刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#1

刑事訴訟法とは何か——実体法とのちがいと、1条が掲げる2つの目的

刑法が「何が罪か」を、刑事訴訟法が「どう確かめるか」を決める——同じ事件でも立てる問いが違う。刑訴法1条に凝縮された適正手続主義と実体的真実主義、そして明らかにすべき「真実」は刑罰権の有無と量の2つに尽きるという核心司法まで、シリーズの土台を整理する。

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第1章 総論 ①/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

刑法は「何が罪か」、刑訴法は「どう確かめるか」

役割分担の比較表

刑法が決めるのは、「どんな行為をしたら、どんな犯罪が成立して、どんな刑罰が科されるか」です。他人の自転車を盗めば窃盗罪が成立しうる、という要件と効果のルールブック、それが刑法です。

これに対して刑事訴訟法は、そのルールブックを目の前の一人の人間に実際に当てはめてよいかを確かめるための手続を定めます。「どう確かめるか」を決める法律です。ここから「手続なくして刑罰なし」という言い方が出てきます。どれだけ疑わしくても、決められた手続を踏まなければ、刑罰を科すことはできません。

冒頭の場面で言えば、「窃盗罪が成立するか」は刑法の問題、「警察が家の中を見てよいか」は刑事訴訟法の問題です。なお、少年が起こした事件には少年法という別の手続が用意されています(少年の更生可能性を重視した独自のルール。ここでは名前だけ)。

民事訴訟法も手続を定める法律という点は同じですが、あちらは私人どうしのもめ事の解決が目的です。刑事訴訟法は、国家が人を罰してよいかを扱う点が決定的に違います。この違いは、あとで出てくる「事案の真相」のところでもう一度効いてきます。

同じ事件を、2つの目で見る

2つの目の関係図

冒頭のBさんの場面を、2つの目で見比べてみましょう。

1つ目が、実体法の目。「Bさんが自転車を盗んだなら、何罪が成立するか」という問いです。大事なのは、この問いに答えるための要件が、もうすでに刑法の条文に書かれているということです。

2つ目が、手続法の目。「警察官は、令状なしにBさんの家に入ってよいか」「Bさんが盗んだと立証するには、どんな証拠がどこまで必要か」という問いです。こちらは、憲法や刑事訴訟法がこれから順を追って条件を積み上げていく世界です。

同じ1つの事件でも、見る目を変えると、問いそのものがまったく違います。

刑事訴訟法1条——目的を1文に凝縮した条文

1条へのブリッジボード

この2つの目を刑事訴訟法自身がどうまとめているか。それを1文で言い切っているのが1条です。

条文刑事訴訟法第1条(この法律の目的)

この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。

ここには4つの要素が入っています。①公共の福祉の維持、②個人の基本的人権の保障、③事案の真相を明らかにすること、④適正且つ迅速に、です。

このうち②が適正手続主義、③が実体的真実主義にあたります。①は②の言い換えに近く、④の「適正」も②と重なりますが、「迅速」だけは独立した3つ目の要請です。まずは②と③という2つの主役から順番に見ていきます。

目的①:個人の基本的人権の保障——適正手続主義

適正手続主義ボード

まず、②「個人の基本的人権の保障」から見ます。

刑事手続では、冒頭の場面のように家宅捜索が行われたり、疑われた人が逮捕・勾留で身体を拘束されたりします。刑事手続は、国家が個人の権利・自由を強く制約する場面を前提にしています。だからこそ、その制約は公共の福祉との兼ね合いの中で正しいやり方で行われなければならない、という理念が要ります。これが適正手続主義です。

根っこは憲法にあります。憲法31条は、法律の定める手続によらなければ、生命や自由を奪われたり、刑罰を科されたりしない、と定めています。刑事訴訟法は、憲法31条が求める「法律の定める手続」の中身を条文として書き下した法律だと言えます。憲法31条以下の詳しい話は「ゼロから憲法」のシリーズで扱っています。

目的②:事案の真相を明らかにする——実体的真実主義

実体的真実主義ボード

次は、③「事案の真相を明らかにし」です。犯罪事実の有無や中身を正確に明らかにするべきだ、とする理念で、これを実体的真実主義と呼びます。

なぜそこまで求めるのか。刑罰権の行使は、事実に基づかなければ正当化されないからです。事実を誤ったまま処罰してしまえば、それ自体が不正義になります。

冒頭のBさんで考えてみましょう。実はBさんは自転車を盗んでいなかったとします。それでも「なんとなく怪しい」というだけの理由で有罪にされてしまったら、どうでしょうか。刑罰は、国家がBさんの自由を奪う重い処分です。その根拠になる事実そのものが間違っていたら、処分自体が不正義になります。だからこそ、真相を明らかにすることが刑罰を科す前提として要求されます。

民事訴訟との対比ボード

民事訴訟と比べると、この姿勢の違いがくっきり見えてきます。

例えば、お金を貸した側が「返してほしい」と訴えたとします。借りた側も「たしかに借りました」と認めていれば、裁判所は本当に借りたのかをそれ以上調べません。これを形式的真実主義と呼びます。私人どうしのもめ事なので、当事者が争わないと決めた以上、裁判所がそれ以上踏み込む必要はない、という考え方です。

刑事は違います。もしBさんが「はい、盗みました」と自分で認めたとしても、刑事訴訟では裁判所はそれだけで済ませず、証拠を通じて確かめる姿勢を崩しません。国家が人を罰するという重い判断だからです。当事者の合意にすべてを委ねてしまうと、事実に基づかない処罰が起きる危険があります。

ただし、この「真相」という言葉は、実はかなり狭い範囲でしか使われていません。ここが今回いちばんの落とし穴です。

「真実」とは何を指すのか——核心司法①

核心司法・線引きボード

「刑事裁判は事件の真相を全部明らかにする場所」——多くの人がそう思い込んでいますが、これは間違いです。実際に裁判で明らかにすべき「真実」は、2つに限定されています

1つ目は、刑罰法令の定める犯罪事実を被告人が本当に行ったのかどうか。これは刑罰権があるかないかを決める事実です。

2つ目は、行ったのであれば、刑の重さを決めるうえで重要な事実。これは刑罰権の範囲、つまり量を決める事実です。

(用語の整理:起訴される前が被疑者、起訴されたあとが被告人です。呼び名が変わるだけで同じ人を指します。手続のどこで切り替わるかは次回扱います。)

この2つだけに尽きる、というのが核心司法という考え方です。刑事裁判は、国家が刑罰権を発動していいかどうかを決める場です。だから明らかにすべきなのは、その有無と範囲を決めるために必要な事実だけであり、それ以上調べることは裁判の目的を超えて個人のプライバシーを侵害することになります。「真実を明らかにする」という目的にも、実は歯止めがかかっているのです。

保険調査官のたとえボード

具体例で線を引いてみましょう。自動車保険の事故調査を思い浮かべてください。調査員が調べるのは、①誰の運転ミスで事故が起きたか、②どのくらいの損害が出たか、この2つだけです。運転者の交友関係や生い立ちは、今回の事故の原因と程度に関係しない以上、調査の対象外です。

刑事裁判もこれと同じです。冒頭の例で言えば、「Bさんが本当に自転車を盗んだかどうか」、そして「盗んだのなら、初犯か常習か、反省しているか、といった量刑にかかわる事情」——ここまでは対象に含まれます

一方、Bさんの交友関係の全て、事件と関係のない生い立ち、無関係な借金トラブルの詳細——こうした事情は、量刑に直接関わらない限り「真実」の範囲には含まれません

あらゆる事実を解剖するのではなく、有無と量、この2点に絞って事実を明らかにする。そのうえで、裁判所は過去に起きた出来事そのものに直接触れることはできません。法廷に出された証拠を通してしか事実に近づけないのです。だから、法廷で取り調べられた証拠を通じて組み立てられた事実は、事件そのものの100%の再現ではなく、証拠によって確かめられた範囲での事実になります。これが「訴訟の中で構築された真実」と呼ばれる理由です。

法廷で確かめる——核心司法を支える考え方②

公判中心主義ボード

検察官と弁護人の双方が証拠を出し合い、法廷で争ったうえで裁判所が判断します。これを当事者主義と呼びます(詳しくは #1-3 で扱います)。

もう1つ、核心司法を支える考え方に公判中心主義があります。捜査段階で作られた供述調書に頼りきるのではなく、法廷で行われる証拠調べを通じて心証を形成すべきだ、という考え方です。捜査段階の取調べは密室で行われ、あとから検証しにくいのに対し、法廷なら当事者双方が立ち会い、証拠の出し方も公開されます。この点も別の回で扱います。

ここでは「刑事裁判の事実認定は、法廷に出された証拠を通じて行われるものだ」という一言だけ持ち帰ってください。

3つ目の要請:「適正且つ迅速に」の「迅速」

迅速性ボード

1条に戻ります。「適正且つ迅速に適用実現する」のうち、「適正」は先に見た適正手続主義と重なりますが、「迅速」は独立した3つ目の要請です。

理由は2つあります。1つ目、手続が長引くほど記憶は薄れ、証拠は劣化し、誤った判断のリスクが高まります。2つ目、被疑者・被告人の身柄拘束や社会的に不安定な立場が、いつまでも続いてしまいます。

根拠は憲法37条1項、「公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利」です。最高裁判所には、手続の遅れがあまりに著しい場合に裁判そのものを打ち切った有名な判例があり、「高田事件」と呼ばれています。判例の詳しい中身は #4-2 で扱います。

ここでは「裁判を打ち切りうるほど重い要請だ」という重みだけ押さえてください。

2つの目的の綱引き——アクセルとブレーキ

アクセルとブレーキボード

ここまでで、1条の中に適正手続主義と実体的真実主義という2つの理念があることが分かりました。この2つはどういう関係にあるのでしょうか。

多くの場面では両立します。 例えば、拷問や強制で自白させることを禁止するルールは、虚偽の自白を防ぐ意味でも、被疑者の人権を守る意味でも、両方に効きます。

しかし、時にはぶつかります。 例えば、重要な証拠物が違法な捜索によって見つかった場合、その証拠を裁判で使ってよいか、という問題です。これは違法収集証拠排除法則と呼ばれ、#5-20 で扱います。

イメージとしては車の運転が近いでしょう。実体的真実主義は前に進もうとするアクセル、適正手続主義は行き過ぎを止めるブレーキです。片方だけでは車は成り立ちません。

アクセルだけ、ブレーキだけだったら

両極端の思考実験ボード

この車が片方だけになったら、どうなるか想像してみましょう。

実体的真実主義に振り切った世界では、とにかく真相を明らかにするためなら手段を選びません。拷問してでも自白させ、疑わしければとりあえず捕まえる。冤罪と人権侵害のリスクが跳ね上がります。

逆にブレーキだけの世界では、少しでも手続に問題があれば証拠は一切使えず、犯人を罰することもできません。処罰そのものが空洞化してしまいます。

だから刑事訴訟法のあらゆる制度は、この2つの理念のバランスを取るために作られています。冒頭のBさんの場面も、これから先の回で「令状は必要か、例外はあるか」という具体的な条件として答えが積み上がっていきます。

手続のルールは、どこに書かれているのか——法源の地図

法源の地図ボード

最後にもう1つ地図を渡します。刑事手続の根拠になる法——法源と呼びます——には5つの種類があります。

1つ目が憲法です。現行憲法は31条から40条まで、10か条にわたって刑事手続のルールを置いています。最上位の規範です。

2つ目が刑事訴訟法そのもの。憲法31条以下を具体化した、手続の中核となる法律です。

3つ目が刑事訴訟規則です。根拠は憲法77条1項にあります。

条文日本国憲法第77条第1項

最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。

この規定に基づいて最高裁判所自身が定めるのが刑事訴訟規則で、刑事訴訟法が決めた大枠をさらに細かく補う役割を持ちます。国会が作る法律ではなく、最高裁判所が自分で作る規則という点がポイントです。個別の規則の中身は必要になった回で扱います。

4つ目が判例です。ここは少し複雑で、判例が法律そのものと同じ意味で「法源」と言えるかどうかには議論があります。ただし、次の条文を見てください。

条文刑事訴訟法第405条(上告の理由)

高等裁判所がした第一審又は第二審の判決に対しては、左の事由があることを理由として上告の申立をすることができる。 二 最高裁判所の判例と相反する判断をしたこと。 三 最高裁判所の判例がない場合に、大審院若しくは上告裁判所たる高等裁判所の判例又はこの法律施行後の控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたこと。

405条2号・3号は、判例と食い違う判断をしたこと自体が上告の理由になると定めています。同じような事件で裁判所ごとに結論がバラバラだと、当事者は結果を予測できず、裁判への信頼も失われます。だから判例からの逸脱は、正すべき誤りとして上告理由に組み込まれているのです。

つまり、「法律上の法源かは議論があっても、事実上の法源として機能する」——これが判例の立ち位置です。

5つ目が条約です。特別な国内法を作らなくてもそのまま適用できる条約の内容は、国内でも法源になります。例えば、外交官が刑事裁判権を免除されるルールは条約に基づいています。ここは名前だけ押さえておいてください。

これから進む全9章

シリーズ9章地図ボード

最後に、これから積み上がっていく話の全体像を1枚だけ。総論のあと、捜査、公訴、公判の手続、証拠法、公判の応用、裁判、上訴、そして総まとめ、という順番で全9章に分けて進みます。

冒頭の場面で言えば、「警察官が家に入れるか」は第2章の捜査で、「Bさんが盗んだと立証できるか」は第5章の証拠法で扱います。この先ずっと、「適正手続主義と実体的真実主義、どちらをどこまで優先するか」という問いが形を変えて繰り返し出てきます。

なお、最後の第9章では刑事手続のIT化を含めた制度の今の姿もまとめて扱います。

今日の地図(保存版)

まとめボード

  • 刑法は「何が罪か」を決め、刑事訴訟法は「どう確かめるか」を決める。同じ事件でも、立てる問いがまったく違う。
  • 刑訴法1条には、適正手続主義・実体的真実主義・迅速性という3つの要請が1文に詰め込まれている。
  • 明らかにすべき「真実」は刑罰権の有無と量の2つに尽きる(核心司法)。あらゆる事実の解明ではない。
  • 2つの理念は多くの場面で両立しながら、時に鋭く対立する(アクセルとブレーキ)。

次回は、今回は踏み込まなかった「手続の全体像」——1つの事件が実際にどんな順路をたどるのかを具体的に見ていきます。

参照条文

  • 刑事訴訟法第1条(この法律の目的)
  • 日本国憲法第77条第1項
  • 刑事訴訟法第405条(上告の理由)

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