刑事訴訟法ゼロから刑事訴訟法#3

審理の構造——糾問主義/弾劾主義と職権主義・当事者主義

刑事裁判の「形」を2つの軸で読み解く。軸①=誰が訴え誰が裁くか(糾問主義の二面構造/弾劾主義の三面構造と不告不理)、軸②=訴えた後で誰が審理を動かすか(職権主義/当事者主義)。現行法が「当事者主義が原則」といえる根拠を256条3項・312条1項・298条1項の文言で1つずつ確かめ、それでも残る職権(298条2項・312条2項)が後見的な安全装置である理由まで踏み込む。初学者が最も混同する職権進行主義と職権探知主義の区別も整理する。

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第1章 総論 ③/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

糾問主義——判断者と被判断者だけの二面構造

二面構造ボード

まず、1つ目の軸——誰が訴え、誰が裁くのかから見ていきます。歴史的に古い形が、糾問主義です。判断する人、つまり裁判所と、判断される人だけで審理が行われる、二面の形態です。登場人物が2人だけ、という意味です。裁判官が自分で疑いをかけ、自分でその疑いを取り調べ、自分でそのまま判断まで下します。訴える役目と裁く役目が、同じ1人に集まっている。これが糾問主義です。

なぜ二面だと危ういのか

危うさの理由ボード

取り調べも判断も1人で完結するので、手続は速く進みます。ただ、その速さは、中立性を犠牲にした速さでした。ここが、今日最初の分かれ目です。速さと公平さ、どちらを取るかという選択でした。問題は「その人の能力」ではなく、「構造」にあります。例えて言うなら、試験問題を作った人が、自分で作った模範解答にどれだけ近いかだけを見て、自分で採点するようなものです。出題者は、自分が正しいと思って作った答えに近い答案を、無意識に高く評価しがちです。同じことが、疑いをかける人と、その疑いを判定する人が同じ場合にも起きます。これは、個人の善悪の問題ではなく、構造がそうさせてしまう、という話です。だから、疑いをかける人と、疑いが正しいか判定する人を、別の人にする必要があります。公平な判断者は、真相解明の邪魔をする存在ではありません。むしろ、真相に近づくための仕組みでもあるんです。

弾劾主義——訴追者を分ける三面構造

三面構造ボード

そこで現行法が採るのが、弾劾主義です。判断者、つまり裁判所と、訴追者を分離します。裁判所を挟んで、検察官が「被告人はこの罪を犯した」と主張し、被告人はそれに言い返す。この三者の形が、三面の構造です。訴える役目の人と、裁く役目の人が別になり、間に立って防御する人も加わります。裁判所は、訴追者からも被告人からも独立した、第三者の立場で判断します。疑いをかける人と、判断する人が分かれたことで、中立性が保たれます。それが、弾劾主義の狙いです。

不告不理の原則

不告不理ボード

弾劾主義には、もう1つ大事な帰結があります。訴える役目を訴追者に渡した、ということは、裁判所の側には、その役目が残っていない、ということです。だから裁判所は、自分から事件を取り上げることができません。訴追者が訴えを提起しない限り、裁判は行われない、という原則です。これを、不告不理の原則と呼びます。前回、247条を見ましたね。前回は、検察官だけが訴えられる——起訴独占主義——という角度で見ました。同じ条文が、今日は「訴えなければ始まらない」という、別の角度から効いてきます。例えば、警察が「この人は怪しい」と考えていて、裁判所がその事件を新聞で知っていたとしても、検察官が起訴しない限り、その事件について法廷は開かれません。誰が訴えの中身——訴因——を決めるのか、という審判対象の話は、また別の回でじっくり扱います。

軸が変わる——訴えた後、誰が動かすのか

2つの軸マトリクスボード

ここまでは、1つ目の軸——誰が訴え、誰が裁くのか——の話でした。現行法は弾劾主義、というのが結論です。訴えが提起された、公判審理を誰が動かすのか、という軸です。別問題です。考えてみてください。訴える人と裁く人を分けたとしても、その先の審理を誰が引っぱるかは、まだ何も決まっていません。三面の形を保ったまま、審理は裁判所が引っぱる——そういう仕組みも作れますし、当事者に引っぱらせる仕組みも作れます。どちらも弾劾主義なんです。ここを混同すると、「弾劾主義=当事者主義」と覚えてしまいます。それは誤りです。弾劾主義の中でも、審理を動かす主導権については、2つの考え方があります。

職権主義とは

職権主義と当事者主義の対比ボード

1つ目の考え方が、職権主義です。裁判が始まったあと、事実をどこまで調べ、その結果に誰が責任を負うのか——それを裁判所自身が引き受けるべきだ、という考え方です。誰が何を調べ、誰が責任を持つか、その主導権が裁判所にある、という発想です。前回、1条には2つの目的があると見ましたね。実体的真実主義——事案の真相を明らかにすること。そして適正手続主義——その過程で手続の適正さを守ること。この2つです。職権主義は、そのうち、真相を解明するという結果に、国家機関である裁判所が自ら責任を負うべきだ、という発想に重心があります。例えば、検察官も被告人も呼んでいない証人を、裁判所が自分の判断で呼ぶ、という姿です。

当事者主義とは

職権主義と当事者主義の対比ボード

もう1つが、当事者主義です。裁判が始まったあとも、主張と立証の中心を担うのは、検察官と被告人自身だ、という考え方です。しかも、当事者が主張・立証を誤った場合は、その責任も当事者が負うべきだ、という考え方です。弾劾主義が「誰が訴え、誰が裁くか」を分けたのと同じ発想を、審理の中身にまで広げたのが、当事者主義だといえます。あれは、今日の2つの軸をまとめて一言で渡したものです。誰が訴え、誰が裁くのかが弾劾主義、訴えた後、誰が動かすのかが当事者主義——今日、あの一言を2つに割りました。こちらは逆に、適正手続主義の側に重心があります。判断の材料集めまで裁判所に委ねると、当事者の防御の機会が失われかねないからです。そこは、誤解しやすい所です。民事の弁論主義や処分権主義と、同じものではありません。刑事では、当事者が争わなくても、裁判所が勝手に有罪にできる、という仕組みにはなっていません。例えば、自白だけでは有罪にできない、という別の縛りもあります。詳しくは、また別の回で扱います。「当事者主義とは、当事者の合意で結論が決まることだ」ではない、とだけ、今日は押さえてください。

現行法はどちらか①——審判対象を決めるのは検察官

当事者主義の根拠①ボード

では、現行法は、この2つのうち、どちらを採っているんでしょうか。条文で、1つずつ確かめていきましょう。まず1つ目です。

条文刑事訴訟法256条3項

刑事訴訟法第256条第3項 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。

この条文の文言そのものには、実は「検察官」という言葉は出てきません。でも、この起訴状を書いて出すのは、前回見たとおり検察官でした。その検察官が出す書面に、「訴因を明示しろ」と条文が命じています。だから、審判の対象——訴因——を設定するのは検察官だ、と読めるんです。この訴因の中身自体は、また別の回でじっくり扱います。今日は「決めるのは検察官」という1点だけ、押さえてください。

現行法はどちらか②——変えるのも争点を決めるのも当事者

当事者主義の根拠②ボード

2つ目です。

条文刑事訴訟法312条1項

刑事訴訟法第312条第1項 裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。

検察官の請求があって、初めて、裁判所が変更を許します。決める起点は、あくまで検察官です。条文に並んでいる罰条は、どの処罰規定を当てはめるか、という意味で、「何をしたか」を書く訴因とは別物です。さらに、法廷を開く前に、争点と証拠をあらかじめ整理しておく手続があります。公判前整理手続といいます。争点をどちらが主導して決めるかも、条文は当事者に委ねています。316条の17と316条の19です。316条の17は、被告人・弁護人が、自分たちの主張と、それを証明する証拠の取調べを、裁判所と検察官に示さなければならない、という条文です。316条の19は、検察官が、その証拠に同意するかどうか、意見を明らかにしなければならない、という条文です。中身は、また公判前整理手続を扱う回でじっくり見ます。

現行法はどちらか③——証拠を調べるよう求めるのは当事者

当事者主義の根拠③ボード

そして3つ目です。

条文刑事訴訟法298条1項

刑事訴訟法第298条第1項 検察官、被告人又は弁護人は、証拠調を請求することができる。

証拠を調べるよう求める権限は、原則として検察官、被告人又は弁護人にあります。この条文が並べているのは、検察官・被告人・弁護人の3人だけです。ここに裁判所は書かれていません——だから、何を証拠として調べるかを持ち出すのは、原則として当事者だ、と読めます。審判対象を決めるのも、変えるのも、争点を決めるやり取りも、証拠を調べるよう求めるのも——全部、当事者です。結論を丸暗記するのではなく、今の3つの条文を、その根拠として持っておいてください。証拠を開示する手続の中身は、また別の回で扱います。

それでも職権は残る

職権が残る理由ボード

当事者主義が原則、と言いましたが、裁判所の職権も残っています。

条文刑事訴訟法298条2項

刑事訴訟法第298条第2項 裁判所は、必要と認めるときは、職権で証拠調をすることができる

条文刑事訴訟法312条2項

刑事訴訟法第312条第2項 裁判所は、審理の経過に鑑み適当と認めるときは、訴因又は罰条を追加又は変更すべきことを命ずることができる

裁判所が必要と認めれば、職権で証拠調べができますし、審理の経過を見て、訴因や罰条を変えるよう、命じることもできます。当事者が主張や立証を誤ったとき、それをそのまま、間違った有罪や無罪に直結させないための、後見的な安全装置です。例えば、当事者のどちらも請求していないのに、記録上その存在が明らかで、有罪か無罪かを左右する証拠がある場面——ここでは、裁判所が職権で取り調べることがあります。一方で、当事者が争点にしていない事柄について、裁判所が片端から自分で証拠を集めにいくことはしません。それは補充ではなく、原則の当事者主義を骨抜きにしてしまうからです。現行法は、原則が当事者主義、補充が職権主義という、ハイブリッドな仕組みになっています。「例外がある」で終わらせず、この理由まで持ち帰ってください。この職権が、どこまで義務になるのか、命令に限界はあるのか、という中身は、また別の回で扱います。それが、今の刑事訴訟法の設計です。

職権進行主義と職権探知主義

職権進行と職権探知の対比ボード

ここで、初学者がいちばん混同しやすい区別を見ておきます。「職権」という言葉には、実は2つの中身があります。1つは、手続を前に進める主導権——職権進行主義。もう1つは、判断の材料を集める主導権——職権探知主義です。期日をいつにするか、証拠調べをどの順番で進めるか、という手続の進め方は、裁判所が広く主導します。273条は、裁判長が公判期日を定める、としています。297条は、裁判所が当事者の意見を聴いたうえで、証拠調べの範囲・順序・方法を定める、としています。どちらも、決めるのは裁判所の側です。ここは、職権進行主義が広く採られています。ここまで見てきたとおり、判断の材料を集める主導権——探知——は、原則として当事者にあります。裁判所の職権証拠調べは、あくまで補充的にしか行われません。「進行」を決める力が広くても、「何を調べて判断材料にするか」を決める力——探知——は、当事者主導が原則です。ここを1つの「職権主義」という言葉で括ると、現行法の「原則、当事者主義」と矛盾して見えてしまいます。混同しないでください。

探知はゼロでないボード

「補充的」であって、「ゼロ」ではありません。例えば、訴訟条件——裁判を続けられる前提条件——は、原則として裁判所が自分で調べるべき事項です。ただし例外もあります。土地管轄というのは、どの土地の裁判所で裁くか、という話です。土地管轄については、被告人からの申立てがなければ、裁判所は「この裁判所では裁けない」——管轄違いの言渡しをすることができません。331条1項です。どの土地で裁かれるかは、出向く負担など、被告人の側の都合にかかわる話だからです。条文が「被告人の申立て」を要件にしているのは、被告人が構わないと言うなら、裁判所の側からわざわざ潰す必要がない、という趣旨です。控訴審——1つ上の裁判所——は、一定の事由があれば、控訴趣意書——どこが不服なのかを書いて出す書面——に書かれていないことでも職権で調査できます。392条2項です。上告審——さらに上の裁判所——は、411条で、一定の事由があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、職権で破棄できます(411条は1号〜5号でその事由を限定しています)。上級審は、下の裁判所の判断が正しかったかを見直す場です。当事者が書いてこなかったから、というだけの理由で、明らかにおかしい判決をそのままにはできない——だから、ここでは職権の幅が広がります。この2つを分けて持っておいてください。

当事者主義と公判中心主義

当事者主義と公判中心主義ボード

最後に、前回の伏線を1つ回収します。前回、「法廷で取り調べた証拠だけで、裁判所は判断する」という話をしました。当事者主義は、主張と立証を当事者が主導する、という考え方でしたね。だとすれば、判断の材料になるのも、当事者が法廷に出したものだけ、ということになります。例えば、捜査の段階で作られた書類は、山ほどあります。でも、それがそのまま判断の材料になるわけではありません。逆に言えば、当事者が出さなかったものは、たとえ捜査機関の手元にあっても、原則として判断の土俵には乗りません。さっき見た裁判所の職権証拠調べは、その原則に対する補充です。これが、当事者主義と公判中心主義がつながっている、ということの中身です。証拠の扱い方の細かいルール——証拠裁判主義——は、また別の回で扱います。

今日の地図(保存版)

まとめボード

今日渡した2つの軸を、まとめます。1つ目、誰が訴え、誰が裁くのか——現行法は、弾劾主義です。2つ目、訴えた後、誰が動かすのか——現行法は、原則が当事者主義、補充が職権主義というハイブリッドでした。現行法は、この2つの座標の交点——弾劾主義であり、かつ原則当事者主義——として、位置づけられます。

次回は、この三面構造の頂点にいる裁判所そのものを見ていきます。裁判体(単独制と合議制)、公平な裁判所を作るための制度、そして管轄——どの裁判所がその事件を裁くのか、という話です。

参照条文

  • 刑事訴訟法256条3項
  • 刑事訴訟法312条1項
  • 刑事訴訟法298条1項
  • 刑事訴訟法298条2項
  • 刑事訴訟法312条2項

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