民法ゼロから民法#10

詐欺・強迫(96条)と第三者保護の非対称

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第1章 民法総則 ⑩/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

前回の想起と視点の転換

前回との接続:#6〜#8はわざと、#9は勝手に勘違い、#10は他人の手が入った

前回扱った錯誤では、93条2項・94条2項と、95条4項とで、第三者保護の要件が違っていました。95条4項だけ、善意に加えて無過失まで求められたのは、表意者の落ち度が小さいので、第三者を守る要件が重くなる、という理由からでした。今日は、その理由がもう一段深く関わってきます。

これまでのシリーズを振り返ってみましょう。心裡留保と通謀虚偽表示――前々回までは、本人がわざと、真意とズレた表示をしていました。錯誤は、本人が勝手に勘違いした話でした。そして今日の詐欺と強迫では、また視点が変わります。本人の意思は確かにあるのに、その意思ができあがるまでの過程に、他人の手が入っているのです。だまされたり、おどされたりして、意思表示をさせられる、ということです。今日は、もう1つ大きな軸があります。

今日の地図と今日いちばんの軸:帰責性が小さいほど第三者保護は重くなる

表意者に、どれだけ落ち度――帰責性があるかで、第三者をどこまで守るかが変わってくる、という1本の物差しです。落ち度が大きいほど、第三者は守りやすくなります。この物差しが、今日出てくるほとんどの場面を貫きます。

今日の流れは、大きく分けて2つです。前半は、Aさんとその契約相手Bさんの間の話。詐欺の意義、要件、第三者による詐欺、錯誤との関係まで見ます。後半は、契約の外にいる第三者との勝負です。取消しの前に現れた第三者、取消しの後に現れた第三者、そして強迫だとどう変わるかを見ます。特に、取消しの前後で扱う条文が変わるところと、強迫の非対称が、今日いちばんの山場です。

瑕疵ある意思表示とは何か——なぜ「無効」ではなく「取消し」か

意思の不存在 vs 瑕疵ある意思表示

心裡留保や通謀虚偽表示は、本人の表示と、本心とがズレていました。これは「意思の不存在」というグループです。錯誤も、実は同じグループですが、本人は自分がズレていることに気づいていません。

詐欺や強迫では、Aさんの意思と表示は、ズレていません。「安く売りたくないけれど、仕方ない」と、Aさんは確かにそう思って、そう表示しています。問題は、その「売ろう」という意思ができあがるまでの過程にあります。Bさんのウソや脅しがなければ、Aさんはそんな意思を持たなかったはずです。だからこそ「瑕疵ある意思表示」と呼ばれます。意思そのものは存在するけれど、意思が形成される過程が汚染されている、という状態です。

意思自体はあるので、契約を当然に無かったことにはしません。Aさんに、「このままでいいか、やめるか」を選ばせるのです。それが取消権です。

取消しの効果:取消権者・遡及効・期間制限(120条2項・121条・126条)

120条2項で、取り消せるのは表意者本人、その代理人、承継人に限られます。だまし、おどした側からは取り消せません。

条文民法121条

民法 第121条(取消しの効果) 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす

取り消すまでは一応有効ですが、取り消すと、契約の最初にさかのぼって無かったことになります。あとで何度も出てきますが、この遡及効の強さが、今日いちばんの軸に関わってきます。ただし126条で期間が区切られています。追認できる時から5年、行為の時から20年です。無制限に主張されると、取引が不安定になるからです。

詐欺の意義と効果——96条1項

96条1項:詐欺・強迫による意思表示は取り消せる

条文を見てみましょう。

条文民法96条1項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫) 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる

1項は、詐欺と強迫がまとめて規定されています。まず詐欺から見ていきましょう。詐欺とは、相手を欺く行為によって、相手を錯誤に陥らせることです。Bさんが、Aさんに「この土地の一帯は、近く区画整理で価値が下がる一方だ」とウソをついて、Aさんを信じ込ませました。Aさんは、それを信じて、相場よりずっと安い金額で、Bさんに土地を売ってしまいました。

詐欺の基本形:A(表意者)とB(相手方)

Aさんは、Bとの契約を、96条1項にもとづいて取り消すことができます。

詐欺の要件——3つの柱と刑法との違い

詐欺の3つの要件:欺く行為・錯誤・故意

詐欺は、大きく3つの柱で説明されます。1つ目は、相手を欺く行為があること。ウソの情報を伝えるなど、相手を錯誤に引き込む行為です。土地の例でいえば、区画整理のウソです。2つ目は、その行為によって、実際に相手が錯誤に陥ったこと。Aさんが「価値が下がる」と信じ込んだ部分です。3つ目は、詐欺を行った側に、故意があることです。

この故意は、もう少し細かく考えると2つに分けられます。1つは、相手を錯誤に陥らせようとする故意。もう1つは、その錯誤にもとづいて、意思表示をさせようとする故意です。Bさんは、Aさんに勘違いさせるだけでなく、その勘違いのまま売却させようとまで考えていました。

96条1項は「詐欺による意思表示は、取り消すことができる」としか書いていません。今の3つは、「詐欺」という言葉を、通説がかみ砕いて整理したものです。何かウソをつけば常に詐欺になるわけではなく、単なる誇張した宣伝文句くらいでは足りません。社会通念上許されない程度の、違法な欺く行為であることが前提です。

刑法の詐欺罪と似ていますが、違いもあります。刑法の詐欺罪は財産犯なので、財物や利益が移転したことが必要です。一方、96条の文言を見ても、財産的な損害があったことは、要件として書かれていません。少なくとも条文の文言上は、損をしていなくても取り消せることになります。民法の詐欺は、財産の移転そのものより、表意者の意思決定の過程を守ることが目的だからです。損害の有無を正面から要件にはしていません。

たとえば、相場どおりの金額で売った場合でも、「区画整理で価値が下がる」という同じウソを信じて、早めに手放した方がいいと思ったから売る気になったのなら、金額自体は相場どおりでも、売るかどうかの判断そのものが、ウソで作られています。条文にそう書かれていない以上、こういう場面も文言上は排除されません。

第三者詐欺——96条2項と2017年改正

96条2項:第三者が詐欺を行った場合

今度は、少し設定を変えます。ウソをついたのが、契約の相手方Bではなく、契約と関係ないCさんだったらどうでしょうか。地域の情報通を装う、Aさんの知人のような人物です。CさんがAさんに、同じ「区画整理で価値が下がる」というウソを吹き込み、AさんはBさんと契約してしまいました。

第三者詐欺の関係図:C→A、A⇄B

この場合、Aさんは無条件には取り消せません。条文を見てみましょう。

条文民法96条2項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫) 2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

相手方Bが、Cのウソを知っていた(悪意)、または、注意すれば気づけた(有過失)ときに限って、Aさんは取り消せます。逆にいえば、Bが、Cのウソについて善意無過失――何も知らず、知る手立てもなかったときは、Aさんは取り消せません。ここは裏返って誤解されやすいので注意してください。「Bが悪意のときは取り消せない」ではなく、善意無過失のときだけ、取り消せない、が正確です。Bは、Cのウソにまったく関わっていません。何も知らずに、普通に契約しただけのBの信頼を守るための要件です。

有過失にあたるのは、たとえば、近所で同じウソがあちこちで噂になっていたのに、Bが何も確認せず契約していたような場合です。

この条文は、2017年の改正で変わったところです。

96条2項の改正前後:悪意のみ→悪意又は有過失

改正前は「相手方が悪意のとき」に限られていました。有過失では、取り消せませんでした。「知ることができたとき」――有過失まで加わったことで、だまされたAさんの側が、より保護されやすくなりました。

詐欺と錯誤の関係——二重効

二重効:詐欺と錯誤、どちらでも主張できる場面

「この土地は今後価値が下がる」というAさんの思い込みは、実は、前回学んだ基礎事情の錯誤の要件も満たしえます。詐欺と錯誤、両方の要件がそろう場面があるのです。この場合、Aさんはどちらを主張してもよい、というのが有力な考え方です。判例が決着させた論点というより、学説の議論として整理されており、二重効肯定説と呼ばれています。

詐欺も錯誤も、どちらも表意者を守るための規定だからです。実務上も、錯誤の主張では「重要性」を、詐欺の主張では相手の「故意」を証明しなければならず、どちらも簡単ではありません。主張の選択肢を残しておく方が、表意者の保護につながります。

取消し「前」の第三者——96条3項

96条3項:善意でかつ過失がない第三者

ここから、契約の外にいる第三者との勝負になります。もし、Aさんが気づいて取り消す前に、Bさんがこの土地を、事情を知らないDさんに譲っていたら、どうなるでしょうか。

取消し前の第三者の関係図:A→B①契約、B→D②譲渡、A③取消し

Aさんは、Bとの契約を取り消せます。しかし、その効果をDさんにも主張できるかは、別の問題です。条文を見てみましょう。

条文民法96条3項

民法 第九十六条(詐欺又は強迫) 3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

「善意でかつ過失がない」というのは、前回の95条4項と同じ言い方です。Dさんが、Aさんとの間の詐欺の事実を知らず、かつ、知らなかったことに過失もなければ、Aさんは取消しをDさんに対抗できません。Dさんが土地を守れる、ということです。逆に、Dさんが詐欺の事実を知っていた、または、ちょっと調べれば分かったのに調べなかった場合は、保護されません。

なぜこんな規定があるのでしょうか。さきほどの121条を思い出してください。取り消すと、契約は最初から無かったことになります。その強い効果をそのまま突き進めると、何も知らずに土地を買ったDさんまで巻き込んでしまいます。96条3項は、その遡及効にブレーキをかける規定です。

ここでいう「第三者」は、前回・前々回と同じ定義です。当事者やその包括承継人以外で、新たな独立の法律上の利害関係を持つに至った人、です。Dさんは、まさにそれにあたります。

なぜ無過失まで要るのか——帰責性の物差し

帰責性の物差し:93条2項・94条2項(善意のみ)vs 95条4項・96条3項(善意無過失)

ここで、今日いちばんの軸を、条文どうしで並べて確認しましょう。

論文で書く規範:93条2項・94条2項の第三者保護要件

93条2項も94条2項も、第三者保護の要件は「善意」だけでした。心裡留保も通謀虚偽表示も、第三者は「善意」でさえあれば守られます。無過失までは要求されません。一方、96条3項は「善意でかつ過失がない」でした。無過失まで要求しているのは、95条4項と96条3項です。

なぜこの違いが生まれるのでしょうか。心裡留保と通謀虚偽表示は、本人が自分の意思で、わざとウソの外観を作り出しています。一方、詐欺のAさんはだまされた被害者です。わざと外観を作った人と、だまされた・おどされた人とでは、落ち度――帰責性の大きさが、まるで違います。心裡留保・通謀虚偽表示は、本人の帰責性が大きいので、第三者は善意でさえあれば守られます。逆に、詐欺や錯誤は本人の帰責性が小さいので、第三者の側にも、無過失までしっかり求めることで、バランスを取っています。表意者の帰責性が小さいほど、第三者の保護要件は重くなる、という1本の物差しです。

95条4項と96条3項は、この物差しの上で、同じ列に並びます。この物差しを、この後も何度も使います。

96条3項の第三者に登記は必要か

登記の要否:争いがある論点

ここは、実は争いがあります。1つの考え方は、Dさんは、善意無過失に加えて、登記まで備えていないと保護されない、というものです。Aさんの帰責性と、Dさんが受ける保護の強さを釣り合わせるためです。我妻・内田などの立場を含む、有力な考え方で、試験対策としてもおすすめされています。もう1つは、96条3項の文言上、登記は要求されていないこと、そして第三者の取引安全を理由に、登記は不要とする考え方です。

判例

96条3項の第三者と登記

この判例は、第三者が仮登記を備えていた事案でした。本登記の順位だけを先に押さえておく、仮の登記です。まったく何の登記もしていなかった事案ではないため、登記が不要だと一般的に言い切ったとまでは断定できません。しかもこの判例が不要だとしたのは、あくまで対抗要件としての登記です。登記必要説が求める権利保護要件としての登記とは別の話なので、この判例と正面から対立しているとも言い切れません。

ここは断定しません。答案では、登記必要説を採るのが試験対策としては扱いやすい、というのが1つの目安です。詳しいあてはめは、論文の回に送ります。

取消し「後」の第三者——177条

取消し後の第三者の時系列:A→B①契約、A②取消し、B→D③転売

前回の錯誤の回で、実は宿題を1つ残していました。取消しのに第三者が現れたら、という話です。今日はそれを扱います。今度は、Aさんが先にBとの契約を取り消して、その後で、Bがこの土地をDさんに譲ってしまった場合です。

さきほどの96条3項をもう一度見てください。「取消しは、第三者に対抗することができない」とあります。96条3項は、取消しよりに登場した第三者にしか及びません。今回のDさんは、取消しのに出てきたので、96条3項の出番ではないのです。

ここは、学説が対立しています。割れているのは、取消しの遡及効を本当の巻き戻しと見るか、法律上の建前と見るか、という1点です。

1つは、他人物売買説です。取消しの遡及効――121条を徹底すると、土地はもともとAさんのものだったことになります。つまりBさんは、自分のものではない土地をDさんに売ったことになります。だから、94条2項の類推適用や、192条の即時取得のような枠組みで処理する、という考え方です。即時取得とは、他人の物でも、その人が持ち主だと信じて、過失なく買って受け取った人は、所有権を取得できるという制度ですが、動産だけの話なので、今の土地の例では出番がありません。要件は、動産物権変動の回に送ります。他人物売買説では、Dさんは、94条2項の類推適用のような要件を満たさない限り、土地を守れない、ということになります。カギは、Aさんの帰責性の有無です。取消した後もBの登記をAが長く放置していた、といった事情がある場合が典型です。細かい要件は、94条2項類推を扱った回に送ります。

もう1つは、二重譲渡類似説です。こちらは、遡及効も一種の法律上の擬制にすぎないと考えます。取消しによって、土地の権利がBからAへ戻ってきた、と評価するのです。これを復帰的物権変動と呼びます。すると、AさんとDさんは、同じBを起点に、土地を二重に譲り受けようとしている関係と同じに見えます。だから、対抗要件――不動産なら登記の有無という、画一的な基準で決着をつけます。たとえば、Dさんが先に登記を備えてしまえば、たとえAさんが先に取消しの意思表示をしていても、Aさんは負けてしまいます。

2つの学説の対立:他人物売買説 vs 二重譲渡類似説

条文民法177条

民法 第百七十七条(不動産に関する物権の変動の対抗要件) 不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。

判例

取消し後の第三者の処理

判例は、二重譲渡類似説の立場です。当事者の主観という、不安定な基準に頼るより、登記という画一的な基準で処理する方が、取引の安全に資するからです。Aさんが先に取消しをしても、登記を備えていないと負けることもある、ということです。取消し「前」は主観、取消し「後」は登記という、まったく別の物差しに切り替わる――ここが今日いちばんの山場です。「第三者」の範囲や、背信的悪意者のような発展的な論点は、177条そのものを扱う回に送ります。

強迫の意義と効果——96条1項の続き

96条1項の続き:詐欺又は強迫による意思表示

ここからは、同じ骨格を使って、強迫を見ていきます。同じA・B・Dで考えましょう。今度は、Bさんが直接Aさんに「売らないなら、この先どうなっても知らないぞ」と告げ、Aさんは畏怖して安値で土地を売る契約に応じてしまいました。「強迫」とは、違法に相手を畏怖させて、意思表示をさせることです。強迫による意思表示も、96条1項によって取り消すことができます。

「脅迫」と「強迫」の字の違い

実は、音は同じでも使う漢字が違います。刑法の犯罪で使う「脅迫」の字と、民法96条で使う「強迫」の字は、別の字です。答案を書くときは、民法の条文と同じ字で書いてください。

取消しの可否は、程度によります。畏怖はしたけれど、一応まだ自分の意思で判断できた、という場合は、取消しの対象です。

意思の自由の完全な剥奪=当然無効

判例

強迫による意思の自由の完全な剥奪

一方、相手を畏怖させるという程度を超えて、意思の自由を完全に奪ってしまった場合もあります。複数人に取り囲まれて部屋から出してもらえず、言われるままに署名させられた――そこまでいくと、もう「自分で選んで表示した」とは言えません。この場合は取消しではなく、当然に無効です。意思の自由が完全に失われていれば、もはや「意思表示」そのものが存在しない、と評価できるからです。取り消すか選ぶ余地すらない、ということです。

強迫の非対称①——第三者強迫は無条件で取消し可

強迫の非対称①:Cが脅した場合、Bの善意・悪意は問わない

ここから、強迫特有の話に入ります。さきほどの第三者詐欺では、Cさんがウソをついて、Bが善意無過失なら取消しできない、という話でした。今度は、CさんがAさんを脅した場合を考えます。B自身は、Cが脅していたことを知らなかったとしましょう。

詐欺のときと同じように考えると、Bが善意無過失なら取り消せないように思えますが、ここが強迫の1つ目の非対称です。強迫では、相手方Bの善意・悪意や過失の有無を、問いません。Bが何も知らなくても、取り消せます。

96条2項をもう一度見てください。「第三者が詐欺を行った場合」としか書いていません。強迫については書かれていないため、この反対解釈で、第三者強迫には96条2項のような限定がかからない、ということになります。だまされた人より、おどされた人の方が、さらに保護に値する、という考え方だからです。帰責性が、詐欺よりもさらに小さい、ということです。判断力そのものは保たれているぶん詐欺より弱く見えても、暴力的な圧力に屈しただけの被強迫者を、民法はより強く守ります。

強迫の非対称②——取消し前の第三者は保護されない

強迫の非対称②:取消し前のDは善意無過失でも保護されない

もう1つ、大きな非対称があります。さきほどの96条3項――取消し前の第三者は、Dさんが善意無過失なら保護される、という話でした。今度は、強迫のケースで、Aさんが気づいて取り消す前に、Bさんがこの土地をDさんに譲っていたとします。

Dさんが何も知らず、落ち度もなければ詐欺と同じように守られるかというと、そうではありません。ここが強迫の2つ目の非対称です。強迫による取消しには、Dさんを保護する規定がありません。Dさんがどれだけ善意無過失でも、Aさんが常に勝ちます。まったく保護されないのです。

これも、条文が書いていないことによります。96条3項をもう一度見てください。「詐欺による意思表示の取消しは」としか書いていません。強迫による取消しは、対象になっていないのです。この反対解釈で、強迫には第三者保護の規定が無い、ということになります。被強迫者の帰責性は、詐欺よりもさらに小さいので、第三者保護よりも、被強迫者の保護を徹底する、という設計です。

取消しのに第三者が出てきた場合は、詐欺のときと同じ扱いです。取消し後は、強迫でも遡及効の話ではなくなるので、177条・178条の対抗問題として処理されます。取消し前は、詐欺なら無過失まで、強迫なら無条件。取消し後は、詐欺も強迫も177条で同じ、という整理になります。

総まとめ——取消しと第三者の一覧

総まとめ:錯誤・詐欺・強迫・制限行為能力×取消し前後

ここで、意思表示シリーズ全体を、1枚の表にまとめます。錯誤、詐欺、強迫、そして制限行為能力です。それぞれ、取消し前と取消し後で、第三者がどう扱われるかを見ます。

取消し前でいえば、錯誤は95条4項で、善意無過失の第三者が保護されます。詐欺は96条3項で、同じく善意無過失の第三者が保護されます。強迫は、今日見たとおり、保護する規定がありません。実は、制限行為能力も同じです。未成年者や成年被後見人が取り消した場合、それより前の第三者を守る規定はありません。強迫と制限行為能力は、表意者の保護を第三者より徹底する場面、という共通点があります。

取消し後は、すっきりしています。錯誤も、詐欺も、強迫も、制限行為能力も、取消し後の第三者は、原則としてすべて177条・178条の対抗問題として、統一的に処理されます。取消し前は「本人の帰責性の大きさ」という物差しで枝分かれし、取消し後は「対抗要件」という1つの物差しに合流する――これが、意思表示シリーズ全体の着地点です。

ここは論文で論点になる

取消し前後の分水嶺は論文シリーズへ

今日扱った、取消し前か後かという分水嶺は、答案で正面から問われる論点です。事案があって、問題提起をして、規範を立てて、あてはめる、という答案の型で書かれます。ただ、この解説動画では、答案の規範定式や答案構成そのものには踏み込みません。詳しい書き方は、民法の論文シリーズで扱う予定です。「そういう論点がある」と押さえるだけで十分です。

今日の地図(保存版)

まとめ①:瑕疵ある意思表示と詐欺の骨格

詐欺・強迫は、意思そのものはあるが、できあがる過程が汚染されている「瑕疵ある意思表示」でした。だから無効ではなく、取消しでした。詐欺は、欺く行為・錯誤・故意の3つで整理されていました。少なくとも条文の文言上、財産的な損害は要件として書かれていません。第三者詐欺は、相手方が悪意か有過失のときだけ取消しができました。

まとめ②:第三者保護は帰責性の物差しで決まる

取消し前の第三者は、96条3項で善意無過失の人が保護されました。これは、93条2項・94条2項の「善意のみ」より重い要件でした。表意者の帰責性が小さいほど、第三者の保護要件が重くなる、という物差しです。取消し後の第三者は、この物差しから外れて、177条の対抗問題で処理されました。強迫は、詐欺よりさらに帰責性が小さいから、第三者からの加害は無条件で取消しでき、取消し前の第三者はまったく保護されない、という2つの非対称がありました。

話は、後の回に送ります。取消しと登記、背信的悪意者の詳しい話は、177条の対抗要件を扱う回で。即時取得の要件は、動産物権変動の回で。消費者契約法の取消しは、意思表示の到達を扱う回で。無効と取消しの一般理論は、そのすぐ後の回で扱います。

参照条文

  • 民法121条
  • 民法96条1項
  • 民法96条2項
  • 民法96条3項
  • 民法177条

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