸になること。2つ目は、毒樹と果実という言葉の意味です。3つ目は、つながりが薄いとされる3つの考え方、希釈、独立入手源、不可避的発見の区別です。

2つの場面:証拠をとる行為が違法か、その前が違法か

場面Aと場面Bの対比。場面A=警察官Nが違法な行為そのもので証拠を獲得。違法の重大性と排除相当性を見れば足りる。場面B=証拠の獲得は適法で、違法なのは先に行われた行為。後の証拠まで排除すべきかを別に考える。設例の入口=Nが逮捕状なしで違法な連行、連行先でMが覚醒剤を任意に提出 図:場面Aと場面Bの対比

  • 場面A=警察官Nが違法な行為そのもので証拠を獲得
  • 違法の重大性と排除相当性を見れば足りる
  • 場面B=証拠の獲得は適法で、違法なのは先に行われた行為
  • 後の証拠まで排除すべきかを別に考える
  • 設例の入口=Nが逮捕状なしで違法な連行、連行先でMが覚醒剤を任意に提出

場面を2つに分けます。場面Aは、警察官が、違法な行為そのもので、証拠を手に入れた場合です。前の2回で見た型です。その行為の重大な違法と、排除相当性を見れば足ります。場面Bは、証拠を手に入れた行為は適法なのに、その前に行われた行為が違法だった場合です。自前の設例で見ます。警察官のNが、逮捕状もなしに、被疑者のMを、事実上拘束するような形で違法に連行しました。連行先で、Mは、尋ねられて、自分から部屋にある物を出すと言い、鞄の中の覚醒剤を、任意に提出しました。提出は任意だから、適法に見えます。でも、その前の連行は違法です。この覚醒剤は、排除されるのでしょうか。そこが問題です。提出そのものは適法でも、前の違法の影響を受けるかもしれません。ですから、場面Bでは、場面Aとは別に、後の証拠まで排除すべきかを考える必要があります。

排除の目的に戻ります。排除するのは、将来の違法な捜査を抑えるため、そして、裁判所が違法な捜査に手を貸さないためです。もし、違法のおかげで証拠が手に入ったという関係がなければ、その証拠を排除しても、違法捜査の抑止にも、裁判所の廉潔さを保つことにも、つながりません。ですから、問われるのは、前の違法と、後の証拠との間に、違法のおかげで手に入ったというつながりがあるか、あるならどの程度か、です。このつながりが問題になる場面が、毒樹の果実の問題です。

毒樹の果実の意味:毒樹は違法な行為、果実は派生した証拠

毒樹の果実の意味。毒樹=違法な捜査行為そのもの。果実=その違法な行為がきっかけで手に入った証拠。先行行為そのものによって得た証拠も、それを手がかりに得た証拠も含む。因果性が問題になるかで整理し、一次か二次かで判断の枠組みを分けない。毒樹の果実を直接定めた条文はない。設例では、違法な連行が毒樹、連行後の任意提出で得た覚醒剤が果実 図:毒樹の果実の意味

  • 毒樹=違法な捜査行為そのもの
  • 果実=その違法な行為がきっかけで手に入った証拠
  • 先行行為そのものによって得た証拠も、それを手がかりに得た証拠も含む
  • 因果性が問題になるかで整理し、一次か二次かで判断の枠組みを分けない
  • 毒樹の果実を直接定めた条文はない
  • 設例では、違法な連行が毒樹、連行後の任意提出で得た覚醒剤が果実

言葉の整理です。毒樹とは、違法な捜査行為そのものです。果実とは、その違法な行為がきっかけで手に入った証拠です。設例では、違法な連行が毒樹、連行のあとの任意提出で得た覚醒剤が果実です。派生して得られた証拠の総称を、派生証拠と呼びます。先行する行為そのものによって得た証拠を一次証拠、それを手がかりにさらに見つけた証拠を二次証拠と呼ぶことがあります。ただ、これは意味の説明のための言葉です。毒樹を一次証拠、果実を二次証拠以降に限って使う論者もいます。ただ、因果性が問題になるのは、二次証拠に限りません。一次証拠でも、先行する違法とのつながりが問題になることがあります。排除の目的から見て大事なのは、何番目の証拠かではなく、違法のおかげで手に入ったかどうかです。設例の覚醒剤も、連行から数えて何番目かでは結論は決まらず、連行のおかげで出てきたかで決まります。ですから、一次か二次かで、判断の枠組みを分けません。この点は、あとで一次証拠と二次証拠を見る回に、つながります。

一次証拠なら、当然に排除されるのですか。違います。一次証拠にも、重大な違法があるか、排除相当性があるか、という判断が要ります。当然に排除、とは言えません。以前、自白の回で、毒のある木の実も毒、という考え方を見ました。違法な手続で得た証拠から、さらに得た証拠も外す、という考え方です。今日は、その考え方を、違法な行為から派生した証拠全体に広げて、整理します。ただし、毒樹の果実を直接定めた条文は、ありません。排除法則そのものが、解釈で立てたものです。

判断の軸:違法の重大性と、つながりの密接さ

前回の確認。重大な違法の判断で特に重みを持ちやすい2つの事情は、強制処分に至っていたか、令状主義を潜脱する意図があったか 図:前回の確認

軸を作る前に、前回の確認を1問だけ。前回、重大な違法を判断するとき、特に重みを持ちやすい2つの事情は何でしたか?強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、でした。その2つに、違反の程度と緊急性もあわせて、総合して評価するのでした。この評価を、今日は、第1の軸の中身として使います。

派生証拠の判断の軸。第1に、先行する捜査行為の違法の重大性。第2に、その行為と後の証拠との因果性の有無と程度。違法が重大で、かつつながりが強ければ、証拠能力は否定される方向。つながりが密接でなければ、先行手続に重大な違法があっても、証拠能力は認められる。設例では、連行は逮捕に等しい拘束なら重大に傾き、連行中の延長で出させたならつながりは密接 図:派生証拠の判断の軸

  • 第1に、先行する捜査行為の違法の重大性
  • 第2に、その行為と後の証拠との因果性の有無と程度
  • 違法が重大で、かつつながりが強ければ、証拠能力は否定される方向
  • つながりが密接でなければ、先行手続に重大な違法があっても、証拠能力は認められる
  • 設例では、連行は逮捕に等しい拘束なら重大に傾き、連行中の延長で出させたならつながりは密接

派生証拠の判断は、2段階です。第1に、先行する捜査行為の違法が、重大かどうか。第2に、その行為と後の証拠との間のつながりが、密接かどうか。先行行為の違法が重大で、しかも、つながりが強い。この場合は、重い違法をしたおかげで、証拠が手に入っています。その証拠を使わせなければ、違法をしても得をしない、と示せて、将来の違法を抑える力が働きます。ですから、証拠能力は否定される方向です。反対に、つながりが密接でなければ、先行手続に重大な違法があっても、証拠能力は認められます。Nの連行が、逮捕状なしの実質的逮捕に当たるなら、強制処分に至っていて、重大に傾きます。そして、覚醒剤は、その連行の最中、連行の延長で出させたものです。つながりは密接です。ですから、排除に傾きます。最高裁が、この2段階の判断を、そのまま採用すると明言しているかは、議論があります。大津の判決は、前回見た、逮捕状を示さずに逮捕し、あとで取り繕った事件です。その判決は、尿の鑑定書について、違法が重大と評価されてもやむを得ないとしたうえで、違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でない、と述べて、尿の鑑定書を排除しました。この、相当でない、という部分が、前回までに見た2つ目の要件、排除相当性です。つまり、つながりの密接さを、排除相当性の中で確かめて排除した判決がある、ということです。同じ判決は、令状で押さえた覚醒剤については、つながりが密接でないことを挙げて、重大な違法があるとまではいえない、としています。つながりの置き場所は、一つに決まっているわけではありません。判決の中身は、別の回で扱います。

覚える一文です。派生証拠は、先行手続の違法の重大性と、先行手続と証拠とのつながりを見て、違法が重大でつながりが強ければ排除、つながりが密接でなければ排除されない。ここは、論文で論点になりうる部分です。

設例で確かめる:つながりの距離で、結論が動く

設例の3つの変形。同じ違法な連行でも、証拠とのつながりの距離で結論が動く。変形1=連行の最中に、連行の延長で鞄の中を見せろと言って提出させた。つながり密接、排除に傾く。変形2=数日後、Mが弁護人の助言も受けたうえで自分の意思で鞄ごと持参して提出した。本人の意思による任意提出という適法な手続が介在し、つながりが薄まる方向。変形3=連行とは無関係に、別の班が別ルートで同じ覚醒剤を押収した。違法のおかげで得たものではない 図:設例の3つの変形

  • 同じ違法な連行でも、証拠とのつながりの距離で結論が動く
  • 変形1=連行の最中に、連行の延長で鞄の中を見せろと言って提出させた
  • つながり密接、排除に傾く
  • 変形2=数日後、Mが弁護人の助言も受けたうえで自分の意思で鞄ごと持参して提出した
  • 本人の意思による任意提出という適法な手続が介在し、つながりが薄まる方向
  • 変形3=連行とは無関係に、別の班が別ルートで同じ覚醒剤を押収した
  • 違法のおかげで得たものではない

同じ違法な連行でも、証拠との距離を動かすと、結論が動きます。3つの変形で確かめます。変形1。連行の最中に、Nが、鞄の中を見せろと言って、提出させました。違法とつながりが一番近い形です。さきほどのとおり、排除に傾きます。変形2。連行の数日後に、Mが、弁護人に相談して助言を受けたうえで、自分から鞄ごと警察署に持参して提出しました。違法な連行から日がたち、弁護人の助言も受けて、本人が自分の意思で出しています。この、本人の意思による任意の提出が、間に入った適法な手続です。連行とのつながりは、薄まる方向です。この型が、あとで見る希釈に近い場面です。変形3。連行とは関係なく、別の班が、取引先からの情報にもとづいてひそかに捜査を進めていて、令状を得て、同じ覚醒剤を押収していました。このときは、違法な連行のおかげで得たものではありません。この型が、独立入手源です。

違法の重さは同じでも、証拠とのつながりしだいで、結論は動きます。ここが、今日の軸です。

例外①希釈:適法な手続が間に入り、つながりが薄まる

希釈法理。違法のあとに適法な手続がはさまり、先行する違法と証拠獲得とのつながりが、違法の影響が目立たなくなるほど薄れたとき、排除法則は適用されない。決め手は後の証拠獲得に対する先行違法の寄与度が低下する事情の有無。例は持ち主が自分の意思で承知して物を預けた場合、令状審査の介在。令状審査が本当に薄めるかは疑問も出される 図:希釈法理

  • 違法のあとに適法な手続がはさまり、先行する違法と証拠獲得とのつながりが、違法の影響が目立たなくなるほど薄れたとき、排除法則は適用されない
  • 決め手は後の証拠獲得に対する先行違法の寄与度が低下する事情の有無
  • 例は持ち主が自分の意思で承知して物を預けた場合、令状審査の介在
  • 令状審査が本当に薄めるかは疑問も出される

1つ目の考え方、希釈です。違法のあとに、適法な手続がはさまって、先行する違法と証拠獲得とのつながりが、最初の汚れが消えるほど、薄くなった場合です。後の証拠を得る場面で、先行する違法が果たした役割、つまり寄与度が、下がったと言える事情があるかが、決め手です。自白の回で、勾留質問の裁判官のように、別の機関や別の目的の手続が間に入ると薄まる、と見た考え方です。汚れは、先行する違法から証拠が受けた影響のたとえです。川上で水が汚された、と思ってください。そのまま流れてくれば、下流の水も飲めません。でも、途中に浄水場が入って、きれいに処理されたなら、下流の水は飲めます。この浄水場が、間に入る適法な手続です。具体例は、先行手続が違法でも、持ち主が自分の意思で承知して、警察に物を預けた場合です。変形2も、この型に近い場面です。最初の設例のように、違法な連行の最中に任意に出させた場合は、汚れがそのまま流れてくるので、薄まりません。もう1つ、令状審査によって、つながりが薄まる、という説明もされます。違法に収集した証拠を、疎明資料の1つとして令状を請求し、ほかの疎明資料もあって令状が出て、執行した結果、新しい証拠を得た場合です。裁判官が、違法な証拠以外の資料もあわせて見て、令状を出しているので、そこで違法の影響が薄まる、と見るわけです。令状審査が間に入った事情を挙げて、証拠能力を認めた最高裁の判断もあります。

令状審査が入れば、本当に薄まるのですか。そこは、疑問も出されるところです。違法に集めた証拠が疎明資料に入っていても、令状は出ることがあるからです。ですから、薄まる、という説明がされる、という温度で受け取ってください。

例外②独立入手源:現実に、別の適法な手続で入手した

独立入手源法理。違法な手続に頼らず、別の適法な手続で、現にその証拠を手に入れていたと評価できる場合は、排除法則を適用しない。違法手続と証拠入手との間に因果性がなかったと評価できる。ポイントは現実に別の適法ルートで入手していること。設例=Nが違法に立ち入って帳簿を撮影、その日、別の班が取引先の任意の情報提供に基づく令状で同じ帳簿を差し押さえた 図:独立入手源法理

  • 違法な手続に頼らず、別の適法な手続で、現にその証拠を手に入れていたと評価できる場合は、排除法則を適用しない
  • 違法手続と証拠入手との間に因果性がなかったと評価できる
  • ポイントは現実に別の適法ルートで入手していること
  • 設例=Nが違法に立ち入って帳簿を撮影、その日、別の班が取引先の任意の情報提供に基づく令状で同じ帳簿を差し押さえた

2つ目、独立入手源です。違法な手続に頼らず、別の適法な手続で、現にその証拠を手に入れていた、と評価できる場合です。違法な手続と証拠入手との間に、因果性がなかったと言えるので、証拠は排除されません。設例です。Nが、違法に立ち入って、帳簿を見つけ、撮影しました。ところが、その同じ日に、別の班が、Nの立入りを知らないまま、取引先から任意に得た情報にもとづいて令状をとり、同じ帳簿を差し押さえていました。帳簿は、別の適法なルートで、現実に入手されています。ですから、排除されません。水でたとえると、汚された川とは別の、きれいな水源から、現に水を汲んでいた、という場合です。ポイントは、現実に、です。これを、頭に置いてください。

例外③不可避的発見:いずれは適法に見つかったはず

不可避的発見法理。実際には違法行為で証拠を発見・獲得したが、いずれは適法な手続で発見・獲得されたはずだという仮定的な判断で証拠排除を回避する考え方。独立入手源との差は現実か仮定か。適法に得られた蓋然性が具体的で一定程度以上高い必要がある。仮定的判断を認めることには批判もある。設例=違法な聞き込みで得た供述から凶器を発見、その日の朝から別の班が令状で川底の探索を区画ごとに進め、発見地点は数時間後に探索予定 図:不可避的発見法理

  • 実際には違法行為で証拠を発見・獲得したが、いずれは適法な手続で発見・獲得されたはずだという仮定的な判断で証拠排除を回避する考え方
  • 独立入手源との差は現実か仮定か
  • 適法に得られた蓋然性が具体的で一定程度以上高い必要がある
  • 仮定的判断を認めることには批判もある
  • 設例=違法な聞き込みで得た供述から凶器を発見、その日の朝から別の班が令状で川底の探索を区画ごとに進め、発見地点は数時間後に探索予定

3つ目、不可避的発見です。実際には、違法な行為によって証拠を手に入れたけれど、いずれは、適法な手続で見つかっていたはずだ、という、仮定的な判断で、排除を避ける考え方です。設例です。Nが、威迫による違法な取調べで得た供述から、川の下流の護岸の下で、凶器を見つけました。ところが、実は、その日の朝から、別の捜査班が、令状にもとづいて、川底の探索を区画ごとに進めていて、凶器の見つかった地点の区画は、数時間後に探索する予定でした。この場合、適法な探索で見つかったはずだ、という蓋然性が、具体的に高いので、不可避的発見の考え方で、排除が避けられる余地があります。なぜ排除しないのか。違法がなくても、同じ凶器がいずれ適法に見つかっていたのなら、違法のおかげで手に入った、とは言いにくいからです。つながりが薄い、と評価するわけです。ただし、仮定の話ですので、蓋然性が具体的で、一定程度以上高いことが必要です。こうした仮定的な判断を認めることには、批判もあります。

独立入手源は、現実に、別の適法な手続で入手しています。不可避的発見は、現実には違法な行為で入手していて、いずれ適法に見つかったはずだ、と仮定します。水でたとえると、汚れた水を汲んでしまったけれど、予定どおりなら、きれいな井戸から汲んでいたはずだ、という話です。現実か、仮定か。その差です。

3つの区別と、最高裁との距離

3類型の区別の表。希釈=違法の後に適法な手続が介在。独立入手源=違法を利用せず、現実に別の適法手続で入手。不可避的発見=違法で現実に入手したが、いずれは適法に入手したはずという仮定。共通=先行する違法と証拠とのつながりが密接でないと評価される類型。一次証拠でも二次証拠でも使える。最高裁が3類型を名指しで採用したとは言えない。善意の例外は3類型に入らない 図:3類型の区別の表

  • 希釈=違法の後に適法な手続が介在
  • 独立入手源=違法を利用せず、現実に別の適法手続で入手
  • 不可避的発見=違法で現実に入手したが、いずれは適法に入手したはずという仮定
  • 共通=先行する違法と証拠とのつながりが密接でないと評価される類型
  • 一次証拠でも二次証拠でも使える
  • 最高裁が3類型を名指しで採用したとは言えない
  • 善意の例外は3類型に入らない

ここで、立ち止まって考えてください。違法な手続で、実際に証拠を手に入れてしまった。それでも、排除されない余地があるのは、どの類型でしょうか?不可避的発見です。現実には違法に入手したけれど、いずれ適法に入手したはず、という仮定で、排除を避けます。独立入手源は、現実に別ルートで入手していました。ここで、3つを並べ直します。希釈は、違法のあとに、適法な手続が間に入った場合。独立入手源は、違法を利用せず、現実に、別の適法な手続で入手した場合。不可避的発見は、違法で現実に入手したが、いずれ適法に入手したはず、という仮定の場合です。3つに共通するのは、先行する違法と証拠とのつながりが、密接でないと評価される類型だ、という点です。一次証拠でも二次証拠でも、つながりが問題になる場面なら、同じように使えます。

最高裁には、3つの考え方を、その名前で採用した、と言い切れる判決は、ありません。大津の判決と、同じように令状審査が間に入った最高裁の決定には、希釈、独立入手源、不可避的発見という言葉そのものは、出てきません。大津の判決のうち令状で押さえた覚醒剤の部分と、この決定は、どちらも、違法な先行行為や、それで得た証拠と、関連性を有する証拠としたうえで、令状審査が間に入ったことや、違法の重大性と証拠の重要性などの諸事情を総合して、証拠能力を判断しています。ですから、3つは、学説が整理した、つながりの薄い類型です。判決の中に、その考え方にあてはまる事情が現れることはあっても、類型の名前で採用した、とは言えません。答案では、類型の名前を挙げることより、つながりを薄める事情を、事実で示すことが大事だ、ということです。違法が後の手続に引き継がれるか、という別の問題は、別の回で見ます。もう1つ。アメリカには、警察官が、適法だと合理的に信じて行動した場合の、善意の例外があります。これは、つながりの3類型には入りません。日本では、令状主義を潜脱する意図があったかどうか、つまり違法の重大性の側で見ます。

答案での順序

答案での順序。1 先行行為が違法か、所持品検査・任意同行・逮捕・捜索の違法。2 先行行為の違法は重大か。3 後の証拠と先行行為とのつながりは密接か。4 密接でない事情があるか、希釈・独立入手源・不可避的発見にあたる事情の有無。5 排除相当性。違法だから排除とは書かない 図:答案での順序

  • 1 先行行為が違法か、所持品検査・任意同行・逮捕・捜索の違法
  • 2 先行行為の違法は重大か
  • 3 後の証拠と先行行為とのつながりは密接か
  • 4 密接でない事情があるか、希釈・独立入手源・不可避的発見にあたる事情の有無
  • 5 排除相当性
  • 違法だから排除とは書かない

答案での順序だけ、置きます。ここは、論文で論点になりうる部分です。1つ目、先行行為が違法かを認定します。所持品検査、任意同行、逮捕、捜索などの違法です。次に2つ目、その違法は重大かを検討します。前回の、強制処分に至っていたかと、潜脱の意図が、特に重みを持ちやすい事情でした。3つ目、後の証拠と先行行為とのつながりは密接か。4つ目、つながりが密接でない事情があるか。適法な手続が介在していないか、別の適法ルートはないか、いずれ適法に見つかったはずと言えないか、を見ます。最後に、5つ目、排除相当性です。前回までに見たとおり、その証拠を許すことが、将来の違法捜査を抑えるうえで相当でないか、を見ます。ここでは、つながりの強さも効いてきます。

重大な違法があっても、つながりが密接でなければ排除されません。つながりまで、事実を挙げて、書きます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。ここでの定義では、毒樹とは違法に収集された一次証拠を指す、は誤り。先行手続に重大な違法があれば派生証拠は必ず排除される、は誤り。独立入手源は仮定に基づく、は誤り。不可避的発見は現実に違法に得たことが前提で蓋然性が具体的で高い必要、は正しい。希釈は違法の後に適法な手続が介在、は正しい。最高裁は3類型の採用を明言、は誤り。毒樹の果実を定めた条文が刑訴法にある、は誤り 図:短答の落とし穴

  • ここでの定義では、毒樹とは違法に収集された一次証拠を指す、は誤り
  • 先行手続に重大な違法があれば派生証拠は必ず排除される、は誤り
  • 独立入手源は仮定に基づく、は誤り
  • 不可避的発見は現実に違法に得たことが前提で蓋然性が具体的で高い必要、は正しい
  • 希釈は違法の後に適法な手続が介在、は正しい
  • 最高裁は3類型の採用を明言、は誤り
  • 毒樹の果実を定めた条文が刑訴法にある、は誤り

短答の確認です。毒樹とは、違法に収集された一次証拠を指す。ここでの定義では、×です。違法な捜査行為そのものを指します。先行手続に重大な違法があれば、そこから派生した証拠は必ず排除される。×です。つながりが密接でなければ、証拠能力が認められることがあります。独立入手源は、いずれは適法に入手できたはずだという仮定にもとづく。×です。それは不可避的発見です。独立入手源は、現実に別の適法な手続で入手しています。不可避的発見は、現実に違法な手続で証拠を得たことが前提で、適法に発見できた蓋然性が、具体的で高い必要がある。○です。希釈は、違法のあとに適法な手続が介在して、つながりが薄まった場合の考え方。○です。最高裁は、3つの類型を採用すると明言している。×です。毒樹の果実を定めた条文が、刑訴法に置かれている。×です。明文は、ありません。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。違法な先行手続から後の適法な収集へ。判断の軸は第1に先行手続の違法の重大性、第2に違法と証拠とのつながり。つながりが密接でなければ排除されない。3つの区別は、間に入る適法な手続=希釈、現実の別ルート=独立入手源、仮定の別ルート=不可避的発見。最高裁は名指しで採用していない 図:今日の地図、保存版

  • 違法な先行手続から後の適法な収集へ
  • 判断の軸は第1に先行手続の違法の重大性、第2に違法と証拠とのつながり
  • つながりが密接でなければ排除されない
  • 3つの区別は、間に入る適法な手続=希釈、現実の別ルート=独立入手源、仮定の別ルート=不可避的発見
  • 最高裁は名指しで採用していない

まとめます。違法な捜査で得た証拠を手がかりに、さらに見つかった証拠。最初の違法がその先に及ぶかどうかは、2つの軸で見ます。第1に、先行手続の違法が重大かどうか。第2に、その違法と証拠とのつながりが、密接かどうか。違法が重大で、つながりが強ければ、排除の方向です。つながりが密接でなければ、重大な違法があっても、排除されません。つながりが薄いとされる類型が、3つあります。間に適法な手続が入る希釈。現実に、別の適法ルートで得た独立入手源。現実には違法に得たが、いずれ適法に見つかったはず、と仮定する不可避的発見です。最高裁は、この3つを名指しで採用したとは言えません。次は、被告人が同意したら、違法な証拠でも使えるのか、そもそも、誰が排除を求められるのか、という話です。

ページ上部へ ↑

#135単独ページ動画

違法収集証拠の同意・申立適格・私人による収集

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

違法に集めた証拠でも、被告人の側が使ってかまいませんと言ったら使えるのか。違法な捜査を受けたのが被告人ではなく隣の人だったら。集めたのが警察ではなく一般の人だったら。3つの問いの答えは、なぜ違法な証拠を外すのか、という1つの問いから決まる 図:違法に集めた証拠でも、被告人の側が使ってかまいませんと言ったら使えるのか

  • 違法な捜査を受けたのが被告人ではなく隣の人だったら
  • 集めたのが警察ではなく一般の人だったら
  • 3つの問いの答えは、なぜ違法な証拠を外すのか、という1つの問いから決まる

違法に集めた証拠でも、被告人の側が、使ってかまいません、と言ったら、裁判所は使ってよいのでしょうか。違法な捜査を受けたのが、被告人ではなく、隣の人だったら、どうでしょうか。集めたのが、警察ではなく、一般の人だったら。前回までは、違法な捜査をした警察と、その被害を受けた被告人が、同じ事件の中に収まっていました。今日は、その前提を外します。同意した被告人、被害を受けた第三者、集めた私人。登場人物が増えます。ただ、3つの問いの答えは、すべて1つの問いから決まります。なぜ、違法な証拠を外すのか。排除は、誰のためのもので、誰に向けた規律なのか。この見取り図で、今日は通します。持ち帰ってほしいのは3つです。1つ目は、326条の同意と、違法収集を争わないこととは別の話だ、ということ。2つ目は、同意、申立適格、私人の3つの問いが、排除の根拠で結論の分かれる問いだ、ということ。3つ目は、最高裁の判例がどこまであって、どこから無いのかです。

道具を取り出す:排除の3つの根拠

排除の3つの根拠。適正手続=ルールそのものを守る。憲法31条などの保障を実効化する法規範で、法規範説とも呼ばれ、被告人の権利に結びついた排除と見る。司法の廉潔性=店の信用。違法な証拠を使えば裁判への信頼が傷つく。違法捜査の抑止=盗みを続けさせない。この回の2列は、適正手続(法規範説)の側と、廉潔性・抑止の側。排除に至る前提は重大な違法と排除相当性の2要件 図:排除の3つの根拠

  • 適正手続=ルールそのものを守る
  • 憲法31条などの保障を実効化する法規範で、法規範説とも呼ばれ、被告人の権利に結びついた排除と見る
  • 司法の廉潔性=店の信用
  • 違法な証拠を使えば裁判への信頼が傷つく
  • 違法捜査の抑止=盗みを続けさせない
  • この回の2列は、適正手続(法規範説)の側と、廉潔性・抑止の側
  • 排除に至る前提は重大な違法と排除相当性の2要件

道具を取り出す前に、1問だけ、思い出してください。排除の3つの根拠を、盗品の店の比喩で言うと、どうなりますか?1つ目は、ルールそのものを守る。2つ目は、盗品を平気で買う店は信用を失う。3つ目は、盗品が売れないなら、盗む意味がなくなる、でした。ルールそのものを守るのが、適正手続です。憲法31条などの保障を実効化する法規範として排除を見るので、法規範説とも呼ばれます。店の信用が、司法の廉潔性です。盗みを続けさせないのが、違法捜査の抑止、つまり抑止効です。今日は、この3つを、2つの立場に束ねて使います。1つは、適正手続、つまり法規範説の側です。憲法35条は、令状主義、つまり、捜索や押収は裁判官の令状によらなければできない、という原則を定めて、一人ひとりに、令状なしに住居や持ち物を調べられない権利を保障しています。排除は、その権利を実際に効かせるためのものなので、権利を侵された被告人に結びついたもの、と見ます。もう1つは、廉潔性と抑止の側です。排除を、裁判への信頼や将来の違法の防止という、政策の目的のためと見ます。3つの問いを、この2つの立場で解きます。その前に、1つ確認します。判例の排除の要件は2つでした。令状主義の精神を没却するような重大な違法と、排除相当性、つまり、その証拠を使うことが、将来の違法な捜査を抑える見地から相当でないこと、です。違法収集証拠の最初の回で見たとおり、適正手続だけを根拠にすれば、憲法に違反する違法があればそれで外す、違法基準説という考え方もありました。ただ、答案は、判例の2要件で書きます。今日の問いは、その要件を満たすほどの違法があるのに、当事者の事情で排除が止まるのか、という問いです。

第1問・同意:まず「同意」を2つに分ける

設例の関係図。A=警察官が令状も承諾もなく更衣室のロッカーを開けて拳銃を押収。B=検察官が拳銃と、捜索差押調書・拳銃の性能鑑定書を請求。C=弁護人が書面2通に同意、拳銃に異議なしと述べる。D=裁判所が押収の経過から重大な違法の心証。問い=裁判所は拳銃と鑑定書を排除できるか 図:設例の関係図

  • A=警察官が令状も承諾もなく更衣室のロッカーを開けて拳銃を押収
  • B=検察官が拳銃と、捜索差押調書・拳銃の性能鑑定書を請求
  • C=弁護人が書面2通に同意、拳銃に異議なしと述べる
  • D=裁判所が押収の経過から重大な違法の心証
  • 問い=裁判所は拳銃と鑑定書を排除できるか

自前の設例です。警察官のRが、被告人Sの経営する店の更衣室で、ロッカーの錠を壊して開けました。令状もなく、Sの承諾もありません。中にあった拳銃を押収しました。銃砲刀剣類所持等取締法違反の公判で、検察官は、拳銃そのものと、押収の経過を書いた捜索差押調書と、拳銃の性能の鑑定書を、請求しました。弁護人は、深く考えずに、2通の書面には、同意します、拳銃には、異議ありません、と述べました。ところが、裁判所は、押収の記録と被告人質問から、令状主義を正面から無視した、重大な違法があるという心証を持ちました。裁判所は、拳銃と鑑定書を排除できるでしょうか。

書面に同意したら、違法な集め方も、もう問えなくなるのか。ここが、今日の落とし穴です。立ち止まって考えてください。弁護人が言った同意は、書面に向けた同意と、違法の主張を手放すことと、どちらの話だと思いますか?書面に向けた同意ですよね。326条の同意、です。ここで、条文を確認します。

刑事訴訟法326条1項。検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、相当と認めるときに限り、321条から前条までの規定にかかわらず証拠にできる。対象は書面と供述だけ 図:刑事訴訟法326条1項

  • 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、相当と認めるときに限り、321条から前条までの規定にかかわらず証拠にできる
  • 対象は書面と供述だけ

条文刑事訴訟法第326条第1項

刑事訴訟法第326条第1項 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第三百二十一条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

対象は、書面又は供述です。外れるのは、321条から前条までの規定、つまり伝聞の関門です。伝聞の回で見た、書面は原則として証拠にできない、という壁を、同意が外します。一方、違法収集を争わないことは、別の話です。違法に集められた証拠について、異議を申し立てない。これは、排除という保護を、当事者が手放せるか、という問題です。異議の根拠は、309条にあります。

条文刑事訴訟法第309条第1項

刑事訴訟法第309条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調に関し異議を申し立てることができる。

異議を申し立てられるのに、申し立てない。それは、この証拠の違法を争う機会を、自分から使わない、ということです。ですから、異議がないことが、排除という保護を手放したことになるのか、という問いが立ちます。

2つの同意の弁別表。326条の同意=対象は書面又は供述/外すのは伝聞の関門/言い方は同意・不同意。違法収集を争わないこと=証拠物にも及ぶ/問いは排除の保護を手放せるか/言い方は異議がある・異議がない。同意が開けるのは伝聞の鍵だけで、違法収集の鍵は別に掛かっている 図:2つの同意の弁別表

  • 326条の同意=対象は書面又は供述/外すのは伝聞の関門/言い方は同意・不同意
  • 違法収集を争わないこと=証拠物にも及ぶ/問いは排除の保護を手放せるか/言い方は異議がある・異議がない
  • 同意が開けるのは伝聞の鍵だけで、違法収集の鍵は別に掛かっている

2つを並べます。326条の同意は、対象が書面又は供述です。外すのは伝聞の関門です。言い方は、同意か不同意です。違法収集を争わないことは、拳銃のような証拠物にも及びます。問いは、排除の保護を手放せるか、です。言い方は、同意の回で見たとおり、異議がある、異議がない、です。2通の書面には、伝聞の関門が外れます。拳銃そのものには、同意という言葉は使えません。弁護人が言った、異議ありません、のほうです。鍵にたとえると、326条の同意が開けるのは、伝聞という鍵だけです。違法収集という鍵は、別に掛かっています。ここで、同意の回で予告した話を回収します。同意の性質について、一般的な理解は、付与説でした。同意は、書面に、証拠として使う資格を与える行為だ、と見ます。名前だけ出した、伝聞性解除説もありました。同意は、伝聞であるという問題だけを外す、と見ます。伝聞性解除説なら、同意で外れるのは伝聞の壁だけなので、違法収集証拠の排除の法則が働く余地が残る、と説明しやすくなります。付与説に立つと、同意の効果が違法収集の問題にまで及ぶ、という理解につながりやすくなります。ただ、付与説に立っても、任意性に疑いのある自白は、同意しても証拠能力がありませんでした。同意で与えられない資格がある、ということです。ですから、同意があったというだけで、違法収集の問題が当然に消えるわけではありません。結論は2つです。326条の同意があっても、消えるのは伝聞の問題だけで、違法収集の問題は残りうる。そして、違法収集の問題が残ったときに、争わないことで止まるのかは、排除の根拠で答えが分かれます。

同意の問いに、根拠ごとに答える

同意の結論を根拠別に整理。廉潔性・抑止の側=当事者の意向にかかわらず裁判所が排除すべき場合がある。適正手続(法規範説)の側は2通りに割れる。第1=憲法35条は証拠を排除せよと書いていない、排除は特権で当事者が手放せる、異議がなければ排除できない。第2=適正手続の原理を重く見る、令状主義を守るため手放しは認めない、排除すべき 図:同意の結論を根拠別に整理

  • 廉潔性・抑止の側=当事者の意向にかかわらず裁判所が排除すべき場合がある
  • 適正手続(法規範説)の側は2通りに割れる
  • 第1=憲法35条は証拠を排除せよと書いていない、排除は特権で当事者が手放せる、異議がなければ排除できない
  • 第2=適正手続の原理を重く見る、令状主義を守るため手放しは認めない、排除すべき

廉潔性と抑止の側から答えます。重大な違法な手続を、裁判所が不問にすれば、裁判への信頼も、違法捜査の抑止も損なわれます。店が、盗品と知って、客の同意があったからといって買い入れたら、信用を失うのと同じです。ですから、当事者の意向にかかわらず、裁判所が排除すべき場合があります。設例の拳銃も鑑定書も、排除できます。権利なら本人が手放せる、と考える人もいます。ただ、法規範説は、この問いで2つに割れます。一方の考え方は、憲法35条は、令状なしの捜索や押収を禁じてはいても、そうして得た証拠を排除せよ、とまでは書いていない、と見ます。排除は、憲法35条が書いているわけではなく、令状主義の保障を守るために、権利を侵された当事者に認められた、特権のようなものです。特権なら、持ち主である当事者が、使わないと決めて手放せます。同意や異議なしで違法を争わなければ、裁判所は排除できません。設例なら、拳銃も鑑定書も、排除できないことになります。もう一方の考え方は、適正手続の原理を重く見ます。令状主義という規範を、本当に守り通すには、当事者が手放せる、とするべきでない。手放せるとすると、異議さえ出なければ、令状なしの捜索で得た証拠が、そのまま裁判に通ってしまうからです。ですから、手放しを認めず、排除すべきだ、とします。設例なら、拳銃も鑑定書も、排除すべきことになります。同じ法規範説でも、結論が逆になります。

ここが見どころです。まとめると、廉潔性と抑止は、放棄にかかわらず排除すべき場合があります。法規範説は、放棄できるなら排除できない、放棄できないなら排除すべき、の2通りです。

判例:古い大法廷判決と、福岡高裁の裁判例

判例の位置づけ。最大判昭36・6・7=麻薬の事件。主たる理由は、この捜索差押えは緊急逮捕の現場でなされたもので違憲違法とする理由がないこと。のみならず、同意があり異議なく適法な証拠調べを経た調書と鑑定書は、手続の違法にかかわらず証拠能力を有する、と付加的に述べた。違法収集証拠排除法則を最高裁が採る前の判断。福岡高判平7・8・30=憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものは、異議がなくても証拠能力を認めるのは手続の基本的公正に反する 図:判例の位置づけ

  • 最大判昭36・6・7=麻薬の事件
  • 主たる理由は、この捜索差押えは緊急逮捕の現場でなされたもので違憲違法とする理由がないこと
  • のみならず、同意があり異議なく適法な証拠調べを経た調書と鑑定書は、手続の違法にかかわらず証拠能力を有する、と付加的に述べた
  • 違法収集証拠排除法則を最高裁が採る前の判断
  • 福岡高判平7・8・30=憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものは、異議がなくても証拠能力を認めるのは手続の基本的公正に反する

では、判例です。まず、最高裁の大法廷判決です。麻薬の事件でした。麻薬取締官が、緊急逮捕のために被疑者の家に赴き、本人の帰宅前から捜索を始めて、麻薬を押収しました。第一審で、被告人と弁護人は、捜索差押調書と麻薬の鑑定書を証拠とすることに同意し、異議なく証拠調べが進みました。ところが、高裁は、この捜索差押えは令状によらない違法なものだとして、証拠採用を違法としました。最高裁は、これを破棄して差し戻しました。判旨の構造に注意してください。まず、主たる理由は、この捜索差押えが、緊急逮捕の現場で行われたもので、違憲違法とする理由はない、ということです。そのうえで、のみならず、と付け加えます。調書と鑑定書は、同意があり、異議なく適法な証拠調べを経たのだから、捜索差押手続の違法であったかどうかにかかわらず、証拠能力を有する、と述べました。

同意があれば違法でも使える、と最高裁が一般に述べた、とまでは言えません。理由は3つあります。1つ目は、同意の判示は、付加的な理由だったことです。主たる理由は、手続が適法だった、ということです。2つ目は、向けられた対象が、調書と鑑定書、つまり書面2通だったことです。3つ目は、この判決は、違法収集証拠排除法則を最高裁が判例として採る前の判断だったことです。重大な違法と排除相当性という2要件の枠組みの外にあります。法廷意見は、同意の理由づけも示していません。もう1つ、福岡高裁の裁判例があります。この問題と同じ論点を扱いました。憲法上の権利を侵害する重大な違法で、しかも当事者が放棄できない性質のものがあるときは、当事者が証拠採用に異議を述べなくても、証拠能力を認めるのは、手続の基本的公正に反して許されない、と説きました。ポイントは、放棄できない、という留保が付いているところです。なんでも放棄不可、と言っているわけではありません。結論の方向は、さきほどの法規範説のもう一方、適正手続を重く見て放棄を認めない考え方と重なります。ただ、この裁判例が法規範説に立つと述べているわけではありません。設例のように、錠を壊して令状も承諾もなくロッカーを開けた場面が、その放棄できない侵害に当たるかが問われます。覚える一文です。最高裁は、排除法則の採用前に、同意があれば調書と鑑定書は違法にかかわらず証拠にできる、と述べた。ただし主たる理由は別。高裁には、放棄できない権利侵害を伴う重大な違法なら、異議がなくても許されない、とした裁判例がある。

第2問・申立適格:第三者への違法を、被告人は言えるか

申立適格の設例の関係図。A=警察官が令状なしにWのアパートを捜索し通帳と手書きのメモを押収。B=被告人U(受け子として起訴・自分の権利は侵害されていない)。C=第三者W(Uに頼まれて口座を貸した人・捜索を受けた人)。UはWへの違法を理由に排除を求められるか 図:申立適格の設例の関係図

  • A=警察官が令状なしにWのアパートを捜索し通帳と手書きのメモを押収
  • B=被告人U(受け子として起訴・自分の権利は侵害されていない)
  • C=第三者W(Uに頼まれて口座を貸した人・捜索を受けた人)
  • UはWへの違法を理由に排除を求められるか

第2問です。申立適格とは、誰が排除を求められるか、という問題です。英語で、スタンディングと呼ぶこともあります。違法な捜査を受けたのが、被告人以外の第三者で、被告人自身の権利は侵害されていない場面で問題になります。自前の設例です。振り込め詐欺の受け子として、Uが起訴されました。検察官は、Uに頼まれて口座を貸したWのアパートで、警察官のRが令状なしに押収した、通帳と手書きのメモを請求しました。Uは、Wの部屋への無令状の捜索は重大な違法だとして、異議を述べました。Uには、そもそも排除を求める資格があるでしょうか。

捜索を受けたのはWです。Uは、自分の部屋を荒らされたわけではありません。そこが問題の核心です。まず、廉潔性と抑止の側です。違法に集めた証拠を使えば、誰が被害を受けたかにかかわらず、裁判の信頼は傷つき、違法捜査を許すことになります。ですから、申立適格は、被害を受けた本人に限られず、広く認めます。Uは、Wへの違法を理由に、排除を求められます。次に、法規範説の側です。排除を、令状主義違反による、権利侵害の救済と見るなら、自分の権利を侵されていないUには、適格がありません。Uは求められない、という結論になります。誰のための排除か、という軸が、そのまま結論を分けています。この点を正面から判断した最高裁判例は、一般には挙げられていません。短答では、最高裁は、第三者への違法な捜索で得た証拠について、被告人の申立適格を認めた、という文が、×になります。

第3問・私人による違法収集

私人による収集の2場面。依頼あり=警察官Rが元従業員Xに事務所の帳簿の持ち出しを持ちかけ、Xが持ち出して提出。実質は捜査機関の行為で排除法則が適用されうる。依頼なし=元交際相手Yが腹いせに被告人宅からUSBメモリーを持ち出し警察に持ち込む。最高裁判例なし。法規範説・抑止の側は排除が困難、廉潔性の側は排除の余地。私人は刑訴法の名宛人ではない 図:私人による収集の2場面

  • 依頼あり=警察官Rが元従業員Xに事務所の帳簿の持ち出しを持ちかけ、Xが持ち出して提出
  • 実質は捜査機関の行為で排除法則が適用されうる
  • 依頼なし=元交際相手Yが腹いせに被告人宅からUSBメモリーを持ち出し警察に持ち込む
  • 最高裁判例なし
  • 法規範説・抑止の側は排除が困難、廉潔性の側は排除の余地
  • 私人は刑訴法の名宛人ではない

第3問です。警察ではなく、一般の人、つまり私人が、違法な方法で集めた証拠は、どうなるでしょうか。まず、一般論です。私人は、刑訴法の名宛人、つまり、この法律が守るよう命じている相手ではありません。私人が違法な方法で証拠を集めても、一般には、刑訴法上は違法になりません。なお、住居侵入や窃盗などの責任、民事の責任は、別に問われえます。排除法則は、捜査機関の違法に向けた規律です。私人が集めた証拠は、いつでも排除されないのですか。違います。場面を2つに分けます。1つ目は、捜査機関の命令や依頼で、私人が集めた場合です。設例です。警察官のRが、被害を訴えに来た元従業員のXに、社長の事務所から帳簿を持ち出して見せてほしい、と持ちかけました。Xは、無断で事務所に入って帳簿を持ち出し、警察に提出しました。この場合、Xは、実質的には、捜査機関の手足として動いています。ですから、捜査機関の行為と評価できて、排除法則が適用されえます。ここは、暗記してください。2つ目は、依頼がないのに、私人が集めて、捜査機関がそれを利用する場合です。設例です。元交際相手のYが、腹いせに、被告人の家に無断で入って、USBメモリーを持ち出し、警察に持ち込みました。Rは、依頼も指示もしていません。この場合、最高裁の判例は、ありません。根拠で、結論が分かれると説明されます。法規範説の側は、証拠を使うのは捜査機関で、集めたのは私人だ、と見ます。主体が違いますし、使えなくしても、私人の行為の適正は担保されません。ですから、排除は困難です。抑止の側も、排除しても、私人の将来の違法を抑止できると期待できません。ですから、やはり排除は困難です。

廉潔性の側だけ、方向が違います。違法な行為で得た証拠を、司法の場で使えば、司法への信頼を失います。盗品と知って買う店と同じ、という比喩が、そのまま当てはまります。ですから、排除できる可能性があります。ただし、私人の収集は一切排除されない、とも、依頼によらなければ必ず排除されない、とも言えません。

外国の機関が集めた証拠

外国で収集された証拠。日本の捜査機関が外国の捜査機関に捜査共助を要請し、日本法に照らせば違法となりうる方法で得た証拠。最判平23・10・20=国際捜査共助の回で見た、中国の捜査官が取った供述調書の判決。321条1項3号の枠で処理した判断で、排除法則の基準を示したものではなく、申立適格の判例でもない 図:外国で収集された証拠

  • 日本の捜査機関が外国の捜査機関に捜査共助を要請し、日本法に照らせば違法となりうる方法で得た証拠
  • 最判平23・10・20=国際捜査共助の回で見た、中国の捜査官が取った供述調書の判決
  • 321条1項3号の枠で処理した判断で、排除法則の基準を示したものではなく、申立適格の判例でもない

最後に、外国の機関が集めた証拠です。日本の捜査機関が、外国の捜査機関に、捜査共助を求めて、証拠を集めてもらいます。捜査共助とは、外国にいる人の取調べなどを、日本の側が、その国の捜査機関に頼むことです。その方法が、日本の法律に照らせば違法になりうる場合に、証拠能力が問題になります。廉潔性や法規範説の観点からは、証拠能力を否定する可能性があります。集めたのが外国の機関でも、使うのは日本の裁判所です。日本の法律なら許されない方法で得た証拠を使えば、盗品と知って買う店と同じく、裁判への信頼が傷つきえます。ここで思い出してほしい判決があります。国際捜査共助の回で見た、中国の捜査官が取った供述調書の判決です。日本側の要請があり、黙秘権が実質的に告知され、強制の形跡もない、という事実関係を前提に、供述調書の採用を認めました。

その判決は、違法収集証拠排除法則の基準を示したのですか。示していません。この判決は、321条1項3号という、伝聞例外の枠で処理されています。供述者の署名か押印のある書面について、供述者が国外にいるなどで公判で供述できず、その供述が犯罪事実の証明に欠かせず、しかも供述が特に信用できる情況でされていれば、証拠にできる、という規定です。外国の捜査官は、日本の裁判官でも検察官でもないので、その調書はここに入ります。外国機関の行為に、排除の2要件をどう当てはめるか、という基準を示したものではありません。そして、申立適格の判例でも、ありません。申立適格と結びつけた、という誤りには、気をつけてください。

3つの問い×根拠の比較表

3つの問い×根拠の比較表。同意=法規範説は2通り(35条に排除の文言なし→放棄可・排除不可/適正手続重視→放棄不可・排除すべき)、廉潔性・抑止は当事者の意向にかかわらず排除すべき場合がある。申立適格=法規範説は権利侵害の救済で被告人自身が侵害されていなければ不可、廉潔性・抑止は広く認める。私人(依頼によらない)=法規範説は主体が違い困難、抑止は将来の違法を抑止できず困難、廉潔性は排除の可能性。外国機関=廉潔性・法規範説は否定の可能性、判例は321条1項3号の枠 図:3つの問い×根拠の比較表

  • 同意=法規範説は2通り(35条に排除の文言なし→放棄可・排除不可/適正手続重視→放棄不可・排除すべき)、廉潔性・抑止は当事者の意向にかかわらず排除すべき場合がある
  • 申立適格=法規範説は権利侵害の救済で被告人自身が侵害されていなければ不可、廉潔性・抑止は広く認める
  • 私人(依頼によらない)=法規範説は主体が違い困難、抑止は将来の違法を抑止できず困難、廉潔性は排除の可能性
  • 外国機関=廉潔性・法規範説は否定の可能性、判例は321条1項3号の枠

1枚の表に通します。同意は、法規範説が2通りに割れます。35条に排除の文言がないから放棄できる、という考え方と、適正手続を重く見て放棄できない、という考え方です。廉潔性と抑止は、当事者の意向にかかわらず、排除すべき場合があります。申立適格は、法規範説が、権利侵害の救済と見るなら、被告人自身が侵害されていなければ認めません。廉潔性と抑止は、広く認めます。私人の、依頼によらない収集は、法規範説と抑止が、困難とします。廉潔性だけが、排除の可能性を残します。外国機関は、廉潔性や法規範説の観点から、証拠能力を否定する可能性があります。判例との距離も確認します。同意は、最高裁は古い大法廷判決だけで、それも排除法則の採用前で、付加的な理由でした。申立適格は、正面から判断した最高裁判例が、一般には挙げられません。依頼によらない私人の収集は、最高裁の判例が、ありません。外国機関は、国際捜査共助の判決がありますが、321条1項3号の枠です。軸は、1本です。同意と申立適格は、誰のための排除か。私人は、誰に向けた規律か。法規範説は、同意の問いで2つに割れる、ここも覚えておいてください。

答案での順序と短答の落とし穴

答案での順序。1 証拠収集の手続に違法があるか。2 重大な違法と排除相当性。3 同意・異議なしがあるときは、その放棄が排除を妨げるかを根拠から述べる。4 被告人自身の権利侵害でないときは申立適格を述べる。5 私人の収集は、捜査機関の依頼・命令の有無から入る。短答の落とし穴、○×8問 図:答案での順序

  • 1 証拠収集の手続に違法があるか
  • 2 重大な違法と排除相当性
  • 3 同意・異議なしがあるときは、その放棄が排除を妨げるかを根拠から述べる
  • 4 被告人自身の権利侵害でないときは申立適格を述べる
  • 5 私人の収集は、捜査機関の依頼・命令の有無から入る
  • 短答の落とし穴、○×8問

答案での順序を置きます。ここは、論文で論点になりうる部分です。1つ目、証拠収集の手続に違法があるかを認定します。2つ目、重大な違法と排除相当性を検討します。3つ目、同意や異議なしがあるときは、その放棄が排除を妨げるかを、根拠から述べます。4つ目、被告人自身の権利侵害でないときは、申立適格を述べます。5つ目、私人の収集は、捜査機関の依頼や命令があったかどうかから入ります。答案では、同意の有無だけで結論を書かずに、まず、どの根拠に立つかを示して、その根拠から結論を導きます。同じ同意でも、廉潔性と抑止なら排除できて、法規範説の一方なら排除できません。根拠を書かないと、結論の理由が答案に残らないからです。

短答の落とし穴。326条の同意があれば違法収集証拠でも当然に排除できなくなる、は×。最高裁は同意があれば手続の違法にかかわらず調書・鑑定書の証拠能力を認めた(排除法則の採用前・主たる理由は別・書面2通)、は○。福岡高裁は憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものなら異議がなくても許されないと説示、は○。最高裁は第三者への違法な捜索で被告人の申立適格を認めた、は×。法規範説なら被告人自身が権利侵害を受けていない場合は申立適格が認められない、は○。依頼に基づく私人の収集でも排除されない、は×。依頼によらない私人の収集を最高裁が判示、は×。最判平23・10・20は排除法則の基準を示した、は× 図:短答の落とし穴

  • 326条の同意があれば違法収集証拠でも当然に排除できなくなる、は×
  • 最高裁は同意があれば手続の違法にかかわらず調書・鑑定書の証拠能力を認めた(排除法則の採用前・主たる理由は別・書面2通)、は○
  • 福岡高裁は憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものなら異議がなくても許されないと説示、は○
  • 最高裁は第三者への違法な捜索で被告人の申立適格を認めた、は×
  • 法規範説なら被告人自身が権利侵害を受けていない場合は申立適格が認められない、は○
  • 依頼に基づく私人の収集でも排除されない、は×
  • 依頼によらない私人の収集を最高裁が判示、は×
  • 最判平23・10・20は排除法則の基準を示した、は×

短答の確認です。326条の同意があれば、その書面が違法収集証拠でも、裁判所は当然に排除できなくなる。×です。排除の根拠で分かれます。廉潔性と抑止の側は、排除できます。最高裁は、同意があれば、捜索差押手続の違法の有無にかかわらず、調書と鑑定書の証拠能力を認めた。○です。ただし、排除法則の採用前で、主たる理由は別で、書面2通です。福岡高裁は、憲法上の権利を侵す重大な違法で当事者が放棄できないものなら、異議がなくても証拠能力を認めるのは許されないと説示した。○です。最高裁は、第三者への違法な捜索で得た証拠について、被告人の申立適格を認めた。×です。正面から判断した最高裁判例は、一般には挙げられていません。法規範説なら、被告人自身が権利を侵害されていない場合、申立適格は認められない。○です。私人が違法に集めた証拠は、捜査機関の依頼による場合でも、名宛人でない以上、排除されない。×です。実質的に捜査機関の行為と評価されます。依頼によらない私人の収集について、最高裁は判示している。×です。判例はありません。国際捜査共助の判決は、外国機関が違法に収集した証拠に、排除法則の基準を示した。×です。伝聞例外の321条1項3号で、調書を採用したことを認めた判断で、排除法則の基準は使っていません。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。3つの問いは、誰のための排除か、誰に向けた規律かで決まる。同意=2つの同意を区別、根拠別の結論、古い大法廷判決と福岡高裁。申立適格=正面から判断した最高裁判例は挙げられていない、広く認めるか権利侵害の救済か。私人=依頼ありは適用されうる、依頼なしは判例なしで根拠により割れる。外国機関=321条1項3号の枠 図:今日の地図、保存版

  • 3つの問いは、誰のための排除か、誰に向けた規律かで決まる
  • 同意=2つの同意を区別、根拠別の結論、古い大法廷判決と福岡高裁
  • 申立適格=正面から判断した最高裁判例は挙げられていない、広く認めるか権利侵害の救済か
  • 私人=依頼ありは適用されうる、依頼なしは判例なしで根拠により割れる
  • 外国機関=321条1項3号の枠

まとめます。3つの問いは、すべて、排除は誰のためのものか、誰に向けた規律か、で決まりました。同意では、326条の同意と、違法収集を争わないこととを、分けました。前者は伝聞の関門を外すだけで、後者は排除の保護を手放せるかの問題です。結論は、廉潔性と抑止なら排除すべき場合があり、法規範説は2通りに割れます。申立適格は、正面から判断した最高裁判例が一般に挙げられず、廉潔性と抑止なら広く認め、法規範説なら権利侵害の救済と見て否定します。私人の収集は、依頼があれば適用されえて、依頼がなければ判例がなく、根拠で割れます。外国機関の判決は、321条1項3号の枠で処理されたもので、排除法則の基準ではありません。次は、最初の違法が、その後の適法な手続にまで引き継がれるのか、という話です。

ページ上部へ ↑

#136単独ページ動画

違法の承継と違法収集証拠(同一目的・直接利用)

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

尿を出したのは本人の意思。それでも鑑定書が違法収集証拠かどうか争われた。問題は、尿をとる前に警察が何をしていたか。最初の違法が、後の適法な手続にまで引き継がれるのか 図:尿を出したのは本人の意思

  • それでも鑑定書が違法収集証拠かどうか争われた
  • 問題は、尿をとる前に警察が何をしていたか
  • 最初の違法が、後の適法な手続にまで引き継がれるのか

尿を出したのは、本人の意思でした。それなのに、その尿の鑑定書が、違法収集証拠かどうか、争われました。問題は、尿をとる前に、警察が何をしていたか、です。答えを先に言います。前の手続と後の手続が同じ目的に向けられ、前の違法が作った状態をそのまま使っているなら、違法は後の手続に引き継がれます。ただし、それですぐ排除されるわけではなく、最後は、証拠をとった手続の違法が重大かで決まります。中身に入る前に、2本前の毒樹の果実の道具を、短く思い出します。毒樹とは、違法な捜査行為そのものでした。果実とは、その違法な行為がきっかけで手に入った証拠です。判断の軸は2つ、違法の重大性と、違法と証拠のつながり、つまり因果性でした。つながりが薄い類型として、希釈、独立入手源、不可避的発見も見ました。今日は、そのつながりを、判例が別の言葉で測っている場面を見ます。持ち帰ってほしいのは3つです。1つ目は、つながりの物差しとしての、同一目的と直接利用。2つ目は、違法承継論と毒樹の果実論が、何が違うのか。3つ目は、違法が証拠の獲得の後に起きた場合です。

問題の所在:証拠をとる行為は適法、でもその前が違法

問題の所在。証拠をとる行為(採尿)は本人の任意の提出で適法。しかし、そこに至る手続(立入り・同行・留め置き)が違法。先行手続の違法は、適法な後の手続でとった証拠の証拠能力に影響するか。2つの見方=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながりは排除するかどうかの判断の中)/違法承継論(違法が後の手続に引き継がれるかを順に確認し、最後に証拠をとった手続の違法の重大性) 図:問題の所在

  • 証拠をとる行為(採尿)は本人の任意の提出で適法
  • しかし、そこに至る手続(立入り・同行・留め置き)が違法
  • 先行手続の違法は、適法な後の手続でとった証拠の証拠能力に影響するか
  • 2つの見方=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながりは排除するかどうかの判断の中)/違法承継論(違法が後の手続に引き継がれるかを順に確認し、最後に証拠をとった手続の違法の重大性)

状況を整理します。2本前の回の、場面Bです。尿を出す行為そのものは、本人が自分の意思で出したもので、適法です。ところが、そこに至るまでの、家に入る、連れて行く、帰らせない、といった手続が違法でした。先行する手続が違法で、あとの手続は適法。このとき、先行する違法は、あとの手続でとった証拠の証拠能力に、影響するのでしょうか。採尿だけを見れば適法、という見方は自然です。ただ、排除の目的に戻ってください。将来の違法な捜査を抑えるためでした。もし、違法な手続で相手を追い込んで、その状態のまま、形だけ任意で尿を出させれば、違法をしても得をする、という結果になります。それを許すと、抑止になりません。ですから、先行手続と後の手続が、どれだけ強く結びついているかが問われます。この結びつきを、どう測り、どう扱うか。扱い方に、2つの見方があります。1つが、2本前の回で作った、毒樹の果実論です。もう1つが、今日、判例を使って組み立てる、違法承継論です。違いは、あとで表にします。

奈良の生駒の事件:事実を順に追う

奈良の生駒の事件の流れ。A=警察官3名、B=被疑者。覚せい剤の前科、複数の協力者の情報→午前9時30分ころ私服で自宅へ、玄関先で警察の者ですと声をかけ上がってよいかと尋ねる→明確な承諾が認められないまま寝室まで立入り→同行を求める→車で署へ→補導室で事情聴取、使用を認める→午前11時30分ころ採尿→受験の申し出が採尿の前後に少なくとも2回、応じず→鑑定で陽性、逮捕 図:奈良の生駒の事件の流れ

  • A=警察官3名、B=被疑者
  • 覚せい剤の前科、複数の協力者の情報→午前9時30分ころ私服で自宅へ、玄関先で警察の者ですと声をかけ上がってよいかと尋ねる→明確な承諾が認められないまま寝室まで立入り→同行を求める→車で署へ→補導室で事情聴取、使用を認める→午前11時30分ころ採尿→受験の申し出が採尿の前後に少なくとも2回、応じず→鑑定で陽性、逮捕

奈良の生駒の事件です。事実を、順に追います。生駒署の警察官3名が、覚せい剤の前科がある被告人が、また使っているという、複数の協力者の情報を得ました。朝9時30分ころ、私服で被告人の家へ向かいます。ここは間違えやすい点です。警察官は、門を入って、玄関先で、戸を開けずに、警察の者です、と声をかけています。戸を半開きにして、生駒署の者ですが、ちょっと尋ねたいことがあるので、上がってもよろしいか、と尋ねました。少なくとも玄関先では、警察の者だと名乗っています。被告人の明確な承諾があったとは認められないのに、屋内に上がり、奥の八畳間、つまり寝室まで入ったことです。被告人はベッドで目を閉じて横になっていました。警察官は、枕元に立って、名前を呼び、左肩を軽くたたいて起こし、同行を求めます。被告人は、金融屋の取立てだと思ったらしく、わしも大阪に行く用事があるから一緒に行こう、と言って着替えました。警察官の自動車の後部座席に、隣に警察官がつく形で乗ります。車の中で、警察官ではないかと考えましたが、反抗はしませんでした。約10分で署に着きます。署の補導室で事情聴取が始まり、11時ころ、被告人は覚せい剤を使ったことを認めます。11時30分ころ、求めに応じて、採尿して提出し、腕の注射痕も見せました。もう1つ、大事な事実があります。被告人は、署に着いてから、採尿の前と後の、少なくとも2回、受験票を示して、午後1時半までに、大阪市内のセンターで、タクシー乗務員の地理試験を受けることになっている、と申し出ました。最初の申し出に、巡査部長は返事をしませんでした。採尿後の申し出には、尿検の結果が出るまでおったらどうや、と言って、応じませんでした。

午後2時30分ころ、鑑定の結果が、陽性だと電話で回答されます。逮捕状を請求して、5時過ぎに逮捕しました。第一審のあと、原審の高裁は、一連の手続は違法で、尿の鑑定書の証拠能力は否定される、としました。検察官が上告して、最高裁が、原判決を破棄して、差し戻しました。つまり、鑑定書の証拠能力を、否定しなかったのです。

判決の枠組み:同一目的・直接利用から、違法の有無と程度を考える

判決の枠組み。第1段=立入り・任意同行・留め置きの一連の手続と採尿手続は、覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられ、しかも一連の手続がもたらした状態を直接利用してなされている。第2段=採尿手続の適法違法は、前の手続の違法の有無・程度も十分考慮して判断。第3段=違法でも直ちに排除されない。重大な違法かつ排除相当性(昭和53年判決の規範に戻る) 図:判決の枠組み

  • 第1段=立入り・任意同行・留め置きの一連の手続と採尿手続は、覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられ、しかも一連の手続がもたらした状態を直接利用してなされている
  • 第2段=採尿手続の適法違法は、前の手続の違法の有無・程度も十分考慮して判断
  • 第3段=違法でも直ちに排除されない
  • 重大な違法かつ排除相当性(昭和53年判決の規範に戻る)

最高裁の判断の骨組みです。3段に分かれます。第1段は、前の手続と採尿が、どう結びついているか。第2段は、そのとき、採尿の違法をどう判断するか。第3段は、違法でも、すぐには排除されないことです。第1段と第2段が、今日の中心の文です。

判例最判昭61・4・25 刑集40巻3号215頁

奈良の生駒の事件——同一目的・直接利用 本件においては、被告人宅への立ち入り、同所からの任意同行及び警察署への留め置きの一連の手続と採尿手続は、被告人に対する覚せい剤事犯の捜査という同一目的に向けられたものであるうえ、採尿手続は右一連の手続によりもたらされた状態を直接利用してなされていることにかんがみると、右採尿手続の適法違法については、採尿手続前の右一連の手続における違法の有無、程度をも十分考慮してこれを判断するのが相当である。

順に読みます。まず、同一目的です。立入り、同行、留め置きと、採尿は、どれも、被告人の覚せい剤事犯の捜査という、同じ目的に向けられていた、ということです。次に、直接利用です。採尿は、一連の手続がつくり出した状態、たとえば、署に連れてこられて、帰りにくい状況を、そのまま使って行われた、ということです。この2つがそろうので、採尿が適法か違法かは、採尿の前の手続の違法の有無と程度も、十分に考えて判断する、という流れになります。なぜ、前の手続まで見るのか。さきほど見たとおり、前の違法が作った状態を使って、形だけ任意で尿を出させても許されるなら、違法をしても得をすることになるからです。

たとえると、リレーのバトンです。前の走者が転んだとします。次の走者が、同じレースで、同じゴールを目指していて、しかも、転んだ走者から渡された状態のまま、バトンを受けて走るなら、転倒の影響を引き継いでいます。同じゴールを目指す、が同一目的。渡された状態をそのまま使う、が直接利用です。そしてもう1つ。ここで言う違法は、任意捜査の限界を超えた違法です。なかでも留め置きは、被疑者の取調べの回で見た、198条1項に関わります。被疑者の出頭と退去について、こう定めています。

刑事訴訟法198条1項。被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。任意の取調べの根拠と、退去の自由 図:刑事訴訟法198条1項

  • 被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる
  • 任意の取調べの根拠と、退去の自由

条文刑事訴訟法第198条第1項

刑事訴訟法第198条第1項 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。

逮捕も勾留もされていない被疑者は、出頭後でも、いつでも帰ることができます。任意の取調べは、あくまで任意です。帰りたいという申し出に応じずに、署に留め置けば、この退去の自由を損なう、という評価につながります。もう1点。判決は、違法承継、毒樹の果実、という言葉を、使っていません。判決の言葉は、同一目的、直接利用、そして、違法性を帯びる、です。承継という整理は、あとで見るとおり、学説のものです。最後に、第3段です。採尿手続が違法だと評価されても、直ちに鑑定書が排除されるわけではありません。違法の程度が、令状主義の精神を没却するような重大なもので、鑑定書を証拠にすることが、将来の違法な捜査の抑制の見地から相当でない、と言えるときに、はじめて排除されます。排除の2要件でしたね。重大な違法と、排除相当性です。違法があるたびに外すと、真実を捨てる代償が大きすぎるので、この2つに絞ったのでした。

判決の当てはめ:違法性を帯びる、しかし重大とはいえない

判決の当てはめ。違法性を帯びる事情=寝室まで承諾なく立入り、同行に明確な承諾を得ていない、退去の申し出に応じず署に留め置いた。重大とはいえないとした4事情=①当初から無断で入る意図はなく玄関先で承諾を求める行為に出ていた ②任意同行に有形力は行使されず途中で警察官と気付いても異議なく応じた ③受験の申し出に応答しなかったが、それ以上に留まることを強要する言動はない ④採尿自体は強制なく自由な意思での応諾。結論=違法の程度はいまだ重大とはいえず、鑑定書の証拠能力は否定されない 図:判決の当てはめ

  • 違法性を帯びる事情=寝室まで承諾なく立入り、同行に明確な承諾を得ていない、退去の申し出に応じず署に留め置いた
  • 重大とはいえないとした4事情=①当初から無断で入る意図はなく玄関先で承諾を求める行為に出ていた
  • ②任意同行に有形力は行使されず途中で警察官と気付いても異議なく応じた
  • ③受験の申し出に応答しなかったが、それ以上に留まることを強要する言動はない
  • ④採尿自体は強制なく自由な意思での応諾
  • 結論=違法の程度はいまだ重大とはいえず、鑑定書の証拠能力は否定されない

次に、当てはめです。結論を先に言うと、判決は、採尿手続も違法性を帯びる、と認めました。ただし、その違法は重大ではない、として、鑑定書の証拠能力を認めました。違法を認めたうえで、排除しない。ここが、今日の最初の落とし穴です。

判例最判昭61・4・25 刑集40巻3号215頁

奈良の生駒の事件——違法性を帯びる、しかし重大とはいえない ……これに引き続いて行われた本件採尿手続も違法性を帯びるものと評価せざるを得ない。しかし、……本件採尿手続の帯有する違法の程度は、いまだ重大であるとはいえず、本件尿の鑑定書を被告人の罪証に供することが、違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、本件尿の鑑定書の証拠能力は否定されるべきではない。

前半の、違法性を帯びる、の理由です。採尿の前の一連の手続に、任意捜査の域を逸脱した違法な点がありました。寝室まで、承諾なく立ち入ったこと。任意同行に際して、明確な承諾を得ていないこと。被告人の退去の申し出に応じないで、署に留め置いたこと。これに引き続いて行われた採尿も、違法性を帯びる、と評価しました。後半の、重大とはいえない、の理由は、4つの事情です。1つ目。立入りの際、警察官は、当初から無断で入る意図はなく、玄関先で声をかけるなど、承諾を求める行為に出ていました。2つ目。任意同行では、有形力は行使されておらず、途中で警察官だと気づいても、異議を述べずに同行に応じました。3つ目。受験の申し出に応答しなかったことはありますが、それ以上に、署に留まることを強要するような言動はしていません。4つ目。採尿そのものは、何の強制も加えられず、被告人の自由な意思での応諾に基づいていました。ここで、1問です。受験の申し出に返事をしなかった点が、どうして、重大とまでは言われなかったのでしょうか?

それ以上に留まることを強要する言動がなく、採尿も任意だった。この2つが効いています。1つ目と2つ目も、同じ方向に効きます。初めから無断で入るつもりなら、令状の手続をわざと避けたことになりますが、そうではありませんでした。力ずくで連れて行ったのでもありません。どれも、令状主義の精神を没却するほどではない、と見る事情です。ただし、注意があります。判決が挙げたのは、この4つの事情を総合した評価です。有形力がなければ、重大とは認めない、といった一般的な基準を、述べたわけではありません。前に見た、自動車の中を調べた事件、つまり、承諾のないまま車の中を調べて、覚せい剤らしい粉末を見つけ、そこから逮捕と採尿へ進んだ事件でも、採尿は強制なく、自分の意思で応じたので、重大とはいえない、という型が出ました。同じ型です。採尿のための連行の回の、6時間半の留め置きの事件も、違法だが重大ではない、とされました。ただ、あの事件で重さを量ったのは、留め置きそのものです。今日、重さを量っているのは、引き継がれた採尿の違法です。判決は、排除相当性にも、一文触れるだけでした。

1人、反対意見がありました。立入りは憲法35条に違反することが明白で、同行は任意同行とは言えず、留め置きも退去の自由に反する。採尿だけを切り離さず、一連の手続を全体として見れば、令状主義の精神を没却する重大な違法があり、鑑定書は排除すべきだ、という意見です。多数の意見は、立入りから留め置きまでの一連の手続の違法を考慮に入れたうえで、採尿手続が帯びた違法の重大性を測っています。この対比は、次で効いてきます。

違法承継論の2つの特色

違法承継論。判決の枠組みを学説が整理した呼び名。特色(i)=先行の手続と後の手続がどれだけ強くつながっているかを、同一目的と直接利用があるかどうかで確かめる。特色(ii)=先行手続の違法が後の手続に順次引き継がれるかを手続ごとに確かめ(立入り→同行→留め置き→採尿)、最後に証拠を得た手続の違法の重大性を見て排除相当性を判断。違法性の承継と呼ぶこともある 図:違法承継論

  • 判決の枠組みを学説が整理した呼び名
  • 特色(i)=先行の手続と後の手続がどれだけ強くつながっているかを、同一目的と直接利用があるかどうかで確かめる
  • 特色(ii)=先行手続の違法が後の手続に順次引き継がれるかを手続ごとに確かめ(立入り→同行→留め置き→採尿)、最後に証拠を得た手続の違法の重大性を見て排除相当性を判断
  • 違法性の承継と呼ぶこともある

判決の枠組みを、学説が整理して、違法承継論と呼んでいます。違法性の承継と呼ぶこともありますが、同じものです。最高裁が、この名前で判示したわけではありません。判決の言葉は、同一目的と直接利用でした。特色は2つです。1つ目。先行の手続と後の手続が、どれだけ強くつながっているかを、同一目的と直接利用があるかどうかで確かめます。2つ目。先行手続の違法が、後の手続に順に引き継がれるかを、手続ごとに確かめます。立入り、同行、留め置き、採尿、と順に見ていく、という整理です。最後に、証拠を得た手続、つまり採尿に引き継がれた違法が、重大かどうかを見ます。そのうえで、2つ目の要件の、排除相当性を判断します。生駒の事件にあてはめます。立入り、同行、留め置きが違法。同一目的、直接利用があるので、採尿に引き継がれて、違法性を帯びる。そこで、採尿手続の違法の重大性を見ると、重大とはいえない。だから、証拠能力は肯定されます。流れが、一本の線になります。

違法承継論と毒樹の果実論は何が違うか

比較表。違法の重大性を見る対象=毒樹の果実論は先行行為(毒樹=違法な捜査行為そのもの)/違法承継論は後の証拠収集手続(先行の違法が引き継がれた結果としての違法)。つながり(因果性)の置き場=毒樹の果実論は排除するかどうかの判断の中(つながり→排除相当性)/違法承継論は違法が引き継がれるかの前提。手順=毒樹の果実論は先行行為の違法の重大性→つながり→証拠能力/違法承継論は先行の違法→各手続への承継を順に確認→証拠収集手続の違法の重大性→証拠能力 図:比較表

  • 違法の重大性を見る対象=毒樹の果実論は先行行為(毒樹=違法な捜査行為そのもの)/違法承継論は後の証拠収集手続(先行の違法が引き継がれた結果としての違法)
  • つながり(因果性)の置き場=毒樹の果実論は排除するかどうかの判断の中(つながり→排除相当性)/違法承継論は違法が引き継がれるかの前提
  • 手順=毒樹の果実論は先行行為の違法の重大性→つながり→証拠能力/違法承継論は先行の違法→各手続への承継を順に確認→証拠収集手続の違法の重大性→証拠能力

今日の山場です。2つの考え方を、1枚の表で比べます。違いは、手順です。1行目、違法の重大性を、どこで見るか。毒樹の果実論は、先行行為、つまり毒樹そのものの違法の重大性を見ます。違法承継論は、後の証拠収集手続の違法の重大性を見ます。先行の違法が、引き継がれた結果としての違法です。2行目、つながりを、どこで見るか。毒樹の果実論は、先行行為と証拠のつながりを、証拠を排除するかどうかの判断の中で見ます。2本前に見た答案の順序でいえば、先行行為の違法の重大性を見たあとの、つながりは密接か、つながりを薄める事情はあるか、そして排除相当性、という後半の段です。後の手続が違法かどうかには、使いません。違法承継論は、違法が引き継がれるかどうかの前提として、つながりを見ます。この前提のつながりを測る物差しが、同一目的と直接利用です。3行目、手順です。毒樹の果実論は、先行行為の違法の重大性を見て、つながりを見て、証拠能力を決めます。違法承継論は、先行の違法を確認して、各手続への承継を順に確かめ、証拠収集手続の違法の重大性を見て、証拠能力を決めます。1文で言うと、行為の連鎖を見るか、証拠とのつながりを見るか、の違いです。生駒の事件を、毒樹の果実論で考えるとどうなるか。毒樹は、立入り、同行、留め置きです。その違法が重大かを見て、採尿はその留め置きの最中だった、というつながりを、排除するかどうかの判断の中で見ます。さっきの違法承継論の当てはめでは、重大性を見たのは、採尿手続のほうでした。

どちらで考えても、結論が分かれる場面は、考えにくいとされています。どちらも、先行の違法の程度と、証拠とのつながりの強さという、同じ事実を見ていて、違うのは、それを手順のどこに置くかだけ、と整理できるからです。結論が分かれにくいなら、どちらで書くほうが手順が少ないでしょうか?先行行為の違法の重大性と、つながりを見れば足りる、毒樹の果実論です。毒樹の果実論は、手順が少なくて済みます。違法承継論で書くと、立入り、同行、留め置きと、手続ごとに引き継ぎを確かめる段が増えます。結論が変わりにくいなら、その段は答案の得になりません。違法承継論は、判例が使う、同一目的と直接利用という言葉の意味を、知っておく位置づけです。最高裁は、どちらの名前でも判示していません。ここは、論文で論点になりうる部分です。

自前の設例でつながりを動かす

設例の流れ。警察官Q、配送員P(薬物使用の疑い)。夜勤明けのPのアパートでドアが開いていたため勝手に入り台所まで進んでPを起こす→交番での話を求めあいまいに応じる→集荷の時間だと帰ろうとするが取り合わず3時間留め置き→尿を出してもらえるかと求め提出→鑑定で陽性。変形A=翌日、弁護人に相談し自分で病院に行き提出。変形B=違法が証拠をとった後に起きていたら 図:設例の流れ

  • 警察官Q、配送員P(薬物使用の疑い)
  • 夜勤明けのPのアパートでドアが開いていたため勝手に入り台所まで進んでPを起こす→交番での話を求めあいまいに応じる→集荷の時間だと帰ろうとするが取り合わず3時間留め置き→尿を出してもらえるかと求め提出→鑑定で陽性
  • 変形A=翌日、弁護人に相談し自分で病院に行き提出
  • 変形B=違法が証拠をとった後に起きていたら

自前の設例で、つながりの強さを動かします。薬物の使用が疑われる、夜勤明けの配送員Pの、アパートです。警察官のQらは、呼び鈴に応答がないのに、玄関のドアが開いていたからと、勝手に入って、台所まで進み、Pを起こしました。そして、ちょっと近くの交番で話を、と同行を求めます。Pは、あいまいに応じました。交番で、Pは、荷物の集荷に行く時間だ、と何度も言って帰ろうとしましたが、Qらは取り合わず、3時間、留め置きました。その間に、Qが、尿を出してもらえるか、と求めます。Pは、出せばいいんでしょう、と応じて、提出しました。鑑定で、陽性でした。判決の物差しで確かめます。立入り、同行、留め置きと採尿は、覚せい剤使用の捜査という、同一目的に向けられていますか?

どの手続も同じ捜査に向けられているので、同一目的は認められます。次に、留め置きの状態を、直接利用して採尿していますか?帰れない状態のまま、尿を求めているので、直接利用していると思います。ですから、採尿手続は、違法性を帯びます。ここまでは、生駒の事件と同じです。では、重大な違法か。4つの事情を当てはめます。無断で入る意図はあったか。有形力はあったか。留まることを強要していないか。採尿は任意だったか。この設例は、生駒の事件より悪い事情を、わざと混ぜています。帰ろうとするのに取り合わず3時間。ドアが開いていたから勝手に入った。重大性は、事実しだいで動きます。

たとえば、帰ろうとするのを、実際に押しとどめた。ドアを開けさせるために、だました。それらがあれば、強制や意図の事情が増えて、重大のほうに傾きます。反対に、立入りの際に、声をかけて承諾を求める行為があれば、軽いほうに傾きます。短答や論文では、事実を拾って、評価します。結論を1つに決め打ちしないことです。変形Aです。Pは、留め置きの翌日、弁護人に相談して、協力します、と言い、自分で病院に行って、尿を提出しました。違法な状態を、直接利用して、とったとは言えません。同一目的はあっても、結びつきが薄い。違法のあとに、弁護人への相談と、本人の意思での提出がはさまって、つながりが薄まった、2本前の回の、希釈と同じ型です。ですから、留め置きの違法は採尿に引き継がれにくく、尿の鑑定書は使える方向です。これが、バトンでいえば、別の日の別のレースで走る、という場面です。変形Bです。違法が、証拠をとった後に起きていたら、どうなるでしょうか。それを、次の事件で見ます。

和歌山の事件:違法が証拠の獲得の後に起きた型

和歌山の事件の時間軸。捜査員8名が別件の覚せい剤所持の捜索差押許可状で被告人方を捜索→午前11時33分ころ寝室のテレビ台上から覚せい剤様の粉末を発見→被告人がそんなあほなと発言→警察官が襟首をつかみ脇腹を蹴る暴行→予試験で反応、現行犯逮捕・差押え。暴行の位置=発見の後・発見のためでも捜索に利用するためでもない 図:和歌山の事件の時間軸

  • 捜査員8名が別件の覚せい剤所持の捜索差押許可状で被告人方を捜索→午前11時33分ころ寝室のテレビ台上から覚せい剤様の粉末を発見→被告人がそんなあほなと発言→警察官が襟首をつかみ脇腹を蹴る暴行→予試験で反応、現行犯逮捕・差押え
  • 暴行の位置=発見の後・発見のためでも捜索に利用するためでもない

事件に入る前に、1問だけ、思い出してください。毒樹の果実で、違法と証拠の間に見る、もう1つの軸は、何でしたか?違法と証拠のつながり、つまり、因果性です。そのつながりが、きれいに切れている型を見ます。和歌山の事件です。和歌山西署の警察官ら、捜査員8名が、被告人の別の事件、覚せい剤の所持を被疑事実とする、捜索差押許可状で、被告人の家の捜索を始めました。午前11時33分ころ、寝室のテレビ台の上の、ポケットベルのケースと本体の間から、銀紙包みの、覚せい剤らしい粉末を発見します。これを見せられた被告人が、そんなあほな、などと言ったところ、そばにいた警察官が、被告人の襟首をつかんで、後ろに引っ張り、左の脇腹を蹴りました。倒れた被告人を、さらに数名が、脇腹や背中などを蹴りました。その後、その場の簡易な検査、予試験で、覚せい剤の反応が出て、11時36分ころ、現行犯逮捕と差押えが行われました。被告人は、署では所持を否認しましたが、午後3時ころ、警察官の説得に応じて、尿を提出しています。最高裁は、上告を棄却しました。判断は3つに分かれます。暴行は違法か。見つけた覚せい剤を使えるか。そして、署で出した尿を使えるか、です。まず、暴力は許されず、警察官らの行為は違法だ、と認めています。つまり、違法は認めました。

判例最決平8・10・29 刑集50巻9号683頁

和歌山の事件——暴行と覚せい剤の証拠能力 警察官が捜索の過程において関係者に暴力を振るうことは許されないことであって、本件における右警察官らの行為は違法なものというほかはない。しかしながら、……右警察官の違法行為は捜索の現場においてなされているが、その暴行の時点は証拠物発見の後であり、被告人の発言に触発されて行われたものであって、証拠物の発見を目的とし捜索に利用するために行われたものとは認められないから、右証拠物を警察官の違法行為の結果収集された証拠として、証拠能力を否定することはできない。

決め手は2つです。暴行の時点が、発見の後だったこと。そして、被告人の発言に触発されて起きたもので、発見を目的とし、捜索に利用するために行われたものではないこと。ですから、暴行のおかげで、覚せい剤を得たわけではありません。そう整理する説明があります。暴行は、発見のためのものではないので、同一目的が無い。発見はもう済んでいたので、暴行が作った状態を使って見つけたのでもない、つまり直接利用も無い、という整理です。ただし、決定は、同一目的、直接利用という言葉を、使っていません。書いてあるのは、発見を目的とし捜索に利用するために行われたものとは認められない、です。生駒の事件の物差しを当てはめると、そう説明できる、ということです。説明は2通りあります。1つは、暴行と証拠の獲得の間に因果性が無い、という説明。もう1つは、そこまで厳密な因果性を問題にしたのではなく、暴行が、捜索差押えの手続の一部ではなかったから、考えに入れなかった、という説明です。尿の鑑定書も、判断されています。被告人は、公判で、尿を任意に提出した、と供述していました。暴行は、尿の提出の意思決定に、実質的な影響を及ぼさなかったので、任意提出の手続に違法はない、とされました。間違えやすい点を、3つ挙げます。1つ目。暴行は、違法と認められています。違法を認めたうえで、排除しなかったのです。2つ目。暴行が先に起きて、覚せい剤が出たのではありません。発見が先です。3つ目。この決定が判断したのは、発見の後の暴行です。暴行で見つけた場合、つまり暴行が発見の前だった場合の結論は、判断していません。

3つの考え方の関係と、自動車の中を調べた事件との接続

3つの考え方の関係。上位の枠=排除法則(重大な違法と排除相当性の2要件)。先行手続の違法が後の証拠に及ぶ場面の2つの手順=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながり)/違法承継論(承継を順に見て後の手続の違法の重大性)。最後に見るのは、証拠として許容することが相当でないほどの重大な違法があるか。「直接利用」の語を先に用いたのは生駒の事件(同一目的と直接利用の2つを挙げた判決) 図:3つの考え方の関係

  • 上位の枠=排除法則(重大な違法と排除相当性の2要件)
  • 先行手続の違法が後の証拠に及ぶ場面の2つの手順=毒樹の果実論(先行行為の違法の重大性+つながり)/違法承継論(承継を順に見て後の手続の違法の重大性)
  • 最後に見るのは、証拠として許容することが相当でないほどの重大な違法があるか
  • 「直接利用」の語を先に用いたのは生駒の事件(同一目的と直接利用の2つを挙げた判決)

関係を整理します。上位の枠が、排除法則です。2要件、重大な違法と排除相当性です。先行手続の違法が、後の証拠に及ぶ場面を、毒樹の果実論と、違法承継論という、2つの手順で扱います。どちらを通っても、最後に見るのは同じです。証拠として許容することが相当でないほどの、重大な違法があるか、です。前に見た判例との接続です。前に見た、自動車の中を調べた事件、承諾なしの車内の検査から、逮捕と採尿へ進んだ事件で、最初の違法が作った状態を、直接利用して行われた採尿は、違法性を帯びる、という考え方を、すでに一度、使いました。今日の生駒の事件が、その考え方を先に示した判決です。自動車の事件の判示は、直接利用を使っていて、同一目的という言葉は使っていません。生駒の事件が、同一目的と直接利用の2つを挙げています。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。昭和61年判決は採尿手続に違法は無いとした×(違法性を帯びると評価したうえで重大とはいえないとした)。採尿が任意なら先行手続の違法は考慮されないとした×。警察官が身分を名乗らず同行したことを違法とした×。決定である×(破棄差戻し=判決)。留め置いて自白を引き出したので重大な違法×。和歌山の決定は暴行を違法でないとした×。暴行の時点が発見の後であることを理由の1つに挙げた○。暴行を受けた被告人の尿の提出も違法収集×。2つの理論は結論も必ず分かれる×。判決が違法の承継という語を用いて判示した× 図:短答の落とし穴

  • 昭和61年判決は採尿手続に違法は無いとした×(違法性を帯びると評価したうえで重大とはいえないとした)
  • 採尿が任意なら先行手続の違法は考慮されないとした×
  • 警察官が身分を名乗らず同行したことを違法とした×
  • 決定である×(破棄差戻し=判決)
  • 留め置いて自白を引き出したので重大な違法×
  • 和歌山の決定は暴行を違法でないとした×
  • 暴行の時点が発見の後であることを理由の1つに挙げた○
  • 暴行を受けた被告人の尿の提出も違法収集×
  • 2つの理論は結論も必ず分かれる×
  • 判決が違法の承継という語を用いて判示した×

短答の確認です。生駒の事件の最高裁は、採尿手続に違法は無いとして、鑑定書の証拠能力を認めた。×です。採尿手続も、違法性を帯びると評価したうえで、重大とはいえないとして、認めました。採尿は被疑者の任意の提出なので、先行する手続の違法は考慮されない、とした。×です。同一目的、直接利用がある場合には、先行する手続の違法の有無と程度も、十分に考慮して判断します。警察官が、身分を名乗らずに、被疑者を同行したことを、違法とした。×です。玄関先で、警察の者です、と声をかけています。問題は、明確な承諾のない立入りと同行、そして、退去の申し出に応じない留め置きです。生駒の事件は決定である。×です。原判決を破棄して差し戻しているので、判決です。留め置いて、自白を引き出したので、重大な違法が認められた。×です。それ以上に、留まることを強要する言動はしていない、とされて、違法は重大とはいえない、とされました。和歌山の決定は、警察官の暴行は違法ではない、とした。×です。違法と認めたうえで、証拠能力を肯定しました。暴行の時点が、発見の後だったことを、証拠能力を否定しない理由の1つに挙げた。○です。暴行が発見の前だった場合の結論は、決定は判断していません。暴行を受けた被告人の、尿の提出も、違法な収集と評価した。×です。暴行は、提出の意思決定に、実質的な影響を及ぼしていません。毒樹の果実論と違法承継論は、手順が違うので、結論も必ず分かれる。×です。分かれる場面は、考えにくいとされます。生駒の事件の判決は、違法の承継、という言葉を用いて判示した。×です。判決の言葉は、同一目的、直接利用、違法性を帯びる、です。承継は、学説の整理です。

今日の地図(保存版)

今日の地図、保存版。つながりの物差し=同一目的・直接利用(生駒の事件)。違法承継論と毒樹の果実論=手順の違い(結論は分かれにくい、最高裁はどちらの名前でも判示していない)。違法が証拠の獲得の後に起きた型=違法と証拠の獲得の間に因果性が無く、証拠能力は否定されない(和歌山の事件)。最後に見るのは常に、重大な違法と排除相当性 図:今日の地図、保存版

  • つながりの物差し=同一目的・直接利用(生駒の事件)
  • 違法承継論と毒樹の果実論=手順の違い(結論は分かれにくい、最高裁はどちらの名前でも判示していない)
  • 違法が証拠の獲得の後に起きた型=違法と証拠の獲得の間に因果性が無く、証拠能力は否定されない(和歌山の事件)
  • 最後に見るのは常に、重大な違法と排除相当性

まとめます。1つ目。つながりの物差しは、同一目的と直接利用です。生駒の事件では、先行手続の違法が、採尿に及んで、違法性を帯びました。ただし、違法は重大とはいえず、鑑定書は排除されませんでした。2つ目。違法承継論と毒樹の果実論は、手順の違いです。結論は、分かれにくく、最高裁は、どちらの名前でも判示していません。3つ目。違法が、証拠の獲得の後に起きた型では、違法と証拠の獲得の間に因果性が無いので、証拠能力は否定されません。和歌山の事件が、その型でした。どの場合も、最後に見るのは、重大な違法と排除相当性です。次は、違法な逮捕で直接得た証拠と、その証拠をもとに令状で得た証拠を、分けて考える話です。

ページ上部へ ↑

#137単独ページ動画

違法収集証拠の一次証拠と二次証拠(密接関連性と令状審査)

第5章 証拠法 ㉑/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

同じ違法な逮捕から2つの証拠が出た。尿の鑑定書(逮捕の当日にとった一次証拠)は排除、その鑑定書を使って令状をとり見つけた自宅の覚醒剤(二次証拠)は使える。分かれ目はどこか 図:同じ違法な逮捕から2つの証拠が出た

  • 尿の鑑定書(逮捕の当日にとった一次証拠)は排除、その鑑定書を使って令状をとり見つけた自宅の覚醒剤(二次証拠)は使える
  • 分かれ目はどこか

同じ違法な逮捕から、2つの証拠が出てきました。最高裁は、1つを捨てて、1つを使いました。分かれ目は、どこにあったのでしょうか。同じ違法から出た2つの証拠で、なぜ扱いが分かれるのか。それが、今日の入口です。答えを先に言います。違いは、その証拠が、違法な逮捕からどれだけ近いかです。逮捕の当日にとった尿は、違法のすぐ隣にあります。その鑑定書を使って令状をとり、見つけた覚醒剤は、間に裁判官の審査と、別に適法に出ていた令状の捜索が挟まっています。つながりの強さが違うので、結論が分かれました。前の回の最後の問いです。違法な逮捕で直接得た証拠と、その証拠をもとに令状で得た証拠を、分けて考える。その問いに、今日、判決の言葉で答えます。まず、これまでの道具を短く思い出します。毒樹は、違法な捜査行為そのものでした。果実は、その違法な行為がきっかけで手に入った証拠です。判断の軸は2つで、違法の重大性と、違法と証拠のつながりでした。つながりが薄い類型として、間に適法な手続が入る希釈、現実に別の適法な手続で得た独立入手源、いずれ適法に見つかったはずだと仮定する不可避的発見も見ました。違法が後の手続に引き継がれるかを順に確かめる違法承継論との違いは、手順の違いで、どちらで考えても結論は分かれにくい、という整理でした。今日扱う大津の事件は、前に、判決の骨組みだけを先に見て、中身は別の回で扱う、としていた事件です。今日、事実から正面から扱います。

一次証拠と二次証拠

一次証拠=違法な捜査行為から直接得た証拠(大津では尿の鑑定書)。二次証拠=その一次証拠をきっかけに得た証拠(大津では令状で捜索して見つかった覚醒剤)。どちらも見る枠は同じ=先行行為の違法の重大性と、つながり

  • 一次証拠=違法な捜査行為から直接得た証拠(大津では尿の鑑定書)
  • 二次証拠=その一次証拠をきっかけに得た証拠(大津では令状で捜索して見つかった覚醒剤)
  • どちらも見る枠は同じ=先行行為の違法の重大性と、つながり

言葉を2つ決めます。一次証拠は、違法な捜査行為から、直接得た証拠です。二次証拠は、その一次証拠をきっかけに、手がかりにして得た証拠です。大津の事件では、尿の鑑定書が一次証拠、令状で捜索して見つかった覚醒剤が二次証拠です。二次証拠は、間に別の手続が挟まるぶん、つながりが弱まることがあります。ただし、弱まるかどうかは、事情しだいです。そして、一次でも二次でも、見る事情は同じです。先行行為の違法の重大性と、つながり。二次だから別の枠組み、ということはありません。違うのは、つながりの強さのほうです。

大津の事件:事実を順に追う

大津の事件の流れ。A=警察官3名、B=被疑者。窃盗の逮捕状は発付済み→逮捕状を携行せず自宅へ→同行を説得、Bは逮捕状を見せるよう求めて応ぜず逃走→路上で制圧して逮捕(現場で呈示なし)→署に着いて間もなく逮捕状を呈示(逮捕状には現場で呈示した旨の虚偽記載・虚偽の捜査報告書も)→同日夜に任意の採尿・覚醒剤成分検出(一次証拠=鑑定書)→5日後、鑑定書を疎明資料に覚醒剤の捜索差押許可状→適法に出ていた窃盗の許可状と併せて自宅を捜索→覚醒剤(二次証拠) 図:大津の事件の流れ

  • A=警察官3名、B=被疑者
  • 窃盗の逮捕状は発付済み→逮捕状を携行せず自宅へ→同行を説得、Bは逮捕状を見せるよう求めて応ぜず逃走→路上で制圧して逮捕(現場で呈示なし)→署に着いて間もなく逮捕状を呈示(逮捕状には現場で呈示した旨の虚偽記載・虚偽の捜査報告書も)→同日夜に任意の採尿・覚醒剤成分検出(一次証拠=鑑定書)→5日後、鑑定書を疎明資料に覚醒剤の捜索差押許可状→適法に出ていた窃盗の許可状と併せて自宅を捜索→覚醒剤(二次証拠)

大津の事件の事実を、時間の順に追います。窃盗の被疑事実で、逮捕状は、すでに発付されていました。ある日の朝、警察官3名が、被告人の動向を見て、身柄を押さえるために、被告人の家へ向かいます。ところが、逮捕状は持っていきませんでした。家の前で、任意同行を説得すると、被告人は、逮捕状を見せるよう求めて、同行に応じず、逃げ出しました。午前8時25分ころ、家の近くの路上で、警察官らは被告人を制圧して、手錠と捕縛用のロープで逮捕します。この現場で、逮捕状は示されていません。警察の車で、大津警察署に連れて行かれ、午前11時ころ着きました。逮捕状が示されたのは、着いてから間もなくです。逮捕のときではなく、あとからだった、ということです。

逮捕状を示す、という原則と、その例外を、条文で確かめます。

刑事訴訟法201条1項・2項、73条3項。逮捕状による逮捕は逮捕状を被疑者に示す。逮捕状を所持せず示せない場合で急速を要するときは、被疑事実の要旨と逮捕状が出ている旨を告げて執行できる(緊急執行)。ただし令状はできる限り速やかに示す 図:刑事訴訟法201条1項・2項、73条3項

  • 逮捕状による逮捕は逮捕状を被疑者に示す
  • 逮捕状を所持せず示せない場合で急速を要するときは、被疑事実の要旨と逮捕状が出ている旨を告げて執行できる(緊急執行)
  • ただし令状はできる限り速やかに示す

条文刑事訴訟法第201条第1項・第2項

刑事訴訟法第201条第1項・第2項——逮捕状の呈示 逮捕状により被疑者を逮捕するには、逮捕状を被疑者に示さなければならない。 2 第七十三条第三項の規定は、逮捕状により被疑者を逮捕する場合にこれを準用する。

条文刑事訴訟法第73条第3項(201条2項により逮捕状の場合に準用)

刑事訴訟法第73条第3項——緊急執行(準用) 勾引状又は勾留状を所持しないためこれを示すことができない場合において、急速を要するときは、前二項の規定にかかわらず、被告人に対し公訴事実の要旨及び令状が発せられている旨を告げて、その執行をすることができる。但し、令状は、できる限り速やかにこれを示さなければならない。

読み替えます。勾引状や勾留状は逮捕状、被告人は被疑者、公訴事実は被疑事実です。逮捕状を持っていなくて示せないとき、急ぐ事情があれば、被疑事実の要旨と、令状が出ていることを告げて、逮捕できます。これが緊急執行です。ただし、令状は、できる限り速やかに示します。大津の事件は、逮捕状を持っておらず、現場で示してもいません。そして、緊急執行の手続が執られていないことも、判決が、事件の経過から明らかだと述べています。条文に照らして、手続に違法があった、というところが出発点です。事実の続きです。逮捕状には、午前8時25分ころ、現場で示して逮捕した、という警察官名義の記載がありました。事実と違います。同じ趣旨の、内容の虚偽の捜査報告書も作られました。午後7時10分ころ、署の中で、被告人は尿を求められて、強制なく、任意に提出しました。科学捜査研究所の鑑定で、覚醒剤の成分が検出されます。これが尿の鑑定書、つまり一次証拠です。

ここからが二次証拠です。5日後、裁判官が、覚醒剤の使用を被疑事実として、被告人の家を捜索する許可状を出しました。疎明資料には、この鑑定書が使われました。疎明資料というのは、令状を請求するときに、必要性を裁判官に示す根拠資料のことです。同じ日に、この許可状は、すでに発付されていた窃盗の捜索差押許可状と併せて、家の捜索に使われました。その結果、ビニール袋入りの覚醒剤が1袋見つかり、差し押さえられます。これが二次証拠です。公判では、警察官3名が、現場で逮捕状を示して、被疑事実の要旨を読み聞かせた、と証言しました。しかし、原審は、この証言を信用せず、逮捕状は現場に持っていかれておらず、示されてもいない、と認定しています。第1審も原審も、尿の鑑定書、覚醒剤、覚醒剤の鑑定書を、違法収集証拠として排除しました。覚醒剤の使用と所持は無罪、窃盗だけが有罪です。検察官が上告して、最高裁は、ここから結論を分けます。

一次証拠は排除:判決の2段

一次証拠(尿の鑑定書)の判断は2段。第1段=手続的な違法(呈示なし・緊急執行なし)にとどまらず、取り繕うための虚偽記入・虚偽の報告書・公判廷の虚偽証言→経緯全体で表れた警察官の態度を総合して、令状主義の精神を潜脱し没却するような重大なものと評価されてもやむを得ない(重大な違法)。第2段=このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来の違法捜査抑制の見地から相当でない(排除相当性)

最高裁が、尿の鑑定書を排除した理由を読みます。2段です。1段目が、違法の重大性。2段目が、密接に関連する証拠を許容することの相当性です。

判例最判平15・2・14 刑集57巻2号121頁

大津の事件——逮捕の違法と、密接に関連する証拠 本件逮捕には,逮捕時に逮捕状の呈示がなく,逮捕状の緊急執行もされていない(逮捕状の緊急執行の手続が執られていないことは,本件の経過から明らかである。)という手続的な違法があるが,それにとどまらず,警察官は,その手続的な違法を糊塗するため,前記のとおり,逮捕状へ虚偽事項を記入し,内容虚偽の捜査報告書を作成し,更には,公判廷において事実と反する証言をしているのであって,本件の経緯全体を通して表れたこのような警察官の態度を総合的に考慮すれば,本件逮捕手続の違法の程度は,令状主義の精神を潜脱し,没却するような重大なものであると評価されてもやむを得ないものといわざるを得ない。そして,このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは,将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,その証拠能力を否定すべきである。

1段目から読みます。まず、手続的な違法があります。逮捕のときに示していない。緊急執行もしていない。ただ、判決は、それにとどまらない、と続けます。糊塗、つまり取り繕うために、逮捕状に虚偽の事項を書き、内容虚偽の捜査報告書を作り、公判廷で事実と反する証言までした。この3つです。そして、経緯全体を通して表れた、このような警察官の態度を、総合的に考慮します。そうすると、逮捕手続の違法の程度は、令状主義の精神を潜脱し、没却するような重大なものだと、評価されてもやむを得ない、という結論です。判決の書き方は、手続的な違法がある、しかしそれにとどまらず、でした。重さを量ったのは、呈示をしなかったことだけでなく、そのあとの取り繕いまで含めた、経緯全体の態度です。もう1つ、判決の言い回しの強さ、つまり温度に注意してください。前に、重大な違法は総合評価で、特に重みを持ちやすいのは、強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、の2つだと見ました。大津は、潜脱の意図を重く見て排除した例として、名前を出した事件です。ただ、判決は、意図があった、とは書いていません。評価されてもやむを得ない、と書いています。短答では、この言い回しの差が問われます。2段目です。そして、このような違法な逮捕に密接に関連する証拠を許容することは、将来における違法捜査抑制の見地から相当でない。これは、排除の2要件の、排除相当性です。1段目が重大な違法、2段目が排除相当性。前に作った2要件に、そのまま対応しています。

判例最判平15・2・14 刑集57巻2号121頁

大津の事件——尿は逮捕の当日にとられた 前記のとおり,本件採尿は,本件逮捕の当日にされたものであり,その尿は,上記のとおり重大な違法があると評価される本件逮捕と密接な関連を有する証拠であるというべきである。また,その鑑定書も,同様な評価を与えられるべきものである。したがって,原判決の判断は,上記鑑定書の証拠能力を否定した点に関する限り,相当である。

決め手は、採尿が、逮捕の当日にされたことです。違法な逮捕から時間がほとんど空いていない。だから、尿は、重大な違法があると評価される逮捕と、密接な関連を有する証拠です。鑑定書も、同様に評価されます。尿から作られた書面なので、尿と同じ扱いです。違法のすぐ隣でとった証拠を使わせれば、違法をした捜査が得をします。だから、2段目の、許容は相当でない、につながります。ここまでが、判決の言葉です。次に、この判決のどこが注目されるかを、学説の整理を交えて、3つ見ます。

注目点1と2:先行手続で重大性を見る・密接関連と同一目的

注目点1=重さを量る対象は逮捕手続の違法(採尿手続に違法が引き継がれたかの検討は出てこない)。つながりは「密接に関連する証拠を許容することは相当でない」という排除相当性の文の中→毒樹の果実論の手順に近い(学説の整理)。注目点2=逮捕は窃盗の捜査・尿は覚醒剤使用の捜査で同一目的ではない、それでも密接→同一目的・直接利用は、つながりを測る事情の一部(学説の整理)

  • 注目点1=重さを量る対象は逮捕手続の違法(採尿手続に違法が引き継がれたかの検討は出てこない)
  • つながりは「密接に関連する証拠を許容することは相当でない」という排除相当性の文の中→毒樹の果実論の手順に近い(学説の整理)
  • 注目点2=逮捕は窃盗の捜査・尿は覚醒剤使用の捜査で同一目的ではない、それでも密接→同一目的・直接利用は、つながりを測る事情の一部(学説の整理)

注目点の1つ目です。判決は、違法の重大性を、どの手続について量っているでしょうか。逮捕です。判決は、本件逮捕手続の違法の程度、と言っています。採尿手続に違法が引き継がれたか、採尿が違法性を帯びたか、という検討は、判決文に出てきません。つながりは、密接に関連する証拠を許容することは相当でない、という排除相当性の文の中で、見られています。ここから先は、学説の整理です。前の回に、違法承継論と毒樹の果実論を比べました。毒樹の果実論は、先行行為の違法の重大性を見て、つながりは、証拠を排除するかどうかの判断の中で見る、という手順でした。違法承継論は、違法が後の手続に引き継がれるかを、手続ごとに確かめる手順でした。大津の判決の手順は、毒樹の果実論のほうに近いといえます。そこで、判例は、違法承継論の枠組みから、毒樹の果実論の枠組みに近づいている、と評価されます。ただし、判決は、毒樹の果実という言葉を使っていません。注目点の2つ目です。窃盗の逮捕と、覚醒剤の使用の証拠は、同じ目的でしょうか。

違います。逮捕は窃盗の捜査のため、尿は覚醒剤使用の捜査のためです。同一目的とはいえません。直接利用の関係といえるかも、微妙です。それでも、判決は、密接だとしました。ここでいう、密接に関連する、は、違法な逮捕があったから、その後の手続で証拠が手に入った、という結びつきの有無と強さのことです。因果性、と呼ばれます。違法な逮捕で署に連れてこられていたから、その日のうちに、署の中で尿を求めることができました。目的が別の事件でも、尿を手に入れる機会は、違法な逮捕のおかげで生まれている、と説明できます。使えなくなったのではなく、位置づけが広がります。同一目的や直接利用は、つながりを測る事情の1つです。不可欠の要件ではありません。大津の判決が挙げた具体的な事情は、採尿が逮捕の当日だった、という時間の近さでした。同一目的、直接利用という言葉は、大津の判決には出てきません。前の回で見た、違法な同行と留め置きに続いて尿をとった、奈良の生駒の事件の判決の言葉です。混ぜないでください。

注目点3:違法の後の取り繕いを、なぜ考慮できるのか

注目点3の疑問=虚偽記載・虚偽証言は逮捕よりも後。後の事情のおかげで尿を得たわけではない(因果性は無い)。和歌山の事件(発見の後の暴行は排除につながらない)と整合するか。1つの見解=事後の取り繕いは、逮捕時の令状主義潜脱の意図を推認させる事情として、先行行為の違法の重大性の評価に使う(重大性の話)。和歌山は因果性の話

  • 注目点3の疑問=虚偽記載・虚偽証言は逮捕よりも後
  • 後の事情のおかげで尿を得たわけではない(因果性は無い)
  • 和歌山の事件(発見の後の暴行は排除につながらない)と整合するか
  • 1つの見解=事後の取り繕いは、逮捕時の令状主義潜脱の意図を推認させる事情として、先行行為の違法の重大性の評価に使う(重大性の話)
  • 和歌山は因果性の話

3つ目に入る前に、1問だけ思い出してください。重大な違法の判断で、特に重みを持ちやすい2つは、何でしたか?強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図があったか、です。ここが3つ目の入口になります。疑問です。虚偽の記載も、虚偽の報告書も、公判廷の虚偽の証言も、逮捕より後のことです。後の事情のおかげで尿が手に入ったわけではありません。因果性は無いはずです。和歌山の事件では、捜索で覚醒剤を見つけたあとに、警察官が暴行しました。その暴行は、排除につながらない、と見ました。それと食い違いませんか。食い違いません。話の層が違うからです。和歌山の事件は、因果性の話でした。暴行のおかげで証拠を得たのかどうかが問われ、答えは、得ていない、でした。大津の取り繕いは、因果性ではなく、逮捕の違法の重大性を評価する材料として使われています。こう説明する見解があります。逮捕のあとで取り繕ったという事実は、逮捕のときに、令状主義を潜脱する意図があったことを推認させます。そこで、先行行為である逮捕の違法の重大性を評価するために、事後の事情を使える。後の事情で尿を得たのではなく、先の逮捕の悪質さを、後の事情で読み取っている、ということです。別の説明もあります。逮捕状を持っていかなかったのは、過失だったかもしれず、取り繕いから、意図が論理必然的に導かれるわけではありません。そこで、法を軽く見た態度が、司法の廉潔性を損ない、違法捜査の隠ぺいで、抑止まで妨げる点が悪質だ、と見て、事後でも考慮できる、という説明です。

答案では、虚偽の報告書などは、令状主義を潜脱する意図を推認させる、と書く足場になります。ただし、さきほどの温度を保ってください。判決が意図を認定したのではありません。潜脱し、没却するような重大なものと、評価されてもやむを得ない、という判断です。

二次証拠は許容:判決の構造

二次証拠(自宅の覚醒剤)の判断は4段。(a)鑑定書を疎明資料とした許可状で発見→証拠能力のない証拠と関連性を有する。(b)しかし司法審査を経て発付された許可状・逮捕前に適法に発付されていた窃盗の許可状の執行と併せて行われたなどの諸事情→鑑定書との関連性は密接なものではない。(c)収集手続に重大な違法があるとまではいえない。(d)証拠の重要性等諸般の事情を総合→証拠能力を否定できない

次は、二次証拠、自宅の覚醒剤です。判決は、これを使えると判断しました。理由は4段あります。

判例最判平15・2・14 刑集57巻2号121頁

大津の事件——覚醒剤の差押えと鑑定書の関連性 次に,本件覚せい剤は,被告人の覚せい剤使用を被疑事実とし,被告人方を捜索すべき場所として発付された捜索差押許可状に基づいて行われた捜索により発見されて差し押さえられたものであるが,上記捜索差押許可状は上記(2)の鑑定書を疎明資料として発付されたものであるから,証拠能力のない証拠と関連性を有する証拠というべきである。しかし,本件覚せい剤の差押えは,司法審査を経て発付された捜索差押許可状によってされたものであること,逮捕前に適法に発付されていた被告人に対する窃盗事件についての捜索差押許可状の執行と併せて行われたものであることなど,本件の諸事情にかんがみると,本件覚せい剤の差押えと上記(2)の鑑定書との関連性は密接なものではないというべきである。したがって,本件覚せい剤及びこれに関する鑑定書については,その収集手続に重大な違法があるとまではいえず,その他,これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を否定することはできない。そうすると,原判決は,上記の点において判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用の誤りがあり,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

1段目。覚醒剤は、鑑定書を疎明資料として出た許可状で見つかったので、証拠能力のない証拠と、関連性を有する、と認めます。ここが大事です。関連性を、認めてから入ります。違法と無関係だ、とは言っていません。2段目。しかし、司法審査を経て出た許可状による差押えであること。そして、逮捕前に適法に出ていた窃盗の許可状の執行と、併せて行われたこと。こうした本件の諸事情から、鑑定書との関連性は、密接なものではない、と評価します。3段目。だから、収集手続に重大な違法があるとまではいえない。4段目。その他、証拠の重要性等の諸般の事情を総合して、証拠能力を否定することはできない。

重大な違法と排除相当性という2要件の枠は、同じです。ただ、つながりを置く場所が違います。一次証拠では、密接に関連する証拠を許容するのは相当でない、という排除相当性の文の中でした。二次証拠では、つながりが密接でないから、重大な違法があるとまではいえない、と処理しています。つながりの置き場所は、一つに決まっているわけではありません。つながりの弱さを、事実で示した判決です。ここで1問です。同じ違法な逮捕から出た2つの証拠で、結論が分かれた分かれ目は、どこにありましたか?尿は、逮捕の当日にとられていて、逮捕と密接でした。覚醒剤は、司法審査を経た令状と、適法な窃盗の令状との併せ執行があって、つながりが密接ではありませんでした。これが、冒頭の問いの答えです。

前に見た、排除の目的に戻ります。違法のおかげで手に入った証拠を使わせなければ、違法をしても得をしない、と示せます。違法のすぐ隣でとった尿を捨てれば、その得が消えます。間に裁判官の審査と、適法な窃盗の令状の捜索が挟まった覚醒剤まで捨てても、抑止の面で得られる効果は小さく、真実を明らかにする面の損失のほうが大きい、と説明されます。

学説の整理=二次証拠の2つの事情を、つながりが薄い類型に重ねる。(i)司法審査を経た令状=違法のあとに適法な手続(令状審査)が入り、つながりが薄まる=希釈に近い(大津の判決は、鑑定書のほかの疎明資料の有無を述べていない)。(ii)適法な窃盗の許可状との併せ執行=その捜索でどのみち見つかったはず=不可避的発見に近い(窃盗の令状で覚醒剤をそのまま差し押さえられるわけではない=別の令状を得るなどの蓋然性)。どちらの名前も判決の言葉ではない

  • 学説の整理=二次証拠の2つの事情を、つながりが薄い類型に重ねる
  • (i)司法審査を経た令状=違法のあとに適法な手続(令状審査)が入り、つながりが薄まる=希釈に近い(大津の判決は、鑑定書のほかの疎明資料の有無を述べていない)
  • (ii)適法な窃盗の許可状との併せ執行=その捜索でどのみち見つかったはず=不可避的発見に近い(窃盗の令状で覚醒剤をそのまま差し押さえられるわけではない=別の令状を得るなどの蓋然性)
  • どちらの名前も判決の言葉ではない

ここから学説の整理です。2つの事情を、学説は、これまでの道具に重ねます。まず、1つ目の、司法審査を経た令状です。希釈は、違法のあとに適法な手続が間に入って、つながりが薄まる、という考え方でした。令状審査が間に入ると、違法との結びつきが薄まる、という説明がされます。希釈に近い、という整理です。ただし、大津の判決は、鑑定書のほかに疎明資料があったかを述べていません。司法審査だけで決めず、併せ執行などと合わせた、本件の諸事情で、密接でないとしています。2つ目の、併せ執行です。すでに適法に出ていた窃盗の許可状で、家は捜索されることになっていました。覚醒剤の令状が無くても、その捜索で、どのみち見つかったはずだ、という見方ができます。不可避的発見に近い、という整理です。

併せ執行があったからといって、覚醒剤まで押収できたことにはなりません。窃盗の令状で、覚醒剤をそのまま差し押さえられるわけではありません。差し押さえられるものは、令状に書かれた事件に関係するものです。差押えの対象物の範囲は、前に見ました。ですから、見つかったとしても、別の令状をとるなどして、差し押さえられた蓋然性がある、という話です。そして、どちらの名前も、判決の言葉ではありません。

証拠の重要性は諸事情の1つ

証拠の重要性。大津の二次証拠の判断に「証拠の重要性等諸般の事情」が出てくる(一次証拠の判断には出てこない)。理論上の位置づけははっきりしない。つながりが弱くなった段階で、違法の重大性以外の事情も含めて衡量した可能性。答案では諸事情の1つとして置く程度 図:証拠の重要性

  • 大津の二次証拠の判断に「証拠の重要性等諸般の事情」が出てくる(一次証拠の判断には出てこない)
  • 理論上の位置づけははっきりしない
  • つながりが弱くなった段階で、違法の重大性以外の事情も含めて衡量した可能性
  • 答案では諸事情の1つとして置く程度

4段目の、証拠の重要性にも触れます。大津で、証拠の重要性が出てくるのは、二次証拠の判断です。一次証拠の判断には出てきません。重要な証拠であれば、それだけで違法を乗り越えられる、とまでは言えません。理論上の位置づけは、はっきりしません。つながりが弱くなった段階で、違法の重大性以外の事情も含めて、柔軟に衡量した可能性がある、と考えられています。判決の並びも、重大な違法があるとまではいえない、と言ったあとに、その他、として出てきます。答案では、諸事情の1つとして置く程度で足ります。たとえば、覚醒剤の所持は、人目につかないところで行われ、証拠が残りにくい犯罪で、この覚醒剤は所持を裏づける決定的な証拠だ、と事実で一言添えます。

宅配便のエックス線検査の決定:令状審査が間に入る意味

宅配便エックス線の決定。事実=覚醒剤密売の嫌疑で内偵、宅配便業者の承諾を得て荷物をその都度借り受けエックス線検査(荷送人・荷受人の承諾なし)を5回。許可状は4回目までの射影の写真等を一資料として発付。判断=違法な検査と関連性はある、しかし(1)嫌疑が高まり実質的必要性があった(2)業者の承諾・対象を限定する配慮=潜脱の意図があったとはいえない(3)司法審査を経た許可状・検査の結果以外の証拠も資料として提供されたとうかがわれる→重大な違法があるとまではいえず、重要性等を総合して肯定 図:宅配便エックス線の決定

  • 事実=覚醒剤密売の嫌疑で内偵、宅配便業者の承諾を得て荷物をその都度借り受けエックス線検査(荷送人・荷受人の承諾なし)を5回
  • 許可状は4回目までの射影の写真等を一資料として発付
  • 判断=違法な検査と関連性はある、しかし(1)嫌疑が高まり実質的必要性があった(2)業者の承諾・対象を限定する配慮=潜脱の意図があったとはいえない(3)司法審査を経た許可状・検査の結果以外の証拠も資料として提供されたとうかがわれる→重大な違法があるとまではいえず、重要性等を総合して肯定

令状審査が間に入る、とは、具体的に何を指すのか。宅配便のエックス線検査の決定で、中身を補います。その前に、1問です。令状審査が間に入るとつながりが薄まる、という説明は、どんな温度で受け取るのでしたか?薄まる、という説明がされる、という温度です。違法な資料が疎明資料に入っていても、令状は出ることがあるからです。断ち切られる、とは言いません。その温度のまま、決定を読みます。事実です。警察は、覚醒剤の密売の嫌疑で、ある会社を内偵していました。宅配便業者の営業所の承諾を得て、会社の事務所宛ての荷物を、1個ずつ、5回借り受けます。そして、空港の税関で、荷物にエックス線を当てて、中身の射影を見ました。荷送人と荷受人の承諾は、ありません。検査のあと、荷物は返して、配達されました。2回目以降の検査では、細かい固形物が均等に詰められた袋が写っていました。このエックス線検査は、荷物の中身の形や材質をうかがい知ることができるので、検証、つまり、ものの性質や形状、状態を認識する処分としての性質を有する強制処分で、令状なしに行えば違法です。これは、GPS捜査とエックス線検査を扱った回で、すでに見ました。決定も、まず、違法だと述べます。今日の問題は、その違法な検査の結果を使って出た令状で、見つかった覚醒剤の証拠能力です。

判例最決平21・9・28 刑集63巻7号868頁

宅配便エックス線検査の決定——関連性はある 次に,本件覚せい剤等は,同年6月25日に発付された各捜索差押許可状に基づいて同年7月2日に実施された捜索において,5回目の本件エックス線検査を経て本件会社関係者が受け取った宅配便荷物の中及び同関係者の居室内から発見されたものであるが,これらの許可状は,4回目までの本件エックス線検査の射影の写真等を一資料として発付されたものとうかがわれ,本件覚せい剤等は,違法な本件エックス線検査と関連性を有する証拠であるということができる。

構造は、大津の二次証拠と同じです。まず、関連性を認めます。許可状は、4回目までの射影の写真等を、一資料として発付されたとうかがわれる。そこで、覚醒剤等は、違法な検査と関連性を有する証拠だ、とします。

判例最決平21・9・28 刑集63巻7号868頁

宅配便エックス線検査の決定——それでも重大な違法とまではいえない 本件エックス線検査が行われた当時,本件会社関係者に対する宅配便を利用した覚せい剤譲受け事犯の嫌疑が高まっており,更に事案を解明するためには本件エックス線検査を行う実質的必要性があったこと,警察官らは,荷物そのものを現実に占有し管理している宅配便業者の承諾を得た上で本件エックス線検査を実施し,その際,検査の対象を限定する配慮もしていたのであって,令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと,本件覚せい剤等は,司法審査を経て発付された各捜索差押許可状に基づく捜索において発見されたものであり,その発付に当たっては,本件エックス線検査の結果以外の証拠も資料として提供されたものとうかがわれることなどの諸事情にかんがみれば,本件覚せい剤等は,本件エックス線検査と上記の関連性を有するとしても,その証拠収集過程に重大な違法があるとまではいえず,その他,これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると,その証拠能力を肯定することができると解するのが相当である。

そのうえで、諸事情を挙げて、重大な違法とまではいえない、とします。決定が挙げる事情のうち、主なものは3つです。1つ目、嫌疑が高まっていて、検査を行う実質的必要性があったこと。2つ目、荷物を管理する業者の承諾を得て、対象を限定する配慮もしていて、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図があったとはいえないこと。3つ目、司法審査を経た許可状で、その発付には、検査の結果以外の証拠も資料として提供されたとうかがわれること。ここで1問です。令状審査が入ったことだけで、証拠は使える、と決まりますか?決まらないと思います。実質的必要性や、潜脱の意図が無かったことなど、ほかの事情も一緒に見ています。令状審査は、諸事情の1つです。さらに、決定の言葉にも注意してください。他の証拠も資料として提供されたと、うかがわれる、です。断定ではなく、推認の言い方です。学説の整理です。令状審査の際には、違法な捜査の結果だけでなく、それ以外の資料も、疎明資料に使われることがあります。そうすると、違法な検査のおかげで令状が出た、という因果性が弱まる。これが、令状審査が間に入るとつながりが薄まる、という説明の中身です。大津の判決は、ここを述べていなかったので、宅配便の決定で中身を補いました。ただし、判決も決定も、希釈という言葉は使っていません。

自前の設例で一次・二次を動かす

設例。U=警察官、V=古物商(偽ブランド品の販売=商標法違反の逮捕状が出ている)。駅前でVを逮捕、逮捕状を携行せず呈示もしない→署でVが任意に売上帳を提出(一次証拠)→売上帳の記載を疎明資料にVの倉庫の捜索差押許可状→在庫品を差押え(二次証拠)。変形1=疎明資料が売上帳だけ。変形2=取引先の被害申告書や店舗の写真など売上帳以外の資料も提供。変形3=逮捕前に別の適法な倉庫の許可状が出ており併せて執行 図:設例

  • U=警察官、V=古物商(偽ブランド品の販売=商標法違反の逮捕状が出ている)
  • 駅前でVを逮捕、逮捕状を携行せず呈示もしない→署でVが任意に売上帳を提出(一次証拠)→売上帳の記載を疎明資料にVの倉庫の捜索差押許可状→在庫品を差押え(二次証拠)
  • 変形1=疎明資料が売上帳だけ
  • 変形2=取引先の被害申告書や店舗の写真など売上帳以外の資料も提供
  • 変形3=逮捕前に別の適法な倉庫の許可状が出ており併せて執行

自前の設例で、一次と二次を動かします。警察官のUは、偽ブランド品を売った商標法違反の被疑事実で、逮捕状が出ている古物商のVを、駅前で逮捕しました。このとき、逮捕状を持っておらず、呈示もしませんでした。署に着いてから、Vは、任意に売上帳を差し出しました。これが一次証拠です。Uは、売上帳の記載を疎明資料にして、Vの倉庫の捜索差押許可状を得て、捜索し、在庫品を差し押さえました。これが二次証拠です。まず一次証拠です。売上帳は、逮捕の当日に出ました。逮捕との時間の近さは、尿と同じです。ですから、逮捕手続の違法が重大と評価されれば、売上帳は排除に傾きます。そして、重大と評価されるかは、呈示しなかっただけで決まりません。署に着いてから逮捕状を示し、逮捕状に現場で示したと嘘を書いたなら、重大に傾きます。単に持ち忘れ、あとから事実どおりに報告していたなら、傾き方は変わります。二次証拠を、3つに動かします。変形1。疎明資料が、売上帳だけだった場合です。令状は、違法な逮捕のおかげで、そのまま出ています。つながりは強く、在庫品も排除に傾きます。

変形2は、どうなりますか。変形2。疎明資料に、売上帳のほかに、取引先の被害の申告書や、店の写真も提供されていた場合です。売上帳だけではなく、他の資料もあったので、違法のおかげで令状が出た、というつながりは、弱まる方向です。薄まる、と説明されます。変形3。逮捕の前に、別に、倉庫の捜索差押許可状が適法に出ていて、併せて執行していた場合です。この令状でも倉庫を捜索する予定でしたから、違法な逮捕と在庫品のつながりは、弱まる方向です。変形1と変形2が、境界のペアです。同じ売上帳から始まる令状でも、疎明資料が売上帳だけか、他にもあったかで、つながりの強さが動きます。ただし、どの変形でも、方向までです。弱まる方向でも、そこで決まりではありません。最後は、重大な違法と排除相当性を、事情全体で総合して決めます。

答案での順序

答案での順序。一次証拠=先行行為(逮捕)の違法の重大性(警察官の態度の総合)→つながり(密接に関連・当日)→排除相当性→排除。二次証拠=同じ枠+つながりを薄める事情(令状審査・併せ執行など)を事実で示す→重大な違法とまではいえない。証拠の重要性は諸事情の1つ 図:答案での順序

  • 一次証拠=先行行為(逮捕)の違法の重大性(警察官の態度の総合)→つながり(密接に関連・当日)→排除相当性→排除
  • 二次証拠=同じ枠+つながりを薄める事情(令状審査・併せ執行など)を事実で示す→重大な違法とまではいえない
  • 証拠の重要性は諸事情の1つ

ここは、論文で論点になりうる部分です。答案の順序をまとめます。一次証拠は、先行行為である逮捕の違法の重大性を、警察官の態度の総合で評価します。次に、つながりが密接か。当日にとられた、という事実を拾います。そして、排除相当性です。二次証拠は、同じ枠です。そのうえで、つながりを薄める事情を、事実で示します。令状審査が間に入ったこと。他の資料も提供されたこと。適法な令状と併せて執行されたこと。これらを当てはめて、密接ではない、重大な違法とまではいえない、と進めます。証拠の重要性は、諸事情の1つに添えます。

短答の落とし穴

短答の落とし穴。大津:逮捕状を携行せず現場で呈示せず署で呈示○。判決は潜脱の意図があったと認定した×(評価されてもやむを得ない)。鑑定書は排除・覚醒剤は否定できない○。覚醒剤は一次証拠と無関係と判断×(関連性を有するが密接ではない)。違法の承継の語で判示×。一次証拠の判断で証拠の重要性を考慮×。破棄自判×(破棄差戻し・その余は上告棄却)。宅配便エックス線:違法としつつ肯定○。令状審査が入ったことのみを理由×。希釈・不可避的発見の語×。 図:短答の落とし穴

  • 大津:逮捕状を携行せず現場で呈示せず署で呈示○
  • 判決は潜脱の意図があったと認定した×(評価されてもやむを得ない)
  • 鑑定書は排除・覚醒剤は否定できない○
  • 覚醒剤は一次証拠と無関係と判断×(関連性を有するが密接ではない)
  • 違法の承継の語で判示×
  • 一次証拠の判断で証拠の重要性を考慮×
  • 破棄自判×(破棄差戻し・その余は上告棄却)
  • 宅配便エックス線:違法としつつ肯定○
  • 令状審査が入ったことのみを理由×
  • 希釈・不可避的発見の語×

短答の確認です。大津の事件で、警察官は、逮捕状を持っていかず、逮捕した現場でも示さず、署に着いたあとに示した。○です。判決は、警察官に、令状主義を潜脱する意図があったと認定した。×です。判決は、潜脱し、没却するような重大なものであると、評価されてもやむを得ない、と書いています。判決は、尿の鑑定書の証拠能力を否定し、覚醒剤の証拠能力は否定できないとした。○です。判決は、覚醒剤は、一次証拠と無関係だと判断した。×です。関連性を有する証拠としたうえで、密接なものではない、としました。判決は、違法の承継という言葉を用いて、採尿手続に違法が承継されたと判示した。×です。承継の検討は出てきません。承継は、判決の言葉ではありません。一次証拠の判断の中で、判決は、証拠の重要性を考慮して排除した。×です。重要性が出てくるのは、二次証拠の部分です。大津は、破棄自判の判決である。×です。最高裁が自分で結論を言い渡す、破棄自判ではありません。原判決と第1審判決のうち、覚醒剤の所持と窃盗の部分を破棄して、大津地方裁判所に差し戻し、覚醒剤の使用の部分は、上告を棄却しました。宅配便のエックス線の決定は、検査を違法としつつ、覚醒剤等の証拠能力を肯定した。○です。同じ決定は、令状審査が入ったことのみを理由に、証拠能力を肯定した。×です。実質的必要性、潜脱の意図が無いこと、許可状の発付に他の証拠も資料として提供されたとうかがわれること、などの諸事情と、重要性等の総合です。

同じ決定は、希釈や不可避的発見という言葉で判断した。×です。その言葉は出てきません。

今日の地図(保存版)

第5章 違法収集証拠の地図。1排除の根拠と2要件(重大な違法・排除相当性)→2当てはめ(総合評価・強制処分に至っていたかと潜脱の意図が特に重い)→3派生証拠(毒樹の果実・つながりが薄い3類型)→4同意・申立適格・私人による収集(排除は誰のためか)→5違法の承継(同一目的・直接利用、毒樹の果実論との手順の違い)→6一次証拠と二次証拠(大津:一次は排除・二次は令状審査と併せ執行でつながりが密接でない/宅配便エックス線の決定) 図:第5章 違法収集証拠の地図

今日のまとめです。同じ違法な逮捕から出た証拠でも、結論が分かれます。分かれ目は、つながりの強さです。逮捕の当日にとった尿の鑑定書は、密接に関連する証拠として排除されました。令状審査と、適法な令状との併せ執行を挟んだ覚醒剤は、密接ではないとして、許容されました。令状審査が間に入るとつながりが薄まる、という説明は、他の資料も疎明資料に提供されたとうかがわれる、といった事実の上で成り立ちます。令状審査だけで決まりはしません。そして、判決の言葉と、学説の整理は、分けて持ち帰ってください。第5章の違法収集証拠を、1枚の地図にします。まず、排除の根拠は、適正手続、司法の廉潔性、違法捜査の抑止の3つ。そこから、重大な違法、排除相当性の2要件。その当てはめでは、総合評価で、強制処分に至っていたかと、令状主義を潜脱する意図が、特に重みを持ちやすい。次に、派生証拠、毒樹の果実と、つながりが薄い3つの類型。同意と、申立適格と、私人による収集は、排除が誰のための、誰に向けた規律か、で答えが決まりました。違法の承継は、同一目的と直接利用で、違法が後の手続に引き継がれるかを見る考え方で、毒樹の果実論とは手順が違うだけでした。そして、今日の、一次証拠と二次証拠です。どの場面も、最後に見るのは、重大な違法と排除相当性でした。次から、第6章、公判の応用に入ります。公判を始める前に、争点と証拠を絞り込む公判前整理手続を扱います。整理のあとに、やむを得ない事由がない限り、新しい証拠調べ請求ができなくなる、失権効まで見ます。

ページ上部へ ↑

第6章公判の応用

#138単独ページ動画

公判前整理手続の目的と進行の全体像

第6章 公判の応用 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

公判が始まる前に、何を争うのか、どの証拠を調べるのか、何日で終えるのかが決まっている裁判がある。法廷が開かれる前の、見えない会議。第5章=証拠が法廷で使えるか/第6章=裁判をどう進めるか 図:公判が始まる前に、何を争うのか、どの証拠を調べるのか、何日で終えるのかが決まっている裁判がある

  • 法廷が開かれる前の、見えない会議
  • 第5章=証拠が法廷で使えるか/第6章=裁判をどう進めるか

公判が始まる前に、何を争うのか、どの証拠を調べるのか、何日で終えるのかが、もう決まっている裁判があります。法廷が開かれる前の、見えない会議です。前の回の最後に、公判を始める前に、争点と証拠を絞り込む手続を扱う、と予告しました。今日は、その手続、公判前整理手続の入口です。法廷で初めて争点が出てくるのではないか、という疑問への答えを先に言います。この手続は、法廷で何を争うかを、法廷の前に、当事者に出させて決めておく手続です。争点が決まれば、必要な証拠が決まり、必要な証拠が決まれば、何日で終えるかも決まります。この一本の流れを、今日の軸にします。

第5章までは、出てきた証拠が使えるかを見てきました。第6章は、視点が変わります。裁判をどう進めるか、です。その一番手前にある手続が、今日の主役です。この手続は、これまでの回にも出てきました。事前準備と並ぶもう一方の準備として、整理のあとの証拠調べ請求の制限として。訴因変更の制限の回では、316条の2の条文と、その趣旨まで見ました。今日から2回で、この手続そのものを正面から扱います。

目的と4つの柱

刑事訴訟法316条の2第1項=付す決定。時期=第一回公判期日前。請求者=検察官・被告人・弁護人(職権でも可)。目的=充実した公判の審理を継続的・計画的かつ迅速に行うため。4つの柱(316条の5の各号を束ねた整理)=①争点の整理(4号)②証拠の整理(5号〜10号)③その前提としての証拠開示(11号=証拠開示に関する裁定)④審理計画の策定(13号)

  • 刑事訴訟法316条の2第1項=付す決定
  • 時期=第一回公判期日前
  • 請求者=検察官・被告人・弁護人(職権でも可)
  • 目的=充実した公判の審理を継続的・計画的かつ迅速に行うため
  • 4つの柱(316条の5の各号を束ねた整理)=①争点の整理(4号)②証拠の整理(5号〜10号)③その前提としての証拠開示(11号=証拠開示に関する裁定)④審理計画の策定(13号)

まず、手続の根本の条文です。訴因変更の回でも見た条文ですが、今日は読みどころを1つずつ確かめます。

条文刑事訴訟法第316条の2第1項

刑事訴訟法第316条の2第1項——公判前整理手続に付する決定 裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うため必要があると認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日前に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を公判前整理手続に付することができる。

読みどころは4つあります。付すのは、裁判所の決定です。請求できるのは、検察官、被告人、弁護人の3者で、裁判所が職権で付すこともできます。時期は、第一回公判期日前です。そして目的は、充実した公判の審理を、継続的、計画的かつ迅速に行うことです。目的の文言のとおり、この手続は公判の準備であって、有罪かどうかを決める場ではありません。決めるのは、法廷で何を争い、どの証拠を調べ、いつ行うか、です。条文には、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備、とあります。これが手続の中身で、整理すべきものは争点と証拠です。では、手続の中で、具体的に何ができるのか。それを並べているのが、316条の5です。公判前整理手続においては、次に掲げる事項を行うことができる、として、13の号を並べています。この号を束ねると、4つの柱になります。1つ目、争点の整理。4号の、公判期日においてすることを予定している主張を明らかにさせて、事件の争点を整理すること、です。2つ目、証拠の整理。5号から10号です。証拠調べの請求をさせ、証拠と証明すべき事実との関係、つまり立証趣旨を明らかにさせ、相手方の意見を確かめ、取り調べるかどうかを決め、取調べの順序や方法まで定めます。3つ目、その前提になる証拠開示。証拠を整理するには、お互いがどんな証拠を持っているかを知らないといけません。そこで11号は、証拠開示に関する裁定、つまり、開示をめぐって言い分が分かれたときに、裁判所が決定で判断することまで、手続の中でできるとしています。4つ目、審理計画の策定。13号の、公判期日を定め、又は変更することなどです。残りの号には、訴因や罰条を明確にさせることなどが並びます。争点を整理するから証拠が整理でき、証拠が整理できるから計画が立つ。開示は、その証拠の整理の前提です。だから、柱はこの4本になります。

訴訟関係人には、互いに協力し、裁判所にも進んで協力する義務が、条文で課されています。

条文刑事訴訟法第316条の3第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の3第1項・第2項——裁判所の努力義務と訴訟関係人の協力 裁判所は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるよう、公判前整理手続において、十分な準備が行われるようにするとともに、できる限り早期にこれを終結させるように努めなければならない。 2 訴訟関係人は、充実した公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うことができるよう、公判前整理手続において、相互に協力するとともに、その実施に関し、裁判所に進んで協力しなければならない。

第1項は、裁判所です。十分な準備が行われるようにしつつ、できる限り早く終えるように努めます。第2項は、訴訟関係人です。検察官、被告人、弁護人は、お互いに協力し、裁判所にも、進んで協力しなければなりません。争点を出すのは、当事者です。裁判所は、その整理を管理して、手続が早く終わるように努める。役割がこう分かれています。

争点とは何か

設例。駅前の傷害事件。(a)被告人「殴ったが、先に胸ぐらをつかまれ身を守った」→争点=正当防衛の成否(犯人性の証拠は最小限)。(b)被告人「殴っていない・人違い」→争点=犯人性(正当防衛の証拠は不要)。(c)事件の時刻が午後9時か9時半かの食い違い=(a)(b)では結論に影響せず争点にならない/「その時刻は別の場所にいた」と主張すれば決定的な争点。争点が絞れる→証拠が絞れる→審理計画が組める 図:設例

  • 駅前の傷害事件
  • (a)被告人「殴ったが、先に胸ぐらをつかまれ身を守った」→争点=正当防衛の成否(犯人性の証拠は最小限)
  • (b)被告人「殴っていない・人違い」→争点=犯人性(正当防衛の証拠は不要)
  • (c)事件の時刻が午後9時か9時半かの食い違い=(a)(b)では結論に影響せず争点にならない/「その時刻は別の場所にいた」と主張すれば決定的な争点
  • 争点が絞れる→証拠が絞れる→審理計画が組める

争点という言葉を、設例で見ます。駅前で、Aさんが、Bさんにケガをさせたとして、傷害の罪で起訴された事件です。場合1。Aさんが、確かに殴ったが、先に胸ぐらをつかまれて、身を守ったのだ、と主張します。この場合、殴ったこと自体は争いがありません。争いになるのは、正当防衛が成り立つかです。これが争点です。誰が殴ったかを証明する証拠は、最小限で足ります。場合2。Aさんが、殴っていない、人違いだ、と主張します。今度の争点は、犯人かどうか、犯人性です。正当防衛の話は出てきませんから、胸ぐらをつかまれたかどうかを調べる証拠は、要りません。

同じ傷害事件なのに、調べるべき証拠が全然違います。そこがポイントです。争点が決まると、必要な証拠が決まります。さらに、場合3を見ます。事件が起きた時刻について、検察官は午後9時、目撃者は午後9時半と、食い違っているとします。場合1や場合2では、時刻が9時でも9時半でも、結論は変わりません。ですから、争点になりません。ところが、Aさんが、その時刻には、別の場所にいた、と主張したら、時刻は結論を左右する決定的な争点になります。争点は、検察官と被告人側の主張が対立して、しかも、その結論を左右する点です。争点になるかどうかは、主張の組合せで決まります。そして、争点が絞れて初めて、必要な証拠が絞れます。証拠が絞れて初めて、何日の予定で、どの順番で調べるかという審理計画が組めます。目的の条文にある、継続的、計画的かつ迅速、は、この流れの先にあります。たとえば、旅行の幹事を思い浮かべてください。当日になって初めて、反対意見や希望が出てくると、行程が崩れます。先に、行きたい所と避けたい所を出してもらえば、行程が組めます。公判前整理手続は、その事前の出し合いを、決まった順番とルールで、法律上の義務として、しかも、整理のあとは原則として新しい証拠を出せなくなる、という裏付けをもって行う仕組みです。

新設の経緯と事前準備との違い

事前準備の限界→五月雨式の長期化→裁判員制度の導入→平成16年の改正で新設。事前準備では弁護人に主張を明らかにする義務がなく、検察官に請求予定証拠以外の開示義務がない 図:事前準備の限界→五月雨式の長期化→裁判員制度の導入→平成16年の改正で新設

この手続は、昔からあったのではありません。平成16年の改正で作られました。なぜ作られたのか。その前に、少し前の回の復習を1問です。事前準備で、検察官が弁護人に事前に見せなければならない証拠は、どれでしたか?検察官が、請求しようとする証拠です。299条1項でした。ここが、出発点です。事前準備は、すべての事件で行う準備です。ところが、弁護人には、公判で何を主張するかを、先に明らかにする義務がありません。検察官にも、請求しない証拠まで、見せる義務がありません。争点が複雑な事件や、対立が深い事件では、公判が始まってから、争点が次々に出てきます。そのたびに、証拠を請求し直し、期日を新しく入れます。これを、いわゆる五月雨式の審理と呼びます。五月雨式とは、連続せずに、間をあけて、だらだら開かれる審理のことです。審理が長引いて、見通しも立たない、という例がありました。

駅前の事件なら、公判の途中でAさんが初めて正当防衛を言い出し、証人を呼び直して、期日を足す、ということです。そこへ、裁判員制度の導入が重なります。本業のある市民に参加してもらうのですから、継続的、計画的、迅速な審理が、一層必要になります。こうして、平成16年の改正で、公判前整理手続が新設されました。旧来の証拠開示も、確認します。この手続の導入前は、検察官が手持ちの証拠を開示するという規定がありませんでした。到達点は、最高裁の決定です。

判例最決昭44・4・25 刑集23巻4号248頁

旧来の証拠開示——訴訟指揮権による証拠の閲覧命令 裁判所は、その訴訟上の地位にかんがみ、法規の明文ないし訴訟の基本構造に違背しないかぎり、適切な裁量により公正な訴訟指揮を行ない、訴訟の合目的的進行をはかるべき権限と職責を有するものであるから、本件のように証拠調の段階に入つた後、弁護人から、具体的必要性を示して、一定の証拠を弁護人に閲覧させるよう検察官に命ぜられたい旨の申出がなされた場合、事案の性質、審理の状況、閲覧を求める証拠の種類および内容、閲覧の時期、程度および方法、その他諸般の事情を勘案し、その閲覧が被告人の防禦のため特に重要であり、かつこれにより罪証隠滅、証人威迫等の弊害を招来するおそれがなく、相当と認めるときは、その訴訟指揮権に基づき、検察官に対し、その所持する証拠を弁護人に閲覧させるよう命ずることができるものと解すべきである。

要件の骨子を読み取ります。時期は、証拠調べの段階に入ったあとです。弁護人が具体的な必要性を示して申し出ます。閲覧が被告人の防禦のために特に重要で、罪証隠滅や証人威迫のおそれがなく、相当と認めるときに、裁判所が訴訟指揮権に基づいて、検察官に閲覧を命じられます。弁護人の権利ではなく、裁判所の訴訟指揮の範囲での話です。現在の制度は、公判の開始前から、弁護側が開示を請求できる仕組みを法律で定めています。要件を満たし、相当と認められれば、検察官が開示します。開示すべき証拠を開示しないときは、裁判所が決定で開示を命じる、裁定の制度も用意しています。ここが、旧来との差です。

比較表。事前準備 vs 公判前整理手続。対象=すべての事件/裁判所が付す決定をした事件(裁判員裁判は必ず)。弁護人の主張明示=義務なし/あり(316条の17)。検察官の証拠開示=請求する証拠だけ(299条1項)/請求証拠と類型証拠と主張関連証拠(316条の14・15・20)。整理後の証拠調べ請求=制限なし/やむを得ない事由がなければ不可(316条の32)。整理の結果=なし/争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24) 図:比較表

  • 事前準備 vs 公判前整理手続
  • 対象=すべての事件/裁判所が付す決定をした事件(裁判員裁判は必ず)
  • 弁護人の主張明示=義務なし/あり(316条の17)
  • 検察官の証拠開示=請求する証拠だけ(299条1項)/請求証拠と類型証拠と主張関連証拠(316条の14・15・20)
  • 整理後の証拠調べ請求=制限なし/やむを得ない事由がなければ不可(316条の32)
  • 整理の結果=なし/争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)

事前準備と公判前整理手続を、表で比べます。対象は、事前準備がすべての事件、整理手続が、裁判所が付す決定をした事件です。弁護人の主張の明示は、事前準備にはなく、整理手続にはあります。検察官の開示は、事前準備では請求する証拠だけです。整理手続では、請求する証拠に加えて、類型証拠と主張関連証拠にも広がります。類型証拠は、検察官の証拠を信じてよいかを確かめる材料、主張関連証拠は、弁護側の主張に関連する証拠です。整理のあとの証拠調べ請求は、事前準備では制限がありません。整理手続では、やむを得ない事由がなければできません。このように、整理のあとは、やむを得ない事由がない限り、新しい証拠調べ請求ができなくなる効果を、失権効と呼びます。中身は、次の回で扱います。そして、手続の最後に、整理の結果を確認する、という仕上げがあるのも、整理手続だけです。

主張の明示、開示の広がり、整理後の請求制限、結果の確認。この4つが、事前準備に足されたものです。争点が絞れて、証拠が絞れて、計画が組める、という流れを成り立たせるための道具、と覚えてください。

対象事件

対象事件。刑事訴訟法316条の2第1項=裁判所の裁量(限定なし・実務は争いのある事件)/裁判員法49条=裁判員裁判対象事件は必ず付す。必要的の根拠は裁判員法49条(316条の2ではない)。付す決定・請求却下の決定には検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項) 図:対象事件

  • 刑事訴訟法316条の2第1項=裁判所の裁量(限定なし・実務は争いのある事件)/裁判員法49条=裁判員裁判対象事件は必ず付す
  • 必要的の根拠は裁判員法49条(316条の2ではない)
  • 付す決定・請求却下の決定には検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項)

どの事件が、この手続の対象になるのか。316条の2第1項は、対象事件を絞っていません。必要があると認めるとき、と書いてあるだけで、裁判所の裁量です。実際には、事実に争いのある事件が中心になります。ただし、例外があります。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第49条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第49条——必要的な付し 裁判所は、対象事件については、第一回の公判期日前に、これを公判前整理手続に付さなければならない。

裁判員裁判の対象事件は、必ず付さなければなりません。本業のある市民に、決まった日程で続けて参加してもらうには、争点と証拠を先に絞って日程を組んでおくことが欠かせないからです。対象事件の中身は、裁判員裁判の回で見ます。必ず付す、の根拠は、316条の2でいいですか。違います。そこが短答の落とし穴です。必ず付す、の根拠は、裁判員法49条です。一方、316条の2第1項は、あくまで裁量です。もう1点。付す決定をするとき、また、請求を却下する決定をするときには、あらかじめ、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴きます。316条の2の第2項です。

期日間整理手続

刑事訴訟法316条の28第1項=審理の経過に鑑み必要と認めるとき・第一回公判期日後・決定で付す。同条2項=前款の規定を準用(316条の2第1項と316条の9第3項を除く)。違いは時期だけ。設例=認めていた被告人が罪状認否で否認に転じた→公判期日の間に争点と証拠を整理し直す

  • 刑事訴訟法316条の28第1項=審理の経過に鑑み必要と認めるとき・第一回公判期日後・決定で付す
  • 同条2項=前款の規定を準用(316条の2第1項と316条の9第3項を除く)
  • 違いは時期だけ
  • 設例=認めていた被告人が罪状認否で否認に転じた→公判期日の間に争点と証拠を整理し直す

次は、公判が始まってからの整理です。その前に1問です。公判前整理手続や、これから見る期日間整理手続に付された事件で、弁護人がいなくても、公判は開けますか?開けません。必要的弁護事件になる、と見ました。316条の29です。289条1項の重い事件に当たらなくても、整理手続に付された事件は、弁護人がいなければ開廷できません。では、条文です。

条文刑事訴訟法第316条の28第1項

刑事訴訟法第316条の28第1項——期日間整理手続に付する決定 裁判所は、審理の経過に鑑み必要と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、第一回公判期日後に、決定で、事件の争点及び証拠を整理するための公判準備として、事件を期日間整理手続に付することができる。

条文刑事訴訟法第316条の28第2項前段

刑事訴訟法第316条の28第2項前段——準用 期日間整理手続については、前款(第三百十六条の二第一項及び第三百十六条の九第三項を除く。)の規定を準用する。

316条の2第1項と比べてください。付すことができる、決定で、争点及び証拠を整理するための公判準備、請求者、職権。ほとんど同じです。違いは、時期だけです。第一回公判期日後、です。第2項は、公判前整理手続の規定を準用します。準用というのは、そのまま当てはめる、という意味です。ですから、やることは同じで、争点の整理、証拠の整理、開示、審理計画を、公判が始まったあとに行います。たとえば、Aさんが、起訴状の事実を認めていて、審理は短く済むはずだったとします。ところが、第一回の公判期日の罪状認否で、急に否認に転じました。その場で審理を続けると、争点も証拠も決まっていません。そこで、公判期日と公判期日の間に、争点と証拠を整理し直します。これが、期日間整理手続の出番です。手続の違いは、時期だけです。公判前整理手続は第一回公判期日の前、期日間整理手続は後。短答では、この時期を入れ替えた肢が出ます。

進行の全体像:5つの段階

公判前整理手続の流れ。A=検察官、B=弁護人、C=裁判所。①Aの証明予定事実記載書と請求証拠(316条の13)→Bに開示(316条の14)②Bの請求で類型証拠開示(316条の15)→Bの証拠意見(316条の16)③Bの主張の明示と証拠請求(316条の17)→Aの証拠意見(316条の19)④Bの請求で主張関連証拠開示(316条の20)⑤Cが争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24) 図:公判前整理手続の流れ

  • A=検察官、B=弁護人、C=裁判所
  • ①Aの証明予定事実記載書と請求証拠(316条の13)→Bに開示(316条の14)②Bの請求で類型証拠開示(316条の15)→Bの証拠意見(316条の16)③Bの主張の明示と証拠請求(316条の17)→Aの証拠意見(316条の19)④Bの請求で主張関連証拠開示(316条の20)⑤Cが争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)

いよいよ、手続の流れです。手続は、5つの段階で進みます。まず全体を見せて、そのあとで、なぜこの順番なのかを説明します。1つ目。検察官が、証明予定事実記載書を出して、それを証明する証拠の取調べを請求します。条文は、316条の13です。

条文刑事訴訟法第316条の13第1項前段・第2項

刑事訴訟法第316条の13第1項前段・第2項——検察官の証明予定事実記載書と証拠請求 検察官は、事件が公判前整理手続に付されたときは、その証明予定事実(公判期日において証拠により証明しようとする事実をいう。以下同じ。)を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。 2 検察官は、前項の証明予定事実を証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。

証明予定事実は、公判期日で証拠により証明しようとする事実です。検察官が、うちはこの事実を、この証拠で証明します、と先に出します。請求された証拠は、弁護人に開示されます。根拠は316条の14で、閲覧や謄写の機会が与えられます。

段階②=類型証拠開示(316条の15)。弁護側の請求→証拠の類型のいずれかに当たり、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要→検察官が開示の必要性と弊害を考えて相当と認めるときに開示。例=検察官が証人として請求した目撃者の、捜査段階の供述調書。そのうえで弁護側が検察官請求証拠に証拠意見(316条の16)

  • 段階②=類型証拠開示(316条の15)
  • 弁護側の請求→証拠の類型のいずれかに当たり、検察官請求証拠の証明力を判断するために重要→検察官が開示の必要性と弊害を考えて相当と認めるときに開示
  • 例=検察官が証人として請求した目撃者の、捜査段階の供述調書
  • そのうえで弁護側が検察官請求証拠に証拠意見(316条の16)

2つ目。類型証拠開示です。検察官の請求証拠を、どこまで信じてよいか。その証明力、つまりその証拠をどれくらい信じるかを確かめる材料を、弁護側が求める段階です。たとえば、検察官が目撃者を証人として請求したなら、その目撃者が捜査の段階で話した内容を記録した供述調書です。話が前後で変わっていないかを確かめられます。法律は、証拠物や、こうした供述調書などの類型を列挙しています。そのどれかに当たり、検察官の請求証拠の証明力を判断するために重要なものを弁護側が請求し、検察官は、開示の必要性と、開示で生じるおそれのある弊害を考えて、相当と認めるときに開示します。316条の15です。そのうえで、弁護側は、検察官の請求証拠について、同意するかどうか、異議がないかという、証拠意見を述べます。316条の16です。要件と類型の細目は、証拠開示の回で見ます。3つ目。被告人側の主張の明示です。

条文刑事訴訟法第316条の17第1項前段

刑事訴訟法第316条の17第1項前段——被告人側の主張の明示 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。

段階③=被告人側の主張の明示(316条の17第1項)。時期=検察官の書面の送付と、請求証拠・類型証拠の開示を受けた後。主張があるときに明らかにする。証明予定事実があれば証拠の取調べを請求(316条の17第2項)→検察官に開示(316条の18)→検察官の証拠意見(316条の19)。段階④=弁護側の請求で主張関連証拠開示(316条の20)

  • 段階③=被告人側の主張の明示(316条の17第1項)
  • 時期=検察官の書面の送付と、請求証拠・類型証拠の開示を受けた後
  • 主張があるときに明らかにする
  • 証明予定事実があれば証拠の取調べを請求(316条の17第2項)→検察官に開示(316条の18)→検察官の証拠意見(316条の19)
  • 段階④=弁護側の請求で主張関連証拠開示(316条の20)

注目点が2つあります。1つは、条文の中に、送付を受け、かつ、開示を受けた場合において、とあることです。主張を明らかにするのは、検察官の書面と、請求証拠と類型証拠の開示を受けたあとです。もう1つは、主張があるとき、です。主張がなければ、明らかにすべきものもありません。主張がない場合まで、何かを言わせる条文ではありません。被告人側にも、公判で証拠によって証明しようとする事実、つまり証明予定事実があれば、それを証明する証拠の取調べを請求しなければなりません。ここまでが316条の17で、請求は第2項です。請求した証拠は検察官に開示されます。316条の18です。検察官は、その証拠について意見を述べます。316条の19です。4つ目。主張関連証拠開示です。被告人側が明らかにした主張に関連する証拠を、弁護側の請求で、開示してもらいます。316条の20です。これも名前と位置だけです。5つ目。結果の確認です。

条文刑事訴訟法第316条の24

刑事訴訟法第316条の24——争点及び証拠の整理の結果の確認 裁判所は、公判前整理手続を終了するに当たり、検察官及び被告人又は弁護人との間で、事件の争点及び証拠の整理の結果を確認しなければならない。

段階⑤=裁判所が手続の終了に当たり、争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)=何を争い、どの証拠を調べるかが確定。途中の補完=証明予定事実と証拠請求の追加・変更(検察官=316条の21・被告人側=316条の22)。開示の時期・方法の指定(316条の25)

  • 段階⑤=裁判所が手続の終了に当たり、争点及び証拠の整理の結果を確認(316条の24)=何を争い、どの証拠を調べるかが確定
  • 途中の補完=証明予定事実と証拠請求の追加・変更(検察官=316条の21・被告人側=316条の22)
  • 開示の時期・方法の指定(316条の25)

手続を終えるときに、裁判所が、検察官と、被告人又は弁護人との間で、争点と証拠の整理の結果を確認します。ここで、何を争って、どの証拠を調べるかが、はっきり確定します。訴因変更の回で見た、整理した争点や審理計画を壊すような訴因変更は制限されることがある、という物差しも、ここで確定した争点が基準になります。途中の補完も、短く触れます。手続の途中で、証明予定事実を追加したり、請求する証拠を追加したり、変更したりできます。条文は、316条の21と、316条の22です。たとえば、弁護側の主張を見た検察官が、証明予定事実を追加し、それを証明する証拠の請求も追加する、という動きです。また、開示の時期や方法の指定を求める裁定は、316条の25です。証拠開示の回で扱います。裁判所は、その間に、証拠調べをするかどうかの決定などをして、手続を整えていきます。ここで1問です。検察官の証明予定事実を見たあと、弁護側が最初にできることは何でしたか?そして、自分の主張を明らかにするのは、証拠の開示を受ける前と後のどちらでしたか?

最初にできるのは、類型証拠の開示請求でした。主張の明示は、開示を受けたあとでした。では、なぜこの順番なのかを説明します。

なぜこの順番なのか

順番の理由。検察官が先に手の内(証明予定事実と請求証拠)を見せる→弁護側はそれを見て反論の材料(類型証拠)を請求できる→材料を得てから自分の主張を決めて明示する→主張が決まって初めて主張に関連する証拠を請求できる。情報の差を埋めながら一歩ずつ進む設計 図:順番の理由

  • 検察官が先に手の内(証明予定事実と請求証拠)を見せる→弁護側はそれを見て反論の材料(類型証拠)を請求できる→材料を得てから自分の主張を決めて明示する→主張が決まって初めて主張に関連する証拠を請求できる
  • 情報の差を埋めながら一歩ずつ進む設計

順番の理由は、情報の差です。検察官は、捜査という、強い証拠収集の手段を使って、すでに多くの証拠を持っています。被告人側は、持っていません。もし、弁護側が先に、自分の主張を決めて明らかにするとしたら、どうでしょう。相手の証拠を何も知らないまま、主張を決めなければなりません。だから、順番を逆にします。まず、検察官が先に、手の内を見せます。証明予定事実と、請求する証拠です。弁護側は、それを見て、反論の材料になりそうな証拠、類型証拠を請求できます。そして、材料を得てから、自分の主張を決めて、明らかにします。主張が決まって初めて、その主張に関連する証拠、つまり主張関連証拠を請求できます。最後に、結果を確認して終わります。一歩ずつ、情報の差を埋めながら、進んでいく設計です。これが、5つの順番の理由です。条文の番号を暗記するより、この理由を持っていれば、順番を入れ替えた肢に気づけます。

検察官が、AさんがBさんを殴った、という証明予定事実と、Bさんや目撃者の供述などの証拠を出します。弁護側はそれを見て、目撃者の話の信用性を確かめる材料を、類型証拠として請求します。そのうえで、Aさんが、先に胸ぐらをつかまれたので身を守った、と主張を明らかにします。ここで、争点が正当防衛の成否に決まります。争点が決まったので、弁護側は、その主張に関連する証拠として、検察官の手元にある、つかみ合いの様子が分かる記録の開示を請求できます。調べる証拠と証人が絞れれば、公判を何日で終えるかの計画が組めます。最初に見た一本の流れが、5つの段階の中で動いているわけです。

主張があるときに明らかにする、という条文の形と、黙秘権との関係は、証拠開示の回で見ます。最後に、第1章の審理の構造の回で、316条の17と316条の19を先取りして、争点をどちらが主導して決めるかも、条文は当事者に委ねている、と見ました。その話に戻ります。主張と、それを証明する証拠の請求を出すのは被告人側で、316条の17です。検察官がその証拠に意見を述べるのは、316条の19です。裁判所は、316条の3で見たとおり、手続を管理します。争点を出すのは当事者で、裁判所はそれを整理する。これが、この手続の分担です。

手続のIT化の改正

令和7年法律第39号による改正(公判前整理手続)=電磁的記録の提出・映像と音声の送受信による出席。公布済み・公判前整理手続の部分は未施行(令和9年3月31日までの間において政令で定める日)。現行条文=書面・出頭が前提(316条の2第3項・316条の7)。試験で問われるのは現行の条文

補足です。手続のIT化の改正が成立していて、公判前整理手続にも関わります。令和7年法律第39号です。内容は、書面に加えて電磁的記録を提出させる方法を認めること、そして、相当と認めるとき、検察官、弁護人、被告人が、同じ場所に集まらず、映像と音声の送受信で期日の手続に参加できるようにすることなどです。もう使えるのですか。違います。公判前整理手続に関するこの部分は、公布されていますが、まだ施行されていません。施行は、令和9年3月31日までの間において政令で定める日、とされています。ですから、現行の条文は、書面と出頭が前提です。たとえば316条の2の第3項は、訴訟関係人を出頭させて陳述させ、又は書面を提出させる方法で行う、と定めています。試験で問われるのは、現行の条文です。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。公判前整理手続は第一回公判期日前に決定で付す○/付すには被告人の請求が必要×(検察官・被告人・弁護人の請求又は職権)/裁判員裁判対象事件は必ず付す○(裁判員法49条)/期日間整理手続は第一回公判期日前×(後)/準用○/検察官は手持ち証拠をすべて開示×/被告人側の主張はあるとき明らかにする○(316条の17)/結果の確認○(316条の24) 図:短答の落とし穴

短答の確認です。公判前整理手続は、第一回公判期日前に、決定で付する。○です。公判前整理手続に付すには、被告人の請求がなければならない。×です。検察官、被告人、弁護人の請求、または職権で付せます。裁判員裁判の対象事件は、必ず公判前整理手続に付さなければならない。○です。根拠は、裁判員法49条です。期日間整理手続は、第一回公判期日前に行われる。×です。後です。公判前整理手続の規定が準用される、という点は、○です。検察官は、公判前整理手続で、手持ちの証拠をすべて弁護人に開示しなければならない。×です。請求証拠は開示されますが、類型証拠と主張関連証拠は、要件と相当性で決まります。被告人側は、公判期日でする予定の主張があるときは、裁判所と検察官に明らかにしなければならない。○です。316条の17第1項です。裁判所は、手続を終えるに当たり、争点と証拠の整理の結果を、検察官、被告人又は弁護人との間で確認しなければならない。○です。316条の24です。今日のまとめです。公判前整理手続は、第一回公判期日前に、争点と証拠を整理して、公判の審理を継続的、計画的かつ迅速に行うための手続です。争点が絞れて、証拠が絞れて、審理計画が組める。この一本の流れが軸でした。事前準備に足されたのは、主張の明示、開示の広がり、整理後の請求制限、結果の確認です。必ず付すのは裁判員裁判の対象事件で、根拠は裁判員法49条。期日間整理手続は、違いが時期だけの、公判後の整理でした。進行は、検察官の先行、類型証拠、被告人側の主張、主張関連証拠、結果の確認の、5つの段階で、順番の理由は情報の差を埋める設計でした。ここは論文で論点になりうる部分です。

次の回では、この手続をどう始めるのか、整理が終わったあと、公判で何が変わるのかを見ます。

ページ上部へ ↑

#139単独ページ動画

公判前整理手続の進行と公判での変化(必要的弁護・証拠調べ請求の制限)

第6章 公判の応用 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

公判が始まってから、切り札の証拠を出す。ドラマではよくある場面。公判前整理手続を経た事件では、原則としてできない。なぜできないのか/どんなときなら出せるのか 図:公判が始まってから、切り札の証拠を出す

  • ドラマではよくある場面
  • 公判前整理手続を経た事件では、原則としてできない
  • なぜできないのか/どんなときなら出せるのか

ドラマでは、裁判の途中で、弁護人が決定的な証拠を取り出して、形勢が逆転します。ところが、公判前整理手続を経た事件では、これは原則としてできません。切り札になる証拠を、なぜあとからは出せないのか。今日の入口はこの問いです。答えは、前の回の軸、争点が絞れて、証拠が絞れて、審理計画が組める、に戻ると分かります。そして、どんなときなら出せるのか。条文にある例外の入口と、その代表的な型を、設例で当てはめます。前の回の最後に、この手続をどう始めるのか、整理が終わったあと公判で何が変わるのかを見る、と予告しました。今日はそれに答えます。手続の最初から終わりまで、時間の順に歩きます。

前の回の5つの段階。①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求②類型証拠開示③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤争点及び証拠の整理の結果の確認。今日歩く範囲=入口(付す決定・弁護人・期日)と出口(終結・公判・失権効) 図:前の回の5つの段階

  • ①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求②類型証拠開示③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤争点及び証拠の整理の結果の確認
  • 今日歩く範囲=入口(付す決定・弁護人・期日)と出口(終結・公判・失権効)

前の回の5つの段階を、地図で受け直します。検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求。類型証拠開示。被告人側の主張の明示。主張関連証拠開示。争点及び証拠の整理の結果の確認です。中身と順番の理由は、前の回のとおりです。今日歩くのは、この5つの段階の手前と向こう側です。手前は、手続がどう始まり、期日で誰が何をするか。向こう側は、手続がどう終わり、そのあとの公判が何を変えるかです。類型証拠と主張関連証拠の中身は、次の回で扱います。

開始:付す決定のあと

開始。付す決定・請求を却下する決定の前=検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項)。決定に対する抗告はできない(420条1項)。進め方=期日を開く方法か書面を出させる方法(同3項)。期日は裁判長が定めて通知(316条の6)。証明予定事実記載書の提出と証拠請求の期限を定める(316条の13第4項) 図:開始

  • 付す決定・請求を却下する決定の前=検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴く(316条の2第2項)
  • 決定に対する抗告はできない(420条1項)
  • 進め方=期日を開く方法か書面を出させる方法(同3項)
  • 期日は裁判長が定めて通知(316条の6)
  • 証明予定事実記載書の提出と証拠請求の期限を定める(316条の13第4項)

まず、付す決定がされるところからです。付す決定そのものは、前の回に出た316条の2第1項です。決定をする前には、請求を却下する場合も含めて、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴きます。第2項です。この決定に対して、不服を申し立てる抗告はできません。420条1項が、訴訟手続に関して判決前にした決定には、特に即時抗告を認める規定がない限り抗告できないと定めていて、付す決定には即時抗告を認める規定がないからです。手続の途中の決定ごとに抗告を許すと審理が止まるので、不服は判決に対する上訴の中で争わせる、という趣旨です。裁判員裁判の対象事件は、裁判員法49条で必ず付します。ですから、事件が裁判所に係属すると、直ちに付す決定がされます。付したあとの進め方は2通りです。期日を開いて訴訟関係人を出頭させて陳述させる方法と、書面を提出させる方法です。316条の2第3項です。期日を開くなら、裁判長が期日を定めて、検察官、被告人、弁護人に通知します。316条の6です。期日の変更もできて、その場合も意見を聴きます。開始後の最初の動きは、期限の設定です。裁判所は、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴いて、証明予定事実記載書の提出と、証拠調べ請求の期限を定めます。316条の13第4項で、5つの段階の1つ目の入口にあたります。開始で一番大事なルールがあります。弁護人がいなければ、手続は行えません。

条文刑事訴訟法第316条の4第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の4——公判前整理手続と弁護人 公判前整理手続においては、被告人に弁護人がなければその手続を行うことができない。 2 公判前整理手続において被告人に弁護人がないときは、裁判長は、職権で弁護人を付さなければならない。

第2項で弁護人を付すのは、裁判所ではなく裁判長です。短答では、この主語が問われます。なぜそこまで、弁護人が欠かせないのですか。手続の中の作業が、法律の専門知識と技能を要するからです。争点を絞り、主張を明らかにし、証拠の整理に応じる。被告人が1人で検察官と向き合えば、自分に不利な整理を、そのまま受け入れかねません。しかも整理のあとは、証拠を出し直すことが原則できなくなります。

必要的弁護の比較。289条1項=死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件(事件の重さで決まる)/316条の4=事件の重さと無関係(整理手続に付したことで決まる)。設例=駅前の事件が暴行罪(208条・2年以下の拘禁刑等)で争点があり整理手続に付された→289条1項に当たらなくても弁護人がなければ行えない。傷害罪(204条・長期15年)なら289条1項にも当たる 図:必要的弁護の比較

  • 289条1項=死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件(事件の重さで決まる)/316条の4=事件の重さと無関係(整理手続に付したことで決まる)
  • 設例=駅前の事件が暴行罪(208条・2年以下の拘禁刑等)で争点があり整理手続に付された→289条1項に当たらなくても弁護人がなければ行えない
  • 傷害罪(204条・長期15年)なら289条1項にも当たる

289条1項のことですね。289条1項は、死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件、という、事件の重さで必要的弁護を決めます。316条の4は違います。事件の重さと関係なく、整理手続に付したことで決まります。駅前の事件で考えます。Aさんの行為が、ケガに至らない暴行罪として起訴されたとします。暴行罪は2年以下の拘禁刑などですから、289条1項には当たりません。それでも、争点があるとして整理手続に付されたなら、弁護人がいなければ手続を行えません。傷害罪なら、長期15年ですから、289条1項にも当たります。軸は、事件の重さではなく、手続の種類で必要的になる、という点です。

進行の打合せ

進行の打合せ。規則178条の16=三者打合せ(第一回公判期日前に検察官・弁護人を出頭させ、期日の指定その他進行に必要な事項を打ち合わせる。ただし予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない)。規則178条の15=書記官を通じた準備の問合せ・促し。進行の話はよい/中身(心証)はできない 図:進行の打合せ

  • 規則178条の16=三者打合せ(第一回公判期日前に検察官・弁護人を出頭させ、期日の指定その他進行に必要な事項を打ち合わせる。ただし予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできない)
  • 規則178条の15=書記官を通じた準備の問合せ・促し
  • 進行の話はよい/中身(心証)はできない

整理手続に付された事件でも、進行の打合せはできます。事前準備の回で見た三者打合せで、規則178条の16です。第一回公判期日前に、検察官と弁護人を出頭させて、期日の指定その他、進行に必要な事項を打ち合わせます。ただし、事件につき予断を生じさせるおそれのある事項にわたることはできません。もう1つ、規則178条の15は、裁判所書記官を通じて、準備の進み具合を問い合わせ、促す規定です。三者打合せは178条の16です。条番号を取り違えないでください。駅前の事件で考えます。目撃者を何人呼ぶか、尋問に何時間かかりそうかを伝えるのは、進行の話で構いません。ところが、その目撃者が殴るところをはっきり見たのかを、裁判所が聞き出すのは、事件の中身です。心証に触れますから、できません。付された事件では、事前準備の規定の一部は適用されません。規則217条の19が適用しない規定を列挙していますが、細目を暗記する必要はなく、178条の15と16は適用される、と押さえれば足ります。実務では、整理手続を充実させ、迅速に進めるために、起訴後の早い時期に三者で進め方の認識を共有します。

期日:誰が出るか

期日。受訴裁判所が主宰(316条の2第1項)。検察官又は弁護人が出頭しない→その期日の手続を行えない(316条の7)。弁護人が出頭しない・在席しなくなった→裁判長が職権で付す(316条の8) 図:期日

  • 受訴裁判所が主宰(316条の2第1項)
  • 検察官又は弁護人が出頭しない→その期日の手続を行えない(316条の7)
  • 弁護人が出頭しない・在席しなくなった→裁判長が職権で付す(316条の8)

期日を主宰するのは、付す決定をした受訴裁判所です。出席者のルールを見ます。

条文刑事訴訟法第316条の7

刑事訴訟法第316条の7——検察官又は弁護人が出頭しない場合 公判前整理手続期日に検察官又は弁護人が出頭しないときは、その期日の手続を行うことができない。

検察官か弁護人のどちらかが出頭しないときは、その期日の手続を行えません。出頭が義務だと覚えるより、欠けたら手続ができない、と覚えるほうが条文に忠実です。手続を止めないための条文が、316条の8です。弁護人が期日に出頭しないとき、又は在席しなくなったときは、裁判長が職権で弁護人を付さなければなりません。出頭しないおそれがあるときは、裁判所が職権で付すことができます。訴訟指揮の回で見た、289条2項と3項と同じ作りです。次は被告人です。

条文刑事訴訟法第316条の9第1項〜第3項

刑事訴訟法第316条の9第1項〜第3項——被告人の出頭 被告人は、公判前整理手続期日に出頭することができる。 2 裁判所は、必要と認めるときは、被告人に対し、公判前整理手続期日に出頭することを求めることができる。 3 裁判長は、被告人を出頭させて公判前整理手続をする場合には、被告人が出頭する最初の公判前整理手続期日において、まず、被告人に対し、終始沈黙し、又は個々の質問に対し陳述を拒むことができる旨を告知しなければならない。

第1項は、被告人は出頭することができる。権利であって、義務ではありません。手続には弁護人が必ずいて、法律の作業は弁護人が担うからです。第2項は、裁判所が必要と認めるときは、出頭を求めることができる。求めたときは、速やかに検察官と弁護人に知らせます。規則217条の11です。第3項が、黙秘権の告知です。告知するのは、被告人が出頭する最初の期日です。毎回ではありません。弁護人が陳述し、書面を出します。弁護人の陳述や書面について被告人の意思を確かめる必要があるときは、被告人に質問して、被告人と連署した書面の提出を求めることができます。316条の10です。期日には裁判所書記官が立ち会って、調書を作ります。316条の12です。この調書は、あとで公判で明らかにされる書面になります。公開についても押さえます。公判前整理手続の期日は、公開の法廷で行うことを要しません。公判の準備であって、公開が求められる公判期日の審理そのものではないからです。非公開の法廷や準備室などで行われ、被告人が出頭する場合は、非公開の法廷が多いとされます。なお、映像と音声で期日に参加できるようにする改正は、前の回で見たとおり未施行です。現行の条文は、出頭が前提です。

受訴裁判所が主宰してよい理由

問い=起訴状一本主義(256条6項)は裁判所が白紙で第一回公判に臨むための仕組み。整理手続は同じ裁判所の前で証拠請求・主張の明示をする。矛盾しないか。結論=反しないと解されている。理由①両当事者が対等に関与②目的が争点整理と審理計画の策定。歯止め=316条の13第1項後段

  • 問い=起訴状一本主義(256条6項)は裁判所が白紙で第一回公判に臨むための仕組み
  • 整理手続は同じ裁判所の前で証拠請求・主張の明示をする
  • 矛盾しないか
  • 結論=反しないと解されている
  • 理由①両当事者が対等に関与②目的が争点整理と審理計画の策定
  • 歯止め=316条の13第1項後段

起訴状一本主義は、256条6項で、起訴状に裁判官に予断を生じさせるおそれのある書類その他の物を添付できないとする原則でした。確かに、同じ裁判所が整理手続を主宰するのは緊張がありそうです。しかし、予断排除には反しないと解されています。理由は2つです。1つ目は、両当事者が対等に関与することです。検察官だけが裁判所に話すのではありません。ですから、捜査の側が固めた見立てを、裁判所がそのまま受け継ぐ形にはなりません。2つ目は、目的が、争点の整理と審理計画の策定にあることです。有罪か無罪かの心証を取る手続ではありません。理由だけでなく、条文上の歯止めがあります。316条の13第1項の後段です。前の回では前段を見ました。

条文刑事訴訟法第316条の13第1項後段

刑事訴訟法第316条の13第1項後段——予断を生じさせるおそれのある事項の記載の禁止 この場合においては、当該書面には、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせるおそれのある事項を記載することができない。

「この場合」は、前段の証明予定事実記載書を受けます。証拠にできない資料や、証拠として請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に偏見や予断を生じさせるおそれのある事項は書けません。同じ縛りは、追加や変更の書面を定める316条の21、被告人側の主張の明示を定める316条の17と316条の22にも及びます。さらに、316条の30の被告人側の冒頭陳述にも及びます。駅前の事件で考えます。検察官が、Aさんは普段から人とよくもめる、という噂話をもとに、粗暴な性格だと書いたとします。この噂話は、証拠にできず、請求するつもりもない資料です。ですから書けません。一方、請求する目撃者の証言で立証する事実として、Aさんが殴った、と書くのは書けます。

証拠で証明する事実なら書けます。裁判所の印象だけを動かす材料は書けません。

終結

終結。できる限り早期に(316条の3)。争点及び証拠の整理を遂げる→証拠の採否の決定(316条の5第1項8号・9号)→公判期日を定め審理予定を定める(同13号)→終了に当たり結果を確認(316条の24)。採否留保あり。結果は調書に残る(316条の12第2項) 図:終結

  • できる限り早期に(316条の3)
  • 争点及び証拠の整理を遂げる→証拠の採否の決定(316条の5第1項8号・9号)→公判期日を定め審理予定を定める(同13号)→終了に当たり結果を確認(316条の24)
  • 採否留保あり
  • 結果は調書に残る(316条の12第2項)

手続の終わり方です。できる限り早期に終結させるように努める、というのは、前の回の316条の3でした。終えるまでに、裁判所は、争点及び証拠の整理を遂げます。そのうえで、証拠の採否を決めます。採用するか、却下するか、取り調べる順序や方法をどうするかです。316条の5第1項の8号と9号です。さらに、公判期日を定めて、審理の予定を定めます。同じ13号です。最後に、手続の終了に当たって、検察官と、被告人又は弁護人との間で、争点及び証拠の整理の結果を確認します。前の回に出た316条の24です。すべては決めなくてよいです。公判審理の状況を見ないと、取調べの必要性を判断できない証拠は、決定を留保できます。採否留保です。この留保は、あとで失権効の例外の話につながります。整理の結果は、期日の調書に残ります。316条の12第2項です。この調書が、公判で明らかにされます。

公判で何が変わるか

公判の流れの比較。付されていない事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述(被告人側は任意)→証拠調べ請求→相手方の意見→裁判所の決定→取調べの実施。付された事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述→被告人側の冒頭陳述(必ず)→整理手続の結果の顕出→取調べの実施(請求・意見・決定は整理手続の中で済み)。弁護人=289条1項の事件だけ必要的/316条の29=必ず 図:公判の流れの比較

  • 付されていない事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述(被告人側は任意)→証拠調べ請求→相手方の意見→裁判所の決定→取調べの実施
  • 付された事件=冒頭手続→検察官の冒頭陳述→被告人側の冒頭陳述(必ず)→整理手続の結果の顕出→取調べの実施(請求・意見・決定は整理手続の中で済み)
  • 弁護人=289条1項の事件だけ必要的/316条の29=必ず

ここまでが手続の中です。整理を経た事件の公判は何が違うのか。その前に、冒頭手続の回を思い出して1問です。公判前整理手続に付されていない事件で、被告人側の冒頭陳述は、義務でしたか?義務ではありませんでした。裁判所の許可を得て行えるだけでした。付された事件では、これが義務に変わります。表で比べます。付されていない事件は、冒頭手続、検察官の冒頭陳述のあと、証拠調べの請求、相手方の意見、裁判所の決定、取調べの実施と進みます。付された事件は、冒頭手続、検察官の冒頭陳述、被告人側の冒頭陳述、整理手続の結果を明らかにすること、取調べの実施です。証拠調べの請求、意見、決定は、整理手続の中で済んでいるので、原則として公判では行いません。変わる点を、3つの条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第316条の29

刑事訴訟法第316条の29——必要的弁護 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件を審理する場合には、第二百八十九条第一項に規定する事件に該当しないときであつても、弁護人がなければ開廷することはできない。

1つ目は弁護人です。整理手続に付された事件を審理するときは、289条1項に当たらなくても、弁護人がなければ開廷できません。期日間整理手続に付された事件も同じです。手続の中だけでなく、公判でも弁護人は必須になります。

条文刑事訴訟法第316条の30

刑事訴訟法第316条の30——被告人側の冒頭陳述 公判前整理手続に付された事件については、被告人又は弁護人は、証拠により証明すべき事実その他の事実上及び法律上の主張があるときは、第二百九十六条の手続に引き続き、これを明らかにしなければならない。この場合においては、同条ただし書の規定を準用する。

2つ目は、被告人側の冒頭陳述です。主張があるときは、検察官の冒頭陳述に引き続いて明らかにしなければなりません。義務です。296条ただし書を準用しますから、予断排除の縛りも同じです。期日間整理手続の事件でも、同じですか。違います。公判前整理手続に付された事件だけです。期日間整理手続は、第一回公判期日のあとに行いますから、冒頭陳述の段階をすでに過ぎているのが通常です。なぜ必要的かというと、争点が整理されている以上、被告人側も最初に方針を示さなければ、計画的で迅速な審理にならないからです。

条文刑事訴訟法第316条の31第1項

刑事訴訟法第316条の31第1項——公判前整理手続の結果の顕出 公判前整理手続に付された事件については、裁判所は、裁判所の規則の定めるところにより、前条の手続が終わつた後、公判期日において、当該公判前整理手続の結果を明らかにしなければならない。

3つ目は結果の顕出です。被告人側の冒頭陳述が終わったあと、公判期日で、整理手続の結果を明らかにします。方法は、調書の朗読か、要旨の告知で、書記官に行わせることもできます。なぜ明らかにするのか。整理手続は公判の準備にすぎず、非公開でよかったからです。その結果を、公開の法廷で明らかにする必要があります。期日間整理手続の事件も、第2項で、その手続が終わったあとに結果を明らかにします。1問です。付された事件の公判で、検察官の冒頭陳述のあと、まず何が行われますか。その次は?被告人側の冒頭陳述です。その次に、整理手続の結果を明らかにして、そのあとで取調べに入ります。請求と決定は、整理手続で済んでいます。ただし、公判で証拠調べの請求、意見、決定が全く行われないわけではありません。整理手続で採否を留保した証拠の決定、やむを得ない事由による請求、職権による取調べの余地があります。次の山場に進みます。

失権効:整理のあとの証拠調べ請求

失権効(316条の32)。当事者は、やむを得ない事由によって整理手続で請求できなかったものを除き、整理手続が終わった後は証拠調べを請求できない(298条1項にかかわらず)。期日間整理手続の後も同じ。裁判所の職権による取調べは妨げない。制限されるのは当事者の請求 図:失権効

  • 316条の32
  • 当事者は、やむを得ない事由によって整理手続で請求できなかったものを除き、整理手続が終わった後は証拠調べを請求できない(298条1項にかかわらず)。期日間整理手続の後も同じ。裁判所の職権による取調べは妨げない。制限されるのは当事者の請求

冒頭の問いに答える条文です。

条文刑事訴訟法第316条の32第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の32第1項・第2項——公判前整理手続又は期日間整理手続の終了後の証拠調べ請求の制限 公判前整理手続又は期日間整理手続に付された事件については、検察官及び被告人又は弁護人は、第二百九十八条第一項の規定にかかわらず、やむを得ない事由によつて公判前整理手続又は期日間整理手続において請求することができなかつたものを除き、当該公判前整理手続又は期日間整理手続が終わつた後には、証拠調べを請求することができない。 2 前項の規定は、裁判所が、必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることを妨げるものではない。

第1項を分けて読みます。主語は検察官と、被告人又は弁護人、つまり当事者です。298条1項は、当事者が証拠調べを請求できるという一般の規定ですが、それにかかわらず、やむを得ない事由によって整理手続で請求できなかったものを除いて、整理手続が終わった後は、証拠調べを請求できません。期日間整理手続の後も同じです。第2項は、裁判所が必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることは妨げない、です。制限されるのは当事者の請求であって、職権ではありません。なぜここまで、厳しく制限するのですか。整理のあとに新しい証拠を自由に請求できるなら、絞った争点も、立てた審理計画も崩れて、整理した意味がなくなるからです。整理手続は、証拠を中で出し切っておく約束だと、前に見ました。ただし、終わる前なら、追加も変更もできます。316条の21と22です。失権するのは、整理が終わった後です。では、どんなときなら出せるのか。やむを得ない事由です。条文に定義はなく、個別の事情を勘案して判断されます。代表的な型が3つあります。ただし、これは例であって一覧表ではなく、緩やかには解されません。1つ目は、証拠がもともとあったのに、その存在に気づかなかったことに無理がない場合。2つ目は、存在は分かっていても、持ち主の行方が知れないなどで、現実には請求できなかった場合。3つ目は、存在も分かり請求もできたが、相手方の示した主張や証拠の状況から、請求は要らないと考えたことに十分な理由がある場合です。

やむを得ない事由の3つの型と設例。型1=存在を知らなかった(予備のレコーダー)/型2=物理的に不可能(所在不明の目撃者)/型3=請求不要と考えた十分な理由(ケガの程度を争わないと明示された)。前提=(a)(b)は争点が犯人性(Aさんは人違いと主張)。(c)は別の場面 図:やむを得ない事由の3つの型と設例

  • 型1=存在を知らなかった(予備のレコーダー)/型2=物理的に不可能(所在不明の目撃者)/型3=請求不要と考えた十分な理由(ケガの程度を争わないと明示された)
  • 前提=(a)(b)は争点が犯人性(Aさんは人違いと主張)
  • (c)は別の場面

駅前の事件で当てはめます。(a)と(b)は、争点が犯人性で、Aさんは人違いだと主張している前提です。(a)整理手続の終了後に、近くの店の取り壊しで、事件の夜の映像を録画していた予備のレコーダーが、偶然見つかりました。店は、録画は自動で消えると説明していて、警察も弁護人も、存在を知るすべがありませんでした。(b)目撃者のCさんの存在は知っていましたが、海外にいて連絡がつかず、整理手続の終了までに所在が分かりませんでした。終了後に帰国して、所在が判明しました。(c)別の場面です。弁護人は整理手続で、Bさんのケガの程度は診断書のとおりで争わない、と明らかにしていました。そこで検察官は、診断した医師の尋問は請求せず、診断書だけを請求していました。ところが整理手続の終了後に、被告人側が、ケガの程度を争う主張に転じました。この3つは、先ほどの3つの型のどれに当たるでしょうか。

決め手を確認します。(a)は、警察も弁護人も、知るすべがなかった点です。(b)は、知ってはいても、整理手続の終了までに請求する手段が現実になかった点です。(c)は、被告人側が争わないと明らかにしたことが、検察官が請求の必要がないと考えた十分な理由になる点です。なお(c)は、3つ目の型に当たりうる、という整理です。被告人側の新しい主張そのものが許されるかは、次の論点で見ます。反対の例が、冒頭のドラマの切り札です。弁護人が整理手続の間から手元に持っていて、法廷で驚かせるために取っておいた証拠は、請求できる状況だったのに、十分な理由なく請求しなかったものです。3つの型のどれにも当たらず、やむを得ない事由はありません。3つは例ですから個別の事情で決まりますが、この線は押さえてください。

証明力を争う、つまり弾劾のための調書の取調べ請求について、裁判例があります。検察側の証人の尋問が終わったあとに、被告人側がその証言を弾劾するための調書の取調べを請求した事案で、やむを得ない事由に当たると判断されました。尋問を聞くまでは、弾劾が必要かどうか判断しにくいからだと考えられます。証人が公判で調書と異なる供述をした場合も、やむを得ない事由に当たるといわれます。ただし、注意があります。やむを得ない事由があれば、取調べの必要性は問われない、は誤りです。必要性は、別に慎重に吟味されます。やむを得ない事由があっても、必要性がなければ採用されません。実務の工夫も一言。可能性のある証拠を、あらかじめ整理手続で請求しておき、採否の決定を、公判審理の状況を見て決める運用があります。先ほどの採否留保です。ここは論文で論点になりうる部分で、失権効の範囲と、やむを得ない事由の当てはめが問われます。

制限されるのは証拠調べ請求であって主張ではない

整理後の被告人質問。316条の32が止めるのは証拠調べの請求。整理手続で明示しなかった主張を直接禁じる条文はない。では、整理手続に出さなかった主張に沿った被告人質問を、裁判長は止められるか。手がかり=295条1項 図:整理後の被告人質問

  • 316条の32が止めるのは証拠調べの請求
  • 整理手続で明示しなかった主張を直接禁じる条文はない
  • では、整理手続に出さなかった主張に沿った被告人質問を、裁判長は止められるか
  • 手がかり=295条1項

316条の32が止めるのは、証拠調べの請求です。整理手続で明らかにしなかった主張を、公判ですること自体を直接禁じる条文は、ありません。では、整理手続に出さなかった主張に沿った被告人質問を、裁判長は止められるでしょうか。手がかりは、295条1項です。訴訟指揮の回で見ました。

条文刑事訴訟法第295条第1項

刑事訴訟法第295条第1項——訴訟関係人の尋問・陳述の制限 裁判長は、訴訟関係人のする尋問又は陳述が既にした尋問若しくは陳述と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、訴訟関係人の本質的な権利を害しない限り、これを制限することができる。訴訟関係人の被告人に対する供述を求める行為についても同様である。

重複するとき、事件に関係のない事項にわたるとき、その他相当でないときは、本質的な権利を害しない限り、制限できます。被告人に供述を求める質問も、同じ扱いです。整理手続に出さなかった主張に沿う質問が、これで制限できるのかが問題です。最高裁の決定が答えています。

事案の整理。詐欺の事件。整理手続で弁護人=犯人性を否認し、アリバイ(犯行日時に自宅ないしその付近にいた)だけ明示。それ以上は明らかにせず、裁判所も求釈明せず。公判の被告人質問=自宅でテレビを見ていた・知人夫婦と約束・午後4時30分頃に知人方へ→弁護人がさらに質問→検察官が異議→第1審が制限。被告人は最終陳述でアリバイの具体的内容を陳述(制限されず) 図:事案の整理

  • 詐欺の事件
  • 整理手続で弁護人=犯人性を否認し、アリバイ(犯行日時に自宅ないしその付近にいた)だけ明示
  • それ以上は明らかにせず、裁判所も求釈明せず
  • 公判の被告人質問=自宅でテレビを見ていた・知人夫婦と約束・午後4時30分頃に知人方へ→弁護人がさらに質問→検察官が異議→第1審が制限
  • 被告人は最終陳述でアリバイの具体的内容を陳述(制限されず)

事案です。詐欺の事件でした。整理手続で、弁護人は犯人性を否認して、その日時には犯行場所におらず、自宅かその付近にいた、というアリバイだけを明らかにしました。それ以上は明らかにせず、裁判所も、もっと具体的に述べるよう求める求釈明を、しませんでした。公判の被告人質問で、被告人は、自宅でテレビを見ていた、知人夫婦と会う約束があり、午後4時30分頃に知人方へ行った、と述べました。弁護人がさらに詳しく聞こうとすると、検察官が、整理手続での主張以外で、立証事項と関連性がない、と異議を述べました。第1審はこれを認めて、質問を制限しました。最高裁の判断を、一般論、あてはめ、結論の3つに分けて読みます。まず、一般論です。

判例最決平27・5・25 刑集69巻4号636頁

最高裁の判断——一般論 公判前整理手続終了後の新たな主張を制限する規定はなく、公判期日で新たな主張に沿った被告人の供述を当然に制限できるとは解し得ないものの、公判前整理手続における被告人又は弁護人の予定主張の明示状況(裁判所の求釈明に対する釈明の状況を含む。)、新たな主張がされるに至った経緯、新たな主張の内容等の諸般の事情を総合的に考慮し、前記主張明示義務に違反したものと認められ、かつ、公判前整理手続で明示されなかった主張に関して被告人の供述を求める行為(質問)やこれに応じた被告人の供述を許すことが、公判前整理手続を行った意味を失わせるものと認められる場合(例えば、公判前整理手続において、裁判所の求釈明にもかかわらず、「アリバイの主張をする予定である。具体的内容は被告人質問において明らかにする。」という限度でしか主張を明示しなかったような場合)には、新たな主張に係る事項の重要性等も踏まえた上で、公判期日でその具体的内容に関する質問や被告人の供述が、刑訴法295条1項により制限されることがあり得るというべきである。

構造を分けます。まず、新たな主張を制限する規定はないので、供述を当然には制限できません。ただし、2つの要件がそろえば、295条1項で制限されることがあり得ます。1つ目は、主張明示義務に違反したと認められること。前記主張明示義務は、主張があるときに明らかにする、316条の17第1項の義務のことです。2つ目は、その質問や供述を許すことが、整理手続を行った意味を失わせると認められることです。例として、求釈明にもかかわらず、アリバイの主張をする予定である、具体的内容は被告人質問で明らかにする、という限度でしか主張を明示しなかった場合が挙げられています。あてはめです。

判例最決平27・5・25 刑集69巻4号636頁

最高裁の判断——あてはめ 本件質問等は、被告人が公判前整理手続において明示していた「本件公訴事実記載の日時において、大阪市西成区内の自宅ないしその付近にいた。」旨のアリバイの主張に関し、具体的な供述を求め、これに対する被告人の供述がされようとしたものにすぎないところ、本件質問等が刑訴法295条1項所定の「事件に関係のない事項にわたる」ものでないことは明らかである。 ……前記主張明示義務に違反したものとも、本件質問等を許すことが公判前整理手続を行った意味を失わせるものとも認められず、本件質問等を同条項により制限することはできない。

決め手は、整理手続で明示していたアリバイの主張を具体化する質問だった点です。明示済みの主張の具体化は、事件に関係のない事項にあたらず、2つの要件のどちらにも当たりません。前の回のたとえで言えば、旅行の幹事に先に伝えておいた行き先の中身を、当日に詳しく話すだけです。組んだ行程は崩れません。では、結論です。

判例最決平27・5・25 刑集69巻4号636頁

最高裁の判断——結論 そうすると、検察官の異議申立てを容れて本件質問等を制限した第1審裁判所の措置は是認できず、原判決が同措置は同条項に反するとまではいえない旨判示した点は、同条項の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。もっとも、原判決は、本件質問等を制限した措置が違法であったとしても、被告人が、最終陳述において、前記アリバイの主張の具体的な内容を陳述しており、この陳述は制限されなかったことなどを指摘し、前記法令解釈の誤りは判決に影響を及ぼすものではない旨判示しており、その結論は相当であるから、原判決に、判決に影響を及ぼすべき違法があるとはいえない。

結論の取り違えに注意してください。制限は違法でした。しかし、被告人が最終陳述でアリバイの具体的内容を述べており、それは制限されなかったことなどから、判決に影響はなく、上告は棄却されました。制限が適法とされたのではありません。

整理後の被告人質問の判断。新たな主張→条文は主張を直接制限しない→295条1項で制限されうるのは①主張明示義務違反かつ②整理手続を行った意味を失わせる場合。明示済みの主張の具体化は制限できない。設例=「その時刻はよその場所にいた」と明示→「友人と会っていた」と具体化=制限できない/求釈明に「詳細は被告人質問で話す」としか答えず公判で初めて「別の駅で友人に会っていた」=制限されうる 図:整理後の被告人質問の判断

  • 新たな主張→条文は主張を直接制限しない→295条1項で制限されうるのは①主張明示義務違反かつ②整理手続を行った意味を失わせる場合
  • 明示済みの主張の具体化は制限できない
  • 設例=「その時刻はよその場所にいた」と明示→「友人と会っていた」と具体化=制限できない/求釈明に「詳細は被告人質問で話す」としか答えず公判で初めて「別の駅で友人に会っていた」=制限されうる

型にまとめます。1つ目、整理後の新たな主張を、直接制限する規定はありません。2つ目、295条1項による制限は、主張明示義務に違反し、かつ、整理手続を行った意味を失わせるときに限られます。3つ目、明示済みの主張を具体化する質問は、制限できません。先ほどの(c)に戻ります。被告人側がケガの程度を争う主張に転じること自体を、直接禁じる条文はありません。その場合に検察官が医師の尋問を請求できるかは、316条の32のやむを得ない事由の問題として考えます。駅前の事件で2つに分けます。整理手続で、その時刻にはよその場所にいた、とだけ明らかにして、公判で、友人と会っていた、と具体化する場合は、明示済みの主張の具体化ですから、制限できません。一方、裁判所が求釈明したのに、詳細は被告人質問で話す、としか答えず、公判で初めて、実は別の駅で友人に会っていた、と話し始める場合は、2つの要件に当たりえて、制限されうる場合です。整理後の訴因変更は、すでに見ました。争点整理や審理計画の策定がされた趣旨を没却する訴因変更請求は許されない、という物差しでした。整理された争点そのものを動かすか、審理計画を大きく組み直す必要があるか、です。証拠調べの請求、主張、訴因変更と、整理のあとの制限は、場面ごとに別の枠組みで考える、と整理できます。ここも論文で論点になりうる部分です。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。弁護人なしでも手続を行える×(316条の4)/事件の重さで決まる×/被告人の出頭は義務×(権利)/黙秘権告知は毎期日×(最初の期日)/期日は公開の法廷で行う×/178条の15が三者打合せ×(16)/期日間整理でも被告人側の冒頭陳述は必要的×/失権効=請求できたのに十分な理由なくしなかったものは対象/職権は妨げない○/主張を直接禁じる条文はない○/制限を適法とした×(違法だが棄却) 図:短答の落とし穴

短答の確認です。公判前整理手続は、被告人に弁護人がなくても行えて、公判で弁護人を付せばよい。×です。弁護人がなければ手続を行えません。付すのは裁判長です。弁護人が必要になるのは、死刑又は無期若しくは長期3年を超える拘禁刑に当たる事件に限る。×です。事件の重さと関係なく、整理手続に付したことで決まります。被告人は、期日に出頭する義務がある。×です。出頭することができる、という権利です。黙秘権の告知は、被告人が出頭する最初の期日です。毎回ではありません。期日は、公開の法廷で行わなければならない。×です。三者打合せの根拠は、規則178条の15だ。これも×です。178条の16です。被告人側の冒頭陳述は、期日間整理手続に付された事件でも必要的である。×です。公判前整理手続に付された事件です。整理手続の終了後は、いかなる事情があっても、新たな証拠調べを請求できない。×です。やむを得ない事由があれば請求できます。裁判所の職権による取調べは妨げられません。やむを得ない事由があれば、取調べの必要性は問われない、も×です。316条の32は、整理手続で明示しなかった主張に沿った被告人質問を、直接禁じている。×です。証拠調べ請求の制限で、主張を制限する規定はありません。最高裁は、整理手続で明示された主張を具体化する質問を制限した措置を適法とした。これも×です。制限できないとしました。ただし、判決に影響しないとして上告を棄却しています。

今日のまとめです。整理手続は、証拠を中で出し切っておく約束でした。始めるには弁護人が欠かせず、期日は検察官と弁護人が揃って行い、被告人の出頭は権利です。同じ裁判所が主宰しても、対等な関与と、争点整理という目的、そして書いてはいけない事項の歯止めで、予断排除に反しません。整理を経た公判は、弁護人が必須で、被告人側の冒頭陳述があり、整理の結果が法廷で明らかにされます。整理のあとの証拠調べ請求は、やむを得ない事由がなければできません。そして、制限されるのは請求であって、主張ではありません。主張に沿う被告人質問は、主張明示義務違反で、しかも整理手続の意味を失わせる場合に限って制限されます。次の回では、検察官の手元にある証拠を、弁護側はどこまで見ることができるのかを扱います。

ページ上部へ ↑

#140単独ページ動画

証拠開示の基本と類型証拠開示(任意開示・証拠の一覧表)

第6章 公判の応用 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

検察官が法廷に出す証拠は、集めた証拠の一部。出さなかった証拠の中に、目撃者が最初は違うことを言っていた調書があったら。弁護側はそれを見られるのか/見られるならどの段階で、どんな要件か 図:検察官が法廷に出す証拠は、集めた証拠の一部

  • 出さなかった証拠の中に、目撃者が最初は違うことを言っていた調書があったら
  • 弁護側はそれを見られるのか/見られるならどの段階で、どんな要件か

検察官が法廷に出してくる証拠は、検察官が集めた証拠の、一部です。出してこなかった証拠の中に、目撃者が最初は違うことを言っていた調書があったら、どうでしょうか。前の回の最後に、検察官の手元にある証拠を、弁護側はどこまで見ることができるのか、という問いを残しました。今日はこの問いに答えます。答えは1つではなく、段階があります。検察官が使う証拠は必ず見せる。使わない証拠のうち一定のものは、弁護側の請求で見せる。何があるのかは、一覧表で知らせる。この3つを、なぜそう決まっているのかから確かめます。

前に見た5つの段階。①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求→開示(316条の14)②弁護側の請求で類型証拠開示(316条の15)③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤結果の確認。今日=①②(検察官が先に見せる段階)。③④⑤は薄く 図:前に見た5つの段階

  • ①検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求→開示(316条の14)②弁護側の請求で類型証拠開示(316条の15)③被告人側の主張の明示④主張関連証拠開示⑤結果の確認
  • 今日=①②(検察官が先に見せる段階)
  • ③④⑤は薄く

公判前整理手続の5つの段階の地図を、1枚で受け直します。検察官の証明予定事実記載書と証拠調べ請求、それに続く開示が1つ目。弁護側の請求による類型証拠開示が2つ目です。3つ目以降は、被告人側が主張を明らかにしてからの段階です。今日歩くのは、1つ目と2つ目。検察官が先に見せる段階です。類型証拠開示は、前に名前と位置だけを見ました。今日は、要件を分けて、当てはめまで行います。条文の「重要」と「相当」という2つの言葉を、事例で分けられるようになることが、今日の目標です。

なぜ証拠開示が要るのか

手持ち証拠の差。証拠は捜査機関が強制処分も使って集め、検察官の手元に集まる→被告人側には強制的に集める手段がない。検察官が請求する証拠=有罪立証のために選んだ一部。開示=当事者対等の建前に中身を与える。ただし全部を無条件に見せると=証人への働きかけ/関係者の名誉・プライバシー/罪証隠滅 図:手持ち証拠の差

  • 証拠は捜査機関が強制処分も使って集め、検察官の手元に集まる→被告人側には強制的に集める手段がない
  • 検察官が請求する証拠=有罪立証のために選んだ一部
  • 開示=当事者対等の建前に中身を与える
  • ただし全部を無条件に見せると=証人への働きかけ/関係者の名誉・プライバシー/罪証隠滅

まず、なぜ証拠開示が要るのかです。証拠は、警察や検察が、捜索や差押えのような強制処分も使って集めます。集まった証拠は、検察官の手元にあります。被告人の側には、強制的に証拠を集める手段がありません。持っている証拠に、最初から大きな差があります。しかも、検察官が法廷に出す証拠は、有罪を立証するために選んだ一部です。たとえば、目撃者が検察官に、犯人の顔をはっきり見たと話した調書を、検察官が請求したとします。ところが、同じ目撃者が最初に警察で、暗くて顔までは見ていないと話した調書もあるのに、こちらは請求されない。法廷には、検察官にとって都合のよい面しか出てきません。

だから、手持ち証拠の差を埋める仕組みが要ります。それが証拠開示です。当事者が対等に攻撃と防御をするという、当事者主義の建前に、中身を与える仕組みだと言えます。全部を無条件に見せると、別の問題が出ます。証人の住所や話した内容が知られれば、証人に働きかけて証言を変えさせようとする人が出るかもしれません。関係者の名誉やプライバシーも傷つきます。証拠を隠したり壊したりする、罪証隠滅につながる場合もあります。開示の必要性と、こうした弊害とを、天秤にかける必要があります。そこで法律は、段階と要件で調整しています。検察官が使う証拠は、必ず見せる。使わない証拠は、類型と相当性で絞って見せる。何があるのかは、一覧表で知らせる。今日の背骨はこの設計です。なお、この仕組みができる前は、開示を定めた規定がなく、裁判所が訴訟指揮で閲覧を命じる決定が到達点でした。前に見たとおりで、今は法律が段階を定めています。

検察官が請求する証拠の開示

比較表。299条1項(整理手続でない事件)=証拠書類・証拠物は閲覧する機会(実務では謄写も)/証人は氏名と住居を知る機会だけ。316条の14第1項(整理手続)=証拠書類・証拠物は閲覧(弁護人は謄写も)/証人等は氏名・住居+供述録取書等(公判で供述すると思料する内容が明らかになるもの) 図:比較表

  • 299条1項(整理手続でない事件)=証拠書類・証拠物は閲覧する機会(実務では謄写も)/証人は氏名と住居を知る機会だけ
  • 316条の14第1項(整理手続)=証拠書類・証拠物は閲覧(弁護人は謄写も)/証人等は氏名・住居+供述録取書等(公判で供述すると思料する内容が明らかになるもの)

最初の段階、検察官が使う証拠の開示です。その前に、事前準備の回の復習を1問です。通常の事件で、検察官が証人の尋問を請求するとき、299条1項は、事前に相手へ何を知らせることを求めていましたか?氏名と住居です。調書の中身までは含まれなかったと思います。整理手続では、これが一歩深くなります。流れを確かめます。検察官は、証明予定事実記載書を出し、その事実を証明するために用いる証拠の取調べを請求します。ここまでは前に見ました。この請求について、次の条文が置かれています。

条文刑事訴訟法第316条の13第3項

刑事訴訟法第316条の13第3項——299条1項の不適用 前項の規定により証拠の取調べを請求するについては、第二百九十九条第一項の規定は適用しない。

整理手続での請求には、299条1項は適用されません。その代わりに働く条文が、316条の14です。検察官請求証拠、つまり検察官が取調べを請求した証拠について、検察官は、速やかに開示をしなければなりません。

条文刑事訴訟法第316条の14第1項

刑事訴訟法第316条の14第1項——検察官請求証拠の開示 検察官は、前条第二項の規定により取調べを請求した証拠(以下「検察官請求証拠」という。)については、速やかに、被告人又は弁護人に対し、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、当該各号に定める方法による開示をしなければならない。 一 証拠書類又は証拠物 当該証拠書類又は証拠物を閲覧する機会(弁護人に対しては、閲覧し、かつ、謄写する機会)を与えること。 二 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人 その氏名及び住居を知る機会を与え、かつ、その者の供述録取書等のうち、その者が公判期日において供述すると思料する内容が明らかになるもの(当該供述録取書等が存在しないとき、又はこれを閲覧させることが相当でないと認めるときにあつては、その者が公判期日において供述すると思料する内容の要旨を記載した書面)を閲覧する機会(弁護人に対しては、閲覧し、かつ、謄写する機会)を与えること。

1号は、証拠書類と証拠物が対象です。閲覧する機会を与えます。弁護人に対しては、閲覧だけでなく謄写、つまり写しを取る機会も与えます。被告人本人には、閲覧する機会だけです。謄写が条文に書いてあるのは弁護人に対してだけ、という点は、短答で問われます。2号は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人です。氏名と住居を知る機会に加えて、その人の供述録取書等のうち、公判で話すと思われる内容が分かるものを、閲覧し、弁護人には謄写もさせます。供述録取書等とは、供述書、署名や押印のある供述録取書、そして供述を録音録画した記録媒体のことです。つまり、調書や録音録画です。

供述録取書等が存在しないとき、または閲覧させることが相当でないと認めるときは、公判で話すと思う内容の要旨を書いた書面を、閲覧させます。整理手続で証人の調書まで見られるのは、次の理由からです。弁護側は、検察官の証拠にどう意見を述べるか、自分の主張を明らかにするかを決めます。証人が何を話す予定かを知らなければ、その判断ができないからだと考えると分かりやすいです。299条1項の事前開示は、請求予定の証拠が固まった段階での、不意打ち防止の仕組みでした。整理手続の開示は、その先の争点整理まで見据えています。先ほどの目撃者を、検察官が証人として請求したとします。通常の事件なら、弁護側が知らされるのは、目撃者の氏名と住居だけです。整理手続なら、目撃者が検察官に話した調書まで、前もって読めます。時期は、速やかにです。開示そのものの期限を定めた条文はありません。裁判所が当事者の意見を聴いて期限を定めるのは、その手前の、証明予定事実記載書の提出と証拠調べの請求です。前に見た316条の13第4項です。起訴後何週間以内といった数字は、条文にはありません。

証拠の一覧表

何があるか分からなければ、請求のしようがない。請求証拠の開示の後に、被告人又は弁護人の請求があって初めて交付。一覧表=標目(見出し)だけ・中身ではない。中身を見るには開示請求が要る 図:何があるか分からなければ、請求のしようがない

  • 請求証拠の開示の後に、被告人又は弁護人の請求があって初めて交付
  • 一覧表=標目(見出し)だけ・中身ではない
  • 中身を見るには開示請求が要る

請求された証拠は、これで見られます。では、請求されない証拠は、どうやって存在を知るのでしょうか。何があるのか分からなければ、開示を請求しようがありません。そこで、検察官が保管している証拠の一覧表が使われます。

条文刑事訴訟法第316条の14第2項

刑事訴訟法第316条の14第2項——証拠の一覧表の交付 検察官は、前項の規定による証拠の開示をした後、被告人又は弁護人から請求があつたときは、速やかに、被告人又は弁護人に対し、検察官が保管する証拠の一覧表の交付をしなければならない。

要点は2つです。1つ目は、請求があって初めて交付される、ということです。検察官が自分から渡す義務はありません。2つ目は、時期です。請求証拠の開示をしたあと、とあるだけで、被告人側が主張を明らかにする前でも請求できます。この制度は、平成28年の改正で入りました。一覧表に何が書かれるのか。そして、書かなくてよい場合は何か。続けて、3項と4項を見ます。

条文刑事訴訟法第316条の14第3項・第4項

刑事訴訟法第316条の14第3項・第4項——一覧表の記載事項と記載しない場合 3 前項の一覧表には、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、証拠ごとに、当該各号に定める事項を記載しなければならない。 一 証拠物 品名及び数量 二 供述を録取した書面で供述者の署名又は押印のあるもの 当該書面の標目、作成の年月日及び供述者の氏名 三 証拠書類(前号に掲げるものを除く。) 当該証拠書類の標目、作成の年月日及び作成者の氏名 4 前項の規定にかかわらず、検察官は、同項の規定により第二項の一覧表に記載すべき事項であつて、これを記載することにより次に掲げるおそれがあると認めるものは、同項の一覧表に記載しないことができる。 一 人の身体若しくは財産に害を加え又は人を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ 二 人の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ 三 犯罪の証明又は犯罪の捜査に支障を生ずるおそれ

一覧表の記載事項と記載しない場合。左=記載事項3区分(証拠物=品名・数量/署名押印のある供述録取書=標目・作成年月日・供述者の氏名/その他の証拠書類=標目・作成年月日・作成者の氏名)。右=記載しないことができる3つのおそれ(害を加える行為・名誉や平穏の侵害・犯罪の証明や捜査への支障)。枠外=標目であって中身ではない 図:一覧表の記載事項と記載しない場合

  • 左=記載事項3区分(証拠物=品名・数量/署名押印のある供述録取書=標目・作成年月日・供述者の氏名/その他の証拠書類=標目・作成年月日・作成者の氏名)
  • 右=記載しないことができる3つのおそれ(害を加える行為・名誉や平穏の侵害・犯罪の証明や捜査への支障)
  • 枠外=標目であって中身ではない

記載事項は、証拠の種類で3つに分かれ、証拠ごとに書きます。証拠物なら、品名と数量。署名や押印のある供述録取書なら、標目と、作成の年月日と、供述者の氏名。その他の証拠書類なら、標目と、作成の年月日と、作成者の氏名です。標目とは、書面の見出しにあたる名前です。ひったくりの事件で考えます。通行人が警察で話した調書があれば、一覧表には、通行人の警察官調書という標目と、作成の年月日と、通行人の氏名が載ります。何を話したかは、載りません。一覧表は、図書館の蔵書目録のようなものです。どんな本があるかは分かりますが、本の中身は、借りて読まなければ分かりません。

一覧表をもらえば、載っている調書の中身も読めるのですか。読めません。一覧表は、あくまで標目です。中身を見るには、次に見る類型証拠開示などの、開示の請求が別に要ります。一覧表は、何を請求するかを決める手がかりです。記載しなくてよい場合は、4項の3つのおそれです。たとえば、供述者の氏名を書けば、その人に危害が及ぶおそれがある場合は、1号です。2号は、名誉や社会生活の平穏が著しく害される場合、3号は、犯罪の証明や捜査に支障が出る場合です。ただし、これは検察官が、そのおそれがあると認める事項に限って、記載しないことができる、という例外です。5項は、交付のあとに新たに証拠を保管したときは、速やかに追加の一覧表を交付する、という定めです。

任意開示

検察官の手元の証拠の3層。①検察官請求証拠=必ず開示(316条の14)②類型証拠=請求+重要性+相当性(316条の15)③それ以外=法律上の請求権なし・検察官が自発的に見せる(任意開示)。右に一覧表(標目だけ・中身ではない) 図:検察官の手元の証拠の3層

  • ①検察官請求証拠=必ず開示(316条の14)②類型証拠=請求+重要性+相当性(316条の15)③それ以外=法律上の請求権なし・検察官が自発的に見せる(任意開示)
  • 右に一覧表(標目だけ・中身ではない)

ここで、検察官の手元の証拠を、3つの層に分けて整理します。1層目は、検察官請求証拠で、必ず開示されます。2層目は、請求と要件で開示される類型証拠です。3層目が、それ以外の証拠です。この3層目に、任意開示があります。任意開示とは、検察官が、請求予定の証拠以外の手持ち証拠を、自発的に弁護人に見せる運用です。大事なのは、法律上の請求権ではない、という点です。法律が弁護側に開示の請求を認めているのは、類型証拠と、次の回で見る主張関連証拠、つまり被告人側が明らかにした主張に関連する証拠だけです。検察官が義務でもないのに見せる理由は、2つ考えられます。1つは、類型証拠に当たると判断したものを、請求を待たずに見せることです。請求を待ち、要件を争うより、早く見せたほうが整理手続が早く進みます。もう1つは、類型や主張関連に当たらないかもしれない証拠でも、見せることで、争点が広がるのを防ぎ、弁護人に早く主張を明らかにしてもらえることです。整理手続の導入後、実務で広く行われています。1つ目の理由の例です。検察官が現場の実況見分調書を請求する事件で、別の日に同じ現場で作られた実況見分調書を、弁護人の請求を待たずに、最初から渡しておく、という形です。検察官が開示に応じないとき、裁判所に判断を求める仕組みがあります。ただし、これは請求権のある開示のための仕組みで、任意開示を断られても使えません。仕組みの中身は、次の回で見ます。ここで1問です。任意開示について、弁護人に法律上の開示請求権はありますか?

ありません。請求権があるのは、類型証拠のように、条文が定める開示だけだと理解しました。短答では、任意開示の請求権があるとする肢が×です。

類型証拠開示:目的と要件

類型証拠開示の流れ。弁護人が「類型・特定の請求証拠・重要な理由」を明らかにして請求→類型のいずれかに当たるか→特定の請求証拠の証明力を判断するために重要か→必要性と弊害を比べて相当か→検察官が速やかに開示(時期・方法の指定、条件)/開示しない理由を告げる 図:類型証拠開示の流れ

いよいよ類型証拠開示です。まず目的です。目的は、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するためです。証明力とは、その証拠を、どれくらい信じてよいか、ということです。請求証拠を見るだけでは分からない、信用性を確かめる材料を、弁護側が求める仕組みです。条文の柱書を、全文で見ます。長いので、画面で追いながら、あとで部品に分けます。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項

刑事訴訟法第316条の15第1項柱書——類型証拠開示 検察官は、前条第一項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、次の各号に掲げる証拠の類型のいずれかに該当し、かつ、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その重要性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、同項第一号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。

部品に分けます。まず、前条第一項の開示をした証拠以外、とあります。請求証拠は、すでに見られるので、対象外です。そのうえで、要件は4つあります。1つ目は、法律が挙げる類型のいずれかに当たること。2つ目は、特定の検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であること。3つ目は、重要性の程度や防御準備の必要性と、開示の弊害を比べて、検察官が相当と認めること。4つ目は、被告人または弁護人からの開示の請求です。開示の相手は、被告人または弁護人です。1つ目と2つ目は、条文の客観的な枠です。3つ目は、検察官が天秤にかけて、相当と認めるかどうかです。重要性と相当性という2つの言葉は、このあと事例で分けます。効果も確認します。要件を満たせば、検察官は速やかに、開示をしなければなりません。方法は、316条の14第1項1号の方法、つまり弁護人なら閲覧し、かつ謄写する機会です。証拠そのものを見られます。ただし、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期や方法を指定し、条件を付けることができます。そして、開示しないときは、検察官は、その理由を弁護側に告げなければなりません。刑事訴訟規則217条の26です。ここで1問です。類型のどれかに当たる証拠なら、検察官は必ず開示しなければなりませんか?

必ず開示とは限りません。類型に当たるだけでは足りず、重要性と相当性という2つの絞りを通る必要があります。この2つの絞りが、弊害との調整の中心です。類型証拠開示は、被告人側が主張を明らかにする前でも請求できます。ここで重要かどうかを測る相手は、被告人側の主張ではなく、検察官請求証拠です。この請求証拠をどれくらい信じてよいかを確かめる材料になるか、という問いですから、主張が決まる前でも答えられます。条文の順番もそうなっています。前に見た316条の17は、被告人側が主張を明らかにする時期を、請求証拠と類型証拠の開示を受けたあと、と定めています。検察官の立証の全体像を見て、情報の差を埋めてから、防御の方針を決めて主張を出す。そのための順番です。

類型を束で理解する

類型の束。1つ目の束=客観的な証拠(1号 証拠物/2号 裁判所又は裁判官の検証調書/3号 検察官等の検証調書・これに準ずる書面=実況見分調書の類/4号 鑑定書・これに準ずる書面/9号 検察官請求の証拠物の押収手続等記録書面)。2つ目の束=被告人以外の者の供述録取書等(5号イ・ロ/6号)。3つ目の束=被告人の供述録取書等と取調べ状況の記録(7号・8号)。各束に代表例 図:類型の束

  • 1つ目の束=客観的な証拠(1号 証拠物/2号 裁判所又は裁判官の検証調書/3号 検察官等の検証調書・これに準ずる書面=実況見分調書の類/4号 鑑定書・これに準ずる書面/9号 検察官請求の証拠物の押収手続等記録書面)
  • 2つ目の束=被告人以外の者の供述録取書等(5号イ・ロ/6号)
  • 3つ目の束=被告人の供述録取書等と取調べ状況の記録(7号・8号)
  • 各束に代表例

類型は、1号から9号まであります。全部を番号で暗記する必要はありません。3つの束で理解します。1つ目の束は、客観的な証拠です。2つ目の束は、被告人以外の者の供述録取書等。3つ目の束は、被告人の供述録取書等と、取調べ状況の記録です。1つ目の束、客観的な証拠から見ます。画面の全文では、1号から4号です。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項第1号〜第4号

刑事訴訟法第316条の15第1項第1号〜第4号——1つ目の束(客観的な証拠) 一 証拠物 二 第三百二十一条第二項に規定する裁判所又は裁判官の検証の結果を記載した書面 三 第三百二十一条第三項に規定する書面又はこれに準ずる書面 四 第三百二十一条第四項に規定する書面又はこれに準ずる書面

証拠物、検証の結果を記載した書面、鑑定の結果を記載した書面などです。321条2項から4項は、伝聞例外で前に見た、検証調書と鑑定書の条文です。3号は、検察官、検察事務官、司法警察職員が作る検証の書面で、これに準ずる書面には、実況見分調書の類が入ります。代表例は、現場の様子を記録した実況見分調書です。このほか9号が、検察官が請求した証拠物について、いつ、どこで、誰が押収したかを記録した書面を挙げています。9号は平成28年の改正で加わりました。2つ目の束です。被告人以外の者の供述録取書等で、5号と6号です。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項第5号・第6号

刑事訴訟法第316条の15第1項第5号・第6号——2つ目の束(被告人以外の者の供述録取書等) 五 次に掲げる者の供述録取書等 イ 検察官が証人として尋問を請求した者 ロ 検察官が取調べを請求した供述録取書等の供述者であつて、当該供述録取書等が第三百二十六条の同意がされない場合には、検察官が証人として尋問を請求することを予定しているもの 六 前号に掲げるもののほか、被告人以外の者の供述録取書等であつて、検察官が特定の検察官請求証拠により直接証明しようとする事実の有無に関する供述を内容とするもの

5号のイは、検察官が証人として尋問を請求した人の、供述録取書等です。ロは、検察官が調書を請求していて、その調書に弁護側が同意しなければ、検察官が証人尋問を請求する予定の人の、供述録取書等です。326条の同意とは、調書をそのまま証拠にすることに、相手方が同意することです。つまり、法廷に出てくる可能性が高い人の、請求した調書以外の調書が、この号の中心です。6号は、5号の人以外の調書でも、検察官がある請求証拠で直接証明しようとする事実の有無に関する供述が書かれていれば、含まれます。たとえば、被告人が犯人かどうかが争点で、検察官が請求していない別の通行人の調書に、犯人の特徴が書かれていれば、この号が検討の対象になります。5号と6号の分け方を、検察官が何を請求したかで整理します。その人を証人として請求したなら、イ。その人の調書を請求していて、弁護側が同意しなければ証人として請求する予定なら、ロ。どちらでもない人の調書でも、請求証拠で直接証明しようとする事実について話していれば、6号です。3つ目の束です。被告人自身の供述と、取調べの状況の記録です。

条文刑事訴訟法第316条の15第1項第7号・第8号

刑事訴訟法第316条の15第1項第7号・第8号——3つ目の束(被告人の供述録取書等と取調べ状況の記録) 七 被告人の供述録取書等 八 取調べ状況の記録に関する準則に基づき、検察官、検察事務官又は司法警察職員が職務上作成することを義務付けられている書面であつて、身体の拘束を受けている者の取調べに関し、その年月日、時間、場所その他の取調べの状況を記録したもの(被告人又はその共犯として身体を拘束され若しくは公訴を提起された者であつて第五号イ若しくはロに掲げるものに係るものに限る。)

7号は、被告人の供述録取書等で、被告人自身の調書です。8号は、身体拘束中の取調べが、いつ、どこで、どれくらいの時間行われたかを記録した書面です。平成28年の改正で、被告人に係るものだけでなく、共犯者として身体を拘束され、または起訴された人で、5号のイやロに当たる人に係るものにも広がりました。なぜ、この類型が選ばれているのですか。類型的に、請求証拠の信用性を確かめるのに役立ち、しかも開示の弊害が比較的小さいものだからです。同じ人物の別の供述、現場の客観的な記録、被告人自身の供述の経過。どれも、請求された証拠をどれくらい信じてよいかを確かめるのに、直接つながります。ここで1問です。検察官が目撃者の検察官調書を請求しています。同じ目撃者の警察官調書は、請求証拠の開示の段階で見られますか? 見られないとしたら、どう請求しますか?

請求された証拠ではないので、この段階では見られません。類型証拠として、請求した調書の証明力を判断するために重要だと明らかにして、請求することになります。検察官が請求したのは調書ですから、弁護側が同意しなければ目撃者を証人として請求する予定なら、5号のロに当たります。最初から目撃者を証人として請求していた場合は、イです。同じ人物の供述の変遷を比べるために、この束が使われます。

重要性と相当性の当てはめ

設例1の当てはめ。窃盗(ひったくり)。被告人は犯人性を争う。検察官の請求証拠=甲1 通行人の検察官調書(街灯の下で犯人の顔をはっきり見た)/甲2 昼間の見通しの実況見分調書。弁護人が請求=①通行人の警察官調書(5号→甲1の供述の変遷)②夜間の街灯の明るさを調べた実況見分調書(3号→甲1の前提条件)③請求されていない別の通行人の調書(6号→被告人が犯人か)。×=通行人の身上調書(重要性なし) 図:設例1の当てはめ

  • 窃盗(ひったくり)
  • 被告人は犯人性を争う
  • 検察官の請求証拠=甲1 通行人の検察官調書(街灯の下で犯人の顔をはっきり見た)/甲2 昼間の見通しの実況見分調書
  • 弁護人が請求=①通行人の警察官調書(5号→甲1の供述の変遷)②夜間の街灯の明るさを調べた実況見分調書(3号→甲1の前提条件)③請求されていない別の通行人の調書(6号→被告人が犯人か)
  • ×=通行人の身上調書(重要性なし)

設例で当てはめます。夜道で、スマートフォンをひったくられた事件です。被告人は、犯人は自分ではない、と争っています。検察官は、通行人の検察官調書、甲1を請求しました。街灯の下で犯人の顔をはっきり見た、被告人に間違いない、という内容です。あわせて、昼間に現場の見通しを撮影した実況見分調書、甲2も請求しました。弁護人は、甲1の通行人の言い分を、どれくらい信じてよいかを確かめたいと考えます。請求は3つです。1つ目は、同じ通行人の警察官調書です。検察官は、甲1に弁護側が同意しなければ、通行人を証人として請求する予定です。調書を請求された人なので、5号のロにあたります。目的は、甲1の、顔をはっきり見たという供述に、変遷がないかを確かめることです。最初は暗くて顔までは見ていないと話していなかったか。2つ目は、夜間に同じ現場で、街灯の明るさを調べた実況見分調書です。3号の書面にあたります。甲2は昼間の見通しですから、夜の見え方は示しません。甲1の、街灯の下で見えたという前提条件が、本当に成り立つのかを確かめる材料です。3つ目は、請求されていない別の通行人の調書で、犯人は小柄だった、と話している内容のものです。6号にあたります。被告人が犯人かどうかという、検察官が立証しようとする事実の有無に関する供述だからです。

類型に当たっても、請求が通らない場合があります。たとえば、弁護人が、甲1の通行人の、出生、学歴、経歴、家族関係だけを書いた身上調書まで請求したとします。通行人が犯人を見たかどうかの供述の、信用性を判断するのに、類型的に重要とは言えません。これが、重要性が否定される例です。ある地方裁判所の決定が、この考え方を示しています。

判例横浜地決平20・5・22

裁判例の一例——身上経歴は重要性を欠く(地方裁判所の決定) 不開示事項のうち,出生,学歴及び経歴,家族関係については,供述の証明力を判断するにあたって類型的に重要性があるとは言えず,刑訴法316条の15第1項本文記載の重要性の要件を欠いている。

この決定の事案では、弁護人が、共犯とされる人たちの供述調書を、類型証拠として請求しました。検察官は、警察官調書を開示しましたが、身上調書のうち、出生や経歴、家族関係、前科前歴などの部分は除きました。その部分は、重要性が非常に低く、プライバシー侵害の弊害が大きい、という理由です。弁護人は裁判所に判断を求め、裁判所は、請求を棄却しました。注意点です。これは地方裁判所の決定の一例で、最高裁の判例のように、一般的な基準として覚えるものではありません。当てはめの一例として、重要性とは、この特定の証拠を信じてよいかに効くかどうかだ、と押さえてください。次に、相当性の例です。設例2。被告人の自白調書が請求された窃盗です。検察官は、被告人の検察官調書、乙1を請求しました。やりました、という内容です。被告人は、警察で長く取り調べられて、疲れてサインした、と言っています。

設例2の当てはめ。窃盗。検察官の請求証拠=乙1 被告人の検察官調書(やりました)。被告人=警察で長く取り調べられ疲れてサインした。弁護人が請求=①被告人の別の日付の供述調書(7号→乙1と前後で変わっていないか)②身体拘束中の取調べの年月日・時間・場所を記録した書面(8号→乙1をどれくらい信じてよいかの材料)。相当性が問題になる例=共犯者の前科前歴(効き目と弊害の天秤) 図:設例2の当てはめ

  • 窃盗
  • 検察官の請求証拠=乙1 被告人の検察官調書(やりました)
  • 被告人=警察で長く取り調べられ疲れてサインした
  • 弁護人が請求=①被告人の別の日付の供述調書(7号→乙1と前後で変わっていないか)②身体拘束中の取調べの年月日・時間・場所を記録した書面(8号→乙1をどれくらい信じてよいかの材料)
  • 相当性が問題になる例=共犯者の前科前歴(効き目と弊害の天秤)

弁護人が請求するのは2つです。1つ目は、被告人の別の日付の供述調書です。7号にあたります。乙1の内容が、前後で変わっていないかを比べます。2つ目は、取調べ状況を記録した書面です。身体拘束中の取調べの、年月日、時間、場所を記録したもので、8号にあたります。この8号の目的を、任意性と言い切ってはいけません。条文の目的は、あくまで、請求証拠の証明力を判断するため、です。ここでは、乙1をどれくらい信じてよいかを確かめる材料、と言えば足ります。任意性の問題は、自白法則の回で扱った、別の論点です。では、相当性が問題になる場面です。弁護人が、共犯とされる人の前科前歴まで請求したとします。内容によっては、その人が自分の刑責を軽くしたい動機を推測させる事情になり、供述の信用性を判断するのに重要な場合もあります。そのため、重要性が全くないとは言えません。しかし、その人の供述調書がほかに全部開示されていれば、供述の変遷や整合性で、信用性は十分に判断できます。開示の必要性は下がり、名誉やプライバシーを侵すおそれが上回る場合があります。先ほどの決定は、この場面でも判断を示しています。

判例横浜地決平20・5・22

裁判例の一例——前科前歴は相当性を欠く(地方裁判所の決定) 共犯関係にある供述者に前科前歴があることは,その内容次第では,供述者が自らの刑責を軽くする動機を推知させる一事情となりうるなど,その供述の証明力を判断するために重要である場合があることは否定できない。しかし,共犯関係にある各供述者については既に,身上調書の不開示部分を除き,その供述調書が全て開示されていることなどに照らすと,供述の変遷,各供述間での整合性等によって十分各供述者の供述の証明力の判断をすることができるのであるから,前科前歴を開示する必要性は相当低いと言うべきである。一方,これを開示した場合には,共犯関係にある供述者の名誉あるいはプライバシーを不当に侵害するおそれは決して小さくない。以上より,上記各証拠の前科前歴に関する部分については,重要性が高いとまでは言えず,開示の必要性が相当低いと言うべきである一方,開示の弊害が決して小さくない本件事案においては,刑訴法316条の15第1項本文所定の相当性が認められない。

重要性は、その証拠が、特定の請求証拠を信じてよいかの判断に効くかどうかです。身上経歴は、ここで止まりました。相当性は、その効き目と、開示の弊害とを天秤にかけた結果です。前科前歴は、効き目が全くないわけではないが、弊害のほうが重い、と判断されました。2つは別の関門です。冒頭の答えに戻ります。検察官が使う証拠は、必ず見せる。何があるのかは、一覧表で知らせる。そして、使わない証拠のうち一定のものは、弁護側の請求で見せる。この一定のものとは、類型に当たり、重要性と相当性という2つの関門を通ったものです。ここは、論文で論点になりうる部分です。当てはめでは、どの類型に当たるか、どの請求証拠の証明力を判断するためか、なぜ重要か、そして弊害は何か、という順で書けるように、事例で練習しておくと役立ちます。

請求するときに明らかにすること

請求の際に明らかにする事項(316条の15第3項第1号)。イ=類型と、請求する証拠を識別するに足りる事項。ロ=特定の請求証拠の証明力を判断するために重要であること等、開示が必要な理由。実務の含意=何かありそうだから全部、では足りない 図:請求の際に明らかにする事項

  • 316条の15第3項第1号
  • イ=類型と、請求する証拠を識別するに足りる事項。ロ=特定の請求証拠の証明力を判断するために重要であること等、開示が必要な理由。実務の含意=何かありそうだから全部、では足りない

請求のしかたにも条文があります。何かありそうだから全部見せてください、では足りません。

条文刑事訴訟法第316条の15第3項(柱書・第1号)

刑事訴訟法第316条の15第3項(柱書・第1号)——請求の際に明らかにする事項 被告人又は弁護人は、前二項の開示の請求をするときは、次の各号に掲げる開示の請求の区分に応じ、当該各号に定める事項を明らかにしなければならない。 一 第一項の開示の請求 次に掲げる事項 イ 第一項各号に掲げる証拠の類型及び開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項 ロ 事案の内容、特定の検察官請求証拠に対応する証明予定事実、開示の請求に係る証拠と当該検察官請求証拠との関係その他の事情に照らし、当該開示の請求に係る証拠が当該検察官請求証拠の証明力を判断するために重要であることその他の被告人の防御の準備のために当該開示が必要である理由

3項は、第1項の請求のときに、2つを明らかにするよう求めています。イは、どの類型に当たるかと、請求する証拠を識別するに足りる事項です。どの証拠を指しているかが分かる程度、ということです。ロは、その証拠が、特定の請求証拠の証明力を判断するために重要である理由などです。ひったくりの設例の1つ目で、請求の型を見ます。弁護人は、こう言います。類型は5号のロ。対象は、甲1の通行人が警察で話した調書。甲1の、顔をはっきり見たという供述の証明力を判断するために、重要です。理由は、供述が前後で変わっていないかを確かめる必要があるからです。特定の証拠、類型、重要な理由。この3点を言って請求する、ということです。

請求の理由を明らかにしなければならないと、3項が定めています。理由が弱ければ、検察官は、開示しない理由を告げて応じないことがあります。請求の言い方は、結論に影響します。

尋問準備との関係

類型証拠開示の意味。反対尋問は、法廷で主尋問を聞いてからでは遅い。証人予定者の別の調書を前もって見て、公判で予想される証言との食い違いを探す(328条の自己矛盾供述による弾劾の材料)。被告人質問=自分の調書の変遷を把握。請求しなければ、検察官が自発的に見せる義務はない 図:類型証拠開示の意味

  • 反対尋問は、法廷で主尋問を聞いてからでは遅い
  • 証人予定者の別の調書を前もって見て、公判で予想される証言との食い違いを探す(328条の自己矛盾供述による弾劾の材料)
  • 被告人質問=自分の調書の変遷を把握
  • 請求しなければ、検察官が自発的に見せる義務はない

類型証拠開示が何に効くのかを、尋問の面から確かめます。その前に、1問です。証人が公判で述べたことと、前に述べたことが食い違うとき、前の供述を証拠にするための根拠は何でしたか?328条の、自己矛盾供述による弾劾です。同じ証人が前に違うことを述べていた、という事実を示して、法廷での証言の信用性を減らす。これが弾劾でした。ただし、前に何を述べたかを知らなければ、突きようがありません。反対尋問は、法廷で主尋問を聞いてから考えるのでは遅いのです。証人予定者の別の調書を前もって見て、公判で予想される証言との食い違いを探しておく。そのための材料が、類型証拠開示です。ひったくりの設例で言えば、通行人が法廷で、顔をはっきり見た、と証言したとします。警察官調書に、暗くて顔までは見ていない、とあれば、弁護人はその食い違いを突けます。被告人質問でも同じです。被告人自身の供述調書の変遷を前もって把握しておけば、検察官が反対質問で突いてくる点に備えられます。注意点が1つあります。請求による開示なので、請求しなければ、検察官が自発的に見せる義務はありません。請求漏れは、弁護人の責任になります。

ここまでで見えないもの

類型の外にある証拠。例=警察官の取調べ時のメモ。類型に当たらない→この段階では請求の足がかりがない。類型証拠開示は主張の前。それ以外を開く鍵は、被告人側が主張を明らかにしたあとの開示。検察官が応じないときは裁判所が判断する仕組みがある 図:類型の外にある証拠

  • 例=警察官の取調べ時のメモ
  • 類型に当たらない→この段階では請求の足がかりがない
  • 類型証拠開示は主張の前
  • それ以外を開く鍵は、被告人側が主張を明らかにしたあとの開示
  • 検察官が応じないときは裁判所が判断する仕組みがある

ここまでで、請求証拠、類型証拠、そして任意開示を見ました。それでも、見えない証拠が残ります。類型は、法律が挙げた1号から9号に限られるからです。たとえば、警察官が被告人の取調べのときに、自分の覚えのために取ったメモです。被告人の署名も押印もないので、7号の、被告人の供述録取書等には当たりません。作成が義務づけられた取調べ状況の記録でもないので、8号にも当たりません。こうしたメモは、7号にも8号にも当たらず、この段階では、請求の足がかりがありません。それを開く鍵は、被告人側が主張を明らかにしたあとの開示です。さらに、検察官が開示に応じないときは、誰がどう決めるのか。次の回で扱います。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。検察官は手持ち証拠をすべて開示する×/被告人にも謄写の機会×(弁護人だけ)/証人等は氏名・住居+供述録取書等○/一覧表は請求なしで交付×(請求があったとき)/一覧表の請求は主張の明示の後×/一覧表は証拠の内容の要旨×(標目)/任意開示に請求権×/類型に当たれば必ず開示×/類型証拠開示は主張の後でなければ請求できない×/取調べ状況記録は被告人に係るものに限る×(共犯者側にも)/開示しない理由を告げる必要はない×(規則217条の26) 図:短答の落とし穴

短答の確認です。検察官は、公判前整理手続で、手持ちの証拠をすべて被告人側に開示しなければならない。×です。請求証拠は必ず開示されますが、それ以外は、類型証拠や主張関連証拠として、要件と相当性で決まります。検察官請求証拠のうち、証拠書類や証拠物について、被告人に対しても謄写する機会を与えなければならない。×です。謄写が条文に書かれているのは、弁護人に対してです。検察官が証人として請求した者については、氏名と住居だけでなく、公判で話すと思われる内容が分かる供述録取書等も、弁護人には閲覧と謄写をさせます。○です。証拠の一覧表は、請求がなくても検察官が交付する。×です。請求があったときです。請求できる時期は、請求証拠の開示のあとで、被告人側が主張を明らかにする前でも構いません。一覧表に、証拠の内容の要旨が書かれる、も×です。標目や品名、年月日、氏名で、中身そのものではありません。任意開示について、被告人側に法律上の請求権がある。×です。検察官が自発的に見せる運用です。類型証拠に当たる証拠は、必ず開示される。×です。特定の請求証拠の証明力を判断するために重要で、かつ、必要性と弊害を比べて相当と認められることが要ります。類型証拠開示は、被告人側が主張を明らかにしたあとでなければ請求できない。これも×です。請求証拠の開示を受けたあとなら、主張の前でも請求できます。取調べ状況の記録は、被告人に係るものに限る。×です。共犯者側にも広がっています。検察官は、開示に応じないときは、理由を告げる必要はない。×です。理由を告げなければなりません。

今日のまとめです。手持ち証拠の差は埋めたいが、全部を無条件に見せると弊害が出る。だから、検察官が使う証拠は必ず開示し、保管する証拠は一覧表で知らせ、使わない証拠のうち、請求証拠の証明力を判断するために重要で、しかも相当な一定の類型だけを、弁護側の請求で開示します。重要性は、その証拠が特定の請求証拠を信じてよいかに効くかどうか、相当性は、その効き目と弊害の天秤です。次の回では、類型の外にある証拠を、弁護側がどうすれば見られるのかと、検察官が応じないときは誰が決めるのかを扱います。

ページ上部へ ↑

#141単独ページ動画

予定主張の明示と主張関連証拠開示(黙秘権との関係・取調べメモの開示)

第6章 公判の応用 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

類型の外に残った証拠。例=警察官が取調べのときに自分の覚えのために取ったメモ(署名も押印もないので7号に当たらず・作成が義務づけられた記録でもないので8号に当たらない)。見る道=被告人側が主張を明らかにしたあとの開示。検察官が応じないときに裁判所が決める手続は次の回 図:類型の外に残った証拠

  • 例=警察官が取調べのときに自分の覚えのために取ったメモ(署名も押印もないので7号に当たらず・作成が義務づけられた記録でもないので8号に当たらない)
  • 見る道=被告人側が主張を明らかにしたあとの開示
  • 検察官が応じないときに裁判所が決める手続は次の回

前の回の最後に、見えない証拠が残りました。警察官が被告人の取調べのときに、自分の覚えのために取ったメモです。署名も押印もないので、被告人の供述録取書等には当たりません。作成が義務づけられた取調べ状況の記録でもありません。類型の外にある証拠を、弁護側はどうすれば見られるのか。検察官が応じないときは、誰が決めるのか。今日は、1つ目の問いに答えます。2つ目の、裁判所が決める手続の中身は、次の回で条文から確かめます。類型の外にある証拠を見る道は、あります。ただし条件があります。弁護側が先に、自分が公判でする主張を明らかにすることです。

黙秘権との関係にも、最高裁の決定が答えています。今日の背骨は、一本の道です。主張を示すと、それに関連する証拠が開く。この一本道を、順に歩きます。

開示の段階の地図。前の回で歩いた段階(検察官の請求証拠の開示・類型証拠開示)は薄く=済み。今日は濃く=被告人側の主張の明示(316条の17)→主張関連証拠開示(316条の20)。その先=検察官が応じないときの裁判所の判断(次の回)。左下=類型の外に残ったもの(取調べのメモ) 図:開示の段階の地図

  • 前の回で歩いた段階(検察官の請求証拠の開示・類型証拠開示)は薄く=済み
  • 今日は濃く=被告人側の主張の明示(316条の17)→主張関連証拠開示(316条の20)
  • その先=検察官が応じないときの裁判所の判断(次の回)
  • 左下=類型の外に残ったもの(取調べのメモ)

開示の段階の地図を、1枚で受けます。検察官の請求証拠の開示と、類型証拠開示の2つは、前の回で歩いたので、済みです。今日は、その先の、被告人側の番から始まります。まず、被告人側が主張を明らかにする段階。次に、その主張に関連する証拠の開示です。検察官が応じないときの裁判所による判断は、地図の右端に置いておき、次の回で歩きます。検察官が先に手の内を見せ、被告人側がそれを見たうえで主張を出す。今日は、その後半です。

被告人側がまずすること

鏡合わせ。左=検察官側(証明予定事実記載書→証拠調べ請求→開示→被告人側の意見)。右=被告人側(証拠意見→主張の明示→請求→開示→検察官の意見)。右の主張の明示と請求は「主張があるとき」だけ。期限は裁判所が当事者の意見を聴いて定める 図:鏡合わせ

  • 左=検察官側(証明予定事実記載書→証拠調べ請求→開示→被告人側の意見)
  • 右=被告人側(証拠意見→主張の明示→請求→開示→検察官の意見)
  • 右の主張の明示と請求は「主張があるとき」だけ
  • 期限は裁判所が当事者の意見を聴いて定める

被告人側の番です。前の回で、検察官の側は、証明予定事実記載書を出し、証拠の取調べを請求し、それを開示しました。このあと、相手である被告人側の意見を受けます。被告人側の手順は、この鏡合わせです。順に並べます。1つ目は、検察官請求証拠に対する意見。2つ目は、自分の主張の明示。3つ目は、自分の側の証拠の取調べ請求。4つ目は、請求した証拠の検察官への開示。5つ目は、それに対する検察官の意見です。最初の意見から、条文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の16第1項

刑事訴訟法第316条の16第1項——検察官請求証拠への意見 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに前条第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、検察官請求証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない。

被告人側は、検察官の書面の送付と、請求証拠と類型証拠の開示を受けたら、検察官請求証拠について、意見を明らかにしなければなりません。見たうえで意見を言う順番です。意見は2種類あります。326条の同意をするかどうかと、取調べの請求に異議がないかどうかです。前の回の、夜道でスマートフォンを奪われた、ひったくりの設例で考えます。通行人の検察官調書は書面です。通行人の話を記した書面は、伝聞法則によって、原則として証拠にできませんでした。ただ、被告人側が326条の同意をすれば、そのまま証拠になります。だから、書面には、同意するかしないかを述べます。一方、検察官が、奪われたスマートフォンも証拠として請求していたとします。スマートフォンは物です。人の話を記したものではないので、伝聞法則が働かず、同意という問題は立ちません。そこで、取り調べること自体に異議があるかどうかを述べます。書面は同意の有無、物は異議の有無、と分けて覚えてください。期限は、条文では決まっていません。裁判所が、検察官と被告人側の意見を聴いて、期限を定めることができます。この期限の定めは、次に見る主張の明示と、検察官の意見にもあります。

予定主張の明示

予定主張の2軸。縦=事実上の主張/法律上の主張。横=検察官の主張への反論/弁護側が立てる積極的な主張。犯人は別の人だと争う=事実上・反論。正当防衛=法律上・積極。アリバイ=事実上・積極。被害者の側の落ち度=量刑に関わる事実(対象になりうる) 図:予定主張の2軸

  • 縦=事実上の主張/法律上の主張
  • 横=検察官の主張への反論/弁護側が立てる積極的な主張
  • 犯人は別の人だと争う=事実上・反論
  • 正当防衛=法律上・積極
  • アリバイ=事実上・積極
  • 被害者の側の落ち度=量刑に関わる事実(対象になりうる)

次が、今日の中心になる、予定主張の明示です。条文を、全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の17第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の17第1項・第2項——予定主張の明示と証拠の請求 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三第一項の書面の送付を受け、かつ、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をすべき証拠の開示を受けた場合において、その証明予定事実その他の公判期日においてすることを予定している事実上及び法律上の主張があるときは、裁判所及び検察官に対し、これを明らかにしなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。 2 被告人又は弁護人は、前項の証明予定事実があるときは、これを証明するために用いる証拠の取調べを請求しなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第三項の規定を準用する。

部品に分けます。時期は、検察官の書面の送付を受け、請求証拠と類型証拠の開示を受けたあとです。内容は、公判期日でする予定の、事実上と法律上の主張。相手は、裁判所と検察官です。そして、公判でする予定の主張があるとき、という条件が付いています。主張が無いのに、何かを言わせる条文ではありません。2項は、その中に証明予定事実があれば、それを証明する証拠の取調べ請求も義務づけます。2つの軸で整理すると分かりやすいです。縦の軸は、事実上の主張と、法律上の主張です。横の軸は、検察官の主張への反論か、弁護側が自分から立てる積極的な主張かです。たとえば、犯人は別の人だと争うのは、事実上の主張で、反論です。正当防衛は、法律上の主張で、積極的な主張です。アリバイ、つまり、その時刻には別の場所にいたという主張は、事実上の主張で、積極的な主張です。量刑に関わる主張も、対象になりうると言われます。被害者の側にも落ち度があったという事情のように、刑の重さに関わる事実です。

刑事訴訟規則217条の20第2項が、争点と証拠の整理に必要な事項を、具体的かつ簡潔に明らかにするよう求めています。争います、という一言では足りません。大事なのは、次の点です。主張が具体的であるほど、次に見る主張関連証拠開示で、関連すると言える範囲が定まります。主張の明示は、義務であると同時に、開示を引き出す足がかりでもあります。

被告人側の証拠の請求と検察官の意見

手続の一往復。被告人側の請求証拠→検察官への開示(316条の18=証拠書類・証拠物は閲覧し、かつ謄写する機会/証人等は氏名・住居+供述録取書等)→検察官の意見(316条の19=同意するか・異議がないか)。対照=検察官から被告人側(316条の14)は謄写の機会が条文に書かれるのは弁護人だけ/被告人側から検察官(316条の18)は閲覧し、かつ謄写する機会 図:手続の一往復

  • 被告人側の請求証拠→検察官への開示(316条の18=証拠書類・証拠物は閲覧し、かつ謄写する機会/証人等は氏名・住居+供述録取書等)→検察官の意見(316条の19=同意するか・異議がないか)
  • 対照=検察官から被告人側(316条の14)は謄写の機会が条文に書かれるのは弁護人だけ/被告人側から検察官(316条の18)は閲覧し、かつ謄写する機会

主張を明らかにしたあと、被告人側は、証明予定事実を証明するための証拠の取調べを請求します。請求した証拠は、検察官にも開示しなければなりません。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の18

刑事訴訟法第316条の18——被告人側の請求証拠の開示 被告人又は弁護人は、前条第二項の規定により取調べを請求した証拠については、速やかに、検察官に対し、次の各号に掲げる証拠の区分に応じ、当該各号に定める方法による開示をしなければならない。 一 証拠書類又は証拠物 当該証拠書類又は証拠物を閲覧し、かつ、謄写する機会を与えること。 二 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人 その氏名及び住居を知る機会を与え、かつ、その者の供述録取書等のうち、その者が公判期日において供述すると思料する内容が明らかになるもの(当該供述録取書等が存在しないとき、又はこれを閲覧させることが相当でないと認めるときにあつては、その者が公判期日において供述すると思料する内容の要旨を記載した書面)を閲覧し、かつ、謄写する機会を与えること。

証拠書類と証拠物は、検察官に、閲覧し、かつ謄写する機会を与えます。証人などは、氏名と住居を知る機会に加えて、公判で話すと思われる内容が分かる供述録取書等を、閲覧し、謄写する機会を与えます。検察官側の開示とほぼ同じ形です。短答で問われる違いが1つあります。検察官が被告人側に開示するときは、謄写が条文に書かれているのは弁護人に対してだけで、被告人本人は閲覧だけでした。被告人側が検察官に開示するときは、検察官に対し、閲覧し、かつ謄写する機会を与えます。相手が検察官ですから、被告人か弁護人かという区別が無いのです。

条文刑事訴訟法第316条の19第1項

刑事訴訟法第316条の19第1項——検察官の意見 検察官は、前条の規定による開示をすべき証拠の開示を受けたときは、第三百十六条の十七第二項の規定により被告人又は弁護人が取調べを請求した証拠について、第三百二十六条の同意をするかどうか又はその取調べの請求に関し異議がないかどうかの意見を明らかにしなければならない。

被告人側が請求した証拠について、検察官も、同意するかどうか、あるいは異議がないかどうかの意見を明らかにします。ここで手続が一往復して、検察官側の手順と対になりました。違うのは、被告人側の主張の明示と請求は、主張があるときだけ動く、という点です。

予定主張の明示と黙秘権

問いと決定の筋。問い=主張を先に言わせてよいのか。決定の3点(予定する主張があるときに限る/自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務付けるものではない/主張するかどうかも被告人の判断に委ねられている)→結論=自己に不利益な供述を強要するものとはいえない。左右に条文=憲法38条1項(何人も、自己に不利益な供述を強要されない。)/刑訴311条1項(被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。)。注記=別の問題として、主張しなかったときの不利益 図:問いと決定の筋

  • 問い=主張を先に言わせてよいのか
  • 決定の3点(予定する主張があるときに限る/自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務付けるものではない/主張するかどうかも被告人の判断に委ねられている)→結論=自己に不利益な供述を強要するものとはいえない
  • 左右に条文=憲法38条1項(何人も、自己に不利益な供述を強要されない。)/刑訴311条1項(被告人は、終始沈黙し、又は個々の質問に対し、供述を拒むことができる。)
  • 注記=別の問題として、主張しなかったときの不利益

冒頭の問いに戻ります。主張を先に言わせることは、黙秘権に反しないのか。前に、この問いを証拠開示の回で見ると約束しました。画面の左右に、憲法38条1項と、刑事訴訟法311条1項を並べています。自己に不利益な供述を強要されないこと、そして、被告人が終始沈黙できることです。最高裁は、この問いに答えています。予定主張の明示を定める条文は、316条の17でした。この条文は憲法38条1項に違反する、という弁護側の上告での主張を退けた決定です。決定は、まず、この条文の趣旨と義務の中身を述べています。

判例最決平25・3・18 刑集67巻3号325頁

最高裁の決定——予定主張の明示の趣旨と義務の中身 公判前整理手続は,充実した公判審理を継続的,計画的かつ迅速に行うために,事件の争点及び証拠を整理する公判準備であるところ,公判前整理手続において十分に争点及び証拠を整理するためには,検察官の主張に対する反論として,被告人側の主張やその取調べ請求証拠が明らかにされなければならないことから,刑訴法316条の17は,被告人又は弁護人に対し,検察官の証明予定事実を記載した書面の送付を受け,かつ,同法316条の14 316条の15第1項の各規定による証拠開示を受けた場合に,公判期日においてすることを予定している主張があるときには,これを明らかにするとともに,その証明に用いる証拠の取調べを請求することを義務付けている。

趣旨は、争点と証拠を十分に整理するには、検察官の主張への反論として、被告人側の主張と証拠が明らかになる必要がある、というものです。そのうえで、核心の部分を読みます。

判例最決平25・3・18 刑集67巻3号325頁

最高裁の決定——黙秘権との関係 このように,同法316条の17は,被告人又は弁護人において,公判期日においてする予定の主張がある場合に限り,公判期日に先立って,その主張を公判前整理手続で明らかにするとともに,証拠の取調べを請求するよう義務付けるものであって,被告人に対し自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について認めるように義務付けるものではなく,また,公判期日において主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられているのであって,主張をすること自体を強要するものでもない。そうすると,同法316条の17は,自己に不利益な供述を強要するものとはいえないから,憲法38条1項違反をいう所論は前提を欠き,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

決定が言っていることを、3点に分けます。1つ目は、義務づけられるのは、公判でする予定の主張がある場合に限られること。2つ目は、被告人に、自分が刑事上の責任を問われるおそれのある事項を認めるよう義務づけるものではないこと。3つ目は、公判で主張をするかどうかも被告人の判断に委ねられていて、主張すること自体を強要するものでもないことです。この3点から、自己に不利益な供述の強要とはいえない、と結論づけています。主張するかどうかを誰が決めるのかは、決定の言葉と、こちらの整理を分けて説明します。決定が言っているのは、先ほどの3点です。こちらの整理では、主張するかしないかの自由は残っていて、主張するなら、いつ言うかだけが決められている、と言い換えられます。義務づけられているのは、主張の時期の前倒しであって、主張の内容を強いるものではない、という整理です。論文で書くなら、この形で使えます。ここは、論文で論点になりうる部分です。

主張しなかったら、何か困ることがあるのではありませんか。あります。主張を明らかにしていなければ、主張関連証拠開示は請求できません。また、整理手続のあとに新たな証拠調べを請求することは、制限されます。前に見た条文、316条の32です。さらに、明らかにしなかった主張に沿う被告人質問も、主張を明らかにする義務に違反し、整理手続を行った意味を失わせる場合には、295条1項で制限されることがありえました。ただし、この決定は、そうした不利益が強要に当たるかどうかには触れていません。判例がそう言っている、とは書けません。不利益はありますが、それは供述の強要とは別の問題として整理する、というところまでが、こちらの説明です。

主張関連証拠開示

主張関連証拠開示の要件の流れ。弁護人が主張を明らかにした→識別事項と、主張との関連性・必要な理由を明らかにして請求→検察官「関連すると認められるか」→必要性と弊害を比べて相当か→検察官が速やかに開示(時期・方法の指定、条件)/開示しない理由を告げる→(弁護人)裁判所に判断を求める=次の回 図:主張関連証拠開示の要件の流れ

山場です。類型証拠開示の外にある証拠を、どう開くのか。これが、316条の20の主張関連証拠開示です。別名として、争点関連証拠開示と呼ばれることもあります。まず、条文を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の20第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の20第1項・第2項——主張関連証拠開示 検察官は、第三百十六条の十四第一項並びに第三百十六条の十五第一項及び第二項の規定による開示をした証拠以外の証拠であつて、第三百十六条の十七第一項の主張に関連すると認められるものについて、被告人又は弁護人から開示の請求があつた場合において、その関連性の程度その他の被告人の防御の準備のために当該開示をすることの必要性の程度並びに当該開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度を考慮し、相当と認めるときは、速やかに、第三百十六条の十四第一項第一号に定める方法による開示をしなければならない。この場合において、検察官は、必要と認めるときは、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。 2 被告人又は弁護人は、前項の開示の請求をするときは、次に掲げる事項を明らかにしなければならない。 一 開示の請求に係る証拠を識別するに足りる事項 二 第三百十六条の十七第一項の主張と開示の請求に係る証拠との関連性その他の被告人の防御の準備のために当該開示が必要である理由

部品に分けます。対象は、請求証拠の開示と、類型証拠の開示をした証拠以外の証拠で、316条の17第1項の主張に関連すると認められるものです。要件は4つです。1つ目は、主張を明らかにしたこと。2つ目は、その主張に関連すると認められること。3つ目は、関連性の程度などの必要性と、開示の弊害とを比べて、検察官が相当と認めること。弊害とは、前の回で見た、証人への働きかけや、関係者のプライバシーの侵害、罪証隠滅などです。4つ目は、被告人または弁護人からの開示の請求です。効果は、検察官が速やかに、弁護人には閲覧し、かつ謄写する機会を与える方法で、開示することです。検察官は、必要と認めるときは、開示の時期や方法を指定し、条件を付けられます。開示しないときは、その理由を弁護側に告げなければなりません。刑事訴訟規則217条の26です。請求のときの言い方も、前の回と同じです。2項の1号は、請求する証拠を識別するに足りる事項、2号は、主張と請求する証拠との関連性その他、開示が必要な理由を、明らかにするよう求めています。何かありそうだから全部見せてください、では足りません。

条文の書き方には、注意が必要です。条文は、請求証拠と類型証拠として開示した証拠以外、と書いています。類型に当たらない証拠、とは書いていません。類型に当たりうるのに開示されなかった証拠も、主張に関連すれば、対象になりうるのです。ここで、前の回の復習を1問です。類型証拠開示の請求は、主張を明らかにする前でも、できましたか?できました。請求証拠の開示を受けたあとなら、主張の前でも請求できました。これが、今日の主張関連証拠開示との、いちばん大きな違いです。比較表にします。

類型証拠開示と主張関連証拠開示の比較。何のため=類型は請求証拠の証明力の判断/主張関連は自分の主張の裏づけ・争点の整理。いつから=類型は主張の前でも請求できる/主張関連は主張を明らかにした後。対象の決まり方=類型は法律が挙げる1号から9号/主張関連は主張との関連性で決まる(類型外も含む)。共通点=請求が要る・必要性と弊害を比べて相当と認めること 図:類型証拠開示と主張関連証拠開示の比較

  • 何のため=類型は請求証拠の証明力の判断/主張関連は自分の主張の裏づけ・争点の整理
  • いつから=類型は主張の前でも請求できる/主張関連は主張を明らかにした後
  • 対象の決まり方=類型は法律が挙げる1号から9号/主張関連は主張との関連性で決まる(類型外も含む)
  • 共通点=請求が要る・必要性と弊害を比べて相当と認めること

類型証拠開示は、特定の請求証拠の証明力を判断するためのものでした。主張関連証拠開示は、自分の主張の裏づけと、争点の整理のためのものです。時期も違います。類型は主張の前でも請求できますが、主張関連は、主張を明らかにしたあとです。対象の決まり方も違います。類型は、法律が挙げた1号から9号の枠で決まりました。主張関連には、そうした枠がありません。主張との関連性で決まります。共通点は、どちらも請求が必要なこと、そして、必要性と弊害を比べて相当と認められることです。なぜ、枠が無い代わりに、主張が先なのですか。枠が無ければ、何を開示するかを決める手がかりが要るからです。その手がかりが、被告人側の主張です。主張が、開示の範囲を画します。主張を出さずに全部見せろ、は通らない設計です。前の回で見た、全部を無条件に見せると弊害が出る、という軸に戻ります。主張関連証拠開示の請求は、あとで追加や変更をした主張にも及びます。追加と変更の手続は、次の回で見ます。

取調べメモをめぐる3つの最高裁の決定

取調べメモの3つの決定の切り分け。①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書。②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる。③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした 図:取調べメモの3つの決定の切り分け

  • ①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書
  • ②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる
  • ③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした

冒頭に戻ります。警察官の取調べのメモは、検察官の手元に無いことが多いものです。検察官が現に持っていない証拠も、開示の対象になるのか。これに、最高裁の3つの決定が答えています。3つは、決めたことが違います。1つ目は、対象になる証拠の範囲。2つ目は、対象かどうかを裁判所が確かめる方法。3つ目は、警察官が私費で買ったノートの扱いです。事案は、誰のメモか、どんな主張か、で見分けます。先に、言葉を1つ確認します。検察官が開示すべき証拠を開示していないと裁判所が認めるとき、裁判所は、弁護側の請求を受けて、決定で開示を命じなければなりません。これを開示命令といいます。316条の26です。手続の中身は次の回で見ます。これから見る3つの決定は、どれも、この開示命令をめぐるものです。1つ目は、偽造通貨を使った事件の決定です。弁護人は、警察官による自白を強要する威嚇的な取調べや、利益を示して自白を誘うような取調べがあった、と主張しました。自白の任意性を争う主張です。そして、被告人の取調べを担当した警察官の、取調べのメモや備忘録などの開示を請求しました。検察官は、手持ちの記録には無く、取調べのメモは一般に開示の対象ではない、と答えました。最初の裁判所は請求を退けましたが、弁護側の不服申立てを受けた高等裁判所が開示命令を出し、最高裁はこれを是認しました。最高裁が示した範囲の規範を、読みます。

判例最決平19・12・25 刑集61巻9号895頁

最高裁の決定——開示命令の対象の範囲 公判前整理手続及び期日間整理手続における証拠開示制度は,争点整理と証拠調べを有効かつ効率的に行うためのものであり,このような証拠開示制度の趣旨にかんがみれば,刑訴法316条の26第1項の証拠開示命令の対象となる証拠は,必ずしも検察官が現に保管している証拠に限られず,当該事件の捜査の過程で作成され,又は入手した書面等であって,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものを含むと解するのが相当である。

開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られません。決め手は、制度の趣旨です。争点の整理と証拠調べを有効に行うための制度なのに、証拠が警察に置かれているだけで対象から外れては、その趣旨が果たせません。だから、その事件の捜査の過程で作成され、または入手した書面等で、公務員が職務上現に保管し、かつ、検察官が入手しやすいものを含みます。要素は3つです。捜査の過程で作成または入手したもの、公務員が職務上現に保管しているもの、検察官が入手しやすいもの、です。警察が持っているメモも、この3つを満たせば、対象になりえます。決定は、備忘録についても述べています。犯罪捜査規範13条は、警察官に、公判に証人として出頭する場合を考え、将来の捜査にも役立てるため、捜査の経過その他参考となるべき事項を明細に記録しておかなければならない、と定めています。取調べを担当する警察官は、これに基づいて備忘録を作成します。この規定を前提にした部分を、読みます。

判例最決平19・12・25 刑集61巻9号895頁

最高裁の決定——取調べ警察官の備忘録 取調警察官が,同条に基づき作成した備忘録であって,取調べの経過その他参考となるべき事項が記録され,捜査機関において保管されている書面は,個人的メモの域を超え,捜査関係の公文書ということができる。これに該当する備忘録については,当該事件の公判審理において,当該取調べ状況に関する証拠調べが行われる場合には,証拠開示の対象となり得るものと解するのが相当である。

文中の、同条とは、先ほどの犯罪捜査規範13条のことです。この条に基づく備忘録は、個人的メモの域を超えた、捜査関係の公文書で、取調べ状況について証拠調べが行われる場合には、開示の対象になりえます。

2つ目の決定。対象=警察官が作った、保護の状況と採尿の状況に関するメモ。争われた点=個人的なメモか、開示の対象になる備忘録か/裁判所は検察官にメモの提示を命じられるか。判断=開示命令の対象かどうかは裁判所が判断する・必要があれば提示を命じられる・提示命令に応じなかった→開示を命じた判断は違法でない 図:2つ目の決定

  • 対象=警察官が作った、保護の状況と採尿の状況に関するメモ
  • 争われた点=個人的なメモか、開示の対象になる備忘録か/裁判所は検察官にメモの提示を命じられるか
  • 判断=開示命令の対象かどうかは裁判所が判断する・必要があれば提示を命じられる・提示命令に応じなかった→開示を命じた判断は違法でない

2つ目は、尿の採取に関わる事件の決定です。警察官が作った、保護の状況や、尿を採ったときの状況に関するメモについて、弁護側は開示を求めました。検察官の側は、このメモは警察官が私費で買ったノートに、誰からも指示されず心覚えのために書いたものだ、と主張しました。1つ目の決定で対象になりうるとされたのは、13条の備忘録でした。個人的メモなら、その外です。だから、どちらに当たるかが分かれ目になります。争点は2つで、個人的メモか、開示の対象になる備忘録か、そして、裁判所が検察官にメモの提示を命じられるか、でした。決定は、こう述べました。警察官が捜査の過程で作成し保管するメモが開示命令の対象かどうかは、裁判所が判断します。そのために必要があれば、検察官にメモの提示を命じることができます。提示とは、裁判所に見せることです。弁護側に見せる開示とは違います。このメモは、捜査の過程で作成され、警察官が保管しているものです。だから、備忘録に当たる可能性は否定できず、提示命令は相当でした。ところが、検察官は提示命令に応じませんでした。決定は、この事実関係の下では、開示を命じた最初の裁判所の決定は違法でない、としました。決定は、その理由を詳しくは述べていません。こちらの整理では、こう説明できます。対象かどうかを決めるのは裁判所です。その裁判所に見せることを検察官が拒めば、対象に当たらないと確かめる道がありません。当たる可能性が残る以上、開示を命じても違法とはいえない、ということです。この決定は、主張との関連性の点には触れていません。提示命令の仕組みは、次の回で条文から見ます。

3つ目の決定。主張=証人の新しい供述についての検察官調書と、予定されている証言の信用性を争う。請求した証拠=証人の取調べを担当した警察官の、私費で買った大学ノートのうち、その証人の取調べの記載部分。保管=警察署の机→転勤後は自宅→問い合わせを受けて新しい勤務署。判断=職務のために作成・職務上保管→対象。関連性は一定程度・必要性も肯認できないではない・特段の弊害なし 図:3つ目の決定

  • 主張=証人の新しい供述についての検察官調書と、予定されている証言の信用性を争う
  • 請求した証拠=証人の取調べを担当した警察官の、私費で買った大学ノートのうち、その証人の取調べの記載部分
  • 保管=警察署の机→転勤後は自宅→問い合わせを受けて新しい勤務署
  • 判断=職務のために作成・職務上保管→対象
  • 関連性は一定程度・必要性も肯認できないではない・特段の弊害なし

3つ目は、強盗致傷などの事件の決定です。あとで読む決定文には、2つの記号が出てきます。Aは証人、Bはその証人の取調べを担当した警察官です。この決定の中だけの記号です。事案です。検察官が請求し採用された証人の準備のために確認したところ、この証人が、警察官調書に無い新しい供述をしました。被告人が犯行への関与を自認する言動をした、という内容です。そこで検察官は、その新しい供述の検察官調書を作って、証拠請求しました。弁護人は、新しい供述に関する検察官調書や、予定されている証言の信用性を争う、と主張しました。そして、この主張に関連する証拠として、証人の取調べを担当した警察官が使っていた、私費購入の大学ノートのうち、証人の取調べの記載部分の開示を請求したのです。このノートは、警察署の机の引き出しにしまわれ、転勤後は自宅に持ち帰られ、検察官の問い合わせで、新しい勤務署に持ち込まれて保管されていました。最高裁は、開示を命じた判断を是認しました。多数意見の一節を読みます。2段に分けて聞いてください。前半は、このノートが開示命令の対象に入るか。後半は、弁護人の主張との関連性、必要性、弊害です。

判例最決平20・9・30 刑集62巻8号2753頁

最高裁の決定——私費のノートでも対象になるか 本件メモは,B警察官が,警察官としての職務を執行するに際して,その職務の執行のために作成したものであり,その意味で公的な性質を有するものであって,職務上保管しているものというべきである。したがって,本件メモは,本件犯行の捜査の過程で作成され,公務員が職務上現に保管し,かつ,検察官において入手が容易なものに該当する。また,Aの供述の信用性判断については,当然,同人が従前の取調べで新規供述に係る事項についてどのように述べていたかが問題にされることになるから,Aの新規供述に関する検察官調書あるいは予定証言の信用性を争う旨の弁護人の主張と本件メモの記載の間には,一定の関連性を認めることができ,弁護人が,その主張に関連する証拠として,本件メモの証拠開示を求める必要性もこれを肯認することができないではない。さらに,本件メモの上記のような性質やその記載内容等からすると,これを開示することによって特段の弊害が生ずるおそれがあるものとも認められない。

決め手を整理します。私費で買ったノートでも、職務のために作成した公的な性質のもので、職務上保管していれば、先ほどの3要素を満たします。そして、証人の信用性を判断するには、前の取調べで新しい供述についてどう述べていたかが問題になるので、弁護人の主張とメモの記載の間に、一定の関連性があります。必要性も認められないわけではなく、特段の弊害も無い。だから開示を命じた判断は是認されました。主張関連証拠開示の、関連性、必要性、弊害の3つが、決定の中で順に確かめられています。この決定には、反対意見が付いています。弁護人の主張は、取調べ状況やそのときの供述内容の信用性を争点にしておらず、関連性を明らかにしていない。必要性も乏しい、という意見です。補足意見も付いています。13条の備忘録に当たるかを検討するより、捜査の過程で作成され、検察官が入手しやすいか、を問題にするほうが適切だ、という趣旨です。結論だけでなく、関連性の線引きがどこにあるかも、争われた決定だということです。

取調べメモの3つの決定の切り分け。①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書。②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる。③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした 図:取調べメモの3つの決定の切り分け

  • ①自白の任意性を争う主張・被告人の取調べを担当した警察官の取調べメモ・検察官は手持ちに無い(警察が保管)→検察官の保管に限られない(3要素)+13条の備忘録は公文書
  • ②保護状況・採尿状況のメモ・警察が保管→提示命令で裁判所が判断できる
  • ③証人の供述の信用性を争う主張・証人の取調べを担当した警察官の私費ノート→職務上の保管なら対象・関連性・必要性・弊害を満たした

誰のメモか、どんな主張か、で分けます。被告人の取調べを担当した警察官のメモで、自白の任意性を争うなら、1つ目です。この決定で、範囲が検察官の保管に限られないこと、13条の備忘録が公文書であることが固まりました。メモが開示の対象かを、裁判所が検察官に提示を命じて判断できる、というのが2つ目です。証人の取調べを担当した警察官のメモで、証人の供述の信用性を争うなら、3つ目で、私費ノートや自宅への持ち帰りがあっても、職務上保管なら対象になります。なお、3つ目の事案は警察官のノートで、検察官自身の取調べのメモの決定ではありません。取調べのメモは、何に効くのか。証人が法廷で述べたことと、取調べで述べたことが食い違うなら、328条の自己矛盾供述による弾劾、つまり、法廷での証言の信用性を減らす材料になります。供述の変遷や、取調べの状況も、メモから見えてきます。

主張関連証拠開示の当てはめ

設例1の当てはめ。前の回のひったくり事件。弁護人の予定主張=その時刻に被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた(アリバイ)。請求①ゲームセンターの出入口の防犯カメラ映像を警察が入手して解析した結果の報告書=関連性あり。請求②被害者のスマートフォンの購入記録・保険加入の資料=関連性なし。店員の証人尋問を請求→316条の18の開示→検察官の意見 図:設例1の当てはめ

  • 前の回のひったくり事件
  • 弁護人の予定主張=その時刻に被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた(アリバイ)
  • 請求①ゲームセンターの出入口の防犯カメラ映像を警察が入手して解析した結果の報告書=関連性あり
  • 請求②被害者のスマートフォンの購入記録・保険加入の資料=関連性なし
  • 店員の証人尋問を請求→316条の18の開示→検察官の意見

設例で当てはめます。前の回のひったくり事件を引き継ぎます。夜道でスマートフォンを奪われた窃盗で、被告人は、犯人は自分ではない、と争っています。検察官は、通行人の検察官調書の甲1と、昼間の現場の見通しの実況見分調書の甲2を請求していました。弁護人は、前の回の類型証拠開示で、通行人の警察官調書などを受けた、という前提です。類型証拠を見た弁護人は、被告人と相談のうえ、予定主張を明らかにします。主張は、事件の時刻に、被告人は駅の反対側のゲームセンターにいた、というアリバイです。事実上の主張で、積極的な主張です。そして、アリバイを証明する証拠として、ゲームセンターの店員の証人尋問を請求し、検察官に氏名と住居などを開示し、検察官が意見を述べます。ここまでが、さきほどの鏡合わせです。そのうえで、弁護人は、主張関連証拠を請求します。請求の型は、予定主張はこれ、請求する証拠はこれ、主張とのつながりはこう、なぜ防御の準備に必要か、の4点を言うことです。1つ目の請求は、ゲームセンターの出入口を映した防犯カメラの映像を、警察が捜査の過程で入手して解析した結果をまとめた報告書です。つながりは、その時刻にそこにいた、という主張の裏づけに直結することです。必要性は、被告人の記憶だけでは時刻が確定しないことです。弊害として考えられるのは、映像に写り込んだ店の客です。ただし、写り込みの範囲の調整や、条件を付けることで足りるかどうかを、相当性の判断で見ます。関連性は、認められます。

2つ目の請求は、被害者のスマートフォンの購入記録と、保険加入の資料です。アリバイ、つまり被告人がそこにいたかどうかとは、つながりません。弁護人の主張に関連すると認められるものではありません。何かありそうだから全部見せてください、の典型です。主張が、人違いだという一言にとどまると、1つ目の報告書を請求する理由を、言えなくなります。どこで、いつ、という主張が具体的だから、請求する証拠も絞れて、関連性が言えます。ここは、論文で論点になりうる部分です。当てはめでは、どの主張か、請求する証拠は何か、主張とのつながりはどこか、必要性と弊害はどうか、の順で書けるように、設例で練習してください。

今日の地図(保存版)

短答の落とし穴。予定主張の明示は黙秘権に反する×/主張が無くても何かを明らかにしなければならない×/被告人側の請求証拠は検察官に閲覧と謄写の機会○/主張関連証拠開示は主張の前でも請求できる×/類型に当たらない証拠に限られる×/関連すれば必要性と弊害は要らない×/開示命令の対象は検察官の保管に限られる×/私費ノートは対象外× 図:短答の落とし穴

短答の確認です。予定主張の明示は、黙秘権を保障する憲法38条1項に違反する。×です。公判でする予定の主張がある場合に限って、時期を前倒しするだけで、自己に不利益な供述の強要とはいえない、というのが最高裁の決定でした。被告人側は、公判でする予定の主張がなくても、何らかの主張を整理手続で明らかにしなければならない。これも×です。条文は、あるとき、と定めています。被告人側が取調べを請求した証拠書類や証拠物について、検察官には、閲覧し、かつ、謄写する機会が与えられる。○です。316条の18です。主張関連証拠開示は、予定主張を明らかにする前でも請求できる。×です。主張を明らかにしたあとです。類型証拠開示は、主張の前でも請求できました。主張関連証拠として請求できるのは、類型に当たらない証拠に限られる。これも×です。条文は、請求証拠と類型証拠として開示した証拠以外、と書いています。検察官は、主張に関連すると認められれば、必要性と弊害を比べずに開示しなければならない。×です。必要性の程度と弊害を考慮して、相当と認めるときです。開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られる。×です。捜査の過程で作成、入手され、公務員が職務上現に保管し、検察官が入手しやすいものを含みます。警察官が私費で買ったノートのメモは、私物だから対象にならない。×です。職務のために作成した公的な性質のもので、職務上保管していれば、対象になりえます。

今日のまとめです。検察官は、先に手の内を見せました。被告人側は、公判でする予定の主張があるときに、それを先に明らかにします。主張は、時期を前倒しするだけで、黙秘権を侵しません。主張を示すと、その主張に関連する証拠の開示を請求できます。何を開示するかを決めるのは、枠ではなく、主張です。そして、開示の対象は、検察官の手元にあるものに限られません。主張を示す、関連する証拠が開く。この一本道が、今日の答えです。次の回では、検察官が開示に応じないときに、裁判所がどういう手続で決めるのかを扱います。主張や証拠をあとから追加するとき、証拠の採否を決めるときの決まりも、あわせて見ます。

ページ上部へ ↑

#142単独ページ動画

開示命令と証拠の整理(証拠開示に関する裁定・提示命令・採否留保)

第6章 公判の応用 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

弁護人Bが、取調べのときに警察官が書いたメモの開示を請求。検察官Aは「開示しない」と理由を告げる。ここで引き下がるしかないのか。中身を知らない弁護人は、開示すべき証拠だとどう示すのか。答え=裁判所Cが決める 図:弁護人Bが、取調べのときに警察官が書いたメモの開示を請求

  • 検察官Aは「開示しない」と理由を告げる
  • ここで引き下がるしかないのか
  • 中身を知らない弁護人は、開示すべき証拠だとどう示すのか
  • 答え=裁判所Cが決める

弁護人が、被告人の取調べのときに警察官が書いたメモを見せてほしい、と請求しました。検察官の返事は、開示しません、でした。理由も告げられました。弁護人は、ここで引き下がるしかないのでしょうか。2本前の最後に、検察官が応じないときは、誰が決めるのか、という問いを残しました。前の回では、裁判所が決定で開示を命じることを開示命令という、と一言で確かめただけでした。今日は、その問いに答え、開示命令の中身を歩きます。答えは、裁判所が決める、です。そして、中身を知らない弁護人に代わって、裁判所が中身を確かめる道も用意されています。

開示の段階の地図。検察官の請求証拠の開示・一覧表・類型証拠開示・被告人側の主張の明示・主張関連証拠開示は薄く=済み。右端を濃く=どの段階で拒まれても来る場所「裁判所が決める」。その先の後始末=主張の追加・変更→証拠の採否の決定→使い道の縛り 図:開示の段階の地図

  • 検察官の請求証拠の開示・一覧表・類型証拠開示・被告人側の主張の明示・主張関連証拠開示は薄く=済み
  • 右端を濃く=どの段階で拒まれても来る場所「裁判所が決める」
  • その先の後始末=主張の追加・変更→証拠の採否の決定→使い道の縛り

開示の段階を、地図1枚で受けます。検察官が取調べを請求した証拠の開示、検察官が保管する証拠の一覧表、法律が挙げる類型に当たる証拠を請求して開く類型証拠の開示は、2本前に歩きました。被告人側の主張の明示と、その主張に関連する証拠を開く主張関連証拠の開示は、前の回に歩きました。どれも済みです。今日は、地図の右端です。どの段階で検察官に拒まれても、最後に来る場所は同じです。そこから先は、後始末が3つ続きます。主張の追加と変更、証拠の採否の決定、開示された証拠の使い道の縛りです。

前の回の取調べメモの決定から受ける2点。①開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られない ②対象かどうかは裁判所が判断する。必要があれば、検察官に提示を命じられる 図:前の回の取調べメモの決定から受ける2点

  • ①開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られない
  • ②対象かどうかは裁判所が判断する
  • 必要があれば、検察官に提示を命じられる

前の回の取調べのメモの決定からは、2点だけ受けます。1つ目。開示命令の対象は、検察官が現に保管している証拠に限られません。警察が持っているメモでも、対象になりえます。2つ目。対象かどうかは、裁判所が判断します。そのために必要があれば、検察官にメモの提示を命じることができます。提示とは、裁判所に見せることでした。今日は、その仕組みを条文で歩きます。

裁定は2種類

証拠開示に関する裁定の2種類。316条の25=開示する側の請求(検察官は請求証拠の開示/被告人側は自分の請求証拠の開示)→時期・方法の指定と条件の付与。316条の26=開示を受ける側の請求→開示命令。どちらも、316条の5が整理手続でできることとして挙げる「証拠開示に関する裁定」 図:証拠開示に関する裁定の2種類

  • 316条の25=開示する側の請求(検察官は請求証拠の開示/被告人側は自分の請求証拠の開示)→時期・方法の指定と条件の付与
  • 316条の26=開示を受ける側の請求→開示命令
  • どちらも、316条の5が整理手続でできることとして挙げる「証拠開示に関する裁定」

裁判所が決める、と言いました。条文は、この決定を、証拠開示に関する裁定と呼びます。裁定は総称で、中身は、2つの決定に分かれます。1つ目は、開示の時期や方法を指定し、条件を付ける決定。2つ目は、開示を命じる決定です。ここで1問です。検察官が開示を拒んでいます。裁判所に開示を命じてほしいと請求するのは、開示する側でしょうか、開示を受ける側でしょうか?開示を受ける側の、弁護人だと思います。ただ、条文には、開示する側が請求する決定も、別に用意されています。まず、そちらから、全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の25第1項〜第3項

刑事訴訟法第316条の25第1項〜第3項——時期・方法の指定と条件の付与 1 裁判所は、証拠の開示の必要性の程度並びに証拠の開示によつて生じるおそれのある弊害の内容及び程度その他の事情を考慮して、必要と認めるときは、第三百十六条の十四第一項(第三百十六条の二十一第四項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠については検察官の請求により、第三百十六条の十八(第三百十六条の二十二第四項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠については被告人又は弁護人の請求により、決定で、当該証拠の開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。 2 裁判所は、前項の請求について決定をするときは、相手方の意見を聴かなければならない。 3 第一項の請求についてした決定に対しては、即時抗告をすることができる。

部品に分けます。請求するのは、開示する側です。検察官は、自分の請求証拠の開示について。被告人側は、自分の請求証拠の開示について。できることは、時期か方法を指定すること、または条件を付けることです。開示そのものを命じる条文ではありません。物差しは、開示の必要性の程度と、開示で生じるおそれのある弊害の内容と程度です。開示する側が裁判所に頼む理由は、条文を並べて読むと分かります。類型証拠の316条の15と、主張関連証拠の316条の20には、検察官が必要と認めるときは、開示の時期や方法を指定し、条件を付けられる、という一文があります。検察官が、自分で言えるのです。ところが、検察官の請求証拠を開く316条の14と、被告人側の請求証拠を開く316条の18には、その一文がありません。請求証拠は、自分が公判で使うと決めた証拠です。相手は、中身を見なければ、反論の準備ができません。だから、弊害のおそれがあっても、証拠の中身を見せずに済ませる道は、ありません。拒めない代わりに、中間の解決を裁判所に求める道があります。時期を遅らせる、方法を限る、条件を付ける、です。宅配に例えると、荷物を渡すこと自体は断れないけれど、配達を遅らせてほしい、玄関で見せるだけにしてほしい、と業者に頼む形です。設例で見ます。検察官が請求する通行人の供述録取書に、被告人側の手に渡ると、通行人への接触や威迫に使われかねない内容が含まれているとします。検察官は、調書の中身の開示は拒めません。そこで、閲覧だけを認めて謄写は認めない、あるいは公判の直前に開示する、といった時期と方法と条件を決めてほしい、と裁判所に請求できます。条件の中身は、事情に応じて裁判所が決めます。

比べます。同じ通行人の警察官調書を、類型証拠として開示する場面なら、検察官は、裁判所に頼む必要がありません。閲覧だけにする、と自分で決められます。裁判所への請求が要るのは、この一文が無い、請求証拠の開示のほうです。なお、請求証拠でも、証人などの氏名と住居に限っては、害を加えられるおそれがあるとき、被告人に知らせてはならないという条件を、検察官が自分で付けられます。299条の4という条文を、316条の23が準用しています。

開示命令

316条の25と316条の26の対比表。請求する人=開示する側/開示を受ける側。対象=請求証拠・被告人側の請求証拠/請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・被告人側の請求証拠。できること=時期・方法の指定と条件のみ/開示そのものを命じなければならない。共通=決定前に相手方の意見を聴く・即時抗告。注記=316条の15・20では検察官が自分で条件を付けられる 図:316条の25と316条の26の対比表

  • 請求する人=開示する側/開示を受ける側
  • 対象=請求証拠・被告人側の請求証拠/請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・被告人側の請求証拠
  • できること=時期・方法の指定と条件のみ/開示そのものを命じなければならない
  • 共通=決定前に相手方の意見を聴く・即時抗告
  • 注記=316条の15・20では検察官が自分で条件を付けられる

もう1つの条文が、開示を受ける側の請求です。これが開示命令です。全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の26第1項〜第3項

刑事訴訟法第316条の26第1項〜第3項——開示命令 1 裁判所は、検察官が第三百十六条の十四第一項若しくは第三百十六条の十五第一項若しくは第二項(第三百十六条の二十一第四項においてこれらの規定を準用する場合を含む。)若しくは第三百十六条の二十第一項(第三百十六条の二十二第五項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠を開示していないと認めるとき、又は被告人若しくは弁護人が第三百十六条の十八(第三百十六条の二十二第四項において準用する場合を含む。)の規定による開示をすべき証拠を開示していないと認めるときは、相手方の請求により、決定で、当該証拠の開示を命じなければならない。この場合において、裁判所は、開示の時期若しくは方法を指定し、又は条件を付することができる。 2 裁判所は、前項の請求について決定をするときは、相手方の意見を聴かなければならない。 3 第一項の請求についてした決定に対しては、即時抗告をすることができる。

請求するのは、相手方、つまり開示を受ける側です。検察官が開示すべき証拠を開示していないと裁判所が認めるときは、被告人側の請求により、開示を命じます。逆に、開示すべき証拠を出していないのが被告人側なら、請求できるのは検察官です。冒頭の、取調べのメモを見せてもらえない弁護人は、前者です。後者の例は、弁護人が、証人として請求した人の氏名と住居を、検察官に知らせない場合です。このときは、検察官が請求します。大事なのは、命じなければならない、という書き方です。要件を満たすと認めれば、裁判所には命じる義務があります。裁量で命じるかどうかを選べるわけではありません。できる、とは書いていないのです。一方、後段の、時期や方法の指定と条件の付与は、できる、です。2つの文末を、取り違えないでください。

開示すべき証拠だと認めた時点で、開示は、法律がすでに義務づけています。裁判所が、命じない、を選ぶ余地はありません。そのうえで、仕方を整えるかどうかは、事情に応じて裁判所が見る、という組み立てです。ここで復習を1問です。2本前に見ました。任意開示について、弁護人に法律上の開示請求権はありましたか?ありませんでした。検察官が自発的に見せる運用で、請求権はありませんでした。この答えが、条文に戻って見えます。316条の26が挙げているのは、請求証拠、類型証拠、主張関連証拠、被告人側の請求証拠の開示だけです。請求権のある開示だけが、対象に並んでいます。任意開示は、列挙の外です。だから、検察官が任意で見せると言った証拠を見せなくても、開示命令は請求できません。2本前に、裁定は任意開示に使えない、と言った理由は、これです。ここは、論文で論点になりうる部分です。では、任意開示を断られた弁護人は、どうするか。その証拠が、類型証拠か主張関連証拠の要件に当たると示して、請求し直します。請求権のある開示に乗れば、応じないときに、開示命令を請求できます。

手続の流れと即時抗告

裁定の手続。請求(書面が原則・謄本を相手方へ送る・整理手続期日では口頭も許される)→決定の前に相手方の意見を聴く→決定→即時抗告(提起期間3日・提起期間内と申立てで執行は停止)。注記=開示しない場合、検察官は理由を告げる(類型証拠・主張関連証拠) 図:裁定の手続

  • 請求(書面が原則・謄本を相手方へ送る・整理手続期日では口頭も許される)→決定の前に相手方の意見を聴く→決定→即時抗告(提起期間3日・提起期間内と申立てで執行は停止)
  • 注記=開示しない場合、検察官は理由を告げる(類型証拠・主張関連証拠)

手続の流れです。請求は、書面でするのが原則です。請求した人は、速やかに、書面の謄本を相手方に送ります。ただし、整理手続の期日では、裁判所が口頭の請求を許すこともできます。決定を出す前に、裁判所は、相手方の意見を必ず聴きます。条文は、聴かなければならない、と定めています。請求した側の言い分だけでは決めない、ということです。ここで聴く意見は、証拠調べの請求に対する、同意するか異議がないかという意見とは別のものです。同じ意見という言葉ですが、場面が違います。もう1点。類型証拠と主張関連証拠の請求を、検察官が開示しないときは、検察官は、開示しない理由を相手に告げます。冒頭の弁護人が、理由を告げられたのは、この決まりのためです。理由が分かれば、弁護人は、裁判所への請求で、何を争えばよいかが分かります。

即時抗告ができます。即時抗告とは、法律が特に認めた場合にだけできる不服申立てで、提起期間が決まっているものです。期間は3日です。その3日の間と、即時抗告の申立てがあったときは、裁判の執行が止まります。

条文刑事訴訟法第422条

刑事訴訟法第422条——即時抗告の提起期間 即時抗告の提起期間は、三日とする。

通常、訴訟手続に関して判決前にした決定には、特に認める規定が無ければ、抗告はできません。整理手続に付す決定のところで出てきた言い方です。裁定は、316条の25と26の第3項が、特に認めています。だから、争えます。早く確定させる必要があるので、期間は短く、3日です。3日という期間と、執行が止まることの、2点を覚えてください。

条文刑事訴訟法第425条

刑事訴訟法第425条——即時抗告の執行停止 即時抗告の提起期間内及びその申立があつたときは、裁判の執行は、停止される。

執行が止まる意味を、設例で言います。開示を命じる決定が出ても、検察官が3日以内に即時抗告をすれば、開示はまだされません。一度見せた証拠は、見なかったことにできないからです。

提示命令

提示命令。開示すべきかを決めるには中身を見る必要がある。しかし相手に見せれば開示したのと同じ。だから裁判所だけが見る(何人にも閲覧・謄写をさせない)。1項=請求に係る証拠の提示(検察官・被告人・弁護人に命じられる)/2項=検察官の保管する証拠で、裁判所が指定する範囲の標目の一覧表の提示 図:提示命令

  • 開示すべきかを決めるには中身を見る必要がある
  • しかし相手に見せれば開示したのと同じ
  • だから裁判所だけが見る(何人にも閲覧・謄写をさせない)
  • 1項=請求に係る証拠の提示(検察官・被告人・弁護人に命じられる)/2項=検察官の保管する証拠で、裁判所が指定する範囲の標目の一覧表の提示

冒頭の、もう1つの問いです。メモの中身を知らない弁護人は、どうやって、開示すべき証拠だと示せばよいのか。答えが、提示命令です。開示すべきかどうかを決めるには、裁判所が中身を見なければなりません。しかし、相手に見せてしまえば、開示したのと同じです。審判だけが映像で判定を確かめるのに似ています。結論が出る前に、映像を相手に見せては、判定する意味がありません。だから、裁判所だけが見ます。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の27第1項・第2項

刑事訴訟法第316条の27第1項・第2項——提示命令 1 裁判所は、第三百十六条の二十五第一項又は前条第一項の請求について決定をするに当たり、必要があると認めるときは、検察官、被告人又は弁護人に対し、当該請求に係る証拠の提示を命ずることができる。この場合においては、裁判所は、何人にも、当該証拠の閲覧又は謄写をさせることができない。 2 裁判所は、被告人又は弁護人がする前条第一項の請求について決定をするに当たり、必要があると認めるときは、検察官に対し、その保管する証拠であつて、裁判所の指定する範囲に属するものの標目を記載した一覧表の提示を命ずることができる。この場合においては、裁判所は、何人にも、当該一覧表の閲覧又は謄写をさせることができない。

1項は、請求に係る証拠の提示です。命じられる相手は、検察官、被告人、弁護人のいずれもです。命じるのは、必要があると認めるときにできる、という裁量です。この場合、裁判所は、何人にも、その証拠を閲覧も謄写もさせられません。請求した弁護人にも、見せないのです。2項は、一覧表の提示です。被告人側の開示命令の請求について、検察官に、その保管する証拠のうち、裁判所が指定する範囲のものの標目を記載した一覧表を出させます。この一覧表も、何人にも閲覧や謄写をさせません。一覧表を出させるのは、証拠があるかどうかを確かめるためです。検察官が、そのような証拠は無い、と答えたとき、弁護人には確かめる手段がありません。裁判所が、範囲を指定して標目を並べさせれば、本当に無いのかが分かります。

一覧表は、2本前にも出てきました。同じものですか。別物です。2本前の一覧表は、316条の14第2項のものです。検察官が保管する証拠の一覧で、請求があれば被告人側に交付されます。今日の一覧表は、316条の27第2項のものです。裁判所だけが見る、提示用です。範囲は裁判所が指定し、記載事項は規則で、証拠ごとの種類、供述者や作成者、作成年月日などと決められています。

2つの一覧表の対比。316条の14第2項=検察官が保管する証拠の一覧・請求があれば被告人側に交付・品名と数量/標目・作成年月日・供述者や作成者の氏名。316条の27第2項=裁判所が指定する範囲・提示用・何人にも閲覧謄写させない・裁判所だけが見る 図:2つの一覧表の対比

  • 316条の14第2項=検察官が保管する証拠の一覧・請求があれば被告人側に交付・品名と数量/標目・作成年月日・供述者や作成者の氏名
  • 316条の27第2項=裁判所が指定する範囲・提示用・何人にも閲覧謄写させない・裁判所だけが見る

2つを並べます。被告人側に渡るのは、316条の14第2項の一覧表だけです。316条の27第2項の一覧表は、渡りません。短答では、提示用の一覧表は被告人側に交付される、と出れば、×です。もう1つ、名前の注意です。証拠調べの請求の回で、提示命令という言葉が出ました。あれは、規則192条で、証拠決定の判断のために、証拠書類や証拠物を見せるよう命じるものでした。今日の提示命令は、開示を命じるかどうかの判断のためで、何人にも閲覧や謄写をさせない、という文言が条文にあります。同じ言葉の、別の規定です。

設例で通す

設例の流れ。B(弁護人)が主張関連証拠として取調べメモの開示を請求→A(検察官)が「検察庁の記録には無い」と応じず、理由を告げる→Bが書面で開示命令を請求→CがAの意見を聴く→Cが必要と認めてメモの提示を命じる(Cだけが見る)→Cが開示を命じる決定→不服なら即時抗告(3日・執行停止) 図:設例の流れ

流れを1本で通します。前の回から続くひったくり事件です。夜道でスマートフォンを奪われた窃盗で、被告人は、犯人は自分ではない、と争っています。配役は、Aが検察官、Bが弁護人、Cが裁判所です。前の回で、Bは、事件の時刻に被告人はゲームセンターにいた、というアリバイを主張しました。今日は、この事件に事情を1つ足します。検察官の請求証拠に、被告人の自白の検察官調書、乙1もあった、とします。Bは、アリバイに加えて、乙1は長い取調べで疲れてサインしたもので、取調べは威圧的だった、という主張を、公判でする予定の主張、つまり予定主張として明らかにしました。そして、取調べの警察官が自分の覚えのために取ったメモを、主張関連証拠として請求します。Aは、そのようなメモは検察庁の記録の中には無い、と応じません。理由は告げます。Bは、書面で、開示命令を請求します。Cは、Aの意見を聴きます。Cは、メモの提示を命じることにしました。Aは記録に無いと言い、Bは中身を知りません。見なければ、Bの主張に関連するかを判断できないので、必要があると認めたのです。メモが警察署にあっても、前の回の決定の考え方で、検察官が現に持っていなくても対象になりえます。ここで、Cだけがメモを見ます。なぜ、裁判所だけが見るのでしょうか?

開示するかどうかが決まる前に、相手に見せたら、拒んだ意味が無くなってしまうからです。Cが、メモは主張に関連し、開示の必要性があり、弊害も大きくない、と認めれば、開示を命じなければなりません。認めなければ、請求は退けられます。どちらの決定にも、不服があれば、3日以内に即時抗告ができ、その間は執行が止まります。最初の問いの答えです。Bは、メモの中身を知らなくてかまいません。Bが示すのは、メモの中身ではなく、自分の主張とのつながりと、開示が必要な理由です。中身は、提示命令によって、裁判所が確かめてくれます。

主張の追加・変更

往復する手続。Bが予定主張を追加(取調べで「認めないと帰れない」と言われた)→追加した主張に関連する証拠の開示を請求(316条の22第5項)→Aが警察官の証人尋問を追加請求(316条の21第2項)→追加請求の証拠について、開示・類型証拠開示・意見が繰り返される(同条4項)。注記=やむを得ない事由は要件にない。整理手続終結後の316条の32とは別の場面 図:往復する手続

  • Bが予定主張を追加(取調べで「認めないと帰れない」と言われた)→追加した主張に関連する証拠の開示を請求(316条の22第5項)→Aが警察官の証人尋問を追加請求(316条の21第2項)→追加請求の証拠について、開示・類型証拠開示・意見が繰り返される(同条4項)
  • 注記=やむを得ない事由は要件にない
  • 整理手続終結後の316条の32とは別の場面

開示と主張のやり取りを受けて、双方は、主張を足したり変えたりします。手続は一方通行ではなく、往復します。検察官の側は316条の21、被告人側は316条の22です。主要な部分を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第316条の21第1項・第4項

刑事訴訟法第316条の21第1項・第4項——検察官の証明予定事実の追加・変更 1 検察官は、第三百十六条の十三から前条まで(第三百十六条の十四第五項を除く。)に規定する手続が終わつた後、その証明予定事実を追加し又は変更する必要があると認めるときは、速やかに、その追加し又は変更すべき証明予定事実を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。 4 第三百十六条の十四第一項、第三百十六条の十五及び第三百十六条の十六の規定は、第二項の規定により検察官が取調べを請求した証拠についてこれを準用する。

条文刑事訴訟法第316条の22第1項・第5項

刑事訴訟法第316条の22第1項・第5項——被告人側の予定主張の追加・変更 1 被告人又は弁護人は、第三百十六条の十三から第三百十六条の二十まで(第三百十六条の十四第五項を除く。)に規定する手続が終わつた後、第三百十六条の十七第一項の主張を追加し又は変更する必要があると認めるときは、速やかに、裁判所及び検察官に対し、その追加し又は変更すべき主張を明らかにしなければならない。この場合においては、第三百十六条の十三第一項後段の規定を準用する。 5 第三百十六条の二十の規定は、第一項の追加し又は変更すべき主張に関連すると認められる証拠についてこれを準用する。

設例を続けます。メモの開示を受けたBは、メモを見て、予定主張に、取調べで、認めないと帰れない、と言われた、という事情を追加します。これが、316条の22第1項です。すると、追加した主張に関連する証拠について、Bは、新たに開示を請求できます。同条5項が、主張関連証拠開示の316条の20を準用しているからです。例えば、別の警察官が取調べの状況を記録した資料です。Aも、追加した主張に対応して、取調べを担当した警察官の証人尋問を、追加で請求します。これが、316条の21第2項です。追加請求した証拠には、4項で、請求証拠の開示と、類型証拠の開示と、被告人側の意見の規定が準用されます。つまり、これまでの手続が、必要に応じて繰り返されるのです。追加と変更の期限は、裁判所が当事者の意見を聴いて、定めることができます。定めなければならない、ではありません。

手続が終わった後、というのは、整理手続が終わった後のことですか。違います。316条の13から20までの手続とは、検察官が証明する予定の事実を示して請求証拠を開くところから、類型証拠の開示、被告人側の主張の明示、主張関連証拠の開示までの、ひと回りです。冒頭の地図で、もう歩いた、と言った部分です。このひと回りが終わった後、という意味です。整理手続そのものは、まだ続いています。弁別を1つ。追加と変更の条文には、やむを得ない事由という要件がありません。理由は、整理手続が終わったあとの場面と比べると分かります。整理手続の出口のところで見た316条の32は、整理手続が終わったあとは、やむを得ない事由で請求できなかったものを除いて、証拠調べを請求できない、という条文でした。終わったあとに自由に請求できると、絞った争点も、立てた審理計画も崩れるからです。追加と変更は、終わる前の話です。争点も審理計画も、まだ固めている途中です。途中で主張を足したり変えたりするのは、整理そのものです。だから、やむを得ない事由は要りません。2つを混ぜないでください。短答では、追加と変更にはやむを得ない事由が必要、と出れば、×です。動かせるのは、主張だけではありません。整理手続の中では、訴因や罰条の追加、撤回、変更を許すこともできます。

証拠の整理と採否

前倒し。通常(公判廷)=請求→相手方の意見→採否の決定。整理手続=同じ流れを前倒し(7号=意見を確かめる/8号=採用・却下の決定/9号=順序と方法)。決めきれないものは採否留保。例=被告人の警察官調書は被告人質問を見てから判断。不同意の書証に代えて証人尋問を請求 図:前倒し

  • 通常(公判廷)=請求→相手方の意見→採否の決定
  • 整理手続=同じ流れを前倒し(7号=意見を確かめる/8号=採用・却下の決定/9号=順序と方法)
  • 決めきれないものは採否留保
  • 例=被告人の警察官調書は被告人質問を見てから判断
  • 不同意の書証に代えて証人尋問を請求

主張と証拠が出そろうと、証拠の採否を決める段階です。通常は、公判廷で、証拠調べを請求し、相手方の意見を聴き、採否を決めます。この流れが、整理手続の中へ前倒しされています。条文です。

条文刑事訴訟法第316条の5(柱書・第7号〜第9号)

刑事訴訟法第316条の5(柱書・第7号〜第9号)——公判前整理手続でできること 公判前整理手続においては、次に掲げる事項を行うことができる。 七 証拠調べの請求に関する意見(証拠書類について第三百二十六条の同意をするかどうかの意見を含む。)を確かめること。 八 証拠調べをする決定又は証拠調べの請求を却下する決定をすること。 九 証拠調べをする決定をした証拠について、その取調べの順序及び方法を定めること。

号の違いを分けます。7号は、意見を確かめること。8号は、採用か却下かの決定。9号は、採用した証拠の、取調べの順序と方法を定めることです。意見を確かめるのが7号、決めるのが8号と9号、と分けて覚えてください。採否は、整理手続のうちに全部を決める決まりではありません。早く決められるものは決めますが、法廷の審理が進んでみないと必要かどうか分からない証拠もあるからです。決定を保留することを、採否留保といいます。この結論は、整理手続の終わり方のところで見ました。なぜ留保が要るかを、設例で確かめます。ひったくり事件で、検察官が、被告人の警察官調書、乙2を請求したとします。弁護人は、不同意で、被告人質問で足りる、という意見です。被告人が法廷で何を話すかは、被告人質問をしてみないと分かりません。調書が必要かどうかは、被告人質問のあとでないと判断できません。だから、整理手続の段階では、採否を留保します。もう1つ、意見から追加請求へ移る往復です。通行人の検察官調書、甲1に、弁護人が不同意としたとします。書面は、326条の同意が無ければ、そのままでは証拠にできません。検察官は、書面に代えて、通行人の証人尋問を請求します。裁判所は、弁護人の意見を聴いて採否を決めます。公判廷でするはずのやり取りを、整理手続の中で済ませる。これが、前倒しです。

開示された証拠の使い道

使い道の縛り。281条の4第2項=違反した場合の措置の考慮事情。禁止は開示の経路を問わず及ぶ(請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・開示命令で開いたもの)。位置づけ=広い開示を支える裏側の規律。処罰の条文は281条の5 図:使い道の縛り

  • 281条の4第2項=違反した場合の措置の考慮事情
  • 禁止は開示の経路を問わず及ぶ(請求証拠・類型証拠・主張関連証拠・開示命令で開いたもの)
  • 位置づけ=広い開示を支える裏側の規律
  • 処罰の条文は281条の5

ここまでが、整理手続の中の流れです。最後に、開示された証拠の、その後を見ます。公判の事前準備の回で見た、目的外使用の禁止です。281条の4第1項は、被告人と弁護人(これらであった人も含みます)が、開示された証拠のコピーを、その事件の裁判やその準備以外の目的で、人に渡したり見せたりすることを禁じていました。足すことが3つあります。1つ目。この禁止は、開示の経路を問わず及びます。条文の対象は、検察官が、被告事件の審理の準備のために、閲覧や謄写の機会を与えた証拠に係る複製等、つまり証拠のコピーです。請求証拠も、類型証拠も、主張関連証拠も、開示命令で開いたものも、同じです。取調べのメモも、開示されれば同じです。2つ目。違反した場合の措置の、考慮事情を定める条文があります。

条文刑事訴訟法第281条の4第2項

刑事訴訟法第281条の4第2項——違反した場合の措置 前項の規定に違反した場合の措置については、被告人の防御権を踏まえ、複製等の内容、行為の目的及び態様、関係人の名誉、その私生活又は業務の平穏を害されているかどうか、当該複製等に係る証拠が公判期日において取り調べられたものであるかどうか、その取調べの方法その他の事情を考慮するものとする。

措置とは、違反に対して取られる対応のことです。この条文は、どの対応を、どの重さで取るかを決めるときに、考慮する事情を並べたものです。処罰の根拠となる条文は、281条の5です。被告人の防御権を踏まえる、と明記されているのが特徴です。たとえば、法廷ですでに読み上げられた調書の写しと、まだ法廷に出ていない、関係者の私生活が書かれた調書の写しとでは、害の大きさが違います。防御のために使った事情があるかも見ます。一律には扱わない、ということです。3つ目は、位置づけです。開示を広げるほど、使い道を縛る規律が要ります。裁判所が開示の仕方を決める物差しは、弊害のおそれでした。使い道の縛りは、その弊害を、開示のあとで抑えます。目的外使用の禁止は、広い開示を支える、裏側の規律です。

今日の地図(保存版)

証拠開示3本の一本道。検察官が先に開く(請求証拠・一覧表・類型証拠)→被告人側が主張を示して開く(主張関連)→応じなければ裁判所が決める(時期方法の指定/開示命令/提示命令)→主張と証拠が出そろって採否を決める 図:証拠開示3本の一本道

短答で確認します。316条の25の請求ができるのは、開示を受ける側である。×です。開示する側です。316条の25の決定は、開示を命じるものである。×です。時期と方法の指定と条件の付与で、開示を命じるのは316条の26です。開示を命じるかどうかは、裁判所の自由な裁量である。×です。命じなければならない、と書かれています。任意開示で見せると言った証拠を見せないとき、開示命令を請求できる。×です。列挙に無い開示です。被告人側が開示すべき証拠を開示していないとき、検察官は開示命令を請求できる。○です。裁定の請求について、決定の前に相手方の意見を聴く。○です。開示命令の決定に不服を申し立てられない。×です。即時抗告ができ、提起期間は3日です。提示された証拠は、相手方も閲覧できる。×です。何人にも閲覧も謄写もさせられません。提示用の一覧表は、被告人側に交付される。×です。交付されるのは、316条の14第2項の一覧表です。提示を命じるかどうかは、必要があると認めるときにできる。○です。追加と変更には、やむを得ない事由が必要である。×です。追加した主張に関連する証拠には、316条の20が準用される。○です。整理手続で、すべての証拠の採否を決めなければならない。×です。採否留保があります。316条の5の7号は、証拠の採否の決定を定めている。×です。7号は意見の確認で、採否の決定は8号、順序と方法は9号です。目的外使用の禁止は、開示命令で開示された証拠にも及ぶ。○です。

今日のまとめです。検察官が先に開き、被告人側が主張を示して開く。応じなければ、裁判所が決める。決める中身は、開示の仕方を整えるか、開示を命じるか。必要なら、裁判所だけが中身を見る。そして、主張と証拠が出そろったところで、採否を決めます。これが、証拠開示の3本の一本道です。次は、国民が裁判に加わる、裁判員裁判です。どんな事件が対象で、裁判官と裁判員がどう分担して判断するのかを見ます。

ページ上部へ ↑

#143単独ページ動画

裁判員裁判(対象事件・構成・権限・評決・選任)

第6章 公判の応用 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

9つの席。裁判官3人は全員「無罪」、裁判員6人は全員「有罪」。9人のうち6人、3分の2が有罪。この被告人は有罪になるのか。答えは評決の条文で出す 図:9つの席

  • 裁判官3人は全員「無罪」、裁判員6人は全員「有罪」
  • 9人のうち6人、3分の2が有罪
  • この被告人は有罪になるのか
  • 答えは評決の条文で出す

裁判員6人の全員が、有罪、と言いました。裁判官3人の全員は、無罪、と言いました。9人のうち6人、3分の2が有罪です。この被告人は、有罪になるのでしょうか。仕掛けはあります。答えは、評決の条文のところで出します。先に、条文の言葉を1つだけ頭に置いてください。双方の意見を含む、です。序盤の回で先に送った裁判員裁判の構成と、直前の回で予告した対象事件と分担に、今日答えます。全体を貫く軸は1本です。国民が裁判に加わる。ただし、裁判官が基本的な担い手であり続けるように、設計されている。合憲かどうか、どの事件が対象か、誰がどう決めるか。どれも、この軸で説明がつきます。

制度の目的と位置づけ

3つの制度の比較。陪審=裁判官は加わらない・事実認定。参審=裁判官と共同・任期で参加。裁判員=裁判官と共同(参審に近い)・事件ごとにくじで選ぶ(陪審に近い)・事実認定と法令の適用と量刑 図:3つの制度の比較

  • 陪審=裁判官は加わらない・事実認定
  • 参審=裁判官と共同・任期で参加
  • 裁判員=裁判官と共同(参審に近い)・事件ごとにくじで選ぶ(陪審に近い)・事実認定と法令の適用と量刑

まず、この制度は何のためにあるのか。条文の1つ目です。この回では、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律を、以下、裁判員法と呼びます。全文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条 この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)及び刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。

部品に分けます。裁判員が、裁判官と共に刑事訴訟手続に関与すること。それが、司法に対する国民の理解の増進と、その信頼の向上に資すること。この2点が、制度の目的です。条文が掲げているのは、結論の出来のよさではありません。司法への理解と信頼です。例で言います。ある市民が、裁判員として証人の話を聞き、証拠を見て、判決の言い渡しまで見届けた立場になったとします。その人は、裁判所の中で何が起きているかを、体験として知ります。体験が家族や職場で語られれば、裁判は遠い世界のものではなくなります。理解が広がり、それが信頼の土台になる、という筋です。

陪審は、市民だけで事実を判断し、裁判官は加わらない仕組みです。参審は、市民が裁判官と一緒に議論して決める仕組みで、一定の任期で参加する形が典型です。裁判員は、この2つの特徴を併せ持ちます。事件ごとに、くじで選ばれるところは、陪審に近い。裁判官と一緒に、事実認定、法令の適用、量刑まで話し合うところは、参審と共通します。最高裁も、この制度を、陪審制に類似する面と、参審制と共通する面を併せ持つ、我が国独特の制度だと述べています。

合憲性

争点と判旨。弁護人の主張4つ=①国民の司法参加の規定がない・裁判所にあたらない(32条・37条1項・76条1項・31条)②76条3項③76条2項④18条後段。判旨の骨=司法参加と諸原則は調和できる→合憲性は「諸原則に抵触するか」で決まる→確保されている限り内容は立法政策。全員一致で棄却 図:争点と判旨

  • 弁護人の主張4つ=①国民の司法参加の規定がない・裁判所にあたらない(32条・37条1項・76条1項・31条)②76条3項③76条2項④18条後段
  • 判旨の骨=司法参加と諸原則は調和できる→合憲性は「諸原則に抵触するか」で決まる→確保されている限り内容は立法政策
  • 全員一致で棄却

ここが、この回の山場の1つ目です。国民が裁判官と一緒に刑事裁判をする制度は、憲法に反しないのでしょうか。その疑問が、争いの出発点でした。最高裁の大法廷で、弁護人は4つの主張をしました。1つ目。憲法に国民の司法参加を定めた規定は無く、80条1項も下級裁判所が裁判官で構成されることを前提にしている。だから、裁判員の加わる裁判体は憲法の裁判所にあたらず、裁判を受ける権利や公平な裁判所の保障などに反する。2つ目。裁判官の職権行使の独立を定める76条3項に反する。3つ目。特別裁判所の設置を禁じる76条2項に反する。4つ目。意に反する苦役を禁じる18条後段に反する。大法廷は、4つとも退けました。全員一致です。中心になるのは、1つ目への答えで、次の判示です。

判例最大判平23・11・16 刑集65巻8号1285頁

国民の司法参加と憲法 国民の司法参加と適正な刑事裁判を実現するための諸原則とは,十分調和させることが可能であり,憲法上国民の司法参加がおよそ禁じられていると解すべき理由はなく,国民の司法参加に係る制度の合憲性は,具体的に設けられた制度が,適正な刑事裁判を実現するための諸原則に抵触するか否かによって決せられるべきものである。換言すれば,憲法は,一般的には国民の司法参加を許容しており,これを採用する場合には,上記の諸原則が確保されている限り,陪審制とするか参審制とするかを含め,その内容を立法政策に委ねていると解されるのである。

部品に分けます。前半。国民の司法参加と、適正な刑事裁判を実現するための諸原則は、調和させることができる。だから、国民の司法参加が、およそ禁じられているわけではない。後半。憲法は、一般的には国民の司法参加を許している。採用するなら、諸原則が確保されている限り、陪審にするか参審にするかを含めて、内容は立法政策に委ねている。諸原則の中身も、押さえます。憲法31条から39条が定める、刑事裁判の約束ごとです。適正な手続の保障、裁判を受ける権利、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利、令状主義、弁護人を依頼する権利、強制による自白の排除などです。大法廷は、これらを厳格に守るには、高度の法的な専門性が要る、と述べています。

大法廷は、憲法の条文の作りを見ています。旧憲法は、裁判官による裁判、と書いていました。今の憲法は、裁判所における裁判、と表現を改めています。この言い換えの意味は、判決の言葉そのものではなく、私たちの読みです。裁判官による裁判、なら、裁く人は裁判官に限られます。裁判所における裁判、なら、保障されるのは裁判所という場で裁かれることで、裁く人を裁判官だけに限る言葉ではない、と読めます。判決に戻ります。憲法を作った当時の政府部内でも、この書きぶりから、陪審や参審を採ることもできる、と理解されていました。しかも、最高裁判所と違って、下級裁判所については、裁判官だけで構成する、と明示した規定を置いていません。国民が加わる余地を、条文が閉じていないのです。

建物で言うと、耐震基準を満たしている限り、間取りは設計者が自由に決められる、という関係です。憲法が基準で、陪審にするか、参審にするか、裁判員制度のような形にするかが、間取りです。基準を割り込まなければ、どの間取りでも憲法違反にはなりません。選ぶのは国会だ、ということです。すると、問いはこう変わります。裁判員制度という間取りは、基準、つまり適正な刑事裁判の諸原則を満たしているか。大法廷は、満たしていると判断しました。決め手になる判示です。

判例最大判平23・11・16 刑集65巻8号1285頁

裁判員制度の仕組みと合憲の結論 このような裁判員制度の仕組みを考慮すれば,公平な「裁判所」における法と証拠に基づく適正な裁判が行われること(憲法31条,32条,37条1項)は制度的に十分保障されている上,裁判官は刑事裁判の基本的な担い手とされているものと認められ,憲法が定める刑事裁判の諸原則を確保する上での支障はないということができる。

この結論を支えた事情を、判決の言葉に沿って3つに整理します。1つ目。裁判官は、身分保障のもとで独立して職権を行使する。裁判員は、公平性と中立性を確保できるよう配慮された手続で選ばれる。2つ目。裁判員の関与する判断、つまり事実認定、法令の適用、量刑は、あらかじめ法律的な知識や経験を持っていることが必ずしも不可欠な事項であるとはいえない。様々な視点や感覚を反映できる。3つ目。憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は、裁判官の判断に委ねられている。この3つ目が、今日の軸の根拠です。憲法の原則を守る役目は、これまでどおり裁判官が担います。だから、裁判官は刑事裁判の基本的な担い手だ、と言えるのです。この判決がどこまで言ったのかも、確かめます。合憲とされたのは、いま見た仕組みを備えた裁判員制度です。国民が加わる制度なら何でも合憲だ、とは言っていません。仕組みの違う制度なら、諸原則に抵触するかを、改めて測ることになります。

2つ目の主張、裁判官の職権行使の独立を定める76条3項について、大法廷の答えは、憲法が国民の司法参加を許している以上、裁判官の多数意見が常に裁判の結論でなければならないとは解されない、でした。そのうえで、評決は単なる多数決ではなく、多数意見の中に少なくとも1人の裁判官が加わっていることが必要とされ、被告人の権利保護という観点からの配慮もされている、と述べています。この言葉が、冒頭の問いの答えにつながります。評決の節で回収します。3つ目と4つ目も、退けられています。特別裁判所とは、特定の人や事件のために、通常の裁判所の系列の外に置かれた裁判所です。裁判員の加わる合議体は地方裁判所に属し、控訴も上告もできるので、通常の裁判所の系列の内側にあり、あたりません。意に反する苦役とは、本人が望まないのに無理やり働かされることです。大法廷は、裁判員の職務は、参政権と同じように国民に権限を与えるもので、辞退の仕組みも柔軟に設けられている、として、苦役にあたらないとしました。ここは、結論と理由を一言ずつで足ります。短答では、裁判員の加わる裁判体は憲法上の裁判所にあたる、憲法は国民の司法参加を許容している、の2点を押さえてください。ここは、論文で論点になりうる部分です。

被告人に選択権はあるか

2つの判決の関係。大法廷=骨組み(諸原則が確保されている限り内容は立法政策)。第二小法廷=骨組みを「選択権がない」という具体的な主張に当てはめる→32条・37条に違反しない。被告人が除外を請求できる場合(次の節)は「選ぶ権利」とは別 図:2つの判決の関係

  • 大法廷=骨組み(諸原則が確保されている限り内容は立法政策)
  • 第二小法廷=骨組みを「選択権がない」という具体的な主張に当てはめる→32条・37条に違反しない
  • 被告人が除外を請求できる場合(次の節)は「選ぶ権利」とは別

大法廷判決のあとに、もう1つ、最高裁の判決が出ました。弁護人が、被告人には裁判員裁判を受けるか受けないかを選ぶ権利がある、と主張した事件です。選択権が無いことは、憲法32条と37条に反しないか、という争いでした。判示です。

判例最判平24・1・13 刑集66巻1号1頁

被告人の選択権 憲法は,刑事裁判における国民の司法参加を許容しており,憲法の定める適正な刑事裁判を実現するための諸原則が確保されている限り,その内容を立法政策に委ねていると解されるところ,裁判員制度においては,公平な裁判所における法と証拠に基づく適正な裁判が制度的に保障されているなど,上記の諸原則が確保されている。したがって,裁判員制度による審理裁判を受けるか否かについて被告人に選択権が認められていないからといって,同制度が憲法32条,37条に違反するものではない。

判決は、この結論を、先ほどの大法廷判決の趣旨に照らして明らかだ、と述べて結んでいます。2つの判決の関係は、骨組みと当てはめです。大法廷が、諸原則が確保されている限り内容は立法政策に委ねる、という骨組みを示しました。第二小法廷が、その骨組みを、選択権が無いという具体的な主張に当てはめて、違反しないとしたのです。骨組みが先で、当てはめが後です。ここから先は、判決そのものではなく、私たちの整理です。判決の理由は、この1段です。そのうえで、なぜ選択権が無くても許されるのかを考えます。憲法32条が保障するのは、裁判所で裁判を受ける権利です。37条1項は、公平な裁判所の裁判を保障します。大法廷の枠組みでは、裁判員の加わる裁判体も、公平な裁判所で、適正な裁判が制度的に保障されています。保障されているのは裁判の質で、どの種類の裁判体で裁かれるかを選ぶ権利までは、含まれない、と読めます。設例です。被告人が、裁判官だけで裁いてほしい、と言ったとします。対象事件であれば、その希望にかかわらず、裁判員裁判で進みます。

被告人が、裁判員裁判から外してほしいと請求できる場合も、あるのではないですか。あります。ただし、それは次の節で見る、危害のおそれなどの要件を満たしたときの請求です。選ぶ権利ではありません。短答では、被告人は裁判員裁判を受けるか否かを選択できる、と出れば、×です。

対象事件

対象事件の振り分け。傷害=対象外(下限がなく法定合議でもない)/傷害致死=2号(短期3年以上・故意の暴行や傷害で死亡)/過失致死=対象外(故意の犯罪行為でない)/強盗致傷=1号(無期を含む)/殺人=1号(死刑を含む)/危険運転致死=2号(短期1年以上) 図:対象事件の振り分け

どの事件が、裁判員裁判の対象になるのか。ここで、1問です。傷害、傷害致死、過失致死。同じように、人が傷ついたり亡くなったりする事件ですが、裁判員裁判の対象になるのは、どれでしょうか。人が亡くなっている、傷害致死と過失致死の2つだと思います。対象になるのは、傷害致死だけです。理由は、条文で確かめます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第1項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第1項 1 地方裁判所は、次に掲げる事件については、次条又は第三条の二の決定があった場合を除き、この法律の定めるところにより裁判員の参加する合議体が構成された後は、裁判所法第二十六条の規定にかかわらず、裁判員の参加する合議体でこれを取り扱う。 一 死刑又は無期拘禁刑に当たる罪に係る事件 二 裁判所法第二十六条第二項第二号に掲げる事件であって、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの(前号に該当するものを除く。)

対象は、2種類です。1号は、死刑又は無期拘禁刑に当たる罪の事件。刑が重い事件です。2号は、法定合議事件のうち、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件です。法定合議事件とは、法律が、裁判官3人の合議体で扱うと決めている事件です。短期、つまり刑の下限が1年以上の拘禁刑などに当たる罪が、これに当たります。1号に当たるものは、2号から除かれます。刑の重さで対象にするのが1号、刑がそこまで重くなくても、人が亡くなったという結果の重大さで対象にするのが2号、と整理できます。設例で当てはめます。傷害は、法定刑に下限が無く、法定合議事件でもないので、対象外です。傷害致死は、短期3年以上で、法定合議事件に当たります。そして、人を死亡させています。ここで、故意の犯罪行為により、とあるのが決め手です。傷害致死は、暴行や傷害という行為が故意の犯罪行為です。死亡という結果に、故意は要りません。だから、2号で対象になります。

過失致死は、行為そのものが過失です。故意の犯罪行為により、という条文の文言に当たりません。業務上過失致死も同じです。ほかの例も並べます。強盗致傷は、無期又は6年以上の拘禁刑で、無期を含みます。1号で対象です。殺人は、死刑を含むので、1号です。自動車の危険運転で人を死亡させた罪は、1年以上の有期拘禁刑で、短期が1年以上なので法定合議事件です。人の死亡があるので、2号の例です。取調べの録音・録画の回で、録音・録画の対象事件は、おおむね裁判員裁判の対象事件と重なる、と言いました。重なる部分は大きいですが、条文の範囲は完全に同じではありません。ここでは、2条1項そのものを覚えてください。

除外決定と構成

除外決定と構成の表。3条=危害のおそれ等で出頭確保・職務遂行が困難/3条の2=審判が著しく長期になる等で選任が困難・員数不足。請求できる人=検察官・被告人・弁護人・職権。意見を聴く・即時抗告できる。構成=裁判官3人と裁判員6人(裁判長は裁判官)/例外=裁判官1人と裁判員4人(争いがない・適当と認められる・異議がないことの確認) 図:除外決定と構成の表

  • 3条=危害のおそれ等で出頭確保・職務遂行が困難/3条の2=審判が著しく長期になる等で選任が困難・員数不足
  • 請求できる人=検察官・被告人・弁護人・職権
  • 意見を聴く・即時抗告できる
  • 構成=裁判官3人と裁判員6人(裁判長は裁判官)/例外=裁判官1人と裁判員4人(争いがない・適当と認められる・異議がないことの確認)

復習を1問です。直前の回で見ました。即時抗告の提起期間は、何日でしたか?3日です。この即時抗告が、今日も出てきます。対象事件でも、裁判員裁判で扱わず、裁判官だけの合議体で扱う決定をする場合があります。除外の決定です。1つ目は、3条です。被告人やその仲間の言動などから、裁判員候補者や裁判員、その親族などに、生命、身体、財産への危害や、生活の平穏の著しい侵害のおそれがあるとします。そのために、候補者の出頭を確保したり、裁判員が職務を遂行したりすることが難しいときは、除外の決定をしなければなりません。2つ目は、3条の2です。公判前整理手続を経て、審判に要する期間が著しく長くなるなど、裁判員の選任や職務の遂行が困難なとき。また、欠けた裁判員と交代する補充裁判員がおらず、員数が足りなくなって、その後の審判が著しく長くなるときも含みます。手続は、2つの条文で共通です。請求できるのは、検察官、被告人、弁護人です。裁判所が職権でもできます。決定の前に、意見を聴きます。そして、決定に対して、即時抗告ができます。次に、構成です。条文を見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第2項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第2条第2項 2 前項の合議体の裁判官の員数は三人、裁判員の員数は六人とし、裁判官のうち一人を裁判長とする。ただし、次項の決定があったときは、裁判官の員数は一人、裁判員の員数は四人とし、裁判官を裁判長とする。

原則は、裁判官3人と裁判員6人です。裁判長は、裁判官です。例外が、裁判官1人と裁判員4人です。これには、3項と4項の要件が要ります。要件を、条文の言葉で拾います。まず、公判前整理手続による争点と証拠の整理で、公訴事実に争いがないと認められること。そして、事件の内容その他の事情を考慮して、適当と認められること。さらに、公判前整理手続で、検察官、被告人、弁護人に、異議のないことを確認すること。決定は、選任手続の期日までにします。被告人が事実を認めていれば、簡単な事件として、自動的に1人と4人になるのでしょうか。なりません。条文には、簡単な事件、という言葉はありません。争いがないと認められること、適当と認められること、異議のないことの確認。この3つが、要件です。被告人が異議を述べているのに、1人と4人にはできません。補充裁判員も、一言だけ触れます。審理の途中で、裁判員が病気などで職務を続けられなくなったときに備えて、補充裁判員を置けます。評決には加わりません。

裁判官と裁判員の分担

判断の仕分け表。裁判員も加わる合議=事実の認定/法令の適用/刑の量定。裁判官だけ=法令の解釈/訴訟手続に関する判断(証拠能力など)。具体例=「この自白調書を証拠にしてよいか」=裁判官のみ/「条文の暴行にどこまで含まれるか」=裁判官のみ/「証人の話は信用できるか」=合議/「この行為は傷害致死罪にあたるか」=合議/「刑は何年か」=合議。下段=質問(証人等は56条・被告人は59条)・自由心証62条・裁判官の判断に従う66条 図:判断の仕分け表

  • 裁判員も加わる合議=事実の認定/法令の適用/刑の量定
  • 裁判官だけ=法令の解釈/訴訟手続に関する判断(証拠能力など)
  • 具体例=「この自白調書を証拠にしてよいか」=裁判官のみ/「条文の暴行にどこまで含まれるか」=裁判官のみ/「証人の話は信用できるか」=合議/「この行為は傷害致死罪にあたるか」=合議/「刑は何年か」=合議
  • 下段=質問(証人等は56条・被告人は59条)・自由心証62条・裁判官の判断に従う66条

構成が分かったので、次は、分担です。裁判員は、何を判断し、何を判断しないのか。6条です。1項は、裁判員の関与する判断を定めます。条文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第1項(抜粋)

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第1項(抜粋) 1 …次に掲げるもの(以下「裁判員の関与する判断」という。)は、第二条第一項の合議体の構成員である裁判官(以下「構成裁判官」という。)及び裁判員の合議による。 一 事実の認定 二 法令の適用 三 刑の量定

裁判員が裁判官と合議で行うのは、事実の認定、法令の適用、刑の量定の3つです。2項は、裁判官だけで行う判断です。条文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第2項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第6条第2項 2 前項に規定する場合において、次に掲げる裁判所の判断は、構成裁判官の合議による。 一 法令の解釈に係る判断 二 訴訟手続に関する判断(少年法第五十五条の決定を除く。) 三 その他裁判員の関与する判断以外の判断

裁判官だけで行うのは、法令の解釈に係る判断と、訴訟手続に関する判断です。まとめると、事実、適用、量刑は一緒に。解釈と手続は、裁判官だけで。この線引きです。括弧書きの少年法55条の決定は、事件を家庭裁判所に移す決定です。これだけは、裁判官だけの判断から除かれています。仕分けの練習をします。5つの判断を並べます。この自白調書を証拠として採用してよいか。これは、証拠能力の判断です。有罪か無罪かの中身を決めるのではなく、その証拠を審理の材料にしてよいかを決める、手続の進め方の判断です。ですから、訴訟手続に関する判断で、裁判官だけです。条文の暴行に、どこまで含まれるか。法令の解釈です。裁判官だけです。この証人の話は信用できるか。証明力の判断で、事実の認定です。裁判員も加わります。この行為は傷害致死罪の条文にあてはまるか。法令の適用です。裁判員も加わります。刑は何年が相当か。量刑です。裁判員も加わります。

解釈は、条文の意味そのものを決める作業です。暴行とは何か、のように、一般的な意味を定めます。適用は、決まった意味を、目の前の事実に当てはめる作業です。この行為は、その暴行にあたるか、と問います。意味を決める役目は裁判官。決まった意味を事実に当てはめる役目は、裁判官と裁判員の合議です。なぜ、こう分けるのか。先ほどの判示が、理由を示していました。裁判員の関与する判断は、法律の専門知識が必ずしも不可欠な事項であるとはいえず、様々な視点や感覚を反映できます。一方、憲法の刑事裁判の諸原則を守る判断は、裁判官が担います。今日の軸の、具体化です。裁判官だけで決めた判断が出たとき、裁判員はどうするのか。66条です。裁判長は、必要があると認めるとき、裁判官の合議で決めた法令の解釈や訴訟手続の判断を、評議で示します。裁判員は、それに従って職務を行います。次に、質問する権利です。裁判員は、裁判長に告げて、証人その他の者に質問できます。56条です。被告人にも、裁判長に告げて、質問できます。59条です。ここで、条番号の取り違えに注意してください。証人などは56条、被告人は59条です。

裁判員の関与する判断に必要な事項を、質問します。最後に、62条。裁判員の関与する判断で、証拠の証明力は、それぞれの裁判官と裁判員の自由な判断にゆだねられます。証人の話が信用できるか、は、一人ひとりが自分の経験と感覚で判断する、ということです。

評議と評決

評決の検算。9人の合議体・過半数は5人。A=裁判官1と裁判員4(5人・双方を含む)→有罪にできる/B=裁判官0と裁判員6(6人・裁判官を含まない)→できない(冒頭の問いの答え)/C=裁判官3と裁判員1(4人・過半数に足りない)→できない/D=裁判官3と裁判員2(5人)→できる。裁判官1人と裁判員4人の合議体(過半数は3人)では、裁判員4人が有罪でも裁判官1人が無罪ならできない 図:評決の検算

  • 9人の合議体・過半数は5人
  • A=裁判官1と裁判員4(5人・双方を含む)→有罪にできる/B=裁判官0と裁判員6(6人・裁判官を含まない)→できない(冒頭の問いの答え)/C=裁判官3と裁判員1(4人・過半数に足りない)→できない/D=裁判官3と裁判員2(5人)→できる
  • 裁判官1人と裁判員4人の合議体(過半数は3人)では、裁判員4人が有罪でも裁判官1人が無罪ならできない

いよいよ、冒頭の問いに戻ります。その前に、2つの条文の区別です。評議と評決です。評議は、話し合う場です。66条1項は、評議は構成裁判官と裁判員が行う、と定めます。2項は、裁判員は、評議に出席して、意見を述べなければならない、と定めます。義務です。5項は、裁判長に、法令の説明を丁寧に行い、評議を分かりやすく整理し、発言の機会を十分に設ける配慮を求めます。評決は、結論の数え方です。67条です。全文で見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第67条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第67条 1 前条第一項の評議における裁判員の関与する判断は、裁判所法第七十七条の規定にかかわらず、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見による。 2 刑の量定について意見が分かれ、その説が各々、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見にならないときは、その合議体の判断は、構成裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見になるまで、被告人に最も不利な意見の数を順次利益な意見の数に加え、その中で最も利益な意見による。

まず、1項です。条文の初めに出てくる裁判所法77条は、合議体の裁判は過半数の意見で決める、という通常の決まりです。67条1項は、その特則です。部品に分けます。合議体の員数の過半数。そして、構成裁判官と裁判員の、双方の意見を含むこと。条件は、2つです。この2つを、両方満たさなければなりません。9人の合議体なら、過半数は5人です。冒頭の問いに答えます。裁判員は6人が有罪、裁判官3人が無罪。6人は、過半数の5人以上です。1つ目の条件は満たします。しかし、6人は全員が裁判員で、裁判官の意見を含みません。2つ目の条件を満たしません。だから、有罪にはできません。結論は、無罪です。

検算で、輪郭を見ます。同じ5人でも、結論が分かれる例があります。裁判官1人と裁判員4人が有罪の場合。5人で過半数で、双方を含みます。有罪にできます。ところが、裁判員5人と裁判官0人が有罪の場合。同じ5人でも、裁判官を含みません。有罪にできません。分かれ目は、人数ではなく、裁判官が1人でも加わっているかどうかです。逆の例も見ます。裁判官3人が全員有罪でも、裁判員の賛成が1人だけなら、合計4人で、過半数の5人に足りません。有罪にできません。裁判官3人と裁判員2人なら、合計5人で、双方を含みます。有罪にできます。裁判官だけでは決まりません。裁判員だけでも決まりません。裁判官1人と裁判員4人の合議体では、5人で、過半数は3人です。裁判員4人全員が有罪でも、裁判官1人が無罪なら、裁判官の意見を含まないので、有罪にできません。

大法廷の言葉が理由になります。判決は、憲法が定める刑事裁判の諸原則の保障は、裁判官の判断に委ねられている、と述べています。別の箇所で、評決では多数意見の中に少なくとも1人の裁判官が加わっていることが必要とされ、被告人の権利保護という観点からの配慮もされている、とも述べています。この2つをつなぐのは、私たちの説明です。裁判員だけの多数で有罪にできるなら、原則を守る役の裁判官が、1人も賛成していない有罪が出てしまいます。それを避ける仕組みが、この要件だと読めます。逆に、裁判官の多数意見が、常に結論になるなら、国民が加わる意味がなくなります。判決も、そう述べていました。だから、裁判官側にも、裁判員側にも、拒否できる位置を与えます。合同の委員会で、事務局側と市民側の両方から、最低1人の賛成が要る決議、と同じ形です。裁判官と裁判員は、対等の権限を持って協力する。そういう設計です。補足を1つ。法令の解釈と訴訟手続の判断は、裁判官だけの合議でした。ですから、67条の対象ではありません。こちらは、通常の決まりどおり、裁判官だけで数えます。裁判官が3人なら、そのうち2人以上の意見で決まります。この節をまとめます。裁判員の1票と裁判官の1票は、同じ重さです。それでも、裁判官が1人も賛成しない有罪は出ません。国民が裁判に加わる。ただし、裁判官が基本的な担い手であり続ける。今日の軸が、票の数え方になったのが、67条1項です。

量刑の特則

67条2項の算術。15年=3人(全員裁判員)/12年=2人(全員裁判員)/10年=3人(裁判官2・裁判員1)/8年=1人(裁判官)。過半数は5人で、どの説も届かない。重い方から足す=15年の3人→12年を加えて5人(過半数だが裁判官を含まない)→10年を加えて8人(裁判官2・裁判員6・双方を含む過半数)。加えた中で最も利益な意見=10年 図:67条2項の算術

  • 15年=3人(全員裁判員)/12年=2人(全員裁判員)/10年=3人(裁判官2・裁判員1)/8年=1人(裁判官)
  • 過半数は5人で、どの説も届かない
  • 重い方から足す=15年の3人→12年を加えて5人(過半数だが裁判官を含まない)→10年を加えて8人(裁判官2・裁判員6・双方を含む過半数)
  • 加えた中で最も利益な意見=10年

67条の2項です。刑の量定に特則があります。なぜ特則が要るのか。有罪か無罪かは二択ですが、刑は、何年が相当か、と意見が散らばります。そのまま過半数を探すと、どの説も届かず、結論が出ません。条文の言葉を部品に分けます。刑の量定で意見が分かれ、どの説も、双方の意見を含む過半数にならないとき。その場合は、被告人に最も不利な意見の数に、順次、利益な意見の数を加えます。双方を含む過半数になるまで加えて、その加えた中で、最も利益な意見によります。数字で一段ずつ見ます。9人の合議体で、意見が4つに分かれたとします。拘禁刑15年が3人。この3人は全員、裁判員です。12年が2人。この2人も、全員、裁判員です。10年が3人。裁判官2人と、裁判員1人です。8年が1人。裁判官です。合計で9人です。各説の人数を見ます。いちばん多い15年でも3人です。過半数の5人に届きません。そこで、最も不利な意見、つまり最も重い15年の3人から始めて、利益な意見を順に加えます。1段目。15年の3人に、12年の側の2人を加えます。3足す2で、5人です。人数は過半数に届きました。しかし、5人は全員が裁判員です。裁判官の意見を含みません。条件を満たしません。さらに加えます。2段目。ここに、10年の3人を加えます。5足す3で、8人です。内訳は、裁判官2人と裁判員6人。双方を含み、過半数です。ここで止めます。加えた中で、最も利益な意見は、10年です。結論は、拘禁刑10年です。8年の1人は、加えずに終わります。

15年を主張した3人は、結局、自分たちの意見より軽い10年で決まります。重い意見を述べた側から見れば、そう感じるでしょう。ただ、仕組みは、重い意見から順に足していき、裁判官と裁判員の双方を含む過半数に届いた時点で、足した中でいちばん軽い意見になる、というものです。全体でいちばん軽い意見そのものではありません。この例で、8年にならないのは、そのためです。量刑について、もう1点。量刑の評議では、過去の量刑の傾向が、目安として使われます。最高裁も、傾向を共通の出発点にして、評議を深める、という考え方を示しています。ただし、傾向に従う義務はありません。そのうえで、これまでの傾向から外れる量刑をするときは、その理由を具体的に、説得的に示すことが求められます。深掘りは、量刑の回で扱います。

裁判員の選任

選任の3区分。欠格事由(14条)=なれない。就職禁止事由(15条)=職務に就けない。辞退事由(16条)=申立てがあれば辞退できる。資格=衆議院議員の選挙権を有する者(13条)=18歳以上。注意=欠格と就職禁止は申立て不要・辞退は申立てが必要 図:選任の3区分

  • 欠格事由(14条)=なれない
  • 就職禁止事由(15条)=職務に就けない
  • 辞退事由(16条)=申立てがあれば辞退できる
  • 資格=衆議院議員の選挙権を有する者(13条)=18歳以上
  • 注意=欠格と就職禁止は申立て不要・辞退は申立てが必要

後半に入ります。誰が裁判員になるのか。資格は、13条で、衆議院議員の選挙権を有する者、とされています。選挙権は、公職選挙法9条1項で、18歳以上です。2段で覚えてください。裁判員は18歳以上です。選ばれるときは、無作為の、くじです。ここから、3つの区別です。欠格事由、就職禁止事由、辞退事由。取り違えやすい、短答の核心です。まず、14条の欠格事由です。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第14条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第14条 国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第三十八条の規定に該当する場合のほか、次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることができない。 一 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)に定める義務教育を終了しない者。ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する者は、この限りでない。 二 拘禁刑以上の刑に処せられた者 三 心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者

欠格事由は、その人自身の条件で、そもそも裁判員になれない場合です。義務教育を終了していない者、拘禁刑以上の刑に処せられた者、心身の故障で職務の遂行に著しい支障がある者です。次が、15条の就職禁止事由です。職業や地位で、職務に就けない場合です。1項は、国会議員、国務大臣、裁判官、検察官、弁護士、司法警察職員、自衛官などを挙げます。2項は、拘禁刑以上の刑に当たる罪で起訴されて、事件が終結していない者や、逮捕又は勾留されている者です。ここは、条文の趣旨を、私たちの整理で言います。この制度の狙いは、法律の専門家ではない市民の視点や感覚を、裁判に反映することでした。法律の専門家が加われば、その視点が薄まります。さらに、公務の要職にある人や、捜査や裁判に直接かかわる人が加わると、職務の性質上、公平性の面でも問題が生じかねません。そういう整理ができます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第16条(抜粋)

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第16条(抜粋) 次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることについて辞退の申立てをすることができる。 一 年齢七十年以上の者 … 三 学校教育法第一条、第百二十四条又は第百三十四条の学校の学生又は生徒(常時通学を要する課程に在学する者に限る。) 四 過去五年以内に裁判員又は補充裁判員の職にあった者

最後が、16条の辞退事由です。いまカードに出ている部分で言います。ここは、申立てをすれば辞退できる、という条文です。1号は、年齢70年以上の者。3号は、学生や生徒で、常時通学を要する課程にいる者。4号は、過去5年以内に、裁判員や補充裁判員だった者です。ほかに、重い疾病、介護や養育、事業上の重要な用務、父母の葬式などの重要な用務、重大な災害の再建など、個別の事情による辞退事由があります。短答の落とし穴は、ここです。欠格事由と就職禁止事由は、そもそもなれないので、辞退の申立てを待ちません。辞退事由は、申立てがあって、はじめて辞退できます。ですから、就職禁止事由のある人が、辞退の申立てをすれば裁判員になれる、という肢は、×です。選任の手続で、一言ずつ。検察官と被告人は、それぞれ、理由を示さずに、4人まで不選任の請求ができます。補充裁判員を置くときは、その人数に応じて増えます。36条です。裁判官1人と、裁判員4人の構成なら、3人までです。また、労働者が裁判員の職務のために休暇を取ったことを理由に、解雇その他の不利益な取扱いをしてはなりません。100条です。

守秘義務

守秘義務。守秘の対象=評議の秘密(評議の経過・各人の意見・その多少の数)と職務上知り得た秘密(事件関係者のプライバシー・他の裁判員の氏名など)。話してよい=公開の法廷で見聞きしたこと・参加した感想。罰則(108条)=現職1項(6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)/職を離れた後2項(同じ刑)・3項(罰金のみ) 図:守秘義務

  • 守秘の対象=評議の秘密(評議の経過・各人の意見・その多少の数)と職務上知り得た秘密(事件関係者のプライバシー・他の裁判員の氏名など)
  • 話してよい=公開の法廷で見聞きしたこと・参加した感想
  • 罰則(108条)=現職1項(6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)/職を離れた後2項(同じ刑)・3項(罰金のみ)

次は、守秘義務です。裁判員は、評議の秘密と、そのほかの職務上知り得た秘密を、漏らしてはなりません。9条2項と、70条1項です。70条1項を、カードで見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第70条第1項

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第70条第1項 1 構成裁判官及び裁判員が行う評議並びに構成裁判官のみが行う評議であって裁判員の傍聴が許されたものの経過並びにそれぞれの裁判官及び裁判員の意見並びにその多少の数(以下「評議の秘密」という。)については、これを漏らしてはならない。

評議の秘密とは、評議の経過、それぞれの裁判官と裁判員の意見、その多少の数です。裁判員を務めたことについて、何も話せなくなるわけではありません。話してよいものと、いけないものがあります。話してよいのは、公開の法廷で見聞きしたことと、裁判員を務めた感想や経験です。いけないのは、評議で誰がどんな意見を言ったか、なん対なんで決まったか、事件関係者のプライバシー、ほかの裁判員の氏名などです。例で言います。帰宅して、家族に、証人が法廷で涙ぐんでいた、と話すのは、公開の法廷で見たことです。話してよいです。私は有罪の意見だったが、5対4で決まった、と話すのは、評議の秘密です。いけません。なぜ、秘密にするのか。最高裁も、評議における自由な意見表明を保障するために、守秘義務を設けた、と述べています。誰がどう言ったか、何人が賛成したかが外に出れば、あとで責められたり、圧力をかけられたりするかもしれません。それでは、自由に意見を言えなくなります。罰則は、108条です。現職の裁判員が、評議の秘密や、職務上知り得た秘密を漏らしたとき。6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金です。1項です。職を離れたあとも、義務は続きます。ただし、漏らした内容によって、刑が分かれます。2項は、職にあった者が、職務上知り得た秘密を漏らしたとき、評議の秘密のうち、各人の意見やその多少の数を漏らしたとき、財産上の利益を得る目的で評議の秘密を漏らしたときです。1項と同じ刑です。3項は、それ以外の評議の秘密、たとえば評議の経過を漏らしたときで、50万円以下の罰金だけです。

審理の工夫

審理の工夫。必要的公判前整理手続(49条)=対象事件は必ず付す(一般の事件は裁量)。51条=裁判官・検察官・弁護人は迅速で分かりやすい審理に努める。55条=冒頭陳述は公判前整理手続の結果に基づき証拠との関係を具体的に明示。連日開廷(刑訴281条の6)。波及=人証中心・見て聞いて分かる審理 図:審理の工夫

  • 必要的公判前整理手続(49条)=対象事件は必ず付す(一般の事件は裁量)
  • 51条=裁判官・検察官・弁護人は迅速で分かりやすい審理に努める
  • 55条=冒頭陳述は公判前整理手続の結果に基づき証拠との関係を具体的に明示
  • 連日開廷(刑訴281条の6)
  • 波及=人証中心・見て聞いて分かる審理

ここから、審理の工夫です。ここで1問です。裁判員裁判の対象事件で、公判前整理手続に付すのは、裁量でしたか、必須でしたか?必須だったと思います。裁判員法49条が、対象事件は、第1回公判期日前に、公判前整理手続に付さなければならない、と定めます。一般の事件が、刑事訴訟法316条の2で裁量なのと、対照的です。必須にする理由は、公判前整理手続の回で見たとおりです。市民を、何日も何か月も、拘束するわけにはいきません。争点と証拠を絞って、分かりやすく審理するためです。51条は、裁判官、検察官、弁護人に、裁判員の負担が過重にならないようにしつつ、審理を迅速で分かりやすいものとするよう努めることを求めます。55条は、冒頭陳述について、公判前整理手続の結果に基づいて、証拠との関係を具体的に明示することを求めます。冒頭陳述が、証拠と結びつかない抽象的な話では、市民には分かりにくいからです。審理に2日以上かかる事件は、できる限り、連日開廷します。刑事訴訟法281条の6で、以前の回で見ました。裁判員が、日常から離れる期間を短くするためです。

裁判員が加わると、証拠の出し方も変わるのでしょうか。変わりました。市民が、法廷でのやり取りを目と耳で確かめながら、理解できる審理が目指されます。そのため、証人の尋問など、法廷で直接取り調べる証拠が中心になり、調書を読み上げる運用は減りました。これまで見た、裁判所が自ら証拠に触れる直接主義と、口頭で審理する口頭主義が、実際の運用でも生かされた形です。

区分審理と部分判決

区分審理の流れ。被告人Xが事件①傷害致死・事件②強盗致傷・事件③殺人で起訴され、弁論を併合→区分審理の決定(71条)→事件①の裁判員が部分判決(事実認定)→任務終了(84条)→事件②も同様→併合事件審判(86条)で、区分しなかった事件③の審理と全体の刑の量定をして終局判決。決定は意見を聴き・即時抗告できる 図:区分審理の流れ

  • 被告人Xが事件①傷害致死・事件②強盗致傷・事件③殺人で起訴され、弁論を併合→区分審理の決定(71条)→事件①の裁判員が部分判決(事実認定)→任務終了(84条)→事件②も同様→併合事件審判(86条)で、区分しなかった事件③の審理と全体の刑の量定をして終局判決
  • 決定は意見を聴き・即時抗告できる

最後の論点です。被告人Xが、仮に3つの事件で起訴されたとします。事件1は傷害致死、事件2は強盗致傷、事件3は殺人です。3つとも、裁判員裁判の対象事件です。弁論を併合して、1つの裁判で審理することにしました。併合は、別の回で見た、弁論の併合です。そこで使うのが、区分審理の決定です。71条1項を、要のところだけ見ます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第71条第1項(抜粋)

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第71条第1項(抜粋) 裁判所は、…併合した事件(以下「併合事件」という。)を一括して審判することにより要すると見込まれる審判の期間その他の裁判員の負担に関する事情を考慮し、その円滑な選任又は職務の遂行を確保するため特に必要があると認められるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で、…順次、審理する旨の決定(以下「区分審理決定」という。)をすることができる。 ただし、犯罪の証明に支障を生ずるおそれがあるとき、被告人の防御に不利益を生ずるおそれがあるときその他相当でないと認められるときは、この限りでない。

カードの太字のところが、決定の要件の中心です。併合した事件を一括して審判すると、審判の期間などの、裁判員の負担が大きくなります。その、円滑な選任や職務の遂行を確保するため、特に必要があると認められるとき、裁判所は、事件を区分して順次審理する決定をします。請求できるのは、検察官、被告人、弁護人で、職権でもできます。ただし、犯罪の証明に支障を生ずるおそれや、被告人の防御に不利益を生ずるおそれがあるときは、決定できません。決定の前に、意見を聴きます。決定に対して、即時抗告ができます。流れを、工事に例えます。長い工事を工区に分けて、工区ごとに担当チームが検査に合格して、解散する形です。事件1を担当する裁判員が、事件1について、有罪か無罪かといった事実の認定を、部分判決として言い渡します。84条により、部分判決の宣告で、その裁判員の任務は終わります。事件2も、同じ順序で進みます。事件3は区分しません。最後に残します。最後に、併合事件審判です。86条です。区分しなかった事件3の審理と、部分判決で示された事項を除く残りの審理、そして併合した事件全体の刑の量定を、最後の合議体がまとめて行い、終局の判決を言い渡します。事件3が有罪か無罪かを判断するのも、この最後の合議体です。部分判決で示された事項は、原則として、それによります。

区分審理では、裁判員は、部分判決のあとも、最後まで続けるのですか。続けません。部分判決の宣告で、その区分事件の裁判員の任務は終わります。短答では、部分判決のあとも併合事件審判まで職務を続ける、と出れば、×です。ただし、任務が終わっても、口は閉じたままです。併合事件の裁判がされるまでは、なお裁判員とみなして、守秘義務と罰則が及びます。108条4項です。

短答の落とし穴

短答の○×一覧。評決・権限・対象事件・構成・選任・守秘・区分審理・選択権の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧

短答で確認します。裁判員6人全員が有罪でも、裁判官3人全員が無罪なら、有罪にできない。○です。評決は、裁判員だけの過半数でよい。×です。裁判官3人全員が有罪でも、裁判員の賛成が1人だけなら、有罪にできない。○です。合計4人で、過半数の5人に足りません。法令の解釈に係る判断は、裁判員も加わって合議で決める。×です。裁判官だけです。訴訟手続に関する判断も、×です。刑の量定は、裁判員も裁判官と共に合議で行う。○です。裁判員は被告人に質問できる。○です。59条で、裁判長に告げて行います。証人などへの質問は56条です。

被告人は、裁判員裁判を受けるか否かを選べるのでしょうか。選べません。×です。選択権が無くても、憲法32条、37条に違反しないとされています。傷害致死は対象事件である。○です。過失致死は、対象外で、×です。強盗致傷は、1号で対象で、○です。公判前整理手続で、公訴事実に争いがないと認められるとき、被告人が異議を述べても、裁判官1人と裁判員4人にできる。×です。検察官、被告人、弁護人に、異議のないことの確認が要ります。対象事件を除外する決定に対して、不服を申し立てられない。×です。即時抗告ができます。就職禁止事由のある者も、辞退の申立てをすれば裁判員になれる。×です。そもそも職務に就けません。年齢70歳以上の者は、辞退の申立てができる。○です。評議の秘密は、職を離れたあとも守る義務がある。○です。公開の法廷で見聞きしたことも、漏らしてはならない。×です。話してかまいません。区分審理では、裁判員は部分判決のあとも併合事件審判まで職務を続ける。×です。部分判決の宣告で、任務が終わります。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。軸=国民が裁判に加わる・ただし裁判官が基本的な担い手。合憲性→対象事件→構成→権限の分担→評議と評決→量刑の特則→選任→守秘義務→審理の工夫→区分審理。冒頭の問いの答え=裁判官の意見を含まないので有罪にできない 図:まとめの地図

  • 軸=国民が裁判に加わる・ただし裁判官が基本的な担い手
  • 合憲性→対象事件→構成→権限の分担→評議と評決→量刑の特則→選任→守秘義務→審理の工夫→区分審理
  • 冒頭の問いの答え=裁判官の意見を含まないので有罪にできない

今日のまとめです。軸は1本でした。国民が裁判に加わる。ただし、裁判官が基本的な担い手であり続けるように、設計されている。憲法は、国民の司法参加を許していて、適正な刑事裁判の諸原則が確保されている限り、内容は立法政策に委ねています。裁判員制度は、その諸原則を確保しているので、合憲です。被告人に、選択権はありません。対象事件は、死刑又は無期拘禁刑に当たる罪と、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた法定合議事件です。構成は、裁判官3人と裁判員6人が原則です。事実の認定、法令の適用、刑の量定は一緒に、法令の解釈と訴訟手続は、裁判官だけで判断します。評決は、構成裁判官と裁判員の、双方の意見を含む過半数です。冒頭の問いの答えです。裁判員が6人とも有罪でも、裁判官3人が無罪なら、裁判官の意見を含まないので、有罪にできません。量刑は、重い方から票を足して、双方を含む過半数になるまで加え、その中で最も利益な意見によります。選任は、なれない、職務に就けない、申立てで辞退できる、の3つを区別します。守秘義務は、自由な意見表明のためで、職を離れたあとも続きます。複数の事件は、区分審理で、裁判員の負担を分けます。次は、被害に遭った人の保護です。法廷には、被害に遭った人も証人として立ちます。その負担をどう軽くするかを見ます。

ページ上部へ ↑

#144単独ページ動画

犯罪被害者の保護①証人の負担軽減(付添い・遮へい・ビデオリンク)

第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

法廷の見取り図。裁判所C・検察官A・弁護人B・証人席の被害者Y・被告人席のX・傍聴席。Yにかかる負担は3つ(一人で立つ不安と緊張/Xの視線と傍聴席の視線/法廷に入ること自体) 図:法廷の見取り図

  • 裁判所C・検察官A・弁護人B・証人席の被害者Y・被告人席のX・傍聴席
  • Yにかかる負担は3つ(一人で立つ不安と緊張/Xの視線と傍聴席の視線/法廷に入ること自体)

証人席と被告人席の間に、ついたてが置かれました。被告人からは、証人の姿が見えません。憲法は、被告人に、証人を審問する権利を保障しています。この証言は、許されるのでしょうか。被告人の権利を守ることと、被害者の負担を軽くすること。この2つの板挟みが、今日の問いです。答えは、最高裁の判断のところで出します。それまでに、条文の言葉で、何がどこまで許されるのかを順に確かめます。今日は、これまでの回で預かってきた話に、まとめて答えます。証人を守る措置と憲法37条2項の関係、そして、付添い、遮へい、ビデオリンクの詳細です。設例を置きます。会社員のYさんは、元交際相手のXに付きまとわれたあげく、けがをさせられました。Xは傷害罪で起訴され、Yさんは公判で証人として呼ばれます。法廷では、Yさんの少し先にXが座り、後ろの傍聴席には、知っている顔が混じっているかもしれません。

負担は、次の3つに分けられます。1つ目は、一人で証言台に立つ不安と緊張です。2つ目は、Xの視線と、傍聴席の視線です。3つ目は、法廷に入ること、その建物に行くことそのものです。この3つは、今日の3つの措置に、1つずつ対応します。不安と緊張には付添い、視線には遮へい、法廷に入ること自体にはビデオリンクです。どう対応するのかは、条文を読みながら確かめます。今日の道筋です。まず、被害者は刑事訴訟でどういう立場なのか。次に、配慮が広がってきた流れと、その限界。そのうえで3つの措置を条文で読み、最後に、最高裁が冒頭のような証言をどう判断したかを見ます。

被害者は「当事者」ではない

当事者と被害者の位置。当事者=検察官と被告人・弁護人(主張と立証をする)。被害者=当事者ではない(証人として尋問を受ける立場)。被害者等=被害者/被害者が死亡した場合・心身に重大な故障がある場合の配偶者・直系の親族・兄弟姉妹 図:当事者と被害者の位置

  • 当事者=検察官と被告人・弁護人(主張と立証をする)
  • 被害者=当事者ではない(証人として尋問を受ける立場)
  • 被害者等=被害者/被害者が死亡した場合・心身に重大な故障がある場合の配偶者・直系の親族・兄弟姉妹

出発点は、被害者の立場です。刑事訴訟は、当事者主義で進みます。主張し、立証する主体は、検察官と、被告人・弁護人です。被害者は、当事者ではありません。刑事訴訟が目指すのは、事案の真相を明らかにして、刑罰法令を適正かつ迅速に適用することです。被害者の救済は、刑事訴訟の直接の目的ではありません。裁判を試合に例えます。グラウンドに立つのは、検察官側と被告人側の2チームです。被害者は、事件を最もよく知る人として、ベンチから呼び出されて質問に答える立場、つまり証人です。かつては、この立場が文字どおりでした。被害者は、いわば証拠の1つのように扱われ、公開の法廷で、被告人のすぐ前に立って、被害を語るほかありませんでした。先ほどのYさんの3つの負担は、この構造から生まれています。

そこで出てくるのが、被害者等という言葉です。条文の括弧書きで、定義を見ます。

条文刑事訴訟法第201条の2第1項

刑事訴訟法第201条の2第1項(抜粋) …被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹をいう。以下同じ。)…

被害者等は、被害者本人と、被害者が亡くなった場合や、心身に重大な故障がある場合の、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。たとえば、被害者が亡くなった事件で、その親や配偶者が、これに当たります。この定義は、201条の2の括弧書きに置かれていて、被害者に関する他の条文も、同じ言葉を使います。今日の中心の、付添い、遮へい、ビデオリンクは、被害者等ではなく、証人への措置です。被害者でない証人にも使えます。この点は、あとで設例で確かめます。整理します。被害者は当事者ではなく、証人として法廷に立つ。そのとき、公開の法廷で、被告人の前で被害を語る。この構造そのものが負担になる。配慮は、ここから始まります。

配慮が広がった流れ

配慮の年表。平成12年=いわゆる犯罪被害者保護二法(刑訴法等の改正と犯罪被害者保護法の新設)/平成16年=犯罪被害者等基本法/平成19年=刑訴法等の改正(被害者参加・損害賠償命令・被害者特定事項の秘匿)/平成28年=構外ビデオリンクの新設・秘匿の対象の拡大 図:配慮の年表

被害者への配慮は、一度に整ったわけではありません。足りないところが見つかるたびに、1つずつ埋められてきました。年表は板に出しました。語るのは、3つの転換点が、それぞれ何を埋めたのかです。出発点は、先ほどの構造です。被害者は、被告人のすぐ前で、被害を語るほかありませんでした。最初に埋められたのは、この、証言する場面の負担です。これが1つ目の転換点、平成12年の、いわゆる犯罪被害者保護二法です。刑訴法などの改正と、犯罪被害者保護法の新設です。このとき、刑訴法に、証人の付添い、遮へい、ビデオリンクが入りました。今日の主役です。被害者が心情などを述べる意見陳述の制度も、このときです。ただ、これは、法廷の中の場面ごとの手当てでした。国が被害者をどう支えるのか、という全体の方針を定めた法律は、まだありません。それを埋めたのが、2つ目の転換点、平成16年の犯罪被害者等基本法です。被害者のための施策の基本を定め、政府が基本計画をつくることを求める法律です。しかし、基本法は、方針を定める法律です。それだけでは、被害者が刑事の手続の中でできることは、増えません。この方針と、それを受けた基本計画を踏まえて、手続の中の具体的な制度にしたのが、3つ目の転換点、平成19年の改正です。被害者が手続に参加する制度、損害賠償を刑事の手続の中で命じる制度、被害者の氏名などを法廷で明らかにしない仕組みが加わりました。証人として守られるだけだった被害者が、自分から手続に関わり、損害を取り戻す道を持ったわけです。

3つの転換点をまとめると、こうなります。忘れられた存在から、守られる証人へ。そして、手続に関わる人へ。証言の負担、全体の方針、手続への関わり。足りないものが、この順に埋まってきました。その後も、平成28年の改正で、同じ建物まで来ること自体が負担や危険になる証人のために、構外ビデオリンクが新設され、氏名などの秘匿の対象も広がりました。構外ビデオリンクについては、あとで条文を読みます。ただし、配慮が広がっても、被害者の望みがすべて通るわけではありません。なぜ通らないのか。次の節で見ます。

配慮の限界

配慮の限界=3つの物差し。1 犯罪の有無を適正かつ迅速に明らかにすること。2 被告人の権利=公平な裁判所の迅速な公開裁判(憲法37条1項)・対審の公開(憲法82条1項)・証人に対する審問権(憲法37条2項前段)。3 処分の公平(被害者の意向で処分が極端に変わらないこと)

  • 配慮の限界=3つの物差し
  • 1 犯罪の有無を適正かつ迅速に明らかにすること
  • 2 被告人の権利=公平な裁判所の迅速な公開裁判(憲法37条1項)・対審の公開(憲法82条1項)・証人に対する審問権(憲法37条2項前段)
  • 3 処分の公平(被害者の意向で処分が極端に変わらないこと)

ここが、この回の山場の1つ目です。被害者の望みを、すべて通せない理由を、3つの物差しで整理します。つらい思いをさせないことは、大事です。ただ、刑事裁判には、動かせない前提があります。物差しの1つ目は、犯罪があったのかを、誤りなく、遅れずに確かめることです。たとえば、被害者が、被告人の顔も見たくないから被告人を法廷から外してほしい、と望んだとします。被告人のいない場所で、犯罪の有無を適正に明らかにすることはできません。2つ目は、被告人の権利です。憲法37条1項は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を保障します。82条1項は、裁判の対審、つまり当事者が法廷で向き合って主張し、立証する審理の場面を、公開法廷で行うと定めます。そして37条2項前段は、被告人がすべての証人に対して審問する機会を、充分に与えられる、と定めます。審問する機会とは、証人に尋問して、その供述の信用性を確かめる機会のことです。3つ目は、処分の公平です。同じような行為をしても、被害者が許したかどうかで、処分が極端に変わるとしたら、不公平です。被害者の意向を考慮することと、意向で決めることは、別です。

あとで措置ごとの要件の差を読む物差しは、主に2つ目の、被告人の権利です。被告人の権利に触れない措置は、要件が軽い。審問権に触れる措置は、要件が重くなる。今日は、毎回、この2つ目の物差しに戻ります。3つ目の処分の公平は、被害者の意向で結論が大きく変わらないようにする、手続全体の限界です。証言の場面の措置を読む物差しではありません。Yさんが、Xの顔が見えない場所でしか証言できない、と望んだとします。望みは、尊重されます。しかし、Xにも、証人の態度を見て尋問する権利があります。どこまで応えられるのか。この両方を満たす線を、条文が引いています。

配慮の4本柱

配慮の4本柱の地図。手続の流れ(捜査→公訴の提起→公判→判決→上訴)に沿って、保護/情報提供/関与・参加/損害回復。今日は「保護」のうち、公判での証人尋問の場面 図:配慮の4本柱の地図

  • 手続の流れ(捜査→公訴の提起→公判→判決→上訴)に沿って、保護/情報提供/関与・参加/損害回復
  • 今日は「保護」のうち、公判での証人尋問の場面

被害者への配慮は、4本の柱で整理できます。保護、情報提供、関与・参加、損害回復です。なぜ4本なのか。被害者が刑事の手続で困ることが、4つあるからです。Yさんで考えます。1つ目。証言台でXの前に立つのが怖い。仕返しも心配です。傷つけられたり、危害を加えられたりしないようにするのが、保護です。2つ目。Xの事件がいまどうなっているのかが、分からない。手続がどう進んでいるかを被害者に知らせるのが、情報提供です。3つ目。どれだけ怖かったかを、自分の口で裁判所に伝えたい。被害者が意見を述べたり、手続に参加したりするのが、関与・参加です。4つ目。治療費を払ってほしい。被害の賠償を受けやすくするのが、損害回復です。困ることが4つあるので、柱も4本です。

捜査から上訴までの全体にまたがります。告訴は、捜査のところで先に見ました。検察審査会への申立てなどは、公訴のところで見ました。今日は、4本の柱のうち、保護の中の、公判で証人として尋問を受ける場面だけです。保護には、もう1つ、氏名や住所を知られないようにする仕組みがありますが、それは別の回で扱います。

すでに知っている保護の受け直し

保護の位置関係。被告人の側を動かす手段=権利保釈の除外事由(89条5号)・被告人の退席と退廷(281条の2・304条の2)。証人の環境を整える手段=付添い・遮へい・ビデオリンク(並べて使える)。これらを講じてもなお十分に供述できないとき最後に退廷 図:保護の位置関係

  • 被告人の側を動かす手段=権利保釈の除外事由(89条5号)・被告人の退席と退廷(281条の2・304条の2)
  • 証人の環境を整える手段=付添い・遮へい・ビデオリンク(並べて使える)
  • これらを講じてもなお十分に供述できないとき最後に退廷

復習を1問です。保釈の回で、権利保釈を見ました。請求があれば、原則として許さなければならない保釈のことです。その除外事由は6つありました。そのうち、被害者や証人を守るための事由は、どれでしたか?89条5号です。被害者や証人などに、害を加えたり、畏怖させたりするおそれがある場合、でした。証人を守る仕組みの中には、すでに知っているものが2つあります。権利保釈の除外事由と、被告人の退廷です。ここに、今回初めて出てくる退席を、1つ足します。1つ目は、権利保釈の除外事由です。89条5号は、被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者、またはその親族に、害を加えたり、畏怖させたりする行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき、保釈を許さなくてよい、と定めます。2つ目は、被告人の退廷です。304条の2は、証人が被告人の面前では圧迫を受けて、充分な供述をすることができないと認めるとき、弁護人が出頭している場合に限って、供述の間だけ被告人を退廷させることができる、と定めます。この、弁護人が出頭している場合に限る、という条件を、ここで改めて押さえてください。

条文刑事訴訟法第281条の2

刑事訴訟法第281条の2 裁判所は、公判期日外における証人尋問に被告人が立ち会つた場合において、証人が被告人の面前(第百五十七条の五第一項に規定する措置を採る場合並びに第百五十七条の六第一項及び第二項に規定する方法による場合を含む。)においては圧迫を受け充分な供述をすることができないと認めるときは、弁護人が立ち会つている場合に限り、検察官及び弁護人の意見を聴き、その証人の供述中被告人を退席させることができる。この場合には、供述終了後被告人に証言の要旨を告知し、その証人を尋問する機会を与えなければならない。

初めて出てくる規定が、退席です。281条の2は、公判期日の外で証人を尋問するときに、被告人が立ち会った場合を定めます。証人が被告人の面前では圧迫を受けて、充分な供述をすることができないと認めるとき、弁護人が立ち会っている場合に限って、供述の間、被告人に席を外させることができます。こちらは退席と呼びます。どれも、被告人の側を動かす仕組みですね。それでは足りなかったのですか。足りませんでした。これらに共通するのは、動かされるのが被告人の側だという点です。身柄か、法廷にいることか。ところが、証人が証言するその場面で、証人自身の環境を整える手段が、欠けていました。そこで生まれたのが、今日の3つの措置です。位置関係を、板で確かめます。304条の2には、括弧書きがあります。遮へい措置を採る場合と、ビデオリンクによる場合も、被告人の面前に含めて、退廷の要件を判断する、という書き方です。つまり、遮へいやビデオリンクを講じても、なお十分に供述できないときの、最後の手段が退廷です。一方、付添い、遮へい、ビデオリンクは、並べて使えます。こちらの根拠は、これとは別の、遮へいの条文にある括弧書きです。あとで読みます。具体例です。Yさんについたてを置き、さらにビデオリンクにしても、Xの存在が気になって話せないとします。ここで初めて、Xを退廷させる、という手段が候補に上がります。

付添い

付添い(157条の4)。誰に=年齢・心身の状態その他の事情を考慮し、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるとき。誰を=不安・緊張を緩和するのに適当で、尋問や供述を妨げず、供述の内容に不当な影響を与えるおそれがない者。2項=付添人は尋問や供述を妨げ、供述の内容に不当な影響を与える言動をしてはならない。意見を聴く=検察官及び被告人又は弁護人 図:付添い

  • 157条の4
  • 誰に=年齢・心身の状態その他の事情を考慮し、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるとき。誰を=不安・緊張を緩和するのに適当で、尋問や供述を妨げず、供述の内容に不当な影響を与えるおそれがない者。2項=付添人は尋問や供述を妨げ、供述の内容に不当な影響を与える言動をしてはならない。意見を聴く=検察官及び被告人又は弁護人

1つ目の措置、付添いです。Yさんの、一人で立つ不安と緊張に対応します。条文を、全文で見ます。

条文刑事訴訟法第157条の4

刑事訴訟法第157条の4 1 裁判所は、証人を尋問する場合において、証人の年齢、心身の状態その他の事情を考慮し、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、その不安又は緊張を緩和するのに適当であり、かつ、裁判官若しくは訴訟関係人の尋問若しくは証人の供述を妨げ、又はその供述の内容に不当な影響を与えるおそれがないと認める者を、その証人の供述中、証人に付き添わせることができる。 2 前項の規定により証人に付き添うこととされた者は、その証人の供述中、裁判官若しくは訴訟関係人の尋問若しくは証人の供述を妨げ、又はその供述の内容に不当な影響を与えるような言動をしてはならない。

部品に分けます。誰に付き添わせるのか。証人が、著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認められるときです。年齢や心身の状態などを考慮します。手続として、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴きます。注目してほしいのは、要件の軽さです。このあと読む遮へいやビデオリンクの条文には、相当と認めるとき、という要件があります。付添いの条文には、それがありません。なぜ、付添いだけ要件が軽いのですか。付添いは、証人の姿も声も、被告人と傍聴人に、そのまま届くからです。被告人の審問権にも、公開原則にも、触れません。物差しの2つ目に、ぶつからない措置だから、要件が軽いのです。

付き添う人は、誰でもいいのですか。よくありません。条文は、2つの条件を重ねています。1つは、不安や緊張を緩和するのに適当であること。もう1つは、尋問や供述を妨げたり、供述の内容に不当な影響を与えたりするおそれがないこと。裁判所が、この両方を認めた人だけが、付き添えます。設例です。9歳のZさんが、事件の目撃者として証言します。付添人の候補は2人です。1人は、事件に関係のないZさんの母。もう1人は、子どもの心理に詳しい支援員です。2人とも、付き添える可能性があります。ただし、母が事件の関係者で、Zさんの供述に影響を与えうる立場だとします。たとえば、被告人の配偶者でもある場合です。この場合、母は、供述の内容に不当な影響を与えるおそれがあるので、適当ではありません。2項も見ます。付添人は、見守る人であって、代わりに答える人ではありません。付添人が、Zさんの言い淀んだ様子を見て、こう言えばいいのよ、と口を挟んだとします。これは、供述の内容に不当な影響を与える言動で、2項に反します。

短答では、付添人は証人に代わって答えることができる、と出れば、×です。

遮へい

遮へいの3つのパターン。1 証人から被告人が見えない。2 被告人から証人が見えない。3 相互に見えない(ついたて)。弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)。1は要件の外 図:遮へいの3つのパターン

  • 1 証人から被告人が見えない
  • 2 被告人から証人が見えない
  • 3 相互に見えない(ついたて)
  • 弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)
  • 1は要件の外

2つ目の措置、遮へいです。ここで1問です。ついたてを置いて、被告人から証人が見えなくなるようにする。弁護人が欠席の日でも、できるでしょうか。弁護人の出頭が絡む、という見当は合っています。ただ、細かい線があります。条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第157条の5第1項

刑事訴訟法第157条の5第1項 裁判所は、証人を尋問する場合において、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、証人が被告人の面前(次条第一項及び第二項に規定する方法による場合を含む。)において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合であつて、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、被告人とその証人との間で、一方から又は相互に相手の状態を認識することができないようにするための措置を採ることができる。ただし、被告人から証人の状態を認識することができないようにするための措置については、弁護人が出頭している場合に限り、採ることができる。

まず、要件です。犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係などの事情により、証人が被告人の面前で供述するときは、圧迫を受けて精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合で、しかも、相当と認めるとき。付添いより、要件が重くなりました。次に、措置の中身です。一方から又は相互に、相手の状態を認識することができないようにする。ここに、次の3つのパターンがあります。1つ目は、証人から被告人が見えない措置。証人の前に、被告人席を隠すパネルを置く形です。2つ目は、被告人から証人が見えない措置。3つ目は、相互に見えない措置。ついたては、これです。そして、そのただし書です。弁護人の出頭が要るのは、被告人から証人の状態を認識することができないようにするための措置だけです。当たるのは、2つ目と3つ目です。1つ目の、証人から被告人が見えないだけの措置は、条文のこの要件の外です。

被告人から見えなくなる措置にだけ、弁護人が要るのは、なぜですか。見えなくなるのが、被告人だからです。被告人は、証人の姿や態度を見られなくなります。その代わりに、弁護人が出頭して、証人の様子を見て、尋問に生かす。この体制を、条文が担保しています。逆に、証人から被告人が見えないだけなら、被告人は証人の姿も態度も見られるので、この担保は要りません。冒頭の1問に、答えます。弁護人が欠席の日は、被告人から証人が見えなくなる措置は、できません。ついたてのような、相互に見えない措置も、被告人から見えなくなる措置を含むので、できません。ただし、証人から被告人が見えないだけの措置なら、弁護人の出頭は、この条文の要件ではありません。設例で当てはめます。Yさんの証言の日です。ついたてを置いて、XからYさんが見えない形にしたい。ところが、弁護人が急病で欠席しました。この日は、ついたてはできません。

ついたてを置く、つまり相互に見えない措置は、弁護人の出頭が要る。証人の側にパネルを置いて、被告人席だけが見えない措置は、弁護人の出頭は、要件ではありません。短答では、被告人との間の遮へいは、常に弁護人の出頭が要る、と出れば、×です。証人から被告人が見えないだけの措置は、ただし書の外だからです。被告人から証人の状態を認識できなくする措置は、弁護人が出頭している場合に限る、と書いてあれば、○です。

遮へいの被告人との間と傍聴人との間の違い。被告人との間(1項)=圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ+相当と認めるとき・一方から又は相互に・被告人から見えない措置は弁護人の出頭が要る・審問権の問題。傍聴人との間(2項)=名誉に対する影響など+相当と認めるとき・相互に・弁護人の出頭は不要・公開原則の問題 図:遮へいの被告人との間と傍聴人との間の違い

  • 被告人との間(1項)=圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれ+相当と認めるとき・一方から又は相互に・被告人から見えない措置は弁護人の出頭が要る・審問権の問題
  • 傍聴人との間(2項)=名誉に対する影響など+相当と認めるとき・相互に・弁護人の出頭は不要・公開原則の問題

次に、2項です。傍聴人との間の遮へいです。Yさんの、傍聴席の視線に対応します。

条文刑事訴訟法第157条の5第2項

刑事訴訟法第157条の5第2項 裁判所は、証人を尋問する場合において、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、名誉に対する影響その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、傍聴人とその証人との間で、相互に相手の状態を認識することができないようにするための措置を採ることができる。

1項との違いを、表で整理しました。傍聴人との間では、圧迫や、精神の平穏を著しく害されるおそれは、要件にありません。考慮する事情に、名誉に対する影響が入り、相当と認めるときに採れます。措置は、相互に見えなくするものです。そして、弁護人の出頭の要件は、ありません。物差しに戻ります。傍聴人は、証人を審問する立場にありません。傍聴人との間を遮へいしても、被告人の審問権には触れません。公開原則との関係は残りますが、これは、あとで最高裁が、審理が公開されていることに変わりはない、と判断します。一方で、被告人は、審問権の主体です。被告人から証人が見えなくなる措置は、審問権を制約しうるので、圧迫という実質的な要件と、弁護人の出頭で、絞りをかけています。権利に触れる度合いが大きいほど、要件が重くなる。これが、要件の差の理由です。設例です。傍聴席に、Yさんの知り合いが座っているとします。傍聴人との間だけについたてを置くなら、弁護人の出頭は関係ありません。名誉に対する影響などを考えて、相当と認められれば、できます。

傍聴人から証人が見えないだけではだめなのですか。だめです。2項は、相互に、と書いています。傍聴人からだけ見えない、あるいは、証人からだけ見えない、という措置は、2項では予定されていません。1項が、一方から又は相互に、と書いているのとの違いです。確かめます。弁護人が欠席の日に、次の3つのうち、できるのはどれでしょう。1つ目は、傍聴人との間だけにつくるついたて。2つ目は、Yさんの側から被告人席だけが見えないパネル。3つ目は、Yさんが別室から映像と音声で証言する場合に、被告人のモニターにYさんの映像を映さない措置です。

1つ目と2つ目は、ただし書の、被告人から証人の状態を認識できなくする措置にあたらないので、できます。3つ目は、被告人からYさんの状態を認識できなくする措置なので、弁護人の出頭が要り、この日はできません。

ビデオリンク

ビデオリンク構内(157条の6第1項)。方法=裁判官・訴訟関係人の在席場所以外の同一構内の場所に証人を在席させ、映像と音声で相互に認識しながら通話。対象=1号 刑法の性犯罪等の被害者/2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の一定の罪の被害者/3号 前二号のほか、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれが認められる者。傷害の被害者は3号 図:ビデオリンク構内

  • 157条の6第1項
  • 方法=裁判官・訴訟関係人の在席場所以外の同一構内の場所に証人を在席させ、映像と音声で相互に認識しながら通話。対象=1号 刑法の性犯罪等の被害者
  • 2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の一定の罪の被害者
  • 3号 前二号のほか、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれが認められる者。傷害の被害者は3号

3つ目の措置、ビデオリンクです。証人が、法廷の外の別の場所で、映像と音声をつないで証言する方法です。Yさんの、法廷に入ること自体に対応します。まず、同じ構内の別の部屋で行う、構内ビデオリンクです。

条文刑事訴訟法第157条の6第1項

刑事訴訟法第157条の6第1項(柱書) 裁判所は、次に掲げる者を証人として尋問する場合において、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、裁判官及び訴訟関係人が証人を尋問するために在席する場所以外の場所であつて、同一構内(これらの者が在席する場所と同一の構内をいう。次項において同じ。)にあるものにその証人を在席させ、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によつて、尋問することができる。

柱書には、方法と、相当と認めるときという要件が入っています。対象は、次に掲げる者で、1号から3号に並びます。まず、1号と2号です。

条文刑事訴訟法第157条の6第1項

刑事訴訟法第157条の6第1項(1号・2号) 一 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下この号において同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪の被害者 二 児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(平成十一年法律第五十二号)第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和五年法律第六十七号)第二条から第六条までの罪の被害者

1号は、刑法の性犯罪などの被害者です。2号は、児童に関する罪などの被害者です。もう1つ、3号があります。

条文刑事訴訟法第157条の6第1項

刑事訴訟法第157条の6第1項(3号) 三 前二号に掲げる者のほか、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、裁判官及び訴訟関係人が証人を尋問するために在席する場所において供述するときは圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者

方法は、柱書にあります。裁判官と訴訟関係人が在席する場所以外の、同一構内にある場所に証人を在席させる。映像と音声の送受信で、相手の状態を相互に認識しながら、通話する。相当と認めるときで、意見を聴くのは、これまでと同じです。構内とは、裁判所の庁舎や敷地のように、同じひとまとまりの場所のことです。対象は、3つの類型です。1号には、不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、それらの致死傷、わいせつ又は結婚の目的の略取誘拐等、強盗・不同意性交等などが並んでいます。2号は、児童福祉法、児童買春・児童ポルノ処罰法、性的姿態撮影等処罰法の、一定の罪の被害者です。

児童に対する罪だけではありません。性的姿態撮影等処罰法の罪は、被害者の年齢を問いません。2号は、児童に関する罪の被害者と、撮影罪の被害者を含みます。1号と2号は、罪の種類で、類型的に対象が決まります。個別に、圧迫のおそれがあるかを認定する必要は、条文上ありません。これらの罪では、性的な被害などの中身を、被告人や傍聴人のいる法廷で、自分の口で詳しく語る。この負担は、被害者が誰であっても重い、と考えられているからです。証人ごとに確かめるまでもない、ということです。ただし、1号と2号でも、相当と認めるとき、という要件は要ります。3号は違います。前の2つの号に当たらなくても、犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係などから、法廷で供述するときは、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者を、個別に認定して対象にします。

Yさんは、傷害の被害者です。1号か2号に当たりますか。当たりません。傷害罪は、1号にも2号にも載っていません。Yさんがビデオリンクの対象になるのは、3号の個別の認定が通ったときです。元交際相手のXに付きまとわれたという、被告人との関係が、圧迫のおそれを基礎づける事情になります。対比で確かめます。不同意わいせつの被害者は、1号なので、個別の圧迫の認定なしに、構内ビデオリンクの対象になります。ただし、相当と認めるときは必要です。傷害の被害者は、3号の個別の認定が要ります。もう1つ、記録の話です。この方法で尋問した場合、一定の場合に、尋問と供述と状況を記録媒体に記録して、調書の一部にできます。その調書が証拠になる条件は、321条の2で、以前の回で見ました。

ビデオリンク構外(157条の6第2項)。同一構内以外の場所(他の裁判所の構内など)に在席。国内にいる証人に限る。類型=(精神・安全)1 出頭すると精神の平穏を著しく害されるおそれ/2 出頭に伴う移動中の加害・畏怖・困惑/3 出頭後の移動で尾行等により住居・勤務先が特定される。(出頭が困難)4 傷病・心身の障害/5 遠隔地に居住 図:ビデオリンク構外

  • 157条の6第2項
  • 同一構内以外の場所(他の裁判所の構内など)に在席。国内にいる証人に限る。類型=(精神・安全)1 出頭すると精神の平穏を著しく害されるおそれ
  • 2 出頭に伴う移動中の加害・畏怖・困惑
  • 3 出頭後の移動で尾行等により住居・勤務先が特定される。(出頭が困難)4 傷病・心身の障害
  • 5 遠隔地に居住

次に、同一構内の外から尋問する、構外ビデオリンクです。2項です。柱書と、1号と2号を見ます。

条文刑事訴訟法第157条の6第2項

刑事訴訟法第157条の6第2項(柱書と1号・2号) 裁判所は、証人(国内にいる者に限る。以下この項及び次項において同じ。)を尋問する場合において、次に掲げる場合であつて、相当と認めるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、他の裁判所の構内にある場所その他の同一構内以外にある場所であつて、適当と認めるものに証人を在席させ、映像と音声の送受信により相手の状態を相互に認識しながら通話をすることができる方法によつて、尋問することができる。 一 犯罪の性質、証人の年齢、心身の状態、被告人との関係その他の事情により、証人が同一構内に出頭するときは精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認めるとき。 二 同一構内への出頭に伴う移動に際し、証人の身体若しくは財産に害を加え又は証人を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるとき。

構内との違いを、整理します。場所は、他の裁判所の構内にある場所その他の、同一構内以外にある場所で、裁判所が適当と認めるものです。証人は、国内にいる者に限ります。そして、構内のように、被害者の類型で決まるのではなく、各号の場合に当たることが要ります。各号に共通するのは、同一構内まで来ること、または、その行き帰りの移動そのものに、問題がある場合だという点です。構内ビデオリンクは、法廷には入らなくても、同じ構内までは来ます。そこまで来ること自体が、負担か、危険か、困難なときのための方法が、構外です。続けて、3号から5号です。

条文刑事訴訟法第157条の6第2項

刑事訴訟法第157条の6第2項(3号から5号) 三 同一構内への出頭後の移動に際し尾行その他の方法で証人の住居、勤務先その他その通常所在する場所が特定されることにより、証人若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるとき。 四 証人がその傷病又は心身の障害により同一構内に出頭することが著しく困難であると認めるとき。 五 証人が遠隔地に居住し、その年齢、職業、健康状態その他の事情により、同一構内に出頭することが著しく困難であると認めるとき。

1号は、同一構内に出頭すること自体で、精神の平穏を著しく害されるおそれがある場合です。2号は、出頭に伴う移動の最中に、加害や畏怖、困惑の行為がなされるおそれがある場合です。3号は、出頭後の移動で、尾行などによって住居や勤務先が特定され、加害などがなされるおそれがある場合です。精神と安全に関わる、3つです。建物に行くこと自体が耐えられない場合は、構外の1号です。同一構内に出頭するだけで、精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められれば、別の裁判所などの場所から、証言できます。構内ビデオリンクでは足りない場合の、受け皿です。法廷に入ること自体の負担の、いちばん深いところに対応します。

ビデオリンク構外のまとめ。(身体拘束)6 移動で精神の平穏が害され処遇に支障/7 移動の際に奪取・解放のおそれ。(出頭が困難)8 鑑定に属する供述で職業・健康状態等により困難かつ当該日時に尋問が特に必要。覚え方=3グループ(精神と安全=1〜3号/出頭が困難=4・5・8号/身体拘束=6・7号)。3項=検察官及び被告人に異議がなく相当と認めるときも可。短答で問われる3点=同一構内以外の場所・国内にいる証人に限る・構内と取り違えない 図:ビデオリンク構外のまとめ

  • (身体拘束)6 移動で精神の平穏が害され処遇に支障/7 移動の際に奪取・解放のおそれ
  • (出頭が困難)8 鑑定に属する供述で職業・健康状態等により困難かつ当該日時に尋問が特に必要
  • 覚え方=3グループ(精神と安全=1〜3号/出頭が困難=4・5・8号/身体拘束=6・7号)
  • 3項=検察官及び被告人に異議がなく相当と認めるときも可
  • 短答で問われる3点=同一構内以外の場所・国内にいる証人に限る・構内と取り違えない

続けて、6号から8号です。

条文刑事訴訟法第157条の6第2項

刑事訴訟法第157条の6第2項(6号から8号) 六 証人が身体の拘束を受けている場合であつて、その年齢、心身の状態、処遇の実施状況その他の事情により、同一構内への出頭に伴う移動により証人が精神の平穏を著しく害され、その処遇の適切な実施に著しい支障を生ずるおそれがあると認めるとき。 七 証人が身体の拘束を受けている場合であつて、同一構内への出頭に伴う移動に際し、証人を奪取し又は解放する行為がなされるおそれがあると認めるとき。 八 証人にさせる供述が鑑定に属するものである場合であつて、その職業、健康状態その他の事情により証人がその尋問の日時に同一構内に出頭することが著しく困難であり、かつ、証人の重要性、審理の状況その他の事情により当該日時に尋問することが特に必要であると認めるとき。

4号と5号と8号は、出頭が困難な場合です。4号は傷病や心身の障害で、5号は遠隔地に居住していて、8号は鑑定に属する供述で、職業や健康状態などにより出頭が著しく困難なうえ、その日時に尋問することが特に必要な場合です。6号と7号は、身体の拘束を受けている証人の場合です。6号は、移動で精神の平穏が害され、処遇の適切な実施に著しい支障が出るおそれがあるとき。7号は、移動の際に、奪取や解放の行為がなされるおそれがあるときです。覚えるときは、3グループに分けてください。精神と安全に関わる1号から3号。出頭が困難な4号と5号と8号。身体拘束の6号と7号です。短答で問われるのは、構外は同一構内以外の場所であることと、国内にいる証人に限ること、そして、構内と取り違えないことです。もう1つ、3項です。

条文刑事訴訟法第157条の6第3項

刑事訴訟法第157条の6第3項 前二項に規定する場合のほか、裁判所は、証人を尋問する場合において、前二項に規定する方法のいずれかによつて尋問することについて検察官及び被告人に異議がなく、証人の重要性、当該方法によつて尋問することの必要性その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、当該方法によつて、尋問することができる。

1項や2項の類型に当たらなくても、検察官と被告人の両方に異議がなく、証人の重要性や必要性などを考えて相当と認めるときは、構内でも構外でも、ビデオリンクで尋問できます。異議の主体は、検察官と被告人です。構外については、規則にも1つ、確認の規定があります。他の裁判所の構内以外の場所に証人を在席させるときは、尋問の前に、証人の陳述の内容に不当な影響を与えるおそれがある者がいる場所ではないことなど、その場所が適当であることを、裁判所が確認します。たとえば、証人が裁判所以外の場所から参加するなら、その場所に、証人の話に影響を与えそうな人がいないかを、確かめるわけです。沿革を1文だけ。構外は、平成28年の改正で新設され、現行の8類型と3項の異議なしの場合は、令和7年の改正で整いました。設例で確かめます。遠くの病院に入院していて、動けない目撃者は、4号の傷病です。山あいの遠隔地に暮らしていて、出頭が著しく困難な目撃者は、5号です。同じ構外ビデオリンクでも、号が違います。そして、外国にいる証人には、構外ビデオリンクは使えません。国内にいる者に限る、と柱書に書いてあります。

併用と3措置の比較

3措置の比較表。付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない。被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権。傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則。ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開。ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要。意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人。対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般 図:3措置の比較表

  • 付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない
  • 被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権
  • 傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則
  • ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開
  • ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要
  • 意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人
  • 対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般

ここまでの3つの措置を、1枚の表に並べます。縦に、付添い、被告人との遮へい、傍聴人との遮へい、構内ビデオリンク、構外ビデオリンク。横に、何を軽くするか、対象と要件の骨、弁護人の出頭、被告人の権利との接点です。読み方のコツは、弁護人の出頭の列です。出頭が要るのは、被告人から証人が見えなくなる措置だけです。それ以外の措置では、弁護人の出頭は、要件ではありません。もう1つ、意見を聴く手続は、どれも共通で、検察官と、被告人又は弁護人です。付添い、遮へい、ビデオリンクは、重ねて使えますか。重ねられます。その根拠は、157条の5第1項の括弧書きです。証人が被告人の面前で供述するとき、その面前には、ビデオリンクの方法による場合を含む、と書いてあります。先ほどの304条の2の括弧書きは、退廷の要件を判断するときの話でした。こちらは、遮へいの条文にある括弧書きで、別の規定です。

条文は、含める、と書いています。モニター越しでも、被告人の目に証人の姿が映れば、被告人の面前に証人がいるのと同じ圧迫がありうる、と考えられるからです。だから、ビデオリンクに、遮へいを重ねられます。付添いは、証人の姿も声も、そのまま届く措置でした。ですから、どちらに重ねても、被告人の権利との関係は変わりません。例です。証人を別室に在席させ、付添人を付け、さらに、モニターに映る証人の映像が、被告人には見えないようにする。付添い、遮へい、ビデオリンクの3つの併用です。このとき、モニターの映像を被告人に見せない措置は、被告人から証人の状態を認識できなくする措置です。ですから、弁護人が出頭している場合に限られます。Yさんの3つの負担に、措置を当てます。一人の不安と緊張には、付添い。Xの視線には、被告人との遮へい。傍聴席の視線には、傍聴人との遮へい。法廷に入ること自体には、同一構内のビデオリンクで足りなければ、構外のビデオリンクです。被告人との遮へいだけを使う手もありますし、Yさんの事情に合わせて、組み合わせます。

付添いは、不安や緊張のおそれ。遮へいは、圧迫のおそれと相当性。ビデオリンクは、対象の類型と相当性です。重ねた措置の1つ1つが、それぞれの条文の要件を満たす必要があります。

最高裁の判断

最高裁の判断の整理。条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)。付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外。判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない。被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない 図:最高裁の判断の整理

  • 条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)
  • 付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外
  • 判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない
  • 被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない

ここが、この回の山場の2つ目です。冒頭の問いに、答えます。その前に、1問です。伝聞法則の回で見ました。証人審問権は、何が確保されているかで見るのでしたか?反対尋問の機会が確保されているか、でした。その回では、最高裁が審問権の侵害はないとした、という結論だけを先に聞きました。今日は、その理由を、判決の言葉で読みます。先に言えば、反対尋問の機会が残っているか、という見方で整理できる判断です。最初に、条番号の対応です。この判決は、当時の条文で書かれています。判決が言う157条の3は、現在の157条の5、遮へい措置です。判決の157条の4は、現在の157条の6、ビデオリンクです。そして、付添いは、この判決の判断の対象ではありません。当時のビデオリンクは、同一構内だけでした。構外は、後の改正で加わっています。争われたのは、個別のあてはめではなく、条文そのものが憲法に反しないか、という点です。弁護人は、これらの規定が、憲法82条1項、37条1項、37条2項前段に違反する、と主張しました。最高裁の判断は、2つに分かれます。公開原則との関係と、証人審問権との関係です。まず、公開原則についての判示です。

判例最判平17・4・14 刑集59巻3号259頁

公開原則との関係 証人尋問が公判期日において行われる場合,傍聴人と証人との間で遮へい措置が採られ,あるいはビデオリンク方式によることとされ,さらには,ビデオリンク方式によった上で傍聴人と証人との間で遮へい措置が採られても,審理が公開されていることに変わりはないから,これらの規定は,憲法82条1項,37条1項に違反するものではない。

部品に分けます。傍聴人との間に遮へいがあっても、ビデオリンクでも、その併用でも、審理が公開されていることに変わりはない。だから、憲法82条1項と37条1項に違反しません。傍聴人から証人が見えなくても、公開なのですか。ここは判決の言葉ではなく、私たちの読みです。公開の核心は、審理を誰でも傍聴できることです。傍聴席から、証人の声が聞こえ、法廷での審理の進み方が分かるなら、公開されています。証人の姿が見えないことと、審理が公開されていないこととは、別の問題です。

遮へいの3つのパターン。1 証人から被告人が見えない。2 被告人から証人が見えない。3 相互に見えない(ついたて)。弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)。1は要件の外 図:遮へいの3つのパターン

  • 1 証人から被告人が見えない
  • 2 被告人から証人が見えない
  • 3 相互に見えない(ついたて)
  • 弁護人が出頭している場合に限る=2と3(被告人から証人の状態を認識できなくする措置)
  • 1は要件の外

次に、審問権についての判示です。ここが、冒頭の問いに直接答える部分です。

判例最判平17・4・14 刑集59巻3号259頁

証人審問権との関係(遮へいとビデオリンク) 証人尋問の際,被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置が採られた場合,被告人は,証人の姿を見ることはできないけれども,供述を聞くことはでき,自ら尋問することもでき,さらに,この措置は,弁護人が出頭している場合に限り採ることができるのであって,弁護人による証人の供述態度等の観察は妨げられないのであるから,前記のとおりの制度の趣旨にかんがみ,被告人の証人審問権は侵害されていないというべきである。ビデオリンク方式によることとされた場合には,被告人は,映像と音声の送受信を通じてであれ,証人の姿を見ながら供述を聞き,自ら尋問することができるのであるから,被告人の証人審問権は侵害されていないというべきである。

判旨の中の、前記のとおりの制度の趣旨、とは、判決が先に述べた部分を指します。証人が被告人から見られていることで、圧迫を受け、精神の平穏が著しく害される場合があるので、その負担を軽くする。これが、遮へい措置の趣旨です。

判例最判平17・4・14 刑集59巻3号259頁

証人審問権との関係(併用と結論) さらには,ビデオリンク方式によった上で被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置が採られても,映像と音声の送受信を通じてであれ,被告人は,証人の供述を聞くことはでき,自ら尋問することもでき,弁護人による証人の供述態度等の観察は妨げられないのであるから,やはり被告人の証人審問権は侵害されていないというべきことは同様である。したがって,刑訴法157条の3,157条の4は,憲法37条2項前段に違反するものでもない。

3つの場面に分けて順に読みます。1つ目、被告人から証人が見えない遮へい。被告人は、姿を見ることはできないけれども、供述は聞けて、自ら尋問もできます。しかも、この措置は、弁護人が出頭している場合に限られるので、弁護人は供述態度を観察できます。だから、審問権の侵害はありません。2つ目は、ビデオリンクです。映像と音声を通じて、被告人は証人の姿を見ながら、供述を聞き、自ら尋問できます。侵害はありません。3つ目、ビデオリンクに、被告人から見えない遮へいを重ねた場合。映像は見えなくても、供述は聞け、自ら尋問でき、弁護人は観察できます。やはり侵害はありません。これら3つから、37条2項前段に違反しない、という結論です。

条文の要件を満たしたときは、憲法違反ではありません。冒頭の問いの答えです。ここからは、判決の整理を、私たちの言葉で言い直します。決め手は、審問権が確保しようとしているものです。審問権の核心は、証人の顔を見ることそのものではなく、尋問する機会と、供述の様子を観察して尋問に生かせることが、確保されているかです。見えなくても、聞ける。自ら尋問できる。弁護人が観察できる。この3つがそろえば、反対尋問の機会は確保されている、という筋です。ただし、判決自身は、審問権は対面の権利ではない、という一般論を述べてはいません。姿を見ることはできないけれども、と認めたうえで、聞く、尋問する、弁護人が観察する、で足りるとしたところまでです。言い切りすぎないでください。

判旨の理由に、弁護人が出頭している場合に限り採ることができる、という点が入っています。条文の出頭要件は、飾りではなく、合憲の支えの1つです。

最高裁の判断の整理。条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)。付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外。判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない。被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない 図:最高裁の判断の整理

  • 条番号の対応=旧157条の3は現157条の5(遮へい)/旧157条の4は現157条の6(ビデオリンク)
  • 付添い(旧157条の2=現157条の4)は判断の対象外
  • 判旨の対応=傍聴人との遮へい・ビデオリンク・併用は公開原則(憲法82条1項・37条1項)に反しない
  • 被告人から証人が見えない遮へい・ビデオリンク・併用は証人審問権(憲法37条2項前段)を侵害しない

この判決が言っていないことも、確認します。付添いは、判断の対象ではありません。被告人の退廷を定める304条の2も、現在の構外ビデオリンクも、判断していません。短答では、最高裁は付添いの合憲性も判断した、と出れば、×です。判断したのは、遮へい措置とビデオリンク方式です。整理します。傍聴人との遮へいは、公開原則の問題で、審理が公開されていることに変わりはない。被告人から見えなくなる遮へいは、審問権の問題で、聞ける、尋問できる、弁護人が観察できる。ビデオリンクは、映像と音声で、姿を見て、供述を聞き、自ら尋問できる。どれも、憲法に反しません。

保護は被害者だけのものか

3措置の比較表。付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない。被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権。傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則。ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開。ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要。意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人。対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般 図:3措置の比較表

  • 付添い=不安・緊張を軽くする/証人/弁護人の出頭は不要/被告人の権利には触れない
  • 被告人との遮へい=被告人の視線/圧迫のおそれ+相当/被告人から見えなくする措置は弁護人の出頭が要る/審問権
  • 傍聴人との遮へい=傍聴席の視線/名誉への影響等+相当/不要/公開原則
  • ビデオリンク(構内)=法廷に入る負担/1号2号は類型・3号は個別/不要/審問権と公開
  • ビデオリンク(構外)=構内に行く負担/8類型+国内/不要
  • 意見聴取はどれも検察官及び被告人又は弁護人
  • 対象=付添い・遮へいは証人一般(被害者に限らない)/ビデオリンクは1号・2号が罪の被害者・3号は被害者以外も(年少の目撃者・暴力団事件の被害者や目撃者)・構外(2項)の各号は証人一般

最後に、確認です。この3つの措置は、被害者のためだけの仕組みなのでしょうか。被害者を守る制度だと思っていました。被害者以外にも使えるのですか。使えます。付添いと遮へいは、条文の主語が、証人です。被害者に限られません。年少の目撃者などにも、使えます。設例です。9歳のZさんが、事件の目撃者として証言します。年齢を考慮して、著しく不安や緊張を覚えるおそれがあれば、付添いが使えます。被告人の面前で圧迫を受けるおそれがあれば、遮へいも使えます。ビデオリンクも、3号で、証人の年齢を考慮して、使える可能性があります。ビデオリンクは、少し細かいです。1号と2号は、罪の被害者です。ですから、被害者以外は入りません。しかし、3号は、前の2つの号のほか、犯罪の性質や証人の年齢、心身の状態、被告人との関係などにより、圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認められる者です。被害者に限られません。もう1つの設例です。暴力団がかかわる事件で、目撃者のWさんが、証言します。被告人との関係や、犯罪の性質から、法廷で供述するときは、圧迫を受けるおそれがあると認められるなら、Wさんは、3号でビデオリンクの対象になりえます。Yさんは、傷害の被害者です。1号にも2号にも載っていないので、3号で入ります。構外ビデオリンクの各号は、証人一般が対象で、被害者に限られません。短答では、ビデオリンクは性犯罪の被害者に限られる、と出れば、×です。

短答の落とし穴

短答の○×一覧。被害者の地位・付添い・遮へい・ビデオリンク・併用・最高裁の判断の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧

短答で確認します。被害者は、刑事訴訟の当事者である。×です。主張と立証の主体は、検察官と、被告人・弁護人です。付添人は、証人に代わって答えを述べることができる。×です。157条の4の2項が禁止しています。付添いは、証人が著しく不安又は緊張を覚えるおそれがあると認めるときにできる。○です。傍聴人と証人との間の遮へいは、弁護人が出頭している場合に限る。×です。ただし書の対象は、被告人から証人の状態を認識できなくする措置だけです。被告人から証人が見えなくなる遮へいは、弁護人が出頭している場合に限る。○です。相互に見えなくする措置も含みます。証人の側から被告人が見えなくなるだけの措置は、弁護人が出頭していなくても採れる。○です。

傍聴人との遮へいは、傍聴人からだけ見えない措置でもいいのですか。いけません。×です。2項は、相互に、と書いています。遮へいは、被害者でない証人にも採れる。○です。ビデオリンクは、性犯罪の被害者に限られる。×です。3号があります。構外ビデオリンクは、裁判所と同じ建物の別室で行う方法である。×です。同一構内が1項、同一構内以外が2項です。刑法の不同意わいせつ罪の被害者は、1号により、個別の圧迫のおそれの認定なしに、ビデオリンクの対象になる。○です。ただし、相当と認めるときが要ります。構外ビデオリンクは、検察官及び被告人に異議がなくても、2項の各号に当たらなければ採れない。×です。3項があります。構外ビデオリンクは、外国にいる証人にもできる。×です。国内にいる者に限ります。付添い、遮へい、ビデオリンクは、併用できる。○です。根拠は、ビデオリンクの場合も被告人の面前に含める、という157条の5第1項の括弧書きです。最高裁です。ビデオリンク方式による証人尋問は、公開原則に反する。×です。被告人から証人の状態を認識できなくする遮へい措置は、憲法37条2項前段に反する。×です。最高裁は、付添いの合憲性についても判断した。×です。判断したのは、遮へい措置とビデオリンク方式です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。軸=証人の負担は軽くしたい・しかし被告人の権利にどこまで踏み込むかで措置ごとに要件が違う。付添い(不安・緊張/要件が軽い)→傍聴人との遮へい(傍聴席の視線/相当と認めるとき)→被告人との遮へい(Xの視線/圧迫のおそれ・弁護人の出頭)→ビデオリンク(法廷に入ること自体/類型的な対象と個別の対象)。最高裁=聞ける・自ら尋問できる・弁護人が観察できるので審問権を侵害しない 図:まとめの地図

  • 軸=証人の負担は軽くしたい・しかし被告人の権利にどこまで踏み込むかで措置ごとに要件が違う
  • 付添い(不安・緊張/要件が軽い)→傍聴人との遮へい(傍聴席の視線/相当と認めるとき)→被告人との遮へい(Xの視線/圧迫のおそれ・弁護人の出頭)→ビデオリンク(法廷に入ること自体/類型的な対象と個別の対象)
  • 最高裁=聞ける・自ら尋問できる・弁護人が観察できるので審問権を侵害しない

今日のまとめです。軸は1本でした。証人の負担は、軽くしたい。しかし、被告人の権利にどこまで踏み込むかで、措置ごとに要件が違う。被害者は、刑事訴訟の当事者ではなく、証人として法廷に立ちます。配慮は広がってきましたが、犯罪の有無を適正かつ迅速に明らかにすること、被告人の権利、処分の公平という3つの物差しで、限界があります。付添いは、被告人の権利に触れないので、要件が軽く、不安や緊張のおそれがあれば足ります。遮へいは、被告人との間では、圧迫のおそれと相当性が要り、被告人から証人が見えなくなる措置は、弁護人が出頭している場合に限ります。傍聴人との間は、相当と認めるときで足り、弁護人の出頭は要りません。ビデオリンクは、構内と構外があり、構内では、1号と2号が類型的に、3号が個別に、対象を定めます。冒頭の問いの答えです。ついたてで被告人から証人が見えなくても、被告人は供述を聞け、自ら尋問でき、弁護人が供述態度を観察できます。最高裁は、証人審問権は侵害されないとしました。ビデオリンクも同じです。傍聴人との遮へいも、審理が公開されていることに変わりはないので、公開原則に反しません。付添いと遮へいは証人への措置で、被害者に限りません。ビデオリンクも、3号で、被害者以外が入ります。次は、名前や住所を知られたくない、という声にどう応えるかです。法廷で名前を読み上げない仕組みを見ます。

ページ上部へ ↑

#145単独ページ動画

犯罪被害者の保護②被害者特定事項の秘匿(290条の2・証人等特定事項)

第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

名前と住所が流れる3本の道筋。被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名・住所が、1 起訴状(検察官A→裁判所C→被告人D)、2 証拠開示(検察官A→弁護人B→被告人D)、3 公判の法廷(傍聴席)の3本の道を通って流れる。今日は3本目=法廷の道筋。被告人Rの仲間が傍聴席にいるかもしれない 図:名前と住所が流れる3本の道筋

  • 被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名・住所が、1 起訴状(検察官A→裁判所C→被告人D)、2 証拠開示(検察官A→弁護人B→被告人D)、3 公判の法廷(傍聴席)の3本の道を通って流れる
  • 今日は3本目=法廷の道筋
  • 被告人Rの仲間が傍聴席にいるかもしれない

法廷で、起訴状が朗読されています。被告人の名前は、はっきりと読まれます。ところが、被害者の名前は、最後まで一度も出てきません。検察官は、被害者、と呼ぶだけです。傍聴席には、何人もの人が座っています。憲法は、被告人に、公開の裁判を受ける権利を保障しています。被害者の名前を一度も読み上げないまま進む裁判は、憲法のいう公開の裁判といえるのでしょうか。公開への疑いにも、名前を守りたいという事情にも、それぞれ理由があります。前回は、付添い、遮へい、ビデオリンクという、法廷で証言するときの負担を軽くする話でした。保護には、もう1つ、名前や住所そのものを知られないようにする仕組みがあります。今日は、その仕組みのうち、法廷で名前を読み上げない仕組みを見ます。答えは、最高裁の判断のところで出します。設例を置きます。飲食店を営むSさんが、暴力団員のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。店の常連のTさんが、その場を見ていました。Rは被告人として起訴されます。SさんもTさんも、住所をRやその仲間に知られたら、仕返しが怖い、と望んでいます。

名前や住所は、事件の中で、3本の道筋を通って流れます。1本目は、起訴状です。Sさんの氏名は、起訴状に書かれます。2本目は、証拠開示です。検察官がTさんを証人として請求するなら、あらかじめ、被告人の側に、Tさんの氏名と住居を知る機会を与える決まりです。3本目は、公判の法廷です。傍聴席には、Rの仲間が座っているかもしれません。今日扱うのは、3本目、法廷の道筋です。公開の法廷で、被害者や証人の名前を、どこまで出さずにいられるのか。出さないことが、公開の裁判と両立するのか。この2つを確かめます。起訴状と証拠開示の道筋は、被告人の手元に届く道筋で、守る相手も、ぶつかる物差しも違います。今日は法廷に絞ります。今日の道筋です。まず、誰から隠すのか、どの段階で隠すのか、という2つの軸を立てます。次に、被害者の氏名や住所を、傍聴人から隠す決定。その効果と、最高裁の判断。続いて、被害者でない証人にも広げた決定を読みます。最後に、設例で当てはめて、短答の落とし穴を確かめます。

2つの軸と3つの言葉

2つの軸の表。横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)。縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)。今日埋めるのは「公判×傍聴人」のマスだけ。下に3つの言葉=被害者特定事項(290条の2・公判で傍聴人に対して)/証人等特定事項(290条の3・公判で傍聴人に対して)/個人特定事項(被告人や被疑者に対して使う言葉) 図:2つの軸の表

  • 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)
  • 縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)
  • 今日埋めるのは「公判×傍聴人」のマスだけ
  • 下に3つの言葉=被害者特定事項(290条の2・公判で傍聴人に対して)/証人等特定事項(290条の3・公判で傍聴人に対して)/個人特定事項(被告人や被疑者に対して使う言葉)

ここから、整理の軸を立てます。軸は2つです。1つ目は、誰から隠すのか。傍聴人のような、法廷の外の人から隠すのか、被告人から隠すのか。2つ目は、どの段階で隠すのか。起訴状、証拠開示、公判の3つです。板の表のうち、今日埋めるのは、公判と傍聴人が交わるマスだけです。被告人から隠すマスは、次の回で埋めます。誰から隠すかで、なぜ分けるのですか。隠す相手によって、ぶつかる物差しが違うからです。前回の物差しを思い出してください。傍聴人から隠すなら、ぶつかるのは公開原則、つまり、裁判は誰でも見に来られる法廷で行う、という原則です。被告人から隠すなら、ぶつかるのは、被告人の防御と、証人審問権、つまり、被告人が証人に尋問する機会を持つ権利です。傍聴人は、証人に尋問する立場にありません。ですから、傍聴人から隠すときに正面から問われるのは、公開のほうです。被告人は、証人に尋問する本人です。被告人から隠すと、尋問の準備そのものに響きます。ぶつかる相手が違えば、許される範囲も、置かれる歯止めも違います。先に、言葉を整理します。条文には、氏名や住所を指す言葉が、3つあります。今日使うのは、そのうちの2つです。1つ目は、被害者特定事項です。氏名及び住所その他の、当該事件の被害者を特定させることとなる事項で、290条の2に出てきます。公判で、傍聴人に対して使う言葉です。2つ目は、証人等特定事項です。氏名及び住所その他の、当該証人等を特定させることとなる事項で、290条の3に出てきます。証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、それに供述録取書等の供述者が、対象です。被害者に限りません。

3つ目の個人特定事項は、被告人や被疑者に対して使う言葉です。今日は名前だけ覚えておいてください。使うのは、次の回です。条文は、氏名及び住所その他の、その人を特定させることとなる事項、と書いています。ですから、勤務先など、その人にたどり着ける情報が、広く対象になります。もう1つ。被害者等という言葉は、前回の201条の2の括弧書きの定義のままです。被害者本人と、被害者が亡くなった場合などの、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。今日は、この定義を、そのまま使います。最後に、隠す、の意味を先に言っておきます。起訴状には、被害者の氏名が書かれます。裁判所と検察官は、知っています。今日の仕組みで隠す相手は、傍聴人です。決定そのものは、被告人に対して隠すものではありません。

傍聴人から隠す(1)被害者特定事項の秘匿決定

290条の2の構造。申出(被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に(意見を付して通知)→被告人又は弁護人の意見を聴く→相当と認めるとき決定。対象=1号 刑法の性犯罪等の列挙/2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/3号 前二号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ。3項=加害等のおそれ(申出は要件でない)。4項=取消し 図:290条の2の構造

  • 申出(被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に(意見を付して通知)→被告人又は弁護人の意見を聴く→相当と認めるとき決定
  • 対象=1号 刑法の性犯罪等の列挙/2号 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/3号 前二号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ
  • 3項=加害等のおそれ(申出は要件でない)
  • 4項=取消し

まず、傍聴人から隠す仕組みです。被害者の氏名や住所が、公開の法廷で明らかにされると、被害者が傷つくかもしれません。仕返しを受けるかもしれません。そこで、法廷では、被害者の氏名や住所を、言わない、読まない方法をとります。条文は長いので、号の境目で区切って、全文で見ます。まず、柱書と1号です。

条文刑事訴訟法第290条の2第1項

刑事訴訟法第290条の2第1項(柱書・第1号) 裁判所は、次に掲げる事件を取り扱う場合において、当該事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項(氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。 一 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下この号において同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件

柱書は、誰が、何をして、裁判所が何をするかを定めています。申出があるとき、意見を聴き、相当と認めるときに、公開の法廷で明らかにしない旨の決定ができる。1号は、刑法の性犯罪などの列挙です。不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、それらの致死傷、わいせつや結婚の目的の略取誘拐、強盗・不同意性交等などが並びます。続けて、2号と3号です。

条文刑事訴訟法第290条の2第1項

刑事訴訟法第290条の2第1項(第2号・第3号) 二 児童福祉法第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第二条から第六条までの罪に係る事件 三 前二号に掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件

2号は、児童に関する罪や、性的な姿態の撮影の罪です。3号は、前の2つの号のほか、犯行の態様や被害の状況などから、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件です。認定の仕方が違います。1号と2号は、罪名で、類型的に対象になります。個別に、おそれがあるかを認定する必要は、条文上ありません。性的な被害は、罪名で類型的に拾われている、という条文の作りです。ただし、相当と認めるときという要件は、1号でも2号でも要ります。3号は違います。名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれを、事件ごとに、個別に認定します。この作りは、前回の構内ビデオリンクの条文と同じです。1号と2号の罪の並びも同じです。違うのは、3号で見るものです。ビデオリンクの3号は、法廷で話すときに、圧迫を受けるおそれでした。こちらの3号は、名前が法廷で出ることで、名誉や社会生活の平穏が害されるおそれです。続けて、2項と3項です。

条文刑事訴訟法第290条の2第2項

刑事訴訟法第290条の2第2項 2 前項の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。

2項は、申出の宛先です。裁判所に直接ではなく、あらかじめ、検察官にします。これで、1項の手続がつながります。被害者等の申出は、検察官の意見が付いて、裁判所に届きます。検察官の意見はもう届いているので、裁判所が改めて聴くのは、被告人又は弁護人の意見です。そのうえで、相当と認めるときに、決定をします。意見は聴かなければなりませんが、被告人の同意は要りません。決定は、できる、という書き方で、裁判所の裁量です。

条文刑事訴訟法第290条の2第3項

刑事訴訟法第290条の2第3項 3 裁判所は、第一項に定めるもののほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件を取り扱う場合において、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。

1項3号と3項の違い。1項3号=名前を知られること自体で名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ/被害者等の申出から始まる/申出はあらかじめ検察官に。3項=知られた先で加害・畏怖・困惑の行為がなされるおそれ/裁判所の認定から始まる(申出は要件にない)/検察官と被告人又は弁護人の意見を聴く/守る相手に親族も入る 図:1項3号と3項の違い

  • 1項3号=名前を知られること自体で名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ/被害者等の申出から始まる/申出はあらかじめ検察官に
  • 3項=知られた先で加害・畏怖・困惑の行為がなされるおそれ/裁判所の認定から始まる(申出は要件にない)/検察官と被告人又は弁護人の意見を聴く/守る相手に親族も入る

3項は、3号と似ていますが、見ているものが違います。3号は、名前を知られること自体で、名誉や平穏が害される場合です。3項は、名前を知られた先で、誰かに害を加えられたり、怖がらされたりする場合です。被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることで、被害者やその親族に、害を加えたり、畏怖させたり、困惑させたりする行為がなされるおそれがある事件です。手続も、1項と違います。1項は、被害者のほうが、名前を出さないでほしい、と申し出るところから始まりました。3項は、裁判所が、犯行の態様や被害の状況から、このおそれがあると認めるところから始まります。守る相手には、被害者だけでなく、その親族も入っています。申出は、条文の要件にありません。3項には、申出を検察官にする定めがありません。検察官の意見は、裁判所が直接聴きます。聴く相手は、検察官と、被告人又は弁護人です。そのうえで、決定できます。1項は申出が要る、3項は要らない。ここが、短答で聞かれます。4項は、板で要点だけ確認します。公開の法廷で明らかにしないことが相当でないと認めるに至ったときなどは、裁判所は、決定で、この決定を取り消さなければなりません。

傍聴人から隠す(2)効果の4場面と最高裁の判断

効果の4場面。1 起訴状の朗読(291条2項)=被害者特定事項を明らかにしない方法で。決定そのものは被告人に対するものではない/通常は検察官が被告人に起訴状を示す/2 証拠書類の朗読(305条3項)/3 尋問・陳述の制限(295条3項)=犯罪の証明に重大な支障・被告人の防御に実質的な不利益のおそれがある場合を除く/4 判決の宣告(規則35条3項)。決定=290条の2第1項又は第3項 図:効果の4場面

  • 1 起訴状の朗読(291条2項)=被害者特定事項を明らかにしない方法で
  • 決定そのものは被告人に対するものではない/通常は検察官が被告人に起訴状を示す/2 証拠書類の朗読(305条3項)/3 尋問・陳述の制限(295条3項)=犯罪の証明に重大な支障・被告人の防御に実質的な不利益のおそれがある場合を除く/4 判決の宣告(規則35条3項)
  • 決定=290条の2第1項又は第3項

復習を1問です。前回、傍聴人との間に遮へいを置いた法廷について、最高裁は、公開との関係を、どう言いましたか?審理が公開されていることに変わりはない、でした。今回の秘匿決定も、同じ線で読みます。まず、決定が出たら、法廷の何が変わるのか。4つの場面があります。1つ目は、起訴状の朗読です。冒頭手続の回で、起訴状は全文を朗読するのが原則だが、秘匿決定があるときは別だ、と一言だけ触れました。今日は、その条文です。291条2項です。決定があったときは、起訴状の朗読は、被害者特定事項を明らかにしない方法で行います。たとえば、Sさんの名前は読まずに、被害者、と読んだり、仮の呼び名を使ったりします。冒頭の法廷の場面は、この中身です。

朗読しないのなら、被告人は、被害者が誰か分からないまま、裁判を受けるのですか。そこは、条文が手当てしています。291条2項の後段です。この場合、検察官は、被告人に起訴状を示さなければなりません。起訴状抄本等という別の仕組みがとられていない、通常の場合は、被告人は、書面で、被害者の氏名を知ります。つまり、290条の2の決定そのものは、被告人に隠すものではなく、隠す相手は傍聴人です。2つ目は、証拠書類の朗読です。305条3項で、同じように、被害者特定事項を明らかにしない方法で行います。3つ目は、尋問や陳述の制限です。295条3項です。295条は、訴訟指揮の回で、重複する尋問などを裁判長が止める1項を見ました。3項は、同じ条文の中の、別の制限です。裁判長は、尋問や陳述が被害者特定事項にわたるとき、制限できます。4つ目は、判決の宣告です。刑事訴訟規則35条3項で、同じ扱いです。どの場面も、決定は、290条の2の第1項か、第3項のものです。3つ目には、歯止めがあります。295条3項は、犯罪の証明に重大な支障を生ずるおそれがある場合、または被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除く、と定めます。つまり、秘匿のために、犯罪の証明や被告人の防御を犠牲にはしません。たとえば、被害者の勤務先が、事件の動機に直結しているなら、その部分の尋問まで制限すると、立証にも防御にも支障が出ます。そのときは、制限できません。

最高裁の判断の整理。弁護人の主張=秘匿決定は公開裁判を受ける権利(憲法37条1項)を侵害する/最高裁=裁判を非公開で行う旨のものではない→侵害しない/対比=非公開(傍聴人を入れずに審理する)と秘匿決定(傍聴席は開いたまま・氏名や住所だけ出さない)/言っていないこと=公開原則の例外にあたるとは言っていない・被告人の審問権との関係は判断の外 図:最高裁の判断の整理

ここで、冒頭の問いに答える最高裁の判断を見ます。事件は、殺人などの被告事件です。被害者等から申出があった被害者については1項の決定、そのほかの被害者については3項の決定がされました。弁護人は、この決定が、憲法37条1項の公開裁判を受ける権利を侵害する、と主張しました。

判例最決平20・3・5

被害者特定事項の秘匿決定と公開裁判を受ける権利 弁護人は,本件につき,被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることが,憲法37条1項の定める公開裁判を受ける権利を侵害し,ひいては,憲法32条の裁判を受ける権利そのものを空洞化するおそれがあると主張するが,同決定が,裁判を非公開で行う旨のものではないことは明らかであって,公開裁判を受ける権利を侵害するものとはいえないから,所論は前提を欠くというべきである。

部品に分けます。弁護人の主張は、秘匿決定が、公開裁判を受ける権利を侵害する、というものです。最高裁の答えは、この決定は、裁判を非公開で行う旨のものではないことが明らかだ、というものです。非公開ではないのだから、公開裁判を受ける権利を侵害したとは言えず、弁護人の主張は、前提を欠きます。非公開の裁判とは、傍聴人を入れずに審理することです。秘匿決定では、傍聴席は開かれていて、審理も公開されています。出さないのは、被害者の氏名や住所、という情報だけです。冒頭の問いの答えは、これです。被害者の名前を一度も読み上げなくても、審理が公開されていることに変わりはなく、公開裁判を受ける権利の侵害にはなりません。前回の、傍聴人との間の遮へいと、同じ線です。ただし、この決定が言っていないことがあります。1つ目は、秘匿決定が公開原則の例外にあたる、という言い方です。決定は、非公開ではない、と言って、そこで話を終えています。例外かどうかには、踏み込んでいません。弁護人の主張は前提を欠く、という結びが、それです。2つ目は、被告人の審問権との関係です。それは、この決定の守備範囲の外です。短答では、秘匿決定があると裁判は非公開になる、と出れば、×です。

傍聴人から隠す(3)証人等特定事項の秘匿決定

290条の2と290条の3の対比表。行=対象者/申出をする人/罪名による類型的な対象/要件/効果の場面。290条の2=被害者(等)/被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士(3項は申出不要)/あり(1号・2号)+3号・3項は個別/名誉・平穏、加害等のおそれ/朗読・書証朗読・尋問陳述の制限・判決宣告。290条の3=証人・鑑定人・通訳人・翻訳人・供述録取書等の供述者/証人等本人/なし/加害等のおそれ、名誉・平穏/同じ4場面 図:290条の2と290条の3の対比表

  • 行=対象者/申出をする人/罪名による類型的な対象/要件/効果の場面
  • 290条の2=被害者(等)/被害者等・法定代理人・委託を受けた弁護士(3項は申出不要)/あり(1号・2号)+3号・3項は個別/名誉・平穏、加害等のおそれ/朗読・書証朗読・尋問陳述の制限・判決宣告
  • 290条の3=証人・鑑定人・通訳人・翻訳人・供述録取書等の供述者/証人等本人/なし/加害等のおそれ、名誉・平穏/同じ4場面

290条の2は、被害者の特定事項だけです。設例の目撃者のTさんは、被害者ではありません。それでも、名前が法廷で出れば、仕返しが怖い。そこで、同じ仕組みを、被害者でない証人にも広げたのが、290条の3です。

条文刑事訴訟法第290条の3第1項

刑事訴訟法第290条の3第1項 裁判所は、次に掲げる場合において、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人又は供述録取書等(供述書、供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるもの又は映像若しくは音声を記録することができる記録媒体であつて供述を記録したものをいう。以下同じ。)の供述者(以下この項において「証人等」という。)から申出があるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、証人等特定事項(氏名及び住所その他の当該証人等を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。 一 証人等特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより証人等若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるとき。 二 前号に掲げる場合のほか、証人等特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより証人等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき。

対象は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、そして、供述録取書等の供述者です。供述録取書等とは、供述書、署名か押印のある供述録取書、供述を記録した記録媒体のことです。法廷に証人として出てこない人でも、調書の供述者なら、対象になります。書証を朗読する場面で効きます。要件は2つです。1号は、証人等やその親族への、加害や畏怖、困惑の行為のおそれ。2号は、前号のほか、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれです。290条の2と違って、罪名の列挙は、ありません。個別の認定だけです。申出をするのは、証人等の本人です。290条の2のように、あらかじめ検察官にする、という条文は、ありません。検察官は、ここでも、意見を聴かれる側に入っています。裁判所は、検察官と、被告人又は弁護人の意見を聴いて、相当と認めるときに、決定できます。取消しは2項で、相当でないと認めるに至ったときです。効果は、290条の2と同じ4場面です。起訴状の朗読は291条3項、証拠書類の朗読は305条4項、尋問や陳述の制限は295条4項、判決の宣告は規則35条4項です。「被害者特定事項」を「証人等特定事項」に読み替える形になっています。板で、2つの条文を並べました。対象者、申出する人、類型的な対象、要件、効果の場面です。短答では、証人等特定事項の秘匿は、被害者である証人に限られる、と出れば、×です。もう1つ、決定がなくても使える仕組みがあります。秘匿決定がなくても、裁判長は、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人の住居や勤務先など、通常所在する場所が特定される事項についての尋問を、制限できます。295条2項です。加害のおそれがあって、証人が十分な供述をできないと認めるときです。ただし、3項と同じ歯止めがあります。決定とは別の、尋問の場面だけの仕組みです。

節目のミニ事例

設例の当てはめ表。Sさん(恐喝の被害者)=1号・2号に載っていない→3号(名誉・平穏の個別認定)か3項(加害等のおそれ・申出は不要)。Tさん(目撃者)=被害者ではない→290条の3。Tさんの供述録取書を朗読する場面=供述者として対象。性犯罪の被害者Uさん=1号・類型的・申出と相当性は要る 図:設例の当てはめ表

  • Sさん(恐喝の被害者)=1号・2号に載っていない→3号(名誉・平穏の個別認定)か3項(加害等のおそれ・申出は不要)
  • Tさん(目撃者)=被害者ではない→290条の3
  • Tさんの供述録取書を朗読する場面=供述者として対象
  • 性犯罪の被害者Uさん=1号・類型的・申出と相当性は要る

設例で、3問確かめます。1問目。恐喝の被害者のSさんは、290条の2の1項1号か2号に、載っているでしょうか?恐喝罪は、1号と2号の列挙にありません。では、Sさんは決定を受けられないのか。受けられます。名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれが、個別に認められれば、1項3号です。Rの仲間による仕返しのおそれがあるなら、3項で、申出がなくても決定ができます。2問目。目撃者のTさんの名前を、法廷で出したくありません。どの条文でしょうか?被害者でない証人は、290条の3の対象です。Tさんが警察で話した供述録取書を、証拠として朗読する場面でも、Tさんは供述者として、証人等特定事項の対象になります。Tさんが法廷に出なくても、同じです。3問目。不同意わいせつの被害者のUさんは、1号で、類型的に対象です。罪名だけで足りるので、個別の認定は要りません。それでは、Uさんが申出をしなくても、決定は出るでしょうか?

1号に当たる事件でも、申出がなければ、1項の決定は出ません。1項は、申出と、相当と認めること、の両方が要ります。申出が要らないのは、3項だけです。

短答の落とし穴

短答の○×一覧。290条の2・290条の3・秘匿決定と公開・起訴状の氏名の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧

短答で確認します。被害者特定事項の秘匿決定は、性犯罪の被害者に限られる。×です。3号と3項があり、恐喝のような事件の被害者も対象になりえます。290条の2第1項の申出は、あらかじめ検察官にする。○です。2項が、あらかじめ検察官に、と定めています。秘匿決定には、被告人の同意が必要である。×です。意見を聴けば足り、同意は要りません。290条の2の3項の決定には、被害者等の申出が必要である。×です。3項は、申出が要件にありません。1号や2号の事件なら、相当と認めるときという要件は要らない。×です。1号でも2号でも、要ります。

通常は示されます。290条の2の決定そのものは、被告人に対して隠すものではありません。291条2項の後段で、検察官は被告人に起訴状を示します。起訴状には氏名が書かれています。短答では、290条の2の決定があると、決定そのものによって、被告人にも被害者の氏名が分からなくなる、と出れば、×です。証人等特定事項の秘匿決定は、被害者である証人に限られる。×です。証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、供述録取書等の供述者が対象です。290条の3の申出は、あらかじめ検察官にしなければならない。×です。そのような条文は、ありません。最高裁です。被害者特定事項の秘匿決定は、裁判を非公開で行う旨のものである。×です。最高裁は、非公開で行う旨のものではない、と言いました。最高裁は、秘匿決定が公開原則の例外にあたると述べた。×です。そう言ってはいません。尋問や陳述の制限は、犯罪の証明に重大な支障が出るおそれがあっても、必ずできる。×です。歯止めがあります。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。冒頭の問いの答え=名前を読み上げなくても、審理は公開されたまま・公開裁判を受ける権利の侵害にならない(最高裁)。隠す相手は傍聴人で、決定そのものは被告人に対するものではなく、通常は起訴状で名前を知る。290条の2=被害者特定事項(1号・2号は類型的、3号と3項は個別、3項は申出不要)/290条の3=証人等特定事項(被害者に限らない)/効果は4場面 図:まとめの地図

  • 冒頭の問いの答え=名前を読み上げなくても、審理は公開されたまま・公開裁判を受ける権利の侵害にならない(最高裁)
  • 隠す相手は傍聴人で、決定そのものは被告人に対するものではなく、通常は起訴状で名前を知る
  • 290条の2=被害者特定事項(1号・2号は類型的、3号と3項は個別、3項は申出不要)/290条の3=証人等特定事項(被害者に限らない)/効果は4場面

今日のまとめです。冒頭の問いに、もう一度答えます。被害者の名前を一度も読み上げないまま進む裁判は、公開の裁判といえるのか。いえます。最高裁は、秘匿決定は、裁判を非公開で行う旨のものではなく、公開裁判を受ける権利を侵害しない、としました。傍聴席は開かれていて、審理も公開されています。出さないのは、名前や住所という情報だけです。隠す相手は、傍聴人です。決定そのものは、被告人に対して隠すものではなく、通常は、起訴状が示され、被害者の氏名は書面で分かります。被告人に氏名を知らせない別の仕組みは、次に見ます。290条の2は、被害者特定事項の秘匿決定です。1号と2号は罪名で類型的に、3号は個別の認定で、対象になります。申出はあらかじめ検察官にします。3項は、加害等のおそれがあるとき、申出がなくても決定できます。290条の3は、被害者に限らず、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人、供述録取書等の供述者が対象です。効果は、起訴状の朗読、証拠書類の朗読、尋問や陳述の制限、判決の宣告の4場面です。次は、被告人に名前や住所を知らせない仕組みです。証人の名前を、弁護人にも知らせないまま尋問してよいのかを見ます。

ページ上部へ ↑

#146単独ページ動画

犯罪被害者の保護③被告人から氏名等を隠す措置(証拠開示・起訴状)

第6章 公判の応用 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

名前と住所が被告人の手元へ届く道筋。被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名などが、1 起訴状(Sさんの氏名など。検察官A→裁判所C→被告人R)、2 証拠開示(Tさんの氏名・住居。検察官A→弁護人B→被告人R)の2本の道を通って届く。3本目の公判の法廷(傍聴席)は前回扱った。今日の問い=証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいか 図:名前と住所が被告人の手元へ届く道筋

  • 被害者Sさん・目撃者Tさん(E)の氏名などが、1 起訴状(Sさんの氏名など。検察官A→裁判所C→被告人R)、2 証拠開示(Tさんの氏名・住居。検察官A→弁護人B→被告人R)の2本の道を通って届く
  • 3本目の公判の法廷(傍聴席)は前回扱った
  • 今日の問い=証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいか

証人の名前は、被告人には知らされません。住所も知らされません。弁護人にも知らされません。知らされるのは、名前の代わりの呼び名と、連絡先だけです。憲法は、被告人に、証人を審問する権利を保障しています。それなのに、こういう形で証人を尋問することは、許されるのでしょうか。前回の終わりに、予告しました。今日は、被告人に名前や住所を知らせない仕組みです。問いは1つです。証人の名前も住所も、被告人にも弁護人にも知らせないまま、その証人を尋問してよいのか。答えは、最高裁の判断のところで出します。前回は、法廷で被害者の名前を読み上げない仕組みを見ました。隠す相手は傍聴人で、審理は公開されたままでした。今日は隠す相手が変わります。被告人です。設例は前回の続きです。飲食店を営むSさんが、暴力団員のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。店の常連のTさんが、その場を見ていました。Rは被告人として起訴されます。

3本の道筋がありました。1本目は起訴状です。Sさんの氏名などは起訴状に書かれ、その謄本がRに送達されます。続く道筋は証拠開示です。検察官がTさんを証人として請求するなら、あらかじめ、相手方に、Tさんの氏名と住居を知る機会を与える決まりです。3本目は公判の法廷で、これは前回見ました。今日は、起訴状と証拠開示を扱います。Rやその仲間に知られれば、仕返しを受けるかもしれません。証言を変えさせようとする人が出るかもしれません。一方で、被告人の側は、証人の氏名や住居が分からないと、反対尋問の準備ができません。守りたい事情と、被告人の防御が、正面からぶつかります。今日の道筋です。まず、誰から隠すのか、どの段階で隠すのか、という地図を立てます。次に、証拠開示の段階で隠す4つの段を、強さの順に見ます。続いて、その歯止めと、最高裁の判断です。ここで冒頭の問いに答えます。そのあと、起訴状の段階を見て、地図を完成させます。最後に、設例と短答で確かめます。

誰から隠すか×どの段階か

前回の表の再掲と今日埋めるマス。横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)、縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)。前回埋めた=公判×傍聴人(290条の2・290条の3)。今日埋める=起訴状×被告人(271条の2〜271条の5)・証拠開示×被告人(299条の2〜299条の5)。傍聴人の2マス=書面が届かない/公判×被告人=被告人は法廷にいる当事者。下に言葉の定義=個人特定事項=氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項(201条の2第1項)。被害者(一号)と被害者以外の者(二号) 図:前回の表の再掲と今日埋めるマス

  • 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人)、縦=どの段階か(起訴状/証拠開示/公判)
  • 前回埋めた=公判×傍聴人(290条の2・290条の3)
  • 今日埋める=起訴状×被告人(271条の2〜271条の5)・証拠開示×被告人(299条の2〜299条の5)
  • 傍聴人の2マス=書面が届かない/公判×被告人=被告人は法廷にいる当事者
  • 下に言葉の定義=個人特定事項=氏名及び住所その他の個人を特定させることとなる事項(201条の2第1項)
  • 被害者(一号)と被害者以外の者(二号)

前回の表を、もう一度出します。横は、誰から隠すか。傍聴人か、被告人か。縦は、どの段階か。起訴状、証拠開示、公判の3つです。前回埋めたのは、公判と傍聴人が交わるマスでした。290条の2と290条の3です。今日埋めるのは、被告人の列の、起訴状と証拠開示の2マスです。起訴状の段階は271条の2から271条の5。証拠開示の段階は299条の2から299条の5です。傍聴人の列の、起訴状と証拠開示のマスは、隠す必要がありません。傍聴人のところには、起訴状や証拠の書面そのものが届かないからです。公判と被告人のマスは、被告人が法廷にいる当事者です。顔を見せない遮へいやビデオリンクは、前々回の仕組みでした。そして氏名の扱いは、起訴状と証拠開示の2つの段階で決まります。物差しは、前回と同じです。傍聴人から隠すなら、ぶつかるのは公開原則でした。被告人から隠すなら、ぶつかるのは、被告人の防御と、証人審問権、つまり憲法37条2項前段です。被告人の権利に触れる分だけ、段階を踏み、歯止めを置くことになります。もう1つ、前回、名前だけ予告した言葉があります。個人特定事項です。氏名及び住所その他の、個人を特定させることとなる事項をいいます。逮捕状、勾留状、起訴状の段階で、被疑者や被告人に対して使います。201条の2第1項に出てきます。

被害者特定事項は、氏名及び住所その他の、その事件の被害者を特定させることとなる事項でした。前回は、公判で傍聴人から隠す場面で使いました。ただ、同じ言葉が、今日の証拠開示の2段目、299条の3にも出てきます。こちらは、被告人に知られないようにする対象です。ですから、2つの言葉の違いは、隠す相手ではなく、誰の情報かです。被害者特定事項は、被害者の情報だけです。個人特定事項は、逮捕状や起訴状に載る情報で、書面には被害者でない人の名前も載るので、対象が2種類あります。一号が被害者、二号が被害者以外の者です。被害者等という言葉は、前々回の定義のまま使います。

証拠開示で隠す(1)4段の梯子と1段目

証拠開示の4段の梯子(強さの順)。1段目 配慮の求め(299条の2)=弁護人は知る・被告人に知られないよう求める/2段目 被害者特定事項の秘匿の要請(299条の3)=弁護人は知る・求めのみ/3段目 条件付与等措置(299条の4第1項ほか)=弁護人は知る・被告人に知らせない条件/4段目 代替開示措置(299条の4第3項ほか)=弁護人も知らない・呼称と連絡先だけ。1・2段目=防御などに必要がある場合を除く/3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない 図:証拠開示の4段の梯子

  • 強さの順
  • 1段目 配慮の求め(299条の2)=弁護人は知る・被告人に知られないよう求める
  • 2段目 被害者特定事項の秘匿の要請(299条の3)=弁護人は知る・求めのみ
  • 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項ほか)=弁護人は知る・被告人に知らせない条件
  • 4段目 代替開示措置(299条の4第3項ほか)=弁護人も知らない・呼称と連絡先だけ。1・2段目=防御などに必要がある場合を除く
  • 3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない

ここからは、証拠開示の段階です。復習を1問です。証人を請求するとき、相手方に何を知らせなければなりませんか?氏名と住居を知る機会を与える、でした。299条1項です。では、なぜ、その機会を与えるのでしょうか。反対尋問の準備のためです。証人が被告人とどんな利害関係にあるのかを確かめ、供述の信用性、つまり証明力を調べるためです。氏名と住居が分からなければ、それができません。だから、氏名や住居を隠すことは、この原則への、正面からのぶつかりです。冒頭の問いの根っこは、ここにあります。それなら、いきなり弁護人にも知らせないのではなく、被告人にだけ知らせない方法はないのでしょうか?あります。条文は、このぶつかりを、強さの違う4つの段で折り合わせています。名前や住所を金庫にしまってあると考えてください。1段目と2段目は、金庫の鍵を弁護人に貸したうえで、被告人には見せないでほしいと、お願いするだけです。3段目は、鍵を貸すけれども、被告人には見せないという条件を付けます。4段目は、鍵そのものを渡さず、窓口の番号だけを渡します。順に挙げます。1段目は配慮の求めで、299条の2です。2段目は被害者特定事項の秘匿の要請で、299条の3です。3段目は条件付与等措置、4段目は代替開示措置で、どちらも299条の4です。

見る点は、被告人が知るのか、弁護人が知るのかです。1段目と2段目は、弁護人は知っていて、被告人に知らせないよう求めるだけです。3段目は、弁護人は知っていて、被告人に知らせない条件が付きます。4段目は、弁護人も知りません。代わりの呼び名と連絡先だけです。そして、どの段にも、防御を害さないための例外があります。1段目と2段目は、被告人の防御などに必要がある場合を除く、という形です。3段目と4段目は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない、という形です。これは、あとで詳しく見ます。なお、公判前整理手続で請求証拠を開示する場面にも、同じ仕組みが準用されます。316条の23です。証拠開示の回で、299条の4を準用する条文として触れました。ここでは名前だけ触れておきます。

4段の梯子のうち1段目だけ。1段目 配慮の求め(299条の2)=検察官又は弁護人から相手方へ/弁護人は知っている・被告人を含む関係者に知られないよう配慮を求めるだけ/対象=住居・勤務先その他の所在場所が特定される事項(氏名そのものは対象外)/要件=身体・財産への加害や畏怖・困惑の行為のおそれ。2段目以降は灰色に伏せる 図:4段の梯子のうち1段目だけ

  • 1段目 配慮の求め(299条の2)=検察官又は弁護人から相手方へ/弁護人は知っている・被告人を含む関係者に知られないよう配慮を求めるだけ/対象=住居・勤務先その他の所在場所が特定される事項(氏名そのものは対象外)/要件=身体・財産への加害や畏怖・困惑の行為のおそれ
  • 2段目以降は灰色に伏せる

では、1段目です。条文を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第299条の2

刑事訴訟法第299条の2 検察官又は弁護人は、前条第一項の規定により証人、鑑定人、通訳人若しくは翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり、証人、鑑定人、通訳人若しくは翻訳人若しくは証拠書類若しくは証拠物にその氏名が記載され若しくは記録されている者若しくはこれらの親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、相手方に対し、その旨を告げ、これらの者の住居、勤務先その他その通常所在する場所が特定される事項が、犯罪の証明若しくは犯罪の捜査又は被告人の防御に関し必要がある場合を除き、関係者(被告人を含む。)に知られないようにすることその他これらの者の安全が脅かされることがないように配慮することを求めることができる。

部品に分けます。誰が。検察官又は弁護人です。どちらからでも相手方に求められます。いつ。氏名と住居を知る機会を与えるときや、証拠書類や証拠物を閲覧する機会を与えるときです。要件は、その人やその親族の身体や財産に害を加える、畏怖させる、困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときです。何を求めるのか。その人の住居、勤務先その他通常所在する場所が特定される事項が、犯罪の証明、捜査、被告人の防御に必要な場合を除き、被告人を含む関係者に知られないようにすること。そして、安全が脅かされないよう配慮することです。

氏名も、知られないようにしてほしいと求められるのですか。ここが落とし穴です。条文が求めるのは、所在場所が特定される事項です。氏名そのものを知らせないことまでは、求めません。弁護人は知っています。しかも求めるだけで、条件を付けたり、知る機会を与えなかったりはしません。設例です。Tさんの氏名と住居を知らせるとき、検察官が弁護人のBに、Tさんの住居と勤務先はRには知られないようにしてほしいと求めます。Rの仲間がTさんの店に来るおそれがあるときの手当てです。Bは知っています。これが1段目です。

証拠開示で隠す(2)2段目・被害者特定事項の秘匿の要請

2つの「求め」の比較。299条の2=検察官又は弁護人から相手方へ/住居・勤務先など所在場所が特定される事項/要件=加害等のおそれ。299条の3=検察官から弁護人へだけ/被害者特定事項(氏名も含む)/要件=名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ。ただし書=被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る(起訴状抄本等を提出した場合を除く) 図:2つの「求め」の比較

  • 299条の2=検察官又は弁護人から相手方へ/住居・勤務先など所在場所が特定される事項/要件=加害等のおそれ
  • 299条の3=検察官から弁護人へだけ/被害者特定事項(氏名も含む)/要件=名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ
  • ただし書=被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る(起訴状抄本等を提出した場合を除く)

2段目は299条の3です。被害者に限った、秘匿の要請です。

条文刑事訴訟法第299条の3

刑事訴訟法第299条の3 検察官は、第二百九十九条第一項の規定により証人の氏名及び住居を知る機会を与え又は証拠書類若しくは証拠物を閲覧する機会を与えるに当たり、被害者特定事項が明らかにされることにより、被害者等の名誉若しくは社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認めるとき、又は被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくはこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、その旨を告げ、被害者特定事項が、被告人の防御に関し必要がある場合を除き、被告人その他の者に知られないようにすることを求めることができる。ただし、第二百七十一条の二第二項の規定により起訴状抄本等を提出した場合を除き、被告人に知られないようにすることを求めることについては、被害者特定事項のうち起訴状に記載された事項以外のものに限る。

1段目との違いが4つあります。1つ目、対象が被害者特定事項です。氏名も含みます。2つ目、要件に、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれが入ります。3つ目、求めるのは検察官から弁護人へだけです。弁護人から検察官へはありません。4つ目、被害者特定事項に限られます。被害者でない証人や鑑定人については使えません。性質は1段目と同じで、求めるだけです。弁護人は知っています。299条の3のただし書は、被告人に知られないようにすることを求めるのは、起訴状に記載された事項以外に限る、という意味です。理由は、起訴状に書かれた氏名などは、被告人が起訴状の謄本でもう見ているからです。隠せと求める意味がありません。ただし例外があります。起訴状抄本等を提出した場合です。この場合、被告人は起訴状抄本等しか受け取っていないので、起訴状に書かれた事項も対象になります。起訴状抄本等は、被害者の氏名などを除いた、起訴状の謄本の代わりの書面です。詳しくは、あとで見ます。設例です。不同意わいせつの被害者のUさんの氏名は、起訴状に書かれています。しかし勤務先は起訴状にありません。この場合、Uさんの勤務先をRに知られないようにと求められます。氏名は求められません。起訴状抄本等が出される事件なら、氏名も求められます。

証拠開示で隠す(3)3段目・条件付与等措置

条件付与等措置と代替開示措置の比較。3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可。4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む) 図:条件付与等措置と代替開示措置の比較

  • 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可
  • 4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む)

3段目は条件付与等措置です。ここから、お願いではなく、条件になります。

条文刑事訴訟法第299条の4第1項

刑事訴訟法第299条の4第1項 検察官は、第二百九十九条第一項の規定により証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名及び住居を知る機会を与えるべき場合において、その者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認めるときは、弁護人に対し、当該氏名及び住居を知る機会を与えた上で、当該氏名又は住居を被告人に知らせてはならない旨の条件を付し、又は被告人に知らせる時期若しくは方法を指定することができる。ただし、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、この限りでない。

仕組みは、こうです。検察官が弁護人に、氏名と住居を知る機会を与えます。そのうえで、その氏名や住居を被告人に知らせてはならないという条件を付けるか、被告人に知らせる時期や方法を指定します。1段目と2段目が求めるだけだったのと違い、これは条件です。弁護士である弁護人が条件に違反したときは、弁護士会などに通知して適当な処置を請求できる、という規定が299条の7にあります。対象は、299条1項で氏名や住居を知る機会を与えるべき、証人、鑑定人、通訳人、翻訳人です。証拠書類や証拠物に氏名や住居が載っている人、つまり供述録取書等の供述者には、6項が同じ措置を用意しています。閲覧の機会を与えたうえで、条件を付けたり、時期や方法を指定したりします。

要件は、2段目と同じですか。ここが大事です。要件は、その者や親族の身体や財産に害を加える、畏怖させる、困惑させる行為がなされるおそれがあると、検察官が認めるときです。名誉や社会生活の平穏だけでは使えません。2段目の299条の3との違いです。名誉や社会生活の平穏まで入るのは、被害者に限った2段目だけです。証人など誰にでも使える1段目と3段目は、身体や財産への害や、畏怖、困惑のおそれに絞られています。短答で、条件付与等措置は名誉が著しく害されるおそれがあるときにもとれる、と出れば×です。ただし書は、防御の歯止めです。供述の証明力の判断に資する、被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるとき、その他、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは、使えません。

なぜ、利害関係の確認が、そこまで大事なのですか。証人が被告人や関係者と、恨みや金銭などの結びつきを持っていれば、供述の信用性の判断が変わるからです。ただ、弁護人が氏名と住居を知れば、その調査は弁護人にできます。弁護人が調べて、結果だけを被告人に伝える形で足りる場面なら、防御は害されません。3段目は、その場面のためにあります。時期や方法の指定の例です。住所はBには知らせるが、Rには公判期日の直前まで知らせない。あるいは、Rに伝えるのは口頭だけで、書面は渡さない。こういう指定ができます。もう1つ、薄く触れます。起訴状抄本等が提出された事件に、同じ措置を広げる項があります。2項と7項です。起訴状に書かれた氏名や住居を対象にするためのもので、あとの起訴状の節でつながります。設例で当てはめます。検察官がBに、Tさんの氏名と住居を知らせたうえで、Rに知らせてはならないと条件を付ける。これが3段目です。ところが、RがTさんと金銭の貸し借りをしていたとします。Rの側が、Tさんとの利害関係を確かめられなくなるなら、この措置は使えません。そして、Bが条件を破ってRに伝えたなら、弁護士会に処置の請求がなされえます。

証拠開示で隠す(4)4段目・代替開示措置

条件付与等措置と代替開示措置の比較。3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可。4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む) 図:条件付与等措置と代替開示措置の比較

  • 3段目 条件付与等措置(299条の4第1項・6項)=弁護人は知る/被告人は知らされない(条件を付す・時期又は方法を指定)/要件=加害・畏怖困惑のおそれ(名誉・平穏だけでは使えない)/ただし書=防御に実質的な不利益のおそれがあるときは不可
  • 4段目 代替開示措置(299条の4第3項・8項)=弁護人も知らない/被告人も知らない/代わりに呼称・連絡先/要件=条件付与等措置では防止できないおそれ(弁護人がないときを含む)

4段目は代替開示措置です。いちばん強い措置で、弁護人も知らない段です。

条文刑事訴訟法第299条の4第3項

刑事訴訟法第299条の4第3項 検察官は、第一項本文の場合において、同項本文の規定による措置によつては同項本文に規定する行為を防止できないおそれがあると認めるとき(被告人に弁護人がないときを含む。)は、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなる場合その他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除き、被告人及び弁護人に対し、その証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人の氏名又は住居を知る機会を与えないことができる。この場合において、被告人又は弁護人に対し、氏名にあつてはこれに代わる呼称を、住居にあつてはこれに代わる連絡先を知る機会を与えなければならない。

部品に分けます。要件の1つ目は、条件付与等措置によっては、加害等の行為を防止できないおそれがあると認めるときです。被告人に弁護人がないときも含みます。2つ目は、利害関係の確認ができなくなる場合など、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがある場合を除く、ということです。条件付与等措置が先で、代替開示は2番手です。条件付与等で足りるなら、代替開示はとれません。効果は、被告人にも弁護人にも、氏名や住居を知る機会を与えないことです。その代わり、氏名に代わる呼称と、住居に代わる連絡先を知る機会を与えなければなりません。

弁護人は、代わりの連絡先を通じて証人に連絡をとります。証人に会いたい旨を、窓口に伝えられます。会うかどうかは証人しだいです。弁護人がいないときも含まれるのは、なぜですか。条件を付ける相手の弁護人がいないからです。弁護人を通じた条件付与等はできません。このときも、要件を満たせば、代替開示措置を検討できます。証拠書類や証拠物は、8項です。氏名や住居が記載、記録された部分について、閲覧の機会を与えません。この場合も、呼称と連絡先を知る機会は与えます。起訴状抄本等の場面で同じ措置を広げる項は、4項、5項、9項、10項です。名前だけ触れておきます。呼称と連絡先は、誰が知らせるのか。措置をとる検察官です。299条の4第3項の後段です。そのうえで、刑事訴訟規則178条の10により、裁判所も、必要があると認めるときは、呼称を定めることができ、定めたら、検察官、被告人、弁護人に通知します。連絡先は、この規則の対象ではありません。さらに、299条の4第11項で、検察官は、措置をとったとき、速やかに裁判所に通知しなければなりません。これで裁判所は、措置を把握でき、呼称を定めたり、このあと見る、被告人側からの取消しの請求に備えたりできます。使える場面の想定です。Rが暴力団の幹部で、仕返しの手段を組織として持っているとします。Tさんの住所をBに知らせても、Bの周辺から組織に漏れるおそれがあると、検察官が認めるとき。3段目では足りません。そこで4段目です。呼称は、たとえば証人T、とします。条文は暴力団の事件に限っていませんが、イメージはそういう場面です。

設例で弁別します。最初は、BがTさんの住所を知っても漏れるおそれはないと見込まれる事件。3段目で足りるので、代替開示は要件を欠きます。次は、Rにまだ弁護人がいない場合。3段目は使えません。4段目を、要件を満たせば検討します。最後は、TさんがRと同じ組織にいた元組員で、利害関係の確認が事件の核心という場合。防御に実質的な不利益のおそれがあるので、3段目も4段目も使えません。

歯止めと不服申立て

歯止めと不服申立ての5つ。1 防御の例外(1・2段目=防御などに必要がある場合を除く/3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない)/2 代替開示措置は条件付与等措置で足りないときだけ/3 検察官が措置をとったら裁判所に通知(299条の4)/4 裁定請求で取消し(299条の5)/5 即時抗告。裁定請求の取消事由=1号 加害等のおそれがない/2号 防御に実質的な不利益のおそれ/3号 代替開示措置の場合で条件付与等措置で防止できる 図:歯止めと不服申立ての5つ

  • 1 防御の例外(1・2段目=防御などに必要がある場合を除く/3・4段目=防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えない)/2 代替開示措置は条件付与等措置で足りないときだけ/3 検察官が措置をとったら裁判所に通知(299条の4)/4 裁定請求で取消し(299条の5)/5 即時抗告
  • 裁定請求の取消事由=1号 加害等のおそれがない/2号 防御に実質的な不利益のおそれ/3号 代替開示措置の場合で条件付与等措置で防止できる

4段の梯子には、歯止めと、是正の道が用意されています。板に5つ並べました。1つ目、どの段にも、防御を害さないための例外があります。1段目と2段目は、防御などに必要がある場合を除きます。3段目と4段目は、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは使えません。2つ目、代替開示措置は、条件付与等措置で足りないときだけです。3つ目、検察官は、措置をとったら裁判所に通知します。4つ目、被告人や弁護人は、裁判所に、検察官の措置を取り消す決定を求められます。この請求を、裁定請求といいます。検察官が自分でとった措置を、裁判所に見直させる道です。5つ目、その決定に不服があれば、上の裁判所に即時抗告ができます。4つ目の条文を全文で見ます。

条文刑事訴訟法第299条の5第1項

刑事訴訟法第299条の5第1項 裁判所は、検察官が前条第一項、第三項、第六項又は第八項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、決定で、当該措置の全部又は一部を取り消さなければならない。 一 当該措置に係る者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがないとき。 二 当該措置により、当該措置に係る者の供述の証明力の判断に資するような被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめることができなくなるときその他の被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。 三 検察官のとつた措置が前条第三項又は第八項の規定によるものである場合において、同条第一項本文又は第六項本文の規定による措置によつて第一号に規定する行為を防止できるとき。

請求できるのは、被告人又は弁護人です。取消事由は3つです。1号は、加害等のおそれがないとき。そもそも措置の前提がなかった場合です。2号は、防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。3号は、代替開示措置がとられた場合で、条件付与等措置で防止できるとき。代替開示は2番手という先ほどの原則を、裁判所の側から確かめる号です。該当すれば、取り消さなければなりません。裁量ではなく義務です。裁判所は、決定をするとき、検察官の意見を聴かなければなりません。5項です。請求は書面でするのが原則で、公判期日では口頭もできます。刑事訴訟規則178条の9です。そして、裁判所の決定には、6項で、即時抗告ができます。もう1つ。2号や3号で措置を取り消す場合でも、加害等のおそれがあると認めるときは、裁判所が弁護人に条件を付けたり、時期や方法を指定したりできます。3項です。ただし、防御に実質的な不利益のあるときを除きます。取り消して終わり、ではありません。薄く2つ触れます。氏名や住居は、訴訟記録、裁判書、公判調書にも出てきます。299条の6は、裁判所が弁護人の閲覧や謄写の場面などで、同じように被告人に知らせない条件を付けられると定めます。299条の7は、検察官や裁判所が付けた条件に弁護士である弁護人が違反したとき、弁護士会などへ通知して適当な処置を請求できると定めます。混同に注意してください。裁定という言葉は、証拠開示の回にも出てきました。あちらは証拠開示に関する裁定で、たとえば316条の26は、裁判所が検察官に開示を命じる決定でした。ここでの裁定請求は299条の5で、検察官がとった氏名等の秘匿の措置の、取消しを求めるものです。名前は似ていますが、別の制度です。

設例です。Rが代替開示措置を不服として、Bが書面で裁定請求をします。検察官は意見で、条件付与等では防げないと説明します。裁判所は、2号の防御の不利益にも3号にも当たらないと判断し、請求を棄却しました。この棄却に対しても、Bは即時抗告ができます。

最高裁の判断

決定の条番号と現行の対応・事案。決定は改正前の条文番号で書かれている。決定の「299条の4第1項」=現行の第1項(条件付与等措置)/決定の「同条2項」=現行の第3項(代替開示措置)/決定の「299条の5第3項」=現行の第5項(検察官の意見聴取)/決定の「同条4項」=現行の第6項(即時抗告)/299条の5第1項は同じ番号。事案=検察官による証人等の氏名等の開示に係る措置に関する裁定決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件。出典=最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁 図:決定の条番号と現行の対応・事案

  • 決定は改正前の条文番号で書かれている
  • 決定の「299条の4第1項」=現行の第1項(条件付与等措置)/決定の「同条2項」=現行の第3項(代替開示措置)/決定の「299条の5第3項」=現行の第5項(検察官の意見聴取)/決定の「同条4項」=現行の第6項(即時抗告)/299条の5第1項は同じ番号
  • 事案=検察官による証人等の氏名等の開示に係る措置に関する裁定決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件
  • 出典=最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

ここが、この回の山場です。冒頭の問いに答えます。その前に1問です。証人審問権は、何が確保されているかで見るのでしたか?反対尋問の機会が確保されているか、でした。供述を聞けて、自ら尋問できて、弁護人が観察できる、という見方でした。前々回の線ですね。今日もその線で読みます。最初に条番号です。この決定は、改正前の条文の番号で書かれています。現行との対応は、板に出しました。ここから先は、現行の番号で話します。対応表は決定文を自分で読むときのためのもので、答案や短答では、現行の番号だけで足ります。事件の経過です。検察官がとった氏名等の開示に関する措置について、被告人側が裁定請求をしました。裁定決定が出て、即時抗告も棄却され、最高裁への特別抗告、つまり憲法違反などを理由に最高裁へ不服を申し立てる手続になりました。申立人は、299条の4と299条の5が、憲法37条2項前段の証人審問権に違反すると主張しました。条文の仕組みそのものが、憲法に反しないかが判断されました。決定は、まず、この仕組みの趣旨を述べます。加害行為等を防止して、証人等の安全を確保し、証人等が公判で供述する負担を軽くして、より充実した公判審理を実現する。そのうえで、判旨の骨を3枚のカードで読みます。1枚目は、代替開示措置でも直ちに不利益ではない、という部分です。

判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

代替開示措置と被告人の防御 このうち,代替開示措置については,検察官が,被告人及び弁護人に対し,証人等の氏名又は住居を知る機会を与えなかったとしても,それにより直ちに被告人の防御に不利益を生ずることとなるわけではなく,被告人及び弁護人は,代替的な呼称又は連絡先を知る機会を与えられることや,証人等の供述録取書の取調べ請求に際してその閲覧の機会が与えられることその他の措置により,証人等と被告人その他の関係者との利害関係の有無を確かめ,予想される証人等の供述の証明力を事前に検討することができる場合があり,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないこととなる場合があるということができる。

部品に分けます。氏名や住居を知る機会を与えなくても、直ちに防御に不利益が生ずるわけではない。なぜなら、代わりの呼称や連絡先、供述録取書の閲覧の機会などによって、利害関係の有無を確かめ、供述の証明力を事前に検討できる場合があるからです。つまり、名前そのものより、利害関係を確かめられるか、供述の信用性を検討できるかが決め手です。設例のTさんで言えば、Bに渡るのが、証人T、という呼称と窓口の連絡先だけでも、Tさんの供述録取書の中身を読めば、RとTさんの間に金銭の貸し借りのような関係があるかに、気づける場合があります。判旨が言うのは、そういう場面です。

最高裁の判旨の骨と問いの答え。趣旨=加害行為等の防止・証人等の安全確保・供述の負担の軽減・充実した公判審理。判旨の骨=歯止め4点(1 防御に実質的な不利益のおそれがあるときはどちらの措置もとれない/2 代替開示措置は条件付与等措置では防止できないおそれがあるときに限る/3 裁判所は裁定請求により措置を取り消さなければならない(検察官は意見聴取で各号に該当しないことを明らかにする)/4 即時抗告)→結論=証人審問権を侵害せず憲法37条2項前段に違反しない。冒頭の問いの答え=氏名・住所を知らされなくても侵害にならない4つの理由 図:最高裁の判旨の骨と問いの答え

  • 趣旨=加害行為等の防止・証人等の安全確保・供述の負担の軽減・充実した公判審理
  • 判旨の骨=歯止め4点(1 防御に実質的な不利益のおそれがあるときはどちらの措置もとれない/2 代替開示措置は条件付与等措置では防止できないおそれがあるときに限る/3 裁判所は裁定請求により措置を取り消さなければならない(検察官は意見聴取で各号に該当しないことを明らかにする)/4 即時抗告)→結論=証人審問権を侵害せず憲法37条2項前段に違反しない
  • 冒頭の問いの答え=氏名・住所を知らされなくても侵害にならない4つの理由

次は、歯止めの前半、2点です。

判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

歯止め(検察官の措置の限定) しかしながら,検察官は,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときには,条件付与等措置も代替開示措置もとることができない。さらに,検察官は,条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限り代替開示措置をとることができる。

1点目、防御に実質的な不利益のおそれがあるときは、どちらの措置もとれません。2点目、代替開示措置は、条件付与等措置によっては加害行為等を防止できないおそれがあるときに限って、とれます。判旨は「限り」と言っています。代替開示は、条件付与等で足りないときだけ、と覚えてください。歯止めの後半と、結論です。

判例最決平30・7・3 刑集72巻3号299頁

裁判所による取消しと結論 裁判所は,検察官が条件付与等措置若しくは代替開示措置をとった場合において,加害行為等のおそれがないとき,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき,又は検察官が代替開示措置をとった場合において,条件付与等措置によって加害行為等を防止できるときは,被告人又は弁護人の裁定請求により,決定で,検察官がとった措置の全部又は一部を取り消さなければならない。裁定請求があった場合には,検察官は,裁判所からの意見聴取において,刑訴法299条の5第1項各号に該当しないことを明らかにしなければならず,裁判所は,必要なときには,更に被告人又は弁護人の主張を聴くなどすることができるということができる。そして,裁判所の決定に対しては,即時抗告をすることができる。これらに鑑みれば,刑訴法299条の4,299条の5は,被告人の証人審問権を侵害するものではなく,憲法37条2項前段に違反しないというべきである。

3点目は、裁判所による取消しです。加害等のおそれがないとき、防御に実質的な不利益のおそれがあるとき、代替開示で条件付与等で防げるとき。この3つのいずれかなら、裁定請求により取り消さなければなりません。検察官は、意見聴取で、各号に該当しないことを明らかにしなければなりません。4点目は即時抗告です。この4つに鑑みて、299条の4と299条の5は、被告人の証人審問権を侵害せず、憲法37条2項前段に違反しない、という結論です。そのほか、決定は、証人審問権に関する大法廷の過去の判例の趣旨に照らしても明らかだと述べます。また、299条の5が憲法37条1項に違反するという主張は、同条が受訴裁判所に予断を抱かせるものではないから、前提を欠くとしました。

判旨を私たちの言葉で整理します。1枚目のカードと、歯止めの4点を、侵害にならない理由として並べ直すと、4つです。1つ目、代わりの呼称や連絡先、供述録取書の閲覧などで、利害関係を確かめ、供述の証明力を事前に検討できる場合がある。2つ目、防御に実質的な不利益のおそれがあれば、そもそも使えない。3つ目、条件付与等で防げないときに限られる。4つ目、裁判所の裁定で取り消せて、即時抗告もある。核心は、氏名や住所を知ること、そのものではありません。証人の供述の信用性を検討して、尋問に生かせるかです。それが、歯止めと是正で確保されているかどうか。前々回の、聞ける、尋問できる、弁護人が観察できる、と同じ線です。この決定が言っていないことも確認します。公判段階の秘匿は、前回の決定の話で、それも290条の2の秘匿決定についてでした。299条の2と299条の3、つまり求めの段は、この決定の対象ではありません。起訴状抄本等の仕組みも、対象ではありません。短答では、最高裁は起訴状抄本等の合憲性も判断した、と出れば×です。

起訴状の段階(1)なぜ要るか・起訴状抄本等

起訴状の段階の流れ。検察官A→裁判所C 起訴状+起訴状抄本等(個人特定事項の記載なし)/C→被告人R 起訴状抄本等を送達(氏名などなし)/C→弁護人B 起訴状の謄本+被告人に知らせてはならない条件/必要なら C→B 起訴状抄本等(弁護人にも氏名なし)。個人特定事項=氏名・住所など 図:起訴状の段階の流れ

  • 検察官A→裁判所C 起訴状+起訴状抄本等(個人特定事項の記載なし)/C→被告人R 起訴状抄本等を送達(氏名などなし)/C→弁護人B 起訴状の謄本+被告人に知らせてはならない条件/必要なら C→B 起訴状抄本等(弁護人にも氏名なし)
  • 個人特定事項=氏名・住所など

もう1つの道筋、起訴状です。ここまでの証拠開示の仕組みでは、足りない場面があります。起訴状には、被害者の氏名などが書かれ、その謄本が被告人に送達されます。271条1項です。299条の3のただし書も、起訴状に記載された事項は、被告人に知られないようにする対象から外していました。つまり、起訴の瞬間に、被害者の氏名などは被告人の手元に届きます。そこで、令和5年の法改正で、起訴状の段階にも仕組みが置かれました。施行は2024年2月15日です。条文は長いので、号の境目で区切って全文で見ます。まず、柱書と一号のイです。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(柱書・第1号イ) 検察官は、起訴状に記載された次に掲げる者の個人特定事項について、必要と認めるときは、裁判所に対し、前条第一項の規定による起訴状の謄本の送達により当該個人特定事項が被告人に知られないようにするための措置をとることを求めることができる。 一 次に掲げる事件の被害者 イ 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第百八十一条若しくは第百八十二条の罪、同法第二百二十五条若しくは第二百二十六条の二第三項の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下このイにおいて同じ。)、同法第二百二十七条第一項(同法第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項(わいせつの目的に係る部分に限る。)の罪若しくは同法第二百四十一条第一項若しくは第三項の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件

柱書は、検察官が、必要と認めるときに、起訴状の謄本の送達で被告人に知られないようにする措置を、裁判所に求められる、という内容です。一号のイは、前回の290条の2第1項1号と同じ、刑法の性犯罪などの列挙です。続けて、ロです。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(第1号ロ) ロ 児童福祉法第六十条第一項の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号に係る同法第六十条第二項の罪、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律第四条から第八条までの罪又は性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律第二条から第六条までの罪に係る事件

ロは、児童に関する罪や、性的な姿態の撮影の罪です。罪名で類型的に拾われています。続けて、ハです。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(第1号ハ) ハ イ及びロに掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者の個人特定事項が被告人に知られることにより次に掲げるおそれがあると認められる事件 (1)被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ (2)(1)に掲げるもののほか、被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ

ハは、イとロのほか、犯行の態様や被害の状況から、被告人に知られることで、名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、または加害等のおそれがあると認められる事件です。ここは個別の認定です。続けて、二号です。

条文刑事訴訟法第271条の2第1項

刑事訴訟法第271条の2第1項(第2号) 二 前号に掲げる者のほか、個人特定事項が被告人に知られることにより次に掲げるおそれがあると認められる者 イ その者の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれ ロ イに掲げるもののほか、その者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれ

二号は、一号以外の者です。起訴状には、被害者でない人の名前が書かれることもあるので、その人も対象です。ここで、範囲の作りを確かめます。イとロは、前回の290条の2の1号と2号と同じで、性的な被害などを、罪名で類型的に拾います。名前が被告人に知られること自体で、名誉や生活の平穏が害されやすい罪だからです。それ以外の事件は、知られて困るかどうかが事件ごとに違うので、ハで個別に認定します。見るのは、名誉や平穏のおそれか、加害等のおそれです。二号の人も、同じ2つのおそれを、その人ごとに認定します。被害者は一号、被害者でない人は二号と分けるのは、前回、被害者の290条の2と、被害者に限らない290条の3を分けたのと同じ発想です。続けて、2項から4項です。

条文刑事訴訟法第271条の2第2項〜第4項

刑事訴訟法第271条の2第2項〜第4項 2 前項の規定による求めは、公訴の提起において、裁判所に対し、起訴状とともに、被告人に送達するものとして、当該求めに係る個人特定事項の記載がない起訴状の抄本その他の起訴状の謄本に代わるもの(以下「起訴状抄本等」という。)を提出して行わなければならない。 3 前項の場合には、起訴状抄本等については、その公訴事実を第二百五十六条第三項に規定する公訴事実とみなして、同項の規定を適用する。この場合において、同項中「できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実」とあるのは、「罪となるべき事実」とする。 4 裁判所は、第二項の規定による起訴状抄本等の提出があつたときは、前条第一項の規定にかかわらず、遅滞なく起訴状抄本等を被告人に送達しなければならない。この場合において、第二百五十五条及び前条第二項中「起訴状の謄本」とあるのは、「起訴状抄本等」とする。

求めは、起訴状とともに、起訴状抄本等を裁判所に提出して行います。起訴状抄本等とは、個人特定事項の記載がない起訴状の抄本その他の、謄本に代わるものです。裁判所は、これを被告人に送達します。被告人が受け取るのは、被害者の氏名などが書かれていない書面です。3項が手当てしています。起訴状そのものには氏名が書かれ、裁判所は知っています。訴因は特定されています。256条3項は、起訴状に訴因を明示させる条文で、審判の対象の回で見ました。被告人に送る抄本等は、その公訴事実を256条3項の公訴事実とみなします。そして、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を、罪となるべき事実と読み替えます。日時、場所、方法の特定の程度が緩むわけです。被告人は、被害者の名前がなくても、何の罪で起訴されたかは知れます。設例です。RがSさんへの恐喝で起訴されます。仕返しのおそれがあるなら、ハのうち加害等のおそれがある類型として、Sさんの氏名などのない起訴状抄本等が、Rに送達されます。

起訴状の段階(2)弁護人の扱いと通知の決定

起訴状の段階の対象と歯止め。対象=一号(被害者:イ 刑法の列挙/ロ 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/ハ 名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ)/二号(被害者以外の者で、名誉・平穏のおそれ又は加害等のおそれがある者)。弁護人の扱い(271条の3・271条の4)=謄本+条件→必要なら弁護人にも抄本等。歯止め=271条の5(要件を欠く・防御に実質的な不利益のおそれ→請求により個人特定事項を通知する決定)/検察官の意見を聴く/即時抗告 図:起訴状の段階の対象と歯止め

  • 対象=一号(被害者:イ 刑法の列挙/ロ 児童福祉法・児童買春・児童ポルノ処罰法・性的姿態撮影等処罰法の罪/ハ 名誉・社会生活の平穏が著しく害されるおそれ、又は加害等のおそれ)/二号(被害者以外の者で、名誉・平穏のおそれ又は加害等のおそれがある者)
  • 弁護人の扱い(271条の3・271条の4)=謄本+条件→必要なら弁護人にも抄本等
  • 歯止め=271条の5(要件を欠く・防御に実質的な不利益のおそれ→請求により個人特定事項を通知する決定)/検察官の意見を聴く/即時抗告

被告人は抄本等を受け取ります。では、弁護人はどうなるのか。271条の3と271条の4です。要点を板で確かめます。弁護人がいるとき、検察官は、起訴状の謄本も提出します。裁判所は、抄本等にない個人特定事項を被告人に知らせてはならないという条件を付けて、謄本を弁護人に送達します。3段目と同じ作りです。条件では防げないおそれがあるときは、検察官は、弁護人にも抄本等を送達するものとして提出できます。4段目と同じ作りです。抄本等の提出後に弁護人が選任された場合も同じです。歯止めは271条の5です。

条文刑事訴訟法第271条の5第1項

刑事訴訟法第271条の5第1項 裁判所は、第二百七十一条の二第四項の規定による措置をとつた場合において、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、被告人又は弁護人の請求により、当該措置に係る個人特定事項の全部又は一部を被告人に通知する旨の決定をしなければならない。 一 イ又はロに掲げる個人特定事項の区分に応じ、当該イ又はロに定める場合であるとき。 イ 被害者の個人特定事項 当該措置に係る事件に係る罪が第二百七十一条の二第一項第一号イ及びロに規定するものに該当せず、かつ、当該措置に係る事件が同号ハに掲げるものに該当しないとき。 ロ 被害者以外の者の個人特定事項 当該措置に係る者が第二百七十一条の二第一項第二号に掲げる者に該当しないとき。 二 当該措置により被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるとき。

1号は、要件を欠く場合です。被害者の個人特定事項で、一号のイ、ロ、ハのいずれにも当たらないとき。被害者以外の者で、二号に当たらないときです。2号は、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときです。いずれかに当たれば、被告人または弁護人の請求により、個人特定事項を被告人に通知する決定をしなければなりません。弁護人にだけ抄本等が送られた場合は、2項が、被告人に知らせてはならない条件を付けて、弁護人に通知する決定を用意します。どちらも、裁判所は検察官の意見を聴き、決定には即時抗告ができます。証拠開示の段階の、裁定請求と同じ形です。防げる場面だけ使えて、是正の道がある、という発想です。公判との接続も1つだけ。起訴状抄本等が送達された事件では、起訴状朗読のあとに被告人に起訴状を示す、という291条2項後段の扱いは、被告人に個人特定事項を通知する決定があったときに限られます。291条4項です。薄く、関連に触れます。訴因変更請求書面には、312条の2が同じ仕組みを置いています。逮捕状や勾留状の段階にも同じ仕組みがあり、201条の2、207条の2、207条の3です。被疑者に示す書面から、被害者などの個人特定事項を除きます。訴訟記録や裁判書は271条の6、条件違反は271条の7、被告事件の告知などは271条の8です。名前だけ触れておきます。設例を通しで見ます。Rが、Sさんへの恐喝で起訴されました。Rには、Sさんの氏名などのない起訴状抄本等が送達されます。弁護人のBには、起訴状の謄本と、Rに知らせてはならないという条件が付きます。Bから組織に漏れるおそれがあるなら、Bにも抄本等が送られます。そこでBが、Sさんの住所が防御に必要だと請求し、実質的な不利益があると認められれば、裁判所が決定で通知します。弁護人だけに、条件付きで通知する形もあります。

完成版の地図

完成版の地図。横=誰から隠すか(傍聴人/被告人〔弁護人も〕)、縦=段階(起訴状/証拠開示/公判)。公判×傍聴人=290条の2・290条の3(前回・朗読・尋問陳述の制限・判決宣告)=公開原則=非公開ではない。証拠開示×被告人=299条の2〜299条の4の4段(求め→求め→条件→代替開示)=歯止め299条の5=審問権を侵害しない。起訴状×被告人(弁護人)=271条の2〜271条の5(抄本等→弁護人は謄本+条件→必要なら弁護人も抄本等)=歯止め271条の5(通知決定)。空白=傍聴人に書面は届かない/公判×被告人は法廷にいる当事者 図:完成版の地図

  • 横=誰から隠すか(傍聴人/被告人〔弁護人も〕)、縦=段階(起訴状/証拠開示/公判)
  • 公判×傍聴人=290条の2・290条の3(前回・朗読・尋問陳述の制限・判決宣告)=公開原則=非公開ではない
  • 証拠開示×被告人=299条の2〜299条の4の4段(求め→求め→条件→代替開示)=歯止め299条の5=審問権を侵害しない
  • 起訴状×被告人(弁護人)=271条の2〜271条の5(抄本等→弁護人は謄本+条件→必要なら弁護人も抄本等)=歯止め271条の5(通知決定)
  • 空白=傍聴人に書面は届かない/公判×被告人は法廷にいる当事者

最初に出した表を、埋めます。その前に、前回の確認を1問です。秘匿決定は、裁判を非公開にするものでしたか?非公開にするものではない、でした。法廷で名前を言わないだけで、傍聴席は開かれたままです。では、表です。公判と傍聴人のマスは、前回の290条の2と290条の3。朗読、尋問や陳述の制限、判決の宣告で氏名を明らかにしません。公開原則との関係は、290条の2の秘匿決定について、非公開にするものではない、という最高裁の判断で押さえました。証拠開示と被告人のマスは、299条の2から299条の4の4段です。求め、求め、条件、代替開示。歯止めは299条の5。審問権との関係は、侵害しない、という最高裁の判断でした。起訴状と被告人のマスは、271条の2から271条の5です。抄本等、弁護人には謄本と条件、必要なら弁護人にも抄本等。歯止めは271条の5の通知決定です。

3つの段階で条文は別々なのに、考え方は同じなのですか。同じです。前回と同じ物差しで読めます。傍聴人から隠すのは、公開原則との関係で、公判で氏名を言わないだけで審理は公開のままです。被告人から隠すのは、防御と証人審問権との関係で、弁護人だけが知る、弁護人も知らない、と段階を上げます。どの段にも、防御を害さないための例外があります。3段目からは、防御に実質的な不利益のおそれがあれば使えない、という歯止めが置かれ、4段目は、3段目で足りないときだけです。

節目のミニ事例と短答の落とし穴

節目のミニ事例。どの段の措置か。1 Tさんの住居と勤務先をRに知られないようにしたい=299条の2/2 Uさんの勤務先(起訴状に書かれていない)をRに知られないようにしたい=299条の3/3 Tさんの住居をBに知らせても組織に漏れるおそれがある=299条の4第3項/4 起訴状にSさんの氏名などが書かれRに届いてしまう=271条の2 図:節目のミニ事例

  • どの段の措置か
  • 1 Tさんの住居と勤務先をRに知られないようにしたい=299条の2/2 Uさんの勤務先(起訴状に書かれていない)をRに知られないようにしたい=299条の3/3 Tさんの住居をBに知らせても組織に漏れるおそれがある=299条の4第3項/4 起訴状にSさんの氏名などが書かれRに届いてしまう=271条の2

ここで、4つの事例です。どの条文の仕組みかを考えてください。1つ目。検察官が、弁護人のBに、Tさんの住居と勤務先はRに知られないようにしてほしいと求めます。2つ目。不同意わいせつの被害者のUさんの勤務先を、Rに知られないようにしたい。勤務先は起訴状に書かれていません。起訴状に書かれていない事項なので、被告人に知られないよう求める対象になります。3つ目。Tさんの住所をBに知らせても、組織に漏れるおそれがあります。4つ目。起訴状にSさんの氏名などが書かれ、Rに届いてしまいます。

短答の○×一覧。299条の2・299条の3の求め/条件付与等措置・代替開示措置の要件/299条の5・裁定/最高裁の判断/起訴状抄本等と弁護人 図:短答の○×一覧

短答で確認します。299条の2の配慮の求めは、弁護人にも証人の住居を知らせない措置である。×です。弁護人は知っています。被告人を含む関係者に知られないよう、配慮を求めるだけです。299条の2の配慮の求めは、検察官から弁護人に対してだけできる。×です。検察官又は弁護人から相手方にできます。299条の3の要請は、弁護人から検察官に対してもできる。×です。検察官から弁護人へです。条件付与等措置は、被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあるときにもとれる。×です。加害や畏怖、困惑のおそれが要件です。被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあっても、条件付与等措置はとれる。×です。ただし書があります。条件付与等措置で加害等を防止できる場合でも、検察官は代替開示措置をとれる。×です。防止できないおそれがあるときに限ります。代替開示措置では、弁護人も証人の氏名や住居を知る機会を与えられない。○です。代わりの呼称と連絡先は知らされます。被告人に弁護人がないときは、代替開示措置はとれない。×です。弁護人がないときを含みます。代替開示措置に不服があっても、争う方法はない。×です。299条の5の裁定請求と、決定への即時抗告があります。裁定請求は、検察官に証拠の開示を命じてもらう請求と、同じ制度である。×です。別の制度です。証拠開示の秘匿措置と裁定の規定、つまり299条の4と299条の5を、最高裁は憲法37条2項前段に違反しないとした。○です。

起訴状抄本等の仕組みは、被害者の個人特定事項に限られる。×です。二号で、被害者以外の者も対象です。起訴状抄本等が提出された事件では、弁護人には必ず抄本等が送達される。×です。原則は、謄本に条件を付けて送達します。条件では防止できないおそれがあるときに、抄本等です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。一本の軸=誰から隠すか×どの段階か。傍聴人から(290条の2・290条の3)=非公開ではない。被告人から(証拠開示 299条の2〜299条の5/起訴状 271条の2以下)=弁護人も知らない段まであるが、どの段にも防御のための例外があり(3・4段目は実質的な不利益のおそれで不可)、裁定・通知決定で是正できる。冒頭の問いの答え=要件が絞られ、歯止めと是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しない 図:まとめの地図

  • 一本の軸=誰から隠すか×どの段階か
  • 傍聴人から(290条の2・290条の3)=非公開ではない
  • 被告人から(証拠開示 299条の2〜299条の5/起訴状 271条の2以下)=弁護人も知らない段まであるが、どの段にも防御のための例外があり(3・4段目は実質的な不利益のおそれで不可)、裁定・通知決定で是正できる
  • 冒頭の問いの答え=要件が絞られ、歯止めと是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しない

今日のまとめです。軸は1本でした。誰から隠すのか、どの段階で隠すのか。傍聴人から隠すのは、前回の公判の仕組みです。290条の2と290条の3。氏名を明らかにしませんが、審理は公開のままで、裁判は非公開になりません。被告人から隠すのは、証拠開示と起訴状の仕組みです。証拠開示には4段の梯子がありました。配慮の求め、被害者特定事項の秘匿の要請、条件付与等措置、代替開示措置。弁護人も知らない段まであります。ただし、どの段にも防御を害さないための例外があり、3段目と4段目は、防御に実質的な不利益のおそれがあるときは使えません。代替開示は、条件付与等で足りないときだけです。裁定請求と即時抗告で、取り消せます。起訴状では、起訴状抄本等で被告人に氏名などが届かないようにし、271条の5の通知決定が歯止めです。冒頭の問いの答えです。証人の氏名や住所を、被告人にも弁護人にも知らせないまま尋問することは、要件が絞られ、防御の歯止めと裁判所の是正があるかぎり、憲法37条2項前段に反しません。氏名や住所を知ること、そのものよりも、証人の供述の信用性を検討して、尋問に生かせるかが確保されているかどうかが、決め手です。次は、被害に遭った人が、裁判に自分から関わる仕組みです。法廷で気持ちを述べること、裁判に参加することを見ます。

ページ上部へ ↑

#147単独ページ動画

被害者の関与①心情等の意見陳述と情報提供

第6章 公判の応用 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被害者が法廷で「犯人はこの人です。私はこう見ました」と述べたら、それは有罪の証拠になるか。今日の範囲=知る(被害者等通知制度)・見る(優先傍聴)・読む(記録の閲覧・謄写)・気持ちを述べる(心情等の意見陳述=292条の2)。裁判への参加は次の回 図:今日の問い

  • 被害者が法廷で「犯人はこの人です。私はこう見ました」と述べたら、それは有罪の証拠になるか
  • 今日の範囲=知る(被害者等通知制度)・見る(優先傍聴)・読む(記録の閲覧・謄写)・気持ちを述べる(心情等の意見陳述=292条の2)
  • 裁判への参加は次の回

被害に遭った人が、法廷に立ちます。そして、犯人はこの人です、私はこう見ました、と話します。この言葉は、被告人を有罪にする証拠になるでしょうか。実は、証拠にはなりません。それなのに、刑の重さを決めるときには、考えに入れてよいのです。矛盾して聞こえますが、これが今日の山場です。前回の終わりに、予告しました。次は、被害に遭った人が、裁判に自分から関わる仕組みです。ここまでの3回は、被害者を守る仕組みでした。証人としての負担を軽くすること。名前を隠すこと。今日からは、被害者が自分から裁判に関わる入口に入ります。今日は、その前半です。知ること、見ること、読むこと、そして気持ちを述べることを扱います。裁判に参加して、自分で質問をする仕組みは、次の回です。問いは1つです。被害者が、法廷で、犯人はこの人です、と述べたら、有罪の証拠になるのか。なぜそうなるのかは、気持ちを述べる制度のところで確かめます。設例は、これまでの続きです。飲食店を営むSさんが、被告人のRから、みかじめ料を払うよう迫られました。恐喝の事件です。Sさんは、裁判がいまどうなっているのかを知りたいと思っています。そして、できれば法廷で、自分の気持ちを話したいと思っています。

配慮の4本柱と今日の位置

配慮の4本柱の地図。手続の流れに沿って、保護(済)/情報提供(今日)/関与・参加(意見陳述=今日・被害者参加=次回)/損害回復(次回)。保護=証人の負担軽減(付添い・遮へい・ビデオリンク)・名前を隠す仕組み=終了 図:配慮の4本柱の地図

  • 手続の流れに沿って、保護(済)/情報提供(今日)/関与・参加(意見陳述=今日・被害者参加=次回)/損害回復(次回)
  • 保護=証人の負担軽減(付添い・遮へい・ビデオリンク)・名前を隠す仕組み=終了

最初に、地図を出します。被害者への配慮には、4本の柱がありました。保護、情報提供、関与や参加、損害回復です。証人としての負担を軽くする付添い、遮へい、ビデオリンク。そして、被害者の名前を隠す仕組み。ここまでが保護でした。今日は、2本目の情報提供と、その次の3本目、関与や参加の最初の1つ、意見陳述を扱います。被害者参加と損害回復は、次の回です。ここで、物差しを1つ用意します。被害者への配慮は、いつも、2つの利益のぶつかり合いです。被害者の知りたい気持ち、話したい気持ちと、被告人の防御、そして捜査や公判への影響です。関わり方が深くなるほど、このぶつかりは大きくなります。だから、深い関わりほど、歯止めが増えます。今日の4つは、この深さの順に並びます。

被害者等通知制度

被害者等通知制度。根拠=刑訴法に明文なし(検察庁の運用)。対象事件=限定なし。対象者=被害者・親族等・その代理人(目撃者など参考人にも、一部の通知を除いて行う)。通知事項=事件の処理結果(公判請求・略式請求・不起訴・家裁送致)/起訴後の裁判所と期日/裁判結果(主文・上訴・確定)/身柄の状況(勾留・保釈)/不起訴の場合の理由の骨子/有罪確定後の刑の執行終了予定時期・刑事施設での処遇状況・釈放(仮釈放または刑の執行終了による釈放)。仮釈放の審理(開始・結果)や保護観察中の状況は、更生保護の側(地方更生保護委員会・保護観察所)から別に通知 図:被害者等通知制度

  • 根拠=刑訴法に明文なし(検察庁の運用)
  • 対象事件=限定なし
  • 対象者=被害者・親族等・その代理人(目撃者など参考人にも、一部の通知を除いて行う)
  • 通知事項=事件の処理結果(公判請求・略式請求・不起訴・家裁送致)/起訴後の裁判所と期日/裁判結果(主文・上訴・確定)/身柄の状況(勾留・保釈)/不起訴の場合の理由の骨子/有罪確定後の刑の執行終了予定時期・刑事施設での処遇状況・釈放(仮釈放または刑の執行終了による釈放)
  • 仮釈放の審理(開始・結果)や保護観察中の状況は、更生保護の側(地方更生保護委員会・保護観察所)から別に通知

1つ目は、知ることです。被害者等通知制度といいます。被害者等とは、被害者本人と、被害者が亡くなったり、心身に重大な故障があったりする場合の、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。今日もこの言葉で通します。この制度の最大の特徴は、刑訴法に条文がないことです。検察庁が、運用として行っています。短答で、被害者等通知制度は刑訴法の何条に定められているか、と聞かれたら、明文はない、が答えです。喩えるなら、宅配の不在票です。届くかどうかは、配達する側の運用で、受け取る側が、法律上の権利として請求できるものではありません。ただ、実際の運用は手厚く、事件の種類で限られることもありません。対象になる人は、さきほどの被害者等とは別の決め方で、被害者や、その親族、代理人です。そのほか、目撃者などの参考人にも行われます。一部の通知は除かれます。

設例のSさんで見ます。まず、事件の処理結果です。公判請求、略式請求、不起訴、家庭裁判所への送致のどれになったか。起訴されたら、裁判所と期日。判決が出たら、主文と、上訴されたか、確定したか。身柄については、勾留されているか、保釈されたか。不起訴なら、理由の骨子も伝えられます。さらに、有罪が確定したあとの情報があります。刑の執行が終わる予定の時期、刑事施設での処遇の状況、釈放です。釈放には、刑期を終えての釈放のほか、仮釈放による釈放も含まれます。ただし、仮釈放を認めるかどうかの審理が始まったことや、その結果、そして保護観察中の様子は、更生保護の側から、別に知らされます。地方更生保護委員会や保護観察所です。ここは、検察庁の通知とは別系統です。

担当の検察官や、被害者支援の担当者に伝えます。短答の核は3つです。明文がない。運用である。事件の種類で限定されない。この3点です。

優先傍聴

優先傍聴(犯罪被害者保護法2条)。裁判長は、被害者等・法定代理人から傍聴の申出があるとき、傍聴席の数や傍聴を希望する者の数などを考慮しつつ、傍聴できるよう配慮しなければならない=配慮義務。傍聴する権利を認めたものではない。希望者が多ければ全員は入れない 図:優先傍聴

  • 犯罪被害者保護法2条
  • 裁判長は、被害者等・法定代理人から傍聴の申出があるとき、傍聴席の数や傍聴を希望する者の数などを考慮しつつ、傍聴できるよう配慮しなければならない=配慮義務。傍聴する権利を認めたものではない。希望者が多ければ全員は入れない

2つ目は、見ることです。法廷を傍聴することです。犯罪被害者保護法の2条が、優先傍聴を定めています。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第2条

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第2条 刑事被告事件の係属する裁判所の裁判長は、当該被告事件の被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹をいう。以下同じ。)又は当該被害者の法定代理人から、当該被告事件の公判手続の傍聴の申出があるときは、傍聴席及び傍聴を希望する者の数その他の事情を考慮しつつ、申出をした者が傍聴できるよう配慮しなければならない。

内容は、こうです。被害者等や、被害者の法定代理人から、公判の傍聴の申出があるとき、裁判長は、傍聴席の数や、傍聴を希望する人の数などを考えながら、申出をした人が傍聴できるよう配慮しなければなりません。配慮しなければならない、のですね。では、必ず傍聴できるのですか。そこが落とし穴です。義務なのは、配慮です。傍聴する権利を認めたものではありません。傍聴席は限られています。世間が注目する事件で、傍聴希望が殺到すれば、被害者等でも、全員は入れないことがあります。喩えるなら、劇場の、関係者席への配慮です。できるだけ席を用意するが、席数には限りがある。だから、配慮義務であって、傍聴権ではない。暗記は、この対比です。

傍聴は、公開された法廷で、誰でも自由にできるのが原則です。ただ、事件によっては、抽選で席を取り合うことになります。この条文は、被害者等が、その席に入れるよう、裁判長に配慮を義務づけたものです。席の取り合いの中での、優先扱いと考えてください。

訴訟記録の閲覧・謄写

記録の閲覧・謄写の対比。確定後=何人でも閲覧できる(刑訴53条1項)。確定前=(以前は被害者に認める規定なし)犯罪被害者保護法3条=第1回公判期日後から終結まで、被害者等・法定代理人・その委託を受けた弁護士の申出→裁判所は検察官・被告人側の意見を聴いて、原則として閲覧・謄写させる。例外=理由が正当でない/犯罪の性質・審理の状況等を考慮して相当でない。謄写には使用目的の制限等の条件を付せる。知り得た事項の使用は、関係人の名誉・生活の平穏を害さず、捜査・公判に支障を生じさせないよう注意。第1回公判期日前は対象外 図:記録の閲覧・謄写の対比

  • 確定後=何人でも閲覧できる(刑訴53条1項)
  • 確定前=(以前は被害者に認める規定なし)犯罪被害者保護法3条=第1回公判期日後から終結まで、被害者等・法定代理人・その委託を受けた弁護士の申出→裁判所は検察官・被告人側の意見を聴いて、原則として閲覧・謄写させる
  • 例外=理由が正当でない/犯罪の性質・審理の状況等を考慮して相当でない
  • 謄写には使用目的の制限等の条件を付せる
  • 知り得た事項の使用は、関係人の名誉・生活の平穏を害さず、捜査・公判に支障を生じさせないよう注意
  • 第1回公判期日前は対象外

3つ目は、読むことです。裁判の記録を、読むことです。比べるために、まず、確定したあとの扱いを条文で見ます。

条文刑事訴訟法第53条第1項

刑事訴訟法第53条第1項 何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。但し、訴訟記録の保存又は裁判所若しくは検察庁の事務に支障のあるときは、この限りでない。

事件が終結したあとは、何人でも、訴訟記録を閲覧できます。被害者である必要はありません。ただし、記録の保存や、裁判所や検察庁の事務に支障があるときは別です。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第3条第1項〜第3項

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第3条第1項〜第3項 刑事被告事件の係属する裁判所は、第一回の公判期日後当該被告事件の終結までの間において、当該被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、当該被告事件の訴訟記録の閲覧又は謄写の申出があるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、閲覧又は謄写を求める理由が正当でないと認める場合及び犯罪の性質、審理の状況その他の事情を考慮して閲覧又は謄写をさせることが相当でないと認める場合を除き、申出をした者にその閲覧又は謄写をさせるものとする。 2 裁判所は、前項の規定により謄写をさせる場合において、謄写した訴訟記録の使用目的を制限し、その他適当と認める条件を付することができる。 3 第一項の規定により訴訟記録を閲覧し又は謄写した者は、閲覧又は謄写により知り得た事項を用いるに当たり、不当に関係人の名誉若しくは生活の平穏を害し、又は捜査若しくは公判に支障を生じさせることのないよう注意しなければならない。

裁判の途中で、被害者が記録を読むことはできないのですか。そこを埋めたのが、犯罪被害者保護法の3条です。以前は、被害者に、記録を見せる規定がありませんでした。3条は、第1回の公判期日の後、事件が終わるまでの間に、被害者等、被害者の法定代理人、またはその委託を受けた弁護士から申出があれば、裁判所が、検察官と被告人側の意見を聴いたうえで、原則として、閲覧と謄写をさせるものとしています。謄写はコピーのことです。あります。例外が、2つあります。1つ目は、閲覧や謄写を求める理由が、正当でないとき。2つ目は、犯罪の性質、審理の状況などを考えて、相当でないときです。たとえば、記録を見せることで、証人の安全が脅かされたり、審理に支障が出たりするおそれがあるときです。謄写については、使い方に条件を付けられます。使う目的を限るなどです。そして、記録から知った内容を使うときは、関係している人の名誉や生活の平穏を、不当に害さないこと、捜査や公判に支障を生じさせないことに、注意しなければなりません。注意点が2つあります。1つ目は、第1回の公判期日の前は、この制度の対象ではないことです。2つ目は、前回扱った、被告人側の記録の閲覧とは、別の制度であることです。前回のそれは、被告人側が記録を見るときに、被害者の氏名などを隠す仕組みでした。今日の閲覧は、被害者の側が、記録を見る仕組みです。向きが逆です。物差しで見直します。通知は運用で、歯止めは要りません。傍聴は、席の限りがあるだけです。記録を読むところで、捜査や公判への影響が出てくるので、例外2つと使い方の条件という歯止めが付きます。ここまでが、知る、見る、読むです。

心情等の意見陳述の背景と陳述できる者

心情等の意見陳述(292条の2)の背景と主体。背景=被害の影響(PTSD等)を法廷で直接訴えたくても、かつては証人尋問しか方法がなかった/被害者は当事者でないので自分で証人請求できない/検察官が請求しても裁判所が必要性なしとすれば証言できない。→平成12年の改正で導入。陳述できる者=被害者等・被害者の法定代理人(罪名の制限なし)。申出があれば公判期日に陳述させるのが原則(1項「させるものとする」)

ここから、山場の、心情等の意見陳述です。292条の2です。まず、なぜ、この制度が作られたのかを見ます。Sさんが、恐喝の被害で、夜も眠れなくなり、店も開けられなくなったとします。その苦しみを、裁判所に直接伝えたい。でも、かつては、証人尋問を受ける以外に、方法がありませんでした。被害者は、事件の当事者ではありません。当事者は、検察官と被告人です。ですから、被害者が、自分から証人として請求することはできません。検察官が請求しても、裁判所が、必要性がないと判断すれば、証言の機会はありません。被害者の声が、裁判に届かないという批判がありました。それに応えて、平成12年の改正で、導入されたのが、この意見陳述です。では、条文を、全文で見ます。3枚に分けて読みます。1枚目は、1項と2項です。

条文刑事訴訟法第292条の2第1項・第2項

刑事訴訟法第292条の2第1項・第2項 裁判所は、被害者等又は当該被害者の法定代理人から、被害に関する心情その他の被告事件に関する意見の陳述の申出があるときは、公判期日において、その意見を陳述させるものとする。 2 前項の規定による意見の陳述の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。

部品に分けます。誰が陳述できるか。被害者等と、被害者の法定代理人です。何を述べるか。被害に関する心情と、その他の被告事件に関する意見です。裁判所は、申出があれば、公判期日で陳述させるものとされています。原則として認める、という意味です。例外は、このあと見ます。それから、罪名に制限がないことに注意してください。殺人でも、窃盗でも、被害者等であれば、申し出られます。その対照です。設例で整理します。Sさんが亡くなっていれば、その妻や子が、被害者等として申し出られます。生きていれば、Sさん本人です。Sさんが未成年なら、法定代理人の親も申し出られます。

申出の手続と検察官の役割

申出の流れ。A(被害者等)→あらかじめ B(検察官)に申出(2項)→B が意見を付して C(裁判所)に通知→公判期日に A が陳述。検察官の役割=事件全体の立証責任を負う立場から、陳述の限界(犯罪事実の証拠にならない)を説明し、十分に意思疎通して心情が伝わるよう助言・援助する 図:申出の流れ

  • A(被害者等)→あらかじめ B(検察官)に申出(2項)→B が意見を付して C(裁判所)に通知→公判期日に A が陳述
  • 検察官の役割=事件全体の立証責任を負う立場から、陳述の限界(犯罪事実の証拠にならない)を説明し、十分に意思疎通して心情が伝わるよう助言・援助する

2項に戻ります。申出は、あらかじめ、検察官にします。裁判所に直接ではありません。検察官は、意見を付けて、裁判所に通知します。短答では、申出先は検察官、が問われます。なぜ、裁判所ではなく、検察官なのですか。検察官は、事件全体の立証に責任を負う立場だからです。ですから、被害者等に、陳述にはこういう限界がある、と説明できます。陳述は、犯罪事実を証明する証拠にはならない。この説明を受けたうえで、伝えたいことが、きちんと心情として届くように、助言や援助もできます。流れは、板のとおりです。Sさんが、まず、検察官に申し出る。検察官が、意見を付けて、裁判所に通知する。そして、公判期日に、Sさんが陳述する。窓口は、検察官です。

制限と書面による代替

陳述の制限と代替。制限(5項)=裁判長が、陳述・質問が既にしたものと重複するとき/事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないとき。代替(7項)=裁判所が、審理の状況その他の事情を考慮して相当でないと認めるとき、陳述に代えて書面を提出させ、または陳述自体をさせない。8項=書面が提出されたら、裁判長は公判期日でその旨を明らかにし、相当と認めるときは朗読または要旨告知。制限=裁判長/代替・不実施=裁判所 図:陳述の制限と代替

  • 制限(5項)=裁判長が、陳述・質問が既にしたものと重複するとき/事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないとき
  • 代替(7項)=裁判所が、審理の状況その他の事情を考慮して相当でないと認めるとき、陳述に代えて書面を提出させ、または陳述自体をさせない
  • 8項=書面が提出されたら、裁判長は公判期日でその旨を明らかにし、相当と認めるときは朗読または要旨告知
  • 制限=裁判長/代替・不実施=裁判所

ここで、復習を1問です。前回までの話です。証人尋問のとき、付添い、遮へい、ビデオリンクは、それぞれ何条で、どんな場合に使えましたか?付添いは157条の4、遮へいは157条の5、ビデオリンクは157条の6でした。付添いは不安や緊張のおそれ、遮へいやビデオリンクは、圧迫や負担のおそれがあって、相当と認めるときでした。この3つが、あとで、また出てきます。まず、陳述の制限です。2枚目のカードで、質問の条文も一緒に読みます。3項から5項です。

条文刑事訴訟法第292条の2第3項〜第5項

刑事訴訟法第292条の2第3項〜第5項 3 裁判長又は陪席の裁判官は、被害者等又は当該被害者の法定代理人が意見を陳述した後、その趣旨を明確にするため、これらの者に質問することができる。 4 訴訟関係人は、被害者等又は当該被害者の法定代理人が意見を陳述した後、その趣旨を明確にするため、裁判長に告げて、これらの者に質問することができる。 5 裁判長は、被害者等若しくは当該被害者の法定代理人の意見の陳述又は訴訟関係人の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人に対する質問が既にした陳述若しくは質問と重複するとき、又は事件に関係のない事項にわたるときその他相当でないときは、これを制限することができる。

5項から見ます。裁判長は、陳述や質問が、すでにしたものと重複するとき、事件に関係のない事項にわたるとき、その他相当でないときは、制限できます。たとえば、同じ話を何度も繰り返す、事件と関係のない第三者への非難に広がる、などです。3項と4項は質問です。陳述のあとに、裁判官や訴訟関係人が質問できます。ただし、目的は、趣旨を明確にするためだけです。ここは、あとで、証人尋問と比べます。制限は、重複や、事件に関係ない部分などを、止める、または絞る、ということです。もう1つ、別の道があります。これが7項と8項です。7項は、裁判所が、審理の状況などを考えて、陳述させることが相当でないと認めるときの話です。そのときは、陳述に代えて、意見を書いた書面を出させる。または、陳述そのものをさせない、という選択肢があります。感情的な混乱が心配されるような場面に備えた、例外です。8項は、書面が出された場合です。裁判長は、公判期日で、書面が出されたことを明らかにします。そして、相当と認めるときは、その書面を朗読するか、要旨を告げます。

違いは、主体と中身です。5項の制限は、裁判長が、陳述や質問の一部を絞るものです。7項は、裁判所が、陳述そのものを書面に変えたり、させなかったりするものです。主体が違う理由はこうです。陳述の途中で一部を絞るのは、その場の進行の整理です。以前の回の訴訟指揮権と同じで、法廷を仕切る裁判長に任されます。陳述そのものを書面に変えたり、させなかったりするのは、被害者の申出を受け入れるかどうかの判断なので、裁判所が決めます。趣旨は、被害者の参加を最大限認めつつ、混乱などの例外に備えることです。

保護措置と証人尋問との異同

意見陳述と証人尋問の異同。保護措置=付添い・遮へい・ビデオリンクが証人尋問と同様に使える(6項が157条の4・157条の5・157条の6を準用)。質問=陳述の後に趣旨を明確にするためだけ(3項・4項)。宣誓=意見陳述なし/証人あり。反対尋問=意見陳述なし/証人あり。申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権 図:意見陳述と証人尋問の異同

  • 保護措置=付添い・遮へい・ビデオリンクが証人尋問と同様に使える(6項が157条の4・157条の5・157条の6を準用)
  • 質問=陳述の後に趣旨を明確にするためだけ(3項・4項)
  • 宣誓=意見陳述なし/証人あり
  • 反対尋問=意見陳述なし/証人あり
  • 申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権

3枚目のカードです。6項から9項まで、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第292条の2第6項〜第9項

刑事訴訟法第292条の2第6項〜第9項 6 第百五十七条の四、第百五十七条の五並びに第百五十七条の六第一項、第二項(第八号に係る部分を除く。)及び第三項の規定は、第一項の規定による意見の陳述について準用する。 7 裁判所は、審理の状況その他の事情を考慮して、相当でないと認めるときは、意見の陳述に代え意見を記載した書面を提出させ、又は意見の陳述をさせないことができる。 8 前項の規定により書面が提出された場合には、裁判長は、公判期日において、その旨を明らかにしなければならない。この場合において、裁判長は、相当と認めるときは、その書面を朗読し、又はその要旨を告げることができる。 9 第一項の規定による陳述又は第七項の規定による書面は、犯罪事実の認定のための証拠とすることができない。

まず、6項です。付添い、遮へい、ビデオリンクの条文を、意見陳述にも準用しています。つまり、証人尋問と同じ道具が使えます。Sさんが、Rの前では話せないなら、遮へいを付ける、あるいは、別室からビデオリンクで陳述する。前回までの道具の、受け直しです。違いを、1つずつ比べていきます。1つ目、宣誓です。証人は、宣誓をします。意見陳述は、宣誓がありません。2つ目、反対尋問です。証人には、反対側の当事者が、反対尋問をします。意見陳述に反対尋問はありません。質問は、陳述のあとに、趣旨を明確にするための質問だけです。3つ目、申出先です。意見陳述は、検察官にあらかじめ申し出ます。証人は、当事者の請求、または職権で、調べられます。同じなのは、付添い、遮へい、ビデオリンクが使えることです。保護の道具は、どちらにも使えます。

証人と違って、意見陳述に反対尋問がないのは、なぜですか?短く言えば、この制度が、事実の証拠を集める場ではなく、気持ちを聴く場として作られたからです。それが9項に書いてあります。次の節で、冒頭の問いと一緒に確かめます。

証拠にならないが量刑では考慮される

冒頭の問いの答え。被害者が「犯人はこの人です」と述べたら有罪の証拠になるか=ならない(9項)。陳述(と7項の書面)は犯罪事実の認定のための証拠とすることができない。使えない=有罪か無罪か・どんな事実があったか(誰が・何を言った・金額)。理由=宣誓も反対尋問も経ていない供述で事実を認めると、被告人の証人審問権(反対尋問で確かめる機会)を害する。事実を語りたいなら証人尋問 図:冒頭の問いの答え

  • 被害者が「犯人はこの人です」と述べたら有罪の証拠になるか=ならない(9項)
  • 陳述(と7項の書面)は犯罪事実の認定のための証拠とすることができない
  • 使えない=有罪か無罪か・どんな事実があったか(誰が・何を言った・金額)
  • 理由=宣誓も反対尋問も経ていない供述で事実を認めると、被告人の証人審問権(反対尋問で確かめる機会)を害する
  • 事実を語りたいなら証人尋問

ここが、山場です。冒頭の問いに答えます。その前に、1つ、立ち止まってください。事実を認定するときに、証拠に求められる条件は何でしょうか?証拠として調べる手続を経ていて、被告人側が反対尋問などで確かめられることだと思います。ここから、答えを導きます。9項は、陳述と、7項の書面を、犯罪事実の認定のための証拠とすることができない、としています。つまり、被害者が法廷で、犯人はこの人です、と述べても、それで有罪とは認定できません。理由は、先ほどの2つの違いです。意見陳述は、宣誓もなく、反対尋問もありません。そういう供述で、被告人を有罪とする事実を認めてしまうと、被告人の証人審問権とぶつかります。以前の回で見た、不利な話をする人を、反対尋問で確かめる機会のことです。確かめられない言葉で有罪が決まれば、被告人は、その言葉の誤りを突く場面を持てません。証人尋問と伝聞の考え方は、この確かめる機会を守るためにあります。裏から言えば、事実を語りたいのなら、証人として尋問を受ける道があります。検察官が請求して、宣誓をして、反対尋問を経る。そうすれば、証拠になります。さきほどの、なぜ反対尋問が無いのか、の答えもここにあります。気持ちを聴く場として作り、事実の証拠には使わないと決めた。だから、確かめる手続を付けなくてよいのです。喩えるなら、感想文と証言台です。感想文は、読んでもらえます。しかし、事実の証拠としては採用されません。証言台に立てば、確かめられる代わりに、証拠になります。

量刑ではどこまで使えるか。9項が禁じるのは犯罪事実の認定への使用だけ。量刑の事情=犯情(被害の額・脅し方など=犯罪事実と重なる・厳格な証明が要る)→意見陳述からは認められない(×)/一般情状(犯情以外=心の傷・処罰への気持ち)→量刑の資料になる(○)。境界ペア=×「あの男が犯人だ」「取られた金額が大きい」/○「夜も眠れず、今も店に立つのが怖い」「厳しく処罰してほしい」 図:量刑ではどこまで使えるか

  • 9項が禁じるのは犯罪事実の認定への使用だけ
  • 量刑の事情=犯情(被害の額・脅し方など=犯罪事実と重なる・厳格な証明が要る)→意見陳述からは認められない(×)/一般情状(犯情以外=心の傷・処罰への気持ち)→量刑の資料になる(○)
  • 境界ペア=×「あの男が犯人だ」「取られた金額が大きい」/○「夜も眠れず、今も店に立つのが怖い」「厳しく処罰してほしい」

条文の書き方を見てください。9項が禁じているのは、犯罪事実の認定への使用だけです。有罪か無罪か、どんな事実があったか、には使えません。では、刑の重さの方はどうか。以前の回で、量刑の事情を、犯罪事実と重なる犯情と、それ以外の一般情状に分けました。犯情には、厳格な証明が要るのでした。被害の額や脅し方のような犯情を、宣誓も反対尋問もない陳述から認めれば、9項が禁じた事実認定を、量刑の名前でしてしまうことになります。だから、犯情は、意見陳述からは認められません。使えるのは、心の傷や、処罰についての気持ちといった、犯情以外の事情です。その範囲で、量刑の資料になると考えられます。趣旨を重ねます。心情を述べるだけなら、被告人の防御を害しません。被告人は、事実の有無を争う機会を奪われないからです。一方で、被害者の声を、裁判に反映させることができます。守りたいものを守り、反映させたいものを反映させる、折り合いの形です。冒頭の物差しでいえば、いちばん深い関わりに付いた歯止めが、この9項です。量刑での被害感情の扱いは、量刑の回で詳しく見ます。境界を、ペアで確かめます。使えない側です。Rに脅されてお金を取られた、あの男が犯人だ、という陳述。犯人は誰か、何があったか、という犯罪事実そのものです。使える側です。あの出来事のあと、夜も眠れず、今も店に立つのが怖い、厳しく処罰してほしい。心の傷と、処罰への気持ちです。同じSさんの話でも、取られた金額が大きい、という部分は犯情なので、ここからは認められません。量刑の事情として、聴かれます。

もう1つ、冒頭の問いに戻ります。犯人はこの人です、という言葉は、証拠にならない。それでも、刑の重さを決めるときには、考えに入れてよい。両方成り立つのは、9項が、犯罪事実の認定という使い道だけを禁じているからです。論文でも、この区別は論点になりえます。

比較表と節目のミニ事例

意見陳述と証人尋問の比較表。宣誓=意見陳述なし/証人あり。反対尋問=意見陳述なし(趣旨を明確にする質問のみ)/証人あり。申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権。付添い等の保護措置=どちらも使える。犯罪事実の認定の証拠=意見陳述はできない(9項)/証人はなる。量刑で考慮=意見陳述は犯情以外の事情に限り考慮できる/証人の証言は証拠として量刑にも使える 図:意見陳述と証人尋問の比較表

  • 宣誓=意見陳述なし/証人あり
  • 反対尋問=意見陳述なし(趣旨を明確にする質問のみ)/証人あり
  • 申出先=意見陳述は検察官/証人は当事者の請求・職権
  • 付添い等の保護措置=どちらも使える
  • 犯罪事実の認定の証拠=意見陳述はできない(9項)/証人はなる
  • 量刑で考慮=意見陳述は犯情以外の事情に限り考慮できる/証人の証言は証拠として量刑にも使える

比較表で、整理します。縦に、宣誓、反対尋問、申出先、付添い等の保護措置、犯罪事実の認定の証拠、量刑での考慮。横に、意見陳述と証人尋問です。宣誓。意見陳述はなし、証人はあり。反対尋問。意見陳述はなし、質問は趣旨を明確にするためだけ。証人はあり。申出先。意見陳述は検察官、証人は当事者の請求か職権です。保護措置は、どちらも使えます。犯罪事実の認定の証拠。意見陳述はなりません。証人はなります。量刑での考慮。意見陳述は、犯情以外の事情に限って、考慮できます。証人の証言は、証拠ですから、量刑にも使えます。節目のミニ事例です。どちらの制度か、考えてください。

節目のミニ事例。1 被害者Sさんが、恐喝の場面を見たとおりに話し、被告人を犯人だと述べたい/2 Sさんが、夜眠れないこと・今も店に立つのが怖いこと・厳しい処罰を望むことを述べたい/3 意見陳述の申出をどこにするか/4 意見陳述で、被告人側の弁護人がSさんに反対尋問をしたい 図:節目のミニ事例

1つ目。Sさんが、恐喝された場面を、見たとおりに話し、被告人を犯人だと述べたい。事実の話なので、証人として確かめる手続が要ります。2つ目。Sさんが、夜眠れないこと、今も店に立つのが怖いこと、厳しい処罰を望むことを述べたい。気持ちの話は、犯情以外の事情として、量刑で聴かれます。3つ目。その意見陳述の申出は、誰にしますか。あらかじめ、検察官にします。窓口は、裁判所ではなく、検察官でした。4つ目。意見陳述で、弁護人が、Sさんに反対尋問をしたいと言いました。できますか。反対尋問はありません。質問は、趣旨を明確にするためだけです。弁護人ができるのは、陳述の中身をはっきりさせるための質問までです。

短答の○×一覧。通知制度・優先傍聴・閲覧謄写・意見陳述の落とし穴を並べる 図:短答の○×一覧。通知制度・優先傍聴・閲覧謄写・意見陳述の落とし穴を並べる

短答で確認します。被害者等通知制度は、刑訴法に明文がある。×です。検察庁の運用です。被害者等通知制度の対象は、一定の重大事件に限られる。×です。事件の種類で限定されません。優先傍聴は、被害者等に傍聴する権利を認めたものである。×です。裁判長に配慮を義務づけたもので、傍聴する権利ではありません。被害者等は、第1回公判期日の前でも、保護法3条で記録の閲覧と謄写を求められる。×です。第1回公判期日の後から、事件の終結までです。裁判所は、閲覧と謄写の申出があれば、いつでも拒める。×です。原則として認めるもので、例外は、理由が正当でないとき、相当でないときです。心情等の意見陳述の申出は、裁判所にする。×です。あらかじめ、検察官にします。意見陳述は、罪名が限られた事件でだけ認められる。×です。罪名の制限はありません。意見陳述では、宣誓をさせたうえで、反対尋問ができる。×です。宣誓も反対尋問もありません。意見陳述は、犯罪事実の認定のための証拠とすることができない。○です。意見陳述は、量刑の資料として考慮することができない。×です。9項が禁じているのは、犯罪事実の認定への使用だけです。裁判所が、審理の状況から相当でないと認めるとき、陳述に代えて書面を提出させることができる。○です。陳述の制限は、裁判長が、代替や不実施は、裁判所が行う。○です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。被害者の関与の深さの順=知る(通知=運用)/見る(優先傍聴=配慮義務)/読む(閲覧・謄写=原則許可+例外)/気持ちを述べる(意見陳述=申出は検察官・宣誓なし・反対尋問なし・犯罪事実の証拠にならない・量刑では考慮できる)。冒頭の問いの答え=犯人はこの人です、と述べても有罪の証拠にならない。事実を語るなら証人尋問 図:まとめの地図

  • 被害者の関与の深さの順=知る(通知=運用)/見る(優先傍聴=配慮義務)/読む(閲覧・謄写=原則許可+例外)/気持ちを述べる(意見陳述=申出は検察官・宣誓なし・反対尋問なし・犯罪事実の証拠にならない・量刑では考慮できる)
  • 冒頭の問いの答え=犯人はこの人です、と述べても有罪の証拠にならない
  • 事実を語るなら証人尋問

今日のまとめです。被害者が、自分から裁判に関わる、最初の入口を見ました。知ること。被害者等通知制度は、検察庁の運用で、条文がありません。事件の種類でも限られません。見ること。優先傍聴は、裁判長に配慮を義務づけるもので、傍聴する権利ではありません。読むこと。第1回公判期日の後から、原則として閲覧と謄写ができ、例外があります。確定後は、何人でも閲覧できます。そして、気持ちを述べること。292条の2の意見陳述です。申出は、あらかじめ、検察官にします。裁判長は制限でき、裁判所は書面に代えられます。保護の道具は、証人尋問と同じものが使えます。ただし、宣誓も反対尋問もありません。冒頭の問いの答えです。被害者が、法廷で、犯人はこの人です、と述べても、有罪の証拠にはなりません。9項が、犯罪事実の認定のための証拠とすることを禁じているからです。事実を語るなら、証人として尋問を受ける道があります。一方、心の傷や、処罰への気持ちといった心情は、量刑を考える材料になります。次は、被害者が、検察官の隣に座って、裁判に参加する仕組みです。証人や被告人に、自分で質問をすることもできます。

ページ上部へ ↑

#148単独ページ動画

被害者の関与②被害者参加と損害の回復

第6章 公判の応用 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。被害者への配慮の4本柱=保護(済)/情報提供(済)/関与参加=心情等の意見陳述(前回・済)・被害者参加(今日)/損害回復(今日)。問い=被害者が検察官の隣に座り被告人に自分で質問できるなら、検察官の代わりに有罪・無罪を争えるのか 図:今日の地図と問い

  • 被害者への配慮の4本柱=保護(済)/情報提供(済)/関与参加=心情等の意見陳述(前回・済)・被害者参加(今日)/損害回復(今日)
  • 問い=被害者が検察官の隣に座り被告人に自分で質問できるなら、検察官の代わりに有罪・無罪を争えるのか

法廷で、検察官の隣に、被害者が座っています。被告人に、自分の口で質問もできます。それなら、被害者は、検察官の代わりに、有罪か無罪かを争えるのでしょうか。実は、被害者は検察官の代わりにはなれません。被害者にできることは、法律が数えた5つだけです。そして、できないことも、はっきり決まっています。今日の山場は、この線引きです。前回の終わりに予告した、被害者が裁判に参加する仕組みを、今日は扱います。地図で位置を確かめます。被害者への配慮は、4本の柱でした。保護と、情報提供は済みました。関与や参加のうち、前回の心情等の意見陳述も済んでいます。今日は、その次の段階の被害者参加と、柱の4本目、損害回復です。設例は、少し変えます。飲食店を営むSさんが、被告人のRに殴られて、怪我をしました。傷害の事件です。問いは1つです。参加した被害者は、検察官の代わりになれるのか。答えは、5つの権限と、認められない権限を並べたところで出します。

なぜ参加制度ができたのか

参加制度の背景。心情等の意見陳述は「限られた意見の陳述」にとどまる→不十分とされた。犯罪被害者等基本法(平成16年)=尊厳にふさわしい処遇を保障される権利(基本理念・3条1項)/刑事手続への参加の機会を拡充する制度整備を国・地方公共団体に求める(18条)→平成17年の基本計画=直接関与できる制度を検討→平成19年改正で被害者参加制度(運用開始は翌年)。ただし導入の条件=検察官と被告人・弁護人が主導して主張・立証するという基本構造を損なわない 図:参加制度の背景

  • 心情等の意見陳述は「限られた意見の陳述」にとどまる→不十分とされた
  • 犯罪被害者等基本法(平成16年)=尊厳にふさわしい処遇を保障される権利(基本理念・3条1項)/刑事手続への参加の機会を拡充する制度整備を国・地方公共団体に求める(18条)→平成17年の基本計画=直接関与できる制度を検討→平成19年改正で被害者参加制度(運用開始は翌年)
  • ただし導入の条件=検察官と被告人・弁護人が主導して主張・立証するという基本構造を損なわない

まず、なぜこの制度ができたのかです。前回の意見陳述は、被害者が気持ちを述べる制度でした。しかし、述べられるのは、限られた意見だけです。法廷の流れを見て、必要なことを聞く場面はありません。そこで、以前の回の年表で見た、平成16年の犯罪被害者等基本法です。被害者の尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を、基本理念に掲げました。そして、刑事手続への関与の制度を整えるよう、国などに求めた法律です。18条です。翌年の基本計画で、被害者が直接関われる制度の検討が決まり、平成19年の改正で、被害者参加制度が導入されました。ここで、大事な但し書きがあります。導入にあたって、検察官と、被告人や弁護人が、主張と立証を主導するという、裁判の基本の形を損なわないように、慎重な配慮がされました。この配慮が、今日の底流です。あとで、冒頭の問いの答えとして戻ってきます。

参加できる者と許可の手続

参加の許可の流れ(316条の33)。被害者等・法定代理人(または委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に申出(2項)→検察官が意見を付して裁判所に通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴く→犯罪の性質・被告人との関係等を考慮して相当と認めるとき、決定で許可(1項)。許可された者=被害者参加人。取消し(3項)=被害者等でないことが明らかになった/罰条変更で対象事件でなくなった/相当でないと認めるに至った。許否の決定は公判前整理手続の中でもできる(316条の5・12号) 図:参加の許可の流れ

  • 316条の33
  • 被害者等・法定代理人(または委託を受けた弁護士)→あらかじめ検察官に申出(2項)→検察官が意見を付して裁判所に通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴く→犯罪の性質・被告人との関係等を考慮して相当と認めるとき、決定で許可(1項)。許可された者=被害者参加人。取消し(3項)=被害者等でないことが明らかになった
  • 罰条変更で対象事件でなくなった
  • 相当でないと認めるに至った。許否の決定は公判前整理手続の中でもできる(316条の5・12号)

条文は、316条の33です。まず1項を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第316条の33第1項柱書

刑事訴訟法第316条の33第1項柱書 裁判所は、次に掲げる罪に係る被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、被告事件の手続への参加の申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、犯罪の性質、被告人との関係その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、決定で、当該被害者等又は当該被害者の法定代理人の被告事件の手続への参加を許すものとする。

申し出られる罪は、号で絞られています。続けて、各号を読みます。

条文刑事訴訟法第316条の33第1項各号

刑事訴訟法第316条の33第1項各号(対象事件) 一 故意の犯罪行為により人を死傷させた罪 二 刑法第百七十六条、第百七十七条、第百七十九条、第二百十一条、第二百二十条又は第二百二十四条から第二百二十七条までの罪 三 前号に掲げる罪のほか、その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(第一号に掲げる罪を除く。) 四 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(平成二十五年法律第八十六号)第四条、第五条又は第六条第三項若しくは第四項の罪 五 第一号から第三号までに掲げる罪の未遂罪

部品に分けます。申し出られるのは、被害者等と、被害者の法定代理人です。被害者等は、前回までと同じ意味で、被害者本人と、被害者が亡くなったり心身に重大な故障があったりする場合の、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹です。この人たちから委託を受けた弁護士も、申し出られます。裁判所が、決定でします。ただし、その前に、被告人又は弁護人の意見を聴きます。聴く相手は、被告人の側です。そして、犯罪の性質や、被告人との関係などを考えて、相当と認めるときに許します。続きの2項と3項を読みます。

条文刑事訴訟法第316条の33第2項・第3項

刑事訴訟法第316条の33第2項・第3項 2 前項の申出は、あらかじめ、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判所は、第一項の規定により被告事件の手続への参加を許された者(以下「被害者参加人」という。)が当該被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人に該当せず若しくは該当しなくなつたことが明らかになつたとき、又は第三百十二条の規定により罰条が撤回若しくは変更されたため当該被告事件が同項各号に掲げる罪に係るものに該当しなくなつたときは、決定で、同項の決定を取り消さなければならない。犯罪の性質、被告人との関係その他の事情を考慮して被告事件の手続への参加を認めることが相当でないと認めるに至つたときも、同様とする。

2項です。申出は、あらかじめ、検察官にします。裁判所に直接ではありません。検察官は、意見を付けて、裁判所に通知します。前回の意見陳述と、同じ形です。窓口は、検察官です。3項の前半が、被害者参加人の定義です。許可を受けた人を、被害者参加人と呼びます。許可されたあとに、取り消されることもあるのですか。あります。3つの場合です。被害者等ではないことが明らかになったとき。罰条が変更されて、対象の事件でなくなったとき。そして、参加を認めることが相当でないと認めるに至ったときです。もう1つ、押さえます。参加を許すかどうかの決定は、公判前整理手続の中でもできます。316条の5の12号です。ただし、あとで見るとおり、公判前整理手続の期日に、参加人が出席することは、認められていません。許可はできても、期日には出られない。この組み合わせです。

対象事件

対象事件(316条の33第1項1〜5号)。人の生命・身体・自由を害する罪に限定。1号=故意の犯罪行為により人を死傷させた罪(殺人・傷害・傷害致死・強盗致死傷・危険運転致死傷・不同意性交等致死傷等)。2号=不同意わいせつ(176)・不同意性交等(177)・監護者わいせつ及び監護者性交等(179)・業務上過失致死傷等(211)・逮捕監禁(220)・略取誘拐等(224〜227)。3号=2号のほか、その犯罪行為に2号の罪の犯罪行為を含む罪(例=強盗・不同意性交等)。4号=自動車運転死傷処罰法4条・5条・6条3項4項。5号=1〜3号の未遂。過失も入る。対象外の例=窃盗・恐喝・詐欺・薬物犯罪。前回の意見陳述は罪名の制限なし 図:対象事件

  • 316条の33第1項1〜5号
  • 人の生命・身体・自由を害する罪に限定。1号=故意の犯罪行為により人を死傷させた罪(殺人・傷害・傷害致死・強盗致死傷・危険運転致死傷・不同意性交等致死傷等)。2号=不同意わいせつ(176)・不同意性交等(177)・監護者わいせつ及び監護者性交等(179)・業務上過失致死傷等(211)・逮捕監禁(220)・略取誘拐等(224〜227)。3号=2号のほか、その犯罪行為に2号の罪の犯罪行為を含む罪(例=強盗・不同意性交等)。4号=自動車運転死傷処罰法4条・5条・6条3項4項。5号=1〜3号の未遂。過失も入る。対象外の例=窃盗・恐喝・詐欺・薬物犯罪。前回の意見陳述は罪名の制限なし

号を、順に見ます。対象になるのは、個人の尊厳の根幹にある、人の生命、身体、自由を害する罪です。5つの型があります。1号は、故意の犯罪行為で、人を死傷させた罪です。傷害や傷害致死、殺人のほか、強盗致傷や危険運転致死傷などです。結果的加重犯、つまり、傷害のつもりが死なせてしまった傷害致死のような罪も入ります。2号は、不同意わいせつ、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、業務上過失致死傷等、逮捕及び監禁、略取と誘拐などの罪です。3号は、2号の罪のほかに、その犯罪行為に、2号の罪の犯罪行為を含む罪です。たとえば、強盗と、不同意性交等が一緒になった罪です。4号は、自動車運転死傷処罰法の、過失運転致傷などです。5号は、1号から3号の未遂罪です。

過失の罪も入る点が、短答の落とし穴です。2号の業務上過失致死傷も、4号の過失運転致傷も入ります。故意の罪だけではありません。この点は、あとで見る、被告人に賠償を命じる手続、損害賠償命令と対比します。覚えておいてください。逆に、入らない罪は、何ですか。窃盗、恐喝、詐欺、薬物犯罪などです。生命、身体、自由を害する罪ではないからです。設例で確かめます。RがSさんを殴って怪我をさせた。傷害ですから、1号で、Sさんは参加を申し出られます。一方、前回の設例のように、Rが脅してお金を出させた恐喝なら、参加はできません。

恐喝の被害者は、何もできないのですか。違います。前回の意見陳述には、罪名の制限がありませんでした。恐喝でも、Sさんは、心情を述べられます。罪名が限られるのは、参加のほうです。前回の予告の、答え合わせです。

公判期日への出席

権限1 公判期日への出席(316条の34)。参加人(または委託を受けた弁護士)は公判期日に出席できる(1項)。公判期日は参加人に通知(2項)。多数のとき裁判所は代表者の選定を求められる(3項)。審理の状況・人数等に照らし相当でないとき全部又は一部の出席を許さない(4項)。公判準備での証人尋問・検証にも準用(5項)。公判前整理手続の期日には出席できない。出席時の道具(316条の39)=付添い/被告人との間の遮へい/傍聴人との間の遮へい 図:権限1 公判期日への出席

  • 316条の34
  • 参加人(または委託を受けた弁護士)は公判期日に出席できる(1項)。公判期日は参加人に通知(2項)。多数のとき裁判所は代表者の選定を求められる(3項)。審理の状況・人数等に照らし相当でないとき全部又は一部の出席を許さない(4項)。公判準備での証人尋問・検証にも準用(5項)。公判前整理手続の期日には出席できない。出席時の道具(316条の39)=付添い
  • 被告人との間の遮へい
  • 傍聴人との間の遮へい

ここから、参加人の5つの権限を、順に見ます。1つ目は、出席です。316条の34を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第316条の34

刑事訴訟法第316条の34 被害者参加人又はその委託を受けた弁護士は、公判期日に出席することができる。 2 公判期日は、これを被害者参加人に通知しなければならない。 3 裁判所は、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士が多数である場合において、必要があると認めるときは、これらの者の全員又はその一部に対し、その中から、公判期日に出席する代表者を選定するよう求めることができる。 4 裁判所は、審理の状況、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士の数その他の事情を考慮して、相当でないと認めるときは、公判期日の全部又は一部への出席を許さないことができる。 5 前各項の規定は、公判準備において証人の尋問又は検証が行われる場合について準用する。

1項で、参加人は、公判期日に出席できます。実際には、検察官の隣に座るのが運用です。2項で、公判期日は、参加人に通知されます。例外があります。4項です。審理の状況や、人数などを考えて、相当でないときは、全部又は一部の出席を許さないことができます。たとえば、参加人があとで証人になる予定で、先に審理を聞くと、証言に影響が出るおそれがあるときです。3項は、人数が多いときの代表者の選定です。5項は、公判準備での証人尋問や検証への準用です。もう1つ、条文は「公判期日」と書いています。公判前整理手続の期日は、含まれません。さきほどの、許否の決定はできても期日には出られない、の理由です。ところで、被告人の目の前に座るのは、つらい場合もあります。そのための道具が、316条の39にあります。ここで、復習を1問です。以前の回で見た、証人尋問での付添い、遮へい、ビデオリンクは、何条で、どんな場合に使えましたか?

付添いは157条の4、遮へいは157条の5、ビデオリンクは157条の6でした。付添いは、不安や緊張のおそれがあるとき。遮へいとビデオリンクは、それに加えて、相当と認めるときでした。参加人にも、同じ形の道具があります。316条の39です。著しく不安や緊張を覚えるおそれがあるとき、付添いを付けられます。被告人との間と、傍聴人との間に、遮へいを設けることもできます。道具は、証人のときと同じ発想です。

検察官への意見の申述

権限2 検察官への意見申述(316条の35)。参加人は検察官に対し、その事件についての検察官の権限の行使に関し意見を述べられる。検察官は権限を行使し又は行使しないこととしたとき、必要に応じ理由を説明する義務を負う。意見に従う義務はない。例=傷害致死の事件で遺族が殺人への訴因変更を希望→検察官は殺意を立証する証拠がないことを説明 図:権限2 検察官への意見申述

  • 316条の35
  • 参加人は検察官に対し、その事件についての検察官の権限の行使に関し意見を述べられる。検察官は権限を行使し又は行使しないこととしたとき、必要に応じ理由を説明する義務を負う。意見に従う義務はない。例=傷害致死の事件で遺族が殺人への訴因変更を希望→検察官は殺意を立証する証拠がないことを説明

2つ目は、検察官への意見の申述です。316条の35です。

条文刑事訴訟法第316条の35

刑事訴訟法第316条の35 被害者参加人又はその委託を受けた弁護士は、検察官に対し、当該被告事件についてのこの法律の規定による検察官の権限の行使に関し、意見を述べることができる。この場合において、検察官は、当該権限を行使し又は行使しないこととしたときは、必要に応じ、当該意見を述べた者に対し、その理由を説明しなければならない。

参加人は、検察官の権限の行使について、意見を言えます。検察官は、権限を行使した、あるいは行使しないと決めたときに、必要に応じて、理由を説明しなければなりません。意見に従う義務は、あるのですか。ありません。義務は、理由を説明することです。たとえば、被害者が亡くなった傷害致死の事件で、遺族が、殺人罪への訴因変更を求めたとします。検察官は、殺意を立証する証拠がない、と説明すれば足ります。訴因を決める権限は、検察官にあるからです。趣旨は、こうです。前回の意見陳述は、あらかじめ気持ちを伝える制度でした。しかし、公判は、刻々と進みます。検察官と参加人が、その場で意思疎通できるようにする。それがこの規定です。ここから先の3つの権限も、同じ型です。窓口は、検察官です。

証人尋問と被告人質問

権限3 証人尋問(316条の36)と権限4 被告人質問(316条の37)。証人尋問=情状に関する事項(犯罪事実に関するものを除く)についての証人の供述の証明力を争うために必要な事項に限る。検察官の尋問が終わった後直ちに・尋問事項を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴き許可。被告人質問=参加人が意見の陳述をするために必要がある場合に限る。あらかじめ質問事項を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が被告人又は弁護人の意見を聴き許可。どちらも裁判長は範囲外の尋問・質問を制限できる

3つ目と4つ目は、尋問と質問です。まず、証人尋問の316条の36を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第316条の36

刑事訴訟法第316条の36 裁判所は、証人を尋問する場合において、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士から、その者がその証人を尋問することの申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、審理の状況、申出に係る尋問事項の内容、申出をした者の数その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、情状に関する事項(犯罪事実に関するものを除く。)についての証人の供述の証明力を争うために必要な事項について、申出をした者がその証人を尋問することを許すものとする。 2 前項の申出は、検察官の尋問が終わつた後(検察官の尋問がないときは、被告人又は弁護人の尋問が終わつた後)直ちに、尋問事項を明らかにして、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、当該事項について自ら尋問する場合を除き、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判長は、第二百九十五条第一項から第四項までに規定する場合のほか、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士のする尋問が第一項に規定する事項以外の事項にわたるときは、これを制限することができる。

長い条文ですが、核は1つです。尋問できるのは、情状に関する事項の、証人の供述の証明力を争うために必要な事項だけです。犯罪事実に関するものは、除かれます。以前の回の、反対尋問の範囲と同じ言葉です。具体例で見ます。被告人Rの側が呼んだ情状証人が、Rは、何度も謝罪に来た、と述べたとします。参加人は、いつ来たのか、と尋ねられます。謝罪が本当だったのか、信用できるのかを、確かめるための質問です。これが、供述の証明力を争う、ということです。他方、その証人が、犯罪事実について述べたことは、証明力を争うためであっても、参加人は尋問できません。犯罪事実の立証は、検察官と被告人側の領分だからです。手続は、いつもの型です。検察官の尋問が終わった後、すぐに、尋問事項を明らかにして、まず検察官に申し出ます。検察官は、意見を付けて、裁判所に通知します。裁判所は、被告人又は弁護人の意見を聴いて、許可します。許可がなければ、尋問はできません。範囲を超えたら、裁判長が制限します。次に、被告人質問です。条文は、316条の37です。

条文刑事訴訟法第316条の37

刑事訴訟法第316条の37 裁判所は、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士から、その者が被告人に対して第三百十一条第二項の供述を求めるための質問を発することの申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士がこの法律の規定による意見の陳述をするために必要があると認める場合であつて、審理の状況、申出に係る質問をする事項の内容、申出をした者の数その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、申出をした者が被告人に対してその質問を発することを許すものとする。 2 前項の申出は、あらかじめ、質問をする事項を明らかにして、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、当該事項について自ら供述を求める場合を除き、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判長は、第二百九十五条第一項、第三項及び第四項に規定する場合のほか、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士のする質問が第一項に規定する意見の陳述をするために必要がある事項に関係のない事項にわたるときは、これを制限することができる。

参加人が被告人に質問できるのは、意見の陳述をするために必要がある場合です。この意見の陳述には、前回の心情等の意見陳述と、このあと見る、事実や法律の適用についての意見陳述が含まれます。Rが、犯行の動機を、ほんの出来心だった、と説明したとします。Sさんが、その説明に納得できない。あとの意見陳述で、動機の不自然さを指摘したい。そのために、質問します。これが、意見陳述に必要がある場合です。この質問は、意見を述べるための材料集めです。罪を立証するための質問ではありません。立証は、検察官の仕事だからです。そして、心情等の意見陳述は、犯罪事実を認定する証拠になりません。もう1つの意見陳述も、訴因の範囲内に限られます。述べられる意見が狭ければ、その材料を集める質問も、同じだけ狭くなります。訴因の範囲内なら、事実関係を尋ねる質問もできます。ただし、たとえば、傷害致死で起訴された事件で、殺意があったことを立証するための質問を重ねる。これはできません。手続は、証人尋問と同じ型です。質問事項を明らかにして、まず検察官に申し出て、検察官が意見を付けて通知し、裁判所が許可します。

事実又は法律の適用についての意見陳述

権限5 事実又は法律の適用についての意見陳述(316条の38)。検察官の論告・求刑(293条1項の意見の陳述)の後に・訴因として特定された事実の範囲内で、犯罪事実と法律の適用について意見を述べる(いわば参加人版の論告・求刑)。傷害致死の訴因なのに殺人を前提にした意見は述べられない。あらかじめ意見の要旨を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が審理の状況等を考慮して許可(被告人又は弁護人の意見を聴く規定なし)。範囲を超える陳述は裁判長が制限(3項)。4項=証拠とはならない 図:権限5 事実又は法律の適用についての意見陳述

  • 316条の38
  • 検察官の論告・求刑(293条1項の意見の陳述)の後に・訴因として特定された事実の範囲内で、犯罪事実と法律の適用について意見を述べる(いわば参加人版の論告・求刑)。傷害致死の訴因なのに殺人を前提にした意見は述べられない。あらかじめ意見の要旨を明らかにして検察官に申出→検察官が意見を付して通知→裁判所が審理の状況等を考慮して許可(被告人又は弁護人の意見を聴く規定なし)。範囲を超える陳述は裁判長が制限(3項)。4項=証拠とはならない

5つ目は、事実又は法律の適用についての意見陳述です。316条の38です。

条文刑事訴訟法第316条の38

刑事訴訟法第316条の38 裁判所は、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士から、事実又は法律の適用について意見を陳述することの申出がある場合において、審理の状況、申出をした者の数その他の事情を考慮し、相当と認めるときは、公判期日において、第二百九十三条第一項の規定による検察官の意見の陳述の後に、訴因として特定された事実の範囲内で、申出をした者がその意見を陳述することを許すものとする。 2 前項の申出は、あらかじめ、陳述する意見の要旨を明らかにして、検察官にしなければならない。この場合において、検察官は、意見を付して、これを裁判所に通知するものとする。 3 裁判長は、第二百九十五条第一項、第三項及び第四項に規定する場合のほか、被害者参加人又はその委託を受けた弁護士の意見の陳述が第一項に規定する範囲を超えるときは、これを制限することができる。 4 第一項の規定による陳述は、証拠とはならないものとする。

要するに、参加人版の、論告と求刑です。検察官の論告、求刑の後に、参加人が、犯罪事実と、法律の適用について、意見を述べます。293条1項の、検察官の意見の陳述です。その後に、参加人が、たとえば、Rには、傷害罪が成立し、拘禁刑何年が相当だと考える、と述べられます。ただし、範囲があります。訴因として特定された事実の範囲内です。傷害致死の訴因なのに、殺人を前提にした意見は、述べられません。訴因を決めるのは、検察官だからです。手続は、これまでと同じです。意見の要旨を明らかにして、検察官に申し出ます。検察官が意見を付けて通知し、裁判所が、審理の状況などを考えて許可します。ここで、1点だけ、違いがあります。条文を見てください。1項に、被告人又は弁護人の意見を聴く、という文言がありません。証人尋問や被告人質問の許可とは違って、被告人側の意見を聴く必要はないのです。

事実の認定の証拠にならないのはもちろんです。量刑の資料にもなりません。純然たる意見だからです。検察官の論告が、証拠でないのと同じです。この点は、あとで、前回の意見陳述との比較表で整理します。その前に、1問です。論告の後に、参加人が意見を述べるとき、被告人側の意見は聴かなければなりませんか?聴く必要はない、でした。申出は検察官にして、許可は裁判所が、審理の状況などを考慮して決めます。

認められない権限と当事者主義

参加人の権限=5つ/認められない権限=4つ。5つ=出席(316条の34)・検察官への意見申述(35)・証人尋問(36)・被告人質問(37)・事実又は法律の適用についての意見陳述(38)。認められない=公判請求権(247条)・訴因設定権(256条3項・312条1項)・証拠調べ請求権(298条1項)・上訴権(351条1項)。共通点=申出は検察官に→裁判所が許可(出席・意見申述を除く)。主張・立証の主役は検察官と被告人・弁護人のまま=当事者主義は変わらない

  • 参加人の権限=5つ/認められない権限=4つ
  • 5つ=出席(316条の34)・検察官への意見申述(35)・証人尋問(36)・被告人質問(37)・事実又は法律の適用についての意見陳述(38)
  • 認められない=公判請求権(247条)・訴因設定権(256条3項・312条1項)・証拠調べ請求権(298条1項)・上訴権(351条1項)
  • 共通点=申出は検察官に→裁判所が許可(出席・意見申述を除く)
  • 主張・立証の主役は検察官と被告人・弁護人のまま=当事者主義は変わらない

ここで、冒頭の問いに戻ります。もう1問、先に聞きます。参加人が、自分で証拠調べを請求できないのは、なぜだと思いますか?立証の責任は、検察官にあるからだと思います。参加人に認められない権限が、4つあります。起訴は、検察官の権限で、247条です。訴因の設定も検察官で、256条3項と、312条1項が根拠です。証拠調べの請求は、当事者である検察官と被告人側のもので、298条1項です。上訴は、検察官又は被告人のもので、351条1項です。整理します。参加人の5つの権限は、2つのタイプに分かれます。1つは、検察官に意見を言って、権限の行使を促すもの。意見の申述です。もう1つは、検察官と被告人側の主張立証に、意見や情状の限度で加わるもの。尋問、質問、意見陳述です。出席は、その土台です。

意見申述と出席を除いて、申出は検察官に、許可は裁判所に。この共通の型が、5つの権限の骨格です。そして、主張と立証の主役は、あくまで、検察官と、被告人、弁護人です。冒頭の問いの答えです。参加人は、検察官の代わりには、なれません。訴追と立証は、検察官のままで、参加人は、そこに、意見と情状の限度で加わるのです。背景の節で見た、基本の形を損なわない配慮は、この形で、実現されています。喩えるなら、舞台脇に上がれる観客です。演出家の検察官に、意見を伝えられます。ただし、脚本と配役は、変えられません。そして、舞台に声を出すときは、劇場の許可が要ります。参加人の権限の限界は、論文でも論点になりえます。

2つの意見陳述の比較表

比較表=心情等の意見陳述(292条の2)vs 事実又は法律の適用についての意見陳述(316条の38)。犯罪事実の認定の証拠=どちらもならない/量刑資料=前者○・後者×/申出先=どちらも検察官/実施の要件=前者は原則実施・後者は裁判所の許可/弁護人等の質問=前者は趣旨を明確にする範囲で可・後者は不可(弁論で反論)/書面による代替=前者は可(7項)・後者は不可(口頭主義)/陳述できる者=前者は罪名の制限なしの被害者等・法定代理人・後者は参加を許された参加人(対象事件に限る)/内容=前者は被害に関する心情その他の意見・後者は事実又は法律の適用(訴因の範囲内)

  • 比較表=心情等の意見陳述(292条の2)vs 事実又は法律の適用についての意見陳述(316条の38)
  • 犯罪事実の認定の証拠=どちらもならない/量刑資料=前者○・後者×/申出先=どちらも検察官/実施の要件=前者は原則実施・後者は裁判所の許可/弁護人等の質問=前者は趣旨を明確にする範囲で可・後者は不可(弁論で反論)/書面による代替=前者は可(7項)・後者は不可(口頭主義)/陳述できる者=前者は罪名の制限なしの被害者等・法定代理人・後者は参加を許された参加人(対象事件に限る)/内容=前者は被害に関する心情その他の意見・後者は事実又は法律の適用(訴因の範囲内)

もう1つの山場、比較表です。その前に、前回の復習を1問です。心情等の意見陳述は、犯罪事実の証拠になりますか? 量刑では考慮されますか?犯罪事実の証拠にはなりません。でも、犯情以外の事情に限って、量刑の資料として考慮されます。では、今日の316条の38の意見陳述と、比べます。縦に、比べる軸、横に、2つの制度です。犯罪事実の認定の証拠。どちらも、なりません。量刑の資料。前回の心情は、犯情以外の事情に限って、なります。今日の意見陳述は、なりません。ここが、いちばん大事な分かれ目です。同じ意見なのに、なぜ、分かれるのですか。性質が違うからです。前回の心情は、被害者の苦しみそのものです。情状として、量刑で評価される事情です。今日の意見陳述は、検察官の論告と同じ、純然たる意見です。そのため、4項は、証拠とはならない、と明記しています。ですから、証拠にも、量刑の資料にもなりません。具体例です。夜も眠れず、今も店に立つのが怖い、という訴えは、事情です。前回の制度で述べて、量刑で考慮されます。他方、Rには、傷害罪が成立し、拘禁刑何年が相当だ、という話は、意見です。今日の制度で述べて、聞いてもらえますが、証拠にはなりません。残りの軸です。申出先は、どちらも検察官です。実施の要件は、前回は、原則として陳述させる。今日は、裁判所の許可が要ります。

弁護人側の質問は、前回は、趣旨を明確にするためなら、できます。今日は、できません。弁護人は、弁論で反論すればよいからです。書面での代替は、前回は、できます。今日は、できません。意見の陳述は、口頭で行う、口頭主義だからです。陳述できる人は、前回は、罪名の制限がない被害者等と法定代理人。今日は、許可を受けた参加人で、対象事件に限られます。内容は、前回は、被害に関する心情その他の意見。今日は、事実又は法律の適用で、訴因の範囲内です。

国選被害者参加弁護士

国選被害者参加弁護士(犯罪被害者保護法11条〜)。参加人(弁護士に委託して316条の34〜38の行為をさせようとする者)のうち資力が基準額に満たない者は、被害者参加弁護士の選定を裁判所に請求できる。請求は日本司法支援センター(法テラス)を経由。裁判所が選定・費用は国。選定は審級ごと・参加許可が取り消されると効力を失う。弁護士に頼めない参加人にも旅費・日当の支給がある。弁護士は被疑者・被告人の権利擁護だけでなく被害者支援にも役割を持つ 図:国選被害者参加弁護士

  • 犯罪被害者保護法11条〜
  • 参加人(弁護士に委託して316条の34〜38の行為をさせようとする者)のうち資力が基準額に満たない者は、被害者参加弁護士の選定を裁判所に請求できる。請求は日本司法支援センター(法テラス)を経由。裁判所が選定・費用は国。選定は審級ごと・参加許可が取り消されると効力を失う。弁護士に頼めない参加人にも旅費・日当の支給がある。弁護士は被疑者・被告人の権利擁護だけでなく被害者支援にも役割を持つ

弁護士に頼みたくても、費用が心配な人もいます。そこで、国選被害者参加弁護士の制度があります。犯罪被害者保護法の11条以下です。発想は似ています。参加人が、弁護士に委託して、316条の34から38までの行為をさせようとするとき、資力が基準額に満たなければ、裁判所に、被害者参加弁護士の選定を請求できます。請求は、日本司法支援センター、通称、法テラスを経由します。裁判所が選定し、費用は、国が負担します。選定は、審級ごとです。参加の許可が取り消されると、効力を失います。また、遠くから通う参加人のために、旅費や日当の支給もあります。もう1つ、弁護士の役割です。弁護士は、被疑者や被告人の権利を守るだけではなく、被害者の支援にも、役割を持ちます。被告人の弁護人であっても、被害者への対応を誤ると、示談を壊して、被告人自身の利益を害することがあります。覚えておいてください。

刑事和解

損害回復その1 刑事和解(犯罪被害者保護法19条)。示談書だけでは強制執行ができない(債務名義にならない)。被告人と被害者等が、民事上の争い(当該被告事件に係る被害についての争いを含む場合に限る)について合意→共同して合意の公判調書への記載を申し立てられる(1項)。申立先=被告事件の係属する第一審裁判所又は控訴裁判所。時期=弁論の終結までに・公判期日に出頭して書面を提出(3項)。効果=公判調書の記載は裁判上の和解と同一の効力(4項)→強制執行ができる。第三者の保証・連帯債務も一緒に記載できる(2項)。罪名の制限なし 図:損害回復その1 刑事和解

  • 犯罪被害者保護法19条
  • 示談書だけでは強制執行ができない(債務名義にならない)。被告人と被害者等が、民事上の争い(当該被告事件に係る被害についての争いを含む場合に限る)について合意→共同して合意の公判調書への記載を申し立てられる(1項)。申立先=被告事件の係属する第一審裁判所又は控訴裁判所。時期=弁論の終結までに・公判期日に出頭して書面を提出(3項)。効果=公判調書の記載は裁判上の和解と同一の効力(4項)→強制執行ができる。第三者の保証・連帯債務も一緒に記載できる(2項)。罪名の制限なし

ここから、2つ目の柱、損害の回復です。参加は、手続に加わる制度でした。損害の回復は、被告人から、実際にお金を取り戻す制度です。1つ目は、刑事和解です。設例です。Rが、Sさんに、治療費として、100万円を払う、と約束しました。示談です。ところが、Rが払わない。示談書だけでは、強制執行はできません。強制執行の根拠になる書面を、債務名義と呼びますが、示談書は、それにならないからです。改めて、民事訴訟を起こして、判決を取らなければなりません。そこで、19条です。全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第19条

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第19条 刑事被告事件の被告人と被害者等は、両者の間における民事上の争い(当該被告事件に係る被害についての争いを含む場合に限る。)について合意が成立した場合には、当該被告事件の係属する第一審裁判所又は控訴裁判所に対し、共同して当該合意の公判調書への記載を求める申立てをすることができる。 2 前項の合意が被告人の被害者等に対する金銭の支払を内容とする場合において、被告人以外の者が被害者等に対し当該債務について保証する旨又は連帯して責任を負う旨を約したときは、その者も、同項の申立てとともに、被告人及び被害者等と共同してその旨の公判調書への記載を求める申立てをすることができる。 3 前二項の規定による申立ては、弁論の終結までに、公判期日に出頭し、当該申立てに係る合意及びその合意がされた民事上の争いの目的である権利を特定するに足りる事実を記載した書面を提出してしなければならない。 4 第一項又は第二項の規定による申立てに係る合意を公判調書に記載したときは、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を有する。

1項です。被告人と被害者等が、民事上の争いについて合意したとき、共同して、その合意を公判調書に書いてほしい、と申し立てられます。罪名の制限は、ありません。窃盗でも、恐喝でも、使えます。申立先は、被告事件が係属している第一審裁判所か、控訴裁判所です。3項です。時期は、弁論の終結まで、つまり、判決の前に審理を締めくくるときまでです。公判期日に出頭して、合意を記載した書面を出します。そして、4項です。公判調書に記載すると、その記載は、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。裁判上の和解とは、裁判所で成立した和解のことで、その調書は、判決と同じく、債務名義になります。つまり、強制執行ができます。示談書に、判決並みの力を持たせる手続です。

保証人がいる場合は、どうなりますか。2項です。第三者が保証や連帯責任を約したときは、その人も、一緒に申し立てて、調書に記載してもらえます。

損害賠償命令

損害回復その2 損害賠償命令(犯罪被害者保護法24条以下)。対象=故意の死傷/不同意わいせつ・不同意性交等・監護者わいせつ及び監護者性交等/逮捕・監禁/略取・誘拐・人身売買等/それらを含む罪(及び未遂)。過失の死傷は対象外。申立人=被害者又はその一般承継人(相続人等)。申立先=被告事件の係属する地方裁判所のみ・弁論の終結まで・書面。流れ=申立て→有罪の言渡し→直ちに審理期日(35条1項)→刑事記録を取り調べ(4項)→原則4回以内の審理期日(3項)→決定(37条)→異議(38条1項・2週間)。異議なし=確定判決と同一の効力(5項)/適法な異議あり=命令は効力を失い通常の民事訴訟へ(4項・39条)。無罪・免訴・公訴棄却や対象外の罪での有罪なら却下(28条) 図:損害回復その2 損害賠償命令

  • 犯罪被害者保護法24条以下
  • 対象=故意の死傷
  • 不同意わいせつ・不同意性交等・監護者わいせつ及び監護者性交等
  • 逮捕・監禁
  • 略取・誘拐・人身売買等
  • それらを含む罪(及び未遂)。過失の死傷は対象外。申立人=被害者又はその一般承継人(相続人等)。申立先=被告事件の係属する地方裁判所のみ・弁論の終結まで・書面。流れ=申立て→有罪の言渡し→直ちに審理期日(35条1項)→刑事記録を取り調べ(4項)→原則4回以内の審理期日(3項)→決定(37条)→異議(38条1項・2週間)。異議なし=確定判決と同一の効力(5項)
  • 適法な異議あり=命令は効力を失い通常の民事訴訟へ(4項・39条)。無罪・免訴・公訴棄却や対象外の罪での有罪なら却下(28条)

2つ目は、損害賠償命令です。刑事裁判の成果を使って、民事の賠償を、簡単に認めてもらう手続です。条文は、犯罪被害者保護法の24条から始まります。24条1項を、全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項柱書

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項柱書 次に掲げる罪に係る刑事被告事件(刑事訴訟法第四百五十一条第一項の規定により更に審判をすることとされたものを除く。)の被害者又はその一般承継人は、当該被告事件の係属する裁判所(地方裁判所に限る。)に対し、その弁論の終結までに、損害賠償命令(当該被告事件に係る訴因として特定された事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償の請求(これに附帯する損害賠償の請求を含む。)について、その賠償を被告人に命ずることをいう。以下同じ。)の申立てをすることができる。

部品に分けます。申し立てられるのは、被害者又はその一般承継人です。一般承継人とは、被害者が亡くなったときの相続人などです。申立先は、被告事件が係属している、地方裁判所に限られます。時期は、弁論の終結までです。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項各号

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第24条第1項各号 一 故意の犯罪行為により人を死傷させた罪又はその未遂罪 二 次に掲げる罪又はその未遂罪  イ 刑法(明治四十年法律第四十五号)第百七十六条(不同意わいせつ)、第百七十七条(不同意性交等)又は第百七十九条(監護者わいせつ及び監護者性交等)の罪  ロ 刑法第二百二十条(逮捕及び監禁)の罪  ハ 刑法第二百二十四条から第二百二十七条まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等)の罪  ニ イからハまでに掲げる罪のほか、その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(前号に掲げる罪を除く。)

対象の罪は、参加と同じですか。違います。ここが大事です。1号は、故意の犯罪行為による死傷です。2号は、不同意わいせつなど、逮捕及び監禁、略取と誘拐などです。過失の死傷は入りません。さきほどの、参加の対象事件では、過失運転致傷も入りました。参加は○でも、損害賠償命令は×になる事件が、あるのです。流れは、板のとおりです。審理は、有罪の言渡しの後に始まります。35条を、全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第35条

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第35条 刑事被告事件について刑事訴訟法第三百三十五条第一項に規定する有罪の言渡しがあった場合(当該言渡しに係る罪が第二十四条第一項各号に掲げる罪に該当する場合に限る。)には、裁判所は、直ちに、損害賠償命令の申立てについての審理のための期日(以下「審理期日」という。)を開かなければならない。ただし、直ちに審理期日を開くことが相当でないと認めるときは、裁判長は、速やかに、最初の審理期日を定めなければならない。 2 審理期日には、当事者を呼び出さなければならない。 3 損害賠償命令の申立てについては、特別の事情がある場合を除き、四回以内の審理期日において、審理を終結しなければならない。 4 裁判所は、最初の審理期日において、刑事被告事件の訴訟記録のうち必要でないと認めるものを除き、その取調べをしなければならない。

有罪の言渡しがあると、裁判所は、直ちに、審理期日を開きます。審理は、特別の事情がない限り、4回以内で終わらせます。最初の審理期日で、刑事事件の訴訟記録を取り調べます。ここが、この制度の趣旨です。刑事手続の成果を利用して、被害者が、改めて民事訴訟を起こす負担を減らし、簡易迅速に解決する。刑事事件を担当した地方裁判所が扱います。結論は、決定で出ます。ここまでの流れは、有罪の言渡しがなければ進みません。無罪や、免訴、公訴棄却のとき、あるいは、対象ではない罪で有罪になったときは、申立ては却下されます。決定に不服があるときの38条を、全文で読みます。

条文犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第38条第1項・第4項・第5項

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律第38条第1項・第4項・第5項 当事者は、損害賠償命令の申立てについての裁判に対し、前条第三項の規定による送達又は同条第四項の規定による告知を受けた日から二週間の不変期間内に、裁判所に異議の申立てをすることができる。 4 適法な異議の申立てがあったときは、損害賠償命令の申立てについての裁判は、仮執行の宣言を付したものを除き、その効力を失う。 5 適法な異議の申立てがないときは、損害賠償命令の申立てについての裁判は、確定判決と同一の効力を有する。

異議ができるのは、当事者、つまり、被告人と、申立人の双方です。決定の送達などから、2週間の不変期間内です。不変期間とは、裁判所も延ばせない期間です。適法な異議があれば、命令は、効力を失います。ただし、仮執行宣言、つまり、確定の前でも強制執行してよいという宣言が付いたものは、除きます。そして、39条により、通常の民事訴訟に、移ります。申立ての時に、訴えを起こしたものとみなされます。異議がなければ、確定判決と同一の効力を持ちます。つまり、強制執行ができます。流れを整理します。申立て、有罪の言渡し、4回以内の審理、決定。そのあと、異議があれば民事訴訟へ。なければ、確定判決と同じです。

参加・和解・損害賠償命令の弁別

弁別表。対象罪名=参加は限定(過失運転致死傷を含む)/和解は制限なし/命令は限定(過失は含まない)。誰が=参加は被害者等・法定代理人(委託を受けた弁護士)/和解は被告人と被害者等(共同)/命令は被害者又は一般承継人。いつまで=参加は申出(公判前〜)/和解・命令は弁論の終結まで。効果=参加は手続への関与(損害賠償は別)/和解は裁判上の和解と同一の効力=強制執行/命令は異議がなければ確定判決と同一の効力。限界=被告人に資力がなければ実効的でない→犯罪被害者等給付金・被害回復給付金支給制度・被害回復分配金支払制度 図:弁別表

  • 対象罪名=参加は限定(過失運転致死傷を含む)/和解は制限なし/命令は限定(過失は含まない)
  • 誰が=参加は被害者等・法定代理人(委託を受けた弁護士)/和解は被告人と被害者等(共同)/命令は被害者又は一般承継人
  • いつまで=参加は申出(公判前〜)/和解・命令は弁論の終結まで
  • 効果=参加は手続への関与(損害賠償は別)/和解は裁判上の和解と同一の効力=強制執行/命令は異議がなければ確定判決と同一の効力
  • 限界=被告人に資力がなければ実効的でない→犯罪被害者等給付金・被害回復給付金支給制度・被害回復分配金支払制度

3つの制度を、表で弁別します。軸は4つです。対象の罪名、時期、申し立てる人、効力です。罪名です。参加は、人の生命、身体、自由を害する罪で、過失運転致死傷も入ります。刑事和解は、罪名の制限がありません。損害賠償命令は、限定されていて、過失は含みません。時期です。和解と命令は、どちらも、弁論の終結までです。申し立てる人は、和解が、被告人と被害者等の共同。命令は、被害者又は一般承継人です。効力です。和解は、裁判上の和解と同一の効力で、強制執行ができます。命令は、異議がなければ、確定判決と同一の効力です。異議があれば、民事訴訟に移ります。参加は、手続に関与する制度で、損害賠償は、別の問題です。

過失運転致死傷なら、参加はできます。刑事和解も、罪名の制限がないので、できます。しかし、損害賠償命令は、過失の死傷が対象外なので、できません。なぜ外したのか。交通事故のような過失の事件は、過失の割合などが争いになりやすく、4回以内の簡単な審理には収まりにくいからです。保険会社を含めて解決を図る必要がある事件が多く、この手続の簡易迅速という趣旨に合わないのです。この組み合わせが、短答の定番です。最後に、限界を1つ。和解も命令も、被告人に資力がなければ、実際にお金は取れません。そのための、公的な経済的支援があります。犯罪被害者等給付金。被害回復給付金支給制度。被害回復分配金支払制度。今日は、名前だけ、挙げておきます。

節目のミニ事例と短答。1 RがSさんを殴り怪我をさせた事件でSさんは参加できるか/恐喝事件なら参加できるか/2 参加人が被告人に「殺す気だったのか」と聞き続けたい(訴因が傷害致死)/3 参加人が拘禁刑何年にしてほしいと言いたい/4 参加人が証拠調べを自分で請求したい/5 交通事故の遺族が参加し損害賠償命令も申し立てたい。短答○×=参加の許可は被告人又は弁護人の意見を聴く(○)・申出は検察官(○)・前整期日に出席できる(×)・316条の38の陳述は量刑資料になる(×)・損害賠償命令は地裁・弁論終結まで(○) 図:節目のミニ事例と短答

  • 1 RがSさんを殴り怪我をさせた事件でSさんは参加できるか/恐喝事件なら参加できるか/2 参加人が被告人に「殺す気だったのか」と聞き続けたい(訴因が傷害致死)/3 参加人が拘禁刑何年にしてほしいと言いたい/4 参加人が証拠調べを自分で請求したい/5 交通事故の遺族が参加し損害賠償命令も申し立てたい
  • 短答○×=参加の許可は被告人又は弁護人の意見を聴く(○)・申出は検察官(○)・前整期日に出席できる(×)・316条の38の陳述は量刑資料になる(×)・損害賠償命令は地裁・弁論終結まで(○)

節目のミニ事例です。参加人が何をできるか、考えてください。1つ目。Rが、Sさんを殴って、怪我をさせた事件で、Sさんは、参加できますか。恐喝の事件なら、どうですか。傷害は、1号で、参加できます。恐喝は、参加できません。ただ、意見陳述と刑事和解はできますが、損害賠償命令はできないと思います。2つ目。傷害致死で起訴された事件で、参加人が、被告人に、殺す気だったのか、と聞き続けたい。できますか。できません。質問は意見の陳述に必要な範囲で、訴因の範囲内に限られるからです。3つ目。参加人が、拘禁刑何年にしてほしい、と求刑のような意見を言いたい。

4つ目。参加人が、証拠調べを、自分で請求したい。5つ目。交通事故の遺族が参加して、損害賠償命令も申し立てたい。短答の確認も、続けます。参加の許可は、被告人又は弁護人の意見を聴く。○です。申出は、検察官にする。○です。公判前整理手続の期日にも、参加人は出席できる。×です。316条の38の陳述は、量刑資料になる。×です。損害賠償命令は、地方裁判所に、弁論の終結までに申し立てる。○です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。被害者参加=許可の流れ(申出は検察官→裁判所が被告人側の意見を聴いて許可)・対象事件(人の生命・身体・自由を害する罪・過失も入る)・5つの権限(出席/意見申述/証人尋問/被告人質問/意見陳述)・認められない4つ(公判請求・訴因設定・証拠調べ請求・上訴)。比較表=量刑資料は前回○・今回×。損害回復=刑事和解(罪名制限なし・裁判上の和解と同一の効力)/損害賠償命令(有罪言渡し後・4回以内・異議で民事訴訟へ・過失は対象外)。冒頭の問いの答え=代わりにはなれない 図:まとめの地図

  • 被害者参加=許可の流れ(申出は検察官→裁判所が被告人側の意見を聴いて許可)・対象事件(人の生命・身体・自由を害する罪・過失も入る)・5つの権限(出席/意見申述/証人尋問/被告人質問/意見陳述)・認められない4つ(公判請求・訴因設定・証拠調べ請求・上訴)
  • 比較表=量刑資料は前回○・今回×
  • 損害回復=刑事和解(罪名制限なし・裁判上の和解と同一の効力)/損害賠償命令(有罪言渡し後・4回以内・異議で民事訴訟へ・過失は対象外)
  • 冒頭の問いの答え=代わりにはなれない

今日のまとめです。被害者が、手続に加わる仕組みと、お金を取り戻す仕組みを見ました。参加人は、被害者等か、法定代理人で、許可を受けた人です。申出は、検察官にして、裁判所が、被告人又は弁護人の意見を聴いて、決定で許可します。対象は、人の生命、身体、自由を害する罪で、過失も入ります。窃盗や恐喝は、対象外です。権限は、5つです。出席。検察官への意見の申述。情状の証明力を争う、証人尋問。意見の陳述に必要な、被告人質問。論告の後の、事実又は法律の適用についての意見陳述。出席と意見申述を除いて、申出は検察官に、許可は裁判所です。公判請求、訴因設定、証拠調べ請求、上訴は、認められていません。比較表の核心は、量刑資料でした。前回の心情は、犯情以外の事情に限って、量刑で考慮されます。今日の意見陳述は、純然たる意見で、証拠にも、量刑の資料にもなりません。損害回復は、2つです。刑事和解は、罪名の制限がなく、公判調書の記載が、裁判上の和解と同一の効力を持ちます。損害賠償命令は、有罪の言渡しの後、4回以内の審理で決定が出ます。異議があれば、民事訴訟へ移ります。過失は、対象外です。冒頭の問いの答えです。参加人は、検察官の代わりには、なれません。主張と立証の主役は、検察官と、被告人、弁護人のままで、参加人は、意見と情状の限度で、加わります。当事者主義は、変わりません。被害者の関与は、これで終わりです。次は、第7章の、裁判の意義と種類です。判決と、決定と、命令が、どう違うのかを見ます。

ページ上部へ ↑

第7章裁判

#149単独ページ動画

裁判の意義と種類

第7章 裁判 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。第6章までは裁判所が審理する側→ここから結論を出す側。第7章の流れ=裁判の種類と成立→有罪判決の中身→認定の限界→量刑→簡易な手続→確定と一事不再理(今日は最初の1マス)。今日の4つの話=何が裁判か/判決・決定・命令の違い/いつ成立していつ変えられなくなるか/宣告で身柄がどうなるか。問い=判決を言い渡している最中に誤りに気づいたら、言い直してよいか 図:今日の地図と問い

  • 第6章までは裁判所が審理する側→ここから結論を出す側
  • 第7章の流れ=裁判の種類と成立→有罪判決の中身→認定の限界→量刑→簡易な手続→確定と一事不再理(今日は最初の1マス)
  • 今日の4つの話=何が裁判か/判決・決定・命令の違い/いつ成立していつ変えられなくなるか/宣告で身柄がどうなるか
  • 問い=判決を言い渡している最中に誤りに気づいたら、言い直してよいか

判決の宣告の日です。裁判官が、判決の結論である主文を読み上げます。拘禁刑4年。ただし、その刑の執行を3年間猶予する。続けて、理由を説明している途中で、裁判官は気づきました。拘禁刑4年の言渡しには、執行猶予を付けられません。執行猶予が付けられるのは、3年以下の拘禁刑などの場合だけです。さて、すでに声に出して言ってしまった主文を、その場で、実刑に言い直してよいのでしょうか。告げた言葉の重みにも、正しい判決を出すという要請にも、理由があります。先に方向だけ言うと、言い直せる場合があります。鍵は、裁判がいつ成立し、いつ変えられなくなるかです。今日の山場の1つです。前回の最後に、予告しました。判決と、決定と、命令が、どう違うのか。これが、今日の出発点です。地図で位置を確かめます。第6章までは、裁判所は、審理をする側でした。ここからは、審理の結果を出す側の話になります。第7章全体は、裁判の種類と成立から始まり、有罪判決の中身、認定の限界、量刑、簡易な手続を経て、裁判の確定と一事不再理で終わります。今日は、その最初の1マス、裁判そのものの総論です。今日の話は4つです。何が裁判なのか。裁判がどう分かれるのか。裁判がいつ成立するのか。そして、宣告があると被告人の身柄がどうなるのか。

裁判の意義

裁判の意義。裁判=裁判機関(裁判所又は裁判官)の意思表示を内容とする訴訟行為。日常語の「裁判」=審理そのもの→法律語=意思表示。含む=有罪・無罪の判決/捜査段階で裁判官が令状を発付すること/保釈の許否の決定。含まない=検察官・弁護人の意思表示(起訴・論告・弁論)/令状の執行などの事実行為 図:裁判の意義

  • 裁判=裁判機関(裁判所又は裁判官)の意思表示を内容とする訴訟行為
  • 日常語の「裁判」=審理そのもの→法律語=意思表示
  • 含む=有罪・無罪の判決/捜査段階で裁判官が令状を発付すること/保釈の許否の決定
  • 含まない=検察官・弁護人の意思表示(起訴・論告・弁論)/令状の執行などの事実行為

最初に、言葉を決めます。日常語の裁判は、法廷で審理が行われている状態そのものを指します。ところが、訴訟法の裁判は、もっと狭い言葉です。裁判機関、つまり、裁判所または裁判官の意思表示を内容とする訴訟行為です。訴訟行為のうち、判断や意思を外に示すものが、意思表示です。裁判は、その主体が、裁判所か裁判官に限られます。具体例で弁別します。有罪や無罪の判決は、裁判です。捜査の段階で、裁判官が逮捕状や捜索差押許可状などの令状を発付するのも、裁判です。保釈を許すか許さないかの決定も、裁判です。起訴は、裁判ではありません。意思表示の主体が、検察官だからです。起訴も、論告も、弁護人の弁論も、裁判機関の意思表示ではありません。さらに、令状の執行は、意思表示ではなく、実際に物を押さえたり人を拘束したりする事実行為ですから、これも裁判ではありません。1人の被告人で通してみます。Sが逮捕され、裁判官が勾留状を出しました。これは裁判です。その勾留状で、Sを実際に留置施設に入れる。これは事実行為です。検察官がSを起訴する。主体が検察官なので、裁判ではありません。覚えるのは、1文です。裁判とは、裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為。主体と、意思表示かどうか、この2点で見分けます。

終局裁判と非終局裁判

裁判の分類(その1)。軸=その審級で訴訟を終了させる効果があるか。非終局裁判=終局前(逮捕199条・勾留60条・保釈89条90条・移送4条7条19条・証拠の採否)/終局後(訴訟費用執行免除の決定500条)。終局裁判=訴訟をその審級で終わらせる裁判(次の板で実体裁判と形式裁判に分ける) 図:裁判の分類

  • その1
  • 軸=その審級で訴訟を終了させる効果があるか。非終局裁判=終局前(逮捕199条・勾留60条・保釈89条90条・移送4条7条19条・証拠の採否)
  • 終局後(訴訟費用執行免除の決定500条)。終局裁判=訴訟をその審級で終わらせる裁判(次の板で実体裁判と形式裁判に分ける)

裁判を分ける軸が、2つあります。1つ目は、中身の軸です。まず、その審級で訴訟を終わらせるかどうかで、終局裁判と非終局裁判に分けます。非終局裁判は、訴訟を終わらせない裁判です。まず、終局の前にされるものです。逮捕の裁判、勾留の裁判、保釈の裁判、事件の移送、証拠の採否の決定などです。勾留も保釈も、訴訟を前に進めるための手段であって、訴訟を終わらせません。終局のあとにも、非終局の裁判があるのですか。あります。たとえば、訴訟費用の執行免除の決定です。判決が出て訴訟が終わった後に、費用の負担をどうするかを決める裁判です。終わったあとの裁判なので、訴訟を終わらせる効果はありません。これも非終局です。一方、終局裁判は、その審級の訴訟を終わらせる裁判です。次に、終局裁判を、さらに2つに分けます。

実体裁判と形式裁判

裁判の分類(その2)終局裁判を中身で分ける。実体裁判=事件の実体を判断した裁判=有罪判決(刑の言渡し333条・刑の免除334条)・無罪判決(336条)/形式裁判=実体に入らず手続を打ち切る裁判=管轄違い(329条)・公訴棄却(判決338条・決定339条)・免訴(337条)。免訴は形式裁判=免訴事由があれば有罪・無罪の判断に入らず免訴を言い渡す(形式裁判先決主義)。免訴判決に対し無罪を主張して上訴はできない。免訴判決の確定後の効力(一事不再理効)は通説は肯定(憲法39条)=詳細は後の回 図:裁判の分類

  • その2
  • 終局裁判を中身で分ける。実体裁判=事件の実体を判断した裁判=有罪判決(刑の言渡し333条・刑の免除334条)・無罪判決(336条)
  • 形式裁判=実体に入らず手続を打ち切る裁判=管轄違い(329条)・公訴棄却(判決338条・決定339条)・免訴(337条)。免訴は形式裁判=免訴事由があれば有罪・無罪の判断に入らず免訴を言い渡す(形式裁判先決主義)。免訴判決に対し無罪を主張して上訴はできない。免訴判決の確定後の効力(一事不再理効)は通説は肯定(憲法39条)=詳細は後の回

ここで、前の回の復習を1問です。無罪判決は、実体裁判ですか、形式裁判ですか?その理由もあわせて答えてください。終局裁判のうち、事件の中身を判断したのが実体裁判です。有罪判決の、刑の言渡しと刑の免除。そして、無罪判決です。他方、中身に入らず、入口の条件を欠くとして打ち切るのが、形式裁判です。管轄違い、公訴棄却、免訴です。それぞれの出口の中身は、訴訟条件の回で見ました。今日は、この2つの枠に置くだけにします。免訴は、形式裁判なのですね。被告人にとって、無罪のほうが望ましいように思いますが、無罪を主張できないのですか。実は、そこが問題になります。免訴の事由があるなら、裁判所は有罪か無罪かの実体判断に入るべきではなく、免訴を言い渡さなければなりません。これを、形式裁判先決主義といいます。入口の条件が欠けているのに、中身を審理するのは筋が通らないからです。事案を見ます。不敬罪で起訴された被告人が、第一審で有罪になりました。その翌日に、大赦令が施行されました。大赦は恩赦の一種で、裁判の途中で大赦があると、その罪についての公訴権が消滅します。控訴審は、大赦令の施行後も実体審理を続けて有罪と判断しながら、主文では免訴を言い渡しました。被告人は、無罪を主張して上告しました。最高裁は、こう述べました。

判例最大判昭23・5・26 刑集2巻6号529頁

免訴判決に対して無罪を主張する上訴 しかして大赦の場合には、裁判所としては免訴の判決をする一途であり、被告人の側でも、無罪を主張して、実体の審理を要求することはできないのであるから、原審がした免訴の判決に対して無罪を主張して上訴することもまた違法であるといわなければならない。

結論は、上告棄却です。免訴事由があるときは、裁判所は免訴を言い渡すほかありません。被告人の側も、無罪を主張して実体の審理を求めることができません。ですから、免訴判決に対して、無罪を主張して上訴することも、許されません。決め手は、さきほどの形式裁判先決主義です。大赦で、公訴権そのものが消えています。公訴権が消えた以上、裁判所は実体の審理をすることができません。有罪か無罪かを決める土台が、もうないのです。しかも、免訴でも、被告人が処罰されることはありません。この事件は、旧法の下の判決ですが、現行法で言えば、大赦は337条3号の免訴事由です。免訴判決が確定したあと、同じ事件で、もう一度起訴されないという効力があるかどうかは、通説は肯定しています。憲法39条が根拠です。ただし、確定後の効力は、後の回でまとめて扱います。

判決・決定・命令の比較表

判決・決定・命令の比較表(主役)。①主体=判決は裁判所/決定は裁判所/命令は裁判官。②口頭弁論=判決は必要(43条1項・特別の定のある場合を除く)/決定・命令は不要(同2項)・必要があれば事実の取調べ(同3項)。③理由=判決は常に必要(44条1項)/上訴を許さない決定・命令は不要(同2項・ただし428条2項の異議ができる決定を除く)。④上訴=判決は控訴(372条)・上告(405条)/決定は抗告(420条)/命令は準抗告(429条)。具体例=判決=有罪・無罪・免訴・管轄違い・公訴棄却(338条)/決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否/命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判 図:判決・決定・命令の比較表

  • 主役
  • ①主体=判決は裁判所
  • 決定は裁判所
  • 命令は裁判官。②口頭弁論=判決は必要(43条1項・特別の定のある場合を除く)
  • 決定・命令は不要(同2項)・必要があれば事実の取調べ(同3項)。③理由=判決は常に必要(44条1項)
  • 上訴を許さない決定・命令は不要(同2項・ただし428条2項の異議ができる決定を除く)。④上訴=判決は控訴(372条)・上告(405条)
  • 決定は抗告(420条)
  • 命令は準抗告(429条)。具体例=判決=有罪・無罪・免訴・管轄違い・公訴棄却(338条)
  • 決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否
  • 命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判

ここから、形の軸です。裁判を、判決、決定、命令の3つに分けます。山場の比較表です。見る軸は4つ。主体、口頭弁論、理由、上訴です。なぜ形が3つに分かれるのか。判決は、主に、その審級の訴訟に決着をつける、いちばん重い裁判です。だから、口頭弁論と、理由と、控訴・上告という厚い手続を付けます。決定と命令は、手続の途中で素早く出す必要のある判断が中心なので、手続を軽くしてあります。1つ目、主体です。判決と決定は、裁判所がします。命令は、裁判官がします。ここでの裁判所は、事件を担当する裁判体のことで、裁判官が1人の単独体のこともあります。命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官としてする判断です。2つ目、口頭弁論です。43条を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第43条第1項〜第3項

刑事訴訟法第43条第1項・第2項・第3項 判決は、この法律に特別の定のある場合を除いては、口頭弁論に基いてこれをしなければならない。 2 決定又は命令は、口頭弁論に基いてこれをすることを要しない。 3 決定又は命令をするについて必要がある場合には、事実の取調をすることができる。

判決は、口頭弁論に基づいてしなければなりません。つまり、公判廷での審理を経る必要があります。決定と命令は、口頭弁論を要しません。ただし、必要があるときは、事実の取調べができます。事実の取調べは、公判の証拠調べと同じことですか。違います。証拠調べは、公判廷で、法定の方式に従って行い、証拠能力も要ります。事実の取調べは、決定や命令に必要な範囲で、もっと簡易な方法でできます。公判廷での方式も、証拠能力も、要りません。たとえば、保釈の許否を決めるために、書類を調べたり、関係者に事情を聞いたりする場面です。3つ目、理由です。44条を読みます。

条文刑事訴訟法第44条第1項・第2項

刑事訴訟法第44条第1項・第2項 裁判には、理由を附しなければならない。 2 上訴を許さない決定又は命令には、理由を附することを要しない。但し、第四百二十八条第二項の規定により異議の申立をすることができる決定については、この限りでない。

原則は、1項のとおり、裁判には理由を付けます。例外が2項です。上訴を許さない決定や命令には、理由は要りません。ただし、428条2項の異議ができる決定は、例外のさらに例外で、理由が要ります。判決は上訴ができますから、判決には、常に理由が必要です。4つ目、上訴です。判決に対する不服申立ては、控訴と上告です。決定に対しては、抗告です。命令に対しては、準抗告です。準抗告は、以前の回の勾留から出る道具で見ました。決定した時点の裁判官の判断そのものを争うものでした。決定や命令なら、何でも抗告や準抗告ができるのですか。違います。限りがあります。判決前の訴訟手続に関する決定は、原則として抗告ができません。ただし、勾留、保釈、押収などは、例外として、抗告ができます。命令に対する準抗告も、429条1項に列挙された場合に限ります。忌避の申立ての却下、勾留、保釈、押収、鑑定留置、過料などです。なお、公訴棄却の決定には、即時抗告ができます。339条2項です。なぜ限るのか。途中の判断は、最後の判決に対する控訴の中で、まとめて争えば足ります。逮捕状の発付は、命令の典型例ですが、429条1項の列挙には入っていません。つまり、準抗告の対象にならないという点も、覚えておいてください。逮捕の段階には、こうした不服申立ての道具がありません。争えるのは、勾留に進んでからの準抗告でした。勾留から出る道具の回で見たとおりです。

具体例の弁別

具体例の弁別。判決=有罪・無罪・管轄違い・公訴棄却(338条)・免訴。決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否・第1回公判期日後の勾留。命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判(起訴前=207条・起訴後第1回公判期日まで=280条1項)。同じ「公訴棄却」でも338条各号(裁判権なし・340条違反の再起訴・二重起訴・公訴提起の手続の無効)は判決/339条各号(271条2項の失効・罪となるべき事実を包含しない・公訴取消し・被告人の死亡・10条11条)は決定 図:具体例の弁別

  • 判決=有罪・無罪・管轄違い・公訴棄却(338条)・免訴
  • 決定=公訴棄却(339条)・移送・証拠採否・保釈の許否・第1回公判期日後の勾留
  • 命令=令状の発付・第1回公判期日前の勾留の裁判(起訴前=207条・起訴後第1回公判期日まで=280条1項)
  • 同じ「公訴棄却」でも338条各号(裁判権なし・340条違反の再起訴・二重起訴・公訴提起の手続の無効)は判決/339条各号(271条2項の失効・罪となるべき事実を包含しない・公訴取消し・被告人の死亡・10条11条)は決定

表を使って、具体例を3つに分けます。判決になるのは、有罪、無罪、管轄違い、免訴、そして、338条による公訴棄却です。決定になるのは、339条による公訴棄却、移送、証拠採否、保釈の許否です。命令になるのは、令状の発付と、第1回公判期日より前の勾留に関する裁判です。判決になるか決定になるかは、条文が決めています。ここで1問です。公訴棄却の裁判が決定になるのは、338条と339条のどちらでしょうか。339条です。338条は判決だったと思います。訴訟条件の回で見たとおり、338条の各号は、被告人に裁判権がないとき、340条に違反して再び起訴したとき、同じ事件を重ねて起訴したとき、公訴提起の手続が無効のとき、などです。これらは、判決で公訴を棄却します。他方、339条の各号は、起訴状の失効、罪となるべき事実を含まない場合、公訴の取消し、被告人の死亡などです。これらは、決定で棄却します。同じ公訴棄却でも、条文によって、判決と決定に分かれるのです。分け方は、条文が決めています。そのうえで、理由をあえて言うなら、こう整理されます。339条には、被告人が亡くなった、検察官が公訴を取り消した、のように、記録や起訴状を見れば明白な事由が多く並んでいます。決定と命令は口頭弁論を要しない、という43条2項のとおり、こうした事由は、決定で足りると整理されるわけです。たとえば、被告人が判決の前に病気で亡くなったら、裁判所は、決定で公訴を棄却します。

次は、勾留の裁判です。起訴の前の勾留は、裁判官がします。207条です。起訴の後、第1回の公判期日までの勾留は、280条1項で、やはり裁判官の仕事です。保釈の回でも読んだ、280条1項です。

条文刑事訴訟法第280条

刑事訴訟法第280条 公訴の提起があつた後第一回の公判期日までは、勾留に関する処分は、裁判官がこれを行う。

ですから、第1回公判期日までの勾留の裁判は、裁判官の判断で、命令です。これに対して、第1回の公判期日のあとの勾留は、審理を担当する裁判所自身が判断します。主体が裁判所ですから、決定です。同じ勾留でも、いつの裁判かで、命令と決定に分かれます。

裁判の内部的成立と公判手続の更新

裁判の成立(その1)内部的成立。意思表示は機関の内で決まり(内部的成立)→外に告げられる(外部的成立)。内部的成立=裁判の内容が機関内部で客観的に形成され、外部への告知の手続だけを残している状態。単独の裁判官=裁判書を作るときはその作成により/作らないときは主文がメモなどで客観的に認識できる状態になったとき。合議体=評議が終了したとき(評議=構成員が意見を交換し相談すること・過半数で決める=裁判所法77条)。内部的成立にとどまる間は内容を自由に変更できる。内部的成立の後=すでに成立した内容を告知するだけ→判決の宣告だけを残して裁判官が代わっても更新不要(315条ただし書) 図:裁判の成立

  • その1
  • 内部的成立。意思表示は機関の内で決まり(内部的成立)→外に告げられる(外部的成立)。内部的成立=裁判の内容が機関内部で客観的に形成され、外部への告知の手続だけを残している状態。単独の裁判官=裁判書を作るときはその作成により
  • 作らないときは主文がメモなどで客観的に認識できる状態になったとき。合議体=評議が終了したとき(評議=構成員が意見を交換し相談すること・過半数で決める=裁判所法77条)。内部的成立にとどまる間は内容を自由に変更できる。内部的成立の後=すでに成立した内容を告知するだけ→判決の宣告だけを残して裁判官が代わっても更新不要(315条ただし書)

ここから、裁判の成立です。裁判は、2段階で成立します。まず、裁判機関の中で意思が決まる。これが内部的成立です。次に、それが外に告げられる。これが外部的成立です。喩えるなら、合格発表です。採点会議で合否が決まる。これが内部的成立。発表の会場で番号が読み上げられる。これが外部的成立です。内部的成立とは、裁判の内容が機関の内部で客観的に形づくられ、あとは外に告知する手続だけが残っている状態です。単独の裁判官なら、裁判書を作るときは、その作成による、とされます。裁判書を作らないときは、結論の主文が、メモなどで客観的に認識できる状態になったとき、とされます。合議体なら、評議が終了したときです。評議とは、裁判官たちが意見を交換し、相談することです。結論は、過半数で決めます。内部的成立にとどまっている間は、まだ内容を自由に変えられます。合格発表の前なら、採点会議で決め直せるのと同じです。ここで、前の回の復習を1問です。開廷後に裁判官が代わったとき、なぜ手続の更新が必要なのでしたか?

判断する裁判官自身が、証拠を直接見て、口頭で聞いていないといけないからです。直接主義と口頭主義の要請でした。315条を、あらためて読みます。

条文刑事訴訟法第315条

刑事訴訟法第315条 開廷後裁判官がかわつたときは、公判手続を更新しなければならない。但し、判決の宣告をする場合は、この限りでない。

今日見るのは、但書です。判決の宣告をする場合は、更新が要りません。理由は、内部的成立にあります。内部的成立のあとは、すでに決まった内容を告げるだけです。新しく証拠を見て判断するのではありません。ですから、宣告だけを残して裁判官が代わっても、直接主義や口頭主義が問題になりません。

裁判の外部的成立と告知

裁判の成立(その2)外部的成立=内部で成立した内容が外部に表示された状態=告知。公判廷=宣告(裁判長が行う・規則35条1項)/公判廷外=裁判書の謄本の送達(規則34条)。判決は必ず公判廷で宣告により告知(342条)=郵送では告知できない。宣告の方式=主文と理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げる(規則35条2項)。結審は訴訟の終了ではない=判決が宣告され確定するまで訴訟は係属 図:裁判の成立

  • その2
  • 外部的成立=内部で成立した内容が外部に表示された状態=告知。公判廷=宣告(裁判長が行う・規則35条1項)
  • 公判廷外=裁判書の謄本の送達(規則34条)。判決は必ず公判廷で宣告により告知(342条)=郵送では告知できない。宣告の方式=主文と理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げる(規則35条2項)。結審は訴訟の終了ではない=判決が宣告され確定するまで訴訟は係属

内部で決まった裁判は、外に告げられて、外部的成立になります。この方法を、告知といいます。まず、判決の告知を、342条で確かめます。

条文刑事訴訟法第342条

刑事訴訟法第342条 判決は、公判廷において、宣告によりこれを告知する。

判決は、必ず公判廷で、宣告によって告知します。判決書を郵送して済ませることはできません。ほかの裁判の告知の方法は、刑事訴訟規則が定めています。34条です。

条文刑事訴訟規則第34条

刑事訴訟規則第34条 裁判の告知は、公判廷においては、宣告によつてこれをし、その他の場合には、裁判書の謄本を送達してこれをしなければならない。ただし、特別の定めのある場合は、この限りでない。

公判廷では宣告です。公判廷の外では、裁判書の謄本を送達します。次に、宣告のやり方です。35条です。

条文刑事訴訟規則第35条第1項・第2項

刑事訴訟規則第35条第1項・第2項 裁判の宣告は、裁判長がこれを行う。 2 判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない。

宣告をするのは、裁判長です。判決の宣告では、主文と理由を朗読するか、主文を読むのと同時に理由の要旨を告げます。弁論が終わって結審したら、それで訴訟は終わりなのですか。違います。結審は、審理を終えることにすぎません。訴訟は、判決が宣告され、それが確定するまで続いています。

自己拘束力と冒頭の問い

裁判の成立(その3)自己拘束力と言い直し。流れ=内部的成立(評議終了・主文の確定)→外部的成立(宣告=公判廷)→宣告のための公判期日の終了→自己拘束力(変更できなくなる)。「言い直しができる区間」=内部的成立から宣告のための公判期日の終了まで。外部的に成立すると裁判所自身が内容に拘束される=自己拘束力。上訴を許す裁判は上訴によってのみ変更。特別の規定による例外=訂正(上告裁判所の判決・415条)・更正(決定・423条2項) 図:裁判の成立

  • その3
  • 自己拘束力と言い直し。流れ=内部的成立(評議終了・主文の確定)→外部的成立(宣告=公判廷)→宣告のための公判期日の終了→自己拘束力(変更できなくなる)。「言い直しができる区間」=内部的成立から宣告のための公判期日の終了まで。外部的に成立すると裁判所自身が内容に拘束される=自己拘束力。上訴を許す裁判は上訴によってのみ変更。特別の規定による例外=訂正(上告裁判所の判決・415条)・更正(決定・423条2項)

外部的に成立すると、裁判所は、その内容に自分で拘束されます。変更も、撤回も、できなくなります。これを自己拘束力といいます。上訴を許す裁判は、上訴を通じてだけ、変更されます。例外は、特別の規定がある場合です。上告裁判所の判決の訂正が、415条にあります。決定については、更正が、423条2項にあります。そうすると、冒頭の問いは、難しく見えます。宣告で外部的に成立したのなら、もう言い直せないはずです。けれども、最高裁は、こう判断しました。まず、事案です。単独の裁判官が、保護観察付きの執行猶予の主文を朗読し、理由を説明しました。その後、書記官の指摘を受けて記録を見直し、約5分後に、主文は間違いだったと述べて、実刑を言い渡し直しました。前の刑の保護観察中の犯行なので、執行猶予にできないと誤解していたのです。実際には、前の刑の猶予期間はすでに経過していて、執行猶予を付けることに支障はありませんでした。最高裁は、判決の宣告について、こう述べました。

判例最判昭51・11・4 刑集30巻10号1887頁

判決の宣告と言い直し 判決の宣告は、全体として一個の手続であつて、宣告のための公判期日が終了するまでは、完了するものではない。また、判決は、事件に対する裁判所の最終的な判断であつて、宣告のための公判期日が終了するまでは、終局的なものとはならない。そうしてみると、判決は、宣告のための公判期日が終了して初めて当の裁判所によつても変更することができない状態となるものであり、それまでの間は、判決書又はその原稿の朗読を誤つた場合にこれを訂正することはもとより(略)、本件のようにいつたん宣告した判決の内容を変更してあらためてこれを宣告することも、違法ではないと解するのが相当である。

冒頭の問いの答え=判決の言い直し。判例(最判昭51・11・4)=判決の宣告は全体として一個の手続=宣告のための公判期日が終了するまでは完了しない。言い直し=期日が終了するまでは、いったん宣告した内容を変更してあらためて宣告しても違法でない。自己拘束力との関係=法廷での宣告という告知は期日が終わったときに完了する→判決が裁判所自身を縛るのもそこから。注意=言い直しが適法でも結論が覆ることはある(判例の事案=量刑が甚しく不当として破棄)。答え=言い直してよい。ただし宣告のための公判期日が終わるまで

  • 冒頭の問いの答え=判決の言い直し
  • 判例(最判昭51・11・4)=判決の宣告は全体として一個の手続=宣告のための公判期日が終了するまでは完了しない
  • 言い直し=期日が終了するまでは、いったん宣告した内容を変更してあらためて宣告しても違法でない
  • 自己拘束力との関係=法廷での宣告という告知は期日が終わったときに完了する→判決が裁判所自身を縛るのもそこから
  • 注意=言い直しが適法でも結論が覆ることはある(判例の事案=量刑が甚しく不当として破棄)
  • 答え=言い直してよい
  • ただし宣告のための公判期日が終わるまで

構造を分けます。判決の宣告は、全体で1個の手続です。そして、宣告のための公判期日が終了するまでは、完了していません。ですから、判決は、その期日が終わって初めて、当の裁判所にも変えられない状態になります。それまでは、いったん宣告した内容を変えて、あらためて宣告し直しても、違法ではありません。最初に言った自己拘束力との関係は、こうなります。法廷での宣告という告知は、宣告の期日が終わったときに、ようやく完了します。だから、判決が裁判所自身を縛るのも、そこからです。期日の途中は、まだ告知の手続の最中なのです。なぜ、期日の終わりで線を引くのか。判決は、事件に対する裁判所の最終的な判断です。最終と言えるのは、宣告の期日が終わったときです。それまでに誤りに気づいたなら、正しい判断を示させるほうが、判決の役割に合うからです。冒頭の問いの答えです。言い直してよい。ただし、宣告のための公判期日が終わるまでの間に限られます。合格発表で言えば、発表の会が終わるまでは読み間違いを直せますが、会が終わったあとは、主催者自身も動かせないのと同じです。

言い直した実刑は、最後に覆りました。そこは注意が必要です。言い直しそのものは、適法で有効でした。ところが、最高裁は、量刑が甚しく不当だと判断しました。いったん宣告した主文を変更するに至った経過を考えると、第一審判決を維持するのは著しく正義に反する、と見たのです。そこで、第一審と控訴審の判決を破棄して、最初に言い渡された執行猶予付きの判決を、自ら言い渡しました。言い直しが適法でも、結論が覆ることはあるのです。もう1つ、区別してください。判例の事案は、執行猶予を付けられるのに、付けられないと誤解した場合でした。冒頭の設例は、拘禁刑4年で、そもそも執行猶予を付けられない場合を、私が作ったものです。事情は違いますが、判決の宣告が全体で1個の手続で、期日が終わるまでは完了しないという判断の理屈は、どちらにも当てはまります。この理屈は、論文でも問われうる点です。

宣告と身柄その1 勾留状が失効する裁判

宣告と身柄その1(345条)。勾留中の被告人に対し次の裁判の告知があると勾留状は失効=釈放。無罪・免訴・刑の免除・刑の全部の執行猶予・公訴棄却(338条4号による場合を除く)・罰金・科料。失効しない=管轄違い・338条4号の公訴棄却・拘禁刑以上の実刑(実刑は343条の別の扱い)。一部執行猶予は「刑の全部の執行猶予」ではない=345条の対象外。趣旨=身体拘束の必要がなくなる裁判。例=勾留中のSに拘禁刑2年・3年間執行猶予→宣告で釈放 図:宣告と身柄その1

  • 345条
  • 勾留中の被告人に対し次の裁判の告知があると勾留状は失効=釈放。無罪・免訴・刑の免除・刑の全部の執行猶予・公訴棄却(338条4号による場合を除く)・罰金・科料。失効しない=管轄違い・338条4号の公訴棄却・拘禁刑以上の実刑(実刑は343条の別の扱い)。一部執行猶予は「刑の全部の執行猶予」ではない=345条の対象外。趣旨=身体拘束の必要がなくなる裁判。例=勾留中のSに拘禁刑2年・3年間執行猶予→宣告で釈放

次は、実務に直結する話です。判決の宣告があると、被告人の身柄は、どうなるのか。先に予想してください。勾留中の被告人に、刑の全部の執行猶予を言い渡しました。釈放されるでしょうか? 実刑だったら、保釈中の被告人は、どうなるでしょうか?大筋はそのとおりで、身柄の扱いは、判決の中身で分かれます。条文で確かめます。まず、釈放される場合です。345条です。

条文刑事訴訟法第345条

刑事訴訟法第345条 無罪、免訴、刑の免除、刑の全部の執行猶予、公訴棄却(第三百三十八条第四号による場合を除く。)、罰金又は科料の裁判の告知があつたときは、勾留状は、その効力を失う。

列挙された裁判の告知があると、勾留状は失効します。判決が確定するのを待たず、宣告の時点で釈放されます。趣旨は、これらの裁判では、身体を拘束しておく必要がなくなるからです。たとえば、勾留中のSに、拘禁刑2年、3年間の執行猶予という判決が宣告されたとします。宣告された瞬間に、勾留状は効力を失い、Sは釈放されます。弁別の落とし穴が2つあります。1つ目は、列挙にないものです。管轄違いと、338条4号の公訴棄却、つまり手続が無効だとする場合は、345条には入っていません。勾留状は失効しません。2つ目は、一部執行猶予です。条文は、刑の全部の執行猶予と書いています。一部執行猶予は、刑の一部は実際に執行される、拘禁刑を言い渡す判決ですから、345条の対象ではありません。実刑の側、つまり次に読む343条の「拘禁刑以上の刑に処する判決」の側に入る、と覚えてください。

宣告と身柄その2 実刑判決の宣告

宣告と身柄その2(343条・344条)。拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告→保釈・勾留の執行停止は失効(343条1項・判決の宣告で当然に生じる=取消しと違い裁判所の判断を挟まない)→失効後は収容(343条2項前段=98条の準用・新たに保釈等の決定がある場合を除く)。宣告後は権利保釈(89条)と勾留更新の制限(60条2項ただし書)は不適用(344条1項)。再保釈は裁量保釈(90条)が中心(権利保釈は不適用)→344条2項=不利益が著しく高い場合に限る(ただし保釈された場合に逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは別)。令和5年改正(令和5年6月6日施行)で追加=従来の判断のあり方を条文で明確にしたもの。例=保釈中のSに拘禁刑2年6月(実刑)→宣告で保釈失効→収容 図:宣告と身柄その2

  • 343条・344条
  • 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告→保釈・勾留の執行停止は失効(343条1項・判決の宣告で当然に生じる=取消しと違い裁判所の判断を挟まない)→失効後は収容(343条2項前段=98条の準用・新たに保釈等の決定がある場合を除く)。宣告後は権利保釈(89条)と勾留更新の制限(60条2項ただし書)は不適用(344条1項)。再保釈は裁量保釈(90条)が中心(権利保釈は不適用)→344条2項=不利益が著しく高い場合に限る(ただし保釈された場合に逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは別)。令和5年改正(令和5年6月6日施行)で追加=従来の判断のあり方を条文で明確にしたもの。例=保釈中のSに拘禁刑2年6月(実刑)→宣告で保釈失効→収容

次は、実刑判決の宣告です。ここで、前の回の復習を1問です。保釈の取消しと、判決の宣告による失効は、何が違いましたか? 裁判所の判断を挟むのは、どちらですか?取消しは、裁判所が事由を判断して、決定で行います。失効は、判決の宣告があれば、判断を挟まず当然に生じます。343条1項を読みます。

条文刑事訴訟法第343条第1項

刑事訴訟法第343条第1項 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつたときは、保釈又は勾留の執行停止は、その効力を失う。

拘禁刑以上の実刑判決が宣告されると、保釈も、勾留の執行停止も、当然に失効します。保釈中のSに、拘禁刑2年6か月の実刑が宣告されたとします。その瞬間、保釈は失効します。新たに保釈などの決定がない限り、Sは、あらためて収容されます。343条2項前段が、98条を準用しているからです。勾留の執行停止は、勾留から出る道具の回で見た、勾留の効力を残したまま一時的に外に出す仕組みでした。趣旨は、345条と逆向きです。実刑が言い渡されると、刑の執行が現実に迫り、逃げる動機が強まります。だから、刑の執行を確保するために、保釈をいったん切るのです。

保釈を請求すること自体は、できます。ただし、保釈の条件が、変わります。344条です。

条文刑事訴訟法第344条第1項・第2項

刑事訴訟法第344条第1項・第2項 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつた後は、第六十条第二項ただし書及び第八十九条の規定は、これを適用しない。 2 拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があつた後は、第九十条の規定による保釈を許すには、同条に規定する不利益その他の不利益の程度が著しく高い場合でなければならない。ただし、保釈された場合に被告人が逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは、この限りでない。

1項です。宣告後は、60条2項ただし書と、89条が適用されません。60条2項ただし書は、勾留の更新を原則1回に限る定めです。この制限が外れます。89条は、保釈の回で見た権利保釈、つまり除外事由に当たらなければ請求があれば許す保釈です。これが使えなくなります。したがって、保釈は、裁判所の裁量で認める、90条の保釈が中心になります。そして2項です。この裁量保釈を許すには、90条に規定する不利益、つまり、健康上、経済上、社会生活上、防御の準備上の不利益などの程度が、著しく高い場合でなければなりません。ただし、保釈されても被告人が逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは、この限りではありません。

2項の性格を見ておきます。2項は、令和5年の改正で加わり、同じ年の6月6日に施行されました。従来から、実刑判決の宣告後の裁量保釈は、慎重に判断されていました。その判断のあり方を、条文で明確にしたものです。整理します。宣告の前は、権利保釈と裁量保釈の2段です。実刑が宣告されると、保釈は失効して、収容されます。再び保釈を求めるなら、権利保釈は使えず、裁量保釈が中心です。そのうえで、不利益が著しく高いか、逃亡のおそれの程度が高くない相当な理由があるときに、許されることになります。

宣告と身柄その3 無罪判決のあとの再勾留

宣告と身柄その3 無罪判決のあとの再勾留。流れ=A(被告人)→第1審で無罪(勾留状は345条で失効・釈放)→B(検察官)が控訴→C(控訴審)が勾留できるか。最決平12=できる(60条1項・時期に特段の制約なし)。記録等の調査で無罪判決の理由の検討を経たうえでなお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、勾留の理由と必要性があれば審理の段階を問わず勾留できる(新たな証拠の取調べを待つ必要なし)。最決平19=嫌疑の程度は無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重に判断・第1審段階におけるものよりも強いものが要求される。実刑後の保釈失効(343条)とは別の話 図:宣告と身柄その3 無罪判決のあとの再勾留

  • 流れ=A(被告人)→第1審で無罪(勾留状は345条で失効・釈放)→B(検察官)が控訴→C(控訴審)が勾留できるか
  • 最決平12=できる(60条1項・時期に特段の制約なし)
  • 記録等の調査で無罪判決の理由の検討を経たうえでなお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、勾留の理由と必要性があれば審理の段階を問わず勾留できる(新たな証拠の取調べを待つ必要なし)
  • 最決平19=嫌疑の程度は無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重に判断・第1審段階におけるものよりも強いものが要求される
  • 実刑後の保釈失効(343条)とは別の話

最後の論点です。第一審で無罪になり、345条によって勾留状が失効して、被告人Aは釈放されました。検察官Bが控訴しました。このとき、控訴審のCは、Aを、あらためて勾留できるのでしょうか。345条の趣旨を重んじて、できないと考える立場もありました。ところが、最高裁は、できると判断しました。事案は、不法残留などの外国人の被告人です。無罪判決で釈放されると、入管で退去強制の手続が進むという状況でした。控訴審は、第1回の公判の前、控訴趣意書の提出前に、記録だけを調べて勾留しました。最高裁は、こう述べました。

判例最決平12・6・27 刑集54巻5号461頁

無罪判決後の控訴審による勾留 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合であって、刑訴法六〇条一項各号に定める事由(以下「勾留の理由」という。)があり、かつ、その必要性があるときは、同条により、職権で被告人を勾留することができ、その時期には特段の制約がない。 ……第一審裁判所が犯罪の証明がないことを理由として無罪の判決を言い渡した場合であっても、控訴審裁判所は、記録等の調査により、右無罪判決の理由の検討を経た上でもなお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、勾留の理由があり、かつ、控訴審における適正、迅速な審理のためにも勾留の必要性があると認める限り、その審理の段階を問わず、被告人を勾留することができ、所論のいうように新たな証拠の取調べを待たなければならないものではない。

結論は、できる、です。60条1項は、裁判所が職権で被告人を勾留できる時期に、特段の制約を設けていません。無罪判決のあとでも、控訴審が、記録を調べ、無罪判決の理由を検討したうえで、なお罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、勾留の理由と必要性があるなら、審理の段階を問わず勾留できます。新たな証拠の取調べを待つ必要もありません。無罪になった被告人にとって、何の歯止めもなく勾留されてしまうのですか。違います。歯止めを示したのが、もう1つの最高裁の判断です。この事件は、覚醒剤取締法違反などで起訴された外国人の被告人で、在留資格がなく、無罪判決のあとは入管に収容されていました。訴訟記録が控訴審に届いた日の翌日に、再び勾留されました。

判例最決平19・12・13 刑集61巻9号843頁

無罪判決後の勾留と嫌疑の程度 刑訴法345条は、無罪等の一定の裁判の告知があったときには勾留状が失効する旨規定しており、特に、無罪判決があったときには、本来、無罪推定を受けるべき被告人に対し、未確定とはいえ、無罪の判断が示されたという事実を尊重し、それ以上の被告人の拘束を許さないこととしたものと解されるから、被告人が無罪判決を受けた場合においては、同法60条1項にいう「被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無の判断は、無罪判決の存在を十分に踏まえて慎重になされなければならず、嫌疑の程度としては、第1審段階におけるものよりも強いものが要求されると解するのが相当である。

345条の趣旨を、勾留の判断に生かしたものです。無罪判決があれば、本来無罪推定を受ける被告人に、無罪の判断が示されたという事実を尊重する必要があります。だから、控訴審が勾留するときの嫌疑の程度は、第一審の段階より強いものが求められます。整理します。無罪のあとでも、控訴審は勾留できます。ただし、勾留の理由と必要性があることに加えて、嫌疑が第一審段階より強いものでなければなりません。この強い嫌疑の要求は、無罪判決が出た場合の話です。無罪の判断が示されたという事実を尊重するためです。この再勾留の話は、実刑判決のあとの保釈の失効とは、別の話です。混同しないでください。この点も、論文で問われうるところです。

裁判の確定は地図の一マス

裁判の確定(地図の1マス)。形式的確定=通常の不服申立てができなくなった状態/内容的確定=確定で裁判の内容が効力を持つこと(拘束力・執行力)。中身は後の回 図:裁判の確定

  • 地図の1マス
  • 形式的確定=通常の不服申立てができなくなった状態
  • 内容的確定=確定で裁判の内容が効力を持つこと(拘束力・執行力)。中身は後の回

地図の最後の1マスだけ、確かめておきます。裁判の確定です。通常の不服申立てができなくなった状態を、形式的確定といいます。そして、確定によって、裁判の内容が拘束力や執行力を持つことを、内容的確定といいます。その効力を、内容的確定力と呼びます。今日は、この2つの言葉の区別だけにとどめます。中身は、地図の後ろのほうで、あらためて扱います。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例と短答。(a)令状の発付は命令・第1回公判期日前の勾留は命令・以後は決定/(b)公訴棄却で判決=338条・決定=339条/(c)免訴判決に無罪を主張して上訴できるか×/(d)判決の宣告だけを残して裁判官が代わった→更新不要/(e)宣告のための公判期日が終わる前に主文を言い直す→適法/(f)勾留中の被告人に刑の全部の執行猶予→釈放・実刑を宣告された保釈中の被告人→保釈失効・収容/(g)一審無罪後に控訴審が勾留→できる・嫌疑は第1審段階より強いもの/(h)実刑宣告後の裁量保釈は不利益が著しく高い場合に限る(逃亡のおそれの程度が高くない相当な理由があれば別) 図:節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例です。最初の3つ。1つ目。逮捕状の発付は、判決、決定、命令のどれですか。第1回公判期日より前の勾留の裁判と、期日より後の勾留の裁判は、どう違いますか。逮捕状の発付は、裁判官がする命令です。第1回公判期日より前の勾留は、裁判官の命令で、期日より後は、裁判所が行う決定です。2つ目。公訴棄却が判決になるのは、何条の場合ですか。338条です。339条の公訴棄却は決定でした。3つ目。免訴判決に対して、無罪を主張して上訴できますか。できません。免訴事由があるときは免訴を言い渡すほかなく、無罪を求めて実体審理を要求できないからです。次の2つは、成立の問題です。判決の宣告だけを残して裁判官が代わりました。公判手続の更新は必要ですか。

必要ありません。315条の但書で、判決の宣告をする場合は、更新が要りません。内部的に成立したあとは、告知するだけだからです。もう1問。宣告のための公判期日が終わる前に、いったん言い渡した主文を言い直しました。これは違法ですか。適法です。判決の宣告は、全体で1個の手続で、期日が終わるまでは完了しません。ただ、量刑が不当なら、結論が覆ることはありえます。次は、身柄の問題が3つです。勾留中の被告人に刑の全部の執行猶予を言い渡すと、どうなりますか。実刑を宣告された保釈中の被告人は、どうなりますか。全部の執行猶予なら、345条で勾留状が失効して釈放されます。実刑なら、343条で保釈が失効して収容されます。残る2つは、○×です。第一審で無罪になった被告人を、控訴審が勾留できる。○です。ただし、嫌疑の程度は、第一審段階より強いものが必要です。実刑判決の宣告後は、裁量保釈も、不利益が著しく高い場合に限られます。これも○ですが、保釈された場合に逃亡するおそれの程度が高くないと認めるに足りる相当な理由があるときは、この限りではありません。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。裁判=裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為。分類=終局/非終局→実体(有罪・無罪)/形式(管轄違い・公訴棄却・免訴)。判決・決定・命令=主体・口頭弁論・理由・上訴。成立=内部的成立→外部的成立(告知)→宣告のための公判期日の終了。宣告後の身柄=345条で勾留状失効(無罪・免訴・刑の免除・全部の執行猶予・公訴棄却・罰金・科料)/343条・344条で実刑宣告後は保釈失効・裁量保釈が中心/無罪後も控訴審は勾留できる(嫌疑は第1審より強いもの)。冒頭の問いの答え=宣告のための公判期日が終わるまでは言い直せる 図:まとめの地図

  • 裁判=裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為
  • 分類=終局/非終局→実体(有罪・無罪)/形式(管轄違い・公訴棄却・免訴)
  • 判決・決定・命令=主体・口頭弁論・理由・上訴
  • 成立=内部的成立→外部的成立(告知)→宣告のための公判期日の終了
  • 宣告後の身柄=345条で勾留状失効(無罪・免訴・刑の免除・全部の執行猶予・公訴棄却・罰金・科料)/343条・344条で実刑宣告後は保釈失効・裁量保釈が中心/無罪後も控訴審は勾留できる(嫌疑は第1審より強いもの)
  • 冒頭の問いの答え=宣告のための公判期日が終わるまでは言い直せる

今日のまとめです。裁判とは、裁判機関の意思表示を内容とする訴訟行為です。令状の発付や保釈の許否も裁判で、起訴や弁論は裁判ではありません。中身の軸では、終局か非終局かで分け、終局裁判を実体裁判と形式裁判に分けました。免訴は形式裁判で、免訴判決に無罪を主張して上訴することはできません。形の軸では、判決、決定、命令です。判決と決定は裁判所、命令は裁判官。判決だけが口頭弁論を要し、理由は常に必要です。上訴は、判決が控訴と上告、決定が抗告、命令が準抗告です。同じ公訴棄却でも、338条は判決、339条は決定です。成立は、内部的成立と外部的成立の2段階です。内部的成立のあとは告知するだけですから、判決の宣告だけを残して裁判官が代わっても、更新は要りません。外部的に成立すると自己拘束力が生じますが、判決の宣告は全体で1個の手続です。冒頭の問いの答えは、宣告のための公判期日が終わるまでは、言い直してよい、です。宣告後の身柄です。無罪、免訴、刑の免除、刑の全部の執行猶予、公訴棄却、罰金、科料では、勾留状が失効します。拘禁刑以上の実刑では、保釈が失効し、再び保釈を求めるなら権利保釈は使えず、裁量保釈が中心で、不利益が著しく高い場合か、逃亡のおそれの程度が高くない相当な理由がある場合に、許されます。無罪のあとでも、控訴審は、嫌疑が第一審段階より強いものであることを条件に、勾留できます。次は、有罪判決の中身です。判決書には何を書き、罪となるべき事実を、どこまで具体的に書くのかを見ます。

ページ上部へ ↑

#150単独ページ動画

有罪判決と罪となるべき事実

第7章 裁判 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。判決書の型→有罪判決の主文→335条1項の3点セット(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)→罪となるべき事実の具体性(基準・共謀の判示)→335条2項→書かなかったら(理由不備・理由齟齬)→無罪判決との対比。問い=判決書に「被告人は、Yと共謀の上」とだけ書いてあり、いつ・どこで・どう相談したかは書かれていない。これで罪となるべき事実を示したことになるか 図:今日の地図と問い

  • 判決書の型→有罪判決の主文→335条1項の3点セット(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)→罪となるべき事実の具体性(基準・共謀の判示)→335条2項→書かなかったら(理由不備・理由齟齬)→無罪判決との対比
  • 問い=判決書に「被告人は、Yと共謀の上」とだけ書いてあり、いつ・どこで・どう相談したかは書かれていない
  • これで罪となるべき事実を示したことになるか

前回の最後に、予告しました。次は、有罪判決の中身です。判決書には何を書き、罪となるべき事実を、どこまで具体的に書くのかを見ます。事例から入ります。共犯事件の有罪判決です。判決書の罪となるべき事実に、被告人は、Yと共謀の上、と書かれています。そのあとに、実際にやった行為が続きます。ところが、いつ、どこで、どう相談したのかは、一言も書かれていません。これで、罪となるべき事実を示したことになるのでしょうか。判決書を読んでも共謀の中身が見えない、という不安には理由があります。ただ、訴因の回でも、似た問いを見ました。起訴状に、Yと共謀の上、とだけ書いてあって足りるのか、という問いです。今度は起訴状ではなく、判決書の側で、同じ問いが立ちます。物差しは同じなのでしょうか。答えは、今日の山場で出します。地図です。今日の話は、7つです。判決書には何を書くのか。有罪判決の主文には何が載るのか。有罪の理由に必ず示す3つは何か。罪となるべき事実を、どこまで具体的に書けば足りるのか。当事者が主張した事情には、どう答えるのか。書かなければどうなるのか。最後に、無罪判決の書き方との違いです。先に、見通しを1つだけ言っておきます。判決書は、証拠で事実を認め、事実に法令を当てはめる、その筋道を紙に写したものです。だから、書くべきなのは、その筋道に要るものだけです。

判決書と宣告

判決書の型(設例)。主文=被告人を拘禁刑1年6月に処する。理由=罪となるべき事実(被告人は、Yと共謀の上、令和6年4月5日午後11時ころ、東京都内のC方店舗において、C管理の現金約10万円を窃取した)/証拠の標目(被告人の公判供述・証人Cの公判供述・捜査報告書(甲2))/[事実認定の補足説明]/法令の適用(刑法60条・235条=拘禁刑を選択)/[量刑の理由]。判決書は裁判官が作り署名押印(規則54条・55条)。例外=地裁・簡裁の調書判決(規則219条) 図:判決書の型

  • 設例
  • 主文=被告人を拘禁刑1年6月に処する。理由=罪となるべき事実(被告人は、Yと共謀の上、令和6年4月5日午後11時ころ、東京都内のC方店舗において、C管理の現金約10万円を窃取した)
  • 証拠の標目(被告人の公判供述・証人Cの公判供述・捜査報告書(甲2))
  • [事実認定の補足説明]
  • 法令の適用(刑法60条・235条=拘禁刑を選択)
  • [量刑の理由]。判決書は裁判官が作り署名押印(規則54条・55条)。例外=地裁・簡裁の調書判決(規則219条)

まず、判決書の外枠です。裁判をするときは、裁判書を作ります。刑事訴訟規則53条です。

条文刑事訴訟規則第53条

刑事訴訟規則第53条 裁判をするときは、裁判書を作らなければならない。但し、決定又は命令を宣告する場合には、裁判書を作らないで、これを調書に記載させることができる。

決定や命令は、宣告するのであれば、書面を作らず、調書に書いて済ませることができます。判決には、この例外がありません。判決は、判決書を作ります。判決書は、大きく2つの部分でできています。結論を述べる主文と、その根拠を述べる理由です。理由が常に必要なことは、前回の、44条で見ました。区別が必要です。判決は、公判廷で宣告されて、告知されます。判決書は、その判決の内容を証明する文書です。ですから、宣告の時点で、判決書の原本ができていなくても構いません。実務には、審理が終わったあと、判決書を作る前に、直ちに言い渡す即日判決もあります。宣告の方式は、前回の、規則35条2項でした。判決書は、裁判をした裁判官が作って、署名押印します。規則54条と55条です。ただし、例外が1つあります。上訴の申立てがない場合に、判決の主文、罪となるべき事実の要旨、罰条を、公判調書の末尾に記載して、判決書に代える調書判決です。規則219条です。例外ですから、名前だけ押さえてください。今日の設例を1つ決めます。被告人が、Yと共謀の上、Cの店舗で現金約10万円を盗んだ窃盗です。判決書は、この形になります。主文は、被告人を拘禁刑1年6月に処する。理由には、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用が並びます。争いのある事件では、事実認定の補足説明が入ります。量刑の理由が入ることもあります。量刑の理由は、別の回で扱います。

有罪判決の主文

有罪判決の主文に載るもの。①主刑=被告人を拘禁刑1年6月に処する。②未決勾留日数の算入=未決勾留日数中30日をその刑に算入する(刑法21条=全部又は一部を算入できる)。③刑の全部の執行猶予・保護観察=この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する(刑法25条・25条の2)。④没収・追徴(刑法19条・19条の2)。⑤訴訟費用の負担=被告人の負担とする(181条)。刑の免除は334条=有罪の一種。実際の主文は事件に応じて必要なものだけ 図:有罪判決の主文に載るもの

  • ①主刑=被告人を拘禁刑1年6月に処する
  • ②未決勾留日数の算入=未決勾留日数中30日をその刑に算入する(刑法21条=全部又は一部を算入できる)
  • ③刑の全部の執行猶予・保護観察=この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する(刑法25条・25条の2)
  • ④没収・追徴(刑法19条・19条の2)
  • ⑤訴訟費用の負担=被告人の負担とする(181条)
  • 刑の免除は334条=有罪の一種
  • 実際の主文は事件に応じて必要なものだけ

有罪判決の主文です。まず、有罪の言渡しの根拠になる条文を、全文で読みます。333条1項です。

条文刑事訴訟法第333条第1項

刑事訴訟法第333条第1項 被告事件について犯罪の証明があつたときは、第三百三十四条の場合を除いては、判決で刑の言渡をしなければならない。

犯罪の証明があったときは、判決で刑を言い渡します。この証明は、合理的な疑いを超える証明です。自由心証主義と利益原則の回で見たとおりです。例外は、334条です。犯罪の証明はあっても、刑を免除する場合は、刑を言い渡す代わりに、刑を免除する旨を言い渡す判決になります。それでも、犯罪の証明はありますから、有罪判決の一種として扱い、後で見る335条の対象です。主文に載るものを、板で一覧にします。1つ目は主刑です。被告人を拘禁刑1年6月に処する、という形です。2つ目は、未決勾留日数の算入です。判決が確定する前に、被告人が勾留されていた日数です。刑を言い渡すときに、その全部または一部を、刑の期間に数えてあげることができます。刑法21条です。たとえば、未決勾留日数のうち30日を、拘禁刑に算入する、という書き方です。3つ目は、執行猶予です。刑の全部の執行猶予、つまり、言い渡した刑をすぐには執行せず、一定の期間、その執行を猶予する扱いは、刑の言渡しと同時に、判決で言い渡します。333条2項です。必要があれば、保護観察も付けます。4つ目は、没収と追徴です。5つ目は、訴訟費用の負担です。刑の言渡しをするときは、被告人が貧困のために納められないことが明らかな場合を除いて、訴訟費用の全部または一部を、被告人に負担させなければなりません。181条です。実際の主文は、事件に応じて、必要なものだけが並びます。量刑や訴訟費用の詳しい扱いは、別の回で見ます。今日は、主文が結論の意思表示であること、そして何が載るのかを押さえてください。

335条1項の3点セット

335条1項の流れ。証拠(317条=事実の認定は証拠による)→標目として示す→認定した事実=罪となるべき事実(構成要件に該当する事実)→法令の適用(罰条・刑種の選択・併合罪など)→主文。三段論法=大前提=法令/小前提=認定した事実/結論=主文。罪となるべき事実=犯罪を構成すべき積極的要件に該当する事実 図:335条1項の流れ

  • 証拠(317条=事実の認定は証拠による)→標目として示す→認定した事実=罪となるべき事実(構成要件に該当する事実)→法令の適用(罰条・刑種の選択・併合罪など)→主文
  • 三段論法=大前提=法令/小前提=認定した事実/結論=主文
  • 罪となるべき事実=犯罪を構成すべき積極的要件に該当する事実

ここが、今日の土台です。有罪の言渡しに、何を示さなければならないのか。335条です。

条文刑事訴訟法第335条第1項・第2項

刑事訴訟法第335条第1項・第2項 有罪の言渡をするには、罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さなければならない。 2 法律上犯罪の成立を妨げる理由又は刑の加重減免の理由となる事実が主張されたときは、これに対する判断を示さなければならない。

今日は、1項から見ます。罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用。この3つです。2項は、後で見ます。なぜ、この3つなのか。判決は、三段論法で組み立てられています。大前提は、法令です。窃盗なら、刑法235条です。小前提は、認定した事実です。被告人が、Cの現金を盗んだ、という事実です。結論が、主文です。そして、その小前提は、思いつきでは立てられません。事実の認定は、証拠によらなければならないからです。317条です。流れで言うと、証拠から事実を認めて、事実に法令を当てはめて、主文に至ります。その3つの段が、そのまま判決書に写されます。証拠の段が証拠の標目、事実の段が罪となるべき事実、当てはめの段が法令の適用です。答えだけでなく、使った式と前提の数字を書く答案に似ています。ただ、計算の途中のメモまで全部写す必要はありません。採点する人が、この式でこの答えが出る、と確かめられれば足ります。判決書も、三段のそれぞれに要るものを示せば足ります。

罪となるべき事実というのは、事件の経緯を全部書くことでしょうか。違います。罪となるべき事実とは、犯罪を構成する積極的な要件に当たる事実のことです。窃盗なら、他人の財物を窃取した、という事実です。構成要件とは、刑法の条文が犯罪ごとに定めている型のことでした。罪となるべき事実は、その型に当てはまる事実、つまり、構成要件に該当する事実です。事件の背景や動機などは、必要に応じて書かれることはあっても、罪となるべき事実そのものではありません。法令の適用も、見ておきます。罰条である、刑法235条。共同正犯の、刑法60条。選択できる刑の中から、拘禁刑を選ぶこと。罪が複数なら、併合罪の処理。執行猶予の根拠条文。こうしたものを、条番号を並べて示します。

証拠の標目

証拠の標目。標目=罪となるべき事実を認定した根拠となる証拠の名前(例=被告人の公判供述/証人Cの公判供述/捜査報告書(甲2))。名前の列挙で足りる=どの証拠からどの事実を認めたかの説明(証拠説明)までは法の要求でない。実務では争いのある事件で「事実認定の補足説明」「争点に対する判断」を別に立てる(法律上の義務ではない)。弁別=証拠名だけ→適法/補足説明が無い→それだけでは違法でない/標目すら無い→335条1項違反 図:証拠の標目

  • 標目=罪となるべき事実を認定した根拠となる証拠の名前(例=被告人の公判供述/証人Cの公判供述/捜査報告書(甲2))
  • 名前の列挙で足りる=どの証拠からどの事実を認めたかの説明(証拠説明)までは法の要求でない
  • 実務では争いのある事件で「事実認定の補足説明」「争点に対する判断」を別に立てる(法律上の義務ではない)
  • 弁別=証拠名だけ→適法/補足説明が無い→それだけでは違法でない/標目すら無い→335条1項違反

条文を使う前に、予想してください。判決書の標目に、被告人の公判供述、証人Cの公判供述、とだけ書いてあります。どの事実を、どの証拠から認めたのかは、書かれていません。これは、335条1項に違反するでしょうか?標目とは、罪となるべき事実を認めた根拠となる、証拠の名前です。名前を並べれば足ります。どの証拠からどの事実を認めたのか、という説明、つまり証拠説明までは、法は求めていません。考え方は、こうです。335条1項が要求しているのは、事実の認定が、証拠によるものだと示すことです。証拠の中身を分析して見せることまでは、求めていません。分析は、控訴審が、記録と証拠を見て確かめられます。ただし、実務は、そこで止まりません。争いのある事件で、標目だけでは、なぜその事実を認定できたのかが分からないときは、事実認定の補足説明や、争点に対する判断といった項目を、別に立てます。間接事実から、どう推認したのかなどを説明する項目です。これは法律上の義務ではありません。裁判所が、判決を分かりやすくするために、付け加えているものです。弁別します。標目に、証拠の名前しか書いていない。適法です。補足説明が書かれていない。それだけでは、違法になりません。標目そのものが、書かれていない。これは、335条1項の違反です。この、書かれていなかった場合にどうなるのかは、あとで見ます。

罪となるべき事実の具体性

罪となるべき事実の具体性(基準)。基準=構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白であれば足りる(細部まで尽くす必要はない) 図:罪となるべき事実の具体性

  • 基準
  • 基準=構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白であれば足りる(細部まで尽くす必要はない)

山場の前半です。罪となるべき事実を、どこまで具体的に書けば足りるのか。まず、結論の型から言います。構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白であれば足りる。これが基準です。書かれた事実だけを読んで、その犯罪の型に当てはまるかどうかを、確かめられる程度、という意味です。細部まで尽くす必要は、ありません。判例で確かめます。殺人未遂の事件です。第一審判決は、未必の殺意をもって、被害者の身体を、有形力を行使して、被告人方の屋上の手摺り越しに、約7.3メートル下方のコンクリート舗装の路上に落下させ、路面に激突させた、と判示しました。この判示に対して、被告人は、どのようにして落下させたのか、つまり手段と方法が書かれていない、と争いました。最高裁は、こう述べました。

判例最決昭58・5・6 刑集37巻4号375頁

罪となるべき事実の判示の具体性 被告人がどのようにして被害者の身体を右屋上から道路に落下させたのか、その手段・方法については、単に「有形力を行使して」とするのみで、それ以上具体的に摘示していないことは、所論のとおりであるが、前記程度の判示であつても、被告人の犯罪行為としては具体的に特定しており、第一審判決の罪となるべき事実の判示は、被告人の本件犯行について、殺人未遂罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、右構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明白にしているものというべきであり

判例の事案(殺人未遂)と境界の外。書かれている部分=未必の殺意で、屋上の手摺り越しに約7.3メートル下方の路上に落下させ、路面に激突させた。書かれていない部分=どのようにして落下させたか(手で押したか・抱え上げたか等の力の加え方)=「有形力を行使して」とのみ。境界の外の例=「Cを殺そうとしたが未遂に終わった」とだけ→何をしたか分からず判定できない

結論は、上告棄却です。判決書の中身を、書かれている部分と、書かれていない部分に分けて見ます。書かれているのは、屋上の手摺り越しに、約7.3メートル下の路面に落下させ、激突させた、という点です。殺人の実行行為と、その結果です。書かれていないのは、手で押したのか、抱え上げたのか、といった、力の加え方の細かい中身です。なぜ足りるのかを、考え方として説明します。殺人未遂の構成要件に当たるかどうかは、人を高所から落下させて死の危険を生じさせた、という核心で判定できます。手で押したか抱え上げたかは、その判定を左右しません。だから、手段の細かい中身が欠けていても足りる、と考えられます。境界の外の例も作っておきます。判決書に、被告人は、Cを殺そうとしたが、未遂に終わった、とだけ書いてあるとします。これでは、何をしたのか分かりません。実行行為が分からないので、殺人未遂の構成要件に当たるかどうかを、判定できません。足りません。

細部まで書かなくてよい理由。理由=①記憶・証拠の限界②判決の役割は事実の記録でなく法令適用の根拠を示すこと 図:細部まで書かなくてよい理由

理由は2つあります。1つは、人の記憶にも証拠にも限界があることです。時刻も手口も、厳密に特定できなければ有罪にできない、とすると、明らかに犯人なのに処罰できない事態が生じます。もう1つは、判決の役割です。判決は、起こったことを細大漏らさず記録するものではありません。法令を適用する根拠になる事実を示すものです。この基準は、手段だけでなく、日時、場所、凶器にも及びます。どこまで幅を持たせた書き方が許されるのか、つまり、概括的な認定や、択一的な認定の限界は、次の回で見ます。今日は、基準そのものを押さえてください。訴因との関係を、1つだけつなぎます。256条3項は、訴因を、できる限り日時、場所、方法で罪となるべき事実を特定して書け、と定めています。そして、訴因の特定の回で見た、罪となるべき事実説は、識別説より厳しい見解でした。構成要件に該当する事実の記載に加えて、裁判所が有罪だと確信できるところまで具体的に書くこと、つまり、有罪判決に書く罪となるべき事実と同じ程度の具体性を、起訴の段階にも求める考え方です。ほかの事件と区別できれば足りる、とする識別説とは、そこが違います。起訴状と判決書は、同じ、罪となるべき事実という言葉を使っています。この説に立てば、物差しも同じ、ということになります。

共謀の判示

共謀の判示と冒頭の問い。関係図=A(被告人)と B(共犯者Y)の共謀(点線)→実行行為(具体的に書く)→C(被害者) 図:共謀の判示と冒頭の問い

冒頭の問いを、回収します。その前に、前の回の復習を1問です。起訴状に、Yと共謀の上、とだけ書いてあっても、識別説の立場から足りるとされたのは、なぜだったでしょうか?共謀の経緯が書かれていなくても、実行行為の部分で、どの事件のことなのかを、ほかの事実と区別できるからです。では、判決書の側で、同じ問いを考えます。まず、共謀とは何かです。刑法で見たとおり、共謀共同正犯は、2人以上の者が、特定の犯罪を行うために、共同意思の下に一体となって、互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移す、という内容の謀議をして、その結果、犯罪を実行したと認められるときに成立します。この先で見る、最高裁の判断は、2つの層に分かれます。共謀をどう認定するか、という層と、判決書にどう書くか、という層です。

共謀の認定と判示。共謀=共謀共同正犯の罪となるべき事実(厳格な証明が必要)。判決書に書くのは「共謀の上」=成立が明らかであれば足りる。書かれなくてよいもの=謀議の日時・場所・内容の詳細(実行の方法・各人の分担役割) 図:共謀の認定と判示

  • 共謀=共謀共同正犯の罪となるべき事実(厳格な証明が必要)
  • 判決書に書くのは「共謀の上」=成立が明らかであれば足りる
  • 書かれなくてよいもの=謀議の日時・場所・内容の詳細(実行の方法・各人の分担役割)

まず、認定の層です。注意してほしいのは、この共謀や謀議が、共謀共同正犯の、罪となるべき事実そのものだという点です。そうだとすれば、共謀の事実を認めるには、厳格な証明が必要です。厳格な証明の回で見たとおり、有罪か無罪かを決める中心の事実、つまり構成要件に該当する事実は、証拠能力のある証拠を、公判廷での適式な証拠調べにかけて、初めて認めることができるからです。そのうえで、最高裁は、判決書への書き方について、こう述べました。練馬事件と呼ばれる大法廷判決です。共犯者の供述の回で出た判決の、別の部分です。

判例最大判昭33・5・28 刑集12巻8号1718頁

共謀の判示の程度 ここにいう「共謀」または「謀議」は、共謀共同正犯における「罪となるべき事実」にほかならないから、これを認めるためには厳格な証明によらなければならない ……しかし「共謀」の事実が厳格な証明によつて認められ、その証拠が判決に挙示されている以上、共謀の判示は、前示の趣旨において成立したことが明らかにされれば足り、さらに進んで、謀議の行われた日時、場所またはその内容の詳細、すなわち実行の方法、各人の行為の分担役割等についていちいち具体的に判示することを要するものではない。

「共謀の上」で足りる条件。条件=①共謀が厳格な証明で認定されている②その証拠(標目)が判決に挙示されている③実行行為の部分は具体的 図:「共謀の上」で足りる条件

冒頭の問いの答えは、足りる、です。被告人は、Yと共謀の上、と書かれていれば、共謀の判示としては十分です。ただし、条件があります。1つ目。共謀が、厳格な証明で認定されていること。2つ目。その証拠が、判決に挙示されていること。そして3つ目。実行行為の部分が、具体的に書かれていることです。共謀の中身を書かなくてよいのなら、共謀の認定は、いい加減でもよいことになりませんか。ここが肝心です。共謀の細部を書かなくてよいのは、共謀の認定が軽くなったからではありません。認定そのものには、厳格な証明が要ります。決め手は、証拠が標目に挙げられている点です。共謀の認定に疑問を持った人は、標目に挙がっている証拠で、確かめられます。判決書の中に細部が書かれていなくても、認定の根拠は、示されているのです。さきほどの、標目の節と、基準の節が、ここでつながります。境界の外も確認します。被告人は、Yと共謀の上、犯行に及んだ、とだけ書いてあって、実行行為の中身がまったく書かれていないとします。これは足りません。何を実行したのかが分からず、構成要件に当たるかどうかを、判定できないからです。省けるのは共謀の細部であって、実行行為の核心までは省けません。訴因の側と、結論はそろいました。識別説からも、罪となるべき事実説からも、共謀の上、で足りる。判決書の側でも、足ります。ただ、理由の筋は同じではありません。起訴状の側で識別説が中心に見ていたのは、ほかの事件と区別できるか、でした。判決書の側で見るのは、構成要件に当たるかを判定できるか、そして、認定の根拠になった証拠が挙がっているか、です。

判決書に書くべきなのは、証拠で事実を認め、事実に法令を当てはめる筋道に要るものだけです。共謀の細部は、その筋道に要らないから、書かなくてよいのです。

335条2項

335条2項。判断を示す対象=法律上犯罪の成立を妨げる理由(違法性阻却=正当防衛36条・緊急避難37条/責任阻却=心神喪失39条1項)/刑の加重減免の理由となる事実(累犯=加重/中止未遂・心神耗弱39条2項・親族相盗例=減免。法律上当然に刑が変わる事情だけ。裁量的減免=自首・過剰防衛は対象外)。条件=主張されたとき。主張が無ければ義務なし(重要な争点なら実務は補足説明で書く)。対象外=犯罪事実の否認(不能犯の主張=最決昭28・3・24)。同じ「心神」でも、心神喪失=罪とならない(無罪・336条前段)/心神耗弱=有罪で刑を減軽 図:335条2項

  • 判断を示す対象=法律上犯罪の成立を妨げる理由(違法性阻却=正当防衛36条・緊急避難37条/責任阻却=心神喪失39条1項)/刑の加重減免の理由となる事実(累犯=加重/中止未遂・心神耗弱39条2項・親族相盗例=減免。法律上当然に刑が変わる事情だけ。裁量的減免=自首・過剰防衛は対象外)
  • 条件=主張されたとき
  • 主張が無ければ義務なし(重要な争点なら実務は補足説明で書く)
  • 対象外=犯罪事実の否認(不能犯の主張=最決昭28・3・24)
  • 同じ「心神」でも、心神喪失=罪とならない(無罪・336条前段)/心神耗弱=有罪で刑を減軽

次は、335条2項です。1項と同じ条文の、続きです。法律上犯罪の成立を妨げる理由、または、刑の加重減免の理由となる事実が主張されたときは、これに対する判断を示さなければなりません。分けて見ます。法律上犯罪の成立を妨げる理由とは、構成要件には当たるけれども、犯罪が成立しなくなる事情です。正当防衛、緊急避難のような違法性を消す事由。心神喪失のような責任を消す事由です。刑の加重減免の理由とは、刑を重くしたり、軽くしたり、免除したりする事情です。累犯は加重です。中止未遂、心神耗弱、親族相盗例は、減免です。ただし、自首や過剰防衛のように、刑を軽くするかどうかが裁判所の裁量に任されている事情は、入りません。法律上当然に刑が変わる事情だけが、対象です。大事なのは、主張されたとき、という文言です。弁護人が、正当防衛だと主張したなら、判決は、それを認めない場合でも、認めない判断を示さなければなりません。主張がなければ、判断を示す義務はありません。それでも、重要な争点であれば、実務は、補足説明で判断を示しています。ここで、予想してください。被告人が、自分の行為は不能犯だと主張したのに、判決がそれに触れませんでした。335条2項の違反でしょうか?

気持ちは分かりますが、違います。不能犯とは、刑法で見たとおり、行為の性質上、結果が起きる危険がそもそも無いために、実行の着手が認められず、未遂犯にもならない場合でした。ですから、不能犯の主張は、構成要件に当たる行為をした、ということそのものを争う、罪となるべき事実の否認です。最高裁の決定も、不能犯の主張は犯罪事実の否認であって、335条2項により判断を示すべき事項ではない、と判断しています。2項が対象にするのは、構成要件に当たることを前提にして、それでも犯罪が成立しない、あるいは刑が変わる、という主張です。否認に対しては、判決が罪となるべき事実を認定して示した時点で、答えがもう出ています。認めた事実そのものが、その主張を退けているからです。正当防衛の主張は違います。罪となるべき事実を認めても、それだけでは答えになりません。だから、2項が、別に判断を示せと求めているのです。同じ心神でも、区別が必要です。心神喪失は、罪とならない場合ですから、無罪です。心神耗弱は、有罪で、刑を減軽する場合です。刑法39条の、1項と2項です。心神耗弱が主張されたなら、判決は、有罪を言い渡したうえで、2項の判断を示します。

書かなかったら——理由不備・理由齟齬

理由不備・理由齟齬(378条4号)。理由不備=有罪判決で335条1項の3点(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)を欠く(2項の判断遺脱は含まない=379条の訴訟手続違反・判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限る/最判昭28・5・12)。理由齟齬=理由の中、または主文と理由の間に矛盾がある。控訴理由(絶対的控訴理由)=判決に影響を及ぼすことが明らかかどうかを問わない(379条の一般の訴訟手続違反とは違う)。控訴趣意書に、その事由があることを信ずるに足りる事実(訴訟記録・原裁判所で取り調べた証拠に現れているもの)を援用する。規則220条=有罪判決の宣告で上訴期間と上訴申立書を差し出すべき裁判所を告知 図:理由不備・理由齟齬

  • 378条4号
  • 理由不備=有罪判決で335条1項の3点(罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用)を欠く(2項の判断遺脱は含まない=379条の訴訟手続違反・判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限る/最判昭28・5・12)。理由齟齬=理由の中、または主文と理由の間に矛盾がある。控訴理由(絶対的控訴理由)=判決に影響を及ぼすことが明らかかどうかを問わない(379条の一般の訴訟手続違反とは違う)。控訴趣意書に、その事由があることを信ずるに足りる事実(訴訟記録・原裁判所で取り調べた証拠に現れているもの)を援用する。規則220条=有罪判決の宣告で上訴期間と上訴申立書を差し出すべき裁判所を告知

ここまで、判決に何を書くべきかを見ました。では、書かなかったら、どうなるのでしょうか。担保になるのが、378条です。

条文刑事訴訟法第378条柱書・第4号

刑事訴訟法第378条柱書・第4号 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつてその事由があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。  四 判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること。

判決に理由を付けていないこと、これが理由不備です。理由にくいちがいがあること、これが理由齟齬です。理由の中で矛盾している場合や、主文と理由が食い違っている場合です。どちらも、控訴の理由になります。判決に影響したかどうかは、問われないのですか。問われません。これが絶対的控訴理由です。379条は、訴訟手続の法令違反について、判決に影響を及ぼすことが明らかな場合でなければ、控訴の理由にならないとしています。378条4号は、その要件を要求しません。理由がない判決は、それ自体が、重大な欠陥だからです。つながりを整理します。335条1項は、有罪判決に、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用の3点を示せと要求しています。この3点のどれかを欠いた判決は、理由不備として、控訴で争えます。一方、2項の判断を示さなかったときは、理由不備ではなく、379条の訴訟手続の法令違反の問題です。その場合は、判決に影響を及ぼすことが明らかなときに限って、控訴の理由になります。控訴理由を主張する側は、控訴趣意書に、その事由があることを信ずるに足りる事実を、記録や証拠から援用します。有罪判決を宣告するときには、被告人に、上訴の期間と、上訴申立書を差し出すべき裁判所を告げます。規則220条です。控訴期間の数え方は、上訴の回で扱います。控訴審が理由不備をどう審査するのかも、控訴審の回で見ます。

無罪判決との対比

無罪の2場面。公訴事実→審理→①被告事件が罪とならない(証明された事実が構成要件に当たらない/犯罪成立阻却事由が認められた)②犯罪の証明がない(合理的な疑いを超える証明に至らない)。設例=わいせつ物頒布(刑法175条)で起訴された表現物について、頒布の事実は証明されたが「わいせつ」に当たらないと判断→無罪(①)。公訴棄却ではない。起訴状の記載自体から罪を包含しないことが明白→公訴棄却の決定(339条1項2号)。分かれ目=審理をした結果か、起訴状の記載自体か 図:無罪の2場面

  • 公訴事実→審理→①被告事件が罪とならない(証明された事実が構成要件に当たらない/犯罪成立阻却事由が認められた)②犯罪の証明がない(合理的な疑いを超える証明に至らない)
  • 設例=わいせつ物頒布(刑法175条)で起訴された表現物について、頒布の事実は証明されたが「わいせつ」に当たらないと判断→無罪(①)
  • 公訴棄却ではない
  • 起訴状の記載自体から罪を包含しないことが明白→公訴棄却の決定(339条1項2号)
  • 分かれ目=審理をした結果か、起訴状の記載自体か

最後に、無罪判決との対比です。無罪の言渡しの根拠は、336条です。

条文刑事訴訟法第336条

刑事訴訟法第336条 被告事件が罪とならないとき、又は被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない。

2つの場面があります。1つ目は、罪とならないときです。審理の結果、公訴事実のとおりの事実は認められたが、それが構成要件に当たらない場合です。あるいは、正当防衛や心神喪失のような、犯罪の成立を妨げる事由が認められた場合です。2つ目は、犯罪の証明がないときです。合理的な疑いを超える証明に至らなかった場合です。利益原則の回で見たとおりです。設例で、1つ目を確かめます。わいせつな物を頒布した罪、刑法175条で、ある表現物の頒布者が起訴されました。審理の結果、頒布した事実は証明されました。しかし、その表現は、わいせつには当たらないと、裁判所は判断しました。このとき、裁判所は、無罪を言い渡します。

ここで、前回までの復習を1問です。起訴状に記載された事実が、真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき、裁判所は、何をするのでしたか?339条1項2号で、公訴を棄却する決定をします。分かれ目は、審理をした結果か、起訴状の記載自体からか、です。起訴状の記載を見ただけで、罪を構成しないことが明白なら、審理に入らず、公訴棄却の決定です。今回は、審理で事実を調べて、証明された事実を、法的に評価して、わいせつに当たらないと判断しました。頒布したかどうかは、あったかなかったかを確かめれば決まる事実です。これに対して、わいせつかどうかは、表現の中身を調べたうえで、評価を経なければ決まりません。こういう要素を、刑法で見たとおり、規範的構成要件要素と呼びます。起訴状を読んだだけでは判断できず、証明された事実を評価して、構成要件に当たるかを決めるものです。だから、審理の結果としての、無罪になります。無罪判決の書き方です。有罪判決の335条のような、法定の記載事項は、ありません。ただ、理由は常に必要です。実際には、公訴事実の要旨を掲げ、無罪となる理由を書いて、罪とならないのか、証明がないのか、どちらなのかを示すのが、通例です。

一部無罪と主文。全部無罪=主文「被告人は無罪」。公訴事実の一部を無罪とする(別罪の関係)=主文「起訴状記載の第2の公訴事実については、被告人は無罪」。科刑上一罪・包括一罪の一部のみを無罪とするとき=主文で無罪を言い渡さない(有罪部分の刑だけを言い渡し、一部無罪は理由中で示す) 図:一部無罪と主文

  • 全部無罪=主文「被告人は無罪」
  • 公訴事実の一部を無罪とする(別罪の関係)=主文「起訴状記載の第2の公訴事実については、被告人は無罪」
  • 科刑上一罪・包括一罪の一部のみを無罪とするとき=主文で無罪を言い渡さない(有罪部分の刑だけを言い渡し、一部無罪は理由中で示す)

一部無罪も、見ておきます。公訴事実が全部無罪なら、主文は、被告人は無罪、です。公訴事実が複数あり、別々の罪の関係にあって、その一部だけが無罪になるなら、主文で、起訴状記載の第2の公訴事実については、被告人は無罪、と言い渡します。注意が必要なのは、科刑上一罪や包括一罪の場合です。複数の行為が、全体で1つの罪として扱われる関係にあるとき、その一部だけを無罪とするなら、主文では無罪を言い渡しません。有罪とする部分の刑だけを言い渡して、一部が無罪であることは、理由の中で示します。この場合は、全体が1個の事件として審判され、結論も1つしか出ません。有罪とする部分がある以上、主文に載るのは、その刑の言渡しだけで、そこに無罪を並べることはできないのです。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例と短答。(a)決定・命令は調書で代えられるが判決は判決書が必要(規則53条)/(b)判決書は宣告時に原本が無くてもよい(即日判決)/(c)標目は証拠名の列挙で足りる/(d)手段を「有形力を行使して」とだけ書いた判示→構成要件該当性を判定できれば足りる/(e)「Yと共謀の上」で足りる(厳格な証明・証拠の挙示)/(f)正当防衛の主張には判断を示す・不能犯の主張には2項の義務なし/(g)理由不備・理由齟齬は影響を問わず控訴理由/(h)審理の結果わいせつに当たらない→無罪(公訴棄却ではない)/(i)科刑上一罪の一部無罪は主文で言わない 図:節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例です。最初の3つ。1つ目。判決は、決定や命令と同じように、調書の記載で裁判書に代えられますか。判決書が、宣告の時点で、できていなくてもよいのは、なぜですか。判決は、判決書が必要で、調書では代えられません。ただ、判決書は、判決の内容を証明する文書にすぎないので、宣告の時点で原本ができていなくても構いません。2つ目。標目に、証拠の名前だけが書かれ、どの事実をどの証拠から認めたのかの説明がありません。違法ですか。違法ではありません。法が求めているのは、標目の列挙までだからです。ただ、標目そのものが書かれていなければ、335条1項の違反になります。では3つ目。殺人未遂で、手段が、有形力を行使して、とだけ書かれていました。足りますか。

足ります。実行行為と結果の核心が書かれていて、構成要件に該当するかどうかを判定できるからです。次の2つは、共謀と2項です。判決に、被告人は、Yと共謀の上、とだけ書かれています。足りるのは、どんな条件のときですか。共謀が厳格な証明で認定されていて、その証拠が判決に挙示されていて、実行行為の部分が具体的に書かれているときです。次です。正当防衛を主張したのに、判決が触れませんでした。不能犯の主張に、判決が触れませんでした。それぞれ、335条2項の問題になりますか。正当防衛の主張には判断を示す義務があるので、問題になります。不能犯は犯罪事実の否認なので、2項の義務はありません。残りは、○×です。理由不備や理由齟齬は、判決に影響を及ぼすことが明らかでなくても、控訴の理由になる。○です。表現物が、審理の結果、わいせつに当たらないと判断された。無罪であって、公訴棄却ではありません。科刑上一罪の一部を無罪とするとき、主文で、一部無罪を言い渡す。×です。主文では言い渡さず、理由の中で示します。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。判決書=主文と理由(判決は判決書が必要・内容を証明する文書)。有罪判決の主文=主刑・未決算入・執行猶予・没収追徴・訴訟費用。335条1項=罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用。罪となるべき事実=構成要件該当性を判定できる程度。「共謀の上」で足りる(厳格な証明・証拠の挙示・実行行為は具体的)。335条2項=主張された犯罪不成立・刑の加重減免の事由に判断(不能犯の主張は対象外)。378条4号=理由不備・理由齟齬は絶対的控訴理由。無罪=336条の2場面(罪とならない/証明がない)・起訴状の記載自体から明白なら公訴棄却の決定 図:まとめの地図

  • 判決書=主文と理由(判決は判決書が必要・内容を証明する文書)
  • 有罪判決の主文=主刑・未決算入・執行猶予・没収追徴・訴訟費用
  • 335条1項=罪となるべき事実・証拠の標目・法令の適用
  • 罪となるべき事実=構成要件該当性を判定できる程度
  • 「共謀の上」で足りる(厳格な証明・証拠の挙示・実行行為は具体的)
  • 335条2項=主張された犯罪不成立・刑の加重減免の事由に判断(不能犯の主張は対象外)
  • 378条4号=理由不備・理由齟齬は絶対的控訴理由
  • 無罪=336条の2場面(罪とならない/証明がない)・起訴状の記載自体から明白なら公訴棄却の決定

今日のまとめです。判決には、判決書が要ります。決定や命令と違い、調書では代えられません。判決書は、判決の内容を証明する文書ですから、宣告のときに原本ができていなくても構いません。有罪判決の主文には、主刑、未決勾留日数の算入、執行猶予、没収と追徴、訴訟費用の負担が載ります。理由には、335条1項のとおり、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用を示します。証拠から事実を認め、事実に法令を当てはめる、三段論法の写しです。標目は、証拠の名前の列挙で足ります。罪となるべき事実は、構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白であれば足ります。冒頭の問いの答えです。被告人は、Yと共謀の上、とだけ書いてあっても、足ります。共謀が厳格な証明で認定され、その証拠が挙示されていて、実行行為の部分が具体的に書かれている限りは、成立が明らかであれば足り、日時、場所、内容の詳細までは、要りません。335条2項は、主張された、犯罪の成立を妨げる理由と、刑の加重減免の理由に、判断を示す義務です。不能犯のような犯罪事実の否認は、対象になりません。罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用のどれかを欠いた判決は、378条4号の理由不備として、影響を問わず、控訴で争えます。2項の判断を示さなかったときは、379条で、影響が明らかな場合に限られます。無罪の言渡しは、336条の2つの場面です。罪とならないとき。証明がないとき。審理の結果として構成要件に当たらないなら無罪、起訴状の記載自体から罪を包含しないことが明白なら、公訴棄却の決定でした。

次は、どちらかだと分かっていても、どちらかまでは決められないとき、判決はどう書けるのかを見ます。幅のある書き方の限界を、そこで確かめます。

ページ上部へ ↑

#151単独ページ動画

概括的認定と択一的認定

第7章 裁判 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の地図と問い。判決の書き方の幅=①概括的認定(「ころ」と幅で書く)→②同一構成要件内の択一的認定(日時・実行行為者)→③その例外(過失)→(次)違う犯罪の間。問い=被告人はYと共謀の上Cを殺害したと認定されたが、刺したのが被告人かYかは決められない。判決書に「被告人またはYが、Cを刺して殺害した」と書いてよいか 図:今日の地図と問い

  • 判決の書き方の幅=①概括的認定(「ころ」と幅で書く)→②同一構成要件内の択一的認定(日時・実行行為者)→③その例外(過失)→(次)違う犯罪の間
  • 問い=被告人はYと共謀の上Cを殺害したと認定されたが、刺したのが被告人かYかは決められない
  • 判決書に「被告人またはYが、Cを刺して殺害した」と書いてよいか

前回の最後に、予告しました。どちらかだと分かっていても、どちらかまでは決められないとき、判決はどう書けるのかを見ます。幅のある書き方の限界を、今日確かめます。事例から入ります。被告人は、Yと共謀の上、Cを殺害したと認定されました。ところが、証拠調べを尽くしても、Cをナイフで刺したのが被告人なのか、Yなのかだけは、どうしても決められませんでした。判決書に、被告人またはYが、Cを刺して殺害した、と書いてよいのでしょうか。どちらか分からないまま有罪にしてよいのか、という引っかかりは、大事な直観です。疑わしきは被告人の利益に、という原則を、利益原則と呼ぶのでした。真偽不明の不利益は検察官が負う、という原則です。利益原則の回で、共謀があったかなかったか、どちらとも決まらないときは、共謀はなかったものとして裁く、と見ました。そのとき、どちらかは確かに強盗の共謀だ、というような場合は、択一的認定という別の問題です、と預けていました。その預けた話に、今日から入ります。答えは、山場で出します。地図です。今日の話は、4つです。まず、択一的認定とは何か。次に、日時や方法に幅を持たせる、概括的認定。そのうえで、日時の択一と、実行行為者の択一を見ます。最後に、同じ犯罪の中でも許されない例外として、過失の択一です。違う犯罪のどちらかだと分かっているときの話は、今日は扱いません。

択一的認定とは何か

択一的認定の定義と3つの物差し。定義=AとBは両立しない(一方しか成り立たない)。AかBのどちらかは合理的な疑いを超えて証明されたが、どちらかまでは証明されない→判決に「AまたはB」と書く。概括的認定との違い=「1月6日ころ」のように範囲で書く(二者択一ではない)。物差し=①罪となるべき事実として足りるか(335条1項・理由不備は378条4号)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか(A罪またはB罪という合成した犯罪を作っていないか) 図:択一的認定の定義と3つの物差し

  • 定義=AとBは両立しない(一方しか成り立たない)
  • AかBのどちらかは合理的な疑いを超えて証明されたが、どちらかまでは証明されない→判決に「AまたはB」と書く
  • 概括的認定との違い=「1月6日ころ」のように範囲で書く(二者択一ではない)
  • 物差し=①罪となるべき事実として足りるか(335条1項・理由不備は378条4号)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか(A罪またはB罪という合成した犯罪を作っていないか)

まず、言葉を整理します。択一的認定とは、AとBが両立しない、つまり、どちらか一方しか成り立たない関係にあるとき、判決に、AまたはB、と書くことです。条件が1つあります。AかBのどちらかであることは、合理的な疑いを超えて証明されている。けれども、どちらであるかまでは、証明できない。この状況だけが、択一的認定の出番です。似た言葉に、概括的認定があります。こちらは、1月6日ころ、のように、事実の書き方に幅を持たせることです。AかBかの二者択一ではなく、範囲で書きます。訴因の追加の話で、予備的、または択一的な訴因、というのが出てきました。起訴状には、択一的に書いてよい、という条文があるのですか。あります。256条5項です。

条文刑事訴訟法第256条第5項

刑事訴訟法第256条第5項 数個の訴因及び罰条は、予備的に又は択一的にこれを記載することができる。

ただし、この条文は、起訴状の規定です。検察官が、訴因を、予備的に、または択一的に並べて書けるという内容で、判決の理由について、択一的に書いてよいと定めた条文は、ありません。ですから、判決に、AまたはB、と書けるかどうかは、条文の一言ではなく、考え方で決めるしかありません。その考え方が、3つの物差しです。今日だけでなく、択一的認定を扱う話では、毎回これを当てます。1つ目。罪となるべき事実として足りるか。罪となるべき事実とは、構成要件に該当する事実のことで、有罪判決の理由に必ず示すものでした。前回見た、335条1項です。基準は、構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白か、でした。書かれた事実だけを読んで、その犯罪の型に当てはまるかを確かめられる程度、という意味です。足りなければ、理由不備です。378条4号でした。2つ目。利益原則に反しないか。336条後段、犯罪の証明がないときは無罪、という原則です。AにもBにも、それぞれ合理的な疑いが残るのに、AまたはBと書いて有罪にしてよいのか、という問いです。3つ目。罪刑法定主義に反しないか。AまたはBという書き方が、法律のどこにも書かれていない、合成した犯罪を作って処罰することにならないか、という問いです。たとえば、Aの罪またはBの罪、という犯罪は、刑法のどこにもありません。

今日は、AとBが、同じ犯罪の中の話です。その場合は、3つ目は問題になりません。本格的に効いてくるのは、違う犯罪の間の話です。今日は、3つとも通るかどうかを、順に確かめます。

概括的認定

概括的認定。基準(前回)=構成要件に該当するかを判定できる程度に具体的に明白であれば足りる→手段だけでなく日時・場所・凶器にも及ぶ。物差し①判定できる幅なら足りる②構成要件に当たる具体的事実の存在は合理的な疑いを超えて証明済み=利益原則に反しない③同じ構成要件の中の幅=合成した犯罪ではない。限界=構成要件に当たるか判定できないほど広い/防御(アリバイの主張など)を妨げるほど広い→足りない 図:概括的認定

  • 基準(前回)=構成要件に該当するかを判定できる程度に具体的に明白であれば足りる→手段だけでなく日時・場所・凶器にも及ぶ
  • 物差し①判定できる幅なら足りる②構成要件に当たる具体的事実の存在は合理的な疑いを超えて証明済み=利益原則に反しない③同じ構成要件の中の幅=合成した犯罪ではない
  • 限界=構成要件に当たるか判定できないほど広い/防御(アリバイの主張など)を妨げるほど広い→足りない

先に、概括的認定です。前回、罪となるべき事実の基準を見ました。構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に、具体的で明白であれば足りる。殺人未遂で、手段を、有形力を行使して、とだけ書いた判示が足りるとされたのでした。この基準は、手段だけの話ではありません。日時、場所、凶器にも、同じように及びます。書けるなら、書いたほうがよいのは事実です。ただ、証拠から、そこまで絞れないことがあります。そのとき、1月6日ころ、と書いてよいのか。3つの物差しに当てます。1つ目。1月6日ころ、と書いても、窃盗なら窃盗の構成要件に当たるかどうかを、判定できます。日付が多少ずれても、判定は変わりません。2つ目。窃盗をした、という構成要件に当たる具体的な事実そのものは、合理的な疑いを超えて証明されています。幅があるのは日時だけで、犯罪の存在に疑いは残っていません。だから、利益原則に反しません。3つ目。幅があっても、同じ窃盗の中の話です。新しい犯罪を作ってはいません。3つとも通りますから、足ります。限界も押さえます。幅を持たせすぎて、構成要件に当たるかどうかを判定できなくなれば、足りません。もう1つ、被告人の防御を妨げるほど幅が広い場合も、足りません。たとえば、被告人が、その日は海外にいた、とアリバイを主張しようとしても、いつの話か分からなければ、主張のしようがありません。ただ、何日までなら足りる、という数字の線は、決まっていません。判定できるか、防御を妨げないか、この2つの物差しで、事件ごとに考えます。

日時の択一

日時の択一(設例)。ひったくり(窃盗)。犯行は大みそかの深夜零時の前後1時間のどこか。12月31日か1月1日かは決められない。判決=「12月31日または1月1日」。物差し表=①どちらの日でも窃盗の構成要件に当たるかを判定できる○②窃盗をしたこと自体は合理的な疑いを超えて証明済み○③どちらも同じ窃盗=合成した犯罪ではない○→許される。同じ構成要件の中の択一は原則許される(例外=過失)。「1月1日ころ」と書く概括的認定でも同じ 図:日時の択一

  • 設例
  • ひったくり(窃盗)。犯行は大みそかの深夜零時の前後1時間のどこか。12月31日か1月1日かは決められない。判決=「12月31日または1月1日」。物差し表=①どちらの日でも窃盗の構成要件に当たるかを判定できる○②窃盗をしたこと自体は合理的な疑いを超えて証明済み○③どちらも同じ窃盗=合成した犯罪ではない○→許される。同じ構成要件の中の択一は原則許される(例外=過失)。「1月1日ころ」と書く概括的認定でも同じ

次は、択一的認定です。まず、いちばん単純な形、日時の択一です。設例を作ります。路上で、被告人が、Cのバッグをひったくりました。目撃者の証言や防犯カメラの記録から、犯行は、大みそかの深夜零時の前後1時間のどこかだと分かりました。けれども、零時をまたいだのか、またがなかったのかが、決められません。12月31日の犯行なのか、1月1日の犯行なのか、どちらかです。では、判決に、12月31日または1月1日、と書いてよいでしょうか。予想してから、3つの物差しに当ててください。当ててみます。1つ目。どちらの日であっても、窃盗の構成要件に当たるかどうかを、判定できます。2つ目。ひったくった事実そのものは、合理的な疑いを超えて証明されています。日にちが決まらないだけで、犯罪があったことには疑いがありません。3つ目。12月31日の窃盗でも、1月1日の窃盗でも、同じ窃盗罪です。合成した犯罪は、作っていません。3つとも通りますから、許されます。同一構成要件の中の択一的認定は、原則として許される。ここが、今日の1つ目の結論です。例外が1つあります。それは、のちほど見ます。

疑いが残っているのは、日にちだけなのに、利益原則は、日にちについても被告人に有利に考えなくていいのですか。よい質問です。利益原則が守るのは、無罪になるべき人が有罪にされないことです。12月31日だと仮定しても、1月1日だと仮定しても、被告人は同じ窃盗罪で有罪です。どちらに転んでも結論が変わらないなら、日にちの疑いは、被告人に不利益をもたらしません。だから、利益原則に反しないのです。仕分け棚で考えると、見通しがよくなります。判決は、認定した事実を、構成要件という棚に仕分ける作業です。窃盗の棚に入れるために必要なのは、窃盗をしたこと、であって、その棚の前列に置くのか後列に置くのかは、棚に入れるためには要りません。日にちは、前列か後列か、にあたる情報です。

実行行為者の択一

冒頭の問いの回収。関係図=被告人とYが共謀(点線)→実行行為(刺したのが被告人かYかは決まらない=「どちらか」の枠)→C(被害者)。共謀が認定されている→どちらが実行しても共同正犯=殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる 図:冒頭の問いの回収

  • 関係図=被告人とYが共謀(点線)→実行行為(刺したのが被告人かYかは決まらない=「どちらか」の枠)→C(被害者)
  • 共謀が認定されている→どちらが実行しても共同正犯=殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる

山場です。冒頭の問いに戻ります。被告人は、Yと共謀の上、Cを殺害した。刺したのが、被告人なのかYなのかは、決められない。実は、本物の事件があります。その前に、訴因変更の回の復習を1問です。訴因では、実行行為者は被告人と書かれていたのに、判決が、Aさんまたは被告人、と、実行行為者を択一的に認定したとき、訴因変更が要らなかったのは、どんな条件を満たしたからだったでしょうか?被告人に不意打ちを与えるものではなく、しかも、訴因に書かれた事実より被告人にとって不利益ではなかったからです。それは、訴因変更が要るかどうか、という問題でした。今日見るのは、同じ決定の、別の部分です。判決書に、実行行為者を択一的に書いて、罪となるべき事実の判示として足りるのか、という問題です。事案を確認します。青森の、口封じのための殺人事件です。判決は、殺害の日時を、午後8時ころから、翌日の未明までの間、場所を、青森市内またはその周辺に停車中の自動車内、方法を、扼殺、絞殺、またはこれに類する方法、と書きました。かなり幅のある書き方です。そのうえで、実行行為者は、Aさんまたは被告人、あるいはその両名、と択一的に書いています。Aさんは、被告人と共謀した共犯者で、設例でいえば、Yの立場にあたる人です。被告人は、これでは罪となるべき事実の判示として足りない、と争いました。最高裁は、こう述べました。

判例最決平13・4・11 刑集55巻3号127頁

実行行為者を択一的に書いた判示 その事件が被告人とAの2名の共謀による犯行であるというのであるから、この程度の判示であっても、殺人罪の構成要件に該当すべき具体的事実を、それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らかにしているものというべきであって、罪となるべき事実の判示として不十分とはいえないものと解される。

実行行為者の択一が足りる理由。判示=実行行為者は「A(設例のY)または被告人、あるいはその両名」でも罪となるべき事実として足りる。理由=2人の共謀による犯行→どちらが刺しても2人とも殺人罪の共同正犯(一部実行の全部責任)→殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる。物差し表=①判定できる○②共謀の上の殺人は合理的な疑いを超えて証明済み・どちらでも結論は同じ○③同じ殺人罪の共同正犯=合成した犯罪ではない○。実行行為者の特定は量刑の事情としては重要=ただし判定できるかとは別の物差し 図:実行行為者の択一が足りる理由

  • 判示=実行行為者は「A(設例のY)または被告人、あるいはその両名」でも罪となるべき事実として足りる
  • 理由=2人の共謀による犯行→どちらが刺しても2人とも殺人罪の共同正犯(一部実行の全部責任)→殺人罪の構成要件に当たるかを判定できる
  • 物差し表=①判定できる○②共謀の上の殺人は合理的な疑いを超えて証明済み・どちらでも結論は同じ○③同じ殺人罪の共同正犯=合成した犯罪ではない○
  • 実行行為者の特定は量刑の事情としては重要=ただし判定できるかとは別の物差し

結論は、足りる、です。冒頭の問いの答えも、書いてよい、です。理由は、判決文の最初の言葉にあります。2人の共謀による犯行だというのであるから、です。共謀共同正犯では、2人が共謀して、そのうちの誰かが実行したなら、共謀した2人は、どちらも殺人罪の共同正犯です。共謀していれば、相手が実行した部分も、自分がおこなったものとして責任を負うからです。一部だけを実行した者にも、全部の結果について責任が及ぶ。刑法で見た、一部実行の全部責任です。ですから、刺したのが被告人でもYでも、被告人もYも、殺人罪の共同正犯になります。誰が刺したのかが決まらなくても、殺人罪の構成要件に当たる事実は、判定できます。3つの物差しで、順に確かめます。1つ目。判定できますから、足ります。2つ目。殺人が、2人の共謀の上で行われたことは、合理的な疑いを超えて証明されています。被告人もYも、どちらの場合でも殺人罪の責任を負います。どちらに転んでも結論が変わりません。だから、利益原則に反しません。3つ目。どちらの場合も、同じ殺人罪の共同正犯です。合成した犯罪では、ありません。

実行行為者がだれであるかは、量刑の事情としては重要です。訴因変更の回で見たとおりです。ただ、今日の問いは、有罪の言渡しに必要な罪となるべき事実として足りるか、です。量刑のために実行者を特定する必要がある、という話と、構成要件に当たるかを判定できる、という話は、別の物差しです。後者で見る限り、足ります。ここで、決定的に大事な前提があります。この結論は、共謀が認定されているから、成り立ちます。

共謀が前提。共謀が認定されている→「被告人またはYが実行」で足りる(どちらでも共同正犯)。共謀が認定できない→「被告人またはYが実行」だけでは被告人が実行したことは証明されていない→被告人には認定できない(共謀が真偽不明なら共謀はなかったものとして裁く=利益原則)。実行行為者の択一が許されるのは、共謀という土台があるから 図:共謀が前提

  • 共謀が認定されている→「被告人またはYが実行」で足りる(どちらでも共同正犯)
  • 共謀が認定できない→「被告人またはYが実行」だけでは被告人が実行したことは証明されていない→被告人には認定できない(共謀が真偽不明なら共謀はなかったものとして裁く=利益原則)
  • 実行行為者の択一が許されるのは、共謀という土台があるから

共謀が認定できないときを、考えます。被告人またはYが、Cを刺した、とだけ書いたとします。これでは、被告人が刺したことは、証明されていません。Yが刺したのかもしれず、そのとき被告人は、共謀がなければ、何もしていない人です。共謀があったかなかったか、どちらとも決まらないときは、共謀はなかったものとして裁く。利益原則の回で見た、この扱いに従えば、被告人については、実行したことも、共謀したことも認められません。殺人罪の有罪を、言い渡せないのです。整理します。実行行為者の択一が許されるのは、共謀が認定できているという土台があるからです。土台がなければ、どちらかが刺した、という事実は、被告人の罪とは結びつきません。

過失の択一

過失の態様の択一(設例)。配送トラックを後退させた被告人が、後方の歩行者Cをひいて死亡させた。Cが運転席から見える位置(ミラーやモニターを見れば見えた)にいたのか、死角にいたのかは決められない。見える位置なら=ミラーやモニターを確認しなかった過失。死角なら=降りて後方を確認すべきなのにしなかった過失。判決に「確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失」と書いてよいか 図:過失の態様の択一

  • 設例
  • 配送トラックを後退させた被告人が、後方の歩行者Cをひいて死亡させた。Cが運転席から見える位置(ミラーやモニターを見れば見えた)にいたのか、死角にいたのかは決められない。見える位置なら=ミラーやモニターを確認しなかった過失。死角なら=降りて後方を確認すべきなのにしなかった過失。判決に「確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失」と書いてよいか

ここまで、日時の択一も、実行行為者の択一も、同じ犯罪の中なら許されました。次は、過失です。設例を作ります。配送トラックを後退させていた被告人が、後ろにいた歩行者のCをひいて、死亡させました。ところが、ひかれる前のCが、運転席から、ミラーやモニターを見れば見える位置にいたのか、それとも、見えない死角の中にいたのかが、決められません。見える位置にいたなら、被告人の過失は、ミラーやモニターを確認しなかったことです。死角にいたなら、降りて後方を確認すべきだったのに、しなかったことです。罪名は、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条の、過失運転致死傷罪です。立ち止まって、予想してください。判決に、確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失、と書いてよいでしょうか? 日時の択一と、何が違うと思いますか?

条文自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第5条

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第5条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

同じ罪名の中の択一なら、日時の択一と同じに見えます。ところが、結論は、許されない、です。理由を見ます。条文を読んでください。必要な注意を怠り、としか書かれていません。どんな注意を怠ったのかは、条文のどこにも書かれていません。窃盗や殺人は、他人の財物を窃取する、人を殺す、と行為の中身が条文に書いてあります。過失犯は、行為の中身が、条文に書かれていない構成要件です。開かれた構成要件、つまり、条文に中身が書かれておらず、事件ごとに補って初めて特定される構成要件、と呼ばれます。

過失の三層。訴因の過失の記載=前提事実(注意義務を課す根拠となる事実)→注意義務の内容→過失の態様(注意義務に違反した行為そのもの)。設例=前提事実(Cの位置)が違うと→注意義務の内容が違う(確認しながら下がる/降りて確認する)→過失の態様が違う。択一にすると三層のどこが動くか決まらない 図:過失の三層

  • 訴因の過失の記載=前提事実(注意義務を課す根拠となる事実)→注意義務の内容→過失の態様(注意義務に違反した行為そのもの)
  • 設例=前提事実(Cの位置)が違うと→注意義務の内容が違う(確認しながら下がる/降りて確認する)→過失の態様が違う
  • 択一にすると三層のどこが動くか決まらない

訴因変更の回で見たとおり、訴因の過失の記載は、三層でできていました。前提事実、つまり注意義務を課す根拠となる事実です。たとえば、後ろに歩行者がいた、という事実です。そのうえに、注意義務の内容、被告人が何をすべきだったか。そして、過失の態様、注意義務に違反した行為そのものです。条文に中身がないので、この三層で補ってはじめて、罪となるべき事実が特定されます。設例に当てます。Cの位置が違えば、前提事実が違います。前提事実が違えば、課される注意義務の内容も違い、怠った態様も違います。確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失、と択一的に書くと、被告人が何をすべきで、何を怠ったのかが、特定されません。過失の内容が決まらないのですから、罪となるべき事実として足りない。1つ目の物差しで、すでに落ちます。

違いは、特定されなくなるものが、構成要件の中身かどうかです。窃盗では、条文が、窃取という行為の中身を定めています。日にちは、その中身の外側の情報で、決まらなくても、窃盗の棚には入れられました。過失は、棚のふだの中身にあたる注意義務そのものが、前列と後列で別物になります。ふだが書けなければ、棚に入れようがありません。2つ目の物差しも、見ます。見える位置なのに見落としたのと、死角で確認が足りなかったのでは、悪質さが違います。見える位置なら、ミラーやモニターを見るだけで避けられた事故です。手間をかけずに避けられたのに避けなかった、というほうが、重い非難を受けます。択一的に書けば、見える位置だったとは証明されていないのに、その重いほうの過失まで、認めることになりかねません。有罪にする範囲を、疑いの残る部分まで広げることになり、利益原則にも反します。3つ目は、同じ過失運転致死傷罪の中の話ですから、問題になりません。日時や実行行為者の択一と、何が違うのかを、短く言います。日時や実行行為者は、どちらに転んでも、同じ構成要件の同じ中身に当たります。実行行為者の違いは、量刑の事情にとどまります。過失の態様は、どちらかで、構成要件の中身にあたる注意義務そのものと、悪質さが変わります。

検察官は、Cが見える位置にいても死角にいても事故を避けられたはずの、両方をカバーする注意義務を組み立てて、訴因を追加、または変更する、という道が考えられます。たとえば、ミラーなどで後方を確認し、見えなければ降りて確認しながら、進行すべき義務、という形です。どちらか一方の過失を認定するのではなく、両方を包む義務の違反として、構成し直すのです。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例と短答。(a)「1月6日ころ」は足りる/(b)「12月31日または1月1日」は同じ罪なら許される/(c)「被告人またはYが実行」は共謀が認定されていれば許される/(d)共謀が認定できないとき「被告人またはYが実行」は許されない/(e)過失の態様の択一は許されない/(f)同一構成要件内の択一が許されるのは3物差しを満たすから/(g)判決に択一的に書けるのは256条5項の明文があるからではない 図:節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例です。最初の2つ。1つ目。判決に、犯行は1月6日ころ、と書かれていました。足りますか。2つ目。判決に、犯行は12月31日または1月1日、と書かれていました。同じ窃盗なら、許されますか。1つ目は、構成要件に当たるかを判定できて、防御も妨げない幅なので、足ります。2つ目は、どちらの日でも同じ窃盗なので、3つの物差しを通って、許されます。次の2つです。共謀が認定されているとき、被告人またはYが、Cを刺した、と書くのは許されますか。共謀が認定できないときは、どうでしょうか。共謀が認定されていれば、どちらが実行しても共同正犯なので許されます。共謀が認定できないときは、被告人が実行したことが証明されていないので、被告人には認定できません。次です。過失の態様について、確認しなかった過失または降りて確認しなかった過失、と択一的に書くのは、許されますか。

許されません。過失は注意義務の内容で特定されるので、択一にすると特定されず、悪質さも変わるので利益原則にも反します。残りは、○×です。同一構成要件の中の択一が許されるのは、足りる、利益原則に反しない、合成した犯罪を作らない、この3つを満たすからである。○です。判決に択一的に書けるのは、256条5項という明文があるからである。×です。5項は起訴状の規定で、判決には明文がありません。なお、択一的認定の可否の検討は、論文でも問われうる論点です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。択一的認定=AかBかは証明されたが、どちらかまでは証明されない→「AまたはB」。256条5項は起訴状の規定。3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義(合成した犯罪)。同一構成要件内=原則許される(日時・実行行為者=共謀が認定されていれば)。例外=過失の態様の択一(特定されず・利益原則に反する)。概括的認定=判定できて防御を妨げない幅 図:まとめの地図

  • 択一的認定=AかBかは証明されたが、どちらかまでは証明されない→「AまたはB」
  • 256条5項は起訴状の規定
  • 3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義(合成した犯罪)
  • 同一構成要件内=原則許される(日時・実行行為者=共謀が認定されていれば)
  • 例外=過失の態様の択一(特定されず・利益原則に反する)
  • 概括的認定=判定できて防御を妨げない幅

今日のまとめです。択一的認定とは、AかBのどちらかは証明されたが、どちらかまでは証明されないときに、判決にAまたはBと書くことです。起訴状には256条5項がありますが、判決にはその明文がありません。だから、3つの物差しで考えます。罪となるべき事実として足りるか、利益原則に反しないか、法律に無い合成した犯罪を作っていないか、です。同じ犯罪の中の話なら、原則として許されます。日時に幅を持たせる概括的認定は、構成要件を判定できて、防御を妨げない幅なら足ります。日時の択一も、どちらでも同じ窃盗ですから、許されます。冒頭の問いの答えです。被告人は、Yと共謀の上、Cを殺害したと認定されたが、刺した人は決められない。このとき、被告人またはYが、Cを刺して殺害した、と書いてよい。共謀が認定されていて、どちらが実行しても共同正犯になるからです。共謀が認定できなければ、書けません。例外は、過失です。過失の態様の択一は、注意義務の内容が決まらず、罪となるべき事実として足りません。重いほうの過失まで認めかねず、利益原則にも反します。同じ犯罪の中の話は、ここまでです。次は、違う犯罪のどちらかだと分かっているとき、判決はどう書けるのかを見ます。

ページ上部へ ↑

#152単独ページ動画

異なる罪の間の択一的認定と縮小認定

第7章 裁判 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人は、自宅で介護していた同居のCが倒れて動かなくなったのを、死んだと思い込み、山中に置いて立ち去った。置いた時点でCが生きていたのか死んでいたのかは、鑑定でも決められなかった。生きていたなら保護責任者遺棄、死んでいたなら死体遺棄。判決に「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書いて有罪にできるか。できないなら無罪にするしかないのか 図:今日の問い

  • 被告人は、自宅で介護していた同居のCが倒れて動かなくなったのを、死んだと思い込み、山中に置いて立ち去った
  • 置いた時点でCが生きていたのか死んでいたのかは、鑑定でも決められなかった
  • 生きていたなら保護責任者遺棄、死んでいたなら死体遺棄
  • 判決に「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書いて有罪にできるか
  • できないなら無罪にするしかないのか

前回は、同じ犯罪の中の話でした。今日は、違う犯罪のどちらかだと分かっているとき、判決はどう書けるのかを見ます。まず、この事件です。被告人は、自宅で介護している同居のCが、倒れて動かなくなっているのを見つけました。死んでいるものと思い込み、山の中に置いて立ち去りました。ところがあとになって、置いた時点でCが生きていたのか、すでに死んでいたのかが、鑑定を尽くしても決められませんでした。Cが生きていたなら、保護責任者遺棄です。死んでいたなら、死体遺棄です。どちらかであることは確実です。判決に、保護責任者遺棄または死体遺棄、と書いて、有罪にできるのでしょうか。書けないなら、無罪にするしかないのでしょうか。

両方の引っかかりが、そのまま今日の論点です。答えは、山場で出します。

3つの物差し(前回と同じ)。①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか 図:3つの物差し

  • 前回と同じ
  • ①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか

物差しは、前回と同じ3つです。1つ目、罪となるべき事実として足りるか。2つ目、利益原則に反しないか。3つ目、法律に無い合成した犯罪を作っていないか。前回の同じ犯罪の中の話では、3つ目の物差しは問題になりませんでした。今日は違います。違う犯罪の間では、この物差しが正面から効いてきます。

大小の地図

異なる罪の間の地図。同じ構成要件の中=前回(原則OK)。違う構成要件の間=①大小関係がある(殺人と傷害致死・業務上横領と単純横領など。一方が他方を含む)→小さい方だけを認める ②大小関係がない(保護責任者遺棄と死体遺棄=生か死か)→「または」は書けない。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる 図:異なる罪の間の地図

  • 同じ構成要件の中=前回(原則OK)
  • 違う構成要件の間=①大小関係がある(殺人と傷害致死・業務上横領と単純横領など。一方が他方を含む)→小さい方だけを認める ②大小関係がない(保護責任者遺棄と死体遺棄=生か死か)→「または」は書けない
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる

地図を描きます。前回は、同じ構成要件の中の択一でした。日時でも実行行為者でも、原則として許されました。今日は、違う構成要件の間です。ここは、さらに2つに分かれます。分かれ目は、一方が他方を含むという大小の関係があるかどうかです。たとえば、殺人と傷害致死。殺人は、人を殺す意思で人を死なせる罪です。傷害致死は、殺意なく、傷害の結果として人を死なせる罪です。殺人の事実の中には、人を死なせたという、傷害致死と共通の部分が含まれています。殺人が大きく、傷害致死が小さい関係です。訴因変更の回の喩えで言えば、特上セットとまぐろです。まぐろは、特上セットの中にもともと入っています。ですから、特上セットを食べたかどうかは怪しくても、少なくともまぐろは食べた、と言えます。一方、保護責任者遺棄と死体遺棄はどうでしょう。生きている人を置き去りにするのか、死んだ人を置き去りにするのかで、前提がそもそも違います。一方が他方を含むという関係はありません。これが、大小のない罪です。今日の話は、この2つを順に見ます。まず、大小のある罪からです。

大小のある罪

大小のある罪(設例)。殺人の訴因。被告人がCの胸をナイフで刺して死亡させたことは証明されたが、殺意だけは合理的な疑いが残る。「殺人または傷害致死」は書けない。傷害致死だけなら認定できる。刑法199条(殺人)/刑法205条(傷害致死=3年以上の有期拘禁刑) 図:大小のある罪

  • 設例
  • 殺人の訴因。被告人がCの胸をナイフで刺して死亡させたことは証明されたが、殺意だけは合理的な疑いが残る。「殺人または傷害致死」は書けない。傷害致死だけなら認定できる。刑法199条(殺人)
  • 刑法205条(傷害致死=3年以上の有期拘禁刑)

ここで、1問だけ復習です。訴因変更の回で、強盗の訴因のまま、恐喝を認定してよい場合がありました。酒酔い運転の訴因のまま、酒気帯び運転を認定してよい場合もありました。訴因を変更しなくてよかったのは、なぜだったでしょうか?軽い事実は、訴因に書かれた事実の中に含まれていて、被告人に不意打ちにならないからです。含まれている軽い事実を認定することを、縮小認定と呼びました。訴因変更の要否は、その回で見ましたから、今日は、別の角度から見ます。証拠が足りなくて、大きい方を認定できないとき、判決はどう書くのか、です。設例です。殺人の訴因で起訴されました。被告人が、Cの胸をナイフで刺して、死亡させたことは、証明されました。ところが、被告人に殺意があったかどうかだけは、合理的な疑いが残りました。判決に、殺人または傷害致死、と書いてよいでしょうか。

冒頭の問いと似ていますが、決定的な違いがあります。結論から言うと、殺人または傷害致死、とは書けません。でも、傷害致死だけなら、認定できます。理由を見ます。殺意がある、という大きい方の事実には、合理的な疑いが残っています。挙証責任の回で見た利益原則のとおり、真偽不明の不利益は検察官が負います。殺意は認められません。殺人または、と書けば、殺意があった可能性を残したまま有罪にすることになります。これは、利益原則に反します。一方、傷害致死の事実、つまり、刺して死なせたことは、すでに証明されています。証明された小さい事実だけを認定するなら、3つの物差しは、すべて通ります。1つ目、傷害致死として足ります。2つ目、証明された事実だけを認めるので、利益原則に反しません。3つ目、刑法に書かれた1つの犯罪、傷害致死を認定しているだけで、合成した犯罪ではありません。

小さい方だけ認めるなら、訴因変更はしなくて済むのですか。済みます。傷害致死の事実は、殺人の訴因に含まれています。さきほど復習したとおり、含まれている軽い事実の認定は、審判の対象を変えませんし、防御にも不意打ちになりません。

縮小認定の限界。「大は小を兼ねる」がいつも成り立つとは限らない。例=酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定できるのは、酒酔いが酒気帯びを含むとき。体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも酒に酔って正常に運転できない状態になりうる→含まれないことがある 図:縮小認定の限界

  • 「大は小を兼ねる」がいつも成り立つとは限らない
  • 例=酒酔い運転の訴因で酒気帯び運転を認定できるのは、酒酔いが酒気帯びを含むとき
  • 体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも酒に酔って正常に運転できない状態になりうる→含まれないことがある

限界も、一言だけ押さえます。大は小を兼ねる、という言い方がありますが、いつも成り立つわけではありません。さきほどの復習に出てきた、酒酔いと酒気帯びです。体質によっては、酒気帯びの基準に達しない量でも、酔って正常に運転できなくなる人がいます。その場合、酒酔いの事実は、酒気帯びの事実を含みません。大きいと思った事実の中に、小さい事実が入っているとは限らない。含まれているかどうかは、事案ごとに確かめます。整理します。大小のある罪では、大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。冒頭の事件との決定的な違いは、ここです。小さい方の事実が、それだけで証明されているかどうか。冒頭の事件では、どちらの事実を取っても、それだけで証明されたものはありません。小さい方だけを認定するこの処理は、今日の最後の山場の、伏線にもなります。

大小のない罪は「または」と書けない

大小のない罪①。「保護責任者遺棄または死体遺棄」は書けない。理由①どちらにも合理的な疑いが残る以上、どちらも認められない→「または」で有罪にするのは利益原則に反する。理由②「Aの罪またはBの罪」は法律に無い合成した犯罪を作ることになる→罪刑法定主義に反する。起訴状の訴因には256条5項の明文があるが、判決には明文が無い 図:大小のない罪①

  • 「保護責任者遺棄または死体遺棄」は書けない
  • 理由①どちらにも合理的な疑いが残る以上、どちらも認められない→「または」で有罪にするのは利益原則に反する
  • 理由②「Aの罪またはBの罪」は法律に無い合成した犯罪を作ることになる→罪刑法定主義に反する
  • 起訴状の訴因には256条5項の明文があるが、判決には明文が無い

冒頭の問いに戻ります。保護責任者遺棄と死体遺棄のどちらかであることは確実です。ここで予想してください。どちらにするかを決めずに、または、と書いて有罪にできるでしょうか? 理由は2つ挙げられます。1つ目。生きていた、という事実にも、死んでいた、という事実にも、合理的な疑いが残っています。生きていたとは証明されていないし、死んでいたとも証明されていません。どちらも認められないのに、または、でつなぐと、疑いの残る事実で有罪にすることになります。利益原則に反します。2つ目は、3つ目の物差しです。保護責任者遺棄または死体遺棄、という犯罪は、刑法のどこにもありません。この書き方で処罰すれば、法律に書かれた2つの犯罪を合成して、新しい犯罪を作って処罰したことになります。罪刑法定主義に反します。

前回見た256条5項は、起訴状の規定です。判決の理由に、択一的に書いてよいと定めた条文は、ありません。違う罪の間で、Aの罪またはBの罪、と書くことは許されない、というのが学説の通説です。それなら被告人は無罪になってしまいませんか。そこが、今日の山場です。無罪にするしかないのか。次で見ます。

軽い罪だけを認める

事案の流れ。除雪中、被告人が除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまう→掘り出したが反応が無い→死んだと思い込む→交通事故に見せかけて国道わきに運んで捨てた→遺棄時に妻が生きていたかは決められない。一審=死体遺棄の故意で保護責任者遺棄を犯したとして錯誤の理論で軽い死体遺棄を認定。札幌高裁=事実認定の誤りとして破棄し、自ら死亡を認定して死体遺棄罪を認めた 図:事案の流れ

  • 除雪中、被告人が除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまう→掘り出したが反応が無い→死んだと思い込む→交通事故に見せかけて国道わきに運んで捨てた→遺棄時に妻が生きていたかは決められない
  • 一審=死体遺棄の故意で保護責任者遺棄を犯したとして錯誤の理論で軽い死体遺棄を認定
  • 札幌高裁=事実認定の誤りとして破棄し、自ら死亡を認定して死体遺棄罪を認めた

実際の事件があります。札幌高裁の判決です。事案を確認します。除雪の作業中に、被告人が、除雪車で妻を雪の山に埋没させてしまいました。掘り出しましたが、反応がありません。被告人は、妻が死んだと思い込み、交通事故に見せかけるため、妻を国道のわきに運んで捨てました。ところが、捨てた時点で妻が生きていたのかどうかは、決められませんでした。設例のCと、まったく同じ構造です。一審は、死体遺棄の故意で、保護責任者遺棄の行為をした、と見ました。故意と事実がずれる、錯誤の理論で、重なる軽い範囲の死体遺棄を認めたのです。札幌高裁は、この理屈を採りませんでした。事実認定の誤りだとして一審の判決を破棄し、自分で、遺棄の時点で妻は死亡していた、と認定しました。そのうえで、死体遺棄罪を認めました。

判決は、理由を3つ挙げています。1つ目。遺棄の時点の状況から、一般の人の目で見ても、死亡していたと考えるのが自然でした。2つ目。法医学の上でも、死亡していた可能性が極めて高いとされました。3つ目が、この判決の特徴的な理由です。生きていたか死んでいたかのいずれか以外にはなく、重い罪に当たる生存の事実が確定できないのだから、軽い罪の成否を判断するときは、死亡の事実があるものとみてよい、という考え方です。3つ目の理由を読む前に、2つの条文で、どちらが重い罪なのかを確認しておきます。

条文刑法第190条

刑法第190条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の拘禁刑に処する。

条文刑法第218条

刑法第218条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。

死体遺棄は、3年以下です。保護責任者遺棄は、3か月以上5年以下です。同じ拘禁刑どうしは、上限の長いほうが重い、と刑法10条が決めています。上限を比べると、5年と3年で、保護責任者遺棄のほうが重い罪です。では、判決の該当部分を読みます。判決文では、妻がAと書かれています。

判例札幌高判昭61・3・24 高刑集39巻1号8頁

死亡の事実を認定した部分 また、被告人の主観を離れて客観的側面からみると、Aが生存していたとすれば、被告人は保護責任者遺棄罪を犯したことになるが、同罪も死体遺棄罪より法定刑が重い罪である。本件では、Aは生きていたか死んでいたかのいずれか以外にはないところ、重い罪に当たる生存事実が確定できないのであるから、軽い罪である死体遺棄罪の成否を判断するに際し死亡事実が存在するものとみることも合理的な事実認定として許されてよいものと思われる。

この処理の読み方。「Aの罪またはBの罪」とは書かない。重い罪(保護責任者遺棄)の事実=生存は確定できない→軽い罪(死体遺棄)だけを認定する。択一をあらわには書かず、軽いほうだけを認める形=「秘められた択一的認定」と呼ばれる 図:この処理の読み方

  • 「Aの罪またはBの罪」とは書かない
  • 重い罪(保護責任者遺棄)の事実=生存は確定できない→軽い罪(死体遺棄)だけを認定する
  • 択一をあらわには書かず、軽いほうだけを認める形=「秘められた択一的認定」と呼ばれる

この判決の処理を、整理します。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書いていません。重い罪の事実、つまり生存は確定できないから、その罪は認めない。そのうえで、軽い罪の死体遺棄だけを認定している。択一は判決に書かず、軽いほうだけを認める形です。縮小認定、つまり大小のある罪で小さい方だけを認定する処理とは、ここが違います。あちらは、刺して死なせた、という小さい事実が、それだけで証明されていました。こちらは、生きていた可能性が消えていません。死んでいた、という事実も、それだけでは証明しきれていないのです。死体遺棄は、保護責任者遺棄の中に含まれてもいません。それでも軽いほうを認めた足場は、生か死か、2つに1つしかない、という点です。択一を書かずに軽いほうだけを認めるこの形を、秘められた択一的認定と呼ぶことがあります。これで、冒頭の問いの答えが出ます。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書けません。ただし、無罪にするしかない、とも限りません。札幌高裁の判決は、軽い死体遺棄を認めました。

見解は、分かれています。軽い死体遺棄を認めてよいとする見解を肯定説、認められず無罪にするほかないとする見解を否定説と呼びます。

見解の対立。肯定説(札幌高裁の裁判例)=生か死かは論理的にどちらかしかなく、重い罪の事実が認定できない以上、軽い罪を認めても被告人に不利益でなく、罪刑法定主義にも反しない/処罰しないのは国民の法感情に合わない。否定説(無罪にするほかない=学説で通説とされてきた)=利益原則は「生存はなかった」と認定してよい(擬制してよい)とまでは言っていない/実質は合成した犯罪で処罰している/軽い罪を本位的訴因として先に判断すると、死んでいたと認定できず、かえって重い罪が認定されてしまう 図:見解の対立

  • 肯定説(札幌高裁の裁判例)=生か死かは論理的にどちらかしかなく、重い罪の事実が認定できない以上、軽い罪を認めても被告人に不利益でなく、罪刑法定主義にも反しない/処罰しないのは国民の法感情に合わない
  • 否定説(無罪にするほかない=学説で通説とされてきた)=利益原則は「生存はなかった」と認定してよい(擬制してよい)とまでは言っていない/実質は合成した犯罪で処罰している/軽い罪を本位的訴因として先に判断すると、死んでいたと認定できず、かえって重い罪が認定されてしまう

肯定説は、札幌高裁の判決の立場です。理由は、生きていたか死んでいたかは、論理的にどちらかしかない、という点にあります。重い罪の事実、生存は認定できません。そうである以上、軽い罪の事実を認めても、被告人にとって不利益にはなりません。生きていたなら、客観的には、もっと重い保護責任者遺棄に当たります。死んでいたなら、死体遺棄です。どちらが本当でも、死体遺棄より軽く済むことはありません。2つのうち軽いほうを前提にするのは、疑いを被告人に有利に扱うことになる、というわけです。利益原則にも、罪刑法定主義にも反しません。それに、置き去りにしたことは確かなのに処罰しないのは、国民の法感情に合わない、という実質的な理由も挙げられます。否定説の理由は3つです。1つ目。利益原則が言っているのは、疑いが残る事実は認定できない、ということです。生存はなかった、と認定してよい、つまり、なかったことにしてよい、とまでは言っていません。2つ目。実質は、保護責任者遺棄かもしれないものを、死体遺棄として処罰している。法律にない合成した犯罪で処罰しているのと同じだ、という批判です。3つ目。順序の問題です。検察官が、死体遺棄を先に判断してもらい、認められなければ保護責任者遺棄を判断してもらう、と順番を付けて2つの訴因を並べたときを考えます。訴因変更の全体像の回で見た、本位的訴因、つまり先に判断してもらう訴因が軽い死体遺棄、という並べ方です。軽い死体遺棄から判断すると、死んでいたことは、検察官が証明すべき事実です。疑いが残る以上、利益原則のせいで、死んでいたとは認定できません。その疑いを被告人に有利に扱って、死んでいなかった、つまり生きていたものとして進めると、かえって重い保護責任者遺棄が認定されてしまう、という批判です。

ただ、これには、軽い罪が本位的訴因のときでも、利益原則に従って重い訴因から判断すべきだ、という反論があります。学説では、無罪にするほかないという否定説が、通説とされてきました。ただ、定まった理解があるわけではありません。札幌高裁の判決は、軽い罪を認める肯定説に立っています。答案では、どちらを採るのかを決めて、最後まで一貫させることが大事です。論文でも問われうる論点です。

論理的択一と事実上の択一。論理的択一=生か死か(どちらかしかない)→軽い罪の認定を認める見解がある。事実上の択一=窃盗か盗品の有償譲受けか(証拠上2つに絞られただけ。無償譲受け・拾った等の第3の可能性が残る)→軽い罪で有罪にできるか自体が問題(理解は3つに分かれる=当然に有罪/第3の可能性を否定できなければ不可/合成犯罪で無罪)。実体法の注記=死体遺棄を認めるには、異なる構成要件の間の錯誤(重なり合い・刑法38条2項)の問題も解く必要がある→刑法で扱う 図:論理的択一と事実上の択一

  • 論理的択一=生か死か(どちらかしかない)→軽い罪の認定を認める見解がある
  • 事実上の択一=窃盗か盗品の有償譲受けか(証拠上2つに絞られただけ。無償譲受け・拾った等の第3の可能性が残る)→軽い罪で有罪にできるか自体が問題(理解は3つに分かれる=当然に有罪/第3の可能性を否定できなければ不可/合成犯罪で無罪)
  • 実体法の注記=死体遺棄を認めるには、異なる構成要件の間の錯誤(重なり合い・刑法38条2項)の問題も解く必要がある→刑法で扱う

注意が1つあります。軽い罪だけを認める処理は、生か死かのように、論理的にどちらかしかない場合の話です。これと区別するのが、事実上の択一です。たとえば、盗品を持っていた人について、自分で盗んだ窃盗か、盗品と知って買い取った盗品の有償譲受けか、のどちらかまでは絞られた。でも、ほかにも可能性が残っています。無償でもらったかもしれない。拾ったかもしれない。第3の可能性が残る以上、軽いほうで有罪にできるかは、それ自体が問題になります。理解は1つではありません。利益原則から当然に軽いほうで有罪にできるという理解、第3の可能性が否定されない限り有罪にできないという理解、合成した犯罪になるので無罪にすべきだという理解の3つがあります。実体法の注記も、一言だけ。死体遺棄を認めるには、実体法の側でも、異なる構成要件の間の錯誤、つまり重なり合いの問題を解く必要があります。これは、刑法のシリーズで扱います。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例。(a)「殺人または傷害致死」と書ける→×/(b)殺意に疑い→傷害致死だけなら認定できる→○(訴因変更は不要)/(c)「保護責任者遺棄または死体遺棄」と書ける→×/(d)札幌高裁の処理=軽い死体遺棄を認めた→○(札幌高裁の裁判例の立場。学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)/(e)窃盗か盗品の有償譲受けかに絞られただけで軽いほうの有罪→それ自体が問題(理解は3つに分かれる)/(f)判決に択一を書く明文がある(256条5項)→×(起訴状の規定) 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。最初の2つ。殺人の訴因で、殺意に合理的な疑いが残ったとき、殺人または傷害致死、と書けますか。傷害致死だけなら、どうでしょう。殺人または傷害致死は、書けません。殺意に疑いがあるのに、殺人の可能性を残すことになるからです。傷害致死だけなら、証明された小さい事実なので、訴因変更なしで認定できます。次です。保護責任者遺棄または死体遺棄、と書けますか。札幌高裁は、どう処理したでしょうか。書けません。合成した犯罪を作ることになるし、利益原則にも反します。札幌高裁は、軽い死体遺棄だけを認めました。ただ、学説では無罪にするほかないという見解が通説とされていて、定まった理解はありません。次です。窃盗か盗品の有償譲受けか、までは絞られたけれど、どちらかは決まらない。軽いほうの罪で有罪にできますか。

一言では答えられません。第3の可能性が残るので、理解が3つに分かれます。最後は○×です。判決に、択一的に書けるのは、256条5項があるからである。×です。5項は起訴状の規定です。もう1つ。生死不明の遺棄で、無罪にするしかないと考える立場もある。○です。否定説です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。大小のある罪=大きい方に疑い→小さい方だけを認定(証明された事実だけ・訴因変更は不要)。大小のない罪=「Aの罪またはBの罪」は書けない(利益原則・合成した犯罪)。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる(札幌高裁の裁判例は死体遺棄を認めた/学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)。3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義 図:まとめの地図

  • 大小のある罪=大きい方に疑い→小さい方だけを認定(証明された事実だけ・訴因変更は不要)
  • 大小のない罪=「Aの罪またはBの罪」は書けない(利益原則・合成した犯罪)
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれる(札幌高裁の裁判例は死体遺棄を認めた/学説では無罪にするほかないとする見解が通説とされるが、定まっていない)
  • 3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義

今日のまとめです。違う罪の間の択一は、一方が他方を含む大小関係があるかどうかで、答えが分かれます。大小のある罪は、大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。殺意に疑いがあるなら、傷害致死だけです。小さい事実は証明されていますから、3つの物差しを通りますし、訴因変更も要りません。大小のない罪は、Aの罪またはBの罪、と書くことができません。どちらにも疑いが残るのに有罪にするのは利益原則に反し、法律にない合成した犯罪を作るのは罪刑法定主義に反するからです。冒頭の問いの答えです。保護責任者遺棄または死体遺棄、とは書けません。ただし、無罪にするしかないとは限りません。札幌高裁は、重い罪の事実が確定できないとして、軽い死体遺棄だけを認めました。学説では、無罪にするほかないとする否定説が通説とされますが、定まった理解はなく、札幌高裁の判決は肯定説です。答案では、立場を決めて、一貫させます。今日は、大小のある罪と、大小のない罪を見ました。最後は、単独犯なのか共同正犯なのか、そこで迷うときです。

ページ上部へ ↑

#153単独ページ動画

単独犯と共同正犯の択一的認定

第7章 裁判 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人は、窃盗の実行行為を1人で全部やったことを認めている。ところが「実は、黒幕のYに頼まれてやった」と言う。検察官は被告人の単独犯で起訴している。裁判所は、単独犯と認定してよいのか。共同正犯と認定しなければならないのか 図:今日の問い

  • 被告人は、窃盗の実行行為を1人で全部やったことを認めている
  • ところが「実は、黒幕のYに頼まれてやった」と言う
  • 検察官は被告人の単独犯で起訴している
  • 裁判所は、単独犯と認定してよいのか
  • 共同正犯と認定しなければならないのか

前回は、違う犯罪のどちらかだと分かっているときの話でした。今日は最後の場面です。単独犯なのか共同正犯なのか、そこで迷うときを見ます。まず、この事件です。被告人は、他人の家から現金を盗んだとして、窃盗で起訴されました。検察官は、被告人1人の犯行として起訴しています。被告人は、盗む行為を自分1人で全部やったことを認めています。ところが、被告人はこう言います。実は、黒幕のYに頼まれてやったのです。手を動かしたのは被告人1人です。でも、Yと共謀していたのなら、共同正犯ということになります。裁判所は、単独犯と認定してよいのでしょうか。それとも、共同正犯と認定しなければならないのでしょうか。

手を動かした人数で決めてよいのか、黒幕の存在をどう扱うのか。この2つが、そのまま今日の論点です。先に答えを言います。単独犯と認定してよいのです。1人の行為で単独犯の構成要件が全部満たされているなら、Yがいてもいなくても、単独犯は成立するからです。なぜそう言えるのかを、順に確かめます。

3つの物差し(前回までと同じ)。①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか 図:3つの物差し

  • 前回までと同じ
  • ①罪となるべき事実として足りるか(335条1項)②利益原則に反しないか(336条後段)③罪刑法定主義に反しないか=法律に無い合成した犯罪を作っていないか

物差しは、前回までと同じ3つです。1つ目、罪となるべき事実として足りるか。2つ目、利益原則に反しないか。3つ目、AまたはB、という、法律に無い合成した犯罪を作っていないか。今日は、単独犯と共同正犯の間の話です。どちらも窃盗なら窃盗という、同じ罪の中の話ですから、3つ目の物差しは問題になりません。中心になるのは、1つ目です。2つ目の利益原則は、下級審の2つ目の見解の根拠として出てきます。

下級審の分かれ方と実体法

下級審の3つの見解。場面=被告人1人の行為で構成要件が全部満たされるが、他に共謀共同正犯者がいるのかどうか分からない。①単独犯と共同正犯の択一的認定をして、軽いほうで量刑する ②択一的認定は許されず、犯情の軽い共同正犯を認定する(利益原則) ③択一はせず、単独犯を認定する。共同正犯かもしれない点は、量刑の事情とする 図:下級審の3つの見解

  • 場面=被告人1人の行為で構成要件が全部満たされるが、他に共謀共同正犯者がいるのかどうか分からない
  • ①単独犯と共同正犯の択一的認定をして、軽いほうで量刑する
  • ②択一的認定は許されず、犯情の軽い共同正犯を認定する(利益原則)
  • ③択一はせず、単独犯を認定する
  • 共同正犯かもしれない点は、量刑の事情とする

最高裁の判断が出るまで、下級審は3つに分かれていました。場面は、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされていて、他に共謀共同正犯者がいるのかどうかは、分からない、というものです。共謀共同正犯者とは、刑法の回で見たとおり、自分では手を動かさず、共謀に加わっただけで正犯になる人です。最初の事件でいえば、黒幕のYです。1つ目。単独犯と共同正犯の択一的認定をして、軽いほうの前提で量刑する、という考え方です。2つ目。択一的認定は許されない。犯情の軽い共同正犯を認定する、という考え方です。疑わしきは被告人の利益に、という利益原則から、軽いほうに寄せます。3つ目。択一はせず、単独犯を認定します。共同正犯かもしれないという疑いは、量刑の場面で考える、という考え方です。

分かれ目は、実体法の位置づけです。共同正犯は、構成要件の修正形式、つまり、基本の構成要件を広げる形式だと言われます。単独犯と共同正犯の間の択一が、実質的に同じ構成要件の中の択一といえるのか。そこが定まっていなかったのです。いえるとみるなら、日時や実行行為者の択一と同じ扱いになります。いえないとみるなら、択一はできません。見解は、そこから分かれました。3つ目の見解は、そもそも、単独犯はもう成り立っているのだから、択一をせず単独犯を認定する、と見ます。そこで、問いを1つ手前に戻します。共同正犯が成立するときは、単独犯は成立しなくなるのか。実体法の側から確かめます。単独犯の規定は、たとえば窃盗なら、刑法235条です。この条文は、行為者の人数を定めていません。他に関与者がいないことも、要求していません。

単独犯の規定は人数を定めない。刑法235条(窃盗=十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金)は、他に関与者がいないことを要求していない 図:単独犯の規定は人数を定めない

次に、共同正犯の規定です。

条文刑法第60条

刑法第60条 二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。

実行行為を1人で全部はしていない者でも、全部した者と同じく正犯として処罰する。60条は、そのための規定です。専門用語では、処罰拡張規定と呼びます。刑法の回で見た、一部実行の全部責任も、この60条から来ています。椅子取りに喩えます。単独犯の椅子には、1人で実行を全部やった人が座れます。60条は、1人では全部をやっていない人も座れるように、椅子を足す規定です。椅子を足しても、すでに座れる人の席は消えません。ですから、被告人1人の行為で単独犯の構成要件が全部満たされているなら、共同正犯の要件も満たされる場合でも、単独犯は成立します。

どちらの形で起訴するかは、検察官の訴追裁量で決まります。起訴便宜主義、刑訴法248条の、起訴するかしないかを検察官が決められるという話を思い出してください。訴因をどう組むかも、検察官が決めます。こちらも訴追裁量の一部です。単独犯で起訴するのも、共同正犯で起訴するのも、検察官が選べます。

最高裁の決定

事案。窃盗・窃盗未遂8件。被告人は単独犯として起訴され、第一審で公訴事実を認めた→控訴審で「実行行為は1人で全部やったが、他に共謀共同正犯の責めを負うべき共犯者がいる」と主張→原審は2件について他に共謀共同正犯者の存在を認めたうえ、「検察官が単独犯として起訴した以上、訴因の範囲内で単独犯と認定することは許される」→最高裁は上告棄却 図:事案

  • 窃盗・窃盗未遂8件
  • 被告人は単独犯として起訴され、第一審で公訴事実を認めた→控訴審で「実行行為は1人で全部やったが、他に共謀共同正犯の責めを負うべき共犯者がいる」と主張→原審は2件について他に共謀共同正犯者の存在を認めたうえ、「検察官が単独犯として起訴した以上、訴因の範囲内で単独犯と認定することは許される」→最高裁は上告棄却

山場です。最高裁の決定を見ます。事案です。被告人は、窃盗と窃盗未遂、合わせて8件で、単独犯として起訴されました。第一審では、公訴事実を認めていました。ところが、控訴審で主張を変えます。実行行為は1人で全部やった。でも、他に、共謀共同正犯として責任を負うべき共犯者がいる、というのです。原審は、2件について、他に共謀共同正犯者がいることを認めました。そのうえで、検察官が単独犯として起訴した以上、訴因の範囲内で単独犯と認定することは許される、としました。最高裁も、上告を棄却しました。決定の該当部分を読みます。

判例最決平21・7・21 刑集63巻6号762頁

単独犯の訴因と共謀共同正犯者の存在 検察官において共謀共同正犯者の存在に言及することなく、被告人が当該犯罪を行ったとの訴因で公訴を提起した場合において、被告人1人の行為により犯罪構成要件のすべてが満たされたと認められるときは、他に共謀共同正犯者が存在するとしてもその犯罪の成否は左右されないから、裁判所は訴因どおりに犯罪事実を認定することが許されると解するのが相当である。

条件は2つです。1つ目。検察官が、共謀共同正犯者に触れずに、被告人が犯罪を行ったという訴因で起訴していること。2つ目。被告人1人の行為で、構成要件がすべて満たされたと認められること。この2つがそろえば、他に共謀共同正犯者がいても、犯罪の成否は左右されません。だから、裁判所は、訴因どおりに単独犯と認定してよい。決定が示したのは、ここまでです。

決定の規範と、冒頭の問いの答え。条件=①共謀共同正犯者に言及せず、被告人が犯罪を行ったとの訴因 ②被告人1人の行為で構成要件のすべてが満たされた→他に共謀共同正犯者がいても犯罪の成否は左右されない→訴因どおり(単独犯)と認定してよい。答え=単独犯と認定してよい 図:決定の規範と、冒頭の問いの答え

  • 条件=①共謀共同正犯者に言及せず、被告人が犯罪を行ったとの訴因 ②被告人1人の行為で構成要件のすべてが満たされた→他に共謀共同正犯者がいても犯罪の成否は左右されない→訴因どおり(単独犯)と認定してよい
  • 答え=単独犯と認定してよい

最初の問いの答えが出ました。単独犯と認定してよい。理由は、単独犯の構成要件が、被告人1人の行為で全部満たされているからです。Yがいたかどうかは、単独犯の成否を動かしません。起訴の仕方は、条件の1つです。裁判所は、訴因の範囲で裁くからです。単独犯で起訴するか、共同正犯で起訴するかは、さきほどの訴追裁量で検察官が選べます。ただ、決め手は、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされているかどうか、です。では、その条件が外れる場面を見ます。被告人は見張りだけをして、盗む行為そのものは、別の人がやったとします。

境界ペア。該当=被告人が1人で窃盗の実行行為を全部やった→単独犯の構成要件が全部満たされる→単独犯と認定してよい。境界のすぐ外=被告人は見張りだけで、盗む行為は別の者がやった→単独犯の構成要件は満たされない→正犯にするには共同正犯(60条)が要り、共謀が認定できなければ共同正犯としては有罪にできない 図:境界ペア

  • 該当=被告人が1人で窃盗の実行行為を全部やった→単独犯の構成要件が全部満たされる→単独犯と認定してよい
  • 境界のすぐ外=被告人は見張りだけで、盗む行為は別の者がやった→単独犯の構成要件は満たされない→正犯にするには共同正犯(60条)が要り、共謀が認定できなければ共同正犯としては有罪にできない

見張りだけなら、被告人の行為で、窃盗の構成要件のすべては満たされません。実行行為を、別の人がやっているからです。この場合、被告人を正犯として処罰できるのは、1人では構成要件を満たさない人も正犯にする、60条があるからです。共謀が認定できなければ、共同正犯としては処罰できません。並べると、はっきりします。1人で全部やった被告人は、他にYがいてもいなくても、単独犯の席に座れます。見張りだけの被告人は、60条の椅子がなければ座れません。決め手は、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされているか、です。もう1つ、区切りを入れます。ここから先は、決定の言葉ではありません。決定を前提にした整理です。単独犯の構成要件が全部満たされるなら、裁判所は、他の共謀共同正犯者がいるかどうかまで認定する必要はない。その存在は、量刑の事情として、重要性に応じて審理し、判断すれば足りる、という整理です。量刑は、次の話題です。ここでは、考慮できる、とだけ押さえます。

場合分け

場合分けの前に。共謀を共同正犯の根拠にしたいのに、あったかなかったか決まらないとき、共謀はどう扱うのだったか。答え=なかったものとして扱い、共同正犯とは認定できない(挙証責任:証明できない事実は認定できない) 図:場合分けの前に

  • 共謀を共同正犯の根拠にしたいのに、あったかなかったか決まらないとき、共謀はどう扱うのだったか
  • 答え=なかったものとして扱い、共同正犯とは認定できない(挙証責任:証明できない事実は認定できない)

場合分けの前に、復習を1問です。共謀を共同正犯の根拠にしたいのに、あったかなかったか、どちらとも決まらないとき、共謀はどう扱うのだったでしょうか?挙証責任の話でした。共謀はなかったものとして扱います。だから、共同正犯とは認定できません。もう1問。他に共謀者がいるかもしれない、とうかがわれるだけのとき、共同正犯と認定できるでしょうか。共謀が認定できないなら、共同正犯とは言えないと思います。では、場合分けを順に見ます。

単独犯の訴因で、他の共謀共同正犯者が①存在が認められる→単独犯を認定してよい(共同正犯の認定も可。訴因変更の要否は、不意打ち・防御上の不利益の観点で検討)②存在がうかがわれるにとどまる→共謀は認定できない。単独犯の要件は満たす→単独犯を認定(択一の余地はない)③存在しないと認められる→単独犯 図:単独犯の訴因で、他の共謀共同正犯者が①存在が認められる→単独犯を認定してよい

  • 共同正犯の認定も可。訴因変更の要否は、不意打ち・防御上の不利益の観点で検討
  • ②存在がうかがわれるにとどまる→共謀は認定できない。単独犯の要件は満たす→単独犯を認定(択一の余地はない)③存在しないと認められる→単独犯

検察官が単独犯の訴因で起訴した場合です。他の共謀共同正犯者について、裁判所の心証は、3通りあります。1つ目。共謀共同正犯者の存在が認められるとき。最初の事件でいえば、Yとの共謀が、証拠で認められる場合です。さきほどの決定のとおり、単独犯と認定してよいです。共同正犯と認定してもかまいません。ただし、共同正犯を認定するのに訴因変更が必要かどうかは、別に考える必要があります。訴因変更が要るかは、前に見た、訴因変更の要否の枠組みで決まります。被告人に不当な不意打ちにならないか、防御に不利益を与えるおそれがないか、という観点から検討します。2つ目。存在が、うかがわれるにとどまるとき。被告人はYの名前を出すけれど、裏付けが足りない場合です。共謀の事実は認定できません。共謀は、共同正犯と認定するために必要な事実です。証明できなければ、認定できません。これは、共同正犯を認めないという意味で、共謀がなかったと積極的に認定するわけではありません。だから、共同正犯は認定できません。一方、単独犯の成立要件は、被告人1人の行為で満たされています。ですから、単独犯を認定します。3つ目。存在しないと認められるとき。Yの話が作り話だと分かった場合です。これは、単独犯です。

択一的認定の余地は、ありません。前々回の場面は、被告人とYの共謀が認定できていました。共謀が認定できれば、どちらが手を動かしていても、被告人もYも、同じ罪の共同正犯です。だから、誰が実行したかが決まらなくても、罪となるべき事実として足りたのです。認定できる共同正犯が、そもそも無いのです。一方、単独犯は、成立要件を満たします。だから、択一する前に、単独犯と認定すれば足ります。注意が1つあります。最初の、Yを無視するのは事実と違う気がする、という引っかかりへの答えです。単独犯と認定することは、他に共謀者がいない、と認定することまでは意味しません。単独犯の条文は、他に関与者がいないことを、要件にしていないからです。前回の否定説が心配した、なかったと認定してしまう処理は、ここでは起きていません。ですから、量刑では、他に共謀共同正犯者がいたことを考慮できます。量刑の中身は、次の話題で見ます。もう1つ、補足です。共同正犯を認定したいなら、検察官が、単独で、または氏名不詳者と共謀のうえ、という形に訴因を変更して、共同正犯を認定することも可能です。

1つ目の見解の択一は、要りません。うかがわれるだけの共謀で共同正犯を認定する、2つ目の見解も取れません。単独犯を認定して、共犯者のことは量刑で考える。これが、3つ目の見解の筋です。

3つの訴因×3つの心証。縦=訴因(単独犯/共同正犯/択一的な訴因〔256条5項=単独犯または共同正犯〕)、横=他の共謀共同正犯者が(認められる/うかがわれるにとどまる/存在しない)。単独犯の訴因=単独犯でも共同正犯でも可/単独犯/単独犯。共同正犯の訴因=共同正犯/単独犯/単独犯。択一的な訴因=共同正犯が相当/単独犯/単独犯 図:3つの訴因×3つの心証

  • 縦=訴因(単独犯/共同正犯/択一的な訴因〔256条5項=単独犯または共同正犯〕)、横=他の共謀共同正犯者が(認められる/うかがわれるにとどまる/存在しない)
  • 単独犯の訴因=単独犯でも共同正犯でも可/単独犯/単独犯
  • 共同正犯の訴因=共同正犯/単独犯/単独犯
  • 択一的な訴因=共同正犯が相当/単独犯/単独犯

小さな表で、ほかの訴因も見ておきます。訴因は3つ並べました。単独犯の訴因、共同正犯の訴因、そして、単独犯または共同正犯と択一的に書いた訴因です。起訴状に択一的に書くことは、256条5項が認めています。共同正犯の訴因で、共謀共同正犯者の存在が認められるなら、訴因どおり共同正犯です。うかがわれるにとどまる、存在しないと認められる、なら、共謀が認定できないので、単独犯を認定します。筋は同じです。最後の、択一的な訴因です。存在が認められるなら、どちらを認定してもよいのですが、共同正犯を認定するのが相当です。単独犯だけを認定すると、共謀共同正犯者はいないと判断したのか、いても触れなかっただけなのか、判決から読み取れなくなるからです。うかがわれるにとどまる、存在しない、なら、共謀が認定できないので、単独犯です。

全体の見取り図

択一的認定の見取り図。同じ構成要件の中(日時・実行行為者)=原則許される(例外は過失)/単独犯と共同正犯=単独犯が成立する限り択一は要らない/大小のある罪=小さい方だけを認定/大小のない罪=「AまたはB」とは書けない。軽い罪だけを認めるかは見解が分かれ、札幌高裁の判決は認めた。物差しの使いどころ=①罪となるべき事実として足りるか→同じ構成要件内/②利益原則→大小・大小のない罪/③罪刑法定主義→大小のない罪 図:択一的認定の見取り図

  • 同じ構成要件の中(日時・実行行為者)=原則許される(例外は過失)/単独犯と共同正犯=単独犯が成立する限り択一は要らない/大小のある罪=小さい方だけを認定/大小のない罪=「AまたはB」とは書けない
  • 軽い罪だけを認めるかは見解が分かれ、札幌高裁の判決は認めた
  • 物差しの使いどころ=①罪となるべき事実として足りるか→同じ構成要件内
  • ②利益原則→大小・大小のない罪
  • ③罪刑法定主義→大小のない罪

3回にわたって見てきた択一的認定を、1枚にまとめます。1つ目の領域は、同じ構成要件の中です。日時、場所、実行行為者の択一が、原則として許されました。どちらに転んでも、同じ罪の同じ中身に当たるからです。例外は、過失の態様でした。何を怠ったかという、罪の中身そのものが決まらなくなるからです。単独犯と共同正犯の間は、この枠の中といえるかが争われました。ただ、今日見たとおり、単独犯が成立する限り、そもそも択一は要りませんでした。2つ目は、違う構成要件で、大小のある罪です。殺人と傷害致死のように、一方が他方を含む関係です。大きい方に疑いが残るなら、小さい方だけを認定します。小さい方の事実は、それだけで証明されているからです。3つ目は、大小のない罪です。保護責任者遺棄と死体遺棄のように、一方が他方を含まない関係です。AまたはBとは書けません。どちらにも疑いが残るのに有罪にすることになり、法律に無い合成した犯罪も作るからです。軽い罪だけを認めてよいかは、見解が分かれます。札幌高裁の判決は認めました。物差しの使いどころも見ておきます。1つ目の、罪となるべき事実として足りるか、は、同じ構成要件の中で効きました。2つ目の利益原則は、大小のある罪と、大小のない罪で効きました。3つ目の罪刑法定主義は、大小のない罪で、合成した犯罪を作るかどうかとして効きました。今日の単独犯と共同正犯は、罪名が同じ罪の中の話ですから、3つ目は出番がありませんでした。2つ目の利益原則は、下級審の2つ目の見解の根拠として出てきただけで、最高裁の決定の判断では使っていません。

節目のミニ事例と短答

節目のミニ事例。(a)単独犯の訴因で、他に共謀共同正犯者がいても、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされていれば単独犯と認定してよい→○/(b)共謀がうかがわれるにとどまるとき、共同正犯を認定できる→×/(c)共謀がうかがわれるにとどまるとき、単独犯または共同正犯、と択一的に認定する→×(択一の余地は無い・単独犯を認定)/(d)単独犯と認定すると、他に共謀者がいないと認定したことになる→×(量刑では考慮できる)/(e)共同正犯の訴因で共謀が認定できなければ、単独犯を認定する→○ 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。1つ目。単独犯の訴因で、他に共謀共同正犯者がいても、被告人1人の行為で構成要件が全部満たされているなら、単独犯と認定してよいですか。2つ目。他に共謀者がいるかもしれない、とうかがわれるにとどまるとき、共同正犯を認定できますか。3つ目。そのとき、単独犯または共同正犯、と択一的に認定できますか。4つ目。単独犯と認定すると、他に共謀者がいない、と認定したことになりますか。×です。そこまでは認定していないので、量刑では、他に共謀者がいたことを考慮できます。最後です。共同正犯の訴因で、共謀が認定できなければ、どうしますか。

単独犯を認定します。共謀が認定できなくても、被告人1人の行為で構成要件が満たされているなら、単独犯は成立するからです。最高裁の決定の判断は、短答で狙われる論点です。論文でも問われうる論点です。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。単独犯の構成要件が被告人1人の行為で全部満たされる→他に共謀共同正犯者がいても単独犯と認定してよい(最高裁の決定)。共同正犯は処罰拡張規定(60条)。共謀がうかがわれるだけなら共同正犯は認定できず、単独犯を認定(択一の余地は無い)。単独犯の認定は他に共謀者がいないという認定を伴わない→量刑で考慮できる。3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義 図:まとめの地図

  • 単独犯の構成要件が被告人1人の行為で全部満たされる→他に共謀共同正犯者がいても単独犯と認定してよい(最高裁の決定)
  • 共同正犯は処罰拡張規定(60条)
  • 共謀がうかがわれるだけなら共同正犯は認定できず、単独犯を認定(択一の余地は無い)
  • 単独犯の認定は他に共謀者がいないという認定を伴わない→量刑で考慮できる
  • 3つの物差し=①罪となるべき事実として足りるか②利益原則③罪刑法定主義

今日のまとめです。単独犯なのか共同正犯なのか迷うときの答えは、1つの軸でほどけます。単独犯の構成要件が、被告人1人の行為で全部満たされているかどうかです。満たされているなら、他に共謀共同正犯者がいても、単独犯は成立します。共同正犯の規定、60条は、1人では全部を実行していない人も正犯にする処罰拡張規定であって、全部やった人の単独犯を打ち消す規定ではないからです。だから、単独犯の訴因で起訴されたなら、裁判所は訴因どおりに、単独犯と認定してよい。これが、最高裁の決定の判断です。他に共謀者がいるかもしれない、とうかがわれるだけなら、共謀は認定できません。共同正犯は認定できず、単独犯を認定します。択一の余地はありません。ただし、単独犯の認定は、他に共謀者がいないという認定を伴いません。その存在は、量刑で考慮できます。最初の問いの答えです。被告人が、窃盗の実行行為を1人で全部やったなら、黒幕のYがいても、単独犯と認定してよいのです。今日で、択一的認定は一区切りです。有罪と認定できたとして、刑の重さは、何を基準にして、どう決めるのか。次は、そこを見ます。

ページ上部へ ↑

#154単独ページ動画

量刑と余罪考慮

第7章 裁判 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①傷害致死(法定刑=3年以上の有期拘禁刑=3年から20年)で、検察官の求刑は10年。判決は15年。法定刑の範囲内なら、何年でも適法か ②空き巣でC宅1件だけが起訴された。D宅・E宅は起訴されていない。この2件を、刑を重くする理由にしてよいか 図:今日の問い2つ

  • ①傷害致死(法定刑=3年以上の有期拘禁刑=3年から20年)で、検察官の求刑は10年
  • 判決は15年
  • 法定刑の範囲内なら、何年でも適法か ②空き巣でC宅1件だけが起訴された
  • D宅・E宅は起訴されていない
  • この2件を、刑を重くする理由にしてよいか

前回までで、有罪と認定できるところまで来ました。では、有罪と決まったあと、刑の重さは、何を基準に、どう決まるのでしょうか。問いは2つあります。1つ目。傷害致死の事件です。法定刑は、3年以上の有期拘禁刑。上限は20年ですから、3年から20年までの広い幅があります。検察官は、10年を求刑しました。ところが判決は、法定刑の範囲内の、15年でした。範囲内でさえあれば、何年にしても適法なのでしょうか。2つ目。被告人は、空き巣1件、C宅の事件で起訴されました。取調べでは、D宅とE宅でも同じことをした、と述べています。ただし、D宅とE宅は起訴されていません。この2件を、刑を重くする理由にしてよいのでしょうか。

刑の重さを何で決めるのかと、起訴されていない事件をどう扱うのか。この2つが、今日の問いの芯です。先に答えの形だけ言います。1つ目は、範囲内でも何年でもよいわけではありません。2つ目は、使い方しだいです。罰するために使うのはだめで、人物を知るために使うのは許されます。なお、前回の最後に、他に共謀者がいたことは量刑で考慮できる、と述べました。なぜ考慮できるのかにも、今日答えます。先に切り分けをしておきます。前科や余罪を、犯人が誰かを示す証拠として使う話は、別の回で見ました。今日は、有罪と決まったあとに、刑を決める資料として使う話です。

今日の地図は4歩。①幅の中の置き場所を決める物差し(犯情と一般情状)②他の判決との公平性③起訴されていない事件(余罪)④判決に付く周辺(未決勾留日数・訴訟費用・執行猶予) 図:今日の地図は4歩

今日の地図です。1歩目は、幅の中のどこに置くかの物差し。2歩目は、他の判決との公平性。3歩目は、起訴されていない事件の扱い。4歩目は、判決の主文に付いてくる周辺です。

法定刑・処断刑・宣告刑

3つの刑。法定刑(条文に書かれた幅=傷害致死なら3年以上20年以下)→法定の加重・減軽(科刑上一罪・刑種の選択・再犯加重・法律上の減軽・併合罪の加重・酌量減軽)→処断刑(修正後の範囲)→量刑の考え方で決める→宣告刑(判決で言い渡す具体的な刑) 図:3つの刑

まず、言葉を3つ整理します。法定刑、処断刑、宣告刑です。法定刑は、条文に書いてある幅です。傷害致死なら、刑法205条1項の、3年以上の有期拘禁刑。有期拘禁刑の上限は、刑法12条1項の20年です。処断刑は、その幅に、法律が定める加重や減軽を施したあとの範囲です。たとえば、併合罪の加重や、法律上の減軽がこれにあたります。それぞれの中身は、刑法の回で扱いました。ここでは、幅が修正されることがある、とだけ覚えてください。宣告刑は、その範囲の中で、量刑の考え方に基づいて決めた、具体的な刑です。判決で言い渡される、あの年数のことです。棚に喩えます。法定刑は、売り場の棚全体。処断刑は、その日、実際に選べる段。宣告刑は、その段から手に取る、1つの商品です。

冒頭の10年や15年は、どれにあたるのですか。宣告刑です。求刑は、検察官が望む宣告刑の案で、裁判所を拘束しません。判決書で、この宣告刑の理由を述べる欄が、前に見た量刑の理由です。今日は、その理由づけの物差しを見ます。

量刑の本質と犯情・一般情状

量刑の二層。本質=行為責任(犯罪行為にふさわしい責任)。犯情=やったことの重さ(法益侵害またはその危険の程度+犯行に至る意思決定への非難の程度)=中心。一般情状=予防の観点から考える事情=二次的な調整。空き巣の例。犯情=侵入の手口・被害の大きさ・計画性・動機・共犯での役割/一般情状=前科・反省・示談・年齢・家族の状況・更生の見込み。証明=犯情は厳格な証明/一般情状は自由な証明で足りる 図:量刑の二層

  • 本質=行為責任(犯罪行為にふさわしい責任)
  • 犯情=やったことの重さ(法益侵害またはその危険の程度+犯行に至る意思決定への非難の程度)=中心
  • 一般情状=予防の観点から考える事情=二次的な調整
  • 空き巣の例
  • 犯情=侵入の手口・被害の大きさ・計画性・動機・共犯での役割/一般情状=前科・反省・示談・年齢・家族の状況・更生の見込み
  • 証明=犯情は厳格な証明/一般情状は自由な証明で足りる

幅の中のどこに置くか。その物差しの軸は、行為責任です。被告人のした犯罪行為に、ふさわしい責任を明らかにするのが、量刑の本質です。そこで、まず量るのは、やったことの重さです。2つの面があります。法益をどれだけ侵害したか、またはその危険がどれだけあったか、という客観的な重さ。それと、犯行に至った意思決定が、どれだけ非難に値するか。この2つをあわせて、犯情と呼びます。そのうえで、再犯を防ぐための考慮や、社会への影響といった、予防の観点から考える事情を、二次的に加えて調整します。これを一般情状と呼びます。空き巣で仕分けます。窓を割って侵入した手口、盗んだ金額、前もって計画していたか、動機、共犯での役割。これらは犯情です。やったことそのものの重さだからです。一方、前科、反省の態度、被害者との示談、年齢、家族の状況、更生の見込み。これらは一般情状です。

手口が悪質かどうかは犯情で、反省しているかどうかは一般情状、という分け方でよいですか。よいです。犯行の最中の事情か、犯行を離れた、被告人の人となりや事後の事情かが、おおよその見分け方です。基本の重さは犯情で決まり、一般情状は、そのまわりを調整するつまみ、と捉えてください。被害者や遺族が、被害についての気持ちを述べる、心情等の意見陳述も、同じ整理で位置づきます。被害者の意見陳述の回で見たとおり、犯罪事実を認定する証拠にはなりません。量刑でも、犯情以外の事情に限って、資料になります。犯情を外す理由は、このあとの証明のしかたで分かります。証明のしかたも、この二層で変わります。犯情は、罪となるべき事実、つまり判決に書く犯罪の中身と重なります。残虐な手口は、重く量刑する事情であると同時に、殺意を推認させる事実でもあるからです。犯罪の中身と同じ事実を、量刑の名目なら緩く認めてよいとすると、犯罪事実の認定の厳しさが骨抜きになります。ですから、証拠能力のある証拠を、法廷での正式な証拠調べにかけて証明する、厳格な証明が要ります。迷いが残れば被告人に有利に扱う、疑わしきは被告人の利益に、という利益原則も働きます。検察官が証明の責任を負います。宣誓も反対尋問もない心情の陳述から、犯情を認めてはいけないのも、このためです。一般情状は、性格や経歴、示談の状況のように、資料を広く集めたいので、証拠能力や調べ方の制限を受けない、自由な証明で足りるとされています。ただし実務では、あとで争いにならないよう、同意のうえで採用し、取り調べる形を取ることが多いです。

一般情状の証明責任が、誰にあるのかは、見解が分かれています。検察官が、有利不利を問わず負うとする見解が多いとされます。被告人に有利な事実は、被告人が負うとする見解もあります。厳格な証明と自由な証明の区別そのものは、証拠の回で見ました。

公平性と量刑傾向

事案。両親2人が、1歳8か月の三女に継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して死亡させた傷害致死(共謀を認定)。求刑は2人とも10年。第一審(裁判員裁判)は、量刑検索システムは登録数が限られ検証もできないとして傾向に従わず、近年の社会情勢(児童虐待防止の機運)を理由に、2人とも15年。原判決も是認。最高裁は両判決を破棄して自判 図:事案

  • 両親2人が、1歳8か月の三女に継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して死亡させた傷害致死(共謀を認定)
  • 求刑は2人とも10年
  • 第一審(裁判員裁判)は、量刑検索システムは登録数が限られ検証もできないとして傾向に従わず、近年の社会情勢(児童虐待防止の機運)を理由に、2人とも15年
  • 原判決も是認
  • 最高裁は両判決を破棄して自判

冒頭の問い1に入ります。最高裁の判決の事案です。被告人は、両親の2人です。1歳8か月の三女に、継続して暴行を加え、一方が頭部を強打して、三女は亡くなりました。傷害致死で、2人の共謀が認められました。検察官の求刑は、2人とも10年でした。第一審は、裁判員裁判でした。裁判員の回で、量刑の評議では過去の傾向が目安になる、と一言だけ触れました。その考え方を示したのが、この判決です。過去の量刑の傾向を調べる、量刑検索システムがありますが、これは登録数が限られていて、検証もできない。だから傾向には従わない。そのうえで、近年の社会情勢、つまり児童虐待を防ごうという機運を理由にして、2人とも15年を言い渡しました。控訴審も、これを是認しました。最高裁は、この両判決を破棄しました。判断は、2段に分かれます。1段目は、量刑の傾向とはどういうものか。2段目は、裁判員裁判でも、その傾向を出発点にしなければならないか。まず、1段目を読みます。

判例最判平26・7・24 刑集68巻6号925頁

量刑傾向の意義 裁判においては,行為責任の原則を基礎としつつ,当該犯罪行為にふさわしいと考えられる刑が言い渡されることとなるが,裁判例が集積されることによって,犯罪類型ごとに一定の量刑傾向が示されることとなる。そうした先例の集積それ自体は直ちに法規範性を帯びるものではないが,量刑を決定するに当たって,その目安とされるという意義をもっている。

先例が積み重なると、犯罪の類型ごとに、おおまかな量刑の傾向が見えてきます。この傾向は、法規範ではありません。裁判所を縛る法律のような力はない、ということです。ただ、量刑を決めるときの目安にされる意義はある、と述べています。2段目、裁判員裁判についての部分です。

判例最判平26・7・24 刑集68巻6号925頁

裁判員裁判と公平性 裁判員裁判といえども,他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく,評議に当たっては,これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で,これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められているというべきである。 …… そうした量刑判断が公平性の観点からも是認できるものであるためには,従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について,裁判体の判断が具体的,説得的に判示されるべきである。

読み取るのは、3点です。1つ目。裁判員裁判でも、他の裁判の結果との公平性を保つ必要があります。2つ目。評議では、これまでの傾向を共通認識として、出発点にします。3つ目。傾向を前提にしない事情があるなら、その存在を、具体的で説得的に判決に書かなければなりません。

判決の結論と問い①の答え。15年は、傾向から外れ、求刑を大幅に超える。具体的・説得的な根拠が示されているとはいい難い→甚だしく不当な量刑判断→刑訴411条2号により破棄。自判=実行した側は10年/実行行為に及んでいない側は8年(実行行為に及んでいないことを踏まえて)。主文=未決勾留日数中各400日を算入・訴訟費用は負担させない。答え=法定刑の範囲内でも、傾向から踏み出すなら具体的・説得的な理由が要る 図:判決の結論と問い①の答え

  • 15年は、傾向から外れ、求刑を大幅に超える
  • 具体的・説得的な根拠が示されているとはいい難い→甚だしく不当な量刑判断→刑訴411条2号により破棄
  • 自判=実行した側は10年/実行行為に及んでいない側は8年(実行行為に及んでいないことを踏まえて)
  • 主文=未決勾留日数中各400日を算入・訴訟費用は負担させない
  • 答え=法定刑の範囲内でも、傾向から踏み出すなら具体的・説得的な理由が要る

結論です。15年は、これまでの傾向から外れ、求刑を大幅に超えています。それを正当化する、具体的で説得的な根拠が示されているとはいい難い。そこで、甚だしく不当な量刑判断だとして、刑事訴訟法411条2号により、破棄しました。法定刑の幅の中で選べる、というだけでは足りない、ということです。最高裁は、差し戻さずに、自ら刑を言い渡しました。これを自判といいます。その結果は、実行した側が10年。実行行為に及んでいない側が8年でした。同じ共謀の2人でも、実行したかどうかで、刑が違います。これは、のちほど表で使います。冒頭の問い1の答えです。範囲内なら何年でも適法、ではありません。傾向は、法規範ではないので、裁判所を縛りません。けれども、似た事件が似た刑になるという公平性のために、出発点になります。そこから踏み出すなら、具体的で説得的な理由が必要です。

決め手は、公平性です。同じような事件で、裁判官や裁判体によって刑がばらばらでは、被告人は、自分の刑が妥当なのか納得できません。傾向を出発点にして、離れるなら理由を示す。この仕組みが、公平性を支えています。確認です。量刑傾向に、法的な拘束力はあるでしょうか?ありません。法規範ではなくて、目安です。ただ公平性のために出発点になるので、外れるなら具体的で説得的な理由が要ります。

余罪の問題設定

前科から犯人性を推認できるのは、どんなときか。答え=前科が顕著な特徴を持ち、起訴事実と相当程度類似するなど、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させるとき。今日は別の場面=有罪と決まったあと、量刑の資料として使えるか 図:前科から犯人性を推認できるのは、どんなときか

  • 答え=前科が顕著な特徴を持ち、起訴事実と相当程度類似するなど、それ自体で犯人の同一性を合理的に推認させるとき
  • 今日は別の場面=有罪と決まったあと、量刑の資料として使えるか

余罪に入る前に、1問です。前科を犯人性の証拠に使う回を、思い出してください。前科から、被告人が犯人だと推認できるのは、どんなときでしたか?前科が特徴的で、起訴された事実と、かなり似ているときです。それ自体で、犯人が同じだと合理的に言えるなら、使えます。今日は、この場面とは違います。犯人だと決まったあとに、刑を決める資料として使えるかどうかを見ます。

余罪の問題設定。被告人A→C宅(起訴された窃盗1件)/被告人A→D宅・E宅(起訴されていない=余罪)。引き合う2つ=①罪を認定して重く罰するのは、起訴されていない事実の処罰になる ②しかし量刑は、被告人の性格・経歴・動機などすべてを考慮して決めるもの 図:余罪の問題設定

  • 被告人A→C宅(起訴された窃盗1件)/被告人A→D宅・E宅(起訴されていない=余罪)
  • 引き合う2つ=①罪を認定して重く罰するのは、起訴されていない事実の処罰になる ②しかし量刑は、被告人の性格・経歴・動機などすべてを考慮して決めるもの

冒頭の問い2の設例を、図にしました。被告人は、C宅の窃盗1件で起訴されています。D宅とE宅も、被告人がやったと述べていますが、起訴されていません。どうして、こういう事態が起きるのでしょうか。窃盗のように、繰り返し多数の事件を起こすことがうかがわれる罪では、証拠が足りない、公訴時効が完成している、といった理由で、起訴できないものがあります。起訴できるものでも、検察官は、起訴便宜主義によって、あえて起訴しないことを選べます。こうして、全部は起訴されないことがあります。ここで、2つの考えが引き合います。1つ目。起訴されていない事実を認定して、そのせいで重く罰するなら、起訴していない事実を処罰することになる。2つ目。しかし、量刑は、被告人の性格や経歴、動機などすべてを考慮して決めるものでもある。繰り返しているという事実も、その人物を知る手がかりです。

ですから、線を引く基準が要ります。大法廷の判決が、その基準を示しました。

大法廷の判決と2つの類型

事案と結論。窃盗。原判決は「被告人が本件以前にも約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね,それによつて得た金員を飲酒,小使銭,生活費等に使用したことを考慮すれば」と判示。これが余罪の処罰にあたるかが争われた→上告棄却(余罪を処罰する趣旨ではなく、動機・目的・性格等を推知する一情状として考慮したものと解した) 図:事案と結論

  • 窃盗
  • 原判決は「被告人が本件以前にも約六ケ月間多数回にわたり同様な犯行をかさね,それによつて得た金員を飲酒,小使銭,生活費等に使用したことを考慮すれば」と判示
  • これが余罪の処罰にあたるかが争われた→上告棄却(余罪を処罰する趣旨ではなく、動機・目的・性格等を推知する一情状として考慮したものと解した)

事案は、窃盗です。原判決は、被告人が、この事件より前にも、約6か月間、多数回にわたって同じような犯行を重ねた。それで得たお金を、飲酒や小遣い、生活費に使った。これを考慮すれば、と書いていました。これが、余罪の処罰にあたらないかが争われました。結論は、上告棄却です。この部分は、余罪を処罰する趣旨ではなく、動機や目的、性格などを推し量る一つの情状として考慮したもの、と読みました。そのうえで、判決は、まず許されない側を述べています。

判例最大判昭41・7・13 刑集20巻6号609頁

余罪の考慮(許されない側) 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。

許されないのは、余罪を犯罪事実として認定して、実質上処罰する趣旨で、量刑の資料にすることです。次に、許される側です。

判例最大判昭41・7・13 刑集20巻6号609頁

余罪の考慮(許される側) 刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない …… もとより、これを考慮する程度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり …… 余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然である。

量刑は、性格や経歴、動機などすべてを考慮して決めるものだから、情状の1つとして余罪を考慮することも、必ずしも禁じられていない。ただし、考慮する程度は、必要な限度にとどめる。そして、処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるので、両者を混ぜないように慎重に、と注意しています。

2つの類型(実務の整理=判決の言葉ではない)。実質処罰類型=余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くする→許されない/情状推知類型=性格・経歴・動機・目的・方法といった情状を推知する資料として余罪を考慮する→許される(必要な限度で) 図:2つの類型

  • 実務の整理=判決の言葉ではない
  • 実質処罰類型=余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くする→許されない
  • 情状推知類型=性格・経歴・動機・目的・方法といった情状を推知する資料として余罪を考慮する→許される(必要な限度で)

ここで整理の言葉を1つ入れます。以下の2つの呼び名は、判決の言葉ではなく、実務での整理です。判決は、この2つを混ぜるな、と言っているだけです。余罪を犯罪事実として認定し、実質上処罰する趣旨で刑を重くするのを、実質処罰類型と呼びます。許されません。性格や動機といった情状を推し量る資料として、余罪を考慮するのを、情状推知類型と呼びます。許されます。ただし、必要な限度までです。軸は1本です。その余罪を罰するためか、人物像を知るためか。請求書を被告人に回しているのか、人物の説明書として読んでいるのか、と言い換えてもよいです。

実質処罰が許されない4つの理由

実質処罰が許されない理由4つ。①不告不理の原則に反し、憲法31条(法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられない)にも反する ②刑訴317条の証拠裁判主義に反する ③自白と補強証拠の制約(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)を免れるおそれ ④後日起訴されて有罪となれば、すでに量刑で責任を問われた事実について再び責任を問うことになり、憲法39条にも反する。覚え方=余罪を認定して罰するなら、起訴・証拠・補強・一事不再理のルールを全部くぐれ 図:実質処罰が許されない理由4つ

  • ①不告不理の原則に反し、憲法31条(法律の定める手続によらなければ刑罰を科せられない)にも反する
  • ②刑訴317条の証拠裁判主義に反する
  • ③自白と補強証拠の制約(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)を免れるおそれ
  • ④後日起訴されて有罪となれば、すでに量刑で責任を問われた事実について再び責任を問うことになり、憲法39条にも反する
  • 覚え方=余罪を認定して罰するなら、起訴・証拠・補強・一事不再理のルールを全部くぐれ

実質処罰が許されない理由を、判決は4つ挙げています。1つ目。裁判所は、起訴された事実についてしか判断できません。不告不理の原則です。起訴されていない余罪を、処罰する趣旨で認定して考慮するのは、この原則に反します。起訴という、法律に定める手続を経ずに刑罰を科すことになるので、憲法31条にも反します。2つ目。事実の認定は証拠による、という、刑事訴訟法317条に反します。

条文刑事訴訟法第317条

刑事訴訟法第317条 事実の認定は、証拠による。

3つ目。自白には、それを裏づける別の証拠、つまり補強証拠が要る、という制約を、免れるおそれがあります。余罪は、被告人の自白だけで語られがちだからです。自白だけでは有罪にできない、という憲法38条3項と刑事訴訟法319条2項、3項の制約を、すり抜けかねません。4つ目。余罪が、のちに起訴されないという保障はありません。起訴されて有罪になれば、量刑で重くした分だけ、すでに一度罰した事実を、もう一度罰することになります。同じ犯罪について重ねて責任を問うことを禁じた、憲法39条にも反します。

条文憲法第39条

憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

4つを、1つの軸でまとめます。余罪を認定して罰するなら、起訴の手続も、証拠による認定も、補強証拠の要求も、一事不再理も、全部くぐれ。実質処罰は、そのどれもくぐらずに罰することになるから、許されないのです。起訴の手続を踏まずに判決をすると、不告不理に違反し、控訴の理由にもなります。ただし、その詳しい扱いは、控訴の回で扱います。一事不再理の効力が及ぶ範囲は、公訴事実の同一性を扱った回で見ました。確定判決の効力としての詳しい扱いは、のちの回で見ます。

線引きの実際と前科

線引きの実際。判決自身の当てはめ=余罪の回数・金額を具体的に判示していない/犯罪の成立に関係のない使途を詳しく判示している/前後の判文と読み合わせると、動機・目的・性格を推知する一情状として考慮した→実質処罰ではない。判決文の書きぶり。書きぶり1=D宅・E宅でも窃盗に及び合計○○万円を得た、この2件分も含めて刑を重くする→実質処罰類型(×)/書きぶり2=同種の犯行を繰り返し抵抗感が薄れている、再犯のおそれがあるので執行猶予は付けない→情状推知類型(○・必要な限度)。前科=再犯の危険や更生の見込みを見る→可/過去の事件を蒸し返して上乗せ→不可(憲法39条) 図:線引きの実際

  • 判決自身の当てはめ=余罪の回数・金額を具体的に判示していない/犯罪の成立に関係のない使途を詳しく判示している/前後の判文と読み合わせると、動機・目的・性格を推知する一情状として考慮した→実質処罰ではない
  • 判決文の書きぶり
  • 書きぶり1=D宅・E宅でも窃盗に及び合計○○万円を得た、この2件分も含めて刑を重くする→実質処罰類型(×)/書きぶり2=同種の犯行を繰り返し抵抗感が薄れている、再犯のおそれがあるので執行猶予は付けない→情状推知類型(○・必要な限度)
  • 前科=再犯の危険や更生の見込みを見る→可/過去の事件を蒸し返して上乗せ→不可(憲法39条)

では、現場でどう見分けるのか。判決自身の当てはめを見ます。判決は、この事件の判文について、3つの点を見ています。余罪の回数や金額を、具体的に判示していない。犯罪の成立と関係のない、お金の使い途を、比較的詳しく判示している。前後の文と読み合わせると、この事件の動機や目的、性格を推し量る情状として考慮したもの。だから、実質処罰ではない、という判断です。判断のしかたは、事案ごとです。判決も、必要な限度にとどめる、両者を混ぜない、と注意していました。設例で、判決文の書きぶりを2つ並べます。書きぶり1。D宅とE宅でも窃盗に及び、合計で何十万円を得ている。この2件分も含めて、刑を重くする。件数と被害額を具体的に認定して、刑に反映させています。これは実質処罰類型で、許されません。書きぶり2。同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、犯行への抵抗感が薄れている。再犯のおそれがあるので、執行猶予は付けない。性格や動機を推し量るにとどまっています。これは情状推知類型で、許されます。ただし、必要な限度にとどめます。補助の目安もあります。宣告刑が、同種事案の傾向から大きく外れて重いのに、理由に余罪が挙がっているときは、実質処罰が疑われやすい。断定はできませんが、目安になります。

この区別は、いつも明確というわけではありません。実務でも、区別はしばしば困難で、一審と控訴審とで判断が分かれることもあります。余罪にあたる別の行為を量刑で考慮したことが、実質処罰にあたる疑いがあるとして、控訴審が一審を破棄して差し戻した例もあります。前科も、同じ型で考えられます。前科から、再犯の危険や更生の見込み、つまり性格や環境を見るのは、許されます。情状推知です。けれども、過去の事件を蒸し返して、今回の刑に上乗せするのは、許されません。実質処罰です。すでに裁かれた事件を、もう一度罰することになるので、憲法39条の一事不再理の趣旨に反するからです。前面に出る条文が、余罪とは違います。執行猶予の条文も、前科を考慮することを、法が予定している証拠になります。のちほど見ます。

放火の死傷結果と量刑

事案。現住建造物等放火(刑法108条=死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑)。居宅にいた2人が一酸化炭素中毒で死亡。公訴事実に死亡の結果は書かれていない。第一審は死亡も量刑事情として考慮し13年。弁護側=訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果の考慮は不告不理に反する→上告棄却 図:事案

  • 現住建造物等放火(刑法108条=死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑)
  • 居宅にいた2人が一酸化炭素中毒で死亡
  • 公訴事実に死亡の結果は書かれていない
  • 第一審は死亡も量刑事情として考慮し13年
  • 弁護側=訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果の考慮は不告不理に反する→上告棄却

次は、余罪とは違う種類の、訴因に書かれていない事実です。放火の死傷結果です。事案は、現住建造物等放火です。居宅にいた2人が、一酸化炭素中毒で死亡しました。ところが、起訴された公訴事実には、死亡の結果が書かれていません。第一審は、死亡も量刑の事情として考慮して、13年としました。弁護側は、訴因にも罪となるべき事実にも書かれていない死亡結果を、量刑で考慮するのは、不告不理の原則に反する、と主張しました。最高裁は、上告を棄却しました。

判例最決平29・12・19 刑集71巻10号606頁

放火の死傷結果と量刑 放火罪は、火力によって不特定又は多数の者の生命、身体及び財産に対する危険を惹起することを内容とする罪であり、人の死傷結果は、それ自体犯罪の構成要件要素とはされていないものの、上記危険の内容として本来想定されている範囲に含まれるものである。 …… 同罪の量刑において、かかる人の死傷結果を考慮することは、法律上当然に予定されているものと解される。したがって、現住建造物等放火罪に該当する行為により生じた人の死傷結果を、その法定刑の枠内で、量刑上考慮することは許されるというべきである。

放火罪は、火の力で、不特定または多数の人の、生命、身体、財産に危険を生じさせる罪です。人の死傷は、構成要件の要素ではありません。けれども、その危険の内容として、本来想定されている範囲に含まれます。だから、量刑で死傷の結果を見ることは、法があらかじめ織り込んでいる。法定刑の枠内で、量刑上考慮してよい、というのが結論です。決め手は、別の事件かどうかです。余罪は、起訴された罪とは別の犯罪事実です。死傷結果は、別の事件ではありません。起訴された放火の危険が、現実になったものです。だから、その罪の量刑で、法定刑の枠内で考慮できます。

訴因にない事実の整理

訴因に書かれていない事実をどこまで量刑に使えるか。①余罪(別の犯罪事実)=処罰する趣旨では不可/性格等の推知なら可(大法廷判決)②起訴された罪の死傷結果=その罪の危険として本来想定される範囲=法定刑の枠内で可(最高裁の決定)③共犯者の存在・被告人の役割=別の犯罪を処罰するのではなく、起訴された犯行そのものの様子(犯情の一部)=可。実例=共謀の2人が10年と8年(実行行為に及んでいない側は8年) 図:訴因に書かれていない事実をどこまで量刑に使えるか

  • ①余罪(別の犯罪事実)=処罰する趣旨では不可/性格等の推知なら可(大法廷判決)②起訴された罪の死傷結果=その罪の危険として本来想定される範囲=法定刑の枠内で可(最高裁の決定)③共犯者の存在・被告人の役割=別の犯罪を処罰するのではなく、起訴された犯行そのものの様子(犯情の一部)=可
  • 実例=共謀の2人が10年と8年(実行行為に及んでいない側は8年)

訴因に書かれていない事実を、量刑にどこまで使えるか。3つを1枚の表で比べます。1つ目、余罪。別の犯罪事実です。処罰する趣旨では使えません。性格などを推し量る資料としてなら、使えます。2つ目、起訴された罪の死傷結果。その罪の危険として、本来想定される範囲にあります。法定刑の枠内で、考慮できます。3つ目、共犯者の存在や、被告人の役割。前回、単独犯と認定しても、他に共謀者がいないという認定を伴わない、と整理しました。他に共謀者がいたことは、別の犯罪を処罰するわけではありません。起訴された犯行そのものの様子、つまり誰がどこまで関わったかという、犯情の一部です。だから考慮できます。では前回のように、共謀者がいたかもしれない、とうかがわれるだけで、認定まではできないときはどうか。犯情ですから、利益原則で扱います。被告人の役割が小さかったかもしれない、という有利な方向なら、その疑いを考慮できます。逆に、刑を重くする方向に使うなら、厳格な証明が要ります。実例は、先ほどの判決です。共謀した2人でも、実行した側は10年、実行行為に及んでいない側は8年でした。役割の違いが、刑の差に出ています。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)余罪の件数・被害額を具体的に認定し、その2件分も含めて刑を重くした→×(実質処罰類型)(b)同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、再犯のおそれがあるので執行猶予を付けない→○(情状推知類型・必要な限度)(c)放火の死傷結果は訴因に書かれていないから、量刑で考慮できない→×(その罪の危険として本来想定される範囲)(d)起訴されていない余罪は、どんな趣旨でも一切考慮できない→×(情状の推知なら可) 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。1つ目。余罪の件数や被害額を具体的に認定して、その2件分も含めて刑を重くした。許されますか。2つ目。同種の犯行を繰り返してきたことがうかがわれ、再犯のおそれがあるので、執行猶予を付けなかった。許されますか。3つ目。放火の死傷結果は、訴因に書かれていないので、量刑で考慮できない、という主張は成り立つでしょうか。4つ目。起訴されていない余罪は、どんな趣旨でも、一切考慮できない、という主張は成り立つでしょうか。×です。処罰する趣旨はだめですが、情状を推し量る資料としてなら、考慮できます。弁別の軸は毎回同じです。処罰する趣旨か、情状の推知か。別の事件か、起訴された罪の危険の現実化か。

判決に付く周辺:未決勾留日数と訴訟費用

主文に付く周辺。未決勾留日数の算入(刑法21条=全部又は一部を本刑に算入することができる=裁量・主文で言い渡す)/上訴期間の法定通算(刑訴495条=法律上当然に通算)/訴訟費用(刑訴181条1項=刑の言渡しをしたときは被告人に全部又は一部を負担させなければならない・ただし書=貧困で納付できないことが明らかなときは負担させない/185条=負担させるときは職権でその裁判/2項=被告人の責めに帰すべき事由で生じた費用は刑の言渡しがなくても負担させられる/3項=検察官のみの上訴が棄却・取下げのときは上訴に関する費用を負担させられない) 図:主文に付く周辺

ここからは、判決の主文に付く周辺です。先ほどの2つの判決の主文を、手がかりにします。1つ目は、未決勾留日数の算入です。判決が確定する前に、勾留されていた日数を、未決勾留といいます。

条文刑法第21条

刑法第21条 未決勾留の日数は、その全部又は一部を本刑に算入することができる。

「できる」と書いてあります。算入するかどうかは、裁判所の裁量です。主文で言い渡します。先ほどの傷害致死の判決は、第一審における未決勾留日数のうち、400日をそれぞれ刑に算入しました。放火の決定は、当審における未決勾留日数のうち、610日を本刑に算入しました。上訴には、別枠があります。刑事訴訟法495条の通算です。判決が言い渡されてから、上訴を申し立てるまでには、長くて14日間の、上訴するかを考える期間があります。この期間中に勾留されていた日数は、裁判所が何も言わなくても、法律上当然に、全部が刑に通算されます。これを法定通算といいます。上訴を考えている間の勾留で、刑が実質的に重くならないようにするためです。これに対して、先ほどの400日や610日のように、何日入れるかを裁判所が裁量で決めるのが、裁定通算です。

今日は、算入が裁量であることと、上訴期間の通算との違いまで見ます。2つ目は、訴訟費用の負担です。

条文刑事訴訟法第181条第1項

刑事訴訟法第181条第1項 刑の言渡をしたときは、被告人に訴訟費用の全部又は一部を負担させなければならない。但し、被告人が貧困のため訴訟費用を納付することのできないことが明らかであるときは、この限りでない。

刑の言渡しをしたときは、原則として、被告人に負担させます。ただし、貧困で納付できないことが明らかなら、負担させません。傷害致死の判決は、このただし書を適用して、被告人の両名に負担させませんでした。負担させるときは、職権で、その裁判をします。185条です。ほかに、2項は、被告人の責めに帰すべき事由で生じた費用は、刑の言渡しがなくても負担させられるとし、3項は、検察官だけが上訴して、棄却や取下げになったときは、上訴に関する費用を、被告人に負担させられないとしています。

執行猶予と保護観察

刑の全部の執行猶予。刑訴333条2項=刑の言渡しと同時に判決で言い渡す(保護観察に付す場合も同様)。刑法25条1項=3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の言渡し+①前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者/②処せられたことがあっても、執行を終わった日等から5年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者→情状により猶予できる。刑法25条の2第1項=1項の場合は保護観察に付することができ、2項の場合は付する。余罪の常習性=猶予をつけるかで効く一般情状 図:刑の全部の執行猶予

  • 刑訴333条2項=刑の言渡しと同時に判決で言い渡す(保護観察に付す場合も同様)
  • 刑法25条1項=3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の言渡し
  • ①前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者
  • ②処せられたことがあっても、執行を終わった日等から5年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者→情状により猶予できる
  • 刑法25条の2第1項=1項の場合は保護観察に付することができ、2項の場合は付する
  • 余罪の常習性=猶予をつけるかで効く一般情状

最後に、執行猶予です。刑の全部の執行猶予は、刑の言渡しと同時に、判決で言い渡します。

条文刑事訴訟法第333条第2項

刑事訴訟法第333条第2項 刑の執行猶予は、刑の言渡しと同時に、判決でその言渡しをしなければならない。猶予の期間中保護観察に付する場合も、同様とする。

猶予をつけられる要件は、刑法25条1項に書いてあります。

条文刑法第25条第1項

刑法第25条第1項 次に掲げる者が三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その刑の全部の執行を猶予することができる。 一 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者 二 前に拘禁刑以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に拘禁刑以上の刑に処せられたことがない者

言い渡された刑が、3年以下の拘禁刑か、50万円以下の罰金であること。そのうえで、前に拘禁刑以上の刑を受けたことがない者、または、受けたことがあっても、執行を終えてから5年以内に拘禁刑以上の刑を受けていない者であること。そして、情状による、とあります。ここで、前科が要件の中に出てきます。前科を考慮すること自体を、法が予定している、ということです。猶予の期間中の保護観察は、刑法25条の2第1項に書いてあります。25条1項の場合は付することができ、2項の場合、つまり執行猶予の期間中の者に、もう一度猶予を付ける場合は、付する、という違いがあります。一度猶予を受けている人に、さらに猶予を重ねる以上、社会の中での指導と監督を必ず付ける、という仕組みです。冒頭の問い2とのつながりです。同種の犯行を繰り返してきた、という余罪から読み取れるのは、常習性、つまり、また同じことをするおそれです。刑務所に入れずに、社会の中で立ち直らせてよいか、という猶予の判断は、まさに再犯を防ぐ、予防の観点の判断です。ですから常習性は、猶予をつけるかどうかで効く、一般情状として働くことが多いのです。先ほどの書きぶり2が、まさにこれでした。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。物差し=行為責任→犯情(中心)+一般情状(調整)/公平性=量刑傾向は法規範ではないが出発点・外れるなら具体的・説得的な理由/余罪=実質処罰類型は不可・情状推知類型は可(4つの理由)/死傷結果・共犯者の役割=起訴された罪の範囲で可/主文の周辺=未決算入(裁量)・訴訟費用(原則負担)・執行猶予(同時に判決で) 図:まとめの地図

今日のまとめです。刑の重さは、まず、やったことの重さ、つまり犯情で決まります。一般情状は、そこへの調整です。冒頭の問い1の答えです。法定刑の範囲内なら何年でも適法、ではありません。量刑傾向は、法規範ではありませんが、公平性のために出発点になります。そこから踏み出して、求刑を大幅に超える刑にするなら、具体的で説得的な理由が必要です。15年は、それが示されなかったので、破棄されました。問い2の答えです。D宅とE宅は、処罰する趣旨で、重くする理由にしてはいけません。起訴、証拠、補強証拠、一事不再理の手続を、くぐらずに罰することになるからです。一方で、同種の犯行を繰り返してきたことから、動機や性格を推し量って、必要な限度で考慮することは許されます。放火の死傷結果は、別の事件ではなく、その罪の危険が現実になったものです。だから、法定刑の枠内で考慮できます。共犯者の存在や役割も、起訴された犯行そのものの様子なので、考慮できます。判決には、未決勾留日数の算入、訴訟費用の負担、執行猶予が、主文として付きます。ここまでは、争って、証拠を調べて、刑を決める、通常の公判でした。争いのない事件でも、同じ道のりを歩くのでしょうか。次は、手続を簡単にする仕組みを見ます。

ページ上部へ ↑

#155単独ページ動画

簡易な手続(簡易公判・即決裁判・略式)

第7章 裁判 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①スーパーで数千円分の食品を盗んだ。前科はなく、全部認めている。この事件でも、法廷を開き、証人を呼び、何回も期日を重ねるのか。②ある日、簡易裁判所から書面が届き、罰金の支払いを命じられた。法廷に行った覚えはない。それでも有罪の裁判を受けたことになるのか。納得できないときはどうするのか 図:今日の問い2つ

  • ①スーパーで数千円分の食品を盗んだ
  • 前科はなく、全部認めている
  • この事件でも、法廷を開き、証人を呼び、何回も期日を重ねるのか
  • ②ある日、簡易裁判所から書面が届き、罰金の支払いを命じられた
  • 法廷に行った覚えはない
  • それでも有罪の裁判を受けたことになるのか
  • 納得できないときはどうするのか

前回までは、争って、証拠を調べて、刑を決める、通常の公判を見てきました。では、争いのない事件でも、同じ道のりを歩くのでしょうか。問いは2つあります。1つ目。スーパーで、数千円分の食品を盗みました。前科はなく、全部認めています。この事件でも、法廷を開いて証人を呼び、何回も期日を重ねなければならないのでしょうか。2つ目。ある日、簡易裁判所から書面が届きました。罰金を支払うように、という内容です。法廷には一度も行っていません。それでも、有罪の裁判を受けたことになるのでしょうか。納得できないときは、どうすればよいのでしょうか。

2つ目は、ちょっと怖いです。知らないうちに有罪になるなんて、あるんですか。あります。ただし、それには、ちゃんと仕組みがあります。先に、答えの形だけ言っておきます。1つ目。手続は簡単にできます。ただし、有罪を証明する水準は下がりません。2つ目は、書面の罰金でも、期限内なら正式な裁判を求められます。何もしないと、確定した判決と同じ効力を持ちます。なお、2つ目は、交通違反の反則金とは別の話です。違いは、あとで言います。

今日の地図は4歩。①なぜ簡単にするか(下がらないもの)②公判の中で簡単にする(簡易公判)③捜査段階から早く終える(即決裁判)④公判を開かない(略式) 図:今日の地図は4歩

今日の地図です。1歩目は、なぜ簡単にするのか、そして簡単にしても下がらないものは何か。2歩目は、公判の中で簡単にする、簡易公判手続。3歩目は、捜査の段階から早く終える、即決裁判手続。4歩目は、公判を開かない、略式手続です。

なぜ簡単にするか・下がらないもの

簡略化されるもの/下がらないもの。左=手続の負担(被告人・裁判所・検察官・弁護人)・訴訟経済。右=有罪の認定に要る合理的な疑いを超える証明・補強証拠(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)。有罪答弁制度=有罪と答弁したら証拠による認定を省いて量刑へ進む制度→日本は採らない

  • 簡略化されるもの/下がらないもの
  • 左=手続の負担(被告人・裁判所・検察官・弁護人)・訴訟経済
  • 右=有罪の認定に要る合理的な疑いを超える証明・補強証拠(憲法38条3項・刑訴319条2項・3項)
  • 有罪答弁制度=有罪と答弁したら証拠による認定を省いて量刑へ進む制度→日本は採らない

まず、なぜ簡単にするのか。世の中の事件の多くは、重大ではなく、被告人も事実を争いません。それを全部、通常の公判にすると、関わる全員の負担が重くなります。訴訟経済にも反します。速く終わることは、迅速な裁判を求める憲法37条1項にも沿います。ただし、簡単にしてよいのは手続です。有罪を認定する水準は、下がりません。合理的な疑いを超える証明がないのに、有罪にしてよいわけではありません。ここで、前に見た補強法則を思い出してください。被告人が法廷で、有罪です、と認めただけで、有罪にできるでしょうか?できません。有罪であることの自認も自白に含まれて、自白だけでは有罪にできないので、補強証拠が要ります。刑事訴訟法319条3項が、有罪の自認も自白に含めています。同2項が、自白だけが唯一の証拠なら有罪にしない、としています。外国には、有罪答弁制度があります。被告人が有罪と答弁したら、証拠による有罪の認定を省いて、すぐ刑を決める制度です。日本は、この制度を採っていません。認めても、証拠による認定は残ります。今日の3つの手続も、全部この前提の上にあります。

近道にたとえます。近道を通る代わりに、通行証、同行者、速度制限、引き返せる分岐を付けます。それでも、目的地に着く基準は変わりません。省くのは道のりであって、基準ではありません。通行証は本人の同意。同行者は弁護人。速度制限は刑の枠。引き返せる分岐は、撤回や正式な裁判の請求です。もう1点。3つとも被告人が争わないことが前提ですが、条文上の入口は同じではありません。簡易公判と即決裁判は、有罪である旨の陳述が入口です。略式は、略式手続によることに異議がないこと、が入口です。条文は、略式に有罪の陳述を要件にしていません。

3つの入口の地図

3つの入口。簡易公判=公判請求(普通の起訴)→冒頭手続で被告人が有罪と陳述→意見を聴いて決定=公判の途中で切り替わる(最初から選べない)/即決裁判=捜査段階で被疑者の同意→起訴と同時に検察官が書面で申立て=起訴の時点で選ぶ/略式=捜査段階で被疑者に異議がないことを確かめる→起訴と同時に書面で請求=起訴の時点で選ぶ。公判を開くか=簡易公判・即決は開く/略式は開かない 図:3つの入口

  • 簡易公判=公判請求(普通の起訴)→冒頭手続で被告人が有罪と陳述→意見を聴いて決定=公判の途中で切り替わる(最初から選べない)/即決裁判=捜査段階で被疑者の同意→起訴と同時に検察官が書面で申立て=起訴の時点で選ぶ/略式=捜査段階で被疑者に異議がないことを確かめる→起訴と同時に書面で請求=起訴の時点で選ぶ
  • 公判を開くか=簡易公判・即決は開く/略式は開かない

3つを分ける軸は2本です。入口の時期と、公判を開くかどうか。簡易公判は、普通に起訴されて、公判が始まってから切り替わります。冒頭手続で被告人が有罪と陳述して、裁判所が決定します。最初から選べません。即決裁判と略式は、起訴の時点で選びます。捜査の段階で、被疑者の同意、または異議がないことを確かめて、起訴と同時に、検察官が書面で申し立て、あるいは請求します。起訴の形は、前に見たとおり、公判請求、略式命令の請求、即決裁判手続の申立ての3つがあります。もう1本の軸が、公判を開くか。簡易公判と即決裁判は、公判を開きます。略式は開きません。書面だけで審理します。

簡易公判手続

簡易公判手続。入口=冒頭手続(291条5項)で、起訴状に記載された訴因について有罪である旨を陳述→検察官・被告人・弁護人の意見を聴く→有罪の陳述のあった訴因に限り決定(することができる=裁量)。対象外=死刑又は無期若しくは短期1年以上の拘禁刑に当たる事件。省くもの=伝聞法則(320条2項)・証拠調べの方式(307条の3)。省けないもの=捜査・公訴提起・公判準備は通常どおり/補強証拠(319条2項・3項)/実刑も可/決定後に、できない・相当でないと認めたら取消し(291条の3) 図:簡易公判手続

  • 入口=冒頭手続(291条5項)で、起訴状に記載された訴因について有罪である旨を陳述→検察官・被告人・弁護人の意見を聴く→有罪の陳述のあった訴因に限り決定(することができる=裁量)
  • 対象外=死刑又は無期若しくは短期1年以上の拘禁刑に当たる事件
  • 省くもの=伝聞法則(320条2項)・証拠調べの方式(307条の3)
  • 省けないもの=捜査・公訴提起・公判準備は通常どおり/補強証拠(319条2項・3項)/実刑も可/決定後に、できない・相当でないと認めたら取消し(291条の3)

簡易公判手続から見ます。入口は、冒頭手続です。冒頭手続は前に見ました。罪状認否の場面で、被告人が、起訴状に書かれた訴因について、有罪です、と陳述したときです。

条文刑事訴訟法第291条の2

刑事訴訟法第291条の2 被告人が、前条第五項の手続に際し、起訴状に記載された訴因について有罪である旨を陳述したときは、裁判所は、検察官、被告人及び弁護人の意見を聴き、有罪である旨の陳述のあつた訴因に限り、簡易公判手続によつて審判をする旨の決定をすることができる。ただし、死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる事件については、この限りでない。

順に読みます。有罪である旨の陳述があると、裁判所は、検察官、被告人、弁護人の意見を聴きます。そして決定を、することができる。できる、ですから、裁判所の裁量です。決定は、有罪の陳述のあった訴因に限ります。ただし書きに注意してください。死刑、または無期、もしくは短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外です。たとえば強盗罪は、短期が5年の拘禁刑ですから対象外です。軽い事件だけの手続、ということです。手続を簡単にして、何が省かれるんですか。2つあります。1つ目は、前に見た伝聞法則です。法廷の外の話を証拠にしない、という原則でした。

条文刑事訴訟法第320条第2項

刑事訴訟法第320条第2項 第二百九十一条の二の決定があつた事件の証拠については、前項の規定は、これを適用しない。但し、検察官、被告人又は弁護人が証拠とすることに異議を述べたものについては、この限りでない。

前項とは、伝聞証拠を原則として証拠にしない、という320条1項です。簡易公判の決定があった事件では、この原則が適用されません。ただし、検察官、被告人、弁護人が、証拠にすることに異議を述べた証拠は別です。なぜ外してよいのか。法廷の外の話を締め出すのは、反対尋問などで確かめられないからでした。被告人が有罪を認めて争っていない事件では、確かめる必要が小さい、と説明されます。それでも争いたい証拠には、異議を述べれば、原則に戻せます。2つ目は、証拠調べの方式です。

条文刑事訴訟法第307条の3

刑事訴訟法第307条の3 第二百九十一条の二の決定があつた事件については、第二百九十六条、第二百九十七条、第三百条から第三百二条まで及び第三百四条から前条までの規定は、これを適用せず、証拠調べは、公判期日において、適当と認める方法でこれを行うことができる。

冒頭陳述や、証拠調べの範囲と順序と方法の決定、証人尋問の方式、書面の朗読といった規定が適用されません。証拠調べは、公判期日に、適当と認める方法でできます。では、省けないものは何か。まず、捜査も、起訴も、公判の準備も通常どおりです。入口が公判の冒頭だからです。次に、補強証拠も要ります。そして、実刑も言い渡せます。決定のあとで、簡易公判によることができない、または相当でないと認めたときは、決定を取り消します。291条の3です。簡易公判は、実務であまり使われていません。証拠調べが簡略になる以外は、正式な公判と大きく変わらないのです。そこで、入口をもっと早くする仕組みが作られました。次の、即決裁判手続です。

即決裁判手続①入口と流れ

即決裁判手続の流れ。起訴の前=事案が明白で軽微・証拠調べが速やかに終わる見込み→検察官が公訴の提起と同時に書面で申立て(350条の16第1項)/被疑者の同意(2項)/書面で確認を求め、通常の規定に従って審判を受けられる旨を告げる(3項)。起訴の後=できる限り早い時期の公判期日(350条の21。規則222条の21=できる限り公訴提起の日から14日以内)→冒頭手続で有罪の陳述→即決裁判手続によって審判をする旨の決定(しなければならない=350条の22)→適当と認める方法での証拠調べ(350条の24)→伝聞法則の適用除外(350条の27)→できる限り即日判決(350条の28) 図:即決裁判手続の流れ

  • 起訴の前=事案が明白で軽微・証拠調べが速やかに終わる見込み→検察官が公訴の提起と同時に書面で申立て(350条の16第1項)/被疑者の同意(2項)/書面で確認を求め、通常の規定に従って審判を受けられる旨を告げる(3項)
  • 起訴の後=できる限り早い時期の公判期日(350条の21。規則222条の21=できる限り公訴提起の日から14日以内)→冒頭手続で有罪の陳述→即決裁判手続によって審判をする旨の決定(しなければならない=350条の22)→適当と認める方法での証拠調べ(350条の24)→伝聞法則の適用除外(350条の27)→できる限り即日判決(350条の28)

即決裁判手続です。流れを、起訴の前と後に分けて見ます。起訴の前。検察官が、事案が明白で軽微で、証拠調べが速やかに終わる見込みがあるなどの事情から、相当と認めるとき、公訴の提起と同時に、書面で申し立てます。

条文刑事訴訟法第350条の16第1項

刑事訴訟法第350条の16第1項 検察官は、公訴を提起しようとする事件について、事案が明白であり、かつ、軽微であること、証拠調べが速やかに終わると見込まれることその他の事情を考慮し、相当と認めるときは、公訴の提起と同時に、書面により即決裁判手続の申立てをすることができる。ただし、死刑又は無期若しくは短期一年以上の拘禁刑に当たる事件については、この限りでない。

ただし書きは、簡易公判と同じです。そして申立ての前に、被疑者の同意が要ります。同意を求めるときは、書面で、手続を理解するのに必要な事項を説明します。弁護人を選任できることも含まれます。さらに、通常の規定に従って審判を受けられる旨を告げます。起訴のあと。裁判長は、できる限り早い時期の公判期日を定めます。目安は、公訴の提起の日から14日以内です。冒頭手続で被告人が有罪と陳述すると、裁判所は、即決裁判手続によって審判をする旨の決定を、しなければなりません。簡易公判は裁量。即決は、原則として義務です。例外は4つあります。同意が撤回されたとき。弁護人の同意が得られないとき。即決裁判手続によることができない事件のとき。相当でないとき。この4つを除いて、決定をします。決定のあとは、証拠調べを、適当と認める方法で簡略に行います。伝聞法則も、異議のある証拠を除いて適用されません。そして判決は、できる限り即日に言い渡します。起訴の前に同意を取り、起訴から14日を目安に期日を開き、できる限りその日に判決。これが、即決の速さです。

即決裁判手続②被告人を守る4つの歯止め

4つの歯止め。①申立ての前=被疑者の同意に加え、弁護人があるときは弁護人の同意か意見の留保(350条の16第4項)。②同意するかどうか決める助言のために=貧困などで弁護人を選任できない被疑者に、請求により裁判官が弁護人を付す(350条の17)。申立て後に弁護人がなければ、裁判長が職権で付す(350条の18)。③開廷の条件=弁護人がなければ公判期日を開けない(350条の23・必要的弁護)。④やめたいとき=判決の言渡し前なら、同意を撤回、有罪の陳述を撤回→決定は取り消され、通常の公判に戻る(350条の25第1項1号・2号) 図:4つの歯止め

  • ①申立ての前=被疑者の同意に加え、弁護人があるときは弁護人の同意か意見の留保(350条の16第4項)
  • ②同意するかどうか決める助言のために=貧困などで弁護人を選任できない被疑者に、請求により裁判官が弁護人を付す(350条の17)
  • 申立て後に弁護人がなければ、裁判長が職権で付す(350条の18)
  • ③開廷の条件=弁護人がなければ公判期日を開けない(350条の23・必要的弁護)
  • ④やめたいとき=判決の言渡し前なら、同意を撤回、有罪の陳述を撤回→決定は取り消され、通常の公判に戻る(350条の25第1項1号・2号)

即決は、速い代わりに、被告人を守る歯止めが4つあります。時点で並べます。1つ目は、申立ての前です。被疑者の同意に加えて、弁護人がいるときは、弁護人の同意か意見の留保が要ります。弁護人がはっきり反対しているなら、申し立てられません。350条の16第4項です。2つ目は、同意するかどうかを決めるときの助言です。貧困などで弁護人を選任できない被疑者には、請求により、裁判官が弁護人を付けます。350条の17です。同意するかどうかを決めるための助言をする、国選弁護人です。3つ目の前に、1問です。前に見た必要的弁護の話です。どんな事件では、弁護人がいなければ開廷できないのでしたか?

死刑や無期、長期3年を超える拘禁刑に当たる事件です。289条1項です。即決裁判手続は、この範囲に入らない事件でも必要的弁護です。これが3つ目の歯止めです。350条の23。弁護人がいなければ、公判期日を開くことができません。4つ目は、やめたいときの逃げ道です。

条文刑事訴訟法第350条の25第1項

刑事訴訟法第350条の25第1項 裁判所は、第三百五十条の二十二の決定があつた事件について、次の各号のいずれかに該当することとなつた場合には、当該決定を取り消さなければならない。 一 判決の言渡し前に、被告人又は弁護人が即決裁判手続によることについての同意を撤回したとき。 二 判決の言渡し前に、被告人が起訴状に記載された訴因について有罪である旨の陳述を撤回したとき。 ……

判決の言渡しの前なら、被告人か弁護人が同意を撤回できます。被告人は、有罪の陳述も撤回できます。すると決定は取り消されて、通常の公判に戻ります。3号と4号は、裁判所が、この事件は即決によることができない、または相当でない、と認めた場合です。4つをまとめると、同意は捜査段階、助言は国選、開廷は弁護人がいるとき、やめたいときは判決の前まで。近道の喩えなら、通行証、同行者、そして引き返せる分岐です。

即決裁判手続③代償と上訴の制限

2つの代償。①科刑の制限=拘禁刑の言渡しをする場合は必ず刑の全部の執行猶予(350条の29)。罰金は実刑でよい(条文は拘禁刑の場合だけ)。②上訴の制限=判決で示された罪となるべき事実の誤認(382条)を理由とする控訴はできない(403条の2第1項)/控訴裁判所もその理由では破棄できない(同2項)/上告審も411条3号を理由に破棄できない(413条の2)。制限されるのは事実の誤認だけ=量刑不当・法令違反などは制限外 図:2つの代償

  • ①科刑の制限=拘禁刑の言渡しをする場合は必ず刑の全部の執行猶予(350条の29)
  • 罰金は実刑でよい(条文は拘禁刑の場合だけ)
  • ②上訴の制限=判決で示された罪となるべき事実の誤認(382条)を理由とする控訴はできない(403条の2第1項)/控訴裁判所もその理由では破棄できない(同2項)/上告審も411条3号を理由に破棄できない(413条の2)
  • 制限されるのは事実の誤認だけ=量刑不当・法令違反などは制限外

即決の山場です。速くする代わりに、被告人は何を得て、何を手放すのか。得るものは、実刑にならないことです。

条文刑事訴訟法第350条の29

刑事訴訟法第350条の29 即決裁判手続において拘禁刑の言渡しをする場合には、その刑の全部の執行猶予の言渡しをしなければならない。

拘禁刑を言い渡すなら、必ず全部執行猶予を付けます。拘禁刑で実刑を受けることはありません。ただし、条文は拘禁刑の場合だけです。罰金は、実刑でかまいません。手放すものは、事実の誤認を理由とする上訴です。

条文刑事訴訟法第403条の2第1項

刑事訴訟法第403条の2第1項 即決裁判手続においてされた判決に対する控訴の申立ては、第三百八十四条の規定にかかわらず、当該判決の言渡しにおいて示された罪となるべき事実について第三百八十二条に規定する事由があることを理由としては、これをすることができない。

判決に書かれた罪となるべき事実について、事実の誤認があることを理由にした控訴は、できません。2項で、控訴裁判所も、その理由では原判決を破棄できません。上告審も同じです。上告審は、上告の理由がなくても、判決に影響する重大な事実の誤認があれば、職権で原判決を破棄できます。411条3号です。ところが、第一審が即決でした判決は、この理由では破棄できません。413条の2です。控訴が、全部できなくなるんですか。違います。制限されるのは事実の誤認だけです。量刑が重すぎる、法令に違反している、といった理由での控訴は、条文上、制限されていません。罪となるべき事実は争えない。でも、実刑にはならない。これが即決の代償の組み合わせです。冒頭の、スーパーで数千円分の食品を盗んだ事件で確かめます。即決裁判で拘禁刑1年を言い渡すなら、必ず執行猶予が付きます。罰金30万円なら、執行猶予を付けなくてもかまいません。判決のあとで、実は盗んでいない、と事実を争う控訴はできません。刑が重すぎる、という控訴はできます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)即決裁判手続で罰金を言い渡す場合も、必ず執行猶予を付けなければならない→×(拘禁刑の場合だけ・350条の29)(b)即決裁判手続の判決に対し、量刑が重すぎることを理由に控訴できる→○(制限されるのは罪となるべき事実の誤認だけ)(c)即決裁判手続の決定が出たあとでも、判決の言渡し前なら、被告人は有罪の陳述を撤回できる→○(350条の25第1項2号) 図:節目のミニ事例

節目のミニ事例です。1つ目。即決裁判手続で罰金を言い渡す場合も、必ず執行猶予を付けなければならない。正しいでしょうか。2つ目。即決裁判手続の判決に対して、量刑が重すぎることを理由に控訴できる。3つ目。即決裁判手続の決定が出たあとでも、判決の言渡しの前なら、被告人は有罪の陳述を撤回できる。弁別の軸は、何が制限されて、何が残るか、です。

判例・即決裁判手続の上訴制限

判例の事案と問い。業務上横領被告事件。弁護人の主張=①事実誤認の上訴を制限する403条の2第1項は、裁判を受ける権利を保障した憲法32条に違反する。②即決は必ず執行猶予というしくみのせいで虚偽の自白を誘発しやすく、憲法38条2項に違反する→最高裁は上告棄却(合憲)。判旨の構造=手続保障(自由意思による選択・撤回できる・弁護人の助言)+科刑の制限(実刑を科せない)→上訴制限には合理的な理由がある 図:判例の事案と問い

  • 業務上横領被告事件
  • 弁護人の主張=①事実誤認の上訴を制限する403条の2第1項は、裁判を受ける権利を保障した憲法32条に違反する
  • ②即決は必ず執行猶予というしくみのせいで虚偽の自白を誘発しやすく、憲法38条2項に違反する→最高裁は上告棄却(合憲)
  • 判旨の構造=手続保障(自由意思による選択・撤回できる・弁護人の助言)+科刑の制限(実刑を科せない)→上訴制限には合理的な理由がある

上訴を制限して、憲法違反にならないのか。最高裁が答えました。業務上横領の事件です。弁護人は、2つのことを主張しました。1つ目。事実誤認の上訴を制限するのは、裁判を受ける権利を保障した憲法32条に違反する。2つ目。必ず執行猶予が付くしくみは、虚偽の自白を誘発しやすく、強制や脅迫による自白は証拠にできないとした憲法38条2項に違反する。最高裁は、どちらも退けて、上告を棄却しました。1つ目の判断から読みます。

判例最判平21・7・14 刑集63巻6号623頁

即決裁判手続の上訴制限と憲法32条 審級制度については、憲法81条に規定するところを除いては、憲法はこれを法律の定めるところにゆだねており、事件の類型によって一般の事件と異なる上訴制限を定めても、それが合理的な理由に基づくものであれば憲法32条に違反するものではないとするのが当裁判所の判例とするところである …… 同手続による判決に対し、犯罪事実の誤認を理由とする上訴ができるものとすると、そのような上訴に備えて、必要以上に証拠調べが行われることになりかねず、同手続の趣旨が損なわれるおそれがある

読み取ります。まず枠組みです。審級制度は法律にゆだねられている。事件の類型によって、一般と違う上訴制限を設けても、合理的な理由があれば憲法32条に違反しない。では、合理的な理由は何か。まず1つ目は、制度の趣旨です。事実誤認の上訴を認めると、上訴に備えて必要以上に証拠調べが行われかねず、簡易迅速という趣旨が損なわれます。ただし、趣旨だけでは足りません。判決は、被告人側の守りも見ています。続きを読みます。

判例最判平21・7・14 刑集63巻6号623頁

即決裁判手続の上訴制限と手続保障・科刑の制限 即決裁判手続によることは、被告人の自由意思による選択に基づくものであるということができる …… 被告人は、手続の過程を通して、即決裁判手続に同意するか否かにつき弁護人の助言を得る機会が保障されている …… 即決裁判手続による判決では、懲役又は禁錮の実刑を科すことができないものとされている …… 刑訴法403条の2第1項は、上記のような即決裁判手続の制度を実効あらしめるため、被告人に対する手続保障と科刑の制限を前提に、同手続による判決において示された罪となるべき事実の誤認を理由とする控訴の申立てを制限しているものと解されるから、同規定については、相応の合理的な理由があるというべきである

自由意思による選択であること。弁護人の助言を得る機会が保障されていること。そして、実刑を科せないこと。この手続保障と科刑の制限を前提に上訴を制限しているから、合理的な理由がある、と結論しました。判決にある、懲役又は禁錮は、当時の刑名です。現在の拘禁刑に当たる部分と読んでください。2つ目の判断です。

判例最判平21・7・14 刑集63巻6号623頁

即決裁判手続と憲法38条2項 前記のような被告人に対する手続保障の内容に照らすと、即決裁判手続の制度自体が所論のような自白を誘発するものとはいえないから、憲法38条2項違反をいう所論は前提を欠く

先ほどの手続保障を見れば、制度自体が自白を誘発するとはいえない。だから、憲法38条2項違反の主張は前提を欠く、という判断です。虚偽の自白を誘発するという主張に、判決は手続保障で答えています。自由意思による選択であること。弁護人の助言があること。判決の前まで撤回できること。この仕組みがあるから、制度自体が自白を誘発するとはいえない、という判断です。覚え方の軸は1本です。上訴制限が許されるのは、手続保障と、必ず執行猶予という代償があるから。ここまでの歯止めと代償を、判例がまとめて評価した、ということです。逆に、この判決が判断したのは、即決裁判手続での、事実誤認を理由とする上訴の制限だけです。その理由づけも、手続保障と、実刑を科せないことを前提にしています。即決の上訴制限が憲法32条に違反しないか、は、論文でも論点になりえます。

即決裁判が伸びなかった理由と350条の26

即決裁判が伸びなかった理由として挙げられるもの。①あらかじめ執行猶予が付くと予測できるため、反省の機会(感銘力)が十分与えられない。②同意や有罪の陳述を後で撤回されると通常の公判に移るため、検察官は「念のため捜査」をせざるをえず、省力化にならない。導入の動機=裁判員裁判に資源を回すため、争いのない事件を効率よく進める 図:即決裁判が伸びなかった理由として挙げられるもの

  • ①あらかじめ執行猶予が付くと予測できるため、反省の機会(感銘力)が十分与えられない
  • ②同意や有罪の陳述を後で撤回されると通常の公判に移るため、検察官は「念のため捜査」をせざるをえず、省力化にならない
  • 導入の動機=裁判員裁判に資源を回すため、争いのない事件を効率よく進める

即決裁判手続は、裁判員裁判の対象事件に資源を大きく回すために、争いのない事件を効率よく進める目的で導入されました。導入の経緯は、のちの回で見ます。ところが、利用は伸びなかった、とされます。理由として挙げられるものが2つあります。1つ目。あらかじめ執行猶予が付くと、被告人側から予測できます。そのため、反省の機会、感銘力が十分に与えられない、という指摘です。2つ目。同意や有罪の陳述をあとから撤回されると、通常の公判に移ります。すると検察官は、通常の公判になる場合に備えて、念のため裏づけの捜査をしておかなければなりません。これが、念のため捜査です。それでは省力化になりません。そこで改正がありました。平成28年の改正です。検察官が、念のため捜査をしなくてもよいようにするための道具です。その前に、原則を確認します。公訴の取消しです。

条文刑事訴訟法第340条

刑事訴訟法第340条 公訴の取消による公訴棄却の決定が確定したときは、公訴の取消後犯罪事実につきあらたに重要な証拠を発見した場合に限り、同一事件について更に公訴を提起することができる。

公訴を取り消して、公訴棄却の決定が確定したら、再起訴できるのは、取消しのあとに新しい重要な証拠を発見した場合に限ります。違反して再起訴すると、338条2号で公訴棄却になります。これは前に見ました。350条の26は、この原則の例外です。

条文刑事訴訟法第350条の26第1項

刑事訴訟法第350条の26第1項 即決裁判手続の申立てを却下する決定(第三百五十条の二十二第三号又は第四号に掲げる場合に該当することを理由とするものを除く。)があつた事件について、当該決定後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消された場合において、公訴の取消しによる公訴棄却の決定が確定したときは、第三百四十条の規定にかかわらず、同一事件について更に公訴を提起することができる。

これは、即決の申立てが却下された場合です。却下の決定があって、その後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消され、棄却決定が確定したとき。340条にかかわらず、同じ事件について更に公訴を提起できます。ただし、できない事件や、相当でない、という理由での却下は除かれます。それは、裁判所が、この事件は即決に向かない、と判断した場合です。残るのは、同意が撤回されるなど、同意が欠けて即決が崩れた場合です。念のため捜査を要らなくしたいのは、まさにこの場面です。

340条の原則と350条の26の例外。原則=公訴の取消し→公訴棄却の決定が確定→新しい重要な証拠を発見した場合に限り再起訴できる(340条)。例外=①即決裁判手続の申立てを却下する決定があった事件で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる。②即決裁判手続の決定が取り消された事件(同意の撤回・有罪の陳述の撤回など。できない事件を理由とする取消しは除く)で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる(350条の26)。要件=証拠調べが行われることなく 図:340条の原則と350条の26の例外

  • 原則=公訴の取消し→公訴棄却の決定が確定→新しい重要な証拠を発見した場合に限り再起訴できる(340条)
  • 例外=①即決裁判手続の申立てを却下する決定があった事件で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる
  • ②即決裁判手続の決定が取り消された事件(同意の撤回・有罪の陳述の撤回など。できない事件を理由とする取消しは除く)で、証拠調べが行われることなく公訴取消し→棄却決定が確定→再起訴できる(350条の26)
  • 要件=証拠調べが行われることなく

同じ例外が、もう1つあります。即決裁判手続の決定が、同意の撤回や有罪の陳述の撤回などで取り消された場合です。ただし、できない事件だから、という理由での取消しは含まれません。その後、証拠調べが行われることなく公訴が取り消された。この場合も、再起訴できます。効果は、こうです。検察官は、被告人が否認に転じたら、いったん取り消して、あらためて捜査をして、再び起訴できます。だから、最初から念のため捜査をしておく必要が少なくなります。ただし、証拠調べが始まってしまったあとは、例外は使えません。原則に戻って、再起訴できるのは、新しい重要な証拠を発見した場合に限ります。350条の26は、証拠調べに入る前に限って、その例外を認めます。この、証拠調べが行われることなく、という要件は、問われやすい点です。

略式手続①入口と内容

略式手続。簡易裁判所が、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前に、略式命令で100万円以下の罰金又は科料を科す(461条)。執行猶予・没収・付随の処分も可。公判を開かず書面審理。入口=検察官が被疑者に手続を説明し、通常の規定に従い審判を受けられる旨を告げ、略式手続によることに異議がないかを確かめる(461条の2第1項)。請求は公訴の提起と同時に書面で(462条1項)。裁判所が略式不相当と思料したら通常の審判(463条1項)。請求から4か月以内に略式命令が告知されなければ公訴の提起は効力を失う(463条の2) 図:略式手続

  • 簡易裁判所が、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前に、略式命令で100万円以下の罰金又は科料を科す(461条)
  • 執行猶予・没収・付随の処分も可
  • 公判を開かず書面審理
  • 入口=検察官が被疑者に手続を説明し、通常の規定に従い審判を受けられる旨を告げ、略式手続によることに異議がないかを確かめる(461条の2第1項)
  • 請求は公訴の提起と同時に書面で(462条1項)
  • 裁判所が略式不相当と思料したら通常の審判(463条1項)
  • 請求から4か月以内に略式命令が告知されなければ公訴の提起は効力を失う(463条の2)

4歩目、略式手続です。冒頭の問い2に、いよいよ入ります。

条文刑事訴訟法第461条

刑事訴訟法第461条 簡易裁判所は、検察官の請求により、その管轄に属する事件について、公判前、略式命令で、百万円以下の罰金又は科料を科することができる。この場合には、刑の執行猶予をし、没収を科し、その他付随の処分をすることができる。

簡易裁判所が、検察官の請求により、公判を開く前に、略式命令で、100万円以下の罰金か科料を科す手続です。執行猶予や没収も付けられます。公判を開かず、書面で審理します。実際に、罰金のほとんどは略式で言い渡されています。冒頭の問い2の書面は、この略式命令です。刑事裁判の一種です。交通違反の反則金とは違います。反則金は、納めれば、その違反について起訴されない、と法律で決まっています。道路交通法128条2項です。裁判にならないのです。略式命令は、罰金刑の裁判です。勝手にはできません。入口に条件があります。

条文刑事訴訟法第461条の2第1項

刑事訴訟法第461条の2第1項 検察官は、略式命令の請求に際し、被疑者に対し、あらかじめ、略式手続を理解させるために必要な事項を説明し、通常の規定に従い審判を受けることができる旨を告げた上、略式手続によることについて異議がないかどうかを確めなければならない。

検察官は、請求する前に、被疑者に略式手続の内容を説明します。通常の規定に従って審判を受けられることも告げます。そのうえで、略式手続によることに異議がないかを確かめなければなりません。異議がないとき、被疑者は書面でその旨を明らかにします。請求は、公訴の提起と同時に、書面でします。通常は起訴状だけを裁判所に出す起訴状一本主義でしたが、略式では、請求と同時に、略式命令に必要な書類と証拠物も裁判所に出します。起訴状一本主義の例外です。裁判所が、略式命令をすることが相当でないと考えたときは、通常の審判をします。463条です。また、請求から4か月以内に略式命令が告知されないと、公訴の提起はさかのぼって効力を失います。463条の2です。名前の似た、別の制度にも一言触れます。交通事件即決裁判手続法という別の法律があります。道路交通法の罪にあたる事件について、簡易裁判所が、検察官の請求で、公判前に、50万円以下の罰金か科料を科せます。被告人に異議があるときはできません。宣告から14日以内に、正式裁判を請求できます。刑事訴訟法の即決裁判手続とは別物です。

略式手続②書面審理の代償と確定

書面審理の代償。失われるおそれのあるもの=裁判の公開(憲法82条1項・37条1項)・証人審問権(憲法37条2項)→代わりに①被疑者に異議がないときに限る(461条の2)②略式命令の告知を受けた日から14日以内に正式裁判を請求できる(465条1項・書面で略式命令をした裁判所に)。請求なし=期間経過で確定判決と同一の効力(470条)/請求あり=通常の規定に従い審判・略式命令に拘束されない(468条)・判決をしたとき略式命令は効力を失う(469条)。請求は第一審判決があるまで取下げ可(466条)。数字の区別=14日(請求期間)/4か月(略式命令の告知期限) 図:書面審理の代償

  • 失われるおそれのあるもの=裁判の公開(憲法82条1項・37条1項)・証人審問権(憲法37条2項)→代わりに①被疑者に異議がないときに限る(461条の2)②略式命令の告知を受けた日から14日以内に正式裁判を請求できる(465条1項・書面で略式命令をした裁判所に)
  • 請求なし=期間経過で確定判決と同一の効力(470条)/請求あり=通常の規定に従い審判・略式命令に拘束されない(468条)・判決をしたとき略式命令は効力を失う(469条)
  • 請求は第一審判決があるまで取下げ可(466条)
  • 数字の区別=14日(請求期間)/4か月(略式命令の告知期限)

書面審理だと、失われるおそれのあるものがあります。裁判の公開と、被告人が証人に尋問する権利です。憲法82条1項、37条1項、37条2項です。代わりに、2つの守りがあります。1つ目は、先ほどの、異議がないときに限る、という入口です。2つ目が、正式裁判の請求です。

条文刑事訴訟法第465条第1項

刑事訴訟法第465条第1項 略式命令を受けた者又は検察官は、その告知を受けた日から十四日以内に正式裁判の請求をすることができる。

略式命令を受けた者、または検察官は、告知を受けた日から14日以内に、正式裁判を請求できます。請求は、略式命令をした裁判所に、書面でします。命令には、正式裁判を請求できる旨も示されます。請求は、第一審の判決があるまで取り下げられます。請求が適法なら、裁判所は通常の規定に従って審判します。略式命令には拘束されません。正式裁判の判決をしたときは、略式命令は効力を失います。では、請求しないまま14日が過ぎたら。

条文刑事訴訟法第470条

刑事訴訟法第470条 略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。

確定判決と同一の効力を生じます。効力の中身は次の回で見ます。冒頭の問い2の答えの骨格です。書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら正式な裁判を求められます。何もしないで期間が過ぎると、確定判決と同じ効力を持ちます。確認です。略式命令の告知を受けてから、正式裁判を請求できるのは何日以内ですか。また、誰が請求できますか?14日以内です。略式命令を受けた者、または検察官が請求できます。ここで数字を混ぜないでください。14日は、請求できる期間です。先ほど出た4か月は、請求から略式命令が告知されるまでの期限です。別の数字です。

略式手続と被告人の特定

前に見た問題。起訴状の氏名と、実際に手続に立った人物が違うとき、誰が被告人か。人物=A(名前を使われた人=書面上の氏名)・B(名乗って手続を受けた人)。表示説・意思説・行動説・実質的表示説 図:前に見た問題

  • 起訴状の氏名と、実際に手続に立った人物が違うとき、誰が被告人か
  • 人物=A(名前を使われた人=書面上の氏名)・B(名乗って手続を受けた人)
  • 表示説・意思説・行動説・実質的表示説

略式の最後に、被告人の特定の話を薄く見ます。以前に、起訴状の氏名と実際に手続に立った人物が食い違う場合を扱いました。復習です。起訴状の氏名と、実際に手続に立った人物が違うとき、通説や判例は誰を被告人とするのでしたか?実質的表示説です。表示説を基本にしつつ、意思説や行動説も加味して、実質的に確定します。表示説は起訴状に書かれた者を、意思説は検察官が起訴しようとした者を、行動説は実際に被告人として行動した者を、被告人とする考え方でした。人物は前と同じ記号で呼びます。Aは名前を使われた人。Bは名乗って手続を受けた人です。以前に見たのは、公判を経て、Bが執行猶予付きの有罪判決を受けた場合でした。最高裁は、その前提として、判決の効力は手続を受けたBに及ぶ、としました。ただし、誰を被告人とするかの基準を正面から述べた判例ではなく、実質的表示説と整合する、と位置づけられるものでした。略式の場合は、どうなるのか。

略式と被告人の特定。A(名前を使われた人)/B(名乗って手続を受けた人)。Bが、Aの氏名を使って被疑者として行動し、裁判所でA名義の略式命令の謄本を受け取り、その日に罰金を仮納付した→略式命令の効力はBに生じない。公判を経た場合(公判の人定質問・Bの行動)=効力はBに及ぶ/書面審理だけの略式(人定質問の場面がない)=書面上の氏名が基準、という整理(判決の言葉ではない) 図:略式と被告人の特定

  • A(名前を使われた人)/B(名乗って手続を受けた人)
  • Bが、Aの氏名を使って被疑者として行動し、裁判所でA名義の略式命令の謄本を受け取り、その日に罰金を仮納付した→略式命令の効力はBに生じない
  • 公判を経た場合(公判の人定質問・Bの行動)=効力はBに及ぶ/書面審理だけの略式(人定質問の場面がない)=書面上の氏名が基準、という整理(判決の言葉ではない)

事案です。Bが、Aの氏名を使って被疑者として行動しました。裁判所でA名義の略式命令の謄本を受け取り、その日のうちに罰金を仮納付しました。確定を待たずに、先に納めたということです。こうした事案で、最高裁は次のように述べました。

判例最決昭50・5・30 刑集29巻5号360頁

略式命令と被告人の特定 なお、原判示の事実関係のもとで被告人が他人の氏名を冒用して交付を受けた略式命令は冒用者である被告人に効力を生じないとした原判決の判断は、正当である

最高裁は、他人の氏名を冒用して交付を受けた略式命令は冒用者に効力を生じない、とした原判決の判断を、正当としました。この事案でいえば、Bには略式命令の効力が生じません。判決は、誰が被告人かを正面から述べてはいません。ここからは、判決の言葉ではなく整理です。分かれ目になるのは、公判を経たかどうかです。公判を開くなら、冒頭の人定質問で、裁判長が目の前の人物を確かめます。そのうえでBが被告人として振る舞い続ければ、行動の事情も加味して、実際に手続を受けたBが裁かれた、と見られます。書面審理だけの略式には、人定質問も、Bが法廷で振る舞う場面もありません。加味する事情がないので、裁判所は、書面に書かれたAの氏名の者を被告人と扱うほかありません。この結論は、表示説を徹底した考え方と整合する、と整理されます。実質的表示説を捨てて別の立場に移るのではありません。表示を基本にする同じ考え方で、加味する事情がない場面だ、と押さえてください。公判を経た場合と書面だけの場合で、効力が及ぶ相手が逆になります。なお、Bが逮捕や勾留をされて、被疑者として手続に現れていたような場合は、扱いが違う、という見方もあります。

3つの手続の比較表

3つの手続の比較。行=簡易公判/即決裁判/略式。列=入口の時期:公判の途中で切替/起訴と同時に選ぶ/起訴と同時に選ぶ。公判を開くか:開く/開く/開かない。入口の条件:有罪の陳述+意見聴取(決定は裁量)/有罪の陳述+同意(決定は義務)・弁護人の同意か意見の留保/異議なし。弁護人:通常どおり(289条の事件なら必要)/必ず必要(350条の23)/不要(公判を開かない)。刑の枠:死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外・実刑も可/拘禁刑なら必ず全部執行猶予・死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外/100万円以下の罰金・科料。やり直しと不服:制限なし/判決前まで撤回可・事実誤認の上訴は不可/告知から14日以内に正式裁判の請求可 図:3つの手続の比較。行=簡易公判/即決裁判/略式。列=入口の時期:公判の途中で切替/起訴と同時に選ぶ/起訴と同時に選ぶ。公判を開くか:開く/開く/開かない。入口の条件:有罪の陳述+意見聴取(決定は裁量)/有罪の陳述+同意(決定は義務)・弁護人の同意か意見の留保/異議なし。弁護人:通常どおり(289条の事件なら必要)/必ず必要(350条の23)/不要(公判を開かない)。刑の枠:死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外・実刑も可/拘禁刑なら必ず全部執行猶予・死刑・無期・短期1年以上の拘禁刑に当たる事件は対象外/100万円以下の罰金・科料。やり直しと不服:制限なし/判決前まで撤回可・事実誤認の上訴は不可/告知から14日以内に正式裁判の請求可

3つを1枚の表で比べます。軸は6本です。入口の時期、公判を開くか、入口の条件、弁護人、刑の枠、やり直しと不服。簡易公判は、公判の途中で切り替わり、公判を開きます。入口の条件は、有罪の陳述と意見聴取で、決定は裁量です。弁護人は、この手続だから必要になる、という決まりはありません。通常どおり、289条の事件なら必要です。刑は、ただし書きの対象外の事件を除けば、実刑も可です。やり直しや不服に、特別な制限はありません。即決裁判は、起訴と同時に選び、公判を開きます。入口は、有罪の陳述と同意で、決定は義務です。弁護人は必要的です。拘禁刑なら、必ず全部執行猶予です。判決の前までは撤回できますが、事実誤認を理由とする上訴はできません。略式は、起訴と同時に選び、公判を開きません。入口は、異議がないことです。刑は、100万円以下の罰金か科料です。告知から14日以内に、正式裁判を請求できます。

省くものと代わりに守るもの。簡易公判=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/補強証拠は残る。即決=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/弁護人(必要的)と刑の枠(必ず全部執行猶予)で守る。略式=公判を省く/正式裁判の請求で代償 図:省くものと代わりに守るもの

  • 簡易公判=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/補強証拠は残る
  • 即決=伝聞法則・証拠調べの方式を省く/弁護人(必要的)と刑の枠(必ず全部執行猶予)で守る
  • 略式=公判を省く/正式裁判の請求で代償

最後に、何を省いて、代わりに、どの仕組みで守るか。簡易公判は、伝聞法則と証拠調べの方式を省きますが、補強証拠は残ります。即決は、弁護人と刑の枠で守り、上訴の制限を代償にします。略式は、公判を省く代わりに、正式裁判の請求があります。

今日の地図(保存版)

まとめの地図。問い①=争いのない軽い事件は手続を簡単にできる。ただし有罪の証明の水準は下がらない(有罪答弁制度は採らない)。簡略化と引き換えの保障=同意(異議なし)・弁護人・刑の枠(必ず執行猶予)・やり直し(撤回・正式裁判の請求)。問い②=書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら正式裁判を請求できる/何もしないと確定判決と同一の効力 図:まとめの地図

  • 問い①=争いのない軽い事件は手続を簡単にできる
  • ただし有罪の証明の水準は下がらない(有罪答弁制度は採らない)
  • 簡略化と引き換えの保障=同意(異議なし)・弁護人・刑の枠(必ず執行猶予)・やり直し(撤回・正式裁判の請求)
  • 問い②=書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら正式裁判を請求できる/何もしないと確定判決と同一の効力

今日のまとめです。冒頭の問い1の答えです。争いのない軽い事件なら、手続を簡単にできます。簡易公判、即決裁判、略式の3つがありました。ただし、有罪を証明する水準は下がりません。日本は、有罪答弁制度を採らないからです。簡略化と引き換えに、被告人には4つの保障があります。同意、または異議がないこと。弁護人。刑の枠。そして、やり直し、つまり撤回や正式裁判の請求です。即決では、手続保障と、必ず執行猶予という代償があるから、事実誤認の上訴を制限しても憲法32条に違反しない、と最高裁は判断しました。問い2の答えです。書面で罰金を言い渡されても、14日以内なら、正式な裁判を求められます。何もしないで期間が過ぎると、確定した判決と同じ効力を持ちます。では、裁判が確定すると、何が起きるのか。次は、確定と一事不再理を見ます。

ページ上部へ ↑

#156単独ページ動画

裁判の確定と一事不再理効の発生

第7章 裁判 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①ある窃盗事件で無罪が確定した。半年後に有力な新証拠が見つかった→同じ事件を改めて起訴できるか。一方、起訴状の謄本が届かず公訴棄却で終わった事件は、届け直して起訴し直せた(前に見た)。同じ「裁判が確定した」のに、なぜ一方は蒸し返せず、他方は蒸し返せるのか。②詐欺で起訴された被告人Xが、船の事故を装って自分の死亡を公的に記録させ、「被告人死亡」で公訴棄却の決定が確定した。のちにXは生きていたと分かった→同じ詐欺を改めて起訴できるか 図:今日の問い2つ

  • ①ある窃盗事件で無罪が確定した
  • 半年後に有力な新証拠が見つかった→同じ事件を改めて起訴できるか
  • 一方、起訴状の謄本が届かず公訴棄却で終わった事件は、届け直して起訴し直せた(前に見た)
  • 同じ「裁判が確定した」のに、なぜ一方は蒸し返せず、他方は蒸し返せるのか
  • ②詐欺で起訴された被告人Xが、船の事故を装って自分の死亡を公的に記録させ、「被告人死亡」で公訴棄却の決定が確定した
  • のちにXは生きていたと分かった→同じ詐欺を改めて起訴できるか

前回、略式命令は、期間が過ぎると、確定した判決と同じ効力を持つ、と言いました。では、その効力とは、いったい何でしょうか。問いは2つあります。1つ目。ある窃盗事件で、無罪が確定しました。半年後に、有力な新証拠が見つかりました。検察官は、同じ事件を、改めて起訴できるでしょうか。一方で、起訴状の謄本が被告人に届かず、公訴棄却で終わった事件は、届け直して起訴し直せる、と前に見ました。どちらも、裁判が確定しています。それなのに、なぜ一方は蒸し返せず、他方は蒸し返せるのでしょうか。2つ目。詐欺で起訴された被告人Xが、船の事故を装って、自分が死亡したと公的に記録させました。裁判所は、被告人の死亡を理由に、公訴を棄却する決定をして、それが確定しました。のちに、Xは生きていたと分かりました。検察官は、同じ詐欺を、改めて起訴できるでしょうか。

2つ目は、確定した決定の効力と、逃げ得を許さない要請が、ぶつかる場面です。先に答えの形だけ言います。1つ目は、実体に入って、有罪か無罪かの危険にさらしたかどうかで分かれます。2つ目は、効力は認めたうえで、逃げ得を許さない理屈を立てます。

今日の地図は4歩。①確定とは何か ②確定で生じる効力の地図 ③拘束力(公訴棄却の確定にも)④一事不再理効(根拠・どの裁判で生じるか)+範囲を見る視点の見取り図 図:今日の地図は4歩

  • ①確定とは何か
  • ②確定で生じる効力の地図
  • ③拘束力(公訴棄却の確定にも)④一事不再理効(根拠・どの裁判で生じるか)+範囲を見る視点の見取り図

今日の地図です。1歩目は、確定とは何か。2歩目は、確定で生じる効力の整理。3歩目は、拘束力です。公訴棄却のような手続の裁判にも及ぶのかを見て、問い2に答えます。4歩目は、山場の一事不再理効です。根拠と、どの裁判で生じるのかを見て、問い1に答えます。最後に、その効力が及ぶ範囲を、見取り図として1枚だけ見ます。

裁判の確定とは何か

確定。外部的成立(告知)=判決は公判廷で宣告→(上訴で覆る余地)→形式的確定=上訴などの通常の不服申立てで争えなくなった状態。形式的確定力=上訴審で取消し・変更できなくなる効力(有罪・無罪にも免訴・公訴棄却などの形式裁判にも生じる)。確定する3場面=①上訴期間の経過(控訴の提起期間14日・373条)②上訴の放棄・取下げ(359条・361条=した者は更に上訴できない)③上訴棄却の裁判の確定。上告審の判決=宣告から10日(415条の訂正申立期間)の経過等で確定(418条)。上告棄却決定など決定の確定は上訴の回 図:確定

  • 外部的成立(告知)=判決は公判廷で宣告→(上訴で覆る余地)→形式的確定=上訴などの通常の不服申立てで争えなくなった状態
  • 形式的確定力=上訴審で取消し・変更できなくなる効力(有罪・無罪にも免訴・公訴棄却などの形式裁判にも生じる)
  • 確定する3場面=①上訴期間の経過(控訴の提起期間14日・373条)②上訴の放棄・取下げ(359条・361条=した者は更に上訴できない)③上訴棄却の裁判の確定
  • 上告審の判決=宣告から10日(415条の訂正申立期間)の経過等で確定(418条)
  • 上告棄却決定など決定の確定は上訴の回

最初に、確定とは何かを確かめます。その前に、前回の復習です。略式命令は、いつ、確定判決と同一の効力を生じるのでしたか?正式裁判の請求期間が過ぎたときか、請求が取り下げられたときです。470条でした。では、確定そのものを見ます。裁判は、告知されると、外部的に成立します。判決なら、公判廷での宣告です。ただし、成立しただけでは、まだ決まりではありません。上訴をすれば、内容が覆る余地があるからです。そこで、外部的に成立した裁判が、上訴などの通常の不服申立てで、もう争えなくなった状態を、形式的確定、または単に確定といいます。この状態になると、上訴審でも、裁判を取り消したり、変更したりできなくなります。この効力を、形式的確定力といいます。有罪や無罪だけでなく、免訴や公訴棄却などの手続の裁判にも生じます。

成立は、外に出たこと。確定は、もう争えないこと、です。成立しただけの間は、上訴で覆ります。確定したあとに覆すには、再審などの特別の道が要ります。それは、あとの回で見ます。では、いつ確定するのか。上訴を許さない裁判は、告知と同時に確定します。上訴を許す裁判は、3つの場面で確定します。1つ目は、上訴の期間が過ぎたとき。第一審判決への控訴は、条文があります。

条文刑事訴訟法第373条

刑事訴訟法第373条 控訴の提起期間は、十四日とする。

14日です。2つ目は、上訴の放棄や取下げです。359条と361条のとおり、放棄や取下げをした人は、もう上訴できません。3つ目は、上訴を棄却する裁判が確定したときです。たとえば、控訴が棄却されて、上告もなかったときです。最高裁の判決は、宣告されたら、その場で確定ですか。そこは、よく間違えるところです。宣告と同時ではありません。

条文刑事訴訟法第418条

刑事訴訟法第418条 上告裁判所の判決は、宣告があつた日から第四百十五条の期間を経過したとき、又はその期間内に同条第一項の申立があつた場合には訂正の判決若しくは申立を棄却する決定があつたときに、確定する。

415条の期間とは、判決の訂正を申し立てられる期間で、宣告の日から10日です。この期間が過ぎるか、訂正の申立てへの判断があって、はじめて確定します。なお、上告棄却の決定などの確定は、上訴の回で見ます。今日は、上告審の判決は宣告と同時ではなく10日後、とだけ押さえてください。

確定で生じる効力の地図

確定で生じる効力の地図(時系列)。外部的成立→自己拘束力(裁判所自身が変更・撤回できない=全ての裁判)/形式的確定→①執行力(裁判の内容を強制的に実現できる=実体裁判のうち有罪判決・471条)②拘束力(後の訴訟で他の裁判所が矛盾する判断をできない=実体・形式の両方に生じるが実益は形式裁判)→①②=内容的確定力/③一事不再理効(確定裁判の対象になった事件と同一の事件について再び公訴提起・審理できない=実体裁判と免訴)=内容的確定力とは別の根拠(二重の危険)で生じる別の効力 図:確定で生じる効力の地図

  • 時系列
  • 外部的成立→自己拘束力(裁判所自身が変更・撤回できない=全ての裁判)
  • 形式的確定→①執行力(裁判の内容を強制的に実現できる=実体裁判のうち有罪判決・471条)②拘束力(後の訴訟で他の裁判所が矛盾する判断をできない=実体・形式の両方に生じるが実益は形式裁判)→①②=内容的確定力
  • ③一事不再理効(確定裁判の対象になった事件と同一の事件について再び公訴提起・審理できない=実体裁判と免訴)=内容的確定力とは別の根拠(二重の危険)で生じる別の効力

確定すると、何が生じるのか。効力を3本に分けて見ます。試合にたとえます。試合終了のホイッスルが鳴ったあと、何が起きるか。結果が実行される。ほかの審判が、その結果と矛盾する判定をしない。同じ対戦を、もう一度やり直さない。この3つが、順に、執行力、拘束力、一事不再理効です。地図の左から読みます。外部的に成立した時点で、裁判所自身が、その裁判を変更も撤回もできなくなります。これを自己拘束力といい、全ての裁判に生じます。第7章の最初の回で見ました。形式的確定のあとに生じるのが、3本です。1本目は、執行力。裁判の内容を、強制的に実現できる力です。実体裁判のうち、実際に執行するのは有罪判決だけです。

条文刑事訴訟法第471条

刑事訴訟法第471条 裁判は、この法律に特別の定のある場合を除いては、確定した後これを執行する。

原則は、確定してから執行します。2本目は、拘束力。後の訴訟で、ほかの裁判所が、確定した裁判と矛盾する判断をできない効力です。3本目は、一事不再理効。確定した裁判の対象になった事件と同一の事件について、再び公訴を提起したり、審理したりできない効力です。第7章の最初の回で、確定によって、裁判の内容が拘束力や執行力を持つことを、内容的確定といいました。つまり、内容的確定力とは、執行力と拘束力のことです。そして、一事不再理効は、その内容的確定力から導かれる効力ではありません。二重の危険という、別の根拠で生じる、別の効力です。地図で、一事不再理効を別の枠にしたのは、そのためです。理由は、のちほど見ます。

拘束力と形式裁判

拘束力。根拠=訴訟の一回性(1つの事件は、上訴審まで含めた意味での裁判所の1回の公権的判断で確定的に解決すべき)。形式裁判(公訴棄却など)にも妥当する。補強=管轄違いが確定し他に管轄裁判所がないとき、検察官は直近上級裁判所に管轄指定を請求しなければならない(15条2号)→形式裁判に拘束力があるから必要な制度。範囲=その裁判の直接の理由となった判断だけ(最決昭56・7・14)。実体裁判には一事不再理効が働くので拘束力を持ち出す意味がない。別事件への拡張は通説否定 図:拘束力

  • 根拠=訴訟の一回性(1つの事件は、上訴審まで含めた意味での裁判所の1回の公権的判断で確定的に解決すべき)
  • 形式裁判(公訴棄却など)にも妥当する
  • 補強=管轄違いが確定し他に管轄裁判所がないとき、検察官は直近上級裁判所に管轄指定を請求しなければならない(15条2号)→形式裁判に拘束力があるから必要な制度
  • 範囲=その裁判の直接の理由となった判断だけ(最決昭56・7・14)
  • 実体裁判には一事不再理効が働くので拘束力を持ち出す意味がない
  • 別事件への拡張は通説否定

3歩目です。拘束力から見ます。なぜ、後の裁判所は、前の確定した裁判に縛られるのか。根拠は、訴訟の一回性です。1つの事件は、上訴審までを含めた、裁判所の1回の公権的な判断で、確定的に解決すべきだ、という要請です。判断を何度もやり直されては、手続が終わりません。公訴棄却は、中身を判断していない手続の裁判です。それでも縛られるんですか。縛られます。この要請は、形式裁判にも当てはまるからです。裏づけになる制度があります。管轄違いが言い渡されて確定し、ほかに管轄のある裁判所がないとき、検察官は、直近上級の裁判所に、管轄を指定するよう請求しなければなりません。15条2号です。なぜ、こんな遠回りが要るのか。管轄違いの裁判に拘束力があるからです。拘束力がなければ、管轄違いを言った裁判所に、起訴し直せば足ります。ただし、拘束されるのは、その裁判の直接の理由となった判断だけです。事案を見ます。起訴状の書き方があいまいで、訴因が特定されていない、として、公訴棄却の判決が確定しました。検察官は、起訴状を書き直して、もう一度起訴しました。そこで、最初の起訴で、公訴時効の進行が止まっていたかどうかが争われました。最高裁は、時効の進行は止まっていた、と判断しました。そして、前の判決が、後の裁判所を拘束する範囲を、こう述べました。

判例最決昭56・7・14 刑集35巻5号497頁

公訴棄却の確定判決の拘束力の範囲 前記確定判決の理由中本件の受訴裁判所を拘束するのは、旧起訴は実体審理を継続するのに十分な程度に訴因が特定されていないという判断のみであり、 …… という趣旨に解し得る部分は、本件の受訴裁判所を拘束しないと解すべきである

前記確定判決とは、前の、公訴棄却の判決です。拘束するのは、旧起訴は、訴因が特定されていない、という判断のみ。前の判決は、理由づけの一つとして、旧起訴は、建物の表示登記と保存登記という2つの罪の、どちらを起訴したのか一見はっきりしない、とも述べていました。ここまで縛られるなら、最初の起訴は、どちらの罪の時効も止めなかった、となりかねません。拘束するのは、訴因が特定されていない、という判断だけなので、後の裁判所は、時効は止まっていた、と判断できたのです。なぜ、直接の理由だけなのか。結論を直接支えた判断こそが、その訴訟で決着のついた中身だからです。結論に要らない言い回しまで縛ると、決着していない点で、後の裁判所の手を縛ることになります。確認です。公訴棄却の判決が確定したとき、後の裁判所を拘束するのは、判決のどの部分ですか?

直接の理由となった判断だけです。この事案なら、訴因が特定されていない、という判断です。なお、実体裁判では、一事不再理効が働くので、拘束力を持ち出す意味がありません。また、別の事件にまで拘束力を広げる見解もありますが、通説は否定します。別の事件は、事件ごとに、裁判官が自由心証で判断します。

設例・死亡を偽装した被告人

設例の流れ。投資詐欺で起訴(Xは保釈中)→船の転覆事故を装い、偽の目撃証言をさせるなどして、X死亡と公的に記録させる→裁判所が被告人の死亡を理由に決定で公訴棄却(339条1項4号)→確定→Xが生きていたと判明→検察官が同じ詐欺で再起訴→裁判所はどうするか?/拘束力があるとすれば=再起訴は許されず公訴棄却の判決(338条4号)/だが偽装した被告人の「逃げ得」には批判が多い。偽装工作そのものは別の罪として起訴できる 図:設例の流れ

  • 投資詐欺で起訴(Xは保釈中)→船の転覆事故を装い、偽の目撃証言をさせるなどして、X死亡と公的に記録させる→裁判所が被告人の死亡を理由に決定で公訴棄却(339条1項4号)→確定→Xが生きていたと判明→検察官が同じ詐欺で再起訴→裁判所はどうするか?/拘束力があるとすれば=再起訴は許されず公訴棄却の判決(338条4号)/だが偽装した被告人の「逃げ得」には批判が多い
  • 偽装工作そのものは別の罪として起訴できる

問い2に戻ります。Xの流れを、時間順に見ます。Xは、投資詐欺で起訴され、保釈中でした。そこで、船の転覆事故に遭ったと見せかけました。偽の目撃証言をさせるなどして、自分が死亡したと、公的に記録させたのです。

条文刑事訴訟法第339条第1項

刑事訴訟法第339条第1項 左の場合には、決定で公訴を棄却しなければならない。 …… 四 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなつたとき。

被告人が死亡したときは、決定で公訴を棄却します。裁判所は、Xの死亡を前提に、この決定をしました。決定は確定しました。ところが、Xは生きていました。検察官は、同じ詐欺で、再び起訴しました。拘束力があるとすれば、どうなるか。前の決定の判断、つまり、被告人が死亡した、という判断に、後の裁判所は縛られます。すると、再起訴は許されず、裁判所は、公訴棄却の判決をすべきだ、という見解があります。公訴提起の手続が無効だ、という338条4号の判決です。公訴棄却には、決定と判決の2種類がある、と前に見ました。死亡は決定、手続の無効は判決です。

それだと、Xは、死んだふりをして、詐欺の責任から逃げ切れてしまいませんか。そこが、この設例の問題です。偽装した被告人にまで、逃げ得を認める結論には、批判が多いのです。なお、偽装工作そのものは、別の罪として起訴できます。ただ、元の詐欺を裁けなくなるのは別の話です。拘束力そのものを否定して、再起訴を許すという道も考えられます。しかし、先に見た最高裁の流れからは、取りにくい道です。そこで、拘束力は認めたうえで、再起訴を許す理屈を立てます。

再起訴を許す3つの考え方

再起訴を許す3つの考え方(見解)。①事情の変更=拘束力は事情が変われば及ばない。339条1項4号は、裁判所が確かめた「死亡」の証拠状況を前提にした事由→その証拠状況が変わったこと自体が事情の変更。弱点=死者が生き返ったわけではない。②蒸し返し禁止の狙い=拘束力の狙いは訴訟の蒸し返し防止。事由ごとに性質を見る。心神喪失での公判停止(314条1項)と同様、再起訴を有効にしても止まっていた公判が再開するだけ。弱点=事由ごとの判断で基準があいまい。③禁反言=拘束力は検察官の禁反言(被告人に有利な判断が出た以上、訴追側は矛盾する主張をできない)。偽装した被告人は、その利益を主張する資格がない。弱点=拘束力の説明を、被告人側の事情に引きずる 図:再起訴を許す3つの考え方

  • 見解
  • ①事情の変更=拘束力は事情が変われば及ばない。339条1項4号は、裁判所が確かめた「死亡」の証拠状況を前提にした事由→その証拠状況が変わったこと自体が事情の変更。弱点=死者が生き返ったわけではない。②蒸し返し禁止の狙い=拘束力の狙いは訴訟の蒸し返し防止。事由ごとに性質を見る。心神喪失での公判停止(314条1項)と同様、再起訴を有効にしても止まっていた公判が再開するだけ。弱点=事由ごとの判断で基準があいまい。③禁反言=拘束力は検察官の禁反言(被告人に有利な判断が出た以上、訴追側は矛盾する主張をできない)。偽装した被告人は、その利益を主張する資格がない。弱点=拘束力の説明を、被告人側の事情に引きずる

再起訴を許す理屈として、3つの考え方があります。1つ目は、事情の変更です。拘束力は、前提になった事情が変われば、及ばない、という考え方です。被告人の死亡による公訴棄却は、裁判所が確かめた、死亡の証拠状況を前提にしています。その証拠状況が、偽装だった、と変わりました。これを、事情の変更と見ます。弱点は、死んだ人が生き返ったわけではない、という点です。2つ目は、拘束力の狙いに立ち返る考え方です。拘束力の狙いは、訴訟の蒸し返しを防ぐことです。それなら、公訴棄却の事由ごとに、その性質を見て決めます。たとえば、被告人が心神喪失で、公判を停止した場合は、314条1項のとおり、回復すれば公判が再開します。同じように、死亡による公訴棄却でも、再起訴を有効にしたところで、止まっていた公判が再開するだけで、蒸し返しの問題は生じない、という考え方です。弱点は、事由ごとに決めるので、基準があいまいになる点です。3つ目は、禁反言です。拘束力を、検察官の禁反言と捉えます。いったん被告人に有利な判断が出た以上、訴追する側は、矛盾する主張をできない、という考え方です。それなら、判断を偽装で引き出した被告人は、その利益を主張する資格がない、となります。弱点は、裁判の効力の説明が、被告人がどう振る舞ったか、という事情に引きずられる点です。

違いは理屈の立て方だけです。問い2の答えは、公訴棄却の決定にも拘束力は及ぶ。ただし、偽装した被告人の逃げ得を許さないために、これらの考え方で、再起訴を許す、ということです。この3つのうち、どの構成で書くかは、論文でも論点になりえます。

一事不再理効とは

一事不再理効。憲法39条=①既に無罪とされた行為については刑事上の責任を問われない ②同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われない→無罪でも有罪でも、確定したら同じ事件を二度とやり直せない。「刑事上の責任を問う」=二度処罰することだけでなく、二度起訴されて刑事裁判に付されることまで含めて読む。定義=確定裁判の対象になった事件と同一の事件について、再び公訴提起・審理することは許されない効力。手続面=再起訴されたら、裁判所は中身に入らず免訴(337条1号) 図:一事不再理効

  • 憲法39条=①既に無罪とされた行為については刑事上の責任を問われない ②同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われない→無罪でも有罪でも、確定したら同じ事件を二度とやり直せない
  • 「刑事上の責任を問う」=二度処罰することだけでなく、二度起訴されて刑事裁判に付されることまで含めて読む
  • 定義=確定裁判の対象になった事件と同一の事件について、再び公訴提起・審理することは許されない効力
  • 手続面=再起訴されたら、裁判所は中身に入らず免訴(337条1号)

ここから、山場の4歩目です。一事不再理効です。根拠の条文から読みます。第7章の前半でも出ました。

条文憲法第39条

憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

2文あります。1文目の後半は、既に無罪とされた行為について、責任を問われない。2文目は、同一の犯罪について、重ねて、責任を問われない。つまり、無罪になっても、有罪になっても、確定したら、同じ事件を、二度とやり直せない、ということです。責任を問う、というのは、二度、罰することだけですか。違います。二度、起訴されて、刑事裁判にかけられること自体を、含めて読みます。裁判を受ける被告人の負担は、大きいからです。罰が実際に二度下されなくても、同じ事件で、二度、法廷に立たされるだけで、重い負担です。そこで、一事不再理効の定義です。確定した裁判の対象になった事件と、同一の事件について、再び公訴を提起したり、審理したりすることが、許されない効力です。手続の面では、条文があります。

条文刑事訴訟法第337条

刑事訴訟法第337条 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。 一 確定判決を経たとき。 二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。 三 大赦があつたとき。 四 時効が完成したとき。

1号が、確定判決を経たとき、です。再起訴があっても、裁判所は、中身には入りません。免訴で打ち切ります。免訴は、前に見た、処罰する権利そのものが消えている場面でした。問い1の前半の答えです。無罪が確定した窃盗を、新証拠で蒸し返すことは、許されません。検察官が再起訴しても、免訴で終わります。

根拠・二重の危険と検察官上訴

根拠。かつて=裁判の内容的確定力に由来すると考えるのが通説。穴=内容的確定力は判断された内容(訴因)にしか生じない。例:偽造した領収書で金をだまし取った(私文書偽造・同行使と詐欺は牽連犯=一罪)→詐欺だけで起訴され確定→偽造には効力が及ばず、偽造で起訴できてしまう(一罪の一部だけを裁いたのに)。現在=二重の危険説(通説)=一度訴追の危険にさらされた者は、二度と同じ危険にさらされない(政策的なもの)。確定の前後で線を引く=確定前の検察官上訴は「継続した一つの危険」の続き/確定後の蒸し返しは二度目の危険(最大判昭25・9・27)。確定後に不利益に覆す道はない=再審は有罪の言渡しを受けた者の利益のために(435条柱書) 図:根拠

  • かつて=裁判の内容的確定力に由来すると考えるのが通説
  • 穴=内容的確定力は判断された内容(訴因)にしか生じない
  • 例:偽造した領収書で金をだまし取った(私文書偽造・同行使と詐欺は牽連犯=一罪)→詐欺だけで起訴され確定→偽造には効力が及ばず、偽造で起訴できてしまう(一罪の一部だけを裁いたのに)
  • 現在=二重の危険説(通説)=一度訴追の危険にさらされた者は、二度と同じ危険にさらされない(政策的なもの)
  • 確定の前後で線を引く=確定前の検察官上訴は「継続した一つの危険」の続き/確定後の蒸し返しは二度目の危険(最大判昭25・9・27)
  • 確定後に不利益に覆す道はない=再審は有罪の言渡しを受けた者の利益のために(435条柱書)

では、なぜ蒸し返せないのか。根拠を見ます。かつては、裁判の内容的確定力に由来する、と考えるのが通説でした。確定した裁判の内容に、効力が生じるから、同じ内容は蒸し返せない、という発想です。ところが、穴があります。内容的確定力は、判断された内容、つまり訴因にしか生じないからです。例を作ります。偽造した領収書を使って、金をだまし取りました。私文書偽造と同行使と、詐欺は、牽連犯で、全体として一罪です。ところが、検察官は、詐欺だけを起訴して、有罪が確定しました。内容的確定力だけなら、効力は詐欺にしか及びません。すると、同じ一罪の一部の偽造で、起訴できてしまいます。一罪の一部だけを裁いたのに、残りを裁き直せる、というのは、おかしいでしょう。

そこで、現在の通説は、二重の危険説です。一度、訴追の危険にさらされた人は、二度と、同じ危険にさらされない、という政策的な根拠です。危険は、訴因ごとではなく、事件ごとに負うものです。検察官は、一罪の全体を、1つの起訴でまとめて裁判にかけられました。ですから、その一部で起訴して危険にさらせば、一罪の全体について、危険にさらしたことになります。一事不再理効が、内容的確定力と別の枠だった理由が、これです。ここで、疑問が出ます。二重の危険なら、第一審で、一度、危険にさらされたのに、検察官が、不利益に変更するよう上訴するのは、憲法違反ではないでしょうか。最高裁は、こう答えました。

判例最大判昭25・9・27 刑集4巻9号1805頁

検察官上訴と二重の危険 その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの一つの継続的状態と見るを相当とする。されば、一審の手続も控訴審の手続もまた、上告審のそれも同じ事件においては、継続せる一つの危険の各部分たるにすぎないのである。

危険とは、手続の開始から終わりまでの、一つの継続した状態です。第一審も、控訴審も、上告審も、継続した一つの危険の各部分にすぎません。確定するまでは、正しい結論を探している途中です。上訴は、その同じ手続を続けて誤りを直す場であって、裁判を新しく始め直すものではないからです。したがって、検察官が、有罪や、より重い刑を求めて上訴しても、二重の危険ではなく、憲法39条に違反しません。無罪判決への上訴でも、量刑不当を理由とする上訴でも、同じです。ここで、線が引けます。確定の前の上訴は、一つの危険の続きです。確定のあとの蒸し返しは、二度目の危険です。判決の確定で、一度目の危険が終わります。上訴の中身は、上訴総論の回で見ます。確定したあとに、不利益に覆す道もありません。再審は、有罪の言渡しを受けた人の利益のためにだけ、請求できます。435条の柱書です。不利益再審がない理由は、一事不再理効の裏返しです。詳しくは、再審の回で見ます。

どの裁判の確定で生じるか

一事不再理効が生じる裁判・生じない裁判。背骨=実体に入って、被告人を有罪とされる危険にさらしたか。有罪判決=生じる(理由=実体判決が確定した以上、同じ事件で再び有罪の危険にさらすことは許されない)/無罪判決=生じる(同)/公訴棄却(判決・決定)・管轄違い=生じない(実体の判断をせず手続を打ち切っただけ・直せば再起訴できる)/免訴=形式裁判だが生じる(337条の事由は、およそその事件について公訴提起を認めるべきでない典型場面=政策的に再起訴を認めない。再起訴されたら337条1号で免訴)/略式命令=確定すれば確定判決と同一の効力(470条)=生じる 図:一事不再理効が生じる裁判・生じない裁判

  • 背骨=実体に入って、被告人を有罪とされる危険にさらしたか
  • 有罪判決=生じる(理由=実体判決が確定した以上、同じ事件で再び有罪の危険にさらすことは許されない)/無罪判決=生じる(同)/公訴棄却(判決・決定)・管轄違い=生じない(実体の判断をせず手続を打ち切っただけ・直せば再起訴できる)/免訴=形式裁判だが生じる(337条の事由は、およそその事件について公訴提起を認めるべきでない典型場面=政策的に再起訴を認めない。再起訴されたら337条1号で免訴)/略式命令=確定すれば確定判決と同一の効力(470条)=生じる

では、どの裁判が確定すると、一事不再理効が生じるのか。問い1の本体です。その前に、前に見た区別を思い出してください。管轄違い、公訴棄却、免訴のうち、確定したあと、同じ事件を起訴し直せないのは、どれでしょうか?免訴だけです。処罰する権利そのものが消えているので、再訴できません。管轄違いと公訴棄却は、手続の不備なので、直せば再訴できます。今日は、その理由を、二重の危険から整理します。背骨は1本です。実体に入って、被告人を、有罪とされる危険にさらしたか。有罪判決と、無罪判決は、実体の判決です。確定すれば、一事不再理効が生じます。実体の判断が出た以上、同じ事件で、もう一度、有罪の危険にさらして、手続の負担や苦痛を与えることは、許されません。公訴棄却と、管轄違いは、生じません。実体の判断をせず、手続を打ち切っただけだからです。試合のたとえでいえば、始まる前に流れた試合です。組み直せば、もう一度できます。有罪の危険にさらされた、とはいえません。この2つに一事不再理効が生じない、というのが通説です。起訴状の謄本が届かなかった事件は、届け直して、起訴し直せます。

免訴は、形式裁判ですが、一事不再理効が生じる、例外です。理由は、337条の事由にあります。確定判決を経た、刑が廃止された、大赦があった、時効が完成した。これらは、前に見たとおり、処罰する権利そのものが消えている場面です。何度起訴し直しても、有罪にはなりません。およそその事件について、公訴提起を認めるべきでない、典型的な場面です。もう一度起訴を許しても、被告人に、法廷に立つ負担を負わせるだけです。ですから、政策的に、再起訴を認めないのが妥当だ、と考えられます。免訴が確定したあとに、再起訴されたら、どうなるのか。そのときは、確定判決を経たとして、337条1号で、再び免訴です。時効完成の4号ではありません。略式命令も、確認します。

条文刑事訴訟法第470条

刑事訴訟法第470条 略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生ずる。正式裁判の請求を棄却する裁判が確定したときも、同様である。

確定すれば、確定判決と同一の効力ですから、実体裁判の確定と同じように、一事不再理効が生じます。前回の最後の効力の中身が、これです。問い1の答えです。無罪は、実体に入った裁判ですから、二重の危険を経ています。だから、蒸し返せません。公訴棄却は、実体に入っていないので、直せば、起訴し直せます。免訴だけは、手続の裁判でも、一事不再理効が生じます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)公訴棄却の決定が確定した事件を、誤りを直して起訴し直した。免訴にしなければならない→×(公訴棄却には一事不再理効が生じない・直せば起訴できる)。(b)時効完成で免訴になった事件が再起訴された。免訴にするなら根拠は337条4号である→×(確定判決を経たとして337条1号)。(c)共犯者の1人が有罪で確定した。別の共犯者にも一事不再理効が及ぶ→×(判決を受けた被告人だけ・249条)。(d)略式命令が請求期間の経過で確定した。同じ事件で再び起訴された。免訴にする→○(確定判決と同一の効力・470条・337条1号) 図:節目のミニ事例

  • (a)公訴棄却の決定が確定した事件を、誤りを直して起訴し直した
  • 免訴にしなければならない→×(公訴棄却には一事不再理効が生じない・直せば起訴できる)
  • (b)時効完成で免訴になった事件が再起訴された
  • 免訴にするなら根拠は337条4号である→×(確定判決を経たとして337条1号)
  • (c)共犯者の1人が有罪で確定した
  • 別の共犯者にも一事不再理効が及ぶ→×(判決を受けた被告人だけ・249条)
  • (d)略式命令が請求期間の経過で確定した
  • 同じ事件で再び起訴された
  • 免訴にする→○(確定判決と同一の効力・470条・337条1号)

節目のミニ事例です。1つ目。公訴棄却の決定が確定した事件を、誤りを直して、起訴し直した。裁判所は、免訴にしなければならない。正しいでしょうか。2つ目。時効の完成で免訴になった事件が、再び起訴された。免訴にするなら、根拠は337条4号である。3つ目。共犯者の1人が、有罪で確定した。別の共犯者にも、一事不再理効が及ぶ。次に見ます。最後の4つ目。略式命令が、請求期間の経過で確定した。同じ事件で、再び起訴された。免訴にする。弁別の軸は、実体に入ったか、そして免訴の事由は何号か、です。

範囲を見る3つの視点

一事不再理効の範囲を見る3つの視点(見取り図)。①主観的範囲=誰に=判決を受けた被告人だけ(共犯者にも及ばない・249条)。②客観的範囲=どの事実に=確定判決を経た訴因に限らず、その訴因と公訴事実の同一性(単一性か狭義の同一性のどちらか)のある範囲。理由=検察官は同一性のある範囲なら一個の起訴や訴因変更で審判を求められた(256条5項・312条1項)→被告人は訴因変更が可能な範囲まで危険を負担。単一性は罪数論で決まる(単純一罪・包括一罪・科刑上一罪)。③時間的範囲=いつの時点まで=原則として第一審の判決宣告時までに判明しうる行為。送り=訴訟条件を欠く事実・常習一罪は次の回、単純窃盗の併合罪どうしはその次の回 図:一事不再理効の範囲を見る3つの視点

  • 見取り図
  • ①主観的範囲=誰に=判決を受けた被告人だけ(共犯者にも及ばない・249条)。②客観的範囲=どの事実に=確定判決を経た訴因に限らず、その訴因と公訴事実の同一性(単一性か狭義の同一性のどちらか)のある範囲。理由=検察官は同一性のある範囲なら一個の起訴や訴因変更で審判を求められた(256条5項・312条1項)→被告人は訴因変更が可能な範囲まで危険を負担。単一性は罪数論で決まる(単純一罪・包括一罪・科刑上一罪)。③時間的範囲=いつの時点まで=原則として第一審の判決宣告時までに判明しうる行為。送り=訴訟条件を欠く事実・常習一罪は次の回、単純窃盗の併合罪どうしはその次の回

最後に、一事不再理効が及ぶ範囲を、見る視点だけ、1枚で確認します。中身は、次の回以降です。その前に、復習の質問です。公訴事実の同一性は、単一性と狭義の同一性の、両方がなければならないのでしょうか。それとも、どちらか一方で足りるのでしょうか?どちらか一方で足ります。視点は3つです。誰に、どの事実に、いつの時点まで。1つ目は、誰に。主観的範囲です。一事不再理効は、判決を受けた被告人だけに及びます。共犯者にも及びません。

条文刑事訴訟法第249条

刑事訴訟法第249条 公訴は、検察官の指定した被告人以外の者にその効力を及ぼさない。

公訴の効力は、検察官が指定した被告人以外に及びません。ですから、共犯者の1人が有罪で確定しても、別の共犯者に、一事不再理効は及びません。2つ目は、どの事実に。客観的範囲です。確定した判決を経た訴因だけでなく、その訴因と、公訴事実の同一性がある範囲まで及びます。この物差しは、審判の対象と公訴事実の同一性の回で、訴因変更・二重起訴と並べて見たものと同じです。理由は、検察官は、同一性のある範囲なら、一個の起訴や訴因変更で、審判を求められたからです。ですから被告人は、訴因変更が可能な範囲まで、危険を負担したことになります。3つ目は、いつの時点まで。時間的範囲です。原則は、第一審の判決の宣告時までに、判明しうる行為です。なぜ、その時点か。そこまでなら、検察官は、訴因変更で、その行為も同じ手続に載せて審理を求められたからです。たとえば、常習として繰り返された窃盗のような集合犯が、判決の前後にまたがるときに、問題になります。

例外は、ないんですか。あります。訴訟条件を欠く事実や、繰り返された犯罪では、一事不再理効が遮断される場面があります。中身は、次の回で見ます。そのさらに次の回で、窃盗が複数あったときの、判例を見ます。

今日の地図(保存版)

まとめの整理表。自己拘束力=成立時・全ての裁判/執行力=有罪判決(471条)/拘束力=形式裁判で実益・直接の理由となった判断だけ/一事不再理効=実体裁判(有罪・無罪・略式の確定)と免訴(憲39条・337条1号・根拠は二重の危険)。問い①=無罪・有罪は実体に入り二重の危険を経たので蒸し返せない/公訴棄却は実体に入っていないので直せば起訴し直せる/免訴だけは形式裁判でも生じる。問い②=公訴棄却決定にも拘束力は及ぶが、偽装した被告人の逃げ得を許さないため、事情の変更・蒸し返し禁止の狙い・禁反言のいずれかの考え方で再起訴を許す 図:まとめの整理表

  • 自己拘束力=成立時・全ての裁判/執行力=有罪判決(471条)/拘束力=形式裁判で実益・直接の理由となった判断だけ/一事不再理効=実体裁判(有罪・無罪・略式の確定)と免訴(憲39条・337条1号・根拠は二重の危険)
  • 問い①=無罪・有罪は実体に入り二重の危険を経たので蒸し返せない/公訴棄却は実体に入っていないので直せば起訴し直せる/免訴だけは形式裁判でも生じる
  • 問い②=公訴棄却決定にも拘束力は及ぶが、偽装した被告人の逃げ得を許さないため、事情の変更・蒸し返し禁止の狙い・禁反言のいずれかの考え方で再起訴を許す

今日のまとめです。確定した裁判には、4つの効力がありました。外部的に成立した時点で、全ての裁判に生じる自己拘束力。有罪判決で実際に使う執行力。形式裁判で意味を持つ、直接の理由となった判断に限る拘束力。そして、実体裁判と免訴に生じる、一事不再理効です。問い1の答えです。無罪も有罪も、実体に入って、被告人を危険にさらした裁判です。だから、確定すれば、同じ事件を蒸し返せません。公訴棄却は、実体に入っていないので、直せば起訴し直せます。免訴だけは、手続の裁判でも、一事不再理効が生じます。問い2の答えです。公訴棄却の決定にも、拘束力は及びます。ただし、偽装した被告人の逃げ得を許さないために、事情の変更、蒸し返しの禁止、禁反言という考え方で、再起訴を許します。一事不再理効は、同じ事件には及びます。では、同じ事件とは、どこまでの範囲か。告訴がなくて起訴できなかった事実にも及ぶのか。繰り返された犯罪はどうか。次は、その範囲を見ます。

ページ上部へ ↑

#157単独ページ動画

一事不再理効の客観的範囲(告訴のない事実と常習一罪)

第7章 裁判 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い2つ。①Xは、知人Bの留守宅に無断で入り、Bの大事な品物を壊した。Bは住居に入られた点だけ被害届を出し、壊された点は告訴しなかった。Xは住居侵入だけで起訴され、罰金の有罪判決が確定。その後Bが壊された点を告訴し、Xは器物損壊で起訴された→裁判所はどうするか。②Yは、閉店後の店舗に夜中に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した。数件だけが常習特殊窃盗で起訴され、有罪判決が確定。その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった→常習特殊窃盗で起訴されたら/単純な窃盗として起訴されたら、裁判所はどうするか 図:今日の問い2つ

  • ①Xは、知人Bの留守宅に無断で入り、Bの大事な品物を壊した
  • Bは住居に入られた点だけ被害届を出し、壊された点は告訴しなかった
  • Xは住居侵入だけで起訴され、罰金の有罪判決が確定
  • その後Bが壊された点を告訴し、Xは器物損壊で起訴された→裁判所はどうするか
  • ②Yは、閉店後の店舗に夜中に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した
  • 数件だけが常習特殊窃盗で起訴され、有罪判決が確定
  • その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった→常習特殊窃盗で起訴されたら/単純な窃盗として起訴されたら、裁判所はどうするか

前回の最後に、一事不再理効は、同じ事件には及ぶ、と言いました。では、同じ事件とは、どこまでのことでしょうか。告訴がなくて起訴できなかった事実にも、及ぶのか。繰り返された犯罪は、どうか。今日は、この範囲を見ます。一事不再理効が遮断されるのではないか、と問題になる場面が、2つあります。1つ目の問い。Xは、トラブルになった知人Bの留守宅に、無断で入り、Bが大事にしていた品物を壊しました。前回のXとは、別の設例です。Bは、住居に入られた点だけ被害届を出し、壊された点は告訴しませんでした。Xは、住居侵入だけで起訴され、罰金の有罪判決が確定しました。その後、Bが、壊された点を告訴し、Xは、器物損壊で起訴されました。裁判所は、どうするでしょうか。

2つ目の問い。Yは、夜中に、閉店後の店舗に忍び込んで、現金を盗むことを、1年半ほど繰り返していました。そのうち数件だけが、常習特殊窃盗で起訴され、有罪判決が確定しました。その後、前の裁判の判決が言い渡される前に、Yが同じ手口でやっていた別の数件が見つかりました。まず、常習特殊窃盗として起訴された場合。次に、単純な窃盗として起訴された場合。裁判所は、どうするでしょうか。先に、答えの形だけ、言います。1つ目の問いは、効力は及びます。裁判所は、免訴にします。2つ目の問いは、前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗には、及びます。判決の後の窃盗は、別の事件です。そこへ至る道具は2つです。被告人はどこまで危険にさらされていたか、という二重の危険。そして、何を比べて同じ事件と決めるか、という訴因基準です。

今日の地図は4歩。1歩目=物差しの確認(二重の危険と公訴事実の同一性)/2歩目=告訴のない事実にも及ぶか(問いの1つ目に答える)/3歩目=常習犯とは何か(繰り返しを1個の罪にする)/4歩目=何を比べて同じ事件と決めるか(訴因基準・柔らかい訴因基準説)→問いの2つ目に答える。最後に判決の前後と4象限の地図 図:今日の地図は4歩

  • 1歩目=物差しの確認(二重の危険と公訴事実の同一性)/2歩目=告訴のない事実にも及ぶか(問いの1つ目に答える)/3歩目=常習犯とは何か(繰り返しを1個の罪にする)/4歩目=何を比べて同じ事件と決めるか(訴因基準・柔らかい訴因基準説)→問いの2つ目に答える
  • 最後に判決の前後と4象限の地図

今日の地図です。1歩目は、物差しの確認です。二重の危険と、公訴事実の同一性を、短くおさらいします。2歩目は、告訴のない事実です。1つ目の問いに答えます。3歩目は、常習犯とは何かを見ます。4歩目は、何を比べて同じ事件と決めるのか。2つ目の問いに答えます。最後に、判決の前と後の違いと、4つのマスの地図を見ます。

物差しの確認・二重の危険と公訴事実の同一性

物差し。一事不再理効の根拠=二重の危険(憲法39条)。被告人は、検察官が訴因変更で審判を求められた範囲=公訴事実の同一性(312条1項)の範囲で、訴追の危険にさらされていた→効力も同じ範囲に及ぶ。公訴事実の同一性=単一性か狭義の同一性のどちらか。単一性は罪数で決まる:単純一罪・包括一罪(集合犯)・科刑上一罪(牽連犯・観念的競合)=1個の事件/併合罪=別の事件。たとえ=1回の面談で、相手が聞こうと思えば聞けた話は、その面談で済んだことにする 図:物差し

  • 一事不再理効の根拠=二重の危険(憲法39条)
  • 被告人は、検察官が訴因変更で審判を求められた範囲=公訴事実の同一性(312条1項)の範囲で、訴追の危険にさらされていた→効力も同じ範囲に及ぶ
  • 公訴事実の同一性=単一性か狭義の同一性のどちらか
  • 単一性は罪数で決まる:単純一罪・包括一罪(集合犯)・科刑上一罪(牽連犯・観念的競合)=1個の事件/併合罪=別の事件
  • たとえ=1回の面談で、相手が聞こうと思えば聞けた話は、その面談で済んだことにする

前回の復習です。公訴棄却と免訴。確定したあと、同じ事件を、起訴し直せないのは、どちらだったでしょうか?免訴だけです。公訴棄却は、実体に入っていないので、直せば起訴し直せます。有罪や無罪の確定も、一事不再理効が生じます。では、その効力は、どこまで及ぶのか。出発点は、前回見た根拠です。二重の危険でした。被告人は、いったん訴追される危険を負ったなら、同じ事件で、重ねて負わされない。では、被告人は、どこまでの範囲で、危険を負っていたのでしょうか。たとえで考えます。1回の面談で、相手が、聞こうと思えば聞けた話は、その面談で済んだことにする。そうでなければ、何度でも呼び出されてしまいます。刑事裁判も同じです。検察官が、同じ手続の中で、審判を求められた範囲が、被告人の負った危険の範囲です。その範囲を決めるのが、訴因変更の条文です。訴因は、検察官が起訴状に描いた、審判の枠でした。その枠を、どこまで書き換えられるかの条文です。

条文刑事訴訟法第312条第1項

刑事訴訟法第312条第1項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。

検察官は、公訴事実の同一性を害しない限度なら、訴因の追加や変更を求められます。裁判所は、これを許さなければなりません。つまり、公訴事実の同一性のある範囲は、同じ手続で審判を求められた範囲です。だから、被告人は、この範囲で危険を負った、と考えます。一事不再理効も、同じ範囲に及びます。これが、物差しです。前回も確認しましたが、公訴事実の同一性は、単一性と狭義の同一性の、どちらかでよかったです。単一性は、別々の事実が1個の罪にまとまるか。狭義の同一性は、1つの事実どうしが同じと言えるか、でした。今日の2つの問いは、どちらも、別々の行為が1個の罪にまとまるか、という問題です。だから、今日使うのは、単一性です。単一性は、罪数で決まります。牽連犯や観念的競合のような科刑上一罪、そして、常習犯のような包括一罪は、1個の事件です。併合罪は、別の事件で、単一性はありません。ここまでが、物差しです。

告訴のない事実の設例

Xの設例の流れ。前訴=住居侵入(刑130条)で起訴→罰金の有罪判決→確定。Bは被害届を出しただけで、器物損壊(刑261条)の告訴はなし→一緒には起訴できなかった。後訴=Bが器物損壊を告訴→器物損壊で起訴。住居侵入と器物損壊=手段と結果の関係=牽連犯(科刑上一罪・刑54条1項後段)=単一性あり。器物損壊は親告罪(刑264条)=告訴がなければ公訴提起できない。問題=告訴がなくて起訴できなかった事実にも一事不再理効は及ぶか 図:Xの設例の流れ

  • 前訴=住居侵入(刑130条)で起訴→罰金の有罪判決→確定
  • Bは被害届を出しただけで、器物損壊(刑261条)の告訴はなし→一緒には起訴できなかった
  • 後訴=Bが器物損壊を告訴→器物損壊で起訴
  • 住居侵入と器物損壊=手段と結果の関係=牽連犯(科刑上一罪・刑54条1項後段)=単一性あり
  • 器物損壊は親告罪(刑264条)=告訴がなければ公訴提起できない
  • 問題=告訴がなくて起訴できなかった事実にも一事不再理効は及ぶか

1つ目の問いに入ります。Xの設例を、時間順に整理します。前の裁判では、住居侵入で起訴され、罰金の有罪判決が確定しました。後の裁判では、器物損壊で起訴されました。今日は、前の裁判を前訴と呼び、後の裁判を後訴と呼びます。まず、2つの罪の関係です。他人の住居に入って、物を壊す。住居に入ることが手段、物を壊すことが結果、という関係です。条文を見ます。

条文刑法第54条第1項

刑法第54条第1項 一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。

犯罪の手段、または結果である行為が、他の罪名に触れるとき。これが牽連犯で、科刑上一罪です。住居侵入と器物損壊は、牽連犯になります。つまり、単一性があり、公訴事実の同一性があります。物差しに照らせば、効力は及びそうです。それなら、なぜ前の裁判で、器物損壊も一緒に起訴しなかったんですか。起訴できなかったからです。器物損壊は、親告罪です。

条文刑法第264条

刑法第264条 第二百五十九条、第二百六十一条及び前条の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

261条の器物損壊は、告訴がなければ、公訴を提起できません。Bは、住居に入られた点について、被害届を出しただけです。被害届は、被害を知らせるもの。告訴は、犯人の処罰を求める意思表示です。壊された点の告訴は、ありませんでした。だから、前訴の時点で、器物損壊は起訴できませんでした。一方、住居侵入は、告訴が要りません。そして、一罪の一部だけを起訴するのは、一罪の一部起訴の回で見たとおり、原則として検察官の裁量で許されます。起訴するかどうかと同じく、どこまで起訴するかも、検察官に委ねられているからです。だから、住居侵入だけの起訴ができました。ただ、親告罪が絡む一部起訴には、違法・無効説と有効説の対立がありました。今日は、そこには立ち入りません。住居侵入の有罪判決が、すでに確定している、という前提で進めます。ここが問題です。告訴がなくて、一緒に起訴できなかった事実にまで、前訴の一事不再理効は、及ぶのでしょうか。

二重の危険の考え方で及ぶ

告訴のない事実にも及ぶか。反対の考え方=告訴がなく同時に訴追する法律上の可能性がなかった→効力を認めると刑罰権の実現の要請に反する→効力を及ぼさず実体審理。二重の危険の考え方(通説)=一事不再理効の根拠は二重の危険→検察官はBから事情を聴くなどして告訴を得られる余地があった→告訴が得られなかったのは検察官側の事情→訴追の危険は及んでいた→及ぶ。結論=後訴は告訴があり公訴提起は適法→しかし確定判決を経たとき(337条1号)→免訴(公訴棄却ではない) 図:告訴のない事実にも及ぶか

  • 反対の考え方=告訴がなく同時に訴追する法律上の可能性がなかった→効力を認めると刑罰権の実現の要請に反する→効力を及ぼさず実体審理
  • 二重の危険の考え方(通説)=一事不再理効の根拠は二重の危険→検察官はBから事情を聴くなどして告訴を得られる余地があった→告訴が得られなかったのは検察官側の事情→訴追の危険は及んでいた→及ぶ
  • 結論=後訴は告訴があり公訴提起は適法→しかし確定判決を経たとき(337条1号)→免訴(公訴棄却ではない)

結論から言います。及びます。まず、及ばないという考え方を見ます。前訴の時点で、器物損壊には告訴がなく、同時に起訴する法律上の可能性は、ありませんでした。それなのに、効力を認めると、器物損壊を、二度と処罰できなくなります。刑罰権の実現という要請に、反するように見えます。だから、効力を及ぼさず、後訴で実体審理をする、という考え方です。通説は、そうは考えません。決め手は、一事不再理効の根拠です。二重の危険でした。問うべきなのは、検察官から見て起訴できたか、ではありません。被告人が、訴追の危険にさらされていたか、です。検察官は、警察を通じて、あるいは自分で、Bから事情を聴いて、壊された点の告訴を得ることができました。告訴が得られなかったのは、検察官の側の事情です。Xから見れば、一罪の全体が、前訴の危険の範囲でした。したがって、告訴のなかった器物損壊にも、訴追の危険は及んでいた、と評価できます。これが通説の考え方です。ここは、論文で論点になりえます。結論は、こうなります。後訴では、Bの告訴があります。ですから、公訴の提起は、適法です。公訴棄却の問題では、ありません。しかし、前訴の確定判決を経ています。

条文刑事訴訟法第337条

刑事訴訟法第337条 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。 一 確定判決を経たとき。 二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。 三 大赦があつたとき。 四 時効が完成したとき。

1号です。裁判所は、判決で、免訴の言渡しをします。順序は、告訴があるから公訴提起は適法、しかし確定判決を経たから免訴、です。逆にしないでください。問い1つ目の答えは、及ぶ。そして、免訴です。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。(a)前の裁判の時点で告訴がなかった事実を、後で告訴を得て起訴した。裁判所は、告訴があるので実体審理をして有罪か無罪かを判断する→×(確定判決を経たとして免訴)。(b)前の裁判が罰金の有罪判決だったので、同じ事件について一事不再理効は生じない→×(罰金でも有罪の確定判決=生じる) 図:節目のミニ事例

  • (a)前の裁判の時点で告訴がなかった事実を、後で告訴を得て起訴した
  • 裁判所は、告訴があるので実体審理をして有罪か無罪かを判断する→×(確定判決を経たとして免訴)
  • (b)前の裁判が罰金の有罪判決だったので、同じ事件について一事不再理効は生じない→×(罰金でも有罪の確定判決=生じる)

節目のミニ事例です。1つ目。前の裁判の時点で告訴がなかった事実を、あとで告訴を得て起訴した。裁判所は、告訴があるので、実体審理をして、有罪か無罪かを判断する。正しいでしょうか。×です。告訴があって公訴提起は適法でも、確定判決を経た事件なので、337条1号で免訴になります。2つ目。前の裁判が、罰金の有罪判決だった。罰金は軽い刑なので、同じ事件について、一事不再理効は生じない。正しいでしょうか。×です。罰金でも、有罪の確定判決です。実体に入っているので、効力は生じます。刑の重い軽いは、関係ありません。罰金でも、有罪の判決が確定すれば、効力は生じます。弁別の軸は、告訴の有無ではなく、実体の確定判決を経たか、です。

橋・集合犯と常習犯

集合犯と常習犯。集合犯=常習犯・営業犯のように、はじめから同種の行為の反復を予定している構成要件。数個の行為があっても全体で1個の罪(包括一罪)。常習犯=同じ種類の犯罪を繰り返す癖のある者(判例上の理解)。常習窃盗(今日の総称)=常習特殊窃盗(盗犯等防止法2条)/常習累犯窃盗(同法3条=行為前10年内に3回以上6月以上の拘禁刑の執行等の前科がある者が常習として窃盗)。法定刑=単純窃盗(刑235条)は10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金/常習特殊窃盗は3年以上の有期拘禁刑 図:集合犯と常習犯

  • 集合犯=常習犯・営業犯のように、はじめから同種の行為の反復を予定している構成要件
  • 数個の行為があっても全体で1個の罪(包括一罪)
  • 常習犯=同じ種類の犯罪を繰り返す癖のある者(判例上の理解)
  • 常習窃盗(今日の総称)=常習特殊窃盗(盗犯等防止法2条)/常習累犯窃盗(同法3条=行為前10年内に3回以上6月以上の拘禁刑の執行等の前科がある者が常習として窃盗)
  • 法定刑=単純窃盗(刑235条)は10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金/常習特殊窃盗は3年以上の有期拘禁刑

2つ目の問いに進みます。その前に、道具を1つ用意します。常習犯です。再逮捕・再勾留の回で見た、常習賭博を思い出してください。賭博を何度も繰り返す人がいたとします。賭けるたびに1個の罪、とはしません。賭博を繰り返す癖のある人を罰する規定があり、何回賭けても、その癖の現れとして、まとめて1個の罪になります。このように、同種の行為を繰り返すことが、はじめから予定されている構成要件を、集合犯といいます。単一性の回で、常習の空き巣の例で見た型です。常習犯や営業犯が、代表です。数個の行為があっても、全体で1個の罪、つまり包括一罪です。

1個の罪なら、一部が裁かれたとき、残りはどうなるんですか。そこが、今日の問題です。一罪の一部が確定すると、残りに、一事不再理効が及ぶのかが、問題になります。窃盗の常習犯を見ます。2つあります。常習特殊窃盗と、常習累犯窃盗です。今日は、まとめて常習窃盗と呼びます。Yの設例は、常習特殊窃盗です。条文を見ます。

条文盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第2条

盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第2条 常習トシテ左ノ各号ノ方法ニ依リ刑法第二百三十五条、第二百三十六条、第二百三十八条若ハ第二百三十九条ノ罪又ハ其ノ未遂罪ヲ犯シタル者ニ対シ竊盗ヲ以テ論ズベキトキハ三年以上、強盗ヲ以テ論ズベキトキハ七年以上ノ有期拘禁刑ニ処ス 一 兇器ヲ携帯シテ犯シタルトキ 二 二人以上現場ニ於テ共同シテ犯シタルトキ 三 門戸牆壁等ヲ踰越損壊シ又ハ鎖鑰ヲ開キ人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若ハ艦船ニ侵入シテ犯シタルトキ 四 夜間人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若ハ艦船ニ侵入シテ犯シタルトキ

4号が、Yの手口です。夜間、人の看守する建造物、つまり店舗に侵入して、常習として窃盗をした者は、窃盗として論ずるときは、3年以上の有期拘禁刑です。単純窃盗は、10年以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金です。下限が3年以上と、はっきり重くなります。複数回の窃盗も、全体で1個の罪として、この重い刑で処罰します。もう1つの常習累犯窃盗は、3条です。一定の前科のある人が、常習として窃盗をする場合です。

常習性の認定。常習性=(a)行為者が常習性(反復累行する習癖)を有していること+(b)その行為が常習性の発露としてなされたこと。累犯(刑56条)との違い=累犯は前の刑の執行後、一定期間内の再犯という形式的な基準/常習性は行為者の癖という中身を見る基準。認定の事情(総合判断)=前科の種類・回数・時間的間隔/犯行態様の関連性(手口・時間帯・場所)/犯行の期間・回数/性格・素行・生活態度。認められにくい例=夜間の店舗侵入を繰り返してきた者が、ある日、知人宅で目に入った財布をふと持ち出した→習癖の発露とは言いにくい 図:常習性の認定

  • 常習性=(a)行為者が常習性(反復累行する習癖)を有していること+(b)その行為が常習性の発露としてなされたこと
  • 累犯(刑56条)との違い=累犯は前の刑の執行後、一定期間内の再犯という形式的な基準/常習性は行為者の癖という中身を見る基準
  • 認定の事情(総合判断)=前科の種類・回数・時間的間隔/犯行態様の関連性(手口・時間帯・場所)/犯行の期間・回数/性格・素行・生活態度
  • 認められにくい例=夜間の店舗侵入を繰り返してきた者が、ある日、知人宅で目に入った財布をふと持ち出した→習癖の発露とは言いにくい

次に、常習性は、どう認定するのか。常習性とは、特定の犯罪を、繰り返して行う癖です。認定には、2つ見ます。1つ目は、行為者が、その癖を持っていること。2つ目は、問題の行為が、その癖の現れ、つまり発露としてなされたことです。刑法には、累犯もありました。癖があるというのは、累犯のことですか。違います。累犯は、前の刑の執行を終えてから、一定の期間内に、また罪を犯した、という形式的な基準です。常習性は、行為者の癖という、中身を見る基準です。形式と実質で、別物です。癖があるかどうかは、総合判断です。前科の種類、回数、間隔。犯行の手口、時間帯、場所の関連。犯行の期間と回数。性格や素行や生活態度。同じ手口で、近い時期に繰り返していれば、認めやすくなります。

癖のある人の窃盗でも、常習窃盗にならない場合があります。夜間の店舗侵入を繰り返してきた人が、ある日、知人の家で目に入った財布を、ふと持ち出したとします。この窃盗は、癖の現れとは言いにくいでしょう。常習者でも、発露でない窃盗は、ありえます。この点は、あとで使います。

何を比べて同じ事件と決めるか

単一性の判断方法。訴因基準説=前訴の訴因と後訴の訴因の双方だけを比べて判断する。心証基準説=どちらの訴因にも書かれていない常習性についても、裁判所が証拠で心証をとり、その事実を基準に判断する(訴因に拘束されない)。多数説=訴因基準説を原則とする。理由:1つ目=現行法では第一次的には訴因が審判の対象/2つ目=心証基準説だと、前訴が無罪のとき、実体が失われた前訴の訴因と後訴を比べるという無理が生じる/3つ目=発露の点を訴因に掲げず、1件ずつ単純窃盗で起訴する選択も、検察官の裁量として許される。※訴訟条件の回の訴因基準と同じ発想だが、今日は何を比べて同じ事件と決めるかの話 図:単一性の判断方法

  • 訴因基準説=前訴の訴因と後訴の訴因の双方だけを比べて判断する
  • 心証基準説=どちらの訴因にも書かれていない常習性についても、裁判所が証拠で心証をとり、その事実を基準に判断する(訴因に拘束されない)
  • 多数説=訴因基準説を原則とする
  • 理由:1つ目=現行法では第一次的には訴因が審判の対象/2つ目=心証基準説だと、前訴が無罪のとき、実体が失われた前訴の訴因と後訴を比べるという無理が生じる/3つ目=発露の点を訴因に掲げず、1件ずつ単純窃盗で起訴する選択も、検察官の裁量として許される
  • ※訴訟条件の回の訴因基準と同じ発想だが、今日は何を比べて同じ事件と決めるかの話

2つ目の問いに戻ります。一事不再理効は、公訴事実の同一性のある範囲に及びます。ここでの問題は、前の裁判と後の裁判が、常習一罪かどうか、つまり単一性があるかを、何を見て判断するのか、です。立場が2つあります。1つ目は、訴因基準説です。前訴の訴因と、後訴の訴因、この2つだけを並べて比べます。2つ目は、心証基準説です。どちらの訴因にも書かれていない、背後の常習性についても、裁判所が証拠で心証をとります。そして、その事実を基準に、同じ事件かどうかを判断します。訴訟条件の回では、訴訟条件が揃っているかを、裁判所の心証ではなく、訴因を基準に判断しました。訴因を基準にする発想は同じです。ただ、今日は、前の裁判と後の裁判が同じ事件かを、何を比べて決めるか、という別の場面です。たとえば、2枚の起訴状だけを並べて比べるのか。起訴状の裏にある、Yの実際の生活ぶりまで調べて比べるのか。その違いです。多数説は、訴因基準説を原則とします。理由は3つあります。1つ目。現行法では、審判の対象は、まず訴因だからです。2つ目。心証基準説だと、前訴が無罪のとき、困ります。たとえば、前訴でYが無罪になったとします。前の裁判は、Yが盗んだとは認めていません。前訴の訴因の実体が、失われているのです。それなのに、心証基準説では、その実体のない前訴の訴因について、背後に常習性があったかを証拠で調べて、後訴と比べることになります。そういう無理が生じます。3つ目。発露の点は証明が難しいことがあります。そこを訴因に掲げず、1件ずつ単純窃盗で起訴する選択も、検察官の裁量として許されるからです。

払い戻し・問い2つ目の小問

払い戻し。前訴=常習特殊窃盗。(1)後訴=常習特殊窃盗:心証基準説=免訴/訴因基準説=訴因どうしで常習一罪=免訴→結論は同じ。(2)後訴=単純窃盗:心証基準説=証拠次第で常習一罪なら免訴/訴因基準説(硬い形)=常習と単純は当然には一罪にならない(常習者でも発露でない窃盗はありうる)/柔らかい訴因基準説=前訴か後訴のどちらかに常習窃盗の訴因があれば、一罪かどうかを検討するきっかけがある→その限りで、単純窃盗が常習性の発露かを実体審理して心証をとり、単一性を判断→Yの設例=同じ手口・近い時期=発露→常習一罪→免訴 図:払い戻し

  • 前訴=常習特殊窃盗
  • (1)後訴=常習特殊窃盗:心証基準説=免訴/訴因基準説=訴因どうしで常習一罪=免訴→結論は同じ
  • (2)後訴=単純窃盗:心証基準説=証拠次第で常習一罪なら免訴/訴因基準説(硬い形)=常習と単純は当然には一罪にならない(常習者でも発露でない窃盗はありうる)/柔らかい訴因基準説=前訴か後訴のどちらかに常習窃盗の訴因があれば、一罪かどうかを検討するきっかけがある→その限りで、単純窃盗が常習性の発露かを実体審理して心証をとり、単一性を判断→Yの設例=同じ手口・近い時期=発露→常習一罪→免訴

Yの設例に当てはめます。前訴は、常習特殊窃盗です。まず、後訴も、常習特殊窃盗の場合。どちらの説でも、訴因どうしを比べれば、常習一罪です。単一性があるので、337条1号で、免訴です。結論は、どちらの説でも同じです。次に、後訴が、単純な窃盗の場合です。心証基準説なら、証拠を調べて、実質的に常習一罪なら、免訴です。では、訴因基準説は、どうなるか。厳格に、訴因だけを比べると、常習窃盗と、単純窃盗は、当然には一罪になりません。先ほど見たとおり、常習者でも、発露でない窃盗はあるからです。そうなると、単一性なし、で、起訴を認めることになります。

そこで出てくるのが、柔らかい訴因基準説です。前訴か後訴の、どちらかに、常習窃盗の訴因があると、両方の訴因は、実体としては常習一罪ではないか、と強くうかがわせます。つまり、一罪かどうかを、検討するきっかけがあります。そこで、その限りで、単純窃盗が、常習性の発露として行われたかを、実体審理して、心証をとります。そして、単一性を判断します。引き金は、どちらかに常習の訴因がある、という点です。判例も、この考え方に立つと理解されています。その判例の中身は、次の回で見ます。ここも、論文で論点になりえます。Yの設例は、同じ手口で、近い時期です。発露と認められます。常習一罪で、単一性があり、前訴の効力が及びます。裁判所は、免訴です。逆に、前の判決の前に、Yが、知人の家で目に入った財布を、ふと持ち出していて、それが単純窃盗で起訴されたら、どうか。癖の現れとは言いにくく、常習一罪にはなりません。単一性がないので、免訴ではなく、実体審理をして、有罪か無罪かを判断します。確認です。前訴が常習窃盗、後訴が単純窃盗。柔らかい訴因基準説で、単純窃盗が常習性の発露かどうかを、実体審理するきっかけになるのは、何でしたか?

前訴か後訴の、どちらかの訴因に、常習窃盗があることです。

判例・前訴が常習で後訴が単純の例

判例。大阪府の迷惑防止条例違反(痴漢)の事案。前の略式命令=常習の罪(条例9条2項)で罰金・確定。後の略式命令=別の日の電車内の行為を単純な罪(条例5条1項・9条1項)として罰金・確定(後の行為は前の略式命令が確定する前の犯行)。検察官が非常上告(確定した略式命令の法令違反を正す特別の救済手続)。最高裁は、後の略式命令を破棄し、被告人を免訴。罪名は窃盗ではなく条例違反の常習罪だが、前訴常習・後訴単純でも常習性の発露として1個の常習罪とみて免訴にした例 図:判例

  • 大阪府の迷惑防止条例違反(痴漢)の事案
  • 前の略式命令=常習の罪(条例9条2項)で罰金・確定
  • 後の略式命令=別の日の電車内の行為を単純な罪(条例5条1項・9条1項)として罰金・確定(後の行為は前の略式命令が確定する前の犯行)
  • 検察官が非常上告(確定した略式命令の法令違反を正す特別の救済手続)
  • 最高裁は、後の略式命令を破棄し、被告人を免訴
  • 罪名は窃盗ではなく条例違反の常習罪だが、前訴常習・後訴単純でも常習性の発露として1個の常習罪とみて免訴にした例

ここで、前の裁判が常習、後の裁判が単純だった例を、判例で見ます。次の回で見る最高裁の判断とは、別の判例です。窃盗ではなく、迷惑防止条例違反の、痴漢の事案です。常習の罪が、条例にあります。略式命令は、略式手続の回で見たとおり、公判を開かず、書面の審理で罰金を科す裁判です。前の略式命令は、常習の罪として、罰金が確定しました。後の略式命令は、別の日の電車内の行為を、単純な罪として、罰金が確定しました。後の行為は、前の略式命令が確定する前の犯行です。検察官は、非常上告を申し立てました。非常上告は、確定した裁判の法令違反を正す、特別の救済手続です。最高裁は、後の略式命令を破棄して、被告人を免訴にしました。判旨です。

判例最判平15・6・2 集刑284号353頁

前の常習罪の一部が確定した後の単純な罪の略式命令 原略式命令が認定した各所為は,その態様等に照らすと,別件略式命令で認定された犯行と同様,条例5条1項,9条2項に該当するものとみるべきであり,かつ,別件略式命令の確定する前の犯行であるから,別件略式命令で認定された犯行とともに1個の条例5条1項,9条2項の罪を構成するものであったというべきである。 …… そうすると,既に別件略式命令が上記常習一罪の一部について有罪の裁判をしており,これが確定していたのであるから,原裁判所としては,刑訴法463条1項により,通常の規定に従って審理をした上,同法337条1号により,判決で免訴の言渡しをすべきであった。

原略式命令とは、後の略式命令のことです。別件略式命令とは、前の略式命令です。後の略式命令が認めた各行為は、前の略式命令の犯行と同じように、常習の罪に当たる。しかも、前の略式命令が確定する前の犯行だから、前の犯行とともに、1個の常習罪を構成する。だから、常習一罪の一部について、すでに有罪の裁判が確定していた。そこで、463条1項により、略式命令ではなく、通常の公判の手続に移して審理し、337条1号により、判決で免訴をすべきだった、という判断です。今日の物差しで言えば、後の行為も、実体は、前と同じ1個の常習罪の一部でした。その罪について、被告人は、前の手続で、すでに訴追の危険にさらされていました。だから、重ねては裁けず、免訴です。ただし、窃盗ではなく条例違反の事案ですので、そこは区別して覚えてください。

時間的範囲・判決の前の窃盗と後の窃盗

時間的範囲。原則=第一審の判決の宣告時までに判明しうる行為に及ぶ(上訴審が破棄自判したときはその宣告時までとする有力説)。Yの時間線:常習窃盗の帯(1年半)/前訴の判決の言渡し=境目。判決の前の窃盗(別の数件)=前訴の危険の範囲→確定後に見つかっても免訴。判決の後の窃盗=別の事件→別の罪として起訴できる(一括りにして効力を及ぼすと、判決後の犯行まで処罰できなくなり不合理) 図:時間的範囲

  • 原則=第一審の判決の宣告時までに判明しうる行為に及ぶ(上訴審が破棄自判したときはその宣告時までとする有力説)
  • Yの時間線:常習窃盗の帯(1年半)/前訴の判決の言渡し=境目
  • 判決の前の窃盗(別の数件)=前訴の危険の範囲→確定後に見つかっても免訴
  • 判決の後の窃盗=別の事件→別の罪として起訴できる(一括りにして効力を及ぼすと、判決後の犯行まで処罰できなくなり不合理)

最後に、時間の面です。一事不再理効の時間的範囲は、原則として、いつまでに判明しうる行為に及ぶのでしたか?第一審の判決の宣告時までです。上訴審が、原判決を破棄して自ら判決したとき、つまり破棄自判のときは、その宣告時までとする有力な見解もあります。その時点より前の行為は、検察官が訴因変更で、同じ手続に載せられたはずだからです。Yの時間線で考えます。1年半の窃盗が、帯のように続いています。前訴の判決が言い渡されたのは、その途中です。判決が言い渡される前の窃盗は、確定後に見つかっても、前訴の危険の範囲です。問い2つ目の別の数件は、これです。だから、免訴です。では、判決が言い渡された後に、Yが、また同じ手口で盗んだら、どうなるか。それは、前訴の危険の範囲に入っていません。別の事件で、別の罪として、起訴できます。

常習一罪だから、あとの分も、まとめて前の裁判で済んだことにはならないんですか。なりません。もし、判決のあとの犯行にまで効力が及ぶなら、一度判決を受けた常習者は、そのあと同じ手口で盗んでも、処罰されないことになります。不合理です。ですから、判決の前までは及び、判決の後は別、と切ります。

4つのマスの地図

4象限の地図。前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)。前訴=常習・後訴=常習→免訴(どちらの説でも)/前訴=常習・後訴=単純→免訴(柔らかい訴因基準説・設例は発露)/前訴=単純の2マス(後訴=常習/後訴=単純)→次の回。今日埋まったのは前訴=常習の2マス 図:4象限の地図

  • 前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)
  • 前訴=常習・後訴=常習→免訴(どちらの説でも)/前訴=常習・後訴=単純→免訴(柔らかい訴因基準説・設例は発露)/前訴=単純の2マス(後訴=常習/後訴=単純)→次の回
  • 今日埋まったのは前訴=常習の2マス

今日の結論を、4つのマスの地図にします。縦は前訴で、横は後訴です。それぞれ、常習か、単純か。4つのマスができます。前訴が常習で、後訴も常習のマス。免訴です。どちらの説でも同じです。前訴が常習で、後訴が単純のマス。柔らかい訴因基準説で、発露と認められれば、免訴です。今日埋まったのは、前訴が常習の、この2マスです。前訴が単純窃盗のマスは、空欄のままです。そこは、次の回に見ます。前訴が常習なら、常習の訴因があるので、実体に踏み込むきっかけがあります。前訴が単純なら、どうなるのか。そこが、次の問題です。

今日の地図(保存版)

まとめ。問い①=告訴がなくて起訴できなかった事実にも及ぶ→後訴は免訴(根拠=告訴を得る可能性があった=訴追の危険は及んでいた・二重の危険)。問い②=前訴が常習のとき、判決が言い渡される前の窃盗には及ぶ→(1)後訴が常習=免訴/(2)後訴が単純=柔らかい訴因基準説で発露なら免訴。判決の後の窃盗は別の事件。道具の1つ目=二重の危険(危険の範囲=公訴事実の同一性)/2つ目=訴因基準(何を比べて同じ事件と決めるか→柔らかい訴因基準説) 図:まとめ

  • 問い①=告訴がなくて起訴できなかった事実にも及ぶ→後訴は免訴(根拠=告訴を得る可能性があった=訴追の危険は及んでいた・二重の危険)
  • 問い②=前訴が常習のとき、判決が言い渡される前の窃盗には及ぶ→(1)後訴が常習=免訴/(2)後訴が単純=柔らかい訴因基準説で発露なら免訴
  • 判決の後の窃盗は別の事件
  • 道具の1つ目=二重の危険(危険の範囲=公訴事実の同一性)/2つ目=訴因基準(何を比べて同じ事件と決めるか→柔らかい訴因基準説)

今日のまとめです。問いは2つでした。1つ目の問いの答えです。告訴がなくて起訴できなかった事実にも、一事不再理効は及びます。検察官は、告訴を得る可能性があり、被告人は、訴追の危険にさらされていたからです。後訴では、告訴があるので公訴提起は適法ですが、確定判決を経ているので、337条1号で免訴です。2つ目の問いの答えです。前訴が常習窃盗のとき、前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗には、効力が及びます。後訴も常習窃盗なら、どちらの説でも免訴です。後訴が単純窃盗なら、前訴か後訴に常習の訴因があるので、柔らかい訴因基準説で、常習性の発露かを調べます。発露なら、免訴です。判決の後の窃盗は、別の事件で、起訴できます。道具は2つでした。被告人はどこまで危険にさらされていたかという、二重の危険。そして、何を比べて同じ事件と決めるかという、訴因基準です。今日は、前の裁判が常習窃盗だった場合を見ました。では、前の裁判も後の裁判も、ただの窃盗として起訴されていたら、どうなるか。次は、残りの2マスと、最高裁の判断を見ます。

ページ上部へ ↑

#158単独ページ動画

単純窃盗どうしの一事不再理効(最判平15・10・7)

第7章 裁判 ⑥/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。同じYの設例で、最初の起訴の仕方が違う。Yは、夜中に閉店後の店舗に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した。そのうち数件が単純窃盗として起訴され、拘禁刑の有罪判決が確定(前訴)。その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった(後訴)。1つ目の問い=常習特殊窃盗として起訴されたら。2つ目の問い=また単純窃盗として起訴されたら。裁判所はどうするか 図:今日の問い

  • 同じYの設例で、最初の起訴の仕方が違う
  • Yは、夜中に閉店後の店舗に忍び込んで現金を盗むことを1年半ほど繰り返した
  • そのうち数件が単純窃盗として起訴され、拘禁刑の有罪判決が確定(前訴)
  • その後、前の裁判の判決が言い渡される前にYが同じ手口でやっていた別の数件が見つかった(後訴)
  • 1つ目の問い=常習特殊窃盗として起訴されたら
  • 2つ目の問い=また単純窃盗として起訴されたら
  • 裁判所はどうするか

前回の最後に、問いを1つ残しました。前の裁判も、後の裁判も、ただの窃盗として起訴されていたら、どうなるか。今日は、その答えを見ます。最高裁の判断が出てきます。前回の地図を、おさらいします。前の裁判を、前訴と呼び、後の裁判を、後訴と呼びます。縦に前訴を、横に後訴をとり、それぞれ常習か単純かで、4つのマスができました。前回埋まったのは、前訴が常習の2マスです。常習と常習は、免訴。常習と単純は、常習性の発露と認められれば、免訴でした。常習性の発露とは、その窃盗が、繰り返して盗む癖の現れとしてなされたことです。物差しは、二重の危険でした。被告人は、公訴事実の同一性の範囲で、訴追の危険にさらされていたので、効力もその範囲に及びます。今日の場面で問われるのは、単一性があるかどうかです。使った道具は、柔らかい訴因基準説です。訴因を基準に比べながら、場合によっては、常習性の発露まで調べる考え方でした。常習窃盗は、常習特殊窃盗と常習累犯窃盗の総称でした。常習特殊窃盗は、夜間に店舗へ侵入するなど、盗犯等防止法2条の方法で、常習として盗む罪で、刑が重くなります。

同じYで考えますが、最初の起訴の仕方が違います。Yは、夜中に、閉店後の店舗に忍び込んで、現金を盗むことを、1年半ほど繰り返していました。そのうち数件が、ただの窃盗、つまり単純窃盗として起訴され、拘禁刑の有罪判決が確定しました。その後、前の裁判の判決が言い渡される前に、Yが同じ手口でやっていた別の数件が見つかりました。1つ目の問い。この別の数件が、常習特殊窃盗として起訴されたら。2つ目の問い。この別の数件が、また単純窃盗として起訴されたら。裁判所は、それぞれどうするでしょうか。先に、答えの形だけを言います。1つ目の問いは、免訴になりえます。ただし、常習性の発露と認められるときです。2つ目の問いは、免訴になりません。前の裁判の効力は、後の裁判に及びません。この分かれ目を、最高裁の判断で見ます。

今日の地図。前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)の4つのマス。前訴=常習の2マスは前回で埋まり(常習×常習=免訴/常習×単純=発露なら免訴)。今日埋めるのは前訴=単純の2マス(単純×常習/単純×単純)。使った道具=柔らかい訴因基準説。前訴=前の裁判/後訴=後の裁判。常習窃盗=常習特殊窃盗と常習累犯窃盗の総称 図:今日の地図

  • 前訴(常習/単純)×後訴(常習/単純)の4つのマス
  • 前訴=常習の2マスは前回で埋まり(常習×常習=免訴/常習×単純=発露なら免訴)
  • 今日埋めるのは前訴=単純の2マス(単純×常習/単純×単純)
  • 使った道具=柔らかい訴因基準説
  • 前訴=前の裁判/後訴=後の裁判
  • 常習窃盗=常習特殊窃盗と常習累犯窃盗の総称

今日は、判例を2つ見ます。前訴が単純窃盗で後訴が常習のマスと、前訴も後訴も単純窃盗のマスの順です。最後に、4つのマスを一覧にして、検察官の起訴の仕方が結論を分けることまで見ます。

前訴が単純窃盗で後訴が常習窃盗の場合

前訴=単純窃盗、後訴=常習特殊窃盗(Yの1つ目の問い)。訴因だけを硬く比べると、単純窃盗と常習窃盗は当然には一罪にならない。しかし後訴に常習窃盗の訴因がある→両訴因は実体的には常習一罪ではないかと強くうかがわせる→検討するきっかけ(引き金)→前訴の単純窃盗が常習性の発露として行われたかを実体審理して心証をとる→発露と認められる(同じ手口・近い時期)→1個の常習特殊窃盗の一部→一罪の一部について確定判決あり→単一性あり→刑訴337条1号で免訴。後の訴因に習癖の発露でない窃盗が混じれば、それは一罪の一部にならない

  • 前訴=単純窃盗、後訴=常習特殊窃盗(Yの1つ目の問い)
  • 訴因だけを硬く比べると、単純窃盗と常習窃盗は当然には一罪にならない
  • しかし後訴に常習窃盗の訴因がある→両訴因は実体的には常習一罪ではないかと強くうかがわせる→検討するきっかけ(引き金)→前訴の単純窃盗が常習性の発露として行われたかを実体審理して心証をとる→発露と認められる(同じ手口・近い時期)→1個の常習特殊窃盗の一部→一罪の一部について確定判決あり→単一性あり→刑訴337条1号で免訴
  • 後の訴因に習癖の発露でない窃盗が混じれば、それは一罪の一部にならない

復習です。前訴が常習窃盗、後訴が単純窃盗のとき、柔らかい訴因基準説で、単純窃盗が常習性の発露かどうかを実体審理するきっかけになるのは、何でしたか?前訴か後訴の、どちらかの訴因に、常習窃盗があることです。今日の1つ目のマスは、その向きが逆になります。前訴が単純窃盗で、後訴が常習特殊窃盗。Yの1つ目の問いです。訴因だけを硬く比べれば、前の窃盗は、常習の一部にはなりません。単純窃盗と常習窃盗は、当然には一罪にならないからです。ただ、後の裁判には、常習特殊窃盗の訴因があります。すると、両方の訴因は、実体としては常習一罪ではないか、と強くうかがわせます。一罪かどうかを検討する、きっかけがあるわけです。引き金を引くのは、後訴の常習の訴因です。そこで、その限りで、前訴の単純窃盗が、常習性の発露として行われたかを、実体審理して心証をとります。Yは、夜中に閉店後の店舗へ忍び込んで現金を盗む、という同じ手口を、近い時期に繰り返しています。発露と認められます。すると、前の窃盗と、あとの窃盗は、1個の常習特殊窃盗の一部です。その一部について、すでに確定判決があります。単一性があり、前訴の効力が後訴に及びます。条文を見ます。

条文刑事訴訟法第337条

刑事訴訟法第337条 左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。 一 確定判決を経たとき。 二 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。 三 大赦があつたとき。 四 時効が完成したとき。

1号です。確定判決を経たときは、判決で免訴を言い渡します。Yの1つ目の問いの答えは、免訴です。後の裁判に挙がった窃盗なら、全部が常習の一部として扱われるんですか。違います。前回見たとおり、常習者でも、発露でない窃盗はあります。例えば、知人の家で目に入った財布を、ふと持ち出した窃盗は、一罪の一部になりません。ですから、結論は、発露と認められるときは免訴、と条件つきで覚えてください。ここは、論文で論点になりえます。

判例・前訴が単純窃盗で後訴が常習累犯窃盗

判例。被告人の窃盗5件が、包括して常習累犯窃盗(盗犯等防止法3条)の一罪として起訴され、第一審は有罪。ところが被告人は、そのうち最初の1件と次の件の中間の時期の窃盗で、別の簡易裁判所から窃盗罪として有罪判決を受け、確定していた(前訴=単純窃盗)。最高裁は職権で調査。前の窃盗も常習累犯窃盗に当たる→最初の1件も確定判決前の犯行で、前の窃盗と1個の常習累犯窃盗を構成すべきもの→免訴とされるべき。ただし破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない→上告棄却(最判昭43・3・29) 図:判例

  • 被告人の窃盗5件が、包括して常習累犯窃盗(盗犯等防止法3条)の一罪として起訴され、第一審は有罪
  • ところが被告人は、そのうち最初の1件と次の件の中間の時期の窃盗で、別の簡易裁判所から窃盗罪として有罪判決を受け、確定していた(前訴=単純窃盗)
  • 最高裁は職権で調査
  • 前の窃盗も常習累犯窃盗に当たる→最初の1件も確定判決前の犯行で、前の窃盗と1個の常習累犯窃盗を構成すべきもの→免訴とされるべき
  • ただし破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない→上告棄却(最判昭43・3・29)

この考え方の判例を、1つ見ます。前の裁判が単純窃盗で、後の裁判が常習累犯窃盗の事案です。常習累犯窃盗は、盗犯等防止法3条で、一定の前科のある人が常習として窃盗をする罪でした。事案です。被告人の窃盗5件が、まとめて1個の常習累犯窃盗として起訴され、第一審は有罪としました。ところが被告人は、そのうちの最初の1件と、次の件との中間の時期の窃盗について、別の簡易裁判所から、窃盗罪として有罪判決を受け、すでに確定していました。これが前の裁判です。最高裁は、この点を職権で調べました。判断は2段です。1段目は、この1件をどう扱うべきだったか。2段目は、それを理由に原判決を破棄したか、です。判旨です。

判例最判昭43・3・29 刑集22巻3号153頁

前訴が単純窃盗の確定判決・後訴が常習累犯窃盗 右大牟田市における各窃盗も盗犯等の防止及び処分に関する法律三条所定の常習累犯窃盗に該当するものとみるべきであり、また前記の本件(一)の所為も右確定判決前の犯行であるから、右大牟田市における各窃盗犯行と共に一個の常習累犯窃盗罪を構成すべきものであつたといわなければならない。しからば、右一罪の一部について既に確定判決があつた以上、本件における前記(一)の所為については免訴とされるべきであり、この点を看過し前記のように右(一)の所為をも本件の有罪事実に含めた第一審判決ならびにこれを認容した原判決には法令の解釈適用を誤つた違法があることになる。 …… これらの点からすれば、原判決の前記違法については、いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。

読み替えます。右大牟田市における各窃盗とは、前の確定判決で認められた窃盗です。本件の一の所為とは、今回起訴された窃盗のうち、前の窃盗より前の時期の1件です。前の窃盗も、常習累犯窃盗に当たるとみるべきだ。この1件も、確定判決の前の犯行だから、前の窃盗とともに、1個の常習累犯窃盗を構成するはずだった。一罪の一部について、すでに確定判決がある以上、この1件は、免訴とされるべきだった。それを見落とした第一審と原判決には、法令の解釈適用を誤った違法がある、という判断です。ここが2段目です。注意してください。主文は、上告棄却です。免訴とされるべきだったが、それだけでは、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとは認められない、として棄却しました。残りの窃盗だけでも、常習累犯窃盗罪は成立しますし、刑も甚だしく不当ではないからです。前回見た、条例違反の常習罪の判例は、後の略式命令を破棄して、つまり取り消して、免訴を言い渡していました。こちらは、原判決を破棄せず、そのまま残しています。ですから、この判例について、免訴を言い渡したと覚えるのは誤りです。免訴とされるべきだった、と判示した、が正確です。この判例は、前訴が単純窃盗でも、後訴が常習窃盗なら、実体は常習一罪の一部と見て、免訴の扱いになる、という考え方を、示した例です。4つのマスの、前訴が単純で後訴が常習のマスの判例です。

前訴も後訴も単純窃盗の場合・問題の所在

問題の所在(Yの2つ目の問い)。後訴も単純窃盗として起訴。実体は1個の常習特殊窃盗かもしれない。しかし検察官は、立証の難易などを考えて、常習性の発露という面を外し、単純窃盗として起訴できる(一罪の一部起訴)。前訴・後訴の訴因は、どちらにも常習性が載っていない。(a)両訴因に書かれたことだけで比べる→別々の機会の単純窃盗=併合罪の関係→単一性なし→効力は及ばない/(b)訴因に書かれていない常習性まで心証をとり、常習特殊窃盗として一罪と見る→単一性あり→免訴。以前に、同様の事案で免訴を言い渡した高裁判決があった 図:問題の所在

  • Yの2つ目の問い
  • 後訴も単純窃盗として起訴。実体は1個の常習特殊窃盗かもしれない。しかし検察官は、立証の難易などを考えて、常習性の発露という面を外し、単純窃盗として起訴できる(一罪の一部起訴)。前訴・後訴の訴因は、どちらにも常習性が載っていない。(a)両訴因に書かれたことだけで比べる→別々の機会の単純窃盗=併合罪の関係→単一性なし→効力は及ばない
  • (b)訴因に書かれていない常習性まで心証をとり、常習特殊窃盗として一罪と見る→単一性あり→免訴。以前に、同様の事案で免訴を言い渡した高裁判決があった

公訴の章で見た、一罪の一部だけを起訴することは、許されたでしょうか?許されます。どこまで起訴するかも、検察官の裁量です。これが、2つ目のマスで効いてきます。Yの2つ目の問いは、後の裁判も、単純窃盗として起訴された場合でした。実体としては、Yの窃盗は、1個の常習特殊窃盗かもしれません。しかし、検察官は、立証の難しさなどを考えて、常習性の発露という面を外し、単純窃盗として起訴できます。このとき、前の裁判の訴因にも、後の裁判の訴因にも、常習性は載っていません。ここで、考え方が2つに分かれます。1つ目は、両方の訴因に書かれたことだけで比べる考え方です。前回の言い方なら、2枚の起訴状だけを並べて比べます。別々の機会の単純窃盗は、併合罪の関係で、一罪ではありません。単一性がなく、前の裁判の効力は、及びません。2つ目は、訴因に書かれていない常習性まで、裁判所が証拠で心証をとる考え方です。起訴状の裏にある、Yの実際の生活ぶりまで調べるわけです。常習特殊窃盗として一罪と見れば、単一性があり、免訴です。1つ目を訴因基準説、2つ目を心証基準説と呼びます。前回見たこの対立が、どちらにも常習の訴因がない場面で問われるわけです。

なお、同じような事案で、免訴を言い渡した高裁判決がありました。これから見る最高裁の判決は、その高裁判決を変更しています。

判例・前訴も後訴も単純窃盗

判例。建造物侵入・窃盗の事件。確定判決で認定された別の機会の建造物侵入・窃盗(前訴)があり、その後、確定判決前に犯された余罪である本件各行為が、単純窃盗罪・建造物侵入罪として起訴された(後訴)。原判決は、実体的には常習特殊窃盗一罪を構成することは否定しえないとしながら、単純窃盗として起訴された以上、確定判決を経たときに当たらないとした。結論=前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合、両者が実体的には一つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、前訴の確定判決による一事不再理効は後訴に及ばない。建造物侵入が併せて起訴された場合も同じ。上告棄却・裁判官全員一致・判例変更(最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁) 図:判例

  • 建造物侵入・窃盗の事件
  • 確定判決で認定された別の機会の建造物侵入・窃盗(前訴)があり、その後、確定判決前に犯された余罪である本件各行為が、単純窃盗罪・建造物侵入罪として起訴された(後訴)
  • 原判決は、実体的には常習特殊窃盗一罪を構成することは否定しえないとしながら、単純窃盗として起訴された以上、確定判決を経たときに当たらないとした
  • 結論=前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合、両者が実体的には一つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、前訴の確定判決による一事不再理効は後訴に及ばない
  • 建造物侵入が併せて起訴された場合も同じ
  • 上告棄却・裁判官全員一致・判例変更(最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁)

最高裁の判断です。事案は、建造物侵入と窃盗の事件でした。確定判決で認められた、別の機会の建造物侵入と窃盗があります。これが前の裁判です。その後、確定判決の前に犯された余罪が、単純窃盗罪と建造物侵入罪として起訴されました。これが後の裁判です。原判決は、実体的には常習特殊窃盗の一罪を構成することは否定できないとしました。しかし、単純窃盗として起訴された以上、確定判決を経たときに当たらない、としました。被告人の側は、同じような事案で免訴とした高裁判決と食い違う、と主張しました。結論から言います。前の裁判の訴因も、後の裁判の訴因も、共に単純窃盗の場合は、実体的には1つの常習特殊窃盗罪を構成するとしても、前の裁判の一事不再理効は、後の裁判に及びません。後の裁判は免訴にならず、実体審理で、有罪か無罪かを判断します。上告は棄却で、裁判官全員一致です。同じような事案で免訴とした高裁判決は、この判決で、変更されました。判決を、3つに分けて見ます。まず、罪の性質と、一部起訴ができることを述べた部分です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

常習特殊窃盗罪の性質と一部起訴 常習特殊窃盗罪は,異なる機会に犯された別個の各窃盗行為を常習性の発露という面に着目して一罪としてとらえた上,刑罰を加重する趣旨の罪であって,常習性の発露という面を除けば,その余の面においては,同罪を構成する各窃盗行為相互間に本来的な結び付きはない。したがって,実体的には常習特殊窃盗罪を構成するとみられる窃盗行為についても,検察官は,立証の難易等諸般の事情を考慮し,常習性の発露という面を捨象した上,基本的な犯罪類型である単純窃盗罪として公訴を提起し得ることは,当然である。

常習性の発露という面を外せば、各窃盗の間に結び付きはないので、検察官は単純窃盗として起訴できる、という部分です。次に、判断の基準を示した部分です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

公訴事実の単一性の判断基準 訴因制度を採用した現行刑訴法の下においては,少なくとも第一次的には訴因が審判の対象であると解されること,犯罪の証明なしとする無罪の確定判決も一事不再理効を有することに加え,前記のような常習特殊窃盗罪の性質や一罪を構成する行為の一部起訴も適法になし得ることなどにかんがみると,前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性についての判断は,基本的には,前訴及び後訴の各訴因のみを基準としてこれらを比較対照することにより行うのが相当である。

前訴と後訴の各訴因のみを基準に比べる、という部分が基準です。最後に、本件へのあてはめと結論です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

前訴・後訴とも単純窃盗の場合のあてはめ 本件においては,前訴及び後訴の訴因が共に単純窃盗罪であって,両訴因を通じて常習性の発露という面は全く訴因として訴訟手続に上程されておらず,両訴因の相互関係を検討するに当たり,常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しないのであるから,ここに常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むことは,相当でないというべきである。そうすると,別個の機会に犯された単純窃盗罪に係る両訴因が公訴事実の単一性を欠くことは明らかであるから,前訴の確定判決による一事不再理効は,後訴には及ばないものといわざるを得ない。 以上の点は,各単純窃盗罪と科刑上一罪の関係にある各建造物侵入罪が併せて起訴された場合についても,異なるものではない。

理由は、次の節で、1つずつ読みます。建造物侵入が併せて起訴されていても、結論は同じ、というのが最後の1文です。

判旨の読み方

判旨の理由4つ。①少なくとも第一次的には訴因が審判の対象/②無罪の確定判決にも一事不再理効がある/③常習特殊窃盗罪の性質=常習性の発露という面に着目して一罪とし刑を加重する罪/常習性の発露という面を除けば各窃盗行為の間に本来的な結び付きはない/④一罪を構成する行為の一部起訴も適法。前回の多数説の理由3つ(訴因が審判の対象/前訴が無罪のとき困る/単純窃盗で起訴するのも訴追裁量)と重なるのは①②④。新しいのは③。②の筋=無罪の判決にも効力がある→無罪のときにも使える物差しが要る→有罪でも無罪でも前の裁判に必ずあるのは訴因 図:判旨の理由4つ

  • ①少なくとも第一次的には訴因が審判の対象
  • ②無罪の確定判決にも一事不再理効がある
  • ③常習特殊窃盗罪の性質=常習性の発露という面に着目して一罪とし刑を加重する罪/常習性の発露という面を除けば各窃盗行為の間に本来的な結び付きはない
  • ④一罪を構成する行為の一部起訴も適法
  • 前回の多数説の理由3つ(訴因が審判の対象/前訴が無罪のとき困る/単純窃盗で起訴するのも訴追裁量)と重なるのは①②④
  • 新しいのは③
  • ②の筋=無罪の判決にも効力がある→無罪のときにも使える物差しが要る→有罪でも無罪でも前の裁判に必ずあるのは訴因

判決が挙げる理由は、4つです。1つ目。現行法では、少なくとも第一次的には、訴因が審判の対象だということ。訴因が審判の対象であることは、訴因の回で見ました。2つ目。無罪の確定判決にも、一事不再理効があること。3つ目。常習特殊窃盗という罪の性質です。4つ目。一罪を構成する行為の一部起訴も、適法にできること。前回、多数説が訴因基準説をとる理由を、3つ見ました。訴因が審判の対象であること、前訴が無罪のとき困ること、常習性を外して単純窃盗で起訴するのも検察官の裁量であること、です。判決の理由の1つ目、2つ目、4つ目は、この3つと中身が重なります。前回の3つに無かったのは、3つ目の罪の性質です。

たとえで考えます。常習特殊窃盗は、別々の機会の窃盗を、常習性という輪ゴムで束ねて、一つの重い罪にしたものです。輪ゴムを外せば、各窃盗の間に、本来的な結び付きはありません。単純窃盗として起訴されるときは、この輪ゴムが、はじめから掛かっていません。束ねる根拠が、訴因に載っていないのです。2つ目の理由は、こう説明されます。前の裁判で、Yが無罪になったとします。無罪の判決では、問題の窃盗が行われたかどうかが、そもそも確定していません。それでも、無罪の判決にも、一事不再理効があります。ですから、効力がどこまで及ぶかは、無罪のときにも使える物差しで決めなければなりません。無罪なら、盗みの背後に常習性があったかを比べる土台が、前の裁判にありません。有罪でも無罪でも、前の裁判に必ずあるのは、何が起訴されたか、つまり訴因です。だから、訴因の背後の実体で比べるやり方には、限界がある、と説明されます。

判例の示した基準とあてはめ。基準=前訴と後訴の間の公訴事実の単一性は、基本的には、前訴・後訴の各訴因のみを基準に比較対照して判断。あてはめ=共に単純窃盗→常習性の発露という面は訴因として上程されていない→考慮すべき契機は存在しない→常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むのは相当でない→単一性を欠く→一事不再理効は及ばない→Yの2つ目の問い=免訴にならない 図:判例の示した基準とあてはめ

  • 基準=前訴と後訴の間の公訴事実の単一性は、基本的には、前訴・後訴の各訴因のみを基準に比較対照して判断
  • あてはめ=共に単純窃盗→常習性の発露という面は訴因として上程されていない→考慮すべき契機は存在しない→常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むのは相当でない→単一性を欠く→一事不再理効は及ばない→Yの2つ目の問い=免訴にならない

この4つを合わせて、判例は、基準を示しました。前訴の訴因と後訴の訴因との間の公訴事実の単一性は、基本的には、前訴と後訴の各訴因のみを基準にして、比較対照して判断する。これが、判例の示した基準です。あてはめです。今回は、前訴も後訴も単純窃盗です。常習性の発露という面は、どちらの訴因にも、全く載っていません。判決は、両訴因の関係を検討するとき、常習性の発露という要素を考慮すべき契機は存在しない、と言いました。ですから、常習特殊窃盗罪による一罪という観点を持ち込むのは、相当でありません。別の機会の単純窃盗に係る両訴因は、単一性を欠き、前の裁判の効力は及びません。Yの2つ目の問いの答えは、免訴にならない、です。

訴因に載っていない常習性には、踏み込みません。次に、前回の柔らかい訴因基準説が、この判決のどこに書かれているかを見ます。なお書きと呼ばれる部分です。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

前訴か後訴に常習窃盗の訴因がある場合 なお,前訴の訴因が常習特殊窃盗罪又は常習累犯窃盗罪(以下,この両者を併せて「常習窃盗罪」という。)であり,後訴の訴因が余罪の単純窃盗罪である場合や,逆に,前訴の訴因は単純窃盗罪であるが,後訴の訴因が余罪の常習窃盗罪である場合には,両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪とは一罪を構成するものではないけれども,両訴因の記載の比較のみからでも,両訴因の単純窃盗罪と常習窃盗罪が実体的には常習窃盗罪の一罪ではないかと強くうかがわれるのであるから,訴因自体において一方の単純窃盗罪が他方の常習窃盗罪と実体的に一罪を構成するかどうかにつき検討すべき契機が存在する場合であるとして,単純窃盗罪が常習性の発露として行われたか否かについて付随的に心証形成をし,両訴因間の公訴事実の単一性の有無を判断すべきであるが

どちらかの訴因に常習窃盗がある場合は、発露かどうかを付随的に調べる、という部分です。続けて、本件との違いを述べます。

判例最判平15・10・7 刑集57巻9号1002頁

共に単純窃盗の本件との違い 本件は,これと異なり,前訴及び後訴の各訴因が共に単純窃盗罪の場合であるから,前記のとおり,常習性の点につき実体に立ち入って判断するのは相当ではないというべきである。

前訴が常習で後訴が単純の場合と、前訴が単純で後訴が常習の場合。この2つは、記載を比べるだけでも、実体は常習窃盗の一罪ではないかと、強くうかがわれます。だから、検討すべき契機があり、付随的に、発露かどうかを調べます。付随的とは、本筋の審理のかたわらで、という意味です。一方、今回は共に単純窃盗です。その契機がないので、実体に立ち入りません。判決は、柔らかい訴因基準説という名前は使っていませんが、その考え方に立つと理解されています。分かれ目は、はっきりしています。前訴か後訴の、どちらかの訴因に、常習窃盗があるかどうか。あれば、発露を調べます。なければ、調べず、訴因だけで単一性なしです。この判決は、4つのマスの結論を、1つの文章の中で、分けて示しています。

政策的な理由

政策的な理由(学説・解説の説明であって判決の理由ではない)。(1)併合罪との釣り合い=常習性の発露に至らない単純窃盗が複数→見つかる時期がばらけて、起訴も確定も何回かに分かれるのは珍しくない→そうした単純窃盗どうしは、実務では刑法45条後段の併合罪として扱われている→たまたま常習性の発露だったというだけで、前訴も後訴も単純窃盗なのに免訴になるなら、常習性のある被告人のほうが、かえって有利に扱われる。(2)心証基準説のゆがみ=被告人が自分の常習性をわざわざ主張・立証して免訴を狙う、不自然な訴訟の進め方を呼び込みかねない。→起訴状の裏の事情まで調べず、訴因どうしを形式的に比べて単一性を否定 図:政策的な理由

  • 学説・解説の説明であって判決の理由ではない
  • (1)併合罪との釣り合い=常習性の発露に至らない単純窃盗が複数→見つかる時期がばらけて、起訴も確定も何回かに分かれるのは珍しくない→そうした単純窃盗どうしは、実務では刑法45条後段の併合罪として扱われている→たまたま常習性の発露だったというだけで、前訴も後訴も単純窃盗なのに免訴になるなら、常習性のある被告人のほうが、かえって有利に扱われる。(2)心証基準説のゆがみ=被告人が自分の常習性をわざわざ主張・立証して免訴を狙う、不自然な訴訟の進め方を呼び込みかねない。→起訴状の裏の事情まで調べず、訴因どうしを形式的に比べて単一性を否定

ここからは、判決の理由ではありません。学説や解説が挙げる、政策的な説明です。2つあります。1つ目は、併合罪との釣り合いです。併合罪は、別々の機会に犯された罪どうしの関係でした。常習性の発露に至らない単純窃盗が、複数あったとします。見つかる時期がばらけて、起訴も確定も何回かに分かれることは、珍しくありません。そうした単純窃盗どうしは、実務では、刑法45条後段の併合罪として扱われています。条文を見ます。

条文刑法第45条

刑法第45条 確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について拘禁刑以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。

Yの前の裁判は、拘禁刑でした。後段の、拘禁刑以上の確定裁判がある場合に当たります。その裁判が確定する前に犯した罪は、併合罪です。併合罪になれば、後の裁判は免訴にならず、実体審理されます。ところが、犯行がたまたま常習性の発露として行われたからといって、前訴も後訴も単純窃盗の場合に免訴になるのでは、どうでしょうか。常習性のある被告人のほうが、常習性のない被告人より、かえって有利に扱われてしまう、と説明されています。2つ目は、訴訟の動き方のゆがみです。心証基準説に立って、後の裁判を免訴にすると、被告人が自分で、自分には常習性がある、と主張し、立証して、免訴を得ようとするでしょう。自分の悪い癖を、わざわざ証明するという、不自然な訴訟の進め方を、呼び込みかねない、と説明されています。ですから、前訴も後訴も単純窃盗の場合は、起訴状の裏の事情まで調べる必要はなく、訴因どうしを形式的に比べて、単一性を否定すべきだ、とされます。

4つのマスの総まとめ

4象限の総まとめ(4つのマス)。前訴常習×後訴常習=免訴/訴因を比べれば常習一罪=単一性あり。前訴常習×後訴単純=発露と認められれば免訴/最判平15・6・2(条例違反の常習罪の例)・最判平15・10・7のなお書き/常習の訴因が引き金→実体審理。前訴単純×後訴常習=発露と認められれば免訴/最判昭43・3・29/同上。前訴単純×後訴単純=免訴にならない(効力は及ばない)/最判平15・10・7/常習性の発露は訴因に上程されず検討すべき契機がない。前提=前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗。判決の後の窃盗は別の事件 図:4象限の総まとめ

  • 4つのマス
  • 前訴常習×後訴常習=免訴
  • 訴因を比べれば常習一罪=単一性あり。前訴常習×後訴単純=発露と認められれば免訴
  • 最判平15・6・2(条例違反の常習罪の例)・最判平15・10・7のなお書き
  • 常習の訴因が引き金→実体審理。前訴単純×後訴常習=発露と認められれば免訴
  • 最判昭43・3・29
  • 同上。前訴単純×後訴単純=免訴にならない(効力は及ばない)
  • 最判平15・10・7
  • 常習性の発露は訴因に上程されず検討すべき契機がない。前提=前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗。判決の後の窃盗は別の事件

4つのマスを、埋めます。前訴が常習で後訴も常習のマス。免訴です。訴因を比べれば、常習一罪で、単一性があります。前訴が常習で後訴が単純のマス。発露と認められれば、免訴です。前回見た、条例違反の常習罪の判例が、この例です。前訴が単純で後訴が常習のマス。これも、発露と認められれば、免訴です。判例は、今日の1つ目でした。そして、前訴も後訴も単純のマス。免訴になりません。前の裁判の効力は、後の裁判に及びません。判例は、今日の2つ目です。常習の訴因が1つでもあれば、発露を調べる。1つもなければ、調べない。そこが違いなんですね。どのマスでも、前提は同じです。前の裁判の判決が言い渡される前の窃盗に限られます。判決の後の窃盗は、別の事件です。

一括して起訴する意味。常習一罪の訴因で起訴するなら、判明している余罪は一括して起訴するのが実務の対応(分けて起訴すると、後の分は、発露と認められれば免訴になりうる)。単純窃盗として起訴するなら、分けて起訴しても免訴にならない。→判例・解説の結論から導かれる実務上の帰結。常習一罪で起訴するかどうかの選択が結論を分ける 図:一括して起訴する意味

  • 常習一罪の訴因で起訴するなら、判明している余罪は一括して起訴するのが実務の対応(分けて起訴すると、後の分は、発露と認められれば免訴になりうる)
  • 単純窃盗として起訴するなら、分けて起訴しても免訴にならない
  • →判例・解説の結論から導かれる実務上の帰結
  • 常習一罪で起訴するかどうかの選択が結論を分ける

この表から、検察官の側に立った帰結が出ます。常習一罪の訴因で起訴するなら、判明している余罪は、一括して起訴するのが、実務の対応になります。分けて起訴すると、後の分は、発露と認められれば、免訴になりうるからです。一方、単純窃盗として起訴するなら、分けて起訴しても、免訴にはなりません。これは、判例の言葉ではなく、判例と解説の結論から導かれる、実務上の帰結です。常習一罪で起訴するかどうかの選択が、結論を分ける、ということです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。同じ余罪1件で、前の裁判/後の裁判を入れ替える。問1=前の裁判も後の裁判も単純窃盗→免訴にならない(実体審理)。問2=前の裁判は単純窃盗、後の裁判が常習特殊窃盗(同じ手口・近い時期)→常習の訴因が引き金→発露→常習一罪→免訴。問3=前の裁判が常習特殊窃盗、後の裁判は単純窃盗だが、余罪は知人宅で財布をふと持ち出したもの→引き金は引かれるが発露でない→免訴にならない。分かれ目=どちらかの訴因に常習窃盗があるか→あれば発露か 図:節目のミニ事例

  • 同じ余罪1件で、前の裁判/後の裁判を入れ替える
  • 問1=前の裁判も後の裁判も単純窃盗→免訴にならない(実体審理)
  • 問2=前の裁判は単純窃盗、後の裁判が常習特殊窃盗(同じ手口・近い時期)→常習の訴因が引き金→発露→常習一罪→免訴
  • 問3=前の裁判が常習特殊窃盗、後の裁判は単純窃盗だが、余罪は知人宅で財布をふと持ち出したもの→引き金は引かれるが発露でない→免訴にならない
  • 分かれ目=どちらかの訴因に常習窃盗があるか→あれば発露か

節目のミニ事例です。Yの余罪を1件だけ取り上げて、前の裁判と後の裁判の起訴の仕方を入れ替えます。1つ目。前の裁判も、後の裁判も、単純窃盗で起訴された。この余罪は、免訴になるでしょうか。なりません。どちらの訴因にも常習性が載っていないので、訴因だけを比べて、単一性なしです。実体審理に進みます。2つ目。前の裁判は単純窃盗のまま、後の裁判が常習特殊窃盗で、余罪は同じ手口で近い時期です。どうなるでしょうか。後の裁判の常習の訴因が引き金になります。発露と認められれば、1個の常習特殊窃盗の一部なので、免訴です。3つ目。前の裁判が常習特殊窃盗で、後の裁判は単純窃盗。ただし、その余罪は、知人宅で目に入った財布を、ふと持ち出したものです。この余罪は、免訴になるでしょうか。

前の裁判に常習の訴因があるので、発露かどうかは調べます。でも、癖の現れとは言いにくいので、常習一罪にならず、免訴になりません。1つ目と2つ目は、前の裁判か後の裁判を単純から常習に替えただけで、結論が逆になります。分かれ目は、どちらかの訴因に常習窃盗があるか。あれば、次に、発露かどうか、です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Yの1つ目の問い(前訴単純×後訴常習のマス)=発露と認められれば免訴(最判昭43・3・29=免訴とされるべきだが上告棄却)/2つ目の問い(前訴単純×後訴単純のマス)=免訴にならない・前訴の効力は及ばない(最判平15・10・7)。道具=訴因のみを比較対照(基本)+どちらかに常習窃盗の訴因があれば発露を調べる(柔らかい訴因基準説)。判旨の理由=訴因が審判の対象/無罪の確定判決にも効力/常習特殊窃盗罪の性質/一部起訴も適法。政策的な説明=併合罪との釣り合い/心証基準説のゆがみ。前回の2マス(前訴=常習)と今日の2マス(前訴=単純)で、4つのマスが全部埋まった 図:まとめ

  • Yの1つ目の問い(前訴単純×後訴常習のマス)=発露と認められれば免訴(最判昭43・3・29=免訴とされるべきだが上告棄却)/2つ目の問い(前訴単純×後訴単純のマス)=免訴にならない・前訴の効力は及ばない(最判平15・10・7)
  • 道具=訴因のみを比較対照(基本)+どちらかに常習窃盗の訴因があれば発露を調べる(柔らかい訴因基準説)
  • 判旨の理由=訴因が審判の対象/無罪の確定判決にも効力/常習特殊窃盗罪の性質/一部起訴も適法
  • 政策的な説明=併合罪との釣り合い/心証基準説のゆがみ
  • 前回の2マス(前訴=常習)と今日の2マス(前訴=単純)で、4つのマスが全部埋まった

今日のまとめです。問いは2つでした。1つ目の問いの答えです。前の裁判が単純窃盗で、後の裁判が常習特殊窃盗なら、常習の訴因が引き金になります。単純窃盗が常習性の発露と認められれば、1個の常習特殊窃盗の一部で、免訴です。ただし、判例は、免訴とされるべきだったが、上告棄却でした。2つ目の問いの答えです。前の裁判も後の裁判も単純窃盗なら、免訴にはなりません。最高裁は、単一性を、前訴と後訴の各訴因のみを基準に比較対照して判断しました。常習性の発露という面は訴因に載っておらず、実体に踏み込む契機がないので、単一性なし。前の裁判の効力は及びません。理由は、判決が挙げた4つです。訴因が審判の対象であること、無罪の確定判決にも効力があること、常習特殊窃盗罪の性質、一部起訴の適法性。それに加えて、併合罪との釣り合いと、心証基準説のゆがみが、政策的な説明として挙げられています。道具は、訴因を基準に比べること。そして、どちらかの訴因に常習窃盗があれば、発露を調べること。この2つで、4つのマスが全部埋まりました。起訴の仕方が結論を分けることも、確認しました。ここまでで、裁判が確定したあとの効力の話は終わりです。次は、確定する前に、裁判の結果に不服がある場合の手続を見ます。

ページ上部へ ↑

第8章上訴と救済手続

#159単独ページ動画

上訴の総論と不利益変更禁止の原則

第8章 上訴と救済手続 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。新しい事件の被告人Yは、店の売上金を盗んだ窃盗と、別の日に店の看板を壊した器物損壊で起訴された。第一審=窃盗は有罪(拘禁刑1年・実刑)、器物損壊は無罪。Yは窃盗の有罪に不服。①検察官は何も不服を言わず、Yだけが控訴したとき、控訴審は刑を重くしてよいか。②器物損壊の無罪に、無罪でも名誉が傷ついたとしてYは控訴できるか。③窃盗の有罪の部分だけをYは控訴できるか 図:今日の問い

  • 新しい事件の被告人Yは、店の売上金を盗んだ窃盗と、別の日に店の看板を壊した器物損壊で起訴された
  • 第一審=窃盗は有罪(拘禁刑1年・実刑)、器物損壊は無罪
  • Yは窃盗の有罪に不服
  • ①検察官は何も不服を言わず、Yだけが控訴したとき、控訴審は刑を重くしてよいか
  • ②器物損壊の無罪に、無罪でも名誉が傷ついたとしてYは控訴できるか
  • ③窃盗の有罪の部分だけをYは控訴できるか

前回の最後に、次は確定する前の話をします、とお伝えしました。裁判が確定したあとの効力は、前回までで終わりです。今日からは、裁判の結果に不服があるとき、確定する前に上級の裁判所へ是正を求める手続、つまり上訴を見ます。今日の被告人Yは、前の章とは別の事件の人です。Yは、店の売上金を盗んだ窃盗と、別の日に店の看板を壊した器物損壊で起訴されました。第一審は、窃盗を有罪として拘禁刑1年の実刑、器物損壊は無罪としました。Yは、窃盗の有罪に不服です。問いは3つあります。1つ目。検察官は何も不服を言わず、Yだけが控訴したとき、控訴審は刑をもっと重くしてよいか。2つ目。器物損壊の無罪について、無罪でも名誉が傷ついたとして、Yは控訴できるか。3つ目。窃盗の有罪の部分だけを、Yは控訴できるか。

先に、答えの形だけ言います。上訴には、誰が、何を求めて、どこまで争えるか、という決まりがあります。3つの問いは、その決まりのどれかに当たります。鍵になる物差しは、主文です。前に有罪判決の回で見た、判決の結論として言い渡す部分、たとえば、被告人を拘禁刑1年に処する、という一文のことです。今日は、共通の決まりを順に押さえて、最後にYの3つの問いへ答えます。

裁判の結果に不服があるときの地図。確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=再審・非常上告。今日=確定する前の不服申立て全部に共通する決まりごと 図:裁判の結果に不服があるときの地図

  • 確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=再審・非常上告
  • 今日=確定する前の不服申立て全部に共通する決まりごと

地図です。裁判の結果に不服があるときの道は、大きく2つに分かれます。確定する前に使うのが上訴で、控訴、上告、抗告があります。確定したあとに使う特別な救済が、再審と非常上告です。再審などの中身は、この章の後ろで見ます。今日見るのは、確定する前の不服申立て全部に共通する決まりごとです。誰が上訴できるか、被告人は何を求めてなら上訴できるか、いつまでにどう出すか、判決の一部だけを争えるか、そして刑を重くされないか。この順に進みます。

上訴とは何か・上訴の種類

上訴=まだ確定していない裁判について、上級の裁判所に不服を申し立てること。目的=事実認定の誤りの是正/法令の解釈適用の統一/被告人の人権の具体的な救済。種類(原裁判→上訴→上訴裁判所):第一審(地方裁判所・簡易裁判所)の判決→控訴(372条)→高等裁判所/控訴審(高等裁判所)の判決→上告(405条)→最高裁判所/地方裁判所・簡易裁判所の決定→抗告(通常抗告・即時抗告。419条)→高等裁判所/裁判官の命令→準抗告(429条)→管轄の地方裁判所など/不服申立てが認められていない決定・命令→特別抗告(433条)→最高裁判所

  • 上訴=まだ確定していない裁判について、上級の裁判所に不服を申し立てること
  • 目的=事実認定の誤りの是正/法令の解釈適用の統一/被告人の人権の具体的な救済
  • 種類(原裁判→上訴→上訴裁判所):第一審(地方裁判所・簡易裁判所)の判決→控訴(372条)→高等裁判所/控訴審(高等裁判所)の判決→上告(405条)→最高裁判所/地方裁判所・簡易裁判所の決定→抗告(通常抗告・即時抗告。419条)→高等裁判所/裁判官の命令→準抗告(429条)→管轄の地方裁判所など/不服申立てが認められていない決定・命令→特別抗告(433条)→最高裁判所

上訴とは、まだ確定していない裁判に対して、上級の裁判所へ不服を申し立てることです。確定した裁判には使えません。裁判も人の営みですから、誤りをなくすことはできません。そこで、確定する前に、上の裁判所に見直してもらう機会を用意しています。目的は3つです。1つ目は、事実認定の誤りを正すこと。たとえば、犯人を取り違えた判決を直します。2つ目は、法令の解釈と適用を統一すること。同じ条文を裁判所ごとにばらばらに読んでは、同じ行為なのに結論が割れます。3つ目は、刑罰を受ける被告人の人権を、具体的に救うことです。ただし、いつまでも争えるのでは、判断の安定が保てません。だから上訴は確定する前だけの道で、期間も限られています。種類を見ます。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形式で決まります。判決には、控訴と上告。決定には、抗告。命令には、準抗告です。

判決は、事件そのものについて結論を出す裁判です。決定は、裁判所が手続上の判断などをする裁判で、たとえば保釈を許すかどうかです。命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官がする裁判で、たとえば令状を出すことです。前に裁判の意義の回で見た比較表のとおりです。流れで言うと、地方裁判所や簡易裁判所の第一審の判決に不服なら、高等裁判所への控訴です。その控訴審の判決に不服なら、最高裁判所への上告です。決定に不服なら抗告で、行き先は高等裁判所です。裁判官の命令には、準抗告があります。さらに、不服申立てが認められていない決定や命令には、憲法違反や判例違反など、上告と同じ事由がある場合に限って、最高裁判所への特別抗告ができます。

通常抗告と即時抗告があります。通常抗告は、明文の規定がなくても、原則としてできます。即時抗告は、明文の規定がある場合だけで、そのかわり期間が短く決まっています。それぞれの中身は後の回で扱いますので、今日は名前と行き先だけ押さえてください。

上訴権者・誰が上訴できるか

上訴権者。判決=検察官・被告人(351条1項)。決定=検察官・被告人に加えて決定を受けた者(352条)。被告人のためにできる者=法定代理人・保佐人(353条)/勾留の理由の開示を請求した者(354条)/原審における代理人・弁護人(355条)。いずれも被告人の明示した意思に反してはできない(356条)。審級代理との関係=第一審の弁護人は新たな選任なしに控訴できる(第一審の選任の効力は判決宣告で終わらない・最決平4・12・14)。検察官は被告人の利益のためにも上訴できる 図:上訴権者

  • 判決=検察官・被告人(351条1項)
  • 決定=検察官・被告人に加えて決定を受けた者(352条)
  • 被告人のためにできる者=法定代理人・保佐人(353条)/勾留の理由の開示を請求した者(354条)/原審における代理人・弁護人(355条)
  • いずれも被告人の明示した意思に反してはできない(356条)
  • 審級代理との関係=第一審の弁護人は新たな選任なしに控訴できる(第一審の選任の効力は判決宣告で終わらない・最決平4・12・14)
  • 検察官は被告人の利益のためにも上訴できる

誰が上訴できるか。上訴は、裁判への不服申立てですから、権利を持つのは、まず裁判を受けた人です。判決については、検察官と被告人です。

条文刑事訴訟法第351条第1項

刑事訴訟法第351条第1項 検察官又は被告人は、上訴をすることができる。

決定については、検察官と被告人に加えて、決定を受けた人も抗告できます。352条です。たとえば、証人が、正当な理由なく出頭しないとして、過料というお金の制裁の決定を受けたとき、その証人です。できる人が、条文で決まっています。被告人の法定代理人と保佐人が、353条です。勾留について理由の開示があったときは、その請求をした人も、被告人のために上訴できる、と354条に規定があります。そして、原審における代理人と弁護人が、355条です。

条文刑事訴訟法第355条

刑事訴訟法第355条 原審における代理人又は弁護人は、被告人のため上訴をすることができる。

ただし、これらは、被告人の明示した意思に反してはできません。

条文刑事訴訟法第356条

刑事訴訟法第356条 前三条の上訴は、被告人の明示した意思に反してこれをすることができない。

上訴するかどうかは、本来、被告人自身が決めることだからです。本人が上訴しないと明示しているのに、周りの人が控訴してしまうことは許されません。審級代理の原則は、公訴提起後の弁護人の選任を、審級ごとにする、というものでした。ただ、第一審の弁護人は、新たに控訴審のために選任されなくても、控訴の申立てができます。355条の、原審における弁護人だからです。理由は、第一審の弁護人選任の効力が、判決の宣告で終わらないからです。最高裁も、そう判断しています。考えてみてください。選任が判決の宣告で終わるなら、判決の直後、控訴の期間が走り始めたところで、被告人は弁護人なしに判断することになります。それでは、被告人の保護に欠けます。ただし、控訴の申立てをしたあとの控訴審の手続については、弁護人を新しく選び直す必要がある、とされています。また、判決のあとで新しく選ばれた弁護人も、被告人を代理して、控訴の申立てができるとされています。検察官は別です。検察官は公益の代表者で、被告人の正当な利益を守ることも任務なので、被告人の利益のためにも上訴できます。このとき、上訴の利益は問題になりません。次の節で見ます。なお、被告人が死刑判決を受けて、上訴は望まないと明示しているとき、弁護人が上訴できるかは、見解が分かれる問題です。死刑の取り返しのつかなさをどう考えるかに関わるので、放棄の制限のところで、またつながります。

上訴の利益・被告人は何を求めてなら上訴できるか

上訴の利益(規範)=被告人は自己に不利益な裁判を求めて上訴できない。不利益か否かは主文を標準に客観的に判断する。許されない上訴の例=無罪に有罪を求める/軽い罪の認定に重い罪の認定を求める/免訴など形式裁判に無罪を求める→不適法な上訴として決定で棄却(385条1項・414条)。適法な例=有罪(拘禁刑1年)に無罪や軽い刑を求める。検察官は公益の代表者→上訴の利益は問題にならない。Yの2つ目の問い=器物損壊の無罪に控訴→利益なし

2つ目の問い、無罪の部分にYは控訴できるか、の結論から言います。できません。被告人は、自分に不利益な内容を求めて上訴することはできないからです。

⭐ 論文で書く規範:上訴の利益 被告人は自己に不利益な裁判を求めて上訴できない | 不利益か否かは主文を標準に客観的に判断する (規範(解釈で立てる・不服の利益))

上訴の利益は、条文にそのまま書かれた要件ではありません。解釈で立てる規範です。輪郭を、境界の内と外で見ます。たとえば、Yの窃盗の有罪判決に対して、無罪や、もっと軽い刑を求めて控訴するのは、自分に有利な内容を求めているので、適法です。一方、無罪判決に対して有罪を求める、軽い罪の認定に対して重い罪の認定を求める、といった上訴は、不利益な内容を求めているので許されません。上訴の利益のない上訴は、不適法として、決定で棄却されます。385条1項と、上告への準用の414条です。385条1項の文言は、方式違反と上訴権の消滅後を挙げているだけで、利益の欠如そのものは書いていません。それでも、不適法な上訴として、同じ扱いで棄却されます。

有利か不利かは、被告人の気持ちではなく、主文を標準に、客観的に判断します。気持ちを基準にすると、不服があると言えば誰でも上訴できてしまいます。そして、無罪は、被告人にとって最も有利な主文です。それより有利な主文はありません。だから、Yの2つ目の問いの答えは、控訴できない、です。形式裁判も同じです。免訴や公訴棄却で手続が打ち切られた被告人が、実体を審理して無罪にしてほしいと上訴することも、許されません。前に免訴を見たとおりです。処罰されない結論になっている以上、主文の上で不利益がないからです。検察官は別です。公益の代表者として、被告人の利益のためにも上訴できるので、上訴の利益は問題になりません。ここは、論文で論点になりうる箇所です。

上訴の申立ての方法と効力

上訴の申立て。第一審判決→控訴申立書(宛先=高等裁判所)→提出先=第一審の裁判所(374条)。上告=414条/抗告=423条。効力=確定と執行の停止(確定遮断)/事件が上級審へ移る(移審)。例外=通常抗告は原則として執行を停止しない(424条1項・原裁判所は決定で停止できる)。即時抗告は停止の効力あり 図:上訴の申立て

  • 第一審判決→控訴申立書(宛先=高等裁判所)→提出先=第一審の裁判所(374条)
  • 上告=414条/抗告=423条
  • 効力=確定と執行の停止(確定遮断)/事件が上級審へ移る(移審)
  • 例外=通常抗告は原則として執行を停止しない(424条1項・原裁判所は決定で停止できる)
  • 即時抗告は停止の効力あり

申立ての方法に入る前に、前回までに見たことを1問です。裁判が確定するとは、どういう状態になることでしたか?上訴などの通常の不服申立てでも、もう争えなくなった状態です。ですから、上訴の申立てがあれば、確定しません。ここからは、その確定を止める仕組みを見ます。申立ての方法です。上訴をするには、申立書を原裁判所に差し出します。この申立書は、上訴裁判所に宛てて書きます。控訴なら374条、上告なら414条、抗告なら423条です。たとえば、Yが地方裁判所の判決に控訴するなら、高等裁判所に宛てた控訴申立書を、判決をした地方裁判所に出します。

申立書の宛先は上訴裁判所ですが、実際に差し出す先は原裁判所です。この2つは別で、取り違えやすい点です。申立てをすると、効力が2つ生じます。1つ目は、確定と、裁判の執行が止まることです。確定遮断とも言います。2つ目は、事件が、上級の裁判所へ移ることです。移審といいます。たとえば、Yが控訴すれば、第一審の判決は確定せず、拘禁刑1年の執行も始まらず、事件は高等裁判所へ移ります。例外が1つあります。通常抗告は、原則として、裁判の執行を停止する効力がありません。424条1項です。ただし、原裁判所は、決定で、抗告の裁判があるまで執行を停止できます。即時抗告には、停止の効力があります。決定は手続を進めるためのものが多く、いちいち止めると手続が進まなくなるから、と説明されます。

上訴権の発生・消滅・回復

上訴権の期間。発生=裁判の告知から提起期間が進行(358条)。期間=控訴・上告14日(373条・414条)/即時抗告3日(422条)/特別抗告5日(433条2項)/通常抗告は実益がある限りいつでも。初日不算入(55条1項)。期間の末日が休日等なら算入しない(55条3項)。消滅=期間の経過/放棄・取下げ(359条)。法定代理人・保佐人・開示請求者が被告人のために上訴した場合、放棄・取下げには書面による被告人の同意が要る(360条)。放棄・取下げ後は再上訴不可(361条)。死刑・無期拘禁刑の判決は放棄できない(360条の2)。回復=責に帰することができない事由で期間内にできなかったとき原裁判所へ請求(362条)。事由が止んだ日から提起期間に相当する期間内・上訴の申立てと同時(363条) 図:上訴権の期間

  • 発生=裁判の告知から提起期間が進行(358条)
  • 期間=控訴・上告14日(373条・414条)/即時抗告3日(422条)/特別抗告5日(433条2項)/通常抗告は実益がある限りいつでも
  • 初日不算入(55条1項)
  • 期間の末日が休日等なら算入しない(55条3項)
  • 消滅=期間の経過/放棄・取下げ(359条)
  • 法定代理人・保佐人・開示請求者が被告人のために上訴した場合、放棄・取下げには書面による被告人の同意が要る(360条)
  • 放棄・取下げ後は再上訴不可(361条)
  • 死刑・無期拘禁刑の判決は放棄できない(360条の2)
  • 回復=責に帰することができない事由で期間内にできなかったとき原裁判所へ請求(362条)
  • 事由が止んだ日から提起期間に相当する期間内・上訴の申立てと同時(363条)

上訴権は、裁判が告知された日から進む期間の中で使います。358条です。期間の長さは、控訴と上告が14日です。即時抗告は3日、特別抗告は5日です。通常抗告は、実益がある限り、いつでもできます。数え方は、初日を算入しません。55条1項です。たとえば4月1日に判決が言い渡されたなら、4月2日が1日目で、14日目の4月15日が期限です。期間の末日が、土曜日や日曜日、祝日、年末年始に当たるときは、その日は期間に算入しません。55条3項です。15日が土曜日なら、日曜日をまたいで、月曜日の17日が期限になります。上訴権は、期間が過ぎると消えます。ほかに、放棄と取下げで消えます。359条です。検察官、被告人、決定を受けた人ができます。被告人の法定代理人や保佐人、それに勾留の理由の開示を請求した人が、被告人のために上訴したときは、書面による被告人の同意を得て、放棄や取下げをします。360条です。一度放棄や取下げをすると、その事件について、さらに上訴はできません。361条です。同意した被告人も同じです。いったんやめたら復活しない、と覚えてください。例外があります。重い刑には、放棄を認めません。

条文刑事訴訟法第360条の2

刑事訴訟法第360条の2 死刑又は無期拘禁刑に処する判決に対する上訴は、前二条の規定にかかわらず、これを放棄することができない。

条文が禁じているのは、放棄だけです。放棄は、上訴の申立てをする前に、上訴の道を自分から閉じることです。死刑や無期拘禁刑のように取り返しのつかない刑について、被告人が自分から上訴の道を閉じることを防ぐ趣旨です。取下げは、一度上訴の申立てをしたあとでやめることで、条文の禁止の対象に入っていません。さきほどの、死刑判決で被告人が上訴を望まないときに弁護人が上訴できるか、という問題も、この取り返しのつかなさをどこまで重く見るかをめぐる争いです。最後に、回復です。期間が過ぎても、自己または代人の責に帰することができない事由で、期間内に上訴できなかったときは、原裁判所に、上訴権回復の請求ができます。362条です。たとえば、天災で交通が途絶え、申立書を出せなかった場合です。請求は、事由が止んだ日から、上訴の提起期間に相当する期間内に、上訴の申立てと同時にしなければなりません。363条です。

一部上訴・主文が複数のときだけ

一部上訴の3パターン(Yの設例)。併合罪の一部が無罪=窃盗は有罪・器物損壊は無罪→主文は「拘禁刑1年に処する」と「器物損壊の公訴事実は無罪」の2つ→一部上訴できる(窃盗の部分だけ)。牽連犯の一部が無罪=建造物侵入と窃盗で侵入のみ無罪→主文では無罪を言い渡さず刑だけ→主文は1つ→できない。併合罪の全部有罪=窃盗も器物損壊も有罪→併合罪の加重(刑法47条)で刑は1つ→主文は1つ→できない 図:一部上訴の3パターン

  • Yの設例
  • 併合罪の一部が無罪=窃盗は有罪・器物損壊は無罪→主文は「拘禁刑1年に処する」と「器物損壊の公訴事実は無罪」の2つ→一部上訴できる(窃盗の部分だけ)。牽連犯の一部が無罪=建造物侵入と窃盗で侵入のみ無罪→主文では無罪を言い渡さず刑だけ→主文は1つ→できない。併合罪の全部有罪=窃盗も器物損壊も有罪→併合罪の加重(刑法47条)で刑は1つ→主文は1つ→できない

3つ目の問いに入ります。窃盗の有罪の部分だけを、Yは控訴できるか。上訴の移審の効力は、原裁判の全部に及ぶのが原則です。一個の裁判なら、全部が上級審へ移ります。例外が、一部上訴です。

条文刑事訴訟法第357条

刑事訴訟法第357条 上訴は、裁判の一部に対してこれをすることができる。部分を限らないで上訴をしたときは、裁判の全部に対してしたものとみなす。

一部に対してできる、と書いてあります。ただし、無条件ではありません。主文が複数あるときに限って認められます。主文が1つなら、一部上訴はできません。ここで、前に見たことを1問です。牽連犯のように、科刑上一罪の一部だけを無罪にするとき、主文で無罪を言い渡しますか?言い渡しません。有罪部分の刑だけを言い渡して、一部無罪は理由の中で示します。牽連犯は、科刑上一罪、つまり別々の罪でも、刑を科すときは一体として扱われる関係でした。全体が1個の事件として審判され、結論も1つしか出ないので、主文に載るのは有罪部分の刑だけで、そこに無罪を並べることはできません。これに対して併合罪は、別々の犯罪として扱う関係で、罪ごとに有罪か無罪かが出ます。その違いが、ここで効いてきます。3つのパターンで比べます。1つ目は、併合罪の一部が無罪の場合です。Yの設例がこれです。主文は、拘禁刑1年に処する、と、器物損壊の公訴事実については無罪、の2つです。主文が2つなので、窃盗の部分だけに一部上訴できます。3つ目の問いの答えは、できる、です。2つ目は、牽連犯の一部が無罪の場合です。Yが、閉店後の店に侵入して売上金を盗んだ、建造物侵入と窃盗で起訴され、侵入のところだけ無罪になったとします。この2つは牽連犯でした。主文では無罪を言い渡さず、刑だけを言い渡します。つまり主文が1つなので、窃盗の部分だけを切り出す一部上訴はできません。

3つ目は、併合罪の全部が有罪の場合です。Yの窃盗も器物損壊も有罪だったとします。併合罪として刑が加重され、宣告される刑は1つです。刑法47条です。主文は1つなので、一部上訴はできません。軸は、罪の数ではなく、主文の数です。1つの刑を言い渡す主文を、中途半端に切り分けて確定させることはできません。ですから、併合罪でも全部有罪なら不可で、牽連犯でも一部が無罪なら不可です。

共通の物差し=主文。上訴の利益=主文を標準に有利か不利かを判断/一部上訴=主文が複数のときだけ。軸は罪の数ではなく主文の数。併合罪でも全部有罪なら不可・牽連犯でも一部無罪なら不可。一部上訴で上訴しなかった主文の部分は移審せず確定へ向かう。一部に絞った争いで控訴審がどこまで調べられるかは控訴審の回で扱う

  • 共通の物差し=主文
  • 上訴の利益=主文を標準に有利か不利かを判断/一部上訴=主文が複数のときだけ
  • 軸は罪の数ではなく主文の数
  • 併合罪でも全部有罪なら不可・牽連犯でも一部無罪なら不可
  • 一部上訴で上訴しなかった主文の部分は移審せず確定へ向かう
  • 一部に絞った争いで控訴審がどこまで調べられるかは控訴審の回で扱う

気づいてほしいのは、さっきの上訴の利益も、主文を標準に見ていたことです。主文が、有利か不利かを決め、一部上訴ができるかどうかも決めます。上訴の共通の物差しが、主文なのです。上訴しなかった主文の部分は、移審せず、確定へ向かう、と考えられています。検察官が器物損壊の無罪に控訴していれば、別です。なお、一部に絞って争ったとき、控訴審がどこまで調べられるのか、という問題があります。これは、控訴審の回で扱います。

不利益変更禁止の原則とその射程

不利益変更禁止(402条・414条)=被告人が控訴し、又は被告人のため控訴した事件では、原判決の刑より重い刑を言い渡せない。趣旨=控訴をためらわせない。射程=被告人側のみが上訴した事件に限る(検察官も上訴した事件は適用なし)/禁止は重い刑の言渡しだけ(刑が重くならなければ不利な事実認定は許される)。Yの1つ目の問い=Yだけが控訴→拘禁刑1年を超えて重くできない

1つ目の問いです。Yだけが控訴したとき、控訴審は刑を重くしてよいか。控訴審が刑を重くできるとすると、困ったことが起きます。控訴したら重くされるかもしれない、と思えば、被告人は、不服があっても控訴をためらいます。それを防ぐために、条文はこう決めています。

条文刑事訴訟法第402条

刑事訴訟法第402条 被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件については、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない。

被告人が控訴した事件では、原判決の刑より重い刑を言い渡せません。上告にも、414条で準用されます。Yだけが控訴したなら、控訴審は、拘禁刑1年より重くはできません。1つ目の問いの答えは、重くできない、です。趣旨は、さきほどのとおり、被告人に控訴をためらわせないことです。一方で、どうせ重くならないのだから、とりあえず控訴しておこう、という濫上訴の一因になっている、との批判もあります。射程は2つあります。1つ目。適用されるのは、被告人側だけが上訴した事件です。検察官も上訴した事件では、適用がありません。たとえば、Yが控訴し、検察官も、刑が軽すぎるとして控訴したなら、控訴審は、1年より重い刑を言い渡せます。検察官も不服を申し立てている以上、被告人が重くされるのを恐れて控訴をためらう、という保護の場面ではないからです。2つ目。禁止されるのは、重い刑を言い渡すことだけです。刑が重くならなければ、原判決より被告人に不利な事実を認定することは許されます。たとえば、第一審が衝動的な犯行と認定した窃盗を、控訴審が計画的な犯行だったと認定しても、刑が1年のままなら許されます。刑が1年から1年6か月に変われば、許されません。

⭐ 論文で書く規範:不利益変更禁止の射程 適用は被告人側のみが上訴した事件に限る | 検察官も上訴した事件には適用がない | 禁止されるのは重い刑の言渡しだけ | 刑が重くならなければ不利益な事実認定は許される (規範(402条の解釈で立てる))

保護したいのは、刑を重くされる不安だからです。事実の認定が変わっても、刑が変わらなければ、控訴をためらう理由にはなりません。ここも、論文で論点になりうる箇所です。

「重い刑」の測り方・総合観察

3つの判例の比較。最決昭39・5・7=第一審の刑から刑の種類が変わり刑期は短い(禁錮2年6月→懲役2年)=重くなっていない(自由拘束・法益剥奪が実質的にいずれが重いかを具体的に考察)。最決昭55・12・4=実刑(懲役1年)→刑期は長いが保護観察付執行猶予(懲役1年6月・3年間執行猶予)=重くなっていない(執行猶予の有無も考慮)。最大判昭26・8・1=執行猶予付き(懲役6月・3年間執行猶予)→刑期は短い実刑(禁錮3月)=重くなっている(執行猶予は重要な要素) 図:3つの判例の比較

  • 最決昭39・5・7=第一審の刑から刑の種類が変わり刑期は短い(禁錮2年6月→懲役2年)=重くなっていない(自由拘束・法益剥奪が実質的にいずれが重いかを具体的に考察)
  • 最決昭55・12・4=実刑(懲役1年)→刑期は長いが保護観察付執行猶予(懲役1年6月・3年間執行猶予)=重くなっていない(執行猶予の有無も考慮)
  • 最大判昭26・8・1=執行猶予付き(懲役6月・3年間執行猶予)→刑期は短い実刑(禁錮3月)=重くなっている(執行猶予は重要な要素)

重い刑、とは何でしょうか。刑期だけでは決まりません。2つの例で考えます。1つ目。第一審が拘禁刑1年の実刑。控訴審が拘禁刑1年6か月で、執行猶予3年、保護観察付き。刑期は6か月長くなりました。2つ目。第一審が拘禁刑6か月で、執行猶予3年。控訴審が拘禁刑3か月の実刑。刑期は3か月短くなりました。どちらが重くなったでしょうか。2つ目の、実刑にしたほうだと思います。1つ目は、刑務所に入らなくていいかもしれないので、むしろ軽いです。最高裁の規範を見ます。

判例最決昭39・5・7 刑集18巻4号136頁

不利益変更禁止と刑の軽重の比べ方 刑訴四〇二条のいわゆる不利益変更禁止の規定に違反するか否かは、第一、二審において言い渡された主文の刑を、刑名等の形式のみによらず、具体的に全体として綜合的に観察し、第二審の判決の刑が第一審の判決の刑よりも実質上被告人に不利益であるか否かによつて判断すべきものであることは、当裁判所の屡次の判例……とするところである。 本件において、被告人に対する自由拘束、法益剥奪は実質的にいずれが重いかを具体的綜合的に考察すれば、第一審判決が被告人に対し禁錮二年六月の刑を言い渡したのを原審が懲役二年の刑に変更したからといつて、原判決が第一審判決の言い渡した刑を被告人に不利益に変更したとはいえない。

刑名などの形式だけで比べず、具体的に全体として総合的に観察する、と言っています。この事案は、刑の種類が変わり、刑期は短くなった場合でした。禁錮と懲役は、今の拘禁刑にまとめられる前の刑の名前で、刑務作業の義務がある懲役のほうが、名前の上では重い刑でした。自由の拘束や法益の剥奪が、実質的にどちらが重いかを見て、重くなったとはいえない、と結論しています。名前の格ではなく、中身で比べる、ということです。次は、執行猶予の位置づけです。第一審が執行猶予付きの刑を言い渡し、原審が、それより刑期の短い、執行猶予のない刑に変えた事案です。

判例最大判昭26・8・1 刑集5巻9号1715頁

刑の軽重の比較と執行猶予 そこで、第一審の言渡した懲役六月、執行猶予三年間の刑と原審の言渡した禁錮三月の刑とはその何れが重いかの問題を生ずる。 …… しかし、本件において第一審の刑と第二審の刑とを実質的に考察すると、第一審における執行猶予の言渡は重要な要素であつて、執行猶予の場合は現実に刑の執行を受ける必要はなく、かつ言渡を取消されないで猶予の期間を経過したときは刑の言渡そのものが效力を失うこととなるのである。それ故に、実質的には執行猶予のもつ法律的社会的価値判断は実際において高く評価されており又さるべきものである。かくて、本件において第一審の懲役六月が第二審において禁錮三月に変更されているにかかわらず、前者には執行猶予がつけられていたが後者にはこれがつけられていないのであるから、この具体的な両者の刑の比較の総体的考察において、原審の刑は重くなつていると言わなければならぬ。

執行猶予は重要な要素で、猶予の期間を無事に過ぎれば、刑の言渡しそのものが効力を失います。だから高く評価されるべきで、執行猶予のない刑に変えた原審の刑は、重くなっている、と判断しました。もう1つ、のちの最高裁の決定も、同じ考え方に立ちます。第一審の実刑を、刑期は6か月長くなるけれど、保護観察付きの執行猶予が付いた刑に変えた事案です。主文を全体として総合的に観察すれば、実質上不利益とはいえない、としました。刑の軽重を比べるときは、執行猶予の有無も考慮すべきだ、という考え方です。

⭐ 論文で書く規範:「重い刑」かどうかの判断 刑名等の形式のみによらず、具体的に全体として総合的に観察する | 第二審の刑が第一審の刑より実質上被告人に不利益か否かで判断する | 執行猶予の有無は重要な要素 (規範(判例型))

決め手は、実刑か執行猶予付きかで、現実に刑務所へ入るかどうかが変わることです。刑期の数字より、重い要素になりえます。執行猶予も、刑と一緒に主文で言い渡すものでした。ここでも、比べているのは主文の全体です。Yの1つ目の問いに戻ります。Yだけが控訴した事件です。第一審の実刑1年を、控訴審が拘禁刑1年6か月の実刑にすれば、重くなっているので許されません。同じ1年6か月でも、執行猶予付きに変えるなら、重くなったとはいえず、許されます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=窃盗は有罪(拘禁刑1年)・器物損壊は無罪。窃盗の部分だけ控訴できるか→主文2つ→できる。問2=建造物侵入と窃盗(牽連犯)で侵入のみ無罪・窃盗は有罪。窃盗の部分だけ控訴できるか→主文1つ→できない。問3=Yだけが控訴。実刑1年を拘禁刑1年6か月(執行猶予3年・保護観察付)に変更→全体で重くない→違反でない。問4=問3で検察官も控訴していた。実刑1年6か月にできるか→適用なし→できる。分かれ目=主文の数/誰が上訴したか 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=窃盗は有罪(拘禁刑1年)・器物損壊は無罪
  • 窃盗の部分だけ控訴できるか→主文2つ→できる
  • 問2=建造物侵入と窃盗(牽連犯)で侵入のみ無罪・窃盗は有罪
  • 窃盗の部分だけ控訴できるか→主文1つ→できない
  • 問3=Yだけが控訴
  • 実刑1年を拘禁刑1年6か月(執行猶予3年・保護観察付)に変更→全体で重くない→違反でない
  • 問4=問3で検察官も控訴していた
  • 実刑1年6か月にできるか→適用なし→できる
  • 分かれ目=主文の数/誰が上訴したか

節目のミニ事例です。Yの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。窃盗は有罪で拘禁刑1年、器物損壊は無罪。Yは、窃盗の部分だけ控訴できるでしょうか。主文が2つなので、できます。2つ目。Yが、建造物侵入と窃盗で起訴されました。この2つは牽連犯です。侵入のところだけ無罪で、窃盗は有罪で拘禁刑1年です。窃盗の部分だけ控訴できるでしょうか。牽連犯の一部無罪は、主文で無罪を言い渡さないので、主文は1つです。だから、できません。1つ目と2つ目は、主文が2つか1つかで、結論が逆になりました。3つ目。Yだけが控訴しました。第一審の実刑1年を、控訴審が拘禁刑1年6か月、執行猶予3年、保護観察付きに変えました。402条に違反するでしょうか。

刑期は長くなっても、全体で見ると重くなっていません。実刑が執行猶予付きになったので、違反ではありません。4つ目。3つ目と同じ事案で、検察官も、刑が軽すぎるとして控訴していました。控訴審は、実刑で拘禁刑1年6か月を言い渡せるでしょうか。検察官も上訴しているので、402条は適用されません。重くしても、できます。一部上訴の分かれ目は、主文の数。不利益変更禁止の分かれ目は、誰が上訴したかと、刑が全体で重くなるか、です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Yの答え=1つ目:Yだけが控訴→刑を重くできない(402条・総合観察)/2つ目:器物損壊の無罪に控訴→上訴の利益がなく不適法(主文基準)/3つ目:窃盗の有罪だけに控訴→主文が2つなので一部上訴できる(357条)。上訴の共通ルール=上訴権者(351条〜356条)/上訴の利益(主文基準)/申立ては原裁判所へ・効力は確定と執行の停止と移審/期間(14日・3日・5日・初日不算入)・放棄できない裁判・回復/一部上訴(主文が複数)/不利益変更禁止(被告人側のみ・刑だけ・総合観察) 図:まとめ

  • Yの答え=1つ目:Yだけが控訴→刑を重くできない(402条・総合観察)/2つ目:器物損壊の無罪に控訴→上訴の利益がなく不適法(主文基準)/3つ目:窃盗の有罪だけに控訴→主文が2つなので一部上訴できる(357条)
  • 上訴の共通ルール=上訴権者(351条〜356条)/上訴の利益(主文基準)/申立ては原裁判所へ・効力は確定と執行の停止と移審/期間(14日・3日・5日・初日不算入)・放棄できない裁判・回復/一部上訴(主文が複数)/不利益変更禁止(被告人側のみ・刑だけ・総合観察)

Yの3つの問いに答えます。まず1つ目。Yだけが控訴した事件なので、402条により、控訴審は刑を重くできません。重いかどうかは、刑名や刑期ではなく、実刑か執行猶予付きかも含めて、全体で見ます。2つ目。器物損壊の無罪は、主文で見て、被告人にとって最も有利です。上訴の利益がないので、控訴は不適法で、決定で棄却されます。3つ目。窃盗の有罪と器物損壊の無罪で、主文が2つあるので、窃盗の部分だけに一部上訴ができます。共通の決まりごとを、一覧にします。誰が上訴できるか。何を求めてなら上訴できるか、つまり上訴の利益。申立ては原裁判所に出し、確定と執行が止まって、事件が上級審へ移る。期間と、放棄と、回復。一部上訴は、主文が複数のときだけ。不利益変更禁止は、被告人側のみが上訴した事件で、禁止されるのは刑だけです。上訴の利益も、一部上訴も、刑が重くなったかの比べ方も、主文という同じ物差しで見る。これが、最初にお伝えした今日の物差しでした。個別の上訴は、次から1つずつ見ていきます。

ページ上部へ ↑

#160単独ページ動画

事後審と控訴理由

第8章 上訴と救済手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。新しい事件の被告人Zは、居酒屋で客を殴ってけがをさせたとして傷害罪で起訴された。第一審の地方裁判所は有罪とし、拘禁刑1年6か月(実刑)。Zは不服で控訴を考えている。①控訴審は、第一審をもう一度最初からやり直してくれるのか。②「刑が重すぎる」「殴っていない」と言えば、どんな不服でも通るのか。③第一審の判決のあとに被害者と示談した。控訴審はこの示談を見てくれるのか 図:今日の問い

  • 新しい事件の被告人Zは、居酒屋で客を殴ってけがをさせたとして傷害罪で起訴された
  • 第一審の地方裁判所は有罪とし、拘禁刑1年6か月(実刑)
  • Zは不服で控訴を考えている
  • ①控訴審は、第一審をもう一度最初からやり直してくれるのか
  • ②「刑が重すぎる」「殴っていない」と言えば、どんな不服でも通るのか
  • ③第一審の判決のあとに被害者と示談した
  • 控訴審はこの示談を見てくれるのか

前回の最後に、個別の上訴は、次から1つずつ見ていきます、とお伝えしました。その1つ目が、控訴です。それに、前回、先に送っておいた問いもあります。一部に絞って争ったとき、控訴審がどこまで調べられるのか。その手前に置く道具立てを、今日そろえます。今日の被告人Zは、新しい事件の人で、前回のYとは別人です。Zは、居酒屋で客を殴ってけがをさせたとして、傷害罪で起訴されました。第一審の地方裁判所は有罪とし、拘禁刑1年6か月の実刑を言い渡しました。Zは不服で、控訴を考えています。問いは3つです。1つ目。控訴審は、第一審をもう一度、最初からやり直してくれるのか。2つ目。刑が重すぎる、殴っていない、と言いさえすれば、どんな不服でも控訴審で通るのか。3つ目。第一審の判決のあとに、Zは被害者と示談をしました。控訴審は、この示談を見てくれるのか。

先に、答えの形だけ言います。控訴審は、第一審の判決のどこが誤っていたかを審査する場所です。だから、不服は、法律が決めた誤りの形で言う必要があります。ただし、判決のあとの事情をくみ取る道は、別に用意されています。3つの問いの答えは、この3文のどこかに入っています。

地図。第一審判決→控訴申立書(第一審の裁判所へ)→控訴趣意書(控訴裁判所へ)→控訴審(事後審)→棄却/破棄。今日=この流れの中で、何を・どこまで・どう争えるかを見る 図:地図

  • 第一審判決→控訴申立書(第一審の裁判所へ)→控訴趣意書(控訴裁判所へ)→控訴審(事後審)→棄却/破棄
  • 今日=この流れの中で、何を・どこまで・どう争えるかを見る

地図です。第一審の判決に不服なら、まず控訴申立書を、第一審の裁判所に出します。次に、控訴の理由を述べる書面、控訴趣意書を、控訴審を担当する裁判所、つまり控訴裁判所に出します。それを受けて控訴審が審査して、結論は、棄却か破棄です。結論の中身は、次の回に見ます。今日は、この流れの中で、何を理由に、どこまで、どうやって争えるかを見ます。

控訴審の構造・覆審と続審と事後審

控訴=地方裁判所・簡易裁判所がした第一審の判決に対する上訴(372条「控訴は、地方裁判所又は簡易裁判所がした第一審の判決に対してこれをすることができる。」)。控訴審の3類型。覆審=第一審の審理を最初からやり直す/続審=第一審の審理を引き継ぎ、新しい証拠も加えて続ける(民事の控訴審がこれに近い)/事後審=原判決を対象に、その当否を事後的に審査する。旧法=覆審/現行法=事後審(条文に「事後審」とは書かれていない。仕組みから解釈で立てる)。現行法が事後審の理由=第一審は直接主義・口頭主義を徹底しており繰り返すと第一審の意義が薄れる/事実認定を全部第一審に任せきりにもできない/法令違反の審査を最高裁だけが行うと負担が重すぎる

  • 控訴=地方裁判所・簡易裁判所がした第一審の判決に対する上訴(372条「控訴は、地方裁判所又は簡易裁判所がした第一審の判決に対してこれをすることができる。」)
  • 控訴審の3類型
  • 覆審=第一審の審理を最初からやり直す/続審=第一審の審理を引き継ぎ、新しい証拠も加えて続ける(民事の控訴審がこれに近い)/事後審=原判決を対象に、その当否を事後的に審査する
  • 旧法=覆審/現行法=事後審(条文に「事後審」とは書かれていない。仕組みから解釈で立てる)
  • 現行法が事後審の理由=第一審は直接主義・口頭主義を徹底しており繰り返すと第一審の意義が薄れる/事実認定を全部第一審に任せきりにもできない/法令違反の審査を最高裁だけが行うと負担が重すぎる

まず、控訴は、地方裁判所と簡易裁判所がした第一審の判決に対する上訴です。第372条です。控訴を扱うのは、高等裁判所です。その控訴審が、どういう審理をするかには、3つの型がありえます。1つ目は、覆審です。第一審の審理を、最初からやり直します。第一審の結果は、いったん白紙です。2つ目は、続審です。第一審の審理を引き継いで、新しい証拠も加えながら、審理を続けます。民事の控訴審が、これに近いです。3つ目は、事後審です。事件そのものを審理し直すのではなく、第一審の判決を対象にして、その当否を、あとから審査します。

居酒屋の目撃者がいたとします。覆審なら、その目撃者を、控訴審でもう一度、呼んで話を聞きます。続審なら、第一審で聞いたところはそのまま使って、足りない部分を追加します。事後審なら、第一審の判決書と記録を読んで、判断に誤りがないかを点検します。やり直す、続ける、審査する、の3つです。昔の法律では、控訴審は覆審でした。今の法律は、事後審です。理由は3つあります。1つ目。第一審は、公判の原則の回で見た、証人を目の前で聞く、直接主義と、口頭で審理する、口頭主義を徹底しています。控訴審で同じことを繰り返すと、第一審の判決の意味が薄れ、審理の充実が図れません。これは、控訴審で証拠を足して審理を続ける、続審にも当てはまります。控訴審が自分で心証を作り直せば、第一審で証人を目の前で聞いた意味が、やはり薄れるからです。2つ目。かといって、事実の認定を、すべて第一審に任せきりにもできません。誤った事実の認定のまま、判決が確定してはいけないからです。そこで控訴審は、自分で心証を作り直すのではなく、第一審の事実の認定に誤りがないかを、判決と記録から点検するのです。3つ目。法令違反の審査を、最高裁だけに任せると、負担が重すぎます。だから、最高裁の前に、一度は法令違反も審査しておく必要があります。まとめて、やり直しも続けもせず、第一審の判決を対象に、事実の認定と法令違反の両方を審査する。これが、現行法の事後審です。

注意点があります。条文に、事後審、とは書かれていません。あとで見る条文の仕組みから、解釈でそう理解します。Zの1つ目の問いの答えが出ました。控訴審は、第一審のやり直しではありません。第一審の判決の当否を審査する場所です。

事後審の帰結・3つの現れ

事後審だから、条文にはこう現れる。1つ目=控訴する側は、第一審判決の誤りを理由として主張する(384条・376条)。2つ目=控訴審が調べる対象は、趣意書に包含された事項が中心(392条1項)。包含されない事項も、控訴理由に関するものは職権で調査できる(392条2項)。3つ目=結論は、原判決の維持(棄却)か取り消し(破棄)。理由がなければ棄却(396条)/理由があれば破棄(397条1項)。実務の中心=証人の呼び直しではなく、記録と趣意書の精査 図:事後審だから、条文にはこう現れる

  • 1つ目=控訴する側は、第一審判決の誤りを理由として主張する(384条・376条)
  • 2つ目=控訴審が調べる対象は、趣意書に包含された事項が中心(392条1項)
  • 包含されない事項も、控訴理由に関するものは職権で調査できる(392条2項)
  • 3つ目=結論は、原判決の維持(棄却)か取り消し(破棄)
  • 理由がなければ棄却(396条)/理由があれば破棄(397条1項)
  • 実務の中心=証人の呼び直しではなく、記録と趣意書の精査

事後審は、第一審の判決を対象に、その当否を審査する場でした。この1つの性格が、条文の仕組みに3つの形で現れます。1つ目。審査の対象が第一審の判決なので、控訴する側は、その判決のどこが誤っていたかを、理由として主張します。第384条で、控訴は法定の理由に限る、と決まっていて、第376条で、その理由を趣意書に書いて出す、と決まっています。2つ目。控訴審は、指摘された誤りを審査する場なので、調べる対象は、趣意書に書かれた事項が中心です。第392条第1項です。書かれていない事項でも、控訴理由に関するものは、職権で、つまり、当事者の申立てがなくても裁判所が自分の判断で、調べられます。第392条第2項です。3つ目。結論です。理由がなければ棄却、第396条。理由があれば破棄、第397条第1項です。棄却は、第一審の判決を維持すること、破棄は、取り消すことです。審理の続きを進めて新しい判決を出す場ではなく、判決の当否を審査する場なので、答えも、正しければ維持、誤っていれば取り消し、の形が基本です。取り消したあと、差し戻すか、自分で判決するかは、次の回で見ます。

証人を呼び直すのではなく、記録と趣意書を精査するのが中心です。ここから先は、この3つの現れを、順に見ていきます。

控訴理由・法定の4類型

控訴理由は法定(384条)。控訴の申立ては、377条〜382条と383条に規定する事由があることを理由とするときに限る。4類型。訴訟手続の法令違反(377条〜379条)=裁判の進め方の誤り。例:公開しなかった/合議体で裁くべき事件を1人で判決した。法令適用の誤り(380条)=法令の解釈・適用の誤り(認定した事実への当てはめの誤りを含む)。例:正当防衛が成立するのに成立しないとした。量刑不当(381条)=刑の量定が不当。例:重すぎる。事実誤認(382条)=事実の認定の誤り。例:殴ったのはZでないのにZと認定した。383条=再審の請求ができる場合にあたる事由/判決後の刑の廃止・変更・大赦 図:控訴理由は法定

  • 384条
  • 控訴の申立ては、377条〜382条と383条に規定する事由があることを理由とするときに限る。4類型。訴訟手続の法令違反(377条〜379条)=裁判の進め方の誤り。例:公開しなかった
  • 合議体で裁くべき事件を1人で判決した。法令適用の誤り(380条)=法令の解釈・適用の誤り(認定した事実への当てはめの誤りを含む)。例:正当防衛が成立するのに成立しないとした。量刑不当(381条)=刑の量定が不当。例:重すぎる。事実誤認(382条)=事実の認定の誤り。例:殴ったのはZでないのにZと認定した。383条=再審の請求ができる場合にあたる事由
  • 判決後の刑の廃止・変更・大赦

控訴は、なんとなく不服だから、では足りません。法律が決めた理由に限られます。

条文刑事訴訟法第384条

刑事訴訟法第384条 控訴の申立は、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び前条に規定する事由があることを理由とするときに限り、これをすることができる。

第377条から第382条、それに第383条です。中身は、大きく4つの類型に整理できます。1つ目。訴訟手続の法令違反です。裁判の進め方の誤りで、第377条から第379条です。たとえば、公開すべき審判を公開しなかった、合議体で裁くべき事件を1人の裁判官で判決した、というものです。2つ目。法令適用の誤りです。第380条で、法令の解釈や適用の誤りです。認定した事実への当てはめを誤った場合も含みます。たとえば、正当防衛が成立するのに、成立しないと判断した場合です。3つ目。量刑不当で、第381条です。刑の量定が不当、重すぎる、あるいは軽すぎる場合をいいます。4つ目。事実誤認で、第382条です。たとえば、殴ったのはZではないのに、Zだと認定した場合です。第383条は、少し別の定めです。再審の請求ができる場合にあたる事由があること、それに、判決のあとに刑の廃止や変更、大赦があったこと、という2つの事由が、控訴理由として別に挙げられています。

言い方を、法定の理由の形に直します。刑が重い、は量刑不当。殴っていない、は事実誤認です。そのうえで、趣意書に、その事由があると信じるに足りる事実を、記録や証拠に現れているものから示します。ただ、訴訟手続の法令違反については、さらに一段、区別があります。次に見ます。

絶対的控訴理由と相対的控訴理由

絶対的控訴理由(判決への影響を問わず、あれば原判決は破棄される)。377条=1号 法律に従って判決裁判所を構成しなかった/2号 法令により判決に関与できない裁判官が判決に関与した/3号 審判の公開に関する規定に違反した。378条=1号 不法に管轄又は管轄違を認めた/2号 不法に公訴を受理し又は棄却した/3号 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は受けない事件について判決をした/4号 判決に理由を付けず、又は理由にくいちがいがある 図:絶対的控訴理由

  • 判決への影響を問わず、あれば原判決は破棄される
  • 377条=1号 法律に従って判決裁判所を構成しなかった
  • 2号 法令により判決に関与できない裁判官が判決に関与した
  • 3号 審判の公開に関する規定に違反した。378条=1号 不法に管轄又は管轄違を認めた
  • 2号 不法に公訴を受理し又は棄却した
  • 3号 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は受けない事件について判決をした
  • 4号 判決に理由を付けず、又は理由にくいちがいがある

訴訟手続の法令違反には、2種類あります。ここで、前に扱った内容を1問です。訴因の外にはみ出して認定したとき、その違反は、判決への影響を問わずに、控訴理由になりますか?問わないと思います。審判の請求を受けない事件について判決をしたことになって、第378条第3号に当たるからです。こうした重大な違反を、絶対的控訴理由といいます。第377条と第378条です。あれば、判決への影響を問わず、第一審判決が破棄されます。第397条第1項です。

条文刑事訴訟法第377条

刑事訴訟法第377条 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、その事由があることの充分な証明をすることができる旨の検察官又は弁護人の保証書を添附しなければならない。 一 法律に従つて判決裁判所を構成しなかつたこと。 二 法令により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと。 三 審判の公開に関する規定に違反したこと。

1号は、裁判所の構成違反です。2号は、除斥の事由のある裁判官のように、法令で判決に関与できない裁判官が関与した場合です。3号は、審判の公開に関する規定の違反です。

条文刑事訴訟法第378条

刑事訴訟法第378条 左の事由があることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつてその事由があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。 一 不法に管轄又は管轄違を認めたこと。 二 不法に、公訴を受理し、又はこれを棄却したこと。 三 審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと。 四 判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること。

1号は管轄の誤り、2号は、訴訟条件の判断の誤りです。3号は、判決漏れや、訴因の外にはみ出した認定です。4号は、判決に理由がない、理由にくいちがいがある場合で、有罪判決の回で、理由不備と理由齟齬と呼んだものです。これに対して、それ以外の訴訟手続の法令違反は、相対的控訴理由です。

影響要件の有無。377条・378条=影響を問わない(絶対的)。379条=訴訟手続の法令違反が「判決に影響を及ぼすことが明らか」。380条=法令適用の誤りが「判決に影響を及ぼすことが明らか」。382条=事実誤認が「判決に影響を及ぼすことが明らか」。381条=刑の量定が不当であること(「影響が明らか」の文言なし)。「明らか」=可能性があるだけでは足りない。違反がなかったなら現になされている判決と異なる判決がなされたであろう蓋然性(最大判昭30・6・22) 図:影響要件の有無

  • 377条・378条=影響を問わない(絶対的)
  • 379条=訴訟手続の法令違反が「判決に影響を及ぼすことが明らか」
  • 380条=法令適用の誤りが「判決に影響を及ぼすことが明らか」
  • 382条=事実誤認が「判決に影響を及ぼすことが明らか」
  • 381条=刑の量定が不当であること(「影響が明らか」の文言なし)
  • 「明らか」=可能性があるだけでは足りない
  • 違反がなかったなら現になされている判決と異なる判決がなされたであろう蓋然性(最大判昭30・6・22)

条文刑事訴訟法第379条

刑事訴訟法第379条 前二条の場合を除いて、訴訟手続に法令の違反があつてその違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであることを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるものを援用しなければならない。

前の2条の場合を除いて、違反が、判決に影響を及ぼすことが明らかなときに限る、とあります。違反が確かにあっても、判決の結論が変わらないなら、控訴理由になりません。明らか、というのは、どの程度のことですか。影響がありそう、では足りないんですか。足りません。最高裁は、こう言っています。

判例最大判昭30・6・22 刑集9巻8号1189頁

訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らか 刑訴三七九条の場合は、訴訟手続の法令違反が判決に影響を及ぼすべき可能性があるというだけでは、控訴理由とすることはできないのであつて、その法令違反がなかつたならば現になされている判決とは異る判決がなされたであろうという蓋然性がある場合でなければ、同条の法令違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるということはできないのである。そして以上の判定については、絶対的控訴理由(三七七条三七八条)に当る場合は常に相当因果関係があるものと訴訟法上みなされているものと解すべきであるが、三七九条の場合には、裁判所が当該事件について具体的に諸般の情況を検討して判断すべき問題であつて

可能性があるだけでは足りません。その違反がなければ、違う判決になったであろう、という蓋然性が必要です。条文が、影響を及ぼす、ではなく、影響を及ぼすことが明らか、と書いているからです。明らか、と言える以上、影響がありうる、では足りず、違反がなければ結論が変わっていた、と言えるところまで要る、という読み方です。そして、絶対的控訴理由に当たるときは、この影響は、常にあるものとみなされています。だから、影響を問わないのです。条文の並びを見てください。第379条、第380条、第382条には、判決に影響を及ぼすことが明らか、と書いてあります。ところが、第381条の量刑不当には、この文言がありません。量刑不当にも影響の要件がある、と覚えるのは、条文と違います。Zで考えます。判決に理由がまったく付いていなければ、第378条第4号で、影響を問わず破棄です。一方、証拠能力のない書面を証拠に採用したけれど、ほかの証拠だけでも、同じ判決になるなら、第379条で、影響が明らかとはいえず、控訴理由になりません。Zの2つ目の問いの答えです。法定の理由に直す。訴訟手続の法令違反なら、重大なものは影響を問わず、それ以外は影響が明らかなときだけです。

事実誤認の審査・論理則と経験則

事実誤認の審査(382条)。控訴審は第一審と同じ立場で事件そのものを審理し直さない=第一審判決を対象に事後的に審査する。事実誤認=第一審判決の事実認定が論理則・経験則等に照らして不合理であること。控訴審の心証と違うだけでは足りない→不合理であることを具体的に示す必要。裁判員制度の導入を契機に直接主義・口頭主義が徹底された第一審では、より強く妥当(最判平24・2・13)。審査のしかたは裁判員裁判に限らない 図:事実誤認の審査

  • 382条
  • 控訴審は第一審と同じ立場で事件そのものを審理し直さない=第一審判決を対象に事後的に審査する。事実誤認=第一審判決の事実認定が論理則・経験則等に照らして不合理であること。控訴審の心証と違うだけでは足りない→不合理であることを具体的に示す必要。裁判員制度の導入を契機に直接主義・口頭主義が徹底された第一審では、より強く妥当(最判平24・2・13)。審査のしかたは裁判員裁判に限らない

事後審の考え方が、最もはっきり出るのが、事実誤認の審査です。第382条の事実誤認も、判決に影響を及ぼすことが明らかな場合に限られていました。事案を簡単に言います。薬物の輸入事件で、被告人は、持ち込んだ缶の中に違法な薬物が入っているとは知らなかった、と争いました。裁判員が加わった第一審は、弁解を排斥できないとして、無罪にしました。控訴審は、事実誤認があるとして、破棄して有罪にしました。最高裁は、その控訴審の判決を破棄して、控訴を棄却しました。第一審の無罪が維持されたのです。

判例最判平24・2・13 刑集66巻4号482頁

控訴審における事実誤認の審査 刑訴法は控訴審の性格を原則として事後審としており,控訴審は,第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく,当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし,これに事後的な審査を加えるべきものである。 …… 控訴審における事実誤認の審査は,第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであって,刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当である。したがって,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要であるというべきである。このことは,裁判員制度の導入を契機として,第1審において直接主義・口頭主義が徹底された状況においては,より強く妥当する。

最初の一文が、事後審そのものです。控訴審は、第一審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく、第一審判決を対象に、事後的な審査を加えます。そして、事実誤認の審査は、第一審の判断が、論理則、経験則等に照らして不合理といえるか、という観点で行います。控訴審の裁判官が、自分なら有罪だと思った、では足りないんですか。足りません。控訴審の心証と違う、というだけでは破棄できません。第一審の推論の、どこが筋道に反するのか、どこが経験に反するのかを、具体的に示す必要があります。論理則と経験則は、自由心証の回で見た、合理的な判断のルールです。論理則は、筋道の通った推論のルールで、たとえば、互いに矛盾する2つの事実を、両方とも認めてはいけない、という決まりです。経験則は、世の中の経験から導かれる、通常こうなる、という法則です。あの回で、理由づけが不合理なら上訴審で是正される、と言ったのが、この審査です。Zの場合も同じです。殴っていない、と主張するなら、第一審の推論のどこが、論理則や経験則に反するかを、具体的に示さなければなりません。ここは、論文で論点になりうる箇所です。裁判員裁判の回で見たとおり、裁判員裁判では、法廷で直接取り調べる証拠が中心になりました。判例が、裁判員制度の導入をきっかけに、直接主義と口頭主義が徹底された状況では、より強く妥当する、と言うのはそのためです。ただ、この審査のしかた自体は、裁判員裁判に限らず、控訴審の事実誤認の審査すべてに当てはまります。

控訴審の手続・申立書から趣意書まで

控訴の手続の流れ。第一審判決→控訴申立書を第一審の裁判所に差し出す(374条「控訴をするには、申立書を第一審裁判所に差し出さなければならない。」/期間14日=373条)→第一審の裁判所が訴訟記録・証拠物を控訴裁判所に送付(規則235条)→控訴裁判所が趣意書の最終日を指定して通知(規則236条)。最終日は送達の翌日から起算して21日目以後(規則236条3項)→控訴趣意書を控訴裁判所に差し出す(376条1項「控訴申立人は、裁判所の規則で定める期間内に控訴趣意書を控訴裁判所に差し出さなければならない。」)。期間内に趣意書を出さないとき→決定で控訴棄却(386条1項1号)。控訴審には予断排除の制約がない 図:控訴の手続の流れ

  • 第一審判決→控訴申立書を第一審の裁判所に差し出す(374条「控訴をするには、申立書を第一審裁判所に差し出さなければならない。」/期間14日=373条)→第一審の裁判所が訴訟記録・証拠物を控訴裁判所に送付(規則235条)→控訴裁判所が趣意書の最終日を指定して通知(規則236条)
  • 最終日は送達の翌日から起算して21日目以後(規則236条3項)→控訴趣意書を控訴裁判所に差し出す(376条1項「控訴申立人は、裁判所の規則で定める期間内に控訴趣意書を控訴裁判所に差し出さなければならない。」)
  • 期間内に趣意書を出さないとき→決定で控訴棄却(386条1項1号)
  • 控訴審には予断排除の制約がない

手続に入る前に、前回までに見たことを1問です。控訴申立書は、どの裁判所に差し出しますか?第一審の裁判所です。申立書は上訴裁判所に宛てて書きますが、出す先は原裁判所でした。第374条です。申立てをすると、確定と執行が止まり、事件が上級の裁判所へ移ります。確定遮断と、移審でした。期間は14日です。ここから先が、控訴に特有の流れです。控訴の手続は、2段階になっています。まず、控訴申立書です。ここには、控訴する、という意思を示します。理由は、あとの趣意書で述べます。次に、第一審の裁判所が、訴訟記録と証拠物を、控訴裁判所に送ります。控訴裁判所は、趣意書を出すべき最終日を指定して、控訴した人に通知します。規則で、最終日は、通知書の送達があった日の翌日から数えて、21日目以後の日と決まっています。実務上は、1か月程度が多いです。そして、控訴した人が、控訴趣意書を、控訴裁判所に差し出します。第376条第1項です。趣意書には、控訴の理由を簡潔に示し、必要な資料や保証書も添えます。Zの場合を例にします。控訴申立書には、控訴する、とだけ書きます。そして、1か月後の最終日までに、趣意書に、判決に理由が付いていない、刑が重すぎる、と書いて出します。

期間内に出さないと、決定で控訴が棄却されます。第386条第1項第1号です。方式に違反するときや、控訴の理由に当たらないことが明らかなときも、決定で棄却されます。棄却の全体は、次の回に見ます。もう1つ、第一審との違いがあります。第一審では、前に見たとおり、裁判官が先入観を抱かないよう、起訴状だけを裁判所に出す、起訴状一本主義でした。控訴審には、その制約がありません。訴訟記録と証拠物が送られるので、控訴裁判所は、趣意書と第一審の判決とあわせて、事前に精査できます。

控訴審の手続・調査と出頭と弁論

調査義務と職権調査(392条)。1項=趣意書に包含された事項は調査しなければならない。2項=包含されない事項でも、377条〜383条に規定する事由に関しては職権で調査できる。事実の取調べ(393条1項)=必要があるとき、請求または職権で。準用(404条)=第二編中公判に関する規定は控訴の審判に準用。出頭(390条)=被告人は公判期日に出頭することを要しない(原則)。ただし、裁判所は、一定額以下の罰金・科料に当たる事件以外で、出頭が権利の保護のため重要と認めるときは出頭を命ずることができる(出頭する権利があるので公判期日には召喚する・273条2項)。弁論(387〜389条)=弁護士以外の弁護人は選任できない/被告人のためにする弁論は弁護人でなければできない/検察官・弁護人は趣意書に基づいて弁論する 図:調査義務と職権調査

  • 392条
  • 1項=趣意書に包含された事項は調査しなければならない。2項=包含されない事項でも、377条〜383条に規定する事由に関しては職権で調査できる。事実の取調べ(393条1項)=必要があるとき、請求または職権で。準用(404条)=第二編中公判に関する規定は控訴の審判に準用。出頭(390条)=被告人は公判期日に出頭することを要しない(原則)。ただし、裁判所は、一定額以下の罰金・科料に当たる事件以外で、出頭が権利の保護のため重要と認めるときは出頭を命ずることができる(出頭する権利があるので公判期日には召喚する・273条2項)。弁論(387〜389条)=弁護士以外の弁護人は選任できない
  • 被告人のためにする弁論は弁護人でなければできない
  • 検察官・弁護人は趣意書に基づいて弁論する

控訴裁判所が、何を調べるかは、第392条が定めています。事後審の2つ目の現れ、趣意書が中心、を定めた条文です。

条文刑事訴訟法第392条

刑事訴訟法第392条 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含された事項は、これを調査しなければならない。 2 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含されない事項であつても、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に関しては、職権で調査をすることができる。

第1項は、義務です。趣意書に書かれた事項は、調査しなければなりません。第2項は、できる、です。趣意書に書かれていなくても、控訴理由に関する事項なら、職権で調べられます。Zの趣意書が量刑不当だけでも、記録を見て、判決に理由が付いていないと気づけば、第378条第4号の事由として調べて、破棄できます。第397条第1項です。調査のために必要があるときは、請求または職権で、事実の取調べもできます。第393条第1項です。この取調べが、どこまで許されるかは、後の節で詳しく見ます。控訴審の公判には、特別の定めがない限り、第一審の公判の規定が、控訴審にも当てはめて使われます。これを準用といいます。第404条です。そのうえで、控訴審には、事後審であることから来る、3つの特則があります。1つ目。被告人は、原則として、公判期日に出頭する必要がありません。第390条です。ただし、一定額以下の罰金や科料にあたる事件を除き、裁判所は、出頭が被告人の権利を守るために重要だと認めるときは、出頭を命じることができます。また、被告人には出頭する権利があるので、公判期日には被告人を召喚します。2つ目。弁論は、弁護士である弁護人でなければできません。第387条、第388条です。被告人が自分で弁論することは認められません。3つ目。公判期日には、検察官と弁護人が、趣意書に基づいて弁論します。第389条です。

被告人が出頭しなくてよく、自分で弁論もできないのは、事後審だからです。事実を目の前で聞き直す場ではなく、判決の誤りを法的に審査する場なので、被告人を出頭させる意味は少ないですし、法的な知識のある専門家に弁論させるのが適当だからです。

第一審後の事情をどこまで取り込めるか

第一審後の事情=時点と道具で3層に分ける。原則=第一審の記録・証拠を基礎に、第一審判決の言渡しの時点を基準に審査。上の層=382条の2:第一審の弁論終結前に存在した証拠でやむを得ない事由で請求できなかったもの(第1項)/弁論終結後・判決前に生じた事実(第2項)→趣意書に援用できる(疎明資料を添える)→疎明があれば、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するため欠くことができない場合に限り取調べは義務(393条1項但書)。真ん中の層=393条1項本文:第一審判決以前の事実でやむを得ない事由がないもの→義務ではなく裁量(最決昭59・9・20)。下の層=393条2項:第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状→職権(取調べは控訴裁判所の判断)。第一審で量刑上有利と考えて認めていた、という事情はやむを得ない事由に当たらない(最決昭62・10・30)

  • 第一審後の事情=時点と道具で3層に分ける
  • 原則=第一審の記録・証拠を基礎に、第一審判決の言渡しの時点を基準に審査
  • 上の層=382条の2:第一審の弁論終結前に存在した証拠でやむを得ない事由で請求できなかったもの(第1項)/弁論終結後・判決前に生じた事実(第2項)→趣意書に援用できる(疎明資料を添える)→疎明があれば、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するため欠くことができない場合に限り取調べは義務(393条1項但書)
  • 真ん中の層=393条1項本文:第一審判決以前の事実でやむを得ない事由がないもの→義務ではなく裁量(最決昭59・9・20)
  • 下の層=393条2項:第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状→職権(取調べは控訴裁判所の判断)
  • 第一審で量刑上有利と考えて認めていた、という事情はやむを得ない事由に当たらない(最決昭62・10・30)

ここで、立ち止まって考えてください。事後審は、第一審の記録を基礎に、第一審判決の時点を基準に審査する場です。それなら、第一審の判決のあとにできた示談を、控訴審は、どう扱うことになるでしょうか?基準の時点が違うから扱えない、という筋と、それでは被告人に酷だ、という筋。その両方が、条文に反映されています。原則は、趣意書に援用できる、つまり、控訴の理由の裏づけとして引いて示せるのは、訴訟記録と、原裁判所で取り調べた証拠に現れている事実です。控訴理由のところで、記録や証拠に現れているものから示す、と言ったのが、この原則です。その例外と補完を、時点と道具で、3つの層に分けて整理します。上の層は、第382条の2です。第一審の弁論終結前に存在した証拠で、やむを得ない事由によって取調べを請求できなかったもの、それに、弁論終結後、判決前に生じた事実です。弁論終結とは、第一審の審理を終えて、最終陳述をした時点です。

条文刑事訴訟法第382条の2第1項・第2項

刑事訴訟法第382条の2第1項・第2項 やむを得ない事由によつて第一審の弁論終結前に取調を請求することができなかつた証拠によつて証明することのできる事実であつて前二条に規定する控訴申立の理由があることを信ずるに足りるものは、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実以外の事実であつても、控訴趣意書にこれを援用することができる。 2 第一審の弁論終結後判決前に生じた事実であつて前二条に規定する控訴申立の理由があることを信ずるに足りるものについても、前項と同様である。

第1項が、弁論終結前の証拠で、やむを得ない事由があるもの。第2項が、弁論終結のあと、判決の前に生じた事実です。どちらも、趣意書に援用できます。その場合は、第3項で、疎明の資料を添えます。疎明とは、令状の回で見たとおり、確信までは要らず、一応確からしい、と思わせる程度の立証です。そして、疎明があれば、刑の量定の不当や、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために、欠くことのできない場合に限って、控訴裁判所は取調べを義務づけられます。これが第393条第1項の但書です。

条文刑事訴訟法第393条第1項・第2項

刑事訴訟法第393条第1項・第2項 控訴裁判所は、前条の調査をするについて必要があるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で事実の取調をすることができる。但し、第三百八十二条の二の疎明があつたものについては、刑の量定の不当又は判決に影響を及ぼすべき事実の誤認を証明するために欠くことのできない場合に限り、これを取り調べなければならない。 2 控訴裁判所は、必要があると認めるときは、職権で、第一審判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状につき取調をすることができる。

本文は、できる、但書は、しなければならない、です。本文と但書で、裁量と義務が分かれています。第382条の2で、新しい証拠や事実を趣意書に引いてよい、とした以上、疎明がそろい、量刑や事実誤認の証明に欠かせないなら、控訴裁判所も調べなければならない、という組み合わせです。

区別:取調べが義務になる場合と裁量の場合。義務=382条の2の疎明があり、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認の証明に欠くことができない(393条1項但書)。裁量=やむを得ない事由の疎明がなくても、第一審判決以前の事実で、控訴裁判所が必要と認めるとき(393条1項本文・最決昭59・9・20)。第一審で認めて争わなかったのは量刑上の得策だった、という訴訟戦術はやむを得ない事由に当たらない→義務ではなく裁量(最決昭62・10・30)。判決後の情状は393条2項(職権) 図:区別:取調べが義務になる場合と裁量の場合

  • 義務=382条の2の疎明があり、刑の量定の不当・判決に影響を及ぼすべき事実の誤認の証明に欠くことができない(393条1項但書)
  • 裁量=やむを得ない事由の疎明がなくても、第一審判決以前の事実で、控訴裁判所が必要と認めるとき(393条1項本文・最決昭59・9・20)
  • 第一審で認めて争わなかったのは量刑上の得策だった、という訴訟戦術はやむを得ない事由に当たらない→義務ではなく裁量(最決昭62・10・30)
  • 判決後の情状は393条2項(職権)

では、やむを得ない事由とは、どこまで含むのでしょうか。第一審のときには、その証拠があることを知りようがなかった、という場合は、当たりうると考えられています。問題は、出せたのに、自分の判断で出さなかった場合です。事案は、第一審の判決が実刑だったので控訴し、第一審では認めていた事実を、控訴審で争うに至ったものです。

判例最決昭62・10・30 刑集41巻7号309頁

やむを得ない事由に当たらない事情 被告人が第一審判決判示第一の事実を認めて争わなかつたのは、量刑上有利に参酌してもらつた方が得策であると考えていたものである …… 右弁護人主張のような事情があつたとしても、そのような事情は刑訴法三八二条の二にいう「やむを得ない事由」に当たらないとの原判決の判示は正当であるから、このような証拠は同法三九三条一項但書によりその取調が義務付けられるものではなく、ただ同項本文により取り調べるかどうかが裁量にまかせられているものであつて

第一審で認めて争わなかったのは、そのほうが量刑上有利だと考えたからだ、という事情は、やむを得ない事由に当たりません。第一審で取調べを控えたのは、当事者の戦術の判断だからです。そして、その証拠は、但書で取調べが義務づけられるものではなく、本文により、取り調べるかどうかが裁量にまかされている、と言っています。Zの追加の問いに答えます。第一審では、量刑上そのほうが有利だと考えて、殴ったことを認めていたZが、控訴審で、実は殴っていない、と言い出し、新しい証人を呼びたいと言ったらどうなるか。この事情は、さきほどの判例の事案と同じで、やむを得ない事由にはあたりません。取調べは義務ではなく、裁量です。認められるかは、控訴裁判所の判断です。真ん中の層は、その裁量です。事案は、検察官が量刑不当を理由に控訴し、第一審で請求していなかった前科の調書などを、控訴審で請求して、取り調べられたものです。

判例最決昭59・9・20 刑集38巻9号2810頁

控訴審における裁量による事実の取調べ 右「やむを得ない事由」の疎明の有無は、控訴裁判所が同法三九三条一項但書により新たな証拠の取調を義務づけられるか否かにかかわる問題であり、同項本文は、第一審判決以前に存在した事実に関する限り、第一審で取調ないし取調請求されていない新たな証拠につき、右「やむを得ない事由」の疎明がないなど同項但書の要件を欠く場合であつても、控訴裁判所が第一審判決の当否を判断するにつき必要と認めるときは裁量によつてその取調をすることができる旨定めていると解すべきである

やむを得ない事由の疎明がなくても、第一審判決以前に存在した事実に関する限り、控訴裁判所が、第一審判決の当否を判断するのに必要と認めるときは、裁量で取り調べられます。但書は、取調べが義務になる場合を絞っているだけで、本文の、できる、という権限までは消していないからです。義務ではないけれど、道は閉ざされていない、ということです。ここは、論文で論点になりうる箇所です。上の層は、条件がそろえば義務、真ん中の層は、裁量です。ここまでは、すべて第一審の判決より前の話でした。残る1つ、下の層が、判決のあとの事情です。なお、判決のあとに生じた事実は、第382条の2の文言には入っていません。第382条の2は、弁論終結前の証拠と、弁論終結後判決前の事実だけです。判決のあとの事情には、別の道が用意されています。次に見ます。

判決後の情状・職権の取調べと破棄

判決後の情状。第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状(示談・被害弁償・身柄の状況の変化など)→393条2項=必要があると認めるとき、職権で取調べ→397条2項「第三百九十三条第二項の規定による取調の結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。」=2項破棄。控訴理由の主張がなくても破棄できる。破棄したあとの処理(差戻し・自判)は次の回 図:判決後の情状

  • 第一審判決後に生じた刑の量定に影響を及ぼすべき情状(示談・被害弁償・身柄の状況の変化など)→393条2項=必要があると認めるとき、職権で取調べ→397条2項「第三百九十三条第二項の規定による取調の結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。」=2項破棄
  • 控訴理由の主張がなくても破棄できる
  • 破棄したあとの処理(差戻し・自判)は次の回

第一審の判決のあとに生じた、刑の量定に影響を及ぼすべき情状です。たとえば、判決のあとに成立した示談、被害の弁償、身柄の状況の変化などです。これを取り込む道が、さきほどのカードの第2項、第393条第2項です。必要があると認めるとき、控訴裁判所は、職権で取調べができます。Zの3つ目の問いの答えです。判決のあとに成立した示談は、第393条第2項で、控訴審が職権で取り調べられます。ただし、取り調べるかどうかは、控訴裁判所の判断で、被告人に請求権があるわけではありません。条文がつながっています。第393条第2項による取調べの結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反する、と認めるときは、判決で原判決を破棄できます。第397条第2項です。第1項の破棄が、控訴理由があるときに破棄しなければならない、という規定だったのに対し、第2項は、控訴理由の主張がなくても、判決後の事情を理由に、原判決を破棄できる道です。破棄したあとどう処理するかは、次の回に見ます。整理します。判決のあとの示談は、第一審の判決が誤っていたことを示すものではありません。誤りがあったから破棄する、のではなく、判決後の事情を見て、このままでは明らかに正義に反する、というとき、破棄できる。事後審だけれど、判決後の事情をくみ取る道を、別に置いている、というわけです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=第一審の弁論終結のあと判決の前にZが被害者と示談。量刑不当を主張する趣意書に援用できるか→382条の2第2項→できる(疎明資料を添える)。問2=同じ示談が判決の言渡しのあとに成立→382条の2は使えない→393条2項=控訴裁判所が職権で取り調べることができる。問3=第一審判決に理由がまったく付いていない→378条4号→影響を問わず控訴理由になり破棄。問4=証拠能力のない書面を採用したが、ほかの証拠だけでも同じ判決→379条→影響が明らかでなく控訴理由にならない。分かれ目=示談がいつか/違反が重大か 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=第一審の弁論終結のあと判決の前にZが被害者と示談
  • 量刑不当を主張する趣意書に援用できるか→382条の2第2項→できる(疎明資料を添える)
  • 問2=同じ示談が判決の言渡しのあとに成立→382条の2は使えない→393条2項=控訴裁判所が職権で取り調べることができる
  • 問3=第一審判決に理由がまったく付いていない→378条4号→影響を問わず控訴理由になり破棄
  • 問4=証拠能力のない書面を採用したが、ほかの証拠だけでも同じ判決→379条→影響が明らかでなく控訴理由にならない
  • 分かれ目=示談がいつか/違反が重大か

節目のミニ事例です。Zの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。第一審の弁論が終わったあと、判決の言渡しの前に、Zは被害者と示談しました。控訴審で量刑不当を主張するとき、この示談を、趣意書に援用できるでしょうか。弁論終結後、判決前に生じた事実なので、第382条の2第2項で、援用できます。疎明の資料を添えます。2つ目。同じ示談が、判決の言渡しのあとに成立していたら、どうでしょう。判決の前なら第382条の2、判決のあとなら第393条第2項の職権。1つ目と2つ目は、示談がいつ成立したか、で道具が逆になりました。3つ目。第一審の判決に、理由がまったく付いていませんでした。控訴理由になるでしょうか。

第378条第4号で、絶対的控訴理由なので、判決への影響を問わず、控訴理由になって、破棄されます。4つ目。第一審が、証拠能力のない書面を証拠に採用していました。けれど、ほかの証拠だけでも、同じ判決になります。理由がまったく無いのは、影響を問わない違反。証拠の採用の誤りは、影響が明らかでなければ控訴理由にならない違反。3つ目と4つ目は、違反が重大か、で結論が逆になりました。示談の分かれ目は、いつ成立したか。訴訟手続の違反の分かれ目は、影響を問う違反かどうか、です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①控訴審は第一審のやり直しではない。第一審判決の当否を審査する事後審。②控訴は法定の控訴理由(訴訟手続の法令違反・法令適用の誤り・量刑不当・事実誤認)に限る。訴訟手続の法令違反は、重大なら影響を問わず(絶対的)、それ以外は影響が明らかなときだけ(相対的)。量刑不当は影響の文言なし。事実誤認は、論理則・経験則に照らして不合理だと具体的に示す。③第一審のあとの事情は時点と道具で分ける。弁論終結前の証拠・弁論終結後判決前の事実=382条の2/判決以前の事実の裁量取調べ=393条1項本文/判決後の情状=393条2項→397条2項。流れ=申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却/破棄 図:まとめ

  • Zの答え=①控訴審は第一審のやり直しではない
  • 第一審判決の当否を審査する事後審
  • ②控訴は法定の控訴理由(訴訟手続の法令違反・法令適用の誤り・量刑不当・事実誤認)に限る
  • 訴訟手続の法令違反は、重大なら影響を問わず(絶対的)、それ以外は影響が明らかなときだけ(相対的)
  • 量刑不当は影響の文言なし
  • 事実誤認は、論理則・経験則に照らして不合理だと具体的に示す
  • ③第一審のあとの事情は時点と道具で分ける
  • 弁論終結前の証拠・弁論終結後判決前の事実=382条の2/判決以前の事実の裁量取調べ=393条1項本文/判決後の情状=393条2項→397条2項
  • 流れ=申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却/破棄

Zの3つの問いに答えます。まず1つ目。控訴審は、第一審のやり直しではありません。第一審の判決の当否を審査する、事後審です。2つ目。控訴は、法定の控訴理由に限られます。訴訟手続の法令違反、法令適用の誤り、量刑不当、事実誤認の4つです。訴訟手続の法令違反のうち、重大な違反は、影響を問わない絶対的控訴理由で、それ以外は、判決に影響を及ぼすことが明らかなときだけです。量刑不当には、この影響の文言がありません。事実誤認は、控訴審の心証と違うだけでは足りず、第一審の推論が論理則や経験則に照らして不合理だと、具体的に示す必要があります。3つ目。第一審のあとの事情は、時点と道具で分けます。弁論終結前の証拠と、弁論終結後判決前の事実は、第382条の2。第一審判決以前の事実は、やむを得ない事由がなくても、第393条第1項本文の裁量。判決のあとの示談などは、第393条第2項の職権の取調べで、結果によっては第397条第2項で破棄できます。第一審では量刑上有利だと考えて認めていた事実を、控訴審で争う新証拠は、やむを得ない事由には当たらず、取調べは義務ではなく裁量です。流れは、控訴申立書、記録の送付、趣意書、調査と取調べ、そして棄却か破棄です。ところで、判決の一部に絞って争ったとき、控訴審は、争われていない部分まで調べられるのでしょうか。この問いは、次の回で扱います。

ページ上部へ ↑

#161単独ページ動画

攻防対象論と控訴審の裁判

第8章 上訴と救済手続 ②/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

地図。受け直す道具は3つ。事後審=第一審判決の当否をあとから審査する。調べる範囲=392条1項(趣意書に包含された事項は調査しなければならない)/392条2項(包含されない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる)。移審と一部上訴=申立てで事件は上級審へ移る・原裁判の全部に及ぶのが原則/一部上訴は主文が複数のときだけ(軸は罪の数ではなく主文の数)。牽連犯の一部が無罪でも主文に無罪は載らず理由中で示される→主文は1つ→一部上訴できない。今日=この道具に限界はあるか。そして控訴審はどう結論を出すか 図:地図

  • 受け直す道具は3つ
  • 事後審=第一審判決の当否をあとから審査する
  • 調べる範囲=392条1項(趣意書に包含された事項は調査しなければならない)/392条2項(包含されない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる)
  • 移審と一部上訴=申立てで事件は上級審へ移る・原裁判の全部に及ぶのが原則/一部上訴は主文が複数のときだけ(軸は罪の数ではなく主文の数)
  • 牽連犯の一部が無罪でも主文に無罪は載らず理由中で示される→主文は1つ→一部上訴できない
  • 今日=この道具に限界はあるか
  • そして控訴審はどう結論を出すか

前回の最後に、問いを1つ残しました。判決の一部に絞って争ったとき、控訴審は、争われていない部分にまで踏み込んで調べられるのか。今日はこの問いに答えます。そのあとで、控訴審がどんな結論を出せるのかを、棄却から自判まで見ていきます。答えに入る前に、使う道具を3つ、地図で受け直します。1つ目。控訴審は事後審です。事件そのものを審理し直すのではなく、第一審の判決を対象に、その当否をあとから審査します。2つ目。調べる範囲です。第392条第1項で、趣意書に書かれた事項は、調査しなければなりません。第2項で、書かれていない事項でも、控訴理由になる事由なら、職権で調べられます。3つ目。上訴の共通ルールです。上訴の申立てをすると、事件が上級の裁判所へ移ります。これが移審で、原則として、一個の裁判の全部に及びます。ただし、主文が複数あるときに限って、一部だけを上訴できます。軸は、罪の数ではなく、主文の数でした。牽連犯の一部だけが無罪のときは、主文に無罪は載らず、理由中で示されるだけなので、一部上訴はできません。今日は、この道具に限界があるのかを見ます。

今日の問い。被告人Zは、偽造された領収書を取引先に示し(偽造私文書行使)、それで代金を受け取った(詐欺)として起訴された。この2つは手段と結果の関係にある牽連犯。第一審は、領収書を示した点を有罪(拘禁刑1年・執行猶予3年)とし、詐欺は、取引先が領収書を信じて払ったとはいえないとして、理由中で無罪の判断を示した。主文は有罪部分の刑だけ。検察官は控訴せず、Zが刑が重いとして控訴。控訴審が記録を読むと、詐欺も成立していると思われた。①控訴審は、詐欺の部分まで調べ直して、有罪にできるか。②402条があり、刑は重くできない。ならば調べても構わないのではないか。③もし検察官も、詐欺の無罪に控訴していたら、どうなるか 図:今日の問い

  • 被告人Zは、偽造された領収書を取引先に示し(偽造私文書行使)、それで代金を受け取った(詐欺)として起訴された
  • この2つは手段と結果の関係にある牽連犯
  • 第一審は、領収書を示した点を有罪(拘禁刑1年・執行猶予3年)とし、詐欺は、取引先が領収書を信じて払ったとはいえないとして、理由中で無罪の判断を示した
  • 主文は有罪部分の刑だけ
  • 検察官は控訴せず、Zが刑が重いとして控訴
  • 控訴審が記録を読むと、詐欺も成立していると思われた
  • ①控訴審は、詐欺の部分まで調べ直して、有罪にできるか
  • ②402条があり、刑は重くできない
  • ならば調べても構わないのではないか
  • ③もし検察官も、詐欺の無罪に控訴していたら、どうなるか

今日の被告人Zは、前回の居酒屋の件とは別の事件の人です。Zは、偽造された領収書を取引先に示し、それで代金を受け取ったとして、偽造私文書行使と詐欺で起訴されました。この2つは、手段と結果の関係にある牽連犯とします。第一審は、領収書を示した点は有罪とし、拘禁刑1年、執行猶予3年を言い渡しました。詐欺は、取引先が領収書を信じて払ったとはいえないとして、理由の中で無罪の判断を示しました。主文は、有罪部分の刑だけです。検察官は控訴せず、Zだけが、刑が重いとして控訴しました。ところが、控訴審が記録を読むと、詐欺も成立しているように思われました。問いは3つです。1つ目。控訴審は、詐欺の部分まで調べ直して、有罪にできるのか。2つ目。第402条があって、刑は重くできないのだから、調べても構わないのではないか。3つ目。もし検察官も、詐欺の無罪に控訴していたら、どうなるのか。

先に、答えの形だけ言います。控訴審は、第一審の判決を審査する場所です。そして、その審査の範囲は、当事者がどこを争っているかで絞られます。だから、誰も争っていない部分は、事件が移ってきていても調べられません。3つの問いの答えは、この3文のどこかに入っています。

原則・移審は全部に及ぶ

原則。Zの主文は1つ(有罪部分の刑だけ)→357条の一部上訴はできない→Zの控訴で、詐欺の無罪部分を含む第一審判決の全部が控訴審に移審。392条2項=趣意書にない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる。詐欺の無罪判断=事実誤認(382条)の事由に関する事項→理屈の上では、控訴審は詐欺まで調べられそうに見える。402条=被告人が控訴した事件は、原判決の刑より重い刑を言い渡せない→「刑が重くならないなら、調べて有罪にしても不利益はなさそう」 図:原則

  • Zの主文は1つ(有罪部分の刑だけ)→357条の一部上訴はできない→Zの控訴で、詐欺の無罪部分を含む第一審判決の全部が控訴審に移審
  • 392条2項=趣意書にない事項でも377条〜383条の事由は職権で調査できる
  • 詐欺の無罪判断=事実誤認(382条)の事由に関する事項→理屈の上では、控訴審は詐欺まで調べられそうに見える
  • 402条=被告人が控訴した事件は、原判決の刑より重い刑を言い渡せない→「刑が重くならないなら、調べて有罪にしても不利益はなさそう」

本題の前に、前回までに見たことを、1問だけ確かめます。牽連犯の一部だけを無罪にするとき、主文で無罪を言い渡しますか?言い渡しません。理由の中で示すだけで、主文は有罪部分の刑だけでした。Zの設例が、まさにそれです。主文は1つなので、第357条の一部上訴はできません。すると、Zの控訴で、詐欺の無罪の判断も含めて、第一審判決の全部が控訴審に移ります。ここで、第392条を見ます。

条文刑事訴訟法第392条

刑事訴訟法第392条 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含された事項は、これを調査しなければならない。 2 控訴裁判所は、控訴趣意書に包含されない事項であつても、第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に関しては、職権で調査をすることができる。

例えば、Zの趣意書は、量刑不当だけを書いたとします。それでも、詐欺の無罪の判断は、事実誤認、第382条の事由に関する事項です。第2項により、職権で調べられるように見えます。移審しているうえに、職権調査も趣意書の外に及ぶ。理屈の上では、控訴審は、詐欺まで調べられそうです。もう1つ、第402条があります。

条文刑事訴訟法第402条

刑事訴訟法第402条 被告人が控訴をし、又は被告人のため控訴をした事件については、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない。

Zだけが控訴した事件なので、控訴審は、第一審より重い刑を言い渡せません。それなら、詐欺を調べて有罪と認めても、Zの刑は変わらず、損はしない。これが、Zの2つ目の問いの考え方です。調べられそうだ、という推論と、損はしないだろう、という推論。この2つが、次の判例で、どちらも否定されます。その前に、立ち止まってください。無罪になった詐欺の部分について、Zは控訴する意味があるでしょうか。検察官は、控訴したでしょうか?Zにとって無罪は、一番有利な判断なので、不服の利益がないです。検察官は、設例では控訴していません。自分に有利な判断を、被告人が争うことはできません。前々回の、上訴の利益です。つまり、詐欺の部分は、被告人にも検察官にも、争う人がいません。この状態を、判例がどう扱うかを見ます。

攻防対象論の判例

事案の構図。第一審判決の中身=有罪部分(Zが控訴)|無罪部分(理由中で示された・誰も控訴せず)。控訴審へ移審するのは両方。職権調査は有罪部分に及ぶ。無罪部分は「当事者間で攻防の対象からはずされた」=調べて有罪にすることは許されない(職権の限度を超え違法)。この考え方=攻防対象論 図:事案の構図

  • 第一審判決の中身=有罪部分(Zが控訴)|無罪部分(理由中で示された・誰も控訴せず)
  • 控訴審へ移審するのは両方
  • 職権調査は有罪部分に及ぶ
  • 無罪部分は「当事者間で攻防の対象からはずされた」=調べて有罪にすることは許されない(職権の限度を超え違法)
  • この考え方=攻防対象論

事案です。住居侵入や暴力行為などで起訴された被告人について、第一審は、その一部を有罪とし、残りの部分には、犯罪の証明がないとして、理由の中で無罪の判断を示しました。この無罪の部分は、牽連犯や包括一罪として起訴された事実の一部だったので、主文では特に無罪を言い渡していません。被告人だけが控訴しました。すると控訴審は、職権で調査して、全部有罪だとして、原判決を破棄し、自分で判決をして、第一審と同じ刑を言い渡しました。控訴審が自分で判決をすることを、自判といいます。Zの設例と、同じ形です。大法廷の判断は、大きく3つの段に分かれます。1つ目、無罪の部分も含めて、全部が控訴審に移ること。2つ目、それでも職権の使い方には限度があること。3つ目、争いから外れた部分を調べて有罪にするのは違法だということ。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(移審の範囲) 第一審判決がその理由中において無罪の判断を示した点は、牽連犯ないし包括一罪として起訴された事実の一部なのであるから、右第一審判決に対する控訴提起の効力は、それが被告人からだけの控訴であつても、公訴事実の全部に及び、右の無罪部分を含めたそのすべてが控訴審に移審係属すると解すべきである。 そうとすれば、控訴裁判所は右起訴事実の全部の範囲にわたつて職権調査を加えることが可能であるとみられないでもない。しかしながら、控訴審が第一審判決について職権調査をするにあたり、いかなる限度においてその職権を行使すべきかについては、さらに慎重な検討を要するところである。

まず1つ目の段です。前半は、先ほどの原則そのものです。被告人だけの控訴でも、無罪の部分を含めて、全部が控訴審に移ります。後半で、職権調査が可能だとみられないでもない、と認めます。Zの問いと同じ疑問を、判例自身が出しているのです。ただ、そのあとに、しかし、と続きます。職権をどこまで使うかは、さらに慎重な検討が要る、と。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(控訴審の性格) 審判の対象設定を原則として当事者の手に委ね、被告人に対する不意打を防止し、当事者の公正な訴訟活動を期待した第一審の訴訟構造のうえに立つて、刑訴法はさらに控訴審の性格を原則として事後審たるべきものとしている。 …… そして、その事後審査も当事者の申し立てた控訴趣意を中心としてこれをなすのが建前であつて、職権調査はあくまで補充的なものとして理解されなければならない。

2つ目の段です。慎重に考える土台が、この2つのブロックです。第一審は、審判の対象を当事者が決め、被告人への不意打ちを防ぐ構造でした。その上に立つ控訴審は、事後審です。そして、事後審査は、当事者の出した趣意を中心にするもので、職権調査は、あくまで補充的なものです。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(攻防の対象) そして、右のうち無罪とされた部分については、被告人から不服を申し立てる利益がなく、検察官からの控訴申立もないのであるから、当事者間においては攻防の対象からはずされたものとみることができる。 このような部分について、それが理論上は控訴審に移審係属しているからといつて、事後審たる控訴審が職権により調査を加え有罪の自判をすることは、被告人控訴だけの場合刑訴法四〇二条により第一審判決の刑より重い刑を言い渡されないことが被告人に保障されているとはいつても、被告人に対し不意打を与えることであるから、前記のような現行刑事訴訟の基本構造、ことに現行控訴審の性格にかんがみるときは、職権の発動として許される限度をこえたものであつて、違法なものといわなければならない。

3つ目の段です。決め手は、最初のブロックです。無罪の部分は、被告人には不服を申し立てる利益がなく、検察官の控訴もない。だから、当事者の間では、攻防の対象からはずされたものとみることができる。そして、そういう部分に、職権で調査を加えて有罪の自判をするのは、不意打ちであり、職権の発動として許される限度をこえて違法です。区別を、Zで確かめます。Zが量刑不当と書いた有罪の部分は、Zが争っている部分なので、調べられます。一方、詐欺の無罪の部分は、Zも検察官も争っていないので、調べられません。同じ判決の中でも、争われている部分と、攻防の対象から外れた部分とで、線が引かれます。

⭐ 論文で書く規範:攻防対象論 無罪とされて被告人に不服の利益がなく検察官も控訴しない部分は、当事者間で攻防の対象から外れる | 移審していても、職権で調べて有罪の自判をするのは、職権の発動として許される限度を超え違法 (規範(判例型))

この考え方を、攻防対象論といいます。条文に書かれた要件ではありません。最高裁が、事後審という仕組みと当事者主義から立てた規範です。ここは、論文で論点になりうる箇所です。

判例最大決昭46・3・24 刑集25巻2号293頁

控訴審の職権調査の限度(結論の処理) 原判決の違法は、未だもつてこれを破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。

最後に、結論の処理です。この事案では、控訴審の判断は違法でした。けれど、言い渡された刑は第一審と同じで、破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められないとして、上告は棄却されました。違法でも、結果が変わらないために、破棄まではされない場合がある、ということです。Zの1つ目の問いの答えです。詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく、検察官も控訴していない。攻防の対象から外れているので、事件が移ってきていても、控訴審は調べて有罪にはできません。

理由と第402条との区別

理由の3本柱と402条との区別。理由=当事者主義(審判の対象は当事者が設定する)/事後審(調べる範囲は当事者の控訴趣意が中心・職権は補充)/不意打ちの防止(争いから外れた部分で突然、不利な認定をされない)。検察官から見れば、控訴しなかった=その部分の訴訟追行を断念したとみる。上訴の利益(主文基準)と同じ軸の上。402条と攻防対象論は別の問い。402条=刑を重くできるか/攻防対象論=争いから外れた部分を調べて認定してよいか。働く場面=移審はしているのに職権調査してよいかが問題になる場面(牽連犯・包括一罪の一部のように一部上訴できず全部が移審するとき)かつ被告人側のみが控訴し検察官が控訴していない部分。併合罪の一部無罪=主文が2つ→上訴しなかった部分は移審せず確定へ向かう 図:理由の3本柱と402条との区別

  • 理由=当事者主義(審判の対象は当事者が設定する)/事後審(調べる範囲は当事者の控訴趣意が中心・職権は補充)/不意打ちの防止(争いから外れた部分で突然、不利な認定をされない)
  • 検察官から見れば、控訴しなかった=その部分の訴訟追行を断念したとみる
  • 上訴の利益(主文基準)と同じ軸の上
  • 402条と攻防対象論は別の問い
  • 402条=刑を重くできるか/攻防対象論=争いから外れた部分を調べて認定してよいか
  • 働く場面=移審はしているのに職権調査してよいかが問題になる場面(牽連犯・包括一罪の一部のように一部上訴できず全部が移審するとき)かつ被告人側のみが控訴し検察官が控訴していない部分
  • 併合罪の一部無罪=主文が2つ→上訴しなかった部分は移審せず確定へ向かう

理由を整理します。柱は3本です。1つ目は、当事者主義です。審判の対象は、当事者が決めます。2つ目は、事後審です。調べる範囲は、当事者の控訴趣意が中心で、職権は補充にとどまります。そして3つ目は、不意打ちの防止です。争いから外れた部分で、突然、不利な認定をされてはいけません。検察官の側から見ると、控訴しなかったということは、その部分の訴訟追行を断念した、とみることになります。そして、上訴の利益のところで、主文を標準にしたことを思い出してください。無罪は、被告人にとって最も有利な判断で、不服の利益がありません。検察官が控訴しなければ、その部分を争う人は、誰もいなくなります。主文を物差しにする上訴の共通ルールと、同じ軸の上にある考え方です。

刑は変わらなくても、詐欺の有罪という認定が付きます。そこが損です。有罪の判断が付けば、Zは、詐欺でも有罪とされた人になります。しかも、Zは、詐欺は争点から外れたと思って、控訴の準備をしています。そこに、突然、有罪が出てくる。これが不意打ちです。第402条と攻防対象論は、別の問いです。第402条は、刑を重くできるか、という問いです。攻防対象論は、争いから外れた部分を調べて、認定してよいか、という問いです。前々回、第402条を見たときは、刑が重くならなければ、不利な事実を認定することは許される、としました。あれは、第402条だけを見たときの答えで、例も、争われている窃盗の中で、犯行の様子を認め直す話でした。争いから外れた部分なら、刑が重くならなくても、認定自体が許されません。だから、第402条があるから調べてよい、とはなりません。Zの2つ目の問いの答えです。この考え方が働く場面も絞っておきます。1つ目の条件は、移審はしているのに、職権調査してよいかが問題になる場面です。牽連犯や包括一罪の一部のように、一部上訴ができず、全部が移審するときです。併合罪の一部が無罪のときは、主文が2つなので、上訴しなかった部分は、そもそも移審せず、確定へ向かいます。調べる以前の話になります。2つ目の条件は、被告人側だけが控訴して、検察官が控訴していない部分であることです。検察官も控訴していれば、話が変わります。次に見ます。

展開・本位的訴因と予備的訴因

比較表。最決平元=同一の被害者・同一の交通事故で過失の態様の違いから本位的訴因と予備的訴因が構成された→第一審は予備的訴因を認定→被告人のみ控訴→控訴審が破棄差戻し→差戻審が本位的訴因を認定。判旨「予備的訴因に沿う事実を認定した第一審判決に対し被告人のみが控訴したからといつて、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、本位的訴因が当事者間の攻撃防禦の対象から外れたとみる余地はない。」。最決平25=本位的訴因は賭博開張図利の共同正犯・予備的訴因は幇助犯→第一審は幇助犯を認定→被告人のみ控訴→控訴審が職権で共同正犯を認定し有罪自判→違法。表(行=訴因の関係/検察官の追行/攻防の対象/結論)。平元=同一の事故の過失の態様の違い(軽重なし)/断念とみる余地はない/攻防の対象に残る/差戻審が本位的訴因を審理判決しても違法でない。平25=異なる構成要件(共同正犯が重く幇助が軽い)/控訴せず断念したとみるべき/攻防の対象から外れた/職権で有罪自判は違法(刑が同じなので破棄せず棄却)。検察官も控訴したとき=訴訟追行を続けている/攻防の対象に残る/調べられる 図:比較表

  • 最決平元=同一の被害者・同一の交通事故で過失の態様の違いから本位的訴因と予備的訴因が構成された→第一審は予備的訴因を認定→被告人のみ控訴→控訴審が破棄差戻し→差戻審が本位的訴因を認定
  • 判旨「予備的訴因に沿う事実を認定した第一審判決に対し被告人のみが控訴したからといつて、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、本位的訴因が当事者間の攻撃防禦の対象から外れたとみる余地はない。」
  • 最決平25=本位的訴因は賭博開張図利の共同正犯・予備的訴因は幇助犯→第一審は幇助犯を認定→被告人のみ控訴→控訴審が職権で共同正犯を認定し有罪自判→違法
  • 表(行=訴因の関係/検察官の追行/攻防の対象/結論)
  • 平元=同一の事故の過失の態様の違い(軽重なし)/断念とみる余地はない/攻防の対象に残る/差戻審が本位的訴因を審理判決しても違法でない
  • 平25=異なる構成要件(共同正犯が重く幇助が軽い)/控訴せず断念したとみるべき/攻防の対象から外れた/職権で有罪自判は違法(刑が同じなので破棄せず棄却)
  • 検察官も控訴したとき=訴訟追行を続けている/攻防の対象に残る/調べられる

攻防対象論は、無罪の部分だけの話ではありません。訴因の並べ方でも問題になります。訴因変更の全体像の回で見たことを、思い出してください。もとの訴因が本位的訴因、本位的訴因が認められないときに初めて判断してもらう訴因が、予備的訴因でした。事案です。賭場を開いて利益を図る、賭博開張図利という罪で、本位的訴因は共同正犯、予備的訴因は幇助犯でした。第一審は、共同正犯は認定できないが、幇助犯は認定できるとして、有罪にしました。検察官は控訴せず、被告人だけが控訴しました。すると控訴審は、職権で共同正犯を認定し、有罪の自判をしました。最高裁は、こう言いました。

判例最決平25・3・5 刑集67巻3号267頁

検察官が控訴しなかったときの本位的訴因 本件のように,第1審判決の理由中で,本位的訴因とされた賭博開張図利の共同正犯は認定できないが,予備的訴因とされた賭博開張図利の幇助犯は認定できるという判断が示されたにもかかわらず,同判決に対して検察官が控訴の申立てをしなかった場合には,検察官は,その時点で本位的訴因である共同正犯の訴因につき訴訟追行を断念したとみるべきであって,本位的訴因は,原審当時既に当事者間においては攻防の対象から外されていたものと解するのが相当である …… そうすると,原審としては,本位的訴因については,これを排斥した第1審裁判所の判断を前提とするほかなく,職権により本位的訴因について調査を加えて有罪の自判をしたことは,職権の発動として許される限度を超えたものであり,違法というほかない。

ここでも、見方は同じです。第一審が、本位的訴因の共同正犯は認められないが、予備的訴因の幇助犯は認められるとした。それに、検察官が控訴しない。そのとき、検察官は、本位的訴因の訴訟追行を断念したとみるべきだ、と言っています。だから、本位的訴因は、攻防の対象から外れていて、職権で調べて有罪にするのは違法です。この事案でも、刑は第一審と同じだったので、破棄はされず、上告は棄却されました。調べ直せる場合もあります。比べる判例があります。同じ被害者、同じ交通事故で、過失のあり方の違いから、本位的訴因と予備的訴因が組まれた事件です。第一審は、予備的訴因を認定しました。被告人だけが控訴し、控訴審は破棄して差し戻し、差戻審が本位的訴因を認定しました。最高裁は、こう言っています。予備的訴因に沿う事実を認定した第一審判決に、被告人のみが控訴したからといって、検察官が本位的訴因の訴訟追行を断念して、攻防の対象から外れたとみる余地はない。だから、差戻審が本位的訴因を審理して判決しても、違法ではありません。2つの分かれ目は、検察官が訴追を断念したとみられるか、です。断念という言葉は、2つの判例に共通です。何が結論を分けたのかは、判決の言葉ではなく、2つを比べた整理です。交通事故の事案は、同じ事故の過失のあり方の違いです。証拠関係しだいで、2つの訴因のどちらかが認められる関係で、軽重の差もありません。検察官は、どちらでも有罪にできれば足りるとして、追行を続けていたとみられます。予備的訴因で有罪になった時点で、検察官には、控訴して争う理由がないのです。控訴しなかったことを、あきらめたとは読めません。だから、断念とはいえません。賭博の事案は、重い共同正犯に対して、軽い幇助犯が認定されたのに、控訴しなかった。しかも、共同正犯と幇助犯は、構成要件が異なります。重い罪が退けられたのに控訴しないのは、軽い幇助犯で処罰されれば足りる、と受け入れたことになります。だから、断念とみられます。

Zの3つ目の問いの答えです。検察官も詐欺の無罪に控訴していれば、訴訟追行を続けているので、詐欺は攻防の対象に残ります。控訴審は、調べられます。ただし、無罪を覆して有罪にするには、さらに条件があります。あとで見ます。

控訴審の裁判・棄却と破棄

控訴審の裁判の表。大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)。棄却。不適法な控訴(方式違反・控訴権消滅後)が書面で明らか→決定(385条1項)/公判を開いて分かった→判決(395条)。趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反や疎明資料・保証書の欠け・理由が明らかに377〜383条の事由に当たらない)→決定(386条1項)。決定への不服=異議申立て(385条2項・386条2項)/判決への不服=上告できる(405条)。理由なし(377〜383条の事由がない)→判決で棄却(396条)。破棄。理由あり→判決で破棄しなければならない(397条1項)。2項破棄(再掲)=393条2項の取調べの結果、破棄しなければ明らかに正義に反するとき破棄できる(397条2項・実務で最も多い)。管轄違い・公訴棄却を不法に言い渡した場合=原裁判所へ差戻し(398条)/管轄を不法に認めた場合=管轄第一審裁判所へ移送(399条)。決定と判決の軸=不適法かどうかが書面で明らかか/公判を開いて分かったか 図:控訴審の裁判の表

  • 大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)
  • 棄却
  • 不適法な控訴(方式違反・控訴権消滅後)が書面で明らか→決定(385条1項)/公判を開いて分かった→判決(395条)
  • 趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反や疎明資料・保証書の欠け・理由が明らかに377〜383条の事由に当たらない)→決定(386条1項)
  • 決定への不服=異議申立て(385条2項・386条2項)/判決への不服=上告できる(405条)
  • 理由なし(377〜383条の事由がない)→判決で棄却(396条)
  • 破棄
  • 理由あり→判決で破棄しなければならない(397条1項)
  • 2項破棄(再掲)=393条2項の取調べの結果、破棄しなければ明らかに正義に反するとき破棄できる(397条2項・実務で最も多い)
  • 管轄違い・公訴棄却を不法に言い渡した場合=原裁判所へ差戻し(398条)/管轄を不法に認めた場合=管轄第一審裁判所へ移送(399条)
  • 決定と判決の軸=不適法かどうかが書面で明らかか/公判を開いて分かったか

ここから、控訴審の裁判です。結論は、大きく2つです。控訴棄却と、原判決の破棄です。棄却は、第一審の判決を維持すること。破棄は、取り消すことです。まず棄却から。控訴が不適法なとき、その形が2通りあります。

条文刑事訴訟法第385条第1項・第2項

刑事訴訟法第385条 控訴の申立が法令上の方式に違反し、又は控訴権の消滅後にされたものであることが明らかなときは、控訴裁判所は、決定でこれを棄却しなければならない。 2 前項の決定に対しては、第四百二十八条第二項の異議の申立をすることができる。この場合には、即時抗告に関する規定をも準用する。

条文刑事訴訟法第395条

刑事訴訟法第395条 控訴の申立が法令上の方式に違反し、又は控訴権の消滅後にされたものであるときは、判決で控訴を棄却しなければならない。

同じ不適法でも、書面を見ただけで明らかなときは、決定で棄却します。第385条第1項です。公判を開いて、はじめて不適法だと分かったときは、判決で棄却します。第395条です。分かれ目は、不適法かどうかが書面で明らかか、公判を開いて分かったか、です。決定には、異議の申立てができます。控訴審は高等裁判所なので、その決定には、通常抗告も即時抗告もできません。代わりに、同じ高等裁判所に異議を申し立てる道が置かれています。判決には、最高裁への上告ができます。趣意書に問題があるときも、決定で棄却されます。

条文刑事訴訟法第386条第1項・第2項

刑事訴訟法第386条 左の場合には、控訴裁判所は、決定で控訴を棄却しなければならない。 一 第三百七十六条第一項に定める期間内に控訴趣意書を差し出さないとき。 二 控訴趣意書がこの法律若しくは裁判所の規則で定める方式に違反しているとき、又は控訴趣意書にこの法律若しくは裁判所の規則の定めるところに従い必要な疎明資料若しくは保証書を添附しないとき。 三 控訴趣意書に記載された控訴の申立の理由が、明らかに第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由に該当しないとき。 2 前条第二項の規定は、前項の決定についてこれを準用する。

1号は、趣意書を期間内に出さないとき。2号は、方式に違反しているときや、必要な資料を添えていないとき。3号は、書かれた理由が、明らかに控訴理由に当たらないときです。これらは、公判を開くまでもなく決まるので、決定です。これも異議の申立てができます。趣意書の理由が、控訴理由に当たらないことが明らかとまではいえず、審理した結果、理由がなかった場合は、判決で棄却します。

条文刑事訴訟法第396条

刑事訴訟法第396条 第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由がないときは、判決で控訴を棄却しなければならない。

控訴理由がなければ、判決で棄却です。第396条です。次に、破棄です。

条文刑事訴訟法第397条第1項・第2項

刑事訴訟法第397条 第三百七十七条乃至第三百八十二条及び第三百八十三条に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない。 2 第三百九十三条第二項の規定による取調の結果、原判決を破棄しなければ明らかに正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。

控訴理由があれば、判決で原判決を破棄しなければなりません。第1項です。第2項は、前回扱った2項破棄で、判決後の情状を職権で取り調べた結果、破棄しなければ明らかに正義に反するときに、破棄できるものです。実務では、破棄の中で最も多い型です。ここでは、表の中で再確認するだけにします。そのほかに、管轄違いや公訴棄却を不法に言い渡したことを理由に破棄するときは、原裁判所へ差し戻します。管轄を不法に認めたことを理由に破棄するときは、管轄のある第一審の裁判所へ移送します。第398条と第399条です。

破棄したあと・差戻しと移送と自判

破棄後の処理。原則=差戻し(原裁判所に差し戻す)か移送(原裁判所と同等の他の裁判所に移送する)(400条本文)。例外=自判(400条但書)=訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができるものと認めるとき→控訴裁判所が自ら被告事件について判決する。理由=控訴審は事後審→「誤りがあるから第一審でやり直せ」と命じるのが本来の姿。自判でも被告人のみ控訴の事件では原判決より重い刑は言い渡せない(402条) 図:破棄後の処理

  • 原則=差戻し(原裁判所に差し戻す)か移送(原裁判所と同等の他の裁判所に移送する)(400条本文)
  • 例外=自判(400条但書)=訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができるものと認めるとき→控訴裁判所が自ら被告事件について判決する
  • 理由=控訴審は事後審→「誤りがあるから第一審でやり直せ」と命じるのが本来の姿
  • 自判でも被告人のみ控訴の事件では原判決より重い刑は言い渡せない(402条)

破棄したあと、控訴審は何をするのか。条文は、第400条です。

条文刑事訴訟法第400条

刑事訴訟法第400条 前二条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所に差し戻し、又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、控訴裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び控訴裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。

前の2条というのは、先ほどの管轄違いなどの第398条と第399条です。それ以外の理由で破棄するときは、原則として、差戻しか移送です。差戻しは、原裁判所、つまり第一審の裁判所に事件を返すことです。移送は、原裁判所と同等の、ほかの裁判所に事件を移すことです。原則が差戻しか移送なのは、控訴審が事後審だからです。最初から判決を作り直す場所ではなく、誤りがあるから、第一審でやり直しなさい、と命じるのが本来の姿です。第一審は、証人を目の前で聞く直接主義で審理した裁判所なので、やり直しも、そこで行うのが筋だと説明されます。例外が、但書です。訴訟記録と、原裁判所と控訴裁判所で取り調べた証拠によって、直ちに判決できるときは、控訴裁判所が自分で判決をします。これが、前半で出てきた自判です。自判のときも、被告人だけが控訴した事件なら、原判決より重い刑は言い渡せません。第402条です。Zの設例に戻ります。控訴審が、Zの量刑が不当だと考えて破棄するなら、第一審に差し戻すか、自分で判決をするか。記録だけで判断できるなら、自判もありえます。

無罪を破棄して有罪にする・事実の取調べ

破棄後の処理(続き)。無罪を破棄して有罪の自判をするとき。最大判昭31・7・18=第一審が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言い渡した場合、控訴裁判所が破棄し、訴訟記録と第一審で取り調べた証拠のみで直ちに犯罪事実を確定して有罪の判決をすることは許されない(被告人の憲法上の権利を害し、直接審理主義・口頭弁論主義を害する)→400条但書は使えない→差戻し・移送するか、控訴審が自ら事実の取調べをする。補強=同じ型が事実誤認(証明がないとして無罪)の場合にも大法廷で示され(最大判昭31・9・26)、令和2年の最高裁もいまも維持。Zで受ける(問い③)=検察官も詐欺の無罪に控訴し、控訴審が詐欺は成立すると考えた場合→記録だけで有罪自判はできない 図:破棄後の処理

  • 続き
  • 無罪を破棄して有罪の自判をするとき。最大判昭31・7・18=第一審が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言い渡した場合、控訴裁判所が破棄し、訴訟記録と第一審で取り調べた証拠のみで直ちに犯罪事実を確定して有罪の判決をすることは許されない(被告人の憲法上の権利を害し、直接審理主義・口頭弁論主義を害する)→400条但書は使えない→差戻し・移送するか、控訴審が自ら事実の取調べをする。補強=同じ型が事実誤認(証明がないとして無罪)の場合にも大法廷で示され(最大判昭31・9・26)、令和2年の最高裁もいまも維持。Zで受ける(問い③)=検察官も詐欺の無罪に控訴し、控訴審が詐欺は成立すると考えた場合→記録だけで有罪自判はできない

最後の問いが残っています。検察官も詐欺の無罪に控訴していて、控訴審が詐欺は成立すると考えた。このとき、記録を読んだだけで、有罪の自判をしてよいのでしょうか。事案です。船舶を無許可で輸出した行為が、当時の関税法の貨物に当たるかが争われました。第一審は、貨物に船舶は含まれない、という法令の解釈で、事実を確定しないまま無罪にしました。控訴審は、これを破棄して、書面を読んだだけで、有罪の自判をしました。最高裁の大法廷は、こう言いました。

判例最大判昭31・7・18 刑集10巻7号1147頁

無罪を破棄して有罪自判するには 被告人等は公開の法廷において、その面前で、適法な証拠調の手続が行われ、被告人等がこれに対する意見弁解を述べる機会を与えられた上でなければ、犯罪事実を確定され有罪の判決を言渡されることのない権利を保有するものといわなければならない。 それゆえ本件の如く、第一審判決が被告人の犯罪事実の存在を確定せず無罪を言渡した場合に、控訴裁判所が第一審判決を破棄し、訴訟記録並びに第一審裁判所において取り調べた証拠のみによつて、直ちに被告事件について犯罪事実の存在を確定し有罪の判決をすることは、被告人の前記憲法上の権利を害し、直接審理主義、口頭弁論主義の原則を害することになるから、かゝる場合には刑訴四〇〇条但書の規定によることは許されないものと解さなければならない。

被告人には、公開の法廷で、目の前で適法な証拠調べが行われ、意見や弁解を述べる機会を与えられたうえでなければ、有罪にされない権利があります。それなのに、第一審が事実を確定せずに無罪にした事件で、控訴審が、記録と第一審で調べた証拠だけで、犯罪事実を確定して有罪にする。これは、その権利を害し、直接主義と口頭主義にも反します。口頭主義は、公判の原則の回で見た、審理の中身を法廷で口頭で明らかにする、という原則です。判決の言う口頭弁論主義は、これのことです。だから、第400条但書の自判は使えません。では、どうするか。第一審に差し戻すか、移送するか。あるいは、控訴審が自分で事実の取調べをして、そのうえで自判します。事実の取調べは、前回見た第393条です。前回は、控訴審が調査に必要なときに使える手段として見ました。無罪を有罪に変えて自判するときは、その取調べが、自判の前提になります。事後審なのに、事実の取調べが要る場面があるのは、不思議に見えます。ただ、ここは、控訴審が自分で犯罪事実を新たに確定して、無罪を有罪に変えるときだ、と押さえれば筋が通ります。無罪を有罪に変えるのだから、被告人に、証拠調べと弁解の機会を与えなければなりません。射程も確認します。この判例は、事実を確定しないまま無罪にした場合の事案でした。その後、証拠が足りないとして無罪にした場合、いわゆる事実誤認の型にも、同じ結論が大法廷で示されています。近年の最高裁も、この考え方は変更する必要がない、と維持しています。いまも通用する規範です。

Zの3つ目の問いの続きです。検察官も控訴していれば、詐欺は攻防の対象に残ります。けれど、控訴審が詐欺は成立すると考えても、記録だけで有罪の自判はできません。第一審に差し戻すか、移送するか、事実の取調べをしたうえで自判するか、です。

破棄判決の拘束力

破棄判決の拘束力。裁判所法4条=上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。破棄差戻し後の第一審は、破棄の判断に反することは許されない。理由=事件が上下の審級の間を往復し続けるのを防ぐ。範囲(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)=最高裁が高裁判決を破棄した事件で拘束力の範囲を述べた例。「破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまりなんらの拘束力を生ずるものではない」 図:破棄判決の拘束力

  • 裁判所法4条=上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する
  • 破棄差戻し後の第一審は、破棄の判断に反することは許されない
  • 理由=事件が上下の審級の間を往復し続けるのを防ぐ
  • 範囲(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)=最高裁が高裁判決を破棄した事件で拘束力の範囲を述べた例
  • 「破棄判決の拘束力は、破棄の直接の理由、すなわち原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生ずるものであり、その消極的否定的判断を裏付ける積極的肯定的事由についての判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係に立つにとどまりなんらの拘束力を生ずるものではない」

最後の論点は、破棄判決の拘束力です。差し戻された第一審の裁判所は、控訴審の破棄の判断を、どこまで守る必要があるのか。

条文裁判所法第4条

裁判所法第4条 上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。

上級審の判断は、その事件について、下級審を拘束します。破棄されて差し戻された第一審の裁判所は、破棄の判断に反する判断をしてはいけません。理由は、同じ判断の食い違いが繰り返されて、事件が上下の裁判所を行き来し続けるのを防ぐためです。これを、破棄判決の拘束力といいます。全部ではありません。判例は、拘束力の範囲を絞っています。事案は、最高裁が高裁の判決を破棄した事件で、その後の上告審の判決が、拘束力の範囲を述べたものです。判決は、こう言っています。拘束力は、破棄の直接の理由になった、原判決に対する消極的否定的判断についてのみ生じる。それを裏付ける積極的肯定的な判断は、破棄の理由に対しては縁由的な関係、つまり間接的な関係にとどまり、拘束力を生じない、と、言い換えます。原判決のこの判断は誤りだ、という否定の部分が、下級審を縛ります。そう判断する根拠として、積極的に述べられた事情までは、縛りません。Zで置き直します。検察官も控訴し、控訴審が、取引先は領収書を信じていない、とした第一審の判断は誤りだとして、破棄して差し戻したとします。理由には、取引先の担当者の証言は信用できる、と書かれていました。差し戻された第一審は、同じ証拠のまま、取引先は信じていない、と判断し直すことはできません。ここが縛られる否定の部分です。けれど、担当者の証言は信用できる、という理由まで、そのまま採る義務はありません。往復を止めるには、同じ誤りを繰り返させなければ足ります。だから、縛るのは否定の部分だけです。この範囲の絞りが、短答で問われやすいところです。なお、この判例は上告審の破棄の例ですが、第4条の文言は、上級審の裁判所の判断が、下級審の裁判所を拘束する、というものなので、控訴審の破棄差戻しにも、そのまま及びます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの設例で、検察官も詐欺の無罪に控訴していた。控訴審は詐欺を調べられるか→調べられる(検察官が控訴した=攻防の対象に残る。Zだけの控訴のときと結論が逆)。問2=Zは共犯者と共謀して倉庫の荷物を盗んだとして窃盗の共同正犯(本位的訴因)で起訴。第一審は共同正犯を認めず予備的訴因の幇助犯だけを認めて有罪。Zだけが控訴。控訴審が共同正犯と考えて有罪自判できるか→できない(共同正犯と幇助は構成要件が違い軽重がある→検察官は断念したとみられる)。問3=Zは工場のクレーン作業で同僚にけがをさせたとして業務上過失傷害で起訴。本位的訴因=合図の確認を怠った過失/予備的訴因=荷の固定を怠った過失(同一の事故の過失の態様の違い)。第一審は予備的訴因を認定。Zだけが控訴し、控訴審が破棄して差し戻した。差戻審が本位的訴因を認定できるか→できる。問4=検察官が控訴した事件で、控訴審が第一審の無罪を記録だけで破棄し有罪の自判→違法(事実の取調べが要る)。分かれ目=誰が控訴したか/検察官が断念したとみられるか/事実の取調べの有無 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=Zの設例で、検察官も詐欺の無罪に控訴していた
  • 控訴審は詐欺を調べられるか→調べられる(検察官が控訴した=攻防の対象に残る。Zだけの控訴のときと結論が逆)
  • 問2=Zは共犯者と共謀して倉庫の荷物を盗んだとして窃盗の共同正犯(本位的訴因)で起訴
  • 第一審は共同正犯を認めず予備的訴因の幇助犯だけを認めて有罪
  • Zだけが控訴
  • 控訴審が共同正犯と考えて有罪自判できるか→できない(共同正犯と幇助は構成要件が違い軽重がある→検察官は断念したとみられる)
  • 問3=Zは工場のクレーン作業で同僚にけがをさせたとして業務上過失傷害で起訴
  • 本位的訴因=合図の確認を怠った過失/予備的訴因=荷の固定を怠った過失(同一の事故の過失の態様の違い)
  • 第一審は予備的訴因を認定
  • Zだけが控訴し、控訴審が破棄して差し戻した
  • 差戻審が本位的訴因を認定できるか→できる
  • 問4=検察官が控訴した事件で、控訴審が第一審の無罪を記録だけで破棄し有罪の自判→違法(事実の取調べが要る)
  • 分かれ目=誰が控訴したか/検察官が断念したとみられるか/事実の取調べの有無

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの設例で、検察官も、詐欺の無罪に控訴していました。控訴審は、詐欺を調べられるでしょうか。調べられます。検察官が控訴しているので、詐欺は攻防の対象に残っています。Zだけが控訴した場合とは、結論が逆になりました。2つ目。Zは、共犯者と共謀して倉庫の荷物を盗んだとして、窃盗の共同正犯の訴因で起訴されました。これが本位的訴因です。第一審は、共同正犯は認めず、予備的訴因の幇助犯だけを認めて、有罪にしました。Zだけが控訴しました。控訴審は、記録を読んで、共同正犯だと考えました。有罪の自判をできるでしょうか。

できません。共同正犯と幇助犯は構成要件が違って、重さも違います。検察官が控訴していないので、本位的訴因の追行を断念したとみられて、攻防の対象から外れています。3つ目。Zは、工場のクレーン作業で同僚にけがをさせたとして、業務上過失傷害で起訴されました。本位的訴因は、合図の確認を怠った過失。予備的訴因は、荷の固定を怠った過失です。同じ事故の、過失のあり方の違いです。第一審は、予備的訴因を認定しました。Zだけが控訴し、控訴審が破棄して差し戻しました。差戻審は、本位的訴因を認定できるでしょうか。できます。同じ事故の過失の違いなので、検察官が断念したとはいえません。2つ目と3つ目は、検察官が追行を断念したとみられるかで、結論が逆になりました。4つ目。検察官が控訴した事件で、控訴審が、第一審の無罪判決を、記録だけを読んで破棄し、有罪の自判をしました。適法でしょうか。

違法です。無罪を覆して有罪にするには、事実の取調べが必要です。整理しましょう。1つ目と、元の問いは、誰が控訴したかで結論が逆になります。2つ目と3つ目は、断念とみられるかで結論が逆になります。4つ目は、事実の取調べの有無です。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え。①詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく検察官も控訴していない=攻防の対象から外れ、移審していても調べて有罪にできない。②402条は刑を重くできるかの問い。攻防対象論は争いの外の部分を調べてよいかの問い=別。③検察官も控訴していれば調べられる。ただし無罪を破棄して有罪自判するには事実の取調べが要る。展開=検察官が訴追を断念したとみられるか。控訴審の流れ=控訴申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却(不適法・趣意書の不備=決定/不適法・理由なし=判決)/破棄(397条)→差戻し・移送が原則/直ちに判決できるとき自判(400条)→破棄判決は下級審を拘束(裁判所法4条)→判決に不服なら上告 図:まとめ

  • Zの答え
  • ①詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく検察官も控訴していない=攻防の対象から外れ、移審していても調べて有罪にできない
  • ②402条は刑を重くできるかの問い
  • 攻防対象論は争いの外の部分を調べてよいかの問い=別
  • ③検察官も控訴していれば調べられる
  • ただし無罪を破棄して有罪自判するには事実の取調べが要る
  • 展開=検察官が訴追を断念したとみられるか
  • 控訴審の流れ=控訴申立書→記録送付→趣意書→調査・取調べ→棄却(不適法・趣意書の不備=決定/不適法・理由なし=判決)/破棄(397条)→差戻し・移送が原則/直ちに判決できるとき自判(400条)→破棄判決は下級審を拘束(裁判所法4条)→判決に不服なら上告

Zの3つの問いに、順に答えます。1つ目。詐欺の部分は、被告人に不服の利益がなく、検察官も控訴していません。攻防の対象から外れているので、事件が移ってきていても、控訴審は調べて有罪にはできません。2つ目。第402条は、刑を重くできるか、という問いです。攻防対象論は、争いの外の部分を調べて、認定してよいか、という問いです。別の問いなので、刑が重くならなくても、調べてよいことにはなりません。3つ目。検察官も控訴していれば、調べられます。ただし、無罪を破棄して有罪の自判をするには、事実の取調べが要ります。展開の分かれ目は、検察官が訴追を断念したとみられるかでした。同じ事故の過失のあり方の違いなら断念とはいえず、重い共同正犯に対して軽い幇助犯が認定されたのに控訴しなければ、断念とみられます。控訴審の裁判を一覧にします。不適法な控訴と、趣意書の不備は、決定で棄却。公判を開いて不適法と分かったとき、理由がないときは、判決で棄却。理由があれば、判決で破棄します。破棄したあとは、差戻しか移送が原則で、直ちに判決できるときだけ自判です。破棄判決は、下級審を拘束します。控訴審の判決に不服があれば、最高裁に上告できます。

ページ上部へ ↑

#162単独ページ動画

上告審の役割と職権破棄

第8章 上訴と救済手続 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人Zは、深夜の倉庫から荷物を持ち出したとして窃盗で起訴された。有罪の決め手は目撃者の証言。Zは第一審から「持ち出していない」と争っていた。第一審の地方裁判所は有罪(拘禁刑1年6か月)、控訴審の高等裁判所は控訴を棄却した。Zは「目撃者の証言は信用できない。事実認定が間違っているし、刑も重すぎる」として最高裁に上告したい。①事実誤認と量刑不当を理由に、上告はできるか。②できないなら、もう救済の道は無いのか 図:今日の問い

  • 被告人Zは、深夜の倉庫から荷物を持ち出したとして窃盗で起訴された
  • 有罪の決め手は目撃者の証言
  • Zは第一審から「持ち出していない」と争っていた
  • 第一審の地方裁判所は有罪(拘禁刑1年6か月)、控訴審の高等裁判所は控訴を棄却した
  • Zは「目撃者の証言は信用できない。事実認定が間違っているし、刑も重すぎる」として最高裁に上告したい
  • ①事実誤認と量刑不当を理由に、上告はできるか
  • ②できないなら、もう救済の道は無いのか

前回の最後に、控訴審の判決に不服があれば、最高裁に上告できる、と言いました。今日は、その上告です。今日の被告人Zは、前回の領収書の件とは別の事件の人です。Zは、深夜の倉庫から荷物を持ち出したとして、窃盗で起訴されました。有罪の決め手は、目撃者の証言です。Zは、第一審から、持ち出していないと争っていました。第一審の地方裁判所は有罪で、拘禁刑1年6か月。控訴審の高等裁判所は、控訴を棄却しました。Zは、目撃者の証言は信用できない、事実認定が間違っているし、刑も重すぎる、として、最高裁に上告したいと考えています。問いは2つです。1つ目。事実誤認と量刑不当を理由に、上告はできるのか。2つ目。できないなら、もう救済の道は無いのか。

先に、答えの形だけ言います。上告の理由は、憲法違反と判例違反の、2種類だけです。事実誤認や量刑不当は、この門に入りません。ただし、門の外でも、最高裁が自分の判断で破棄する道が残されています。今日の筋は、上告の入口が3つある、ということです。

三審制の地図。第一審(地方裁判所・簡易裁判所)→控訴(14日)→控訴審(高等裁判所)→上告(14日・405条)→上告審(最高裁判所=終審)。上告できるのは原則として高等裁判所がした判決に対して。上告の申立書は原裁判所に差し出す(414条=373条・374条の準用)。今日の筋=上告の入口は3つ 図:三審制の地図

  • 第一審(地方裁判所・簡易裁判所)→控訴(14日)→控訴審(高等裁判所)→上告(14日・405条)→上告審(最高裁判所=終審)
  • 上告できるのは原則として高等裁判所がした判決に対して
  • 上告の申立書は原裁判所に差し出す(414条=373条・374条の準用)
  • 今日の筋=上告の入口は3つ

地図です。第一審の判決に不服なら控訴、その控訴審の判決に不服なら、最高裁判所への上告でした。上告できるのは、原則として、高等裁判所がした判決に対してです。期間は控訴と同じ14日で、申立書は、最高裁宛てに書きますが、差し出す先は、判決をした原裁判所です。第414条が、控訴の規定を準用しているからです。まず、最高裁が上告審として何をする場所なのかから見ます。

上告審の役割

上告審の役割。最高裁判所=憲法81条の終審裁判所。2つの働き=憲法保障(憲法違反・憲法解釈の誤りを正す)/法令解釈の統一(判例統一)。性格=事後審であり法律審(法律問題を審理する・記録を読み込んで進める書面審理が中心)。控訴理由と比べて上告理由が絞られる理由=事件が集中して点検が回らなくなること・不満のたびの上訴が繰り返されることを防ぐため 図:上告審の役割

  • 最高裁判所=憲法81条の終審裁判所
  • 2つの働き=憲法保障(憲法違反・憲法解釈の誤りを正す)/法令解釈の統一(判例統一)
  • 性格=事後審であり法律審(法律問題を審理する・記録を読み込んで進める書面審理が中心)
  • 控訴理由と比べて上告理由が絞られる理由=事件が集中して点検が回らなくなること・不満のたびの上訴が繰り返されることを防ぐため

上告は、最高裁判所への上訴です。最高裁は、憲法第81条が定める終審裁判所です。

条文憲法第81条

憲法第81条 最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

下級の裁判所も、憲法に適合するかどうかを判断できます。ただ、最終的な決着をつけるのは、最高裁です。違憲審査の方法そのものは、憲法の回で扱います。ここでは、最高裁が最後の判断者だ、という位置づけだけを押さえてください。この位置づけから、上告審の働きは2つ出てきます。1つ目は、憲法を守ることです。原判決に憲法違反や憲法解釈の誤りがあれば、正します。2つ目は、法令の解釈をそろえることです。同じ法律の解釈が、裁判所ごとにバラバラでは困ります。そこで、最高裁の判例と食い違う判断を、正す役目があります。性格もまとめます。上告審は、控訴審と同じ事後審で、さらに、法律審です。法律審とは、法律問題を中心に審理する裁判所のことです。審理も、第一審と控訴審の記録を調べることが中心で、書面を読んで進めます。法律審という言い方は、条文に書かれた言葉ではありません。上告理由の定め方などの仕組みから、そう性格づけられるものです。

上告が事実を見直すためのものではないのは、最高裁が、個々の事件の正しさを最後に確かめる場所ではなく、憲法と法令解釈を整える場所だからです。たとえて言えば、判決文の誤字を直す校閲係ではなく、法律の物差しが全国でそろっているかを点検する検査所です。検査所に持ち込める項目は、あらかじめ決められています。事件が山のように持ち込まれたら点検は回りませんし、不満があるたびに持ち込まれる濫上訴も防げません。だから、控訴理由と比べて、上告理由は大きく絞られているのです。

上告理由・第405条

控訴理由と上告理由の対比。控訴理由(377条〜383条)=訴訟手続の法令違反/法令適用の誤り/量刑不当/事実誤認/再審事由等。上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り/最高裁判所の判例と相反する判断/最高裁の判例がない場合に限り、大審院・上告裁判所たる高等裁判所・施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断。事実誤認・量刑不当・一般の法令違反は上告理由に入っていない。事実誤認・量刑不当を理由に争えるのは控訴審まで 図:控訴理由と上告理由の対比

  • 控訴理由(377条〜383条)=訴訟手続の法令違反/法令適用の誤り/量刑不当/事実誤認/再審事由等
  • 上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り/最高裁判所の判例と相反する判断/最高裁の判例がない場合に限り、大審院・上告裁判所たる高等裁判所・施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断
  • 事実誤認・量刑不当・一般の法令違反は上告理由に入っていない
  • 事実誤認・量刑不当を理由に争えるのは控訴審まで

上告の理由を定めるのが、第405条です。

条文刑事訴訟法第405条

刑事訴訟法第405条 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。 一 憲法の違反があること又は憲法の解釈に誤があること。 二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。 三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

1号は、憲法違反と、憲法の解釈の誤りです。2号は、最高裁判所の判例と相反する判断です。相反するとは、判例の判断と食い違うことです。3号は、最高裁の判例がない場合に、大審院や高等裁判所の判例と食い違う判断です。大審院は、今の最高裁判所ができる前の、最上級の裁判所です。ここに罠があります。高等裁判所などの判例違反は、最高裁の判例がない場合に限られます。最高裁の判例があるなら、2号の問題になります。控訴理由と並べます。控訴理由には、訴訟手続の法令違反、法令適用の誤り、量刑不当、事実誤認などが入っていました。上告理由には、そのうち、事実誤認も、量刑不当も、一般の法令違反も入っていません。事実誤認や量刑不当を理由に争えるのは、控訴審までです。Zの1つ目の問いの答えです。Zの主張は、事実誤認と量刑不当なので、第405条の理由に当たりません。上告の申立て自体はできますが、そのままでは棄却されます。決定で棄却されるのか、判決で棄却されるのかは、あとで見ます。

判例違反の主張のしかた

判例違反の主張のしかた。どの判例に反するのかを具体的に示す。示した判例が使えないと「前提を欠く」として退けられる。退けられる型は2つ=事案を異にする判例を引いた/引いた判例が主張のような趣旨を示していない。判例=判決の結論を導くのに必要な法的理由づけ(判決理由)。結論と直接つながらない記述は傍論。逐語「その余の判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないか,引用の判例が所論のような趣旨を示したものではないから前提を欠くものであり,その余は,単なる法令違反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。」(最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁) 図:判例違反の主張のしかた

  • どの判例に反するのかを具体的に示す
  • 示した判例が使えないと「前提を欠く」として退けられる
  • 退けられる型は2つ=事案を異にする判例を引いた/引いた判例が主張のような趣旨を示していない
  • 判例=判決の結論を導くのに必要な法的理由づけ(判決理由)
  • 結論と直接つながらない記述は傍論
  • 逐語「その余の判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないか,引用の判例が所論のような趣旨を示したものではないから前提を欠くものであり,その余は,単なる法令違反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。」(最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁)

上告理由の言い方にも、決まりごとがあります。判例違反を主張するときは、どの判例に反するのかを、具体的に示さなければなりません。刑事訴訟規則の第253条が、上告趣意書にその判例を具体的に示すよう求めているからです。ここでいう判例は、判決の結論を導くのに必要な、法的な理由づけ、つまり判決理由のことです。結論と直接つながらない記述は、傍論といって、判例にはなりません。では、判例を示しさえすれば足りるのでしょうか。示した判例が使えなければ、どうなるか。最高裁の大法廷判決が、上告の理由として書かれた主張を退けた言い方があります。その余の判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって本件に適切でないか、引用の判例が所論のような趣旨を示したものではないから、前提を欠く、と。さらに、その余は、単なる法令違反、量刑不当の主張であって、第405条の上告理由に当たらない、と続きます。退けられる型は2つです。引いた判例が、事案が違って、この事件に当てはまらない場合。もう1つは、引いた判例が、主張しているような趣旨を、そもそも示していない場合です。どちらも、相反する判例が成り立たないので、前提を欠くことになります。

名前だけの憲法違反は不可。逐語「所論は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。」。憲法違反と書いてあっても、実質が事実誤認なら上告理由にならない。実質で判断される(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁) 図:名前だけの憲法違反は不可

  • 逐語「所論は、違憲をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。」
  • 憲法違反と書いてあっても、実質が事実誤認なら上告理由にならない
  • 実質で判断される(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)

憲法違反と書き添えるだけでは、上告理由になりません。名前だけでは足りません。最高裁は、こう言っています。違憲をいう点もあるが、その実質はすべて事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない、と。憲法違反と書いてあっても、中身が事実誤認なら、門は開きません。名前だけで通れるなら、誰もが憲法違反と書き添えて、第405条で入口を絞った意味がなくなるからです。だから、実質で判断されます。

上告受理・第406条

上告理由と上告受理の対比。上告理由(405条)=根拠は405条・条文の事由があれば上告できる(申立てが入口)・事由は憲法違反/最高裁判例違反等。上告受理(406条)=根拠は406条・最高裁の裁量で受理する(義務ではない)・事由は法令の解釈に関する重要な事項を含むこと・判決確定前に限る・手続は裁判所の規則の定めるところによる。受理した事件で破棄するなら405条の事由は無いので411条による 図:上告理由と上告受理の対比

  • 上告理由(405条)=根拠は405条・条文の事由があれば上告できる(申立てが入口)・事由は憲法違反/最高裁判例違反等
  • 上告受理(406条)=根拠は406条・最高裁の裁量で受理する(義務ではない)・事由は法令の解釈に関する重要な事項を含むこと・判決確定前に限る・手続は裁判所の規則の定めるところによる
  • 受理した事件で破棄するなら405条の事由は無いので411条による

入口の2つ目は、上告受理です。

条文刑事訴訟法第406条

刑事訴訟法第406条 最高裁判所は、前条の規定により上告をすることができる場合以外の場合であつても、法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件については、その判決確定前に限り、裁判所の規則の定めるところにより、自ら上告審としてその事件を受理することができる。

第405条の事由が無くても、法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる事件は、判決が確定する前に限り、最高裁が自ら上告審として受理できます。第406条は、「裁判所の規則の定めるところにより」と書いています。この規則が、最高裁判所の定める、手続の細目のルール、刑事訴訟規則です。中身にあたるのが、次の第257条です。

条文刑事訴訟規則第257条

刑事訴訟規則第257条 高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、その事件が法令(裁判所の規則を含む。)の解釈に関する重要な事項を含むものと認めるときは、上訴権者は、その判決に対する上告の提起期間内に限り、最高裁判所に上告審として事件を受理すべきことを申し立てることができる。但し、法第四百五条に規定する事由をその理由とすることはできない。

申し立てられるのは、上訴権者が、上告の提起期間内に限ってです。期間は14日で、期限があります。ただし書が大事です。第405条の事由は、理由にできません。憲法違反や判例違反は第405条で争い、上告受理は、それ以外の法令の解釈に関する重要な事項を拾う入口と、役割が分かれています。申立書は原裁判所に差し出し、受理されれば、その理由書が上告趣意書とみなされます。申立てをすると、原判決の確定は妨げられます。なぜ、この入口があるのか。第405条の判例違反は、食い違う相手の判例が、すでにあることが前提です。たとえば、最高裁にも高裁にも、まだ判例がない新しい法律問題は、解釈をそろえたくても、第405条からは入れません。そこを拾うのが、上告受理です。ここで、上告理由との違いを押さえてください。条文の主語は、最高裁判所で、受理することが「できる」と書かれています。受理するかどうかは、最高裁の裁量です。重要な事項を含むかどうかも、最高裁が判断します。当事者が申し立てれば受理してもらえる、という権利ではありません。これに対して、第405条の上告理由は、条文が定める事由があれば、当事者が上告できる入口です。もう1つ。受理した事件で原判決を破棄するときは、第405条の事由が無い事件なので、根拠は、このあと見る第411条になります。もう1つの破棄の条文である第410条は、第405条の事由があるときに破棄する、という定めなので、ここでは使えないからです。上告受理は入口で、破棄の根拠は別にある、と覚えてください。

Zに当てはめます。Zの不満は、目撃者の証言を信用するかどうか、という事実の評価です。法令の解釈に関する重要な事項ではないので、この入口も、Zには開きません。

上告審の手続

上告審の手続。準用(414条)=控訴の規定は、この法律に特別の定めがある場合を除き、上告の審判に準用。例=提起期間14日(373条)・申立書の差出先(374条)・事実の取調べ(393条1項)・棄却の決定(385条・386条)と判決(395条・396条)・不利益変更禁止(402条)。特別の定め(405条〜413条)が先に適用される。上告趣意書(407条)=上告の申立ての理由を明示。弁論を経ない棄却(408条)=趣意書その他の書類で理由がないことが明らかなら判決で棄却。召喚不要(409条)=公判期日に被告人を召喚することを要しない。上告審は書面審理が中心 図:上告審の手続

  • 準用(414条)=控訴の規定は、この法律に特別の定めがある場合を除き、上告の審判に準用
  • 例=提起期間14日(373条)・申立書の差出先(374条)・事実の取調べ(393条1項)・棄却の決定(385条・386条)と判決(395条・396条)・不利益変更禁止(402条)
  • 特別の定め(405条〜413条)が先に適用される
  • 上告趣意書(407条)=上告の申立ての理由を明示
  • 弁論を経ない棄却(408条)=趣意書その他の書類で理由がないことが明らかなら判決で棄却
  • 召喚不要(409条)=公判期日に被告人を召喚することを要しない
  • 上告審は書面審理が中心

入口の3つ目に進む前に、入ったあとの審理がどう進むかを見ておきます。上告審の手続です。基本は、控訴の規定を使い回します。

条文刑事訴訟法第414条

刑事訴訟法第414条 前章の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、上告の審判についてこれを準用する。

準用とは、控訴の規定を上告に当てはめて読む、ということです。なぜ借りられるのか。控訴も上告も、前の裁判所の判決に誤りがないかを、あとから点検する上訴です。申立ての期間、申立書の出し方、棄却のしかたといった骨組みは共通なので、同じことをもう一度書かずに、控訴の規定を借りるのです。たとえば、提起期間14日の第373条、申立書の差出先の第374条、棄却の決定と判決の第385条から第396条、前に見た不利益変更禁止の第402条などです。ただし、特別の定めがある場合は、そちらが先に働きます。第405条から第413条が、その特別の定めです。上告の理由のように、上告審だけの決まりは、ここに別に書かれています。

条文刑事訴訟法第407条

刑事訴訟法第407条 上告趣意書には、裁判所の規則の定めるところにより、上告の申立の理由を明示しなければならない。

条文刑事訴訟法第408条

刑事訴訟法第408条 上告裁判所は、上告趣意書その他の書類によつて、上告の申立の理由がないことが明らかであると認めるときは、弁論を経ないで、判決で上告を棄却することができる。

条文刑事訴訟法第409条

刑事訴訟法第409条 上告審においては、公判期日に被告人を召喚することを要しない。

上告するには、上告趣意書で、申立ての理由を明示します。そして、趣意書などの書類を見て、理由がないことが明らかなときは、最高裁は、弁論を経ないで、判決で棄却できます。第408条です。上告審は、書面審理が中心で、弁論が開かれるのは例外です。被告人の召喚も、要りません。第409条です。上告審は、法律問題を記録で審理する場で、本人から事情を聞き直す場ではないからです。Zは、最高裁に呼ばれないのが通常です。

職権破棄・第411条

第411条の5事由と控訴審との言い方の比較。411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる。1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要。 図:第411条の5事由と控訴審との言い方の比較

  • 411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる
  • 1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと
  • 比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要

入口の3つ目です。ここが、今日の山場です。立ち止まって考えてください。Zの事実誤認の主張は、第405条の事由に当たるでしょうか。当たらないなら、最高裁は、もう何もしてくれないのでしょうか?そこで、第411条の出番です。

条文刑事訴訟法第411条

刑事訴訟法第411条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由がない場合であつても、左の事由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる。 一 判決に影響を及ぼすべき法令の違反があること。 二 刑の量定が甚しく不当であること。 三 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があること。 四 再審の請求をすることができる場合にあたる事由があること。 五 判決があつた後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があつたこと。

第405条の各号の事由が無くても、1号から5号までのいずれかの事由があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、最高裁は判決で原判決を破棄できます。1号は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反。2号は、刑の量定が甚しく不当なこと。3号は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認。4号は、再審事由にあたる事由で、再審は別のしくみとして、後の回で扱います。5号は、判決のあとに刑が廃止や変更されたり、大赦があったりしたことです。

第411条は上告の理由ではない。上告の申立て=405条の事由があるときに限る/411条=405条の事由がなくても最高裁が職権で破棄できる事由。当事者の主張は職権の発動を促すにとどまる。逐語「上告の申立は、刑訴四〇五条に定めてある事由があることを理由とするときに限りなすことができるものである。同四一一条は、上告申立の理由を定めたものではなく、同四〇五条各号に規定する事由がない場合であつても、上告裁判所が原判決を破棄しなければ、著しく正義に反すると認めた場合に職権を以て原判決を破棄し得る事由を定めたものである。」(最決昭26・3・8 集刑41号343頁) 図:第411条は上告の理由ではない

  • 上告の申立て=405条の事由があるときに限る/411条=405条の事由がなくても最高裁が職権で破棄できる事由
  • 当事者の主張は職権の発動を促すにとどまる
  • 逐語「上告の申立は、刑訴四〇五条に定めてある事由があることを理由とするときに限りなすことができるものである。同四一一条は、上告申立の理由を定めたものではなく、同四〇五条各号に規定する事由がない場合であつても、上告裁判所が原判決を破棄しなければ、著しく正義に反すると認めた場合に職権を以て原判決を破棄し得る事由を定めたものである。」(最決昭26・3・8 集刑41号343頁)

注意点が1つあります。第411条は、上告の理由を定めた条文ではありません。最高裁が職権で破棄できる場合を定めたものです。職権とは、当事者の申立てを待たずに、裁判所が自分の判断で動くことです。最高裁の決定が、はっきり言っています。上告の申立ては、第405条に定める事由を理由とするときに限りできる。第411条は、上告申立ての理由を定めたものではなく、第405条各号の事由がない場合でも、破棄しなければ著しく正義に反すると認めたときに、職権で破棄できる事由を定めたものだ、と、ですから、当事者が1号から5号を主張しても、職権の発動を促すにすぎません。権利として破棄を求められるわけではありません。

第411条の5事由と控訴審との言い方の比較。411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる。1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと。比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要。 図:第411条の5事由と控訴審との言い方の比較

  • 411条=405条各号の事由がない場合でも、次の事由があって原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるとき、判決で破棄できる
  • 1号 判決に影響を及ぼすべき法令の違反/2号 刑の量定が甚しく不当/3号 判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認/4号 再審の請求をすることができる場合にあたる事由/5号 判決があった後に刑の廃止若しくは変更又は大赦があったこと
  • 比較(控訴審)=1号は379・380条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/2号は381条「不当」/3号は382条「判決に影響を及ぼすことが明らか」/結論の要件=控訴審は事由があれば破棄(397条1項)/411条は事由に加えて「著しく正義に反する」が必要

控訴審の言い方と比べると、輪郭が見えます。控訴審では、法令違反は判決に影響を及ぼすことが明らか、量刑は不当、事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らか、で足りました。上告審は、量刑は「甚しく」不当、事実誤認は「重大な」事実の誤認と、言葉が絞られています。法令違反の1号は、判決に影響を及ぼすべき法令の違反、という言い方で、控訴審の「明らか」という言葉はありません。ただ、どの号にも、破棄しなければ著しく正義に反する、という結論の要件がかかります。控訴審では、控訴理由に当たる事由があれば、原判決を破棄しなければなりませんでした。根拠は第397条第1項です。上告審の第411条は、事由があるだけでは足りず、そのうえで著しく正義に反すると最高裁が認めて、はじめて破棄できます。この点で、上告審のほうが、破棄のハードルは高いのです。Zの2つ目の問いの答えです。Zの事実誤認は3号、量刑の主張は2号の事由に、形式上は当たりえます。ただし、事実誤認は重大なものでなければならず、そのうえで、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めたときだけ、破棄されます。Zが主張しても、職権の発動を促すにすぎません。

職権破棄の実際

最判昭43の経過。強盗殺人で起訴された被告人らの事件。第一審有罪→控訴審有罪→1度目の上告審が「判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑」として破棄差戻し→控訴審が無罪→2度目の上告審が、上告趣意を「帰するところ事実誤認、単なる訴訟法違反の主張を出でないものであつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない」と排斥しながら411条を発動して職権調査し、原判決を破棄差戻し→控訴審が有罪→3度目の上告審(この判決)が411条3号により原判決を破棄し、413条但書により自判して無罪。逐語「書面審査による上告審が、事実認定の当否の判断に深く介入することは、かえつて危険であり、国民の信頼をつなぐ所以でもないからである。」「記録その他の証拠資料を検討して原判決の認定に不合理なところがないか否かの事後審査をするにとどまるのが原則であつて、原判決の認定の当否を判断するために、あらたに事実の認定をするものでないことは、いうまでもない。」「原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑があることに帰し、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる場合であるといわなければならない。」(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁) 図:最判昭43の経過

  • 強盗殺人で起訴された被告人らの事件
  • 第一審有罪→控訴審有罪→1度目の上告審が「判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑」として破棄差戻し→控訴審が無罪→2度目の上告審が、上告趣意を「帰するところ事実誤認、単なる訴訟法違反の主張を出でないものであつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない」と排斥しながら411条を発動して職権調査し、原判決を破棄差戻し→控訴審が有罪→3度目の上告審(この判決)が411条3号により原判決を破棄し、413条但書により自判して無罪
  • 逐語「書面審査による上告審が、事実認定の当否の判断に深く介入することは、かえつて危険であり、国民の信頼をつなぐ所以でもないからである。」「記録その他の証拠資料を検討して原判決の認定に不合理なところがないか否かの事後審査をするにとどまるのが原則であつて、原判決の認定の当否を判断するために、あらたに事実の認定をするものでないことは、いうまでもない。」「原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑があることに帰し、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる場合であるといわなければならない。」(最判昭43・10・25 刑集22巻11号961頁)

では、実際に、第411条で救済された例を見ます。前に、破棄判決の拘束力の範囲を見たときの判決と、同じ事件です。強盗殺人で起訴された被告人たちの事件です。第一審も控訴審も有罪でした。最初の上告審は、重大な事実誤認の疑いがあるとして、破棄して差し戻しました。差戻し後の控訴審は、無罪にしました。すると、2度目の上告審が、また、原判決を破棄して差し戻しました。このとき最高裁は、上告趣意を、帰するところ事実誤認、単なる訴訟法違反の主張であって、第405条の上告理由に当たらない、と退けています。そのうえで、第411条を使って、職権で調べたのです。差戻し後の控訴審は、有罪としました。そして、3度目の上告審が、この判決です。第411条第3号により原判決を破棄し、第413条但書により、自分で判決をして、無罪を言い渡しました。判決は、慎重さも語っています。2つに分けて聞いてください。どんなときに破棄できるのか。そして、どう調べるのか、です。上告審が原判決を破棄できるのは、事実誤認が重大で、看過することが著しく正義に反する場合に限られる。その理由は、書面審査による上告審が、事実認定の当否の判断に深く介入することは、かえって危険で、国民の信頼をつなぐ所以でもないからだ、と。証人の顔も声も見ていない裁判所が、紙の記録だけで事実の認定を覆すのは危うい、という意味です。2つ目の、調べ方も、記録その他の証拠資料を検討して、原判決の認定に不合理なところがないかを事後審査するにとどまるのが原則で、あらたに事実を認定するものではない、と述べています。最後に、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認の疑いがあり、破棄しなければ著しく正義に反する、として破棄しました。

言い過ぎないために、位置づけも確認します。これは、証拠が出尽くしたあとの、3度目の上告審で、最高裁が無罪という結論まで自分で出した、例外中の例外です。ここから言えるのは、上告理由を満たさない主張でも、第411条の事由があって著しく正義に反するときは、最高裁が破棄しうる、という一点です。整理します。事実誤認や量刑不当や一般の法令違反に、救済が実際に行われうるのは、最高裁の職権の発動を通じてです。事実誤認や量刑不当を訴える上告は、実質的には、この職権の発動を促すものになります。入口は3つになりました。上告理由は、条文が定める事由があれば申し立てられる権利です。上告受理と職権発動は、どちらも最高裁の裁量です。

上告審の裁判

上告審の裁判の表。大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)。棄却:申立てが方式違反・上告権消滅後と書面で明らか→決定(414条・385条1項)/公判を開いて分かった→判決(414条・395条)。趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反・必要な資料の添付なし)→決定(414条・386条1項1号・2号)。趣意書の理由が明らかに405条各号の事由に当たらない→決定(414条・386条1項3号)←Zの事実誤認・量刑不当はこの型。審理して上告理由に当たる事由がない→判決(414条・396条)。趣意書その他の書類で理由がないことが明らか→弁論を経ず判決(408条)。405条の事由はあるが判決に影響を及ぼさないことが明らか→判決で棄却(410条1項但書)。判例違反のみで判例を変更して原判決を維持するのが相当→判決で棄却(410条2項)。決定への不服=異議の申立て(414条→386条2項→385条2項→428条2項)/判決への不服=上訴は不可・訂正の申立て(415条)。 図:上告審の裁判の表

  • 大分類=棄却(原判決を維持)/破棄(取り消す)
  • 棄却:申立てが方式違反・上告権消滅後と書面で明らか→決定(414条・385条1項)/公判を開いて分かった→判決(414条・395条)
  • 趣意書の不備(期間内に出さない・方式違反・必要な資料の添付なし)→決定(414条・386条1項1号・2号)
  • 趣意書の理由が明らかに405条各号の事由に当たらない→決定(414条・386条1項3号)←Zの事実誤認・量刑不当はこの型
  • 審理して上告理由に当たる事由がない→判決(414条・396条)
  • 趣意書その他の書類で理由がないことが明らか→弁論を経ず判決(408条)
  • 405条の事由はあるが判決に影響を及ぼさないことが明らか→判決で棄却(410条1項但書)
  • 判例違反のみで判例を変更して原判決を維持するのが相当→判決で棄却(410条2項)
  • 決定への不服=異議の申立て(414条→386条2項→385条2項→428条2項)/判決への不服=上訴は不可・訂正の申立て(415条)

上告審の裁判を整理します。大きく2つです。上告棄却は、原判決を維持すること。原判決破棄は、取り消すことです。まず、棄却です。決定で棄却するか、判決で棄却するか。控訴審のところで見た分かれ目が、そのまま使えます。判決は、公判廷での審理を経てする裁判で、決定は、それを経なくてもできる裁判でした。判決は原則として公判での審理を経ますが、上告審では、第408条のように弁論を経ない判決もあります。書面を見ただけで不適法と分かるなら、公判を開くまでもないので、決定で足ります。公判を開いてから分かったのなら、判決で応えます。第414条が、第385条と第395条を準用しています。趣意書を期間内に出さない、方式に違反する、必要な資料を添えていない、というときも決定です。第386条第1項の第1号と第2号です。そして、Zに直結するのが、控訴審で見た第386条の、第3号です。上告趣意書に書かれた理由が、明らかに第405条各号の事由に当たらないときは、決定で棄却されます。Zの事実誤認と量刑不当の主張は、この型です。最高裁が第411条の職権発動をするかどうかは、別の話です。第411条は上告の理由ではない、と述べた先ほどの決定も、この第3号で上告を棄却していました。審理した結果、上告理由に当たる事由がなかったときは、判決で棄却します。第396条です。趣意書などの書類で、理由がないことが明らかなら、弁論を経ずに判決で棄却できる、というのが先ほどの第408条でした。もう1つ、第405条の事由はあるけれど、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合も、判決で棄却です。

条文刑事訴訟法第410条第1項・第2項

刑事訴訟法第410条 上告裁判所は、第四百五条各号に規定する事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない。但し、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合は、この限りでない。 2 第四百五条第二号又は第三号に規定する事由のみがある場合において、上告裁判所がその判例を変更して原判決を維持するのを相当とするときは、前項の規定は、これを適用しない。

第410条第1項は、第405条の事由があるときは、判決で原判決を破棄しなければならない、と定めます。ただし書で、判決に影響を及ぼさないことが明らかなときは別です。第2項は、判例違反だけがある場合の特則です。これは、のちほど、実際の判例で見ます。不服の形も確認します。決定で棄却されたときは、その決定をした最高裁自身に、異議を申し立てることができます。控訴審のところで、高等裁判所の決定には抗告ができず、代わりに、同じ高等裁判所への異議がある、と見ました。その規定が、第414条の準用で、上告審にも当てはまるのです。異議の申立ては、3日以内にします。判決で棄却されたら、上訴はもうできません。最高裁が終審だからです。判決の内容に誤りがあるときの訂正の申立てが、あとで見る第415条です。

上告審の破棄と、破棄のあと。破棄:405条の事由あり→判決で破棄(410条1項本文)/405条の事由が無くても411条の事由+著しく正義に反する→判決で破棄(411条)/不法に管轄を認めた→移送(412条)。破棄のあと(413条):原則=差戻し(原裁判所=控訴審、または第一審裁判所へ)か、同等の他の裁判所への移送/例外=訴訟記録と原裁判所・第一審裁判所で取り調べた証拠で直ちに判決できるとき→自判(413条但書)。控訴審の400条との違い=差戻し先に第一審裁判所も入る 図:上告審の破棄と、破棄のあと

  • 破棄:405条の事由あり→判決で破棄(410条1項本文)/405条の事由が無くても411条の事由+著しく正義に反する→判決で破棄(411条)/不法に管轄を認めた→移送(412条)
  • 破棄のあと(413条):原則=差戻し(原裁判所=控訴審、または第一審裁判所へ)か、同等の他の裁判所への移送/例外=訴訟記録と原裁判所・第一審裁判所で取り調べた証拠で直ちに判決できるとき→自判(413条但書)
  • 控訴審の400条との違い=差戻し先に第一審裁判所も入る

次に、破棄です。第405条の事由があれば、第410条第1項で判決により破棄します。事由が無くても、第411条の事由があって、著しく正義に反するなら、破棄します。不法に管轄を認めたことを理由に破棄するときは、判決で事件を移送します。

条文刑事訴訟法第412条

刑事訴訟法第412条 不法に管轄を認めたことを理由として原判決を破棄するときは、判決で事件を管轄控訴裁判所又は管轄第一審裁判所に移送しなければならない。

では、破棄したあと、どうするのか。ここで、前回の問いを1つ、思い出してください。控訴審が原判決を破棄したあと、事件を差し戻さずに、控訴審が自分で判決をするのは、どんなときでしたか?訴訟記録と、原裁判所や控訴裁判所で取り調べた証拠によって、直ちに判決をすることができると認めるときです。自判といいました。上告審にも、同じ仕組みがあります。

条文刑事訴訟法第413条

刑事訴訟法第413条 前条に規定する理由以外の理由によつて原判決を破棄するときは、判決で、事件を原裁判所若しくは第一審裁判所に差し戻し、又はこれらと同等の他の裁判所に移送しなければならない。但し、上告裁判所は、訴訟記録並びに原裁判所及び第一審裁判所において取り調べた証拠によつて、直ちに判決をすることができるものと認めるときは、被告事件について更に判決をすることができる。

原則は、差戻しか移送です。控訴審の第400条と違うのは、差戻し先に、第一審裁判所も入っているところです。控訴審は、原裁判所、つまり第一審にしか戻せませんでした。上告審は、控訴審にも第一審にも戻せます。例外が、ただし書の自判です。Zに当てはめます。控訴審の高等裁判所の判決を破棄するなら、高等裁判所に差し戻すか、第一審の地方裁判所に差し戻すか、または、記録と、これまで取り調べた証拠だけで判断できるなら自判するか、です。差し戻された裁判所は、前に見たとおり、最高裁の破棄の判断に縛られます。縛るのは、原判決のこの判断は誤りだ、という否定の部分だけでした。

判例変更と第410条第2項

判例変更の流れ。性的意図を要するとした古い判例→弁護人が、原判決は古い判例に反すると主張(405条2号の判例違反)→大法廷が古い判例を変更→410条2項により原判決を維持するのを相当と認める→判例違反の主張は原判決破棄の理由にならない→上告棄却(判決)。判例違反があっても必ず破棄になるわけではない。410条2項が使える範囲=405条2号・3号の事由のみ。憲法違反(1号)には使えない。判例変更は小法廷ではできず大法廷の仕事(裁判所法10条3号) 図:判例変更の流れ

  • 性的意図を要するとした古い判例→弁護人が、原判決は古い判例に反すると主張(405条2号の判例違反)→大法廷が古い判例を変更→410条2項により原判決を維持するのを相当と認める→判例違反の主張は原判決破棄の理由にならない→上告棄却(判決)
  • 判例違反があっても必ず破棄になるわけではない
  • 410条2項が使える範囲=405条2号・3号の事由のみ
  • 憲法違反(1号)には使えない
  • 判例変更は小法廷ではできず大法廷の仕事(裁判所法10条3号)

判例違反があれば、原則として、破棄になります。けれど、必ずそうなるわけではありません。実例を見ます。事案です。強制わいせつ罪で起訴された被告人について、第一審は有罪でした。被告人は、金銭目的で、自分の性欲を満たす意図はなかった、と争いました。ところが、強制わいせつ罪の成立には行為者の性的意図が必要だ、とした最高裁の古い判例があります。弁護人は、この判例に原判決が反する、と主張しました。第405条第2号の、判例違反の主張です。原判決は、その判例を現時点で維持するのは相当でないとして、性的意図の有無は成立に影響しないとしていました。最高裁の大法廷は、こう言いました。

判例最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁

古い判例は変更される 今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。 …… しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。

判例最大判平29・11・29 刑集71巻9号467頁

それでも原判決は維持される 以上によれば,刑訴法410条2項により,昭和45年判例を当裁判所の上記見解に反する限度で変更し,原判決を維持するのを相当と認めるから,同判例違反をいう所論は,原判決破棄の理由にならない。 …… よって,刑訴法414条,396条,刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

大法廷は、まず、行為者の性的意図を成立要件とする古い判例の解釈は、もはや維持し難いと言いました。次に、性的意図を一律に成立要件とするのは相当でなく、判例は変更されるべきだと述べました。そこで、第410条第2項により、古い判例を変更して、原判決を維持するのを相当と認めます。したがって、判例違反をいう主張は、原判決を破棄する理由にならない。結論は、上告棄却の判決です。筋道を整理します。判例違反の主張は、本来なら破棄の理由です。しかし、最高裁がその判例のほうを改めたのなら、原判決は、改められた新しい解釈に沿っていることになります。判例違反を理由に原判決を破棄する意味が、なくなるのです。決め手は、判例を変えることで原判決の結論が相当になる点にあります。

条文裁判所法第10条

裁判所法第10条 事件を大法廷又は小法廷のいずれで取り扱うかについては、最高裁判所の定めるところによる。但し、左の場合においては、小法廷では裁判をすることができない。 一 当事者の主張に基いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき。(意見が前に大法廷でした、その法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するとの裁判と同じであるときを除く。) 二 前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき。 三 憲法その他の法令の解釈適用について、意見が前に最高裁判所のした裁判に反するとき。

判例を変更するのは、小法廷ではできません。第10条第3号で、前の最高裁の裁判に反する意見をとるときは、大法廷の仕事です。この判決も大法廷で、裁判官全員一致でした。第410条第2項が使える範囲も確認します。第405条の第2号か第3号、つまり判例違反の事由だけがある場合に限られます。憲法違反の主張には使えません。憲法違反があれば、第1項本文で破棄になります。判決に影響を及ぼさないことが明らかなときは、ただし書で棄却です。ここは、論文でも問われうる箇所です。

訂正判決と確定時期

訂正判決と確定のタイムライン。判決の宣告→10日以内に訂正の申立て(415条1項・2項。検察官・被告人・弁護人。期間は延長できる=3項)→訂正する場合は訂正の判決(416条・弁論不要)/訂正しない場合は速やかに決定で申立てを棄却(417条1項)。訂正の判決に対して更に訂正の申立てはできない(417条2項)。確定(418条)=宣告から10日(415条の期間)を経過したとき、または期間内に申立てがあれば訂正の判決・棄却決定のとき。上告審の判決は宣告と同時には確定しない。訂正の申立ては上訴ではない(判決を出した最高裁自身への申立て) 図:訂正判決と確定のタイムライン

  • 判決の宣告→10日以内に訂正の申立て(415条1項・2項。検察官・被告人・弁護人。期間は延長できる=3項)→訂正する場合は訂正の判決(416条・弁論不要)/訂正しない場合は速やかに決定で申立てを棄却(417条1項)
  • 訂正の判決に対して更に訂正の申立てはできない(417条2項)
  • 確定(418条)=宣告から10日(415条の期間)を経過したとき、または期間内に申立てがあれば訂正の判決・棄却決定のとき
  • 上告審の判決は宣告と同時には確定しない
  • 訂正の申立ては上訴ではない(判決を出した最高裁自身への申立て)

最後に、上告審の判決のあとです。上告審の判決は、もう上訴できませんが、内容に誤りがあることもありえます。そのための仕組みが、訂正の申立てです。

条文刑事訴訟法第415条第1項〜第3項

刑事訴訟法第415条 上告裁判所は、その判決の内容に誤のあることを発見したときは、検察官、被告人又は弁護人の申立により、判決でこれを訂正することができる。 2 前項の申立は、判決の宣告があつた日から十日以内にこれをしなければならない。 3 上告裁判所は、適当と認めるときは、第一項に規定する者の申立により、前項の期間を延長することができる。

条文刑事訴訟法第416条

刑事訴訟法第416条 訂正の判決は、弁論を経ないでもこれをすることができる。

判決の内容に誤りがあることを発見したとき、検察官、被告人、弁護人の申立てにより、判決で訂正できます。申立ては、判決の宣告があった日から10日以内です。最高裁が適当と認めれば、期間を延長できます。訂正の判決は、弁論を経ないでもできます。この申立ては、上訴ではありません。判決を出した最高裁自身への申立てです。

条文刑事訴訟法第417条第1項・第2項

刑事訴訟法第417条 上告裁判所は、訂正の判決をしないときは、速やかに決定で申立を棄却しなければならない。 2 訂正の判決に対しては、第四百十五条第一項の申立をすることはできない。

条文刑事訴訟法第418条

刑事訴訟法第418条 上告裁判所の判決は、宣告があつた日から第四百十五条の期間を経過したとき、又はその期間内に同条第一項の申立があつた場合には訂正の判決若しくは申立を棄却する決定があつたときに、確定する。

訂正しないときは、速やかに決定で申立てを棄却します。訂正の判決に対して、さらに訂正を申し立てることはできません。確定の時期には、注意が要ります。上告裁判所の判決は、宣告から10日が過ぎたときに確定します。10日の間に申立てがあれば、訂正の判決か、申立てを棄却する決定があったときに確定します。つまり、上告審の判決は、宣告と同時には確定しません。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの上告趣意が「目撃者の証言は信用できない」「刑が重すぎる」だけ→明らかに405条各号に当たらない→決定で棄却(414条・386条1項3号)。設定を替え、Zが令状なしの捜索差押えが憲法35条に反すると具体的に主張→405条1号の問題として審理(理由がなければ判決で棄却=396条)。問2=趣意に「憲法31条違反」と書かれているが中身は目撃証言の信用性を争うだけ→実質が事実誤認=適法な上告理由にあたらない。問3=控訴審の判断が最高裁判例と相反(2号)。最高裁がその判例を維持→破棄(410条1項本文)/判例を変更し原判決の結論は相当→棄却(410条2項)。憲法違反(1号)に替えると2項は使えず1項本文で破棄。問4=Zの事実誤認の主張。軽微で判決に影響しない→411条3号の事由に当たらない/重大で破棄しなければ著しく正義に反する→職権で破棄しうる。問5=上告棄却の判決の宣告後、10日間何もなし→10日経過で確定/9日目に弁護人が訂正申立て→訂正判決か棄却決定のときに確定。分かれ目=何を理由にするか/何号か/維持か変更か/重大さ/期間 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=Zの上告趣意が「目撃者の証言は信用できない」「刑が重すぎる」だけ→明らかに405条各号に当たらない→決定で棄却(414条・386条1項3号)
  • 設定を替え、Zが令状なしの捜索差押えが憲法35条に反すると具体的に主張→405条1号の問題として審理(理由がなければ判決で棄却=396条)
  • 問2=趣意に「憲法31条違反」と書かれているが中身は目撃証言の信用性を争うだけ→実質が事実誤認=適法な上告理由にあたらない
  • 問3=控訴審の判断が最高裁判例と相反(2号)
  • 最高裁がその判例を維持→破棄(410条1項本文)/判例を変更し原判決の結論は相当→棄却(410条2項)
  • 憲法違反(1号)に替えると2項は使えず1項本文で破棄
  • 問4=Zの事実誤認の主張
  • 軽微で判決に影響しない→411条3号の事由に当たらない/重大で破棄しなければ著しく正義に反する→職権で破棄しうる
  • 問5=上告棄却の判決の宣告後、10日間何もなし→10日経過で確定/9日目に弁護人が訂正申立て→訂正判決か棄却決定のときに確定
  • 分かれ目=何を理由にするか/何号か/維持か変更か/重大さ/期間

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの上告趣意が、目撃者の証言は信用できない、刑が重すぎる、の2点だけだったとします。最高裁は、どう処理するでしょうか。明らかに第405条の各号に当たらないので、決定で棄却です。第414条と、第386条第1項第3号です。では、Zが、令状なしの捜索差押えが憲法第35条に違反する、と具体的に主張し、控訴審の憲法判断の当否が問題になったら、どうでしょうか。第405条の第1号の問題として、きちんと審理されます。理由がなければ、判決で棄却です。2つ目。Zの趣意に、憲法第31条違反と書いてあります。けれど中身は、目撃証言の信用性を争うだけです。適法な上告理由になるでしょうか。

なりません。実質が事実誤認なので、名前だけの憲法違反では、門は開きません。3つ目。控訴審の判断が、最高裁の判例と相反していたとします。最高裁がその判例を維持するなら、破棄です。判例を変更して、原判決の結論は相当だとするなら、どうなるでしょうか。第410条第2項で、棄却です。では、問題となる事由が、判例違反ではなく憲法違反だったら、第2項は使えるでしょうか。使えません。第1項本文で破棄になります。判決に影響を及ぼさないことが明らかなときだけ、ただし書で棄却です。4つ目。Zの事実誤認の主張が、軽微で、判決に影響しないものだったら、第411条第3号の事由に当たるでしょうか。

当たりません。重大な事実誤認でないと、第3号になりません。重大で、有罪の認定が揺らぐほどであり、破棄しなければ著しく正義に反するなら、最高裁は職権で破棄しうる、というのが、強盗殺人の事件で見た型です。では、5つ目です。上告棄却の判決が宣告されました。10日たつまで、誰も何も申し立てませんでした。いつ確定しますか。では、9日目に弁護人が訂正を申し立てたら、どうなるでしょうか。訂正の判決か、棄却の決定があったときに確定します。宣告と同時には確定しません。1つ目は、第405条に当たるか。2つ目は、実質で判断されること。3つ目は、判例を維持か変更か、何号か。4つ目は、重大さと著しい正義違反。5つ目は、期間と申立てです。それぞれが、結論の分かれ目でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①事実誤認・量刑不当は405条の上告理由に当たらない②しかし411条の事由(2号・3号)があって、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めれば、職権で破棄される。Zが主張しても発動を促すにすぎない。上告の入口は3つ=上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反(権利)/上告受理(406条)=法令の解釈に関する重要な事項・最高裁の裁量/職権発動(411条)=著しく正義に反するとき・最高裁の裁量。上告審の裁判=棄却(決定=明らかに405条に当たらない等/判決=審理して理由なし・影響なし・判例変更)/破棄(410条1項・411条・412条)→差戻し・移送が原則、直ちに判決できるとき自判(413条)。確定=宣告から10日(申立てがあれば訂正判決・棄却決定のとき) 図:まとめ

  • Zの答え=①事実誤認・量刑不当は405条の上告理由に当たらない②しかし411条の事由(2号・3号)があって、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めれば、職権で破棄される
  • Zが主張しても発動を促すにすぎない
  • 上告の入口は3つ=上告理由(405条)=憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反(権利)/上告受理(406条)=法令の解釈に関する重要な事項・最高裁の裁量/職権発動(411条)=著しく正義に反するとき・最高裁の裁量
  • 上告審の裁判=棄却(決定=明らかに405条に当たらない等/判決=審理して理由なし・影響なし・判例変更)/破棄(410条1項・411条・412条)→差戻し・移送が原則、直ちに判決できるとき自判(413条)
  • 確定=宣告から10日(申立てがあれば訂正判決・棄却決定のとき)

Zの2つの問いに、順に答えます。1つ目。事実誤認と量刑不当は、第405条の上告理由に当たりません。上告の申立ては、明らかに第405条に当たらないとして、決定で棄却されるのが通常です。2つ目。それでも、救済の道は残されています。第411条の2号や3号の事由があって、破棄しなければ著しく正義に反すると最高裁が認めれば、職権で原判決を破棄します。ただし、Zが主張しても、職権の発動を促すにすぎません。上告の入口は、3つありました。1つ目は、上告理由です。憲法違反、憲法解釈の誤り、判例違反があれば、当事者が上告できます。2つ目は、上告受理です。法令の解釈に関する重要な事項を含む事件を、最高裁が自分の裁量で受理します。3つ目は、職権発動です。著しく正義に反するときに、最高裁が自分の裁量で破棄します。入ったあとの結論は、棄却か破棄です。棄却は、明らかに第405条に当たらないときなどは決定、審理して理由がない、影響がない、判例を変更して原判決が相当、というときは判決です。破棄したあとは、差戻しか移送が原則で、直ちに判決できるときだけ自判です。上告審の判決は、宣告から10日が過ぎたとき、その間に訂正の申立てがあれば、その結論が出たときに、確定します。なお、控訴と上告は、どちらも判決に対する上訴でした。決定に対する上訴が抗告で、命令に対しては準抗告があります。

ページ上部へ ↑

#163単独ページ動画

抗告と特別抗告

第8章 上訴と救済手続 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。被告人Zは、勤め先の売上金を着服したとして業務上横領で起訴され、争っている。公判が始まり、弁護人が保釈を請求したが、審理を担当している裁判所は「罪証隠滅のおそれがある」として請求を却下した。判決ではないこの裁判に不服がある。①どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか ②それが退けられたら、さらに上へ行けるか ③不服を受けた上の裁判所は、原決定にとらわれず保釈の可否を自由にやり直せるか 図:今日の問い

  • 被告人Zは、勤め先の売上金を着服したとして業務上横領で起訴され、争っている
  • 公判が始まり、弁護人が保釈を請求したが、審理を担当している裁判所は「罪証隠滅のおそれがある」として請求を却下した
  • 判決ではないこの裁判に不服がある
  • ①どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか
  • ②それが退けられたら、さらに上へ行けるか
  • ③不服を受けた上の裁判所は、原決定にとらわれず保釈の可否を自由にやり直せるか

前回の最後に、判決以外の裁判にも不服申立てがある、と言いました。判決に対する上訴が控訴と上告で、決定に対する上訴が、今日の抗告です。今日の被告人Zは、前回までとは別の事件の人です。Zは、勤め先の売上金を着服したとして、業務上横領で起訴されました。Zは争っています。公判が始まり、弁護人が保釈を請求しました。ところが、審理を担当している裁判所は、罪証隠滅のおそれがあるとして、請求を却下したのです。判決ではない裁判に、不服があります。問いは3つです。1つ目。この裁判には、どんな名前の不服申立てができて、行き先はどこか。2つ目。それが退けられたら、さらに上へ行けるのか。3つ目。不服を受けた上の裁判所は、不服を申し立てられたもとの決定、つまり原決定にとらわれず、記録を見て保釈の可否を自由にやり直せるのか。

先に、答えの形だけ言います。名前は、裁判の形で決まります。決定なら抗告で、行き先は高等裁判所です。上の裁判所は、やり直すのではなく、保釈のような裁量の判断については、原決定が不合理でないかを見ます。その先は特別抗告で、理由は憲法違反と判例違反などに絞られます。中身は、順に見ていきます。

不服申立ての地図。判決=控訴・上告/決定=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令・処分=準抗告(別の体系)。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まる。今日は決定の側を通す 図:不服申立ての地図

  • 判決=控訴・上告/決定=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令・処分=準抗告(別の体系)
  • 上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まる
  • 今日は決定の側を通す

地図です。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まります。判決には控訴と上告、決定には抗告でした。抗告には行き先が2つあり、ふつうの抗告は高等裁判所へ、最後の特別な抗告は最高裁判所へ向かいます。裁判官の命令には、前回の最後に名前を出した準抗告という、別の体系がありますが、今日は決定の側だけを通ります。決定とは、裁判所がする裁判のうち、公判廷での審理を経なくてもできるものでした。命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官がする裁判です。保釈の許否は、裁判所のする決定です。まず、抗告にどんな種類があるのかから見ます。

抗告の種類と行き先

抗告の3分類。一般抗告(行き先=高等裁判所・裁判所法16条2号)=通常抗告(明文の特則がなくてもできる原則形・419条)/即時抗告(明文の規定がある場合だけ・期間が短い)。特別抗告(行き先=最高裁判所・裁判所法7条2号・433条)=別枠の最後の道。抗告権者=検察官・被告人(351条)・決定を受けた人(352条) 図:抗告の3分類

  • 一般抗告(行き先=高等裁判所・裁判所法16条2号)=通常抗告(明文の特則がなくてもできる原則形・419条)/即時抗告(明文の規定がある場合だけ・期間が短い)
  • 特別抗告(行き先=最高裁判所・裁判所法7条2号・433条)=別枠の最後の道
  • 抗告権者=検察官・被告人(351条)・決定を受けた人(352条)

抗告の出発点は、第419条です。

条文刑事訴訟法第419条

刑事訴訟法第419条 抗告は、特に即時抗告をすることができる旨の規定がある場合の外、裁判所のした決定に対してこれをすることができる。但し、この法律に特別の定のある場合は、この限りでない。

抗告は、裁判所のした決定に対してできます。出発点は、決定ならまず抗告できる、という原則です。ただし書は、この法律に特別の定めがあれば別、という意味で、あとで見る特別抗告などが入ります。抗告は、3つに分けて整理します。まず、一般抗告です。通常抗告と即時抗告の総称で、行き先は高等裁判所です。裁判所法の第16条第2号が、地方裁判所や家庭裁判所の決定への抗告を、高等裁判所の仕事と定めています。通常抗告は、明文の特則がなくてもできる、原則の形です。即時抗告は、特に即時抗告ができると書かれている決定だけに認められ、そのかわり期間が短い。この違いは、あとで比べ表にします。そして3つ目が、特別抗告です。行き先は最高裁判所で、裁判所法第7条第2号が根拠です。上の裁判所ではありますが、高等裁判所の判断を、もう一度ふつうに見直してもらう場ではありません。ほかに不服を申し立てる道がないときの、別枠の最後の道です。

検察官と被告人が中心です。弁護人は、被告人のために申し立てられます。加えて、決定を受けた人も抗告できます。第352条です。たとえば、証人として呼ばれたのに出頭せず、過料の決定を受けた証人は、当事者ではなくても、その決定に抗告できます。Zの場面なら、保釈を却下されたZ側が抗告でき、保釈が許可された場合は、検察官が抗告しうる、ということです。注意点が1つあります。抗告の対象は、裁判所のした決定です。裁判官のした一定の命令への不服は、抗告ではなく、準抗告という別の制度になります。

判決前の決定は抗告できない・第420条

420条の原則と例外。1項=裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定は、抗告できない(要件は2つ=判決前/管轄又は訴訟手続に関する)。例外(a)=即時抗告の規定がある決定(例=忌避申立ての却下〔25条〕)。例外(b)=2項の勾留・保釈・押収・押収物の還付・鑑定のためにする留置。3項=勾留は犯罪の嫌疑がないことを理由にできない。理由=途中の決定ごとに抗告を許すと訴訟が止まる/最後の判決の上訴でまとめて争える/勾留・保釈等は身体や財産に直接かかわる 図:420条の原則と例外

  • 1項=裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定は、抗告できない(要件は2つ=判決前/管轄又は訴訟手続に関する)
  • 例外(a)=即時抗告の規定がある決定(例=忌避申立ての却下〔25条〕)
  • 例外(b)=2項の勾留・保釈・押収・押収物の還付・鑑定のためにする留置
  • 3項=勾留は犯罪の嫌疑がないことを理由にできない
  • 理由=途中の決定ごとに抗告を許すと訴訟が止まる/最後の判決の上訴でまとめて争える/勾留・保釈等は身体や財産に直接かかわる

ここで、立ち止まって考えてください。審理の途中で、裁判所が、弁護人の証拠調べ請求を却下しました。この決定に、すぐ高等裁判所へ抗告できるでしょうか?決定である以上、第419条で抗告できそうに見える、というのは自然な考え方です。でも、答えは、できません。裁判の意義の回で、判決前の訴訟手続に関する決定は原則として抗告できない、と結論だけ見ました。その条文と理由が、第420条です。

条文刑事訴訟法第420条

刑事訴訟法第420条 裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定に対しては、この法律に特に即時抗告をすることができる旨の規定がある場合を除いては、抗告をすることはできない。 2 前項の規定は、勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する決定及び鑑定のためにする留置に関する決定については、これを適用しない。 3 勾留に対しては、前項の規定にかかわらず、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることはできない。

第1項は、原則を定めています。抗告できない決定の条件は、2つです。1つ目は、判決前にした決定であること。2つ目は、管轄または訴訟手続に関する決定であること。この2つを満たす決定には、原則として抗告できません。証拠調べ請求の却下や、審理の進め方の決定が、この典型です。たとえて言えば、建物を建てている最中に、現場の指示のたびに、別の部署へ差し止めを持ち込める仕組みにしたらどうなるか、です。工事は止まってばかりで、いつまでも完成しません。審理の途中の決定ごとに上級審へ抗告を許せば、そのたびに公判が止まります。途中の判断の誤りは、最後の判決に対する控訴や上告の中で、まとめて争えば足ります。一方で、完成まで待てない指示もあります。現場への立入禁止のように、人の動きそのものを縛る指示です。裁判でいえば、勾留や保釈は、身体の自由に直接かかわります。押収は、財産に直接かかわります。判決まで待っていたら、取り返しがつきません。だから、これらは例外として、すぐ争えます。条文で確かめると、例外は2種類あります。1つ目は、第1項の中にあります。この法律に特に即時抗告ができるという規定がある決定は、抗告できます。たとえば、裁判官を替えてほしいという忌避の申立てを却下する決定には、第25条で即時抗告ができます。2つ目が、第2項です。勾留、保釈、押収、押収物の還付、鑑定のための留置に関する決定には、第1項の制限が及びません。括弧の中の細かい言葉は、気にしなくて大丈夫です。

Zの保釈の却下は、判決前で、訴訟手続に関する決定の形をしています。ですが、保釈は第2項に載っているので、例外として抗告できます。これが、冒頭の1つ目の問いの答えです。第3項は、勾留の裁判だけに付いた歯止めです。勾留に対して、犯罪の嫌疑がないことを理由に、抗告はできません。嫌疑があるかどうか、つまり、やったのかやっていないのかは、本案、つまり有罪か無罪かの審理で決める事柄です。逃亡や罪証隠滅のおそれがないとか、勾留する必要がないとか、そういう勾留の中身を理由にするなら、争えます。「そもそもやっていない」だけでは、理由にできない。これが、答案での使いどころです。

通常抗告と即時抗告

通常抗告と即時抗告の比較。通常抗告=根拠は419条/期間はいつでも(421条・ただし原決定を取り消しても実益がなくなったときは不可)/効力は裁判の執行を停止しない(424条1項本文)・原裁判所は決定で抗告の裁判があるまで停止できる(同但書)・抗告裁判所も決定で停止できる(同2項)。即時抗告=根拠は明文の規定がある場合だけ(例=25条の忌避申立ての却下・339条2項の公訴棄却の決定)/期間は3日(422条)/効力は提起期間内と申立てがあったとき、執行は停止される(425条)。覚え方=期間が短い代わりに、止まる 図:通常抗告と即時抗告の比較

  • 通常抗告=根拠は419条/期間はいつでも(421条・ただし原決定を取り消しても実益がなくなったときは不可)/効力は裁判の執行を停止しない(424条1項本文)・原裁判所は決定で抗告の裁判があるまで停止できる(同但書)・抗告裁判所も決定で停止できる(同2項)
  • 即時抗告=根拠は明文の規定がある場合だけ(例=25条の忌避申立ての却下・339条2項の公訴棄却の決定)/期間は3日(422条)/効力は提起期間内と申立てがあったとき、執行は停止される(425条)
  • 覚え方=期間が短い代わりに、止まる

次は、通常抗告と即時抗告の違いです。その前に、復習を1問。前回見た、上告棄却の決定に対する異議は、何日以内にするのでしたか?3日以内です。あの3日は、即時抗告の期間を借りたものです。その即時抗告を、今日見ます。

条文刑事訴訟法第421条・第422条・第424条・第425条

刑事訴訟法第421条・第422条・第424条・第425条 第421条 抗告は、即時抗告を除いては、何時でもこれをすることができる。但し、原決定を取り消しても実益がないようになつたときは、この限りでない。 第422条 即時抗告の提起期間は、三日とする。 第424条 抗告は、即時抗告を除いては、裁判の執行を停止する効力を有しない。但し、原裁判所は、決定で、抗告の裁判があるまで執行を停止することができる。 2 抗告裁判所は、決定で裁判の執行を停止することができる。 第425条 即時抗告の提起期間内及びその申立があつたときは、裁判の執行は、停止される。

比べるところは、期間と、止まるかどうかの2つです。通常抗告には、期限がありません。ただし、取り消しても意味がなくなったあとは、できません。たとえば、勾留の決定に抗告している間に、その勾留が取り消されて、被告人が釈放された場合です。そして、通常抗告をしても、裁判の執行は止まりません。止めたいときは、原裁判所か抗告裁判所に、停止の決定をしてもらう必要があります。即時抗告は、期間が3日です。そのかわり、提起期間内と、申立てがあったときは、裁判の執行が停止されます。即時抗告ができる決定は、明文の規定があるものだけです。先ほどの、忌避の申立てを却下する決定もそうですし、訴訟条件の回で条文を読んだ、公訴棄却の決定も、第339条第2項で即時抗告ができます。

手がかりは、期間です。即時抗告は、3日と短く区切ってあります。だから、その間と申立てのあとだけ執行を止めても、待たせる時間は限られます。たとえば、検察官が、公訴棄却の決定に即時抗告したとします。3日の間は決定の効果が確定せず、抗告の結論を待つ、という形です。通常抗告は逆に、いつでもできます。もし申し立てるだけで執行が止まるなら、抗告さえすれば、いつまでも執行を先送りにできてしまいます。だから、通常抗告は自動では止まらず、止めたいときだけ、別に停止の決定を求める形になっている。そう整理できます。期間が短い代わりに、止まる。この対応で覚えてください。Zの場面に当てはめます。保釈の許否の決定への抗告は、通常抗告です。第420条第2項は、抗告できる、というだけで、即時抗告ができるとは書いていません。だから、期間の定めはありません。そして、抗告しても、保釈を許可した効力は、自動では止まりません。たとえば、検察官が、保釈の許可に抗告した場合でも、止めたいなら、原裁判所か抗告裁判所の停止の決定が要ります。

抗告の手続と再度の考案

抗告の流れ。申立書を原裁判所に差し出す(423条1項)→原裁判所がもう一度考える(再度の考案・423条2項)=抗告に理由があるときは自ら決定を更正/理由がないときは、申立書を受け取った日から3日以内に意見書を添えて抗告裁判所に送る→抗告裁判所が審査(原裁判所は必要に応じ訴訟記録・証拠物を送る・規則271条)→抗告裁判所が決定で裁判→原裁判所に通知(規則272条) 図:抗告の流れ

条文刑事訴訟法第423条

刑事訴訟法第423条 第423条 抗告をするには、申立書を原裁判所に差し出さなければならない。 2 原裁判所は、抗告を理由があるものと認めるときは、決定を更正しなければならない。抗告の全部又は一部を理由がないと認めるときは、申立書を受け取つた日から三日以内に意見書を添えて、これを抗告裁判所に送付しなければならない。

抗告をするときの手続を見ます。申立書は、上訴裁判所、つまり抗告裁判所に宛てて書きますが、差し出す先は、原裁判所です。原裁判所とは、問題の決定をした裁判所のことです。第423条第1項で、これは、前に見た控訴の手続と同じ型です。特徴は、そのあとです。申立書を受け取った原裁判所は、すぐに上へ送るのではなく、もう一度、自分で考えます。これを、再度の考案といいます。抗告に理由があると認めれば、自分で決定を更正します。Zの場面なら、保釈を却下した地方裁判所が、申立書を読んで考え直し、自分で保釈を許す決定に改める、ということです。理由がないと認めれば、申立書を受け取った日から3日以内に、意見書を添えて、抗告裁判所に送ります。第423条第2項です。3日と聞くと、即時抗告の提起期間の3日と混ざりやすいので、区別してください。即時抗告のほうの3日は、抗告する側が申し立てる期間です。再度の考案の3日は、原裁判所が、意見書を添えて送る期限です。送られた抗告裁判所は、記録などを見て審査します。必要があれば、原裁判所が、訴訟記録や証拠物を抗告裁判所に送ります。抗告裁判所は、決定で裁判をして、その結果が原裁判所に通知されます。

原裁判所がまず自分で考え直すのは、決定をした裁判所自身が、誤りに気づくことがあるからです。上級審に行く前に自分で直せるなら、そのほうが早くて確実です。そして、この意見書は、あとで見る判例で、重要な役割を果たします。

抗告審の裁判と行き止まり

抗告審の裁判と行き止まり。抗告裁判所の裁判(426条)=手続違反・理由なし→決定で棄却/理由あり→決定で原決定を取り消し、必要がある場合は更に裁判。抗告裁判所の決定に再抗告はできない(427条)→残る道=特別抗告(最高裁・433条)。高等裁判所が最初にした決定=抗告不可(428条1項)/異議(428条2項・同じ高等裁判所へ)。Zの道=地方裁判所の保釈却下→高等裁判所(抗告審)→再抗告なし→特別抗告 図:抗告審の裁判と行き止まり

  • 抗告裁判所の裁判(426条)=手続違反・理由なし→決定で棄却/理由あり→決定で原決定を取り消し、必要がある場合は更に裁判
  • 抗告裁判所の決定に再抗告はできない(427条)→残る道=特別抗告(最高裁・433条)
  • 高等裁判所が最初にした決定=抗告不可(428条1項)/異議(428条2項・同じ高等裁判所へ)
  • Zの道=地方裁判所の保釈却下→高等裁判所(抗告審)→再抗告なし→特別抗告

抗告裁判所は、審査の結果をどう裁判するのか。第426条と、第427条です。

条文刑事訴訟法第426条・第427条

刑事訴訟法第426条・第427条 第426条 抗告の手続がその規定に違反したとき、又は抗告が理由のないときは、決定で抗告を棄却しなければならない。 2 抗告が理由のあるときは、決定で原決定を取り消し、必要がある場合には、更に裁判をしなければならない。 第427条 抗告裁判所の決定に対しては、抗告をすることはできない。

抗告に理由がなければ、決定で棄却します。理由があれば、原決定を取り消して、必要がある場合は、更に裁判をします。更に裁判をする、というのは、抗告裁判所が自分で結論を出すことです。たとえば、保釈の却下を取り消したあと、自分で保釈を許可する、というように。そして、第427条です。抗告裁判所の決定に対しては、抗告できません。再抗告はない、ということです。抗告は、一回きりです。ここで、冒頭に出した2つ目の問いの入口に来ました。Zの保釈却下について、高等裁判所が抗告を棄却したら、さらに抗告はできません。抗告は、決定という、簡易で迅速な手続のための不服申立てです。繰り返しを許すと、その迅速さが失われます。一方で、完全に道が閉ざされるわけではありません。ほかに道がないときのために、特別抗告が残っています。

条文刑事訴訟法第428条

刑事訴訟法第428条 高等裁判所の決定に対しては、抗告をすることはできない。 2 即時抗告をすることができる旨の規定がある決定並びに第四百十九条及び第四百二十条の規定により抗告をすることができる決定で高等裁判所がしたものに対しては、その高等裁判所に異議の申立をすることができる。 3 前項の異議の申立に関しては、抗告に関する規定を準用する。即時抗告をすることができる旨の規定がある決定に対する異議の申立に関しては、即時抗告に関する規定をも準用する。

もう1つ、似た条文を並べます。第428条です。高等裁判所の決定には、抗告できません。高等裁判所の上は最高裁判所で、最高裁は、ふつうの抗告を受ける裁判所ではないからです。とはいえ、地方裁判所がした保釈の却下なら高等裁判所に見てもらえるのに、高等裁判所がしたというだけで、一度も見直してもらえないのでは、釣り合いません。そこで、即時抗告ができる決定や、第419条と第420条で抗告できる決定で、高等裁判所がしたものには、抗告の代わりに、その高等裁判所への異議があります。控訴審の回で見た、同じ高等裁判所への異議です。期間は、第3項で決まります。この異議には、抗告の規定が準用されます。即時抗告ができる決定への異議なら、即時抗告の規定も準用されるので、3日以内です。前回の、上告棄却の決定への異議の3日も、即時抗告の規定を借りたものでした。そうでない決定への異議は、通常抗告と同じで、期間の定めはありません。ここを混ぜないでください。分かれ目は、その決定が、すでに一度、見直しを経た結果かどうかです。高等裁判所が、抗告審としてした決定は、地方裁判所の決定を見直した結果です。見直しは一度済んでいるので、第427条の筋で、抗告も異議もできません。これに対して、高等裁判所が、最初にした決定は、まだ一度も見直しを受けていません。だから、第428条の筋で、対象になる決定なら、異議があります。たとえば、控訴審の途中で、高等裁判所が保釈を却下したとします。これは高等裁判所の最初の決定なので、抗告ではなく、同じ高等裁判所への異議です。保釈の決定は即時抗告ができる型ではないので、この異議に期間の定めはありません。Zの道は、地方裁判所の保釈却下に対する抗告で、高等裁判所が抗告審として判断しますから、第427条の筋です。

特別抗告・第433条

特別抗告。対象=この法律により不服を申し立てることができない決定・命令(例=抗告審の決定・異議もできない高等裁判所の決定)。理由=405条の事由(憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反)に限る=上告理由と同じ。行き先=最高裁判所。期間=5日。434条=423条・424条・426条を準用。規則275条=趣意についてのみ調査・405条の事由は職権でも調査できる。名前だけの憲法違反は不可(実質が法令違反・事実誤認なら門は開かない) 図:特別抗告

  • 対象=この法律により不服を申し立てることができない決定・命令(例=抗告審の決定・異議もできない高等裁判所の決定)
  • 理由=405条の事由(憲法違反・憲法解釈の誤り・判例違反)に限る=上告理由と同じ
  • 行き先=最高裁判所
  • 期間=5日
  • 434条=423条・424条・426条を準用
  • 規則275条=趣意についてのみ調査・405条の事由は職権でも調査できる
  • 名前だけの憲法違反は不可(実質が法令違反・事実誤認なら門は開かない)

最後の道、特別抗告です。第433条と第434条です。

条文刑事訴訟法第433条

刑事訴訟法第433条 この法律により不服を申し立てることができない決定又は命令に対しては、第四百五条に規定する事由があることを理由とする場合に限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる。 2 前項の抗告の提起期間は、五日とする。

対象は、この法律により不服を申し立てることができない決定や命令です。典型は、抗告審の決定と、異議の申立てもできない高等裁判所の決定です。抗告も異議もできず、ほかに道がないときの、最後の道ということです。行き先は最高裁判所、期間は5日です。即時抗告の3日と違うので、注意してください。そして、理由が限られます。第405条に規定する事由があることを理由とする場合に限る。つまり、上告理由と同じです。憲法違反、憲法解釈の誤り、判例違反です。

条文刑事訴訟法第434条

刑事訴訟法第434条 第四百二十三条、第四百二十四条及び第四百二十六条の規定は、この法律に特別の定のある場合を除いては、前条第一項の抗告についてこれを準用する。

第434条により、申立書は原裁判所に差し出し、再度の考案があり、棄却や取消しの裁判のしかたも、抗告と同じ型です。たとえて言えば、最上階の窓口には、受け付ける用件が、看板に3つだけ書いてあるようなものです。最高裁の役目は、憲法を守ることと、法令の解釈をそろえることでした。前回の上告の門と、同じ型です。だから、事実誤認だ、法令違反だ、刑が重い、という主張だけでは、特別抗告の理由になりません。Zなら、保釈を認めない判断の考え方に納得できない、というだけでは、足りないということです。さらに、名前だけの憲法違反では足りません。憲法違反と書いてあっても、実質が法令違反や事実誤認なら、門は開かないのです。看板の用件に合わせて、表紙だけ書き換えた苦情は、受け付けてもらえません。これも上告と同じで、あとの判例でその実例を見ます。

条文刑事訴訟規則第275条

刑事訴訟規則第275条 最高裁判所は、法第四百三十三条の抗告については、申立書に記載された抗告の趣意についてのみ調査をするものとする。但し、法第四百五条に規定する事由については、職権で調査をすることができる。

最高裁が調べるのは、原則として、申立書に書かれた趣意だけです。ただし、第405条の事由だけは、書かれていなくても、最高裁が自分から調べられます。これを職権といいます。当事者の申立てを待たず、裁判所が自分の判断で動くことです。門は狭いけれど、閉ざされてはいない。この感覚を持って、次の判例を読みます。

抗告審のものさし

事案と経過。詐欺の被告人。公判が進み最重要証人の主尋問が終わった段階で、受訴裁判所が保釈を許可(裁量保釈・90条)→受訴裁判所が423条2項後段の意見書を高等裁判所へ送付→高等裁判所(抗告審)は許可を取り消して保釈請求を却下→特別抗告。最一小決平26・11・18 図:事案と経過

  • 詐欺の被告人
  • 公判が進み最重要証人の主尋問が終わった段階で、受訴裁判所が保釈を許可(裁量保釈・90条)→受訴裁判所が423条2項後段の意見書を高等裁判所へ送付→高等裁判所(抗告審)は許可を取り消して保釈請求を却下→特別抗告
  • 最一小決平26・11・18

ここが、今日の山場です。冒頭の3つ目の問いに戻ります。抗告を受けた高等裁判所は、原決定にとらわれず、記録を見て保釈の可否を自由にやり直せるでしょうか。それとも、見るべきものさしが、決まっているのでしょうか?抗告審なら一から決め直せる、という見方は、今日の判例で退けられます。まず、保釈の裁量の条文を見ます。

条文刑事訴訟法第90条

刑事訴訟法第90条 裁判所は、保釈された場合に被告人が逃亡し又は罪証を隠滅するおそれの程度のほか、身体の拘束の継続により被告人が受ける健康上、経済上、社会生活上又は防御の準備上の不利益の程度その他の事情を考慮し、適当と認めるときは、職権で保釈を許すことができる。

保釈の回で見た、裁量保釈です。請求があれば原則として許す権利保釈が使えない場合でも、裁判所が適当と認めるときは、保釈を許せる。この判断は、裁判所の裁量に委ねられています。事案です。詐欺の事件の被告人について、公判が進み、最も重要な証人の主尋問が終わった段階で、審理を担当する受訴裁判所が、保釈を許可しました。共犯者などの関係者と接触しない、という条件つきです。受訴裁判所とは、現に事件の審理を担当している裁判所のことです。この許可に対して抗告がされ、受訴裁判所は、先ほどの再度の考案の手続で、意見書を、高等裁判所に送りました。最高裁は、その意見書から、罪証隠滅に及ぶ現実的な可能性は高いとはいえず、勾留もすでに相当な期間に及んでいる、といった事情を考慮して許可したと読み取れる、としています。ところが、抗告審の高等裁判所は、罪証隠滅のおそれは相当に強度で、いま保釈するのは裁量の範囲を超えている、として、許可を取り消し、保釈請求を却下しました。その結果に対して、特別抗告がされた、という経過です。

最高裁の判断の骨組み。最高裁は、433条の抗告理由に当たらないとしつつ、職権で調査して高等裁判所の決定を取り消し、許可に対する抗告を棄却。ものさし=抗告審は原決定の当否を事後的に審査する/受訴裁判所の裁量の範囲を逸脱していないか、すなわち不合理でないか/覆すなら不合理であることを具体的に示す。最一小決平26・11・18 図:最高裁の判断の骨組み

  • 最高裁は、433条の抗告理由に当たらないとしつつ、職権で調査して高等裁判所の決定を取り消し、許可に対する抗告を棄却
  • ものさし=抗告審は原決定の当否を事後的に審査する/受訴裁判所の裁量の範囲を逸脱していないか、すなわち不合理でないか/覆すなら不合理であることを具体的に示す
  • 最一小決平26・11・18

先に結論の形から言います。最高裁は、特別抗告の理由には当たらないとしつつ、職権で調べて、高等裁判所の決定を取り消しました。判旨は、3つに分けて聞いてください。入口、ものさし、当てはめの順です。決定のうち、つながりのある部分を読みます。判旨に出てくる言葉を、先に対応させておきます。最高裁から見るので、原決定は、高等裁判所が保釈の許可を取り消した決定です。原々決定は、そのもう1つ前、受訴裁判所が保釈を許可した決定で、原々審は、その受訴裁判所のことです。

判例最一小決平26・11・18 刑集68巻9号1020頁

特別抗告の理由には当たらないが、職権で取り消した 本件抗告の趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。 …… しかし,所論に鑑み,職権により調査すると,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れない。

ここまでが入口です。理由には当たらない。それでも最高裁は、職権で中身を調べました。その根拠は、当てはめのところで言います。次が、抗告審のものさしです。

判例最一小決平26・11・18 刑集68巻9号1020頁

抗告審の審査のしかた 抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。 …… しかるに,原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。

前半が、ものさしの文言です。最初に出てくる原決定だけは、抗告審一般の話なので、抗告審が審査するもとの決定、この事件でいえば受訴裁判所の許可を指します。覆す側が、不合理だと具体的に示さなければならない、という内容です。後半は、高等裁判所の決定がその示し方を欠いていた、という指摘です。続いて、3つ目の当てはめと結論です。

判例最一小決平26・11・18 刑集68巻9号1020頁

原決定の取消しと、更に裁判 …… このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。 …… よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

3つを順に言い直します。1つ目は、特別抗告の入口です。最高裁は、特別抗告の趣意は、憲法違反をいう点を含めても、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張で、第433条の理由に当たらない、と言いました。名前だけの憲法違反は、門を通らない。先ほどの感覚と同じです。2つ目は、抗告審のものさしです。平たく言うと、抗告審は、保釈の可否を一から決め直す場所ではありません。現に審理を担当する受訴裁判所の判断が、任された裁量の枠からはみ出していないかを、あとから点検する場所です。そして、覆すなら、どこがはみ出しているのかを、具体的に言わなければなりません。3つ目は、当てはめです。高等裁判所の決定は、受訴裁判所の判断のどこが不合理なのかを、具体的に言っていない。そこで、不合理とはいえない許可を取り消した高等裁判所の決定は、第90条と第426条の解釈適用を誤った違法がある、と判断しました。最高裁は、特別抗告の理由には当たらなくても、職権で高等裁判所の決定を取り消し、許可に対する抗告を棄却したのです。つまり、受訴裁判所の保釈の許可が、そのまま生きることになりました。理由に当たらないのに取り消せた根拠は、前回見た第411条です。上告の理由が無くても、著しく正義に反するなら、最高裁が職権で破棄できる。その規定を、特別抗告にも借りています。

なぜ自由にやり直せないのか。受訴裁判所=現に審理を担当・証人尋問の進み具合や今後の公判を現場で見ている/抗告審=記録で見る。だから覆すには、不合理であることを具体的に示す(「自分ならこう判断する」では足りない)。抗告審が見る材料=423条2項の意見書。射程=直接は保釈許可への抗告の事案/保釈請求を却下した判断への抗告も同じ考え方で見ると理解される。最一小決平26・11・18 図:なぜ自由にやり直せないのか

  • 受訴裁判所=現に審理を担当・証人尋問の進み具合や今後の公判を現場で見ている/抗告審=記録で見る
  • だから覆すには、不合理であることを具体的に示す(「自分ならこう判断する」では足りない)
  • 抗告審が見る材料=423条2項の意見書
  • 射程=直接は保釈許可への抗告の事案/保釈請求を却下した判断への抗告も同じ考え方で見ると理解される
  • 最一小決平26・11・18

決め手は、保釈の判断が裁量に委ねられているのは、現に審理を担当する受訴裁判所だからです。証人尋問がどこまで進み、証人がどんな様子で、今後の公判がどう進むのか。受訴裁判所は、現場で見ています。これに対して抗告審は、記録で見るしかありません。たとえば、現場で取材した担当者の判断を、書類だけを見た上司が覆すには、担当者の判断が筋として通らない点を、具体的に指摘できなければならない。「自分ならこう判断する」だけでは、足りません。控訴審の回で見た事後審、つまり、やり直すのではなく、判断に誤りがないかをあとから点検する見方と、同じ型です。ここで、前に見た2つのことが結びつきます。事案に出てきた意見書は、受訴裁判所が、第423条第2項後段に基づいて高等裁判所に送った、再度の考案の意見書です。許可の考慮が読み取れて、これが、抗告審が見るべき材料になります。それから、特別抗告の理由には当たらないとしつつ、職権で取り消した点です。規則第275条が認めている職権調査は、第405条の事由についてです。この決定は、それとは別に、第411条を準用して取り消しました。入口は狭くても、閉ざされてはいない。その実例です。言い過ぎないために、射程も確認します。この判例が直接述べたのは、保釈を許可した決定に対する抗告の事案です。ただ、Zのように、保釈の請求を却下した受訴裁判所の判断に抗告がされた場合も、抗告審は同じ考え方で見ることになる、と理解されます。ここは、論文で論点になりうるところです。保釈のような裁量の判断について、抗告審は、やり直すのではなく、原決定が不合理でないかを見る。冒頭の3つ目の問いの答えは、これです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=証拠調べ請求の却下に抗告?→不可(420条1項)/設定を替え、勾留を続ける決定・保釈を却下する決定→可(420条2項)。問2=勾留に「そもそも横領していない」だけで抗告→不可(420条3項)/必要性や罪証隠滅のおそれなら可。問3=検察官が保釈許可に通常抗告→執行は止まらない(424条1項)/設定を替え、忌避申立ての却下に即時抗告→3日・提起期間内と申立てで停止(425条)。 図:節目のミニ事例

  • 設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=証拠調べ請求の却下に抗告?→不可(420条1項)/設定を替え、勾留を続ける決定・保釈を却下する決定→可(420条2項)
  • 問2=勾留に「そもそも横領していない」だけで抗告→不可(420条3項)/必要性や罪証隠滅のおそれなら可
  • 問3=検察官が保釈許可に通常抗告→執行は止まらない(424条1項)/設定を替え、忌避申立ての却下に即時抗告→3日・提起期間内と申立てで停止(425条)

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの公判の途中で、裁判所が、弁護人の証拠調べ請求を却下しました。Zの側は、抗告できるでしょうか。できません。判決前の、訴訟手続に関する決定で、即時抗告の規定もないので、第420条第1項です。では、同じ公判で、裁判所が、Zの勾留を続ける決定をした場合は、どうでしょう。2つ目。Zの弁護人が、勾留に対して、そもそも横領はしていない、という理由だけで抗告しました。これは通るでしょうか。通りません。第420条第3項で、嫌疑がないことは理由にできません。勾留の必要性や、逃亡や罪証隠滅のおそれなら、争えます。3つ目。検察官が、受訴裁判所の保釈許可に、通常抗告をしました。Zは、すぐに釈放されないのでしょうか。

通常抗告は、執行を止めません。第424条第1項です。止めたければ、原裁判所か抗告裁判所の、停止の決定が要ります。設定を替えます。忌避の申立てを却下した決定に、即時抗告をした場合は、どうなりますか。

節目のミニ事例(続き)。問4=高等裁判所が抗告を棄却、さらに抗告?→不可(427条)・特別抗告(5日・405条の事由)/「証言は信用できない」だけでは理由にならない。問5=高等裁判所が「自分なら許可しない」として許可を取り消し→不合理を具体的に示す必要(平26)。分かれ目=何の決定か/3項/止まるか/その先/抗告審のやり方 図:節目のミニ事例

  • 続き
  • 問4=高等裁判所が抗告を棄却、さらに抗告?→不可(427条)・特別抗告(5日・405条の事由)
  • 「証言は信用できない」だけでは理由にならない。問5=高等裁判所が「自分なら許可しない」として許可を取り消し→不合理を具体的に示す必要(平26)。分かれ目=何の決定か
  • 3項
  • 止まるか
  • その先
  • 抗告審のやり方

期間は3日で、提起期間内と申立てがあったとき、執行は停止されます。第425条です。4つ目。高等裁判所が、Zの抗告を棄却しました。さらに抗告できますか。できません。第427条です。残るのは特別抗告で、5日以内、理由は第405条の事由だけです。では、特別抗告の理由に、目撃者の証言は信用できない、とだけ書いたら、どうでしょう。理由に当たりません。ただ、最高裁が職権で動く余地は、判例のとおり残っています。5つ目。地方裁判所が保釈を許可し、その許可への抗告を受けた高等裁判所が、自分なら許可しない、として許可を取り消しました。抗告審のやり方として、正しいでしょうか。正しくありません。受訴裁判所の判断が不合理であることを、具体的に示す必要があります。自分ならこうする、だけでは足りません。1つ目は、何の決定か。2つ目は、第3項の歯止め。3つ目は、通常抗告と即時抗告の違い、止まるかどうか。4つ目は、行き止まりと、特別抗告の理由。5つ目は、抗告審のものさし。それぞれが、結論の分かれ目でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①保釈却下の決定への不服は抗告(420条2項の例外・通常抗告・高等裁判所へ)②抗告審の決定に再抗告はできず、特別抗告(5日・405条の事由)だけ③抗告審は、受訴裁判所の裁量判断が不合理でないかを審査する。一覧=決定→抗告(原則可・判決前の訴訟手続の決定は不可・例外は勾留・保釈・押収・還付・鑑定留置・即時抗告の規定)/通常抗告(いつでも・止まらない)と即時抗告(3日・止まる)/抗告審の裁判(棄却/取消し+更に裁判)/再抗告なし→特別抗告(最高裁・5日・405条) 図:まとめ

  • Zの答え=①保釈却下の決定への不服は抗告(420条2項の例外・通常抗告・高等裁判所へ)②抗告審の決定に再抗告はできず、特別抗告(5日・405条の事由)だけ③抗告審は、受訴裁判所の裁量判断が不合理でないかを審査する
  • 一覧=決定→抗告(原則可・判決前の訴訟手続の決定は不可・例外は勾留・保釈・押収・還付・鑑定留置・即時抗告の規定)/通常抗告(いつでも・止まらない)と即時抗告(3日・止まる)/抗告審の裁判(棄却/取消し+更に裁判)/再抗告なし→特別抗告(最高裁・5日・405条)

Zの3つの問いに、順に答えます。1つ目。保釈を却下する決定への不服は、抗告です。判決前の訴訟手続の決定ですが、第420条第2項の例外で、抗告できます。通常抗告で、行き先は高等裁判所です。2つ目。抗告審の決定に対して、再抗告はできません。残る道は、特別抗告だけで、期間は5日、理由は第405条の事由に限られます。3つ目。抗告審は、自由にやり直すのではなく、受訴裁判所の裁量の判断が、不合理でないかを審査します。覆すなら、不合理であることを具体的に示さなければなりません。抗告の全体を、もう一度まとめます。決定なら、まず抗告できるのが原則です。ただし、判決前の訴訟手続の決定は抗告できず、例外は、勾留、保釈、押収、押収物の還付、鑑定のための留置、そして即時抗告の規定がある決定です。抗告は、通常抗告と即時抗告に分かれ、通常抗告は、いつでもできるが執行は止まらず、即時抗告は、3日と短いかわりに執行が止まります。抗告審は、棄却するか、原決定を取り消して必要なら更に裁判をします。その決定に再抗告はなく、最後の道が、最高裁への特別抗告です。なお、裁判官のした一定の命令や捜査機関の処分には、準抗告という、別の不服申立てがあります。

ページ上部へ ↑

#164単独ページ動画

準抗告と身柄解放

第8章 上訴と救済手続 ④/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zは、取引先から預かった代金をだまし取った疑い(詐欺)で逮捕され、続けて勾留された。Zは否認している。弁護人は、勾留するという裁判官の判断に納得できない。①判決でも決定でもない、裁判官の命令には、どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか ②逮捕状を出した裁判にも言えるのか ③Zが起訴されたあとに保釈を請求して却下されたら、前回の抗告と同じ道なのか 図:今日の問い

  • Zは、取引先から預かった代金をだまし取った疑い(詐欺)で逮捕され、続けて勾留された
  • Zは否認している
  • 弁護人は、勾留するという裁判官の判断に納得できない
  • ①判決でも決定でもない、裁判官の命令には、どんな名前の不服申立てができ、行き先はどこか
  • ②逮捕状を出した裁判にも言えるのか
  • ③Zが起訴されたあとに保釈を請求して却下されたら、前回の抗告と同じ道なのか

前回の最後に予告したのは、決定ではない裁判と、捜査機関の処分への不服申立てです。前回見た抗告は、裁判所がする決定への不服でした。今日は、その外側にある2つ、裁判官がする命令と、捜査機関がする処分を通ります。名前は、準抗告です。今日のZは、前回とは別の事件の人です。Zは、取引先から預かった代金をだまし取った疑い、つまり詐欺の疑いで逮捕され、続けて勾留されました。Zは否認しています。弁護人は、勾留するという裁判官の判断に、納得できません。問いは3つです。1つ目。判決でも決定でもない、裁判官の命令に、どんな名前の不服申立てができて、行き先はどこか。2つ目。逮捕状を出した裁判にも、同じく不服申立てができるのか。3つ目。Zが起訴されたあと、保釈を請求して却下されたら、前回の抗告と同じ道を通るのか。

先に、答えの形だけ言います。命令への不服は、準抗告です。行き先は、上級の裁判所ではなく、同じ系統の裁判所です。ただし、逮捕は対象外です。そして保釈の却下は、公判の前と後で、道が変わります。中身は、順に見ていきます。

不服申立ての地図。判決=控訴・上告/決定(裁判所がする裁判)=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令(個々の裁判官がする裁判)・捜査機関の処分=準抗告(同じ系統の裁判所の合議体へ)。上訴の名前は、誰がした、どんな形の裁判かで決まる。今日は命令と処分の側を通す 図:不服申立ての地図

  • 判決=控訴・上告/決定(裁判所がする裁判)=抗告(一般抗告は高等裁判所、特別抗告は最高裁判所)/命令(個々の裁判官がする裁判)・捜査機関の処分=準抗告(同じ系統の裁判所の合議体へ)
  • 上訴の名前は、誰がした、どんな形の裁判かで決まる
  • 今日は命令と処分の側を通す

地図です。上訴の名前は、不服の対象になる裁判の形で決まる、と見てきました。判決には控訴と上告、決定には抗告です。決定とは、裁判所がする裁判のうち、公判廷での審理を経なくてもできるものでした。これに対して命令は、裁判体としてではなく、個々の裁判官がする裁判です。命令と、捜査機関の処分に向かうのが、準抗告です。抗告が高等裁判所へ上がっていくのに対して、準抗告は、上へ上がりません。同じ系統の裁判所の中の、複数の裁判官で組む合議体が、もう一度見直します。向きが違う、というのが今日の第一の目印です。もう1つ、言葉の注意です。準抗告は、上訴そのものではなく、上訴に類する制度と整理されます。条文にも、準抗告という言葉は出てきません。条文は、取消し又は変更を請求することができる、と書いているだけです。今日の背骨は、1本です。不服申立ての名前は、誰がした裁判かで決まる。同じ勾留でも同じ保釈でも、裁判官がすれば命令で準抗告、事件の審理を担当する裁判所、つまり受訴裁判所がすれば決定で抗告です。この1本を持って、まず裁判官の裁判から見ます。

裁判官の裁判への準抗告・第429条

429条の対象。裁判官がした次の裁判が対象(列挙)=1号 忌避の申立てを却下する裁判/2号 勾留・保釈・押収・押収物の還付ほかに関する裁判/3号 鑑定のため留置を命ずる裁判/4号 証人・鑑定人・通訳人・翻訳人への過料・費用賠償/5号 身体の検査を受ける者への過料・費用賠償 図:429条の対象

準抗告の出発点は、第429条です。その前に、立ち止まって考えてください。逮捕状を出す裁判に、準抗告はできるでしょうか?同じ裁判官の裁判なら扱いも同じはずだ、と考えるのは自然です。でも、答えは条文の列挙を見てから確かめましょう。第429条は、裁判官がした裁判のうち、準抗告ができるものを、列挙しています。

条文刑事訴訟法第429条第1項

刑事訴訟法第429条第1項 裁判官が次に掲げる裁判をした場合において、不服がある者は、簡易裁判所の裁判官がした裁判に対しては管轄地方裁判所に、その他の裁判官がした裁判に対してはその裁判官所属の裁判所にその裁判の取消し又は変更を請求することができる。 一 忌避の申立てを却下する裁判 二 勾留、保釈、押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)又は第百二十三条の二第一項(第五百十三条第十項において読み替えて準用する場合を含む。)の規定による複写に関する裁判 三 鑑定のため留置を命ずる裁判 四 証人、鑑定人、通訳人又は翻訳人に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判 五 身体の検査を受ける者に対して過料又は費用の賠償を命ずる裁判

まず、全体の形です。対象は、裁判官がした、この5つの号の裁判だけです。列挙された以外には、準抗告はできません。5つを読むときの目印は、背骨と同じで、誰がした裁判か、です。1号は、忌避の申立てを却下する裁判です。忌避とは、この裁判官では公平な裁判が期待できない、として、裁判官を替えてほしいと求める申立てです。ふつう、合議体が却下する決定には、即時抗告ができます。1号が指すのは、裁判官一人が却下する場合で、これは裁判官の裁判なので、準抗告になります。2号は、身柄と証拠の核心です。勾留、保釈、押収、押収物の還付に関する裁判です。括弧の中の細かい言葉は、気にしなくて大丈夫です。今日の主役は、この2号で、勾留は次の節、押収は第430条の節、保釈はその先で見ます。3号は、鑑定留置です。鑑定のために、被疑者や被告人の身柄を、病院などに留め置く処分で、それを命じる裁判が対象になります。4号と5号は、過料や費用の賠償を命じる裁判です。証人が正当な理由なく出頭しないとき、過料を命じることがあります。同じ過料でも、裁判所が決定ですれば、第137条や第150条で即時抗告、期間は3日です。裁判官が命令ですれば、準抗告で、期間は同じ3日です。誰がしたかで、名前が変わる。背骨の別の実例です。

請求先と審査。請求先=簡易裁判所の裁判官の裁判→管轄地方裁判所/その他の裁判官の裁判→その裁判官所属の裁判所(同じ裁判所)。審査=合議体(429条4項)。嫌疑なしは理由にできない(429条2項)。3日・停止は4号5号だけ(429条5項・6項) 図:請求先と審査

  • 請求先=簡易裁判所の裁判官の裁判→管轄地方裁判所/その他の裁判官の裁判→その裁判官所属の裁判所(同じ裁判所)
  • 審査=合議体(429条4項)
  • 嫌疑なしは理由にできない(429条2項)
  • 3日・停止は4号5号だけ(429条5項・6項)

簡易裁判所の裁判官がした裁判には、その簡易裁判所の所在地を管轄する地方裁判所へ請求します。それ以外の裁判官、たとえば地方裁判所の裁判官がした裁判なら、その裁判官が所属する裁判所へ、つまり同じ裁判所へ請求します。抗告のように、上級の裁判所へ上がる形ではありません。

条文刑事訴訟法第429条第2項・第4項・第5項・第6項

刑事訴訟法第429条第2項・第4項・第5項・第6項 2 第四百二十条第三項の規定は、前項の請求について準用する。 4 第一項の請求を受けた地方裁判所又は家庭裁判所は、合議体で決定をしなければならない。 5 第一項第四号又は第五号の裁判の取消し又は変更の請求は、その裁判のあつた日から三日以内にしなければならない。 6 前項の請求期間内及びその請求があつたときは、裁判の執行は、停止される。

第4項です。請求を受けた地方裁判所は、合議体で決定をしなければなりません。合議体とは、裁判官3人で組む裁判体のことで、裁判所法の第26条第3項が定めています。令状を出した裁判官は一人です。その一人の判断を、3人の合議体が見直す。一人の誤りを、組織として正す仕組みです。上へ上がらず、同じ系統の裁判所の中で見直すので、準抗告は、上訴そのものではなく、上訴に類する制度と整理されるのでした。たとえて言えば、課長一人の決裁に異議があるとき、上の本部へ持ち込むのではなく、同じ部の部会で、複数人で見直すようなものです。家庭裁判所の名前が条文にあるのは、少年事件などを受けるためです。第2項は、第420条第3項を準用しています。前回見た、勾留は、犯罪の嫌疑がないことを理由にできない、という歯止めと同じものが、準抗告にも掛かります。第5項と第6項は、4号と5号の特則です。過料や費用の賠償の請求は、裁判のあった日から3日以内で、その期間内と請求があったときは、執行が停止されます。裏を返せば、1号から3号には、期間の定めがなく、自動で止まる定めもありません。第3項は、被害者などの氏名を隠す措置に関する裁判についての特則で、ここでは扱いません。最後に、誰が請求できるか。条文は、不服がある者、とだけ書いています。勾留された側だけでなく、検察官も、不服があれば請求できます。次の節で、その向きの違いを見ます。

勾留の準抗告の使われ方

勾留の準抗告。勾留に関する裁判=勾留状を発する裁判(207条1項)/勾留延長(208条2項)/勾留の請求を却下する裁判/接見等禁止(81条)。向きが逆=勾留状を発する裁判・延長→被疑者側が「勾留は不当」/請求の却下→検察官側が「却下は不当」。準抗告審は取り消し、必要なら更に裁判(432条→426条2項)。「やっていない」だけは理由にできない(429条2項→420条3項)。争える=勾留の理由・必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ、勾留の必要がない) 図:勾留の準抗告

  • 勾留に関する裁判=勾留状を発する裁判(207条1項)/勾留延長(208条2項)/勾留の請求を却下する裁判/接見等禁止(81条)
  • 向きが逆=勾留状を発する裁判・延長→被疑者側が「勾留は不当」/請求の却下→検察官側が「却下は不当」
  • 準抗告審は取り消し、必要なら更に裁判(432条→426条2項)
  • 「やっていない」だけは理由にできない(429条2項→420条3項)
  • 争える=勾留の理由・必要性(逃亡・罪証隠滅のおそれ、勾留の必要がない)

2号の主役、勾留です。Zの弁護人が、勾留に準抗告をする場面で考えます。まず、勾留に関する裁判に、何が入るか。勾留状を発する裁判が入ります。勾留の請求を受けて判断するのは、裁判体ではなく、一人の裁判官です。条文は、その裁判官に裁判所と同じ権限を持たせていますが、判断するのは裁判官ですから、裁判の形は命令です。勾留を決める、という意味で、勾留決定という呼び方もよく使われますが、決定という種類の裁判ではありません。勾留期間を延ばす裁判も入ります。そして、意外かもしれませんが、勾留の請求を却下する裁判も入ります。さらに、面会や手紙を制限する接見等禁止も、勾留に関する裁判として含まれます。

請求を却下する裁判も、勾留に関する裁判に入ります。そこが、向きの逆になるところです。勾留を決めた裁判や延長の裁判に対しては、被疑者が、勾留は不当だ、として準抗告をします。反対に、裁判官が勾留の請求を却下した場合は、検察官が、却下は不当だ、として準抗告をします。同じ条文が、両方向に働くのです。準抗告を受けた合議体は、原裁判を取り消して、必要があれば、更に裁判をします。これは第432条を通じて、第426条第2項が当てはまるからで、あとで条文を見ます。たとえば、却下を取り消して、勾留を認める。あるいは、勾留を取り消して、勾留の請求を却下する。そういう往復が起きます。Zに当てはめます。弁護人の主張が、Zは詐欺をしていない、というだけでは、理由にできません。第429条第2項から第420条第3項に回ってきた、あの歯止めです。やったのかやっていないのかは、本案の審理で決める事柄だからです。争えるのは、勾留の理由と必要性です。逃亡や罪証隠滅のおそれがないこと、勾留する必要がないこと。そこを書きます。

勾留から出る道具を並べたときの区別です。見ている時点が違います。勾留を決めた、その時点の判断が誤っていたのなら、準抗告です。その後に事情が変わった、たとえば、おそれが小さくなったのなら、取消しの請求です。もう1つ、橋渡しをします。逮捕の手続に重大な違法があると、勾留の請求そのものが違法とされて、却下されることがあります。違法な逮捕は、勾留の段階で効いてきます。次の節で、そのことに意味が出てきます。

逮捕には準抗告がない

逮捕と準抗告。429条1項の列挙に逮捕は無い→逮捕に関する裁判は準抗告の対象外。最一小決昭57・8・27=逮捕状に関する準抗告を棄却した地方裁判所の決定に特別抗告→特別抗告は不適法。逮捕のあいだの手=検察官・裁判官に勾留の必要がないことを示す/弁護人との接見は可能。違法な逮捕は勾留の段階で争う 図:逮捕と準抗告

  • 429条1項の列挙に逮捕は無い→逮捕に関する裁判は準抗告の対象外
  • 最一小決昭57・8・27=逮捕状に関する準抗告を棄却した地方裁判所の決定に特別抗告→特別抗告は不適法
  • 逮捕のあいだの手=検察官・裁判官に勾留の必要がないことを示す/弁護人との接見は可能
  • 違法な逮捕は勾留の段階で争う

先ほど立ち止まって考えた問いに、答えます。逮捕状を出す裁判に、準抗告はできるか。第429条第1項の5つの号を見直してください。逮捕は、どれにも入っていません。ですから、答えは、できません。この点は、逮捕後の手続の回で、最高裁の決定を一度読みました。今日は、準抗告の条文の側から、もう一度読みます。事案は、逮捕状とそれに基づく処分について準抗告がされ、地方裁判所がそれを棄却した、というものです。これに対して、最高裁判所へ、特別抗告がされました。最高裁は、特別抗告は不適法として、棄却しました。決定の判断の核を、読みます。

判例最決昭57・8・27 刑集36巻6号726頁(第一小法廷)

逮捕に関する裁判は、準抗告の対象に含まれない しかし、逮捕に関す裁判及びこれに基づく処分は、刑訴法四二九条一項各号所定の準抗告の対象となる裁判に含まれないと解するのが相当であるから、本件準抗告棄却決定に対する特別抗告は、不適法である。

読み方は、2点です。1つ目。逮捕に関する裁判と、それに基づく処分は、第429条第1項の各号に含まれない。つまり、準抗告の対象ではない。2つ目。準抗告を棄却した決定に対する最後の道は、特別抗告です。この事件は、その道に乗せましたが、そもそも準抗告が許されないので、特別抗告も不適法になった、という流れです。逮捕の回で見た理由を、順にたどります。逮捕は、長くても72時間で終わります。不服を審査しているうちに、逮捕の時間は過ぎてしまいます。その代わり、勾留を請求するなら、その段階で裁判官が審査します。逮捕の手続に重大な違法があれば、その審査で問題にできます。だから、逮捕そのものには窓口を設けていない、と説明されます。駅の仮置き場の荷物検査のように、短時間で終わる手続は、次の窓口で本格的に審査する、という考え方です。ただし、逮捕のあいだ、弁護人が手ぶらというわけではありません。検察官や裁判官に、勾留の必要がないことを示して、勾留の請求をさせない、勾留を認めさせない方向で働きかけます。逮捕後も、弁護人との接見はできます。そして、違法な逮捕は、勾留の段階で、請求の却下や、勾留への準抗告の中で効いてきます。Zの2つ目の問いの答えは、これです。逮捕に関する裁判には、準抗告は言えません。争う場は、勾留の段階に置かれています。ここは、論文でも使う、大事なところです。

捜査機関の処分への準抗告・第430条

429条と430条。429条=裁判官がする「裁判」/430条=捜査機関がする「処分」。押収の令状を発する・却下する→裁判官の裁判(429条1項2号)/令状を使って押収する・押収物を返すか決める→捜査機関の処分(430条)。請求先=検察官・検察事務官の処分→その検察庁に対応する裁判所(地方検察庁なら地方裁判所)/司法警察職員の処分→職務執行地を管轄する同じ地裁・簡裁。対象=接見指定(39条3項)・押収・押収物の還付ほか。430条3項=行政事件訴訟に関する法令は適用しない 図:429条と430条

  • 429条=裁判官がする「裁判」/430条=捜査機関がする「処分」
  • 押収の令状を発する・却下する→裁判官の裁判(429条1項2号)/令状を使って押収する・押収物を返すか決める→捜査機関の処分(430条)
  • 請求先=検察官・検察事務官の処分→その検察庁に対応する裁判所(地方検察庁なら地方裁判所)/司法警察職員の処分→職務執行地を管轄する同じ地裁・簡裁
  • 対象=接見指定(39条3項)・押収・押収物の還付ほか
  • 430条3項=行政事件訴訟に関する法令は適用しない

ここまでは、裁判官の裁判でした。次は、捜査機関の処分です。同じ押収を例に、2つを分けます。令状を発する、あるいは却下するのは、裁判官の裁判で、第429条第1項2号の範囲です。発付された令状を使って押収する、押収した物を返すかどうかを決める、これは検察官や警察官の処分で、第430条の範囲です。

条文刑事訴訟法第430条

刑事訴訟法第430条 検察官又は検察事務官のした第三十九条第三項の処分又は押収(電磁的記録提供命令(第百二条の二第一項第一号イに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)を含む。)、押収物の還付、電磁的記録提供命令(同号ロに掲げる方法による提供を命ずるものに限る。)、第二百十八条第三項の規定による命令若しくは第二百二十二条第一項若しくは第五百十三条第六項において準用する第百二十三条の二第一項の規定による複写に関する処分に不服がある者は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。 2 司法警察職員のした前項の処分に不服がある者は、司法警察職員の職務執行地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる。 3 前二項の請求については、行政事件訴訟に関する法令の規定は、これを適用しない。

長い条文ですが、読み方は単純です。第1項は、検察官又は検察事務官がした処分に不服がある場合です。対象は、第39条第3項の処分、つまり接見指定と、押収、押収物の還付ほかです。括弧の中の細かい言葉は、気にしなくて大丈夫です。請求先は、その検察官が所属する検察庁に対応する裁判所です。検察庁は、裁判所に対応して置かれているので、地方検察庁の検察官の処分なら、地方裁判所です。第2項は、司法警察職員、つまり警察官などがした処分です。対象は第1項と同じです。違うのは請求先で、その警察官の職務執行地を管轄する地方裁判所か簡易裁判所です。処分をした場所の地裁か簡裁、と覚えてください。接見指定は第1項に入っています。第2項は、したのが司法警察職員だったときの規定ですから、警察官が接見を指定した場合も、第2項で、同じ準抗告ができます。

第39条第3項は、捜査のため必要があるとき、公訴の提起前に限って、検察官などが、接見の日時、場所、時間を指定できる、という規定です。ただし、被疑者が防禦の準備をする権利を、不当に制限してはならない、という但書がつきます。この指定に不服があれば、第430条で争えます。もっとも、判断を待っているあいだに、指定された日時が来てしまうなど、その場で解決できるとは限りません。押収についても、前に見た線引きを1つ。令状に書かれていない物の写真を撮った処分は、それ自体は検証の性質を持つので、押収に関する処分に当たらず、準抗告の対象外とされました。違法であることと、準抗告で争えることは、別です。

行政事件訴訟とは、役所の処分に不服があるとき、その取消しなどを求めて起こす、刑事とは別の系統の訴訟です。捜査機関も役所ですから、押収や接見指定を、そちらで争えるのか、という疑問が出ます。第3項は、この請求の手続には、行政事件訴訟の規定を持ち込まない、と定めています。行政不服審査法のほうも、刑事事件に関する法令に基づく検察官などの処分を、適用の外に置いています。

準抗告の手続と効力

準抗告の手続と効力。請求書を管轄裁判所へ直接差し出す(431条)。抗告との違い=抗告は申立書を原裁判所へ→再度の考案(423条)/準抗告は見直しの段階なし。決定(432条で424・426・427条を準用)=原則執行は止まらない(424条。例外は429条6項)/棄却又は取消し+更に裁判(426条)/準抗告審の決定に抗告できない(427条)。その先=特別抗告(433条)。記録の送付・通知は刑訴規則273条 図:準抗告の手続と効力

  • 請求書を管轄裁判所へ直接差し出す(431条)
  • 抗告との違い=抗告は申立書を原裁判所へ→再度の考案(423条)/準抗告は見直しの段階なし
  • 決定(432条で424・426・427条を準用)=原則執行は止まらない(424条。例外は429条6項)/棄却又は取消し+更に裁判(426条)/準抗告審の決定に抗告できない(427条)
  • その先=特別抗告(433条)
  • 記録の送付・通知は刑訴規則273条

手続に入る前に、前回の復習を1問。前回見た抗告で、抗告審の決定に、さらに抗告はできるのでしたか?できません。第427条で、再抗告はないんでした。その第427条は、このあと読む条文を通じて、準抗告にもそのまま働きます。まず、請求の出し方です。

条文刑事訴訟法第431条・第432条

刑事訴訟法第431条・第432条 第431条 前二条の請求をするには、請求書を管轄裁判所に差し出さなければならない。 第432条 第四百二十四条、第四百二十六条及び第四百二十七条の規定は、第四百二十九条及び第四百三十条の請求があつた場合にこれを準用する。

第431条です。請求をするには、請求書を、管轄裁判所に差し出します。ここが、抗告との違いです。抗告は、申立書を原裁判所に差し出し、原裁判所がまず自分で考え直す、再度の考案がありました。準抗告は、請求書を直接、管轄裁判所へ出します。見直しの段階が、挟まりません。管轄裁判所とは、請求を受ける裁判所のことで、第429条なら同じ裁判所の合議体、第430条なら、検察庁に対応する裁判所か、職務執行地の地裁か簡裁です。第432条は、準用の規定です。準用とは、別のところにある規定を、読み替えて当てはめることです。当てはめられるのは、第424条、第426条、第427条の3つで、どれも前回見ました。第424条は、原則として執行は止まらない、でした。準抗告も同じです。止めたいときは、執行を停止する決定が、別に要ります。例外が、第429条第6項で、4号と5号の過料や費用の賠償だけは、請求期間内と請求があったときに、停止されます。第426条は、棄却か、取消しと更に裁判、です。理由がなければ棄却し、理由があれば原裁判を取り消して、必要があれば、準抗告審が自分で裁判をします。そして、第427条です。準抗告審の決定に対しては、抗告ができません。先ほどの復習の答えが、そのまま働きます。理由も、前回と同じように説明されます。合議体の見直しを一度経た結果に、さらに不服を重ねさせると、手続の迅速さが失われる、という説明です。

打つ手は、1つ残っています。特別抗告です。第433条により、ほかに不服を申し立てる道がない決定や命令に、第405条の事由、つまり憲法違反や判例違反があるときだけ、最高裁判所へ、5日以内にできます。先ほど読んだ逮捕の事件が、その実例でした。なお、記録の送付や決定の通知は、刑事訴訟規則の第273条が、抗告の規定を準用しています。期間も確認します。準抗告に期間の定めは、4号と5号の3日を除いて、ありません。

保釈の許否への不服・公判の前と後

保釈の許否への不服。第1回公判期日まで(280条)=裁判官が行う→保釈の許否は裁判官の裁判=命令→準抗告(429条1項2号)→その裁判官所属の裁判所の合議体(簡裁の裁判官なら管轄地方裁判所)。第1回公判期日のあと=受訴裁判所が行う→決定→抗告(420条2項)→高等裁判所。許可・却下のどちらも同じ。どちらも最後は特別抗告(433条)。準抗告審の決定・抗告審の決定には抗告できない(432条→427条)。主体の切り替え=予断排除 図:保釈の許否への不服

  • 第1回公判期日まで(280条)=裁判官が行う→保釈の許否は裁判官の裁判=命令→準抗告(429条1項2号)→その裁判官所属の裁判所の合議体(簡裁の裁判官なら管轄地方裁判所)
  • 第1回公判期日のあと=受訴裁判所が行う→決定→抗告(420条2項)→高等裁判所
  • 許可・却下のどちらも同じ
  • どちらも最後は特別抗告(433条)
  • 準抗告審の決定・抗告審の決定には抗告できない(432条→427条)
  • 主体の切り替え=予断排除

3つ目の問いです。保釈の請求が却下されたとき、第1回公判期日の前の判断のときと、後の判断のときで、不服申立ての名前は同じでしょうか? 背骨を使って、予想してみてください。名前は、誰がした裁判かで決まるのでした。判断をする主体が、公判期日の前と後で実際に変わるのかどうかを、条文で確かめます。

条文刑事訴訟法第280条第1項

刑事訴訟法第280条第1項 公訴の提起があつた後第一回の公判期日までは、勾留に関する処分は、裁判官がこれを行う。

起訴されたあとでも、第1回の公判期日までは、勾留に関する処分、保釈も含めて、裁判官が行います。第1回公判期日のあとは、実際に審理をする受訴裁判所が行います。保釈の回で見た主体の切り替えです。切り替える理由は予断排除で、事件の中身を先に知ってしまった裁判官が、そのまま審理を担当しないための仕組みでした。この切り替えが、不服申立ての名前を決めます。第1回公判期日までの保釈の許否は、裁判官の裁判、つまり命令です。だから準抗告で、第429条第1項2号にあたり、その裁判官が所属する裁判所の合議体が見直します。簡易裁判所の裁判官なら、管轄地方裁判所です。第1回公判期日のあとの保釈の許否は、受訴裁判所の裁判、つまり決定です。だから抗告で、第420条第2項が、保釈に関する決定は抗告できるとしているので、通ります。行き先は高等裁判所で、前回通した道です。許可と却下は、どちらも、同じ道を通ります。たとえば、保釈の許可に不服な検察官は、期日の前なら準抗告、後なら抗告です。前回のZの場面も、前回見た最高裁の判例も、公判が始まったあとに受訴裁判所がした保釈の判断への抗告でした。前回、保釈の許否を決定として通したのは、この場面だったからです。どちらの道も、行き止まりは同じです。準抗告審の決定には、第432条から第427条で、抗告ができません。抗告審の決定にも、再抗告はできません。残るのは、どちらも特別抗告です。

Zに当てはめます。Zが起訴され、第1回公判期日の前に保釈を請求し、裁判官が却下した。この場合は、準抗告で、合議体が見直します。期日のあとに、受訴裁判所が却下した。この場合は、抗告で、高等裁判所です。冒頭の3つ目の問いの答えは、前回と同じ道とは限らない、公判の前と後で変わる、です。一点、注意します。被疑者には、保釈がありません。第207条第1項の但書です。起訴前の道具は、勾留の準抗告と、前に見た勾留の道具です。

身柄解放の手の全体像

身柄解放の手の全体像。段階/裁判の形/不服申立て/行き先。逮捕(逮捕状)=命令/なし(昭57)/勾留請求への働きかけ。起訴前の勾留(勾留状・延長・請求の却下)=命令/準抗告(429条1項2号)/同じ裁判所の合議体。起訴前の接見等禁止=命令/準抗告。起訴後・第1回公判期日まで(勾留・保釈の許否)=命令/準抗告。起訴後・第1回公判期日のあと(勾留・保釈の許否)=決定/抗告(420条2項)/高等裁判所。捜査機関の処分(接見指定ほか)=処分/準抗告(430条)/検察庁に対応する裁判所、職務執行地の同じ地裁・簡裁。どれの棄却にも=特別抗告(433条・405条の事由・5日)/最高裁判所 図:身柄解放の手の全体像

  • 段階/裁判の形/不服申立て/行き先
  • 逮捕(逮捕状)=命令/なし(昭57)/勾留請求への働きかけ
  • 起訴前の勾留(勾留状・延長・請求の却下)=命令/準抗告(429条1項2号)/同じ裁判所の合議体
  • 起訴前の接見等禁止=命令/準抗告
  • 起訴後・第1回公判期日まで(勾留・保釈の許否)=命令/準抗告
  • 起訴後・第1回公判期日のあと(勾留・保釈の許否)=決定/抗告(420条2項)/高等裁判所
  • 捜査機関の処分(接見指定ほか)=処分/準抗告(430条)/検察庁に対応する裁判所、職務執行地の同じ地裁・簡裁
  • どれの棄却にも=特別抗告(433条・405条の事由・5日)/最高裁判所

ここまでの道具を、不服申立ての軸で、一枚の表に通します。Zの身柄が動く順に見ます。まず、逮捕です。逮捕状の裁判は命令ですが、不服申立てはありません。代わりに、勾留の請求をさせない働きかけをします。次に、起訴前の勾留です。勾留を決める裁判も、延長も、請求の却下も、裁判官の命令で、不服申立ては準抗告、行き先は同じ裁判所の合議体です。接見等禁止も、準抗告です。起訴後に進みます。第1回公判期日まで、勾留や保釈の許否は、裁判官の命令で、準抗告です。第1回公判期日のあとは、受訴裁判所の決定になり、抗告、行き先は高等裁判所です。そして、捜査機関の処分、接見指定などは、準抗告で、第430条です。行き先は、検察庁に対応する裁判所か、職務執行地の地裁か簡裁です。どれの棄却にも、最後は特別抗告で、行き先は最高裁判所、第405条の事由、期間は5日です。

勾留の理由の開示、勾留の取消し、執行停止は、この表には入りません。どれも、不服申立てそのものではありません。勾留の理由を開示させる、取り消してもらう、執行を止めてもらう、という別の道具です。この表は、不服申立ての名前だけで並べています。表から持ち帰るのは、4つの問いです。1つ目。誰がした裁判か。裁判官なら命令、受訴裁判所なら決定、捜査機関なら処分です。2つ目。だから名前は何か。裁判官の命令なら準抗告、受訴裁判所の決定なら抗告、捜査機関の処分なら第430条の準抗告です。3つ目。行き先はどこか。同じ裁判所の合議体か、高等裁判所か、同じ地裁か簡裁です。4つ目。その先はあるか。特別抗告だけです。この4問を順に問えば、どの場面でも、道を引けます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(前半)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの勾留を決めた裁判への不服→準抗告・同じ裁判所の合議体(429条1項2号)。問2=Zの逮捕状を出した裁判→対象外(昭57)・特別抗告も不適法。問3=「詐欺をしていない」だけで準抗告→理由にできない(429条2項→420条3項)/検察官が勾留請求の却下に準抗告→可 図:節目のミニ事例

  • 前半
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの勾留を決めた裁判への不服→準抗告・同じ裁判所の合議体(429条1項2号)。問2=Zの逮捕状を出した裁判→対象外(昭57)・特別抗告も不適法。問3=「詐欺をしていない」だけで準抗告→理由にできない(429条2項→420条3項)
  • 検察官が勾留請求の却下に準抗告→可

節目のミニ事例です。設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zの勾留を決めた裁判に、弁護人が不服を言います。名前と行き先は何でしょうか。勾留を決めた裁判官が所属する裁判所の、合議体です。第429条第1項2号の準抗告で、簡易裁判所の裁判官がした勾留なら、その簡易裁判所を管轄する地方裁判所に請求します。2つ目。Zの逮捕状を出した裁判に不服があるとして、準抗告をしました。棄却されたので、さらに特別抗告をしたら、どうなるでしょうか。準抗告も、特別抗告も、通りません。逮捕に関する裁判は準抗告の対象外で、最高裁も、特別抗告は不適法としました。違法な逮捕は、勾留の段階で、請求の却下や勾留への準抗告の中で争います。3つ目。弁護人が、Zは詐欺をしていない、という理由だけで、勾留に準抗告をしました。通るでしょうか。

第429条第2項から第420条第3項により、嫌疑がないことは、準抗告の理由にできません。争えるのは、勾留の理由と必要性です。設定を替えます。検察官が、勾留の請求を却下した裁判に準抗告をしたら、できるでしょうか。検察官も、勾留の請求を却下した裁判に、準抗告ができます。請求先は、却下した裁判官が所属する裁判所の合議体です。

節目のミニ事例(後半)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問4=起訴後・第1回公判期日の前の保釈却下→準抗告(280条)/期日のあと→抗告(420条2項)・高等裁判所。問5=準抗告審の棄却に抗告→不可(432条→427条)・特別抗告のみ。問6=検察官の接見指定→430条1項/警察官なら2項/裁判官が証人に過料→3日以内・停止 図:節目のミニ事例

  • 後半
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問4=起訴後・第1回公判期日の前の保釈却下→準抗告(280条)
  • 期日のあと→抗告(420条2項)・高等裁判所。問5=準抗告審の棄却に抗告→不可(432条→427条)・特別抗告のみ。問6=検察官の接見指定→430条1項
  • 警察官なら2項
  • 裁判官が証人に過料→3日以内・停止

4つ目。Zが起訴され、第1回公判期日の前に保釈を請求したところ、却下されました。不服申立ての名前は何でしょう。名前を決めるのは、第280条です。第1回公判期日の前の保釈の却下は、裁判官の命令なので準抗告になり、その裁判官が所属する裁判所の合議体が見直します。設定を替えて、第1回公判期日のあとに、受訴裁判所が却下した場合は、決定ですから、抗告で、高等裁判所です。5つ目。準抗告審が、Zの請求を棄却しました。さらに抗告はできますか。準抗告審の決定に、さらに抗告をする道はなく、残るのは、特別抗告だけで、第405条の事由があるときに限り、最高裁判所へ、5日以内です。6つ目。検察官が、Zの接見の日時を指定しました。不服はどう申し立てますか。警察官が指定したら、どうなるでしょう。

検察官の指定なら第430条第1項で、その検察庁に対応する裁判所へ。警察官の指定なら第2項で、職務執行地を管轄する地方裁判所か簡易裁判所へ、準抗告をします。ただ、待つ間に指定された日時が来てしまう実情は、あります。設定を替えます。裁判官が証人に過料を命じた場合は、4号の裁判ですから、3日以内に準抗告をし、その期間内と請求があったときは、執行が停止されます。結論の分かれ目を言い直します。1つ目は、裁判官の裁判なので、第429条。2つ目は、逮捕は対象外。3つ目は、嫌疑なしは、理由にできない。4つ目は、第280条で、主体が変わると、名前が変わる。5つ目は、行き止まりと特別抗告。6つ目は、第430条と、過料の期間と停止の例外でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①裁判官の命令(勾留)への不服は準抗告・同じ系統の裁判所の合議体へ ②逮捕に関する裁判には言えない(昭57) ③起訴後の保釈の却下は、第1回公判期日の前なら準抗告・後なら抗告(高等裁判所)。どちらも最後は特別抗告 図:まとめ

  • Zの答え=①裁判官の命令(勾留)への不服は準抗告・同じ系統の裁判所の合議体へ
  • ②逮捕に関する裁判には言えない(昭57)
  • ③起訴後の保釈の却下は、第1回公判期日の前なら準抗告・後なら抗告(高等裁判所)
  • どちらも最後は特別抗告

Zの3つの問いに、順に答えます。1つ目。裁判官の命令、たとえば勾留への不服は、準抗告です。行き先は、上級の裁判所ではなく、同じ系統の裁判所の合議体です。2つ目。逮捕に関する裁判には、準抗告は言えません。逮捕の違法は、勾留の段階で争います。3つ目。起訴後の保釈の却下は、第1回公判期日の前なら準抗告、後なら抗告で、高等裁判所です。どちらも、最後は特別抗告です。

身柄解放の一覧。逮捕=不服申立てなし・勾留請求への働きかけ/起訴前の勾留=準抗告/起訴前の接見等禁止=準抗告/保釈=第1回公判期日の前は準抗告・後は抗告/捜査機関の処分=430条の準抗告/どれも最後は特別抗告。弁別の軸=誰がした裁判か→名前→行き先→その先 図:身柄解放の一覧

  • 逮捕=不服申立てなし・勾留請求への働きかけ/起訴前の勾留=準抗告/起訴前の接見等禁止=準抗告/保釈=第1回公判期日の前は準抗告・後は抗告/捜査機関の処分=430条の準抗告/どれも最後は特別抗告
  • 弁別の軸=誰がした裁判か→名前→行き先→その先

身柄解放の手を、一覧にして終えます。逮捕には、不服申立てがなく、勾留の請求への働きかけで備えます。起訴前の勾留と接見等禁止は、準抗告。保釈は、公判の前なら準抗告、後なら抗告。捜査機関の処分は、第430条の準抗告。どれも、最後は特別抗告です。持ち帰るのは、4つの問いです。誰がした裁判か、名前は何か、行き先はどこか、その先はあるか。なお、確定した裁判そのものを覆す、別のしくみもあります。

ページ上部へ ↑

#165単独ページ動画

再審の理由(新規性と明白性)

第8章 上訴と救済手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて判決が確定した。服役中のZは、一貫して「やっていない」と言っている。確定から数年後、弁護人が当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れた。有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかけるが、それだけでZの無実が証明されるわけではない。①確定した判決を、いまから争う道はあるのか ②どんな理由があれば、その道が開くのか ③新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか 図:今日の問い

  • Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて判決が確定した
  • 服役中のZは、一貫して「やっていない」と言っている
  • 確定から数年後、弁護人が当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れた
  • 有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかけるが、それだけでZの無実が証明されるわけではない
  • ①確定した判決を、いまから争う道はあるのか
  • ②どんな理由があれば、その道が開くのか
  • ③新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか

ここまで見てきた上訴は、まだ確定していない裁判を争う道でした。ただ、判決が確定したあとでも、その裁判そのものを覆す、別のしくみがあります。今日は、その入口を通ります。今日のZさんは、これまでの回に出てきたZさんとは、別の事件の人です。Zさんは、強盗の罪で有罪判決を受けました。控訴も上告も退けられて、判決は確定しています。服役中のZさんは、ずっと「自分はやっていない」と言い続けています。確定から数年がたったころ、弁護人が、当時の裁判には出ていなかった鑑定結果を手に入れました。有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきに、疑問を投げかける内容です。ただし、この鑑定だけで、Zさんの無実が証明されるわけではありません。問いは3つあります。1つ目。確定した判決を、いまから争う道は、あるのでしょうか。2つ目。どんな理由があれば、その道が開くのか。3つ目。新しい証拠は、それだけで無実を証明できるものでなければならないのか。

先に、答えの形だけ言います。道は、あります。ただし、その道が開く理由は、法律が限っています。そして新しい証拠は、無実を証明するほど強くなくても足ります。ただし、元の証拠と合わせて見ます。中身は、順に見ていきます。

確定した判決を覆す道は2本

確定後の地図。確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=非常救済手続=再審・非常上告。比較表(何の誤りを正すか/誰がする/行き先/対象)。再審=事実の誤り(の疑い)/有罪の確定判決・有罪の言渡しを受けた者の利益のため。非常上告(454条)=法令の誤り/検事総長/最高裁判所/有罪も無罪も 図:確定後の地図

  • 確定する前=上訴(控訴・上告・抗告)/確定した後=非常救済手続=再審・非常上告
  • 比較表(何の誤りを正すか/誰がする/行き先/対象)
  • 再審=事実の誤り(の疑い)/有罪の確定判決・有罪の言渡しを受けた者の利益のため
  • 非常上告(454条)=法令の誤り/検事総長/最高裁判所/有罪も無罪も

地図です。確定する前の道が、上訴でした。控訴、上告、抗告です。確定したあとに用意されているのは、非常救済手続と呼ばれる、例外の道です。通常の上訴では救えなくなったあとの、最後の救済、という意味です。名前は2つ、再審と非常上告です。確定とは、もう争えないことでした。だから、確定したあとに、それでも覆す道は、例外として特別に置かれています。上訴は、確定を止めて見直させる道です。再審と非常上告は、確定したあとから覆す道です。確定の前か、後か。これが、今日の第一の目印です。再審とは、確定した有罪判決について、事実の認定に重大な誤りがある、あるいはその疑いがあることを理由に、誤って有罪とされた人を救う手続です。今日の主役は、こちらです。もう1つの非常上告は、名前とちがいだけ押さえます。非常上告は、理由が法令の適用の誤りです。たとえば、法律が定めた刑の上限を超えた刑を言い渡した、管轄のない裁判所が裁判をした、といった場合です。これを申し立てられるのは検事総長だけで、行き先は最高裁判所です。第454条に書かれています。有罪判決だけでなく、無罪判決も対象になります。中身は、あとで改めて見ます。

事実の誤りは、あったことをなかったと、あるいはなかったことをあったと、認定してしまう誤りです。Zさんの事件なら、本当は別の人が犯人なのに、Zさんが犯人だと認定した場合です。法令の誤りは、事実の認定は合っているのに、法律の当てはめや手続を誤った場合です。Zさんが犯人であること自体は正しいのに、法律が許さない重さの刑を言い渡した場合が、これにあたります。今日の主役の再審は、前者、事実の誤りの側です。

安定と救済のぶつかり合い

2つの要請。法的安定性(三審を尽くして確定した裁判は動かさないのが原則)⇄具体的妥当性(無実の人を罰したままにしてはならない)。現行法の答え=覆す理由を法律で限定(435条)。理由があるかで決まる:できれば蒸し返したい、では開かない 図:2つの要請

  • 法的安定性(三審を尽くして確定した裁判は動かさないのが原則)⇄具体的妥当性(無実の人を罰したままにしてはならない)
  • 現行法の答え=覆す理由を法律で限定(435条)
  • 理由があるかで決まる:できれば蒸し返したい、では開かない

なぜ、確定した判決を覆す道が、わざわざ例外として置かれているのか。そして、なぜ簡単には開かないのか。ここに、2つの要請のぶつかり合いがあります。1つ目は、法的安定性です。三審を尽くして確定した裁判は、動かさないのが原則です。引き渡しが済んだ建物の図面を、あとから何度でも引き直せるとしたら、誰もその建物を前提に動けません。裁判も同じで、蒸し返しが自由なら、いつまでも終わらず、確定という約束事そのものが崩れます。2つ目は、具体的妥当性です。個々の事件で、正しい結論を出すことを求める要請です。重大な誤りがあるのに、確定したからといって、誤って有罪とされた人を罰し続けるのは、正義に反します。建物でいえば、土台に欠陥が見つかったら、引き渡し済みでも、直さなければなりません。現行法の答えは、確定した判決を覆す理由を、法律に限って並べる、というものです。その条文が、第435条です。だから、再審を開くかどうかは、法律が挙げた理由があるかどうかで決まります。できれば蒸し返したい、という気持ちでは、開きません。理由を限ることで、安定と救済の両方を守ろうとしているのです。

再審は利益再審だけ

利益再審だけ。旧法=有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審(不利益再審)もあった/現行法=利益再審だけ(435条柱書「その言渡を受けた者の利益のために」)。憲法39条=既に無罪とされた行為/同一の犯罪について重ねて責任を問われない。確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできない 図:利益再審だけ

  • 旧法=有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審(不利益再審)もあった/現行法=利益再審だけ(435条柱書「その言渡を受けた者の利益のために」)
  • 憲法39条=既に無罪とされた行為/同一の犯罪について重ねて責任を問われない
  • 確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできない

条文の前に、1問、思い出してください。確定した無罪判決を、検察官がもう一度争って、有罪にすることはできるのでしたか?その理由は何でしたか?できません。裁判の確定の回で見たとおり、無罪でも有罪でも、確定したら、同じ事件を二度とやり直さない、という約束事があるからでした。その憲法の条文を、確認します。

条文日本国憲法第39条

日本国憲法第39条 何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

前の文のうち、ここで効くのは、既に無罪とされた行為についての定めです。後の文は、同一の犯罪について重ねて、という定めです。確定したら、同じ事件で責任を重ねて問うことはしない、という約束事が、ここにあります。この線が、再審の形を決めています。かつての法律には、有罪の言渡しを受けた人の不利益になる再審、つまり無罪などの確定判決を覆して、有罪にするための再審もありました。現行法は、憲法第39条の趣旨と合わせて、利益再審だけにしています。第435条の柱書が、有罪の言渡しをした確定判決に対して、その言渡しを受けた者の利益のために、と書いているのは、そのためです。ここは、条文どおりです。帰結は2つです。1つ目。確定した無罪判決に対して、検察官が再審を請求することはできません。対象になるのは、有罪の言渡しをした確定判決だけだからです。2つ目。再審の目的は、誤って有罪とされた人を救うことです。確定した判決を、あとから不利益に覆す道は、ありません。

利益のために、というのは、請求できる人を絞る言葉ではありません。再審の結果が誰のためのものかを示す言葉です。誰が請求できるかは、これとは別に決まっています。請求できる人は、手続の中で見ます。

再審の理由は3類型・第435条

435条の3類型。A 証拠や前提の偽り・変更・無効が、別の確定した裁判・審決で示された(1〜5号)/B 職務犯罪(7号)/C 新しい明らかな証拠(6号)=実務上いちばん重要。共通の形=別の確定した裁判・審決が先に要る(1〜5号・7号)。うち1・2・3・7号は「確定判決により〜が証明されたとき」。6号だけは別の確定判決が要らない=入口が広い 図:435条の3類型

  • A 証拠や前提の偽り・変更・無効が、別の確定した裁判・審決で示された(1〜5号)/B 職務犯罪(7号)/C 新しい明らかな証拠(6号)=実務上いちばん重要
  • 共通の形=別の確定した裁判・審決が先に要る(1〜5号・7号)
  • うち1・2・3・7号は「確定判決により〜が証明されたとき」
  • 6号だけは別の確定判決が要らない=入口が広い

再審の理由が書かれた第435条を、2枚に分けて、全文を読みます。長い条文ですが、背骨は、3つの型に分けられます。

条文刑事訴訟法第435条

刑事訴訟法第435条(柱書・1号〜5号) 再審の請求は、左の場合において、有罪の言渡をした確定判決に対して、その言渡を受けた者の利益のために、これをすることができる。 一 原判決の証拠となつた証拠書類又は証拠物が確定判決により偽造又は変造であつたことが証明されたとき。 二 原判決の証拠となつた証言、鑑定、通訳又は翻訳が確定判決により虚偽であつたことが証明されたとき。 三 有罪の言渡を受けた者を誣告した罪が確定判決により証明されたとき。但し、誣告により有罪の言渡を受けたときに限る。 四 原判決の証拠となつた裁判が確定裁判により変更されたとき。 五 特許権、実用新案権、意匠権又は商標権を害した罪により有罪の言渡をした事件について、その権利の無効の審決が確定したとき、又は無効の判決があつたとき。

1つ目の型は、証拠や前提の偽り、変更、無効が、別の確定した裁判や審決で示された場合で、第1号から第5号です。条文にある原判決とは、再審の対象になる、有罪を言い渡した確定判決のことです。第1号は証拠書類や証拠物の偽造や変造、第2号は証言、鑑定、通訳、翻訳の虚偽です。第3号の誣告とは、うその告訴をすることで、うその告訴によって有罪とされた場合に限られます。第4号は、証拠になった裁判が、のちの確定裁判で変更された場合です。第5号は、特許権や商標権などを害した罪で有罪にした事件で、特許庁がその権利を無効と判断した審決が確定した場合などです。この5つに共通するのは、再審の前に、別の確定した裁判や審決が、すでにある、という形です。たとえば証人の証言が虚偽だったというには、偽証の罪などを認めた確定判決が、先に要ります。つまり、再審の請求の前に、もう1つ別の確定した判断が必要になります。

条文刑事訴訟法第435条

刑事訴訟法第435条(6号・7号) 六 有罪の言渡を受けた者に対して無罪若しくは免訴を言い渡し、刑の言渡を受けた者に対して刑の免除を言い渡し、又は原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき。 七 原判決に関与した裁判官、原判決の証拠となつた証拠書類の作成に関与した裁判官又は原判決の証拠となつた書面を作成し若しくは供述をした検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が被告事件について職務に関する罪を犯したことが確定判決により証明されたとき。但し、原判決をする前に裁判官、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対して公訴の提起があつた場合には、原判決をした裁判所がその事実を知らなかつたときに限る。

2つ目の型は、職務犯罪で、第7号です。原判決に関与した裁判官や、証拠になった書面を作った検察官や警察官などが、その事件について職務に関する罪を犯したことが、やはり確定判決で証明された場合です。3つ目の型が、新しい明らかな証拠、第6号です。無罪や免訴などを言い渡すべき、あるいは原判決より軽い罪を認めるべき、明らかな証拠を、あらたに発見したとき。実務でいちばん重要なのが、この第6号です。科学的な証拠の回で見た足利事件の再審も、新しい鑑定が出発点でした。新しい証拠で確定判決を争うときに使うのが、この第6号です。

第1号から第5号と第7号は、先に別の確定した裁判や審決が要ります。偽証の確定判決がなければ、使えません。これに対して第6号は、新しい証拠そのものを出して、争うことができます。入口が広いぶん、明らかとはどの程度か、あらたにとは誰にとってかが、解釈で争われます。それが今日の本題です。

435条のまわりの2か条。437条=確定判決が得られないとき(例:偽証した人が死亡)は、その事実を証明して請求できる/証拠がないために得られないときは除く(証拠が足りず有罪にできなかった場合)。436条=確定している判決は1つではない:有罪を言い渡した元の判決→6号を含む435条の各号で請求できる/控訴・上告を棄却した判決→1号・2号・裁判官についての7号だけ(事実を認定したのは元の判決)。6号の「軽い罪」=法定刑が同じ別の事実の主張は、軽い罪にあたらない(判例) 図:435条のまわりの2か条

  • 437条=確定判決が得られないとき(例:偽証した人が死亡)は、その事実を証明して請求できる/証拠がないために得られないときは除く(証拠が足りず有罪にできなかった場合)
  • 436条=確定している判決は1つではない:有罪を言い渡した元の判決→6号を含む435条の各号で請求できる/控訴・上告を棄却した判決→1号・2号・裁判官についての7号だけ(事実を認定したのは元の判決)
  • 6号の「軽い罪」=法定刑が同じ別の事実の主張は、軽い罪にあたらない(判例)

では、第1号から第3号や第7号で、その別の確定判決が取れないときは、どうなるのか。第437条は、確定判決が得られないとき、たとえば偽証した人が死亡して裁判にかけられないようなときは、その事実を証明して請求できる、としています。確定判決の代わりに、偽証があったという事実そのものを、再審の請求の中で証明するのです。ただし、証拠がないために確定判決が得られないときは、除かれます。たとえば、偽証の疑いはあるが証拠が足りず、有罪にできなかった場合は、除かれます。もう1つ、第436条です。Zさんの事件で確定している判決は、1つではありません。有罪を言い渡した元の判決のほかに、控訴や上告を棄却する判決が言い渡されていれば、その判決も確定しています。第436条は、この、控訴や上告を棄却した確定判決に対しても、再審を請求できる場合がある、としています。ただ、その理由は第1号と第2号、それに裁判官についての第7号に限られます。第6号の新しい証拠は、上訴を棄却した判決に対しては使えません。事実を認定して有罪を言い渡したのは、元の判決だからです。上訴を棄却した判決は、元の判決への不服を退けただけです。だから、事実の認定を揺るがす新しい証拠は、元の判決に向けて出します。Zさんのように控訴も上告も退けられた人でも、有罪を言い渡した元の判決に対してなら、第6号で請求できます。第6号の軽い罪にも、一言あります。判例は、法定刑が同じ別の犯罪事実を主張しても、軽い罪にはあたらないとしています。罪名が変わるだけでは、足りないのです。

ここで、区別をします。第435条の各号は、条文どおりの成立要件で、覚えるというより、読めば出てくる事柄です。これに対して、第6号の、明らかな証拠とは何か、あらたに発見したとは誰にとってか、は条文に書いてありません。判例と解釈が立てた基準、つまり規範です。ここから先は、規範を見ていきます。

明白性その1・どの程度の証拠か

明白性の程度。「明らかな証拠」を文字どおり読むと=無罪が確実と言えるほど強い証拠?→門がほとんど開かない。かつての考え方=無罪等に到達する高度の蓋然性まで求める考え方もあった。白鳥決定=確定判決の事実認定に合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠。有罪に必要な程度(合理的な疑いを超える証明)と再審で必要な程度(合理的な疑いを生じさせる)は向きが逆の対 図:明白性の程度

  • 「明らかな証拠」を文字どおり読むと=無罪が確実と言えるほど強い証拠?→門がほとんど開かない
  • かつての考え方=無罪等に到達する高度の蓋然性まで求める考え方もあった
  • 白鳥決定=確定判決の事実認定に合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠
  • 有罪に必要な程度(合理的な疑いを超える証明)と再審で必要な程度(合理的な疑いを生じさせる)は向きが逆の対

第6号の、明らかな証拠という言葉から、見ていきます。これを文字どおりに読むと、無罪であることが確実だと言えるほどの、強い証拠、と読めてしまいます。そうなると、再審の門は、ほとんど開かなくなります。実際、かつては、法的安定性を重んじて、無罪などの認定に到達する高度の蓋然性までを求める考え方もあったとされています。この厳しさを改めたとされるのが、白鳥決定と呼ばれる最高裁の決定です。この決定は、明らかな証拠について、2つのことを述べました。どの程度の証拠が要るのか。そして、それをどう判断するのか。まず、程度です。

判例最決昭50・5・20 刑集29巻5号177頁(第一小法廷)

再審の理由にいう「明らかな証拠」=合理的な疑いをいだかせる蓋然性のある証拠 「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきである……

要点は、無罪の確信までは要らない、ということです。蓋然性とは、そうなる見込みの確かさのことです。確定判決の事実認定に、合理的な疑いをいだかせて、その認定を覆すに足りる見込みがあれば足ります。元の有罪の認定が、そのままでは持ちこたえられなくなる見込みが、相当にある、という程度です。有罪にするには、合理的な疑いを超える証明が必要でした。合理的な疑いが残らないほどの証明が、要る。裏返せば、合理的な疑いが残るのに有罪とすることは、もともと許されていません。だから再審でも、新証拠を加えて見たときに、有罪の認定に合理的な疑いが生じるなら、その有罪は、もう支えきれません。無罪の証明まで求めたら、疑いが残る人を罰し続けることになります。有罪にするときは合理的な疑いが残らないこと、有罪を覆すときは合理的な疑いが生じること。向きが逆の、対になっています。さきほどの、安定と救済のぶつかり合いでいえば、安定に寄っていた門を、救済の側へ開き直したのです。有罪に必要な証明の程度を見た回で、合理的とは、裏付けがある、という意味だと確かめました。ここに、輪郭を描いておきます。鑑定の結果、有罪の決め手とされた物証が、Zさんのものとは限らない、という疑いが具体的に裏付けられる。これは、合理的な疑いにあたります。これに対して、Zさんが犯人ではない可能性も、絶対にないとは言えない、という漠然とした思いだけでは、疑いに数えません。可能性があるだけでは足りず、裏付けが要る、というのは有罪の側と同じ線です。

明白性その2・判断の方法と「疑わしいときは被告人の利益に」

孤立評価と総合評価。孤立評価=新証拠だけを切り離して、それだけで認定を覆せるかを見る/総合評価=新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、認定が持ちこたえられるかを見る(元の裁判の席に新証拠を置いてみる)。白鳥決定は総合評価。鉄則=合理的な疑いを生ぜしめれば足りる 図:孤立評価と総合評価

  • 孤立評価=新証拠だけを切り離して、それだけで認定を覆せるかを見る/総合評価=新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、認定が持ちこたえられるかを見る(元の裁判の席に新証拠を置いてみる)
  • 白鳥決定は総合評価
  • 鉄則=合理的な疑いを生ぜしめれば足りる

次は、判断の方法です。その前に、問いを1つ。新証拠は、それ1つで、無罪を証明できなければならないでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、決定を読んでください。再審を開くのに、新証拠だけで無罪を証明する必要は、ありません。白鳥決定の2つ目、判断の方法を読みます。一節は、前半が判断の方法、後半が、疑わしいときは被告人の利益に、という鉄則の話に分かれます。

判例最決昭50・5・20 刑集29巻5号177頁(第一小法廷)

明白性の判断方法——新証拠と他の全証拠の総合評価と、「疑わしいときは被告人の利益に」 もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意味において、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである。

前半は、判断の方法です。もしその新証拠が、元の裁判の審理中に出されていたら、確定判決のような事実認定に到達しただろうか。この観点から、新証拠と他の全証拠を、あわせて評価します。元の裁判の席に、新証拠を置いてみる、と考えると分かりやすいです。評価の仕方には、2つの考え方があります。孤立評価は、新証拠だけを切り離して、それだけで有罪の認定を覆せるかを見ます。総合評価は、新証拠を元の証拠の全部と一緒に見て、有罪の認定が持ちこたえられるかを見ます。白鳥決定は、総合評価です。屋根を、柱で支えているところを想像してください。有罪の認定が屋根、元の証拠が柱です。新証拠が、1本の柱を弱めたとします。孤立評価は、その1本だけを抜いて、屋根が落ちるかを見るやり方です。総合評価は、残りの柱も含めて、屋根全体が持ちこたえるかを見るやり方です。新証拠が無罪を証明できなくても、元の証拠の価値を下げて、全体として疑いが生じるなら足ります。逆に、1本の柱が弱まっても、他の柱が揺るがなければ、屋根は落ちません。総合評価は、再審に有利にだけ働くとは限りません。後半は、前に鉄則として名前だけ置いた、疑わしいときは被告人の利益に、の中身です。再審を開くかどうかの判断でも、この鉄則が適用されます。ただし、その意味は、確定判決の事実認定に合理的な疑いを生ぜしめれば足りる、というものです。つまり、再審を請求した人が、無罪を立証しきる必要はありません。疑いが生じれば、真偽不明、つまり証拠を見てもどちらとも決まらないときの不利益は、有罪の認定を支える側に回ります。

白鳥事件。札幌市で警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が再審を請求。新証拠=証拠弾丸の腐食の状況や弾丸の傷(線条痕)の比較に関する鑑定など。原決定=新規性はあるが明白性は無いとして棄却→最高裁も特別抗告を棄却。理由=新証拠で証拠弾丸の価値は下がったが、有罪の認定は関係者の公判での証言など多数の間接事実に支えられており、総合しても合理的な疑いを生じさせるに足りない 図:白鳥事件

  • 札幌市で警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が再審を請求
  • 新証拠=証拠弾丸の腐食の状況や弾丸の傷(線条痕)の比較に関する鑑定など
  • 原決定=新規性はあるが明白性は無いとして棄却→最高裁も特別抗告を棄却
  • 理由=新証拠で証拠弾丸の価値は下がったが、有罪の認定は関係者の公判での証言など多数の間接事実に支えられており、総合しても合理的な疑いを生じさせるに足りない

この決定が出た白鳥事件の事案を、見ます。札幌市で、警察の警備課長が拳銃で射殺された事件で、共謀したとして有罪が確定した人が、再審を請求しました。新証拠は、有罪の証拠に挙がった弾丸の腐食の状況や、弾丸に残る傷の比較に関する鑑定などです。結論は、請求の棄却でした。最高裁の1つ前の裁判所の決定、これを原決定と呼びますが、その決定は、新証拠に新規性はあるとしたうえで、証拠の明白性は無いとして、請求を退けた判断を維持しました。最高裁も、特別抗告を棄却しています。基準を緩めた決定でも、この事件では、明白性は認められなかったのです。理由の骨子は、こうです。新証拠によって、証拠として挙げられた弾丸の価値は、確かに下がりました。しかし、有罪の認定は、その弾丸だけでなく、関係者の公判での証言など、多数の間接事実に支えられていました。それらと総合しても、有罪の認定に合理的な疑いを生じさせるには足りない。1本の柱は弱まったが、残りの柱で屋根は持ちこたえた、ということです。

総合評価で見るのは、新証拠が弱めた部分を差し引いたうえで、なお残る証拠の強さです。新しい証拠は、それだけで無実を証明できなくても構いません。ただし、元の証拠の全部と合わせて見て、有罪の認定に合理的な疑いが生じるかで決まります。これが、今日の3つ目の問いへの答えの芯です。次は、この基準を、さらにはっきりさせた決定です。

財田川決定・無罪が確実とまでは要らない

財田川決定。2本の物差し=×犯罪事実の不存在が確実か(そこまでは要らない)/○有罪の認定の正しさへの疑いが合理的な理由に基づくか(必要かつ十分)。下限=思いつきの可能性や単なる推理では足りない。事案=強盗殺人で死刑が確定した人の第2次再審請求。白鳥は棄却・財田川は差戻し(同じ基準で結論が分かれた) 図:財田川決定

  • 2本の物差し=×犯罪事実の不存在が確実か(そこまでは要らない)/○有罪の認定の正しさへの疑いが合理的な理由に基づくか(必要かつ十分)
  • 下限=思いつきの可能性や単なる推理では足りない
  • 事案=強盗殺人で死刑が確定した人の第2次再審請求
  • 白鳥は棄却・財田川は差戻し(同じ基準で結論が分かれた)

白鳥決定の趣旨を、具体化したのが、財田川決定です。白鳥決定は、疑わしいときは被告人の利益にという鉄則を、再審開始の判断にも適用し、合理的な疑いを生ぜしめれば足りる、と述べました。では、その疑いは、どこまで強くなくてよくて、どこからは足りないのか。財田川決定は、この原則を具体的に適用するにあたって、上と下の両方の端に、線を引きました。

判例最決昭51・10・12 刑集30巻9号1673頁(第一小法廷)

再審の理由にいう「明らかな証拠」=不存在が確実との心証までは不要 確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもつて足りると解すべきである……

物差しは、2本あります。1本目は、犯罪事実がなかったことが確実か、というもの。決定は、そこまでは要らない、と言っています。2本目は、有罪の認定の正しさへの疑いが、合理的な理由に基づくか、というもの。これが、必要であり、かつ、これで足りる、とされました。必要かつ十分、ということです。ここには、下限もあります。疑いに、合理的な理由が要るということは、思いつきの可能性や、単なる推理では足りない、ということです。決定自身も、単なる思考上の推理による可能性にとどまるものでは足りない、という趣旨を述べています。裏付けのない疑いは数えない、という線は、有罪に必要な証明の話で見たものと、同じです。

強盗殺人の罪で死刑が確定した人の、2回目の再審請求です。確定判決の有罪の証拠は、本人の捜査段階の自白と、血痕の付いたズボンなどが、重いものでした。この2回目の請求を、最初に判断した裁判所の決定、原決定のさらに1つ前なので原々決定と呼びますが、その決定は、確定判決の事実認定には、解明できない疑点が数々あるとしながら、それでも請求を棄却していました。最高裁は、自白の内容にも数々の疑点がある、と見ました。そして、新証拠を全証拠と総合的に評価すれば、確定判決の事実認定を動揺させる蓋然性もありうるとして、審理が尽くされていないという違法を理由に、原決定と原々決定を取り消して、差し戻しました。白鳥決定は棄却、財田川決定は差戻し、つまり審理のやり直しでした。同じ基準で、結論が分かれたのです。分かれ目は、残った柱の強さです。白鳥事件では、弱まったのは弾丸という1本の柱で、関係者の証言など、残りの柱は揺らぎませんでした。財田川事件では、揺れていたのが、重い柱だった自白そのものでした。請求を退けた裁判所自身が疑点を認めていたのに、新証拠と合わせて確かめ直すことをしないまま、退けていた。だから、やり直しを命じたのです。疑いが生じなかった事件と、疑いに合理的な理由がありうる事件。この線引きが、基準を当てはめるときの勘所です。

新規性・あらたに発見したとは誰にとってか

新規性=「あらたに発見した」は誰にとって新しいか。判例(昭29)=証拠があることを知りながら、提出できたのに、他人の罪を背負うためことさら提出しなかった場合は、あらたに発見したときにあたらない(請求する本人にとって新しいことが必要と整理される)。有力な見解=裁判所にとって新しければ足りる。身代わりW:判例の整理=新規性なし/裁判所にとって新規で足りるとする見解=あり。設定替え:確定後まで知らなかったなら、どちらの立場でも認められうる

  • 新規性=「あらたに発見した」は誰にとって新しいか
  • 判例(昭29)=証拠があることを知りながら、提出できたのに、他人の罪を背負うためことさら提出しなかった場合は、あらたに発見したときにあたらない(請求する本人にとって新しいことが必要と整理される)
  • 有力な見解=裁判所にとって新しければ足りる
  • 身代わりW:判例の整理=新規性なし/裁判所にとって新規で足りるとする見解=あり
  • 設定替え:確定後まで知らなかったなら、どちらの立場でも認められうる

ここからは、もう1つの要件、新規性です。第6号は、明らかな証拠を、あらたに発見したとき、と書いています。新しいとは、誰にとってでしょうか。再審を請求する本人にとってか、それとも裁判所にとってか。最高裁の判断を、読みます。

判例最決昭29・10・19 刑集8巻10号1610頁(第三小法廷)

ことさら提出しなかった証拠は、「あらたに発見したとき」にあたらない 原審の確定した事実によれば、抗告人はその援用にかかる証拠があることを知りながら且つこれを提出することができたのに、他人の罪を背負うためことさらこれを提出しないで判決確定後再審の請求をするに際し始めてこれを主張し提出したのであるから、本件の場合は「証拠をあらたに発見したとき」に該当するものでない……

事案は、食糧管理法違反で有罪が確定した人が、他人の作成した書面を添えて、再審を請求したものです。原審が確定した事実によれば、請求した人は、その書面にかかる証拠があることを知っていて、出すこともできたのに、他人の罪を背負うために、あえて出さなかった。最高裁は、これをあらたに発見したときにあたらないとし、ほかの理由もあわせて、特別抗告を棄却しました。ここから、請求する本人にとって新しいことが必要だ、と整理されます。射程には、注意が必要です。この決定が否定したのは、知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合です。知らなかった場合や、出せなかった場合まで、否定したわけではありません。これに対して、裁判所にとって新しければ足りる、とする有力な見解もあります。本人が知っていたかどうかは問わない、という立場です。理由は、誤って有罪とされた人の救済を優先すべきで、本人の手続上の落ち度より、真実を見るべきだ、というものです。一方、本人にとって新しいことを求める側の理由は、後出しを許すと、確定した裁判が蒸し返され、法的安定性が崩れる、というものです。さきほどの2つの要請のぶつかり合いが、ここでも縮図として現れています。結論が分かれる場面を、設例で作ります。Wさんは、真犯人をかばうために、自分が犯人だと言って、有罪判決を受け、判決が確定しました。Wさんは、真犯人が犯行時に写っていた防犯カメラの映像があることを、裁判の最中から知っていましたが、かばうために出しませんでした。確定後、Wさんは気持ちを変えて、その映像を添えて再審を請求します。

判例の整理に従うと、新規性はありません。知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合にあたるからです。これに対して、裁判所にとって新しければ足りる、とする見解に立てば、新規性はあります。裁判所は、その映像を見ていないからです。設定を替えて、Wさんが、その映像の存在を確定後まで知らなかった、あとで見つかったのなら、どちらの立場でも、新規性は認められうるでしょう。最後に、整理を1つ。新規性と明白性は、別々の要件です。新規性があっても、明白性が無ければ、再審は開きません。白鳥決定の事案が、まさにそうでした。新規性はあるとされたのに、明白性が無いとして、棄却されたのです。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(前半)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zが無罪で確定→検察官は再審を請求できない(435条柱書・憲39条)。問2=鑑定が物証とZの結びつきを弱める→なりうる(総合評価)/他の証拠が独立に残り揺らがない→足りない。問3=無実が確実とまで言えないと開かれないか→開かれうる/推測だけで裏付けなし→足りない 図:節目のミニ事例

  • 前半
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zが無罪で確定→検察官は再審を請求できない(435条柱書・憲39条)。問2=鑑定が物証とZの結びつきを弱める→なりうる(総合評価)
  • 他の証拠が独立に残り揺らがない→足りない。問3=無実が確実とまで言えないと開かれないか→開かれうる
  • 推測だけで裏付けなし→足りない

節目のミニ事例です。Zさんの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zさんが無罪判決を受けて確定しました。検察官が、やはり有罪だと考えて、新しい証拠を見つけ、再審を請求できるでしょうか。できません。再審の対象は、有罪の言渡しをした確定判決(とそれに対する上訴棄却の確定判決)だけで、しかもその言渡しを受けた者の利益のためだけです。確定した無罪判決は、動かせません。設定を替えて、Zさんが有罪で確定し、Zさんの側が再審を請求するなら、理由があれば請求できます。2つ目。弁護人が出した鑑定は、有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきを弱めます。ただし、それだけでZさんの無実は証明されません。再審の理由になるでしょうか。

なりうる、が答えです。必要なのは無罪の証明ではなく、有罪の認定に合理的な疑いを生じさせて、覆すに足りる蓋然性があることです。元の証拠と総合評価して、物証が弱まった結果、他の証拠の信用性にも疑いが及ぶのなら、足ります。設定を替えて、物証が弱まっても、Zさんの犯行を示す目撃証言や防犯映像などが独立に残り、その信用性が揺らがないのなら、疑いは生じません。この場合は、足りません。総合評価は、一方通行ではないのです。3つ目。新証拠が、Zさんが犯人でないことが確実だと言えるほどでなければ、再審は開かれないのでしょうか。

開かれうる、が答えです。財田川決定が、犯罪事実の不存在が確実だとの心証までは要らず、疑いが合理的な理由に基づけば足りる、と述べているからです。設定を替えて、弁護人の主張が、こうだったかもしれない、という推測だけで、裏付けが無いのなら、疑いに合理的な理由がありません。この場合は、足りません。

節目のミニ事例(後半)。問4=控訴審のときから鑑定を頼めると知っていたが頼まなかった→新規性は分かれうる(出せたのかどうかが分かれ目)。問5=証人が偽証を認めた→2号・偽証の確定判決が要る(得られないときの特則=437条)。問6=証拠になった書面を作った検察官が、その事件の職務に関する罪で有罪判決が確定→7号 図:節目のミニ事例

  • 後半
  • 問4=控訴審のときから鑑定を頼めると知っていたが頼まなかった→新規性は分かれうる(出せたのかどうかが分かれ目)。問5=証人が偽証を認めた→2号・偽証の確定判決が要る(得られないときの特則=437条)。問6=証拠になった書面を作った検察官が、その事件の職務に関する罪で有罪判決が確定→7号

4つ目。Zさんは、控訴審のときから、この鑑定を頼めることを知っていましたが、費用の都合で頼みませんでした。鑑定は確定後に出たものです。新規性はあるでしょうか。ここは、分かれうるところです。判例が否定したのは、知りながら、出せたのに、あえて出さなかった場合でした。費用の都合で頼めなかったのが、出せなかった場合といえるのか、出せたのに出さなかった場合なのか。分かれ目は、出せたのかどうかです。設定を替えて、Zさんが存在を知らなかった別の目撃者が、確定後に名乗り出たのなら、新規性はあります。5つ目。確定した判決が証拠にした証人が、のちに、偽証していたと認めました。第何号の事由でしょうか。すぐに再審を請求できるでしょうか。

証人の証言が虚偽だったという事由なので、第2号にあたります。ただし、証言が虚偽だったことが、確定判決により証明される必要があります。つまり、偽証の罪の確定判決が先に要ります。確定判決が得られない場合の特則が、第437条でした。6つ目。Zさんの有罪の証拠になった書面を作った検察官が、その事件について職務に関する罪で有罪判決を受け、その判決が確定しました。第何号でしょうか。職務犯罪だから、第7号です。第7号です。原判決の証拠になった書面を作ったり、供述をしたりした検察官などが、その事件について職務に関する罪を犯したことが、確定判決により証明されたときにあたります。結論の分かれ目を言い直します。1つ目は、利益再審だけ。2つ目と3つ目は、明白性は合理的な疑いで足りて、総合評価で見る。4つ目は、新規性は誰にとって新しいか。5つ目と6つ目は、第1号から第5号、そして第7号は、先に別の確定した裁判や審決が要る、でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①確定した判決を争う道はある(再審。法令違反なら非常上告)②理由は法律が限る(435条の3類型。実務上いちばん重要なのは6号)③新しい証拠は無実を証明するほど強くなくてよい。元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足りる(白鳥・財田川)。ただし新規性も要る 図:まとめ

  • Zの答え=①確定した判決を争う道はある(再審。法令違反なら非常上告)②理由は法律が限る(435条の3類型。実務上いちばん重要なのは6号)③新しい証拠は無実を証明するほど強くなくてよい
  • 元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足りる(白鳥・財田川)
  • ただし新規性も要る

Zさんの3つの問いに、順に答えます。1つ目。確定した判決を争う道は、あります。事実の誤りを正すのが再審、法令の誤りを正すのが非常上告です。2つ目。その道が開く理由は、法律が限っています。第435条の3つの型で、実務でいちばん重要なのは第6号です。3つ目。新しい証拠は、無実を証明するほど強くなくて構いません。元の証拠と総合評価して、有罪の認定に合理的な疑いが生じ、覆すに足りる蓋然性があれば足ります。ただし、新しいということ、つまり新規性も要ります。一覧にして終えます。確定したあとの道は、再審と非常上告。再審の理由は、証拠の偽りなどが、別の確定した裁判や審決で示された第1号から第5号、職務犯罪の第7号、新しい明らかな証拠の第6号。第6号の明白性は、程度が合理的な疑い、方法が総合評価、そして疑わしいときは被告人の利益に。財田川決定は、不存在が確実とまでは要らない、でした。新規性は、判例が、知りながら出さなかった場合を否定し、有力な見解は、裁判所にとって新しければ足りる、とします。では、理由があるとき、誰が、どこに請求して、どう進むのでしょうか。

ページ上部へ ↑

#166単独ページ動画

再審請求の手続と令和8年の改正

第8章 上訴と救済手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて確定した。一貫して「やっていない」と言っている。確定から数年後、有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかける鑑定結果が見つかった。Zは、この鑑定結果を手に再審を請求する。①誰が、どこに請求するのか。期限はあるのか ②請求したら、刑の執行は止まるのか ③裁判所が再審を開くと決めたら、検察官は争えるのか 図:今日の問い

  • Zは、強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて確定した
  • 一貫して「やっていない」と言っている
  • 確定から数年後、有罪の決め手とされた物証とZの結びつきに疑問を投げかける鑑定結果が見つかった
  • Zは、この鑑定結果を手に再審を請求する
  • ①誰が、どこに請求するのか
  • 期限はあるのか
  • ②請求したら、刑の執行は止まるのか
  • ③裁判所が再審を開くと決めたら、検察官は争えるのか

再審を開く理由があることは、分かりました。では、その理由を手にした人は、実際に何をするのでしょうか。今日は、再審の入口から、開くか開かないかが決まるところまでを、通します。設例は、同じZさんです。強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて、確定しました。Zさんは、ずっと「やっていない」と言っています。確定から数年後、有罪の決め手とされた物証とZさんの結びつきに疑問を投げかける、新しい鑑定結果が見つかりました。Zさんは、この鑑定結果を手に、再審を請求します。問いは3つあります。1つ目。誰が、どこに請求するのか。期限はあるのか。2つ目。請求したら、刑の執行は止まるのか。3つ目。裁判所が再審を開くと決めたら、検察官はそれを争えるのか。

先に、答えの形だけ言います。再審は、開くかどうかを決める裁判と、やり直しの裁判の、2段階です。今日は前半を通します。請求しても、刑の執行は止まりません。そして、開くという決定を検察官が争えるのは、限られた場合だけになりました。この分野は、令和8年に法律が変わっています。今日は、いまの条文で教えます。まず、全体の地図から見ます。

再審は2つの裁判に分かれる

再審の2段階。有罪の確定判決→〔再審請求〕→請求審(再審を開くかどうかの裁判=決定)→棄却の決定=ここで終わり/再審開始の決定→不服申立て→確定→再審公判(やり直しの審判=次の回)。開始決定は「やり直す理由があるか」の判断であって、有罪・無罪の判断ではない 図:再審の2段階

  • 有罪の確定判決→〔再審請求〕→請求審(再審を開くかどうかの裁判=決定)→棄却の決定=ここで終わり/再審開始の決定→不服申立て→確定→再審公判(やり直しの審判=次の回)
  • 開始決定は「やり直す理由があるか」の判断であって、有罪・無罪の判断ではない

再審は、2つの裁判でできています。1つ目は、再審を開くかどうかを決める裁判です。これを再審請求手続といい、請求を受けた裁判所が、請求審として行います。2つ目は、再審を開くと決まったあとの、やり直しの裁判で、再審公判といいます。流れは、こうです。有罪の確定判決に対して、再審が請求されます。請求審は、決定という形で結論を出します。請求が認められなければ、棄却の決定で終わりです。認められれば、再審開始の決定が出ます。その決定に不服申立てがなければ、あるいは不服が退けられれば、開始決定は確定し、再審公判に進みます。再審公判の中身は、次の回で通します。今日の範囲は、この図の前半です。

開始決定が出たら、もう無罪になるということではないんですか。なりません。開始決定が答えているのは、やり直す理由があるか、という問いだけだからです。Zさんが無罪か有罪かは、再審公判で、改めて審理して決めます。たとえば、新築の工事を始める前に、役所が着工を許可する手続があります。許可が出ても、建物はまだ建っていません。開始決定は、この着工許可にあたります。工事そのもの、つまりやり直しの裁判が、あとに控えているのです。もう1つ。開始決定が出ても、元の有罪判決は、まだ効力を持ったままです。効力を失うのは、再審公判で新しい判決が確定したときです。だから、あとで見る、刑の執行の問題が出てきます。

請求の入口・どこへ・誰が・いつ

請求の入口・どこへ。438条 原判決をした裁判所(Zは第一審の裁判所)。控訴棄却・上告棄却の判決への再審は理由が1号・2号と裁判官の7号に限られる=436条。同じ事件で両方に請求があったときの調整は449条 図:請求の入口・どこへ

  • 438条 原判決をした裁判所(Zは第一審の裁判所)
  • 控訴棄却・上告棄却の判決への再審は理由が1号・2号と裁判官の7号に限られる=436条
  • 同じ事件で両方に請求があったときの調整は449条

入口の問いは、どこへ、誰が、いつ、の3つです。まず、どこへ。第438条は、再審の請求を、原判決をした裁判所にさせます。Zさんは、Zさんを有罪にした第一審の判決に対して、再審を請求します。だから、行き先は第一審の裁判所です。前の回で見たとおり、控訴や上告を棄却した判決に対しても、再審を請求できる場合がありました。ただし、その理由は、第435条の第1号と第2号、それに裁判官についての第7号に限られます。第1号は証拠書類や証拠物の偽造や変造、第2号は証言などの虚偽、第7号は職務に関する罪でした。新しい証拠の第6号が入らないのは、事実を認定して有罪を言い渡したのが、元の判決だからです。上訴を棄却した判決は、元の判決への不服を退けただけでした。同じ事件で、第一審の判決と、控訴を棄却した判決の両方に請求があったときは、第449条が調整します。第一審の裁判所が再審の判決をしたときは、控訴を棄却した判決に対する請求のほうを、決定で棄却します。元の有罪判決がやり直されたなら、控訴を棄却した判決を別に見直す意味がなくなるからです。次に、誰が。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第439条

刑事訴訟法第439条 再審の請求は、左の者がこれをすることができる。 一 検察官 二 有罪の言渡を受けた者 三 有罪の言渡を受けた者の法定代理人及び保佐人 四 有罪の言渡を受けた者が死亡し、又は心神喪失の状態に在る場合には、その配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹 2 第四百三十五条第七号又は第四百三十六条第一項第二号に規定する事由による再審の請求は、有罪の言渡を受けた者がその罪を犯させた場合には、検察官でなければこれをすることができない。

請求の入口・誰が。439条1項の4者=①検察官 ②有罪の言渡しを受けた者 ③その法定代理人及び保佐人 ④死亡・心神喪失のときの配偶者・直系の親族・兄弟姉妹。弁護人は請求権者ではなく選任されるだけ(440条)。検察官も、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できる。2項=有罪の言渡しを受けた者が罪を犯させた場合は検察官だけ 図:請求の入口・誰が

  • 439条1項の4者=①検察官
  • ②有罪の言渡しを受けた者
  • ③その法定代理人及び保佐人
  • ④死亡・心神喪失のときの配偶者・直系の親族・兄弟姉妹
  • 弁護人は請求権者ではなく選任されるだけ(440条)
  • 検察官も、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できる
  • 2項=有罪の言渡しを受けた者が罪を犯させた場合は検察官だけ

第1項は、4者です。検察官、有罪の言渡しを受けた者、その法定代理人及び保佐人、そして、有罪の言渡しを受けた者が死亡したか、心神喪失の状態にある場合の、配偶者と直系の親族と兄弟姉妹です。保佐人とは、判断能力が不十分な人を助ける人のことです。心神喪失とは、物事を判断する能力を失った状態のことです。ここで、注意が1つあります。弁護人は、請求権者に入っていません。弁護人は、請求する人に選任されて、手伝う立場です。Zさんの弁護人が、Zさんに代わって、自分の名前で請求することはできません。請求するのは、Zさん本人です。検察官が入っているのも、不思議に見えます。検察官は、有罪にする側のはずだからです。ただ、前の回に第435条の柱書で見たとおり、再審は、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できます。検察官も、同じです。検察官は公益の代表者として、誤った有罪を正す側に回る、と説明されます。

本人が亡くなっているのに、親族が請求できるのはどうしてですか。再審には、有罪とされた人の名誉を回復する働きがあるからです。亡くなった人にも、誤った有罪が残り続けると、名誉は傷ついたままです。だから、近い親族に請求を認めています。第2項は、ごく狭い例外です。裁判官などが職務に関する罪を犯したことを理由にする請求で、その罪を、有罪の言渡しを受けた者が犯させていた場合です。自分で不正を仕組んだ者が、その不正を理由に請求することは認めません。請求できるのは、検察官だけです。

請求の入口・いつ・方式。いつ=期間の制限なし。刑の執行が終わっても、執行を受けることがなくなっても請求できる(441条)/弁護人の選任=検察官以外の者が選任できる。効力は再審の判決があるまで(440条)/方式=趣意書に原判決の謄本・証拠書類・証拠物を添える(規則283条)/取下げ=できるが、取り下げた者は同一の理由で再請求できない(443条) 図:請求の入口・いつ・方式

  • いつ=期間の制限なし
  • 刑の執行が終わっても、執行を受けることがなくなっても請求できる(441条)/弁護人の選任=検察官以外の者が選任できる
  • 効力は再審の判決があるまで(440条)/方式=趣意書に原判決の謄本・証拠書類・証拠物を添える(規則283条)/取下げ=できるが、取り下げた者は同一の理由で再請求できない(443条)

3つ目は、いつ。第441条は、期間の制限を置いていません。刑の執行が終わっても、執行を受けることがなくなっても、請求できます。刑を受け終えたから、もう意味がない、とはならないのです。名誉の回復が、残っているからです。弁護人については、第440条です。検察官以外の者は、再審の請求をするときに、弁護人を選任できます。その選任の効力は、再審の判決があるまで続きます。請求の仕方は、規則が定めていて、趣意書に、原判決の謄本と、証拠書類、証拠物を添えて出します。請求は、取り下げることもできますが、取り下げた者は、同一の理由では、もう一度請求できません。これは第443条です。この部分は、条文のとおりに読めば出てくる事柄です。覚える規範ではなく、成立要件です。

請求しても刑の執行は止まらない

刑の執行を止められるのは誰か。請求そのもの=止まらない(442条1項本文)。検察官=再審の判決が確定するまで、刑の執行を停止することができる(442条1項ただし書)。死刑の執行を停止したときは刑法11条2項の拘置も停止できる(442条2項)。裁判所=再審開始の決定をしたとき、決定で刑の執行を停止することができる(448条2項)。死刑なら拘置の停止も(3項)。どちらも「できる」規定=停止は義務ではない。2026年8月13日からの条文 図:刑の執行を止められるのは誰か

  • 請求そのもの=止まらない(442条1項本文)
  • 検察官=再審の判決が確定するまで、刑の執行を停止することができる(442条1項ただし書)
  • 死刑の執行を停止したときは刑法11条2項の拘置も停止できる(442条2項)
  • 裁判所=再審開始の決定をしたとき、決定で刑の執行を停止することができる(448条2項)
  • 死刑なら拘置の停止も(3項)
  • どちらも「できる」規定=停止は義務ではない
  • 2026年8月13日からの条文

2つ目の問いです。Zさんが請求したら、服役は止まるのでしょうか。前の回で見た、確定した裁判は動かさないという要請と、無実の人を罰したままにしないという要請が、ここでもぶつかります。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第442条

刑事訴訟法第442条 再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しない。ただし、管轄裁判所に対応する検察庁の検察官は、再審の判決が確定するまで刑の執行を停止することができる。 2 管轄裁判所に対応する検察庁の検察官は、前項ただし書の規定により死刑の執行を停止したときは、刑法第十一条第二項の規定による拘置を停止することができる。

原則は、第1項の前半です。再審の請求は、刑の執行を停止する効力を有しません。Zさんが請求しても、そのままでは、服役は続きます。確定した判決は、それだけ重い、という扱いです。蒸し返しの請求が出るたびに執行が止まるなら、確定した裁判の意味がなくなるからです。例外は、2つあります。1つ目が、検察官です。管轄裁判所に対応する検察庁の検察官は、再審の判決が確定するまで、刑の執行を停止できます。この検察官とは、再審の請求を受ける裁判所に対応して置かれた検察庁の検察官のことです。Zさんの請求先が地方裁判所なら、その地方検察庁の検察官です。改正の前は、再審の請求についての裁判があるまで、でした。いまは、開始決定のあとの再審公判の間も、検察官が止められます。死刑の執行を停止したときは、拘置も停止できると、第2項で明らかにされています。拘置とは、死刑の執行まで、刑事施設に置いておくことです。2つ目が、裁判所です。再審開始の決定をしたときは、その決定で刑の執行を停止できます。これは第448条第2項で、死刑のときの拘置の停止は、第3項です。第448条は、あとで全文を読みます。

検察官や裁判所が止めるとは、限りません。どちらの条文も、停止することができる、という書き方です。停止は義務ではなく、判断に任されています。だから、開始決定が出ても、服役が続くことがあります。

審理と結論・3つの決定

結論は決定で3つ。入口の不備=446条 請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされた→棄却/理由なし=447条1項→棄却。2項=同一理由での再請求禁止/理由あり=448条1項→再審開始の決定(しなければならない)。事実の取調べ=445条(必要があるとき)。決定の前に請求をした者と相手方の意見を聴く(規則286条)。蒸し返しの禁止がかかるのは447条の棄却だけ(取下げにも同じ禁止=443条) 図:結論は決定で3つ

  • 入口の不備=446条 請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされた→棄却/理由なし=447条1項→棄却
  • 2項=同一理由での再請求禁止/理由あり=448条1項→再審開始の決定(しなければならない)
  • 事実の取調べ=445条(必要があるとき)
  • 決定の前に請求をした者と相手方の意見を聴く(規則286条)
  • 蒸し返しの禁止がかかるのは447条の棄却だけ(取下げにも同じ禁止=443条)

請求を受けた裁判所は、まず審理をします。必要があるときは、事実の取調べができます。第445条です。決定の前には、請求をした者と、その相手方の意見を聴きます。これは規則に定めがあります。そのうえで、結論が出ます。結論は、すべて決定という形で、全部で3つです。1つ目。請求が、法令上の方式に違反しているか、請求する権利が消えたあとにされたときは、第446条で、棄却です。入口で、門前払いする型です。2つ目。請求に、理由がないときは、第447条第1項で、棄却です。中身を見て、理由がないと判断する型です。最後に、請求に理由があるときは、第448条第1項で、再審開始の決定をしなければなりません。

条文刑事訴訟法第446条

刑事訴訟法第446条 再審の請求が法令上の方式に違反し、又は請求権の消滅後にされたものであるときは、決定でこれを棄却しなければならない。

ここで、問いを1つ出します。棄却された再審請求は、同じ理由で、またもう一度出せるでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、第447条を読んでください。

条文刑事訴訟法第447条

刑事訴訟法第447条 再審の請求が理由のないときは、決定でこれを棄却しなければならない。 2 前項の決定があつたときは、何人も、同一の理由によつては、更に再審の請求をすることはできない。

棄却の種類によって、答えが変わります。第2項が止めているのは、前項の決定、つまり、理由がないという棄却のあとの請求だけだからです。中身を見て、理由がないと判断されたのに、同じ理由で何度も出させると、再審が蒸し返しの道具になってしまいます。そこで、同一の理由での再請求を禁止しています。これに対して、第446条の棄却は、方式の不備か、請求権が消えたあとの請求を、はねたものです。中身を判断していないので、第2項の禁止はかかりません。方式の不備ではねられたのなら、請求書を整え直せば、同じ理由でも、出し直せます。申請書の書き方に不備があって受付で断られた人は、書き直して出せますが、審査で不許可になった人が、同じ理由で出し直せないのと、同じ形です。取下げにも同じ禁止があることは、さきほどの第443条で見たとおりです。

条文刑事訴訟法第448条

刑事訴訟法第448条 再審の請求が理由のあるときは、再審開始の決定をしなければならない。 2 再審開始の決定をしたときは、決定で刑の執行を停止することができる。 3 前項の規定により死刑の執行を停止したときは、決定で刑法第十一条第二項の規定による拘置を停止することができる。

第448条です。第1項は、理由があるときは、再審開始の決定をしなければならない、と書いています。裁量ではありません。理由がある、つまり第435条のどれかにあたると判断したなら、開始する義務があります。第2項と第3項は、さきほどの執行停止の、裁判所の分です。理由があるかどうかの中身は、第435条の各号で、前の回に通した内容です。入口の不備なら第446条、理由なしなら第447条、理由ありなら第448条、と区別してください。

不服申立て・開始決定は争いにくくなった

決定への不服。通常の物差し=即時抗告=3日(422条)。行き先は高等裁判所など→特別抗告=5日(433条2項)。最高裁判所へ。理由は憲法違反・判例違反(同条1項)。再審の決定への不服。446条の棄却=即時抗告できる(450条)/447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/449条1項の棄却=即時抗告できる(450条)。448条1項の開始=450条には入っていない 図:決定への不服

  • 通常の物差し=即時抗告=3日(422条)。行き先は高等裁判所など
  • →特別抗告=5日(433条2項)。最高裁判所へ。理由は憲法違反・判例違反(同条1項)
  • 再審の決定への不服
  • 446条の棄却=即時抗告できる(450条)/447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/449条1項の棄却=即時抗告できる(450条)
  • 448条1項の開始=450条には入っていない

3つ目の問いです。この3つの決定に不服がある人は、どう争うのでしょうか。ここが、今日の山場です。まず、抗告の回を思い出してください。決定に対する即時抗告の提起期間は、何日でしたか? そして、特別抗告は、何日でしたか?即時抗告が3日で、特別抗告が5日でした。その2つの期間が、通常の物差しです。即時抗告は、決定に不服がある者が高等裁判所などに申し立てる道で、特別抗告は、最高裁判所に、憲法違反や判例違反を理由に申し立てる道でした。再審の決定は、この物差しのままだったでしょうか。条文を、順に読みます。

条文刑事訴訟法第450条

刑事訴訟法第450条 第四百四十六条、第四百四十七条第一項又は前条第一項の規定による決定に対しては、即時抗告をすることができる。

第450条です。即時抗告ができるのは、第446条の棄却、第447条第1項の棄却、そして前条、つまり第449条第1項の棄却です。第449条第1項の棄却とは、入口で見た、第一審の裁判所が再審の判決をしたために、控訴を棄却した判決への請求を退ける決定のことです。この3つは、どれも請求を棄却する決定です。棄却された側は、不服を申し立てられます。気づいてほしいのは、第448条第1項、つまり開始決定が、ここに入っていないことです。開始決定への不服は、別の条文、第450条の2が定めています。思い出してください。開始決定は、やり直す理由があるかだけを決める、着工許可でした。有罪か無罪かは、このあとの再審公判で争えます。では、問いを1つ。再審を開くと決めた裁判所の判断に、検察官は、自由に即時抗告できるでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、条文を読んでください。

条文刑事訴訟法第450条の2

刑事訴訟法第450条の2 第四百四十八条第一項の規定による決定に対しては、当該決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り、即時抗告をすることができる。 2 前項の即時抗告を棄却する決定又は前条の即時抗告(第四百四十六条又は第四百四十七条第一項の規定による決定に対するものに限る。)が係属する抗告裁判所の第四百四十八条第一項の規定による決定に対する第四百三十三条第一項の抗告は、当該決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り、これをすることができる。

開始決定への不服は限られる(450条の2)。1項=開始決定への即時抗告は、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る。2項=特別抗告も同じ制限(2つの場面=開始決定への即時抗告を棄却する決定に対する特別抗告/棄却への即時抗告を審理する抗告裁判所が自分でした開始決定に対する特別抗告)。3項=政府の公表 図:開始決定への不服は限られる

  • 450条の2
  • 1項=開始決定への即時抗告は、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る。2項=特別抗告も同じ制限(2つの場面=開始決定への即時抗告を棄却する決定に対する特別抗告/棄却への即時抗告を審理する抗告裁判所が自分でした開始決定に対する特別抗告)。3項=政府の公表

検察官が即時抗告できるのは、開始決定が取り消されるべきものと認めるに足りる、十分な根拠がある場合だけです。検察官は、このあとの再審公判で、有罪を主張できます。一方、開始決定を争っている間、Zさんのやり直しの裁判は始まりません。第2項は、特別抗告の制限です。開始決定への即時抗告を棄却する決定に対する特別抗告にも、同じ制限がかかります。もう1つの場面もあります。棄却に対する即時抗告を審理している抗告裁判所が、自分で再審開始の決定をした場合です。抗告裁判所の決定には、もう抗告ができず、残る道は特別抗告だけでした。だから、この開始決定を争う制限は、特別抗告に掛けてあります。請求審の開始決定でも、抗告審が自分でした開始決定でも、争うには同じ根拠が要る、という形です。十分な根拠とは具体的に何かは、条文に書かれていません。どんな場合があたるかは、今後の解釈で決まっていく部分で、いまは例を挙げられません。いま言えるのは、棄却への即時抗告との違いです。第450条には、この限定がありません。請求を棄却されたZさんの側は、決定に不服があれば、即時抗告を申し立てられます。開始決定を争う側だけが、申し立てるための条件として、取り消されるべきだと言える根拠を問われます。第3項は、公表です。続きの板で読みます。

条文刑事訴訟法第450条の2(続き)

刑事訴訟法第450条の2(続き) 3 政府は、次の各号のいずれかに該当するときは、遅滞なく、当該各号に定める事項を公表するものとする。 一 第四百四十八条第一項の規定による決定(最高裁判所がしたものを除く。)があつたとき その旨並びに検察官が当該決定に対する即時抗告又は第四百三十三条第一項の抗告をしたかどうか及び当該即時抗告又は抗告をした場合におけるその理由 二 第一項の即時抗告を棄却する決定があつたとき その旨並びに検察官が当該決定に対する第四百三十三条第一項の抗告をしたかどうか及び当該抗告をした場合におけるその理由

開始決定があったとき、検察官が不服を申し立てたかどうか、申し立てたなら、その理由を、政府が遅滞なく公表します。

条文刑事訴訟法第450条の3

刑事訴訟法第450条の3 第四百四十七条第一項又は第四百四十八条第一項の規定による決定に対する即時抗告の提起期間は、第四百二十二条の規定にかかわらず、十四日とする。 2 前項の即時抗告に係る抗告裁判所の決定に対する第四百三十三条第一項の抗告の提起期間は、同条第二項の規定にかかわらず、十四日とする。

再審の決定の対比表。446条の棄却=即時抗告できる(450条)/3日/特別抗告5日。447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/14日(450条の3)/特別抗告14日。448条1項の開始=取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り即時抗告できる(450条の2)/14日(450条の3)/特別抗告14日・同じ制限。449条の棄却は3日のまま。14日の規定は2026年8月13日以後にされた決定に適用 図:再審の決定の対比表

  • 446条の棄却=即時抗告できる(450条)/3日/特別抗告5日
  • 447条1項の棄却=即時抗告できる(450条)/14日(450条の3)/特別抗告14日
  • 448条1項の開始=取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り即時抗告できる(450条の2)/14日(450条の3)/特別抗告14日・同じ制限
  • 449条の棄却は3日のまま
  • 14日の規定は2026年8月13日以後にされた決定に適用

期間です。第447条第1項の棄却と、第448条第1項の開始、この2つの決定に対する即時抗告の提起期間は、第422条の3日ではなく、14日です。その即時抗告に係る抗告裁判所の決定に対する特別抗告も、第433条第2項の5日ではなく、14日です。注意してほしいのは、範囲です。14日になるのは、第447条第1項と第448条第1項の決定だけです。第446条や第449条の棄却への即時抗告は、原則どおりの3日のままです。再審の請求を中身から判断した決定について、期間を延ばしました。開始決定への即時抗告には十分な根拠を求める一方で、期間は、理由なしの棄却を受けた側も含めて、14日に延びています。14日あれば、決定の中身を検討してから、申し立てるかどうかを決められます。棄却されたZさんの側も、同じ14日を使えます。整理します。棄却の決定には、即時抗告ができ、理由なしの棄却なら14日、方式違反の棄却なら3日です。開始の決定には、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限って、14日以内に即時抗告ができます。14日の規定が適用されるのは、2026年8月13日以後の決定に対する即時抗告、そして、8月13日以後にされた抗告審の決定に対する特別抗告です。

令和8年の改正の全体像

令和8年法律第67号(2026年10月時点の法律)。改正規定の施行は3段階。①2026年8月13日=今日読んだ条文(442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3)。②2026年10月20日=費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)。③公布から1年以内に施行(日は政令で決まる)=次の板の新しい手続。まだ施行されていない部分(公布から1年以内に施行)は概観であり、条文の逐語ではない 図:令和8年法律第67号

  • 2026年10月時点の法律
  • 改正規定の施行は3段階。①2026年8月13日=今日読んだ条文(442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3)。②2026年10月20日=費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)。③公布から1年以内に施行(日は政令で決まる)=次の板の新しい手続。まだ施行されていない部分(公布から1年以内に施行)は概観であり、条文の逐語ではない

ここまでは、いまの条文でした。最後に、これから変わる部分を、地図として見ておきます。この分野を変えた法律は、令和8年法律第67号です。ここからは、2026年10月時点の法律の話で、条文を読むのではなく、全体像をつかみます。改正規定の施行は、3段階に分かれています。1段階目は、2026年8月13日からで、今日読んだ第442条と第448条第3項、第450条、第450条の2、第450条の3が、これです。2段階目は、2026年10月20日からで、費用補償、つまり、無罪になった人に裁判の費用を補う制度に、再審の請求の手続にかかった費用が加わります。その条文です。3段階目が、公布から1年以内に施行される部分で、施行日は政令で決まります。この3段階目に、再審の手続を大きく変える内容が入っています。

新しい手続の流れ(予定)。請求書面を出す(441条の2)→調査(444条の2)で3つに振り分け=棄却(方式違反・請求権の消滅後・理由が明らかに435条・436条に当たらない)/再審開始(理由があることが明らか)/審判を開始する旨の決定(それ以外)→審判開始後に事実の取調べ(445条。請求をした人(検察官を除く)・弁護人・検察官が請求できる)→検察官への証拠の提出命令(445条の2。請求又は職権)・提出を命じるか判断するための証拠・一覧表の提示命令(445条の3)→意見聴取・審理終結日(445条の7)・決定日(445条の8)→棄却・開始(446条〜448条)。ほかの柱=証拠の適正管理(445条の4)・目的外使用の禁止(445条の5)・罰則(445条の6) 図:新しい手続の流れ

  • 予定
  • 請求書面を出す(441条の2)→調査(444条の2)で3つに振り分け=棄却(方式違反・請求権の消滅後・理由が明らかに435条・436条に当たらない)
  • 再審開始(理由があることが明らか)
  • 審判を開始する旨の決定(それ以外)→審判開始後に事実の取調べ(445条。請求をした人(検察官を除く)・弁護人・検察官が請求できる)→検察官への証拠の提出命令(445条の2。請求又は職権)・提出を命じるか判断するための証拠・一覧表の提示命令(445条の3)→意見聴取・審理終結日(445条の7)・決定日(445条の8)→棄却・開始(446条〜448条)。ほかの柱=証拠の適正管理(445条の4)・目的外使用の禁止(445条の5)・罰則(445条の6)

新しい流れを、図で示します。いまの手続には、請求を受けた裁判所がどんな順序で審理を進めるかの定めが、ほとんどありません。新しい手続は、そこに段取りを入れます。請求者が請求書面を出すと、裁判所は、まず調査をします。第444条の2です。この調査で、結論を3つに振り分けます。方式違反などで、あるいは理由が明らかに第435条や第436条にあたらないなら、棄却。理由があることが明らかなら、再審開始。それ以外は、審判を開始する旨の決定をします。答えが明らかな請求は早く片づけ、残りを本格的な審理に回す、という振り分けです。審判開始の決定とは、請求審で調査したうえで、実質審理に進む、という決定のことです。審判が開始されると、事実の取調べに進みます。検察官以外の請求をした人、弁護人、そして検察官が、取調べを請求できます。ここで目を引くのが、検察官への証拠の提出命令です。捜査で集めた証拠は、検察官が保管しています。ところが、いまの条文には、再審の請求審で、その証拠を出させる定めがありません。Zさんが、ほかに有利な証拠がないか確かめたくても、手が届くかどうかは、検察官が任意に出すかどうかに左右されます。そこで、新しい手続では、裁判所は、関連性の程度などと弊害を考慮して相当と認めるときは、請求又は職権で、検察官に、請求の理由に関連する証拠の提出を命じなければなりません。命じるかを判断するために、証拠や一覧表の提示を求める命令もあります。そのあと、意見聴取と審理終結日、決定日を経て、棄却か開始かの決定に進みます。

検察官への証拠の提出命令は、証拠開示とは、向きが違います。公判の前に争点と証拠を整理する公判前整理手続では、検察官が被告人側に証拠を開示する仕組みでした。こちらは、裁判所が検察官に、証拠の提出を命じる仕組みで、証拠は裁判所に提出されます。その証拠を弁護人が謄写、つまり写し取ったときは、複製などを適正に管理しなければならず、目的外の使用は禁止されます。一定の場合には罰則があります。この型は、証拠開示の回で見た、目的外使用の禁止と同じです。開示された証拠のコピーを、その事件の裁判やその準備以外の目的で、人に渡してはならない、という規律でした。

新しい手続のほかの規定(予定)。元の裁判に関与した裁判官の除斥(438条の2)/審判開始の決定のあとに請求した人が死亡したときの手続の受継(445条の10)/調査段階の決定(棄却・開始)への即時抗告=抗告審は事実の取調べをせず調査し、理由があれば原裁判所に差し戻す/適用関係=主な規定は、施行日以後に再審の請求があった事件に適用、それ以前の請求事件はこれまでの手続のまま(受継・複製の管理などは例外) 図:新しい手続のほかの規定

  • 予定
  • 元の裁判に関与した裁判官の除斥(438条の2)
  • 審判開始の決定のあとに請求した人が死亡したときの手続の受継(445条の10)
  • 調査段階の決定(棄却・開始)への即時抗告=抗告審は事実の取調べをせず調査し、理由があれば原裁判所に差し戻す
  • 適用関係=主な規定は、施行日以後に再審の請求があった事件に適用、それ以前の請求事件はこれまでの手続のまま(受継・複製の管理などは例外)

ほかに、3つあります。元の裁判に関与した裁判官は、再審の請求審から除斥されます。除斥とは、決まった類型にあたる裁判官が、当然にその事件から外れることでした。自分が関わった有罪の判断を、自分で見直すことになるからです。審判開始の決定のあとに、請求した人が死亡したときは、手続を受け継ぐ制度があります。請求の途中で本人が亡くなっても、手続をそこで終わらせないためです。そして、調査の段階でされた棄却や開始の決定に対する即時抗告では、抗告審は事実の取調べをせず、調査し、理由があれば原裁判所に差し戻します。差し戻すとは、事件を元の裁判所に返して、そこで審理させることです。新しい手続の主な規定は、施行日以後に再審の請求があった事件に適用され、それ以前の請求事件は、これまでの手続のまま進みます。再審の迅速化の規定と、5年ごとの検討規定も置かれています。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(再審請求の手続)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの弁護人がZに代わって再審を請求できるか→できない(弁護人は請求権者でない=439条・440条)/設定替え=Zが死亡→配偶者・直系の親族・兄弟姉妹が請求できる(439条1項4号)。問2=Zが請求したら服役は止まるか→止まらない(442条1項本文)/設定替え=死刑→検察官は拘置も停止できる(442条2項)。問3=理由がないと棄却→同じ理由で出し直せるか→できない(447条2項)/設定替え=方式違反で棄却(446条)→整えて出し直せる。問4=再審開始決定に検察官は即時抗告できるか→十分な根拠がある場合に限り(450条の2)・14日(450条の3)/設定替え=棄却されたZ側→制限はない(450条)。理由なし棄却なら14日・方式違反の棄却なら3日 図:節目のミニ事例

  • 再審請求の手続
  • 設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=Zの弁護人がZに代わって再審を請求できるか→できない(弁護人は請求権者でない=439条・440条)
  • 設定替え=Zが死亡→配偶者・直系の親族・兄弟姉妹が請求できる(439条1項4号)。問2=Zが請求したら服役は止まるか→止まらない(442条1項本文)
  • 設定替え=死刑→検察官は拘置も停止できる(442条2項)。問3=理由がないと棄却→同じ理由で出し直せるか→できない(447条2項)
  • 設定替え=方式違反で棄却(446条)→整えて出し直せる。問4=再審開始決定に検察官は即時抗告できるか→十分な根拠がある場合に限り(450条の2)・14日(450条の3)
  • 設定替え=棄却されたZ側→制限はない(450条)。理由なし棄却なら14日・方式違反の棄却なら3日

節目のミニ事例です。Zさんの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。Zさんの弁護人が、Zさんに代わって、再審を請求できるでしょうか。できません。第439条の請求権者に、弁護人は入っていないからです。弁護人は、請求する人に選任されて手伝う立場で、請求するのは、Zさん本人です。設定を替えて、Zさんがすでに死亡しているなら、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹が、第439条第1項第4号で、請求できます。2つ目。Zさんが請求しました。服役は止まるでしょうか。第442条第1項の本文が、再審の請求に、刑の執行を停止する効力はない、と定めています。だから、請求しただけでは服役は続きます。止められるのは、検察官と、開始決定をした裁判所です。設定を替えて、Zさんが死刑の言渡しを受けていたなら、検察官は、執行の停止に加えて、拘置の停止もできます。第442条第2項です。3つ目。裁判所が、理由がないとして、Zさんの請求を棄却しました。同じ理由で、請求を出し直せるでしょうか。

第447条第2項が、理由がないという棄却のあとの、同一の理由による再請求を禁じています。だから、この場合は出し直せません。設定を替えて、棄却の原因が、請求書の方式違反だったなら、第446条の棄却です。中身を判断していないので、禁止はかからず、方式を整えて出し直せます。4つ目。裁判所が、再審の開始を決めました。検察官は、即時抗告できるでしょうか。自由には出せません。決定が取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る、と第450条の2第1項が定めています。期間は、第450条の3で14日です。設定を替えて、請求を棄却されたZさんの側が即時抗告するときは、この制限はかかりません。第450条の即時抗告で、期間は、理由なし棄却なら14日、方式違反の棄却なら3日です。結論の分かれ目を言い直します。1つ目と2つ目は、請求の入口、つまり、誰が請求でき、執行は止まるか、でした。3つ目と4つ目は、棄却と開始の分かれ目で、第447条第2項の蒸し返しの禁止と、第450条の2の十分な根拠、でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①請求先は原判決をした裁判所。請求できるのは本人・法定代理人及び保佐人・(死亡等のとき)親族・検察官。期間の制限はない ②請求しても執行は止まらない(検察官・裁判所は停止できる) ③開始決定を検察官が争えるのは、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る。一覧=誰が・どこへ(439条・438条)→請求は執行を止めない(442条)→3つの結論(446・447・448)→不服申立て(450・450条の2・450条の3)。2026年10月時点で、公布から1年以内に施行される部分はまだ施行されていない 図:まとめ

  • Zの答え=①請求先は原判決をした裁判所
  • 請求できるのは本人・法定代理人及び保佐人・(死亡等のとき)親族・検察官
  • 期間の制限はない
  • ②請求しても執行は止まらない(検察官・裁判所は停止できる)
  • ③開始決定を検察官が争えるのは、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限る
  • 一覧=誰が・どこへ(439条・438条)→請求は執行を止めない(442条)→3つの結論(446・447・448)→不服申立て(450・450条の2・450条の3)
  • 2026年10月時点で、公布から1年以内に施行される部分はまだ施行されていない

Zさんの3つの問いに、順に答えます。1つ目。請求先は、原判決をした裁判所です。請求できるのは、本人、法定代理人及び保佐人、死亡等の場合の親族、そして検察官で、期間の制限はありません。2つ目。請求しても、刑の執行は止まりません。ただし、検察官と、開始決定をした裁判所は、停止できます。3つ目。開始決定を検察官が争えるのは、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限ります。期間は14日です。一覧にして終えます。誰が、どこへは、第439条と第438条。請求は執行を止めないのが、第442条。結論は3つで、第446条と第447条と第448条。不服申立ては、第450条と第450条の2と第450条の3。そして、公布から1年以内に施行される部分は、まだ施行されていません。では、再審を開くと決まったあと、やり直しの裁判は、どう進むのでしょうか。

ページ上部へ ↑

#167単独ページ動画

再審公判と非常上告

第8章 上訴と救済手続 ⑤/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問い。Zの再審開始の決定が確定した。再審の2段階=①再審請求手続(再審を開くかどうかを決定で決める)→再審開始の決定→確定→②再審公判(やり直しの裁判)。今日は②から。①やり直しの裁判はどこで、どう進むのか。元の刑より重くなることはあるのか ②法令の誤りだけが見つかったときはどうするのか ③無罪になったあと、失った時間と費用はどうなるのか 図:今日の問い

  • Zの再審開始の決定が確定した
  • 再審の2段階=①再審請求手続(再審を開くかどうかを決定で決める)→再審開始の決定→確定→②再審公判(やり直しの裁判)
  • 今日は②から
  • ①やり直しの裁判はどこで、どう進むのか
  • 元の刑より重くなることはあるのか
  • ②法令の誤りだけが見つかったときはどうするのか
  • ③無罪になったあと、失った時間と費用はどうなるのか

再審を開く、と決まりました。ここから先、やり直しの裁判は、どんな形で進むのでしょうか。今日は、再審の後半を通します。そのうえで、再審とは別の、もう1本の道と、無罪になったあとの補償までを扱います。設例は、同じZさんです。強盗の罪で有罪判決を受け、控訴も上告も退けられて確定しました。Zさんは、ずっと「やっていない」と言っています。新しい鑑定結果をもとに再審を請求したところ、再審を開く決定が出て、その決定が確定しました。これから、やり直しの裁判が始まります。流れを、地図で確かめます。前の回に見たとおり、再審は2段階です。1段階目は、再審請求手続で、再審を開くかどうかを、決定で決めます。開くという決定が確定すると、2段階目の再審公判に進みます。やり直しの裁判のことです。今日の主役は、この2段階目です。問いは3つあります。1つ目。やり直しの裁判は、どこで、どう進むのか。元の判決より重い刑になることはあるのか。2つ目。法令の誤りだけが見つかったときは、どうするのか。3つ目。無罪になったあと、失った時間と費用は、どうなるのか。

開始決定が確定しても、無罪と決まったわけではありません。先に答えの形だけ言います。やり直しの裁判は、通常の公判です。元の刑より重くはなりません。法令の誤りだけなら、非常上告という別の道があります。そして、無罪になれば、補償があります。順に見ていきます。

再審公判はその審級でやり直す

再審公判の進み方。451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)。2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける。452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない。453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示。新しい判決が確定すると原判決は効力を失う 図:再審公判の進み方

  • 451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)
  • 2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける
  • 452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない
  • 453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示
  • 新しい判決が確定すると原判決は効力を失う

再審公判に入る前に、前の回の内容を思い出してください。再審開始決定に対して、検察官が即時抗告できるのは、どんな場合に限られるのでしたか?取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限り、でした。その争いが終わり、開始決定が確定したところから、今日の話が始まります。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第451条

刑事訴訟法第451条 裁判所は、再審開始の決定が確定した事件については、第四百四十九条の場合を除いては、その審級に従い、更に審判をしなければならない。 2 左の場合には、第三百十四条第一項本文及び第三百三十九条第一項第四号の規定は、前項の審判にこれを適用しない。 一 死亡者又は回復の見込がない心神喪失者のために再審の請求がされたとき。 二 有罪の言渡を受けた者が、再審の判決がある前に、死亡し、又は心神喪失の状態に陥りその回復の見込がないとき。

第1項です。再審開始の決定が確定した事件は、その審級に従い、更に審判をしなければなりません。審級とは、第一審、控訴審、上告審という、裁判所の段階のことです。Zさんが再審を請求したのは、Zさんを有罪にした第一審の判決でした。だから、やり直しは、第一審の裁判所で行います。第449条の場合を除く、とあるのは、第一審の判決と、控訴を棄却した判決の両方に請求があったときの調整です。第一審の裁判所が再審の判決をしたときは、控訴を棄却した判決への請求のほうを、決定で棄却します。元の有罪判決がやり直されたなら、控訴を棄却した判決を別に見直す意味がなくなるからです。

再審公判の判決に対しても、上訴はできます。再審公判も、通常の公判と同じように進みますから、判決に不服があれば、上訴の道が続きます。この点は、次の節で判例を読んで確かめます。第2項です。前々回に見たとおり、再審は、有罪の言渡しを受けた人の利益のためにだけ請求できます。その請求が、すでに亡くなった人や、回復の見込みのない心神喪失の人のために出されることがあります。そのままでは、公判が始められません。心神喪失の状態の被告人は、公判手続を停止する決まりがあり、これが第314条第1項本文です。被告人が死亡したときは、公訴を棄却する決まりがあり、これが第339条第1項第4号です。第2項は、この2つを、再審公判には適用しない、としました。そうしないと、名誉を回復する再審の目的を、果たせないからです。

条文刑事訴訟法第451条(続き)

刑事訴訟法第451条(続き) 3 前項の場合には、被告人の出頭がなくても、審判をすることができる。但し、弁護人が出頭しなければ開廷することはできない。 4 第二項の場合において、再審の請求をした者が弁護人を選任しないときは、裁判長は、職権で弁護人を附しなければならない。

第3項と第4項は、被告人が公判に来られないときの手当てです。被告人の出頭がなくても、審判はできます。ただし、弁護人が出頭しなければ、開廷できません。被告人の代わりに言い分を述べる人が、必ず必要だからです。第4項は、請求した人が弁護人を選任していないときです。その場合は、裁判長が、職権で弁護人を付けなければなりません。ここまでは、条文のとおりに読めば足ります。

再審公判は通常の公判・免訴もありうる

再審公判の性格。事案=戦時下に検挙された言論・出版の関係者らが、終戦の直後に治安維持法違反で有罪(懲役2年・執行猶予3年)。有罪を受けた人たちは亡くなっており、妻や子が再審を請求。地方裁判所が再審開始決定→高等裁判所が検察官の即時抗告を退けて確定(高等裁判所の理由=自白の信用性に顕著な疑い)。再審の第一審=治安維持法の廃止と大赦を理由に免訴の判決。弁護人は控訴・上告で無罪を求めたが退けられた。旧刑事訴訟法が適用された事件。開始の理由(無罪を言い渡すべき新証拠)と再審公判の結論(免訴)は別 図:再審公判の性格

  • 事案=戦時下に検挙された言論・出版の関係者らが、終戦の直後に治安維持法違反で有罪(懲役2年・執行猶予3年)
  • 有罪を受けた人たちは亡くなっており、妻や子が再審を請求
  • 地方裁判所が再審開始決定→高等裁判所が検察官の即時抗告を退けて確定(高等裁判所の理由=自白の信用性に顕著な疑い)
  • 再審の第一審=治安維持法の廃止と大赦を理由に免訴の判決
  • 弁護人は控訴・上告で無罪を求めたが退けられた
  • 旧刑事訴訟法が適用された事件
  • 開始の理由(無罪を言い渡すべき新証拠)と再審公判の結論(免訴)は別

再審公判の性格を、判例で確かめます。事案は、戦争中に検挙された、言論や出版の関係者が、終戦の直後に、治安維持法違反で有罪とされたものです。懲役2年、執行猶予3年でした。有罪を受けた人たちは、すでに亡くなっていて、妻や子が再審を請求しました。地方裁判所が再審の開始を決め、検察官の即時抗告は、高等裁判所が退けて、開始決定が確定しました。高等裁判所が示した理由は、自白の信用性に、顕著な疑いが生じた、というものです。ところが、再審の第一審は、免訴の判決をしました。治安維持法がその後廃止され、大赦があった、という理由です。免訴とは、事件の中身を判断せずに、手続を打ち切る判決のことです。刑の廃止があったときと、大赦があったときは、それぞれ第337条の第2号と第3号で、免訴の事由とされています。大赦とは、政令で定めた罪について、有罪の言渡しの効力を失わせ、まだ言渡しを受けていない人の公訴権を消滅させる措置のことです。弁護人は、控訴と上告で、無罪を求めました。無実の人を救う再審の趣旨からすれば、無罪かどうかの判断が優先されるべきだ、という主張でした。最高裁判所は、これを退けました。

無罪かどうかの判断に届かないまま終わる場合があるのは、確かに引っかかる点です。ただ、ここに、この回の山場があります。再審を開く理由と、再審公判の結論は、別の問題です。開始決定が答えたのは、やり直す理由があるか、という問いでした。やり直しの裁判は、改めて通常の手続で行われます。その結論は、無罪にも、有罪にも、免訴にもなりえます。最高裁判所の判断は、2つに分かれます。1つ目は、再審公判でも免訴の規定が働くか。2つ目は、免訴の判決に対して、無罪を求めて上訴できるか、です。1つ目の判旨から読みます。判旨に旧刑訴法とあるのは、終戦前後の事件で、当時の刑事訴訟法が適用されたからです。また、非常救済制度とは、確定した判決を例外的に覆すための制度のことで、再審がその代表です。

判例最判平20・3・14 刑集62巻3号185頁(第二小法廷)

再審の審判手続は、原則として通常の審判手続による 再審制度がいわゆる非常救済制度であり,再審開始決定が確定した後の事件の審判手続(以下「再審の審判手続」という。)が,通常の刑事事件における審判手続(以下「通常の審判手続」という。)と,種々の面で差異があるとしても,同制度は,所定の事由が認められる場合に,当該審級の審判を改めて行うものであって,その審判は再審が開始された理由に拘束されるものではないことなどに照らすと,その審判手続は,原則として,通常の審判手続によるべきものと解されるところ,本件に適用される旧刑訴法等の諸規定が,再審の審判手続において,免訴事由が存する場合に,免訴に関する規定の適用を排除して実体判決をすることを予定しているとは解されない。

平20判決の判旨は2層。判断①=再審の審判は当該審級の審判を改めて行うもので、再審が開始された理由に拘束されない→原則として通常の審判手続による→免訴事由があれば免訴の規定が働く。判断②=通常の審判手続で免訴判決に対し無罪を主張して上訴できないことは確定した判例→再審の審判手続でも同じ(免訴は事件の中身を判断しない判決)。Zの事件=免訴事由はなさそう→無罪か有罪の判断を受ける 図:平20判決の判旨は2層

  • 判断①=再審の審判は当該審級の審判を改めて行うもので、再審が開始された理由に拘束されない→原則として通常の審判手続による→免訴事由があれば免訴の規定が働く
  • 判断②=通常の審判手続で免訴判決に対し無罪を主張して上訴できないことは確定した判例→再審の審判手続でも同じ(免訴は事件の中身を判断しない判決)
  • Zの事件=免訴事由はなさそう→無罪か有罪の判断を受ける

理由づけは、2段です。まず、再審の審判は、当該審級の審判を改めて行うもので、再審が開始された理由に拘束されない、という点です。開始の理由がどうあれ、公判では、通常の手続で、改めて審理します。だから、原則として通常の審判手続による、というのが次の点です。通常の公判で、免訴事由があれば免訴になるのと同じように、再審公判でも、免訴事由があれば、免訴に関する規定が働きます。実体の判決、つまり無罪か有罪かという事件の中身を判断する判決をする、という形は、予定されていません。2つ目の判断、上訴の可否です。免訴の判決を受けた側は、無罪を主張して、上訴できるでしょうか。

判例最判平20・3・14 刑集62巻3号185頁(第二小法廷)

再審の審判手続でも、免訴判決に対し無罪を主張して上訴することはできない 通常の審判手続において,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴できないことは,当裁判所の確定した判例であるところ,……再審の審判手続につき,これと別異に解すべき理由はないから,再審の審判手続においても,免訴判決に対し被告人が無罪を主張して上訴することはできないと解するのが相当である。

通常の公判で、免訴判決に対して、被告人が無罪を主張して上訴できないことは、確定した判例です。上訴は、その裁判で不利益を受けた人が、不利益を取り除くために申し立てるものです。免訴は、有罪でも無罪でもなく、手続を打ち切る裁判ですから、被告人に不利益な判決ではありません。中身である無罪かどうかを争う道が、そもそも開かれていないのです。再審の審判手続でも、別に考える理由はない、と判断されました。整理します。開始の理由は、無罪を言い渡すべき新証拠でした。ところが、再審公判の結論は、免訴事由があれば免訴です。実体の判断には進みません。検察官は、再審公判でも、有罪を主張できます。通常の公判と同じ立場だからです。ここは、論文で論点になりうる部分です。再審公判の性格と、免訴判決に対して上訴できないことは、判例が示した考え方です。条文どおりではありません。

Zさんの事件に、免訴事由はなさそうですから、Zさんは、無罪か有罪の判断を受けるということです。そうなります。Zさんの再審公判は、第一審の裁判所で、通常の公判として行われます。結論は、無罪も有罪もありえます。開始決定が、結論を決めるわけではありません。

元の刑より重くならない・無罪なら公示

再審公判の進み方。451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)。2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける。452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない。453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示。新しい判決が確定すると原判決は効力を失う 図:再審公判の進み方

  • 451条1項=再審開始の決定が確定した事件は、449条の場合を除き、その審級に従い、更に審判をしなければならない(Zは第一審の裁判所でやり直し)
  • 2項〜4項の特則=死亡者・回復の見込みがない心神喪失者のための請求などでは、314条1項本文(心神喪失での公判停止)と339条1項4号(被告人死亡での公訴棄却)を適用しない/被告人の出頭がなくても審判できるが、弁護人が出頭しなければ開廷できない/弁護人を選任しないときは、裁判長が職権で付ける
  • 452条=原判決の刑より重い刑は言い渡せない
  • 453条=無罪の判決は官報と新聞紙に掲載して公示
  • 新しい判決が確定すると原判決は効力を失う

最初の問いに戻ります。やり直しの裁判で、元の判決より重い刑になることはあるのでしょうか。

条文刑事訴訟法第452条

刑事訴訟法第452条 再審においては、原判決の刑より重い刑を言い渡すことはできない。

重くはなりません。これを、不利益変更の禁止といいます。たとえば、元の判決が拘禁刑7年だったとします。再審公判で、有罪と判断されても、7年を超える刑は言い渡せません。もし重くなりうるのなら、無実を訴える人でも、請求をためらうはずです。この規定があるから、安心して請求できる、と考えると分かりやすいです。軽くすることまでは、第452条は求めていません。禁じているのは、重くすることだけです。同じ刑も、軽い刑も、ありえます。上訴の総論の回で見た不利益変更の禁止とは、射程が違います。第402条は、被告人が控訴し、又は被告人のために控訴した事件に限って働きました。検察官も控訴した事件では、控訴審が刑を重くすることがありえたわけです。第452条には、その限定がありません。誰が再審を請求したかを問わず、原判決の刑より重い刑は言い渡せません。次に、無罪になったときです。

条文刑事訴訟法第453条

刑事訴訟法第453条 再審において無罪の言渡をしたときは、官報及び新聞紙に掲載して、その判決を公示しなければならない。

官報とは、国が法令や公告を載せる公式の広報紙です。第453条は、有罪とされた人の名誉を、世の中に向けて回復するための規定です。亡くなった人のために再審が請求された事件でも、この公示は、名誉の回復につながります。最後に、元の判決の扱いです。再審公判で、新しい判決が確定すると、再審請求の対象となった原判決は、効力を失います。前の回に見たとおり、開始決定が出ただけでは、元の有罪判決は、まだ効力を持ったままです。効力を失うのは、新しい判決が確定したときです。この点を定めた条文はありません。ただ、再審の審判手続の裁判が確定すれば、先の有罪の確定判決は完全にその効力を失う、という点に異論はない、と最高裁判所の裁判官の補足意見も述べています。補足意見とは、結論に賛成する裁判官が、理由を付け加えて述べる意見のことです。第451条とあわせて、再審公判の中身は、ここまでです。

もう1本の道・非常上告

非常上告。再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す。454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる。被告人側は申し立てられない。期間の定めはない。手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)。目的=法令の解釈適用の統一。略式命令が対象になった例がある 図:非常上告

  • 再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す
  • 454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる
  • 被告人側は申し立てられない
  • 期間の定めはない
  • 手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)
  • 目的=法令の解釈適用の統一
  • 略式命令が対象になった例がある

2つ目の問いです。再審の理由を見た回で、あとで見ると言った道を、ここで扱います。確定した判決に、法令の誤りだけが見つかったとき、どうするのでしょうか。再審は、事実の誤りを正す道でした。新しい証拠で、有罪の認定が崩れる場合です。ところが、証拠の問題ではなく、法律の使い方そのものが間違っていた、ということがあります。そのための道が、非常上告です。設例を、1つ置きます。ある被告人に、法律が許している上限を超える刑が言い渡され、そのまま確定しました。事実の認定に、争いはありません。誤っているのは、刑の長さだけです。これは、再審の出番ではありません。条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第454条

刑事訴訟法第454条 検事総長は、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる。

誰が、どこへ、が条文に書かれています。申し立てるのは検事総長だけで、行き先は最高裁判所です。判決が確定した後に、その事件の審判が、法令に違反していたことを発見したときです。被告人の側は、申し立てられません。期間の定めもありません。被告人が自分で申し立てられないのに、救済になるんですか。そこが、非常上告の性格を決める点です。目的を、判例で確かめます。

判例最大判昭27・4・23 刑集6巻4号685頁

非常上告の目的——法令の解釈適用の統一 非常上告は、法令の適用の誤りを正し、もつて、法令の解釈適用の統一を目的とするものであつて、個々の事件における事実認定の誤りを是正して被告人を救済することを目的とするものではない。

非常上告の目的は、法令の適用の誤りを正して、法令の解釈適用を統一することです。個々の事件の、事実認定の誤りを正して、被告人を救済するためのものではありません。この目的と合っているのが、申し立てる人を検事総長だけに限り、行き先を最高裁判所とする仕組みです。分担を言い直します。事実認定の誤りは再審。法令の適用の誤りは非常上告です。手続です。申立書に理由を記載して、最高裁判所に差し出します。公判期日には、検察官が、申立書に基づいて陳述します。理由がなければ、判決で棄却します。調べる範囲は、申立書に包含された事項に限られます。ただし、裁判所の管轄、公訴の受理、訴訟手続については、事実の取調べもできます。これは、第455条から第457条と、第460条です。細かい手続は、この板で確認してください。

理由があるとき(458条)。1号=原判決が法令に違反したとき。原則は、その違反した部分の破棄/1号ただし書=更に為すべき判決が原判決より利益なことが法律上明白→破棄自判。2号=訴訟手続が法令に違反したとき。その違反した手続を破棄。設例①=法律が許す上限を超える刑→上限の範囲内で更に判決・破棄自判/設例②=適用すべき規定の取り違えで正しい刑が明白でない→違反部分の破棄どまり・被告人の刑は変わらない 図:理由があるとき

  • 458条1号=原判決が法令に違反したとき。原則は、その違反した部分の破棄
  • 1号ただし書=更に為すべき判決が原判決より利益なことが法律上明白→破棄自判
  • 2号=訴訟手続が法令に違反したとき。その違反した手続を破棄
  • 設例①=法律が許す上限を超える刑→上限の範囲内で更に判決・破棄自判
  • 設例②=適用すべき規定の取り違えで正しい刑が明白でない→違反部分の破棄どまり・被告人の刑は変わらない

非常上告の目的は、法令の解釈適用の統一です。条文は、原則を、違反した部分の破棄にとどめています。そのうえで、被告人に不利益な場合にだけ、例外を置いています。その中身を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第458条

刑事訴訟法第458条 非常上告が理由のあるときは、左の区別に従い、判決をしなければならない。 一 原判決が法令に違反したときは、その違反した部分を破棄する。但し、原判決が被告人のため不利益であるときは、これを破棄して、被告事件について更に判決をする。 二 訴訟手続が法令に違反したときは、その違反した手続を破棄する。

第1号が、原判決そのものの違反です。原則は、その違反した部分を破棄するだけです。ただし書があります。原判決が被告人のため不利益であるときは、破棄したうえで、被告事件について更に判決をします。破棄自判といいます。破棄したうえで、裁判所が自分で判決をすることです。第2号は、訴訟手続の違反で、その違反した手続を破棄します。判例が、その意味を示しています。

判例最判昭26・12・21 刑集5巻13号2607頁

458条1号ただし書の「不利益」——更に為すべき判決が利益なことが法律上明白な場合 「原判決が被告人のために不利益であるとき」とは、事件につき更に為さるべき判決が原判決より利益なことが法律上明白である場合をいうものと解すべきである……

不利益とは、更に為されるべき判決が、原判決より利益であることが、法律上明白である場合です。明白でなければ、違反部分を破棄するだけで、被告人の刑は変わりません。非常上告は、事件の中身の事実認定をやり直す手続ではない、とされています。法令を当てはめるだけで、原判決より軽いと明らかな場合が、自判の対象になります。設例で当てはめます。1つ目。法律が許す上限を超える刑が言い渡されたとき、更に言い渡すべき刑は、上限の範囲内です。原判決より軽いことは、明白です。だから、ただし書で破棄自判です。2つ目。適用すべき規定を取り違えていて、正しい刑がどちらに転ぶのか、明白でないとき。この場合は、違反部分の破棄にとどまり、被告人の刑は変わりません。ここで、問いを1つ出します。非常上告で原判決が破棄されたとき、その判決の効力は被告人に及ぶでしょうか? 自分の答えを言葉にしてから、第459条を読んでください。

条文刑事訴訟法第459条

刑事訴訟法第459条 非常上告の判決は、前条第一号但書の規定によりされたものを除いては、その効力を被告人に及ぼさない。

被告人の刑まで変わるのは、一部の場合だけです。非常上告の判決は、第458条第1号ただし書による判決を除いて、効力を被告人に及ぼしません。つまり、被告人に及ぶのは、破棄自判のときだけです。違反部分を破棄しただけの判決は、法令の解釈を正すものにとどまり、被告人の刑は、元のままです。目的が、法令の解釈適用の統一でしたから、こうなります。

非常上告。再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す。454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる。被告人側は申し立てられない。期間の定めはない。手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)。目的=法令の解釈適用の統一。略式命令が対象になった例がある 図:非常上告

  • 再審=事実の誤りを正す/非常上告=法令の適用の誤りを正す
  • 454条=検事総長が、判決が確定した後その事件の審判が法令に違反したことを発見したときは、最高裁判所に非常上告をすることができる
  • 被告人側は申し立てられない
  • 期間の定めはない
  • 手続=申立書に理由を記載して最高裁判所へ(455条)/公判期日に検察官が申立書に基づいて陳述(456条)/理由がなければ判決で棄却(457条)/調査は申立書に包含された事項に限る・管轄、公訴の受理、訴訟手続は事実の取調べもできる(460条)
  • 目的=法令の解釈適用の統一
  • 略式命令が対象になった例がある

使われ方の例も、1つ見ておきます。略式命令とは、簡単な書面の審理で、罰金などを命じる裁判のことです。公訴棄却とは、起訴が不適法なときに、事件の中身に入らず、手続を終える裁判のことです。判決でする場合と、決定でする場合があります。同じ事実について、2つの略式命令が出て、どちらも確定した事案で、後の略式命令を破棄して公訴を棄却した判決があります。確定した略式命令が、非常上告の対象になった例です。少年に対して、法律が許さない刑を言い渡した判決が確定したあとに、非常上告が認められた判決もあります。第454条、第458条、第459条は、条文のとおりの部分です。目的と、不利益の意味は、判例が示した考え方です。

再審と非常上告の違い

再審と非常上告の比較。理由=事実の誤り(新証拠など)/法令の誤り。申し立てる人=439条に定める者/検事総長だけ。行き先=原判決をした裁判所/最高裁判所。対象=有罪の確定判決だけ/有罪も無罪も。期間=制限なし/定めなし。効力=新しい判決の確定で原判決は効力を失う/原則として被告人に及ばない(破棄自判のときだけ及ぶ) 図:再審と非常上告の比較

  • 理由=事実の誤り(新証拠など)/法令の誤り
  • 申し立てる人=439条に定める者/検事総長だけ
  • 行き先=原判決をした裁判所/最高裁判所
  • 対象=有罪の確定判決だけ/有罪も無罪も
  • 期間=制限なし/定めなし
  • 効力=新しい判決の確定で原判決は効力を失う/原則として被告人に及ばない(破棄自判のときだけ及ぶ)

2本の道を、見比べます。理由が、まず違います。再審は事実の誤りで、新しい証拠が典型でした。非常上告は法令の誤りです。申し立てる人は、再審が第439条に定める者で、本人や親族、検察官などです。非常上告は、検事総長だけです。行き先は、再審が原判決をした裁判所、非常上告が最高裁判所です。対象も違います。再審は、有罪の言渡しを受けた者の利益のためにだけ請求できるので、有罪の確定判決だけが対象です。非常上告は、有罪の判決も、無罪の判決も、対象になりえます。法令の解釈を正すのが目的で、結論が有罪か無罪かは問わないからです。期間は、どちらも、制限や定めがありません。効力は、再審が、新しい判決が確定すれば、原判決が効力を失います。非常上告は、原則として被告人に及ばず、破棄自判のときだけ及びます。

要するに、再審は被告人を救うための道で、非常上告は法律の運用を正すための道です。事実の誤りか、法令の誤りか。この分かれ目が、道を決めます。

無罪になったあとの補償

無罪になったあとの補償。2026年10月時点の法律。①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)。日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別。死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)。②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)。旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)。2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬) 図:無罪になったあとの補償

  • 2026年10月時点の法律
  • ①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)
  • 日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別
  • 死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)
  • ②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)
  • 旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)
  • 2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

再審で無罪の言渡しをしたとき、官報と新聞に何が載るのでしたか?無罪の判決の公示です。ただ、名誉が回復されても、失った時間と費用は、戻りません。3つ目の問いです。無罪になったあと、それはどうなるのでしょうか。無罪になったあとの補償は、大きく2種類あります。1つ目は刑事補償で、身体の拘束への補償です。2つ目は費用補償で、裁判に要した費用の補償です。この2つを、区別してください。刑事補償の根拠は、憲法にあります。

条文日本国憲法第40条

日本国憲法第40条 何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国に補償を求められます。その法律が、刑事補償法です。抑留とは、逮捕や勾引に伴う、比較的短期の身体の拘束です。拘禁とは、勾留のような、比較的長期の拘束です。

条文刑事補償法第1条第1項・第2項

刑事補償法第1条(第1項・第2項) 刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)による通常手続又は再審若しくは非常上告の手続において無罪の裁判を受けた者が同法、少年法(昭和二十三年法律第百六十八号)又は経済調査庁法(昭和二十三年法律第二百六号)によつて未決の抑留又は拘禁を受けた場合には、その者は、国に対して、抑留又は拘禁による補償を請求することができる。 2 上訴権回復による上訴、再審又は非常上告の手続において無罪の裁判を受けた者が原判決によつて既に刑の執行を受け、又は刑法(明治四十年法律第四十五号)第十一条第二項若しくは刑事訴訟法第四百九十四条の五の規定による拘置を受けた場合には、その者は、国に対して、刑の執行又は拘置による補償を請求することができる。

刑事補償法の第1条は、通常の手続だけでなく、再審や非常上告の手続で無罪の裁判を受けた人も、補償を請求できる、と定めています。未決の抑留や拘禁を受けたとき、すでに刑の執行や拘置を受けたときです。Zさんなら、服役した期間が、その対象になります。金額は、第4条です。

条文刑事補償法第4条第1項

刑事補償法第4条(第1項) 抑留又は拘禁による補償においては、前条及び次条第二項に規定する場合を除いては、その日数に応じて、一日千円以上一万二千五百円以下の割合による額の補償金を交付する。拘禁刑若しくは拘留の執行又は拘置による補償においても、同様である。

1日につき、千円以上、1万2500円以下です。その範囲で、拘束の種類や期間の長さ、財産上の損失、精神上の苦痛などを考慮して、額を決めます。請求先は、無罪の裁判をした裁判所です。請求できる期間は、無罪の裁判が確定した日から3年以内です。虚偽の自白などで、自分から起訴を招いたような場合は、裁量で補償をしないことができます。免訴や公訴棄却でも、請求できる場合があります。刑事補償法の第25条の第1項を、全文で読みます。

条文刑事補償法第25条第1項

刑事補償法第25条(第1項) 刑事訴訟法の規定による免訴又は公訴棄却の裁判を受けた者は、もし免訴又は公訴棄却の裁判をすべき事由がなかつたならば無罪の裁判を受けるべきものと認められる充分な事由があるときは、国に対して、抑留若しくは拘禁による補償又は刑の執行若しくは拘置による補償を請求することができる。

免訴や公訴棄却で終わっても、その事由が無ければ無罪になるはずだったと認められる充分な事由があれば、請求できます。補償を決めたときの公示は別にあり、第453条の無罪判決の公示とは、別の話です。

費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)。無罪の判決が確定したときは国が補償(188条の2第1項)。旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)。2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

  • 費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)
  • 無罪の判決が確定したときは国が補償(188条の2第1項)
  • 旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)
  • 2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

次に、費用補償です。こちらは、刑事訴訟法に定めがあります。

条文刑事訴訟法第188条の2第1項

刑事訴訟法第188条の2(第1項) 無罪の判決が確定したときは、国は、当該事件の被告人であつた者に対し、その裁判に要した費用の補償をする。ただし、被告人であつた者の責めに帰すべき事由によつて生じた費用については、補償をしないことができる。

補償される費用は、公判の準備や公判期日に出頭するための旅費と日当と宿泊料、それに弁護人への報酬です。根拠は、第188条の6です。請求は、無罪の判決をした裁判所に対して、確定後6か月以内にします。決定に対しては、即時抗告ができます。ここまでが、第188条の3です。手続は、刑事補償法の例によります。第188条の7です。2026年10月20日から、この費用補償に、第188条の2の第2項が加わる改正があります。再審開始の決定が確定した事件で、無罪の判決が確定したとき、再審を請求した者、検察官を除きますが、その人の、再審の請求の手続に要した費用も、旅費や日当、宿泊料、弁護人の報酬といった範囲で、補償の対象になります。

無罪になったあとの補償。2026年10月時点の法律。①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)。日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別。死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)。②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)。旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)。2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬) 図:無罪になったあとの補償

  • 2026年10月時点の法律
  • ①刑事補償=身体の拘束に対する補償(憲法40条・刑事補償法)
  • 日額1,000円以上12,500円以下(4条)/請求先=無罪の裁判をした裁判所(6条)/確定から3年以内(7条)/虚偽の自白などで起訴を招いたときは補償しないことができる(3条)/免訴・公訴棄却でも、事由がなければ無罪になるべきだったと認められる充分な事由があれば請求できる(25条)/補償決定の公示(24条)=453条の判決の公示とは別
  • 死刑の執行による補償は3,000万円以内(本人の死亡による財産上の損失額が証明されたときは加算)
  • ②費用補償=裁判に要した費用の補償(刑訴188条の2以下)
  • 旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬(188条の6)/請求先=無罪の判決をした裁判所・確定後6か月以内/決定に即時抗告できる(いずれも188条の3)/手続は刑事補償法の例による(188条の7)
  • 2026年10月20日からの追加=再審の請求の手続に要した費用(旅費・日当・宿泊料と弁護人の報酬)

Zさんの場合を、まとめます。Zさんが再審公判で無罪になったら、服役した期間の刑事補償を、日額で受けられます。公判への出頭の旅費や弁護人の報酬は、費用補償です。そして、判決は、官報と新聞に公示されます。

節目のミニ事例

節目のミニ事例(再審公判・非常上告・補償)。設定を入れ替えて結論を確かめる。問1=再審公判で、元の事件に刑の廃止や大赦があったとわかった。裁判所は、Zが無罪か有罪かを判断できるか/設定替え=免訴事由はないが、新証拠で合理的な疑いが残る→通常の公判のとおり無罪も有罪もありうる。有罪でも原判決の刑より重くはならない(452条)。問2=確定した判決の刑が、法律の許す上限を超えていた。Z側は非常上告を申し立てられるか/設定替え=事実の認定そのものが誤りだった(実は別人)→非常上告の対象ではない(再審の理由)。問3=Zが再審公判で無罪。服役の期間の補償は。出頭の旅費・弁護人の報酬は/設定替え=免訴で終わった→刑事補償は、無罪になるべき充分な事由があれば請求できる(刑補25条)。費用補償の対象は「無罪の判決」(188条の2) 図:節目のミニ事例

  • 再審公判・非常上告・補償。設定を入れ替えて結論を確かめる
  • 問1=再審公判で、元の事件に刑の廃止や大赦があったとわかった。裁判所は、Zが無罪か有罪かを判断できるか
  • 問1の設定替え=免訴事由はないが、新証拠で合理的な疑いが残る→通常の公判のとおり無罪も有罪もありうる。有罪でも原判決の刑より重くはならない(452条)
  • 問2=確定した判決の刑が、法律の許す上限を超えていた。Z側は非常上告を申し立てられるか
  • 問2の設定替え=事実の認定そのものが誤りだった(実は別人)→非常上告の対象ではない(再審の理由)
  • 問3=Zが再審公判で無罪。服役の期間の補償は。出頭の旅費・弁護人の報酬は
  • 問3の設定替え=免訴で終わった→刑事補償は、無罪になるべき充分な事由があれば請求できる(刑補25条)。費用補償の対象は「無罪の判決」(188条の2)

節目のミニ事例です。Zさんの設定を入れ替えて、結論がどう変わるかを確かめます。1つ目。再審公判で、元の事件に、刑の廃止や大赦があったと分かりました。裁判所は、Zさんが無罪か有罪かを判断できるでしょうか。判断しません。免訴です。再審公判は通常の公判で、免訴事由があれば、免訴になります。Zさんは、免訴の判決に対して、無罪を主張して上訴することもできません。設定を替えて、免訴事由はないけれど、新証拠で合理的な疑いが残る場合は、通常の公判のとおり、無罪も有罪もありえます。有罪でも、第452条により、原判決の刑より重くはなりません。2つ目。確定した判決の刑が、法律が許す上限を超えていたと、あとで分かりました。Zさん側は、非常上告を申し立てられるでしょうか。

Zさんの側からは、申し立てられません。非常上告は、検事総長だけが、最高裁判所に申し立てる道です。第454条です。検事総長が申し立てて、更に言い渡すべき刑が明白に軽くなるなら、破棄自判で、効力は被告人に及びます。第458条第1号ただし書と、第459条です。設定を替えて、事実の認定そのものが誤っていた、たとえば実は別人だった、というときは、非常上告の対象ではありません。再審の理由です。3つ目。Zさんが、再審公判で無罪になりました。服役した期間の補償は、どうなるでしょうか。出頭の旅費や、弁護人の報酬は。

全部、同じ補償でまとめてもらえるのではないですか。分かれます。服役した期間は刑事補償です。1日につき千円以上、1万2500円以下で、無罪の裁判をした裁判所に請求します。確定から3年以内です。旅費や弁護人の報酬は、第188条の2の費用補償で、確定後6か月以内に請求します。設定を替えて、免訴で終わった場合です。刑事補償は、無罪になるべき充分な事由があれば、請求できます。刑事補償法の第25条です。ただし、費用補償の第188条の2第1項は、無罪の判決が確定したときと定めています。刑事補償法の第25条のように、免訴の場合に広げる定めは、置かれていません。だから、免訴で終わったときは、第188条の2には当たりません。分かれ目を言い直します。1つ目は、再審公判は通常の公判、という点でした。2つ目は、事実の誤りは再審、法令の誤りは非常上告、という点です。3つ目は、身体の拘束への刑事補償と、裁判の費用への費用補償は、別の制度、という点でした。

今日の地図(保存版)

まとめ。Zの答え=①再審公判はその審級で行われる通常の公判。元の刑より重い刑は言い渡せない(452条)。無罪なら官報と新聞に公示(453条)②法令の誤りだけなら非常上告(検事総長が最高裁判所へ)③無罪になれば刑事補償と費用補償。第8章の一覧=確定する前=上訴(控訴・上告・抗告・準抗告)/確定した後=再審(事実の誤り)・非常上告(法令の誤り)/無罪になったあと=刑事補償・費用補償・判決の公示。再審の流れ=請求手続(決定)→再審公判。2026年10月時点の法律 図:まとめ

  • Zの答え①=再審公判はその審級で行われる通常の公判。元の刑より重い刑は言い渡せない(452条)。無罪なら官報と新聞に公示(453条)
  • Zの答え②=法令の誤りだけなら非常上告(検事総長が最高裁判所へ)
  • Zの答え③=無罪になれば刑事補償と費用補償
  • 第8章の一覧=確定する前=上訴(控訴・上告・抗告・準抗告)/確定した後=再審(事実の誤り)・非常上告(法令の誤り)/無罪になったあと=刑事補償・費用補償・判決の公示
  • 再審の流れ=請求手続(決定)→再審公判
  • 2026年10月時点の法律

Zさんの3つの問いに、順に答えます。1つ目。再審公判は、その審級で行われる通常の公判です。元の刑より重い刑は、言い渡せません。無罪なら、官報と新聞に公示されます。2つ目。法令の誤りだけなら、非常上告です。検事総長が、最高裁判所へ申し立てます。そして3つ目。無罪になれば、刑事補償と費用補償があります。第8章の全体を、一覧にして終えます。判決が確定する前は、上訴です。控訴、上告、抗告、準抗告がありました。確定した後は、事実の誤りなら再審、法令の誤りなら非常上告です。再審は、請求手続で決定をしたあとに、再審公判に進みます。そして、無罪になったあとは、刑事補償と費用補償と、判決の公示です。ここで、第8章は終わりです。

ページ上部へ ↑

第9章総まとめ

#168単独ページ動画

刑事訴訟法の歴史と改革の現在地

第9章 総まとめ ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

導入

今日の問いと条文の貸し借り。問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)。問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか。総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ。今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地。2026年10月時点の法律 図:今日の問いと条文の貸し借り

  • 問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)
  • 問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか
  • 総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ
  • 今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地
  • 2026年10月時点の法律

第8章の再審と非常上告まで、刑事手続を、捜査から救済まで通してきました。最後の1本は、手続の流れではなく、条文そのものを歴史の側から見直します。思い出してほしい条文が2つあります。1つ目は、捜査の章で読んだ第222条です。第1項が、第99条第1項、第100条、第102条、第103条から第105条まで、第110条と、総則の条文を次々に準用していました。捜索や差押えの規定を、捜査機関のために書き直さず、総則から借りてくる形です。読んでいて疲れる条文ですが、こうなっているのには理由があるはずです。これが1つ目の問いです。第222条は、なぜ総則の条文を何十も借りてくるのか。2つ目の問いは、第316条の2や第350条の2のような、枝番のついた条文です。公判前整理手続も、証拠の開示も、枝番の条文の中にありました。なぜ、枝番の条文はこんなに多いのか。数えてみました。2026年10月の現行条文で、条番号に枝番のある条は211あります。本則の条文723のうち、約3割にあたります。

この2つの問いの答えは、歴史にあります。今日は4本の筋で歴史を通します。1本目は条文の並び。2本目は市民の参加。3本目は起訴の選別。4本目は防御の拡充です。そのあと、いまの法律がどこまで変わったかを、日付つきで確かめます。最後に判例と立法の関係を考え、ミニ事例で確かめて、手続の地図で全体を振り返ります。先に、見方を一つ渡します。古い家に増築を重ねた建物を思い浮かべてください。柱と間取りは昔のまま、新しい部屋は、あとから廊下の途中に差し込まれます。部屋番号を振り直さないなら、3号室の2という番号になります。刑事訴訟法の条文も、この姿に近いのです。

筋1 条文の並びに残る歴史

年表 4つの法律。治罪法(明治13年に公布)→明治の刑事訴訟法(明治23年に公布・同年11月1日に施行・治罪法を廃止)→旧刑事訴訟法(大正11年に公布・大正13年1月1日に施行)→現行刑事訴訟法(昭和23年7月10日に公布・昭和24年1月1日に施行・旧法の全部改正)。公布の年と施行の年は別。2026年10月時点の法律 図:年表 4つの法律

  • 治罪法(明治13年に公布)→明治の刑事訴訟法(明治23年に公布・同年11月1日に施行・治罪法を廃止)→旧刑事訴訟法(大正11年に公布・大正13年1月1日に施行)→現行刑事訴訟法(昭和23年7月10日に公布・昭和24年1月1日に施行・旧法の全部改正)
  • 公布の年と施行の年は別
  • 2026年10月時点の法律

1本目の筋は、条文の並びです。日本の刑事手続の法典を、年表にします。最初は、明治13年に公布された治罪法です。フランス法の影響を受けたとされています。明治23年には、明治の刑事訴訟法が公布され、同じ年の11月1日に施行されて、治罪法は廃止されました。次が旧刑事訴訟法で、大正11年に公布され、大正13年1月1日に施行されました。ここまでが戦前の法典です。そして、いまの刑事訴訟法です。昭和23年7月10日に公布され、昭和24年、つまり1949年の1月1日に施行されました。公布の年と施行の年は別、という点を、年表で確かめてください。

いまの刑事訴訟法は、形の上では、ゼロから作られた法典ではありません。旧刑事訴訟法の全部改正として成立しました。編の並びが、その痕跡です。総則から始まり、第一審、上訴、再審、非常上告、略式手続、裁判の執行と進む骨組みは、旧法から受け継がれています。一方で、中身には新しい考え方が入りました。予審、つまり公判の前に裁判官が事件を調べる手続は、なくなりました。起訴状一本主義が第256条第6項に、訴因制度が第256条第3項に置かれました。当事者主義的な仕組みが、このとき整えられたのです。まとめると、旧法の枠に新しい考え方を組み込んだ法典、と見ることができます。大陸法系、つまりフランスやドイツなどヨーロッパ大陸の法の系統の枠組みに、英米法、つまりイギリスやアメリカの法の系統の考え方を大きく加えたもの、と説明されます。

今日の問いと条文の貸し借り。問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)。問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか。総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ。今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地。2026年10月時点の法律 図:今日の問いと条文の貸し借り

  • 問い①刑事訴訟法222条1項は、なぜ総則の条文をこんなに借りてくるのか(第九十九条第一項、第百条、第百二条、第百三条から第百五条まで、第百十条……を準用)
  • 問い②316条の2、350条の2……と、枝番の条文はなぜ多いのか
  • 総則(第1編)には裁判所の権限が置かれ、捜査機関は222条1項で準用し、令状を出す裁判官は207条1項で「裁判所又は裁判長と同一の権限」を持つ
  • 今日の地図=4本の筋(条文の並び・市民の参加・起訴の選別・防御の拡充)と現在地
  • 2026年10月時点の法律

冒頭の第222条の疑問に戻ります。総則、つまり第1編には、裁判所の権限が、まとめて置かれています。押収、捜索、検証、勾留などです。総則から始まるこの並びは、旧法から受け継いだものでした。捜査機関については、同じ中身を捜査の編にもう一度書くのではなく、総則にある条文を当てはめる、と第222条第1項が定めました。旧法の編成を引き継いだまま、捜査段階の令状主義などを組み込んだ結果、捜査機関の権限は、総則の条文を準用して借りる形になった、と説明されています。貸し借りは、もう1か所あります。令状を出す裁判官です。勾留の請求を受けた裁判官について、第207条第1項が何と定めているか、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第207条第1項

刑事訴訟法第207条(第1項) 前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。

前三条とは、第204条から第206条です。その規定による勾留の請求を受けた裁判官は、勾留という処分に関して、裁判所又は裁判長と同一の権限を持ちます。ただし、保釈には、この権限が及びません。裁判所の権限を、捜査の段階の裁判官に貸す書き方です。ここで1問です。勾留の請求を受けた裁判官は、保釈を除いて、何と同一の権限を持つでしょうか? 答えを言葉にしてから、続きを聞いてください。条文は、裁判所又は裁判長と、並べています。勾留の請求を受けた裁判官は、保釈を除き、裁判所又は裁判長と同一の権限を有します。ひとつの条文が、裁判所の権限を、令状を出す裁判官に貸している形です。

枝番の例。足した条は枝番になる。222条の3=平成11年・通信傍受の根拠(当時は222条の2。令和8年5月21日に繰り下がり)/316条の2=平成16年・公判前整理手続/301条の2=平成28年の改正・取調べの録音・録画(施行は令和元年)/102条の2=令和7年法律第39号・電磁的記録提供命令(令和8年5月21日施行)/450条の2=令和8年法律第67号・再審(令和8年8月13日施行)。条番号は動かさずに差し込む 図:枝番の例

  • 足した条は枝番になる
  • 222条の3=平成11年・通信傍受の根拠(当時は222条の2。令和8年5月21日に繰り下がり)/316条の2=平成16年・公判前整理手続/301条の2=平成28年の改正・取調べの録音・録画(施行は令和元年)/102条の2=令和7年法律第39号・電磁的記録提供命令(令和8年5月21日施行)/450条の2=令和8年法律第67号・再審(令和8年8月13日施行)
  • 条番号は動かさずに差し込む

もう一つの問い、枝番です。足した条は、枝番になります。5つ見ます。通信傍受の根拠となる規定は、平成11年に設けられました。当時は第222条の2でしたが、令和7年の改正で、新しい第222条の2が入ったため、いまは第222条の3になっています。第316条の2は、平成16年の改正で入り、公判前整理手続を定めます。第301条の2は、平成28年の改正で入った取調べの録音・録画の規定で、施行は令和元年です。第102条の2は、令和7年法律第39号で入った電磁的記録提供命令で、令和8年5月21日から施行されています。第450条の2は、令和8年法律第67号で入った再審の規定で、令和8年8月13日に施行されました。

条番号を動かさずに差し込めば、既存の条を引用している他の規定との対応が崩れません。枝番は、そのための形だ、と見ると読みやすくなります。2つの問いの答えを、並べます。第222条の長い準用は、旧法の編成の上に、捜査の規定を載せた跡です。枝番は、あとから足された制度の跡です。冒頭の増築した家に重ねると、昔のままの柱と間取りが旧法から受け継いだ編の並びに、廊下の途中に差し込んだ3号室の2が枝番にあたります。条文は歴史の地層、と見てください。

筋2 市民の参加

市民参加の年表。陪審法=大正12年に公布→昭和3年10月1日に全面施行→昭和18年4月1日に施行が停止。検察審査会法=昭和23年に公布・即日施行。起訴議決の導入=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行。裁判員法=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行。公布と施行は別 図:市民参加の年表

  • 陪審法=大正12年に公布→昭和3年10月1日に全面施行→昭和18年4月1日に施行が停止
  • 検察審査会法=昭和23年に公布・即日施行
  • 起訴議決の導入=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行
  • 裁判員法=平成16年に公布→平成21年5月21日に施行
  • 公布と施行は別

1本目は、条文の並びそのものの話でした。ここからの3本は、制度ごとに、いつ入り、どう引き継がれたかを見ます。2本目の筋は、市民の参加です。3つの制度を、年表で並べます。まず陪審法です。大正12年に公布され、昭和2年に一部が施行され、昭和3年10月1日に全面施行されました。ところが昭和18年4月1日、陪審法ノ停止ニ関スル法律が公布・施行され、陪審法の施行が止められました。次に検察審査会です。検察審査会法は、昭和23年7月12日に公布され、即日施行されました。刑事訴訟法の施行は昭和24年ですから、検察審査会のほうが先に動き出しています。その後、起訴議決に拘束力を持たせる改正が、平成16年に公布され、平成21年5月21日に施行されました。最後が裁判員法です。これも平成16年に公布され、平成21年5月21日に施行されました。起訴議決と、同じ日です。

起訴議決も裁判員法も、公布のあと施行までに、準備の期間を置いた形です。ここでも、公布の年と施行の年は別、という区別が効いてきます。

陪審法の骨格。2条=死刑・無期の事件は原則として陪審の評議に付す(法定陪審)/3条=長期3年を超える事件は被告人の請求で付す(請求陪審)/12条=陪審員の資格は30歳以上の男子・引き続き2年以上同一市町村内に住居・引き続き2年以上直接国税3円以上・読み書きができること/29条=陪審員は12人。陪審は事実の有無を答申し、裁判所は答申に拘束されない。昭和18年の停止法=廃止ではなく停止。使われなくなった理由として挙げられるもの=様々な見解がある 図:陪審法の骨格

  • 2条=死刑・無期の事件は原則として陪審の評議に付す(法定陪審)/3条=長期3年を超える事件は被告人の請求で付す(請求陪審)/12条=陪審員の資格は30歳以上の男子・引き続き2年以上同一市町村内に住居・引き続き2年以上直接国税3円以上・読み書きができること/29条=陪審員は12人
  • 陪審は事実の有無を答申し、裁判所は答申に拘束されない
  • 昭和18年の停止法=廃止ではなく停止
  • 使われなくなった理由として挙げられるもの=様々な見解がある

陪審法の中身を、条文で見ておきます。陪審員は12人でした。第29条です。死刑や無期の事件は、原則として陪審の評議に付されました。これを法定陪審といい、第2条です。長期3年を超える事件は、被告人の請求があれば付されました。これは請求陪審で、第3条です。陪審員の資格は、第12条にあります。30歳以上の男子で、引き続き2年以上同じ市町村に住み、引き続き2年以上、直接国税を3円以上納め、読み書きができることでした。いまの裁判員とは、ずいぶん違う顔ぶれです。もう一つ大事な点があります。陪審は、事実の有無について答申をします。答申とは、問われた点への答えを出すことです。ただし、裁判所は、その答申に拘束されませんでした。裁判員が裁判官と一緒に評議して判決を決めるのとは、仕組みが異なります。

停止と廃止は、別です。陪審法ノ停止ニ関スル法律の附則は、今次の戦争が終わったら再施行するものとする、と定めていました。施行を止めただけで、法律をなくしたわけではありません。陪審が使われなくなった理由には、様々な見解があります。挙げられているものは3つです。法曹三者が陪審裁判に消極的だったこと。請求陪審では、有罪になると被告人が費用を負担したため、辞退する被告人が多かったこと。戦火の拡大で、労力や費用のかかる陪審裁判が敬遠されたこと、などです。検察審査会の仕組みは、起訴のところで学んだとおりです。起訴相当の議決のあと、検察官がまた不起訴にしたときに、もう一度審査して出す2度目の議決が、起訴議決でした。起訴議決が出ると、指定弁護士が検察官に代わって公訴を提起します。この拘束力は、平成16年の改正までありませんでした。それ以前は、起訴相当の議決が出ても、検察官が不起訴を維持できたのです。

意見書の柱と、対応する法律。司法制度改革審議会の意見書(平成13年)=国民が裁判官と共に責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的・実質的に関与できる新たな制度を導入すること。同じ意見書に並んだ項目と対応する法律=裁判員制度→裁判員法(平成16年法律第63号・平成21年5月21日施行)/争点整理のための新たな準備手続と証拠開示の拡充→平成16年法律第62号(公判前整理手続は平成17年11月1日)/被疑者・被告人の公的弁護制度→同法(被疑者国選は平成18年10月2日)/検察審査会の議決への法的拘束力→同法(起訴議決は平成21年5月21日)。即決裁判手続も同法(平成18年10月2日) 図:意見書の柱と、対応する法律

  • 司法制度改革審議会の意見書(平成13年)=国民が裁判官と共に責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的・実質的に関与できる新たな制度を導入すること
  • 同じ意見書に並んだ項目と対応する法律=裁判員制度→裁判員法(平成16年法律第63号・平成21年5月21日施行)/争点整理のための新たな準備手続と証拠開示の拡充→平成16年法律第62号(公判前整理手続は平成17年11月1日)/被疑者・被告人の公的弁護制度→同法(被疑者国選は平成18年10月2日)/検察審査会の議決への法的拘束力→同法(起訴議決は平成21年5月21日)
  • 即決裁判手続も同法(平成18年10月2日)

裁判員制度の導入の経緯を見ます。平成13年に、司法制度改革審議会が意見書を出しました。意見書は、刑事裁判について、国民が裁判官と共に責任を分担しつつ協働し、裁判内容の決定に主体的かつ実質的に関与できる新たな制度を導入すること、を柱に挙げました。同じ意見書の中には、ほかの項目も並んでいました。争点整理のための新たな準備手続の創設と、証拠開示の拡充。公判の連日的開廷。被疑者や被告人の公的弁護制度。検察審査会の一定の議決への法的拘束力です。対応する法律を、板で見ます。裁判員制度は、裁判員法です。平成16年法律第63号で、施行は平成21年5月21日でした。ほかの項目の多くは、同じ平成16年の法律第62号、刑事訴訟法等の改正に入っています。公判前整理手続は平成17年11月1日。被疑者国選と、次に述べる即決裁判手続は、平成18年10月2日。起訴議決は平成21年5月21日です。

同じ意見書の柱が、別々の法律で、別々の日に実現した、という見方が使えます。日付を問われたときは、どの法律のどの項目かを分けて覚えると整理できます。裁判員制度の趣旨は、条文の言葉で確かめます。第1条を、全文で読みます。

条文裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条

裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条 この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)及び刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)の特則その他の必要な事項を定めるものとする。

条文の言葉で言えば、裁判員が裁判官と共に手続に関与することが、司法に対する国民の理解の増進と、その信頼の向上に資する、という趣旨です。裁判員制度の中身は、裁判員のところで学びました。ここでは、導入の事実と、条文が掲げる趣旨だけを押さえます。公判前整理手続と即決裁判手続の位置づけも、確かめます。公判前整理手続は、裁判員裁判の対象事件では、必ず付されます。裁判員法第49条です。一方、刑事訴訟法の手続としては、対象事件に限らず付すことができます。第316条の2です。即決裁判手続は、同じ平成16年の改正で入りました。明白で軽微な事件で、被疑者の同意があるときに、簡易迅速に処理する手続です。争いのない、簡易で明白な事件について、手続を合理化し、効率化する手続として設けられました。

即決裁判手続の利用は、伸びなかったとされます。平成24年から令和3年までの数字で見ます。司法統計年報によると、地方裁判所で、即決裁判手続により審判する旨の決定のあった人数は、平成24年に1,391人、令和元年に90人、令和3年には137人です。平成28年の改正では、公訴の取消しと再起訴の規定が入りました。いまの第350条の26です。中身は、即決裁判手続のところで学んだとおりです。

筋3 起訴の選別

起訴猶予の歴史。明治18年ごろ=運用として事実上始まる→旧刑事訴訟法279条=法律上初めて明文の根拠→現行248条に引き継がれた。始まりの理由として挙げられるもの=処罰の必要性の乏しい軽微事件の裁判を避ける刑事政策上の理由/監獄の経費を抑える国家財政上の理由。二面=①公判に付される前に手続から離れられる(烙印の回避・社会復帰・防御の負担の回避)/②検察官が有罪を見込める事件に絞って起訴する傾向があり、捜査で証拠を十分に固めようとする重心が捜査に寄る。 図:起訴猶予の歴史

  • 明治18年ごろ=運用として事実上始まる→旧刑事訴訟法279条=法律上初めて明文の根拠→現行248条に引き継がれた
  • 始まりの理由として挙げられるもの=処罰の必要性の乏しい軽微事件の裁判を避ける刑事政策上の理由/監獄の経費を抑える国家財政上の理由
  • 二面=①公判に付される前に手続から離れられる(烙印の回避・社会復帰・防御の負担の回避)/②検察官が有罪を見込める事件に絞って起訴する傾向があり、捜査で証拠を十分に固めようとする重心が捜査に寄る

3本目の筋は、起訴の選別です。検察官が、起訴するかどうかを選ぶ仕組みの歴史を見ます。起訴猶予は、明治18年ごろ、運用として事実上始まりました。法律上の根拠を初めて得たのは、旧刑事訴訟法の第279条です。それが、現行の第248条に引き継がれました。起訴猶予の制度は、戦前と戦後を通じて変わっていません。始まりの理由として挙げられるのは、処罰の必要性の乏しい軽微な事件の裁判を避ける、という刑事政策上の理由と、監獄の経費を抑える、という国家財政上の理由だと説明されています。現行の条文を、全文で読みます。

条文刑事訴訟法第248条

刑事訴訟法第248条 犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

犯人の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重と情状、犯罪後の情況によって、訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができます。有罪にできる事件でも、起訴しない選択があるわけです。運用が先で、明文があとから付き、現行法に引き継がれた、という順序を見てください。枝番で足された層ではなく、旧法から受け継いだ側の層にあたります。利点は確かにあります。公判に付される前に、手続から離れられます。有罪の烙印を避けられ、社会復帰がしやすく、公判で防御する負担も避けられます。一方で、もう一つの面が指摘されています。検察官が、有罪を見込める事件に絞って起訴する傾向があると、捜査の段階で証拠を十分に固めようとする重心が、捜査に寄ります。

起訴猶予の数字。令和6年の検察庁の終局処理人員総数78万2,735人(過失運転致死傷等及び道交違反を含む)のうち、起訴猶予は42万9,432人 図:起訴猶予の数字

数字を一つだけ見ておきます。令和6年の検察庁の終局処理人員は、過失運転致死傷等及び道交違反を含めて、総数78万2,735人でした。そのうち、起訴猶予は42万9,432人です。母集団を添えて読むと、起訴猶予が、実務の大きな部分を占めることが分かります。この選別のあり方は、捜査のとらえ方にも響きます。起訴にどの程度の嫌疑や事情を求めるかで、捜査に期待する役割が変わるからです。糾問的捜査観と弾劾的捜査観という、捜査の2つのとらえ方を学びました。糾問的捜査観は、捜査機関が優越する立場に立ち、被疑者を調べられる対象と見るとらえ方。弾劾的捜査観は、捜査を公判の準備と見て、被疑者を防御の主体と見るとらえ方でした。その違いは、この選別と、つながっています。

筋4 防御の拡充

防御の拡充の年表。当番弁護士=平成2年(1990年)9月に大分県弁護士会で始まり、平成4年(1992年)には全国52の弁護士会で実施。被疑者国選の3段階(当時の法文)=平成18年10月2日・死刑、無期、短期1年以上の懲役・禁錮に当たる事件/平成21年5月21日・死刑、無期、長期3年を超える懲役・禁錮に当たる事件/平成30年6月1日・勾留状が発せられている全事件(現行37条の2。改正は平成28年・法律第54号)。 図:防御の拡充の年表

  • 当番弁護士=平成2年(1990年)9月に大分県弁護士会で始まり、平成4年(1992年)には全国52の弁護士会で実施
  • 被疑者国選の3段階(当時の法文)=平成18年10月2日・死刑、無期、短期1年以上の懲役・禁錮に当たる事件/平成21年5月21日・死刑、無期、長期3年を超える懲役・禁錮に当たる事件/平成30年6月1日・勾留状が発せられている全事件(現行37条の2。改正は平成28年・法律第54号)

4本目の筋は、防御の拡充です。被疑者や被告人が、弁護人の助けを得られる範囲が、どう広がったかを見ます。出発点は、当番弁護士制度です。平成2年、1990年の9月に、大分県の弁護士会で始まりました。平成4年、1992年には、全国52の弁護士会で実施されたと、日弁連が公表しています。被疑者の段階に国選弁護がなかった時代に、弁護士会が担った仕組みでした。ここで、前に学んだことを1問だけ思い出してください。被疑者に国選弁護人を付ける制度は、憲法が直接に命じているでしょうか?

防御の拡充の年表(答え合わせ)。憲法34条=直ちに弁護人に依頼する権利/憲法37条3項=被告人が自ら依頼できないときは国で附する。被疑者国選の3段階は当時の法文。 図:防御の拡充の年表

  • 憲法34条=直ちに弁護人に依頼する権利
  • 憲法37条3項=被告人が自ら依頼できないときは国で附する
  • 被疑者国選の3段階は当時の法文

憲法の条文の差を、見直します。憲法34条が保障するのは、直ちに弁護人に依頼できることです。憲法37条3項は、被告人が自ら弁護人を依頼できないときは、国で附する、と定めています。国が付すと明文で書かれているのは、被告人についてだけです。被疑者に国が弁護人を付ける制度は、憲法の明文にはなく、法律、つまり刑事訴訟法第37条の2で設けられました。この条も、あとから足された枝番の条です。被疑者国選は、3段階で広がりました。まず平成18年10月2日に、死刑、無期、短期1年以上の懲役や禁錮に当たる事件が対象になりました。次に、平成21年5月21日に、死刑、無期、長期3年を超える懲役や禁錮に当たる事件へ広がりました。いずれも、当時の法文での対象です。3段階目が、平成30年6月1日。勾留状が発せられている全事件になり、これがいまの第37条の2です。日付の区別に注意してください。この拡大を決めた改正は、平成28年の法律第54号で、施行が2018年の6月1日です。改正の年と、施行の年は別です。

防御の拡充の年表(続き)。証拠開示=平成16年に公判前整理手続で立法化(316条の2以下)、平成28年の改正で拡充(平成28年12月1日施行) 図:防御の拡充の年表

  • 証拠開示=平成16年に公判前整理手続で立法化(316条の2以下)、平成28年の改正で拡充(平成28年12月1日施行)

被疑者国選の対象は、実際に段階を踏んで広がっています。証拠開示も、同じ流れの中にあります。平成16年の公判前整理手続の導入で、証拠開示が立法化されました。第316条の2以下です。平成28年の改正では、当事者が公判前整理手続を請求できることや、証拠の一覧表の交付、類型証拠開示の対象の拡大が入りました。施行は平成28年12月1日で、中身は、公判前整理手続のところで学びました。取調べの録音・録画は、このあとの平成28年改正でまとめて見ます。ここで一つだけ。取調べに弁護人が立ち会うことを定めた規定は、いまの刑事訴訟法にはありません。設けるべきだという議論が続いています。

平成28年改正をひとまとめに

平成28年法律第54号の背景。時系列で=平成22年に厚生労働省の元局長の事件で無罪判決→同年11月に法務省の「検察の在り方検討会議」→平成23年3月31日に提言「検察の再生に向けて」(取調べの可視化などを含む)→同年9月に「検察の理念」。 図:平成28年法律第54号の背景

平成28年の刑事訴訟法等の改正を、ひとまとめにして見ます。法律第54号です。まず背景を、時系列で並べます。平成22年に、厚生労働省の元局長の事件で、無罪判決が出ました。同じ年の11月に、法務省で検察の在り方検討会議が開かれ、平成23年3月31日に、取調べの可視化などを含む提言、検察の再生に向けて、がまとめられました。9月には、検察の理念も示されています。

平成28年法律第54号の背景(法制審議会の流れ)。平成23年6月に法制審議会の特別部会が設置され、平成25年1月の基本構想で2本の柱=「取調べへの過度の依存を改め、証拠収集手段を適正化・多様化するための方策」「供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策」→公布は2016年6月3日 図:平成28年法律第54号の背景

  • 平成23年6月に法制審議会の特別部会が設置され、平成25年1月の基本構想で2本の柱=「取調べへの過度の依存を改め、証拠収集手段を適正化・多様化するための方策」「供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策」→公布は2016年6月3日

法制審議会では、平成23年6月に特別部会が設置されました。平成25年1月の基本構想で、2本の柱が掲げられます。取調べへの過度の依存を改め、証拠収集手段を適正化、多様化するための方策。供述調書への過度の依存を改め、より充実した公判審理を実現するための方策。そして、平成28年6月3日に、法律第54号が公布されました。

平成28年法律第54号の9項目。9項目と施行日=職権保釈の考慮事情(90条)平成28年6月/被疑者国選の全勾留事件への拡大(37条の2)平成30年6月1日/取調べの録音・録画(301条の2)令和元年6月1日/合意制度・刑事免責 平成30年6月1日/公判前整理手続の充実(316条の2・14・15)平成28年12月1日/証人保護(氏名等の秘匿・勾引要件) 平成28年12月1日/被害者保護の拡充 平成30年6月1日/即決裁判手続の改正(公訴の取消しと再起訴・現350条の26)平成28年12月1日/通信傍受法の改正 平成28年12月1日・令和元年6月1日 図:平成28年法律第54号の9項目

軸は、取調べと供述調書に頼りすぎない方向、の1本です。この軸から9項目を見ると、取調べそのものを記録に残すのが、録音・録画。証拠を集める手段を広げるのが、合意制度と刑事免責と通信傍受。公判の審理の側では、証拠の開示を広げ、証人と被害者を守る措置を足しました。残る保釈、被疑者国選、即決裁判手続も、同じ2本の柱の下に置かれた項目です。保釈と被疑者国選は取調べに頼る捜査を改める柱の側、即決裁判手続は供述調書に頼る公判を改める柱の側で、身体の拘束と弁護と手続の見直しにあたります。そのうえで、学んだ回と、施行日で結んで読みます。1つ目は、職権保釈の考慮事情です。職権保釈は、裁判所が適当と認めるときに、職権で許す保釈でした。その判断で、逃亡や罪証隠滅のおそれの程度と、拘束が続くことで被告人が受ける不利益の程度を考慮する、と保釈のところで学びました。施行は平成28年6月です。2つ目は、被疑者国選が全勾留事件に広がったことで、施行は平成30年6月1日。3つ目は、取調べの録音・録画で、第301条の2です。対象は、条文の3類型でした。死刑又は無期の事件。短期1年以上の拘禁刑に当たる罪で、故意の犯罪行為により被害者を死亡させたもの。そして検察官が独自に捜査した事件です。施行は令和元年6月1日です。4つ目は、合意制度と刑事免責です。合意制度は、一定の財政経済犯罪や薬物銃器犯罪について、他人の刑事事件の解明に協力する見返りに、検察官が処分を軽くする制度でした。刑事免責は、裁判所が証人に免責を与えて、証言拒絶権を失わせる制度です。どちらも施行は平成30年6月1日。5つ目は、公判前整理手続の充実で、第316条の2と、第316条の14、第316条の15です。施行は平成28年12月1日です。6つ目は、証人保護と証言確保です。証人保護のところで学んだとおり、証人の氏名などを秘匿する対象が広がりました。これも同じ平成28年12月1日の施行です。7つ目は、被害者保護の拡充で、裁判所の構内まで来なくても証言できる、構外ビデオリンクなどが入り、平成30年6月1日。8つ目は、即決裁判手続の改正で、公訴の取消しと再起訴の規定です。平成28年12月1日の施行で、入った当時は第350条の12。平成30年6月1日に合意制度が入った条番号のずれで、いまの第350条の26になりました。

9つ目が、通信傍受法の改正です。通信傍受のところで学んだ、対象犯罪の追加と、2つの新しい方式が、この改正でした。再生する場面だけ立会いを置く一時的保存命令方式と、捜査機関の施設で立会いなしに行う特定電子計算機方式です。施行は2段階で、平成28年12月1日と、令和元年6月1日でした。一括改正は、1つの方向に沿った項目の束、と読みます。この束が、枝番の条文を一度に増やしました。冒頭の問いの2つ目への、答えのひとつです。

現在地1 手続のデジタル化

手続のデジタル化。2026年10月時点の法律。令和7年法律第39号(令和7年5月23日に公布)。令和7年6月12日に一部施行(施行済み)=電磁的記録の取調べの方式(307条の2)など/令和8年5月21日に施行(施行済み・現行法)=記録命令付差押えが廃止され、電磁的記録提供命令(102条の2)が新設・秘密保持命令/残り(未施行)=令状(逮捕状・捜索差押許可状など)の電子的な請求・発付、書類の電子化、申立て等の電子的な提出(54条の2以下)など。施行日は「令和9年3月31日までの間において政令で定める日」(上限であって施行日ではない) 図:手続のデジタル化

  • 2026年10月時点の法律
  • 令和7年法律第39号(令和7年5月23日に公布)
  • 令和7年6月12日に一部施行(施行済み)=電磁的記録の取調べの方式(307条の2)など/令和8年5月21日に施行(施行済み・現行法)=記録命令付差押えが廃止され、電磁的記録提供命令(102条の2)が新設・秘密保持命令/残り(未施行)=令状(逮捕状・捜索差押許可状など)の電子的な請求・発付、書類の電子化、申立て等の電子的な提出(54条の2以下)など
  • 施行日は「令和9年3月31日までの間において政令で定める日」(上限であって施行日ではない)

ここからは、現在地です。いまの法律が、どこまで変わったかを、日付で分けて確かめます。基準は、2026年10月時点の法律です。1つ目は、手続のデジタル化です。情報通信技術の進展等に対応するための刑事訴訟法等の一部を改正する法律、令和7年法律第39号です。令和7年5月23日に公布されました。施行は段階的で、3つに分かれます。1段階目は、令和7年6月12日です。電磁的記録の取調べの方式を定める第307条の2などが、施行済みです。2段階目は、令和8年5月21日で、これも施行済み、つまり現行法です。記録命令付差押えが廃止され、電磁的記録提供命令が、第102条の2に新設されました。記録媒体ごと差し押さえる形から、必要なデータを提供させる形への組み替えでした。命令を受けたことなどを口外しないよう命じる秘密保持命令も、この日からです。中身は、電磁的記録のところで学びました。

3段階目の施行日は、まだ決まっていません。対象は、逮捕状や捜索差押許可状といった令状の電子的な請求と発付、書類の電子化、申立てなどの電子的な提出です。施行日は、令和9年3月31日までの間において政令で定める日、とされています。これは上限であって、施行日ではありません。2026年10月11日の時点で、その日は定められていません。試験で問われるのは、現行の条文です。たとえば第219条第1項は、令状を書面とし、記名押印を求める形のままです。未施行の部分は、予定の概観として押さえ、条文の逐語は覚えません。令状の請求のところや、公判の準備のところ、公判前整理手続のところで、いまは書面や出頭が前提、と触れた場面がありました。改正で変わるのは、その部分です。

現在地2 再審の改正とその他の近年の改正

再審の改正。2026年10月時点の法律。令和8年法律第67号(令和8年7月24日に公布)の3段階=第1段階 2026年8月13日(施行済み)442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3など/第2段階 2026年10月20日 費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)/第3段階 公布から1年以内に政令で定める日(調査・審判開始の手続や証拠提出命令など。政令は未制定) 図:再審の改正

  • 2026年10月時点の法律
  • 令和8年法律第67号(令和8年7月24日に公布)の3段階=第1段階 2026年8月13日(施行済み)442条・448条3項・450条・450条の2・450条の3など/第2段階 2026年10月20日 費用補償(188条の2・188条の3・188条の6・188条の7)/第3段階 公布から1年以内に政令で定める日(調査・審判開始の手続や証拠提出命令など。政令は未制定)

2つ目の現在地は、再審の改正です。その前に、前の回の要点を1問。再審公判で、元の判決の刑より重い刑を言い渡せるでしょうか?第452条が、原判決の刑より重い刑を言い渡せない、と定めていました。この再審が、令和8年法律第67号で改正されました。令和8年7月24日に公布され、3段階で施行されます。第1段階は、2026年8月13日で、施行済みです。第442条、第448条第3項、第450条、第450条の2、第450条の3などが、対象です。再審のところで読んだとおり、再審開始の決定に対する即時抗告は、取り消されるべきものと認めるに足りる十分な根拠がある場合に限られ、期間は14日になりました。第2段階が、2026年10月20日です。費用補償、つまり無罪になった人に裁判の費用を補う制度の、第188条の2、第188条の3、第188条の6、第188条の7が、この日から変わります。第188条の2に第2項が加わり、再審で無罪の判決が確定したとき、再審の請求の手続に要した費用も、補償の対象になります。第3段階は、公布から1年以内に政令で定める日で、調査や審判開始の手続、証拠提出命令などです。2026年10月11日の時点で、その政令は定められていません。

2026年10月11日の時点で効力があるのは、第1段階までです。第2段階は2026年10月20日から、第3段階は政令で決まる日から、という整理になります。

その他の近年の改正。2026年10月時点の法律。拘禁刑への一本化(令和4年・2025年6月1日施行)/保釈中の逃亡防止措置(令和5年・段階施行・位置測定端末は未施行)/性犯罪関連の改正(令和5年・公訴時効の延長は2023年6月23日施行/その他の主な部分は2023年7月13日施行) 図:その他の近年の改正

  • 2026年10月時点の法律
  • 拘禁刑への一本化(令和4年・2025年6月1日施行)/保釈中の逃亡防止措置(令和5年・段階施行・位置測定端末は未施行)/性犯罪関連の改正(令和5年・公訴時効の延長は2023年6月23日施行/その他の主な部分は2023年7月13日施行)

その他の近年の改正も、学んだ範囲で受け直します。拘禁刑への一本化は令和4年の改正で、2025年6月1日に施行されました。保釈中の逃亡防止の措置は、令和5年の改正で、段階的に施行され、位置測定端末の部分は未施行です。性犯罪関連の改正は令和5年です。公訴時効を延ばす部分は公布の日の2023年6月23日から、そのほかの主な部分については2023年7月13日から施行されました。

判例がつくる時代から立法が動かす時代へ

対比。判例が形を示した例と、立法に委ねられた例。強制採尿=既存の捜索差押令状に、医師が医学的に相当と認められる方法で行う旨の条件を付す形で認めた(最決昭55・10・23)。採尿場所への連行も、令状の効力として認められる場合がある(最決平6・9・16)。GPS捜査=令状なしのGPS捜査は違法。令状を発付することにも疑義がある。立法的な措置が講じられることが望ましい(最高裁大法廷・裁判官全員一致)。理由の背景=強制処分法定主義(197条1項ただし書) 図:対比

  • 判例が形を示した例と、立法に委ねられた例
  • 強制採尿=既存の捜索差押令状に、医師が医学的に相当と認められる方法で行う旨の条件を付す形で認めた(最決昭55・10・23)
  • 採尿場所への連行も、令状の効力として認められる場合がある(最決平6・9・16)
  • GPS捜査=令状なしのGPS捜査は違法
  • 令状を発付することにも疑義がある
  • 立法的な措置が講じられることが望ましい(最高裁大法廷・裁判官全員一致)
  • 理由の背景=強制処分法定主義(197条1項ただし書)

最後の視点は、判例と立法です。手続の形を決めてきたのは、立法だけではありません。判例が形を示した例から見ます。強制採尿です。最高裁は、既存の捜索差押令状に、医師が医学的に相当と認められる方法で行う旨の条件を付す形で、強制採尿を認めました。採尿の場所へ連れていくことも、令状の効力として認められる場合がある、と示しています。新しい条文を待たずに、解釈で手続の形ができた例です。中身は、強制採尿のところで学びました。対照的なのが、GPS捜査です。車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査について、最高裁の大法廷は、令状なしで行えば違法だとしました。そのうえで、令状を発付することにも疑義がある、と述べています。背景には、強制処分法定主義があります。第197条第1項ただし書は、強制の処分は、法律に特別の定めがある場合でなければできない、と定めているからです。判旨の一文を読みます。裁判官全員一致でした。

判例最大判平29・3・15 刑集71巻3号13頁

立法的な措置が望ましい——GPS捜査 GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば,その特質に着目して憲法,刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。

有力な捜査手法であるとすれば、その特質に着目して、憲法と刑事訴訟法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい、という一文です。令状という既存の枠に収めるのではなく、立法で形を作ることを求めています。ここは、論文で論点になりうる部分です。いまの刑事訴訟法の現行条文には、捜査としてのGPSを定める規定は置かれていません。分かれ目の一つは、既存の令状の枠に収まるかどうかです。強制採尿は、既存の令状に条件を付けることで、枠の中に収まりました。GPS捜査は、令状を発付すること自体に疑義があるとされ、枠に収まるか分からないものでした。GPS捜査のところで見たとおり、車と罪名を特定しても行動の過剰な把握を抑えられず、事前の令状呈示も想定できないからです。収まるなら解釈で足り、収まらないなら立法が望ましい、という見方ができます。平成以降の流れを並べます。通信傍受が平成11年、裁判員と公判前整理が平成16年、そして平成28年の改正、令和7年のデジタル化、令和8年の再審です。解釈でどこまで解決するか、立法に委ねるべきことは何か。この視点を持っておくと、新しい制度に出会ったときに整理しやすくなります。ここで1問です。GPS捜査について、大法廷は、解釈でできるとしたでしょうか、立法が望ましいとしたでしょうか?

立法的な措置が講じられることが望ましい、と述べました。令状を発付することにも疑義がある、という点とセットで覚えてください。

ミニ事例

ミニ事例1。次のうち、判例が形を示して足りたものと、立法が必要(望ましい)とされたものを分けよ。ア 強制採尿を行うための令状の形/イ 公判の前に争点と証拠を整理する手続/ウ 車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査 図:ミニ事例1

  • 次のうち、判例が形を示して足りたものと、立法が必要(望ましい)とされたものを分けよ
  • ア 強制採尿を行うための令状の形/イ 公判の前に争点と証拠を整理する手続/ウ 車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査

節目のミニ事例を3問出します。1問目です。板の3つを、判例が形を示して足りたもの、立法が必要、あるいは望ましいとされたもの、に分けてください。アは強制採尿を行うための令状の形、イは公判の前に争点と証拠を整理する手続、ウは車に秘かにGPS端末を付けて位置を把握する捜査です。少し考えてください。分け方は、次のとおりです。アは、既存の捜索差押令状に条件を付ける形で、判例が形を示しました。イは、平成16年の改正で公判前整理手続が入りました。ウは、判例が、令状を発付することに疑義があるとして、立法が望ましいとしています。

ミニ事例2。次の4つの筋のどれの改正か。①条文の並び ②市民の参加 ③起訴の選別 ④防御の拡充。ア 勾留された被疑者は全員、請求により国選弁護人を付けてもらえる/イ 検察官が不起訴にした事件でも、市民の議決を経て起訴されることがある/ウ 犯罪の軽重や犯罪後の情況によっては、起訴しないという判断ができる 図:ミニ事例2

  • 次の4つの筋のどれの改正か
  • ①条文の並び
  • ②市民の参加
  • ③起訴の選別
  • ④防御の拡充
  • ア 勾留された被疑者は全員、請求により国選弁護人を付けてもらえる/イ 検察官が不起訴にした事件でも、市民の議決を経て起訴されることがある/ウ 犯罪の軽重や犯罪後の情況によっては、起訴しないという判断ができる

2問目です。アからウは、4つの筋のどれにあたるでしょうか。ア、勾留された被疑者は全員、請求により国選弁護人を付けてもらえる。イ、検察官が不起訴にした事件でも、市民の議決を経て起訴されることがある。ウ、犯罪の軽重や犯罪後の情況によっては、起訴しないという判断ができる。条文の並び、市民の参加、起訴の選別、防御の拡充から選んでください。アは防御の拡充です。被疑者国選が全勾留事件へ広がったのは、平成28年の改正で、施行が2018年6月1日でした。イは市民の参加です。起訴議決の導入で、施行は平成21年5月21日でした。ウは起訴の選別で、第248条の起訴猶予です。

ミニ事例3(2026年10月11日の時点)。次のうち、その日に現に効力があるものはどれか。また、日が決まっている未施行のものはどれか。ア 電磁的記録提供命令(102条の2)/イ 令状の電子的な請求・発付/ウ 再審請求の手続の費用を費用補償の対象に加える改正(188条の2第2項) 図:ミニ事例3

  • 2026年10月11日の時点で、次のうち、その日に現に効力があるものはどれか。また、日が決まっている未施行のものはどれか
  • ア 電磁的記録提供命令(102条の2)
  • イ 令状の電子的な請求・発付
  • ウ 再審請求の手続の費用を費用補償の対象に加える改正(188条の2第2項)

3問目です。2026年10月11日の時点で考えてください。ア、電磁的記録提供命令。イ、令状の電子的な請求と発付。ウ、再審請求の手続の費用を費用補償の対象に加える改正、第188条の2第2項。その日に現に効力があるものはどれか。日が決まっている未施行のものはどれか。整理は、次のとおりです。アの電磁的記録提供命令は、令和8年5月21日から施行されていて、現行です。イの令状の電子的な請求と発付は、その日の時点ではまだ未施行で、日は未定でした。令和9年3月31日までの間において政令で定める日、とされているだけでした。ウは、その日の時点では未施行でしたが、2026年10月20日からと、日が決まっていました。現行か未施行かは、「いつの時点か」と、「どの段階の施行か」の、2つで決まります。日付を添えて言う習慣をつけると、取り違えを防げます。

手続の地図で振り返る

手続の流れの地図。第2章 捜査/第3章 公訴/第4章 公判手続・第6章 公判の応用/第5章 証拠法/第7章 裁判/第8章 上訴と救済手続。今日の4本の筋と現在地が触れた場所=捜査は被疑者国選・録音録画・電磁的記録提供命令/公訴は起訴猶予・起訴議決/公判は公判前整理・裁判員・即決/証拠は301条の2・開示/救済は再審の改正。第7章 裁判は今日は触れていない。条文の並びは全体(どの章にも)=総則からの準用・枝番の条文。2026年10月時点の法律 図:手続の流れの地図

  • 第2章 捜査/第3章 公訴/第4章 公判手続・第6章 公判の応用/第5章 証拠法/第7章 裁判/第8章 上訴と救済手続
  • 今日の4本の筋と現在地が触れた場所=捜査は被疑者国選・録音録画・電磁的記録提供命令/公訴は起訴猶予・起訴議決/公判は公判前整理・裁判員・即決/証拠は301条の2・開示/救済は再審の改正
  • 第7章 裁判は今日は触れていない
  • 条文の並びは全体(どの章にも)=総則からの準用・枝番の条文
  • 2026年10月時点の法律

手続の流れの地図で、全体を振り返ります。捜査、公訴、公判、証拠、裁判、そして上訴と救済へと進む流れです。捜査の章には、被疑者国選、取調べの録音・録画、電磁的記録提供命令がありました。防御が広がった筋と、デジタル化の現在地が、ここに触れています。公訴の章には、起訴猶予と起訴議決があります。起訴の選別の筋と、市民の参加の筋が、重なる場所です。公判の章では、公判前整理手続と裁判員、即決裁判手続に出会いました。証拠の章では、取調べの録音・録画の規定と、証拠開示です。そして、救済の章は、再審の改正が、いまも段階的に施行されている場所でした。

条文の並びの筋は、特定の章ではなく、全体を貫いています。総則からの準用や、枝番の条文が、どの章にも出てきたからです。冒頭の2つの問いに、答えます。第222条が総則の条文を借りるのは、旧法の編成の上に、捜査の規定を載せた跡です。枝番の条文が多いのは、あとから足された制度の跡で、平成28年の改正のような束が、まとめて枝番を増やしました。条文は、歴史の地層です。条文を読むときは、この規定は、いつ、何のために足されたのか、と問いかけてください。これで、刑事訴訟法を、手続の最初から最後まで通しました。

ページ上部へ ↑

旧シリーズv1(作り直し中)

作り直し前のシリーズです。話の割り方が今の解説順と違うため、本文はこのページに載せず 単独ページへのリンクだけ置いています。