刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#19

職務質問の「停止」と付随行為の限度

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骨格「停止させて質問することができる」は、どこまでの実力を含むか

  • 1 出発点:条文の言葉は「停止」だけ → 2つの判例に当てて範囲を測る。物差しは二階建て(1階=強制処分か/2階=比例原則の天秤)。
  • 2 エンジンキーの事件:取り上げは「停止させる方法として必要かつ相当」であるのみならず、道交法の「応急の措置」にも当たる=2本の足で適法。
  • 3 1階:時間:一時的な取り上げは任意処分。長時間に及べば、強制処分とみる見解と任意処分とみる見解がある。
    • 同じ事件の約6時間半以上の留め置きは違法。ただし判例は、実質逮捕には至らない任意処分として判断したと理解されている。
  • 4 2階:天秤:左=自由の種類・時間など/右=不審事由・嫌疑・重大性・予防の必要・代替手段の不存在など(解説書の整理)。
  • 5 ホテルの事件:原則(意思に反する立入りは許されない)→ もはや通常の宿泊客ではない → 疑いを深めるのは無理もない → 質問を継続しうる状況を確保するための押し開け=職務質問に付随する適法な措置。
  • 6 付随行為の2段:質問の実施・継続に必要不可欠か(学説)→ なお比例原則。約30分全裸のまま押さえ続けた行為は、職務質問に付随するものとしては「許容限度を超え」た(証拠は排除せず)。
  • 7 答案の型4段:行政警察活動か → 強制処分か → 「停止」か付随行為か → 比例原則。

⚠ 「停止は例示にすぎない」は学説の言葉で、判旨には無い/天秤の7項目とその当てはめは解説書の整理で、判旨が挙げたのは4事情/6時間半の留め置きは「逮捕と同視」されたのではない

出発点:「停止」の2文字

条文は「停止させて質問することができる」としか書いていません。止めるためにどこまで力を使えるかは、判例に当てて測ります。

  • 職務質問:怪しい様子の人などを、警察官が呼び止めて質問する活動です(警職法2条1項)。犯罪の予防も目的とする行政警察活動です。
    • キーの取り上げと押し開けの時点では、解説書は、2つの事件とも嫌疑は不確実なまま質問したとみます(覚醒剤使用などの疑いはあっても、捜査に移るほど具体化していない)。だから捜査ではなく、職務質問として判断します。
    • 嫌疑がどれだけ強いか(第4節の天秤の重さ)と、捜査に移ったか(嫌疑が具体化したか)は、別の問いです。解説書の当てはめからは、疑いが強くても、嫌疑が具体化しない(不確実な)うちは職務質問として扱うことになります。
    • 例:エンジンキーの事件について、解説書は、嫌疑が不確実なまま質問したとし、天秤の当てはめでは覚醒剤使用の嫌疑を「大きい」とします。そのうえで、前科4犯を確認した頃には嫌疑が具体化し、任意捜査に移ったと考えてよいように思われる、とします(第3節)。
  • 条文が与える権限:相手を「停止」させて質問すること(と2項の同行要求)までです。身柄の拘束・意に反する連行・答弁の強要はできません(2条3項)。
  • 測る物差し(二階建て)
    • 1階:強制処分に当たるか。基準は刑訴法と同じで(解説書の整理)、相手の明示・黙示の意思に反して重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するかです。当たれば2条3項に反し、直ちに違法です。捜査と違い、令状で許される道はありません。
    • 2階:任意処分なら、比例原則(警職法1条2項)で相当かを測ります(第4節)。

2条(質問)(抜粋)|警察官職務執行法1項:警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。3項:前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。

  • 2つの判例で測る:「停止」させる方法の限度と、「停止」ではない措置の限度を、それぞれ1つの事件で見ます。
エンジンキーの事件ホテルの内ドアの事件
警察官がしたこと雪の路上で、車の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げたホテルの客室で、閉められかけた内ドアを押し開け、敷居に足を踏み入れた
問われたこと「停止」させる方法として、どこまでの実力が許されるか止まらせる行為ではない措置が、なぜ・どこまで許されるか
判例の結論取り上げは適法。その後の長時間の留め置きは違法押し開けは適法。その後約30分押さえ続けた行為は、職務質問に付随するものとしては許容限度を超える

エンジンキーの事件:2本の足で立つ適法性

取り上げは、警職法の「停止」の方法として必要かつ相当であるだけでなく、道交法の応急の措置にも当たる、と2つの根拠で適法とされました。

事実エンジンキーの事件(最決平6・9・16)

  • 駐在所に本人から意味のよく分からない電話があったとの報告を受け、警察官が電話の掛け先の整備工場に行って事情を聞き、覚醒剤使用の容疑があると判断しました。
  • 11時5分ころ、拡声器で停止を指示された車は、その後も蛇行しながら進行を続け、ようやく止まりました。付近の道路は積雪で滑りやすい状態でした。
  • 11時10分ころ、巡査部長が職務質問を始めました。本人は目をキョロキョロさせ、落ち着きなく、素直に応じず、エンジンを空ふかしし、ハンドルを切るような動作をしました。巡査部長は窓から腕を差し入れ、キーを引き抜いて取り上げました。
  • 11時25分ころ(質問開始の約15分後)、覚醒剤取締法違反の前科が4犯あるとの無線連絡が入りました。
  • その後、身体の捜索が始まる17時43分ころまで、本人は現場に留め置かれました(第3節)。

雪の路上でエンジンキーを取り上げた事件最高裁判所決定2本の足で立つ適法性職務質問を開始した当時、被告人には覚せい剤使用の嫌疑があったほか、幻覚の存在や周囲の状況を正しく認識する能力の減退など覚せい剤中毒をうかがわせる異常な言動が見受けられ、かつ、道路が積雪により滑りやすい状態にあったのに、被告人が自動車を発進させるおそれがあったから、前記の被告人運転車両のエンジンキーを取り上げた行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項に基づき交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置に当たるということができる。

足①:警職法2条1項足②:道交法67条(応急の措置)
判旨の言い方職務質問のため停止させる方法として必要かつ相当交通の危険を防止するため採った必要な応急の措置
条番号警職法2条1項判例は当時の67条3項。今の答案では67条4項
  • 2本の足とは:足①は、職務質問のために相手を止める警職法の権限です。足②は、それとは別に、危ない運転を止める道交法の権限です。判旨は両方に当たるとしました。
    • 例:判旨が挙げた4事情(覚醒剤使用の嫌疑・中毒をうかがわせる異常な言動・積雪の道路・発進のおそれ)のうち、嫌疑と言動は主に「止めて質問する必要」に、言動・積雪・発進のおそれは「正常に運転できない人の運転を止める必要」に効きます(割り振りはこのノートの整理)。
  • 足②が立つ理由:67条4項は、停止等をした場合に、66条などに違反して運転するおそれがあるとき、警察官が交通の危険を防ぐ応急の措置をとれる規定です。
    • 66条:過労・病気・薬物の影響などで、正常な運転ができないおそれがある状態での運転を禁じます。事案に当てはまるのは66条とみられます(判旨は「67条3項」とだけ書く)。
  • 3項と4項:その後の改正で項が繰り下がりました。今の3項は呼気検査の規定です。判旨どおり「3項」と書くと、別の条文を引くことになります。
    • 例:「判例どおり道交法67条3項の応急の措置」と書くのは誤り → 応急の措置は今の4項です。

67条(危険防止の措置)(抜粋)|道路交通法 第四章 車両等の運転者及び使用者の義務 第一節 運転者の義務(64〜71条の6)4項:前三項の場合において、当該車両等の運転者が第六十四条第一項、第六十四条の二第一項、第六十五条第一項、第六十六条、第七十一条の四第四項から第七項まで又は第八十五条第五項から第七項(第二号を除く。)までの規定に違反して車両等を運転するおそれがあるときは、警察官は、その者が正常な運転ができる状態になるまで車両等の運転をしてはならない旨を指示する等道路における交通の危険を防止するため必要な応急の措置をとることができる。

  • 一般化しない:「キーの取り上げはいつでも適法」とはいえません。積雪と発進のおそれという、交通の足まで揃った事案です。
    • 1本だけで足りるかは、この決定は判断していません。答案では、立つ足を全部挙げます。
    • 例:乾いた昼の道路で、薬物の兆候も無い運転者が、質問を嫌って車を出そうとしたのでキーを抜いた → 道交法の足は立たず、警職法の足だけで判断します。止める必要性(第4節の右の皿)も軽くなり、違法の方向に動きます(この変形を判断した判例はありません)。

1階:時間が性質を変えるか

一時的なキーの取り上げは任意処分です。長時間に及ぶと強制処分かで見解が分かれます。同じ事件の6時間半の留め置きを、判例は任意処分の枠内で違法と判断したと理解されています。

  • 前提:強制処分かは、重要な権利・利益を実質的に侵害・制約するかで決まります(第1節)。同じ行為でも、続く時間で制約の重さが変わります。
  • 一時的なら任意処分(学説の一般的な理解):人身の自由(身体・行動の自由)の制約ではあります。ただ、一時的・限定的なので、実質的な侵害・制約には至りません。任意処分でも、2階の天秤は残ります。
  • 語の対応:人身の自由=身体の自由(体そのもの)+行動の自由(どこへ行くか)。車で移動する自由は行動の自由の一つで、判旨の「移動の自由」もこちらの側の語です。
場面奪われる自由評価
キーを取り上げ、短時間で返す車で移動する自由・一時的任意処分 → 2階の天秤へ
キーを返さず、長時間、車で移動できなくする(車の外には出られる)車で移動する自由・長時間見解が分かれる:逮捕と同視できる=強制処分/奪われるのは車での移動の自由に限られ、身体を直接拘束する逮捕とはなお区別できる=任意処分として天秤で判断
外に出ようとする人のドアを押さえ、相当の時間、車内に閉じ込める身体の自由逮捕と同視できる強制処分として違法とされる可能性が大きい。任意処分と考えても、必要性が相当大きくなければ相当性は認められない(解説書の評価)
  • 強制処分なら天秤に乗せない:強制処分かは制約の性質で決まり、必要性の大きさとは比べません。同じ「キーの取り上げ」でも、時間次第で判断する階が変わりえます。
  • 答案:時間の長さを具体的に示し、どちらの見解を採るかを明らかにして結論を出します。

(1) 実例:同じ事件の約6時間半以上の留め置き

  • なぜここで見るか:時間が延びると制約がどこまで重くなるかの実例として、同じ事件の続きを見ます。
  • 物差しが変わる:ここから先は、任意捜査に移った後の判断です。強制処分なら実質逮捕(形は任意でも、中身は令状の無い逮捕)として違法です。
    • 任意捜査(刑訴法197条1項)も、必要性・緊急性などを考え、具体的状況のもとで相当と認められる限度でしか許されません。限度を超えれば、強制処分に当たらなくても違法です。
  • 経過:前科の連絡の後、別の警察官らが質問と警察署への任意同行の説得を続けました。本人は自分で運転することに固執し、他の方法での同行を拒み続けました。
    • 警察官らは、鍵をかけさせるためキーを一度渡しましたが、本人が車に乗り込もうとしたので両脇から抱えて止め、以後キーを返しませんでした。上の表の2行目(キーを返さず、長時間、車で移動できなくする)の場面です。
    • 例:「15分しか経っていないので、制約は短時間」と当てはめるのは不正確 → 15分は質問開始から前科連絡までの時間です。キーはその後も返されていません。短時間といえるのは、取り上げた時点の評価です。
  • 判旨:留め置きも当初は適法でした。しかし、嫌疑が濃厚になっていたことを考えても、任意同行を求める説得行為としての限度を超え、移動の自由を長時間にわたり奪った点で、「任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法」です。
  • 判例の形:「強制処分に当たる」「逮捕と同視する」とは言っていません。最高裁は、実質逮捕には至らない任意処分とした上で、比例原則で判断したと理解されています。
    • これに対し学説には、行動の自由を実質的に侵害したものとして、実質逮捕に当たると判断すべきだったという批判もあります。
    • 例:「6時間半の留め置きは、逮捕と同視されて強制処分とされた」は誤り → 判例は「任意捜査として許容される範囲を逸脱」として違法にしました。実質逮捕とすべきだったという主張は、学説の批判の側です。
  • なぜ「任意捜査」か:最高裁は、職務質問から捜査に移った時点を示していません。解説書は、前科4犯を確認した頃には嫌疑が具体化し、任意捜査に移ったと考えてよいように思われる、とします。
  • 尿の鑑定書は使えた:手続に違法があっても、それだけで証拠が使えなくなるわけではありません。判例は、違法の程度は「いまだ令状主義の精神を没却するような重大なもの」ではなく、強制採尿の手続自体も適法で(令状は留め置きが違法とされるほど長くなる前に集めた資料で出された)、証拠として使うことが不相当ともいえないとして、証拠能力を認めました。
    • 違法が重大でない理由:有形力はキーを返さない・乗り込むのを止める程度でさほど強くない/雪道で中毒をうかがわせる人の運転を止める交通警察の面からも必要性が高かった/本人が自分で運転することに固執して説得が長引いた面がある/当初から違法に留め置く意図は認められない。
    • 例:「留め置きが違法なのだから、尿の鑑定書は使えない」は誤りです。

2階:天秤の目盛り

任意処分なら、左の皿(自由の制約の程度)と右の皿(警察目的から見た、停止を求める必要性)が見合うか(権衡するか)で、相当性を判断します。

  • 前提:強制処分でなくても、何でも許されるわけではありません。警職法の手段は「必要な最小の限度」で用いるもので(1条2項)、制約が必要性に見合わなければ違法です。

1条(この法律の目的)(抜粋)|警察官職務執行法2項:この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。

  • 主語:判旨が挙げたのは第2節の4事情です。次の7項目は、解説書が整理した目盛りです。どちらの皿も「など」が付く例示で、閉じたリストではありません。
  • 右の皿は広い:捜査の必要性ではなく、犯罪や危険行為の予防まで含む、警察目的から見た必要性です。
皿・目盛り見方エンジンキーの事件(解説書の当てはめ)
左①権利・利益の種類身体の自由を直接制約すれば大きく、行動の自由ならやや小さい奪われたのは車で移動する自由=軽い
左②制約された時間長いほど重い(第3節)取り上げた時点では長時間に及んでいない=軽い
右❶不審事由の内容・程度理由のある質問に不合理な対応を続ける、繰り返し逃げようとするほど大きい覚醒剤使用をうかがわせる異常な挙動=大
右❷嫌疑の有無・程度何らかの犯罪の嫌疑がどれだけ強いか目をキョロキョロさせ落ち着きがない態度から、覚醒剤使用の嫌疑=大(判旨は嫌疑を質問開始時にすでにあったものとし、キョロキョロ等は「異常な言動」の側に置く)
右❸犯罪の重大性覚醒剤の使用は重大な犯罪
右❹予防の必要性積雪の路上での空ふかし=交通の危険
右❺停止を求める重要性代わりの手段が無いかキーを取り上げるほか、発進を防ぐ手段が無い
  • ❶と❷の関係:解説書は、❶を職務質問の前提となる不審事由の内容・程度、❷を何らかの犯罪の嫌疑の有無・程度として並べます。❶の説明では質問への不合理な対応を不審事由が大きくなる例に挙げる一方、当てはめでは質問への落ち着かない態度を❷の根拠に置いています。このように質問への反応はどちらにも入りえるので、答案では同じ事実を❶と❷で二重に数えず、どちらかに置けば足ります(この一文はこのノートの整理)。
  • 目盛りの動き方:同じ目盛りでも、事実しだいで重くも軽くもなります。
    • 例:深夜の路上で、近くの窃盗の通報に合う男に行き先を尋ねたら、答えるたびに話が変わり、2度走り出した → 理由のある質問に不合理な対応を続け、逃げようとしているので、右❶は大きくなります。
    • 例:同じ数分でも、自転車の前に立って進路をふさぐ(行動の自由)より、両腕をつかんで引き留め続ける(身体の自由を直接制約)方が、左①は重くなります。適法かどうかは右の皿しだいです。
  • 結論(解説書の当てはめ):右の必要性が左の制約に見合うので相当 → 「停止」の方法として適法。
    • 判旨は、7項目で量ったのではなく、4事情を挙げて「必要かつ相当」としました。答案では両者を区別して書きます。
    • 例:「最高裁は、左2・右5の7要素で量って適法とした」は誤り → 7要素は解説書の整理で、しかも例示です。

ホテルの事件:原則・例外・目的

意思に反する客室への立入りは原則として許されません。ただ、もはや通常の宿泊客ではなく、疑いを深めるのも無理もない状況で、質問を継続しうる状況を確保するために押し開けた行為は、職務質問に付随する適法な措置とされました。

事実ホテルの内ドアの事件(最決平15・5・26)

  • 客はチェックアウトの予定時刻を過ぎても出ず、ホテルの問い合わせにも要領を得ない返答や不可解な言動を続けました。責任者は、料金を払わない、退去してほしい、薬物使用の可能性がある、として110番通報しました。
  • 臨場した巡査は、責任者から、退去させてほしい、入れ墨があり薬物使用の可能性がある、と説明を受けました。電話で支払いを促すと「分かった、分かった」という返事でした。
  • 巡査は、客室なので慎重を期す必要があると考えて上司に相談し、指示を受けて、責任者の了解の下で客室に向かいました。
  • 外ドアをたたいても返事が無いので、無施錠の外ドアを開けて内玄関に入り、支払いを促しました。客は内ドアを20〜30センチほど開けましたが、すぐに閉めました。
  • 巡査は、全裸で入れ墨のある客が、制服の自分と目が合うや慌てて閉めたことに不審を強めました。内側から押さえられた内ドアを押し開けてほぼ全開にし、内玄関と客室の境の敷居あたりに足を踏み入れて、閉められるのを防ぎました。
  • その途端、客は両手を振り上げて殴りかかるようにしてきました。巡査らは客をソファーに座らせて押さえ、逮捕まで約30分、全裸のまま押さえ続けました。
  • その間、客は警察の許可を得て覚醒剤を使っていると口走り、手に注射器を握っていました。覚醒剤の前歴も分かりました。巡査らは、床から拾ってテーブルに置いていた財布を開き、小銭入れから白色結晶入りのビニール袋を見つけました(客は明確には拒否していない)。
段判旨どの事情か
①原則客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して立ち入ることは、原則として許されない
②もはや通常の宿泊客ではない時刻を過ぎても出ず、問い合わせに言を左右にし、不可解な言動。料金不払・不退去・薬物使用の可能性で110番され、責任者が退去を要請警察官が客室を訪ねる前にそろっていた事情
③疑いを深めるのは無理もない外ドアから入ってすぐ来意を告げたのに、納得できる説明をせず、制服の警察官に気付くと内ドアを急に閉めて押さえた警察官の前でとった行動
④目的質問を継続し得る状況を確保するため、押し開けて足を踏み入れ、閉められるのを防いだ→ 職務質問に付随するものとして適法な措置
  • ②と③の違い:②は警察官が客室を訪ねる前にそろっていた事情、③は警察官の前でとった行動です。判旨は②で通常の宿泊客ではないとし、②③の推移から疑いを深めるのは無理もないとしました。
    • 例:料金も払い、チェックアウト前で、ホテルから退去の要請も無い客が、ノックに応じず内ドアを閉めた → ②の事情が欠けます。意思に反して立ち入れないという原則の側に戻ります(この変形を判断した判例はありません)。
    • 例:「制服を見て慌てて閉めたから、通常の宿泊客ではなくなった」は順序の取り違えです。ドアを閉めた行動は、③で拾われています。
    • 例:「清涼飲料水を5缶も注文していたから、警察官が薬物を疑ったのは当然」は不正確 → 5缶の注文は、責任者が薬物を心配した理由です。判決は、巡査らがこれを責任者から具体的に聞いた形跡はないと認めています。
  • その後の立入り:殴りかかられた直後に内ドアの内側まで入ったことは、突然の暴行がきっかけなので、押し開けの結論を左右しないとされました。
    • 巡査らは反射的に対応するうち、不可避的に入る結果になったと認定されています。立入りを適法と判断したのではありません。

ホテルの客室で内ドアを押し開けた事件最高裁判所決定原則一般に、警察官が警察官職務執行法2条1項に基づき、ホテル客室内の宿泊客に対して職務質問を行うに当たっては、ホテル客室の性格に照らし、宿泊客の意思に反して同室の内部に立ち入ることは、原則として許されないものと解される。例外と目的からの限定……被告人は、もはや通常の宿泊客とはみられない状況になっていた。……質問を継続し得る状況を確保するため、内ドアを押し開け、内玄関と客室の境の敷居上辺りに足を踏み入れ、内ドアが閉められるのを防止したことは、警察官職務執行法2条1項に基づく職務質問に付随するものとして、適法な措置であったというべきである。

(1) なぜ「付随する行為」という受け皿が要るのか

  • 出発点:警職法2条1項を、強制に至らない有形力の行使を授けた権限創設規定とみる見解が多数です。この見解では、相手の権利・利益を侵す措置には法律の根拠が要ります。
  • 問題:条文の権限が「停止」だけなら、ドアの押し開けのような「停止」以外の実力措置は、根拠を欠きます。
  • 学説の答え:「停止」は例示にすぎず、質問の実施・継続に必要不可欠な措置なら、職務質問に付随する行為として許される、と一般に考えられています。
最高裁学説・解説書
言ったこと「職務質問に付随するものとして、適法な措置」まで。「例示」の語は無い「停止」は例示にすぎない。必要不可欠な措置なら付随行為
両者の関係解説書は、最高裁の判断も同じ理解によると読む
  • 答案:「判例は『停止』を例示にすぎないとした」とは書きません。「最高裁は付随する措置として適法とした」と書き、例示説は学説の理解として添えます。

付随行為の2段:必要不可欠か、なお相当か

「停止」以外の措置は、①質問の実施・継続に必要不可欠か、②それでも比例原則で相当か、の2段で測ります。約30分全裸のまま押さえ続けた行為は、職務質問に付随するものとしては許容限度を超えるとされました。

段問い認められる例認められない例
①付随するか質問の実施・継続に必要不可欠か(学説の物差し)閉まりかけたドアを押さえる/内ドアを押し開けて敷居に足を入れる(判例の事案。判旨は「付随するもの」とだけ述べる)質問を続けたいからと、部屋を歩き回って引き出しを開ける(質問の継続に必要不可欠とはいえないので、①の物差しでは入らない。持ち物を調べる行為として許されるかは、所持品検査の基準で別に測る)
②なお相当か比例原則(警職法1条2項)で、制約と必要性が見合うか内ドアの押し開け(解説書の当てはめ):左=内玄関・入口まで入られるプライバシーの制約/右=通常の宿泊客ではない・不合理な対応・閉じこもった相手から話を聞くほかの手段が無い → 相当約30分、全裸の相手をソファーに座らせて押さえ続け、衣服を着せる措置も採らない → 判例は「許容限度を超え」るとした
  • 30分の制圧の読み方:判旨は、限度を超えた理由を、行為の様子(約30分・全裸・衣服を着せる措置なし)以上には説明していません。
    • 制圧は殴りかかりへの対応として始まりました。判旨は(証拠を排除しない理由の中で)、警職法5条などによる制止とみる余地も挙げています。
    • 判旨は「職務質問に付随するものとしては」と、付随行為として測ったうえで限度を超えたとしました。どの段で落ちたかは示していません。
    • 型に当てるなら、①で落とす(衣服も着せずに全裸のまま約30分押さえ続けることは、質問の継続に欠かせない措置とはいえない)書き方も、②で落とす(必要性に比べて制約が重すぎる)書き方もありえます(このノートの整理)。判旨の文言からは、①②のどちらの趣旨かは決まりません。判旨が2段に分けて分析したのではありません。
    • 例:同じ部屋の中で評価が分かれます。内ドアを押し開けて敷居に足を入れた → 付随する適法な措置。殴りかかられ、とっさに腕をつかんで室内に入った → 突然の暴行がきっかけで、押し開けの結論を左右しない。そのまま約30分、全裸の相手を衣服も着せずに押さえ続けた → 付随するものとしては許容限度を超える。
    • 例:衣服を着せたうえで、数分間ソファーに座らせて質問を続けた → 時間も態様も軽くなり、限度内に収まる方向に動きます(判例の事案ではありません)。
  • 所持品検査:職務質問の相手の持ち物を調べる行為です。判例は「密接に関連し、必要性・有効性がある」として職務質問に付随して行うことができる場合があるとし、学説の①「必要不可欠」とは別の基準で測ります。承諾を得てその限度で行うのが原則としつつ、捜索に至らず、強制にわたらない限り、承諾が無くても、必要性・緊急性・権衡などを考えて相当と認められる限度で許される場合があるとしています(第7節)。
  • 財布の所持品検査:承諾は無かったものの、嫌疑が飛躍的に高まっていたことなどから、検査そのものは適法に行い得たとされました。
    • そのうえで判旨は、限度を超えた押さえ込みの下で行われた点が、検査の適否に「影響するところがある」と付け加えました。ただ、いずれにしても証拠の排除には結び付かない、としています(次の箇条)。
    • 例:相手が浴室に入ったすきに、ベッド脇のバッグを開けて中を見た → 質問の継続に必要不可欠とはいえないので、①の物差しでは入りません。持ち物を調べる行為は、所持品検査の基準で判断します。
  • 証拠は排除されなかった:限度を超えていても、見つかった証拠を違法収集証拠として排除することには結び付かない、とされました。
    • 殴りかかった点は公務執行妨害罪の疑いがあり、制止とみる余地や現行犯逮捕も考えられる状況だった。
    • 暴れる相手に対応するうち、結果として押さえ続けた。令状主義に関する規定を潜脱する意図の証跡も無い。
  • 公務執行妨害罪:職務を執行している公務員に、暴行・脅迫を加える罪です(刑法95条1項)。
  • 警職法5条の制止:犯罪がまさに行われようとしていて、人の生命・身体などに危険が及ぶおそれがあり、急を要するとき、警察官がその行為を止められる規定です。

ホテルの客室で内ドアを押し開けた事件最高裁判所決定付随行為にも限度があるなお、警察官らが約30分間にわたり全裸の被告人をソファーに座らせて押さえ続け、その間衣服を着用させる措置も採らなかった行為は、職務質問に付随するものとしては、許容限度を超えており、そのような状況の下で実施された上記所持品検査の適否にも影響するところがあると考えられる。

答案の型:4段

行政警察活動か → 強制処分か → 「停止」か付随行為か → 比例原則か、の順に問います。前回の3段の②と③の間に、1段差し込んだ形です。

段問い落ちたら
①行政警察活動か特定の犯罪の嫌疑がまだ明らかでない段階か明らかになっていれば捜査。197条1項と任意捜査の限界で判断
②強制処分に当たらないか時間の長さにも注意(第3節)警職法2条3項に反し直ちに違法。ここで終わる
③「停止」の枠か、付随する行為か(新設)「停止」に入らないなら、質問の実施・継続に必要不可欠か2条1項の根拠を欠く実力措置。権限創設規定説からは、法律の根拠の無い実力行使として違法
④比例原則を満たすか第4節の天秤(警職法1条2項)相当性を欠き違法
  • 所持品検査は別の基準:判例は所持品検査を「密接に関連し、必要性・有効性がある」として付随行為に入れており、「必要不可欠」の物差しでは測っていません(両者を分けて読むのはこのノートの整理)。③の「必要不可欠」をそのまま当てると、判例が許す所持品検査の一部まで違法になりかねません。
  • なぜ②の後に③か:強制処分なら②で終わります。任意処分と決まって初めて、2条1項の「停止」の枠か、付随行為かを問えます。
    • 例:「職務質問でも、強制処分に当たるなら令状を取ればよい」は誤り → 行政警察活動として行う限り、強制処分に当たれば②で直ちに違法です。令状で許される道があるのは、刑事訴訟法の捜査の場面です。
  • ③と④の違い:③は「根拠が無くて違法」、④は「根拠はあるが行き過ぎで違法」です。
    • 例:エンジンキーの取り上げは、③では「停止」させる方法の枠。ドアの押し開けは、止まらせる行為ではないので③の付随行為の枠。どちらも④の天秤は残ります。

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