刑法ゼロから刑法 論文

保護責任者遺棄致死(ひき逃げ)の書き方

早朝の農道で自転車の高校生をはねた甲が、動けないVを農業用倉庫の奥に運び入れ、シャッターを下ろして立ち去り、Vが死亡した事例で、甲に保護責任者遺棄致死罪(218条・219条)が成立するかを答案に書き切る回。保護する責任のある者を、根拠(先行行為・法令)に加えて具体的かつ排他的な依存で絞る規範を立て、人通りが少ないだけでは足りず、他の人による発見と救助の道を甲自らが閉ざしたことを事実で当てはめる。遺棄は置去り、致死の因果関係は十中八九の救命可能性を判例(最決平元・12・15)の物差しで確かめる。事実を変え、倉庫に運び入れない単純なひき逃げでは排他的依存を欠いて不成立、救命が五分五分なら因果関係が否定され保護責任者遺棄罪にとどまる点も、最判昭34・7・24の射程とあわせて見る。

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ゼロから刑法 論文/動画の内容を見返し用にまとめたものです(動画には含みません)。

事例

農道での経過 図:農道での経過

10月の早朝、午前5時45分ごろです。田んぼの中の農道ぎわにある、農業用倉庫の中です。奥の壁際に、高校生が寝かされています。右脚の付け根と腰が痛くて、立ち上がれません。男が入口のシャッターを下ろすと、農道からは、倉庫の中が見えなくなりました。高校生は「助けて」と声を出しましたが、男は応じません。この場面に至るまでを、順に見ます。舞台は、田んぼの中の舗装された農道です。幅は約3メートルで、近所の人や農家の車が通り抜けに使っています。見通しの悪いカーブがあり、その先の道沿いに、トタン張りの農業用倉庫が、道から数メートル奥まって建っています。普段は使われておらず、鍵はかかっていません。シャッターは半分開いたままです。最寄りの民家までは、約500メートルあります。登場するのは、食品卸売会社の配送ドライバーで30代の甲と、高校2年で16歳のVです。Vは、早朝の練習に向かう途中で、自転車に乗っていました。

午前5時40分ごろ、甲は配送先に遅れそうで、見通しの悪いカーブを、速度を落とさずに進みました。対向してきたVの自転車に気づくのが遅れて、はねてしまいます。Vは、自転車ごと路肩の草地に投げ出されました。甲は車を止めて降り、Vに駆け寄ります。Vは意識がはっきりしていて、右脚の付け根と腰の激痛を訴え、立ち上がれません。Vのスマートフォンは、衝突で壊れて、作動しません。一方で、外から見える出血や大きな外傷はなく、顔色も普通でした。甲は、自分のスマートフォンを、車内に持っています。甲は、Vに意識があって話せるうえ、外から見える出血も大きな外傷もなかったので、命に関わるほどの傷とは思いませんでした。ただ、Vが立てず、助けを必要とする状態であることは、分かっていました。ところが甲は、免許の取消しと失職をおそれます。午前5時45分ごろ、Vを抱えて、道沿いの倉庫の奥の壁際に運び入れて寝かせ、シャッターを下ろしました。農道からは、倉庫の中が見えません。Vは「助けて」と声を出しましたが、甲は応じませんでした。この時点で、Vの居場所を知っているのは、甲だけです。5時55分ごろ、甲は倉庫を出て、Vを残したまま、車で配送先へ向かいました。午前8時ごろ、Vは出血で死亡します。8時まで、その農道を通る人はいませんでした。午前11時ごろ、倉庫の持ち主の農家が倉庫を開けて、Vの遺体を見つけました。解剖の結果です。死因は、衝突でできた骨盤骨折に伴う大量の出血でした。倉庫に運び入れたこと自体で傷が悪化した、という所見はありません。

鑑定もあります。甲が立ち去った午前5時55分ごろまでに119番通報をしていれば、救急隊は約20分で到着できて、Vは、受傷から1時間以内に、病院で輸血を含む止血の処置を受けられました。その場合、十中八九、救命できた、というものです。

甲とVの関係 図:甲とVの関係

関係を、図で整理します。甲はVをはね、そのうえで、Vを倉庫に運び入れました。甲は、Vをはねたこと、Vが立てず助けを必要とすること、他の人がVを見つけられない状態にVを置いたことを、分かっていました。けれども、死なせる意思も認識もありません。問いは、これだけです。Vを倉庫に運び入れて立ち去った甲の罪責を論じなさい。ただし、Vをはねた点と、道路交通法違反の点は除きます。

罪名と条文の特定

答案は、甲が何をしたかから書き出します。甲はVを倉庫に運び入れて立ち去り、Vは死亡しました。人が死亡していますから、重い罪から考えます。殺すつもりがあったかどうかは、罪名を分けます。死なせる認識があれば殺人罪を考え、なければ別の罪を考えることになります。甲は、Vに意識があって話せ、外から見える出血も大きな外傷もなかったので、命に関わるとは思っていません。殺意はありません。殺意のいらない罪として、保護責任者遺棄致死罪を検討します。条文を見ます。

条文刑法218条

刑法218条(保護責任者遺棄等) 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。

218条は、助けを必要とする人を、保護する責任のある者が、遺棄したり、生存に必要な保護をしなかったりした場合の罪です。要件は3つあります。助けを必要とする人という客体、保護する責任のある者という主体、そして、遺棄または保護をしないという行為です。客体は、老年者、幼年者、身体障害者、病者の4つです。Vは、右脚の付け根と腰の激痛で立ち上がれず、助けを必要とする状態にありました。ここでいう病者には、病気の人だけでなく、けがで動けない人も入ります。自分の力では危険から身を守れない点が、同じだからです。ですから客体は、争いがありません。

条文刑法219条

刑法219条(遺棄等致死傷) 前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。

219条は、前の2条の罪、つまり遺棄の罪を犯して、さらに人を死傷させた場合に、重く処罰する規定です。遺棄をして、さらに死なせてしまった場合に重くするこの形を、結果的加重犯といいます。重くなるには、遺棄と死亡との間に、因果関係が要ります。条文の「よって」が、この因果関係を指します。法定刑の決め方は、結論のところで見ます。死なせるつもりは、要りません。遺棄をしたことと、人が死亡したこととの間に因果関係があれば、219条で重く処罰されます。

問題提起と、検討の順

遺棄致死罪の検討の順 図:遺棄致死罪の検討の順

218条をもう一度見ます。遺棄も不保護も、誰がしてもよいわけではありません。主体が、保護する責任のある者に限られています。保護する責任のある者の中身が、この事例の問題提起です。条文には、その中身が書かれていません。甲は、保護する責任のある者にあたるのか。基準を立てて、判断する必要があります。検討の順を決めます。客体は、罪名と条文の特定で見たとおり、争いがありません。次に主体、つまり、保護する責任のある者です。ここで規範を立てます。そのあと、行為が遺棄か不保護か、故意、最後に、219条の致死です。厚く書くのは、解釈が要る主体と、致死の因果関係の2か所です。

規範

規範カード|保護する責任のある者の意義 図:規範カード|保護する責任のある者の意義

保護する責任のある者の中身は、解釈で立てる規範です。条文から読み取る成立要件とは違います。

⭐ 論文で書く規範:保護する責任のある者の意義 「保護する責任のある者」とは、生存に必要な保護をなすべき法的作為義務を負う者をいう。 そして、かかる作為義務は、法令・契約・先行行為等の根拠があることに加え、要扶助者の生命・身体の安全が行為者に具体的かつ排他的に依存している場合に認められると解する。 (規範(通説で立てる))

1つ目の文から見ます。法的作為義務とは、結果を防ぐために一定の行為に出なければならない、という法の上の義務です。道端で倒れている人を見かけただけの通行人は、助けなければ冷たいと言われるかもしれませんが、法的な義務は負いません。そういう人は、ここでいう保護する責任のある者に入りません。2つ目の文は、義務が認められる場合を、2段で絞っています。1段目は、根拠です。法令、契約、先行行為などの根拠があること。先行行為とは、自分の行為で危険を作ったことです。2段目が、要扶助者の生命・身体の安全が、行為者に具体的かつ排他的に依存している、という状況です。要扶助者とは、助けが必要な人のことで、この事例ではVです。排他的に依存している、とは、その人にしか救えない状況のことです。

根拠だけでは、足りません。根拠だけで義務を認めると、その人が動かなくても、ほかの誰かが救える場面にまで、義務を負わせることになります。処罰の範囲が、広がりすぎるのです。その人にしか救えない状況まで揃って、はじめて、何もしなかったことを責められます。

保護する責任のある者——根拠と、排他的依存

ここからが、答案の山場です。甲は、保護する責任のある者にあたるか。規範の1段目、根拠から確かめます。甲は、自分の運転上の過失で、Vをはねています。自分の行為でVの危険を作った、先行行為があります。もう1つ、法令の根拠があります。条文を見ます。

条文道路交通法72条1項前段

道路交通法72条1項前段(交通事故の場合の措置) 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。

交通事故があったときは、運転者は、直ちに運転を停止して、負傷者を救護しなければなりません。法令が定めた義務です。甲は、この事故の運転者ですから、Vを救護する義務を負います。先行行為と法令の、どちらからも、作為義務の根拠はあります。ただし、根拠があるだけでは足りません。規範の2段目、Vの生命が甲に具体的かつ排他的に依存していたかが、残っています。その前に、判断する時点を決めます。保護する責任のある者かどうかは、甲が倉庫の奥のVを残して立ち去った時点で見ます。罪に問うのが、この立ち去りだからです。倉庫に運び入れたことは、その時点の状況を作った事情として拾います。次に、人通りの少ない農道を、どう扱うかです。早朝の農道ですから、人通りは多くありません。けれども、人通りが少ないというだけでは、通りかかった人がVを見つけて助けてくれる可能性までは、消えません。農道は、近所の人や農家の車が通り抜けに使う、一般の道だからです。Vの命が甲にだけかかっていた、とは、まだ言えません。そこで、甲の事実を2つに分けます。

Vの生命が甲に依存していたかを拾う観点 図:Vの生命が甲に依存していたかを拾う観点

観点だけを、図に示します。左は、事故の時点で、すでにそうだった状況です。真ん中は、甲が自分の行動で作った事情。右は、それぞれの評価です。

Vの生命が甲に依存していたかを事実で拾う 図:Vの生命が甲に依存していたかを事実で拾う

もともとの状況から拾います。早朝の農道で、人通りが少ないこと。最寄りの民家まで、約500メートルあること。Vのスマートフォンが、衝突で壊れていたこと。そして、Vが立てないこと。どれも、甲が何もしなくても、事故の時点でそうだった事情です。これだけなら、通りかかった人がVを見つけて、救う道は残っています。次に、甲が自分で作った事情です。Vを倉庫の奥に運び入れたこと。シャッターを下ろして、農道から見えなくしたこと。その結果、Vの居場所を知る者は、甲だけになりました。通りかかった人の目に、Vの姿は入らなくなりました。他の人による発見と救助の道を、甲自らが閉ざした、と評価できます。

倉庫に鍵がかかっていなくても、評価は変わりません。倉庫は、普段は使われておらず、人が来ることを当てにできる場所ではありません。しかも、甲が下ろしたシャッターで、農道から中の様子は見えなくなりました。甲が立ち去った時点で、近いうちに誰かがシャッターを開けると見込める事情は、ありません。甲が閉ざしたのは、通りかかった人がVに気づく、その入口です。たとえば、道に置かれた物は、通りかかった人の目に入ります。物置に入れて戸を閉めれば、目に入りません。見つけてもらう道が残っているか、閉ざされたかの違いです。

保護責任の結び 図:保護責任の結び

以上を、規範に当てます。根拠は、先行行為と法令の両方にあります。そのうえで、他の人による発見と救助の道を甲が閉ざしたことで、Vの生命は、甲に具体的かつ排他的に依存していました。ですから、甲は、保護する責任のある者にあたります。人通りが少ないだけでは足りず、甲が自分で作った事情で書く。これが、この論点の中心です。

遺棄と不保護、故意

遺棄と不保護の違い 図:遺棄と不保護の違い

保護する責任のある者と言えましたので、次は行為です。218条は、「遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかった」と書いています。遺棄なのか、不保護なのかを決めます。遺棄と不保護の分かれ目は、行為者と要扶助者との間に、場所的離隔を伴うかどうかです。場所的離隔とは、2人の間が離れることです。遺棄は、場所的離隔を伴う行為で、要扶助者を動かす移置と、放置したまま立ち去る置去りがあります。不保護は、離れずに、そばにいながら必要な保護をしない場合です。甲は、倉庫の奥のVを残して、立ち去りました。Vと甲との間は離れ、場所的離隔が生じています。ですから、不保護ではなく、置去りとして遺棄にあたります。もし甲が、倉庫の中でVのそばにいながら何も手当てをしなかったなら、離れていないので、不保護になります。

運び入れも、Vを動かす行為ですから、移置と見る余地はあります。ただ、Vの生命が甲だけにかかる状況は、運び入れてシャッターを下ろして、はじめてできました。保護する責任のある者と言えるのは、そのあとです。そのあとの行為は、倉庫を出て立ち去ったことです。ですから、この答案では、運び入れは依存を作った事情として使い、遺棄は立ち去り、つまり置去りで書きます。置去りは、やるべきことをしない形の遺棄ですから、作為義務として立てた規範が、そのまま当たります。故意です。甲は、自分でVをはねたこと、Vが立てず助けを必要とすること、他の人がVを見つけられない状態にVを置いたことを、分かったうえで立ち去りました。ですから、遺棄の故意はあります。ここは争いがなく、答案では短く通す場所です。

致死の因果関係

遺棄致死罪の検討の順 図:遺棄致死罪の検討の順

最後に、219条の致死です。置去りは、必要な保護をしないまま立ち去る行為です。やるべきことをしない形ですから、不作為にあたります。入る前に、不作為と死亡との因果関係の見方を確かめます。不作為と死亡との因果関係は、期待された作為、つまり、するべきだった行為をしていれば、結果を避けられたか、で見ます。その確かさは、合理的な疑いを超える程度に確実であること、が求められます。この事例で求められるのは、救命が合理的な疑いを超える程度に確実であったことです。この物差しを、判例で確かめます。取り上げるのは、覚せい剤を注射した相手を、救急要請せずに、ホテルの客室に放置した事案です。保護責任者遺棄致死罪に問われ、放置と死亡との因果関係が問題になりました。当時13歳の女性が死亡しています。

判例最決平元・12・15 刑集43巻13号879頁

遺棄致死の因果関係を認めた決定 原判決の認定によれば、被害者の女性が被告人らによって注射された覚せい剤により錯乱状態に陥った午前零時半ころの時点において、直ちに被告人が救急医療を要請していれば、同女が年若く(当時一三年)、生命力が旺盛で、特段の疾病がなかったことなどから、十中八九同女の救命が可能であったというのである。そうすると、同女の救命は合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められるから、被告人がこのような措置をとることなく漫然同女をホテル客室に放置した行為と午前二時一五分ころから午前四時ころまでの間に同女が同室で覚せい剤による急性心不全のため死亡した結果との間には、刑法上の因果関係があると認めるのが相当である。

読むのは、2か所です。1つ目は、原判決が認定した事実です。直ちに救急医療を要請していれば、十中八九、救命が可能だった。これは、事案の事実の側の言葉です。2つ目は、その事実から導いた結論です。救命は、合理的な疑いを超える程度に確実であった。こちらが、物差しです。救えなかったかもしれないという疑いが、常識的に見て残らない程度、ということです。

事実と物差し 図:事実と物差し

甲の事例に当てます。期待された作為は、立ち去らずに119番をすることです。鑑定は、午前5時55分ごろまでに119番通報をしていれば、十中八九、救命できた、というものでした。左が事実で、右が物差しです。2つを混ぜずに、事実を物差しに当てます。確実といっても、百パーセントまでは求められていません。しなかった行為の結果は、誰にも百パーセントとは言い切れないからです。求められるのは、救えなかったかもしれないという疑いが、常識的に見て残らない程度です。十中八九は、通報していれば、まず助かった、という意味です。助かるのが通常で、助からないのは、例外の場合にとどまります。例外がありうるというだけでは、常識的な疑いにはなりません。疑いが残るのは、助からないことも十分にありえた、という場合です。最決平元・12・15も、十中八九救命が可能だったという認定から、救命は確実だったと認めています。ですから、甲の事例の鑑定も、物差しを満たします。しかも甲は、自分のスマートフォンを車内に持っていて、119番を通報できました。救えたはずだ、というだけでは、まだ足りません。Vの死が、置去りの経過から生じたものかも確かめます。死因は、骨盤骨折に伴う出血です。それが、放置されている間に進んで、死亡に至りました。倉庫に運び入れたこと自体で傷が悪化した、という所見もありません。ですから、甲の置去りとVの死亡との間に、因果関係が認められます。

結論

遺棄致死罪の結論 図:遺棄致死罪の結論

結論です。客体は、病者にあたります。甲は、保護する責任のある者です。倉庫の奥のVを残して立ち去ったことは、置去りとして遺棄にあたり、故意もあります。致死の因果関係も、認められます。ですから、甲には、保護責任者遺棄致死罪、刑法219条と218条前段が成立します。

法定刑の比べ方 図:法定刑の比べ方

刑の決まり方を、一度だけ確認します。219条は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する、と定めています。人が死亡した場合の比べる相手は、傷害致死罪、刑法205条です。まず218条前段の刑は、3か月以上5年以下の拘禁刑です。傷害致死罪の刑は、3年以上の有期拘禁刑で、有期拘禁刑の上限は20年です。下限と上限を、別々に比べます。下限は、3か月と3年で、重いほうの3年。上限は、5年と20年で、重いほうの20年。ですから甲は、3年以上の有期拘禁刑で処断されます。殺意があれば、殺人罪を考えることになります。ここでは、殺意がありませんので、保護責任者遺棄致死罪で終わります。

事実を1か所変える——単純なひき逃げ

変形の事実 図:変形の事実

事実を1か所だけ変えて、結論が動く場面を、2つ見ます。規範は、どちらも変わりません。1つ目です。同じ農道、同じ時刻に、甲はVをはねます。降りて様子を見ましたが、今度は、倉庫には運び入れません。Vを路肩の草の上に倒れたままにして、車で走り去りました。ほかは、すべて元のままです。Vは意識があって、スマートフォンは壊れています。死因も鑑定も同じで、午前8時まで、誰もその農道を通りませんでした。

単純なひき逃げの観点 図:単純なひき逃げの観点

変形の事実を、元の事例と同じ観点で見ます。左から、作為義務の根拠、排他的依存、そして保護責任です。

単純なひき逃げを事実で拾う 図:単純なひき逃げを事実で拾う

根拠は、元のままあります。運転上の過失でVをはねた先行行為も、救護の義務も、変わりません。排他的依存は、ありません。Vは路肩の草の上にいて、通りかかった人に、見つけてもらえる状態です。見つけてもらう道を、甲は閉ざしていません。結果として、午前8時まで誰も通らなかったとしても、同じです。評価するのは、甲が立ち去った時点で、通りかかる人がありえたかどうかだからです。ですから、保護する責任は認められず、保護責任者遺棄致死罪は成立しません。救護義務は、この変形でも、根拠として、元のままあります。そして、ひき逃げの運転者に保護責任を認めた判例もあります。最判昭34・7・24が、単純なひき逃げにまで及ぶかを確かめます。

判例最判昭34・7・24 刑集13巻8号1163頁

ひき逃げ運転者の保護責任を認めた判決 ……車馬等の交通に因り人の殺傷があつた場合には、当該車馬等の操縦者は、直ちに被害者の救護その他必要な措置を講ずる義務があり、これらの措置を終り且つ警察官の指示を受けてからでなければ車馬等の操縦を継続し又は現場を立去ることを許されないのであるから(道路交通取締法二四条、同法施行令六七条)、本件の如く自動車の操縦中過失に因り通行人に自動車を接触させて同人を路上に顛倒せしめ、約三箇月の入院加療を要する顔面打撲擦傷及び左下腿開放性骨折の重傷を負わせ歩行不能に至らしめたときは、かかる自動車操縦者は法令により「病者ヲ保護ス可キ責任アル者」に該当するものというべく、原審が本件につき刑法二一八条をも適用処断したことはまことに正当であり、……

最判昭34・7・24は、自動車の操縦者には、直ちに被害者を救護する義務があり、現場を立ち去ることは許されない、と述べました。そして、その義務が法令にあることを根拠に、操縦者は、病者を保護すべき責任のある者にあたる、としています。その筋で考えると、単純なひき逃げにも、保護責任が認められそうです。そこで、最判昭34・7・24が挙げた事実を確かめます。

判決が挙げた事実 図:判決が挙げた事実

判決が挙げた事実は、2つです。1つ目は、自動車の操縦中の過失で、通行人に接触して路上に転倒させ、約3か月の入院加療を要する重傷を負わせて、歩行不能にしたこと。2つ目は、救護その他の措置をとらずに、被害者を自動車に乗せて現場を離れ、降雪中の薄暗い車道上まで運び、「医者を呼んで来てやる」と偽って自動車から下ろし、そこに放置して立ち去ったこと。判決は、この事実について、刑法218条の適用を正当として、上告を棄却しました。ここが、結論の動く境目です。この事件の運転者は、被害者を自動車に乗せて、現場から運び去っていました。自動車に乗せた時点で、被害者を救えるのは、運転者だけになった、と評価できます。運転者は、その被害者を、降雪中の薄暗い車道上で下ろして、立ち去っています。被害者を自分だけの手に引き受けてから手放した点で、倉庫に運び入れた甲と、同じ型です。ですから、救護義務だけで足りると考えても、排他的依存まで要ると考えても、この事件の結論は同じです。車に乗せていない場合にどうなるかは、この判決からは決まりません。これが、射程、つまり、その判例がどこまで及ぶか、という問題です。救護義務だけで足りるとすれば、走り去った運転者は、誰もが、保護する責任のある者になり、処罰の範囲が広がりすぎます。ですから答案では、規範のとおり、根拠に加えて、排他的依存を見ます。倉庫に運び入れていない単純なひき逃げでは、排他的依存を欠き、保護責任者遺棄致死罪は成立しません。

遺棄の罪を問えなくても、Vをはねたことや、救護しなかったことの罪は、別に成立しえます。ここでは、遺棄の罪を問えない、というところまでです。

事実を1か所変える——救命できたかが五分五分

元の事例と五分五分の場合 図:元の事例と五分五分の場合

2つ目です。今度は、鑑定だけを変えます。午前5時55分ごろまでに119番通報をしても、受傷から1時間以内に処置を受けて、救命できたかは五分五分だった、とします。ほかは、元のままです。保護責任も、遺棄も、故意も、元のままです。倉庫に運び入れてシャッターを下ろし、立ち去ったことは、変わりません。変わるのは、致死の因果関係だけです。救命できたかが五分五分では、救命が合理的な疑いを超える程度に確実とは、いえません。救えなかったかもしれないという疑いが、半分も残るからです。ですから、置去りと死亡との因果関係は否定されます。Vの死亡という結果は、甲の置去りに帰せられません。

致死は否定されても、遺棄の罪は成立します。219条の「よって」を満たさないだけで、218条前段の要件は、元のままそろっています。Vは立てないまま倉庫に残され、死の危険は、現に放置されていました。ですから、成立するのは、保護責任者遺棄罪、218条前段までです。刑は、3か月以上5年以下の拘禁刑です。

完成答案

完成答案:問題の所在、客体、規範、根拠 図:完成答案:問題の所在、客体、規範、根拠

こちらが完成答案です。1枚目は、問題の所在と、客体、規範、根拠です。

完成答案:排他的依存、小括、遺棄、故意 図:完成答案:排他的依存、小括、遺棄、故意

2枚目は、排他的依存と、遺棄、故意です。

完成答案:致死の因果関係、結論 図:完成答案:致死の因果関係、結論

3枚目は、致死の因果関係と、結論です。

参照条文

  • 刑法218条
  • 刑法219条
  • 道路交通法72条

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