逮捕前置主義
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逮捕前置主義とは(207条1項「前三条」)
勾留を請求するには、その前に必ず逮捕を経ていなければなりません。これを逮捕前置主義といいます。
- 名前の意味:「前置」は「前に置く」です。勾留の前に逮捕を置く、という意味です。
- この回の2つの問い:
- ①なぜ、勾留の前に必ず逮捕を置くのか(第2節)
- ②その逮捕が違法だったとき、勾留はどうなるのか(第3節〜第7節)
- ②の答え:逮捕が違法でも、勾留がそのまま止まるわけではありません。止まるのは、その違法が重大なときだけです。
(1) 根拠は「前三条」の3文字
207条1項は、勾留の請求を受けた裁判官の権限を定めた条文です。その冒頭の「前三条」が、逮捕前置主義の根拠になります。
| 条文 | 中身 |
|---|---|
| 204条・205条・206条(前三条) | 逮捕された被疑者について、検察官が時間の制限内に勾留を請求する手続(48時間・24時間・72時間の時計と、やむを得ない遅れの扱い) |
| 207条1項 | 「前三条の規定による勾留の請求」を受けた裁判官が、勾留を判断する |
- 読み方:207条1項は、逮捕の後の手続を経た勾留請求だけを前提にしています。
- 逮捕を経ずに、いきなり勾留を請求することは想定されていません。
- 結論:勾留を請求できるのは、必ずその前に逮捕の手続を経ている場合だけ、と読めます。
207条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:前三条の規定による勾留の請求を受けた裁判官は、その処分に関し裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。但し、保釈については、この限りでない。
なぜ勾留の前に逮捕を置くのか(趣旨)
逮捕前置主義の趣旨は、短い逮捕で捜査を尽くさせ、それでもなお必要なときだけ長い勾留に進ませることです。
| 段階 | 状況 | 何をするか |
|---|---|---|
| 逮捕 | 捜査の入口。犯罪を疑う理由の強さも、拘束しておく必要の強さも、まだ定まっていない | いきなり10日単位の拘束は認めず、まず短い逮捕にとどめる |
| この間に捜査を尽くす | 短い期間 | 捜査を進めて、長い拘束が本当に要るかを見極める |
| 勾留 | それでもなお、長く拘束する必要があると分かった | そのときだけ、長い拘束に進む |
- 目印:救急外来で、すぐ入院を決めず、応急処置と経過観察の間に検査して、必要なら入院に進むのと同じ段階の踏み方です。
(1) 批判される説明:二度審査説
逮捕前置主義には、もう1つの説明があります。ただし、弱点が指摘されています。
- 二度審査説:逮捕と勾留で、裁判官の審査を二度通すことに意味がある、という考え方です。
| 弱点 | 中身 |
|---|---|
| ①現行犯逮捕 | 現行犯逮捕は、令状が要らない逮捕です。裁判官の審査は勾留の1回しかなく、「2回審査する」という説明が当てはまりません |
| ②期間の差 | 逮捕は最大72時間、勾留は原則10日+延長10日です。「2回審査する」だけでは、なぜ拘束できる期間がこれほど違うのかを説明できません |
- 扱い方:どちらが完全に正しいと決める話ではありません。ただ、この先の議論は「捜査を尽くさせる」という説明を軸に進みます。
逮捕と勾留は別個の手続
逮捕が違法だったら、勾留も自動的に違法になるのか。ここが、この回の引っかかりです。
- かつての考え方:逮捕前置主義は適法な逮捕を前提にしている、と考えられていました。
- だから、違法な逮捕のあとの勾留は当然に違法、という結論でした。
- 実際:逮捕と勾留は、法律上、別々の手続です。
- 趣旨から考える:逮捕の短い期間に求められていたのは、捜査を尽くすことでした。
- 逮捕の手続に違法があっても、その間、捜査自体は進んでいたことが多いです。
- だから、逮捕に違法があったというだけで、自動的に勾留もできなくなるわけではありません。
- 目印:応急処置の受付票に書き間違いがあっても、検査で入院が必要と分かれば、入院そのものは取り消されません。
- ただし:逮捕の違法が、勾留に一切関係ないわけではありません。影響することもあります(第4節)。
- 覚える順番は、自動的にはつながらない、が先です。
それでも逮捕の違法が勾留に響く3つの理由
別の手続なのに、なぜ逮捕の違法が勾留に影響するのか。その問いへの答えが、次の3つです。
| 理由 | 中身 |
|---|---|
| ①争う場が無い | 逮捕そのものには準抗告ができません(429条1項の列挙に逮捕が無い)。逮捕の違法を審査する機会は、勾留の段階に置くしかありません |
| ②拘束の続き | 逮捕から勾留まで、身柄は一度も解放されません。勾留は、実質的には逮捕で始まった拘束の続きです |
| ③将来の抑止 | 違法な逮捕をしても結局勾留が通るなら、捜査機関に手続を守らせる力が弱くなります。違法な逮捕を防ぐための、政策的な理由です |
- 理由①の補足:被疑者が初めて裁判官に直接会い、言い分を言えるのは、勾留の場面(勾留質問)です。
- ここで逮捕の違法を見なければ、その違法は誰にも審査されないまま、拘束だけが続きます。
- 理由②の補足:逮捕に重大な違法があれば、その人は釈放されているべきでした。
- 例:本当ならその夜のうちに家に帰れていたはずの人が、そのまま10日間留め置かれることになります。
- 引き継ぐ元の拘束が許されないものだったなら、それを引き継いで延ばすことも許されません。
重大な違法だけが勾留を止める
3つの理由があっても、逮捕に少しでも違法があれば勾留が止まる、とまでは広げません。線を引くのは「違法が重大かどうか」です。
- 令状主義:逮捕は原則として、裁判官が前もって理由を確かめて出す令状が無ければできない、という考え方です。
- 令状無しでできるのは、現行犯逮捕と緊急逮捕という、要件の決まった例外だけです。
- 基準:令状主義の精神に反するような重大な違法が逮捕にあったときにだけ、裁判官は勾留請求を却下する、と考えられています。
(1) 軽微な瑕疵:却下の理由にならない
- 例:逮捕状に書かれた事件番号の数字を1つ書き間違えた、という程度のミスです。
- 書き間違いは、手続の中身には触れません。
- なぜ却下しないのか:この程度の小さな傷まで却下の理由にすると、捜査の必要性を大きく損なうからです。
(2) 重大な違法:4つの典型
どこからが重大な違法かは、裁判例の考え方も分かれていて、一律の基準は示しにくいとされます。そのうえで、次の4つは原則として重大な違法と考えられています。
- 共通点:4つとも、裁判官の審査を通らないまま、人を拘束してしまった場合です。書き間違いと違って、令状主義そのものを破っています。
- 例外的に重大でないとされた裁判例は第6節です。
| 典型 | 何が起きているか |
|---|---|
| ①任意同行と称した実質逮捕 | 任意同行と言いながら、実質的には逮捕していた。令状を取らずに逮捕している |
| ②現行犯逮捕の要件を欠く | 現行犯逮捕のつもりだったのに、その場で要件を満たしていなかった。例外の要件が無いのに、例外を使っている |
| ③緊急逮捕の要件を欠く | 緊急逮捕のつもりだったのに、要件を満たしていなかった。②と同じく、例外の要件が無いのに例外を使っている |
| ④そのほかの根本的な瑕疵 | 逮捕手続に、①〜③と同じくらい根本的な傷がある場合の受け皿 |
裁判例:実質逮捕はあったが、重大な違法ではないとされた事件
東京高等裁判所が、任意同行と称した実質逮捕を認めながら、その後の勾留は違法ではないとした事件です。判断は2段に分かれます。
- 1段目:逮捕が違法だったか
- 2段目:その違法が、勾留を止めるほど重大か
(1) 事件の経過
| 順 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| ① | 窃盗の犯人が、盗まれた自動車で逃走。警察は緊急配備を敷き、検問で手配の車を見つけて停止を合図した | |
| ② | 犯人は合図を無視して走り去り、車を捨てて山林へ逃げ込んだ | |
| ③ | その後に発見され、駅の待合室へ任意同行。ここで職務質問を始めた | 令状はまだ出ていない |
| ④ | 駐在所へ任意同行し、約2時間、事情を聴いた | 裁判所は、③④の同行は適法な任意同行とした |
| ⑤ | 深夜、覆面パトカーの後部座席で警察官2人が両側から挟み、警察署へ同行 | 裁判所は、ここからを実質的には令状の無い逮捕と判断した |
| ⑥ | その約3時間後、通常逮捕の令状を執行 | |
| ⑦ | 48時間以内に検察官へ送致し、勾留請求 | 法律が定める時間の制限内に進んでいた |
- 1段目の結論:形は任意同行でも、⑤からは実質的に逮捕です。令状が無いので、違法な逮捕と認定されました。
(2) 2段目:重大な違法とはいえないとされた理由
任意同行と称した実質逮捕は、第5節の典型①です。それでも、この事件では重大ではないとされました。
- 決め手①緊急逮捕の要件がそろっていた:実質逮捕の時点で、緊急逮捕できる理由と必要性は事実上そろっていたとされました。
- 中身の柱:罪が重いこと(死刑・無期・長期3年以上の拘禁刑に当たる罪)、嫌疑が濃いこと(疑うに足りる十分な理由)、待てないこと(急速を要し、逮捕状を求められない)です(210条1項)。
- 必要性:判決は、理由だけでなく逮捕の必要性もあったとしています。
- 客観的に見る:当時の警察官は「まだ緊急逮捕はできない」と考えていました。それでも裁判所は、事情から客観的に要件がそろっていたと認めました。
- 中身はそろっていたのに、令状を取らずに進めてしまった、という違法です。
- 決め手②その後の時間を守っていた:実質逮捕の約3時間後に通常逮捕の令状が執行され、時間の制限内に送致・勾留請求まで進みました。
- 勾留請求の時期にも、違法な点は見当たらないとされました。
- 実務での説明:手続の選び方を誤った、形のうえのミスにとどまる、という見方です。
- 令状を請求していれば、そのまま逮捕できた人だからです。
- 第4節の理由②の「その夜のうちに家に帰れていたはずの人」には当たりません。
- 判断が分かれた例:富山地方裁判所の事件では、時間の制限は守っていても、令状のない拘束そのものが重大な瑕疵とされ、勾留請求は却下されました。
- 時間を守ったことだけで、実質逮捕の違法が必ず救われるわけではありません。東京高裁の事件は、緊急逮捕の要件が事実上そろっていたことを重く見ています。
- この事件で切れたもの:「逮捕が違法=勾留も当然違法」というつながりです。
- 別個の手続(第3節)、3つの理由(第4節)、重大性のフィルター(第5節)を積み重ねた結果です。
実質逮捕後の勾留請求(窃盗事件)東京高等裁判所判決実質逮捕はあったが、重大な違法とは言えない実質的に逮捕とみるべき同行の時点において、被疑者を緊急逮捕することができる理由と必要性は事実上そろっていたと認められる。そのうえ、その約3時間後には通常逮捕の令状が執行され、法律が定める時間の制限内に検察官への送致、さらに勾留の請求までが進んでおり、勾留請求の時期についても違法な点は見当たらない。これらを踏まえると、先行した実質的逮捕の違法性の程度は、その後にされた勾留を違法にするほど重大なものとまでは言えない。
210条(抜粋)|刑事訴訟法 第二編 第一審 第一章 捜査(189〜246条)1項:検察官、検察事務官又は司法警察職員は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の拘禁刑に当たる罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができる。この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない。逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならない。
裁判例の大勢と、これを批判する有力説
第6節の判断の仕方は、裁判例の大勢だとされています。これに対して、有力な学説からの批判があり、決着はついていません。
- 裁判例の大勢:実質逮捕の時点で緊急逮捕の要件が事実上そろい、その後の手続も時間内に進んでいれば、重大な違法とはしません。
- 有力説:違法な実質逮捕が先にあった以上、緊急逮捕の要件が事実上そろっていても、重大な違法として勾留請求を却下すべき、という立場です。
- 要件がそろっていたこと自体は争いません。争うのは、踏むべき手続を踏んでいない点です。
| 裁判例の大勢 | 有力説(批判) | |
|---|---|---|
| 何を重く見るか | 要件が事実上そろっていたこと | 緊急逮捕は令状なしで拘束できる例外で、違憲の疑いもあるので、手続を厳しく守らせるべき |
| 重大性の判断 | 重大な違法とはしない(要件がそろい、時間内に進んでいることが前提) | 要件がそろっていても、令状主義違反として重大な違法 |
| あとの通常逮捕状 | 手続の選び方を誤った、形のうえのミスにとどまる | 緊急逮捕の事後審査を受けたのと同じには扱えない |
- 有力説が問題にする点:本当に緊急逮捕をしていれば、直ちに裁判官に逮捕状を求め(210条1項)、裁判官は2段階で審査します。
- 第1段:逮捕した時点の事情で、緊急逮捕そのものが適法だったか。
- 第2段:逮捕状を出す時点の事情で、逮捕の理由と必要性があるか。
- あとから通常の逮捕状を取っただけでは、通常逮捕の要件(理由と必要性)の審査しか受けていません。先にした令状のない拘束が正しかったかは、誰も審査していないことになります。
- 押さえる形:「重大性」を見るときには、実務の大勢と、それを疑う有力説の両方がある、という構図です。論文でも論点になりうる対立です。